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おもらし千夜一夜4

568事例13「容疑者の一人」と安楽椅子探偵。-EX-:2017/11/02(木) 01:27:20
**********

「ごめん、今日は先に帰って、私ちょっと用事があるからさ」

私はあやりんと弥生ちゃんにそう声を掛ける。

「……ん、わかった」「それじゃ、また明日」

あやりんと弥生ちゃんが教室を出て、他の生徒も教室から出ていく。
そして、教室には私ともう一人が残る。
私が用事と言ったとききっと彼女もそれを察したのだろう。

「どうして協力してくれたの……呉葉ちゃん」

自分の机に頬杖を付いていた彼女がそれをやめて、机に視線を向けながら答える。

「白鞘さんにはずっと悪いと思ってたから……」

白鞘とはA子――白鞘英子(しらさやえいこ)のこと。

「私もごめん……まさか呉葉ちゃんが犯人とは思ってなくて……」

なんだか私、いつも呉葉ちゃんにとって余計な事をしでかしてる気がする……。
今にして思えば、別の場所や学校外でそういう話をすべきだった。

「気にしないで……謝らなければいけないのは、私が英子に対して…だと思うから……」

……。
英子ちゃんの話を聞いて、私は少し自己嫌悪していた。
当時の私は、何度も釈明する彼女の事を全く信じていなかった。
周りは優しくしてくれてはいたが、何度釈明しても優しく諭される……その遣る瀬無い気持ちと言ったら計り知れない。
だから私は、罪悪感から早く解決したいって気持ちばかりが先走りD子が――呉葉ちゃんが真犯人だという可能性を見落としていた。

「雛倉さんの推理……、大体合ってた。強いて言うなら、トイレの場所を変えなかった理由くらい」

――理由……なんだろ?

疑問に思うが呉葉ちゃんはそれ以上続ける気がないみたいだった。

私から声を掛けるべきか迷っていると小さくため息が聞こえてきた。

「……別に罪を擦りつけたいとか思ってなかった……。
だけど、結果的には最低な事してて……その晩気持ち悪くて一睡もできなかったわ」

何を言っていいかわからず私は口を閉ざす。
呉葉ちゃんは真面目で正義感が強い子だった。
だけど気が弱くて、行動力がなくて、人見知りで。

英子ちゃんにしたことは結果的に正義とはかけ離れた行動。
もし呉葉ちゃんに勇気があれば、彼女の正義感から間違いなく犯人は私だと名乗り出ていたはず。
それが出来ない自分を責め続けて……、彼女が出来る精一杯があの手紙で。

「ねぇ、黒蜜さん」

「……なに?」

「白鞘さんの連絡先……教えて、くれない?」

少し自信なさげに、でもハッキリと聞こえる声で言った。
私は小さく笑いながら言った。

「うん、いいよ……」

大丈夫……。
英子ちゃんのあの様子だと、今はそれほど気にしてない。

「許してくれるよ、きっと――」

おわり

569名無しさんのおもらし:2017/11/02(木) 22:38:48
この事件が追憶で書かれたら語られなかった謎もあきらかになるのかな

570名無しさんのおもらし:2017/11/03(金) 13:26:35
更新ありがとうございます。毎回楽しみにしてます。

D子の説明でまゆが声を潜めてたのはそういうことだったんですね。
でも、彼女が列に残ったのは何でだったんだろう?
性格的にも状況的にも利用者が少ない方に行きそうなのに。
B子やC子も実はキーパーソンなのかな。

571名無しさんのおもらし:2017/11/04(土) 00:32:01
いやぁ読ませる文章は書くわ
可愛い絵は描くわで最高だよあんた
今回みたいな推理ものでありながらもちゃんとおもらしを軸にしてるのはすげぇなとしか言えねぇ
これからも自分のペースで作品あげてください

572名無しさんのおもらし:2018/01/26(金) 23:49:03
新作希望

573事例の人:2018/03/18(日) 23:51:12
もう3月だった・・・
事例13の続き(追憶)になります
次回は事例14ではなく諸事情で飛ばして15の予定ですが更新は結構先になると思います

574追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。1:2018/03/18(日) 23:53:35
  「えっと、もしもし?」

見知らぬ番号からの連絡に疑問符を付けた白鞘さんの応答。
私はそれに気まずく、用意していた言葉を返す。

「えっと……中学同じだった朝見呉葉……だけど……」

  「え? ――あー、1年の時、確か同じクラスだったよね?」

クラスが同じだったのは1年の時だけ。
私を覚えていたのはきっとあの事件で同じ容疑者だったからだろう。
そんな私がなぜ連絡先を知っているのか疑問に思うのは容易に想像が付くので、先回りして連絡先を得た方法を答える。

「そ、そう。…その、黒蜜さんから連絡先……教えて貰って」

  「そうなんだ、それで――あ、もしかして例の事件の真犯人だったのを隠しててごめん――っ的な話?」

「っ! そ、その通りなんだけど……どうして?」

どう切り出そうか色々考えていたのだけど、あちらからとは想定外。
そして、なぜか彼女は私が真犯人だと知っている口振り……。

  「いやー、タイミング的に真弓ちゃんが解いちゃったのかなって思って……その、ごめんね?」

昨日の今日であの事件の関係者――というか、容疑者からの連絡。
そこから察したという事……だけど、それよりも――

「なんで……謝るのは私だと…思うのだけど」

そう、謝るのは私。
まだ謝れていない……それなのに、どうして彼女が謝る必要がある。

  「んーえっとさ、私、真弓ちゃんにちょっとあの事を愚痴ったみたいになっちゃったから……
  今更、犯人捜しみたいなことになってたなら嫌な思いさせちゃったかなーって思って」

――自分が犯人にされたというのに……この人は……。

私は彼女の優しさに感謝しながらも少し呆れた。
悪いのは元を辿れば私のはずなのに……――謝らないと……。

「いや、ですから……その、あの時ちゃんと私が名乗り出なかったからで、だから――ごめん…な、さい」

もっと丁寧に謝りたかったはずなのに、少し流れに任せてしまった。
それでも、ちゃんと…言えた。

575追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。2:2018/03/18(日) 23:54:08
  「うん、わざわざありがと。もう気にしてないし大丈夫。そりゃ前に犯人が朝見さんかもって聞いたときは驚いたけど……」

――……え? 前に犯人が私かも…って?

今までの話の流れから黒蜜さんが既に伝えていた可能性はまずない。
それに“朝見さんかも”という言葉から“前”と称されたその時点では私だという確証は得られていなかったと考えられる。

……。

「……前に聞いたって誰かから聞いたんですか?」

結局、考えても結論が出そうになく、かと言ってそのまま聞き流すことも出来ず単刀直入に聞くことにした。

  「え? あ、うん。香澄ちゃんに聞いたけど、朝見さんが犯人の場合アリバイ工作――っていうのかな?
  そこまではわからなくて、私としては全然信じてなかったんだけどね」

香澄と呼ばれた人物に初めはピンと来なかったが
黒蜜さんの言うところのC子に当たる人物、確か彼女の名前が香澄――紺谷 香澄(こんたに かすみ)だった。

「……えっと、アリバイ工作なんてものじゃ――いや、結果的にはそうなんだけど……。
でも、どうして犯人が私なのかもって…紺谷さんはわかったんですか?」

  「え? あはは、気を悪くしないでね。わかったっていうよりも、私じゃないなら朝見さんかもしれないねって程度の話で
  香澄ちゃんは朝見さんの様子的に体育後半まで持つようには思えなかったってさ」

――様子的にって……っ! お、お手洗いに並んでる時!?

仕草は極力出さないようにしてはいたが、限界だったし、後ろの紺谷さんにはやっぱり切羽詰まってると思われていた……。
私は右手を額に当てながら力なく口を開く。

「そ、そう……」

  「それで、真相はどうだったの?」

……。

「……余り言いたくないんだけど……」

  「うーん、じゃあ、許す条件が話す事って事でどうかな?」

――じゃあって何よっ!

まさか急にこんなことを言い出すとは……。
だけど、それを言われると言わないわけにはいかない。
嘆息しそうになって私は静かに鼻から空気を出す。

「どこから――」
  「我慢する経緯からでお願いしまーす!」

……。

変な事言わずにさっさとアリバイ工作の話から始めればよかった。
私は今度は明らかに聞こえるように嘆息してから、顔が熱くなるのを感じながら渋々話を始めた。

576追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。3:2018/03/18(日) 23:54:45
――
 ――
  ――

トースト、ハムエッグ、コーンスープ、牛乳。
今日の朝食は珍しく洋食。

「ごめんね、お味噌切らしちゃって」

母は私に謝る。
この謝罪の意味は、ただ、いつもと同じものを用意できなかった事に対するもの。
私は別に洋食が嫌いなわけではないのだから。

「ふう……」

コーンスープを飲み込み一息……ゆっくり食事をする。
和食の時と違って時間の進み方がなんだか遅く感じ……――あれ?

時計を見ると秒針が40秒のところを上ったり下ったり……。

「ねぇ、今何時?」

「え? 時計を見れば――あら、電池切れ?」

母はそう言うとテレビの電源を入れた。
左上に見えた時刻に私は慌てて立ち上がり、残っていた牛乳を飲み干して慌てて準備を始める。

「い、いってきます!」

私は家を出て自転車に乗って学校へ向かう。
赤のリボンだけは髪に結んできたが、その髪もいつもと比べれば少し跳ねてる気がする。
それに、お手洗いも済ませられなかった……。

いつも家で済ませて、学校で1回か2回、利用者の少ないお手洗いを利用する。
今日は2回は確実、もしかしたら3回……。
利用者の少ないお手洗いと言っても全く利用者がいないわけじゃない。
居たら何食わぬ顔で、廊下の掲示物をみたりしてやり過ごす必要があるわけで……。

大きくため息を吐きたいけど、自転車を急がせる私は既に息が上がっていて……、心の中でため息を吐いた。

577追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。4:2018/03/18(日) 23:55:19
――
 ――

1時限目の授業が終わる。
朝、遅刻は免れたが、時間的に利用者の少ないお手洗いへ行くことは出来なかった。
そして家で解消されなかった仄かな尿意は今ははっきりと感じられる。

――昇降口近くのお手洗いなら大丈夫?

あと候補としては視聴覚室近くのお手洗いもあるが、あそこは近くに掲示物がなく、他に人がいるとやり過ごすには通り過ぎるしかない。

私は机の物を片付けて廊下へ出る。
友達の居ない私がどこへ向かうのか……自意識過剰かもしれないが、気になる人もいるかもしれない。
昼休みならだれも気にも留めないだろうけど……それまで我慢するのは流石に厳しいと思う。

廊下に出ると教室棟のお手洗いには短いが行列が出来ていた。
朝のホームルームで先生が言っていた事を思い出す。
ここのお手洗いは故障で、今、個室が一つしか使えないらしい。
しばらく前から四つある個室の内一つが故障していたが、どうも配管関連の故障があったらしく昨日同時に二つ使えなくなったとのこと。
修理は週末に行うらしくしばらくはこのままで、我慢できない場合は2階のお手洗いを使うようにと言っていた。

――そもそも、私には関係のない話なんだけど。

普段からここのお手洗いを使うことはないし、2階の上級生のお手洗いを使うなんて出来っこない。
私は行列の出来たお手洗いを通り過ぎて昇降口の方へ向かった。

誰もいないことを期待して辿り着いた昇降口。
だけど残念ながら先客が入っていく姿を目にする。
私はお手洗いへの歩みを止めて、昇降口の掲示物の方へ身体を向ける。
気が付かれないよう視線だけをお手洗いの方へ。

――さっき入っていった人が出ていけば、入れるかな?

それまでは掲示物を本当に見て時間でも潰せば良い。
部活の勧誘、何を伝えたいのかわからないポスター。

「それでさー――」「へーそうなの?」

後ろを通り過ぎる生徒。
私は気が付かれないようにその人たちを視線で追う。

――ってお手洗い入っちゃった……次は私なのに……。

次と言っても、こんなところで掲示物を眺める私に順番なんてものはない。
それにしても、ここのお手洗いを利用する人が3人もいるなんて珍しい。

最初の人が出てくる。
あと二人出てきたら、今度こそ私の番。

済ませた人が私の後ろを通り過ぎる。
同時に反対側からまた一人生徒が通り過ぎていく。

578追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。5:2018/03/18(日) 23:55:48
――あ、あれ? あの生徒もお手洗いに?

また一人私の順番を飛ばしてお手洗いへ……。

どうしてこんなにここのお手洗いを使用する生徒が多いのか。
いつもならこんなことないはず……。

考えているとまた一人後ろを通る生徒。
皆私と同じ1年……――あっ……そっか…あっちが混んでるから……。

私は考える。
こっちに来たのは失敗だったかもしれない。一部の生徒が教室棟のお手洗いを並ばず、こっちに流れ込んできている。
それなら、今からこの棟の2階にある視聴覚室近くのお手洗いへ行く?

また一人生徒が後ろを通り過ぎるのを見て私は掲示物から離れ2階へ向かう。
階段を登り終えるとお手洗いが見える。近くには誰もいない。
私はお手洗いへ歩みを――

――っ! 出てきたっ!

お手洗いから人が出てきて私は咄嗟に歩みを前に――廊下へ向ける。
そして、出てきた人も私と同じ方へ進路を向ける。

――あぁ、お手洗いから離れちゃう……。

休み時間も残り少なくなってきた。
このままこっち側の階段を下りて教室へ戻るほかない。
我慢はまだできる――次の休み時間はまずこっちへ来て必ず済ませないと。

結局何もせず、教室の自分の席に腰を下ろす私……何してるんだろ。
昇降口の掲示板を見て、しばらくして2階へ移動そのまま廊下を進み反対側の階段を下りて教室へ戻る。
もし私の行動を観察していた人がいるなら不審者以外の何物でもない、意味の分からない行動だっただろう。

下腹部から主張してくる存在感。次の休み時間はちゃんと済ませないと……。
私は視線を自身のお腹へ向けて、ゆっくり目を閉じ、ため息を吐いた。

579追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。6:2018/03/18(日) 23:56:53
――
 ――

――次の休み時間まで……あと10分。

割としたい。早く済ませたい。
下腹部が軽く膨らんでるのがわかる……尿意が大きくなってきてる。
それは、それなりに差し迫ったものになっていて……。

――でも大丈夫、まだ我慢は十分できる……あと3分……。

仕草もまだ出すまでもない。十分我慢できる。

普段お手洗いに行くには遅すぎるくらい溜まってはいるけど、昔とは違う。
あの頃と違って我慢することにはそれなりの自信がある。
仕草に出さないのも多分得意な方。

誰にも知られず、利用者の少ないお手洗いで済ませて、何事もなく教室に戻って来たらいい。

<キーンコーンカーンコーン>

チャイムが鳴り授業の終了を告げる。
日直が号令を出して黒板を消し始める。
私はまだノートに写していなかったところを慌てて書き込み、教科書や筆記用具を片付ける。

――っと、向かう先は視聴覚室近くの2階のお手洗いっ!

私は立ち上がって教室を出る。
焦らず平静を装いまずは渡り廊下を使ってあっちの棟へ。
この前の休み時間とは逆のルートで視聴覚室近くのお手洗いを目指す。

渡り廊下を越えて階段を使い2階へ上がり、お手洗いのある方へ視線を向ける。
お手洗いは反対側の階段に近い位置にあるが、今のところ廊下には誰もいない。
さっきの休み時間は1時限目に移動教室があったはずだから、利用する生徒が居たわけであり
今日は2時限目と3時限目にこの辺りの特別教室を使う生徒は居ないはずなので、私のような稀有な人がいない限りは大丈夫なはず。

――“はず”ばっかりだな……だけど、よし……もうすぐ――

「こっちだよ」
「うぅーやばいー」
「あはは、わざわざこっちのトイレ使いに来なきゃダメとかギリギリかよー」

――っ!!

お手洗いに入る直前、階段から足音と声が聞こえてくる。
このまま見つかる前に個室へ入るべきか、やり過ごすべきか迷い歩みが止まる。

――っ、だ、ダメ、もう見られるかも!

迷いなく歩みをお手洗いの中へ向けていれば個室へ入れたはず。
だけど、迷いがその判断を遅らせて階段から駆け上がってくる足音はもうそこまで来ていて……。

私は足音がする方へ自ら歩みを進め、駆け上がってくる生徒とすれ違う。

580追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。7:2018/03/18(日) 23:57:35
「はい、先にどうぞー」
「ごめーん」『やばい、早くっ! でちゃう!』
「先にしないともらしちゃうもんねー」『もう、本当かわいいなー』

――っ!。

不意に聞こえる主張の大きい『声』。それと……我慢してる生徒を見て興奮を含んだ『声』。
前者は本当にギリギリの『声』だった。

私は階段を下りる。
視線を昇降口の方へ向けると、廊下に2人ほど並んでいる。
どうやら、これが我慢できず2階のお手洗いへ向かったらしい。

……。

今度は視線を上に向ける。
さっきの『声』のためか、鼓動が早くなってる……。
あんな目で見られるなんて想像もしたくない。

私は深呼吸をして視線を下ろす。
結局上の個室へ入っていたとしても、音を聞かれたり出るところを見られてたりしたわけだから
選択を間違ったとは思わない……だけど――

――どうしよう、どこのお手洗い……。

2階のお手洗いは個室の数が少なく2つ。
3人向かっていったから完全に使用者が居なくなるまで4〜5分後くらい。

「わ、昇降口のも混んでるよ……上いく?」
「そだね、上いこっか?」

階段を上がっていく二人……。これで上は個室2つに5人……5〜6分の順番待ちくらい。
休み時間の10分は既に2〜3分ほど消費されている。
上の階のお手洗いを使うという選択は難しくなった。

――……た、体育館の……1年はこの時間と次の時間体育ないけど……。

他の学年までは把握しきれていない。
だけど、私のクラスは4時限目が体育だが、全生徒共有である更衣室に上級生が残っていたことは今まで一度もない。
つまり次の時間に体育があるクラスは存在しないことになる。
更衣室での着替えの問題上、体育の授業は5分ほど早く終わるからさっきまで体育の授業があったとしても
既にお手洗いを終えて更衣室の中、もしくは着替え終えているということになる。

――うん……よし、体育館にしよう。2階はまた人が行くこともあるかもだし……それに――

あの『声』は嫌い……。
私は昇降口とは反対側へ歩みを進め体育館へ向かう。

――また私、変な行動してる……さっきはこの上を反対方向へ歩いてたのに……。

入学当初は他のクラスの時間割がわからず、苦労したこともあったが
今は何時、どこのお手洗いが利用者の少ない場所かある程度見当が付く。
だからこそ、今回のようなことは稀で――だけど、今回も大丈夫……間に合う。

廊下を進み体育館へはもう少し。
此処の階段の横を過ぎれば――

581追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。8:2018/03/18(日) 23:58:15
「わっ!」

――っ!

突然、身体に軽い衝撃を感じて私はよろめく。
それと同時に聞こえた声と散らばるプリント。

……状況は、とりあえず把握できた。

「あちゃー……って呉葉ちゃんじゃーん!」

状況は理解してはいたが、私に呼びかける声に聞き覚えがあり視線をその声の主へ向ける。

「っ! 黒蜜さん……」

教室棟への渡り廊下から出てきて私とぶつかったのは、同じクラスの黒蜜さんだった。

――でも、どうして、黒蜜さんがプリントを……?

彼女は日直でもないし、提出するようなものは出ていなかったはず。
私は廊下に散らばったプリントに視線を向ける。

「これって、さっきの授業で先生が集めてた……」

それはさっき行われていた授業中に提出した問題プリント。

「そそ、先生集めるだけで置いてっちゃうんだもん」

そう言って黒蜜さんが腰を落としてプリントを集める。

「あ、ごめんなさい、私のせいなのに」

それを見て私も慌てて拾い集める。

「気にしないでよー、私もちょっと考え事してたし、ちょうど出会い頭って感じだったし」

仕方がない、そう続ける黒蜜さん。
早足気味だった私、考え事をしていた相手、ちょうど出会い頭。
注意してれば避けられなかったわけじゃないが、非があるのはお互い様。

ただ、お手洗いに行きたいがためにうろうろと変な行動をしていた私と
日直でもないのに問題プリントを先生に届ける黒蜜さんとでは使命の質に差があり過ぎる気がするけど。

――でも、良かった……通り過ぎてるのを見られてたら体育館へ向かう所見られてたし……。

「これで最後っと、……えっと、私は19枚だからそっちは16枚あればちょうどかな?」

私は枚数を確かめる。
早く数え終え、これを渡し黒蜜さんが職員室へ入って……――そうしたら体育館のお手洗いへ。
休憩時間の残りはもう4分程度で……時間的余裕はあまりない。
まだ、尿意は限界じゃない。
だけど、早くしないといけないという気持ちが焦りになり、一枚ずつ数える手が上手く動かず逆に時間がかかってしまう。

582追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。9:2018/03/18(日) 23:58:51
「13…14……15枚? あ、あれ?」

「足りない?」

私たちは周囲を見渡す。だけど、プリントらしきものが見当たらない。

「んー、数え間違いかな? もう一度数えてみよ?」

そう言うと黒蜜さんはまたプリントを数え始める。
私も慌てて数え直す。

「こっちはやっぱり19枚だった」

「12…13…14………ごめん、16枚でした」

「よかったよかった、んじゃこれ出してくるねー」

黒蜜さんは笑顔で私が集めたプリントを受け取ると、職員室の方へ向かう。
ぶつかった事にも、数え間違ったことにも嫌な顔一つせず……。
頭脳明晰でスポーツ万能、気さくで人気者でコミュ力が振り切れてるような人。
あーちゃんのように眩しいくらいの人だけど……どこか必要以上に利他的な印象を感じる。
私が友達と言える立場にないからかもしれないけど、どこか薄い壁を一枚隔てて接しているみたいで。

あーちゃんなら、数え間違いに冗談っぽく怒った気がする。
あーちゃんはもう少し自分勝手で、無邪気で……それなのに私にとって正義の味方のような人だった。

……。

――そんな事、思い出してる場合じゃないけど……時間的にもう間に合わないか……。

済ませる時間はあるが、教室に戻るには走ってもギリギリくらいな時間。
数え間違いがなければ、1分程度早く黒蜜さんと別れることが出来たと思うから……――済ませられないのはきっと私のせいだ。

――だ、大丈夫かな? 次の授業……まだ我慢できるし、1時間くらいなら……大丈夫…だよね?

小さいとは言えない不安を感じる……。
だけど、私は不安から目を逸らすようにして足を教室棟への渡り廊下へ向ける。
自覚できる程度にはゆっくりとした迷いのある足取り……だけど、悩んでいても時間は戻らない。

教室に戻り、自分の席へ座る。
下腹部に感じる確かな重さ――それは、解消されていなければいけないはずのもの。

でも大丈夫、きっと――絶対我慢できる……。
じっと座っていれば大丈夫、そんな気がする。
決して我慢できない尿意じゃない。水分も朝以降取っていない。

「はぁ、トイレ混んでたー」
「そう見たいだね、昇降口の方も混みだしてるらしいよ」
「次私たち体育でしょ? 体育館のトイレあるし、わざわざそこのトイレ並ばなくてもよくない?」
「そだねー、二階とか論外だしー」

クラスの元気のあるグループからお手洗いに関する話題が聞こえる。
体育館のお手洗い……さっきはあれほどまでに使いたいと思っていた。
だけど次の休み時間、きっとクラスメイトの数人、もしかしたら十数人がそこを利用するかもしれない。
順番が回ってこないということは恐らくない。けれど、それなりに混み合うのは間違いない。

――使えない……使いたくない……けど。

使えないわけじゃない。
使わなければいけないなら、使うしかない。

皆が使うトイレ……私はそこにいる“皆”の内の一人……気にする必要なんてない。

<キーンコーンカーンコーン>

気持ちが憂鬱に沈む中、授業開始を知らせるチャイムが鳴った。

583追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。10:2018/03/18(日) 23:59:26
――
 ――
  ――

  「ぷっ、ちょ、なんで朝見さんの学校生活、トイレの使用がハードモードなの? くっ、ふ、あははっ」

携帯の向こう側で、笑いながら質問してくる。
当時の事を思い出しながら話す中、私が人目を避けてトイレに済ませていることを話してしまったせいで……。

「……切ります」
  「わー、ごめん、――って言うか全然真相までたどり着いてないじゃん、我慢する経緯だけじゃん!」

恥ずかしいのを我慢して、そこから話してほしいと言われた我慢する経緯。
それを“我慢する経緯だけ”って言われ、半ば冗談を交えて切るといった言葉を一瞬本気で考える。
だけど、白鞘さんは当時私のせいでもっと辛い経験をしてしまったわけで……私の話で気が少しでも晴れるのなら話を続けるのが道理。
それに……これは私の身勝手な理由だが、自分自身を許す為でもある。

  「ねぇー話してよー」

「わかったから……お願いだから余計な突込みとか言わないで、は、恥ずかしいから……」

私は深呼吸して気持ちを落ち着ける。
ちゃんと話して、許して貰って……ちゃんとケジメを付けないと。

私は再び当時の事を思い浮かべて、言葉を選んで話を続けた。

584追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。11:2018/03/19(月) 00:00:18
――
 ――
  ――

――これ……間に合うよね?

少しずつ我慢が辛くなって来ていたが、なんとか大丈夫だと感じてもいた。
だけど、授業が始まって35分を過ぎてから急激に尿意が膨れ上がって……。

――したい……お手洗いに…おしっこ……したい。

もしかしたら我慢できないかもしれない。
そんな、思いが込み上げる。

――だめだめ……そんなの……――だったら…先生に?

そう、手を上げて言えばいい。
お手洗いに行かせてくださいと言えば何も心配はいらない。

――……そんなこと出来るなら……今、こんな辛いことになってないっ……。

人気のないお手洗いを選ぶ私なんかが、そんな恥ずかしい申告を出来るわけない……だから、ちゃんと我慢するしかない。
そう自分に言い聞かせて腰を小さく揺すり、椅子にその欲求を宥めてもらう。
一番後ろの席とは言え、隣には手を伸ばせば届きそうなところにクラスメイトがいる。
下手な我慢の仕草が出来ない。しちゃいけない。

手で押さえたい。押さえつけたい。
机の上で握る手をもう片方の手で抑え込む。

「っ……」

不意に感じる尿意の波。押さえたい手を必至に机の上に止まらせる。
だけど、波は大きくなり続け、ただ我慢に集中するだけじゃ抑えが効かなくなる。

――っ……だめ、落ち着いてっ、我慢…がまん……うぅ……。

伸ばされていた背筋が前に傾く。力を籠めるために顔が下を向く。
それでも間に合わず、足を不自然に絡ませて小さく震わせる。

――あ……っだめ、我慢して、我慢……こんなの…我慢してるってバレちゃう……お願いだから治まってよっ!

その気持ちが通じたのか波はどうにか引いてくれた。授業の残り時間は6分……。
だけど、もう限界が近い……早く授業を終えて、体育館のお手洗い――っ……待って?

気持ちが先走りしたことにより気が付いた。
体育館のお手洗いに行く前に更衣室で着替える必要がある。
そうじゃないと、私だけ我慢できないから先にお手洗いに行くみたいで……そんなの許容できることじゃない。

――だ、だったら……どうする? 更衣室に行ったとして……普通に着替えられる?

今にもスカートの前を押さえてしまいそうな机の上の手……それに視線を向けながら真剣に考える。
だけどそれは考えるまでもないこと。
今の状態で平静を装い着替えたり出来ない。身体をくねらせながら着替える恥ずかしい姿しか想像できない。

――それなら…やっぱり昇降口かその上の視聴覚室前のお手洗い……でも……。

これまでの休み時間の経験から、走っていかないと結局順番待ちの可能性がある。
お手洗いまで走る……それじゃ駆け込むところを見られたら限界って言ってるようなもの――そんな姿見られるなんて絶対に嫌。
それに廊下を走るのは校則違反、万が一先生に咎められ、足止めを受けたりしたら……。

……。

万が一じゃない。
昇降口のトイレへは一年の教室を4つも超える必要がある。
授業が終わった直後でそのすべての教室から先生が出てくるのは容易に想像が付く。

585追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。12:2018/03/19(月) 00:01:03
――……視聴覚室のお手洗い、さっきの時間通ったルートなら……
いや、結局ダメか少なくとも今此処で授業をしてる先生には走ってるの止められるはず……。

厳しいことでそれなりに有名な先生……引き留められないはずがない。

私は小さくため息を吐いて時計を見る。
もうすぐ授業が終わる、待ちわびていたこと……だけど、どう行動すべきか決まっていない。

私は意味もなく視線を彷徨わせる。
そんなことをしても答えが見つかるわけない……。

――? あれって白鞘さんだよね?

前の席で落ち着きがない生徒を見つける。
彼女は白鞘英子……その動きにピンと来て私は意識を『声』に集中する。

『っ……トイレ…おしっこ……早くしないと、ほんとにやばいよ……』

微かに聞こえる主張の大きい『声』。
それは私が想像していた通りのもので、私と同じかもしかしたらそれ以上に切羽詰まったもの……。
白鞘さんはどうするのだろう……恥を忍んで2階のお手洗い、着替えずに先に体育館のお手洗い。
私と違って選択肢は多いのだろうけど……。
もしかしたら、彼女の行動に私が探している答えがあるかもしれない。

<キーンコーンカーンコーン>

チャイムが鳴り白鞘さんが起立の号令を言う。

――っ! ……これ、思ってたよりずっと……いっぱい……。

背筋が確り伸ばせない。それほどまでに下腹部に沢山の……。
私は視線を白鞘さんへ向ける。彼女は机に手を付き前かがみの姿勢。……私よりも辛そうに見える。

「礼っ」

彼女のその言葉に私を含めたクラスメイトが皆礼をする。
その直後、誰かが駆け出す音がして私は顔を上げる。
呆気に取れる先生を尻目に、教室の前の扉から廊下へ飛び出したのは号令を掛けていた白鞘さんだった。

『間に合うっ! トイレ、早くしないと順番待ちになっちゃう!』

廊下……私がいるすぐ横を駆けていくとき『聞こえた』。

――そうだ、教室前のお手洗い! 授業が終わった直後なら並ばずに済む!

それに私の席からお手洗いは非常に近い。他のクラスの人が同じように急いだとしても距離的な有利がある。
……先入観から此処のお手洗いは使えないと思っていた。
私も慌てて机の上の教科書を纏めて引き出しに入れる。

586追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。13:2018/03/19(月) 00:02:01
<ガシャ>

――っ!

引き出しに入れるはずの筆記用具が音を立てて床に落ちる。
大きい音ではなかったが近くのクラスメイトがこちらに視線を向ける。

私は慌てて、でも下腹部が圧迫されないように慎重に屈む。
チャックを閉めていなかった為、筆記用具入れの中身が散らばっていて……。
こんなことしてたらダメなのに、順番待ちになっちゃうのに。
それでも、これをそのままにしてお手洗いに走るなんてこと恥ずかしくて出来ない。
拾っている間も、尿意は膨らみ踵を使いさり気無く押さえて……こんなに我慢してるのに。

全て筆記用具を拾い集め、筆記用具入れに詰め込み、引き出しにしまい……その動作の一つ一つはほんの些細な時間。
だけど、廊下に出たときにはお手洗いに入っていく人が一人二人……私はその後ろに並んだが、結局私は4番目。

――白鞘さんは個室の中……っ、すぐだったら……筆記用具を落としてなかったら、私がその…次だったのに……。

足踏みしたい。
手で押さえたい。
屈んで踵で押さえたい。
歩き回っていたい。

……。

だけど……だめ。抑えて……平気な顔して並んで……。
自分自身に言い聞かせる。前に3人なんて大した数じゃない。
一人2分掛かるかどうか6〜7分後には個室の中。
朝からずっと我慢出来て来た、さっきの授業も切羽詰まってきていたけどなんとかなった。

――あと少し……っ! あぁ、したい……おしっこ……我慢……しなきゃ、なのに……なんで……。

もう少し、あと少し。
だけど、だんだんと尿意が膨れていくのがわかる。
それは思っていたよりも遥かに早い感覚で限界に近づいていく。
さっきまでは座っていたから落ち着いていられただけ。
今は立っていて、視線があって思うような我慢の仕草が出来なくて……もうすぐって油断もあって。

「あー、やっぱり……」

私は背後で聞こえた声に身体を強張らせる。

「ねぇねぇ、朝見さん?」

私を呼ぶ声……私は少し俯いて視線を合わせないようにして振り向きその人を確認する。
それは確か同じクラスの――えっと…紺谷香澄さん? だった。

「えっと、この行列我慢できる?」

「っ!! だ、大丈夫ですっ」

突然の言葉に私は焦りそう返して逃げるように視線を前に向ける。

「そ、そっか……」『はぁ、やばいな……割と漏れそうだよ……』

――え……『声』が…紺谷さんも……?

だけど、そんなこと心配してい場合じゃない。
『漏れそう』と表現しているが、私の尿意とは比べるまでもない程に余裕がある。

「うーん、私別のトイレいくわ」

そう言って後ろから私の肩を一回軽く叩いて列を抜ける。
私は少し前に言った彼女の言葉の意味を理解した。

たぶん……他のお手洗いに一緒に行こうって……そういうつもりで言った言葉。
それに対して私が返した言葉は、きっと紺谷さんにとって断りの言葉だった。

――だ、だからって…言い方……っ、一緒に、行くべき……だったのかな?

587追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。14:2018/03/19(月) 00:03:03
ようやく個室の扉が開き、白鞘さんが出てくる。
あと私の前に二人……。

「っ……」

急な波に足が震える。前には二人――あと二人なのに……。
幸いなことに後ろに新たに並んでくる人はいない、前の人はこっちを見ていない。廊下にいる人もそれほど多くはない。

――……っだめ…ダメなのに……。

足をクロスさせたり小さく腰を揺らして……そしてさり気無く手をスカートの前に持って行って……。
そのままその手でスカートに谷を作り、そして指先を持ち上げるようにして押さえて……。

あと少し。
波を抑え込んで、落ち着かせて……。
ほんのわずかな時間だけ押さえて――そのつもりだった。

――……や、な……なんで……早く、お願い、治まって……早くトイレ…おしっこ……っ…。

離せない。離せば溢れてしまうかもしれない。
こんな……はしたない恥ずかしい姿……続けたくないのに、見られるかもしれないのに、嫌なのに。

「えー並んでるじゃーん」
「どうする? 次私ら移動教室だから時間ギリギリかもだけど」

廊下で話す声が聞こえる。
手を離しかけるが――だめ、まだ離せない。
でも、後ろからなら……多分押さえてる所なんて見えないはず。

「昼休みでいいや」
「さっきの時間も行けなかったんじゃないの? 大丈夫?」
「えー、なにそれ? 大丈夫だって、中学生にもなって我慢できないとかありえないじゃん?」

<じゅ……>

――ぁっ……や、嘘? 我慢できないとか……ありえない……ありえないのに……。

それは下着に小さな染みを作る程度の極僅か失敗。
だけど、後ろで喋っていた二人の会話が、そんな私を馬鹿にしているみたいで……。
でも、実際その通り……それは自分自身が一番よくわかってる。

誰かにお手洗いに行くところを見られるのが嫌で、済ませることのできる機会を何度も逃して、我慢できるって過信して……本当に馬鹿……。

<ガチャ>

私はその音に視線を上げる。それは個室の扉が開く音。
そして当然中から人が出てくるわけで、私は前を押さえていた手を慌てて退ける。

588追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。15:2018/03/19(月) 00:03:53
<じゅ…じゅぅ……>

――ぁ……や、だめっ出ないでっ!

手を離したことで抑えが効かなくなり、下着を再び熱く濡らす。
下着だけじゃない、不快な感覚が内腿を一筋……。
私はそれを誤魔化すように足を擦り合わせる。

限界まで張り詰めた膀胱が震え、溢れてくるのを確りと堪えることが出来ない。
視線がある中、手でスカートの前を押さえることが出来ず、ただ真っすぐに下ろされた手は意味もなくスカートの生地だけを握りしめる。
熱く荒い息を漏らさないように出来ているのか自分じゃもうわからない。
周りから見て平静を装えているのかわからない。

個室から出てきた生徒は手を洗い終えて廊下へ。
個室の中に一人入って、私の前には残すところあと一人。

私は再び前を押さえる。
恥ずかしく濡れた下着……それをスカートの上から押さえる行為がスカートも汚してしまうということだとわかっている。
だけど、そうしないと、押さえないと我慢できない……。

下着の水分がスカートに移り、押さえる手に少しずつ湿った感覚が伝わる。
学校で……すぐ近くに人がいるのに……見えていない部分だけじゃない、スカートにまで染みを作り始めてる……。
大変なことをしてしまってる……そう自覚してるのに。

――っやだ、またっ! だめ…来ちゃうっ……んっ!

押さえることでどうにか押しとどめていたはずだった。
それなのに――

<じゅう、しゅぅ……>

スカートの押さえ込まれた部分、手で触れているスカートの生地から熱い感覚が浮き出す。
押さえたまま視線を落とすと押さえている手の周りのスカートが僅かに色を変えていて……自分がしている失敗の大きさを理解するには十分だった。

――ダメだっ…んっ! だめ、間に合わない……もう、間に合って……ない? いやっ、そんなの……。

もう誤魔化せるレベルの被害じゃない。
目の前にはまだ一人いて、しばらくすれば個室からまた人が出てくる。
個室の中では今まさに水を流す音が聞こえる……もう数秒先……私は――

我慢出来ない尿意に焦り、視線を向けられ失敗が――おもらしが見つかってしまう恐怖。
胸が苦しくなり息苦しくなるが、呼吸を乱すことも出来ない。

<ガチャ>

個室の扉が開く音。手を離すことはもうできない。私は咄嗟に身体の向きを壁側に少し変え下を向く。
見られているのか、見られてないのか分からない。……確かめるのが怖い。
直ぐ近くの洗面台で水の音が聞こえ、個室の方では扉が閉まる音がする。

<じゅ……>

そんな短い時間の中でも尿意は膨らみ続けまた溢れ、スカートの染みを更に拡げてしまう。
今、おもらしが見つかったら、声を掛けられたら……その人の目の前で惨めに尿意に屈してしまえば。
その姿が浮かび目の奥が熱くなっていく。

<コツコツ……>

洗面台から離れていく足音。
極度の緊張が解けていくのがわかると同時に涙が床に落ちる。

「(んっ……ぁっ! や、あぁ……これ、もうっ……)」

緊張が解けたためなのか尿意がさらに膨れ上がりこれ以上我慢できなくなる。
膀胱が断続的に収縮して下腹部を波打たせて。

589追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。16:2018/03/19(月) 00:04:38
<ガラガラ>

背後……廊下で引き戸の音がする。その音は――私の教室?
私は震える足を動かし、洗面台の方へ身体を向けて、数歩だけ廊下の方へ歩みを進める。
そこから視線だけを廊下の方へ移すと教室の後ろの扉が閉まっているのが見て取れた。

――と、戸締りっ…?

鍵を閉めるわけではないので余り意味のあることではないが、体育の時は教室の扉を閉じておくことに決まっている。
だけど、私が今気にしているのはそういう事ではなくて。
……教室にはもう日直の白鞘さんしかいないという事。
そして、その白鞘さんももうすぐ前の扉か出て行き、教室が無人になる。

……。

私は個室へ一度視線を向ける。
まだ1分程度は開くのに時間の掛かるであろう場所。
今はその1分が果てしなく遠く、そして開いたとき今個室にいる彼女には私の失敗を知られてしまう可能性が高い。

――だから、教室で……? ちっ、違う! 一時的に視線のない、所に…避難してっ…そ、それから済ませに…戻れば……っ。

「(あぁ、ダメっ)」<じゅ……じゅうぅ……>

再び広がる熱い感覚。スカートもこれ以上水分を吸うことは出来ない……それほどまでに押さえ込まれた前の部分は濡れてしまって。

それでも尚、際限なく高まる尿意に座り込みたくなる。
もし今お手洗いに新たに人が来たら……どうすること出来ない。
この上ない醜態を曝してしまう。

<ガラガラ>

再び聞こえる引き戸の音。ただ、今度は教室の前から聞こえた。
私はお手洗いから顔を出して、その音が白鞘さんの出ていく音だと確認した。

――……んっ、廊下には……人いるけどっ…近くには、居ない…し、……教室に入るくらいならっ……。

私は片手でスカートの前を押さえたまま、自分の教室へ走る。

「はぁ……はぁ…んっ! あぁ……」<じゅう、じゅうぅー…>

押さえる手を超えて手の甲にまで熱水が伝わる感覚。
私は慌てて扉を開けて教室に入り、後ろ手で扉を閉めた。

「あっ、あ、っ…だめっ……」
<じゅ、じゅうぅー…じゅぃー…じゅうぅー――>

【挿絵:http://motenai.orz.hm/up/orz70747.jpg

上半身を前に90度近く倒して必死に押さえてるのに止められない。止め方がわからない。
くぐもった音を響かせ、押さえるスカートに染みを広げ、足に熱い流れを何本も感じて、スカートの中から溢れる雫が教室の床を鳴らして……。

「はぁ……っ、ぁぅ……はぁ……んっ」
<じゅうぅ――><ぴちゃぴちゃ>

お手洗いに戻るなんて、出来るわけがなかった。
ただ、人目を避けること……教室に戻る選択をした時点で、結果は見えていたのかもしれない。
お手洗いで待つ選択。それが出来なかったのはスカートの染みを見られる恐怖や恥ずかしさだけじゃない。
開くまで持ちこたえてる私が想像できなかった……。

590追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。17:2018/03/19(月) 00:05:20
「はぁ……はぁ……っ」
<ぴちゃぴちゃ…>

くぐもった音は止み、水たまりを鳴らす音も静まって……。
教室なんかでしてはいけない、恥ずかしい失敗――おもらしが終わる。

極度の我慢から解放されてふわふわした感覚を感じるが、次第に後悔と悔しさが湧きあがる。
だけど、その気持ちも長くは続かず、すぐにこの醜態が見つかる恐怖に捕らわれる。

――こ、こんなとこ…誰かに見られたら……えっと…とりあえずは――

着替え……この言い訳の効かない見っとも無い姿の解決。
次は体育だったことを思い出し、ポケットからハンカチとちり紙、机の横から体操着入れを机の上に置く。
周囲を見渡した後、濡れたスカートを脱ぎ、下着も迷った挙句脱いで、ハンカチやちり紙で足や靴下などを確りと拭う。

そして体操着をそのまま履いて――――下着なしってなんだか気持ちが悪くて落ち着かない――――上の制服も脱ぎ着替え終わる。
濡れた服は持っていたコンビニ袋に丸めて入れて口を結び、更にそれを袋に入れて二重にする。
そしてそれをカバンの一番奥へ隠すように押し込む。

可能な限り急いで着替えはしたが、僅かな時間でも恥ずかしい姿を晒していたことに不安と情けなさを感じる。

そして――

「……これ、どうしよう……」

自分の机のすぐ後ろに出来た大きい水たまり。
これをどう処理すべきか……バケツや雑巾は教室にあるがそれをもってお手洗いを往復なんて出来るわけもない。
ましてや授業開始の時間も迫っていて先生に見られたら咎められ――……授業開始?

――体育……遅れたらだれか探しにくるんじゃ?

以前、何も言わずに保健室へ行った人がいた。
体育に来ないその一人の生徒を探しに、体育係が更衣室や教室、保健室を探しに行っていた。

私は時計に目を向ける。
授業開始まで残り1分と少し。
これをどうにかしていては探しに来たクラスメイトに見られる可能性が出てくる……。

だからと言って、このままにして体育に向かえば、教室に戻ってきたとき当然これは発見される。
そして、一番教室を出るのが遅かった人、つまり体育に来るのが一番遅かった私に疑いが向けられる。

――どうしよう…どうしよう……。

私が失敗したって誰にもバレない方法。
どうすれば疑いが掛からない?

……。

――っ! そうだ、日直の白鞘さんは自分が教室を出たのが最後だと思ってるはず!

だったら、更衣室に着替えに言った白鞘さんより早く体育館へ辿り着ければ疑いはこちらには向かない。
問題は、間に合うかどうか。
私は一縷の望みに賭け、体操着の袋に被害のない制服の上を入れ、それを持って教室を飛び出す。

更衣室前を通るとき足音を抑え、人の気配を伺う。

――……あれ? 音、微かに聞こえる……。

そうあって欲しいとは願っていたが……それは意外な結果だった。
白鞘さんが教室を出たのは私が教室に戻る前。
つまり私が恥ずかしい失敗を終え、さらに着替えるまでの時間、彼女は更衣室に居たことになる。
着替えは直ぐに終わらせたし、ありえない話ではないが……。

私は白鞘さんが出てくる前にその場を後にする。
手に持った体操着の袋は体育館に行くまでの廊下にある掃除用具入れに居れて
あとは……恥ずかしいけど理由をつけて体育を抜け出し
保健室で下着とスカートを借り、隠した体操着の袋もって更衣室へ置きに行けばいい。

<キーンコーンカーンコーン>

体育館へ着くと同時にチャイムが鳴る。
白鞘さんは――居ない。
更衣室にいたのは白鞘さんで決まり……私は安堵から溜め息を吐いた。

591追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。18:2018/03/19(月) 00:06:21
――
 ――
  ――

「以上……です」

今にして思えば私が視聴覚室近くのお手洗いに行かなかったのは順番待ちとか先生に咎められるとかだけじゃなかったと思う。
意識するのも嫌でなるべく考えないようにしていたが……あの時あの場所で聞いた『声』……使いたくなくなるには十分な理由だった。

「その……白鞘さんに疑いが向くとはその時は考えてなくて……本当にごめんなさい」

私は再び謝る。
恥ずかしさもあり、掻い摘んで話したため時間にしてみれば10分にも満たない話。
事件における重要な所は話せたと思うので……これ以上追及は出来ればやめてほしいところ。

  「なるほどね、――って言うか、……なるほどねー」

なぜか“なるほど”という言葉を続ける。
一回目は納得のいった語調で、二回目のは落胆したような語調。

「えっと……?」

  「え、あぁ、トリックがわかったのと……あぁ、私のミスか〜――って事」

――私のミス?

ますますわからない。
さっきまでの私の話に白鞘さんが気にするようなミスがあっただろうか?

  「聞きたい? ――って言うか、聞いて欲しいのかも……」

「えっとよくわからないんだけど……?」

私の問いに携帯越しでも変わるくらいの深呼吸をして白鞘さんは答える。

  「わ、私も……間に合って無かったのよ…ね」

少し言い淀み、恥ずかしそうに言う白鞘さんの言葉。直ぐには理解できなかった。

  「つ、つまりは個室に入った瞬間に下着がもう、えっと――そう、濡れ濡れだったのよ」

「へ?」

私はようやく彼女の言う意味を理解して――でも呆気に取られた。

白鞘さんはあの日、私と同じく恥ずかしい粗相をしていた。
あの時の彼女は確かにもの凄く切羽詰まっていたし、それ自体あり得ない話じゃない――ないけど。

  「あの時は本当に焦ったわ、トイレは順番出来てきて、中で変に処理してたら感づかれるんじゃないかって思って最低限の事だけして適当に出て来たわ良いけど
  もう本当、どうしようもないくらい濡れ濡れで、教室に戻ってもわざと踏み台使わないように黒板消してみんなが居なくなるまで時間稼いだり
  ジャンプして風入れれば、乾くかなーとか思ってみたり……」

「……ジャンプじゃ無理でしょ……じゃなくて、なんでそんな話をわざわざ……」

話さなければ誰にもその失敗を知られることはないはずなのに。
白鞘さんは一呼吸置いてからさっきまでの勢いに任せた喋り方ではない、落ち着いた語調で言葉を紡ぐ。

  「初めは真犯人に本気で怒ってたけどさ……同じ日の同じ時間くらいにおもらししちゃうとか、考えれば考えるほど可笑しくてさ
  謝罪の手紙も貰ったし、おもらししちゃった同士、変な仲間意識勝手に感じちゃって……その子――朝見さんの事助けられたなら別にいいかなって思えてね」

……。
そう、私は彼女に助けられた。

  「更衣室行く前に保健室で下着を貰いに行ったのも、カバンの中に濡れた下着を隠してたせいで強く反論できなかったのも
  それが、誰かの為になったって思うとまぁ、少し腹が立ったけど、なんだか気が楽だった」

保健室で下着……。白鞘さんは更衣室に長くいたわけじゃなく、先に保健室へ寄っていたから……。
反論だってそう。そもそも皆が着替えた後三人が誰にもすれ違わず入れ替わりに着替えるのは不可能ではないとは思うが時間的に厳しい。
授業が始まる直前には更衣室に居た白鞘さんは誰かが嘘を付いているって思っていてもおかしくなかった。
それでも反論材料には弱いそれで強く反論すれば探偵役の人たちを煽ることになり、持ち物検査なんてことを言い出しかねない。

592追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。19:2018/03/19(月) 00:06:44
  「でも、仲間意識感じてたのって、私だけじゃない? だって知らなかったでしょ私がおもらししちゃってたって
  ほかの皆が事実とは違うにしても私がおもらしをしたって思っていたのに、貴方だけはしてないって思ってた」

……。

  「だから決めてたの、名乗り出てきたら必ず自分の失敗も言おうって、本当は私も仲間だったって」

「……良い人過ぎない?」

  「あはは、もっと崇めてよ
  まぁ、おかげで、誰かのこういう話を聞いて楽しめるようにもなったし」

「そう――って、楽しむって…え?」

なんだか、感動する良い話のようにまとめられたけど、最後の言葉に引っかかる。

  「え、だから我慢とかおもらしの話。こんな事件あったから余計に考えちゃって、なんか気が付いたら好きになってたよ」

……。
つまりは私に我慢の経緯から話をさせたのは――

「――へ、変態じゃない!」

  「まぁ、そうかも。朝見さんのおかげでねっ」

「っ……!」

そのことに関しては後ろめたいことが多すぎて言い返せない。
私に我慢の経緯から話をさせたのは変態的な理由なのに……。

……。
わかってる、それだけじゃないって……。

白鞘さんが自身の失敗を語るとき恥ずかしがっていた。
話し始めても妙に饒舌で、勢いに任せて話していた。
言う勇気が足りなかったから、先に私に語らせた。

白鞘さんは「私と同じだよ」って私に伝えたかったわけで……。
変態的な理由はあるのだろうけど、概ね私のためにしてくれた行動。

――ありがとう……。

口にはできなかったが、心の中でそう呟いた。

593追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。-EX-:2018/03/19(月) 00:08:45
**********

「そんじゃーねー」

私は携帯を切る。
机に両手をついて大きく嘆息する――き、緊張した……。

自身の失敗を話すことも、そういう話が好きと言う事も始めて話した。
緊張を悟られなかったか、明るく振舞えてたかのかどうか――

「電話終わったー?」
「っ!!!」

背後から聞こえる声に驚く。
恐る恐る振り返った先には髪の毛にリボンを大量につけた友人がいて……。

「す、紗……ど、どこから聞いてたの……」

「えっとねー、『確か同じクラスだったよね?』ってところからだったかなー?」

「最初からじゃん!」

あぁ、死にたい!

「気にしないでよー、私もそういう話嫌いじゃないしー」

「うー……それより、何か用事でしょ……」

話を続けてほしくなくて、本題を催促する。
彼女は悪戯っぽい表情をやめて、明るい顔で口を開く。

「うん、再来週に文化祭する高校があってねー、そこ行こうかと思ってるんだけどー」

――再来週? 確か真弓ちゃんもそんなこと言ってたような?

「それって、駅近くにある女子校の?」

「そそ、よくわかったねー。
それで、どうするー? 一緒に行くー?」

リボンだらけの長い黒髪を揺らしながら私を誘うその姿は……いつもながらちょっと怖い。
さらに言えば弱みを握られた直後でもあるわけで。

「う、うん、行こうか」

「やったー。逢いたい人がいたんだけど、一人じゃ逢えなかったときとか忙しかったりしたら暇だったからねー」

――紗の会いたい人か……。

「会いたい人ってどんな人?」

「んとねー、中学の時変な感じで別れちゃった大事な人で、綺麗な銀髪の子だよー」

彼女に大事な人と言わせるとはその銀髪の子相当好かれているらしい。
私とそれなりに仲良くしているが恐らく彼女の中で私は「んー知り合いかなー?」と評価が下りそうだし……それはそれで聞きたくないから聞かないけど。
別にその銀髪の子が羨ましいとは思わないし――というよりむしろ可哀想な気もするけど。

「あ、英子ちゃんもほんの少しは大事かも? って言えるくらい大事だからねー」
「聞いてませんけどっ! (それに全然フォローできてないじゃん……)」

「え? なんだってー?」
「ワザとらしい難聴! 絶対聞こえてたやつじゃん!」

おわり

594「白鞘 英子」:2018/03/19(月) 00:11:21
★白鞘 英子(しらさや えいこ)
朝見呉葉と同じ女子中学だった生徒。
今は別の高校へ進学している。
高校には紗という友達(?)がいる。

中学でのおもらし事件の犯人とされた人物。
実際は冤罪なのだが事件当日は事件とは別の自身のおもらしの物証(濡らした下着)を持っていたため
持ち物検査を恐れ、強く否定することが出来なかった。
後日何度か釈明をしてはいたが探偵役が既に満足してしまっていたため
クラスでの印象を覆すことが出来なかった。
その後はおもらしについて弄られる事がそこまでなく、自ら事件に触れることは避けることにした。
また真犯人からの謝罪文も冤罪を甘んじて受け入れる理由となった。
ただ、納得が言ったわけではなく事件について考える事も多くその過程で
次第に“事件”についてではなく“おもらし”へと興味がすり替わる。
いつの間にか、そういう話に興味のある子となる。

同じタイミングでおもらしした真犯人に対して妙な親近感を持ち、仲間意識を感じていた。
自身の失敗を知らない真犯人に、自分の失敗を打ち明けられる日を心のどこかで待ち望んでいた。
それは、真犯人に対する思いやりでもあるが、多くは自分のため。
言ってはいけないはずの事を、言ってしまいたい衝動をぶつけられる相手が真犯人だったためである。

膀胱容量は人並み。
事件の日は休み時間に飲み物を取り過ぎたのと、前の休み時間に済ませられなかった事が祟った。
友達間でのトイレ申告に当時はそこまで抵抗を感じていなかったが、授業中の申告(特に終了間際)は恥ずかしかった。
事件以降は友達間でも言いづらく、さらにおもらしに興味を持ったことでより強く意識してしまっているが、後者に関しては自覚していない。

今も昔も成績並以下、運動並。
身長は低め。
割と元気が良いほうだが、中学時代は事件後はしばらく意識的に目立たないようにしていた。
強がりな一面もあり、なるべく弱いところは見せないようにしている。
おもらしへの興味は話を聞いてるとドキドキする程度で、わざと我慢させたり、また我慢したりの経験はない。

呉葉の評価ではとても負い目がある人。
おもらしの濡れ衣を着せてしまって、面と向かって謝ることが出来なかっただけでなく
おもらしへの興味を持たせてしまった。
だけど、非常に感謝していて、とても良い人だと再認識した人。

595名無しさんのおもらし:2018/03/19(月) 01:12:31
更新待ちに待ってました。
結果的どちらも漏らしてたのか、綺麗な銀髪の子は間違いなくあの子だよね。

596名無しさんのおもらし:2018/03/21(水) 00:44:12
GJJJ

597名無しさんのおもらし:2018/03/21(水) 13:27:53
トイレに行くのを恥ずかしがる女の子はかわいい

598名無しさんのおもらし:2018/03/21(水) 22:35:13
>>594 詳細が気になってたらまさかの詳細が来て最高でした。

599名無しさんのおもらし:2018/03/22(木) 23:56:04
更新ありがとうございます。

見学会の件はあるけど、朝見さんは大抵まゆに邪魔されてる気がする。
中学時代の評価では"正義の味方"だったってところが、高校現在とのギャップを感じて面白い所ですね。
また過去に関係しそうなキャラも増えて、今後の展開が楽しみです。

600名無しさんのおもらし:2018/03/30(金) 12:44:28
>>599
見学会の一件も、ある意味まゆは呉葉の邪魔をしていると言える。
流れ弾に当たった(無自覚に当たりにいってしまった)、被害者的な側面が強いけど…。

そういえば、関係ないけど、鈴葉の年齢設定ってミスなんだろうか。
一応20代ってことになってるけど、雪や梅雨子と同級生なんだよね。
それなら年齢は19なのでは?

601名無しさんのおもらし:2018/04/02(月) 22:08:44
>>600
雛倉姉と鈴葉 (と黒蜜姉) が同級生 (同い年) で、雛倉姉が大学1年 (雛倉姉妹が3学年差) とされているので、一般的には18か19みたいですね。
単なるミスなのか、何か訳ありなんでしょうか。

602事例の人:2018/04/03(火) 23:38:57
>>600-601
はい……ミスです、早々に気が付いていて「だ、大丈夫、気が付いてる人いないな」とか思ってました
ごめんなさいと同時に確り読んでくれてて感謝しかないです
正しくは19歳設定です 数え年なんだからね!とか言い訳しないです
ご指摘ありがとうございます

603「声が聞きたい!」シリーズまとめ:2018/04/14(土) 22:26:30
>>12:前スレ「声が聞きたい!」シリーズまとめ
前スレ:http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/sports/2469/1297693920/

>>4-8:事例EX「雛倉 雪」と真夜中の公園。
>>16-28:事例6「紅瀬 椛」と夏祭り。前編
>>36-49:事例6「紅瀬 椛」と夏祭り。後編
>>60-65:追憶3「霜澤 鞠亜」と公園戦争。@鞠亜
>>73-77:事例2.1「篠坂 弥生」と七夕。@弥生
>>84-91:事例7「睦谷 姫香」と図書室。
>>156-162:事例8「雛倉 綾菜」と病気の日。
>>188-196:事例8裏「篠坂 弥生」と断水の日。@弥生 前編
>>221-228:事例8裏「篠坂 弥生」と断水の日。@弥生 後編
>>272-285:事例9「朝見 呉葉」と聞こえない『声』。
>>286:事例9「朝見 呉葉」と聞こえない『声』。EX
>>293-307:事例2裏「朝見 呉葉」と弱い心。@呉葉
>>326-337:事例7.1「霜澤 鞠亜」と喫茶店。@鞠亜
>>338-339:事例7.1「霜澤 鞠亜」と喫茶店。EX
>>354-370:事例10「宝月 水無子」と休日。
>>389-408:事例11「卯柳 蓮乃」と体育祭。
>>409:事例11「卯柳 蓮乃」と体育祭。EX
>>418-427:追憶4「雛倉 綾菜」と手紙。
>>446-457:事例6裏「山寺 瞳」と友達。@瞳
>>458:事例6裏「山寺 瞳」と友達。EX
>>522-531:事例12「根元 瑞希」と雨の日。
>>559-567: 事例13「容疑者の一人」と安楽椅子探偵。
>>568: 事例13「容疑者の一人」と安楽椅子探偵。EX
>>574-592:追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。
>>593:追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。EX

「声が聞きたい!」シリーズ・登場人物紹介安価
>>50「紅瀬 椛」(副会長、3年生) ※一部訂正>>54
>>92「睦谷 姫香」(別クラスで図書委員)
>>308「朝見 呉葉」(同級生、天敵)
>>371「宝月 水無子」 (小学5年生)
>>372「如月 櫻香」(メイド)
>>410「卯柳 蓮乃」(別クラスで放送委員)
>>427「字廻 紫萌」(入院中に出会った少女)
>>531「根元 瑞希」(同級生、仲が良かった友達)
>>594「白鞘 英子」(別の高校生、呉葉と同級生だった)

604名無しさんのおもらし:2018/04/16(月) 15:23:28
まとめ乙です。

605名無しさんのおもらし:2018/07/27(金) 03:10:22
事例のやつ長いしピクシブとかでやってくんねえかな

606名無しさんのおもらし:2018/07/28(土) 21:41:28
昔の方の挿絵とか見れなくなってるしまたまとめてあげてほしい

607名無しさんのおもらし:2018/09/04(火) 19:09:25
新作希望

608事例の人:2018/09/29(土) 23:22:46
>>595
間違いなくあの子ですね。水無子ちゃん(違う)

>>598
文化祭に出番があるかも程度の微妙な読み切りキャラに近い子なので。
このタイミングしかなかったですね。

>>559-600
言われてみれば……。
でも呉葉は性格からして他の人と話したり遭遇した時点でトイレを邪魔された扱いになってしまうのですけどね。
偶然を除いてもコミュ力が高いまゆが呉葉にとって強敵であることには変わりないでしょうけど。

>>605
ごめんなさい! ここでの活動は皆が読める場所でこの界隈を盛り上げられたらと考えてるので。
スレ事態は私のせいか時代のせいかわかりませんが過疎の流れになっちゃったので……盛り下げてるのかもですね。

>>606
考えておきます……今の絵も割と恥ずかしいレベルなので過去絵とかかなり勇気がいるのです。

感想とかありがとうございます。

また随分間が空きましたが、>>573で言った通り事例14を飛ばして事例15になります。
登場人物が多く、情報量も多く、話が長く(事例5に次いで長い?)
ヒロインの本格的な我慢が中盤くらいからとなりますが……許して。
次回は文化祭初日(予定)、今回の話に出てくる過去は我慢だけですので書かない予定となります。

609事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。1:2018/09/29(土) 23:24:50
「うちのクラスはメイドアンド男装執事喫茶かー」

まゆが腕を伸ばし背伸びをしながら言葉を漏らす。
酷い喫茶店……一年からするレベルのものじゃないと思う。

此処の文化祭は一年だけがある程度出し物を制限される仕組みになっていて
教室系の出し物、舞台出し物、出店系ではない教室で行う飲食系の3種類から選ばなければならない。
当然、出し物には人気不人気があるので平和的解決の為に優先的に選べる権利というものがあって
クラス代表、つまりクラス委員長がその権利を掛けてじゃんけんをすることになっている。
正直に言えば舞台とかは勘弁願いたかったので、勝ちたいという気持ちでじゃんけんに挑んだ結果、意図せず『聞こえた』わけで。

――……『聞こえた』んだから、まぁそりゃ勝ちに行くけど。……だけど――

「……ただの喫茶店のはずが…主にまゆと檜山さんのせいでメイド喫茶に……」

ちなみに男装執事を付け加えたのは文城先生で、一部の声の大きい数名がそれに賛同して決定してしまった。

「やっぱ、あやりんはメイド? あーでも、銀髪長髪の執事も似合いそうな気がするねぇ」

「両方着ましょう! 両方見たいです!」

正直どっちも嫌だ。そういう趣味はない。
出来れば裏でコーヒーとか軽食用意とかしていたい。
……でもそれじゃ良い『声』で入店してくる人が無理してコーヒー飲んで友達と会話……みたいな尊い姿は拝めないないわけだけど。

「まぁ、とりあえず始めない? 飲み比べてって言われただけあって、結構種類あるみたいだし、ゆっくりしてたら終わんないよ」

そう口にしたのは調理室の椅子に真っ先に座った瑞希。
まゆはその言葉に「そだねー」と同調した様子で椅子に座り、弥生ちゃんも続くように座る。

610事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。2:2018/09/29(土) 23:25:47
今日は文化祭前準備。5時限目と6時限目の両方と放課後を使って、軽食班、衣装班、コーヒー班に分かれて準備をしているのだけど
調理室を確保できたのは良いが、肝心の軽食班は材料費の下調べとかで今日は間に合いそうにない。
教室には衣装班がいるし、コーヒーの匂いが他のクラスに迷惑になる可能性もある。
そういう経緯で、コーヒー班だけで調理室を使うことになった。

そのコーヒー班が私、まゆ、瑞希、弥生ちゃん、檜山さんというわけ。
ただ、檜山さんはいくつかのブレンドパターンを用意しただけで、兼任してる軽食班の方へ行ってしまったわけだけど。
少し驚いたのは檜山さんのブレンドに関する知識で、話を聞く限り親戚が喫茶店をしているらしく、その関係で色々覚えたそうだ。
コーヒー豆もその親戚から貰ったらしい。

……。

――はぁ……それにしても――

「……みんな席に着いてるけど……何、私が淹れるの?」

「そだよー」「はい、お願いしまーす」「綾以外みんな座ってるしね」

満場一致らしい……。
私は嘆息しながらコーヒーを淹れる準備をする。

「えっと、根元さんって雛さんと仲良かったんですね?」

「え? うーん、中学一緒だったけど、最近までは微妙な関係だったかな?
あ、それと瑞希でいいよ、私も弥生ちゃんって呼ぶけどいいかな?」

思えば、今日はいつものメンバーに瑞希が加わっている状態で
今まで接点のなかった瑞希の事を弥生ちゃんが気になるのは至極当然な事。
それにしても、私を抜きに私の話を……。

「昔は元気いっぱいの綾だったんだけど――」
「っ! ちょっと瑞希、勝手にそんな…別に言っちゃだめなわけじゃないけど……」

隠す必要もないが、過去の自分の事を友達とは言え他人に話されるのは
恥ずかしいというか、なんというか――とにかく、居たたまれない。
……こういう空気の読めなささが瑞希らしくはあるのだけど。

「なんですかそれ! 初耳です!」

早速食いつく弥生ちゃん。
まゆも少し興味ありげにこっちを見てるし……。

――……瑞希に任せるのもやだし……仕方ないか……。

私は嘆息して、瑞希に不平の目を向けてから昔の自身の性格を渋々話始めた。

611事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。3:2018/09/29(土) 23:26:40
――
 ――

「……はい、とりあえず最初のコーヒー二つと、口直しにお湯も」

気怠い過去話――――瑞希は不満に思っているかもだが紗の事は伏せて――――を終えて、その間に作っていたコーヒーを皆に渡す。
檜山さんの指示に従ってカッピングではなく普通に飲み比べ。とりあえず美味しいのを選べとの事。
ただ普通に淹れるだけでも分量を正確にしたりしないと飲み比べにならないので、割と面倒な作業ではある。

――……まぁ、コーヒーだしそれなりに期待してるわけだけど……。

飲み比べる数が14種類あるので、一杯の量は一人60ml程度と少な目。
それでもコーヒーだけでも840ml、お湯での口直しを含めれば1リットルを超えるかもしれない量。
飲む量も多く、飲む物もコーヒーで――期待出来る……もちろん観察者的な意味で。コーヒー班になって良かった。

「はー、雛さんって昔はそんな活発だったんですねー」

弥生ちゃんはコーヒーに砂糖とミルクを入れてかき混ぜてはいるが、まだ私の過去に意識が向いているらしい。
過去の私についてどう思っているのかよくわからないが、とりあえず今の私を見れば“意外”という印象は当然持っているとは思う。

「……もういいから、飲んで飲んで」

ちなみに、私とまゆはブラックで、瑞希と弥生ちゃんは砂糖ミルクありでの飲み比べ。
口に含み香りや味を確認して――

「ねぇ、これ……評価とか難しくない?」

2種類のコーヒーを飲み比べた瑞希の感想。
私も両方を飲み終えて嘆息してから口を開く。

「……うん、難しいかも」

香りや味の違いは分かるには分かるが……評価と言われるとよくわからないというのが本音。

「まぁ、つくしちゃんもそこまで正確な評価を求めてないっしょ?
美味しいのって言ってたし、飲みやすそう――みたいな直感で選ぶくらいでいいんじゃない?」

まゆの言う通りかもしれない。
檜山さん――――まゆは下の名前のつくしにちゃん付け、弥生ちゃん同様りん付けは合わないとのこと――――が私たちに求めているのは
きっと一般的な目線での評価。お客となる人のほとんどが同世代の人なのだから、私たちの直感的な評価を欲しているのだと思う。

飲み始めてから評価方法を改めて話し合い、相談して美味しさを決めるのは難しいとの結論になり
個々で5点満点で評価して、最後に集計して決める形になった。

612事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。4:2018/09/29(土) 23:27:32
――
 ――

「うーむ、美味しい…のかな?」『うー、トイレ行きたいなぁ、どうしよう……』

「えっと……――点っと、こっちは……」『はぁ……ちょっとしたくなっちゃった』

――うん、予想通り来た……。

瑞希と弥生ちゃんの『声』が聞こえて来たのは2回目の試飲の時。
私が尿意を感じたタイミングでの『声』。決して大きい『声』ではないが確かに聞こえる。
私は無表情でコーヒーの味を確かめながらも、期待に胸を躍らせる。

――……弥生ちゃんは私と同時くらいで、瑞希は少し前から催してる感じかな?

今は調理室に来て、最初の飲み始めから30分弱と言ったところで、普段ならもうすぐ5時限目が終わるくらいの時間。
コーヒーの効果は多少あるかも知れないが、時間的に見てもまだ早い。今の『声』は昼休みに取った水分がもたらした結果――と言っていいと思う。
弥生ちゃんは昼休みが始まってすぐと終わる少し前に、瑞希は確か昼休みの中頃に、私とまゆは弥生ちゃんと一緒に昼休みが始まってすぐに済ませた。
昼休みに取った水分量は私とまゆが300mlのお茶を、弥生ちゃんは180mlの紙パック。瑞希については把握できていないが恐らく多くはないと思う。
それでも私も含め此処にいる全員が150〜300mlくらいの熱水を下腹部に抱えてるはず。

私はコーヒーを飲みながらまゆに視線を向ける。
まゆの『声』とは相性が悪く、聞こえ難いのは確かだと思うけど、今は尿意なんて感じていないと思う。
私と一緒に済ませ同じ量を飲んだ以上、この先も同じように飲み進めれば殆ど同じ量が溜まることになるのだけど……
まゆの『声』が聞き取れる頃には私が結構辛くなってくるはずで……それほどまでにまゆは我慢できてしまう。

私はメモ用紙にコーヒーの評価を付ける。
さり気無く周りを見渡すと皆ももうすぐ評価し終わりそうに見える。
誰かがトイレに抜け出す前に次の準備を始めようと腰を浮かせ――

613事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。5:2018/09/29(土) 23:28:28
「あ、雛さん…私、えっとお手洗いに……」『行っておいた方が……いいよね?』

……。

「……うん、淹れる準備だけしておくから――」
「だ、だったら、私も行こうかな?」『はぁ、よかったー、この前の事もあったしちょっと言い出すのやだったけど、便乗って形なら……』

二人が席を立ち、調理室を出てトイレに向かってしまう。
弥生ちゃんが余り話したことのない瑞希がいるにも関わらず、割と安全圏の内にトイレを申告してしまうとは……。
トイレに立ち難いような行動をしようとは思っていたが、少し想定外。
瑞希が便乗する形で抜けてしまうのは想定してたけど。

そもそも瑞希は“この前の事”がなくてもきっと自分からは言い出せない。
何も言わずトイレに行くことは出来ても、こういう申告が必要な場では躊躇してしまう、そういう性格だと私は認識してる。
思えば、中学の時も含め授業中に申し出たことは一度も無かったように思う。

……。

――……それにしても今日は……。

私は少し思うところがあり、まゆに視線を向ける。

「何、あやりん?」

「……え、いや……今日はちょっと静かだなーって」

だからどうというわけではないけど……。
まゆは私の言葉に少し驚いたように瞬きして、そのあと少し目を逸らす。

「んー、自覚してなかったけど……多分、みずりんが羨ましいのかな?」

みずりん……瑞希の事。
どの辺りに羨む要素があったのだろう?
聞いていいものか、まゆからの言葉を待つべきか……。

「どの辺りが羨ましいの? ――とか言わないでよ?」

……釘を刺されたので追及はやめた。

614事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。6:2018/09/29(土) 23:29:19
――
 ――

「すいませんっ、ちょっとお手洗い……」『うー、沢山飲んでるからすぐしたくなるよっ』

「あ、だったら一応私もっ」『まだ余裕だけど……いや、でも何度も行くのも……でももう言っちゃったしな』

4回目の試飲を終えた頃、また瑞希と弥生ちゃんが一緒になってトイレに向かう。
瑞希の方は『声』でも言っていた通りまだ余裕はありそうだったが、タイミングを考えての行動。

――うーん、上手くいかないな……。

こうしてる間にも私自身の尿意が膨らんでいく。
尿意が高まれば我慢している『声』を敏感に聞き取れるが私が我慢できなくなったら元の子もない。
トイレはかなり遠いほうだと自負しているが、次、瑞希や弥生ちゃんが尿意を感じてから限界までとなると……私のほうが先に我慢できなくなるかもしれない。
そして私がそういう状態であるにも関わらず、テーブルを挟んで目の前に座るまゆの『声』は、未だ聞こえてこない……。

「ようやく半分過ぎってくらいかー、結構多いねー」

そのまゆの余裕さに嘆息したくなる。

……。

だけど、コーヒーがようやく半分過ぎ……というのは割と気にかかること。
私はそこそこ飲み慣れているので、それほど苦に感じてはいないが
4回目の試飲の時、瑞希は飽きて来たと言葉を零し、少し飲み難そうにしていたし
弥生ちゃんも飲むことを頑張ってる様な印象を受け、無理をして飲んでいると思う。
まゆは大丈夫そうに見えたけど、実際のところはわからない。

  「歌恋、良い香り、ここから……」
  「ちょっと白縫っ! あ、ほんとだ」

<ガラガラ>

廊下から二人の声が聞こえて来たと思ったら、調理室の扉が開く。
その音に、私とまゆは座った状態で扉の方に視線を向ける。

「お、真弓じゃーん、コーヒー?」

そう声に出してこちらに大きな歩幅で歩いてくるのは――星野 歌恋(ほしの かれん)さん……。
クラスが違うためあまり接点のない人だけど、体育祭の“あの時の言葉”が強く印象に残っている人。
それに――……真弓?

615事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。7:2018/09/29(土) 23:30:18
「おー、かれりーん、クラス違うから最近話してなかったねー」

「そーいやそうか、てか、めっちゃいい匂いなんだけどっ!」

どうも知り合いらしい?
クラスが違う、最近話してなかった……そこから読み取れるのは、昔からの知り合い――いや、もう少し深い……幼馴染?

「歌恋、コーヒー貰おう」

星野さんから遅れて教室に入ってきたのは少し小柄な少女――確か名前は五条 白縫(ごじょう しらぬい)さん。
弥生ちゃんよりも背は少し高いが華奢という言葉が相応しい容姿。
それと急にコーヒーを要求し始めたり、感情の籠っていない喋り方が独特で……とりあえず変わった人であるのは確かだと思う。

「真弓ー、コーヒーくれる?」

「あー、どうしよっか?」

コーヒーを星野さんに要求されたまゆは言葉を濁しながら困った顔で私に視線を向ける。
私に判断を委ねるのか……評価を付ける必要があるのだから普通は断るところだけど――

「んー?」

まゆの視線を追うように私に視線を向ける星野さん。
真っすぐ見据える目に、私はどうして良いか分からず、黙って身構える。

「え、凄い! 銀髪じゃーん!」

――っ!!

突然目を輝かせ私に駆け寄り髪を触りだす。
私が彼女の勢いに気圧され、少し身を引くと髪は彼女の手から流れ落ちる。

「マジ凄い! 誰なのこの子!?」

「歌恋、無知、その人一匹狼の雛さん」

なんか急に話の中心が私に……しかも一匹狼の雛さんとか。
他のクラスではそっちの方が名前より浸透してるだろうけど……本人を目の前に臆面もなく呼んでくるとは……。

「一匹狼の雛さん? 変な名前、聞いたことないし」

「ぃやー、かれりん? ちゃんとした名前は雛倉綾菜だからね」

まゆのフォローに星野さんは「へー」とだけ言って、座っている私に再度視線を落とす。
おもしろおかしく広がった私の不名誉な呼び名を知らないのは割と珍しい人だと思う。
それと銀髪を見た時の反応も含めて考えると、今まで姿だけは無駄に目立つ私を見たことなかった――……いや、認識していなかったと言った方が良いかもしれない。

616事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。8:2018/09/29(土) 23:31:35
「それで、綾菜はコーヒーくれないわけ?」

急な呼び捨てに一瞬面を食らう。
そして、コーヒー……どうすべきか一瞬悩むが――

「……えっと、それじゃ試飲と評価を付けるのを手伝うって形で――」
「おぉ、良いね、話しわかるじゃん!」

少しかぶせ気味に上機嫌な声を出す。
一部の評価が別の人になるのは正確なデータを取る上では好ましくないとは思うが
瑞希や弥生ちゃんの事を考えると少しでも試飲の回数を減らしておいてあげたい。
……沢山飲んで我慢して欲しいという想いもあるけど。
それに……それ以外にも理由がある。

「……それと、もうひとつ条件いいかな?」

「ん、なになにー?」

上機嫌に笑顔で私の言葉を待つ星野さん。
私は鞄の中から紙を取り出す。

「……これ、買ってほしい」

それは私たち喫茶店のコーヒー前売り券。
まゆは私の行動に笑いながら言葉を挟む。

「あやりん、それまだ持ってたんだー」

私は裏切り者に目を細めて向ける。
まゆは早々に別のクラスへ売りに行ってしまったし、弥生ちゃんも先生に売るために職員室へ。
コーヒー班のノルマ10枚は出遅れた私にはかなり重く、結局まだ5枚売れずに持っていた。

「ふーん、1枚で良いの?」

「……えっと、出来れば5枚で……」

まゆが笑いを堪えてる……。
図々しいとは思ってる。それでも、これを売るのは本当に面倒くさい、出来るならまとめて買ってもらいたい。
だけど、星野さんは難しい顔で……流石に5枚全部は厳しいのかもしれない。だったら1枚分私からのサービスって形なら――

617事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。9:2018/09/29(土) 23:32:15
「ん、メイドアンド男装執事喫茶? ……これ、メイド服、綾菜も着るの?」

コーヒー券に書かれた喫茶店の名前を見たらしく尋ねてくる。
なぜ、私が着るかどうかなのかはよくわからないが。

「……え、多分……」

……。

なぜか観察するように椅子に座った私を上から下まで順番に視線を動かす……。

「歌恋、想像してる、気持ち悪い」
「ばっ! 〜〜〜っ わ、分かった買う、5枚とも買ってやろーじゃん!」

よくわらないが売れた。

「歌恋、メイド好きだか――」
「黙って白縫!」

――……私の――銀髪メイドが見たい……そういう事?

……。

「……そ、それじゃコーヒー準備するから」

何だか恥ずかしく、いたたまれないのでコーヒーを淹れるため席を立つ。
星野さん……話してみると少し印象とずれがあった。
傍若無人ではあるが割と接しやすい性格……私の事を知らないなど良くも悪くも噂には疎い。
周りに流されず、興味のあるものには真っすぐ……。

――……まぁ、傍若無人だからこその“あの言葉”だったんだろうけど……。

……星野さんにコーヒー券を買って貰えたのは良かった。
コーヒー券を売るのが面倒……もちろんそれが最大の理由ではあったが
買ったということは飲みに来てくれるわけで……流石に5杯を一人で一気に――ってことにはならないだろうけど
それでも、『声』を聞ける可能性が出来たのだから、チャンスがあれば……“あの言葉”を言った星野さんを――

考え事してコーヒーを淹れているとまゆと星野さんの会話が聞こえる。
星野さんは私の知らないまゆも知ってるみたいで……なんというか少し羨ま――……あれ?

……。

――……あー、うん…そっか、そういう事なのか……。

少し前のまゆの言葉の意味が分かり、今更ながら何だか嬉しくもあり恥ずかしい。
私は少し熱くなった顔を見られないように少し俯きながらコーヒーを皆に渡す。

「あやりんご苦労様ー」

そして、5回目の試飲を始めた。

618事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。10:2018/09/29(土) 23:33:04
――
 ――

「おいしかったよー、またねー」「……」

コーヒーを飲み終わると二人は調理室を出ていく。
星野さんは元気よく、五条さんは会釈だけ……なんとも歪なコンビだった。
五条さんの感じからまゆたちと同じ中学出身というわけでもなさそうだし
星野さんとは高校に入ってから出来た関係みたいだし……。
だけど、そんなこと言いだしたら私とまゆも周りから見たら似たようなものかもしれない。

閉まった扉を眺めたまま考え事をしていると、すぐにその扉は再び開く。

「あのーただいま戻りました」

弥生ちゃんが扉を開けて入ってきて後ろには瑞希が廊下の方を見てから扉を閉める。

「今のって、隣のクラスの人だよね?」

当然の疑問。
私はまゆに視線を向けると、瑞希の問いかけにまゆが答える。

「なんか匂いを嗅ぎつけて来たみたいだから試飲を手伝ってもらってたんだよ」

瑞希は「へー」とだけ答えて椅子に座る。
気にはなるけど特に答えを聞いても感想があるようなものでもないらしい。
それより――

「……随分遅かったけど、どこか寄ってた?」

「あ、そうなんですよ! そこの一番近いお手洗いなんですけど――」

弥生ちゃんが少し膨れた顔で説明を始める。
話を整理すると、どうやらここから一番近いトイレに人が集まり写真を撮ったりメモを取ったり……
とてもトイレを利用できる雰囲気ではなかったらしい。
なのでそこのトイレを通り抜け、回り道をして別のトイレまで行くことにしたとのこと。
そのため、時間を要したというわけらしい。

「ふーん、お化け屋敷を作るための取材かなー?」

概ね私と同じ結論。
あまり人の来ないトイレで邪魔にならないように取材……そういう事だと思うがうちの学校のトイレに似せる必要がどこにあるのか。
それとも私が知らないだけでそこのトイレには何か噂でもあるのだろうか?

619事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。11:2018/09/29(土) 23:33:55
――……まぁ、とりあえず、あのトイレが使えないわけか……。

自身の下腹部に意識を向ける。
6割……いや、もしかしたら7割……少し張ってきた様に感じる。
当然尿意も強くなり、じっとしているのは危なくなりつつある。
だから、あの場所のトイレが使えないと事前に聞けて良かった。
油断するつもりはないけど、誰かとトイレに行く際に焦って仕草なんて出してしまえば
我慢してることを悟られるわけで……それは恥ずかしい。
瑞希ほどではないけど、何食わぬ顔で普通にトイレで済ませたい。

「……それじゃ、次淹れるよ」

これ以上間を開けると、先が不安になるし、コーヒーを淹れる時に辛くなる……そう感じて準備を始めた。
私はもとより水などに反応してしまう体質なので、7割で準備というのもしたくないのが本音。
お湯の量を正しく測るために別の容器に移す作業なんて――

――っん……ほら、結構やばい……あぁ、というか思ってたよりずっと辛い……。
うぅ…トイレ……これ作って飲み終わったら流石にギブアップ……。

身体が水音に反応して尿意の波を引き起こす。
足踏みをしたくなるのを必死に抑えて、片方のつま先を床にぐりぐりと押し付ける。
位置的にテーブルで下半身は隠れているはずだし、その程度の動きなら不審に思われないはずだけど。
……見っとも無い。

得意のポーカーフェイスで全員分のコーヒーを準備して皆に渡して椅子に座る。
立っているときと比べて、座っているときのほうが落ち着く……。
それでも、コーヒーの効果や無理して仕草を抑えての我慢が効いたためか、かなり切迫したものになりつつある。

――……あぁ、本当トイレ……っ、我慢しすぎたかも……。

気が付かれないようにお尻をもぞもぞと動かし、椅子を使い押さえつける。
当然確り押さえられているわけではないわけで……少しじれったく感じてしまう。
……それはつまり、押さえたいくらいの我慢に近づきつつある……ということ。
ほんの少し前まで、尿意はあるが仕草に出るようなものじゃなかったし、他に気を取られることがあれば忘れられる程度のものだった。
今はもう、仕草を抑えるのが辛くなってきていて、改めて水分の過剰摂取とコーヒーの利尿作用の効果を身をもって体感する。

最後にトイレに行ってから2時間弱、飲み始めてからは1時間と20分くらい……。
数年前だけど確か雪姉は2時間くらいが飲み始めてから我慢の限界までの時間って『言ってた』。
私は雪姉より我慢強くないだろうし、容量に自信がそれなりにあると言っても我慢好きな雪姉ほどじゃない。
飲んでるペースは雪姉の最中と比べ早いペースではないのは確か。
だけど、これを飲み終わればお湯も含めて1リットル近い量を……昼休みに飲んだお茶を含めれば確実に超える計算になる。
それは私の貯めれる限界を多分超えてるわけで、限界まではやはり時間の問題。
そしてその限界まではそう長くはない。

620事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。12:2018/09/29(土) 23:34:51
『ん……あー流石にトイレ行きたくなってきちゃったか……』

――っ! まゆの『声』!

学校で『声』を聞かせてくれるなんて滅多なことではありえない。
同じ条件の私がここまで我慢してようやく感じる尿意……普段聞けなくて当然。
普段聞けないからこそ聞けるだけでこんなにも高揚できる……能力を研ぎ澄まして確り『声』に意識を向ける。

『飲み終わったらトイレ……でも、あやりんもそろそろ行くよね? ちょっともじもじしてる気がするし……』

――〜〜〜っ!!? ふぇ! バ、バレてるっ! 嘘……周りから気が付かれるほど…いやいや、してないよね? ……え、してたの??

予想していなかったまゆの『声』での指摘に動揺しまくる。――待て待て……お、落ち着け私……。
とりあえず、仕草はもっと気を付ける。それと動揺を表に出さな――

「っ熱!」

「なにやってるのさ、あやりん」

「あ、いや……熱いのに口に、含み過ぎた……」

めっちゃ動揺隠せなかった。
瑞希も弥生ちゃんも笑って――……うぅ、恥ずかしい。

『やっぱ我慢してるのかな? 早く飲んで早く済ませに行きたい?
やーどうしよ、あやりんに長い音とか聞かれたくないし、だからって他の人と行っても私の長さがより目立っちゃうわけだし
後回しにするほど、誰かと一緒にって言うのは避けたくなるなぁ』

さっきの私の行動は我慢してるからって理由で納得――――それはそれで恥ずかしいけどっ! ――――してくれた。
そしてどうやら、いつも尿意を感じる前に済ませてるまゆにとって、今の段階で誰かとトイレというのはなるべく避けたい恥ずかしいことらしい。
見学会の時もそうだったが、排尿の長さや勢い、音……そう言ったところに何か嫌な思い出でもあるのかもしれない。

――……それより、私が限界近いんだから……『声』は聞けなくなるけど、ちゃんと行かないと……。

正直物凄く名残惜しいが一度済ませないと仕方がない。まゆに我慢がバレている以上、これ以上の我慢は不自然に思われるし、普通に我慢できないし。
途中で止めるって言うのは……正直かなり苦手で出来れば避けたいし、これだけコーヒーを飲み続けているなら完全に済ませた方が良い気がする。

私はコーヒーを飲み終えてその評価を付ける。
そして小さく嘆息して手に持ったペンを置いて腰を上げる。

「……ごめん、今度は私がトイレ行ってくる」

「あ、私もいいですか?」『ちょっと早いけど……したくなって来ちゃった』

私の声に便乗してきたのはまゆでは無く弥生ちゃんだった。
さっき済ませたばかり……と言っても帰ってきてからもうすぐ10分、済ませてきてからの時間は12,3分前後と言ったところ。
コーヒーの利尿効果を考えれば分間10ml以上利尿されていてもおかしくない。
容量が小さく尿意を比較的早く感じ、さらに尿意を人一番心配している弥生ちゃんなら不思議なことじゃない。

621事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。13:2018/09/29(土) 23:35:48
「いいよ、準備は私がしとくね」

「あいあい、いってらー」
『むー、二人に聞かれるのは……みずりんを一人にするのも悪いし、次の機会に……いや、一人になるまで我慢できないかな?』

調理室を出る際にまゆは少し興味深い事を『言って』くれる。

――……一人になるまでって、帰るまで我慢? 帰るまでって…今日いつ帰ることになる?

文化祭の準備は5時限目と6時限目だけじゃなく放課後もある。
確かに本来の下校時刻を過ぎれば放課後の準備は強制じゃないし
このままコーヒーの飲み比べだけなら6時限目終了と同時くらいに終わりそうなものだけど……。

……。

まゆの容量なら確かにあと1時間程度は余裕があるのかもしれない。
……帰るまで我慢……まゆがその選択をしてくれるなら最低でも良い『声』を聞けるのはほぼ間違いない。

「はー、あれだけ飲んじゃうと……かなり近くなっちゃいます」『はぁ、何度もお手洗い……ちょっと恥ずかしいけど、したいんだもん…仕方ないよね?』

弥生ちゃんは歩きながら私にそう言う。
何度もトイレに行くことを恥ずかしく思って、沢山飲んでるからって言い訳して
もちろんそれは正当な言い訳なのだけど――……可愛い。

そういう私もかなりの尿意を隠していて、それでも、歩くのには支障がない程度。
むしろこれくらいなら歩いている間は気が多少でも紛れて楽に感じる。

ようやくトイレが見えてくる。
一番近いトイレが使用出来なかったため随分歩いた気がする。
普段なら僅かな距離なのに、そう感じてしまうのは言い訳出来ないほど我慢しているから……。

トイレに入り、その独特の空気感に膀胱が主張を強める。
弥生ちゃんが先に個室に入り、私も二つ離れた個室に入る。

「っ……」

尿意の波に息を詰める。
片手で押さえて、鍵を閉めて、下着を下ろし、髪を抱え、スカートを掴んで――

<じゅううぅー――>

屈んだと同時に始まる――……大丈夫、下着に失敗はない。
そして忘れていた音消しに気が付き慌てて流し、少し遅い音消しをする。

「はぁ……っ」

安堵から溜め息が漏れ、もうひと息吐こうとして思いとどまる。
音消しの音が響く中とは言え、二つ隣りには弥生ちゃんがいる……。
出掛かった息を唾と一緒に飲み込み、静かに鼻から吐き出す。
ただでさえ、一回の音消しでは間に合わないのに、そんな息遣いまで聞かれたくはない。

622事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。14:2018/09/29(土) 23:36:49
用を済ませ、小さく深呼吸してから個室から出ると弥生ちゃんが既に手をハンカチで拭いていて……・

「……お、お待たせ……」

弥生ちゃんが早いのは確かだけど、私が長かったのも事実。
微妙な表情で出迎える弥生ちゃん……私は視線を逸らして、少し顔が熱くなるのを感じる。
……まゆの気持ちが少しわかる気がする。

「雛さんもだけど……真弓さんって……お手洗い凄く遠いよね?」

トイレを後にして、しばらく歩いてから弥生ちゃんが尋ねる。
触れて来なくて胸を撫でおろしたところだったため不意打ち……だけど、話の中心になるのは私ではなくまゆの事。

弥生ちゃんがそう思うのも無理はない。
自身が何度もトイレに向かった中、ようやく私がトイレに向かい……そして、まゆはまだ一度も済ませていないわけで。

……。

「……そうだね、普段学校じゃ昼休みに一度だけ…みたいだし……」

私はそこで口を止めた。
まゆが気にしている事まで弥生ちゃんに話すべきではない。
トイレが近い悩みを持ってる弥生ちゃんには、まゆのそれは贅沢な悩みなのだと思う。

「言われてみれば…ですね」

それから「少し羨ましいです」と言葉を零す。
落ち込んでいると思って弥生ちゃんの表情を確認すると、確かに多少自嘲気味には感じるが、笑みが見えて……
トイレが遠いという事へ、純粋に憧れも感じているのかもしれない。

純真無垢な弥生ちゃんを眩しく感じている間に、調理室まで戻ってきた。

<ガラガラ>

「……ただいま」

「おかえりー」「そろそろだと思って、もう準備できるよ」

扉を開けるともう嗅ぎ慣れたコーヒーの香りがしていて、既に試飲の準備が出来ているらしい。
そして、これが最後の試飲。

「ようやく最後だね」

まゆが言う。もし今『声』が聞けたらと思うと……考えても仕方ないけど。

623事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。15:2018/09/29(土) 23:37:39
私と弥生ちゃんも席に付き、瑞希によって差し出されたコーヒーを受け取る。
そういえば瑞希は今日初めて弥生ちゃんと一緒にトイレに行かなかった。
これを飲み終わればコーヒーの飲み比べが終わるけど、自分から言わない瑞希は誰かに便乗しなければいけないはず。
当然私は『声』の為にトイレには行かない。まゆか弥生ちゃんだけど……。

なるようになればいいが、最低でも私が『声』を聞き取れるようになってからでお願いしたい。
私はコーヒーに口を付け評価を始め――

<ガラガラッ>「待たせたなっ!」

急に扉を開けて発せられた大きな声にコーヒーを零しそうになる。
扉の前で仁王立ちのツインテール……檜山さん。

「どう? 評価終わった?」

そういいながら私たちの近くまで来て評価を書いた皆のメモを手に取る。

「おかえりつくしちゃん、今最後の飲み比べ中ー」

メモに目を通している檜山さんにまゆが伝える。
「ん」と聞いているのか考えているのか曖昧な返事をしてメモを見続ける。

しばらくして檜山さんはメモを机に乱雑に起き――

「おっけーわかった、今から最高のコーヒー作るからちょっと待ってよ」

最後の評価を聞く前に檜山さんはいくつかのコーヒー豆を入れた袋をカバンから取り出す。
今から評価をもとにして新たにブレンドを始めるらしい。
普段控えめに言って元気な馬鹿な子……だけど、今は妙に輝いて見え印象が随分変わる。

……。

私はさり気無く皆に視線を向ける。
『声』は聞こえない……でも、仕草を見せても良いくらいの二人がいるのだから。

まゆは檜山さんを興味深そうに観察しているが我慢の仕草は全く見えない。
瑞希は……まゆと同じように檜山さんを見ているが――……少し身体を揺らしてる?
我慢しているにしても、瑞希は仕草を出さないように意識してるはず……。
それなのによく見ればわかるということは、それ程の抱えている尿意が大きいということ。
隠してるのに隠しきれてない――……とっても可愛い。
……さっきまゆにバレていた私が人の事言える立場じゃないけど。

624事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。16:2018/09/29(土) 23:38:51
「はいっ! お待たせー」

私の意識が檜山さんから外れている間にコーヒーが完成したらしい。
今まで飲んできた試飲の時より、量の多いコーヒーが皆の前に置かれる。
流石にあれだけ試飲を済ませた後だけに、私は少し目を細める。

「まぁ、そーなるよねー」

檜山さんは私たちの反応を見て言葉を零す。
私以外の反応も似たような感じだったらしい。

「だ、け、どっ! ふふ、抜かりはないんだよねー」

檜山さんそう言ってカバンから何やら取り出しテーブルの真ん中にそれを置く。

「っ! ローリングちゃんです!」

弥生ちゃんが小さく声を上げる。
置かれたのは小さいけど長いロールケーキ、つまりはお茶請けということ。

ロールケーキを五等分にして、今度こそ本当の最後の試飲。
甘いお茶請けの効果も当然あるとは思うが、美味しく飲むことが出来た。

私は最後の一口を喉に流し込み、一息吐く。
同時に自身の尿意に気が付く。そして、尿意を感じたのだから当然――

『んっ……早く、トイレ…おしっこ……あぁ、誰か行かないの??』

『流石に結構溜まって……うーん、どうしよう、流石に家までは無理かもだけど……』

『はぁ……またしたくなっちゃった……』

檜山さんを除く三人の『声』。
尿意の大きさは瑞希が一番大きく、かなり焦っているのが『聞き』取れる。
瑞希が最後にトイレに言ったのは4回目の試飲の後。時間にして40分ほど前。
5回目の試飲をしていないとは言え、飲んだ量の条件は弥生ちゃんと殆ど変わらない。
弥生ちゃんは6回目の試飲の時に済ませてから15分足らずで次の尿意を催し、トイレに行ったことを考えれば
最初に感じる尿意――初期尿意の2倍以上の量が瑞希の下腹部に溜まっていることになる。
限界量とは違い、初期尿意を感じる量は比較的個人差が少なく150〜250mlと聞く。
弥生ちゃんは容量が小さく、6回目の時に瑞希より早く尿意を感じていたことを踏まえると弥生ちゃんの感じる初期尿意は150ml前後と考えればいい。
厭くまで計算と想像でしかないが、今、瑞希の下腹部には400mlほど貯め込まれているんじゃないかと想像できる。

――……まぁ、まゆは…初期尿意からしておかしいけど……。

625事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。17:2018/09/29(土) 23:39:56
『声』の大きさでは次点でまゆ。
まだ『声』は冷静だし、仕草にも出ていない――……流石はまゆ。
それでも、いつまでも冷静な思考で居られるはずはない。

弥生ちゃんは、ついさっき催したところの様で、『声』は小さく、焦ってもいない。
ただ、少し困惑と呆れを感じ取れる――……これだけ短時間で何度もしたくなれば、そう感じるのも無理はないけど。

「さーてとっ! 私は軽食班に戻るよ――って言ってもあっちも今日はもうお開きだと思うけどねー
こっちも片付け終わったら帰っていいんじゃないかな?」

そう言って檜山さんは手を振って調理室を出て行く。
片付け……尿意を抱えた皆の行動が気になり、視線をさり気無く巡らす。

「? さっさと片付けちゃおっか?」

まゆは私の視線に気が付いたみたいだけど、特に気にせず片付けを始めようとする。
トイレの事はは片付けを終えてからどうするか考えるのだと思う。

「あ、先に……お手洗いに……」『そこのお手洗いはまだ使えないかもだし……早めに行かないと……』
「っ! わ、私もいいかな?」『助かったー! っ……や、油断しちゃダメ……まだ、ちゃんと…我慢だから……』

弥生ちゃんがトイレへ行くために声を上げ、瑞希がそれに慌てて便乗する。
瑞希はかなり限界が近づいている……ついて行けば最高の『声』と多分仕草も見ることが出来るし
弥生ちゃんがそれに気が付いて、瑞希が赤面なんて可愛い姿も想像出来る。

……。

だけど、今はまゆの事も気になる。

「そっか、片付けは私らでしとくから」
『私も行きたいけど……あやりん一人で片付けさせるのもなぁ……なによりまた二人同時だし……』

こっちに残ってまゆを最後まで見届けたい。
滅多な事では聞くことのできない『声』……もう少し『聞いて』おきたい。

二人が調理室を出ていくのを見届け、私も片付けを始める。
……当然、さり気無くではあるが視線は時折まゆに向けて。

『あー、したいなぁ……でも、駅? ……みずりんも電車…反対方向だけど、結局弥生ちゃんは同じ方向……駅のトイレは一か所だからあまり関係ないけど』

それなりの『声』のはずではあるが、まだ仕草は見せてはくれない。
駅を候補に上げる所を見るに、やっぱり誰かに音を聞かれたりすることに強い抵抗を持っている。
だけど、その駅のトイレもあまりいい選択ではなさそうだけど。

626事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。18:2018/09/29(土) 23:40:46
『だったら、昇降口のトイレしかないかな? 少なくとも、今トイレに行ってる二人は…トイレに寄らないだろうし……ふぅ……』

『声』の中に憂いを帯びた感覚を僅かに感じる。
再度視線をまゆに向けると――……っ! 足を擦り合わせてる?

まゆの手は何事もなくテーブルの上を片付けているように見えて……その実、片方の足を上げてもう片方の膝の内側に脹脛を擦りつけるような仕草を……。
それは僅かな時間だけ見せた姿だけど、確かな我慢の仕草で――……まゆ、凄く可愛い。

『あぁ、やだな……トイレ……早く行きたいけど、昇降口の使う時…あやりんも多分一緒だよね?』
『う〜ん……トイレっ……もうすぐ片付け終わるけど……はぁ、…弥生ちゃん達まだ戻ってこないのかな?』
『ほんっ…と、おしっこしたい……うー…あぅー…』

片付けを始めてから短時間の間に随分『声』が大きくなった。
座っていた時と違い支えを失って、水洗いしなければいけないものもあるのだから当然我慢している身には辛い。
まゆの『声』……夏休みの見学会以来で、しかもこんなにも大きな『声』で――……最高に可愛い。

だけど、そんな至福の時間も長くは続かない。
まゆの持つ未使用の紙コップを片付ければ、あとは瑞希と弥生ちゃんを待つだけ。
そうしたら、帰ろうって話になるわけで。
カバンも皆調理室へ持ってきているし……そのまま昇降口に向かってそこのトイレに入ってしまえば、まゆの『声』とはお別れ。

「よーし、片付け終わりっと!」『あぁーもう、二人ともまだっ!? んっ…トイレ…ほんとにさっきから辛いしーっ』

まゆは片付けを終えると椅子に座り大きく嘆息した。
片付けをして疲れたから出た嘆息じゃない。
座ることで尿意が少しでも落ち着けることが出来るし、仕草も隠しやすくなる。
要するに安堵から……と言った方がしっくりくる嘆息。

<ガラガラ>

「ただいま…です」「……か、片付け…ごめんね」

扉を開けて二人が戻ってくる。
何度もトイレに行って、片付けも押し付ける形になったためか二人とも少し歯切れが悪い。

「……気にしなくていいよ、片付ける物もそれほど多くなかったし」

私は二人が気にしないようにフォローを入れる。

「う、うん、…ありがと……」

まだ少し歯切れの悪い瑞希……。隣でそれをなぜか気にするように見る弥生ちゃん。
その態度に違和感……瑞希はもう少し遠慮のない答えを期待していたのだけど……?

627事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。19:2018/09/29(土) 23:41:33
「そんじゃまぁ、帰ろっか!」『んっ……、学校で我慢することなんて無いかと思ってたけど……ようやくトイレ、おしっこ〜……』

まゆの切羽詰まった『声』が少し明るくなる。
いつものまゆなら二人の微妙な態度の変化に気が付きそうなものだけど……余裕を失いつつあるのかもしれない。
だけど、その余裕を失ったまゆの『声』もそろそろ聞き納めで――……まぁ、それなりの可愛いまゆが『聞けた』わけだし。
大満足とは言わないが、満足できたと言ってもいいと思う。

そして、心なしかいつもより早足に感じるまゆを先頭に昇降口へ向かう。
斜め後ろについて歩く私はまゆに視線を向けるが……上手く仕草は隠してる。
余裕がないと言っても、さっきの私と同じで、歩いている方がまだ気が紛れる程度の尿意なのだろう。

「おぉ?」

昇降口に近づいてきたとき、先頭のまゆが驚きと疑問が混ざった声を出す。
私はまゆから視線を切って、身体を横に傾けまゆの後ろから覗き込むようにして前を見る。

――っと、これはトイレの行列? ――じゃないか……えっと?

「あ、コレさっき調理室の方にいた人たちと同じような事してないですか?」

弥生ちゃんがそう声に出す。
つまりあっちにいたトイレの取材陣……?

「そう…なんだー」『うぅー、流石にここじゃ……でも……もうかなりっ……駅まで持つ?』

今までとは違い、まゆの『声』からは焦りと困惑、それと不安が強く感じられる。
ここで済ますことを想定してからの我慢の延長……沢山我慢できるまゆではあるけど、駅までは歩いて10分程度は掛かる。
さっきまで試飲の為に大量に飲んでいた利尿作用の高いコーヒーがまだ下腹部を膨らませ続けているはず。
そんな状態で――……でも私は…そんなまゆを、見ていたいって思ってる……。

「うーん、一体何なんでしょうね?」

「それは、七不思議のひとつの取材」

弥生ちゃんの声の後、突然私たちの後ろから声が聞こえた。
私たちはその声に振り向く。

「さっきは、コーヒー、ご馳走様……」

そこにいたのはさっき試飲の時に星野さんと共にコーヒーを飲みに来ていた五条さんだった。
彼女は足を止めることなく私たちの間を通り抜け、その時に視線をトイレに一瞬だけ向け、呟くように声を出す。

「この学校の七不思議は、全部、ただの噂」

……。
端的な言い方で……でも、少し含みのある言い方のようにも感じる。
そして五条さんは下駄箱から靴を取り出し昇降口から校外へ出ていく。
わざわざ声に出して教えてくれたのは、コーヒーのお礼のつもりだったのかもしれない。

628事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。20:2018/09/29(土) 23:42:43
「えっと、私たちも帰ろうか?」

瑞希がそう言って下駄箱に向かって歩き出す。

「うん、さっさと帰ろう帰ろう」『早く駅で…んっ――おしっこ…したい、したいよ……』

二人の言葉に私と弥生ちゃんも従い、みんな揃って昇降口から外に出る。
瑞希の意見に同調して、駅までの道のりを我慢することを選んだまゆだけど……『声』からしてかなり限界が近いことが窺える。
私は駐輪場へ小走りで向かい自転車を取りに行く。それから自転車を押して駅で別れるまで一緒に下校。
普段ならばまゆと弥生ちゃんは私と下校するときは踏切を渡りわざわざ駅の表まで来てくれる。
瑞希とは今まで一緒に帰る機会がなかったが、多分、一緒に来てくれると思う。

まゆの歩く姿に未だ仕草を感じ取れない。
だけど――

「っ……」『んっ、ほんとやばい…これ、間に合う? あぁ……こんなに我慢っ…することになる、なんて……』

他愛もない話の間に零れる息遣いは少し荒く、『声』にも余裕がなくなって行くのが感じ取れる。
間に合うかどうか……それを心配し始めたまゆの心の片隅には、もしかしたら既に“おもらし”の言葉が浮かび始めているのかもしれない。

『はぁ、はぁ……だめっ…ほんとっこのままじゃ……』

駅まで我慢できない……間に合わない、おもらししちゃう……。
いずれの言葉も『声』に出すことはなかったが、それは直視するのが怖くて目を逸らしているだけ……。
今まで沢山の人たちの『声』を聞いて来た私だからわかる。これほどまでに大きな『声』……我慢の限界が間近に迫ってきた証拠に他ならない。

……。

私は再度さり気無くまゆに目を向ける。
よく見るとわずかだけど前屈みにも見えなくなくて……限界は本当にすぐそこまで来ていて。
もしかしたら……本当に――

「っ…あ、あれ?」 

会話の切れ目に突然弥生ちゃんが言った。

「あぁ、うそ……ケータイ…忘れたみたいです」

それから立ち止まりカバンを再度なんども確かめるが、何とも言えない気まずい表情を見せ……。

「ご、ごめんなさい、やっぱり学校みたいで……ちょっと取ってきますから…えっと、先に帰っちゃって下さい」

そう言って私たちに手を振りながら学校へ小走りに引き返す弥生ちゃん。
私としては待ってあげてもいいが、弥生ちゃん本人が悪く思うだろうし、なによりまゆが――

「わ、私もちょっと用事あるの忘れてて、きょ、今日は駅に…裏から行くねっ」『もう我慢出来なっ――、はぁ…ぅ……ごめんね!』

弥生ちゃんが携帯を探すのに立ち止まっていたためなのか、限界が目前に迫ってきたためなのか……
踏切の手前でまゆは必死に仕草を抑え、私と瑞希に別れの言葉を言って駅の方へ駆けて行く。
普通に走る姿に見えなくもないが……我慢してるのを知ってる私から見たらお腹を庇うような不自然な走り方。
後を追いたいが駅に用事はないし瑞希もいる中、尾行みたいなことは出来ない。
色々と思考を巡らすが、その間にも走るまゆとの距離が離れて……流石にもう諦めるほかない。
結末がどうであれ、ここまで来て最後まで一緒に居られないというのは割とショックが大きい。

629事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。21:2018/09/29(土) 23:43:29
「いっちゃったね、……まぁ、私はコンビニにちょっと…寄りたいし、そこまでは一緒…だね」

私は名残惜しくまゆを見送り、隣に残ったのは瑞希に視線だけを向ける。今現在『声』は聞こえない。
そういう意味だけで言えば詰まらないと言ってしまえる。
だけど、あの雨の日を除けば瑞希と二人で下校というのは高校に入ってから初めての事であり
長く話していなかった時間を取り戻すには悪くないのかもしれない。

……。

――……それに、気になることもあるし……。

片付けの後、調理室に戻ってきたときほどではないがさっきの言葉も少し歯切れを悪く感じた。
言葉数も少なくなった気もするし……そして、その態度に思い当たることがないわけじゃない。

「……コンビニに行って何か買うの?」

「っ! えぇ!? や……まぁ、ね、あはは……」

予想通り、かなり動揺してる。
まゆの結末を最後まで見ることが出来なかったためか……この行き場のない欲望を瑞希に向けたくなる……。
……割と本気で自分自身の事を最低なんじゃないかと思う。

踏切を超え、コンビニが見えてくる。

「そ、それじゃー、私コンビニに寄ってくから、また明日…かな?」

コンビニの前で別れの言葉を切り出す。
当然コンビニを出た後は瑞希は駅へ、私は自宅へ向かうわけだからここで別れるのはなんら不自然な事じゃない。
だけど……多分瑞希は早く別れたがっているからこその別れの言葉。
そんな態度の瑞希を見ていると――

「……私も何か買おうかな?」
「え! や、その……ちょっと待って、わ、私の買いたいものなんだけど、そ、その…見られたくないって言うか――」

だから買い物終わるまで外で待ってて欲しい、と言う瑞希。
というか、“見られたくないもの”って……もう少しマシな誤魔化し方した方が良いと思う。
食い下がろうとも思ったが、やっぱりこれは半ば八つ当たりな気もするので大人しく外で待つことにする。
私自身は買いたいものもないのだから帰っても良かったが、自身の尿意もそれなりに高まりつつある。
もう今の季節にもなると夕方は肌寒く、尿意を加速させる。
それにさっき我慢しすぎたのも我慢が辛い原因かもしれない。
ここで済ませず自宅までとなると……正直、我慢できる絶対の自信はないし
マンションのトイレの前まで来て失敗、挙句の果てに住人に見られるようなことにでもなったら立ち直れない。

630事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。22:2018/09/29(土) 23:44:48
『ちょっとしたいし、おしっこも済ませておこうかな……どうせ下着替えるためにトイレ入るんだし……』

コンビニ内から微かに聞こえる瑞希の『声』。ついさっき学校で済ませたとはいえ、あれだけ飲んだ後だし仕方がない事。
それと……想像していた通り、瑞希は下着を汚していた……ただ、下着は履いていないのか、濡れたままでいるかまでは判断できていなかったけど
下着を替えると言う『声』の内容から濡れたまま履き続けていたらしい。
わざわざ履き替えるのは、電車に乗って濡れた下着のまま座るわけにはいかないし、においも気になるのかもしれない。
それとただ単純に気持ちが悪いとか見られたら……というのもあると思う。

……。

スカートは無事だった様に見えたので失敗がどの程度だったのかわからないが
調理室に帰ってきたときの弥生ちゃんも少し動揺していた様に見えた。
弥生ちゃんに気が付かれるほどの失敗はしていたのかもしれない。

――……むぅ、そう考えると片付けの時、弥生ちゃんがトイレを言う前に私が言ってれば一緒に――

結局“たられば”な話だけど。

『下着買った後にトイレとか……んー勘ぐられちゃうのかな?
でも、おしっこも済ませないと…駅でもいいけど清掃中とかだとかなり困ったことになるし……』

瑞希も失敗するほど限界まで我慢した後で、且つトイレが近いほうだし……。
瑞希の言うように清掃中だったとしたら次の駅か、コンビニにとんぼ返りになるわけで。
割と悩む選択かも知れない。

『っ! だめ、出ちゃう! あぁ……あとちょっと、お願い…っ!』

――っ!! これって、まゆ?? なんで……。

突然聞こえて来た『声』に驚き駅の方を見る。
まだ遠いが、スカートの前を確りと押さえ込んだ親友の姿が目に映る。

『し、修理中で…使えないとかっ……なんでこんな時に、…あぁ、コンビニ…トイレ…っ、お、おしっこ……』

どうやらこのコンビニを目指して歩いてきているらしいが
必死に我慢しているためかこちらにはまだ気が付いてない。

まゆは私たちが駅の表側に来ていることを知っている。
確かに駅の裏側にはコンビニも飲食店も近くにないけど
用事があると言って先に駅へ向かった以上、私たちと顔を合わすのは極力避けたいはず……。
それなのに、このコンビニを目指すためにこちら側に来たということは――

――……そんなことを考える余裕が既にない、もしくは間に合うトイレ候補がここ以外にない――ってことだよね?

どちらにせよまゆの我慢が限界まで来ていることは明らかで。
いや、そもそも踏切手前で別れた時点ですでに限界寸前だったはず……。
その事実が私の心臓を大きく響かせる。
口の中は渇き、目はまゆから離せない……。

そして遠くで見えるまゆが視線を上げて……目が合う。

631事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。23:2018/09/29(土) 23:45:42
『っ! あやりん!? や…分かってたけど、けどっ……や、だ……こんなの……っ、見ないでよぉ――見せたく、ないのにっ……』

スカートの前から手を離す、だけど、その手は落ち着きがなく彷徨わせたり強く握りしめたり……。
だけど、10秒も経たないうちに再び片方の手がスカートの前に添えられる。

『あ、あぁ…っ、ば、バカバカっ、こんな、格好っ……んっ』

――……まゆ、本当にもう…限界……なんだ……。

俯きながらこちらに向かってくる……。
きっとこんな醜態――――最高に可愛い醜態だと思う――――を晒しておいて、逃げたいはずなのに。
恥ずかしくても此処のコンビニのトイレを目指して……それしか間に合う選択肢がないから……。

『やだ、あと…ちょっと……あ、あぁっ! くぅ…んっ! あっ……』

道路の向こう、スカートの前を力強く押さえ、足踏みしながら車が途切れるのを待つ。
まゆの顔は凄く必死で、時折私と視線が合いすぐに目を背ける。……それを見て、私は後ろめたさを感じながらも目を離すことが出来ない……。

『えぇ、トイレ使用中なの? あ、でも流す音聞こえて来たしもうすぐっぽいかな?』

――っ! み、瑞希の…『声』だ……。

ふと聞こえたのはまゆのものじゃなく瑞希の『声』。
まゆに気を取られていた間に瑞希がトイレを使う決断をしていて……。

『んっ……はぁ、急にしたくなるなぁ……あ、出て来た』

――えっ……ま、待って……そこは――

まゆが使う、まゆが恋焦がれてるトイレ……私は視線をコンビニに向け、瑞希を止めに入るか一瞬考える。
だけど、今私がコンビニに足を踏み入れたところで、瑞希は既に個室の中……間に合わない、まゆはその後……。

視線をまゆに戻すと車が途切れたのを見計らってこちらに駆けてくる。
覚束無い足取りで……私の前まで来て一度歩みを止めて……。
だけど、私の目の前に来ても、視線は宙を彷徨わせそわそわと落ち着くことが出来ない。
そんなまゆに、私は何か言わなくちゃいけない気がしたが……掛けるべき言葉が見つからない。

「……っ、あ、あやりん、その…っ、あぁっ…だめ、ごめん後でっ!」『と、止まってっ! あとちょっと、ちょっと……だからっ!』

先に気まずい空気を破ったのはまゆで……というより、待てなくなったと言った方がより正確だった。
私の横を通り過ぎコンビニの中へ向かうまゆ……一瞬見えたスカートの押さえ込まれた部分、そこが濃く変色していた。
『声』の内容からもそれが恥ずかしい失敗の跡であることは明らかで……。

632事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。24:2018/09/29(土) 23:46:29
――……っ! それより、トイレには瑞希がっ!

まゆにコンビニに入る前に伝えるべきだった? 隣の喫茶店のトイレに目指す先を変えさせるべきだった?
……過ぎたことを考えても仕方がない。
私はコンビニの中へまゆを追うようにして入る。
当然、瑞希はまだ個室の中。

「(っ! うそ……あぁ、なんでっ……!)」『し、使用中!? あっ、あぁ……やっ――』

私はその声と『声』を聞きながらまゆの隣へ付く。

『あ、あやりん……んっ、だめ、だめなのに……あ、あぁ……またっ…あやりん…っ私…もう――』

トイレの扉の前で震えた足を閉じ合わせ、スカートの前を押さえて……目には涙を溜めていて……。
……可愛い、凄く……だけど、胸が苦しくて助けたくて……。私にできる事は――

<ドンドン>
「み、瑞希! お願いっ早く出てきて!」
  「えぇ! あ、あ、綾!? 外で待っ――」
「良いから早く出てきて! し、下着のことは知ってるけど、履き替えるのとか後にして!」
  「っ!!? や、えぇ?!」

瑞希には後でちゃんと謝らなければいけない……けど、今はそれどころじゃない。
まゆはもう我慢できない……スカートの染みがさっきより広がってるのがわかる……。
こんなところで、おもらしなんて絶対にさせられない……。
まゆのそんな姿……見たくないと言えば嘘になるかもしれない、だけど、やっぱり見たくない私もいて……何より他の誰にも見せたくない。

「(んっ! あぁ……あ、あ…ふぁ、んっ……やぁ…――)」『み、みずりん? あ、あぁ……嘘…出てきてよ、早くっ、〜〜〜っ』

尿意の波――というよりも外へ漏れ出す力を気力だけで抑えて……でもそれはもう時間稼ぎでしかなくて。
我慢を続けたところで尿意が引くなんて事はもう起きえない。ギリギリまで張り詰めた下腹部は、もう吐き出すことしか考えていない。
すぐに入れると思っていたトイレを目の前に、あと少しの状況……あと少しの時間を全力で堪えるしかない。

<カラカラ>

個室の中で紙を巻き取る音がする……。

「っ……み、みずりん、あっ…は、早くぅ……あぁ……ぅ…」『あ、溢れ……っ、あ、あっ……ああぁっ……』

前を押さえる手が何度も押さえ直され、スカートの生地が閉じ合わされた足の間に入り込んでいく。
染みが見えなくなるくらいに生地を集め……だけど、まゆが全身を跳ねさせたと同時に、一瞬にして大きく染み浮かび上がる。

  「え、真弓ちゃん? ……あ、もう、もう出るからねっ!」<ジャバ――><カチ>

水の流す音、鍵を開ける音……そして――

633事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。25:2018/09/29(土) 23:47:15
「おまた――」「ご、ごめん!!」

扉が開くと同時に、押しのけるようにまゆが個室へ滑り込む。
私は押しのけられて呆気に取られる瑞希を受け止め、でも視線はまだ、まゆへ……。

「あ、んっ……やぁ……」『まだ、あ、あっ……あぁっ!』
<じゅぃ――><びちゃびちゃ……>

確かに聞こえるくぐもった音、床に打ち付ける水音。

<バタンッ>

ようやく閉められる扉……。
だけど、中ではまだ、高いところから落ちる水音が響いていて……。
その音は中で慌てているであろうまゆの動きに合わせて不規則に音をリズムを変える。

  <じゅうぅぅぅぅ―――>

そして……水の中に放たれる音に変わる……。

「っ……真弓…ちゃん……おもら――むぐぅ!」

声に出してデリカシーの無いことを口にしようとする瑞希の口を押える。
私はそのまま視線を下に落とす。

――……あんなになるまで我慢して、それなのに、個室の外には水たまり一つ残さないとは……。

スカートの染み具合、個室に入ってからの誤魔化せないほどの失敗……瑞希の言うようにおちびりとはとても言えない……言い訳のできないおもらし。
それでも、個室に入るまでは決して諦めず、その失敗を床に残さなかったまゆは――……頑張った……物凄く頑張ったと思う。

  「はぁ……はぁっ、…はぁ……」<じゅうぅぅっ…じゅぅぅ―――>

長い……途中一瞬途切れたりして入るけど…もう30秒……いや40秒くらいにはなる。
瑞希が手の中で暴れだしたので仕方なく放す。

「ぷは……はぁ……(ね、ねぇ? 真弓ちゃんの……めっちゃ長くない?)」

今度はちゃんと空気を読んで私にしか聞こえないくらいの声で話しかけてくる。
同意ではあるけど――

「(……それ、まゆに絶対言っちゃだめな奴だからね?)」

茶化して空気を和ませるにしても、まゆには音とか量とかそう言うのは避けた方が良い。
それにしても――……はぁー、滅茶苦茶可愛かった。

634事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。26:2018/09/29(土) 23:48:36
  <じゅぅ―――>

勢いはかなり落ちた気はするけど……もう1分以上経ってる気がする……。
スカートに多大な被害をだして、それなりの量を個室の床へ零していながら……1分って……。

「(ね、ねぇ? ……なにこれ? 終わんないの?)」

困惑の表情で私に尋ねる瑞希……それについてはもう何も言わない……。

――っ……それより、こんな音聞いてたら……んっ……はぁ……。

元より私もそれなりに我慢していたわけで……。
済ませてからもう50分くらい……かなり我慢が辛くなってきた。
だけどまゆは……私のそこそこ限界に近い我慢の2回分をずっと貯め込んでいのであって……。
本当に凄い――……っ…あぁ、凄いのは良いけど……これ…結構……っ。

さっき、我慢しすぎた為か、尿意の波が非常に大きい……。
今まで意識がまゆに向いていたから強く意識することがなかったが
自身が催していることを強く自覚し、トイレ前だと言うことを意識した途端に……。
どうしても仕草を抑えることが出来ずに身体を捩って尿意の大波に抗う。

「(あ、綾? もしかして……我慢してる?)」

当然その明け透けな仕草に瑞希は気が付く。
私は瑞希の言葉に顔が熱くなるのを感じて……視線を逸らす。

「えっと……真弓? 大丈夫?」

瑞希は私に左手で待つように静止を掛けつつ、いつの間にか音の止んだ個室へ言葉を投げかける。
だけど、個室から返事は返って来ない。

「真弓、聞いて……綾もその……我慢してるみたいで――」
  「っ! あ、……っ…う、うん……ごめん、ちょ、ちょっとだけ、待って…っ……」<カラカラ>

個室の中から慌てて紙を巻き取る音と……まゆの涙交じりの声……。

「っ……まゆ、ごめん……」

本当情けないし、申し訳ない……。
ワザと我慢してまゆの『声』を聞いておきながら……恥ずかしい失敗をしてしまったまゆに心を整理させる暇さえ奪うなんて……。

635事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。27:2018/09/29(土) 23:49:25
――……そうだ…せめて着替え…。

私は足をクロスさせ壁に凭れ掛かり、肩に下げたカバンの奥からいつも用意してる予備のスカートを取り出す。
それを瑞希に押し付けるようにして渡す。

「こ、これは?」

「……まゆに渡してっ……んっ!」

したい……おしっこ……。
膀胱が断続的に収縮を繰り返し、下腹部が時折硬く緊張する……。
ギリギリ限界まで張り詰めてるわけじゃない……まだ我慢できるはず、しなきゃいけない。
まゆをあの格好のまま出てきて貰うわけにはいかない……ちゃんと後始末と着替えくらいさせてあげたい。

「綾……ちゃんと我慢してよ?」

「……わ、わかってるっ…」

瑞希は着替えを受け取ると個室のまゆに渡すために声を掛ける。
私は視線を外してスカートの前に手を添えたり、太腿を抓ってみたり……。
試飲中の我慢は確かに辛かったけど……別に限界寸前までの我慢じゃなかった。
多少尿意に過敏になってはいるけど、押さえ込めないわけじゃない……まだ我慢できる。

トイレの前だという意識を無くしたくて目を瞑る……。
自分の短く深い呼吸音だけが大きく聞こえる……。

――……我慢っ……我慢…我慢……っ! ぁ、っ!!

<じゅ…>

僅かに下着の内側から噴き出す熱い失敗……。
クロスに合わせた足を震わして、添えられた手に力が入る。

――……うぅ…と、止まった……っ…はぁ…はぁ……。

「あ、あやりん、ごめん! 空いたよ!」

まゆの声に顔を上げる。
申し訳なさそうに涙で腫らした目で私を見るまゆ……。
私は直ぐに目を逸らして、カバンをその場に落として個室に駆け込む。

<じゅ…じゅう……>

――ちょっ! …ま、待って!

個室の中で見っとも無く足を踏み鳴らし、鍵を閉める。
トイレは洋式……髪は前で抱えて……。
あとはスカートと下着を――

<じゅうぅぅ>

「っ……はぁ…はぁ…っ、はぁ……」

下着にはかなりの被害は出てしまった。
けど……間に合ったと――……言ってもいいよね?

一息ついて……終わった頃に音消しを忘れていたことに気が付く……。
酷い我慢姿を見せて、音消しもせず……まゆほどではないのだろうけど、個室を出るには勇気がいる……。
だけど、いつまでもこうしているわけにはいかない……。
まゆは、私よりもずっと恥ずかしい姿を晒してしまったのだから。

636事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。-EX- 1:2018/09/29(土) 23:52:28
**********

――はぁ……。

やってしまった……またあやりんの前で。
また迷惑かけて、その上スカートまで貸してもらって……。

あと少しを我慢できなかった……。
駅のトイレ……清掃中でも使っていただろうし、確かに運が悪かったのはある。
だけど、恐らく4人の中で最も我慢できる私が失敗を犯したのは、それ相応の落ち度があるから。
余裕のあるうちに済ませれば解決できた簡単な問題なのに……そのタイミングは確かにあったはずなのに。

……。

コンビニの外でみずりんと並んであやりんを待つ。
あやりんがトイレの前に落としていったカバンはみずりんが持ってくれている。
彼女はあまり気を使える方ではないが、口を開かず黙っていて……。
それが私にとって有難いのか、気まずくて辛いのかよくわからない。
だけど、だた言えるのは、私から何か話すのは今はかなりきついという事。

……。

沈黙の中、足元を見る。
そこは乾いたコンクリートとあやりんがくれた濡れていないスカート……だけど、靴下は付けていない、下着も履いていない。
足には靴の湿った感覚が気持ち悪く残り……現実を突き付けてくる。

「あ、あのさ……」

私はみずりんの声に身を固める。
今は彼女の気の使えない性格が少し怖い……。

「わ、私が、個室に入ってた時に、綾が言ってた事……なんだけど」

――あやりんが言っていたこと?

すぐには何を言っているのかわからなかった。
あの時は本当に我慢に集中していて……。

「ほ、ほら……し、下着とか…履き替えるのとかは後に…とか」

「あ、うん……言ってたかも?」

正直よく覚えてない。
だけど、言った内容が下着の履き替え……それを後にしてって言うのは――
みずりんが話し難そうにもじもじしてる様子からも察しがついた。

637事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。-EX- 2:2018/09/29(土) 23:53:42
「わ、私もさ……片付けの前に行ったトイレで……ちょっとだけ…ま、間に合わなくて……」

……。
そっか、みずりんも……。
そして自身の失敗をわざわざ告白する事で私を励ましてくれてるんだ……。
こんなに真っ赤になって、隠しておきたい恥ずかしいことを……私は彼女にそこまでさせるくらい落ち込んでるように見えてる……。

――……いや、確かに落ち込んでる、それに……怖い……。

私のトイレは人よりもずっと長くて……音も長くて……それがたまらなく恥ずかしく、怖い。
拒絶されるかもしれない、引かれるかもしれない……。誰かの前で我慢した状態で済ませる事が私には堪らなく怖い。
そして今日……おもらしも…こんなにいっぱいしちゃう私も、全部知られてしまった……。

友達を信用してないわけじゃない。
だけど――

  ――「ねぇ、ほら聞いてよっ、うちの妹なんだけどさ、凄いでしょ?」――
  ――「ちょっと!? っ……す、すごいけど……」――
  ――「あはは、でしょでしょ! 傑作でしょ! ドン引きでしょ!」――

中学時代に家でトイレの最中に聞いた、お姉ちゃんと先輩とのやり取り。それは我慢しているだけで鮮明に蘇り胸を突き刺す。
わざわざ私に我慢させるように仕向け、先輩に聞かせるために謀ったお姉ちゃん……。
たまに家に来る先輩に私が勝手憧れて、きっとお姉ちゃんはそれが許せなかった。
わかってる、理解できる……それでも……私にとってそれはトラウマで……。
時間も音も量も……常に意識から外せない物になった。
学校でもそれは同じで……なるべくトイレに行くのは避けるようになった。
だけど避けることで我慢することが増え、クラスの人に聞かれたときに長さを指摘されて……。我慢にはまだ余裕はあったはずなのに……。
それから、学校で一度も済ませない……そうしようとも考えたが済ませないというのはそれはそれで心配で。
結局今の昼に1回だけ済ませる事を日課にして、なるべく意識しないようにした。

……それを日課にして本当に良かったと思う。
初めのうちは我慢していなくても音や時間が気掛かりだった。
だけど数を重ね習慣になった行動は自然と出来るようになったし、昼までに溜まった分だけでは、音や長さを指摘する人はいなかった。

……。

それでも、例外や事故はあるってわかってたはずなのに。
昼に済ませられなかったら? 昼までに尿意が来てしまったら? 済ませたのにまたしたくなったら?
……そんなときはバレないように我慢を続ける、もしくは極力誰にも聞かれないように済ませなきゃって……間違った事を考えるようになって。
そうじゃないのに……失敗の方が恥ずかしいのに、ダメなのに……そうなるリスクを上げるべきじゃないのに。
高校に入ってからそういうことは無かったけど……逆に無かったからこそ今日、間違いを…失敗を――おもらしをしてしまった。

理由は違うけど見学会の日もしちゃって、あやりんにはおもらしも、量も、音も…全部見られて……恥ずかしくて怖くて……。
だけど、あやりんは優しく受け入れてくれて……。

638事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。-EX- 3:2018/09/29(土) 23:54:42
――……だからかな……コンビニであやりんが横に来てくれた時……少し安心しちゃってた……。

隣にいるのがあやりんなら失敗してもいい……そんなことは思ってなかったはず。だけど……。
あの時受け入れて貰えたのが嬉しくて……それで気が緩んだのは間違いなくて。
私は私が思っていた以上に単純で、極限まで我慢していた私にはそれが毒だった。

だからあやりんのせい……そんなことないのに、それは甘えた言葉なのに。
だけど、もしあの場で失敗していたら……私はあやりんに甘えてしまっていたかもしれない。
心底、トイレの中に居たのがみずりんで助かったと思う。
じゃなきゃ、私は扉が開くまでに我慢を諦めていたかもしれない。

「……お、おまたせ……」

コンビニからあやりんが出てきて私たちに声を掛ける。
いつもの無表情を必死に崩さないように、だけど顔を真っ赤にしていて。

「あ、あやりん…あはは、スカート……助かったよ、ありがとね」

私は苦しい笑い方をしてお礼を言う。
あやりんはなぜか謝罪をする。見学会の時もそうだった。
助けられなかったから、なんて理由で……これは私の失敗であやりんに非があるわけじゃないのに。

「あ、綾! 謝るなら私でしょ! し、下着まだ替えれてないし、勝手に個室前で暴露始めるし!」

「……あ、そうだね、ごめん」

「“あ、そうだね”――じゃないよっ! あーもう、トイレ行ってくる!」

みずりんはあやりんのカバンを押し付けるようにして返して、コンビニへ入っていく。
普段気を使わない彼女が、私の為にわざと明るく振舞ってくれてるのがわかる。――はぁー、もっとしっかりしないと…ね。
それと私も後で下着を履きに行くべきか少し悩むが、下着を買ってトイレというのはハードルが高いし……やっぱりやめておく。

「……」

私が考え事をしていると、あやりんが何も言わずに隣へ並ぶ。
私は嘆息して呟く。

「本当……あやりんには助けられてばっかりだわー……」

「……え? そんなことないでしょ? どっちかって言うといつも私のが――」
「いやいや、そんなことあるんだよねー」

「……うーん……じゃ、じゃあ、お互い様ってことで?」

無表情の中に納得のいかない表情を少しだけ見せ、お互い様という落としどころを疑問詞を付けて言う。
それを見て私は自然と笑みが零れる。

……先輩、私はあなたに憧れて、その妹であるあやりんにその面影を感じて話しかけました。
だけど、今は違う……。あやりんを通して先輩を見るなんてことはもうありえない。
だから……あやりんだけはお姉ちゃんには絶対に渡さないし……出来れば生徒会にも――

おわり

639名無しさんのおもらし:2018/09/30(日) 00:29:57
>>638 久々の更新、待ってました!
長さゆえの我慢の連続でとても良かったです。
綾ちゃんがたまに限界ギリギリになるの個人的に好きです。

640名無しさんのおもらし:2018/09/30(日) 08:46:04
久しぶりの更新待ってました。
今回はみんなコーヒーのおかげでトイレ近いですね。最後の真弓の限界我慢も良かったですが、個人的には綾菜も二回トイレに行って最後はギリギリ我慢がドツボでした。
今回の話ははっきり言って神回ですよ。 素晴らしい小説をありがとうございます

641名無しさんのおもらし:2018/10/02(火) 20:42:32
更新ありがとうございます!
「最高に可愛い醜態」はパワーワードですね、やっぱりまゆが声聞きのヒロイン!
彼女のトラウマは梅雨姉 (と雪姉) によるものだったのですね。
夏祭りではあえて知らないフリしてたのかな。
毎回少しずつ明らかになっていく過去のストーリーや人物相関が楽しみです。

642名無しさんのおもらし:2018/10/03(水) 23:54:24
最近いろんな子とフラグ立ててると思ってたら正妻のターンが来た
単に漏らさせるだけじゃなくておしっこがストーリーに関わってきて良いね

643名無しさんのおもらし:2019/03/10(日) 02:04:15
新作希望

644名無しさんのおもらし:2019/04/21(日) 23:51:14
あげ

645事例の人:2019/04/30(火) 00:57:19
>>639-642
感想とかありがとうございます。

更新遅くて申し訳ないです。
そしてどういうわけか前回より長くなってしまった。
文化祭と言うのもあって、登場人物も多めです。

646事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。1:2019/04/30(火) 00:59:38
「おかえりなさいませーお嬢様ー!」

クラスメイトが元気よくお客に声を掛け席へ案内する。
文化祭、私のクラスはメイドアンド男装執事喫茶……。
私は今メイド服を着て接客と言う、私にとってそれなりの苦行の真っ最中。
とはいえ、一般的なメイド喫茶とは違い、私たち接客係の仕事はメイドっぽい挨拶と案内、それと注文取りくらいなもので
お客を喜ばせるための催し物や、“おいしくなーれ”みたいなサービスはない。ないというか許可が出ない。

「……いってらっしゃいませ――……はぁ……」
「おつかれさまー」

私の嘆息に気が付き隣に来て声を掛けてくれる瑞希。

「……瑞希は大正浪漫って感じだね」

「うん、衣装班の皆、好みがバラバラだったからねー」

周囲を見渡すと、同じメイド服でもスカートがショートだったりロングだったり。
和装の衣装は流石に瑞希のだけだけど、どの服も微妙にデザインが違う。

――……コンセプト揃えた方がって――いや、男装の執事がいる以上、そこまで揃わないかもだけど。

教室の入り口の方から人の気配を感じて、クラスメイトのメイド姿から視線を外す。
二人組の女性、見ない顔……それに年上? 一般参加の――っと、えっと挨拶しなきゃ……。

「……お、おかえりなさいませ、お嬢様」

「あ!」

私に向かってあげられた声?
挨拶をして下げていた目線を私は上げる。
二人の顔は少し驚いているように見え、だけど私から見て左の背の少し低い女性はすぐに目を逸らして口に手を当てて……。
どうやら声を出したのは彼女の様で、今のは……声に出して失敗した――みたいな態度に見える。

「……え…っと?」

私はどう反応すべきか分からず、相手の出方を窺う。

「あはは……えっと、ごめんなさい、雛倉綾菜さん……ですよね?」

大人っぽく人当たりが良さそうな右の女性が苦笑いをしてから私の名を呼ぶ。
――……ってあれ? 私の名前?

647事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。2:2019/04/30(火) 01:00:38
「……どうして――」

疑問符を付けるということは私が雛倉綾菜である明確な確証を持っていないのだとは思うけど……。
一応記憶を辿るが、彼女の顔、隣の人の顔に見覚えはない。つまり、誰かから私について聞いているという事。

「私たちは雪――あなたのお姉さんと同じ大学に通っているんです、容姿の似てる妹がいるって聞いていたんだけど、想像以上で――」

そう言いながら右の女性は左の女性へ視線を向ける。
視線を向けられた彼女は少し不満そうな顔をして、私に聞こえないくらいで何か小言を言っているように見える。

「っ! ……ということは姉も――あ、すいません、とりあえずご案内します」

後ろからもう一組来店があったので私は話を中断して空いている席へ案内する。
そして注文を取るべきか、話の続きをすべきか……。

「雪はサプライズ登場したかったみたいだけど……なんかごめん」

背の低いほうの女性が私に謝る。
律儀で真面目な――

「いっそのこと、雪に“驚かないドッキリ”でもしかけてあげればいい」

――訂正、あまりこの人、真面目ではないらしい。
だけど、また勝手にサプライズ帰宅をする雪姉に振り回されたくもないので――

「……わかりました、無視して楽しみます」

「案外ノリいいのね」

大人っぽい女性の方が笑顔で返してくれる。
なぜだか話を続けたくなる雰囲気を持つ人……仕草の機微や表情、喋り方全てが妙に心地良い。

「……えっと、……ご注文のほうは……?」

だけど、一組の接客でしかも注文もなしで時間をかけているわけにも行かないので、私はメイドの業務に戻る。
それに、いくらそんな雰囲気を持つ人だからと言っても、ほぼ初対面な人を相手に雑談できるほどのコミュニケーション能力がそもそも私にないわけで。

「私はオリジナルブレンドのホットをブラックで。美華は砂糖ミルクありだよね? 何杯飲む?」

「えっとね――……って一杯だよ!? 変な冗談やめてよっ」

美華と呼ばれた彼女が今までの大人っぽさを崩してツッコミを入れる。
だけど――ツッコミにしては焦りと顔を赤く染める様子が少し引っかかる。

648事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。3:2019/04/30(火) 01:02:24
「あ、綾菜ー! ちょっとあんたが私の接客してよっ!」

――っ!

私は大きな声で呼ばれ驚く。
視線を声が聞こえて来た教室の入り口へ向けると、手を上げてアピールしている星野さんの姿があった。

「行ってください、注文は砂糖ミルクありで“一杯”です」

美華さん――――苗字不明、もう一人は苗字も名前もわからないまま――――のその言葉を注文票にメモをし軽い会釈をして離れる。
注文票を厨房担当に渡した後、星野さんのもとへ向かうと彼女は機嫌良さそうに私のメイド姿を見つめる。

「……おかえりなさいませ、お嬢様――……ってあんまりじろじろ見ないで。
……それとメイドの指名制度みたいなの本来ないから……」

「まぁまぁー、いいじゃん減るもんじゃないし、どこでもしてる事じゃん? 知り合いに接客なんてさ」

その星野さんの言葉に小さく嘆息する。
迷信が正しければ、私から幸せが減っているのは間違いないと思う。

「クラシカルロングのフリル控えめって感じかー、うんうん、上品で良いじゃん」

「……メイド好き隠す気なくなったんだ……」

この前の時は五条さんに指摘され恥ずかしがっていたように思ったが……開き直っているのかもしれない。

「あ、一緒に撮影しよーか」

星野さんは携帯を取り出し席を立ち私の隣に来ようとする。
私はそんな星野さんから距離を取るためテーブルが二人の間に来るように移動する。

「ちょっと!」

「……待って、あれ読んで」

私は教室内の張り紙を指差す。
そこには「許可なくメイドの撮影は禁止」の文字。
そういうサービスを売りに出来ないのもあるが、SNSが普及している時代だと勝手に撮られるのを警戒するのは当然。

「何、許可してくれないわけ?」

「……しない、それに忙しいし」

目を細め、不機嫌そうな顔をする。

649事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。4:2019/04/30(火) 01:03:33
「……えっと、ご、ご注文は?」

そう恐る恐る尋ねると星野さんは嘆息して席に座り、5枚の券を荒っぽくテーブルの上に置く。
当然か、私が売りつけたんだから。
私はテーブルの上に置かれたコーヒー券の一枚を手にする。
だけど、星野さんは残り4枚も私の前に滑らせるようにして差し出す。

「ホットコーヒー5杯で」

「……え、いや――え?」

私は困惑しながらコーヒー券を5枚受け取るが、何を考えているのか理解できず星野さんに視線を向ける。

「いやいや、全部一人で飲むわけないじゃん? もうすぐツレが来ると思うからさ」

「あ、……はい、かしこまりました、少々お待ちください」

なるほど。だけど、案内したテーブル二人席なんだけどね……。
商品と代金は引き換えだし――――そもそも今回はコーヒー券だし――――食べ歩き、飲み歩きができるように容器は使い捨てなのでテイクアウトも出来るわけだけど
それだとメイド好きの星野さん的に良くないんじゃないか――とは思いつつ、改めて席まで行きそれを聞いてくるほど気を遣うつもりはない。

それにしても星野さんの友達――……五条さんではなさそうかな? あの不思議な人は沢山の人でわいわいという感じではないし。
星野さんは友達多そうだから、別グループの友達と言ったところか。

厨房担当に注文を伝え、もう用意されていた雪姉の友達二人の分を受け取り席へ運ぶ。
美華さんの方が一声「ありがとう」と言って微笑んでくれる。そのあと彼女は私から視線を外しもうひとりの雪姉の友達と楽しそうに会話を始める。
もう少し雪姉について聞いて来たり、教えてくれたりとかあるのかと思っていたがそういうつもりはないらしい。
特に話すことはないのか、それとも忙しそうにしている私への気遣いなのか……私は席を離れる。

厨房に行くと五つのコーヒーも準備が出来ていて、それを星野さんのところへ運ぶ。
星野さんは難しい顔で携帯と向き合っていて――

「あ、ちょっと、聞いて!」

私に気が付くとこちらに手を伸ばしメイド服を引っ張って携帯を見せる。
私はお盆に乗せたコーヒーを零さないようにバランスを取り、星野さんの携帯を見ながらコーヒーをテーブルに置く。

「メイド喫茶でって言ったのに、あいつらバカンスカフェの方が面白そうとか言ってあっち行きやがった!」

携帯の画面にはそう言ったやり取りが書かれていて――バカンスカフェ……確か3年の椛さんのクラス。
プールを利用して南国気分を出しつつ、季節外れのかき氷などを扱ってる、同じカフェとしてのライバル店。
というかプールをカフェに利用できる3年に勝てるわけがないのだけど。

「……でもどうするの? コーヒーもう淹れちゃったけど……」

「うーん、3つは飲むかしないとだめか、2つは持ち出して誰かにあげるかなー……」

――っ! それってつまり……大体600mlくらい星野さんが一人でコーヒーを飲むってこと?

飲むだけじゃチャンスにならないのはわかってるが、この量…しかもそれがコーヒーってだけで無性にテンションが上がる。
星野さんは我慢強いほうなのか、そうでないのかわからないが、1時間程度で尿意を感じるには十分な量のはず。

650事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。5:2019/04/30(火) 01:04:28
「あー、まぁいいや、歌ってたらどうせ喉渇くしなぁ」

「……歌?」

「ん? あれ、言ってなかったっけ? 今日中庭でするライブの一発目私ら……あー、らって言っても今いないけど、私はその中のボーカル担当ってわけ」

「……そう、なんだ」

全然知らなかった。
ライブがあるのは知っていたけど、まさか知り合いの中にバンドを組んでる人がいるとは。

「綾菜、見に来なよ!」

「え! ……あ、抜けて大丈夫そうなら見に…行こうかな?」

妙にフレンドリーに接してくれる事に未だ慣れない。
まゆの時にも今と近い――――もう少しマイルドだった気がするけど――――経験をしたのを思い出す。
あの時はそのうち私の態度に距離を取ると思っていたけど……。
星野さんはどうなんだろう……流石にもっと露骨に避け続ければ対応が変わるのかもしれない。
だけど、私の今の態度程度なら全く気にしている様には見えない……。

……。

「どうしたの?」

「え……ぃや、別に……」

考え事をしていた私の顔を無邪気に覗き込む星野さん……。
悪い人じゃない……わかってる。
だけど、彼女は自然に“あの言葉”を言ってしまう……それもわかってる、悪気があって言ったことじゃないって。

――……“あの言葉”を気にしてるのは周囲にそれなりにいたとは思うけど――

けど……多分一番その言葉を引きずって気にしているのは私だ。

651事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。6:2019/04/30(火) 01:06:01
――
 ――

「はぁ……」

私は教室の窓から中庭の様子を見る。
ここは一階なので俯瞰的に見ることは出来ないが、簡易的なライブステージが準備されているのがわかる。
間もなく星野さんの出番……僅かだが私に尿意はあるが星野さんの『声』は聞こえない。

窓から視線を外して教室内を見る。
一時期と比べ客足が減って余裕が出てきてはいるが、そんな理由で皆で定めた当番を放棄することは出来ない。

「人減ってきたね……宣伝が足りないのかな?」

ぶかぶかのメイド服を着た弥生ちゃんが私に話しかける。
確かにメイド衣装などは視覚的インパクトとしてそれなりに大きいが、興味のない人にとってはただの喫茶店に過ぎない。
プールを使い注目度を上げて、且つ夏に売り出すようなものを扱う独自性……バカンスカフェの方はそういう点でよく考えられていて
文化祭特有のお祭り騒ぎ的なノリで完結していない……流石は椛さんのクラスと言ったところ。
それに調理部などが行っている出店・屋台系のファストフードを扱う店も少なくないのも、軽食を含む喫茶店に客足が伸びない理由になっていると思う。

……。

――……この店の売りはメイド服と執事服……それと、檜山さん監修の本格的なコーヒーは多分どこにも負けてない……はず。
だったら、メイド服で宣伝、それとコーヒーの…試飲を……っ! そ、それなら仕事って名目で外へ行けるんじゃ?

私は弥生ちゃんに視線を向ける。
弥生ちゃんは首を傾げて私の視線に応えるが――……だめだ、もっとクラスの中心人物に近い人でなきゃ意味がない。
私自身クラス委員長ではあるが結局名ばかり……まゆがいてくれればそれで解決なのだが生憎自由時間中。
今いる中でのクラスで影響力が高い人……。

視線を弥生ちゃんから外し――――弥生ちゃんがショックを受けてる気がした……なんかごめん――――周囲を見る。
そして一人のクラスメイトと目が合い私は慌てて横を向いた。

「珍しい、なにか用だった……?」

目ざとく気が付き話しかけてくる彼女に、私は聞こえないように深呼吸してから視線をちゃんと前に向ける。
斎 神無(いわい かんな)……確かに彼女なら。

「……ごめん、お願いがあるんだけど……」

最初に出た言葉が謝罪なのは彼女に対する負い目から……。
彼女もそれに気が付き小さく嘆息を漏らす。

「なに? 言ってみなさい」

目を細めて威圧的に……だけど、ちゃんと向き合ってくれる。

「……客足減ってきてるから宣伝しに行こうと思って――」

メイド服を着て、コーヒーを持って、あとクラスと場所が書かれた小型のプラカードでも作って……そういう話をする。

「ふーん、でもそれ、ちょっと前に来てた人のライブ見に行くための建前――でしょ?」

遠慮のない言葉で的確な図星を突く……。

「はぁ……いいわ、行ってきなさいよ、皆には私も了承したって言っとくから大丈夫なんじゃない?
それとコーヒー用の水筒、私の使っていいから、中身、捨てておいて」

教室の隅のカバンから水筒を取り出して、それを私に押し付けるように渡す。
そして他のクラスメイトに私の言ったことを説明しに行く。
ほんと滅茶苦茶いい人……素っ気ないのにはみ出し者にならない魅力が彼女にはある。

「(相変わらず変わった人ですね、かっこいいですけど……けど雛さんへの態度、他よりちょっと厳しくないですが?
なんかちょっと前の朝見さんみたいです)」

「(……そうだね……でもそれは私のせいだから……)」

私の言葉に弥生ちゃんは疑問符を付けた顔でこちらを見る。
私は誤魔化すように嘆息して呟く。

「……それじゃ、余ってる廃材とかでプラカード作るかな」

652事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。7:2019/04/30(火) 01:07:27
――
 ――

「っと! あれ? あやりんその格好は?」

教室を出るとちょうど休憩を終えたまゆとぶつかりそうになる。
そして、私のメイド服、プラカード、水筒、カバン――――中身は紙コップといつもの着替えとか――――装備の姿に驚く。

「……客足減ってきたから宣伝しにいこうって思って」

「ほえー、でも遊びに行く口実でしょ?」

「……同じような台詞さっき斎さんからも言われたよ……まぁ簡単に言えばその通りなんだけど」

「あはは、神無ちゃん鋭いからねぇ」

まゆはその後「そんじゃ頑張ってー」と言って教室へ入っていく。
私は文化祭特有の廊下の喧騒を抜けて中庭に向かう。
すれ違う人が私を見る……だけど、文化祭という環境からか立ち止まる人や見続ける人は少ない。
目立つ格好であることには変わりないが、注目の的のようにはならなくて個人的には助かる。

『あ……――でもまぁ、後でいいか』

中庭に出ると小さいが『声』が聞こえた。
紛れもない星野さんの『声』。ただ尿意を感じてすぐの様だし『声』も大きくない。
時間は9時50分……朝、星野さんは比較的早い段階でうちのクラスに来ていた。つまり飲み始めてから40分ってところ。
ライブの一発目の開始は10時ちょうどのはずなので準備の時間も含めれば、此処を離れるのは極力しないはず。
星野さんが『後でいいか』と言ったのはそういう事だろう。

私はステージの方へ足を向ける。
人混みと言うほどではないが、周りには少しずつ人が増えてきている。
そしてステージの脇にあるパイプ椅子に座る星野さんを見つける。
手には私たちのメイド喫茶の紙コップが一つ握られていて……どうやら結局ひとつは貰い手が見つかっていないらしい。
すぐに貰い手が見つからなければ暖かいコーヒーは冷めてしまうわけで、そんな温いコーヒーを欲しがる人なんていなくて当然。

――……でもどうするんだろう? 演奏始まるまで時間ないけど……。

疑問に思いしばらく眺めていると、紙コップを持つ手が上がり星野さんの口元で傾けられた。

――あ、飲んでるんだ……ってことは4杯目?

もし4杯ならコーヒーだけで800ml……。
よくまぁそんなに……いや、飲みたいわけではなく貰い手がなかったから仕方がなく――なんだろうけど。

これなら例え星野さんが我慢強くても、それなりの尿意になるまで時間の問題。
演奏時間は一組2〜30分くらいだったと思うから……限界までは行かないとは思うがかなり期待できる。

「あ、綾菜!」

「っ! ……」

無表情の下で危ない視線を送っていた私に星野さんが気が付き、手を振ってくる。
軽い挨拶…ではなく手を振り続けてる彼女を見るにどうやらこっちに来いと言っているようだった。
私は仕方がなく歩みを前に進める。

653事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。8:2019/04/30(火) 01:08:23
「よかった! 来てくれたんだー。もう少しで始まるからちゃんと聴いてってよ?」

「……わかった、集まった人に宣伝も出来るし」

「宣伝? あぁそれでその格好、私へのサービスかと思ったじゃん……あ、そうだ!」

星野さんは足元のカバンに手を入れごそごそと何かを探す。
そして、取り出したのは携帯……。
それを私に向けて――

<カシャ>

「って! なんで写真撮るの!」

「いやーSNSに上げようと…思って、顔は見えないように…しとくから…さ――っと、はい完了、感謝してよね」

「早い! 許可も了承してないんだけど!?」

「あ、そろそろ準備しないと――っと、コレ捨てといて」

無視した上、飲み干された紙コップを渡してくる……。
教室での事を根に持って、こんな強引な手段で撮影されるとは。
なんか俄然追い詰めたくなってきた。
そりゃ宣伝にSNS使うのは有効な手段かも知れないけど……。

私はステージ脇から正面の方に回り込む。
ステージの方を見ると星野さんは……ギターを持っている。
歌うのが好きと言っていたのでボーカル兼ギター? ……私は音楽には疎いのでよくわからないけど。

『あー……トイレ、行っとけばよかったかなー?』

尿意を『呟き』ながらチューニング? らしきことをしている。
『声』は聞こえるがまだそれほど大きい『声』ではない。

開始までもう少し時間がある。
一応建前の仕事を今のうちに少しでも済ませようと思い、重くて下げていたプラカードを上げる。

「……」

――……宣伝ってどうすればいいんだろう。
いや、わかってるんだけど……場所とかやってることとか言いながら試飲どうですかーみたいにすればいいんだろうけど……。

……。

――……まぁいいか、プラカード上げてるんだし、声かけてきたら試飲を勧めれば……。

自分の事ながら酷い宣伝だと思う。
こういう仕事は実際のところまゆ辺りが適任なのだろう。

私はステージ上の星野さんに視線を向ける。
真剣な顔で準備を進めている……私は“あの言葉”を言った彼女のその顔を尿意で歪めないといけない。
演奏をしている2〜30分は拘束されるが問題はそのあと。
多分、切羽詰まるまでは行かずに拘束が解かれるわけで……後はどう足止めするか……。

考えを巡らせる中、周囲が騒がしくなり時間は10時……星野さんのバンドグループの演奏が始まった。
音楽に疎い私から見ても、お世辞にも上手いものじゃないと思う……だけど、星野さんは笑顔で、周りもそれなりに盛り上がってるように思う。
「綾菜、見に来なよ!」……私に言った星野さんの元気な声――……まぁ、『声』の事を差し引いても来てよかったかな。

654事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。9:2019/04/30(火) 01:10:14
――
 ――

「……おつかれさま、コレ飲む?」

約20分程の演奏を終え、やり切った顔をした星野さんにスポーツドリンクを渡す。
演奏中に考えていた作戦の一つ、歌った後で喉の乾いた所に追加の水分。
単純でストレートな作戦。だけど一番効くし不自然じゃない。

「綾菜ーメイドの格好してるだけあって気が利くじゃーん」

星野さんは疑うことなくスポーツドリンクを手に取りそのまま口を傾ける。

「……一気にぐぐっと飲んじゃって」

星野さんは飲みながらそれを聞いて笑ったように見えた。
事前に飲んでいたコーヒーは歌うには適した飲み物ではなかったし、喉が渇いて当然。
傾けられたペットボトルは見る見る減って、900ml全てを飲み干す――……ほんとに一気とは……ちょろい。まぁ、歌った後なのだから仕方ないけど。

「ぷはー生き返るー」

それにしても演奏を始めてから『声』が全く聞こえてこない。
力一杯歌った後で体内水分量事態は減ってはいるだろうけど、尿量が下がるはずがないので、尿意が自覚できていない状態と言うこと。
演奏を終えた今も『聞こえない』のはきっとまだ演奏の余韻が星野さんの中にあるのだと思う。

――……はぁ、これからが大事……。

水分はそれなりに取らせた……あとは時間。
とりあえずは一緒に回ることでトイレに行きにくい状況を作る。

「……ねぇ星野さん、これから私と文化祭少し見て回らない?」

私の言葉に星野さんはしばらく瞬きしてこちらを見る。

――……あ、あれ? 変だったかな? 今の誘い方……。

二つ返事、もしくは別の用事だと間を置かずに応えてくるものだと予想していたが……。
星野さんの意外な反応に少したじろぐ。

「……へーそっちからとかちょっと意外…、いいよ、いいじゃん行こう行こう!」『っと、そういえば私トイレ行きたかったんだっけ……』

――っ……『声』……尿意を自覚したって事。
それと……まぁ、そうか、私からこんなこと言いだすのは星野さんからしてみれば意外なことか。

星野さんの反応にはただの驚きだけではなく、僅かだけど不機嫌な雰囲気も感じ取れた。
私に気も配らず話してきた星野さんだけど、別に相手がどんな性格かが見えていないわけじゃない。
星野さんは多分、活発な方でない私のことを常にリードしたいとか振り回したいとか……そう考えていたんだ。

……。

でも、そんなことより問題なのは星野さんがトイレと言い出すかどうかだけど、性格的に考えると言い出さないってことはないと思う。
あとはどの程度まで隠すか……下手したらトイレと言うことに羞恥心を全く感じない人かもしれない。
尿意を忘れていたとは言え、最初に催してから30分ほど……あれだけのコーヒーを飲んでおいて
ちょっとしたい程度なわけがない。相当溜まってきているはず。
もし言い出して来てしまったら、作戦その二で少しでも時間を引き延ばすほかないが――……本当は最後に取っておきたいんだけど。

『トイレ……どうしよっかな……』

一緒に歩く中『声』が聞こえる。
だけどその『声』は思っていたほど大きくなく、それほど追い詰められていないことがわかった。
つまり星野さんは我慢強い? ……それか鈍感で急に我慢が効かなくなるタイプ?

――……いや、後者はないかな? ……後者だったらいくらトイレに行くことに遠慮がない性格だったとしても危険な場面にはなりやすいわけだし
そうなると“あの言葉”を自然に言えると思えないわけで。

『はぁ……トイレ並んでんじゃん……折角誘ってくれたのに早々に待たせるってのもなぁ……』

……。
無神経な人……そう思っていたけど、少しは考えてくれてる……。
鼓動が早くなる……だけど昂揚からじゃない、これは多分自分がしてることへの罪悪感から。
何時振りだろう、此処まで故意に誰かを追い詰めようと考え、行動してるのは。

655事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。10:2019/04/30(火) 01:11:22
――……ちょっと…調子狂う…なぁ。

いつもの私じゃない……わかってる、だけど星野さんを見ているとどうしても“あの言葉”が頭を離れない。
失敗させたい、我慢できないってことがどういうことなのかわからせたい。でも、それはきっと――

「ちょ、ちょっと! なんでお化け屋敷の前で止まるのよ!」

星野さんが荒げた声を上げる。
いつの間にか私は歩みを止めていたらしい。
お化け屋敷――……っていうか星野さんのこの反応って……。

「……え、怖いんですか?」
「っ! こ、怖いわけ…ない……じゃん」

――あ、怖いんだ。

最初の勢いに比べ、後になるほど小さくなる声に確信する。
これは思わぬ収穫。作戦その二は温存して怖がりな所を上手く利用したい。

「……それじゃ入ろうか」

「っ!!」

少し広めの視聴覚室を使ったお化け屋敷。
入口に私は歩みを進め――

<グイッ>

メイド服の袖が引っ張られるのを感じて歩みを止めて振り向く。
赤い顔をして悔しそうな顔で視線を逸らしてる星野さん……これは相当な怖がり……。

「……それじゃ入るのはやっぱやめて、ちょっと壁に貼ってある学校の七不思議でも見よ?」

譲歩という形。でも実際これだけでも十分――というか、多分こっちのほうが効果的。
文化祭準備の時に行われていた複数のトイレの下調べ、それと五条さんの台詞からトイレに纏わる学校の七不思議があると踏んで調査済み。
これだけの怖がりなら多分読むだけで十分怖がってくれる。

私はメイド服を掴む星野さんの手を手首から掴んで壁に貼られた掲示物の前まで行く。
少し重いがそれでも完全な拒絶じゃない。
私が譲歩したことで断りにくいのはわかるが、正直上手くいくかは微妙なところだと思っていた。
行動力がまゆ並かそれ以上に高く、見た目や言動からも自分勝手さもきっと高いと思っていたから。
事実自分勝手さは高いはず。それなのに拒絶をしなかったのは恐らくプライドの高さ。
お化け屋敷は許容オーバーだったのだと思うが、掲示物を読む程度はプライドが邪魔して拒絶できなかったと言ったところか。

「……えーと、学校の七不思議の一つ…トイレの中で神隠し――」

私は絶対に読まないであろう星野さんに聞こえるように小さく声に出して読み上げる。
怪談の内容は、トイレの個室に入ってから外に出てみると血まみれのトイレ内になった別世界となっていて誰の姿も見えずそのまま行方不明になるというもの。
想像すると割と怖いかもしれない。個室という空間でどうしても一人にならざるおえない辺りが不安を煽る。
だけど、一体行方不明になった人がいる場所の詳細がなぜわかるのか……言うだけ野暮か。
掲示物には人気のないトイレと書いてあるが、星野さんは見ていないので敢えて読まないでおく。

『うぅ……なにそれ怖い……どうしよう…白縫いないかな?』

――白縫? 五条さんの事だよね?

なぜそこで五条さんの名前が挙がるのか……。
私は別の怪談を眺めている振りをしながら『声』に意識を傾ける。

『あいつケータイ持ってないし…トイレ……とりあえず我慢しなきゃ……』

――……えっと???

さっぱりわからない。
わからないけど……なんにしても私がしなきゃいけないのは星野さんをトイレに行かせないこと。
我慢しなきゃと言った以上、怪談効果は絶大らしいから一緒に回るだけで割と良い『声』が聞けるところまで我慢してくれるかもしれない。
注意すべき点は五条さん……さっきの『声』の内容からだと五条さんと連絡が付くとトイレに行ける、トイレが怖くなくなる、我慢せずに済むみたいに聞こえる。
珍しいことに五条さんは携帯を持っていないらしいので直接合わせなければいい。

656事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。11:2019/04/30(火) 01:13:03
「ねぇ、そろそろ次行こっ!」

怪談を読む振りをしていると、掴んでいた星野さんの手が強く引かれ振り払われた。
――っというか、私ずっと星野さんの手首掴んだままだったのか……。

「ご、強引に怖い話聞かせたかったみたいだけど、ふんっ! 本当にこんなのどうってことないしっ」

「……じゃあ次はお化け屋敷入ろう? 冷やかしだけじゃ悪い――」
「こっ、ここ以外の次! てか、わざと言ってるでしょ!」

星野さんは真っ赤になって声を荒げる。

「……うーん、それじゃ体育館にでも行く? 確か演劇部と星野さんのクラスの演目がそろそろじゃなかった?」

「あー、私は二日目の方だし今日のは出なくても大丈夫って言われてたけど、そっか見に行くのはありか」

――……中座しにくい環境だし最適解なんじゃ――あ、いや……五条さん……星野さんと同じクラス……出会う可能性上げちゃった?

我慢させるには打って付け……そう思い提案したはずだった。
だけど、星野さんと同じクラスの五条さんに会う可能性の高い選択でもある……。
だからと言って、星野さんも納得した今となっては別の行き先を言うのは不自然。

『うーん、おしっこ…結構したくなってきた……なんでだろ? いつもこんなに急に来ないのにな……』

星野さんの『声』が聞こえる。
急速に膨れ上がる尿意に僅かだけど戸惑いを感じてる……だけど、まだ切羽詰まっているわけじゃない。
追加で飲ませたスポーツドリンクの効果はまだこれから……だけど、歌うことで消費された水分は割と多かったのかもしれない。

体育館に着く。舞台を見るために乱雑に置かれたパイプ椅子が並んでいる。
私たちの周囲、そして見える範囲で座っている中に恐らく五条さんはいない。
演劇に出演してるなら終わるまでは安心ではあるが……演劇は約40分……今の星野さんの具合から行くとかなり微妙なところ。

「……この辺空いてるからここで見よう」

私はすぐ近くに周囲に人がいない場所を見つけ、ここで見ようと提案をする。
星野さんが五条さんを見つけてしまえば計画が破綻するわけで早く座って見渡せる範囲を制限したい。
だけど、星野さんは立ったまま動こうとしない。私は疑問に思い星野さんに視線を向ける。

「なんか、さっきから随分主導権もってくじゃん……」

不満、不審、苛立ち……星野さんは感情を隠さない態度で私に詰め寄る。
それに気圧され、私は一歩退く。

「……えっと、この格好だと目立つし、早く座りたいっていうか……」
「宣伝目的でしょ? 目立ってた方がいいじゃん?」

「……そう、なんだけど……宣伝は建前だったから……」
「なんの建前よ?」

――……仕事を抜け出すための……違う、もっとストレートに――

「………星野さんの…ライブ見に行くための……」

「え……あー、無理に抜けて来たの?」

星野さんは詰め寄っていた身体を引っ込めて、少しばつの悪そうな顔をする。

「……まぁ……でも、客が減ってきてたし、人手事態は浮いてたから……」

「ふーん……でもその格好で歩き回るのは本当は嫌って事なんでしょ?」

嫌ではあるけど……そうは言えない。
言ってしまえばもしかしたら無理して一緒に回らなくていいと言われるかもしれない。
そうなればここで別れ、星野さんは五条さんを見つけに行くことになると思う。

……。

「……戻っても喫茶店で結局この格好だし……だったら星野さんとこうしてる方がいいかなって……」

「綾菜……ぷ、嬉しいこといってくれるじゃん!」

星野さんは笑いながら私の両方の頬を引っ張る。
私の言ったことは半分は本心ではあるけど、声に出して言ってからかなり恥ずかしい事を言ってしまった気がした。
それを意識して自分の顔が熱くなる感じがした後、すぐに頬を引っ張られたので正直言って助かった。
ただ、加減がわかっていないのか地味に痛い……けど、星野さんは本当に楽しそうで、機嫌は直ってくれたらしい。

657事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。12:2019/04/30(火) 01:13:56
  「――ま、間もなく開演です」

緊張しているのか少し上ずったアナウンスが聞こえた後、体育館の明かりが暗くなる。
それと同時に星野さんの手が私の頬から離れる。

『あ、しまった、おしっこしたいのに……白縫探し損ねた。まぁ、終わるまで我慢して、それからでいいかー』

不安な気持ちは殆どない……本当に平気なつもりで言ってる。
今までの『声』から考えて、恐らく沢山飲んだ事とトイレに行きたくなることが確り結びついて無い様に思う。
普通に身体の機能としてそのことを理解してる人も多いとは思うがそうでない人も少なからずいる。
沢山我慢できる人の場合、少々多めに水分を取っていたからと言ってすぐに強く催すことがないので実体験でその知識を得ることが出来ない。
星野さんはそういうタイプなのかもしれない。

……。

終わる頃には切羽詰まってるはず……だけど、もう一押し出来るならしてもいいかもしれない。
私は紙コップを取り出し、水筒の蓋を開ける。

「あ、コーヒー飲むの?」

音と香りで気が付いたらしい。
私は「はい」と言いながら半ば強引に紙コップを持たせる。

「ちょっと、別に私はいらないんだけどっ」

「……付き合ってよ、減ってないと戻ったとき宣伝活動サボったみたいに思われるし」

私はそれっぽい断りにくい言葉を返す。
星野さんは複雑な表情をしてから何も言わずに紙コップを私が注ぎやすい様に差し出す。

――……あー……やだなこの感じ……。

断ってくれてよかったのに、そんな勝手なことを思ってしまう。
善意を利用して罠に嵌める……自分でして置きながら胸が苦しくなる。
“あの言葉”を聞いたときの印象とはまるで違う星野さん。
今までのやり取り、そして欲しくもないコーヒーを飲んでくれる……星野さんは最低限の良識は確り持ってる。
私の中の星野さんはもっと自分勝手で良識無くて口が悪くて――……なんで……なんでそんなイメージしてた?

それは、相手を悪だと思いたかったから。
要するに私は自分の良心を痛めないための理由が欲しかった……。

星野さんはそんな人じゃない……わかったならこんなバカな事しなきゃいいのに……絶対後で後悔するのに。
それなのに……やっぱり私は“あの言葉”が頭を離れない。おもらしなんてありえない――……あの時の紗も……。

――……そう、わかってる……これは八つ当たりも含めてる……。

私は星野さんの言葉と紗に言われた言葉を無意識に重ねていた。
紗だって悪くないのに……そもそもあれは私が悪いはずなのに……。

全部わかってる……それでも、おもらしなんてありえないと言える、星野さんの『声』が聞きたい。
そういう『声』が好きなのは間違いないしそれが一番の理由……だけど、それだけじゃない…今日の私はきっと見返したいんだ。
おもらしなんてありえない……あってはいけない事だけど、あり得ることなんだって、ちゃんと知ってほしい。

……。

私は星野さんの紙コップにコーヒーを3割ほど入れて水筒を立てる。

「こんだけでいいの?」

「……うん、やっぱ悪いし、自分でも飲むし」

私はそう言って自分の紙コップには6割ほどコーヒーを淹れる。
中露半端な気持ちが、注いだコーヒーの量に反映されてる。
少しでも罪悪感を感じないように自分の分を多くして……だけどそれは私に余裕があるからで、結局打算的な考えで。
私自身、現時点でそれほど催しているわけじゃない。今が3〜4割程度……そしてこれ以外の水分も朝以降取っていない。
星野さんは最初のコーヒー以外にスポーツドリンクと今淹れたコーヒー。
仮に星野さんがまゆほど貯められるとしても私に十分余裕がある。

――……はぁ……。

私は気持ちを切り替えるため一口コーヒーを口に含み、視線を前に向ける。
演目は「ロミオとジュリエット」で定番ではあるがキャストは全員女性……女子校なので仕方がないのだけど。

『はぁ……ほんと、トイレ行きたい……けど、怪談……』

魅惑的な『声』に視線だけで星野さんを見るが仕草には表れていない。
でもそれは時間が解決してくれる。『声』が大きくなってきているのは間違いない。
それは飲んだものが下腹部に溜まり、尿意が膨らんで来ている証しなのだから。

658事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。13:2019/04/30(火) 01:15:18
――
 ――

10分、20分と時間が経つ。
最初は演劇に集中していたためか、時折『声』が聞こえる程度だったが、今は違う。

『ふぅ……おしっこ……うーおかしいな、いつもこんなことないのに……』

隣で座る星野さんの身体が僅かに揺れる。
間違いなく切羽詰まってきている『声』……演劇が終わるまであと20分くらいだけど、この勢いだとギリギリかもしれない。
だけど、星野さんの『声』は焦りというよりかは、苛立ち――……自身が置かれている状況が見えていない?

……ちがう。
多分星野さんはただわかってないだけ……限界の先に起きることを。

『あー……もう、ほんっと、落ち着かないなぁ……』

我慢は出来るものだと信じて疑わない。

『はぁ、コレ…結構辛い……ったく白縫どこいんのよ?』

もう子供じゃない、高校生があり得ない。

『っ……我慢…我慢……おしっこ…おしっこ…』

……。

演劇はもう終盤。
あと5分もすれば幕が下りる。

「(んっ……はぁ……)」『な、なんで……ま、待ってコレ……ほんとに辛いっ…んだけ…ど』

隣で星野さんが小さく息を漏らす。パイプ椅子の上で組んだ足が小刻みに揺れる。
さっきまでと違い『声』に焦りと困惑が膨らみ、切迫した状態なのが感じ取れる……。

――……そうだよ…我慢って無限に出来るものじゃない……。

「(あ、綾菜……ちょっと抜けていいかな?)」『白縫! とにかく白縫探さなきゃ! なにこれ……辛すぎ…じゃん、トイレっ、トイレ……』

私の肩を軽く叩いて、小さな声で話しかける。
演劇はもうクライマックスだというのに……。

――……星野さんにとって今…未知の感覚なんでしょ? それが我慢できないって事なんだよ?
だけど……まだ足りない。皆こんなものじゃなかった。まだ我慢できるはずだよ星野さん。
辛いでしょ? でももっと辛い……まだまだ辛くなる。これから更にずっと辛くなる……。
辛いなんて言葉でいられるのは今だけ……もっと直接的な言葉しか浮かばなくなるんだよ。
だから――

「(……もうちょっとみたいだし最後まで一緒に見よ?)」

私の口から零れたのは意地悪な言葉。
心臓の音が周囲の人にも聞こえてるんじゃないかってくらい大きな音で動いてる。

659事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。14:2019/04/30(火) 01:16:04
――……大丈夫。星野さんなら我慢できるよね?

今、星野さんを追い詰めているのは大きな尿意の波。
だけど、波はしばらくすれば落ち着いていく。一時的なもの……。

「(っ……ま、まぁ…いいけど)」『ふー、っ…あぁ、ダメ足が揺れちゃってる……早く、もう早く終わんなさいよっ』

演劇なんてもう見ていない。
私は時折気が付かれないように視線を向けて……声や『声』、身じろぐ音や気配に意識を傾け……。

――……これくらい我慢できるでしょ? だって星野さんが言ったんだよ……おもらしなんてありえない…って。

「(ふぅー…すぅ……はぁ……)」『っ……ちょっと…落ち着いた?』

明らかに落ち着きがなかった星野さんだったが、上手く波をやり過ごせたらしく『声』も少し落ち着く。
私はもう少し追い詰められても良かったと意地悪いことを思いながらも、心のどこかで少し安堵もしていた。

<パチパチ――>

周囲から拍手が起きる。
意識を舞台へ向けると演劇が終わったらしく幕が下りる。

「歌恋、見つけた、……メイドさんと逢引き?」

背後から突然声が聞こえて私は少し驚く。

「っ!! しら…っ! あっ…んっ!」『あ、ちょ……〜〜っ、あ、あぶな……え、危ない? って……』

当然私以上に星野さんは驚き、そのあとすぐ、ほんの数秒片手がスカートの前を押さえる。
驚きから我慢することへの意識が外れて……危うく失敗を犯してしまう一歩手前……。

『ありえない…服着てるし、人前なのに……ちょっと驚いたからって、おもらししそうになるなんて…ありえないよね? ……っ』

星野さんは一瞬想像した、一歩押さえるのが遅ければ、どうなっていたか……。
ありえないはずだと思っていることが、起きてしまえた可能性に。

「し、白縫っちょっと聞きたいんだけどっ! か、怪談! …っ、えっと、な、なんかトイレの怪談! あれってガセだよねっ?」
『は、はやくっ、早く教えてっ! 我慢してるってバレちゃう!』

星野さんはパイプ椅子に座る角度を変えて、五条さんに慌てて問いかける。
これが五条さんを探していた理由?

「怪談……七不思議? ……そう、あれは全部、ただの噂」

「そ、そっか、……っ綾菜、ちょっと待っててっ!」『あぁ、トイレ! トイレ〜!』

五条さんが答えると星野さんは音を立ててパイプ椅子から立ち上がり、小走りで体育館の出口へ向かう。
私もそのあとを追うために立ち上がる。

660事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。15:2019/04/30(火) 01:17:11
「……ちょ、まって――」
「雛倉さん、止まって」

五条さんが私の目の前に移動し静止をかける。

「え、えっと……?」

私は五条さんに視線を向けて言葉を待つ。
恐らく星野さんがすぐにトイレに入れることはないとは思うがなるべく早く後を追いたい。

「コーヒー、試飲したい」

プラカードに書いた“コーヒー試飲できます”を指差しながら五条さんは言った。
そういうことか……飲み比べの時の事も考えるに、五条さんはコーヒーが割と好きなのかもしれない。

「……あー、うん……ちょっと待って……」

時間は惜しいが流石に断れない。
私はプラカードを近くのパイプ椅子の上に置き、紙コップを取り出して五条さんに持ってもらう。
後は水筒に入ったコーヒーを――

「あんまり、歌恋の事、いじめないでね」

「え!」

急な言葉に手が止まる。

「あんなだけど、怖がりだから……」

――あ……そっちか、そういう事……。

私はてっきり故意にトイレ我慢に追い込んでいるのを見抜かれたのかと思って焦った。
だけど、幸いそうではないらしい。
私は「わかった」と返事をしてコーヒーを注ぐ手を再び動かす。

それにしても――

「……星野さんって五条さんの事、信頼してるんだね……たった一言で安心させられるだから」

ただの噂、その一声を五条さんから聞きたいがために星野さんは彼女を探していた。
噂かどうかなんて誰にでも聞けることなのに。

「ちょっと、勘違いしてる。……幽霊が怖いのは、得体が知れないから……でしょ?
私は、見えるから……得体がわかる人の言葉だから」

――……え?

一瞬何を言ったのかわからなかった。
見える……得体の知れないものが……つまりそれは幽霊が見える?
見える人からの怪談の否定、確かにこれ以上ないくらい信頼できる言葉だけど……。

――……見える? ありえ――いや、私のテレパシー、皐先輩の透視があるのなら、霊感って言うのも否定はできない?

超能力の一種、無い人にはわからないものを認識できるものが存在しているのならあるいは……。
それでも、俄かには信じられないが、よくわからない五条さんを見てると……あり得るのかも知れない。
私はコーヒーを注ぎ終わると「……そう、なんだ」と無難な言葉を言って荷物をまとめて持ち直す。

「……だとしても……信頼はされてると思うよ」

見えるなんて言葉を信じてる時点でそういう事。
私は軽く会釈をして背中を向ける。

「歌恋、大雑把で高慢ちきだけど、……意外と傷つきやすいから、出来れば優しくしてあげて」

背を向けた直後に五条さんはそう言って、私が振り向くと「コーヒー、ありがとう」と言って紙コップ片手に私たちが座っていた当たりのパイプ椅子に座る。

661事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。16:2019/04/30(火) 01:18:00
『っ……外まで並んで……あぁ、ど、どうしよ……辛い、さっきみたいにまた我慢辛くなってきた……』

星野さんの『声』が聞こえる。私は再び体育館の出口に向かう。
私が予想していた通り体育館を出たところにあるトイレは混雑してるらしい。
当然の事、演劇の後だしそもそもあそこのトイレは一か所しか使えない。

体育館を出てトイレの方へ視線を向けると星野さんが目の前にいて……まだ並ぶかどうかで迷っているらしい。
もしかしたら私が体育館に居るから、なるべく近い場所で……そう考えているのかも知れない。

身体が揺れ、落ち着きがない…それに手がスカートの前に?
押さえているのか、添えられているのか、スカートを握りしめているだけなのか、彷徨わせてるだけなのか……今の位置からでは判断できない。
私は確認するために星野さんに近づく。

『や、やっぱ別のトイレにっ』「っ!」

『声』と共に星野さんが急に振り返り、あっさり私に気が付く……。

『っ……もしかして押さえちゃってるの……見られてた?』

振り返ったときには既に手は前を押さえてはいなかったが
『声』で自白してくれたので、直前まで押さえていたことは確認出来た――……可愛い。

――……可愛い……か。さっきから可愛いはずなのに、ちゃんと意識したのって今が最初……?

今日は色々考えすぎてる……。
一番大事な事は、可愛い星野さんを見る事のはずなのに。

「……どうしたの――って……混んでるのか、演劇終わってすぐだしね」

私はトイレが混雑していることを、今気が付いた風を装い声を掛ける。
星野さんは「そうだね」と言った。さっき振り返ったのは他のトイレに行くため、このままじゃ簡単に間に合ってしまうかもしれない。
……押さえるのを見られたくない、それに五条さんも言っていた高慢ちきな……プライドの高い星野さん。

……。

「我慢……できる?」

ぽつりと呟くように私は星野さんに問いかける。

「なっ! 当たり前じゃん! このくらい全然平気だしっ」『大丈夫っ、ちょっと辛いだけだし、よ、余裕で我慢できる!』

期待通りの言葉が返ってくる……先手を打って正解だった。
ここで並ぶ並ばないは、本来我慢できる出来ないに関わらず選択できる言葉のはず。だけど、私の言葉でそれは少し変わった。
別のトイレに行くと言えば、我慢できないから……そう取られかねないと思うはず。
そして、その誤解を与えないために一言付け加えたとしても、それは言い訳しているみたいになってしまう。
実際、星野さんは限界が近い、だからこそ言い訳に聞こえるんじゃないかって強く意識する。
簡単には別のトイレに行くとは言えなくなった……はず。

星野さんは混雑したトイレの最後尾に並ぶ、私もその後ろに並ぶ。
外に並んでいるのは私たち以外は一般来場者、此処のトイレの事情を知っていない人。
その人数は4人、中にも2〜3人いるとして最低6人、一人2分とした場合12分。
思ったよりずっと頑張ってる星野さん……だけど『声』の大きさからして微妙な時間。
座っていたさっきまでとは違い、立ったままでの我慢は辛い。ましてや仕草を抑えて、前を押さえないでいる事なんて絶対に無理な時間。

弱音が聞きたい。
本当に追い詰められて「やっぱり他のトイレへ」って言ってくる星野さんが見たい。

662事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。17:2019/04/30(火) 01:19:14
「あ、綾菜も…トイレ?」『後ろに並ばれると……だめ、落ち着いて、平静平静……めちゃくちゃ我慢してるとか知られたくないし……』

私は頷きで返す。もちろん余裕はある。
それでも体育館で飲んだコーヒーの影響もあってか、それなりには溜まってきているけど。

「えっと、大丈夫…その格好と荷物?」『だめ、これ……辛い、我慢…我慢しなきゃなのに……押さえたい、じっとしたくないっ』

平静を装う声と焦る『声』のギャップが……。
ステップを踏みそうで踏まない足、だけど腰回りが少しもじもじと揺れていて――……バレてないつもり? 凄く可愛い。

……。

――……格好? あ、そうか……ロングのメイド服とこの荷物……。

荷物が多すぎる上に、あまりトイレに持ち込むべきじゃない試飲のコーヒーが入った水筒も持っている。
その上、ロングのメイド服と言うのも入りにくいし、飲食系であるメイド喫茶の印象を下げる可能性もある。
……やめた方が良いかもしれない。

「……確かに、この格好じゃ良くないか」

「だ、だったら…綾菜は一度クラスに…戻った方が、良いんじゃない?」『行って! その間に他のトイレに行ければもっと早く済ませられるっ!』

やっぱりそうなる。
星野さんの意見は正しい。トイレ待ちをしている間にクラスに戻れというのはとても自然な話。
だけど……私もここまで来て引けない。

「……まぁ、メイド服は気を付ければいいし、荷物は……私の時星野さんが持っててくれると助かるかな」

「――っ! そ、そう…っ……わかった……」『んっ…そんな……っ! あ、ダメ、押さえない、我慢、我慢、が…我慢して』

『声』がまた一段と大きくなる。
私がこの場に留まる事が決まり少なからず動揺を与えたのかもしれない。
立っているときは仕草を隠すのが難しいはず――……押さえずに、仕草を隠してこの波を抑えられる?

「(んっ…ぅ……っ)」『が、我慢、我慢する…だけじゃん! ……あぁ、なのにっ…これ……あ、んっ……だめ、我慢しなきゃ……』

声を抑えて、肩を震わせ必死に耐える。
交差させている足は不規則に揺れて……手はスカートの横の生地を掴んで太腿の前に。
僅かに前屈みで、頭を少し下げて足元に視線を落としているのがわかる。

軽く見ただけじゃわからない人もいるかもしれない。
だけど、注意深く見なくてもわかる程度には我慢の仕草が溢れ出てる――……いい…凄く可愛い。

「はっ、はぁ…っ」『あ、あぁ……だめ、ほんと……なんでっ…さっきより……つら――我慢、できなっ……あ、あっ…』

交差されて居た足を組み替え、同時に手が前に持って行かれる。
後ろからなのでちゃんと見えているわけではないが、その手は恐らくスカートの前を……。
その後も膝を時折少し上げ組み替えてを二度三度繰り返す。そのたびに身体が少しずつ前に傾いていく。
くねくねもじもじと揺れ動く姿は、さっきまでとは違い誰が見ても見っとも無い我慢の仕草で……ちょっと――ではなくかなり心配になってきた。
まだ、ちゃんと我慢出来てる……けど『声』の大きさはおもらし寸前のそれに近い。

「はぁ…っ……あぁ……」
『お、治まって! 無理…こんなっ……ど、どうしよ? あぁ、我慢しなきゃ…なのにっ、あっ…待って、あぁ嘘っ! ちょ…そんな冗談じゃ…くっ……あっ、あぁっ!』

もじもじと動いていた身体が強張り動きを止めたかと思うと、ほんの一瞬身体が跳ねるように動き、そのあと深く前に傾く。

――……っ! まさかっ――いや、大丈夫、足元は何ともない……けど、今のって……やっぱり……。

「はぁ…はぁ…うぅ……」
『なによ……これ、なんの冗談? っ……気のせいじゃ…ない? 今、私……ちょっとだけ……』

仕草が少し落ち着いていくのがわかる。
尿意の波を乗り切って……でも、仕草と『声』を察するに無傷じゃない。
被害がどの程度のものかはわからない。
だけど、ついに星野さんが……おもらしなんてありえないと言った彼女が、私の前で我慢できなくなってる。
おもらしが現実味を帯びてきてる……彼女にとってありえないはずの失敗……おもらし……。

663事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。18:2019/04/30(火) 01:20:12
――……っ…ど、どうする? まだトイレの中にさえ入れてない……このまま並んでたら間に合わないんじゃ?

順番待ちは並び始めてから二人分進んだ直後。
次の波が来たら星野さんは……ちゃんと我慢できる? 小さな失敗だけで済む?

鼓動が早くなる。思い知らせることが出来たし、最高に可愛いと思う……だけど、このままだとそれだけじゃなく……。
もし私のせいでこんな所で失敗なんて、おもらしなんて事になったら……違う、私のせいじゃなくても私は多分……助けたい。
自分で追い込んで……こんなの倒錯してるってわかってる。けど――

「……ほ、星野さん!」

「っ! や、これは……」『んっ…あぁ、見られた…よね…さっきの格好。うぅ、最悪じゃん……あぅ……トイレ――おしっこ……こんなところ見られるなんて……』

振り向いた星野さんの顔は一気に真っ赤になり私から視線を逸らす。
本当は星野さんの口から弱音を聞きたかった……だけど、もう待っているわけにはいかない。

「……別のトイレに行かない?」

「っ……え…、だ、大丈夫、私は我慢できる…し」『やだ、そんなの我慢出来ないみたい……絶対だめ、それだけは……我慢してやる、絶対にっ』

星野さんはそう言うと再び前を見てしまう。
意地になってる……見っとも無いところ見せて、これ以上は絶対にって……。
星野さんはわかってない。一度崩れだしたらそれはもう猶予がないってことに。
周りに気が付かれない失敗なんて精々20mlとかその程度のもので、量的には僅かな違いでしかない。
不意に失敗したものじゃなく、必死に我慢して失敗したということは、次同じくらいの波が来た時にまた繰り返す事になる。
そして、我慢する体力にも限界はあって、さっきの様にすぐに止めれる保証はない。

……。

「(……わ、私が間に合わないかもしれないから……)」

私は後ろから星野さんに耳打ちする。
口先だけでもいい、星野さんにどうにか動いてもらわないと……ここじゃ人が多すぎる。
私じゃ周りを誤魔化しきれない。

「そ、そんなに…いうなら……」『違う、多分…綾菜は私の為に? あぁ……んっ……我慢できる、出来るはず、なのに……早く、したい…はやくぅ、おしっこ、トイレっ――』

星野さんは振り向き、だけど視線を合わせずに応える。
私の言葉が本心でないことは察してる。

星野さんの片手は私が見ているにも拘わらず前から離せずにいる。
それはそうしていないと我慢が出来ないから……もしくは、その手で隠されたスカートの一部分には失敗の跡が残っていて、それを隠すために。

「……とりあえず校舎に向かおう」

距離から考えて、使うトイレは購買近くのトイレか、二階の更衣室前のトイレ。
購買近くのトイレは人の多い中庭に近く、個室の数が少ない。
更衣室前のトイレは個室の数が比較的多いが、生徒はそのことを知っているので演劇を見ていた生徒が向かった可能性がある。
二階にあるのも今の星野さんには辛い道のりかも知れない。

『っ……が、我慢…もう絶対……しない、さっきのはきっと…油断してたんだ……次は我慢、出来る……あぁ…トイレ、おしっこ……』

少し前屈みで覚束無い足取り、支えて歩いてあげようか迷ったが、きっとそれは求められていない。私はただ半歩後ろを歩くだけに留める。
もうすぐ校舎、そしたらどっちに歩みを進めるか……星野さんが決めるはず。

664事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。19:2019/04/30(火) 01:21:48
「はぁ……んっ…ふぅ……あ、んっ…はぁ……」『こ、これ……待って…っ! だ、大丈夫、油断…しないし、我慢する、絶対っ……』

校舎に入り、星野さんは階段の手すりに片手を置いて立ち止まる。
俯き荒い呼吸をする星野さんの『声』がまた大きく膨らんできてる……。

「んっ……くぅ……あぁ」『落ち着け、治まれ……あと少しなの……階段…二階……上のトイレ、トイレ……んっ…やぁ……が、まん……するんだからっ!』

――……これ、ほんとに……だって『声』が…どんどん大きく……。

絶対失敗しない我慢するという強い意志、だけど……焦燥も困惑も膨れていく『声』。
本当に限界、このままじゃ本当に……こんなところで……。

「あぁ、あ、あ……まって…っ! やぁ」『あ、嘘、だめこれ……む、無理っ…や、だめ、がまん、ぜったい、なのにっ…あっあぁぁ!』

先ほどと同じように身体が強張り、小さく全身が震える。

――……ほ、本当に……っ……どうしよ?

「くっ…んぁ……ちょ、だめぇ……」『あっ、あぁっ! んっ、で、出てっ――とめ、我慢…お願いっ!!』

私は斜め前から星野さんの様子を窺う。
心配だし、確認したい……人通りは多いわけじゃないが場合によっては私が何か対応しないと……。

――っ! ス、スカートが……ちょ、え……こ、こんなに……?

押さえ込まれたスカートの一部分が色濃く染まり、限界まで水分を含んだためかスカートの裾辺りまで染みの流れを作っていて……。
苦しそうな、今にも挫けてしまいそうな顔で、額から汗を流して……。

隠しようのない失敗……おもらし。
星野さん――……か、可愛いけど…けどっ! こんなところで…だめっ!

だけど、私はどうすればいいかわからない。
どうすれば助けられる? トイレはまだ遠い、それに今無理に移動させるなんてこと出来ない。
こんな姿……誰かに見られたら星野さんは――

「っ……ふっ…んっ! はぁー……」『――っ、と、止まった? でもっ…あぁ、まだ、私っ……んっ――てか、嘘…スカートが…こんな……』

星野さんは一度始まった大きな失態を押さえ込んだ。
それでも、その被害は誤魔化せるものなんかじゃなくて……足にも、靴下にまでその失敗の跡を僅かに残すほど。
この格好のまま移動するのは危険、簡単に隠せる程度の被害じゃない。だけど、星野さんはまだ沢山我慢してて……。
正面は階段の手すり、廊下側には背を向けてるし私の身体で死角にもなっているけど、もし階段から降りてくる人が居たら……
見られたらおもらしだと一目でわかってしまう……だからどうにかしないと、ここにずっといるわけにはいかない。
それに此処に留まり続けたところで、恥ずかしい水たまりを作ることになるのはもう時間の問題。
そうなれば水たまりも、音も……廊下側からも当然気付かれてしまう。

――……え、ど、どうするの?

「んっ…み、ないで……はぁ…――綾菜…んっ…」『や、やだ、こんな……の……隠れ、とりあえずどこかっ!』

――っ!

私の顔を見た星野さんは顔を背けて、私を押しのけるように駆け出す。
向かった先は階段下の備品倉庫――……そうか、人がいない見つかる可能性が低い場所!

薄暗い普段は誰もより付かない場所。星野さんは鉄の扉を慌てて開けて中に飛び込む。
照明もつけずに飛び込んだ星野さんの後を追って、私は照明のスイッチを押して中に入る。

「えっ! あぁ、綾菜! こ、来ないでっ! あっ…んっ……」
『こんな…姿……み、見られてるっ……のに…あぁ、だめトイレ……次どうする? トイレは? トイレに行かなきゃ意味ないのにっ……あぁ』

「……星野…さん……」

私は言葉に詰まる……濡れたスカートを握りしめ、涙目で自身の犯した失態に混乱しながらも必死で我慢を続ける星野さん。
そんな姿を私に見られて恥ずかしく思い、だけど、そんな事ばかり考えていられるほどの余裕がない。
本当に可愛い……もう、ここには他人の視線はない……私たちだけ。

665事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。20:2019/04/30(火) 01:22:48
……。

「……もう我慢……できない?」

――あ、あれ? 私…何言って……?

言いたかった言葉。今なら言える?
星野さんを見返すための言葉。

涙目で、真っ赤な顔をこちらに向ける星野さん……口の中が乾く。唇が震える。――……最後に、取っておいたあの言葉……。

「……高校生が…おもらしなんて、ありえない――…ですよね?」

ダメなのに……言っちゃいけないのに。
こんなに私は気にしてた……この言葉……。
言いたかったんだ、私……こんなに、星野さんに――言いたかった。
その言葉を――星野さん自身が言ったその言葉を聞いて……どう感じる?

星野さんは私の言葉を聞いて動揺し、困惑した表情で顔を背ける。

「ち、ちがう……これは、おもらしじゃ……ちょっと…だけ……みたいなっ…それだけ、じゃん」
『だって、こんなにまだ、我慢してるっ、あぁ……だめ……でも、もう本当に……』

おもらしじゃないと言い張る星野さん。多分言い訳のつもりじゃない、少し失敗しただけだと……それが星野さんの本心。
周りから見たらそれはどう見てもおもらし……だけど、星野さんの言うこともわかる。
我慢を諦めてない、目に見える失敗ではあれど、水たまりも作ってない、まだ沢山その下腹部に溜まってる……当人にとってこれはまだおもらしじゃない。認められない。
だってまだ、今にも負けそうになるほどの尿意を抱え続けているから。

「……そう、それは少し失敗しただけ……ちゃんとトイレに行けば、まだ間に合う。だって、おもらしなんてありえないんだから」

私の言葉に跳ねるようにして反応する星野さん。彼女自身ありえないと思ってるはずの失敗……それを私から何度も聞かされて強く意識してしまう。
それなのにこれ以上の失敗は、もう認めざる終えない……それが目の前まで迫ってる。

……。

私はカバンを置いてしゃがみ込み、中から替えのスカートと新品の下着、それとタオルを取り出す。

「え……なに? どうして着替え……?」『んっ……どういう事? あぁ、ダメ、考え…られない、おしっこ……早く……でもっ――』

「……流石にその格好じゃここから出れないでしょ? 着替えてトイレに行けばちびっちゃったこともバレないし……」

わかってる私がしてること。
私はまだ星野さんに……辛い我慢の選択を選ばせようとしてる。

「でも……っ、そうかそうだよね…んっ、借りても…いいの?」『だ、大丈夫……さっきより我慢できてる、間に合う、おもらしなんて……しないっ! 今度こそ、もう失敗しないっ!』

恥ずかしいのか申し訳ないのか、喋り方が少ししおらしくなって……だけど――

――……凄い…強いよ星野さん……。 それに凄く可愛い……。

私の言葉を聞いて、まだ必死に我慢しようとする強い意志……。
楽にしてあげないのは悪い事? ……だけど、その星野さんの意志は折れてない、ちゃんとトイレで……そう望んでる。

「……いいよ、使って」

私はまずタオルを渡し、スカートと下着を星野さんの近くのダンボールの上に置く。
見届けてあげる、それはきっと私のためだけど……我慢を諦めないなら、ちゃんとトイレまで間に合わせたいと思ってるなら……私はそれを手伝いたい。

666事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。21:2019/04/30(火) 01:23:41
「あ、ありがと……ちゃんと洗って…返すから」『はぁ……っ、お願い、トイレまで、落ち着いていて、お願いだからっ……もう、しない、我慢しなきゃっ……』

我慢してるためか、ぎこちない動きでスカートを下ろす。
赤の……一部を真紅色に染めた下着が見えて――それを見て私は慌てて後ろを向く。
星野さんはパニックになっているのか、見られることへの意識が薄くなってる?

「と、扉、開かないように見とくから……」

「えっ! あっ……そっか、ごめん……」
『な、なにして、私……目の前で脱いっ――や、だめっ、待ってそれよりも、は、早くしないとっ…またっ……トイレ……おしっこ……』

<コツコツ…コツコツコツ>

不規則に踏み鳴らす足踏み音……着替えながら、後始末しながら必死で我慢を続ける音。
時折零れる焦燥の声。激しい運動をした後のような荒く熱い息遣い。力が籠められた息を詰める呼吸音。

……。

私は胸に手を当てる……ドキドキしてる……苦しいくらいに。
きっと星野さんは今の私以上に鼓動を早く、大きくして……でもそんなことに気づけないくらい混乱と焦燥、そして我慢の中にいて……。

「はぁ…早く……んっ…はぁ……はや、早くしないと……ほんとに……」『やだ、もうすぐ、着替え終わるのに……こんなのっ、また……だめ、ちゃんと我慢、我慢、がまんしなきゃっじゃんか!』

『声』が再び少しずつ大きくなっていく。
スカートを大きく濡らすほどの失敗をした後だけど……でもそれは結局コップ一杯にも満たない量のはずで。
確かに失敗する前よりも貯め込まれた量が減ったのは間違いない。だとしても、度重なる我慢で括約筋の疲労は確実に蓄積されている。
意志の力で我慢できる? 折角終えた後始末、折角着替えた下着とスカート。今度こそそれを汚すことなくトイレまで――

「っ……き、着替えた、っ…はぁ……は、早くトイレ、トイレ……」『だ、大丈夫、我慢できる……絶対できる、しなきゃダメっ…だからぁ……』

今にも膝から崩れ落ちてしまいそうなほど足が震えて。
着替えたばかりのスカート、その前に両手を重ねて抑え込む。
今からそんな恥ずかしい格好で、ギリギリの状態で本当にトイレまで辿り着けるのか……。

……。

「……紙コップ……使う?」

言っては見たがあれは試飲用に使っていた余りの紙コップで、ギリギリまで入れても200mlに満たない。
使い終わった紙コップだってどう処理すべきなのかわからない。
それでも、もし星野さんが使いたいと思うなら――

「は? ちょっ……ば、馬鹿じゃないの!? んっ…使えるわけ、ないじゃん!」
『が、我慢できる、んっ…する、紙コップなんて……トイレまで、我慢…すればいいっ…それだけ、だからっ』

――……まぁ、そうなるよね…プライド高いし、こんな密室で私がいる前でなんて簡単に出来るわけない…か。

星野さんはちゃんとトイレまで我慢するって言う選択をした。
だったら一刻も早くここから出てトイレに――

667事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。22:2019/04/30(火) 01:24:31
「え? あ……(待って星野さん)」

私は両手が塞がってる星野さんの代わりに扉を開けようと思ったが、扉の向こうに人の気配を感じて星野さんに待ったをかける。
何人かの声……中まで入ってくるような感じではないが――

「あ、綾菜? なに? っ早く……しないと…わたしっ……」『なんなの? あっ……くぅ…開けてよ、早く、じゃないと、本当もう……我慢が…っ』

「(……静かに、ちょうど扉の前付近に人がいるみたい……)」

「え……や、なんでっ……」『そ、そんな……こんな時にっ……あぁ、おしっこ……少し、あと少しなのにっ……』

星野さんは私の声に数歩後退り、隠れられるところを探すかの様に周囲に視線を巡らせる。
だけど、倉庫内は狭く両サイドにダンボールや棚が置かれてはいるが、扉辺りから見えない位置というのは存在しない。
星野さんは隠れることを諦めたのか扉から距離だけ取って、膝を床につけて膝立ちになる。
身体を前に傾け、両手で必死に抑え込んで……。こんな状態からさらに我慢の時間を引き延ばされることになるなんて思っても見なかったのだろう。
開けて出て行くことは可能ではある……けど、急に備品倉庫なんて普段開かないところから人が出てくれば注目されるのは間違いない。
注目なんてされなくても星野さんの状態は一目瞭然……本来なら人目を避けてトイレに向かいたいくらいの状態であって……。
星野さん自身が見られても良いと思ってるなら扉を開けてトイレに急ぐのも一つの選択だと思ったが、彼女の態度は明らかに見られることに強い抵抗を感じている。

――……当然だよね、そんな格好。……でも、だったら待つしかないし、仕方ないよね?

心のどこかで、もう少し今の星野さんを独り占め出来る事に私は喜んでる?
我慢してる星野さんが見たい、その結果どうなるのか……見届けたい。
そんな後ろめたい欲望に忠実な気持ちは確かにある……だけど、それでも私の助けたいという気持ちも本心で……。

「ふぅーっ…ふぅーっ……んっ…ぁぅ……ふぅーっ……」『がまん、がまん、がまん、がまんして、絶対、絶対…ぜったい……っ……我慢だからっ』

膝立ちで必死に何度も押さえなおされる両手、前後上下に揺れる身体。
涙目で、荒く熱い息を零して……必死に我慢を続ける。

「んっ…あぁ、だめ……これ……っはぁー…っ…ふぅーっ、んっ…」『無理、ほ、ほんと、このままじゃ…あっ、間に合わ――っ……だ、だめぇ…が、我慢しなきゃ…しなきゃっ!』

次第に動きは小刻みに、震えているような動きになって『声』もまた大きくなり始める。
リズムが崩れてより不規則な呼吸と動きが限界なのを表してる……。

――……ほんと可愛い……でも、早くしないと……。

私は扉の外へ意識を向ける。
人の気配は――……あ、遠退いてる? 開けれる?

私は扉をゆっくり少しだけ開けて外の様子を確認する。
人はいない、大丈夫今出ていっても誰かに注目されることはない。

「ほ、星野さん、今なら――」
「っ! あ、だめ……今っ……あ、あぁ…やだ、あ、あや…なっ」『くる、きちゃうっ…これ、だめ……まだなのにっ、我慢できなっ、こ、こんなの…まに、間に合わないっ!』

【挿絵:http://motenai.orz.hm/up/orz73081.jpg

振り向くと縋る様な目を向ける星野さんが居て……。
私は星野さんを極力驚かせないように小さく口を開いたつもりだった。
実際驚いたのか、私の言葉に気が緩んだのか、このタイミングで波が来たのか……。
ただ、分かるのは星野さんの『声』が“我慢できない”に傾いてる……。

668事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。23:2019/04/30(火) 01:25:28
「こ、コップっ! だめ、あぁ、紙っ…コップ、あやなっ! あぁ早くぅ」『無理、もうダメっ……なんでもいいから…早くぅ、漏れちゃう…おしっこ、ほ、ほんとに…んっ! おしっこ出ちゃうぅ……』

私は星野さんの緊急事態に、床にカバン置いて慌てて中から紙コップを一つ取り出す。
膝立ちになってる星野さんの前まで行き、私はそれを目の前に差し出す。

「んっあ、あぁ……や、ごめん、み、見ない…でっ――んぁあぁっ! だめぇ!」『あぁ、もれちゃう、おしっこ、だめ…これ……やだ、コップ……あ、あぁ、あぁっ!』

星野さんは私の手にある紙コップを見て、スカートの前を押さえていた片方の手を離し、奪い取るようにして紙コップを取る。
そしてスカートを押さえていたもう片方の手を一気に離し、その手でスカートを浮かせ、紙コップを持った手と共に両手をスカートの中に入れて――

<ぱたたっ…じゅうっ、じゅぃぃー――>

直後、目の前から紙コップを叩く音、そしてそれは直ぐにくぐもった音に変わり……スカートで見えないけど、恐らくその中で下着をずらして紙コップに放たれる音。

「んっ! あぁ、あっ!」『だめ! 止めないと…と、止まって、止まれっ!』
<じゅっ、じゅ…じゅぃぃっ……>

何度も途切れながら……でも、スカート越しでもわかるくらい音が少しずつ高くなって……。
それは紙コップ内の水位が上がってきていると言う事。
200mlにも満たない紙コップ……星野さんはそれがいっぱいになるまでに何とか止めようと必死で。

「はぅんっ! あぁ…うぅ…ん〜〜っ……」『お願い、止まってよ……溢れちゃう、やだ……』
<じゅっ…じゅぃぃ…>

時折息を詰めて必死に力を入れながら……だけど、注がれる音は止まず、声にならない声を上げて……。
星野さんは見ないでと少し前に言った。だけど、私がその言葉に従うことが出来たのはほんの一瞬だけで、もう目が離せないでいる。

「んっ――、ふぅーふぅーっ、あぁ……だめ」『ダメ、これ以上ダメ……あふれ、でも、こんなのっ…もうっ!』

激しい息遣いは続くもののスカートの中から聞こえる音が止んだ。
そして震える手で紙コップがスカートの中から取り出され、その中には縁ギリギリまで注がれた恥ずかしい熱水が入っていて……。

――……こんなところで……こんなに紙コップをいっぱいにして……。

「あ、あっ…だめ」『もれちゃうっ……あ、あ、あぁっ!』

星野さんは手に持っていた紙コップを乱雑に床に置く。水面は揺れ、縁から流れる様に溢れ、コップの下に小さな水たまりを作る。
下着をずらしていたであろう左手はそのままスカートの中で、そして紙コップから解放された手はスカートの上から前を再び押さえこむ。
溢れるくらい沢山してしまって……それでも尚、限界の尿意は引かず星野さんを苦しめる。

669事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。24:2019/04/30(火) 01:26:43
「だ、だめっ…あぁ、あやなっ…もういっこ、コップ! これっ…あぁだめっ! でちゃうのっ!」『むり……こんなのっ……もう、限界っ……』

星野さんは再び縋るような目を私に向ける。涙で一杯にして……精一杯の力を込めながら。
そして、押さえ込まれたスカートに染みが少しずつ広がってきているのに気が付く……ちゃんと止められてない、我慢が効いてない……。
私は慌てて踵を返し、扉の前に置かれたカバンまで移動し、中に入っている紙コップを今度は袋ごと取り出す。
さっきも一個じゃなくこうすれば良かったのかもしれない……そうすれば、もっと早く次を渡せた……。

私は再び星野さんの前に行って、袋から取り出した紙コップを差し出す。
それを星野さんは見て手を伸ばして――

「あっ」

だけど、慌てて伸ばした指先が紙コップを弾いて床に落とす。
そして……その手は紙コップを追わずに再びスカートの前に持って行って。

「あっ、あ、あぁ……っ」『だ、だめぇ……』

<じゅ…じゅぅ、じゅうぅぅぅ――>

くぐもった音……だけどさっきの音とは違う。
紙コップに放たれる音ではなく、スカートの中で、下着の中で渦巻く小さな――でも確かに聞こえる失敗の音。
スカートは押さえ込まれた部分から色濃く染まり、捲れたスカートから見える膝……そこから幾つもの恥ずかしい流れが、床に水たまりを拡げていく……。
最初は断続的に……だけど、次第に音を変えるだけで継続的な音に変わる。

おもらし……間に合わなかった。
何度もおちびりを繰り返し、着替えたのに、紙コップも使ったのに……必死に我慢したのに。
ありえないはずのおもらし……星野さんがそう思っていたはずの恥ずかしい失敗……。

「あ、あぁ……はぁ…っ……ふぅぁ……んっ」『止まってよっ……なんで、これ……どうしたら止まる? あぁ、だめ、わかんない……くらくらする……』
<じゅぅぅぅ――>

止めようと思っても止められない。力の入れ方がわからない。
『声』は我慢を続けている様で、でもその大きさは次第に小さくなって……。

「はぁ……はぁ…んっ……あぁ、ふぅ……はぁ……」『だめだ、これ……おもらし……私が………こんなとこで……』
<しゅぅぅぅ――>

荒い呼吸と恥ずかしい音が響く中『声』が消えてゆく。
水たまりは大きく拡がり続けて、星野さんは水たまりの中に一人……。

<ばしゃっ>

そして、その水たまりの中で膝立ちをやめてお尻を落とす。
ただ茫然と焦点の定まらない目で、水たまりの上にある指で弾いた紙コップ辺りを見て……。
それでも拡がり続ける水たまり……1分以上――もしかしたら2分ほど音は止まなかったかもしれない。

「はぁ……はぁ……」

肩を上下させ、息遣いがけが響く――……可愛い、可愛いのに。
私は一歩二歩後ずさる。

「……ご、ごめん……っほ、保健室で服貰ってくるからっ」

私は逃げるように鉄の扉を開けた。
慌てていて外は確かめていなかったが、幸い誰もいない……。

私は扉の前で額を抑えてしゃがみ込む。

670事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。25:2019/04/30(火) 01:27:31
――……なんで私……逃げて……。

私が星野さんを追い込んだ……後ろめたい気持ちが苦しくて、優しい言葉を掛けられなかった。
彼女はこの扉の向こうで、自分の残した水たまりの中で一人なのに……。

……。

――……だめ……とりあえず服、それからだ……自分の気持ちを整理してちゃんと星野さんに向き合うのは……。

私は立ち上がる。
五条さんは言っていた、星野さんは傷つき易いからって。優しくしてあげてって。
本当ならどれほど傷ついた? おもらしなんてありえない……そう思っていた星野さんが私の前でおもらし……。
失敗なんて誰にでもある……そう思っていない人の失敗。そもそも傷つかない人なんていないくらいの大きな失敗。

「助けが必要そうなら力になってあげることね」……ふと体育祭の時、私を見逃してくれた朝見さんの言葉が思い浮かぶ。
その通り……私はそうありたいし、そうしたいと思ってる。

私は胸に手を当て深呼吸して歩き出す。
すぐ近くにある保健室……私はノックして扉を開けた。
中には珍しいことにちゃんと先生が居た。

「あら、綾菜ちゃんじゃない保健室で会うなんて珍しいというか初めて?」

「……何度か尋ねているのにいつも先生がいないだけかと」

私の言葉に先生は反論する。こんなに外が魅力的な日にも拘わらず、保健室で待機してることを自慢気に話す――……残念ながら普通です。

「それで、何か用事? 顔が赤いし風邪? というか可愛い格好ね」

「……こ、これはクラスの宣伝目的で――ってそんなことより、……き、着替え一式貸してもらえませんか?」

あのまま星野さんを長い時間置いておくのは良くない。

「着替え一式ね……下着とか、濡れタオルとか、乾いたタオルとか、お土産袋もいる感じで?」

ご明察です。
私は頷き、大体察してくれたので説明はせずに必要なものを受け取る。

「……ありがとうございます」

「どーいたしまして。ささ、行ってあげなさい」

私は背中を物理的に押されて保健室から追い出される。
斎先生……妹とは違った意味で良い人ではあるんだけど。

671事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。26:2019/04/30(火) 01:28:33
私は着替えとか一式を持って再び備品倉庫の前へ。
深呼吸して、周りに人が居ないのを確認した後、ノックと小さく声を掛け、扉を開ける。

目の前にいるのは隠れるところもなく、水たまりの中で体勢を体育座り変え、顔を下に向けている星野さん。
スカートを手で伸ばし、可能な限り恥ずかしい姿を隠そうとしているが、精々足が隠れる程度で大きな水たまりは隠せるわけがなく
また、そのスカート自体も面積にして半分以上が色濃く染まっている。
耳を澄ますと嗚咽……必死に声を抑えて。
近づいて慰めてあげたい……だけど、水たまりの中に足を踏み入れる行為は避けた方が良いかもしれない。
必要以上に申し訳なく思ってしまうかもしれないし、不快な思いも与えるかもしれない。
私が逃げて時間を置いてしまってるから尚の事、冷静に判断されると思うし、私も勢いで行動できない。

……。

「……水たまりから出てきて、じゃないと入っちゃうよ?」

「っ! ……ぐすっ…」

涙を流して、睨んでくる星野さん。

この言葉の選択が正しいのかはわからない。
でも、メイド服だって流石に汚すわけにも行かないし、落ち込まれるよりかは私にぶつけてくれた方がいい。

星野さんは視線を逸らした後立ち上がる。
スカートから雫が水たまりに落ちてぴちゃぴちゃと音を立てる。
星野さんはその音を聞いて、表情を硬くする。

「……自分で出来る?」

私は貰って来た袋からタオルを取り出して見せる。
星野さんは私の顔を見ずに頷き、水たまりの中を一歩二歩歩きタオルを手にする。

――……出ていった方が良いのかな……?

でも、さっき逃げてしまって再び星野さんを一人にするのは……。
だからと言って後始末をしている星野さんを直視するなんてことは出来ず、私は目を逸らす。

「(うぅ…なんで……っ…なんで、我慢…できなかったん…だろ……)」

私の視界の端でタオルを握りしめる星野さん。
震えた消え入りそうな声……。

「(ありえない…のに……私だけが…こんなっ……もう子供じゃ…ないじゃんっ……)」

「ち、違う! 星野さんだけじゃないっ!」

私は星野さんに目を向けて、語調を強めて答える。

「……し、失敗は恥ずかしいことだと思う……でも…それでも、ありえないことじゃない……」

だけど、ありえちゃいけない事なのかもしれない。
ちゃんと我慢してトイレまで……そうしなきゃいけない。それでも――

「……我慢はずっと出来るものじゃない……星野さんは凄く頑張ってたと思う……」

必死にトイレまで我慢しようとする意志は凄まじかった……。
そうしなきゃって思う気持ちの強さは、もしかしたら今まで『聞いた』誰よりも強かったかもしれない。

「だと…しても……間に合わなかった…のは……事実…じゃん……みんな、間に合ってる、のに……私だけっ――」
「違うっ! それは星野さんが知らないだけだよ……わ、私だって…こういう事…ないわけじゃ……ないし」

星野さんの見開いた瞳が私に向けられる。逆に私は星野さんから目を逸らす。
顔が熱い……星野さんにわかって貰うためとは言え……恥ずかしいものは恥ずかしい。
というか、多分この私の態度が嘘じゃない証明みたいなもので――……だめ、どんどん顔が熱くなってるっ!

672事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。27:2019/04/30(火) 01:29:09
「……きょ、今日の失敗だって…私以外に見られてないわけでしょ?」

自分で言って置いて自分の事から話を逸らす……。

「……みんな知らないところで少なからずこういう事…あるものだから」

私は沢山の失敗を知ってる。
我慢が苦手な子も、得意な子も、トイレが言えない子も、言えるはずの子も……。
皆がみんな、失敗してるわけじゃないけど……それでも、私は沢山知ってる。

「嘘だよ……そんなの……知らないところとか、ただの都合のいい考え方じゃん」

星野さんはそう言ったが、その言葉はさっきほど震えていない気がした。
ちゃんと伝わったのかはわからない……だけど、少しでも気持ちが楽になっていればと私は思う。
星野さんはそのあと小さく深呼吸して後始末の続きを始める。
私には「あっち向いてて」と言いはしたが、出て行けとは言ってこない。

「綾菜の失敗って……どんなだった?」

――っ!

「……べ、別に普通……」

普通ってなんだって自分で突っ込みたくなる。
だけど、それ以上言葉を続けられない。

「そっか……ご、ごめん、変なこと聞いて……」

残念そうな声で星野さんは謝る。
謝るのは私の方なんだけど……追い込んでおいて自分の失敗談も言えないでいるんだから。

服を脱ぐ音、身体を拭く音、着替える音……。

「おわった…よ」

その声に私は星野さんに視線を向ける。
目も顔も赤くして、視線を逸らして――……可愛い。

私は星野さんに近づく。
星野さんはそれに気づき身を強張らせる。

……。

抱き締めてあげたい……けど、後始末を終えたとはいえシャワーを浴びたわけじゃないわけで……。
本当メイド服が凄く邪魔……メイド服じゃなければ抱き締めてるのに……。

「……さて、次どこ回ろうか?」

無難な言葉で私は星野さんの手を取った。

673事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。-EX-:2019/04/30(火) 01:31:20
**********

「あ! えっーと、真弓ちゃん、梅雨子の妹の真弓ちゃんよね!」

私は祭りの時に完全に忘れてしまっていた友達の妹を見つけ声をあげる。
彼女は真弓ちゃん。梅雨子の妹。通りで聞いたことある名前だと思った。
外見は、何度か家を訪ねた時に窓の向こうに影を見た程度のものだったが、何度か梅雨子が写真を見せてくれたこともあった。
余り記憶にないが、確かに見覚えはあった。
それに、今こうしてみると少し梅雨子に似た雰囲気も感じ取れる。

「あー……えっと、気付いちゃいましたか」

決まりが悪そうな顔で視線を逸らす真弓ちゃん。
祭りの時、名乗りはしたものの私の事を知らないように装った理由は当然あの時の事。

「ほんっとーーーにごめん! それとあれは梅雨子に無理矢理……えっとまさかトラウマとかになってないよね?」

恥ずかしい音を聞かれて、それを梅雨子のデリカシーのない言葉で――――私も興奮からなにか口走ってた気がするけど――――嫌な思い出になっていて当然で。
それに梅雨子の話だとあれからほぼ口をきいてくれないって時々嘆いてたし……。

「いやー大丈夫ですよ、もう気にしてませんし」

明るく言う彼女の言葉に私は胸を撫で降ろす。
そして注文したコーヒーに口を――空だ……。

「あ、コーヒーもういっぱいくれる?」

「あやりんが居ないからって焼け飲みしないでください……もう既に二杯飲んでるんじゃないですか?」

「えー、綾のメイド接客楽しみにしてきたんだからちゃんと居座り続けないと!」

それにほら……コーヒーって利尿作用あるし。
……いやいや、こんな公共の場で我慢とか――
でも……。
………。
い、いや、流石にダメでしょ!

「あの……私がお姉さんと顔見知りだった事……もう少しだけあやりんには黙っていてくれませんか?」

私が恥ずかしいことを考えていると、真剣で…でも少し不安を抱えた顔で真弓ちゃんは言う。
ところで――私と顔見知り? それはどうなんだろう……。
トイレの扉越しでのあの会話――――会話とは言えない一方的なのもだったけど――――と2〜3度窓越しで真弓ちゃんらしき影を見たくらいのものだと思ったけど。
いや、でもあっちは一応私を見ていたと言うことなら顔見知りと言えるのか。
それを綾に秘密に――秘密?

「えっと? いいけど…どうして秘密?」

「それは……あやりんにはそういう事言わずに友達になったから……でも、ちゃんと私から正直に言わなきゃってずっと思ってて……」

なるほど、その気持ちはわからなくもない。
もし私がそのことを話せば綾はきっと真弓ちゃんに少なからず不信感を抱く。
どうして隠していたのか……って。
……。

――あれ? どうして隠してたんだろう? …あぁ、でもどんな関係って聞かれて、私に恥ずかしい音聞かれましたって言うわけにもいかないか。

「あら、お久しぶりです雛倉先輩」

聞き覚えのある声に振り向くとそこには金髪の上品な子がいて。

「あぁ! ……――さ、皐ちゃん!」

「正解です……けど今一瞬名前出てこなかった感じでしたよね。……はぁ、相変わらず勉強以外は微妙な記憶力ですね」

私は口を噤み目を逸らす。

「それと……黒蜜先輩の妹さんもごきげんよう?」

「……真弓です」

「あら、ごめんなさい、真弓さん
私、一度ちゃんと真弓さんと話したかったんですよね」

「っ…それは……奇遇ですね会長さん。私もですよ」

――……ん? なんか急に空気が重く……。
二人の間に火花が見える気がする。

「ここではなんですから、お二人とも生徒会室に案内しましょう」

――あれ!? なんだか私まで巻き込まれてる!?

「ふふふ♪ 当然ですよ雛倉先輩。だって生徒会室で行う密談は綾菜さんの事なんですから」

おわり

674「星野 歌恋」:2019/04/30(火) 01:33:54
★星野 歌恋(ほしの かれん)
1年A組の生徒
校内の友達とバンドを組んでいるが軽音部ではない。
黒蜜 真弓とは同じ中学出身で友人関係。
同じく同じ中学出身の朝見 呉葉については顔すら覚えていない。

強気でまっすぐな自由人。
周りの空気に良くも悪くも流されない人物。

膀胱容量は非常に大きめ。
物心ついた時から小さな失敗すらしておらず、また限界まで我慢した経験も非常に少ない。
体験、目撃経験がないために、高校生にもなって我慢できないことに現実味を感じず
またそれが恥ずかしく情けないことだと強く思っている。
あからさまな我慢の仕草も同様に小さい子がすることであり、恥ずかしいことだと感じている。
そもそもそう言ったことに余り関心がなく、カフェインの効果に利尿作用があることを知らなく
また沢山飲むことが頻尿に繋がることも理解していない。

成績は下の上、運動はそれなり。
歌うのが好きでバンドグループではボーカル兼ギター。
ただボーカルもギターも特別上手いわけではない。
性格は気性が激しく、自分勝手、素直じゃなくて、プライドがそれなりに高く、口が悪い(悪気無し)。
余り周りに関心を持っていないが、気になる相手はとことん気になり
そういう相手に関しては得意ではないが多少の気遣いや配慮をすることもある。
基本的にはコミュ力は高いので、性格に多少難があっても彼女のペースに引き込まれる。
割とツンデレな部分もある。

綾菜の評価では沢山我慢できる人でおしっこの我慢を舐めてる人。
初めの印象は良くなかったが、話すうちにその誤解は解けた。
わかって貰うためとはいえ、私情も挟み、悪気がなかった人を自ら追い込んでしまったことを後悔している。

675名無しさんのおもらし:2019/05/01(水) 01:30:10
待ってました!
平成の締めくくりにふさわしい話だった

676名無しさんのおもらし:2019/05/01(水) 09:39:06
平成の最後に相応しい作品です。
令和でも楽しみです。

677名無しさんのおもらし:2019/05/01(水) 09:50:31
更新ありがとうございます。
もう一つの小説のキャラや雪姉も登場して、まさに学園祭の雰囲気ですね。
そして、勃発するあやりん争奪戦。

678名無しさんのおもらし:2019/05/04(土) 09:57:27
更新待ってました!
おもらしに追い込んじゃうのいいシチュエーションです!最高でした!

679名無しさんのおもらし:2019/09/21(土) 12:38:18
新作希望

680名無しさんのおもらし:2019/10/14(月) 12:33:21
今宵は美術作品展示会。
高貴なる身分の紳士達が…紳士と呼ぶには見栄っ張りで、傲慢で、自慢したがりな貴族達が年に数度、自身の作品を見せ合い自慢し合う会。
煌びやかな会場の各所に、紳士達の誇る「自慢の作品」が展示されている。
作品の趣向は様々で、一点を除き共通性に欠けている。
丈の短いスカートを着用した、内気そうなメイド。
下の毛まで綺麗に剃られた裸見の女性。
見る物全てを睨みつける、両手を縛られた少女奴隷。
決意を秘めた目をした修道女。
逞しい筋肉を持った、女騎士。
これらの「作品」は彫刻でも絵画でもない。生身の女性なのだ。
彼女達の何が「作品」なのか?どこに共通点があるのか?
答えは展示された彼女達のぷっくり膨らんだ下腹部にある。
彼女達は妊娠ではない。膨らんだ下腹部の正体は、溜まりにたまった「お小水」である。
「作品」とは「お小水を我慢している女性」の事なのだ。
貴族紳士達にとって、お小水を我慢している女性とは美その物なのである。
今宵は美術作品展覧会。
紳士達が心血を注ぎ育て上げた自慢の「美術作品」を見せ合う会なのである。

681名無しさんのおもらし:2019/10/14(月) 12:36:15
展示会と呼ぶからには、作品にも優劣が存在する。
もっとも美しい優れた作品とは何たるかと問えば、誰よりもお小水を我慢した女性の事だと紳士達は口を揃える。
では、早々に粗相をしてしまった作品は劣る作品なのかと言わば…それも否だ。
「あぁっ!見ないで、見ないでくださいましっ!」
展示されたメイド服の女性の足の間から、お小水が滴り零れる。
恥かし気に顔を両手で覆い泣きながら失禁するメイド女性を見、紳士達は満足げに頷いた。
「恥ずかしがる従女…基本に忠実な良い作品ですな」
「しかし、在り来たりでもあります。私はもっとこう…インパクトがある方が好みです」
真っ先に粗相してしまったメイドを魅入り、語り合う紳士達。不意に会場内に叫び声が響いた。
「し、将軍殿ォォォォォ!申し訳ありませぬぅぅぅぅぅぅぅ!」
驚いた紳士達が一斉に振り向けば、軽装の鎧をまとった女騎士の「作品」が粗相をし始めた所だった。
悔しそうな表情で剣を掲げポーズを取った女騎士のズボンからは、先程のメイドとは比べ物にならない勢いの小水が下品な音を立て豪快にまき散らされた。
「おぉ!なんと豪気で勇ましい失禁ではないか!これは痛快だな」
「武門と知られるスピア家ならではの、印象に残る魅せ方ですなぁ」
そう。作品の優劣は我慢の長さだけでは決まらない。粗相の仕方も作品の美しさを決める重要な要素と言える。
如何に長時間、大量の小水を貯めるか。我慢の仕草に色気はあるか。如何に甘美に粗相するか。作品の優劣はそれらの要素から決まるのである。

682名無しさんのおもらし:2019/10/14(月) 12:39:43
展示会に展示される女性の事情も様々だ。
良い成績を得れば釈放してやると囁かれた盗賊の娘もいれば、借金の肩代わりにと無理やり脅されて出品された奴隷の少女もいる。
自身の商会や信仰を知ってもらおうと自ら参加を志願した商人の娘や修道女などもいる。
修道女は、股に手を当て震えながらも朗々と聖書の一文を読み上げている。
商人の娘は自らの商会の商品をアピールしようとワインを鱈腹飲んで酔いつぶれ、寝息を立てて失禁して場の笑いを誘った。
「卿?いかがですかなうちの娘は?まだ12歳ではありますが、これほど下腹を膨らませても淑やかな態度を保っていられるのですぞ」
中には、自身の娘を上流貴族に嫁がせようと展示し自慢する貴族もいる。
この会がきっかけで結ばれる縁や婚姻もあるだけに、成り上がりを狙う貴族や商人の目は真剣そのものだ。
展示する側、展示される側。様々な思惑と欲求をはらみ、会は進む。
1人、また一人と粗相する事で完成していく作品達。それを下劣な目で見る紳士達。
今宵の会は最後まで朗読しながら我慢し、神に祈りながら美しい粗相を見せた修道女が優勝した。
上機嫌で岐路に着く紳士達の股間は熱を帯び、固くなっている。
この熱を各々の妻に注ぎ、貴族の家々は子宝に恵まれた反映するのだ。
情熱的な一夜が明け、さわやかな目覚めを迎えた紳士達は考える。
「次回は、どんな『作品』を用意しようか」と。

683名無しさんのおもらし:2019/10/14(月) 12:41:44
幼き頃にここの作品群を見て育った者です。
良質なオカズを下さったここへの感謝の気持ちを込め、またこの場が再び盛り上がる事を願い、お粗末な出来ですが作品を投稿しました。
下手な作品ながら、少しはこの場への恩返しとなれば、幸いです。

684名無しさんのおもらし:2019/10/17(木) 01:00:36
こういうファンタジー系の作品は独自性があってとても好み。

685事例の人:2020/01/16(木) 07:20:21
>>675-678
感想とかありがとうございます。

あけましておめでとうございます。
めっちゃ早朝ですが、文化祭一日目の午後になります。
いつも言ってる気がしますが、長いです。

686事例17「高倉 悠月」と駆け引き。1:2020/01/16(木) 07:25:54
「……」

12時過ぎ、私と星野さんは体育館への渡り廊下の横に設置されたベンチに座って、その辺りで買ったお昼を食べる。
私はサンドウィッチ、星野さんはホットドック。

――……食べてるとはいえ会話が……やっぱちょっと気まずいなぁ、というかトイレ行きそびれたままだ……。

6〜7割と言った感じの尿意? 余裕がないわけじゃないけど、そろそろ行かないと不味いと思えるくらいにはしたい。
今は座っているから落ち着いてはいるが、立ち上がってじっとしていられるかと言われると難しいかもしれない。

「……星野さん」

「っえ! な、なに?」

名前を呼んだだけで小さく驚き、でも明るく振舞おうとする笑顔が――……可愛い。
気まずかったとはいえ、こうして健気で可愛い姿を見ると少し名残惜しいけど――

「……そろそろ喫茶店の方に戻ろうかと思って」

「あー、……ん、そっか。なんだかんだ午前中ずっと付き合って貰ったし……それと色々その……迷惑、かけたし……」

少し残念そうな顔で、だけどその顔は徐々に変わり最後は不安そうな顔をする。

「……いや、大丈夫、気にしてないから……それより、本当に倉庫の後始末は手伝わなくていいの?」

「う、うん……放課後、タイミング見てひとりで片付ける、……というか、あんなの改めて見られたくないじゃん」

それはまぁ……納得の理由。
でも、横に置いてあったダンボールとかにも被害あったし、何よりあの量の後始末はかなり大変になると思う。
星野さんも恐らくそれをわかった上で言っているはずなので、これ以上は言わないけど。

私は「……それじゃ」と小さく手を振ると星野さんもこっちを見て、まだ固い笑顔を向けて手を振ってくれた。

文化祭の喧騒の中、クラスに戻ると――……廊下にまで少し人が溢れてる?
どうやら、お昼時になりある程度混み始めたらしい。
私はスタッフ出入口――――と言っても教室の前の扉の事だけど――――を開けて中に入る。

「あ、ようやく帰ってきた」

厨房側に居て話しかけてきたのは斎さん……。

「ちょっと事情があって一人抜けてるのと、見ての通り今混んでるから……早く手伝って」

淡々と状況を言って私に手伝うように迫る。
本来は朝から12時までが私のシフトなのだけど適当な理由を付けて抜け出した負い目がある。
しかも斎さんは私の本意を知っておいて抜け出させてくれたわけで……。

『うーんお手洗い行きたい……でもまだ忙しいし抜けるの迷惑になるよね?』

――っ……この『声』は弥生ちゃんだよね?

弥生ちゃんの『声』が隣から聞こえてくる。隣と言うことは接客をしているらしい。
斎さんからの手伝いの要請、弥生ちゃんも我慢してるとなればこの場を離れる理由は……。

――……だめだ、私が不味いことになる……先に済ませることは済ませないと……。

687事例17「高倉 悠月」と駆け引き。2:2020/01/16(木) 07:26:51
「……ご、ごめん先に着替えてトイレだけ行ってくる」

こうやって立ち話しを続けているだけでかなり切羽詰まってきている。
このまま仕事をするには流石に尿意が大きすぎる。
弥生ちゃんの『声』が聞けなくなるのは確かに勿体ないとは思うが仕方がない。我慢しているということを知れただけでも良かった。

「ん、わかった忙しいんだから急いでよ?」

私はその言葉を聞きながら、着替えるために衝立で簡易的に作ってある更衣室に入る。
私はメイド服を脱いで、自分の服を手に取り着替える。

『はぁ……もうちょっとお客さんが少なくなればなぁ……』

聞こえてくる弥生ちゃんの『声』。
私はこれからトイレに行くわけだけど……弥生ちゃんの『声』を聞くために苦手ではあるが途中で止めるか
あるいは斎さんの水筒に残ってるコーヒーを飲んだ上でちゃんと済ませるか……。

……。

弥生ちゃんの『声』は聞きたいけど、やっぱり途中で止めるのは苦手だし嫌い……。
私はもう温くなったコーヒーを水筒のカップに注ぐ。

――っ……音が…下腹部に響く……。

音を立てないように足踏みをして、膨らむ尿意を宥めて、注いだコーヒーを一杯、そしてすぐに二杯と残りのちょっとを注いで飲み干す。
水筒を洗って返したいところだけど、トイレに持って行くのは流石に気が引けるので、放課後ちゃんと洗って斎さんに返そう。
最悪家に帰ってから部屋を訪ねても良いかもしれないが……マンションだと学校よりも気不味いので出来れば避けたい。

着替え終えて衝立から出て、目が合った斎さんに軽く頭を下げて教室から出る。
教室前のトイレは……ちょっと混んでる。
廊下の角まで行って購買近くのトイレを軽く確認すると……混んではなさそうだけどちょうどトイレに入って行く人が二人見えた。
どちらに行ってもすぐには済ませられないなら近い方が良い。私は教室前のトイレまで引き返して順番待ちの最後尾に並ぶ。
順番待ちと言っても三人だけ――

――んっ……まだ平気、だけど……やっぱもうすぐだと思うと……っ……。

個室は三つなので私の順番が回ってくるのに時間は掛からなかったが、危うく仕草が零れるところだった。
私は個室内で更に辛くなった尿意に前を押さえてそわそわしながら、準備を済ませてしゃがみ込む。

<ジャバー>

音消しの音に合わせて、息を吐き、力を抜く。
危なかった――というところまでは行かなかったけど、これは流石に我慢しすぎたとは思う。

音消しが終わる前にどうにか済まし終え、始末をして立ち上がる。

――星野さん……さっきの私の3倍以上長かったよね?

星野さんは必死に止めようとしていたし、限界まで我慢したときは思ったほど勢いよく出ないものだし
単純に3倍以上の量だとは思えないけど……それでも1.5倍――もしかしたら2倍ほどあったんじゃないかと思う。

688事例17「高倉 悠月」と駆け引き。3:2020/01/16(木) 07:28:02
個室を出て手を洗い教室に戻る。そして再度メイド服を着て仕事を始める。
とりあえず厨房側から移動すると、すぐに弥生ちゃんを見つける。様子は――……仕草には出てない? いや、ほんとに軽くだけど足が落ち着いていないかな?
接客中の弥生ちゃんは踵だけを軽く上げたり下げたりを繰り返して――とても可愛い。
こちらに気が付いたらしく視線が合うが、接客中な為弥生ちゃんは仕事に戻る。

接客係は私を含めて4人。混んでなければ3人で十分、最悪2人でもどうにかなるが、今はそうもいかない。
そして、見渡すとシフトに入ってるはずのまゆが居ない事に気が付く。
事情があって一人抜けてるというのはまゆの事だったらしい。
私もとりあえず仕事を見つけて参加する。

――
 ――

片付け、案内、注文、給仕。
時折弥生ちゃんの様子を見つつもしばらく慌ただしく仕事を続けていると――

「あ、あの雛さん……」

給仕を終え、片付けに向かう私の袖を引っ張りながら弥生ちゃんが声を掛けてくる。
振り向き弥生ちゃんを見るとそわそわと落ち着きない様子で――……本当可愛い。

「その、お手洗い行きたくて……ちょっとだけ抜けても大丈夫……かな?」

私が仕事を始めてから20分ほどたって、尿意も増してきたのかもしれない。
周囲を見るとまだそれなりに混んでいる……宣伝効果?
まだ私に尿意がなく『声』が聞こえないし――――凄く『聞きたい』のだが――――本当は忙しいからダメだと言いたい。
だけど、トイレも混んでるかもしれないし、こんなところで失敗、それ以前に我慢の仕草を沢山の人に晒すというのもさせたく無い……それに星野さんの事、少し自分の中で引きずってる。
弥生ちゃんに優しくしたからと言って、星野さんへの罪滅ぼしにはならないけど、罪を重ねるのもいけない事で……。

「ごめーん! 今戻ったー、あやりんもごめんっ!」

厨房の方から執事の格好をして出てくるまゆ。
メイド兼執事喫茶を名乗って置きながら、執事率が低いのでそれを気にして衣装を選んでくれたのもか知れない。

私は一度まゆに視線を向けてから、弥生ちゃんに向き直り――

「……大丈夫みたい、行って来たら?」

それを聞いてコクコクと頷いて、着替えるために厨房の方へパタパタと駆けていく。

「……それで、まゆは何してたの?」

私は弥生ちゃんを見送りつつ、まゆに近づき話しかける。
弥生ちゃんが今までトイレに行けなかったのも、私がこうして当番じゃないのに働いてるのも大体まゆのせい。
別に恨めしく思っているわけではないけど。

「生徒会室にね、ちょっと会長さんに呼ばれちゃって」

「皐先輩に? ……まさか、クラス委員長を私の代わりにしてとかそんな話?」

「いや、そんな話にはならなかったけど、まぁでも、割とシリアスな話かな?
……それと、後で私からも話しておきたいことがあるんだけど……この感じだと放課後かな?」

――シリアスな話? ……気になる。それに後で話しておきたい事ってわざわざ言うのも、まゆらしくないというか……。

「……ん、じゃあ後で、とりあえず仕事しようか」

気にはなるが忙しいので、いつまでもこうしているわけにも行かない。
仕事に戻りテーブルを片付けて、次の人を案内するために廊下へ向かう。
ウェイティングリストを見て名前を呼び案内する。
待っていたのは最後の一組だったが、リストの紙が埋まっていたので一応別の紙を持って再び廊下に出て紙を取り換える。

689事例17「高倉 悠月」と駆け引き。4:2020/01/16(木) 07:29:05
「ねぇ、狼さん案内してくれる?」

紙を変えていると後ろから声を掛けられる。
狼さんなんて言う人には心当たりが一人しかいないので嘆息しながら振り返る。

「……生憎だけど、今席が埋まってるから此処に名前を書いて頂けますか、鞠亜お嬢様」

「ちょ、お嬢様って――あ…(いや、メイド喫茶だからそれでいいのか?)」

ちょっと悪意を込めて言ったんだけど、メイド喫茶なので納得してしまった。
そんな霜澤さんを見ていると、名前欄に“霜澤”と書いている。私は紙に書かれた“カタカナフルネームで”ってところをトントンと指差す。

「ったく、細かいわね……」

そう言って名前をシモザワマリアと――……シモザワマリア? あれ、この名前なんだか……。
違和感、既視感……よくわからないけど不思議な感じ。

「書いたわよ、あんたは仕事に戻らなくていいの?」

「あ……うん、戻る」

ぼーっと名前を眺めていた私はその言葉に現実に戻される。
霜澤さんはそんな私を見て怪訝な顔を向ける。
心配してくれてるのか、ただ訝しんでいるのかはわからないけど、私は何事もなかったように背を向け教室へ戻る。
だけど、仕事に戻ってからもなぜか名前が頭にチラつく。

――なんでだろ? シモザワマリア……シモザワ…………シモ…ザワマリア……っ!?
え、偶然? いやいや、ないよねそんな偶然……なんで……アナグラムなんて……。

私は気が付く。
空いたテーブルを見つけ、私は慌てて片付けて廊下へ向かう。

「あ、空いた?」

携帯を弄りながら視線を一瞬だけ私に向けて、再び視線を手元に戻しながら彼女は言う。

「……空いたよ……紫萌…ちゃん」

私の言葉に霜澤さんは携帯を操作していた手を止める。
昔、病院で会い手紙をくれた人の名前、「字廻紫萌」は「霜澤鞠亜」のアナグラム。
あのカタカナを見た時に感じた違和感は、字廻紫萌って名前について調べていた時期があったから。

「……どうして黙ってたの? 病院で会ってたこと……そっちは覚えてたんでしょ?」

今まで、霜澤さんの行動や言動に違和感を感じたことがあった。
その理由がきっと私の事を覚えていたから……。

「覚えてた……けど、言う必要もないでしょ、狼さんにとっては恥ずかしい思い出でもあるし」

「っ……そう、だけど……」

「終わりよ、お・わ・り! 別にどうでもいいじゃない。昔ちょっと話したからって、今は他人なんだしっ」

他人……そう言われて私は胸が痛んだ。
確かに、私は覚えてなかった。思い出したから友達なんて都合のいい話……。
あんなにあの手紙を大事に持っていたのに、霜澤さんと再会したとき思い出せなかった私に腹が立つ。
だけど……。

「……私は思い出す前から……と、友達くらいには思い始めてたけど……」

「あ…ぅ……せ、精々知り合い…くらいでしょ?」

……。

「……じゃあ、友達になってよ紫萌ちゃん」

「なっ! ――っていうか、紫萌ちゃん言うな!」

――……いや、待って、そもそもなんでアナグラムにしてたのよ! ちょっと変なとこあるし中二病的な?
でも、言うなって言われても……思い出してみると霜澤さんは紫萌ちゃんなわけで、また呼び方を霜澤さんに戻すのもなんか……。
と、友達でいつまでも苗字にさん付けって言うのも……いや、変ではないけど……でも――

「……だったら霜澤の霜で……霜ちゃんということなら……」

一体なにが「なら」なのか……よくわからないけど、折角思い出せたのだから仲良くなりたい。なぜだかそう思った。

霜ちゃんは困った顔をした後視線を逸らす。
そのあと口を開きかけて、一度大きく嘆息してからもう一度口を開いた。

「もう好きにして……さっさと案内しなさいよ」

そう言われて私は席に案内する。
注文を聞こうとすると、私に喋る隙を与えずコーヒー券を押し付けるようにして渡される。
なんだか、折角思い出したのに私だけが妙に空回りしてるみたいで――

「ボクは今まで通り態度を変えるつもりないから……」

私が席を離れる時に背中に投げかけられた言葉に視線を霜ちゃんの方へ向けるとこちらを見ていなくて……。

……。

私は何も言えずその場を離れる。
「態度を変えるつもりないから」……そう言った霜ちゃんは以前より冷たく、そして遠く感じられた。

690事例17「高倉 悠月」と駆け引き。5:2020/01/16(木) 07:30:52
――
 ――

しばらくして、弥生ちゃんが帰ってくる。
私が声を掛けると、なぜか妙に動揺していて――……もしかしてちょっと失敗した?
そこまで切羽詰まっていたようには感じ無かったが『声』が聞けなかった以上、正確にはわからない。
まさかスカートを捲るわけにも行かないし……真相は分からず仕舞い。

そして、どうにか客入りも落ち着いてきて、まゆが戻ってきたことで人数も通常通りになり私は抜けることにする。
結局途中理由を付けて抜け出していたとは言え、かなり長時間、着慣れないメイド服を着ていた為か少し疲れた。
メイド服から制服に着替え、手を上にあげ軽く背筋を伸ばす。

――っと、今更したくなってきちゃった……。

仕事の忙しさで意識から外れていた為か、大事なところで来てくれなかった尿意は今になってそれなりの大きさで主張してくる。
これからどうするか……折角の尿意、『声』を聞くためにもう少し我慢するか、もう今日は止めにするか……。

――……あ、そういえば雪姉、結局うちのクラスに来なかったなぁ……折角無視してあげようと思ってたのに……。

しばらくいなかった時に入れ違いになってる可能性は十分あるけど、ちょっと寂しい気分になる。
嘆息しつつ、更衣室から出る。

「あ、委員長ってコーヒー班だったよね? ちょっとコーヒーの味見て貰って良い?」

余り交流のないクラスメイトから声を掛けられ、コーヒーを差し出される。
委員長と呼ばれることは割と珍しくて……多少は委員長としてクラスメイトに認められて来たのかもしれないが、当人である私は正直どうでも良かったり。
それにしても、味見するほどのものでもない気がするけど、私は差し出されたコーヒーを飲む。……――うん、全然わからない。

「……うん、大丈夫だと思うよ?」

「そっか、私って不器用だから、なんか間違ってるかもって思っちゃったら心配になっちゃって! ありがとね!」

私の適当な答えに、元気よくお礼を言ってくれる彼女に少し驚きつつ返事を返す。
一口飲んだコーヒーを返そうと思ったが、客に出すわけにも行かないし、結局私はそれを持って廊下に出る。
あんなに普通に話しかけてくれるとは……まゆはもちろん、最近瑞希ともよく話すようになったおかげかも知れない。

手に持ったコーヒーを飲みながら、とりあえずトイレに視線を向け、『声』を確認する。

――……『声』はあるけど……全然切羽詰まってる『声』じゃないかな?

私自身の尿意についてもまだ余裕はある。
折角の文化祭、とりあえずどこか回ってみてもいいかもしれない。
星野さんと回った場所以外だとこの棟の二階と三階がまだ回っていない。
後はプールを使ってるバカンスカフェ、図書室や美術室――――何してるか知らないけど――――と言ったところか。

二階と三階は正直学年が違う教室と言うこともあって一人じゃ回りたくない。バカンスカフェも一人で行くのはハードルが高い。
自分の教室を覗き込むと、客の中で知り合いは霜ちゃんだけ……一緒に回りたくはあるが、霜ちゃんは携帯を弄ってゆっくりコーヒー飲んでるし、軽食まで追加で注文している。
どうもしばらく出てくる様子はない。それ以前に、あの冷たい態度……断られるかもしれない。

――はぁ……図書室方面にしておこうかな……。

コーヒーを飲み、歩を進めながら考える。
図書室だと、図書委員や文芸部? そもそも出し物してるのかどうかも把握していない。
出し物をしているものとして考えると、この辺りの歴史とか、お勧めの文庫本とか、そういったものだろうか。

691事例17「高倉 悠月」と駆け引き。6:2020/01/16(木) 07:32:10
道中、途中で空になったコーヒーの紙コップをゴミ箱に捨てて、目的の図書室に到着する。
周辺にあまり人の気配がない。文化祭でお祭り騒ぎのはずなのに、遠くで聞こえる喧騒は何とも言えない趣があるというかなんというか。
私は図書室の引き戸に手を掛け、力を籠める。

<ガラガラ>

中に入り軽く見渡すが、まずカウンターには誰もいない。入ってすぐの長机にはお勧めの文庫本……大体の予想通りだが、管理者は不在。
委員や部活以外にもクラスでの出し物がある以上、手が回らないのかもしれない。
私は、適当に文庫本を眺めて――

「あ」

誰もいないと思っていたところに声が聞こえて、私は驚き、視線を声のした方へ向ける。

「綾菜さん……だっけ?」

数歩入らないと本棚で見えない位の位置にいたのは、午前中に会った雪姉の友達と言っていた名前も苗字もわからなかった背の低い方の人。
ノートや教科書を広げて恐らく勉強しているらしく――……なんで勉強?

「……は、はいそうですけど…………勉強…ですか?」

彼女は頷くでも首を振るでもなく、持っていたペンを置いて手招きをする。
私はそれに従い歩みを進め、彼女の座る4人席の机の前まで行く。
机に広げてある教科書やノートは如何にも大学で使ってそうなもので、難しそうなものばかり。

「……えっと……」

なんで呼ばれた? それをどう聞けばいいのかわからなくて言葉に詰まる。

「あ、えっとさ……時間ある?」

私はその問いに小さく頷きで返す。
彼女は丁度良かったと安堵の声を出してから少し申し訳なさそうに口を開く。

「私にテスト勉強の仕方教えてほしんだけど?」

――……はい?

「無理して良い大学入ったのはいいものの、難しくて……美華は――あ、美華って言うのは私と一緒いた子のことで――」

話すのは苦手なのか話が前後したりして、わかりにくいが、状況を説明してくれる。
要約すると、大学の講義についていけない、テスト難しすぎ、範囲広すぎ、美華さんには入学の時散々迷惑かけていたから頼りたくないと言った内容。

「それで、なんで私が……大学の勉強を教えれるほど――」
「いや、こうなんて言えばいいのか、テスト勉強の秘訣を知りたくて……雪に聞いたらそういうのは妹の方が適任って言ってたし」

――雪姉……勝手な事を……。

でも、雪姉に教えて貰うって言うのは確かに無理な話だとは思う。
雪姉はサヴァン症候群を疑うほど勉強に関しての記憶力が凄まじく、教科書を数回流し読みするだけで何ページにどんな内容が書いてあったのか大体覚えられるくらいだし。
そんな雪姉の勉強法とか全く参考に出来ない。「教科書とノート全部覚えたら大体わかるよ」とかいう人だから。
その割に、私より人の顔や名前を覚えるのが苦手とか……どういう頭の構造してるのか本当に謎。

692事例17「高倉 悠月」と駆け引き。7:2020/01/16(木) 07:32:59
「だからって……秘訣って言われても……」

「雪から聞いた話だと、テストに出そうなところがわかるとかなんとか……」

「……いや、それ、先生の授業直接受けてるから大事そうな場所とかテストに出したそうな場所に見当が付くだけで、秘訣でもなんでも……」

机の上に置かれたノートや教科書に視線を向ける。
そもそも、内容が理解できないものを教えれるのか――……でも、割と綺麗にノート取ってる……。
教科書にも付箋だったりマーカーで線が引かれてたり……どうしてこれで点が取れないのか……。

――……トイレにも行きたいし、あんまり時間取られるのも……
お昼にサンドイッチと一緒にコーヒー飲んだし、その後も追加で結構飲んだし……。

「やっぱ、だめですか……」

そう言って彼女は机の上に置かれた500ml以上はありそうな大きさのタピオカミルクティーらしきものを太いストローで飲む。
そういえば、そんなの中庭の隅で売っていた気がする。

……。

――……500ml……かなり多いよね? ミルクティーって紅茶だし利尿作用もそれなりにあるだろうし……
タピオカが入ってるとはいえ、ミルクティーだけで500mlくらい普通にありそう……。
今はトイレに行きたいとは思ってないみたいだけど、それは時間の問題だし、話すの苦手そうだし、教えて貰ってる立場上席を外し難いだろうし……。

自身の尿意と天秤に掛けて考える。
確かにコーヒーは沢山飲んだけど、1時間や2時間で我慢できなくなるほどじゃないと思う――……だったら――

「……わかりました…役に立つかは保証できませんけど、それでもいいなら」

「っ! ありがとう……自分で言うのもなんだけど…明らかに年下に頼むことじゃないのに……」

変なことだって気が付いているなら、もっと大学でなにかしら方法がありそうな気がするけど。
とりあえず、断りを入れて彼女のノートを手にする。
さっき開いていたページ以外も綺麗に色分けされたりして、上手くノートは取れてると思う。
内容はよくわからないことばかりで範囲も広いが、重要そうな場所はなんとなくわかるし、割と苦労せずに教えられそうな気がする。

――でもまぁ、彼女の『声』が聞こえるまでは何も説明せずに時間稼ぎ……かな?

時折気が付かれないように視界の隅で彼女の様子を窺うと、
私が読んでいる間、手持無沙汰になるためか何度もストローに口を付ける。

身長は私よりも低いくらいだけど、恐らく私よりも3つ年上の女性。
大人な我慢を見せてくれるのか、身長と同じくらい子供っぽいところを見せてくれるのか……割と気になるところ。

――……大人なんだし……流石に間に合わなくなる前には……言うよね?

勉強を教えている間彼女が言い出せない可能性を考えながら、自分を納得させる言い訳を考える。
子供じゃないんだから、言い出せないのは彼女の責任……実際そうかもしれないけど……。

『ん…トイレ……そういや10時くらいに行ったっきりだったっけ?』

――っ……『声』…聞こえた……。

『声』が聞こえただけで、期待が膨らみ、ドキドキして。
色々思うことはあるけど、実際『声』が届くとやっぱり私はこれが好きなんだと強く自覚する。

視界の片隅に見えるタピオカミルクティーは、もうほとんど空で……そろそろノートを見るのをやめても良い頃合い。
私はノートを机に置いて、正面にあった椅子を彼女の斜め前に移動させて座る。

「なんでざわざわそっちに?」

「え……だって、教え難いじゃないですか?」

半分くらいは本音。残りの半分は正面だと机が邪魔で見たいところが見えないから。

「あーそうか、……なるほど?」

――……? なんだろ、理解してもらえた感じはしたけど、何か違和感持たれたような?

私の行動理由は理解して貰えたが、別のところに何か納得のいかない事がある……そんな感じの態度。
その態度に対して何かリアクションすることは藪蛇になりかねないので、何食わぬ顔で話を続ける。

「……えっと、まずは先生がどんな感じで授業してたのかとか聞きたいんだけど――」

ノートからだけでは読み取れない部分を出来る限り聞き出す。
板書していないことをテストに出す天邪鬼な先生だっているし、口頭でも大事な話をする先生だっている。
そういう情報を読み取ることが出来れば、テストに出す範囲がある程度絞れる。

その作業を何度か繰り返し、ノートのテストに出そうな部分をマーカーで囲っていく。

693事例17「高倉 悠月」と駆け引き。8:2020/01/16(木) 07:34:07
――
 ――

『あー……こんなにしたくなるなんて……まだ、もうちょっと平気だけど……』

しばらくして彼女の『声』に少し焦りが見え始める。
だけど――

――……っ……私も流石にコーヒー飲み過ぎた……。

弥生ちゃんの『声』を聞くため、早く尿意が来るように多めに飲んでいたのが完全に裏目に出てる。
結局あの水筒に入っていたコーヒーの大半は私自身で飲んでしまったわけで……その上、味を見るために更にコーヒーを追加で飲んでる。
だから今、この状態に陥ってるのは至極当然な話。
図書室に入ってから50分弱……飲み過ぎたと言ってもあの水筒に入るのは精々1リットル、トイレも一度は済ませている。
利尿作用が高いとはいえ、水分を大量に体内に入れたわけではないので、このペースで尿意が膨らみ続けるわけではないと思う。
それでも、あと1時間我慢出来るかと問われると自信がない。

……。

彼女もあれだけの量を飲んだのだから近いうちに強い尿意に襲われることになるはず。

――……とはいっても、座った位置はちょっと失敗だったかな……。

机の角が二人の間に来るように座ってしまったので相手の足が見やすいのはいいけど、同時に私の足も相手に見えるわけで……
たまに少し動かして、きつく足を絡める……この程度なら――

『はぁ…私も我慢してるけど……この子も我慢してる?』

――っ! うぅ…鋭い……断定してる感じじゃないけど……でも、感付かれているならキリの良いところでトイレに行くべき?

今見てるノートはもうすぐ終わる。
さっきよりも仕草に出さないように意識して我慢するが……仕草を抑えれば抑えるほど、尿意は膨らんで行くように感じる。

「――と、こういう感じでテストに出そうな範囲を絞って
言い方は悪いけど山を張って、そこを完璧に出来る様にしておけば、最低限の点数は取れると思います」

彼女は私の言葉に頷き、ノートを見る。
次の教科に入るにはちょっと私が無理な気がしてきた……我慢出来ないというわけじゃないが、仕草を抑えれる自信がない。
テスト範囲の絞り方はある程度教えれたと思うし、これでお開きでも問題な――

「うん、それじゃ次……この講義が一番心配で……」『まだ、こっちはそんなに辛くないし……』

――っ……この人、自分も我慢してる上、私の我慢に感付いてるのに……。

ありえない。普通そういう行動は取らない。
明らかに私は話を終えようとしていたし――……それに、「こっちは」って……私の事なんて関係ないみたいな言い方?

……。

違う……さっきのニュアンスはそうじゃなかった。
関係なく思ってるんじゃない、どちらかと言うとむしろ私に何かを期待してる……それは多分、私が我慢できなくなることを期待してる?

694事例17「高倉 悠月」と駆け引き。9:2020/01/16(木) 07:35:17
「……わかった、それじゃまたノート見せて下さい」

私は彼女の前にある次のノートを何食わぬ顔で手にする。
もしかしたら、この人も私と同じ観察者側……だから、私が尿意を感じているのを敏感に感じ取れていて、それを観察しようとしている。

……。

仮にそうだとしても、彼女は私が事前にどれだけ水分を取っていたか知らないはず。
逆に私はある程度知ってる、彼女がどれくらい飲んだかを、今どれくらいの尿意を感じているのかを。
図書室に私が来た時、彼女の飲んでいたタピオカミルクティーは殆ど減っていなかった。
それは勉強の為に私が来る少し前に持ち込んだ飲み物だから。
私たちのクラスのコーヒーを飲んでから随分時間が空いてるし、割とどこにでも飲み物が手に入る環境ならその後も何か飲んでいるはず。
お昼も挟んでいるから水分の摂取がなかったという方が不自然な話。
それに加えてトイレを最後に済ませたのは10時……。

観察されることに抵抗は当然ある。観察してる立場を知っているからこそ相手にそれを観察されるというのは余計に意識するし不快な事。
それでも……多分このままいけば私のが優位に立てる。もちろんそれは相手が一般的な我慢強さだった場合ではあるが。

恥ずかしいから仕草は極力抑える。観察は可能な限りさせない、されたくない。
私はノートを置いて、彼女に説明を促す。

「あ、うん、ここは――」『平然としてる? 我慢してると思うんだけど、口から少しコーヒーの匂いもしてたし……私のが我慢してるとかじゃないよね?』

説明しながら私を観察しているらしく……いつも私がしてる側だと思うと最低な事してるってよくわかる。
匂いで少し前にコーヒーを飲んでいることがバレてるのは想定外……。
私は説明を聞きながら仕草に出さないように平静を――

――っ……ぅ、波……見せない…表情に出さない、仕草にもっ……――

そうは思うが、すぐには引かない尿意の波にどうしても足に力が入ってしまう。
気が付いたような『声』は聞こえてこないが、今私は彼女の観察に意識を割いているわけじゃない。
『声』が聞こえないのは彼女が気が付いていないからなのか、波長が合っていないからなのかわからない。

――うぅ……宥めたい……足を揺すったりとか押さえたりとか……っ……はぁ……だ、大丈夫……落ち着いてきた……。

「――聞いてますか?」
「え! う、うん……大丈夫です」

やっぱり現時点で追い詰められてるのは圧倒的に私の方。
でも、相手の『声』だって――

『ん……頑張るな…この子……私も結構したくなってきたのに……』

確実に彼女の『声』は大きくなってる。
私が8割とするなら、彼女は6〜7割……確実に差は縮まってると思う。

「そういえば、妹さんって雪の趣味の事……知ってたりしますか?」

――っ! え?

急にそう質問した彼女の言葉に一瞬思考が止まる。
趣味……彼女の言う趣味って……。

「……いえ、姉に趣味なんて……ありましたっけ?」

「……や、どうだろあれは…趣味とはいえないかも?」

私の態度を観察した上で今の話はなかったことにしてと言わんばかりの返し……。
彼女は多分知ってる……雪姉の秘密……。

――わ、私だけが知ってる秘密なのにっ! というか雪姉、この人に観察されてる?

大学での雪姉を私は知らない。なんだか無性に悔しくなる。
私の知らない今の雪姉をこの人は知ってるかもしれない……。
もしかしたら観察どころか……同意の上での――……いやいや、ないでしょ? ……ないよね?

695事例17「高倉 悠月」と駆け引き。10:2020/01/16(木) 07:36:37
「……そう…それでノートの続きだけど――」

私は乱れに乱れた心を騙す様に平静を装い、彼女の前に置かれたノートを指差しながら重要な場所の説明をする。
ただいくら机の角とは言え、少し身を乗り出して説明しなきゃいけないのは、今の尿意だと厳しい。
左手はスカートの上……前じゃなく膝の上で硬くこぶしを握り最小限の仕草で抑える。
だけど、その仕草は見る人が見ればきっとわかってしまう……。

『ふぅ……大丈夫、この子の方がずっと我慢してる……必死に隠してるけど、隠しきれてないし……うん、良いじゃない、可愛いじゃない……まぁ、美華には劣るけど』

――っ! か、かわっ――! だめ……動揺しちゃだめ、ていうか美華には劣るって……我慢してる姿がってこと?

美華さんは彼女と一緒にいた人の事。
雪姉だけじゃなく、この人は――……ま、まぁ……私も大概酷いけど。

観察されてるだけでも辛いのにその『声』が聞こえるのは本当に居た堪れない。『可愛い』とか言わないで欲しい。
正直なところ逃げたいという思いが強くなる……だけど、やっぱり色々悔しい。
僅かな仕草を見破られ観察され楽しまれていることも、雪姉の秘密の事も。

だけど、こういう相手だったら、私も罪悪感を強く感じずに追い詰められる。
私自身、『声』を聞くために自分が失敗することは自業自得だと思ってる。
だから、私を観察するために自分の尿意を棚に上げた彼女が、もし失敗したとしてもそれは自業自得。
さっきの『声』からも余裕がなくなってきていたのは読み取れた。
彼女が『言う』様にまだ私の方が辛い状態なのは事実……でも相手がそう思っているからこそ立場が逆転されるだなんてきっと思ってもいないはず。

私は少しキリが良いところで小さく嘆息して椅子に座り直して彼女に問いかける。

「……あの、さっき飲んでたタピオカミルクティー? あれってトイレに行きたくなりませんか?」

「え、あぁ……確かにティーっていうくらいだし」『なってる、なってる……でもそれ私に行きたいって言わせたいだけでしょ?』

そう思ってくれて構わない。
まだ自分が優位に立ってるって思って貰った方が都合がいい。

「まぁ、まだしたくないし、教えて貰ってるんだからキリが良いところまで行ってからでも全然平気かな」
『言ってあげないよ? したくないって言うのは流石に嘘だけど、まだ私は我慢出来る……でも貴方はどう? 無理でしょ? この話続ける? それとも本音で?』

……。

「……そうですね、折角なのでこのノートを終わらせましょう」

『っ! ……この子正気? 雪の我慢趣味の事知ってるみたいだし……まさかこの子も?』

――違います! 同じ変態でも私は観察者側っ! ……それと動揺を見せたつもりなかったんだけどなぁ……雪姉の事思いっきりバレてる……。
……というか今の……『聞こえた』のはちょっと意外……。

さっきの『声』は小さかった。
恐らく尿意からの『声』ではなく、相手への強い興味からの『声』。
尿意ほど、ストレートに感情の影響を受けた『聞き』取りやすい波長――――慣れてるから余計に聞き取りやすい――――ではないけど
今のが『聞こえた』ということはお互い相手の事を分析しようと必死で……。

『声』が聞こえたのは自身が優位に立つ上で重要な事だけど、本当に聞きたいのは彼女が尿意に追い詰められた『声』。

696事例17「高倉 悠月」と駆け引き。11:2020/01/16(木) 07:39:11
私が食い下がるって思っていた彼女。
もしかしたら、私が尿意を告白してくるんじゃないかと期待していた彼女。
彼女の「まだしたくない」って嘘は、私に恥をかかせた上で二人でトイレに行くという結果を想定して使った言葉。

『はぁ……落ち着いて……限界になったら流石に言うでしょ? っ……じゃなきゃちょっと困るかも……』

――……したくないって言ったけど……したいでしょ? あんなこと行っちゃった手前、仕草なんて易々と出せないよね。
……んっ…そうは言うけど……私も……っ……だめ、まだ大丈夫……。

押さえたい……。だけど、彼女の行動にも仕草が見え隠れし始めてる。
ノートを指差しながら視線だけを足元に向けると、ミモレ丈のジャンパースカートが揺れしっかりと閉じ合わされた足が確認できる。

「だ、大丈夫? ちょっとさっきから苦しそうに見えるし、息も少し荒いし?」『足ももじもじさせてるし、……そ、そろそろ限界でしょ?』

――っ!

「い、いえ……平気です、私普段から余り喋りなれてなくて……」

仕掛けてきたのは彼女。
彼女の仕草を見ながら私も同じような仕草をしていたらしい……。
それに……僅かな息遣いまで……。
私の言い訳は正直苦しいが、ちゃんとした言い訳をしたところで結局はバレているわけで、この際どうでもいい。
それよりも、私にトイレに行かせようと必死になってることの方が重要……私に恥ずかしい台詞を言わせようとしているだけじゃない。
彼女が尿意を抑えきれなくなってきてるから、私を利用してトイレ休憩に持ち込もうとしてる。

「続き……いいですか?」

「え……あ、うん……お願いします」『っ…何でっ……まだ我慢続けるつもり? 本当にこのノートが…っ……終わるまで?』

私からは仕掛けない。
さっきのタピオカミルクティーの話題が私から出した唯一無二の攻撃のつもり。
彼女が言い出し難い状況を作って、私がトイレ休憩を取らなければ――……見せてくれるよね、可愛い仕草。魅力的な『声』。

『っ……どうしよ……ほんとに我慢辛く……っ! ……まさか…この子私がしたい事知ってて?』

どうやら私の思惑に気が付いたらしい。
彼女…さっきから薄々わかってはいたけど勘が鋭い……。

『っ……我慢してること自体が嘘というわけじゃないはず、だけど……んっ…もしかして、もう私の方が限界に…近い?』

私から見ても正直わからない。
両方8割を越えてるくらいだとは思うが……だけど、同じくらいなら多分先に限界になるのは彼女の――

――んっ! だめ……あぁ……だめ、やっぱこれ、私のが…限界に近い…かも……っ、はぁ…っ……。

大きな尿意の波に足を大きく擦り合わせ、だけど押さえるのだけはどうにか踏みとどまる。
それでも、押さえずに我慢してるせいかなかなか宥めきれない。

「っ! トイレ行きたいんでしょ? 一旦休憩にしようか?」『っ…どう? 流石に今の状態でも、続ける選択が出来る?』

此処がチャンスとばかりに彼女は私に休憩を提案する。もちろん私を理由に。
尿意の波の真っ只中――……トイレに行きたい……凄く行きたい。けど、だけど――

「い、いえ……ちょっと足が…疲れて……動かしたくなったっ…みたいな……」

「……っ! 正気? わかってるよね、そんな苦しい嘘バレてるって」

……。
分かってます。
このやり取りを続けるのにはもう無理がある。
ここまで派手に恥ずかしい姿晒してこれ以上続けるのは、もはやただの我慢大会――

697事例17「高倉 悠月」と駆け引き。12:2020/01/16(木) 07:40:50
<ガラガラ>

――っ! な…んっ……だめっ……!

私は慌てて前を押さえる。
尿意の波を宥めきれない中、図書室の扉が開く音に不意を突かれて――

――……だ、大丈夫……漏れてないよね? 今のは不意を突かれた……だけだし。
それより今の音って……。

私は押さえたことで波が治まるのを感じて、ゆっくり手を前から離し、図書室の入り口の方へ視線を向ける。

「あ! 見つけた!」

私と視線が合い声を上げて駆け寄ってくるのは――

「ゆ、雪姉!」

抱き着いて来ようとする雪姉に私は慌てて右手を突き出して、拒絶する。

「わっ……もう、久しぶりでサプライズなのにつれないなぁ……」

私の手に驚き足を止めて、不満そうな顔をこちらに向ける。
今抱き着かれたら、本当に危ないかもしれない……。

「あ、悠月……」

雪姉は私から視線を外すと、さっき勉強を教えていた彼女に気が付き声を出す。
悠月(ゆづき)……今更だけどそれが彼女の名前らしい。
名前を呼ばれた悠月さんはと言うと……教科書やノートを慌ててカバンの中に詰め込んでいて――

「悠月、勉強してたの?」

もう一人の雪姉とは違う声が聞こえて……。

――……そっか、さっきこの人には迷惑かけられないって……。

「み、美華……これは一通り回り終えて時間あったし…ちょっと復習しておこうかなって……っ」『こ、こんな時に…ダメ…これ波……っ……』

そろそろ限界でトイレに行かなきゃいけないタイミングでの今の状況。
特に悠月さんは今の状況に激しく揺さぶられたらしく、片手がスカートの前を押さえていて――……可愛い。

「悠月? あ! ふふ、へーそうなの?」『悠月……我慢してるんだ、綾菜ちゃんの前で言えなかった? 今日は私が意地悪しちゃおっかな?』

――っ! 美華さん?!

急に美華さんから聞こえた『声』。
私と同じく可愛いと思う『声』……それに『今日は』ってことはいつもは立場が逆という事?

「ねぇ綾ー、私、綾のクラスで割と待ってたんだけどー」

「っ! くっつかないで! わ、私だってずっと店番してるわけじゃないしっ」

いつの間にか後ろに回り込んでいた雪姉が、私の胸元を抱くようにして話しかけてくる。
そんな雪姉に驚き、慌てて離れるように言うが一向に離れない。

「ん、あれ?(もしかしてトイレ我慢してるの?)」

……。

私は顔が熱くなっていくのがわかる。
スカートの裾を握り締め、小さく震えていたのだから気が付いて当然。
いつも我慢してる側が今我慢してなくて、観察側の私や悠月さんが我慢してる……。
我慢してるだけじゃない……観察されちゃってる……。

698事例17「高倉 悠月」と駆け引き。13:2020/01/16(木) 07:41:45
私は雪姉の手を振りほどくようにして立ち上がる。
立ち上がってみると身体が伸びて下腹部が硬く張り詰めているのを嫌でも感じる……。

「……う、うん、ちょうど悠月さんと一緒にトイレ行こうかって話してて……」

私は悠月さんに目を向ける。

「っ……そ、そう……そういう話してた…ところ」『ダメ、本当に…んっ……早くトイレ……』

辛そうにしながらも悠月さんは出来る限り平静を装い――――装えていないけど――――私の言葉に同調して立ち上がる。
さっきまでは二人で意地の張り合いのようなことをしていたが、今はそうも言っていられない。
誰かの我慢は見たくても、自分の我慢は見せたくないもので……。

「悠月、カバン私が持ってあげるね」『思った以上に限界近そう? そんな押さえちゃって……もしかして間に合わなかったり?』

「綾は? 私もカバン持とうか?」『綾も悠月も可愛いなぁ……二人して言い出し難くて我慢してたのかな?』

二人が私たちに向ける『声』……美華さんの方はそれほど私に関心がないのかもしれないが、二人とも少し楽しそうで……。

「……ゆ、雪姉…私は大丈夫」

カバンの中にはもう着替えはないが、ハンドタオルはもうひとつ入れてある。もしもの時のため手元に欲しい。
それに悠月さんのカバンは教科書やノートで重いのだろうけど、私のはそうでもない。

「っ……はぁ……んっ……」『ほんとに不味い…私こんなに……こんな姿見せて……っ……それにこの二人……変態のくせに絶対楽しんでるっ……変態のくせにっ!』

変態の下りは私も完全同意。
それと、立ち上がったことで悠月さんも今の自身の状態に改めて気が付く。
私が我慢していたからそっちに意識が逸れていたのかもしれないし、単純に座っていたことで安定していたのかもしれない。
『声』の大きさからみても、そう長くは持たないほどに尿意が膨れ上がってるのがわかる。
私も危ないことには変わりないが、衝撃とか不慮の事が起きなければもう少し我慢出来そうではある。

――……んっ…はぁ……大丈夫。
……色々予定外の事起きてるけど、悠月さんの必死な我慢は見れたし……うん、可愛い……っ…可愛いけど…と、とりあえずトイレっ……。

図書室から近いトイレは階段を下りてすぐの昇降口近くのトイレか、長い廊下の先の更衣室前のトイレ。

「えっと、昇降口の方が近いかな? 更衣室の方は個室は多いけど、体育館も近いから混んでるかもだし」

「……そ、そうだね」

私は足踏みしたいのを必死に抑えながら雪姉の言葉に同意で返す。
雪姉と美華さんが図書室から出る動きに合わせて――――私たちが恥ずかしがってるのを見て、気を効かせて先頭へ行ってくれた?――――私と悠月さんはその後ろをついて歩く。

「はぁ……っ……んっ……」『だめ、治まんないっ……なんで? あぁ……本当にもう……』

隣で少し前屈みで歩く悠月さん……。
必死に荒い呼吸を抑えて、治まらない尿意に焦った表情を見せて……。

――……本当に…可愛い……けど、限界なんだ……っ、私も、似たような感じ……だけどっ!

彼女から視線を外して前の二人が見てないのを確認してスカートの前に手を添える。
図書室を出る少し前に一度落ち着いた尿意が膨らみだすのを感じる。

699事例17「高倉 悠月」と駆け引き。14:2020/01/16(木) 07:42:28
『んっ……妹さんも限界? あっ……ダメ、もれっ……んっ…ふっ、ふぅ…はぁ……』

隣から可愛い『声』と恐らく押さえてるところを見られた反応をされるが……私ももう前は離せない。
個室が一つしか空いてなかったときどうしよう……トイレ前でちゃんと我慢できるかと問われると正直自信がなくなってきた。
悠月さんのが年上なので体裁を気にして順番を譲ってくれるかもしれないけど――……私が先に入ったら悠月さんは?

……。

階段を下りる。下腹部に負担を掛けないように慎重に。
悠月さんも隣で手すりを持ち、額に汗を滲ませながら険しい表情で……。

階段を下り終わるともうすぐ……だけど――

――……っ! 今二人…トイレに入って……。

階段を降りて昇降口の方に歩みを向けた直後、前を歩く雪姉と美華さんの間からそれは見えた。
此処のトイレは個室が二つと少ない。
利用者もほとんどいないので普段はそれほど気になるようなことでもないけど。

――あの二人以外に…先客が、いなくても……個室が開くまで、順番待ち……っ…ダメ……っ!

もうすぐだったトイレ、その油断から尿意の大波が私を襲う。
もう少し大丈夫だと思ってた、だけど椅子に座っての我慢を続けていたのは悠月さんだけじゃなく私も同じで。

――っ……そ、それだけじゃないっ……その前のトイレも…我慢しすぎてたからっ…んっ……や、これっほんとにっ……!

急激に切迫する感覚に私は焦る。
図書室での仕草を必死に抑えていたのも良くなかったのかもしれない。
押さえず宥めるようなこともせず、括約筋の力だけで必死に耐えていたせいで我慢が効かなくなってきてる。

トイレに駆け込んで済ませるくらいなら何とかなるかもしれない。
だけど、順番待ちは確定していて更には私か悠月さんのどちらかは、さらに待たなくちゃいけない。

「……っ」『あっあぁ……でちゃっ――っだめ、まだっ……で、でもさっき…人がっ……む、無理かも、私、ほんとにもうっ……っ』

隣で『声』が聞こえる。
今にも溢れそうな……もしかしたら少し溢れてしまっているかもしれない『声』。
このままじゃ、私も悠月さんも……。

私は前の二人に視線を向ける。
二人はお互い健全な一般人としての体裁を保つためなのか、こっちを見ずに前を見ながら二人で話しながら歩いてる。
このままついていけばすぐには空かないトイレ……。

私は視線を渡り廊下に移す。
私のすぐ横……教室棟に向かうための渡り廊下――

――っ……き、緊急事態だからっ!

私は隣で歩く悠月さんの肩を二回軽く叩いて、前の二人に気が付かれないように渡り廊下へ。
このまま教室棟のトイレまで? 違う、そんなのトイレが混んでいたらそれまでだし、そもそも教室棟まで間に合わない可能性だってある。
教室棟の方が人は多いし、こんなあからさまな我慢姿で行けるわけがない。
……中庭を一望できる渡り廊下だけど、その反対側には植木が校舎を囲むようにして植えられてる。

「(っ……い、妹さん? んっ――)」『っ…な、なに? トイレあるの? っ……はぁ、ダメ……早くはやくしないとっ本当にっ…ああぁ……』

後ろから小さく声を掛けられるが、説明してる余裕は私にはないし、それを聞く悠月さんにもない。
ただ、私は「こっち」と小さく答えて、渡り廊下を外れ、植木の内側の犬走りを歩き出す。
恐らく校舎の壁の向こうには雪姉や美華さんが居て今頃私たちが居ないことに気が付いてる。
そして、進行方向のこの壁の向こうは……私が間に合わないと判断したトイレ。

700事例17「高倉 悠月」と駆け引き。15:2020/01/16(木) 07:43:14
「(ちょ、ちょっとっ…あ、ま、まさか…んっ……こ、ここで?)」『あ、あぁ、ダメちょっと、あぁっ…んっ!』

後ろから制服の袖を引っ張られて振り返るとスカートの前を必死に抑えた悠月さんが居て――

――……か、可愛――っ! あ…んっ……そ、そんな、事…言ってる場合じゃっ! あっ! あぁ! やだっ!

<じゅうぅ…じゅ……>

手で押さえるスカートの中……下着の中で渦巻く熱さ。
必死に押さえ込んでるのに……悠月さんへの説明もなにも出来てないのに――……ぁ、だめっ、こ、これ以上は! あ、あぁ、ああぁっ!

私は咄嗟に校舎に凭れるように中腰になってスカートをたくし上げる。
空いている片方の手で下着を――

「ぁっ! んぁ……」<じゅううぅぅうぅぅぅ――>

下着をずらして……悠月さんが近くにいるのに、中庭からの喧騒が聞こえるのに、すぐ壁の向こうに雪姉がいるのに、右手の壁の向こうはトイレなのに……。
しちゃってる……私、我慢出来なくて外で……『声』が聞きたかったが為に…我慢して、我慢して……でも出来なくて。

「(え、ちょ――っ! あぁ、や、待ってっ!)」

悠月さんの声に、意識を内面から外へ向ける。
今も恥ずかしい音を響かせてる私だけど、隣にはまだ我慢を続けている悠月さんが居る。
必死に押さえて、足踏みさえできないほどに追い詰められている姿……。
それは、おもらし数秒前――

――っ! し、染み? もう、始まってる!?

「(ゆ、悠月さん! は、早く捲って――)」

押さえ込まれたスカートの前が色濃く染まり始めているのを見て、咄嗟に声を掛ける。
下着をずらしながら、恥ずかしい熱水を迸らせてる私が多分悠月さんの止めを刺したのだと思う。
悠月さんは私の声が届いたのか片手を離しスカートに手を掛けるが、膝丈以上もあるスカートは慌てた手つきでは上手く綺麗に上がらない。

「あ、あっ…あ…っ!」

足元のコンクリートで出来た犬走りに、恥ずかしい雫を落とし濃い斑模様を作る。
黒いタイツを伝い、スカートの内側を伝い、押さえ込まれた場所から染み出して。

「だ、だめっ〜〜〜っ」<じゅぃぃぃ――>

足元に落ちる雫が流れに変わり始めた直後、スカートの両脇を両手で吊り上げてしゃがみ込んだ。
当然両手はスカートを吊り上げているため、恥ずかしい音は下着の中でくぐもった音を発していて……。

「はぁ……はぁ……っ…はぁ……」

スカートには大きな染みと流れた跡。
タイツも下着を履いたままで……。
もう少し早くタイツと下着を諦めてしゃがんでいればスカートへの被害は最小限に抑えられたかもしれない。
だけど、焦って、藻掻いて……だから――おもらしに……。

701事例17「高倉 悠月」と駆け引き。16:2020/01/16(木) 07:44:10
「っ……」

私自身が恥ずかしい状況な事も忘れ悠月さんのおもらしに見入っていたが、勢いがなくなり下着をずらした指に熱さが伝い始めて我に返る。
腰をさらに落として――……私も下着は――っ! え? あっ…す、スカートがっ……うそ、こんなに染みちゃってた?

視線を下げると今更になって自身のスカートも押さえ込んでいたところに拳ほどの染みがあることに気が付く。
此処についてから始まった先走り……思った以上に出ちゃってた……。

……。

――ご、誤魔化せるよね? 結構染み大きいけど……お、おちびりだよね、私のは……。

トイレではないけど、私は間に合ったと言っても支障ない程度の――

「(はぁ……結局二人とも…おもらしなんて……最悪……これ、どうしよ……)」

――っ……お、おもらし……っ……私も……。

隣から震えた声が聞こえて……。
私は下着から手を離してゆっくり立ち上がる。
……被害の大きさが違えど、認めたくはないけど、自分を誤魔化さずにスカートをちゃんと見れば、皺が出来た部分に大きな染み……確かにこれは……。

「(哀れだね、私たち……でも、ここに連れて来て…くれたのは……助かったかな)」

悠月さんは真っ赤な顔で、乱れた呼吸で、涙目のままだけど……それでも気丈に振舞い、スカートを手で揺らし雫を落とす。
そういえば椛さんも鈴葉さんも落ち着いてからは気丈に振舞っていたけど、年下には見せられない大人の意地みたいなのがあるのかもしれない。
私も悠月さんもあのままだったら多分トイレでおもらししちゃって、それを雪姉、美華さん……それに、トイレの中の人にも見られていただろう。

「(はは、ほんとバカみたい、二人して牽制し合って)」

「(……す、すいません)」

悠月さんは嘆息して、スカートのポケットからハンカチを取り出し後始末を始める。
当然、染みを消し去ることなどできはしないけど……。
私もカバンの中からタオルを取り出す。

「(さっきの感じだと、妹さんも雪と同じくらい我慢出来るの?)」

――っ!

後始末をしていると声を掛けられる。
こんな状況なのに少し楽しんでいるような声色で……。

「(……姉の…量まで知ってるんですか?)」

視線は合わせず後始末を続けながら質問を返す。
というか、悠月さん自身があんな状態だったのにも関わらず、私の量に関してちゃんと分析してるって――……お、音? 長さとか? 本当この人変態……。

「(雪はまぁ、たまたま聞こえた感じだと、かなり多そうかなって思っただけ……私は答えた、妹さんは?)」

……質問せずに無視すればよかった。
その返し方じゃ答えないわけには行かないけど、なんだか悠月さんが全然損してなさそうで……ずるい。

「(……姉の方が恐らく我慢出来ます……あんな趣味ですから)」

私が主語にならないように――――ごめん、雪姉……――――に言葉を選んで返す。悠月さんは「確かに」と相槌を打つ。
本当、雪姉とどんな関係なんだろう……。

702事例17「高倉 悠月」と駆け引き。17:2020/01/16(木) 07:45:00
……。

後始末も大体終わり、しばらく茫然と立ち尽くす。
「ここでしました」ってところに長居したくはないのだけど、染み付きスカートで校内を練り歩くって言うのも勇気がいる。

  「あ、あのっ、お久しぶりです」

私はその声に驚き肩を震わす。隣で悠月さんも姿勢落とし固まる。
渡り廊下からの声……一応私たちがいる場所はギリギリ死角になってるはずだけど……。

  「え、あ、でも夏休みにも一度あってるから――あ、はい、そうですね」

その声は誰かと話しているようだけど、相手の声は聞こえない。
恐らく電話……というか、この声って――

  「はい――、いえ、メイド喫茶ですね――――えぇ!? そ、そんな、可愛くなんてないですからっ!」

――……弥生ちゃん……だよね?

誰かと楽しそうに話す弥生ちゃん……。
学校の友達じゃない、親戚とか、中学の時の友達とかその辺り?

  「あはは……――はい、では明日……――はい、待ってますね、雛さん」

――えっ!? ……雛さん? どうして私の名前……。

違う、私じゃない。別人、同じ雛さんだけど……。

……。

思い返せば、弥生ちゃんは私のことを最初から『雛さん』と心の中で呼んでいた。
だったら、今のヒナさんは……私を雛さんと呼ぶことの元となった人物?

「(知り合い? まぁ、なんでもいいけど、これからどうする?)」

植木から弥生ちゃんの様子を覗き込んでいた私に、悠月さんが話しかける。
弥生ちゃんの事は気にはなるけど……とりあえずは――

703事例17「高倉 悠月」と駆け引き。18:2020/01/16(木) 07:45:42
――
 ――

<ピンポーン>

此処はマンションの九階。
私は玄関チャイムを押して扉が開くのを落ち着きなく待つ。

<ガチャ>

扉が少し開き、無言で覗き込んでくるのはクラスメイトの斎さん。

「……こ、こんばんは……」

私は緊張を隠せず言葉が詰まる。
そんな私を斎さんはじとっとした目で睨んでくる。

「なに?」

「……ごめん、放課後返そうと思ってたんだけど、色々あって早く帰っちゃったから……す、水筒……」

自宅で洗って持ってきた水筒を差し出す。
斎さんは不機嫌な顔をしながらも受け取ってくれる。

「ちょっと神無! 折角綾菜ちゃん来てくれてるのに!」

「はぁ? 黙ってて! そもそも綾菜が友達拒否して来たんでしょ! そんな相手にどんな態度取ろうが私の勝手でしょ!
安く部屋借りてるくせに、友達作る気ないからーって、そう言ったのはこいつじゃない!!」

――っ……その通りだけど……。

当時、此処に引っ越してきたときのことを思い出す。
マンションオーナーと親類関係にある斎家に挨拶しに行ったときの事。
年の近い彼女が気さくに話しかけてくれて、友達になろうって言ってくれた。
嬉しくて……でも、もう友達を作らない、……そう考えていた私にとっては彼女の言葉はとても苦しいもので、それを断ってしまった。
断られるなんて思っても見なかったであろう彼女は機嫌を損ねたものの、怒りはしなかった。
事情はそれぞれあるからって納得してくれた。
だけど……あんなことを言って置いて、まゆと友達になった私を快く思うわけもなく。
当然のこと……まゆと友達になる前に彼女にはちゃんと謝って、私から改めて言うべきだった。
友達になろうって……。

私は玄関で怒る彼女に何も言えず、頭を深く下げて早足で逃げるようにその場を離れる。
学校ではある程度普通に接してくれる、本当に良い人。
さっきも、姉の斎先生が来るまでは最低限の対応はしてくれていた。

……。

だけど、私にはもう彼女の友達になる資格はない……。
友達になるのに資格なんていらない、そういう人もいるかもしれない。
だからきっと資格なんてことは言い訳に過ぎない……ただ、私が怖いだけ……断られるのが怖いだけ。

――……それでも……いつかは……ちゃんと謝るくらいはしないと……。

704事例17「高倉 悠月」と駆け引き。19:2020/01/16(木) 07:47:22
<ガチャ>

「おかえりー!」

リビングから雪姉が玄関を開けた私に手を振ってくる。
私はその底抜けに元気な雪姉に頬を緩める。

「おかえり、妹さん」「おかえりー綾菜ちゃん」

……。

結局あの後、私は自転車で帰れたが、車で来ていた悠月さんはそうはいかなかった。
車の鍵が美華さんの持っていた悠月さんのカバンの中らしくて仕方なく事情を話すことにしたらしい。
その時私のことは伏せてくれていたみたいだけど、雪姉も美華さんも悠月さんの車でこの部屋に来てしまい、あっさり私の失敗もバレてしまった。
失敗した瞬間を見られなかっただけ良かったが、雪姉の心配しつつも少しニヤニヤしたあの顔はもう見たくない。

そんなことより、私が帰ったとき洗濯機が既に回されていて、中に雪姉のスカートと下着が入っていたのが凄く気になる。
雪姉は一度家に寄ってから学校に来たらしいからその時か、あるいは11時頃には学校に来ているはずの雪姉を、悠月さんも美華さんも15時過ぎまで見かけなかったらしいから……。
問い詰めたかったが、自身の失敗もあって言い出し難く――――しかも、雪姉の方は何か零して着替えたとか言い訳できるし――――、逆に雪姉の方もあまり私の失敗について言及してくることはなかった。

「……ただいま……えっと、私はもう、お風呂に入って寝ますので――」

雪姉の友達なのだから私は邪魔だろうし、泊まるつもりならお風呂も順番に入らなきゃいけないだろうし、そもそも失敗がバレて面と向かうにはまだ恥ずかしい。
私は適当に挨拶して早足で浴室へ向かい、お風呂へ。

……。

――……はぁ、先に帰っちゃったけど、何か迷惑かけてないかな?

湯船につかりながら考える。
一応、初日の15時以降は自由に帰宅しても問題ないらしいし、メイド喫茶の片付け当番にも私は入っていない。
すっかり忘れていた水筒はついさっき解決したし、星野さんの失敗も自分で何とかすると言っていたし、霜ちゃんのことは色々気にはなるが帰る事には関係ないし。
まゆの後で聞く話の約束については、事情が出来て先に帰る連絡を入れたときに、明日の夕方にしようと言ってくれた。
弥生ちゃんの電話の相手も気にはなるが……まぁ、私が気にすることでもない。

……。

今日一日色んなことがあった……当然私の失敗も含めて。
私は湯船に口を沈めてぶくぶくと音を立てる。

――……今日は我慢しすぎたし、明日もきっとその影響でトイレが近くなってることだろうから……
まぁ、明日は大人しく普通に文化祭を楽しもう……。

おわり。

705「高倉 悠月」:2020/01/16(木) 07:52:08
★高倉 悠月(たかくら ゆづき)
「雛倉 雪」の友達で、同じ大学に通う。
同じく雪の友達である「乾 美華」と一緒にいることが多い。

綾菜と同様、観察者側の気質を持ってはいるが、それを向ける対象の殆どが美華、たまに雪。
特に美華と仲良くなった経緯がトイレの我慢に深く関係しているため、半同意の上でそういう関係を定期的に楽しんでいる。

両親を幼い頃に亡くしていて、現在はとある大家さんが保護者のような立場をしている。
両親からの遺産がそれなりにあるらしいがそのすべてを大家さんに管理してもらい、必要分だけ貰うようにしている。

膀胱容量は人並み。
基本的にはトイレを申告できるし、我慢するような性格ではない。
ただ、我慢していることを美華に悟れると、美華が日頃の反撃をしてくるため
美華の前では我慢を極力悟られないよう振舞っている。

成績それなりに優秀、運動並。
有名大学に入ってはいるものの、割と奇跡的な合格であった為、単位の取得に苦戦している。
運動は得意ではないが、運動神経は悪くない。
性格は基本的には冷静沈着。
頭の中で色々考えてはいるが、言葉にするのは得意ではなく、人付き合いも苦手。
面倒くさがりであり、Sっ気を持ち、若干合理的主義者。
料理は一人暮らしの経験が長いため得意ではあるものの、買った方が楽なのであまり積極的にしない。

綾菜の評価ではとても変態(同族嫌悪)。
感が鋭い人。悪い人ではないが、雪姉との関係が気になったりで、なんとなく好きにはなれない人。

706名無しさんのおもらし:2020/01/17(金) 00:03:12
更新待ちに待ってました。あやりん初めての野ション最高でした。

707名無しさんのおもらし:2020/01/17(金) 21:52:10
あやりんもたいがいシスコンだなあ

708名無しさんのおもらし:2020/01/17(金) 23:59:35
回収されたところで2年越しの教訓。
アナグラム使う時は、元のキャラ名をちゃんと考えておかないと、伏線の効力が一気にさがってしまうので注意。
それはいいとして今回もグッドでした。やっぱ仕草隠し系我慢は最高。
事例の欠番がいつうpされるのかも楽しみです。

709名無しさんのおもらし:2020/01/18(土) 11:43:55
新作投稿ありがとうございます!今回は雪月華とのクロス回ですね。
どちらも優秀でちょっと似てるところあるのに、雛倉姉妹と黒蜜姉妹の差が気になります。
あやりんも段々と社交的になってきた感じしますね。もともとがそうなのかもしれませんが。
霜が「狼」と呼ぶのはそうあって欲しいという暗示なのかな。

710名無しさんのおもらし:2020/01/18(土) 22:31:24
>>705 新作ありがとうございます!
あやりんの失敗(未遂?)はいいですね!今回もシチュエーション最高でした。

711名無しさんのおもらし:2020/01/19(日) 22:39:44
病院回読み返そうとして勢いで最初から全部読んできてしまった
当時のコメントでも気づいてた人いたけど俺は全然気づかなかった……

712名無しさんのおもらし:2020/01/30(木) 10:01:49
ゆきこさん 運動会閉会式でおしっこをおもらし!

713名無しさんのおもらし:2020/01/31(金) 19:07:04
「いや 、すでにそれが歓びなのか 、苦痛なのかさえわからなくなっていた 。その証拠に 、八木橋が特製鞭の雨を見舞ってきても 、満里亜の躰は痺れきった神経によって 、陶酔に甘く酔いしれ 、洩れる悲鳴には喜悦の響きが混じっていた 。鞭 、バイブ 、便意のバランスをきわどく保つ責めにこれまで身悶えしながらも 、耐え続けてきた美しいスチュワ ーデスの躰にも 、ついに完全なる崩壊が近づいていた 。最初に 、肉体よりも意志が限界を迎えた 。ボロボロになっても 、やはり自らその瞬間の決断を下す恥辱感は残っていた 。鞭を浴びる度に身をよじり 、呻き声を放って 、貌をしかめていた満里亜は 、その刹那 、握りしめていた鉄棒から手の力を抜くと 、ほとんど穏やかな表情を浮かべて 、屈辱の安楽の中へ身を投じていった 。ヒップの方から崩壊がはじまると同時に 、バイブに貫かれた躰は 、四肢を打ち抜くばかりの喜悦の爆発に見舞われていた 。その二つがぶつかり合い 、それは恥辱も苦痛も歓喜も絡め合いながら 、凄まじい法悦の絶頂感となって 、麗しいスチュワ ーデスの五体に襲いかかってきた 。ガクガクガクッと下肢を慄わせ 、その上体は大きくのけ反りながら 、寄せ返す衝撃の荒波みに打ち上げられて 、烈しい痙攣をくり返した 。そして 、最後には 、なおも死者に鞭打つように 、満里亜自身の意志とは無関係に 、制服の下の白い豊かな股間はゆばりを放ち 、その前でズボンを下ろした八木橋の股間の持ち物から 、劣情の白液を誘発していった 。

714名無しさんのおもらし:2020/01/31(金) 19:14:35
「トイレへ行きたいのかね 」八木橋が歩きながら 、やっと声をかけてきた 。満里亜は大きく頷いてみせる 。 「そうだろうな 。グリセリンの源液を注入してやったんだから 」 「 ! 」 「公園まで我慢しろ 。まさか途中でチビったりするなよ 」そう言うと 、踵を返して 、わざと遠まわりをしながら 、公園に向かう 。それは完全な地獄と言ってよかった 。少しでも 、神経をヒップからそらせば 、崩壊が起こるに違いない 。が 、ヒップに神経を注ぐことによって 、疲れきった両脚が 、ハイヒールを穿いた不安定な状態で 、いつバランスを崩すかもしれなかった 。その結果 、躰が倒れ 、ショックで崩壊が起こるかもしれないのだ 。まさに 、針の上を綱渡りしているも同然だった 。公園が見えてきたとき 、満里亜はだから 、思わず涙を溢れさせていた 。すでに 、公園を出てから二十分以上が経っていた 。八木橋はしかし 、すぐにトイレに行かせてくれるほどヒュ ーマニストではなかった 。 「その前にして欲しいことがあるんだろう 」そう言うと 、鉄棒の一番高いところへ連れていき 、両手をバンザイをする恰好に吊り上げた 。続いて 、猿轡が外される 。 「ああっ … …は 、早く 、おトイレに … …ククッ ― ― 」 「遠慮することはないさ 。オ × × ×が欲しくてたまらなくなっているんだろう 。眼がそう言っているぞ 。少しは奥さまにも愉しんでもらわないとな 、これはプレイなんだから 」正面に立つと 、八木橋はブラウスをくつろげ 、ブラのフロントホックを外してくる 。 「そ 、それより早く 、おトイレに ― ― 」言いかけたものの 、八木橋の手が豊乳を把み上げてくるなり 、 「ほおおっ 」目眩く愉悦に 、全身が溶け出すような感覚の拡がりを覚えて 、あられもない声を送らせていた 。ギュンッ 、ギュンッと力委せに揉まれるほどに 、満里亜の五体に歓喜のうねりが燃え拡がっていく 。が 、今の満里亜はその喜びに浸っているわけにはいかなかった 。腹部を襲う便意と痛みはそれ以上に大きい 。ピンクに染まった美しい貌が 、すぐに青ざめるのを見て 、八木橋はバイブレ ータ ーを持ち出して 、ハイレッグの黒いパンティの上から 、ムンッと盛り上がる頂きを押し上げてくる 。 「ふうっ ! 」ブルッとガ ータ ー ・ストッキングをふくらませる豊かな太腿を慄わせたかと思うと 、満里亜の股間は待ちかねていたように左右に開かれ 、バイブの尖端へ自ら頂きを擦りつけていった 。数回なぞり返すと 、八木橋は濡れまみれたパンティを引き下ろし 、直接クレヴァスに当てがってくる 。 「はうっ ! 」新たな刺戟に 、満里亜は股をあられもなく開いたまま 、たちまち昇りつめそうな快美感に襲われた 。実際 、じかにクレヴァスを擦られて 、便意と痛みがなければ達していたに違いない 。神経はヒップの一点に集中はしているが 、バイブによる官能の刺戟は 、一瞬ではあっても苦痛を忘れさせてくれる良薬だった 。濡れに濡れた熱い肉体は 、極太のバイブレ ータ ーを 、押し入れられるままに迎え入れていった 。八木橋が手をはなしても 、優秀な満里亜の躰は 、しっかりと咥え込んで落とすようなことは決してしない 。便意とバイブの振動によって 、満里亜は未知の歓喜の中で苦悶するように 、全身をのたうちまわらせていた 。
いや 、すでにそれが歓びなのか 、苦痛なのかさえわからなくなっていた 。その証拠に 、八木橋が特製鞭の雨を見舞ってきても 、満里亜の躰は痺れきった神経によって 、陶酔に甘く酔いしれ 、洩れる悲鳴には喜悦の響きが混じっていた 。鞭 、バイブ 、便意のバランスをきわどく保つ責めにこれまで身悶えしながらも 、耐え続けてきた美しいスチュワ ーデスの躰にも 、ついに完全なる崩壊が近づいていた 。最初に 、肉体よりも意志が限界を迎えた 。ボロボロになっても 、やはり自らその瞬間の決断を下す恥辱感は残っていた 。鞭を浴びる度に身をよじり 、呻き声を放って 、貌をしかめていた満里亜は 、その刹那 、握りしめていた鉄棒から手の力を抜くと 、ほとんど穏やかな表情を浮かべて 、屈辱の安楽の中へ身を投じていった 。ヒップの方から崩壊がはじまると同時に 、バイブに貫かれた躰は 、四肢を打ち抜くばかりの喜悦の爆発に見舞われていた 。その二つがぶつかり合い 、それは恥辱も苦痛も歓喜も絡め合いながら 、凄まじい法悦の絶頂感となって 、麗しいスチュワ ーデスの五体に襲いかかってきた 。ガクガクガクッと下肢を慄わせ 、その上体は大きくのけ反りながら 、寄せ返す衝撃の荒波みに打ち上げられて 、烈しい痙攣をくり返した 。そして 、最後には 、なおも死者に鞭打つように 、満里亜自身の意志とは無関係に 、制服の下の白い豊かな股間はゆばりを放ち 、その前でズボンを下ろした八木橋の股間の持ち物から 、劣情の白液を誘発していった 。

715あぼ〜ん:あぼ〜ん
あぼ〜ん

716あぼ〜ん:あぼ〜ん
あぼ〜ん

717あぼ〜ん:あぼ〜ん
あぼ〜ん

718名無しさんのおもらし:2020/02/27(木) 10:13:09
わくわく

719名無しさんのおもらし:2020/03/30(月) 12:39:06
あげ

720事例の人:2020/07/02(木) 00:18:46
>>706-711
感想とかありがとうございます。
あやりんは間違いなくシスコンです。事例の欠番は……単体では大した話ではないのですけどね。
現在の板の行数仕様が6行以上(?)は駄目っぽいです。レス消費数計算するまでもなく断念。今後の事色々視野に入れつつ、9月頃までは様子見とします。

721名無しさんのおもらし:2020/07/02(木) 01:40:01
うおお今そんなことになってるのか……
早く事例の続き見たいから楽しみに待ってます

722名無しさんのおもらし:2020/07/06(月) 20:40:22
開放されたよ。

723名無しさんのおもらし:2020/07/08(水) 18:07:35
解放されたので新作希望

724事例の人:2020/07/12(日) 22:07:00
解放されたらしいので
文化祭一日目の裏側となります。

725事例17裏「雛倉 雪」とテレパシスト。@呉葉 1:2020/07/12(日) 22:09:31
『どうしたの、こんなところで?』

私はその『声』に驚き振り向く。
その直後こちらに何かが投げられそれを反射的に受け止める。
手元にあるのは……ペットボトルのお茶。普通に危ない。
私は視線を上げて、それを投げ『声』を掛けて来た人を見る。

「……う、潤さん、わざわざ文化祭に来て下さったんですか?」

「そりゃ数少ない可愛い顧客は大事にしないとね」『って言いたいところだけど、ちょっとこの学校には思い入れがあってね』

思い入れ……潤さんは此処の卒業生じゃなかったはず。
どこか寂しそうな顔をしながら、彼女、告宮 潤(つげみや うるみ)は私の隣に来て一緒に中庭に視線を落とす。

「ほほー良い眺めだね、屋上からみんなの様子を見る楽しみ方も悪くないわね」『あ、そのお茶飲んでいいからね』

私は、『声』に対してお礼を言いつつ、潤さんと並んで中庭へ視線を落とす。
そこには生き生きした表情、動き、喧騒……皆が文化祭を楽しんでいる。
それなのに私は、こんなところでそれを他人事のように見ている。

「その様子だと、例の子と一緒に見て回る計画は上手く行っていないようね」

私は図星を付かれて表情を硬くする。気分を紛らわすようにして、さっき貰ったペットボトルを開け、口元で傾ける。
半分ほど一気に喉に流し込み、ペットボトルに蓋をして小さく嘆息して……それでも動揺が解けない私はフェンスを掴む手に力が籠る。

『テレパシスト同士だもの、踏み込めないのは当然ね』

私の様子を十分に観察してから、顔を覗き込みながら優しい口調で『言った』。
興奮を含んでいない、大きな主張でもない普段聞くことのできない『声』で。

告宮家。それは私の朝見家とは別種のテレパシスト家系。
私の家、朝見家が受信型テレパスなのに対して、告宮家は発信型テレパス。
ただし、彼女――潤さんは発信型とは言えない特殊なもの。
それは、『声』の波長や大きさを完全制御できるだけの力。つまり発信としての機能は持ち合わせていない。
それはもはやテレパスとは言えないただ凄く器用なだけのもので、私や雛倉さんの受信型のテレパシストにのみ有効に使える力。

『相手は深層意識基準で可変……だったわね?』

私は小さく頷く。
可変と言うのは間違いではないが、より正確に言えば同波長。
あまり細かく話すのは雛倉さんに対して申し訳ないわけで、潤さんには可変と濁して伝えてある。
特定は難しいとは思うが、それでも潤さんがその気になれば容易い事――多分しないけど。

『前にも言ったけど、呉葉ちゃんには受信耐性があるから触れられない限りは大丈夫……だけど――』

触れられてしまえば『聞こえる』、そうなれば受信耐性も知られてしまう恐れがある。
さらに言えば、私が触れられないように行動していたことから、雛倉さんがテレパシストであると私に知られていることも感付かれ
果ては、テレパシストだと気が付いた理由を突き詰めれば、私がテレパシストだと考え至っても不思議ではないし
そもそも触れられた時に私の『声』が動揺から自爆……なんて事にもなりかねない。

726事例17裏「雛倉 雪」とテレパシスト。@呉葉 2:2020/07/12(日) 22:11:37
「はぁ……呉葉ちゃんはその子とベタベタ触れ合いたいわけだからしかたないわね」
「っ! ふ、普通に接したいだけですっ!」

私は予想していなかった言葉に真っ赤な顔で慌てて抗議する。
その反応に潤さんはくすくすと笑い、私は取り乱してしまったことを恥て、黙る。
普通に接したい。抗議するために出た台詞だったが――そう、私は普通に接したかった。

私に向けられた雛倉さんの『声』を聞いた時、思っていた以上に私は傷つかなかった……苦しくならなかった。
その理由は自身でも把握できていない部分もあるとは思うが
自分に『声』を向けられた時、彼女が優しい人だったと改めて気が付けたのが大きな要因なのは間違いない。
彼女の趣味趣向はどうしても理解できないし、止めて欲しい。それは変わらない……。
だけど、彼女はちゃんと誰かを今でも救ってる……認めたくはないけど、きっと私も救われた一人で。
雛倉さんはやっぱりあーちゃんのままだった。
それなのに不器用な私は、いつまでたっても壁を作って……せめて普通に……そうでありたいのに。

『前にも言ったから繰り返しになるけど、基本的に『声』ってのは表層に溢れたものしか聞き取れないから
どうにか、その“可変”に当てはまらないことで頭を一杯にしてやり過ごすのがいいんじゃないかしら?
ただ、その“可変”が特定できないのであれば不自然に思われないことを表層で意識するか、もしくは表層では何も考えないか……しかないわね』

「わかって……ます」

確かに潤さんの言うことは正しいと思う。
だけど、ほかの事で頭を一杯にすると言うのは自然に接することへの障害になる。
不自然に思われないことを表層で意識すると言うのも意外というか当たり前というか難しいもので……。
表層では何も考えないとか更に訳が分からない。出来る人には出来るらしいが今の私にはとても出来る気がしない。
……私に超能力なんてものがなければ、雛倉さんの超能力についても知らずに済んだし、何も悩むことなんて無かったのに。

『仕方がないわ……受信型のテレパシストなんてそういうものよ……もって生まれただけで損をする、その代表と言える超能力なんだから』

……。

まるで私の『声』が聞こえたんじゃないかと思えるほど、的確な事を『声』で届ける。
それは以前にも聞かされた覚えがある。
持っていない人は多分「あるに越した事はない」そう思う人が大半。
だけど、現実は違う。
得をするのは要領の良いごく限られた人と、気が付けない程度の力――感が良い程度と認識してる人たちだけ。

『呉葉ちゃんのは特に損ばかりね……聞きたくも無い『声』ばかりでしょ?』

私を心配する『声』。

「いえ……慣れましたから」

私は心配させまいと嘘をつく。
潤さんはそれを知ってかそれ以上は何も言わなかった。

受信型のテレパシスト――心が読める人……そんな人と関わりたいと思える人は滅多といない。
忌み嫌われる存在であり、恐怖の対象。
心の声を盗聴する、生まれ持っての加害者なのだから。

だから聞きたくもない『声』を感じて、耳を塞ぐこともできずただ何事もなかったように振舞う。
そうやってテレパシストは皆、その能力を隠さなければいけない。
でなければ……一人になってしまうから。

――……なのに…………雛倉さんは、本当に強い……。

加害者なのに開き直ってる――と言うと聞こえが悪いけど。
それでも……多分、それは強さなのだと思う。

<♪〜>

携帯がポケットの中で鳴る。
私は取り出し確認する。

「電話? 出てもいいわよ?」

「あ、いえ……メールです」

差出人は皐……わざわざ生徒会室に呼び出しとは珍しい。

「まぁ、後悔しないようにね……大切な人なんでしょ?」

「だ、だから…そういうのじゃ……ない……」

揶揄う潤さんの言葉に歯切れの悪い否定で返す。

「でっ、では、さっきのメール、呼び出しの連絡でしたので……」

「まぁ、慌てちゃって可愛い」『まぁ、慌てちゃって可愛い』

――っ……ひとりで同じ台詞を……。

……。

「はあ……とりあえず、ありがとうございました……文化祭楽しんでいってください」

私の言葉に潤さんは微笑んで「呉葉ちゃんもちゃんと楽しみなさい」と優しく言ってくれた。

727事例17裏「雛倉 雪」とテレパシスト。@呉葉 3:2020/07/12(日) 22:12:40
――
 ――

「なんですか……この……えっと…この方たちは?」

扉を開け、生徒会室に入ると皐以外の人もいて……。
クラスメイトの黒蜜さん、面倒くさそうな顔をしている副会長の人、そして……雛倉雪さん。

「呉葉ちゃん、早速だけど質問して良いかな?」

黒蜜さんが座ったままこちらに視線を向け声を掛ける。
いつもの笑顔? ――違う、どこか威圧的な感じを含んでる。
だけどそれは私に向けられたものではないように感じる。

私は皐の方に少し視線を飛ばすと何かを期待するような…でも少し緊張した不安そうな顔で――正直意味が分からない。
そんな皐から視線を外して、私は黒蜜さんの言葉に頷きで返す。

「呉葉ちゃんって、あやりん、霜澤さん、生徒会長さんと昔からの知り合いだよね?」

――っ!

私は動揺する。
どうして黒蜜さんがその事を?
……いや、違う、多分これは――かまをかけている?

動揺を悟られないようにして、伏せるべき事柄に注意して口を開く。

「いえ、……皐とは知り合いだけど、雛倉さんと霜澤さんについては此処に入学してからの知人です」

皐とは入学して間もない時から校内で時折話す機会があった。
もしそれを見られ、黒蜜さんが知っていたなら入学してからと言うのは学年の違いからも流石に不自然。

「あぁ! もうっ! どうしてっ!」

突然皐が声を上げて机に突っ伏す。
――あ、あれ? 嘘? 私何か失敗した?

「呉葉ちゃん流石だね、生徒会長さんはさっき罠に掛かっちゃったのに」

私は何度か瞬きをしてから、さっきの皐の態度の意味を理解して嘆息した。
要するに皐は私が罠に掛かることを期待した目で見てたという事。

「皐……っ――」

私は皐に問いかけようと口を開き――だけどすぐに噤む。
「どこまで喋った?」……黒蜜さんが私に言わせたかった本当の言葉はこっちかもしれない。
隠し事全てが暴かれたわけではないのなら、聞くべきではない……。
だけど、情報を皐と共有出来てないのは良くない。
皐はぼろを出したあと何か話した?

「呉葉、とりあえず座って下さい」

皐が悔しそうな顔をしながら、扉から一番近い席に座るよう私に促す。
その顔を見ながら手に持ったペットボトルを机の上に置き、とりあえずは皐に従い私は椅子を引いて座る。
私が座った後、副会長さんは立ち上がり、それを目で追うとどうやら飲み物の準備をしているようだった。

728事例17裏「雛倉 雪」とテレパシスト。@呉葉 4:2020/07/12(日) 22:13:34
「はぁー、この際もう話しましょう、割と看破されているようですし、綾菜さんの親友である真弓さんとは正面切って話すべきでしょう」

「いや、会長、知り合いとかその辺の話は私も初耳だけど、自分がぼろ出したからって開き直るのはどうなの?」

紙コップに注いだお茶を運びながら副会長さんが辛辣なツッコミを入れる。
皐はその言葉に視線を誰もいないところに向ける。

「はぁー…ったく……」

そんな皐に副会長さんは嘆息しながら私のところに紙コップを持ってきてくれる。
私は小さく頭を下げて、紙コップを口元で傾け、一口二口、緊張で渇いた口の中を潤してから口を開く。

「えっと、まず此処がどういった場なのか、説明が欲しいので――」
「綾菜さんの生徒会役員入会についての話し合いの場です!」

私の言葉に皐が食い気味に答え、黒蜜さんがそのあとに「私は生徒会長さんと一度ちゃんと話したいって名目だったんだけど」と付け加える。
なるほど……だけど何で雛倉さんのお姉さんまでここに――

『はぁー、困ったなー、トイレ結構行きたくなってきちゃった……』

――っ!? ……これ、お姉さんの……。

意識をお姉さんに向けた時、それは『聞こえた』。紛れもないお姉さんの『声』。
今のこの話し合いの雰囲気からの中座は少し難しい感じがするけど――どうするんだろう。

『はぁ、綾のクラスでコーヒー2杯飲んだからなぁ……あれって一杯で200mlくらい?
その前にも一度寄った家で紅茶3杯飲んできたし……ん、なんかドキドキして――い、いやいや不味いでしょ……』

お姉さんは飲んだものの整理を頭の中で始めだす。
それにしても家で紅茶3杯とは……余程の紅茶好き? それにドキドキ――というかこの『声』の感じって……。
主張の大きいだけの『声』とは少し違う、これは――興奮を含む『声』?

『ダメだよね……ちゃんと余裕があるうちにトイレって……まぁ、まだ大丈夫……なんだけど』

――……お、お姉さん? まさかとは思うけど、……こ、故意に?

ダメだってわかってて『声』では否定もしてるけど……でもまだ大丈夫って理由付けて先延ばしにして……。
家で紅茶を沢山飲んできたのも、お小水を溜めるためで――

……。

私は一旦落ち着くために紙コップを手に取りそれを飲み干す。
そうして一息ついて……たとえお姉さんがそういう変態的意図で行動していたとしても、尿意が強くなればお手洗いに行ってくれるはず。
『声』でも余裕のあるうちにと言ったのだから……――ですよね?

「話を戻します、ぼろを出して開き直ったと言われても仕方がないのは分かっています……
ですが、わたくしは雪さんにもこの事はちゃんと話すべきだと思ってここに呼びました……雪さんは綾菜さんの家族なのですから」

皐が再度口を開く。お姉さんは急に自分の名前を出されて少し動揺している様子。――変な事考えてるから……。
……私は小さく深呼吸してから思考を切り替える。

皐がぼろを出してしまったのは……もともと話すつもりでいたから油断していたのかもしれない。
もちろん、後付けの言い訳である可能性も否定はできないが。
だけど、私もお姉さんには伝えるべきことだと思う。でも――
「――でもその人お手洗い我慢してるので一旦お手洗い休憩にしましょう」とは流石に言えない。
……というか駄目だ……私、全然思考が切り替えられていない。

729事例17裏「雛倉 雪」とテレパシスト。@呉葉 5:2020/07/12(日) 22:14:37
「皐ちゃん……綾と昔からの知り合いって話だけど……それっていつ頃の話? 綾から全然聞いて無くて……」
『私、真面目な話に参加してるのに……実のところおしっこを我慢してるとか……だ、大丈夫だよね? 気付かないよね?』

――ちょ、話を自ら進めないでくださいっ! 私が気が付いてます!

「5年前の夏です……鞠亜だけは違いますが……」

「っ! それって事故の――……あ、もしかして綾が話してくれないんじゃなくて…忘れてる? ……だとしたら、ごめんなさい」

皐は「いえ……」とだけ言ってその後言葉に詰まり、短い沈黙を作る。
その後皐は深呼吸してから口を開く。

「わたくしは鞠亜に誘われて、呉葉はたまたま居合わせてあの公園で綾菜さんと出会いました」

『え、あれ? これ馴れ初めを話す流れなの? ……話長くなる? 中座しにくいよね? うぅ、なんだか本当にドキドキしてきた……』

――はい、そうみたいです……そうみたいなんですけど、なんでそれで、ちょっとテンションが上がるんですか……。

不安よりも楽しみが漏れ出してる『声』……トイレに行けない時間に期待してる……? ――頭痛くなってきた……。
とは言え、霜澤さんと違い私たちの馴れ初めなんて一か月にも満たない期間の話。
要所だけの話なら早々長くはならな――

「まず……そうですね、呉葉と出会った日から順番に行きましょうか――」

――出会った日から順番って、まさか全部話すつもり? ちょっとは掻い摘んで――っ! あ、って言うかダメ、初日は私の失敗談がっ!

私は焦った顔で皐を見ると、皐もこっちに視線を向けていて……。

「――その日、呉葉は公園にいた子に嫌がらせを受けていたところをあーちゃ――いえ、綾菜さんが助けて……
と言ってもその日は、わたくしは後から合流でしたので聞いた話にすぎませんけど――」

嫌がらせの内容は皐も認識していたはずだけど、私の名誉のためか伏せて話してくれた……本当に焦る。
私はコップに手を伸ばすが、先ほど飲み干したことに気が付きペットボトルのお茶を紙コップに注ぎ、口を付ける。

その後もかくれんぼ、警泥、色鬼、缶蹴り、ブランコで靴飛ばし、アクセサリー交換、カードゲーム、オセロ、麻雀、水鉄砲……様々な遊びをしていたことを皐は懐かしそうに……そして楽しそうに話す。
――……今更だけどなんで公園で麻雀してたんだろう。ルール霜澤さんしか知らなかったし。

「わたくしにとって、公園での集まりは本当に楽しくて……外であんな風に遊んだのは後にも先にもあの時だけでした。
わたくしを誘ってくれた鞠亜と、公園での集まりの中心だった綾菜さんには本当に感謝しています……あ、もちろん当時愛玩動物的だった呉葉も良い役割分担でしたよ?」

――それ、フォローになってないし……。

「随分、綾がお世話になったのね……」『よかった、まだもうちょっとトイレ平気だし……ま、まぁもうちょっと長くてもよかったかな?』

――っ! お姉さんは何を期待して――っ……ん、えっ…あれ? ……。

不意に感じたのは……尿意。
気が付いてみるとそれなりの尿意で……、お姉さんのことを言ってる立場ではなくなった。
私もこの場で中座はしにくいわけで我慢するしかない。

「お世話していたというか、呉葉がお世話を掛けてたわけですけど」

お手洗いに行きたくても、気が付かれていない以上、話は構わず進行する。

私がお世話を掛けていた……その皐の言葉を否定したいが事実なので何も言えない。あの時の私はただただ守って貰って、そして構って貰っていただけの子だった。
霜澤さんが私を黒姫とお姫様扱いの蔑称で呼んでいたことも良く理解できる。今も本質的には何も成長していないかもしれないけど。
黒姫……多分黒姫伝説とかそういうのは関係ないと思う。銀狼も金髪も見た目からの印象だろうし。

730事例17裏「雛倉 雪」とテレパシスト。@呉葉 6:2020/07/12(日) 22:16:37
「……え、結局なに? 何の話し合いの場だっけ?」

……。
副会長さんの言葉に皆が皐を見る。

「ごほんっ、つ、つまりわたくしが言いたいのは――」
「――会長と綾は過去に会ってるけど、綾が記憶喪失で会長を覚えていない、そんな会長が綾を生徒会に誘っていまーす。
記憶を取り戻させてしまう可能性があるかもだけど、雪はそれでいいですかー? って話よね? 前振り長すぎっ!」

皐が何か言いたそうにしながら結局何も言えず、少し落ち込んでいるのが見て取れる。
学校ではそれなりに威厳のある出来る生徒会長なのに、この副会長さんの前だと形無しらしい。
――まぁ、普段から私や霜澤さんの前だと、それほど威厳とか感じないけど。

「そもそも――」「あのっ!」

お姉さんが少し申し訳なさそうな顔をして、副会長さんの言葉を遮るように言葉を挟む。
副会長さんはお姉さんの方を向き小さく嘆息して見せて、口を閉ざした。
それと……副会長さんと雛倉姉妹は親しい関係にあるように見える。
誰もそれについて何も言わないということは、私が来る以前に既に話に出ていたのかもしれない。

「えっと、記憶については……事情の知ってる私たちもハッキリとは決めかねて、だらだら5年も経っちゃたわけだけど……
記憶を戻しても大丈夫だとは思う……綾はそんな弱くないし、父も幸い生きてるわけだし……それでも、記憶をなくしたのにはそれなりの理由があるからなのもわかる。
だから、故意には思い出させない……一応事情の知ってる人にはそうしてもらってるの」
『あぁ、また真面目な事言って……んっ、バレたら恥ずかしいけど、絶対仕草に出さないし大丈夫、まだ大丈夫っ!』

大事な話をしているのに『声』との落差が酷過ぎて……。
楽しんでいる『声』……だけど、少しずつ変化を感じる。

「そうですか……約束します、故意に思い出させることはしません。綾菜さんに入って貰うのは優秀な生徒であるのが一番の理由ですし」

……。
皐の言葉に私は複雑な気持ちになる。
故意に思い出させると言ったことはしないとは思う……だけど皐は――

「どうしてそこで嘘をつくんですか?」

そう声に出したのは黒蜜さんだった。
今まで口を挟まずただ黙って聞いていた彼女は、目の前の机に表情なく視線を落としていて……。

「……どういうことですか? わたくしは嘘なんて――」
「あやりんに入って貰うのは優秀な生徒であるから……嘘ですよね? 会長さんは、あやりんを通して昔のあやりんを見てる……気がする。
初めからずっと、初対面みたいな態度してなかった……」

……。

「そんなこと……ありません」

自分に言い聞かせるように皐はハッキリとした口調で答える。
そんな皐を見ていられなくて私は小さく口を開く。

「皐……悪いけど私も黒蜜さんの言ってることなんとなくわかる……皐も知ってると思うけど私も最初はそうだった。
雛――綾菜さんの過去の姿ばかりが過って、比べてた……。その時の皐は私から見たらちゃんと綾菜さんを見てるように見えたけど今は違う……。
皐が生徒会に綾菜さんを入れる話をした後、何を考えているのか何となくわかるの」

私は一度言葉を止めて皐を見る。
本当に自覚がないらしく不思議そうな、でも少し不安気な顔を見せている。
私は小さく深呼吸してから皐から視線を逸らし答える。

「また昔のようにって……そう思ってるでしょ?」

昔のように……。
皐と雛倉さんと私で生徒会、そして新聞部の霜澤さん。
生徒会と非公式の部活である新聞部が対立するのはごく自然な話……それは公園での疑似対立ごっこ、そのままの再現……。
きっと、私があーちゃんに依存していたように、皐はあの頃のあの関係に依存していた。それも無自覚に……。
これは私の想像なんかじゃない。実際にそう口にしたこともあった。

731事例17裏「雛倉 雪」とテレパシスト。@呉葉 7:2020/07/12(日) 22:17:26
「っ! え、違い――え? ……だってわたくしは――」

目を泳がせて頭の中で自分の記憶を辿るようにして……。
私は気が付いていながら指摘しなかった……もしかしたら心のどこかで、雛倉さんや皐と生徒会が出来る事を期待していたのかもしれない。

「待って待って! 会長の事だからきっと無自覚なんだろうけど、綾を生徒会に誘う誘わないはそれとは別でしょ?」

気怠そうにしていた副会長さんが皐の思考を中断させるように大きめに声を張り上げる。
大きな嘆息をした後、さらに――

「それと……事情が事情だし仕方ない所もあるけど、当事者抜きで入れる入れないって話は良くなくない?
普通に会長は入れたい! 必要! そういう意思を綾に伝えればいいし、真弓ちゃんも何となく入れさせたくない意思は感じるけど
それはここで話すことじゃなくて、綾と話した方がいいでしょ?」

副会長さんは最後に少し呆れたように嘆息を零す。
確かに副会長さんの言う通り、お姉さんまで巻き込んで生徒会に入れる入れないを当事者抜きで話を進めるのは間違ってる気がする。
此処で入れる入れないを決めてしまえば、雛倉さんは自分の意志で判断し辛くなる。
割り込んだタイミング的に、皐が混乱してることへのフォローの意味が強かったのだと思うが……何にせよ、皐を確り支えてる優秀な人らしい。
私は少し緊張した空気の中紙コップに口を付けて残りを飲み干――……あ、お手洗い行きたかったんだった……。

失敗した……一度忘れてしまっていたが、再度意識した今はそれなりの尿意で……。

「うん、椛の言う通り、生徒会の件はお互い綾と話し合って決めてくれたら…っ、良いと思う」
『んっ……あれ? 結構、というか……もうかなり……ふぅ……したいかも』

お姉さんは言葉を一瞬詰まらせて、座り直すように身じろぐ姿を見せる。
明らかに切羽詰まってきている……『声』も未だ興奮を含んではいるが、尿意の大きさからか、主張の大きいものに変わりつつもある。

「私は……会長さんをよく知らない」

黒蜜さんが、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「だから、こうして話しできてよかったと思う……会長さんの態度が無自覚だと知れて、それを知って悩んでくれて……
私も人のこと言えなくて、ちゃんとあやりんを見ていない時期があって……でもあやりんは、あやりんだから
だから、会長さんにもちゃんと今のあやりんを見てほしい」

……。

「ええ、それは……必ずちゃんと見ます。
……まだ整理はついていないけど、皆をあの時の再現のために利用しようとしていたのだから
綾菜さんの親友である貴方が怒るのは当然の話ですわね……呉葉も、ごめんね」

――うん、皐……だけど、それより……っ…お手洗い……お姉さんの為にも休憩かお開きに……。

……。
違う……お姉さんの為、それは嘘じゃないけど……それだけじゃない。

「副会長さんもありがとうございます。あやりんに言いますね、私の気持ち……」

「わたくしも、ちゃんと綾菜さんを見たうえで、改めて生徒会へ勧誘します」

732事例17裏「雛倉 雪」とテレパシスト。@呉葉 8:2020/07/12(日) 22:18:48
――
 ――

――っ……と、とりあえず解散になった…んっ………ふぅ…。

あの後、副会長さんによる黒蜜さんの生徒会への勧誘まで話が伸びるとは……。
一応話始めてすぐに、皐と黒蜜さんがお昼を理由に解散を求めたので、早い段階で切り上げられ助かった。
助かったのはお姉さんの事だけじゃなく……私も含めて……。

「呉葉ちゃん、私、クラスの仕事抜けてきたしこのまま仕事に戻るけど――あ、用事が終わったらでいいけど、来たら接客してあげるからね」

用事……その言葉の意味を理解して私は顔が熱くなるの感じる。これでも仕草は隠してるつもりだったのに。
そんな私を黒蜜さんはあっさり見抜いて……だけど、気まずさを感じたのか隣のお姉さんに軽く礼だけして、少し慌てたようにしてその場から離れる。

『はぁ、ふぅ……やぁ、これ本当に……、はぅ……たくさん飲んだから、もう、パンパン……んっ、大丈夫、トイレまでは…多分なんとか……ふぅ……』

お姉さんの『声』……我慢して切羽詰まってる『声』なんだけど――ほかの人より妙に艶っぽいところが……。

――って、そんなこと、言ってる場合じゃ……んっ…ない……ふぅ、っ……。

もうすぐお手洗いに……そんな思いが先走りを始めたのか、あるいは話し合いが終わり気持ちが緩んだのか。
私は膨らむ尿意に息を詰めて、目をつむり、足を固く絡める。
だけど、それだけじゃ足りない……――足りないけど、これ以上のはしたない仕草をするわけには――

「だ、大丈夫? 呉葉ちゃんもトイレ? っ……は、話長かったもんね、私ももう……その、げ、限界…な、なんてねっ…」
『っ…我慢してるの? 限界? 凄い可愛い…んだけどっ……っていうか…っ……私…限界って言っちゃった…言っちゃった……』

――っ!

目を開くと心配そうに顔を覗き込むお姉さんが目の前に、そして手をこちらに伸ばしてきていて――

「さ、触らないでっ!」

私は一歩下がり、同時に尿意が膨れ上がり、手でスカートの裾を握りしめる。

「ふぇっ!? え……ご、ごめん、でも……あぅ、ごめんね」『さ、触らないで? ……拒絶…っ…めっちゃショック……』

「や、今のは違っ――」

目を開いた瞬間、お姉さんの顔が雛倉さんと重なって見え、つい酷い言葉を。
だけど、二人は姉妹だし、テレパシストである可能性もあるなら触られることを避けた方が良いのは確かで――

「えっと……んっ、じゃあ、触るね?」
「すいません、やっぱりダメです」

テレパシストかもという以前に、言い方が生理的にダメでした。
この人はちょっと天然でちょっと変態なだけだとは思う。――……ちょっとじゃないかもしれないけど。

「そ、それより、お手洗いにっ…ふぅ………ここからなら更衣室前でしょうか?」

私は精一杯、平静を装い向かうお手洗いの場所の提案をする。
我慢してるのは伝わってしまっている。だけど、それでもギリギリだなんて思われたくない。
さっき感じた強い尿意の波は治まってくれたが、余裕があるわけではない。

「う、うん、それがいいかも」『はぁ、ふぅ……んっ、膀胱が…パンパンで……はぁ……』

……。

生徒会室があるのは一階。
選択肢に上がるお手洗いは、昇降口前、体育館横、購買近く、そして更衣室前。
この位置からだと実のところ、どれもそれほど距離は変わらないが、他の3つとは方向が違う昇降口前だと混んでいた場合他のお手洗いが遠くなる。
なので、目指す方向は3つのお手洗いがある方、その中でも混んでいる可能性が低く、個室の多いお手洗い――つまりは二階の更衣室前のお手洗い。
出来れば利用者の少ないお手洗いを目指したいが、既にそんな余裕がなく、文化祭と言う環境下ではいまいち利用者の少ないお手洗いと言うのがわからない。

733事例17裏「雛倉 雪」とテレパシスト。@呉葉 9:2020/07/12(日) 22:19:52
私は小さく深呼吸して仕草を抑える。
この辺りは生徒会室の他に職員室や放送室、外来玄関に保健室と特に催し物がない廊下ではあるが人通りがないわけじゃない。
突き当りに行けば生徒昇降口があるし反対側は体育館、来場者の動線としては割と使用される廊下、あからさまな仕草を見せるわけには行かない。

「(っ……はぁ…んっ……ふぅ……)」『あぁ、波っ……本当もういっぱいだ……、呉葉ちゃんも私くらい辛い? やっ……多分これ、私の方が…はぅ……』

苦しそうな息遣い。
そんなお姉さんに『私くらい』と比較された自身が恥ずかしい。
仕草も抑えてる、息遣いだって抑えてる……だけど――

「(ふぅ……んっ…はぁ……っ)」

抑えきれていない。
お姉さんから見て、私は十分比較対象になるほど我慢してるように見えている。
そして、それは間違いじゃない……。
私自身がそう感じる……抱えてる量は違うかもしれないけど、同じくらい我慢できなくなってきてる。

額に汗を浮かばせて、それでも私は平静を装い歩みを進める。あからさまな我慢なんて出来ない……したくない。
廊下の角、曲がってすぐの階段を登れば――

「っ!」『えぇ! 嘘!?』

少し前を歩くお姉さんが、廊下の角を曲がってすぐに歩みを止める。
発せられた『声』も含めお姉さんの行動に疑問と不安を抱きながら、少し遅れて私も廊下の角を曲がる。

「――!」

私たちは階段を登らなきゃいけない……だけど――

「ち、ちょっと、もうちょっとゆっくり! 階段なんだよ!」
「りょーかい、りょーかーい」
「す、すいません、ちょっと通りますね」

上の階から降ろされる大きな物、それを何人かで運ぶ生徒。
恐らく体育館で行う演劇か何かの大道具……。

「っ……く、呉葉ちゃん、っどうしよう?」『ふっ……んっ、ちょっと……これ……んっ、本当にっ』

切羽詰まった表情と『声』。
前屈みで、さり気無くだけどスカートの前を押さえるお姉さん……。
私は再度階段の方を見るが、横をすり抜けていくには狭くて、そして大きさの関係で凄くゆっくりで――

「こ、購買の方にしましょう」

購買のお手洗い……個室の数は少ない、だけど、此処で待っていられるほどの余裕はない。
距離はそんなに変わらない、あとは混んでるかどうかだけ。
私の声にお姉さんは頷く。……どうして年下の私が、主導しなきゃいけないのか。
追い詰められたお姉さんだから、平静を装っている私に頼ってしまうのかもしれない。
だけど、本当は私だって……。

――んっ……わ、私も……なんで、こんなに……お姉さんと違ってわざとじゃないのに……。

どうして……。
あの時もそうだった、私が体育館横の個室の中で我慢していた時も。
私は何も悪いことしてない……それなのにどうして私が、わざと我慢してるお姉さんと同じように苦しまないといけないの?

……。
わかってる、そんなこと関係ない。
私を追い詰めてるのはほかでもない私自身で。
今思えば、少し水分を取り過ぎたことは認めざるを得ない事で。

――んっ……潤さんから貰ったお茶……生徒会室で…貰ったお茶……。

潤さんから貰った分はまだ僅かに残ってる。
だけど、それ以前にも自分のクラスのコーヒーも潤さんに会う少し前に一杯飲んでしまってる。家を出る前の朝食でも水分を取ってる。
最後に行ったお手洗いは朝、家を出る前だった……――したくなるのは当然……。

それを「どうして私が」とか「わざとじゃないのに」とか……言っちゃいけない。
今、この状況に陥ってるのは結局は私の落ち度でしかない。

734事例17裏「雛倉 雪」とテレパシスト。@呉葉 10:2020/07/12(日) 22:20:57
購買近くのお手洗いが見えてくる。だけど、まだ安心も油断も出来ない。
それに人通りも多い……何かに焦り、早足で歩く私たちを周りがどう見ているのか。
平静はある程度は装えてるつもりではあるけど……。

「(はぁ……っ、ふぅ、はぁ……)」『あ、あぁっ……だめ、もうすぐ、っ…だから……んっ』

切羽詰まった様子のお姉さん……仕草も私より大きくて……私の方がきっと少し余裕がある。
そんなお姉さんを追い抜かないようにして、どうにかお手洗いの中に入る。
順番待ちは――

「っ……」『ふ、二人……んっ……だ、大丈夫……あと、あと少し……っだから……』

――……二人……それくらい――っ、や、あぁ……な、なんでっ……んっ!

安心なんてしてない。油断なんてしてない。もうすぐだなんて思ってない。
それなのにそれは……言い聞かせてるだけで、心のどこかじゃ意識してて。
膨れ上がってくる悍ましい程の尿意。こんなところで感じちゃいけないはずの感覚。

お姉さんの後ろで前屈みに俯き、呼吸も出来ないほどの尿意の波に身体を緊張させる。

――だ、大丈夫、我慢出来る、我慢、我慢……っ、一時的な波、だからっ、これを……越えたら、はぁ…だ、大丈夫、だから……。

この期に及んで手は横で、スカートを握りしめて……。
もう平静なんて装えてないのに、だけど、それでも押さえるなんて事、出来なくて。

「(……っ、…はぁ……)」

前の……お姉さんの小さく揺れる足に視線を向けながら、大きな波が僅かに落ち着くのを感じる。
その視界の隅に前から二人、誰かが通り過ぎたのに気が付く。

「(……つ、次……んっ、はぁ……うぅ……)」『もうすぐ、もうすぐ……んっ、あぁ、本当、限界ぃ……』

さっきの二人は、個室から出た人……。
自分の事ばかりで、扉の音とか全く聞こえていなかった。
だけど……――わ、私も、次の次……殆ど一緒に入ったと言うことは…同じくらいに……そのはずよね?

そんな時、後ろから慌てた様子で駆けてくる足音に気が付き、私は可能な限り姿勢を正す。

「っ! ここも混んで――っ、……あ、朝見さん、と――……え?」

私の名を呼ぶ声、それは聞き覚えのある声……。

「ひ、雛さ――……じゃなくて、お姉さんも……」

私は下腹部に負担を掛けないようにゆっくり振り返り、声の主である篠坂さんへ視線を向ける。
篠坂さんは駆け込んだお手洗いに私がいた事、そしてなにより雛倉さんによく似たお姉さんを前に驚いている様子だった。
ただ、お姉さんだと分かったって言うことはどこかで面識が――……そうだ、コーヒー飲みに行ったって少し前に『声』で……。

それと……本人は驚いていて気が付いていないようだけど、手は前を押さえていて、篠坂さんも強い尿意を抱えていることが窺える。

「あっ!」『わっ! 私、今、押さえ……あぁっ、嘘見られたっ』

私の視線に気が付いて顔を赤くし、慌てて手を離す。
凝視していたわけじゃないが、悪いことをしてしまったかもしれない。

「(うぅ……)」『っ……で、でも、お手洗いっ、は、早く……』

篠坂さんはスカートの裾を握った手を少し後ろに回して、足は交差させて。
……彼女はお手洗いが近い。
いつも小まめにお手洗いへ行く彼女がここまで我慢して、急いでいる経緯は……外し忘れたであろうヘッドドレスを見てなんとなく想像が付いた。
きっとメイド喫茶の接客担当で、抜け出す事が出来なかったんだ。
今ここにいるのは、黒蜜さんがクラスに戻ったから?

735事例17裏「雛倉 雪」とテレパシスト。@呉葉 11:2020/07/12(日) 22:21:58
――っ……でも、ど、どうしよう……私やお姉さんの方が…多分、限界が近い……。

篠坂さんの状態を見て置いて、順番を譲らないということは、私たちの現状を吐露したに等しい事?
……流石に自意識過剰かもしれない、それでも、そういう考えが過ってしまう。

「し、篠坂さん――」

考えが纏まるより先に、私の口が言葉を発する。
――いけない……個室は二つ……さっきみたいな波が来たら……今度は越えられないかもしれない……間に合わないかもしれないのに。

「――仕事、……抜けて来たのでしょう? 先に…どうぞ……」
「あっ、わ、私も後で大丈夫だからっ」
『んっ…もう本当に限界、だけど…篠坂さんも辛そう…だし……わざと我慢してる私のせいで、失敗なんてさせられないし……それに――呉葉ちゃんだって譲ったんだし……』

――っ…お姉さん……やっぱりこの人は、優しい…きっと私なんかより……んっ…ずっと……。

私たちの言葉に篠坂さんは顔を赤くしながら俯き、「スイマセン」と小さく声を出して一番前へと移動する。
お姉さんの『声』は後ろめたさだけじゃなく、ちゃんと篠坂さんを案じてるように感じた。
対して私は……限界まで我慢してるって悟られたくなかった…だけ。そこに篠坂さんを思いやる気持ちなんてなかったと思う。

――んっ…や、待って……あぁ、まだっ……ダメ、もうすぐじゃない…から、二人の後っ……なのにっ……。

下腹部が小さく波打つ。さっきよりも大きな気配。
スカートの横を掴む手に再び力を入れる……だけど……足りない、これじゃ我慢出来ない。
足を交差して身体を揺らして。

「(っ…んっ……はぅ…っ)」

はしたない声が溢れる。これ以上声が零れないように――そうしないといけないのに……。
波は高くなり続けて、私を追い詰めて――

『や、やっぱり…っ……呉葉ちゃんも、限界なんだ……っ』

――っ!

聞こえて来たのはお姉さんの『声』。
揺さぶられる……動揺しちゃう……。今はそんなことに気持ちを割いていられないのに。

『呼吸も荒いし…っ…辛そうだし……膀胱をパンパンにして…いっぱいに抱えて――可愛い……』

――こ、呼吸っ…かわ――…や、だって……っ、ダメ、『聞きたくない』のにっ。

『んっ……はぁ…ひ、他人事じゃ無いけど……はぁ、っ……もう、我慢できない?』

――が、我慢っ…ぁ、あぁっ! ま、待ってっ――

『声』に意識を掴まれ、気持ちが揺らぐ。
そんな私を見逃さず、尿意の波は高く大きく襲い掛かる。

――あっ、あっ…っ!

<じゅゎ……>

不意に下着に広がる熱さ。慌てて手を前に持って行く。
だけど、尿意はそれでも治まらない。篠坂さんとお姉さんが終えるまで我慢しなくちゃいけないのに……。

――っ……だって、さっきの『声』は…卑怯……。

『い、今のって、っ……あっ! ……ん…やだ……私もっ……』

お姉さんの『声』。切羽詰まった、限界だと感じさせる『声』……。
飲んでいた量からして、私よりずっと多くの量を抱えているはずのお姉さん。

736事例17裏「雛倉 雪」とテレパシスト。@呉葉 12:2020/07/12(日) 22:23:03
<ガチャ>

扉が一つ開いて、篠坂さんが個室に入っていく。
少し前までなら、あの個室に入るのは、今私の前にいるお姉さんだった。
そして、もうひとつ……今、水の流す音が聞こえて来た方には私が入るはずだった。

「(ぁっ…っ)」<じゅ…じゅぅ……>

――だめっ、違う、もうすぐなんかじゃ…ない、私が入るのは篠坂さんが入った…方……な、なのにっ……あぁ、やだ……んっ……。

下着がまた熱くなる。落ち着かない……治まってくれない。
押さえる指先にまで熱さが広がってる? それが錯覚なのか現実なのかもわからない。
それくらい力を込めて押さえてる……だけど、全く引いてくれない……。これ以上は駄目なのに、我慢……できないのに……。

「んっ……く、呉葉ちゃん…次、入っていいからね?」『あ、っ……だめっ……ちょっと…っ…我慢、呉葉ちゃんを先にっ……だから、お願い…もうちょっとだけっ……』

――次? 何言って……っだって、そんな……っ……。

<ガチャ>

個室の扉が開く。
だけど、本当にお姉さんはその場から動かず、私に辛そうな顔で笑いかける。
お姉さんの押さえるスカートの前には、手に隠れて染みが出来ていることに気が付く。
お姉さんも、もう我慢出来ないはず、それなのに。

――っ…あ、だめっ……あぁ、もう限界っ……。

私は、際限なく大きくなる尿意に限界を感じて、声を絞り出す。

「ご、ごめんなさいっ」

お姉さんの状態をわかっていながら、私は謝りながら個室に飛び込む。
先に使って良いという選択を与えられて、もう歯止めが効かない。そうしなきゃ間に合わない。
治まらず、高まり続ける尿意の波に抗うように個室で何度も足踏みして、長い髪を首に巻き付け、下着に手を掛けて――

「あっ、ぁ……っ!」<じゅっ、じゅぅっ……じゅぅぅぅ――>

しゃがみ込む前、というよりも下着を下ろし始める前――足踏みを止め下着に手を掛ける直前から……。
間に合ったとは到底言えない、それでも安堵から何度も深い息が漏れる。

『えっ!? えぇっ? こ、これ、朝見さん? 先にって言ってくれたけど…我慢……してたんだ……』

――っ!

隣の個室から聞こえて来た『声』に驚き、口に手を当てる。
同時に音消しさえしていなかったことに気が付き慌てて水を流す。

『んっ…あぁ、は、早く……や、またっ……だめ、だめなの……お、落ち着いて……宥めなきゃ…っいけない、のにっ』

扉の外から聞こえるもうひとつの『声』。
我慢して我慢して、ようやくお姉さんが入るはずの個室が空いたのに……それなのに私が。

「はぁ……んっ…あ、ぁっ!」『っ…だめ、これ以上っ…ここ、学校…なのにぃ…宥め――だめ、あ、あぁっ! でちゃ…あっ……』

――っ……お姉さん…その『声』我慢出来てる? ……どうして譲っちゃったんですか……篠坂さんに…私に……。

『声』だけじゃない息遣いも、足踏みの音も……。
故意に我慢する変態ではあるのだろうけど……それでも、今まで聞いた『声』からして、人前での失敗を好んでいるようには感じなかった。
今も最後まで我慢を諦めようとしていない、失敗しまいと必死になってる。
潜在的には、追い詰められる状況を求めていた?
故意での我慢の後ろめたさから、順番を譲った?
大人としての立場がそうさせた?
……どれもが少なからずお姉さんの選択に影響を与えたかもしれない。
だけど――……この人は…優しいから。きっとそれが、一番の理由……。

隣の個室では篠坂さんが済まし終えたらしく、急いで個室を出るための音が聞こえてくる。
外のお姉さんの様子は『声』が聞こえなくとも、一刻の猶予もないことが伝わるほどで、篠坂さんはそれに急かされるように個室を開ける。

<ガチャ>「お、お待たせしましたっ」

扉を開けると同時に発せられた篠坂さんの声。直後に個室の中にお姉さんの足音が響き、すぐに扉が閉まる音がする。

「あ、あぁっ、や、ちょっと…まっ……ぁっ! …やっ」『あぁ、でちゃ……出ちゃってる……待ってよっ…は、早くっ……』
<ぴちゃ、ぴちゃ……>

私の個室で鳴っていた音消しと恥ずかしい音も既に止み……隣から確かに聞こえる、床に落ちる雫の音。
足踏みが響く中で聞こえるその音は、準備を終えていないのに始まってしまっていることを表していて……。
そして――

「あぁ……っ、はぁ…はぁ…」<じゅぃぃ――>

深く熱い息遣いと共に、水面を穿つような音が聞こえ始める。私は後始末を終えて、お姉さんの音を隠すようにして水を流す。
被害の大きさはまだわからないけど……きっと私のせいでお姉さんは間に合わなかった……。

……。

私は立ち上がり視線を下へ向ける。
自身のスカートには、皺が出来た真ん中に、ほんの少しの染みが出来ていたが――……大丈夫、これくらいなら……。
押さえる手に湿っぽい感覚を感じてはいたが、それは本当に指先だけ。水が跳ねて付いたような、それくらいの大きさの染み。
ただ下着は……個室の中での失敗を含め、酷いの言葉に尽きる……。

737事例17裏「雛倉 雪」とテレパシスト。@呉葉 13:2020/07/12(日) 22:23:51
私は深呼吸して、身だしなみを整え個室の扉を開ける。

「あ、朝見…さん……えっと…その、順番……ありがとう…ございます……」

個室の前には篠坂さんが居て、深々と頭を下げながらお礼を言う。
その後上目遣いにこちらを見てくる彼女に、私は個室での『声』の事を思い出し、顔が熱くなるのを自覚して顔を背ける。

――それに……お礼なんて……、結局私の順番に、変化は無かったわけで……。

『はぁ……はぁ……凄く気持ち良い…けど……うぅ、完全に失敗した……しかも学校でなんて……』

――……っ、気持ち良いって……我慢してたから、ただ解放感がって意味…ですよね? ……それもちょっと変な気がするけど。
けど、だけど……私がそんなこと……それ以上に駄目なのは私だから……。

故意に我慢するお姉さん……だけど、彼女は周りの人を助けることが出来る。
篠坂さんも、私も……助けられた。
雛倉さんも同じ。私よりずっと誰かを助けられるだけの行動が出来る……。
だったら私は……その二人の趣味趣向に嫌悪感を抱けるほど出来た人間なのだろうか。
良くない事、いけない事、酷い事、最低な事……そんな言葉を、誰も助けられない私が言えたことだろうか。

……。

背けた顔を篠坂さんへ向ける。
未だ、申し訳なさそうな上目遣いでこちらに視線を向けていて……。

「……お礼なら……お姉さんへ言ってあげてください……」

私にお礼を言うなんて間違ってる……。
それを受け取ることなんて出来てないし、資格もない。

「え、で、でも……すぐに声を掛けてくれたのは朝見さんでしたしっ
えっと、沢山……その、我慢してるのに譲ってくれたのは……嬉しかった…というか……」『た、“沢山”は余計だったっ! 私馬鹿っ!』

違う……私は自分が我慢してるって思われたくなかっただけ。
私は後ろめたさから再び視線を逸らす――……沢山とか言われて恥ずかしいのもあるかもだけど。

……。

<ジャバー>

個室から響く水を流す音が、気まずい沈黙を壊してくれる。
篠坂さんは個室に視線を向けて、私は視線を落とす。
謝らなきゃいけない……私のせいで失敗させてしまったことを……。

<ガチャ>「ね、ねぇ……えっと、誰もいない…かな?」『あう…どうしよ……』

その声に、私も気まずい気持ちを抱いたまま視線を上げる。
個室の扉を少しだけ開けて、顔を覗かせるお姉さん……。
そういえば、篠坂さんが来て以降は、新たにお手洗いに入ってきた人はいない。

「だ、大丈夫ですっ、私たちだけです!」

篠坂さんがオドオドしながらも力強く言う。
恐る恐る出てくるお姉さんはロングスカートの前をカバンで隠す様にして、それでも隠し切れない染みが良く見なくても確認出来て……。
顔を赤くして「えへへ……」と自嘲気味に笑って見せる。
もし、私と順番を換わらなかったら……その被害は隠せる程度のものだったはずで……。

738事例17裏「雛倉 雪」とテレパシスト。@呉葉 14:2020/07/12(日) 22:25:12
「あの、順番、ありがとうございますっ……」『あう……やっぱり失敗させちゃってた……』

篠坂さんが勢いよく頭を下げてお礼を言う。
お姉さんはその様子をオドオドしながら対応して……――二人ともオドオドしてる……このままじゃ見つかるのも時間の問題なんじゃ……。

「あの、とりあえず……手洗い場に……」

私はそう二人に伝え、移動し手を洗う。
お姉さんのスカートの染みは殆どが前なので、今お手洗いに人が来ても、手を洗ってる間は染みを見られることはないはず。

「こ、このあとは……?」

……。

「し、篠坂さんは、もう教室に戻ってもらっていいから、仕事抜けてきたわけだし……」
「で、でも――」

何かしてあげたい……篠坂さんはそんな顔でこちらを見るが、そんな表情や挙動不審な仕草
それに外し忘れのヘッドドレスも非常に目立つ。背が低いのも周囲の視線を下げる原因になり得る。
一緒にいると注意を引きかねない。

私は一度篠坂さんから視線を外す。

「お姉さんは……この後、私の後ろに付いてお手洗いの裏に回りましょう」

お手洗い裏……渡り廊下から中庭じゃない方へ降りれば行ける。そこなら出し物なんてしていないし、身を隠せる。
篠坂さんには「三人だと目立つから」と短く説明すると、少し悩んだ末に「わかりました」と言って先にお手洗いを出ていく。
私たちも遅れてお手洗いを出て、目立たないように渡り廊下から外れて身を隠す。

「はぁ……あとは駐輪場まで行けば……」

お姉さんはどうやら自転車で学校まで来たらしい。
家に寄っていなかったら、自転車はなかったはずだから――と言っても家に寄っていなかったら、そもそも紅茶なんて3杯も飲まなかっただろうけど。
そしてカバンの中から袋に入った靴を取り出す。来客用のスリッパは中庭とか歩くのに不便なので持ち歩いていたらしい。

「ありがとね、呉葉ちゃん」

――っ……なんで……。

靴を地面に置いて、笑顔と言うには少し苦しい表情でこちらを見ながらそんな台詞を言う。

「……お礼を…言われる資格なんて無いです……順番を譲って貰って……助けられたのは……私…です……」

「そう? 今助けられてるのはどう見ても私だと思うんだけど」

違う……違うのに、お姉さんは本当に不思議そうに私を見る。
こんなことになったのは私が我慢出来なくなって、仕草を隠せなくなって、順番を譲らせちゃったから……。

「これは私のせいで――だから、当たり前のことで……
私は……助けられるんじゃなくて…誰かを助けられるような人になりたかった……ずっと……」

――何言ってるんだろう……こんなこと言っても困らせるってわかってるのに……。

弱かった自分を磨いて、あの頃の助けられてばかりの私から変わりたかった。
誰かに手を差し伸べて救える人に……。

――「あーちゃん、ありがとう……いつか私も正義の味方になってみたい、……ううん、なるからっ」――

「えっと、私を助けられてないって思ってるの? 貴方がそれを決めるのはきっと……違うと思う……」

――……え?

「私が助けれらたって思ったんだもん…否定しないで……向かうトイレの選択、案内だって私は助けられたと思ってる。
トイレの順番を弥生ちゃんに譲る決断が出来たのも、きっと呉葉ちゃんが先に言ってくれたおかげ……
あの時それを言えなくて……もし弥生ちゃんが間に合わなかったらって思うと……。
だから私は助けられたの、だから私は呉葉ちゃんの助けになりたかったの、持ちつ持たれつみたいな?」

……。
お姉さんの言葉は、私を気遣って言った綺麗事?
違う……この人はそうじゃない。

「な、なんか勘違いしてたら…へ、変な事言っちゃったかな?」

お姉さんは顔を赤くして誤魔化すようにして苦笑いをする。
私は首を横に振る。

「良かった、ちょっとは最後に先輩出来たかな? あはは、なんて、こんな格好じゃそうも言えな……
――って違うからね! これは呉葉ちゃんがどうとかじゃなくてっ、私が我慢できなかっただけ、いつもならこう、もうちょっと落ち着いて宥めなれたはずでっ――」

私がまた気にすると思って必死にフォロー入れてくれてるのはわかる。
だけど、「いつもなら」とか……言わないで欲しい。
本当にこの人は変態で天然でそして……優しい人。

『でも……実際結構溜まってたよね? 計量したらどれくらいだったんだろ?
あぁ、それより、人前で限界とか言っちゃたり――というかおもらしまでしちゃうなんて…あぁー…うぅー……』

……。
計量も酷いとは思うけど……粗相したことに恥ずかしさだけじゃない感情を僅かに混ぜるのやめてください。

739事例17裏「雛倉 雪」とテレパシスト。-EX- 1:2020/07/12(日) 22:27:18
**********

「はぁ……」

生徒会室で一人、わたくしは大きく嘆息する。

……。

結局お昼以降は、文化祭を楽しむことも出来ず、仕事も殆ど手に付かなかった。
わたくしは気が付いていなかった。
全て受け入れているつもりでいた。

「また…昔みたいに――ふふふ……確かに言ってましたね…思っていました……」

昔みたいに……。
口にも出していた本当の気持ち……それなのに何も自覚できてなかった。

ふと、目の前――生徒会長の席の前に影が見える。
椛さんはわたくしの分の仕事も終わらせて少し前に帰ったし、他の役員も既に見送った。

「ったく、らしくないメールばっかり……はぁ…送ってこないでよ……」

内容や声から相手が誰なのか特定できた。
視線を上に向けるまでもない……きっと呉葉から大体の話の流れを聞いて、此処に来たのだろう。

「止めようかな、綾菜さんを生徒会に誘うの……。どう思う、鞠亜?」

……。

鞠亜は何も答えずにわたくしの言葉を待っている。
綾菜さんの記憶を取り戻させたくない彼女からしたら、さぞ満足のいく選択のはずなのに。

「……わたくしはずっと綾菜さんを確りと見てきたつもりでした……引きずってるのは呉葉と鞠亜…だと」

綾菜さんの事故の後、二人は沢山泣いていた。
現実が受け止められなくて、泣いて泣いて……。

「なんで皐は自分が引きずってるって自覚してなかったかわかる?」

自覚……確かに。
きっと二人は自覚していた……。

「泣かなかったからだよ……綾に会えなくなってから、ボクと呉葉がずっと泣いてて……それを皐がずっと泣かずに励ましてくれてたから……」

「……それが何だって言うの?」

確かにわたしくはあのことで泣いた覚えなどない。
悲しくなかったわけじゃない……だけど……。

「……皐だけが一つ上のお姉さんだったから、確りしなきゃって……
だけどそれはきっと目を逸らすための建前で、皐の中にはずっとあの時が壊れず残ってた」

……。

「受け入れて……あの日、綾は忘れた…ボク達の全てを。……綾は公園の集まりの中心だった、だから同時にあの関係も壊れた」

――やめて……。

「公園で沢山遊んだ全て、話した事全て、ボク達が覚えてる思い出……綾は覚えていない」

「やめてよ! もう、やめて……」

「……聞きたくない? でもボクは言える、きっと呉葉も言える……」

わたくしは視線を上げる。
鞠亜らしくない、申し訳なさそうな顔でわたくしを見ている。

740事例17裏「雛倉 雪」とテレパシスト。-EX- 2:2020/07/12(日) 22:28:12
「……わたくしは…失いたくなかった……あの時を……ぅ…ず、ずっと4人だと……思ってた……
っ…泣いて崩れる二人を見て……目を逸らして…二人だけを見て……っ……」

初めてだった……お金持ちに生まれて、息苦しい世界で唯一仲間と言える関係を築けた。
目を逸らして、二人を励まして……そうしていれば、元通りになるんだって……思っていた。
そうじゃないって二人はわかっていたから泣いていたのに……。

――っ!

いつの間にか皐は隣で屈んで、わたくしの手に手を重ねて……。

「本当……無理しすぎなのよ……だからこうやって皐は時々壊れちゃう」

「っ……こ、壊れるって……何よっ……」

「生徒会長とかお嬢様とか……そういうの時々やめない?
そして、甘えなよ……ボクに、呉葉に、皆に……」

自身の頬が濡れていることに気が付く。
その雫が鞠亜の手に落ちる。

「ぅっ…ぁ……ま、鞠亜に…甘えるとか……く、屈辱です……」
「酷くない!?」

「ごめん、皐……こんなに悩んでるなんて私、思ってなかった……」

――っ!

もう一人の声に私は情けない顔を上げる。
そこには呉葉が居て……。

「ちょ、ちょっと…っ……ま、鞠亜貴方、わたくしを騙してっ」
「別に呉葉が居ないなんて言ってないし」

――ま、鞠亜はともかく、呉葉にまでこんな醜態っ……。

「あぁ、もうっ! 今吹っ切りました! こんな姿見ないで下さい!」

わたくしは恥ずかしくなって鞠亜の手を解いて立ち上がる。
大きく深呼吸して指で涙を拭い、鞠亜に視線を下ろす。
わたくしにこれだけのことを言った彼女には、言いたいことがある。

「鞠亜、一応、感謝はしておきますけど……貴方ももっとわたくしたちを頼って下さい!」

鞠亜はずっと何かを隠してる。
あの日、加害者と被害者以外で唯一事故現場に居合わせたらしい鞠亜……。
鞠亜は小さく嘆息して立ち上がり、今度は鞠亜が私を見下ろす。

「……何度も言うけど、それは話す気はないよ……
悲しいことは分け合えばいいとは思うけど、罪は犯した者だけが背負うものだから……」

「何が、“ふ、罪は犯した者だけが背負うものだから……”よ! 中二病!」

「なっ! “ふ”とかつけてなかったでしょ!」

――まぁ、言ってなかったけど。

わたくしが煽ったせいもあって、結局、有耶無耶にされました。

おわり

741名無しさんのおもらし:2020/07/13(月) 03:00:18
朝見さんも最初はクールな強キャラっぽく見えてたけどずいぶん印象変わったなあ……
あとおしっこももっと我慢できる子だと思ってた

742名無しさんのおもらし:2020/07/15(水) 08:50:00
>>724-740
乙です。
個人的には父親死亡説を考察していたんだけど生存の方か。
まあこの状況で離婚は考えづらいので、いわゆる植物状態ってとこだろうか。
あとは、事例5の前編に出てる「車輪の絵」の作者=父親というとんでも展開が考えられるけど、母のハードワークぶりを見るにそっちは薄そうだね。
いずれにせよ今後の展開に期待。

743名無しさんのおもらし:2020/07/15(水) 19:24:39
更新ありがとうございます!
"緊張や動揺、不安に直面すると喉が乾き、持参のお茶をついつい飲んでしまう割る癖"が存分に発揮された回でしたね。
また、徐々に綾菜達の過去が明らかになってきた感じがしますね。
事故であり、被害者と加害者があって、罪とも言えて、そして雛倉父との関係、まだまだ謎があって楽しみです。

744名無しさんのおもらし:2020/10/03(土) 20:23:02
男だけど何度か限界まで我慢試してから読み直したら
人物の行動とか心理とか共感できるようになってシコリティ増した

745名無しさんのおもらし:2020/11/19(木) 17:45:06
あげ

746和泉遥:2020/11/20(金) 06:42:40
和泉遥
1982年10月31日
さそり座
AB型(RH−で、父A型、母B型、姉O型)
身長162cm
体重51kg
靴のサイズ24cm
加藤あい似のハーフ顔の美人
愛知県名古屋市出身
ポルシェカイエン(銀)を所持

747足立聡:2020/11/20(金) 06:43:46
足立聡
1986年5月21日
おうし座
AB型(RH+で、父B型、母A型、弟O型)
身長174cm
体重62kg
靴のサイズ27cm
千葉雄大似の可愛い系イケメン
宮城県仙台市出身
ジープグランドチェロキー(黒)を所持

748和泉遥:2020/11/20(金) 06:46:37
本体は先日、私和泉遥がプールに入る前に尿検査をした夢と、私和泉遥がサービスエリアのトイレでおしっこをした夢を見ました、これは本当です

749和泉遥:2020/11/20(金) 07:04:33
>>746
色白の美人
胸は大きめのDカップ
マン●は陰毛濃いめ、ビラビラもクリトリスと小さめ、クリトリスは少しだけ皮が被っている、色はピンク、性的に興奮すると、ビラビラが大きく開き、クリトリスも3分の2が露出して、尿道や膣がトロトロになる

を追加します

750和泉遥の本体:2020/11/20(金) 07:07:31
私のオリキャラは、栗山千明似か香里奈似か加藤あい似のどれかにしようと思いましたが、結論は加藤あい似にします、なぜなら最近、加藤あい似のオリキャラがトイレでおしっこをしている夢を見ることが多いからです(^ω^)

751名無しさんのおもらし:2020/11/21(土) 21:34:33
新作希望

752和泉遥:2020/11/22(日) 07:39:56
おはようございます、私の身長は164cmが正解です、本体の思いつきと間違いでした、私のデータを改めて書きます

和泉遥
1982年10月31日
さそり座
AB型(RH−で、父A型、母B型、姉O型)
身長164cm
体重51kg
靴のサイズ24cm
加藤あい似の色白のハーフ顔の美人
真面目で責任感が強いが、直情的で負けず嫌い
愛知県名古屋市出身
ポルシェカイエン(銀)を所持
軽度の知的障害者
胸は結構大きめのDカップ
マン●は陰毛濃いめ
ビラビラもクリトリスと小さめ
クリトリスは少しだけ皮が被っている(いわば軽いクリトリス包茎)
色はピンク
性的に興奮すると、ビラビラが大きく開き、クリトリスも3分の2が露出して、尿道や膣辺りがトロトロになる
性別年齢関係なしに、相手からはマン●が綺麗とか美マンとかよく言われる

753三軒家万智:2020/11/22(日) 08:01:10
私のデータも書きます

三軒家万智
1983年2月20日
うお座
AB型(RH+で、父B型、母A型、姉O型)
身長162cm
体重48kg
靴のサイズ24、5cm
北川景子似の色白の和風顔の美人
素直で気配り上手だが、頑固で短気
兵庫県神戸市出身
レクサスIS(黒)を所持
軽度の知的障害者
胸はやや小さめのBカップ
マン●は陰毛薄め
ビラビラもクリトリスも小さめ
クリトリスは露出している
色はピンク
性的に興奮すると、ビラビラが大きく開き、クリトリスが100%露出して、尿道や膣辺りがトロトロになる
あまり相手からはマン●が綺麗とか美マンとかは言われたことない

754三軒家万智:2020/11/22(日) 08:03:21
私のデータ修正します

私もデータ修正します

三軒家万智
1983年2月20日
うお座
AB型(RH+で、父B型、母A型、姉O型)
身長162cm
体重48kg
靴のサイズ24、5cm
北川景子似の色白の和風顔の美人
素直で気配り上手だが、頑固で短気
兵庫県神戸市出身
レクサスIS(黒)を所持
軽度の知的障害者
胸はやや小さめのBカップ
マン●は陰毛薄め
ビラビラもクリトリスも小さめ
クリトリスは露出している
色はピンク
性的に興奮すると、ビラビラが大きく開き、クリトリスが100%露出して、尿道や膣辺りがトロトロになる
あまり相手からはマン●が綺麗とか美マンとかは言われたことない

755三軒家万智:2020/11/22(日) 08:03:40
私のデータ修正します

私もデータ修正します

三軒家万智
1983年2月20日
うお座
AB型(RH+で、父B型、母A型、姉O型)
身長162cm
体重48kg
靴のサイズ24、5cm
北川景子似の色白の和風顔の美人
素直で気配り上手だが、頑固で短気
兵庫県神戸市出身
レクサスIS(黒)を所持
軽度の知的障害者
胸はやや小さめのBカップ
マン●は陰毛薄め
ビラビラもクリトリスも小さめ
クリトリスは露出している
色はピンク
性的に興奮すると、ビラビラが大きく開き、クリトリスが100%露出して、尿道や膣辺りがトロトロになる
あまり相手からはマン●が綺麗とか美マンとかは言われたことない

756和泉遥&三軒家万智:2020/11/22(日) 08:07:20
>>754は本体が連投してしまったので無しで
私たちはAB型です
私たちは顔がぼちぼち良いです
私たちは美マンとはよく言われます
私たちは毎日おしっこ我慢とかオ●ニーをしています(〃ω〃)

757和泉遥&三軒家万智:2020/11/22(日) 08:14:55
>>755も間違えたので無しで、どちらも見なかったことにしてください
私たちはお茶や水をたくさん飲んで、何分から何時間かして尿意を催し、何時間もおしっこを我慢して、トイレでおしっこをした時の開放感?は格別です^^
また、私たちや本体はお茶や水をたくさん飲むことで、血液中の老廃物が浄化?され、それをおしっことして出すことで、私たちや本体の肌は多分綺麗になると思います

758天王寺美咲:2020/11/22(日) 08:25:19
天王寺美咲
1982年10月31日
さそり座
AB型(RH−で、父A型、母B型、姉O型)
身長164cm
体重51kg
靴のサイズ24cm
香里奈似の色黒のハーフ顔の美人
真面目で責任感が強いが、直情的で負けず嫌い
愛知県名古屋市出身
ポルシェカイエン(銀)を所持
軽度の知的障害者
胸は結構大きめのDカップ

759三村瞳:2020/11/22(日) 08:26:40
三村瞳
1983年2月20日
うお座
AB型(RH+で、父B型、母A型、姉O型)
身長162cm
体重48kg
靴のサイズ24、5cm
栗山千明似の色白のハーフ顔の美人
素直で気配り上手だが、頑固で短気
茨城県水戸市出身
レクサスIS(黒)を所持
軽度の知的障害者
胸は普通のCカップ

760天王寺美咲&三村瞳:2020/11/22(日) 08:28:44
私たちもAB型です
私たちも顔はぼちぼち良いです
私たちも毎日オナニーやおしっこ我慢をします(〃ω〃)

761和泉遥:2020/11/22(日) 09:16:23
三軒家万智は存在しません

762名無しさんのおもらし:2020/12/09(水) 00:15:59
あげ

763名無しさんのおもらし:2020/12/16(水) 22:27:46
新作

764名無しさんのおもらし:2020/12/16(水) 22:28:10
希望してるのである

765高橋美穂:2020/12/20(日) 09:37:02
私はおしっこ我慢&オナニーで興奮します(〃ω〃)

766高橋美穂:2020/12/20(日) 09:37:55
あ、私は顔や髪型などが香里奈に似ているとよく言われます

767事例の人:2020/12/31(木) 20:50:20
>>741-743
感想とかありがとうございます。>>744も私宛かな? ありがとうございます。

お久しぶりです、待ってて貰ってる方には感謝ですね……
当然ですけど今年最後の投稿です。
長いです、我慢まで遠いです、いつもスイマセン。
良いお年を

768事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。:2020/12/31(木) 20:51:41
「もうすぐ開店だね」

弥生ちゃんが隣で私に話しかけ、それに私は頷きで返す。
喫茶店の開店準備を済まし、開店時間の8時半までもう少し。
私は朝から1時間半の給仕担当。
弥生ちゃんも同じく1時間半私と一緒に担当。弥生ちゃんに取って1時間半は結構辛い――――当然尿意がという意味――――かもしれないが
昨日の感じだと朝からはそれほど混まないと想像出来るし、いつも授業の合間にトイレに行っているからと言っても、それを超えると間に合わないと言うわけでもない。

「もうすぐ開店だよ、担当の人は準備ちゃんとして」

大きな声ではないが威圧感を感じる冷たい声に私は視線を向ける。
厨房担当のエプロンをした斎さん……ほんの一瞬視線が合ったが無視するように外された気がした。
昨夜マンションでのやり取りのせいか、普段の“普通を装った対応”ではなく“不自然じゃない程度に無視”に格下げされてる気がする。
それに、クラスメイトへの態度も少し――周りの人も何か普段と違う空気を感じ取れているみたいだった。

「えっ!」

そんな中、すぐ近くで瑞希の声が聞こてくる。
何かに驚くような声。その声に同じく近くにいた弥生ちゃんも気が付いたらしく、私と共に瑞希へ視線を向けた。

「あ! いや、何でもない、何でもないよ……わ、私ちょっと出てくるから」

そう明らかに何かある感じに言って瑞希は教室から足早に出ていく。
瑞希の担当は昼以降だったはずなので、出ていくことに問題はないけど――
私は瑞希が見ていた窓の外に視線を向ける。
別に気になる人や物は見つけられない。人なら渡り廊下を歩いていた可能性もあるから、既にこちら側かあるいは昇降口があるあちら側の校舎へ入ったのかもしれない。
気にはなるがさっきの斎さんの態度を見て、その原因を作ったであろう私が教室を出るなんてこと出来るわけもない。
開店が迫り、私は軽く深呼吸する。瑞希の事はあとで問い詰めて見よう。
一人の生徒が教室の扉に近づく、そして――

「1-B、メイド偶に男装執事喫茶開店でーす。おかえりなさいませお嬢様ーっ!」

元気の良い褐色メイド――檜山さんが扉を勢いよく開いて挨拶をする。
それと同時に、開店待ちをしていた人が教室に入り、案内の求める。
一組二組――開店直後ならそれくらいだと思っていたが、すぐに席の大半が埋まる。
少しだけど予想を上回る客足……それに一部私への視線を感じて違和感を感じる。

「(あの子かな、SNSの銀髪の子って)」
「(そうなんじゃない? あーでもウィッグかもだし別人かもね、顔は隠してあったし)」

聞こえてくる一組の会話――……なるほど、星野さんのせいだったか。
今はその一組だけか、あるいはみんな態度に出していないだけなのか。
私は居た堪れなさから逃れるため、厨房の方へ注文されたコーヒーを取りに行き、視線を下げ、お客から見えないところで小さく嘆息した。

769事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。2:2020/12/31(木) 20:52:16
「良いざまね、写真なんて取られるから」

――っ!

驚き顔を上げると視線を逸らしたままコーヒーを用意していた斎さんが居て――

「(き、昨日は言い過ぎた……ごめん)」

小声で言われた言葉に、私はさらに面を食らう。
昨夜の斎さんの感情的な態度――あれはきっと本音なのだと思った。
もちろん、それは今でもそうだと思ってる。本音から溢れた言葉……。
それでも今の謝罪は、それを言葉にしてしまったこと――私に向けたことへの謝罪。

――……だったら…今日の斎さんの態度の違和感って……怒りからじゃなく、気まずさや、後悔からのもの?

「っ……」

言葉に詰まる。斎さんの優しさに苦しくなる。

「(っ…変な事言った……)は、早く持って行って」

「う、うん……」

私が反射的に受け取ると斎さんは離れていく。
……結局、動揺しすぎて何も返すことが出来なかった。

770事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。3:2020/12/31(木) 20:53:05
――
 ――

しばらくして客足も落ち着いてきたように感じる。
それでも、昨日よりも忙しい。それが星野さんによる影響かどうかはわからないけど。

「雛さん!」

丁度給仕が一通り済み、仕事がなく手持無沙汰になっていると、弥生ちゃんが話しかけてくる。
いつも以上に笑顔で嬉しそうな顔で。

「実はですね、今日会って貰いたい人が居まして…予定だともうすぐここに……その、会って貰えますか?」

本当に終始笑顔で……疑問形で私にお願いをしてはいるが、断ることなど微塵も考えていないように見える。

「……えっと…その会って貰いたい人って?」

弥生ちゃんを信用していないわけじゃないが、見ず知らずの人に会うのは正直言って気が進まない。
会うにしても、どんな人物なのか、弥生ちゃんとはどんな関係なのかくらいは知っておきたい。
――まぁ、来店するのだから会わないって選択は難しいのだけど。

「えっとですね……私の中学の時の友達なんです」

――……もしかしてそれって昨日の弥生ちゃんの電話の相手? 私と同じで「ヒナさん」って呼ばれていた……。

「……その友達の名前は?」

「それなんですけど、吃驚させたいから教えないでって言われたんですけど……もしかして知り合いだったりするのかな?
というか、どことなく似てる感じも……?」

――……知り合い? 似てる?
中学の時は弥生ちゃんと友達だった人……弥生ちゃんは私立中学だったはずだから、私と面識があるとすれば小学生の時?
小学生の時に私立中学へ行った人で、あだ名がヒナさん――って、そんな人一人しかいない。

「あーやなっ!」

背後から急に抱き着かれる。隣では弥生ちゃんが「ヒナさん!」と私の後ろの人に向かって言ってる。

「っ……はぁ…やっぱり、雛乃……」

「はーい、正月振りー」

椿 雛乃(つばき ひなの)。
小学校の時のクラスメイトであり、同い年の従妹。

「ってか、もっと驚いても良いぞ!」

「……どうでもいいけど、席に座って頂けませんか、お嬢様……」

私の冷めた返しに、詰まんないと言いたげに嘆息してから私から離れ、近くの椅子に腰かける。
まさか、雛乃が弥生ちゃんの友達とは……。

「雛さん、やっぱり知り合いだったんですね!」

その通りだと私が口を開こうとすると――

「そだよー、従妹であり小学校時代はライバルっ!」

私より先に雛乃が答える。
……呼び名が紛らわしい……。

771事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。4:2020/12/31(木) 20:53:48
「ライバル! 雛さん達が! 何か凄そうです!
……って言うか従妹なんですかっ!?」

ライバルだったのかはよくわからないけど
私としてはその話は掘り下げてほしくないのだけど。

「まぁ、そんな詰まんない話じゃなくて……そうだ、弥生ってまだトイレ近かったりするの?」

従妹の話までバッサリ切り捨てた雛乃の態度に少し安心する。
だけど、そういう話題になるのか……弥生ちゃんには悪いけど、反応が楽しみではある。

「っ!? (な、な、なんでそんな話になるんですかっ! 今の流れは絶対二人の話になる流れでしたっ!)」

小声で真っ赤になって雛乃に詰め寄る弥生ちゃん――……可愛い。

「(高校でも失敗とかしちゃってたりして?)」
「(し、してませんっ!)」
「(本当かな?)」
「(ほほ、ほんとですっ!)」
「(ほんとにほん――)」「(ほんとにほんとですっ!)」

二人のやり取りから、仲が良かったことが窺い知れる。
弥生ちゃん自身、本当に恥ずかしそうにしているけど、萎縮せずにこんなに全力で相手をするのは限られた人だけだと思う。

「(そう、じゃあさ、綾菜、“高校生にもなっておもらしする子とか友達になれないわぁー”って言ってあげて)」

「なっ…え、うぅ……」

弥生ちゃんが真っ赤に染まった顔を歪めて、私に視線を向ける。
これは「言わないでください」と言う視線なのか「話を合わせて言ってください」と言う視線なのか判断できない。

「(うそうそ、わかってるから、おもらししてるの)」
「(ひ、ひどいっ!)」

私が話に入る隙も無く、恥ずかしいやり取りが続いていく。
……。

「でも、そっかー今でもかー……綾菜は何回失敗しちゃったの見た?」
「なっ(や、止めてくださいっ!)」

私はどう反応していいか分からず黙って視線を逸らす。
だけど、私がしたその反応は、一回は見たと言っているようなもので――

「っ! 綾菜見たんだっ! 私は見れてないのにっ! ずるいぞ!」
「ずるくないですっ!」

「ごほんっ」

厨房への入り口付近から聞こえる咳払い。
私たちは視線を向けると、少し呆れた表情の斎さんがこちらを見ていた。
客入りが落ち着いているとはいえ、流石に声量を落とさない私語は良くなかった。

斎さんは私たちの視線に気が付くとそのまま厨房の方に戻っていく。
私自身は積極的に話に参加していたわけじゃないけど……きっと斎さんから見れば同罪なのだろう。

772事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。5:2020/12/31(木) 20:54:23
「(と、とりあえず……雛さんが知ってる私より、今のがずっと良くなってますから……)」

昔はどれくらい酷かったのか……ちょっと聞いてみたいが
口を衝いただけで実際のところそれほど変わっていないのかもしれない。

「(そう、そこまで言うならテストだぞっ!)」
「(っ!? て、テストって……まさか……?)」

――……テスト?

唐突に出たその単語は、普通なら使わない場面のはず。
だけど、弥生ちゃんには思い当たる節があるらしい。
そして私も話の流れからすれば、どういう目的のテストなのかは理解はできる。

――……昔より我慢できることを証明するためのテスト?

……。

「(前回のタイムは43分だったよね?)」
「(な…、な、なんで覚えてるんですか……)」

弥生ちゃんは今まで以上に顔を赤くして、視線を下げて……。

――……43分? それって――まさか、そういう事? いやでも――

雪姉は飲み始めから2時間が我慢できる限界の境界線くらいらしい。
それで大体一リットルを超えるくらいだとか『声』で言っていた。
43分は短すぎる気もするけど、弥生ちゃんは非常にトイレが近い。
500mlの我慢は弥生ちゃんには辛いはずの量のように思う。弥生ちゃんの言うことを信じるなら、昔はなおさら容量が小さかったはず……。
やっぱり、43分という時間は……飲み始めから我慢できなくなるまでの時間……。

――……いやいや、なんで知ってんの? 前回のタイムって何? 計ったの?

理解すればするほど混乱する。
経緯は知らない……だけど雛乃は弥生ちゃんにテストと称してトイレを我慢をさせたことがある、そういう推測に行きついてしまう。

「(……な、何の話してるの?)」

そういう推測をしつつも信じられず私は二人に問う。

「(それはね――)」「(ちょ、ちょっとまっ――)」「(弥生ちゃんがトイレを我慢できる時か――むぐっ!?)」

雛乃の口が言葉で止まらないのを弥生ちゃんは察し、慌てて手で口を押さえに行ったが……ほぼ聞こえてしまった。
湯気が出て来そうなほど真っ赤で、目も若干涙目で――……可哀想だけど可愛い。
対して口を押えられた雛乃の方は、満足気な表情で笑っている。
そして、雛乃は弥生ちゃんの手をタップして外させる。

「さて、注文――の前に、二人ともお仕事の担当は何時までなの?」

「……私も弥生ちゃんも10時までだけど……」

ショート寸前の真っ赤な弥生ちゃんに代わって、私が質問に答える。
雛乃は右手を顎に当てて、少しの間を開けてから再度口を開く。

「――なら、とりあえず10時半くらいにでも中庭に集合ってことで」

そう言い終えると、すぐにコーヒーを注文して私を厨房の方へ向かうように言う。
厨房でコーヒーを貰い、それをテーブルに持って行くと雛乃はコーヒーを持って立ち上がり、他も見て回りたいと言って教室を出ていく。

結局集合場所を告げてから、私は碌に会話を出来なかった。
弥生ちゃんは、少し抗議の声――――恐らくテストとやらについてだと思う――――を上げていたみたいだけど。

「(はぁ…テスト……あう――)」

抗議は失敗に終わったらしく、弥生ちゃんは時折独り言をぶつぶつと言いながら、給仕をして……。
弥生ちゃんには悪いけど、私はテストとか言うのに興味津々で。
ただ一点、雛乃と一緒という事だけは少し居心地が悪いのだが……。

――……でも、まぁ…基本的には悪い人じゃないし、尊敬できるとこもあったけど……それでも色々あって苦手、なんだよね……。

773事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。6:2020/12/31(木) 20:55:19
――
 ――

10時半。
私は中庭に向かうことにする。

……。

「……はぁ」

心の中だけで留めておこうと思っていた溜め息。
思いも寄らなかった再会、過去の自身の失敗を話すことへの羞恥心、それと一応安堵も。
椛さんからの連絡で保健室に来てみれば予想外の事――いや、予想はある程度できていたはずなのに、それでも混乱してる私がいる。

――……今日は妙な再会が多いなぁ……。
……でも、これから弥生ちゃんのテストとやらがあるわけで……ちゃんと切り替えて楽しまないと。

相当恥ずかしそうにしていた弥生ちゃん。
だけど、そのテストと言うのは失敗まで追い込むようなものではないように感じた。
雛乃自身「見れてないのに」と言っていた以上、そう言うことになる。
それに、もし前回のテストでそこまで追い込んでしまったのなら、今回弥生ちゃんはなんとしても断ったはず。

――……断りつつも、結局受けちゃったのは、弥生ちゃんの自己主張が弱いって言うのもあるかもだけど
たぶん……成長したことを認めて欲しいから――雛乃に……。

「……はぁ」

私は再度嘆息する。
自覚できるくらいには嫉妬してる。

「あ、綾菜! 遅いぞっ」

中庭に向かう渡り廊下で、弥生ちゃんと雛乃に出会う。
定刻通りではあるが、私は一応小さく「ごめん」と返す。

「え、えっと……人、多いですけど、どこで……」

弥生ちゃんが不安そうに声を絞り出す。

「そだねー、見て回った感じ三階の音楽室辺りとかどうかな?
開放されてる割に誰もいなかったし、廊下の人通りも多くない、なによりトイレもそれなりに近いぞ」

見て回りたいと雛乃が言っていたのは、どうやらテスト会場を見繕うためだったらしい。
ふと、雛乃の視線がこちらに向いているのに気が付く。
弥生ちゃんの質問に雛乃が答えた形だけど、どうも私の意見も求めている様子。

「……まぁ…悪くないと思うよ」

悪くないというか、きっとベストな選択だろうと思う。

私たちは保健室近くの階段を登り――――保健室から二人が出てこないかハラハラしたが――――三階を目指す。
いつも隣にいてくれる弥生ちゃんは一歩前で雛乃と話している。

……本当にこの二人は仲が良い。

774事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。7:2020/12/31(木) 20:56:21
「それじゃ、一応先にトイレにいっといれー」

「っ……そう、ですね、……あぁ、普通に文化祭を楽しみたかったのに……」

意気消沈気味にトイレへ向かう弥生ちゃん……。ちょっと不憫。
そんな弥生ちゃんを見送っていると、また雛乃から視線を感じる。

「はぁ……なに?」

私は聞こえるように嘆息して尋ねる。
そんな私を無視して雛乃は音楽室への扉に手を掛ける。

「嫉妬してるでしょ? バレバレだぞ?」

――っ……。

音楽室に入ると雛乃は近くの椅子に背もたれを前に向けて座り、悪戯っ子みたいな顔を私に向ける。
私は一応無表情と無言で誤魔化す。

「可愛いよね、弥生……まぁ、ちょっと優しくしただけですぐに懐いちゃうちょろい子だし、色々心配だけどねぇー」

事実なのかもしれないが友達をちょろいと言われてちょっとイライラする。
……いや、保護者みたいなことを言ってることが気に食わないのかもしれない。

「今のその一見不愛想な感じの綾菜ですら、手籠めに出来ちゃうんだから」

「……ちょ、手籠めじゃなくて手駒に、いや手玉に――いやいや、全部違うけどっ」

そんな私を見て雛乃は笑う。
本当に言い間違いなのか、それこそ私を手玉に取って遊んでいるのか……。
とりあえず私も適当な椅子を見つけてそこに座る。

――っと……そういえば、ちょっとトイレ行きたかったんだよね……。

不意に感じる尿意。
昨日の事もあるし、今日は『声』を優先するつもりではなかったが
流石にこの後の弥生ちゃんがするテストの事を考えれば、トイレに行くというのは勿体ない。
なので、少し前から僅かに感じた尿意をそのままにしている。

――……まぁ、昨日、我慢しすぎたんだから気を付けとかないと……。

限界まで我慢した後はちょっと過敏になってる事が多い。
流石に二日続けての失敗なんてことは、御免被りたい。

<ガラガラ>「あっ、ただいま戻りました……」

弥生ちゃんが音楽室の扉を開けて覗き込み、私たちがいることを確認すると安堵の表情を浮かべて入室してくる。
何も言わずに音楽室に入ったせいで、ちょっと不安にさせてしまったのかもしれない。

「雛さん達は何かお話していたんですか?」

私たちがどういう話をしていたのかが気になるのか、あるいは、私たちの微妙な関係が気になるのか。

「そだねー、従妹でライバルで友達だったし、色々盛り上がったぞー」

――……どこが盛り上がったのか、ついでに言えば友達だったことなんてのもない。
……だからと言って嫌いだったということではないけど。

775事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。8:2020/12/31(木) 20:57:45
「えー、どんな話をして――」「さぁ、テストの時間だ! グダグダに流されないぞ」

楽しく話している途中で割り込まれ、テストという現実を目の当たりにして精神的ダメージを追う弥生ちゃん。
弥生ちゃんは適当な椅子に座って、少し赤らめた不安そうな顔で私を見た後、雛乃へ視線を向ける。

「それじゃ、何分我慢する?」
「え? わ、私が決めるんですか?」
「そうだよ、あの頃の弥生とは違うってところをまずは時間設定って言う覚悟で示してよ。
目標というより、この時間が最低ラインみたいな?」

弥生ちゃんは10秒ほど悩んで口を開く。

「よ、よん…じゅう……八分くら――」「五分しか伸びてないぞ! 刻むくらいなら50分にしちゃえば?」

かなり自信のなさそうな表情で悩んでから、小さく首を縦に振る。

「うぅ…でも何で……雛さんまで一緒なんですか?」

此処での「雛さん」とは私の事だろう。そしてそれは今更ながら当然の不満であり、私にとってちょっとショックな言葉。
答え方によっては出て行く必要があるかもしれない。

「その“雛さん”ってのが紛らわしいので、罰としてオールド雛さんとニュー雛さんにあられもない姿を晒してもらおうかと思って」
「えぇ、だ、駄目なんですか?」
「超駄目、友達に同じあだ名とか超・絶・変! 私が過去の親友みたいだし、綾菜も代替品みたいで絶許ってさっき言ってたよ」
「……言ってない、捏造だから」

――……絶許って声に出すような言葉だっけ?
でもまぁ……許さないって程ではないが、雛乃が言ったことは強ち間違っちゃいない。

「うぅ……これはテストでありながら、罰でもあるってことですか……」

恥ずかしそうにしながら上目遣いで私と雛乃を見て、渋々納得してくれる。
――……というか、納得しちゃうんだ……。

「あ、でも、雛さんは雛さんですし、雛さんも雛さんなので今更変えたくないです」
「雛さんだらけでわけわかんないぞ」

雛乃は少し大きめに嘆息してから、自分の手の平を2回叩く。

「とりあえず始めよっか! えっと、お茶作ってきたから――っと」

雛乃は鞄の中から水筒と取り出し、弥生ちゃんの前に置く。
容量的には1リットルくらいと思われる。

「一気に飲むの辛いだろうから、15分掛けて全部飲んでくれればいいからね。
ただし、ルールがそれだけだとズル出来ちゃうから時間のカウントは三杯目を飲んだ時点から始めるぞ」

「(うぅ、なるほど……最初の三杯はさっさと飲んで、残りはギリギリに飲んじゃうのがいいのかな?)」

雛乃の説明に、弥生ちゃんは独り言のように呟くと、小さく深呼吸してから水筒の蓋にお茶を注ぎ入れる。
そしてそれを口につけようとして弥生ちゃんは動きを止めて雛乃を見る。

776事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。9:2020/12/31(木) 20:58:27
「これ、変わった香りしません? 何茶なんですか?」

「あぁ、それはトウモロコシのひげから作ったお茶だぞ、流石に自家製ってわけじゃないけど」

――っ!

「へー、そんなお茶もあるんですね……よし、飲みます」

弥生ちゃんは不思議そうにお茶を眺めてから、一杯二杯と続けて飲み干す。
あの様子だと、トウモロコシのひげ茶に利尿作用があることは知らないらしい。
私は視線だけを雛乃へ向けるとこちらにウィンクしてきて――……まぁ、当然わざとだと思ってたけど。

だけど、利尿作用とは言うが飲みすぎた場合は結局大きな変化にはならない。
水と比較してほんの数分、我慢できる時間が短くなるかもしれない程度のもの……もちろんそのほんの数分が命取りになる可能性もあるのだけど。

そうしている間に、三杯目――――一杯150mlくらいだと思うから450ml程飲んだ計算――――を弥生ちゃんは飲み終える。
そのタイミングで雛乃が携帯を取り出し、恐らくアプリで時間の計測を「はい、スタート!」の声と共に始める。

……。

スタートしたからと言って、すぐにどうこうなるわけじゃない。
結果、眺めるだけの微妙に気まずい空気。

「あー、えっと、30分くらいは平気だろうし、とりあえずその辺り見て回ろっか?」

雛乃のも同じ空気を感じて思うところがあったらしく、文化祭を見て回ることを提案する。
ちゃんとイベント事を楽しめるとても健全な提案。

「っ! ほ、本当ですか? やった、嬉しいです!!」

弥生ちゃんは立ち上がり、私たちが驚くくらいテンションを上げて両手で小さくガッツポーズをする。

「折角、雛さんたちがいる文化祭なのに、わけわかんないテストで時間を浪費するとか最悪ですもんね!」

「あ、うん、なんかごめんね」

テンションが上がったところに出た本音。やはり相当嫌々だったらしい。
それと、私たちと文化祭を見て回ること……きっとすごく楽しみにしていたのだと思うと、雛乃も私も反省しなくちゃいけない気がする。
そうして音楽室を出て適当に散策する。

「あーっ、お化け屋敷です! 入りましょう!」

視聴覚室を利用したお化け屋敷。
昨日星野さんと来たときは結局中まで入ることはなかった。

「や、弥生はお化けとか平気……なんだっけ?」

「お化けはダメですよ、でもお化け屋敷ってお化けいませんし、怖くないじゃないですか?」

「……そうだね、作り物だし、驚いて騒いで雰囲気を楽しむものだし」

「えぇ…何なのこのふたり……」

雛乃は私たちの言葉に不満げな声をだし、お化け屋敷手前で足を止める。
そういえば、数年前に正月に泊まりに行ったとき、電気を消して寝れないらしいことを言っていた気がする。
怖いとかじゃない、落ち着かないだけとか言っていた覚えがあるけど……。

……。

「……雛乃、電気消して寝れないくらい怖がりだもんね」

「ちょっ! そ、それは違うって言ったぞ!」
「それじゃ入りましょう!」

弥生ちゃんが知ってか知らずかアシストして、雛乃の背中を押す。

「いやー! これお化け屋敷ハラスメントだぞ!」
「そんなハラスメント聞いたことありません♪」

そんな二人に私は一歩遅れてついていく。
微笑ましい……だけど、やっぱり少し妬けてしまう。

777事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。10:2020/12/31(木) 20:59:25
――
 ――

「……なんで途中から私が真ん中で、両手の自由が奪われたの?」
「やっぱりお化け屋敷ですし、こう、誰かに摑まるのって醍醐味だと思うんです!」
「や、弥生がめっちゃ押してくるから、綾菜を盾にしてただけで怖かったんじゃないぞ!」

意外な弥生ちゃんの一面。完成度が高いわけではなかったが稚拙というほどでもなかったお化け屋敷を一切怖がりもせず全力で楽しんでいた。
小道具やセットなんかにも興味を示していたりと余裕たっぷりだった。
一方、雛乃のほうはびっくりするほどの怖がり。痛いくらいに腕をつかまれて跡が残りそう……だけど、不覚にもちょっとかわいいと思ってしまった。

「うぅ、弥生、もうすぐ15分だから全部飲み切るんだぞ……」

「あ、そうでした……そうだったんでした」

ズーンという文字が弥生ちゃんの周りに見えるくらい露骨に落胆する弥生ちゃん。
いつもより過剰に見せるリアクション――……無意識なんだろうけど、それだけ雛乃との時間を楽しんでいるってことだよね。

……。

弥生ちゃんと雛乃がいつから仲が良かったのか正確にはわからない。
だけど、雛乃は友達を作ることに関して妥協しない性格だったことから
比較的与し易いであろう弥生ちゃんを後回しにしてたとは考えにくいので、私よりも付き合いは長く深いと思う。
同学年なら出会う人すべてを友達にしようと目論み、ヒエラルキーの頂点を目指す……少なくとも小学生時代はそんな子だったから。

――……あれ? なんで雛乃は弥生ちゃんに会いに来たんだろう? 雛乃なら中学時代の友達よりも、今の友達を優先しそうなものなんだけど……。

友達を作ることは手段であり、目的はヒエラルキーの頂点のはず。
まぁ、仲が良かったわけではないのだから、雛乃の事を深く理解してるわけじゃない。
喉を鳴らして急いでトウモロコシのひげ茶を飲む弥生ちゃんを雛乃は楽しそうに見ている。
雛乃にとって、弥生ちゃんはその他大勢の友達とは違う特別なのかもしれない。

「はぁ、の、飲みました。間に合ってましたか?」

「大丈夫、今14分過ぎたとこだぞ」

どうにかトウモロコシのひげ茶を飲み切る。
弥生ちゃんは小さく嘆息してから私たち二人に視線を向ける。

「ま、まだ大丈夫なので、もう少し見て回りたいです」

少し顔を赤くして弥生ちゃんは言う。
「まだ大丈夫」と言われると既に尿意を感じているような気もするが『声』は聞こえないし、飲み始めて15分では早すぎる気がする。
この先、飲んだ水分に追い詰められることが容易に想像出来てしまったから出た言葉――ということなのだろう。
そして、その姿を私たちに見られることを意識して、顔を赤くして――凄く可愛い。

――……見て回るところか……弥生ちゃん自身特に案があるわけじゃないのかな? それなら、えっと――

……。

「……そういえば、二年生のどこかのクラスでバルーンアートを展示してるとこがあって、二日目は体験もできるって聞いたよ」

「っ! いいですね! 楽しそうです!」

何かを作ったり、芸術的なことを好む弥生ちゃんならそう言ってくれると思っていた。
私たちはさっそく、教室棟の二階へ向かう。

「(いやー綾菜は鬼だねぇ、体験とかしてる途中に催して困るやつだぞ?)」

道中、雛乃が近くまで来て小声で耳打ちする。
意図して言ったわけじゃない。弥生ちゃんが好きそうなものを選んだに過ぎない。
……だけど、言葉にする直前にはそういうことが起きるであろうことは頭をよぎった。
それでも口にするのを止めなかったのは、確かに打算が働いたから……。
弥生ちゃんには辛い試練となるとわかっていて提案、雛乃が言う鬼という指摘は概ね正しいのだと思う。

「(やっぱり綾菜って我慢してる子とか好きなの?)」

無言でやり過ごそうとすると、さらに無視し辛い内容で揺さぶってくる。
きっと確証があって言ってるわけじゃない。

778事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。11:2020/12/31(木) 21:00:15
「何を二人で話してるんですか?」

前を歩く弥生ちゃんが私たちの内緒話に気が付き振り向く。
内容が内容だけに、本当のことは言えないし、適当に誤魔化すと雛乃が引っかき回してきそうだし。

「かわいいよ弥生、かわいいよ、って話」
「え!? い、意味不明です!」

満更でもない様子を見せた後、慌てた様子で前を見て歩みを進める。

「(ちょろいよね)」
「(……今のは私もちょっと思っちゃったけど、口にはしないで)」

そしてバルーンアートをしてる教室に辿り着く。
三人で中を覗くと体験スペースと思われるところに空きがあった。

「……ほら、弥生ちゃん一つ空いてるから、私は展示とか弥生ちゃんの見てるし、雛乃もそんな感じでしょ?」
「うん、そんな感じー」

私たちの言葉に弥生ちゃんは若干人見知りの表情を発動しつつ、恐る恐る席に着く。
祭りでのかたぬきの時のように次第に興味を示す表情に変わっていくのを確認してから私は展示されてるものに目を向ける。

『ん…嘘、もうなの? ……このタイミングで来ちゃったよ……』

――っ!

弥生ちゃんの『声』。
展示物を見ながらさりげなく視線を弥生ちゃんに向けるが、まだ感じ始めたばかりの尿意、見た目には特に変化はない。

「(飲み始めてから25分経過か、そろそろ行きたくなってても不思議じゃないかな?)」

いつの間にか隣に来ていた雛乃が展示物に視線を向けながら小声で呟く。

「(……何、前回のテストの経験則?)」

「(ま、そんなとこー)」

ちょっと羨ましい。
今日こうして再度こういう事が出来たことから空気を悪くすることなく実施できたのだと思う。

私は呆れるように嘆息して、展示物に視線を移す。
そんな雛乃もしばらく私と並んで展示物を見る。

『ふぅ……うぅ、やっぱり早い…コーヒーの飲み比べしてた時みたいな感覚……』

急激に増してくる尿意に不安を感じている。
私は展示を見るのをやめて弥生ちゃんの隣でバルーンアート体験の様子を見る。

「……どう? 作り方教わった?」

「あっ、はい、風船の膨らまし方と簡単な動物を一つ教えてもらいました」

弥生ちゃんは一瞬私が来たことに驚いたがすぐに先輩の人と作ったキリンっぽいバルーンアートを嬉しそうに見せてくれる。
飲み始めてから30分ほど経つが、まだ強い尿意を感じているわけじゃない。
あと20分で目標の50分だと考えると割と余裕を持ってテストを終了できそうな気がするけど……。

「もう一つ、何か作ってみますね」『ふー、大丈夫、もう一つ作ったら音楽室戻ろうって言おう……』

弥生ちゃんはそう言うと、風船を膨らましながら机の上に置かれた小冊子を見る。
私としてはまだ余裕のある内に、音楽室へ戻ったほうが良いと思って声を掛けたのだけど
弥生ちゃん本人がもう一つと言ったのだから、無理強いはしない。

779事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。12:2020/12/31(木) 21:02:21
「(どう、可愛かった?)」

「(……なにその質問)」

弥生ちゃんが離れるとよくわからない雛乃の質問が私に投げかけられる。
私はそれに呆れたようにして答える。――……まぁ、当然可愛かったけど。
雛乃の視線が弥生ちゃんのほうへ向いたので、私もその視線を追うようにして弥生ちゃんを見る。

『うー、早く作らないと……身体が揺れちゃう……』

そう『声』にした弥生ちゃんの足は小さく揺れていて、尿意を無視できなくなってきているのがわかる。

「(ふむふむ、仕草にちょっと出てきたぞ、隠してるつもりであれなら前回より早いかもね)」

尿意の感じ始め、初期尿意からそれほど時間が経ったわけじゃない。
だけど、すでに仕草に表れる程度には切羽詰まってきてる。
それなりに我慢できる人の場合、容量的に尿意を感じてすぐに限界になるわけじゃないが
弥生ちゃんのように余り我慢できない人は比較的短い時間で急激に尿意が強くなる。
雪姉やまゆ、あと星野さんなんかは多分想像できないくらい。私でさえ、尿意を感じてから30分で限界なんて飲み過ぎていたとしても普段じゃありえない。
当然、限界まで我慢した翌日とかならあり得る話――――今日がまさにそうなんだけど――――ではあるけど、あの急に来る切迫感とはきっと違う気がする。

「っと、出来ました!」

弥生ちゃんがそう言いながら胴の長い何かのバルーンアート持ちながらこちらに視線を向ける。
そんな弥生ちゃんに二人で近づくと私に胴の長い何かの方を私に手渡す。
私はそれを反射的に受け取りお礼を言うが――……なんだろう、イタチとかフェレット?

「えっと、オコジョのつもりです」

弥生ちゃんは私の態度を見て何の動物か説明してくれた。
言われてみれば確かに白の風船だし、胴が長いし。
銀髪の私を意識して作ってくれたのかもしれない。

「それとこっちは……初めに作ったキリンです、イメージ的にネズミが良かったんですが難しそうだったので」
「私のイメージネズミなの!? なんかショック! あ、もしかして夢の国的なネズミ? まぁ、でも弥生の吐息入りだし嬉しいぞ」
「なんか嬉しいの要素が変質者的で怖いです、あとリアルネズミです」

雛乃の気持ち悪い冗談を弥生ちゃんは辛辣に返す。
だけど、その後弥生ちゃんは少し落ち着かない様子で短い沈黙を作る。当然理由はわかってる。

「あ、あの……そろそろ…戻りたい、です」『お手洗い……というか、言葉濁したけど、我慢できなくなってきたって言ってるようなものなんじゃ……』

弥生ちゃんは顔を赤くして座っている椅子でもじもじと身体を動かす。
そろそろ仕草を抑えるのは難しくなってきている。――……とても可愛い。

「まだ36分くらいだぞ? (もう、トイレ辛くなってきた?)」

雛乃が耳元に近づき、私にもギリギリ届く程度の声で弥生ちゃんに意地悪な質問を投げかける。
弥生ちゃんは一層顔を赤くして仕草を隠すためなのか身体の揺れを止める。

「い、いえ……だけど――」
「だったら、もうひとつ、弥生ちゃん自身のバルーンアートも作ろうよ?」

弥生ちゃんの否定に、恐らくわざと雛乃が言葉を挟み、更に意地悪な事を言い出す。

「……」『あと一つ? こんな勢いでしたくなってるのに……』

弥生ちゃんは雛乃の言ったことを真剣に考えて……。
まともに付き合う必要なんてないのに。

「……とりあえず、音楽室戻ろう。大丈夫だとは思うけど音楽室が誰かに取られていたら別の空き教室探さないとだし、バルーンアートなら後でも出来るし。
それに、空き教室が見つからないなんてことになって、最悪テスト中止っていうのは雛乃も望んでないでしょ?」

そう私が言うと弥生ちゃんは縦に首を振る。
雛乃もそこまで食い下がるつもりはなかったらしく、あっさり私の意見に同意する。

780事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。13:2020/12/31(木) 21:03:23
私たちは教室を出て音楽室へ向かう。

『はぁ…んっ……もう結構したい、50分までは絶対我慢しないといけないのに……』

『声』の大きさからみて7、8割くらい。
歩く見た目はそれほど変化がないように見えるが、ほかの生徒もいる中だし平静を装っているのだと思う。
沢山抱えて、平静を装って――だけどこれから向かう先はトイレじゃない。
音楽室、そこで私たちに見られながらの我慢が10分ほど続く。
弥生ちゃんにとっては恥ずかしい時間、私にとっては弥生ちゃんがとっても可愛い時間。

『やー、やっぱり我慢してる弥生は可愛いなぁー』

――っ!

隣の歩く雛乃から『声』が聞こえてくる。
視線だけ気が付かれないように向けると、斜め前を歩く弥生ちゃんを楽しそうに眺めていて――……自分で言うのもあれだけど椿家の血筋、変態多すぎない?
とりあえず雛乃は、揶揄うためにこういう行動をしたと言うより、我慢姿を見るためにしたと考えてよさそう――……両方って可能性もあるか……。

『ふぅ、ようやく音楽室……しっかり我慢して、はぁ…ちゃんとお手洗いに行かなきゃ……』

弥生ちゃんは一応ノックをして、返事がないのを確認してから音楽室の扉を開けた。
雛乃が弥生ちゃんに続いて音楽室に入り、最後に私が入り扉を閉める。

――……ついに、弥生ちゃん鑑賞会……今更だけど、何してるだろ私。

二人は少し前に来た時と同じ席に座り、私もそれに同調する。

「んっ……はぁ……」『これ、結構……厳しい? っ……』
「……」
「……」

「うぅ、な、なにか……喋ってください! む、無言で見られるのは、……んっ、流石に、耐えられません!」

――……うん、私もなんか気まずかった。

「えーこちら現場、只今41分が経過しました、前回記録43分の記録まで僅かなところまで来ていますが弥生選手は苦しい表情です」

雛乃は立ち上がり、エアマイクを携え実況しながら弥生ちゃんの周りをぐるぐると歩き出す――……ほんと楽しんでるな……。

「そ、そういうのもっ……んっやめ……はぁ、はぁ……」『だめ、本当にだめ、まだ41分、50分って自分で言ったのに……』

ほんの数分の間に弥生ちゃんは本当に切迫した尿意に襲われている。
大量に飲んだ水分が弥生ちゃんの小さな下腹部に今も流し込まれ、膨らましている。

「本当に辛そうだね、昔より今のがずっと我慢できるようになったって言ってたのになぁ。
まぁ一応あと80秒くらいで前回記録は更新だぞ、50分まではまだ遠いけどね」

雛乃はそう言って弥生ちゃんを覗き込む。

「っ……やめっ…、んっ……はぁ、ふうっ……っ」『な、なんでこんなに……やぁ、ほ、ほんとにこのままじゃ……』

今までは足がもじもじ落ち着かない、身体を無意味に揺らす程度の仕草に抑えていたが
次第に手を太腿と椅子の間に挟んだり、脹脛や太腿を無意味に摩ったり……
私たちの視線があるからなのか、まだ押さえはしないものの、その手は落ち着きがなくなってきている。

「っと43分、前回記録は越えたよ、あとは目標の50分までだぞ、がんばえー」『かわいいー』

雛乃は数歩下がりながら時間を確認して声を出した。
そしてその声を合図に弥生ちゃんは立ち上がる。
涙目で、スカートの前の生地を握りしめ、熱の籠った息遣いで――……可愛いけど、もう本当に限界…大丈夫なの?
見てるこっちがハラハラ、ドキドキする……。

【挿絵:http://motenai.orz.hm/up/orz75424.jpg

「んっ…ぁ、あ、あのっ――」『ダメ、これ以上は、っ、もう限界、我慢できないっ』

弥生ちゃんは顔を上げて、真っ赤な顔を私たちに向ける。

781事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。14:2020/12/31(木) 21:04:36
「ご、ごめんなさい、もうっ……お、お手洗いにっ…あぁ、っ……」『無理、も、もう限界……50分なんて……』

本当に限界。今行かないと間に合わなくなる恐れがあるくらいに。
それは『声』の大きさから十分に伝わってくる。

「全く、何言ってるの? 今行ったら前回とほぼほぼ変わらない結果、つまりほぼほぼ成長してないってことだぞ?」

素直に言えば当然行かせてもらえるものと思っていた弥生ちゃんは驚いた様子で、でもすぐに成長していないという言葉に視線を下げる。
成長したところを見せるために、嫌だけど仕方がなくテストに付き合ったのに、結果がこれでは当然情けなく悔しい。
だけど、その気持ちだけで我慢できるものでもなく、すぐに涙を溜めた目で雛乃へ視線を向ける。

「っ、でも……もうほんとにっ…んっだめ、なんです……」『いや、失敗だけは……二人の前じゃ…おもらしなんてできない……』

おもらしが現実味を帯び始め、情けなさや悔しさを棚に上げる。
もう本当に猶予がない。我慢できるできないじゃなく、おもらしの心配を始めてるのだから。

「とりあえず座りなよ、落ち着かないだろうけど、立ってるほうが我慢って難しいらしいから」

雛乃が諭すように言う。言ってることは確かにその通りだと私も思う。
だけど、弥生ちゃんが立ち上がったのはきっと落ち着かないからではなく、トイレに行かなくちゃいけないから。
雛乃の声は弥生ちゃんに届いたのだろうけど、座ることは我慢を続ける選択をすることで、弥生ちゃんはその選択をできないでいる。
足踏みを繰り返し、荒い息遣いで……両手はついに前を押さえ、その手は何度も押さえなおされる。

「はぁ、いいよ、50分っていうのは私が言わせたんだし、弥生が初めに言った48分までで
でも、それまではダメ、示した覚悟をふいにするなんて許されないぞ?」

「ちょ、ちょっと雛乃、流石に――」「行かせるつもり? 綾菜がそんな甘いから、弥生が成長できないんじゃない?」

私の言葉にかぶせるようにして雛乃は言う。
そして私に少し呆れた顔した後、嘆息して弥生ちゃんに向き直る。

「前にギブアップした43分時点でもこんなにあからさまに我慢してなかったよね?
弥生は綾菜に甘やかされて、我慢できなくなってるんじゃないの? 違うんでしょ? 成長したんでしょ? だったらちゃんと証明しなきゃ
自分で示した48分くらい乗り越えなきゃ、認めてもらうには結果だぞ? じゃないと“また”失望されるぞ?
ほら今44分、あと4分だから……少しは楽になるから座りなさい」

弥生ちゃんは少し動揺した素振りを見せ、だけど覚悟を決めたらしくゆっくり席に着く。
そんな弥生ちゃんを見て雛乃は「よくできました」と言う。
雛乃が何を考えてるのかわからない。可愛いと思う『声』は時折聞こえるものの、雛乃がどうしたいのかわからない。
そして、「“また”失望されるぞ」という言葉――……一体弥生ちゃんは誰に……。

「はぁ…っ、ふぅーっ、んっ! ――あぁ、ふぅ…っ」『我慢、我慢、我慢、我慢……我慢しなきゃ…しなきゃ……』

荒い息遣いはより深く熱いものになり、椅子に座りながら足を浮かせたり、絡ませてたり、忙しない仕草を見せる。
48分まで、4分を切ってるみたいだけど……弥生ちゃんが我慢しきれるか本当に微妙なところ……。

「あと190秒ー、ほらほら、もう少しだぞー」

「も、もうすこ――っ、あ、あぁ、っ……や、ダメ、あのっ、私っ――ち、違う、っだめ、我慢しなきゃっ……しなきゃっ!」
『でちゃ――だめっ無理、お手洗いっ、お、おしっこ……』

恐らくギブアップしようと声を上げたが、すぐにそれを否定する。
既に限界なのは誰の目にも明らかで、それなのに弥生ちゃんは我慢を続ける選択をする。
その選択をしたのはさっき雛乃が言った言葉が絡んでいるのかもしれない。

……。

「はぁっ…っ! おしっ…あぅっ…我慢っ…はぁ…っ、あ、あぁ…くっ……っ」『無理…おしっこ、おしっこ…ほんとにダメ、ダメっ……』

椅子の上でじっとしていることができず、浅く座ってみたり斜めに身体を捻ってみたり、揺らしてみたり……。
なりふり構わない、少しでも限界を先送りにしようと必死に足掻いて――……可愛い、可愛いけど……。
もう何時始まってもおかしくない、『声』も声も仕草も全部限界だと告げている。

782事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。15:2020/12/31(木) 21:05:34
「っ、あ、あっ、ダメっ……あ、あぁっ……やっ!」『あ、出ちゃっ――だめ、まだ、だから、とめっ――もうちょっ…だからっ!』

――っ!

身体を震わせて、全身に力を入れて。
先ほどまでの落ち着きのない仕草ではなく、抑え込むことに全身全霊を籠めるような……。
それはきっと、始まってしまったものを止めるためだから……おもらしをおちびりで済ませるために。

「あぁっと!? ……大丈夫? 大丈夫そう? うん、まだ時間じゃないし、ここはトイレじゃないぞ?
時間はあと120秒だね、あと2分、本当にあとちょっとだからこれくらい我慢しないとね」
『うんうん、可愛いぞ……がんばれ! でも弥生、本当に我慢できる?』

雛乃が少し慌てたようにして言うが、おもらしには至っていないと見て、おもらしへのプレッシャーを掛ける。
時間まではトイレに行かせない、そういう意思を感じ取ることはできるが
結果としておもらしになることを強く望んでいるというわけでもないらしい。
控え目ではあるが聞こえてきた『声』からも応援してるのがちゃんとわかる。
だけど、このままじゃ……。

――……だったら、どうして私は止めない?

おもらしをおちびりで抑え込んだであろう、可愛い弥生ちゃんを見ながら自問する。
また雛乃に何か言われても、弥生ちゃんをトイレに行かせることはきっとできると思う。
今すぐそうしなければ、おもらしになる可能性は高い。目撃者が私たちだけならば――というのは、ただの私の都合。
弥生ちゃんに取ってはきっと私たちに見られることも凄く辛い……そう感じられる。
夏祭りの時のように気まずくなる可能性だってある。
弥生ちゃんはとても恥ずかしがり屋で、繊細で……おもらしすることに慣れたりしない――それなのに。

――……雛乃が我慢を強要してるから? 弥生ちゃんが我慢することを選択してるから? ……でもそんなのは――

きっと言い訳。理由をつけて言わないだけ。
私はずっとそうしてきた。
目の前の、可愛い、愛おしい……そんな姿を見たいがために。
自身の欲望を満たす為に。
そして、それはこれからも……。

――……ごめんね……だけど、助けを求めたときは、力になるから……。

「んっ…あぁ…」『だめ、本当にっ…やだ、おもらし…やなのにっ……無理、だれか……助けてっ、我慢させてっ!』

――っ……。

「……ひ、雛乃…もういいでしょ?」

私は弥生ちゃんに視線を向けながら小さく言った。
心の中で『助けて』と言っただけ、声に出して私に助けを求めたわけじゃない……だけど――

783事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。16:2020/12/31(木) 21:06:20
「……あと一分でしょ? 済ませる頃にはもう時間になってる……」

「違うよ、前回もそうだけど、トイレに立つ時間が48分、あと65秒はここで我慢しないと」
「でも、あと少しだからって、それが我慢できない時だってあるでしょ?」
「だから、気持ちを強く持って我慢させないと、今は行こうと思えば行けるよ? だけどそうじゃない時だってあるぞ?」
「だけどっ!」
「これはテスト、テストっていうのは社会に通用していくための予行演習の一つ、本番じゃない、これは訓練だぞ、我慢訓練っ!」

言いたいことはわかる、わかるけど……。

「ひ、雛さん、あっ……い、いいです、はぁ、時間まで……んっ我慢、しますから」『でる、でちゃうもれちゃ……、だめ、だめなの、だめなんだからっ!』

――っ……どうしてそんなに……。

「ほら、弥生もそう言ってるし。そういう優しさだけが、弥生のためになるとは限らない、あと25秒弥生の頑張りを見届けるぞ
これは訓練、ここには私たちだけ、“結果”なんて後で反省すればいいんだから……」

雛乃は口が上手い……。彼女の言うことはわかるし、ある意味では間違ってないとも思う。
それにあと20秒ほどで時間になる。私が食い下がったところで、きっとなんの助けにもならない。
驚いたことに弥生ちゃん本人も我慢する気でいる。
私は今も必死になって決壊を先送りにしている弥生ちゃんに視線を向けて雛乃が言うように頑張りを見届ける。

「っ……」『あ、あぁっ、無理っ……出ちゃ――だめ、だめっ!』
「はーい、カウントダウンだぞっ、8、7、6――」

――っ……あとちょっと、頑張って、もう少しだから……。

弥生ちゃんが身体を震わせて、息を詰めて、両手で何度も押さえて、目を力いっぱい瞑り……。
だけど、押さえる手の下――スカートの前にゆっくり広がって行く染み……。
もう抑えきれてない……。

「4、3――」『惜しかったね、弥生……』
「あ、あぁっ……っ、〜〜〜っ」『出て――とまっ…あぁ、やだ、ぬれて――おしっ…っ、おもらし…やなのにっ……』

スカートの染みは少しずつ広がり続ける。
それでも『声』の大きさからも必死に我慢を続けて、最後まで抗って……。

「――1、……はい 、おめでとーっ!」『我慢出来てない…可愛い、でも、時間までは我慢できたって認めてあげるぞ』

まるで新年の挨拶のように雛乃は言う。
彼女の言うおめでとうは『声』の感じからしても本心なのだろう。
そして――

<ぴちゃ…ぴちゃぴちゃ>

弥生ちゃんの椅子の下に出来始めていた水溜りに、雫が落ちる音が聞こえた。

「っはぁ、ふぅっ…あぁ…んっ、やぁ……」『出てる、出ちゃってる……だめ、もう、わかんない……我慢の仕方、止め方…しらない……』

スカートを押さえたまま、目を瞑ったまま、肩を震わし、弥生ちゃんは熱い息を零しながら水溜りを大きく拡げていく。
間に合わなかった。時間まではどうにか我慢できたと言ってしまっても良いとは思うけど……。
おもらし……絶対我慢しなきゃって思って、でも本当にほんのちょっとが無理で。
もしかしたらカウントダウンを聞いて、身体の方が先走り始めてしまったのかもしれない。

――……でも、可愛い……本当に可愛い……抱きしめたい、褒めてあげたい……凄く頑張ったよ弥生ちゃん。

『授業終了のチャイムと同時に漏らしちゃう子……みたいな? 
もう全然止めれてない感じ? うーん、可哀そ可愛いぞっ』

そんな『声』が聞こえてきて、私自身、弥生ちゃんの恥ずかしい姿に見入っていることに気が付く。
聞こえるということは私も同様に可愛いと思っているわけなのだけど、それでも雛乃の『声』に私は苛立ちを感じてる。
それは多分、同族嫌悪だけじゃない。

784事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。17:2020/12/31(木) 21:06:56
「やよ――」「あーやっちゃったね弥生」

そんな気持ちを無視するように私は弥生ちゃんに声を掛けるつりだった。
だけど、雛乃は私の声に被せる様に声を上げる。

「ダメだぞ、我慢できないならちゃんと言わないと」

――っな!?

弥生ちゃんは言った、我慢できないから行かせてほしいと。
それなのに……その言葉は流石に理不尽――

「昔いたよー、授業中のトイレは許しません、って言う先生
それで、今の弥生のようにもうすぐ時間ってところでやっちゃった子がいた」

――……あの子のことだ……。

小学生時代に私が手を差し伸べた子。

「先生、その子になんて言ったと思う? ごめんね、でも本当に我慢できなかったらちゃんと言いなさい、だってさ。
私もひどい理不尽って思ったぞ、だけどその通りだとも思った、無理なら何度でも、わかってもらえるまで言わなきゃいけない、そうでしょ?」

弥生ちゃんは雛乃の言葉を黙って下を向いたまま聞いている。
そしてその隠れた顔から時折雫が落ちてスカートに別の染みを作る。
雛乃の言ってることは、確かにその通りなのだろう……。
取り返しが付かなくなって困るのは結局自分自身だから。

「弥生が反省すべき点は三点、限界になったのに言えなかったこと、利尿作用の高いお茶に気が付かなかった無知。
そして、水分を取った後の動き回る行動、適度な揺れは胃の水分を腸に届ける手助けになるし血行もよくなるぞ。
だけど……まぁ、我慢できる量や時間に関しては成長してるぞ、失敗しちゃったかもだけどちゃんと50分我慢できたんだから」

――……確かにその三点を考えれば、50分我慢できたのは――50分? え?

「本当に48分だったら間に合ったかもしれないね」
「雛乃、あなた……」

悪びれる様子もなく時間を偽り我慢させていたことを告げる。
弥生ちゃんはだた、自分の成長を見せたかっただけなのに。

「ぐす……だったら、訂正してください……」

その言葉に雛乃は弥生ちゃんに近づいて頭を撫でる。

「うん、ごめんね、反省点はあるけどちゃんと成長してた、ちゃんと証明できた認めてやるぞ」
「ち、違います!」

弥生ちゃんはすこし声を張る。
その態度に私も雛乃も驚く。

785事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。18:2020/12/31(木) 21:07:44
「ひ、雛さんは頼りになる人で優しい人で……だけど、変に甘やかしたりなんてしてないです
もしそう見える時があるのだとしたら、きっと私が甘えてるだけで……私が悪いんです」

――っ……なんで今、私の事……自分のことで精一杯でいいのに……。。

「あーそっち? うん、それも訂正するぞ、綾菜は弥生を必要以上には甘やかしたりしてない。全然ではないけどね。
それと、友達としてのスキンシップを除けば、弥生からの過剰な甘えはなかったと思うぞ」

そう言ってさっきよりも強く、弥生ちゃんの頭をわしゃわしゃと撫で回す。
弥生ちゃんはそれを不満そうな顔をしながら受け入れていて、いつの間にか涙は流れていない……。

――……結局私が心配するほど傷つくことにはならなかった? でも――

恥ずかしい失敗のはず。
それなのに、なぜか空気が悪くない……重くならない。
これはテストだと言って、訓練だと言って――……雛乃は最初からこういう流れが見えていた?

「あと……あのお茶に利尿作用って…ひどいです」

「あはは、勉強になったね」

……。

「……それよりそのままじゃ冷えるでしょ? タオルや着替えはあるからトイレで後始末とか済ませてきて、ここは雛乃が一人で片付けるから」

私はそう言って話に混ざる。
優しさ半分、二人のやり取りへの嫉妬半分と言ったところ。
でも、私の言い方にはフランクさが欠けていて、空気を悪くしないか内心ドキドキしてる。
最後のは若干冗談のつもりで言ったが、伝わってないかもしれない。

「あ、ありがとうです……」

弥生ちゃんはお礼を言ってタオルなどの入った袋を受け取る。
顔を真っ赤にして申し訳なさそうな表情をしているのは、後始末を雛乃がするからだろうか?
ちなみにその雛乃はというと、片付け役に指名されたことを不服に思ってるみたいだが――……いや、冗談で言ったけど、当たり前でもあるでしょ?

「うー、……っていうか、なんで着替えなんて持ち歩いてる?」

不服に思いながらも雛乃は反論する気はないらしく、私に質問を投げかける。
この手の質問、一体何度目だろう。
確かに不自然なのはご尤もだけど。

「……誤解があると困るから初めに言うけど、弥生ちゃんが切っ掛けというわけじゃないからね。
えっと、誰かが――あ、まぁ自分も含めてだけど、失敗しちゃったとき、こういうの持ってたら良かった、って思ってから持ち歩くようにしたの」

もっと言うなら、私自身の趣味趣向からの後ろめたさからというのと
もう一つ、多分、失敗した子を助けるのも含めて私の趣味趣向なのだと思う。
失敗した子を見て見ぬふりするのも気持ちが悪いし、助けることで私は満たされているのだと思う。

「雛さん……聖人です……」
「いやいや、変人でしょ? そんなの気にし始めたら、旅行鞄でも足りないぞ……」

その後、弥生ちゃんは廊下に人がいないのを確認してトイレへと向かった。

786事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。19:2020/12/31(木) 21:09:15
「いやー、可愛かったねー」

弥生ちゃんがいなくなり、とても清々しい笑顔で雛乃が私に同意を求める様に話しかけてくる。
間違いなく同意ではあるが、それを言うつもりは微塵もない。

「弥生の両親はエリートさんでね、ちょっと無理して私立中学に入れたらしいよ」

「……え? 急に何?」

「結果、大して頑張ってない私と同レベルの真ん中くらいの学力だった……あんなに真面目なのにね、才能なのかねー?
それに両親が気が付いたのは入学して半年くらいかな、両親が気が付いたのに弥生ちゃんが気が付いたのもね」

構わずなぜか話し続ける。
だけど内容は……気になる。雛乃が言っていた「また失望される」というのは両親に失望されたということ?

「弥生は真面目、真面目に育てられたから。そして承認欲求も強い、承認されなかったから。
ちょっと優しくしてあげるとすぐに懐いちゃうちょろい子」

「いや、だからちょろいとかいうのは――」
「――でも、だからこそ人の心って深くて尊いよね、些細なことで好かれちゃう、些細なことで嫌われちゃう」

……。

「私ね、中学に行ってから思い知ったよ、ヒエラルキーの頂点って大変だわーって、結局、頂点付近で妥協したぞ。
小学生の頃は足が速いとか、みんなが持ってない最新の奴持ってるだけで人気者だったのになぁ。
中学以降は特出したものは疎まれやすい、皆と一緒が仲間の証……それなのに、皆個性が出てくるの、無理ゲーだぞ。
……なんかごめんね、綾菜の友達全部根こそぎ奪っちゃったのに挫折して……まだ、怒ってる?」

「……怒ってない、そもそも怒ってたこともない、ショックではあったけど」

私がクラスの友達とあまり遊ばなくなったことで、雪姉や椛さんとよく遊ぶようになった。
他にも他校の人とも……あった気がする。よく覚えてないけど。
クラスメイトに掌を返されてショックを受けたりはしたけど、私には遊び相手がいた。
それに私のグループ――――あまり自覚はなかったけど派閥というのが近かったのかもしれない――――が解散したからと言って
クラスで孤立状態になったわけでもなかったし。
ただ、私と対立してくる雛乃が苦手だっただけの事。

「あー、なんかこう、そういう心がカッコいいんだよね、綾菜」

雛乃が急に意味不明なことを言い出す。

「あの子――おもらししちゃった子をたった一人で手を差し伸べるとことか痺れたよね」

「……それを利用してクラスの頂点に立った人が言うと馬鹿にされてるみたいだけど?」

「してないしてない、損得勘定抜きで誰かのために動けるのはカッコいいでしょ。
私はあの状況でどう動けば、自分に得になるかとか考えてたくらいだぞ?」

それでも、私は馬鹿にされているように聞こえる。
結局あの子も、最終的には私ではなく雛乃を選んだのだから。

「絶対、勘違いしてる無表情だぞそれ……い、言っとくけど、当時、私の中で一番友達にしたい人って…えっと、綾菜、だったんだから」

――……はい? いやいや、おかしいでしょ? というか、勘違いしてる無表情ってなに?

「ま、まぁ、ヒエラルキーの頂点を目指す上でー、友達になるより対立派閥として踏み台にする方がいいかなって思ってたけどー」

「……対立派閥を踏み台とかどんな小学生……?」

だけど、その珍しい恥ずかしそうにして誤魔化す雛乃の態度は、本当のことを言ってる証で
つまり、本当に私と仲良くなりたかったということで……。

「というわけで、今の関係好きじゃない、ちゃんと……な、仲良くならない?」

……。

「……いいけど、一つ聞かせて」
「えー、しょうがないにゃー、まぁ特別だぞ?」

交換条件を持ち出すとすぐに態度を大きくする。
よほど下手にでるのが嫌い――いや、苦手なのかもしれない。

「……弥生ちゃん、私が思ってた以上に大丈夫そうだった……テストや訓練って言葉を並べて
傷つかないようにして……初めからそういうシナリオで大丈夫そうだったのは想定通りだったの?」

私の言葉に雛乃は少し考えこんでから口を開く。

「シナリオ通りだったけど、ちょっと想定外もあったぞ、もう少し大丈夫じゃない予定だった」

あまり見せないけど、雛乃のこういう態度は少し苦手。
他人事のように、客観視よりも少し遠いところから見てるような、そんな感じ。

「テストや訓練って言葉でどうにかなるのは失敗手前くらいじゃない?
誰かのためにっていう強い気持ちは、自分のことを棚に上げれるってことじゃないかな?」

つまりそれは……。

「私も嫉妬するくらいには二人が羨ましいぞ」

おわり

787名無しさんのおもらし:2020/12/31(木) 21:35:02
今年最後の日に事例の人さんの新作の作品が読めるなんて感謝感激です。

よいお年を

788名無しさんのおもらし:2021/01/01(金) 20:09:17
今回はあまり面白くなかった。
次回作に期待しています。
どうか、このまま続けてください。
いつも楽しみに待っています。

789名無しさんのおもらし:2021/01/03(日) 10:03:13
>>786 更新ありがとうこざいます!待ってました!
今回も最高でした!挿し絵もあるといい感じです。
次回も楽しみにしてます。

790名無しさんのおもらし:2021/01/03(日) 10:04:09
>>786 更新ありがとうこざいます!待ってました!
今回も最高でした!挿し絵もあるといい感じです。
次回も楽しみにしてます。

791名無しさんのおもらし:2021/01/03(日) 10:05:28
>>786 更新ありがとうこざいます!待ってました!
今回も最高でした!挿し絵もあるといい感じです。
次回も楽しみにしてます。

792名無しさんのおもらし:2021/01/03(日) 10:07:15
>>789-791 3連投すみますん。反応悪くて連打してしまった。

793名無しさんのおもらし:2021/01/03(日) 20:06:04
新作投稿ありがとうございます。
今回のようなサブキャラの設定が掘り下げられるような回もいいですね。
綾菜の評価からだと意外ですが、弥生ちゃんってエリートの娘さんだったんですね。
挿絵も素敵でした。

794亜田ワキ子:2021/01/12(火) 17:33:46
高橋美穂のプロフィール

高橋美穂(たかはしみほ)
性別 女
年齢 27歳
誕生日 1993年5月6日
星座 おうし座
血液型 AB型(当の本人はRHマイナスで、父A型、母B型、姉O型)
身長 164cm
体重 51kg
靴のサイズ 24cm
似ている芸能人 香里奈

です

795亜田ワキ子:2021/01/12(火) 17:35:34
高橋美穂は毎朝、尿検査キットを使い、自分のおしっこで病気が無いかを調べています

796亜田ワキ子:2021/01/12(火) 17:41:43
オリキャラ亜田ワキ子のプロフィールも

亜田ワキ子(あだわきこ)
性別 女
年齢 27歳
誕生日 1993年12月16日
星座 いて座
血液型 B型(当の本人はRHプラスで、父A型、母B型、弟AB型)
身長 157cm
体重 秘密
靴のサイズ 24cm
似ている芸能人 加藤あい

です、オリキャラ亜田ワキ子も時々、尿検査キットを使い、自分のおしっこで病気が無いかを調べています

797亜田ワキ子:2021/01/13(水) 06:34:37
おはようございます、新しいオリキャラのプロフィールも

岡田瞳(おかだひとみ)
性別 女
年齢 23歳
誕生日 1997年1月23日
星座 みずがめ座
血液型 AB型(当の本人はRHプラスで、父B型、母A型、姉O型)
身長 162cm
体重 48kg
靴のサイズ 24cm
似ている芸能人 栗山千明

です、岡田瞳も高橋美穂と同じく毎朝、尿検査キットを使い、自分のおしっこで病気が無いかを調べています

798亜田ワキ子:2021/01/13(水) 06:58:48
オリキャラ岡田瞳は無しにします、なぜなら、本物の栗山千明のトレーディングカードは買い逃したし、本物の栗山千明の出生時間が不明だからです
なお、本物の香里奈のトレーディングカードと本物の加藤あいのトレーディングカードは買えたし、たまたまトレーディングカードを買った時間が、私本体の出生時間(午後17時46分)で、本物の香里奈と本物の加藤あいの出生時間は判明しています

799亜田ワキ子:2021/01/13(水) 17:57:02
出生時間知らないけど、一応オリキャラ書く

川島愛梨(かわしまあいり)
性別 女
年齢 26歳
誕生日 1994年8月21日
星座 しし座
血液型 A型(当の本人はRHプラスで、父B型、母A型、弟AB型)
身長 160cm
体重 47kg
靴のサイズ 23cm
似ている芸能人 北川景子

です

800亜田ワキ子:2021/01/13(水) 18:00:59
キリ番、ほんとの所は川島愛梨と岡田瞳は毎朝、尿検査キットを使い、自分のおしっこで病気が無いかを調べていません、そもそも、川島と岡田はそういうのには興味ないからです
なお、亜田ワキ子と高橋は自分のおしっこで病気を見つけるのに興味があります

801名無しさんのおもらし:2021/04/18(日) 12:16:24
新作希望

802弓釈子:2021/04/18(日) 16:56:35
こんにちは、元亜田ワキ子です、今までのオリキャラは全て削除します、新しいオリキャラ出します

佐藤芽衣
1993年5月6日
AB型(RHマイナス)
身長163cm
体重50kg
靴のサイズ24cm
髪型はパーマがかかった黒髪ボブ
ネックレスやペンダントをしている
宮崎あおい似の童顔の美人、時と場合によっては、井上真央似でもある
胸はDカップ
マン○は陰毛濃いめ、ビラビラクリトリスは普通、色は黒
性的興奮時には、クリトリスが固くなり、膣分泌液などが出て、マン○全体がトロトロになる

橋本昇華
1996年11月24日
AB型(RHプラス)
身長175cm
体重62kg
靴のサイズ27cm
髪型は黒髪短髪
ネックレスやペンダントをしている
誰似かは知らないが、眼鏡をかけた平均顔、時と場合によっては、雰囲気イケメンに見える
チ○コは陰毛濃いめ、ズルむけ、勃起時17cm、キ○タマは普通、色は肌色
性的興奮時には、チ○コが固くなり、フル勃起する

です

803弓釈子:2021/04/25(日) 18:47:12
>>802修正

佐藤芽衣
1993年5月6日
AB型(RHマイナス)
身長163cm
体重50kg
靴のサイズ24cm
髪型はパーマがかかった黒髪ボブ
ネックレスやペンダントをしている
宮崎あおい似の童顔の美人
胸はDカップ
マン○は陰毛濃いめ、ビラビラクリトリスは普通の大きさ、クリトリスは皮がむけている、色は黒
性的興奮時には、クリトリスが固くなり、膣分泌液などが出て、マン○全体がトロトロになる

橋本昇華
1996年11月24日
AB型(RHプラス)
身長176cm
体重64kg
靴のサイズ27cm
髪型は黒髪短髪
ネックレスやペンダントをしている
高良健吾似の眼鏡をかけた平均顔、
チ○コは陰毛濃いめ、ズルむけ、勃起時17cm、キ○タマは普通の大きさ、色は肌色
性的興奮時には、チ○コが固くなり、フル勃起する

です

804事例の人:2021/05/10(月) 23:33:49
>>787-793
いつも感想とかありがとうございます。
こんなに更新頻度遅いのに読み続けていてくれて本当に感謝です。

事例18裏です。挿絵今回なし。そしてやっぱり長いです。
気が付けば過去最長になってた……。
一応2回限界になるので許して。

805事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 1:2021/05/10(月) 23:37:06
「えっ!」

私は声に出して驚いた。
窓の外にいないはずの人――いや、居てはいけない人が見えた。
沢山のリボンと長い黒髪……その特徴的な容姿を見間違えるはずがない。
纏衣 紗(まとい すず)。綾と因縁がある人……。

――あっ…しまった……。

近くにいた綾と弥生ちゃんが私の声を聞き、不思議そうにこちらへ視線を向けているのに気が付く。
幸い、纏衣さんはすでに見えない位置に移動している。

「あ! いや、何でもない、何でもないよ」

私は慌てて何でもないように装う。
だけど、纏衣さんは渡り廊下を使い、こちらの校舎に向かっていた。
もうすぐそこまで来てる。

「……わ、私ちょっと出てくるから」

私はそう言って教室を飛び出す。
纏衣さんと綾の邂逅は避けたい――私がそんなことさせない。

教室の外にいた開店を待っている人が、扉を開けたことで勘違いして入店しそうになる。
私は「あ、まだです。すいません、もうすぐ開店しますので……」と早口に言って頭を下げ
そのまま、足早に人の間を抜けて廊下を曲がる。
そして――

「っ……纏衣さんっ!」

見つけた。
私の呼びかけに、彼女は表情を変えることなく、わずかに首を傾げる。
歩みも止めてくれたがそれ以上の反応はない。

「紗? えっと知り合い?」

文化祭の喧騒の中、しばらくの沈黙を経て声を出したのは、纏衣さんの隣にいた人。
少し背は低め、服は纏衣さんと同じ制服――――纏衣さんのほうは、パーカーを羽織っているけど――――で他校の生徒であることがわかる。

「うん、転校する前の中学でクラスメイトだった根元瑞希さんだよー」

806事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 2:2021/05/10(月) 23:38:04
――……名前、憶えてるんだ……。

「だったら、何か返してあげてよ?」
「だってー、別に友達じゃないしー、なにか用事があるのはあちらでー、私は話すことないよー」

――っ……。

棘のある言い方。だけどそれは事実ではある。
私は真っ直ぐ纏衣さんへ視線を向ける。

「私を覚えてくれていたのは意外でした……単刀直入に言うよ、綾には会わせない……帰ってください」

視界の端で纏衣さんの隣の人が、私と纏衣さんを交互に見て慌てているのがわかる。

「英子ちゃん落ち着いてー、私、彼女のわがままに付き合うつもりはないよー」
「なっ、わがままって何よ!?」

私が一歩足を踏み出し詰め寄る。
そんな私にも表情を変えず首を傾げながら口を開く。

「だってー、綾ちゃんに逢うのにあなたの許可なんて必要ないでしょー?
あなたの「会わせません」がー、綾ちゃんからの伝言ということなら理解はできるけどー……違うでしょー?」

「っ……」

「用件はそれだけー?」

確かに綾から伝言なんて受けてない。
私は私の意志で、綾と纏衣さんを会わせないようにしてる。それは理解してる。
綾にとってそれはお節介かもしれない、それもちゃんとわかってる。
私が言ってることは確かにわがままなのかもしれない――……それでもっ!

「だめ、会わせたくない、……っ…ど、どうしたら会わないでくれる?」

弱みなんて持ってないし、私なんかが力ずくでどうにかできる人じゃない。
ここで騒ぎを起こすようなら、綾が来てしまう可能性もある。
会わせたくない私の意思を聞き入れてもらうためには、交換条件……そういうものが必要になる。

「……引いてくれないのね、……いいよー、だったら私のわがままにも付き合って貰おうかなー?」

「っ……何をすればいいの?」

僅かに笑みを浮かべる纏衣さんが少し怖い。
無理難題を言われるかもしれない……だとしても私は引けない……。

「根元瑞希、私と勝負しましょうー?」

――っ! そ、そのセリフって……綾と勝負するときにいつも言ってた……。

……。

「いいよ、…受けて立つ」

私も綾のセリフをなぞる。
纏衣さんは口角をより一層引き上げて笑みを零す。
目だけは全然笑ってない……全く微笑ましい感じなんかじゃない、背筋に嫌な震えが走る。

807事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 3:2021/05/10(月) 23:38:54
「と、いうことなので英子ちゃんは一人で遊んできていいよー」
「そーいう役割って知ってたけど、実際そーいわれるとショックだよ!」

「まーそう言わずに、この前の電話の相手、性癖を聞いて貰ってた人もここの生徒って言ってなかったー?」
「ちょっ!? な、何言いだすのっ!? せいへ――とかじゃないからっ! 変な言い方しないでよ、馬鹿!」

「…………馬鹿じゃないけどー?」
「ご、ごめんなさい」

これは……仲がいいのだろうか?
英子と呼ばれてる人がとても苦労してそうな感じがする。

「そ、それじゃ、またあとでね、紗。……それと、そっちの人も無理はしない方がいいよ」

英子さんは纏衣さんに簡単な別れを言った後、私を案じるような表情で忠告してくれる。
……。

「さてとー、とりあえず移動しようかー? 2階へ行ってから上の渡り廊下使った方がいいー?」

「う、うん……」

教室から私が纏衣さんを見つけたことを知ってか知らずか、綾に見つかり難いであろうルートを提案してくれる。
さらには羽織っていたパーカーの下に長い髪を入れ、フードまで被る。
彼女の特徴である大量のリボンは、フードの横から出したサイドの髪につけられた6つしか見えなくなる。
ちゃんと彼女のわがままを受け入れれば、綾には会わないでくれる?
いや、勝負の間はそうかもしれないが、これは勝負、勝敗が出るわけで……。
勝たなければ、綾に会いに行ってしまう?

「予定では綾ちゃんと勝負したかったんだけどー、あ、ハンデいるかなー確か根元さん得意じゃなかったからねー」

「よくわからないけど、私に不利な勝負だなんてずるくない?」

「……勘違いしてるから言うけどー、私と綾ちゃんの逢瀬を邪魔する空気の読めないあなたのためにー
私と勝負という譲歩をしてあげたわけでー、私としては無視して綾ちゃんに逢いに行っても良かったわけだけどー?」

……。

どうしても私がお願いしてる立場であることは変わらない。
纏衣さんは全盛期の綾――――よくわからないけど一番輝いていた時期?――――と勝負して、黒星が多かったとは言え、負けた勝負はどれも惜敗。
私の敵う一般的な勝負はまず存在しないと思って良い。

不安を感じながら、2階の渡り廊下を歩く纏衣さんを斜め後ろから観察していると、肩に下げた鞄から500mlくらいのペットボトルを取り出した。
中身は紅茶だと思う……彼女はそれを歩きながら飲み始め、一分足らずですべて飲み干した。

――喉乾いてたのかな? ……私だったらあんなに一気に飲んだらトイレの心配しちゃうんだけど……。

それから廊下を渡り終え、1階へ降りて生徒昇降口の方へ歩みを進める。
そしてそのまま外に出るとすぐ近くにあるベンチを指さす。

「あそこにしようかー、とりあえず座ってー」

私は怪訝な顔をしながら、ベンチへ歩みを進め腰を下ろす。

808事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 4:2021/05/10(月) 23:39:35
「……どうして、私の名前……憶えてたの?」

座ってからしばらく何も行動をとらない纏衣さんへ、感じていた疑問を投げかける。
彼女は綾以外のクラスメイトに殆ど関心を持っていなかったし、私との接点はほぼなかったはず。

「それ、答えることにーメリットあるー? まぁーいいよー答えてあげるー
とても仲良かったでしょー……綾ちゃんと。それが理由ー」

――それは、綾と仲良かった人という認識で、記憶に残ってたってこと? 知り合いの知り合い的な?

「そろそろ始めようかー?」

私を見たまま纏衣さんは言う。それに私は不安を感じながらも小さく頷きで返す。
すると彼女は鞄の中から2つの大きなペットボトルを取り出す。
中身は緑茶。両方1.5リットル……。

「不思議そうな顔してるねー、今からこれを一人一本飲み干しましょー、制限時間は5分ねー」
「はぁ!? ちょ、5分とか無理じゃない!?」

「ハンデは上げたよー、先に私は500ml飲んでたでしょー?
残した量が多い方が負けー、両方飲めたら仕切り直して次の勝負ねー
あの時計で8時45分になったら終わりだからねー、はい、それじゃースタート」

私が戸惑ってる間に勝負は始まった。
纏衣さんは蓋を開けて中身をどんどん喉に流し込んでいく。

――私はともかく纏衣さんはさっき500ml飲んだんだから……絶対私の方が有利……、飲まなきゃっ!

私も少し遅れてペットボトルに口をつける。
というか、重い。1.5リットルのペットボトルを直飲みなんて初めての経験かもしれない。
手が疲れたのと、息が続かなくなり、私は一度ペットボトルを傾けるのをやめる。

――っ、結構飲んだと思ったんだけど、半分も行ってない……。

息を整えながら隣を見ると、傾けられたペットボトルの中は半分くらいになっていて
それを見て私は焦り、再びペットボトルに口をつける。
そして今度は、胃が重くなり一度飲むのをやめる。

「はぁ……っ……はぁ……」

「大丈夫ー? ハンデ上げたのに負けちゃうのー?、私あとこれだけ―」

隣で表情も声色も変えずに話しかけてくる纏衣さんのペットボトルはあと僅か。
信じられない。10分ほど前に500mlの紅茶を飲んでいたのに……。

「っ……時間以内に飲めれば、負けにはならないんでしょ?」

私はそう言って、深呼吸する。
もうちょっとだけ、胃に余裕はありそう、時間ギリギリまで粘れば飲み切れると思う。
一口二口、少しずつ飲み進めればいい。

そして――

「ぷはぁ……の、飲んだよ」

「お見事ー、それじゃ私も最後の一口――っはぁ……やっぱり先に500mlはーきつかったなー」

いつの間にか私が逆転していたみたいだけど、結局時間以内に二人とも飲み終わったので勝敗は決まらず。
仕切り直して次の勝負と言っていたが、とにかく今は胃が苦しい。

「ちょっと休憩しようかー、私そこのお手洗いいくけどー、一緒に来るよねー?」

纏衣さんは立ち上がり生徒昇降口を指さしながら言う。
休憩は助かるが、今は動きたくない。尿意も今はない。
これだけ飲んだのだから近いうちにしたくなってくるのはわかってるし。

「私、もうちょっとあとでいい……」

「……本当にいいのー? 見張らなくてー? 一緒に行かないと私、綾ちゃんに逢いに行っちゃうかも、というか行くよー?」

――っ!?

「だめっ! 行く、一緒に行く!」

809事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 5:2021/05/10(月) 23:40:17
――
 ――

「はぁ……」

分かっていた事だけど、殆ど出なかった。
今日、少し寝坊したこともあって家で済ますことはできなかったが
結局は電車通学。いつもの電車に乗ることができたので、朝、学校でトイレを済ます事ができた。
トイレを済ませてから一時間も経っていないのだから出なくて当然。
むしろ、胃がいっぱいいっぱいで、上から出したいくらいだった。

「おまたせー、ここ、洋式ないんだねー」

「え、あーそうだね、教室前のは一つだけ洋式だけど……」

割と古い校舎のせいもあり昨今では珍しい和式ばかり。
足を怪我した人のためにも、教室前の一つは洋式を去年優先的に付けてもらえたらしいけど
一方で入学してから今までずっと使用不可のトイレがあったりと、予算的に厳しいのかもしれない。

――いやいや、生徒会長さんとか物凄いお金持ちらしいし、ポケットマネーで何とかしてくれないの?

「そういえば随分早かったねー、ゆっくりしててもよかったのにー」

「ま、まぁ……別にしたくなかったし、先に出られて綾のところに向かわれるわけにもいかないし」

トイレに誘われた時の台詞を考えれば、警戒して当然。
それにしても、表情や声色から全然感情が読めない。
口元が笑っていたり、口元が不満そうだったりはあるけど、内にある感情と一致しているようには見えない。
今も口元は笑っているように見える。

「私の機嫌が良いのが不思議ー?」

「っ……」

私の表情や視線から悟られたらしく不意にそういう問いを投げかけられる。
それに私が視線を逸らして答えないでいると彼女は話を続ける。

「信じるかどうかは勝手だけどー、本当に機嫌は良い方だよー?」

「どうして? 綾に会いに、綾との勝負のために来たんでしょ?」

さっき纏衣さんも言っていた。
私とのこの勝負は彼女からの妥協案。望んでいたものではないはず。

「私は勝負事が好きなの。勝ち負けじゃない、まぁー勝てた方が良いけど、より大事なのは相手が本気な事……そんな勝負、熱くていいでしょー?
でもー、綾ちゃんに逢うのも大切なことだからー、しっかり楽しんでー、勝ってー、逢いに行くので―」

「さ、させないわよっ! で、次の勝負ってなに?」

「まぁー、もう少し休憩しましょー? 綾ちゃんは10時まで喫茶店のお仕事でしょー?
まだ1時間ちょっとあるし、根元さん次第ではあるけどー、それまでにはきっと決着がつくはずだからー」

なぜか綾のシフト時間まで把握してる。
そして纏衣さんはゆっくり文化祭の出し物でも回ろうと提案してくる。
その間は綾のクラスには近づかないと言ったので私はそれを了承する。

「一応、教室がある校舎の方へも行かないようにしましょー」

そう言って、廊下を突き当りまで――つまり体育館へと歩みを進める。
中に入ると薄暗く、すでに演劇が始まってるらしい。

「えっと、“ロミオとリアとポーシャとハムレット”らしいよー……ごちゃまぜ脚本ねー」

ロミオとハムレットしかわからないが、色々混ざった話らしい。
纏衣さんが動かないので、椅子に座ることもせず後ろの方で二人でしばらく眺める。
舞台には知ってる人は殆ど居ない。辛うじて知ってると言えるのは星野さんくらい。

――……昨日、綾が接客させられてたっけ……いつの間に仲良くなったんだろ……。

ずっと気に掛けてた。
誰とも話さなくなった綾の事……。
それなのに――

810事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 6:2021/05/10(月) 23:41:28
「もう少し見てみたい気もするけどー、そろそろ止めておきましょうー」

纏衣さんは演劇に飽きたのか、あるいは何か思惑があるのか踵を返して体育館の外へ向かう。

「次は? そろそろ勝負?」

「いいねー、病弱な割に血気盛んで、嫌いじゃないよー。
じゃー、ひとつ、本番前の前哨戦と行こー、勝っても負けても双方特に損はない奴ー」

そう言いながら階段を登る。
しばらく歩いて辿り着いたのはお化け屋敷。

「なに? 怖がったり驚いた方が負けみたいな?」

「心拍数とか測れないし、適当な勝負になるけどねー」

ちょっと勝てるかもしれないと思った。
怖いのは平気だし、学力や運動系と比べれば何とかなりそうな気がする。
ただ、自信はない。相手が驚いた様子とかを想像できないのも、また事実だから。

「入場料、一人300円でーす」

「わー、お金取られるんだー」

入り口にいた受付に聞こえる様に言いながら、纏衣さんはお金を渡す。
受付の人が恐縮そうにして受け取っていて、すごく不憫。

「(料金設定は多少変更できるけど、出し物によってお金を取る取らないは決まってるの! ……まぁ、最低金額じゃないみたいだけど……)」

文化祭全体で得た収益は、各出し物に使った経費に当てられ、残りは全額環境保全とかそういうのに寄付ということになっている。
また、人気だったところの3クラスは表彰されるのだが、お金を取ってるところは利益率や売り上げも評価に影響を与えるとかなんとか。
表彰されたクラスに学校側から何かあるわけじゃないが、担任からは何かしらのご褒美があるクラスが多いらしい。
ちなみに私たちの担任である文城先生は、1位だったときは全員焼肉食べ放題、2位は文城先生の授業1回だけ自習
そして3位はありがたい説教らしい。1位は破格の内容だけど、それ以外はツッコミどころ満載の内容。

――っと、いけない……余計な事考えてたら急に何か出てきたとき驚いちゃう。

お化け屋敷の半分は雰囲気による怖さだけど、残り半分は不意打ちのドッキリ。
警戒は怠っちゃいけ――

「――っ!?」

突然左手側の段ボールで出来た壁の隙間から手が現れ、肩を掴まれた私は身体を小さく跳ねさせる。
視線を向けると、驚いてくれてありがとう的な笑みを返される――……悔しい。

「ほら、今度はー、足元に靄が出てきたよー」

足元を抜けるほんのり冷たい空気。
青白い光を当てられた、スモークが雰囲気を出そうと頑張ってるけど、絶妙に微妙。

――……っていうか、冷たい空気のせいで、トイレ意識しちゃったよ……。

もともとそろそろ来る気がしていた尿意。
足を抜ける冷たさが切っ掛けになり催してくる。
お化け屋敷を出たら、そろそろ勝負だろうから、その前にトイレに行かせてもらおう。
纏衣さんは私より早くから水分を取っていたわけで、私以上に溜まってきてるはずだし。

その後は双方驚くことなく出口へ。
当然勝負は私の負け。――左側の人が不利過ぎない?

811事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 7:2021/05/10(月) 23:42:20
「そろそろいい時間かなー、プールを使ったバカンスカフェに行こー、そこで決着になるよー」

「その前に……えっと、トイレに寄って行かない?」

出来ればまた纏衣さんの方から言ってもらいたかったが、下手したら勝負が始まってしまいそうなので私から提案する。

「んー、行かないよ?」
「行かないじゃなくて、……えっと、私が行きたい…から」

「……そう、なら好きにしていいよー、私は綾ちゃんのとこ行くからー」

――っ!

「いやいや、ダメ! っていうか、纏衣さんはトイレ行きたくないの?」

「私はお化け屋敷入る前くらいから、したくなってきたかなー」

「だったら――」
「一人で行けばいいよ―、あなたのわがままを同時に二つなんて聞いてられないよー」

――何を言ってるの?
纏衣さんもトイレに行きたいのに、なんで行かない?
私がトイレに行くことがわがまま?

私の困惑した表情に纏衣さんは嘆息してから口を開く。

「私のわがままにちゃんと従ってるうちは、あなたのわがままも受け入れるよー
でも、私のわがままに付き合わず、自分の意志で行動するというなら、私もそうする。
しかもこれは対等ではなく、私からの譲歩で成り立ってるルールなんだけどなー」

――……譲歩…ルール……従うしか、ない? ……でも――

「で、でも纏衣さんだってトイレに行きたいって……」

「そうだね……本当はバカンスカフェについてからって思ってたけどー、もうここで勝負の内容を言っちゃおうかー」

そう言うと纏衣さんは私の顔に触れそうなくらい近づいてきて、私は距離を取るため後退りして……。
だけど、逃げた方向が悪く、背中に廊下の壁が当たる。
それを見て、彼女は口元だけで笑みを零しながら前傾姿勢になり、下から私を覗き込むようにして呟く。

「(先にトイレに行った方が負け、我慢勝負だよ)」

私は廊下の壁に背中を預けながら、息を飲む。

――暗い目が、怖い……何を言った? 我慢勝負? トイレに行った方が負け?

812事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 8:2021/05/10(月) 23:45:06
纏衣さんの行動に虚を衝かれ、言葉の理解が追い付かない。
そんな私を見て彼女はさらに口角を上げると、少し離れて背中を向ける。

「根元さん得意じゃなったよねー? 言ってた通りちゃんとハンデは上げたからー
先に飲んだ紅茶500ml、飲み比べ勝負の後すぐに行ったトイレ……二つを合わせればそれなりのハンデになってるでしょー?」

……。

言葉は理解した。
さっきの飲み比べ勝負がこのための茶番だというのも理解した。
飲み比べ後すぐにトイレに行ったのは、スタートラインを揃えるため。
紅茶のハンデもわかる。水分は取ってすぐ吸収されるわけじゃないし、おしっこに変わるのは尚更時間がかかる。
先に飲んでいた纏衣さんの方が不利な勝負。
でも――

「と、得意じゃないって……なんでそんなこと……」

「同じクラスだったときのクラスメイトのトイレ使用回数は大体2から3回、私も大体2回くらい、綾ちゃんは1.7回。
対して、根元さんは殆どの日で4回を超えてたと記憶してるー、まぁー使用回数が多いからと言って我慢が苦手とは限らないけどー」

「え……数えてるの……?」

私の戸惑いと引き気味な声に、纏衣さんは振り向き、不服そうな顔で答える。

「……普通にしてたらわかるでしょー?」

――全然わからない……。あと綾の回数だけ小数点込みで断言してるのもヤバい、絶対会わせたくない。

「とりあえずー、行っちゃうのートイレ?」

……。
ハンデがある以上、得意不得意を除いて考えれば当然私が有利。
私自身、中学の時より少しはトイレの近さは改善されてるとは思う。だけど、自信のある勝負でないのは間違いない。
纏衣さんのトイレ回数を信用するなら、平均より我慢できる人なのかもしれない。
この前のコーヒー飲み比べの時、私と綾とでは我慢できる時間にかなり差があるように感じたし
纏衣さんが綾とハンデなしで良い勝負になるのを考えていたなら、勝つのは難しいかもしれない。

……。

「……行きません、勝負を受けます」

それでも、私は引けない。引きたくない。
私の答えを聞いて、纏衣さんは満足そうに口元を緩ませる。

「それじゃー、移動しましょうー」

階段を降り、体育館への外廊下を途中で曲がり、プールを目指す。
見えてきた入り口には、南国を思わせる華やかな飾り付けと、花の首飾りを付けた案内役の人。

「いらっしゃいませー、バカンスカフェへようこそー!
あっ、それと、おめでとーございます、お客様は本日50組目で25の倍数となるので特別席にご案内でーす」

元気のいい先輩が案内してくれる。
プールの更衣室の横にあるトイレに自然と目が行く。
大量に飲んだお茶のせいか、尿意は確実に強さを増している。

――……纏衣さんがあそこに駆け込むまでは、絶対我慢しないと……。

「(今、9時25分かー、私が紅茶を飲み始めたのが8時35分くらいだったし、あと20分くらいは余裕あるかなー)」

纏衣さんが独り言を小さく呟く。
トイレを気にしていた私に聞こえる様に。

813事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 9:2021/05/10(月) 23:46:11
――あと、20分……それを超えて我慢出来れば、私にも勝機が見えてくるってこと?

私はコーヒーの飲み比べの事を再度思い出す。
途中弥生ちゃんとトイレに行ったときかなりギリギリ――というか、ちょっと間に合わなかった事があった。
確かその前に弥生ちゃんがトイレと言ったとき私も尿意を感じ始めていたけど、一緒に行かなかった。
トイレの往復に5分、最後の試飲の準備、それとその後つくしちゃんが来てあれこれで25分くらい経っていたかどうか。
つまり、飲んだものの違いはあれど、水分を沢山取った状態では尿意を感じ始めてから限界まで30分持つかどうかということになる。

――改めて考えると、私ってやっぱりトイレ近い?

お化け屋敷で尿意を感じてから、既に10分弱経過してる。
計算上だと纏衣さんの余裕があると言った時間までは何とか我慢できるくらい。
ただ、その余裕というのが纏衣さんの限界を表す言葉なのかはわからない。
余裕がなくなってから10分も20分も我慢できるというなら――

……。

「わーすごいよー」

良くない方向に考えが向き、視線を下げていた私に纏衣さんが声を掛け、私は視線を上げる。
そこにはプールの上に簡単に作られた個室みたいなのがあって……どうも、特別席というのはプール上の席の事だったらしい。
案内されるがままに、その席に向かうための橋に足をのせると、とても揺れるが、余程変な事をしない限り落ちそうになるというほどじゃない。

「いやー、ラッキーだったねー、ちょっと揺れて落ち着かないけど若干個室みたいになってるから、見られても平気だよー」

見られても平気という言葉の意味を理解するのに少しだけ時間がかかった。
我慢の仕草を見られてもって意味だと思う。

「ご注文はお決まりですか? お伺いします」

案内してくれた先輩が注文を聞いてくる。
私は慌ててメニューを確認するが、飲み物ばかり……。

「私ー、ジンジャーエールでー、根元さんも折角だし何か頼んだらー?」

それは何か頼めという、“わがまま”なのだろうか?
……だとしたら、拒むわけにはいかない。

「そ、それじゃ……ホットで…えっと……ほうじ茶をお願いします」

私は身体を冷やさないために温かいものを頼む。
注文を聞くと先輩は橋を渡って、席から離れていく。
それを見送り、私は小さく深呼吸する。

――まずい……ちょっと、我慢辛くなってきた……。

時間を確認するために携帯を取り出す。
まだ尿意を感じてから15分も経っていない。
私がこんなにもしたくなってるのだから、纏衣さんだってそれなりに強い尿意を感じてるはず。
そのまま携帯をテーブルに置いて、すぐに時間を見えるようにしておく。

「勝負が決まるまでー、もうしばらく時間あるしー答えられることなら質問に答えちゃうよー?」

尿意を感じている素振りを一切見せず、纏衣さんが言う。
質問……。

814事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 10:2021/05/10(月) 23:47:07
「なんで……綾にあんなひどいことしたの?」

「それはー答えられないよー、どうしても知りたかったら綾ちゃんに聞いた方がいいかな?」

……。

「じゃ、なんで今更綾に会いに来たの?」

「逢いたくなったからー。
今更というかー、突然家に押しかけたり学校前で待つより、文化祭の時に来た方がいいでしょー?」

それは確かに。
家や学校前だとこうして私が干渉できなかったわけで、こちらとしては助かったとも言える。

私は少し沈黙を作り、次の質問を考える。
その間、質問することで意識から外れかけていた尿意が再び大きく主張を始める。

「……ど、どうして、私のわがままを交換条件ありとは言え聞いてくれる気になったの?」

疑問に思っていることを絞り出す。
聞きたいこと沢山あるはずなのに、いざ質疑応答みたいにされると思いのほかすぐには出てこない。
……尿意による焦りももしかしたらあるのかもしれない。

「それはー、あなたが引かなかったからでしょー?」

違う、そういうことじゃない。
纏衣さんが言ったようにこれは譲歩。
私との勝負と綾に会えなくなる可能性、彼女にとってそれは天秤に掛けるまでもないはず。

「……あなたが嫌いだから、あなたのわがままに付き合ったその上で綾ちゃんに逢おうって思ったから」

――……私が嫌い? どうして?

「なんで、私が――」
「お待たせしましたー、ジンジャーエールとホットほうじ茶です」

私が質問しようと口を開くと、ウェイトレスの先輩が注文を持ってきてくれる。

「ありがとー……質問タイムの続きはゆっくり飲んでからにしましょー?」

纏衣さんはストローをコップに挿して中の氷を2〜3周かき回すようにしてから口をつける。
私はその様子を見てさらに強く尿意を意識してしまう。

――っ、纏衣さんは平気なの? 先に紅茶飲んでるのに……なんで……。

私の視線に気が付いたのか、纏衣さんは口からストローを離しこちらを見る。

「結構したい? 安心して、私も結構したくなってきたから良い勝負なんじゃないかなー?」

そう言った纏衣さんだけど、切羽詰まってる様には見えない。
私もまだ仕草に出してるわけじゃないから、何とも言えないけど
もし仮に今の段階で良い勝負なのだとしたら、私が勝つことは難しいと思う。
私の方が我慢できる時間が短いのなら、勝つには常にリードしてなければいけない。
二人とも、あれだけ水分を摂ったのだから、おしっこが作られる速度に殆ど違いなんてないはずだから。

815事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 11:2021/05/10(月) 23:47:52
私は纏衣さんを無視するようにコップをゆっくり傾ける。
温かいとはいえ身体に水分が入り、どうしても意識してしまう。
意識すれば、当然尿意は膨れ上がり波となって私を責め立てる。
上半身は動かさず、膝を数回擦り合わせる。
仕草を悟られたくない。我慢勝負とは別に、先に仕草を見せることもなんだか負けたような気がして……。

「プールの上なのもあってー、相手が身体を揺するとすぐにわかるよー」

――っ!

見えない位置、悟られないはずだった仕草を僅かな揺れから感付かれる。
私は顔が熱くなっていくのを感じながら視線をテーブルに落とす。
もともと私は尿意を悟られるのが苦手。隠そうとしていたというのがバレたというのも何とも言えない居たたまれなさがある。
それと、悔しい……私より沢山溜まってきてるはずの纏衣さんよりも先に仕草を見せてしまったことが。
そしてそれは、私の方が尿意が大きく、抑えられていないということで……。

既に良い勝負なんかじゃない。
ハンデがあったはずなのに、もう逆転されてる。
――いやだ、負けちゃう……負けたら、纏衣さんは綾のとこに……。

「諦めちゃうー?」

「っ……」

私は視線を下げたまま首を振る。
必死に我慢すればきっとまだ何とかなる。

<ずずっ…>

ストローに空気が混じる音を聞いて視線を少しだけ上げる。
纏衣さんのジンジャーエールはすでに氷だけになっているのが見える。
私は悔しくて自分のほうじ茶を掴む。

「いいよ、飲まなくてー。ハンデ足りなかったみたいだしー」

「ば、馬鹿にしないでっ、まだわかんないでしょ!」

そう言って私は少し冷めたほうじ茶を一気に喉に流し込む。
仕草に出してしまった、逆転されてる可能性も高い。
だけど、まだ我慢できる――まだまだ限界なんかじゃない。

「うん、勝負はそうじゃなきゃー」

嬉しそうに口角を上げる纏衣さん……。

――なんで、どうして? 負けたくない、勝ちたい、絶対気持ちじゃ負けてないのにっ……。

「質問タイムの続きしよー?」

私は纏衣さんの言葉に従う。
今は少しでも尿意や勝負から意識を逸らしたい。じゃないと気持ちがどんどん擦り減っていく。
私は足を確りと閉じ合わせて、身体を揺すらず姿勢を正した。

「じゃぁ、さっきの続きで……どうして私を嫌いなの? 私たちに接点なんて殆どなかったはず……」

「その理論で嫌われないならー、根元さんも私を嫌ってないってことにならないー?」

確かにその通りだけど――――っていうか私、纏衣さんを嫌いって断言してはいなかったと思うんだけど……――――
でも、私にはちゃんと嫌う理由がある。

「綾に酷いことした、綾が誰とも話そうとしなくなった……それだけで嫌いなるなんて十分だよ」

「うんうん、私もそうー。綾ちゃんと仲良くしてる、それだけで嫌いになれるよー」

――っ……なんで、なんでそんなこと纏衣さんが言えるの?
誰よりも綾と仲良かったのは……纏衣さん、だった……私じゃない……。

怒りや悲しさに心が乱される。
その陰で尿意が膨らみ続けているのも感じて焦りだったり、不安だったりでわけがわからなくなってくる……。

816事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 12:2021/05/10(月) 23:48:45
「理不尽だと思ってるー? じゃぁ聞くけどー綾ちゃんは私が悪いって言ったー?
綾ちゃんが嫌がってないのにどうして、貴方は私の事を嫌うのー?」

私はその言葉に反論しようとして口を開くが、言葉が出てこない。
纏衣さんの言う通りで、綾は纏衣さんを嫌うどころか庇ってさえいた……。

「結局私たちは、綾ちゃんの気持ちなんて関係ないんだよ。
自分の気持ちがすべて……そうでしょ? 貴方も私に嫉妬してる、違う?」

「ち、ちが…私は――」

……違わない。
私はずっと羨ましかった。綾と纏衣さんの関係が。
二人で勝負して、競うようにして。
そして、纏衣さんの行動一つで、綾は誰とも話さなくなって。
私がたくさん話しかけに行っても、「ごめん」としか言ってくれなくて。
それが綾の中での私と纏衣さんの差だと否応にも認めるしかなくて。

だから、嫌……。
纏衣さんと綾を会わせればまた綾は私から離れてしまう。
私からだけじゃない。もしかしたら弥生ちゃんや真弓ちゃんでさえ……。

「そ、そうだよ……私は……だから…負けない、絶対負けない!」

目頭が熱い。もう負けない。今度こそ負けない、負けられない、負けたくない。
纏衣さんに負けて、真弓ちゃんにも負けて……負けてばかりで悔しくて情けなくて……。
あの時みたいに綾を諦めて他人に戻るなんて出来ない。
綾が他の誰かと仲良く話してるのを見て見ぬふりで過ごすなんて出来ない。
だから――

――負けたくないのに……なんでっ!

気持ちに関係なく膨らんでいく下腹部に苛立ちを感じながら両手で太腿を擦る。
いつの間にか足が落ち着きなく動いていて……。

「そんなに感情的にならない方がいいよー、まぁ、交感神経優位なら我慢自体はしやすいかもしれないけどねー」

――な、何言ってるの? 交感神経?

「気にしなくていいよー、あんまり役に立たない無駄知識だよー」

「っ……なんでそんなに余裕なの? なんでっ……」

9時40分……ここに来てから15分ほど経った。
まだ我慢できないというほどじゃないけど、それでも平静を装うのが困難になって、仕草も抑えられなくなってきた。
それなのに纏衣さんには我慢の仕草が現れていない。

「折角ハンデも上げていい勝負になると思ったんだけどー、期待外れかなー?」

言い返したい。勝負はこれからだって、追い詰めて絶対先にトイレに立たせるって。
それなのに……。
気持ちだけは絶対に負けない……そのはずだったのに、どんどん弱気になっていく。
綾のために……そう思ってたのに、自分のためだった。それを纏衣さんは簡単に見破って。
すべてが纏衣さん手のひらの上みたいに感じて……。

817事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 13:2021/05/10(月) 23:49:32
「もうちょっと頑張ってよー? 私が余裕をもって勝ったとしてもー、貴方が全身全霊でいる限りは熱い楽しい勝負なんだからー」

私は視線を下げて押し黙る。
頑張る。頑張るしかない。
気持ちが内面に向かい、尿意が急激に強くなっていく。
落ち着きなく太腿を擦り続けていた手が、スカートの前に谷を作る。
押さえてはいない……手を合わせて挟んでいるだけ……。
まだ、大丈夫、全然平気だと思いたい。

そんな私に纏衣さんは何か言ってくる――そう思っていたけど、予想に反して何も言ってこない。
視線を上げて様子を確認したい。もしかしたら今まで強がっていただけで本当にいい勝負なのかもしれない。
だけど、もしそんな淡い期待をしてる私を見透かしていて、ただ、こっちを見て笑っていたりしたら……。

「っ……ふぅ…んっ……」

息が乱れる。勝手に嫌な想像をして心を乱して、そしてそれは尿意の波となって襲ってくる。
手を所在無さげにスカートの生地を握りしめたり膝を左右交互に上下させてみたり……。
プールに浮かぶ足元は小さく揺れて、きっとそれは纏衣さんにも伝わってるのに、その仕草を抑えることができない。

――だめ、だめこれ……我慢できなくなってき――っち、ちがう、我慢しなきゃ、まだ全然平気……じゃなきゃ、ダメなのに……。

ほんの数分前まで平気だった。
我慢は辛くなってきてはいたが、仕草には出してなかったし息も乱れてなかった。
なのに、今の私は最後の意地で前を押さえないように踏みとどまってるだけ。
息も荒くて仕草も抑え込めない。
もし、我慢の仕草を無理にやめてしまえば、大きな波が来てしまいそうで。
そうなれば、今まで踏みとどまってきた押さえるという行為に及んでしまう。
それだけならまだ良い……――その波を抑えきれなかったら?

……。

否定したい。
平気なんだって言い聞かせて、自分を騙していたい。
だけど、際限なく大きくなる尿意に現実を突き付けられ、再び目頭が熱くなる。

「っ……うぅ…はぁ……んっ……っ」

――負けちゃうの? ダメ、負けたくないのに……っ、また波っ……。

手が足の付け根……貯め込まれた恥ずかしい水の出口に向かう。
一瞬押さえるのを躊躇ったが、尿意の波の高さに諦め強く押さえ込む。

「っはぁ…んっ……っ…ふぅ…はぁ……はぁ……」

しばらく息を乱しながら必死に尿意に抗い、どうにか波を乗り越える。
手を離そう……そう思ったのに、今度は仕草をやめるどころか、手を前から離すこともできない。
押さえ込む手を一定のリズムで小さく動かし、波が来ないように必死になって……。
酷くはしたない姿。
涙がテーブルに一つ二つと落ちる。

震える片手でテーブルの上の携帯に触れる。
9時48分……纏衣さんが「あと20分くらいは余裕」と言っていた時間はもう過ぎた。
私が我慢できるギリギリだと思われる時間も同時に過ぎた。

……。

私はゆっくりと視線を上げる。
余裕がなくなっているはずの纏衣さん……それが確認できればきっともうちょっと頑張れる。
だけど、そこには――

――っな、なんで……どうしてっ!

両手で頬杖を突きながらこちらを眺める纏衣さんの姿。
つまり、まだ押さえる必要なんてない、余裕のある姿。

818事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 14:2021/05/10(月) 23:50:18
「やっとこっち向いたー、大丈夫? まぁ私も平静を装う余裕はなくなってきたけどー」

そう言って纏衣さんは椅子に座りなおす。

「はぁ、はぁ…っ……なんでっ……んっ、あぁ……ダメ……」

勝てない、負ける? 負けちゃうの?
また、負ける、やだ……やなのにっ……。

下腹部が波打つ。
大きな波の気配。
限界が差し迫る感覚に全身から汗が噴き出す。

――ま、待ってっ…だめ、我慢してっ……こ、こんなとこで……ダメ、我慢、我慢、あぁ…やだやめて、我慢してっ!

お腹を押さえられたように、下腹部がギュっと緊張する。
今までとは比較にならない尿意の大きさに身を固めて、押さえる手にも力を籠める。
それでも――

「あ、あっ…やぁ……あ、あぁっ!」<じゅゎ…じゅ…じゅぅ……>

必死に我慢してるはずなのに、締め上げてるのに……。
尿意の大きさに負けて、抉じ開けられ溢れる。
一度だけじゃなく抑えきれない熱水が何度も恥ずかしい温もりを拡げる。

「大丈夫ー? 早くいかないと取り返しが付かなくなるんじゃないのー?」

手で強く押さえていたためか、手まで湿った感覚を感じる。
下着を越えて、スカートの生地にまで染みを広げて……。

<じゅ……>

――っ…あぁ、また……治まって、お願い、これ以上は……ほんとにっ……。

息を詰めて、必死に我慢を続ける。
こめかみから汗が流れる。力を入れすぎて全身が熱い。

「っ…ふーっ…ふーっ……はぁ、ふー……」

波を越えた。
ちょっと失敗しただけ……我慢できた。でも――

「どぉ? 諦める?」

今までよりも優しい口調。
だけど、心配しているというより、憐れんでいるのだろうけど……。

「ふー、っ……あきらめ……ない、はぁ…っ…綾には、会わせないっ……」

私の往生際が悪い台詞に纏衣さんは何も返さない。
ただ、小さく呆れたようにため息を零しただけ。
万に一つもないかもしれない勝ちのために、馬鹿なことしてるってわかってる……。

少し湿った感覚がある手を、スカートの濡れていない部分で拭い――――汚いってわかってるけど余裕がないの!――――
時間を確認するため携帯に触れる……9時51分。
濡れたスカートの生地を集めるようにして両手で押さえる。
惨めな姿。みっともない姿、恥ずかしい姿。それでも、引かない……。

819事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 15:2021/05/10(月) 23:51:06
そして、再び尿意の波の前触れを感じ始める。
もうすぐ来る、またさっきみたいな抑えきれないくらい大きな波。
足を絡ませて、両手で力一杯押さえて……。

――っ! や、何これ……っ…こん、なの…っ!

さっき感じた下腹部がギュっとなる感覚。それは覚悟していたこと。
そのはずだった。なのに、想像を遥かに超える我慢できないという感覚にわけがわからなくなる。

「や、あ、うそ……っあ、待って……やだ、やぁっ、ぁ、あぁ!」

出口に力を入れてるのに、絶対抑えきれない、塞いでいられない。そんな感覚。
足りない力は手で必死に押さえて……でも――

「あっ、あっ、やぁ…んっ……」<じゅう…じゅうぅ……じゅぃー……>

指で押さえる隙間からおしっこが噴き出す。
締めたいのに、力を入れてるはずなのに、私の意志とは無関係に出口が開くのを感じる。
開くたびに噴き出す量が増えて
一度目でスカートが大きく濡れるのを感じて
二度目で手が水浸しになり
三度目でおしりの方まで熱さが広がった。

隠せないくらいの失敗……。
それくらい沢山出てしまったためか、どうにか波が引いていくのを感じる。
それでも、油断できるような尿意じゃない。
思うように力が入らなくなってきてる気がする……もう我慢を続ける体力がないのかもしれない。

――おしっこ、おしっこ……早くしないと本当にもれちゃうのに……。

私はもう我慢できないってわかっている。
次の波が来たら全部終わってしまうかもしれない。
ちゃんと理解してる……それなのに、まだ負けたくないって思ってる。

「座ったままだとわかんないけどー、もうおもらししちゃった?」

「ち、ちがっ……んっ…まだ、我慢……して――っ!」

<じゅぃ…じゅぅぅ……>

動揺の隙を突くように新たな温もりが下着に、手に拡がる。

「漏らしてなんか、ない、んっ…我慢して…っ…るし……うぅ……」

負けを認めたくない。綾に会わせたくない。恥ずかしい。
だけど、こんなこと言っても私のこれは既におちびりなんかじゃない。

――……わかってる、我慢勝負の決着はもう――……あれ…?

勝負の内容はなんだったっけ?
我慢勝負……トイレの……。

  ――「先にトイレに行った方が負け、我慢勝負だよ」――

――っ! トイレに行った方が負け? だったら…これは……?

ただの都合のいい解釈かもしれない。
言葉尻を捉えた屁理屈なのかもしれない。
頭が上手く働いてないから何か勘違いしてるのかも。でも――

私は涙目のまま纏衣さんへ視線を向ける。

820事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 16:2021/05/10(月) 23:52:12
「どうしたのー? やっぱりトイレに行く気になったー?」

「い、行かなかったら……んっ…負けにはならない…だよね?」

纏衣さんは少し驚いた顔してから小さくため息を零す。

「そう…(そっちを選ぶんだ……)いいよ、私が先にトイレに行ってあげるから個室に先に入って」

纏衣さんはよくわからないことを言って立ち上がる。
私は言葉の意味と理由を回らない頭で考える。

「もうー察しなさいよー、私の負けでいいよ、貴方の覚悟を汲んで、綾ちゃんに逢いに行かない。
――って、はぁ……もっと早く気付きなさいよー……それ、もうおもらしだし……」

――……勝ち? 会わないでくれる?

「ほら、前を歩いて隠してあげるから立って、まだ我慢してるんでしょ?」

手が差し出される。
私の手が濡れてるってわかってるはず、濡れたスカートを両手で押さえているのだから……。
それなのに……手を貸すってこと? 意味が分からない。

私は意味が分からないまま押さえた片手を離し、その手を掴もうと手を伸ばす。

<じゅぅ…じゅうぅぅぅー……>

「っ!? あ、だめっ、あ、あぁっ!!」

今までよりも多くの量が溢れる。
離した手を再度、押さえるためにスカートの前に戻す。

――っ、止まって! なんで、あ、あぁ、やだぁ、止まってよっ!

止めようとしても、全然力が入らなくて、手で押さえてるから勢いが出ないだけで。
手が熱くなっていく。止められない。我慢できない……。
押さえるスカートの上が光るくらい水浸しになって、冷たくなり始めていたお尻の方がまた熱く濡れる。

「(えぇえー……しょーがないなー)」

呆れるような声が聞こえた後、腕が強く引っ張られる。
押さえていた片手が外れてスカートの中で勢いを増して熱水が渦巻く。

「や、ちょっ――」「ふざけないでっ!」

――っ!?

私が「離して」という暇を与えず、纏衣さんは大きな声で叫ぶ。
周囲が静まり返る。見なくてもわかる、視線がこっちに――やぁ、なんでっ……おしっこ…出てる、のにっ!

そのまま椅子に座り続けようとしたが、強い力で無理やり立ち上がらせられる。
抑えきれなくなったおしっこが立ち上がったことで足を伝い始める。

――み、見られるっ! 知らない人に、沢山の人に……見られちゃうっ!

押さえていた手も放し、なんとか振りほどこうとしたが、逆に振り回されて――

「え……」

私がバランスを失ったと同時に、纏衣さんの手が離れ、さらに胸元を強く押される。

――な、なんで……こんなとこでそんなことしたら――

足が宙に浮き、そして――

<ばしゃーん>

冷たい。
濡れてる……なんで、プール……。

821事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 17:2021/05/10(月) 23:53:02
「ちょっ…ま、私――」

――泳げない。
顔に冷たい水が襲い、喋ることは疎か呼吸すらままならない。
必死に藻掻くが、揺れ動く水面が口より下にならない。

――やだ、溺れるっ!

そう思ったとき藻掻く身体を何かが支えてくれる。
私の手はその何かを強く掴む。

「まさか、足の着くプールで溺れるとは……ほら、落ち着いて」

「はぁっ…はぁ、え……纏衣…さん?」

「落ち着いたら確り足を延ばして、根元さんでもちゃんと届くから」

そう言われて纏衣さんの肩に両手を置きながらゆっくり足を延ばすと確かに底に足が着く。
私はパニックになっていたことに恥じて顔が熱くなっていくのがわかる。

「だ、大丈夫ですか!」

上から声が掛けられる。

「はい、大丈夫です。ちょっと喧嘩しちゃって勢い余って落ちちゃって」

――け、喧嘩? 一方的に落とされた気が……。

「橋からは上り難いので、プールサイドの方へ行きますね」

そう上の先輩に言ってから纏衣さんは私の手を握り、プールの中を進む。

「(おしっこ、終わった? 上がっても大丈夫?)」

前を向いたまま、私にしか聞こえないくらいの声で話しかけられる。
そしてその内容を聞いて思い出す。――そうだ、さっきまで私おもらししてたんだった……。

今は止まってる……どれだけしちゃったのかわからないけど、これだけ濡れてるし、止まってるならプールを上がっても問題ない。
そこまで考えて、ようやく私がプールに落とされた意味を知る。
私のおもらしを隠すため……。声を荒げたのもプールに落とすだけの不自然じゃない理由を作るため。

――……え? 待って……だったら綾にあんなことしたのって……。

バケツの水を綾に頭から掛けた纏衣さん……。
憶測でしかない。今こうして私が陥ってる状況を重ねてるだけ。だけど――

「上がるよ?」

「う、うん大丈夫……」

纏衣さんは私の手をプールサイドに置いて、私の後ろに回る。
上に来ていた先輩に手を掴んでもらい、纏衣さんに後ろから押してもらう。
プールから上がると、今までそれほど気になっていなかった寒さが私を襲う。
後ろでは纏衣さんが一人で軽々とプールサイドに上る。

「ねぇ、貴方たちとりあえずこれ使って!」

そう言って私と纏衣さんに大きいタオルが渡される。
渡してきたのは、背の低い先輩……確か生徒会の人だったと思う。
私たちがプールに落ちたことで先生への報告とかがあるのか別の先輩を一人残して、みんな慌てている。

「こ、更衣室に案内します」

「ありがとう。着替えは一応持ってきてるので大丈夫です」

纏衣さんはそう言ってから、座っていたテーブルに軽い足取りで向かい、私たちの荷物を持ってくる。
私はというと肩を震わしながら貰ったタオルを羽織る。

「寒そうだね」

纏衣さんはそう言うと、自分のタオルを私に被せて、肩を抱くようにして身を寄せる。

……。

――どうして、急に優しく……。
私の事嫌いって……言ってたくせに……。

だけど、振り払う気にはならなかった。
私の想像が正しければ、纏衣さんは綾にひどいことをしたわけじゃない。
目の敵にしていたことが後ろめたい。
それでも引っかかることは幾つかあるのだけど……。
でも、そんなことより今はとりあえず、寒い。
掛けられたタオルも、身を寄せてきた纏衣さんも正直言ってとても暖かい。

822事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 18:2021/05/10(月) 23:53:41
更衣室に着くと温風ヒーターがあり、風もなく少し暖かい。
だけど、残念ながらこの学校には温水が出るシャワー室なるものはない。
纏衣さんは私に掛けられたタオルを取り、私の頭をわしゃわしゃと拭きだす。

「ちょ、だ、大丈夫だから、自分でできるっ!」

「そう? 早く拭かないと冷えちゃうよ」

そう言って纏衣さんは服を脱いで身体を拭きだす。
その姿に一瞬見惚れてしまったが、すぐに目をそらす。

「根元さんの分の着替えも一式あるからね」

「うん、ありが――……なんであるの?」

「もともと今日の勝負は綾ちゃんとする予定だったし、綾ちゃんとの勝負はもうちょっと過酷な我慢勝負の予定だったから」

絶対に着替えが必要になる勝負だったとのこと。
ギブアップ不可能のどちらかがおもらしするまで我慢を続けるデスマッチと言ったところだろうか?

――っ……そんなこと考えてたら……また、したくなってきちゃった……。

きっとさっき全部出したわけじゃなかったんだと思う。
まだ身体を拭いてる途中の纏衣さんに視線をちょっとだけ向ける。

「纏衣さんは……さっきのうちに……その、しちゃったの?」

「してないけどー?」

全然仕草が見えないのに……、だけど、下腹部はちょっとだけ丸く張ってるように見えなくもない?

「割と根元さんってえっちなんだねー」

そう言われて、私は慌てて視線を逸らす。
でも、そんなことよりも、早く拭いて早く着替えないと。
尿意は思っていた以上に早く主張を強めてくる。

私は着替えに手を伸ばして下着――――新品で抵抗感なく履けた――――と肌着を身に着ける。
だけど強まる尿意の主張に、控え目に足を擦り合わせる。

「もうしたくなっちゃったー?」

「っ……」

また目ざとく私の仕草に気が付く。
恥ずかしくて、言葉が出ない。

服に手を伸ばして広げてみると、まさかの中学の時のジャージ……。
だけど、迷っている余裕はなく、足踏みしながらそれを着る。

「着替え終わったー?」

私が着替えを済ますといつの間にか纏衣さんも着替えを済ませていて。
ちなみに、纏衣さんの服は中学の時の制服……なんとなく納得できるけど、理解はできない。

――っていうか、っ……これ、波っ……。

「っ…あぅ……なんで、こんな急に……」

急に大きな波が襲い掛かる。
両手で押さえて、足でステップを踏んで、息を荒げて必死に抑え込む。

823事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 19:2021/05/10(月) 23:54:32
「いっぱい我慢した後って急に来るよー、さっきもきっと途中だっただろうし
飲んだ量も多かったからまだまだ溜まってきちゃうしー」

「っ……く――ぷはぁ、…はぁ……はぁ……」

危うく二度目の失敗を犯しそうになりながらも、どうにか無傷で波を越える。
私は落ち着いているうちに早足に更衣室を出て、隣のトイレへ向かう。

「待ってよー」

そう言って追いかけてきた纏衣さんは私がトイレに足を踏み入れる直前に腕を掴んで引き留める。
ここに来てトイレの邪魔をされるとは思わず、取り乱す。

「や、お願い、ダメ、トイレに――」
「もー、私が先に入るって言ったでしょー?」

――あ、そっか……勝敗はまだ確定してないんだった……。
でも、負けで良いって言ったんだから、私の勝ちで良くない?

纏衣さんは足を止めた私の横をすり抜け、外とトイレの境界を小さくジャンプで越える。

「はーい、私の負けー」

そして纏衣さんはそのまま進み個室のノブに手を掛ける。

「ま、待って! こ、個室は先で良いって…っ……い、言ってなかった?」

「えー? それしちゃう前の根元さんに言ったんだよー?
私もそろそろヤバいしー、どうしよっかなー?」

演技なのかなんなのか私に前を押さえてるところを見せつけてくる。
確かに纏衣さんの方がずっと長い時間我慢してるし、絶対沢山我慢してる。
だけど――

――あ、これっ…や、来ちゃう……やだ、やだっ!

波の気配。
さっきまで落ち着いていたのが嘘のような大きな予兆。
私は纏衣さんに駆け寄り腕に縋る。

「だ、だめなのっ、お願い、っ……待てないっ、絶対待てない、我慢できないのっ……だからっ!」

だけど、纏衣さんは私に構わず扉を開ける。
纏衣さんを掴む手により力が籠る。

――嘘、入っちゃうの? やだ、私……波…またっ…おもらし……やだっ――

824事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 20:2021/05/10(月) 23:55:23
「いいよー早くしてね」

「っ!」

頭の中が真っ白になりかけたところに掛けられた言葉。
顔を上げると纏衣さんが扉を開けて私の方を見ている
私は纏衣さんの腕を離して個室に駆け込む。
後は扉を閉め――

「っ!?? と、扉…閉め……閉めたいんだ――」
「やだよー?」

扉を閉めるために手に力を籠めるが、纏衣さんが押さえていて動かない。
意味が分からない。なんでこんなこと……。
だけど、それを問い質す余裕すら今の私にはない。

――っ、だめっ、もう我慢っ……できないっ!

膨れ上がる尿意に限界を感じて扉を諦める。
おもらししたくない、……その一心で和式のトイレを跨いでジャージと下着に手を掛ける。
後は降ろしてしゃがむだけ……。

「っ……お、お願い閉めてっ……だめっ、おね、おねが――」
「全部見ててあげるね」

――ばかぁ!

「っ、だめぇ!」

限界だった。
ジャージと下着を同時に降ろしながらしゃがみ込む。

<じゅういぃぃぃーーーー>

和式トイレに打ち付ける恥ずかしい音。
大きく呼吸を乱して、僅かに濡れてしまった新品だった下着に視線を向ける。

――あぁ……見られてる、聞かれてるのに……だめ、止まんない……止めたくない……。

二回目の限界はちゃんとトイレでできた。
それだけで、想像を絶する開放感で……
見られているのにも関わらず「止めなきゃ」という理性が「全部出したい」という欲望に負けてしまう。

「はぁ……はぁ……」<ぴちゃ、ぴちゃ>

全部しちゃった。
そんなに長く出てたわけでも、量が特別多かったわけでもないけど……
だけど、限界で……全部見られてるのに……。

私は恥ずかしさを紛らわすようにトイレットペーパーを乱雑に巻き取り
後始末を慌ただしく済まし、下着とジャージを上げる。
若干湿ってしまった下着が冷たく気持ち悪い。

「ねぇねぇー、早く変わってよー?」

そう言って、演技なのか何なのか、もじもじしてる纏衣さんが後ろから声を掛ける。
当然扉越しではない、確りと聞こえる声で。

私は纏衣さんの隣を通り個室を出て振り返る。
纏衣さんが扉を閉めようとしていたので、私はそれを邪魔するために扉を押さえる。

825事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 21:2021/05/10(月) 23:56:02
「へー、そんなことするんだー」

腹が立ってついしちゃってるけど、やってる私の方がなんだか恥ずかしい。
だけど、私は無言で扉を閉められないように力を入れ続ける。

「このまま、貴方に我慢勝負のリベンジ申し込んでみようかなー?」

――っ!

纏衣さんは焦ることなく、背筋を伸ばして私に近づき視線を向ける。
リベンジを提案してきたということは、今の状態からでも、我慢勝負して勝てると思ってる?
そんなことあり得ない……だけど――

「……い、いえ…ごめん……」

私の方に自信がなかった。
押さえていた手の力を緩めると「残念ー」と言って纏衣さんは扉を閉める。
私は個室の扉の前で大きく嘆息した。

<じゅういぃぃーーー>

――っ……これ、纏衣さんの……。

個室の中から聞こえてくる、おしっこの音……。
私はこれを聞かれて、見られて……。

――……凄い……あんなに平気そうだったのに……激しくて、それに長い……。

つい、耳を澄ませて聞き入ってしまう。
コンビニで聞いた真弓ちゃんの音も信じられないくらい長くて圧倒された。
まだ終わってないが、我慢した時間から考えればきっと真弓ちゃんの方が長いと思う。
だけど、真弓ちゃんの時以上に興味と感心を向けてしまう。
それはきっと、この音を立てているのが、さっきまで私と勝負していた纏衣さんだから……。

<じゅぃーー……>

音に勢いがなくなりやがて聞こえなくなる。
思っていた通り、長さは真弓ちゃんの半分にも満たないくらい。
それでも私の倍くらいあったんじゃないかって思う。

……。

――って…私、何聞き入ってるの? 何長さ比較してるの? はぁ…これじゃ変態だよ……。

私は変な思考を頭を振って中断する。
一度深呼吸して、肩を落としながら手洗い場に移動する。
勝負には勝てたけど、完敗したような気持ち。
結局、終始彼女の手のひらの上だったみたいだし、勝った気が全くしない。

水を出して手を洗っていると、個室から纏衣さんが出てくる。
見られたことと、聞かれたことと、聞いてしまったことで直視できない。
私は手を洗い終え、すぐにトイレから出る。

――はぁ……どうしよう……。

なにがどうしようなのか、私自身よくわかっていない。
トイレの前で待っていると纏衣さんが出てくる。

「待ってたのー?」

「ん……」

「嫌いって言ったのは訂正する。英子ちゃんの次くらいには好きになれそうかなー?」

「え、なに? ……誰?」

急な言葉に混乱しながら疑問符を零す。

「英子ちゃん、忘れちゃったー? 今日一緒に来てた子なんだけど……
英子ちゃんは綾ちゃんの次に好きだから根元さん――……ううん、瑞希ちゃんは三番目ね」

思っていた以上の評価に虚を突かれ一歩距離を取るが、視界が揺れてそのまま倒れそうになる。

「っと、危ないよー? ……って大丈夫?」

気が付くと纏衣さんに身体を支えられていて、なんだか身体が寒い。
息もずっと乱れてるし、身体が少し重い……。
音とか聞かれたり聞いたりで、精神状態が安定してないからだと思っていたけど、これって――

「やっぱ、プールに落としちゃったのはよくなかったね……保健室いこっか?」

826事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 22:2021/05/10(月) 23:56:50
――
 ――

「無理させちゃったね」

保健室のベッドに横になってる私に、纏衣さんが声を掛ける。
辛うじて意識を失わずにいたけど……情けない。
ここまで肩を貸してくれた纏衣さんに小さくお礼を言ってから
深呼吸して口を開く。言わなくちゃいけないことだから。

「ごめん……纏衣さんの事…ずっと勘違いしてた……」

「どんな感じに?」

「えっと……綾を騙して…近づいて、血なんて通ってない屑で最低のサイコ女? みたいな感じに」

「うん、もうちょっとオブラートに包もうねー?」

とても正直に言ったけど、濁した方がよかったらしい。
……だけど、実際には嫉妬だったりの私の問題も大きかったと思う。
そんなことを考えていると「瑞希ちゃん」と纏衣さんから声を掛けられる。

「でもね、ある程度遠くで見ていた時の印象は大事にした方がいいよ」

「え…どういう意味?」

纏衣さんは口角を上げて不敵な笑みを浮かべる。

「偶然綾ちゃんがここに来ちゃったら、私のせいじゃないでしょ?」

「? ……うん、まぁ、会わない行動をとってくれてるし……綾の方から来ちゃうのは…嫌だけど、仕方ないとは思う」

嫌とは言ったけど、少し前までの会わせたくない気持ちは幾分落ち着いている。
悔しいけど、嫉妬もするけど……悪い人じゃなかったのならここまでして会うのを邪魔するのは間違ってる。
それは纏衣さんの言う通り、確かにただのわがままだから。

「私たちにタオルくれた人、紅瀬さんだったよね?」

「えっと…生徒会の人のこと?」

私は名前を聞いてもいまいちピンとこない。
一応タオルをくれた人は生徒会の副会長だったはずだけど。

「貴方が通っていた中学校の先輩だよ?」

呆れたように言われても知らないものは知らない。というか知らないのが普通。
交流のない先輩の顔や名前なんて覚えてる人の方が少ない。
――というか、一体何の話?

「その人は綾ちゃんと交流があってね、きっと瑞希ちゃんがプールに落ちて、保健室にいるってこと話してると思う」

……。

「それって――」
「全部私の思惑通りってね。血なんて通ってない屑で最低のサイコ女っていうのは割と的を射ているよー」

私は保健室の時計を確認する。10時9分……もう綾の接客担当時間は過ぎてる。

827事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 23:2021/05/10(月) 23:57:38
<ガラガラ>

「瑞希!」

扉が突然開き、私を心配する声を上げながら入ってくる。それは――

「あ、綾……」

ベッドの隣まで来て、私に心配そうな顔を向けてくれる。
私は小さく「大丈夫、平気」と言うと、綾は小さくため息をついて安堵の表情を見せる。
いつもポーカーフェイスのくせに……そんな顔を見ると嬉しくなっちゃう。

綾は私から視線を外して、保健室にいるもう一人に――――保健室の斎先生はいないみたい――――視線を向ける。
私はなんだかドキドキして……不思議とそこまで嫌じゃない。
私も綾も生徒会の人でさえすべて手のひらの上、私との勝負も結局茶番でしかなかったのに。

――……私、嫌いじゃないというより……もしかして……?

思い返してみても嫌な経験しかしてない。
今でも得体の知れなさを怖く感じる。
結局は好きというわけでもないというのが結論。

「久しぶり、綾ちゃん……」

「……うん、久しぶり紗……」

……。

「え? 何、綾はともかく纏衣さんまで緊張しちゃうの?」

「一体私を何だと思ってるの……」

「血の通ってない人?」

「綾ちゃんといるときは可憐で可愛い女の子だから、ていうか空気読んで気配殺しといてよー」

「絶対嫌」

「……ごめん紗、この調子だと瑞希が迷惑掛けてたんじゃない?」

――なんで綾が謝るのっ! 迷惑を掛けたのは――わ、私かもだけど
でもそもそも振り回してきたのは――わ、私もだけど……。

……。

「大丈夫、瑞希ちゃんと色々回って楽しかったよ、最後瑞希ちゃんおもらししちゃったけど」
「ちょっ、ちが、綾……――あーもう、なんで言っちゃう? 普通言わない感じじゃないのっ!?」

私は真っ赤になり一瞬誤魔化そうと思ったが、纏衣さん相手だと絶対無理そうな気がして素直に認める。

「え……もしかして、プールに落ちたっていうのは……」

「うん、おもらししちゃったから私が落として誤魔化した……綾ちゃんの時のようにね」

――……やっぱり、そういうことなの?

綾は纏衣さんの言葉に顔を赤くすることで認めてる。
あの日誰もが纏衣さんを非難していたけど、本当は助けていたというのが真実。

「でもーびっくり、瑞希ちゃん全然察してないんだもん、一瞬でもその可能性を考えた人の方が多かったんじゃない?」

「えっ! そうなの?」

私は驚きの声を上げながら纏衣さんを見ると、私の視線を確認してから綾の方に視線を向ける。
私も纏衣さんの視線を追うようにして綾を見る。

828事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 24:2021/05/10(月) 23:58:08
「……うん、直接は言ってこなかったけど、そういう会話……耳にはしてた」

「私が転校する直前では、私がひどいことしたっていうのが優勢だったとは思うけどね」

「……瑞希はそういうの感じ取れてなかったから……余計言えなくて……」

……。

「瑞希ちゃん本当空気読めないからー」

「ほ、ほっといてっ!」

結局、私が勝手に勘違いして纏衣さんを悪者扱いしていた。
何も気が付けなかったことが悔しくて恥ずかしい。

「でも、綾ちゃんが我慢してるのを私が邪魔したから、おもらししちゃったんだけど」

――え?

「……いや、でも紗を怒らせたの私だし……水掛けて誤魔化してくれたのに、教室で本当の事言える勇気があればよかった……ごめん」

……。

「えっと、ごめん、結局どういう経緯だったの?」

結局誰が悪いのか良いのかわからなくなって私は二人に質問する。

「綾ちゃん、話してあげたら? 私たちの事で瑞希ちゃんに沢山迷惑を掛けちゃったし
あの時の事、私は知る権利、あると思うなー」

纏衣さんの言葉に綾は小さく頷いてから時間を確認する。

「……もう少ししたらちょっと用事あるから……えっと、簡単になら――」

829事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。-EX-:2021/05/11(火) 00:00:42
**********

――紗の奴……何が…せ、性癖よっ! ちょっと好きなだけじゃない性癖じゃないしっ。
っていうか、いつまで一人で……、ま、まぁ……寂しいとかそういうんじゃないけど……。
むしろ、振り回されなくて助かるけど……けど――

色々回ったが、やっぱり一人は詰まらない。
真弓ちゃんか歌恋ちゃんか……あるいは紗の言うように朝見さんと合流すべきだろうか?
幸い、全員連絡先はわかる。まぁ、歌恋ちゃんは中学卒業を最後に一度も連絡してないけど。

――……苦手なんだよね……おしっこなんていくらでも我慢できるとか思ってるような人だし……。

あの日――私と朝見さんが失敗した日。
教室で黒板を消しながら、あとちょっとを我慢できなかったことが、悔しくて、情けなくて。
バレるんじゃないかって恐怖と焦り、いろんな感情が渦巻いていた時。

  ――「えー、なにそれ? 大丈夫だって、中学生にもなって我慢できないとかありえないじゃん?」――

別クラスだけど少し交流があった歌恋ちゃんの声が廊下から聞こえてきた。
その言葉に、鼻の奥が一気に熱くなって、惨めな気持ちが一気に膨らんだのを覚えてる。

――あー、歌恋ちゃんって未だにあんな感じなのかな?

3年の時苦手意識を持ちながら仲良くしていたが、1年の時同じクラスの人が、私のおもらしの事を言わないか気が気じゃなかった。
苦手ではあった、けど接していると割と良い人っていうのはよくわかる。

――……歌恋ちゃんおもらしとかしたことないのかなー? しちゃうとしたらどんな感じなんだろ?

言い出せない性格じゃないと思うから、閉じ込められてとか?
あるいは怖いのがダメだったから夜トイレに行けなくて朝まで我慢できなくて、みたいな?
量はどうなんだろ、あの「我慢なんて余裕」みたいな発想から考えれば、すごく大量?
おちびり繰り返すタイプ? 一気に出ちゃって止めれない感じ? 取り乱しちゃう? 案外ドライ? あー見てみたいなぁ……。

「ね、ねぇ……」

喧騒の中、控えめな声量で後ろから声を掛けられる。
その声は最近電話越しで聞いたものだった。

「え、あ、朝見さん?」

振り向いた先にいた人。多分朝見さん。
正直に言えば長く会っていなかったので容姿をはっきり覚えていない。
物凄く髪が長い――こんなに長かったっけ?
ただ、髪に結びつけられたリボンの位置には何となく覚えがある。

――というか、何で残念な物を見てるような視線を向けられてるんだろう?
電話で変態と言われたし、仕方ないと言えば仕方ない?

朝見さんは一度小さく嘆息してから表情を柔らかくして視線を向ける。

「お久しぶり……でいいのかな? 黒蜜さんに誘われて?」

「あ、いや、友達の子が此処にいる銀髪の子に会いたいって言ってて、会えなかった時、暇だからついてきて――みたいな話」

私はそういうと少し驚いた表情をして少し目を伏せる。

「え? もしかしてその銀髪の子って朝見さんとも知り合い?」

「……えぇ、まぁ……ちょっと探してたところというか……」

視線を逸らして少し恥ずかしそうにする朝見さん見るに
その銀髪さんとやらは相当な女たらしなのだろう。
でも、探していたということは連絡先を知らないってこと? あまり親密な仲というわけではない?

――あーでも、くそぅ、一緒に文化祭回りたい人がことごとく銀髪さんに……そんなに魅力的な奴なの?
まぁ、でもそういう事情なら――

「それじゃ、その銀髪さんが見つかるまで一緒に見て回らない? 一人じゃ詰まんなくてさ」

「え、えぇ、別に構わないけど……私なんかで良いの?」

これも何かの縁。
連絡とらずにばったり会った朝見さんと回るのも楽しいだろう。

「いいのいいの、何とは言わないけど同士でしょ私たち」

共通の失敗体験を持つ仲間。
……よくよく考えると私、恥ずかしい事言ってる?
だけど、その言葉に恥ずかしさを感じるのは彼女も同じ。

「っ……、貴方と違って変な趣味は持っていませんから」

「えー、魅力を伝えたーい」

反撃と言わんばかりの返しに、恥ずかしいのを隠しつつ、明るく振舞う。
紗の言う通りになって少し癪ではあるが、一応有意義に文化祭を楽しめそう。

おわり

830名無しさんのおもらし:2021/05/11(火) 13:17:27
お腹が丸く張るまで我慢出来る紗は我慢強そう
主人公の子と紗の我慢勝負が見たいです

831名無しさんのおもらし:2021/05/11(火) 20:39:53
更新ありがとうこざいます待ってました
今回も最高です。
次回も楽しみにしてます。

832名無しさんのおもらし:2021/05/12(水) 22:56:11
>>829 更新ありがとうございます。今回も最高でした!!

833名無しさんのおもらし:2021/05/12(水) 23:54:13
更新ありがとうございます。
もうシリーズ8年目の長期連載?になるのですね。
綾菜と瑞希の中学からまゆと呉葉の中学に転校したキーパーソンってことになるのかな?
物語の大きな謎になる中学時代がついに明らかになってきてわくわくします。

834名無しさんのおもらし:2021/05/14(金) 13:54:11
鈴葉さんにまたおしっこ我慢してほしい

835名無しさんのおもらし:2021/05/20(木) 20:54:44
年下の前で必死におしっこ我慢する女の子っていいよね

836名無しさんのおもらし:2021/11/10(水) 06:18:41
上げ

837事例の人:2021/12/09(木) 00:39:13
>>830-835
いつも感想などありがとうございます
シリーズ8年……長期連載かもですがいつの間にか年2〜3回くらいの季刊連載以下に……
紗と綾菜の我慢勝負……いつか実現したいですね(いつだ)
特に記載はないですが、紗の転校先ですが真弓と呉葉の中学校ではないです。なので紗と英子が知り合ったのは高校からとなります
鈴葉さんの出番は実は最近書きました。が、ここでは公開不可能ですので多分再来年(遠すぎ)PIXIVで公開すると思います。……多分、きっと

そういうわけで特に投稿に問題がなければ追憶6です、前回の保健室でのやり取りとなります。

838追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。1:2021/12/09(木) 00:41:46
10時になり服を制服に着替え、教室の外で身体を伸ばす。
隣を見ると弥生ちゃんも私の真似をするようにして身体を伸ばしていて――……可愛い。

<♪〜〜>

弥生ちゃんに声を掛けようと思ったところで私の携帯が鳴る。
私は弥生ちゃんに、ごめんと言って少し離れて相手を確認して応答する。

「もしもし? 椛さん?」

相手は椛さん。
一緒に文化祭を回ろうとかなら嬉しい話だけど
昔と違い、特に用事がない場合は電話でやり取りなんてしない相手。
ということは、文化祭がらみの事務的な話かトラブルか、あるいは生徒会がらみの話かもしれない。

  「あ、綾! えっと……綾のクラスの名前は知らないけどおさげの子!
  あの子、うちのカフェに来てプールに落ちちゃって、今保健室に行ってるっぽい!」

「え!? ……おさげって……もしかして瑞希?」

  「ごめん、名前はわかんない、でも私たちと中学一緒だった子だと思う」

同じクラス、おさげ、中学一緒……そこまで揃えば瑞希で間違いない。
慌てて出て行って一体なにを……。

「……うん、多分瑞希、連絡ありがと、保健室見てくる」
  「あ、待って……それと、もう一人見たことある子が…一緒にいて……」

電話を終えようとしたとこで椛さんが慌てて静止を掛けるが、続く言葉は珍しく歯切れが悪い。

  「えっと……赤のリボン、いっぱい付けてる子…なんだけど」

――っ!

  「その子も中学で見た事ある子で、確か綾と仲良かった気がしたけど……
  ただ、……途中居なくなってから……えっと――」

椛さんは私の性格が変わった時期と彼女が転校で居なくなった時期を確り結び付けてるみたいだった。
だから、伝えなきゃいけないけど、簡単に触れて良い話かどうかで迷っていて。

「……あ、ごめん気を使わせてる? 大丈夫……まだ私の上げたリボン付けてるんだね……紗は……」

  「綾のリボン? もしかして昔、私と雪が綾に上げた奴?」

「……うん、多分今も少しだけ引き出しに入ってるよ」

なんで欲しがったのか覚えてないけど、二人からプレゼントされた大切なリボン。
昔はそれを誰かを元気付けるためとかによく配ってた気がする。
紗の時は、勝負で負け越した数だけ付ける罰ゲームみたいに使ってたけど……。
紗と疎遠になってから、リボンの存在をすっかり忘れていた。
正確には忘れていたというよりも、紗を思い出すから忘れようとしていたのかもしれない。

  「そう、とりあえず、伝えたからね」

私はその言葉にもう一度お礼を言って通話を切る。

――……というか、椛さんよく中学時代の下級生の顔覚えてるなぁ……。
リボンの目立つ紗はともかく、瑞希とは一年間しか見る機会なかったのに。
まぁ、それよりもあの二人か……。

紗と瑞希――朝の瑞希の行動は紗を見つけての行動? ……二人の状況が気になる。
瑞希は紗の事を目の敵みたいに思ってる。
多分私のためだから嬉しくもあり申し訳なくもあるわけなんだけど。

839追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。2:2021/12/09(木) 00:43:26
「電話おわりましたか?」

後ろから聞こえる弥生ちゃんの声に振り返る。
上目遣いで可愛い。だけど、雛乃との約束の時間までの間、一緒に文化祭を回りたかったがそうもいかなくなった。
一緒に保健室へ――とも思ったが、紗がいる可能性がある以上、人見知りの気がある弥生ちゃんを連れて行っても気を悪くさせるだけ。

「?」

首を傾げる弥生ちゃん――いちいち可愛い。

「……ごめん、これから委員長の仕事的なの入っちゃって……雛乃との約束の時間までには切り上げてくるから」

「えっ…そ、そうですか………」

露骨にショックを受けシュンとする弥生ちゃん。
庇護欲が掻き立てられる一方で、微妙に加虐心が煽られるのは、私が悪いのか弥生ちゃんが悪いのか……。

弥生ちゃんの姿に若干後ろ髪を引かれるが、歩幅を大きくして、保健室へ急ぐ。
緊張は少ししてる。だけど、思っていたよりも会うことを恐れていない。
紗のしたこと、私がしたこと、紗の真意……何から話せばいいのかわからないけど
今はちゃんとお礼を言いたい。ちゃんと謝りたい。その気持ちが強い。
結果的に最後に手を差し伸べなかったのは私なのだから。

――って、紗もだけど、それよりも瑞希……プールに落ちて保健室って、熱でも出した?

保健室前、私は躊躇なく扉を開ける。

<ガラガラ>

「瑞希!」

「あ、綾……」

ベッドで寝ている瑞希に私は駆け寄る。
なぜか中学の時のジャージを着てるが……視界の端にいる紗の趣味な気がする。

「大丈夫、平気」

少し上気した頬を見るに熱はあるのかもしれないが、確りした物言いに安堵する。
私は瑞希から視線を外して、隣にいる紗に向き直る。

「久しぶり、綾ちゃん……」

紗の声……。
その声はとても懐かしくて。

「……うん、久しぶり紗……」

――……えっと、え、なんか今になって凄く緊張してきたんだけど……。

それは紗も一緒だったらしく視線を逸らして髪を弄っている。
ただ、演技にも見えなくない……。
その様子になぜか私の緊張が和らいでいくのを感じる。

「え? 何、綾はともかく纏衣さんまで緊張しちゃうの?」

私が声を再度かけようとすると、瑞希が言葉を挟む。
もう数秒だけ待ってもらえたら良かったんだけど……。

紗は瑞希の言葉に少し表情を変えて嘆息してから口を開く。

「一体私を何だと思ってるの……」

「血の通ってない人?」

「綾ちゃんといるときは可憐で可愛い女の子だから、ていうか空気読んで気配殺しといてよー」

「絶対嫌」

冗談ではなく両方本気の言葉だと思うが、思った以上に険悪なムードではないことに驚く。
瑞希なら掴みかかって行っても不思議に思わないくらいには心配してたんだけど。

「……ごめん紗、この調子だと瑞希が迷惑掛けてたんじゃない?」

なんとなく想像を裏切った瑞希を味方する気にならず、紗寄りの発言をしてみた。
視線の隅で瑞希が不満そうな顔を見せているのがわかる。
実際こういうことになってるんだから、瑞希も被害者なのは間違いないわけだけど。

840追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。3:2021/12/09(木) 00:43:54
「大丈夫、瑞希ちゃんと色々回って楽しかったよ、最後瑞希ちゃんおもらししちゃったけど」
「ちょっ、ちが、綾……――あーもう、なんで言っちゃう? 普通言わない感じじゃないのっ!?」

――……。
えっと? おもらし?

真っ赤になって否定しようとしてから、なぜか開き直るようにして瑞希は紗に文句を言う。
私は今のこの状況がどういう経緯からなのか理解し始める。

「え……もしかして、プールに落ちたっていうのは……」

「うん、おもらししちゃったから私が落として誤魔化した……綾ちゃんの時のようにね」

――……あー、言っちゃうんだそれ……まぁ、仕方ないけど。

仕方がないとは思っても、恥ずかしいものは恥ずかしい。
瑞希から視線を逸らして口を噤む。

「でもーびっくり、瑞希ちゃん全然察してないんだもん、一瞬でもその可能性を考えた人の方が多かったんじゃない?」

「えっ! そうなの?」

――……そうなんです。

「……うん、直接は言ってこなかったけど、そういう会話……耳にはしてた」

私は視線を逸らしたまま感情を出さないようにして答える。

「私が転校する直前では、私がひどいことしたっていうのが優勢だったとは思うけどね」

「……瑞希はそういうの感じ取れてなかったから……余計言えなくて……」

それでも言うべきだったと思う。
瑞希が一番私を心配してくれて、誰よりも最後まで私に声を掛けてくれていたのだから。

……。

「瑞希ちゃん本当空気読めないからー」

「ほ、ほっといてっ!」

紗が私の思いを察してか、瑞希を茶化すようにして場を和ませる。
――和んでるよね?

「でも、綾ちゃんが我慢してるのを私が邪魔したから、おもらししちゃったんだけど」

――……えぇ、それも言うの?

……。

「……いや、でも紗を怒らせたの私だし……水掛けて誤魔化してくれたのに、教室で本当の事言える勇気があればよかった……ごめん」

「えっと、ごめん、結局どういう経緯だったの?」

――……やっぱりそういう流れになるの?

私は助けを求める様に紗へ視線を向ける。
それに気が付いた紗が少し微笑んだ気がして、諦めがつく。
初めからこういう流れになるように、紗が誘導したのだろう。

「綾ちゃん、話してあげたら? 私たちの事で瑞希ちゃんに沢山迷惑を掛けちゃったし
あの時の事、私は知る権利、あると思うなー」

私は頷く。
それは正論なのだから。

時間を確認すると雛乃との約束まで後15分くらい。

「……もう少ししたらちょっと用事あるから……えっと、簡単になら――」

841追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。4:2021/12/09(木) 00:44:55
――
 ――
  ――

「綾ちゃん、最後流したー……さいてー」

紗はリボンを一つ髪から解き私に押し付ける様に渡してから体育倉庫から出ていく。

――あー…やっちゃった……そりゃそうだよね、いくら負け込んでるからって手を抜いた相手に勝っても嬉しくないか……。

少し考えれば簡単にわかること。
だけど、最近の紗はどこかイライラしていて……。
実際勝負の後が一番機嫌が悪かったので、バレないように負けてしまえば――って魔が差してしまった。

暗い気持ちで教室に戻るとクラスメイトが声を掛けてくる。

「さっきの400m走惜しかったね、もうちょっとだったのに……」
「気にすることないよ、あのリボン負けの数だよね? 最近だって綾の圧勝だったじゃん!」
「次は余裕の勝利を見せてやればいいよ!」

私は苦笑いしながらそのみんなの言葉に頷く。
手を抜いたって気が付いたのは紗だけ。

私は紗の席の方へ視線を向ける。
先に教室に戻っていた紗は私に冷たい目を向けて、すぐに前を向いてしまう。

「(何あれ、流石に感じ悪くない? いつも負けてるくせに……)」

私は友達の言葉にチクリとした痛みを胸に感じる。
悪いのは私、紗は悪くない、私が手を抜いたから……。
だけど言えなかった。勝負を楽しみにしてるクラスメイトに今日の勝負はわざと負けてあげたなんてこと。
クラスメイトを裏切ることになるかもしれない。……小学校の時のように、私から離れてくかもしれない。
逆に、手を抜いたのが勝負の後に機嫌が悪くなる紗の為だと知れば、今より紗への風当たりがより強くなるかもしれない。

――……本当失敗した……。

――
 ――

「雛倉綾菜、私と勝負しましょうー?」
一週間に数回そう言ってくる紗だったのに、もう一週間以上その言葉を聞いていない。
もともと紗は勝負事以外で私と会話――いや、私に限らず誰かと会話することが少ない。
会話の回数で言えば瑞希が圧勝なのだけど……私としては紗も瑞希も同じくらいの仲だと思ってる。

――勝負を持ち掛けてこないから、話すこともない? 一週間一度も話してない……。

日常会話が普段から少ないだけに、どう判断したものか……。
機嫌が悪い気がする紗に私から話しかけていいのか、悪いのか。
三日を過ぎたあたりから、タイミングを完全に逃してしまった気がする。

それでも、今日こそは話しかけよう。
今日朝から少し熱っぽいし……もしかしたら明日の金曜日休んでしまうかもしれない。
そうなると土曜も日曜も休みなので、話す機会が週明けになってしまう。それだけは避けたい。

そう思っていたのに昼休みがもうすぐ終わる。
私は持参しているペットボトルのお茶を一気に飲み干す。

――はぁ……情けない……っ。

ふと、尿意を感じる。
一応あと6分ほど時間があるから急げば5時限目に間に合う。
今まで紗のことで悩んでいて気が付いていなかったが、朝済ませてから一度もトイレにいっていない。
尿意を自覚してすぐだけど、尿意の主張は思いのほか大きい。
5時限目が始まる前で助かっ――

『あー、トイレ行きたい……』

――っ!? 『声』……私の目の前の……。

昼休み、給食を食べ終わって私の机を囲む友達の一人。
私の前の席の菊月 莉緒(きくづき りお)。
私と同じくらいの尿意を感じている『声』。

……。

私は席を立たず、話を続ける。
まだ、我慢できない尿意じゃない。
このまま我慢していれば、きっと良い『声』を聞かせてくれる。

……本当は紗と一刻も早く言葉を交わし、仲直りすべきだと自覚はしてる。
だからこれは今だけの現実逃避。――楽しんでそれから放課後、ちゃんと話そう……。

842追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。5:2021/12/09(木) 00:45:55
<キーンコーンカーンコーン>

授業の開始を告げるチャイムが鳴る。
前の席の莉緒ちゃんは椅子を前に向けて机の引き出しから教科書を取り出す。

『結局言い出せなかったー……我慢できるかな? できるよね? もう小学生じゃないんだし……』

――それはどうかな? 小学生より我慢できる量は増えてるだろうけど、許容量ってあるものだから。

ましてや、我慢できるかどうか不安を感じるほどの尿意。
小学生じゃないからこそ、自分の置かれている状態をちゃんと理解して出てくる不安。

……。

――わ、私は大丈夫……だよね?

私自身僅かだけど不安に感じてる。
『声』を聞くために我慢してきた経験はそれなりにあるし、危なくなるまで我慢していたことも少し失敗した経験もある。
そんな私が不安に感じているということがどういうことなのか……。

――いやいや、大丈夫50分くらいなら、なんとかなる……はず……。

結局不安を拭えないまま、机に向かい授業を受ける。
普段なら余裕を残して間に合う程度の尿意。
だけど、昼休み開け――つまり水分をそれなりに摂った後の授業なのを加味すると……。

そんな中、時折前の席の莉緒ちゃんが座りなおしたりしていて、落ち着きがないのが見て取れる――可愛い。
私と同じくらいの尿意を感じていると思っていたが、私より僅かに強い尿意を抱えているとみてよさそう。

『っ……うぅ…や、やっぱ行っといたほうがよかった……綾菜の前だったし、言い出しにくかったけど、これ、結構辛いよ……』

――私の前だと言い出しにくい? なんで? 私、トイレに立ったくらいで怒ったりしたことないんだけど……。
他に理由があるとしたら……変態的な視線を感じ取って……とか? いやいや、それは隠せてる自信あるし。
隠せてなかったら、こんな変態と友達してくれてないでしょ……。

『あーうー、どうしよう我慢できないかも? 綾菜に仕草とか見られてるよね? おもらしは以ての外だけど
我慢の仕草も恥ずかしいし、それならさっさとトイレの許可貰った方が、印象良いのかな?』

――印象? それって私からの? ……えっと、もしかして私、滅茶苦茶慕われてたりする?
幻滅されないためにって……そういう風に聞こえるんだけど……。

私にトイレに行くことを悟られたくなくて言えなくて
我慢の仕草を見られるのも恥ずかしくて……。

なんだか嬉しくて、気恥ずかしくて、それにちょっと申し訳なくて。
ただの自意識過剰かも知れないのに……――はぁ、浮かれてるよね。

『思えば朝行ったきりだったっけ? っ……はぁ、そりゃ、こうなる……っ…よね?』

手で下腹部を撫でるような仕草。
長時間かけてゆっくり膨らんできた膀胱。
そして今、昼休みを終えて摂取した水分で勢いを加速させ、追い打ちを掛けるようにして膀胱を膨らませてる。

――まぁそれは、私も一緒…だけど。

条件は同じだけど、厳密には取った水分量や物、汗や呼気から失われた水分が違うし
恐らく我慢できる最大量も違うだろう。

――きっと私の方が我慢できる量自体は多いよね?
自分の我慢できる量を知っておきたくて、ちょっと前に雪姉の真似して一度だけ計量したけど――――冷静になると滅茶苦茶変態みたいなことしてた……――――
結構限界まで我慢して800mlくらいだったし。
もうちょっと無理してギリギリまで我慢してたら850ml、もしかしたら900mlくらいまで行けてた気もする。
900mlと言えば年齢的に平均の倍くらい我慢できてるはずだし。
……。
だから私は…大丈夫……。

……。
一般的な膀胱容量の平均値は知ってる。
それを単純に我慢できる限界量の平均としてみるのは少し安直なのだということもわかってるつもり。
これは厭くまで私の見解ではあるけど
膀胱の大きさは確かに個人差が激しいが、医学などで使われてる数字はあまりに低く見積もりすぎてる。
理由は簡単、限界量の判断が最大尿意、つまり自己申告制で我慢できませんと認めたとき――――場合によっては膀胱内圧も加味するが――――であって
本当に我慢できなくなってあふれ出したときじゃないから。
普通に考えて、限界を申告する段階って、見っとも無く息を荒げて前を押さえて
おもらしの可能性を感じるギリギリまで我慢、あるいはおちびりが始まるまで……なんてことないだろうから。

だから、私が平均の倍くらい我慢できるなんて根拠は全くないわけで。
そんな根拠があったからと言って、大丈夫なんてことあるわけなくて。

ただ、私が不安に感じてるから、どうにかその不安を払拭する理由を探していただけで……。

――っ……。

私は認めたくないだけ、本当はかなり我慢していることを。
このまま我慢を続けたら、間に合わない可能性を僅かながら感じていることを。

843追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。6:2021/12/09(木) 00:46:52
『っもうダメ、このままじゃ間に合わないっ!』
「せ、先生っ……えっと、と、トイレに行ってきても…いいですか?」

『声』と「声」に私は視線を上げる。
莉緒ちゃんの髪の隙間から見える耳は真っ赤で……。
授業が終わるまで25分が待てない。
待てるのならそんな真っ赤になってまで申告する必要なんてないのだから。

先生から許可が下り消え入りそうな声で「すいません」と言って席を立つ。
もじもじとした落ち着きのない仕草、あたふたした仕草がとても可愛い。
椅子を机に押し込み、席を離れる一瞬、莉緒ちゃんがこちらに視線を向けた。
見えた顔はやっぱり真っ赤で、目は少し潤んでいて……だけど、その表情は私に長く見せることなく
すぐに視線を外して、さっきよりも慌てたようにして教室を出ていく。

『おしっこっ……綾菜に見られたっ……トイレ、我慢……恥ずかしいっ……あぁ、もう限界っ……』

……。
まるで私がおしっこしてるところを見た、みたいな言い方だけど、全くそんなことはない。
ただ、少しパニックなって思考があふれてるみたいな感じ。
本当に限界で……可愛い。

――はぁー、ふぅ……私は、我慢しないと……。

可愛いを楽しんだのだから後は私がちゃんと我慢。
なんとなく、遠足は帰るまで、みたいな……。
気を抜いちゃいけない。抜けるわけない。
私は授業中にトイレに行かない。

――どうして? 行ってもいいのに……。

いつからだろう……そう考えてすぐに思い至る。
小5の春、おもらししたあの子に手を差し述べてから。
あの日以来、私は授業中にトイレに行こうと思わなくなった。
トイレを申告できることがあの子を傷つける行為に思えて。
そういう行動をずっと学生の間続けようと思っていたわけじゃなかったが
一度そうしようと思ってから、その行動を変えることができないでいた。

――いつの間にか、酷く恥ずかしいことだって……思っちゃってるもんね。

だって私は今みたいに授業中にトイレに行く子のことが恥ずかしい子で可愛いと思っちゃってる。
そういう視線を私は向けられたくない。

――はぁ……っ、本当に、勝手な話だよね。

自分は見て『聞いて』楽しんでいるのに、逆の立場は嫌なのだから。

……。
教室の扉が開き莉緒ちゃんが教室に戻ってくる。
特に皆笑っているわけでもないが、無関心というほどでもなく
先生に向かって小さく頭を下げて席に戻る莉緒ちゃんに視線を向けている人も割と多い。

――やっぱり、我慢……我慢しなきゃ。

見てる分に構わないがやっぱり当事者にはなりたくない。
休み時間まで残り20分弱、ここで言い出せば莉緒ちゃん以上に切羽詰まっていると宣言しているようなもの。
さらに言えば先生に「あと15分だけど我慢できないか?」みたいな無神経なことを聞かれるかもしれない。
莉緒ちゃんの時も少し不満そうな顔を隠さなかった先生……二人目にはより厳しい目を向けるはず。

――だから我慢するしかない……。

……。
違う、そんなの私が行きたくないだけ。
選択を狭めているのは明らかに私自身……。

本当に失敗した。
こんなに辛くなるなんて。
自分自身がまさか尿意を感じて40分ほどで……。
……考えなかったわけじゃない、不安に感じていたのは確か。
だけど……いざ尿意が切迫してくると考えが甘かったと言わざるを得ない。

椅子の下で足先を組み替え、小さく揺すって……視線を黒板より少し上に向ける。
見えるのは時計、休み時間まで残り14分。
ゆっくり息を吸ってゆっくり吐く。
そうしてまた足先を組み替えて……。

――一番後ろの席で良かった……こんなの見られたら感付かれちゃう……。

膀胱が張ってるのが触らなくてもわかる。
計量してみたとき、これくらいだった?
あの時はもっと波があった気がしたけど、こんなに張り詰めた感じはしなかったと思う。

844追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。7:2021/12/09(木) 00:47:47
……。

しばらくして私は再び視線を上げて時計を見る。
休み時間まで残り9分。
時計の秒針は正しく動いているのに、全然時間が進んでくれない。

<バタンッ>

「っ!」

突然物音が鳴り私は驚く。
それと同時に――

――っ……な、波が、え? こんな急にっ……!?

今まで落ち着いていたのが嘘のように大きな波が襲い掛かる。
思わず手がスカートの前を押さえる。

「あー、わるいわるい」

そう謝罪の格好だけしたのは先生。
音の正体は黒板消しを床に落とした音。

――っ、悪いじゃすまないって……はぁ……んっ……。

波を越えて手を離しはしたが、尿意の感じがさっきまでとはまるで違う。
少し気を抜いたところで失敗にはならない、均衡が保たれてるって感じだったのに
今はゆらゆらと不安定で、気を引き締めていても僅かな切っ掛けで溢れてしまいそうで。
完全にさっきの音に動揺して、崩れてしまった。

私はまた時計に視線を向ける。
残り7分――だめ、ここまで来て言えるわけないっ……はぁ…あと7分くらいっ……我慢、しないと……。

「(っ……はぁ…んっ……っ!)」

自身の息遣いが荒いことに気が付き、口を噤む。
周りに気が付かれてはいないと思うが、顔が熱くなるのを感じる。
呼吸を抑えるのも危うくなってきた。

――あぁ、だめ、これ、また波……んっ……きちゃう……。

来させちゃいけない。
今ですらこんなに仕草を抑えられなくなってきてるのに、もし波なんて来たら……。

右手がスカートの前に深く谷を作る。
谷の奥で中指と薬指で揉み込むように押さえる。
凄く見っとも無い、恥ずかしい姿……。
だけど、目立つことなくバレなければいい。

――っ、波、来ないで、もうちょっとだから、落ち着いて……お願いっ……。

祈りが届いたのか、あるいは見っとも無い押さえ方が功をなしたのか
幸い、波の気配は近づいてこない。
なんとか今はこれでやり過ごす。すごく見っとも無いけど、我慢が誰かにバレるよりずっといい。
誰かに押さえてるところを見られていないか、視線だけで周囲を確認する。

――え、あっ…今一瞬……き、気のせい?

視線を紗に向けたとき、一瞬目が合ったように感じた。
紗の席は私とはかなり離れていて、態々斜め後方を見るなんてことするとは思えない。

――う、うん……きっと、気のせい……。

<キーンコーンカーンコーン>

いつの間にか時間は進み、授業終了をチャイムが知らせる。
周りが騒がしくなると同時に私は手を前から離す。
そのあとすぐに号令となり、礼を済ませた私は着席することなく廊下へ出る。

845追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。8:2021/12/09(木) 00:49:13
――はぁ…良かった、間に合う、ほんとにもう限界っ……トイレ、んっ…おしっこっ……。

まだ油断していいわけじゃないのはわかっているが、チャイムが鳴るまで押さえていたためか、波の気配はまだ遠い。
限界ではあるけど、トイレまでは十分に間に合う。例え今波が来てもなりふり構わず我慢すれば間に合うくらいの余力はあるはず。

トイレが見えてきた、同時に波が迫るのを感じるが、ここまで来てしまえばあと少し。
それでも溢れそうで手をスカートの前に当てて足早にトイレの中へ入る。
個室も空いてる、大丈夫、間に合っ――

――っ!?

トイレに入ってすぐ、押さえていない方の二の腕が後ろから摑まれる。
直後、振り返る間もなく、強く後ろに引かれ、そのまま振り回されるようにして、背中を壁に押し付けられる。
勢いで頭を壁にぶつけると思って目を塞いでいたが、後頭部には私を引いた人の手が添えられていたらしく、痛みを感じることはなかった。

私はゆっくりと目を開く。

「っ…す、紗!?」

「そんなに急いでどうしたのー?」

目の前にいたのは紗。
私はわけがわからず数回瞬きをして、だけど、すぐに紗の視線が私のスカートへ向けられてるのに気が付き、押さえていた手を離す。

「おしっこ、限界なんだー?」
「え、ち、ちがっ――っ!!」

恥ずかしい指摘に誤魔化すために無駄に前に出した両手。
それを流れるような手つきで両方とも掴む――な、なに? なんなの!?

「こんなにスカート皺だらけにしてー」
「ちょ、一体――」
「行儀の悪い手は上がいいかなー?」

摑まれた両手が頭の上に持ち上げられ、それを片手で壁に押し付け固定される。
手を解くことができない。変に力を入れられないのもそうだけど、そもそも紗の力が強すぎる。
背筋が少し延ばされ、下腹部が圧迫されて――

「っ……ま、待って、離してっ……やぁ、んっ……ふぅ…っ……」

両手を固定されているせいで押さえることもできない。
必死に足を擦り合わせて尿意に耐えるが、そう長くは持たない。
一刻も早くトイレへ――個室へ飛び込まないと、本当に間に合わないのに。

「凄く良い声。それにしても…お腹パンパンで石みたい、どうしてこんなになるまで我慢してたのかなー?」
「っ!! さ、触らないでっ! わ、わかってるなら、離してっ、やぁ…はぁっ……も、もれちゃう…からっ……」

強い力ではないが、中指で下腹部を下から上になぞられる。それを切っ掛けに尿意が更に増した気がして、本当に溢れてしまいそう。
さっきの壁に押し付けられた衝撃で出ちゃわなかったのも、押さえていたとはいえ割と奇跡的な気がする。
今は衝撃はないけど、押さえることも、身体を深く前傾姿勢にすることもできない。
その上、もうすぐだったはずのトイレのお預けとトイレ内にいる意識から尿意が際限なく膨らんで、私を追い詰める。

どうして紗がこんなことをするのか……怒ってるから?
だけど、今はそんなこと深く考える余裕なんてない。
片膝を上げて出口を圧迫して――

「雛倉綾菜、勝負しましょう。たったの20秒我慢出来たら綾菜の勝ちー、解放してあげるー」

【挿絵:http://motenai.orz.hm/up/orz75971.png

846追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。9:2021/12/09(木) 00:50:46
――っ!

ずっと待っていた――求めていたいつもの言葉。
そのはずなのに、私は首を横に振る。
それを見ても紗は何も反応を示さず、数字を数えだす。

「いーち、にー、さーん」

「っ……はぁ、ダメ、本当に、早くしないとっ…あぁ」

足を力一杯閉じ合わせて、擦り合わせて。
全然波が引いてくれない。
それどころか高く激しくなって、弱まる様子は微塵もない。

――はっ…っ……い、一秒が長くない? ず、ずるい……んっ……はぁ、はぁ。

「なーな、はーち、きゅー……」

――っ…あと10秒、あと10秒で、トイレ、おしっこっ……はぁ、はやくっ……。

あともう少し、そう思い目を瞑り力を振り絞っていると、紗が私に一歩だけ近づいたのを感じる。
目を開くと紗の顔は目と鼻の先。真っ直ぐに見つめてくる紗から目を逸らせない。

――な、なに? ……っ!! え、足っ、ちょっ!!

紗の顔に気を取られていると、擦り合わせていた足の間に紗が足を捻じ込んでくる。

「じゅうーよん、じゅう――」
「や、やめっ!? あ、あぁっ!」<じゅう……じゅぅ…じゅぃー……>

――う、うそ、ちょっともれ――っ……ダメ、これ以上は、紗の足にもっ……溢れるっ、あ、でも無理、我慢……だめ、力が入ら――っ、だめっ……なのにっ!!

紗の足が引き抜かれるのを感じて、すぐに閉じ合わせる。
だけど治まらない。下腹部が固く収縮して、もう足の力だけでは到底間に合わない。
今我慢出来たら、きっとトイレに間に合うのに。たったそれだけで助かるのに。おもらしせずに済むのに。
足がガクガクと震える、伸ばしたい手はびくともしない……もう、抑えられない……。

「あぁっ! 放し――んっ……あぁ、やぁ、あぁぁ…」<じゅう…じゅうぅぃぃ――>
「じゅうーなな…じゅうは…――あー、やっちゃった、もうちょっとだったのに……私の勝ちみたいだねー」

熱い流れが足を伝い靴下へ染みこむ。
足に挟まれたスカートの生地が濃く染まり重たくなっていく。
足元に広がった恥ずかしい水溜りに、雫が落ちて音を立てる。
おもらし。トイレの中なのに、すぐそこに済ませることのできる個室が見えているのに。

847追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。10:2021/12/09(木) 00:51:39
「あーあ、この歳でおもらしなんてありえなーい」

――っ……。

本当にそう……もうちょっとだったのに。
すぐそこなのに、あとほんの少し我慢してたら間に合ったのに……。

最後、紗が数えていた数字は17秒だった。
あとたったの3秒。それさえ我慢出来れば手を放してもらえた。
手を使えればトイレまで何とかなったかもしれない。
本当に……本当に、あと少しだったのに。

「っ……はぁー、はぁー…っ、はぁー…はぁー……」

力が抜ける。もうどうしようもない。
摑まれていた手が放されると同時に私はその場にへたり込む。
自分の作ったおもらしの水溜りでスカートがより広範囲に染みを作り、重たくなっていく。
肩で息をして、身体が熱い。

――はぁ…そういえば、私、風邪っぽかったんだっけ?

視界がぼんやりしているのは極度の我慢のせいか、あるいは風邪が悪化したのか。
今もなおおもらしを続けながら、思考が止まっていくのを感じる。

恥ずかしい水溜りの上に一本の赤いリボンが落ちる。

――そっか、負け越した数だけ……今回は紗が勝ったから……。

  「それでさー……――」
  「あー、それいいかもね」

――っ!! 声、トイレの外から……っ、こっちに来る……来ちゃう……。

私は途切れそうになる意識の中、トイレの外から聞こえて来た声に慌てる。
こんな姿見られるわけにはいかない。
とりあえず個室へ隠れれば、どうにかなるかも知れない。
私は立ち上がるために足に力を籠める。

「っ……や、なんでっ」

動かない。
力を籠められない。
身体が重い、頭もふらふらする、視界も揺れる……。
風邪が悪化してるのは明らか……だけど、きっとそれだけじゃない。
極度の我慢による影響、見つかるかもしれない恐怖。
近づいてくる声に私の呼吸が浅く早くなる。

「ばかっ! 何でそうなるのよっ!」

――っ!!?

急に聞こえた大きな声に私は心臓が止まるかと思った。
その声は目の前から聞こえ、同時に全身が冷たくなる。
視線を上げるとバケツを私の上で裏返す紗の姿……。

「え、ちょっと!?」
「や、やばくない? せ、先生呼んでくる!」

――……誰? 紗じゃない声も、廊下から……っ!

思考がさらなる冷水により中断される。
――バケツは転がってる……ホース? っなんで……ダメ冷たくて、呼吸っ……。

冷たい水が呼吸を妨げ、そして……。

848追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。11:2021/12/09(木) 00:52:07
――
 ――

「――……聞…える?」

誰かの呼びかける声に、重い瞼をゆっくり開く。
見えるのは見知らぬ天井と私を覗き込む保健室の先生。

「え……私……」

「良かった、熱も少しあったからどうしようかと思ったけど、とりあえず一安心かな?」

私は上体を起こす。
――えっと何が、どうしたんだっけ?

「雛倉さんが倒れたのは恐らく血管迷走神経反射って奴ね、知ってる?」

私が混乱しているのを察してか説明してくれる。

――血管迷走神経反射……確かあれだよね?

「……血を見ると倒れたり、注射で倒れたりとかする、あれですか?」

私の問いに、その通りだという先生の言葉を聞きながら次第に思い出してくる。
ギリギリまでトイレを我慢していた。
本当に限界が近い状態でトイレに辿り着いた。
それから――

……。

それから、後ろから追ってきた紗が私を掴んで、壁に押し付けた。
今にもおもらししてしまいそうな私に、満足に我慢ができない体勢にされて、そして、私は――……。

失神した理由は、体調不良、過度のストレス、そして……限界まで我慢してからのおもらし……。
さらには冷水を顔に掛けられた……迷走神経が過度に働くには十分すぎる条件下――なのかな? 多分。
すぐに目が覚めなかったのは熱のせいか、あるいは座った状態で後ろが壁だったために、頭が思ったより下がらなかったことが原因だろうか?
あとは……おもらしが信じられなくて起きたくなかったとかあるのかな?

――……いや、っていうか紗は?

周囲を見渡しても紗の姿はない。
時計を見ると6時限目の途中、授業に出てる? それとも――

「彼女なら職員室でお説教受けてるみたいよ?」

「……」

私は彷徨わせていた視線を手元の布団に落とす。
当たり前のこと……紗が説教を受けるのは当然なのだ。
私を失敗に追い込んだことじゃない、あの場で見せた紗の態度。
水を被せ、大声を出していた上、被害者に当たる私は気絶していたのだから。

……。

私はベッドから足を出す。
あの場での紗の行動は明らかに私の失敗を誤魔化す為のもの。
先生たちにも本当のことを言っていない可能性もある。
それで説教が長引いてる、あるいは親とかも呼ばれたりするのだろうか?

私は足を床につけて力を込めて立ち上がる。

――何してるんだろ私……あんなことされて放っておけば良くない?
本当のことを言ってても言ってなくてもどうでもよくない? 関わる方がどうかしてる、悪いのは紗……。
……そうなの? 本当に? 私がわざと負けたりとか不機嫌にさせておきながら謝らなかったからじゃない?
紗の自業自得、だけどそれは……私が招いた事?

……。

「教室に戻る? それとも職員室?」

立ち上がった私に答えを迫る。

「職員室……かな?」

すんなりとその答えは出た。
きっと自業自得とかそんなのどうでもよくて、本当は紗と話したいだけ。
ちゃんと謝って、ちゃんと謝らせて、また前みたいに……。

849追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。12:2021/12/09(木) 00:52:43
――
 ――
  ――

「……その後先生たちには本当のことを言って……だけど、教室では……」

私は気絶していたこともあり、休み時間まで保健室で様子を見るよう言われ、紗だけが先に教室に戻った。
私が休み時間に戻ると、紗へ向けられるクラスメイトからの態度は厳しいもので……。

言わなくちゃいけない、私のおもらしの事を……そう思ったのに。

おもらし……悔しくて恥ずかしくて、それだけじゃない。
皆の前でそれを言うことは凄く怖い事。……私は結局言えなかった。

そして、それは日を置いても言えるようなことでもなく、むしろ余計に言うのが怖くなった。
おもらしを知られることへの恐怖、それが自身のことになってようやく本当の意味で知ることが出来た。
クラスで孤立する紗の為に絶対に言った方が良いと思っているのに、それが出来なかった。

小学校の時おもらししたあの子……周囲から向けられる無慈悲な視線と言葉。
そうなる可能性を覚悟して、自ら進んで受け入れなければいけない。
それに、当時の私は言ったところで自己満足なんじゃないかとも思えた。
おもらしを隠してくれた紗の事を皆が知っても、きっと紗は英雄にはなれない。私がそうだったように……。

でもそれは言わない私を肯定するための理由探し。
結果、訳が分からなくなった私が選んだ選択は現状維持と罪悪感から逃げる事。
おもらししたことは言わない。そして、皆と距離を取り続けることで罪悪感を軽くしたかった。
結果的にきっと私は友達を失うことになる、そんな事わかっていたのに。
おかしな選択だと気が付いていたのに。

『ん……あぁ……またしたくなってきた……』

――あ……瑞希の『声』……私も話してるうちに催しちゃってるけど……。

あの時の苦い思い出から目を逸らす様に、瑞希の『声』に意識を向け、同時に視線も向ける。
すると、瑞希とすぐに目が合い、気まずそうにもじもじしてる……。

「瑞希ちゃんトイレでしょ? 黙ってるとまたおもらししちゃうよ?」

そう指摘されて一気に顔を赤く染めて、悔しそうな顔をした後観念したように口を開く。

「うん……行ってくる」

そう言ってベッドから降りて思ったより確りした足取りで保健室を出ていく。

「……紗、ごめんね……」

今私は改めて何について謝ったのだろう?
勝負で手を抜いたこと?
なかなか謝れなかったこと?
教室で本当のことを言えなかったこと?
あるいは、今まで向き合わなかったことかもしれない。

「必要ないでしょー、そんなの。
勝負で手を抜いたことへの過剰な罰がおもらししてもらう事
おもらしをさせた私への罰がクラスでの孤立、まぁもともと孤立気味だったから罰としては軽すぎたかもね」

そういう考え方は実に紗らしい。

「そして、綾ちゃんは最後に私を庇えなかった罰として自ら孤立を選んだ。
私と違って友達の多かった綾ちゃんがするには重すぎた罰だと思うけどなぁー」

だから謝る必要なんてない。
でも、違う……私のは罪悪感から逃げたかっただけの行動。
むしろ私の中では楽な方へ逃げたつもりだったのだから。

結局、私のその選択は沢山の人に迷惑を掛ける結果になった。
紗だけじゃない、瑞希をはじめとしたクラスの友達だった人。
それに……斎さんも……。

……。

「……とにかく、こうしてまた紗と話せて良かった……」

「わー、嬉しい事言ってくれるー」
「わ、ちょっと!」

急に抱き着いてくる紗に驚きつつ、だけど、抵抗はしない……。
紗の行動のどこからどこまでが演技なのかはわからない。
何考えてるのか全然わからない。
不気味に思えたことも一度や二度じゃない。

――だけど紗は……友達だから……。

850追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。-EX- 1:2021/12/09(木) 00:55:07
**********

「ただい――っ! ちょっと何抱き付いてるの!? 纏衣さん離れてっ!」

トイレから帰ってきて扉を開けると、纏衣さんが綾に抱き着いていて……。
私がトイレに行っている間にどうしてこんな状況になったのか。

「えー、綾ちゃん、もっと私たちの関係を見せつけてあげよー」
「……いやいや、私そろそろ約束があって……」

そう言って綾は纏衣さんから離れるが、綾の顔は少し赤くて……満更でもない感じで。

「……それじゃ、もう行くね……瑞希ももうしばらく保健室で休んでてよ?」

私は綾が保健室を出ていくのを見送って、ゆっくりとした足取りでベッドに戻り
座るか寝るか悩んで、若干の気怠さが残る身体を気遣いベッドに潜り込む。

「わー寝ちゃうんだー」

「悪い? もう後夜祭まで眠りたい……」

私は寝返りを打って、壁の方に身体を向ける。
怠さもそうだけど疲れも凄い。

<ガタッ>

後ろで紗が椅子に座るのを気配で感じる。

……。

「……さっきの話、勝負で綾が手を抜いたのに怒ってあんなことしたって……違うよね?」

「えー、わかっちゃうー?」

綾は本当にそう思っていた見たいだけど、何となく私はそう思えなかった。
纏衣さんは私に、勝負に関しては相手が本気であることが重要とか言ってたし、それはきっと嘘ではないのだろうけど……それでもどこか違和感を感じた。

「そう、それが私を遠くから見ることが出来ていたあなたの認識。
綾ちゃんにはそう思われないような行動をしてきたから、まずわからない」

本当になんなんだろうこの人は。
勝負で負け込んでいて機嫌が悪かったって言うのも違う気がしたし
怒っていたのが嘘だとするなら、綾のトイレを邪魔した本当の理由もわからない。

綾と接する纏衣さんは私と接するときと大きく違わない。
だけど、僅かに感じる印象の違い……私が感じてるそれを綾には見せないようにしてる。
むしろ私には気が付くようにわざと見せている気さえする。

「私と綾ちゃんの勝負なんだよ、外野なんて知った事じゃない」

私が考え込み言葉を発しないでいると
少し語調を強めたような声が聞こえ、私は寝返り纏衣さんの顔を見る。

「全部が計算されてたことじゃないよ、だけど……綾ちゃんが最後に周りとの接触を絶っちゃうのはちょっと出来過ぎだったよねー」

全然表情を変えていなかった纏衣さんは、不気味な事を言い出す。
まるで、多くが望んだとおりに話が進んだみたいに……。

「どうして、わざわざそんなことを私に話すの? 私、綾に言うかもしれないのに……」

「言わないでしょ?」

まるで当たり前のことのように返される。
一体どうしてそんなことがわかる?

「不思議そうな顔してるね?」

そう言ってベッドに椅子を近付けて私の顔へ手を伸ばす。

851追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。-EX- 2:2021/12/09(木) 00:55:52
「ちょ、ちょっとなんなの!?」
「撫でてあげるんだよ?」

髪と頬を撫でる手……私は身構えつつもそれを受け入れてしまう。

「瑞希ちゃんは甘えん坊だよねー、私に優しくされて嬉しかったでしょ?」
「っ……ちが――」
「最近、綾ちゃんにも優しくされたんじゃない? その時も嬉しかったでしょ?」

私は否定するために口を開きかけて、それを閉じる。
……纏衣さんの時は正直よくわからない。
だけど、綾に見られた時……どうだったんだろう。
あの雨の日、また話せたことを嬉しくは思った、シャワーを浴びるために家に呼ばれたことも嬉しかった。
それはようするに……嬉しかったということでいいの?

――いや、そんな事じゃなくて……。

「結局なんなの? 何がしたいの?」

纏衣さんは私の言葉に手を引っ込める。
不覚にもほんの少しそれを名残惜しく思ってしまったことに自分でショックを受ける。

「何も……あの頃と違って私も成長したからねー」

何が成長したのか……。
いや、こうして私と話している事……つまり綾以外との関りを持つこと?

「綾ちゃんが誰とも話さなくなって私はとっても嬉しかった、清々した。
私の転校もあったし、これで綾ちゃんは謝ることも出来ず、罪悪感から一生一人……とまでは行かなくても
他者他の間に壁を作って生きていくんだと思うと幸せだったなぁ」

私は目を見開く。
綾が話したさっきの話の裏で纏衣さんはこんなことを考えて行動していた。
転校して会えなくなる悲しみよりも、綾が誰かと話をしてることの方が耐えられないって事?
狂ってる……この人はとても歪んでる……。

「どう? 私の話を聞いて綾ちゃんに逢わせたこと後悔したー?」

……。

「し、してない……成長、したんでしょ?」

もしかしたらそう言わせたいのかなってどこかで思った。
だけど、そう思っても……私は纏衣さんを信じてみたいと思った。
歪んでいた……いや、きっと今もこの人は歪んでる。
それでも、確かにこの人は私の気持ちを汲んで譲歩した。
綾に会うことを目的としてここまで来たのに、事情も何も分かってない私のわがままに付き合ってくれた。

「……ありがとう、瑞希ちゃんは優しいね」

「べ、別に……」

纏衣さんは立ち上がる。
もう、どこかに行ってしまうのだろうか?

「そんな名残惜しそうな顔されてもねー」

「っ……してない……」

――そ、そんな顔してた? してないよね? 揺さぶってきてるだけだよね?

それにしても私、本当にどうしたんだろう……。
流石に気を許しすぎな気がする。ほんの数時間前まで大っ嫌いだったはずなのに。
今は綾に会うことも許可してしまってる。こんな危ない人なのに。
私のこの心の動きすら、もしかして手の平の上なんじゃ……。

「すぐ戻ってくるよ、トイレに行きたいだけだしー」

――あ……そりゃそうだよね、私より多く飲んでたんだから……。
私も気が付いたらそれなりにしたかったわけだし、一緒位に済ませた纏衣さんも話の途中か、私がトイレに行ってる間にしたくなってたんだよね。

扉の前で小さく手を振ってから出ていく纏衣さんを、私は寝ながら見送る。
戻ってきてくれる……一人で心細いとはいえ、ちょっと安心してしまったことが悔しい。

私は嘆息してから目を瞑る。
今はまだ歪で不安定な関係かもしれない……だけど、私と綾と纏衣さんと、三人で会ったりする日も来るかもしれない。
そんな未来あるだなんて思ってもみなかった。

――ちょっと……楽しみ――いや、まぁ不安もあるけど……。


おわり

852名無しさんのおもらし:2021/12/09(木) 19:43:27
>>851 更新おつかれさまです!
待ってました。やはりたまに綾が失敗するのがいいです!今回も最高でした!

853名無しさんのおもらし:2021/12/10(金) 15:14:09
綾菜ちゃん中学生時代から800ml以上我慢出来てたのか

854名無しさんのおもらし:2021/12/12(日) 02:19:26
読み返すと話がつながっていて、面白い。
なるほどー。
次回作にわくわくしています。

855名無しさんのおもらし:2021/12/19(日) 00:50:06
今回も更新ありがとうございます。
中学時代の振る舞いが変わったきっかけが明らかになる回でしたね。
最初は一匹狼の雛さん (自称ではないですが) でしたが、最近、色々な人と繋がってる感じしてきましたよね。

857名無しさんのおもらし:2022/04/07(木) 23:25:23
あげ

858事例の人:2022/06/10(金) 23:51:01
>>852-855
感想などありがとうございます。

実は……此処での投稿最後にするかもです。
しばらく後になると思いますが以降というか加筆修正版をPIXIVで順次行うことになると思います。(その前に掲示板管理者さんへPIXIV掲載許可を得るつもりです)
掲示板小説はここでの活動以外でも長くお世話になってきたので思い入れはありましたが、色々思うところもあったので。
一応今回で文化祭編は完結ですので、お楽しみいただければ幸いです。

859事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。1:2022/06/10(金) 23:54:09
「そんじゃ、私はお暇するぞ」

私と弥生ちゃんは雛乃の別れの言葉に小さく手を振って見送る。
一体文化祭に何しに来たのか……弥生ちゃんを堪能しに来たと言っても過言ではない気がする。

「はぁ……」

隣で弥生ちゃんが深くため息を零す。
トイレまで間に合わなかったこと、濡れタオルで身体を拭いて着替えたとは言えシャワーを浴びたわけじゃないので若干居心地が悪いこと。
それと、……雛乃との時間が終わってしまったことも当然あると思う。

――……普通に、一緒に回りたかったんじゃないかな……?
……ったく、用事があるからって言ってたけど、大した用事とも思えないし、もう少し弥生ちゃんと居てあげたらいいのに。

……。

「……どうする? さっきのバルーンアートのところに行く?」

「え、あ……いえ、もう少しお手洗いの近くで、時間潰そうかなって思ってます」

――……なるほど、二度目、三度目の尿意に備えておくわけか。

飲んだ量がそれなりに多かったんだから当然一度で落ち着くわけがない。
しかも極度の我慢の後ならなおさらトイレが近くにないと不安になって当然。賢明な判断だと思う。
だけどそうなると、私もここに残るべきか、あるいは一人にしてあげるべきか。
どっちの方が弥生ちゃんのために気を遣ったことになるのか……。

「あ……私の事は気にしないでください、一応少しは回れましたし……
それより真弓さんが雛さんと一緒に回れてないと嘆いてましたからそっちに行ってほしいです」

私の迷いを察してか、あるいは一人にしてほしいということを遠回しに言ったのか。
どちらにしてもまゆと文化祭を回れていないのは事実、正直私もまゆとの時間は作りたい。
改まって話したいこともあるらしいし。

――……でも……なんだか気を遣うつもりが遣われた感じ。

「……うん、わかった。だけど、何かあったらすぐ電話してね?」

私の言葉に小さく頷き、少し困ったような笑顔を見せてくれる。
別の感情で強く意識されていなかったおもらし……。
心が落ち着いてきて冷静になればなるほど、おもらししたことを意識してしまうのだと思う。

本当は三人……いや、瑞希も入れて四人で回る時間も欲しかったけど、本当色々とうまくいかない。
私は階段を下りる。とりあえずトイレに行きたいのだけど、三階のトイレは弥生ちゃんが使うだろうしトイレを出たとき鉢合わせるのも気まずい。
二階の更衣室前のトイレ……と考えたが、距離的に言えばまだ弥生ちゃんと近い。
鉢合わせる可能性はほぼないはずなのに、なんとなく気が進まない。

――……はぁ、万が一鉢合わせたところで、そんなに気にするようなことでもないはずでしょ?

そう心の中で思っているのに、そのまま身体は一階へ向かう。
保健室へ視線だけを一瞬向けるが歩みを止めず購買のトイレを目指す。

860事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。2:2022/06/10(金) 23:54:49
――……結局結構我慢しちゃった……今日はそんなつもりなかったんだけどなぁ……。

もう少しでトイレの前――

「っ!」
「あっ!? あやっ――…ひ、雛倉……さん」

トイレに進路を変える直前、購買から出てきた霜ちゃんにバッタリ出くわす。
そして、狼さんとか銀狼とか呼ばず苗字にさん付けなことに意外と動揺してる私……もともとの呼び方も嬉しくなかったはずなのに。

「……霜ちゃん……えっと、元気?」

とても不器用さが前面に出た挨拶……。
相手は他人行儀な呼び方なのに対して私は愛称で呼ぶとても歪なやり取り。

「元気よ、それじゃ、さような――」「待って待って!」

私は手を掴んで引き留める。
それなのに構わず歩き出そうとする霜ちゃん。

「あ、雛倉さん、鞠亜となにしてるの?」

その声に霜ちゃんが足を止めるのを感じて私は手を離す。
私はそのまま声がした方に向き直る。隣では霜ちゃんの大きい嘆息が聞こえてくる。

「はぁ―……別に…何もしてないしされてない」

声を掛けてきた山寺さんに、不機嫌そうにそう言って私とは反対の方向へ顔を向ける。
一体何なんだろうこの態度――……やっぱり霜ちゃん呼びが気に入らないとか?

「えぇ? さっきまでご機嫌だったのに……」
「何よご機嫌って! ボクはいつもこんなでしょ!」

――……そっか、機嫌よかったんだ、それなのに急にこんな態度って……わ、私…とてつもなく嫌われているのでは?

「お、あやりーん! それと山寺さんにまりりん!」

良く知った底抜けに明るい声とともに現れたのはまゆ。
山寺さんは挨拶を返し、霜ちゃんは声には出さず手で応答する。

「どったのー? 皆一緒に回る感じ?」
「別に――」「あ、良いねそれ!」「ちょ、ちょっと、ひとみ!?」

「……」

――……えっと何? 四人で回れる? 私にとってはうれしい限りではあるけど……霜ちゃんは……。

「ボク、一緒に回るつもりなんて――」「ご、ごめん……霜ちゃ――霜澤さんだって都合…とか、あるよ……ね?」

霜ちゃんが断りやすいように助言した――つもりだった。
だけど、想像以上に声が小さくなってしまって……暗い感じで……これじゃ、むしろ断り辛くしてる。

そして私の言葉にまゆと山寺さんが黙ってしまい――

「あぁもうっ! いいよ、一緒に回るよ!」

結果、決定権を嫌な感じに託された霜ちゃんは仕方ないと言った具合に折れた。
私は顔が熱くなる――……私、駄々こねたみたいだ……。

「……ごめん、そういうつもりじゃ……」「いいってもう! はぁ……」

こうして私たち四人は一緒に回ることになった。

861事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。3:2022/06/10(金) 23:55:50
――
 ――

「っしゃ!! 48点! 暫定二位!」

射的、輪投げなど色々な遊戯が用意された教室で、まゆが輪投げで高得点を叩き出す。
それに負けじと山寺さんが身を乗り出して輪投げを始める。
ちなみに一番手だった私は46点、二番手の霜ちゃんは50点満点。

……。

「(ね、ねぇ……なんて呼べばいい?)」

私は輪投げに夢中になってる二人に気が付かれないように、霜ちゃんの隣に行って問いかける。
呼び方だけの問題じゃないかもしれないが、無理に呼び方を押し通した感じになっていたのは事実だし。

「(はぁ…別に……まぁ、でもまだ名前で呼んでもらえた方がマシ……かな?)」

「(……え、えっと…鞠亜…ちゃん? いや、さんかな?)」
「(っ! ……呼び捨てで……もう一回)」

呼び捨て……別に友達という関係なら変ではないのだけど。
急に呼び捨てで呼べと言われると――……えっと、ちょっと緊張しちゃうんだけど……。

「(……んんっ………ま、鞠亜……)」
「(っ!! あ、……ご、ごめんダメ、やっぱり今のなし……苗字にして)」

――えぇ……というか何だろうその反応、あっち向いちゃったから表情は見えないけど……。
にしても……結局苗字とか、全然仲が進展しない。今の鞠亜って呼び方結構しっくり来たんだけどなぁ。

「あぁ! 46点だぁー、綾ちゃんと一緒かー」

山寺さん――ひとみちゃんの輪投げの結果が出て私と同じ46点で悔しがってる。
ちなみに呼び方はここに来る道中の話の中、いつまでも他人行儀な呼び方をまゆに見つかり改めることになった。
改めてまとめると、まゆはあやりん、まりりん、ひとみちゃん――――ひとりんも候補に上がったがボッチみたいなイメージがあるので止めになった―――。
ひとみちゃんは、綾ちゃん、真弓ちゃん、鞠亜。
霜澤さんは、雛倉さん、真弓、ひとみ。
そして私はまゆ、霜澤さん、ひとみちゃん。

……。

――……いやいや、なんで私と霜澤さんの間だけ妙に厚い壁があるの?

私は誰にも聞こえないように小さく嘆息する。
皆、得点に応じた景品――――駄菓子と飲み物が大半――――を受け取り廊下に出る。

「どーする? もうお昼だけど流石に駄菓子でお昼済ませるわけにも行かないし」
「んー、軽食があるのは綾ちゃんと真弓ちゃんとこのメイド喫茶、プールでしてるバカンスカフェにもあるのかな?」
「その二つ以外でボクが知ってるのは中庭と昇降口の外にある出店系かな」

各々が候補を出し終えて私の方を見る――……なんで私……候補出さなかったから、決めるくらいしろってこと?

「……えっと、中庭で適当に調達しようか? バカンスカフェは飲み物やフルーツが中心って椛さ――あ、副会長の人が言っていたし」

私の意見に賛同してくれたらしく、皆で渡り廊下から中庭に降りる。
ちなみにメイド喫茶は銀髪メイドがSNSで拡散されてるので行きたくない。

――……私はまたサンドウィッチでいいかな? 割と手ごろな値段で具材も選べるし。

「私は4人分の飲み物調達してくるねー、あやりん私の分のサンドウィッチも適当におねがーい!」

そう言ってまゆは走って飲み物を探しに行った。
周りに視線を向けると、ひとみちゃんはたこ焼きを、霜澤さんはハンバーガーとトルネードポテトをそれぞれ買いに行ったみたい。
私もさっさと買って、どこかのベンチにでも座ろう。

862事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。4:2022/06/10(金) 23:57:07
サンドウィッチを買って、私は4人くらいが座れるベンチを見つけ場所取りも兼ねて真ん中くらいに腰を下ろす。

――っと……そういえばトイレ、行きそびれたままだなぁ……。

それなりにしたかったはずだけど、色々考えることが多くてあまり気にならなくなっていたのだが
周りに誰もおらず、腰を下ろして一息つくと、結構溜まっていることを改めて自覚する。

――……皆来て食べ終えたら、トイレに行かないと……っ。

尿意の波が来て、ベンチの下で足を絡める。
波はやっぱり高い。昨日、我慢し過ぎた影響……。

高くはあるが短い波を越えた頃、ひとみちゃん、霜澤さんが私を見つけこちらに向かってくる。

「いいとこ見つけたねー、丁度4人座れそう!」

そう言ってひとみちゃんは端の席に座る。

「え、ちょっ!」

霜澤さんが抗議の声を上げる。
どうやら端に座りたかったらしい。
理由は――

――……私だよね? ……。

私は気を使い反対側のベンチの端へ移動する。
これで、私と霜澤さんの間にまゆが座る並びになる。

「……」

私の行動を見ていた霜澤さんが何とも言えない気まずそうな顔をする。
抗議の声を上げたことで私が気を使い移動したのを理解してる。

そんな視線から逃げるように私は手元のサンドウィッチに視線を落とす。

――……どうしてこうなったんだろう? こんな関係になりたかったわけじゃ……。

「おー、みんな早いっ! 見てよこれ、タピオカミルクティー! 旬が微妙に過ぎちゃってる感が逆にいいよね!」

何が逆に良いのか……。
まゆは高いテンションのまま飲み物をまずひとみちゃんへ、次に霜澤さんへ。
そして何を思ったのかまだ座っていなかった霜澤さんの前、つまりひとみちゃんの横の席に勢いよく座る。

「っ!?」

「はいこれはあやりんの分ね! サンドウィッチちょーだい!」

手を伸ばしてミルクティーを差し出してくるまゆに私は手を伸ばしてそれを受け取り、まゆに買ったサンドウィッチを代わりに渡す。
そのやり取りを立ったまま見ている霜澤さん……。

「まりりんどうしたの? 座ろうよ」

まゆは空いている席を小さく叩いて、霜澤さんに座るように促す。
霜澤さんは難しい顔でまゆを少し睨んで……だけど、それを押し殺すようにして小さく嘆息する。
私を一瞥して黙って私とまゆの間に腰を下ろす。

――……これ、ひとみちゃんもまゆもわざとしてる?

私と霜澤さんの関係が微妙なことに気が付いて、接触の機会を増やしてくれているように感じる。
示し合わせているって感じではないから、ほとんどアドリブなんだろうけど。
霜澤さんもそれに気が付いているのだと思う。

863事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。5:2022/06/10(金) 23:58:40
――それにしても、このタピオカミルクティー……悠月さんの飲んでた奴だよね……。

タピオカを抜いても500ml程度ある大容量の物。
流石に今の状態でこれを飲み干すのは辛い。
すぐにトイレに行ったとしても、再度催すのは目に見えている。
かと言って飲み残すとなると、昼食後トイレに行くとき邪魔になる。
持ってもらうか、再度催すことを承知で飲み干してからトイレに行くか。

――まぁ、半分くらい飲んで、持ってもらうのが無難か……。

皆同じものを飲んでいるんだから、この後絶対『声』を聞くことが出来る。
済ませた後、尿意がありませんでは『声』を聞くことが出来ない。

結局、今日も『声』を聞くために尿意を我慢しようとしてる自分に少し呆れる。
普通に回る予定だったのに――……でも、聞ける可能性があるんだからしょうがないよね。

不意に隣からトルネードポテトが差し出される。

「ひ……一口…食べる?」

私に視線は向けず、霜澤さんがそう言ってくれる。
まゆやひとみちゃんの思惑を察して付き合ってくれたのか、あるいは……。

「……うん、一口貰う……」

私はそう言って霜澤さんの手に自分の手を重ねて、自身の口へ誘導する。
ただ、一口貰ってるだけ、食べてるだけ――……なのに、なんか、こう……恥ずかしいんだけどっ!

「ん……美味しい」
「で、でしょ? こういうのボク好きなんだよね」

私の感想に付き合ってくれてはいるが、結局視線はこっちには向けてくれない。
それは多分、まゆとひとみちゃんを納得させるためだけの行動で……。
私も視線を逸らす……私と霜澤さんとの温度差があり過ぎて、辛い。

結局霜澤さんとのやり取りは以降続かず。
食事を済ませつつ、談笑して過ごす。
談笑と言っても、私はまゆが時折振ってくれる話題に参加したり、相槌を打つ程度。
私とまゆの間で、霜澤さんが居心地悪そうにしているのがちょっと気の毒で……。

『はぁ……あ、トイレ……まぁ、ここを離れる良い口実ではあるけど……』

――っ……霜澤さんの『声』……。

今、尿意を催したという感じの『声』。
それを理由に、今の居心地の悪い席を立とうとしている。
私自身、それなりにしたい。霜澤さんには悪いけど、トイレに立つなら便乗しよう。

……。
………。

――……? 全然行こうとしない……。

視線を少しだけ霜澤さんへ向けると手でタピオカミルクティーの容器を転がしていて
居心地の悪さを感じているのがわかる。――……だったらなぜ席を立たない?

「っ……な、なに?」

私の視線に気が付いた霜澤さんが不機嫌そうに問いかける。
私はすぐに視線を逸らして「……別に、なんでも……」と適当な返事で誤魔化す。
そんな私に呆れたのか小さく嘆息されたのがわかる。

『ったく、こんな空気でトイレ行ったら、なんか負けたみたいで腹立つ……もっと自然なタイミングで行かないと……』

――あ……そういうことか。

『声』が聞こえていない皆にとっては、トイレに立つ行為が、尿意によるものなのか、居心地の悪さに耐えかねてなのか判断できない。
そして、霜澤さんは今、居心地の悪さを感じてはいるものの、その居心地の悪さはまゆやひとみちゃんが善意からとは言え故意に作ったもの。
それから逃げ出すことは、負けた気になるというのはなんとなくわかる。

――……そういえば、霜澤さんって勝負事好きそうなイメージだなぁ、体育祭の時も凄く楽しそうだったし……。

ついさっきの輪投げもそう。
いつも本気で勝ちに来てる感じがする。
そこに実力も伴ってるから凄い。成績も朝見さんほどじゃないけどいつも上位――――大体私より一つか二つ上――――みたいだし。

――……まぁ、だからってトイレくらい行こうよって思うけど。
私から声を掛けて一緒に行けば負けたみたいに思わないかな?
それとも、私が誘うこと自体が負けたみたいに感じてしまうかな?

……と言うか、一緒にトイレにってどう声を掛ければいいのか……。
普通にトイレに立てばついてきてくれるといいんだけど、そうはならない気がする。

864事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。6:2022/06/10(金) 23:59:43
「あららー? 鞠亜様じゃないですか? ご学友と仲睦まじい様子で何よりです」

――っ!

「っ……如月、何の用?」

「いやいや、用事だなんてー、ただ文化祭へお嬢様と遊びに来てるだけですよ?」

如月さんはそう言うが、肝心の「お嬢様」である水無子ちゃんは見当たらない。
どこかに置いてきてるのか、ただの出まかせだったのか。

「んー? よく見ると変わった席順ですね、瞳様の隣が鞠亜様になりそうなものですが……」
「っ! た、たまたま、あ――ひ、雛倉さんと隣になっただけだからっ!」

動揺し過ぎ。私の隣っていうか、位置的にまゆも隣だし。
……それと、この人にそういう態度見せるの良くないって霜澤さんならよく知ってるでしょうに……。

「雛倉……さん? 呼び方が変わってますけど、もしかして喧嘩中ですか?」

――……ほら、なんか興味持ち始めたし……ニコニコとした顔で喧嘩中ですか? とか、絶対楽しんでるでしょ。

そして、私はその答えを持ち合わせていない。
喧嘩と言うわけではないと思うが、それならばこの今の状況は何なのか……私にはわからない。
霜澤さんも答えに困ったのか視線を私と如月さんから逸らして黙っている。

「よくわかりませんけど、なんだかギクシャクしちゃってて……」

誰も答えないでいるとひとみちゃんが代わりに答える。
やり取りからひとみちゃんと如月さんは一応顔見知りのような印象を受ける。
そして隣の霜澤さんは視線をひとみちゃんの方へ向けていて――……余計な事言うなっ的な視線かな?

「なるほどねー、雛倉様は困っている感じがしますし、鞠亜様は何やら余裕なさそうな感じ……原因は鞠亜様の方にありそうですね」

――……そ、そうなのかな? なんだかきっかけは明らかに私な気がするけど……。

「まぁ、なんにしても二人の問題なのは間違いないわけですし、それで二人のご学友にも迷惑が掛かってます。
ちょっとしたお仕置きをしてあげますので、二人とも目を瞑っていただけますか?」

そう言って如月さんは私と霜澤さんにニコニコした笑顔を見せる。
隣を見ると凄く嫌そうな顔をした霜澤さんが渋々と言った感じで目を瞑る。
目を瞑るという行為から考えて、デコピンかそれに近い何かだろうとは想像は付くわけで……。
私もいつ痛みが来てもいいように身構えつつ目を閉じる。

「ではそのままで、雛倉様は右手を、鞠亜様は左手を前に出してください」

――……? デコピンじゃない? 手と言うことはしっぺってこと?

だけどどうして私は右手で、霜澤さんは左手なのか。
そして、これって目を瞑る必要があったの?

「では行きますよ」

何が来るかよくわからず身構える。

<ジャラジャラ>

――……何の音? 鎖のような…金属音……。

<カチャン>

その金属音は、私の手首に何かが当たった後、手首を巻くようにしてから聞こえた。
そしてすぐ隣でも同じような音が……。

865事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。7:2022/06/11(土) 00:00:49
――っ!

私はそれが何か察して目を開きすぐに手を自身へ引き寄せる。
だけど二つ目の音が聞こえた時点で手遅れなのはわかっていたこと。

「いたっ、ちょ……え?」

私が引いた手に霜澤さんの手も引かれて、痛みから声を上げる。
そして、目を開いて霜澤さんも困惑の声と表情。

私たちの手首には、手錠がされていた。

「二人にはしばらく離れられない呪いのブレスレットをプレゼントします」

……。

私は手錠を見たまま固まる。
とても外せそうにない本格的な手錠。決してブレスレットなどというおしゃれアイテムではない。

「ちなみに開錠するための鍵は水無子お嬢様がお持ちですので、お二人でお手てを繋いで仲良くお嬢様を見つけてくださいませ」

――……え? ……え??

「うわぁ……私たちよりめっちゃ強引な方法……」

まゆが言葉を漏らす……。そして隣のひとみちゃんに「水無子ちゃんって誰?」とか言ってるのが聞こえる。
――……ちょっと、え? 他人事なの? もうちょっとこう……ないの?

……。

つまり、この手錠を外すには水無子ちゃんを見つけて鍵を貰う必要があるってこと。
そして手錠のせいで別れて探すこともできない。
一緒に校内を……文化祭を回るしかない。
手錠を付けて歩き回るとか周りの視線とかで苦行でしかない。

「ちょっ! ふざけてるの如月! あぁ、もうっ!」

そう言って霜澤さんは鞄から携帯を取り出す。

――……そっか! 電話で連絡を取れば、すぐに水無子ちゃんが見つけられる!

<〜〜〜♪>
「残念ですが、水無子お嬢様の携帯は修理中でして、今私のサブ携帯を持たせておりますので」

如月さんはそう言いながら、着信音の鳴る携帯を取り出して電源を切る。
――……どう考えてもその携帯水無子ちゃんのだよね? 全然修理出してないじゃん!

「っ……」

霜澤さんは座りながら如月さんの顔を睨みつける。
本当に怒ってる……迷惑してる……。

――……そう、だよね……。

迷惑なことだし怒って当然なこと、それなのに……。
私、落ち込んでる? ……霜澤さんが私をそれほどまでに拒絶したいのだと感じて……。
気持ち悪い……胸が痛い……苦しい……。
あれ? ……私、こんなに、霜澤さんの事気に入っていたっけ?
確かに霜澤さんは昔話したことがある紫萌ちゃんだった。でもたったそれだけと言えばそれだけ。
あの病室での絡みなんて一日数時間程度で日数も僅かで――……えぇ……私、なんでこんなに霜澤さんの事好いてるの?

866事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。8:2022/06/11(土) 00:02:26
――っ! え……何?

ふと、右手に鎖が揺れる感覚を一瞬感じる。

視線を手に向ける。
霜澤さんの手は今は動いていない。
さっき少しだけ動かした? なんで?

「如月、後悔しても遅いからっ」

霜澤さんのその言葉と同時に、如月さんの鞄の中で携帯が鳴る。
直後、また右手に鎖が揺れる感覚……。

――合図? 携帯……っ、もしかして、奪うつもり?

今、如月さんの携帯が鳴っているのは恐らく霜澤さんが電話したから。
携帯の位置を把握して、それを奪う。その携帯の中には必ず水無子ちゃんが持つ携帯の番号が登録されているはず。
ロックを掛けられている可能性も高い。それでも霜澤さんはやるつもりらしい。

如月さんが鞄に手を入れ、携帯を確認する素振りを見せる。
同時に霜澤さんが立ち上がるために足と手に力を入れたのがわかった。

――だけど……こっちは座ってるから当然この一手は遅れる……。
手錠をされている以上、はじめの一手を躱されてしまえば一人と言う身軽な立場の如月さんから携帯を奪うのはほぼ不可能……。
だから霜澤さんの一手で必ず奪う必要がある。

相手の初めの一手、離れる動作を封じる手が必要……。
さっきから私にしてる霜澤さんからの合図の意図は――

私は霜澤さんが行動を始める直前、座ったまま足を延ばす。
如月さんの足を越えたところで、つま先を横に倒す。
同時に立ち上がった霜澤さんが動きやすいよう、右手を前に出す。

如月さんの視線は霜澤さんに向けられていて、足元を見ていない。
下がろうとして如月さんの足が私の足に当たる手応え。

「っ!」

行けると思った時、目の前に布が舞う。
スカートの生地……足を引っかけたせいで派手に転んだのだと一瞬思い、焦った。

――あっ……が、ガーターベルト……じゃ、なくて……あれ、ちゃんと立ってる?

舞い上がったスカートの下ではちゃんと二本の足があって……転んでなどいない。
確かに手応えはあったが、バランスまで崩したわけじゃない。
もう少し視線を上げると、霜澤さんがスカートの生地に飛び込む形になっていて……。

――えぇ……うそ? 読まれてたってこと? 目くらましのためにスカートを……え、何? 化け物なのこの人?

スカートに飛び込んだ霜澤さんは如月さんの肘による鉄槌を受けて地面に叩き落され、同時に倒れた手に引かれて私もベンチから前のめりに倒れて地面に手を突く。

「えっと、後悔が――……なんて言いましたっけ?」

――……え、何この人、ニコニコしてる……怖い。

「え、え? 何が起きたんですか!?」
「あー、うん……メイドって強いよね」

まゆとひとみちゃんの呆気に取られた感想……。そしてまゆに賛同、メイドって強い。
何かよくわからないけど、完璧な連携が出来ていた気がしたのに、全く歯が立たず、二人して地面に手と膝をついてる……。

867事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。9:2022/06/11(土) 00:03:16
後頭部を押さえて立ち上がる霜澤さんを抱えてベンチに座る。

「うぅ、ありがと、綾……あっ………ひ、雛倉さん……」

「綾」と呼ばれ一瞬ドキッとしてしまう。
そして同時に違和感……。病室での紫萌ちゃんとの会話の時、「綾」なんて呼ばれ方してなかったはず……。
確か夏祭りの時も私の事を「綾」って呼んでいた覚えがあるけど――

「ふふっ、いい加減素直になられたらいかがですか?」

――……?

如月さんの今の言葉は恐らく霜澤さんに向けられたもの。
どういう意味か分からず、視線を霜澤さんへ向けるが右手で後頭部を押さえながら何やら難しい顔をしてる。
それと同時にさらに視線の先……。

――……えっとまゆ? 何今の表情……?

一瞬しか見せなかったが、霜澤さんを見ていた表情が凄く温かい表情に見えた。
私の視線に気が付いたのかすぐに苦笑いをこちらに向けてきたけど……。

「とりあえず、鍵は水無子お嬢様ですから、……ふふっ、文化祭楽しんでくださいませ」

そう言い残して、如月さんはスカートを翻して校舎の中へ姿を消す。

……。
…………。
………………。

――……え、何これ…本当に手錠して校内歩くの?

「あー、どんまいあやりん」

他人事のようにまゆがいう。どんまいとか久しぶりに聞いた。
額に右手を当てようとして、鎖が音を立てたので止めた。

「……えっと、まゆとひとみちゃんも水無子ちゃん探すの手伝ってくれる?」

まさかこのまま後夜祭まで、あるいはそれ以降もずっとこんな感じとか――っ……え、待って…………トイレは?

……。

――……え、嘘……不味くない? この状況……。ミルクティー半分くらい飲んじゃったんだけど……。

このベンチに座った時には、既に結構我慢している状態だった。
それに加えて、前日の極度の我慢のせいで、たまに来る尿意の波がとてつもなく強烈で……。

「あー、うん、良いよ。流石にその格好で歩き回るのは恥ずかしいだろうし、ここで二人で待ってる?」

――……待つ? いや、待っていられる? ……私そんなに持たないんじゃない? 多分だけどもう6割超えてるんだけど。

「あ……いや、手分けして探そう、これ恥ずかしいけどボクは雛倉さんと探すから」『しまった…トイレ行ってない……ちょっとでも早く水無子を探さないと……』

私と同じように尿意を感じている霜澤さんは、手分けして探すことを提案する。
霜澤さんのミルクティーを見るとすでに8割なくなっていて、飲んだ量は私よりも遥かに多い。
嬉しいこと? いや、全然そんなことない。
明らかに今切羽詰まってるのは私の方だし、楽しみよりも不安のが圧倒的で本当に焦る、何ならすでに動悸が凄い。
考えたくないけど……このまま手錠を外せないまま限界になったら?
この距離でおもらしを見られる? もしくは手錠つけてるのにトイレとか――……な、なんかベタな話だけど、当事者とか絶対嫌なんだけどっ!

「おっけー、私たちは教室棟の方見るから……あーと、水無子ちゃんってどんな感じの子?」

まゆの質問にひとみちゃんと霜澤さんが私を見る。
当然一番わかりやすい見た目の特徴は――

「「「銀髪」」」

「お、おう……銀髪ね」

まゆとひとみちゃんはベンチから立つとこちらに手を振りながら教室棟の方へ歩いて行った。

868事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。10:2022/06/11(土) 00:05:43
「……どうする?」

漠然とした質問。
どこから探すのか、手錠してるけどどうやって歩くのか……。

「布を被せて……いや、余計に目立つ? 並ばず前後で……それは連行してるみたいか」

霜澤さんは私の問いかけを「手錠をしたままどう歩くのか」と言う意味と捉えたらしい。
合理的で不自然に見えない方法……。

「……て、手を…繋いで、身体を寄せて、身体でなるべく手錠を隠す……とか?」

――…………え、何言ってるの私? いや、一番合理的だけど……て、手を繋ぐ? は? 手を?
……身体を寄せるって何? 嫌いな人から密着されるとか絶対拒否されるよね? 拒否……い、言わなきゃよかった……。

「うぅ……そ、それで行こう……死ぬほど嫌だけど」『トイレの事もあるし、もたもたしてるわけにはいかないし、これは…仕方がないこと……』

――……死ぬほど嫌……そんなに? いや、決まり文句なのはわかるけど……。嫌……死ぬほど嫌……か……。

正直言ってとてつもなくショック。……落ち込む。
それでも、手錠が見えるように歩くことで注目を浴びるよりマシだと思ってくれたのは救いか。

「……い、いこっか?」

とりあえずベンチから立ち上がる。
いつまでもこうしているわけにはいかない。
色々混乱することが多いが、一番の問題であるトイレは行動しなければ解決できないのだから。

「教室棟は行ってもらってるし、ボクたちはこっちか……」

立ち上がり視線を教室棟ではない方へ向ける。
……職員室とか音楽室とかいろんな部屋がある棟って一般的な呼び方ってあるのだろうか?
そんなどうでもいいことを考えていると鎖を通して右手が持ち上がるのを感じる。

「は、はい……手……」

まるでエスコートするかのように手を差し出す霜澤さん。
私の手が霜澤さんの手に吊られてさえいなければ、とても紳士的な光景だったはず――……なんだか勿体ない。

「……うん」

差し出された掌の上に、自身の手をそっと重ねる。
な、何ドキドキしてるんだろ……私。

――……いや、ていうか私、手汗とか大丈夫? 手を拭こうにも繋がれてたし……。

『っ……て、手汗とか平気かな?』

同じことを思ったらしくそんな『声』が聞こえてくる。
嫌いな相手でもそういうところは気になるよね……。

……。

どちらからと言うことでもなく、手を下ろす。
私は小さく深呼吸してから身体を寄せて手錠を見え難く――

「な、何してんの?」

突然後ろから掛けられた声に驚き、身体と手を離して距離を取――

<ガチャッ!>

「痛っ……」「っ……」

手錠してるのに離れられるはずもなく、手錠が手首に食い込み――……めっちゃ痛い。

「は? 手錠?」

二人して痛みで蹲る中、私は視線を上げる。そこに居たのは困惑の表情――――引いてると言い換えても良い――――を浮かべる斎さんだった。
嫌なところを斎さんに――いや、誰に見られても嫌だけど。

「……えっと……じ、事情があって――」「意味不明、関係ないし……」

最後まで聞くことなく困惑の表情から不機嫌そうな顔になって通り過ぎていく。
本当に意味不明でごめんなさい。見方によってはまた誰かと仲良くしてるように見える状況でごめんなさい。

869事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。11:2022/06/11(土) 00:06:45
「今の……斎神無よね? 良かったの? 何か不機嫌そうに行っちゃったけど?」

意外と言えばいいのか、霜澤さんは斎さんの事を知っているらしい。
……。

「……うん、関係ないって言われたし……私に対してはいつもあんな感じだから……」

霜澤さんは私の言葉を聞いて気まずそうに視線を逸らしてから小さく「ごめん」と呟く。
別に謝るようなことじゃない。むしろ、暗い感じに話した私が悪い。

……。

いつまでもこうしているわけにも行かない。私たちは立ち上がり無言で手を繋ぎ再度身体を密着させる……今回はさっき慌てたせいで確実に手汗が、ついでに心音もヤバい。
とりあえず渡り廊下を越え校舎に入ったのは良いけど、目の前は保健室……。
保健室にまだ紗や瑞希がいるかもしれないと思うと、早くこの場から移動したい。
階段か、体育館か、あるいは昇降口の方に向かうか……。

――……上は上で……弥生ちゃんがまだ居たり?

正直、どこにも行きたくない。
さっきの斎さんの件でわかったけど、知り合いの場合は今のこの手を繋いで密着してるところを見られるのが思った以上に恥ずかしい。
逆に知らない人の場合は凄く仲が良い二人くらいにしか見られないはずだけど、手錠を見られて好奇の視線が集まるのが辛い。

「た、体育館に行こう」

霜澤さんの提案で体育館へ行くことになる。
人が多くちょっと気後れするが、中に入ってみると出し物中で薄暗くなっていてむしろ助かる。
ただ、薄暗いせいで水無子ちゃんを探すのも難しい。

――……っ…って言うかトイレ……不味い……これ、本格的に……。

飲んでしまったミルクティーが少しずつ下腹部を膨らませてきてる。
立ち止まって周りを見渡す霜澤さんだけど、私としては立ち止まられるのは辛い。
手を繋ぎ密着してるせいで、下手に我慢の仕草を取れない上に、飲み残しのミルクティーで左手も使えない。

――つ、使えないって……まだ押さえなくても……うぅ、でも丁度薄暗いから、押さえてもバレないのに……。

仕草を取れない、押さえられない以上、必死に出口を閉めて、膀胱が暴れないように心の中で言い聞かせるしかない。
それはわかってるんだけど……。

――っ……波っ、じっとしてるとダメ、波が来ちゃう、来ちゃダメ……。

左足を僅かに上げて右足に擦りつける。
今、本格的な波が来たらきっと霜澤さんに気が付かれるくらいの仕草を晒してしまう、それだけは避けたい。
どうにかして宥めて乗り切らないと……。

『うぅ……ミルクティー飲み過ぎた……早く見つけないと……とりあえず、ここにはいない?』

『声』……でも、やっぱり楽しんでいる余裕は今はない。
霜澤さんには一度失敗を知られている――――当時は紫萌ちゃんと名乗っていたが――――からなのか
尿意を悟られるのがいつも以上に恥ずかしいことのように感じる。
それに今の関係性もあって少し怖かったりもする。
怖いと言っても、何かされるとかそういうことではなく……拒絶されたり、今以上に距離を取られたり……それが怖い。

870事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。12:2022/06/11(土) 00:07:36
「えっと次は……」

そう声に出しながら体育館の外に二人で歩みを進める。

……。

このまま闇雲に歩き回っていて大丈夫なのだろうか?
まゆたちには教室棟を見てもらっているので、こっち側を見れば殆ど確認し終えるとは言え、全部覗いて回ろうと思うとまだそれなりに時間が掛る。
入れ違いになるなんて事も考えられるし、そうなれば一時間使っても見つけられない可能性があるわけで……。

私は体育館を出たところで歩みを止める。

「――雛倉…さん?」

霜澤さんが歩みを止めた私に問いかける。

「……水無子ちゃん、誰かと来てると思う?」

私はあまり水無子ちゃんについて知らない。
だけど、椛さんや皐先輩、霜澤さんと言った人と遊んでいるのは知ってる。文化祭に一緒に来るような友達がいるなら、わざわざ年上の人と休日遊んだりするのだろうか?
自分で言ってて割と酷いこと言ってる自覚はあるけど、この推測は間違ってないと思う。

「えっと? 如月が連れてきてただけだと思うけど……?」

そう、だったらなんで如月さんの傍に水無子ちゃんはいなかった?
一人で遊ばせてる? ありえない。 つまり――

「――……だったら、この学校の知り合いのところにいるんじゃない?」

「っ! そっか、金髪んとこか!」
「……あるいは椛さんと一緒なんじゃないかな?」

私たちは近くの段差に腰を下ろして、ミルクティーを置いて携帯を取り出す。
――……本当、このミルクティー邪魔。……美味しかったけど。

「綾は――……こほんっ、……雛倉さんは紅瀬先輩の番号知ってるんだっけ?」
「……うん、椛さんには私が聞いてみる」

携帯の履歴から椛さんの名前を見つけて発信して耳に当てる。

「ねぇ……」

繋がるまでの少しの間に、霜澤さんがこちらに問いかける。
私は視線を向けて反応する。

「トイレ……我慢してる?」

――っ!!?

  「もしもし?」

「っ……も、椛さん!?」

混乱した中、椛さんの声が聞こえて来て、さらに混乱してしまう。

――……え、なんで、バレ――っ、あ、仕草……あ……。

考え事のしていたためなのか、無意識に電話を掛けながら足を擦り合わせていて……。
こんなに近くにいるのにこんな仕草見せてたら――……あぁ、やらかしたぁ……。
頭を抱えたくなるが手が足りない……。

  「電話かけてきたの綾でしょ? なんで私が出て驚いてんの……?」

――……ご、ご尤もです。

私は姿勢を正して仕草を隠し、電話に集中する。
……顔が熱いのはきっと気のせい。

「あ、えっと……椛さんところに水無子ちゃん居たりしませんか?」

  「え? あぁ、いるわよバカンスカフェを満喫――いや、出来てないか」

それを聞いて隣で皐先輩と電話してる霜澤さんに手錠の付いた右手を持ち上げ合図を送る。
それにしても満喫出来てないってどんな状況なのだろう?

「……あ、ありがとう、今からそっち向かいたいんだけど――」
  「あー、はいはいおっけー、水無子に用事でしょ私が案内しに行くから」

流石は椛さん、察しが良くて助かる。
もしほかの人に来店の案内されたら、席に案内されたり待たされたりで面倒だったし。
もう一度お礼を言って通話を切る。隣を見ると、霜澤さんも通話を終えたらしく携帯をしまっているところ。

「……水無子ちゃんバカンスカフェにいるって」

「みたいね、良かった……ボクもトイレ行きたくなってきてたし……」『ボクもだけど、綾も結構したい感じかな? もじもじしちゃうくらいだし……』

――……っ! ……お、落ち着いて……はぁ、大丈夫、もうすぐ鍵が手に入るし、さっきまでとは状況が違う。
もうすぐ手錠外せるね、実はトイレに行きたかったんだー、私もー、みたいなノリでしょ? 全然普通の事だしっ!

トイレに行けない状況で尿意を悟られるのは「え、どうしよう? 我慢できる?」みたいな感じで心配とかされるわけで。
行ける目途がたった今となっては何も恥ずかしいことはない。ないはずなのに、やっぱり顔が熱い。
そもそも、隠していた尿意がバレるのが恥ずかしい……バレたのもトイレに行ける目途が立つ前だったし……。

871事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。13:2022/06/11(土) 00:08:55
「じゃ、行こっか」

私は霜澤さんの言葉に小さく頷きで返して携帯をしまい、ミルクティーを持つ。
いい加減、これ飲み干してしまおうかと迷っていると、隣で霜澤さんがあと少しを飲んでいて、私もつられて口をつける。
ただ、私の方は量が半分ほどあるので結局全部は飲まずにほんの少し残す。
バカンスカフェについてから飲み干して容器をゴミとして捨ててしまおう。

そして二人で立ち上がる。
立ち上がってみると……やっぱりトイレに行きたい。
波がなくても、下腹部が僅かに張ってきてるのを感じる程度には溜まってきちゃってる。
二人してほんの少し足を早めてバカンスカフェへ向かって歩き出す。
場所は体育館の横を過ぎればすぐ、もう入り口が見えてる。

「いらっしゃい綾、……それと、珍しいわね、鞠亜も一緒なんて」

椛さんが霜澤さんを名前で呼び捨てているのを聞いて……なんだかちょっと羨ましく感じる。
当然察してはいたけど、二人は知り合い。共通の知り合いに皐先輩や水無子ちゃんがいるので不思議なことではない。

――っ……。

不意に右手が持ち上げられる。
どうやら、霜澤さんが椛さんに手錠を見せたいらしい。

「あー……あのメイドか……綾、あの人とはなるべく関わっちゃだめだからね」

――……関わりたくて関わってるわけじゃないんですけど? っ……っていうか、こんなことしてる場合じゃ……。

こうして話してる間も尿意は募る一方。
体育館と違って薄暗くもなく、目の前に椛さんが居るのに仕草なんて出せるわけもなく、必死に我慢してるのを隠し続けるのは辛い。

「それで紅瀬先輩、水無子んとこに案内してほしいんだけど?」
「了解、ついてきて」

ついていく中、途中ゴミ箱を見つけて、手に持っていた温くなったミルクティーを飲み干し捨てる。
これでもしもの時は手を使える……使いたくはないけど。

『ふー、もうすぐ……ったく、如月の奴……今度会ったらただじゃ置かないからっ』

霜澤さんの『声』……まだまだ切羽詰まっているわけではないけど、結構我慢してる感じの『声』。
もうすぐ手錠が外れると思うと、私自身の気持ちに余裕が出てきたらしく、霜澤さんの事を素直に可愛いと思ってしまう。

 「キャーほんとに可愛い! ゴスロリ衣装って奴?」
 「すごっ、なんか人形見たい! あ、だからゴシックなんだっけ?」
 「あぁ、もう! ゴスロリじゃなくてクラロリだからっ! (ま、まぁ……ゴスロリも嫌いじゃないけど)」

黄色い声を含む盛り上がりを感じさせる声。
前を歩く椛さんが嘆息しながらこっちに振り向き「この有様なの」と呆れるように呟く。
視線を前に向ければ4、5人の人だかり。その中心に僅かに見える銀髪は水無子ちゃんで間違いない。

「はいはい、散った散った、仕事しなさい!」
 「ちぇー、椛ばっかずるーい」
 「え、何あの子も銀髪? あの子のお姉ちゃんとか?」
 「違う違う、椛の幼馴染の子だよ、小中の時よく遊んでたみたいよ」
 「そうそう、どっちかと言うと妹ちゃん、雪先輩って知ってるでしょ? その妹だよ」

――……意外……私の存在が上級生に割と知られている……。

テーブルに一人残った銀髪の少女がこちらに視線を向ける。

872事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。14:2022/06/11(土) 00:09:54
「あ、鞠亜お姉ちゃんと……っ! 綾菜お姉ちゃん!」

――うぅ、笑顔が眩しい……トイレに行きたいから早く鍵下さいって言いたいのにっ!

私は尿意を押し殺して、小さく手を振る。

「水無子、さっそくで悪いけど如月から鍵的なの預かってない?」『とりあえずトイレ優先、綾もトイレ行きたいくせに水無子に合わせてなくていいって……』

霜澤さんが早速本題を伝えてくれる。
――……ええ、まぁ、トイレ行きたいですよ、とっても行きたいです。

「鍵? 知らないけど?」
「……え? 嘘? 持ってないの?」

――え、如月さん、水無子ちゃんが持ってるっていうのすら罠なの? っトイレ……え、どうするのトイレ?

「み、水無子、他には何か貰ってたりとか、聞いてたりしてない?」『はぁ? 待って……トイレ……き、如月? 本気なの?』

流石の事態に私だけじゃなく霜澤さんも慌てている――……可愛い……可愛いけど、そんな場合じゃない!
もうすぐだと思っていたせいもあり、尿意が膨れ上がってくるのを感じて……。

「あー、うん、なんか箱は貰った」
「箱?」

椛さんが聞き返すと、水無子ちゃんは鞄から金属製の小さな宝箱的な箱を取り出す。
それを椛さんが受け取り、少し観察してから軽く振ってみると、カンカンとした音が鳴る。

「……そ、それ鍵が入ってるんじゃない?」

そんな感じの音のように聞こえ、期待が膨らむ。
早くそれを開けて、鍵を取り出して、手錠を外して……それからトイレに――

「鍵かも……だけど、えっとこれ……」

椛さん困った顔で、箱の正面が見えるようにして私と霜澤さんに箱を差し出す。

「っ! ……え、な、南京錠と……時間?」
「これ……えっとタイマー式南京錠って奴なんじゃ……」

箱には開かないように南京錠が取り付けられていて。
その南京錠には時間が表示されていて……。
その時間は――

「よ、49分? それまで開けられないってこと?」

霜澤さんによって読み上げられた数字は、今の私にとって長すぎる時間……。
心臓の鼓動が早く大きくなる。口の中が乾いていく。
不安を隠しきれず、茫然とその箱を眺めていると、霜澤さんの視線に気が付く。
何か取り繕うと思い口を――

「ねえ、この南京錠を切るための工具ってどこかにない?」

私が口を開く前に霜澤さんが椛さんに問いかける。
時間が来るまで開けられないという常識を早々に打ち破ってくれる。

「えっと――」
「っ! ダメ、この箱は時間になるまで開けちゃダメって櫻香に言われてるんだからっ!」

急に慌てた様子で水無子ちゃんが制止を呼びかける。
その剣幕に驚きつつも、霜澤さんは引き下がらず、鎖で繋がれた左手を見えるように持ち上げて説得を試みる。

「いや、水無子……ボクたち手錠で繋がれてて困ってて、緊急事態だから――」『これから50分近く我慢しないといけないとか――』
「ダメっ! 絶対にダメ!」

説明を最後まで聞く様子もなく、もの凄く食い下がる……。
それにはきっと理由がある。

「えっと……あのメイドになんか脅されてるんじゃない?」
「にゃっ!? な、なんのこと?」

椛さんの言葉に声を詰まらせ、必死に平静を装おうとする水無子ちゃん。
……メイドが主人を脅すってどうなの?

……。

冷静に考えれば、脅されているなら水無子ちゃんに非はないわけで……。
ここは私たちが引き下がるべき状況。
脅されている今の状況自体、私たちの事情に巻き込まれた感じも否めないわけで。
年下の子にこれ以上迷惑は掛けられない。

873事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。15:2022/06/11(土) 00:11:21
「……わ、私は大丈夫、なんとか我慢、出来ると思うし……」

「え、我慢?」

水無子ちゃんの言葉に、はっとなる――……え、私、我慢できるとか言っちゃった? ……え、なんで言っちゃった?
完全に自爆、追い詰められてきて、焦りと不安と動揺で冷静になり切れてない。

――……っ、というかっダメ、これ波っ!

動揺が大きすぎたのか何なのか、急に平静を装えないくらいの波で……尿意が膨れ上がる。
疑問符を上げる水無子ちゃんに我慢の仕草で返答するなんて絶対に出来ない。

私は視線を逸らしてどうにか平静を装おうとする、押さえたい左手がスカートの横の生地を握りしめる。
足踏みや、必死に擦り合わせたい足が、小さく震える。

「あ……(お、お手洗いですか?)」

――っ……。

結局、水無子ちゃんに図星を突かれる。
こんなに必死になってるのに全然隠せてない。

恥ずかしさでまた顔が熱くなる……だけど、同時に我慢してるのがバレたことで気持ちが楽になった気がする。
もう、無理に隠さなくていい、流石に押さえるのは無理だけど、開き直ってとりあえず我慢に集中すればいい。
引かない波に抗うため、足を交差させて我慢する。
大丈夫我慢できる、平気、さっきよりずっと――

「(ちょ、綾、ここ人目あるから!)」

――っ!

ここはバカンスカフェ。
人目があって、仕草を大っぴらに見せて良い場所ではない。
幸いにも右側には霜澤さん、左側には椛さん、正面には水無子ちゃんが居てくれたので
私の身体の大部分は陰になっていたはずで、恐らく恥ずかしい格好は近くにいるこの3人にしか見られていない。

波は引いた……まだ油断は出来ないけど、仕草を抑えることは何とかできる。
顔を上げると、皆が心配するようにこちらに視線を向けていて……居た堪れない。

「と、とりあえず……二人ともこっちに来てっ」

椛さんはそう言うと、私と霜澤さんの前を歩いて……どこかに案内するらしい。
凄く申し訳なさそうにしている水無子ちゃんを残して歩みを進めると、プールの更衣室の隣にある両開きの倉庫――――反対側の隣にはトイレがあるのだけど、意識しちゃダメ……――――へ足を踏み入れ、
椛さんは明かりをつけて、外に誰もいないことを確認して扉を閉める。

「えっと、ここならとりあえず人目はないから好きに使って」

――っ……そ、それって――

此処なら好きなだけ我慢の仕草をしても良い……椛さんの言いたいことはそういうこと?
私のあからさまな我慢を見て、もう取り繕う余裕がないと知ってる……。

「綾もだけど……鞠亜も結構我慢してるんじゃないの? 存分に我慢してよ?」
「――っ……ボクはっ…! ……まぁ、我慢してると言えば……そうだけど」
『き、気が付いてた? いや、違う? 綾のフォローのためにわざわざ鎌をかけてきた感じ?
だったら否定できないし……でも、なんにしても46分は……ボクも実際結構厳しい気がする……』

二人して気を使ってくれる……恥ずかしい。
そして、改めて『聞く』と46分とか途方もない時間……。
万全の状態ならいざ知らず、急に来る高い波をやり過ごすのも今の段階で既にギリギリ。
この手錠が外せない以上、おもらしにせよ放尿にせよ、この距離でしちゃうことになるのが現実味を帯びてきた……。
……鍵なしでどうにかする方法もある。さっき霜澤さんが言った南京錠を破壊するように手錠を破壊する方法。
だけど、南京錠以上に丈夫でペンチのようなものでは無理だし、切ることになるであろう鎖の長さも決して長くないため危険ではある。
それでも最悪の結果を避けるためには黙っているわけにはいかない。

「……ディスクグラインダーとか……借りれないかな?」
「箱の方じゃなくて手錠の鎖をってことよね……文化祭の準備で使ったとこあるかもだけど」
「難しいかもね、ここでもちょっと事故あったし、今は先生たち事故防止に凄く目を光らせてるみたいだから、先生が管理してるなら使用用途の説明や立ち合いとか必要になるかもだし」
「た、立ち合いはダメ……こんな本格的な手錠つけられて外せないからグラインダーでとか、如月が色々やばい……」

――……こんなことされても如月さんの心配をするんだ……。

ちゃんと考えれば当たり前の事ではあるんだけど。
霜澤さんと如月さんの付き合いはそれなりに長いみたいだし、警察沙汰にまで行かなくとも仕事を辞めさせるくらいの問題になっても不思議ではないわけで。
悔しくはあるけど、私自身そこまで望んではいない。

「まぁ、私はダメもとでもグラインダー借りれないか聞いてくる、二人はこのままここに――」
「あ、待って……」

私は椛さんを引き留める。
申し訳なさそうにしていた水無子ちゃん……。

「……えっと、水無子ちゃんには心配しなくても何とかなりそうって伝えておいて」

椛さんは私の言葉を聞いて、少し笑みを零しながら頷いてくれる。
そしてすぐにまた後でと言う感じで片手を上げ、扉を開けて出ていく。

874事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。16:2022/06/11(土) 00:12:17
「……」
「……」

二人して黙り込み、立ち尽くす。

プール独特の塩素の臭い。
閉じ込められているわけではないけど、倉庫で二人と言う共通点から朝見さんと体育倉庫に閉じ込められていた時のことを思い出す。

――……あの時、朝見さんは間に合わなくて……私も本当にギリギリで……っ…はぁ、本当にヤバい……我慢できなくなったら…私……。

体育倉庫の時とは違い、明確な開放時間はわかっている。
先の見えない我慢ではない……だけど――

「ね、ねぇ……立ってるのもアレだし、そこに座らない?」

霜澤さんの言葉に私の思考が中断される。
霜澤さんが指さしているのはビート板が丁度膝くらいまで積みあがった所。
私は頷き二人でそこまで行って、並んで座る。

座ってすぐ、しばらく落ち着いていたはずの尿意が再度膨らみだす気配を感じる。
右手は手錠が付いているため動かすことは出来ない。
左手で押さえることはできるけど……。

――……っ……我慢、我慢して……お願い落ち着いてっ……。

小さく足を擦り合わせて、左手は膝と膝の間でスカートの生地だけを握りしめる。
やっぱりあからさまな仕草はしたくない……尿意が限界まで差し迫ってるなんて知られたくない。

『んっ、結構、辛い……綾も辛そう……』

――っ……やめて、こんな時に……『聞きたくない』っ。

そう心の中で考えて、自己嫌悪する。
いつもは『聞きたくて』我慢してるくせして、都合が悪いときは『聞きたくない』だなんて……。

『我慢できるよね? ボクも……綾も……』

……。
我慢できないなんて思われたくない。
出来る限り、先延ばしにして、可能なら……ちゃんと手錠が外れてから……。

――……可能ならって…なに? ……まだ、諦めてるわけじゃ……ないのに。

仕草を抑えたい――抑えたいのに。
擦り合わせるのをやめると、尿意が膨らんできて……。
大きく動くのが嫌で、足首を絡めて……だけどそれだけじゃダメで、つま先立ちの足が小刻みに縦に揺れて……。

「綾……だ、大丈夫?」『ホントに辛そう……多分、ボクよりずっと……』
「っ……」

こっちに視線を向けられ、問いかけられて……。
言葉を返そうと思っても何を伝えればいいかわからない。
ただ、心が揺さぶられて……尿意が落ち着いてくれなくて……。

――あっ……え、手……。

不意に、右手に温もりを感じる。
視線を右手に向けると……霜澤さんの手が私の手を上から握っていて……。

「だ、大丈夫……あと40分なんてすぐだし……」
『全然進んでない……早く、時間……』

霜澤さんが励ましてくれる……。
そうは言っても40分は、ただ待つには長すぎる時間。
もちろん、『声』からして本音で言ってるわけじゃないのはわかっているのだけど。

875事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。17:2022/06/11(土) 00:13:24
尿意の波はどうにか落ち着いてくれる。
強張った身体を僅かに弛緩させて、小さく息を吐く。

『み、ミルクティーのせい? ボクも急に……じ、事情をちゃんと説明して如月に? いや、無理でしょ、あいつ絶対楽しむし……むしろ知っててこんなことしたんじゃ……』

今度は逆に霜澤さんの『声』に焦りが見られて……。
一瞬可愛いと思いかけて、頭の中で頭を振る。
本当最低……今だけほんの少し余裕が出来たからって……。

(〜〜〜♪)

――っ!

携帯が鳴る。
私は慌てて、携帯を取ると電話に応答する。

「も、もしもし」
  「ごめん、やっぱり駄目だった……」

心配と申し訳なさを含んだ椛さんの声……。

「……別に椛さんが謝るようなことじゃ……」
  「ううん、だとしてもごめん……水無子も見てあげなくちゃだし……」

私はその申し訳なさそうな声にお礼を言って、少し強引に通話を切る。
電話が続けば続くだけ、椛さんは謝罪を繰り返しそうな気がして。

「だ、ダメだったみたいね……」『これで、時間まで我慢しなきゃいけないことが確定したわけだ……』

時間まで……南京錠を確認するとあと37分……。
初め見た時は49分だった、着実に減っているその数字。
減ってるのに……。

「はぁ……っ……」

波も来ていないのに呼吸が少し乱れてきていることに気が付く。
隣に霜澤さんも居る……こんなの嫌なのに……。
足も小さく揺れる、下腹部が徐々に張り詰めてきているのがわかる。

――……っ、これ……我慢が効かないとかそんなんじゃなくて……普通に、我慢できなく……んっ……。

左手が膝の上で意味もなくスカートの生地を撫でる。
落ち着きがない、ちゃんと自覚してる……でも、抑えられない……無理に抑えたらまた波が来ちゃいそうで。

「はぁ……あと、35分か……」『だ、大丈夫かな、ボク……最後にミルクティー飲み干したの失敗だったかな?』

そう、私も全部飲んだ。
もうすぐって希望が見えて油断してた。
こんなことなら飲まなかったのに……。
体育館を出た時に250mlほど残っていたミルクティー。
飲んでしまったそれは、確実にこれから私を追い詰める。

――……っ! あ、あぁ……な、波っ……これ、来ちゃうっ……んっ!!

飲んだもの、それがどうなるかを意識した直後、下腹部が収縮して硬くなる。
閉めて、締めて……我慢しなきゃ……。
足を絡める、息が詰まるくらいの焦燥感、どうしようもない尿意に不規則に身体を捩る。
今までよりずっと大きな波――……我慢しなきゃ、しなきゃ……我慢っ……。
左手は迷った末にスカートに大きく谷を作り、中指をより深く沈みこませる。

876事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。18:2022/06/11(土) 00:14:49
「んっ……あ、あぁ……ふぅ……んっ!」

自身の口から溢れる恥ずかしい声……。
隣に、居るのに――……霜澤さんがいるのにっ!

――こ、これっ……もしかして私、このままっ……んっ……しちゃう? やだ、我慢っ……我慢なのにっ!

「ちょ、ちょっと綾? が、頑張って、ほら、もうすぐ――あ、えっと、30分……切るし」

遠い、遠すぎる。言った霜澤さん本人も「もうすぐ」に繋がる言葉として「30分」は無理があるとわかってるような言い方。

……。

仮に今すぐに手錠が外れても、この波はどうにか超えないとトイレまで間に合わない。
30分……あと何回こんな波が来る? 次からはもっと大きな波で……とても我慢できるような波じゃなくて……。

「っ……だめ、そんなに…はぁっ……我慢っ……で、できな……うぅ……」

口に出してしまった弱音。
どんなに押さえても、どんなに足を絡めても、どんなに息を荒くして力を入れても、どんなに願っても――
30分は無理……10分でさえ――もしかしたらこの波を越えることすら出来ないかもしれない。

額に浮かんだ汗が流れ、頬を伝いスカートに染みを作る。
背中も、スカートの中も汗塗れで気持ち悪い。
尿意を抑えなきゃ、我慢しなきゃ……そう思っているのに、尿意は増すばかりで……そして――

「っ……んっ!!」

下腹部が一際硬く収縮する。
膀胱が私の意志に反して全力で排尿するように促してる。
バタバタと落ち着かなかった足をきつく閉じて硬直させて、指先に目一杯の力を籠める。
息を詰めて、目を瞑り……その切迫した尿意に全力で抗う。

――だめ、だめっ、もれちゃうもれちゃう、ホントにっ……ダメだからっ、我慢、がまん、やだ、我慢だからっ!

どれだけの時間、呼吸もせずに我慢していたのかわからない。
だけど、硬く収縮していた下腹部は、僅かな弾力を取り戻しはじめて……。
どうにか波を越えたらしい……。
当然ではあるけど、下腹部は未だパンパンに膨らんでいて、油断が許されるような状態ではないけど。

「はぁっ…はぁ…はぁ…っ……ふぅ……」

震えるように零れる呼吸。信じられないくらい鼓動も大きく早い。
息をしていなかったというのもあるとは思うけど、全身に力を籠めすぎていて、全身が熱く、まるで短距離走を走った後みたいにも感じる。

――し、下着は……だ、大丈夫?

恐らく大丈夫だと思う。
断言できないのは、汗でいまいちわからないというか……。
でも、失敗したという感覚はなかったはず。

877事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。19:2022/06/11(土) 00:16:00
「あ、綾……?」

その声に右を向くと、私を心配するような表情に加えて少し気まずそうな様子を見せる霜澤さんがこちらを覗き込んでいて……。
さっきまでのなりふり構わない失態を見られていたと思うと……恥ずかしいというかもう消えてしまいたい。

「……だ、大丈夫」

辛うじて言葉を返したが、一体何が大丈夫なのか――……し、下着とか?
でも、ダメ……。大丈夫って言ったけど、このままじゃ絶対ダメ。今度こそ大丈夫じゃなくなる。
言わなくちゃいけない。ちゃんと言わなきゃ……そうでなければ、霜澤さんの前で二度目の失敗を晒してしまう。
そうなったら私は――

……。

あの時とは事情が違う……わかってる、わかってるけど……。
失敗をしたのを最後に、紫萌ちゃん――霜澤さんは私の前からいなくなったのは事実で。
でも、何度も書き直された手紙は、きっと私の事を思って書いてくれた手紙のはずで。
だから……違う。失敗を――おもらしをした私を軽蔑したり関わりたくないって思ったんじゃないって……わかってるのに。

――だったら、許してくれる? もし、我慢できなくても……。でも、そんなの……。

私から距離を置こうとする霜澤さんを感じる度に自信がなくなる。
本当は……軽蔑してたんじゃないかって。
トイレも言い出せない可哀そうな子って思われてて、ただ傷つけないために手紙の内容を吟味してたんじゃないかって……。
そして今、霜澤さんは心配はしてくれてる――……だけど、おもらししちゃったら? 見っとも無く、我慢できないを言えずにすぐ隣で……。

霜澤さんが私の右手に重ねてくれてる左手。そこから私は手を引き抜く。
少し驚くような顔をした霜澤さん……。そしてすぐにその顔は不安を含むものに変わる。

「ごめっ――……い、いやだった?」

――ち、違う私は……!

宙に浮いた霜澤さんの手……私はそれを掴み取る。
また驚いた顔を霜澤さんは見せる。
私は俯き手を強く握る――……言う、言わなくちゃ!

「……っ、霜澤さん……私もう、我慢できないから、トイレに……っ…付いてきて…欲しい」

もし、霜澤さんが本当に優しくて私が本来思っていたような人ならばおもらししても軽蔑なんてされないと思う。
だけど、結局はおもらしをして良い理由にはならない。それは私がさっき考えた通り、トイレも言い出せない可哀そうな子でしかない。
もちろん言ったところで、今度はあと30分も我慢できない恥ずかしい子で、その恥ずかしい姿を間近で披露したいとかいう子でしかないのだけど。

「え、え!? で、でも…あと29分……え? 綾……本当に、もう無理?」

困惑した返しに、私も困惑する。
本当は大丈夫、我慢できる――と強がりたい衝動に駆られる。
だけど、その結果どういう結末になるか想像したくないが、さっきのギリギリの我慢で理解してしまっている。
次は無理かもしれない……。たとえ次が良くてもその次は――……。

「……無理、もう限界……はっ、はぁ……んっ…だ、だからっ」

私は視線を霜澤さんにしっかりと向けて無理なことを伝える。
同時に、これ以上ここで時間を掛けるわけにも行かず、私はビート板から立ち上がる。

「う、うん……わかった」

霜澤さんにも私が本気であることが伝わったらしく、少し緊張した面持ちで立ち上がる。
私はそんな霜澤さんを急かすように手を引いて歩く。
扉を開けるために前を押さえていた手を離し、扉を開く。

……。

――え? 私、さっき話してる間もずっと前押さえてしてたの?

完全に色々麻痺してる。
倉庫を出た後、迷わず手をスカートの前に持って行ってしまうあたり、どうかしてると思う。

878事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。20:2022/06/11(土) 00:17:21
更衣室の横……トイレ。
中に入ると人は居らず、個室が空いているのが見える。
空いている個室と言うか、そもそも個室が一つしかないらしい。

――っ……早くっ、あぁ、波、またっ……来ちゃいそうっ! ふぅ……っ、早く、トイレ、おしっこ……っ。

私は逸る気持ちと尿意を抑えながら、個室に入る。
すると、右手が少し引かれているのに気が付く。

「え、えっと……一緒に入る…の?」
「え? だって、そうじゃないと手錠っ……あぁ、ダメ、は、早くっ」

尿意が膨れ上がっていくのを感じて、溢れそうになるのをどうにか先延ばしにしようと、足をバタバタとさせて足踏みを繰り返す。
僅かな時間、霜澤さんは躊躇っていたが、一度深呼吸をしてから個室に足を踏み入れる。
霜澤さんが鍵をかけて、私は和式の便器を跨ぐ。

「み、見ないようにするから……」

――っ……。

足を開いた事と、不意に投げかけられた言葉に今からする異常な行為を改めて自覚し、我慢の糸が切れそうになる。
それでもあと少し、おもらしはしたくない……どうにか堪えて、下着を手に掛け、下ろ――っ、え、右手っ、ちょっと!?

「っ! ちょ、手、下げっ、あ、あっ…あぁ――!」
「え、あ……ごめっ――」

想定していなかったトラブル。
左手側は問題なく下りたが、右手側が手錠に引かれて、中途半端になって――

<じゅっ、じゅっ……>

ガクガクと震える足。下がり切っていない下着に先走りが染みこむ。
下着を下ろしてすぐに、準備を終えてしてしまうはずだった。ほんの数秒のタイムラグ、その僅かな時間と動揺に気持ちが対応できなくて……。
いつの間にか手錠に引かれていないのを感じて、再度下着を下ろして、スカートを左手だけで手繰って――

「あっ、ぁんっ!」<じゅぅぃぃーー>

【挿絵:http://motenai.orz.hm/up/orz76231.png

我慢をやめたのは確り下着を下ろしきってスカートを手繰った後のつもり……。
実際には下着にはかなりの量が掛ってしまってるし、スカートの裏地にも多少被害が出てると思う。
だけど――……これは、間に合ったで良い……よね?

手錠のせいもあり、髪は持てず、中途半端な中腰で足が辛いけど……間に合った、ちゃんとトイレに……。

879事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。21:2022/06/11(土) 00:18:15
「はぁ……はぁっ……」<じゅうぅぅーーー><コツコツコツ>

……。

私の荒い呼吸と恥ずかしい音の中に床を鳴らす足踏みの音。
普段ならあり得ないこと。個室の中なのに自身以外が出す音がすぐそばにあるなんて……まるで現実味がない。
現実味を感じないのは、極度の我慢からの解放で頭が回っていないのもあるかもしれない。

……。

――……いやいや! 音消し!!

少し頭が回り出し、慌てる。
こんな至近距離から音を壁を挟まず聞かれるとか拷問と言っても差し支えないくらいの羞恥プレイ。
音消しするため、手錠が付いている右手の方にスカートを持ち直し、左手で水を流す。
ゆっくり首を回して霜澤さんの様子を伺うと――

「(っ……ふぅ…んっ……はぁ……)」

見えるのは斜め後ろ姿。
最初からかどうかはわからないけど、言った通り見ないでくれている。
少し安心したと同時に、霜澤さんの呼吸が荒いことと、足踏み音の理由を知ることが出来た。

――……そ、そっか……そうだよね、霜澤さんもしたかったんだから、当たり前だよね?

こっちを見ないと言った霜澤さんを、私が見てるなんて思ってもいないだろう。
霜澤さんは身体を背けてはいるが、右手で前を押さえているのが見て取れるし、足も控え目だけど落ち着きなく足踏みを繰り返していて。
……さっきまでそんなに『声』が聞こえていなかった。
それはきっと私の心配とか、目の前でこんな姿を見せる恥ずかしい私に意識を割いていたからで。尿意があるにもかかわらず、表層に『声』として溢れ出る余裕がなかったのだと思う。
仕草とかそういう部分で、その欲求を見せていたのかもしれない。ただ、私自身余裕がなかったせいで全然気が付かなかっただけ。
今の様子を見れば霜澤さんも十分に追い詰められてきているのがよくわかる……。

――えっと…………うん、ごめん……『声』が聞きたい……。

この様子の霜澤さんなら、間違いなく私よりも自身の尿意に精一杯のはず。
だけど、我慢していない私は『聞く』ことが出来ない。
なので、私は小さく息を吸って下腹部を引き締め、必要のない場面での我慢を試みる。

「(んっ……)」<じゅうぅぅぅーー…じょろっ…じゅうぅ……じゅぅぅぅ>

音消しの音が響く中、わずかに音色を変える恥ずかしい音。なんだかより一層恥ずかしい音になってる気がする。
それにしても止めるつもりで力を入れてるのに――……んっ、あぁ、これ……全然っ…無理っ、我慢が効かないっ。

『っ……我慢、我慢っ……あぁ、こんな時に、こんなの聞かされて、ヤバいっ……ボクはまだしないからっ……落ち着いてっ』

――っ……んっ、き、『聞こえた』……あぁ、でも、もうダメ、我慢無理っ……。

全然止めれてるわけじゃないのに、これ以上我慢しようとすることが出来なくなり、再び脱力してしまう。
もともと途中で止めるというのは私が苦手とする行為。

「んっ、はぁ……」<じゅうぅうぅぅぅぅぅーーー>

一応『聞こえた』。
その『声』はかなり切羽詰まった『声』で、私の恥ずかしい音とトイレと言う空間に当てられてかなり鋭い波を受けているみたいで。
波の真っ只中とは言え、その『声』は限界一歩手前と言う感じで……。

――って、あぁ、音消し終わってるしっ!

音消しの音がなくなり、また私の恥ずかしい音色の単独ライブになっていることに気が付き慌てて水を流す。
霜澤さんの事を考えていた私だけど、今の恥ずかしい私の状態を再認識して――……お、音消しとか言ってるレベルじゃない!
こっちを向いていないとは言え、私、目の前でこんな……っ、し、下着下ろして、恥ずかしい音を立てて、お、お……おしっこ……っ!
霜澤さんの尿意が膨れ上がるくらいには、私がしてることを意識されてるわけでっ……あぁ、本当に消えたい。

同じようなことを悠月さんの前でしたはずなのに、それ以上に頭が沸騰するくらいに恥ずかしい。
恥ずかしさを紛らわすようにその理由を考えて、一つは立場の違いだと気が付く。
悠月さんの時は我慢勝負的なことをしていて、二人とも限界で、尚且つ私が双方間に合わないと判断して、出来る場所に誘導した。私のがちょっと優位な立場だったと思う。
今回は私が我慢できなくて、霜澤さんにお願いしてトイレに来て貰って、全然対等の立場ですらない状態での……。
それともう一つはトイレであること……な気がする。
温泉や銭湯で裸を見られるのはそれほど恥ずかしくないけど、家のお風呂で裸を見られるのは恥ずかしい的な奴。
外で誰かといるのは普通なことだけど、トイレの個室で二人っていうのはそれだけで異常な事。

――……つまり……何やってるの私!?

結局自分の恥ずかしいを分析しただけで、恥ずかしいが収まるはずもなく。
だけど、思考に割いていた時間は思った以上に長く、恥ずかしい音がようやく終わりを告げる。
我慢が効かなかったから短かったというわけでもなく、普通に限界まで我慢したときくらい出てたと思う。それこそ昨日のくらい……。
私は顔が熱いままトイレットペーパーを片手で乱雑に取って後始末をして、立ち上がる。

880事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。22:2022/06/11(土) 00:19:21
「っ……お、終わった?」

後始末の音、立ち上がった気配から霜澤さんが声を掛ける。
振り向くと仕草を抑え込んだ霜澤さんがまだ向こうを向いていて……。

「……う、うん」

私の返事に「そう」とだけ答えて、外の様子を伺いながら扉を開ける。
よくよく考えたら、個室が一つとか誰か来たら順番待ちになって、確実に二人で出る所を見られたわけで。
……考えたくもない。

……。

「……霜澤さんは……しないの?」
「っ……しない、このくらい我慢できるし……」

私の言葉に静かに――でも力強く、自分に言い聞かせるように呟く。
私のを見て、こんなこと出来るわけがないと思ったのか、あるいは最初から絶対に時間まで我慢するつもりでいたのか。
先に楽になってしまった私は、少し後ろめたく思う一方、相反する気持ちも抱いている。
霜澤さんは恥ずかしい思いをしないかもしれない。
我慢出来て、一人で個室に入れるかもしれない。

――……最低じゃない、私? ――でも……あぁ、霜澤さん……とっても可愛い。

手を洗う中、霜澤さんが息を詰まらせて小さく足踏みする姿に心がときめくのを感じる。
こんなに近い、離れられない。
息遣いが聞こえる、足踏みを音じゃなく振動で感じることが出来る、顔がよく見える、身じろぎが手錠を通して伝わってくる、心臓の音さえ共有できそう。
……『声』は聞こえない。だけど、声は十分すぎるほど聞こえる。この距離で聞きたい――……声が聞きたい!

――……いやいや、テンションおかしくない私? もうちょっと冷静にならなくちゃ……。

手をゆっくり洗い終えて、ハンカチで手を拭いてトイレを出る。
戻る先は当然プールの倉庫。
これから私と一緒に、霜澤さんだけの我慢が始まる。

「んっ……ふぅ……あ、あと21分……」

残り時間を見て霜澤さんはどう思ったのかわからない。
あともう少し、あるいはまだ先は長いと思ったのか……。
二人でさっきいた場所、ビート板の上に再度座る。

私は携帯を取り出す。
理由は椛さんへメッセージを送るため。
倉庫へは来ないで欲しいという内容。見っとも無い我慢姿を見せたくないという表向きの理由。
本当は……誰にも見せたくない、霜澤さんの我慢姿――……それは私だけの……。

……。

こんな時でも独占欲が働くことに心底呆れる。
だけど、霜澤さんだって沢山の人、特に水無子ちゃんには見られたくないだろうし、水無子ちゃんに見せるようなものでもない。
だったら、私の邪な気持ちを差し引いても余りある気遣いと言える……言えるはず。

手錠の揺れ、ビート板の揺れ。近いからこそ感じる僅かな身じろぎの揺れ。
小さな波が来てるのか、仕草を抑えられず何度も小さく足を擦り合わせてる。
その様子に私は鼓動を早め、霜澤さんの左手を見下ろす。
震える手、何処か居心地が悪そうに指先が動く。
私はその手にそっと右手を乗せる。
霜澤さんの手が少し跳ねるのを感じて、でもそれを抑え込むようにして上から掴む。
今度は私の番……私が付いていてあげる――……違う、付いていてあげたい。それは私の願望。

「……だめ?」
「っ……」

答えてはくれなかったけど拒否はしてない?
私は手をそのままに、視線を前に向ける。
前に置かれた宝箱に付いた南京錠が示す時間は17分。
隣から霜澤さんの落ち着かない動きを感じる。
ちゃんと我慢できるのか、もしかしたら私のように音を上げてしまうのか、あるいは――

――……霜澤さん、聞かせてよ……どうしたいのか、どんな気持ちでいるのか。ちゃんと……声で。

881事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。23:2022/06/11(土) 00:20:52
眺める南京錠のタイマーは秒刻みで確りと減って行って、残り15分になる。
いつの間にか霜澤さんの動きは僅かに落ち着いていて、波を越えたのだと感じることが出来る。

――……こ、ここまで仕草を抑えてるのに波の有無に気が付けるって……私の時って……。

また恥ずかしくなってきた……。
私の時と比べれば霜澤さんの我慢の仕草はまだまだ小さい……つまり、まだ限界は遠い?
でも喫茶店の時の霜澤さんは、凄くギリギリだったのに落ち着いて我慢出来ていたように思う。
私も今回は我慢が効かなくていつも以上に仕草を見せてしまったけど、普段ならもう少し仕草を抑えることが出来たと思う。

――……そう考えると、思ってる以上に限界が近かったりする? 『声』で判断できないのはちょっと不便……。

「(はぁっ……ふぅ…んっ……はぁ……)」

呼吸は抑えているが、この距離なら荒く熱くなっていることが十分わかる。
少しだけ霜澤さんの顔を覗き込む……不安と恥ずかしさで一杯で、顔には汗が滲み出ていて。
『声』が聞こえない以上、それ以外の部分で確りと観察したい。

……後13分。

「んっ! あぁ、ふぅっ……んんっ……」

今まで以上に熱っぽい息遣い。
大きな波、大きく上下に擦り合わされる足。
だけど、その仕草は長く続けることなく、今度はぴったりと合わされて片方の足を細かく上下に揺する。
それもしばらくすると小さく両足を上下させて、私の握る手――霜澤さんの手を包むように掴んだ指が、震えた指で握られる。
私も返事を返すようにしてそれを握り返す。

「……だ、大丈夫? 頑張って……」

励ます言葉を発して気が付く。
何もできない……霜澤さんの力になる言葉なんて思いつかない。
そもそも、そんな言葉なんてない気がする。結局はどれだけ傍に居ようと、傍観者にしかなりえない。

――っ……。

それでも私の言葉を聞いてかどうかわからないけど、また手を握り返してくれた気がする。
全然気の利かない言葉に、ちゃんと答えてくれようとしてる?

しばらくすると、大きく息を吐いて――……波を越えた?
重ねてる手がじっとりとしてる。手の甲には殆ど汗を掻かないはずだから、殆ど私の手汗……。
このまま重ねてたら気持ち悪い? でも、放したくない……私だったら放して欲しくない。

……後10分。

長い……長いけど、ようやくもうちょっとと言えるくらいの時間になってきた気がする。
さっきの波の間も、手を最後まで使ってなかった。
今も右手は横に……スカートの生地だけを握っているように見える。
ちゃんと我慢できる……時間まで我慢してちゃんとトイレで――

882事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。24:2022/06/11(土) 00:21:41
「あ、綾……っ、んっ……あぁ、だ、ダメかも、また、波っ……待って、我慢っ……」

――っ……しも――……ま、鞠亜……。

「ま、鞠亜っ、大丈夫、あと10分切ってるっ! もうちょっとだよ!」

……。
鞠亜? しっくりくる……呼び方。
綾? どうして? 雛倉さんじゃなかったの?

……。

「っ……わ、わかってるっ……んっ、あぁ……頑張るしっ、我慢できるっ……」

――……っなんで私……鞠亜って……ううん、どうでもいい、今はそんなの……、それより、間に合う? 我慢できる?

私の言葉に素直に頑張るって言ってくれて……少し強がってる感じもするけど。
可愛い……必死に我慢してる姿、上気した表情が凄く魅力的で、艶っぽくて、可愛い。
だけど、それ以上に、健気な我慢姿は凄く応援したくなって……。私自身、気持ちの整理が追い付かない。
私は鞠亜の手を掴む右手に、さらに左手を重ねる。

「あと9……ううん、もうすぐ8分だからっ」
「はぁっ……はぁ、っあぁ、んっ」

ガクガクと揺れる足、鞠亜の右手がスカートの前を押さえる。
額から頬に幾筋もの汗が流れて……。

――……頑張って……頑張ってほしいけど……。

もうすでに、トイレに行こうとしていたあの時の私以上に辛いんじゃないかって思える。
――……こんなに汗かいてたっけ? こんなに息を荒げていたっけ?

「あ、あぁっ……だめ、ダメっ……あぁ、我慢っ……なの、ボクは……ちゃんと……」

確りと閉じ合わせた足に右手を挟み込んで小刻みに、プルプルと震えて……息を詰めて……。
今日一番の波に抗ってて……。

私は何も言えずに、手を握ることしかできない。

「んんっ! っあぁ……はぁっ、ふぅ、はぁっ……っ…ふぅっ…はぁ……」

溢れる呼吸……。
それと同時に殆ど動いていなかった足が、座りながら足踏みのように動く。
波を越えた? だけど、手は前を離れることなく何度も押さえなおすようにして忙しなく動いていて……。

「あ、あぁ……だめ……あと、あと何分? ねぇ、綾っ……はぁっ…お、教えてっ……あぁ」

波はきっと越えたのだと思う。
だけど、代わりに潮は満ちて、もう本当に限界で……。
波がなくても、もういつ溢れてもおかしくないくらい一杯で……。

「あ、あと……7分……」

もう少しのはずの時間。本当にもうちょっとなはずの時間
それなのに、残酷な宣告をしてしまったかのような気持ちになる。

883事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。25:2022/06/11(土) 00:22:41
「7分っ……あぁ、7分っ……早くっあぁ、早く、早くっトイレ、おしっこっ……っ……あぁ、あと、な、何分っ?」
「……まだ……まだ7分、だよ……」

――……もう、いいんじゃない? トイレに行かせて上げるべき……。

「やだ、っ……あぁ、我慢、おしっこ、トイレっ……綾っ、綾っ……ボク、もうっ……」
「……もう、限界? トイレに……行く?」

――……私、もしかして意地悪な事言ってる? もうこんなに見っとも無く、取り乱してるのに……まだ決定権を鞠亜に与えてる。
行こうで良かったんじゃない? トイレに行きたいって言葉をそんなに聞きたい? 私は――だめだ…うん、聞きたいんだ、私……。

直接声で聞きたい。
もう我慢できないって、トイレにって……そう、さっきの私のように……。

「っ……い、行かないっ、我慢して、じっ…時間までっ…あ、綾とは……違う……、ボクは我慢、するっ……しなきゃ」
「え……っ、え?」

想像していなかった言葉。
もう本当にギリギリで、誰の目で見ても限界なのは確かで、こんなに取り乱して……それなのに……。

――……それと……私とは違う? それって――

「あ、あとっ6分……っ、15秒……はぁ、あぁ……我慢、する、……できるっからっ……間に合うからっ」

――……できる? 間に合う? ……本当に?

「ま、鞠亜……」
「っ……やめてっ! ま、鞠亜って、呼ぶなっ! ぼ、ボクは……そんなのっ……んっ…望んでないっ、あぁ、っ……」

急に呼び方が否定される。
――こ、こんな時なのに、なんで今そんなっ! ……っ。

「っ……そ、そっちも! さ、さっきから綾、綾言って――……え、ちょっと!?」

手錠が引かれる。
霜澤さんの両手がスカートの前に添えられて、私の手もそれに引かれたらしい。

「あぁっ、もう、見ないでっ、喋んないでっ、優しくしないでっ! っうぅ……んっ、でちゃ……やだ、やだっ!!」

なぜか言いたい放題言われる……。
いつもと違う、ギリギリまで追い詰められ取り乱し、混乱してる鞠亜――……可愛い。凄く可愛い。
可愛いけど……。

――……後、5分30秒……ちゃんと我慢する気でいる……。出来るかどうかは別だけど……だけど――

私、応援したいって思ってる。
友達としては当然そう思うべきでそれが正しいから、可笑しなことではないはず。

……。

私は首を振る。
見ないでと言った、喋んないでと言った、優しくしないでと言った。
それはきっと鞠亜にとって私のそれが、揺さぶりになってるからだと思う。
動揺して、それが我慢することに影響して、我慢できなくなって……。

だから私の応援したいって気持ちは、きっと本心じゃない。
それをわかっていて、応援したいって思ってるのは……揺さぶりたいから? おもらしさせたいから?
……私は口を噤んだ。

――……応援したいから……嘘でもいい、ちゃんとした意味で……。

だけど、少しの前の鞠亜の言葉……。

――……私とは…違う。

「はぁっ……うぅ……あっ! あぁ! ま、待ってっ……んっ……!」

真っ赤な顔で、全身に力を入れて……。
見ないでとも言われたけど、それだけは譲れない。許してほしい。
それと触らないでとは言われてない。私の右手は鞠亜の左手首に添えて……。

――あっ……本当にもう、限界……なんだ。

押し込むようにスカートに谷を作って……僅かに見えてる谷の部分は濃く染まり始めていて……。
もう本当に限界で……ちゃんと我慢出来てなくて……。

――……っ、わ、私とは違うんでしょ?

いけない……そんな事思っちゃいけない。
たった一言……それが私の気持ちを別の方向へ傾けてる。

884事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。26:2022/06/11(土) 00:23:53
「あぁ、だめっだめっ!」

――っ……。

鞠亜は急に立ち上がる。
バタバタ足を踏み鳴らして……私も立ち上がり、我慢の邪魔をしないように手錠の付いた右手を鞠亜の動きに合わせる。

「いや、もうちょっと、なのっ……だめ、いや、来ないでっ……っ…………やぁ………」

コンクリートでできた床に僅かに雫が落ちて黒い斑を作る。

……。

私は鞠亜の正面に回る。
私に気付いて鞠亜の視線が上に上がり、私と目が合う。
涙で一杯の瞳、額の汗に髪の毛が濡れていて……。
そんな、見っとも無い姿の鞠亜を見ながら私は口を開く。

「……私とは、違うんでしょ? 私と違ってちゃんと時間まで我慢できるんでしょ? 誰かの前でしちゃうような私とは違うんでしょ?」

言って良かったのかわからない。
……いや、ダメだった気がする。
あの言葉は、取り乱し、つい口をついてしまっただけの言葉のはず。
そんな言葉に、冷静で居なきゃいけない私がこんな事……言うべきじゃない。

どうして、そう出来なかった?

……。

――「ま、鞠亜って、呼ぶなっ!」――
――「もう、見ないでっ、喋んないでっ、優しくしないでっ!」――

……。
私は拒絶された気がした。
嫌われてる気がして、ずっと不安で、鞠亜の本心がわからなくて。
どうして私を名字で呼ぶのか、どうして時折愛称で呼んだりするのか……全然鞠亜がわからない……。
一方的に仲良くしたいと思ってる私が馬鹿みたいで、情けなくて……別に鞠亜が悪いわけじゃないのに。

「え? っ……やぁ、あ、違っ……あぁ、ダメ、ダメ、あ、あぁ……や、やだぁ、やぁ……」

視線を下げると、見えるのは必死に抑え込まれたスカート。
少しずつ拡がる染み。再び視線を上げて表情を見ればわかる、まだ我慢を諦めてない。
だけど、その染みの拡がりは止まることなく、下の方へ伸びていって……

「あ、あぁ……見ないでっ、とまっ――」<じゅうぅぅ……じゅっ…じゅうぅ、じゅうぅぅぅ>

手錠で繋がれ、目と鼻の先にいる鞠亜のスカートの中から微かに断続的にくぐもった音がする。
スカートの生地を集めて、失敗が溢れないよう、失敗を隠すように……。
それでも、くしゃくしゃになったスカートの生地――最後に集めた上の方の生地まで濃い色に染まり始める。
さらに視線を下げると、足に幾筋もの流れが光って、そして少しずつ水溜りと言えるものを形成し始めていて……。

「や、やだ、やだやだっ見ないでっ……ぼ、ボクっ……我慢っ……だめ、もう……っ! あ、ぁぁ……」

涙を落としながら必死に我慢を続けて……、だけど最後は糸が切れたように、大きく震える息を吐きだして脱力したのがわかった。

「はぁ…っ、はぁ……んっ…はぁ……」<じゅううぅぅぅぅーーーー>

肩で息をして、斜め下を向いたまま、視線が定まっていない。
スカートの中で勢いを増してくぐもった音を響かせる。
ぴちゃぴちゃと音を立てて、水溜りを大きく拡げていく。
私は横目に南京錠のタイマーを見る。

――……あと1分30秒……、本当に、もう少しだったのに……。

もしかしたら、私があんなこと言わなければ、スカートに染みを作りながらも、トイレに行けたかもしれない。
決して間に合ったとはいえないかもしれない。それでもこんなに見っとも無い姿を晒すことはなかった。
私が動揺させて我慢できなくさせて、結果、おもらしをさせちゃった……。

885事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。27:2022/06/11(土) 00:24:31
「ち、違うの……綾とは違うって言ったのは……そういうっ……んっ……、意味じゃ、なくて……っ、うぅ」

まだ恥ずかしい失敗の音が響く中、荒い呼吸と嗚咽の混じる声が聞こえてきて。

「ぼ、ボク、出来なくてっ……見せたくなくて、言えなくて…勇気出せなくて……綾と違って言えないから、我慢しなきゃってっ……おもらしなんてしなくないからっ」

――……え?

意味が分からなかったわけじゃない。
理解もちゃんと追いついてる。
だけど、私がした勘違いを認めたくなくて……。

「ごめん、綾っ……トイレって、言ってくれたのにっ……意地張って、結局……こんなっ……」

私が現実から目を逸らしてる間に、鞠亜の方から謝られた……。
なんで、違う悪いのは全部――

「え、ちょっ――」

鞠亜の困惑する声。
私は飛びつくように鞠亜を押し倒しつつ抱きしめていて。
自分の不甲斐なさ、申し訳ない気持ち、ついでに鞠亜の可愛さ、全部抑えられなくなって。

「っ……先に済ませちゃってごめん、もっと強引にトイレにって言えばよかった、変な勘違いもして勝手にもやもやしてっ……
鞠亜がどうしようもなく可愛くてっ……全部ごめんっ」

「え、えぇ!? な、何、可愛いって?! って、んっ、待ってまだ、ボク出てっ……ちょっ…やぁ、汚いっ」<じゅうぅぅぅっ…じゅっ……>
「汚くないっ、尊い!」
「尊くはない! じゃなくて、ホントに、ま、待ってっ! あ、あぁっ! あ、綾も濡れちゃうからっ!」<じゅっ……じゅぅぅぅ――>

止めようと必死になって――でも止められなくて。抱き着く私にその音がはっきり聞こえて……。
私は後ろに回した左手により力を入れて、強く抱きしめる。
可愛い。尊い。絶対放してあげない。

886事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。28:2022/06/11(土) 00:25:17
――
  ――

<カチャン>

無事宝箱の中から鍵を取り出し手錠を外す。

「そ、それで可愛いとか尊いってなによ?」

「……ちょっと混乱してただけで、気にするようなことじゃない」

目を逸らしながら答える。
自分でもどうかしてたと思う。
鞠亜は納得いっていないよう様子を見せながらも、諦めたらしく小さく嘆息して見せる。

「そ、それよりどうするの……綾まで――あっ、えっと、雛倉さんまでそんな濡れちゃったら、服調達できないし(ってか、おもらししてる時に、お、押し倒して抱き着くとか、わけわかんないし……)」

――っ……え、呼び方……戻るの?

……。

「……えっと、“鞠亜”も私も一緒に出て、すぐそこの使ってない消毒用シャワーを浴びて誤魔化せばいいよ」
「事情知ってる人は無理な奴か……ボクは本当にしちゃってるし……しかたないけど、雛倉さんまで巻き込んじゃう――というか、雛倉さんの方がしちゃったみたいに思われない?」

――……思われそう。私の我慢がバレてたんだしね……。

「……まぁ、なんでもいいよ、何となく水を浴びて誤魔化すってよくあるし誤魔化したい気持ちが伝われば、追及してこないと思うし」

「水を浴びて誤魔化す……ふふっ、確かに、よくある事かも」

鞠亜は小さく笑みを零す。
何が面白かったのかいまいちわからないけど、笑ってくれて気持ちが少し軽くなる。

……。

「……鞠亜」
「何? あ、――んんっ、雛倉さん」

……。

「……私は鞠亜って呼ぶから、もう絶対拒否されても変えない」
「何その宣言……じゃあボクは…………雛倉さんって呼ぶ……これからも、ずっと……」
「えー……綾、綾、おしっこーって言ってたのに?」「い、言ってない! 絶対言ってない! 次同じような事言ったら蹴るからっ!」

どうして、私をたまに綾って呼ぶの? ……多分聞いても答えてくれない気がする。
きっと理由がある……紫萌ちゃんの事だけじゃなく、何か隠してることがある気がする。
もっと昔に会ってたとか?

……。

――……でももう、私からは聞かない、代わりに今を大事にする……拒否されても、拒否できないくらい、絡んでやる。
まぁ……いつかちゃんと言ってくれると嬉しいけど……。

887事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。-EX-:2022/06/11(土) 00:27:21
**********

「何を見ているんですか?」

「見ての通りです、皐様。後夜祭を上から眺めるのもいいものですよ」

わたくしは櫻香さんの隣に行って同じようにして後夜祭の様子を眺める。
ちょうど目に映ったのは、銀髪の子――綾菜さん。その髪の色はキャンプファイヤーの光を浴びてオレンジ色に光って見え、美しい。
その隣には真弓さんもいる。
しばらく眺めていると、真弓さんは綾菜さんから離れて――……喧嘩?

何となくそう感じたが、少し違うように感じる。
暗い上に遠目ではわかり辛いが雛倉さんも真弓さんも落ち込んでいるように見える。
つまり――……はい、全然わかりません。

「あ、今度は朝見様が雛倉様にアタックするみたいですよ?」
「アタックって死語じゃないですか?」

上から見てると確かに面白いかもしれない。
まず呉葉が後ろに立って、深呼吸してるのが見てて可笑しい。
意を決して隣に勢いよく腰を下ろすと綾菜さんはここから見ても分かるくらいに吃驚していて、とても可笑しい。
そのさらに結構後ろで、鞠亜とその友達が居て、鞠亜が別に気にしていません風を装って視線を向けてるのも、可笑しすぎる。

……。

「皐様も下に行き混ざってきては如何ですか?」

わたくしの気持ちを見透かすように櫻香さんは言う。
だけど、わたくしの中には同時に相反する別の気持ちもあって……。

「……いえ、わたくしにはもうちょっと整理する時間がほしいですね」

少し自嘲気味に言って嘆息して見せる。
余りこの話題を続けられるのも困るので、今度はわたくしが櫻香さんに声を掛ける。

「そういえば、お昼過ぎくらい? イヤホン付けて何聞いていらしたんですか? 盗聴か何かでしょうか?」

「流石、鋭いですね。とある宝箱に付けておいた盗聴器のテストをしていまして、……私の一番のお気に入りの様子を確認してたんです」
「一番とかお気に入りとか……鞠亜が聞いたらドン引きされるじゃありませんか?」
「本人には言わないので問題ありません。それにしてもあの二人には楽しませてもらいましたが……はぁ、とても世話が焼けますね」
「あの二人? 綾菜さんの事? もしかして櫻香さんなら知ってるんじゃありませんか、鞠亜と綾菜さんの間に何があったのか……」

わたくしは鞠亜の隠していることが気になり探りを入れてみる。

「ふふふ、私も詳しくは……ただ、鞠亜は雛倉様の記憶を自身の手で奪ってしまったと思っているのではないでしょうか?
恐らくそれがずっと正しい判断だったのか分からず足踏みをしているものと思います」

――奪う? 記憶を? 要するに失わせたという事になる?

記憶喪失。
事故による記憶の混濁、または損傷などによる後遺症。
そしてストレスやトラウマにより本能的に精神を守るために行われる自己防衛の結果――解離性健忘。
綾菜さんの記憶喪失は最後、おそらく解離性健忘に当たる。
誰かが意図的に狙って行えるようなことではない。
狙って行なったわけではないなら、記憶を失う切っ掛けを与えたということになる。
切っ掛けと言っても、ストレスやトラウマの原因である事故を起こしたのは別の人で、鞠亜は居合わせただけ。
居合わせた鞠亜が、綾菜さんとそのお父様の事故の間接的な原因になっていたという可能性もあるが
それだと櫻香さんの言う、記憶を失わせたことの説明は付くが、それが正しい判断だったのかどうかの下りには少し違和感が残る。

――途中まで合ってる気がするのですが、まだ見落としがある気がしますね……。
櫻香さんの推測が間違ってる可能性は……、いえ、そこは櫻香さんが言うことです間違いはないでしょうし――

「皐様、そこまで気になさらずとも良いのではないでしょうか? 鞠亜が頼ってきたときにお傍に居てあげれば……
それまでは、私も皐様も呉葉様も、好きにちょっかいを出して楽しんでいればいいのです」

――うーん、それは一理あるし、楽しそうかもしれません。
鞠亜が進んで話さないのならば、詮索はしない代わりに、わたくしも呉葉もある程度は好きにさせてもらえばいいわけですし。
本当に目に見えて思い詰めたりし始めたら話は別ですけど……。
あと、櫻香さんはちょっかい出さないでください。

「あらら? あちらの屋上にもどなたか居られますね、えっと……あれは斎様に五条様、それと、あれは……告宮潤様?」
「え、それ暗視双眼鏡ですか? それと、先ほどの聞きなれないお方たちはどなたなのですか?」

言ってから気が付いたが、斎さんって確か保健室の先生? それかその妹の神無さん?
結局、他の人の名前は聞いたことがないのでなんの集まりなのかはわかりませんけど。

「皆様、一部業界では有名な方ですね、告宮様だけは方向性が違いますが……ふむ」

「詳しくは言えませんって言い方ですね。まぁ、わたくしは興味ありません。
では……実は生徒会の仕事がまだ残ってるので……お先に失礼致します」

興味の無いものに割くほど暇ではない。
息抜きに来ていたけど、余り長居すると椛さんから一体何を言われるか……。

「はぁ……でも、来期、椛さんがいなくなるのは本当に困ります……」

おわり

888「霜澤 鞠亜」:2022/06/11(土) 00:31:42
★霜澤 鞠亜(しもざわ まりあ)
ツンデレでお嬢様でボクっ子。
山寺 瞳と仲が良く、同じ1年C組。
何となく新聞部を自分で立ち上げ部長をしているが、部員は自分だけで、実際は顧問が居ないため愛好会。
活動もほぼしていない。

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綾菜と過去に出会っている。
くーちゃん、めーちゃんが綾菜と出会う以前からの友達であり、約二年間の付き合いがあった。
めーちゃんとはお金持ちの繋がりでもっと以前からの知り合い。

膀胱容量は平均より大きめではあるが、尿意を感じるタイミングがやや遅め。
何かに集中していない状態でも尿意を感じ難いが、トイレを連想させるようなものや緊張
または、過去の失敗から水に濡れたりすると尿意を意識しやすい。
容量自体は大きいため失敗することは少なく、限界まで我慢することもそれほどない。
また、プライドが高いため、我慢の仕草は限界まで表に出さない。

成績優秀、運動優秀。様々な事に対して多才。
性格はプライドがそれなりに高く、ツンデレで負けず嫌いで悪戯っぽい。それに加えて無自覚な軽度の中二病。
また、祭りを全力で楽しんで満喫していたり、勝負事には常に全力だったりと子供っぽさも持つ。
言動はきついことが多いが、根はそれなりに優しい。
家はお金持ちでありちょっとした屋敷で、お手伝いさんも数人いる。
ただ、それは自分で得たものではないという拘りからなるべく普通に過ごそうとしている。
その拘りのため、親が有名な先生を雇い勧めた習い事も大抵一度は突っぱねる。
ただ、親の期待にはなるべく答えたいとは思っており、後から自分で調べ、最低限以上の知識を独学で身につけてきた。
両親はその頑固な性格から、レールを敷いた上を歩かせるのは無理だと諦めてはいるが、ある意味で娘の将来性に期待もしている。
運動系は優秀でC組では山寺瞳についで成績が良い。
運動神経は良いが、身体能力自体は平均的で、マラソンなどの持久力を要求されるものは平均的な成績。

昔、鞠亜専属メイドとして3歳年上の如月櫻香を雇っていた。
ただし、鞠亜はメイドを必要としていなかったため、友達としてならそばに居て良いと条件を出し、如月はそれを受けたが
後にその関係が理由で如月櫻香は鞠亜のメイドを辞めさせられる。

綾菜の評価では、変なあだ名を付けた迷惑な人。ちょっと中二病で、言動はきついがどこか憎めず、悪い人ではないと感じていた。
自分でも不思議なくらい好いてしまっている相手。
過去に出会った紫萌ちゃんと同一人物であることが分かったが、未だに違和感を感じる人。

※文字化けは意図的です。

889名無しさんのおもらし:2022/06/14(火) 00:00:08
今回も更新ありがとうございます!
なんだかんだで綾菜が友人達と文化祭を楽しんでるところや、鞠亜との関係性が変わってきたところなど、前向きに進み始めてる感じがしますね。
それにしても、なぜ"ひとみん"ではなく"ひとりん"なのかまゆセンス。
最後はやっぱり縁さんに遭遇していまいました。残念。
次回から本編もPIXIVの方に移られるのですね。この先も楽しみにしています。

890名無しさんのおもらし:2022/06/15(水) 16:36:36
綾が限界まで我慢する展開好き
pixivに行かれるそうですが続きも楽しみにしてます

891名無しさんのおもらし:2022/06/15(水) 21:49:52
更新待ってました。
今回の話の綾菜が限界まで我慢して放尿する展開が一番好きです。
次回からpixivでも作品楽しみにしてます。

892名無しさんのおもらし:2022/06/25(土) 16:01:21
わくわく

893名無しさんのおもらし:2022/06/25(土) 21:11:07
>>888 更新ありがとうございます。pixivでの続き楽しみにしています。

894名無しさんのおもらし:2022/07/10(日) 08:56:04
「トイレへ行きたいのかね 」
 八木橋が歩きながら 、やっと声をかけてきた 。
 満里亜は大きく頷いてみせる 。
「そうだろうな 。グリセリンの源液を注入してやったんだから 」
 「 ! 」
 「公園まで我慢しろ 。まさか途中でチビったりするなよ 」
 そう言うと 、踵を返して 、わざと遠まわりをしながら 、公園に向かう 。それは完全な地獄と言ってよかった 。少しでも 、神経をヒップからそらせば 、崩壊が起こるに違いない 。が 、ヒップに神経を注ぐことによって 、疲れきった両脚が 、ハイヒールを穿いた不安定な状態で 、いつバランスを崩すかもしれなかった 。その結果 、躰が倒れ 、ショックで崩壊が起こるかもしれないのだ 。まさに 、針の上を綱渡りしているも同然だった 。
 公園が見えてきたとき 、満里亜はだから 、思わず涙を溢れさせていた 。すでに 、公園を出てから二十分以上が経っていた 。八木橋はしかし 、すぐにトイレに行かせてくれるほどヒュ ーマニストではなかった 。
 「その前にして欲しいことがあるんだろう 」そう言うと 、鉄棒の一番高いところへ連れていき 、両手をバンザイをする恰好に吊り上げた 。続いて 、猿轡が外される 。
 「ああっ … …は 、早く 、おトイレに … …ククッ ― ― 」
 「遠慮することはないさ 。オ × × ×が欲しくてたまらなくなっているんだろう 。眼がそう言っているぞ 。少しは奥さまにも愉しんでもらわないとな 、これはプレイなんだから 」
正面に立つと 、八木橋はブラウスをくつろげ 、ブラのフロントホックを外してくる 。
 「そ 、それより早く 、おトイレに ― ― 」言いかけたものの 、八木橋の手が豊乳を把み上げてくるなり 、 「ほおおっ 」目眩く愉悦に 、全身が溶け出すような感覚の拡がりを覚えて 、あられもない声を送らせていた 。ギュンッ 、ギュンッと力委せに揉まれるほどに 、満里亜の五体に歓喜のうねりが燃え拡がっていく 。
 が 、今の満里亜はその喜びに浸っているわけにはいかなかった 。腹部を襲う便意と痛みはそれ以上に大きい 。ピンクに染まった美しい貌が 、すぐに青ざめるのを見て 、八木橋はバイブレ ータ ーを持ち出して 、ハイレッグの黒いパンティの上から 、ムンッと盛り上がる頂きを押し上げてくる 。
 「ふうっ ! 」ブルッとガ ータ ー ・ストッキングをふくらませる豊かな太腿を慄わせたかと思うと 、満里亜の股間は待ちかねていたように左右に開かれ 、バイブの尖端へ自ら頂きを擦りつけていった 。
 数回なぞり返すと 、八木橋は濡れまみれたパンティを引き下ろし 、直接クレヴァスに当てがってくる 。
 「はうっ ! 」新たな刺戟に 、満里亜は股をあられもなく開いたまま 、たちまち昇りつめそうな快美感に襲われた 。実際 、じかにクレヴァスを擦られて 、便意と痛みがなければ達していたに違いない 。
 神経はヒップの一点に集中はしているが 、バイブによる官能の刺戟は 、一瞬ではあっても苦痛を忘れさせてくれる良薬だった 。濡れに濡れた熱い肉体は 、極太のバイブレ ータ ーを 、押し入れられるままに迎え入れていった 。
 八木橋が手をはなしても 、優秀な満里亜の躰は 、しっかりと咥え込んで落とすようなことは決してしない 。便意とバイブの振動によって 、満里亜は未知の歓喜の中で苦悶するように 、全身をのたうちまわらせていた 。
 いや 、すでにそれが歓びなのか 、苦痛なのかさえわからなくなっていた 。その証拠に 、八木橋が特製鞭の雨を見舞ってきても 、満里亜の躰は痺れきった神経によって 、陶酔に甘く酔いしれ 、洩れる悲鳴には喜悦の響きが混じっていた 。
 鞭 、バイブ 、便意のバランスをきわどく保つ責めにこれまで身悶えしながらも 、耐え続けてきた美しいスチュワ ーデスの躰にも 、ついに完全なる崩壊が近づいていた 。最初に 、肉体よりも意志が限界を迎えた 。ボロボロになっても 、やはり自らその瞬間の決断を下す恥辱感は残っていた 。
 鞭を浴びる度に身をよじり 、呻き声を放って 、貌をしかめていた満里亜は 、その刹那 、握りしめていた鉄棒から手の力を抜くと 、ほとんど穏やかな表情を浮かべて 、屈辱の安楽の中へ身を投じていった 。
 ヒップの方から崩壊がはじまると同時に 、バイブに貫かれた躰は 、四肢を打ち抜くばかりの喜悦の爆発に見舞われていた 。その二つがぶつかり合い 、それは恥辱も苦痛も歓喜も絡め合いながら 、凄まじい法悦の絶頂感となって 、麗しいスチュワ ーデスの五体に襲いかかってきた 。ガクガクガクッと下肢を慄わせ 、その上体は大きくのけ反りながら 、寄せ返す衝撃の荒波みに打ち上げられて 、烈しい痙攣をくり返した 。
 そして 、最後には 、なおも死者に鞭打つように 、満里亜自身の意志とは無関係に 、制服の下の白い豊かな股間はゆばりを放ち 、その前でズボンを下ろした八木橋の股間の持ち物から 、劣情の白液を誘発していった 。

895名無しさんのおもらし:2022/09/22(木) 11:41:03
事例の人の作品はpixivでは何て検索したら出てきますか?

896名無しさんのおもらし:2022/09/22(木) 21:19:58
僕もpixivで続きがあるなら読みたい

897名無しさんのおもらし:2022/10/18(火) 08:47:34
>>895-896
もう遅いかもしれんがじれーね

898名無しさんのおもらし:2022/11/25(金) 22:50:22
あげ

899あぼ〜ん:あぼ〜ん
あぼ〜ん

900あぼ〜ん:あぼ〜ん
あぼ〜ん


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