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男性専科 板

2369曳馬野:2017/03/02(木) 23:08:11
「新しい歴史教科書」ーその嘘の構造と歴史的位置ー  http://www4.plala.or.jp/kawa-k/kyoukasyo/3-7.htm

しかも対北条戦争も「天皇の平和」に対する違反を咎める戦争であったように、対朝鮮・中国戦争もまた、「日本の天皇に朝貢せよ」という秀吉の命令に両国が「叛いた」ことを理由とした戦争であった。どちらも「神国日本」を旗印とした戦いであり、この意味で日本統一戦争と朝鮮・中国への侵略戦争は、大義名分においても一体のものであった。
 すでに述べてきたように、日本統一にあたっての根本的理念は、仏教的世界観を中軸としながらも、神が救いの手を差し伸べその神の子孫が統治する日本は、人が統治する中国や天竺よりも優れた国であり、日本こそ宇宙の中心たるべき国であるとする、「神国」思想であった。そしてこの「神国」においては最高神・天照大神の子孫=神の司祭である天皇を権威の体系の頂点とし、諸国を治める大名は、その配下にある諸神・諸仏の化身として、諸国の平和を守るものとして領国に君臨してきた。上杉謙信が毘沙門天の化身としてその名号を旗指物として進軍したことや、武田信玄が比叡山大僧正と称していたこと、さらには徳川家康も「厭離穢土・欣求浄土」の旗を掲げて浄土宗の理想を実現するものとして進軍したことは、この現われである。だからこそ天皇も含めたあらゆる宗教的権威を超えようとした信長は、「第六天魔王」と称してこの世の悦楽を全て司る力をもっているとしたのだし、秀吉は生前「新八幡」と称して軍神である八幡神に替わるものとし、死後は豊国大明神として祭られた。
 この「神国」観からすると朝鮮は、古代以来日本の属国であったという認識となり、その根拠は日本書紀に書かれる「神功皇后の三韓征伐」で「征服」された韓国は以来日本に朝貢したという「歴史的」事実であった。そしてこれは秀吉の文言の中にもしばしば出されることであり、朝鮮侵略に参加した諸大名の文書にもしばしば見えるものである。そして秀吉が称した八幡神の母が神功皇后であるのだから、秀吉の侵略戦争が「神功皇后の三韓征伐」に擬せられたのも当然といえよう。これは、秀吉の侵略戦争は、日本統一戦争の旗印である「神国日本」を実現するための戦争と、当時の人が認識していた証である。


●分派の歴史認識は「新しい歴史教科書」をつくる会そのものであり、日本会議もそうでありましょう。
 神功皇后の三韓征伐、豊臣秀吉の所謂「文禄の役」「慶長の役」での朝鮮民族の大量殺人の延長上に、明治時代の日清戦争、朝鮮併合、があるという見方がある。

「日本は神国」との観念は侵略をも肯定しかねない危険を含んでいる。此処に転載したアドレスに述べられていることを鑑みてもなお、過去日本人は隣人に正しいことをしてきたと云えるのか。雅春先生はこの歴史事実を知ってなお日本は素晴らしいというのであろうか。満州国建国を八紘一宇の実現の雛形と云われたのであるから、朝鮮、明を傘下に置こうとしたことも肯定されるのであろうか。朝鮮民族が日本を嫌うのも頷ける、秀吉の侵略戦争から300年後にまた日本人に支配されたのだから。沖縄にしても秀吉時代以前は琉球国として朝鮮中国に近いもののようである。日本人は神功皇后時代から隣国への侵略を試み続けているのだろうか?「大東亜戦役」と云い解放戦争であるというのが学ぶ会の思想、しかし現実は日本書紀時代からの継続ではないのか。学ぶ会では「古事記」の勉学に励む由であるから。

詳しくは  http://www4.plala.or.jp/kawa-k/kyoukasyo/3-7.htm  を見て下さい。


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