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Web誌友会 板/2

4328ユタカ:2014/09/16(火) 12:58:21 ID:N20ePDNw
A hopesさま ご質問有難うございます。
>雅宣先生のご著書やブログ、祈りの言葉などを拝見していると、雅宣先生は「地球に自然破壊をもたらす罪深い人間」を認めていらっしゃるようにしか見えないのです。ですから、「雅宣先生の教え」は「生長の家」の倫理学から見ると「虚説」となってしまうのです。>「虚説」であるかないかは、わたしの『本心』が判断しているのではなくて、「聖典の教え」をわたしが解釈するとそうなってしまうのです。>この説明で、わたしがなぜ、「雅宣先生の教え」が「虚説」であると感じているかわかっていただけたでしょうか?
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 このa hopeさまの見解ですと、谷口雅春先生が、人類の悩みを憂いて、その人たちを救おうとして出発した人類光明化運動も、谷口雅春先生が神の子の人間の「実相」を観ないで、悩み、苦しみ、病気の人達の「現象を認めて運動をしているから、生長の家の教え自体が虚説というようになってしまうと思いますが、どうでしょうか?
 先生も、そのような現象の方々をみて愛の心で出発したと思ったのです、またそのようなこともどこかの聖典に書いてありました。、雅宣先生の場合は同じように地球環境運動をなさっているととおもいました。
そいういう意味で、a hopeさまの神の目で愛の目で現象として見えていると処を見てほしいといいました。 ですから大雨で死者がでているのですから、環境運動はとても大切だと私はこう思うようになりました・
 A hope様は聖典に書いてあると仰いますが、聖典、生命の実相はまだまだ半分もここではお勉強が終わっていませんし、聖典といわれるものは他にもまだまだ沢山ありますので、この時点で、雅宣先生のお話を」 「聖典の教え」 を自分で解釈すると虚説になる。
と「聖典」っしゃるとこが私には、野狐禅 (ひとりよがりという感じで私は使いました)に陥りそうだとおもいました。何か、言葉足らずですみませんでした。。。

二番目の質問には、、、
私は教団に復帰しての信徒で、疑問や納得できない処を宇治の楠本長老に何度も何度も質問に行き、そして祈ったり、講話を聞いたり、と、それは、前に練成の様子を書いたのでそれを読まれて下さると分かると思います。そしてついに「有難い!!」と心から思えるようになりました。自分の中でとても納得いたしました。もう私は、昔のユタカではありません。
総裁のなさることを、理解して、総裁を神様として拝んでおります。
今、私の中では、雅宣総裁は、とても大切な 神様の顕れとして総裁先生のことを信じています。

そして、生長の家の運動は、すべて生長の家の大神さまが指揮を執って下さっていることを信じております。

ユタカ 拝


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