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一般会員を不当に除名!富士宮特区編

54太ちゃん★:2015/10/01(木) 12:25:48
名前はまだ無い:2015/01/18(日) 18:03:36

<この間('80年)、山崎は学会を破門(除名)になって失脚するんだけど、山崎が作った俺とのパイプは生きていて、今度は地元の公明党の連中を通じて(百条委員会を)「何とかして欲しい」という相談があったんだ。それで(百条委員会設置)賛成派の連中に〝話〟をしたわけだ>
結果は創価学会の思惑通りに。
百条委員会は81年春に設置されたものの、公明党などの猛烈な切り崩しにより、何ら機能しないまま同年末に解体されたのだ。

だが、その直後、創価学会と後藤氏の縁はいったん切れる。後藤氏によれば、学会が後藤組を切り捨てようとしたためで、憤激した後藤氏は竹入義勝.公明党委員長、矢野絢也・公明党書記長(肩書はいずれも当時)に、二度にわたって内容証明を送付した。

しかし、学会が黙殺したうえ、'83年6月に突然、富士宮署に「後藤組潰滅対策本部」が設置された『とから、後藤氏はこれを学会の差し金〜見て激怒。
'85年11月には後藤組系幹部らが創価学会文化会館(東京・信濃町)に発砲し、逮捕される事件が発生する。この件について、後藤氏は、
<これには池田もビビッただろうな。そりゃそうだわ、行く先々で〝パン〟って音がするんだから(笑)。それで慌てて、俺んところに池田の使いが飛んできて、詫びを入れてきたんだ>
という。
これがキッカケで、創価学会と後藤氏は再び協力関係に。
新たな窓口は、後藤氏のもとへ謝罪に訪れた前述の〝池田の使い〟で、後藤氏はこの人物葬「X」と呼称し、前述の山崎氏が学会から追放された後は<このXが〝裏〟の仕事を担当していたんだ>と述べている。

同書は注釈として、後藤氏が「X」の正体を一切語ろうとしないとしたうえで、これまでの報道などから、この人物が藤井富雄・元公明党東京都議会議員であることは、もはや疑いようのない事実だ>と付記している。


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