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トーキングスティックボード
368
:
さくら
:2011/10/26(水) 01:41:11 ID:T/77sMGw
運動について、
雅宣先生は、副総裁時代になりますが、教修会においてこう言われてました。
「・・私たちの運動は「現象」だということです、違いますか?
・・言葉が現象であるならば、我々の運動は、当然現象です。なぜなら、我々の運動は言葉の運動なんですから。
では、「運動は現象だ」ということは、何を意味するのでしょう。私たちは「現象は不完全である」と学んでいる。とすると、我々の運動も不完全なのです。
・・我々のやろうとしていることは実相世界の顕現であるけれども、その過程では、ころんだり、泣いたり、笑ったりするではないですか。それでいいんですよ。だから、それと同じように我々の運動もつまずくことがある。倒れて起き上がることもある。
その事実を認めないといけないと思うのです。
谷口雅春先生は、確かに実相世界を説かれました。
しかし、現象世界にどのようにして実相を現わすかということについては、大変悩まれました。何回も試行錯誤されています。
・・生長の家がやろうと思ったことが、現象的には出来なかったことは数多くある。その理由を「私たちの信仰が足りなかった」とおっしゃるけれど、そういう理由も一部あるかもしれないけれど、それだけじゃない。
現象の運動というものは、つまずいたり倒れたりするのが当たり前です。日本が戦争に負けたのもそうである。だから、先生が色々なところで説かれている様々な方策というのも、必ずしもすべてうまくいったのではない。我々は、そのことを認めなければいけないでしょう。そして、そこから私たちは学ぶのです。単に私たちの信仰が足りなかったとか、人の数が足りなかったとかいうのでは、理解が足りません。われわれ自身に対して、もっと真剣な問いかけが必要です。
なぜ、信仰が足りなかったのですか?なぜ信徒の数が不足していたのですか?不足していたのに、なぜそれが分からなかったのですか?なぜ、我々のやり方が世間から受け入れられなかったのですか?なぜ、我々の運動が政治家に利用されたのですか?
・・そういう真剣な反省や分析がなかなか今まで出来なかった。・・今までなぜか知らないけれどタブーだった色々なことにも挑戦すべきです。」
私は、こうした姿勢は、支持して良いものだと思います。
やはり切り込んだ視点で考えることが必要な面があると思います。
しかし、その「タブー」にたいする、雅宣総裁の切り込んだ発言が、様々問題となったのですね。
その是非を、ここで判断にすることはないですが。
偏った傾向があるのも分かります。
しかし、今、雅宣総裁が取り組んでいることを、大きな流れの中で理解して、
今の組織の中で出来ることを考えていくことは、無駄ではないと思っているところがあります。
初心者さまは、実相顕現の経由として、自然状態への回帰が必要なのではないか、との命題を与えられました。
雅春先生の時代は、国と国との対立である戦争を、迷いと迷いの自壊作用であるとして、それを通して日本の実相顕現を説かれ、運動されてこられた時期があります。
今雅宣総裁は、、人間と自然との対立、人間至上主義のエゴが、いわば、迷いの自壊作用として、災害や気候変動などの様々な問題を引き起こしている、その地球環境問題に、宗教として取り組むことで、日本や地球の実相顕現を目指そうとしてる、
そういった方向があります。
それを、今の方針は、「自然状態の回帰」の運動を通して、されようとしている傾向が、実は方向としてあるように思われます。
なかなか、運動の展開として、今の組織で、うまくいっているとはいえないかもしれませんが、理解の輪を広げていけば、可能性のある運動になるのではないかとも思っているのですが。
ネットの活用も、スカイプなど使って、今はネット会議やネット誌友会などを開催したりしていますね。
ネットコミュニティや特にフェイスブックで、他言語が話せれば世界とすぐに繋がれるし、
今はそこで、生長の家の取組とか行事とかを知ったり、活動の様子なども簡単に発信したりできます。組織とか地域を超えて、有志が繋がったりして活動する機会も増えますし、他の団体の取り組みでも、共鳴する人がすぐに繋がれたりしますし、アイディアもたくさん出てくると思いますね。
聖典の抜粋も素晴らしいですし、それをまた、新しい視点から語れるような言葉も、今、必要な気がしています。
ゆっくりで申し訳ないのですが、時間ができれば書きたいと思います。
お願いいたします。(誤字脱字の類あれば、すみません。)
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