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108以外質疑応答【19】

995 108★ :2018/05/14(月) 01:00:16 ID:???0
>>991
なんなのって、あなたは私を名指しで質問していなかったからだよw

>>837については長くなるので投稿を分割する

そりゃこの世界には死はあるよ
ただしそれが嘘だと言っているんだ

死んだ人の話を聞いたことがあるかい?
ないだろう
あなたは死んだことがあるのかい?
ないだろう
なら死なんてないんだよ

ないことの説明については「悪魔の証明」と言われていてそれが困難であることはご存知だろう
しかし「死があること」の明確な証明も人類の歴史上未だなされてはいないのだ
死を盲目的に支持する大多数の人々はこの事実について都合よく無視している

死という状態はその肉体的な状態によって客観的に定義されているように思えるけど、その様子について当人から体験談として伺うことが不可能だ
私が知る限りその事例がない

「だって死んでいるんだから、そりゃ体験談なんか聞けるわけないだろう」

これは論理としておかしい事だと思わないかい?
どうして死についてだけは客観的に定義する前からそんな特別な条件が付加されていて、そこについてはアンタッチャブルな前提として議論されていないのかね?

どうして「死んだ」ということで「だから仕方ない」「不可能だ」等と「それは必要のないこと」としてその証明が免除されているのだ?

つまり死という定義は、こんなふうにその状態について証明できないように予め仕組まれているのだ
多くの人は「そうだよなあ」と自然にそれを信じ込み、それに対して疑問を抱けないような仕組みになっている

それがおかしい事にいい加減気づかなければならない

ある生き物が、あるいは人間が衰弱してついにその生命活動を止めた
そう観測された
これを持って観測対象の死が確定した

じゃあそいつの意識はどうなったのだ?

「死んだんだから無だよ。或いは霊体となって別の世界に旅立ったのだ」

ファンタジーに過ぎない
多くの人がそう信じ、比較的説得力のあるこれらの説は、実はなんの根拠も存在していない事がわかるだろう

ここから導かれるのは、

「本当は死という状態そのものが嘘っぱちじゃないのか?」

という疑問だ
これは現在の常識的な一般認識と真っ向から対立する
それは取りも直さず「この大前提のようになっている不動の定義こそ一番怪しい」という事だ


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