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ハイデガー『存在と時間』読書会の新規参加者募集

1 久保共生 :2017/08/04(金) 10:34:53
遅くなってすみません。
ハイデガー『存在と時間』読書会の詳細を投稿しておきます。
参加を希望される方は、ここに書き込むか、例会の時にお伝えした父の携帯電話に連絡してください。

日時:9月3日(日) 14:00から
集合場所:大阪梅田の泉の広場で待ち合わせ
範囲:ちくま学芸文庫 ハイデッガー著 細谷貞雄訳『存在と時間 下』の第45〜47節(p.21〜42)

<備考>
・各自予め範囲の箇所に目を通してきてください。
・下巻から内容が新しくなるとはいえ、ハイデガー語が結構出てくるので、参照用に上巻も購入することをお勧めします。
・その他何かご質問があれば、以下に書き込んでください。

2 久保共生 :2017/08/04(金) 10:37:59
備考の欄に書くのを忘れていましたが、読書会は月1回くらいのペースで行います。

3 ウラサキ :2017/08/05(土) 06:42:17
参加の方向で考えておりますm(_ _)m

4 久保共生 :2017/08/07(月) 08:33:49
ありがとうございます。

5 suzuki :2017/08/07(月) 17:10:03
参加したく。よろしくお願いします。

6 久保共生 :2017/08/08(火) 21:35:43
>suzuki さん 
うれしいです。よろしくお願いします。

7 suzuki :2017/08/09(水) 00:17:51
申し訳ない、確認したら資格の試験日でした…
15:45まであるらしいので厳しいです……
もし午後の部が瞬殺できたら行けるかもしれないですが……

8 久保共生 :2017/08/12(土) 08:31:25
了解しました。
月一回くらいのペースでやっているので、次回以降是非とも参加してください。

9 ウラサキ :2017/09/02(土) 21:52:26
指定範囲、一応読みましたが疑問点だらけです(^^;)
どの程度まで質問してよいのやら、、、(・・;)

10 久保共生 :2017/09/03(日) 00:38:03
指定範囲はあくまで目安であり、必ずしも最後まで終わらせなくてもよいので、是非とも心置きなく疑問点をおっしゃってください。
せっかくの読書会なので、その方が有意義だと思います。

もしも範囲が終わらない場合は、次回に持ち越しにします。
これまでもそうしてきたので、ご心配なさらずに。
よろしくお願いします。

11 ウラサキ :2017/09/03(日) 18:23:36
本日、色々質問させて頂いたお陰で、
ハイデガーの言わんとしていることがおおよそは分かったような気がしてきましたが、
それにしても回りくどく持って回った言い回しには反感を感じっぱなしで、
単純に書けば10分の1位のページで書けそうな内容を勿体ぶって引き延ばしたような印象です。

今日読んだ箇所は、
「現存在(=人間)ってのはその終わりである死についても考えないと完全に理解できないよね」
ってことですよね?

12 久保共生 :2017/09/05(火) 22:38:54
先日はありがとうございました。

確かに回りくどいですよね。まあ僕としては、ああいう文章も嫌いではないですが。

>今日読んだ箇所は、「現存在(=人間)ってのはその終わりである死についても考えないと完全に理解できないよね」ってことですよね?

今回読んだ範囲の形式的な要約としては決して間違いではないですが、一応、上巻の内容との脈絡を考慮しておくべきかもしれません。上の要約は、「死ぬことは現存在のもつ一特性だが、これまで生きている間のことばかりを主題にしていて、死ぬことにまで分析の手が及んでいなかったので、これからそれについて分析していく」というほどの意味で書かれたのでしょうが、この際留意すべきは、死の分析はこれまでの分析の不足分の埋め合わせとして付加されるものでは決してない、という点です。

少し補足しておきます。上巻において、<おのれに先立って>は現存在の存在を構成する関心の一契機であると述べられたわけですが、このことはすなわち、現存在はいつもおのれの未然を存在するのであり、現存在たりうるためにはそうならざるをえない、ということを意味します。ハイデガーはおそらく、この「おのれの未然を存在する」とはどういうことなのかを十全に解釈するためには、平均的日常性(ハイデガー用語)の分析、すなわち、頽落の様態の分析のみではダメだと考えたのでしょう。というのも、頽落の様態は、関心の他の契機である<内世界的存在者のもとでの>によってすっかり染め上げられているため、<おのれに先立って>という契機を純化しえないからです。そこでこの契機を純化して取り扱うべく、ハイデガーは死という現象に注目するわけです。

つまり死の分析は、上巻の非本来性の様態の分析の成果を、本来性の様態から改めて照明し直そうという意図から生じるわけであり、不揃いのピースを付け足すために行われるわけではないということです。この点を心に留めておけば、今後少しは読みやすくなるかもしれません。

13 ウラサキ :2017/09/06(水) 05:11:46
「不足分の埋め合わせ」ではなく、
別角度からのアプローチということでしょうか?

どうもハイデガー独特の言い回しが難解です。
特に「〜を存在する」という他動詞用法はこれまで見たことが無く、
意味が想像つきません。

14 久保共生 :2017/09/09(土) 22:05:38
>「不足分の埋め合わせ」ではなく、別角度からのアプローチということでしょうか?

そう言ってよいと思います。尤も、「現存在の別の存在様態からのアプローチ」と言った方がより適切でしょうが。死の分析は、現存在の全体構造として取り出された関心に何か新たな要素を付け加えるわけではなく、平均的日常性の様態においては隠蔽されているところを照明する、というわけです。これから出てくる時間性の分析も、あくまで関心の構造に沿って解釈されていきます。

>特に「〜を存在する」という他動詞用法はこれまで見たことが無く、意味が想像つきません。

この表現については、実存主義流の微妙なニュアンスがあって、どうもうまく説明するのが難しいのですが、形式的に言えば、ハイデガーは「存在了解を備えながら存在している」という現存在特有の在り方を表現するのに「〜を存在する」という他動詞的用法を用いているように思います。特に死の分析では、「おのれの未然を存在する」だとか、「おのれの可能性を存在する」だとかいう表現が頻出しますが、この意味するところを簡単に要約すると、「おのれをおのれの存在可能へと投企しつつ、そのような存在可能としてのおのれの存在(すなわちおのれが何に懸けられているか)を了解しながら存在している」というところでしょうか。

ちょっと本文からの引用もしておきます。

現存在とは、客体的に存在していて、その上何かができるということをおまけとして持っている、というようなものではなくて、現存在は、何よりもまず可能的に存在することなのである。現存在はいつも、それが存在しうるものであり、かつ、それがおのれの可能性を存在するありさまで存在しているのである。現存在が本質上可能的に存在するということは、われわれがこれまで性格づけてきたような、「世界」の配慮の様式、ほかの人びとの待遇の様式にかかわっており、そしてこれらすべてにおいて、いつもすでに、おのれ自身への、おのれを主旨とする存在可能にかかわっている。(上巻p.311)

現存在の存在を、単なる客体的事物が存在するというのとは区別しようとするハイデガーの意図がうかがえますね。

15 久保史章 :2017/09/09(土) 22:06:50
先日の読書会お疲れ様でした。
ウラサキさんの方から随所で質問が繰り出され、改めて確認しながら考えさせられるところも多く、勉強になりました。
確かにハイデガーの文章には回りくどくてもったいぶった表現の目に付くところが多いように思います。しかし、実存の構造は分析し、それを文章で表現しようとすると、簡潔な文章では表しにくく、回りくどい独特の表現になるのもやむを得ないようにも思います。特に「自らの死に臨みながら生きる」ということを表現するとなると、なおさら難しいと思います。それは、「生きることだけではなく、いずれ訪れる死についても考えておくこと」とも違います。「生きるということの中に自らの終末をも見据えながらそれを生きる」といったことだと思います。
作者の名前は忘れましたが、江戸時代の禅師の歌に「生きながら死人となりてなり果てて思いのままにする業ぞよき」というのがあります。大学時代友達から「この歌についてお前はどう感じる」と手紙が来て、答えるのに苦労した覚えがあります。(今も全く同じです。)
「〜を存在する」という表現は、実存主義ではよく使われており、ハイデガーだけでなく、サルトルも使っていたと思います。僕の場合、こうした表現の語感が斬新な感じがして、大学時代から印象に残っていました。それがどんな意味かは後日、折を見てご一緒に検討したいと思います。これからもよろしくお願いします。

16 ウラサキ :2017/09/10(日) 08:54:08
初歩的な質問に対しても丁寧な返信ありがとうございます。

「生きるということの中に自らの終末をも見据えながらそれを生きる」とは、
「常に有限な人生を意識して、一日一日を大切に生きる」つまり、
スティーブ・ジョブズが簡潔に「もし今日死ぬなら、今日やろうとしていることを本当にやるか?」と自問する、
という事でしょうか?

又、「〜を存在する」という他動詞用法ですが、
英語では exist は自動詞ですが、live には life を目的語にする他動詞用法もあります。
どうもハイデガーは人間の存在(=現存在)を存在一般の解明の手掛かりとしているようですので、
「〜を存在する」ってのは「〜な人生を生きる」という意味で使っているのではないでしょうか?

17 久保共生 :2017/09/19(火) 21:45:53
遅くなりましたが、次回の読書会の日程を書いておきます。

日時:10月9日(月)(体育の日) 14時
場所:梅田 泉の広場で待ち合わせ
範囲:下巻p.35〜52

よろしくお願いします。

18 ウラサキ :2017/10/01(日) 19:38:53
アマゾンで英訳本を購入しましたので当該箇所の英訳を読んで居ますが、
日本語訳よりはずっと読み易い感じがします。
ただ ontically とか existentialle という普通の辞書には無い訳語も使用はされております(^^;)

19 名無しさん :2017/10/09(月) 14:11:13
ハイデガー読書会9日は現在、前回と同じ泉の広場付近の英國屋の地下階にて行っています。連絡でした。

20 ウラサキ :2017/10/09(月) 19:32:23
今日の部分はこちらがハイデガー語に慣れてきたせいか、
全開よりは理解し易かった気がします。

現存在の終末=死ってのは、他人の死によっては経験できないし、
普通の意味で在るものが無くなるって意味でもない。
産まれた時から死ぬべき存在なのです。

って事でしょうか?

21 ウラサキ :2017/10/17(火) 13:38:04
全開→前回

(^^;)


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