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136
:
α編集部
:2014/06/17(火) 14:27:33
山荘住まい 2013 後編
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山荘住まい 2013 後編
山の定住生活も2回目の夏と冬。著者は猫と出会うため、そして本を
読みふけるために移住したに違いない。そう思える。(編集部)
夏
山荘便り 2013/ 6/7
梅雨というのに一向に雨が降らない。だから太陽の光は十分満ち足りているにもかかわら
ず、朝夕はセーターとジャンパーが手放せない程肌寒い。標高1000メートル近い高さのせ
いだろうか。 春先山吹がこの辺りを黄色で一斉に染めたが、山荘の蔓薔薇や紫陽花や
ブラックベリーなど、蕾はあるもののその後なんの花も咲かず、ちょっと寂しい。
最近もう一匹の野良猫が時々庭に訪れるようになった。三食昼寝付きという暮らしを保
証され仕官した我が家の猫、モロが羨ましいのかも知れない。細君はその新参の猫をカト
ーと名付けた。 あのローマ時代の 吝(しわい)な大カトーの名前である。どのような意
味でそのような仇名を細君が付けたのか、私はまだ問うていない。それにしてもモロに顔
や毛並みがそっくりで、兄弟ではないかと思っている。なぜなら体は大きいがモロと喧嘩
するでもなく二匹とも三メートルばかり離れて黙って座っていることが多い。
私は朝八時を過ぎると屋敷の上の道に出て散歩に出かける。最近は下のテラスか藪の中
にいるモロを上から呼び、 しばらく待っていると黒く防腐塗装を施した木 製の階段をお
ずおずと登ってくる。私がゆっくり歩き出すと三メートルばかり距離を置いて付いてくる
ようになった。前に飛び出したり、藪や他所の屋敷に入り込んだり見え隠れしするのは私
をからかったり試したりなどの遊びの積もりだろうか。散歩に小一時間ほど付いてくると
いうことはモロにとってどのような感情があるのだろうか。人の顔を見分けたり、自分の
志向した自由な意志、記憶などを観察するに、まんざら知能が無いわけではなさそうだ。
兎に角、私と迷い猫とがこのようになるまで三ヶ月ほどの時間が必要だった。しかしまだ
私の膝に乗るまでには至っていない。
(*「猫道」同時掲載)
山荘便り/ウィリアム・トレヴァー 2013/ 6/9
つい先日友人二人から山荘への引っ越し祝いとして高額な図書カードをもらった。
ここ一年間、仕事が思うように受注ができず、本を買ったり旅行に出かける気分に なら
ず参っていたところで、ことのほか有り難かった。
早速、念願のウィリアム・トレヴァの本を出来るだけ求めて読もうと思った。日本で出
版されているものは八冊で、そのうちアイランド・ストーリーズは昔既に読んでいたので、
後の七冊を本屋に注文した。 ところが「アフター・レイン」「密会」「聖母の贈り物」の
三冊は求めることができたが、後の三冊は絶版でこれから全国の古本屋を探さなければな
らないだろう。
ウィリアム・トレヴァー(William Trevor, 1928年5月24日 - )はアイルランドのコ
ーク州出身の作家。現在は、イギリスのデヴォン州に在住し、英語で創作活動を行ってい
る。人物の造形にすぐれ、長篇、短篇ともに名手として高く評価されている。イギリスと
アイルランドの双方を舞台に、カトリックとプロテスタントに属する人々の対立や葛藤を
しばしば描く。
Wikipediaによる
ウィリアム・トレヴァは主人公の身の回りに起きる事件を扱うのだが、大げさに描くこと
はしない、日常の誰にでもありそうな出来事を静かに綴っている。特に女性の心の動きや
感覚の記述に長けていて、読後に何かいい知れない問題を読者に与え考えさせるのである。
さっそくアフター・レインという短編集のなかの最初の一遍 「ピアノ調律師の妻たち」
を読んだ。書き出しは「ピアノ調律師がバイオレットと結婚したのは、まだ若いときだっ
た。そして、ベルと結婚したのは年老いてからだ った」というセンテンスから始まった。
ピアノ調律師が盲目であることによる二人の妻たちの複雑な思いの物語が始まる。後妻の
ベルはダフネ・デュ・モーリアの小 説「レベッカ」ほど気味悪い感覚ではないが、ピア
ノ調律師の考えや感覚に先妻バイオレットの影を感じた。それはピアノ調律師が話す訪問
先の様子や遠くの山や景色の色が、今ベルの感じていることと少し違うことだった。たと
えばピアノの調律に訪れた家の印象を調律師は「あんなに陰気な部屋を君は見たことがあ
るかい?
あれは聖画のせいかな?」。それにたいしてベルの印象は微妙に違っていた。突然、ベル
は自信を深めて人がなんと思おうと気にすまいと思った。裏庭の花壇から先妻が植えたバ
イオレットの植物を根こそぎ引き抜き、花壇全部を芝で覆ったのだった。
この物語はいろいろの問題を含んでいると思った。身の回りの環境や人々の姿形におい
て、盲目のピアノ調律師の認識が若い頃はバイオレットの目や感覚を通して与えられたと
いうこと。前妻の意図した何かがあったのか、それとも彼女の持ち前の率直な感性なのか
判らない。しかし後妻のベルとは違ったもので、彼女はそれがピアノ調律師にもたらされ
た情報が正しいかどうかは別として、自分の目で見たものを語ろうと決心したのだった。
それはまたこの世界にたいする認識が果たして全く正しいものかどうかという重い問題を
この小説は私に突きつけたように思えた。
山荘便り/ランプの下で 2013/ 6/25
今朝早く目が覚めた。四時半だった。久しぶりに青空文庫を開いて新しい作品掲載を覗
いてみた。堀辰雄の「ランプの下で」という随筆があった。
「山にやつて來てから、もう隨分長いこと書かない。去年はほんたうに何も書きたくな
かつたので、あつさりと何も書かなかつたが、今年はそんな氣持はかなぐり棄てて、ひと
つうんと書いて見るつもりだ。」という書き出しである。
どこの山の中であるか断定出来ないが、たぶん「風立ちぬ」の舞台、サナトリウムのある
信州だと思うが、ランプや狐の手袋や焚火などといった山荘のイメージは、私の住む環境
によく似ていてすぐに共感が出来た。「狐の手袋」にいたってはこの春、なんの草花だろ
と思い名前を調べたことで もある。正式名称はジキタリス(英語名フォックスグローブ)
といい毒性があるが、一方強心剤でもある。
それから「これは、こちらの四季社から出す筈の、僕の譯詩集につけてゐ る假題。
コクトオがゲエテとハイネとニイチェの三人のことを書いた詩に「アイン,ツワイ,ドライ」
といふ洒落れた題をつけてゐるのを眞似たの である。」とある「一二三」という随筆も
なかなかいい。そして最後に散 文詩か添えてあった。
冬
まだすこしもスポオツの流行らなかつた昔の冬の方が私は好きだ。
人は冬をすこし怖がつてゐた、それほど冬は猛烈で手きびしかつた。
人は我が家に歸るために、いささか勇氣を奮つて、
ベツレヘムの博士のやうに、眞白にきらきらしながら、冬を冒して行つたものだ。
そして私達の冬の慰めとなつてゐた、すばらしい焚火は、
力づよく活氣のある焚火、本當の焚火だつた。
人は書きわづらつた、すつかり指がかじかんでしまつたので。
けれども、夢を見たり、失せやすい思ひ出の
助力者を支持して、少しでもそれを引き止めたりすることの、何といふよろこび……
思ひ出はすぐ傍にやつて來て、夏よりも
ずつとよくそれが見られたものだ。……人はそれに彩色までした。
かうして室内ではすべてが繪のやうだつた。
それにひきかへ戸外ではすべてが版畫の趣になつてゐた。
そして樹々は、自分等の家で、ランプをつけて仕事をしてゐた……。
「ランプの下で」のランプが今では電灯に変わっているが、零下二十度近くになる真冬の
山荘で、薪ストーブのチロチロと燃える炎とともに夜を過ごすし、このように青空文庫を
読むのが私にとってなんともいえない癒しの時間でもある。
山荘便り/少子高齢化問題の問題 2013/ 7/3
毎日新聞 2013年06月30日 東京朝刊に面白い記事を読んだ
時代の風:少子高齢化社会=元世界銀行副総裁・西水美恵子の「小国」悲観論を笑うとい
う文である。
「人口減少が問題だと捉えられているようだ。 減ってなぜ悪いのだろうと、長年気に
なっている。特に「経済小国になるから困る」と言う人が多いのには驚く。
日本より国民平均所得が高い国は二十数カ国あるが、そのうち人口がわが国を上回る
のは米国のみ。資本と生産性が伸び、生活水準が下がらない限り、困る理由などある
のだろうか。
社会保障負担を案じる若い世代からは「高齢化で生産性が上がるはずがない」という
意見をよく聞く。いつも「高齢者をばかにしないで!」と、笑ってしまう。
企業のトップには、人口が減ると生産人口も減ると単純に思い込む方が多く、頻繁に
相談を受ける。今ある生産人口の大半を無駄にしながら何を言うとあきれるが「女性
をお忘れなく!」と笑って、我慢している。
私も常日頃人口減少が日本の経済を疲弊させるという論法が大勢を占めていることに違
和感があった。どうして優秀な経済学者が、人口が減っても高い水準の生活が可能である
という理論を策定しないのかと疑問に思った。世界中が人口増加でないと経済発展が望め
ないとすれば、まもなく地球上の資源を食い尽くすだろう100億を超える人口になった
とき、果たして快適な生活を保ち続けることが出来るだろうか。
そんなことを思うとはやく人口増加に頼らない新しい理論をだれか創出して欲しいと願
うものである。
山荘便り/ネットで身辺報告 2013/ 7/17
今朝の天声人語にネット社会に関して、面白いことが書いてあった。
「ネットは民主主義に革命を起こす。伊藤穣一(じょういち)さんの信念に揺るぎは
ない。知の最先端、米マサチューセッツ工科大のメディアラボ所長だ。メディアラボ
の活動指針として3つのキーワード「ユニーク、インパクト、マジック」を提示。
「誰もやっていないことをやる、真似はしない(ユニーク)」
「やるなら社会にインパクトを与える活動を目指す(インパクト)」
「そしてそれは驚きや感動を与えるものであるべきだ(マジック)」
という意味が込められている。
しかし「初めてのネット選挙となった参院選で、候補者の9割以上がフェイスブック
やツイッターを使う。昨年の衆院選に比べ大幅に増えた。発信の中身が乏しくないか。
昼に何を食べたとかの身辺報告が目につく。」と評してあった。
たしかに、誰でも日頃暮らしの中で普通に経験している全く個人的などうでもいい話題を
延々と続ける最近の掲示板には失望している。携帯メール依存症のように身辺雑記のやり
とりでしか社会と繋がっているという存在確認ができないのだろうか。そんなことを山の
中で考えた。
山荘便り/短編小説の不都合 2013/ 8/16
このところ本の帯に「英語圏最高の短編作家と称される」と書いてある、ウイリアム・
トレ ヴァーの小説を三冊購入して重点的に読んでいる。 今は二冊を読み終え、三冊目の
半ばにかかっている。情緒豊かな短編ばかり十二編、一つの物語が二十ページばかりの長
さで、手軽に読み始めることができるが、しかし最近短編小説を読むことに問題が見つか
った。
長編小説であれば読み終えるまでかなり時間的な余裕と興味を持続させる等の忍耐が要
求されるが、登場する主人公は一定であり頭の中がこんがらかることあまりない。一方短
編小説は、もちろん私の記憶力の減退に問題は大いにあるが、十二編の物語の筋や主人公
がそれぞれ違い、覚えきれないのである。それもそうだが、一日に一時間ほどの読書では
一つの物語さえ切れ切れになり、昨日読んだ筋や人物の名前さえ覚束ない。だから短編小
説では一度で読み終えないと、その内容の全体が見えてこないという問題だ。
わくわくするような血涌き肉躍る小説であれば、日を置かずに一気呵成に読み終えるの
だが、残念ながら私の趣向の範疇ではなく小難しい本を敢えて好むのだから、これからも
記憶と競い合いながら読むしかないのかもしれない。
冬
山荘便り/別の言葉の世界 2013/12/14
最近言葉の伝達についてオキシモーラン的妙な取り合わせに驚いている。
◆南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領の公式追悼式において、各国首脳らのスピー
チを手話で通訳していた男性が、手話の出来ない「偽物」だったという疑惑が広がって
おり、調査が続いているという。
◆吉田戦車の「伝染(うつ)るんです。」に出てくる「傷」と呼ばれる、頭に包帯を巻い
て学生服を着た、心身ともに深い傷を負った少年が出てくる。いつも人を不安に陥れる
ような不思議な一言を言い放つ。アベックを嫌悪している。時折新しい文字を発明して
いる。その文字は普通の人にはどう読むのか、何を意味しているのか判読出来ない言葉
だ。
◆最近購入した小川洋子の「ことり」に出てくる主人公である少年の兄の話。
親や他人とは会話ができないけれど、小鳥のさえずりはよく理解する兄、そして彼の言
葉をただ一人世の中でわかるのは弟だけだ。小鳥たちは兄弟の前で、競って歌を披露し
息継ぎを惜しむくらいに、一所懸命歌った。
彼等の言葉は私達の住んでいる世界と違う世界、例えば異星人、例えば「手話の男」は
言葉を乱数に変え宇宙の彼方に発信しているのかも知れない。
「傷」と呼ばれる少年は生物の発生当時からの言葉にならないDNAに込められた情報
を示しているのかも知れない。
ことりに出てくる主人公の「兄」は小鳥のさえずりを137億光年の彼方から届く様々
な宇宙から来る光のスペクトル波長と振動数に呼応させているかも知れない。
これらの人達は世間ではすべて精神疾患というレッテルを張って安心するが、はたしてそ
うであろうか、何か私達の文字や語りの文化・文明では判断出来ない言葉の世界があるか
もしれないのだ。
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