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2014年 後半の四方山話
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紋章官
:2014/11/21(金) 22:20:24
明日は酉の市、そして明後日はコミティア。皆様、準備はいかがですか?今日まで勤め先が業界の展示会、明日は趣味の鑑賞会、そしてコミティアへ出かける元気があればいいのですが。さて。
四方山話、昨日、うっかりテレビ欄を見落とし、キトラ古墳の番組がありました。見られた方はいますか?キトラ古墳は、先に見つかった高松塚古墳とセットで紹介されます。
壁画、規模、位置関係など比較検討され、被葬者候補もだいたい同じような顔ぶれ。
基本的に古墳で被葬者が確定することなどまずない。あくまで周囲状況での検討。飛鳥時代といえど、敏達天皇、用明天皇、聖徳大子こと厩戸皇子、舒明天皇、天智天皇、天武・持統合合葬陵等、記録があっても比定墳墓でまず問題ない、と見られている墳墓は天皇陵といえど、確定的でないものが多い。持統天皇が息子、草壁皇子の墳墓とて現在の指定墓ではなく、見事な切り石積みの石室が発掘された束明神古墳と考えられています。
それだけに高松塚やキトラなどの壁画古墳の被葬者の候補はいくらでもたてられる。
問題は、他の古墳との比較が難しいこと。なにしろ指定されなかったことで、内部構造などがわかる天皇陵候補の古墳で壁画の痕跡例がない。
だいたい、早くに口が開いてしまったので、よしんば壁画あっても失われてしまうのは当然のこと、また藤原鎌足の墳墓候補の摂津阿武山古墳は未盗掘古墳でしたが、壁面に漆喰があっても、壁画まではない(石室の構造、サイズで極めて近い)。
このため壁画がある、という意味をどうのように見るかが問題となるのです。まあ、邪馬台国論争同様、終わらない方が面白いですし、研究も進むものです。
個人的には出現期から前期の前方後円墳と大王陵の関係のほうが関心が高いのですが。
それではまた。
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