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トーキングスティックボード

4455:2014/08/24(日) 18:19:18 ID:oeUx5MQw
続き

>縹様は、以前から、世の中の出来事と、生長の家の出来事は、連動していると、教えて下さっていますから、
>生長の家の出来事も、偶然に起きているのでは、ないのですよね。


 この世界は、一幅の巻物の広げられた形で、私は、それは『甘露の法雨』の事ではないのかと思っています。
最近、その証拠となる風景も発見致しましたが、それはまだご紹介させて戴いておりませんが…。
今までに、申し上げさせて戴いておりましたのは、以下のような事でした。

神示には、生長の家と瑞穂の国は同じだと書かれておりまして、
生長の家は、そのまま日本を指す言葉のようです。

幕末に、フリーメイソン達が、日本に入って来たようですが、
明治期も、月に関するものが、隠されてます。
旧暦や、仏教や、廃刀令です。
同じ時期に、ベートーベンの月光の曲についての、偽情報が出回って、
それで雅春先生も、お聖経を書き変えないといけない事になりました。


明治維新で、神道が、国家神道になったせいで、
本当の神道の教えである、言霊についての教えは、新興宗教のほうに、流れて行ったそうで、
大本にも言霊の教えがあり、「アオウエイ」の発音も、大本にあったものらしいです。
アオウエイと発音しますと、口が十字の形に動きます。

生長の家の徽章の卐は、月氏国からとった、月を表しているという事ですが、

大本教にも、石を“十字”の形に積んだ、『月宮宝座』か、『月宮殿』という物を、出口王仁三郎氏が作られたそうです。



「天恩郷の高台に、至聖所・月宮宝座はある。第二次大本事件が起きるまでは、十字の形の礎石に月宮殿が建っていた。

この月宮殿は昭和3年(1928)に完成。同殿は出口王仁三郎教祖が高熊山修行(明治31年・1898)中に見せられた天界の宮殿を地上に模写したもの。

約9000個にのぼる石を使用した総石造りで、日本建築史上に類例はない。
しかも、古代アジアの伝統絵画を参考にしたというその様相は独創的で、まるで竜宮城を見るようだった。

月宮殿下には、全国各地から寄せられた約1300個の「国魂石」が、信徒の手作業で積み上げられた。中には重さ数十トンになるものもあった。

第二次事件で、月宮殿は破壊されるが、警保局保安課の記録には「数十発のダイナマイトを一時に爆発させても局部的損傷にしかならず、異常の苦心を重ねた」とある。
完全に破壊するまでに21日を費やし、使用したダイナマイトも実に1500余発を数えた。

大本新発足後、出口王仁三郎教祖の意志に基づき、散乱した国魂石を積み上げ、昭和24年(1949)、現在の月宮宝座が完成。
頂にある「天拝石」は重さは約7.5トンにもなる。

平成4年(1992)12月8日からは、綾部・梅松苑の本宮山と同様、至聖所として、禁足の地となった。」
http://www.oomoto.or.jp/japanese/sacred_places/tenonkyo.html
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1300個の「国魂石」という数になっておりますね。
そして、ここでも、明治政府によって、月が、破壊されていますでしょう?

続く


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