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聖典紹介板

30 さくら :2014/04/15(火) 07:16:40

「さて、實相には人間の心の努力なくして、自ら顕現する力がそなわっているのである。
實相は心のレンズを磨くことによってのみ顕われるとすれば、實相はそれのみでは絶対でなく、心の力をかりなければ出て来ない不完全なものと言わなければならないのである。
完全とはその中にすべてが満たされており、生長も展開もその中に自らそなわっているものなのである。
自分では出て来れない不自由きわまりないような實相はないのであり、それは現象にすぎないのである。

神、絶対、實相、幸福はそれ自身で展開するものであり、自分で顕われて来る力をそなえているのである。
そのはたらきを人格的に表現したのが住吉の大神、創造の神である。
そして中心なることを表現したのが天照大御神である。

實相には、幸福には、自ら顕われる力があることの直感から発想されて来ているのが、おそらく「自発的活動態勢の自覚」ということなのである。
龍宮住吉本宮を建立されるときに尊師が「最早や人間の力では及ばす、神様に直接お出ましいただく」と言われたのは、「最早や人間の心のレンズを磨いてからでは、磨き切れない、磨くことは現象にすぎないから、それ(心のレンズ)は無であるから、實相、神には自ら出て来る力のあることを祝福する」という意味があったのではなかろうか。

それは生長の家の根本精神である。

「吾が生くるは吾が力ならす、天地を貫きて生くる祖神の生命」という教えの源に還ることを意味しているのであろう。」

榎本惠吾先生「弟子像」より


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