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一般会員を不当に除名!富士宮特区編

53太ちゃん★:2015/10/01(木) 12:25:11
名前はまだ無い:2015/01/18(日) 18:02:39

憚りながらの内容、どこまで事実かは不明  

「創価学会との攻防」と題した章

創価学会が後藤氏の力を必要としたのは、'69〜'70年頃から大石寺周辺の土地を買い占め、大本堂建立や「創価学会富士桜自然墓地公園」造成といった大規模事業を進めていたため。

巨大利権にまつわるトラブル処理のため、後藤組を用心棒として使ったうえ、ダーティーワークも任せていた。

当時の創価学会顧問弁護士で、学会と後藤氏を繋ぐパイプ役でもあった山崎正友が、後年に創価学会を追放されてから著した『懺悔の告発』によれば、最後まで学会に抵抗した人物に対して、後藤組組員はその自宅にブルドーザーで突っ込み、日本刀で片腕を切り落としたとある。

<学会は、大本堂を造る時からデタラメなことをしていたんだ。大本堂を造る際に、市道を勝手に(市の許可なく)潰したり、農地を不正に取得したりしてな>といったもの。こうした行状から創価学会に対する反対運動が起き、後藤氏は前述の山崎氏からこう持ちかけられたという。

<山崎から「何とかならんか」という相談があった。そういう裏の話は当時、あの男(山崎)がすべて仕切っていて、池田ともサシで話し合えるぐらいの実力は持ってたんだ。実際、俺にも「親分のことは池田会長に伝えてあります。池田会長も『くれぐれもよろしく』と言ってました」と言ってたんだから>

しかし、後藤組の介入後も反対運動は鎮静化せず、富士宮市議会では'80年末から、関係者の証人喚問、強制調査、さらには証言拒否や偽証には禁錮や罰金刑を科せる「百条委員会」の設置に向けた動きが始まった。
議会には山崎氏の証人喚問、池田氏に与えていた名誉市民称号の取り消しを求める声も噴出。
窮地に陥った学会は、再び後藤組を頼った。


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