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おもらし千夜一夜4

100名無しさんのおもらし:2014/07/28(月) 01:43:26
しかし麗子に待ち受けていた運命は残酷であった
「えっ………?」
ドアを開けた先には朝顔、ようするには男性用の小便器がそこにはあった
そもそも資材置き場である以上そこまで利用する人がいるわけでもなく小便器で十分役目は果たせているのだろう
「そんな…うそ…こんなことって…」
だが女性である麗子にとってそれはトイレとしての役目を果たすことはできない代物である
どうしようか迷う麗子、そこに
「くぅんっ!?」
開放を待ち望み、この瞬間に開放される予定であったおしっこが麗子の腫れきった膀胱のなかで暴れ始めた!
「ああああああ…あああああああああああああ!もうむりぃっ!げんかいよぉっ!」
半ば脱ぎ捨てるようにスラックスとショーツを下ろす麗子
水を流すスイッチのついた管をつかんで朝顔の前に腰を押し付けるように立った
「いやあああああああぁぁぁぁぁぁぁ………」

シュシュシュ…ジュゴオオオオオオオォォォォォッ!
すさまじい水圧を持って黄金のアークが叩き付けられる。
12時間もの間膀胱に閉じ込められていた大量のおしっこがごぼごぼと唸りをあげて朝顔のなかに吸い込まれていく
パトカーのサイレンの音が周囲に聞こえているのも気づかずに排泄の快感から力の入らない足を突っ張らせ麗子のおしっこは尚も続く

101名無しさんのおもらし:2014/07/28(月) 19:32:42
続き来てた!
着衣おもらしではないけど
正しい所で出来てない、間に合わないってシチュいいな

102名無しさんのおもらし:2014/07/30(水) 18:30:10
声が聞きたい!シリーズ面白いですね!
朝見さんの我慢やおもらしがあるのか気になります!

103名無しさんのおもらし:2014/07/31(木) 19:23:44
女剣士、女魔道士、女格闘家のパーティがエルフの森に入ってから1日が経過した
エルフの森には尿意を増幅させる成分をふんだんに含んだ花粉をばら撒く植物が大繁殖していた
お陰でこの森に住むエルフたちは朝から晩まで一日中尿意に攻められ続けている
おまけに飲み水にまで花粉が混ざりさらに利尿作用を高めている始末
この冒険は原因を突き止めるためのクエストであり予め準備をしてきたつもりだったのだが予想が甘かったようだ
森の中心地に進むにつれ花粉の量が増し、それに比例してトイレの頻度も激増している
最初のうちは1時間おきくらいだったのが今では10分おきにトイレ休憩を取らねばならない状態にある
トイレ中の斥候も2人だったのが我慢できず1人になり、今は3人ともいっしょに用を足している
無防備な姿をさらすとモンスターに襲われる可能性が高いのだが3人とも他の人のおしっこの音を聴きながら我慢できる状態ではない
そんなこんなでなんとか最深部までたどり着いたものの明らかに元凶っぽいモンスターがいる
これを倒すのはかなり時間がかかりそうだ…しかし、戦闘中におしっこをするわけにはいかない
意を決して我慢しぬくことを決意する冒険者たち

数十分後、花粉植物モンスターを倒した直後に3人そろって失禁するという未来を思いもせずに

104名無しさんのおもらし:2014/07/31(木) 23:34:45
         __        /: : : : : : : : : : : (
          〈〈〈〈 ヽ     /: : : : ::;:;: ;: ;:;: ; : : : ::ゝ
          〈⊃  }     {:: : : :ノ --‐' 、_\: : ::}
   ∩___∩  |   |      {:: : :ノ ,_;:;:;ノ、 ェェ ヾ: :::}
   | ノ\    /  ヽ !   !   、  l: :ノ /二―-、 |: ::ノ
  /  ●   ● |  /   ,,・_  | //   ̄7/ /::ノ
  |    ( _●_)  ミ/ , ’,∴ ・ ¨  〉(_二─-┘{/ 
 彡、   |∪|  /  、・∵ ’  /、//|  ̄ ̄ヽ
/ __  ヽノ /         /   // |//\ 〉
(___)   /         /    //   /\ /
   パンチラ                  
パンチラの書き込み超最高!! マジで復活希望!!

105名無しさんのおもらし:2014/08/01(金) 00:42:47
>>103
コピペ?
見たことある内容だな

106名無しさんのおもらし:2014/08/01(金) 19:15:09
前スレより落ちてるのでageちゃうよ

107名無しさんのおもらし:2014/08/02(土) 10:17:04
初期作リスペクトかな

108名無しさんのおもらし:2014/08/03(日) 23:29:33
初期作パクリストかな

109名無しさんのおもらし:2014/08/19(火) 00:12:39
かなり落ちてるのでageとく

110名無しさんのおもらし:2014/09/01(月) 20:39:04
保守age

111名無しさんのおもらし:2014/09/03(水) 23:25:06
その紙片をよし子が見つけたのはほんの偶然だった。
昼食の弁当ガラで溢れたゴミ箱に入りきらずこぼれたのであろう丸められた紙片が
キラキラと金色に輝いているのが五時間目の退屈と戦っているよし子の目をひいた。
普段ならそのまま忘れ去ってしまうささいなことのはずだったが
たまたまよし子が教室の掃除当番にあたっていたため、紙片を再度意識することとなった。
お菓子かなにかの包装でもなさそうだが、なぜが妙に気をひかれたよし子は
ふとした出来心で、その紙片をこっそりポケットにしまいこんだ。

放課後部活に向かう前に、よし子は気になる紙片をあらためるためにトイレに入った。
誰かがゴミ箱にすてた紙片を眺めているところを、捨てた持ち主に見つかっては
トラブルの元だ。
個室の鍵をかけ、フタを下ろしたままの洋式便器に腰掛けてポケットの紙片を取り出す。
ねじり丸められた紙片を広げると、ミニサイズの便箋かレポート用紙のようで、罫もあり
何か文字が書かれていた。
レターペーパーというにはちょっと改まった堅苦しさのあるデザインで、周囲が金でふちどりされている。
たかが便箋だが、よし子がいままで過ごして来たクラスの雰囲気とはそぐわない違和感があり、
「なんだ、いらなくなったメモか」と安心してしまえない品のようなものがある。
書かれた文字はほとんどが数字の羅列だ。意味もなんとなく分かる。
17:10とか22:40などの数字はまず時刻だろうし、その横に並ぶ880とか410とかの数字は
何のことかはわからないがその時刻にあった何かの数字を記しているのだろう。
いくつかの時刻が書いてある上に添えられた2桁の数字はそうなると日付と推測できる。
今が10月になったばかりだから、21とか22というのはメモの新しさからすると先月9月のことかもしれない。

内容はなんとなく分かったがあまり興味はわかなかった。だがよし子にはメモを捨てる気になれなかった。
ひとつは用紙がやけに印象的だったせい。もう一つはメモの筆跡が見入ってしまうほど美しかったせいだ。

112名無しさんのおもらし:2014/09/03(水) 23:25:43
部活が終わって、帰りに友人たちと駅前のコーヒーショップで過ごす。
一学期とくらべるとよし子は付き合いが良くなった。
一学期のよし子は、人見知りする方ではなく、親が帰宅時間にうるさいわけでもないのだが
断って一人帰ってしまうことが多かった。
大急ぎで家に帰ると、よし子は真っ先にトイレに駆け込んだ。
今日はきつかった。部活もあって、その後でさらにコーヒーショップにしばらく居たのだから。
そろそろ気温も低くなってきている。お昼前からよし子の膀胱は危険信号をあげはじめていた。
以来こらえつづけること数時間、よし子は朝に済ませて以来半日ぶりのおしっこをやっと放出することができた。

よし子は赤の他人が大勢居るようなトイレでは用が足せなかった。
どうしても我慢できなければやむをえず使うが、
よし子にとってはそんなトイレで用を足すのは、みんながいる教室の隅にバケツでも置いて
仕切りもない状態で用を足すくらいの落ち着かず恥ずかしい思いがするのだ。
単なる慣れの問題で、自宅や親戚、親しい友人宅のトイレなら、ドア一枚隔てたむこうで人が待っていても
気にならないのだが。

113名無しさんのおもらし:2014/09/03(水) 23:54:53
小さい頃は小さい頃なりに、状況がかわるごとに不安なトイレを使えないことを
どうにか対策してきたよし子だったが、中学の半ば頃からは「トイレを使えないなら我慢する」という
一番ひねりのない力技でも押し通せるようになってきた。

知恵がついてきて、水分をとりすぎるとあとで辛い目にあうというような計算や
どこのトイレだったら安心して使えそうだという算段がはたらくようになったこともあるだろう。
体の成長が落ち着いて、おしっこを出したり我慢したりするあたりの神経や筋肉が大人に近づいたせいもあるだろう。
何より、日々おしっこを我慢し続ける生活に、よし子の体も心も適応してきたのである。

高校生になったよし子は、学校のトイレで用を足すという選択肢は最初から考えに入れていなかった。
よほどのピンチになれば使うこともあるだろうが、たいていは我慢してしまえるようになっている。
とはいっても高校1年の女子の体はよし子自身の考えどおりに動くほど安定してはいない。
自宅に帰りついたあとや、帰宅路の人目につかない駐車場に逃げ込んで限界を迎えることが何度かあった。
昔より我慢できるようになり、あと少し我慢できさえすればという過信や理想が計算を狂わせるのだろう
高校の半年で、よし子は中学三年間での失敗の回数を超えてしまっている。
冷房の強さだとか、不意に告げられた居残り補習だとかで危険水域まで追い込まれても
なんとか我慢する方向でしのごうとしたせいだろう。
9月に入ってからは、帰宅して待ちに待ったトイレタイムにありつくのを遅らせる寄り道も
なるべく断らないようにしたよし子だったが、
その1回目にはさっそく帰り道で限界を迎えてしまっている。

114名無しさんのおもらし:2014/09/04(木) 01:13:48
夜、よし子は例の紙片を取り出して眺めてみた。
内容には興味はなかったが、持ち主は誰だろう。
まだクラスメイト全員と言葉を交わしたこともなく、顔と名前がようやく一致する程度の子も多い。
よし子の知る範囲では、あんなに綺麗な字を書く子はいなかったように思う。

14

21         22         23         24         25
6:10  560   6:00  610   1:20  410    6:10 650    6:00  590
10:20 230 ×17:30  840   8:30  530    16:40 720   17:10 810
13:50 310   17:50  190  13:10  350    17:10 170   17:20 130
19:40 350   21:00  360  13:30  110    22:50 420   17:50 160
22:30 420   23:10  220  20:50  770              22:40 410
                    22:50  200


数字の羅列に目をむけてみる。
同じような塊が3段ほどにわたっている。その一番下に目を向けるとこのような数字だ。
これが先月の日付と時刻だとすると、何があった時刻だろう。
9月のカレンダーはもう破りすてていたので、よし子は手帳の日付を見てみた。
9月21日は日曜だ。先週の日曜にあたる。
日曜はなにかあったかな?と思い出すが特にかわったことはなかったように思う。
23日も祝日で休みだ。友達と映画を見に行ったが、映画の前にファミレスのドリンクバーで
飲みすぎてあとでずいぶん困ったものだった。朝から夕方までトイレに行けない普段のことを思うと
油断して飲みすぎたのだ。23日の20:50といえばもう家には帰っていたはずだ。
おしっこがかなりやばかったので帰りの時間の時計をチラチラ見ていて、
8時半にやっとお開きになったのをおぼえている。
他は平日で学校があった日だ。これといって時間の記憶が残っている出来事もない。
なにか思い当たる時間はあるだろうか。
よし子は一箇所に×がついていることに気づいた、9月22日の17:30。月曜だ。
先週の月曜は何をしていたかというと、コーヒーショップに寄ってたはずだ。
休み前ってことで数学の課題が出てて、教えあったりした日だ。
そう、あの日は学校出たときにはもう相当やばかったのに、数学の分からないところを教えあうということで
断りにくかった日だ。それさえなければ断って大急ぎで家に帰っていたはずだ。
高校の数学というやつはやたらと時間がかかる。ただでさえおしっこしたくて気が気じゃないのに
頭に入るわけがない。2,3度トイレに駆け込みはしたが、必死で我慢さえすれば
もちこたえられそうだったのでよし子はおしっこをしないままトイレを出て、
お開きまで耐え抜いたかなり大変だった日だ。
実はかろうじて家のトイレまでは辿りついたものの、そこで限界を迎えてしまった。
下着や靴下だけでなく、スカートにもいくらかかかってしまい、翌日が休日でよかったと思いながら
洗濯したのをおぼえている。

115名無しさんのおもらし:2014/09/04(木) 01:14:33
まさか、とよし子は思った。
数字を追いなおす。
そういう目で見ていくと他の数字も辻褄が合いそうだ。
これは信じられないことだが、よし子のおしっこの記録ではないのか!?

平日のよし子は学校ではおしっこをしない。朝起きておしっこをすませたあとは
放課後、友達との寄り道の間もずっと我慢をつづけて、帰宅してやっとおしっこをするのが日常だ。
振り返ってみればメモの数字は帰宅時間と一致してそうだ。
そして、学校帰りのよし子はいつもおもらし寸前のきわどい我慢をしている。
数字を見ると、学校帰りのところだけは数字が大きい。よし子は人の膀胱の大きさが
どのくらいなのかは知らなかった、ペットボトルの大きさをおなかのなかに入れることを考えると
500ミリリットルたらずなのだろうと想像した。700、800といえばペットボトル一本分よりも多い。
それがあれだけギリギリの思いで我慢していたおしっこの量なのだろう。
他には祝日のときの、ドリンクバーで飲みすぎたときのおしっこも多い。見れば見るほど
この数字の列はよし子のおしっこのことだとしか思えなくなっていく。
そういえば祝日の前夜は夜更かしして、その分朝はおそかった。これも記憶のとおりだ。
×というのは、トイレに間に合わなかったということではないのか。

9月に入って、少し大胆になったこともあり放課後の寄り道付き合いがふえたよし子は
その分トイレに間に合わない失敗が激増した。といっても見つかったものはないが
月に4回というのはよし子のいままでの人生ではペースが上がりすぎだ。
さかのぼれば他にも×の日があるはずと、よし子は上の方の数字を見た。
ところが、そこにある日付は21から25までであった。
よし子のデータが5日分出揃っているとすると、他のデータは何だろう。
よくみると日付と思われる数字の前に、さらに数字がある。
上段は3、中段は12、そしてよし子のものと思われる下段は14。

14といえば真っ先に思い当たるのはよし子の出席番号だ。女子14番。
これがもしよし子のクラスの出席番号だとするならば、
3番は小治田さん、12は堀田さん。どちらもよし子にとってはかろうじて顔と名前が一致する程度の
付き合いのない生徒だ。小治田さんは一目で育ちのよさのわかる優等生なお嬢様、
堀田さんはちょっと不良っぽいとっつきにくい一匹狼タイプだ。
小治田さんならこんな綺麗な字を書くのかもしれないな、とよし子は思った。

116名無しさんのおもらし:2014/09/04(木) 10:34:46
続いてください

117名無しさんのおもらし:2014/09/05(金) 11:22:18
これは期待

118名無しさんのおもらし:2014/09/07(日) 15:46:50
25日の810が凄く気になる
コーヒーショップによって限界まで我慢したあと括約筋が疲労してて
トイレが近くなってるのも……妄想が捗るな
朝がちょっと多すぎないかなって思うけど、体質の問題かな

なんにせよ期待するしかないな

119名無しさんのおもらし:2014/09/07(日) 19:42:48
よし子が拾った気になる紙片。
メモされた数字の持つ予想外の意味に驚いたよし子は、いくつか調べたいことができた。
しかし。
紙片が、まず最初にそんなよし子の行動に及ぼした影響は
具体的な調査活動についてではなかった。
紙片を拾った翌日は土曜日、学校は休みだった。
午後から友人の家で一緒に勉強をする約束をしていたよし子だったが、
急に予定ができたのでできれば約束を午前中に変えられないかと電話した。
午後に何か急用が入ったわけではないのだが、ある意味うそをついたわけでもなかった。
藤花という小学校からの友人は、少し渋ったが了承してくれた。
高校に入ってからはよし子と藤花はクラスも部活も違い、普段はつるんでいない。
今でもこうやって時々は家に呼び合う親しさだが、互いに新しい人間関係もできている今
少し図々しかったかもしれない。が、よし子にはやむをえない事情があったのだ。
それも、かなり切実な事情であった。

よし子はおしっこが我慢できそうになかったのである。

120名無しさんのおもらし:2014/09/07(日) 19:43:53
紙片を手に入れた夜、よし子はその数字を眺めて、自分のおしっこをした時刻と
その量のメモであることに気づいた。保証はないが、思い返してみると
明らかに違うものは一つもなく、よし子自身は自分がいつどれほどのおしっこをしたかなんてことは
いちいち記憶に残っていないが、学校にいる間はトイレを使ってないこと、
長時間我慢したあと大量のおしっこをしたことなど一致しそうなものばかり。
中でもきわめつけは、よし子がトイレの中で間に合わず下着やスカートを濡らしてしまったと思われる回には
×印までついていることだ。ほぼ間違いなく、このメモの主はよし子のおしっこの状況を
正確に把握していると思われる。
最初は正確さへの驚きだけで深く考えなかったが、その夜よし子は寝る前におしっこを済ませようとして
トイレに立ったとき、これからするおしっこもまた誰かに把握されメモされるのかと思うと
おしっこをすることが煩わしく思えた。日中は半日近くもおしっこを我慢するのに慣れているよし子は
少し尿意を感じたままベッドに入るのはすこし不快だったが、それほど気になることもなく
そのまま寝てしまった。

朝、強い尿意で早く目が覚めた。長年鍛えられた膀胱の持ち主で、寝る前にはおしっこをすませる習慣のある
よし子にとってはめったにないことだった。ねぼけているうちはいいが目がさめてくると一気にじっとして
いられなくなった。学校で、少しずつ重みや辛さが増していくおしっこ我慢にじっと耐え続ける心構えや体の準備は
できているよし子だ。たとえお昼前に尿意がやばいところまで差し掛かっても、
中学半ば以降のよし子は、どう自分の心と折り合いをつけてトイレに行くかを考えるより
安心して使えるトイレにありつけるまでの数時間もの長さを耐え抜くよう、心身ともに覚悟を決める方をとる。
ところが眠りをさますほどの朝の尿意は勝手が違う。体も心も思うように覚悟を決めてくれない感触だ。
必然的に、よし子はトイレに駆け込むことになった。
運悪く、あるいは運良くといおうか
家のトイレには先客がいた。姉である。姉の朝のトイレは例外なく長い。
平日は活動時間帯に少しのズレがあるおかげで、お互い困ることはないのだが
今日は休日な上に、よし子が夜におしっこをしないまま寝てしまって、尿意でずいぶん早くに目覚めてしまったので
かち合ってしまったのだ。

121名無しさんのおもらし:2014/09/07(日) 19:44:54
もしここで寝起きで頭が回らないうちにトイレに行けていたなら、よし子は素直におしっこできていただろう。
しかし、なかなかトイレから出てこないとわかっている姉が先客としていたことで、
よし子は一度おしっこに傾いた気持ちを引き止めなければならなくなった。
部屋に戻り、股にマクラをはさんだりしながら、おしっこを先延ばしにするよし子。
心も体も出すつもりになっているおしっこは、いくら鍛えられたよし子といえどなだめるのは簡単なことではない。
むしろ、経験上そう思い知っているからこそ、学校でのよし子はかなりのピンチでも
自分はトイレに行けない状況にいるのだと覚悟を決める、つまりは心身ともにおしっこを出すつもりの方に
傾かないよう厳しく自制しているのだ。
姉がトイレを流す音が響いてからも、もうしばらくベッドの上でモゾモゾとおしっこと格闘をつづけるよし子。
姉が長い占拠を謝る言葉とともによし子の部屋をノックしてくれたのに対し返事をしながらも
ベッドを安全に立つ態勢はととのっていなかったためだ。
どうにか朝の不慣れな尿意を歩けるほどまでになだめて、よし子はやっとトイレへと向かった。
ここまでの間におもらしを避ける努力に集中したせいで、寝ぼけ気味なよし子の頭はやっと回り始めた。
朝だというのにこれでは学校からの帰宅時の中でもかなりやばい時に近いな、と思うともなく感じたときに
×のついた22日のトイレのことを思い浮かべてしまった。
そして、自分のおしっこ状況がことこまかにメモを取られていることを改めて思い出した。
思い出したからといって、よし子の尿意の方はきわめて急を要する状況だったのだが、
これから自分がトイレでするはずのおしっこが、またも誰かにデータとして把握されてしまうのだと思うと
一瞬、尿意も一気に消し飛ぶほどぞっとした。
どういう方法なのかは知らないが、とんでもなく変態的なのぞき・ストーカー行為の対象になっているということではないか。

122名無しさんのおもらし:2014/09/07(日) 19:45:30
元々、不特定多数の人が近寄る可能性があるというだけでトイレを使うのが恥ずかしさで気が進まないよし子にとって
もっと確実におしっこのデータを把握される場でおしっこができるだろうか?
よし子にとって、今までどんなときでも確実に文字通り「ホーム」といえた自宅のトイレが
一気に「アウェー」に反転するのを感じた。
友人宅のトイレや宿泊先のトイレなどは「アウェー」だったものを、いろんな理由付けや慣れで
必要に応じて「ホーム」と思いこむことで使ってきたが、正真正銘の「ホーム」が一転
最も使いがたい最大級の「アウェー」になってしまうなんて。
冷静に考えれば、あのメモの、他のクラスメート2名のデータも見たよし子は
自宅のトイレだけではなく、クラスメート達が使った学校のトイレやそれぞれの家のトイレでもまた
同様のデータを取られていることに思い当たったはずだが、このときのよし子はただ
自宅のトイレに関してだけ絶対に使えないと思っただけだった。
おしっこの我慢は即放出されてしまいそうな態勢からは立て直したものの、
前夜もトイレに行っていないのでかなり辛い状況だ。
トイレを乞い求めるよし子の気持ちが真っ先に探りあてたのは、自宅の次に安心して使えるトイレである、
親戚や、気の許した友人宅のトイレだった。
親戚は近所にはいない。急に今日訪ねていけるところでもないが、
友人ならちょうど今日会う約束がある。高校でふだんつるんでいる友人だと訪ねていってトイレを借りるほどの
親密さはまだないが、さいわいにも今日会う友人は小学校以来の付き合いで、トイレを借りたことも何度もある。

こういったわけでよし子は
「急に予定ができたのでできれば約束を午前中に変えられないかと電話した」のであった
午後の約束の時間が予定が入ってつぶれたわけではなく、
午前に友人宅のトイレを是が非でも借りるという深刻で切迫した予定ができたという点で
よし子はうそをついたわけではなかったのである。

123名無しさんのおもらし:2014/09/07(日) 19:54:17
続いてください

124名無しさんのおもらし:2014/09/07(日) 23:56:23
よし子が藤花に電話したのが朝の8時過ぎ。あまりに早すぎては迷惑だろうと何度も遠慮した結果だ。

自宅のトイレでのおしっこがどういう方法でかわからないが何者かに知られてしまうと思うと
それがどんなに非現実的だと思っても実際にメモで残っている以上、意識してしまう。
それまでに何度かよし子は知られてしまうという思いを振り捨ててトイレに向かった。
よし子にとって、出先ではトイレは我慢するものだが、自宅ではトイレは安心して気兼ねなく使えるものだ。
家のトイレだけは特別であり、最後の砦だ。そんな意識で十年以上も過ごして来た。
おしっこがしたくて辛いときに真っ先に思い浮かぶのは見慣れた自宅のトイレ。
一生懸命おしっこを我慢して帰ってきた足が向かうのはトイレのあるこの廊下。
意識はしなくても、トイレへの廊下の何歩目でどこの床がきしむかまで体がおぼえている。
昨日今日に自宅のトイレへの禁忌意識が急にわいたからといって、心も体も自宅のトイレを求めてしまう。
よし子にとって、最後の砦のこのトイレが使えなくなるのは文字通り死活問題だ。

125名無しさんのおもらし:2014/09/07(日) 23:56:55
一時間ほど部屋とトイレの前の無意味な往復を繰り返したのち、よし子は思い切ってトイレに入った。
盗聴器か盗撮カメラでも仕掛けてあるのなら、それさえとってしまえばおしっこのことを知られずにすむ。
よし子は条件反射的に体がおしっこのストッパーをゆるめようとするのにあらゆる努力で抵抗しながら
トイレのあちこちを探った。
小学校の頃からよし子は、おしっこがもれそうで我慢できるかどうかわからないほどなのに
平気を装って使いたいトイレを掃除する状況は何度もあった。慣れているはずだった。
それでも自宅の使い慣れた最後の砦を前にして、ぎりぎりの我慢をしながら別のことをするのは
全然違う辛さがあった。
なんで私はおしっこを我慢しなきゃならないんだろう。ここは思う存分におしっこしていいところなのに。
すぐ体も心もそんな方に向かってしまい、メモのことを思い出して思いとどまる時に
立て直しがききにくい。

結局、30分近くもかけて必死に探した結果、変な機械をしかけた痕跡はなさそうだとわかった。
かなりのおしっこを我慢しながら、尿意を知らん顔で押し込めて学生生活を送るのに慣れているよし子にとって
このトイレでは尿意のほうに意識を引き寄せられてしまって集中がきれやすく、今までと違う逆境だった。
そのため探す正確さは落ちたかもしれないけれど、いろんな隙間や壁なども何かを仕掛けた様子はなさそうだった。
しかし、見つかればたとえそれがダミーでも安心できたかもしれない。
まったく見つからないということは、安心するきっかけもないということだ。
心や体がよし子の意思に反しておしっこをする方に傾くたびに、よし子はもし自宅のトイレが使えないことになった場合
どうすればいいかという現実に直面せざるをえなかった。
行動圏内の、記憶にあるトイレを次々に思い浮かべる。
よし子は自宅のトイレではデータをとられてしまうと思い込んでいるが、他のトイレはそうだとは思っていない。
思い浮かべるごとに、さまざまなトイレの優先度はことごとく低い。優先順位圧倒的1位の自宅のトイレに
間に合いさえすれば、使いたくはないものだからだ。
今ではよし子は学校生活の間もトイレを使わずにすますほどだから、思い浮かぶトイレのほとんどは
現実に使うことを考えもしなかったものだ。
最近だと、コーヒーショップのトイレは我慢できなくなって入ることはわりとあるが、
実際に用足しにまで至るのは半分以下だった。友人の前ではおおっぴらに押さえたり
ちびったのが大丈夫かどうかチェックするのにプライバシーのある場所を必要とするだけで、
そこからおしっこを自分に許すところまでいくことは少なかった。
学校のトイレは行かないわけではないが、小学校の頃、まだ学校生活の間一度もトイレに行かずに
もつはずがなかった頃のよし子の解決策は、自分が用を足している間、その個室のあく番を
ドアの前で待っているのが自分の心許せる友人のときなら安心しておしっこすることができた。
小中学校の頃は友達同士で固まってなるべくその形に誘導することで、よし子は学校でおしっこをすることができていた。
高校ではおしっこの無防備さをゆだねるほどに心を許した友人は同じクラスにはまだいないが、
学校生活の間は我慢が続くようになったので当面なんとかなっているというところだ。
実際に使った自宅以外のトイレを思い浮かべると、高校になってからは本当に限界で緊急避難的に使った、
さびれた児童公園の仮設トイレのような、できれば使いたくない優先度のかなり低いものがいくつかと、
あとはもっとさかのぼって昔は使っていたなじみのあるトイレだ。その中でも安心できるのが
親戚や友人の家のトイレということになる。

126名無しさんのおもらし:2014/09/07(日) 23:57:25
藤花との約束を午前に変えてもらったが、時間は9時半だ。
電話からさらに一時間半も先になる。
今やよし子にとって、おしっこをすることのできる安心できるトイレで、
現時点で行ける可能性があるのは藤花の家のトイレしかない。
小学校中学校の頃に何度も使わせてもらったことのある懐かしいトイレをが
よし子の脳裏をぐるぐると巡る。
よし子はすでに姉がトイレに入っている間に尿意を押さえ込もうとしていた頃から
断続的というわけではなく、二時間近くの間にたった2,3回ではあったが
おしっこに尿道突破を許してしまっていた。早い話がちびっていた。
量はごくわずかのもので、パンティのクロッチに1cmたらずのしみができるくらいだったが
おしっこがついていることにはかわりない。

よし子は藤花の家に行く前にシャワーを浴びておこうかと思ったが、水音を想像してやめることにした。
今あんな盛大な流水音を聞いた日には、絶対におしっこが押さえきれなくなってしまう。
シャワーにまぎれておしっこをしてしまえばわざわざ友人宅のトイレをあてにするまでもなく
辛い状況があっさり解決してしまうのだが、よし子の発想の中にはお風呂でおしっこをすませるなんてことは
思いもよらないことだった。中学校ではそうでもなかったが、小学校の修学旅行でよし子は
かなりおしっこを我慢した状態で入浴することになり、水音の誘惑や支えてくれる下着もない不安さの中で
おもらしの危険と戦ったが、洗いながら、あるいは浴槽の中でこっそりとすませてしまうという発想は
思いつきもしなかった。水泳の授業も漏れそうな状態で迎えることは何度もあったが、
プールの中ですませようという考えがよぎったこともなかったのは、他の子とくらべて
よし子がおしっこへの意識が過剰だからなのかもしれない。

もし目撃されればトイレでのおしっこを知られるよりも恥ずかしいかもしれないことだったが
よし子はそこまで気にせず、自分の部屋の椅子に腰掛けてパンティを下ろすと、
匂い消しの意味でおしっこの出口付近を、デオドラントの制汗スプレーをしみこませた
ウェットティッシュで何度か拭いて、新しいパンティにはきかえた。
おしっこがわずかながら出てしまった尿道口あたりを清めるなんて
トイレでやるべきことだったが、使い慣れた自宅のトイレにみだりに近づくと
押さえ込んでいる尿意が暴れだすと困るからだ。

127名無しさんのおもらし:2014/09/07(日) 23:57:57
まだ早すぎる、まだ早すぎると何度か部屋を出ようとしてはまたやめ、時計とにらめっこするよし子。
藤花と一緒に勉強するのは久しぶりで楽しみだったが、本当のところは
一刻も早く藤花の家のトイレでおしっこをさせてもらいたいという切実な思いで占められていた。
トイレに対しこんなおかしなこだわりのあるよし子にとっては、本来トイレを済ませて新たな気持ちで
次のことを迎えるべきところを、おしっこを我慢しつづけたまま迎えることがよくあった。
身近な日常の中で言えば、学校の休憩明けの授業だ。特に五時間目、六時間目、七時間目となると
無事に我慢がつづくとはいえよし子にとってそろそろかなりきつい時間になっている。
おしっこしたい、おしっこしたいとつねに焦りながら、そのためのトイレ休憩を
一人割り切って見送り、時限のはじまりをおしっこ我慢の継続中の状態で迎えるのである。
学校のトイレ休憩をやりすごすのはもう当たり前に成っているが、もっと大きな仕切りなおしの機会でも
おしっこを我慢しつづける。放課後、半日分のおしっこをどうにか今日も我慢した、あとは間に合うよう
大急ぎで帰るだけ、と焦る心を押し殺し、コーヒーショップに行く友人たちに付き合うとき。
学校を出る前にトイレを済ませておく子もいる。コーヒーショップで気兼ねなくトイレを使う子もいる。
よし子だけは、コーヒーショップまでの移動すらあやういかもしれないと思いながらも
それでもこれが自分の生き方だと割り切って、人知れない我慢を選ぶ。
これから家を出発しようというのに、おしっこがもれそうなのにトイレを済ませずに出発する。
今日のよし子もいつもと同じことなのかもしれない。しかし感覚は全然違う。
自宅を出るときのよし子は、次におしっこをすることができるのは何時間先になるかわからない
またここに帰ってきたとき、だから出がけにおしっこの不安があれば必ず解消してから出て行くのが普通だ。
おしっこしたいなという体感のままトイレをすませず自宅を出るのは、
ましてそれがもういつもれるかわからないほどに切羽詰っているのに行かずに出発するのは
よし子にとって画期的なことだ。

小学校の学区が同じ藤花の家はめちゃくちゃ遠くもないが、自転車で5分から10分はかかる。
高校は主に自転車通学のよし子にとって、おしっこを我慢した状態で自転車に乗るのももう慣れた。
歩きと比べると、尿意をごまかすために足踏みしたり交差させたりといった
ピンチのときのしのぎ方がかなり減ってしまう。他にもデメリットは多い。
よし子の学校帰りの頃くらいおしっこがたまっていると、膀胱はパンパンになっている。
さわらなくても膀胱がきつくはりつめて、どこにあるのかが自分でわかるほどだ。
ちょっと前かがみな姿勢になったり、体をひねったりするだけで膀胱がぎゅっと押されて
押さえ込んでいる尿意を掻き立てられてしまう。自転車に乗ると停車時に足を伸ばしているのも、
一歩一歩こぐのも、膀胱がいっぱいの状態にとってはかなりきびしい。
ペダルをこぐ足の動きは、歩きとくらべてかなり足が上まであがるので、下腹部が意外と圧迫されるのである。
おしっこの出口の問題もある。サドルの形状は股間を押し付けるにはちょうどいいと思う人がいるかもしれないが
たしかに先の細った部分は股の間におさまるが、思うような押さえ効果などあるわけではない。
仮に机の角などに股間をおしつけるような効果を狙おうとすると、上半身を大きく動かしつづけることになり
それでもジャストフィットの効果はない。それだけ体を動かせば膀胱への負担のほうがずっと大きい。
そんな中でも自転車には数少ないメリットがある。それはスピードだ。
もしよし子が歩いて藤花のところまで行こうとすれば、30分くらいはかかるかもしれない。
それよりは、ちょっとの間不利でも5分ちょっとでつくほうが今のよし子にはありがたかった。

128名無しさんのおもらし:2014/09/07(日) 23:59:14
藤花の家に向かいながら、よし子は藤花の家のトイレのことと、自分の尿意のことばかり考えていた。
それともうひとつ、あまりなじみのない、同じクラスの堀田さんのことが頭をよぎった。
あの紙片のメモの件である。あのメモは今のよし子をこんな状態に追い込んだ元凶でもあるのだが
激しい尿意と、あとわずかでそれから解放される期待とで冷静でないよし子には
とりとめもない考えが浮かんでくるばかりだ。
あのメモに書かれていた数字が出席番号だとすると、よし子のほかに2名の生徒のデータが
記されていたことになる。ひとりは小治田さん、もうひとりは堀田さん。
21日から25日までのデータしかなく、データがとれてない日もあるようだったが、
よし子と違って×はついていなかった。
育ちのよさそうなお嬢様といった感じの小治田さんは、よし子以上にトイレに無縁そうな印象があったが
メモによればトイレの回数はむしろ多かった。学校にいる間だけでも3回4回とおしっこをしている。
おしっことは無縁と思えるような品のよさそのままに、おしっこの量は少なかった。
別の見方をすると、おしっこをたくさん貯めておけないからその分おしっこの回数は多くなっているのかもしれない。
一方堀田さんの方は回数はよし子とあまり変わらないということはすくな目なのだろう。
ただ、学校でトイレに行かないわけではなく、時刻の間隔もおしっこの量も偏りはなさそうだった。
よし子は昨夜数字、特に時刻を眺めながら、顔がどうにかうかぶ程度のクラスメートの
当時の行動を想像しようとしてみた。人間関係も部活も知らないのにたいしたイメージができる
わけがなかったが、2人ともたいていよし子と同じで、早朝のおそらく起きてすぐの頃と
夜中のおそらく寝る前にあたる時間にはおしっこをしていることがわかった。
それはごくありふれたことだとは思ったが、だからこそそうでないところが気になった。

22
8:20 650
11:20 300
14:00 290
18:50 350
23:50 470

堀田さんはこの日だけ早朝におしっこをしていない。
8時20分といえば朝のホームルームが終わって一時間目が始まる前だ。
堀田さんはひょっとすると寝坊して、朝トイレに行ってくる時間がなくて、
遅刻にならないよう、通学中や学校についてからもトイレを後回しにして、
ホームルームが済んだあとでやっと朝のトイレを済ませることができたのではないだろうか。
よし子は22日の堀田さんのことを思い出そうとしてみた。出席番号2番違いで
席は近く、よし子のほうが後ろの席なので視界には入っていたはずだが
特に意識していなかったので何も思い出せなかった。多分席が空いてはいかなかった
だろうけど、本当にそうかと聞かれれば自信がない。
堀田さんのおしっこの量を眺めると480、510などほとんど500前後だ。
よし子は自分のトイレの回数まで意識したことはなかったが、学校ではトイレに行かない分
同級生と比べるとかなり回数は少ないほうだろうという実感はある。
そのよし子と同じく一日4〜5回しかおしっこをしない堀田さんはおしっこを我慢するほうではないだろうか。
だいたい500くらいが堀田さんがトイレに行くラインなのだろう。
そこから考えると、22日の朝の堀田さんは通常と比べてずいぶんおしっこを我慢していたことになる
おそらく、朝起きて支度をしているときも、通学中も、朝のホームルームの間も
早くトイレに行きたいと思い続けていたにちがいない。
こんな想像をくりひろげるのはそれこそよし子が自宅のトイレを使う気になれなかった原因でもある
ストーカー的な発想なのだが、よし子はそこまで深くは考えなかった。
ただ、ほとんど会話したこともない堀田さんに、朝一番のおしっこのチャンスを逃したピンチの姿が
強く印象づけられることになった。
まさか翌日、自分が朝からおしっこを我慢しつづけるハメになるとは思ってもみなかったよし子は
今あとすこしでトイレにありつける逸る気持ちの中で、堀田さんのことが思い浮かぶのだった。

129名無しさんのおもらし:2014/09/08(月) 00:21:29
わくわく

130名無しさんのおもらし:2014/09/08(月) 13:49:01
羞恥心強い子の我慢は最高だな

131名無しさんのおもらし:2014/09/09(火) 19:45:07
わっふるわっふる

貴殿が書いた作品他にもあったら是非読みたい!

132名無しさんのおもらし:2014/09/15(月) 19:07:22
超期待してるんだけど、そろそろ書いて欲しかったり
途中で止めるのは過疎だからってよくないと思うのです

133名無しさんのおもらし:2014/09/21(日) 13:09:47
藤花の家についた。時間は9時15分。約束は30分だからこれは少し早すぎた。
目が覚めてから4時間近くもの間、トイレに行きたくて気が気ではないよし子にしてみれば
これでも何度も自分を抑え、電話をかけてもいい時間までじりじりと待ち、出かける頃合いの時間まで
自分に言い聞かせて我慢し、百歩どころか万歩譲ってトイレへの出発を遅らせてきたのだ。
今からもう15分もどうやって待てというのか。
しかし本来は午後に会う約束を、トイレを借りたいという口が裂けてもいえない個人的理由のせいで
乗り気でない藤花に無理に予定を朝に変えてもらった負い目はよし子にある。せめて10時ならという藤花に
それでは試験範囲を押さえるには時間が足りないからとさらに無理を言って早めてもらった結果が9時半。
ここでその約束の時間を15分も勝手に早めて押しかけるなんて許されないだろう。
でもよし子のおしっこ我慢はもう最終局面まできてしまっている。
何度かちびってパンティをかなり湿らせてしまい、新しいのにはきかえているほどだ。

134名無しさんのおもらし:2014/09/21(日) 13:13:54
おしっこで汚してしまったパンティをはきかえるというのは、行くところまで行ってしまった状態である。
よし子は、小学校の間に何度か保健室のお世話になった以外では、
周囲にばれるおもらしとはいかないまでも、ちびりの範囲を越えて致命的に濡らしてしまったパンティを
駆け込んだトイレに捨てて帰ったり、帰り道に裏道に隠れて目撃は防げたが完全におもらししてしまったり、
自宅のトイレには辿りついたものの、トイレの中で間に合わなかったりと、
人目につかずに済んだだけでパンティをおしっこで汚したことは何度もある。
ただしそんなときには我慢しきれなかったおしっこが全部出てしまっているか、駆け込んだトイレで不特定の他人の気配を
気にする心理的余裕もなく、濡らしたパンティの始末がてらおしっこを済ませてしまったりで、
安心できる自宅で新しいパンティにはきかえる時には、よし子が我慢できなかったほどの激しい尿意は解消されているのが普通だった。
いつおもらししてしまうか分からないほどの尿意がまったく解消していないまま、おしっこで濡らしたパンティを
新しいのにはきかえるのはよし子にとってはかつてないことだった。
しいて言えば、クラス別に順番が決められたことと、途中渋滞がありスケジュールがタイトになったせいで、
トイレ休憩ないまま移動を続けたバスがホテルに着くと、トイレに行く間もなく入浴することになった小学校の修学旅行のときに
よし子は少し似たような状況に置かれたことはある。ぐずぐずせずにただちに入浴しなければならなかった一組女子が
先を争って大浴場の脱衣場の1つしかないトイレに詰めかけるのにももちろんよし子は加わらず、かといって
バスでもトイレ休憩がなかったのに、ホテルに到着し長ったらしい諸注意から解放されやっとトイレに行けるかと思えば
自分達だけトイレに行く暇はおろか部屋に荷物を運ぶ時間も認めず強制的に入浴に急きたてられた酷い扱いに腹を立て、
我慢できなかったこともあって開き直って貸切り大浴場で示し合わせておしっこ競争をくりひろげた十数名の中にも参加しなかった。
一人おしっこを我慢しながら入浴したよし子は、さすがにもじもじ落ち着かないのは隠せなかったけれど
小学校でもたいてい朝から給食がおわる昼休みくらいまではトイレなしで過ごすことの多かったよし子には
我慢できないほどではなかった。
体を洗い清め、新しいパンティをはきながらよし子は大きな違和感があった。普段パンティを下ろすのはトイレで用を足すとき、
つまりパンティを上げるのは用を足し終えたあとのすっきりしたとき。それに比べておしっこをずいぶん我慢した状態でパンティを
上げる感覚は、おしっこをしていいのにおしっこをしないままおしっこをしたことにして自分やみんなをあざむいているような不思議な感覚だった。

135名無しさんのおもらし:2014/09/21(日) 13:16:38
元々他人の気配が気になっておしっこをすることができないこともあるよし子は、学校でトイレに行くときは
仲良しの友達の前の順番、つまり自分の番のときによく知った子がドアの前で待っている状態ならなんとか安心できた。
裏を返せば、ちょっとした巡り会わせでその並びにならなかった時には、個室には入ってもおしっこをしないまま出ることになる。
そんなときよし子はまわりをあざむいているようなつもりはないし、自分はこういう生き方だから仕方ないと思っている。
それと比べてかなりおしっこを我慢したままで新しいパンティをはいた修学旅行のときの感覚は、自分をごまかしているような
変な気分になった。プールの中でおしっこをしてしまうという考えもないよし子は水泳の授業のあとにもおしっこを我慢しながら
脱いでいたパンティをはくことは何度もあったが、そのときにはそこまで変な気はしなかった。

その違和感の正体が今のよし子にははっきりわかっている。
小学校、中学校とおしっこ我慢で辛い思いをしたことは数え切れない。限界を超えてしまったことも何度かある。
でも心身ともに成長した高1の今のよし子の我慢は、限界を超えておもらしにいたるほどの小さいころの我慢と比べて
何段階か上回っているのは確かだ。小さい頃も膀胱がジンジンうずいておしっこの形が目をつむれば分かるほど
おしっこがしたくてたまらないということはあった。そんな時と比べても今よし子が我慢してるおしっこの方がはるかに辛い。
一時間ほど前、よし子がウェットティッシュで拭き、パンティを替えたとき、前夜からのおしっこがたっぷり溜まった
よし子の膀胱は本当にパンパンで、下腹部が見慣れない膨らみ方をしていた。ひょっとすると高校の帰りにコーヒーショップで
ひたすらおしっこを我慢している頃にはいつもそのくらい膨れ上がっているのかもしれなかったが、
そこまでおしっこを我慢したまま自分の裸体を見る機会はいままでなかった。ちびったおしっこの痕跡をふき取ろうと
かがみ込むと、その動きで膀胱が圧迫されるのがずっしりと分かる。こんないつおしっこがもれるか分からない
今までの人生でも有数のおしっこ我慢をしながら、おしっこを解放することなしに新しいパンティに下腹部をおさめる。
これまた、いつもパンティを身に着けるのとは大きく違う手ごたえ。下腹部のボリュームアップでパンティがきつく伸びきっている。
こんなにまで体も心もおしっこをしたいと切実に訴えているのに、おしっこをすませたあとの、おもらしなんてするおそれは何一つない
すっきりした「つもり」を、新しいはきかえたばかりのパンティはよし子に強要するのだ。
すっきりさっぱりと尿意に悩まされることなどまるでないかのような、白鳥のような優雅な気分。
その裏には一瞬でも気を緩めれば確実に盛大なおもらしが始まってしまいそうな、一瞬たりとも気を抜けない
水面下で水をかくような必死の努力。
このギャップが違和感の源だ。
だが、見方を変えれば、新しいパンティに替えたことがよし子をすっきりした気分にさせ、リフレッシュ感を与えたおかげで
よし子は起床後、いや起床前から続く激しい尿意の責め苦に今もこらえつづけることができているともいえる。

136名無しさんのおもらし:2014/09/21(日) 13:17:47
あと十数メートルでトイレ!
よし子にとって唯一最大の砦であった自宅のトイレに気を許せなくなってしまった今、
昔何度も使ったなじみのある藤花の家のトイレが最後の希望だ。
姉が出てくるまで、ストーキングの危惧に対し態度を決めるまで、藤花に電話をかけるまで、
そして家を出るまで、どれほど最大の欲求を先延ばし先延ばしにしてこらえてきただろう。
それなのにあと15分は目の前の家を訪ねるわけにいかない。
家の前でじっと佇んでいるなんて不審者だ。それにじ15分もじっとしているなんて想像するだけで気が遠くなる。
なにか気のまぎれることは。15分もあればよし子の家までもう1往復だってできそうだ。
なにか取りに帰ろうか、と自宅を思い浮かべたとたん、尿意の責め苦に疲弊した心身は
条件反射的に自宅のトイレを思い浮かべた。毎日ギリギリの我慢しながらそこだけをめざして帰っていく聖地だ。
よし子の膀胱がきゅんきゅんと疼く。
じっとしていてはもれてしまいそうで、よし子は考えずに自転車を漕ぎ出した。

あてがあるわけでもなく、パンパンの膀胱をかばいながらもじっとしていられずこぎ続ける。
信号にさしかかると、じっと止まっていることを想像するだけでももれそうで、つい青信号のほうに渡ってしまう。
そういえばこっちの道はなんだっけ、と尿意に占有されて回転の鈍った頭脳が注意を促すが、答えは間に合わない。
目の前に開ける景色を見ながらやっと結論に至る。ここは私道だからこっちにいくと行き止まりだったはず。
もう奥まで入ってしまった。Uターンできるほどの道幅もなく、よし子は自転車を降りて向きをかえなければならなかった。
サドルをまたいで大きく脚を上げると膀胱が圧迫される。数時間休みなく戦い続ける括約筋がおしっこの突破をまた許してしまい、
あわてて左手が押さえにまわる。次の瞬間よし子はわれに返って手をおおあわてではなし、きょろきょろとあたりを見回す。
多分見られてはいないはず。よし子は向きをかえた自転車に勢いをつけて飛び乗り、激しくなった尿意にあわせるかのように
やけくそ気味の乱暴なこぎ方で自転車を加速させた。

137名無しさんのおもらし:2014/09/21(日) 13:18:39
途中、小学校を通った。よし子が数年前に使ったトイレが今もあるはずだ。
学校は休みだが校庭は子供達が遊べるよう開放されている。体育館横のトイレなら校庭からでも行ける。
よし子は小学校のトイレを使いたい誘惑にかられた。校庭で遊んでいるのはほとんどが男の子たちだ。
女子トイレには人がくることは少なそうだ、とよし子は計算をめぐらせる。
だが、高校生のよし子が一人で小学校の校庭に行くのもなんだか変だ。職員室に挨拶にいく?
それに体育館横のトイレに行くとなると校庭の男の子たちの視界を思いっきり横切ることになる。
遊具やベンチや水のみ場はちょっと方向がちがうし、他には倉庫やせまい通路があるだけだ。
部外者のおねえさんがトイレだけ借りて帰っていったというのが子供達全員に一目瞭然になってしまう。
それだけではない。小学校のこっちの門には自転車はとめてはいけないことになっている。狭い門なので
一時的にとめるだけでも目立ってしまうし、子供達も日頃からしつこく言いきかされているはずだ。
ここにとめれば子供達にとがめられ面倒なことになるにちがいない。学校の周りを走りながら、よし子は
校庭につづく西門を通り過ぎた。裏門の駐輪場にとめればいいが、そっちだと職員室がすぐで、どう見ても小学生に
見えないよし子なら声をかけられるだろう。一言や二言のあいさつですめばいいが、話が長引けばその間
じっとおしっこを我慢できるかどうか自信がない。そう考えながら角をまがり、裏門も通り過ぎる。
正門も自転車をとめてはいけない。しかも正門からだと校庭からトイレまで長い距離を横切らなくてはならないし
職員室からも見通しがいい。よし子はやっぱり西門に無断駐輪してトイレだけは借りてしまおうか、それとも
みんなに見られるのんだからやめようかと迷い2周目にさしかかった。だが気持ちの天秤はトイレ目当てなのが
みんなに知られることや無断駐輪のトラブルのマイナスの方が、おしっこから解放されるというプラスを上回った。
よし子は小学校を2周すると藤花の家の方にこぎだした。

138名無しさんのおもらし:2014/09/21(日) 13:19:31
9時25分。5分前だがこれなら許容範囲だろうと考え、よし子は藤花の家の前で自転車を降りた。
玄関のドアの前まで来て、きょろきょろとあたりを見回し、視線がないことを確認すると
よし子は両手を重ねて股をぐいっとまさぐり、股に手をはさんだまま腰をもじもじゆすった。
何時間も何時間も孤立無援で戦ってきたおしっこの出口にひとときのリフレッシュを与えるためである。
藤花と会ってからしばらくの間、おしっこを我慢しているそぶりも見せるわけにはいかない。
もじもじそわそわと落ち着かなかったり、変な姿勢になったりしていると、トイレが目当てで藤花の家に来たこと、
さらにはトイレを少しでも早く済ませたいので約束の時間を早めたことまで気づかれてしまうかもしれない。
よし子は手をはなしかけてからやっぱりもう一度その部分を揉むように動かし、それからインターフォンを押した。

139名無しさんのおもらし:2014/09/21(日) 13:49:58
更新来てた!
葛藤良い、最後の1行良い! GJ
次の更新が早いことを期待してます

140名無しさんのおもらし:2014/09/24(水) 03:16:46
下腹部膨らんでるという描写がいいね

141割り込みすみません:2014/10/05(日) 23:32:55
目の前の大きな扉に、勇者が手をかける。
重い音を立てながら開いたその隙間から瘴気があふれてくるのを、巫女の少女はすぐさま感じ取った。
勇者、魔法使い、戦士、そして巫女の少女はそれぞれに警戒の姿勢をとる。勇者の掛け声にあわせて、全員が突撃した。

部屋の中は予想通り、瘴気に満ちていた。
人間の体に瘴気が当たり続ければ、それは体内に蓄積しやがて悪影響を及ぼす。勇者たちも例外ではなく、三人の体にたまる瘴気を浄化するのが巫女の役目だ。
魔物に勇者が斬りかかり、その間に戦士が後ろに下がって巫女の少女の浄化を受ける。それが終わると、今度は魔法使いが下がって浄化を受ける。そのローテーションで戦闘が成り立つ。
魔物が予想以上の強敵だったことに一行が苦戦する中、巫女の少女は一人、別の敵とも戦っていた。
浄化とは、瘴気そのものを消し去るわけではない。一度巫女自身の体に吸い上げてから、分解を経て外界に排出される。
主に、尿として。

つまり、必然として巫女の少女は魔物との戦いの中、尿意と戦うことを余儀なくされるのだ。

巫女は戦士の心臓の位置に左のてのひらをあてながら、時折つっかえつつ呪文を唱える。
長い睫に縁どられた瞼はは集中するため、というよりは堪えるようにきつく閉じられている。右手が直接的に抑えないのは服の構造が半分と、巫女としてのプライドが半分。
呪術的な意味の施された服はひとつでも外せばその効果を失い、ただの重い服と成り果てる。そのため、この少女は前の街を出てから数時間の間、用を足すことすらままならなかった。
戦士の浄化が終わり、魔法使いが下がる準備をし始めるのが見えた。
少女の生まれ持った浄化の才能が、早くも戦士から吸い上げた瘴気を分解して、あるべき場所に送り込む。ひときわ強くなった尿意に、裾の広がった巫女服の中で、細い少女の両足がひっきりなしに擦りあわされていた。

142名無しさんのおもらし:2014/10/07(火) 18:55:18
やっぱ割り込んでいいのか悩むよね……
それで、>>141は続くんですか? 続け!

143名無しさんのおもらし:2014/10/08(水) 03:33:25
こりゃ当分割り込まないでおいたほうがよさそうかな

144名無しさんのおもらし:2014/10/08(水) 21:40:44
マジで煽りでもなんでも無いんだけど、途中で投稿止める人って
その後で続き書いてるんだろうか?
一気に書き上げないと逆に難しいと思うんだけど、人によるんかな?

145名無しさんのおもらし:2014/10/09(木) 00:15:21
>>144
人と作品一本の長さによると思う
細かいプロットまで組まず成り行きで造ると途中の展開に行き詰ることが多々ある
そう言うとき時間置いたり、別の話書いてる時にふと良い展開を思いついたりする
でも、思いつかずにそのままになる可能性も少なからずあるわけで……
あと、逆にプロットは確り決まってても、文字として起こすのにどうしても時間が掛かるわけで
リアルの都合で書ききれないんじゃないかな?

どちらにせよ>>138>>141には何とか仕上げてもらいたいね
折角良作っぽいのに、このままじゃただのスレチになりかねないっ言うのは悲しい

146名無しさんのおもらし:2014/10/09(木) 03:12:14
一層割り込みにくい空気に

147名無しさんのおもらし:2014/10/09(木) 17:20:53
そういうことなら、割り込みにくい空気を打破すべく近いうちに割り込んでみる

148141:2014/10/09(木) 20:36:42
戦士が巫女に短く礼を言って、再び魔物の前に躍り出る。
魔物は随分と弱ってきていて、この分なら倒れるまでそう時間はかからないだろう。
そう巫女の頭の冷静な部分が分析するが、同時にそれまで持つだろうか、という懸念もよぎる。
魔法使いが目の前に来て、巫女は思考を切り替えようと準備に取り掛かる。目を閉じて、左手を魔法使いの心臓へ。
しかし、そこから先へ進めない。呪文を唱えようとする唇は固く閉じられ、震えるばかり。空いている右手は、巫女服の布地を力いっぱい握りしめている。
どうした、と魔法使いが声をかけるのとほぼ同時、不意に巫女の左手から力が抜けた。ふらりと芯が抜けたようにその場に座り込んだ巫女は、下を向いたまま動かない。
魔法使いが肩を抱いて巫女を立たせようとするが、少女は顔を真っ赤にして首を左右に振るのみ。

決壊が、訪れた。

勇者や戦士の剣戟の音が激しかったのは幸いなのか、広がってゆく水の音は魔法使いにも、巫女にも聞こえることはなかった。
ただただ静かな水たまりの広がりが止まると、今度はその水面に巫女の涙が波紋を生んだ。

魔物の断末魔が、巫女の耳に遠くの事のように届いた。

149141:2014/10/09(木) 20:38:51
まさか続きコールがあるとは思ってませんでした
というか正直こんなのでスミマセン感がある

150名無しさんのおもらし:2014/10/09(木) 21:24:58
わーい、続き来たGJ!

151名無しさんのおもらし:2014/10/10(金) 02:05:42
>>103の続きなのかな

催促してみるもんだなw>>145

152名無しさんのおもらし:2014/10/11(土) 01:24:26
>>147は?

153141:2014/10/13(月) 12:06:29
>>103さんとは関係ないですすみませんw

154名無しさんのおもらし:2014/10/16(木) 13:29:56
>>147は?

155名無しさんのおもらし:2014/10/16(木) 14:11:53
age
事例の人まだかなー

156事例8「雛倉 綾菜」と病気の日。①:2014/10/18(土) 23:43:22

――ん……えっと。

朝起きて視線を壁掛けの時計に向けるとそろそろ授業が始まる時間だった。

……。

……。

――って! 遅刻!

明らかに間に合わない。そうは思うが私は慌ててベッドから上体を起こ――せない?
一瞬金縛りにでも合ったのかと思ったが、身体に上手く力が入っていないらしい。
そしてその直後、力の入らない身体を無理に動かそうとしたからなのか
もしくは何か考えたのが原因なのか、視界が歪み、寝ているにもかかわらず頭が揺れているような感覚に襲われる。

「はぁ……はぁ……」

――これって……。

自身の荒い息遣いを聞きながら、状況を理解し始める。

――えっと……、風邪?

動かすのも辛い手を、何とか額の上に乗せると……熱いのかなこれ?
自分の手も額も熱いみたいでよく判らない。

でも恐らく風邪。最近夜中までずっと机に向かってるし……。
此処まで勉強したのって高校入試以来だ。あの時も入試終わって直ぐに熱出した。
でも、テストまではまだ期間がある。あと2週間……。
と言うか、この風邪のせいで学校の授業内容がわからないのは痛手でだった。
重要なことを板書か口頭でしか言わない教師も少なからず居る。

まゆは寝ているだろうし、弥生ちゃんは……ちょっと言い難いがなんだか聞き逃してたり、書き損ねてそうでもある。
なので逆に私のノートを見に来ることも多い。

私は荒い息遣いの中、心の中で嘆息した。

とりあえず、無断で休むわけには行かない。
お母さんは……だめだ。普段ならこの時間寝てるはずだけど、たしか今日は泊りがけの仕事があるとか何とか……。

連絡するには自分からどうにかしないといけない。
無理やりどうにか身体を起こす。関節痛に筋肉痛……とてつもなくだるい。
喉も痛く声もまともに出せそうにない。

――あー、油断したなぁ……こんなになるまで勉強して、結果学校休んでたら本末転倒じゃない……。

声が出せない以上仕方がないので、携帯を手に取り、まゆへメールで体調不良を伝える。

メールが終わると、私はとりあえずベッドからゆっくり降りる。
重い身体を覚束無い足取りで引きずるように部屋を出て、廊下を歩き台所を目指す。
食欲はないが喉の渇きが凄まじいのと、喉の気持ち悪さを何とかしたかった。

台所に着くとコップを手に取り水道水を入れて飲む。

「んっ、ゴホッゴホッ」

喉の痛みに咳き込む。
だけど飲まないわけには行かないし、飲んでるときが辛くても、飲み終われば今より楽になる。
私は一杯飲み、そして二杯目を少しずく喉を意識しながら飲む。
それでも、喉の違和感が気になりもう一杯だけ飲む。

「はぁ…はぁ……」

台所でシンクの縁に手を突きながら荒い息をつく。
喉の痛み余り変わりないが、説明し難い気持ち悪さは多少なり解消された。

あとは市販の薬でも飲もう……そう思い、リビングダイニングへ移動してからそれが無理なことに気が付く。

――だめだ、とてもじゃないけどあの高さのものは取れない……。

救急箱なんて普段使わないから家具の上の高いところに……椅子などを使わないと絶対に取れないところ。
椅子を使えば取れるかもしれないが、今の状態だと怪我する可能性のが遥かに高く感じる。
この状態で怪我、下手をして頭をぶつけるとかすると本当に不味い気がする。

私は潔く諦めて、自室に戻る。
戻ると直ぐにベッドに入り寝てしまうことにした。

157事例8「雛倉 綾菜」と病気の日。②:2014/10/18(土) 23:44:15
――
 ――

<……ピンポーン>

――ん?

<ピンポーン>

――えっと来客?

怠いし、面倒くさい。無視してしまおう。
時間だってお昼前だし……。

「おーい、雛倉? 先生だぞー」<ピンポーン>

……。意味がわからない。
なぜに先生が……学校はどうしたのか。

仕方がないので、重い身体を引きずりながら玄関へ向かう。
声も出せないのでとりあえず玄関を開けた。

「あぁーなんか物凄くだらしない格好だなぁ」

――そっか、ジャージでしかも髪も酷いし。

そういわれても仕方がない。

「びっくりしただろ? なんたって私も早退してわざわざ見舞いしにきたんだから」

得意げに笑ってみせる先生。
うん、吃驚だ。何故に早退までしてまで家に来るのか。
ちゃんと仕事して欲しい。

「いやー、見学会のとき、なにか奢るって言って忘れてたから、スポーツ飲料水と風邪薬を奢ってやろうと思ってね」

そういえば、そんなこと言ってた……。

……。

私は熱い顔がさらに熱くなるのを感じる。
もしかして、先生は知ってるかも知れない。私の失敗を。
バス会社から座席のクリーニングの話があったとしたら、先生が私に疑惑を向けるのはパーキングエリアでの会話から至極当然なこと。

「とりあえず、お邪魔するよ」

「…っ!」

玄関先から靴を脱いで勝手に家に上がる先生。それを止めようと声を出そうとするが、喉が痛くて出せない。
先生は開いてる扉を見つけ、中を覗き、そこが私の部屋らしきことを確認すると私の方へ視線を向ける。

「あ、ごめん、歩くのも辛い? 声も出せなさそうだし、結構酷いのか」

廊下の壁に手を付きながら歩く私にそう言う。
そして、私に近づき肩に手を回して支えてくれる。

――本当、良い先生なんだけど……。

先生の名前は文城 雅(ふみしろ みやび)。
今年でこの学校にきて3年目で、去年は雪姉のいクラス担任だった人。
私と雪姉の入試点数勝負についても進路指導の関係で知っているらしく
そのせいで私の入試トップの印象が強くクラス委員長に……流石に負けられない勝負だっただけに後悔はしてないけど。

158事例8「雛倉 綾菜」と病気の日。③:2014/10/18(土) 23:45:06
「はいはい、病人は寝て寝てーっ」

乱暴に……でも最低限の配慮をして私をベッドに寝かせる。
家に人が来てるのに寝てるわけには行かないんだけど、身体がそれを許さず、起きる気力を奪う。

「ちょっと台所でコップ借りてくるわー、どれでもいいでしょ?」

私はとりあえず小さく頷いたが、先生は質問しておいてこっちを見ず部屋を出て行った。
……だったら聞かなきゃいいのに。
本当に適当。前にノリで教師になったとか言ってたし。
でも……正直嫌いではない。時折面倒くさいこともHRで企画してきたりするけど
クラスメイトの殆どがどちらかと言うと好感を持っていると思う。

しばらくして、先生が戻ってくる。

「お待たせ、風邪には水分補給は欠かせないからさー」

そういい、寝ている私の背中に手を入れて起き上がらせて、枕を縦に立て掛け、そこに凭れさせる。

――あー、結構汗かいて蒸れてるのに……凄い迷惑かけてる……。

わざわざここまでしてくれるのも、あの事を知っているから……そう思ってしまう私は少し自己嫌悪する。
私は心の中で首を振り、あの事の事を今は考えないようにする。

「はい、飲んで」

「っ!」<ゴクゴクゴク>

――いやいや、自分で飲むから! 傾けるの早いし! 咳き込んだらどうするのっ!

「っ……はぁ、はぁ……」

何とか飲み切り、呼吸を整える。スポーツ飲料の独特の甘味とほのかな塩見が心地よい。

「あ、まだ欲しい?」

確かに美味しく、心地よかったが、正直別に欲しくなかった。
手か何かで遠慮するジェスチャーをしようと思ったが、もう既にコップに注ぎ始めていた。
断るのも悪い気がして、仕方なくいただくことにする。

<ゴクゴクゴク>

今度は程よい傾け方。先生もさっきのはやりすぎだったと思ったらしい。
飲み終わり、小さく咳き込みながら呼吸を整える。

「まぁ、こんなとこ――あ、薬……水持ってくるわ」

まだ飲ませる気らしい……ちょっとトイレに行きたいし、これ以上飲みたくないのが正直な感想だけど。
でも薬は飲みたい。明日も休むってわけにも行かないし……仕方がない。
それに、折角先生が珍しく優しくしてくれてるんだし、断れない。

159事例8「雛倉 綾菜」と病気の日。④:2014/10/18(土) 23:45:45
「おまたせー」

そう言って先生がコップに8割ほど水を入れて戻ってくる。
ちょっと入れすぎな気もするけど、薬が食道で引っ掛かるとそれはそれで大変なのだから仕方がない。
自分で飲むために手を出すが「じっとしてなさい」と有無を言わせず飲ませてくる。
看病ではなく介護と勘違いしてるんじゃないだろうか……この人。
結局最後まで傾けてくるので、コップの水に溺れないために、全て飲み干す。……お腹がたぽたぽして気持ちが悪い。
これじゃ、本当にトイレが近くなる……考えてみれば、朝起きた時にも3杯ほど水を飲んだ。1杯200mlだとして1200mlも飲んでしまった計算。
そして、前日の夜、勉強するのに眠気を覚ますためコーヒーも2〜3杯飲んだし、
最後にトイレに行ったのも深夜2時頃で――そのときコーヒーはまだ1杯目を飲んでる途中だった気がする。

……。

そう考えると、急に尿意が強くなった気がした。
寝ている間は尿の生成は抑制されるはずだし、風邪で随分汗も掻いた……。
布団の中で膀胱辺りを軽く押してみる……張ってはいない、けど押している時は鈍い尿意を感じる。
まだ、当分我慢できる。先生がそこまで居座るとは思えないし。
それにどうしても我慢できなければ、恥を忍んで済ませに行けば良いだけだ。

「さてさて、薬も飲んだし寝る寝る! あ、それとも昼に……って薬飲んでから食べさせて良かったっけ?」

私の身体を横に倒しながら言う。多分薬の大半は食後だと思う。
案の定先生は薬の箱を見ながら“失敗した”顔をしていた。

「あ、そういえば今日クラスの係りとか1限目に決めてね」

――クラスの係り……そういえばそんなこと言ってたっけ……。

うちの学校は、1年に2回、つまり前期と後期で係りが変わる。
実際に係りの仕事を行うのは2学期の中間テストが終わってからになる。

「で、結論から言って雛倉はいいんちょさん継続になったぞ」

……まぁ、予想はしてたけど。

「クラスで目を塞いで採決って奴で、賛成8人、反対1人、残りどっちでも良いって感じ」

そうなるだろう。賛成を選べば面倒な仕事を私に押し付けられ、自分がする可能性が減る。
どっちでも良いは、本当にどうでもいいのだと思う。

「そうそう、雛倉の友達の黒蜜と篠坂は賛成だったよ」

……裏切り者――とは言わないけど。まゆはなんだかんだ言っても手伝ってくれるし、弥生ちゃんは元より私に向いてる様なこと言っていた。
少し気になるのは反対の一人だけど……目を塞がせて採決を採るくらいなんだから普通教えてくれないだろう。
というか、賛成の二人を言うのも友達とはいえどうなのかとは思う。

――そんなことより、トイレ……本当に大丈夫かな?

クラス委員長を継続と言う非常に残念なニュースよりも、先生の話が長くなるんじゃないかって心配のが強くなってきた。
できれば先生が帰るまではトイレに立ちたくない。

「――にしても、なにこれ勉強してたの?」

いつの間にか私から少しはなれて、私の机の上に散らばっている教科書を見ていた。

「教科書だけじゃなく図書室の参考書も? なになに〜? 2学期からは優等生の本領発揮ってわけかな?」

私は視線を逸らす。
なんとなく頑張ってるってバレるのが恥ずかしい。

「打倒朝見――ってところ?」

私は朝見さんの名前を聞いてほんの少し身体を強張らせる。
図星を付かれた――だけでなく、そんなリアクションを取ってしまったのは、最近頭から離れない人の名前だったから。

「……そう、頑張んなさいよ。雛倉をいいんちょにしたのは私みたいなもんだし、私のためにも朝見に負けないようにね」

……先生のためには頑張りません。
本気で言ってるわけじゃないのはわかってるけど。

――けど……本当、不味いな……。

尿意の急激な高まり。
座っていても膀胱に感じる重みが一秒一秒増して行くのがわかる。

そして、また別の事を話し出した。
早く話を止めて帰ってもらうために、布団を被って聞いてないアピールをするが効果がないみたいだった。

160事例8「雛倉 綾菜」と病気の日。⑤:2014/10/18(土) 23:46:37
――
 ――
  ――

「雛倉さん」

「……な、なに?」

私は朝見さんの呼びかけに恐る恐る答える。

「下着見えてますけど?」

その言葉に私はスカートがあるべき下半身に視線を向ける。

――っ!

「……え、あっ! なんで!?」

だけどそこにあるべきスカートがなく、下着丸出しで――下着が見えてるなんて生易しい表現ではなかった。
私は、座り込み上の制服の可能な限り下へ引っ張る。そうすることで何とか隠そうとした。

「大丈夫、それなら見えてませんから。……でも――」

朝見さんは特に動じもせずに話していたが、途中で言い詰まる。
私は真っ赤な顔をしながら彼女の言葉を待つ。

「それじゃ困りますね。下手に動くと下着が見えるので、トイレには行けないわけですから」

――トイレ……あぁ、そういえば私、トイレに行きたかったんだ。

意識したとたんに急激に尿意が膨れ上がる。
もう既に本当に漏れそう。そんな段階まで来てる。
私は引っ張る服の下に片手だけ入れて下着の上から必死に抑え込む。

――や、やだ、本当にでちゃう、もれちゃ――ど、どうしよ…こんな格好じゃ皆に……。

周りから視線を感じて、顔を上げる。
そこにはまゆ、弥生ちゃん、山寺さん、睦谷さんまで……皆私を違った表情で見ている。
その直ぐ前には指で四角を作り楽しそうに私を見る皐先輩も。

【挿絵:http://motenai.orz.hm/up/orz44665.jpg

「ちょ、皐先輩! み、見ないでください!」

私は真っ赤になりそう叫ぶが、見るのを止めてくれない。

「狼さん、ちょっとお手を拝借でーす」

突然横から霜澤さんが出てきたと思ったら、下着を抑える手をつかまれ上に上げられる。

「え、ちょっ――」

焦る私は服を引っ張っていた手を慌てて出口を塞ぐ応援に回す。だけど――

「そんなはしたないこと……やめた方がいいわ」

朝見さんはその手を掴み、霜澤さんと同じように上に上げる。

「あ、ちょ……だ、ダメ離し…んっ……だめ…でちゃう、から、お願い……もれちゃう……あぁやぁ――」

下着の中で大切な部分が抉じ開けられるそんな前兆を感じた。

161事例8「雛倉 綾菜」と病気の日。?:2014/10/18(土) 23:47:31
――
 ――
  ――

――んっ……あ、あれ?

息苦しさに目を開けると見慣れた天井があった。
自宅。そう理解する。だけどその直後に鋭い尿意を感じて、布団の中でうずくまる様にして両手で局部を抑えこむ。
夢の内容がぼやけつつあるなか、そこが濡れていなかったことに安堵した。でも、まるで夢の中で感じたような鋭い尿意が私を攻める。
抑えこむ手の直ぐ上、手首付近に膀胱がパンパンに張っているのがわかる。

「あぁ……んっ、だめ――……我慢…我慢しなきゃ」

我慢で混乱しているはずなのに、頭の片隅で、声が出せる程度に喉の痛みが治まっていることに気が付く。
同時に、失念していた先生の存在も思い出し、布団から顔だけ出して周囲を見渡す。

――い、いない? 帰ったの…かな? あぁ、ダメ……。

先生はいない。だったら今すぐトイレに行ける。
そう思ったつもりは無かったが、身体が反応して、尿意は引くばかりか強くなる。
普段生成量が少なくなる睡眠中に、これだけ沢山の恥ずかしい熱水が溜まってしまうのは
過剰すぎる水分摂取が原因なのは言うまでもなく、昨夜から一度も排出することが許されていない膀胱はもう限界だった。
両手で抑え、それでも足らず押しつぶすように何度も力を入れる。だけど――

<ジヮ……>

「(あ…っ! や……くぅ…んっ…、待って、こ、ここじゃ……)」

布団の中でしてしまうのはおねしょの直らない子だけ。
私は高校生で、しかも今は寝てすらいない。してしまうわけにはいかない……。

<シュ……>

――んっ!

また抑え切ることが出来ずに下着に熱い感覚を生み出してしまう。
トイレに行かなければ……だけど、今は動けない。動いたら決壊する。
なんとかもう少し落ち着くまで耐えてそれから――

<ジュ…シュワ……>

「あっ……あぁ……」

今度は2回に分けて少し多めに溢れ、ジャージの上にまで染み出し手にそのぬくもりを感じる。
それでも、尿意は一向に引かず、なおも膀胱を震わす。

162事例8「雛倉 綾菜」と病気の日。⑦:2014/10/18(土) 23:48:17
――だ、だめだ……我慢できないっ!

<バサッ>

私は布団を押し上げて、ベッドから飛び出す。

「あっ、うぅ……」<ジュー……>

だけど、そのままトイレまでは走り出すことが出来ず、噴出す感覚を受けて自室の床に膝を付く。
また今までよりもずっと多い量。ジャージから滴る一歩手前……それほどまでに濡らしてしまった。

こんなになるまで寝ていたなんて……恐らく風邪薬の副作用に睡眠作用があったのだと思う。
寝ている間にせずに済んだのは、私が高校生で、もうそんなことをするはずの無い身体だから。
だけど、おもらしだってしちゃいけないはずなのに、我慢しなきゃいけないのに、直ぐにいけるはずのトイレが部屋を出れば直ぐあるのに。
そこまでの距離が今の私には凄く遠い。

「や――」<ジューーッ……シュワァ……><ピチャ、ピチャ……>

もうおチビリとはいえないほどに溢れ出る。
ジャージの内腿に走る線が広がり面になっていき、服の中では膝まで伝う感覚を感じる。
抑える手からも一滴二滴ではない量がフローリングに叩きつけるように落ち、10cm程度の水溜りまで作る。
手だけでは抑えきれず、踵でぐりぐりと押さえるが、その踵が湿っていく感覚が気力を奪う。

――……だ、だめ、これ以上は……直ぐ横には絨毯だってあるのに、しちゃうわけには――

<ジュッ…ジューッ>

また断続的にあふれ出し、踵を濡らしそのままフローリング流れる。
それでも、グリグリと何度も身体を揺すり、時には息を止めて必死に耐えると、少し尿意が引いていくのがわかった。

「はぁー、はぁ…っ、はぁ」

なんども肩で呼吸して、小康状態の中、自身の状態を理解し、情けなくなる。
だけど、ここでこうしてるわけにも行かない。
全体の1割程度の量を失敗してしまったかもしれないが、未だ膀胱はパンパンに張っていて直ぐに次の尿意が来る。
そうなれば、きっとまた沢山溢れさせてしまう。

私は抑えた状態で前屈みに立ち上がり、覚束無い足取りで部屋を出る。
部屋を出て、玄関側に少し歩けば直ぐに目的の場所。
心の隅で気にしていた、「先生は本当にいないのか」と言う心配は、このとき靴が無いのを見て解消された。
玄関の鍵も閉まっている所を見るに、鍵は扉に付いた郵便受けの中ではないかと思う。

「ぁ……」

そんな余計なことを考えていたためなのか、不意にまた大波が押し寄せ、恥ずかしい出口を攻め立てる。
足を震わせ座り込みたくなる気持ちを殺しながら、必死に息を止め耐える。

<ジュウゥー…シュ――>

それでもトイレの手前と言うこともあり、私の悪い癖が働き、我慢が追いつかず溢れ出す。
必死に抑えても、勢いが弱くなるだけで止まらず、私は完全に止めることはもう無理だと悟り、
そのままの状態でトイレへの扉ではなく、お風呂への扉を開く。
もちろんそこに便器などない。あるのは脱衣所と浴室。
私は雪崩込むように浴室に入るとそのまま倒れこむようにへたり込んだ。

「ぁはっ! んっ――」<シィュゥゥ――>

そして、ジャージを脱ぐ余裕もなく局部が熱くなり、服の中で渦巻くのを感じる。

――あぁ、やっちゃった……おもらしだ……これ。

浴室を選んだのは多分正解だった。極度に湿った服はきっと直ぐには脱げず、個室を酷く汚してしまったに違いない。
浴室なら後始末は簡単……だけど、その選択をしてしまった私が凄く惨めで悔しい。
このあとしっかり片付けをすれば誰にもばれることは無い。
それでも、いくらばれなくてもやはりおもらしであり……。
ワザと我慢したわけでもない……純粋なおもらし。

ベッドを汚さなかっただけ良かったと、風邪で体調が悪かったからだと、心の中で言い訳を繰り返して、
無理やり自分を納得させようと無駄な努力をする。

「はぁ……はぁ……」

熱の籠もった荒い息を何度も吐いて、膀胱に溜まった恥ずかしい熱水を途中止まりながらもすべて服を着たまましてしまった。
気持ち良い……こういうのが好きな人の感覚、わからないでもない。
だけど、やっぱり私は後に残る、なんだか落ち着かない喪失感と惨めな気持ちが好きになれない。
しばらく尾を引いてしまうであろうこの憂鬱な気持ちも。

そんなボロボロの心と熱と我慢でフラフラの身体は直ぐには動かせない。
浴室だけでなく、部屋と廊下にも残る情けない自身の失敗の片付けは、まだしばらく後になりそう……。

おわり

163事例の人:2014/10/18(土) 23:50:29
……様子見していたのもあるけど随分遅くなった。すまない。
待っててくれた方に感謝。ありがとう。

164名無しさんのおもらし:2014/10/18(土) 23:57:58
たまたま開いたら更新が来てた
待ってましたお久しぶりです、挿絵も良いですね

165名無しさんのおもらし:2014/10/19(日) 00:38:01
遂に更新が来たぜ。
待ってました。挿し絵は綾菜の下着の色は黒か紺なのかな。
おそらくこの後の展開は後始末の最中に真弓と弥生ちゃんがお見舞いに来て、おもらしの跡を目撃して、気まずい雰囲気になるな。

166名無しさんのおもらし:2014/10/19(日) 00:57:23
呼ばれてすぐw

挿絵の気合の入り方がすごい
本編より労力かかってるかな

167名無しさんのおもらし:2014/10/19(日) 17:56:18
先生の「なんたって私も早退して」のセリフで他にも早退した人がいてその人も見舞いに来たと思ってるのかな?

168事例の人:2014/10/19(日) 18:17:05
>>164-167
感想とかありがとう。
先生の台詞についてですが、
「私も早退して」は「私も早退して(休む)」と言うことなので
綾菜の「風邪で休む」行為に繋げたつもりでした。文法としてはおかしいけど
日常的にはこういう使い方するかなって……日本語難しい

169名無しさんのおもらし:2014/10/19(日) 18:55:41
「びっくりしただろ? なんたって私も早退してわざわざ見舞いしにきたんだから」

から>>167の疑問が生じるものかな?
それに対する>>168もなんか変だな

170名無しさんのおもらし:2014/10/20(月) 11:12:25
事例の人の書く文章、描写は相変わらず素晴らしい。大ファンだわ。
これからも自分のペースで構わないからぜひたまに投稿してもらいたい。

171名無しさんのおもらし:2014/10/21(火) 14:50:48
>>156-163
待ってました
風邪ひいた女の子の我慢ってすばらしい

172植村 由美:2014/10/21(火) 17:02:24
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173名無しさんのおもらし:2014/10/22(水) 03:17:33
この手の荒らしはどうにかならんのかな
スレ立てとか規制すればいいのに

174名無しさんのおもらし:2014/10/24(金) 17:29:21
空腹とかを感じるタイミングが全く一緒な双子の我慢話を考えたけどオレの文章力じゃ無理だった

175名無しさんのおもらし:2014/10/25(土) 04:03:31
ここで>>147の出番である

176名無しさんのおもらし:2014/10/26(日) 11:12:44
>>174
やる前から諦めてどうするんだ

177名無しさんのおもらし:2014/10/26(日) 19:07:12
おしっこをする前からトイレに行くことを諦めていた少女の話?
なかなか惹かれるなw

CASE1 いつもトイレ禁止されるいじめられっ子、超厳格なスパルタ家庭教師の授業中
CASE2 人前では行きたくても我慢することが習慣化してる育ちのいい子やアイドル
CASE3 多忙等でトイレに行ける時間がとれそうにない
CASE4 大混雑や休憩の時間が短いなどで、トイレに並んでも時間内に順番が回ってこない
CASE5 監禁状態で、どうせ訴えても無駄なので欲求を訴えれば訴えるだけ羞恥プレイ
・・・

で、諦めてた時に限ってその時行こうとしてたら行けたのに、と後で分かったりするわけだね

178名無しさんのおもらし:2014/10/26(日) 21:21:48
つまり総合すると、双子が同時に催して尚且つトイレを諦める話…?

179名無しさんのおもらし:2014/10/26(日) 22:16:42
双子A「私が催したって事は――」
双子B「――Aも催したよね?」
双子AB「「トイレ空いてないだろうからあとで行こう」」

こうですか?

180名無しさんのおもらし:2014/10/27(月) 00:45:08
◆尿道括約筋が開くタイミングが同じ
同時に2箇所開いてないかぎり無事に用を足せない
結構ハードル高いかもな
学校とかの行列が発生するような大人数用共同トイレだとタイミングが完全に揃う可能性は低い
逆に一箇所しかないようなところでも無理
他人に見られてなければ野なり一個室(一便器)同時使用なりで凌げるが

どちらか1人でも開放すると同時開放というのも非常にこわいが
逆にどちらか1人だけでは開かないというのもそれはそれでこわい

さらには同時に同量しか出ないというところまで揃ってしまうと
たまってる尿量や水分摂取量に差があったときに大変なことになる
ただこれは空腹等のタイミングが完全に同じというのとは矛盾しそう

181名無しさんのおもらし:2014/10/27(月) 00:45:38
零歩ちゃんは双子の妹・溺ちゃんに内緒でこっそりジュースを飲んだ。
幼い頃から二人の娘に対する公平さには神経質な母親が
いつでも二人に同じものを同じ量ずつ与えてきた。
零歩ちゃんはりんごジュースが大好きなのだが、溺ちゃんはきらいで飲むのをいやがるので
結局めったに与えてもらえない。
逆に溺ちゃんの好きなオレンジジュースを零歩ちゃんはあまり好きではないのだが、
大げさにいやがることをしないせいで、たいてい母親の選択はオレンジジュースになってしまう。
いつも自分が損をしていると思った零歩ちゃんは、冷蔵庫にりんごジュースがあったのを見つけて
こっそり飲んでしまうことにしたのだ。
残しておいては勝手に飲んだことがばれると思って、500mlのペットボトル一本まるまるのみほした。
冷蔵庫のものがなくなってて、その分ゴミが増えてればばれるのだがそこは子供の知恵。
普通なら、ペットボトル一本を二人で分けても余るほどなので、
ちょっとのみすぎでおなかがたぷんたぷんするほどだったが、
零歩ちゃんは大好きなりんごジュースを久々に思う存分飲めて幸せだったし、日頃の鬱屈が晴れる思いだった。
ところが。
まだ小さい零歩ちゃんにとって、当然ながらりんごジュースは多すぎた。
30分もしないうちに零歩ちゃんは急速におしっこがしたくてたまらなくなった。
変に二人に公平な母親の方針のせいで、二人はトイレに行くのも一緒だった。
二人の家にはわざわざそのために誂えたのか、個室が2つ並んでいて、二人は同時にトイレに行くよう躾けられている。
旅先のホテルなどでは、部屋に便器が一つしかないときには無理やり並んで立ちションさせられたり、
わざわざ個室がいくつもあるところまで行って用を足したりしたし、喫茶店でトイレに行きたくなった時には
*一つしかないから*我慢しなさいと言われたこともある。
零歩ちゃんは溺ちゃんの様子をうかがったが、出掛けに二人でおしっこをすませたばっかりでもちろんトイレに行きたい様子はない。
早く溺ちゃんもおしっこしたくならないかな、と心の中で願う零歩ちゃん。
しかし溺ちゃんが尿意を催すより何倍もの速さで、零歩ちゃんのおしっこ我慢は危険水域をとっくに越えてしまった。
そわそわが止まらず、じっとしていられない。おしっこの出口がじんじんする。
零歩ちゃんは思い切って、溺ちゃんをトイレに誘った。
溺ちゃんとしては全然おしっこなんかしたくないから、なかなかトイレに行こうとしなかったが
零歩ちゃんの様子が真剣なのでやっとトイレに行くことにしてくれた。
黙って1人でトイレに行けばよさそうなものだが、トイレが一つしかないところでは我慢させられたりしてずっと過ごしてきた
2人にとっては、トイレは2人同時に行かなくてはならないものなのだった。

182名無しさんのおもらし:2014/10/27(月) 00:46:19
そうなってくると問題が一つある。この公園には男女共用の、仮設トイレのようなものが一つしかない。
近所のコンビニも多分便器は一つだろうし、そもそも子供だけで勝手に店などに行ってはいけないといわれている。
となると公園から家に戻るのはちょっと遠いので、焦る零歩ちゃんは比較的近い小学校に行くことにした。
2人用のトイレ環境が揃わないと用をたしてこなかった二人は、今までの短い人生のわりにはおしっこを我慢することが多かったが、
今日の零歩ちゃんのおしっこは今までにないほどつらい。
小さい子供が500mlものジュースを一度に飲んだのだから、経験したことのないほどの量が一気にたまってしまったわけだ。
人目はばからず前を押さえて、時々足踏みしながら不規則にあるくせいで、零歩ちゃんはなかなか小学校に近づかない。
自分は全然トイレに行きたくない溺ちゃんはなかなか来ない零歩ちゃんにいらいらして、早くこないと小学校に行くのやめようかなと言う。
そんなこんなで泣きそうになりながら、ようやく零歩ちゃんはめあての小学校までたどりついた。
放課後の校庭には遊んでいる同級生の姿もあった。溺ちゃんがそっちに行こうとするのを必死でひきとめて
体育館脇の外トイレに。もともと使用者の少ないトイレで、思ったとおりたくさんの個室は誰もつかっておらず貸切状態だ。
零歩ちゃんと溺ちゃんは空き待ちのタイミング合わせにわずらわされることもなく、スムーズに個室に入れた。
まにあった!やっとおしっこできる!
零歩ちゃんは一生懸命とざしつづけてきた尿道を心ゆくままにゆるめた。
じわっ。じわじわっ・・・・・・
我慢しつづけた尿道がなかなか開放されないじれったさ。やがて
ぷしゃああっ!
零歩ちゃんの小さい膀胱には無茶なほどの量がつめこまれていたおしっこが、勢い良く噴き出した。

しゃああっ!・・・…

・・・

しぃぃっ!

・・・

しょろろっ!

おかしい。まだおしっこはほんのちょっとだけがほとばしっただけだ。
たまりにたまった量がちっとも減っていないのに、おしっこが続かない。少し間をおいて申し訳程度に数滴飛び散るだけだ。
カラカラとペーパーを取る音がして、続いて流す音がすると零歩ちゃんのおしっこはもう全く出なくなった。
まだぱんぱんの膀胱は全然すっきりしていないのに。むしろおしっこを出してしまったせいで
おなかの中をおしっこが激しくうずまき暴れているかのようで、尿意はおしっこが噴き出す前より数倍はげしい。

183名無しさんのおもらし:2014/10/27(月) 00:47:57
ノックの音がして、溺ちゃんが心配する声がするまで、零歩ちゃんはどうにかしておしっこを出そうと悪戦苦闘していたが
おなかをもみほぐしても、割れ目をいじってみても、おしっこは出ない。
溺ちゃんの声を聞いて、零歩ちゃんはなぜおしっこが出ないのかなんとなく分かったような気がした。
元々そういう体質だったから二人同時にトイレに行くよう躾けられたのか、はたまた躾のせいで二人の体がそうなってしまったのか
二人はジュースをもらえる量も、トイレ待ちの時間も平等なように、おしっこを出せる量も平等に同じなのだ。
家でトイレを済ませてからそんなに時間がたっていないので、ジュースを勝手に飲んでいない溺ちゃんのおしっこは
ほんのすこししかたまっていなかったのだろう。尿意も感じていないのだから、少し出ただけでもいい方だ。
一方の零歩ちゃんはぱんぱんの膀胱が一刻も早くおしっこを体の中から出してしまおうと、強い力で勢い良く送り出す。
でも溺ちゃんの申し訳程度のちょろちょろおしっこの量に追いついてしまうとそこで零歩ちゃんのおしっこは
いったんストップしてしまったのだろう。溺ちゃんの量がおいつくとまた少しだけ零歩ちゃんもおしっこが出る。
これが零歩ちゃんのおしっこが断続した理由なのだろう。そして零歩ちゃんが残りのおしっこが止まってしまった理由でもあるだろう。
幼い頭で漠然とこのようなことを理解した零歩ちゃんは気がとおくなりかけた。
この先、溺ちゃんにたっぷりおしっこがたまるまで、零歩ちゃんはぱんぱんの膀胱から解放されないのだ。

実際は溺ちゃんにおしっこがたまると普段平等に飲み物を飲んでいる零歩ちゃんにも同じ分だけおしっこがたまるので
溺ちゃんがたっぷりおしっこをすませて、零歩ちゃんが同時にたっぷりおしっこできたとしても、
やっぱり差し引き500mlのジュース分のおしっこは残ってしまうのだが、まだ幼い零歩ちゃんにはそこまで想像力はなかったので
残酷な現実を直視せずにすんだ。
あと母親が捨てられた空きボトルと零歩ちゃんの様子から全てを理解して、溺ちゃんをうまくごまかして多めに水分をとらせたので
一日ちょっとでだんだん差をつめることはできたが、
ぱんぱんの膀胱で夜を迎えた零歩ちゃんと、寝る前にもたくさん水分をとらされた溺ちゃんはその夜
小学○年生にもなって盛大におねしょをしてしまった。
零歩ちゃんは翌日も少し残った差分で辛い思いをし、ジュース抜け駆けの自業自得をいやというほど思い知ることとなったのでした。おしまい

184名無しさんのおもらし:2014/10/27(月) 00:48:25
おねしょはおもらしに入らないか。しまった

185名無しさんのおもらし:2014/10/27(月) 00:56:25
これの発展系で

とある人がしたおしっこの量だけしか膀胱内の尿が減らない子たち(複数)
分量の割り当ては元の人の1回ごとにランダムでそのうちの1人に

というのを昔考えた
もしそんな状況になったら複数名の子たちは
元の人に一般人の水分摂取量の最低限人数倍くらいを無理やり飲ませようとする行動に出そう
一見複数人による1人に対するおしっこ我慢イジメのようで、実は複数人の方が困っている状況

186名無しさんのおもらし:2014/10/29(水) 19:23:50
gj
でも個人的には辛くて出したいがために行動するって言うより
やっぱり、出そうだけど、恥ずかしいから出したくないのが好き

187名無しさんのおもらし:2014/11/24(月) 11:03:48
せっかく良い挿し絵があるのにすぐ消えちゃうのが惜しい
併せて読みたいんだよなあ

188事例8裏「篠坂 弥生」と断水の日。@弥生-前編-①:2014/12/02(火) 20:55:50
「ふぁ〜あぁ……弥生ちゃん、おはよー…」

大きな欠伸をしながら教室に入ってきた真弓さんは、私に朝の挨拶をする。

「おはよう……眠そうだね?」

私はいつにも増して眠そうな真弓さんに、挨拶と質問を投げかけた。
少し怠るそうにしながら軽く手櫛で髪を梳きながら答える。

「うーん、ちょっと漫画夜中まで読みすぎたかな……」

あー、うん。真弓さんらしいどうでもいい理由。

<♪〜〜〜>

真弓さんのカバンから携帯の着信音が鳴る。

「あー、しまった、マナーにしてなかった……ってこの音、あやりんからのメールじゃん」

真弓さんはごそごそとカバンの中を漁る。
どうやらメールらしい。

――雛さん専用の受信音……私も後で設定しておこうかな?

そこまで考えて、雛さんがまだ学校に来ていないことに気が付く。
もう直ぐ授業が始まるのに……真弓さんへのメールは遅刻するといった内容なのかもしれない。

「……あやりん風邪かぁ」

「っ! え? もしかして休んじゃうんですか?」

「んー、とりあえず今日は休むから先生に伝えといてって書いてある」

私は肩を落とす。
私は学校での雛さんとの日常が凄く好きで……。
逢えないとなると……大きなため息を吐いてしまいそうなくらい残念に感じる。

……。

――って違う違う!

私は大きく頭を振る。
残念がるより普通心配が先……自分の事を優先して考えていたことに少し自己嫌悪する。

でも、一度心配しはじめると、今度は凄く心配になってくる。

189事例8裏「篠坂 弥生」と断水の日。@弥生-前編-②:2014/12/02(火) 20:56:51
「まぁ、メールを送れるくらいには元気って思っておいてもいいんじゃない? それに、多分あやりんのお母さんも昼くらいまでは家にいるし」

私の顔色を見て、真弓さんがそう言う。
相変わらず凄く察しが良い……でも――

「――っていうか、なんで雛さんの家庭事情知ってるんですか!」

私の知らない雛さん関連の情報に何故だが小さな怒りを覚えて、強く返す。
真弓さんは少し驚いた顔をして目をパチパチとさせる。
だけど、直ぐに口の端を吊り上げ、ゆっくり目を閉じて胸を張りながら答える。

「まっ、私はあやりんの“親友”ですから〜」
「わ、私も親友です!」

私は間髪いれずに返す。

「わかってるよ、ただ、家に行ったことないでしょ?」

そう言われて私は返す言葉を失う。

「私は一度だけあるからさ、そのとき聞いたんだよ。多分、家に行ったのが弥生ちゃんでも話してたと思うよ」

真弓さんは「ただ、そう言う話が偶然聞けただけだから」と続けて笑ってみせる。
普段不真面目な態度なのに……私の嫉妬心にフォローを入れてくれる。
本当良い人――明らかにからかわれた気もするけど。

夏祭りで恥ずかしい失敗してしまった時も一緒に帰ってくれて、凄く慰めてくれた……。
そのあと雛さんとの気不味い感じをどうにかしようと
喫茶店でのお茶会――――霜澤さんに偶然会い、なぜか一緒にお茶することになるトラブルがあったけど――――も企画してくれた。

<キーンコーンカーンコーン>

予鈴がなり真弓さんが席に戻ると同時に、廊下を慌しく走る音が聞こえ、担任の文城先生が教室に入ってくる。

「はいっ!! セーフッ!」

予鈴が完全に鳴り止んでからで、全然間に合ってないけど文城先生的にはセーフらしい。
というか先生の立場で廊下を走るのは如何なものかと。

「せんせー、あやりん風邪で休みって連絡貰ったよー」

「え? ……んー、サンキュー黒蜜。えっと、雛倉が風邪で休み――っと、ほかは……大丈夫そうだな」

真弓さんから休みの話を聞いた後、適当に周囲を見渡し出席を確認してから「えーと」と声に出し、堰を一つついて再度口を開いた。

「実はだな、1時間目の授業の時間20分貰って来たんだ……
というのもうちのクラスだけ後期の委員名簿が出てないと怒られた、今からさくさく作るから協力してくれ」

……あぁ、この人完全に忘れてたんだ。

190事例8裏「篠坂 弥生」と断水の日。@弥生-前編-③:2014/12/02(火) 20:57:38
「んじゃまずは……クラスいいんちょ……前期は雛倉だったか……
面倒だし継続でいいかな? 一応賛成反対の決取るから目を瞑って手を上げてくれ」

――面倒だしって……随分適当。

文城先生が私達に目を瞑る様に指示を出す。
そして賛成の人は手を上げるように指示を出す。
私は迷わず上げた。
雛さんは自分で向いてないって言っていたけど、私はそうは思わない。
逆にクラスで一番向いてるんじゃないかって思う。
でも、自分だけ手を上げてるような不安もあって、私は気が付かれない様に目を細く開く。
私の席は後ろの方で、ぱっと見ただけでも真弓さんと檜山さん、他3人程度が手を上げていた。

「んじゃ次は反対の人ー」

私は手を膝の上に置く。反対の人……いるのだろうか?
いまいち賛成の人数も多いのか少ないのかわからなかったので、このときもダメだと思いながら私は目を細めて見ることにした。

――えっと……あ。

見える範囲に一人だけ、肘を机につけたまま遠慮がちに手を上げる人がいた。
その人は黒髪で長髪の……朝見さんだった。

雛さんと余り仲がいいとは言えない相手。
いや、仲が悪いと言ったほうが適切だろう。
ただ、最近は干渉することをやめて、互いに避けてるような気がする。

避けて関わらないようにしてるはずなのに……なぜ手を上げたのだろう?
他の多くの生徒が両方に手を上げなかったように朝見さんもそうするのが自然……。
彼女は何を思って手を上げたのか……本当に向いていないと思ったのだろうか?

「よーし、目を開けていいぞ。結果は継続だな。えっと次は――」

淡々とこれが続き、実に半数くらいの人が委員継続と言う結果になった……適当すぎる。
最後に何か別の話しをしていた気がするけど、下腹部に溜まり始めた物に注意を奪われ、聞き逃す。
文城先生のことだし、恐らく大したことではないだろうと勝手に決め付けておく。

そんなことより、下腹部に溜まり始めた物の方が心配だ。
それは、朝2杯飲んだ飲んだ牛乳が恥ずかしい熱水へと変わったもの。
普段は朝のHR前か後に済ませるのだけれど、朝、雛さんや真弓さんと話す機会が増えたことで、最近ではHR後に行くようになっていた。
朝のHRと1時限目の間には短いが5分の休憩がある。特に文城先生は話が短く直ぐ終わる場合が多い。
だけど、今日はそうは行かない。次授業の先生が既に来て待機している。休憩は無いだろう。

――あと30分……まだそんなにしたくないし全然大丈夫だよね?

私は結構――というより可也“近い”方だから不安が大きかったのだけど
このあとほんの少し我慢が辛くなった程度で、どうにかお手洗いには間に合った。

191事例8裏「篠坂 弥生」と断水の日。@弥生-前編-④:2014/12/02(火) 20:58:28
――
 ――

――相変わらず高い冷水機……。

私はそう感じながら背伸びしながら冷水機の水を喉を鳴らして飲む。
体育は苦手――勉強も得意じゃないけど……。

「はぁ……」

満足するまで水を飲み干してお手洗いに向かうことにする。
だけど、お手洗いの前には4人ほど人が居て、直ぐに済ますのは無理そうだった。
いつもなら並んでいても2人くらいで、それくらいなら待つのだけど……次の授業もあるし着替えもしなくてはならない。

――着替えてから別のお手洗いに行こう……。

そう思い私は更衣室で着替えた。

――
 ――

4時限目の現国、35分を過ぎた所。
私はお手洗いに凄く行きたくなっていた。

……理由は簡単。着替えていたらお手洗いに行くのを忘れていたから。

普段体育の時は授業終わって直ぐに行くのだけど
後回しにしたのが失敗だった。
いつも授業の合間に済ませているわけだけど
それは尿意に関わらず行ってる日課であり……つまりはその日課を済まし損ねたって事で……。
加えてちょっと飲みすぎた気はしてた。

――またやっちゃった……。

今朝の事もそうだし、1学期の時も同じように飲みすぎて大変恥ずかしい目にあった……他にも――いやそれはいい。
とりあえず、それを全然学習できてない自分が情けない。

――あと15分だけど……ギリギリかも…言った方がいいよね。――よし!!

万が一間に合わなくなって恥ずかしい目に合うくらいなら……そう思って私はお手洗いの許可を先生に要求する覚悟を決める。
以前の私なら多分そんなこと出来なかった。でも雛さんや真弓さんに会って、ほんの少し変われた気がする。

「せんせー、もれちゃいそうで〜す」

――っ!? ちょ、檜山さん!

檜山さんが最悪のタイミングでお手洗いの許可を得るために手を上げながら…もう片方の手はスカートを抑え、恥ずかしい台詞を吐いた。
当然私は、あんな恥ずかしい台詞の後に続いて「私も行きたいです」とは言えず、
行き場の失った覚悟を恨みに変えて歯を食いしばり檜山さんを睨む。
大げさな格好をしてるけど、きっと私より我慢してない……そんな気がする。

――はぁ……。

私は嘆息する。
恨みを込めて檜山さんを睨みはしたものの、別に檜山さんに非があるわけではない。
だが、こうなってしまっては仕方がない。どうにか昼休みまで我慢するしか……。
そうすれば、恥ずかしい思いをしなくてもお手洗いへ行ける。なんの問題もない。

――でも……う〜…。

自然と足がソワソワと動く。
あれだけ水を飲んでしまったのだから、尿意が強くなるのも当たり前……。
だけど、ここは我慢しかない。

192事例8裏「篠坂 弥生」と断水の日。@弥生-前編-⑤:2014/12/02(火) 20:59:06
――
 ――

檜山さんの恥ずかしいもれちゃう宣言から10分が経った。
檜山さんはすでにお手洗いから戻ってきている。
私はと言うと……。

机の下でスカートの前に手を添えていた。

――あう…やっぱり辛いよ……。本当に我慢…出来るかな…?

そう思いながら、添えられた手に力を込め、抑える。
いくら机の下で見られていないとはいえ、はしたない……判っていながら手を離すことが出来ずに居た。

<キーンコーンカーンコーン>

授業を終えるその音に私は顔を綻ばせる。

「あ〜、悪い……キリのいい所まで進ませたいから、あと3分だけ……」

――……え?

私にとって最悪の台詞。
次が昼休みだから少しくらい過ぎても問題ないとでも思ってるのかも知れない。
私には大問題なのに……。

私は心の中でどうすべきか悩み、そして焦る。
この3分は私にとって致命的……だけど、今お手洗いだと申し出ることは
その3分が我慢できないと宣言するのと同義で……とても恥ずかしくて言えたことじゃない。

突然与えられた延長戦に緩んでしまいそうな私のか弱い部分を両手で必死に抑える。
1分、2分……秒針がとてつもなく遅く進む。
汗が噴出す。

――やだ……早く…まだなの?

時間は進まないのに尿意が刻々と強くなる。
後ちょっと……それがこんなにも辛い。
大丈夫…大丈夫だとそう自分に言い聞かせるが、不安が拭えず
その不安がより尿意を強くする。
そして――

――あっ…やぁ……波が!

私の膀胱が悲鳴を上げて中のものを搾り出そうと収縮する。
私はそのイケナイ感覚に身を震わし、前のめりに身体を倒して両手で抑え込む。

<じゎ…>

――っ!?

必死に閉じているはずの足の付け根から、ほんの少し、滲み出るように溢れ出す。
仄かに感じることが出来たそのじんわりとした独特の湿り気に私は焦った。
あと少しで終わる、それからまた3分と言うあと少しの時間。
予定ではギリギリ間に合うはずだった、下着を汚してしまう失敗なんてしなくて済むと思っていた。
だけど、やはりこの3分は私にとって境界線で……急に突きつけられたその状況に対応できずに居た。

193事例8裏「篠坂 弥生」と断水の日。@弥生-前編-⑥:2014/12/02(火) 20:59:59
――だめ、絶対だめ……こんな所で…おもらしなんて絶対やだ……。

入学してから今までしてきた度重なる失敗。
その回数はすでに中学3年生の時の失敗回数に並んでいた。
それに……中学の時は一度も誰かに見られる状況での失敗は無かった。
だけど、私は今、少しでも気を抜こうものなら決壊してしまうような状態で
クラスメイト全員に見られる授業中の教室と言う環境の中に居る。
絶対失敗なんて許されない――絶対に我慢しなくちゃ!

――でも……本当にもう……。

ほんの少し湿らせてしまった下着が、再度我慢しなくちゃダメだと決意した私に現実を感じさせる。
我慢できずに溢れさせてしまった事実はなくならず、ただ冷たさに変わるだけ。

「はい、ここまで。延長ごめんね、号令はなくていいから各自休憩して」

そんな先生の声が聞こえた。

――や、やったー! 今度こそお手洗いにいける! ……大丈夫、きっと間に合う!

後はお手洗いまで……そこまで我慢すればいい。
下着を汚してしまったのは恥ずかしいことだけど……誰かにバレることはないはず。

「弥生ちゃーん!」

真弓さんの私を呼ぶ声が聞こえる。

「連れションいこうよ!」

――……ストレート過ぎ。

私は我慢している事を悟られないように装い、軽く頷き一緒に行くことを了承する。
というか、真弓さんを良く見ると寝癖が……寝ていたらしい、いつもの事だけど。

私は机に手を付き立ち上がる。

<ジュッ…>

――え? ……ぁ。

私は動きを止める。
確かに感じた、新たに広がった温もり。
油断……波も来ていなかった為、手を離し、立ち上がるくらい大丈夫だと思っていた。
だけど、立ち上がってみると、背を確りと伸ばすことが出来ないくらい辛い状態であることに気が付く。

「遅いよー。早く行こっ」

「う、うん」

――私、真弓さんの前で……少し…出しちゃったんだ……。

気が付かれていないが、そう思うと恥ずかしくてたまらなかった。

194事例8裏「篠坂 弥生」と断水の日。@弥生-前編-⑦:2014/12/02(火) 21:00:55
真弓さんの後に付いて膀胱に負荷が掛からないように軽く前屈みに――――あまり不自然には見えない程度に!――――
なって気を緩めず、慎重に歩く。
……抑えたい。だけどそれを必死で我慢して私は歩みを進める。

私の前を歩く真弓さんが教室を出て左に歩みを進めた。

――え? あれ?

私は混乱する。
この教室から一番近いお手洗いにいくには右に行かなければいけない。

「ま、真弓さん?」

私は平静を装い尋ねる。すると振り向きながら「ん? なに?」と返す。

「お、お手洗いならあっちじゃ……」

「え? 今日工事で1年のトイレは断水でしょ?」

――……断水?
今日行ったけどなんとも無かったはずなのに……。

「朝言ってたじゃん? 12時から1階だけ断水って、だからトイレなら2階でしょ?」

どうやら、私が朝聞き逃していたのはこの事らしい。
真弓さんはそれだけ言うと、また前を向き歩き出す。

私がお手洗いを済ませるには、2階のお手洗いまで行かなければならないということ。
もじもじと足を擦り合わして、スカートの裾を握り締める。

――ま、間に合う……よね?

限界の迫る身体に言い聞かせる。
ほんの少し遠くなっただけ。もう直ぐだから。
だけど油断しちゃダメ。確り我慢しなきゃ。

「ぁ……」

必死に真弓さんに付いて歩くが階段を見て思わず声が漏れる。
だけど立ち止まっていてはいけない。
落ち着いているうちに行かないと本当に間に合わなくなる。
一歩一歩慎重に足を踏み出す。
小さな段差を上るために足をほんの少し高く上げる。
ただ、それだけの動作が膀胱を激しく刺激し凄く辛い。

「はぁ……はぁ……」

辛い……本当に。

195事例8裏「篠坂 弥生」と断水の日。@弥生-前編-⑧:2014/12/02(火) 21:01:44
どうにか階段を上り終える。
だけどまだそこはゴールではない。
廊下を歩く真弓さんに必死についていく。

――っぁ……。

不意に感じる尿意が膨らむ気配。

――だめ……まだ、まだなの……。

慎重な歩みから焦りの歩みに変わり、足を踏み出すペースが早くなる。
視界に映るお手洗い……それに私の身体が反応している。
あとちょっと、もう直ぐお手洗い……。

ゾクゾクとした感覚が襲う。
膀胱が小さく収縮して私を追い詰める。
もう、平静なんて装えない。

――も、もう出ちゃう!

私は前を歩く真弓さんの横をすり抜けお手洗いに急いだ。

お手洗いに入ると一番奥の個室が開いていた。
もし塞がっていたらと思うと……。

私は慌てて個室に飛び込み、鍵を――

<ガチャガチャ>

――あ、あれ?

何かに引っ掛かりなかなか鍵が掛からない。
私はよく手元を確認する。

――……え? う、うそ、壊れてる!

目に入ったラッチ錠は、ラッチと受けの位置がずれてしまっていた。
お手洗い……いや、個室と言う空間に来たことで、尿意が一層膨れ上がる。

――どうすれば……そ、そうだ、扉を手で押さえてしちゃえば……。

本来ならそんな大胆で恥ずかしいこと出来ない。でもこのままじゃ本当に我慢できない。――此処まで来ておもらしなんて出来ない!
他の個室もまだ開く気配も無い。だったら……。

私は視線を便器の方へ向ける。

――……っ!

私は頭が真っ白になる。
跨って済ませる和式の便器から扉までの距離。
どうやっても手が届く距離ではなかった。

――お手洗い……凄く遠い……。

それは手が届かない物理的な距離だけじゃなく、済ますことの出来ない状況から出た表現。
身体が震える。恥骨から頭までゾクゾクとした感覚が走る。

196事例8裏「篠坂 弥生」と断水の日。@弥生-前編-⑨:2014/12/02(火) 21:02:32
――だめ……どうしよう? どうしよう? どうしよう!?

「弥生ちゃん、大丈夫?」

真弓さんの声。
私は思いつく。真弓さんなら……。

私は震える身体を必死で抑えて口を開く。

「ま、真弓さん! あの…お願いがあ――っ……」

<ジュッ!>

私は言葉を途中で止める。
だけど、止めなきゃいけないのは言葉ではない。

<ジュワー……>

抑えこむスカートに染みが広がる。

――うそ…やだ……。

扉に体重を預ける様にして前屈みになる。
止めなきゃ、止めなきゃ……そう何度も心の中でつぶやき、力を込める。
でも、だめ……わからない。どうやったら止めれるのか、どうしたら力がはいるのかが。

「――? ――」

扉の外で真弓さんが何か言っている。
凄く遠くから聞こえる……。

<ジュー><ぴちゃ、ぴちゃ>

押さえて抑えて……どんなに押さえても抑えられない。
スカートに広がる染みはさらに広がり、腿に流れ靴下に染み靴を濡らす。
スカートの奥から雫が落ち個室の床で水音を立てる。

「あっ――っはぁ……んぁ…ぁ……やっ…――と、とま……」

もう、わかってる。
私はまた……。

「え? ちょっと弥生ちゃん……(ごめん、ちょっとそのまま、隠れてて!)」

真弓さんの声……その後お手洗いから駆け出していく足音が聞こえた。
私は真弓さんの指示に従う。従うしかなかった。
私のその恥ずかしい水は7割以上出てしまいながらも途中で止めることができた。でも何の意味もない。
下着を湿らしてしまったのとはわけが違う。

――また、やっちゃったよ……。

視線を落とす。そこには色濃く染まったスカートと私の作った恥ずかしい水溜りがあり……それは言い訳の効かない明らかな“おもらし”で……。
個室に入ってた人達にはバレてるかもしれない……此処を開けられて、恥ずかしい姿を見られるかもしれない。
水溜りの上で必死になって扉が開かないように手で押さえる。
そんな自分の姿が、情けなくて、馬鹿みたいで……目に溜まる涙が静かにいくつも零れていく。

――雛さん……真弓さん……。

親友の名を心の中でつぶやく。
二人に見られたくないのに、恥ずかしいはずなのに……。

それなのに私は、……今、二人に凄く縋りたい……近くに居て欲しい。
そう思ってしまう。

つづく。

197事例の人:2014/12/02(火) 21:04:11
最近『声』が全然仕事してない

198名無しさんのおもらし:2014/12/02(火) 22:01:16
言われてみれば確かに声が全然仕事してないね。 綾菜が風邪で寝込んでる時にこんな事があったのか、あれ?この話って某所で書いてたマンガを小説にしたのかな。あのマンガは好きだったので小説でも読めるとは最高です。後半は一体どんな話になるのか楽しみだぜ。

199名無しさんのおもらし:2014/12/02(火) 22:34:38
待ってました!
弥生ちゃんおまた緩すぎだろと思ったら中学でもおもらしっこだったのか

200名無しさんのおもらし:2014/12/03(水) 08:12:39
弥生ちゃんは恥ずかしがりやでかわいいなあ
やっぱり、我慢する不運な少女の話は最高ですね!

201名無しさんのおもらし:2014/12/03(水) 14:56:42
あげとこう

先を越されていい出せない、カギのせいで目の前の【楽園】おあずけ等
状況の作り方がいいね

202名無しさんのおもらし:2014/12/06(土) 05:46:01
またあげとこう
こんばんがたのしみ♪

203名無しさんのおもらし:2014/12/06(土) 17:13:54

この世界には、『式神契約』というものがある。
『式神』となる人間は術者の魔力を受け、己を使役する術者の盾となり矛となる。
契約が済むと、術者と式神には特別な繋がりが生まれ、感覚を共有しながら共に成長してゆくのだ。



とある修練場に、ひとりの式神の少女が居た。
相方の術者である少女は今ここにはいない。
契約があるとはいえ、四六時中一緒にいるわけでもないのだ。
式神の少女は呪文の鍛錬をしながらも、頭の中は相方のことと、もうひとつのことでいっぱいだった。
相方に対するものは、心配や恋情などでは決してない。あえてそれに名前を付けるとしたら、怒り。
(あの馬鹿、繋がってること忘れてるんじゃないでしょうね…!)
少女のほかには誰もいない修練場の真ん中で毒づくが、それは怒りと同時に湧き上がってきたもう一つの欲求に遮られてしまう。
少女は反射的に両足を包む袴の間に手を差し入れ、それから恐る恐るといった様子で手を放す。正座の状態になった両足は、その姿勢を崩さない程度にもじもじと動いている。


さて、ここでもう少し詳しく『式神契約』について説明しよう。
先ほど述べた「特別な繋がり」とはなにも魔力の受け渡しに限った話ではない。体の感覚――寒さや痛みなども、一方が感じれば自動的にもう一方にも感覚が行く。実際に傷ができるわけではないが、痛いものは痛い。そして、それは、尿意にも適用される法則だった。
つまり端的に言えば式神の少女は、どこかにいる相方の『おしっこ我慢』のとばっちりを受けているのだった。


「み、水の神よ…、っ、敬虔な使徒に、ぁ、力を、さず、けたまえ…っあ、」
目の前に広げた、呪文の書かれた巻物の字を切れ切れに唱える。水、という言葉に小さく反応する。
実際にはほとんど膨らんでいない彼女の膀胱は、まるで危険水域に至っているような感覚を先ほどからずっと発し続けている。
ならば相方が厠に行けばいい話なのだが、生憎と今日は二人に仕事が入っていなかったために、相方は朝からどこかに出かけたままだ。早く厠に、とせっつくことすらできない。
朝、どこそこに行ってくるという話をされたような気はするが、その時は興味もなく聞き流していた。
つまり、どこかに居る相方が自分の意思で厠に行かない限り、この式神の少女は虚構の尿意から解放されることはない。
ここまで強い尿意を抱えた相方が何をしているのか知る由もないが、きっとすぐに厠に行くだろう。そう楽観視してはいるものの、期限の切られない我慢は辛い。

いくら限界が来ようとも、漏らすことがないのは救いだろうか。
それとも、自分の意思で解放されることのできない我慢は苦痛か。

腰を左右に揺らしても、ぎゅっと股間を抑えても、前かがみになっても尿意の辛さは変わらない。
はち切れそうな膀胱を抱えて、今もどこかで『本当の我慢』をしているのは、彼女ではなく相方だからだ。
もしかしたら買い物の途中で催して、厠を探している最中かもしれない。そういう話を聞いたことはないが、意中の相手とどこかを歩いていて、言い出せないのかもしれない。
いいから早く厠に行け、と想像のなかの術者の少女に怒りをぶつけるが、そんなことをしても仕方ない。
極限状態といってもいいほどの虚構の尿意に苛まれた式神の少女は、鍛錬を諦めることにした。

正座の状態から、腰の引けた状態でゆっくりと立ち上がる。途中、強い波が襲ったが、術者は漏らさなかったらしい。更に強くなった尿意がそれを伝えてくる。
巻物をまとめ、所定の場所に片づけ終え、修練場の戸に手をかけた時、『それ』は起きた。
「っ、あ…待って、っ〜〜」
いままでで最大級の尿意に、たまらず崩れ落ちる。漏らすことはないと頭では分かっていても必死で押さえつける。
長い時間我慢させられた尿意は、それが実在していないとしても少女に解放の快楽を感じさせるには十分だった。
時折弱まる排尿感は、もしかして術者は排尿を止めようとしているのか。
それがもどかしくて、無意識に式神の少女は下腹部にぐっと力を込める。ちょうど、自分が排尿するときのように。
数分が経っただろうか。あれほど式神の少女を悩ませた強い尿意はすべて消え、少女は床から立ち上がる。と、同時に違和感を覚えた。
先ほどまでは体に馴染んでいた袴がいやに重い。
恐る恐る少女が目をやると、愛用の袴はちょうど股から下の一部を濃く変色させていた。

204名無しさんのおもらし:2014/12/06(土) 17:21:59
いつか術者ちゃんの側も書きたい

205名無しさんのおもらし:2014/12/26(金) 02:12:41
式神ちゃんめっちゃかわいい

206名無しさんのおもらし:2014/12/26(金) 02:39:33
20日間か…

207名無しさんのおもらし:2014/12/26(金) 15:16:34
過疎ってるなぁ

208名無しさんのおもらし:2015/01/07(水) 16:08:03
あけおも

209名無しさんのおもらし:2015/01/08(木) 00:44:28
事例の人は今
PC(Pee Continence)の調子が悪いんだっけ

210名無しさんのおもらし:2015/01/12(月) 01:19:50
ぱんぱんっ、と賽銭箱の前で柏手を打ち、頭を垂れる。

(高校受験、失敗しませんように…っと)

菜々美は父親と二人で初詣に来ていた。
いつもは家の近くにある神社に行っているが、今年は高校受験を控えているということで、少し離れた学業成就で有名な神社にお参りすることになった。

(やっぱり有名な神社はすごいなぁ)

神社の敷地の中も外も、びっしりと屋台が立ち並び、通路は人で埋め尽くされている。

「菜々美、どうする?何か買ってから帰るか?」
「うーん…」

(クレープとかあるけど、こんな時間に食べると太っちゃうなぁ…)

辺りの屋台を見回しながらどれにしようか考えていたところ、ぷるるっ、と菜々美の体が震える。

211名無しさんのおもらし:2015/01/12(月) 01:21:34
(あ、結構トイレ行きたいかも…)

上半身は厚いコートを着込んできてはいるが、下半身は膝丈までのスカートだけなので、身体が冷えてしまっていたらしい。

「うん、食べ物はいいかな。私ちょっとお手洗い行ってくる」
「そうか、じゃあ車で待ってるから」

父と別れトイレを探す菜々美。
しかし、初めて来る神社なので、トイレがどこにあるのかわからない。
うろうろとさまよい歩くうちに、ようやく厠はこちらですという看板を見つけた。

(やっと見つかった…って、うそ、こんなに並んでるの!?)

参拝者の多さもあってか、女子トイレにはパッと見でも数十人以上の列が並んでいた。
中の個室の数は分からないが、このまま並んだら相当待つ事になるだろう。

(うーん、こんなに待つんだったら、早く帰って家のトイレを使ったほうがいいよね)

外の寒さの中トイレを待つよりも、暖かい車の中で家まで我慢した方がいいだろう。
そう考えた菜々美はトイレの列に並ぶのを諦め、急いで駐車場に向かった。

212名無しさんのおもらし:2015/01/12(月) 01:22:24
車に乗り込んでからしばらくは、尿意を我慢したままどうにか父親と世間話を続けることが出来ていた。
だが、家まで十分程度のところまで来たところで、膝をくるくると手で撫でまわしたり、脚を組み替えたりと落ち着かない様子を隠せなくなってきた。

(うぅ…したい、おしっこしたい…)

もし今学校の授業中だったら、先生に手を上げてトイレに行かせてもらうかもしれない。
奈々美はもうおしっこの事しか考えられなくなってしまっていた。

(がまん、がまん、がまん)

ぷるぷると震えるおしっこの穴に、必死に力を入れて抑える。
すーはー、すーはー、と浅い呼吸を繰り返しながら、それでもどうにか家まであとすこし、外は見覚えのある景色になってきた。

213名無しさんのおもらし:2015/01/12(月) 01:23:28
しかし、そこで父親が予想外の一言を発した。

「ガソリンなくなってきたから、スタンド寄るぞ」
「えっ、う、うん」

あと数百メートルもまっすぐ行けば家につくという所で、車は右手にあったガソリンスタンドに進入する。
もう少しでトイレに行けると思っていた菜々美は、思わぬおあずけを食らってしまった。

(こんな時に行かなくたっていいのに…おしっこ、おしっこっ…!)

ガソリンスタンドにもトイレはあるだろうが、奈々美はそんな事にも気が回らなくなっていた。
ぎゅっと膝をこすりあわせ、手をひざの上に置いて、奈々美は我慢の延長戦を続ける。

(本当ならもうトイレでおしっこ出来てたはずなのにっ…!)

一瞬、トイレでおしっこをしている自分を想像してしまう。それがきっかけになってか、一際強い尿意の波が菜々美を襲う。

(やっ!)

咄嗟にスカートの上からぎゅぅーっと、両手でお股を抑える。

214名無しさんのおもらし:2015/01/12(月) 01:25:53
(あ、危なかった…出ちゃうかと思った)

どうにか尿意の波を乗り越えられたが、次の波を我慢できるか怪しいかもしれない。

そわそわ、そわそわ。
まさにそんな擬音がぴったりなくらい、膝をぎゅっと合わせたまま体を揺すっておしっこを我慢する。
ガソリンスタンドを出て数分、しかし奈々美に取っては十分以上にも思える時間で、ようやく家に到着する。

片手でぎゅっと股間を握りしめながら、お腹に力が入らないよう慎重に、かつ手早くシートベルトを外して車から降り、前かがみのままよちよちと家のドアに駆け寄る。
家には母親と妹が残っているので、鍵はかかってない。

215名無しさんのおもらし:2015/01/12(月) 01:27:28
ドアを開けて玄関に入ると、温かい空気に一瞬体が弛緩する。
ぶるるっと身体が震え、おしっこが飛び出そうとする。

(もうちょっと、もうちょっとだからっ!)

トイレまであと少しという事実で自分を鼓舞しながら、片手でスカートの前を抑えたまま、もう一方の手で靴を脱ごうとする。
しかし、靴紐がきつく縛られている所為でなかなか脱げない。
その間にも、菜々美の膀胱は刻一刻と開放の時を待ち望んで、強烈な尿意を送り続けている。

(も、もう靴脱いでなんてらんない!)

菜々美は靴を脱ぐのを諦め、土足のままトイレに向かって歩き出す。
ひっぺり腰のままトイレの目の前まで辿り着き、ドアノブを一気に引き降ろす。

216名無しさんのおもらし:2015/01/12(月) 01:28:36
だが、がちゃん、という鈍い音を立ててドアノブは途中で止まってしまった。
見るとドアノブの中は赤く、施錠済みであることを示している。

「お姉ちゃん?おかえりー」

トイレの中から妹の声が聞こえる。

(なんで、こんな時にっ…!)

トイレが空いていればあと数秒でおしっこができるはずだった菜々美に、またしてもトイレのおあずけが下される。
おしっこが出る穴がひくひくと震え、尿道をおしっこが通り抜けてくる。

(だめ、だめ、まだ、だめなのっ…!)

括約筋に必死に力を入れるが、何度もおしっこを抑え込んできた菜々美の身体はもう限界に来ていた。
菜々美の必死の抵抗も虚しく、ちょろ、ちょろとおしっこが溢れでて太ももを流れていく。

217名無しさんのおもらし:2015/01/12(月) 01:29:06
「ちょ、ちょっと早く出て!」
「んー?わかったー」

カラカラとトイレットペーパーをまき取る音がする。
その間も、菜々美はぷるぷると身体を震わしながら、断続的におしっこを垂れ流し続ける。

(だめ、だめ、だめっ…!)

ガチャ。
トイレのドアが開き、妹が出てくる。

(おしっこっ!)

218名無しさんのおもらし:2015/01/12(月) 01:30:05
妹を肩で押しのけトイレの中に入った菜々美だったが、その真っ白な便器を目にした瞬間、まるでおしっこの穴を塞いでいた栓が抜けてしまったかのような圧倒的な尿意が菜々美を襲う。

(あっ、やっ、だめっ!)

じょろろろろろろ。
スカートを一瞬で黄色く染め上げながら、滝のようにおしっこが溢れ落ち、トイレの床に水たまりを作っていく。

「ちょ、お姉ちゃん!?」

妹がぎょっと目を見開いて、便器の目の前で立ったまま突然おしっこを始めてしまった姉の姿を見つめる。

(やだ、止まってぇ…!)

両手をあてがい必死におしっこを抑えこもうとするが、二度のおあずけを食らってしまったおしっこはもはや止めることは出来なかった。
妹にその一部始終を目撃されながら、菜々美のおしっこはばちゃばちゃと床の水たまりを広げ続けていった。

219名無しさんのおもらし:2015/01/12(月) 02:02:45
ふむ、オーソドックスな良作です

他も期待しています

220名無しさんのおもらし:2015/01/14(水) 08:08:39
やっとトイレにいけると思ったら誰かが入っている
いい展開ですね

221事例8裏「篠坂 弥生」と断水の日。@弥生-後編-& ◆plUe0InTVs:2015/02/05(木) 19:34:19
「はぁ……」

私は駅に向かって歩く。
結局、保健室から着替えとかを真弓さんに持ってきてもらって事なきを得たが
今回は――――"今回"とか言っちゃう辺り常習犯なのを自覚してて情けない――――そのまま授業を受ける気になれず早退してしまった。

「あぁー、もう、なんで……あぅ……」

私は頭を抱えながら意味のない声を小さく零す。
頭の中に"おもらし"と言う言葉がグルグル回ってる。
何度失敗しても慣れない。恥ずかしさや悔しさ、憂鬱な気持ちやなんとも言えないやるせなさ。
それが複雑に絡み合い、胸が締め付けられているような苦しさを感じる。

――どうして我慢できないかなー、今日だって、隣の個室が開くまで我慢すれば……そうじゃなくても
真弓さんに後一言伝えて、扉を開かないようにしてもらえれば……。

後者の行動はどうしても我慢できそうにない私が取ろうとした行動。非常に恥ずかしい最終手段。
冷静になって考えれば、凄く大胆な行動で……でも、結局それすらも我慢できず……。

「はぁ……」

また嘆息する。わかってる、悪いのは全部私。
飲みすぎたのも、お手洗いに行き忘れたのも、授業中に申告てきなかったのも、我慢できなかったのも全部私。
誰かのせいなんて言い訳しちゃいけない、全部私の責任……。

――あーもう、いいや、早く帰って寝ちゃおう……。

深く落ちていく思考を続けるのが辛くなって、故意に思考を中断させる。

電車に乗り込み、座席に座る。
しばらく私は電車に揺られる。一駅、二駅……。
乗りなれた電車。でもいつもと違う時間。乗車してる人も若干違うし少し違和感のある感じ。
その不思議な妙に落ち着かない感覚を体験することとなった理由……私の失敗。
……考えたくないのに。

「はぁ……」

もう何度目になるかわからない嘆息。
それと同時に、私の小さな下腹部が不快な感覚を感じてしまう。

222事例8裏「篠坂 弥生」と断水の日。@弥生-後編-& ◆biEzrXRlmM:2015/02/05(木) 19:36:20
――……そっか……全部、出さなかったから……。

尿意。
それは本当に小さな尿意。
だけど、確かに感じる。今は不快で仕方がない。

いつも降車する駅まであと10分と言ったところ。
余裕を持って我慢できる、途中の駅でお手洗いに行くためだけに降車するなんてありえない。
普段ならそう思うべきはずの場面。

――つ、次で一応……降りようかな?

あれだけ我慢した後というのもあって、出口や膀胱を確りコントロール出来る自信がない。
私は電車の扉前に視線を向ける。
そこには一人の綺麗な――でも可愛い服に身を包む女性が居た。記憶が確かなら、私と同じ駅で乗り込んできた人。
その人は、まだ停車するために電車は減速すらしていないのに、扉の前にいる。
そんなに早くから席を立つ意味……。
なんとなく気になりその人に視線を向け続けていると、あることに気が付く。
ソワソワと落ち着きが無く、何か心配してるような表情で、目が少し泳いでる。
それは……尿意を感じて我慢している……そんな風に見える。

それなりに切羽詰っていなければ見せないはずの仕草。だったら何故前の駅で降車しなかったのか。
いや、それ以前に乗車する前になぜ済ませなかったのか。……人のこと言えないけど。

しばらく観察しているとその綺麗な女性はしきりに時計を気にしている。
何か予定があり、途中で降車することを躊躇している……そんな風に見える。

駅が近づき、電車が減速し始める。私も立ち上がりその女性が降りる扉とは違う扉の前に立つ。
私は視線だけを横に向け、女性の様子を見ていると、少し焦った表情で扉に一歩近づいた。

――あ、降りるんだ。我慢できないのかな? それともここが降りる予定の駅?

どのくらい我慢してるんだろう。
今日私が失敗したときよりもずっと沢山我慢してるのかもしれない。

……。

――そんな事考えてたら、私も……。

沢山我慢した後はお手洗いが近くなる。
変に尿意を意識した為に急激に高まる尿意に私は小さく足をすり合わせる。

223事例8裏「篠坂 弥生」と断水の日。@弥生-後編-3:2015/02/05(木) 19:37:45
――うぅ……は、早く止まって開いてよぉ……。

他人の心配なんて出来ないくらいに急激に高まってくる尿意に私は焦る。
膀胱が張っているわけじゃないから沢山溜まってるわけではない。だけど、膀胱が敏感に小さく収縮する。
抑えたい……。だけど、後ちょっとだし、……やっぱり恥ずかしい。

私は極力大きな仕草にならないように必死に我慢する。
片足に体重を乗せ、もう片方の足を軽く浮かせて内側に押し付ける。
そんな不安定な我慢の仕草をしているとき電車が止まり、車内がガクンと揺れた。

「あっ!」

バランスを崩し、浮かせた足が肩幅程度に開いた状態で車内に足をつける。
同時に溢れ出してしまいそうな感覚を局部に感じて、慌てて両手で押さえ中腰になる。

<じゎ…>

だけど、間に合わずほんの少量ではあるが下着を汚してしまう。

――あぁ、学校の下着なのに……んっ! やぁ!?

下腹部にたまる熱水が暴れる。極度に疲労してしまっている括約筋にうまく力が入らない。
手で何度も抑えなおす。少し治まったらすぐに離すつもりでいたのに……もう離せない。

――は、早く! 早く開いてよ!

ほんの少し前までまだまだ大丈夫だと思っていたはずの尿意に信じられないくらい追い詰められる。

<――扉が開きます、ご注意ください――>

扉が開く前の悠長なアナウンスが聞こえたあと扉が開く。
私は急いで足を前に踏み出す。

――あぁ、そ、そうだ、ここいつもの駅じゃなくて……えっとここのお手洗いって……。

いつもと違う景色、でも何度か降りてお手洗いの場所はわかってるのに、混乱してその場で足踏みして左右に視線を巡らせる。
そんな視界に捕らえたのはお手洗いの表記ではなく、慌てて駆けていく先ほど同じ電車に乗っていた尿意を我慢していたであろう綺麗な女性。
駆け出していった方向にお手洗いがあることを思い出すと同時に、ここのお手洗いは狭く個室がひとつしかない事も思い出す。

――っ……嘘、最悪だよぉ……。

必死で後を追うように駆けるが、彼女の後ろに並ぶことになるのは明らかで、もしかしたら、すでに数人並んでいる可能性も十分にあって……。
良くない今の状況に最悪の事態が脳裏を過ぎる。

お手洗いに入ると、さっきの綺麗な女性が前屈みになって何度も小さく足踏みを繰り返していた。
個室の前で熱い息を何度も吐き、彼女も本当に限界まで我慢していることがわかる。
だけど、私がお手洗いに入ってきたことに気が付き、ほんの少しだけ姿勢を正し、でも手は大切な部分から離さずにじっと個室のほうに向いてしまった。

224事例8裏「篠坂 弥生」と断水の日。@弥生-後編-4:2015/02/05(木) 19:38:48
――個室の人と……一人の順番待ち……。

たぶん私の番まで5分も掛からない。
大丈夫、我慢できるはず。――しなきゃダメ……。
でも、学校で酷使され続けた大切な部分が待ってくれない。
まだだと分かっているのに膀胱も小さく収縮し出してはいけない恥ずかしい熱水を吐き出そうとする。
身体をくの字に曲げて両手で必死に抑え込む、それなのに――

<じゅゎ……>

――〜〜〜っ!

また溢れ出す、今度はさっきよりも多くその温もりをハッキリと局部の周りに感じる。
それでも膀胱は収縮し続け、我慢する力を失った括約筋が押し広げられる感覚を感じる。

「あぁ……やぁ……」

――だめ、だめぇ……でちゃうでちゃう……またしちゃうの??

立っていることが出来ずしゃがみ込み踵でグリグリと緩みそうな出口を抑え込む。
我慢できそうな感覚を残しながら、それでいて今すぐにでも簡単に開いてしまいそうな異様な感覚。
あとちょっとが凄く遠く感じて、視界が涙で滲む。
一日に2回もおもらしなんてしたくない――したくないけど……。

「だ、大丈夫?」

必死の我慢に顔を伏せていた私に正面から声が掛かる。恐らく個室の前に並んでいた綺麗な女性。
その人の声は私を気遣う内容だった。
……自身の状態を頭の隅で映像に起こして、顔を上げることが出来なくなる。……恥ずかしい。

「えっと、もう少しだけ我慢できる?」

私の状態を察し、目の前でしゃがみ込み肩に手を置く。
伏せたままの視界にその人の足が見える。
もじもじと小さく揺れるその足は、彼女も限界近くまで我慢していることを物語る。

「もうすぐ…個室空くから、もうちょっと…がんばって……」

自身を襲う強い排泄欲を必死に宥めながら、その言葉の意味を理解する。
私は顔を伏せたまま小さく頷く。……頷くしかなかった。
私よりも年上でずっと綺麗なのに、仕草を隠せずに我慢してる……それがどれくらいつらいのか分かっていながら……。

<バシャー>

大きな水音が、個室の奥から聞こえてくる。

「ほ、ほら……んっ、も、もうすぐだからっ」

私はその熱い息遣いの混じった声を聞きながらゆっくり慎重に立ち上がる。
踵が濡れてる感覚がする。下着もさっきよりも広い面積で濡れた感覚を感じる。

225事例8裏「篠坂 弥生」と断水の日。@弥生-後編-5:2015/02/05(木) 19:39:49
――あと少し、あと少し、ぁ、〜〜っ!

<じゅっ…じゅぁぁ……>

また少し溢れて下着が濡れる。
スカートの上から抑え込んだ手にも少し温もりを感じる。

――これ以上はダメ、絶対ダメぇ……溢れちゃう、おもらしになっちゃう……。

<ガチャ>

個室が開く、私は滑り込むように中に入る。

「ぁ、やぁ…」<じゅぅぅーー>

下着の中でくぐもった音が控えめに聞こえる。もう止められない。
扉の鍵を慌てて掛け、スカートを上げて便器に跨り、同時に下着を下ろした。

<しゅぅーーーー>

便器を叩く恥ずかしい音。
太腿、脹脛に間に合わなかった雫が光る。
下ろした下着はこれ以上濡れようのないくらいに恥ずかしい熱水を含んでいた。

「はぁ……はぁ……」

――これって……少し失敗したって程度……じゃ…ないよね……。

当然これはちょっとした失敗ではなく、完全な失敗――おもらしであり、私は今日だけで2回もそんな恥ずかしい粗相をしてしまった……。
悔しくて、情けなくて、惨めで、滑稽で――

<コツコツ>

個室の外で足踏みの音が聞こえ、私を現実に引き戻す。
同時に、荒い息遣いも……。

――は、早く出ないと……っ!

私の膀胱は思ったとおり10秒程度に空になったが、スカートの前が握りこぶし程度に濡れて変色していて
個室の中も沢山汚してしまっていた。

――か、片付けなきゃ!

そう思い、紙に手を掛けるが、失敗を処理できるほど紙の残りが無い事に気が付く。
カバンに何かあるかも知れないと思ったが、個室の外でしゃがみ込んだときに手放していて、手元に無い。
このまま出たら、沢山失敗しちゃったことがバレてしまう。

226事例8裏「篠坂 弥生」と断水の日。@弥生-後編-6:2015/02/05(木) 19:40:37
「(やぁ……はぁ……んっ、…んはぁ……)」

外から余裕の無い息遣いが聞こえる。
……恩を仇で返すわけには行かない。
私は最小限の紙を取り、局部と足と下着を軽く拭き紙を便器に落とす。
その後レバーを倒し、下着を上げ――――当然冷たく気持ち悪かった……――――スカートのしみを目立たない横に回して身嗜みを整える。

<コンコン>
「あぁ…は、早く……ねぇ?」

「っ! ごめんなさい、今出ます」

突然催促されて、驚く。私は慌てて鍵を外すとこちらが開く前に、外から開かれる。

「あぁ! もうだめっ!」

その人は滑り込むように入って扉も閉めずに便器に飛びついた。
同時に恥ずかしい音が聞こえ、私は慌てて個室を出て扉を外側から開かないように持った。

「はぁ……はぁ……」<じゅううぅぅーーー>

扉の中から聞こえる勢いのある音。
たぶん私も聞かれていた恥ずかしい音。
私は顔が真っ赤に染まる、人前でなんな恥ずかしい我慢姿だけじゃなく、音消しも出来ずにこんな音まで。
それに、個室の中で溢れさせて……ほんの少し間に合わなくて……。

恥ずかしさから私は視線を下に落とす。

――……え?

個室の外に小さな水溜りを見つける。

――私、個室に入る前からこんなに失敗しちゃってた??

……。

個室の中ではまだ、恥ずかしい音が続いてる。
こんなに沢山……私よりずっと沢山……。
もう一度視線を床に向ける。

……。

可能性の話でしかない。
裏付けるものもまだ何も無い。
だけど……。

――これって、私のせいで……あの綺麗な女性が……?

私が出るのが遅かったから。
私が順番を譲ってもらったから。

こめかみから汗が流れ、唾を飲み込む。
もし本当にそうなら、凄く悪いことをしてしまった。

227事例8裏「篠坂 弥生」と断水の日。@弥生-後編-7:2015/02/05(木) 19:41:25
<ガチャ>

中から鍵が掛かる音がした。

「あ、あの!」

私は何か言わなくちゃと思い声を上げる。
中からすぐに返事が来ない。……私は続けた。

「ご、ごめんなさい……順番譲ってもらっちゃって」

中の様子が見えないからどうすればいいのか分からず
罪悪感から胸が痛む中ただ、じっと待つことしか出来なかった。
そして一拍の間をおいて中から声が聞こえてきた。

「……"ありがとう"じゃなく、"ごめんなさい"――なのね……」

私が意味を分からずにいると――

「……水溜り見っちゃったんでしょ?」

そう細い声で尋ねられ、さっきの言葉の意味も理解した。
失敗した……"ありがとう"と言うべきだった。――いや、後ろめたさがあった以上、"ありがとう"とは言えなかったと思う。
私はもう一度扉の外で謝る。

「ううん、私が無理せず電車に乗る前に済ませば良かっただけだから……」

中でごそごそと失敗の処理――――きっと気が付かず私の分まで……――――をしながら説明してくれた。
彼女は大学生で、昼からの講義に出るために大学に向かっていたところで
用事があって電車が来るギリギリに駅についてしまったこと、降りる駅は次の駅だったこと、そこまで我慢するつもりだったこと
我慢できそうになくなって、講義に間に合わなくなるけど、この駅で降りてしまったこと。

しばらくして、彼女が出てくる。

228事例8裏「篠坂 弥生」と断水の日。@弥生-後編-8:2015/02/05(木) 19:42:01
「えっと……目立つかな?」

私に濡れているところを涙目で恥ずかしそうに見せる。
黒っぽい色のスカートで、よく見ない限りは分からない。

「だ、大丈夫だと思います……」

それを訊いて、少し安心したような顔をした。
手を荒い、お手洗いを出て駅のホームに向かう。

「もうっ! 今年はトイレ運ないな〜」

彼女は少しワザとらしく明るく言って見せた。
その後、私を見てから少し不思議そうに言う。

「あなた、高校生でしょ? こんな時間に早退かなにか?」

私は肩を跳ねさせる。
でもそれは当然の疑問だと思う。

「えっと……その、…しちゃったんです」

「え?」

「ま、間に合わなくて……その……」

本当のことなんて言わなくてもいいのに……。
そう思いながらも小さな細い声で遠まわしに言ってしまう。

「あっ! ……えっと、ごめん変なこと訊いちゃった……」

気まずい沈黙が続く。

「わっ、私もね……えっと7月始め頃かな? 失敗しちゃったことがあってね……。
しかも、友達の妹の前でよっ! あれは死にたくなるくらい恥ずかしかったぁ〜」

私を励まそうとして明るく、でも真っ赤な顔で話す。
そのとき電車が来る。
そして、ふと疑問を感じて電車に乗る前に尋ねる。

「えっと、これから大学に行くんですか?」

「あ……、私この電車乗っちゃだめなんだ!」

ですよね。

おわり。

229事例の人:2015/02/05(木) 19:45:21
①とか②を使うとなぜかトリップに……

あけおめです

230名無しさんのおもらし:2015/02/05(木) 20:34:03
覗いたら更新来てたぜ!
弥生ちゃん1日に二回も失敗するとは本当運がないね。そこがいいけど

231名無しさんのおもらし:2015/02/05(木) 21:42:16
この女子大学生のシチェ良いね。こうゆうの好きだわ大学生が見られてるのを途中で気付いたらのを考えたら萌えるね。
綾菜も今回のシチェ見たいにならないかなぁ

232名無しさんのおもらし:2015/02/06(金) 06:15:52
おっ、きてた

233名無しさんのおもらし:2015/02/06(金) 11:30:51
イイハナシダナー

234名無しさんのおもらし:2015/02/06(金) 22:28:06
ひょっとして花屋のお姉さんかな?なんにせよ、いつも良作をありがとう!

235名無しさんのおもらし:2015/02/12(木) 00:05:08
事例の人が圧倒的で気後れしちゃうな

236名無しさんのおもらし:2015/02/12(木) 02:58:25
ほかにも投稿者はいるし、気にすることも無いだろう
そんな理由で投稿者が減ってるとすれば哀しいことだが
実質専用スレみたいな始まり方だったし
事例の人が>>235のような意見を気にして投下に影響が出るほうがスレ的にまずい

237名無しさんのおもらし:2015/02/15(日) 18:16:32
「じわる」に違う意味を見いだした…
ここの人なら理解してくれる気がした

238名無しさんのおもらし:2015/02/15(日) 22:51:04
ま、文脈が出来てる場ではな

239名無しさんのおもらし:2015/02/17(火) 05:03:59
重度の頻尿体質の私にとって、毎週末の礼拝はある種の罰だ。いつもは30分で終わるところ、今日は特に大事な時節なので2時間。始まって10分、すでに尿意は高まっている。神父様の味わい深い説教も耳を素通りしていく。足を組み替えたりもぞもぞさせたりしても尿意はごまかせない。

(説教はもういいから、早よ終わってよぉ)

1時間に満たない高校の授業でさえ毎回膀胱がヤバいのに、2時間の礼拝なんてとても耐えられない。
学校では、授業中に一度はトイレに行かせてもらう。今、そういうことはできない。私が席を立てば、親が周囲から白い目で見られるのだ。

思えば、地味に困るこの体質のせいで今まで損ばかりだった。
中学の修学旅行で訪れた沖縄でも、私一人のためにトイレ付き観光バスを手配してもらったり、夜中に5度トイレに起きたり、海に入って遊んでいるうちに身体が冷え、そのまま許されざる罪を犯したり、といった苦い思い出を作ってしまった。早急に忘れたいと思ってる。

(イエス様、はしたない私を憐れんで下さい)

240名無しさんのおもらし:2015/02/17(火) 05:13:40
水滴が膀胱から数粒降りてきた。そうなってしまうと、お腹に力を入れるのはむしろ逆効果なので、出るに任せるしかない。水滴がパンツに吸われて広がる。きっと染みになっちゃってるだろう。

(ううっ、超みじめだよ)

私が澄ました顔で、既に数度ちびってると知ったら周りの人はどう思うだろう。
もう本当に絶望だ。出した量は相当のものになり、だんだんともわっとしたニオイを帯び始めている。もうちびったとかじゃないレベルだ。死が迫っている。目の前に走馬灯が浮かび、今までの人生での、間に合った場面や間に合わなかった場面が流れる。

(イエス様、私はどうしたらいいですか?)

背に腹は代えられず、席を立つ。案の定、周囲の見知った大人たちがジロジロと私、そして私の両親を見る。肩身の狭いだろう両親に謝りながら、教会堂の離れにあるトイレへ急いだ。長い間耐えたと思ったのに、腕時計を見ると礼拝開始から25分であった。

おもらしでベチャベチャになったパンツを脱ぎ下ろし、色のほとんど付いていないお湯を真っ白な陶器の中に思いっきり注ぎながら、私は神様が自分を頻尿に造ったいきさつについて思いを馳せた。
そして、20分ちょっとというしょっぱすぎるタイムリミットを設定し給うた神様を割とマジで呪った。

241名無しさんのおもらし:2015/02/17(火) 06:30:20
最後の晩餐の時、イエス様はパンツをとり、感謝をささげ、弟子にあたえておおせになりました。
「皆、これを取ってはきなさい。これはあなた方のために渡される私の身体である」

長い晩餐の間、トイレへ立つのは無作法だと考え我慢しつづけ、ついにはしくじってしまった弟子達に
イエス様は慈悲を与えたのです。

食事の終わりに、イエス様は杯を取り、弟子にあたえておおせになりました。
「皆、これを受けて飲みなさい、これは私の血、あなたがたと多くの人のために流されて罪の赦しとなる血である」

せっかく履き替えたパンツが、晩餐が終わるまでにまた濡れてしまった弟子達がいるのを見て取り
イエス様は再び慈悲を与えたのです。

弟子達はワインを飲み、そのいくらかを口からこぼして前にしたたらせ、既に濡れていたパンツをワインで濡れたように
装うことができました。

聖餐とよばれるキリスト教のパンツとワインの儀式は
イエス様の身体と血を分かつという名目のもと、
このような頻尿体質に苦しむ哀れな羊たちに救いを示しているのでした。

242名無しさんのおもらし:2015/02/17(火) 12:47:16
昼休み投下

243名無しさんのおもらし:2015/02/17(火) 12:47:58
急に山に目覚めたお嬢は有り余るほどの金にものを言わせ、上等な登山用品一式をためらい無しに揃えた。
今日はそのお披露目の日。お嬢の山ガールファッションにも気合いが入る。両親譲りの整った顔立ちとスタイルに、付き添い一同はしばし見惚れた。
お嬢の山行の付き添いは、屋敷の若い衆全員だ。南アルプス阿利馬山から西尾根を縦走、珠敷峰の頂きを踏む。初心者にしてはハードなルートだ。お嬢は弱音も吐かず、我々に配慮する余裕まで見せながら一歩ずつじわりじわりと登る。

珠敷峰の頂上まであとちょっとという所で、我々は梯場に到り着いた。ラスト前の最大の難関だ。

「李世が先に昇るわ」

勇ましい勢いで梯を昇るお嬢。我々一同は直下の足場でお嬢の姿を見守る。
しかし、ちょうどお嬢の腰が我々の頭上の高さまで来た時、お嬢の手は止まった。

「お嬢、いかがなさいましたか!?」

捻挫をした? 体調が悪いのか? 我々は急いで救急の準備をテキパキと進める。

「もう昇れないよぉ……」

「何か、支障が!?」

「そうじゃないの……」

お嬢の弱々しい涙声を聞いて、我々は事情を察する。お嬢は「手を滑らせたが最後、3000m下の麓まで落ちちゃうのではないか?」と述べる。もちろんそれは杞憂だ。梯から手を離しても、我々の立つ足場より下に落ちる事はない。
お嬢の小心と泣き虫は18歳を過ぎても未だ治っていなかった。

244名無しさんのおもらし:2015/02/17(火) 12:49:06
「とりあえず下から皆で支えますので、そのまま降りてきて下さい!」

「恩に着るわ」

お嬢の足とおしりを数人がかりでしっかり支える。言葉を探し探し、お嬢をなだめる。お嬢はまだ動かない。昇りも降りもしない体勢でピタッと止まっている。その姿を見て、我々は差し迫った状況なのに笑ってしまいそうになる。
そんな状態のまま数分が過ぎた。 突如お嬢が大声を出す。

「みんな、李世から手を離して!」

むろんそんな無責任は赦されない。我々は支える手に力をいれる。すると、お嬢が全身の力を抜いたようで、おしりのもったりした重たさが急に増した。

「もう、やだぁ……………
…………ぁ、ふぁ………………」

お嬢が声を漏らすと同時に、 我々の手に、頭に、ぬるい雨が降る。お嬢のボトムスがシャワーを浴びたようにひたひたになる。ピチャピチャッ、という水が岩場を打つ音のあと、お嬢の失敗は終わった。自分の無様さを受容できず、お嬢はすみやかに失神し、ふらっと梯から落ちた。……

245名無しさんのおもらし:2015/02/17(火) 12:50:22
我々以外に誰もいない頂き。お嬢は隅のほうの目立たない場所で体に残った水をジョロジョロと放っていた。
あの大失敗のあと、お嬢はぎゃん泣きしながらも梯を昇り切った。一つの事を達成したお嬢を遠巻きに見ながら、それでも我々は、彼女の成長をしみじみ実感していた。

246名無しさんのおもらし:2015/02/17(火) 21:01:05
お嬢!我々が紳士だなー

247名無しさんのおもらし:2015/02/18(水) 02:13:12
事例氏応援投下
弾切れです。スレ汚しすみません:

248名無しさんのおもらし:2015/02/18(水) 02:15:03
私はエルサレムにいる。

人として生まれたからにはイスラエルへ行かない道理はない、という両親の思い付きの旅。誰もが知る名所を一通り回る旅に、高校の冬休みを利用し私も連れだって向かう事となった。旅行好きの両親のもとに生まれた出無精の私は、慣れない海外での三日間に一抹の不安を感じていた。
私の最大の問題はトイレ。日本での生活で私は、トイレの位置案内アプリを多用している。日本国内の各都市を網羅し、最寄りのサイトを指し示すものだ。
ただ、イスラエルはもちろん範囲外。アプリがカバーしていない地域を訪れる事は、私にとって自死と同義だ。

「お姉ちゃん、角におトイレがあるぞ? 行かないでいいのか?」

旧市街の埃舞う通りを歩きながら父が言う。

「恥ずかしいからやめて、……まだ大丈夫だよ」

「今行っておきなさい。先週のおつかい帰りみたいになったら大変だわ」

母が直近の失態を持ちだして注意を促す。一緒に付いてきた4歳の弟と7歳の妹は、私に配慮してしらんぷりをしている。ありがたいのと同時に恥ずかしい。弟と妹はトイレが信じられないほど遠い。半日ほど行かずとも全然大丈夫なようだ。トイレの不安があるのは私一人だった。

「もよおしたら、漏らす前にちゃんと言えよ、お姉ちゃん。いつでも寄ってやるから大丈夫だぞ」

直球の言葉に私は赤面した。父はからかっているのではない。マジで言っている。
私の真新しい旅行鞄は、三日分以上の着替えが詰まってパンパンだ。もちろん、予期せぬ事態に備えてのものである。両親にとって、旅行中の私の失敗は想定内なのだ。

朝のうちは、トイレに数度寄ってもらったので、ピンチはなかった。そのたびに弟と妹は待たされて不満そうだったが。昼までに名所のほとんどを回り、お買い物も済ませた。ランチでおなかが満たされるとやっと、イスラエルへ来たという感慨がわいた。

249名無しさんのおもらし:2015/02/18(水) 02:24:20
聖墳墓教会はさすがに凄まじい人だかりだ。それなのに、聖堂の中は人の多さに反して静か。錯覚に陥ってしまった気分になる。イエスの歩いた道、ヴィア・ドロローサの末尾。十字架の上の真理と正対する。

ふいに父が、

「O Jerusalem,Jerusalem……」

と呟いた。そのさまが芝居がかっていたので、そばにいたイギリス人のカップルがニヤニヤする。
母は弟と妹の手をしっかり握り離れないようにしている。

教会の内部を彩る装飾に目を奪われ、私は一人教会内の各部屋を回った。紀行や写真でしか見聞きしなかった憧れの場所に今、自分が居るという事実に胸が高鳴った。旅行に来て初めて素直に楽しいと思った。
教会堂の中央では典礼が絶えず執り行われている。私は伝統的なその儀式を眺めてうっとりした。

250名無しさんのおもらし:2015/02/18(水) 02:29:47
教会の中は簡単に見通せるほどの広さだった。人を見失うはずはない……そう思ってた。

(みんな、どこ行ったの?)

両親、弟、妹。みんなを見失って私は一人だった。心臓が早鐘を打ち、心細さから目が潤んでしまう。周りを見回すが、姿は見当たらない。みんな、もう外に出てしまったのだろうか。私は置いて行かれちゃったのだろうか。
教会の外へ出ると、目の前には砂っぽい異国の街並み。不安がごまかしきれなくなる。

(天にまします我らの父よ……)

思わずとっさに祈る。それしかできなかった。
お腹にたぷたぷと水が溜まってきた。頭が真っ白、そして手のひらの脂汗がひどい。姿勢がつらいのでその場でへたり込んでしまう。
教会の入口で一心に祈りながら地べたに座る私を見て、周りの観光客が手を差し延べる。私が信仰心から感極まり、取り乱していると勘違いしているのだ。私は外国語でなだめられる。彼らの手を取りなんとか立ち姿勢を戻した。

その姿勢がダメだった。

(うぁ……!)

太ももからふくらはぎへ、筋になって温かいものが走る。最初、下着から血を垂らしてしまったのかと早とちりした。でも、血ではない、もっとさらさらした液体だ。父達を探すのに夢中で尿意をすっかり忘れていたが、私は無意識の内におもらし寸前まで我慢していたのだった。恥ずかしさより、湿った下着やタイツが肌にはりついている気持ち悪さの方がまさっていた。

(もう、死ねるわ私)

親切な観光客たちに慰められながら、私は焦点の合わない目でエルサレムの街並みをみつめていた。ローファーの中の足の裏にぶちゅっとした水っぽさを感じながら、今年に入って三度目の信仰否認をした。はっきり意識があったのはそれまでだった。

251名無しさんのおもらし:2015/02/18(水) 12:37:14
水遊びの大好きなお嬢のために我々はマイクロバスでいつもの場所へ向かった。夏に入ってから毎週のようにお嬢にせがまれている。岐阜の山あいの道をしばらく進むと、お嬢お気に入りの水遊び場に到着する。水遊び場といっても、人の見当たらない川の下流の天然の溜まりである。

岸辺に用意したついたての中で水着に着替えたお嬢は待ちきれないとばかりに溜まりへ入る。

「お嬢、水の色の変わってるところへ入ってはダメですよ!」

「承知したわ」

「それから、お疲れの時はいつもの通りアイツが道の駅まで運転しますので、なんなりと」

「ありがと! ねえ、みんなも遊ぼ!」

お嬢は何度来ても非常に楽しそうにするので我々としても連れて来甲斐がある。

252名無しさんのおもらし:2015/02/18(水) 12:41:16
昼、幼い娘を連れた若い夫婦が林道側から溜まりへ入ってきた。溜まりで人を見るのは珍しい。父親は我々を一瞥する。

「ほら、今日はお兄ちゃん達が遊んでるから、また今度な」

「いや! 今日遊びたいの!」

「姫、ワガママ言わないの」

我々は余りにいたたまれないので、帰ろうとする二人を呼び止める。

「占用してしまってすみません、よろしかったら彼女と遊んでやってもらえませんか?
ついたても有りますんで、どうぞお使いください」

母親は明らかに不審な目をしているが、姫ちゃんはとっても嬉しそうだ。

253名無しさんのおもらし:2015/02/18(水) 12:45:24
お嬢と姫ちゃんは直に仲良しになり一緒に遊び始めた。お嬢のふわふわだった髪は濡れてちょっとぺたっとしている。姫ちゃんの両親と我々は二人を岸辺から眺める。

「姫ちゃんは5つなんですか」

「そうなんです。来年は小学生なのに、利かん坊で、気に入らないことがあると大泣きしたりして……」

「お嬢とおんなじだな」

談笑していると、姫ちゃんが不意に我々を呼んだ。

「みんな、李世ちゃんが変!」

お嬢に目をやると確かに顔色が悪い。我々はとっさに足をつってしまったのだと直感した。

「え? 李世なんともないよ? ホントなの、みんな信じて、李世なんともないの!」

お腹まで水に浸かり、屁っぴり腰のまま止まっているお嬢。足をつってしまったのは明らかだ。そのまま一分間、静かな溜まりは時間が止まってしまったかのよう。
目をつむって身体を緊張させているさまはとてもつらそうで見ていられない。我々はもどかしい気持ちだった。

お嬢の頬がホッと緩み、そのままじゃぶじゃぶと岸辺へ歩いてきた。

「なんだかお屋敷に帰りたい気分になっちゃったわ」

「お嬢、足は大丈夫なんですか?」

「足??…………ええ、ええ、大丈夫よ。じゃあ、ついたてでお着替えするね」

目が泳いでいるお嬢。我々につらいそぶりを見せまいとするいじましさが胸を打つ。ついたての中で、鼻歌までうたって。

254名無しさんのおもらし:2015/02/18(水) 12:50:53
「バイバイ、姫ちゃん」

親娘にさよならを言うと我々はバスを発車させた。お嬢の顔には血が戻っており、むしろ頬に赤みがさしているほどだ。お嬢はいつも以上に饒舌だった。

「お屋敷が恋しいの。帰り道、急いでね」

「お嬢、本当に気分はよろしいのですか?」

「ええ、本当に大丈夫。
……遊んだらおなかがすいちゃった、お夕飯が楽しみね」

お尻を落ち着きなさそうに気にするお嬢を乗せて我々は帰路を飛ばした。

「さっきから変なにおいがするの。何のにおいかなぁ?」

「そうですか? 我々には感じませんが……」

255名無しさんのおもらし:2015/02/18(水) 13:42:39
賑わってきたというより
とっ散らかってきたように思えるのはなぜだろう

256名無しさんのおもらし:2015/02/18(水) 17:33:11
失禁描写がアッサリなのがアレだな

257名無しさんのおもらし:2015/02/18(水) 19:46:24
確かにもう少し描写が欲しいのは同意だけど、こういうのも嫌いじゃないな
千夜一夜の初期頃はこういう作品のが遥かに多かった
むしろ長編の濃い描写が大作などといわれてた稀な作品だった

258名無しさんのおもらし:2015/02/19(木) 00:39:37
1スレ目を思い出す

259名無しさんのおもらし:2015/02/19(木) 02:18:55
初期スレ見てきたが勢いとフェティッシュと謎設定に溢れていて笑える

260名無しさんのおもらし:2015/02/19(木) 03:40:24
それにくらべると今は・・・

261名無しさんのおもらし:2015/02/23(月) 00:02:36
俺は今の方が好き

262名無しさんのおもらし:2015/02/23(月) 00:53:07
今の看板作品は好き(特に初期)
小説スレとしては申し訳ないがあまり…
昔は珍妙な設定やちょっとした感想のやりとりにもリビドー直撃するようなものが多かった

初期千夜一夜は良くも悪くも独特すぎたな

263名無しさんのおもらし:2015/03/01(日) 14:11:29
>>256
描写があっさりなせいではないとおもう

264名無しさんのおもらし:2015/03/21(土) 00:20:46
すっかり過疎ってるな

265名無しさんのおもらし:2015/03/27(金) 00:58:20
事例さん来て!

266名無しさんのおもらし:2015/04/06(月) 14:38:52
事例の人忙しいんかな?
急かしてるふうになると申し訳ないけど

267名無しさんのおもらし:2015/04/06(月) 23:57:40
>>4  EX 3/14
>>16 6前 4/17
>>36 6後 6/1
>>60 追3 6/4
>>73 2.1 7/7
>>84 7 7/21
>>156 8 10/18
>>188 8裏前 12/2
>>221 8裏後 2/5

2ヶ月開きってことも珍しいことではない
調べるためにさかのぼってみたが目次代わりにもなるかな
事例作品以外が思ったよりあって意外だったが
書き手同士の交流はほとんどなかったり
事例の人も感想に対するレスポンスがあったりなかったりいろいろなんだな

268事例の人:2015/04/07(火) 01:07:58
遅筆で申し訳ない
事例9の文章の方は大方出来上がってますが、挿絵が準備できてないので――遅くても4月中には

感想に対するレスポンスはしたつもりで実際はしておらずタイミングを逃したとか
応答すると長くなりそうな場合、他の方が書き込みにくいかな……と悩んでたり色々です

感想などいつもありがとうございます

269名無しさんのおもらし:2015/04/07(火) 14:00:09
期待してます!

270名無しさんのおもらし:2015/04/08(水) 01:54:12
事例の人の挿絵やイラストは
荒削りだけどなんというかこの趣味における萌え要素をしっかり捉えてて好き

271事例の人:2015/04/17(金) 00:59:17
>>269-270
ありがとう!

272事例9「朝見 呉葉」と聞こえない『声』。1:2015/04/17(金) 01:01:03
静まり返った廊下。
校庭では朝の部活動を行う人もいるが、校舎内にいる生徒は極少数。

私は一人廊下に張り出された“結果”を深呼吸して――覚悟を決めて見上げた。

――っ……朝見さん…やっぱり一番左側……。

そのすぐ隣には一番見慣れた自身の名前が見て取れた。
私は嘆息しながら視線を落とす。
勉強で誰かに張り合おうなんて思ったこと高校入試の時を除いて考えたこと無かったが、今回ばかりはちょっと悔しい。

私はその場を離れ教室へ向かう。
自覚できる程度にはゆっくりとした歩幅……。
思った以上に私は落ち込んでいるらしい。
それは順位で負けたことにではなく、たぶん――

「……」

足を止める。
私はそんなにも朝見さんとの仲を回復したいのだろうか。
回復……もとより好感度がプラス側になったことは無いのだろうけど、今の関係は何かと厳しく言われていた時よりも酷く、そして辛く感じる。

そんなことを考えていると正面から朝見さんが歩いてくるのに気が付く。

教室とは方向が違うから一瞬疑問に感じたが、すぐに理解した。
同時に何もない廊下に立ち止まっている自身の不審な行動を理解して慌てて足を前に出す。
そしてすれ違う。
朝見さんは視線を私に向けず――いや、態と視線を外していた。

「はぁ……」

朝見さんに絶対に聞き取られない程度に離れてから胸を撫で下ろしながら嘆息した。
無視されていようがなんだろうがやっぱり苦手なものは仕方がない。

とりあえず仲直りは失敗。
というか、勝つとなぜ仲直りできるのか知らないけど。

――あとで皐先輩に文句言ってやろう……。

「出来ますよ、綾菜さんなら……」とか言う妄言を信じた――わけではなかったけど
無根拠で無責任な態度に無性に苛立ちを感じてきた。
朝見さんが泣きながら――っと言う件も私と朝見さんを生徒会に入れるための方便だったんじゃないかとさえ思える。
今更ながらではあるが、あの朝見さんが泣くとは思えない。

教室に入り自身の席に座る。
時計を見ると朝のHRまであと30分もある。
クラスでも数少ない話し相手、まゆと弥生ちゃんも居ないとなると時間の使い方が分からない。
そんな理由もあって普段はそれなりにギリギリに来るわけで……。

私は席を立つ。クラスメイトが来た時こんな朝早くから無駄に長時間座ってるところとか見られたくない。
だけど、教室を出たところで行くところもなくフラフラと校舎をふらつく。
気が付くと、また中間テスト順位の張られた廊下にまで来ていた。

273事例9「朝見 呉葉」と聞こえない『声』。2:2015/04/17(金) 01:01:46
――っ! 朝見さんまだ居る……。

ここで引き返してもいいのだけど、もし後姿を見られたりしたら
明らかに途中で引き返したことになり……なんだかいやだった。

こっちに来てしまったことを後悔しながら、私は可能な限り足音を立てずに後ろを通り過ぎようとしたが……振り向かれた。

「…っ!」

振り向いた朝見さんは目を丸くして驚いた。

「あ――……」

朝見さんは言葉をつむぎ掛け、すぐに視線をそらし口を手で押さえて逃げるようにその場から居なくなる。
何がなんだか分からず、朝見さんが見ていた順位に自然と目が行く。
何度見ても変わらない。一番左が朝見さん、次点で私。

「やっほーあやりん! 何見てるのーって順位発表かー」

私に駆け寄り、後ろから肩越しに話しかけてくるまゆ。
どうして順位に興味のないはずのまゆがここに居るのか少々疑問に思うが
まゆの行動理由は良くわからないことが多いので、気にするだけ無駄かもしれない。

「……おは――」「わぁ! 凄いじゃんあやりん!!」

挨拶を返す隙もなく順位を見ながら後ろから私の肩を持つ。
確かに2位ってだけでも頑張った方だとは思うけど。

「あやりんも1位なんて吃驚だぁー」

――え?

私は1位という言葉に驚きもう一度順位発表を見る。
確かに一番左は朝見さんで、次点で私。何度見ても変わらない。
だけど……私は名前のもう少し上に視線を向けた。

朝見さんの上には1と言う文字。そして私の上には……。

「……1?」

更に横に視線を移動させると3と言う文字が記載されていた。
つまり――

274事例9「朝見 呉葉」と聞こえない『声』。3:2015/04/17(金) 01:02:44
――
 ――

<キーンコーンカーンコーン>

三時限目が終わり休み時間開始を告げるチャイムが鳴る。
私は席から動かず、惚けてしまう。

「おーい、あやりん?」

気が付くと目の前には呆れた顔のまゆがいた。

「……えっと、なに?」

私のその態度に少し困った様にして言った。

「さっきからずっと呼んでたんだけどねぇ……」

「……え、ご、ごめん」

どうやら、呼ばれる声に私が気づいた時には既に何度も私を呼んだ後だったらしい。
そんなに惚けていたとは……失敗した。

『ん……お手洗い……行っておかなくちゃ』

不意に『声』が聞こえてくる。――この『声』は……弥生ちゃんみたいだ。
横目で弥生ちゃんの姿を捉えると、一人パタパタとした動きで教室を出て行くのが目に入った。
トイレ……『声』が聞こえたのだから当然私も催していた。
朝済ませてから行っていないし、『声』を聞くために朝は多めに水分を取っているから当然といえば当然。

「あやりーん?」

余所見をして考え事をしていると不満げな声が聞こえ、私は再度まゆへ視線を向ける。
すると、嘆息した後周囲を軽く見てから小さめの声で言った。

「呉葉ちゃんとバドミントン組むことになったの気にしてる?」

私は苦虫を噛み潰したような……と、まではいかないものの、図星をつかれて視線を逸らしながら無表情を崩した。
さっきの時間で体育祭――――と言っても運動会のような大きな行事ではなく、いくつかのスポーツをクラス対抗でするレクリエーションのようなもの――――の
出場競技を決めることになって、先生の突飛な企画により、全員くじ引きで競技を決めるという非常に迷惑なこと極まりない方法で
私と朝見さんが、バドミントンのダブルスに決まってしまい、どう接するべきかでものすごく頭を悩ませていた。

275事例9「朝見 呉葉」と聞こえない『声』。4:2015/04/17(金) 01:03:32
「何があったか知らないけど、仲直り……したいんでしょ?」

私はその言葉に驚いてまゆの方を見る。

「勉強頑張ってたのも、気を引くためなんじゃないの?」

「ち、ちがっ――……そんなんじゃ……」

私は顔に血が上るの感じる。真っ赤になって否定して馬鹿みたい。
実際仲直りできると聞いて勉強してたんだから強ち間違いではないし……。

――というか、勉強頑張ってたのバレてたんだ……。

学校じゃ頑張ってるのを隠していたつもりだったのだけど――

「バレてないと思った? なんとなく分かったし、ノート見た時に確信できたよー」

らしい。恐るべしまゆ。
もしかしたら朝成績の貼り出しを見に来ていたの私の順位を見るためだったのかもしれない。

――ん……。
不意に尿意の波を感じた。

――トイレ行っておいた方がいいかな……。

弥生ちゃんもトイレへ行ったし、めぼしい『声』も今は無い。
このまま我慢を続けても無駄になる可能性も十分にある。
何より、このまま次の授業を受けるには少し尿意が強すぎる。
私は椅子を引き立ち上がった。

「あ、そろそろ行く?」

「……え?」

「だから更衣室でしょ?」

――あ……そっか、次は体育だっけ?

「……体育って今日何するんだっけ?」

「さっき先生言ってたじゃん、体育祭の練習って、だから……あやりんは呉葉ちゃんとバドミントンだろうね」

……。
私は嘆息して肩を落とした。

276事例9「朝見 呉葉」と聞こえない『声』。5:2015/04/17(金) 01:04:27
――
 ――

私はバドミントンのシャトルを拾いながら、少し後悔していた。

――トイレ…行けなかったなぁ……。

四時限目が体育であることを失念していた事と、着替えた後に向かったトイレが混んでいたことで済ませることが出来なかった。
すでにそれなりに辛いと思えるほどには溜まっているし、更に10月中旬にしては少し肌寒い日であり……辛い。

「はぁ……」

嘆息しようと息を吸った時、朝見さんが嘆息する。私は静かに息を吐き、少し視線を落とす。
だけど、会話しないわけにも行かない。「関わらない」と言った朝見さんもこういう時くらいは多少は反応してくれるはず……。

「……えっと、朝見さん……はい、シャトル」

「えぇ、…ありがと」

――……あー、うん、気まずい。

バドミントンの競技に選ばれたのは私たち以外に4人居る。
とりあえず、ダブルスのもう一組の二人と適当にラリーしているのだが……ほとんど会話が無い。
もともと私も朝見さんも他人と話すほうではないし、相手の二人もくじ引きで選ばれただけあって仲が良い訳でもない。
試合形式にしようとか言うこともせず、黙々とラリーしているだけ……。

トイレには行きたいし、気まずいし、誰の『声』も聞こえないし……早く時間が経つことばかり祈っていた。
横目でバスケットの競技に選ばれたまゆを見る。元気が良くて、周りを巻き込んで汗を掻いて楽しんでる。
改めてまゆがいない時の自分のダメさ加減を理解する。

――ブルッ……

尿意の波に身体が震え、そわそわと動かしたくなる身体をラケットを握り締め宥める。
寒さもそうだけどいつもと違う環境で緊張してしまっているのも原因かもしれない。
私は体育館の壁に付けられた時計を見る。

――……あと10分か。……我慢できないわけでもないし、着替えも後回しにすればいいし……頑張ろう。

「はぁ……」

また隣で少し暗い顔で朝見さんが嘆息する。私はそれに気が付かない振りした。

277事例9「朝見 呉葉」と聞こえない『声』。6:2015/04/17(金) 01:05:30
<ピーー>

先生のホイッスルの音が聞こえる。
授業終了3分前、どうやらやっと終わりらしい。

「もう良い時間だからそこまでね、今日の日直は倉庫へ使ったものを片付けてから昼休みにしてね」

先生はそれだけいうと体育館を出て行き、それに続くように他のクラスメイトも順番に出て行く。

――日直か……。

今日の日直は朝見さんと檜山さん……なのだけど、檜山さんの競技はミニサッカーなので外で行われていて、この場にいない。
……凄くトイレに行きたいんだけど――手伝った方がいいよね?
視線を朝見さんの方に向けると既に片付けのために行動していて、私も無言でそれを手伝うことにした。

「あやりーん、呉葉ちゃーん手伝うよ」

まゆがそういって私たちに駆け寄る。
朝見さんが小さくお礼を言ったので、私もそれに続いた。

バスケットボールやバドミントンのネット、ポールはともかく、得点板とか使わないなら出さなきゃ良かったと思いながら、片付けを続ける。
朝見さんと狭い倉庫に入り、得点板をなるべく邪魔にならない奥のほうへ入れ込む。

……?
どうも朝見さんがさっきから何か焦っているように見えるけど……。

「ねぇ、ここ置いておくよ?」

倉庫の入り口の方でまゆの声が聞こえる。

「……それで全部?」

「うん、全部かな? 先教室戻ってるねー」

「……うん、ありがとう」

本当は残って居てくれると気まずくならずに済むのだけど……仕方が無い。
片付けの作業を再開する。だけど――

<ガッシャーン>

大きな音が倉庫の扉の方から聞こえて驚き振り向く。
扉が閉まってる……今の音は何かが倒れる音と、扉の閉まる音。

「黒蜜さんよ。多分ポールの置き方が悪かったんじゃないかしら」

「……そうだね」

朝見さんが私に視線を向けずにつぶやいたその言葉に、私は短い台詞を返す。
会話といえるかどうか分からないが、朝見さんから話してくれるとは思ってなかっただけに――ちょっと嬉しい。

278事例9「朝見 呉葉」と聞こえない『声』。7:2015/04/17(金) 01:06:33
倉庫の中での作業を終えて、まゆが運んでくれた物を倉庫に入れるため、扉に手をかける。

<ガチャン>
「……あれ?」

<ガチャン、ガチャン>

上手く開かず再度何度か引くが、何かが引っかかり5cm以上開かない。
ここ数年前に付け替えられた様な綺麗な引き戸で、今までに私が経験した中では、こんなに開き難いなんて事を感じたことは無い。
私はもう一度引いてみるが、やはり開かない。

「開かないの?」

「……うん…あ、もしかして――」

私は引き戸に顔を近づけて隙間――――開く方でない方――――から外を見る。
そこにはバドミントンのポールと思しきものが心張り棒のようになっており――最悪……開かないわけだ。
私の行動を見て朝見さんも状況を察したらしく、すぐに扉を叩いて、体育館の外の誰かに気が付いてもらおうとするが――

「うそ? もう誰も居ないの?」

体育館からは物音ひとつせず、ただ、扉を叩く音が響いているだけ。
皆が出て行った後、まゆだけが手伝っていたし、誰も居なくて当たり前……。
次がお昼休みなのも運が悪い。

「……携帯もないし……閉じ込められた? っ……」

私は落胆すると同時にことの重大性をある欲求から理解した。

――トイレ……どうしよう……。

片付けなんて本当はしたくないくらいにトイレに行きたかったし、着替えも後にして先に済ませようとさえ考えていたくらいだ。
もし、昼休みの間ずっとこのままなんてことになれば、正直危ないかもしれない。
せめてもう少しまともにバドミントンをしていて、汗を掻いていたならその分体内の水分を失うことになっていたと思うが……。

私は横目で朝見さんを見る。また、朝見さんに恥ずかしい姿を見られるなんて事絶対に避けたい。
出来るなら我慢してること事態気が付かれたくない。
思い出したくも無いバスでのことが脳裏をよぎり、息苦しさと、ざわざわした感覚が私を襲う。

――……冗談じゃない、あんな思い二度と感じるなんてこと……。

……大丈夫、まゆや弥生ちゃんが気が付くはずだ。朝見さんと私が居ないとなれば、更衣室や体育館を見に来る。
そんな時間は掛からないはず、30分――いや、早ければ20分程度で……。

……?

横目で見ていた朝見さんの動きがどうも落ち着いていないように見える。
ついさっきも焦っているように感じたし、閉じ込められたと分かってすぐに扉を叩いたのも、いつもクールな朝見さんらしくなく違和感を感じた。
私と一緒に閉じ込められて苛ついている、もしくは単純にこんな事態になったことに不満があるのか。

「……はぁー…」

バドミントンしている時よりも少し深く嘆息して、不安げな顔をしたあと私の視線に気が付き、慌てた様子で身体ごと後ろを向く。
体育をするために後ろで纏められた髪の間から見える耳が、少しだけ赤くなっているように見える。
私も朝見さんから視線を外して、二人っきりである気まずさ感じつつ、彼女の不信な行動について考え、ある答えに辿り着く。

――……朝見さんも我慢してるんじゃ…?

だけど、その答えには疑問が残る。
なぜなら、仕草に出るまで辛い尿意を抱えている朝見さんの『声』が今の私に聞こえていないから。
私はその答えを否定する。

279事例9「朝見 呉葉」と聞こえない『声』。8:2015/04/17(金) 01:07:44
――でも……可愛かった…かも。

事態は何も解決していないのにそんなことを考えてしまう。
私は頭の中だけで頭を振り、とりあえずどうすればいいか考える。
人が居るであろう校舎から離れた場所に位置するここからでは、大声を出しても気が付いてもらえない。
だったら、多少の不安はあるが、やはりまゆを待つのが定石……。
そして立っているとどうしても落ち着かないので、それを誤魔化すために体育倉庫の奥のほうにある積み上げられた体操マットのところまで行き
それを背もたれにして膝を立てて座る。立っているよりも我慢の仕草を気が付かれ難い……と思う。

「……あ、朝見さんも…座ったら?」

「そう…ですね」

そう言うと、私に視線を向けずに隣へ来る。
私が手で腰を浮かしてマットの端の方へ移動すると、朝見さんは反対側の端へ腰を下ろした。

……。

1分、2分……5分たっても会話が無い。

「……あ、あの…朝見さんの体育の時のポニーテール…、えっと……可愛い…よね」

――……何言ってるのよ私っ!!

体育の時だけ髪を纏めているポニーテールについて触れようと思ったが後が続かず「可愛い」と言ってしまったことを後悔する。
ちなみに、ポニテが特別に好きなわけでもなく、普通にロングも同じくらい可愛いと思うけど。

「雛倉さんは、ツインテールだかおさげだか、わからないけど……」

「……こ、これ、まゆがいつも勝手に……」

私は髪を触りながら、自身の髪型が不本意であることを説明しつつも、そっけなく答えた朝見さんの声に違和感を感じていた。
少し声が震えてる……それによく耳を澄ませば息も少し荒い。

「無理に会話するのやめにしない……?」

朝見さんは私に言った。
その声はやはり震えていて、視線を向けると膝を抱くようにして何かに耐えるような顔をしている。
体調が悪そう――というより……やっぱり尿意を感じているように見える。
でも相変わらず『声』は聞こえない。……私は朝見さんの『声』を一度も聞いたことが無い。

280事例9「朝見 呉葉」と聞こえない『声』。9:2015/04/17(金) 01:09:41
――ぁ……んっ……。

不意に来た尿意の波に私はつま先を上げ、体育館シューズの中で足の指を握り耐える。
波が引き聞こえないように一息ついたときに再度朝見さんについて考える。
これほどまでに我慢してるのなら『声』が聞こえるものだと思っていたが
朝見さんは仕草から我慢しているようには見える――――もちろん、とても可愛い――――が現実問題として『聞こえない』。
根本的に私と朝見さんの波長が合っていないのならば、まゆと同じように滅多に『聞く』ことが出来ないなんてことは確かにある。
だから、今の私の状態で“『声』が聞こえない”=“尿意を感じていない”は確かに成立しない可能性は十分にある。

だけど……正直それは信じられなかった。
尿意の波長に関しては慣れているわけで……実際、朝見さん以外の同級生すべての我慢した『声』を聞いたことがあるから。
確かに逆を返せば、朝見さんだけ『声』を聞いていないのだから、波長が合っていないとも言えるかもしれないが……ん、えっと……――

――ぅ……だめだ、尿意も強くてよくわからなくなってきた……。

私は小さく深呼吸する。
落ち着くために行った行為だが、意識が内面に向くことで尿意をより強く意識してしまう。
下腹部はパンパンとまでは行かないがずっしりと重く、張ってきているのが触らなくても分かる。
閉じ込められてからまだ10分も経っていないと思うが、状況と寒さがより尿意を加速させているのかもしれない。
そしてそれは朝見さんも多分同じで……。
視線を朝見さんに向けると、その横顔には寒い状況でありながら汗が光り、辛そうに見えた。

【挿絵:http://motenai.orz.hm/up/orz52553.jpg

「……朝見さん…えっと、大丈夫?」

私はつい尋ねてしまう。
朝見さんはそんな私に一瞬だけ目を向けた後、すぐに自分足元に視線を戻す。

「大丈夫よ……」

朝見さんは立てられた膝の下に手を回して、太腿を抱くようにして弱弱しくそう答える。
全然大丈夫なように見えない……。
だけど、それ以上追求することも出来ず、私はしばらく視線を外す。

「はぁ……はぁ……」

荒い息、身じろぐ音が微かに隣から聞こえてくる。
『声』は聞こえない……私はダメだと分かっていながら再び朝見さんの方に視線を向ける。
目に映るのは、落ち着かない足、不安で辛そうな顔。
感じ取れるすべての動作が尿意を感じている……そう私には見える。――やっぱり…可愛い。

「っ! ……見ないでよ」

朝見さんは、私の視線に気が付き、弱弱しい声色で拒絶する。
当然の事。我慢してる姿なんて見られたくないだろうし、彼女に限れば私の嗜好を知っている――――と思う――――から尚更で……。
私は「……ごめん」と言って一度視線を外すが……だめだ、気になる。

281事例9「朝見 呉葉」と聞こえない『声』。10:2015/04/17(金) 01:11:21
バドミントンをしている時から感じていたであろう尿意。
ラリー中に時折嘆息していたのは嫌気や気まずさからではなく、尿意への不安からだったのかもしれない。
そしてその尿意は、今や私に隠せないくらい強い尿意になり、朝見さんを攻め続けている……そう思うだけで心臓が早鐘を打つ。
どれくらい限界なのか知りたい。『声』が聞きたい……でも、聞こえない。
そんなもどかしさを感じつつもこの状況のままでいいのか不安を感じる。

――……まゆ全然来ないし…このままじゃ朝見さん…下手したら私まで……。

波が来ていないうちはいいが、可愛いとかなんとか言ってられないくらい私自身、気が抜けなくなってきた。
私は立ち上がりもう一度扉に手を掛けるがやはり開かない。
ほんの少し見えるポールを隙間からどうにかできないかと考えるが、ほんの数ミリの隙間では手や倉庫にあるものではとても通りそうに無い。

――んっ! 波が……。

少し大きな波が私を襲う。
平静を保たないと……そう思うが、どうしても身体が言うことを聞かず強く腿を閉じ合わせ小さく腰を揺する。

「ん……はぁ…」

波を越えて熱い息を吐く。
失敗は無かったけど……多分朝見さんに見られたし、気が付かれた気がする。
その証拠に辛い顔をしながらも朝見さんはこちらを何か言いたげに見てるし……。

顔に血が上り、自身の顔が赤くのなっているのが分かる――恥ずかしい。

「そうよ……皆恥ずかしいのよ……それなのに――」

視線を逸らしながら辛そうに一言一言紡ぐ朝見さん。
言いたいことはわかる。――そんな姿を見て楽しんでいるなんて良くない。

「……分かってるけど…仕方ないじゃない……好きを簡単にやめるなんて出来ない……」

私はそんな恥ずかしがってる姿も含めて、我慢している誰かを見るのが、聞くのが、そして『声』が凄く好きで――譲れないのだから。

「し、仕方ないって――んっ、あぁ、んんっ……」

朝見さんが台詞の途中で下を向き太腿を抱える右手だけを大切な部分へと押し当てる。
私はそんな朝見さんを見てやっぱり鼓動が早くなる。
溢れてしまいそうになって、見られてるって分かっていながら、押さえないと我慢できない。
たとえ、見られてる相手が私みたいな嗜好を持っているって分かっていてもその衝動を抑えられない。
そうしなければ、もっと恥ずかしいことになるかもしれない……そう分かってるから。

――でも……だとしたら、朝見さんは今本当にギリギリで……。

それは凄く私にとって嬉しいことだけど――このままじゃ……。
自分で言うのもなんだけど、こんな嗜好を持った人の前って言うのは辛いと思う。――と言うか、私もどう反応していいのか……。
とりあえず、私は朝見さんに近づき口を開く。

「……もうちょっと我慢できない? えっと、きっとまゆがそろそろ気が付くからっ」

そういって私はしゃがみ、朝見さんの肩に手を――

『――』「っさ、触らないで! っ〜〜」

私の手はすぐに朝見さんに払いのけられた。
同時に何かノイズのような『声』が聞こえたような気がしたが、それはすぐに聞こえなくなった。――近づいた影響?
朝見さんは払うために身体を動かした為か今度は両手で確りと抑え込む。

282事例9「朝見 呉葉」と聞こえない『声』。11:2015/04/17(金) 01:12:40
「ぁぁ、んっ……ふっ、ぅ……はぁ……」

言葉にならない声を上げて必死に宥めようとして……。
私はどうしていいか分からず、ただその様子に魅入ってしまう。

「んっ! だ、だめぇ……もう、我慢……あぁ」

その声を合図に身体を大きく跳ねさせて呼吸を止める。
時間にして5秒程度。だけど、私にとってはすごく長い時間で、朝見さんにとっては更に長い時間に感じたんじゃないかと思う。

「――んっ、はぁー……はぁー……」

真っ赤になった顔、目は潤ませて深く熱い吐息を何度も吐く。
普段の朝見さんからは想像も出来ない乱れた見っとも無い姿……。

「もうやだ、見ない…で……」

――……朝見さん、本当にもう我慢できないんだ……。

朝見さんの言葉は聞こえた。だけど、私は視線を逸らすことが出来なかった。
手はもう一時も離す事ができないのか、押し当てられたまま。
もしかしたらその手の下には恥ずかしい染みがあるのかもしれないと思ってしまう。

「……もう、我慢できない?」

朝見さんはそれを聞いて身体を震わす。
心配するように言ったがこれは意地悪な質問だ。
朝見さんが凄く可愛くて……反応が見たくて。

「……ねぇ? まゆが来るまで我慢できない?」

――こんなこと言っちゃだめなのに。聞いちゃだめなのに。

「我慢できる……できるから…」

私の問いに答えるようにして、でも自分に強く言い聞かせるように朝見さんは言う。

――でもそれは嘘。我慢できない。見たら分かる。
全身を震わせて、しゃべるのもやっとで、見っとも無く息を荒げて……。
顔に沢山汗を浮き上がらせて、辛い顔で、一瞬たりとも油断できなくて。
凄く……艶っぽくて可愛くて愛おしくて……。

「っ〜〜〜」

朝見さんはまた身体を跳ねさせて声も出せずに力いっぱい抑え込む。
だけど、押さえ込まれた部分のハーフパンツの色が濃く染まっている。

それを見ていると上からポタポタと床に水滴が落ちる。
最初は汗が落ちたのだと思った、だけど視線を上げるとそれは朝見さんの目から溢れた涙で……。
胸が締め付けられる。

――この人を守りたい……。

どこか遠くで同じことを感じたことがある――夏休み前の皐先輩? ……違う、もっと昔……。

283事例9「朝見 呉葉」と聞こえない『声』。12:2015/04/17(金) 01:13:36
「だめっ……でちゃ…くぅ…あぁ!」<ジュウ…>

くぐもった音が聞こえ必死に抑えて込んでいる手の隙間から溢れだす。
それはすぐに止まり、ハーフパンツを広い範囲に濃く染め上げほんの少しの水溜りを股の間に残す。

「くぅ…はぁ……はぁ……っ、うぅ…」

チビったなんて量ではなく、それは確かにおもらし。
だけど、まだ朝見さんの膀胱にはまだ沢山の出してはいけない恥ずかしいものが詰まっている……。
それでも懸命に…あきらめずに我慢をやめようとしない。

顔は涙と汗で濡れて、髪は額に張り付いて……。

「ぁ……やぁ……んっ〜〜」<ジュ…ジュウゥ……>

また抑えきれない量の熱水が溢れ出し、水溜りを少し大きくする。

「なんで? ……どう…してよっ……あぁぁ……」

少しずつ少しずつ暖かい水溜りの面積を広げていく。

「……朝見…さん……」

「ぁ……」<ジュウゥーー>

私が名前を呟いたのを切欠に、朝見さんは震えた声を漏らして恥ずかしい音を継続的に響かせた。
必死に抑えて身体に力が入ってるのがわかる。だけど、意に反して恥ずかしい音は止まらない

「くぅ……んっ……」

いくら力んでも勢いが弱まるだけで止まらない。

「……っはぁ……はぁ…ぅ……」

乱れた熱い息を吐きながら、広がってゆく水溜りに視線を向けるようにして俯く。

「っ…みないで……もうゆるして……」

朝見さんは私の視線感じて呟く。
次第に恥ずかしい音が止み、代わりに嗚咽が聞こえてくる。
手を伸ばせば届く距離。それなのにどうすることも出来ず、かけるべき言葉もかわからない。

「こんな状況だから仕方がない」そんな言葉はきっと求めてない。
私はただひとこと「……ごめん」と呟き朝見さんの前を離れた。

284事例9「朝見 呉葉」と聞こえない『声』。13:2015/04/17(金) 01:15:54
――
 ――

「……」
「……」

――気まずい。

扉を背もたれにして私は離れたところで腰を下ろしていた。
結局なにも気の利いたことも言えずに、ちらちらと様子を覗いながら気まずさと尿意に耐えるだけ。

「ねぇ……」

「……は、はいっ」

しばらく声を出さずに泣いていた朝見さんが突然私に声を掛ける。
目の下を赤く腫らして――なんだか凄く艶っぽい……。

「……変態」

ストレートな言葉とじとっとした目が私に突き刺さる。
私は苦笑いをして誤魔化しながら視線を逸らす。

「……うぅ……仕方無いじゃない…朝見さんにだって好きって感情あるでしょ?」

「わ、私は……っ」

朝見さんの動揺した声に目だけで朝見さんの方を見ると真っ赤になって――――もともと真っ赤だったかもしれない――――
目を泳がしていた。

「あ…えっと……ぁ、そういえば雛倉さんはどうして今回成績良かったんですか?」

私の視線に気がつき慌てて話題を換えるようにして言った。よくわからないけど、私の質問が良くなかったらしい。
だけど、その質問はどう答えていいのか難しいところ。
私は悩む。どこまで正直に話すか、気まぐれだと適当に済ませるか……。

……。

「……それは…、ある人に仲直りするにはどうするかアドバイスされて……」

「アドバイス?」

暗い声ではあるが興味を示したらしく尋ね返される。

「……その…まずは仲直りしたい人の順位を越えてって……」

「それって……私のこと?」

私はそう聞かれて顔が熱くなるのを感じながら小さく頷く。

285事例9「朝見 呉葉」と聞こえない『声』。14:2015/04/17(金) 01:17:04
「あ…えっと……さっ、皐ね…余計なことを……」

朝見さんまで動揺してしまった。
というか皐先輩のことを皐と呼び捨てている……。
昔からの知り合いだと聞いていたけど、思っていた以上にフレンドリーな関係らしい。

――っ! あぁ、そろそろこっちも……。

朝見さんのことで頭がいっぱいで小康状態にあった尿意が、不意に大波として私を襲う。
仕草を抑えきれず身体を震わし、一瞬だけ大切な部分を押さえてしまう。

「あの、私が言うのも変かもしれないけど……大丈夫?」

「ま、まぁ……なんとか…」

――見られた……恥ずかしい。確かにこんな状態を見られるって言うのは相当辛い。

「おーい、あやりーん、呉葉ちゃーんいるー?」

扉の向こう側から声が聞こえる。
私はすぐに振り向き扉を叩きながら答える。

「まゆ! さっさとあけなさいよ!」

「うぉ、あやりんが怒ってらっしゃる! 今あけるからちょっとまって……っと、ほい」

ポールを取りまゆが扉を開ける。

「ごめんごめん、ポールが……あ、……えっと呉葉ちゃん?」

扉を開けてようやく状況を察したらしく――っていうかトイレ!
私は小さく足踏みをしながら言葉を紡ぐ。

「……えっと、まゆそのね……えっと――」
「雛倉さん……いいから行きなさいよ」

――うぅ……。

私の様子を見かねて朝見さんが私を行くように促す。
実際開いたことによる安心感で本当に危なくなってきてるし……。

「ご、ごめん! 終わったら更衣室から着替えとか持ってるくから! まゆ、後お願い!」

私は二人を置いて身体を前屈みにして駆け出す。
手は確り前を抑えて――ぅ…恥ずかしい。

一番近いのは体育館横のトイレ。
駆け込むとあの時のように扉が閉まっている――みたいなこともなく、慌てて個室に飛び込む。

<ジュワ……>

――っ! ダメ、鍵……いいや! 後!

先走りを感じ、鍵をあきらめ和式トイレを跨ぐ。
ハーフパンツと下着両方同時に手を掛けて一気に下ろすと同時にしゃがみ込む。

「はぁ……っ」<ジュイィィーーー>

相変わらずトイレ前とかに弱い私が少し情けなく感じながらも、安堵から声が漏れる。
多分朝見さんの我慢は今の私よりずっと辛かったんだと思う。
そう思うと――やっぱり可愛い。良い物を見せてもらえた。

それに……よくわからないけど、ちゃんと会話できた気もする……。

1分近く続いた恥ずかしい音が止まりほんの少し濡れて気持ち悪い下着を多少なりとも拭いて履きなおす。

「……はぁ…」

――さて……更衣室で制服に着替えて、朝見さんの服を持って――後は一度教室に戻って下着とか入ってるカバンも取りに行かないと。

昼休み終了まであと15分ほど。
お昼を食べる時間がないことを少し惜しみながら私は更衣室の方へ駆け出した。

286事例9「朝見 呉葉」と聞こえない『声』。-EX-:2015/04/17(金) 01:20:03
**********

――失敗したなぁ……。
あやりんに後を頼まれたけど、どうしよう……。

「あんまり……見ないでくれる?」

「ご、ごめん!」

私は呉葉ちゃんに言われてすぐに後ろ向く。
余りの惨状に目を背けるどころか呆然としてしまった。

……。

「本当にごめん私のせいで……」

その惨状の原因を作ってしまったことを謝罪する。

「……もう、いいわよ……わざとしたわけでもないんだし……」

その言葉に冷や汗が流れる。
だけど、……言わなくちゃいけない。

「えっと、凄く言い難いんだけどさ……」

一呼吸おいて続けた。

「その…わざとなの……閉じ込めたの」

「……え?」

「い、意地悪でしたんじゃないんだよ! その……二人には二人で話せる機会が必要だと思って……あーもう! 本当にごめんっ!」

私は振り向き膝をついて頭を下げる。
こういう機会を作ってあげないと、あやりんと呉葉ちゃんの性格的にどうにもならない気がしたからした行為だったけど、完全に裏目に出てしまったかもしれない。

「いや、土下座までしなくても……と言うか貴方もなの…?」

私は頭を下げながら「貴方もなの…?」っと言う言葉が何のことか考えるが……わからない。

「はぁ……お節介焼きばかり……このことについては許さず恨むことにさせてもらうから」

その言葉に返す言葉もなく、頭を下げ続ける。

「だけど……、雛倉さんの事で少し勘違いしていたことがわかったし…一応そのお節介に対してはお礼を言うわ……黒蜜さん、ありがとう」

私は良くわからず頭を上げて目をぱちぱちとさせる。

「……こっち…見ないでくれる?」

おわり

287名無しさんのおもらし:2015/04/17(金) 01:44:20
更新待ってました。
ついに結果がまさかの二人とも同じ順位、朝見とは少し仲が改善したしね。 今まで朝見の声が聞こえないのは波長がかなり合わなかはって事なのかな。

そして久しぶりに声が仕事した。

288名無しさんのおもらし:2015/04/17(金) 15:03:33
ついにきたー
クールな女の子が必死で我慢するのはすごくかわいい

289名無しさんのおもらし:2015/04/18(土) 18:42:35
GJ!
朝見さんメイン来た!

それにしてもやっぱり文章も別格感あるな

290名無しさんのおもらし:2015/04/19(日) 00:32:14
GJ!!!

291名無しさんのおもらし:2015/04/22(水) 01:10:48
浅見さん髪長いなww
話が大きく展開した感じ、次回が楽しみ

292事例の人:2015/04/26(日) 19:23:45
>>287-291
感想とかありがとう!
>声
『声』……仕事したと言えたのかな?
>次回
平常運転(事例10)か伏線回収(裏)か寄り道(小数点)になります

293事例2裏「朝見 呉葉」と弱い心。@呉葉 1:2015/05/11(月) 20:01:12
『う〜ん可愛いなぁ』

冷水機前でいつもの変態少女が『声』に出して悶えている。
さすがに大きな『声』ではないし、表情自体は崩してはいないわけだけど。

そして、その視線の先は……どうやら篠坂さんの様だ。

……。

仄かな苛立ちと呆れを感じて小さく嘆息する。
私は冷水機から立ち去り更衣室で早々に着替えを済ませ教室へ向かう。
体育で喉は渇いているが私には持参の水筒がある。
わざわざ並んで水を飲むことも無い。

<ゴクゴクゴク>

教室に戻り私は自分の席で水筒のお茶を飲む。

彼女……雛倉 綾菜(ひなくら あやな)は変態的な嗜好を持っている。
他者、特に可愛い子のお小水の我慢姿を見ること。
ただそれだけの変態な女の子ならまだ良かったのだけど、彼女は私と同じテレパシスト。
ただし、私のように特定波長の『声』を聞き取る能力ではなく、彼女の読み取れる波長は可変。
より細かく言えば自身と同波長の『声』を聞き取る能力。
正直言って使い勝手は私と同程度には悪い。
しかし、彼女の嗜好と結びつくと彼女にとっては有益な、他者にとっては非常に迷惑な能力となる。
私には通用しないから、私自身が危惧する必要はないのだけど。
それでも、その嗜好には強い嫌悪感を感じるし止めてもらいたい。

<ゴクゴクゴク>

「はぁ……」

2杯目を飲み干して嘆息する。

294事例2裏「朝見 呉葉」と弱い心。@呉葉 2:2015/05/11(月) 20:02:12
――やっぱり私が、どうにかしてやめさせないと……。

そう思うが、いい方法があるわけでもない。それどころか今は八方塞――――私にとっては……だけど――――な状態。
なんとか会話しようと思うが……なんというか、きつく当たってしまって……。

彼女が入試一位だったと聞いて、私は素直に喜んだ。
昔、私が憧れた何でも出来る彼女のままなのだと、そう思えたから。

なのに……中間テストの結果では二位ですら無かった。
聞いた話によると、一切テスト勉強をしていないとか……そして順位を見てる彼女は全くの無関心。悔しがる素振りなんて微塵も見せなかった。
私だけが彼女に追いつこうと必死に努力して、勉強して、運動だってして……でも、彼女は成績なんて――私なんて見ていなかった。
覚えていなくても良い……だけど、私の存在を感じて欲しかったのに……。

私はそんな彼女に勝手ながら失望し、トップになっても私を相手にしていないことに落胆し、馬鹿にされた気分となって。
……その気持ちは悲しさや寂しさだけでなく、蟠りを残し、いつしか小さな悪感情を私に抱かせた。
それが、私が彼女にきつく当たってしまった最初の理由。

そして、私はこの時の事を本当に後悔した。
一度きつく当たってしまったせいで、普通に話しかけることが難しくなってしまって。
口下手で不器用な私はきつく当たることでしか、彼女と会話する方法がわからなくなってしまった。
最近ではそれが余りに続くため、無視されるようにもなって――さらに私は話し辛くなって……。
悪循環とはこのこと……。

もとより私はコミュニケーションを取る事が苦手で上手く会話できない。
本当はもっと普通に会話できれば……。

――って違う!! はぁ……今は彼女の変態的な嗜好をどうやって矯正するかって話であって……。

<ゴクゴクゴク>

落ち着こうと思って3杯目のお茶を飲み干す。
飲み終わると大きく嘆息した。

295事例2裏「朝見 呉葉」と弱い心。@呉葉 3:2015/05/11(月) 20:03:55
――
 ――

<キーンコーンカーンコーン>

3時限目終了のチャイムが鳴り、数学の授業が終わる。
私は教科書と筆記用具を持って――――次は実験で移動教室――――すぐに人気の無いお手洗いに向かう。
荷物を持ってって言うのは本当ならいやなのだけど、この際仕方がない。
移動教室なので早く人気の無いお手洗いに向かわないと時間が無い。

――あぁ、結構したい……。さっきの休み時間、やっぱり飲みすぎた?

人気の無いお手洗いに向かう理由は、唯単に恥ずかしいから。
普段は水分摂取をある程度控えて、学校でお手洗いを使わないように心がけてはいるが、
我慢できそうに無い日もあるわけで……特に今日は体育のあと飲みすぎたみたいだ。

「呉葉!」

背後からよく知った私を呼ぶ声。
振り返るとその声の主は廊下を小走りで駆け、私の前まで来る。

「何ですか、“先輩”」

「“先輩”って……皐って呼んでって言いましたよね?」

一見笑っているように見える。
けど、良く見ると眉だけ怒っている。
……この人はこの学校の生徒会、会長、宝月 皐子(ほうづき さつきこ)。
面倒なのに捕まってしまった。

「それで……あの話は考えて貰えた?」

「保留って前回話したはずだけど」

可能な限り感情を出さずにそう答えると、皐は不満げな顔で会話を続ける。

「それは聞きましたけど……綾菜さんも誘う計画がありますから……それだけはわかってもらえてますよね?」

私はそれを聞いて目を細めて睨むように皐を見る。

「そんな目で――……はぁ、いい加減素直になって、仲良くしたらいいだけじゃないですか?」『凄く良い目〜』

「簡単に言いうけど……色々あるから」

余計な『声』も聞こえてきたことに少し戸惑いながらも視線を逸らし平静を装う。

「今の綾菜さんも十分良い子ですよ……私は割り切って考えることにしましたし、その上で私は呉葉と綾菜さんの2人に生徒会へ入ってもらいたいわけですから」

本当、簡単に言う……。
私はそんな簡単に割り切れないのに。
でも、私たち2人に拘る皐も、本当に割り切れてるのか甚だ疑問だけど。

私は、大きく嘆息して、再度念を押すように答える。

「とりあえず、今は何度聞いても保留だから」

「……そう、だったらとりあえずは綾菜さんの方を誘う方法を考えます。計画が決まり次第実行しますから。
もし、入ってくれる目処が立ったり、何か進展があればこちらから連絡します。その時に良い返事を期待するとしましょう」

そう言って私の前から立ち去る。相変わらず横暴で、勝手な話。
そっちはそっちで精々頑張ってとしか言えない。
私が答えを出せるのは、私個人の問題が解決してからだ。
目処が立ってもそれに進展が無ければ、保留のままだし、生徒会選挙までに決まらなければ自動的に断るという選択となるだけ。

「はぁー」

私は大きく嘆息して、お手洗いを済ませることが時間的に間に合わなくなったことに肩を落とした。

296事例2裏「朝見 呉葉」と弱い心。@呉葉 4:2015/05/11(月) 20:05:14
――
 ――

実験室に入ると多くの生徒が既に席についていた。
空いてるテーブルは一番奥のほうと手前にある雛倉さんのテーブルの二つだけ。
友達がいないのはクラス中に知れ渡ってることなので、わざわざ、奥へ行って座るのも不自然。
と、いうわけで仕方がなく……本当に仕方なく手前の雛倉さんの隣に座る。

残る数名が教室に来て座ってゆく。

<キーンコーンカーンコーン>

チャイムとほぼ同時に最後に入ってきたのは篠坂さんだった。

「おーい、弥生ちゃーんこっちこっち、もう此処だけだよ空いてる席〜」

「あ、うん」

黒蜜さんがそう言うと、篠坂さんは小走りにこっちに来て座る。

『……とっても可愛い』

隣で雛倉さんの『声』が微かに聞こえる……確かにちょっと可愛かったけど――この変態少女。

私は改めてテーブルのメンバーを見る。
まず、私、その隣に雛倉さん、さらに隣が黒蜜さん。
その正面に座るのが篠坂さんで、私の正面が檜山さん。
一人休みなのでこの5人の班となった。

「あぅ……よく見たらこの班、優秀な人が3人も――」
「そうそう、だからこの班選んだのよ!」

篠坂さんが恐縮そうに言うと、檜山さんが被せるよう本音を言う。
酷い理由で選ばれたものだ。

「私はあやりんや呉葉ちゃんほど優秀でもないよ〜」

黒蜜さんはそう謙遜する。
雛倉さんと同じで、テスト勉強なしで成績上位なのだから、優秀であることには変わりないのだが。

「それでは実験を始めます、指定された器具を各班代表で一人、前まで取りに来てください」

いつの間にか先生が入ってきていて、授業開始の合図と同時に実験道具を取りに来るように指示をした。

297事例2裏「朝見 呉葉」と弱い心。@呉葉 5:2015/05/11(月) 20:06:45
――どうしよう、私の席が一番近いし私が取りに行った方が――

「……私取ってくる」

――良いかな……と思ったが、私がそう決断するより早く雛倉さんが動く。
そして実験器具を一式持ってきて彼女はテーブルに置く。

<ガチャン>

……。

「雛倉さん、もうすこし丁寧に置いてください」

――あぁ……また、私はこういうことを……。

別にそこまで言わなくてもって私自身も思う。
それに、私が早く行かないから雛倉さんが行ってくれた訳で……。

雛倉さんは無表情ながらも、少し気を落とす。
それでも、やっぱり無視……声を聞かせてはくれない。

――はぁ……どう考えても私が悪い。

『授業始まったばかりだけど……やっぱりお手洗い行きたいよ……』

不意に聞こえてきたのは篠坂さんの『声』。
どうしてさっきの時間に済ませなかったのか……。
私のように済ますことが出来ない事情があったのかもしれない。
だけど、そんな『声』を出すと――

『今は朝見さんとかどうでも良くてこっちが大事』

――……どうでもいい? ……。

ちょっと凹む。
私だって我慢してるのに――って、だからってそんな目で見て欲しいとか全然思わないけど……。
結局私は、彼女にとって鬱陶しいだけの人で……。
どうしてこうなってしまったのか。なんで私は……なんで彼女は――

私は心の中で大きく嘆息して、思考を無理やり中断して気持ちを切り替える。
考えても無駄なこと……もう何度も考えたのだから。

『まだ45分もある……あの秒針が45周……気が遠くなるような時間だよぉ』

……始まったばかりだし当然だ。
確り我慢して欲しい。……雛倉さんのこんな『声』なんて聞きたくない。
聞いていたら、また苛立ってしまう……。

298事例2裏「朝見 呉葉」と弱い心。@呉葉 6:2015/05/11(月) 20:08:32
「それでは、実験の説明をします。まず注意事項は――」

先生が実験の説明を始める。

『説明長そう……あ、でも長くても授業終了時間は変わらないし一緒かぁ……』

――篠坂さんも、もっと別の事考えれば、雛倉さんへ届かないのに……。

「――以上です、各班事故の無い様慎重に行ってください」

説明が終わり、各班作業を開始し始めたようで、各所で話し声や器具を設置する音が聞こえてくる。

「はい、シャー芯」

「……まゆ、私にさせるつもり?」

「うん」

私の隣の2人が実験を始めようとしている。
ちなみに実験内容は炭素棒の代わりにシャー芯を使った電気分解。
シャー芯を受け取った雛倉さんは少し嫌そうにしながらも、嘆息をした後作業に入った。
流石に手際が良い……が、一人でするのは流石に大変だ。
黒蜜さんが手伝うのかと思っていたのだが、どうやら丸投げらしい……。

対面に座る二人を見るが、どうも、不思議そうな顔で作業を眺めているところを見るに、全く理解できていない様子。
……仕方が無い。私は雛倉さんの作業を黙ってサポートすることにした。

『早く終わったら、早くお手洗いに……いけないよね……』

そうでしょうね。
と言うか、その様子じゃ実験レポートかけないような気がするけど……。

私は雛倉さんの実験の進行をスムーズに行えるように器具の配置を換えたり、道具を渡したりする。
何をするか分かっていると言葉を交わさなくても、何とかなるものだと、一人で関心していると――

「……あ、ありがと……」

――実験に使う道具を渡した時に、小さい声でお礼を言ってきた……。
いつも私が話しかけても無視するのに……いや、私が悪いのは分かってるけど。
そんなことを思いながら雛倉さんの方に向いていたのだけど、不意にその直線上に居る黒蜜さんの顔が目に止まる。
その顔は…なんと言うか微笑ましいものを見ているような――あ……全く手伝わなかったのはそういう魂胆……。
余計なお世話だ……。

299事例2裏「朝見 呉葉」と弱い心。@呉葉 7:2015/05/11(月) 20:09:27
『結構ヤバイかも……こんなに我慢したの最近じゃなかったな……』

『……抑えたい…檜山さんは実験見てるしバレないかな? ……いいや、もう抑えよう……』

作業を淡々と進めている中、篠坂さんの辛そうな『声』が聞こえてきた。
授業終了まではあと30分もある。

――この子……大丈夫なの?

と、言っても実は私も少し辛くなってきた……あの時皐に邪魔されなければ、こんな思いしなくて済んだのに……。
今更そんなことを考えても仕方が無いのだけど……授業が終わったら、どこか人気の無いお手洗い探さないと。

――次は昼休みだし、利用者の少ないのはやっぱり――

そんなことを思っていると、雛倉さんの実験を行う手が止まっているのに気が付く。
確かに一段落付いたけど、まだそれなりに作業は残っている。
私がどう、声を掛けようか迷っていると、雛倉さんは対面の、篠坂さんと檜山さんに視線を向ける。

「……二人ともちゃんと実験内容理解できてる?」

――あ……雛倉さん……。

「全然理解できないです!」「ご、ごめんなさい」

「……まゆ、あとお願い、私は二人に解説するから」

彼女は2人を気遣って、わざわざ解説するために対面の真ん中の開いている席へ座る。
私は、誰も見ていないだろうけど、少し頬が緩むを感じる。
『声』では変態的でも、皐が言う通り良い子なのだ。

「おお、優しいね〜、実験レポート出せなくて困るのその二人だけなのに」

「っ! 真弓ちゃん意外と黒い子だ!」

「……ぁ」『隣に人来ちゃった……もう流石に抑えられない』

『恥ずかしくて流石に離したみたいだけど……どこまで我慢できるかしら?』

……。
やっぱりただの変態かもしれない。

雛倉さんに代わり、黒蜜さんが実験を進める。
私は真面目に解説をしているように見える変態を眺めながら、実験のサポートを続けた。

300事例2裏「朝見 呉葉」と弱い心。@呉葉 8:2015/05/11(月) 20:10:48
――
 ――

『やだ……本当にヤバイかも……』
『抑えたい、でも……』

『……わぁ、篠坂さん……足震えてるし、手も握り締めて……凄く可愛い』

雛倉さんは、篠坂さんの辛そうな『声』を聞いて、隣でチラチラとその仕草を眺め、嬉しそうな『声』を上げる。……変態。

『……でも私もトイレ……結構切迫した状態になってきたかも……』

だけど、その変態は少し誤算があったようで、自身もそれなりに尿意が高まっているようだった。
彼女のテレパシー能力の制限で相手の波長に合わせるため、いつも彼女自身、我慢しているのだけど、
今回はちょっと飲みすぎたようであり、随分我慢している。

――そういう私も、実は結構危ないんだけど……。

多分尿意の大きさから言えば雛倉さんと同程度くらいだとは思うけど……。
そして、もう一人は私たちと比較する必要が無いくらいに、切羽詰った『声』を上げていた。

『ぅ……やだ、波がっ――お、お手洗い! 早くぅ! お手洗いに行きたいよぉ……』

その『声』を聞いてか、雛倉さんが視線だけで篠坂さんを見る。

『……つ、ついにスカートの前に手が……』

『嘘……今の雛さんに見られた!?』

――雛倉さん……本当にあなた変態なのね。

ここまで酷い場面初めてだ……。
まぁ、ここまで尿意に切羽詰ってる人の『声』を聞くのも学校じゃ稀だけど……。

『もう、だめ……我慢できないのに……でも雛さんに見られるし……』

……。

どうしよう……このままだと篠坂さん、本当に粗相しかねない。
助け舟を出すべき?

「んっ!」『やだやだ! 出ちゃう、先生に……でも恥ずかしい……』

これ以上我慢を続ければきっとここで――

「……すみません、先生。篠坂さんを保健室に連れて行ってあげてもいいでしょうか?」

――え? 雛倉さん?

先生は篠坂さんの真っ赤になった顔を見て、体調不良だと感じたのか納得して、口を開く。

「そうですか……では保健係の人は――」

「……いえ、もうレポートも完成しましたから、私が連れて行きます」

「それじゃあ、お願いします」

先生がそう言うと、雛倉さんは黒蜜さんに「……ごめん授業終わったら私の荷物持って、教室に帰ってて」と言って、教室を出て行く。

301事例2裏「朝見 呉葉」と弱い心。@呉葉 10:2015/05/11(月) 20:12:12
……。
私は……結局何も出来ない。
変態の雛倉さんですら、篠坂さんを心配して助け舟を出して上げれるのに……。
『声』が……助けが聞こえてるのに、私は行動できない。助けられない。
私は、昔と何も変わっていない。
行動力が無くて、馬鹿で、誰も守れなくて……。
昔、私は言った。「――……いつか私も正義の味方になってみたい」って。
でも、私はやっぱり駄目なのかも知れない。

……でも、だからこそ……雛倉さんを矯正しないと……そうしなければ。



いつしか時間が過ぎ去り、授業が終わった。



私はレポートを提出して、お手洗いに向かうために教室を出る。

「ねぇ、呉葉ちゃん」

――うぅ……また、変なタイミングで……。

振り向くと黒蜜さんが少し悲しんでる様な怒っているような表情をしていた。

「なに?」

冷たく、無機質な声で応答する。
もう少し、普通に言えたらいいんだけど……。

「あやりんに強く当たるの、もう少しどうにかならないかな……?
事情があるのかどうか、よくわからないし、強制はしない……けど、あやりんは私の親友だから……。
あやりんも無視しちゃってはいるけど……あれでも結構凹んでると思うの、だから……ね?」

私は何も返せない。
少しだけ下を向いて……何て言えばいいのか思考を巡らすが、やはり返せない。
黒蜜さんは廊下の端に寄り、壁にもたれかかるようにして続けた。

「……呉葉ちゃんとは中学の間ずっと同じクラスだったからさ……悪い人じゃないってことは知ってるから……
2人が仲悪いのはちょっと私辛くてさ……」

しばらく沈黙が続く。

「ごめんね……勝手な事言って……」

黒蜜さんは私の脇を通り、教室の方へ行く。
私は心の中で謝る。本当に謝るべき相手は雛倉さんであることは分かってる。
でも、どうすることも出来ない自分の弱さに、今はただ、後姿を見せる黒蜜さんに心の中で謝ることしか出来なかった。

302事例2裏「朝見 呉葉」と弱い心。@呉葉 10:2015/05/11(月) 20:13:49
――ブルッ

背筋に走る震えが、思いのほか余裕が無いことを告げる。

――っ! い、今は、早くお手洗い行かないと……。

そう思ったが、手に持っていた、教科書と筆記用具……先にこれを片付けてしまおう。
教室に遅れて戻る時に教科書とか持っていると、誰かが詮索しかねない。

教室に戻り引き出しの中に教科書と筆記用具をしまう。
そして、この時間帯でもっとも人気がなさそうなお手洗いの場所へ移動しようと教室をでる。

「あっ!」

「っ……霜澤さん……何の用?」

教室を出たところに最悪のタイミングで接触してきたのは霜澤 鞠亜(しもざわ まりあ)。
新聞部を立ち上げるも、部員が少なすぎて、結局愛好会の域を出れない知人。
ただ、そこそこ優秀な人ではある。
成績も中間テストで10位前後だった気がするし、スポーツも出来る。そして、人間関係も私ほど悪くなく人並み。

「通りかかっただけだけで、ボクは特に用はないけど? まぁ、強いて尋ねるとするなら……その……狼さんの様子はどうって…くらいかな?」

言い初めの方は高圧的な、如何にも彼女らしい態度で話していたが、後半は弱弱しく、声も小さく話す。
変装のため付けられたと思われる似合わない眼鏡を無駄に直しているのを見ていると、彼女も雛倉さんのことを強く気にかけているように思う。

「相変わらずよ……」

私は素っ気無く言葉を返すが、尿意で立ち止まるのも辛く、足踏みしたいのを必死に耐えながら、早く話が終わるのを祈る。
もし、あまりに続くようなら、何か理由をつけて離れないと……。

「そ、そう……分かってると思うけど、変に刺激して記憶が戻ったりしたら許さないから……金髪にも言っといて!」

少し強い口調でそういうと背を向けて離れる。
すぐに話が終わったことに安堵するが、同時に下腹部溜まった恥ずかしい水が主張を強める。

303事例2裏「朝見 呉葉」と弱い心。@呉葉 11:2015/05/11(月) 20:15:16
今日は非常にタイミングの悪い時に声を掛けられる……。
私は急ぎ足で体育館の渡り廊下の隅にある、お手洗いを目指す。
その道中限界に近い尿意に焦りながらも、心の片隅で皐と霜澤さんの雛倉さんに対する姿勢が私を憂鬱にさせる。

皐は新しい雛倉さんを受け入れようとしていて、
霜澤さんは記憶が戻ることを危惧して、関わることを極力避けている。
そして私は、今の雛倉さんを受け入れられず、だからと言って避けることもできずに居る。
心のどこかで、思い出して欲しいと願い、昔のような彼女に戻ってくれると期待している。

――……やっぱり、過去に囚われているのは私だけね……。

「絶対に思い出させちゃダメだから!」……霜澤さんが泣きながら私たちに言ったあの時の言葉が思い出される。
そう、あの言葉は正しい。私の願いも期待も叶うことはない。叶えてはいけない。

……。
私は小さく首を振り、憂鬱な気持ちを振り払う。

体育館の渡り廊下の隅にあるお手洗いを昼休みにわざわざ利用する生徒は滅多といない。
保健室を越えて、渡り廊下へ、そしてお手洗いが見えると、長い髪をマフラーのようにして首に巻きつける。
それは私にとって用を足すための準備のひとつで……普段ならお手洗いに入ってから行っていること。
良く言えば効率的。でも、それは今、私に余裕がない恥ずかしい証拠でもある。

私は周囲を軽く見渡し、誰もいないことを確認してお手洗いへ駆け込む。
息が少し荒いのは走っているからではない。
手がスカートの前を抑えているのは風で捲れあがるからではない。

――んっ……まだ…あとちょっとだから……。

お手洗いに着いたことで安心した身体が尿意の波を起こし、それを心の中で宥める。

いつも通りの修理中の個室と未使用の個室が並ぶ。
私は未使用の個室へ飛び込み、少し乱暴に扉を閉めて鍵をかける。

304事例2裏「朝見 呉葉」と弱い心。@呉葉 12:2015/05/11(月) 20:16:31
髪は先に上げて置いたので大丈夫。
私は用を足そうと下着に手を掛けたとき――

<コツコツコツ>

――お手洗いに走って駆け込んでくる音が聞こえて私は、下着に手を掛けたまま固まる。
……個室に入ってしまった以上、出るところを見られる……それにこのタイミングだと音まで聞かれる。
出来れば他のお手洗いに移動して欲しいが、そうも行かないと思う。

『って、嘘? 個室閉まってる??』

――っ! この『声』って……ひ、雛倉さん?!

<コツコツコツ>

個室前までその足音が近づく。
私はもうすぐしてしまえると思っていたため、急激な尿意が襲ってくる。
個室の中なのに……することが出来ない。もししてしまえば、私の“音”が……。
私は必死になって音を立てずにスカートを捲り上げるようにして下着の上から大切な部分を抑える。

『……嘘でしょ?』「ぁ…んっ!」

――っ!! これって……雛倉さん、凄く切羽詰ってる?

『声』も声も今まで聞いたことが無いくらい焦っている。
早く替わってあげたほうが良い――そんなこと判ってる。
でも、よりによって雛倉さんだなんて……。

……ダメだ、出るわけには行かない。

恥ずかしい音を聞かれるなんて耐えれない。終わった後、どんな顔して出れば……。
そして、今出してしまうと我慢していた分、相当長い時間音がする……たとえ音消しをしても雛倉さんなら聞き取りそうだし
そもそも、1回の音消しでは間に合わず、2回行うことになればそれはそれで恥ずかしく、結局我慢していたことが雛倉さんに判ってしまう。
……それだけでも死にたくなるくらい無理なのに……それに加えて雛倉さんは私の『声』が聞こえなかったという疑問を持つことになる。
つまり私にテレパシストの読み取りに抵抗があることがバレてしまうかも知れない。

『何で、どうして?? もう膀胱パンパンなのに……直ぐ入れると思ってたのに!』

――お願い、雛倉さん……早く別のところへ行って……。

私はそう祈る。
それは、開くことが無いトイレに無駄に待つことになる雛倉さんの事を思って祈っただけじゃない。
個室に入って気が緩んでいる私も長く我慢できる自信がないから。

305事例2裏「朝見 呉葉」と弱い心。@呉葉 13:2015/05/11(月) 20:17:52
「はぁ…はぁ……」

扉一枚隔てた向こう側から小さな息遣いが聞こえる。
とりあえず、雛倉さんは波を越えたのかも知れない。
でも、私は――

「(んっ……)」

左手で声が漏れない様に口を押さえ、右手はスカートのしたから下着を鷲掴みにするようにして耐える。
音を立てるわけに行かず、足踏みも満足に出来ない……。

<コツコツコツ>

それなのに、個室の外からは雛倉さんの足踏みの音が、トイレ内に響き渡る。

『うぅ、これ個室の中の人にも絶対聞こえてる……』

そう『声』が聞こえ、しばらくは音が止むが、またすぐに遠慮がちに音が聞こえてくる。
私はその不快なステップのリズムが、酷く羨ましく感じてしまう。
出来ることなら私も同じようにしたい……でも――出来ない。してはいけない。

小さく身を揺すりながら、音を立てずに何とか我慢を続ける。
でも、数分経った今もなお、外で雛倉さんが我慢を続けている。

『ちょっと…いくらなんでも遅すぎない!?』
『もう、我慢も限界なのに……何してるのよ!』

――それはお互い様ですからっ!

そう思っているなら早く、別のトイレに向かって欲しい。
いくら待たれても、出れないものは出れない。

――それに……早くしてくれないとそろそろ私も我慢が……。

抑え込む手にこれ以上無いくらい力を入れて、何度も抑えなおす。
それでも、溢れてしまいそうになりながらも、これ以上身体を動かし音を出すことも出来ない。

『もしかして、音が聞かれるのが嫌で中で我慢してる? ……いや、『声』が聞こえないしそれは無い?』

――っ!

図星を付かれて動揺する。
その動揺に反応するように膀胱が収縮して波を起こす。

――ぁ…んっ……もうっ限界…! お願い、早くどこか……。

306事例2裏「朝見 呉葉」と弱い心。@呉葉 14:2015/05/11(月) 20:19:35
『っ! ダメ……余計なこと考えてたらまたっ!』
『やだ……本当限界、なんで空かないの!?』

私が急な尿意に動揺して焦っているのと同じように、外でも限界の尿意に抗う雛倉さんの『声』が聞こえる。

「ぁぅ……」『嘘!? やぁダメ…おしっこ、漏れちゃう! うぅ……』

必死の我慢の『声』が口からもあふれ出している……。

――っ……はぁ、ど、どうしよう……このままじゃ雛倉さん…。

出るべきか否か。
雛倉さんの事を思えば、私の能力とか羞恥心とか気にしていられない……。
出てしまうのが絶対に正しい……なのに……。

――やっぱだめ……出れない、出るにしても済ませてからじゃないと私が持たないっ。

それに……やっぱり音を聞かれるのが嫌で、さらに今更して、後でなんて言えばいいのか分からなくて。

「んぁ! ――はぁ、はぁ……」

どうやら雛倉さんは波を乗り切ったのか、外で熱の篭った激しい呼吸音が聞こえた。

でも、今度は私の膀胱の収縮がピークを迎え、恥ずかしい熱水を力一杯押し出そうとしてくる。
荒い呼吸も身動ぎさえ許されない状態での大波。必死になって足を閉じ合わせ、ただただ抑え込む。

だけど――

<ジュ……ジュー>

【挿絵:http://motenai.orz.hm/up/orz53686.jpg

何度もお預けをされ、個室に入ってからも長時間にわたり我慢し続けてきた大切な部分が限界を迎えた。
そしてその熱い感覚は、どうやっても止めれそうになかった。
視界が涙で霞み、片手で押さえられた口から声が漏れそうになるが、どうにか飲み込む。

『うぅ…ちょっとだけ濡らしちゃった……だめだ、ここから一番近いトイレ……本棟に戻って階段を上れば直ぐだ!』

その直後外から雛倉さんの『声』がして、同時に、足音がトイレの外へ向かうのが判った。

私は、足を開き、口を押さえていたほうの左手でスカートを掴み上げ、和式トイレを跨ぐ。
下着を下ろすことは諦め、すぐにしゃがみ込んで、靴や靴下へ被害を出さないことを優先した。

「はぁ……はぁ……」<ジュウゥーー><ジョロロロ>

下着の中でくぐもった音を出し、あふれ出た熱水は白い陶器の中にある水溜りを打ち、二重に恥ずかしい音を立てる。
そんな音を確かに耳にしながら……ただ、このときは雛倉さんの前で失敗せず済んだことに安堵していた。

307事例2裏「朝見 呉葉」と弱い心。@呉葉 15:2015/05/11(月) 20:20:21
――
 ――

「はぁ……」

恥ずかしい失態を終えた私は下着を洗面所で洗う。
被害が下着だけで済んだことと、雛倉さんが気が付かずに他のトイレに行ってくれたのは不幸中の幸いだけど……やっぱり辛い。
雛倉さんはここで多少の失敗はしたようだけど、大丈夫だっただろうか?
もし間に合っていたなら……理不尽だけど怒りたくなる。

――最低の理由で我慢していた雛倉さんが間に合って、私が間に合わないなんて事……。

だけど、もし間に合っていなかったら……それが良い薬になればいい。
そう思うが――やっぱり原因の一端は私であり……凄く申し訳なく思う。

下着を洗い終え、自身がしてしまった失敗を再度自覚する。

「はぁ……あと少しだったのに」

情けない気持ちと、これを今から履くことになる現実に憂鬱な気持ちになる。

おわり

308「朝見 呉葉」:2015/05/11(月) 20:21:31
★朝見 呉葉(あさみ くれは)
綾菜にきつい態度をとる。
学年一の優等生。

波長限定テレパシスト。綾菜同様受信のみ可能。
非常に大きな主張を持つ波長、その中でも興奮した感情を含むものが受信しやすい。
読み取れるのは表層の『声』のみ。深層意識は全く関係しない。
綾菜と比べると感度は非常に低め。10mも離れればどんな『声』でも聞き取れない。
綾菜同様、聞こえやすさ個人差があり、綾菜や皐子は聞き取りやすい(慣れも含む)。
また、テレパシストによる読み取りを妨害する能力も合わせ持っている。

朝見家は代々テレパシーの能力をある程度受け継いできた家系。
例えば、呉葉の母は直接触れている相手の表層の『声』をすべて聞き取ることが出来る…など。
呉葉のテレパシストによる読み取りを妨害する能力は、非遺伝的な能力。
周囲に波長として漏れ出さないだけであり、触れてさえしまえば、母でも綾菜でも聞き取ることは可能。

膀胱容量は人並みより少し多い程度で最大容量800ml程度。
過去に公園のトイレを利用しようとした際、それを妨害され、それに興奮する『声』を聞いてしまう。
それ以来、そういう類の人に嫌悪感を持っており、同時に、人前でトイレに立つことを非常に恥ずかしいことだと感じている。
そのため、学校ではあまりトイレを使わない。なので比較的我慢しがち。
下校まで我慢出来そうにないと判断したときは、やむ終えず利用者の少ないトイレを使う。

成績最優秀、運動得意。所謂、文武両道。
入試成績2位、1学期の中間テスト、期末テスト、2学期中間テストで学年1位。
綾菜が入試成績トップな事を知り、自身の存在を主張する為にも更に猛勉強して挑むが、綾菜はテスト勉強すらしておらず空回り。
自身が求めていた綾菜と大きくかけ離れた存在であることに気が付き、中間テスト後はもやもやした気持ちからきつく当たってしまう。
その後は綾菜に無視されるようになり、綾菜から自身に向けられる不信感に後悔と遣る瀬無い気持ちを覚える。

性格は正義感が強く真面目で無口。
正義感が強いのに、コミュ力低いので積極的に問題解決には踏み出せない上
口下手で近寄りがたい空気を纏っており、綾菜に対する態度からも、周囲からは怖い人だと思われている。
綾菜のことを変態趣味持ちな面で嫌っていると同時に、助け舟を出したりする行動には多少好感を持っている。
なので、如何にかして変態趣味から脱して欲しいと思い日々悩んでいる。
ただ、皐子の嗜好に関しても知っているが綾菜ほど気にしていない。
表情を取り繕うのが得意で、表情に反して本音では後悔や苦しんでいることが多い。
緊張や動揺、不安に直面すると喉が乾き、持参のお茶をついつい飲んでしまう割る癖があるが自覚していない。

綾菜の評価は最悪であり、天敵。自身の嗜好まで知られてしまっている油断できない相手。
『声』を聞いたことが無い相手であり、いまいち何を考えているか判らなく、自身に対して非常に厳しく理不尽な対応。
ただ、根は悪い人ではないのは判ってはいるし、仲良くなれるのならなりたいと思っていて、妙に意識してしまう相手でもある。

309名無しさんのおもらし:2015/05/11(月) 21:31:38
丁度覗いたら更新きてた。なるほど事例2の裏ではこんな事があったのか、あの時トイレにいたのはやっぱり朝見だったのか。

310名無しさんのおもらし:2015/05/11(月) 21:57:01
待ってました
事例の人の小説は久々にスレ覗いて以来最近の楽しみになりつつあるよ

311名無しさんのおもらし:2015/05/11(月) 23:39:27
偶然にも朝見と綾菜は見事に行動がシンクロしてる。二人とも下着を下ろさないでしてしまって、その後下着を洗ってる所が。これもしも同じトイレで二人同時に個室から出てきたらバッタリと会ったらどうなるんだろう。

312名無しさんのおもらし:2015/05/13(水) 15:22:02
なんと素晴らしい

313名無しさんのおもらし:2015/05/16(土) 22:56:18
前回で話が一つ区切りを迎えたかと思えばまた大量の伏線でてきたな
こりゃこれからも目が離せませんわ

314事例の人:2015/05/21(木) 19:21:57
>>309-313
感想とかありがとう
>大量の伏線
回収した伏線のがきっと多い……はず

315名無しさんのおもらし:2015/06/07(日) 05:44:36
くノ一つづいてたのか

316名無しさんのおもらし:2015/07/28(火) 15:34:27
素晴らしい

317名無しさんのおもらし:2015/08/25(火) 23:05:57
続きはよ

318名無しさんのおもらし:2015/08/28(金) 13:10:39
長い間出したかったおしっこは思う存分もらしちゃったので
たまるまでしばらくお待ちください(笑)

319名無しさんのおもらし:2015/08/28(金) 22:56:47
最近になってこのシリーズ知ったんだけど、昔の挿絵とか見れなくなってたり
もしよければ渋とかに今までの挿絵まとめとかやってくれたら嬉しいです

320名無しさんのおもらし:2015/08/29(土) 15:30:56
>>12
実質単独スレで他の作品がくることもほぼないし
こういう状態で別物が混じるのもすっきりしないし浮くし
看板作品が止まるとこんな状態だし
前スレの段階で占有率高いことは分かってたし
スレ独立してたほうがいろんな意味でよかったのかもな

321名無しさんのおもらし:2015/08/30(日) 23:37:17
まあ占有率高いのは投稿者の責任じゃないしこのままでいいんじゃね

322名無しさんのおもらし:2015/09/12(土) 03:04:15
なかなか次のおしっこがたまらないね

323名無しさんのおもらし:2015/09/17(木) 10:50:56
あげ

324名無しさんのおもらし:2015/09/17(木) 12:06:41
>>320
そのまとめ、投稿者さんが貼って欲しくないと書いているのだから貼らない方がいいと思う。
まして単独スレというのはもっと不本意なんじゃない?
プレッシャーを掛けないで置くべきだと思うな。

325事例の人:2015/09/19(土) 20:06:37
感想とかありがとう
>>319
気が向けばいつかまとめるかもです
>>320-321>>324
このあたりについては当然思うこともありますが、ごめんなさい、ノーコメントとします

あと先に謝っておきます。挿絵はありますが、そっち系の絵ではないです。なので見る必要ないかもです
後半部分のどこかを描く予定でしたが、しばらく描けない状態に陥ってますので用意できてないです

326事例7.1「霜澤 鞠亜」と喫茶店。@鞠亜 1:2015/09/19(土) 20:09:02
<カランカラン>

ボクは始業式の帰り、駅前の喫茶店に入る。
本当はひとみと来るつもりだったけど、何か用事があるとか……。
当然それは嘘だとわかっている。
どうも、夏祭りでのことを気にしてるみたいで、……当然といえば当然――本当に申し訳なく思う。

なので、寄らないって選択肢もあったのだけど、此処のマスターとは知り合いで、今日行くって話を事前にしてしまっていた。
「やっぱり行かない」なんて連絡を入れるのも悪い気がして……結果一人で来てしまった。

「あ……」

――ん? ……っ!

誰かの声に視線を向けると思いも寄らぬ人達がいて、ボクは半歩後ずさり驚く。
そして条件反射でボクは口を開く。

「な、なんであんたらがいるのよ!」

入ってすぐの4人席。そこには銀狼、黒蜜真弓、篠坂弥生の3人がいた。

「いやー、なんでってお茶しに来たんだけど? ――ってあれ? もしかして噂の新聞部部長さん?」

最初にボクの問いに答えたのは、元気が取り柄で有名な黒蜜真弓。
ほぼ初対面のはずの彼女が最初に口を開いた当たり、コミュニケーション力の高さが窺い知れる。

「そ、そうだけど?」

相手のその元気に飲まれないようにボクは不遜な態度で返す。

「なんで最近メガネつけてないの?」

「え? あぁ、それは友達に外した方がいいって言われたから……」

微妙な質問に面を食らいながらも、平静を装い答える。

「それじゃ、今コンタクトなんだ」

「別に目が悪いわけじゃないから、付けてないわよ?」

もともと度の入ったメガネではなかった。
変装のためにと思ってつけていたのと、ちょっと知的に見えるかも知れないと思っていただけ。

327事例7.1「霜澤 鞠亜」と喫茶店。@鞠亜 2:2015/09/19(土) 20:10:03
「……ちょ、ちょっとまって!」

銀狼がボクの所に来てテーブルの二人には聞こえないように背を向けて話す。
正直その行動にボクは驚く。

「(……どうして、ここにいるの……)」

「(え、……ど、どうしてって……お茶しに来ただけなんだけど……)」

大体銀狼のグループと同じ理由。それを素っ気無く……っと言ってもそう言う振りをしたかっただけで、実際は可也動揺した態度が……。
銀狼はそれを聞くと小さく嘆息して――――嘆息するとか失礼でしょ……――――続けた。

「(……どうする? 謝る? なにか手伝う?)」

ボクはその言葉に視線をあさっての方向に向ける。

「(……言い難いのはわかるけど……)」

――違う。綾は全然わかってない。

ボクは謝る事が嫌とか言い難いからとか、そんな理由で視線を逸らしたわけじゃない。
……いや、実際そう言うのは苦手ではあるけど。
綾は……銀狼はボクの事を覚えていないはずなのに、どうしてそこまで親切にしてくれるのか……。
誰にでも優しいのか、それとも無意識に昔のように接してしまうのか。
どちらにしても、銀狼の優しさに触れるのは、正直辛かった。

「(いい、一人で何とかする……む、無理そうならフォローしてくれると……まぁ…ちょっとは助かるけど……)」

【挿絵:http://motenai.orz.hm/up/orz57216.jpg

だけど、ボクの口から出た言葉は甘えた――――ついでに捻くれた――――内容。
その優しさに甘える資格なんてボクには無いはずなのに……。

「(……わかった…余り期待はしないでよ)」

優しく返された言葉。
仄かな温かみを感じながら、同時に胸を締め付けるような息苦しさを覚える。
甘えるどころか、こうしている事自体がいけない事……。
わかってる筈なのに、もっと邪険にして、関わらない方が絶対綾のためなのに……。

328事例7.1「霜澤 鞠亜」と喫茶店。@鞠亜 3:2015/09/19(土) 20:11:02
「な、なにしてるんですか二人で……」

その声に視線をテーブルの方へ向けると、少し怒っているような困っているような表情の篠坂弥生がこちらを見ていた。
友達が憎き相手と密談しているのが気に食わないのだと思う。
ボクはその様子を見て、銀狼に席に戻るように促すために、アイコンタクトを取る。

「うぅ……」

今度はそんなやり取りが仲よさそうに見えたのか、より機嫌を損ねる。
篠坂弥生はムッとした顔で、ストローでオレンジジュースを飲む。
失敗した。この子は結構焼餅妬きらしい。
この前の夏祭りの時に銀狼に突っかかりすぎたボクに口を挟んできた事も考えると
余程銀狼の事が大切らしい……。

それともう一つ失敗した。今の銀狼はボクのよく知る綾ではないわけで……アイコンタクトを取ること事態おかしな気がする。

それでも銀狼は意味を直ぐに理解したらしく席に戻る。
それに続くようにボクも“その”テーブルまで行って口を開く。

「えっと……此処いい?」

ボクは空いてる席を指差して、内心緊張しながら篠坂弥生に問い掛ける。

「ど、どうしてですか?」

怒った上目遣い……怒ってるんだけど、なんだか可愛く見えてしまってるけど……本人は気が付いていないだろう。
そして……どう答えるべきか。
素直に言ってしまうほうが無難なのだろうか。

「別にいいじゃん、ちょっと私もこの人の事気になるし」

黒蜜真弓……この人は笑顔ではあるけど、なんと言うかボクに対してほんの少しの敵意を感じる……。
でも、この台詞はボクにとって助け舟となり、篠坂弥生もしぶしぶ了承したようで、
ケーキや飲み物で散らかった空いている席――――つまりボクが座る席――――のテーブル上を片付け始めた。

――優しい気の利く子…なのかも?

“銀狼とつるんでる”“とろとろした子”そしてさっき知った“嫉妬深い子”と言う認識しか持ってなかったが
謝った時、許してくれそうな情報に少し安堵する。

「わ、悪いわね……」

余り言い慣れない言葉。
本当は「ありがとう」とかの方がよかった気がするけど、これで精一杯。

ボクは片付けてもらった席に恐る恐る座る。

329事例7.1「霜澤 鞠亜」と喫茶店。@鞠亜 4:2015/09/19(土) 20:12:26
「……とりあえず、何か注文する?」

銀狼がメニューをボクに渡す。

「あ、あたりまえじゃないっ……」

意味もなく高圧的な態度で、メニューを奪い取るように受け取ってしまった。……また失敗した。
銀狼はそれでも気にしてる素振りはなかった――――ボクの性格を知ってかどうか判らないけど――――が、
直ぐ隣の篠坂弥生はきっと内心怒っているんじゃないかと思う。

……それにしても凄く緊張する。
ざっとメニューに目を通すがもともと頼むものは決まってる。そのことすら忘れていた。

ボクは店内を見渡す。
すると、先週から此処で働き始めたと聞いた、見知ったウェイトレスを見つけ手招きをする。

「ご注文は……って鞠亜様でしたか、今日はご友人とお食事ですか?」

「「「様?」」」

「様とかつけるな! いつもの頂戴! マスターに言えばわかるからっ」

「かしこまりました、鞠亜様」

――うざっ! うちのお手伝い辞めたからって調子乗りすぎでしょ!?

……えっと、あれから金髪のとこで仮契約でメイドをさせて、今は水無子のとこで働いているはずだけど……。
水無子も非常に苦労してるに違いない。紹介したのボクだけど恨まないで欲しい。

「あの……様ってなんですか?」

……。

以外なことに尋ねてきたのは篠坂弥生だった。
この中じゃ一番の人見知りだと思っていたし、なにより嫌われてるはずだから……。

そして、余り答えたくない。出来れば「関係ないでしょ!」とか言って適当な話題を出し、はぐらかしたいのだが
相手が相手だけにそう言うわけにも行かない。
これ以上拗れさせては仲直りがより難しくなる。

「……えっと、うち、ちょっとしたお金持ちなのよ……さっきのは以前ボク専属のお手伝いさんとして雇ってた如月って人」

皆、目を丸くさせて驚く。

「だ、誰にも言わないでよ? 家のことなんてボクには関係ないんだからっ」

一応皆ボクの言葉に戸惑いながらも頷き返してくれた。
その様子に安堵して、小さく嘆息する。

330事例7.1「霜澤 鞠亜」と喫茶店。@鞠亜 5:2015/09/19(土) 20:13:42
「へー、思ったより仲良くなれそうな気がする……」

黒蜜真弓がそう言った。ボクに視線を向けたまま、ショートケーキを口に運び……興味深くボクを観察している。
ボクに向けられていた敵意も随分と減った気もする。

――別に、誰かに好かれようと思ってるわけじゃないんだけど……。

お金持ちを理由に変に威張らないところが好まれたのか
もしくは黒蜜真弓はただ、変わり者に興味があるのか……。
どちらにせよ、ボクは彼女と仲良くなろうとは思わないし
仲直り――というよりかは、自分のしたことへのケジメとして
篠坂弥生に謝罪したいだけであり、必要以上に二人と絡むつもりはない。

仲良くなってしまえば銀狼と関わることも必然的にこの先増えてしまう。

……。

――だめだ、さっさと謝ろう。

そう考えてボクは口を開ける。

「えっと……この前の事なんだけ――」「お待たせしましたー鞠亜様ー、紅茶とスコーンのセットですよ」

――早いのは結構だけど…タイミング悪い……と言うかワザと何じゃ?

ボクはじとっとした目で如月を見ると、より一層嬉しそうに笑う。――うん、ワザとだ。
とりあえず出された紅茶を一口飲む。

「紅茶……好きなんですか?」

……何故か話題を振ってくる篠坂弥生……。

「あ、うん……日本茶も好きだけど、紅茶の香りはまた違うから……」

「そうなんですか……私はその独特の香りが少し苦手で……ちょっと羨ましいです」

……もしかして、ボクが気にしてるのを知って無理に会話してくれてるんじゃ……。
そう思うと、こんないい子に恥を掻かせてしまったことによる罪悪感がより強くなる。

そして……ついでに――

――ん…なんかトイレに行きたくなってきちゃったし……。

思い返せば今朝済ませてから一度もトイレに行っていない。
極度の緊張と水分を口に含むという行為が意識させるきっかけになったみたいだ。
それに今朝も紅茶を飲んで出てきてしまったので……正直結構溜まっていると思う。

ただ、状況がよくない。
この前おもらしをさせてしまった相手を前にトイレを済ませるために席を立つと言うのはちょっと――ではなく相当気が引ける。

――早く謝ってしまわないと……。

そう思うが、篠坂弥生が気を使って来たことで、言い出すタイミングが掴めなくなってしまっていた。
それに詮索しすぎなのかもしれないが、この気の使い方は
実のところ、ボクにその話題に触れて欲しくないと思ってしている……そんな風にも感じて。

タイミングを掴むため、少し我慢して様子を見よう。
そう思って、ボクはスコーンを口に運んだ。

331事例7.1「霜澤 鞠亜」と喫茶店。@鞠亜 6:2015/09/19(土) 20:15:04
――
 ――

店に入ってから40分程度は経っただろうか?
皆で他愛もない話をするだけで、一向に謝るタイミングがない。
いや、ボクが掴めていないだけかもしれない。

そんな中、ボクは机の下で落ち着きなく動かしたくなる足を、動かさないようするために必死だった。
緊張の余り、直ぐに紅茶とスコーンのセットを食べてしまったのがいけなかった。
そして篠坂弥生に進められるがままに次の飲み物まで頼んでしまった。
紅茶には高い利尿作用があると聞いたことがある。飲み慣れて多少耐性が付いているかもしれないが、あれから40分。
唯でさえ朝から飲んだ紅茶が自身の膀胱に溜まり続けていたのに、ここで飲んだ紅茶に追撃されては当然危なくなる。

そして、それでも話は終わらない。

――不味い……そろそろ我慢が本当に辛くなってきた……。もう行っちゃった方がいいかな?

当然このまま行かなければ大変なことに……。
でも待てど暮らせど――――暮らせどは言い過ぎだが――――タイミングが掴めない。
なんて言って席を立てば良いのか、どんな顔でその言葉を言えば良いのか。
そして、篠坂弥生はどんな顔をしてボクの言葉を聞くのか……。

空調管理された店内にいながら額にうっすら汗が浮かんでくる。

「あ…えっと、ちょっとお手洗いに…行ってきますね」

その言葉を発したのはボクではなく、篠坂弥生。
若干言い辛そうにして、顔を赤らめながら席を立つ。
そして思い至る。――そう連れション。
席を立とうとして、腰を小さく浮かす。
同時に膀胱に溜まった熱水が重力に引っ張られるような重い尿意を感じる。

「――」「まりりんちょっといい?」

「ボクも――」そう言葉を紡ぐ寸前に、黒蜜真弓が声を掛けて来た。
仕方がなく、スカートを直す振りをして再び腰を下ろし、そわそわしたくなる身体を必死に宥め、黒蜜真弓の言葉を待つ。

――というか、まりりんって……。
鞠亜の“まり”とあだ名によく使われる“りん”をつけたわけか、銀狼――――つまり“あやりん”――――と同じ方式。

「ごめんね、弥生ちゃんがあれじゃ、謝るのは難しいね……触れないのも優しさだしね」

黒蜜真弓はそう言うと複雑な顔で笑ってみせる。
なんと言うか、此処に来て直ぐと比べるとボクに対する毒気が大分薄れたように感じる。

「それに……良い感じに仲良くなってきてる気がする
まぁ、初めの内はそう言うつもりで話してたわけじゃないと思うけどね」

だけど……謝れないとなると結局トイレに行けない。
いや、篠坂弥生に気を使わないのであれば別にいけないこともない。
彼女も自らトイレにたったわけだし、それほどボクがトイレに行くことを気にする必要は無いはずだ……と思う。

332事例7.1「霜澤 鞠亜」と喫茶店。@鞠亜 7:2015/09/19(土) 20:16:03
――でも…もうちょっと…もうちょっとだけ我慢しよう。そうすれば――

……帰ってくれるかもしれない。そんな希望的なことを思ってしまう。
ボクが思っている以上に篠坂弥生が気にしてしまう可能性だってある。
それに……トイレに行けない色んな理由はあるが、実際のところ普通に恥ずかしくもある。
なら帰ってくれるに越したことはない。

椅子に浅く座り、誰も気が付かない程度に震える膝……それに手を置いて震えを沈める。
そんな状態でこんな悠長なこと考えてる場合じゃない……そう思ったが、本当にギリギリまでは我慢してみようと思った。

「お、お待たせしました……」

小さな弱々しい声で、でもどこかすっきりもしている顔で篠坂弥生が用を済ませ帰ってくる。
銀狼達が「おかえり」と言ったのでボクも作り笑いをしながらそれに続く。
その言葉を言ってすぐ背筋に震えを感じた。

――だ、だめだ、もう言わないと間に合わなくなっちゃう……。

自身が思っている以上に、本当は限界なのかも知れないと初めて気が付く。
触らなくても下腹部がパンパンに張って、石みたいに硬くなっているのは想像が付いていた。
だけど、もう少しくらい大丈夫だとも思っていた。
尿意は辛いけど、おもらししちゃいそう、出ちゃいそうとは思っていなかったから。
それは椅子にじっと座り我慢していたことで今まである種の均衡を保っていれただけで
少し前に腰を浮かせてしまった時にそれが崩れ、徐々に排出に向けて身体が準備を始めたのかもしれない。

――っ……こ、この波を越えたら、絶対に言おう。

今すぐ言えなかったのは言って直ぐ席を立てない気がしたから…――いや、それだけじゃない。
口を開くという行為を出来るほど余裕がなかった。意識を少しでも我慢から別のところに移してしまうのが怖かった。

――うぅ……高校生にもなってこんなになるまで我慢して……馬鹿みたい。

つい先日、高校生二人のおもらしを見ておきながらも、そう思わずにはいられなかった。
いや、見ていたからこそ、自身が同じようなことを経験してしまっている今の状況にこの上なく情けなく思っているのかもしれない。

「そんじゃ、そろそろ帰ろっか?」

黒蜜真弓がそう言った。
ボクは波に耐えながらも何とかこの状況を乗り切ったことに安堵した。

「……そうだね……ぁ」

銀狼が同意したあとボクの方に視線を向けたかと思うと、何かに気が付いたのか小さく驚くような声を出した。
我慢してることに気が付かれたのかと思って一瞬どぎまぎしたが、焦点はボクではなくその後ろの方に向けられているみたいだった。
気にはなるが今振り向くと下腹部が捻りで圧迫されるし、庇いながらだとどうしても不自然になる。
それに銀狼は直ぐに何事もなかったように帰るための身支度をし始めた。きっとそんな大したことじゃない。そう思った。
他の皆もカバンなどを持ち席を立つ。

333事例7.1「霜澤 鞠亜」と喫茶店。@鞠亜 8:2015/09/19(土) 20:17:14
「あ、ボクは、えっと…マスターにちょっと話しがあるから、残るよ」

皆がボクが席を立たないことに疑念を抱く前に先回りして答える。

「あ、そうなんですね……」
「んじゃ…んー、会計は各自でいいかな?」

篠坂弥生と黒蜜真弓が会計の話を始める。

――ど、どうでもいいから早くっ、早く行って!

「(……ねぇ)」

っ!
二人より先に席を立っていた銀狼が隣まで来ていて
ほんの少し頬を染めてボクを心配そうに見て直ぐに視線を逸らしながら小声で言った。

「(あまり力になれなくてごめん……それと…えっと……な、なんでもない……がんばって)」

初めの謝罪は当然ながらフォローのこと。フォローしようとしてる努力は少なからず感じることは出来たが、実際全くフォローになってなかった。
次の言葉は一瞬何のことかわからなかったが、自身が机の下で無意識ながら“抑えて”しまっていることに気が付きその言葉の意味を理解した。
そして、理解すると同時にボクは顔を真っ赤にしながら手を離した。
会計の話をしてる二人には気が付かれていないけど……“また”銀狼にだけは知られてしまった。

「……二人ともとりあえず行かない?」

「おっけー、そんじゃーね、まりりん」「うん、……えっと、またね? ――でいいのかな?」

そう言うと3人がレジに向かう。ボクは小さく嘆息する。

――ゾクッ……

っ!!?

背筋に電気を通したような激しい震えが走り、尿意が一気に膨れ上がる。
一度大切な部分から離した手を再度滑り込ませ、今度は両手で力の限り宛がう。

――だめぇ……まだ、まだ綾たちがレジのところに……も、もうちょっと――もうちょっとだから……。

尋常ではない強烈な尿意の波に挫けそうになる。
キリキリと軽い痛みすら感じるほどに丸く張った膀胱は、小さく収縮を繰り返し限界を告げている。

――早くぅ、早くしてよぉ……。

睨むように三人に視線を向けていると
ふと、綾が心配そうな顔でこちらに一瞬視線を向けた。
ボクは慌てて視線を逸らす。

<ジュ……>

っ!

だけど、その心の乱れと、本当に少しだけ軽く動かした身体の隙を付いて
全力で抑えているはずの部分が、小さく膨らむようなそんな感覚を指先に感じた直後
ジワァっとした熱い液体がほんの少し溢れ出たのを感じた。

334事例7.1「霜澤 鞠亜」と喫茶店。@鞠亜 9:2015/09/19(土) 20:18:36
――っ…う、嘘!? や、今…少しだけっ! ――あぁ!! だ、だめ……これ以上はっ! 

続けて攻め立てる尿意にきつく両目を瞑って歯を食いしばり、大切な部分を内側に何度も押し込むようにして力を入れる。
……なんてはしたない姿……綾が見てる可能性だってあるのに――それでも止められない。そんなことを気にしてる余裕なんてなかった。

そうしてようやく少し落ち着いてきた尿意の隙を付き、ゆっくりと瞼を開けると、レジには綾たちの姿はなかった。

――こ、これでようやく……。

そう思い膀胱を刺激しないようにして椅子の上で身体をゆっくりと回して、席を立つ準備をする。
膀胱の張りを敏感に感じ取れる。本当に限界まで膨らんだそれは何かを抱えているみたいに、重さも感じられた。

もう少し……そう思った……。
だけど、その思いは視線をお手洗いに向けた瞬間に打ち砕かれた。

――せっ、清掃中!?

それを見たとき、少し前に綾の驚いていた顔が脳裏に蘇る。
あれは、トイレの清掃看板を見て驚いた顔?

……。

ボクは下を向き恥ずかしさと尿意に歯を食いしばる。
綾は……気が付いていた?
いつからかは知らないけど、声を掛けて来る前からボクが我慢してることを。
そして、あの“がんばって”という言葉はこれを含めていった言葉。

――どうしよう…どうしよう……本当にもう、我慢が…――

次、大きな波が来たらきっと我慢しきれない。
どの程度しきれないのかはわからないけど……さっき程度済むとは到底思えない。
もしかしたら水溜りを作ってしまい……マスターや従業員や今いる客全員に……。

「鞠亜? えっと……その体勢は――トイレ…ですか?」

335事例7.1「霜澤 鞠亜」と喫茶店。@鞠亜 10:2015/09/19(土) 20:19:26
その声にボクは顔を上げる。

「えぇ〜と、その様子だと結構きてますね〜。紅茶のおかわりなんてするからですよ」

笑顔でありながら少し心配した表情でボクに視線を落とすのは如月だった。

「今清掃中ですが、ものの2,3分で終わりますよ、それまで我慢姿でも堪能させて頂きますね」

――っ! な、何を悠長で変態的なことをっ!

いつ決壊してもおかしくないこんな状態だと2,3分どころか1分すら怪しい。
そんな状態を堪能? ……我慢姿だけじゃなくチビってしまってる所も確実に見られてしまう。
仕方がない。既にバレてるわけで……それでも断腸の思いでその恥ずかしい言葉を口にする。

「き、如月ぃ……お願いそんなに持たない! 今すぐに終わるようにっ…ねぇ、お願いだからぁ……」

顔から火が出る思いで限界であることを伝える。

「……えっと、マジですか……んー…もうちょっとじっくり見て居たかったのが本音ですが、本当に無理そうですね。
……貴方には多少なり恩がありますしー…う〜ん、仕方がないです、今度、水無子お嬢様で遊ぶとしましょうか」

そう言うと清掃中のお手洗いの方へ行き、扉を開けて清掃員の人と何やら話しをしている。
ボクはと言うとスカートが捲れ上がっているのに気にする余裕もなく、下着の上から両手で何度も何度も抑えこむ。

――まだっ…なの? 後何秒? どれくらいっ経ったの? いつまで……。

時間の進むスピードが判らない。
そしてまた身体が小さく跳ねる。

――っダメ……来ちゃう…また……如月ぃ…お願い早くぅ!

心音が凄く大きく感じて、
でも次の心音までが恐ろしく長い。

――ダメだ、もう来る、来ちゃう……。

目を瞑り、椅子から下ろされた足はつま先立ちとなり、背中を丸め身体を小さくして“それ”に備える。

336事例7.1「霜澤 鞠亜」と喫茶店。@鞠亜 11:2015/09/19(土) 20:20:50
「鞠亜、もう入っても大丈夫ですよ」

不意にかけられたその声と同時に身体が震える。

――あっ! あっ! ……ち、違う! 出していいなんて誰も言ってない! まだダメっ!

そう言い聞かせるが膀胱は大きく波打ち出す。
だめだ、絶対に我慢できない。そう感じた。
だからボクは波を越えることを諦めた。

<ダンッ>

――と、トイレに!

波を越えなくても、漏れ出す前にトイレにさえ辿り着ければいい。
その一身で立ち上がりトイレまで走った。

ほんの10歩ほどで辿り着けるトイレの入り口。
一歩踏み出すごとにその振動が膀胱へ直接響きより大きな尿意を生み出す。
最初の数歩までは失敗せずにいけた。けど――

<ジュ…ジュッ…ジュウ……>

トイレの入り口にたどり着く前に何度も溢れ出し、その量は次第に増え下着を直接抑える手が
次第に濡れ、指の間からポタポタとフローリングに一滴、また一滴と落とす。

外扉までたどり着く。
幸い押すだけで開くタイプの扉なので、肩を使い押し開ける。
その間にも徐々に溢れ出るようにして熱水が下着から染みだしてくる。

慌てて中に入り、次は個室。
清掃を途中で切り上げた床は多少濡れている所がある。
だけどそんなこと関係ない、ボクが今最優先にすることは個室に入ること。
大丈夫、さっきまで清掃していたのだから、閉まっているなんてこと絶対にありえない。
二つある個室の手前の方の便器が見える。

<ジュッ…ジュ……>

――や、だめぇ、出てる、これ以上はっ! あとちょっと、ちょっとだからぁ!

気を緩めたつもりは全くなかったが、身体が勝手に搾り出そうとして、今度は勢いよく噴出する。
すでに保水性の限界を超えている下着では受け止めきれず、手に暖かさが大きく広がり指の隙間や内腿を伝い滴り落ちる。
それでもボクは足を止めることなく個室に飛び込み下着を下ろす余裕もなく便器の蓋を開けて大急ぎで座る。

「はぁ……はぁ……っんあぁ……」<ジュッ…ジュゥ〜〜><シャバシャバ――>

下着の中で出るくぐもった音、それと水面を打つ音が混ざり合う。
下着の中におしっこが渦巻き、気持ち悪く……でも部分的にお風呂にでも入っているかのような気持ちよさを感じながら放尿……いや、おもらしをする。
今更ではあるが、濡れに濡れた下着を指でずらし下着の中でしてしまうという背徳的な行為から目を逸らす。
……認めたくはないが、トイレに大半を間に合わせただけで
下着を履いて――――今はずらしてはいるが――――、且つ入る前から何度も滴り落としてしまっては間違いなくおもらしだった。
どれだけ控えめに表現したところで“チビった”なんて表現ではない。
視線を落とした目の前には、便器の蓋を開けるほんの1,2秒の間に出来たと思われる小さな水溜りもできていた。
それは明らかにトイレの清掃で来た水ではなく、白いタイルを薄い黄色に染めた明らかなボクの――……。
だけど、それを見ても酷くショックを受けるわけではなく、だた、やってしまったと思うだけで……何かを考える心の余裕がまだ――

337事例7.1「霜澤 鞠亜」と喫茶店。@鞠亜 12:2015/09/19(土) 20:22:24
<コンコン>

ドアをノックする音。
ボクは前を見る。

……。

「グッドイブニ〜ング、鞠亜。扉は閉めたほうがいいと思うけど?」

「え……如月…っ〜〜〜〜! や、ダメ! し、しめ、閉めてっ!」

「いや♪」

満面の笑みで個室の扉の前でボクを冷やかす。
慌ててボクは扉に手を伸ばすが腰が浮いてしまい――

<ジョボジョボ>

音を覆い隠すものがなくなったのと、高い位置から落ちることで、その恥ずかしい音は便器の外側へ大きく響く。
ボクは慌てて座りなおす。

「でも、まさか間に合わないとはね……うーん、良い目の保養だわぁ〜♪」

「うぅ……」<ジュゥ〜〜>

完全に開き切ってしまった尿道口を閉じようとするが全く上手くいかない。
途中で止めることが出来ない以上、ボクはこのまま見られながら……。

「まぁ冗談はこれくらいにして、ゆっくり落ち着いてしちゃいなさい、後始末もね……個室の外はやっとくわ」

如月はそう言うと扉を閉めて、どうやってしたのか知らないが外側から鍵を閉めた。
……。

――冗談? 完全に見ておいて冗談って……。

おもらしが続く中、如月の介入により放心状態に戻れるはずもなく多少冷静になってくる。

初めに思ったのは、どうしてあとちょっとを我慢できなかったのか。
出来なかったものは仕様がない……だけど、どうしても後悔を含んだ思いを感じてしまう。

――はぁ……本当、最悪……。

でも、幸いスカートは無事なのだから後始末を確りすれば、見た目の上では至って普通のはずだ。

そして長かった恥ずかしい失敗がようやく終わる。
冷静になってきたとはいえ、頭を手で抱えたくなるくらいに後悔するが、おしっこまみれの手で抱えるわけにも行かない。
個室から出ればまた如月にどんな顔で何を言われるか……。
情けなさと憂鬱な気持ちを吐き出すように、深く大きい嘆息をして後始末をすることにした。

338事例7.1「霜澤 鞠亜」と喫茶店。-EX- 1:2015/09/19(土) 20:24:30
**********

「ありがとうございましたー」

喫茶店にはあまり似合わない明るい挨拶を聞いて私達は外へ出る。

――……うぅ、気になる。

後ろ髪を引かれるとはこのことだろう。
自身の尿意が低い事と、少し離れすぎた事で霜澤さんの『声』が全く聞こえない。
あの切羽詰まり具合だと限界間近と言うよりおもらし間近と言ったところだと思うが、果たして間に合ったのか……。
気がかりなのはトイレが清掃中であったこと。
その状況の類似点とこの喫茶店ということで、当然の事ながら皐先輩の事を思い出す。

――『声』の大きさからしても皐先輩へ延長戦を持ち掛ける直前くらいには辛そうだったし……。

でも、水分を多く取っていた皐先輩の時とは多少は違う。
いくら喫茶店で飲み物を少し飲んでいたとしても、最大利尿速度には程遠いはず。

「意外にあの人悪い人じゃないんですね……」

不意に弥生ちゃんがそう口にする。

「だね……ちょっと変な子ではあるけど良い人っぽかったね」

隠さずに敵意を向けていたまゆも意外にも高評価。
それと変な子……最初に言ってたメガネの話だろうか。
目が悪くないなら何故つけてたのか……意味不明だ。

「まぁ、とりあえずはお茶会終了、解散だね」『トイレも行きたいしー……電車待ちだったら駅の使おうかな?』

私はまゆの声と珍しい『声』の両方を聞きながら「……そうだね、また明日」と答え自転車に跨る。
私の声に続くように二人も別れの挨拶をして、駅へと足を進めていった。

私が尿意を感じ始めたのは喫茶店に入ってから30分くらいしてからだった。
『声』に意識を傾けると、まさか3人とも我慢しているとは思ってもみなかった。

その中の一人――霜澤さんの『声』は限界がそこそこ近い状態であることにさらに驚いた。
『声』の内容からも必死で取り繕っていたのは判った。
それでもあれほどの『声』でありながら、結果私以外の誰にも気が付かれずに隠し通したのだから大した人なのかもしれない。

弥生ちゃんもトイレの近さが顕著に現れていた。
どうも始業式が終わった時に、知らない間にトイレに寄っていたみたいだったが
トイレに立つ寸前は霜澤さんほどではないにしろそこそこ切羽詰っていたみたいだった。

まゆは……珍しい『声』を聞けただけでも満足と言ったところだろうか。
始業式だったため、トイレに寄るということをしていなかったらしく
まだまだ余裕はあるようだが前の経験からも少し心配しているように感じられた。

――まぁ、前のはまゆが寝てたのもそうだけど、あそこまで追い詰められた原因と言ったら利尿剤なわけだけど。

339事例7.1「霜澤 鞠亜」と喫茶店。-EX- 2:2015/09/19(土) 20:25:48
利尿剤……。
朝見さんが私の飲み物に混ぜた薬。
私の嗜好を止めさせるため、痛い目にあわせることが目的であり、でも行き過ぎた……私にとっては非常に恥ずかしい結果となった。
皐先輩の話を聞くに朝見さんはそれを後悔しているらしい。
霜澤さんも故意ではなかったにしろ弥生ちゃんを辱めたことで落ち込み、悩んでいた。
故意で行った朝見さんもそれ以上に悩み、悔やんだのかもしれない。

私は我慢している姿、その結果は好きだし萌えるし抱きしめたくなるほど可愛く感じるが
やっぱり、相手を貶める行動には蟠りが残る。知り合いや友達ならなおの事。
それにたとえ貶めなくても、助けられたはずの子が公衆の面前で失敗してしまうのは……ちょっと辛い。

――でも『声』を聞くために蟠りが残らない程度には最大限の努力はするけど。

私は自転車を走らせる。
真っ直ぐ家には……帰らない。
今日、既に図書室で勿体無い経験をしたのだから、ここで諦めるわけには行かない。

私は隣のコンビニに入る。
店内には入らず、私は駐車場内の喫茶店に近い場所に自転車を止め、喫茶店の方に意識を集中させる。
此処は喫茶店のトイレにもっとも近い場所。
壁があると少し受信感度は悪くなるが、何とか届くはず。
トイレに入る寸前の霜澤さんの『声』が……。

清掃中だったので、5分程度待つ必要がある。
そう思っていたが――

『や、だめぇ、出てる、これ以上はっ! あとちょっと、ちょっとだからぁ!』

――っ!

『あぁ……――』

直ぐに『声』は聞こえなくなる。

……。

……。

――えっと…少なくとも完全には間に合っていない?

清掃中なのにお願いして入ってきたのだろうか?
そんなになるまで、言い出せずに限界まで我慢して……。
それも以前失敗してしまった弥生ちゃんの前での我慢で。

――霜澤さんって凄く、かわ――

『ふふ、鞠亜、可愛いわぁ……扉開けっ放しで下着履いたままだ何て……』

――っ!?
な、なに今の『声』?

開けっ放し? 下着履いたまま?
そんな状況を見てる人が居る?
そして私のようにそれを可愛いと思ってる誰かが。

――というか、そんな状況なの? 私も見たい、もっと細かく教えて、というか羨ましい! 代わって!

『慌てちゃって……本当、相変わらずかわいいなぁもう♪』

また聞こえる。
恐らく、『相変わらず』と言う言い方や『鞠亜』と呼んだ点からして、如月さんだろうか。

『あーあ、床にもこんなに……そこまで我慢って……本当、可愛い子♪』

……。

……あぁ、本当、羨ましい。
本当今日はなんだか色々と惜しい……。

おわり

340名無しさんのおもらし:2015/09/19(土) 20:51:58
更新待ってましたよ

とうとう鞠亜も漏らしたか、これで大体の登場人物が漏らしたね
シチェも漏らしてるのを間近で見られるのが良すぎる

341名無しさんのおもらし:2015/09/19(土) 23:23:55
いい…いい!

342名無しさんのおもらし:2015/09/21(月) 06:10:45
弥生ちゃん飲み物いっぱい勧めてるけど実はこっそり利尿効果を狙ってたりして

343名無しさんのおもらし:2015/09/21(月) 15:45:59
如月さんの我慢展開も見たい

344名無しさんのおもらし:2015/09/21(月) 22:18:33
>>339
更新お疲れ様です。
相変わらずのハイクオリティ…素晴らしい

345名無しさんのおもらし:2015/09/21(月) 22:30:14
如月さんが羨ましいそこ変わって

346名無しさんのおもらし:2015/11/19(木) 20:44:50
もう冬だね
新作こないのかな

347名無しさんのおもらし:2015/11/21(土) 23:34:23
次回作はよ

348名無しさんのおもらし:2015/11/22(日) 04:11:43
お約束の前触れレス?

349名無しさんのおもらし:2015/12/20(日) 23:13:25
続き全くこないな

できれば!新作お願いします

350名無しさんのおもらし:2015/12/20(日) 23:24:12
続編よりも?

351名無しさんのおもらし:2015/12/21(月) 14:18:33
俺は声シリーズの続きが見たいです

352名無しさんのおもらし:2015/12/21(月) 15:26:35
>>318
>>322

353事例の人:2016/02/03(水) 22:24:59
めっちゃ間空いた
感想とか期待とかありがとう

354事例10「宝月 水無子」と休日。 1:2016/02/03(水) 22:26:59
「っ…みないで……もうゆるして……」

長い黒髪の子はそう言って嗚咽を漏らす。
私は手を伸ばす。だけど届かない。
私は口を開く。だけど声が出ない。

目の前で泣き続けるその子に私は何もしてやれない。

――
 ――
  ――

目を開くと――あぁ、此処は自室だ。

私は上体を起こし目を擦る。

……。
…………。

目を擦っていた手を止める。
同時に顔に血が上るのが分かる。
私はせっかく起こした身体を捻り、うつ伏せになって枕に顔を埋める。

「ぅ〜〜〜」

意味もなく声を出す。
これで三日連続だった。
彼女の――朝見さんの夢を見るのは……。

クラスメイトの夢を見ることはある。だけどそれは本当に稀なこと。
三日連続だなんてこと普通ありえない。
それに、翌々考えれば、連続では無かったが朝見さんの夢を見ることは此処最近以外でも何度かあった。

――……あ〜、なんで私…こんなに意識しちゃってるの?

無意識――ではなく、自覚できるくらいに。
確かに朝見さんは私にとって特別な人だ。
特別……それは私の嗜好を唯一知っている人であり、なぜか『声』が聞こえない人であり
凄く苦手で、天敵で、一緒に居ると気不味くて……だけど――

……。

私は枕の横に手を突き、四つん這いにして身体を再度起こす。
朝見さんは夢にまで出てきて私を振り回す……それが嫌で。
そして、大きく深呼吸して気持ちを切り替える。

355事例10「宝月 水無子」と休日。 2:2016/02/03(水) 22:28:16
今日は休日。
時間は――10時を少し回ったところ。
とりあえずトイレで用を済ませ、洗面所で歯磨きしたり、髪を適当に梳かしたり……。
その後のどの渇きを覚え、冷蔵庫から水出しのお茶を取り出し、大き目のコップに注いで飲み干し、一息。

キッチンから見えるリビングのソファーに母が寝ていて……。
いつもとなんら変わらない平和な休日。

……。

「……出かけようかな」

誰に言うわけでもなく、呟く。
気分がそうさせるだけでなく、卵がなくなってきていたし、他にも買うものがあった気がする。
冷蔵庫からだした水出しのお茶をしまうついでに、何が必要かを頭の中で整理する。
寝ている母を起こさないようにして、身支度をして書置きをテーブルの上に置く。

どこへ買い物に行こう……そんなことを考えながら玄関を出て、エレベーターに乗り込む。
エレベーターがホールに着き扉が開く。
そして自転車に乗るために駐輪場へ――

<♪〜〜>

私の携帯から着信音がなる。
携帯を取り出し確認すると相手は皐先輩だった。
私は応答しながら駐輪場へ向かう。

「……もしもし?」

  「おはようございます、綾菜さん♪」

「……な、なんだか機嫌いいですね……」

私は電話越しでも分かるその態度に少し引いてしまう。
なぜ、皐先輩がご機嫌なのは多分――

  「あ、分かりましたか? そうですね、機嫌いいですよ、仲直り出来た様ですから♪」

――……やっぱりそのこと……誰から聞いたのやら。

私は、自転車の鍵を取り出しながら聞こえないように小さく嘆息する。結局、朝見さん関係のことで振り回されるのかと思うと――
……。

以前の私ならもっと憂鬱な気分にでもなっていた気がするが、今はそんな気分にならないことに気が付く。
もちろん、良い気分になるわけではないのだけど。
やっぱり仲直り――――どう考えても仲直りでは無かった気がするけど……――――というものは大切と言うことだろう。
正直なところ多少は打ち解けられた気がして、私は嬉しいのだと思う。

356事例10「宝月 水無子」と休日。 3:2016/02/03(水) 22:29:04
<カチャン>

  「え? 今の音……自転車ですか? どこか外出ですか?」

私の自転車の鍵を開ける音に目敏く気が付き、問いかけてくる。

「……少し気分転換も兼ねて、買い物しようかと思いまして……」

  「気分転換…ですか? 何か悩み事でもあるなら私が相談に乗らせて頂きますけど?」

気分転換という内容を省いて話せばよかったと今更ながら後悔する。

「……いえ、お気になさらず」

  「あら、残念。私もすこし用事がありますし……生徒会への勧誘も、また後日ゆっくり致しましょう」

それだけ言うと皐先輩は「では、また」と言い残して電話を切った。

――はぁ…生徒会か……。

今のところ入る気など無いが――朝見さんはどうするのだろう?
私と朝見さんとの仲が少し改善されたことで、皐先輩にとって私たち二人を誘いやすくなったのだろうけど
仲良くなったわけではないし、朝見さんがそれだけで生徒会に入るとはとても思えない。
それに、入る気など無い以前に私が生徒会に入るには少し面倒な手続きが必要なはずだし、担任やクラスメイトに少し迷惑をかける。
皐先輩は知ってるはずだけど――いや、どこか変なところで抜けてる人だし気が付かなかったのかもしれない。
……でも、まぁ、そういう微妙な隙が、皐先輩の隠れた魅力なのだけど。

私は自転車に乗り道路に出る。

皐先輩と話したことが切欠で、夏祭りの時の皐先輩の台詞を思い出す。

――「――もう貴方に関わる資格なんてないって……泣きながら言ったんです」――
――「――……呉葉は貴方の事嫌ってなんていませんよ」――

結局のところあの言葉は方便だったのか、事実だったのか。
数日前に涙を流した朝見さんの姿――――夢の中だとほんの少し前だけど――――を見ているだけに
どうにも、方便だったと確信できずに居る。

……。
…………。

「はぁ……」

私は大きく嘆息する。
折角の気分転換が台無しだ……。

357事例10「宝月 水無子」と休日。 4:2016/02/03(水) 22:30:25
――
 ――

懐かしい。
歩きながら私はゆっくりと視線を巡らす。

電車に乗り、買い物に向かった先は、私が以前住んでいた家の近く。
私は見慣れた――でもほんの少し見ない間に細かなところで変わってしまった町並みを楽しみながら道を進みデパートに向かう。
いつもはこっちのデパートには来ないから少し新鮮な感覚も後押しして、穏やかな気分になる。

「綾?」

そんな中、私を呼ぶ昔からよく知る声が聞こえ振り向く。

「やっぱり綾! なに? こんなところまで来て?」

「……椛さん! …あ、おはようございます」

振り向いた先に居たのは椛さんだった。
結局夏祭り以降また話す機会を失っていたのだが……校外ではなぜかそれなりに縁がある。

「……私は買い物。椛さんこそなにか用事?」

「そうそう、こんな時間から生徒会長様の使いよ」

皐先輩の用事というのは椛さんに合うことだったようだ。
それにしても、あんなことがあったのに全く気にしていない態度。
……流石に繕っているとは思うけど、強い人。
私は関心しながら、話を続ける。

「……これから学校となると、お昼はどこかで外食ですか?」

「あ、違う違う、場所はそこの公――あ……」

椛さんは何か失敗した時のような表情で言葉を止めた。
私は怪訝に思いながらも、振り向くと公園があり――だけど視界の下のほうに何か動いたのを感じて視線を落とす。

358事例10「宝月 水無子」と休日。 5:2016/02/03(水) 22:31:10
「ねぇ、貴方ってもしかして銀狼?」

そこには私の胸より少し低いくらいの少女がいた。
髪は私と同じ銀色で、ツーサイドアップに近い髪型。
レースブラウスに長袖のボレロ、そしてフリルの付いたジャンパースカート……
ゴスロリ衣装――いや、クラロリ衣装なのかも知れない…そんな服を着ていた。
お嬢様という言葉が似合うその少女に私は驚き、少しの沈黙を作ってしまう。

「コホンッ、えーと水無子(みなこ)、この人は銀狼じゃなくて、雛倉綾菜って言って私の幼馴染」

その沈黙を空かさず破ったのは椛さんで、その子――水無子と呼ばれた女の子に、私の説明をする。
どうも二人は知り合いらしい。

「知ってるよ名前くらい……“まりあお姉ちゃん”が銀狼って呼んでたから言っただけだし」

――……“まりあお姉ちゃん”?

“まりあ”という比較的珍しい名前を聞いて私が思い浮かべるのは当然一人だけ。
霜澤鞠亜……私を銀狼と呼んでいたという情報から考えるに、この子の言う“まりあお姉ちゃん”とは霜澤さんのことで間違いないと思う。
以前、喫茶店で話した感じだと、あの人も一応裕福な家の生まれだったはずだしなにか接点があるのかも知れない。
「お姉ちゃん」と言う意味合いから、実妹もしくは、妹分という印象を受ける。

――……それにしても、なんで霜澤さんは私の話をこの子に?

「わかったから、とりあえず自己紹介でしょ?」

椛さんがそういうと、少女は少し不満そうな顔をしながらも一歩下がり膝下丈ほどのスカートの裾を片手で軽く持ち上げてほんの少し膝を曲げる。
確かカーテシーといわれるヨーロッパの挨拶。偏見かもしれないけど、いいところのお嬢様の挨拶らしい挨拶。

「はじめまして、宝月 水無子と申します。銀狼さん♪」

どこか嘗められている気がする。
……。

「……貴方も銀髪じゃない」

「っ!! そうだったっ!」

自身の髪の毛を触りながら叫ぶ。気付いてなかったらしい。

359事例10「宝月 水無子」と休日。 6:2016/02/03(水) 22:31:46
――……というか今、宝月って言わなかった?
宝月は皐先輩の苗字と同じ……。

「綾、この子はね会長の親戚の子でね、察しの通りお嬢様……まぁ、会長ほどではないけど、気持ちはお嬢様らしいよ」

「ちょっと、後半の説明がディスってるように聞こえたんだけどっ!?」

水無子ちゃんは椛さんの気配りの無い説明に不服を唱える。
椛さんは面倒くさそうな顔をして「だったら自分でしてよ」と不満を口にしながら宥める。宥めれてないけど。

もしかすると、椛さんが呼ばれた理由はこの水無子ちゃんの面倒……みたいな感じなのだろうか。
流石に理由はあるのだとは思うけど、会長も随分人使いが荒い。

――それにしても、このまま立ち話……っていうのもねぇ……。

私は公園の方へ視線を向ける。
そこにはちょっとした木や遊具のほか、目当てのベンチもいくつかある。

「……ねぇ、立ち話もなんだし、そこの公園で話さない?」

提案してから気が付く。……この公園、なぜだかあまり記憶に残っていない。
昔の家からこの公園まではそれほど距離があるわけではない。
遠目で見る遊具の古さから私が引っ越すことになってから遊具が追加されたとかでリニューアル的なことになっているというわけでも無さそう。
意識して思い出そうとすると確かに此処に公園があった……それは思い出せる。
だけど…それだけ。

――……こんな近所の公園だったのに……私、ここで遊ばなかったのかな?

昔の私は結構アウトドア派だった気したけど……。

「あー……で、でも綾これから買い物でしょ? 付き合せちゃ悪いし――」
「なら一緒に買い物ね!」

椛さんと私の間に入って水無子ちゃんはそう言う。
……自分勝手なところは会長に少し似てるかもしれない。

360事例10「宝月 水無子」と休日。 7:2016/02/03(水) 22:32:46
――
 ――

「……えっと卵と牛乳と――」
「綾ってこんな主婦してたっけ?」

私は椛さんのその言葉に小さな嘆息で返事をする。
母の仕事が今の時間帯になってからは、どうしても家で一人で食べることも多くなった。
雪姉も居ないし……私自身料理は得意ではないが、ある程度は身についてしまった。

――……というか、椛さんのよく知ってる私って小学生の頃の私だし、その頃から主婦してるわけがない。

「こんなに安い卵でいいの? こっちのが悪いなりにもよさそうだけど……」

などとお嬢様が仰っている。庶民の私にはその「悪いなりにもよさそう」と微妙な評価をされた卵が既に贅沢過ぎる。
だけど、そういう発言をしながらも気が付かれないように振舞ってるのは……うん可愛い。

『あー、食品売り場は寒くて余計したくなっちゃう……早くお手洗いに行きたいけど……』

少し前に私が尿意を感じたのと同時に、水無子ちゃんの『声』が聞こえてきた。
どうも『声』の感じからして、会った時くらいから既にある程度の尿意を抱えていたんじゃないかと思う。

『もう……櫻香が美容のためとか言って紅茶沢山いれるから……美味しかったけど』

――……櫻香? この子のお姉さんか誰かかな?

とりあえず、櫻香さんありがとう。おかげで良い『声』が聞けてます。

「他、何か要るものあるの?」

適当に商品を見ている振りをして考え事をしていると、椛さんが尋ねてくる。
私は改めて冷蔵庫の中を思い出しつつ足りないものを考える。

「……えっと、あと買う予定は……とりあえずはタマネギくらいかな?」

「それじゃあ、あっちだね」

『よかった〜、余り時間掛けられると危なかったし……』

……。

「……でも、安かったら買いたい物もあるかもしれないし、とりあえず全部回ろうかなって」

『っ! うぅ……まだ大丈夫なんだからっ』

意地悪なことしちゃったかな?
仕草も少し見え隠れし始めてる気がするし……本当かわいい。

361事例10「宝月 水無子」と休日。 8:2016/02/03(水) 22:33:37
“広告の品”と書かれた実はそれほど安くも無い商品――――一般的に安いのは本日限りとかだしね――――を無視して視線を巡らしつつ、考える。
これからどうするべきか。水無子ちゃんを観察していると結構辛くなってきてるようだけど、まだ自分から言い出さない当たり
高いプライドの持ち主……いや、初対面の私がいるのも言い出しにくい原因かもしれない。

『あぁ、早く終わってくれないかな……結構辛くなってきたよ……』

私が立ち止まると少し不安そうな顔をして、気が付かれない様にほんの少し膝を曲げたり伸ばしたり。
時折片方の足をもう片方の足の後ろに持っていって、さりげなく太腿をすり合わせたり。
歩いている時はまだいいけど、じっとすると言うのは流石に辛そう。

そんな様子を水無子ちゃんと椛さんに気が付かれない様に観察しながら
色々回って、結局タマネギだけを買い物カゴに入れてレジへ向かう。

「あ、ちょっと……用事あるからレジ終わってもここで待っててっ」『これ以上我慢してたら、おしっこってバレちゃう!』

水無子ちゃんは引き止める間もなく走り出し、恐らくトイレへ行ってしまう。
付いて行きたいところだけど、流石に椛さんにレジを押し付けるわけにもいかない。

レジが終わり袋に商品を入れて水無子ちゃんを待つ間、椛さんに謝る。

「……ごめん、買い物に付き合わせるみたいになって」

「え? あー、でも水無子が一緒にって言い出したんだし、責めるならあの子かそれを相手にさせた会長でしょ?」

私はそれを聞いて感じていた疑問を口にする。

「……どうして椛さんがあの子の相手をすることになったの?」

「んーとね、大した理由じゃないんだけど、会長と一緒になって遊んであげた時があって
その時に月に1〜2回くらい遊んであげようか、って言ったら……まぁこんな感じに?」

椛さんらしい理由。
多分、水無子ちゃんのことを妹分のように可愛がっているのだろう。

「お、お待たせっ」『お手洗い清掃中とか最悪!』

――っ!

駆け足で私達のところに戻ってきた水無子ちゃんに私は驚く。
もちろん駆け足だったからではなく、その『声』に。

「おかえり……どうしたのそんな焦って?」

帰ってきた水無子ちゃんがそわそわと落ち着き無い仕草をしているのに椛さんが気が付き声をかける。

「あ、えっと……なんでも……っ」『ど、どうしよう、どこで……』

水無子ちゃんはその問い掛けに動揺しつつも、仕草を抑え、でもよく見れば足を擦り合わせる仕草を残しながら言葉を濁す。
俯いて顔を隠してはいるが、髪の間から見える肌は赤く染まっている様に見える。……うん、最高に可愛い。

相当切迫してきているのにまだ私達に尿意の告白をしてこない。
たしかに……それはそれで可愛いことは可愛いんだけど……私が気を使って聞くべきなのか
それとも、プライドを傷つけないためにも水無子ちゃんから言うのを待つべきなのか。

362事例10「宝月 水無子」と休日。 9:2016/02/03(水) 22:34:22
「あ、もしかしてトイレ混んでたりして出来なかった?」

私が迷っているとあっさり椛さんが核心を突く。
というか、聞き方からして水無子ちゃんがどこへ向かって走っていったのか気が付いていたようだ。

「なっ……うぅ、で、デリカシー無さすぎ!」

――ですよね。

「はいはい、わかったから行って来なよ、待ってるからさ」

「あ、いや……混んでるんじゃなくて…清掃中だったから……」

「じゃあ、頼んで使わせてもらえるか聞いてみる?」

「ちょ! が、我慢できないみたいで恥ずかしいじゃない! それより…えっと……こ、公園っ! さっきの縁公園に行こうよ!」

私、完全に傍観者になってるけど……とりあえずさっきの公園のトイレを目指すみたい。
それと、あの公園には名前があるらしく縁(えにし)公園というらしい。……やっぱり聞き覚えが無い。
そして、デパートのトイレを使わせて貰うのは恥ずかしいようだけど
清掃が終わるまで待つ選択肢は自分の中では無いらしい。
それはつまり「我慢できないみたい」じゃなく清掃が終わるまで「我慢できない」と言うことかもしれない。

「は、早く行こっ!」『こ、公園までなら大丈夫なはず……だよね?』

少し自信が無さそうな『声』が聞こえる。
尿意の上がり方も『声』を聞く限り早そうだし、櫻香さんとやらに貰った紅茶が強く作用してるのかも知れない。
紅茶には利尿作用があるし、それを沢山口にしたなら当然の結果だと言わざる終えない。

私と椛さんは「早く、早くっ」と急かす水無子ちゃんの後を付いていく。
デパートを出て公園までは歩いて15分掛からないくらい。
小走りに走る水無子ちゃんについていくため、私達も足を速める。
これなら11〜2分くらいで到着するだろう。

「……こんなに急がなくちゃ行けなくなるくらい我慢してたんだね、もっと早く言えばいいのに」

先頭を走る水無子ちゃんに聞こえないように世間話のつもり椛さんに話しかける。
それを聞いて椛さんの顔が少し赤くなり、私から視線を逸らすように前を向いてから躊躇いつつ口を開く。

「そ、それ……普通、私に言う?」

その言葉の意味が一瞬分からなかったが、すぐに夏祭りのことだと理解して失言だったと感じ口を押さえる。
同じく尿意を告白せず、しかも間に合わなかったのだから、当然そういう――可愛い反応になる。
椛さんは少しだけ速度上げ、私の前を歩く形になるともとの速度に戻る。

――……気を悪くさせちゃったかな? 恥ずかしいだけならいいけど……。

私はほんの少しの距離を保ち後を追う。

363事例10「宝月 水無子」と休日。 10:2016/02/03(水) 22:35:30
『うぅ、どんどんしたくなって来ちゃう……あぁもう、櫻香のバカァ!』

水無子ちゃんの『声』は次第に大きく、そして焦りを伴うものになっていく。
よく見れば下腹部を庇うようにほんの少し前傾姿勢で
流石に間に合わないほどではないと思うが……椛さんのように急に来るタイプかもしれないし
心配と期待を込めて最後まで見守ろうと思う。

『っ! 見えた……大丈夫、間に合う!』

公園が見えて来たと同時に安心した『声』も聞こえてくる。
私は少し残念に感じながらも、それなりの『声』が聞けたためそこそこ満足していた。
外で、同学年より下――――水無子ちゃんの年齢が良くわからないが、身長で言えば小学高学年と言ったところ?――――の
『声』を聞くというのは、高校生活を送る私にとっては結構稀な体験で、新鮮だった。

水無子ちゃんが公園に入ると同時くらいに、椛さんは歩く速度を下げる。
本当なら私は個室に入る瞬間まで見ていたいところではあるが、私も速度を緩めそのまま椛さんのところに歩み寄る。

「なんとか、間に合いそうだね……」

椛さんのその言葉には安心した気持ちと、ほんの少し複雑な気持ちが感じ取れた。
安心は当然だけど、複雑なのは……多分あの時の自分を重ねて見てしまっていたのかもしれない。
年上の自分が間に合わず、水無子ちゃんが間に合いそうなことに手放しで喜べないのだと思う。
そう思わせてしまったのは多分私の余計な一言が原因。

「……とりあえず、そこのベンチで待ってようか?」

私はそういって公園に足を踏み入れる。
足音で椛さんが付いてきているのも分かる。

『ちょ、な、なんでよぉ!』

――え? ……水無子ちゃん?

気になる『声』が聞こえてくる。焦りと困惑が混じったような『声』。
だけど、椛さんが居る手前、変な反応をするわけにもいかない。
水無子ちゃんが向かった公園の公衆トイレに視線を走らすが中が見えず、状況が分からない。
私も用を済ませるためにトイレに向かうのも手かもしれないが、それをするには買い物袋を椛さんに渡さないといけないわけで。
だけど、ベンチで待っていようと提案してしまったため、ベンチまで移動してそこに荷物を置かないと不自然に思われる可能性がある。

『あぁ、もう、使用禁止ってなによ! もう我慢できないのにっ!』

……状況が飲み込めてきた。
使用禁止の張り紙が個室に張ってあり、使えない。
公衆トイレではありがちな事で、すぐに修理がされないことも多々ある。

364事例10「宝月 水無子」と休日。 11:2016/02/03(水) 22:36:36
とりあえず、ベンチに着き座り荷物を置く。
トイレの中が気になり「私もトイレに」そう椛さんに切り出そうとした時――

「も、椛お姉ちゃん!」

トイレの方から水無子ちゃんがこちらに向かって覚束無い足取りで歩いてくる。
前屈みで、不安そうな顔で、何かを抱え込んでいるようなその様子は
誰がどう見てもまだ済ませていないのは明白で、限界が近いことが感じ取れる。

だけど、その思いもよらぬ事に椛さんは困惑しているみたいで
先に口を開けたのは水無子ちゃんの方だった。

「こ、此処から一番近いトイレってどこ!?」

「え、えっと……駅かな?」

戸惑いながらも椛さんはそう答える。
駅……公園から見える程度の距離で歩けば5分かからないくらい……だけど――

「……そこまで我慢…できる?」

言葉にしてから私は失敗したと思った。
そんな聞き方で、この子が「我慢出来ない」なんて言う筈がない。
我慢していたのを隠していて、それを知られた時恥ずかしそうにしていたこの子には
その「我慢出来ない」と言う言葉はハードルが高すぎる。……私でも言いたくない。
案の定、顔を赤くして涙目で私を睨むようにして言った。

「が、我慢できるに決まってるじゃない!」『わかんないよ、そんなのっ!』

精一杯の強がりを言い、だけど『声』には自信が無くて……。
スカートの裾を握り締めている手を何度も掴みなおす。
本当は前を押さえたくて仕方がない……そんな感じで――凄く可愛い。

「とりあえず、此処のトイレは使えないのね?」

状況がいまいち分かっていない椛さんが確認する。
水無子ちゃんは時間が惜しいとばかりに首を2、3度縦に振り
その後は私達がベンチを立つ前に踵を返し公園の外へ向かい歩き出す。

椛さんは立ち上がり後を追う。
私も買い物袋を持ち直して慌てて立ち上がる。

365事例10「宝月 水無子」と休日。 12:2016/02/03(水) 22:37:59
「はぁ……っ、はぁ……」『あぁ…っ、やだ、我慢……まだ、我慢だから……』

水無子ちゃんは、深く、震えるような息を吐きながらゆっくり歩く。
額にはうっすら汗が浮かんでいる。
もう、正直な『声』を聞かなくても――――聞くけど――――余裕の無いことがわかる。
椛さんもそれを理解して隣まで行き肩を抱くようにして一緒に歩いてあげてる。

『えっと、公園出て…道路渡って…少し歩いて……駅に入っ――っ! き、切符!』

限界まで膨らんだ下腹部をどうにかしたくて、気持ちが急く……
その中でこれからの事をシミュレートして駅のトイレを使用するためには切符が必要なことに気が付く。

「も、椛お姉ちゃん……先に行って、切符買って…っ……来て…」

搾り出すようにして出された声は、少し生意気で強気だった水無子ちゃんとは思えないくらい弱々しい。
何度も御預けされ続けた膀胱がこれ以上溜められないと少女を攻め立てる。
それは、女の子にとって本当に辛くて恥ずかしくて……でも絶対に耐えなければいけないこと。
崩れそうになりながらも、どうにか踏みとどまって、諦めずに耐える。……健気で本当に可愛い姿。

「綾、水無子をお願いっ」

椛さんはそう言うと同時に駅の方へ走って向かう。

――……でも、お願いって言われても……。

私は両手を見る。
小さなカバンと買い物袋が二つ。
さっきまで椛さんがしていたように肩を抱くには荷物が多い。
仮に荷物がなくても、出会って間もない私では馴れ馴れしいのではないかと思う。

水無子ちゃんはゆっくりとした足取りで公園を出る。
私も歩幅をあわせ、後方から見守る形で後を追い、観察する。
なんと言うか、どう接していいのかわからなくてお世辞にも居心地が良いとは言えない。

「はぁ…ふぅ……っ」『はぁ……あぁ、だめぇ、我慢、我慢っ…で、出来るからっ…』

震える息は不規則に乱れている。
『声』は自身を励ますように……だけど、それは現実を認めたくない……そんな風にも聞こえて。

「んっ!」『っ! やぁ……あぁ――』

前を歩く水無子ちゃんは足を止める。
今まで裾を掴んだり、所在なさげに彷徨わせていた手が、スカートの上から大切な部分をこれ以上無いくらいの勢いで押さえ込む。
止めた足はガクガクと震え、肩も震わせて……それは大きな波が来ているのだと私に感じさせるには十分で……。

「ぁ……」『やだ、嘘……』

どうにか聞き取れるくらいの困惑と焦りと恐れを含む声が漏れ
『声』の表現からしてもそれが何を意味するのかわかってしまう。

――……少し、濡らしちゃった?

おもらしを目前にして、どうしようもない不安に直面している水無子ちゃんとは対照的に
私は、鼓動が早くなるのを感じ、妙な緊張から唾を飲み、喉を鳴らす。

366事例10「宝月 水無子」と休日。 13:2016/02/03(水) 22:38:59
「ふぅ…はぁ……」『もう……そんなに…持たないっ』

何度か小さく息を吐き、波を越えた後のほんの少しの小康期間。
私はまた小さく歩みを進めるのを見ていた。
水無子ちゃんは焦った様子で駅がある、道路の向こう側へ行こうと歩道から道路へ足を出す。
私もそれに続こうとした時――

「っ!」

すぐ近くの路地からエンジン音が聞こえ、それがこちらに曲がってくるのが見えた。
私は咄嗟に買い物袋を手放して、水無子ちゃんの腕を掴み、こちらに引き寄せる。
身長相応の軽い身体は簡単にこちらに倒れるようにして引き寄せられ、赤い車体の車が目の前を通り過ぎた。

私の胸の下辺りに水無子ちゃんの頭が当たる。
それと同時に、手放した買い物袋が地面に落ち、中の卵が割れる音がした。

私は危険な運転をした車を目で追うが、止まることなく走り抜けていった。
横断歩道もなく信号も無かったのだから、こっちに非が無かったと言うわけではないのだけど。

「あっ、やぁ……」『あぁ、でちゃうっ!』

すぐ近くで焦りの声が聞こえる。
私は崩れ落ちそうになる水無子ちゃんの身体を、両手で両肩を掴むようにして支える。
様子を窺うため視線を落とすと、両手はスカートの前を確り抑えていて……
だけど、アスファルトには黒い斑点がいくつもあって……。

【挿絵:http://motenai.orz.hm/up/orz60671.jpg

「はぁ――、んっ、あぁ…」『だめっ、だめ…なのっ!』

スカートの中から落ちた雫がアスファルトに黒い斑点を増やしていく。
焦げ茶色のスカートは押さえ込んだ手を中心に水気を帯び、色濃く染まっていく。
身体が震え、限界ギリギリまで溜め込まれた熱水を意思とは無関係に吐き出そうとして、膀胱を締め上げていく。

でも――

スカートが水気を帯びても必死に押さえ直す少女の手は、溢れ出る熱水を塞き止める事を諦めていなくて……。
その荒く不規則な息遣いは、どうにか踏みとどまろうとしている呼吸で……。
『声』は生理現象を必死に宥め否定していて……。

本当に必死で……。

367事例10「宝月 水無子」と休日。 14:2016/02/03(水) 22:39:48
「はぁ――ふーっ、んっ…はぁ……ぁ…ふぅ……」『うぅ……こんなに――でも……まだ』

小さく何度も震える呼吸をして、なんとか完全な決壊を免れた少女。
だけど、スカートには少しとは言いがたい、コップで水を掛けられたくらいに濡れた痕。
アスファルトに作っていた斑点はいくつかが繋がり、水溜りと言った方がいいほどで。

私はそれを見て口を開く。

「……ご、ごめんね」

限界だったのは確かだけど、手を引いたことが切欠だったのも確かなことで。
仕方が無かったとはいえ、謝らずには居られなかった。

「い、いい……助けて…くれたの、わかってる…し……」

肩で呼吸しながら私を気遣う言葉。
もっと泣いて私を責めてくれても少女を責める者は居ないはずなのに。

水無子ちゃんの顔を髪の間から見ると真っ赤で……
言葉はしっかりしていていくら繕っても、顔にはその失敗の恥ずかしさが出ている……可愛い。

「んっ……はぁ……」『だめ……残りは我慢しなきゃ……』

今度は左右を確認してから、視線を少し落として歩みだそうとする。
黒色のタイツでわかり辛いが雫が伝ったであろう足で。
だけど、私は水無子ちゃんの肩から手を放さず、提案した。

「……ねぇ…、この状態で駅に行くのは…止めて置いた方がいいよ」

その言葉を受けて一歩目を踏み出してから、足を止める。

駅には駅員をはじめ、人が多くいる可能性が高い。
目立つ髪色と服装をしている水無子ちゃんに視線が集まるのは必然。
そうなれば、押さえ込まれたスカートの染みを見られてしまうのは火を見るより明らか。

「で、でも……んっ…駅じゃないと…ま、間に合わない…から………」
『うぅ、ダメ冷えて…おしっこ…おしっこしたいっ…ちゃんと、トイレで……』

トイレで済ませたい。
健気なのか我侭なのか混乱しているのか。
あるいは、その全部なのかも知れない。
失敗の跡を見られるよりも、ちゃんと正しく“したい”。

――……どっちが正しい? 私は、この子の肩から手を放すべき……?

多分正解は無い。
周りから見て失敗済みだと見える状況である今、どちらも正解ではないから。
トイレでないところで済ませることは恥ずかしいことで
失敗した姿を人目に晒すことは恥ずかしいことだから。

368事例10「宝月 水無子」と休日。 15:2016/02/03(水) 22:40:45
「っ! ……う、嘘?」

水無子ちゃんが何かに怯えるような声を出す。
私は、水無子ちゃんの顔を見て、その方向へと視線を向ける。

――……女の子や男の子…水無子ちゃんと同じくらいの学年?

大体の想像はついた。
見知らぬ人ならここまで怯えることもない。
恐らく、顔見知り…最悪クラスメイトや友達と言ったところだろうか。
幸いこちらにはまだ気が付いていない。

私は落としていた買い物袋を拾い――――卵が割れてる……――――
無理やり片手に全ての荷物を持つと、空いた右手だけで肩を抱くようにして、公園の方向に向きなおす。

「あ、ちょっと――」
「……いいから、見つかりたくないでしょ?」

何か言いたそうにしていたが、私の言葉に何も言えず覚束ない足取りではあるが必死に足を前に出す。

「はぁ…っん、ふっ…あぁ……」『んっ…だめ、座り込みたい…我慢……我慢できない……』

一度溢れさせてしまった恥ずかしい熱水がまだ足りないと言う様にして水無子ちゃんを襲う。
だけど、足を止めるわけには行かない。
後ろからはまだ、子供たちがこちらに向かってきている。
私は水無子ちゃんを励ますようにして、肩を抱く手に力を込める。

再び公園に入ると、私は公衆トイレへ向かい歩みを進める。

「っ…やぁ……」『んっ! だ、ダメ……が、まん……さっきあんなに出ちゃったのに…あぁ、もう――』

荒く熱い息を詰まらせ、足が止まりかける。
大きな波が来てるのはわかる……だけど、此処じゃまだ……。

「……もう少し、だから……あの裏手まで何とか……」

私はそう言うが、その欲求がどうしようも無いことはわかっていて……。
水無子ちゃんが一番わかっているはずで……。

<ジュ……ジュウゥ……>

――っ……。

私は仄かに聞こえるくぐもった音に視線を落とす。
その視線の先、水無子ちゃんの足元にまた新たな雫が落ちていることに気が付く。
だけど、それとほぼ同時に、私の手を振り払うようにして水無子ちゃんは公衆トイレに駆け出す。
私はその後を慌てて追う。
水無子ちゃんが駆けていった公園の地面は、ところどころ色が濃くなっている。

『やぁ…だめ……だめなのにっ……』

その『声』と共に水無子ちゃんは公衆トイレの裏手に姿を消す。
正直、「大事な場面なのに出遅れた」などと思ってしまった。
可哀想だとも当然思ってはいるが……どうしようもなく可愛い姿が見たい私に自分で呆れる。

369事例10「宝月 水無子」と休日。 16:2016/02/03(水) 22:42:10
「はっ…ふぅ……やぁんっ……」『ダメ、出ちゃう出ちゃうっ!』

裏手に入って見た光景は、少し予想と違っていた。
我慢も限界の限界で、人目が無くなり隠れられるスペースに入ったのだから
緊張の糸が切れてしまってもおかしくない状況。
なのに、水無子ちゃんは公衆トイレの壁に腰だけを付けて少し前屈みになって必死に前を押さえ込んでいた。

「あぁ、……やぁ、み、見ないで……んっ…はぅ……」『我慢……がまん……お外でなんて…やだぁ……』

見ないでと言われても……視線が外せない。
必死で我慢を続ける……だけど、抑え切れない水圧でポタポタと地面を濡らしていく。
股から直接落ちる雫、足を伝い靴を濡らし足の周りに広がる水溜り、スカートに染み込み切れない恥ずかしい熱水が裾から零れる。
我慢してるはずなのに、止めることが出来ない。
諦めてないのに、結果として諦めているのと何ら変わらない現実。

こちらに向けられる涙で一杯の瞳。
私はようやく視線を外した。

「はぁ……はぁ……」

今までより深く熱い息遣い。
『声』はもう聞こえない。

私は恐る恐る顔を上げて水無子ちゃんに視線を向ける。
水無子ちゃんは私の視線に気が付くとこれ以上赤くなれないくらいに顔を染めてばつが悪そうに視線を逸らした。
そのまま背中を公衆トイレの壁に付けて、ずるずるとしゃがみ込み下を向く。
深い息遣いだけが聞こえる。

――……物凄く可愛――

『ふふ、水無子お嬢様、すごく可愛いわぁー』

――っ!

聞き覚えのある『声』、それも後ろから聞こえ私は振り向く。

「ごめんなさい、雛倉綾菜様……で、よろしかったですよね?」

見覚えのあるニコニコした表情で私に歩み寄る。
それは、いつかの喫茶店で会った如月さんだった。

「な、なんで…櫻香がっ!」

水無子ちゃんの慌てた声に、私は振り向く。
水溜りの上にしゃがみ込んだまま、困惑の表情を上目遣いで向けている……可愛い。

「あら、水無子お嬢様ー? 足元が水浸しですよ?」

「っ!」

ニコニコの表情を全く崩さない如月さんが私の前を通り過ぎ、水無子ちゃんに近づいていく。

「お、お、櫻香が、沢山紅茶を飲ませる…からっ…うぅ」

水無子ちゃんは立ち上がり如月さんの服を掴み泣きながら攻め立てる。
如月さんは適当にあしらいながら頭を撫で撫でしている。

――……というか、如月さんの下の名前が櫻香だったんだ……。

紅茶を沢山飲ませたという人物は如月さんだったということ。
……なんというか物凄く作為的な気がする。

370事例10「宝月 水無子」と休日。 17:2016/02/03(水) 22:43:11
「綾菜さん」

後ろからさらに別の人の声が聞こえて振り向く。

「えっと……こんなことに巻き込んでごめんなさい」

「……皐…先輩」

そこには居心地の悪そうな表情で視線を外している皐先輩がいた。

「先ほど道路で水無子の危ないところを助けて頂いて、本当に助かりました。ありがとうございます」

「……いえ、そんな――」

――って、どこかで見てたってわけですか。

「っ! な、なんで皐お姉様まで!?」

水無子ちゃんが如月さんを盾にして慌てて全身を隠す。
だけど、如月さんは水無子ちゃんの肩を掴んで皐先輩に全身が見えるようにする……何と言う鬼畜メイド。

「ちょ、や、これは…ちが……」

慌てた様子で何か言い訳を探そうとしている……うん、可愛――

『可愛すぎですよ、水無子お嬢様ぁ♪』

……。
なんだか悔しいし、物凄く認めたくないけど、私とこの人凄く似てる。

「言い訳はダメですよ、水無子お嬢様、それにこの前だって家で――」
「わーー、わーわーーー!」

如月さんの言葉を水無子ちゃんが必死に掻き消す。

そして皐先輩も、そんな水無子ちゃんの頭を撫で撫でして適当に乗り切るらしい。
それで、黙って俯いてしまうこの子もこの子だけど……。

「雛倉様、水無子お嬢様が大変お世話になりました。勝手ではありますが、このまま回収しちゃいますので」

――回収って……。

所々この人が楽しんでいるのがよくわかる。
と言うか、楽しんでいるのを隠す気が無いというか……。

「あ……綾菜…お姉ちゃん…………いろいろ、その…ありがとう……」

水無子ちゃんが去り際にそう言ってくれた。
お姉ちゃんと呼ばれることに免疫が無い私は少し妙な……でも悪くない気分になる。

「あの、綾菜さん……大丈夫…ですよね?」

残された皐先輩がよくわからない質問を私に投げかける。
私はどのことを言われているのか考える。
普通に考えれば――道路での事?

――……あれ? 以前にもなんか…なかったっけ?

「あ、いえ、すいません。良いんですこっちの話ですから……では――あ、ご不浄の張り紙外さないと……」

……え?。

「……ちょっと…え、張り紙って?」

「あ……えっとですね、水無子には内緒ですけど、此処のご不浄、使用禁止なんかじゃないんですよ……というか、私達が身を隠していた場所でもありますし
もちろん、櫻香さんにはやり過ぎだって言ったんですけどね。まさかデパートのご不浄までクレーム付けて清掃中にさせるとは……
相変わらず、自身の欲望の為ならなんでもしちゃう人……まぁ、私としても水無子の良い表情は見れましたが――」

……。
紅茶のみならず、最初から最後まで策略だったとは……。

「――では、椛さんによろしくお伝えください」

そう言って皐先輩は如月さん達の後を追いかけていった。

私は大きく嘆息して、駅で待機してるであろう椛さんへ連絡を入れるために携帯を取り出した。

おわり。

371「宝月 水無子」:2016/02/03(水) 22:44:54
★宝月 水無子(ほうづき みなこ)
小5のちょっとお金持ちのお嬢様。
ゴスロリ、クラロリ衣装を好む。

皐子とは親戚関係。鞠亜とはお金持ち同士の友人である。
皐子を「皐お姉様」と慕い、鞠亜を「鞠亜お姉ちゃん」と呼ぶ。
皐子へは憧れを素直に抱いているが、鞠亜へは素直になれないものの尊敬し慕っている。
また、椛とも仲がよく、生意気な態度を取るもののよく懐いている。

膀胱容量は年齢相応よりかは少し大きめ。
櫻香に紅茶を沢山飲まされていることが多いため、トイレ自体は近くなりがち。
飲まされてはいるが紅茶は好き。

成績そこそこ優秀、スポーツ得意。
基本的にはツンデレで少し傲慢な態度を取る。
特に同年代の人とは自分は違うと壁を作り、少し孤立気味。
如月櫻香を専属メイドとして雇っており、色々と扱き使いがちだが
逆に飴と鞭を使い弄ばれている。仲は悪くなく、信頼も厚い。

綾菜の評価では、プライドの高いツンデレお嬢様。
髪色が近いこともあって、お姉ちゃんと言って貰えるのは結構嬉しかったりする。

372「如月 櫻香」:2016/02/03(水) 22:45:48
★如月 櫻香(きさらぎ おうか)
年齢は雛倉 雪や日比野 鈴葉と同い年。

いつもニコニコ、悪戯好きでSなお姉さん。

代々メイドや家政婦の家系である変わった家の生まれ。

基本変態。
皐子のように相手の表情を見て楽しみ、
綾菜のように我慢、おもらし姿を見て楽しむ。
積極的に相手に関わり虐める……優しい顔したドS思考。

メイドとしてのスキルは高く、それなりに頭もいいが
メイドの仕事を優先し高校は行かず、中学でさえほぼ登校していない。
そのため、明るい性格の割りに友達といえる人は多くない。

○主人の変移
中学1年〜高校2年まで:鞠亜
・友達関係が如月の家にバレ、辞めさせられる。
・鞠亜がなるべく如月を傍に置きたいため、仮の主人として皐子を紹介。
高校2年〜高校3年:皐子
・とりあえずの1年契約。
・鞠亜と皐子が新たな正式な主人として水無子を紹介。
高校3年〜現在:水無子
・水無子を溺愛している模様。
・メイドの仕事が休みの日は駅前の喫茶店で働き、鞠亜や皐子とたまに話す。

鞠亜の評価では、大切な友達。だけど時々――ではなく、かなり面倒くさい。
皐子の評価では、変わった人。少し趣味が合い意気投合したりするが、表情が笑ってばっかりで観察対象としてはつまらない。
水無子の評価では、頼れる信頼の置ける人。だけど多々虐められる……悔しい! けどかn――憎めない。
綾菜の評価では、相当な変態。多少の親近感を感じるが出来ることなら余り関わりたくない。

373名無しさんのおもらし:2016/02/03(水) 23:16:02
今年初めての事例の人の更新キター
そして相変わらずの素晴らしい小説だ

374名無しさんのおもらし:2016/02/03(水) 23:47:57
ここで新キャラ二人登場か、櫻香がいい性格してるよ綾菜が我慢してる時に出くわせてやりたいわぁ

375名無しさんのおもらし:2016/02/04(木) 10:52:27
何この素晴らしいメイドさん

376名無しさんのおもらし:2016/02/04(木) 23:12:32
今度はこのメイドさんが失敗するんですね分かります

377名無しさんのおもらし:2016/02/05(金) 08:33:28
>>376
それいいな

378名無しさんのおもらし:2016/02/05(金) 08:56:33
おお、じれーちゃんきてるじゃん

379名無しさんのおもらし:2016/02/06(土) 02:22:22
水無子ちゃんもいいけど恥ずかしがる椛さんの反応がめっちゃかわいい……
そういや感想とは関係ないけど渋の方の小説ってよく読むとここのと同じ世界観だったのね
雪姉と同世代かな

380名無しさんのおもらし:2016/02/12(金) 13:41:56
しかし流石お嬢様...
年相応より我慢できるとは

381名無しさんのおもらし:2016/03/07(月) 13:29:46
普通の小学生でも結構我慢できるよな
友人の娘が一リットルくらい出してるの見たし

382名無しさんのおもらし:2016/03/08(火) 14:55:47
普段から我慢慣れしてる女の子だと結構我慢出来るらしい

383名無しさんのおもらし:2016/03/08(火) 17:32:33
>>381
どういう状況で見ることになるんだよそんなんw

384名無しさんのおもらし:2016/03/09(水) 23:42:29
>>383
渋滞で我慢出来ないって言うからペットボトルの底切ってさせたんだ
1リットルのヤツだったんだけど溢れ出してな

385名無しさんのおもらし:2016/03/12(土) 18:50:26
>>384
溢れたって凄すぎだろ...
明らかに俺より膀胱大きいんだが...

386名無しさんのおもらし:2016/03/15(火) 00:59:30
>>384
溢れ出たんなら正確な量はわからないか...?
てかそれを小説風にしてここに書けよ

387名無しさんのおもらし:2016/04/17(日) 06:52:49
新作希望

388事例の人:2016/06/22(水) 23:57:23
まためっちゃ間空いた
感想とかありがとう
時間掛かったわりに読み返し少なくて誤字とか多いかも(いつも多い)
それと無駄話多目?

389事例11「卯柳 蓮乃」と体育祭。1:2016/06/22(水) 23:58:40
「――決まったーーっ! バドミントンダブルス決勝進出は1年B組の朝見・雛倉ペアだぁ!――」

マイクから試合の結果が伝えられる。
物凄く熱の篭った実況をありがとう卯柳さん。

今日は体育祭。小規模な体育祭。
学年の垣根を超えてクラス対抗で行うレクリエーションのようなもの。
バドミントンもミニサッカーも……全てがもろもろ同時に行われるため私達バドミントンを観戦していた生徒は
同じくバドミントンの試合待ちの人や終わった人、または他の競技の試合の合間に見に来る極少数の物好きな人。

試合相手と握手をしてコートから出る。
その際、私は軽く視線を巡らす。
応援してくれていた人は大体予想通り。同じ競技の人たちが数人と序盤で負けたミニサッカーの競技の人が少々。
その中には弥生ちゃんも居た。
弥生ちゃんは声には出していないが、少し興奮気味に喜んでいるように見える。
私は視線を逸らす……照れるとかそういうことじゃなく、私自身との温度差が少し後ろめたいのだと思う。

「おつかれさま……」

隣を歩く朝見さんが私に視線を向けずに言って、自分の荷物が置いてあるところに真っ直ぐ歩いて行く。
急なことで私は言葉を返せず、だけど、そのまま何も言わないのも悪い気がして朝見さんのところに向かおうとした時――

「雛さん! おつかれさまです!」

「……あ、うん、ありがと」

弥生ちゃんが駆け寄り声を掛けてくれたので、私は足を止めてお礼を返す。
少しだけ視線だけを朝見さんの方に向けると、一瞬目が合いそしてお互い同時に視線を逸らす。

あの体育倉庫での出来事から朝見さんのことを無駄に意識してしまって……。
それは相手も同じようで……距離が縮まったというより、接し方がわからなくなったというか。
以前の関係のが良かったとまでは言わないが、今は今で気不味い感じが耐え難い。
本当に朝見さんとは何かと妙な関係が続く。

「あの……雛さん?」

その声に視線を少し下に落として弥生ちゃんに向けると、少し上目遣いにしながら心配そうな顔で私を見ていた。
朝見さんに視線を向けていたのは一瞬だったが、その後すぐに弥生ちゃんへ視線を戻さなかったのが良くなかった。

「……ごめん、何?」

「えっと、やっぱり朝見さんと何かあったんですか?」

その言葉に私はすぐに口を開けなかった。
見学会前までは酷いことを言われていて、2学期中間考査まではお互い無視しあう関係で
そしてそれ以降は……なんだかよくわからない感じで。
当然それは、私や朝見さんに近しい人ならば気が付くほどの変化であり、弥生ちゃんが疑問に思うのもわかる。
だけど、見学会前後のことは説明できなくは無いが内容が内容だけに可能な限りしたくないし、中間考査前後はいまいち私も良くわからない。
考査の結果が朝見さんと同じ順位になったことが理由のひとつなのはわかるけど、それが全てではない。
朝見さんの中でそれをどう受け取ったのかも正直わからない。
そしてその後体育倉庫で起きた事に付いても話す訳にも行かないわけで……。

「……その…色々かな? 私も上手く説明できないから……気にしないで」

私は時間を置いてから曖昧な言葉を紡ぐ。
弥生ちゃんはその言葉に納得のいかない表情をしていたが
その後は深くは追求してくることは無かった。

390事例11「卯柳 蓮乃」と体育祭。2:2016/06/22(水) 23:59:45
――
 ――

「――これは圧勝っ! 生徒会、会長・庶務ペアをあっさり下し
バドミントンダブルス決勝進出を決めたもう一組は1年C組の霜澤・山寺ペアだっ!――」

マイクから試合の結果が伝えられる。
引き続き卯柳さんの実況。
だけど……。

『んー、ちょっと……おしっこ行きたいっ!』

実況と言うのは結構席を外すのが大変らしい。
しかも体育館から一番近いトイレは個室ひとつしか使えない上、バスケットとバトミントンの競技参加者も使うから
そこそこ混んでいるわけで……私にとってはそれはそれは嬉しいこと。

「――バドミントンダブルス決勝はシングルス決勝の後に開始します――」

そして、卯柳さんはこの後シングルス決勝の実況、ダブルス決勝の実況をしなければならなくて……。
でも、シングルスの決勝が終わった段階で尿意がそこそこギリギリなら彼女の性格上トイレに立つとは思うけど。

……彼女は1年A組の卯柳 蓮乃(うやなぎ はすの)さん。
それなりに元気が良いらしく、よくお喋りを友達と楽しんでいるのを見かける。
委員は実況をしているのだから恐らく放送委員なのだと思う。
『声』はそれなりに聞く機会がある人だけど、今まで本当に切羽詰った『声』というのは1〜2回と言ったところだと思う。

『まぁ、大丈夫だよね? でも……声出すから結構水分取っちゃったからな……』

……可愛い。シングルスの試合よりもずっと卯柳さんを見ていたい。

「はぁ……」

隣――――と言っても、3mくらいは、離れているのだけど――――で呆れたような嘆息が聞こえる。
視線を向けなくてもわかるが、それは朝見さん。

――……? どうして溜め息? これから始まる試合に興味がない? それは私も同意だけど。

どうにも私は勝負事に関しては余り関心が高くない。
勝敗に興味がないとまでは言わないが、昔の私と比べると……表現するならば“冷めて”いる。
雪姉は今も昔も負けず嫌いな性格――――その割りにはマイペースな所もあるのだけど――――だから
私と雪姉は容姿以外は余り似ていない――と今更ながら思う。

――というか、雪姉があんなだから、私が確りしなきゃならなくて“やんちゃ”を卒業しちゃったんだと思うし。

負けず嫌いな性格もその時に薄れていったのかもしれない。
昔のような“やんちゃ”の方が良かったとは思ってはいないが、もう少しそんな私が残っていた方がきっと良かったのだと思う。
今や軽いコミュ障レベルだし……。

――……いや、コミュ障に関してはもうひとつ思い当たる事――というか人が居るんだけどね……。

391事例11「卯柳 蓮乃」と体育祭。3:2016/06/23(木) 00:00:39
「――おっと! 早速紅瀬選手のスマッシュが決まるっ! 小さい身体でも鋭いショット!――」
『よし、実力差ありそう! 早くおしっこいけるじゃん!』

考え事をしている間に試合は始まり、早速点が入る。
よく見ると決勝の一人は椛さんで……これは早く決着が付いてしまうかも知れない。

そうなると私は少し残念だし、次の私達の試合が億劫に感じる。
試合に多少集中しつつ『声』にも注意を払う……うん、『声』だけ聞いていたい。

『うぅ……結構きつくなっちゃうかな……両方の試合終わるまでなんとか我慢できるとは思うけど』

私は顔の向きを変えずに視線だけで卯柳さんの様子を観察する。
パッと見るだけでは気が付かない程度だが
実況席のパイプ椅子の足に時折足を絡ませたり、両足を伸ばしてクロスさせたり……可愛い。
その少し落ち着きのない様子や『声』の大きさから察するに5〜6割と言ったところだと思う。
試合前はまだまだ仕草を見て取れなかったから、この早いペースでの尿意の上がり方は、卯柳さんが『声』で言っていた通り水分の取りすぎが原因。
取りすぎた水分の過剰分が腎臓でろ過され、彼女の下腹部に早いペースで熱水を送り込んでいる。

『んっ……やっぱやばいかな? でも、この試合の少し前から水分取るの止めたし大丈夫なはず…なんだけど……』

卯柳さんは自身が摂取した水分を計算して、そろそろ今のペースでの尿意の上がりは落ち着くと考えている。
実況と言う声を出す仕事は喉の乾きを感じてはしまうが、実際に身体はそれほど水分を必要としていないことが多い。
声を出すことで排出される水分は少なく、気温も高くないので汗としても出ないはずで、飲んだ量の殆どが余剰分と思っていいはず。

――……声か。声を出すといえばカラオケ……あまり歌いたくないけどまゆとか弥生ちゃんとか……誘って行くのもいいかも?
でも、この3人じゃトイレを言い出し難い空気にするのは少し難しいかもしれないし……
霜澤さんとか皐先輩とか入れたほうが……んー、この二人を誘うというのはハードル高い。
そもそも、誰であっても私からそういうのに誘うこと事態がハードル高いし……――よし諦めよう。

無駄な想像をして諦める決心をする独り舞台を終え、私は視線を卯柳さんの前、マイクなどが置いてある机に向ける。
500mlほどのペットボトルのお茶が1/3ほど残して置いてあるように見える。
その隣に200mlほどののジュースと思われる紙パックがストローが刺さったまま横倒しになっているから、これは恐らく空。
摂取した水分は大体500mlと言ったところだと思う。

何時トイレを済ませたかというのはわからないが
実況が席を離れ難いと卯柳さんが確り理解をしていたなら少なくともトイレは昼休みに済ませているだろう。
お昼に摂取した水分量とそれから飲んだと思われる約500mlの水分。
摂取した水分の8割くらいが余剰分だと思うと膀胱容量にもよるがそこそこギリギリになるんじゃないかと思う。

「――決まったっ! 圧倒的でした、バドミントンシングルス優勝は紅瀬椛選手ですっ!!――」

いつの間にか試合が終わる。
本当に卯柳さんばかり見てた気がする……――椛さんごめん、試合ほぼ見てなかったよ。
椛さんが私に気が付いて涼しい顔して軽く手を振っているのが物凄く申し訳ない。

392事例11「卯柳 蓮乃」と体育祭。4:2016/06/23(木) 00:01:18
「――それでは、次の試合はダブルス決勝です! これまで安定したプレイを見せてきた1年B組、朝見、雛倉ペア!――」

急に名前が呼ばれ慌てて立ち上がる。
隣では既に朝見さんが立ち上がっていて、私が立ち上がったと同時に呆れたように嘆息してコートに向かって歩き出す。
それに私は直ぐについて歩く。……卯柳さんに気を取られ過ぎた。

それと、直ぐに試合を始めるということは、卯柳さんはトイレを済ませずに続けて実況を行うつもりらしい。
実際、予定通りなら休憩を挟む場面ではないが、実況担当は同時にある程度の進行としての責任も任されているから
行こうと思えば行けるはずなので……試合が終わるまでは我慢できる自信があるのだろう。

「――そして、もう一組は今までの全ての試合で大差をつけて勝ち進んできた1年C組、霜澤、山寺ペアです!――」

コートに入り相手のダブルスペア、山寺さんと霜澤さんがネット越しに目に入る。
試合を確り見たわけじゃないけど、卯柳さんの実況の言葉通り今まで圧倒的な強さで決勝まできた相手。
山寺さんはC組で最もスポーツが得意な人だと聞いたことがある。例外なくバドミントンも上手いのだろう。
霜澤さんについては……よくわからない。
ただ今までの試合、私が見た限りで大きなミスはなく、得点になるショットも何度か見た気がする。

「(……雛倉さん。私、この試合に勝ちたいので集中してください)」

隣で小さな声で朝見さんの少し意外な声が聞こえてきた。

――集中か……正直言って卯柳さんの方に意識を向けたいんだけど……。

といっても、これはクラス対抗であり個人だけの問題ではない。
卯柳さんの『声』もまだ、これからって所なので此処はちゃんと集中しないといけない。
わざわざ、朝見さんも集中するように言って来たわけだし、確りしよう。

試合前の握手を済ませ、じゃんけんをする。
サービス権は私達に決まり練習で数回打ち合う。
練習が終わりシャトルを受け取りサービス位置に付く。
深呼吸して構える。
決勝は3ゲームマッチ……長くなりそう。

私はそんなことを思いながらサービスを打つ。
ほんの少し浮き気味にネット越え――

<バシュ>

……。

「――ほんの少し浮いたシャトルをプッシュで押し込むっ! 霜澤選手の見事な速攻です!!――」

――……いやいや、ちょっと浮いただけだし、あれをプッシュできるの?

最初のサービスだからロングサービスは無く、多少浮いてくると予想していた可能性もあるけど……。
涼しい顔して位置に戻っていく霜澤さんが若干癪に障る。

393事例11「卯柳 蓮乃」と体育祭。5:2016/06/23(木) 00:01:57
――
 ――

<バシュ><バシュ><バシュン>

「――これは…少し一方的な勝負になっていますっ」『これは……早く終わる? これならおしっこ余裕で間に合うかな?』

良い『声』……だけど、もう少し善戦したい所。
今は17-4……――霜澤さん強すぎない?

正直、私は山寺さんを警戒していたが、明らかに霜澤さんが強い。
クリア、スマッシュ、カット、ドロップのフォームが綺麗過ぎて打つ瞬間まで判断できないし、狙いが正確で……。

――朝見さん……勝ちたいって言ってたっけ……。
普通に無理な気がするけど……。

少し息切れをして良い表情でガッツポーズをしてる霜澤さんを見て考える。
C組で最も運動が得意なのは山寺さんで間違いないが技術は明らかに霜澤さんが上。

策は一応思いつくが上手くいく保証もなく、はじめるには遅すぎる気もする。
でも……やってみる価値はあると思う。

「(……朝見さん、勝ちたいなら卑怯かもだけど……霜澤さんを狙う?)」

誰よりも汗を掻き、息が上がっているのは霜澤さん。
だったら、運動が得意と言われている山寺さんを狙うよりも
そういった情報がなく、現状山寺さんよりも体力が無さそうに見える霜澤さんを狙えば、きっと穴ができる。
問題はこのゲームはもちろんだけど、2ゲーム目も多くの点を前半で捨てることになり
また、試合終了までに霜澤さんの体力が尽きるとは限らない事だけど――

「(それしかなさそうですね……)」

朝見さんは驚いた顔や考えるような仕草もせずにそう答えた。
私の言ったことを直ぐに察したところを見るに
朝見さんもこの策に考え至っていたのかもしれない。

相手のロングサービスが来て、霜澤さんのいる方を確認してカットかドロップを打って少しでも前に歩かせる。
霜澤さんがヘアピンで返せばクロスにヘアピン。ロブで返せばカットかドロップ、状況によってはクリアで返す。
言うだけなら簡単だけど、力量差が歴然で思うように粘れないからあっという間に1ゲーム目を取られる。

394事例11「卯柳 蓮乃」と体育祭。6:2016/06/23(木) 00:02:46
――
 ――

「――バドミントン決勝、激戦の勝者は霜澤、山寺ペアの1年C組っ!!――」『よかった……これならなんとか間に合いそう』

……。
結果から言って負けた。
作戦自体は上手く行って2ゲーム目は19-19まで追い詰めてから相手の2点先取。
初めの1点は霜澤さんの隙を突いたつもりで打ったシャトルを山寺さんのフォローにより……。
最後のもう1点は……決めれるはずの場面で聞いてしまった『早く、おしっこ行きたいっ!』に惑わされて……。
しかも、両方とも私のミス。……勿体無いのと申し訳ないのが合わさりよくわからない居心地。

試合を終えて相手と握手を交わす。
疲れてはいるが凄く満足そうな霜澤さんと笑顔の山寺さんが眩しい。

「勝ちたい」と言っていた朝見さんにはどんな顔をして何を言えばいいのか。
握手を済ませてからそんなことを考えていた。

「……えっと――」

とりあえず謝ろうと思ったが「ごめん」なのか「ごめんなさい」なのか「すいませんでした」なのか
心底どうでもよさそうなことで悩んで続きを言えないでいると――

「最後のは……いえ、そのことよりも…ありがとう」

突然のよくわからないお礼を言われ反応できずに居ると「とりあえず……おつかれさま」と続けて言われて
私も同じ言葉を返した。

――……何のお礼? …頑張ったから労い? そんなわけないか。

自分の荷物があるところに戻る朝見さんの後姿を見送る。
最初に言い始めていた「最後のは……」の後も少し気になる。多分、フォローの言葉か、突き刺すような罵倒だったのだとは思うけど。
あれは、卯柳さんが――

――……って! 卯柳さんは?!

すっかり試合の余韻――――余韻と言えるものなのかわからないけど――――で忘れていた。
私自身の尿意も昼休みから上がり続けていて、そこそこ溜まってきている。
卯柳さんの尿意の大きさもそれなりだから、集中すれば聞こえ――

「あの、雛倉さん」

「っえ、あぁ、山寺さん?」

そこには山寺さんだけがいて霜澤さんの姿は見えない。

「ちょっといい?」

私に軽い手招きをしてコートの外――――未だにコートから出ていなかった――――に呼ばれる。
正直卯柳さんが気になる。移動中に少し意識を集中させてみたが、『声』が聞こえない。
『声』が届いていないだけと思うから恐らく体育館の外――校舎か渡り廊下横のトイレにいるのだろう。

コートから出て、山寺さんが向き直り笑顔を向けて口を開く。

「朝見さんとの関係上手くいってるみたいだね」

――……あ…そっか……。

山寺さん、見学会の時のこと覚えてくれていたんだ。

「……まぁ…うん、まだ微妙だけど…。というか、あんなこと言って置いてアレだけどね」

「うんうん、ずっと仲良くなれないとか言って置きながら、私に相談もなしに解決しちゃうんだからー」

そうだった。
山寺さんあの時、凄く格好良い台詞を私に言ってくれていた。
「いつでも私を頼って」「友達だからね! 困った時は助けるよ」
まぁその格好良い台詞を言っているときに溜まっていた恥ずかしい水は
溢れさせちゃったんだけど。

そんなことを考えていると、山寺さんは笑顔を止めて少し困ったような顔をして口を開いた。

「あのね――」

395事例11「卯柳 蓮乃」と体育祭。7:2016/06/23(木) 00:03:57
――
 ――

山寺さんとの話を終えてから、今度はまゆや弥生ちゃんに捕まり
ようやく開放された私は体育館を出て再度『声』に意識を傾ける。

『此処、個室ひとつしか使えないんだった……校舎の方に行こうかな?』
『やっと次だよー、もう、さっさと修理してよー』

複数の『声』が聞こえる。
個室がひとつしか使えないということは体育館横のトイレだろう。
と言うか、私まで『声』が届きそうな位置にあるトイレはそこだけ。

だけど、聞こえてくる『声』はどれも大きくなく、切羽詰っている様子はない。
卯柳さんの『声』も聞こえてこない。

――……出遅れたし…もしかして、もう済ませちゃった?

一瞬そう感じたが、私が体育館で話をしていたのは長く見積もっても精々5分。
『声』の中に『やっと次だよー』という内容があったことを踏まえると
並んでいるのは一人や二人では無さそうな気がする。

そう思い、視線をトイレのあるほうに向けるとトイレの入り口――――個室ではない――――付近に
数人並んでいるのが見て取れる。
5分前もあの状態だと仮定すると、既に済ませたと言うのは流石にないはず。
だとすると――

――……校舎に戻って2階のトイレに向かった?

体育館から一番近いのはそこだ。
私にとっては少し嫌な思い出のあるトイレだけど……。

とりあえず、渡り廊下を小走りに歩みを進め、校舎へ向かう。
もしかしたらもう済ませた後なのかも知れないが、体育館横のトイレの混みようだと
こちらに流れてきている人もそれなりに居てもおかしくはない。

校舎に入り階段を上る。
上から人の気配を感じ同時に『声』が聞こえてきた。

『こっちも混んでるのか……』
『ちょっと時間掛かったけどあっちよりかはマシだよね? 個室多いわけだし』

複数のそんな『声』の中に一際大きい『声』が聞こえる。

『あぁもう! 後何人?? ……はぁ、直ぐ回ってくると思うけど』

それは卯柳さんの『声』。
私は階段を上り切るとトイレから5人くらいが溢れるように並んでいるのが目に入る。
その後ろから2番目に卯柳さんはいた。
私は行列の最後尾の方に歩みを進め、不自然に見えない程度に視線を卯柳さんへ向け観察する。

仕草は若干落ち着きがない程度で、意識して見ていないとわからない。
切羽詰ってはいるが、まだ余裕も残してる……そんな風に感じる。

396事例11「卯柳 蓮乃」と体育祭。8:2016/06/23(木) 00:04:54
私は最後尾に並ぶ。
中は恐らくフォーク並びだろうから、行列は全部で8〜10人程度だと思う。
バドミントンのシングルス、ダブルス決勝のあと、それとバスケットの決勝も私達の試合を終えた直後くらいに終わったから
観戦者や選手が詰め掛けた感じなのだろう。うん……良いタイミング。

『はぁ……やっぱ、シングルスの試合の後に済ませとけばよかったかな……こんなにしたくなるなんて……』

良い『声』が聞こえ、私の二つ前に並ぶ卯柳さんの身体が右へ左へ少し揺れる。……可愛い。
だけど、個室の数から考えて10分も掛からずに卯柳さんは済ませてしまう……ちょっとそこは残念。

そんなことを考えていると校内のスピーカーにマイクが入るのを感じた。
その直後、スピーカーから声が聞こえる。

  「――体育祭の全ての競技が終了しました。順位発表と閉会式を行います。生徒の皆さんはグラウンドへ集合してください――」

――そっか、体育館での試合が最後の競技だったんだ……。

私は視線を卯柳さんに向ける。
トイレに並んでいた人が一人、また一人行列から抜けてゆく中、卯柳さんはまだ動かない。

『うぅ、どうしよ……順位発表とか私が読むわけじゃないはずだし ちょっと遅れてもいいのかな??』

私の前の人が列を抜け、卯柳さんの全身が見える。
身体を仄かに揺らしたりして極力仕草を抑えてはいるけど……うん、とても可愛い。

前に並ぶ人が少し減った影響で、後何人並んでいるのか判るようになる。
卯柳さんの前に5人。個室は4つだから、全員分入れ替わってもまだ直ぐには入れない。

『まだ、5人っ……し、仕方が無い、閉会式に遅れたら迷惑かけるかもだし…予定では15分程度で終わるはずだからそれくらい大丈夫……』

そう『声』にして、卯柳さんは済ませることを諦め、列を抜ける。
私も少し遅れて列を抜け、卯柳さんから少し距離を取りつつ運動場へ向かう。
卯柳さんの尿意がもっと切羽詰っていたなら、此処で済ませていただろうけど
少し余裕があったばかりに、後回しに……。

少し卯柳さんのことが心配ではあるが、正直なところ凄く期待もしている。
15分で終わるとは言うが、集合に10分程度は掛かるだろうし
次トイレに行けるチャンスはどれだけ早くても30分程度先になると思う。
利尿速度は大分落ち着いてはいると思うけど、それでも30分は長い。

『大丈夫、これくらいならまだまだ我慢できるし……』

前を歩く卯柳さんを私は無表情で――でも内心ニヤニヤしながら見る。
仕草は歩いていると全く判らない。並んでいる時と比べて『声』の大きさも控えめ。
トイレに並ぶという行為は、もうすぐと言う気持ちの先走りとじっと待つという行為をしなければならず
それは我慢には辛い状況で尿意は当然大きく膨らむ。
対して今の状態は歩くことで気が紛れるし、もう直ぐトイレと言う油断も無い。
だけど、閉会式はずっと立ったまま行うことになるはず……。
油断が無くても、じっと待つのは辛い筈。

――……私の位置から卯柳さんが見れるといいんだけど。

そんな期待をしつつ、下駄箱から運動靴を出して履き、運動場へ向かう。
運動場には、全校生徒の7割くらいの人が既に集まり、整列を始めていた。
私は自分のクラスの方に歩みを進める。

『はぁ、トイレに行きそびれちゃったなぁ』
『おしっこ、出来なかったじゃん』

意外というか、やっぱりと言うべきか。
そこそこの生徒がトイレを済ませることが出来なかったらしい。
運動場のトイレは個室が少なくあまり清潔とはいえないはずだったから
体育館に居た人以外もそういう状況に陥っていてもおかしくない。

397事例11「卯柳 蓮乃」と体育祭。9:2016/06/23(木) 00:05:56
自分のクラス付近まで来ると、まゆが走ってこっちに来る。

「あやりーん、人数確認するのクラス委員長の仕事らしいよー」

……体育委員の仕事じゃないのか。
私は仕方なく、足りない人が居ないか確認するため一番前に向かい歩く。

『うー、したいしたいっ! でも我慢我慢っ! 終わったら教室戻る前にどこかのトイレに駆け込まなきゃ……』

卯柳さんの……うん、良い『声』。
そして、前の方まで歩いてくると整列している卯柳さんが居て
視線を向けると、片足を揺らし足の指先で地面をグリグリしたりして我慢している姿が目に入る。……良い、物凄く可愛い。

可愛い姿を確認してから、上機嫌に……と言っても表向き無表情でだが、一番前から居ないクラスメイトの確認をはじめる。

……。

――……あーうん、出席番号1番居たよ。凄く睨んでた気が……いやいや私何もしてないしっ!

出席番号1番は朝見さん。当然だ、“あ”から始まる苗字はB組では朝見さんだけだ。
もしかして、卯柳さんに視線を向けていた事、私がそれを楽しんでいる事に気が付いている?
あの一瞬で気が付いていたのだとしたら……流石と言うか、妖怪……。
というか、私の嗜好をどうやって見抜いたのか……今更聞けないけど気になる。
周囲にバレるような行動をしていたつもりはないんだけど……。

そんなことを考えながら、私は確認を進める。
私のクラス、1-Bは優秀らしく、全員揃って居た。もしかしたら私が一番遅かったのかもしれない。
確認が済むと列の一番後ろに居る文城先生に伝え、私本来の位置に付く。

『えっと、まだなの? んっ、本当結構辛い……やっぱ済ませてこればよかったかなぁ……』

私は上半身を少しA組側に倒して、前の方に居る卯柳さんを見る。
トントンと地面をつま先で蹴るような仕草を、右足、左足と交互にしている。
完全にじっと待つというのは相当厳しい状態なのかもしれない。
『声』の大きさもトイレに並んでいた時くらいかそれ以上に大きくなっていて
強い尿意を感じていることがわかる。

他の学年やクラスからもいくつか『声』を拾うことも出来る――――一番遠い3年A組辺りまでは届いていないだけかもしれないが――――が
明らかに一人、卯柳さんの『声』の大きさだけが頭一つ抜きん出ている。

――……まぁ、……私も結構我慢してる気がするけど……。

お昼前から感じていた尿意を開放することなく確り溜め込んでいるわけだけど
決勝後は十分汗を掻いたし、水分補給はほぼしていないし、急激に辛くなってくることはない筈。

『っ……もうっ! こんなにおしっこしたいのに、一体いつになったら始まるのっ! 早く、はやくぅ……』

一向に始まらない閉会式に尿意だけが募り、卯柳さんは苛立ちと焦りが『声』に溢れてきている。
遠目で見ても左右へ揺れている身体……ただ、苛立っているようにも見えなくは無いけど
見る人が見れば、尿意に耐えている姿だと理解するには十分に思える。

398事例11「卯柳 蓮乃」と体育祭。10:2016/06/23(木) 00:06:54
そして、マイクの入る音がして静かにするように指示が出され、私語やざわざわとした音が小さくなる。
ようやく、閉会式が始まるらしい。

『はぅ、ふぅ……やっと始まる……でも、んっ、どうしよう、我慢しなきゃだけど…結構っ……というか、もしかしてマズイ…かも?』

静かになり、皆が騒がず前を見るようになったため、卯柳さんも仕草を抑えて我慢を続ける。
『声』は物凄く切羽詰っていて、10段階評価で言うなら8〜9くらいの尿意に抗っていて……限界は直ぐそこに迫っているようだった。

『あぁ……なんで、私後回しなんかに…んっ……しちゃっ、たんだろう? …もうちょっと待ってればおしっこ――すっきりできたの…にっ……』

後悔。
そんな思いが卯柳さんから『聞こえる』。
始まってまだ2〜3分……閉会式はあと10分以上ある。
そして、その10分と言う時間は個室に入る時間とイコールではない。

――……どうなんだろ……我慢…出来るのかな?

私は鼓動を早くさせる。
心配しているのか期待しているのか――多分両方で。
だけど、全学年が居るこんなところで失敗しちゃうと……可愛いんだけど…やっぱり物凄く心配。

『ふぅ…ふぅ……んっ〜〜、はぁっ……やばい…、やばいよぉ……どう、しよう? ――っ……が、我慢しなくちゃ……』

時折『声』が大きくなる。
そんな尿意の波を受けている時は足をクロスさせて、体操着を握り締め、無駄に下に引っ張ったり。
前傾姿勢になったり、しばらく俯いたり……。
仕草が次第に抑えられなくなって、その行動が目に付いた人は
直ぐに彼女が何に追い詰められて居るのが判ってしまうほどに……。
そんな状態に陥ってしまうほどに、彼女の膀胱は限界まで張り詰めている。

『んっ……! はぁぁ…本当にやばい……あとどれくらい? もう、我慢できない…かも、……んっせ、先生に言いに行く?』

卯柳さんは今の状況を打開するために考える。
思いつくのは最もポピュラーな方法で、それはあとほんの少しで終わるはずの集会を抜け出すための手段。
それを実行するべきか卯柳さんは悩み、決めきれない。
抜け出してしまえばきっと許可はもらえるだろう。
だけど、それは同時にあと10分にも満たない時間が我慢できないと言うことに他ならず
ギリギリ一杯まで膀胱を張り詰めさせてそれを必死になって抱えてますと宣言するようなもので……。

『やっぱダメ……あと少し我慢すれば良いだけなんだから……』

授業中と言う環境下ならば、卯柳さんは例えあと10分で終わるとしても申し出ていたかもしれない。
だけど、今は授業中ではない……全校生徒が居る前で、マイクで話す中何も言わずに先生のところへ向かうこと……。
それは当然授業中に手を上げてトイレに行きたいと申告するよりもハードルが高い。
しかも、先生は一番後ろで卯柳さんは結構前の方……物凄く目立つはず。

399事例11「卯柳 蓮乃」と体育祭。11:2016/06/23(木) 00:08:01

『んっ――はぁ、ふぅ……お、お願い……早く、はやく終わってっ……』

『声』がまた大きくなる。
後ろから確認できる仕草も激しさを増していて、時折ハーフパンツを必要以上に引き上げているのがわかる。
前で引き寄せられ吊あがったハーフパンツは足の付け根に密着して……本人は気が付いていないかもしれないが
後ろから見ると下着の筋がはっきりと見えて……なんというか、艶っぽい――と言うよりもっとストレートにえっちぃと言うべきか。
だけど、押さえずにどうにか宥めようとするにはそれくらいしないとどうにもならないのも『声』の大きさからして理解できる。

『あぁ……っ! んっだめ……本当、やばい……あ、あぁだ、ダメっ―!』

ただでさえ大きい『声』がさらに一際大きく、叫び声のようにして上げられる。私は卯柳さんから目が離せなくなる。
本当にどうしようもない大きな波に晒され、身を縮こまらせて今度は右手で抑え込む仕草が見える。
大きく身体は動かさずじっと抑え込んだまましばらく動かずにいる。

『んぁ……くぅ、はぁ……だ、大丈夫、我慢でき…た……で、でも、私…本当もうっ――』

本当に自身が限界であることを自覚して、多分、最悪の結末が脳裏を過ぎっているのだと思う。
いつ失敗してもおかしくない状況を見守っている私も焦り、手に汗を握ってしまっている。
もし、もっと近くに卯柳さんが居たら、きっと熱い息遣いが聞こえるだろう……。

『あぁもうっ! さっきからちゃぽちゃぽ、聞きたくないのにっ……何でお茶もって来ちゃったんだろ……』

――……お茶?

『声』のなかにその単語を見つけて、卯柳さんを観察する。
右手は落ち着き無く動いたり、体操着の裾を掴んだり、ハーフパンツを掴んだり……いろいろしていたが
左手は胸辺りにずっと添えられたままで……。
どうやらお茶のペットボトルはずっと左手で持っていたみたいだった。
殆どが後姿でしか見ていなかったため、全然気が付かなかった。
人によるところも多いが、水の音というのは尿意を意識している人に対しては
より尿意を意識させたり、波を引き起こしたりと非常に厄介な存在。
中身が中途半端に入ったペットボトルを持っているということは
身体を揺するたびその音を聞いていたわけで……。

『あ、あっ……んっ〜〜だ、ダメ、我慢だから…我慢、がまん、がまん、して、我慢しなきゃ――っ』

時間にしてたったの1分前に叫び声のように上げられていた『声』がまた聞こえてくる。
波の間隔は短くなり、本当に溢れるギリギリまで押し寄せて卯柳さんを攻め立てる。

  「――以上で閉会式を終わります――」

そのマイクからの声を聞いて、周囲がざわざわと少し騒がしくなる。
順位発表全く聞いていなかったが――――興味ないから別にいいのだけど――――いつの間にか式は終わっていた。

400事例11「卯柳 蓮乃」と体育祭。12:2016/06/23(木) 00:08:50
『お、終わったっ……はやく、早くトイレ、おしっこ…はやくぅ……』

少し安心した、でもまだ焦りも十分に残した『声』。
前屈みになって必死に押さえ込んだままの姿勢で、卯柳さんは教室に戻る指示を待つ。

  「――混雑すると思うので3年生から順に、1分後に2年、さらにその1分後に1年が教室へ戻ってください――」

『う、嘘……2分? っ……だ、ダメ、どうしよう…我慢……あぅ、』

マイクからの残酷な指示。
当然全校生徒をいっせいに下駄箱に向かわせるのはよくない。
下駄箱付近は混むし、怪我をする可能性も当然ある。
だから、マイクから聞こえた指示は正しい。
だけど、卯柳さんは限界ギリギリまで本当に必死に我慢して、それなのに後2分の延長戦。

『だめっ、だめぇ……本当、無理っ……2分してからあんなに混雑した…下駄箱…間に合わない、我慢っ――でき…ない』

緊急事態なんだから、3年からなんて言葉守らず、一目散に校舎へ向かえばよかったのだけど……。
余りにも強い尿意に、正常な判断力を失っているのかもしれない。
かといって、今更走って下駄箱に急いでも、結局は混雑に巻き込まれることになる。

「ねぇ蓮乃、あんた大丈夫? トイレ行ってきなよ、下駄箱は混んでるけど、今なら運動場のトイレなら空いてるんじゃない?」

――っ!

卯柳さんに話しかけた友達の言葉が聞こえ、私も運動場のトイレの存在を忘れていたことに気が付く。
確かにあそこなら校舎に入るために下駄箱を通らなくて良い分、時間をかけずにトイレまでたどり着ける。

「っ! そ、そだね……ちょっと行ってくるっ」

卯柳さん列から離れ運動場のトイレに向かう。
だけど、卯柳さんに掛けられた言葉は私の居るところくらいまで聞こえる程度には大きく
それを聞いた、同じくトイレに行きたかった数人の生徒が運動場のトイレに向かってしまう。
私も周りのその反応に乗じて、運動場のトイレに向かうことにした。
幸い、多くの生徒が雑談などで列を崩しても、教師などから指導が無いところを見ると
体育祭の余韻も考慮し、そういった行為を容認しているようで、余り目立たずに動くことが出来た。

401事例11「卯柳 蓮乃」と体育祭。13:2016/06/23(木) 00:09:50
「蓮乃、大丈夫かな?」
「えー、なにそれ? 大丈夫だって、高校生がおもらしなんてありえないじゃん?」

去り際に聞こえた声に私は振り向く。
「高校生がおもらしなんてありえない」そう言ったのは卯柳さんと同じクラスの星野さん。
それがありえることだなんてまるで思っていない……。
周囲に居る何人かの人は今の台詞が重く胸に突き刺さったはず。重くとは言わないが当然私にも……。
……彼女には是非ともその台詞を覚えていて欲しい。
もし“そのとき”がきた時、どういう『声』を聞かせてくれるのか……。

……星野さんに悪気は無かったのだろうけど
それでも私は心の片隅で我慢できないと言うことを経験して欲しいと思ってる……。

私は自分に呆れ、嘆息してから視線を卯柳さんの方へ戻した。

『っ! だめ、私以外の人も…運動場のトイレに? んっ――い、急がなきゃ…でも……走ったら、でちゃう――かも……』

卯柳さんは少し前屈みで慎重な足取りで運動場のトイレに向かう。
対して、他の生徒は小走りに向かう人も居て、二人が卯柳さんの前を行ってしまう。
卯柳さんの友達が発したあの言葉以前に、運動場のトイレに向かった人も居るかもしれない。
運動場の個室は少なく2つ……それが意味することは卯柳さんにもわかっているはずで。

運動場のトイレ。
運動部の部室と体育倉庫がある古い一つの建物の一角がトイレになっている。
体育の時以外だと、外で行う運動部くらいしか使用しないトイレ。
卯柳さんはそのトイレに入る。私も直ぐにその後を追うようにして入る。

「(はぁ……ふっ――んっ…)」『っ……やっぱり並んで――っ、あぁ、だっ、ダメ……我慢しなきゃ…あぅ…んっ――やぁ……っだ、だめっ〜〜』

入ると同時に卯柳さんの必死な我慢姿と『声』を目の当たりにする。
足をクロスにしてプルプル振るえ、荒い息を押し殺して、片手は大切な部分を必死になって押さえてる。
その押さえている所を見て――――……と言うより凝視してたと思う――――私は気が付く。

――……っ、卯柳さん……少し濡れてない?

押さえている手で見難いが濡れてるように見える。
自身の鼓動が早くなるのを感じながらその震える足の付け根から目が放せない。
そして、急に動きが止まり全身を緊張させて抑え込む手に力を込める。

「(あぅっ……)」『やっ――あっ…あぁ! ――っ…』

『声』にならない『声』をあげ、目の前で押さえ込まれたハーフパンツの染みは少しずつ面積を広げる。
何度も押さえなおすたび、その染みはにじみ出るように広がり、卯柳さんの手を濡らす。

――……卯柳さん――もう、本当に限界なんだ……。

前には二人並んでいる。二つの個室は未だに閉まった状態。
順番を譲って貰わないと間に合わなくなる。――いや、もう間に合わないのかもしれない。

402事例11「卯柳 蓮乃」と体育祭。14:2016/06/23(木) 00:10:56
『〜〜〜っ……も、もうだめぇ!』

卯柳さんは急に振り向きこちらに向かって駆け出す。
私はぶつかりそうになり、でもどうにか身体を翻して避け、背中がトイレの壁に当たる。
前に並んでいた生徒が、後ろの騒がしさに少し振り向くが、個室から水の音がして直ぐ前を向く。
私は個室の方ではなく、卯柳さんが飛び出していった外に視線を向け、後ろ手で壁を押して後を追う。

――……他のトイレ? いや、あの状態じゃ間に合わないと思うし――

「――っ!」

トイレから出ると目の前に人が居て足を踏ん張り、既の所で衝突を避ける。

「(………変態)」

ぶつかりそうになった相手を確認する前に目の前の人はそう囁いた。

「っ……、ぁ、朝見、さん……」

目の前には怒っているような呆れているようなそんな表情の朝見さんが居た。
私は直ぐに視線を逸らす。その逸らした視線の端で卯柳さんが此処の裏手――運動部の部室の方に駆けて行く姿が見えた。

「……えっと……見逃し…て?」

どうしていいかわからず、だけど、卯柳さんの後を追いたい一心で目の前の朝見さんにそう口にしてしまう。
内容はお願い事の筈なのになぜか疑問系……。
朝見さんはそんな私に心底呆れたらしく大きく嘆息する。
その後、少し冷めた目で私を見据えて口を開いた。

「いいけど、……あの子…助けが必要そうなら力になってあげることね」

それだけ言って私から離れていく。

――……助けが必要そうなら……か。

助けが必要になるまで見守っている私がすべき罪滅ぼしと言ったところなのかもしれない。
……。

私は卯柳さんの向かった方になるべく足音を立てずに走る。

『んっ……あぁ、か、隠れるとこっ此処じゃ道路から……』

まだ『声』を聞く限り我慢は継続できている。
部室側は道路に面していて、卯柳さんは身を隠せるところが無く焦っていて……。
それはつまり、どうしても我慢できないから野外で済ませてしまおうと言う考えで……うん、堪らなく可愛い。

403事例11「卯柳 蓮乃」と体育祭。15:2016/06/23(木) 00:11:30
『あぁ、っ…だめ、もう、此処しか――』
<ガチャ>

扉の音……。
私は裏手への角から顔だけを出して――――怪しすぎる――――様子を見る。
卯柳さんの姿は無く、開けられていた扉は一番手前……確か使われていない空き部室。
中からはパタパタとした足踏みの音と、カチカチとした音が聞こえる。

「あぁ、なんで、電気つかな――っあぁ! で、ちゃう……」『どうしよ、此処トイレじゃないのにも、もうっ……』

どうやら、電気が点かないらしくスイッチを何度も触っているらしい。
この部室に窓は無いので明かりは扉からしか入ってこない。つまり、扉を閉めると真っ暗になるわけで……閉められないと言うこと。

「だめ、もういい、それより……っ、あぁ…なにか…んっ…ふぁ――だ、めぇ……」『容器……受け止めれる…なにか……』

電気を点ける事を諦め、扉を開けたまま卯柳さんは次の行動に移る。
探しているのは容器――でも、中で聞こえるのは足踏みの音ばかりで他の音はしない。
私は静かに開いた扉に寄り、扉の蝶番側の隙間から中を覗く。
見えたのは視線を巡らすだけで容器になりそうなものを探す姿。
手を伸ばしたりする動作すらする余裕が無くて……。

「っ……ふっ…んぁ……――ぁ」『あぁ、あ…またでちゃ――っ』

足踏みが止まり、また身体を硬直させる。
ハーフパンツを抑え込む指先だけが後ろから見えて、その押さえ込まれた部分の染みがさらに広がる。

<ボチャン>

――っ!

予想していなかった何かが落ちる音に私は驚く。
その音は卯柳さんの足元から聞こえ、私はその正体を確認するため視線を少し下に動かす。
それが何か確認すると同時に『声』が聞こえた。

『お、お茶っ……もう、これに……じゃないと、部室を汚しちゃう……』

卯柳さんが片手でずっと持ち歩いていた飲み欠けのペットボトルのお茶。
それを拾うため、卯柳さんはしゃがみ、同時に押さえていた手は放され代わりに踵があてがわれる。
腰を振るようにして踵に体重を掛けて……実に眼福な光景。

404事例11「卯柳 蓮乃」と体育祭。16:2016/06/23(木) 00:12:14
――……それにしても、部室を汚しちゃう…か。

最悪そのまま部室の床へ……そう思っていたがそれには抵抗があるらしい。
空き部室ではあるけど確かに物凄く汚れているわけでもなく
よく見ると一部部活が倉庫として利用しているようで、それらしい道具も確認できる。
そうなると、そのまま床へする行為には罪悪感が伴うだろうし
当然それは“此処で済ませた人が居る”と言う噂に繋がる。
その恥ずかしい失敗の発覚が今日になる可能性も低くなく、もしそうなってしまえば
体育倉庫のトイレへ向かった人に容疑が向けられる可能性も否定できない。

そこまで考えて……ということではないとは思うけど
彼女の判断は正しい。
ここでしてしまった恥ずかしい行為の痕跡は残すべきではない。

「はぅ……んっ、開いたっ」

下半身に目を奪われつつ考えている間に、どうやらペットボトルの蓋を開けていたらしい。
でも確かあの中にはまだ3分の1ほどのお茶が残っていた筈。

「っ……」『絶対溢れちゃう……の、飲むしか……』

500mlの容器、今のままでは350ml足らずしか入らない。
限界まで我慢してきた下腹部いっぱいに溜め込んだそれを受け止めるには恐らく少なすぎる。
途中で止めるって方法もあるけど……それは唯でさえ大変なことな上
長時間の我慢で疲弊しきった外尿道括約筋ではさらに難しいはずで。
彼女が取った方法は残った分を飲み干し、500ml一杯まで入れられる様にすること。

「っごく…ごく――」『んっ…早く……っや…待っ…っ〜〜〜』

上を向き喉を鳴らしながら飲む。慌てて飲むその口元からは飲みきれない余分なお茶が首筋を流れる。
だけど、溢れ出しているのは口元からだけじゃない。溢れさせちゃいけない、大切にしまって置くべき恥ずかしい熱水。
腰は揺れ、体重の掛けられた踵へその熱水は徐々に広がって行く。
限界まで我慢しているときに水分を入れると言う行動。
それに、上を向くことで背筋が多少なり伸ばされ下腹部を圧迫。
さらに、あと少しで済ませることが出来る油断。
強烈な波に抗え切れず、ハーフパンツを越えて溢れ出す。

405事例11「卯柳 蓮乃」と体育祭。17:2016/06/23(木) 00:12:58
「っぷはぁっ――く、早くっ……あぁ…ぁ」『だめ…とまんなっ――もれちゃ…でちゃう〜〜!』

<ジュウ…ジュウウ……>

ペットボトルのお茶を飲み終わったときには、既に飲んだ分以上に溢れていて……。
狭い部室に断続的に響くくぐもった音。
踵から流れるその音を発した熱水が部室の床に水溜りを作る。
そして、卯柳さんは慌てて立ち上がり大きな染みの付いたハーフパンツ――――この言い方でも言い足りないほどに濡れてるけど――――を
下げるため手を掛ける。……だけど――

「ぁ…ぁっ……やぁ…下りな……ひ、紐が…」『やだ、やだ……早くっ…だめ、暗くて見えな――あぁっ!』

卯柳さんはハーフパンツを下ろせないままに倒れるように屈んでしまう。
それでも、空にしたペットボトルを慌てて股の下にもって行き少しでも被害を抑えようとする。
膝立ちに近い姿勢で、ハーフパンツの上からペットボトルをあてがう。
だけど、殆どが足を伝い床に水溜りを広げる。
肩で息をして、時折息を詰まらせながらその恥ずかしい失敗を続ける……極めて可愛い。

【挿絵:http://motenai.orz.hm/up/orz63495.jpg

『っ……だめ、全然入んないし、止まんないし、脱げなかったしっ……臭いが…水溜りも……誰か覗いたら此処でしちゃったって……わかっちゃうのに……』

まだ止める意思が残っているのかしばらくはそんな『声』が聞こえる。
だけど、限界まで溜め込まれた熱水はそんな不安をねじ伏せ、我慢する気力も奪い去り溢れ続ける。
いつしか『声』が聞こえなくなる。

時間にして2分にも満たない時間。
恥ずかしい水音が止み、荒い息遣いと時折鼻を啜るような音だけが聞こえるようになる。
股の下で両手で支えられたペットボルトには100mlほどしか入っていない。
だけど、床にはそのペットボトル一本分を逆さま向けても足りないくらいの大きな水溜りを作っていた。

「うぅ……っ…やっちゃった……」

安堵や後悔、困惑、呆然……。
いくつもの複雑な思いを抱きながら水溜りの上でそう囁く。

服も靴も濡れてどうしようも無い状態……。

――……朝見さんに言われたからって訳じゃないけど……。

途方にくれてるであろう彼女を見過ごすなんてことできなかった。

406事例11「卯柳 蓮乃」と体育祭。18:2016/06/23(木) 00:14:19
「……あ、あの……」

私は扉の中に向かって小さく声を発する。
中の彼女は背筋が伸びて硬直させる……可愛い。

「……大丈夫…誰にも言わないから」

私はとりあえず、卯柳さんから恐怖心を取り除くための台詞を選ぶ。

「ち、ちがうのっ、これ、お茶零しただけ…で……」

卯柳さんは振り返り今更ながら言い訳を始めるが
匂いも濡れ方も誤魔化すには無理がある。
卯柳さんもそのことを頭では理解していて……でも、失敗をどうしても知られるわけにも行かなくて。
真っ赤になってどうにか信じて貰おうと身振り手振りで……あぁ、抱きしめてそのまま撫で撫でしたい。

「……とりあえず、着替えと拭くもの持ってくるから…扉を閉めて隠れてて」

私は混乱している卯柳さんを敢えて無視して話を進める。
HRが始まるまでそれほど時間も残されていない。
時間があったなら冗談交じりにちょっとした言葉攻めなんて選択肢も……うん、想像するだけで可愛い姿が浮かぶ。
名残惜しいが扉を閉めて私は走る。

下駄箱は経由せずに、体育館の渡り廊下まで直接行ってそこで靴を脱ぎ保健室へ。
もしかしたら中にけが人とか保健医とか居ると思ったがそんなことはなく、あっさり服と下着とタオル、それと雑巾を手に取る。
そのまま持っていくと誰かに見られたとき詮索される恐れがあるので、手近にあるビニール袋に全て入れて持ち出した。

そして再び空き部室前。
私はノックして卯柳さんを呼び着替えを持ってきたことを扉越しに伝える。

「ありがと……そこに…置いといて、くだ…さい」

中から鼻声で返事が帰ってくるが開けてはくれなかった。多分鍵も掛けてある。
扉を閉めたら灯りが点かないのだからほぼ真っ暗と言っていい筈で……
それでも、扉を開けないのはそれ以上に彼女の“関わらないで”と言う思いが強いから。
諦めて、物だけ置いて去るべき……でも――

――……慰めて上げたい。

私は扉のノブに着替えなどが入った袋を掛けてその場を離れ
だけど、足音を立てずに直ぐに扉の前に戻る。
そして、中から鍵を開ける音、そして扉が開かれると同時に私はノブを握り扉を思いっきり引いた。

407事例11「卯柳 蓮乃」と体育祭。19:2016/06/23(木) 00:14:55
「ぇ…あ、ちょっ――」

中には驚いた顔で、恥ずかしい失敗姿の卯柳さんが居た。
卯柳さんはいっぱいまで開いた扉を外に出てまで閉めることに躊躇し、数歩後ずさる。
驚きと不安の表情を見せる……悪いことをした気がする…でも――

「……扉の外見てるから早く着替えて……HRが始まるまでに何食わぬ顔で戻ろ?」

私はなるべく明るく――――対して明るくないが……――――言葉を発した。
灯りが点かない以上、扉を開けたまま着替えなければいけないが、そうなれば外が気になるだろうし……。
……それはきっと私の“慰めて上げたい”を正当化するための建前なんだと思うけど。

「……ほら、早くっ!」

私はノブに掛けてあった袋を卯柳さんに向けて差し出す。

「…………うん」

涙目で震えた声で頷き、袋を受け取ってくれる。

「じゃ…じゃあ……えっと見張っててよ……」

恥ずかしそうにしながらそう言った卯柳さんに私は頷き背を向ける。
私の背後で卯柳さんは深呼吸する。
それからハーフパンツを脱ぐ音、ビニール袋から何かを出す音、拭き取るような小さい音……後始末の音が聞こえてくる。
そんな音を立てる中、「あの……」と卯柳さんから声をかけらる。

「えっと……その……ば、バドミントン…良い勝負でしたね」

……凄く唐突な感想になんと答えるべきか判らず沈黙を作ってしまう。

「うぅ、…――っと…あ、相手の霜澤さん…なんか物凄く強かったよねっ」

どうやら、空気の重さに耐えかねてとにかく話をしようとしているようだった。
私はそういうことに合わせると言うのが余り得意ではないが私は口を開くことにした。

408事例11「卯柳 蓮乃」と体育祭。20:2016/06/23(木) 00:15:24
「……う、うん…下手したらバド部の人より強いんじゃ…って思った」

霜澤さん……本当に上手だった。
……。

――……そういえば、山寺さん霜澤さんのこと言ってたな……。

バドミントンダブルス決勝を終えてから聞いた話。
見学会の時、霜澤さんと友達であることを隠していたことの謝罪――――不仲だと思って言い出せなかったらしい――――と
私と霜澤さんの関係……。

――「鞠亜……雛倉さんのこと嫌ってるようには見えないのに、凄く故意に避けてるみたいな感じがして……」――

その後続けて、何かあるなら相談に乗るから……と、言ってくれた。
霜澤さんのその行動に心当たりは無かったが
私に対して、他とは少し態度が違うことだけはなんとなく気が付いていた。

409事例11「卯柳 蓮乃」と体育祭。-EX-:2016/06/23(木) 00:16:57
**********

「どうでした? 真剣勝負は?」

「まぁ……それなりに楽しかったけど……」

皐は私の答えに笑みを浮かべて背を向ける。

「貴方は鞠亜と真剣勝負をしたことがなかった筈ですからね」

そう、あの頃の私はただ見て居ただけ。
いつか私も……そう思ってはいたけど、あの時は叶わなかった。
でも、こういう形で雛倉さんと共にそれが実現出来るとは思っていなかった。

ただ、雛倉さんが集中していたかどうかは凄く微妙ではあるのだけど。
最後のミスも明らかに実況してた子の影響だったし……。
『声』で気が逸れたからなのか、彼女の願いを無意識に叶えてしまったのかは定かではないけど。

「山寺さんでしたっけ? 出来ることなら私と代わって欲しいくらいでした……」

皐はその先を言わなかったがどこか懐かしむ目をしていて……何を考えているのかわかってしまう。

――……皐……。貴方は気が付いていないの?

今の雛倉さんを受け入れたと言っていた皐だけど……違う。
きっとどこかで、本人も気が付いていない感情があるのだと思う。

「鞠亜も楽しそうでしたね……私が知る限りでは綾菜さんの前であれほど元気な姿を見せたのは入学後初めてです……」

皐は少し悲しげな笑みを浮かべてそう口にする。
私はその顔をなぜだか見ていられなくて視線を逸らす。

霜澤さん……。
私達よりも雛倉さんと付き合いが長かったはずなのに……彼女が極力関わらないようにしているは
それだけ雛倉さんのことを想ってのことだと思う。
だから、今日の元気な姿を見て思った、彼女も本当は凄く辛いのだと。

「そういえば呉葉、生徒会に入る気にはなりましたか?」

生徒会への勧誘。
私と雛倉さんの仲が改善されたの知って、保留以外の答えを期待して改めて……と言ったところ。
正直言って、まだ雛倉さんとの距離を掴めていないので前までとは違う意味で保留としたい。
だけど、保留と言うと皐はまた色々うるさく言ってくる……。
此処はひとつ、雛倉さんを生徒会へ入れるに当たっての問題が増えたことを教えてあげた方が
私の答えを先延ばしに出来て都合がいいかもしれない。
恐らくどこか抜けている所がある皐のことだから知らないはず。

「私のことより雛倉さんのことを考えたほうがいいと思うけど」

「? ある程度仲良くなったので、拝み倒せば大丈夫でしょう?」

酷い言い分だけど、問題は承認が取れるかどうかではない。

「クラス委員長を含む一部の委員は生徒会役員になることが出来ない……雛倉さん後期クラス委員長なのよ?」

「……え?」

「一応、反対票に入れたけど、前期に引き続き後期も継続。クラス委員長を誰か他の人に頼まないと無理」

現クラス委員長つまり雛倉さんの承認、引き継ぐクラス委員長の承認、あと担任教師の承認を得れば
雛倉さんを生徒会に入れるのは不可能ではないが、クラス委員長をやりたいと思う人が居ないであろう事が最大の問題。

「っ……なぜ綾菜さんはクラス委員長を引き継いで……」

「その日、雛倉さん休みだったから適当に……と言うか全委員適当に決まったの」

「あぁもう! これから文化祭だってあるのにっ……」

頭を抱える皐を見て、しばらく私の答えは必要無さそうなことに少し安堵した。

おわり

410「卯柳 蓮乃」:2016/06/23(木) 00:18:33
★卯柳 蓮乃(うやなぎ はすの)
1年A組の生徒
放送委員に所属している。
放送委員は主に行事の際などに活動し、生徒会の補佐的な役割も果たす。

元気が取り得で、調子に乗りやすい性格をしている。
お喋りが好きで、クラスではそれなりに目立つ方。

放送委員に入った理由は実況がして見たいと思った為。
体育祭ではバドミントンの試合の殆どを担当する。

膀胱容量は平均より少し小さく、トイレは若干近め。
篠坂弥生ほどトイレが近いわけではないが、2時限置きには大抵済ませている。
お喋りが好きな割りに、喋れば喋るほど喉が渇き飲み物を飲んでしまう。
授業などで喋る時間のない午前中より、昼休みを挟みよく喋った後の
午後の授業中などに強い尿意を感じることが多いが
本当に危なくなる前には先生にトイレの許可を申し出る程度には行動的。

成績並、運動若干苦手。
元気な性格はしているが、運動は得意ではない。
スポーツ自体は好きだが、どちらかと言えば見たり語ったりする方が好き。
勉学は、文系も理系も可もなく不可もなく。
料理や裁縫などは出来、家庭的な一面もある。

綾菜の評価ではそこそこ元気な生徒。それなりに『声』を聞ける機会が多い人。
基本的には危なくなる前にトイレに立てる人なので『良い声』までは余り聞けない相手。

411名無しさんのおもらし:2016/06/23(木) 19:33:21
久しぶりの事例の人の更新キター
素晴らしい小説ですよ。

412名無しさんのおもらし:2016/06/23(木) 20:00:13
更新ありがとうございます!
一票の反対票がそんな理由だったとは

るなてぃっく凄い奴の直後に事故で記憶+αを失ったってところかな?
皐っぽい金髪の人が「めーちゃん」なのも気になる
皐月→Mayちゃん?

413名無しさんのおもらし:2016/06/24(金) 17:19:30
おしっこ我慢しながら実況する女の子かわいい

414名無しさんのおもらし:2016/07/19(火) 00:13:49
次回作希望

415名無しさんのおもらし:2016/09/19(月) 16:03:48
次回作希望!頼む!

416名無しさんのおもらし:2016/09/19(月) 17:55:54
事例シリーズはおもしろい

417事例の人:2016/09/20(火) 00:45:59
感想とかありがとう
お久です……遅筆で申し訳ない

>>412
よく読んでますね。呼び名はその通りです

418追憶4「雛倉 綾菜」と手紙。1:2016/09/20(火) 00:47:41
帰宅した私は自室に入ると大きく嘆息してベッドに倒れこむ。今日は疲れた。

卯柳さんのことで奔走していた――――なんとかバレずに済んだと思う――――のもあるけど
体育祭……そこそこ私は頑張った。頑張ったけど……負けた。

……。

そう、私は結構頑張っていた。
ベッドに倒れこんだのは、卯柳さんのことだけじゃなくその疲れから――いや……それだけじゃない。
本当は決勝で勝てなかったことに少しだけ悔しく思っているから……。

いつもの私ならそんなに頑張らなかっただろうし、悔しいなんてそれほど思わなかったと思う。
シングルスではなくダブルスだったのが影響している。
朝見さんが勝ちたいと言っていたのに勝てなかったというのもある。
だけど……違う、それだけじゃない――よくわからないけど……。

私は気怠い身体を横に向ける。
ふと、机の下にボールペンが落ちていることに気が付く。
疑問に思い視線を少し上、机の上へ向けると角度的に見難いが筆記用具類が散乱しているように見える。
恐らくはお母さんだろう。欲しかったのはハサミなのかボールペンなのか知らないが
何かしら引き出しの中から借りて行ってそのままにして行ったのだと思う。

私は重い身体を転がすようにしてベッドから降り
ボールペンを拾い、机の上にある筆記用具をしまうために引き出しを引く。

片付けていると引き出しの奥のほうに古い手紙があるのに気が付く。
私はその手紙に吸い込まれるように手を伸ばし、引き出しから取り出す。
差出人の名前を見て懐かしいような寂しいような……そんな表情で嘆息して
その手紙を持ったまま再びベッドに倒れこむ。
そして私は目を瞑り、手紙の差出人との出会いに思いを馳せた。

419追憶4「雛倉 綾菜」と手紙。2:2016/09/20(火) 00:48:29
――
 ――
  ――

「えぇっと…誰?」

私のその言葉に彼女は緊張した面持ちで口を開く。

「――え? あ、えっと……」

なぜだか凄く焦っている彼女は、見た目から判断するに私と同い年くらいで――小学5年生前後と言ったところだろうか?
肩に掛かるくらいの髪はピッグテールにして纏めている。

「わ、私は……しも」

微妙なところで言葉を切ったように感じたが、彼女の顔を見ると言い切っているようにも見える。

「しも?」

「うん、えっと……色の紫って字と草冠に明るいって字で、紫萌……私の名前」

「字は可愛いけど、珍しい名前だね」

私がそう言うと紫萌ちゃんはどう反応すればいいのか迷っているようなそぶりを見せる。

――珍しい名前って感想がいけなかったかな?

だからと言って感想を言い直すのも変なので話を進めることにする。

「それで、紫萌ちゃんは私に何の用事?」

「この病室に私と同じ位の年齢の子が居るって聞いて……」

その質問が来ることを予想していたように紫萌ちゃんは答えた。
とりあえずは、彼女も私と同じ入院患者のようだ。
何の病気なのかわからないけど、私とは違い見た目的には至って健康そうに見える。
ただ、そういう子に限って重い病気だったりしそうなので、深くは追求はしないほうが良いのかもしれない。
それと彼女の言葉から察するに、多分、同世代の話し相手が欲しくて此処に顔をだしたのだろう。
退屈だった私としてもそれは願ったりだ。

「足……大丈夫?」

紫萌ちゃんは私の足を見て心配そうに尋ねる。
私の足は軽く固定するために包帯が巻かれている。
骨にほんの少しひびが入っているらしい。

「動かさなければ痛くないし、大丈夫だよ」

それは強がりではなく本当のこと。

「――というか、何で私入院してるのか良くわからないんだよね、交通事故って言ってたけど全然覚えないし」

私は大したことない足を右へ左へ傾けながら言う。
ほんの少し痛みを感じはするが、大した問題はない。

420追憶4「雛倉 綾菜」と手紙。3:2016/09/20(火) 00:49:10
「……辛いことって本能的に忘れようとするって聞いたことある……」

紫萌ちゃんは下を向きながら、なぜだか申し訳無さそうにして答える。

「なんで紫萌ちゃんがそんな顔するかなー? 別に加害者だとかそういうわけじゃないでしょ?」

交通事故は車との事故らしいからまず加害者ではないし
彼女の家族が加害者と言う可能性はあっても紫萌ちゃんが申し訳なく思うのは、私としてはおかしな事だと思う。

「それは…………違うけど……」

否定の言葉を口にした紫萌ちゃんだったが、少しの間が何かを隠しているような気がした。
だけど、私はそれに気が付かない振りをする。
もし仮に何か隠していても、私に気を使い此処に来たのなら私がわざわざ深く追求する必要は無い。
それに、私は紫萌ちゃんに少し興味を持ち始めていて、空気を重くしたり悪くするようなことは極力したくなかった。
だから私は明るく尋ねた。

「それで、何して遊ぶ?」

「え、あ、遊ぶの?」

「違った? あーでも安静にとか言われてるから怒られるかも……」

何か騒がずに楽しめるものは無いか考えるが、トランプとかの類は持ってないし……。

「話してるだけじゃ…だめ?」

紫萌ちゃんは少しだけ笑いながら私に問いかけた。
私もその言葉に口の端を軽く吊り上げてから、口を開いた。


それは他愛も無い会話だった。
テレビ番組の話だとか、学校で流行っている遊びだとか。
だけど、病室で一人の時、誰かと話せるだけで凄く楽しく
退屈な病院生活を紫萌ちゃんが大きく変えてくれた。

421追憶4「雛倉 綾菜」と手紙。4:2016/09/20(火) 00:49:57
――
 ――

今日もいつものように紫萌ちゃんは来てくれた。

「ねぇ――」
「雛倉さん、点滴の時間ですよ」

私が紫萌ちゃんに向かって口を開けたとき、看護婦さんが点滴のセットを持って病室に入ってきた。
骨折、しかも大したこと無いのに毎日点滴をされる。
いつも病院食を半分程度残している――――ここのは不味いと名高い!――――からかもしれない。

「雛倉さん、今日はお手洗いの方は大丈夫? 点滴中は基本安静にして欲しいからしたかったら先に言ってね」

私は顔が熱くなる。
昨日、点滴中に我慢できないくらいの尿意を催してしまい、私は恥ずかしいのを我慢して看護婦さんを呼んでしまった。
だからその事を覚えていたらしいこの空気の読めない看護婦さんはこんなことを口走ったのだと思う。
あの日は点滴を受ける前からほんの少し尿意を感じていて――――足がこの状態だから面倒で極力済ませる回数を抑えたかった――――…でも、
言い出すのも恥ずかしかったし、我慢しようと思っていたがそれは失敗だった。
点滴で血中に直接水分を流し込まれるというのは、思った以上に早く膀胱をいっぱいにしてしまって……

――確かに私が悪かったんだろうけど……だからって、紫萌ちゃんが居る前で言わなくても……。

病院の人は本当にこういう所が鈍感になっていて困る。病院だから恥ずかしくないなんてことは無い。
もちろんトイレを申告したり、尿意を悟られることへの恥ずかしさには個人差があるとは思う。
私は誰かがおしっこを我慢してる姿や、失敗しちゃった姿をなぜだかよくわからないけど可愛いと思ってしまうらしい。
だから、余計にそういうことを強く意識してしまって……多分人並み以上には恥ずかしさを感じてしまう。
そういうことだから、よっぽどしたくなければ自分からは言わない。

「だ、大丈夫…です。……そんなことより失敗せずに刺して」

恥ずかしいことを紫萌ちゃんの前で蒸し返されて――ってほどではないけど……でも、そんな気分になって、
少し不機嫌になった私は刺されるところ凝視して無駄にプレッシャーを与えてやった。
残念というか幸い、チクッと表現するには少し痛すぎる感覚は一回で済んだ。

私は小さく嘆息してから紫萌ちゃんに再度声をかけ――

「昨日、途中でトイレ行きたくなったの?」

「う……そ、そんなこと…」

「でもさっきの看護婦さん“今日は”って――」
「あー、もう、そうなの! 途中で行ったの!」

――もう、紫萌ちゃんまで空気読んでくれないっ!

「恥ずかしい?」

「――っ! わかってるなら聞かないでよ!」

クスクスと笑いながら紫萌ちゃんは謝る。
……全然謝ってもらった気がしない!

「そ、それでっ! 今日は何するの?」

私は恥ずかしいのを隠すために少し怒ったような態度で紫萌ちゃんに話しかける。
紫萌ちゃんはそんな私の態度を見透かしたように顔を緩ませたまま言う。

「いつものように話そう、何かしようにも点滴中だし」

うん、ご尤も。

422追憶4「雛倉 綾菜」と手紙。5:2016/09/20(火) 00:51:24
――
 ――

いつも通りのお喋り。
だけど、私には少し困った事情が出てきてしまっていた。

紫萌ちゃんに気が付かれないようにタオルケットの下で包帯の巻かれていない自由な足をほんの少し動かす。
それは蒸れて来たとか痛くなって来た訳じゃなく……トイレに――尿意を催してしまったから。

――うぅ……おかしい、点滴する15分くらい前に済ませたのに…なんで?

まだ我慢できないほどじゃない。
だけど、昨日の感覚から考えるに点滴中は本当に凄い勢いで尿意が膨らんで行く。
残りの点滴の量を視線の端で確認する。

――あと五分の一くらい? ……大丈夫、あと15分もすれば終わるはず。

外しに来て貰う時間も含めても多少余裕がある状態で自由になれるだろう。
というか、キャスター付きの点滴棒にしてくれれば、最悪自力で何とかなるのに……。

「はぁ……」

「どうかした?」

つい溜め息を吐いてしまった私に紫萌ちゃんは問いかける。
失敗したと思いながら何か言わないとと思い言葉を探すが見つからず、結果少しの沈黙を作ってしまう。

「もしかして、トイレだったりして?」

冗談交じりに言われた台詞。
図星を付かれて鼓動が大きく早くなる。

「そ、そんなわけ無いじゃん。点滴前には済ませてたしっ」

そんな動揺を隠しながらそれを否定する。
紫萌ちゃんは「だよね」と言って話を続きを始めた。
どうにか誤魔化すことはできたけど……本当は白状してしまった方が良かったのかも知れない。
点滴が終わった後にトイレに行かなければいけない事実は変わることは無く
紫萌ちゃんが病室から出て行ってくれない限りは、彼女の前でトイレに立つ必要があるのだから。

――……やだな………。

先のことを考えて気持ちが沈む。
気心が知れた友達とまで行かない微妙な距離感の相手。
加えて、トイレに行きたいことを否定してしまった手前、言い出しにくい。

――もう……どうして済ませたのにこんなにしたくなっちゃうかな……。

いつもと変わらない時間からの点滴。
昼食後、1時間後くらいからはじめたはずで、昼食時以外では水分の摂取していない。

423追憶4「雛倉 綾菜」と手紙。6:2016/09/20(火) 00:52:11
――そうなると……昼食の時に何か――っ!

私は何を食べたのかを思い出してはっとする。
デザートがスイカであったこと。
確か瓜科にはそれなりの利尿作用があって、特にスイカにはシトルリンとか言うのもあって……
全然気にせず食べてしまったが、思った以上に早く尿意を感じてしまったのはそのせいかもしれない。

そして、尿意はさらに膨らむ。
私は再び視線を点滴の方に向ける。
点滴は丁度無くなったところだった。

「あ、点滴無くなったんだね」

「うん、もう直ぐ外しに来るはずだけど」

点滴は逆流しないようになってはいるらしいけど、長時間針を刺したままにしておくのも良くはないはずで。
今まで、ナースコール無しでも5分以内かそれ以前に来てくれていた。
だけど……強い尿意を感じているときに待つのはやっぱり辛い。
早く来てくれれば、早くトイレに行ける……そう思うと早く来ない看護婦さんが恨めしい。

そして……。

「こないね」

「……うん」

5分くらい経った――――厭くまで主観であり、計っていたわけじゃないけど――――が未だに来ない。
尿意は私が思っていた以上に膨らみ、結構危険なところまで来てしまっていた。

――はぁ……どうして、今日に限って……っ、ナースコール押しちゃっても…トイレ我慢してるから押したなんて勘ぐりしないよね?

看護婦さん相手に少し挑発的な態度をしてしまっていたので
「やっぱり我慢してる」なんて思われるのは物凄く嫌で……。

――あぁ、でも、ダメ……これ以上は来て貰ったときに仕草に出ちゃうかも……

“見るからに我慢してます”よりかは“勘ぐられる可能性がある”方が断然マシなはず。
そう考え、私は不機嫌な振りをして――――紫萌ちゃんに来るのが遅くてイライラしたから押しましたと思ってもらうため――――ナースコールを押す。

ナースコールを押してから直ぐに看護婦さんは来た。
私は平静を装い、点滴が無くなったことを伝える。

「ごめんね、遅くなって……っと、少し痛いけど我慢してね」

注射の時とは違う点滴独特の抜く時の痛みを感じながら、ようやくトイレにいけることに安堵する。
看護婦さんは点滴の袋などを片付けて、部屋を出て行く。
問題は、紫萌ちゃんにどう伝えるかだけど……

424追憶4「雛倉 綾菜」と手紙。7:2016/09/20(火) 00:53:16
『はぁ……トイレ行きたくなっちゃった……』

――っ! 紫萌ちゃんの『声』だ!

初めて聞く紫萌ちゃんの『声』に私は心を弾ませる。
だけど、彼女よりも私の方がずっと切羽詰っていて……この状況はどうにも覆りそうにない。

「えっと、ごめん、私ちょっと……」

紫萌ちゃんはそう言って寝台の脇に置かれた丸椅子から立ち上がる。
間違いなくトイレに行くつもりで席を立った。このチャンスを逃す手はない。

「あ、紫萌ちゃん、トイレ? 私も行くからちょっと待って!」

そう言って私は寝台から足を下ろし、松葉杖を使い立ち上がる。

――っ……あぅ…立ち上がると、思ってたより……んっ…はぁ……溜まってる……。

今までじっと寝ていたから気が付かなかったが、膀胱は想像よりもずっとパンパンになっていて
その存在感から自身が可也切迫した状況に置かれていることを自覚する。

「点滴してると、やっぱしたくなっちゃうね」

膀胱の庇うようにして歩く姿は多分、松葉杖を使っていることで誤魔化せていると思うが
何も喋らずにいるのは落ち着かなくて、誤魔化すようにして話しかけた。

「うんうん、点滴も水分だからね」

そう、水分……それを血中に直接流し込んでいる……。
流し込まれたものは腎臓で直ぐにろ過されて膀胱に溜められる。

わかってはいるけど、紫萌ちゃんの言葉に再度認識させられる。
松葉杖を前に出して必死に前に進む。
トイレが近づき、尿意はさらに膨れ上がる。

――……んっ……やばい…もうっ……だめ、もうちょっと我慢して……

自分でも信じられないくらいの勢いで限界へ向かう尿意に焦る。
今まで横になっていたから、均衡を保てていたのかもしれない。
もう直ぐトイレだから、気持ちが切れ掛かっているのかもしれない。
でも、理由なんて関係ない。
我慢しなきゃ……こんなところで――紫萌ちゃんの前で失敗なんてしたくない。

425追憶4「雛倉 綾菜」と手紙。8:2016/09/20(火) 00:54:34
スイカや点滴、昼食で取った水分。
その全てが形を変えて、私の下腹部をこれ以上ないくらいに膨れあがらせる。
背筋を伸ばすことが出来ないくらい抱えて……。

――あぁ、っ…だ、大丈夫……我慢できる、ふぅ…あと、……ちょっとだから……

心の中で言い聞かせる。
本当にもう少し、もうトイレが見えてる、後数歩でトイレに入れ――

<ジュゥ……>

――っ!! ぇ、え? ちょっと……んっ、あぁ、ダメ……

不意に下着に暖かい点が生まれた。
それを認識すると同時に尿意が急激に膨れ上がり足をクロスにして立ち止まる。
松葉杖を投げ出して抑え込みたい衝動に駆られるが、それでは前を歩く紫萌ちゃんに気が付かれる。
抑えなきゃいけないくらい我慢してるなんて思われたくない。
涼しい顔して、トイレに入って、何事も無く出て行きたい……それなのに、そうでありたいのに――

<ジュ、ジュゥゥ……>

そんな願望とは裏腹に、限界を超えてしまった下腹部が波打ち、必死に締めている筈の場所から噴出すようにして溢れる。
下着の広い範囲が熱くなり、閉じあわされている足の付け根に服が張り付くのを感じる。
思った以上の大きな失態……だけどその分、急激に上がった尿意はほんの少し落ち着く。
まだ油断できる状態ではないけど、これ以上足を止めてるわけには行かない。
紫萌ちゃんが振り向けば多分、状況を察してしまう。

気が付かれたくない。
私は息を詰めて、溢れない様に目一杯必死に締めて足を踏み出す。
自分自身を心の中で励まし、どうにかトイレに入る。

『ふぅ、話に夢中であれだったけど、結構溜まってるかも……』

紫萌ちゃんは振り向くことなく空いている一番奥の個室へ入っていく。
結構我慢していると言う魅力的な『声』を聞きながらそれを楽しめない今の私が恨めしい。
もうひとつ空いている個室は奥から二番目。
私は必死にその個室前まで行く。だけど――

「っ……わ、和式……」

和式トイレから視線を上げると個室の入り口に和式と言う表示が書かれていた。
紫萌ちゃんが入った一番奥も和式。
私達が来る前から閉まっていた手前の個室二つだけが洋式と書かれていた。

426追憶4「雛倉 綾菜」と手紙。9:2016/09/20(火) 00:55:25
<ジュ……>

「―っ!」

また下着の中が熱くなる。
私は和式の個室に飛び込み、松葉杖を乱暴に手放し、自由になった手でこれ以上溢れないように必死に抑え、もう片方の手で扉を閉めた。
骨にヒビの入った足にはギプスではなく包帯が巻かれているが流石にしゃがむと言う行為は難しい。
本来なら洋式トイレに入らなければいけない……だけど、空くのを持っていられるほどの余裕はもうなかった。
もし、洋式トイレが空いていれば、直ぐに済ませることが出来たのに……。

<ジュ、ジュ……>

「ぁ……んっ…」

抑える手に温もりを感じ、抑えられない衝動に声が漏れる。
私はどうやって済ませるかを考えないまま押さえていない方の手を使い服と下着、同時に手を掛ける。
だけど、押さえたままでは下ろすことができないので、押さえていた手も下ろすために放す。

「あっ、やっ…うそ…」<ジュゥゥー>

一瞬の内に下げてしまえば……そう考えていた。
だけど、すでに濡れてしまっていた服が張り付き素早く下ろし切る事ができず
不慮の自体に抑えを失い、個室の中と言う空間で上手く制御することが出来ず、溢れる熱水は下着に当たり
恥ずかしい温もりを感じながら、くぐもった音を響かせる。
それでもどうにか膝まで衣服を下ろして、中腰で便器の上に立つ。

<ジャバババ――>

高い所から水面を叩く音が響く。
音消しをするためにレバーを押そうと思うが、中腰では手はおろか足でもバランスを崩す恐れがある。
それにレバーを押すためには、少しの間、骨にヒビの入ったほうの足だけで立つ必要もあって……。
結果、私は下を向いて顔を真っ赤にしながらその恥ずかしい音が早く止むのを祈るしかなかった。

「ぁぅ……」

パンパンになるまで下腹部を膨らませた恥ずかしい熱水は、直ぐに終わるわけも無く、長くその音を響かせる。
直ぐ隣の個室に入った紫萌ちゃんに絶対に聞こえてる。
今のこの恥ずかしい音だけじゃない。
個室に慌しく入って松葉杖を手放した音。
我慢が効かなくなり、溢れ出てしまった声。
その全部が、聞こえちゃってる……。

「はぁ……はぁ……っ」

そして、その恥ずかしい失態が終わる。
気が付くと震えるような息遣いが溢れていて……慌てて唾を飲み込み呼吸を抑える。

「あ、綾菜?」

困惑の混じった私を心配する声が個室の外から聞こえてきた。
私は個室の中でこれ以上無いくらい顔が熱くなるのを感じ、声を出すのが怖くて何も返せなかった。

「――えっと……着替え…いる?」

しばらくすると紫萌ちゃんはそう言った。
言葉を必死に選んでくれたように感じられた。

「ご、ごめん……お願い…できる?」

個室の中の私は目頭が急速に熱くなるのを感じていたが、紫萌ちゃんに心配をかけるわけにも行かず
声が震えないように必死で返した。

「うん……ちょっと、まってて!」

トイレから駆け出していく足音が聞こえ、私は目に溜まった涙を零しながらペーパーに手を伸ばした。

427追憶4「雛倉 綾菜」と手紙。10:2016/09/20(火) 00:56:52
――
 ――
  ――

……。

「うぅ……」

凄く嫌な思い出まで蘇ってきてしまった。
今思えば、前日に限界まで我慢していたのもあの日の失敗の原因のひとつだったのだと思う。
松葉杖もなんで大したことないのに2本使っていたのか……今考えれば後悔ばかり。

「はぁ……」

あの後着替えを病室からもって来て貰って事なきを得たが、
着替えて個室を出る時にはもう紫萌ちゃんの姿は無かった。

そして――その日以降会うことは叶わなかった。
ただ、翌日の朝にこの手紙だけ丸椅子の上に置かれていた。

当時の私は安心したような、でもそれ以上にもやもやした思いが残り気持ちが悪かった。
私の恥ずかしい失敗を見て愛想を尽かされたんだって思った。
それでも、私はまた会いたいと思って看護婦さんに紫萌ちゃんの病室を尋ねた。
だけど、不思議なことに彼女はどの病室にも居なかった。
退院したわけではなく、そんな少女が入院していた記録自体が存在していなかった。

差出人の名前は字廻 紫萌(あざまわり しも)。
その珍しい苗字も看護婦さんに聞いてみたがそれも病院内に該当する人は居なかった。
つまり、もとより彼女は入院などしていなかった、もしくはこの名前は偽名……。
紫萌ちゃんがなぜ私に会いに来てくれたのか、なぜ偽名を使ったのか……。
彼女はこの手紙だけを残して姿を消した。

手紙の内容は失敗したことを気にしないと言う事と、もう私と会えないと言う事。
会えない理由は確り書かれてはいなかったが、近いうちにそれを打ち明けるつもりであったらしかった。
私があんな失敗をしたことで、私が顔を会わせ辛いと思い予定を前倒しにして手紙で伝えたということらしい。
当時の私は、その言葉が信じられずただ幻滅されたのだと思っていたが、今読み返すとそれは私の被害妄想なのだと思える。
その手紙には何度も消しゴムで消した跡があって……何度も書き直し想いを込めて書いてくれていたから。

「……またいつか会えないかな……」

確りお礼を言えなかった。
そして……また彼女と会話を楽しみたい。

私は彼女を顔を思い出そうとする。
だけど――

「……なんで、思いだせないかな……」

いつもそう。
なぜだか紫萌ちゃんの顔を思い出せない。
そんなことじゃ例え出会えてもそれを認識できないのに。

「はぁ……」

私は大きく嘆息して手紙を持った手をベッドにパタンと落とした。

おわり

428「字廻 紫萌」:2016/09/20(火) 00:58:47
★字廻 紫萌(あざまわり しも)
過去に、綾菜が入院している時に出会った少女。
綾菜になにか隠している素振りを見せたまま、病院から姿を消した。

429名無しさんのおもらし:2016/09/20(火) 11:07:41
新作だー!
雛さんこの頃から変態だったのかww
能力が目覚めたのはいつ頃なのかな

430名無しさんのおもらし:2016/09/20(火) 11:26:39
このシリーズ以外に書くやつおらんのか
正直クッソつまらんのだが

431名無しさんのおもらし:2016/09/20(火) 12:38:26
お前の好みなんてしったこっちゃない

432名無しさんのおもらし:2016/09/20(火) 17:38:12
能力の設定が蛇足

433名無しさんのおもらし:2016/09/20(火) 20:53:36
新作待ってました

綾菜マジ可愛いぜ

434名無しさんのおもらし:2016/09/20(火) 22:11:00
これ以上荒れて欲しくはないのでここ止め

我は事例の方のは大好き

435名無しさんのおもらし:2016/09/20(火) 22:13:24
事例の方のは大好きというのには同感

436名無しさんのおもらし:2016/09/20(火) 22:14:41
久々に覗いry

pixivで「男子に人気」の中でおもらし小説探す方法ないかな

437名無しさんのおもらし:2016/09/20(火) 23:11:33
事例の方を批判するわけではないが、事例の方以外の方にもどんどん書いて欲しい

438名無しさんのおもらし:2016/09/20(火) 23:58:29
更新お疲れ様です。
過去の謎が明らかになっていくようで「追憶」も好きです。

雪姉が鍵無くした時も能力使ってたし、事故前から能力は発現してたみたいですよね。

439名無しさんのおもらし:2016/09/21(水) 14:48:10
我慢する綾菜はかわいい

440名無しさんのおもらし:2016/09/21(水) 18:59:34
まゆに親友ポジ奪われちゃったけど、最近出番増えて来てるね

441名無しさんのおもらし:2016/10/05(水) 16:03:59
事例の方のなんだか伏線が増えてきて楽しくなってきた。おしがま描写も大好きだけれど、ストーリーも楽しみ

442名無しさんのおもらし:2016/10/25(火) 20:45:10
新作欲しいよお

443名無しさんのおもらし:2016/11/12(土) 15:22:11
ストーリーもいいね

444名無しさんのおもらし:2016/11/23(水) 22:22:44
新作期待

445事例の人:2016/11/30(水) 23:24:23
感想とか沢山ありがとう
>>440
あれ、バレてそう?

446事例6裏「山寺 瞳」と友達。@瞳 1:2016/11/30(水) 23:30:14
「え、あ、型抜きが! それに――」

――と、トイレに行きたいんだけどっ!

後に続けたかった言葉は声として出されることはなく、心の中で叫ぶだけ。
言えなかったのは恥ずかしかったからと、なぜか妙な雰囲気だったから
そして何より……篠坂さんの失敗――おもらしの後で言い出すことが気不味かった。

――ま、まぁでも……あとは恥ずかしいのを我慢して鞠亜に言えば良いだけだし……。

私の手を引く鞠亜に視線を向ける。
そこにはいつもと違う、複雑な表情をした鞠亜の横顔があった。

――……鞠亜?

鞠亜と雛倉さんとの関係はよくわからないが、何か思うところがあるのだと思う。
変なあだ名を付けたり、必要以上に突っかかったり……。

今日の鞠亜は動揺していた……だけじゃないと思う。
どこか生き生きしていたようにも感じた。
それが何故なのか、詳しいことは私にはわからない。

夏休み前に日常会話の中で雛倉さんを話題に出したことがあった。
興味無さそうな態度をして話が続くことはなかった。
だけど、今思えば態とそういう態度で話を続かないようにしていたようにも感じる。

鞠亜は雛倉さんの事を避けてる……だけど、嫌いだから…と言う感じではない気がする。

「っ…はぁ、はぁ」

鞠亜は立ち止まり小さく声と肩で息を吐く。
どう声をかけようか迷っていると鞠亜は近くの屋台へ向かい直ぐに戻ってくる。

「はい」

そう言って私に冷えたジュースを差し出す。
私はそれを反射的に両手で受け取る。

「……ごめん、型抜きしてたのに無理やり連れ回して……」

鞠亜は横を向き自分の分のジュースを開けて難しい顔で一口飲む。

「いいよ、…そろそろ型抜きにも飽きてきてたし」

本当は最後のやつだけはやりたかったのだけど――事情がありそうだし…まぁ、仕方がない。

――それにしても……なんかトイレって言い出し難いな……。

鞠亜は私の言葉に何も反応せずにいる。
渡されたジュースを飲まないと変に思われる気もするし……。
私はあまり飲みたくはないが、プルタブに手を掛けて開け、一口飲んだ。
だけどしばらく沈黙が続く。
私から何か言うべきなのかわからず……手持ち無沙汰に何度も缶に口を付けてしまう。
飲み物が喉を通るたび、下腹部に直接それを注がれているように尿意が膨らむ。
そんなはずはないはずなのに……意識した上で冷たい水分を摂るという行為は――辛い。

447事例6裏「山寺 瞳」と友達。@瞳 2:2016/11/30(水) 23:31:02
「……と、友達の…話なんだけどさ」

半分ほどなくなった缶を手で転がしていると鞠亜は唐突に話し始める。
私は下腹部に溜め込まれたものから意識を外して鞠亜の話に耳を傾けようとする。

「えっと……その友達がとある子の大切なものを奪う――違うか…手放す後押し…でいいや」

――……え? なに? 一体何の……っていうかトイレっ…やばい……かな?

型抜きの時に意識し始めた時点で既に強かった尿意はさらに膨らみ、下腹部にその存在の重さを感じる。
鞠亜に気が付かれないよう軽く足をクロスさせ、出口を引き締める。
とてもじゃないが話に集中できそうにない。

「――だったの……友達は凄く後悔して、大切なものを取り戻させるかどうかで凄く悩んで――」

鞠亜はよくわからない話を続けている。
恐らくその友達と言うのは鞠亜本人のことのように感じるが、話の内容が全く頭に入ってこない。

――っ……トイレ…行きたい……おしっこしたい。

尿意が少しずつ膨らむのを感じる。
型抜きの席にいた時は座っていて下腹部が突っ張ることはなかった。
下半身も机で殆ど隠れていて、ちょっとした落ち着きのない仕草も我慢せずに出来た。
だけど、今は背筋を伸ばしていて下腹部を軽く圧迫しているし、仕草もあからさまには出来ない。
“したい”欲求を宥めることができない。

「――けど、結局……――あぁもう、何話してるんだろ……ごめん、今の話忘れて……ボク自身何言ってるのかよくわかんなくなってきたし……」

話は途中――――だったと思う、良く聞いてなかったから断言はできないけど――――で切り上げられた。

「う、うん……全然わからなかったし、よく聞いてなかったから大丈夫」

「えー……それはどうなのよ? 忘れてとは言ったけどなんか損した気分なんだけどっ」

少し膨れた顔で睨む鞠亜の顔はいつもの彼女のようで安心した。
安心……鞠亜の事と、私の事情。
トイレに行きたいと気軽に――と、まではいかないけど、幾分言い出しやすくなった。

私は、我慢の仕草から鞠亜に勘付かれる前に自ら白状してしまおうと思った。

448事例6裏「山寺 瞳」と友達。@瞳 3:2016/11/30(水) 23:31:55
「鞠――」
「ひとみ、やっぱもう少し祭り見て回ろっ!」

私が口を開くのとほぼ同時に鞠亜がそう言って、私の手首を掴む。

「結局、ひとみは型抜きしてて、ボクも一人で満喫してただけだったしね」

これで帰ったら一人で来ていたのとそんなに変わらない。
そう続けてから人混み――――っと言うほどは混んでいないけど――――の中を私の手を引き歩き出す。
だけど――

<ジヮ>

「っ!! あ、ちょ、鞠亜!」

それは一瞬の油断。
急に引かれた手に身体が前のめりとなり、バランスを取るために踏み出した一歩目に必要以上の力が加わる。
開けてしまった大切な部分に汗とは違う、明らかな湿った暖かさが生まれ、直ぐにそれが恥ずかしい失態なのだと自覚する。

「……なに?」

鞠亜は手首を掴んだまま少し不機嫌そうな声を出して振り向き足を止める。
私を見据える鞠亜の目を直視できず、視線を少し下げて口を開く。

「その…えっと……」

私は恥ずかしさから言葉を詰まらせる。
その間にも尿意が攻め立て、それほど長くは持たないことを私に告げている。
私はそれに抗うために足を小さく動かす。

――だ、だめ…仕草にでちゃうっ!

顔が熱くなるのを感じながら、再度口を開く。

「と、トイレ! …い、行きたい……」

伝えた。恐らく伝わった。最初のトイレだけ非常に大きく言っちゃった気がしたが……。
私の言葉に鞠亜はきょとんとした表情をしていたが、直ぐに視線を逸らして気不味そうな顔をした。

「ご、ごめん、気が付かなくて……」

「や…べ、別に……」

鞠亜は悪くない……――と言いたいところだけど正直わからない。
尿意に気が付くのが遅かった私が悪いのは当然だし、直ぐに言わないのも私。
言い出し難いとか、恥ずかしいとかそういうのはただの言い訳。
だけど、鞠亜の今日の態度が特別変だったのも事実であり、私に有無を言わせず引っ張って行ったのも鞠亜だから。

449事例6裏「山寺 瞳」と友達。@瞳 4:2016/11/30(水) 23:33:22
「えっと、確か入り口の方に仮設トイレがあったわね」

「うん」

私達は鞠亜の「もう帰る」と言う台詞で走ってきていたので、神社の入り口方面に向かっていたわけであり
幸い、その仮設トイレから近いところに私達はいた。

――とりあえず、言えた……もうちょっと我慢すれば…んっ!

不意に尿意の波を感じる。
服の裾を握り、ホットパンツの前を押さえたいの必死に抑えて――だけど、それじゃ宥めきれず
見っとも無く小さく足踏みをしてしまう。

「ひ、ひとみ?」

心配する鞠亜の声。
私は恥ずかしくて鞠亜を見ることが出来ず視線を下げる。
顔が熱い……恐らく耳まで赤くなってしまってる。

「……行こっ」

鞠亜はそれだけ言って前を歩く。
私はその場で足踏みをしているだけの足を前に出して後を追うように歩き出す。
歩幅はいつもより少し狭くして慎重に……。

――はぁ……っ…だ、大丈夫……もうすぐ見えてくる……。

限界が近づいているのは確かだけど、油断したりしなければまだ我慢できる。
学校で少し下着を濡らしてしまった時や見学会での失敗の時と比べれば、まだ大丈夫……そう思えた。

……思えた、けど……。

「えっと……」

鞠亜は仮設トイレを見て言葉を詰まらせる。
私は声すら出せてない。

トイレが見えたからといって直ぐに済ませられるわけじゃない。
学校でも見学会でもあった。
何度も経験してわかっていたはずなのに……。

450事例6裏「山寺 瞳」と友達。@瞳 5:2016/11/30(水) 23:34:22
「どうする?」

仮設トイレに出来た行列を目の前にしている私に鞠亜が問いかける。

――っ……なんで、いつも我慢してるときに限って…並んでるの?

怒りや情けなさ、理不尽だと思えるような仕打ちに目頭が熱くなる。
おしっこを我慢して、こんなことで目に涙が浮かぶ――それが凄く悔しい。

「だ、大丈夫…並ぶ……」

私自身に言い聞かせるように。
溜め込んだ下腹部に言い付けるように。

「涙でてるけど……」

――っ! わかってる! 言わないでよっバカ!

「き、気のせいだよっ」

私は悔しいのか恥ずかしいのわからないが、視線を鞠亜のほうに向けられず現実を直視する。

――えっと、5……10…12人くらい? というかフォーク並びだったっけ?

仮設トイレは全部で5つ設置されている。
祭りに来て直ぐの時は個別に並んでいた気がしたが今はフォーク並び。
フォーク並びなら直前で長く待たされるということも無い筈で……私としてはありがたいこと。

「はぁ……っ」

ちょっとした安心からか熱い息を吐いてしまう。
私は口を一度塞いでから小さく開き、荒い呼吸を隠すように下を向く。
そわそわと落ち着きが無い足が見える。

――っ……大丈夫…12人くらい……5分ちょっとで…回ってくるはずだし。

5分と言うのは自分でも少し高望みしすぎな早さだと思う。
それでも10分は掛からない。10分だって我慢できるはず。

451事例6裏「山寺 瞳」と友達。@瞳 6:2016/11/30(水) 23:35:25
1分、2分、3分……時間が経つ。

列もスムーズに進む……そう思っていた。

――〜〜っ な、なんで? さっきから一歩か二歩しか進んで…ない?

進みが悪いなんてものじゃない。
それに、引き換え尿意は刻々と膨らんでいた。
鞠亜に貰ったジュースが下腹部に姿を変えて注ぎ込まれてきてる……そんな感覚。
飲むべきじゃなかった……わかっていたのに。

手に持ったジュースの缶が軽い、もう全て飲んでしまったから。
それを見ているのも、持っているのも辛くて、それを持つことになった原因の鞠亜に押し付けるようにして渡す。

「っ…これ、捨ててきて……」

「え、あ、うん……わかった」

鞠亜はそれを受け取り私から離れる。
言ってからさっきのは感じ悪かった……そう後悔する。

「はぁ……んっ!」

膀胱が小さく収縮して尿意が膨れ上がる。
息を詰めて少し前屈みになり足はクロスさせて……どう見ても我慢してる姿で……。
それでも手は前を押さえず服の裾を強く握って治まるのを必死に待つ。

「ん…ぁ……ふぅ…っ……やぁ……」

だけど尿意の膨らみは次第に抑え切れなくなって……。
裾から放された手は太腿を摩ったり自分の身体を抱くように動かしたり落ち着きが無くなる。

<ジヮ>

「ぁっ! んっ――」

ほんの少し下着に広がる温もりを感じて、慌てて手を足の付け根に宛がう。
その熱水はそれ以上溢れることはなく、押さえたことでほんの少し尿意が落ち着く。
だけど、同時にどうしようもなく惨めな気持ちが込み上げる。

「ひとみ! その…大丈夫?」

缶を捨て、戻ってきた鞠亜が隣で声をかける。
私を心配する声? ……違うかもしれない、私の見っとも無い姿に困惑してるのかもしれない。
せめて手を離さなきゃ……だけど、そう思うだけで離すことが出来なかった。

452事例6裏「山寺 瞳」と友達。@瞳 7:2016/11/30(水) 23:36:36
「えっとさ、捨てに行ったとき仮設トイレの前の方見たんだけど……その、いくつか故障してる感じだった…かも」

――……こ、故障? また? なんで何時も……。

「浴衣の人も多いし……このペースだとまだ10分は……ねぇ、ひとみ間に合いそう?」

10分。
身体が震える。
鞠亜の質問に答えるのなら、多分間に合わない……違う…絶対間に合わない。
気を抜いたら今にも全て溢れさせてしまいそうなのに……。

――ん…順番……変わってもらう?

前を見る。
そわそわしている大学生くらいの人、母親と一緒に並ぶ落ち着きの無い小さな子供。
皆に迷惑かけて? 断られたらどんな顔をして、どうしたらいい?
我慢できないのに譲ってもらえなかったら……。

断られた時の自分の姿が浮かぶ。
どうすることも出来ず抑えきれない恥ずかしい失敗をした私を
皆、冷たい視線で眺めてる。

視界が涙でぼやける。
前を必死に押さえて、落ち着き無く足踏みして……そんな恥ずかしい子供みたいな我慢までして
必死で溢れさせないように抱えてるのに……それなのに間に合わない。我慢が出来ない。

「ま、まりあ……っん、だめ……間に合わないよぉ……」

私の惨めな気持ちが溢れる。
そんなこと言ってもダメなのに無駄なのに……迷惑なのに困らせるのに……。

「えぇ! ちょ、ちょっと待って、もうちょっと我慢できないの??」

「でき…ないよぉ……」

震える声で情けない言葉を伝える。

「え、えっと――……そ、そうよ! こ、コンビニ! すぐそこのコンビニっ!」

――……コンビニ?
そっか……そうだ、トイレは此処だけじゃない。

神社を出て直ぐに、確かにコンビニがあった。
此処から歩いて3分ほどの距離……。

――ま、間に合う? わからないけど……お願いっ…もう少しだけ……。

453事例6裏「山寺 瞳」と友達。@瞳 8:2016/11/30(水) 23:37:42
「んっ……我慢、する……コンビニまでっ…うぅ」

「う、うん、すぐそこだからね」

そう……すぐそこ。
すぐそこなのに……遠い、気が遠くなるくらい遥か先に感じる。

鞠亜は私の肩を抱きながら慎重な足取りで列を抜ける。
見学会の時の雛倉さんもそうしてくれた……。
私は今にも崩れ落ちそうなのだと、周りから見てそう見えるのだと思う。
事実私は少しの衝撃で崩れてしまう…溢れさせてしまう。

「――んっ! はぁ、あぁ…ふぅ……くぅ…ぁ……っ」

尿意が引いてくれない。ひと時も油断できない。
呼吸が乱れて、時折息を詰めて、声にならない恥ずかしい声を溢れさせて……。

「ぁぅ……やぁ、でちゃ――……おしっ…こ……ぁんっ!」

<じゅうっ……>

押さえ込んでいるのに今までの小さな失敗よりも広い範囲に暖かさが広がる。
足を止めて何度も押さえ直すようにして宥める。

「ひとみ……?」

私を覗き込むようにして鞠亜が私を呼ぶ。
心配してくれてる……我慢しなくちゃ…鞠亜の前でおもらしなんて――やだ、したくない。

押さえてる手に仄かな湿り気を感じる。
強く押さえ込まれたことで下着からホットパンツにまで染みてきてる。
染みにまではなってない……そう思いたい。

私は歯を食いしばって鞠亜に確り視線を向けながら小さく答える。

「(だ、大丈夫……いけ…る、から……我慢できるからっ)」

鞠亜は黙ってただ頷いてくれた。

454事例6裏「山寺 瞳」と友達。@瞳 9:2016/11/30(水) 23:39:03
ゆっくりとした足取りでなんとか神社を抜けた。
道路を挟んだ向こう側に明るい光が見える。
コンビニの明かりが眩しい……あと少しでそこまでいける。
おしっこが出来る。

――……あと少しっ……ん、あっ、あぁ――!

急に下腹部が震えて、同時に強い尿意の大波が私を襲う。
両手で前を押さえて、身体を強張らせる。

<じゅ、しゅぃーっ…じゅっ…>

「――っ! やぁっ…んっ! あぁ……」

必死で抑えてるはずなのに……断続的に下着に暖かさが広がる。
指先が濡れてるのを感じる。

――あぁ……やだ…止まってっ! これ以上は…んっだめ、だめなんだからぁ!

<じゅーっ…じゅっ>

だめなのに溢れて……。押さえている手にじっとりとした湿ったと言うには濡れすぎている感覚を感じる。
だけど、それ以上続けて溢れずどうにか持ち直す。

早く、道路の向こうに行きたい。
コンビニまで行きたい。したい。トイレに…っ!
そんな思いだけで思考が埋まっていく。

足を踏み出す。

「待ってひとみ! 車来てる、あれが過ぎてから――」

鞠亜の声が聞こえる。
遠くで聞こえる……。

踏み出せない足を小さく上下に動かして足を擦り合わせる。

――早くっ はやくぅ、はやくしてよぉ!

おもらしなんてしたくない。したくないのに。
見学会の時の失敗、辛くて情けなくて……沢山後悔した筈なのに。
もうこんなことにはならないって言い聞かせてきたはずだったのに……。

455事例6裏「山寺 瞳」と友達。@瞳 10:2016/11/30(水) 23:40:38
「ひとみ! いけるよ、もうすぐだからっ」

鞠亜の言葉で気が付くと車は通り過ぎていた。
そうもうすぐ……。

私は鞠亜に肩を抱かれながらコンビニに向かう。
濡れた下着が張り付いて気持ち悪い。
それに腿が濡れている気がする。
だけど、あと少し……あともうちょっと……。

コンビニの自動ドアを開けると冷たい風を感じた。
同時にまた下腹部が大きく震えた。

「ぃやぁっ、ごめんっ!」

肩を抱いていた鞠亜を振り払うようにしてトイレへ走る。
また押さえる手に温もりが広がる。だけど、まだ決壊はしてない。我慢してる…出来てる。
少し溢れてるだけ、すぐにトイレに入ってしまえばいい。

私は扉に手を掛けた。

<ガチャン>

「ぇ……」

扉は開くことはなく、代わりに中から声が聞こえた。

「あ、すいませんもう出ます」

水を流す音も聞こえる。
その言葉は多分本当ですぐに出てくる。

<じゅう…じゅうぅ……>

――ぁ、ぁ……ダメ、早くぅ……はや…っ

また断続的に溢れる。

「は、はやくぅ……やぁ……」

だけど、もう限界だった。
必死に閉じて合わせた足の間。
手で確りと押さえ込まれた出口から溢れて行く。
足の付け根が、手が……熱い。

<じゅうぅーー>

限界まで体内で溜め込まれた熱水がホットパンツを超えて太腿に脹脛に靴に流れる。

「ぁ……あぁ……とま――」

いくら押さえても、下腹を引き締めても手の中でくぐもった音が止まない。

456事例6裏「山寺 瞳」と友達。@瞳 11:2016/11/30(水) 23:41:49
<ガチャ>

目の前の扉が開く音がした。
同時に出てきた人の驚く声がした。

「え! あ……」

言葉をかけることなく避けるように横を抜けていく。

――もう遅い。遅いよぉ……。

だけど、私は必死に抑えながら個室に入る。
私はホットパンツを下ろすことも出来ずにそのまま便器を跨ぐ。
残っている分……おしっこが下着とホットパンツの中で渦巻いてから水面を打つ音を立てる。

「うぅ……あぅ…っ」

――やっちゃった……またしちゃった……。
あと少しだったのに、また…間に合わなかった……。

涙が溢れてくる。

「……ひとみ」

外で鞠亜の声が聞こえる。
トイレ前の状態を見れば私が今どういう状況なのかは想像が付いているはず。

「さっき…誰か入ってたんだ……」

……。

――違うの……わかってる。誰もいなくても結果は一緒だった……間に合ってなかった……。

コンビニに入ったときもうだめだった。
何かが切れちゃってた。
押さえて、引き締めて必死で我慢したけど……もう止められないと感じてた。

だけど、それを認めたくなくて。
我慢できるって信じたくて……。

――もっと早く言えば……良かったのに…鞠亜に迷惑かけなかったのに……。

457事例6裏「山寺 瞳」と友達。@瞳 12:2016/11/30(水) 23:43:34
「ごめん、ごめんね……折角の祭りなのに……っ…私の…せい、で……台無し…で……」

一緒に回ろうって言ってくれたのに。
迷惑かけて、面倒かけて、おもらししちゃうような私なんかと一緒で……。

「……謝んないでよ…ボクも悪かったし……」

鞠亜が罪悪感を感じる必要なんてない。

……。

「もう、いいよ鞠亜……先、帰って…いいよ」

これ以上迷惑を掛けられない。
こんな姿見られたくない。

「やだよ……今帰ったら気不味いし……今度どんな顔して話せばいいかわからないし…」

……。

「ここで、待ってるからね……」

……。

いけないのに……ダメなのに。
涙が溢れる。鞠亜はただ一言「待ってるからね」と言っただけなのに。
こんなにも嬉しくて……。

――鞠亜のバカ……私のほうがもっとずっとバカだけど……。

落ち込んで沈んでちゃダメ……。
震える息を吐きながら自身の状態を確認する。

下着もホットパンツも靴下も靴も……物凄い被害。
隠すなんて無理だけど、拭けるところは全部拭いて落ち着かないと。

待っててくれる友達がいるから……。
元気な顔は無理でも、涙を止めて心配させないように……。

「(……よし)」

小さく気合を入れて私は後始末を始めた。

458事例6裏「山寺 瞳」と友達。-EX-:2016/11/30(水) 23:44:59
**********

<ガタンッガタンッ…>

「すー……すー……」

電車の中、弥生ちゃんは泣き疲れて隣で眠ってしまった。
泣いている時に聞いた話では霜澤さんが色々悪さをしたとかなんとか。

……。

――霜澤鞠亜、朝見呉葉……それと会長さん。

あの人たちとあやりん。
何か因縁でもあるのだろうか……。

呉葉ちゃんはともかく、あの二人は要注意。
実際会って話す機会があるといいんだけど。

……。

………。

――はぁ…なにあやりんの保護者ぶってんだろ……私。

今日こんなに後ろめたい気持ちを感じたのに。
いや、だからこそ私はあやりんの事を考えて目を逸らしてる?

「はぁ……」

私は嘆息して弥生ちゃんに視線を向ける。
泣き腫らした目で静かに眠ってる……。

今は弥生ちゃんのことを考えよう。
起きた時また泣いてしまうかも知れない。

私は弥生ちゃんを起こさないように頭を撫でて、起きた時にかける言葉を考えることにした。

おわり

459名無しさんのおもらし:2016/12/01(木) 21:49:14
事例6の裏にこんな出来事があったのか

最後の真弓視点の時には綾菜はトイレに並んで必死に我慢してる時かな。その時の様子読んで見たいな

460名無しさんのおもらし:2016/12/03(土) 10:55:46
新作ありがとうございます
喫茶店での回想にあった『夏祭りでのこと』のシーンですね

「やだよ……今帰ったら気不味いし……今度どんな顔して話せばいいかわからないし…」とか
(「……今度会ったとき、謝ろう。私も一緒に付き添うから」からの)「嘘つき……」とか
鞠亜の過去を悔いているような台詞が印象的ですね

461名無しさんのおもらし:2016/12/05(月) 09:09:15
すごくいい

462名無しさんのおもらし:2016/12/06(火) 21:37:46
新作か。この人の作品はおもらししてハイ終わり、じゃなくしばらく余韻を持たせる描写があるのが好きだな。

ただ、なんか漢字が多くないか
「態と」や「気不味い」はひらがなでいいんじゃないか。完全に好みの問題だけど。

463名無しさんのおもらし:2016/12/07(水) 05:22:41
雰囲気だよ雰囲気

464名無しさんのおもらし:2016/12/11(日) 19:58:40
記憶が戻ったりしたら許さないって言ってるし、自分も距離を置いてたみたいだし、PTSDを防ぐために記憶を捨てさせることを提言したのかな
酷く気に病んでるように見えるのは、この判断が正しかったのかまだ迷ってるのか、近くにいられないジレンマなのか・・・

465あぼ〜ん:あぼ〜ん
あぼ〜ん

466あぼ〜ん:あぼ〜ん
あぼ〜ん

467名無しさんのおもらし:2017/02/15(水) 23:19:40
更新なくなったのでしょうか

あげておきます

468名無しさんのおもらし:2017/02/23(木) 23:22:50
新作希望

469名無しさんのおもらし:2017/03/25(土) 23:31:13
何年かぶりに書いたので投下してみる。

470名無しさんのおもらし:2017/03/25(土) 23:32:01
あそこが──不意にピクンと疼いた。

 あ……ハツジョウキ、来ちゃったみたい。

思わず小声で独りごちながら、私はゴクリと生唾を飲み込む。
身体の内側、腰の辺りが妙にムズムズして堪らないような奇妙な感覚、
無性に喉が渇き、そして今すぐたっぷりの液体で身体の奥底まで満たされたいという
生物としての根源的な欲求に、全身が一気に支配されていた。
巫女装束に包まれた女の肉体が、恥ずべき欲望に炙られ、悶えていた。

 こんなに急に……んっ……したくなっちゃうなんて……
 あぁっ……も、もう我慢できないっ!

穢れなき巫女を象徴する清楚な衣装。
罰当たりにも、その緋袴と湯文字の布地越しに
下半身の肉の丘を何度も撫で擦り、恥肉の谷間へ中指を突き立て慰める。
そしてついには、更なる本能的欲求の高まりに耐えきれず、
私は熱に浮かされたようにふらふらと神社の裏手へと足を向けた。
──他人の目につかない御不浄の中で、はしたない行為を済ませるために。

***

 うぅ、信じられない……あんなに一杯……
 いつもの倍くらい、しちゃった……。

とりあえずの欲求をなんとか解消した私は、少しでも気を紛らわそうと
手水場に立ち寄り、柄杓にたっぷりと水を汲む。
そして、いつもは1杯か2杯だけで済ませる“禊”を
まだ身体に残っている欲求を鎮めるために何杯も何杯も繰り返し、
清浄な冷たい水を全身に染み渡らせていく。

間もなく始まる奉納の神楽舞い。
一人前の巫女である身として、ハツジョウキだからといって休む訳にはいかない。
早くも再び高まりつつある肉体の欲求を宥めるため下腹部をひと撫ですると、
私は不安を振り払って舞殿へと向かった。

471名無しさんのおもらし:2017/03/25(土) 23:33:36
舞台の上、大勢の観客の視線に囲まれながら、
私は神具の鈴を手に、一見何事も無いかのように淑やかに舞う。
しかしその実、私の身体はハツジョウキの症状に激しく翻弄され
今にも陥落してしまいそうな瀬戸際にあった。

腰の付近にわだかまっているムズムズ感が酷い。
身体の内に在る水分が刻一刻と穢れに満ちた体液に姿を変え、
腰の辺りから下腹部へ至る肉の管をとめどなく流れ下って行くのが判る。
ハツジョウキで敏感になっているせいか、
恥部のすぐ内側に溜まったその熱い液体の存在がはっきりと感じられる。

緋袴の下では、動くたび湯文字に擦れる肉唇がビクビクと蠢き、
はしたない欲求がまさに溢れ出しそうな位、ぐつぐつと煮え滾っていた。
神様に捧げる舞いの途中だというのに……大勢の人達の目の前だというのに……
恥ずかしい液体が今にもあそこから迸ってしまいそう。

 ……あぁ……だめ……もう、だめっ!

理性による抑制がついに限界に達しようとしたその寸前、
曲の余韻が静かに消えていき、奉納の舞いが終わった。
脚が、腰が、全身がガクガクと震え、握りしめた鈴の不自然な鳴り音が止まらない。
朦朧とする意識の中、女性の部分から一瞬何かが噴出する感覚、
そしてそこから発された微かな湿った水音に、背筋がぞっと粟立った。
早く、一刻も早く、人目につかないあの場所で──

私は下半身を庇いつつ、おぼつかない足取りでよろよろと舞台を降り、
昨年初めてハツジョウキを経験したという先輩巫女に
いったん舞殿を離れる事を伝えた。

「あら……貴女もハツジョウキ来ちゃった?
 ふふっ、人前でしちゃわないように気を付けてね」

股間の一点が痺れたように熱く疼いている。
下半身の肉が、あそこをキュッキュッと締め付けるように蠢いている。
ちょっとでも気を抜いたら、ここでしてしまいそうだ。

 は、はぃ……分かりまし……ぁ、んっ、んんんっ!

唐突に全身がビクンッと大きく震え、私は狂ったように股間に手を伸ばす。
力いっぱい押し込んだ手指の下で、限界間近のあそこ──私の下半身に潜む肉の筒が
1回、2回、そして3回、恥ずかしい飛沫を勢いよく吐き出した。
既に湿っていた湯文字を更に濡らして、
熱い液体が脚の付け根から太腿へと伝い流れる。

解放を許されないまま溜め込まれ続けた欲求は、
下腹部の奥で今や破裂しそうな程にパンパンに膨れ上がっていた。
その欲求に駆り立てられるように、人目の無いあの場所へと私は急ぐ。
股間で苦し気に喘ぎ痙攣する肉の門が、もはや一刻の猶予も無いことを訴えている。

 ……したい……1秒でも早く、したい!

個室に飛び込みながら、帯を解く間ももどかしく緋袴を一気に引き下ろし
濡れそぼった湯文字を脱ぎ捨てると、私は両脚を大きく広げた。
巫女装束の下に隠されていた女性器が大胆に外気に晒され、そして──

472名無しさんのおもらし:2017/03/25(土) 23:34:51
 あぁーーーっ!

思わず発してしまったはしたない嬌声と共に、
溜まりに溜まっていた膨大な量の穢れ──お小水が太い滝となって股間から迸った。

普段の私からは信じられないくらい大量のお小水が、
膨らみきった膀胱から一気に溢れ出し、怒涛の勢いで尿道口から放たれ、
肉襞の隙間を擦り抜けて、白い陶製の器へと注ぎ込まれていく。
神に仕える巫女らしからぬ下品な排尿音が、床の陶器と私の股間
その双方から、外まで聞こえてしまいそうなほど盛大に響いている。

限界まで耐えた尿意を存分に解消するという最上級の快楽は、
私をあさましい一人の女へと引き戻し、忘我の極致へといざなった。

***

個室の中に漂い満ちるお小水の湯気と匂い、
そして下腹部の排尿欲求が次第に解消されていく満足感に包まれながら、
私は御不浄の壁に目を向ける。
そこには、いつも通り一枚の紙が貼られていた。


 発浄期──

 神職に就いた女性のみに現われる特殊な体調状態を示す期間。
 発情期と似て非なるものであり、不定期に発現しおおよそ2日間ほど継続する。

 現代医学では未解明の何らかの要因により腎臓の働きが大幅に活性化し、
 大量の水を飲み、大量の尿を排泄することによって体内の穢れを祓うための
 神事由来の生理現象と考えられ、その際の飲水行為を禊(みそぎ)と称する。

 発浄期の巫女は、膀胱の容量が普段の2倍から最大3倍程度まで増大するが、
 尿の生成量の増加率がそれ以上に大きい為、極めて頻尿となる傾向が見られる。


御不浄で用を足す度に何気なく眺めていたその内容が、
今日の実体験でようやく本当に理解できたような気がする。

 発情期と似て非なるもの……か。
 ……ふふっ、上手いこと言うわね。

ただひたすらに尿道口からお小水を放ち続け、膀胱が徐々に軽くなっていく。
得も言われぬその快感に身を委ねつつ──私はそんなことを思った。

473名無しさんのおもらし:2017/03/25(土) 23:35:30
果てなく続くように思われた排尿の末、膀胱がようやく空になった。

いつもの倍以上はありそうな大量のお小水を下腹部から解放しきった私は、
安堵の息と共に、名残の雫を滴らせているあそこを丁寧に紙で拭い、
改めて巫女の衣装を身に纏う。
湯文字の方は、我慢できずに何度かお小水を浴びせてしまったせいで
前側がぐっしょりと濡れていたので着るのを諦め、
股間辺りの濡れ染みを手早く拭った緋袴のみを下半身に直穿きした。

少しだけ──いや、少々多めに粗相してしまったお小水は、
幸いにも緋袴の表側まではそれほど染みていないようだ。
これ位ならきっと誰も気付かないだろう……気付かないで欲しい。
布一枚に覆われただけの女性の大事な部分が心許ないが
着替えを取りに戻る時間が無い以上、他に手段は無かった。

穢れを含んだお小水で汚してしまった名入りの湯文字を
御不浄に備え付けの洗浄用の籠に入れる。
──これで私の発浄期とお粗相は巫女達全員に筒抜けだ。

 お小水で濡れた湯文字を持ち歩く訳にもいかないし……
 それにどうせ発浄期だってすぐに気付かれちゃうだろうし、ね。

たっぷりのお小水に溜息ひとつ、
それと汚れた湯文字を残して私は御不浄を後にした。
排泄欲を満たすと同時に襲ってきた耐えがたい喉の渇きに、
まずいとは思いつつも手水場に足を運び、柄杓で10杯だけ禊をする。

──またしても腰の辺りがムズムズするような感覚に包まれた。
この感覚は、私の腎臓が全力でお小水を漉しとっている証。
作られたお小水が尿管を通ってとめどもなく流れ下り、
猛烈な勢いで膀胱へと注ぎ込まれていくのを感じる。

いつもより容量がかなり増えているとは言え、このままいけば
私の膀胱が再びお小水で満たされてしまうのも時間の問題だろう。
なのに、発浄期の下半身に少々のお粗相を許してくれる筈の湯文字は既に無く、
頼みの尿道括約筋も、つい先程の限界を超えた我慢での疲労がまだ残っている。
巫女にとって職業病とも言える発浄期の苦難は、まだまだこれからが本番だ。

間もなく始まる2回目の神楽舞いを奉納すべく、
私は尿意の先触れを感じながら舞殿へ向けて一歩を踏み出した。


膀胱の中のお小水が、たぷんと揺れた。

474名無しさんのおもらし:2017/03/26(日) 09:24:03
すばらしい

475名無しさんのおもらし:2017/03/26(日) 18:48:40
綺麗に終わってるけど続きが読みたいのは私だけじゃないはず!

476名無しさんのおもらし:2017/03/26(日) 18:56:07
素晴らしすぎる

477名無しさんのおもらし:2017/03/27(月) 20:35:52
月壬月辰やノーションの流れを汲むここの伝統の言葉遊びですね

「したい」や禊の水○杯などのダブルミーニングの使い方は
これほどの文章力やアイデアの人なら
もっと綺麗な形を期待できそうに思えました

478名無しさんのおもらし:2017/04/14(金) 00:36:27
久しぶりに見に来たら新作来てた…
気が抜けないな

479469:2017/04/22(土) 13:31:23
感想どうもです。
今作の続きはまだ特に考えてません……。
ただ、別の短編モノを書いてるので
そっちは後日投稿するかも。

480名無しさんのおもらし:2017/05/03(水) 01:53:48
生まれつきのミラクルパワーを悪用し、これまでさんざんいたずらを繰りかえしてきたリッカ。
今回ばかりは目に余ると、とうとう正義の味方に捕まってしまったのでした。

「ほら……立華ちゃん、あまり暴れるとむやみに怪我をするだけだよ?」

頬をなでる彼のしぐさはジェントルマンらしいものでしたが、人一倍誇り高いリッカはむしろ肌をぞわぞわと粟立たせます。
また、衆人環視の中、組伏せられるというありさまも、恥ずかしさをおおいに増幅させます。
艶やかな髪や、お気に入りの服を砂まみれにした姿を公衆にさらすなど、それこそ屈辱の極み……。

「私に恥をかかせて、あとで承知しませんわ!」

司くんは、女の子にはとことんやさしいけれど、正真正銘の男の子たるリッカ相手には結構容赦ありません。
リッカは後ろ手に縛られ、足首をくくられ、公園の真ん中に転がされたまま。
じきに魔術ポリスが到着すれば、大目玉を食らったのち、身の毛もよだつほどのお仕置きにさらされてしまうのです。

「司くん、この縄をほどきなさい! さもなくば、イーヴル・パワーを解放しますよ!?」

「知ってるよ、パワーを使うにはスペル・ブックが必要なんだろう?」

司くんが、目の前で大切なスペル・ブックをちらつかせるたび、リッカのすらっと高い鼻を古い紙の香りがくすぐります。
何とかスペルを頭に浮かべようとするけれど……、冷静さを欠いた心では、正確な文言を思い出せません。

(8u561su594jh18(靴下をそろえる呪文)
じゃなかった、ええと
76h3rrr935t56stz(バケツ召喚呪文)
…………も違う……
…………ああもう! ああもう!)

つうっと首筋に汗が流れ、思わず身をふるわせるリッカ……。実は、少し前から尿意がふくらみつつあり、そちらのほうも気がかりだったのです。
しかし、拘束された身では、靴の中で爪先をぎゅっと硬くし、お腹の奥に力を入れ気を紛らすとか、指先をもじもじ動かすとかするよりしかたがありません。
せめて司くんにトイレのことを告げられればいいのだけど、そこは女の子以上に乙女な心の持ち主であるリッカ。司くんに我慢を知られでもしたら、舌を噛みきって死ぬくらいの思いでありました。

「司くん、お願い……もう観念して捕まります! だから、ちょっとの間だけ、縄を……」

「おいおい、直球かよ」

「違うの! 本当にちょっとだけ……
ううっ……いたずらしたこと、謝りますからぁ」

いつになく反省気味。
とはいえ、平生のリッカのふるまいはそれはそれは凄まじいものですので、正義漢の彼がすんなり許してくれるはずもありません。

……と、司くんの声が、急に耳元へぐっと近づき、

「分かった。立華ちゃん、もよおしちゃったんだろ」

リッカはかあっと頬を染めました。不意打ちされた拍子に、思わずしずくが迸りそうになります……おしっこの我慢はもう限界みたいです。

481名無しさんのおもらし:2017/05/03(水) 06:46:32
リッカの訴えが功を奏したのでしょうか、告発者の表情が柔らかくなります。すこし和らいだ雰囲気に、リッカがほっとしたのも束の間、

「たしかに、お腹が張っちゃって、可哀想だな…………そぉれ!」

「えぇっ!!?」

彼はドSでした。
心臓マッサージならぬ膀胱マッサージの要領で、リッカの下腹部へ全体重が掛けられます。
お腹を思いっきり押し下げられた衝撃で溢れだしそうになる温かいものを、辛うじてお腹にキープするリッカ。
パニックする頭はフライング気味に、大勢の前で失態を繰り広げる己の姿を鮮明に描き上げ…………。それは、考えるほどに下着の中のものがふるふると縮んでしまうくらい、羞恥にまみれた想像でした。

「あれっ? まだ我慢してんの? 体に悪いなあ、……そぉれ!」

(何何何、なんなのこの人……っ)

次の打撃が到来するまさにその時、土壇場思考の為せるわざか、ある重要なスペルを思い出します──とたん、彼の拘束から体がパチンと離れました。

「あ、こら立華ちゃん、またパワーを使いやがって!」

「私の名誉を守るためです!!!」

vh8ik1730uf、縄ぬけの呪文。罪状がまた増えたけれど、気にしてはおられません。人の目も気にせず、スカートの上から大事なものを握りしめ、解放された勢いのまま公園のトイレへ向かおうとする……乙女にあるまじき、相当なみっともなさ。
その上、乱暴なマッサージのせいで生じた下着の湿り気。
これだけでも、リッカの繊細な心を粉々に砕くには余りあります。

よたよたと歩を進める足は、感覚を喪失しながらも確実にトイレへ近づこうとするけれど……もはや敗色濃厚といった感じ。膝ががくがくふるえます。
そんなリッカの周りには、押し並べてただただ気の毒そうな顔を浮かべる人々の群れ。
たくさんの混乱した思考でぐちゃぐちゃだった頭の中が、ぱっと暗くなると同時に、その場へうずくまりました。

もう絶対に力を悪用するまい、と誓いながら…………。







魔法要素は余計でした

482名無しさんのおもらし:2017/05/03(水) 23:50:24
…………蝉の命は短くとも、終わりの瞬間までその声をからし尽くす……それに似た事態でしょうか。
理性はきっぱり我慢を止めたのに、体はまだ奮闘を続けるつもりのようです。
もはや立ち上がっただけでも出ちゃいそうなリッカは、100%漏らすことが確実な人間の、瀬戸際の心理というものを味わわされておりました。

「さあギャラリーは散った散った、見世物じゃありませんよ」

頭上から、今一つの聞き慣れた声が降ってきます。魔術ポリスが到着したようです。

「この子は蟻の観察でもしてるのかい?」

「さあ? 俺が気づいたらこの通りでした」

しらを切る告発者。

「そう、まあいいけど…………もしもし立華さん、そのままで構わんので聞いてくださいね」

顔馴染みではありますが、今回はいろいろと事情が異なるようす。
うずくまったままちらっと顔を上げ確かめると、彼の表情は穏やかでしたが、それはつまり……かなり怒ってることの証左であります。

「はい……」

「立華さん、今回ばかりはさすがにチョンボですねえ」

「すみません……」

清楚さを装う立ち居振舞いも忘れ、問われるまま返事をするリッカ。その肩をガッシと掴まれます。
取って喰われそうに感じ、上半身を強ばらせます。

「とても遺憾ですが、君はこれから僕にしょっぴかれるわけです」

「当然のことです……」

蛇口がとうとう緩み、《ちょゎぁぁぁ……》 と、水の流れる音が体の奥から聞こえ、下着の中がほんのり温かくなってきます。けれど今それは、遠い誰かの失態、他人事と感じられるのでした。
スカートのお尻をずぶ濡れにし、すっかり魂が抜けたようすのリッカでしたが、二人のサディストの声が大きく響くときだけは、悔悟とも恥じらいとも言いがたい気持ちがその都度、灯ったり消えたり。

「勘違いせんでほしいのは、君の罪はミラクルパワーの使用にあるというよりかむしろ、原付を改造して市民の憩いの公園にて走らせ、あまつさえ公共物を破損したという点にあり……」

「あのっ」

リッカが声をあげます。話の腰を折られた彼は不満顔。

「…………漏れました」

「見りゃわかりますけど。で?」

おしっこのにおいがむんむん漂う場で、訓戒は小一時間つづけられましたとさ。



fin.

483名無しさんのおもらし:2017/06/25(日) 07:50:00
前々から気にはなってたんだが、今は第何夜なんだ?

484名無しさんのおもらし:2017/07/17(月) 00:27:09
なんかよく分かんないネタになった感あるけれど投稿してみます

485名無しさんのおもらし:2017/07/17(月) 00:27:32
 はぁっ……と、ため息一つ。
体中で静かに渦巻く煙たい感覚を吹き飛ばしてみるけれど、重たいお腹は相変わらずで、またモヤモヤと広がっていくばかり。

「……」

 一つ前を見る。
経っているのは、私より少し背の高くてショートヘアのクラスメイト。
背中にはいつものツンとした雰囲気を身に纏い、僅かに覗くお澄まし顔は ”なんにもありません” とでも言いたげだけれども、その下でソワソワと踏み変えられる足がその情けない実態を雄弁に物語っていた。

そのまま視線を前方に移していく。
二人、三人、四人…………十二人。
それがこの場所――女子トイレに並んだ制服姿の数。

 ここは学校の女子トイレ、一年生の私たちにあてがわれているのはここと、廊下の反対側にあるもう一箇所。
上級生が使う場所に行くのは気が引けるし、そもそも行った所で混雑は多分変わらない。
仕方がないので、私たちはここで待っている。

 その視線を、横に向ける。
一つ、二つ、三つ……三つ。
たった三つの個室がこの場所――女子トイレに用意された個室の数。

 女子というのは不便なもので、用を足すのには個室が必要で、脱いだり、拭いたり、どうしても時間がかかってしまう。
皆が皆スカートを履いている分まだ回りは早い方ではあるだろうけれど、それでも何クラスも集う学校の女子トイレに、たった三つの個室じゃどう考えてもキャパシティを越えている。
お昼休みでも無いと順番が回ってこないのはザラにある事だから、トイレに行きたいと感じてなくてもとりあえず並んだりするんだけれど、それが混雑を悪化させていて、でも行きたいと思ってからじゃもう遅い訳で……本当に不便だと、日々不満を抱いている。

「……っ、ぁっ……」

 じぃん、と波がきて、いっぺんに押し出された吐息が形を持って溢れてしまった。
慌てて口を塞ぐけれど意味は無くて、出てしまったものは取り返しもつかない。
……恥ずかしい。 伏せた顔が紅潮するのを感じる。

ざぁ、と水が流れて一人出てきて、慌ただしく入れ替わって、それから水の流れる音と、そこに隠しきれない別の水音。
そんな音、聞かせないでよ……そう言いたいけれど、後ろがつかえているのを気にしてできるだけ早く済ませようとしてくれているんだろうし、文句は言えない。辛いけれど。
腕時計に目をやると、休み時間はあと五分。
さっきの休み時間もトイレに入りそびれちゃったから、今回も逃すとさすがにキツいんだけれど、でも、ダメそう。
これはもう、授業中に行かせてもらうしかないだろうかな。

そう思いながら顔を上げて、顔にかかった前髪をはらった……黒く遮蔽された視界の隅っこが明るくなって、そしたら見えてしまったんだ。
ずっと目を逸して、無かった事にしていたその場所。

「っ……!」

 女子トイレの片側、個室が仕切られた―― ”トイレ” の反対側にある ”それ” が。
ぽっかり口を開けて、ズラッと立ち並んだ、小便器が。

486名無しさんのおもらし:2017/07/17(月) 00:28:10
「ぅぅ……」
「ねぇっ、もうすぐ休み終わっちゃうから、早くしてよっ!」

 女子トイレの中、個室に向けて並んだ列から声がする。
誰も ”アレ”――小便器を使おうとはしない。
男子トイレにあるのと形は少し違っていて、腰の高さできゅっとすぼまる器の淵はそのまま突き出し、細長い溝が突き出している。
男性器の無い私たちがおしっこをした時どうしてもお尻の方におしっこが垂れてしまうから用意されたものだと分かるのだけれど、不格好に伸びたそれは舌を出してケタケタ笑っているみたいで、私は苛立ちを覚えながら目を逸した。

ここ数年で急速に普及が進んだ、女性用の小便器。
公園の、駅の、コンサートホールの……今じゃ、大抵の女子トイレは壁の片側から個室が取り払われている。
慢性的な女子トイレ不足を解決できて、トイレのために新たにスペースを確保する必要も無い――なんて、いいトコだけ書けば確かに良さそうに聞こえるけれど。
誰が推したのやら……あんなもの。

私の前にも後ろにも続く長い列と対照的に、五個ある小便器はどれも使われておらず、真新しくピカピカと光っている。
だから、あの溝を跨いで、下着を降ろして、体から力を抜く、それは一切待つ必要なくて、今スグにでもおしっこを出す事ができる。

でも。

「はぁっ……トイレっ……早く……!」

 順番を次に控えた子が、切なげにそう呟く。
その声、その言葉に体の奥底からゴポゴポと泡立つように、また大波が来る。
私は膝をピッタリくっつけて、スカートの裾をぎゅっと握った。

「っ……ん、くぅ……!」

 壁が無いから視線は遮らない、擬音装置も無ければセンサーで人影を感知するものだから用を足し終えるまで水は流せない。
紙が用意されていたり、さっき言った溝だったりと配慮は一応あるけれど、用が足せればそれでいいじゃないかと言わんばかり。
まだ幼い小学生の妹は、 ”こっちの方が早くできるし便利じゃん” なんて言ってすっかり順応しているけれど、私はそれを “トイレ” とは思えなかった。
これがパソコンやスマホに文句を付ける人たちの気持ちがなのかと、綿のように柔らかく受け入れる妹がちょっと怖かった。

「駄目そーだね……」
「うん……戻ろっか」

 後ろから沈んだ声色と共に、足音が段々と遠ざかっていく。
壁には向かわず、出口に向かって一直線。
あの子たちも私と同じ気持ちなんだろう。

「はぁっ……トイレ、もっと増やしてよっ……!」

 後ろから詰めてきた子が低い声でそう漏らす。
多くの女性達があの品のないL字形を受け入れる事ができていない……それがこの国の今。
そりゃあそうだよ。これまでの常識――仕切られた個室の中、ひっそり慎ましく用を足す――とはまるで違う “立ちション” をいきなりやれと言われてもそれは無茶だ。
これは結構問題になっていて、学校でも小便器を利用するようにだとか、小便器の使い方を保健の授業で教えたりするくらい。
 私もこの学校に入学したての頃は、全然ありつけない個室のトイレを諦めて ”アレ” で何度か用を足した頃があるけれど、物凄い目で見られるし、死ぬほど恥ずかしいし……季節が夏に移り変わった今、 “アレ” で立ち小便を披露しようだなんて子は早々いない。

“あんなの、トイレじゃない”
それが乙女の共通認識だった。

487名無しさんのおもらし:2017/07/17(月) 00:28:56
「授業始まっちゃうよっ……」

 前の方、先頭から三番目くらいだろうか、せわしなく体を揺らしているクラスメイトが焦った声で溢す。
……あと二分か。
私まで順番が回ってくるのはあり得ない。
授業中にトイレに行くのだって決して気楽な事では無いけれど、皆の前でおしっこをぶちまける恥辱に比べればどうという事はない。
合理的なのかそうでないのかなんとも言えない判断でトイレの列を離れる。別に汚れてもいないけれど、洗面台で手を洗った。手汗が滲んだ不快感を拭って、重苦しい膀胱の不快感はそのままトイレを出ようとして――

 バァンッ!

「――どっ、どいてッッ!」

 ――必死の形相で入ってきた子にぶつかりそうになって、思わずその場に固まってしまった。

「えっ……委員長?」

 一年生の学級委員のまとめ役であるその子の名前を呼ぶけれど、委員長は見向きもせず、私を避けて一目散。
っていうか、スカート越しに前を思いっきり握って、あの表情……まさか。
振り向きながら、彼女が通った道筋に点々と続く雫の跡を見てそれは確信に変わる。

「ねっ……あの、お願いっ! トイレ、先に入れてぇぇっ!!」

 背中を”く”の字に曲げて、両手を挟んだ足がタイルを踏みしだくその様子を私が目にしたのと彼女が涙混じりにそう叫んだのは殆ど同時だった。
うわっ……ほんとに限界なんだ。

 そういえば、さっきの授業終わりに先生に頼まれごとをされてたっけ。
生真面目な子だから、トイレに行きたいのも我慢してたんだろう。

規則や決まりにうるさい委員長でもちゃんと順番を待てないくらいトイレがしたくて……それでも、もうどうしようもないのに、彼女は個室に入れて欲しいと叫ぶ。
みっともなく腰を振って、顔も汗と涙でぐちゃぐちゃで、トイレが我慢できないって恥ずかしいことを大声で叫んで……それでも、小便器は使いたくない、その気持ちは痛いほど分かった。

「んぅぅ! ぁっ……ぁっ! やっ、だめっ! っ〜〜〜!」

 大きな波が来たみたいで、委員長は背中が折れちゃうんじゃないかってくらい丸くなって小さく震えて……それから、行列の先に並ぶ子たちの返事も聞かずに個室に駆け寄ると、扉をノックし始めた。

「おねっ、おね、がぃぃぃ!」

右手で扉を叩いて。

「早く、トイレッ……トイレ、おしっこっ……がまん、できないのっっ!」

 両足が激しく上下に左右に揺れ動いて。

「といれっ、といっ、っぁ……ぁぁぁっ、だめ、だ、メェッ!」

 でも、委員長が行きたくて行きたくて堪らないトイレを、彼女の本能は……出したくて出したくて堪らないおしっこは待ってくれなかった。

488名無しさんのおもらし:2017/07/17(月) 00:29:20
「っぁぁぁぁっ……み、ない、でぇぇっ!!」

 スカートの内から黄色く雫が落ちて、委員長の必死の懇願は僅か数秒で終わり、別の願いへと変わったのだ。
個室が空くまでもたない、その絶望的な判断を受け入れたのだろう。
顔をくしゃくしゃにしながら委員長が後ろに体をねじると、当然その先にあるのは誰も使っていない、私たちがおしっこを出すことを許されている場所。

「っ……! っ!」

 怖気づいたみたいに一瞬だけ躊躇った委員長の背筋がブルリと震えて、ぱちゃぱちゃと水滴が間断なくタイルに打ち付けられる。
その水流に流されるかのように彼女は白い器に駆け寄った。

「んぅぃぃっ……はぁぁっ、はぁぅぅぅ!!」

 漏らすのと、 “アレ” を使うのと……どっちがマシかなんて選べないけれど、委員長はそっちを選んだ。
涙を流す彼女によって私がさっき思い描いた手順が再現されていく。

黄色い筋の浮かんだ足で溝を跨いで、
ぐっしょり湿った下着を降ろして、それから――

ぶじゅぉっぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーっっ!!!

――体の力を抜く必要はなかったみたいだ。

「んぅぅぁぁぁっ……は、ぁぁぁぁッッッ……!!」

切なく深い溜め息が吐き出されるその真下で、まるで滝のように噴き出した委員長のおしっこ。
その流れのままに焦点を下に移していくとそれはぽっかり開いた穴に叩きつけられていた。

ぶじじゃじゃじゃじゃじぃぃぃぃぃ!!

水の張られていない陶器にぶつかり、音を立てて飛び跳ねる飛沫は便器の中には収まりきらずタイルに点々と濡れ跡を作っているし、ガクガク震える委員長のおしっこは狙いを定めきれずに水流そのものが便器から的を外す事もある。
外にまで聞こえそうな程の盛大なおしっこの音に、委員長の艶めかしい声……何もかもが、慎ましい女の子の “トイレ” から、完全にかけ離れていた。

 でも……すごく、気持ちよさそう。
それでも、私はあんなの絶対にゴメンだ。
これならやっぱり授業中にトイレに行くほうがずっとマシ……委員長も授業始まるまで我慢できればよかったのにね。

「ぁぁぁっ……まに、ぁっ……たぁあ……っ……」

 誰かに言い聞かせるみたいに、委員長が呟いた。
全部個室のままなら、こんな思いしなくて良かったのに。
急に男の子みたいにしろって、そんなの出来る訳ない……体も、音も、臭いも、なにもかも筒抜けでおしっこをするなんて、やっぱりあり得ない。
生々しい光景に、お腹が苦しくなって、私は体にキュッと力を入れた。

委員長がおしっこを始めてすぐにチャイムが聞こえて、私は踵を返してトイレを出た。
背中を向けた委員長の長い黒髪の隙間から、真っ赤になった耳が覗いていた。

489名無しさんのおもらし:2017/07/17(月) 00:30:09
おわりです

490名無しさんのおもらし:2017/07/17(月) 15:29:07
素晴らしいです!

491名無しさんのおもらし:2017/07/18(火) 23:41:51
>>485-488
いいな…。
出来れば主人公の前に並んでた子の結末もリクエストしたいところだ。

492名無しさんのおもらし:2017/07/20(木) 01:16:06
素晴らしい。興奮した

493名無しさんのおもらし:2017/07/24(月) 09:13:18
「え…嘘……。出られない」
少女は乱暴にドアノブを動かす。しかし、ガチャガチャと上下するだけだ。開かない。閉ざした鍵が壊れたのだ。そう、自室に閉じ込められたのだ。両親は法事で外出中。夜まで戻らない。家には少女のみだ。誰かに開けてもらうことは不可能だ。

「んんっ…うっ…」
恥ずかしい生理的欲求が、存在を主張する。これが、少女が部屋を出ようとした理由だ。もう一度ドアノブに手をかける。もちろん、開くわけがない。限界まで溜めてしまう怠慢な性格を恨む。

494名無しさんのおもらし:2017/07/24(月) 09:18:04
「あっ…く…」
思わず、大事なところを押さえる。はしたないところは承知だ。しかし、背に腹は変えられない。
「んっ…んっ…」
わずかな余裕がうまれた。しかし、容量が減ったわけでない。こんな行為が許されるのは、誰も見ていない特権だ。不幸中の幸いだろう。

495名無しさんのおもらし:2017/07/24(月) 09:18:22
「ん…やっぱり…だめ…」
恥ずかしい。前を押さえるなんて、許されない。そっと、手を離す。
「きゃっ…!あぁっっ!!」
出た。手を離したせいだ。
「ふ…んんっ…。ふ……」
慌てて疲弊した括約筋に力をこめる。
「…濡れて…な…い…?あ…」
どうやら、錯覚だったようだ。不本意ながら、いかに手を離すことが、危険であるかを学習する。両親に助けてもらうまでの我慢と言い聞かせ、自分を納得させる。押さえつける。躊躇いながらも、手を股間に移動させる。独特の感触。

496名無しさんのおもらし:2017/07/24(月) 09:18:57

あれから2時間が経過した。股間を押さえ、体を揺すり、恨めしそうに壁掛け時計を睨むことだけで、2時間が過ぎたのだ。時折、迫る波をやり過ごし、放出の錯覚を味わう。もう、膀胱を取ってしまいたい。あそこからおしっこが出るのではなくて、バケツのように膀胱を逆さまにして──。

「んっ!ん…出ちゃ…う。やだ…したいよ……。ああっ…あ…あ…ん…!」
時間の経過により、吐息混じりの喘ぎは、叫びの喘ぎに進化する。押さえている手の力を、さらに強める。痛い。力を込めすぎて、ジンジンと痛むのだ。

497名無しさんのおもらし:2017/07/24(月) 09:19:39
おもらし。服が濡れ、脚をつたい、床に溢れる。温かい液体は、やがて温度を変えて、冷たくなる。汚い水分を含んだ衣服は、肌に貼り付く。そんなのは、嫌だ。でも、出したい。出る。漏れる。ここは2階。ベランダはない。思考が、いかに我慢するかかから、いかに出すかにシフトしていた。

「おし…っこ…!おしっこ!はぁ…っっ…した…い。無理…無理…」
おしっこがしたい。出せるなら、どこでもいい。何もいらない。お股から、恥ずかしいあそこから、液体を放出したい。ムズムズから解放されたい。膀胱の中の水分を、1滴残らずなくしたい。おしっこなんて、いらない。
「んん!ああああああああ!おしっこ!おしっこ!!出ちゃぁぁうぅぅぅ!」
激しく地団駄を踏む。しかし、それで物事は解決しない。それどころか、時間が経過するごとに、おしっこは増えていくのだ。

499名無しさんのおもらし:2017/07/24(月) 09:21:03
「あっあっあっ…!ああ……!」
言葉にならない。それほどに切羽詰まっているのだ。これさえあれば、この苦痛から開放される。おしっこが出せる。膀胱をカラにできる。あとは、開封して、当てがうだけだ。前押さえしていた手を、携帯トイレに移す。音を立てて、袋が開く。

そのときだった。
「ん!?ぅ…あ……はっ…」
下着が湿る。今まで1滴たりとも濡れることを許さなかった下着が、おしっこを吸ってしまったのだ。
手を戻し、股間と手に力を込める。止まる。
「はぁ…はぁ…。止まっ…よかった…」
一度溢れたことにより、それが呼び水となってしまったのだ。おまけに、膀胱は限界まで伸び切り、括約筋は疲弊して使い物にはならない。彼女の持ち合わせたものの中で唯一、使いものになるのは、精神力だけだった。
「んんんん!ん…っ!くっ!やだ…ダメ……」
諦めてしまいそうになる。目の前の携帯トイレ。あれに、出す。出さなくてはいけない。おしっこが、止まった。

500名無しさんのおもらし:2017/07/24(月) 09:22:06
「はぁ…はぁ…ん…はぁ…はぁ…」
許されるのは一瞬だけ。考えなくてもわかる。ならば、その間にやり遂げる。再び、携帯トイレに手を伸ばす。その瞬間に、股間が両手の援軍を欲求する。甘い誘惑を堪え、ついに袋から出す。これだけの単純作業に、汗を垂らし、小刻みに震えながらでなければできない自分が情けない。

秒速でスカートをまくり、溢れた限界で濡れたパンツを下ろす。あとは、携帯トイレを当てがうだけだ。
「待って、ダメぇ!」
大きな波が少女を襲う。またまた手を股間に。これで、何度目だろうか。しかし、素手で直接触ったのは、これが初めてだ。自分を慰めるときでさえ、パンツというフィルターが存在するというのに。

501名無しさんのおもらし:2017/07/24(月) 09:22:39
「…やだ」
股間が濡れる。手も濡れる。受け止めてくれる布は、下ろしてしまった。
「んんんんんん!」
最後の力を振り絞る。
「くっ…くっ…ん!」
なんとか止まってくれた。
「はぁ…はぁ…」
恐る恐る手を離す。手が汚れたが、汚いと考える余裕はない。
「んっ…」
股間に携帯トイレが触れる。声が漏れる。トイレットペーパーでも、パンツでもない、慣れない独特の感触。

502名無しさんのおもらし:2017/07/24(月) 09:23:44
「ぁぁあ……」
ポタリ、ポタリと股間からおしっこが溢れる。まるで、未開の土地で、周囲を警戒するかのように。待ち望んでいた解放。出すことが許されたと確信した瞬間、おしっこは勢いを増し、激しくなる。
「はぁぁぁぁ……」
長時間の我慢が、快楽に生まれ変わる。
「気持ちいい…おしっこ……。ぁぁぁ…」
陶酔状態ゆえだろうか、無意識下で声になる。もう、枷はない。自由だ。おしっこをすることが許されるのだ。
「んんっ…!」
快楽を貪るかのように、力を込め、おしっこは勢いを増す。

503名無しさんのおもらし:2017/07/24(月) 09:24:13
少女はおしっこの音に違和感を感じた。携帯トイレの独特のくぐもった音ではない。パタパタと跳ねるような音がしたのだ。
「ああっ!」
数年前の携帯トイレ。劣化しないわけがない。どうせ使わないだろうと、安物を選択したことが、仇となったのだ。穴から溢れた液体が手を汚す。思わず、携帯トイレを離す。

「やだ…止まって。止まってよ……」
力を入れるが、おしっこは止まらない。それどころか、勢いが増す。一度快楽を覚えたら、やめることは難しい。出てしまったおしっこを止めることの難易度は、彼女がよく知っている。快楽が不安に、そして絶望へと変わる。熱水を止めるには、括約筋を酷使し過ぎたのだ。

少女に出来るは、排出の快楽に身を委ね、これらの出来事、そして、床の水たまりいかに無にできるかだけだった。

504名無しさんのおもらし:2017/07/24(月) 09:26:45
初投稿。
そして、連投失礼。
こういうの、今まで一度も書いたことなかったから、支離滅裂で読みづらいかも。
おもらしはしているけれど、限界放尿もがあるからスレチだったらごめん。

505名無しさんのおもらし:2017/07/24(月) 09:35:52
GJ

506名無しさんのおもらし:2017/07/24(月) 10:00:39
>>505
こういうのは、これが最初で最後だから、はじめて感想がもらえてすごく嬉しい。本当に読んでくれてありがとう。

507名無しさんのおもらし:2017/07/24(月) 10:10:07
ごめん、『床の水たまりをいかに無にできるかだけだった』が『床の水たまりいかに無にできるかだけだった』になってた。携帯トイレを開封した描写も2回ある。あとで直そうとしたのに、忘れて投稿してたよ。本当にごめん。

508名無しさんのおもらし:2017/07/24(月) 10:19:39
>>507
お詫びに、裏設定を言っておくよ。蛇足かもしれないから、苦手ならスルーしてね。
主人公のお母さんも、法事中におしっこを我慢していて、何回も何回もピュピュッとおチビリしている。主人公はギュウギュウしたけれど、一度も前は押さえてないよ。お母さんだもん。そのかわり、おチビリの量はmlにすると、お母さんの方が多いよ。お母さんだもん。衣服に染みたけれど、服の色でバレてない。括約筋も主人公よりも強い。お母さんだもん。でも、膀胱の許容量は、主人公の方が大きいから、出した量は主人公の方が多い。お母さんがおもらしちゃったかは、想像に任せるよ。

509名無しさんのおもらし:2017/07/24(月) 10:38:27
>>508
また誤字ってる。じゃあ、もう一つ裏設定。部屋にゴミ箱がなかった理由を話すね。主人公は、少し怠惰な面があって、家にいるとおしっこを限界まで我慢する癖がある。ある日、ジュースをがぶ飲みしてゲームに熱中しすぎたせいで、トイレまで歩けなくなってゴミ箱でパンツのまましちゃったことがある。ちなみに、ほぼおもらしだけど、限界放尿と言い張っている。こんなことがあったから、流石にこれはマズいと思って、ゴミ箱を置くのはやめた。我慢癖は前よりはよくなったけれど、やっぱり、面倒だったり、手が離せないと限界まで我慢しちゃう。もう本当に我慢できない。あと少しで漏れちゃうってくらいの限界で出すと、少し気持ちがいいからね。

510名無しさんのおもらし:2017/08/08(火) 01:35:27
「んあぁ…っ」
とある街の中、思わず誰もが振り返るような美少女が人知れず悩ましげな声を上げていた。
彼女の名前はエマ。今年で16歳になるアメリカ人の女の子だ。
色素の薄い茶色のサラサラヘアーとグレーの瞳が彼女のチャームポイントでもある。
母方の祖母が日本人ということもあって元々日本の文化に興味を持っていた彼女は
この夏休みを利用して日本に遊びに来たのだ。
…が。彼女の顔は、引きつっていて、悩ましげな表情をしていた。
そう、エマはおしっこがしたくてたまらないのだ。
祖母が急な用事で外出してしまい、1人家に残されたエマは家の近所だから大丈夫だろうと思って1人で外出したものの、案の定迷子になってしまっていた。
蒸し暑い日本の夏に耐えきれず、自動販売機で玉露のお茶を買ったのだが、それが想像以上に美味しくたくさん飲んでしまったのだ。
元々水と違ってカフェインが豊富に含まれるお茶は水よりも断然利尿作用が強い。
また、なんとなく外出したため朝一番のおしっこをまだ済ませていなかったこと、慣れない日本の地で迷子になって精神的に不安定になっていることも尿意を強く感じる原因の一つになっていた。
エマはTシャツにショートパンツというカジュアルな格好をしていたが、今やそのショートパンツがおしっこで膨らんだお腹に食い込んで痛いくらいだ。
まさか「トイレどこですか」とこの年になって聞くわけにもいかず、エマはお尻をくねらせておしっこを我慢しているのだった。

511名無しさんのおもらし:2017/08/08(火) 01:36:13

(絶対おかしいよぉ…っ、こんなにおしっこしたくなるなんて、今までこんなことなかったのに…っ)
もじもじ、もじもじ。
ぱっと見では分からないが、エマのことをじっくり観察している人がいれば、エマがおしっこを我慢していることはすぐに分かってしまうだろう。
さりげなく股間に手を添えてショートパンツに包まれたお尻を揺らす仕草は、エマの清楚で品のあるフランス人形のような顔立ちと全く異なる妖艶さがあった。
が、遠目では決してわからないが、実は何度もオチビリも繰り返している。
少し歩くたびにしょわあっ、という音がエマの股間からしてしまい、エマはその度に快感に腰を震わせそうになってしまう。
日本の蒸し暑い気候もあり、なんだか股間からおしっこのツンとする匂いが立ち込めているような気がしてしまう。
(こ、こんなの汗だもんっ、おしっこじゃないんだからっ)
エマはそう自分に言い聞かせているが、クロッチの部分はとっくにびしょ濡れ、ショートパンツの裏地にシミができてしまっている。
お尻までジワジワと侵食するおしっこの感触に、エマはまたさらに尿道を緩めてしまうのであった。

512名無しさんのおもらし:2017/08/08(火) 01:36:40
先程から視界に入る薄暗い公衆便所。
エマはもうさっきから何度も同じ場所をうろうろしていた。
理由は、そのトイレがそこにあるからだ。
最初はもっと綺麗でみんなが使ってるようなトイレを探していたのだが、だんだんそうも言ってられなくなっている。
(ダメ、16にもなってこんなところ入るのダサいよぉっ、だけど…っ)
もう限界、と叫んでいるのははち切れそうなお腹だけではない。これまで何度もオチビリに耐えてきたパンティすらこれ以上エマのおしっこを吸ってくれるかどうかわからないのだ。
16歳と言えば人目を気にするお年頃。こんな汚いトイレに入るなんてよっぽどおしっこ我慢できないのね、と周りに思われるのは、エマにとって屈辱以外の何物でもなかった。
でももうどこにトイレがあるのかわからない。おしっこ我慢できない。もうこれ以上ウロウロしてたら、ショートパンツにまで染みてきちゃうかも…
もうお漏らしするよりまし!とばかりに、エマは人通りがないことを確認してその公衆便所へと飛び込んだ。

513名無しさんのおもらし:2017/08/08(火) 01:37:09

「な、な、なにこれえっ」
エマは個室で絶叫していた。
和式トイレ。存在としては知っているが、デパートのトイレなどに「和式だけ」という場面はほとんど存在しなかったため、一生縁がないものと思っていた。
ところが駅や街の公衆便所などでは未だに和式だけ、というところが普通にある。
エマの待ちに待ったトイレだったが、使い方を知らなかったのだ。
とりあえず便器を跨いだものの、ショートパンツに手をかけたままエマの思考は停止してしまった。
普段ならすぐ脱いで「立ちション」をしただろうが、切羽詰まって思考回路の停止したエマはその状態で止まってしまったのだ。
(ど、どうやっておしっこしたらいいの?どっちが前なの?ま、まさか床に座るのかな…?てゆーかほんとにトイレなの?)
顔を真っ赤にして股間を鷲掴みにし、お尻をこれでもかと言うほど揺らすアメリカ人美少女。
その足取りはおぼつかず、その場を見れる人がいるとしたら、エマがおしっこしたいというのは自明の理であろう。
突如、おしっこの出口に走る鈍い痛み。
便器をまたぎ、おしっこの準備が整った状態でおしっこをするなという方がおかしいのだ。
…まだショートパンツを履いていることを除けば。

514名無しさんのおもらし:2017/08/08(火) 01:37:34
しゅわああああっという音とともに、エマの股間を暖かいおしっこが包んでゆく。
「あ、だ、だめっ、まだでちゃ、だめ、だめなのっ」
手が汚れるのも憚らず股間を鷲掴みにしたままそう叫ぶもむなしく、エマのショートパンツと真っ白なパンティを黄色いおしっこがどんどん染め上げて行く。
エマが困惑している間に体はおしっこの準備を始めてしまったのだ。
和式トイレにジョボジョボという下品な音を立て、脚にいくつもの水流を作りながら、床にまでおしっこは飛び散ってしまう。
エマの脚が長いせいでおしっこが出るところが平均的な日本人のそれよりも遥かに高い位置にあることと、パンティを履いているせいで股間の布地を伝ってお尻の方までおしっこが来てしまうことで、床にまでおしっこを撒き散らす大惨事になってしまっているのだ。
「も、なんで、おしっこ入んないのよぉっ」
ガニ股になって股間を突き出すような格好をして少しでもおしっこの出るところと便器を近づけようとするが、余計床をひどく汚す結果となってしまった。
母国語で悔しさをにじませる言葉を連発するエマであったが、口ではそんなことをいいながらも顔は蕩け、頭は全く別のことを考えていた。
(あぁん、も、おしっこ、気持ちいいよぉ…っ)
がに股になって黄色いおしっこでデニムのショートパンツと真っ白なパンティをおしっこの出るところに張り付かせ、女の子の大事なところの形をうっすらと透けさせながらエマはそう感じていた。
おしっこ我慢するのにお尻の筋肉も相当使っていたのであろう、緊張から解放されたためか不規則にお尻の筋肉がピクピクと痙攣している。
その度に薄いデニム生地に包まれたエマの小ぶりなお尻がぷるんぷるんと揺れている。
めくれ上がったデニム生地から見え隠れする、1日中おしっこを我慢し続けた股間とお尻は心なしか少し赤くなってしまっていた。
最初はしょろしょろと漏れ出るような勢いだったのが、だんだんと野太い水流に変わって行っている。
エマはショートパンツやパンティを脱ぐことを放棄して、おしっこしたいという欲求に身を任せてしまっていた。

515名無しさんのおもらし:2017/08/08(火) 01:38:09

「はぁああ…っ」
フランス人形顔負けの美少女の唇から漏れる甘い吐息。がに股になって股間を突き出し、お漏らしパンティを股間に張り付かせるというあられもない格好でエマはしばらく放心状態だった。
アメリカではこんなにおしっこを我慢したことはなかった。限界まで我慢したおしっこを排泄する気持ち良さを、エマは知らなかったのだ。
おしっこの大部分を出し終わってからも、緩みきった穴ではうまく排泄できないのか、何度も細い水流が足を伝ってしまう。
それでもエマはショートパンツを降ろすことをしなかった。
気持ちよかった。
ただその感情が頭を支配していたのだ。

516名無しさんのおもらし:2017/08/08(火) 01:38:40
おしっこで黄色く濡れたショートパンツとパンティを履いたままで余韻に浸っていたエマだったが、温かい液体で濡れていた股間がだんだん冷えてくるにつれ、頭も冷静さを取り戻して来た。
「う、どうしよ、これ…」
ショートパンツを脱いでパンティも確認したところ、真っ白だったはずのそれは完全におしっこで黄色く汚れてしまった。
しかもお尻の方までびしょ濡れで、股間に張り付いていてかなり気持ち悪い。
白い生地ゆえに女の子の部分の形までしっかりと浮かび上がらせている濡れたパンティ。
パンティを履いたまま乾いた部分を前に引っ張って外の空気に股間を直接当てると、なんとも言えないひんやりした気持ち良さがあった。
横から見たらエマのあそこは丸見えだろう。
毛の生えていないツルツルのあそこは、少し赤くなっているものの、まだ誰にも見せたことがない。なんだかイケナイ遊びをしているようで、その背徳感から、エマは誰もいない観客席に自分のあそこを見せつけるようにより深く腰を落とし、足を開き、パンティを思いっきりお尻に食い込ませるようにより前に引っ張った。
しばらくその感覚を楽しんでいると、股間がさらに冷えたからか、生理的な震えがエマの体を直撃する。
「あ、だ、だめぇっ」
じゅぶぶぶぶぶっ
エマはパンティを履いたまま、2回目のお漏らしを始めてしまったのだ。
「だめ、止まって、止まってよおっ」
エマは涙を浮かべながら手が汚れるのも構わずに股間を抑えたが、疲れ切ったあそこはもうおしっこを止める役目はできず、ただただ垂れ流すだけだった。
じゅぶぶ…というくぐもった水音を響かせながら、少し乾きかけてきたお漏らしパンティをエマはまた濡らしてしまっていた。
パンティがおしっこで濡れたせいで、我慢を続けた真っ赤なお尻を透けさせてしまっている。
お漏らしパンティを履いたまま2回目のお漏らし。しかも、2回目は自分がエッチな遊びをしていたせいでのお漏らしだ。
16歳にもなって2度も失敗してしまい、おしっこの音が鳴り止む頃には、エマのしゃくりあげる声が聞こえてきていた。

517510:2017/08/08(火) 01:39:56
いきなりごめんなさい!!

全然違うスレで、外人の女の子が和式のトイレが使えなくて変なおしっこの仕方をしてたのを偶然見てしまったという書き込みを見て、変態のぼくはインスパイアされて書いてしまいました…

スレ汚し失礼いたしました。

518名無しさんのおもらし:2017/08/08(火) 23:42:26
gj

519名無しさんのおもらし:2017/08/09(水) 23:35:14
また来てください

520名無しさんのおもらし:2017/08/25(金) 10:04:24
事例さん元気にしてるかな。
そろそろ続きが読みたくなって来た。

521事例の人:2017/09/03(日) 20:51:51
割と元気です、まだ忘れられてないことに感謝です。
というわけで事例12です。別の話挟んだとは言え11から1年以上経ってる……

522事例12「根元 瑞希」と雨の日。1:2017/09/03(日) 20:53:45
体育祭が終わった翌日の放課後。

「綾菜さん! どうして後期もクラス委員長にっ!」

目の前には皐先輩がいて、怒っているような焦っているような落胆しているような……そんな顔で私に詰め寄る。
私は軽く嘆息してから答える。

「……そんなこと言われても……風邪だったし仕方ないかと」

「抗議! 抗議しましょうよ! なんで休みの日に決められたことを簡単に了承してしまったんですか!」

「……そこまでして生徒会に興味がなかったし」

「そ、そんな悲しいこと真顔で言わないでください!」

「……そもそも、委員の了承印…って言うんですか? あれ、生徒会で押してるんじゃ……」

「押してますよ! 確認は他の役員に任せて私は印だけですけど!」

なるほど、知ってるはずだと思っていたが、そういうことらしい。
生徒会役員は会長の皐先輩、副会長の椛さん以外に、書記、会計、庶務が各一名ずつで三人いる。
生徒会内部の事情には詳しくないが、全ての役員に、私と朝見さんを誘っていることを伝えているとは限らない。
椛さんなら事情を知っているため皐先輩へ確認時に伝えたかもしれないが、他の生徒会役員が確認していた場合はわからない。

「はぁ……なんとか代わりのクラス委員長を探さないといけないですね……」

他の学年に出張してまで私を生徒会に迎えたい理由がわからない。

「誰か変わってくれそうな方、心当たりないはですか?」

「……皆やりたくないと思いますよ?」

私の言葉に皐先輩は肩を落として嘆息する。
その後は作戦を考えるとかなんとか言って生徒会室の方へ重い足取りで歩いて行った。

「話、終わりました?」

その声に振り向くとまゆと弥生ちゃんがいた。

「生徒会ねぇ……」

まゆは怪訝な顔でもう見えなくなった皐先輩の方へ視線を向ける。
……それが少し引っかかる。
確かに今までも興味があるのかないのかわからない反応をしていたが、こういう露骨な態度を見るのは初めてで。
それが生徒会勧誘に関しての事なのか、皐先輩へ向けたものなのかはわからない。

523事例12「根元 瑞希」と雨の日。2:2017/09/03(日) 20:54:57
――……そういえば、前生徒会長って……。

確か苗字がまゆと同じ黒蜜。生徒からとても慕われていた行動力が異常に高い人だと噂で聞いたことがある。
黒蜜って言う苗字は珍しく、まゆ以外で聞いたことがないので恐らく姉なのだろうけど
そういう話をまゆからして来ないということは、余り触れるべき話題ではない……そういうことだと思う。
まゆが生徒会、もしくは皐先輩に対して何か思うところがあるとすれば、そのあたりが関係しているのかもしれない。

「そんじゃ、帰ろっか?」

まゆがそう口にして、昇降口へ歩みを進める。
私と弥生ちゃんはそれに続いた。

昇降口に着き下駄箱から靴を出す。
外に出るといつもより暗く感じる。

「んー? 妙な空だねー」

まゆがそう口にして空を見上げ、私も同じように見る。

「……ほんと…降ってきそう……」

朝確認した天気予報には雨が降るとは出ていなかったが、どうにも怪しい雲行き。
ことわざでも使われているように秋の空というのは変わりやすい代名詞的なもので……仕方がない。

「あやりん、合羽持ってきた?」

まゆが私に雨具を持ってきたかどうかを確認する。

「……持ってきてない、二人は?」

まゆと弥生ちゃんはカバンから折り畳み傘を出す。――……間抜けなのは私だけか。
私は小さく嘆息する。
コンビニで傘を買うこともできるが、傘差し運転は校則違反で見つかると面倒。
レインコートは割と高いので出来るなら買いたくないのが本音。

「あやりん、急いで帰りなよ」

「そ、そうですよ、今なら降ってませんし多分大丈夫です」

二人の言ったことは最善で……私は仕方がなく頷く。
そして私は「ごめん」と謝って手を振って別れを済ませると、駐輪場へ急いで向かう。

――あぁ、もう……着替えや下着の予備なんてものは持ってきているのに……。

肝心なものを用意出来てないことに情けなくなる。
私は自転車の鍵を開けて自転車に跨り、ペダルに体重を乗せた。

524事例12「根元 瑞希」と雨の日。3:2017/09/03(日) 20:55:51
――
 ――

――わ、ちょ、降ってきたよ……。

細かい雨が顔に触れ、不快感を与える。
そしてそれは直ぐに大きな音を上げ、地面に当たる飛沫で視界を悪くするほどの大雨に変わり、私は一時避難の選択を余儀なくされる。

――っ……公園っ、あそこのベンチには屋根があったはず……。

もうすぐ見えてくる公園が一番近い避難場所。
避難先が近くにあることに安心して、また濡れてしまったためか軽い尿意が湧きあがる。
思い返せばお昼に済ませたのが最後であり、3時間くらいは済ませていない計算。
昼食時の取った水分が形を変えて下腹部に溜まって来ている。
とはいえ、この程度の尿意ならまだまだ余裕ではある。
それよりも残念なのは、雨に遭わなかったら駅付近で誰かの『声』に出会えていたかもしれないということ……勿体ない。
こんな雨の中じゃ誰も――

――……ん、あ、うちの生徒?

自転車でないが同じ高校の生徒が目の前の公園へ慌てて入っていくのが見える。
相席……ではないか。ベンチは二つありその両方が屋根の下にあったはず。

私は自転車ごと公園に入りベンチがある屋根まで進みペダルから足を下ろした。
さっきの人はベンチで腰かけてこちらを―― 

「……っ」

私は慌てて視線を逸らす。
ベンチに座る彼女はクラスメイトの根元 瑞希(ねもと みずき)だった。

「あ、えっと……奇遇だね、綾……」

「……うん…まぁ……」

声を掛けられ改めて彼女の方へ視線を向けるが、目は合わせられない。
根元さん……瑞希は同じ中学出身で、一時期は仲が良かった人。今は……。

「凄い雨だね、結構濡れちゃったわー」

……。
気を使わせてる……何か返さないと。

「……あ、ぇっと……」

だけど、口を開けたが何を言えばいいのかわからず直ぐに口を閉じてしまう。
そんな情けない私に瑞希は曖昧な表情で微笑む。
それを見て私はまた視線を逸らしベンチに座る。

525事例12「根元 瑞希」と雨の日。4:2017/09/03(日) 20:56:41
「……なんか…ごめん」

「いいよ……でも、何だかんだで2年以上まともに話してなかった気がするー」

私は無表情の裏で顔を引きつらせる――……相変わらず遠慮のない言葉。
だけど彼女の言うそれは事実であり、私の都合に巻き込ませた為で……今更ながらものすごく申し訳なくて。

「でも、よかった……話せて……」

私はその意外で柔らかい言葉に視線を彼女に向けると目が合った。
彼女はさっきよりも嬉しそうに微笑んでいた。

「友達出来てよかったね」

「……人をぼっちみたいに……事実だけど……」

……二人で冗談っぽく言ってみる……だけど――

……。

なぜか沈黙。

――あれ、やっぱり気まずい……?

『あー、やっぱ気まずいなぁ……』

思っていることは同じらしい。

『それに……んっ…濡れて冷えてきたから……』

それも……一緒。
ただし、感じている尿意は私より瑞希のほうがずっと大きい。つまりは尿意がそれなりに辛いわけなのだが
私はと言えば『声』が聞けて嬉しく仕方がないわけで……。

『……この雨の中、トイレまで行ったら更に濡れるし、止むまで我慢できないとか思われるのは…やだなぁ
そういや学校出るときいつも済ませてるけど、雨降ってきそうで急いで出たし……』

――なるほど……ん、あれ?

ふと気が付く。
瑞希は電車通学のはず。私は引っ越してきたから自転車で通学できる場所に住んでいるのであって……。
私たちが通っていたのは公立の中学。あそこの出身の生徒は私のような例外を除けば、ほぼ電車通学となる。

「……瑞希って確か電車通学だよね?」

少し気になったので、気まずい雰囲気を脱する事も踏まえ尋ねてみた。

「え、あぁ、今日はちょっと花屋にね。配達もあるみたいだけど遠すぎて高くなるみたいだから」

花屋に用事……理由は聞くと変な地雷踏みそうだしやめておいた方が良いかもしれない。
……。

――……花屋って……。

「……フラワーショップ日比野?」

「そうそう、たしかそんな名前の花屋」

それは、鈴葉さんの家族が営んでいる花屋。
大きい店ではないが駅近くの花屋という観点では利用しやすい店と言える。

526事例12「根元 瑞希」と雨の日。5:2017/09/03(日) 20:58:25
――……鈴葉さんか……そういえば、あの子と名前似てるんだよね……。

それは中学時代の友達だった人。
いつもなら鈴葉さんから彼女を連想することはなかったが、瑞希と話をしていると、どうしても彼女の姿が浮かぶ。
私にとって中学時代と言えば彼女がまず出てくるのだから。

『あー結構したい……花屋ってトイレ借りれるのかな? やー…でも借りたくないし雨止んだら此処のトイレ使った方が良いかな?』

私は小さく深呼吸した。――……切り替えないと、こんなに良い『声』を聞かせてくれているのだから。

私の知る瑞希は確かトイレが近い子だった。正直よく『声』を聞いて楽しませてもらっていた。
今でもそれなりに近くはあるようだけど、それを自覚し、何かしらの対策をしているためか『声』を聞く機会は少なく
ギリギリまで切羽詰まった『声』に関してはここ最近では聞いたことがなかった。

視線を瑞希に向けると少し落ち着きがなく、踵を上げてつま先だけを地面つけたり……――可愛い。
今日は期待してもいいのかもしれない。

『あぁ、もう……傘、財布にもうちょっと余裕があればコンビニで買えたのに……』

次第に『声』が大きくなってくる。
雨で濡れた服が身体を冷やして尿意を加速させている。
屋根の外は依然として激しい雨が地面を打ち付けている。

『だめ、トイレ意識しすぎてるから余計にしたくなっちゃうんだから……うーん、よしっ』

何かの決断をする『声』。流れから察するに尿意を意識しない作戦と言ったところだろうか。
上手く行けば我慢に慣れていない人は特に有効な方法だと思う。

「あ、あのさ!」

突然瑞希は声を上げ、私はそれに驚く。
どうやら私と会話をすることで尿意から意識を逸らすらしい。

「えっと……綾が変わっちゃったのって……あれが原因だよね?」

……。
私は視線を逸らす。尿意を意識しないためとはいえ……随分攻めた内容。
“あれ”というだけで、それが何を指しているのかがわかるくらいの事件というかなんというか。

「……あ、あれだけじゃない、けど……まぁ、切っ掛けの一つではあるけど……」

私は雨の音でかき消されていてもおかしくないほどの声量で言葉を紡ぐ。
だけど、続きの言葉を続けようと思って……でも開いた口から声は出てこなかった。
急なことでどう説明するべきか、どこまで話すべきかが定まっていないし、言うべきことなのかもわからない。
もともと、今まで話そうとして来なかったのだから今更というのもある。

「そう? でもさ、ちゃんと謝ってくれても良かったと思うわー」

……。

「……違うよ、紗(すず)は悪くない……」

私は視線を雨の中に向けて、静かに、でも少し語勢を強めて返した。

瑞希は私の言葉にどう返すべきか迷ったのか、言葉に詰まり、そのまま沈黙を作る。
完全に瑞希の自業自得とは言え、空気が悪くなったことに少し罪悪感を感じる。

――……だけど…本当のことだし……勘違いしてほしくない。

紗に謝って貰う必要なんてない。悪かったのは私で、失敗したのも私。助けてくれたのが紗だった。
勇気が出せなかった私が迷惑を掛けた。だから普通にするのが後ろめたくて、辛くて、痛くて――

『あー、もう話途切れちゃった……緊張して更にしたくなった気がするし、なんか余計言い出し難くしちゃったし』

……。

感傷に浸る間もなく可愛い『声』が聞こえる。
真面目な話のほうが尿意を忘れられるとでも思っていたのだろうけど、緊張までしてしまっては逆効果。

527事例12「根元 瑞希」と雨の日。6:2017/09/03(日) 20:59:37
『うぅ……やばいなぁ、本当にしたい……それになんか早い? 学校出る時からちょっとしたかったけど……』

水分の摂取量なんかは知らないけど、彼女の尿意の上がる要素はいくつかある。
雨で濡れたため、私といて若干緊張しているため、ここに来るまでに歩くことで新陳代謝を上げていたため。

「……雨、まだ止みそうにないね」

私は瑞希にまだトイレに行けないことを遠回しに伝える。
彼女にとって屋根の外に落ちる雨の軌跡は、さながら牢屋の鉄格子……とまではいかないとは思うけど。

『あぁ〜、やばいかな……でも、絶対やだ、雨が止むまでは……我慢、我慢しなくちゃ……』

瑞希は少し視線を落として手はベンチの縁を掴む。足はつま先を絡ませたり揺らしたり……――大変可愛い。
『声』もそれなりに切羽詰まってきている。大きさから考えるに8割か9割と言ったところ。

――……でも、止むまで“絶対やだ”とまで言うのか……。

我慢していることを知られること。
それは何食わぬ顔でトイレに行くことよりも、恥ずかしいこと。
私もそうだし、多分多くの人がそうなのだろうと思う。

だけど、我慢を続けた先にあるものはもっと恥ずかしいことのはずで“絶対やだ”には普通ならない気がする。
意気込みとしての絶対なのか、本当にそう思っているのか。

『っ……はぁ、まずい……本格的に……雨音も……んっ――』

『声』が一段と大きくなる。
尿意の波に曝され、ベンチから降ろされた足がベンチの下の方へ引き寄せられる。
小さく震える足が、必死に力を籠めているのがわかる。
横から見える表情は口を確りと閉めて難しい顔……。

『――ふぅ…はぁ……っ 今の……もしかして危なかった? ……嘘…だよ、ほんとにこんなに、したくなるだなんて……』

波を乗り越え、少し安堵の表情になったが、すぐに不安げな表情になる。
私は視線を外して無表情で気が付かない振りをして……でも、胸の内は興奮してて、雨の音に負けないくらい鼓動が大きく聞こえる。

――……もう、結構やばいよね? 本当にトイレ行かない? ……溢れちゃうかも…なのに?

気が付いてあげれば観念してトイレに向かうとは思うけど……。
このまま気が付かない振りを続けるとどう行動する?

本当のギリギリまで我慢したあと、我慢できない尿意を私に伝え、慌てて公園のトイレへ向かう……想像できる展開。
ならば、気が付かない振りを続けても瑞希はトイレには間に合う……?

――……違う、これって都合よく考えてるよね…私。

尿意の我慢において、本当のギリギリを正確にわかる人は少ない。
私が『聞く』限り、今行かないと失敗の可能性も十分にあると思う。それくらい『声』が明瞭で且つ大きい。
外は雨でトイレに行くためには濡れながら向かうことになり、また、雨に濡れるのを最小限に抑えるなら走る必要もある。
そして、公園のトイレは今いるベンチのちょうど反対側で、決断してすぐに駆け込める距離ではない。

先の“絶対やだ”という言葉も本当に言葉通りなら限界を超えて我慢する可能性だってある。

528事例12「根元 瑞希」と雨の日。7:2017/09/03(日) 21:00:46
「ね、ねぇ綾!」

急に声を掛けられて私は驚く。
目を瑞希の方へ向けると、焦った顔でこちらを見ていて、やっぱりトイレへ行くことを伝えるのだと、私は少し残念に思いながらも安堵――

「綾って、んっ…生徒会に入ろうとか…考えてる?」『だめ、我慢、我慢……したくない、したくない、したくないのっ!』

――……え、あれ?

想像していた言葉でないことに面を食らう。
目の前の瑞希は前こそ押さえていないが、身体に力を籠めているのが隠せていなくて、声も荒い息を抑えるように絞り出されていて。

――……そんなに言うのが……我慢の限界を伝えるのが恥ずかしいの? ……いいよ、だったら――

「……生徒会へ誘われてるけど、クラス委員長はなれないし、そこまで興味もないけど……それでも、迷ってはいるのかな」

私は正直に瑞希の質問に答える。
気を紛らわしたいならそれに付き合ってあげよう。
だけど、視線は外してあげないし、気が付いてもあげない。

「へ、へーそう…っなんだ……」『んっ……やだ、治まんないっ……トイレ、おしっこ……くぅ……』

――……へーそーなんだ…って話途切れそうじゃない……。そっちから話してきたんでしょって……。

「……えっと、それで? 生徒会に入るとか入らないとか、聞いてなにかあるの?」

私は話を続ける手助けのため質問を返したけど……なんか態度悪く返しちゃった気がしないでもない。
瑞希は、尿意が強くなり、話をはじめても尿意が落ち着かず、話す余裕もなくなって来てるのはよくわかってる。

――……それなのに…なんか今日の私、意地悪だな……。

旧友だからなのか、地雷を踏みに来たからなのか、紗を悪く言われたからなのか。
ただ瑞希が可愛いからなのか、瑞希の我慢を久しぶりに見たいからなのか、瑞希が尿意を隠していたい気持ちを汲みたいのか……。
理由の候補は沢山あって、多分そのすべてが少しずつ私の選択を、結果的に意地悪な方へ向けている。

――……あぁ、後で罪悪感とか感じないかな……。

そんな事を感じ始めてはいるが、目の前で身体をもじつかせながら、足を小刻みに震わせ必死に我慢してる仕草を見ると――……もう、本当可愛い。

「あ、えっとさ……っ…待っ――っや、えっと…なんでもっ……」『な、波っ――ぅ、言葉が…トイレ、あぁ……でちゃぁ…おしっこ……やだ、やぁぁ……』

もう明らかに取り繕えていなくて、もしかしたら少し失敗を始めていてもおかしくない声と『声』。
それでも指摘してあげない――……瑞希から言わなきゃ気付いてあげないから。

「はぁ……っ、――っと、わ、私が言いたいのはっ、委員長……を、っ……あぁ、……綾が生徒会に……んっ!」『駄目、落ち着いて…これ以上、溢れたら……』

俯きベンチにお尻押し付けるようにして尿意を抑え込み、何とか言葉を絞り出そうとしてはいるが、正直よくわからない。
それと、『声』から察するにおちびりを始めているのだと思う。

「ふっ……んぅ…んっ――」『だめ、だめだめ……でも、もう、我慢…がまんできないっ……トイレ…おしっこ……やぁ、また、きちゃっ……』

身体を震わし全身が緊張しているのがわかる。
津波のような尿意に抗うため、全神経を集中させて……もう会話も続かない。

529事例12「根元 瑞希」と雨の日。8:2017/09/03(日) 21:02:04
「あぁ……っ」『またでちゃ……っでも、これなら……バレてない? 雨だし、地面も濡れてるし、音も雨音で……?』

『声』でバレているのを除いても、その仕草と艶っぽい声じゃ誰にでもわかりそうなものだけど……。
そして、我慢できなくなって溢れても、このまま知らない振りで通せると考えているらしい。
今の自身の状態を確り把握できてない、それくらい冷静に考えることが出来てない段階まで追い詰められてる。

『そ、それでも……できるとこまで……でも、あぁ……漏れちゃう、溢れちゃう……うぅ……』

瑞希は喋ることも忘れて熱くて荒くて深い息遣いだけが雨の音を縫って聞こえてくる。
ここまで必死になり、隠せなくなっているのに尿意を告白しないのは意味がない気もする。
彼女の中では隠し通せているつもりなのだろうけど……。

――……このまま、おもらしを見守るのも悪くないけど……もっと…もっと近くで、溢れさせたとき誤魔化せないくらいの位置だったら……。

声も『声』も音も、仕草も表情も目の動きさえも……捉えられる。
隠しておきたいはずの尿意、それなのに何一つ隠せない位置で観察――……いけない事……でも、そんなになるまで、我慢してる瑞希が悪い……よね?

自分でも良からぬ事を考えている自覚はある。瑞希よりもずっと私が悪いのだってわかってる。
だけど、どうしようもなくそうしたいって思ってしまって……。

『でちゃう、でちゃう……せめてゆっくり…少しずつだったら……』

……。

私は雨音の中、気が付かれないようにゆっくり立ち上がる。
瑞希は俯いていて、仕草や『声』にも変化がない……気が付かれていない。
私は瑞希の座るベンチ前まで歩みを進める。

「え?」

流石に我慢に夢中の瑞希も気が付き顔を上げる。
同時に私は瑞希の両肩に両手を乗せてしゃがみ込む。

「……瑞希、息が荒いけど大丈夫?」

しゃがみ込んだ私は瑞希を見上げるような姿勢で声を掛ける。
これで、俯くことで表情を隠せない。勢いよく溢れだしてしまえば、くぐもった音さえ聞き取ることが出来るくらい近くに私がいる。
溢れ出た雫が落ちてしまえばこの距離ならば視認できる。言い逃れなんて絶対に出来ない。

――……さ、最低だ私っ!

今更ここまでする必要あったのかと言われればなかった。せめて立ったまま声を掛けてあげるべきだった。
それなのに――……あぁ、もの凄く計算高く、且つ本能の赴くままに行動しちゃってる……。
でもまぁ……仕方がない。見たいんだから、聞きたいんだから、好きなんだから。

530事例12「根元 瑞希」と雨の日。9:2017/09/03(日) 21:02:43
「ちょ……えっ…」『んっ、だめ、近いっ! ――っ、やだ、こんな時、また……うそ…や、きちゃうっ――!』

瑞希は私から距離を取るためか身体をベンチの背もたれに向けて体重を掛ける。
浅くベンチに座っている彼女がそんなことしたら、身体を反らしてしまい下腹部に負担がかかるのに、そうしてでも私から距離が取りたいらしい。
だけど、私は今彼女の肩に手を乗せているわけで……後ろに向かう体重を私が支えることで距離を取らせない。
引きつった焦りの表情が見え、それを隠そうと限界まで俯く。きつく目を閉じた瞼から涙が見える……表情なんて隠せない。

「やだ、やだ……」『だめ、無理……なの、トイレ! おしっこ……っ、まに、あわないっ、のにっ……あぁ!!』

瑞希の両手がスカートの上から前を押さえる。
そう、もう我慢するしかない。この距離じゃゆっくり漏らすことも出来ない。

「あ、あぁ……やぁぁ――」『だ、だめぇぇ――っ』

歯を強く食いしばり、全身全霊を注いで我慢してるのがわかる。
だけど――

<じゅうぅ…じゅぅぅ>

断続的に私の目の前から小さな音が聞こえてくる。
手で抑え込まれた奥。

「あっ、あぁっ!! ……綾! あのねっ! 私ト、トイレっ……に……あぁっやぁ……」<じゅ、じゅうぅ――>

途方もない衝動をこれ以上ないくらい必死に抑え込んでいるのに溢れてさせて……。
そのどうしようもない感覚に顔を上げて、今更過ぎる尿意の告白を始める。
だけど、言葉は続かずまた顔を下げていく。雨で少し濡れていたスカートがより濃く染まり初め、さらにベンチの隙間や足に、雨とは違う暖かい熱水が流れ始める。

【挿絵:http://motenai.orz.hm/up/orz69622.jpg

「やぁ…ち、ちがうの! 雨、雨なの! あぁ、ダメ……もう、やだ、やだよ」『止まんない、止められない……なんで……止まってよっ……』

目を見開いて大粒の涙を零しながら必死になって言い訳をして、でもすぐにそれも諦めて……。
私はしゃがんだ姿勢から微妙な中腰になり、そんな瑞希の頭を私は強く抱きしめてあげた。

「あぁ、うぅ……ひっぐ……」

嗚咽を漏らし始めた彼女の頭を抱きながら撫でる中、やっぱりやり過ぎたと少し後悔した。

531事例12「根元 瑞希」と雨の日。10:2017/09/03(日) 21:04:28
――
 ――

「漏らしてない、雨だし……」

「……じゃ、触って匂いでも確かめてみよ――」
「わぁーやめてやめて! ごめんなさい!」

「……はぁ、なんでこうなる前に言わないかなー?」

「うぅ……綾が近づいてこなかったらバレなかったもん……」

「……そんな問題じゃないし……それに言っとくけど、結構前から我慢してたのバレバレだったんだけどねぇ」

「!!?」

「……むしろバレない要素がなかったけど?」

「だったら……い、言ってよ! ――っていうかなんで近づいてきたのよ! わざとなの!?」

「……あー、ごめん、面白そうだったし、わざとなの」

「ううああぁぁ、面白がんないでぇー」

本当は面白そうではなく、物凄く可愛くて愛おしくて自分が抑えられなくなったんだけど……流石に言えない。
沸騰しそうな頭を抱えて悶え苦しんでいる瑞希に私は声を掛ける。

「……さて、雨止んだけど、そんなんじゃ風邪ひくから、うちでシャワーとか着替えとか用意してあげる」

瑞希はもともと身体が強いほうではないし、流石に放っておけない。

「うぅ……お願いします……」

正直、思ったより後味よく終わって安堵してる。
それに、普通に話せるようになってる気がする……。

「ねぇ、綾……」

「……なに?」

前で自転車を押す私に瑞希が声を掛けてくる。
私は振り向かずに返した。

「やっぱ、綾は綾なんだね……」

「……意味わかんない」

「その、なんていうの? 頼れる存在っ! って感じだよ」

――……それは、買い被り……瑞希のおもらし見てドキドキしてる変態なだけだし……。

「あ、もし、本当に生徒会に入る気があるなら……私、クラス委員長、引き受けてもいいよ……綾が生徒会とかなんか私も誇らしいし」

――……なるほど、我慢中のあれはこれが言いたかったのかな?

「……ありがと、だけどまだ保留だし皐先輩には話さないでほしいかな」

……。
結局朝見さんは生徒会に入るのだろうか。
もし入るのなら――……私も入りたい? ……わからない。

だけど……もし生徒会に入ることになれば、確実にまゆや弥生ちゃんとの時間は減ることになる。
二人と居る時間は減らしたくない……。

――……あ、トイレ……。

ふと忘れかけていた尿意を思い出す。
仕返しが怖いので、瑞希がうちでシャワーを浴び始めるまで我慢。
私は瑞希に聞こえないように小さく嘆息して少し歩幅を広げた。

おわり

532「根元 瑞希」:2017/09/03(日) 21:07:45
★根元 瑞希(ねもと みずき)
綾菜と同じB組。
真面目で明るくも暗くもない性格で若干病弱。

トイレは割と近いが水分摂取には気を付けているので我慢することも失敗することも稀。
学校では尿意を感じたら済ますことと、尿意がなくても2時限目の後、昼食後、帰宅前に済ませることにしている。
尿意を我慢しているのを悟られるのを非常に嫌うが、トイレに行くのを見られること自体にあまり抵抗はない。

成績は上の中ほどでそれなりに優秀、運動は苦手。
真面目だが勉強一筋というわけでなく、友達もそれなりにはいる一般的な学生。
病弱なことが理由で余り付き合いは良くないが、彼女の周囲には理解者も多い。
多少天然な部分もあり、理解し辛い感性を持っていたりもするほか、配慮のないことを言ったりすることもある。
勉強時だけは眼鏡をかけている。

中学時代綾菜とは仲が良い時期があり友達同士だった。
ある事件をきっかけに次第に疎遠になり、今に至る。
ある事件のことも、今の綾菜の性格についても気に掛け続けていた。

綾菜の評価では、真面目で普通な人。病弱なのが心配。仲が良かった友達。
仲を戻せればとはどこかで思っていたが、見て見ぬふりをし続けてきた相手。
『声』に関してはあまり聞くことのできない人で残念。

533名無しさんのおもらし:2017/09/03(日) 23:10:48
久しぶりの事例さんの作品がキター!
待ちに待ってたよ

534名無しさんのおもらし:2017/09/03(日) 23:38:36
なんか久しぶりにテレパシーが仕事してる気がする。

535名無しさんのおもらし:2017/09/05(火) 02:32:00
2日ほど見ない間に新作が…。待ってました。
事例2で休んでたのは病弱設定だった分けか。
事例11の星野さん?の『声』は近々聞けそうですか?

536名無しさんのおもらし:2017/09/05(火) 07:43:21
久しぶりの事例。相変わらずの良作だった。

537名無しさんのおもらし:2017/09/05(火) 23:52:05
更新ありがとうございます。お元気でなによりです。

まゆ姉前会長とか、過去の事件の話とか、物語が進んでいく感じがして良いですね。
そして、新キャラかと思った根元さんは、事例2で休んでたもう一人の日直さんだったんですね。

538名無しさんのおもらし:2017/09/06(水) 02:21:44
事例の人の書く文章は本当素晴らしい。
投下遅くてもいつまでも待ってられるわ、ありがとうございます

539名無しさんのおもらし:2017/09/06(水) 12:19:42
俺も今書いてる途中なんだが、このスレって1レス当たりの字数制限とか行数制限とかってどのくらいなんだろうか。
機種によって違うのかな。
一応docomoのガラホ(OSはAndroid)なんだけど…

540名無しさんのおもらし:2017/09/06(水) 16:43:16
文字数は4096文字、行数は無制限かな?
但し、変な人が増えると変わるかも。

541名無しさんのおもらし:2017/09/06(水) 20:01:40
>>540
ありがとう。結構書けるんだな…
予想以上だ。

542名無しさんのおもらし:2017/09/16(土) 00:45:50
練功穴というのを御存知だろうか?
少林寺拳法において毎日の稽古をしている所の石畳が、稽古の踏み込みによって沈み込んでいるものである。
毎日の稽古が積み重なり石畳さえも凹ませるまでになっているのだ。
それと似たような話をある学校で聞いたことがあるので紹介しようと思う。

その学校の寮のトイレの便器には不自然な窪みがあったのだ。
比較的新しい便器だけに中央部にある削られたような窪みにはいっそうの違和感を感じたのだ。
では何故このようなものが出来ているのであろうか。
実はこの学校の生徒は登校中にトイレに行くことを禁じられ、一日中おしっこの我慢を余儀なくされた少女達が己の欲求を開放できる唯一の場所がここなのである。
女子生徒たちの我慢に我慢を重ねたおしっこは相当な量になり、放課後このトイレでは生徒達の一日の欲求を解放する音が響く。
まだ小さな膀胱に無理矢理詰め込まれた大量のおしっこは、開放と共に激しい迸りとなって陶器の便器を叩く。
その毎日の積み重ねが、陶器の便器を少しずつ削り長い月日をかけて便器の形を変えているのである。
長い月日をかけているとはいえ、陶器製の便器が削れるなどという信じがたいことを目の当たりにする事で、彼女達の我慢限界のおしっこの勢いがいかに激しいかをお分かりいただけるだろう。
そしてそれは、彼女達の我慢が如何に過酷であるかも物語っている。
陶器を穿つほどの勢いで噴き出すおしっこを我慢する事はどれほど辛いかは我々には想像もできない。
おしっこがそれほどの勢いで噴き出すという事は同時に、その勢いで外に出ようとしていたおしっこを放尿時までずっと堰き止めていたという事でもある。
勢いよく尿道に押し寄せるおしっこを堰き止める事はどんなに困難だろうか。
そしてそれほどの勢いのおしっこを堰き止めてしまえば、行き場を失った圧力は膀胱内にとどまり、膀胱は大きく大きく膨らまされてゆく、それはおしっこが無事出口から出るまで決して治まる事はない。
それほどのおしっこを彼女達は一日中貯え、その尿意の我慢の中で日々の学園生活を送っている。
そして全ての授業を受け寮に帰るまでは、どんなにおしっこがしたくなっても我慢するしかないのだ。

543名無しさんのおもらし:2017/09/16(土) 00:47:28
彼女たちがおしっこを無事に外に出せる機会は怖ろしいほどに限られている。
登校中は完全にトイレを禁止され、我慢に我慢を重ねた末にたどり着く場所、それが寮にあるここの5つのトイレなのである。
全校生徒に対してたった5つ、このあまりに少ない数はようやくトイレを許された彼女たちをさらに追い詰める、トイレの順番待ちである。
トイレに行く事は許可されても入れるトイレが無ければ結局おしっこはできない。
それでも生徒達はいつか回ってくる順番を信じトイレに並ぶのである、その行列はトイレの中に収まりきるはずもなく、行列の最後尾は廊下を曲がり渡り廊下にまで長く長く伸びる、トイレに入れないどころかトイレの入り口すら見ることができない状態で彼女たちは今か今かと順番を待つのである。
最後尾は実に2時間待ち、おしっこ我慢限界で駆け込むトイレに待ち時間があると言うだけでもつらそうだが、その待ち時間もまた常識外れである。
これを読んでいる方の中にはトイレの近い人もいるだろう、トイレの近い人にとって2時間という時間はトイレに行ったばかりからでも我慢が必要になりかねない時間である。
その様な長い時間を、この学校の生徒達はもう今すぐにでもトイレに行きたい状態から耐えなければならないのだ。

544名無しさんのおもらし:2017/09/16(土) 00:48:14
彼女達は学園内での放尿は堅く禁じられ、唯一放尿が許されるのは寮のトイレだけなのだが。
その寮のトイレの使用でさえ、使用に厳しい制限がかかっていると聞く。
基本的に夕方と朝しか使用できず、夜間は閉鎖されてしまうため、寮にいる間でさえいつでも自由にというわけにはいかない。
さらにテストの成績や課題の出来により、その夕方や朝の使用でさえも制限されるとの話だ。
教科ごとにより曜日や日付が決められていて、例えば国語は月曜の夕方、数学は火曜の夕方のように曜日は夕方、体育は5の付く日の朝といったように決められた日付は朝、と決められていていて
該当の教科の成績の悪かった生徒はその曜日や日付や朝夕のトイレの使用が禁止されてしまう。
前の例で言うと体育の成績の悪い生徒は、5の付く日は朝一番のおしっこすら許されず登校しなければならないそうだ。
もちろん登校してしまえばトイレには行けず、その日の夕方まで一日中の我慢を強いられる。
朝一番のおしっこを夕方まで出すことができない、夜間もトイレが使用できないのだから、朝のトイレ使用を禁じられてしまえば、夕方の休憩時間だけが彼女の一日で唯一のトイレタイムになり、丸一日のおしっこ我慢をしなければならない
しかも、お気付きいただけたであろうか? 曜日と日付と2つ設定されているという事は2つが被る可能性があるのだ。
国語の月曜日、体育の5の付く日の両方を落としてしまった時、もしも5日が月曜日になってしまった時どうなるのか?
重なった場合、当然のようにペナルティは重ねて適応される。それは一日にたった2度しかないトイレ休憩両方の没収であり、つまりその日は丸一日トイレに入ることは許されない。
つまりその日は一度もおしっこをする事が許されないのである、昨日の夕方から我慢しているおしっこを明日の朝までする事ができない、実に36時間以上もおしっこが禁止されてしまうのである。
もし自分がそのような我慢をしなければならない状況におかれた事を考えると、考えただけで背筋が凍るが、この話にはまだ続きがある。
日付による禁止は奇数日のみに適応され、翌日の朝という事は無いが。前日の夕方の教科を落とすという事があるのだ。
賢明なる読者の方々なら薄々は感づいていることと思う。もしや、いや、まさか、、、 いいえ、そのまさかなのである。
前日の状況により特別に使用が許されるなどといった事は一切無く、あろう事か3回連続でトイレ休憩を取り上げられるのである。
つまり、昨日の朝から我慢しているおしっこをする事ができないまま登校しなければならず、そして学校から帰ったとしてもその日はトイレには行く事はできない、もうはちきれんばかりにパンパンになっているであろう膀胱を抱えたまま眠りにつくのだ。
おしっこを許されるのは翌日の朝。最後のトイレ休憩より実に約48時間後のことである。

545名無しさんのおもらし:2017/09/16(土) 00:49:02
このようにこの学校では、にわかに信じ難いおしっこ我慢が続けられているのだが。
しかし、それらの話は逆にこの削られた便器の話に信憑性を与えている。
彼女達は理不尽で長く苦しいおしっこの我慢に冷汗を流し涙を滲ませて耐えているのだろうか?
だとするならば、この削られた便器はこの学校の女子生徒達の汗と涙ならぬ、おしっこと冷汗と涙の結晶なのだ。
取材の帰り、寮から出た所でちょうど下校時刻なのであろう女子生徒の一団とすれ違った。
彼女達は私に笑顔を見せると大きな声で爽やかに挨拶すると寮の方へと帰っていった。
驚く事にその様子はとてもおしっこを限界まで我慢しているとは思えなかった。
周りの下校中の生徒達を見回しても特に変わった様子はない、ごく普通の学校のありふれた下校風景である。
だが彼女達は皆朝から、生徒によっては昨日の今頃や、もしかしたら一昨日の朝からトイレの使用を禁じられ、今は耐え難いほどにおしっこしたい状態であるはずなのだ。
しかし、そんな様子は誰一人として微塵も見せず明るく楽しそうに学園生活を送っている。
彼女達はどんなにおしっこがしたくても常に平常心を保ち常に笑顔を振りまいている、寮のトイレの個室に入るまで己の欲求を表に出すことは決してない。
学園の寮の窪みのある便器、あの便器だけが彼女達の笑顔の下に隠されたおしっこ我慢の筆舌に尽くしがたい辛さと苦しさを知っているのだ。

546名無しさんのおもらし:2017/09/16(土) 10:58:50
ノーション的な・・・淡々としたノリがかえってイイですね

547名無しさんのおもらし:2017/09/19(火) 13:14:06
もう混雑解消用に小便器の導入と立ちション訓練の実施でもすればいいんじゃないかな(ただの趣味)

548名無しさんのおもらし:2017/10/01(日) 03:07:13
突然だが、これを読んでいる貴方は『PRPG』をご存知だろうか。
ジャンルの名称、ではない。知る人ぞ知る、ひとつのゲームの名前だ。
今月は、これをご紹介させていただこうと思う。



『PRPG』は、水の神が宿る聖なる剣に選ばれた勇者が主人公の、一見王道なファンタジーRPGである。
勇者が女の子である点は少し珍しいかもしれないが、それは他に例がないわけではない。
勇者は冒険で経験を積み、仲間を増やし、徐々に物語は進んでいく。


このゲームが変わり種と呼ばれる理由は、ここからだ。

炎を司る魔王に対抗すべく、勇者パーティーの仲間は皆、なんらかの形で水属性をその身に宿す。
勇者は水の神の剣で。僧侶は聖水を口にして。魔法使いは水の精をその身に降ろして。

そこで重要になるのが、「水聖力」と呼ばれるパラメーター。
これが高いほど水属性は高まり、攻撃力をはじめとするステータスは上昇する。逆に、下がりすぎれば戦闘において使い物にならないほどステータスは減少する。
「水聖力」はHPやMPと違って宿屋では回復できないのもポイントだ。むしろ、後述する理由によって、宿屋など一部の施設では「水聖力」は下がってしまう。


勇者たちが「水聖力」を維持するためには、「回復の泉」をはじめとするスポットに立ち寄らなければならない。
「回復の泉」で勇者たちは湧き出てくる特殊な水を口にして、魔物と戦うための水の力を再び得るのだ。


彼女らのステータス・バーは合計三本。
グリーンのHPバー、ブルーのMPバー、そして、一番下のイエローが「水聖力」を表している。
塩梅の難しい話になるのだが、実を言うと、「水聖力」が高すぎても彼女らは戦えなくなってしまう。

ここではゲームの世界ではなく、現実を想定して考えていただきたい。

生身の人間が水分を摂れば、それは最終的にはどうなるか?

答えはひとつだ。
そう、「水聖力」は、「尿意」のパラメーターと紙一重なのである。
高すぎれば集中力を欠き、彼女らはそわそわと落ち着きなく体を動かすようになるだろう。

聖なる力は、水によって蓄えられる。けれど、人間の体が蓄えておける水分には、限りがある。
なんとももどかしい話だが、そこがこのゲームの奥深いところ。
彼女らの我慢がきくギリギリのラインを見極めながらダンジョンを進み、経験値を稼いでいく。そのスリルはきっと、他のゲームでは味わえないものだ。


そして、彼女らは我慢を重ねることで成長していく。
大量の水分を蓄えることを繰り返すと、彼女らの「水聖力」ゲージの上限は段々と増える。つまり、蓄えられる量が増える。
限界ギリギリまで我慢をさせればさせるほど、それは彼女らの経験となり、彼女らの膀胱は強くなるのだ。

549名無しさんのおもらし:2017/10/01(日) 03:07:24

魔物が棲み着く森の中で、不安定なステップを踏みながら探索をしたり。
トイレが見つからない町の中で、張り詰めた膀胱を抱えて歩いたり。
雪に閉ざされた山の中で、寒さに苦しめられながらも水聖力のために聖水を口にしたり。


こんな風に、彼女らが強くなるための道は、生理現状と密接な関係にある。
つまり、失禁を恐れて何度もトイレに寄ったりすれば、膀胱の容量はだんだんと小さくなっていき、水の力も弱まっていく。
町の中など、いつでもトイレに行ける環境はある種、相性が悪いとも言えるだろう。

キャラクターに搭載されたAIがあまりにもトイレを気にしすぎると、戦闘が疎かになることもあるので、ときには心を鬼にすることも必要だ。
そういうときは、「コマンド」の中から「きょかせいにする」を選べばいい。
すると彼女らは町の中でも勝手にトイレに行かなくなり、勇者のもとに許可を得に来るだろう。
自己申告の恥ずかしさ故、先伸ばしにして我慢タイムが伸びることもメリットだ。
許可制にすると、他の子の手前、勇者もトイレに行きにくくなるので、パーティを育てるにはもってこいだろう。

もっとも、別行動していたキャラクターが勇者を探したものの見つけられず、ついに失禁に至る……なんて事態も起こりうるのだが。



彼女らだって、ただの町娘ではない。
水聖力が強さに直結していることを知っているので、出来る限りの我慢をしようとするだろう。
しかし、パラメーターには限界が存在するわけで。
勇者パーティの一員としての義務感と、失敗できない女の子としてのプライド、それから羞恥心がせめぎあう様は、なんとも趣深いものがある。



彼女らが限界を告白して用を足したり、限界を迎えて失態を犯したり、あるいは宿屋に泊まってトイレを済ませてしまった後。

勇者のパーティが冒険に出るためには、やはり水聖力を宿してからでなくてはならない。
水の力がなければ、勇者たち人間は魔物に立ち向かうことすらできないのだから。
せっかくすっきりした彼女らは、複雑な表情を浮かべながら聖水を口にすることだろう。


そして全員が尿意を覚える頃、勇者のパーティはどこか落ち着かない足取りで冒険へと再出発するのである。



(月間P-lovers 10月号より)

550名無しさんのおもらし:2017/10/01(日) 03:12:08
コマンド
「きょかせいにする」
パーティメンバーがトイレに行くときは、勇者の許可を得なければならない。もちろん、勇者は許可を出さなくてもよい。

「がんがんいこうぜ」
とにかく水分をとり、水聖力を上げる作戦。
短期決戦をしたいときに有効だが、おもらしと隣り合わせの諸刃の剣。

「なるべくがまん」
追加で水分をとるわけではないが、用を足すのはできるだけ後回しにする。モンスターが出るフィールドなどで使う。

551名無しさんのおもらし:2017/10/01(日) 12:24:37
そのゲームください

552名無しさんのおもらし:2017/10/03(火) 12:02:01
なんていいゲームなんだ

553名無しさんのおもらし:2017/10/11(水) 00:54:18

PRPG マップ14-5『氷雪の森』


 ひゅうひゅうと絶え間なく吹く冷たい風。時に舞い上がりながらもしんしん降り続く雪。
 勇者たち一行は次の町を目指すべく、『氷雪の森』を訪れていた。

「うう、さむ………」
 視界の悪い森の中、四人パーティーの一番後ろにいた戦士が呟く。彼女の身を包む赤い鎧は防御力こそ高いものの、防寒性には乏しい。雪に温度を奪われた体を少しでも暖めようと、盾を持たない手で腕をさすっていた。
「が、頑張りましょう。この森を抜ければ、すぐに町があるはずですから」
 そう応じるのは、戦士のすぐ前を歩いていた僧侶。戦士よりはいくらか厚い法衣を纏ってはいるものの、こちらも寒そうに身を縮めていた。

「って言ってもさ、さっきから全然景色が変わらないんだけど……ほんとに合ってんの?」
 ぼやくように言う戦士に、今度は魔法使いが答えた。
「サーチ魔法によれば、方角はこっちで合ってるはずよ。たぶん、そろそろ森も半分くらいじゃないかしら」
 音楽の指揮でもするように、魔法使いは指先を動かす。そこに灯る淡い青色を帯びた光は、水の精霊とリンクして辺りを探っている証だ。
「えー、まだ半分なのかよ……?」
 さくさくと雪を踏んでいくブーツの爪先を、戦士は少しだけ不規則に動かした。不満を訴えた口許は、何かに耐えるように下唇を噛む。
「その、さ、………アタシ、催してきちゃったんだけど………ダメ?」
 へへ、と戦士は茶化すように笑う。誤魔化しきれない照れが、なめらかな頬を染めた。
「だっ、ダメに決まってるじゃない! ここは魔物も出るし、それに、お外で、なんて……」
 戦士の羞恥混じりの訴えに、返す魔法使いの口調は鋭い。
 理屈だけで言えば、魔法使いの台詞は至極真っ当なものだ。


 魔物と戦うには水聖力と呼ばれる力が必要。
 水聖力を体に溜めるには、水そのものを溜めておく必要がある。
 魔物の出没する森で『それ』を解放するなんて、自殺行為とほとんど同義。

 でも。


「っ、でも、………アタシ、そろそろ、やばいんだよっ」
 切なげに眉を寄せ、自らのーーおんなのことしての危機を告げる戦士。
 そわそわと腰を揺すり、落ち着かない『欲求』を散らす。
 その姿に誘惑されたように、僧侶も口を開いた。
「ご、ごめんなさい、実は、私もです……」
 白木の杖を持つ僧侶の手に、きゅっと力が籠る。瞼を伏せた彼女の頬もまた、寒さとは違う理由で赤く染まっていた。
「そんなこと言われても……」
 二人の仲間から、控えめながらもストレートに『欲求』を告げられた魔法使いが、困ったように勇者の方を見る。彼女とて、下腹部に燻る欲求を抱えているのに。
「勇者さん、どうしましょう。……その、お二人は結構限界みたいよ?」
 何が、とは、魔法使いも言わなかった。
 水聖力を溜めることで同時に引き起こされる現象、つまりは、尿意。
 パーティ結成以来、何度も何度も彼女たちを苦しめてきたものだ。
「うーん、つらいのは分かるけど、もうちょっと我慢して? ここ、結構魔物が強いしさ……」
 申し訳なさそうに、それでも有無を言わさずに勇者は答える。
 パーティのリーダーたる彼女だけに見える、仲間の状態を表す窓。それを開いて、仲間たちの状態を確認した。戦士、魔法使い、僧侶の枠は、揃って黄色く染まっている。
 緑と青の下にある黄色い横棒には、まだ少しだけ余裕があった。
「勇者の鬼ぃ……」
 戦士が、形の良いふとももを擦り合わせながら恨み言をいう。そのトーンが本気でないのは、彼女とてここで解放するわけにはいかないと分かっているからだろう。
「なるべく、急ぎましょう…?」
 僧侶が、切実な色を滲ませた声音で乞う。
「早く、着けると良いわね……」
 魔法使いは、そっと靴の先を地面に擦り付けた。

554名無しさんのおもらし:2017/10/11(水) 00:57:35

「っ、あ、あれっ………?」
 魔法使いが、戸惑った声を上げる。
 パーティは、彼女の使役する水の精霊のナビゲーションに従って進んできたはずだった。なのに、目の前に広がるのは森の出口ではなく切り立った崖。
 覗き込んだ下は、うっかり落ちれば怪我では済まないほどの谷になっていた。
「出口はどうしたんだ?」
「ま、まさか、間違えたんですか?」
 戦士と僧侶が、魔法使いに問う。その二人は、随分と切羽詰まった様子を見せ始めていた。
「っ、ごめん………精霊さんの指示を、私が聞き間違えたみたい………。ほんとの道は、逆だって」
「「ええっ!」」
 うう、と申し訳なさそうに身を縮める魔法使い。水の精霊との交信の副作用で体に湧き起こる衝動が、一層強まる。
「わ、私だっておトイレ行きたいのよ! 精霊さんとお話してると、どんどんつらくなるし……集中できなくって、そのっ」
 ついに、魔法使いの手がローブの前に差し込まれた。ぎゅううっと押さえ込んで、腰が引けて、不格好な前屈みになる。
 それは、戦士と僧侶が現在進行形で耐えている『欲求』を呼び起こすには十分すぎる目の毒で。
「っ、あ、アタシだって、っふぅ…ッぁ!」
「やだ、わたし、っ、くうっ………ひっ、」
 戦士は盾を放り出して、僧侶は杖を落として、慌てて魔法使いと似たり寄ったりの姿勢をとる。

「ね、ねえっ、頼むから、いいでしょっ、アタシ、もう限界ッ!」
「おトイレっ、……勇者さま、お願いです! していいって、許可を……っう」
「やだ、出ちゃうッ、もう、無理なの……!………あっ、ぁ、や、精霊さん、今は、やめてっ!」

 戦士、僧侶、魔法使い。
 三者三様に、勇者に向けて『許可』を乞う。

 仲間たちから必死なお願いをぶつけられた勇者は、仕方ないなあとでも言いそうな調子で言った。
「……それじゃあ、全員一気にしちゃうと困るから、ひとりずつね? その間に魔物が来ないとも限らないし、バラバラにならず、警戒も怠らないこと」

 勇者の言葉に、三人は一瞬顔を見合わせる。そこからは、早かった。

「っ、ごめん!!」
「あっ、待ちなさいよ!」
「抜け駆けはずるいですっ!」
 戦士が、前を押さえたまま近くの茂みに駆け込んだ。後を追って、魔法使い、僧侶と続く。
 彼女らが通った白い雪の上に、黄色い丸がいくつも落ちる。

「アタシ、もう限界なのっ! お願い、終わったらすぐ聖水飲むから、先にさせて!」
 戦士の鎧の下で、とどめ切れなかった水分が少し溢れた。
「っ、ここまで案内したのは私の力なんだから、私が最初よっ」
 魔法使いの白いローブの中心に、薄黄色の染みが広がる。
「わたし、わたしだってつらいですっ!! っああっ、出ちゃう、ぅっ!」
 僧侶の法衣の裾から、水の流れが伝い落ちる。


 悲鳴のような声をあげたのは、誰か、それとも全員か。


 しゅわあああ、と静かな水音が三つぶん、森に響いた。
 ぺたんと座り込んだ三人のお尻の下から、黄色い水流が白い雪の上に広がり、雪を溶かしていく。
 鎧を。法衣を。ローブを。我慢しきれなかったおしっこが濡らす。
 我慢に我慢を重ねた三人ぶんのおしっこは、それはそれは大きな水溜まりを作り上げたのだった。

555名無しさんのおもらし:2017/10/11(水) 01:01:46

 戦士、僧侶、魔法使いの三人の黄色いゲージがみるみる減っていく。
 勇者の目には気持ち良さそうな彼女らの放尿が、耳には勢いのいい水音が飛び込んでくる。
 その一方で、勇者自身の水聖力を示す横棒はいっぱいいっぱい。ゲージの左端に書かれた数字は分母より分子の方が大きくなっていて、それを勇者は意思の力だけで支えていた。

(っ、あ、私だって、おしっこしたいのに………!)

 数値にして、先程までの三人の平均の、一.五倍。それだけの量が、勇者のお腹にはたっぷりと溜め込まれていた。


 勇者には、仲間たちをつらい旅に付き合わせているという思いがある。
 だからこそ、自分にできることは自分が一番頑張ろうと。
 欲求が限界を超えても涼しい顔を保ち、数字で突きつけられても己を騙して我慢を続ける。
 それはある種、勇者を勇者たらしめている意思の力に通じるのかもしれなかった。

(っふ、………あ、やばっ………。だめ、我慢我慢……)

 長い長い我慢からの解放に、仲間たちは気持ち良さそうに浸っている。
 彼女らが後始末を終え、聖水を口にし、水聖力を再び宿すまで、少なく見積もっても一時間。
 それまでの間、勇者は限界を超えたおなかを宥めながら、水の力を一時的に失った彼女らを守って戦わなければならない。
 甘く、擽ったく疼く下腹部を抱えた勇者はそっと三人に背を向けて、密かに、一瞬だけ足のつけ根にてのひらを強く押し当てた。

556名無しさんのおもらし:2017/10/16(月) 23:23:07
gj 勇者がいいね!
他の子たちが勇者に絶対の信頼を持ってるからこそ勇者も弱音を吐けないみたいな
勇者以外もステが確認できたならまた違ったのだろうけど

557名無しさんのおもらし:2017/10/17(火) 19:41:51
勇者ちゃんにはもっと我慢してほしいね

558事例の人:2017/11/02(木) 01:15:04
>>464
鞠亜はまだまだ謎多き人物ですね、キャラ紹介まだですし……しないかもだけど。
>>534
テレパシー今回は仕事しません……
>>535
星野さんは来年中には。

根元さん覚えてる人いて驚いた。
感想とかありがとうございます。

今回変化球です、おもらし推理小説みたいな新ジャンル
ちょっとどころではなくおもらし小説としてはどうなの? って感じです。
推理小説としてもどうなの? です。矛盾あったらごめんなさい。
追憶としてこの話に出てくる事件は書くこともあるかもです。

559事例13「容疑者の一人」と安楽椅子探偵。1:2017/11/02(木) 01:16:48
「……えっと…もう一度言ってくれる?」

私は自分の耳を疑いまゆに聞き返す。

「だから、中学一年の時に起きた怪事件、『犯人の居ないおもらし事件』だよ」

……。
何度聞いても耳を疑いたくなるその謎の怪事件。
隣で少し顔を赤くして真顔で瞬きだけをする弥生ちゃんが――可愛い。

「……えっと犯人って言うのは……えっと、失敗――した子ってこと?」

昼休みと言う時間の中、まゆの言うおもらしという言葉を使いたくないのもあるが
昼休みじゃなくとも普通に濁したくなるのは至極当然な事。

「そういうことだねー」

「……それで、なんでそんな話になるの? ただ、上手く隠し通したって話でしょ?」

私は内心では興味津々だが、気怠そうに振舞う。

「簡単に言えばそうなんだけど、容疑者を絞って話を聞く限りじゃ、犯人が見つからなかったんだよ」

「……ちょっとまって……なに? 犯人捜ししたの?」

おもらしした犯人を見つけるなんてちょっと悪趣味なんじゃ……と思いつつやはり興味はある。
私の言葉にまゆが少し困った顔で話す。

「いや、一部の人だけが探偵気取りで始めたんだよ、まぁ2日目でもう飽きて殆ど話題にもならなかったけどね」

そういって更にまゆは続ける。

「おもらしの水たまりは教室に放置されてたし、クラスが迷惑したのは事実だったわけで
中学という時期を考えればこの程度、普通なんじゃないかな?」

わからなくもない。
他人事でそんな非日常が起きればお祭り騒ぎになる人は当然いるだろう。

……。

「……それで、どんな事件だったの?」

「お、興味出てきた?」

私はまゆの言葉に目を細めて返す。

「……そりゃそんな中途半端な感じに話されたら気になるでしょ」

まゆはしてやったりという顔で私を見る……なんか腹立たしい。
もともと興味があったのは間違いないが、誘導されたみたいで……。
隣の弥生ちゃんも顔は赤いがまゆの方を向いて、事件の内容が気になっているようだった。

「よし、とりあえず事件のあらましを説明するよ、詳しくは質問とか貰ってから答えるね」

そういってまゆが説明をする。

560事例13「容疑者の一人」と安楽椅子探偵。2:2017/11/02(木) 01:18:04
前置きとか背景――――重要な事と言えば女子中学だという点……女子確定だね!――――とかどうでもいい話が多かったが
まゆの話を要約するとこうだ。

まず事件が発覚したのは体育館で行われていた体育が終わって教室に戻ってきたとき。
教室の後ろの方に水たまりを見つけ、その独特の匂いからそれがおしっこによるものだと断定された。
教室へ戻ってきた生徒は複数人でそれを見つけていて、体育の授業が終わってから作られたものではなく
それ以前に作られたものだと思われた。
そして容疑者は4人居てその人に順番に事情聴取を行なったとか。

「えっと、まずなんで、容疑者が4人…なんですか?」

弥生ちゃんがおずおずとした感じで尋ねる。
当然ながら私もそれは気になる。

「実はその前日から教室近くのトイレの故障が多くてね、個室が一つしか使えなくて混んでたんだ」

「? ……理由になってなくない?」

「うん、これは間接的な理由、それが原因で先生が言った言葉が“我慢できなければ2階の2年生のトイレを使いなさい”
さて問題でーす。私たちは行列のできたトイレを使わず、どこのトイレへ向かったでしょうか?」

私はなるほどと納得した。
だけど、弥生ちゃんはその問題にストレートに答えた。

「2階のトイレ……じゃないんですか?」

「残念だけど不正解、弥生ちゃんなら2階のトイレを迷いなく使う?」

「う……状況によりますけど、高学年がいるところ……ましてや昼休みでもない短い休憩時間には混んでそうで行きたくないです……」

「その通り」

まゆが得意げな顔をしているので私は答えを言うことにした。

「……更衣室近く、もしくは体育館のトイレね」

「流石だね、そういうこと。正確にはうちの中学では更衣室近くにトイレはないから、多くの人は着替えてから体育館のトイレを利用しようってなったわけ」

そこまで説明されれば言いたいことは分かった。

「……つまりは容疑者は多くの人が利用した体育館のトイレに行かなかった人ってこと?」

「うん、その通り、皆――というかグループの内一人でもいいんだけどね」

更衣室へ向かった人は多くて、その一人一人が証人であると同時に容疑者とはなりえない。

561事例13「容疑者の一人」と安楽椅子探偵。3:2017/11/02(木) 01:19:28
「どうして、容疑者の4人は皆と同じように体育館のトイレを利用しなかったんですか?」

「そうだね、ここからが本題となるわけだね」

まゆはノートを取り出しでA子、B子、C子、D子と書く。

「この子たちが容疑者だね。そして、理由はそれぞれなの
まずA子。彼女は日直だった、黒板を消す仕事があったわけ。
だから体育の前の授業が終わったとき一目散に教室を飛び出して教室近くのトイレを利用した。
次にB子。この子は少し変わった子で、普通に2階のトイレへ行ったらしい。
それからC子。彼女は始め教室のトイレに並んだんだけど、列が長くて諦めて別のトイレへ行ったみたい。
そしてD子。彼女は教室近くのトイレに並び続けたけど、時間的な理由で諦めたの」

まゆは日直などの簡単な情報を各仮名の下に書き込む。
……。

「……C子とD子が情報不足ね、まずC子はどこのトイレへ向かったの?」

「C子は理科室や視聴覚室とかある教室棟でない利用者の少ないトイレへ向かったわ」

「それじゃ、D子さんは?」

「彼女は文字通り諦めた、我慢したまま体育へ向かった」

「……そうなるとD子は体育が終わるまで我慢したってこと?」

まゆは首を振った。

「D子は体育の終わり掛けにトイレへ抜けたよ(……授業開始からそわそわしてたからずっと我慢してたんじゃないかな?)」

なぜか後半は小声で言った。
でも、これがすべて真実だとするとだれも失敗していない。
A子は教室近くのトイレで真っ先に済ませている。
B子は2階のトイレで済ませている。
C子は別棟のトイレで済ませている。
D子は体育の時間我慢している素振りを見せ、途中トイレに抜け出している。
まゆが言うように『犯人の居ないおもらし事件』となる。

だけど、誰しもが嘘を付ける。
皆自分を弁護しているだけで容疑が晴れるわけじゃない。

「……事情聴取したのよね? さっきの内容がすべて?」

「いや、まだいくつか話してないこともあるよ」

……。

――中学生の事情聴取か、……その内容をまゆも知ってるってことは――。

つまりそういうことなのだろう。
私は嘆息してから尋ねた。

562事例13「容疑者の一人」と安楽椅子探偵。4:2017/11/02(木) 01:21:46
「……それじゃ事情聴取をした順番通りに内容を聞かせて」

「おっけー、まずは日直であるA子、実は彼女が一番疑われてたの、だから真っ先に話を聞いたわけだね。
まずA子は日直の仕事を済ませる前に教室のトイレへ走った、結構我慢してたのもそうだけど
日直の仕事の後でトイレに行くにはトイレが混んで時間がないと思ったらしいの。
用を済ませ、黒板を消すため教室へ戻ると、殆どの生徒がいなくなったところだったと言ってたかな?
だけどそこには容疑者が一人いた……それはB子だった」

「え? B子さんは2階のトイレへ向かったんじゃないんですか?」

「そうだよ。だけど、体操着を持って行かなかったB子はそれを取りに一度戻ってきてたの、それを見かけたみたい。
話を戻そうか、A子は黒板を消していたんだけど、黒板の上の方を消すのに苦労してB子が居なくなった後もしばらく時間がかかったそうだよ。
そして教室に誰もいないのを見てから教室の後ろの戸を閉めて、前の戸も閉めた。あ、閉めたって言うけど鍵をかけたわけじゃないよ
うちの学校は戸締りとかはしなかったから。そうそう、その時に水たまりはなかったと思うって言ってたかな?
そしてそのあと更衣室へ向かって、そこにはもう誰もいなくて一人で着替えることになったんだけど、服を入れるロッカーの空を探すのに苦労したってさ」

……。
他の聴取を聞いていないが、おかしな点は今のところはないかな?
疑問があるとすれば――

「……どうしてA子が一番疑われてたの?」

「あー、それはね、彼女が一番体育館に付くのが遅かったうえ、授業に少し遅れて来たからだよ」

だから教室を出たのが最後であり、水たまりを残せる可能性がある……そういうわけか。真っ先に疑われて当然。
だけど、A子が嘘を言っていなければ先に済ませていたことになりおもらしとはならない……。

「さて、次は今の流れからB子の聴取になったんだけど、さっき言った通り2階で済ませて体操着を取りに戻ってきたの。
ちなみに2階は殆ど混んでなくてすぐに済ませられたと言ってたね。
教室に戻ってすぐA子も教室に入ってきて黒板を消しはじめたって。B子が教室を出るときはA子以外いなくて
そのA子は背伸びしたりジャンプしたりして必死に消してた場面だったみたい。
そのあとすぐA子に確認を取ると確かにジャンプしたりしてて、踏み台を使えばもっと早く消せたと言ってたね。
更衣室へ行くともうみんな着替え終わっていたらしくて誰もいなかったそうよ」

つまり、皆が着替え終わった後にB子が着替えて、B子が着替え終わった後にA子が着替えた。
接触していないのだからこの辺りは嘘を言っていたとしても違和感なく通るけど……。

563事例13「容疑者の一人」と安楽椅子探偵。5:2017/11/02(木) 01:22:25
「そしてC子。彼女はさっきの二人とはほぼ接点がなくてねぇ。教室近くのトイレに並んだんだけど……あ、すぐ前はD子だったみたい。
それなりに切羽詰まっていた彼女は列をすぐに抜けて教室へ戻った、これは数名の生徒が確認済みだったし私も見たよ。
そして体操着を持って別棟の利用者の少ないトイレへ向かった。
そこのトイレは誰もいなくて普通に間に合って、そこで体操着に着替えて直接体育館へ向かったんだって。
その子の言った通り、確かに制服を持ったまま体育館へ来てたね」

「えっと、更衣室へ制服を置きにいかなかった理由はあるんですか?」

「単純に面倒だったからだって。教室から体育館の間に更衣室はあるけど、彼女の向かったトイレから真っすぐ体育館へ向かうとなると
ほんの数十歩だけど無駄にあるかなきゃダメで、それがなんだか面倒に感じたんだって」

……。
確かにこれじゃ接点がない。
彼女の行動の真偽は彼女の言葉だけで完結していて制服を体育館へ持ち込んだという結果しかわからない。

「質問なさそうだね、最後はD子だね。彼女もC子と同じで教室近くのトイレに並んだ
もう少し早く進むと思っていたけど、思うように列は進まず途中で諦めて教室へ戻ったそうだよ」

「……まって、その戻った時ってタイミング的にはどのタイミングなの?」

わざわざ行列に並んだのだから、D子は時間ギリギリまで行列で粘ったと考えるのが普通。
さっきまでの話を聞く限りじゃ、最後まで教室で黒板を消していたA子が見ていないのはおかしい。

「D子が言うにはA子が黒板の上の方をジャンプで消していた時で、自分以外の生徒はいなかったってさ」

「おかしいです! A子さんが最後に見たのはB子さんのはずです!」

「その通りだね、だけど厭くまで“A子が見た”のがB子であってそれが真実という保証はないからね。
というのも、D子の席は一番後ろ、トイレの方から戻ってくると後ろの戸から入ることになる
戸の目の前が彼女の席、机の横に掛けられた体操着セットを取るだけだから教室に入った時間は数秒程度でそのまま後ろの戸から出たらしい。
この短時間では黒板を消しているA子が気が付かないのも無理はないというわけ。
そして、D子は急げば体育館のトイレを使えると思っていたらしいけど、体育館についたのはチャイムが鳴っている途中、ギリギリだったわけね」

……。

「なるほどです……」

弥生ちゃんは納得する。
私はまゆがノートに書き続けているメモも眺める。

……。

「……体育が終わった後、更衣室で着替えなかった人はいる?」

「いないね、C子を含む全員が更衣室に入って着替えたよ」

……おかしい。違和感を感じる。

564事例13「容疑者の一人」と安楽椅子探偵。6:2017/11/02(木) 01:23:16
「わかりました! 犯人はA子さんですね!」

「へー、理由は?」

「教室を出たのが最後だという確証はないですけど、B子さんとD子さん、それに自身の証言から最後である可能性が極めて高いうえに
体育の授業を遅刻するほど遅れてきている彼女が一番遅かったのは揺るぎない事実です!
この事実がある以上は他の容疑者が教室でお――ごほんっ! ……えっと、失敗をすることが出来ませんし
教室まで行ってすること自体が不自然です!」

私も同じ結論ではある。
だけど……。

「……まゆ、この話って本当に未解決だったの?」

私の言葉に弥生ちゃんはきょとんとして、まゆは表情を変えず、そのあと嘆息した。

「敵わないなぁ、あやりんには……。そう、この事件は弥生ちゃんの推理通りにその日のうちに解決済みだよ」

出された結論はこうだ。
A子は授業が終わると同時に教室近くのトイレへ向かった。
かなり切羽詰まっていて、日直の仕事がある以上、体育館のトイレを使用するのはクラスメイトの順番待ちで厳しいと思った。
だけど、急いで向かった教室近くのトイレは既に並んでいて、これを並んでから黒板を消していては授業に遅れてしまう。
A子は並ぶのを諦めて黒板消しをして、教室のトイレの行列が解消されることを祈った。
教室に誰もいなくなり我慢も限界に差し迫ったころ、教室の後ろの戸からトイレを見ると行列はまだ残っていて……。
この後彼女が取った行動が、教室後ろでの放尿なのかおもらしなのかはわからないが、かくして、教室に水たまりが作られる結果となった。
もし下着や制服が汚れていたならば、先に保健室で替えの着衣を用意すれば問題ない。授業は既に始まっていて、見つかる心配はない。

「だけど、私、そのA子に昨日会ったんだよ」

まゆが真面目な顔で続けた。

「なんか流れで話題がこの話になると彼女は迷惑そうな顔で言ったんだ……『私じゃなかったのに』ってね。
あれから約3年、そしてA子を見てると嘘を言ってるようにも、現実を受け止めていないようにも見えなかった
これは私が感じたただの感想であってA子の疑いを晴らすようなことじゃない……だけど……やっぱり気になった」

「……弥生ちゃんやクラスで出された推理は間違っていて、他に真犯人がいるってこと?」

「わかんないけど……多分ね」

「そんな…ありえません……」

A子が犯人でない。これはまゆの想像であって犯人ではない。
……。

565事例13「容疑者の一人」と安楽椅子探偵。7:2017/11/02(木) 01:24:10
「……たしかに、まだ考える余地はありそうだね……そもそもA子が犯人だと違和感がないわけじゃないし……」

「どういうことですか?」

二人が私の顔を覗き込む。

「……実際見ていないからわからないけど……限界まで我慢してるA子が黒板を消すために背筋を伸ばしたりジャンプするとは私は思えない」

二人は目を丸くして驚いた。

「……だから私はまゆの意見――A子は犯人ではないに賛成したいんだけど……肝心の真犯人が……」

私は考える。
誰もが嘘を付くチャンスがあった。
だけど、嘘を付ける範囲は限られていて、体育館に来た順番は容疑の掛かっていないすべての人が見ている。
更衣室はC子を除くすべての人が利用していて、授業前、最後に使用した人物はA子で、これも恐らく間違いない。
それなのに、A子が教室を出たときに水たまりが存在していない……。

――……A子が気が付かなかっただけ? もしくは、犯人ではないが嘘を付いてる?

後者には少し無理がある。
A子は「私じゃなかったのに」と言って不本意な形で事件が収束していったのを不満に思ってる。
犯人にされてもなお、嘘を付く必要があったとは思えない。あったならばA子は後悔をしていない可能性が高く
まゆに対して不満を漏らすとは考えにくい。

「……まゆ、水たまりの位置は教室の後ろって言ってたけど、A子が教室の戸を閉める際に気が付かないくらいの位置だった?」

「いや、水たまりは教室に入ってすぐで、戸を閉めに行けば普通に踏んでしまうくらいの位置だから気が付かないはずはないよ」

――だめか……。

水たまりが出来た時間が変われば、色々と変わるかと思ったがこれもA子が教室を出た後で確定。

「えっと、本末転倒ではあるんですけど、容疑者の中に犯人がいなくて、他のクラスの生徒という可能性はないんですか?」

「……他のクラスの人が誰もいなくなった教室に入る行為、廊下にはトイレに並ぶ人もいたんだからリスクは高いとは思う……けど――」

それでも、正直否定はできない可能性。
本当にA子が犯人ではないのなら、他に可能性がない以上、この答えが真実となる。

「それはないよ」

まゆが口を開いた。

「A子には手紙が届いたらしいの、筆跡から読み取られないように印刷した文字だったらしいんだけど
貴方に罪を押し付けた形になってごめんなさいって内容のね……この事件はクラス外に漏らさなかったし
手紙自体も事件後の次の日だったからクラス内の誰かなのはほぼ間違いないはずだよ」

……。
そうなると八方塞がり……確かに怪事件。

566事例13「容疑者の一人」と安楽椅子探偵。8:2017/11/02(木) 01:25:01
「ねぇ」

私は考え込んでいた顔を上げる。
目の前には弥生ちゃんとまゆも顔を上げていて……。

「もうすこし見方を変えてみたらどう?」

そう口にしたのは……朝見さんだった。

「A子さんは更衣室で空いたロッカーを探すのに手間取ったと言っていたはずよ。
つまり教室を出てから体育館に着くまでの時間はそれなりに長かったと言えるはず」

なぜかよくわからないが話に参戦したきた朝見さん……。
だけど、指摘したことは確かにその通り。
A子が教室を出てから体育館へ到着するまでに水たまりを残して、A子より先に体育館へ行くことが出来れば別の人でも犯行は可能。
でも――

「だ、だとしても体育後の更衣室ではみんなが着替えているので全ての人が着替えを更衣室に置いてあったか
もしくは持ち込んだりしなければ、この犯行はやっぱり不可能です」

――……っ! そっか、見方を変えるって……。

「……ちがう、不可能じゃない……一人だけ可能な人がいる」

567事例13「容疑者の一人」と安楽椅子探偵。9:2017/11/02(木) 01:25:45
皆が私の顔を見る。
小さく咳払いをして数秒、私の推理が勘違いでないかを整理……それから口を開く。

「……結論から言って恐らく真犯人はD子」

「ちょ、ちょっとまって! D子じゃないって、体育の授業中……えっと、我慢してたっぽいしトイレにも…いったし」

まゆは自分の目で見てたからなのか、少し慌てて私の考えを否定する。
だけど、まゆが言ったことこそが、この事件を解くカギ。

「……体育の授業中そわそわしてたのは演技……ではないけど理由が違う。恐らく下着をつけていなかったからだと思うの
そして、トイレと言ったのは嘘。本当は保健室と更衣室へ行っていたと私は考える」

「保健室と更衣室?」

まゆは不思議そうな顔で何度か瞬きをする。

「……まず事の発端から、D子は体育前の授業中、我慢していたのでしょうね。
そして何らかの理由……詳しくはわからないけど、授業後トイレに立つのが少し遅れて教室近くのトイレは順番待ち
だけど、D子はそこに並び続けた……ここの理由も実は曖昧だけど、2階のトイレは行きにくいし階段もある
他のトイレも遠いと考えれば、限界まで我慢していたのなら、歩き回るより最悪10分その場で我慢すれば済ませられると思って並び続けた可能性は十分にある。
だけど、ここに誤算があった……多分間に合わなくなっちゃたんじゃないかな?
焦る中、自分のクラスの戸が閉まる音でも聞いたのか、視線は自分のクラスへ、教室から出ていく日直のA子を見て教室に誰もいないのを確信した。
人の視線から逃げるように教室に飛び込んだ瞬間、限界が訪れた。制服はわからないけど下着への被害を残して、教室の後ろで失敗を犯した。
彼女は慌てた、失敗を処理していては授業に遅れる、事情も何も話していないからもしかしたら探しに来るかもしれない。
バレたくないという思いから彼女は水たまりをそのままにして、体育館へ向かう決断をする。
だけど、最後に教室を出たはずのA子より遅くなってしまえば犯人は自分になってしまう……そう考えたD子は教室で下着を脱ぎ、体操着に着替えた。
更衣室には寄らずに、一目散に体育館へ急ぎ、日直より早く体育館へ到着できたというわけだね
そして、まゆが言ったそわそわしてた理由はさっきも言った通り下着を付けていなかったから
トイレへ抜けたのは保健室に下着を調達に行くためと、更衣室へ制服を置くためだったというわけ
更衣室へ置いた制服はどこか近くに隠してあった自分のだったのか、保健室で調達したものだったかは謎だけどね」

「待って下さい、D子さんは教室でA子さんがジャンプしたりして黒板を消していたと言ってます
A子さんが言うように踏み台を使う可能性があるなら、そんな具体的な表現は危険です!」

「……具体的な表現だからこそ信憑性が増す、それに……まゆ、貴方は探偵側の生徒ではなかったんでしょ?」

「え? あ、うん」

「……にも関わらず、まゆが聴取内容を知ってるのは、クラスの皆がいる場で事情聴取が行われたという事
本来一人ずつ個別でしなきゃいけないはずの事情聴取を皆がいる場でしたことで、後の人は話を合わせるということが可能だったという事」

弥生ちゃんは目をぱちぱちさせて驚ていて、まゆは神妙な顔でなぜか黙っていた。
朝見さんは後ろを向いていてよくわからないが、もしかしたら真相に気が付いてヒントを言ってくれたのかもしれない。

「……多分、D子はただ自分の失敗を隠すためにしたんだろうけど……結果としてA子に罪を擦り付けるみたいになったんだろうね……
不本意な形でA子を貶めてしまったD子は手紙を出さずにはいられなかった……犯人と名乗り出るのは流石に勇気がいるからね」

「これで事件は解決ね……」

後ろを向いていた朝見さんは自分の席に戻る。
時計を見ると昼休みはあと僅か。

「あっ! 私お手洗いに行ってきます」

弥生ちゃんは昼休みが残り少ないことに気が付いて慌てて教室を出て行った。

「あやりん、ありがとね」

まゆの感謝の言葉。

「……どういたしまして」

私も短く返した。

568事例13「容疑者の一人」と安楽椅子探偵。-EX-:2017/11/02(木) 01:27:20
**********

「ごめん、今日は先に帰って、私ちょっと用事があるからさ」

私はあやりんと弥生ちゃんにそう声を掛ける。

「……ん、わかった」「それじゃ、また明日」

あやりんと弥生ちゃんが教室を出て、他の生徒も教室から出ていく。
そして、教室には私ともう一人が残る。
私が用事と言ったとききっと彼女もそれを察したのだろう。

「どうして協力してくれたの……呉葉ちゃん」

自分の机に頬杖を付いていた彼女がそれをやめて、机に視線を向けながら答える。

「白鞘さんにはずっと悪いと思ってたから……」

白鞘とはA子――白鞘英子(しらさやえいこ)のこと。

「私もごめん……まさか呉葉ちゃんが犯人とは思ってなくて……」

なんだか私、いつも呉葉ちゃんにとって余計な事をしでかしてる気がする……。
今にして思えば、別の場所や学校外でそういう話をすべきだった。

「気にしないで……謝らなければいけないのは、私が英子に対して…だと思うから……」

……。
英子ちゃんの話を聞いて、私は少し自己嫌悪していた。
当時の私は、何度も釈明する彼女の事を全く信じていなかった。
周りは優しくしてくれてはいたが、何度釈明しても優しく諭される……その遣る瀬無い気持ちと言ったら計り知れない。
だから私は、罪悪感から早く解決したいって気持ちばかりが先走りD子が――呉葉ちゃんが真犯人だという可能性を見落としていた。

「雛倉さんの推理……、大体合ってた。強いて言うなら、トイレの場所を変えなかった理由くらい」

――理由……なんだろ?

疑問に思うが呉葉ちゃんはそれ以上続ける気がないみたいだった。

私から声を掛けるべきか迷っていると小さくため息が聞こえてきた。

「……別に罪を擦りつけたいとか思ってなかった……。
だけど、結果的には最低な事してて……その晩気持ち悪くて一睡もできなかったわ」

何を言っていいかわからず私は口を閉ざす。
呉葉ちゃんは真面目で正義感が強い子だった。
だけど気が弱くて、行動力がなくて、人見知りで。

英子ちゃんにしたことは結果的に正義とはかけ離れた行動。
もし呉葉ちゃんに勇気があれば、彼女の正義感から間違いなく犯人は私だと名乗り出ていたはず。
それが出来ない自分を責め続けて……、彼女が出来る精一杯があの手紙で。

「ねぇ、黒蜜さん」

「……なに?」

「白鞘さんの連絡先……教えて、くれない?」

少し自信なさげに、でもハッキリと聞こえる声で言った。
私は小さく笑いながら言った。

「うん、いいよ……」

大丈夫……。
英子ちゃんのあの様子だと、今はそれほど気にしてない。

「許してくれるよ、きっと――」

おわり

569名無しさんのおもらし:2017/11/02(木) 22:38:48
この事件が追憶で書かれたら語られなかった謎もあきらかになるのかな

570名無しさんのおもらし:2017/11/03(金) 13:26:35
更新ありがとうございます。毎回楽しみにしてます。

D子の説明でまゆが声を潜めてたのはそういうことだったんですね。
でも、彼女が列に残ったのは何でだったんだろう?
性格的にも状況的にも利用者が少ない方に行きそうなのに。
B子やC子も実はキーパーソンなのかな。

571名無しさんのおもらし:2017/11/04(土) 00:32:01
いやぁ読ませる文章は書くわ
可愛い絵は描くわで最高だよあんた
今回みたいな推理ものでありながらもちゃんとおもらしを軸にしてるのはすげぇなとしか言えねぇ
これからも自分のペースで作品あげてください

572名無しさんのおもらし:2018/01/26(金) 23:49:03
新作希望

573事例の人:2018/03/18(日) 23:51:12
もう3月だった・・・
事例13の続き(追憶)になります
次回は事例14ではなく諸事情で飛ばして15の予定ですが更新は結構先になると思います

574追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。1:2018/03/18(日) 23:53:35
  「えっと、もしもし?」

見知らぬ番号からの連絡に疑問符を付けた白鞘さんの応答。
私はそれに気まずく、用意していた言葉を返す。

「えっと……中学同じだった朝見呉葉……だけど……」

  「え? ――あー、1年の時、確か同じクラスだったよね?」

クラスが同じだったのは1年の時だけ。
私を覚えていたのはきっとあの事件で同じ容疑者だったからだろう。
そんな私がなぜ連絡先を知っているのか疑問に思うのは容易に想像が付くので、先回りして連絡先を得た方法を答える。

「そ、そう。…その、黒蜜さんから連絡先……教えて貰って」

  「そうなんだ、それで――あ、もしかして例の事件の真犯人だったのを隠しててごめん――っ的な話?」

「っ! そ、その通りなんだけど……どうして?」

どう切り出そうか色々考えていたのだけど、あちらからとは想定外。
そして、なぜか彼女は私が真犯人だと知っている口振り……。

  「いやー、タイミング的に真弓ちゃんが解いちゃったのかなって思って……その、ごめんね?」

昨日の今日であの事件の関係者――というか、容疑者からの連絡。
そこから察したという事……だけど、それよりも――

「なんで……謝るのは私だと…思うのだけど」

そう、謝るのは私。
まだ謝れていない……それなのに、どうして彼女が謝る必要がある。

  「んーえっとさ、私、真弓ちゃんにちょっとあの事を愚痴ったみたいになっちゃったから……
  今更、犯人捜しみたいなことになってたなら嫌な思いさせちゃったかなーって思って」

――自分が犯人にされたというのに……この人は……。

私は彼女の優しさに感謝しながらも少し呆れた。
悪いのは元を辿れば私のはずなのに……――謝らないと……。

「いや、ですから……その、あの時ちゃんと私が名乗り出なかったからで、だから――ごめん…な、さい」

もっと丁寧に謝りたかったはずなのに、少し流れに任せてしまった。
それでも、ちゃんと…言えた。

575追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。2:2018/03/18(日) 23:54:08
  「うん、わざわざありがと。もう気にしてないし大丈夫。そりゃ前に犯人が朝見さんかもって聞いたときは驚いたけど……」

――……え? 前に犯人が私かも…って?

今までの話の流れから黒蜜さんが既に伝えていた可能性はまずない。
それに“朝見さんかも”という言葉から“前”と称されたその時点では私だという確証は得られていなかったと考えられる。

……。

「……前に聞いたって誰かから聞いたんですか?」

結局、考えても結論が出そうになく、かと言ってそのまま聞き流すことも出来ず単刀直入に聞くことにした。

  「え? あ、うん。香澄ちゃんに聞いたけど、朝見さんが犯人の場合アリバイ工作――っていうのかな?
  そこまではわからなくて、私としては全然信じてなかったんだけどね」

香澄と呼ばれた人物に初めはピンと来なかったが
黒蜜さんの言うところのC子に当たる人物、確か彼女の名前が香澄――紺谷 香澄(こんたに かすみ)だった。

「……えっと、アリバイ工作なんてものじゃ――いや、結果的にはそうなんだけど……。
でも、どうして犯人が私なのかもって…紺谷さんはわかったんですか?」

  「え? あはは、気を悪くしないでね。わかったっていうよりも、私じゃないなら朝見さんかもしれないねって程度の話で
  香澄ちゃんは朝見さんの様子的に体育後半まで持つようには思えなかったってさ」

――様子的にって……っ! お、お手洗いに並んでる時!?

仕草は極力出さないようにしてはいたが、限界だったし、後ろの紺谷さんにはやっぱり切羽詰まってると思われていた……。
私は右手を額に当てながら力なく口を開く。

「そ、そう……」

  「それで、真相はどうだったの?」

……。

「……余り言いたくないんだけど……」

  「うーん、じゃあ、許す条件が話す事って事でどうかな?」

――じゃあって何よっ!

まさか急にこんなことを言い出すとは……。
だけど、それを言われると言わないわけにはいかない。
嘆息しそうになって私は静かに鼻から空気を出す。

「どこから――」
  「我慢する経緯からでお願いしまーす!」

……。

変な事言わずにさっさとアリバイ工作の話から始めればよかった。
私は今度は明らかに聞こえるように嘆息してから、顔が熱くなるのを感じながら渋々話を始めた。

576追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。3:2018/03/18(日) 23:54:45
――
 ――
  ――

トースト、ハムエッグ、コーンスープ、牛乳。
今日の朝食は珍しく洋食。

「ごめんね、お味噌切らしちゃって」

母は私に謝る。
この謝罪の意味は、ただ、いつもと同じものを用意できなかった事に対するもの。
私は別に洋食が嫌いなわけではないのだから。

「ふう……」

コーンスープを飲み込み一息……ゆっくり食事をする。
和食の時と違って時間の進み方がなんだか遅く感じ……――あれ?

時計を見ると秒針が40秒のところを上ったり下ったり……。

「ねぇ、今何時?」

「え? 時計を見れば――あら、電池切れ?」

母はそう言うとテレビの電源を入れた。
左上に見えた時刻に私は慌てて立ち上がり、残っていた牛乳を飲み干して慌てて準備を始める。

「い、いってきます!」

私は家を出て自転車に乗って学校へ向かう。
赤のリボンだけは髪に結んできたが、その髪もいつもと比べれば少し跳ねてる気がする。
それに、お手洗いも済ませられなかった……。

いつも家で済ませて、学校で1回か2回、利用者の少ないお手洗いを利用する。
今日は2回は確実、もしかしたら3回……。
利用者の少ないお手洗いと言っても全く利用者がいないわけじゃない。
居たら何食わぬ顔で、廊下の掲示物をみたりしてやり過ごす必要があるわけで……。

大きくため息を吐きたいけど、自転車を急がせる私は既に息が上がっていて……、心の中でため息を吐いた。

577追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。4:2018/03/18(日) 23:55:19
――
 ――

1時限目の授業が終わる。
朝、遅刻は免れたが、時間的に利用者の少ないお手洗いへ行くことは出来なかった。
そして家で解消されなかった仄かな尿意は今ははっきりと感じられる。

――昇降口近くのお手洗いなら大丈夫?

あと候補としては視聴覚室近くのお手洗いもあるが、あそこは近くに掲示物がなく、他に人がいるとやり過ごすには通り過ぎるしかない。

私は机の物を片付けて廊下へ出る。
友達の居ない私がどこへ向かうのか……自意識過剰かもしれないが、気になる人もいるかもしれない。
昼休みならだれも気にも留めないだろうけど……それまで我慢するのは流石に厳しいと思う。

廊下に出ると教室棟のお手洗いには短いが行列が出来ていた。
朝のホームルームで先生が言っていた事を思い出す。
ここのお手洗いは故障で、今、個室が一つしか使えないらしい。
しばらく前から四つある個室の内一つが故障していたが、どうも配管関連の故障があったらしく昨日同時に二つ使えなくなったとのこと。
修理は週末に行うらしくしばらくはこのままで、我慢できない場合は2階のお手洗いを使うようにと言っていた。

――そもそも、私には関係のない話なんだけど。

普段からここのお手洗いを使うことはないし、2階の上級生のお手洗いを使うなんて出来っこない。
私は行列の出来たお手洗いを通り過ぎて昇降口の方へ向かった。

誰もいないことを期待して辿り着いた昇降口。
だけど残念ながら先客が入っていく姿を目にする。
私はお手洗いへの歩みを止めて、昇降口の掲示物の方へ身体を向ける。
気が付かれないよう視線だけをお手洗いの方へ。

――さっき入っていった人が出ていけば、入れるかな?

それまでは掲示物を本当に見て時間でも潰せば良い。
部活の勧誘、何を伝えたいのかわからないポスター。

「それでさー――」「へーそうなの?」

後ろを通り過ぎる生徒。
私は気が付かれないようにその人たちを視線で追う。

――ってお手洗い入っちゃった……次は私なのに……。

次と言っても、こんなところで掲示物を眺める私に順番なんてものはない。
それにしても、ここのお手洗いを利用する人が3人もいるなんて珍しい。

最初の人が出てくる。
あと二人出てきたら、今度こそ私の番。

済ませた人が私の後ろを通り過ぎる。
同時に反対側からまた一人生徒が通り過ぎていく。

578追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。5:2018/03/18(日) 23:55:48
――あ、あれ? あの生徒もお手洗いに?

また一人私の順番を飛ばしてお手洗いへ……。

どうしてこんなにここのお手洗いを使用する生徒が多いのか。
いつもならこんなことないはず……。

考えているとまた一人後ろを通る生徒。
皆私と同じ1年……――あっ……そっか…あっちが混んでるから……。

私は考える。
こっちに来たのは失敗だったかもしれない。一部の生徒が教室棟のお手洗いを並ばず、こっちに流れ込んできている。
それなら、今からこの棟の2階にある視聴覚室近くのお手洗いへ行く?

また一人生徒が後ろを通り過ぎるのを見て私は掲示物から離れ2階へ向かう。
階段を登り終えるとお手洗いが見える。近くには誰もいない。
私はお手洗いへ歩みを――

――っ! 出てきたっ!

お手洗いから人が出てきて私は咄嗟に歩みを前に――廊下へ向ける。
そして、出てきた人も私と同じ方へ進路を向ける。

――あぁ、お手洗いから離れちゃう……。

休み時間も残り少なくなってきた。
このままこっち側の階段を下りて教室へ戻るほかない。
我慢はまだできる――次の休み時間はまずこっちへ来て必ず済ませないと。

結局何もせず、教室の自分の席に腰を下ろす私……何してるんだろ。
昇降口の掲示板を見て、しばらくして2階へ移動そのまま廊下を進み反対側の階段を下りて教室へ戻る。
もし私の行動を観察していた人がいるなら不審者以外の何物でもない、意味の分からない行動だっただろう。

下腹部から主張してくる存在感。次の休み時間はちゃんと済ませないと……。
私は視線を自身のお腹へ向けて、ゆっくり目を閉じ、ため息を吐いた。

579追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。6:2018/03/18(日) 23:56:53
――
 ――

――次の休み時間まで……あと10分。

割としたい。早く済ませたい。
下腹部が軽く膨らんでるのがわかる……尿意が大きくなってきてる。
それは、それなりに差し迫ったものになっていて……。

――でも大丈夫、まだ我慢は十分できる……あと3分……。

仕草もまだ出すまでもない。十分我慢できる。

普段お手洗いに行くには遅すぎるくらい溜まってはいるけど、昔とは違う。
あの頃と違って我慢することにはそれなりの自信がある。
仕草に出さないのも多分得意な方。

誰にも知られず、利用者の少ないお手洗いで済ませて、何事もなく教室に戻って来たらいい。

<キーンコーンカーンコーン>

チャイムが鳴り授業の終了を告げる。
日直が号令を出して黒板を消し始める。
私はまだノートに写していなかったところを慌てて書き込み、教科書や筆記用具を片付ける。

――っと、向かう先は視聴覚室近くの2階のお手洗いっ!

私は立ち上がって教室を出る。
焦らず平静を装いまずは渡り廊下を使ってあっちの棟へ。
この前の休み時間とは逆のルートで視聴覚室近くのお手洗いを目指す。

渡り廊下を越えて階段を使い2階へ上がり、お手洗いのある方へ視線を向ける。
お手洗いは反対側の階段に近い位置にあるが、今のところ廊下には誰もいない。
さっきの休み時間は1時限目に移動教室があったはずだから、利用する生徒が居たわけであり
今日は2時限目と3時限目にこの辺りの特別教室を使う生徒は居ないはずなので、私のような稀有な人がいない限りは大丈夫なはず。

――“はず”ばっかりだな……だけど、よし……もうすぐ――

「こっちだよ」
「うぅーやばいー」
「あはは、わざわざこっちのトイレ使いに来なきゃダメとかギリギリかよー」

――っ!!

お手洗いに入る直前、階段から足音と声が聞こえてくる。
このまま見つかる前に個室へ入るべきか、やり過ごすべきか迷い歩みが止まる。

――っ、だ、ダメ、もう見られるかも!

迷いなく歩みをお手洗いの中へ向けていれば個室へ入れたはず。
だけど、迷いがその判断を遅らせて階段から駆け上がってくる足音はもうそこまで来ていて……。

私は足音がする方へ自ら歩みを進め、駆け上がってくる生徒とすれ違う。

580追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。7:2018/03/18(日) 23:57:35
「はい、先にどうぞー」
「ごめーん」『やばい、早くっ! でちゃう!』
「先にしないともらしちゃうもんねー」『もう、本当かわいいなー』

――っ!。

不意に聞こえる主張の大きい『声』。それと……我慢してる生徒を見て興奮を含んだ『声』。
前者は本当にギリギリの『声』だった。

私は階段を下りる。
視線を昇降口の方へ向けると、廊下に2人ほど並んでいる。
どうやら、これが我慢できず2階のお手洗いへ向かったらしい。

……。

今度は視線を上に向ける。
さっきの『声』のためか、鼓動が早くなってる……。
あんな目で見られるなんて想像もしたくない。

私は深呼吸をして視線を下ろす。
結局上の個室へ入っていたとしても、音を聞かれたり出るところを見られてたりしたわけだから
選択を間違ったとは思わない……だけど――

――どうしよう、どこのお手洗い……。

2階のお手洗いは個室の数が少なく2つ。
3人向かっていったから完全に使用者が居なくなるまで4〜5分後くらい。

「わ、昇降口のも混んでるよ……上いく?」
「そだね、上いこっか?」

階段を上がっていく二人……。これで上は個室2つに5人……5〜6分の順番待ちくらい。
休み時間の10分は既に2〜3分ほど消費されている。
上の階のお手洗いを使うという選択は難しくなった。

――……た、体育館の……1年はこの時間と次の時間体育ないけど……。

他の学年までは把握しきれていない。
だけど、私のクラスは4時限目が体育だが、全生徒共有である更衣室に上級生が残っていたことは今まで一度もない。
つまり次の時間に体育があるクラスは存在しないことになる。
更衣室での着替えの問題上、体育の授業は5分ほど早く終わるからさっきまで体育の授業があったとしても
既にお手洗いを終えて更衣室の中、もしくは着替え終えているということになる。

――うん……よし、体育館にしよう。2階はまた人が行くこともあるかもだし……それに――

あの『声』は嫌い……。
私は昇降口とは反対側へ歩みを進め体育館へ向かう。

――また私、変な行動してる……さっきはこの上を反対方向へ歩いてたのに……。

入学当初は他のクラスの時間割がわからず、苦労したこともあったが
今は何時、どこのお手洗いが利用者の少ない場所かある程度見当が付く。
だからこそ、今回のようなことは稀で――だけど、今回も大丈夫……間に合う。

廊下を進み体育館へはもう少し。
此処の階段の横を過ぎれば――

581追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。8:2018/03/18(日) 23:58:15
「わっ!」

――っ!

突然、身体に軽い衝撃を感じて私はよろめく。
それと同時に聞こえた声と散らばるプリント。

……状況は、とりあえず把握できた。

「あちゃー……って呉葉ちゃんじゃーん!」

状況は理解してはいたが、私に呼びかける声に聞き覚えがあり視線をその声の主へ向ける。

「っ! 黒蜜さん……」

教室棟への渡り廊下から出てきて私とぶつかったのは、同じクラスの黒蜜さんだった。

――でも、どうして、黒蜜さんがプリントを……?

彼女は日直でもないし、提出するようなものは出ていなかったはず。
私は廊下に散らばったプリントに視線を向ける。

「これって、さっきの授業で先生が集めてた……」

それはさっき行われていた授業中に提出した問題プリント。

「そそ、先生集めるだけで置いてっちゃうんだもん」

そう言って黒蜜さんが腰を落としてプリントを集める。

「あ、ごめんなさい、私のせいなのに」

それを見て私も慌てて拾い集める。

「気にしないでよー、私もちょっと考え事してたし、ちょうど出会い頭って感じだったし」

仕方がない、そう続ける黒蜜さん。
早足気味だった私、考え事をしていた相手、ちょうど出会い頭。
注意してれば避けられなかったわけじゃないが、非があるのはお互い様。

ただ、お手洗いに行きたいがためにうろうろと変な行動をしていた私と
日直でもないのに問題プリントを先生に届ける黒蜜さんとでは使命の質に差があり過ぎる気がするけど。

――でも、良かった……通り過ぎてるのを見られてたら体育館へ向かう所見られてたし……。

「これで最後っと、……えっと、私は19枚だからそっちは16枚あればちょうどかな?」

私は枚数を確かめる。
早く数え終え、これを渡し黒蜜さんが職員室へ入って……――そうしたら体育館のお手洗いへ。
休憩時間の残りはもう4分程度で……時間的余裕はあまりない。
まだ、尿意は限界じゃない。
だけど、早くしないといけないという気持ちが焦りになり、一枚ずつ数える手が上手く動かず逆に時間がかかってしまう。

582追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。9:2018/03/18(日) 23:58:51
「13…14……15枚? あ、あれ?」

「足りない?」

私たちは周囲を見渡す。だけど、プリントらしきものが見当たらない。

「んー、数え間違いかな? もう一度数えてみよ?」

そう言うと黒蜜さんはまたプリントを数え始める。
私も慌てて数え直す。

「こっちはやっぱり19枚だった」

「12…13…14………ごめん、16枚でした」

「よかったよかった、んじゃこれ出してくるねー」

黒蜜さんは笑顔で私が集めたプリントを受け取ると、職員室の方へ向かう。
ぶつかった事にも、数え間違ったことにも嫌な顔一つせず……。
頭脳明晰でスポーツ万能、気さくで人気者でコミュ力が振り切れてるような人。
あーちゃんのように眩しいくらいの人だけど……どこか必要以上に利他的な印象を感じる。
私が友達と言える立場にないからかもしれないけど、どこか薄い壁を一枚隔てて接しているみたいで。

あーちゃんなら、数え間違いに冗談っぽく怒った気がする。
あーちゃんはもう少し自分勝手で、無邪気で……それなのに私にとって正義の味方のような人だった。

……。

――そんな事、思い出してる場合じゃないけど……時間的にもう間に合わないか……。

済ませる時間はあるが、教室に戻るには走ってもギリギリくらいな時間。
数え間違いがなければ、1分程度早く黒蜜さんと別れることが出来たと思うから……――済ませられないのはきっと私のせいだ。

――だ、大丈夫かな? 次の授業……まだ我慢できるし、1時間くらいなら……大丈夫…だよね?

小さいとは言えない不安を感じる……。
だけど、私は不安から目を逸らすようにして足を教室棟への渡り廊下へ向ける。
自覚できる程度にはゆっくりとした迷いのある足取り……だけど、悩んでいても時間は戻らない。

教室に戻り、自分の席へ座る。
下腹部に感じる確かな重さ――それは、解消されていなければいけないはずのもの。

でも大丈夫、きっと――絶対我慢できる……。
じっと座っていれば大丈夫、そんな気がする。
決して我慢できない尿意じゃない。水分も朝以降取っていない。

「はぁ、トイレ混んでたー」
「そう見たいだね、昇降口の方も混みだしてるらしいよ」
「次私たち体育でしょ? 体育館のトイレあるし、わざわざそこのトイレ並ばなくてもよくない?」
「そだねー、二階とか論外だしー」

クラスの元気のあるグループからお手洗いに関する話題が聞こえる。
体育館のお手洗い……さっきはあれほどまでに使いたいと思っていた。
だけど次の休み時間、きっとクラスメイトの数人、もしかしたら十数人がそこを利用するかもしれない。
順番が回ってこないということは恐らくない。けれど、それなりに混み合うのは間違いない。

――使えない……使いたくない……けど。

使えないわけじゃない。
使わなければいけないなら、使うしかない。

皆が使うトイレ……私はそこにいる“皆”の内の一人……気にする必要なんてない。

<キーンコーンカーンコーン>

気持ちが憂鬱に沈む中、授業開始を知らせるチャイムが鳴った。

583追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。10:2018/03/18(日) 23:59:26
――
 ――
  ――

  「ぷっ、ちょ、なんで朝見さんの学校生活、トイレの使用がハードモードなの? くっ、ふ、あははっ」

携帯の向こう側で、笑いながら質問してくる。
当時の事を思い出しながら話す中、私が人目を避けてトイレに済ませていることを話してしまったせいで……。

「……切ります」
  「わー、ごめん、――って言うか全然真相までたどり着いてないじゃん、我慢する経緯だけじゃん!」

恥ずかしいのを我慢して、そこから話してほしいと言われた我慢する経緯。
それを“我慢する経緯だけ”って言われ、半ば冗談を交えて切るといった言葉を一瞬本気で考える。
だけど、白鞘さんは当時私のせいでもっと辛い経験をしてしまったわけで……私の話で気が少しでも晴れるのなら話を続けるのが道理。
それに……これは私の身勝手な理由だが、自分自身を許す為でもある。

  「ねぇー話してよー」

「わかったから……お願いだから余計な突込みとか言わないで、は、恥ずかしいから……」

私は深呼吸して気持ちを落ち着ける。
ちゃんと話して、許して貰って……ちゃんとケジメを付けないと。

私は再び当時の事を思い浮かべて、言葉を選んで話を続けた。

584追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。11:2018/03/19(月) 00:00:18
――
 ――
  ――

――これ……間に合うよね?

少しずつ我慢が辛くなって来ていたが、なんとか大丈夫だと感じてもいた。
だけど、授業が始まって35分を過ぎてから急激に尿意が膨れ上がって……。

――したい……お手洗いに…おしっこ……したい。

もしかしたら我慢できないかもしれない。
そんな、思いが込み上げる。

――だめだめ……そんなの……――だったら…先生に?

そう、手を上げて言えばいい。
お手洗いに行かせてくださいと言えば何も心配はいらない。

――……そんなこと出来るなら……今、こんな辛いことになってないっ……。

人気のないお手洗いを選ぶ私なんかが、そんな恥ずかしい申告を出来るわけない……だから、ちゃんと我慢するしかない。
そう自分に言い聞かせて腰を小さく揺すり、椅子にその欲求を宥めてもらう。
一番後ろの席とは言え、隣には手を伸ばせば届きそうなところにクラスメイトがいる。
下手な我慢の仕草が出来ない。しちゃいけない。

手で押さえたい。押さえつけたい。
机の上で握る手をもう片方の手で抑え込む。

「っ……」

不意に感じる尿意の波。押さえたい手を必至に机の上に止まらせる。
だけど、波は大きくなり続け、ただ我慢に集中するだけじゃ抑えが効かなくなる。

――っ……だめ、落ち着いてっ、我慢…がまん……うぅ……。

伸ばされていた背筋が前に傾く。力を籠めるために顔が下を向く。
それでも間に合わず、足を不自然に絡ませて小さく震わせる。

――あ……っだめ、我慢して、我慢……こんなの…我慢してるってバレちゃう……お願いだから治まってよっ!

その気持ちが通じたのか波はどうにか引いてくれた。授業の残り時間は6分……。
だけど、もう限界が近い……早く授業を終えて、体育館のお手洗い――っ……待って?

気持ちが先走りしたことにより気が付いた。
体育館のお手洗いに行く前に更衣室で着替える必要がある。
そうじゃないと、私だけ我慢できないから先にお手洗いに行くみたいで……そんなの許容できることじゃない。

――だ、だったら……どうする? 更衣室に行ったとして……普通に着替えられる?

今にもスカートの前を押さえてしまいそうな机の上の手……それに視線を向けながら真剣に考える。
だけどそれは考えるまでもないこと。
今の状態で平静を装い着替えたり出来ない。身体をくねらせながら着替える恥ずかしい姿しか想像できない。

――それなら…やっぱり昇降口かその上の視聴覚室前のお手洗い……でも……。

これまでの休み時間の経験から、走っていかないと結局順番待ちの可能性がある。
お手洗いまで走る……それじゃ駆け込むところを見られたら限界って言ってるようなもの――そんな姿見られるなんて絶対に嫌。
それに廊下を走るのは校則違反、万が一先生に咎められ、足止めを受けたりしたら……。

……。

万が一じゃない。
昇降口のトイレへは一年の教室を4つも超える必要がある。
授業が終わった直後でそのすべての教室から先生が出てくるのは容易に想像が付く。

585追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。12:2018/03/19(月) 00:01:03
――……視聴覚室のお手洗い、さっきの時間通ったルートなら……
いや、結局ダメか少なくとも今此処で授業をしてる先生には走ってるの止められるはず……。

厳しいことでそれなりに有名な先生……引き留められないはずがない。

私は小さくため息を吐いて時計を見る。
もうすぐ授業が終わる、待ちわびていたこと……だけど、どう行動すべきか決まっていない。

私は意味もなく視線を彷徨わせる。
そんなことをしても答えが見つかるわけない……。

――? あれって白鞘さんだよね?

前の席で落ち着きがない生徒を見つける。
彼女は白鞘英子……その動きにピンと来て私は意識を『声』に集中する。

『っ……トイレ…おしっこ……早くしないと、ほんとにやばいよ……』

微かに聞こえる主張の大きい『声』。
それは私が想像していた通りのもので、私と同じかもしかしたらそれ以上に切羽詰まったもの……。
白鞘さんはどうするのだろう……恥を忍んで2階のお手洗い、着替えずに先に体育館のお手洗い。
私と違って選択肢は多いのだろうけど……。
もしかしたら、彼女の行動に私が探している答えがあるかもしれない。

<キーンコーンカーンコーン>

チャイムが鳴り白鞘さんが起立の号令を言う。

――っ! ……これ、思ってたよりずっと……いっぱい……。

背筋が確り伸ばせない。それほどまでに下腹部に沢山の……。
私は視線を白鞘さんへ向ける。彼女は机に手を付き前かがみの姿勢。……私よりも辛そうに見える。

「礼っ」

彼女のその言葉に私を含めたクラスメイトが皆礼をする。
その直後、誰かが駆け出す音がして私は顔を上げる。
呆気に取れる先生を尻目に、教室の前の扉から廊下へ飛び出したのは号令を掛けていた白鞘さんだった。

『間に合うっ! トイレ、早くしないと順番待ちになっちゃう!』

廊下……私がいるすぐ横を駆けていくとき『聞こえた』。

――そうだ、教室前のお手洗い! 授業が終わった直後なら並ばずに済む!

それに私の席からお手洗いは非常に近い。他のクラスの人が同じように急いだとしても距離的な有利がある。
……先入観から此処のお手洗いは使えないと思っていた。
私も慌てて机の上の教科書を纏めて引き出しに入れる。

586追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。13:2018/03/19(月) 00:02:01
<ガシャ>

――っ!

引き出しに入れるはずの筆記用具が音を立てて床に落ちる。
大きい音ではなかったが近くのクラスメイトがこちらに視線を向ける。

私は慌てて、でも下腹部が圧迫されないように慎重に屈む。
チャックを閉めていなかった為、筆記用具入れの中身が散らばっていて……。
こんなことしてたらダメなのに、順番待ちになっちゃうのに。
それでも、これをそのままにしてお手洗いに走るなんてこと恥ずかしくて出来ない。
拾っている間も、尿意は膨らみ踵を使いさり気無く押さえて……こんなに我慢してるのに。

全て筆記用具を拾い集め、筆記用具入れに詰め込み、引き出しにしまい……その動作の一つ一つはほんの些細な時間。
だけど、廊下に出たときにはお手洗いに入っていく人が一人二人……私はその後ろに並んだが、結局私は4番目。

――白鞘さんは個室の中……っ、すぐだったら……筆記用具を落としてなかったら、私がその…次だったのに……。

足踏みしたい。
手で押さえたい。
屈んで踵で押さえたい。
歩き回っていたい。

……。

だけど……だめ。抑えて……平気な顔して並んで……。
自分自身に言い聞かせる。前に3人なんて大した数じゃない。
一人2分掛かるかどうか6〜7分後には個室の中。
朝からずっと我慢出来て来た、さっきの授業も切羽詰まってきていたけどなんとかなった。

――あと少し……っ! あぁ、したい……おしっこ……我慢……しなきゃ、なのに……なんで……。

もう少し、あと少し。
だけど、だんだんと尿意が膨れていくのがわかる。
それは思っていたよりも遥かに早い感覚で限界に近づいていく。
さっきまでは座っていたから落ち着いていられただけ。
今は立っていて、視線があって思うような我慢の仕草が出来なくて……もうすぐって油断もあって。

「あー、やっぱり……」

私は背後で聞こえた声に身体を強張らせる。

「ねぇねぇ、朝見さん?」

私を呼ぶ声……私は少し俯いて視線を合わせないようにして振り向きその人を確認する。
それは確か同じクラスの――えっと…紺谷香澄さん? だった。

「えっと、この行列我慢できる?」

「っ!! だ、大丈夫ですっ」

突然の言葉に私は焦りそう返して逃げるように視線を前に向ける。

「そ、そっか……」『はぁ、やばいな……割と漏れそうだよ……』

――え……『声』が…紺谷さんも……?

だけど、そんなこと心配してい場合じゃない。
『漏れそう』と表現しているが、私の尿意とは比べるまでもない程に余裕がある。

「うーん、私別のトイレいくわ」

そう言って後ろから私の肩を一回軽く叩いて列を抜ける。
私は少し前に言った彼女の言葉の意味を理解した。

たぶん……他のお手洗いに一緒に行こうって……そういうつもりで言った言葉。
それに対して私が返した言葉は、きっと紺谷さんにとって断りの言葉だった。

――だ、だからって…言い方……っ、一緒に、行くべき……だったのかな?

587追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。14:2018/03/19(月) 00:03:03
ようやく個室の扉が開き、白鞘さんが出てくる。
あと私の前に二人……。

「っ……」

急な波に足が震える。前には二人――あと二人なのに……。
幸いなことに後ろに新たに並んでくる人はいない、前の人はこっちを見ていない。廊下にいる人もそれほど多くはない。

――……っだめ…ダメなのに……。

足をクロスさせたり小さく腰を揺らして……そしてさり気無く手をスカートの前に持って行って……。
そのままその手でスカートに谷を作り、そして指先を持ち上げるようにして押さえて……。

あと少し。
波を抑え込んで、落ち着かせて……。
ほんのわずかな時間だけ押さえて――そのつもりだった。

――……や、な……なんで……早く、お願い、治まって……早くトイレ…おしっこ……っ…。

離せない。離せば溢れてしまうかもしれない。
こんな……はしたない恥ずかしい姿……続けたくないのに、見られるかもしれないのに、嫌なのに。

「えー並んでるじゃーん」
「どうする? 次私ら移動教室だから時間ギリギリかもだけど」

廊下で話す声が聞こえる。
手を離しかけるが――だめ、まだ離せない。
でも、後ろからなら……多分押さえてる所なんて見えないはず。

「昼休みでいいや」
「さっきの時間も行けなかったんじゃないの? 大丈夫?」
「えー、なにそれ? 大丈夫だって、中学生にもなって我慢できないとかありえないじゃん?」

<じゅ……>

――ぁっ……や、嘘? 我慢できないとか……ありえない……ありえないのに……。

それは下着に小さな染みを作る程度の極僅か失敗。
だけど、後ろで喋っていた二人の会話が、そんな私を馬鹿にしているみたいで……。
でも、実際その通り……それは自分自身が一番よくわかってる。

誰かにお手洗いに行くところを見られるのが嫌で、済ませることのできる機会を何度も逃して、我慢できるって過信して……本当に馬鹿……。

<ガチャ>

私はその音に視線を上げる。それは個室の扉が開く音。
そして当然中から人が出てくるわけで、私は前を押さえていた手を慌てて退ける。

588追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。15:2018/03/19(月) 00:03:53
<じゅ…じゅぅ……>

――ぁ……や、だめっ出ないでっ!

手を離したことで抑えが効かなくなり、下着を再び熱く濡らす。
下着だけじゃない、不快な感覚が内腿を一筋……。
私はそれを誤魔化すように足を擦り合わせる。

限界まで張り詰めた膀胱が震え、溢れてくるのを確りと堪えることが出来ない。
視線がある中、手でスカートの前を押さえることが出来ず、ただ真っすぐに下ろされた手は意味もなくスカートの生地だけを握りしめる。
熱く荒い息を漏らさないように出来ているのか自分じゃもうわからない。
周りから見て平静を装えているのかわからない。

個室から出てきた生徒は手を洗い終えて廊下へ。
個室の中に一人入って、私の前には残すところあと一人。

私は再び前を押さえる。
恥ずかしく濡れた下着……それをスカートの上から押さえる行為がスカートも汚してしまうということだとわかっている。
だけど、そうしないと、押さえないと我慢できない……。

下着の水分がスカートに移り、押さえる手に少しずつ湿った感覚が伝わる。
学校で……すぐ近くに人がいるのに……見えていない部分だけじゃない、スカートにまで染みを作り始めてる……。
大変なことをしてしまってる……そう自覚してるのに。

――っやだ、またっ! だめ…来ちゃうっ……んっ!

押さえることでどうにか押しとどめていたはずだった。
それなのに――

<じゅう、しゅぅ……>

スカートの押さえ込まれた部分、手で触れているスカートの生地から熱い感覚が浮き出す。
押さえたまま視線を落とすと押さえている手の周りのスカートが僅かに色を変えていて……自分がしている失敗の大きさを理解するには十分だった。

――ダメだっ…んっ! だめ、間に合わない……もう、間に合って……ない? いやっ、そんなの……。

もう誤魔化せるレベルの被害じゃない。
目の前にはまだ一人いて、しばらくすれば個室からまた人が出てくる。
個室の中では今まさに水を流す音が聞こえる……もう数秒先……私は――

我慢出来ない尿意に焦り、視線を向けられ失敗が――おもらしが見つかってしまう恐怖。
胸が苦しくなり息苦しくなるが、呼吸を乱すことも出来ない。

<ガチャ>

個室の扉が開く音。手を離すことはもうできない。私は咄嗟に身体の向きを壁側に少し変え下を向く。
見られているのか、見られてないのか分からない。……確かめるのが怖い。
直ぐ近くの洗面台で水の音が聞こえ、個室の方では扉が閉まる音がする。

<じゅ……>

そんな短い時間の中でも尿意は膨らみ続けまた溢れ、スカートの染みを更に拡げてしまう。
今、おもらしが見つかったら、声を掛けられたら……その人の目の前で惨めに尿意に屈してしまえば。
その姿が浮かび目の奥が熱くなっていく。

<コツコツ……>

洗面台から離れていく足音。
極度の緊張が解けていくのがわかると同時に涙が床に落ちる。

「(んっ……ぁっ! や、あぁ……これ、もうっ……)」

緊張が解けたためなのか尿意がさらに膨れ上がりこれ以上我慢できなくなる。
膀胱が断続的に収縮して下腹部を波打たせて。

589追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。16:2018/03/19(月) 00:04:38
<ガラガラ>

背後……廊下で引き戸の音がする。その音は――私の教室?
私は震える足を動かし、洗面台の方へ身体を向けて、数歩だけ廊下の方へ歩みを進める。
そこから視線だけを廊下の方へ移すと教室の後ろの扉が閉まっているのが見て取れた。

――と、戸締りっ…?

鍵を閉めるわけではないので余り意味のあることではないが、体育の時は教室の扉を閉じておくことに決まっている。
だけど、私が今気にしているのはそういう事ではなくて。
……教室にはもう日直の白鞘さんしかいないという事。
そして、その白鞘さんももうすぐ前の扉か出て行き、教室が無人になる。

……。

私は個室へ一度視線を向ける。
まだ1分程度は開くのに時間の掛かるであろう場所。
今はその1分が果てしなく遠く、そして開いたとき今個室にいる彼女には私の失敗を知られてしまう可能性が高い。

――だから、教室で……? ちっ、違う! 一時的に視線のない、所に…避難してっ…そ、それから済ませに…戻れば……っ。

「(あぁ、ダメっ)」<じゅ……じゅうぅ……>

再び広がる熱い感覚。スカートもこれ以上水分を吸うことは出来ない……それほどまでに押さえ込まれた前の部分は濡れてしまって。

それでも尚、際限なく高まる尿意に座り込みたくなる。
もし今お手洗いに新たに人が来たら……どうすること出来ない。
この上ない醜態を曝してしまう。

<ガラガラ>

再び聞こえる引き戸の音。ただ、今度は教室の前から聞こえた。
私はお手洗いから顔を出して、その音が白鞘さんの出ていく音だと確認した。

――……んっ、廊下には……人いるけどっ…近くには、居ない…し、……教室に入るくらいならっ……。

私は片手でスカートの前を押さえたまま、自分の教室へ走る。

「はぁ……はぁ…んっ! あぁ……」<じゅう、じゅうぅー…>

押さえる手を超えて手の甲にまで熱水が伝わる感覚。
私は慌てて扉を開けて教室に入り、後ろ手で扉を閉めた。

「あっ、あ、っ…だめっ……」
<じゅ、じゅうぅー…じゅぃー…じゅうぅー――>

【挿絵:http://motenai.orz.hm/up/orz70747.jpg

上半身を前に90度近く倒して必死に押さえてるのに止められない。止め方がわからない。
くぐもった音を響かせ、押さえるスカートに染みを広げ、足に熱い流れを何本も感じて、スカートの中から溢れる雫が教室の床を鳴らして……。

「はぁ……っ、ぁぅ……はぁ……んっ」
<じゅうぅ――><ぴちゃぴちゃ>

お手洗いに戻るなんて、出来るわけがなかった。
ただ、人目を避けること……教室に戻る選択をした時点で、結果は見えていたのかもしれない。
お手洗いで待つ選択。それが出来なかったのはスカートの染みを見られる恐怖や恥ずかしさだけじゃない。
開くまで持ちこたえてる私が想像できなかった……。

590追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。17:2018/03/19(月) 00:05:20
「はぁ……はぁ……っ」
<ぴちゃぴちゃ…>

くぐもった音は止み、水たまりを鳴らす音も静まって……。
教室なんかでしてはいけない、恥ずかしい失敗――おもらしが終わる。

極度の我慢から解放されてふわふわした感覚を感じるが、次第に後悔と悔しさが湧きあがる。
だけど、その気持ちも長くは続かず、すぐにこの醜態が見つかる恐怖に捕らわれる。

――こ、こんなとこ…誰かに見られたら……えっと…とりあえずは――

着替え……この言い訳の効かない見っとも無い姿の解決。
次は体育だったことを思い出し、ポケットからハンカチとちり紙、机の横から体操着入れを机の上に置く。
周囲を見渡した後、濡れたスカートを脱ぎ、下着も迷った挙句脱いで、ハンカチやちり紙で足や靴下などを確りと拭う。

そして体操着をそのまま履いて――――下着なしってなんだか気持ちが悪くて落ち着かない――――上の制服も脱ぎ着替え終わる。
濡れた服は持っていたコンビニ袋に丸めて入れて口を結び、更にそれを袋に入れて二重にする。
そしてそれをカバンの一番奥へ隠すように押し込む。

可能な限り急いで着替えはしたが、僅かな時間でも恥ずかしい姿を晒していたことに不安と情けなさを感じる。

そして――

「……これ、どうしよう……」

自分の机のすぐ後ろに出来た大きい水たまり。
これをどう処理すべきか……バケツや雑巾は教室にあるがそれをもってお手洗いを往復なんて出来るわけもない。
ましてや授業開始の時間も迫っていて先生に見られたら咎められ――……授業開始?

――体育……遅れたらだれか探しにくるんじゃ?

以前、何も言わずに保健室へ行った人がいた。
体育に来ないその一人の生徒を探しに、体育係が更衣室や教室、保健室を探しに行っていた。

私は時計に目を向ける。
授業開始まで残り1分と少し。
これをどうにかしていては探しに来たクラスメイトに見られる可能性が出てくる……。

だからと言って、このままにして体育に向かえば、教室に戻ってきたとき当然これは発見される。
そして、一番教室を出るのが遅かった人、つまり体育に来るのが一番遅かった私に疑いが向けられる。

――どうしよう…どうしよう……。

私が失敗したって誰にもバレない方法。
どうすれば疑いが掛からない?

……。

――っ! そうだ、日直の白鞘さんは自分が教室を出たのが最後だと思ってるはず!

だったら、更衣室に着替えに言った白鞘さんより早く体育館へ辿り着ければ疑いはこちらには向かない。
問題は、間に合うかどうか。
私は一縷の望みに賭け、体操着の袋に被害のない制服の上を入れ、それを持って教室を飛び出す。

更衣室前を通るとき足音を抑え、人の気配を伺う。

――……あれ? 音、微かに聞こえる……。

そうあって欲しいとは願っていたが……それは意外な結果だった。
白鞘さんが教室を出たのは私が教室に戻る前。
つまり私が恥ずかしい失敗を終え、さらに着替えるまでの時間、彼女は更衣室に居たことになる。
着替えは直ぐに終わらせたし、ありえない話ではないが……。

私は白鞘さんが出てくる前にその場を後にする。
手に持った体操着の袋は体育館に行くまでの廊下にある掃除用具入れに居れて
あとは……恥ずかしいけど理由をつけて体育を抜け出し
保健室で下着とスカートを借り、隠した体操着の袋もって更衣室へ置きに行けばいい。

<キーンコーンカーンコーン>

体育館へ着くと同時にチャイムが鳴る。
白鞘さんは――居ない。
更衣室にいたのは白鞘さんで決まり……私は安堵から溜め息を吐いた。

591追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。18:2018/03/19(月) 00:06:21
――
 ――
  ――

「以上……です」

今にして思えば私が視聴覚室近くのお手洗いに行かなかったのは順番待ちとか先生に咎められるとかだけじゃなかったと思う。
意識するのも嫌でなるべく考えないようにしていたが……あの時あの場所で聞いた『声』……使いたくなくなるには十分な理由だった。

「その……白鞘さんに疑いが向くとはその時は考えてなくて……本当にごめんなさい」

私は再び謝る。
恥ずかしさもあり、掻い摘んで話したため時間にしてみれば10分にも満たない話。
事件における重要な所は話せたと思うので……これ以上追及は出来ればやめてほしいところ。

  「なるほどね、――って言うか、……なるほどねー」

なぜか“なるほど”という言葉を続ける。
一回目は納得のいった語調で、二回目のは落胆したような語調。

「えっと……?」

  「え、あぁ、トリックがわかったのと……あぁ、私のミスか〜――って事」

――私のミス?

ますますわからない。
さっきまでの私の話に白鞘さんが気にするようなミスがあっただろうか?

  「聞きたい? ――って言うか、聞いて欲しいのかも……」

「えっとよくわからないんだけど……?」

私の問いに携帯越しでも変わるくらいの深呼吸をして白鞘さんは答える。

  「わ、私も……間に合って無かったのよ…ね」

少し言い淀み、恥ずかしそうに言う白鞘さんの言葉。直ぐには理解できなかった。

  「つ、つまりは個室に入った瞬間に下着がもう、えっと――そう、濡れ濡れだったのよ」

「へ?」

私はようやく彼女の言う意味を理解して――でも呆気に取られた。

白鞘さんはあの日、私と同じく恥ずかしい粗相をしていた。
あの時の彼女は確かにもの凄く切羽詰まっていたし、それ自体あり得ない話じゃない――ないけど。

  「あの時は本当に焦ったわ、トイレは順番出来てきて、中で変に処理してたら感づかれるんじゃないかって思って最低限の事だけして適当に出て来たわ良いけど
  もう本当、どうしようもないくらい濡れ濡れで、教室に戻ってもわざと踏み台使わないように黒板消してみんなが居なくなるまで時間稼いだり
  ジャンプして風入れれば、乾くかなーとか思ってみたり……」

「……ジャンプじゃ無理でしょ……じゃなくて、なんでそんな話をわざわざ……」

話さなければ誰にもその失敗を知られることはないはずなのに。
白鞘さんは一呼吸置いてからさっきまでの勢いに任せた喋り方ではない、落ち着いた語調で言葉を紡ぐ。

  「初めは真犯人に本気で怒ってたけどさ……同じ日の同じ時間くらいにおもらししちゃうとか、考えれば考えるほど可笑しくてさ
  謝罪の手紙も貰ったし、おもらししちゃった同士、変な仲間意識勝手に感じちゃって……その子――朝見さんの事助けられたなら別にいいかなって思えてね」

……。
そう、私は彼女に助けられた。

  「更衣室行く前に保健室で下着を貰いに行ったのも、カバンの中に濡れた下着を隠してたせいで強く反論できなかったのも
  それが、誰かの為になったって思うとまぁ、少し腹が立ったけど、なんだか気が楽だった」

保健室で下着……。白鞘さんは更衣室に長くいたわけじゃなく、先に保健室へ寄っていたから……。
反論だってそう。そもそも皆が着替えた後三人が誰にもすれ違わず入れ替わりに着替えるのは不可能ではないとは思うが時間的に厳しい。
授業が始まる直前には更衣室に居た白鞘さんは誰かが嘘を付いているって思っていてもおかしくなかった。
それでも反論材料には弱いそれで強く反論すれば探偵役の人たちを煽ることになり、持ち物検査なんてことを言い出しかねない。

592追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。19:2018/03/19(月) 00:06:44
  「でも、仲間意識感じてたのって、私だけじゃない? だって知らなかったでしょ私がおもらししちゃってたって
  ほかの皆が事実とは違うにしても私がおもらしをしたって思っていたのに、貴方だけはしてないって思ってた」

……。

  「だから決めてたの、名乗り出てきたら必ず自分の失敗も言おうって、本当は私も仲間だったって」

「……良い人過ぎない?」

  「あはは、もっと崇めてよ
  まぁ、おかげで、誰かのこういう話を聞いて楽しめるようにもなったし」

「そう――って、楽しむって…え?」

なんだか、感動する良い話のようにまとめられたけど、最後の言葉に引っかかる。

  「え、だから我慢とかおもらしの話。こんな事件あったから余計に考えちゃって、なんか気が付いたら好きになってたよ」

……。
つまりは私に我慢の経緯から話をさせたのは――

「――へ、変態じゃない!」

  「まぁ、そうかも。朝見さんのおかげでねっ」

「っ……!」

そのことに関しては後ろめたいことが多すぎて言い返せない。
私に我慢の経緯から話をさせたのは変態的な理由なのに……。

……。
わかってる、それだけじゃないって……。

白鞘さんが自身の失敗を語るとき恥ずかしがっていた。
話し始めても妙に饒舌で、勢いに任せて話していた。
言う勇気が足りなかったから、先に私に語らせた。

白鞘さんは「私と同じだよ」って私に伝えたかったわけで……。
変態的な理由はあるのだろうけど、概ね私のためにしてくれた行動。

――ありがとう……。

口にはできなかったが、心の中でそう呟いた。

593追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。-EX-:2018/03/19(月) 00:08:45
**********

「そんじゃーねー」

私は携帯を切る。
机に両手をついて大きく嘆息する――き、緊張した……。

自身の失敗を話すことも、そういう話が好きと言う事も始めて話した。
緊張を悟られなかったか、明るく振舞えてたかのかどうか――

「電話終わったー?」
「っ!!!」

背後から聞こえる声に驚く。
恐る恐る振り返った先には髪の毛にリボンを大量につけた友人がいて……。

「す、紗……ど、どこから聞いてたの……」

「えっとねー、『確か同じクラスだったよね?』ってところからだったかなー?」

「最初からじゃん!」

あぁ、死にたい!

「気にしないでよー、私もそういう話嫌いじゃないしー」

「うー……それより、何か用事でしょ……」

話を続けてほしくなくて、本題を催促する。
彼女は悪戯っぽい表情をやめて、明るい顔で口を開く。

「うん、再来週に文化祭する高校があってねー、そこ行こうかと思ってるんだけどー」

――再来週? 確か真弓ちゃんもそんなこと言ってたような?

「それって、駅近くにある女子校の?」

「そそ、よくわかったねー。
それで、どうするー? 一緒に行くー?」

リボンだらけの長い黒髪を揺らしながら私を誘うその姿は……いつもながらちょっと怖い。
さらに言えば弱みを握られた直後でもあるわけで。

「う、うん、行こうか」

「やったー。逢いたい人がいたんだけど、一人じゃ逢えなかったときとか忙しかったりしたら暇だったからねー」

――紗の会いたい人か……。

「会いたい人ってどんな人?」

「んとねー、中学の時変な感じで別れちゃった大事な人で、綺麗な銀髪の子だよー」

彼女に大事な人と言わせるとはその銀髪の子相当好かれているらしい。
私とそれなりに仲良くしているが恐らく彼女の中で私は「んー知り合いかなー?」と評価が下りそうだし……それはそれで聞きたくないから聞かないけど。
別にその銀髪の子が羨ましいとは思わないし――というよりむしろ可哀想な気もするけど。

「あ、英子ちゃんもほんの少しは大事かも? って言えるくらい大事だからねー」
「聞いてませんけどっ! (それに全然フォローできてないじゃん……)」

「え? なんだってー?」
「ワザとらしい難聴! 絶対聞こえてたやつじゃん!」

おわり

594「白鞘 英子」:2018/03/19(月) 00:11:21
★白鞘 英子(しらさや えいこ)
朝見呉葉と同じ女子中学だった生徒。
今は別の高校へ進学している。
高校には紗という友達(?)がいる。

中学でのおもらし事件の犯人とされた人物。
実際は冤罪なのだが事件当日は事件とは別の自身のおもらしの物証(濡らした下着)を持っていたため
持ち物検査を恐れ、強く否定することが出来なかった。
後日何度か釈明をしてはいたが探偵役が既に満足してしまっていたため
クラスでの印象を覆すことが出来なかった。
その後はおもらしについて弄られる事がそこまでなく、自ら事件に触れることは避けることにした。
また真犯人からの謝罪文も冤罪を甘んじて受け入れる理由となった。
ただ、納得が言ったわけではなく事件について考える事も多くその過程で
次第に“事件”についてではなく“おもらし”へと興味がすり替わる。
いつの間にか、そういう話に興味のある子となる。

同じタイミングでおもらしした真犯人に対して妙な親近感を持ち、仲間意識を感じていた。
自身の失敗を知らない真犯人に、自分の失敗を打ち明けられる日を心のどこかで待ち望んでいた。
それは、真犯人に対する思いやりでもあるが、多くは自分のため。
言ってはいけないはずの事を、言ってしまいたい衝動をぶつけられる相手が真犯人だったためである。

膀胱容量は人並み。
事件の日は休み時間に飲み物を取り過ぎたのと、前の休み時間に済ませられなかった事が祟った。
友達間でのトイレ申告に当時はそこまで抵抗を感じていなかったが、授業中の申告(特に終了間際)は恥ずかしかった。
事件以降は友達間でも言いづらく、さらにおもらしに興味を持ったことでより強く意識してしまっているが、後者に関しては自覚していない。

今も昔も成績並以下、運動並。
身長は低め。
割と元気が良いほうだが、中学時代は事件後はしばらく意識的に目立たないようにしていた。
強がりな一面もあり、なるべく弱いところは見せないようにしている。
おもらしへの興味は話を聞いてるとドキドキする程度で、わざと我慢させたり、また我慢したりの経験はない。

呉葉の評価ではとても負い目がある人。
おもらしの濡れ衣を着せてしまって、面と向かって謝ることが出来なかっただけでなく
おもらしへの興味を持たせてしまった。
だけど、非常に感謝していて、とても良い人だと再認識した人。

595名無しさんのおもらし:2018/03/19(月) 01:12:31
更新待ちに待ってました。
結果的どちらも漏らしてたのか、綺麗な銀髪の子は間違いなくあの子だよね。

596名無しさんのおもらし:2018/03/21(水) 00:44:12
GJJJ

597名無しさんのおもらし:2018/03/21(水) 13:27:53
トイレに行くのを恥ずかしがる女の子はかわいい

598名無しさんのおもらし:2018/03/21(水) 22:35:13
>>594 詳細が気になってたらまさかの詳細が来て最高でした。

599名無しさんのおもらし:2018/03/22(木) 23:56:04
更新ありがとうございます。

見学会の件はあるけど、朝見さんは大抵まゆに邪魔されてる気がする。
中学時代の評価では"正義の味方"だったってところが、高校現在とのギャップを感じて面白い所ですね。
また過去に関係しそうなキャラも増えて、今後の展開が楽しみです。

600名無しさんのおもらし:2018/03/30(金) 12:44:28
>>599
見学会の一件も、ある意味まゆは呉葉の邪魔をしていると言える。
流れ弾に当たった(無自覚に当たりにいってしまった)、被害者的な側面が強いけど…。

そういえば、関係ないけど、鈴葉の年齢設定ってミスなんだろうか。
一応20代ってことになってるけど、雪や梅雨子と同級生なんだよね。
それなら年齢は19なのでは?

601名無しさんのおもらし:2018/04/02(月) 22:08:44
>>600
雛倉姉と鈴葉 (と黒蜜姉) が同級生 (同い年) で、雛倉姉が大学1年 (雛倉姉妹が3学年差) とされているので、一般的には18か19みたいですね。
単なるミスなのか、何か訳ありなんでしょうか。

602事例の人:2018/04/03(火) 23:38:57
>>600-601
はい……ミスです、早々に気が付いていて「だ、大丈夫、気が付いてる人いないな」とか思ってました
ごめんなさいと同時に確り読んでくれてて感謝しかないです
正しくは19歳設定です 数え年なんだからね!とか言い訳しないです
ご指摘ありがとうございます

603「声が聞きたい!」シリーズまとめ:2018/04/14(土) 22:26:30
>>12:前スレ「声が聞きたい!」シリーズまとめ
前スレ:http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/sports/2469/1297693920/

>>4-8:事例EX「雛倉 雪」と真夜中の公園。
>>16-28:事例6「紅瀬 椛」と夏祭り。前編
>>36-49:事例6「紅瀬 椛」と夏祭り。後編
>>60-65:追憶3「霜澤 鞠亜」と公園戦争。@鞠亜
>>73-77:事例2.1「篠坂 弥生」と七夕。@弥生
>>84-91:事例7「睦谷 姫香」と図書室。
>>156-162:事例8「雛倉 綾菜」と病気の日。
>>188-196:事例8裏「篠坂 弥生」と断水の日。@弥生 前編
>>221-228:事例8裏「篠坂 弥生」と断水の日。@弥生 後編
>>272-285:事例9「朝見 呉葉」と聞こえない『声』。
>>286:事例9「朝見 呉葉」と聞こえない『声』。EX
>>293-307:事例2裏「朝見 呉葉」と弱い心。@呉葉
>>326-337:事例7.1「霜澤 鞠亜」と喫茶店。@鞠亜
>>338-339:事例7.1「霜澤 鞠亜」と喫茶店。EX
>>354-370:事例10「宝月 水無子」と休日。
>>389-408:事例11「卯柳 蓮乃」と体育祭。
>>409:事例11「卯柳 蓮乃」と体育祭。EX
>>418-427:追憶4「雛倉 綾菜」と手紙。
>>446-457:事例6裏「山寺 瞳」と友達。@瞳
>>458:事例6裏「山寺 瞳」と友達。EX
>>522-531:事例12「根元 瑞希」と雨の日。
>>559-567: 事例13「容疑者の一人」と安楽椅子探偵。
>>568: 事例13「容疑者の一人」と安楽椅子探偵。EX
>>574-592:追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。
>>593:追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。EX

「声が聞きたい!」シリーズ・登場人物紹介安価
>>50「紅瀬 椛」(副会長、3年生) ※一部訂正>>54
>>92「睦谷 姫香」(別クラスで図書委員)
>>308「朝見 呉葉」(同級生、天敵)
>>371「宝月 水無子」 (小学5年生)
>>372「如月 櫻香」(メイド)
>>410「卯柳 蓮乃」(別クラスで放送委員)
>>427「字廻 紫萌」(入院中に出会った少女)
>>531「根元 瑞希」(同級生、仲が良かった友達)
>>594「白鞘 英子」(別の高校生、呉葉と同級生だった)

604名無しさんのおもらし:2018/04/16(月) 15:23:28
まとめ乙です。

605名無しさんのおもらし:2018/07/27(金) 03:10:22
事例のやつ長いしピクシブとかでやってくんねえかな

606名無しさんのおもらし:2018/07/28(土) 21:41:28
昔の方の挿絵とか見れなくなってるしまたまとめてあげてほしい

607名無しさんのおもらし:2018/09/04(火) 19:09:25
新作希望

608事例の人:2018/09/29(土) 23:22:46
>>595
間違いなくあの子ですね。水無子ちゃん(違う)

>>598
文化祭に出番があるかも程度の微妙な読み切りキャラに近い子なので。
このタイミングしかなかったですね。

>>559-600
言われてみれば……。
でも呉葉は性格からして他の人と話したり遭遇した時点でトイレを邪魔された扱いになってしまうのですけどね。
偶然を除いてもコミュ力が高いまゆが呉葉にとって強敵であることには変わりないでしょうけど。

>>605
ごめんなさい! ここでの活動は皆が読める場所でこの界隈を盛り上げられたらと考えてるので。
スレ事態は私のせいか時代のせいかわかりませんが過疎の流れになっちゃったので……盛り下げてるのかもですね。

>>606
考えておきます……今の絵も割と恥ずかしいレベルなので過去絵とかかなり勇気がいるのです。

感想とかありがとうございます。

また随分間が空きましたが、>>573で言った通り事例14を飛ばして事例15になります。
登場人物が多く、情報量も多く、話が長く(事例5に次いで長い?)
ヒロインの本格的な我慢が中盤くらいからとなりますが……許して。
次回は文化祭初日(予定)、今回の話に出てくる過去は我慢だけですので書かない予定となります。

609事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。1:2018/09/29(土) 23:24:50
「うちのクラスはメイドアンド男装執事喫茶かー」

まゆが腕を伸ばし背伸びをしながら言葉を漏らす。
酷い喫茶店……一年からするレベルのものじゃないと思う。

此処の文化祭は一年だけがある程度出し物を制限される仕組みになっていて
教室系の出し物、舞台出し物、出店系ではない教室で行う飲食系の3種類から選ばなければならない。
当然、出し物には人気不人気があるので平和的解決の為に優先的に選べる権利というものがあって
クラス代表、つまりクラス委員長がその権利を掛けてじゃんけんをすることになっている。
正直に言えば舞台とかは勘弁願いたかったので、勝ちたいという気持ちでじゃんけんに挑んだ結果、意図せず『聞こえた』わけで。

――……『聞こえた』んだから、まぁそりゃ勝ちに行くけど。……だけど――

「……ただの喫茶店のはずが…主にまゆと檜山さんのせいでメイド喫茶に……」

ちなみに男装執事を付け加えたのは文城先生で、一部の声の大きい数名がそれに賛同して決定してしまった。

「やっぱ、あやりんはメイド? あーでも、銀髪長髪の執事も似合いそうな気がするねぇ」

「両方着ましょう! 両方見たいです!」

正直どっちも嫌だ。そういう趣味はない。
出来れば裏でコーヒーとか軽食用意とかしていたい。
……でもそれじゃ良い『声』で入店してくる人が無理してコーヒー飲んで友達と会話……みたいな尊い姿は拝めないないわけだけど。

「まぁ、とりあえず始めない? 飲み比べてって言われただけあって、結構種類あるみたいだし、ゆっくりしてたら終わんないよ」

そう口にしたのは調理室の椅子に真っ先に座った瑞希。
まゆはその言葉に「そだねー」と同調した様子で椅子に座り、弥生ちゃんも続くように座る。

610事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。2:2018/09/29(土) 23:25:47
今日は文化祭前準備。5時限目と6時限目の両方と放課後を使って、軽食班、衣装班、コーヒー班に分かれて準備をしているのだけど
調理室を確保できたのは良いが、肝心の軽食班は材料費の下調べとかで今日は間に合いそうにない。
教室には衣装班がいるし、コーヒーの匂いが他のクラスに迷惑になる可能性もある。
そういう経緯で、コーヒー班だけで調理室を使うことになった。

そのコーヒー班が私、まゆ、瑞希、弥生ちゃん、檜山さんというわけ。
ただ、檜山さんはいくつかのブレンドパターンを用意しただけで、兼任してる軽食班の方へ行ってしまったわけだけど。
少し驚いたのは檜山さんのブレンドに関する知識で、話を聞く限り親戚が喫茶店をしているらしく、その関係で色々覚えたそうだ。
コーヒー豆もその親戚から貰ったらしい。

……。

――はぁ……それにしても――

「……みんな席に着いてるけど……何、私が淹れるの?」

「そだよー」「はい、お願いしまーす」「綾以外みんな座ってるしね」

満場一致らしい……。
私は嘆息しながらコーヒーを淹れる準備をする。

「えっと、根元さんって雛さんと仲良かったんですね?」

「え? うーん、中学一緒だったけど、最近までは微妙な関係だったかな?
あ、それと瑞希でいいよ、私も弥生ちゃんって呼ぶけどいいかな?」

思えば、今日はいつものメンバーに瑞希が加わっている状態で
今まで接点のなかった瑞希の事を弥生ちゃんが気になるのは至極当然な事。
それにしても、私を抜きに私の話を……。

「昔は元気いっぱいの綾だったんだけど――」
「っ! ちょっと瑞希、勝手にそんな…別に言っちゃだめなわけじゃないけど……」

隠す必要もないが、過去の自分の事を友達とは言え他人に話されるのは
恥ずかしいというか、なんというか――とにかく、居たたまれない。
……こういう空気の読めなささが瑞希らしくはあるのだけど。

「なんですかそれ! 初耳です!」

早速食いつく弥生ちゃん。
まゆも少し興味ありげにこっちを見てるし……。

――……瑞希に任せるのもやだし……仕方ないか……。

私は嘆息して、瑞希に不平の目を向けてから昔の自身の性格を渋々話始めた。

611事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。3:2018/09/29(土) 23:26:40
――
 ――

「……はい、とりあえず最初のコーヒー二つと、口直しにお湯も」

気怠い過去話――――瑞希は不満に思っているかもだが紗の事は伏せて――――を終えて、その間に作っていたコーヒーを皆に渡す。
檜山さんの指示に従ってカッピングではなく普通に飲み比べ。とりあえず美味しいのを選べとの事。
ただ普通に淹れるだけでも分量を正確にしたりしないと飲み比べにならないので、割と面倒な作業ではある。

――……まぁ、コーヒーだしそれなりに期待してるわけだけど……。

飲み比べる数が14種類あるので、一杯の量は一人60ml程度と少な目。
それでもコーヒーだけでも840ml、お湯での口直しを含めれば1リットルを超えるかもしれない量。
飲む量も多く、飲む物もコーヒーで――期待出来る……もちろん観察者的な意味で。コーヒー班になって良かった。

「はー、雛さんって昔はそんな活発だったんですねー」

弥生ちゃんはコーヒーに砂糖とミルクを入れてかき混ぜてはいるが、まだ私の過去に意識が向いているらしい。
過去の私についてどう思っているのかよくわからないが、とりあえず今の私を見れば“意外”という印象は当然持っているとは思う。

「……もういいから、飲んで飲んで」

ちなみに、私とまゆはブラックで、瑞希と弥生ちゃんは砂糖ミルクありでの飲み比べ。
口に含み香りや味を確認して――

「ねぇ、これ……評価とか難しくない?」

2種類のコーヒーを飲み比べた瑞希の感想。
私も両方を飲み終えて嘆息してから口を開く。

「……うん、難しいかも」

香りや味の違いは分かるには分かるが……評価と言われるとよくわからないというのが本音。

「まぁ、つくしちゃんもそこまで正確な評価を求めてないっしょ?
美味しいのって言ってたし、飲みやすそう――みたいな直感で選ぶくらいでいいんじゃない?」

まゆの言う通りかもしれない。
檜山さん――――まゆは下の名前のつくしにちゃん付け、弥生ちゃん同様りん付けは合わないとのこと――――が私たちに求めているのは
きっと一般的な目線での評価。お客となる人のほとんどが同世代の人なのだから、私たちの直感的な評価を欲しているのだと思う。

飲み始めてから評価方法を改めて話し合い、相談して美味しさを決めるのは難しいとの結論になり
個々で5点満点で評価して、最後に集計して決める形になった。

612事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。4:2018/09/29(土) 23:27:32
――
 ――

「うーむ、美味しい…のかな?」『うー、トイレ行きたいなぁ、どうしよう……』

「えっと……――点っと、こっちは……」『はぁ……ちょっとしたくなっちゃった』

――うん、予想通り来た……。

瑞希と弥生ちゃんの『声』が聞こえて来たのは2回目の試飲の時。
私が尿意を感じたタイミングでの『声』。決して大きい『声』ではないが確かに聞こえる。
私は無表情でコーヒーの味を確かめながらも、期待に胸を躍らせる。

――……弥生ちゃんは私と同時くらいで、瑞希は少し前から催してる感じかな?

今は調理室に来て、最初の飲み始めから30分弱と言ったところで、普段ならもうすぐ5時限目が終わるくらいの時間。
コーヒーの効果は多少あるかも知れないが、時間的に見てもまだ早い。今の『声』は昼休みに取った水分がもたらした結果――と言っていいと思う。
弥生ちゃんは昼休みが始まってすぐと終わる少し前に、瑞希は確か昼休みの中頃に、私とまゆは弥生ちゃんと一緒に昼休みが始まってすぐに済ませた。
昼休みに取った水分量は私とまゆが300mlのお茶を、弥生ちゃんは180mlの紙パック。瑞希については把握できていないが恐らく多くはないと思う。
それでも私も含め此処にいる全員が150〜300mlくらいの熱水を下腹部に抱えてるはず。

私はコーヒーを飲みながらまゆに視線を向ける。
まゆの『声』とは相性が悪く、聞こえ難いのは確かだと思うけど、今は尿意なんて感じていないと思う。
私と一緒に済ませ同じ量を飲んだ以上、この先も同じように飲み進めれば殆ど同じ量が溜まることになるのだけど……
まゆの『声』が聞き取れる頃には私が結構辛くなってくるはずで……それほどまでにまゆは我慢できてしまう。

私はメモ用紙にコーヒーの評価を付ける。
さり気無く周りを見渡すと皆ももうすぐ評価し終わりそうに見える。
誰かがトイレに抜け出す前に次の準備を始めようと腰を浮かせ――

613事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。5:2018/09/29(土) 23:28:28
「あ、雛さん…私、えっとお手洗いに……」『行っておいた方が……いいよね?』

……。

「……うん、淹れる準備だけしておくから――」
「だ、だったら、私も行こうかな?」『はぁ、よかったー、この前の事もあったしちょっと言い出すのやだったけど、便乗って形なら……』

二人が席を立ち、調理室を出てトイレに向かってしまう。
弥生ちゃんが余り話したことのない瑞希がいるにも関わらず、割と安全圏の内にトイレを申告してしまうとは……。
トイレに立ち難いような行動をしようとは思っていたが、少し想定外。
瑞希が便乗する形で抜けてしまうのは想定してたけど。

そもそも瑞希は“この前の事”がなくてもきっと自分からは言い出せない。
何も言わずトイレに行くことは出来ても、こういう申告が必要な場では躊躇してしまう、そういう性格だと私は認識してる。
思えば、中学の時も含め授業中に申し出たことは一度も無かったように思う。

……。

――……それにしても今日は……。

私は少し思うところがあり、まゆに視線を向ける。

「何、あやりん?」

「……え、いや……今日はちょっと静かだなーって」

だからどうというわけではないけど……。
まゆは私の言葉に少し驚いたように瞬きして、そのあと少し目を逸らす。

「んー、自覚してなかったけど……多分、みずりんが羨ましいのかな?」

みずりん……瑞希の事。
どの辺りに羨む要素があったのだろう?
聞いていいものか、まゆからの言葉を待つべきか……。

「どの辺りが羨ましいの? ――とか言わないでよ?」

……釘を刺されたので追及はやめた。

614事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。6:2018/09/29(土) 23:29:19
――
 ――

「すいませんっ、ちょっとお手洗い……」『うー、沢山飲んでるからすぐしたくなるよっ』

「あ、だったら一応私もっ」『まだ余裕だけど……いや、でも何度も行くのも……でももう言っちゃったしな』

4回目の試飲を終えた頃、また瑞希と弥生ちゃんが一緒になってトイレに向かう。
瑞希の方は『声』でも言っていた通りまだ余裕はありそうだったが、タイミングを考えての行動。

――うーん、上手くいかないな……。

こうしてる間にも私自身の尿意が膨らんでいく。
尿意が高まれば我慢している『声』を敏感に聞き取れるが私が我慢できなくなったら元の子もない。
トイレはかなり遠いほうだと自負しているが、次、瑞希や弥生ちゃんが尿意を感じてから限界までとなると……私のほうが先に我慢できなくなるかもしれない。
そして私がそういう状態であるにも関わらず、テーブルを挟んで目の前に座るまゆの『声』は、未だ聞こえてこない……。

「ようやく半分過ぎってくらいかー、結構多いねー」

そのまゆの余裕さに嘆息したくなる。

……。

だけど、コーヒーがようやく半分過ぎ……というのは割と気にかかること。
私はそこそこ飲み慣れているので、それほど苦に感じてはいないが
4回目の試飲の時、瑞希は飽きて来たと言葉を零し、少し飲み難そうにしていたし
弥生ちゃんも飲むことを頑張ってる様な印象を受け、無理をして飲んでいると思う。
まゆは大丈夫そうに見えたけど、実際のところはわからない。

  「歌恋、良い香り、ここから……」
  「ちょっと白縫っ! あ、ほんとだ」

<ガラガラ>

廊下から二人の声が聞こえて来たと思ったら、調理室の扉が開く。
その音に、私とまゆは座った状態で扉の方に視線を向ける。

「お、真弓じゃーん、コーヒー?」

そう声に出してこちらに大きな歩幅で歩いてくるのは――星野 歌恋(ほしの かれん)さん……。
クラスが違うためあまり接点のない人だけど、体育祭の“あの時の言葉”が強く印象に残っている人。
それに――……真弓?

615事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。7:2018/09/29(土) 23:30:18
「おー、かれりーん、クラス違うから最近話してなかったねー」

「そーいやそうか、てか、めっちゃいい匂いなんだけどっ!」

どうも知り合いらしい?
クラスが違う、最近話してなかった……そこから読み取れるのは、昔からの知り合い――いや、もう少し深い……幼馴染?

「歌恋、コーヒー貰おう」

星野さんから遅れて教室に入ってきたのは少し小柄な少女――確か名前は五条 白縫(ごじょう しらぬい)さん。
弥生ちゃんよりも背は少し高いが華奢という言葉が相応しい容姿。
それと急にコーヒーを要求し始めたり、感情の籠っていない喋り方が独特で……とりあえず変わった人であるのは確かだと思う。

「真弓ー、コーヒーくれる?」

「あー、どうしよっか?」

コーヒーを星野さんに要求されたまゆは言葉を濁しながら困った顔で私に視線を向ける。
私に判断を委ねるのか……評価を付ける必要があるのだから普通は断るところだけど――

「んー?」

まゆの視線を追うように私に視線を向ける星野さん。
真っすぐ見据える目に、私はどうして良いか分からず、黙って身構える。

「え、凄い! 銀髪じゃーん!」

――っ!!

突然目を輝かせ私に駆け寄り髪を触りだす。
私が彼女の勢いに気圧され、少し身を引くと髪は彼女の手から流れ落ちる。

「マジ凄い! 誰なのこの子!?」

「歌恋、無知、その人一匹狼の雛さん」

なんか急に話の中心が私に……しかも一匹狼の雛さんとか。
他のクラスではそっちの方が名前より浸透してるだろうけど……本人を目の前に臆面もなく呼んでくるとは……。

「一匹狼の雛さん? 変な名前、聞いたことないし」

「ぃやー、かれりん? ちゃんとした名前は雛倉綾菜だからね」

まゆのフォローに星野さんは「へー」とだけ言って、座っている私に再度視線を落とす。
おもしろおかしく広がった私の不名誉な呼び名を知らないのは割と珍しい人だと思う。
それと銀髪を見た時の反応も含めて考えると、今まで姿だけは無駄に目立つ私を見たことなかった――……いや、認識していなかったと言った方が良いかもしれない。

616事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。8:2018/09/29(土) 23:31:35
「それで、綾菜はコーヒーくれないわけ?」

急な呼び捨てに一瞬面を食らう。
そして、コーヒー……どうすべきか一瞬悩むが――

「……えっと、それじゃ試飲と評価を付けるのを手伝うって形で――」
「おぉ、良いね、話しわかるじゃん!」

少しかぶせ気味に上機嫌な声を出す。
一部の評価が別の人になるのは正確なデータを取る上では好ましくないとは思うが
瑞希や弥生ちゃんの事を考えると少しでも試飲の回数を減らしておいてあげたい。
……沢山飲んで我慢して欲しいという想いもあるけど。
それに……それ以外にも理由がある。

「……それと、もうひとつ条件いいかな?」

「ん、なになにー?」

上機嫌に笑顔で私の言葉を待つ星野さん。
私は鞄の中から紙を取り出す。

「……これ、買ってほしい」

それは私たち喫茶店のコーヒー前売り券。
まゆは私の行動に笑いながら言葉を挟む。

「あやりん、それまだ持ってたんだー」

私は裏切り者に目を細めて向ける。
まゆは早々に別のクラスへ売りに行ってしまったし、弥生ちゃんも先生に売るために職員室へ。
コーヒー班のノルマ10枚は出遅れた私にはかなり重く、結局まだ5枚売れずに持っていた。

「ふーん、1枚で良いの?」

「……えっと、出来れば5枚で……」

まゆが笑いを堪えてる……。
図々しいとは思ってる。それでも、これを売るのは本当に面倒くさい、出来るならまとめて買ってもらいたい。
だけど、星野さんは難しい顔で……流石に5枚全部は厳しいのかもしれない。だったら1枚分私からのサービスって形なら――

617事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。9:2018/09/29(土) 23:32:15
「ん、メイドアンド男装執事喫茶? ……これ、メイド服、綾菜も着るの?」

コーヒー券に書かれた喫茶店の名前を見たらしく尋ねてくる。
なぜ、私が着るかどうかなのかはよくわからないが。

「……え、多分……」

……。

なぜか観察するように椅子に座った私を上から下まで順番に視線を動かす……。

「歌恋、想像してる、気持ち悪い」
「ばっ! 〜〜〜っ わ、分かった買う、5枚とも買ってやろーじゃん!」

よくわらないが売れた。

「歌恋、メイド好きだか――」
「黙って白縫!」

――……私の――銀髪メイドが見たい……そういう事?

……。

「……そ、それじゃコーヒー準備するから」

何だか恥ずかしく、いたたまれないのでコーヒーを淹れるため席を立つ。
星野さん……話してみると少し印象とずれがあった。
傍若無人ではあるが割と接しやすい性格……私の事を知らないなど良くも悪くも噂には疎い。
周りに流されず、興味のあるものには真っすぐ……。

――……まぁ、傍若無人だからこその“あの言葉”だったんだろうけど……。

……星野さんにコーヒー券を買って貰えたのは良かった。
コーヒー券を売るのが面倒……もちろんそれが最大の理由ではあったが
買ったということは飲みに来てくれるわけで……流石に5杯を一人で一気に――ってことにはならないだろうけど
それでも、『声』を聞ける可能性が出来たのだから、チャンスがあれば……“あの言葉”を言った星野さんを――

考え事してコーヒーを淹れているとまゆと星野さんの会話が聞こえる。
星野さんは私の知らないまゆも知ってるみたいで……なんというか少し羨ま――……あれ?

……。

――……あー、うん…そっか、そういう事なのか……。

少し前のまゆの言葉の意味が分かり、今更ながら何だか嬉しくもあり恥ずかしい。
私は少し熱くなった顔を見られないように少し俯きながらコーヒーを皆に渡す。

「あやりんご苦労様ー」

そして、5回目の試飲を始めた。

618事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。10:2018/09/29(土) 23:33:04
――
 ――

「おいしかったよー、またねー」「……」

コーヒーを飲み終わると二人は調理室を出ていく。
星野さんは元気よく、五条さんは会釈だけ……なんとも歪なコンビだった。
五条さんの感じからまゆたちと同じ中学出身というわけでもなさそうだし
星野さんとは高校に入ってから出来た関係みたいだし……。
だけど、そんなこと言いだしたら私とまゆも周りから見たら似たようなものかもしれない。

閉まった扉を眺めたまま考え事をしていると、すぐにその扉は再び開く。

「あのーただいま戻りました」

弥生ちゃんが扉を開けて入ってきて後ろには瑞希が廊下の方を見てから扉を閉める。

「今のって、隣のクラスの人だよね?」

当然の疑問。
私はまゆに視線を向けると、瑞希の問いかけにまゆが答える。

「なんか匂いを嗅ぎつけて来たみたいだから試飲を手伝ってもらってたんだよ」

瑞希は「へー」とだけ答えて椅子に座る。
気にはなるけど特に答えを聞いても感想があるようなものでもないらしい。
それより――

「……随分遅かったけど、どこか寄ってた?」

「あ、そうなんですよ! そこの一番近いお手洗いなんですけど――」

弥生ちゃんが少し膨れた顔で説明を始める。
話を整理すると、どうやらここから一番近いトイレに人が集まり写真を撮ったりメモを取ったり……
とてもトイレを利用できる雰囲気ではなかったらしい。
なのでそこのトイレを通り抜け、回り道をして別のトイレまで行くことにしたとのこと。
そのため、時間を要したというわけらしい。

「ふーん、お化け屋敷を作るための取材かなー?」

概ね私と同じ結論。
あまり人の来ないトイレで邪魔にならないように取材……そういう事だと思うがうちの学校のトイレに似せる必要がどこにあるのか。
それとも私が知らないだけでそこのトイレには何か噂でもあるのだろうか?

619事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。11:2018/09/29(土) 23:33:55
――……まぁ、とりあえず、あのトイレが使えないわけか……。

自身の下腹部に意識を向ける。
6割……いや、もしかしたら7割……少し張ってきた様に感じる。
当然尿意も強くなり、じっとしているのは危なくなりつつある。
だから、あの場所のトイレが使えないと事前に聞けて良かった。
油断するつもりはないけど、誰かとトイレに行く際に焦って仕草なんて出してしまえば
我慢してることを悟られるわけで……それは恥ずかしい。
瑞希ほどではないけど、何食わぬ顔で普通にトイレで済ませたい。

「……それじゃ、次淹れるよ」

これ以上間を開けると、先が不安になるし、コーヒーを淹れる時に辛くなる……そう感じて準備を始めた。
私はもとより水などに反応してしまう体質なので、7割で準備というのもしたくないのが本音。
お湯の量を正しく測るために別の容器に移す作業なんて――

――っん……ほら、結構やばい……あぁ、というか思ってたよりずっと辛い……。
うぅ…トイレ……これ作って飲み終わったら流石にギブアップ……。

身体が水音に反応して尿意の波を引き起こす。
足踏みをしたくなるのを必死に抑えて、片方のつま先を床にぐりぐりと押し付ける。
位置的にテーブルで下半身は隠れているはずだし、その程度の動きなら不審に思われないはずだけど。
……見っとも無い。

得意のポーカーフェイスで全員分のコーヒーを準備して皆に渡して椅子に座る。
立っているときと比べて、座っているときのほうが落ち着く……。
それでも、コーヒーの効果や無理して仕草を抑えての我慢が効いたためか、かなり切迫したものになりつつある。

――……あぁ、本当トイレ……っ、我慢しすぎたかも……。

気が付かれないようにお尻をもぞもぞと動かし、椅子を使い押さえつける。
当然確り押さえられているわけではないわけで……少しじれったく感じてしまう。
……それはつまり、押さえたいくらいの我慢に近づきつつある……ということ。
ほんの少し前まで、尿意はあるが仕草に出るようなものじゃなかったし、他に気を取られることがあれば忘れられる程度のものだった。
今はもう、仕草を抑えるのが辛くなってきていて、改めて水分の過剰摂取とコーヒーの利尿作用の効果を身をもって体感する。

最後にトイレに行ってから2時間弱、飲み始めてからは1時間と20分くらい……。
数年前だけど確か雪姉は2時間くらいが飲み始めてから我慢の限界までの時間って『言ってた』。
私は雪姉より我慢強くないだろうし、容量に自信がそれなりにあると言っても我慢好きな雪姉ほどじゃない。
飲んでるペースは雪姉の最中と比べ早いペースではないのは確か。
だけど、これを飲み終わればお湯も含めて1リットル近い量を……昼休みに飲んだお茶を含めれば確実に超える計算になる。
それは私の貯めれる限界を多分超えてるわけで、限界まではやはり時間の問題。
そしてその限界まではそう長くはない。

620事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。12:2018/09/29(土) 23:34:51
『ん……あー流石にトイレ行きたくなってきちゃったか……』

――っ! まゆの『声』!

学校で『声』を聞かせてくれるなんて滅多なことではありえない。
同じ条件の私がここまで我慢してようやく感じる尿意……普段聞けなくて当然。
普段聞けないからこそ聞けるだけでこんなにも高揚できる……能力を研ぎ澄まして確り『声』に意識を向ける。

『飲み終わったらトイレ……でも、あやりんもそろそろ行くよね? ちょっともじもじしてる気がするし……』

――〜〜〜っ!!? ふぇ! バ、バレてるっ! 嘘……周りから気が付かれるほど…いやいや、してないよね? ……え、してたの??

予想していなかったまゆの『声』での指摘に動揺しまくる。――待て待て……お、落ち着け私……。
とりあえず、仕草はもっと気を付ける。それと動揺を表に出さな――

「っ熱!」

「なにやってるのさ、あやりん」

「あ、いや……熱いのに口に、含み過ぎた……」

めっちゃ動揺隠せなかった。
瑞希も弥生ちゃんも笑って――……うぅ、恥ずかしい。

『やっぱ我慢してるのかな? 早く飲んで早く済ませに行きたい?
やーどうしよ、あやりんに長い音とか聞かれたくないし、だからって他の人と行っても私の長さがより目立っちゃうわけだし
後回しにするほど、誰かと一緒にって言うのは避けたくなるなぁ』

さっきの私の行動は我慢してるからって理由で納得――――それはそれで恥ずかしいけどっ! ――――してくれた。
そしてどうやら、いつも尿意を感じる前に済ませてるまゆにとって、今の段階で誰かとトイレというのはなるべく避けたい恥ずかしいことらしい。
見学会の時もそうだったが、排尿の長さや勢い、音……そう言ったところに何か嫌な思い出でもあるのかもしれない。

――……それより、私が限界近いんだから……『声』は聞けなくなるけど、ちゃんと行かないと……。

正直物凄く名残惜しいが一度済ませないと仕方がない。まゆに我慢がバレている以上、これ以上の我慢は不自然に思われるし、普通に我慢できないし。
途中で止めるって言うのは……正直かなり苦手で出来れば避けたいし、これだけコーヒーを飲み続けているなら完全に済ませた方が良い気がする。

私はコーヒーを飲み終えてその評価を付ける。
そして小さく嘆息して手に持ったペンを置いて腰を上げる。

「……ごめん、今度は私がトイレ行ってくる」

「あ、私もいいですか?」『ちょっと早いけど……したくなって来ちゃった』

私の声に便乗してきたのはまゆでは無く弥生ちゃんだった。
さっき済ませたばかり……と言っても帰ってきてからもうすぐ10分、済ませてきてからの時間は12,3分前後と言ったところ。
コーヒーの利尿効果を考えれば分間10ml以上利尿されていてもおかしくない。
容量が小さく尿意を比較的早く感じ、さらに尿意を人一番心配している弥生ちゃんなら不思議なことじゃない。

621事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。13:2018/09/29(土) 23:35:48
「いいよ、準備は私がしとくね」

「あいあい、いってらー」
『むー、二人に聞かれるのは……みずりんを一人にするのも悪いし、次の機会に……いや、一人になるまで我慢できないかな?』

調理室を出る際にまゆは少し興味深い事を『言って』くれる。

――……一人になるまでって、帰るまで我慢? 帰るまでって…今日いつ帰ることになる?

文化祭の準備は5時限目と6時限目だけじゃなく放課後もある。
確かに本来の下校時刻を過ぎれば放課後の準備は強制じゃないし
このままコーヒーの飲み比べだけなら6時限目終了と同時くらいに終わりそうなものだけど……。

……。

まゆの容量なら確かにあと1時間程度は余裕があるのかもしれない。
……帰るまで我慢……まゆがその選択をしてくれるなら最低でも良い『声』を聞けるのはほぼ間違いない。

「はー、あれだけ飲んじゃうと……かなり近くなっちゃいます」『はぁ、何度もお手洗い……ちょっと恥ずかしいけど、したいんだもん…仕方ないよね?』

弥生ちゃんは歩きながら私にそう言う。
何度もトイレに行くことを恥ずかしく思って、沢山飲んでるからって言い訳して
もちろんそれは正当な言い訳なのだけど――……可愛い。

そういう私もかなりの尿意を隠していて、それでも、歩くのには支障がない程度。
むしろこれくらいなら歩いている間は気が多少でも紛れて楽に感じる。

ようやくトイレが見えてくる。
一番近いトイレが使用出来なかったため随分歩いた気がする。
普段なら僅かな距離なのに、そう感じてしまうのは言い訳出来ないほど我慢しているから……。

トイレに入り、その独特の空気感に膀胱が主張を強める。
弥生ちゃんが先に個室に入り、私も二つ離れた個室に入る。

「っ……」

尿意の波に息を詰める。
片手で押さえて、鍵を閉めて、下着を下ろし、髪を抱え、スカートを掴んで――

<じゅううぅー――>

屈んだと同時に始まる――……大丈夫、下着に失敗はない。
そして忘れていた音消しに気が付き慌てて流し、少し遅い音消しをする。

「はぁ……っ」

安堵から溜め息が漏れ、もうひと息吐こうとして思いとどまる。
音消しの音が響く中とは言え、二つ隣りには弥生ちゃんがいる……。
出掛かった息を唾と一緒に飲み込み、静かに鼻から吐き出す。
ただでさえ、一回の音消しでは間に合わないのに、そんな息遣いまで聞かれたくはない。

622事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。14:2018/09/29(土) 23:36:49
用を済ませ、小さく深呼吸してから個室から出ると弥生ちゃんが既に手をハンカチで拭いていて……・

「……お、お待たせ……」

弥生ちゃんが早いのは確かだけど、私が長かったのも事実。
微妙な表情で出迎える弥生ちゃん……私は視線を逸らして、少し顔が熱くなるのを感じる。
……まゆの気持ちが少しわかる気がする。

「雛さんもだけど……真弓さんって……お手洗い凄く遠いよね?」

トイレを後にして、しばらく歩いてから弥生ちゃんが尋ねる。
触れて来なくて胸を撫でおろしたところだったため不意打ち……だけど、話の中心になるのは私ではなくまゆの事。

弥生ちゃんがそう思うのも無理はない。
自身が何度もトイレに向かった中、ようやく私がトイレに向かい……そして、まゆはまだ一度も済ませていないわけで。

……。

「……そうだね、普段学校じゃ昼休みに一度だけ…みたいだし……」

私はそこで口を止めた。
まゆが気にしている事まで弥生ちゃんに話すべきではない。
トイレが近い悩みを持ってる弥生ちゃんには、まゆのそれは贅沢な悩みなのだと思う。

「言われてみれば…ですね」

それから「少し羨ましいです」と言葉を零す。
落ち込んでいると思って弥生ちゃんの表情を確認すると、確かに多少自嘲気味には感じるが、笑みが見えて……
トイレが遠いという事へ、純粋に憧れも感じているのかもしれない。

純真無垢な弥生ちゃんを眩しく感じている間に、調理室まで戻ってきた。

<ガラガラ>

「……ただいま」

「おかえりー」「そろそろだと思って、もう準備できるよ」

扉を開けるともう嗅ぎ慣れたコーヒーの香りがしていて、既に試飲の準備が出来ているらしい。
そして、これが最後の試飲。

「ようやく最後だね」

まゆが言う。もし今『声』が聞けたらと思うと……考えても仕方ないけど。

623事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。15:2018/09/29(土) 23:37:39
私と弥生ちゃんも席に付き、瑞希によって差し出されたコーヒーを受け取る。
そういえば瑞希は今日初めて弥生ちゃんと一緒にトイレに行かなかった。
これを飲み終わればコーヒーの飲み比べが終わるけど、自分から言わない瑞希は誰かに便乗しなければいけないはず。
当然私は『声』の為にトイレには行かない。まゆか弥生ちゃんだけど……。

なるようになればいいが、最低でも私が『声』を聞き取れるようになってからでお願いしたい。
私はコーヒーに口を付け評価を始め――

<ガラガラッ>「待たせたなっ!」

急に扉を開けて発せられた大きな声にコーヒーを零しそうになる。
扉の前で仁王立ちのツインテール……檜山さん。

「どう? 評価終わった?」

そういいながら私たちの近くまで来て評価を書いた皆のメモを手に取る。

「おかえりつくしちゃん、今最後の飲み比べ中ー」

メモに目を通している檜山さんにまゆが伝える。
「ん」と聞いているのか考えているのか曖昧な返事をしてメモを見続ける。

しばらくして檜山さんはメモを机に乱雑に起き――

「おっけーわかった、今から最高のコーヒー作るからちょっと待ってよ」

最後の評価を聞く前に檜山さんはいくつかのコーヒー豆を入れた袋をカバンから取り出す。
今から評価をもとにして新たにブレンドを始めるらしい。
普段控えめに言って元気な馬鹿な子……だけど、今は妙に輝いて見え印象が随分変わる。

……。

私はさり気無く皆に視線を向ける。
『声』は聞こえない……でも、仕草を見せても良いくらいの二人がいるのだから。

まゆは檜山さんを興味深そうに観察しているが我慢の仕草は全く見えない。
瑞希は……まゆと同じように檜山さんを見ているが――……少し身体を揺らしてる?
我慢しているにしても、瑞希は仕草を出さないように意識してるはず……。
それなのによく見ればわかるということは、それ程の抱えている尿意が大きいということ。
隠してるのに隠しきれてない――……とっても可愛い。
……さっきまゆにバレていた私が人の事言える立場じゃないけど。

624事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。16:2018/09/29(土) 23:38:51
「はいっ! お待たせー」

私の意識が檜山さんから外れている間にコーヒーが完成したらしい。
今まで飲んできた試飲の時より、量の多いコーヒーが皆の前に置かれる。
流石にあれだけ試飲を済ませた後だけに、私は少し目を細める。

「まぁ、そーなるよねー」

檜山さんは私たちの反応を見て言葉を零す。
私以外の反応も似たような感じだったらしい。

「だ、け、どっ! ふふ、抜かりはないんだよねー」

檜山さんそう言ってカバンから何やら取り出しテーブルの真ん中にそれを置く。

「っ! ローリングちゃんです!」

弥生ちゃんが小さく声を上げる。
置かれたのは小さいけど長いロールケーキ、つまりはお茶請けということ。

ロールケーキを五等分にして、今度こそ本当の最後の試飲。
甘いお茶請けの効果も当然あるとは思うが、美味しく飲むことが出来た。

私は最後の一口を喉に流し込み、一息吐く。
同時に自身の尿意に気が付く。そして、尿意を感じたのだから当然――

『んっ……早く、トイレ…おしっこ……あぁ、誰か行かないの??』

『流石に結構溜まって……うーん、どうしよう、流石に家までは無理かもだけど……』

『はぁ……またしたくなっちゃった……』

檜山さんを除く三人の『声』。
尿意の大きさは瑞希が一番大きく、かなり焦っているのが『聞き』取れる。
瑞希が最後にトイレに言ったのは4回目の試飲の後。時間にして40分ほど前。
5回目の試飲をしていないとは言え、飲んだ量の条件は弥生ちゃんと殆ど変わらない。
弥生ちゃんは6回目の試飲の時に済ませてから15分足らずで次の尿意を催し、トイレに行ったことを考えれば
最初に感じる尿意――初期尿意の2倍以上の量が瑞希の下腹部に溜まっていることになる。
限界量とは違い、初期尿意を感じる量は比較的個人差が少なく150〜250mlと聞く。
弥生ちゃんは容量が小さく、6回目の時に瑞希より早く尿意を感じていたことを踏まえると弥生ちゃんの感じる初期尿意は150ml前後と考えればいい。
厭くまで計算と想像でしかないが、今、瑞希の下腹部には400mlほど貯め込まれているんじゃないかと想像できる。

――……まぁ、まゆは…初期尿意からしておかしいけど……。

625事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。17:2018/09/29(土) 23:39:56
『声』の大きさでは次点でまゆ。
まだ『声』は冷静だし、仕草にも出ていない――……流石はまゆ。
それでも、いつまでも冷静な思考で居られるはずはない。

弥生ちゃんは、ついさっき催したところの様で、『声』は小さく、焦ってもいない。
ただ、少し困惑と呆れを感じ取れる――……これだけ短時間で何度もしたくなれば、そう感じるのも無理はないけど。

「さーてとっ! 私は軽食班に戻るよ――って言ってもあっちも今日はもうお開きだと思うけどねー
こっちも片付け終わったら帰っていいんじゃないかな?」

そう言って檜山さんは手を振って調理室を出て行く。
片付け……尿意を抱えた皆の行動が気になり、視線をさり気無く巡らす。

「? さっさと片付けちゃおっか?」

まゆは私の視線に気が付いたみたいだけど、特に気にせず片付けを始めようとする。
トイレの事はは片付けを終えてからどうするか考えるのだと思う。

「あ、先に……お手洗いに……」『そこのお手洗いはまだ使えないかもだし……早めに行かないと……』
「っ! わ、私もいいかな?」『助かったー! っ……や、油断しちゃダメ……まだ、ちゃんと…我慢だから……』

弥生ちゃんがトイレへ行くために声を上げ、瑞希がそれに慌てて便乗する。
瑞希はかなり限界が近づいている……ついて行けば最高の『声』と多分仕草も見ることが出来るし
弥生ちゃんがそれに気が付いて、瑞希が赤面なんて可愛い姿も想像出来る。

……。

だけど、今はまゆの事も気になる。

「そっか、片付けは私らでしとくから」
『私も行きたいけど……あやりん一人で片付けさせるのもなぁ……なによりまた二人同時だし……』

こっちに残ってまゆを最後まで見届けたい。
滅多な事では聞くことのできない『声』……もう少し『聞いて』おきたい。

二人が調理室を出ていくのを見届け、私も片付けを始める。
……当然、さり気無くではあるが視線は時折まゆに向けて。

『あー、したいなぁ……でも、駅? ……みずりんも電車…反対方向だけど、結局弥生ちゃんは同じ方向……駅のトイレは一か所だからあまり関係ないけど』

それなりの『声』のはずではあるが、まだ仕草は見せてはくれない。
駅を候補に上げる所を見るに、やっぱり誰かに音を聞かれたりすることに強い抵抗を持っている。
だけど、その駅のトイレもあまりいい選択ではなさそうだけど。

626事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。18:2018/09/29(土) 23:40:46
『だったら、昇降口のトイレしかないかな? 少なくとも、今トイレに行ってる二人は…トイレに寄らないだろうし……ふぅ……』

『声』の中に憂いを帯びた感覚を僅かに感じる。
再度視線をまゆに向けると――……っ! 足を擦り合わせてる?

まゆの手は何事もなくテーブルの上を片付けているように見えて……その実、片方の足を上げてもう片方の膝の内側に脹脛を擦りつけるような仕草を……。
それは僅かな時間だけ見せた姿だけど、確かな我慢の仕草で――……まゆ、凄く可愛い。

『あぁ、やだな……トイレ……早く行きたいけど、昇降口の使う時…あやりんも多分一緒だよね?』
『う〜ん……トイレっ……もうすぐ片付け終わるけど……はぁ、…弥生ちゃん達まだ戻ってこないのかな?』
『ほんっ…と、おしっこしたい……うー…あぅー…』

片付けを始めてから短時間の間に随分『声』が大きくなった。
座っていた時と違い支えを失って、水洗いしなければいけないものもあるのだから当然我慢している身には辛い。
まゆの『声』……夏休みの見学会以来で、しかもこんなにも大きな『声』で――……最高に可愛い。

だけど、そんな至福の時間も長くは続かない。
まゆの持つ未使用の紙コップを片付ければ、あとは瑞希と弥生ちゃんを待つだけ。
そうしたら、帰ろうって話になるわけで。
カバンも皆調理室へ持ってきているし……そのまま昇降口に向かってそこのトイレに入ってしまえば、まゆの『声』とはお別れ。

「よーし、片付け終わりっと!」『あぁーもう、二人ともまだっ!? んっ…トイレ…ほんとにさっきから辛いしーっ』

まゆは片付けを終えると椅子に座り大きく嘆息した。
片付けをして疲れたから出た嘆息じゃない。
座ることで尿意が少しでも落ち着けることが出来るし、仕草も隠しやすくなる。
要するに安堵から……と言った方がしっくりくる嘆息。

<ガラガラ>

「ただいま…です」「……か、片付け…ごめんね」

扉を開けて二人が戻ってくる。
何度もトイレに行って、片付けも押し付ける形になったためか二人とも少し歯切れが悪い。

「……気にしなくていいよ、片付ける物もそれほど多くなかったし」

私は二人が気にしないようにフォローを入れる。

「う、うん、…ありがと……」

まだ少し歯切れの悪い瑞希……。隣でそれをなぜか気にするように見る弥生ちゃん。
その態度に違和感……瑞希はもう少し遠慮のない答えを期待していたのだけど……?

627事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。19:2018/09/29(土) 23:41:33
「そんじゃまぁ、帰ろっか!」『んっ……、学校で我慢することなんて無いかと思ってたけど……ようやくトイレ、おしっこ〜……』

まゆの切羽詰まった『声』が少し明るくなる。
いつものまゆなら二人の微妙な態度の変化に気が付きそうなものだけど……余裕を失いつつあるのかもしれない。
だけど、その余裕を失ったまゆの『声』もそろそろ聞き納めで――……まぁ、それなりの可愛いまゆが『聞けた』わけだし。
大満足とは言わないが、満足できたと言ってもいいと思う。

そして、心なしかいつもより早足に感じるまゆを先頭に昇降口へ向かう。
斜め後ろについて歩く私はまゆに視線を向けるが……上手く仕草は隠してる。
余裕がないと言っても、さっきの私と同じで、歩いている方がまだ気が紛れる程度の尿意なのだろう。

「おぉ?」

昇降口に近づいてきたとき、先頭のまゆが驚きと疑問が混ざった声を出す。
私はまゆから視線を切って、身体を横に傾けまゆの後ろから覗き込むようにして前を見る。

――っと、これはトイレの行列? ――じゃないか……えっと?

「あ、コレさっき調理室の方にいた人たちと同じような事してないですか?」

弥生ちゃんがそう声に出す。
つまりあっちにいたトイレの取材陣……?

「そう…なんだー」『うぅー、流石にここじゃ……でも……もうかなりっ……駅まで持つ?』

今までとは違い、まゆの『声』からは焦りと困惑、それと不安が強く感じられる。
ここで済ますことを想定してからの我慢の延長……沢山我慢できるまゆではあるけど、駅までは歩いて10分程度は掛かる。
さっきまで試飲の為に大量に飲んでいた利尿作用の高いコーヒーがまだ下腹部を膨らませ続けているはず。
そんな状態で――……でも私は…そんなまゆを、見ていたいって思ってる……。

「うーん、一体何なんでしょうね?」

「それは、七不思議のひとつの取材」

弥生ちゃんの声の後、突然私たちの後ろから声が聞こえた。
私たちはその声に振り向く。

「さっきは、コーヒー、ご馳走様……」

そこにいたのはさっき試飲の時に星野さんと共にコーヒーを飲みに来ていた五条さんだった。
彼女は足を止めることなく私たちの間を通り抜け、その時に視線をトイレに一瞬だけ向け、呟くように声を出す。

「この学校の七不思議は、全部、ただの噂」

……。
端的な言い方で……でも、少し含みのある言い方のようにも感じる。
そして五条さんは下駄箱から靴を取り出し昇降口から校外へ出ていく。
わざわざ声に出して教えてくれたのは、コーヒーのお礼のつもりだったのかもしれない。

628事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。20:2018/09/29(土) 23:42:43
「えっと、私たちも帰ろうか?」

瑞希がそう言って下駄箱に向かって歩き出す。

「うん、さっさと帰ろう帰ろう」『早く駅で…んっ――おしっこ…したい、したいよ……』

二人の言葉に私と弥生ちゃんも従い、みんな揃って昇降口から外に出る。
瑞希の意見に同調して、駅までの道のりを我慢することを選んだまゆだけど……『声』からしてかなり限界が近いことが窺える。
私は駐輪場へ小走りで向かい自転車を取りに行く。それから自転車を押して駅で別れるまで一緒に下校。
普段ならばまゆと弥生ちゃんは私と下校するときは踏切を渡りわざわざ駅の表まで来てくれる。
瑞希とは今まで一緒に帰る機会がなかったが、多分、一緒に来てくれると思う。

まゆの歩く姿に未だ仕草を感じ取れない。
だけど――

「っ……」『んっ、ほんとやばい…これ、間に合う? あぁ……こんなに我慢っ…することになる、なんて……』

他愛もない話の間に零れる息遣いは少し荒く、『声』にも余裕がなくなって行くのが感じ取れる。
間に合うかどうか……それを心配し始めたまゆの心の片隅には、もしかしたら既に“おもらし”の言葉が浮かび始めているのかもしれない。

『はぁ、はぁ……だめっ…ほんとっこのままじゃ……』

駅まで我慢できない……間に合わない、おもらししちゃう……。
いずれの言葉も『声』に出すことはなかったが、それは直視するのが怖くて目を逸らしているだけ……。
今まで沢山の人たちの『声』を聞いて来た私だからわかる。これほどまでに大きな『声』……我慢の限界が間近に迫ってきた証拠に他ならない。

……。

私は再度さり気無くまゆに目を向ける。
よく見るとわずかだけど前屈みにも見えなくなくて……限界は本当にすぐそこまで来ていて。
もしかしたら……本当に――

「っ…あ、あれ?」 

会話の切れ目に突然弥生ちゃんが言った。

「あぁ、うそ……ケータイ…忘れたみたいです」

それから立ち止まりカバンを再度なんども確かめるが、何とも言えない気まずい表情を見せ……。

「ご、ごめんなさい、やっぱり学校みたいで……ちょっと取ってきますから…えっと、先に帰っちゃって下さい」

そう言って私たちに手を振りながら学校へ小走りに引き返す弥生ちゃん。
私としては待ってあげてもいいが、弥生ちゃん本人が悪く思うだろうし、なによりまゆが――

「わ、私もちょっと用事あるの忘れてて、きょ、今日は駅に…裏から行くねっ」『もう我慢出来なっ――、はぁ…ぅ……ごめんね!』

弥生ちゃんが携帯を探すのに立ち止まっていたためなのか、限界が目前に迫ってきたためなのか……
踏切の手前でまゆは必死に仕草を抑え、私と瑞希に別れの言葉を言って駅の方へ駆けて行く。
普通に走る姿に見えなくもないが……我慢してるのを知ってる私から見たらお腹を庇うような不自然な走り方。
後を追いたいが駅に用事はないし瑞希もいる中、尾行みたいなことは出来ない。
色々と思考を巡らすが、その間にも走るまゆとの距離が離れて……流石にもう諦めるほかない。
結末がどうであれ、ここまで来て最後まで一緒に居られないというのは割とショックが大きい。

629事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。21:2018/09/29(土) 23:43:29
「いっちゃったね、……まぁ、私はコンビニにちょっと…寄りたいし、そこまでは一緒…だね」

私は名残惜しくまゆを見送り、隣に残ったのは瑞希に視線だけを向ける。今現在『声』は聞こえない。
そういう意味だけで言えば詰まらないと言ってしまえる。
だけど、あの雨の日を除けば瑞希と二人で下校というのは高校に入ってから初めての事であり
長く話していなかった時間を取り戻すには悪くないのかもしれない。

……。

――……それに、気になることもあるし……。

片付けの後、調理室に戻ってきたときほどではないがさっきの言葉も少し歯切れを悪く感じた。
言葉数も少なくなった気もするし……そして、その態度に思い当たることがないわけじゃない。

「……コンビニに行って何か買うの?」

「っ! えぇ!? や……まぁ、ね、あはは……」

予想通り、かなり動揺してる。
まゆの結末を最後まで見ることが出来なかったためか……この行き場のない欲望を瑞希に向けたくなる……。
……割と本気で自分自身の事を最低なんじゃないかと思う。

踏切を超え、コンビニが見えてくる。

「そ、それじゃー、私コンビニに寄ってくから、また明日…かな?」

コンビニの前で別れの言葉を切り出す。
当然コンビニを出た後は瑞希は駅へ、私は自宅へ向かうわけだからここで別れるのはなんら不自然な事じゃない。
だけど……多分瑞希は早く別れたがっているからこその別れの言葉。
そんな態度の瑞希を見ていると――

「……私も何か買おうかな?」
「え! や、その……ちょっと待って、わ、私の買いたいものなんだけど、そ、その…見られたくないって言うか――」

だから買い物終わるまで外で待ってて欲しい、と言う瑞希。
というか、“見られたくないもの”って……もう少しマシな誤魔化し方した方が良いと思う。
食い下がろうとも思ったが、やっぱりこれは半ば八つ当たりな気もするので大人しく外で待つことにする。
私自身は買いたいものもないのだから帰っても良かったが、自身の尿意もそれなりに高まりつつある。
もう今の季節にもなると夕方は肌寒く、尿意を加速させる。
それにさっき我慢しすぎたのも我慢が辛い原因かもしれない。
ここで済ませず自宅までとなると……正直、我慢できる絶対の自信はないし
マンションのトイレの前まで来て失敗、挙句の果てに住人に見られるようなことにでもなったら立ち直れない。

630事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。22:2018/09/29(土) 23:44:48
『ちょっとしたいし、おしっこも済ませておこうかな……どうせ下着替えるためにトイレ入るんだし……』

コンビニ内から微かに聞こえる瑞希の『声』。ついさっき学校で済ませたとはいえ、あれだけ飲んだ後だし仕方がない事。
それと……想像していた通り、瑞希は下着を汚していた……ただ、下着は履いていないのか、濡れたままでいるかまでは判断できていなかったけど
下着を替えると言う『声』の内容から濡れたまま履き続けていたらしい。
わざわざ履き替えるのは、電車に乗って濡れた下着のまま座るわけにはいかないし、においも気になるのかもしれない。
それとただ単純に気持ちが悪いとか見られたら……というのもあると思う。

……。

スカートは無事だった様に見えたので失敗がどの程度だったのかわからないが
調理室に帰ってきたときの弥生ちゃんも少し動揺していた様に見えた。
弥生ちゃんに気が付かれるほどの失敗はしていたのかもしれない。

――……むぅ、そう考えると片付けの時、弥生ちゃんがトイレを言う前に私が言ってれば一緒に――

結局“たられば”な話だけど。

『下着買った後にトイレとか……んー勘ぐられちゃうのかな?
でも、おしっこも済ませないと…駅でもいいけど清掃中とかだとかなり困ったことになるし……』

瑞希も失敗するほど限界まで我慢した後で、且つトイレが近いほうだし……。
瑞希の言うように清掃中だったとしたら次の駅か、コンビニにとんぼ返りになるわけで。
割と悩む選択かも知れない。

『っ! だめ、出ちゃう! あぁ……あとちょっと、お願い…っ!』

――っ!! これって、まゆ?? なんで……。

突然聞こえて来た『声』に驚き駅の方を見る。
まだ遠いが、スカートの前を確りと押さえ込んだ親友の姿が目に映る。

『し、修理中で…使えないとかっ……なんでこんな時に、…あぁ、コンビニ…トイレ…っ、お、おしっこ……』

どうやらこのコンビニを目指して歩いてきているらしいが
必死に我慢しているためかこちらにはまだ気が付いてない。

まゆは私たちが駅の表側に来ていることを知っている。
確かに駅の裏側にはコンビニも飲食店も近くにないけど
用事があると言って先に駅へ向かった以上、私たちと顔を合わすのは極力避けたいはず……。
それなのに、このコンビニを目指すためにこちら側に来たということは――

――……そんなことを考える余裕が既にない、もしくは間に合うトイレ候補がここ以外にない――ってことだよね?

どちらにせよまゆの我慢が限界まで来ていることは明らかで。
いや、そもそも踏切手前で別れた時点ですでに限界寸前だったはず……。
その事実が私の心臓を大きく響かせる。
口の中は渇き、目はまゆから離せない……。

そして遠くで見えるまゆが視線を上げて……目が合う。

631事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。23:2018/09/29(土) 23:45:42
『っ! あやりん!? や…分かってたけど、けどっ……や、だ……こんなの……っ、見ないでよぉ――見せたく、ないのにっ……』

スカートの前から手を離す、だけど、その手は落ち着きがなく彷徨わせたり強く握りしめたり……。
だけど、10秒も経たないうちに再び片方の手がスカートの前に添えられる。

『あ、あぁ…っ、ば、バカバカっ、こんな、格好っ……んっ』

――……まゆ、本当にもう…限界……なんだ……。

俯きながらこちらに向かってくる……。
きっとこんな醜態――――最高に可愛い醜態だと思う――――を晒しておいて、逃げたいはずなのに。
恥ずかしくても此処のコンビニのトイレを目指して……それしか間に合う選択肢がないから……。

『やだ、あと…ちょっと……あ、あぁっ! くぅ…んっ! あっ……』

道路の向こう、スカートの前を力強く押さえ、足踏みしながら車が途切れるのを待つ。
まゆの顔は凄く必死で、時折私と視線が合いすぐに目を背ける。……それを見て、私は後ろめたさを感じながらも目を離すことが出来ない……。

『えぇ、トイレ使用中なの? あ、でも流す音聞こえて来たしもうすぐっぽいかな?』

――っ! み、瑞希の…『声』だ……。

ふと聞こえたのはまゆのものじゃなく瑞希の『声』。
まゆに気を取られていた間に瑞希がトイレを使う決断をしていて……。

『んっ……はぁ、急にしたくなるなぁ……あ、出て来た』

――えっ……ま、待って……そこは――

まゆが使う、まゆが恋焦がれてるトイレ……私は視線をコンビニに向け、瑞希を止めに入るか一瞬考える。
だけど、今私がコンビニに足を踏み入れたところで、瑞希は既に個室の中……間に合わない、まゆはその後……。

視線をまゆに戻すと車が途切れたのを見計らってこちらに駆けてくる。
覚束無い足取りで……私の前まで来て一度歩みを止めて……。
だけど、私の目の前に来ても、視線は宙を彷徨わせそわそわと落ち着くことが出来ない。
そんなまゆに、私は何か言わなくちゃいけない気がしたが……掛けるべき言葉が見つからない。

「……っ、あ、あやりん、その…っ、あぁっ…だめ、ごめん後でっ!」『と、止まってっ! あとちょっと、ちょっと……だからっ!』

先に気まずい空気を破ったのはまゆで……というより、待てなくなったと言った方がより正確だった。
私の横を通り過ぎコンビニの中へ向かうまゆ……一瞬見えたスカートの押さえ込まれた部分、そこが濃く変色していた。
『声』の内容からもそれが恥ずかしい失敗の跡であることは明らかで……。

632事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。24:2018/09/29(土) 23:46:29
――……っ! それより、トイレには瑞希がっ!

まゆにコンビニに入る前に伝えるべきだった? 隣の喫茶店のトイレに目指す先を変えさせるべきだった?
……過ぎたことを考えても仕方がない。
私はコンビニの中へまゆを追うようにして入る。
当然、瑞希はまだ個室の中。

「(っ! うそ……あぁ、なんでっ……!)」『し、使用中!? あっ、あぁ……やっ――』

私はその声と『声』を聞きながらまゆの隣へ付く。

『あ、あやりん……んっ、だめ、だめなのに……あ、あぁ……またっ…あやりん…っ私…もう――』

トイレの扉の前で震えた足を閉じ合わせ、スカートの前を押さえて……目には涙を溜めていて……。
……可愛い、凄く……だけど、胸が苦しくて助けたくて……。私にできる事は――

<ドンドン>
「み、瑞希! お願いっ早く出てきて!」
  「えぇ! あ、あ、綾!? 外で待っ――」
「良いから早く出てきて! し、下着のことは知ってるけど、履き替えるのとか後にして!」
  「っ!!? や、えぇ?!」

瑞希には後でちゃんと謝らなければいけない……けど、今はそれどころじゃない。
まゆはもう我慢できない……スカートの染みがさっきより広がってるのがわかる……。
こんなところで、おもらしなんて絶対にさせられない……。
まゆのそんな姿……見たくないと言えば嘘になるかもしれない、だけど、やっぱり見たくない私もいて……何より他の誰にも見せたくない。

「(んっ! あぁ……あ、あ…ふぁ、んっ……やぁ…――)」『み、みずりん? あ、あぁ……嘘…出てきてよ、早くっ、〜〜〜っ』

尿意の波――というよりも外へ漏れ出す力を気力だけで抑えて……でもそれはもう時間稼ぎでしかなくて。
我慢を続けたところで尿意が引くなんて事はもう起きえない。ギリギリまで張り詰めた下腹部は、もう吐き出すことしか考えていない。
すぐに入れると思っていたトイレを目の前に、あと少しの状況……あと少しの時間を全力で堪えるしかない。

<カラカラ>

個室の中で紙を巻き取る音がする……。

「っ……み、みずりん、あっ…は、早くぅ……あぁ……ぅ…」『あ、溢れ……っ、あ、あっ……ああぁっ……』

前を押さえる手が何度も押さえ直され、スカートの生地が閉じ合わされた足の間に入り込んでいく。
染みが見えなくなるくらいに生地を集め……だけど、まゆが全身を跳ねさせたと同時に、一瞬にして大きく染み浮かび上がる。

  「え、真弓ちゃん? ……あ、もう、もう出るからねっ!」<ジャバ――><カチ>

水の流す音、鍵を開ける音……そして――

633事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。25:2018/09/29(土) 23:47:15
「おまた――」「ご、ごめん!!」

扉が開くと同時に、押しのけるようにまゆが個室へ滑り込む。
私は押しのけられて呆気に取られる瑞希を受け止め、でも視線はまだ、まゆへ……。

「あ、んっ……やぁ……」『まだ、あ、あっ……あぁっ!』
<じゅぃ――><びちゃびちゃ……>

確かに聞こえるくぐもった音、床に打ち付ける水音。

<バタンッ>

ようやく閉められる扉……。
だけど、中ではまだ、高いところから落ちる水音が響いていて……。
その音は中で慌てているであろうまゆの動きに合わせて不規則に音をリズムを変える。

  <じゅうぅぅぅぅ―――>

そして……水の中に放たれる音に変わる……。

「っ……真弓…ちゃん……おもら――むぐぅ!」

声に出してデリカシーの無いことを口にしようとする瑞希の口を押える。
私はそのまま視線を下に落とす。

――……あんなになるまで我慢して、それなのに、個室の外には水たまり一つ残さないとは……。

スカートの染み具合、個室に入ってからの誤魔化せないほどの失敗……瑞希の言うようにおちびりとはとても言えない……言い訳のできないおもらし。
それでも、個室に入るまでは決して諦めず、その失敗を床に残さなかったまゆは――……頑張った……物凄く頑張ったと思う。

  「はぁ……はぁっ、…はぁ……」<じゅうぅぅっ…じゅぅぅ―――>

長い……途中一瞬途切れたりして入るけど…もう30秒……いや40秒くらいにはなる。
瑞希が手の中で暴れだしたので仕方なく放す。

「ぷは……はぁ……(ね、ねぇ? 真弓ちゃんの……めっちゃ長くない?)」

今度はちゃんと空気を読んで私にしか聞こえないくらいの声で話しかけてくる。
同意ではあるけど――

「(……それ、まゆに絶対言っちゃだめな奴だからね?)」

茶化して空気を和ませるにしても、まゆには音とか量とかそう言うのは避けた方が良い。
それにしても――……はぁー、滅茶苦茶可愛かった。

634事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。26:2018/09/29(土) 23:48:36
  <じゅぅ―――>

勢いはかなり落ちた気はするけど……もう1分以上経ってる気がする……。
スカートに多大な被害をだして、それなりの量を個室の床へ零していながら……1分って……。

「(ね、ねぇ? ……なにこれ? 終わんないの?)」

困惑の表情で私に尋ねる瑞希……それについてはもう何も言わない……。

――っ……それより、こんな音聞いてたら……んっ……はぁ……。

元より私もそれなりに我慢していたわけで……。
済ませてからもう50分くらい……かなり我慢が辛くなってきた。
だけどまゆは……私のそこそこ限界に近い我慢の2回分をずっと貯め込んでいのであって……。
本当に凄い――……っ…あぁ、凄いのは良いけど……これ…結構……っ。

さっき、我慢しすぎた為か、尿意の波が非常に大きい……。
今まで意識がまゆに向いていたから強く意識することがなかったが
自身が催していることを強く自覚し、トイレ前だと言うことを意識した途端に……。
どうしても仕草を抑えることが出来ずに身体を捩って尿意の大波に抗う。

「(あ、綾? もしかして……我慢してる?)」

当然その明け透けな仕草に瑞希は気が付く。
私は瑞希の言葉に顔が熱くなるのを感じて……視線を逸らす。

「えっと……真弓? 大丈夫?」

瑞希は私に左手で待つように静止を掛けつつ、いつの間にか音の止んだ個室へ言葉を投げかける。
だけど、個室から返事は返って来ない。

「真弓、聞いて……綾もその……我慢してるみたいで――」
  「っ! あ、……っ…う、うん……ごめん、ちょ、ちょっとだけ、待って…っ……」<カラカラ>

個室の中から慌てて紙を巻き取る音と……まゆの涙交じりの声……。

「っ……まゆ、ごめん……」

本当情けないし、申し訳ない……。
ワザと我慢してまゆの『声』を聞いておきながら……恥ずかしい失敗をしてしまったまゆに心を整理させる暇さえ奪うなんて……。

635事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。27:2018/09/29(土) 23:49:25
――……そうだ…せめて着替え…。

私は足をクロスさせ壁に凭れ掛かり、肩に下げたカバンの奥からいつも用意してる予備のスカートを取り出す。
それを瑞希に押し付けるようにして渡す。

「こ、これは?」

「……まゆに渡してっ……んっ!」

したい……おしっこ……。
膀胱が断続的に収縮を繰り返し、下腹部が時折硬く緊張する……。
ギリギリ限界まで張り詰めてるわけじゃない……まだ我慢できるはず、しなきゃいけない。
まゆをあの格好のまま出てきて貰うわけにはいかない……ちゃんと後始末と着替えくらいさせてあげたい。

「綾……ちゃんと我慢してよ?」

「……わ、わかってるっ…」

瑞希は着替えを受け取ると個室のまゆに渡すために声を掛ける。
私は視線を外してスカートの前に手を添えたり、太腿を抓ってみたり……。
試飲中の我慢は確かに辛かったけど……別に限界寸前までの我慢じゃなかった。
多少尿意に過敏になってはいるけど、押さえ込めないわけじゃない……まだ我慢できる。

トイレの前だという意識を無くしたくて目を瞑る……。
自分の短く深い呼吸音だけが大きく聞こえる……。

――……我慢っ……我慢…我慢……っ! ぁ、っ!!

<じゅ…>

僅かに下着の内側から噴き出す熱い失敗……。
クロスに合わせた足を震わして、添えられた手に力が入る。

――……うぅ…と、止まった……っ…はぁ…はぁ……。

「あ、あやりん、ごめん! 空いたよ!」

まゆの声に顔を上げる。
申し訳なさそうに涙で腫らした目で私を見るまゆ……。
私は直ぐに目を逸らして、カバンをその場に落として個室に駆け込む。

<じゅ…じゅう……>

――ちょっ! …ま、待って!

個室の中で見っとも無く足を踏み鳴らし、鍵を閉める。
トイレは洋式……髪は前で抱えて……。
あとはスカートと下着を――

<じゅうぅぅ>

「っ……はぁ…はぁ…っ、はぁ……」

下着にはかなりの被害は出てしまった。
けど……間に合ったと――……言ってもいいよね?

一息ついて……終わった頃に音消しを忘れていたことに気が付く……。
酷い我慢姿を見せて、音消しもせず……まゆほどではないのだろうけど、個室を出るには勇気がいる……。
だけど、いつまでもこうしているわけにはいかない……。
まゆは、私よりもずっと恥ずかしい姿を晒してしまったのだから。

636事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。-EX- 1:2018/09/29(土) 23:52:28
**********

――はぁ……。

やってしまった……またあやりんの前で。
また迷惑かけて、その上スカートまで貸してもらって……。

あと少しを我慢できなかった……。
駅のトイレ……清掃中でも使っていただろうし、確かに運が悪かったのはある。
だけど、恐らく4人の中で最も我慢できる私が失敗を犯したのは、それ相応の落ち度があるから。
余裕のあるうちに済ませれば解決できた簡単な問題なのに……そのタイミングは確かにあったはずなのに。

……。

コンビニの外でみずりんと並んであやりんを待つ。
あやりんがトイレの前に落としていったカバンはみずりんが持ってくれている。
彼女はあまり気を使える方ではないが、口を開かず黙っていて……。
それが私にとって有難いのか、気まずくて辛いのかよくわからない。
だけど、だた言えるのは、私から何か話すのは今はかなりきついという事。

……。

沈黙の中、足元を見る。
そこは乾いたコンクリートとあやりんがくれた濡れていないスカート……だけど、靴下は付けていない、下着も履いていない。
足には靴の湿った感覚が気持ち悪く残り……現実を突き付けてくる。

「あ、あのさ……」

私はみずりんの声に身を固める。
今は彼女の気の使えない性格が少し怖い……。

「わ、私が、個室に入ってた時に、綾が言ってた事……なんだけど」

――あやりんが言っていたこと?

すぐには何を言っているのかわからなかった。
あの時は本当に我慢に集中していて……。

「ほ、ほら……し、下着とか…履き替えるのとかは後に…とか」

「あ、うん……言ってたかも?」

正直よく覚えてない。
だけど、言った内容が下着の履き替え……それを後にしてって言うのは――
みずりんが話し難そうにもじもじしてる様子からも察しがついた。

637事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。-EX- 2:2018/09/29(土) 23:53:42
「わ、私もさ……片付けの前に行ったトイレで……ちょっとだけ…ま、間に合わなくて……」

……。
そっか、みずりんも……。
そして自身の失敗をわざわざ告白する事で私を励ましてくれてるんだ……。
こんなに真っ赤になって、隠しておきたい恥ずかしいことを……私は彼女にそこまでさせるくらい落ち込んでるように見えてる……。

――……いや、確かに落ち込んでる、それに……怖い……。

私のトイレは人よりもずっと長くて……音も長くて……それがたまらなく恥ずかしく、怖い。
拒絶されるかもしれない、引かれるかもしれない……。誰かの前で我慢した状態で済ませる事が私には堪らなく怖い。
そして今日……おもらしも…こんなにいっぱいしちゃう私も、全部知られてしまった……。

友達を信用してないわけじゃない。
だけど――

  ――「ねぇ、ほら聞いてよっ、うちの妹なんだけどさ、凄いでしょ?」――
  ――「ちょっと!? っ……す、すごいけど……」――
  ――「あはは、でしょでしょ! 傑作でしょ! ドン引きでしょ!」――

中学時代に家でトイレの最中に聞いた、お姉ちゃんと先輩とのやり取り。それは我慢しているだけで鮮明に蘇り胸を突き刺す。
わざわざ私に我慢させるように仕向け、先輩に聞かせるために謀ったお姉ちゃん……。
たまに家に来る先輩に私が勝手憧れて、きっとお姉ちゃんはそれが許せなかった。
わかってる、理解できる……それでも……私にとってそれはトラウマで……。
時間も音も量も……常に意識から外せない物になった。
学校でもそれは同じで……なるべくトイレに行くのは避けるようになった。
だけど避けることで我慢することが増え、クラスの人に聞かれたときに長さを指摘されて……。我慢にはまだ余裕はあったはずなのに……。
それから、学校で一度も済ませない……そうしようとも考えたが済ませないというのはそれはそれで心配で。
結局今の昼に1回だけ済ませる事を日課にして、なるべく意識しないようにした。

……それを日課にして本当に良かったと思う。
初めのうちは我慢していなくても音や時間が気掛かりだった。
だけど数を重ね習慣になった行動は自然と出来るようになったし、昼までに溜まった分だけでは、音や長さを指摘する人はいなかった。

……。

それでも、例外や事故はあるってわかってたはずなのに。
昼に済ませられなかったら? 昼までに尿意が来てしまったら? 済ませたのにまたしたくなったら?
……そんなときはバレないように我慢を続ける、もしくは極力誰にも聞かれないように済ませなきゃって……間違った事を考えるようになって。
そうじゃないのに……失敗の方が恥ずかしいのに、ダメなのに……そうなるリスクを上げるべきじゃないのに。
高校に入ってからそういうことは無かったけど……逆に無かったからこそ今日、間違いを…失敗を――おもらしをしてしまった。

理由は違うけど見学会の日もしちゃって、あやりんにはおもらしも、量も、音も…全部見られて……恥ずかしくて怖くて……。
だけど、あやりんは優しく受け入れてくれて……。

638事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。-EX- 3:2018/09/29(土) 23:54:42
――……だからかな……コンビニであやりんが横に来てくれた時……少し安心しちゃってた……。

隣にいるのがあやりんなら失敗してもいい……そんなことは思ってなかったはず。だけど……。
あの時受け入れて貰えたのが嬉しくて……それで気が緩んだのは間違いなくて。
私は私が思っていた以上に単純で、極限まで我慢していた私にはそれが毒だった。

だからあやりんのせい……そんなことないのに、それは甘えた言葉なのに。
だけど、もしあの場で失敗していたら……私はあやりんに甘えてしまっていたかもしれない。
心底、トイレの中に居たのがみずりんで助かったと思う。
じゃなきゃ、私は扉が開くまでに我慢を諦めていたかもしれない。

「……お、おまたせ……」

コンビニからあやりんが出てきて私たちに声を掛ける。
いつもの無表情を必死に崩さないように、だけど顔を真っ赤にしていて。

「あ、あやりん…あはは、スカート……助かったよ、ありがとね」

私は苦しい笑い方をしてお礼を言う。
あやりんはなぜか謝罪をする。見学会の時もそうだった。
助けられなかったから、なんて理由で……これは私の失敗であやりんに非があるわけじゃないのに。

「あ、綾! 謝るなら私でしょ! し、下着まだ替えれてないし、勝手に個室前で暴露始めるし!」

「……あ、そうだね、ごめん」

「“あ、そうだね”――じゃないよっ! あーもう、トイレ行ってくる!」

みずりんはあやりんのカバンを押し付けるようにして返して、コンビニへ入っていく。
普段気を使わない彼女が、私の為にわざと明るく振舞ってくれてるのがわかる。――はぁー、もっとしっかりしないと…ね。
それと私も後で下着を履きに行くべきか少し悩むが、下着を買ってトイレというのはハードルが高いし……やっぱりやめておく。

「……」

私が考え事をしていると、あやりんが何も言わずに隣へ並ぶ。
私は嘆息して呟く。

「本当……あやりんには助けられてばっかりだわー……」

「……え? そんなことないでしょ? どっちかって言うといつも私のが――」
「いやいや、そんなことあるんだよねー」

「……うーん……じゃ、じゃあ、お互い様ってことで?」

無表情の中に納得のいかない表情を少しだけ見せ、お互い様という落としどころを疑問詞を付けて言う。
それを見て私は自然と笑みが零れる。

……先輩、私はあなたに憧れて、その妹であるあやりんにその面影を感じて話しかけました。
だけど、今は違う……。あやりんを通して先輩を見るなんてことはもうありえない。
だから……あやりんだけはお姉ちゃんには絶対に渡さないし……出来れば生徒会にも――

おわり

639名無しさんのおもらし:2018/09/30(日) 00:29:57
>>638 久々の更新、待ってました!
長さゆえの我慢の連続でとても良かったです。
綾ちゃんがたまに限界ギリギリになるの個人的に好きです。

640名無しさんのおもらし:2018/09/30(日) 08:46:04
久しぶりの更新待ってました。
今回はみんなコーヒーのおかげでトイレ近いですね。最後の真弓の限界我慢も良かったですが、個人的には綾菜も二回トイレに行って最後はギリギリ我慢がドツボでした。
今回の話ははっきり言って神回ですよ。 素晴らしい小説をありがとうございます

641名無しさんのおもらし:2018/10/02(火) 20:42:32
更新ありがとうございます!
「最高に可愛い醜態」はパワーワードですね、やっぱりまゆが声聞きのヒロイン!
彼女のトラウマは梅雨姉 (と雪姉) によるものだったのですね。
夏祭りではあえて知らないフリしてたのかな。
毎回少しずつ明らかになっていく過去のストーリーや人物相関が楽しみです。

642名無しさんのおもらし:2018/10/03(水) 23:54:24
最近いろんな子とフラグ立ててると思ってたら正妻のターンが来た
単に漏らさせるだけじゃなくておしっこがストーリーに関わってきて良いね

643名無しさんのおもらし:2019/03/10(日) 02:04:15
新作希望

644名無しさんのおもらし:2019/04/21(日) 23:51:14
あげ

645事例の人:2019/04/30(火) 00:57:19
>>639-642
感想とかありがとうございます。

更新遅くて申し訳ないです。
そしてどういうわけか前回より長くなってしまった。
文化祭と言うのもあって、登場人物も多めです。

646事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。1:2019/04/30(火) 00:59:38
「おかえりなさいませーお嬢様ー!」

クラスメイトが元気よくお客に声を掛け席へ案内する。
文化祭、私のクラスはメイドアンド男装執事喫茶……。
私は今メイド服を着て接客と言う、私にとってそれなりの苦行の真っ最中。
とはいえ、一般的なメイド喫茶とは違い、私たち接客係の仕事はメイドっぽい挨拶と案内、それと注文取りくらいなもので
お客を喜ばせるための催し物や、“おいしくなーれ”みたいなサービスはない。ないというか許可が出ない。

「……いってらっしゃいませ――……はぁ……」
「おつかれさまー」

私の嘆息に気が付き隣に来て声を掛けてくれる瑞希。

「……瑞希は大正浪漫って感じだね」

「うん、衣装班の皆、好みがバラバラだったからねー」

周囲を見渡すと、同じメイド服でもスカートがショートだったりロングだったり。
和装の衣装は流石に瑞希のだけだけど、どの服も微妙にデザインが違う。

――……コンセプト揃えた方がって――いや、男装の執事がいる以上、そこまで揃わないかもだけど。

教室の入り口の方から人の気配を感じて、クラスメイトのメイド姿から視線を外す。
二人組の女性、見ない顔……それに年上? 一般参加の――っと、えっと挨拶しなきゃ……。

「……お、おかえりなさいませ、お嬢様」

「あ!」

私に向かってあげられた声?
挨拶をして下げていた目線を私は上げる。
二人の顔は少し驚いているように見え、だけど私から見て左の背の少し低い女性はすぐに目を逸らして口に手を当てて……。
どうやら声を出したのは彼女の様で、今のは……声に出して失敗した――みたいな態度に見える。

「……え…っと?」

私はどう反応すべきか分からず、相手の出方を窺う。

「あはは……えっと、ごめんなさい、雛倉綾菜さん……ですよね?」

大人っぽく人当たりが良さそうな右の女性が苦笑いをしてから私の名を呼ぶ。
――……ってあれ? 私の名前?

647事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。2:2019/04/30(火) 01:00:38
「……どうして――」

疑問符を付けるということは私が雛倉綾菜である明確な確証を持っていないのだとは思うけど……。
一応記憶を辿るが、彼女の顔、隣の人の顔に見覚えはない。つまり、誰かから私について聞いているという事。

「私たちは雪――あなたのお姉さんと同じ大学に通っているんです、容姿の似てる妹がいるって聞いていたんだけど、想像以上で――」

そう言いながら右の女性は左の女性へ視線を向ける。
視線を向けられた彼女は少し不満そうな顔をして、私に聞こえないくらいで何か小言を言っているように見える。

「っ! ……ということは姉も――あ、すいません、とりあえずご案内します」

後ろからもう一組来店があったので私は話を中断して空いている席へ案内する。
そして注文を取るべきか、話の続きをすべきか……。

「雪はサプライズ登場したかったみたいだけど……なんかごめん」

背の低いほうの女性が私に謝る。
律儀で真面目な――

「いっそのこと、雪に“驚かないドッキリ”でもしかけてあげればいい」

――訂正、あまりこの人、真面目ではないらしい。
だけど、また勝手にサプライズ帰宅をする雪姉に振り回されたくもないので――

「……わかりました、無視して楽しみます」

「案外ノリいいのね」

大人っぽい女性の方が笑顔で返してくれる。
なぜだか話を続けたくなる雰囲気を持つ人……仕草の機微や表情、喋り方全てが妙に心地良い。

「……えっと、……ご注文のほうは……?」

だけど、一組の接客でしかも注文もなしで時間をかけているわけにも行かないので、私はメイドの業務に戻る。
それに、いくらそんな雰囲気を持つ人だからと言っても、ほぼ初対面な人を相手に雑談できるほどのコミュニケーション能力がそもそも私にないわけで。

「私はオリジナルブレンドのホットをブラックで。美華は砂糖ミルクありだよね? 何杯飲む?」

「えっとね――……って一杯だよ!? 変な冗談やめてよっ」

美華と呼ばれた彼女が今までの大人っぽさを崩してツッコミを入れる。
だけど――ツッコミにしては焦りと顔を赤く染める様子が少し引っかかる。

648事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。3:2019/04/30(火) 01:02:24
「あ、綾菜ー! ちょっとあんたが私の接客してよっ!」

――っ!

私は大きな声で呼ばれ驚く。
視線を声が聞こえて来た教室の入り口へ向けると、手を上げてアピールしている星野さんの姿があった。

「行ってください、注文は砂糖ミルクありで“一杯”です」

美華さん――――苗字不明、もう一人は苗字も名前もわからないまま――――のその言葉を注文票にメモをし軽い会釈をして離れる。
注文票を厨房担当に渡した後、星野さんのもとへ向かうと彼女は機嫌良さそうに私のメイド姿を見つめる。

「……おかえりなさいませ、お嬢様――……ってあんまりじろじろ見ないで。
……それとメイドの指名制度みたいなの本来ないから……」

「まぁまぁー、いいじゃん減るもんじゃないし、どこでもしてる事じゃん? 知り合いに接客なんてさ」

その星野さんの言葉に小さく嘆息する。
迷信が正しければ、私から幸せが減っているのは間違いないと思う。

「クラシカルロングのフリル控えめって感じかー、うんうん、上品で良いじゃん」

「……メイド好き隠す気なくなったんだ……」

この前の時は五条さんに指摘され恥ずかしがっていたように思ったが……開き直っているのかもしれない。

「あ、一緒に撮影しよーか」

星野さんは携帯を取り出し席を立ち私の隣に来ようとする。
私はそんな星野さんから距離を取るためテーブルが二人の間に来るように移動する。

「ちょっと!」

「……待って、あれ読んで」

私は教室内の張り紙を指差す。
そこには「許可なくメイドの撮影は禁止」の文字。
そういうサービスを売りに出来ないのもあるが、SNSが普及している時代だと勝手に撮られるのを警戒するのは当然。

「何、許可してくれないわけ?」

「……しない、それに忙しいし」

目を細め、不機嫌そうな顔をする。

649事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。4:2019/04/30(火) 01:03:33
「……えっと、ご、ご注文は?」

そう恐る恐る尋ねると星野さんは嘆息して席に座り、5枚の券を荒っぽくテーブルの上に置く。
当然か、私が売りつけたんだから。
私はテーブルの上に置かれたコーヒー券の一枚を手にする。
だけど、星野さんは残り4枚も私の前に滑らせるようにして差し出す。

「ホットコーヒー5杯で」

「……え、いや――え?」

私は困惑しながらコーヒー券を5枚受け取るが、何を考えているのか理解できず星野さんに視線を向ける。

「いやいや、全部一人で飲むわけないじゃん? もうすぐツレが来ると思うからさ」

「あ、……はい、かしこまりました、少々お待ちください」

なるほど。だけど、案内したテーブル二人席なんだけどね……。
商品と代金は引き換えだし――――そもそも今回はコーヒー券だし――――食べ歩き、飲み歩きができるように容器は使い捨てなのでテイクアウトも出来るわけだけど
それだとメイド好きの星野さん的に良くないんじゃないか――とは思いつつ、改めて席まで行きそれを聞いてくるほど気を遣うつもりはない。

それにしても星野さんの友達――……五条さんではなさそうかな? あの不思議な人は沢山の人でわいわいという感じではないし。
星野さんは友達多そうだから、別グループの友達と言ったところか。

厨房担当に注文を伝え、もう用意されていた雪姉の友達二人の分を受け取り席へ運ぶ。
美華さんの方が一声「ありがとう」と言って微笑んでくれる。そのあと彼女は私から視線を外しもうひとりの雪姉の友達と楽しそうに会話を始める。
もう少し雪姉について聞いて来たり、教えてくれたりとかあるのかと思っていたがそういうつもりはないらしい。
特に話すことはないのか、それとも忙しそうにしている私への気遣いなのか……私は席を離れる。

厨房に行くと五つのコーヒーも準備が出来ていて、それを星野さんのところへ運ぶ。
星野さんは難しい顔で携帯と向き合っていて――

「あ、ちょっと、聞いて!」

私に気が付くとこちらに手を伸ばしメイド服を引っ張って携帯を見せる。
私はお盆に乗せたコーヒーを零さないようにバランスを取り、星野さんの携帯を見ながらコーヒーをテーブルに置く。

「メイド喫茶でって言ったのに、あいつらバカンスカフェの方が面白そうとか言ってあっち行きやがった!」

携帯の画面にはそう言ったやり取りが書かれていて――バカンスカフェ……確か3年の椛さんのクラス。
プールを利用して南国気分を出しつつ、季節外れのかき氷などを扱ってる、同じカフェとしてのライバル店。
というかプールをカフェに利用できる3年に勝てるわけがないのだけど。

「……でもどうするの? コーヒーもう淹れちゃったけど……」

「うーん、3つは飲むかしないとだめか、2つは持ち出して誰かにあげるかなー……」

――っ! それってつまり……大体600mlくらい星野さんが一人でコーヒーを飲むってこと?

飲むだけじゃチャンスにならないのはわかってるが、この量…しかもそれがコーヒーってだけで無性にテンションが上がる。
星野さんは我慢強いほうなのか、そうでないのかわからないが、1時間程度で尿意を感じるには十分な量のはず。

650事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。5:2019/04/30(火) 01:04:28
「あー、まぁいいや、歌ってたらどうせ喉渇くしなぁ」

「……歌?」

「ん? あれ、言ってなかったっけ? 今日中庭でするライブの一発目私ら……あー、らって言っても今いないけど、私はその中のボーカル担当ってわけ」

「……そう、なんだ」

全然知らなかった。
ライブがあるのは知っていたけど、まさか知り合いの中にバンドを組んでる人がいるとは。

「綾菜、見に来なよ!」

「え! ……あ、抜けて大丈夫そうなら見に…行こうかな?」

妙にフレンドリーに接してくれる事に未だ慣れない。
まゆの時にも今と近い――――もう少しマイルドだった気がするけど――――経験をしたのを思い出す。
あの時はそのうち私の態度に距離を取ると思っていたけど……。
星野さんはどうなんだろう……流石にもっと露骨に避け続ければ対応が変わるのかもしれない。
だけど、私の今の態度程度なら全く気にしている様には見えない……。

……。

「どうしたの?」

「え……ぃや、別に……」

考え事をしていた私の顔を無邪気に覗き込む星野さん……。
悪い人じゃない……わかってる。
だけど、彼女は自然に“あの言葉”を言ってしまう……それもわかってる、悪気があって言ったことじゃないって。

――……“あの言葉”を気にしてるのは周囲にそれなりにいたとは思うけど――

けど……多分一番その言葉を引きずって気にしているのは私だ。

651事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。6:2019/04/30(火) 01:06:01
――
 ――

「はぁ……」

私は教室の窓から中庭の様子を見る。
ここは一階なので俯瞰的に見ることは出来ないが、簡易的なライブステージが準備されているのがわかる。
間もなく星野さんの出番……僅かだが私に尿意はあるが星野さんの『声』は聞こえない。

窓から視線を外して教室内を見る。
一時期と比べ客足が減って余裕が出てきてはいるが、そんな理由で皆で定めた当番を放棄することは出来ない。

「人減ってきたね……宣伝が足りないのかな?」

ぶかぶかのメイド服を着た弥生ちゃんが私に話しかける。
確かにメイド衣装などは視覚的インパクトとしてそれなりに大きいが、興味のない人にとってはただの喫茶店に過ぎない。
プールを使い注目度を上げて、且つ夏に売り出すようなものを扱う独自性……バカンスカフェの方はそういう点でよく考えられていて
文化祭特有のお祭り騒ぎ的なノリで完結していない……流石は椛さんのクラスと言ったところ。
それに調理部などが行っている出店・屋台系のファストフードを扱う店も少なくないのも、軽食を含む喫茶店に客足が伸びない理由になっていると思う。

……。

――……この店の売りはメイド服と執事服……それと、檜山さん監修の本格的なコーヒーは多分どこにも負けてない……はず。
だったら、メイド服で宣伝、それとコーヒーの…試飲を……っ! そ、それなら仕事って名目で外へ行けるんじゃ?

私は弥生ちゃんに視線を向ける。
弥生ちゃんは首を傾げて私の視線に応えるが――……だめだ、もっとクラスの中心人物に近い人でなきゃ意味がない。
私自身クラス委員長ではあるが結局名ばかり……まゆがいてくれればそれで解決なのだが生憎自由時間中。
今いる中でのクラスで影響力が高い人……。

視線を弥生ちゃんから外し――――弥生ちゃんがショックを受けてる気がした……なんかごめん――――周囲を見る。
そして一人のクラスメイトと目が合い私は慌てて横を向いた。

「珍しい、なにか用だった……?」

目ざとく気が付き話しかけてくる彼女に、私は聞こえないように深呼吸してから視線をちゃんと前に向ける。
斎 神無(いわい かんな)……確かに彼女なら。

「……ごめん、お願いがあるんだけど……」

最初に出た言葉が謝罪なのは彼女に対する負い目から……。
彼女もそれに気が付き小さく嘆息を漏らす。

「なに? 言ってみなさい」

目を細めて威圧的に……だけど、ちゃんと向き合ってくれる。

「……客足減ってきてるから宣伝しに行こうと思って――」

メイド服を着て、コーヒーを持って、あとクラスと場所が書かれた小型のプラカードでも作って……そういう話をする。

「ふーん、でもそれ、ちょっと前に来てた人のライブ見に行くための建前――でしょ?」

遠慮のない言葉で的確な図星を突く……。

「はぁ……いいわ、行ってきなさいよ、皆には私も了承したって言っとくから大丈夫なんじゃない?
それとコーヒー用の水筒、私の使っていいから、中身、捨てておいて」

教室の隅のカバンから水筒を取り出して、それを私に押し付けるように渡す。
そして他のクラスメイトに私の言ったことを説明しに行く。
ほんと滅茶苦茶いい人……素っ気ないのにはみ出し者にならない魅力が彼女にはある。

「(相変わらず変わった人ですね、かっこいいですけど……けど雛さんへの態度、他よりちょっと厳しくないですが?
なんかちょっと前の朝見さんみたいです)」

「(……そうだね……でもそれは私のせいだから……)」

私の言葉に弥生ちゃんは疑問符を付けた顔でこちらを見る。
私は誤魔化すように嘆息して呟く。

「……それじゃ、余ってる廃材とかでプラカード作るかな」

652事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。7:2019/04/30(火) 01:07:27
――
 ――

「っと! あれ? あやりんその格好は?」

教室を出るとちょうど休憩を終えたまゆとぶつかりそうになる。
そして、私のメイド服、プラカード、水筒、カバン――――中身は紙コップといつもの着替えとか――――装備の姿に驚く。

「……客足減ってきたから宣伝しにいこうって思って」

「ほえー、でも遊びに行く口実でしょ?」

「……同じような台詞さっき斎さんからも言われたよ……まぁ簡単に言えばその通りなんだけど」

「あはは、神無ちゃん鋭いからねぇ」

まゆはその後「そんじゃ頑張ってー」と言って教室へ入っていく。
私は文化祭特有の廊下の喧騒を抜けて中庭に向かう。
すれ違う人が私を見る……だけど、文化祭という環境からか立ち止まる人や見続ける人は少ない。
目立つ格好であることには変わりないが、注目の的のようにはならなくて個人的には助かる。

『あ……――でもまぁ、後でいいか』

中庭に出ると小さいが『声』が聞こえた。
紛れもない星野さんの『声』。ただ尿意を感じてすぐの様だし『声』も大きくない。
時間は9時50分……朝、星野さんは比較的早い段階でうちのクラスに来ていた。つまり飲み始めてから40分ってところ。
ライブの一発目の開始は10時ちょうどのはずなので準備の時間も含めれば、此処を離れるのは極力しないはず。
星野さんが『後でいいか』と言ったのはそういう事だろう。

私はステージの方へ足を向ける。
人混みと言うほどではないが、周りには少しずつ人が増えてきている。
そしてステージの脇にあるパイプ椅子に座る星野さんを見つける。
手には私たちのメイド喫茶の紙コップが一つ握られていて……どうやら結局ひとつは貰い手が見つかっていないらしい。
すぐに貰い手が見つからなければ暖かいコーヒーは冷めてしまうわけで、そんな温いコーヒーを欲しがる人なんていなくて当然。

――……でもどうするんだろう? 演奏始まるまで時間ないけど……。

疑問に思いしばらく眺めていると、紙コップを持つ手が上がり星野さんの口元で傾けられた。

――あ、飲んでるんだ……ってことは4杯目?

もし4杯ならコーヒーだけで800ml……。
よくまぁそんなに……いや、飲みたいわけではなく貰い手がなかったから仕方がなく――なんだろうけど。

これなら例え星野さんが我慢強くても、それなりの尿意になるまで時間の問題。
演奏時間は一組2〜30分くらいだったと思うから……限界までは行かないとは思うがかなり期待できる。

「あ、綾菜!」

「っ! ……」

無表情の下で危ない視線を送っていた私に星野さんが気が付き、手を振ってくる。
軽い挨拶…ではなく手を振り続けてる彼女を見るにどうやらこっちに来いと言っているようだった。
私は仕方がなく歩みを前に進める。

653事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。8:2019/04/30(火) 01:08:23
「よかった! 来てくれたんだー。もう少しで始まるからちゃんと聴いてってよ?」

「……わかった、集まった人に宣伝も出来るし」

「宣伝? あぁそれでその格好、私へのサービスかと思ったじゃん……あ、そうだ!」

星野さんは足元のカバンに手を入れごそごそと何かを探す。
そして、取り出したのは携帯……。
それを私に向けて――

<カシャ>

「って! なんで写真撮るの!」

「いやーSNSに上げようと…思って、顔は見えないように…しとくから…さ――っと、はい完了、感謝してよね」

「早い! 許可も了承してないんだけど!?」

「あ、そろそろ準備しないと――っと、コレ捨てといて」

無視した上、飲み干された紙コップを渡してくる……。
教室での事を根に持って、こんな強引な手段で撮影されるとは。
なんか俄然追い詰めたくなってきた。
そりゃ宣伝にSNS使うのは有効な手段かも知れないけど……。

私はステージ脇から正面の方に回り込む。
ステージの方を見ると星野さんは……ギターを持っている。
歌うのが好きと言っていたのでボーカル兼ギター? ……私は音楽には疎いのでよくわからないけど。

『あー……トイレ、行っとけばよかったかなー?』

尿意を『呟き』ながらチューニング? らしきことをしている。
『声』は聞こえるがまだそれほど大きい『声』ではない。

開始までもう少し時間がある。
一応建前の仕事を今のうちに少しでも済ませようと思い、重くて下げていたプラカードを上げる。

「……」

――……宣伝ってどうすればいいんだろう。
いや、わかってるんだけど……場所とかやってることとか言いながら試飲どうですかーみたいにすればいいんだろうけど……。

……。

――……まぁいいか、プラカード上げてるんだし、声かけてきたら試飲を勧めれば……。

自分の事ながら酷い宣伝だと思う。
こういう仕事は実際のところまゆ辺りが適任なのだろう。

私はステージ上の星野さんに視線を向ける。
真剣な顔で準備を進めている……私は“あの言葉”を言った彼女のその顔を尿意で歪めないといけない。
演奏をしている2〜30分は拘束されるが問題はそのあと。
多分、切羽詰まるまでは行かずに拘束が解かれるわけで……後はどう足止めするか……。

考えを巡らせる中、周囲が騒がしくなり時間は10時……星野さんのバンドグループの演奏が始まった。
音楽に疎い私から見ても、お世辞にも上手いものじゃないと思う……だけど、星野さんは笑顔で、周りもそれなりに盛り上がってるように思う。
「綾菜、見に来なよ!」……私に言った星野さんの元気な声――……まぁ、『声』の事を差し引いても来てよかったかな。

654事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。9:2019/04/30(火) 01:10:14
――
 ――

「……おつかれさま、コレ飲む?」

約20分程の演奏を終え、やり切った顔をした星野さんにスポーツドリンクを渡す。
演奏中に考えていた作戦の一つ、歌った後で喉の乾いた所に追加の水分。
単純でストレートな作戦。だけど一番効くし不自然じゃない。

「綾菜ーメイドの格好してるだけあって気が利くじゃーん」

星野さんは疑うことなくスポーツドリンクを手に取りそのまま口を傾ける。

「……一気にぐぐっと飲んじゃって」

星野さんは飲みながらそれを聞いて笑ったように見えた。
事前に飲んでいたコーヒーは歌うには適した飲み物ではなかったし、喉が渇いて当然。
傾けられたペットボトルは見る見る減って、900ml全てを飲み干す――……ほんとに一気とは……ちょろい。まぁ、歌った後なのだから仕方ないけど。

「ぷはー生き返るー」

それにしても演奏を始めてから『声』が全く聞こえてこない。
力一杯歌った後で体内水分量事態は減ってはいるだろうけど、尿量が下がるはずがないので、尿意が自覚できていない状態と言うこと。
演奏を終えた今も『聞こえない』のはきっとまだ演奏の余韻が星野さんの中にあるのだと思う。

――……はぁ、これからが大事……。

水分はそれなりに取らせた……あとは時間。
とりあえずは一緒に回ることでトイレに行きにくい状況を作る。

「……ねぇ星野さん、これから私と文化祭少し見て回らない?」

私の言葉に星野さんはしばらく瞬きしてこちらを見る。

――……あ、あれ? 変だったかな? 今の誘い方……。

二つ返事、もしくは別の用事だと間を置かずに応えてくるものだと予想していたが……。
星野さんの意外な反応に少したじろぐ。

「……へーそっちからとかちょっと意外…、いいよ、いいじゃん行こう行こう!」『っと、そういえば私トイレ行きたかったんだっけ……』

――っ……『声』……尿意を自覚したって事。
それと……まぁ、そうか、私からこんなこと言いだすのは星野さんからしてみれば意外なことか。

星野さんの反応にはただの驚きだけではなく、僅かだけど不機嫌な雰囲気も感じ取れた。
私に気も配らず話してきた星野さんだけど、別に相手がどんな性格かが見えていないわけじゃない。
星野さんは多分、活発な方でない私のことを常にリードしたいとか振り回したいとか……そう考えていたんだ。

……。

でも、そんなことより問題なのは星野さんがトイレと言い出すかどうかだけど、性格的に考えると言い出さないってことはないと思う。
あとはどの程度まで隠すか……下手したらトイレと言うことに羞恥心を全く感じない人かもしれない。
尿意を忘れていたとは言え、最初に催してから30分ほど……あれだけのコーヒーを飲んでおいて
ちょっとしたい程度なわけがない。相当溜まってきているはず。
もし言い出して来てしまったら、作戦その二で少しでも時間を引き延ばすほかないが――……本当は最後に取っておきたいんだけど。

『トイレ……どうしよっかな……』

一緒に歩く中『声』が聞こえる。
だけどその『声』は思っていたほど大きくなく、それほど追い詰められていないことがわかった。
つまり星野さんは我慢強い? ……それか鈍感で急に我慢が効かなくなるタイプ?

――……いや、後者はないかな? ……後者だったらいくらトイレに行くことに遠慮がない性格だったとしても危険な場面にはなりやすいわけだし
そうなると“あの言葉”を自然に言えると思えないわけで。

『はぁ……トイレ並んでんじゃん……折角誘ってくれたのに早々に待たせるってのもなぁ……』

……。
無神経な人……そう思っていたけど、少しは考えてくれてる……。
鼓動が早くなる……だけど昂揚からじゃない、これは多分自分がしてることへの罪悪感から。
何時振りだろう、此処まで故意に誰かを追い詰めようと考え、行動してるのは。

655事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。10:2019/04/30(火) 01:11:22
――……ちょっと…調子狂う…なぁ。

いつもの私じゃない……わかってる、だけど星野さんを見ているとどうしても“あの言葉”が頭を離れない。
失敗させたい、我慢できないってことがどういうことなのかわからせたい。でも、それはきっと――

「ちょ、ちょっと! なんでお化け屋敷の前で止まるのよ!」

星野さんが荒げた声を上げる。
いつの間にか私は歩みを止めていたらしい。
お化け屋敷――……っていうか星野さんのこの反応って……。

「……え、怖いんですか?」
「っ! こ、怖いわけ…ない……じゃん」

――あ、怖いんだ。

最初の勢いに比べ、後になるほど小さくなる声に確信する。
これは思わぬ収穫。作戦その二は温存して怖がりな所を上手く利用したい。

「……それじゃ入ろうか」

「っ!!」

少し広めの視聴覚室を使ったお化け屋敷。
入口に私は歩みを進め――

<グイッ>

メイド服の袖が引っ張られるのを感じて歩みを止めて振り向く。
赤い顔をして悔しそうな顔で視線を逸らしてる星野さん……これは相当な怖がり……。

「……それじゃ入るのはやっぱやめて、ちょっと壁に貼ってある学校の七不思議でも見よ?」

譲歩という形。でも実際これだけでも十分――というか、多分こっちのほうが効果的。
文化祭準備の時に行われていた複数のトイレの下調べ、それと五条さんの台詞からトイレに纏わる学校の七不思議があると踏んで調査済み。
これだけの怖がりなら多分読むだけで十分怖がってくれる。

私はメイド服を掴む星野さんの手を手首から掴んで壁に貼られた掲示物の前まで行く。
少し重いがそれでも完全な拒絶じゃない。
私が譲歩したことで断りにくいのはわかるが、正直上手くいくかは微妙なところだと思っていた。
行動力がまゆ並かそれ以上に高く、見た目や言動からも自分勝手さもきっと高いと思っていたから。
事実自分勝手さは高いはず。それなのに拒絶をしなかったのは恐らくプライドの高さ。
お化け屋敷は許容オーバーだったのだと思うが、掲示物を読む程度はプライドが邪魔して拒絶できなかったと言ったところか。

「……えーと、学校の七不思議の一つ…トイレの中で神隠し――」

私は絶対に読まないであろう星野さんに聞こえるように小さく声に出して読み上げる。
怪談の内容は、トイレの個室に入ってから外に出てみると血まみれのトイレ内になった別世界となっていて誰の姿も見えずそのまま行方不明になるというもの。
想像すると割と怖いかもしれない。個室という空間でどうしても一人にならざるおえない辺りが不安を煽る。
だけど、一体行方不明になった人がいる場所の詳細がなぜわかるのか……言うだけ野暮か。
掲示物には人気のないトイレと書いてあるが、星野さんは見ていないので敢えて読まないでおく。

『うぅ……なにそれ怖い……どうしよう…白縫いないかな?』

――白縫? 五条さんの事だよね?

なぜそこで五条さんの名前が挙がるのか……。
私は別の怪談を眺めている振りをしながら『声』に意識を傾ける。

『あいつケータイ持ってないし…トイレ……とりあえず我慢しなきゃ……』

――……えっと???

さっぱりわからない。
わからないけど……なんにしても私がしなきゃいけないのは星野さんをトイレに行かせないこと。
我慢しなきゃと言った以上、怪談効果は絶大らしいから一緒に回るだけで割と良い『声』が聞けるところまで我慢してくれるかもしれない。
注意すべき点は五条さん……さっきの『声』の内容からだと五条さんと連絡が付くとトイレに行ける、トイレが怖くなくなる、我慢せずに済むみたいに聞こえる。
珍しいことに五条さんは携帯を持っていないらしいので直接合わせなければいい。

656事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。11:2019/04/30(火) 01:13:03
「ねぇ、そろそろ次行こっ!」

怪談を読む振りをしていると、掴んでいた星野さんの手が強く引かれ振り払われた。
――っというか、私ずっと星野さんの手首掴んだままだったのか……。

「ご、強引に怖い話聞かせたかったみたいだけど、ふんっ! 本当にこんなのどうってことないしっ」

「……じゃあ次はお化け屋敷入ろう? 冷やかしだけじゃ悪い――」
「こっ、ここ以外の次! てか、わざと言ってるでしょ!」

星野さんは真っ赤になって声を荒げる。

「……うーん、それじゃ体育館にでも行く? 確か演劇部と星野さんのクラスの演目がそろそろじゃなかった?」

「あー、私は二日目の方だし今日のは出なくても大丈夫って言われてたけど、そっか見に行くのはありか」

――……中座しにくい環境だし最適解なんじゃ――あ、いや……五条さん……星野さんと同じクラス……出会う可能性上げちゃった?

我慢させるには打って付け……そう思い提案したはずだった。
だけど、星野さんと同じクラスの五条さんに会う可能性の高い選択でもある……。
だからと言って、星野さんも納得した今となっては別の行き先を言うのは不自然。

『うーん、おしっこ…結構したくなってきた……なんでだろ? いつもこんなに急に来ないのにな……』

星野さんの『声』が聞こえる。
急速に膨れ上がる尿意に僅かだけど戸惑いを感じてる……だけど、まだ切羽詰まっているわけじゃない。
追加で飲ませたスポーツドリンクの効果はまだこれから……だけど、歌うことで消費された水分は割と多かったのかもしれない。

体育館に着く。舞台を見るために乱雑に置かれたパイプ椅子が並んでいる。
私たちの周囲、そして見える範囲で座っている中に恐らく五条さんはいない。
演劇に出演してるなら終わるまでは安心ではあるが……演劇は約40分……今の星野さんの具合から行くとかなり微妙なところ。

「……この辺空いてるからここで見よう」

私はすぐ近くに周囲に人がいない場所を見つけ、ここで見ようと提案をする。
星野さんが五条さんを見つけてしまえば計画が破綻するわけで早く座って見渡せる範囲を制限したい。
だけど、星野さんは立ったまま動こうとしない。私は疑問に思い星野さんに視線を向ける。

「なんか、さっきから随分主導権もってくじゃん……」

不満、不審、苛立ち……星野さんは感情を隠さない態度で私に詰め寄る。
それに気圧され、私は一歩退く。

「……えっと、この格好だと目立つし、早く座りたいっていうか……」
「宣伝目的でしょ? 目立ってた方がいいじゃん?」

「……そう、なんだけど……宣伝は建前だったから……」
「なんの建前よ?」

――……仕事を抜け出すための……違う、もっとストレートに――

「………星野さんの…ライブ見に行くための……」

「え……あー、無理に抜けて来たの?」

星野さんは詰め寄っていた身体を引っ込めて、少しばつの悪そうな顔をする。

「……まぁ……でも、客が減ってきてたし、人手事態は浮いてたから……」

「ふーん……でもその格好で歩き回るのは本当は嫌って事なんでしょ?」

嫌ではあるけど……そうは言えない。
言ってしまえばもしかしたら無理して一緒に回らなくていいと言われるかもしれない。
そうなればここで別れ、星野さんは五条さんを見つけに行くことになると思う。

……。

「……戻っても喫茶店で結局この格好だし……だったら星野さんとこうしてる方がいいかなって……」

「綾菜……ぷ、嬉しいこといってくれるじゃん!」

星野さんは笑いながら私の両方の頬を引っ張る。
私の言ったことは半分は本心ではあるけど、声に出して言ってからかなり恥ずかしい事を言ってしまった気がした。
それを意識して自分の顔が熱くなる感じがした後、すぐに頬を引っ張られたので正直言って助かった。
ただ、加減がわかっていないのか地味に痛い……けど、星野さんは本当に楽しそうで、機嫌は直ってくれたらしい。

657事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。12:2019/04/30(火) 01:13:56
  「――ま、間もなく開演です」

緊張しているのか少し上ずったアナウンスが聞こえた後、体育館の明かりが暗くなる。
それと同時に星野さんの手が私の頬から離れる。

『あ、しまった、おしっこしたいのに……白縫探し損ねた。まぁ、終わるまで我慢して、それからでいいかー』

不安な気持ちは殆どない……本当に平気なつもりで言ってる。
今までの『声』から考えて、恐らく沢山飲んだ事とトイレに行きたくなることが確り結びついて無い様に思う。
普通に身体の機能としてそのことを理解してる人も多いとは思うがそうでない人も少なからずいる。
沢山我慢できる人の場合、少々多めに水分を取っていたからと言ってすぐに強く催すことがないので実体験でその知識を得ることが出来ない。
星野さんはそういうタイプなのかもしれない。

……。

終わる頃には切羽詰まってるはず……だけど、もう一押し出来るならしてもいいかもしれない。
私は紙コップを取り出し、水筒の蓋を開ける。

「あ、コーヒー飲むの?」

音と香りで気が付いたらしい。
私は「はい」と言いながら半ば強引に紙コップを持たせる。

「ちょっと、別に私はいらないんだけどっ」

「……付き合ってよ、減ってないと戻ったとき宣伝活動サボったみたいに思われるし」

私はそれっぽい断りにくい言葉を返す。
星野さんは複雑な表情をしてから何も言わずに紙コップを私が注ぎやすい様に差し出す。

――……あー……やだなこの感じ……。

断ってくれてよかったのに、そんな勝手なことを思ってしまう。
善意を利用して罠に嵌める……自分でして置きながら胸が苦しくなる。
“あの言葉”を聞いたときの印象とはまるで違う星野さん。
今までのやり取り、そして欲しくもないコーヒーを飲んでくれる……星野さんは最低限の良識は確り持ってる。
私の中の星野さんはもっと自分勝手で良識無くて口が悪くて――……なんで……なんでそんなイメージしてた?

それは、相手を悪だと思いたかったから。
要するに私は自分の良心を痛めないための理由が欲しかった……。

星野さんはそんな人じゃない……わかったならこんなバカな事しなきゃいいのに……絶対後で後悔するのに。
それなのに……やっぱり私は“あの言葉”が頭を離れない。おもらしなんてありえない――……あの時の紗も……。

――……そう、わかってる……これは八つ当たりも含めてる……。

私は星野さんの言葉と紗に言われた言葉を無意識に重ねていた。
紗だって悪くないのに……そもそもあれは私が悪いはずなのに……。

全部わかってる……それでも、おもらしなんてありえないと言える、星野さんの『声』が聞きたい。
そういう『声』が好きなのは間違いないしそれが一番の理由……だけど、それだけじゃない…今日の私はきっと見返したいんだ。
おもらしなんてありえない……あってはいけない事だけど、あり得ることなんだって、ちゃんと知ってほしい。

……。

私は星野さんの紙コップにコーヒーを3割ほど入れて水筒を立てる。

「こんだけでいいの?」

「……うん、やっぱ悪いし、自分でも飲むし」

私はそう言って自分の紙コップには6割ほどコーヒーを淹れる。
中露半端な気持ちが、注いだコーヒーの量に反映されてる。
少しでも罪悪感を感じないように自分の分を多くして……だけどそれは私に余裕があるからで、結局打算的な考えで。
私自身、現時点でそれほど催しているわけじゃない。今が3〜4割程度……そしてこれ以外の水分も朝以降取っていない。
星野さんは最初のコーヒー以外にスポーツドリンクと今淹れたコーヒー。
仮に星野さんがまゆほど貯められるとしても私に十分余裕がある。

――……はぁ……。

私は気持ちを切り替えるため一口コーヒーを口に含み、視線を前に向ける。
演目は「ロミオとジュリエット」で定番ではあるがキャストは全員女性……女子校なので仕方がないのだけど。

『はぁ……ほんと、トイレ行きたい……けど、怪談……』

魅惑的な『声』に視線だけで星野さんを見るが仕草には表れていない。
でもそれは時間が解決してくれる。『声』が大きくなってきているのは間違いない。
それは飲んだものが下腹部に溜まり、尿意が膨らんで来ている証しなのだから。

658事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。13:2019/04/30(火) 01:15:18
――
 ――

10分、20分と時間が経つ。
最初は演劇に集中していたためか、時折『声』が聞こえる程度だったが、今は違う。

『ふぅ……おしっこ……うーおかしいな、いつもこんなことないのに……』

隣で座る星野さんの身体が僅かに揺れる。
間違いなく切羽詰まってきている『声』……演劇が終わるまであと20分くらいだけど、この勢いだとギリギリかもしれない。
だけど、星野さんの『声』は焦りというよりかは、苛立ち――……自身が置かれている状況が見えていない?

……ちがう。
多分星野さんはただわかってないだけ……限界の先に起きることを。

『あー……もう、ほんっと、落ち着かないなぁ……』

我慢は出来るものだと信じて疑わない。

『はぁ、コレ…結構辛い……ったく白縫どこいんのよ?』

もう子供じゃない、高校生があり得ない。

『っ……我慢…我慢……おしっこ…おしっこ…』

……。

演劇はもう終盤。
あと5分もすれば幕が下りる。

「(んっ……はぁ……)」『な、なんで……ま、待ってコレ……ほんとに辛いっ…んだけ…ど』

隣で星野さんが小さく息を漏らす。パイプ椅子の上で組んだ足が小刻みに揺れる。
さっきまでと違い『声』に焦りと困惑が膨らみ、切迫した状態なのが感じ取れる……。

――……そうだよ…我慢って無限に出来るものじゃない……。

「(あ、綾菜……ちょっと抜けていいかな?)」『白縫! とにかく白縫探さなきゃ! なにこれ……辛すぎ…じゃん、トイレっ、トイレ……』

私の肩を軽く叩いて、小さな声で話しかける。
演劇はもうクライマックスだというのに……。

――……星野さんにとって今…未知の感覚なんでしょ? それが我慢できないって事なんだよ?
だけど……まだ足りない。皆こんなものじゃなかった。まだ我慢できるはずだよ星野さん。
辛いでしょ? でももっと辛い……まだまだ辛くなる。これから更にずっと辛くなる……。
辛いなんて言葉でいられるのは今だけ……もっと直接的な言葉しか浮かばなくなるんだよ。
だから――

「(……もうちょっとみたいだし最後まで一緒に見よ?)」

私の口から零れたのは意地悪な言葉。
心臓の音が周囲の人にも聞こえてるんじゃないかってくらい大きな音で動いてる。

659事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。14:2019/04/30(火) 01:16:04
――……大丈夫。星野さんなら我慢できるよね?

今、星野さんを追い詰めているのは大きな尿意の波。
だけど、波はしばらくすれば落ち着いていく。一時的なもの……。

「(っ……ま、まぁ…いいけど)」『ふー、っ…あぁ、ダメ足が揺れちゃってる……早く、もう早く終わんなさいよっ』

演劇なんてもう見ていない。
私は時折気が付かれないように視線を向けて……声や『声』、身じろぐ音や気配に意識を傾け……。

――……これくらい我慢できるでしょ? だって星野さんが言ったんだよ……おもらしなんてありえない…って。

「(ふぅー…すぅ……はぁ……)」『っ……ちょっと…落ち着いた?』

明らかに落ち着きがなかった星野さんだったが、上手く波をやり過ごせたらしく『声』も少し落ち着く。
私はもう少し追い詰められても良かったと意地悪いことを思いながらも、心のどこかで少し安堵もしていた。

<パチパチ――>

周囲から拍手が起きる。
意識を舞台へ向けると演劇が終わったらしく幕が下りる。

「歌恋、見つけた、……メイドさんと逢引き?」

背後から突然声が聞こえて私は少し驚く。

「っ!! しら…っ! あっ…んっ!」『あ、ちょ……〜〜っ、あ、あぶな……え、危ない? って……』

当然私以上に星野さんは驚き、そのあとすぐ、ほんの数秒片手がスカートの前を押さえる。
驚きから我慢することへの意識が外れて……危うく失敗を犯してしまう一歩手前……。

『ありえない…服着てるし、人前なのに……ちょっと驚いたからって、おもらししそうになるなんて…ありえないよね? ……っ』

星野さんは一瞬想像した、一歩押さえるのが遅ければ、どうなっていたか……。
ありえないはずだと思っていることが、起きてしまえた可能性に。

「し、白縫っちょっと聞きたいんだけどっ! か、怪談! …っ、えっと、な、なんかトイレの怪談! あれってガセだよねっ?」
『は、はやくっ、早く教えてっ! 我慢してるってバレちゃう!』

星野さんはパイプ椅子に座る角度を変えて、五条さんに慌てて問いかける。
これが五条さんを探していた理由?

「怪談……七不思議? ……そう、あれは全部、ただの噂」

「そ、そっか、……っ綾菜、ちょっと待っててっ!」『あぁ、トイレ! トイレ〜!』

五条さんが答えると星野さんは音を立ててパイプ椅子から立ち上がり、小走りで体育館の出口へ向かう。
私もそのあとを追うために立ち上がる。

660事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。15:2019/04/30(火) 01:17:11
「……ちょ、まって――」
「雛倉さん、止まって」

五条さんが私の目の前に移動し静止をかける。

「え、えっと……?」

私は五条さんに視線を向けて言葉を待つ。
恐らく星野さんがすぐにトイレに入れることはないとは思うがなるべく早く後を追いたい。

「コーヒー、試飲したい」

プラカードに書いた“コーヒー試飲できます”を指差しながら五条さんは言った。
そういうことか……飲み比べの時の事も考えるに、五条さんはコーヒーが割と好きなのかもしれない。

「……あー、うん……ちょっと待って……」

時間は惜しいが流石に断れない。
私はプラカードを近くのパイプ椅子の上に置き、紙コップを取り出して五条さんに持ってもらう。
後は水筒に入ったコーヒーを――

「あんまり、歌恋の事、いじめないでね」

「え!」

急な言葉に手が止まる。

「あんなだけど、怖がりだから……」

――あ……そっちか、そういう事……。

私はてっきり故意にトイレ我慢に追い込んでいるのを見抜かれたのかと思って焦った。
だけど、幸いそうではないらしい。
私は「わかった」と返事をしてコーヒーを注ぐ手を再び動かす。

それにしても――

「……星野さんって五条さんの事、信頼してるんだね……たった一言で安心させられるだから」

ただの噂、その一声を五条さんから聞きたいがために星野さんは彼女を探していた。
噂かどうかなんて誰にでも聞けることなのに。

「ちょっと、勘違いしてる。……幽霊が怖いのは、得体が知れないから……でしょ?
私は、見えるから……得体がわかる人の言葉だから」

――……え?

一瞬何を言ったのかわからなかった。
見える……得体の知れないものが……つまりそれは幽霊が見える?
見える人からの怪談の否定、確かにこれ以上ないくらい信頼できる言葉だけど……。

――……見える? ありえ――いや、私のテレパシー、皐先輩の透視があるのなら、霊感って言うのも否定はできない?

超能力の一種、無い人にはわからないものを認識できるものが存在しているのならあるいは……。
それでも、俄かには信じられないが、よくわからない五条さんを見てると……あり得るのかも知れない。
私はコーヒーを注ぎ終わると「……そう、なんだ」と無難な言葉を言って荷物をまとめて持ち直す。

「……だとしても……信頼はされてると思うよ」

見えるなんて言葉を信じてる時点でそういう事。
私は軽く会釈をして背中を向ける。

「歌恋、大雑把で高慢ちきだけど、……意外と傷つきやすいから、出来れば優しくしてあげて」

背を向けた直後に五条さんはそう言って、私が振り向くと「コーヒー、ありがとう」と言って紙コップ片手に私たちが座っていた当たりのパイプ椅子に座る。

661事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。16:2019/04/30(火) 01:18:00
『っ……外まで並んで……あぁ、ど、どうしよ……辛い、さっきみたいにまた我慢辛くなってきた……』

星野さんの『声』が聞こえる。私は再び体育館の出口に向かう。
私が予想していた通り体育館を出たところにあるトイレは混雑してるらしい。
当然の事、演劇の後だしそもそもあそこのトイレは一か所しか使えない。

体育館を出てトイレの方へ視線を向けると星野さんが目の前にいて……まだ並ぶかどうかで迷っているらしい。
もしかしたら私が体育館に居るから、なるべく近い場所で……そう考えているのかも知れない。

身体が揺れ、落ち着きがない…それに手がスカートの前に?
押さえているのか、添えられているのか、スカートを握りしめているだけなのか、彷徨わせてるだけなのか……今の位置からでは判断できない。
私は確認するために星野さんに近づく。

『や、やっぱ別のトイレにっ』「っ!」

『声』と共に星野さんが急に振り返り、あっさり私に気が付く……。

『っ……もしかして押さえちゃってるの……見られてた?』

振り返ったときには既に手は前を押さえてはいなかったが
『声』で自白してくれたので、直前まで押さえていたことは確認出来た――……可愛い。

――……可愛い……か。さっきから可愛いはずなのに、ちゃんと意識したのって今が最初……?

今日は色々考えすぎてる……。
一番大事な事は、可愛い星野さんを見る事のはずなのに。

「……どうしたの――って……混んでるのか、演劇終わってすぐだしね」

私はトイレが混雑していることを、今気が付いた風を装い声を掛ける。
星野さんは「そうだね」と言った。さっき振り返ったのは他のトイレに行くため、このままじゃ簡単に間に合ってしまうかもしれない。
……押さえるのを見られたくない、それに五条さんも言っていた高慢ちきな……プライドの高い星野さん。

……。

「我慢……できる?」

ぽつりと呟くように私は星野さんに問いかける。

「なっ! 当たり前じゃん! このくらい全然平気だしっ」『大丈夫っ、ちょっと辛いだけだし、よ、余裕で我慢できる!』

期待通りの言葉が返ってくる……先手を打って正解だった。
ここで並ぶ並ばないは、本来我慢できる出来ないに関わらず選択できる言葉のはず。だけど、私の言葉でそれは少し変わった。
別のトイレに行くと言えば、我慢できないから……そう取られかねないと思うはず。
そして、その誤解を与えないために一言付け加えたとしても、それは言い訳しているみたいになってしまう。
実際、星野さんは限界が近い、だからこそ言い訳に聞こえるんじゃないかって強く意識する。
簡単には別のトイレに行くとは言えなくなった……はず。

星野さんは混雑したトイレの最後尾に並ぶ、私もその後ろに並ぶ。
外に並んでいるのは私たち以外は一般来場者、此処のトイレの事情を知っていない人。
その人数は4人、中にも2〜3人いるとして最低6人、一人2分とした場合12分。
思ったよりずっと頑張ってる星野さん……だけど『声』の大きさからして微妙な時間。
座っていたさっきまでとは違い、立ったままでの我慢は辛い。ましてや仕草を抑えて、前を押さえないでいる事なんて絶対に無理な時間。

弱音が聞きたい。
本当に追い詰められて「やっぱり他のトイレへ」って言ってくる星野さんが見たい。

662事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。17:2019/04/30(火) 01:19:14
「あ、綾菜も…トイレ?」『後ろに並ばれると……だめ、落ち着いて、平静平静……めちゃくちゃ我慢してるとか知られたくないし……』

私は頷きで返す。もちろん余裕はある。
それでも体育館で飲んだコーヒーの影響もあってか、それなりには溜まってきているけど。

「えっと、大丈夫…その格好と荷物?」『だめ、これ……辛い、我慢…我慢しなきゃなのに……押さえたい、じっとしたくないっ』

平静を装う声と焦る『声』のギャップが……。
ステップを踏みそうで踏まない足、だけど腰回りが少しもじもじと揺れていて――……バレてないつもり? 凄く可愛い。

……。

――……格好? あ、そうか……ロングのメイド服とこの荷物……。

荷物が多すぎる上に、あまりトイレに持ち込むべきじゃない試飲のコーヒーが入った水筒も持っている。
その上、ロングのメイド服と言うのも入りにくいし、飲食系であるメイド喫茶の印象を下げる可能性もある。
……やめた方が良いかもしれない。

「……確かに、この格好じゃ良くないか」

「だ、だったら…綾菜は一度クラスに…戻った方が、良いんじゃない?」『行って! その間に他のトイレに行ければもっと早く済ませられるっ!』

やっぱりそうなる。
星野さんの意見は正しい。トイレ待ちをしている間にクラスに戻れというのはとても自然な話。
だけど……私もここまで来て引けない。

「……まぁ、メイド服は気を付ければいいし、荷物は……私の時星野さんが持っててくれると助かるかな」

「――っ! そ、そう…っ……わかった……」『んっ…そんな……っ! あ、ダメ、押さえない、我慢、我慢、が…我慢して』

『声』がまた一段と大きくなる。
私がこの場に留まる事が決まり少なからず動揺を与えたのかもしれない。
立っているときは仕草を隠すのが難しいはず――……押さえずに、仕草を隠してこの波を抑えられる?

「(んっ…ぅ……っ)」『が、我慢、我慢する…だけじゃん! ……あぁ、なのにっ…これ……あ、んっ……だめ、我慢しなきゃ……』

声を抑えて、肩を震わせ必死に耐える。
交差させている足は不規則に揺れて……手はスカートの横の生地を掴んで太腿の前に。
僅かに前屈みで、頭を少し下げて足元に視線を落としているのがわかる。

軽く見ただけじゃわからない人もいるかもしれない。
だけど、注意深く見なくてもわかる程度には我慢の仕草が溢れ出てる――……いい…凄く可愛い。

「はっ、はぁ…っ」『あ、あぁ……だめ、ほんと……なんでっ…さっきより……つら――我慢、できなっ……あ、あっ…』

交差されて居た足を組み替え、同時に手が前に持って行かれる。
後ろからなのでちゃんと見えているわけではないが、その手は恐らくスカートの前を……。
その後も膝を時折少し上げ組み替えてを二度三度繰り返す。そのたびに身体が少しずつ前に傾いていく。
くねくねもじもじと揺れ動く姿は、さっきまでとは違い誰が見ても見っとも無い我慢の仕草で……ちょっと――ではなくかなり心配になってきた。
まだ、ちゃんと我慢出来てる……けど『声』の大きさはおもらし寸前のそれに近い。

「はぁ…っ……あぁ……」
『お、治まって! 無理…こんなっ……ど、どうしよ? あぁ、我慢しなきゃ…なのにっ、あっ…待って、あぁ嘘っ! ちょ…そんな冗談じゃ…くっ……あっ、あぁっ!』

もじもじと動いていた身体が強張り動きを止めたかと思うと、ほんの一瞬身体が跳ねるように動き、そのあと深く前に傾く。

――……っ! まさかっ――いや、大丈夫、足元は何ともない……けど、今のって……やっぱり……。

「はぁ…はぁ…うぅ……」
『なによ……これ、なんの冗談? っ……気のせいじゃ…ない? 今、私……ちょっとだけ……』

仕草が少し落ち着いていくのがわかる。
尿意の波を乗り切って……でも、仕草と『声』を察するに無傷じゃない。
被害がどの程度のものかはわからない。
だけど、ついに星野さんが……おもらしなんてありえないと言った彼女が、私の前で我慢できなくなってる。
おもらしが現実味を帯びてきてる……彼女にとってありえないはずの失敗……おもらし……。

663事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。18:2019/04/30(火) 01:20:12
――……っ…ど、どうする? まだトイレの中にさえ入れてない……このまま並んでたら間に合わないんじゃ?

順番待ちは並び始めてから二人分進んだ直後。
次の波が来たら星野さんは……ちゃんと我慢できる? 小さな失敗だけで済む?

鼓動が早くなる。思い知らせることが出来たし、最高に可愛いと思う……だけど、このままだとそれだけじゃなく……。
もし私のせいでこんな所で失敗なんて、おもらしなんて事になったら……違う、私のせいじゃなくても私は多分……助けたい。
自分で追い込んで……こんなの倒錯してるってわかってる。けど――

「……ほ、星野さん!」

「っ! や、これは……」『んっ…あぁ、見られた…よね…さっきの格好。うぅ、最悪じゃん……あぅ……トイレ――おしっこ……こんなところ見られるなんて……』

振り向いた星野さんの顔は一気に真っ赤になり私から視線を逸らす。
本当は星野さんの口から弱音を聞きたかった……だけど、もう待っているわけにはいかない。

「……別のトイレに行かない?」

「っ……え…、だ、大丈夫、私は我慢できる…し」『やだ、そんなの我慢出来ないみたい……絶対だめ、それだけは……我慢してやる、絶対にっ』

星野さんはそう言うと再び前を見てしまう。
意地になってる……見っとも無いところ見せて、これ以上は絶対にって……。
星野さんはわかってない。一度崩れだしたらそれはもう猶予がないってことに。
周りに気が付かれない失敗なんて精々20mlとかその程度のもので、量的には僅かな違いでしかない。
不意に失敗したものじゃなく、必死に我慢して失敗したということは、次同じくらいの波が来た時にまた繰り返す事になる。
そして、我慢する体力にも限界はあって、さっきの様にすぐに止めれる保証はない。

……。

「(……わ、私が間に合わないかもしれないから……)」

私は後ろから星野さんに耳打ちする。
口先だけでもいい、星野さんにどうにか動いてもらわないと……ここじゃ人が多すぎる。
私じゃ周りを誤魔化しきれない。

「そ、そんなに…いうなら……」『違う、多分…綾菜は私の為に? あぁ……んっ……我慢できる、出来るはず、なのに……早く、したい…はやくぅ、おしっこ、トイレっ――』

星野さんは振り向き、だけど視線を合わせずに応える。
私の言葉が本心でないことは察してる。

星野さんの片手は私が見ているにも拘わらず前から離せずにいる。
それはそうしていないと我慢が出来ないから……もしくは、その手で隠されたスカートの一部分には失敗の跡が残っていて、それを隠すために。

「……とりあえず校舎に向かおう」

距離から考えて、使うトイレは購買近くのトイレか、二階の更衣室前のトイレ。
購買近くのトイレは人の多い中庭に近く、個室の数が少ない。
更衣室前のトイレは個室の数が比較的多いが、生徒はそのことを知っているので演劇を見ていた生徒が向かった可能性がある。
二階にあるのも今の星野さんには辛い道のりかも知れない。

『っ……が、我慢…もう絶対……しない、さっきのはきっと…油断してたんだ……次は我慢、出来る……あぁ…トイレ、おしっこ……』

少し前屈みで覚束無い足取り、支えて歩いてあげようか迷ったが、きっとそれは求められていない。私はただ半歩後ろを歩くだけに留める。
もうすぐ校舎、そしたらどっちに歩みを進めるか……星野さんが決めるはず。

664事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。19:2019/04/30(火) 01:21:48
「はぁ……んっ…ふぅ……あ、んっ…はぁ……」『こ、これ……待って…っ! だ、大丈夫、油断…しないし、我慢する、絶対っ……』

校舎に入り、星野さんは階段の手すりに片手を置いて立ち止まる。
俯き荒い呼吸をする星野さんの『声』がまた大きく膨らんできてる……。

「んっ……くぅ……あぁ」『落ち着け、治まれ……あと少しなの……階段…二階……上のトイレ、トイレ……んっ…やぁ……が、まん……するんだからっ!』

――……これ、ほんとに……だって『声』が…どんどん大きく……。

絶対失敗しない我慢するという強い意志、だけど……焦燥も困惑も膨れていく『声』。
本当に限界、このままじゃ本当に……こんなところで……。

「あぁ、あ、あ……まって…っ! やぁ」『あ、嘘、だめこれ……む、無理っ…や、だめ、がまん、ぜったい、なのにっ…あっあぁぁ!』

先ほどと同じように身体が強張り、小さく全身が震える。

――……ほ、本当に……っ……どうしよ?

「くっ…んぁ……ちょ、だめぇ……」『あっ、あぁっ! んっ、で、出てっ――とめ、我慢…お願いっ!!』

私は斜め前から星野さんの様子を窺う。
心配だし、確認したい……人通りは多いわけじゃないが場合によっては私が何か対応しないと……。

――っ! ス、スカートが……ちょ、え……こ、こんなに……?

押さえ込まれたスカートの一部分が色濃く染まり、限界まで水分を含んだためかスカートの裾辺りまで染みの流れを作っていて……。
苦しそうな、今にも挫けてしまいそうな顔で、額から汗を流して……。

隠しようのない失敗……おもらし。
星野さん――……か、可愛いけど…けどっ! こんなところで…だめっ!

だけど、私はどうすればいいかわからない。
どうすれば助けられる? トイレはまだ遠い、それに今無理に移動させるなんてこと出来ない。
こんな姿……誰かに見られたら星野さんは――

「っ……ふっ…んっ! はぁー……」『――っ、と、止まった? でもっ…あぁ、まだ、私っ……んっ――てか、嘘…スカートが…こんな……』

星野さんは一度始まった大きな失態を押さえ込んだ。
それでも、その被害は誤魔化せるものなんかじゃなくて……足にも、靴下にまでその失敗の跡を僅かに残すほど。
この格好のまま移動するのは危険、簡単に隠せる程度の被害じゃない。だけど、星野さんはまだ沢山我慢してて……。
正面は階段の手すり、廊下側には背を向けてるし私の身体で死角にもなっているけど、もし階段から降りてくる人が居たら……
見られたらおもらしだと一目でわかってしまう……だからどうにかしないと、ここにずっといるわけにはいかない。
それに此処に留まり続けたところで、恥ずかしい水たまりを作ることになるのはもう時間の問題。
そうなれば水たまりも、音も……廊下側からも当然気付かれてしまう。

――……え、ど、どうするの?

「んっ…み、ないで……はぁ…――綾菜…んっ…」『や、やだ、こんな……の……隠れ、とりあえずどこかっ!』

――っ!

私の顔を見た星野さんは顔を背けて、私を押しのけるように駆け出す。
向かった先は階段下の備品倉庫――……そうか、人がいない見つかる可能性が低い場所!

薄暗い普段は誰もより付かない場所。星野さんは鉄の扉を慌てて開けて中に飛び込む。
照明もつけずに飛び込んだ星野さんの後を追って、私は照明のスイッチを押して中に入る。

「えっ! あぁ、綾菜! こ、来ないでっ! あっ…んっ……」
『こんな…姿……み、見られてるっ……のに…あぁ、だめトイレ……次どうする? トイレは? トイレに行かなきゃ意味ないのにっ……あぁ』

「……星野…さん……」

私は言葉に詰まる……濡れたスカートを握りしめ、涙目で自身の犯した失態に混乱しながらも必死で我慢を続ける星野さん。
そんな姿を私に見られて恥ずかしく思い、だけど、そんな事ばかり考えていられるほどの余裕がない。
本当に可愛い……もう、ここには他人の視線はない……私たちだけ。

665事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。20:2019/04/30(火) 01:22:48
……。

「……もう我慢……できない?」

――あ、あれ? 私…何言って……?

言いたかった言葉。今なら言える?
星野さんを見返すための言葉。

涙目で、真っ赤な顔をこちらに向ける星野さん……口の中が乾く。唇が震える。――……最後に、取っておいたあの言葉……。

「……高校生が…おもらしなんて、ありえない――…ですよね?」

ダメなのに……言っちゃいけないのに。
こんなに私は気にしてた……この言葉……。
言いたかったんだ、私……こんなに、星野さんに――言いたかった。
その言葉を――星野さん自身が言ったその言葉を聞いて……どう感じる?

星野さんは私の言葉を聞いて動揺し、困惑した表情で顔を背ける。

「ち、ちがう……これは、おもらしじゃ……ちょっと…だけ……みたいなっ…それだけ、じゃん」
『だって、こんなにまだ、我慢してるっ、あぁ……だめ……でも、もう本当に……』

おもらしじゃないと言い張る星野さん。多分言い訳のつもりじゃない、少し失敗しただけだと……それが星野さんの本心。
周りから見たらそれはどう見てもおもらし……だけど、星野さんの言うこともわかる。
我慢を諦めてない、目に見える失敗ではあれど、水たまりも作ってない、まだ沢山その下腹部に溜まってる……当人にとってこれはまだおもらしじゃない。認められない。
だってまだ、今にも負けそうになるほどの尿意を抱え続けているから。

「……そう、それは少し失敗しただけ……ちゃんとトイレに行けば、まだ間に合う。だって、おもらしなんてありえないんだから」

私の言葉に跳ねるようにして反応する星野さん。彼女自身ありえないと思ってるはずの失敗……それを私から何度も聞かされて強く意識してしまう。
それなのにこれ以上の失敗は、もう認めざる終えない……それが目の前まで迫ってる。

……。

私はカバンを置いてしゃがみ込み、中から替えのスカートと新品の下着、それとタオルを取り出す。

「え……なに? どうして着替え……?」『んっ……どういう事? あぁ、ダメ、考え…られない、おしっこ……早く……でもっ――』

「……流石にその格好じゃここから出れないでしょ? 着替えてトイレに行けばちびっちゃったこともバレないし……」

わかってる私がしてること。
私はまだ星野さんに……辛い我慢の選択を選ばせようとしてる。

「でも……っ、そうかそうだよね…んっ、借りても…いいの?」『だ、大丈夫……さっきより我慢できてる、間に合う、おもらしなんて……しないっ! 今度こそ、もう失敗しないっ!』

恥ずかしいのか申し訳ないのか、喋り方が少ししおらしくなって……だけど――

――……凄い…強いよ星野さん……。 それに凄く可愛い……。

私の言葉を聞いて、まだ必死に我慢しようとする強い意志……。
楽にしてあげないのは悪い事? ……だけど、その星野さんの意志は折れてない、ちゃんとトイレで……そう望んでる。

「……いいよ、使って」

私はまずタオルを渡し、スカートと下着を星野さんの近くのダンボールの上に置く。
見届けてあげる、それはきっと私のためだけど……我慢を諦めないなら、ちゃんとトイレまで間に合わせたいと思ってるなら……私はそれを手伝いたい。

666事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。21:2019/04/30(火) 01:23:41
「あ、ありがと……ちゃんと洗って…返すから」『はぁ……っ、お願い、トイレまで、落ち着いていて、お願いだからっ……もう、しない、我慢しなきゃっ……』

我慢してるためか、ぎこちない動きでスカートを下ろす。
赤の……一部を真紅色に染めた下着が見えて――それを見て私は慌てて後ろを向く。
星野さんはパニックになっているのか、見られることへの意識が薄くなってる?

「と、扉、開かないように見とくから……」

「えっ! あっ……そっか、ごめん……」
『な、なにして、私……目の前で脱いっ――や、だめっ、待ってそれよりも、は、早くしないとっ…またっ……トイレ……おしっこ……』

<コツコツ…コツコツコツ>

不規則に踏み鳴らす足踏み音……着替えながら、後始末しながら必死で我慢を続ける音。
時折零れる焦燥の声。激しい運動をした後のような荒く熱い息遣い。力が籠められた息を詰める呼吸音。

……。

私は胸に手を当てる……ドキドキしてる……苦しいくらいに。
きっと星野さんは今の私以上に鼓動を早く、大きくして……でもそんなことに気づけないくらい混乱と焦燥、そして我慢の中にいて……。

「はぁ…早く……んっ…はぁ……はや、早くしないと……ほんとに……」『やだ、もうすぐ、着替え終わるのに……こんなのっ、また……だめ、ちゃんと我慢、我慢、がまんしなきゃっじゃんか!』

『声』が再び少しずつ大きくなっていく。
スカートを大きく濡らすほどの失敗をした後だけど……でもそれは結局コップ一杯にも満たない量のはずで。
確かに失敗する前よりも貯め込まれた量が減ったのは間違いない。だとしても、度重なる我慢で括約筋の疲労は確実に蓄積されている。
意志の力で我慢できる? 折角終えた後始末、折角着替えた下着とスカート。今度こそそれを汚すことなくトイレまで――

「っ……き、着替えた、っ…はぁ……は、早くトイレ、トイレ……」『だ、大丈夫、我慢できる……絶対できる、しなきゃダメっ…だからぁ……』

今にも膝から崩れ落ちてしまいそうなほど足が震えて。
着替えたばかりのスカート、その前に両手を重ねて抑え込む。
今からそんな恥ずかしい格好で、ギリギリの状態で本当にトイレまで辿り着けるのか……。

……。

「……紙コップ……使う?」

言っては見たがあれは試飲用に使っていた余りの紙コップで、ギリギリまで入れても200mlに満たない。
使い終わった紙コップだってどう処理すべきなのかわからない。
それでも、もし星野さんが使いたいと思うなら――

「は? ちょっ……ば、馬鹿じゃないの!? んっ…使えるわけ、ないじゃん!」
『が、我慢できる、んっ…する、紙コップなんて……トイレまで、我慢…すればいいっ…それだけ、だからっ』

――……まぁ、そうなるよね…プライド高いし、こんな密室で私がいる前でなんて簡単に出来るわけない…か。

星野さんはちゃんとトイレまで我慢するって言う選択をした。
だったら一刻も早くここから出てトイレに――

667事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。22:2019/04/30(火) 01:24:31
「え? あ……(待って星野さん)」

私は両手が塞がってる星野さんの代わりに扉を開けようと思ったが、扉の向こうに人の気配を感じて星野さんに待ったをかける。
何人かの声……中まで入ってくるような感じではないが――

「あ、綾菜? なに? っ早く……しないと…わたしっ……」『なんなの? あっ……くぅ…開けてよ、早く、じゃないと、本当もう……我慢が…っ』

「(……静かに、ちょうど扉の前付近に人がいるみたい……)」

「え……や、なんでっ……」『そ、そんな……こんな時にっ……あぁ、おしっこ……少し、あと少しなのにっ……』

星野さんは私の声に数歩後退り、隠れられるところを探すかの様に周囲に視線を巡らせる。
だけど、倉庫内は狭く両サイドにダンボールや棚が置かれてはいるが、扉辺りから見えない位置というのは存在しない。
星野さんは隠れることを諦めたのか扉から距離だけ取って、膝を床につけて膝立ちになる。
身体を前に傾け、両手で必死に抑え込んで……。こんな状態からさらに我慢の時間を引き延ばされることになるなんて思っても見なかったのだろう。
開けて出て行くことは可能ではある……けど、急に備品倉庫なんて普段開かないところから人が出てくれば注目されるのは間違いない。
注目なんてされなくても星野さんの状態は一目瞭然……本来なら人目を避けてトイレに向かいたいくらいの状態であって……。
星野さん自身が見られても良いと思ってるなら扉を開けてトイレに急ぐのも一つの選択だと思ったが、彼女の態度は明らかに見られることに強い抵抗を感じている。

――……当然だよね、そんな格好。……でも、だったら待つしかないし、仕方ないよね?

心のどこかで、もう少し今の星野さんを独り占め出来る事に私は喜んでる?
我慢してる星野さんが見たい、その結果どうなるのか……見届けたい。
そんな後ろめたい欲望に忠実な気持ちは確かにある……だけど、それでも私の助けたいという気持ちも本心で……。

「ふぅーっ…ふぅーっ……んっ…ぁぅ……ふぅーっ……」『がまん、がまん、がまん、がまんして、絶対、絶対…ぜったい……っ……我慢だからっ』

膝立ちで必死に何度も押さえなおされる両手、前後上下に揺れる身体。
涙目で、荒く熱い息を零して……必死に我慢を続ける。

「んっ…あぁ、だめ……これ……っはぁー…っ…ふぅーっ、んっ…」『無理、ほ、ほんと、このままじゃ…あっ、間に合わ――っ……だ、だめぇ…が、我慢しなきゃ…しなきゃっ!』

次第に動きは小刻みに、震えているような動きになって『声』もまた大きくなり始める。
リズムが崩れてより不規則な呼吸と動きが限界なのを表してる……。

――……ほんと可愛い……でも、早くしないと……。

私は扉の外へ意識を向ける。
人の気配は――……あ、遠退いてる? 開けれる?

私は扉をゆっくり少しだけ開けて外の様子を確認する。
人はいない、大丈夫今出ていっても誰かに注目されることはない。

「ほ、星野さん、今なら――」
「っ! あ、だめ……今っ……あ、あぁ…やだ、あ、あや…なっ」『くる、きちゃうっ…これ、だめ……まだなのにっ、我慢できなっ、こ、こんなの…まに、間に合わないっ!』

【挿絵:http://motenai.orz.hm/up/orz73081.jpg

振り向くと縋る様な目を向ける星野さんが居て……。
私は星野さんを極力驚かせないように小さく口を開いたつもりだった。
実際驚いたのか、私の言葉に気が緩んだのか、このタイミングで波が来たのか……。
ただ、分かるのは星野さんの『声』が“我慢できない”に傾いてる……。

668事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。23:2019/04/30(火) 01:25:28
「こ、コップっ! だめ、あぁ、紙っ…コップ、あやなっ! あぁ早くぅ」『無理、もうダメっ……なんでもいいから…早くぅ、漏れちゃう…おしっこ、ほ、ほんとに…んっ! おしっこ出ちゃうぅ……』

私は星野さんの緊急事態に、床にカバン置いて慌てて中から紙コップを一つ取り出す。
膝立ちになってる星野さんの前まで行き、私はそれを目の前に差し出す。

「んっあ、あぁ……や、ごめん、み、見ない…でっ――んぁあぁっ! だめぇ!」『あぁ、もれちゃう、おしっこ、だめ…これ……やだ、コップ……あ、あぁ、あぁっ!』

星野さんは私の手にある紙コップを見て、スカートの前を押さえていた片方の手を離し、奪い取るようにして紙コップを取る。
そしてスカートを押さえていたもう片方の手を一気に離し、その手でスカートを浮かせ、紙コップを持った手と共に両手をスカートの中に入れて――

<ぱたたっ…じゅうっ、じゅぃぃー――>

直後、目の前から紙コップを叩く音、そしてそれは直ぐにくぐもった音に変わり……スカートで見えないけど、恐らくその中で下着をずらして紙コップに放たれる音。

「んっ! あぁ、あっ!」『だめ! 止めないと…と、止まって、止まれっ!』
<じゅっ、じゅ…じゅぃぃっ……>

何度も途切れながら……でも、スカート越しでもわかるくらい音が少しずつ高くなって……。
それは紙コップ内の水位が上がってきていると言う事。
200mlにも満たない紙コップ……星野さんはそれがいっぱいになるまでに何とか止めようと必死で。

「はぅんっ! あぁ…うぅ…ん〜〜っ……」『お願い、止まってよ……溢れちゃう、やだ……』
<じゅっ…じゅぃぃ…>

時折息を詰めて必死に力を入れながら……だけど、注がれる音は止まず、声にならない声を上げて……。
星野さんは見ないでと少し前に言った。だけど、私がその言葉に従うことが出来たのはほんの一瞬だけで、もう目が離せないでいる。

「んっ――、ふぅーふぅーっ、あぁ……だめ」『ダメ、これ以上ダメ……あふれ、でも、こんなのっ…もうっ!』

激しい息遣いは続くもののスカートの中から聞こえる音が止んだ。
そして震える手で紙コップがスカートの中から取り出され、その中には縁ギリギリまで注がれた恥ずかしい熱水が入っていて……。

――……こんなところで……こんなに紙コップをいっぱいにして……。

「あ、あっ…だめ」『もれちゃうっ……あ、あ、あぁっ!』

星野さんは手に持っていた紙コップを乱雑に床に置く。水面は揺れ、縁から流れる様に溢れ、コップの下に小さな水たまりを作る。
下着をずらしていたであろう左手はそのままスカートの中で、そして紙コップから解放された手はスカートの上から前を再び押さえこむ。
溢れるくらい沢山してしまって……それでも尚、限界の尿意は引かず星野さんを苦しめる。

669事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。24:2019/04/30(火) 01:26:43
「だ、だめっ…あぁ、あやなっ…もういっこ、コップ! これっ…あぁだめっ! でちゃうのっ!」『むり……こんなのっ……もう、限界っ……』

星野さんは再び縋るような目を私に向ける。涙で一杯にして……精一杯の力を込めながら。
そして、押さえ込まれたスカートに染みが少しずつ広がってきているのに気が付く……ちゃんと止められてない、我慢が効いてない……。
私は慌てて踵を返し、扉の前に置かれたカバンまで移動し、中に入っている紙コップを今度は袋ごと取り出す。
さっきも一個じゃなくこうすれば良かったのかもしれない……そうすれば、もっと早く次を渡せた……。

私は再び星野さんの前に行って、袋から取り出した紙コップを差し出す。
それを星野さんは見て手を伸ばして――

「あっ」

だけど、慌てて伸ばした指先が紙コップを弾いて床に落とす。
そして……その手は紙コップを追わずに再びスカートの前に持って行って。

「あっ、あ、あぁ……っ」『だ、だめぇ……』

<じゅ…じゅぅ、じゅうぅぅぅ――>

くぐもった音……だけどさっきの音とは違う。
紙コップに放たれる音ではなく、スカートの中で、下着の中で渦巻く小さな――でも確かに聞こえる失敗の音。
スカートは押さえ込まれた部分から色濃く染まり、捲れたスカートから見える膝……そこから幾つもの恥ずかしい流れが、床に水たまりを拡げていく……。
最初は断続的に……だけど、次第に音を変えるだけで継続的な音に変わる。

おもらし……間に合わなかった。
何度もおちびりを繰り返し、着替えたのに、紙コップも使ったのに……必死に我慢したのに。
ありえないはずのおもらし……星野さんがそう思っていたはずの恥ずかしい失敗……。

「あ、あぁ……はぁ…っ……ふぅぁ……んっ」『止まってよっ……なんで、これ……どうしたら止まる? あぁ、だめ、わかんない……くらくらする……』
<じゅぅぅぅ――>

止めようと思っても止められない。力の入れ方がわからない。
『声』は我慢を続けている様で、でもその大きさは次第に小さくなって……。

「はぁ……はぁ…んっ……あぁ、ふぅ……はぁ……」『だめだ、これ……おもらし……私が………こんなとこで……』
<しゅぅぅぅ――>

荒い呼吸と恥ずかしい音が響く中『声』が消えてゆく。
水たまりは大きく拡がり続けて、星野さんは水たまりの中に一人……。

<ばしゃっ>

そして、その水たまりの中で膝立ちをやめてお尻を落とす。
ただ茫然と焦点の定まらない目で、水たまりの上にある指で弾いた紙コップ辺りを見て……。
それでも拡がり続ける水たまり……1分以上――もしかしたら2分ほど音は止まなかったかもしれない。

「はぁ……はぁ……」

肩を上下させ、息遣いがけが響く――……可愛い、可愛いのに。
私は一歩二歩後ずさる。

「……ご、ごめん……っほ、保健室で服貰ってくるからっ」

私は逃げるように鉄の扉を開けた。
慌てていて外は確かめていなかったが、幸い誰もいない……。

私は扉の前で額を抑えてしゃがみ込む。

670事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。25:2019/04/30(火) 01:27:31
――……なんで私……逃げて……。

私が星野さんを追い込んだ……後ろめたい気持ちが苦しくて、優しい言葉を掛けられなかった。
彼女はこの扉の向こうで、自分の残した水たまりの中で一人なのに……。

……。

――……だめ……とりあえず服、それからだ……自分の気持ちを整理してちゃんと星野さんに向き合うのは……。

私は立ち上がる。
五条さんは言っていた、星野さんは傷つき易いからって。優しくしてあげてって。
本当ならどれほど傷ついた? おもらしなんてありえない……そう思っていた星野さんが私の前でおもらし……。
失敗なんて誰にでもある……そう思っていない人の失敗。そもそも傷つかない人なんていないくらいの大きな失敗。

「助けが必要そうなら力になってあげることね」……ふと体育祭の時、私を見逃してくれた朝見さんの言葉が思い浮かぶ。
その通り……私はそうありたいし、そうしたいと思ってる。

私は胸に手を当て深呼吸して歩き出す。
すぐ近くにある保健室……私はノックして扉を開けた。
中には珍しいことにちゃんと先生が居た。

「あら、綾菜ちゃんじゃない保健室で会うなんて珍しいというか初めて?」

「……何度か尋ねているのにいつも先生がいないだけかと」

私の言葉に先生は反論する。こんなに外が魅力的な日にも拘わらず、保健室で待機してることを自慢気に話す――……残念ながら普通です。

「それで、何か用事? 顔が赤いし風邪? というか可愛い格好ね」

「……こ、これはクラスの宣伝目的で――ってそんなことより、……き、着替え一式貸してもらえませんか?」

あのまま星野さんを長い時間置いておくのは良くない。

「着替え一式ね……下着とか、濡れタオルとか、乾いたタオルとか、お土産袋もいる感じで?」

ご明察です。
私は頷き、大体察してくれたので説明はせずに必要なものを受け取る。

「……ありがとうございます」

「どーいたしまして。ささ、行ってあげなさい」

私は背中を物理的に押されて保健室から追い出される。
斎先生……妹とは違った意味で良い人ではあるんだけど。

671事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。26:2019/04/30(火) 01:28:33
私は着替えとか一式を持って再び備品倉庫の前へ。
深呼吸して、周りに人が居ないのを確認した後、ノックと小さく声を掛け、扉を開ける。

目の前にいるのは隠れるところもなく、水たまりの中で体勢を体育座り変え、顔を下に向けている星野さん。
スカートを手で伸ばし、可能な限り恥ずかしい姿を隠そうとしているが、精々足が隠れる程度で大きな水たまりは隠せるわけがなく
また、そのスカート自体も面積にして半分以上が色濃く染まっている。
耳を澄ますと嗚咽……必死に声を抑えて。
近づいて慰めてあげたい……だけど、水たまりの中に足を踏み入れる行為は避けた方が良いかもしれない。
必要以上に申し訳なく思ってしまうかもしれないし、不快な思いも与えるかもしれない。
私が逃げて時間を置いてしまってるから尚の事、冷静に判断されると思うし、私も勢いで行動できない。

……。

「……水たまりから出てきて、じゃないと入っちゃうよ?」

「っ! ……ぐすっ…」

涙を流して、睨んでくる星野さん。

この言葉の選択が正しいのかはわからない。
でも、メイド服だって流石に汚すわけにも行かないし、落ち込まれるよりかは私にぶつけてくれた方がいい。

星野さんは視線を逸らした後立ち上がる。
スカートから雫が水たまりに落ちてぴちゃぴちゃと音を立てる。
星野さんはその音を聞いて、表情を硬くする。

「……自分で出来る?」

私は貰って来た袋からタオルを取り出して見せる。
星野さんは私の顔を見ずに頷き、水たまりの中を一歩二歩歩きタオルを手にする。

――……出ていった方が良いのかな……?

でも、さっき逃げてしまって再び星野さんを一人にするのは……。
だからと言って後始末をしている星野さんを直視するなんてことは出来ず、私は目を逸らす。

「(うぅ…なんで……っ…なんで、我慢…できなかったん…だろ……)」

私の視界の端でタオルを握りしめる星野さん。
震えた消え入りそうな声……。

「(ありえない…のに……私だけが…こんなっ……もう子供じゃ…ないじゃんっ……)」

「ち、違う! 星野さんだけじゃないっ!」

私は星野さんに目を向けて、語調を強めて答える。

「……し、失敗は恥ずかしいことだと思う……でも…それでも、ありえないことじゃない……」

だけど、ありえちゃいけない事なのかもしれない。
ちゃんと我慢してトイレまで……そうしなきゃいけない。それでも――

「……我慢はずっと出来るものじゃない……星野さんは凄く頑張ってたと思う……」

必死にトイレまで我慢しようとする意志は凄まじかった……。
そうしなきゃって思う気持ちの強さは、もしかしたら今まで『聞いた』誰よりも強かったかもしれない。

「だと…しても……間に合わなかった…のは……事実…じゃん……みんな、間に合ってる、のに……私だけっ――」
「違うっ! それは星野さんが知らないだけだよ……わ、私だって…こういう事…ないわけじゃ……ないし」

星野さんの見開いた瞳が私に向けられる。逆に私は星野さんから目を逸らす。
顔が熱い……星野さんにわかって貰うためとは言え……恥ずかしいものは恥ずかしい。
というか、多分この私の態度が嘘じゃない証明みたいなもので――……だめ、どんどん顔が熱くなってるっ!

672事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。27:2019/04/30(火) 01:29:09
「……きょ、今日の失敗だって…私以外に見られてないわけでしょ?」

自分で言って置いて自分の事から話を逸らす……。

「……みんな知らないところで少なからずこういう事…あるものだから」

私は沢山の失敗を知ってる。
我慢が苦手な子も、得意な子も、トイレが言えない子も、言えるはずの子も……。
皆がみんな、失敗してるわけじゃないけど……それでも、私は沢山知ってる。

「嘘だよ……そんなの……知らないところとか、ただの都合のいい考え方じゃん」

星野さんはそう言ったが、その言葉はさっきほど震えていない気がした。
ちゃんと伝わったのかはわからない……だけど、少しでも気持ちが楽になっていればと私は思う。
星野さんはそのあと小さく深呼吸して後始末の続きを始める。
私には「あっち向いてて」と言いはしたが、出て行けとは言ってこない。

「綾菜の失敗って……どんなだった?」

――っ!

「……べ、別に普通……」

普通ってなんだって自分で突っ込みたくなる。
だけど、それ以上言葉を続けられない。

「そっか……ご、ごめん、変なこと聞いて……」

残念そうな声で星野さんは謝る。
謝るのは私の方なんだけど……追い込んでおいて自分の失敗談も言えないでいるんだから。

服を脱ぐ音、身体を拭く音、着替える音……。

「おわった…よ」

その声に私は星野さんに視線を向ける。
目も顔も赤くして、視線を逸らして――……可愛い。

私は星野さんに近づく。
星野さんはそれに気づき身を強張らせる。

……。

抱き締めてあげたい……けど、後始末を終えたとはいえシャワーを浴びたわけじゃないわけで……。
本当メイド服が凄く邪魔……メイド服じゃなければ抱き締めてるのに……。

「……さて、次どこ回ろうか?」

無難な言葉で私は星野さんの手を取った。

673事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。-EX-:2019/04/30(火) 01:31:20
**********

「あ! えっーと、真弓ちゃん、梅雨子の妹の真弓ちゃんよね!」

私は祭りの時に完全に忘れてしまっていた友達の妹を見つけ声をあげる。
彼女は真弓ちゃん。梅雨子の妹。通りで聞いたことある名前だと思った。
外見は、何度か家を訪ねた時に窓の向こうに影を見た程度のものだったが、何度か梅雨子が写真を見せてくれたこともあった。
余り記憶にないが、確かに見覚えはあった。
それに、今こうしてみると少し梅雨子に似た雰囲気も感じ取れる。

「あー……えっと、気付いちゃいましたか」

決まりが悪そうな顔で視線を逸らす真弓ちゃん。
祭りの時、名乗りはしたものの私の事を知らないように装った理由は当然あの時の事。

「ほんっとーーーにごめん! それとあれは梅雨子に無理矢理……えっとまさかトラウマとかになってないよね?」

恥ずかしい音を聞かれて、それを梅雨子のデリカシーのない言葉で――――私も興奮からなにか口走ってた気がするけど――――嫌な思い出になっていて当然で。
それに梅雨子の話だとあれからほぼ口をきいてくれないって時々嘆いてたし……。

「いやー大丈夫ですよ、もう気にしてませんし」

明るく言う彼女の言葉に私は胸を撫で降ろす。
そして注文したコーヒーに口を――空だ……。

「あ、コーヒーもういっぱいくれる?」

「あやりんが居ないからって焼け飲みしないでください……もう既に二杯飲んでるんじゃないですか?」

「えー、綾のメイド接客楽しみにしてきたんだからちゃんと居座り続けないと!」

それにほら……コーヒーって利尿作用あるし。
……いやいや、こんな公共の場で我慢とか――
でも……。
………。
い、いや、流石にダメでしょ!

「あの……私がお姉さんと顔見知りだった事……もう少しだけあやりんには黙っていてくれませんか?」

私が恥ずかしいことを考えていると、真剣で…でも少し不安を抱えた顔で真弓ちゃんは言う。
ところで――私と顔見知り? それはどうなんだろう……。
トイレの扉越しでのあの会話――――会話とは言えない一方的なのもだったけど――――と2〜3度窓越しで真弓ちゃんらしき影を見たくらいのものだと思ったけど。
いや、でもあっちは一応私を見ていたと言うことなら顔見知りと言えるのか。
それを綾に秘密に――秘密?

「えっと? いいけど…どうして秘密?」

「それは……あやりんにはそういう事言わずに友達になったから……でも、ちゃんと私から正直に言わなきゃってずっと思ってて……」

なるほど、その気持ちはわからなくもない。
もし私がそのことを話せば綾はきっと真弓ちゃんに少なからず不信感を抱く。
どうして隠していたのか……って。
……。

――あれ? どうして隠してたんだろう? …あぁ、でもどんな関係って聞かれて、私に恥ずかしい音聞かれましたって言うわけにもいかないか。

「あら、お久しぶりです雛倉先輩」

聞き覚えのある声に振り向くとそこには金髪の上品な子がいて。

「あぁ! ……――さ、皐ちゃん!」

「正解です……けど今一瞬名前出てこなかった感じでしたよね。……はぁ、相変わらず勉強以外は微妙な記憶力ですね」

私は口を噤み目を逸らす。

「それと……黒蜜先輩の妹さんもごきげんよう?」

「……真弓です」

「あら、ごめんなさい、真弓さん
私、一度ちゃんと真弓さんと話したかったんですよね」

「っ…それは……奇遇ですね会長さん。私もですよ」

――……ん? なんか急に空気が重く……。
二人の間に火花が見える気がする。

「ここではなんですから、お二人とも生徒会室に案内しましょう」

――あれ!? なんだか私まで巻き込まれてる!?

「ふふふ♪ 当然ですよ雛倉先輩。だって生徒会室で行う密談は綾菜さんの事なんですから」

おわり

674「星野 歌恋」:2019/04/30(火) 01:33:54
★星野 歌恋(ほしの かれん)
1年A組の生徒
校内の友達とバンドを組んでいるが軽音部ではない。
黒蜜 真弓とは同じ中学出身で友人関係。
同じく同じ中学出身の朝見 呉葉については顔すら覚えていない。

強気でまっすぐな自由人。
周りの空気に良くも悪くも流されない人物。

膀胱容量は非常に大きめ。
物心ついた時から小さな失敗すらしておらず、また限界まで我慢した経験も非常に少ない。
体験、目撃経験がないために、高校生にもなって我慢できないことに現実味を感じず
またそれが恥ずかしく情けないことだと強く思っている。
あからさまな我慢の仕草も同様に小さい子がすることであり、恥ずかしいことだと感じている。
そもそもそう言ったことに余り関心がなく、カフェインの効果に利尿作用があることを知らなく
また沢山飲むことが頻尿に繋がることも理解していない。

成績は下の上、運動はそれなり。
歌うのが好きでバンドグループではボーカル兼ギター。
ただボーカルもギターも特別上手いわけではない。
性格は気性が激しく、自分勝手、素直じゃなくて、プライドがそれなりに高く、口が悪い(悪気無し)。
余り周りに関心を持っていないが、気になる相手はとことん気になり
そういう相手に関しては得意ではないが多少の気遣いや配慮をすることもある。
基本的にはコミュ力は高いので、性格に多少難があっても彼女のペースに引き込まれる。
割とツンデレな部分もある。

綾菜の評価では沢山我慢できる人でおしっこの我慢を舐めてる人。
初めの印象は良くなかったが、話すうちにその誤解は解けた。
わかって貰うためとはいえ、私情も挟み、悪気がなかった人を自ら追い込んでしまったことを後悔している。

675名無しさんのおもらし:2019/05/01(水) 01:30:10
待ってました!
平成の締めくくりにふさわしい話だった

676名無しさんのおもらし:2019/05/01(水) 09:39:06
平成の最後に相応しい作品です。
令和でも楽しみです。

677名無しさんのおもらし:2019/05/01(水) 09:50:31
更新ありがとうございます。
もう一つの小説のキャラや雪姉も登場して、まさに学園祭の雰囲気ですね。
そして、勃発するあやりん争奪戦。

678名無しさんのおもらし:2019/05/04(土) 09:57:27
更新待ってました!
おもらしに追い込んじゃうのいいシチュエーションです!最高でした!

679名無しさんのおもらし:2019/09/21(土) 12:38:18
新作希望

680名無しさんのおもらし:2019/10/14(月) 12:33:21
今宵は美術作品展示会。
高貴なる身分の紳士達が…紳士と呼ぶには見栄っ張りで、傲慢で、自慢したがりな貴族達が年に数度、自身の作品を見せ合い自慢し合う会。
煌びやかな会場の各所に、紳士達の誇る「自慢の作品」が展示されている。
作品の趣向は様々で、一点を除き共通性に欠けている。
丈の短いスカートを着用した、内気そうなメイド。
下の毛まで綺麗に剃られた裸見の女性。
見る物全てを睨みつける、両手を縛られた少女奴隷。
決意を秘めた目をした修道女。
逞しい筋肉を持った、女騎士。
これらの「作品」は彫刻でも絵画でもない。生身の女性なのだ。
彼女達の何が「作品」なのか?どこに共通点があるのか?
答えは展示された彼女達のぷっくり膨らんだ下腹部にある。
彼女達は妊娠ではない。膨らんだ下腹部の正体は、溜まりにたまった「お小水」である。
「作品」とは「お小水を我慢している女性」の事なのだ。
貴族紳士達にとって、お小水を我慢している女性とは美その物なのである。
今宵は美術作品展覧会。
紳士達が心血を注ぎ育て上げた自慢の「美術作品」を見せ合う会なのである。

681名無しさんのおもらし:2019/10/14(月) 12:36:15
展示会と呼ぶからには、作品にも優劣が存在する。
もっとも美しい優れた作品とは何たるかと問えば、誰よりもお小水を我慢した女性の事だと紳士達は口を揃える。
では、早々に粗相をしてしまった作品は劣る作品なのかと言わば…それも否だ。
「あぁっ!見ないで、見ないでくださいましっ!」
展示されたメイド服の女性の足の間から、お小水が滴り零れる。
恥かし気に顔を両手で覆い泣きながら失禁するメイド女性を見、紳士達は満足げに頷いた。
「恥ずかしがる従女…基本に忠実な良い作品ですな」
「しかし、在り来たりでもあります。私はもっとこう…インパクトがある方が好みです」
真っ先に粗相してしまったメイドを魅入り、語り合う紳士達。不意に会場内に叫び声が響いた。
「し、将軍殿ォォォォォ!申し訳ありませぬぅぅぅぅぅぅぅ!」
驚いた紳士達が一斉に振り向けば、軽装の鎧をまとった女騎士の「作品」が粗相をし始めた所だった。
悔しそうな表情で剣を掲げポーズを取った女騎士のズボンからは、先程のメイドとは比べ物にならない勢いの小水が下品な音を立て豪快にまき散らされた。
「おぉ!なんと豪気で勇ましい失禁ではないか!これは痛快だな」
「武門と知られるスピア家ならではの、印象に残る魅せ方ですなぁ」
そう。作品の優劣は我慢の長さだけでは決まらない。粗相の仕方も作品の美しさを決める重要な要素と言える。
如何に長時間、大量の小水を貯めるか。我慢の仕草に色気はあるか。如何に甘美に粗相するか。作品の優劣はそれらの要素から決まるのである。

682名無しさんのおもらし:2019/10/14(月) 12:39:43
展示会に展示される女性の事情も様々だ。
良い成績を得れば釈放してやると囁かれた盗賊の娘もいれば、借金の肩代わりにと無理やり脅されて出品された奴隷の少女もいる。
自身の商会や信仰を知ってもらおうと自ら参加を志願した商人の娘や修道女などもいる。
修道女は、股に手を当て震えながらも朗々と聖書の一文を読み上げている。
商人の娘は自らの商会の商品をアピールしようとワインを鱈腹飲んで酔いつぶれ、寝息を立てて失禁して場の笑いを誘った。
「卿?いかがですかなうちの娘は?まだ12歳ではありますが、これほど下腹を膨らませても淑やかな態度を保っていられるのですぞ」
中には、自身の娘を上流貴族に嫁がせようと展示し自慢する貴族もいる。
この会がきっかけで結ばれる縁や婚姻もあるだけに、成り上がりを狙う貴族や商人の目は真剣そのものだ。
展示する側、展示される側。様々な思惑と欲求をはらみ、会は進む。
1人、また一人と粗相する事で完成していく作品達。それを下劣な目で見る紳士達。
今宵の会は最後まで朗読しながら我慢し、神に祈りながら美しい粗相を見せた修道女が優勝した。
上機嫌で岐路に着く紳士達の股間は熱を帯び、固くなっている。
この熱を各々の妻に注ぎ、貴族の家々は子宝に恵まれた反映するのだ。
情熱的な一夜が明け、さわやかな目覚めを迎えた紳士達は考える。
「次回は、どんな『作品』を用意しようか」と。

683名無しさんのおもらし:2019/10/14(月) 12:41:44
幼き頃にここの作品群を見て育った者です。
良質なオカズを下さったここへの感謝の気持ちを込め、またこの場が再び盛り上がる事を願い、お粗末な出来ですが作品を投稿しました。
下手な作品ながら、少しはこの場への恩返しとなれば、幸いです。

684名無しさんのおもらし:2019/10/17(木) 01:00:36
こういうファンタジー系の作品は独自性があってとても好み。

685事例の人:2020/01/16(木) 07:20:21
>>675-678
感想とかありがとうございます。

あけましておめでとうございます。
めっちゃ早朝ですが、文化祭一日目の午後になります。
いつも言ってる気がしますが、長いです。

686事例17「高倉 悠月」と駆け引き。1:2020/01/16(木) 07:25:54
「……」

12時過ぎ、私と星野さんは体育館への渡り廊下の横に設置されたベンチに座って、その辺りで買ったお昼を食べる。
私はサンドウィッチ、星野さんはホットドック。

――……食べてるとはいえ会話が……やっぱちょっと気まずいなぁ、というかトイレ行きそびれたままだ……。

6〜7割と言った感じの尿意? 余裕がないわけじゃないけど、そろそろ行かないと不味いと思えるくらいにはしたい。
今は座っているから落ち着いてはいるが、立ち上がってじっとしていられるかと言われると難しいかもしれない。

「……星野さん」

「っえ! な、なに?」

名前を呼んだだけで小さく驚き、でも明るく振舞おうとする笑顔が――……可愛い。
気まずかったとはいえ、こうして健気で可愛い姿を見ると少し名残惜しいけど――

「……そろそろ喫茶店の方に戻ろうかと思って」

「あー、……ん、そっか。なんだかんだ午前中ずっと付き合って貰ったし……それと色々その……迷惑、かけたし……」

少し残念そうな顔で、だけどその顔は徐々に変わり最後は不安そうな顔をする。

「……いや、大丈夫、気にしてないから……それより、本当に倉庫の後始末は手伝わなくていいの?」

「う、うん……放課後、タイミング見てひとりで片付ける、……というか、あんなの改めて見られたくないじゃん」

それはまぁ……納得の理由。
でも、横に置いてあったダンボールとかにも被害あったし、何よりあの量の後始末はかなり大変になると思う。
星野さんも恐らくそれをわかった上で言っているはずなので、これ以上は言わないけど。

私は「……それじゃ」と小さく手を振ると星野さんもこっちを見て、まだ固い笑顔を向けて手を振ってくれた。

文化祭の喧騒の中、クラスに戻ると――……廊下にまで少し人が溢れてる?
どうやら、お昼時になりある程度混み始めたらしい。
私はスタッフ出入口――――と言っても教室の前の扉の事だけど――――を開けて中に入る。

「あ、ようやく帰ってきた」

厨房側に居て話しかけてきたのは斎さん……。

「ちょっと事情があって一人抜けてるのと、見ての通り今混んでるから……早く手伝って」

淡々と状況を言って私に手伝うように迫る。
本来は朝から12時までが私のシフトなのだけど適当な理由を付けて抜け出した負い目がある。
しかも斎さんは私の本意を知っておいて抜け出させてくれたわけで……。

『うーんお手洗い行きたい……でもまだ忙しいし抜けるの迷惑になるよね?』

――っ……この『声』は弥生ちゃんだよね?

弥生ちゃんの『声』が隣から聞こえてくる。隣と言うことは接客をしているらしい。
斎さんからの手伝いの要請、弥生ちゃんも我慢してるとなればこの場を離れる理由は……。

――……だめだ、私が不味いことになる……先に済ませることは済ませないと……。

687事例17「高倉 悠月」と駆け引き。2:2020/01/16(木) 07:26:51
「……ご、ごめん先に着替えてトイレだけ行ってくる」

こうやって立ち話しを続けているだけでかなり切羽詰まってきている。
このまま仕事をするには流石に尿意が大きすぎる。
弥生ちゃんの『声』が聞けなくなるのは確かに勿体ないとは思うが仕方がない。我慢しているということを知れただけでも良かった。

「ん、わかった忙しいんだから急いでよ?」

私はその言葉を聞きながら、着替えるために衝立で簡易的に作ってある更衣室に入る。
私はメイド服を脱いで、自分の服を手に取り着替える。

『はぁ……もうちょっとお客さんが少なくなればなぁ……』

聞こえてくる弥生ちゃんの『声』。
私はこれからトイレに行くわけだけど……弥生ちゃんの『声』を聞くために苦手ではあるが途中で止めるか
あるいは斎さんの水筒に残ってるコーヒーを飲んだ上でちゃんと済ませるか……。

……。

弥生ちゃんの『声』は聞きたいけど、やっぱり途中で止めるのは苦手だし嫌い……。
私はもう温くなったコーヒーを水筒のカップに注ぐ。

――っ……音が…下腹部に響く……。

音を立てないように足踏みをして、膨らむ尿意を宥めて、注いだコーヒーを一杯、そしてすぐに二杯と残りのちょっとを注いで飲み干す。
水筒を洗って返したいところだけど、トイレに持って行くのは流石に気が引けるので、放課後ちゃんと洗って斎さんに返そう。
最悪家に帰ってから部屋を訪ねても良いかもしれないが……マンションだと学校よりも気不味いので出来れば避けたい。

着替え終えて衝立から出て、目が合った斎さんに軽く頭を下げて教室から出る。
教室前のトイレは……ちょっと混んでる。
廊下の角まで行って購買近くのトイレを軽く確認すると……混んではなさそうだけどちょうどトイレに入って行く人が二人見えた。
どちらに行ってもすぐには済ませられないなら近い方が良い。私は教室前のトイレまで引き返して順番待ちの最後尾に並ぶ。
順番待ちと言っても三人だけ――

――んっ……まだ平気、だけど……やっぱもうすぐだと思うと……っ……。

個室は三つなので私の順番が回ってくるのに時間は掛からなかったが、危うく仕草が零れるところだった。
私は個室内で更に辛くなった尿意に前を押さえてそわそわしながら、準備を済ませてしゃがみ込む。

<ジャバー>

音消しの音に合わせて、息を吐き、力を抜く。
危なかった――というところまでは行かなかったけど、これは流石に我慢しすぎたとは思う。

音消しが終わる前にどうにか済まし終え、始末をして立ち上がる。

――星野さん……さっきの私の3倍以上長かったよね?

星野さんは必死に止めようとしていたし、限界まで我慢したときは思ったほど勢いよく出ないものだし
単純に3倍以上の量だとは思えないけど……それでも1.5倍――もしかしたら2倍ほどあったんじゃないかと思う。

688事例17「高倉 悠月」と駆け引き。3:2020/01/16(木) 07:28:02
個室を出て手を洗い教室に戻る。そして再度メイド服を着て仕事を始める。
とりあえず厨房側から移動すると、すぐに弥生ちゃんを見つける。様子は――……仕草には出てない? いや、ほんとに軽くだけど足が落ち着いていないかな?
接客中の弥生ちゃんは踵だけを軽く上げたり下げたりを繰り返して――とても可愛い。
こちらに気が付いたらしく視線が合うが、接客中な為弥生ちゃんは仕事に戻る。

接客係は私を含めて4人。混んでなければ3人で十分、最悪2人でもどうにかなるが、今はそうもいかない。
そして、見渡すとシフトに入ってるはずのまゆが居ない事に気が付く。
事情があって一人抜けてるというのはまゆの事だったらしい。
私もとりあえず仕事を見つけて参加する。

――
 ――

片付け、案内、注文、給仕。
時折弥生ちゃんの様子を見つつもしばらく慌ただしく仕事を続けていると――

「あ、あの雛さん……」

給仕を終え、片付けに向かう私の袖を引っ張りながら弥生ちゃんが声を掛けてくる。
振り向き弥生ちゃんを見るとそわそわと落ち着きない様子で――……本当可愛い。

「その、お手洗い行きたくて……ちょっとだけ抜けても大丈夫……かな?」

私が仕事を始めてから20分ほどたって、尿意も増してきたのかもしれない。
周囲を見るとまだそれなりに混んでいる……宣伝効果?
まだ私に尿意がなく『声』が聞こえないし――――凄く『聞きたい』のだが――――本当は忙しいからダメだと言いたい。
だけど、トイレも混んでるかもしれないし、こんなところで失敗、それ以前に我慢の仕草を沢山の人に晒すというのもさせたく無い……それに星野さんの事、少し自分の中で引きずってる。
弥生ちゃんに優しくしたからと言って、星野さんへの罪滅ぼしにはならないけど、罪を重ねるのもいけない事で……。

「ごめーん! 今戻ったー、あやりんもごめんっ!」

厨房の方から執事の格好をして出てくるまゆ。
メイド兼執事喫茶を名乗って置きながら、執事率が低いのでそれを気にして衣装を選んでくれたのもか知れない。

私は一度まゆに視線を向けてから、弥生ちゃんに向き直り――

「……大丈夫みたい、行って来たら?」

それを聞いてコクコクと頷いて、着替えるために厨房の方へパタパタと駆けていく。

「……それで、まゆは何してたの?」

私は弥生ちゃんを見送りつつ、まゆに近づき話しかける。
弥生ちゃんが今までトイレに行けなかったのも、私がこうして当番じゃないのに働いてるのも大体まゆのせい。
別に恨めしく思っているわけではないけど。

「生徒会室にね、ちょっと会長さんに呼ばれちゃって」

「皐先輩に? ……まさか、クラス委員長を私の代わりにしてとかそんな話?」

「いや、そんな話にはならなかったけど、まぁでも、割とシリアスな話かな?
……それと、後で私からも話しておきたいことがあるんだけど……この感じだと放課後かな?」

――シリアスな話? ……気になる。それに後で話しておきたい事ってわざわざ言うのも、まゆらしくないというか……。

「……ん、じゃあ後で、とりあえず仕事しようか」

気にはなるが忙しいので、いつまでもこうしているわけにも行かない。
仕事に戻りテーブルを片付けて、次の人を案内するために廊下へ向かう。
ウェイティングリストを見て名前を呼び案内する。
待っていたのは最後の一組だったが、リストの紙が埋まっていたので一応別の紙を持って再び廊下に出て紙を取り換える。

689事例17「高倉 悠月」と駆け引き。4:2020/01/16(木) 07:29:05
「ねぇ、狼さん案内してくれる?」

紙を変えていると後ろから声を掛けられる。
狼さんなんて言う人には心当たりが一人しかいないので嘆息しながら振り返る。

「……生憎だけど、今席が埋まってるから此処に名前を書いて頂けますか、鞠亜お嬢様」

「ちょ、お嬢様って――あ…(いや、メイド喫茶だからそれでいいのか?)」

ちょっと悪意を込めて言ったんだけど、メイド喫茶なので納得してしまった。
そんな霜澤さんを見ていると、名前欄に“霜澤”と書いている。私は紙に書かれた“カタカナフルネームで”ってところをトントンと指差す。

「ったく、細かいわね……」

そう言って名前をシモザワマリアと――……シモザワマリア? あれ、この名前なんだか……。
違和感、既視感……よくわからないけど不思議な感じ。

「書いたわよ、あんたは仕事に戻らなくていいの?」

「あ……うん、戻る」

ぼーっと名前を眺めていた私はその言葉に現実に戻される。
霜澤さんはそんな私を見て怪訝な顔を向ける。
心配してくれてるのか、ただ訝しんでいるのかはわからないけど、私は何事もなかったように背を向け教室へ戻る。
だけど、仕事に戻ってからもなぜか名前が頭にチラつく。

――なんでだろ? シモザワマリア……シモザワ…………シモ…ザワマリア……っ!?
え、偶然? いやいや、ないよねそんな偶然……なんで……アナグラムなんて……。

私は気が付く。
空いたテーブルを見つけ、私は慌てて片付けて廊下へ向かう。

「あ、空いた?」

携帯を弄りながら視線を一瞬だけ私に向けて、再び視線を手元に戻しながら彼女は言う。

「……空いたよ……紫萌…ちゃん」

私の言葉に霜澤さんは携帯を操作していた手を止める。
昔、病院で会い手紙をくれた人の名前、「字廻紫萌」は「霜澤鞠亜」のアナグラム。
あのカタカナを見た時に感じた違和感は、字廻紫萌って名前について調べていた時期があったから。

「……どうして黙ってたの? 病院で会ってたこと……そっちは覚えてたんでしょ?」

今まで、霜澤さんの行動や言動に違和感を感じたことがあった。
その理由がきっと私の事を覚えていたから……。

「覚えてた……けど、言う必要もないでしょ、狼さんにとっては恥ずかしい思い出でもあるし」

「っ……そう、だけど……」

「終わりよ、お・わ・り! 別にどうでもいいじゃない。昔ちょっと話したからって、今は他人なんだしっ」

他人……そう言われて私は胸が痛んだ。
確かに、私は覚えてなかった。思い出したから友達なんて都合のいい話……。
あんなにあの手紙を大事に持っていたのに、霜澤さんと再会したとき思い出せなかった私に腹が立つ。
だけど……。

「……私は思い出す前から……と、友達くらいには思い始めてたけど……」

「あ…ぅ……せ、精々知り合い…くらいでしょ?」

……。

「……じゃあ、友達になってよ紫萌ちゃん」

「なっ! ――っていうか、紫萌ちゃん言うな!」

――……いや、待って、そもそもなんでアナグラムにしてたのよ! ちょっと変なとこあるし中二病的な?
でも、言うなって言われても……思い出してみると霜澤さんは紫萌ちゃんなわけで、また呼び方を霜澤さんに戻すのもなんか……。
と、友達でいつまでも苗字にさん付けって言うのも……いや、変ではないけど……でも――

「……だったら霜澤の霜で……霜ちゃんということなら……」

一体なにが「なら」なのか……よくわからないけど、折角思い出せたのだから仲良くなりたい。なぜだかそう思った。

霜ちゃんは困った顔をした後視線を逸らす。
そのあと口を開きかけて、一度大きく嘆息してからもう一度口を開いた。

「もう好きにして……さっさと案内しなさいよ」

そう言われて私は席に案内する。
注文を聞こうとすると、私に喋る隙を与えずコーヒー券を押し付けるようにして渡される。
なんだか、折角思い出したのに私だけが妙に空回りしてるみたいで――

「ボクは今まで通り態度を変えるつもりないから……」

私が席を離れる時に背中に投げかけられた言葉に視線を霜ちゃんの方へ向けるとこちらを見ていなくて……。

……。

私は何も言えずその場を離れる。
「態度を変えるつもりないから」……そう言った霜ちゃんは以前より冷たく、そして遠く感じられた。

690事例17「高倉 悠月」と駆け引き。5:2020/01/16(木) 07:30:52
――
 ――

しばらくして、弥生ちゃんが帰ってくる。
私が声を掛けると、なぜか妙に動揺していて――……もしかしてちょっと失敗した?
そこまで切羽詰まっていたようには感じ無かったが『声』が聞けなかった以上、正確にはわからない。
まさかスカートを捲るわけにも行かないし……真相は分からず仕舞い。

そして、どうにか客入りも落ち着いてきて、まゆが戻ってきたことで人数も通常通りになり私は抜けることにする。
結局途中理由を付けて抜け出していたとは言え、かなり長時間、着慣れないメイド服を着ていた為か少し疲れた。
メイド服から制服に着替え、手を上にあげ軽く背筋を伸ばす。

――っと、今更したくなってきちゃった……。

仕事の忙しさで意識から外れていた為か、大事なところで来てくれなかった尿意は今になってそれなりの大きさで主張してくる。
これからどうするか……折角の尿意、『声』を聞くためにもう少し我慢するか、もう今日は止めにするか……。

――……あ、そういえば雪姉、結局うちのクラスに来なかったなぁ……折角無視してあげようと思ってたのに……。

しばらくいなかった時に入れ違いになってる可能性は十分あるけど、ちょっと寂しい気分になる。
嘆息しつつ、更衣室から出る。

「あ、委員長ってコーヒー班だったよね? ちょっとコーヒーの味見て貰って良い?」

余り交流のないクラスメイトから声を掛けられ、コーヒーを差し出される。
委員長と呼ばれることは割と珍しくて……多少は委員長としてクラスメイトに認められて来たのかもしれないが、当人である私は正直どうでも良かったり。
それにしても、味見するほどのものでもない気がするけど、私は差し出されたコーヒーを飲む。……――うん、全然わからない。

「……うん、大丈夫だと思うよ?」

「そっか、私って不器用だから、なんか間違ってるかもって思っちゃったら心配になっちゃって! ありがとね!」

私の適当な答えに、元気よくお礼を言ってくれる彼女に少し驚きつつ返事を返す。
一口飲んだコーヒーを返そうと思ったが、客に出すわけにも行かないし、結局私はそれを持って廊下に出る。
あんなに普通に話しかけてくれるとは……まゆはもちろん、最近瑞希ともよく話すようになったおかげかも知れない。

手に持ったコーヒーを飲みながら、とりあえずトイレに視線を向け、『声』を確認する。

――……『声』はあるけど……全然切羽詰まってる『声』じゃないかな?

私自身の尿意についてもまだ余裕はある。
折角の文化祭、とりあえずどこか回ってみてもいいかもしれない。
星野さんと回った場所以外だとこの棟の二階と三階がまだ回っていない。
後はプールを使ってるバカンスカフェ、図書室や美術室――――何してるか知らないけど――――と言ったところか。

二階と三階は正直学年が違う教室と言うこともあって一人じゃ回りたくない。バカンスカフェも一人で行くのはハードルが高い。
自分の教室を覗き込むと、客の中で知り合いは霜ちゃんだけ……一緒に回りたくはあるが、霜ちゃんは携帯を弄ってゆっくりコーヒー飲んでるし、軽食まで追加で注文している。
どうもしばらく出てくる様子はない。それ以前に、あの冷たい態度……断られるかもしれない。

――はぁ……図書室方面にしておこうかな……。

コーヒーを飲み、歩を進めながら考える。
図書室だと、図書委員や文芸部? そもそも出し物してるのかどうかも把握していない。
出し物をしているものとして考えると、この辺りの歴史とか、お勧めの文庫本とか、そういったものだろうか。

691事例17「高倉 悠月」と駆け引き。6:2020/01/16(木) 07:32:10
道中、途中で空になったコーヒーの紙コップをゴミ箱に捨てて、目的の図書室に到着する。
周辺にあまり人の気配がない。文化祭でお祭り騒ぎのはずなのに、遠くで聞こえる喧騒は何とも言えない趣があるというかなんというか。
私は図書室の引き戸に手を掛け、力を籠める。

<ガラガラ>

中に入り軽く見渡すが、まずカウンターには誰もいない。入ってすぐの長机にはお勧めの文庫本……大体の予想通りだが、管理者は不在。
委員や部活以外にもクラスでの出し物がある以上、手が回らないのかもしれない。
私は、適当に文庫本を眺めて――

「あ」

誰もいないと思っていたところに声が聞こえて、私は驚き、視線を声のした方へ向ける。

「綾菜さん……だっけ?」

数歩入らないと本棚で見えない位の位置にいたのは、午前中に会った雪姉の友達と言っていた名前も苗字もわからなかった背の低い方の人。
ノートや教科書を広げて恐らく勉強しているらしく――……なんで勉強?

「……は、はいそうですけど…………勉強…ですか?」

彼女は頷くでも首を振るでもなく、持っていたペンを置いて手招きをする。
私はそれに従い歩みを進め、彼女の座る4人席の机の前まで行く。
机に広げてある教科書やノートは如何にも大学で使ってそうなもので、難しそうなものばかり。

「……えっと……」

なんで呼ばれた? それをどう聞けばいいのかわからなくて言葉に詰まる。

「あ、えっとさ……時間ある?」

私はその問いに小さく頷きで返す。
彼女は丁度良かったと安堵の声を出してから少し申し訳なさそうに口を開く。

「私にテスト勉強の仕方教えてほしんだけど?」

――……はい?

「無理して良い大学入ったのはいいものの、難しくて……美華は――あ、美華って言うのは私と一緒いた子のことで――」

話すのは苦手なのか話が前後したりして、わかりにくいが、状況を説明してくれる。
要約すると、大学の講義についていけない、テスト難しすぎ、範囲広すぎ、美華さんには入学の時散々迷惑かけていたから頼りたくないと言った内容。

「それで、なんで私が……大学の勉強を教えれるほど――」
「いや、こうなんて言えばいいのか、テスト勉強の秘訣を知りたくて……雪に聞いたらそういうのは妹の方が適任って言ってたし」

――雪姉……勝手な事を……。

でも、雪姉に教えて貰うって言うのは確かに無理な話だとは思う。
雪姉はサヴァン症候群を疑うほど勉強に関しての記憶力が凄まじく、教科書を数回流し読みするだけで何ページにどんな内容が書いてあったのか大体覚えられるくらいだし。
そんな雪姉の勉強法とか全く参考に出来ない。「教科書とノート全部覚えたら大体わかるよ」とかいう人だから。
その割に、私より人の顔や名前を覚えるのが苦手とか……どういう頭の構造してるのか本当に謎。

692事例17「高倉 悠月」と駆け引き。7:2020/01/16(木) 07:32:59
「だからって……秘訣って言われても……」

「雪から聞いた話だと、テストに出そうなところがわかるとかなんとか……」

「……いや、それ、先生の授業直接受けてるから大事そうな場所とかテストに出したそうな場所に見当が付くだけで、秘訣でもなんでも……」

机の上に置かれたノートや教科書に視線を向ける。
そもそも、内容が理解できないものを教えれるのか――……でも、割と綺麗にノート取ってる……。
教科書にも付箋だったりマーカーで線が引かれてたり……どうしてこれで点が取れないのか……。

――……トイレにも行きたいし、あんまり時間取られるのも……
お昼にサンドイッチと一緒にコーヒー飲んだし、その後も追加で結構飲んだし……。

「やっぱ、だめですか……」

そう言って彼女は机の上に置かれた500ml以上はありそうな大きさのタピオカミルクティーらしきものを太いストローで飲む。
そういえば、そんなの中庭の隅で売っていた気がする。

……。

――……500ml……かなり多いよね? ミルクティーって紅茶だし利尿作用もそれなりにあるだろうし……
タピオカが入ってるとはいえ、ミルクティーだけで500mlくらい普通にありそう……。
今はトイレに行きたいとは思ってないみたいだけど、それは時間の問題だし、話すの苦手そうだし、教えて貰ってる立場上席を外し難いだろうし……。

自身の尿意と天秤に掛けて考える。
確かにコーヒーは沢山飲んだけど、1時間や2時間で我慢できなくなるほどじゃないと思う――……だったら――

「……わかりました…役に立つかは保証できませんけど、それでもいいなら」

「っ! ありがとう……自分で言うのもなんだけど…明らかに年下に頼むことじゃないのに……」

変なことだって気が付いているなら、もっと大学でなにかしら方法がありそうな気がするけど。
とりあえず、断りを入れて彼女のノートを手にする。
さっき開いていたページ以外も綺麗に色分けされたりして、上手くノートは取れてると思う。
内容はよくわからないことばかりで範囲も広いが、重要そうな場所はなんとなくわかるし、割と苦労せずに教えられそうな気がする。

――でもまぁ、彼女の『声』が聞こえるまでは何も説明せずに時間稼ぎ……かな?

時折気が付かれないように視界の隅で彼女の様子を窺うと、
私が読んでいる間、手持無沙汰になるためか何度もストローに口を付ける。

身長は私よりも低いくらいだけど、恐らく私よりも3つ年上の女性。
大人な我慢を見せてくれるのか、身長と同じくらい子供っぽいところを見せてくれるのか……割と気になるところ。

――……大人なんだし……流石に間に合わなくなる前には……言うよね?

勉強を教えている間彼女が言い出せない可能性を考えながら、自分を納得させる言い訳を考える。
子供じゃないんだから、言い出せないのは彼女の責任……実際そうかもしれないけど……。

『ん…トイレ……そういや10時くらいに行ったっきりだったっけ?』

――っ……『声』…聞こえた……。

『声』が聞こえただけで、期待が膨らみ、ドキドキして。
色々思うことはあるけど、実際『声』が届くとやっぱり私はこれが好きなんだと強く自覚する。

視界の片隅に見えるタピオカミルクティーは、もうほとんど空で……そろそろノートを見るのをやめても良い頃合い。
私はノートを机に置いて、正面にあった椅子を彼女の斜め前に移動させて座る。

「なんでざわざわそっちに?」

「え……だって、教え難いじゃないですか?」

半分くらいは本音。残りの半分は正面だと机が邪魔で見たいところが見えないから。

「あーそうか、……なるほど?」

――……? なんだろ、理解してもらえた感じはしたけど、何か違和感持たれたような?

私の行動理由は理解して貰えたが、別のところに何か納得のいかない事がある……そんな感じの態度。
その態度に対して何かリアクションすることは藪蛇になりかねないので、何食わぬ顔で話を続ける。

「……えっと、まずは先生がどんな感じで授業してたのかとか聞きたいんだけど――」

ノートからだけでは読み取れない部分を出来る限り聞き出す。
板書していないことをテストに出す天邪鬼な先生だっているし、口頭でも大事な話をする先生だっている。
そういう情報を読み取ることが出来れば、テストに出す範囲がある程度絞れる。

その作業を何度か繰り返し、ノートのテストに出そうな部分をマーカーで囲っていく。

693事例17「高倉 悠月」と駆け引き。8:2020/01/16(木) 07:34:07
――
 ――

『あー……こんなにしたくなるなんて……まだ、もうちょっと平気だけど……』

しばらくして彼女の『声』に少し焦りが見え始める。
だけど――

――……っ……私も流石にコーヒー飲み過ぎた……。

弥生ちゃんの『声』を聞くため、早く尿意が来るように多めに飲んでいたのが完全に裏目に出てる。
結局あの水筒に入っていたコーヒーの大半は私自身で飲んでしまったわけで……その上、味を見るために更にコーヒーを追加で飲んでる。
だから今、この状態に陥ってるのは至極当然な話。
図書室に入ってから50分弱……飲み過ぎたと言ってもあの水筒に入るのは精々1リットル、トイレも一度は済ませている。
利尿作用が高いとはいえ、水分を大量に体内に入れたわけではないので、このペースで尿意が膨らみ続けるわけではないと思う。
それでも、あと1時間我慢出来るかと問われると自信がない。

……。

彼女もあれだけの量を飲んだのだから近いうちに強い尿意に襲われることになるはず。

――……とはいっても、座った位置はちょっと失敗だったかな……。

机の角が二人の間に来るように座ってしまったので相手の足が見やすいのはいいけど、同時に私の足も相手に見えるわけで……
たまに少し動かして、きつく足を絡める……この程度なら――

『はぁ…私も我慢してるけど……この子も我慢してる?』

――っ! うぅ…鋭い……断定してる感じじゃないけど……でも、感付かれているならキリの良いところでトイレに行くべき?

今見てるノートはもうすぐ終わる。
さっきよりも仕草に出さないように意識して我慢するが……仕草を抑えれば抑えるほど、尿意は膨らんで行くように感じる。

「――と、こういう感じでテストに出そうな範囲を絞って
言い方は悪いけど山を張って、そこを完璧に出来る様にしておけば、最低限の点数は取れると思います」

彼女は私の言葉に頷き、ノートを見る。
次の教科に入るにはちょっと私が無理な気がしてきた……我慢出来ないというわけじゃないが、仕草を抑えれる自信がない。
テスト範囲の絞り方はある程度教えれたと思うし、これでお開きでも問題な――

「うん、それじゃ次……この講義が一番心配で……」『まだ、こっちはそんなに辛くないし……』

――っ……この人、自分も我慢してる上、私の我慢に感付いてるのに……。

ありえない。普通そういう行動は取らない。
明らかに私は話を終えようとしていたし――……それに、「こっちは」って……私の事なんて関係ないみたいな言い方?

……。

違う……さっきのニュアンスはそうじゃなかった。
関係なく思ってるんじゃない、どちらかと言うとむしろ私に何かを期待してる……それは多分、私が我慢できなくなることを期待してる?

694事例17「高倉 悠月」と駆け引き。9:2020/01/16(木) 07:35:17
「……わかった、それじゃまたノート見せて下さい」

私は彼女の前にある次のノートを何食わぬ顔で手にする。
もしかしたら、この人も私と同じ観察者側……だから、私が尿意を感じているのを敏感に感じ取れていて、それを観察しようとしている。

……。

仮にそうだとしても、彼女は私が事前にどれだけ水分を取っていたか知らないはず。
逆に私はある程度知ってる、彼女がどれくらい飲んだかを、今どれくらいの尿意を感じているのかを。
図書室に私が来た時、彼女の飲んでいたタピオカミルクティーは殆ど減っていなかった。
それは勉強の為に私が来る少し前に持ち込んだ飲み物だから。
私たちのクラスのコーヒーを飲んでから随分時間が空いてるし、割とどこにでも飲み物が手に入る環境ならその後も何か飲んでいるはず。
お昼も挟んでいるから水分の摂取がなかったという方が不自然な話。
それに加えてトイレを最後に済ませたのは10時……。

観察されることに抵抗は当然ある。観察してる立場を知っているからこそ相手にそれを観察されるというのは余計に意識するし不快な事。
それでも……多分このままいけば私のが優位に立てる。もちろんそれは相手が一般的な我慢強さだった場合ではあるが。

恥ずかしいから仕草は極力抑える。観察は可能な限りさせない、されたくない。
私はノートを置いて、彼女に説明を促す。

「あ、うん、ここは――」『平然としてる? 我慢してると思うんだけど、口から少しコーヒーの匂いもしてたし……私のが我慢してるとかじゃないよね?』

説明しながら私を観察しているらしく……いつも私がしてる側だと思うと最低な事してるってよくわかる。
匂いで少し前にコーヒーを飲んでいることがバレてるのは想定外……。
私は説明を聞きながら仕草に出さないように平静を――

――っ……ぅ、波……見せない…表情に出さない、仕草にもっ……――

そうは思うが、すぐには引かない尿意の波にどうしても足に力が入ってしまう。
気が付いたような『声』は聞こえてこないが、今私は彼女の観察に意識を割いているわけじゃない。
『声』が聞こえないのは彼女が気が付いていないからなのか、波長が合っていないからなのかわからない。

――うぅ……宥めたい……足を揺すったりとか押さえたりとか……っ……はぁ……だ、大丈夫……落ち着いてきた……。

「――聞いてますか?」
「え! う、うん……大丈夫です」

やっぱり現時点で追い詰められてるのは圧倒的に私の方。
でも、相手の『声』だって――

『ん……頑張るな…この子……私も結構したくなってきたのに……』

確実に彼女の『声』は大きくなってる。
私が8割とするなら、彼女は6〜7割……確実に差は縮まってると思う。

「そういえば、妹さんって雪の趣味の事……知ってたりしますか?」

――っ! え?

急にそう質問した彼女の言葉に一瞬思考が止まる。
趣味……彼女の言う趣味って……。

「……いえ、姉に趣味なんて……ありましたっけ?」

「……や、どうだろあれは…趣味とはいえないかも?」

私の態度を観察した上で今の話はなかったことにしてと言わんばかりの返し……。
彼女は多分知ってる……雪姉の秘密……。

――わ、私だけが知ってる秘密なのにっ! というか雪姉、この人に観察されてる?

大学での雪姉を私は知らない。なんだか無性に悔しくなる。
私の知らない今の雪姉をこの人は知ってるかもしれない……。
もしかしたら観察どころか……同意の上での――……いやいや、ないでしょ? ……ないよね?

695事例17「高倉 悠月」と駆け引き。10:2020/01/16(木) 07:36:37
「……そう…それでノートの続きだけど――」

私は乱れに乱れた心を騙す様に平静を装い、彼女の前に置かれたノートを指差しながら重要な場所の説明をする。
ただいくら机の角とは言え、少し身を乗り出して説明しなきゃいけないのは、今の尿意だと厳しい。
左手はスカートの上……前じゃなく膝の上で硬くこぶしを握り最小限の仕草で抑える。
だけど、その仕草は見る人が見ればきっとわかってしまう……。

『ふぅ……大丈夫、この子の方がずっと我慢してる……必死に隠してるけど、隠しきれてないし……うん、良いじゃない、可愛いじゃない……まぁ、美華には劣るけど』

――っ! か、かわっ――! だめ……動揺しちゃだめ、ていうか美華には劣るって……我慢してる姿がってこと?

美華さんは彼女と一緒にいた人の事。
雪姉だけじゃなく、この人は――……ま、まぁ……私も大概酷いけど。

観察されてるだけでも辛いのにその『声』が聞こえるのは本当に居た堪れない。『可愛い』とか言わないで欲しい。
正直なところ逃げたいという思いが強くなる……だけど、やっぱり色々悔しい。
僅かな仕草を見破られ観察され楽しまれていることも、雪姉の秘密の事も。

だけど、こういう相手だったら、私も罪悪感を強く感じずに追い詰められる。
私自身、『声』を聞くために自分が失敗することは自業自得だと思ってる。
だから、私を観察するために自分の尿意を棚に上げた彼女が、もし失敗したとしてもそれは自業自得。
さっきの『声』からも余裕がなくなってきていたのは読み取れた。
彼女が『言う』様にまだ私の方が辛い状態なのは事実……でも相手がそう思っているからこそ立場が逆転されるだなんてきっと思ってもいないはず。

私は少しキリが良いところで小さく嘆息して椅子に座り直して彼女に問いかける。

「……あの、さっき飲んでたタピオカミルクティー? あれってトイレに行きたくなりませんか?」

「え、あぁ……確かにティーっていうくらいだし」『なってる、なってる……でもそれ私に行きたいって言わせたいだけでしょ?』

そう思ってくれて構わない。
まだ自分が優位に立ってるって思って貰った方が都合がいい。

「まぁ、まだしたくないし、教えて貰ってるんだからキリが良いところまで行ってからでも全然平気かな」
『言ってあげないよ? したくないって言うのは流石に嘘だけど、まだ私は我慢出来る……でも貴方はどう? 無理でしょ? この話続ける? それとも本音で?』

……。

「……そうですね、折角なのでこのノートを終わらせましょう」

『っ! ……この子正気? 雪の我慢趣味の事知ってるみたいだし……まさかこの子も?』

――違います! 同じ変態でも私は観察者側っ! ……それと動揺を見せたつもりなかったんだけどなぁ……雪姉の事思いっきりバレてる……。
……というか今の……『聞こえた』のはちょっと意外……。

さっきの『声』は小さかった。
恐らく尿意からの『声』ではなく、相手への強い興味からの『声』。
尿意ほど、ストレートに感情の影響を受けた『聞き』取りやすい波長――――慣れてるから余計に聞き取りやすい――――ではないけど
今のが『聞こえた』ということはお互い相手の事を分析しようと必死で……。

『声』が聞こえたのは自身が優位に立つ上で重要な事だけど、本当に聞きたいのは彼女が尿意に追い詰められた『声』。

696事例17「高倉 悠月」と駆け引き。11:2020/01/16(木) 07:39:11
私が食い下がるって思っていた彼女。
もしかしたら、私が尿意を告白してくるんじゃないかと期待していた彼女。
彼女の「まだしたくない」って嘘は、私に恥をかかせた上で二人でトイレに行くという結果を想定して使った言葉。

『はぁ……落ち着いて……限界になったら流石に言うでしょ? っ……じゃなきゃちょっと困るかも……』

――……したくないって言ったけど……したいでしょ? あんなこと行っちゃった手前、仕草なんて易々と出せないよね。
……んっ…そうは言うけど……私も……っ……だめ、まだ大丈夫……。

押さえたい……。だけど、彼女の行動にも仕草が見え隠れし始めてる。
ノートを指差しながら視線だけを足元に向けると、ミモレ丈のジャンパースカートが揺れしっかりと閉じ合わされた足が確認できる。

「だ、大丈夫? ちょっとさっきから苦しそうに見えるし、息も少し荒いし?」『足ももじもじさせてるし、……そ、そろそろ限界でしょ?』

――っ!

「い、いえ……平気です、私普段から余り喋りなれてなくて……」

仕掛けてきたのは彼女。
彼女の仕草を見ながら私も同じような仕草をしていたらしい……。
それに……僅かな息遣いまで……。
私の言い訳は正直苦しいが、ちゃんとした言い訳をしたところで結局はバレているわけで、この際どうでもいい。
それよりも、私にトイレに行かせようと必死になってることの方が重要……私に恥ずかしい台詞を言わせようとしているだけじゃない。
彼女が尿意を抑えきれなくなってきてるから、私を利用してトイレ休憩に持ち込もうとしてる。

「続き……いいですか?」

「え……あ、うん……お願いします」『っ…何でっ……まだ我慢続けるつもり? 本当にこのノートが…っ……終わるまで?』

私からは仕掛けない。
さっきのタピオカミルクティーの話題が私から出した唯一無二の攻撃のつもり。
彼女が言い出し難い状況を作って、私がトイレ休憩を取らなければ――……見せてくれるよね、可愛い仕草。魅力的な『声』。

『っ……どうしよ……ほんとに我慢辛く……っ! ……まさか…この子私がしたい事知ってて?』

どうやら私の思惑に気が付いたらしい。
彼女…さっきから薄々わかってはいたけど勘が鋭い……。

『っ……我慢してること自体が嘘というわけじゃないはず、だけど……んっ…もしかして、もう私の方が限界に…近い?』

私から見ても正直わからない。
両方8割を越えてるくらいだとは思うが……だけど、同じくらいなら多分先に限界になるのは彼女の――

――んっ! だめ……あぁ……だめ、やっぱこれ、私のが…限界に近い…かも……っ、はぁ…っ……。

大きな尿意の波に足を大きく擦り合わせ、だけど押さえるのだけはどうにか踏みとどまる。
それでも、押さえずに我慢してるせいかなかなか宥めきれない。

「っ! トイレ行きたいんでしょ? 一旦休憩にしようか?」『っ…どう? 流石に今の状態でも、続ける選択が出来る?』

此処がチャンスとばかりに彼女は私に休憩を提案する。もちろん私を理由に。
尿意の波の真っ只中――……トイレに行きたい……凄く行きたい。けど、だけど――

「い、いえ……ちょっと足が…疲れて……動かしたくなったっ…みたいな……」

「……っ! 正気? わかってるよね、そんな苦しい嘘バレてるって」

……。
分かってます。
このやり取りを続けるのにはもう無理がある。
ここまで派手に恥ずかしい姿晒してこれ以上続けるのは、もはやただの我慢大会――

697事例17「高倉 悠月」と駆け引き。12:2020/01/16(木) 07:40:50
<ガラガラ>

――っ! な…んっ……だめっ……!

私は慌てて前を押さえる。
尿意の波を宥めきれない中、図書室の扉が開く音に不意を突かれて――

――……だ、大丈夫……漏れてないよね? 今のは不意を突かれた……だけだし。
それより今の音って……。

私は押さえたことで波が治まるのを感じて、ゆっくり手を前から離し、図書室の入り口の方へ視線を向ける。

「あ! 見つけた!」

私と視線が合い声を上げて駆け寄ってくるのは――

「ゆ、雪姉!」

抱き着いて来ようとする雪姉に私は慌てて右手を突き出して、拒絶する。

「わっ……もう、久しぶりでサプライズなのにつれないなぁ……」

私の手に驚き足を止めて、不満そうな顔をこちらに向ける。
今抱き着かれたら、本当に危ないかもしれない……。

「あ、悠月……」

雪姉は私から視線を外すと、さっき勉強を教えていた彼女に気が付き声を出す。
悠月(ゆづき)……今更だけどそれが彼女の名前らしい。
名前を呼ばれた悠月さんはと言うと……教科書やノートを慌ててカバンの中に詰め込んでいて――

「悠月、勉強してたの?」

もう一人の雪姉とは違う声が聞こえて……。

――……そっか、さっきこの人には迷惑かけられないって……。

「み、美華……これは一通り回り終えて時間あったし…ちょっと復習しておこうかなって……っ」『こ、こんな時に…ダメ…これ波……っ……』

そろそろ限界でトイレに行かなきゃいけないタイミングでの今の状況。
特に悠月さんは今の状況に激しく揺さぶられたらしく、片手がスカートの前を押さえていて――……可愛い。

「悠月? あ! ふふ、へーそうなの?」『悠月……我慢してるんだ、綾菜ちゃんの前で言えなかった? 今日は私が意地悪しちゃおっかな?』

――っ! 美華さん?!

急に美華さんから聞こえた『声』。
私と同じく可愛いと思う『声』……それに『今日は』ってことはいつもは立場が逆という事?

「ねぇ綾ー、私、綾のクラスで割と待ってたんだけどー」

「っ! くっつかないで! わ、私だってずっと店番してるわけじゃないしっ」

いつの間にか後ろに回り込んでいた雪姉が、私の胸元を抱くようにして話しかけてくる。
そんな雪姉に驚き、慌てて離れるように言うが一向に離れない。

「ん、あれ?(もしかしてトイレ我慢してるの?)」

……。

私は顔が熱くなっていくのがわかる。
スカートの裾を握り締め、小さく震えていたのだから気が付いて当然。
いつも我慢してる側が今我慢してなくて、観察側の私や悠月さんが我慢してる……。
我慢してるだけじゃない……観察されちゃってる……。

698事例17「高倉 悠月」と駆け引き。13:2020/01/16(木) 07:41:45
私は雪姉の手を振りほどくようにして立ち上がる。
立ち上がってみると身体が伸びて下腹部が硬く張り詰めているのを嫌でも感じる……。

「……う、うん、ちょうど悠月さんと一緒にトイレ行こうかって話してて……」

私は悠月さんに目を向ける。

「っ……そ、そう……そういう話してた…ところ」『ダメ、本当に…んっ……早くトイレ……』

辛そうにしながらも悠月さんは出来る限り平静を装い――――装えていないけど――――私の言葉に同調して立ち上がる。
さっきまでは二人で意地の張り合いのようなことをしていたが、今はそうも言っていられない。
誰かの我慢は見たくても、自分の我慢は見せたくないもので……。

「悠月、カバン私が持ってあげるね」『思った以上に限界近そう? そんな押さえちゃって……もしかして間に合わなかったり?』

「綾は? 私もカバン持とうか?」『綾も悠月も可愛いなぁ……二人して言い出し難くて我慢してたのかな?』

二人が私たちに向ける『声』……美華さんの方はそれほど私に関心がないのかもしれないが、二人とも少し楽しそうで……。

「……ゆ、雪姉…私は大丈夫」

カバンの中にはもう着替えはないが、ハンドタオルはもうひとつ入れてある。もしもの時のため手元に欲しい。
それに悠月さんのカバンは教科書やノートで重いのだろうけど、私のはそうでもない。

「っ……はぁ……んっ……」『ほんとに不味い…私こんなに……こんな姿見せて……っ……それにこの二人……変態のくせに絶対楽しんでるっ……変態のくせにっ!』

変態の下りは私も完全同意。
それと、立ち上がったことで悠月さんも今の自身の状態に改めて気が付く。
私が我慢していたからそっちに意識が逸れていたのかもしれないし、単純に座っていたことで安定していたのかもしれない。
『声』の大きさからみても、そう長くは持たないほどに尿意が膨れ上がってるのがわかる。
私も危ないことには変わりないが、衝撃とか不慮の事が起きなければもう少し我慢出来そうではある。

――……んっ…はぁ……大丈夫。
……色々予定外の事起きてるけど、悠月さんの必死な我慢は見れたし……うん、可愛い……っ…可愛いけど…と、とりあえずトイレっ……。

図書室から近いトイレは階段を下りてすぐの昇降口近くのトイレか、長い廊下の先の更衣室前のトイレ。

「えっと、昇降口の方が近いかな? 更衣室の方は個室は多いけど、体育館も近いから混んでるかもだし」

「……そ、そうだね」

私は足踏みしたいのを必死に抑えながら雪姉の言葉に同意で返す。
雪姉と美華さんが図書室から出る動きに合わせて――――私たちが恥ずかしがってるのを見て、気を効かせて先頭へ行ってくれた?――――私と悠月さんはその後ろをついて歩く。

「はぁ……っ……んっ……」『だめ、治まんないっ……なんで? あぁ……本当にもう……』

隣で少し前屈みで歩く悠月さん……。
必死に荒い呼吸を抑えて、治まらない尿意に焦った表情を見せて……。

――……本当に…可愛い……けど、限界なんだ……っ、私も、似たような感じ……だけどっ!

彼女から視線を外して前の二人が見てないのを確認してスカートの前に手を添える。
図書室を出る少し前に一度落ち着いた尿意が膨らみだすのを感じる。

699事例17「高倉 悠月」と駆け引き。14:2020/01/16(木) 07:42:28
『んっ……妹さんも限界? あっ……ダメ、もれっ……んっ…ふっ、ふぅ…はぁ……』

隣から可愛い『声』と恐らく押さえてるところを見られた反応をされるが……私ももう前は離せない。
個室が一つしか空いてなかったときどうしよう……トイレ前でちゃんと我慢できるかと問われると正直自信がなくなってきた。
悠月さんのが年上なので体裁を気にして順番を譲ってくれるかもしれないけど――……私が先に入ったら悠月さんは?

……。

階段を下りる。下腹部に負担を掛けないように慎重に。
悠月さんも隣で手すりを持ち、額に汗を滲ませながら険しい表情で……。

階段を下り終わるともうすぐ……だけど――

――……っ! 今二人…トイレに入って……。

階段を降りて昇降口の方に歩みを向けた直後、前を歩く雪姉と美華さんの間からそれは見えた。
此処のトイレは個室が二つと少ない。
利用者もほとんどいないので普段はそれほど気になるようなことでもないけど。

――あの二人以外に…先客が、いなくても……個室が開くまで、順番待ち……っ…ダメ……っ!

もうすぐだったトイレ、その油断から尿意の大波が私を襲う。
もう少し大丈夫だと思ってた、だけど椅子に座っての我慢を続けていたのは悠月さんだけじゃなく私も同じで。

――っ……そ、それだけじゃないっ……その前のトイレも…我慢しすぎてたからっ…んっ……や、これっほんとにっ……!

急激に切迫する感覚に私は焦る。
図書室での仕草を必死に抑えていたのも良くなかったのかもしれない。
押さえず宥めるようなこともせず、括約筋の力だけで必死に耐えていたせいで我慢が効かなくなってきてる。

トイレに駆け込んで済ませるくらいなら何とかなるかもしれない。
だけど、順番待ちは確定していて更には私か悠月さんのどちらかは、さらに待たなくちゃいけない。

「……っ」『あっあぁ……でちゃっ――っだめ、まだっ……で、でもさっき…人がっ……む、無理かも、私、ほんとにもうっ……っ』

隣で『声』が聞こえる。
今にも溢れそうな……もしかしたら少し溢れてしまっているかもしれない『声』。
このままじゃ、私も悠月さんも……。

私は前の二人に視線を向ける。
二人はお互い健全な一般人としての体裁を保つためなのか、こっちを見ずに前を見ながら二人で話しながら歩いてる。
このままついていけばすぐには空かないトイレ……。

私は視線を渡り廊下に移す。
私のすぐ横……教室棟に向かうための渡り廊下――

――っ……き、緊急事態だからっ!

私は隣で歩く悠月さんの肩を二回軽く叩いて、前の二人に気が付かれないように渡り廊下へ。
このまま教室棟のトイレまで? 違う、そんなのトイレが混んでいたらそれまでだし、そもそも教室棟まで間に合わない可能性だってある。
教室棟の方が人は多いし、こんなあからさまな我慢姿で行けるわけがない。
……中庭を一望できる渡り廊下だけど、その反対側には植木が校舎を囲むようにして植えられてる。

「(っ……い、妹さん? んっ――)」『っ…な、なに? トイレあるの? っ……はぁ、ダメ……早くはやくしないとっ本当にっ…ああぁ……』

後ろから小さく声を掛けられるが、説明してる余裕は私にはないし、それを聞く悠月さんにもない。
ただ、私は「こっち」と小さく答えて、渡り廊下を外れ、植木の内側の犬走りを歩き出す。
恐らく校舎の壁の向こうには雪姉や美華さんが居て今頃私たちが居ないことに気が付いてる。
そして、進行方向のこの壁の向こうは……私が間に合わないと判断したトイレ。

700事例17「高倉 悠月」と駆け引き。15:2020/01/16(木) 07:43:14
「(ちょ、ちょっとっ…あ、ま、まさか…んっ……こ、ここで?)」『あ、あぁ、ダメちょっと、あぁっ…んっ!』

後ろから制服の袖を引っ張られて振り返るとスカートの前を必死に抑えた悠月さんが居て――

――……か、可愛――っ! あ…んっ……そ、そんな、事…言ってる場合じゃっ! あっ! あぁ! やだっ!

<じゅうぅ…じゅ……>

手で押さえるスカートの中……下着の中で渦巻く熱さ。
必死に押さえ込んでるのに……悠月さんへの説明もなにも出来てないのに――……ぁ、だめっ、こ、これ以上は! あ、あぁ、ああぁっ!

私は咄嗟に校舎に凭れるように中腰になってスカートをたくし上げる。
空いている片方の手で下着を――

「ぁっ! んぁ……」<じゅううぅぅうぅぅぅ――>

下着をずらして……悠月さんが近くにいるのに、中庭からの喧騒が聞こえるのに、すぐ壁の向こうに雪姉がいるのに、右手の壁の向こうはトイレなのに……。
しちゃってる……私、我慢出来なくて外で……『声』が聞きたかったが為に…我慢して、我慢して……でも出来なくて。

「(え、ちょ――っ! あぁ、や、待ってっ!)」

悠月さんの声に、意識を内面から外へ向ける。
今も恥ずかしい音を響かせてる私だけど、隣にはまだ我慢を続けている悠月さんが居る。
必死に押さえて、足踏みさえできないほどに追い詰められている姿……。
それは、おもらし数秒前――

――っ! し、染み? もう、始まってる!?

「(ゆ、悠月さん! は、早く捲って――)」

押さえ込まれたスカートの前が色濃く染まり始めているのを見て、咄嗟に声を掛ける。
下着をずらしながら、恥ずかしい熱水を迸らせてる私が多分悠月さんの止めを刺したのだと思う。
悠月さんは私の声が届いたのか片手を離しスカートに手を掛けるが、膝丈以上もあるスカートは慌てた手つきでは上手く綺麗に上がらない。

「あ、あっ…あ…っ!」

足元のコンクリートで出来た犬走りに、恥ずかしい雫を落とし濃い斑模様を作る。
黒いタイツを伝い、スカートの内側を伝い、押さえ込まれた場所から染み出して。

「だ、だめっ〜〜〜っ」<じゅぃぃぃ――>

足元に落ちる雫が流れに変わり始めた直後、スカートの両脇を両手で吊り上げてしゃがみ込んだ。
当然両手はスカートを吊り上げているため、恥ずかしい音は下着の中でくぐもった音を発していて……。

「はぁ……はぁ……っ…はぁ……」

スカートには大きな染みと流れた跡。
タイツも下着を履いたままで……。
もう少し早くタイツと下着を諦めてしゃがんでいればスカートへの被害は最小限に抑えられたかもしれない。
だけど、焦って、藻掻いて……だから――おもらしに……。

701事例17「高倉 悠月」と駆け引き。16:2020/01/16(木) 07:44:10
「っ……」

私自身が恥ずかしい状況な事も忘れ悠月さんのおもらしに見入っていたが、勢いがなくなり下着をずらした指に熱さが伝い始めて我に返る。
腰をさらに落として――……私も下着は――っ! え? あっ…す、スカートがっ……うそ、こんなに染みちゃってた?

視線を下げると今更になって自身のスカートも押さえ込んでいたところに拳ほどの染みがあることに気が付く。
此処についてから始まった先走り……思った以上に出ちゃってた……。

……。

――ご、誤魔化せるよね? 結構染み大きいけど……お、おちびりだよね、私のは……。

トイレではないけど、私は間に合ったと言っても支障ない程度の――

「(はぁ……結局二人とも…おもらしなんて……最悪……これ、どうしよ……)」

――っ……お、おもらし……っ……私も……。

隣から震えた声が聞こえて……。
私は下着から手を離してゆっくり立ち上がる。
……被害の大きさが違えど、認めたくはないけど、自分を誤魔化さずにスカートをちゃんと見れば、皺が出来た部分に大きな染み……確かにこれは……。

「(哀れだね、私たち……でも、ここに連れて来て…くれたのは……助かったかな)」

悠月さんは真っ赤な顔で、乱れた呼吸で、涙目のままだけど……それでも気丈に振舞い、スカートを手で揺らし雫を落とす。
そういえば椛さんも鈴葉さんも落ち着いてからは気丈に振舞っていたけど、年下には見せられない大人の意地みたいなのがあるのかもしれない。
私も悠月さんもあのままだったら多分トイレでおもらししちゃって、それを雪姉、美華さん……それに、トイレの中の人にも見られていただろう。

「(はは、ほんとバカみたい、二人して牽制し合って)」

「(……す、すいません)」

悠月さんは嘆息して、スカートのポケットからハンカチを取り出し後始末を始める。
当然、染みを消し去ることなどできはしないけど……。
私もカバンの中からタオルを取り出す。

「(さっきの感じだと、妹さんも雪と同じくらい我慢出来るの?)」

――っ!

後始末をしていると声を掛けられる。
こんな状況なのに少し楽しんでいるような声色で……。

「(……姉の…量まで知ってるんですか?)」

視線は合わせず後始末を続けながら質問を返す。
というか、悠月さん自身があんな状態だったのにも関わらず、私の量に関してちゃんと分析してるって――……お、音? 長さとか? 本当この人変態……。

「(雪はまぁ、たまたま聞こえた感じだと、かなり多そうかなって思っただけ……私は答えた、妹さんは?)」

……質問せずに無視すればよかった。
その返し方じゃ答えないわけには行かないけど、なんだか悠月さんが全然損してなさそうで……ずるい。

「(……姉の方が恐らく我慢出来ます……あんな趣味ですから)」

私が主語にならないように――――ごめん、雪姉……――――に言葉を選んで返す。悠月さんは「確かに」と相槌を打つ。
本当、雪姉とどんな関係なんだろう……。

702事例17「高倉 悠月」と駆け引き。17:2020/01/16(木) 07:45:00
……。

後始末も大体終わり、しばらく茫然と立ち尽くす。
「ここでしました」ってところに長居したくはないのだけど、染み付きスカートで校内を練り歩くって言うのも勇気がいる。

  「あ、あのっ、お久しぶりです」

私はその声に驚き肩を震わす。隣で悠月さんも姿勢落とし固まる。
渡り廊下からの声……一応私たちがいる場所はギリギリ死角になってるはずだけど……。

  「え、あ、でも夏休みにも一度あってるから――あ、はい、そうですね」

その声は誰かと話しているようだけど、相手の声は聞こえない。
恐らく電話……というか、この声って――

  「はい――、いえ、メイド喫茶ですね――――えぇ!? そ、そんな、可愛くなんてないですからっ!」

――……弥生ちゃん……だよね?

誰かと楽しそうに話す弥生ちゃん……。
学校の友達じゃない、親戚とか、中学の時の友達とかその辺り?

  「あはは……――はい、では明日……――はい、待ってますね、雛さん」

――えっ!? ……雛さん? どうして私の名前……。

違う、私じゃない。別人、同じ雛さんだけど……。

……。

思い返せば、弥生ちゃんは私のことを最初から『雛さん』と心の中で呼んでいた。
だったら、今のヒナさんは……私を雛さんと呼ぶことの元となった人物?

「(知り合い? まぁ、なんでもいいけど、これからどうする?)」

植木から弥生ちゃんの様子を覗き込んでいた私に、悠月さんが話しかける。
弥生ちゃんの事は気にはなるけど……とりあえずは――

703事例17「高倉 悠月」と駆け引き。18:2020/01/16(木) 07:45:42
――
 ――

<ピンポーン>

此処はマンションの九階。
私は玄関チャイムを押して扉が開くのを落ち着きなく待つ。

<ガチャ>

扉が少し開き、無言で覗き込んでくるのはクラスメイトの斎さん。

「……こ、こんばんは……」

私は緊張を隠せず言葉が詰まる。
そんな私を斎さんはじとっとした目で睨んでくる。

「なに?」

「……ごめん、放課後返そうと思ってたんだけど、色々あって早く帰っちゃったから……す、水筒……」

自宅で洗って持ってきた水筒を差し出す。
斎さんは不機嫌な顔をしながらも受け取ってくれる。

「ちょっと神無! 折角綾菜ちゃん来てくれてるのに!」

「はぁ? 黙ってて! そもそも綾菜が友達拒否して来たんでしょ! そんな相手にどんな態度取ろうが私の勝手でしょ!
安く部屋借りてるくせに、友達作る気ないからーって、そう言ったのはこいつじゃない!!」

――っ……その通りだけど……。

当時、此処に引っ越してきたときのことを思い出す。
マンションオーナーと親類関係にある斎家に挨拶しに行ったときの事。
年の近い彼女が気さくに話しかけてくれて、友達になろうって言ってくれた。
嬉しくて……でも、もう友達を作らない、……そう考えていた私にとっては彼女の言葉はとても苦しいもので、それを断ってしまった。
断られるなんて思っても見なかったであろう彼女は機嫌を損ねたものの、怒りはしなかった。
事情はそれぞれあるからって納得してくれた。
だけど……あんなことを言って置いて、まゆと友達になった私を快く思うわけもなく。
当然のこと……まゆと友達になる前に彼女にはちゃんと謝って、私から改めて言うべきだった。
友達になろうって……。

私は玄関で怒る彼女に何も言えず、頭を深く下げて早足で逃げるようにその場を離れる。
学校ではある程度普通に接してくれる、本当に良い人。
さっきも、姉の斎先生が来るまでは最低限の対応はしてくれていた。

……。

だけど、私にはもう彼女の友達になる資格はない……。
友達になるのに資格なんていらない、そういう人もいるかもしれない。
だからきっと資格なんてことは言い訳に過ぎない……ただ、私が怖いだけ……断られるのが怖いだけ。

――……それでも……いつかは……ちゃんと謝るくらいはしないと……。

704事例17「高倉 悠月」と駆け引き。19:2020/01/16(木) 07:47:22
<ガチャ>

「おかえりー!」

リビングから雪姉が玄関を開けた私に手を振ってくる。
私はその底抜けに元気な雪姉に頬を緩める。

「おかえり、妹さん」「おかえりー綾菜ちゃん」

……。

結局あの後、私は自転車で帰れたが、車で来ていた悠月さんはそうはいかなかった。
車の鍵が美華さんの持っていた悠月さんのカバンの中らしくて仕方なく事情を話すことにしたらしい。
その時私のことは伏せてくれていたみたいだけど、雪姉も美華さんも悠月さんの車でこの部屋に来てしまい、あっさり私の失敗もバレてしまった。
失敗した瞬間を見られなかっただけ良かったが、雪姉の心配しつつも少しニヤニヤしたあの顔はもう見たくない。

そんなことより、私が帰ったとき洗濯機が既に回されていて、中に雪姉のスカートと下着が入っていたのが凄く気になる。
雪姉は一度家に寄ってから学校に来たらしいからその時か、あるいは11時頃には学校に来ているはずの雪姉を、悠月さんも美華さんも15時過ぎまで見かけなかったらしいから……。
問い詰めたかったが、自身の失敗もあって言い出し難く――――しかも、雪姉の方は何か零して着替えたとか言い訳できるし――――、逆に雪姉の方もあまり私の失敗について言及してくることはなかった。

「……ただいま……えっと、私はもう、お風呂に入って寝ますので――」

雪姉の友達なのだから私は邪魔だろうし、泊まるつもりならお風呂も順番に入らなきゃいけないだろうし、そもそも失敗がバレて面と向かうにはまだ恥ずかしい。
私は適当に挨拶して早足で浴室へ向かい、お風呂へ。

……。

――……はぁ、先に帰っちゃったけど、何か迷惑かけてないかな?

湯船につかりながら考える。
一応、初日の15時以降は自由に帰宅しても問題ないらしいし、メイド喫茶の片付け当番にも私は入っていない。
すっかり忘れていた水筒はついさっき解決したし、星野さんの失敗も自分で何とかすると言っていたし、霜ちゃんのことは色々気にはなるが帰る事には関係ないし。
まゆの後で聞く話の約束については、事情が出来て先に帰る連絡を入れたときに、明日の夕方にしようと言ってくれた。
弥生ちゃんの電話の相手も気にはなるが……まぁ、私が気にすることでもない。

……。

今日一日色んなことがあった……当然私の失敗も含めて。
私は湯船に口を沈めてぶくぶくと音を立てる。

――……今日は我慢しすぎたし、明日もきっとその影響でトイレが近くなってることだろうから……
まぁ、明日は大人しく普通に文化祭を楽しもう……。

おわり。

705「高倉 悠月」:2020/01/16(木) 07:52:08
★高倉 悠月(たかくら ゆづき)
「雛倉 雪」の友達で、同じ大学に通う。
同じく雪の友達である「乾 美華」と一緒にいることが多い。

綾菜と同様、観察者側の気質を持ってはいるが、それを向ける対象の殆どが美華、たまに雪。
特に美華と仲良くなった経緯がトイレの我慢に深く関係しているため、半同意の上でそういう関係を定期的に楽しんでいる。

両親を幼い頃に亡くしていて、現在はとある大家さんが保護者のような立場をしている。
両親からの遺産がそれなりにあるらしいがそのすべてを大家さんに管理してもらい、必要分だけ貰うようにしている。

膀胱容量は人並み。
基本的にはトイレを申告できるし、我慢するような性格ではない。
ただ、我慢していることを美華に悟れると、美華が日頃の反撃をしてくるため
美華の前では我慢を極力悟られないよう振舞っている。

成績それなりに優秀、運動並。
有名大学に入ってはいるものの、割と奇跡的な合格であった為、単位の取得に苦戦している。
運動は得意ではないが、運動神経は悪くない。
性格は基本的には冷静沈着。
頭の中で色々考えてはいるが、言葉にするのは得意ではなく、人付き合いも苦手。
面倒くさがりであり、Sっ気を持ち、若干合理的主義者。
料理は一人暮らしの経験が長いため得意ではあるものの、買った方が楽なのであまり積極的にしない。

綾菜の評価ではとても変態(同族嫌悪)。
感が鋭い人。悪い人ではないが、雪姉との関係が気になったりで、なんとなく好きにはなれない人。

706名無しさんのおもらし:2020/01/17(金) 00:03:12
更新待ちに待ってました。あやりん初めての野ション最高でした。

707名無しさんのおもらし:2020/01/17(金) 21:52:10
あやりんもたいがいシスコンだなあ

708名無しさんのおもらし:2020/01/17(金) 23:59:35
回収されたところで2年越しの教訓。
アナグラム使う時は、元のキャラ名をちゃんと考えておかないと、伏線の効力が一気にさがってしまうので注意。
それはいいとして今回もグッドでした。やっぱ仕草隠し系我慢は最高。
事例の欠番がいつうpされるのかも楽しみです。

709名無しさんのおもらし:2020/01/18(土) 11:43:55
新作投稿ありがとうございます!今回は雪月華とのクロス回ですね。
どちらも優秀でちょっと似てるところあるのに、雛倉姉妹と黒蜜姉妹の差が気になります。
あやりんも段々と社交的になってきた感じしますね。もともとがそうなのかもしれませんが。
霜が「狼」と呼ぶのはそうあって欲しいという暗示なのかな。

710名無しさんのおもらし:2020/01/18(土) 22:31:24
>>705 新作ありがとうございます!
あやりんの失敗(未遂?)はいいですね!今回もシチュエーション最高でした。

711名無しさんのおもらし:2020/01/19(日) 22:39:44
病院回読み返そうとして勢いで最初から全部読んできてしまった
当時のコメントでも気づいてた人いたけど俺は全然気づかなかった……

712名無しさんのおもらし:2020/01/30(木) 10:01:49
ゆきこさん 運動会閉会式でおしっこをおもらし!

713名無しさんのおもらし:2020/01/31(金) 19:07:04
「いや 、すでにそれが歓びなのか 、苦痛なのかさえわからなくなっていた 。その証拠に 、八木橋が特製鞭の雨を見舞ってきても 、満里亜の躰は痺れきった神経によって 、陶酔に甘く酔いしれ 、洩れる悲鳴には喜悦の響きが混じっていた 。鞭 、バイブ 、便意のバランスをきわどく保つ責めにこれまで身悶えしながらも 、耐え続けてきた美しいスチュワ ーデスの躰にも 、ついに完全なる崩壊が近づいていた 。最初に 、肉体よりも意志が限界を迎えた 。ボロボロになっても 、やはり自らその瞬間の決断を下す恥辱感は残っていた 。鞭を浴びる度に身をよじり 、呻き声を放って 、貌をしかめていた満里亜は 、その刹那 、握りしめていた鉄棒から手の力を抜くと 、ほとんど穏やかな表情を浮かべて 、屈辱の安楽の中へ身を投じていった 。ヒップの方から崩壊がはじまると同時に 、バイブに貫かれた躰は 、四肢を打ち抜くばかりの喜悦の爆発に見舞われていた 。その二つがぶつかり合い 、それは恥辱も苦痛も歓喜も絡め合いながら 、凄まじい法悦の絶頂感となって 、麗しいスチュワ ーデスの五体に襲いかかってきた 。ガクガクガクッと下肢を慄わせ 、その上体は大きくのけ反りながら 、寄せ返す衝撃の荒波みに打ち上げられて 、烈しい痙攣をくり返した 。そして 、最後には 、なおも死者に鞭打つように 、満里亜自身の意志とは無関係に 、制服の下の白い豊かな股間はゆばりを放ち 、その前でズボンを下ろした八木橋の股間の持ち物から 、劣情の白液を誘発していった 。

714名無しさんのおもらし:2020/01/31(金) 19:14:35
「トイレへ行きたいのかね 」八木橋が歩きながら 、やっと声をかけてきた 。満里亜は大きく頷いてみせる 。 「そうだろうな 。グリセリンの源液を注入してやったんだから 」 「 ! 」 「公園まで我慢しろ 。まさか途中でチビったりするなよ 」そう言うと 、踵を返して 、わざと遠まわりをしながら 、公園に向かう 。それは完全な地獄と言ってよかった 。少しでも 、神経をヒップからそらせば 、崩壊が起こるに違いない 。が 、ヒップに神経を注ぐことによって 、疲れきった両脚が 、ハイヒールを穿いた不安定な状態で 、いつバランスを崩すかもしれなかった 。その結果 、躰が倒れ 、ショックで崩壊が起こるかもしれないのだ 。まさに 、針の上を綱渡りしているも同然だった 。公園が見えてきたとき 、満里亜はだから 、思わず涙を溢れさせていた 。すでに 、公園を出てから二十分以上が経っていた 。八木橋はしかし 、すぐにトイレに行かせてくれるほどヒュ ーマニストではなかった 。 「その前にして欲しいことがあるんだろう 」そう言うと 、鉄棒の一番高いところへ連れていき 、両手をバンザイをする恰好に吊り上げた 。続いて 、猿轡が外される 。 「ああっ … …は 、早く 、おトイレに … …ククッ ― ― 」 「遠慮することはないさ 。オ × × ×が欲しくてたまらなくなっているんだろう 。眼がそう言っているぞ 。少しは奥さまにも愉しんでもらわないとな 、これはプレイなんだから 」正面に立つと 、八木橋はブラウスをくつろげ 、ブラのフロントホックを外してくる 。 「そ 、それより早く 、おトイレに ― ― 」言いかけたものの 、八木橋の手が豊乳を把み上げてくるなり 、 「ほおおっ 」目眩く愉悦に 、全身が溶け出すような感覚の拡がりを覚えて 、あられもない声を送らせていた 。ギュンッ 、ギュンッと力委せに揉まれるほどに 、満里亜の五体に歓喜のうねりが燃え拡がっていく 。が 、今の満里亜はその喜びに浸っているわけにはいかなかった 。腹部を襲う便意と痛みはそれ以上に大きい 。ピンクに染まった美しい貌が 、すぐに青ざめるのを見て 、八木橋はバイブレ ータ ーを持ち出して 、ハイレッグの黒いパンティの上から 、ムンッと盛り上がる頂きを押し上げてくる 。 「ふうっ ! 」ブルッとガ ータ ー ・ストッキングをふくらませる豊かな太腿を慄わせたかと思うと 、満里亜の股間は待ちかねていたように左右に開かれ 、バイブの尖端へ自ら頂きを擦りつけていった 。数回なぞり返すと 、八木橋は濡れまみれたパンティを引き下ろし 、直接クレヴァスに当てがってくる 。 「はうっ ! 」新たな刺戟に 、満里亜は股をあられもなく開いたまま 、たちまち昇りつめそうな快美感に襲われた 。実際 、じかにクレヴァスを擦られて 、便意と痛みがなければ達していたに違いない 。神経はヒップの一点に集中はしているが 、バイブによる官能の刺戟は 、一瞬ではあっても苦痛を忘れさせてくれる良薬だった 。濡れに濡れた熱い肉体は 、極太のバイブレ ータ ーを 、押し入れられるままに迎え入れていった 。八木橋が手をはなしても 、優秀な満里亜の躰は 、しっかりと咥え込んで落とすようなことは決してしない 。便意とバイブの振動によって 、満里亜は未知の歓喜の中で苦悶するように 、全身をのたうちまわらせていた 。
いや 、すでにそれが歓びなのか 、苦痛なのかさえわからなくなっていた 。その証拠に 、八木橋が特製鞭の雨を見舞ってきても 、満里亜の躰は痺れきった神経によって 、陶酔に甘く酔いしれ 、洩れる悲鳴には喜悦の響きが混じっていた 。鞭 、バイブ 、便意のバランスをきわどく保つ責めにこれまで身悶えしながらも 、耐え続けてきた美しいスチュワ ーデスの躰にも 、ついに完全なる崩壊が近づいていた 。最初に 、肉体よりも意志が限界を迎えた 。ボロボロになっても 、やはり自らその瞬間の決断を下す恥辱感は残っていた 。鞭を浴びる度に身をよじり 、呻き声を放って 、貌をしかめていた満里亜は 、その刹那 、握りしめていた鉄棒から手の力を抜くと 、ほとんど穏やかな表情を浮かべて 、屈辱の安楽の中へ身を投じていった 。ヒップの方から崩壊がはじまると同時に 、バイブに貫かれた躰は 、四肢を打ち抜くばかりの喜悦の爆発に見舞われていた 。その二つがぶつかり合い 、それは恥辱も苦痛も歓喜も絡め合いながら 、凄まじい法悦の絶頂感となって 、麗しいスチュワ ーデスの五体に襲いかかってきた 。ガクガクガクッと下肢を慄わせ 、その上体は大きくのけ反りながら 、寄せ返す衝撃の荒波みに打ち上げられて 、烈しい痙攣をくり返した 。そして 、最後には 、なおも死者に鞭打つように 、満里亜自身の意志とは無関係に 、制服の下の白い豊かな股間はゆばりを放ち 、その前でズボンを下ろした八木橋の股間の持ち物から 、劣情の白液を誘発していった 。

715あぼ〜ん:あぼ〜ん
あぼ〜ん

716あぼ〜ん:あぼ〜ん
あぼ〜ん

717あぼ〜ん:あぼ〜ん
あぼ〜ん

718名無しさんのおもらし:2020/02/27(木) 10:13:09
わくわく

719名無しさんのおもらし:2020/03/30(月) 12:39:06
あげ

720事例の人:2020/07/02(木) 00:18:46
>>706-711
感想とかありがとうございます。
あやりんは間違いなくシスコンです。事例の欠番は……単体では大した話ではないのですけどね。
現在の板の行数仕様が6行以上(?)は駄目っぽいです。レス消費数計算するまでもなく断念。今後の事色々視野に入れつつ、9月頃までは様子見とします。

721名無しさんのおもらし:2020/07/02(木) 01:40:01
うおお今そんなことになってるのか……
早く事例の続き見たいから楽しみに待ってます

722名無しさんのおもらし:2020/07/06(月) 20:40:22
開放されたよ。

723名無しさんのおもらし:2020/07/08(水) 18:07:35
解放されたので新作希望

724事例の人:2020/07/12(日) 22:07:00
解放されたらしいので
文化祭一日目の裏側となります。

725事例17裏「雛倉 雪」とテレパシスト。@呉葉 1:2020/07/12(日) 22:09:31
『どうしたの、こんなところで?』

私はその『声』に驚き振り向く。
その直後こちらに何かが投げられそれを反射的に受け止める。
手元にあるのは……ペットボトルのお茶。普通に危ない。
私は視線を上げて、それを投げ『声』を掛けて来た人を見る。

「……う、潤さん、わざわざ文化祭に来て下さったんですか?」

「そりゃ数少ない可愛い顧客は大事にしないとね」『って言いたいところだけど、ちょっとこの学校には思い入れがあってね』

思い入れ……潤さんは此処の卒業生じゃなかったはず。
どこか寂しそうな顔をしながら、彼女、告宮 潤(つげみや うるみ)は私の隣に来て一緒に中庭に視線を落とす。

「ほほー良い眺めだね、屋上からみんなの様子を見る楽しみ方も悪くないわね」『あ、そのお茶飲んでいいからね』

私は、『声』に対してお礼を言いつつ、潤さんと並んで中庭へ視線を落とす。
そこには生き生きした表情、動き、喧騒……皆が文化祭を楽しんでいる。
それなのに私は、こんなところでそれを他人事のように見ている。

「その様子だと、例の子と一緒に見て回る計画は上手く行っていないようね」

私は図星を付かれて表情を硬くする。気分を紛らわすようにして、さっき貰ったペットボトルを開け、口元で傾ける。
半分ほど一気に喉に流し込み、ペットボトルに蓋をして小さく嘆息して……それでも動揺が解けない私はフェンスを掴む手に力が籠る。

『テレパシスト同士だもの、踏み込めないのは当然ね』

私の様子を十分に観察してから、顔を覗き込みながら優しい口調で『言った』。
興奮を含んでいない、大きな主張でもない普段聞くことのできない『声』で。

告宮家。それは私の朝見家とは別種のテレパシスト家系。
私の家、朝見家が受信型テレパスなのに対して、告宮家は発信型テレパス。
ただし、彼女――潤さんは発信型とは言えない特殊なもの。
それは、『声』の波長や大きさを完全制御できるだけの力。つまり発信としての機能は持ち合わせていない。
それはもはやテレパスとは言えないただ凄く器用なだけのもので、私や雛倉さんの受信型のテレパシストにのみ有効に使える力。

『相手は深層意識基準で可変……だったわね?』

私は小さく頷く。
可変と言うのは間違いではないが、より正確に言えば同波長。
あまり細かく話すのは雛倉さんに対して申し訳ないわけで、潤さんには可変と濁して伝えてある。
特定は難しいとは思うが、それでも潤さんがその気になれば容易い事――多分しないけど。

『前にも言ったけど、呉葉ちゃんには受信耐性があるから触れられない限りは大丈夫……だけど――』

触れられてしまえば『聞こえる』、そうなれば受信耐性も知られてしまう恐れがある。
さらに言えば、私が触れられないように行動していたことから、雛倉さんがテレパシストであると私に知られていることも感付かれ
果ては、テレパシストだと気が付いた理由を突き詰めれば、私がテレパシストだと考え至っても不思議ではないし
そもそも触れられた時に私の『声』が動揺から自爆……なんて事にもなりかねない。

726事例17裏「雛倉 雪」とテレパシスト。@呉葉 2:2020/07/12(日) 22:11:37
「はぁ……呉葉ちゃんはその子とベタベタ触れ合いたいわけだからしかたないわね」
「っ! ふ、普通に接したいだけですっ!」

私は予想していなかった言葉に真っ赤な顔で慌てて抗議する。
その反応に潤さんはくすくすと笑い、私は取り乱してしまったことを恥て、黙る。
普通に接したい。抗議するために出た台詞だったが――そう、私は普通に接したかった。

私に向けられた雛倉さんの『声』を聞いた時、思っていた以上に私は傷つかなかった……苦しくならなかった。
その理由は自身でも把握できていない部分もあるとは思うが
自分に『声』を向けられた時、彼女が優しい人だったと改めて気が付けたのが大きな要因なのは間違いない。
彼女の趣味趣向はどうしても理解できないし、止めて欲しい。それは変わらない……。
だけど、彼女はちゃんと誰かを今でも救ってる……認めたくはないけど、きっと私も救われた一人で。
雛倉さんはやっぱりあーちゃんのままだった。
それなのに不器用な私は、いつまでたっても壁を作って……せめて普通に……そうでありたいのに。

『前にも言ったから繰り返しになるけど、基本的に『声』ってのは表層に溢れたものしか聞き取れないから
どうにか、その“可変”に当てはまらないことで頭を一杯にしてやり過ごすのがいいんじゃないかしら?
ただ、その“可変”が特定できないのであれば不自然に思われないことを表層で意識するか、もしくは表層では何も考えないか……しかないわね』

「わかって……ます」

確かに潤さんの言うことは正しいと思う。
だけど、ほかの事で頭を一杯にすると言うのは自然に接することへの障害になる。
不自然に思われないことを表層で意識すると言うのも意外というか当たり前というか難しいもので……。
表層では何も考えないとか更に訳が分からない。出来る人には出来るらしいが今の私にはとても出来る気がしない。
……私に超能力なんてものがなければ、雛倉さんの超能力についても知らずに済んだし、何も悩むことなんて無かったのに。

『仕方がないわ……受信型のテレパシストなんてそういうものよ……もって生まれただけで損をする、その代表と言える超能力なんだから』

……。

まるで私の『声』が聞こえたんじゃないかと思えるほど、的確な事を『声』で届ける。
それは以前にも聞かされた覚えがある。
持っていない人は多分「あるに越した事はない」そう思う人が大半。
だけど、現実は違う。
得をするのは要領の良いごく限られた人と、気が付けない程度の力――感が良い程度と認識してる人たちだけ。

『呉葉ちゃんのは特に損ばかりね……聞きたくも無い『声』ばかりでしょ?』

私を心配する『声』。

「いえ……慣れましたから」

私は心配させまいと嘘をつく。
潤さんはそれを知ってかそれ以上は何も言わなかった。

受信型のテレパシスト――心が読める人……そんな人と関わりたいと思える人は滅多といない。
忌み嫌われる存在であり、恐怖の対象。
心の声を盗聴する、生まれ持っての加害者なのだから。

だから聞きたくもない『声』を感じて、耳を塞ぐこともできずただ何事もなかったように振舞う。
そうやってテレパシストは皆、その能力を隠さなければいけない。
でなければ……一人になってしまうから。

――……なのに…………雛倉さんは、本当に強い……。

加害者なのに開き直ってる――と言うと聞こえが悪いけど。
それでも……多分、それは強さなのだと思う。

<♪〜>

携帯がポケットの中で鳴る。
私は取り出し確認する。

「電話? 出てもいいわよ?」

「あ、いえ……メールです」

差出人は皐……わざわざ生徒会室に呼び出しとは珍しい。

「まぁ、後悔しないようにね……大切な人なんでしょ?」

「だ、だから…そういうのじゃ……ない……」

揶揄う潤さんの言葉に歯切れの悪い否定で返す。

「でっ、では、さっきのメール、呼び出しの連絡でしたので……」

「まぁ、慌てちゃって可愛い」『まぁ、慌てちゃって可愛い』

――っ……ひとりで同じ台詞を……。

……。

「はあ……とりあえず、ありがとうございました……文化祭楽しんでいってください」

私の言葉に潤さんは微笑んで「呉葉ちゃんもちゃんと楽しみなさい」と優しく言ってくれた。

727事例17裏「雛倉 雪」とテレパシスト。@呉葉 3:2020/07/12(日) 22:12:40
――
 ――

「なんですか……この……えっと…この方たちは?」

扉を開け、生徒会室に入ると皐以外の人もいて……。
クラスメイトの黒蜜さん、面倒くさそうな顔をしている副会長の人、そして……雛倉雪さん。

「呉葉ちゃん、早速だけど質問して良いかな?」

黒蜜さんが座ったままこちらに視線を向け声を掛ける。
いつもの笑顔? ――違う、どこか威圧的な感じを含んでる。
だけどそれは私に向けられたものではないように感じる。

私は皐の方に少し視線を飛ばすと何かを期待するような…でも少し緊張した不安そうな顔で――正直意味が分からない。
そんな皐から視線を外して、私は黒蜜さんの言葉に頷きで返す。

「呉葉ちゃんって、あやりん、霜澤さん、生徒会長さんと昔からの知り合いだよね?」

――っ!

私は動揺する。
どうして黒蜜さんがその事を?
……いや、違う、多分これは――かまをかけている?

動揺を悟られないようにして、伏せるべき事柄に注意して口を開く。

「いえ、……皐とは知り合いだけど、雛倉さんと霜澤さんについては此処に入学してからの知人です」

皐とは入学して間もない時から校内で時折話す機会があった。
もしそれを見られ、黒蜜さんが知っていたなら入学してからと言うのは学年の違いからも流石に不自然。

「あぁ! もうっ! どうしてっ!」

突然皐が声を上げて机に突っ伏す。
――あ、あれ? 嘘? 私何か失敗した?

「呉葉ちゃん流石だね、生徒会長さんはさっき罠に掛かっちゃったのに」

私は何度か瞬きをしてから、さっきの皐の態度の意味を理解して嘆息した。
要するに皐は私が罠に掛かることを期待した目で見てたという事。

「皐……っ――」

私は皐に問いかけようと口を開き――だけどすぐに噤む。
「どこまで喋った?」……黒蜜さんが私に言わせたかった本当の言葉はこっちかもしれない。
隠し事全てが暴かれたわけではないのなら、聞くべきではない……。
だけど、情報を皐と共有出来てないのは良くない。
皐はぼろを出したあと何か話した?

「呉葉、とりあえず座って下さい」

皐が悔しそうな顔をしながら、扉から一番近い席に座るよう私に促す。
その顔を見ながら手に持ったペットボトルを机の上に置き、とりあえずは皐に従い私は椅子を引いて座る。
私が座った後、副会長さんは立ち上がり、それを目で追うとどうやら飲み物の準備をしているようだった。

728事例17裏「雛倉 雪」とテレパシスト。@呉葉 4:2020/07/12(日) 22:13:34
「はぁー、この際もう話しましょう、割と看破されているようですし、綾菜さんの親友である真弓さんとは正面切って話すべきでしょう」

「いや、会長、知り合いとかその辺の話は私も初耳だけど、自分がぼろ出したからって開き直るのはどうなの?」

紙コップに注いだお茶を運びながら副会長さんが辛辣なツッコミを入れる。
皐はその言葉に視線を誰もいないところに向ける。

「はぁー…ったく……」

そんな皐に副会長さんは嘆息しながら私のところに紙コップを持ってきてくれる。
私は小さく頭を下げて、紙コップを口元で傾け、一口二口、緊張で渇いた口の中を潤してから口を開く。

「えっと、まず此処がどういった場なのか、説明が欲しいので――」
「綾菜さんの生徒会役員入会についての話し合いの場です!」

私の言葉に皐が食い気味に答え、黒蜜さんがそのあとに「私は生徒会長さんと一度ちゃんと話したいって名目だったんだけど」と付け加える。
なるほど……だけど何で雛倉さんのお姉さんまでここに――

『はぁー、困ったなー、トイレ結構行きたくなってきちゃった……』

――っ!? ……これ、お姉さんの……。

意識をお姉さんに向けた時、それは『聞こえた』。紛れもないお姉さんの『声』。
今のこの話し合いの雰囲気からの中座は少し難しい感じがするけど――どうするんだろう。

『はぁ、綾のクラスでコーヒー2杯飲んだからなぁ……あれって一杯で200mlくらい?
その前にも一度寄った家で紅茶3杯飲んできたし……ん、なんかドキドキして――い、いやいや不味いでしょ……』

お姉さんは飲んだものの整理を頭の中で始めだす。
それにしても家で紅茶3杯とは……余程の紅茶好き? それにドキドキ――というかこの『声』の感じって……。
主張の大きいだけの『声』とは少し違う、これは――興奮を含む『声』?

『ダメだよね……ちゃんと余裕があるうちにトイレって……まぁ、まだ大丈夫……なんだけど』

――……お、お姉さん? まさかとは思うけど、……こ、故意に?

ダメだってわかってて『声』では否定もしてるけど……でもまだ大丈夫って理由付けて先延ばしにして……。
家で紅茶を沢山飲んできたのも、お小水を溜めるためで――

……。

私は一旦落ち着くために紙コップを手に取りそれを飲み干す。
そうして一息ついて……たとえお姉さんがそういう変態的意図で行動していたとしても、尿意が強くなればお手洗いに行ってくれるはず。
『声』でも余裕のあるうちにと言ったのだから……――ですよね?

「話を戻します、ぼろを出して開き直ったと言われても仕方がないのは分かっています……
ですが、わたくしは雪さんにもこの事はちゃんと話すべきだと思ってここに呼びました……雪さんは綾菜さんの家族なのですから」

皐が再度口を開く。お姉さんは急に自分の名前を出されて少し動揺している様子。――変な事考えてるから……。
……私は小さく深呼吸してから思考を切り替える。

皐がぼろを出してしまったのは……もともと話すつもりでいたから油断していたのかもしれない。
もちろん、後付けの言い訳である可能性も否定はできないが。
だけど、私もお姉さんには伝えるべきことだと思う。でも――
「――でもその人お手洗い我慢してるので一旦お手洗い休憩にしましょう」とは流石に言えない。
……というか駄目だ……私、全然思考が切り替えられていない。

729事例17裏「雛倉 雪」とテレパシスト。@呉葉 5:2020/07/12(日) 22:14:37
「皐ちゃん……綾と昔からの知り合いって話だけど……それっていつ頃の話? 綾から全然聞いて無くて……」
『私、真面目な話に参加してるのに……実のところおしっこを我慢してるとか……だ、大丈夫だよね? 気付かないよね?』

――ちょ、話を自ら進めないでくださいっ! 私が気が付いてます!

「5年前の夏です……鞠亜だけは違いますが……」

「っ! それって事故の――……あ、もしかして綾が話してくれないんじゃなくて…忘れてる? ……だとしたら、ごめんなさい」

皐は「いえ……」とだけ言ってその後言葉に詰まり、短い沈黙を作る。
その後皐は深呼吸してから口を開く。

「わたくしは鞠亜に誘われて、呉葉はたまたま居合わせてあの公園で綾菜さんと出会いました」

『え、あれ? これ馴れ初めを話す流れなの? ……話長くなる? 中座しにくいよね? うぅ、なんだか本当にドキドキしてきた……』

――はい、そうみたいです……そうみたいなんですけど、なんでそれで、ちょっとテンションが上がるんですか……。

不安よりも楽しみが漏れ出してる『声』……トイレに行けない時間に期待してる……? ――頭痛くなってきた……。
とは言え、霜澤さんと違い私たちの馴れ初めなんて一か月にも満たない期間の話。
要所だけの話なら早々長くはならな――

「まず……そうですね、呉葉と出会った日から順番に行きましょうか――」

――出会った日から順番って、まさか全部話すつもり? ちょっとは掻い摘んで――っ! あ、って言うかダメ、初日は私の失敗談がっ!

私は焦った顔で皐を見ると、皐もこっちに視線を向けていて……。

「――その日、呉葉は公園にいた子に嫌がらせを受けていたところをあーちゃ――いえ、綾菜さんが助けて……
と言ってもその日は、わたくしは後から合流でしたので聞いた話にすぎませんけど――」

嫌がらせの内容は皐も認識していたはずだけど、私の名誉のためか伏せて話してくれた……本当に焦る。
私はコップに手を伸ばすが、先ほど飲み干したことに気が付きペットボトルのお茶を紙コップに注ぎ、口を付ける。

その後もかくれんぼ、警泥、色鬼、缶蹴り、ブランコで靴飛ばし、アクセサリー交換、カードゲーム、オセロ、麻雀、水鉄砲……様々な遊びをしていたことを皐は懐かしそうに……そして楽しそうに話す。
――……今更だけどなんで公園で麻雀してたんだろう。ルール霜澤さんしか知らなかったし。

「わたくしにとって、公園での集まりは本当に楽しくて……外であんな風に遊んだのは後にも先にもあの時だけでした。
わたくしを誘ってくれた鞠亜と、公園での集まりの中心だった綾菜さんには本当に感謝しています……あ、もちろん当時愛玩動物的だった呉葉も良い役割分担でしたよ?」

――それ、フォローになってないし……。

「随分、綾がお世話になったのね……」『よかった、まだもうちょっとトイレ平気だし……ま、まぁもうちょっと長くてもよかったかな?』

――っ! お姉さんは何を期待して――っ……ん、えっ…あれ? ……。

不意に感じたのは……尿意。
気が付いてみるとそれなりの尿意で……、お姉さんのことを言ってる立場ではなくなった。
私もこの場で中座はしにくいわけで我慢するしかない。

「お世話していたというか、呉葉がお世話を掛けてたわけですけど」

お手洗いに行きたくても、気が付かれていない以上、話は構わず進行する。

私がお世話を掛けていた……その皐の言葉を否定したいが事実なので何も言えない。あの時の私はただただ守って貰って、そして構って貰っていただけの子だった。
霜澤さんが私を黒姫とお姫様扱いの蔑称で呼んでいたことも良く理解できる。今も本質的には何も成長していないかもしれないけど。
黒姫……多分黒姫伝説とかそういうのは関係ないと思う。銀狼も金髪も見た目からの印象だろうし。

730事例17裏「雛倉 雪」とテレパシスト。@呉葉 6:2020/07/12(日) 22:16:37
「……え、結局なに? 何の話し合いの場だっけ?」

……。
副会長さんの言葉に皆が皐を見る。

「ごほんっ、つ、つまりわたくしが言いたいのは――」
「――会長と綾は過去に会ってるけど、綾が記憶喪失で会長を覚えていない、そんな会長が綾を生徒会に誘っていまーす。
記憶を取り戻させてしまう可能性があるかもだけど、雪はそれでいいですかー? って話よね? 前振り長すぎっ!」

皐が何か言いたそうにしながら結局何も言えず、少し落ち込んでいるのが見て取れる。
学校ではそれなりに威厳のある出来る生徒会長なのに、この副会長さんの前だと形無しらしい。
――まぁ、普段から私や霜澤さんの前だと、それほど威厳とか感じないけど。

「そもそも――」「あのっ!」

お姉さんが少し申し訳なさそうな顔をして、副会長さんの言葉を遮るように言葉を挟む。
副会長さんはお姉さんの方を向き小さく嘆息して見せて、口を閉ざした。
それと……副会長さんと雛倉姉妹は親しい関係にあるように見える。
誰もそれについて何も言わないということは、私が来る以前に既に話に出ていたのかもしれない。

「えっと、記憶については……事情の知ってる私たちもハッキリとは決めかねて、だらだら5年も経っちゃたわけだけど……
記憶を戻しても大丈夫だとは思う……綾はそんな弱くないし、父も幸い生きてるわけだし……それでも、記憶をなくしたのにはそれなりの理由があるからなのもわかる。
だから、故意には思い出させない……一応事情の知ってる人にはそうしてもらってるの」
『あぁ、また真面目な事言って……んっ、バレたら恥ずかしいけど、絶対仕草に出さないし大丈夫、まだ大丈夫っ!』

大事な話をしているのに『声』との落差が酷過ぎて……。
楽しんでいる『声』……だけど、少しずつ変化を感じる。

「そうですか……約束します、故意に思い出させることはしません。綾菜さんに入って貰うのは優秀な生徒であるのが一番の理由ですし」

……。
皐の言葉に私は複雑な気持ちになる。
故意に思い出させると言ったことはしないとは思う……だけど皐は――

「どうしてそこで嘘をつくんですか?」

そう声に出したのは黒蜜さんだった。
今まで口を挟まずただ黙って聞いていた彼女は、目の前の机に表情なく視線を落としていて……。

「……どういうことですか? わたくしは嘘なんて――」
「あやりんに入って貰うのは優秀な生徒であるから……嘘ですよね? 会長さんは、あやりんを通して昔のあやりんを見てる……気がする。
初めからずっと、初対面みたいな態度してなかった……」

……。

「そんなこと……ありません」

自分に言い聞かせるように皐はハッキリとした口調で答える。
そんな皐を見ていられなくて私は小さく口を開く。

「皐……悪いけど私も黒蜜さんの言ってることなんとなくわかる……皐も知ってると思うけど私も最初はそうだった。
雛――綾菜さんの過去の姿ばかりが過って、比べてた……。その時の皐は私から見たらちゃんと綾菜さんを見てるように見えたけど今は違う……。
皐が生徒会に綾菜さんを入れる話をした後、何を考えているのか何となくわかるの」

私は一度言葉を止めて皐を見る。
本当に自覚がないらしく不思議そうな、でも少し不安気な顔を見せている。
私は小さく深呼吸してから皐から視線を逸らし答える。

「また昔のようにって……そう思ってるでしょ?」

昔のように……。
皐と雛倉さんと私で生徒会、そして新聞部の霜澤さん。
生徒会と非公式の部活である新聞部が対立するのはごく自然な話……それは公園での疑似対立ごっこ、そのままの再現……。
きっと、私があーちゃんに依存していたように、皐はあの頃のあの関係に依存していた。それも無自覚に……。
これは私の想像なんかじゃない。実際にそう口にしたこともあった。

731事例17裏「雛倉 雪」とテレパシスト。@呉葉 7:2020/07/12(日) 22:17:26
「っ! え、違い――え? ……だってわたくしは――」

目を泳がせて頭の中で自分の記憶を辿るようにして……。
私は気が付いていながら指摘しなかった……もしかしたら心のどこかで、雛倉さんや皐と生徒会が出来る事を期待していたのかもしれない。

「待って待って! 会長の事だからきっと無自覚なんだろうけど、綾を生徒会に誘う誘わないはそれとは別でしょ?」

気怠そうにしていた副会長さんが皐の思考を中断させるように大きめに声を張り上げる。
大きな嘆息をした後、さらに――

「それと……事情が事情だし仕方ない所もあるけど、当事者抜きで入れる入れないって話は良くなくない?
普通に会長は入れたい! 必要! そういう意思を綾に伝えればいいし、真弓ちゃんも何となく入れさせたくない意思は感じるけど
それはここで話すことじゃなくて、綾と話した方がいいでしょ?」

副会長さんは最後に少し呆れたように嘆息を零す。
確かに副会長さんの言う通り、お姉さんまで巻き込んで生徒会に入れる入れないを当事者抜きで話を進めるのは間違ってる気がする。
此処で入れる入れないを決めてしまえば、雛倉さんは自分の意志で判断し辛くなる。
割り込んだタイミング的に、皐が混乱してることへのフォローの意味が強かったのだと思うが……何にせよ、皐を確り支えてる優秀な人らしい。
私は少し緊張した空気の中紙コップに口を付けて残りを飲み干――……あ、お手洗い行きたかったんだった……。

失敗した……一度忘れてしまっていたが、再度意識した今はそれなりの尿意で……。

「うん、椛の言う通り、生徒会の件はお互い綾と話し合って決めてくれたら…っ、良いと思う」
『んっ……あれ? 結構、というか……もうかなり……ふぅ……したいかも』

お姉さんは言葉を一瞬詰まらせて、座り直すように身じろぐ姿を見せる。
明らかに切羽詰まってきている……『声』も未だ興奮を含んではいるが、尿意の大きさからか、主張の大きいものに変わりつつもある。

「私は……会長さんをよく知らない」

黒蜜さんが、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「だから、こうして話しできてよかったと思う……会長さんの態度が無自覚だと知れて、それを知って悩んでくれて……
私も人のこと言えなくて、ちゃんとあやりんを見ていない時期があって……でもあやりんは、あやりんだから
だから、会長さんにもちゃんと今のあやりんを見てほしい」

……。

「ええ、それは……必ずちゃんと見ます。
……まだ整理はついていないけど、皆をあの時の再現のために利用しようとしていたのだから
綾菜さんの親友である貴方が怒るのは当然の話ですわね……呉葉も、ごめんね」

――うん、皐……だけど、それより……っ…お手洗い……お姉さんの為にも休憩かお開きに……。

……。
違う……お姉さんの為、それは嘘じゃないけど……それだけじゃない。

「副会長さんもありがとうございます。あやりんに言いますね、私の気持ち……」

「わたくしも、ちゃんと綾菜さんを見たうえで、改めて生徒会へ勧誘します」

732事例17裏「雛倉 雪」とテレパシスト。@呉葉 8:2020/07/12(日) 22:18:48
――
 ――

――っ……と、とりあえず解散になった…んっ………ふぅ…。

あの後、副会長さんによる黒蜜さんの生徒会への勧誘まで話が伸びるとは……。
一応話始めてすぐに、皐と黒蜜さんがお昼を理由に解散を求めたので、早い段階で切り上げられ助かった。
助かったのはお姉さんの事だけじゃなく……私も含めて……。

「呉葉ちゃん、私、クラスの仕事抜けてきたしこのまま仕事に戻るけど――あ、用事が終わったらでいいけど、来たら接客してあげるからね」

用事……その言葉の意味を理解して私は顔が熱くなるの感じる。これでも仕草は隠してるつもりだったのに。
そんな私を黒蜜さんはあっさり見抜いて……だけど、気まずさを感じたのか隣のお姉さんに軽く礼だけして、少し慌てたようにしてその場から離れる。

『はぁ、ふぅ……やぁ、これ本当に……、はぅ……たくさん飲んだから、もう、パンパン……んっ、大丈夫、トイレまでは…多分なんとか……ふぅ……』

お姉さんの『声』……我慢して切羽詰まってる『声』なんだけど――ほかの人より妙に艶っぽいところが……。

――って、そんなこと、言ってる場合じゃ……んっ…ない……ふぅ、っ……。

もうすぐお手洗いに……そんな思いが先走りを始めたのか、あるいは話し合いが終わり気持ちが緩んだのか。
私は膨らむ尿意に息を詰めて、目をつむり、足を固く絡める。
だけど、それだけじゃ足りない……――足りないけど、これ以上のはしたない仕草をするわけには――

「だ、大丈夫? 呉葉ちゃんもトイレ? っ……は、話長かったもんね、私ももう……その、げ、限界…な、なんてねっ…」
『っ…我慢してるの? 限界? 凄い可愛い…んだけどっ……っていうか…っ……私…限界って言っちゃった…言っちゃった……』

――っ!

目を開くと心配そうに顔を覗き込むお姉さんが目の前に、そして手をこちらに伸ばしてきていて――

「さ、触らないでっ!」

私は一歩下がり、同時に尿意が膨れ上がり、手でスカートの裾を握りしめる。

「ふぇっ!? え……ご、ごめん、でも……あぅ、ごめんね」『さ、触らないで? ……拒絶…っ…めっちゃショック……』

「や、今のは違っ――」

目を開いた瞬間、お姉さんの顔が雛倉さんと重なって見え、つい酷い言葉を。
だけど、二人は姉妹だし、テレパシストである可能性もあるなら触られることを避けた方が良いのは確かで――

「えっと……んっ、じゃあ、触るね?」
「すいません、やっぱりダメです」

テレパシストかもという以前に、言い方が生理的にダメでした。
この人はちょっと天然でちょっと変態なだけだとは思う。――……ちょっとじゃないかもしれないけど。

「そ、それより、お手洗いにっ…ふぅ………ここからなら更衣室前でしょうか?」

私は精一杯、平静を装い向かうお手洗いの場所の提案をする。
我慢してるのは伝わってしまっている。だけど、それでもギリギリだなんて思われたくない。
さっき感じた強い尿意の波は治まってくれたが、余裕があるわけではない。

「う、うん、それがいいかも」『はぁ、ふぅ……んっ、膀胱が…パンパンで……はぁ……』

……。

生徒会室があるのは一階。
選択肢に上がるお手洗いは、昇降口前、体育館横、購買近く、そして更衣室前。
この位置からだと実のところ、どれもそれほど距離は変わらないが、他の3つとは方向が違う昇降口前だと混んでいた場合他のお手洗いが遠くなる。
なので、目指す方向は3つのお手洗いがある方、その中でも混んでいる可能性が低く、個室の多いお手洗い――つまりは二階の更衣室前のお手洗い。
出来れば利用者の少ないお手洗いを目指したいが、既にそんな余裕がなく、文化祭と言う環境下ではいまいち利用者の少ないお手洗いと言うのがわからない。

733事例17裏「雛倉 雪」とテレパシスト。@呉葉 9:2020/07/12(日) 22:19:52
私は小さく深呼吸して仕草を抑える。
この辺りは生徒会室の他に職員室や放送室、外来玄関に保健室と特に催し物がない廊下ではあるが人通りがないわけじゃない。
突き当りに行けば生徒昇降口があるし反対側は体育館、来場者の動線としては割と使用される廊下、あからさまな仕草を見せるわけには行かない。

「(っ……はぁ…んっ……ふぅ……)」『あぁ、波っ……本当もういっぱいだ……、呉葉ちゃんも私くらい辛い? やっ……多分これ、私の方が…はぅ……』

苦しそうな息遣い。
そんなお姉さんに『私くらい』と比較された自身が恥ずかしい。
仕草も抑えてる、息遣いだって抑えてる……だけど――

「(ふぅ……んっ…はぁ……っ)」

抑えきれていない。
お姉さんから見て、私は十分比較対象になるほど我慢してるように見えている。
そして、それは間違いじゃない……。
私自身がそう感じる……抱えてる量は違うかもしれないけど、同じくらい我慢できなくなってきてる。

額に汗を浮かばせて、それでも私は平静を装い歩みを進める。あからさまな我慢なんて出来ない……したくない。
廊下の角、曲がってすぐの階段を登れば――

「っ!」『えぇ! 嘘!?』

少し前を歩くお姉さんが、廊下の角を曲がってすぐに歩みを止める。
発せられた『声』も含めお姉さんの行動に疑問と不安を抱きながら、少し遅れて私も廊下の角を曲がる。

「――!」

私たちは階段を登らなきゃいけない……だけど――

「ち、ちょっと、もうちょっとゆっくり! 階段なんだよ!」
「りょーかい、りょーかーい」
「す、すいません、ちょっと通りますね」

上の階から降ろされる大きな物、それを何人かで運ぶ生徒。
恐らく体育館で行う演劇か何かの大道具……。

「っ……く、呉葉ちゃん、っどうしよう?」『ふっ……んっ、ちょっと……これ……んっ、本当にっ』

切羽詰まった表情と『声』。
前屈みで、さり気無くだけどスカートの前を押さえるお姉さん……。
私は再度階段の方を見るが、横をすり抜けていくには狭くて、そして大きさの関係で凄くゆっくりで――

「こ、購買の方にしましょう」

購買のお手洗い……個室の数は少ない、だけど、此処で待っていられるほどの余裕はない。
距離はそんなに変わらない、あとは混んでるかどうかだけ。
私の声にお姉さんは頷く。……どうして年下の私が、主導しなきゃいけないのか。
追い詰められたお姉さんだから、平静を装っている私に頼ってしまうのかもしれない。
だけど、本当は私だって……。

――んっ……わ、私も……なんで、こんなに……お姉さんと違ってわざとじゃないのに……。

どうして……。
あの時もそうだった、私が体育館横の個室の中で我慢していた時も。
私は何も悪いことしてない……それなのにどうして私が、わざと我慢してるお姉さんと同じように苦しまないといけないの?

……。
わかってる、そんなこと関係ない。
私を追い詰めてるのはほかでもない私自身で。
今思えば、少し水分を取り過ぎたことは認めざるを得ない事で。

――んっ……潤さんから貰ったお茶……生徒会室で…貰ったお茶……。

潤さんから貰った分はまだ僅かに残ってる。
だけど、それ以前にも自分のクラスのコーヒーも潤さんに会う少し前に一杯飲んでしまってる。家を出る前の朝食でも水分を取ってる。
最後に行ったお手洗いは朝、家を出る前だった……――したくなるのは当然……。

それを「どうして私が」とか「わざとじゃないのに」とか……言っちゃいけない。
今、この状況に陥ってるのは結局は私の落ち度でしかない。

734事例17裏「雛倉 雪」とテレパシスト。@呉葉 10:2020/07/12(日) 22:20:57
購買近くのお手洗いが見えてくる。だけど、まだ安心も油断も出来ない。
それに人通りも多い……何かに焦り、早足で歩く私たちを周りがどう見ているのか。
平静はある程度は装えてるつもりではあるけど……。

「(はぁ……っ、ふぅ、はぁ……)」『あ、あぁっ……だめ、もうすぐ、っ…だから……んっ』

切羽詰まった様子のお姉さん……仕草も私より大きくて……私の方がきっと少し余裕がある。
そんなお姉さんを追い抜かないようにして、どうにかお手洗いの中に入る。
順番待ちは――

「っ……」『ふ、二人……んっ……だ、大丈夫……あと、あと少し……っだから……』

――……二人……それくらい――っ、や、あぁ……な、なんでっ……んっ!

安心なんてしてない。油断なんてしてない。もうすぐだなんて思ってない。
それなのにそれは……言い聞かせてるだけで、心のどこかじゃ意識してて。
膨れ上がってくる悍ましい程の尿意。こんなところで感じちゃいけないはずの感覚。

お姉さんの後ろで前屈みに俯き、呼吸も出来ないほどの尿意の波に身体を緊張させる。

――だ、大丈夫、我慢出来る、我慢、我慢……っ、一時的な波、だからっ、これを……越えたら、はぁ…だ、大丈夫、だから……。

この期に及んで手は横で、スカートを握りしめて……。
もう平静なんて装えてないのに、だけど、それでも押さえるなんて事、出来なくて。

「(……っ、…はぁ……)」

前の……お姉さんの小さく揺れる足に視線を向けながら、大きな波が僅かに落ち着くのを感じる。
その視界の隅に前から二人、誰かが通り過ぎたのに気が付く。

「(……つ、次……んっ、はぁ……うぅ……)」『もうすぐ、もうすぐ……んっ、あぁ、本当、限界ぃ……』

さっきの二人は、個室から出た人……。
自分の事ばかりで、扉の音とか全く聞こえていなかった。
だけど……――わ、私も、次の次……殆ど一緒に入ったと言うことは…同じくらいに……そのはずよね?

そんな時、後ろから慌てた様子で駆けてくる足音に気が付き、私は可能な限り姿勢を正す。

「っ! ここも混んで――っ、……あ、朝見さん、と――……え?」

私の名を呼ぶ声、それは聞き覚えのある声……。

「ひ、雛さ――……じゃなくて、お姉さんも……」

私は下腹部に負担を掛けないようにゆっくり振り返り、声の主である篠坂さんへ視線を向ける。
篠坂さんは駆け込んだお手洗いに私がいた事、そしてなにより雛倉さんによく似たお姉さんを前に驚いている様子だった。
ただ、お姉さんだと分かったって言うことはどこかで面識が――……そうだ、コーヒー飲みに行ったって少し前に『声』で……。

それと……本人は驚いていて気が付いていないようだけど、手は前を押さえていて、篠坂さんも強い尿意を抱えていることが窺える。

「あっ!」『わっ! 私、今、押さえ……あぁっ、嘘見られたっ』

私の視線に気が付いて顔を赤くし、慌てて手を離す。
凝視していたわけじゃないが、悪いことをしてしまったかもしれない。

「(うぅ……)」『っ……で、でも、お手洗いっ、は、早く……』

篠坂さんはスカートの裾を握った手を少し後ろに回して、足は交差させて。
……彼女はお手洗いが近い。
いつも小まめにお手洗いへ行く彼女がここまで我慢して、急いでいる経緯は……外し忘れたであろうヘッドドレスを見てなんとなく想像が付いた。
きっとメイド喫茶の接客担当で、抜け出す事が出来なかったんだ。
今ここにいるのは、黒蜜さんがクラスに戻ったから?

735事例17裏「雛倉 雪」とテレパシスト。@呉葉 11:2020/07/12(日) 22:21:58
――っ……でも、ど、どうしよう……私やお姉さんの方が…多分、限界が近い……。

篠坂さんの状態を見て置いて、順番を譲らないということは、私たちの現状を吐露したに等しい事?
……流石に自意識過剰かもしれない、それでも、そういう考えが過ってしまう。

「し、篠坂さん――」

考えが纏まるより先に、私の口が言葉を発する。
――いけない……個室は二つ……さっきみたいな波が来たら……今度は越えられないかもしれない……間に合わないかもしれないのに。

「――仕事、……抜けて来たのでしょう? 先に…どうぞ……」
「あっ、わ、私も後で大丈夫だからっ」
『んっ…もう本当に限界、だけど…篠坂さんも辛そう…だし……わざと我慢してる私のせいで、失敗なんてさせられないし……それに――呉葉ちゃんだって譲ったんだし……』

――っ…お姉さん……やっぱりこの人は、優しい…きっと私なんかより……んっ…ずっと……。

私たちの言葉に篠坂さんは顔を赤くしながら俯き、「スイマセン」と小さく声を出して一番前へと移動する。
お姉さんの『声』は後ろめたさだけじゃなく、ちゃんと篠坂さんを案じてるように感じた。
対して私は……限界まで我慢してるって悟られたくなかった…だけ。そこに篠坂さんを思いやる気持ちなんてなかったと思う。

――んっ…や、待って……あぁ、まだっ……ダメ、もうすぐじゃない…から、二人の後っ……なのにっ……。

下腹部が小さく波打つ。さっきよりも大きな気配。
スカートの横を掴む手に再び力を入れる……だけど……足りない、これじゃ我慢出来ない。
足を交差して身体を揺らして。

「(っ…んっ……はぅ…っ)」

はしたない声が溢れる。これ以上声が零れないように――そうしないといけないのに……。
波は高くなり続けて、私を追い詰めて――

『や、やっぱり…っ……呉葉ちゃんも、限界なんだ……っ』

――っ!

聞こえて来たのはお姉さんの『声』。
揺さぶられる……動揺しちゃう……。今はそんなことに気持ちを割いていられないのに。

『呼吸も荒いし…っ…辛そうだし……膀胱をパンパンにして…いっぱいに抱えて――可愛い……』

――こ、呼吸っ…かわ――…や、だって……っ、ダメ、『聞きたくない』のにっ。

『んっ……はぁ…ひ、他人事じゃ無いけど……はぁ、っ……もう、我慢できない?』

――が、我慢っ…ぁ、あぁっ! ま、待ってっ――

『声』に意識を掴まれ、気持ちが揺らぐ。
そんな私を見逃さず、尿意の波は高く大きく襲い掛かる。

――あっ、あっ…っ!

<じゅゎ……>

不意に下着に広がる熱さ。慌てて手を前に持って行く。
だけど、尿意はそれでも治まらない。篠坂さんとお姉さんが終えるまで我慢しなくちゃいけないのに……。

――っ……だって、さっきの『声』は…卑怯……。

『い、今のって、っ……あっ! ……ん…やだ……私もっ……』

お姉さんの『声』。切羽詰まった、限界だと感じさせる『声』……。
飲んでいた量からして、私よりずっと多くの量を抱えているはずのお姉さん。

736事例17裏「雛倉 雪」とテレパシスト。@呉葉 12:2020/07/12(日) 22:23:03
<ガチャ>

扉が一つ開いて、篠坂さんが個室に入っていく。
少し前までなら、あの個室に入るのは、今私の前にいるお姉さんだった。
そして、もうひとつ……今、水の流す音が聞こえて来た方には私が入るはずだった。

「(ぁっ…っ)」<じゅ…じゅぅ……>

――だめっ、違う、もうすぐなんかじゃ…ない、私が入るのは篠坂さんが入った…方……な、なのにっ……あぁ、やだ……んっ……。

下着がまた熱くなる。落ち着かない……治まってくれない。
押さえる指先にまで熱さが広がってる? それが錯覚なのか現実なのかもわからない。
それくらい力を込めて押さえてる……だけど、全く引いてくれない……。これ以上は駄目なのに、我慢……できないのに……。

「んっ……く、呉葉ちゃん…次、入っていいからね?」『あ、っ……だめっ……ちょっと…っ…我慢、呉葉ちゃんを先にっ……だから、お願い…もうちょっとだけっ……』

――次? 何言って……っだって、そんな……っ……。

<ガチャ>

個室の扉が開く。
だけど、本当にお姉さんはその場から動かず、私に辛そうな顔で笑いかける。
お姉さんの押さえるスカートの前には、手に隠れて染みが出来ていることに気が付く。
お姉さんも、もう我慢出来ないはず、それなのに。

――っ…あ、だめっ……あぁ、もう限界っ……。

私は、際限なく大きくなる尿意に限界を感じて、声を絞り出す。

「ご、ごめんなさいっ」

お姉さんの状態をわかっていながら、私は謝りながら個室に飛び込む。
先に使って良いという選択を与えられて、もう歯止めが効かない。そうしなきゃ間に合わない。
治まらず、高まり続ける尿意の波に抗うように個室で何度も足踏みして、長い髪を首に巻き付け、下着に手を掛けて――

「あっ、ぁ……っ!」<じゅっ、じゅぅっ……じゅぅぅぅ――>

しゃがみ込む前、というよりも下着を下ろし始める前――足踏みを止め下着に手を掛ける直前から……。
間に合ったとは到底言えない、それでも安堵から何度も深い息が漏れる。

『えっ!? えぇっ? こ、これ、朝見さん? 先にって言ってくれたけど…我慢……してたんだ……』

――っ!

隣の個室から聞こえて来た『声』に驚き、口に手を当てる。
同時に音消しさえしていなかったことに気が付き慌てて水を流す。

『んっ…あぁ、は、早く……や、またっ……だめ、だめなの……お、落ち着いて……宥めなきゃ…っいけない、のにっ』

扉の外から聞こえるもうひとつの『声』。
我慢して我慢して、ようやくお姉さんが入るはずの個室が空いたのに……それなのに私が。

「はぁ……んっ…あ、ぁっ!」『っ…だめ、これ以上っ…ここ、学校…なのにぃ…宥め――だめ、あ、あぁっ! でちゃ…あっ……』

――っ……お姉さん…その『声』我慢出来てる? ……どうして譲っちゃったんですか……篠坂さんに…私に……。

『声』だけじゃない息遣いも、足踏みの音も……。
故意に我慢する変態ではあるのだろうけど……それでも、今まで聞いた『声』からして、人前での失敗を好んでいるようには感じなかった。
今も最後まで我慢を諦めようとしていない、失敗しまいと必死になってる。
潜在的には、追い詰められる状況を求めていた?
故意での我慢の後ろめたさから、順番を譲った?
大人としての立場がそうさせた?
……どれもが少なからずお姉さんの選択に影響を与えたかもしれない。
だけど――……この人は…優しいから。きっとそれが、一番の理由……。

隣の個室では篠坂さんが済まし終えたらしく、急いで個室を出るための音が聞こえてくる。
外のお姉さんの様子は『声』が聞こえなくとも、一刻の猶予もないことが伝わるほどで、篠坂さんはそれに急かされるように個室を開ける。

<ガチャ>「お、お待たせしましたっ」

扉を開けると同時に発せられた篠坂さんの声。直後に個室の中にお姉さんの足音が響き、すぐに扉が閉まる音がする。

「あ、あぁっ、や、ちょっと…まっ……ぁっ! …やっ」『あぁ、でちゃ……出ちゃってる……待ってよっ…は、早くっ……』
<ぴちゃ、ぴちゃ……>

私の個室で鳴っていた音消しと恥ずかしい音も既に止み……隣から確かに聞こえる、床に落ちる雫の音。
足踏みが響く中で聞こえるその音は、準備を終えていないのに始まってしまっていることを表していて……。
そして――

「あぁ……っ、はぁ…はぁ…」<じゅぃぃ――>

深く熱い息遣いと共に、水面を穿つような音が聞こえ始める。私は後始末を終えて、お姉さんの音を隠すようにして水を流す。
被害の大きさはまだわからないけど……きっと私のせいでお姉さんは間に合わなかった……。

……。

私は立ち上がり視線を下へ向ける。
自身のスカートには、皺が出来た真ん中に、ほんの少しの染みが出来ていたが――……大丈夫、これくらいなら……。
押さえる手に湿っぽい感覚を感じてはいたが、それは本当に指先だけ。水が跳ねて付いたような、それくらいの大きさの染み。
ただ下着は……個室の中での失敗を含め、酷いの言葉に尽きる……。

737事例17裏「雛倉 雪」とテレパシスト。@呉葉 13:2020/07/12(日) 22:23:51
私は深呼吸して、身だしなみを整え個室の扉を開ける。

「あ、朝見…さん……えっと…その、順番……ありがとう…ございます……」

個室の前には篠坂さんが居て、深々と頭を下げながらお礼を言う。
その後上目遣いにこちらを見てくる彼女に、私は個室での『声』の事を思い出し、顔が熱くなるのを自覚して顔を背ける。

――それに……お礼なんて……、結局私の順番に、変化は無かったわけで……。

『はぁ……はぁ……凄く気持ち良い…けど……うぅ、完全に失敗した……しかも学校でなんて……』

――……っ、気持ち良いって……我慢してたから、ただ解放感がって意味…ですよね? ……それもちょっと変な気がするけど。
けど、だけど……私がそんなこと……それ以上に駄目なのは私だから……。

故意に我慢するお姉さん……だけど、彼女は周りの人を助けることが出来る。
篠坂さんも、私も……助けられた。
雛倉さんも同じ。私よりずっと誰かを助けられるだけの行動が出来る……。
だったら私は……その二人の趣味趣向に嫌悪感を抱けるほど出来た人間なのだろうか。
良くない事、いけない事、酷い事、最低な事……そんな言葉を、誰も助けられない私が言えたことだろうか。

……。

背けた顔を篠坂さんへ向ける。
未だ、申し訳なさそうな上目遣いでこちらに視線を向けていて……。

「……お礼なら……お姉さんへ言ってあげてください……」

私にお礼を言うなんて間違ってる……。
それを受け取ることなんて出来てないし、資格もない。

「え、で、でも……すぐに声を掛けてくれたのは朝見さんでしたしっ
えっと、沢山……その、我慢してるのに譲ってくれたのは……嬉しかった…というか……」『た、“沢山”は余計だったっ! 私馬鹿っ!』

違う……私は自分が我慢してるって思われたくなかっただけ。
私は後ろめたさから再び視線を逸らす――……沢山とか言われて恥ずかしいのもあるかもだけど。

……。

<ジャバー>

個室から響く水を流す音が、気まずい沈黙を壊してくれる。
篠坂さんは個室に視線を向けて、私は視線を落とす。
謝らなきゃいけない……私のせいで失敗させてしまったことを……。

<ガチャ>「ね、ねぇ……えっと、誰もいない…かな?」『あう…どうしよ……』

その声に、私も気まずい気持ちを抱いたまま視線を上げる。
個室の扉を少しだけ開けて、顔を覗かせるお姉さん……。
そういえば、篠坂さんが来て以降は、新たにお手洗いに入ってきた人はいない。

「だ、大丈夫ですっ、私たちだけです!」

篠坂さんがオドオドしながらも力強く言う。
恐る恐る出てくるお姉さんはロングスカートの前をカバンで隠す様にして、それでも隠し切れない染みが良く見なくても確認出来て……。
顔を赤くして「えへへ……」と自嘲気味に笑って見せる。
もし、私と順番を換わらなかったら……その被害は隠せる程度のものだったはずで……。

738事例17裏「雛倉 雪」とテレパシスト。@呉葉 14:2020/07/12(日) 22:25:12
「あの、順番、ありがとうございますっ……」『あう……やっぱり失敗させちゃってた……』

篠坂さんが勢いよく頭を下げてお礼を言う。
お姉さんはその様子をオドオドしながら対応して……――二人ともオドオドしてる……このままじゃ見つかるのも時間の問題なんじゃ……。

「あの、とりあえず……手洗い場に……」

私はそう二人に伝え、移動し手を洗う。
お姉さんのスカートの染みは殆どが前なので、今お手洗いに人が来ても、手を洗ってる間は染みを見られることはないはず。

「こ、このあとは……?」

……。

「し、篠坂さんは、もう教室に戻ってもらっていいから、仕事抜けてきたわけだし……」
「で、でも――」

何かしてあげたい……篠坂さんはそんな顔でこちらを見るが、そんな表情や挙動不審な仕草
それに外し忘れのヘッドドレスも非常に目立つ。背が低いのも周囲の視線を下げる原因になり得る。
一緒にいると注意を引きかねない。

私は一度篠坂さんから視線を外す。

「お姉さんは……この後、私の後ろに付いてお手洗いの裏に回りましょう」

お手洗い裏……渡り廊下から中庭じゃない方へ降りれば行ける。そこなら出し物なんてしていないし、身を隠せる。
篠坂さんには「三人だと目立つから」と短く説明すると、少し悩んだ末に「わかりました」と言って先にお手洗いを出ていく。
私たちも遅れてお手洗いを出て、目立たないように渡り廊下から外れて身を隠す。

「はぁ……あとは駐輪場まで行けば……」

お姉さんはどうやら自転車で学校まで来たらしい。
家に寄っていなかったら、自転車はなかったはずだから――と言っても家に寄っていなかったら、そもそも紅茶なんて3杯も飲まなかっただろうけど。
そしてカバンの中から袋に入った靴を取り出す。来客用のスリッパは中庭とか歩くのに不便なので持ち歩いていたらしい。

「ありがとね、呉葉ちゃん」

――っ……なんで……。

靴を地面に置いて、笑顔と言うには少し苦しい表情でこちらを見ながらそんな台詞を言う。

「……お礼を…言われる資格なんて無いです……順番を譲って貰って……助けられたのは……私…です……」

「そう? 今助けられてるのはどう見ても私だと思うんだけど」

違う……違うのに、お姉さんは本当に不思議そうに私を見る。
こんなことになったのは私が我慢出来なくなって、仕草を隠せなくなって、順番を譲らせちゃったから……。

「これは私のせいで――だから、当たり前のことで……
私は……助けられるんじゃなくて…誰かを助けられるような人になりたかった……ずっと……」

――何言ってるんだろう……こんなこと言っても困らせるってわかってるのに……。

弱かった自分を磨いて、あの頃の助けられてばかりの私から変わりたかった。
誰かに手を差し伸べて救える人に……。

――「あーちゃん、ありがとう……いつか私も正義の味方になってみたい、……ううん、なるからっ」――

「えっと、私を助けられてないって思ってるの? 貴方がそれを決めるのはきっと……違うと思う……」

――……え?

「私が助けれらたって思ったんだもん…否定しないで……向かうトイレの選択、案内だって私は助けられたと思ってる。
トイレの順番を弥生ちゃんに譲る決断が出来たのも、きっと呉葉ちゃんが先に言ってくれたおかげ……
あの時それを言えなくて……もし弥生ちゃんが間に合わなかったらって思うと……。
だから私は助けられたの、だから私は呉葉ちゃんの助けになりたかったの、持ちつ持たれつみたいな?」

……。
お姉さんの言葉は、私を気遣って言った綺麗事?
違う……この人はそうじゃない。

「な、なんか勘違いしてたら…へ、変な事言っちゃったかな?」

お姉さんは顔を赤くして誤魔化すようにして苦笑いをする。
私は首を横に振る。

「良かった、ちょっとは最後に先輩出来たかな? あはは、なんて、こんな格好じゃそうも言えな……
――って違うからね! これは呉葉ちゃんがどうとかじゃなくてっ、私が我慢できなかっただけ、いつもならこう、もうちょっと落ち着いて宥めなれたはずでっ――」

私がまた気にすると思って必死にフォロー入れてくれてるのはわかる。
だけど、「いつもなら」とか……言わないで欲しい。
本当にこの人は変態で天然でそして……優しい人。

『でも……実際結構溜まってたよね? 計量したらどれくらいだったんだろ?
あぁ、それより、人前で限界とか言っちゃたり――というかおもらしまでしちゃうなんて…あぁー…うぅー……』

……。
計量も酷いとは思うけど……粗相したことに恥ずかしさだけじゃない感情を僅かに混ぜるのやめてください。

739事例17裏「雛倉 雪」とテレパシスト。-EX- 1:2020/07/12(日) 22:27:18
**********

「はぁ……」

生徒会室で一人、わたくしは大きく嘆息する。

……。

結局お昼以降は、文化祭を楽しむことも出来ず、仕事も殆ど手に付かなかった。
わたくしは気が付いていなかった。
全て受け入れているつもりでいた。

「また…昔みたいに――ふふふ……確かに言ってましたね…思っていました……」

昔みたいに……。
口にも出していた本当の気持ち……それなのに何も自覚できてなかった。

ふと、目の前――生徒会長の席の前に影が見える。
椛さんはわたくしの分の仕事も終わらせて少し前に帰ったし、他の役員も既に見送った。

「ったく、らしくないメールばっかり……はぁ…送ってこないでよ……」

内容や声から相手が誰なのか特定できた。
視線を上に向けるまでもない……きっと呉葉から大体の話の流れを聞いて、此処に来たのだろう。

「止めようかな、綾菜さんを生徒会に誘うの……。どう思う、鞠亜?」

……。

鞠亜は何も答えずにわたくしの言葉を待っている。
綾菜さんの記憶を取り戻させたくない彼女からしたら、さぞ満足のいく選択のはずなのに。

「……わたくしはずっと綾菜さんを確りと見てきたつもりでした……引きずってるのは呉葉と鞠亜…だと」

綾菜さんの事故の後、二人は沢山泣いていた。
現実が受け止められなくて、泣いて泣いて……。

「なんで皐は自分が引きずってるって自覚してなかったかわかる?」

自覚……確かに。
きっと二人は自覚していた……。

「泣かなかったからだよ……綾に会えなくなってから、ボクと呉葉がずっと泣いてて……それを皐がずっと泣かずに励ましてくれてたから……」

「……それが何だって言うの?」

確かにわたしくはあのことで泣いた覚えなどない。
悲しくなかったわけじゃない……だけど……。

「……皐だけが一つ上のお姉さんだったから、確りしなきゃって……
だけどそれはきっと目を逸らすための建前で、皐の中にはずっとあの時が壊れず残ってた」

……。

「受け入れて……あの日、綾は忘れた…ボク達の全てを。……綾は公園の集まりの中心だった、だから同時にあの関係も壊れた」

――やめて……。

「公園で沢山遊んだ全て、話した事全て、ボク達が覚えてる思い出……綾は覚えていない」

「やめてよ! もう、やめて……」

「……聞きたくない? でもボクは言える、きっと呉葉も言える……」

わたくしは視線を上げる。
鞠亜らしくない、申し訳なさそうな顔でわたくしを見ている。

740事例17裏「雛倉 雪」とテレパシスト。-EX- 2:2020/07/12(日) 22:28:12
「……わたくしは…失いたくなかった……あの時を……ぅ…ず、ずっと4人だと……思ってた……
っ…泣いて崩れる二人を見て……目を逸らして…二人だけを見て……っ……」

初めてだった……お金持ちに生まれて、息苦しい世界で唯一仲間と言える関係を築けた。
目を逸らして、二人を励まして……そうしていれば、元通りになるんだって……思っていた。
そうじゃないって二人はわかっていたから泣いていたのに……。

――っ!

いつの間にか皐は隣で屈んで、わたくしの手に手を重ねて……。

「本当……無理しすぎなのよ……だからこうやって皐は時々壊れちゃう」

「っ……こ、壊れるって……何よっ……」

「生徒会長とかお嬢様とか……そういうの時々やめない?
そして、甘えなよ……ボクに、呉葉に、皆に……」

自身の頬が濡れていることに気が付く。
その雫が鞠亜の手に落ちる。

「ぅっ…ぁ……ま、鞠亜に…甘えるとか……く、屈辱です……」
「酷くない!?」

「ごめん、皐……こんなに悩んでるなんて私、思ってなかった……」

――っ!

もう一人の声に私は情けない顔を上げる。
そこには呉葉が居て……。

「ちょ、ちょっと…っ……ま、鞠亜貴方、わたくしを騙してっ」
「別に呉葉が居ないなんて言ってないし」

――ま、鞠亜はともかく、呉葉にまでこんな醜態っ……。

「あぁ、もうっ! 今吹っ切りました! こんな姿見ないで下さい!」

わたくしは恥ずかしくなって鞠亜の手を解いて立ち上がる。
大きく深呼吸して指で涙を拭い、鞠亜に視線を下ろす。
わたくしにこれだけのことを言った彼女には、言いたいことがある。

「鞠亜、一応、感謝はしておきますけど……貴方ももっとわたくしたちを頼って下さい!」

鞠亜はずっと何かを隠してる。
あの日、加害者と被害者以外で唯一事故現場に居合わせたらしい鞠亜……。
鞠亜は小さく嘆息して立ち上がり、今度は鞠亜が私を見下ろす。

「……何度も言うけど、それは話す気はないよ……
悲しいことは分け合えばいいとは思うけど、罪は犯した者だけが背負うものだから……」

「何が、“ふ、罪は犯した者だけが背負うものだから……”よ! 中二病!」

「なっ! “ふ”とかつけてなかったでしょ!」

――まぁ、言ってなかったけど。

わたくしが煽ったせいもあって、結局、有耶無耶にされました。

おわり

741名無しさんのおもらし:2020/07/13(月) 03:00:18
朝見さんも最初はクールな強キャラっぽく見えてたけどずいぶん印象変わったなあ……
あとおしっこももっと我慢できる子だと思ってた

742名無しさんのおもらし:2020/07/15(水) 08:50:00
>>724-740
乙です。
個人的には父親死亡説を考察していたんだけど生存の方か。
まあこの状況で離婚は考えづらいので、いわゆる植物状態ってとこだろうか。
あとは、事例5の前編に出てる「車輪の絵」の作者=父親というとんでも展開が考えられるけど、母のハードワークぶりを見るにそっちは薄そうだね。
いずれにせよ今後の展開に期待。

743名無しさんのおもらし:2020/07/15(水) 19:24:39
更新ありがとうございます!
"緊張や動揺、不安に直面すると喉が乾き、持参のお茶をついつい飲んでしまう割る癖"が存分に発揮された回でしたね。
また、徐々に綾菜達の過去が明らかになってきた感じがしますね。
事故であり、被害者と加害者があって、罪とも言えて、そして雛倉父との関係、まだまだ謎があって楽しみです。

744名無しさんのおもらし:2020/10/03(土) 20:23:02
男だけど何度か限界まで我慢試してから読み直したら
人物の行動とか心理とか共感できるようになってシコリティ増した

745名無しさんのおもらし:2020/11/19(木) 17:45:06
あげ

746和泉遥:2020/11/20(金) 06:42:40
和泉遥
1982年10月31日
さそり座
AB型(RH−で、父A型、母B型、姉O型)
身長162cm
体重51kg
靴のサイズ24cm
加藤あい似のハーフ顔の美人
愛知県名古屋市出身
ポルシェカイエン(銀)を所持

747足立聡:2020/11/20(金) 06:43:46
足立聡
1986年5月21日
おうし座
AB型(RH+で、父B型、母A型、弟O型)
身長174cm
体重62kg
靴のサイズ27cm
千葉雄大似の可愛い系イケメン
宮城県仙台市出身
ジープグランドチェロキー(黒)を所持

748和泉遥:2020/11/20(金) 06:46:37
本体は先日、私和泉遥がプールに入る前に尿検査をした夢と、私和泉遥がサービスエリアのトイレでおしっこをした夢を見ました、これは本当です

749和泉遥:2020/11/20(金) 07:04:33
>>746
色白の美人
胸は大きめのDカップ
マン●は陰毛濃いめ、ビラビラもクリトリスと小さめ、クリトリスは少しだけ皮が被っている、色はピンク、性的に興奮すると、ビラビラが大きく開き、クリトリスも3分の2が露出して、尿道や膣がトロトロになる

を追加します

750和泉遥の本体:2020/11/20(金) 07:07:31
私のオリキャラは、栗山千明似か香里奈似か加藤あい似のどれかにしようと思いましたが、結論は加藤あい似にします、なぜなら最近、加藤あい似のオリキャラがトイレでおしっこをしている夢を見ることが多いからです(^ω^)

751名無しさんのおもらし:2020/11/21(土) 21:34:33
新作希望

752和泉遥:2020/11/22(日) 07:39:56
おはようございます、私の身長は164cmが正解です、本体の思いつきと間違いでした、私のデータを改めて書きます

和泉遥
1982年10月31日
さそり座
AB型(RH−で、父A型、母B型、姉O型)
身長164cm
体重51kg
靴のサイズ24cm
加藤あい似の色白のハーフ顔の美人
真面目で責任感が強いが、直情的で負けず嫌い
愛知県名古屋市出身
ポルシェカイエン(銀)を所持
軽度の知的障害者
胸は結構大きめのDカップ
マン●は陰毛濃いめ
ビラビラもクリトリスと小さめ
クリトリスは少しだけ皮が被っている(いわば軽いクリトリス包茎)
色はピンク
性的に興奮すると、ビラビラが大きく開き、クリトリスも3分の2が露出して、尿道や膣辺りがトロトロになる
性別年齢関係なしに、相手からはマン●が綺麗とか美マンとかよく言われる

753三軒家万智:2020/11/22(日) 08:01:10
私のデータも書きます

三軒家万智
1983年2月20日
うお座
AB型(RH+で、父B型、母A型、姉O型)
身長162cm
体重48kg
靴のサイズ24、5cm
北川景子似の色白の和風顔の美人
素直で気配り上手だが、頑固で短気
兵庫県神戸市出身
レクサスIS(黒)を所持
軽度の知的障害者
胸はやや小さめのBカップ
マン●は陰毛薄め
ビラビラもクリトリスも小さめ
クリトリスは露出している
色はピンク
性的に興奮すると、ビラビラが大きく開き、クリトリスが100%露出して、尿道や膣辺りがトロトロになる
あまり相手からはマン●が綺麗とか美マンとかは言われたことない

754三軒家万智:2020/11/22(日) 08:03:21
私のデータ修正します

私もデータ修正します

三軒家万智
1983年2月20日
うお座
AB型(RH+で、父B型、母A型、姉O型)
身長162cm
体重48kg
靴のサイズ24、5cm
北川景子似の色白の和風顔の美人
素直で気配り上手だが、頑固で短気
兵庫県神戸市出身
レクサスIS(黒)を所持
軽度の知的障害者
胸はやや小さめのBカップ
マン●は陰毛薄め
ビラビラもクリトリスも小さめ
クリトリスは露出している
色はピンク
性的に興奮すると、ビラビラが大きく開き、クリトリスが100%露出して、尿道や膣辺りがトロトロになる
あまり相手からはマン●が綺麗とか美マンとかは言われたことない

755三軒家万智:2020/11/22(日) 08:03:40
私のデータ修正します

私もデータ修正します

三軒家万智
1983年2月20日
うお座
AB型(RH+で、父B型、母A型、姉O型)
身長162cm
体重48kg
靴のサイズ24、5cm
北川景子似の色白の和風顔の美人
素直で気配り上手だが、頑固で短気
兵庫県神戸市出身
レクサスIS(黒)を所持
軽度の知的障害者
胸はやや小さめのBカップ
マン●は陰毛薄め
ビラビラもクリトリスも小さめ
クリトリスは露出している
色はピンク
性的に興奮すると、ビラビラが大きく開き、クリトリスが100%露出して、尿道や膣辺りがトロトロになる
あまり相手からはマン●が綺麗とか美マンとかは言われたことない

756和泉遥&三軒家万智:2020/11/22(日) 08:07:20
>>754は本体が連投してしまったので無しで
私たちはAB型です
私たちは顔がぼちぼち良いです
私たちは美マンとはよく言われます
私たちは毎日おしっこ我慢とかオ●ニーをしています(〃ω〃)

757和泉遥&三軒家万智:2020/11/22(日) 08:14:55
>>755も間違えたので無しで、どちらも見なかったことにしてください
私たちはお茶や水をたくさん飲んで、何分から何時間かして尿意を催し、何時間もおしっこを我慢して、トイレでおしっこをした時の開放感?は格別です^^
また、私たちや本体はお茶や水をたくさん飲むことで、血液中の老廃物が浄化?され、それをおしっことして出すことで、私たちや本体の肌は多分綺麗になると思います

758天王寺美咲:2020/11/22(日) 08:25:19
天王寺美咲
1982年10月31日
さそり座
AB型(RH−で、父A型、母B型、姉O型)
身長164cm
体重51kg
靴のサイズ24cm
香里奈似の色黒のハーフ顔の美人
真面目で責任感が強いが、直情的で負けず嫌い
愛知県名古屋市出身
ポルシェカイエン(銀)を所持
軽度の知的障害者
胸は結構大きめのDカップ

759三村瞳:2020/11/22(日) 08:26:40
三村瞳
1983年2月20日
うお座
AB型(RH+で、父B型、母A型、姉O型)
身長162cm
体重48kg
靴のサイズ24、5cm
栗山千明似の色白のハーフ顔の美人
素直で気配り上手だが、頑固で短気
茨城県水戸市出身
レクサスIS(黒)を所持
軽度の知的障害者
胸は普通のCカップ

760天王寺美咲&三村瞳:2020/11/22(日) 08:28:44
私たちもAB型です
私たちも顔はぼちぼち良いです
私たちも毎日オナニーやおしっこ我慢をします(〃ω〃)

761和泉遥:2020/11/22(日) 09:16:23
三軒家万智は存在しません

762名無しさんのおもらし:2020/12/09(水) 00:15:59
あげ

763名無しさんのおもらし:2020/12/16(水) 22:27:46
新作

764名無しさんのおもらし:2020/12/16(水) 22:28:10
希望してるのである

765高橋美穂:2020/12/20(日) 09:37:02
私はおしっこ我慢&オナニーで興奮します(〃ω〃)

766高橋美穂:2020/12/20(日) 09:37:55
あ、私は顔や髪型などが香里奈に似ているとよく言われます

767事例の人:2020/12/31(木) 20:50:20
>>741-743
感想とかありがとうございます。>>744も私宛かな? ありがとうございます。

お久しぶりです、待ってて貰ってる方には感謝ですね……
当然ですけど今年最後の投稿です。
長いです、我慢まで遠いです、いつもスイマセン。
良いお年を

768事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。:2020/12/31(木) 20:51:41
「もうすぐ開店だね」

弥生ちゃんが隣で私に話しかけ、それに私は頷きで返す。
喫茶店の開店準備を済まし、開店時間の8時半までもう少し。
私は朝から1時間半の給仕担当。
弥生ちゃんも同じく1時間半私と一緒に担当。弥生ちゃんに取って1時間半は結構辛い――――当然尿意がという意味――――かもしれないが
昨日の感じだと朝からはそれほど混まないと想像出来るし、いつも授業の合間にトイレに行っているからと言っても、それを超えると間に合わないと言うわけでもない。

「もうすぐ開店だよ、担当の人は準備ちゃんとして」

大きな声ではないが威圧感を感じる冷たい声に私は視線を向ける。
厨房担当のエプロンをした斎さん……ほんの一瞬視線が合ったが無視するように外された気がした。
昨夜マンションでのやり取りのせいか、普段の“普通を装った対応”ではなく“不自然じゃない程度に無視”に格下げされてる気がする。
それに、クラスメイトへの態度も少し――周りの人も何か普段と違う空気を感じ取れているみたいだった。

「えっ!」

そんな中、すぐ近くで瑞希の声が聞こてくる。
何かに驚くような声。その声に同じく近くにいた弥生ちゃんも気が付いたらしく、私と共に瑞希へ視線を向けた。

「あ! いや、何でもない、何でもないよ……わ、私ちょっと出てくるから」

そう明らかに何かある感じに言って瑞希は教室から足早に出ていく。
瑞希の担当は昼以降だったはずなので、出ていくことに問題はないけど――
私は瑞希が見ていた窓の外に視線を向ける。
別に気になる人や物は見つけられない。人なら渡り廊下を歩いていた可能性もあるから、既にこちら側かあるいは昇降口があるあちら側の校舎へ入ったのかもしれない。
気にはなるがさっきの斎さんの態度を見て、その原因を作ったであろう私が教室を出るなんてこと出来るわけもない。
開店が迫り、私は軽く深呼吸する。瑞希の事はあとで問い詰めて見よう。
一人の生徒が教室の扉に近づく、そして――

「1-B、メイド偶に男装執事喫茶開店でーす。おかえりなさいませお嬢様ーっ!」

元気の良い褐色メイド――檜山さんが扉を勢いよく開いて挨拶をする。
それと同時に、開店待ちをしていた人が教室に入り、案内の求める。
一組二組――開店直後ならそれくらいだと思っていたが、すぐに席の大半が埋まる。
少しだけど予想を上回る客足……それに一部私への視線を感じて違和感を感じる。

「(あの子かな、SNSの銀髪の子って)」
「(そうなんじゃない? あーでもウィッグかもだし別人かもね、顔は隠してあったし)」

聞こえてくる一組の会話――……なるほど、星野さんのせいだったか。
今はその一組だけか、あるいはみんな態度に出していないだけなのか。
私は居た堪れなさから逃れるため、厨房の方へ注文されたコーヒーを取りに行き、視線を下げ、お客から見えないところで小さく嘆息した。

769事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。2:2020/12/31(木) 20:52:16
「良いざまね、写真なんて取られるから」

――っ!

驚き顔を上げると視線を逸らしたままコーヒーを用意していた斎さんが居て――

「(き、昨日は言い過ぎた……ごめん)」

小声で言われた言葉に、私はさらに面を食らう。
昨夜の斎さんの感情的な態度――あれはきっと本音なのだと思った。
もちろん、それは今でもそうだと思ってる。本音から溢れた言葉……。
それでも今の謝罪は、それを言葉にしてしまったこと――私に向けたことへの謝罪。

――……だったら…今日の斎さんの態度の違和感って……怒りからじゃなく、気まずさや、後悔からのもの?

「っ……」

言葉に詰まる。斎さんの優しさに苦しくなる。

「(っ…変な事言った……)は、早く持って行って」

「う、うん……」

私が反射的に受け取ると斎さんは離れていく。
……結局、動揺しすぎて何も返すことが出来なかった。

770事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。3:2020/12/31(木) 20:53:05
――
 ――

しばらくして客足も落ち着いてきたように感じる。
それでも、昨日よりも忙しい。それが星野さんによる影響かどうかはわからないけど。

「雛さん!」

丁度給仕が一通り済み、仕事がなく手持無沙汰になっていると、弥生ちゃんが話しかけてくる。
いつも以上に笑顔で嬉しそうな顔で。

「実はですね、今日会って貰いたい人が居まして…予定だともうすぐここに……その、会って貰えますか?」

本当に終始笑顔で……疑問形で私にお願いをしてはいるが、断ることなど微塵も考えていないように見える。

「……えっと…その会って貰いたい人って?」

弥生ちゃんを信用していないわけじゃないが、見ず知らずの人に会うのは正直言って気が進まない。
会うにしても、どんな人物なのか、弥生ちゃんとはどんな関係なのかくらいは知っておきたい。
――まぁ、来店するのだから会わないって選択は難しいのだけど。

「えっとですね……私の中学の時の友達なんです」

――……もしかしてそれって昨日の弥生ちゃんの電話の相手? 私と同じで「ヒナさん」って呼ばれていた……。

「……その友達の名前は?」

「それなんですけど、吃驚させたいから教えないでって言われたんですけど……もしかして知り合いだったりするのかな?
というか、どことなく似てる感じも……?」

――……知り合い? 似てる?
中学の時は弥生ちゃんと友達だった人……弥生ちゃんは私立中学だったはずだから、私と面識があるとすれば小学生の時?
小学生の時に私立中学へ行った人で、あだ名がヒナさん――って、そんな人一人しかいない。

「あーやなっ!」

背後から急に抱き着かれる。隣では弥生ちゃんが「ヒナさん!」と私の後ろの人に向かって言ってる。

「っ……はぁ…やっぱり、雛乃……」

「はーい、正月振りー」

椿 雛乃(つばき ひなの)。
小学校の時のクラスメイトであり、同い年の従妹。

「ってか、もっと驚いても良いぞ!」

「……どうでもいいけど、席に座って頂けませんか、お嬢様……」

私の冷めた返しに、詰まんないと言いたげに嘆息してから私から離れ、近くの椅子に腰かける。
まさか、雛乃が弥生ちゃんの友達とは……。

「雛さん、やっぱり知り合いだったんですね!」

その通りだと私が口を開こうとすると――

「そだよー、従妹であり小学校時代はライバルっ!」

私より先に雛乃が答える。
……呼び名が紛らわしい……。

771事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。4:2020/12/31(木) 20:53:48
「ライバル! 雛さん達が! 何か凄そうです!
……って言うか従妹なんですかっ!?」

ライバルだったのかはよくわからないけど
私としてはその話は掘り下げてほしくないのだけど。

「まぁ、そんな詰まんない話じゃなくて……そうだ、弥生ってまだトイレ近かったりするの?」

従妹の話までバッサリ切り捨てた雛乃の態度に少し安心する。
だけど、そういう話題になるのか……弥生ちゃんには悪いけど、反応が楽しみではある。

「っ!? (な、な、なんでそんな話になるんですかっ! 今の流れは絶対二人の話になる流れでしたっ!)」

小声で真っ赤になって雛乃に詰め寄る弥生ちゃん――……可愛い。

「(高校でも失敗とかしちゃってたりして?)」
「(し、してませんっ!)」
「(本当かな?)」
「(ほほ、ほんとですっ!)」
「(ほんとにほん――)」「(ほんとにほんとですっ!)」

二人のやり取りから、仲が良かったことが窺い知れる。
弥生ちゃん自身、本当に恥ずかしそうにしているけど、萎縮せずにこんなに全力で相手をするのは限られた人だけだと思う。

「(そう、じゃあさ、綾菜、“高校生にもなっておもらしする子とか友達になれないわぁー”って言ってあげて)」

「なっ…え、うぅ……」

弥生ちゃんが真っ赤に染まった顔を歪めて、私に視線を向ける。
これは「言わないでください」と言う視線なのか「話を合わせて言ってください」と言う視線なのか判断できない。

「(うそうそ、わかってるから、おもらししてるの)」
「(ひ、ひどいっ!)」

私が話に入る隙も無く、恥ずかしいやり取りが続いていく。
……。

「でも、そっかー今でもかー……綾菜は何回失敗しちゃったの見た?」
「なっ(や、止めてくださいっ!)」

私はどう反応していいか分からず黙って視線を逸らす。
だけど、私がしたその反応は、一回は見たと言っているようなもので――

「っ! 綾菜見たんだっ! 私は見れてないのにっ! ずるいぞ!」
「ずるくないですっ!」

「ごほんっ」

厨房への入り口付近から聞こえる咳払い。
私たちは視線を向けると、少し呆れた表情の斎さんがこちらを見ていた。
客入りが落ち着いているとはいえ、流石に声量を落とさない私語は良くなかった。

斎さんは私たちの視線に気が付くとそのまま厨房の方に戻っていく。
私自身は積極的に話に参加していたわけじゃないけど……きっと斎さんから見れば同罪なのだろう。

772事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。5:2020/12/31(木) 20:54:23
「(と、とりあえず……雛さんが知ってる私より、今のがずっと良くなってますから……)」

昔はどれくらい酷かったのか……ちょっと聞いてみたいが
口を衝いただけで実際のところそれほど変わっていないのかもしれない。

「(そう、そこまで言うならテストだぞっ!)」
「(っ!? て、テストって……まさか……?)」

――……テスト?

唐突に出たその単語は、普通なら使わない場面のはず。
だけど、弥生ちゃんには思い当たる節があるらしい。
そして私も話の流れからすれば、どういう目的のテストなのかは理解はできる。

――……昔より我慢できることを証明するためのテスト?

……。

「(前回のタイムは43分だったよね?)」
「(な…、な、なんで覚えてるんですか……)」

弥生ちゃんは今まで以上に顔を赤くして、視線を下げて……。

――……43分? それって――まさか、そういう事? いやでも――

雪姉は飲み始めから2時間が我慢できる限界の境界線くらいらしい。
それで大体一リットルを超えるくらいだとか『声』で言っていた。
43分は短すぎる気もするけど、弥生ちゃんは非常にトイレが近い。
500mlの我慢は弥生ちゃんには辛いはずの量のように思う。弥生ちゃんの言うことを信じるなら、昔はなおさら容量が小さかったはず……。
やっぱり、43分という時間は……飲み始めから我慢できなくなるまでの時間……。

――……いやいや、なんで知ってんの? 前回のタイムって何? 計ったの?

理解すればするほど混乱する。
経緯は知らない……だけど雛乃は弥生ちゃんにテストと称してトイレを我慢をさせたことがある、そういう推測に行きついてしまう。

「(……な、何の話してるの?)」

そういう推測をしつつも信じられず私は二人に問う。

「(それはね――)」「(ちょ、ちょっとまっ――)」「(弥生ちゃんがトイレを我慢できる時か――むぐっ!?)」

雛乃の口が言葉で止まらないのを弥生ちゃんは察し、慌てて手で口を押さえに行ったが……ほぼ聞こえてしまった。
湯気が出て来そうなほど真っ赤で、目も若干涙目で――……可哀想だけど可愛い。
対して口を押えられた雛乃の方は、満足気な表情で笑っている。
そして、雛乃は弥生ちゃんの手をタップして外させる。

「さて、注文――の前に、二人ともお仕事の担当は何時までなの?」

「……私も弥生ちゃんも10時までだけど……」

ショート寸前の真っ赤な弥生ちゃんに代わって、私が質問に答える。
雛乃は右手を顎に当てて、少しの間を開けてから再度口を開く。

「――なら、とりあえず10時半くらいにでも中庭に集合ってことで」

そう言い終えると、すぐにコーヒーを注文して私を厨房の方へ向かうように言う。
厨房でコーヒーを貰い、それをテーブルに持って行くと雛乃はコーヒーを持って立ち上がり、他も見て回りたいと言って教室を出ていく。

結局集合場所を告げてから、私は碌に会話を出来なかった。
弥生ちゃんは、少し抗議の声――――恐らくテストとやらについてだと思う――――を上げていたみたいだけど。

「(はぁ…テスト……あう――)」

抗議は失敗に終わったらしく、弥生ちゃんは時折独り言をぶつぶつと言いながら、給仕をして……。
弥生ちゃんには悪いけど、私はテストとか言うのに興味津々で。
ただ一点、雛乃と一緒という事だけは少し居心地が悪いのだが……。

――……でも、まぁ…基本的には悪い人じゃないし、尊敬できるとこもあったけど……それでも色々あって苦手、なんだよね……。

773事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。6:2020/12/31(木) 20:55:19
――
 ――

10時半。
私は中庭に向かうことにする。

……。

「……はぁ」

心の中だけで留めておこうと思っていた溜め息。
思いも寄らなかった再会、過去の自身の失敗を話すことへの羞恥心、それと一応安堵も。
椛さんからの連絡で保健室に来てみれば予想外の事――いや、予想はある程度できていたはずなのに、それでも混乱してる私がいる。

――……今日は妙な再会が多いなぁ……。
……でも、これから弥生ちゃんのテストとやらがあるわけで……ちゃんと切り替えて楽しまないと。

相当恥ずかしそうにしていた弥生ちゃん。
だけど、そのテストと言うのは失敗まで追い込むようなものではないように感じた。
雛乃自身「見れてないのに」と言っていた以上、そう言うことになる。
それに、もし前回のテストでそこまで追い込んでしまったのなら、今回弥生ちゃんはなんとしても断ったはず。

――……断りつつも、結局受けちゃったのは、弥生ちゃんの自己主張が弱いって言うのもあるかもだけど
たぶん……成長したことを認めて欲しいから――雛乃に……。

「……はぁ」

私は再度嘆息する。
自覚できるくらいには嫉妬してる。

「あ、綾菜! 遅いぞっ」

中庭に向かう渡り廊下で、弥生ちゃんと雛乃に出会う。
定刻通りではあるが、私は一応小さく「ごめん」と返す。

「え、えっと……人、多いですけど、どこで……」

弥生ちゃんが不安そうに声を絞り出す。

「そだねー、見て回った感じ三階の音楽室辺りとかどうかな?
開放されてる割に誰もいなかったし、廊下の人通りも多くない、なによりトイレもそれなりに近いぞ」

見て回りたいと雛乃が言っていたのは、どうやらテスト会場を見繕うためだったらしい。
ふと、雛乃の視線がこちらに向いているのに気が付く。
弥生ちゃんの質問に雛乃が答えた形だけど、どうも私の意見も求めている様子。

「……まぁ…悪くないと思うよ」

悪くないというか、きっとベストな選択だろうと思う。

私たちは保健室近くの階段を登り――――保健室から二人が出てこないかハラハラしたが――――三階を目指す。
いつも隣にいてくれる弥生ちゃんは一歩前で雛乃と話している。

……本当にこの二人は仲が良い。

774事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。7:2020/12/31(木) 20:56:21
「それじゃ、一応先にトイレにいっといれー」

「っ……そう、ですね、……あぁ、普通に文化祭を楽しみたかったのに……」

意気消沈気味にトイレへ向かう弥生ちゃん……。ちょっと不憫。
そんな弥生ちゃんを見送っていると、また雛乃から視線を感じる。

「はぁ……なに?」

私は聞こえるように嘆息して尋ねる。
そんな私を無視して雛乃は音楽室への扉に手を掛ける。

「嫉妬してるでしょ? バレバレだぞ?」

――っ……。

音楽室に入ると雛乃は近くの椅子に背もたれを前に向けて座り、悪戯っ子みたいな顔を私に向ける。
私は一応無表情と無言で誤魔化す。

「可愛いよね、弥生……まぁ、ちょっと優しくしただけですぐに懐いちゃうちょろい子だし、色々心配だけどねぇー」

事実なのかもしれないが友達をちょろいと言われてちょっとイライラする。
……いや、保護者みたいなことを言ってることが気に食わないのかもしれない。

「今のその一見不愛想な感じの綾菜ですら、手籠めに出来ちゃうんだから」

「……ちょ、手籠めじゃなくて手駒に、いや手玉に――いやいや、全部違うけどっ」

そんな私を見て雛乃は笑う。
本当に言い間違いなのか、それこそ私を手玉に取って遊んでいるのか……。
とりあえず私も適当な椅子を見つけてそこに座る。

――っと……そういえば、ちょっとトイレ行きたかったんだよね……。

不意に感じる尿意。
昨日の事もあるし、今日は『声』を優先するつもりではなかったが
流石にこの後の弥生ちゃんがするテストの事を考えれば、トイレに行くというのは勿体ない。
なので、少し前から僅かに感じた尿意をそのままにしている。

――……まぁ、昨日、我慢しすぎたんだから気を付けとかないと……。

限界まで我慢した後はちょっと過敏になってる事が多い。
流石に二日続けての失敗なんてことは、御免被りたい。

<ガラガラ>「あっ、ただいま戻りました……」

弥生ちゃんが音楽室の扉を開けて覗き込み、私たちがいることを確認すると安堵の表情を浮かべて入室してくる。
何も言わずに音楽室に入ったせいで、ちょっと不安にさせてしまったのかもしれない。

「雛さん達は何かお話していたんですか?」

私たちがどういう話をしていたのかが気になるのか、あるいは、私たちの微妙な関係が気になるのか。

「そだねー、従妹でライバルで友達だったし、色々盛り上がったぞー」

――……どこが盛り上がったのか、ついでに言えば友達だったことなんてのもない。
……だからと言って嫌いだったということではないけど。

775事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。8:2020/12/31(木) 20:57:45
「えー、どんな話をして――」「さぁ、テストの時間だ! グダグダに流されないぞ」

楽しく話している途中で割り込まれ、テストという現実を目の当たりにして精神的ダメージを追う弥生ちゃん。
弥生ちゃんは適当な椅子に座って、少し赤らめた不安そうな顔で私を見た後、雛乃へ視線を向ける。

「それじゃ、何分我慢する?」
「え? わ、私が決めるんですか?」
「そうだよ、あの頃の弥生とは違うってところをまずは時間設定って言う覚悟で示してよ。
目標というより、この時間が最低ラインみたいな?」

弥生ちゃんは10秒ほど悩んで口を開く。

「よ、よん…じゅう……八分くら――」「五分しか伸びてないぞ! 刻むくらいなら50分にしちゃえば?」

かなり自信のなさそうな表情で悩んでから、小さく首を縦に振る。

「うぅ…でも何で……雛さんまで一緒なんですか?」

此処での「雛さん」とは私の事だろう。そしてそれは今更ながら当然の不満であり、私にとってちょっとショックな言葉。
答え方によっては出て行く必要があるかもしれない。

「その“雛さん”ってのが紛らわしいので、罰としてオールド雛さんとニュー雛さんにあられもない姿を晒してもらおうかと思って」
「えぇ、だ、駄目なんですか?」
「超駄目、友達に同じあだ名とか超・絶・変! 私が過去の親友みたいだし、綾菜も代替品みたいで絶許ってさっき言ってたよ」
「……言ってない、捏造だから」

――……絶許って声に出すような言葉だっけ?
でもまぁ……許さないって程ではないが、雛乃が言ったことは強ち間違っちゃいない。

「うぅ……これはテストでありながら、罰でもあるってことですか……」

恥ずかしそうにしながら上目遣いで私と雛乃を見て、渋々納得してくれる。
――……というか、納得しちゃうんだ……。

「あ、でも、雛さんは雛さんですし、雛さんも雛さんなので今更変えたくないです」
「雛さんだらけでわけわかんないぞ」

雛乃は少し大きめに嘆息してから、自分の手の平を2回叩く。

「とりあえず始めよっか! えっと、お茶作ってきたから――っと」

雛乃は鞄の中から水筒と取り出し、弥生ちゃんの前に置く。
容量的には1リットルくらいと思われる。

「一気に飲むの辛いだろうから、15分掛けて全部飲んでくれればいいからね。
ただし、ルールがそれだけだとズル出来ちゃうから時間のカウントは三杯目を飲んだ時点から始めるぞ」

「(うぅ、なるほど……最初の三杯はさっさと飲んで、残りはギリギリに飲んじゃうのがいいのかな?)」

雛乃の説明に、弥生ちゃんは独り言のように呟くと、小さく深呼吸してから水筒の蓋にお茶を注ぎ入れる。
そしてそれを口につけようとして弥生ちゃんは動きを止めて雛乃を見る。

776事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。9:2020/12/31(木) 20:58:27
「これ、変わった香りしません? 何茶なんですか?」

「あぁ、それはトウモロコシのひげから作ったお茶だぞ、流石に自家製ってわけじゃないけど」

――っ!

「へー、そんなお茶もあるんですね……よし、飲みます」

弥生ちゃんは不思議そうにお茶を眺めてから、一杯二杯と続けて飲み干す。
あの様子だと、トウモロコシのひげ茶に利尿作用があることは知らないらしい。
私は視線だけを雛乃へ向けるとこちらにウィンクしてきて――……まぁ、当然わざとだと思ってたけど。

だけど、利尿作用とは言うが飲みすぎた場合は結局大きな変化にはならない。
水と比較してほんの数分、我慢できる時間が短くなるかもしれない程度のもの……もちろんそのほんの数分が命取りになる可能性もあるのだけど。

そうしている間に、三杯目――――一杯150mlくらいだと思うから450ml程飲んだ計算――――を弥生ちゃんは飲み終える。
そのタイミングで雛乃が携帯を取り出し、恐らくアプリで時間の計測を「はい、スタート!」の声と共に始める。

……。

スタートしたからと言って、すぐにどうこうなるわけじゃない。
結果、眺めるだけの微妙に気まずい空気。

「あー、えっと、30分くらいは平気だろうし、とりあえずその辺り見て回ろっか?」

雛乃のも同じ空気を感じて思うところがあったらしく、文化祭を見て回ることを提案する。
ちゃんとイベント事を楽しめるとても健全な提案。

「っ! ほ、本当ですか? やった、嬉しいです!!」

弥生ちゃんは立ち上がり、私たちが驚くくらいテンションを上げて両手で小さくガッツポーズをする。

「折角、雛さんたちがいる文化祭なのに、わけわかんないテストで時間を浪費するとか最悪ですもんね!」

「あ、うん、なんかごめんね」

テンションが上がったところに出た本音。やはり相当嫌々だったらしい。
それと、私たちと文化祭を見て回ること……きっとすごく楽しみにしていたのだと思うと、雛乃も私も反省しなくちゃいけない気がする。
そうして音楽室を出て適当に散策する。

「あーっ、お化け屋敷です! 入りましょう!」

視聴覚室を利用したお化け屋敷。
昨日星野さんと来たときは結局中まで入ることはなかった。

「や、弥生はお化けとか平気……なんだっけ?」

「お化けはダメですよ、でもお化け屋敷ってお化けいませんし、怖くないじゃないですか?」

「……そうだね、作り物だし、驚いて騒いで雰囲気を楽しむものだし」

「えぇ…何なのこのふたり……」

雛乃は私たちの言葉に不満げな声をだし、お化け屋敷手前で足を止める。
そういえば、数年前に正月に泊まりに行ったとき、電気を消して寝れないらしいことを言っていた気がする。
怖いとかじゃない、落ち着かないだけとか言っていた覚えがあるけど……。

……。

「……雛乃、電気消して寝れないくらい怖がりだもんね」

「ちょっ! そ、それは違うって言ったぞ!」
「それじゃ入りましょう!」

弥生ちゃんが知ってか知らずかアシストして、雛乃の背中を押す。

「いやー! これお化け屋敷ハラスメントだぞ!」
「そんなハラスメント聞いたことありません♪」

そんな二人に私は一歩遅れてついていく。
微笑ましい……だけど、やっぱり少し妬けてしまう。

777事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。10:2020/12/31(木) 20:59:25
――
 ――

「……なんで途中から私が真ん中で、両手の自由が奪われたの?」
「やっぱりお化け屋敷ですし、こう、誰かに摑まるのって醍醐味だと思うんです!」
「や、弥生がめっちゃ押してくるから、綾菜を盾にしてただけで怖かったんじゃないぞ!」

意外な弥生ちゃんの一面。完成度が高いわけではなかったが稚拙というほどでもなかったお化け屋敷を一切怖がりもせず全力で楽しんでいた。
小道具やセットなんかにも興味を示していたりと余裕たっぷりだった。
一方、雛乃のほうはびっくりするほどの怖がり。痛いくらいに腕をつかまれて跡が残りそう……だけど、不覚にもちょっとかわいいと思ってしまった。

「うぅ、弥生、もうすぐ15分だから全部飲み切るんだぞ……」

「あ、そうでした……そうだったんでした」

ズーンという文字が弥生ちゃんの周りに見えるくらい露骨に落胆する弥生ちゃん。
いつもより過剰に見せるリアクション――……無意識なんだろうけど、それだけ雛乃との時間を楽しんでいるってことだよね。

……。

弥生ちゃんと雛乃がいつから仲が良かったのか正確にはわからない。
だけど、雛乃は友達を作ることに関して妥協しない性格だったことから
比較的与し易いであろう弥生ちゃんを後回しにしてたとは考えにくいので、私よりも付き合いは長く深いと思う。
同学年なら出会う人すべてを友達にしようと目論み、ヒエラルキーの頂点を目指す……少なくとも小学生時代はそんな子だったから。

――……あれ? なんで雛乃は弥生ちゃんに会いに来たんだろう? 雛乃なら中学時代の友達よりも、今の友達を優先しそうなものなんだけど……。

友達を作ることは手段であり、目的はヒエラルキーの頂点のはず。
まぁ、仲が良かったわけではないのだから、雛乃の事を深く理解してるわけじゃない。
喉を鳴らして急いでトウモロコシのひげ茶を飲む弥生ちゃんを雛乃は楽しそうに見ている。
雛乃にとって、弥生ちゃんはその他大勢の友達とは違う特別なのかもしれない。

「はぁ、の、飲みました。間に合ってましたか?」

「大丈夫、今14分過ぎたとこだぞ」

どうにかトウモロコシのひげ茶を飲み切る。
弥生ちゃんは小さく嘆息してから私たち二人に視線を向ける。

「ま、まだ大丈夫なので、もう少し見て回りたいです」

少し顔を赤くして弥生ちゃんは言う。
「まだ大丈夫」と言われると既に尿意を感じているような気もするが『声』は聞こえないし、飲み始めて15分では早すぎる気がする。
この先、飲んだ水分に追い詰められることが容易に想像出来てしまったから出た言葉――ということなのだろう。
そして、その姿を私たちに見られることを意識して、顔を赤くして――凄く可愛い。

――……見て回るところか……弥生ちゃん自身特に案があるわけじゃないのかな? それなら、えっと――

……。

「……そういえば、二年生のどこかのクラスでバルーンアートを展示してるとこがあって、二日目は体験もできるって聞いたよ」

「っ! いいですね! 楽しそうです!」

何かを作ったり、芸術的なことを好む弥生ちゃんならそう言ってくれると思っていた。
私たちはさっそく、教室棟の二階へ向かう。

「(いやー綾菜は鬼だねぇ、体験とかしてる途中に催して困るやつだぞ?)」

道中、雛乃が近くまで来て小声で耳打ちする。
意図して言ったわけじゃない。弥生ちゃんが好きそうなものを選んだに過ぎない。
……だけど、言葉にする直前にはそういうことが起きるであろうことは頭をよぎった。
それでも口にするのを止めなかったのは、確かに打算が働いたから……。
弥生ちゃんには辛い試練となるとわかっていて提案、雛乃が言う鬼という指摘は概ね正しいのだと思う。

「(やっぱり綾菜って我慢してる子とか好きなの?)」

無言でやり過ごそうとすると、さらに無視し辛い内容で揺さぶってくる。
きっと確証があって言ってるわけじゃない。

778事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。11:2020/12/31(木) 21:00:15
「何を二人で話してるんですか?」

前を歩く弥生ちゃんが私たちの内緒話に気が付き振り向く。
内容が内容だけに、本当のことは言えないし、適当に誤魔化すと雛乃が引っかき回してきそうだし。

「かわいいよ弥生、かわいいよ、って話」
「え!? い、意味不明です!」

満更でもない様子を見せた後、慌てた様子で前を見て歩みを進める。

「(ちょろいよね)」
「(……今のは私もちょっと思っちゃったけど、口にはしないで)」

そしてバルーンアートをしてる教室に辿り着く。
三人で中を覗くと体験スペースと思われるところに空きがあった。

「……ほら、弥生ちゃん一つ空いてるから、私は展示とか弥生ちゃんの見てるし、雛乃もそんな感じでしょ?」
「うん、そんな感じー」

私たちの言葉に弥生ちゃんは若干人見知りの表情を発動しつつ、恐る恐る席に着く。
祭りでのかたぬきの時のように次第に興味を示す表情に変わっていくのを確認してから私は展示されてるものに目を向ける。

『ん…嘘、もうなの? ……このタイミングで来ちゃったよ……』

――っ!

弥生ちゃんの『声』。
展示物を見ながらさりげなく視線を弥生ちゃんに向けるが、まだ感じ始めたばかりの尿意、見た目には特に変化はない。

「(飲み始めてから25分経過か、そろそろ行きたくなってても不思議じゃないかな?)」

いつの間にか隣に来ていた雛乃が展示物に視線を向けながら小声で呟く。

「(……何、前回のテストの経験則?)」

「(ま、そんなとこー)」

ちょっと羨ましい。
今日こうして再度こういう事が出来たことから空気を悪くすることなく実施できたのだと思う。

私は呆れるように嘆息して、展示物に視線を移す。
そんな雛乃もしばらく私と並んで展示物を見る。

『ふぅ……うぅ、やっぱり早い…コーヒーの飲み比べしてた時みたいな感覚……』

急激に増してくる尿意に不安を感じている。
私は展示を見るのをやめて弥生ちゃんの隣でバルーンアート体験の様子を見る。

「……どう? 作り方教わった?」

「あっ、はい、風船の膨らまし方と簡単な動物を一つ教えてもらいました」

弥生ちゃんは一瞬私が来たことに驚いたがすぐに先輩の人と作ったキリンっぽいバルーンアートを嬉しそうに見せてくれる。
飲み始めてから30分ほど経つが、まだ強い尿意を感じているわけじゃない。
あと20分で目標の50分だと考えると割と余裕を持ってテストを終了できそうな気がするけど……。

「もう一つ、何か作ってみますね」『ふー、大丈夫、もう一つ作ったら音楽室戻ろうって言おう……』

弥生ちゃんはそう言うと、風船を膨らましながら机の上に置かれた小冊子を見る。
私としてはまだ余裕のある内に、音楽室へ戻ったほうが良いと思って声を掛けたのだけど
弥生ちゃん本人がもう一つと言ったのだから、無理強いはしない。

779事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。12:2020/12/31(木) 21:02:21
「(どう、可愛かった?)」

「(……なにその質問)」

弥生ちゃんが離れるとよくわからない雛乃の質問が私に投げかけられる。
私はそれに呆れたようにして答える。――……まぁ、当然可愛かったけど。
雛乃の視線が弥生ちゃんのほうへ向いたので、私もその視線を追うようにして弥生ちゃんを見る。

『うー、早く作らないと……身体が揺れちゃう……』

そう『声』にした弥生ちゃんの足は小さく揺れていて、尿意を無視できなくなってきているのがわかる。

「(ふむふむ、仕草にちょっと出てきたぞ、隠してるつもりであれなら前回より早いかもね)」

尿意の感じ始め、初期尿意からそれほど時間が経ったわけじゃない。
だけど、すでに仕草に表れる程度には切羽詰まってきてる。
それなりに我慢できる人の場合、容量的に尿意を感じてすぐに限界になるわけじゃないが
弥生ちゃんのように余り我慢できない人は比較的短い時間で急激に尿意が強くなる。
雪姉やまゆ、あと星野さんなんかは多分想像できないくらい。私でさえ、尿意を感じてから30分で限界なんて飲み過ぎていたとしても普段じゃありえない。
当然、限界まで我慢した翌日とかならあり得る話――――今日がまさにそうなんだけど――――ではあるけど、あの急に来る切迫感とはきっと違う気がする。

「っと、出来ました!」

弥生ちゃんがそう言いながら胴の長い何かのバルーンアート持ちながらこちらに視線を向ける。
そんな弥生ちゃんに二人で近づくと私に胴の長い何かの方を私に手渡す。
私はそれを反射的に受け取りお礼を言うが――……なんだろう、イタチとかフェレット?

「えっと、オコジョのつもりです」

弥生ちゃんは私の態度を見て何の動物か説明してくれた。
言われてみれば確かに白の風船だし、胴が長いし。
銀髪の私を意識して作ってくれたのかもしれない。

「それとこっちは……初めに作ったキリンです、イメージ的にネズミが良かったんですが難しそうだったので」
「私のイメージネズミなの!? なんかショック! あ、もしかして夢の国的なネズミ? まぁ、でも弥生の吐息入りだし嬉しいぞ」
「なんか嬉しいの要素が変質者的で怖いです、あとリアルネズミです」

雛乃の気持ち悪い冗談を弥生ちゃんは辛辣に返す。
だけど、その後弥生ちゃんは少し落ち着かない様子で短い沈黙を作る。当然理由はわかってる。

「あ、あの……そろそろ…戻りたい、です」『お手洗い……というか、言葉濁したけど、我慢できなくなってきたって言ってるようなものなんじゃ……』

弥生ちゃんは顔を赤くして座っている椅子でもじもじと身体を動かす。
そろそろ仕草を抑えるのは難しくなってきている。――……とても可愛い。

「まだ36分くらいだぞ? (もう、トイレ辛くなってきた?)」

雛乃が耳元に近づき、私にもギリギリ届く程度の声で弥生ちゃんに意地悪な質問を投げかける。
弥生ちゃんは一層顔を赤くして仕草を隠すためなのか身体の揺れを止める。

「い、いえ……だけど――」
「だったら、もうひとつ、弥生ちゃん自身のバルーンアートも作ろうよ?」

弥生ちゃんの否定に、恐らくわざと雛乃が言葉を挟み、更に意地悪な事を言い出す。

「……」『あと一つ? こんな勢いでしたくなってるのに……』

弥生ちゃんは雛乃の言ったことを真剣に考えて……。
まともに付き合う必要なんてないのに。

「……とりあえず、音楽室戻ろう。大丈夫だとは思うけど音楽室が誰かに取られていたら別の空き教室探さないとだし、バルーンアートなら後でも出来るし。
それに、空き教室が見つからないなんてことになって、最悪テスト中止っていうのは雛乃も望んでないでしょ?」

そう私が言うと弥生ちゃんは縦に首を振る。
雛乃もそこまで食い下がるつもりはなかったらしく、あっさり私の意見に同意する。

780事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。13:2020/12/31(木) 21:03:23
私たちは教室を出て音楽室へ向かう。

『はぁ…んっ……もう結構したい、50分までは絶対我慢しないといけないのに……』

『声』の大きさからみて7、8割くらい。
歩く見た目はそれほど変化がないように見えるが、ほかの生徒もいる中だし平静を装っているのだと思う。
沢山抱えて、平静を装って――だけどこれから向かう先はトイレじゃない。
音楽室、そこで私たちに見られながらの我慢が10分ほど続く。
弥生ちゃんにとっては恥ずかしい時間、私にとっては弥生ちゃんがとっても可愛い時間。

『やー、やっぱり我慢してる弥生は可愛いなぁー』

――っ!

隣の歩く雛乃から『声』が聞こえてくる。
視線だけ気が付かれないように向けると、斜め前を歩く弥生ちゃんを楽しそうに眺めていて――……自分で言うのもあれだけど椿家の血筋、変態多すぎない?
とりあえず雛乃は、揶揄うためにこういう行動をしたと言うより、我慢姿を見るためにしたと考えてよさそう――……両方って可能性もあるか……。

『ふぅ、ようやく音楽室……しっかり我慢して、はぁ…ちゃんとお手洗いに行かなきゃ……』

弥生ちゃんは一応ノックをして、返事がないのを確認してから音楽室の扉を開けた。
雛乃が弥生ちゃんに続いて音楽室に入り、最後に私が入り扉を閉める。

――……ついに、弥生ちゃん鑑賞会……今更だけど、何してるだろ私。

二人は少し前に来た時と同じ席に座り、私もそれに同調する。

「んっ……はぁ……」『これ、結構……厳しい? っ……』
「……」
「……」

「うぅ、な、なにか……喋ってください! む、無言で見られるのは、……んっ、流石に、耐えられません!」

――……うん、私もなんか気まずかった。

「えーこちら現場、只今41分が経過しました、前回記録43分の記録まで僅かなところまで来ていますが弥生選手は苦しい表情です」

雛乃は立ち上がり、エアマイクを携え実況しながら弥生ちゃんの周りをぐるぐると歩き出す――……ほんと楽しんでるな……。

「そ、そういうのもっ……んっやめ……はぁ、はぁ……」『だめ、本当にだめ、まだ41分、50分って自分で言ったのに……』

ほんの数分の間に弥生ちゃんは本当に切迫した尿意に襲われている。
大量に飲んだ水分が弥生ちゃんの小さな下腹部に今も流し込まれ、膨らましている。

「本当に辛そうだね、昔より今のがずっと我慢できるようになったって言ってたのになぁ。
まぁ一応あと80秒くらいで前回記録は更新だぞ、50分まではまだ遠いけどね」

雛乃はそう言って弥生ちゃんを覗き込む。

「っ……やめっ…、んっ……はぁ、ふうっ……っ」『な、なんでこんなに……やぁ、ほ、ほんとにこのままじゃ……』

今までは足がもじもじ落ち着かない、身体を無意味に揺らす程度の仕草に抑えていたが
次第に手を太腿と椅子の間に挟んだり、脹脛や太腿を無意味に摩ったり……
私たちの視線があるからなのか、まだ押さえはしないものの、その手は落ち着きがなくなってきている。

「っと43分、前回記録は越えたよ、あとは目標の50分までだぞ、がんばえー」『かわいいー』

雛乃は数歩下がりながら時間を確認して声を出した。
そしてその声を合図に弥生ちゃんは立ち上がる。
涙目で、スカートの前の生地を握りしめ、熱の籠った息遣いで――……可愛いけど、もう本当に限界…大丈夫なの?
見てるこっちがハラハラ、ドキドキする……。

【挿絵:http://motenai.orz.hm/up/orz75424.jpg

「んっ…ぁ、あ、あのっ――」『ダメ、これ以上は、っ、もう限界、我慢できないっ』

弥生ちゃんは顔を上げて、真っ赤な顔を私たちに向ける。

781事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。14:2020/12/31(木) 21:04:36
「ご、ごめんなさい、もうっ……お、お手洗いにっ…あぁ、っ……」『無理、も、もう限界……50分なんて……』

本当に限界。今行かないと間に合わなくなる恐れがあるくらいに。
それは『声』の大きさから十分に伝わってくる。

「全く、何言ってるの? 今行ったら前回とほぼほぼ変わらない結果、つまりほぼほぼ成長してないってことだぞ?」

素直に言えば当然行かせてもらえるものと思っていた弥生ちゃんは驚いた様子で、でもすぐに成長していないという言葉に視線を下げる。
成長したところを見せるために、嫌だけど仕方がなくテストに付き合ったのに、結果がこれでは当然情けなく悔しい。
だけど、その気持ちだけで我慢できるものでもなく、すぐに涙を溜めた目で雛乃へ視線を向ける。

「っ、でも……もうほんとにっ…んっだめ、なんです……」『いや、失敗だけは……二人の前じゃ…おもらしなんてできない……』

おもらしが現実味を帯び始め、情けなさや悔しさを棚に上げる。
もう本当に猶予がない。我慢できるできないじゃなく、おもらしの心配を始めてるのだから。

「とりあえず座りなよ、落ち着かないだろうけど、立ってるほうが我慢って難しいらしいから」

雛乃が諭すように言う。言ってることは確かにその通りだと私も思う。
だけど、弥生ちゃんが立ち上がったのはきっと落ち着かないからではなく、トイレに行かなくちゃいけないから。
雛乃の声は弥生ちゃんに届いたのだろうけど、座ることは我慢を続ける選択をすることで、弥生ちゃんはその選択をできないでいる。
足踏みを繰り返し、荒い息遣いで……両手はついに前を押さえ、その手は何度も押さえなおされる。

「はぁ、いいよ、50分っていうのは私が言わせたんだし、弥生が初めに言った48分までで
でも、それまではダメ、示した覚悟をふいにするなんて許されないぞ?」

「ちょ、ちょっと雛乃、流石に――」「行かせるつもり? 綾菜がそんな甘いから、弥生が成長できないんじゃない?」

私の言葉にかぶせるようにして雛乃は言う。
そして私に少し呆れた顔した後、嘆息して弥生ちゃんに向き直る。

「前にギブアップした43分時点でもこんなにあからさまに我慢してなかったよね?
弥生は綾菜に甘やかされて、我慢できなくなってるんじゃないの? 違うんでしょ? 成長したんでしょ? だったらちゃんと証明しなきゃ
自分で示した48分くらい乗り越えなきゃ、認めてもらうには結果だぞ? じゃないと“また”失望されるぞ?
ほら今44分、あと4分だから……少しは楽になるから座りなさい」

弥生ちゃんは少し動揺した素振りを見せ、だけど覚悟を決めたらしくゆっくり席に着く。
そんな弥生ちゃんを見て雛乃は「よくできました」と言う。
雛乃が何を考えてるのかわからない。可愛いと思う『声』は時折聞こえるものの、雛乃がどうしたいのかわからない。
そして、「“また”失望されるぞ」という言葉――……一体弥生ちゃんは誰に……。

「はぁ…っ、ふぅーっ、んっ! ――あぁ、ふぅ…っ」『我慢、我慢、我慢、我慢……我慢しなきゃ…しなきゃ……』

荒い息遣いはより深く熱いものになり、椅子に座りながら足を浮かせたり、絡ませてたり、忙しない仕草を見せる。
48分まで、4分を切ってるみたいだけど……弥生ちゃんが我慢しきれるか本当に微妙なところ……。

「あと190秒ー、ほらほら、もう少しだぞー」

「も、もうすこ――っ、あ、あぁ、っ……や、ダメ、あのっ、私っ――ち、違う、っだめ、我慢しなきゃっ……しなきゃっ!」
『でちゃ――だめっ無理、お手洗いっ、お、おしっこ……』

恐らくギブアップしようと声を上げたが、すぐにそれを否定する。
既に限界なのは誰の目にも明らかで、それなのに弥生ちゃんは我慢を続ける選択をする。
その選択をしたのはさっき雛乃が言った言葉が絡んでいるのかもしれない。

……。

「はぁっ…っ! おしっ…あぅっ…我慢っ…はぁ…っ、あ、あぁ…くっ……っ」『無理…おしっこ、おしっこ…ほんとにダメ、ダメっ……』

椅子の上でじっとしていることができず、浅く座ってみたり斜めに身体を捻ってみたり、揺らしてみたり……。
なりふり構わない、少しでも限界を先送りにしようと必死に足掻いて――……可愛い、可愛いけど……。
もう何時始まってもおかしくない、『声』も声も仕草も全部限界だと告げている。

782事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。15:2020/12/31(木) 21:05:34
「っ、あ、あっ、ダメっ……あ、あぁっ……やっ!」『あ、出ちゃっ――だめ、まだ、だから、とめっ――もうちょっ…だからっ!』

――っ!

身体を震わせて、全身に力を入れて。
先ほどまでの落ち着きのない仕草ではなく、抑え込むことに全身全霊を籠めるような……。
それはきっと、始まってしまったものを止めるためだから……おもらしをおちびりで済ませるために。

「あぁっと!? ……大丈夫? 大丈夫そう? うん、まだ時間じゃないし、ここはトイレじゃないぞ?
時間はあと120秒だね、あと2分、本当にあとちょっとだからこれくらい我慢しないとね」
『うんうん、可愛いぞ……がんばれ! でも弥生、本当に我慢できる?』

雛乃が少し慌てたようにして言うが、おもらしには至っていないと見て、おもらしへのプレッシャーを掛ける。
時間まではトイレに行かせない、そういう意思を感じ取ることはできるが
結果としておもらしになることを強く望んでいるというわけでもないらしい。
控え目ではあるが聞こえてきた『声』からも応援してるのがちゃんとわかる。
だけど、このままじゃ……。

――……だったら、どうして私は止めない?

おもらしをおちびりで抑え込んだであろう、可愛い弥生ちゃんを見ながら自問する。
また雛乃に何か言われても、弥生ちゃんをトイレに行かせることはきっとできると思う。
今すぐそうしなければ、おもらしになる可能性は高い。目撃者が私たちだけならば――というのは、ただの私の都合。
弥生ちゃんに取ってはきっと私たちに見られることも凄く辛い……そう感じられる。
夏祭りの時のように気まずくなる可能性だってある。
弥生ちゃんはとても恥ずかしがり屋で、繊細で……おもらしすることに慣れたりしない――それなのに。

――……雛乃が我慢を強要してるから? 弥生ちゃんが我慢することを選択してるから? ……でもそんなのは――

きっと言い訳。理由をつけて言わないだけ。
私はずっとそうしてきた。
目の前の、可愛い、愛おしい……そんな姿を見たいがために。
自身の欲望を満たす為に。
そして、それはこれからも……。

――……ごめんね……だけど、助けを求めたときは、力になるから……。

「んっ…あぁ…」『だめ、本当にっ…やだ、おもらし…やなのにっ……無理、だれか……助けてっ、我慢させてっ!』

――っ……。

「……ひ、雛乃…もういいでしょ?」

私は弥生ちゃんに視線を向けながら小さく言った。
心の中で『助けて』と言っただけ、声に出して私に助けを求めたわけじゃない……だけど――

783事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。16:2020/12/31(木) 21:06:20
「……あと一分でしょ? 済ませる頃にはもう時間になってる……」

「違うよ、前回もそうだけど、トイレに立つ時間が48分、あと65秒はここで我慢しないと」
「でも、あと少しだからって、それが我慢できない時だってあるでしょ?」
「だから、気持ちを強く持って我慢させないと、今は行こうと思えば行けるよ? だけどそうじゃない時だってあるぞ?」
「だけどっ!」
「これはテスト、テストっていうのは社会に通用していくための予行演習の一つ、本番じゃない、これは訓練だぞ、我慢訓練っ!」

言いたいことはわかる、わかるけど……。

「ひ、雛さん、あっ……い、いいです、はぁ、時間まで……んっ我慢、しますから」『でる、でちゃうもれちゃ……、だめ、だめなの、だめなんだからっ!』

――っ……どうしてそんなに……。

「ほら、弥生もそう言ってるし。そういう優しさだけが、弥生のためになるとは限らない、あと25秒弥生の頑張りを見届けるぞ
これは訓練、ここには私たちだけ、“結果”なんて後で反省すればいいんだから……」

雛乃は口が上手い……。彼女の言うことはわかるし、ある意味では間違ってないとも思う。
それにあと20秒ほどで時間になる。私が食い下がったところで、きっとなんの助けにもならない。
驚いたことに弥生ちゃん本人も我慢する気でいる。
私は今も必死になって決壊を先送りにしている弥生ちゃんに視線を向けて雛乃が言うように頑張りを見届ける。

「っ……」『あ、あぁっ、無理っ……出ちゃ――だめ、だめっ!』
「はーい、カウントダウンだぞっ、8、7、6――」

――っ……あとちょっと、頑張って、もう少しだから……。

弥生ちゃんが身体を震わせて、息を詰めて、両手で何度も押さえて、目を力いっぱい瞑り……。
だけど、押さえる手の下――スカートの前にゆっくり広がって行く染み……。
もう抑えきれてない……。

「4、3――」『惜しかったね、弥生……』
「あ、あぁっ……っ、〜〜〜っ」『出て――とまっ…あぁ、やだ、ぬれて――おしっ…っ、おもらし…やなのにっ……』

スカートの染みは少しずつ広がり続ける。
それでも『声』の大きさからも必死に我慢を続けて、最後まで抗って……。

「――1、……はい 、おめでとーっ!」『我慢出来てない…可愛い、でも、時間までは我慢できたって認めてあげるぞ』

まるで新年の挨拶のように雛乃は言う。
彼女の言うおめでとうは『声』の感じからしても本心なのだろう。
そして――

<ぴちゃ…ぴちゃぴちゃ>

弥生ちゃんの椅子の下に出来始めていた水溜りに、雫が落ちる音が聞こえた。

「っはぁ、ふぅっ…あぁ…んっ、やぁ……」『出てる、出ちゃってる……だめ、もう、わかんない……我慢の仕方、止め方…しらない……』

スカートを押さえたまま、目を瞑ったまま、肩を震わし、弥生ちゃんは熱い息を零しながら水溜りを大きく拡げていく。
間に合わなかった。時間まではどうにか我慢できたと言ってしまっても良いとは思うけど……。
おもらし……絶対我慢しなきゃって思って、でも本当にほんのちょっとが無理で。
もしかしたらカウントダウンを聞いて、身体の方が先走り始めてしまったのかもしれない。

――……でも、可愛い……本当に可愛い……抱きしめたい、褒めてあげたい……凄く頑張ったよ弥生ちゃん。

『授業終了のチャイムと同時に漏らしちゃう子……みたいな? 
もう全然止めれてない感じ? うーん、可哀そ可愛いぞっ』

そんな『声』が聞こえてきて、私自身、弥生ちゃんの恥ずかしい姿に見入っていることに気が付く。
聞こえるということは私も同様に可愛いと思っているわけなのだけど、それでも雛乃の『声』に私は苛立ちを感じてる。
それは多分、同族嫌悪だけじゃない。

784事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。17:2020/12/31(木) 21:06:56
「やよ――」「あーやっちゃったね弥生」

そんな気持ちを無視するように私は弥生ちゃんに声を掛けるつりだった。
だけど、雛乃は私の声に被せる様に声を上げる。

「ダメだぞ、我慢できないならちゃんと言わないと」

――っな!?

弥生ちゃんは言った、我慢できないから行かせてほしいと。
それなのに……その言葉は流石に理不尽――

「昔いたよー、授業中のトイレは許しません、って言う先生
それで、今の弥生のようにもうすぐ時間ってところでやっちゃった子がいた」

――……あの子のことだ……。

小学生時代に私が手を差し伸べた子。

「先生、その子になんて言ったと思う? ごめんね、でも本当に我慢できなかったらちゃんと言いなさい、だってさ。
私もひどい理不尽って思ったぞ、だけどその通りだとも思った、無理なら何度でも、わかってもらえるまで言わなきゃいけない、そうでしょ?」

弥生ちゃんは雛乃の言葉を黙って下を向いたまま聞いている。
そしてその隠れた顔から時折雫が落ちてスカートに別の染みを作る。
雛乃の言ってることは、確かにその通りなのだろう……。
取り返しが付かなくなって困るのは結局自分自身だから。

「弥生が反省すべき点は三点、限界になったのに言えなかったこと、利尿作用の高いお茶に気が付かなかった無知。
そして、水分を取った後の動き回る行動、適度な揺れは胃の水分を腸に届ける手助けになるし血行もよくなるぞ。
だけど……まぁ、我慢できる量や時間に関しては成長してるぞ、失敗しちゃったかもだけどちゃんと50分我慢できたんだから」

――……確かにその三点を考えれば、50分我慢できたのは――50分? え?

「本当に48分だったら間に合ったかもしれないね」
「雛乃、あなた……」

悪びれる様子もなく時間を偽り我慢させていたことを告げる。
弥生ちゃんはだた、自分の成長を見せたかっただけなのに。

「ぐす……だったら、訂正してください……」

その言葉に雛乃は弥生ちゃんに近づいて頭を撫でる。

「うん、ごめんね、反省点はあるけどちゃんと成長してた、ちゃんと証明できた認めてやるぞ」
「ち、違います!」

弥生ちゃんはすこし声を張る。
その態度に私も雛乃も驚く。

785事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。18:2020/12/31(木) 21:07:44
「ひ、雛さんは頼りになる人で優しい人で……だけど、変に甘やかしたりなんてしてないです
もしそう見える時があるのだとしたら、きっと私が甘えてるだけで……私が悪いんです」

――っ……なんで今、私の事……自分のことで精一杯でいいのに……。。

「あーそっち? うん、それも訂正するぞ、綾菜は弥生を必要以上には甘やかしたりしてない。全然ではないけどね。
それと、友達としてのスキンシップを除けば、弥生からの過剰な甘えはなかったと思うぞ」

そう言ってさっきよりも強く、弥生ちゃんの頭をわしゃわしゃと撫で回す。
弥生ちゃんはそれを不満そうな顔をしながら受け入れていて、いつの間にか涙は流れていない……。

――……結局私が心配するほど傷つくことにはならなかった? でも――

恥ずかしい失敗のはず。
それなのに、なぜか空気が悪くない……重くならない。
これはテストだと言って、訓練だと言って――……雛乃は最初からこういう流れが見えていた?

「あと……あのお茶に利尿作用って…ひどいです」

「あはは、勉強になったね」

……。

「……それよりそのままじゃ冷えるでしょ? タオルや着替えはあるからトイレで後始末とか済ませてきて、ここは雛乃が一人で片付けるから」

私はそう言って話に混ざる。
優しさ半分、二人のやり取りへの嫉妬半分と言ったところ。
でも、私の言い方にはフランクさが欠けていて、空気を悪くしないか内心ドキドキしてる。
最後のは若干冗談のつもりで言ったが、伝わってないかもしれない。

「あ、ありがとうです……」

弥生ちゃんはお礼を言ってタオルなどの入った袋を受け取る。
顔を真っ赤にして申し訳なさそうな表情をしているのは、後始末を雛乃がするからだろうか?
ちなみにその雛乃はというと、片付け役に指名されたことを不服に思ってるみたいだが――……いや、冗談で言ったけど、当たり前でもあるでしょ?

「うー、……っていうか、なんで着替えなんて持ち歩いてる?」

不服に思いながらも雛乃は反論する気はないらしく、私に質問を投げかける。
この手の質問、一体何度目だろう。
確かに不自然なのはご尤もだけど。

「……誤解があると困るから初めに言うけど、弥生ちゃんが切っ掛けというわけじゃないからね。
えっと、誰かが――あ、まぁ自分も含めてだけど、失敗しちゃったとき、こういうの持ってたら良かった、って思ってから持ち歩くようにしたの」

もっと言うなら、私自身の趣味趣向からの後ろめたさからというのと
もう一つ、多分、失敗した子を助けるのも含めて私の趣味趣向なのだと思う。
失敗した子を見て見ぬふりするのも気持ちが悪いし、助けることで私は満たされているのだと思う。

「雛さん……聖人です……」
「いやいや、変人でしょ? そんなの気にし始めたら、旅行鞄でも足りないぞ……」

その後、弥生ちゃんは廊下に人がいないのを確認してトイレへと向かった。

786事例18「篠坂 弥生」と我慢訓練。19:2020/12/31(木) 21:09:15
「いやー、可愛かったねー」

弥生ちゃんがいなくなり、とても清々しい笑顔で雛乃が私に同意を求める様に話しかけてくる。
間違いなく同意ではあるが、それを言うつもりは微塵もない。

「弥生の両親はエリートさんでね、ちょっと無理して私立中学に入れたらしいよ」

「……え? 急に何?」

「結果、大して頑張ってない私と同レベルの真ん中くらいの学力だった……あんなに真面目なのにね、才能なのかねー?
それに両親が気が付いたのは入学して半年くらいかな、両親が気が付いたのに弥生ちゃんが気が付いたのもね」

構わずなぜか話し続ける。
だけど内容は……気になる。雛乃が言っていた「また失望される」というのは両親に失望されたということ?

「弥生は真面目、真面目に育てられたから。そして承認欲求も強い、承認されなかったから。
ちょっと優しくしてあげるとすぐに懐いちゃうちょろい子」

「いや、だからちょろいとかいうのは――」
「――でも、だからこそ人の心って深くて尊いよね、些細なことで好かれちゃう、些細なことで嫌われちゃう」

……。

「私ね、中学に行ってから思い知ったよ、ヒエラルキーの頂点って大変だわーって、結局、頂点付近で妥協したぞ。
小学生の頃は足が速いとか、みんなが持ってない最新の奴持ってるだけで人気者だったのになぁ。
中学以降は特出したものは疎まれやすい、皆と一緒が仲間の証……それなのに、皆個性が出てくるの、無理ゲーだぞ。
……なんかごめんね、綾菜の友達全部根こそぎ奪っちゃったのに挫折して……まだ、怒ってる?」

「……怒ってない、そもそも怒ってたこともない、ショックではあったけど」

私がクラスの友達とあまり遊ばなくなったことで、雪姉や椛さんとよく遊ぶようになった。
他にも他校の人とも……あった気がする。よく覚えてないけど。
クラスメイトに掌を返されてショックを受けたりはしたけど、私には遊び相手がいた。
それに私のグループ――――あまり自覚はなかったけど派閥というのが近かったのかもしれない――――が解散したからと言って
クラスで孤立状態になったわけでもなかったし。
ただ、私と対立してくる雛乃が苦手だっただけの事。

「あー、なんかこう、そういう心がカッコいいんだよね、綾菜」

雛乃が急に意味不明なことを言い出す。

「あの子――おもらししちゃった子をたった一人で手を差し伸べるとことか痺れたよね」

「……それを利用してクラスの頂点に立った人が言うと馬鹿にされてるみたいだけど?」

「してないしてない、損得勘定抜きで誰かのために動けるのはカッコいいでしょ。
私はあの状況でどう動けば、自分に得になるかとか考えてたくらいだぞ?」

それでも、私は馬鹿にされているように聞こえる。
結局あの子も、最終的には私ではなく雛乃を選んだのだから。

「絶対、勘違いしてる無表情だぞそれ……い、言っとくけど、当時、私の中で一番友達にしたい人って…えっと、綾菜、だったんだから」

――……はい? いやいや、おかしいでしょ? というか、勘違いしてる無表情ってなに?

「ま、まぁ、ヒエラルキーの頂点を目指す上でー、友達になるより対立派閥として踏み台にする方がいいかなって思ってたけどー」

「……対立派閥を踏み台とかどんな小学生……?」

だけど、その珍しい恥ずかしそうにして誤魔化す雛乃の態度は、本当のことを言ってる証で
つまり、本当に私と仲良くなりたかったということで……。

「というわけで、今の関係好きじゃない、ちゃんと……な、仲良くならない?」

……。

「……いいけど、一つ聞かせて」
「えー、しょうがないにゃー、まぁ特別だぞ?」

交換条件を持ち出すとすぐに態度を大きくする。
よほど下手にでるのが嫌い――いや、苦手なのかもしれない。

「……弥生ちゃん、私が思ってた以上に大丈夫そうだった……テストや訓練って言葉を並べて
傷つかないようにして……初めからそういうシナリオで大丈夫そうだったのは想定通りだったの?」

私の言葉に雛乃は少し考えこんでから口を開く。

「シナリオ通りだったけど、ちょっと想定外もあったぞ、もう少し大丈夫じゃない予定だった」

あまり見せないけど、雛乃のこういう態度は少し苦手。
他人事のように、客観視よりも少し遠いところから見てるような、そんな感じ。

「テストや訓練って言葉でどうにかなるのは失敗手前くらいじゃない?
誰かのためにっていう強い気持ちは、自分のことを棚に上げれるってことじゃないかな?」

つまりそれは……。

「私も嫉妬するくらいには二人が羨ましいぞ」

おわり

787名無しさんのおもらし:2020/12/31(木) 21:35:02
今年最後の日に事例の人さんの新作の作品が読めるなんて感謝感激です。

よいお年を

788名無しさんのおもらし:2021/01/01(金) 20:09:17
今回はあまり面白くなかった。
次回作に期待しています。
どうか、このまま続けてください。
いつも楽しみに待っています。

789名無しさんのおもらし:2021/01/03(日) 10:03:13
>>786 更新ありがとうこざいます!待ってました!
今回も最高でした!挿し絵もあるといい感じです。
次回も楽しみにしてます。

790名無しさんのおもらし:2021/01/03(日) 10:04:09
>>786 更新ありがとうこざいます!待ってました!
今回も最高でした!挿し絵もあるといい感じです。
次回も楽しみにしてます。

791名無しさんのおもらし:2021/01/03(日) 10:05:28
>>786 更新ありがとうこざいます!待ってました!
今回も最高でした!挿し絵もあるといい感じです。
次回も楽しみにしてます。

792名無しさんのおもらし:2021/01/03(日) 10:07:15
>>789-791 3連投すみますん。反応悪くて連打してしまった。

793名無しさんのおもらし:2021/01/03(日) 20:06:04
新作投稿ありがとうございます。
今回のようなサブキャラの設定が掘り下げられるような回もいいですね。
綾菜の評価からだと意外ですが、弥生ちゃんってエリートの娘さんだったんですね。
挿絵も素敵でした。

794亜田ワキ子:2021/01/12(火) 17:33:46
高橋美穂のプロフィール

高橋美穂(たかはしみほ)
性別 女
年齢 27歳
誕生日 1993年5月6日
星座 おうし座
血液型 AB型(当の本人はRHマイナスで、父A型、母B型、姉O型)
身長 164cm
体重 51kg
靴のサイズ 24cm
似ている芸能人 香里奈

です

795亜田ワキ子:2021/01/12(火) 17:35:34
高橋美穂は毎朝、尿検査キットを使い、自分のおしっこで病気が無いかを調べています

796亜田ワキ子:2021/01/12(火) 17:41:43
オリキャラ亜田ワキ子のプロフィールも

亜田ワキ子(あだわきこ)
性別 女
年齢 27歳
誕生日 1993年12月16日
星座 いて座
血液型 B型(当の本人はRHプラスで、父A型、母B型、弟AB型)
身長 157cm
体重 秘密
靴のサイズ 24cm
似ている芸能人 加藤あい

です、オリキャラ亜田ワキ子も時々、尿検査キットを使い、自分のおしっこで病気が無いかを調べています

797亜田ワキ子:2021/01/13(水) 06:34:37
おはようございます、新しいオリキャラのプロフィールも

岡田瞳(おかだひとみ)
性別 女
年齢 23歳
誕生日 1997年1月23日
星座 みずがめ座
血液型 AB型(当の本人はRHプラスで、父B型、母A型、姉O型)
身長 162cm
体重 48kg
靴のサイズ 24cm
似ている芸能人 栗山千明

です、岡田瞳も高橋美穂と同じく毎朝、尿検査キットを使い、自分のおしっこで病気が無いかを調べています

798亜田ワキ子:2021/01/13(水) 06:58:48
オリキャラ岡田瞳は無しにします、なぜなら、本物の栗山千明のトレーディングカードは買い逃したし、本物の栗山千明の出生時間が不明だからです
なお、本物の香里奈のトレーディングカードと本物の加藤あいのトレーディングカードは買えたし、たまたまトレーディングカードを買った時間が、私本体の出生時間(午後17時46分)で、本物の香里奈と本物の加藤あいの出生時間は判明しています

799亜田ワキ子:2021/01/13(水) 17:57:02
出生時間知らないけど、一応オリキャラ書く

川島愛梨(かわしまあいり)
性別 女
年齢 26歳
誕生日 1994年8月21日
星座 しし座
血液型 A型(当の本人はRHプラスで、父B型、母A型、弟AB型)
身長 160cm
体重 47kg
靴のサイズ 23cm
似ている芸能人 北川景子

です

800亜田ワキ子:2021/01/13(水) 18:00:59
キリ番、ほんとの所は川島愛梨と岡田瞳は毎朝、尿検査キットを使い、自分のおしっこで病気が無いかを調べていません、そもそも、川島と岡田はそういうのには興味ないからです
なお、亜田ワキ子と高橋は自分のおしっこで病気を見つけるのに興味があります

801名無しさんのおもらし:2021/04/18(日) 12:16:24
新作希望

802弓釈子:2021/04/18(日) 16:56:35
こんにちは、元亜田ワキ子です、今までのオリキャラは全て削除します、新しいオリキャラ出します

佐藤芽衣
1993年5月6日
AB型(RHマイナス)
身長163cm
体重50kg
靴のサイズ24cm
髪型はパーマがかかった黒髪ボブ
ネックレスやペンダントをしている
宮崎あおい似の童顔の美人、時と場合によっては、井上真央似でもある
胸はDカップ
マン○は陰毛濃いめ、ビラビラクリトリスは普通、色は黒
性的興奮時には、クリトリスが固くなり、膣分泌液などが出て、マン○全体がトロトロになる

橋本昇華
1996年11月24日
AB型(RHプラス)
身長175cm
体重62kg
靴のサイズ27cm
髪型は黒髪短髪
ネックレスやペンダントをしている
誰似かは知らないが、眼鏡をかけた平均顔、時と場合によっては、雰囲気イケメンに見える
チ○コは陰毛濃いめ、ズルむけ、勃起時17cm、キ○タマは普通、色は肌色
性的興奮時には、チ○コが固くなり、フル勃起する

です

803弓釈子:2021/04/25(日) 18:47:12
>>802修正

佐藤芽衣
1993年5月6日
AB型(RHマイナス)
身長163cm
体重50kg
靴のサイズ24cm
髪型はパーマがかかった黒髪ボブ
ネックレスやペンダントをしている
宮崎あおい似の童顔の美人
胸はDカップ
マン○は陰毛濃いめ、ビラビラクリトリスは普通の大きさ、クリトリスは皮がむけている、色は黒
性的興奮時には、クリトリスが固くなり、膣分泌液などが出て、マン○全体がトロトロになる

橋本昇華
1996年11月24日
AB型(RHプラス)
身長176cm
体重64kg
靴のサイズ27cm
髪型は黒髪短髪
ネックレスやペンダントをしている
高良健吾似の眼鏡をかけた平均顔、
チ○コは陰毛濃いめ、ズルむけ、勃起時17cm、キ○タマは普通の大きさ、色は肌色
性的興奮時には、チ○コが固くなり、フル勃起する

です

804事例の人:2021/05/10(月) 23:33:49
>>787-793
いつも感想とかありがとうございます。
こんなに更新頻度遅いのに読み続けていてくれて本当に感謝です。

事例18裏です。挿絵今回なし。そしてやっぱり長いです。
気が付けば過去最長になってた……。
一応2回限界になるので許して。

805事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 1:2021/05/10(月) 23:37:06
「えっ!」

私は声に出して驚いた。
窓の外にいないはずの人――いや、居てはいけない人が見えた。
沢山のリボンと長い黒髪……その特徴的な容姿を見間違えるはずがない。
纏衣 紗(まとい すず)。綾と因縁がある人……。

――あっ…しまった……。

近くにいた綾と弥生ちゃんが私の声を聞き、不思議そうにこちらへ視線を向けているのに気が付く。
幸い、纏衣さんはすでに見えない位置に移動している。

「あ! いや、何でもない、何でもないよ」

私は慌てて何でもないように装う。
だけど、纏衣さんは渡り廊下を使い、こちらの校舎に向かっていた。
もうすぐそこまで来てる。

「……わ、私ちょっと出てくるから」

私はそう言って教室を飛び出す。
纏衣さんと綾の邂逅は避けたい――私がそんなことさせない。

教室の外にいた開店を待っている人が、扉を開けたことで勘違いして入店しそうになる。
私は「あ、まだです。すいません、もうすぐ開店しますので……」と早口に言って頭を下げ
そのまま、足早に人の間を抜けて廊下を曲がる。
そして――

「っ……纏衣さんっ!」

見つけた。
私の呼びかけに、彼女は表情を変えることなく、わずかに首を傾げる。
歩みも止めてくれたがそれ以上の反応はない。

「紗? えっと知り合い?」

文化祭の喧騒の中、しばらくの沈黙を経て声を出したのは、纏衣さんの隣にいた人。
少し背は低め、服は纏衣さんと同じ制服――――纏衣さんのほうは、パーカーを羽織っているけど――――で他校の生徒であることがわかる。

「うん、転校する前の中学でクラスメイトだった根元瑞希さんだよー」

806事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 2:2021/05/10(月) 23:38:04
――……名前、憶えてるんだ……。

「だったら、何か返してあげてよ?」
「だってー、別に友達じゃないしー、なにか用事があるのはあちらでー、私は話すことないよー」

――っ……。

棘のある言い方。だけどそれは事実ではある。
私は真っ直ぐ纏衣さんへ視線を向ける。

「私を覚えてくれていたのは意外でした……単刀直入に言うよ、綾には会わせない……帰ってください」

視界の端で纏衣さんの隣の人が、私と纏衣さんを交互に見て慌てているのがわかる。

「英子ちゃん落ち着いてー、私、彼女のわがままに付き合うつもりはないよー」
「なっ、わがままって何よ!?」

私が一歩足を踏み出し詰め寄る。
そんな私にも表情を変えず首を傾げながら口を開く。

「だってー、綾ちゃんに逢うのにあなたの許可なんて必要ないでしょー?
あなたの「会わせません」がー、綾ちゃんからの伝言ということなら理解はできるけどー……違うでしょー?」

「っ……」

「用件はそれだけー?」

確かに綾から伝言なんて受けてない。
私は私の意志で、綾と纏衣さんを会わせないようにしてる。それは理解してる。
綾にとってそれはお節介かもしれない、それもちゃんとわかってる。
私が言ってることは確かにわがままなのかもしれない――……それでもっ!

「だめ、会わせたくない、……っ…ど、どうしたら会わないでくれる?」

弱みなんて持ってないし、私なんかが力ずくでどうにかできる人じゃない。
ここで騒ぎを起こすようなら、綾が来てしまう可能性もある。
会わせたくない私の意思を聞き入れてもらうためには、交換条件……そういうものが必要になる。

「……引いてくれないのね、……いいよー、だったら私のわがままにも付き合って貰おうかなー?」

「っ……何をすればいいの?」

僅かに笑みを浮かべる纏衣さんが少し怖い。
無理難題を言われるかもしれない……だとしても私は引けない……。

「根元瑞希、私と勝負しましょうー?」

――っ! そ、そのセリフって……綾と勝負するときにいつも言ってた……。

……。

「いいよ、…受けて立つ」

私も綾のセリフをなぞる。
纏衣さんは口角をより一層引き上げて笑みを零す。
目だけは全然笑ってない……全く微笑ましい感じなんかじゃない、背筋に嫌な震えが走る。

807事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 3:2021/05/10(月) 23:38:54
「と、いうことなので英子ちゃんは一人で遊んできていいよー」
「そーいう役割って知ってたけど、実際そーいわれるとショックだよ!」

「まーそう言わずに、この前の電話の相手、性癖を聞いて貰ってた人もここの生徒って言ってなかったー?」
「ちょっ!? な、何言いだすのっ!? せいへ――とかじゃないからっ! 変な言い方しないでよ、馬鹿!」

「…………馬鹿じゃないけどー?」
「ご、ごめんなさい」

これは……仲がいいのだろうか?
英子と呼ばれてる人がとても苦労してそうな感じがする。

「そ、それじゃ、またあとでね、紗。……それと、そっちの人も無理はしない方がいいよ」

英子さんは纏衣さんに簡単な別れを言った後、私を案じるような表情で忠告してくれる。
……。

「さてとー、とりあえず移動しようかー? 2階へ行ってから上の渡り廊下使った方がいいー?」

「う、うん……」

教室から私が纏衣さんを見つけたことを知ってか知らずか、綾に見つかり難いであろうルートを提案してくれる。
さらには羽織っていたパーカーの下に長い髪を入れ、フードまで被る。
彼女の特徴である大量のリボンは、フードの横から出したサイドの髪につけられた6つしか見えなくなる。
ちゃんと彼女のわがままを受け入れれば、綾には会わないでくれる?
いや、勝負の間はそうかもしれないが、これは勝負、勝敗が出るわけで……。
勝たなければ、綾に会いに行ってしまう?

「予定では綾ちゃんと勝負したかったんだけどー、あ、ハンデいるかなー確か根元さん得意じゃなかったからねー」

「よくわからないけど、私に不利な勝負だなんてずるくない?」

「……勘違いしてるから言うけどー、私と綾ちゃんの逢瀬を邪魔する空気の読めないあなたのためにー
私と勝負という譲歩をしてあげたわけでー、私としては無視して綾ちゃんに逢いに行っても良かったわけだけどー?」

……。

どうしても私がお願いしてる立場であることは変わらない。
纏衣さんは全盛期の綾――――よくわからないけど一番輝いていた時期?――――と勝負して、黒星が多かったとは言え、負けた勝負はどれも惜敗。
私の敵う一般的な勝負はまず存在しないと思って良い。

不安を感じながら、2階の渡り廊下を歩く纏衣さんを斜め後ろから観察していると、肩に下げた鞄から500mlくらいのペットボトルを取り出した。
中身は紅茶だと思う……彼女はそれを歩きながら飲み始め、一分足らずですべて飲み干した。

――喉乾いてたのかな? ……私だったらあんなに一気に飲んだらトイレの心配しちゃうんだけど……。

それから廊下を渡り終え、1階へ降りて生徒昇降口の方へ歩みを進める。
そしてそのまま外に出るとすぐ近くにあるベンチを指さす。

「あそこにしようかー、とりあえず座ってー」

私は怪訝な顔をしながら、ベンチへ歩みを進め腰を下ろす。

808事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 4:2021/05/10(月) 23:39:35
「……どうして、私の名前……憶えてたの?」

座ってからしばらく何も行動をとらない纏衣さんへ、感じていた疑問を投げかける。
彼女は綾以外のクラスメイトに殆ど関心を持っていなかったし、私との接点はほぼなかったはず。

「それ、答えることにーメリットあるー? まぁーいいよー答えてあげるー
とても仲良かったでしょー……綾ちゃんと。それが理由ー」

――それは、綾と仲良かった人という認識で、記憶に残ってたってこと? 知り合いの知り合い的な?

「そろそろ始めようかー?」

私を見たまま纏衣さんは言う。それに私は不安を感じながらも小さく頷きで返す。
すると彼女は鞄の中から2つの大きなペットボトルを取り出す。
中身は緑茶。両方1.5リットル……。

「不思議そうな顔してるねー、今からこれを一人一本飲み干しましょー、制限時間は5分ねー」
「はぁ!? ちょ、5分とか無理じゃない!?」

「ハンデは上げたよー、先に私は500ml飲んでたでしょー?
残した量が多い方が負けー、両方飲めたら仕切り直して次の勝負ねー
あの時計で8時45分になったら終わりだからねー、はい、それじゃースタート」

私が戸惑ってる間に勝負は始まった。
纏衣さんは蓋を開けて中身をどんどん喉に流し込んでいく。

――私はともかく纏衣さんはさっき500ml飲んだんだから……絶対私の方が有利……、飲まなきゃっ!

私も少し遅れてペットボトルに口をつける。
というか、重い。1.5リットルのペットボトルを直飲みなんて初めての経験かもしれない。
手が疲れたのと、息が続かなくなり、私は一度ペットボトルを傾けるのをやめる。

――っ、結構飲んだと思ったんだけど、半分も行ってない……。

息を整えながら隣を見ると、傾けられたペットボトルの中は半分くらいになっていて
それを見て私は焦り、再びペットボトルに口をつける。
そして今度は、胃が重くなり一度飲むのをやめる。

「はぁ……っ……はぁ……」

「大丈夫ー? ハンデ上げたのに負けちゃうのー?、私あとこれだけ―」

隣で表情も声色も変えずに話しかけてくる纏衣さんのペットボトルはあと僅か。
信じられない。10分ほど前に500mlの紅茶を飲んでいたのに……。

「っ……時間以内に飲めれば、負けにはならないんでしょ?」

私はそう言って、深呼吸する。
もうちょっとだけ、胃に余裕はありそう、時間ギリギリまで粘れば飲み切れると思う。
一口二口、少しずつ飲み進めればいい。

そして――

「ぷはぁ……の、飲んだよ」

「お見事ー、それじゃ私も最後の一口――っはぁ……やっぱり先に500mlはーきつかったなー」

いつの間にか私が逆転していたみたいだけど、結局時間以内に二人とも飲み終わったので勝敗は決まらず。
仕切り直して次の勝負と言っていたが、とにかく今は胃が苦しい。

「ちょっと休憩しようかー、私そこのお手洗いいくけどー、一緒に来るよねー?」

纏衣さんは立ち上がり生徒昇降口を指さしながら言う。
休憩は助かるが、今は動きたくない。尿意も今はない。
これだけ飲んだのだから近いうちにしたくなってくるのはわかってるし。

「私、もうちょっとあとでいい……」

「……本当にいいのー? 見張らなくてー? 一緒に行かないと私、綾ちゃんに逢いに行っちゃうかも、というか行くよー?」

――っ!?

「だめっ! 行く、一緒に行く!」

809事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 5:2021/05/10(月) 23:40:17
――
 ――

「はぁ……」

分かっていた事だけど、殆ど出なかった。
今日、少し寝坊したこともあって家で済ますことはできなかったが
結局は電車通学。いつもの電車に乗ることができたので、朝、学校でトイレを済ます事ができた。
トイレを済ませてから一時間も経っていないのだから出なくて当然。
むしろ、胃がいっぱいいっぱいで、上から出したいくらいだった。

「おまたせー、ここ、洋式ないんだねー」

「え、あーそうだね、教室前のは一つだけ洋式だけど……」

割と古い校舎のせいもあり昨今では珍しい和式ばかり。
足を怪我した人のためにも、教室前の一つは洋式を去年優先的に付けてもらえたらしいけど
一方で入学してから今までずっと使用不可のトイレがあったりと、予算的に厳しいのかもしれない。

――いやいや、生徒会長さんとか物凄いお金持ちらしいし、ポケットマネーで何とかしてくれないの?

「そういえば随分早かったねー、ゆっくりしててもよかったのにー」

「ま、まぁ……別にしたくなかったし、先に出られて綾のところに向かわれるわけにもいかないし」

トイレに誘われた時の台詞を考えれば、警戒して当然。
それにしても、表情や声色から全然感情が読めない。
口元が笑っていたり、口元が不満そうだったりはあるけど、内にある感情と一致しているようには見えない。
今も口元は笑っているように見える。

「私の機嫌が良いのが不思議ー?」

「っ……」

私の表情や視線から悟られたらしく不意にそういう問いを投げかけられる。
それに私が視線を逸らして答えないでいると彼女は話を続ける。

「信じるかどうかは勝手だけどー、本当に機嫌は良い方だよー?」

「どうして? 綾に会いに、綾との勝負のために来たんでしょ?」

さっき纏衣さんも言っていた。
私とのこの勝負は彼女からの妥協案。望んでいたものではないはず。

「私は勝負事が好きなの。勝ち負けじゃない、まぁー勝てた方が良いけど、より大事なのは相手が本気な事……そんな勝負、熱くていいでしょー?
でもー、綾ちゃんに逢うのも大切なことだからー、しっかり楽しんでー、勝ってー、逢いに行くので―」

「さ、させないわよっ! で、次の勝負ってなに?」

「まぁー、もう少し休憩しましょー? 綾ちゃんは10時まで喫茶店のお仕事でしょー?
まだ1時間ちょっとあるし、根元さん次第ではあるけどー、それまでにはきっと決着がつくはずだからー」

なぜか綾のシフト時間まで把握してる。
そして纏衣さんはゆっくり文化祭の出し物でも回ろうと提案してくる。
その間は綾のクラスには近づかないと言ったので私はそれを了承する。

「一応、教室がある校舎の方へも行かないようにしましょー」

そう言って、廊下を突き当りまで――つまり体育館へと歩みを進める。
中に入ると薄暗く、すでに演劇が始まってるらしい。

「えっと、“ロミオとリアとポーシャとハムレット”らしいよー……ごちゃまぜ脚本ねー」

ロミオとハムレットしかわからないが、色々混ざった話らしい。
纏衣さんが動かないので、椅子に座ることもせず後ろの方で二人でしばらく眺める。
舞台には知ってる人は殆ど居ない。辛うじて知ってると言えるのは星野さんくらい。

――……昨日、綾が接客させられてたっけ……いつの間に仲良くなったんだろ……。

ずっと気に掛けてた。
誰とも話さなくなった綾の事……。
それなのに――

810事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 6:2021/05/10(月) 23:41:28
「もう少し見てみたい気もするけどー、そろそろ止めておきましょうー」

纏衣さんは演劇に飽きたのか、あるいは何か思惑があるのか踵を返して体育館の外へ向かう。

「次は? そろそろ勝負?」

「いいねー、病弱な割に血気盛んで、嫌いじゃないよー。
じゃー、ひとつ、本番前の前哨戦と行こー、勝っても負けても双方特に損はない奴ー」

そう言いながら階段を登る。
しばらく歩いて辿り着いたのはお化け屋敷。

「なに? 怖がったり驚いた方が負けみたいな?」

「心拍数とか測れないし、適当な勝負になるけどねー」

ちょっと勝てるかもしれないと思った。
怖いのは平気だし、学力や運動系と比べれば何とかなりそうな気がする。
ただ、自信はない。相手が驚いた様子とかを想像できないのも、また事実だから。

「入場料、一人300円でーす」

「わー、お金取られるんだー」

入り口にいた受付に聞こえる様に言いながら、纏衣さんはお金を渡す。
受付の人が恐縮そうにして受け取っていて、すごく不憫。

「(料金設定は多少変更できるけど、出し物によってお金を取る取らないは決まってるの! ……まぁ、最低金額じゃないみたいだけど……)」

文化祭全体で得た収益は、各出し物に使った経費に当てられ、残りは全額環境保全とかそういうのに寄付ということになっている。
また、人気だったところの3クラスは表彰されるのだが、お金を取ってるところは利益率や売り上げも評価に影響を与えるとかなんとか。
表彰されたクラスに学校側から何かあるわけじゃないが、担任からは何かしらのご褒美があるクラスが多いらしい。
ちなみに私たちの担任である文城先生は、1位だったときは全員焼肉食べ放題、2位は文城先生の授業1回だけ自習
そして3位はありがたい説教らしい。1位は破格の内容だけど、それ以外はツッコミどころ満載の内容。

――っと、いけない……余計な事考えてたら急に何か出てきたとき驚いちゃう。

お化け屋敷の半分は雰囲気による怖さだけど、残り半分は不意打ちのドッキリ。
警戒は怠っちゃいけ――

「――っ!?」

突然左手側の段ボールで出来た壁の隙間から手が現れ、肩を掴まれた私は身体を小さく跳ねさせる。
視線を向けると、驚いてくれてありがとう的な笑みを返される――……悔しい。

「ほら、今度はー、足元に靄が出てきたよー」

足元を抜けるほんのり冷たい空気。
青白い光を当てられた、スモークが雰囲気を出そうと頑張ってるけど、絶妙に微妙。

――……っていうか、冷たい空気のせいで、トイレ意識しちゃったよ……。

もともとそろそろ来る気がしていた尿意。
足を抜ける冷たさが切っ掛けになり催してくる。
お化け屋敷を出たら、そろそろ勝負だろうから、その前にトイレに行かせてもらおう。
纏衣さんは私より早くから水分を取っていたわけで、私以上に溜まってきてるはずだし。

その後は双方驚くことなく出口へ。
当然勝負は私の負け。――左側の人が不利過ぎない?

811事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 7:2021/05/10(月) 23:42:20
「そろそろいい時間かなー、プールを使ったバカンスカフェに行こー、そこで決着になるよー」

「その前に……えっと、トイレに寄って行かない?」

出来ればまた纏衣さんの方から言ってもらいたかったが、下手したら勝負が始まってしまいそうなので私から提案する。

「んー、行かないよ?」
「行かないじゃなくて、……えっと、私が行きたい…から」

「……そう、なら好きにしていいよー、私は綾ちゃんのとこ行くからー」

――っ!

「いやいや、ダメ! っていうか、纏衣さんはトイレ行きたくないの?」

「私はお化け屋敷入る前くらいから、したくなってきたかなー」

「だったら――」
「一人で行けばいいよ―、あなたのわがままを同時に二つなんて聞いてられないよー」

――何を言ってるの?
纏衣さんもトイレに行きたいのに、なんで行かない?
私がトイレに行くことがわがまま?

私の困惑した表情に纏衣さんは嘆息してから口を開く。

「私のわがままにちゃんと従ってるうちは、あなたのわがままも受け入れるよー
でも、私のわがままに付き合わず、自分の意志で行動するというなら、私もそうする。
しかもこれは対等ではなく、私からの譲歩で成り立ってるルールなんだけどなー」

――……譲歩…ルール……従うしか、ない? ……でも――

「で、でも纏衣さんだってトイレに行きたいって……」

「そうだね……本当はバカンスカフェについてからって思ってたけどー、もうここで勝負の内容を言っちゃおうかー」

そう言うと纏衣さんは私の顔に触れそうなくらい近づいてきて、私は距離を取るため後退りして……。
だけど、逃げた方向が悪く、背中に廊下の壁が当たる。
それを見て、彼女は口元だけで笑みを零しながら前傾姿勢になり、下から私を覗き込むようにして呟く。

「(先にトイレに行った方が負け、我慢勝負だよ)」

私は廊下の壁に背中を預けながら、息を飲む。

――暗い目が、怖い……何を言った? 我慢勝負? トイレに行った方が負け?

812事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 8:2021/05/10(月) 23:45:06
纏衣さんの行動に虚を衝かれ、言葉の理解が追い付かない。
そんな私を見て彼女はさらに口角を上げると、少し離れて背中を向ける。

「根元さん得意じゃなったよねー? 言ってた通りちゃんとハンデは上げたからー
先に飲んだ紅茶500ml、飲み比べ勝負の後すぐに行ったトイレ……二つを合わせればそれなりのハンデになってるでしょー?」

……。

言葉は理解した。
さっきの飲み比べ勝負がこのための茶番だというのも理解した。
飲み比べ後すぐにトイレに行ったのは、スタートラインを揃えるため。
紅茶のハンデもわかる。水分は取ってすぐ吸収されるわけじゃないし、おしっこに変わるのは尚更時間がかかる。
先に飲んでいた纏衣さんの方が不利な勝負。
でも――

「と、得意じゃないって……なんでそんなこと……」

「同じクラスだったときのクラスメイトのトイレ使用回数は大体2から3回、私も大体2回くらい、綾ちゃんは1.7回。
対して、根元さんは殆どの日で4回を超えてたと記憶してるー、まぁー使用回数が多いからと言って我慢が苦手とは限らないけどー」

「え……数えてるの……?」

私の戸惑いと引き気味な声に、纏衣さんは振り向き、不服そうな顔で答える。

「……普通にしてたらわかるでしょー?」

――全然わからない……。あと綾の回数だけ小数点込みで断言してるのもヤバい、絶対会わせたくない。

「とりあえずー、行っちゃうのートイレ?」

……。
ハンデがある以上、得意不得意を除いて考えれば当然私が有利。
私自身、中学の時より少しはトイレの近さは改善されてるとは思う。だけど、自信のある勝負でないのは間違いない。
纏衣さんのトイレ回数を信用するなら、平均より我慢できる人なのかもしれない。
この前のコーヒー飲み比べの時、私と綾とでは我慢できる時間にかなり差があるように感じたし
纏衣さんが綾とハンデなしで良い勝負になるのを考えていたなら、勝つのは難しいかもしれない。

……。

「……行きません、勝負を受けます」

それでも、私は引けない。引きたくない。
私の答えを聞いて、纏衣さんは満足そうに口元を緩ませる。

「それじゃー、移動しましょうー」

階段を降り、体育館への外廊下を途中で曲がり、プールを目指す。
見えてきた入り口には、南国を思わせる華やかな飾り付けと、花の首飾りを付けた案内役の人。

「いらっしゃいませー、バカンスカフェへようこそー!
あっ、それと、おめでとーございます、お客様は本日50組目で25の倍数となるので特別席にご案内でーす」

元気のいい先輩が案内してくれる。
プールの更衣室の横にあるトイレに自然と目が行く。
大量に飲んだお茶のせいか、尿意は確実に強さを増している。

――……纏衣さんがあそこに駆け込むまでは、絶対我慢しないと……。

「(今、9時25分かー、私が紅茶を飲み始めたのが8時35分くらいだったし、あと20分くらいは余裕あるかなー)」

纏衣さんが独り言を小さく呟く。
トイレを気にしていた私に聞こえる様に。

813事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 9:2021/05/10(月) 23:46:11
――あと、20分……それを超えて我慢出来れば、私にも勝機が見えてくるってこと?

私はコーヒーの飲み比べの事を再度思い出す。
途中弥生ちゃんとトイレに行ったときかなりギリギリ――というか、ちょっと間に合わなかった事があった。
確かその前に弥生ちゃんがトイレと言ったとき私も尿意を感じ始めていたけど、一緒に行かなかった。
トイレの往復に5分、最後の試飲の準備、それとその後つくしちゃんが来てあれこれで25分くらい経っていたかどうか。
つまり、飲んだものの違いはあれど、水分を沢山取った状態では尿意を感じ始めてから限界まで30分持つかどうかということになる。

――改めて考えると、私ってやっぱりトイレ近い?

お化け屋敷で尿意を感じてから、既に10分弱経過してる。
計算上だと纏衣さんの余裕があると言った時間までは何とか我慢できるくらい。
ただ、その余裕というのが纏衣さんの限界を表す言葉なのかはわからない。
余裕がなくなってから10分も20分も我慢できるというなら――

……。

「わーすごいよー」

良くない方向に考えが向き、視線を下げていた私に纏衣さんが声を掛け、私は視線を上げる。
そこにはプールの上に簡単に作られた個室みたいなのがあって……どうも、特別席というのはプール上の席の事だったらしい。
案内されるがままに、その席に向かうための橋に足をのせると、とても揺れるが、余程変な事をしない限り落ちそうになるというほどじゃない。

「いやー、ラッキーだったねー、ちょっと揺れて落ち着かないけど若干個室みたいになってるから、見られても平気だよー」

見られても平気という言葉の意味を理解するのに少しだけ時間がかかった。
我慢の仕草を見られてもって意味だと思う。

「ご注文はお決まりですか? お伺いします」

案内してくれた先輩が注文を聞いてくる。
私は慌ててメニューを確認するが、飲み物ばかり……。

「私ー、ジンジャーエールでー、根元さんも折角だし何か頼んだらー?」

それは何か頼めという、“わがまま”なのだろうか?
……だとしたら、拒むわけにはいかない。

「そ、それじゃ……ホットで…えっと……ほうじ茶をお願いします」

私は身体を冷やさないために温かいものを頼む。
注文を聞くと先輩は橋を渡って、席から離れていく。
それを見送り、私は小さく深呼吸する。

――まずい……ちょっと、我慢辛くなってきた……。

時間を確認するために携帯を取り出す。
まだ尿意を感じてから15分も経っていない。
私がこんなにもしたくなってるのだから、纏衣さんだってそれなりに強い尿意を感じてるはず。
そのまま携帯をテーブルに置いて、すぐに時間を見えるようにしておく。

「勝負が決まるまでー、もうしばらく時間あるしー答えられることなら質問に答えちゃうよー?」

尿意を感じている素振りを一切見せず、纏衣さんが言う。
質問……。

814事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 10:2021/05/10(月) 23:47:07
「なんで……綾にあんなひどいことしたの?」

「それはー答えられないよー、どうしても知りたかったら綾ちゃんに聞いた方がいいかな?」

……。

「じゃ、なんで今更綾に会いに来たの?」

「逢いたくなったからー。
今更というかー、突然家に押しかけたり学校前で待つより、文化祭の時に来た方がいいでしょー?」

それは確かに。
家や学校前だとこうして私が干渉できなかったわけで、こちらとしては助かったとも言える。

私は少し沈黙を作り、次の質問を考える。
その間、質問することで意識から外れかけていた尿意が再び大きく主張を始める。

「……ど、どうして、私のわがままを交換条件ありとは言え聞いてくれる気になったの?」

疑問に思っていることを絞り出す。
聞きたいこと沢山あるはずなのに、いざ質疑応答みたいにされると思いのほかすぐには出てこない。
……尿意による焦りももしかしたらあるのかもしれない。

「それはー、あなたが引かなかったからでしょー?」

違う、そういうことじゃない。
纏衣さんが言ったようにこれは譲歩。
私との勝負と綾に会えなくなる可能性、彼女にとってそれは天秤に掛けるまでもないはず。

「……あなたが嫌いだから、あなたのわがままに付き合ったその上で綾ちゃんに逢おうって思ったから」

――……私が嫌い? どうして?

「なんで、私が――」
「お待たせしましたー、ジンジャーエールとホットほうじ茶です」

私が質問しようと口を開くと、ウェイトレスの先輩が注文を持ってきてくれる。

「ありがとー……質問タイムの続きはゆっくり飲んでからにしましょー?」

纏衣さんはストローをコップに挿して中の氷を2〜3周かき回すようにしてから口をつける。
私はその様子を見てさらに強く尿意を意識してしまう。

――っ、纏衣さんは平気なの? 先に紅茶飲んでるのに……なんで……。

私の視線に気が付いたのか、纏衣さんは口からストローを離しこちらを見る。

「結構したい? 安心して、私も結構したくなってきたから良い勝負なんじゃないかなー?」

そう言った纏衣さんだけど、切羽詰まってる様には見えない。
私もまだ仕草に出してるわけじゃないから、何とも言えないけど
もし仮に今の段階で良い勝負なのだとしたら、私が勝つことは難しいと思う。
私の方が我慢できる時間が短いのなら、勝つには常にリードしてなければいけない。
二人とも、あれだけ水分を摂ったのだから、おしっこが作られる速度に殆ど違いなんてないはずだから。

815事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 11:2021/05/10(月) 23:47:52
私は纏衣さんを無視するようにコップをゆっくり傾ける。
温かいとはいえ身体に水分が入り、どうしても意識してしまう。
意識すれば、当然尿意は膨れ上がり波となって私を責め立てる。
上半身は動かさず、膝を数回擦り合わせる。
仕草を悟られたくない。我慢勝負とは別に、先に仕草を見せることもなんだか負けたような気がして……。

「プールの上なのもあってー、相手が身体を揺するとすぐにわかるよー」

――っ!

見えない位置、悟られないはずだった仕草を僅かな揺れから感付かれる。
私は顔が熱くなっていくのを感じながら視線をテーブルに落とす。
もともと私は尿意を悟られるのが苦手。隠そうとしていたというのがバレたというのも何とも言えない居たたまれなさがある。
それと、悔しい……私より沢山溜まってきてるはずの纏衣さんよりも先に仕草を見せてしまったことが。
そしてそれは、私の方が尿意が大きく、抑えられていないということで……。

既に良い勝負なんかじゃない。
ハンデがあったはずなのに、もう逆転されてる。
――いやだ、負けちゃう……負けたら、纏衣さんは綾のとこに……。

「諦めちゃうー?」

「っ……」

私は視線を下げたまま首を振る。
必死に我慢すればきっとまだ何とかなる。

<ずずっ…>

ストローに空気が混じる音を聞いて視線を少しだけ上げる。
纏衣さんのジンジャーエールはすでに氷だけになっているのが見える。
私は悔しくて自分のほうじ茶を掴む。

「いいよ、飲まなくてー。ハンデ足りなかったみたいだしー」

「ば、馬鹿にしないでっ、まだわかんないでしょ!」

そう言って私は少し冷めたほうじ茶を一気に喉に流し込む。
仕草に出してしまった、逆転されてる可能性も高い。
だけど、まだ我慢できる――まだまだ限界なんかじゃない。

「うん、勝負はそうじゃなきゃー」

嬉しそうに口角を上げる纏衣さん……。

――なんで、どうして? 負けたくない、勝ちたい、絶対気持ちじゃ負けてないのにっ……。

「質問タイムの続きしよー?」

私は纏衣さんの言葉に従う。
今は少しでも尿意や勝負から意識を逸らしたい。じゃないと気持ちがどんどん擦り減っていく。
私は足を確りと閉じ合わせて、身体を揺すらず姿勢を正した。

「じゃぁ、さっきの続きで……どうして私を嫌いなの? 私たちに接点なんて殆どなかったはず……」

「その理論で嫌われないならー、根元さんも私を嫌ってないってことにならないー?」

確かにその通りだけど――――っていうか私、纏衣さんを嫌いって断言してはいなかったと思うんだけど……――――
でも、私にはちゃんと嫌う理由がある。

「綾に酷いことした、綾が誰とも話そうとしなくなった……それだけで嫌いなるなんて十分だよ」

「うんうん、私もそうー。綾ちゃんと仲良くしてる、それだけで嫌いになれるよー」

――っ……なんで、なんでそんなこと纏衣さんが言えるの?
誰よりも綾と仲良かったのは……纏衣さん、だった……私じゃない……。

怒りや悲しさに心が乱される。
その陰で尿意が膨らみ続けているのも感じて焦りだったり、不安だったりでわけがわからなくなってくる……。

816事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 12:2021/05/10(月) 23:48:45
「理不尽だと思ってるー? じゃぁ聞くけどー綾ちゃんは私が悪いって言ったー?
綾ちゃんが嫌がってないのにどうして、貴方は私の事を嫌うのー?」

私はその言葉に反論しようとして口を開くが、言葉が出てこない。
纏衣さんの言う通りで、綾は纏衣さんを嫌うどころか庇ってさえいた……。

「結局私たちは、綾ちゃんの気持ちなんて関係ないんだよ。
自分の気持ちがすべて……そうでしょ? 貴方も私に嫉妬してる、違う?」

「ち、ちが…私は――」

……違わない。
私はずっと羨ましかった。綾と纏衣さんの関係が。
二人で勝負して、競うようにして。
そして、纏衣さんの行動一つで、綾は誰とも話さなくなって。
私がたくさん話しかけに行っても、「ごめん」としか言ってくれなくて。
それが綾の中での私と纏衣さんの差だと否応にも認めるしかなくて。

だから、嫌……。
纏衣さんと綾を会わせればまた綾は私から離れてしまう。
私からだけじゃない。もしかしたら弥生ちゃんや真弓ちゃんでさえ……。

「そ、そうだよ……私は……だから…負けない、絶対負けない!」

目頭が熱い。もう負けない。今度こそ負けない、負けられない、負けたくない。
纏衣さんに負けて、真弓ちゃんにも負けて……負けてばかりで悔しくて情けなくて……。
あの時みたいに綾を諦めて他人に戻るなんて出来ない。
綾が他の誰かと仲良く話してるのを見て見ぬふりで過ごすなんて出来ない。
だから――

――負けたくないのに……なんでっ!

気持ちに関係なく膨らんでいく下腹部に苛立ちを感じながら両手で太腿を擦る。
いつの間にか足が落ち着きなく動いていて……。

「そんなに感情的にならない方がいいよー、まぁ、交感神経優位なら我慢自体はしやすいかもしれないけどねー」

――な、何言ってるの? 交感神経?

「気にしなくていいよー、あんまり役に立たない無駄知識だよー」

「っ……なんでそんなに余裕なの? なんでっ……」

9時40分……ここに来てから15分ほど経った。
まだ我慢できないというほどじゃないけど、それでも平静を装うのが困難になって、仕草も抑えられなくなってきた。
それなのに纏衣さんには我慢の仕草が現れていない。

「折角ハンデも上げていい勝負になると思ったんだけどー、期待外れかなー?」

言い返したい。勝負はこれからだって、追い詰めて絶対先にトイレに立たせるって。
それなのに……。
気持ちだけは絶対に負けない……そのはずだったのに、どんどん弱気になっていく。
綾のために……そう思ってたのに、自分のためだった。それを纏衣さんは簡単に見破って。
すべてが纏衣さん手のひらの上みたいに感じて……。

817事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 13:2021/05/10(月) 23:49:32
「もうちょっと頑張ってよー? 私が余裕をもって勝ったとしてもー、貴方が全身全霊でいる限りは熱い楽しい勝負なんだからー」

私は視線を下げて押し黙る。
頑張る。頑張るしかない。
気持ちが内面に向かい、尿意が急激に強くなっていく。
落ち着きなく太腿を擦り続けていた手が、スカートの前に谷を作る。
押さえてはいない……手を合わせて挟んでいるだけ……。
まだ、大丈夫、全然平気だと思いたい。

そんな私に纏衣さんは何か言ってくる――そう思っていたけど、予想に反して何も言ってこない。
視線を上げて様子を確認したい。もしかしたら今まで強がっていただけで本当にいい勝負なのかもしれない。
だけど、もしそんな淡い期待をしてる私を見透かしていて、ただ、こっちを見て笑っていたりしたら……。

「っ……ふぅ…んっ……」

息が乱れる。勝手に嫌な想像をして心を乱して、そしてそれは尿意の波となって襲ってくる。
手を所在無さげにスカートの生地を握りしめたり膝を左右交互に上下させてみたり……。
プールに浮かぶ足元は小さく揺れて、きっとそれは纏衣さんにも伝わってるのに、その仕草を抑えることができない。

――だめ、だめこれ……我慢できなくなってき――っち、ちがう、我慢しなきゃ、まだ全然平気……じゃなきゃ、ダメなのに……。

ほんの数分前まで平気だった。
我慢は辛くなってきてはいたが、仕草には出してなかったし息も乱れてなかった。
なのに、今の私は最後の意地で前を押さえないように踏みとどまってるだけ。
息も荒くて仕草も抑え込めない。
もし、我慢の仕草を無理にやめてしまえば、大きな波が来てしまいそうで。
そうなれば、今まで踏みとどまってきた押さえるという行為に及んでしまう。
それだけならまだ良い……――その波を抑えきれなかったら?

……。

否定したい。
平気なんだって言い聞かせて、自分を騙していたい。
だけど、際限なく大きくなる尿意に現実を突き付けられ、再び目頭が熱くなる。

「っ……うぅ…はぁ……んっ……っ」

――負けちゃうの? ダメ、負けたくないのに……っ、また波っ……。

手が足の付け根……貯め込まれた恥ずかしい水の出口に向かう。
一瞬押さえるのを躊躇ったが、尿意の波の高さに諦め強く押さえ込む。

「っはぁ…んっ……っ…ふぅ…はぁ……はぁ……」

しばらく息を乱しながら必死に尿意に抗い、どうにか波を乗り越える。
手を離そう……そう思ったのに、今度は仕草をやめるどころか、手を前から離すこともできない。
押さえ込む手を一定のリズムで小さく動かし、波が来ないように必死になって……。
酷くはしたない姿。
涙がテーブルに一つ二つと落ちる。

震える片手でテーブルの上の携帯に触れる。
9時48分……纏衣さんが「あと20分くらいは余裕」と言っていた時間はもう過ぎた。
私が我慢できるギリギリだと思われる時間も同時に過ぎた。

……。

私はゆっくりと視線を上げる。
余裕がなくなっているはずの纏衣さん……それが確認できればきっともうちょっと頑張れる。
だけど、そこには――

――っな、なんで……どうしてっ!

両手で頬杖を突きながらこちらを眺める纏衣さんの姿。
つまり、まだ押さえる必要なんてない、余裕のある姿。

818事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 14:2021/05/10(月) 23:50:18
「やっとこっち向いたー、大丈夫? まぁ私も平静を装う余裕はなくなってきたけどー」

そう言って纏衣さんは椅子に座りなおす。

「はぁ、はぁ…っ……なんでっ……んっ、あぁ……ダメ……」

勝てない、負ける? 負けちゃうの?
また、負ける、やだ……やなのにっ……。

下腹部が波打つ。
大きな波の気配。
限界が差し迫る感覚に全身から汗が噴き出す。

――ま、待ってっ…だめ、我慢してっ……こ、こんなとこで……ダメ、我慢、我慢、あぁ…やだやめて、我慢してっ!

お腹を押さえられたように、下腹部がギュっと緊張する。
今までとは比較にならない尿意の大きさに身を固めて、押さえる手にも力を籠める。
それでも――

「あ、あっ…やぁ……あ、あぁっ!」<じゅゎ…じゅ…じゅぅ……>

必死に我慢してるはずなのに、締め上げてるのに……。
尿意の大きさに負けて、抉じ開けられ溢れる。
一度だけじゃなく抑えきれない熱水が何度も恥ずかしい温もりを拡げる。

「大丈夫ー? 早くいかないと取り返しが付かなくなるんじゃないのー?」

手で強く押さえていたためか、手まで湿った感覚を感じる。
下着を越えて、スカートの生地にまで染みを広げて……。

<じゅ……>

――っ…あぁ、また……治まって、お願い、これ以上は……ほんとにっ……。

息を詰めて、必死に我慢を続ける。
こめかみから汗が流れる。力を入れすぎて全身が熱い。

「っ…ふーっ…ふーっ……はぁ、ふー……」

波を越えた。
ちょっと失敗しただけ……我慢できた。でも――

「どぉ? 諦める?」

今までよりも優しい口調。
だけど、心配しているというより、憐れんでいるのだろうけど……。

「ふー、っ……あきらめ……ない、はぁ…っ…綾には、会わせないっ……」

私の往生際が悪い台詞に纏衣さんは何も返さない。
ただ、小さく呆れたようにため息を零しただけ。
万に一つもないかもしれない勝ちのために、馬鹿なことしてるってわかってる……。

少し湿った感覚がある手を、スカートの濡れていない部分で拭い――――汚いってわかってるけど余裕がないの!――――
時間を確認するため携帯に触れる……9時51分。
濡れたスカートの生地を集めるようにして両手で押さえる。
惨めな姿。みっともない姿、恥ずかしい姿。それでも、引かない……。

819事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 15:2021/05/10(月) 23:51:06
そして、再び尿意の波の前触れを感じ始める。
もうすぐ来る、またさっきみたいな抑えきれないくらい大きな波。
足を絡ませて、両手で力一杯押さえて……。

――っ! や、何これ……っ…こん、なの…っ!

さっき感じた下腹部がギュっとなる感覚。それは覚悟していたこと。
そのはずだった。なのに、想像を遥かに超える我慢できないという感覚にわけがわからなくなる。

「や、あ、うそ……っあ、待って……やだ、やぁっ、ぁ、あぁ!」

出口に力を入れてるのに、絶対抑えきれない、塞いでいられない。そんな感覚。
足りない力は手で必死に押さえて……でも――

「あっ、あっ、やぁ…んっ……」<じゅう…じゅうぅ……じゅぃー……>

指で押さえる隙間からおしっこが噴き出す。
締めたいのに、力を入れてるはずなのに、私の意志とは無関係に出口が開くのを感じる。
開くたびに噴き出す量が増えて
一度目でスカートが大きく濡れるのを感じて
二度目で手が水浸しになり
三度目でおしりの方まで熱さが広がった。

隠せないくらいの失敗……。
それくらい沢山出てしまったためか、どうにか波が引いていくのを感じる。
それでも、油断できるような尿意じゃない。
思うように力が入らなくなってきてる気がする……もう我慢を続ける体力がないのかもしれない。

――おしっこ、おしっこ……早くしないと本当にもれちゃうのに……。

私はもう我慢できないってわかっている。
次の波が来たら全部終わってしまうかもしれない。
ちゃんと理解してる……それなのに、まだ負けたくないって思ってる。

「座ったままだとわかんないけどー、もうおもらししちゃった?」

「ち、ちがっ……んっ…まだ、我慢……して――っ!」

<じゅぃ…じゅぅぅ……>

動揺の隙を突くように新たな温もりが下着に、手に拡がる。

「漏らしてなんか、ない、んっ…我慢して…っ…るし……うぅ……」

負けを認めたくない。綾に会わせたくない。恥ずかしい。
だけど、こんなこと言っても私のこれは既におちびりなんかじゃない。

――……わかってる、我慢勝負の決着はもう――……あれ…?

勝負の内容はなんだったっけ?
我慢勝負……トイレの……。

  ――「先にトイレに行った方が負け、我慢勝負だよ」――

――っ! トイレに行った方が負け? だったら…これは……?

ただの都合のいい解釈かもしれない。
言葉尻を捉えた屁理屈なのかもしれない。
頭が上手く働いてないから何か勘違いしてるのかも。でも――

私は涙目のまま纏衣さんへ視線を向ける。

820事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 16:2021/05/10(月) 23:52:12
「どうしたのー? やっぱりトイレに行く気になったー?」

「い、行かなかったら……んっ…負けにはならない…だよね?」

纏衣さんは少し驚いた顔してから小さくため息を零す。

「そう…(そっちを選ぶんだ……)いいよ、私が先にトイレに行ってあげるから個室に先に入って」

纏衣さんはよくわからないことを言って立ち上がる。
私は言葉の意味と理由を回らない頭で考える。

「もうー察しなさいよー、私の負けでいいよ、貴方の覚悟を汲んで、綾ちゃんに逢いに行かない。
――って、はぁ……もっと早く気付きなさいよー……それ、もうおもらしだし……」

――……勝ち? 会わないでくれる?

「ほら、前を歩いて隠してあげるから立って、まだ我慢してるんでしょ?」

手が差し出される。
私の手が濡れてるってわかってるはず、濡れたスカートを両手で押さえているのだから……。
それなのに……手を貸すってこと? 意味が分からない。

私は意味が分からないまま押さえた片手を離し、その手を掴もうと手を伸ばす。

<じゅぅ…じゅうぅぅぅー……>

「っ!? あ、だめっ、あ、あぁっ!!」

今までよりも多くの量が溢れる。
離した手を再度、押さえるためにスカートの前に戻す。

――っ、止まって! なんで、あ、あぁ、やだぁ、止まってよっ!

止めようとしても、全然力が入らなくて、手で押さえてるから勢いが出ないだけで。
手が熱くなっていく。止められない。我慢できない……。
押さえるスカートの上が光るくらい水浸しになって、冷たくなり始めていたお尻の方がまた熱く濡れる。

「(えぇえー……しょーがないなー)」

呆れるような声が聞こえた後、腕が強く引っ張られる。
押さえていた片手が外れてスカートの中で勢いを増して熱水が渦巻く。

「や、ちょっ――」「ふざけないでっ!」

――っ!?

私が「離して」という暇を与えず、纏衣さんは大きな声で叫ぶ。
周囲が静まり返る。見なくてもわかる、視線がこっちに――やぁ、なんでっ……おしっこ…出てる、のにっ!

そのまま椅子に座り続けようとしたが、強い力で無理やり立ち上がらせられる。
抑えきれなくなったおしっこが立ち上がったことで足を伝い始める。

――み、見られるっ! 知らない人に、沢山の人に……見られちゃうっ!

押さえていた手も放し、なんとか振りほどこうとしたが、逆に振り回されて――

「え……」

私がバランスを失ったと同時に、纏衣さんの手が離れ、さらに胸元を強く押される。

――な、なんで……こんなとこでそんなことしたら――

足が宙に浮き、そして――

<ばしゃーん>

冷たい。
濡れてる……なんで、プール……。

821事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 17:2021/05/10(月) 23:53:02
「ちょっ…ま、私――」

――泳げない。
顔に冷たい水が襲い、喋ることは疎か呼吸すらままならない。
必死に藻掻くが、揺れ動く水面が口より下にならない。

――やだ、溺れるっ!

そう思ったとき藻掻く身体を何かが支えてくれる。
私の手はその何かを強く掴む。

「まさか、足の着くプールで溺れるとは……ほら、落ち着いて」

「はぁっ…はぁ、え……纏衣…さん?」

「落ち着いたら確り足を延ばして、根元さんでもちゃんと届くから」

そう言われて纏衣さんの肩に両手を置きながらゆっくり足を延ばすと確かに底に足が着く。
私はパニックになっていたことに恥じて顔が熱くなっていくのがわかる。

「だ、大丈夫ですか!」

上から声が掛けられる。

「はい、大丈夫です。ちょっと喧嘩しちゃって勢い余って落ちちゃって」

――け、喧嘩? 一方的に落とされた気が……。

「橋からは上り難いので、プールサイドの方へ行きますね」

そう上の先輩に言ってから纏衣さんは私の手を握り、プールの中を進む。

「(おしっこ、終わった? 上がっても大丈夫?)」

前を向いたまま、私にしか聞こえないくらいの声で話しかけられる。
そしてその内容を聞いて思い出す。――そうだ、さっきまで私おもらししてたんだった……。

今は止まってる……どれだけしちゃったのかわからないけど、これだけ濡れてるし、止まってるならプールを上がっても問題ない。
そこまで考えて、ようやく私がプールに落とされた意味を知る。
私のおもらしを隠すため……。声を荒げたのもプールに落とすだけの不自然じゃない理由を作るため。

――……え? 待って……だったら綾にあんなことしたのって……。

バケツの水を綾に頭から掛けた纏衣さん……。
憶測でしかない。今こうして私が陥ってる状況を重ねてるだけ。だけど――

「上がるよ?」

「う、うん大丈夫……」

纏衣さんは私の手をプールサイドに置いて、私の後ろに回る。
上に来ていた先輩に手を掴んでもらい、纏衣さんに後ろから押してもらう。
プールから上がると、今までそれほど気になっていなかった寒さが私を襲う。
後ろでは纏衣さんが一人で軽々とプールサイドに上る。

「ねぇ、貴方たちとりあえずこれ使って!」

そう言って私と纏衣さんに大きいタオルが渡される。
渡してきたのは、背の低い先輩……確か生徒会の人だったと思う。
私たちがプールに落ちたことで先生への報告とかがあるのか別の先輩を一人残して、みんな慌てている。

「こ、更衣室に案内します」

「ありがとう。着替えは一応持ってきてるので大丈夫です」

纏衣さんはそう言ってから、座っていたテーブルに軽い足取りで向かい、私たちの荷物を持ってくる。
私はというと肩を震わしながら貰ったタオルを羽織る。

「寒そうだね」

纏衣さんはそう言うと、自分のタオルを私に被せて、肩を抱くようにして身を寄せる。

……。

――どうして、急に優しく……。
私の事嫌いって……言ってたくせに……。

だけど、振り払う気にはならなかった。
私の想像が正しければ、纏衣さんは綾にひどいことをしたわけじゃない。
目の敵にしていたことが後ろめたい。
それでも引っかかることは幾つかあるのだけど……。
でも、そんなことより今はとりあえず、寒い。
掛けられたタオルも、身を寄せてきた纏衣さんも正直言ってとても暖かい。

822事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 18:2021/05/10(月) 23:53:41
更衣室に着くと温風ヒーターがあり、風もなく少し暖かい。
だけど、残念ながらこの学校には温水が出るシャワー室なるものはない。
纏衣さんは私に掛けられたタオルを取り、私の頭をわしゃわしゃと拭きだす。

「ちょ、だ、大丈夫だから、自分でできるっ!」

「そう? 早く拭かないと冷えちゃうよ」

そう言って纏衣さんは服を脱いで身体を拭きだす。
その姿に一瞬見惚れてしまったが、すぐに目をそらす。

「根元さんの分の着替えも一式あるからね」

「うん、ありが――……なんであるの?」

「もともと今日の勝負は綾ちゃんとする予定だったし、綾ちゃんとの勝負はもうちょっと過酷な我慢勝負の予定だったから」

絶対に着替えが必要になる勝負だったとのこと。
ギブアップ不可能のどちらかがおもらしするまで我慢を続けるデスマッチと言ったところだろうか?

――っ……そんなこと考えてたら……また、したくなってきちゃった……。

きっとさっき全部出したわけじゃなかったんだと思う。
まだ身体を拭いてる途中の纏衣さんに視線をちょっとだけ向ける。

「纏衣さんは……さっきのうちに……その、しちゃったの?」

「してないけどー?」

全然仕草が見えないのに……、だけど、下腹部はちょっとだけ丸く張ってるように見えなくもない?

「割と根元さんってえっちなんだねー」

そう言われて、私は慌てて視線を逸らす。
でも、そんなことよりも、早く拭いて早く着替えないと。
尿意は思っていた以上に早く主張を強めてくる。

私は着替えに手を伸ばして下着――――新品で抵抗感なく履けた――――と肌着を身に着ける。
だけど強まる尿意の主張に、控え目に足を擦り合わせる。

「もうしたくなっちゃったー?」

「っ……」

また目ざとく私の仕草に気が付く。
恥ずかしくて、言葉が出ない。

服に手を伸ばして広げてみると、まさかの中学の時のジャージ……。
だけど、迷っている余裕はなく、足踏みしながらそれを着る。

「着替え終わったー?」

私が着替えを済ますといつの間にか纏衣さんも着替えを済ませていて。
ちなみに、纏衣さんの服は中学の時の制服……なんとなく納得できるけど、理解はできない。

――っていうか、っ……これ、波っ……。

「っ…あぅ……なんで、こんな急に……」

急に大きな波が襲い掛かる。
両手で押さえて、足でステップを踏んで、息を荒げて必死に抑え込む。

823事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 19:2021/05/10(月) 23:54:32
「いっぱい我慢した後って急に来るよー、さっきもきっと途中だっただろうし
飲んだ量も多かったからまだまだ溜まってきちゃうしー」

「っ……く――ぷはぁ、…はぁ……はぁ……」

危うく二度目の失敗を犯しそうになりながらも、どうにか無傷で波を越える。
私は落ち着いているうちに早足に更衣室を出て、隣のトイレへ向かう。

「待ってよー」

そう言って追いかけてきた纏衣さんは私がトイレに足を踏み入れる直前に腕を掴んで引き留める。
ここに来てトイレの邪魔をされるとは思わず、取り乱す。

「や、お願い、ダメ、トイレに――」
「もー、私が先に入るって言ったでしょー?」

――あ、そっか……勝敗はまだ確定してないんだった……。
でも、負けで良いって言ったんだから、私の勝ちで良くない?

纏衣さんは足を止めた私の横をすり抜け、外とトイレの境界を小さくジャンプで越える。

「はーい、私の負けー」

そして纏衣さんはそのまま進み個室のノブに手を掛ける。

「ま、待って! こ、個室は先で良いって…っ……い、言ってなかった?」

「えー? それしちゃう前の根元さんに言ったんだよー?
私もそろそろヤバいしー、どうしよっかなー?」

演技なのかなんなのか私に前を押さえてるところを見せつけてくる。
確かに纏衣さんの方がずっと長い時間我慢してるし、絶対沢山我慢してる。
だけど――

――あ、これっ…や、来ちゃう……やだ、やだっ!

波の気配。
さっきまで落ち着いていたのが嘘のような大きな予兆。
私は纏衣さんに駆け寄り腕に縋る。

「だ、だめなのっ、お願い、っ……待てないっ、絶対待てない、我慢できないのっ……だからっ!」

だけど、纏衣さんは私に構わず扉を開ける。
纏衣さんを掴む手により力が籠る。

――嘘、入っちゃうの? やだ、私……波…またっ…おもらし……やだっ――

824事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 20:2021/05/10(月) 23:55:23
「いいよー早くしてね」

「っ!」

頭の中が真っ白になりかけたところに掛けられた言葉。
顔を上げると纏衣さんが扉を開けて私の方を見ている
私は纏衣さんの腕を離して個室に駆け込む。
後は扉を閉め――

「っ!?? と、扉…閉め……閉めたいんだ――」
「やだよー?」

扉を閉めるために手に力を籠めるが、纏衣さんが押さえていて動かない。
意味が分からない。なんでこんなこと……。
だけど、それを問い質す余裕すら今の私にはない。

――っ、だめっ、もう我慢っ……できないっ!

膨れ上がる尿意に限界を感じて扉を諦める。
おもらししたくない、……その一心で和式のトイレを跨いでジャージと下着に手を掛ける。
後は降ろしてしゃがむだけ……。

「っ……お、お願い閉めてっ……だめっ、おね、おねが――」
「全部見ててあげるね」

――ばかぁ!

「っ、だめぇ!」

限界だった。
ジャージと下着を同時に降ろしながらしゃがみ込む。

<じゅういぃぃぃーーーー>

和式トイレに打ち付ける恥ずかしい音。
大きく呼吸を乱して、僅かに濡れてしまった新品だった下着に視線を向ける。

――あぁ……見られてる、聞かれてるのに……だめ、止まんない……止めたくない……。

二回目の限界はちゃんとトイレでできた。
それだけで、想像を絶する開放感で……
見られているのにも関わらず「止めなきゃ」という理性が「全部出したい」という欲望に負けてしまう。

「はぁ……はぁ……」<ぴちゃ、ぴちゃ>

全部しちゃった。
そんなに長く出てたわけでも、量が特別多かったわけでもないけど……
だけど、限界で……全部見られてるのに……。

私は恥ずかしさを紛らわすようにトイレットペーパーを乱雑に巻き取り
後始末を慌ただしく済まし、下着とジャージを上げる。
若干湿ってしまった下着が冷たく気持ち悪い。

「ねぇねぇー、早く変わってよー?」

そう言って、演技なのか何なのか、もじもじしてる纏衣さんが後ろから声を掛ける。
当然扉越しではない、確りと聞こえる声で。

私は纏衣さんの隣を通り個室を出て振り返る。
纏衣さんが扉を閉めようとしていたので、私はそれを邪魔するために扉を押さえる。

825事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 21:2021/05/10(月) 23:56:02
「へー、そんなことするんだー」

腹が立ってついしちゃってるけど、やってる私の方がなんだか恥ずかしい。
だけど、私は無言で扉を閉められないように力を入れ続ける。

「このまま、貴方に我慢勝負のリベンジ申し込んでみようかなー?」

――っ!

纏衣さんは焦ることなく、背筋を伸ばして私に近づき視線を向ける。
リベンジを提案してきたということは、今の状態からでも、我慢勝負して勝てると思ってる?
そんなことあり得ない……だけど――

「……い、いえ…ごめん……」

私の方に自信がなかった。
押さえていた手の力を緩めると「残念ー」と言って纏衣さんは扉を閉める。
私は個室の扉の前で大きく嘆息した。

<じゅういぃぃーーー>

――っ……これ、纏衣さんの……。

個室の中から聞こえてくる、おしっこの音……。
私はこれを聞かれて、見られて……。

――……凄い……あんなに平気そうだったのに……激しくて、それに長い……。

つい、耳を澄ませて聞き入ってしまう。
コンビニで聞いた真弓ちゃんの音も信じられないくらい長くて圧倒された。
まだ終わってないが、我慢した時間から考えればきっと真弓ちゃんの方が長いと思う。
だけど、真弓ちゃんの時以上に興味と感心を向けてしまう。
それはきっと、この音を立てているのが、さっきまで私と勝負していた纏衣さんだから……。

<じゅぃーー……>

音に勢いがなくなりやがて聞こえなくなる。
思っていた通り、長さは真弓ちゃんの半分にも満たないくらい。
それでも私の倍くらいあったんじゃないかって思う。

……。

――って…私、何聞き入ってるの? 何長さ比較してるの? はぁ…これじゃ変態だよ……。

私は変な思考を頭を振って中断する。
一度深呼吸して、肩を落としながら手洗い場に移動する。
勝負には勝てたけど、完敗したような気持ち。
結局、終始彼女の手のひらの上だったみたいだし、勝った気が全くしない。

水を出して手を洗っていると、個室から纏衣さんが出てくる。
見られたことと、聞かれたことと、聞いてしまったことで直視できない。
私は手を洗い終え、すぐにトイレから出る。

――はぁ……どうしよう……。

なにがどうしようなのか、私自身よくわかっていない。
トイレの前で待っていると纏衣さんが出てくる。

「待ってたのー?」

「ん……」

「嫌いって言ったのは訂正する。英子ちゃんの次くらいには好きになれそうかなー?」

「え、なに? ……誰?」

急な言葉に混乱しながら疑問符を零す。

「英子ちゃん、忘れちゃったー? 今日一緒に来てた子なんだけど……
英子ちゃんは綾ちゃんの次に好きだから根元さん――……ううん、瑞希ちゃんは三番目ね」

思っていた以上の評価に虚を突かれ一歩距離を取るが、視界が揺れてそのまま倒れそうになる。

「っと、危ないよー? ……って大丈夫?」

気が付くと纏衣さんに身体を支えられていて、なんだか身体が寒い。
息もずっと乱れてるし、身体が少し重い……。
音とか聞かれたり聞いたりで、精神状態が安定してないからだと思っていたけど、これって――

「やっぱ、プールに落としちゃったのはよくなかったね……保健室いこっか?」

826事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 22:2021/05/10(月) 23:56:50
――
 ――

「無理させちゃったね」

保健室のベッドに横になってる私に、纏衣さんが声を掛ける。
辛うじて意識を失わずにいたけど……情けない。
ここまで肩を貸してくれた纏衣さんに小さくお礼を言ってから
深呼吸して口を開く。言わなくちゃいけないことだから。

「ごめん……纏衣さんの事…ずっと勘違いしてた……」

「どんな感じに?」

「えっと……綾を騙して…近づいて、血なんて通ってない屑で最低のサイコ女? みたいな感じに」

「うん、もうちょっとオブラートに包もうねー?」

とても正直に言ったけど、濁した方がよかったらしい。
……だけど、実際には嫉妬だったりの私の問題も大きかったと思う。
そんなことを考えていると「瑞希ちゃん」と纏衣さんから声を掛けられる。

「でもね、ある程度遠くで見ていた時の印象は大事にした方がいいよ」

「え…どういう意味?」

纏衣さんは口角を上げて不敵な笑みを浮かべる。

「偶然綾ちゃんがここに来ちゃったら、私のせいじゃないでしょ?」

「? ……うん、まぁ、会わない行動をとってくれてるし……綾の方から来ちゃうのは…嫌だけど、仕方ないとは思う」

嫌とは言ったけど、少し前までの会わせたくない気持ちは幾分落ち着いている。
悔しいけど、嫉妬もするけど……悪い人じゃなかったのならここまでして会うのを邪魔するのは間違ってる。
それは纏衣さんの言う通り、確かにただのわがままだから。

「私たちにタオルくれた人、紅瀬さんだったよね?」

「えっと…生徒会の人のこと?」

私は名前を聞いてもいまいちピンとこない。
一応タオルをくれた人は生徒会の副会長だったはずだけど。

「貴方が通っていた中学校の先輩だよ?」

呆れたように言われても知らないものは知らない。というか知らないのが普通。
交流のない先輩の顔や名前なんて覚えてる人の方が少ない。
――というか、一体何の話?

「その人は綾ちゃんと交流があってね、きっと瑞希ちゃんがプールに落ちて、保健室にいるってこと話してると思う」

……。

「それって――」
「全部私の思惑通りってね。血なんて通ってない屑で最低のサイコ女っていうのは割と的を射ているよー」

私は保健室の時計を確認する。10時9分……もう綾の接客担当時間は過ぎてる。

827事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 23:2021/05/10(月) 23:57:38
<ガラガラ>

「瑞希!」

扉が突然開き、私を心配する声を上げながら入ってくる。それは――

「あ、綾……」

ベッドの隣まで来て、私に心配そうな顔を向けてくれる。
私は小さく「大丈夫、平気」と言うと、綾は小さくため息をついて安堵の表情を見せる。
いつもポーカーフェイスのくせに……そんな顔を見ると嬉しくなっちゃう。

綾は私から視線を外して、保健室にいるもう一人に――――保健室の斎先生はいないみたい――――視線を向ける。
私はなんだかドキドキして……不思議とそこまで嫌じゃない。
私も綾も生徒会の人でさえすべて手のひらの上、私との勝負も結局茶番でしかなかったのに。

――……私、嫌いじゃないというより……もしかして……?

思い返してみても嫌な経験しかしてない。
今でも得体の知れなさを怖く感じる。
結局は好きというわけでもないというのが結論。

「久しぶり、綾ちゃん……」

「……うん、久しぶり紗……」

……。

「え? 何、綾はともかく纏衣さんまで緊張しちゃうの?」

「一体私を何だと思ってるの……」

「血の通ってない人?」

「綾ちゃんといるときは可憐で可愛い女の子だから、ていうか空気読んで気配殺しといてよー」

「絶対嫌」

「……ごめん紗、この調子だと瑞希が迷惑掛けてたんじゃない?」

――なんで綾が謝るのっ! 迷惑を掛けたのは――わ、私かもだけど
でもそもそも振り回してきたのは――わ、私もだけど……。

……。

「大丈夫、瑞希ちゃんと色々回って楽しかったよ、最後瑞希ちゃんおもらししちゃったけど」
「ちょっ、ちが、綾……――あーもう、なんで言っちゃう? 普通言わない感じじゃないのっ!?」

私は真っ赤になり一瞬誤魔化そうと思ったが、纏衣さん相手だと絶対無理そうな気がして素直に認める。

「え……もしかして、プールに落ちたっていうのは……」

「うん、おもらししちゃったから私が落として誤魔化した……綾ちゃんの時のようにね」

――……やっぱり、そういうことなの?

綾は纏衣さんの言葉に顔を赤くすることで認めてる。
あの日誰もが纏衣さんを非難していたけど、本当は助けていたというのが真実。

「でもーびっくり、瑞希ちゃん全然察してないんだもん、一瞬でもその可能性を考えた人の方が多かったんじゃない?」

「えっ! そうなの?」

私は驚きの声を上げながら纏衣さんを見ると、私の視線を確認してから綾の方に視線を向ける。
私も纏衣さんの視線を追うようにして綾を見る。

828事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。@瑞希 24:2021/05/10(月) 23:58:08
「……うん、直接は言ってこなかったけど、そういう会話……耳にはしてた」

「私が転校する直前では、私がひどいことしたっていうのが優勢だったとは思うけどね」

「……瑞希はそういうの感じ取れてなかったから……余計言えなくて……」

……。

「瑞希ちゃん本当空気読めないからー」

「ほ、ほっといてっ!」

結局、私が勝手に勘違いして纏衣さんを悪者扱いしていた。
何も気が付けなかったことが悔しくて恥ずかしい。

「でも、綾ちゃんが我慢してるのを私が邪魔したから、おもらししちゃったんだけど」

――え?

「……いや、でも紗を怒らせたの私だし……水掛けて誤魔化してくれたのに、教室で本当の事言える勇気があればよかった……ごめん」

……。

「えっと、ごめん、結局どういう経緯だったの?」

結局誰が悪いのか良いのかわからなくなって私は二人に質問する。

「綾ちゃん、話してあげたら? 私たちの事で瑞希ちゃんに沢山迷惑を掛けちゃったし
あの時の事、私は知る権利、あると思うなー」

纏衣さんの言葉に綾は小さく頷いてから時間を確認する。

「……もう少ししたらちょっと用事あるから……えっと、簡単になら――」

829事例18裏「根元 瑞希」と我慢勝負。-EX-:2021/05/11(火) 00:00:42
**********

――紗の奴……何が…せ、性癖よっ! ちょっと好きなだけじゃない性癖じゃないしっ。
っていうか、いつまで一人で……、ま、まぁ……寂しいとかそういうんじゃないけど……。
むしろ、振り回されなくて助かるけど……けど――

色々回ったが、やっぱり一人は詰まらない。
真弓ちゃんか歌恋ちゃんか……あるいは紗の言うように朝見さんと合流すべきだろうか?
幸い、全員連絡先はわかる。まぁ、歌恋ちゃんは中学卒業を最後に一度も連絡してないけど。

――……苦手なんだよね……おしっこなんていくらでも我慢できるとか思ってるような人だし……。

あの日――私と朝見さんが失敗した日。
教室で黒板を消しながら、あとちょっとを我慢できなかったことが、悔しくて、情けなくて。
バレるんじゃないかって恐怖と焦り、いろんな感情が渦巻いていた時。

  ――「えー、なにそれ? 大丈夫だって、中学生にもなって我慢できないとかありえないじゃん?」――

別クラスだけど少し交流があった歌恋ちゃんの声が廊下から聞こえてきた。
その言葉に、鼻の奥が一気に熱くなって、惨めな気持ちが一気に膨らんだのを覚えてる。

――あー、歌恋ちゃんって未だにあんな感じなのかな?

3年の時苦手意識を持ちながら仲良くしていたが、1年の時同じクラスの人が、私のおもらしの事を言わないか気が気じゃなかった。
苦手ではあった、けど接していると割と良い人っていうのはよくわかる。

――……歌恋ちゃんおもらしとかしたことないのかなー? しちゃうとしたらどんな感じなんだろ?

言い出せない性格じゃないと思うから、閉じ込められてとか?
あるいは怖いのがダメだったから夜トイレに行けなくて朝まで我慢できなくて、みたいな?
量はどうなんだろ、あの「我慢なんて余裕」みたいな発想から考えれば、すごく大量?
おちびり繰り返すタイプ? 一気に出ちゃって止めれない感じ? 取り乱しちゃう? 案外ドライ? あー見てみたいなぁ……。

「ね、ねぇ……」

喧騒の中、控えめな声量で後ろから声を掛けられる。
その声は最近電話越しで聞いたものだった。

「え、あ、朝見さん?」

振り向いた先にいた人。多分朝見さん。
正直に言えば長く会っていなかったので容姿をはっきり覚えていない。
物凄く髪が長い――こんなに長かったっけ?
ただ、髪に結びつけられたリボンの位置には何となく覚えがある。

――というか、何で残念な物を見てるような視線を向けられてるんだろう?
電話で変態と言われたし、仕方ないと言えば仕方ない?

朝見さんは一度小さく嘆息してから表情を柔らかくして視線を向ける。

「お久しぶり……でいいのかな? 黒蜜さんに誘われて?」

「あ、いや、友達の子が此処にいる銀髪の子に会いたいって言ってて、会えなかった時、暇だからついてきて――みたいな話」

私はそういうと少し驚いた表情をして少し目を伏せる。

「え? もしかしてその銀髪の子って朝見さんとも知り合い?」

「……えぇ、まぁ……ちょっと探してたところというか……」

視線を逸らして少し恥ずかしそうにする朝見さん見るに
その銀髪さんとやらは相当な女たらしなのだろう。
でも、探していたということは連絡先を知らないってこと? あまり親密な仲というわけではない?

――あーでも、くそぅ、一緒に文化祭回りたい人がことごとく銀髪さんに……そんなに魅力的な奴なの?
まぁ、でもそういう事情なら――

「それじゃ、その銀髪さんが見つかるまで一緒に見て回らない? 一人じゃ詰まんなくてさ」

「え、えぇ、別に構わないけど……私なんかで良いの?」

これも何かの縁。
連絡とらずにばったり会った朝見さんと回るのも楽しいだろう。

「いいのいいの、何とは言わないけど同士でしょ私たち」

共通の失敗体験を持つ仲間。
……よくよく考えると私、恥ずかしい事言ってる?
だけど、その言葉に恥ずかしさを感じるのは彼女も同じ。

「っ……、貴方と違って変な趣味は持っていませんから」

「えー、魅力を伝えたーい」

反撃と言わんばかりの返しに、恥ずかしいのを隠しつつ、明るく振舞う。
紗の言う通りになって少し癪ではあるが、一応有意義に文化祭を楽しめそう。

おわり

830名無しさんのおもらし:2021/05/11(火) 13:17:27
お腹が丸く張るまで我慢出来る紗は我慢強そう
主人公の子と紗の我慢勝負が見たいです

831名無しさんのおもらし:2021/05/11(火) 20:39:53
更新ありがとうこざいます待ってました
今回も最高です。
次回も楽しみにしてます。

832名無しさんのおもらし:2021/05/12(水) 22:56:11
>>829 更新ありがとうございます。今回も最高でした!!

833名無しさんのおもらし:2021/05/12(水) 23:54:13
更新ありがとうございます。
もうシリーズ8年目の長期連載?になるのですね。
綾菜と瑞希の中学からまゆと呉葉の中学に転校したキーパーソンってことになるのかな?
物語の大きな謎になる中学時代がついに明らかになってきてわくわくします。

834名無しさんのおもらし:2021/05/14(金) 13:54:11
鈴葉さんにまたおしっこ我慢してほしい

835名無しさんのおもらし:2021/05/20(木) 20:54:44
年下の前で必死におしっこ我慢する女の子っていいよね

836名無しさんのおもらし:2021/11/10(水) 06:18:41
上げ

837事例の人:2021/12/09(木) 00:39:13
>>830-835
いつも感想などありがとうございます
シリーズ8年……長期連載かもですがいつの間にか年2〜3回くらいの季刊連載以下に……
紗と綾菜の我慢勝負……いつか実現したいですね(いつだ)
特に記載はないですが、紗の転校先ですが真弓と呉葉の中学校ではないです。なので紗と英子が知り合ったのは高校からとなります
鈴葉さんの出番は実は最近書きました。が、ここでは公開不可能ですので多分再来年(遠すぎ)PIXIVで公開すると思います。……多分、きっと

そういうわけで特に投稿に問題がなければ追憶6です、前回の保健室でのやり取りとなります。

838追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。1:2021/12/09(木) 00:41:46
10時になり服を制服に着替え、教室の外で身体を伸ばす。
隣を見ると弥生ちゃんも私の真似をするようにして身体を伸ばしていて――……可愛い。

<♪〜〜>

弥生ちゃんに声を掛けようと思ったところで私の携帯が鳴る。
私は弥生ちゃんに、ごめんと言って少し離れて相手を確認して応答する。

「もしもし? 椛さん?」

相手は椛さん。
一緒に文化祭を回ろうとかなら嬉しい話だけど
昔と違い、特に用事がない場合は電話でやり取りなんてしない相手。
ということは、文化祭がらみの事務的な話かトラブルか、あるいは生徒会がらみの話かもしれない。

  「あ、綾! えっと……綾のクラスの名前は知らないけどおさげの子!
  あの子、うちのカフェに来てプールに落ちちゃって、今保健室に行ってるっぽい!」

「え!? ……おさげって……もしかして瑞希?」

  「ごめん、名前はわかんない、でも私たちと中学一緒だった子だと思う」

同じクラス、おさげ、中学一緒……そこまで揃えば瑞希で間違いない。
慌てて出て行って一体なにを……。

「……うん、多分瑞希、連絡ありがと、保健室見てくる」
  「あ、待って……それと、もう一人見たことある子が…一緒にいて……」

電話を終えようとしたとこで椛さんが慌てて静止を掛けるが、続く言葉は珍しく歯切れが悪い。

  「えっと……赤のリボン、いっぱい付けてる子…なんだけど」

――っ!

  「その子も中学で見た事ある子で、確か綾と仲良かった気がしたけど……
  ただ、……途中居なくなってから……えっと――」

椛さんは私の性格が変わった時期と彼女が転校で居なくなった時期を確り結び付けてるみたいだった。
だから、伝えなきゃいけないけど、簡単に触れて良い話かどうかで迷っていて。

「……あ、ごめん気を使わせてる? 大丈夫……まだ私の上げたリボン付けてるんだね……紗は……」

  「綾のリボン? もしかして昔、私と雪が綾に上げた奴?」

「……うん、多分今も少しだけ引き出しに入ってるよ」

なんで欲しがったのか覚えてないけど、二人からプレゼントされた大切なリボン。
昔はそれを誰かを元気付けるためとかによく配ってた気がする。
紗の時は、勝負で負け越した数だけ付ける罰ゲームみたいに使ってたけど……。
紗と疎遠になってから、リボンの存在をすっかり忘れていた。
正確には忘れていたというよりも、紗を思い出すから忘れようとしていたのかもしれない。

  「そう、とりあえず、伝えたからね」

私はその言葉にもう一度お礼を言って通話を切る。

――……というか、椛さんよく中学時代の下級生の顔覚えてるなぁ……。
リボンの目立つ紗はともかく、瑞希とは一年間しか見る機会なかったのに。
まぁ、それよりもあの二人か……。

紗と瑞希――朝の瑞希の行動は紗を見つけての行動? ……二人の状況が気になる。
瑞希は紗の事を目の敵みたいに思ってる。
多分私のためだから嬉しくもあり申し訳なくもあるわけなんだけど。

839追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。2:2021/12/09(木) 00:43:26
「電話おわりましたか?」

後ろから聞こえる弥生ちゃんの声に振り返る。
上目遣いで可愛い。だけど、雛乃との約束の時間までの間、一緒に文化祭を回りたかったがそうもいかなくなった。
一緒に保健室へ――とも思ったが、紗がいる可能性がある以上、人見知りの気がある弥生ちゃんを連れて行っても気を悪くさせるだけ。

「?」

首を傾げる弥生ちゃん――いちいち可愛い。

「……ごめん、これから委員長の仕事的なの入っちゃって……雛乃との約束の時間までには切り上げてくるから」

「えっ…そ、そうですか………」

露骨にショックを受けシュンとする弥生ちゃん。
庇護欲が掻き立てられる一方で、微妙に加虐心が煽られるのは、私が悪いのか弥生ちゃんが悪いのか……。

弥生ちゃんの姿に若干後ろ髪を引かれるが、歩幅を大きくして、保健室へ急ぐ。
緊張は少ししてる。だけど、思っていたよりも会うことを恐れていない。
紗のしたこと、私がしたこと、紗の真意……何から話せばいいのかわからないけど
今はちゃんとお礼を言いたい。ちゃんと謝りたい。その気持ちが強い。
結果的に最後に手を差し伸べなかったのは私なのだから。

――って、紗もだけど、それよりも瑞希……プールに落ちて保健室って、熱でも出した?

保健室前、私は躊躇なく扉を開ける。

<ガラガラ>

「瑞希!」

「あ、綾……」

ベッドで寝ている瑞希に私は駆け寄る。
なぜか中学の時のジャージを着てるが……視界の端にいる紗の趣味な気がする。

「大丈夫、平気」

少し上気した頬を見るに熱はあるのかもしれないが、確りした物言いに安堵する。
私は瑞希から視線を外して、隣にいる紗に向き直る。

「久しぶり、綾ちゃん……」

紗の声……。
その声はとても懐かしくて。

「……うん、久しぶり紗……」

――……えっと、え、なんか今になって凄く緊張してきたんだけど……。

それは紗も一緒だったらしく視線を逸らして髪を弄っている。
ただ、演技にも見えなくない……。
その様子になぜか私の緊張が和らいでいくのを感じる。

「え? 何、綾はともかく纏衣さんまで緊張しちゃうの?」

私が声を再度かけようとすると、瑞希が言葉を挟む。
もう数秒だけ待ってもらえたら良かったんだけど……。

紗は瑞希の言葉に少し表情を変えて嘆息してから口を開く。

「一体私を何だと思ってるの……」

「血の通ってない人?」

「綾ちゃんといるときは可憐で可愛い女の子だから、ていうか空気読んで気配殺しといてよー」

「絶対嫌」

冗談ではなく両方本気の言葉だと思うが、思った以上に険悪なムードではないことに驚く。
瑞希なら掴みかかって行っても不思議に思わないくらいには心配してたんだけど。

「……ごめん紗、この調子だと瑞希が迷惑掛けてたんじゃない?」

なんとなく想像を裏切った瑞希を味方する気にならず、紗寄りの発言をしてみた。
視線の隅で瑞希が不満そうな顔を見せているのがわかる。
実際こういうことになってるんだから、瑞希も被害者なのは間違いないわけだけど。

840追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。3:2021/12/09(木) 00:43:54
「大丈夫、瑞希ちゃんと色々回って楽しかったよ、最後瑞希ちゃんおもらししちゃったけど」
「ちょっ、ちが、綾……――あーもう、なんで言っちゃう? 普通言わない感じじゃないのっ!?」

――……。
えっと? おもらし?

真っ赤になって否定しようとしてから、なぜか開き直るようにして瑞希は紗に文句を言う。
私は今のこの状況がどういう経緯からなのか理解し始める。

「え……もしかして、プールに落ちたっていうのは……」

「うん、おもらししちゃったから私が落として誤魔化した……綾ちゃんの時のようにね」

――……あー、言っちゃうんだそれ……まぁ、仕方ないけど。

仕方がないとは思っても、恥ずかしいものは恥ずかしい。
瑞希から視線を逸らして口を噤む。

「でもーびっくり、瑞希ちゃん全然察してないんだもん、一瞬でもその可能性を考えた人の方が多かったんじゃない?」

「えっ! そうなの?」

――……そうなんです。

「……うん、直接は言ってこなかったけど、そういう会話……耳にはしてた」

私は視線を逸らしたまま感情を出さないようにして答える。

「私が転校する直前では、私がひどいことしたっていうのが優勢だったとは思うけどね」

「……瑞希はそういうの感じ取れてなかったから……余計言えなくて……」

それでも言うべきだったと思う。
瑞希が一番私を心配してくれて、誰よりも最後まで私に声を掛けてくれていたのだから。

……。

「瑞希ちゃん本当空気読めないからー」

「ほ、ほっといてっ!」

紗が私の思いを察してか、瑞希を茶化すようにして場を和ませる。
――和んでるよね?

「でも、綾ちゃんが我慢してるのを私が邪魔したから、おもらししちゃったんだけど」

――……えぇ、それも言うの?

……。

「……いや、でも紗を怒らせたの私だし……水掛けて誤魔化してくれたのに、教室で本当の事言える勇気があればよかった……ごめん」

「えっと、ごめん、結局どういう経緯だったの?」

――……やっぱりそういう流れになるの?

私は助けを求める様に紗へ視線を向ける。
それに気が付いた紗が少し微笑んだ気がして、諦めがつく。
初めからこういう流れになるように、紗が誘導したのだろう。

「綾ちゃん、話してあげたら? 私たちの事で瑞希ちゃんに沢山迷惑を掛けちゃったし
あの時の事、私は知る権利、あると思うなー」

私は頷く。
それは正論なのだから。

時間を確認すると雛乃との約束まで後15分くらい。

「……もう少ししたらちょっと用事あるから……えっと、簡単になら――」

841追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。4:2021/12/09(木) 00:44:55
――
 ――
  ――

「綾ちゃん、最後流したー……さいてー」

紗はリボンを一つ髪から解き私に押し付ける様に渡してから体育倉庫から出ていく。

――あー…やっちゃった……そりゃそうだよね、いくら負け込んでるからって手を抜いた相手に勝っても嬉しくないか……。

少し考えれば簡単にわかること。
だけど、最近の紗はどこかイライラしていて……。
実際勝負の後が一番機嫌が悪かったので、バレないように負けてしまえば――って魔が差してしまった。

暗い気持ちで教室に戻るとクラスメイトが声を掛けてくる。

「さっきの400m走惜しかったね、もうちょっとだったのに……」
「気にすることないよ、あのリボン負けの数だよね? 最近だって綾の圧勝だったじゃん!」
「次は余裕の勝利を見せてやればいいよ!」

私は苦笑いしながらそのみんなの言葉に頷く。
手を抜いたって気が付いたのは紗だけ。

私は紗の席の方へ視線を向ける。
先に教室に戻っていた紗は私に冷たい目を向けて、すぐに前を向いてしまう。

「(何あれ、流石に感じ悪くない? いつも負けてるくせに……)」

私は友達の言葉にチクリとした痛みを胸に感じる。
悪いのは私、紗は悪くない、私が手を抜いたから……。
だけど言えなかった。勝負を楽しみにしてるクラスメイトに今日の勝負はわざと負けてあげたなんてこと。
クラスメイトを裏切ることになるかもしれない。……小学校の時のように、私から離れてくかもしれない。
逆に、手を抜いたのが勝負の後に機嫌が悪くなる紗の為だと知れば、今より紗への風当たりがより強くなるかもしれない。

――……本当失敗した……。

――
 ――

「雛倉綾菜、私と勝負しましょうー?」
一週間に数回そう言ってくる紗だったのに、もう一週間以上その言葉を聞いていない。
もともと紗は勝負事以外で私と会話――いや、私に限らず誰かと会話することが少ない。
会話の回数で言えば瑞希が圧勝なのだけど……私としては紗も瑞希も同じくらいの仲だと思ってる。

――勝負を持ち掛けてこないから、話すこともない? 一週間一度も話してない……。

日常会話が普段から少ないだけに、どう判断したものか……。
機嫌が悪い気がする紗に私から話しかけていいのか、悪いのか。
三日を過ぎたあたりから、タイミングを完全に逃してしまった気がする。

それでも、今日こそは話しかけよう。
今日朝から少し熱っぽいし……もしかしたら明日の金曜日休んでしまうかもしれない。
そうなると土曜も日曜も休みなので、話す機会が週明けになってしまう。それだけは避けたい。

そう思っていたのに昼休みがもうすぐ終わる。
私は持参しているペットボトルのお茶を一気に飲み干す。

――はぁ……情けない……っ。

ふと、尿意を感じる。
一応あと6分ほど時間があるから急げば5時限目に間に合う。
今まで紗のことで悩んでいて気が付いていなかったが、朝済ませてから一度もトイレにいっていない。
尿意を自覚してすぐだけど、尿意の主張は思いのほか大きい。
5時限目が始まる前で助かっ――

『あー、トイレ行きたい……』

――っ!? 『声』……私の目の前の……。

昼休み、給食を食べ終わって私の机を囲む友達の一人。
私の前の席の菊月 莉緒(きくづき りお)。
私と同じくらいの尿意を感じている『声』。

……。

私は席を立たず、話を続ける。
まだ、我慢できない尿意じゃない。
このまま我慢していれば、きっと良い『声』を聞かせてくれる。

……本当は紗と一刻も早く言葉を交わし、仲直りすべきだと自覚はしてる。
だからこれは今だけの現実逃避。――楽しんでそれから放課後、ちゃんと話そう……。

842追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。5:2021/12/09(木) 00:45:55
<キーンコーンカーンコーン>

授業の開始を告げるチャイムが鳴る。
前の席の莉緒ちゃんは椅子を前に向けて机の引き出しから教科書を取り出す。

『結局言い出せなかったー……我慢できるかな? できるよね? もう小学生じゃないんだし……』

――それはどうかな? 小学生より我慢できる量は増えてるだろうけど、許容量ってあるものだから。

ましてや、我慢できるかどうか不安を感じるほどの尿意。
小学生じゃないからこそ、自分の置かれている状態をちゃんと理解して出てくる不安。

……。

――わ、私は大丈夫……だよね?

私自身僅かだけど不安に感じてる。
『声』を聞くために我慢してきた経験はそれなりにあるし、危なくなるまで我慢していたことも少し失敗した経験もある。
そんな私が不安に感じているということがどういうことなのか……。

――いやいや、大丈夫50分くらいなら、なんとかなる……はず……。

結局不安を拭えないまま、机に向かい授業を受ける。
普段なら余裕を残して間に合う程度の尿意。
だけど、昼休み開け――つまり水分をそれなりに摂った後の授業なのを加味すると……。

そんな中、時折前の席の莉緒ちゃんが座りなおしたりしていて、落ち着きがないのが見て取れる――可愛い。
私と同じくらいの尿意を感じていると思っていたが、私より僅かに強い尿意を抱えているとみてよさそう。

『っ……うぅ…や、やっぱ行っといたほうがよかった……綾菜の前だったし、言い出しにくかったけど、これ、結構辛いよ……』

――私の前だと言い出しにくい? なんで? 私、トイレに立ったくらいで怒ったりしたことないんだけど……。
他に理由があるとしたら……変態的な視線を感じ取って……とか? いやいや、それは隠せてる自信あるし。
隠せてなかったら、こんな変態と友達してくれてないでしょ……。

『あーうー、どうしよう我慢できないかも? 綾菜に仕草とか見られてるよね? おもらしは以ての外だけど
我慢の仕草も恥ずかしいし、それならさっさとトイレの許可貰った方が、印象良いのかな?』

――印象? それって私からの? ……えっと、もしかして私、滅茶苦茶慕われてたりする?
幻滅されないためにって……そういう風に聞こえるんだけど……。

私にトイレに行くことを悟られたくなくて言えなくて
我慢の仕草を見られるのも恥ずかしくて……。

なんだか嬉しくて、気恥ずかしくて、それにちょっと申し訳なくて。
ただの自意識過剰かも知れないのに……――はぁ、浮かれてるよね。

『思えば朝行ったきりだったっけ? っ……はぁ、そりゃ、こうなる……っ…よね?』

手で下腹部を撫でるような仕草。
長時間かけてゆっくり膨らんできた膀胱。
そして今、昼休みを終えて摂取した水分で勢いを加速させ、追い打ちを掛けるようにして膀胱を膨らませてる。

――まぁそれは、私も一緒…だけど。

条件は同じだけど、厳密には取った水分量や物、汗や呼気から失われた水分が違うし
恐らく我慢できる最大量も違うだろう。

――きっと私の方が我慢できる量自体は多いよね?
自分の我慢できる量を知っておきたくて、ちょっと前に雪姉の真似して一度だけ計量したけど――――冷静になると滅茶苦茶変態みたいなことしてた……――――
結構限界まで我慢して800mlくらいだったし。
もうちょっと無理してギリギリまで我慢してたら850ml、もしかしたら900mlくらいまで行けてた気もする。
900mlと言えば年齢的に平均の倍くらい我慢できてるはずだし。
……。
だから私は…大丈夫……。

……。
一般的な膀胱容量の平均値は知ってる。
それを単純に我慢できる限界量の平均としてみるのは少し安直なのだということもわかってるつもり。
これは厭くまで私の見解ではあるけど
膀胱の大きさは確かに個人差が激しいが、医学などで使われてる数字はあまりに低く見積もりすぎてる。
理由は簡単、限界量の判断が最大尿意、つまり自己申告制で我慢できませんと認めたとき――――場合によっては膀胱内圧も加味するが――――であって
本当に我慢できなくなってあふれ出したときじゃないから。
普通に考えて、限界を申告する段階って、見っとも無く息を荒げて前を押さえて
おもらしの可能性を感じるギリギリまで我慢、あるいはおちびりが始まるまで……なんてことないだろうから。

だから、私が平均の倍くらい我慢できるなんて根拠は全くないわけで。
そんな根拠があったからと言って、大丈夫なんてことあるわけなくて。

ただ、私が不安に感じてるから、どうにかその不安を払拭する理由を探していただけで……。

――っ……。

私は認めたくないだけ、本当はかなり我慢していることを。
このまま我慢を続けたら、間に合わない可能性を僅かながら感じていることを。

843追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。6:2021/12/09(木) 00:46:52
『っもうダメ、このままじゃ間に合わないっ!』
「せ、先生っ……えっと、と、トイレに行ってきても…いいですか?」

『声』と「声」に私は視線を上げる。
莉緒ちゃんの髪の隙間から見える耳は真っ赤で……。
授業が終わるまで25分が待てない。
待てるのならそんな真っ赤になってまで申告する必要なんてないのだから。

先生から許可が下り消え入りそうな声で「すいません」と言って席を立つ。
もじもじとした落ち着きのない仕草、あたふたした仕草がとても可愛い。
椅子を机に押し込み、席を離れる一瞬、莉緒ちゃんがこちらに視線を向けた。
見えた顔はやっぱり真っ赤で、目は少し潤んでいて……だけど、その表情は私に長く見せることなく
すぐに視線を外して、さっきよりも慌てたようにして教室を出ていく。

『おしっこっ……綾菜に見られたっ……トイレ、我慢……恥ずかしいっ……あぁ、もう限界っ……』

……。
まるで私がおしっこしてるところを見た、みたいな言い方だけど、全くそんなことはない。
ただ、少しパニックなって思考があふれてるみたいな感じ。
本当に限界で……可愛い。

――はぁー、ふぅ……私は、我慢しないと……。

可愛いを楽しんだのだから後は私がちゃんと我慢。
なんとなく、遠足は帰るまで、みたいな……。
気を抜いちゃいけない。抜けるわけない。
私は授業中にトイレに行かない。

――どうして? 行ってもいいのに……。

いつからだろう……そう考えてすぐに思い至る。
小5の春、おもらししたあの子に手を差し述べてから。
あの日以来、私は授業中にトイレに行こうと思わなくなった。
トイレを申告できることがあの子を傷つける行為に思えて。
そういう行動をずっと学生の間続けようと思っていたわけじゃなかったが
一度そうしようと思ってから、その行動を変えることができないでいた。

――いつの間にか、酷く恥ずかしいことだって……思っちゃってるもんね。

だって私は今みたいに授業中にトイレに行く子のことが恥ずかしい子で可愛いと思っちゃってる。
そういう視線を私は向けられたくない。

――はぁ……っ、本当に、勝手な話だよね。

自分は見て『聞いて』楽しんでいるのに、逆の立場は嫌なのだから。

……。
教室の扉が開き莉緒ちゃんが教室に戻ってくる。
特に皆笑っているわけでもないが、無関心というほどでもなく
先生に向かって小さく頭を下げて席に戻る莉緒ちゃんに視線を向けている人も割と多い。

――やっぱり、我慢……我慢しなきゃ。

見てる分に構わないがやっぱり当事者にはなりたくない。
休み時間まで残り20分弱、ここで言い出せば莉緒ちゃん以上に切羽詰まっていると宣言しているようなもの。
さらに言えば先生に「あと15分だけど我慢できないか?」みたいな無神経なことを聞かれるかもしれない。
莉緒ちゃんの時も少し不満そうな顔を隠さなかった先生……二人目にはより厳しい目を向けるはず。

――だから我慢するしかない……。

……。
違う、そんなの私が行きたくないだけ。
選択を狭めているのは明らかに私自身……。

本当に失敗した。
こんなに辛くなるなんて。
自分自身がまさか尿意を感じて40分ほどで……。
……考えなかったわけじゃない、不安に感じていたのは確か。
だけど……いざ尿意が切迫してくると考えが甘かったと言わざるを得ない。

椅子の下で足先を組み替え、小さく揺すって……視線を黒板より少し上に向ける。
見えるのは時計、休み時間まで残り14分。
ゆっくり息を吸ってゆっくり吐く。
そうしてまた足先を組み替えて……。

――一番後ろの席で良かった……こんなの見られたら感付かれちゃう……。

膀胱が張ってるのが触らなくてもわかる。
計量してみたとき、これくらいだった?
あの時はもっと波があった気がしたけど、こんなに張り詰めた感じはしなかったと思う。

844追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。7:2021/12/09(木) 00:47:47
……。

しばらくして私は再び視線を上げて時計を見る。
休み時間まで残り9分。
時計の秒針は正しく動いているのに、全然時間が進んでくれない。

<バタンッ>

「っ!」

突然物音が鳴り私は驚く。
それと同時に――

――っ……な、波が、え? こんな急にっ……!?

今まで落ち着いていたのが嘘のように大きな波が襲い掛かる。
思わず手がスカートの前を押さえる。

「あー、わるいわるい」

そう謝罪の格好だけしたのは先生。
音の正体は黒板消しを床に落とした音。

――っ、悪いじゃすまないって……はぁ……んっ……。

波を越えて手を離しはしたが、尿意の感じがさっきまでとはまるで違う。
少し気を抜いたところで失敗にはならない、均衡が保たれてるって感じだったのに
今はゆらゆらと不安定で、気を引き締めていても僅かな切っ掛けで溢れてしまいそうで。
完全にさっきの音に動揺して、崩れてしまった。

私はまた時計に視線を向ける。
残り7分――だめ、ここまで来て言えるわけないっ……はぁ…あと7分くらいっ……我慢、しないと……。

「(っ……はぁ…んっ……っ!)」

自身の息遣いが荒いことに気が付き、口を噤む。
周りに気が付かれてはいないと思うが、顔が熱くなるのを感じる。
呼吸を抑えるのも危うくなってきた。

――あぁ、だめ、これ、また波……んっ……きちゃう……。

来させちゃいけない。
今ですらこんなに仕草を抑えられなくなってきてるのに、もし波なんて来たら……。

右手がスカートの前に深く谷を作る。
谷の奥で中指と薬指で揉み込むように押さえる。
凄く見っとも無い、恥ずかしい姿……。
だけど、目立つことなくバレなければいい。

――っ、波、来ないで、もうちょっとだから、落ち着いて……お願いっ……。

祈りが届いたのか、あるいは見っとも無い押さえ方が功をなしたのか
幸い、波の気配は近づいてこない。
なんとか今はこれでやり過ごす。すごく見っとも無いけど、我慢が誰かにバレるよりずっといい。
誰かに押さえてるところを見られていないか、視線だけで周囲を確認する。

――え、あっ…今一瞬……き、気のせい?

視線を紗に向けたとき、一瞬目が合ったように感じた。
紗の席は私とはかなり離れていて、態々斜め後方を見るなんてことするとは思えない。

――う、うん……きっと、気のせい……。

<キーンコーンカーンコーン>

いつの間にか時間は進み、授業終了をチャイムが知らせる。
周りが騒がしくなると同時に私は手を前から離す。
そのあとすぐに号令となり、礼を済ませた私は着席することなく廊下へ出る。

845追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。8:2021/12/09(木) 00:49:13
――はぁ…良かった、間に合う、ほんとにもう限界っ……トイレ、んっ…おしっこっ……。

まだ油断していいわけじゃないのはわかっているが、チャイムが鳴るまで押さえていたためか、波の気配はまだ遠い。
限界ではあるけど、トイレまでは十分に間に合う。例え今波が来てもなりふり構わず我慢すれば間に合うくらいの余力はあるはず。

トイレが見えてきた、同時に波が迫るのを感じるが、ここまで来てしまえばあと少し。
それでも溢れそうで手をスカートの前に当てて足早にトイレの中へ入る。
個室も空いてる、大丈夫、間に合っ――

――っ!?

トイレに入ってすぐ、押さえていない方の二の腕が後ろから摑まれる。
直後、振り返る間もなく、強く後ろに引かれ、そのまま振り回されるようにして、背中を壁に押し付けられる。
勢いで頭を壁にぶつけると思って目を塞いでいたが、後頭部には私を引いた人の手が添えられていたらしく、痛みを感じることはなかった。

私はゆっくりと目を開く。

「っ…す、紗!?」

「そんなに急いでどうしたのー?」

目の前にいたのは紗。
私はわけがわからず数回瞬きをして、だけど、すぐに紗の視線が私のスカートへ向けられてるのに気が付き、押さえていた手を離す。

「おしっこ、限界なんだー?」
「え、ち、ちがっ――っ!!」

恥ずかしい指摘に誤魔化すために無駄に前に出した両手。
それを流れるような手つきで両方とも掴む――な、なに? なんなの!?

「こんなにスカート皺だらけにしてー」
「ちょ、一体――」
「行儀の悪い手は上がいいかなー?」

摑まれた両手が頭の上に持ち上げられ、それを片手で壁に押し付け固定される。
手を解くことができない。変に力を入れられないのもそうだけど、そもそも紗の力が強すぎる。
背筋が少し延ばされ、下腹部が圧迫されて――

「っ……ま、待って、離してっ……やぁ、んっ……ふぅ…っ……」

両手を固定されているせいで押さえることもできない。
必死に足を擦り合わせて尿意に耐えるが、そう長くは持たない。
一刻も早くトイレへ――個室へ飛び込まないと、本当に間に合わないのに。

「凄く良い声。それにしても…お腹パンパンで石みたい、どうしてこんなになるまで我慢してたのかなー?」
「っ!! さ、触らないでっ! わ、わかってるなら、離してっ、やぁ…はぁっ……も、もれちゃう…からっ……」

強い力ではないが、中指で下腹部を下から上になぞられる。それを切っ掛けに尿意が更に増した気がして、本当に溢れてしまいそう。
さっきの壁に押し付けられた衝撃で出ちゃわなかったのも、押さえていたとはいえ割と奇跡的な気がする。
今は衝撃はないけど、押さえることも、身体を深く前傾姿勢にすることもできない。
その上、もうすぐだったはずのトイレのお預けとトイレ内にいる意識から尿意が際限なく膨らんで、私を追い詰める。

どうして紗がこんなことをするのか……怒ってるから?
だけど、今はそんなこと深く考える余裕なんてない。
片膝を上げて出口を圧迫して――

「雛倉綾菜、勝負しましょう。たったの20秒我慢出来たら綾菜の勝ちー、解放してあげるー」

【挿絵:http://motenai.orz.hm/up/orz75971.png

846追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。9:2021/12/09(木) 00:50:46
――っ!

ずっと待っていた――求めていたいつもの言葉。
そのはずなのに、私は首を横に振る。
それを見ても紗は何も反応を示さず、数字を数えだす。

「いーち、にー、さーん」

「っ……はぁ、ダメ、本当に、早くしないとっ…あぁ」

足を力一杯閉じ合わせて、擦り合わせて。
全然波が引いてくれない。
それどころか高く激しくなって、弱まる様子は微塵もない。

――はっ…っ……い、一秒が長くない? ず、ずるい……んっ……はぁ、はぁ。

「なーな、はーち、きゅー……」

――っ…あと10秒、あと10秒で、トイレ、おしっこっ……はぁ、はやくっ……。

あともう少し、そう思い目を瞑り力を振り絞っていると、紗が私に一歩だけ近づいたのを感じる。
目を開くと紗の顔は目と鼻の先。真っ直ぐに見つめてくる紗から目を逸らせない。

――な、なに? ……っ!! え、足っ、ちょっ!!

紗の顔に気を取られていると、擦り合わせていた足の間に紗が足を捻じ込んでくる。

「じゅうーよん、じゅう――」
「や、やめっ!? あ、あぁっ!」<じゅう……じゅぅ…じゅぃー……>

――う、うそ、ちょっともれ――っ……ダメ、これ以上は、紗の足にもっ……溢れるっ、あ、でも無理、我慢……だめ、力が入ら――っ、だめっ……なのにっ!!

紗の足が引き抜かれるのを感じて、すぐに閉じ合わせる。
だけど治まらない。下腹部が固く収縮して、もう足の力だけでは到底間に合わない。
今我慢出来たら、きっとトイレに間に合うのに。たったそれだけで助かるのに。おもらしせずに済むのに。
足がガクガクと震える、伸ばしたい手はびくともしない……もう、抑えられない……。

「あぁっ! 放し――んっ……あぁ、やぁ、あぁぁ…」<じゅう…じゅうぅぃぃ――>
「じゅうーなな…じゅうは…――あー、やっちゃった、もうちょっとだったのに……私の勝ちみたいだねー」

熱い流れが足を伝い靴下へ染みこむ。
足に挟まれたスカートの生地が濃く染まり重たくなっていく。
足元に広がった恥ずかしい水溜りに、雫が落ちて音を立てる。
おもらし。トイレの中なのに、すぐそこに済ませることのできる個室が見えているのに。

847追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。10:2021/12/09(木) 00:51:39
「あーあ、この歳でおもらしなんてありえなーい」

――っ……。

本当にそう……もうちょっとだったのに。
すぐそこなのに、あとほんの少し我慢してたら間に合ったのに……。

最後、紗が数えていた数字は17秒だった。
あとたったの3秒。それさえ我慢出来れば手を放してもらえた。
手を使えればトイレまで何とかなったかもしれない。
本当に……本当に、あと少しだったのに。

「っ……はぁー、はぁー…っ、はぁー…はぁー……」

力が抜ける。もうどうしようもない。
摑まれていた手が放されると同時に私はその場にへたり込む。
自分の作ったおもらしの水溜りでスカートがより広範囲に染みを作り、重たくなっていく。
肩で息をして、身体が熱い。

――はぁ…そういえば、私、風邪っぽかったんだっけ?

視界がぼんやりしているのは極度の我慢のせいか、あるいは風邪が悪化したのか。
今もなおおもらしを続けながら、思考が止まっていくのを感じる。

恥ずかしい水溜りの上に一本の赤いリボンが落ちる。

――そっか、負け越した数だけ……今回は紗が勝ったから……。

  「それでさー……――」
  「あー、それいいかもね」

――っ!! 声、トイレの外から……っ、こっちに来る……来ちゃう……。

私は途切れそうになる意識の中、トイレの外から聞こえて来た声に慌てる。
こんな姿見られるわけにはいかない。
とりあえず個室へ隠れれば、どうにかなるかも知れない。
私は立ち上がるために足に力を籠める。

「っ……や、なんでっ」

動かない。
力を籠められない。
身体が重い、頭もふらふらする、視界も揺れる……。
風邪が悪化してるのは明らか……だけど、きっとそれだけじゃない。
極度の我慢による影響、見つかるかもしれない恐怖。
近づいてくる声に私の呼吸が浅く早くなる。

「ばかっ! 何でそうなるのよっ!」

――っ!!?

急に聞こえた大きな声に私は心臓が止まるかと思った。
その声は目の前から聞こえ、同時に全身が冷たくなる。
視線を上げるとバケツを私の上で裏返す紗の姿……。

「え、ちょっと!?」
「や、やばくない? せ、先生呼んでくる!」

――……誰? 紗じゃない声も、廊下から……っ!

思考がさらなる冷水により中断される。
――バケツは転がってる……ホース? っなんで……ダメ冷たくて、呼吸っ……。

冷たい水が呼吸を妨げ、そして……。

848追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。11:2021/12/09(木) 00:52:07
――
 ――

「――……聞…える?」

誰かの呼びかける声に、重い瞼をゆっくり開く。
見えるのは見知らぬ天井と私を覗き込む保健室の先生。

「え……私……」

「良かった、熱も少しあったからどうしようかと思ったけど、とりあえず一安心かな?」

私は上体を起こす。
――えっと何が、どうしたんだっけ?

「雛倉さんが倒れたのは恐らく血管迷走神経反射って奴ね、知ってる?」

私が混乱しているのを察してか説明してくれる。

――血管迷走神経反射……確かあれだよね?

「……血を見ると倒れたり、注射で倒れたりとかする、あれですか?」

私の問いに、その通りだという先生の言葉を聞きながら次第に思い出してくる。
ギリギリまでトイレを我慢していた。
本当に限界が近い状態でトイレに辿り着いた。
それから――

……。

それから、後ろから追ってきた紗が私を掴んで、壁に押し付けた。
今にもおもらししてしまいそうな私に、満足に我慢ができない体勢にされて、そして、私は――……。

失神した理由は、体調不良、過度のストレス、そして……限界まで我慢してからのおもらし……。
さらには冷水を顔に掛けられた……迷走神経が過度に働くには十分すぎる条件下――なのかな? 多分。
すぐに目が覚めなかったのは熱のせいか、あるいは座った状態で後ろが壁だったために、頭が思ったより下がらなかったことが原因だろうか?
あとは……おもらしが信じられなくて起きたくなかったとかあるのかな?

――……いや、っていうか紗は?

周囲を見渡しても紗の姿はない。
時計を見ると6時限目の途中、授業に出てる? それとも――

「彼女なら職員室でお説教受けてるみたいよ?」

「……」

私は彷徨わせていた視線を手元の布団に落とす。
当たり前のこと……紗が説教を受けるのは当然なのだ。
私を失敗に追い込んだことじゃない、あの場で見せた紗の態度。
水を被せ、大声を出していた上、被害者に当たる私は気絶していたのだから。

……。

私はベッドから足を出す。
あの場での紗の行動は明らかに私の失敗を誤魔化す為のもの。
先生たちにも本当のことを言っていない可能性もある。
それで説教が長引いてる、あるいは親とかも呼ばれたりするのだろうか?

私は足を床につけて力を込めて立ち上がる。

――何してるんだろ私……あんなことされて放っておけば良くない?
本当のことを言ってても言ってなくてもどうでもよくない? 関わる方がどうかしてる、悪いのは紗……。
……そうなの? 本当に? 私がわざと負けたりとか不機嫌にさせておきながら謝らなかったからじゃない?
紗の自業自得、だけどそれは……私が招いた事?

……。

「教室に戻る? それとも職員室?」

立ち上がった私に答えを迫る。

「職員室……かな?」

すんなりとその答えは出た。
きっと自業自得とかそんなのどうでもよくて、本当は紗と話したいだけ。
ちゃんと謝って、ちゃんと謝らせて、また前みたいに……。

849追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。12:2021/12/09(木) 00:52:43
――
 ――
  ――

「……その後先生たちには本当のことを言って……だけど、教室では……」

私は気絶していたこともあり、休み時間まで保健室で様子を見るよう言われ、紗だけが先に教室に戻った。
私が休み時間に戻ると、紗へ向けられるクラスメイトからの態度は厳しいもので……。

言わなくちゃいけない、私のおもらしの事を……そう思ったのに。

おもらし……悔しくて恥ずかしくて、それだけじゃない。
皆の前でそれを言うことは凄く怖い事。……私は結局言えなかった。

そして、それは日を置いても言えるようなことでもなく、むしろ余計に言うのが怖くなった。
おもらしを知られることへの恐怖、それが自身のことになってようやく本当の意味で知ることが出来た。
クラスで孤立する紗の為に絶対に言った方が良いと思っているのに、それが出来なかった。

小学校の時おもらししたあの子……周囲から向けられる無慈悲な視線と言葉。
そうなる可能性を覚悟して、自ら進んで受け入れなければいけない。
それに、当時の私は言ったところで自己満足なんじゃないかとも思えた。
おもらしを隠してくれた紗の事を皆が知っても、きっと紗は英雄にはなれない。私がそうだったように……。

でもそれは言わない私を肯定するための理由探し。
結果、訳が分からなくなった私が選んだ選択は現状維持と罪悪感から逃げる事。
おもらししたことは言わない。そして、皆と距離を取り続けることで罪悪感を軽くしたかった。
結果的にきっと私は友達を失うことになる、そんな事わかっていたのに。
おかしな選択だと気が付いていたのに。

『ん……あぁ……またしたくなってきた……』

――あ……瑞希の『声』……私も話してるうちに催しちゃってるけど……。

あの時の苦い思い出から目を逸らす様に、瑞希の『声』に意識を向け、同時に視線も向ける。
すると、瑞希とすぐに目が合い、気まずそうにもじもじしてる……。

「瑞希ちゃんトイレでしょ? 黙ってるとまたおもらししちゃうよ?」

そう指摘されて一気に顔を赤く染めて、悔しそうな顔をした後観念したように口を開く。

「うん……行ってくる」

そう言ってベッドから降りて思ったより確りした足取りで保健室を出ていく。

「……紗、ごめんね……」

今私は改めて何について謝ったのだろう?
勝負で手を抜いたこと?
なかなか謝れなかったこと?
教室で本当のことを言えなかったこと?
あるいは、今まで向き合わなかったことかもしれない。

「必要ないでしょー、そんなの。
勝負で手を抜いたことへの過剰な罰がおもらししてもらう事
おもらしをさせた私への罰がクラスでの孤立、まぁもともと孤立気味だったから罰としては軽すぎたかもね」

そういう考え方は実に紗らしい。

「そして、綾ちゃんは最後に私を庇えなかった罰として自ら孤立を選んだ。
私と違って友達の多かった綾ちゃんがするには重すぎた罰だと思うけどなぁー」

だから謝る必要なんてない。
でも、違う……私のは罪悪感から逃げたかっただけの行動。
むしろ私の中では楽な方へ逃げたつもりだったのだから。

結局、私のその選択は沢山の人に迷惑を掛ける結果になった。
紗だけじゃない、瑞希をはじめとしたクラスの友達だった人。
それに……斎さんも……。

……。

「……とにかく、こうしてまた紗と話せて良かった……」

「わー、嬉しい事言ってくれるー」
「わ、ちょっと!」

急に抱き着いてくる紗に驚きつつ、だけど、抵抗はしない……。
紗の行動のどこからどこまでが演技なのかはわからない。
何考えてるのか全然わからない。
不気味に思えたことも一度や二度じゃない。

――だけど紗は……友達だから……。

850追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。-EX- 1:2021/12/09(木) 00:55:07
**********

「ただい――っ! ちょっと何抱き付いてるの!? 纏衣さん離れてっ!」

トイレから帰ってきて扉を開けると、纏衣さんが綾に抱き着いていて……。
私がトイレに行っている間にどうしてこんな状況になったのか。

「えー、綾ちゃん、もっと私たちの関係を見せつけてあげよー」
「……いやいや、私そろそろ約束があって……」

そう言って綾は纏衣さんから離れるが、綾の顔は少し赤くて……満更でもない感じで。

「……それじゃ、もう行くね……瑞希ももうしばらく保健室で休んでてよ?」

私は綾が保健室を出ていくのを見送って、ゆっくりとした足取りでベッドに戻り
座るか寝るか悩んで、若干の気怠さが残る身体を気遣いベッドに潜り込む。

「わー寝ちゃうんだー」

「悪い? もう後夜祭まで眠りたい……」

私は寝返りを打って、壁の方に身体を向ける。
怠さもそうだけど疲れも凄い。

<ガタッ>

後ろで紗が椅子に座るのを気配で感じる。

……。

「……さっきの話、勝負で綾が手を抜いたのに怒ってあんなことしたって……違うよね?」

「えー、わかっちゃうー?」

綾は本当にそう思っていた見たいだけど、何となく私はそう思えなかった。
纏衣さんは私に、勝負に関しては相手が本気であることが重要とか言ってたし、それはきっと嘘ではないのだろうけど……それでもどこか違和感を感じた。

「そう、それが私を遠くから見ることが出来ていたあなたの認識。
綾ちゃんにはそう思われないような行動をしてきたから、まずわからない」

本当になんなんだろうこの人は。
勝負で負け込んでいて機嫌が悪かったって言うのも違う気がしたし
怒っていたのが嘘だとするなら、綾のトイレを邪魔した本当の理由もわからない。

綾と接する纏衣さんは私と接するときと大きく違わない。
だけど、僅かに感じる印象の違い……私が感じてるそれを綾には見せないようにしてる。
むしろ私には気が付くようにわざと見せている気さえする。

「私と綾ちゃんの勝負なんだよ、外野なんて知った事じゃない」

私が考え込み言葉を発しないでいると
少し語調を強めたような声が聞こえ、私は寝返り纏衣さんの顔を見る。

「全部が計算されてたことじゃないよ、だけど……綾ちゃんが最後に周りとの接触を絶っちゃうのはちょっと出来過ぎだったよねー」

全然表情を変えていなかった纏衣さんは、不気味な事を言い出す。
まるで、多くが望んだとおりに話が進んだみたいに……。

「どうして、わざわざそんなことを私に話すの? 私、綾に言うかもしれないのに……」

「言わないでしょ?」

まるで当たり前のことのように返される。
一体どうしてそんなことがわかる?

「不思議そうな顔してるね?」

そう言ってベッドに椅子を近付けて私の顔へ手を伸ばす。

851追憶6「雛倉 綾菜」と勝負の行方。-EX- 2:2021/12/09(木) 00:55:52
「ちょ、ちょっとなんなの!?」
「撫でてあげるんだよ?」

髪と頬を撫でる手……私は身構えつつもそれを受け入れてしまう。

「瑞希ちゃんは甘えん坊だよねー、私に優しくされて嬉しかったでしょ?」
「っ……ちが――」
「最近、綾ちゃんにも優しくされたんじゃない? その時も嬉しかったでしょ?」

私は否定するために口を開きかけて、それを閉じる。
……纏衣さんの時は正直よくわからない。
だけど、綾に見られた時……どうだったんだろう。
あの雨の日、また話せたことを嬉しくは思った、シャワーを浴びるために家に呼ばれたことも嬉しかった。
それはようするに……嬉しかったということでいいの?

――いや、そんな事じゃなくて……。

「結局なんなの? 何がしたいの?」

纏衣さんは私の言葉に手を引っ込める。
不覚にもほんの少しそれを名残惜しく思ってしまったことに自分でショックを受ける。

「何も……あの頃と違って私も成長したからねー」

何が成長したのか……。
いや、こうして私と話している事……つまり綾以外との関りを持つこと?

「綾ちゃんが誰とも話さなくなって私はとっても嬉しかった、清々した。
私の転校もあったし、これで綾ちゃんは謝ることも出来ず、罪悪感から一生一人……とまでは行かなくても
他者他の間に壁を作って生きていくんだと思うと幸せだったなぁ」

私は目を見開く。
綾が話したさっきの話の裏で纏衣さんはこんなことを考えて行動していた。
転校して会えなくなる悲しみよりも、綾が誰かと話をしてることの方が耐えられないって事?
狂ってる……この人はとても歪んでる……。

「どう? 私の話を聞いて綾ちゃんに逢わせたこと後悔したー?」

……。

「し、してない……成長、したんでしょ?」

もしかしたらそう言わせたいのかなってどこかで思った。
だけど、そう思っても……私は纏衣さんを信じてみたいと思った。
歪んでいた……いや、きっと今もこの人は歪んでる。
それでも、確かにこの人は私の気持ちを汲んで譲歩した。
綾に会うことを目的としてここまで来たのに、事情も何も分かってない私のわがままに付き合ってくれた。

「……ありがとう、瑞希ちゃんは優しいね」

「べ、別に……」

纏衣さんは立ち上がる。
もう、どこかに行ってしまうのだろうか?

「そんな名残惜しそうな顔されてもねー」

「っ……してない……」

――そ、そんな顔してた? してないよね? 揺さぶってきてるだけだよね?

それにしても私、本当にどうしたんだろう……。
流石に気を許しすぎな気がする。ほんの数時間前まで大っ嫌いだったはずなのに。
今は綾に会うことも許可してしまってる。こんな危ない人なのに。
私のこの心の動きすら、もしかして手の平の上なんじゃ……。

「すぐ戻ってくるよ、トイレに行きたいだけだしー」

――あ……そりゃそうだよね、私より多く飲んでたんだから……。
私も気が付いたらそれなりにしたかったわけだし、一緒位に済ませた纏衣さんも話の途中か、私がトイレに行ってる間にしたくなってたんだよね。

扉の前で小さく手を振ってから出ていく纏衣さんを、私は寝ながら見送る。
戻ってきてくれる……一人で心細いとはいえ、ちょっと安心してしまったことが悔しい。

私は嘆息してから目を瞑る。
今はまだ歪で不安定な関係かもしれない……だけど、私と綾と纏衣さんと、三人で会ったりする日も来るかもしれない。
そんな未来あるだなんて思ってもみなかった。

――ちょっと……楽しみ――いや、まぁ不安もあるけど……。


おわり

852名無しさんのおもらし:2021/12/09(木) 19:43:27
>>851 更新おつかれさまです!
待ってました。やはりたまに綾が失敗するのがいいです!今回も最高でした!

853名無しさんのおもらし:2021/12/10(金) 15:14:09
綾菜ちゃん中学生時代から800ml以上我慢出来てたのか

854名無しさんのおもらし:2021/12/12(日) 02:19:26
読み返すと話がつながっていて、面白い。
なるほどー。
次回作にわくわくしています。

855名無しさんのおもらし:2021/12/19(日) 00:50:06
今回も更新ありがとうございます。
中学時代の振る舞いが変わったきっかけが明らかになる回でしたね。
最初は一匹狼の雛さん (自称ではないですが) でしたが、最近、色々な人と繋がってる感じしてきましたよね。

857名無しさんのおもらし:2022/04/07(木) 23:25:23
あげ

858事例の人:2022/06/10(金) 23:51:01
>>852-855
感想などありがとうございます。

実は……此処での投稿最後にするかもです。
しばらく後になると思いますが以降というか加筆修正版をPIXIVで順次行うことになると思います。(その前に掲示板管理者さんへPIXIV掲載許可を得るつもりです)
掲示板小説はここでの活動以外でも長くお世話になってきたので思い入れはありましたが、色々思うところもあったので。
一応今回で文化祭編は完結ですので、お楽しみいただければ幸いです。

859事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。1:2022/06/10(金) 23:54:09
「そんじゃ、私はお暇するぞ」

私と弥生ちゃんは雛乃の別れの言葉に小さく手を振って見送る。
一体文化祭に何しに来たのか……弥生ちゃんを堪能しに来たと言っても過言ではない気がする。

「はぁ……」

隣で弥生ちゃんが深くため息を零す。
トイレまで間に合わなかったこと、濡れタオルで身体を拭いて着替えたとは言えシャワーを浴びたわけじゃないので若干居心地が悪いこと。
それと、……雛乃との時間が終わってしまったことも当然あると思う。

――……普通に、一緒に回りたかったんじゃないかな……?
……ったく、用事があるからって言ってたけど、大した用事とも思えないし、もう少し弥生ちゃんと居てあげたらいいのに。

……。

「……どうする? さっきのバルーンアートのところに行く?」

「え、あ……いえ、もう少しお手洗いの近くで、時間潰そうかなって思ってます」

――……なるほど、二度目、三度目の尿意に備えておくわけか。

飲んだ量がそれなりに多かったんだから当然一度で落ち着くわけがない。
しかも極度の我慢の後ならなおさらトイレが近くにないと不安になって当然。賢明な判断だと思う。
だけどそうなると、私もここに残るべきか、あるいは一人にしてあげるべきか。
どっちの方が弥生ちゃんのために気を遣ったことになるのか……。

「あ……私の事は気にしないでください、一応少しは回れましたし……
それより真弓さんが雛さんと一緒に回れてないと嘆いてましたからそっちに行ってほしいです」

私の迷いを察してか、あるいは一人にしてほしいということを遠回しに言ったのか。
どちらにしてもまゆと文化祭を回れていないのは事実、正直私もまゆとの時間は作りたい。
改まって話したいこともあるらしいし。

――……でも……なんだか気を遣うつもりが遣われた感じ。

「……うん、わかった。だけど、何かあったらすぐ電話してね?」

私の言葉に小さく頷き、少し困ったような笑顔を見せてくれる。
別の感情で強く意識されていなかったおもらし……。
心が落ち着いてきて冷静になればなるほど、おもらししたことを意識してしまうのだと思う。

本当は三人……いや、瑞希も入れて四人で回る時間も欲しかったけど、本当色々とうまくいかない。
私は階段を下りる。とりあえずトイレに行きたいのだけど、三階のトイレは弥生ちゃんが使うだろうしトイレを出たとき鉢合わせるのも気まずい。
二階の更衣室前のトイレ……と考えたが、距離的に言えばまだ弥生ちゃんと近い。
鉢合わせる可能性はほぼないはずなのに、なんとなく気が進まない。

――……はぁ、万が一鉢合わせたところで、そんなに気にするようなことでもないはずでしょ?

そう心の中で思っているのに、そのまま身体は一階へ向かう。
保健室へ視線だけを一瞬向けるが歩みを止めず購買のトイレを目指す。

860事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。2:2022/06/10(金) 23:54:49
――……結局結構我慢しちゃった……今日はそんなつもりなかったんだけどなぁ……。

もう少しでトイレの前――

「っ!」
「あっ!? あやっ――…ひ、雛倉……さん」

トイレに進路を変える直前、購買から出てきた霜ちゃんにバッタリ出くわす。
そして、狼さんとか銀狼とか呼ばず苗字にさん付けなことに意外と動揺してる私……もともとの呼び方も嬉しくなかったはずなのに。

「……霜ちゃん……えっと、元気?」

とても不器用さが前面に出た挨拶……。
相手は他人行儀な呼び方なのに対して私は愛称で呼ぶとても歪なやり取り。

「元気よ、それじゃ、さような――」「待って待って!」

私は手を掴んで引き留める。
それなのに構わず歩き出そうとする霜ちゃん。

「あ、雛倉さん、鞠亜となにしてるの?」

その声に霜ちゃんが足を止めるのを感じて私は手を離す。
私はそのまま声がした方に向き直る。隣では霜ちゃんの大きい嘆息が聞こえてくる。

「はぁ―……別に…何もしてないしされてない」

声を掛けてきた山寺さんに、不機嫌そうにそう言って私とは反対の方向へ顔を向ける。
一体何なんだろうこの態度――……やっぱり霜ちゃん呼びが気に入らないとか?

「えぇ? さっきまでご機嫌だったのに……」
「何よご機嫌って! ボクはいつもこんなでしょ!」

――……そっか、機嫌よかったんだ、それなのに急にこんな態度って……わ、私…とてつもなく嫌われているのでは?

「お、あやりーん! それと山寺さんにまりりん!」

良く知った底抜けに明るい声とともに現れたのはまゆ。
山寺さんは挨拶を返し、霜ちゃんは声には出さず手で応答する。

「どったのー? 皆一緒に回る感じ?」
「別に――」「あ、良いねそれ!」「ちょ、ちょっと、ひとみ!?」

「……」

――……えっと何? 四人で回れる? 私にとってはうれしい限りではあるけど……霜ちゃんは……。

「ボク、一緒に回るつもりなんて――」「ご、ごめん……霜ちゃ――霜澤さんだって都合…とか、あるよ……ね?」

霜ちゃんが断りやすいように助言した――つもりだった。
だけど、想像以上に声が小さくなってしまって……暗い感じで……これじゃ、むしろ断り辛くしてる。

そして私の言葉にまゆと山寺さんが黙ってしまい――

「あぁもうっ! いいよ、一緒に回るよ!」

結果、決定権を嫌な感じに託された霜ちゃんは仕方ないと言った具合に折れた。
私は顔が熱くなる――……私、駄々こねたみたいだ……。

「……ごめん、そういうつもりじゃ……」「いいってもう! はぁ……」

こうして私たち四人は一緒に回ることになった。

861事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。3:2022/06/10(金) 23:55:50
――
 ――

「っしゃ!! 48点! 暫定二位!」

射的、輪投げなど色々な遊戯が用意された教室で、まゆが輪投げで高得点を叩き出す。
それに負けじと山寺さんが身を乗り出して輪投げを始める。
ちなみに一番手だった私は46点、二番手の霜ちゃんは50点満点。

……。

「(ね、ねぇ……なんて呼べばいい?)」

私は輪投げに夢中になってる二人に気が付かれないように、霜ちゃんの隣に行って問いかける。
呼び方だけの問題じゃないかもしれないが、無理に呼び方を押し通した感じになっていたのは事実だし。

「(はぁ…別に……まぁ、でもまだ名前で呼んでもらえた方がマシ……かな?)」

「(……え、えっと…鞠亜…ちゃん? いや、さんかな?)」
「(っ! ……呼び捨てで……もう一回)」

呼び捨て……別に友達という関係なら変ではないのだけど。
急に呼び捨てで呼べと言われると――……えっと、ちょっと緊張しちゃうんだけど……。

「(……んんっ………ま、鞠亜……)」
「(っ!! あ、……ご、ごめんダメ、やっぱり今のなし……苗字にして)」

――えぇ……というか何だろうその反応、あっち向いちゃったから表情は見えないけど……。
にしても……結局苗字とか、全然仲が進展しない。今の鞠亜って呼び方結構しっくり来たんだけどなぁ。

「あぁ! 46点だぁー、綾ちゃんと一緒かー」

山寺さん――ひとみちゃんの輪投げの結果が出て私と同じ46点で悔しがってる。
ちなみに呼び方はここに来る道中の話の中、いつまでも他人行儀な呼び方をまゆに見つかり改めることになった。
改めてまとめると、まゆはあやりん、まりりん、ひとみちゃん――――ひとりんも候補に上がったがボッチみたいなイメージがあるので止めになった―――。
ひとみちゃんは、綾ちゃん、真弓ちゃん、鞠亜。
霜澤さんは、雛倉さん、真弓、ひとみ。
そして私はまゆ、霜澤さん、ひとみちゃん。

……。

――……いやいや、なんで私と霜澤さんの間だけ妙に厚い壁があるの?

私は誰にも聞こえないように小さく嘆息する。
皆、得点に応じた景品――――駄菓子と飲み物が大半――――を受け取り廊下に出る。

「どーする? もうお昼だけど流石に駄菓子でお昼済ませるわけにも行かないし」
「んー、軽食があるのは綾ちゃんと真弓ちゃんとこのメイド喫茶、プールでしてるバカンスカフェにもあるのかな?」
「その二つ以外でボクが知ってるのは中庭と昇降口の外にある出店系かな」

各々が候補を出し終えて私の方を見る――……なんで私……候補出さなかったから、決めるくらいしろってこと?

「……えっと、中庭で適当に調達しようか? バカンスカフェは飲み物やフルーツが中心って椛さ――あ、副会長の人が言っていたし」

私の意見に賛同してくれたらしく、皆で渡り廊下から中庭に降りる。
ちなみにメイド喫茶は銀髪メイドがSNSで拡散されてるので行きたくない。

――……私はまたサンドウィッチでいいかな? 割と手ごろな値段で具材も選べるし。

「私は4人分の飲み物調達してくるねー、あやりん私の分のサンドウィッチも適当におねがーい!」

そう言ってまゆは走って飲み物を探しに行った。
周りに視線を向けると、ひとみちゃんはたこ焼きを、霜澤さんはハンバーガーとトルネードポテトをそれぞれ買いに行ったみたい。
私もさっさと買って、どこかのベンチにでも座ろう。

862事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。4:2022/06/10(金) 23:57:07
サンドウィッチを買って、私は4人くらいが座れるベンチを見つけ場所取りも兼ねて真ん中くらいに腰を下ろす。

――っと……そういえばトイレ、行きそびれたままだなぁ……。

それなりにしたかったはずだけど、色々考えることが多くてあまり気にならなくなっていたのだが
周りに誰もおらず、腰を下ろして一息つくと、結構溜まっていることを改めて自覚する。

――……皆来て食べ終えたら、トイレに行かないと……っ。

尿意の波が来て、ベンチの下で足を絡める。
波はやっぱり高い。昨日、我慢し過ぎた影響……。

高くはあるが短い波を越えた頃、ひとみちゃん、霜澤さんが私を見つけこちらに向かってくる。

「いいとこ見つけたねー、丁度4人座れそう!」

そう言ってひとみちゃんは端の席に座る。

「え、ちょっ!」

霜澤さんが抗議の声を上げる。
どうやら端に座りたかったらしい。
理由は――

――……私だよね? ……。

私は気を使い反対側のベンチの端へ移動する。
これで、私と霜澤さんの間にまゆが座る並びになる。

「……」

私の行動を見ていた霜澤さんが何とも言えない気まずそうな顔をする。
抗議の声を上げたことで私が気を使い移動したのを理解してる。

そんな視線から逃げるように私は手元のサンドウィッチに視線を落とす。

――……どうしてこうなったんだろう? こんな関係になりたかったわけじゃ……。

「おー、みんな早いっ! 見てよこれ、タピオカミルクティー! 旬が微妙に過ぎちゃってる感が逆にいいよね!」

何が逆に良いのか……。
まゆは高いテンションのまま飲み物をまずひとみちゃんへ、次に霜澤さんへ。
そして何を思ったのかまだ座っていなかった霜澤さんの前、つまりひとみちゃんの横の席に勢いよく座る。

「っ!?」

「はいこれはあやりんの分ね! サンドウィッチちょーだい!」

手を伸ばしてミルクティーを差し出してくるまゆに私は手を伸ばしてそれを受け取り、まゆに買ったサンドウィッチを代わりに渡す。
そのやり取りを立ったまま見ている霜澤さん……。

「まりりんどうしたの? 座ろうよ」

まゆは空いている席を小さく叩いて、霜澤さんに座るように促す。
霜澤さんは難しい顔でまゆを少し睨んで……だけど、それを押し殺すようにして小さく嘆息する。
私を一瞥して黙って私とまゆの間に腰を下ろす。

――……これ、ひとみちゃんもまゆもわざとしてる?

私と霜澤さんの関係が微妙なことに気が付いて、接触の機会を増やしてくれているように感じる。
示し合わせているって感じではないから、ほとんどアドリブなんだろうけど。
霜澤さんもそれに気が付いているのだと思う。

863事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。5:2022/06/10(金) 23:58:40
――それにしても、このタピオカミルクティー……悠月さんの飲んでた奴だよね……。

タピオカを抜いても500ml程度ある大容量の物。
流石に今の状態でこれを飲み干すのは辛い。
すぐにトイレに行ったとしても、再度催すのは目に見えている。
かと言って飲み残すとなると、昼食後トイレに行くとき邪魔になる。
持ってもらうか、再度催すことを承知で飲み干してからトイレに行くか。

――まぁ、半分くらい飲んで、持ってもらうのが無難か……。

皆同じものを飲んでいるんだから、この後絶対『声』を聞くことが出来る。
済ませた後、尿意がありませんでは『声』を聞くことが出来ない。

結局、今日も『声』を聞くために尿意を我慢しようとしてる自分に少し呆れる。
普通に回る予定だったのに――……でも、聞ける可能性があるんだからしょうがないよね。

不意に隣からトルネードポテトが差し出される。

「ひ……一口…食べる?」

私に視線は向けず、霜澤さんがそう言ってくれる。
まゆやひとみちゃんの思惑を察して付き合ってくれたのか、あるいは……。

「……うん、一口貰う……」

私はそう言って霜澤さんの手に自分の手を重ねて、自身の口へ誘導する。
ただ、一口貰ってるだけ、食べてるだけ――……なのに、なんか、こう……恥ずかしいんだけどっ!

「ん……美味しい」
「で、でしょ? こういうのボク好きなんだよね」

私の感想に付き合ってくれてはいるが、結局視線はこっちには向けてくれない。
それは多分、まゆとひとみちゃんを納得させるためだけの行動で……。
私も視線を逸らす……私と霜澤さんとの温度差があり過ぎて、辛い。

結局霜澤さんとのやり取りは以降続かず。
食事を済ませつつ、談笑して過ごす。
談笑と言っても、私はまゆが時折振ってくれる話題に参加したり、相槌を打つ程度。
私とまゆの間で、霜澤さんが居心地悪そうにしているのがちょっと気の毒で……。

『はぁ……あ、トイレ……まぁ、ここを離れる良い口実ではあるけど……』

――っ……霜澤さんの『声』……。

今、尿意を催したという感じの『声』。
それを理由に、今の居心地の悪い席を立とうとしている。
私自身、それなりにしたい。霜澤さんには悪いけど、トイレに立つなら便乗しよう。

……。
………。

――……? 全然行こうとしない……。

視線を少しだけ霜澤さんへ向けると手でタピオカミルクティーの容器を転がしていて
居心地の悪さを感じているのがわかる。――……だったらなぜ席を立たない?

「っ……な、なに?」

私の視線に気が付いた霜澤さんが不機嫌そうに問いかける。
私はすぐに視線を逸らして「……別に、なんでも……」と適当な返事で誤魔化す。
そんな私に呆れたのか小さく嘆息されたのがわかる。

『ったく、こんな空気でトイレ行ったら、なんか負けたみたいで腹立つ……もっと自然なタイミングで行かないと……』

――あ……そういうことか。

『声』が聞こえていない皆にとっては、トイレに立つ行為が、尿意によるものなのか、居心地の悪さに耐えかねてなのか判断できない。
そして、霜澤さんは今、居心地の悪さを感じてはいるものの、その居心地の悪さはまゆやひとみちゃんが善意からとは言え故意に作ったもの。
それから逃げ出すことは、負けた気になるというのはなんとなくわかる。

――……そういえば、霜澤さんって勝負事好きそうなイメージだなぁ、体育祭の時も凄く楽しそうだったし……。

ついさっきの輪投げもそう。
いつも本気で勝ちに来てる感じがする。
そこに実力も伴ってるから凄い。成績も朝見さんほどじゃないけどいつも上位――――大体私より一つか二つ上――――みたいだし。

――……まぁ、だからってトイレくらい行こうよって思うけど。
私から声を掛けて一緒に行けば負けたみたいに思わないかな?
それとも、私が誘うこと自体が負けたみたいに感じてしまうかな?

……と言うか、一緒にトイレにってどう声を掛ければいいのか……。
普通にトイレに立てばついてきてくれるといいんだけど、そうはならない気がする。

864事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。6:2022/06/10(金) 23:59:43
「あららー? 鞠亜様じゃないですか? ご学友と仲睦まじい様子で何よりです」

――っ!

「っ……如月、何の用?」

「いやいや、用事だなんてー、ただ文化祭へお嬢様と遊びに来てるだけですよ?」

如月さんはそう言うが、肝心の「お嬢様」である水無子ちゃんは見当たらない。
どこかに置いてきてるのか、ただの出まかせだったのか。

「んー? よく見ると変わった席順ですね、瞳様の隣が鞠亜様になりそうなものですが……」
「っ! た、たまたま、あ――ひ、雛倉さんと隣になっただけだからっ!」

動揺し過ぎ。私の隣っていうか、位置的にまゆも隣だし。
……それと、この人にそういう態度見せるの良くないって霜澤さんならよく知ってるでしょうに……。

「雛倉……さん? 呼び方が変わってますけど、もしかして喧嘩中ですか?」

――……ほら、なんか興味持ち始めたし……ニコニコとした顔で喧嘩中ですか? とか、絶対楽しんでるでしょ。

そして、私はその答えを持ち合わせていない。
喧嘩と言うわけではないと思うが、それならばこの今の状況は何なのか……私にはわからない。
霜澤さんも答えに困ったのか視線を私と如月さんから逸らして黙っている。

「よくわかりませんけど、なんだかギクシャクしちゃってて……」

誰も答えないでいるとひとみちゃんが代わりに答える。
やり取りからひとみちゃんと如月さんは一応顔見知りのような印象を受ける。
そして隣の霜澤さんは視線をひとみちゃんの方へ向けていて――……余計な事言うなっ的な視線かな?

「なるほどねー、雛倉様は困っている感じがしますし、鞠亜様は何やら余裕なさそうな感じ……原因は鞠亜様の方にありそうですね」

――……そ、そうなのかな? なんだかきっかけは明らかに私な気がするけど……。

「まぁ、なんにしても二人の問題なのは間違いないわけですし、それで二人のご学友にも迷惑が掛かってます。
ちょっとしたお仕置きをしてあげますので、二人とも目を瞑っていただけますか?」

そう言って如月さんは私と霜澤さんにニコニコした笑顔を見せる。
隣を見ると凄く嫌そうな顔をした霜澤さんが渋々と言った感じで目を瞑る。
目を瞑るという行為から考えて、デコピンかそれに近い何かだろうとは想像は付くわけで……。
私もいつ痛みが来てもいいように身構えつつ目を閉じる。

「ではそのままで、雛倉様は右手を、鞠亜様は左手を前に出してください」

――……? デコピンじゃない? 手と言うことはしっぺってこと?

だけどどうして私は右手で、霜澤さんは左手なのか。
そして、これって目を瞑る必要があったの?

「では行きますよ」

何が来るかよくわからず身構える。

<ジャラジャラ>

――……何の音? 鎖のような…金属音……。

<カチャン>

その金属音は、私の手首に何かが当たった後、手首を巻くようにしてから聞こえた。
そしてすぐ隣でも同じような音が……。

865事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。7:2022/06/11(土) 00:00:49
――っ!

私はそれが何か察して目を開きすぐに手を自身へ引き寄せる。
だけど二つ目の音が聞こえた時点で手遅れなのはわかっていたこと。

「いたっ、ちょ……え?」

私が引いた手に霜澤さんの手も引かれて、痛みから声を上げる。
そして、目を開いて霜澤さんも困惑の声と表情。

私たちの手首には、手錠がされていた。

「二人にはしばらく離れられない呪いのブレスレットをプレゼントします」

……。

私は手錠を見たまま固まる。
とても外せそうにない本格的な手錠。決してブレスレットなどというおしゃれアイテムではない。

「ちなみに開錠するための鍵は水無子お嬢様がお持ちですので、お二人でお手てを繋いで仲良くお嬢様を見つけてくださいませ」

――……え? ……え??

「うわぁ……私たちよりめっちゃ強引な方法……」

まゆが言葉を漏らす……。そして隣のひとみちゃんに「水無子ちゃんって誰?」とか言ってるのが聞こえる。
――……ちょっと、え? 他人事なの? もうちょっとこう……ないの?

……。

つまり、この手錠を外すには水無子ちゃんを見つけて鍵を貰う必要があるってこと。
そして手錠のせいで別れて探すこともできない。
一緒に校内を……文化祭を回るしかない。
手錠を付けて歩き回るとか周りの視線とかで苦行でしかない。

「ちょっ! ふざけてるの如月! あぁ、もうっ!」

そう言って霜澤さんは鞄から携帯を取り出す。

――……そっか! 電話で連絡を取れば、すぐに水無子ちゃんが見つけられる!

<〜〜〜♪>
「残念ですが、水無子お嬢様の携帯は修理中でして、今私のサブ携帯を持たせておりますので」

如月さんはそう言いながら、着信音の鳴る携帯を取り出して電源を切る。
――……どう考えてもその携帯水無子ちゃんのだよね? 全然修理出してないじゃん!

「っ……」

霜澤さんは座りながら如月さんの顔を睨みつける。
本当に怒ってる……迷惑してる……。

――……そう、だよね……。

迷惑なことだし怒って当然なこと、それなのに……。
私、落ち込んでる? ……霜澤さんが私をそれほどまでに拒絶したいのだと感じて……。
気持ち悪い……胸が痛い……苦しい……。
あれ? ……私、こんなに、霜澤さんの事気に入っていたっけ?
確かに霜澤さんは昔話したことがある紫萌ちゃんだった。でもたったそれだけと言えばそれだけ。
あの病室での絡みなんて一日数時間程度で日数も僅かで――……えぇ……私、なんでこんなに霜澤さんの事好いてるの?

866事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。8:2022/06/11(土) 00:02:26
――っ! え……何?

ふと、右手に鎖が揺れる感覚を一瞬感じる。

視線を手に向ける。
霜澤さんの手は今は動いていない。
さっき少しだけ動かした? なんで?

「如月、後悔しても遅いからっ」

霜澤さんのその言葉と同時に、如月さんの鞄の中で携帯が鳴る。
直後、また右手に鎖が揺れる感覚……。

――合図? 携帯……っ、もしかして、奪うつもり?

今、如月さんの携帯が鳴っているのは恐らく霜澤さんが電話したから。
携帯の位置を把握して、それを奪う。その携帯の中には必ず水無子ちゃんが持つ携帯の番号が登録されているはず。
ロックを掛けられている可能性も高い。それでも霜澤さんはやるつもりらしい。

如月さんが鞄に手を入れ、携帯を確認する素振りを見せる。
同時に霜澤さんが立ち上がるために足と手に力を入れたのがわかった。

――だけど……こっちは座ってるから当然この一手は遅れる……。
手錠をされている以上、はじめの一手を躱されてしまえば一人と言う身軽な立場の如月さんから携帯を奪うのはほぼ不可能……。
だから霜澤さんの一手で必ず奪う必要がある。

相手の初めの一手、離れる動作を封じる手が必要……。
さっきから私にしてる霜澤さんからの合図の意図は――

私は霜澤さんが行動を始める直前、座ったまま足を延ばす。
如月さんの足を越えたところで、つま先を横に倒す。
同時に立ち上がった霜澤さんが動きやすいよう、右手を前に出す。

如月さんの視線は霜澤さんに向けられていて、足元を見ていない。
下がろうとして如月さんの足が私の足に当たる手応え。

「っ!」

行けると思った時、目の前に布が舞う。
スカートの生地……足を引っかけたせいで派手に転んだのだと一瞬思い、焦った。

――あっ……が、ガーターベルト……じゃ、なくて……あれ、ちゃんと立ってる?

舞い上がったスカートの下ではちゃんと二本の足があって……転んでなどいない。
確かに手応えはあったが、バランスまで崩したわけじゃない。
もう少し視線を上げると、霜澤さんがスカートの生地に飛び込む形になっていて……。

――えぇ……うそ? 読まれてたってこと? 目くらましのためにスカートを……え、何? 化け物なのこの人?

スカートに飛び込んだ霜澤さんは如月さんの肘による鉄槌を受けて地面に叩き落され、同時に倒れた手に引かれて私もベンチから前のめりに倒れて地面に手を突く。

「えっと、後悔が――……なんて言いましたっけ?」

――……え、何この人、ニコニコしてる……怖い。

「え、え? 何が起きたんですか!?」
「あー、うん……メイドって強いよね」

まゆとひとみちゃんの呆気に取られた感想……。そしてまゆに賛同、メイドって強い。
何かよくわからないけど、完璧な連携が出来ていた気がしたのに、全く歯が立たず、二人して地面に手と膝をついてる……。

867事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。9:2022/06/11(土) 00:03:16
後頭部を押さえて立ち上がる霜澤さんを抱えてベンチに座る。

「うぅ、ありがと、綾……あっ………ひ、雛倉さん……」

「綾」と呼ばれ一瞬ドキッとしてしまう。
そして同時に違和感……。病室での紫萌ちゃんとの会話の時、「綾」なんて呼ばれ方してなかったはず……。
確か夏祭りの時も私の事を「綾」って呼んでいた覚えがあるけど――

「ふふっ、いい加減素直になられたらいかがですか?」

――……?

如月さんの今の言葉は恐らく霜澤さんに向けられたもの。
どういう意味か分からず、視線を霜澤さんへ向けるが右手で後頭部を押さえながら何やら難しい顔をしてる。
それと同時にさらに視線の先……。

――……えっとまゆ? 何今の表情……?

一瞬しか見せなかったが、霜澤さんを見ていた表情が凄く温かい表情に見えた。
私の視線に気が付いたのかすぐに苦笑いをこちらに向けてきたけど……。

「とりあえず、鍵は水無子お嬢様ですから、……ふふっ、文化祭楽しんでくださいませ」

そう言い残して、如月さんはスカートを翻して校舎の中へ姿を消す。

……。
…………。
………………。

――……え、何これ…本当に手錠して校内歩くの?

「あー、どんまいあやりん」

他人事のようにまゆがいう。どんまいとか久しぶりに聞いた。
額に右手を当てようとして、鎖が音を立てたので止めた。

「……えっと、まゆとひとみちゃんも水無子ちゃん探すの手伝ってくれる?」

まさかこのまま後夜祭まで、あるいはそれ以降もずっとこんな感じとか――っ……え、待って…………トイレは?

……。

――……え、嘘……不味くない? この状況……。ミルクティー半分くらい飲んじゃったんだけど……。

このベンチに座った時には、既に結構我慢している状態だった。
それに加えて、前日の極度の我慢のせいで、たまに来る尿意の波がとてつもなく強烈で……。

「あー、うん、良いよ。流石にその格好で歩き回るのは恥ずかしいだろうし、ここで二人で待ってる?」

――……待つ? いや、待っていられる? ……私そんなに持たないんじゃない? 多分だけどもう6割超えてるんだけど。

「あ……いや、手分けして探そう、これ恥ずかしいけどボクは雛倉さんと探すから」『しまった…トイレ行ってない……ちょっとでも早く水無子を探さないと……』

私と同じように尿意を感じている霜澤さんは、手分けして探すことを提案する。
霜澤さんのミルクティーを見るとすでに8割なくなっていて、飲んだ量は私よりも遥かに多い。
嬉しいこと? いや、全然そんなことない。
明らかに今切羽詰まってるのは私の方だし、楽しみよりも不安のが圧倒的で本当に焦る、何ならすでに動悸が凄い。
考えたくないけど……このまま手錠を外せないまま限界になったら?
この距離でおもらしを見られる? もしくは手錠つけてるのにトイレとか――……な、なんかベタな話だけど、当事者とか絶対嫌なんだけどっ!

「おっけー、私たちは教室棟の方見るから……あーと、水無子ちゃんってどんな感じの子?」

まゆの質問にひとみちゃんと霜澤さんが私を見る。
当然一番わかりやすい見た目の特徴は――

「「「銀髪」」」

「お、おう……銀髪ね」

まゆとひとみちゃんはベンチから立つとこちらに手を振りながら教室棟の方へ歩いて行った。

868事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。10:2022/06/11(土) 00:05:43
「……どうする?」

漠然とした質問。
どこから探すのか、手錠してるけどどうやって歩くのか……。

「布を被せて……いや、余計に目立つ? 並ばず前後で……それは連行してるみたいか」

霜澤さんは私の問いかけを「手錠をしたままどう歩くのか」と言う意味と捉えたらしい。
合理的で不自然に見えない方法……。

「……て、手を…繋いで、身体を寄せて、身体でなるべく手錠を隠す……とか?」

――…………え、何言ってるの私? いや、一番合理的だけど……て、手を繋ぐ? は? 手を?
……身体を寄せるって何? 嫌いな人から密着されるとか絶対拒否されるよね? 拒否……い、言わなきゃよかった……。

「うぅ……そ、それで行こう……死ぬほど嫌だけど」『トイレの事もあるし、もたもたしてるわけにはいかないし、これは…仕方がないこと……』

――……死ぬほど嫌……そんなに? いや、決まり文句なのはわかるけど……。嫌……死ぬほど嫌……か……。

正直言ってとてつもなくショック。……落ち込む。
それでも、手錠が見えるように歩くことで注目を浴びるよりマシだと思ってくれたのは救いか。

「……い、いこっか?」

とりあえずベンチから立ち上がる。
いつまでもこうしているわけにはいかない。
色々混乱することが多いが、一番の問題であるトイレは行動しなければ解決できないのだから。

「教室棟は行ってもらってるし、ボクたちはこっちか……」

立ち上がり視線を教室棟ではない方へ向ける。
……職員室とか音楽室とかいろんな部屋がある棟って一般的な呼び方ってあるのだろうか?
そんなどうでもいいことを考えていると鎖を通して右手が持ち上がるのを感じる。

「は、はい……手……」

まるでエスコートするかのように手を差し出す霜澤さん。
私の手が霜澤さんの手に吊られてさえいなければ、とても紳士的な光景だったはず――……なんだか勿体ない。

「……うん」

差し出された掌の上に、自身の手をそっと重ねる。
な、何ドキドキしてるんだろ……私。

――……いや、ていうか私、手汗とか大丈夫? 手を拭こうにも繋がれてたし……。

『っ……て、手汗とか平気かな?』

同じことを思ったらしくそんな『声』が聞こえてくる。
嫌いな相手でもそういうところは気になるよね……。

……。

どちらからと言うことでもなく、手を下ろす。
私は小さく深呼吸してから身体を寄せて手錠を見え難く――

「な、何してんの?」

突然後ろから掛けられた声に驚き、身体と手を離して距離を取――

<ガチャッ!>

「痛っ……」「っ……」

手錠してるのに離れられるはずもなく、手錠が手首に食い込み――……めっちゃ痛い。

「は? 手錠?」

二人して痛みで蹲る中、私は視線を上げる。そこに居たのは困惑の表情――――引いてると言い換えても良い――――を浮かべる斎さんだった。
嫌なところを斎さんに――いや、誰に見られても嫌だけど。

「……えっと……じ、事情があって――」「意味不明、関係ないし……」

最後まで聞くことなく困惑の表情から不機嫌そうな顔になって通り過ぎていく。
本当に意味不明でごめんなさい。見方によってはまた誰かと仲良くしてるように見える状況でごめんなさい。

869事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。11:2022/06/11(土) 00:06:45
「今の……斎神無よね? 良かったの? 何か不機嫌そうに行っちゃったけど?」

意外と言えばいいのか、霜澤さんは斎さんの事を知っているらしい。
……。

「……うん、関係ないって言われたし……私に対してはいつもあんな感じだから……」

霜澤さんは私の言葉を聞いて気まずそうに視線を逸らしてから小さく「ごめん」と呟く。
別に謝るようなことじゃない。むしろ、暗い感じに話した私が悪い。

……。

いつまでもこうしているわけにも行かない。私たちは立ち上がり無言で手を繋ぎ再度身体を密着させる……今回はさっき慌てたせいで確実に手汗が、ついでに心音もヤバい。
とりあえず渡り廊下を越え校舎に入ったのは良いけど、目の前は保健室……。
保健室にまだ紗や瑞希がいるかもしれないと思うと、早くこの場から移動したい。
階段か、体育館か、あるいは昇降口の方に向かうか……。

――……上は上で……弥生ちゃんがまだ居たり?

正直、どこにも行きたくない。
さっきの斎さんの件でわかったけど、知り合いの場合は今のこの手を繋いで密着してるところを見られるのが思った以上に恥ずかしい。
逆に知らない人の場合は凄く仲が良い二人くらいにしか見られないはずだけど、手錠を見られて好奇の視線が集まるのが辛い。

「た、体育館に行こう」

霜澤さんの提案で体育館へ行くことになる。
人が多くちょっと気後れするが、中に入ってみると出し物中で薄暗くなっていてむしろ助かる。
ただ、薄暗いせいで水無子ちゃんを探すのも難しい。

――……っ…って言うかトイレ……不味い……これ、本格的に……。

飲んでしまったミルクティーが少しずつ下腹部を膨らませてきてる。
立ち止まって周りを見渡す霜澤さんだけど、私としては立ち止まられるのは辛い。
手を繋ぎ密着してるせいで、下手に我慢の仕草を取れない上に、飲み残しのミルクティーで左手も使えない。

――つ、使えないって……まだ押さえなくても……うぅ、でも丁度薄暗いから、押さえてもバレないのに……。

仕草を取れない、押さえられない以上、必死に出口を閉めて、膀胱が暴れないように心の中で言い聞かせるしかない。
それはわかってるんだけど……。

――っ……波っ、じっとしてるとダメ、波が来ちゃう、来ちゃダメ……。

左足を僅かに上げて右足に擦りつける。
今、本格的な波が来たらきっと霜澤さんに気が付かれるくらいの仕草を晒してしまう、それだけは避けたい。
どうにかして宥めて乗り切らないと……。

『うぅ……ミルクティー飲み過ぎた……早く見つけないと……とりあえず、ここにはいない?』

『声』……でも、やっぱり楽しんでいる余裕は今はない。
霜澤さんには一度失敗を知られている――――当時は紫萌ちゃんと名乗っていたが――――からなのか
尿意を悟られるのがいつも以上に恥ずかしいことのように感じる。
それに今の関係性もあって少し怖かったりもする。
怖いと言っても、何かされるとかそういうことではなく……拒絶されたり、今以上に距離を取られたり……それが怖い。

870事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。12:2022/06/11(土) 00:07:36
「えっと次は……」

そう声に出しながら体育館の外に二人で歩みを進める。

……。

このまま闇雲に歩き回っていて大丈夫なのだろうか?
まゆたちには教室棟を見てもらっているので、こっち側を見れば殆ど確認し終えるとは言え、全部覗いて回ろうと思うとまだそれなりに時間が掛る。
入れ違いになるなんて事も考えられるし、そうなれば一時間使っても見つけられない可能性があるわけで……。

私は体育館を出たところで歩みを止める。

「――雛倉…さん?」

霜澤さんが歩みを止めた私に問いかける。

「……水無子ちゃん、誰かと来てると思う?」

私はあまり水無子ちゃんについて知らない。
だけど、椛さんや皐先輩、霜澤さんと言った人と遊んでいるのは知ってる。文化祭に一緒に来るような友達がいるなら、わざわざ年上の人と休日遊んだりするのだろうか?
自分で言ってて割と酷いこと言ってる自覚はあるけど、この推測は間違ってないと思う。

「えっと? 如月が連れてきてただけだと思うけど……?」

そう、だったらなんで如月さんの傍に水無子ちゃんはいなかった?
一人で遊ばせてる? ありえない。 つまり――

「――……だったら、この学校の知り合いのところにいるんじゃない?」

「っ! そっか、金髪んとこか!」
「……あるいは椛さんと一緒なんじゃないかな?」

私たちは近くの段差に腰を下ろして、ミルクティーを置いて携帯を取り出す。
――……本当、このミルクティー邪魔。……美味しかったけど。

「綾は――……こほんっ、……雛倉さんは紅瀬先輩の番号知ってるんだっけ?」
「……うん、椛さんには私が聞いてみる」

携帯の履歴から椛さんの名前を見つけて発信して耳に当てる。

「ねぇ……」

繋がるまでの少しの間に、霜澤さんがこちらに問いかける。
私は視線を向けて反応する。

「トイレ……我慢してる?」

――っ!!?

  「もしもし?」

「っ……も、椛さん!?」

混乱した中、椛さんの声が聞こえて来て、さらに混乱してしまう。

――……え、なんで、バレ――っ、あ、仕草……あ……。

考え事のしていたためなのか、無意識に電話を掛けながら足を擦り合わせていて……。
こんなに近くにいるのにこんな仕草見せてたら――……あぁ、やらかしたぁ……。
頭を抱えたくなるが手が足りない……。

  「電話かけてきたの綾でしょ? なんで私が出て驚いてんの……?」

――……ご、ご尤もです。

私は姿勢を正して仕草を隠し、電話に集中する。
……顔が熱いのはきっと気のせい。

「あ、えっと……椛さんところに水無子ちゃん居たりしませんか?」

  「え? あぁ、いるわよバカンスカフェを満喫――いや、出来てないか」

それを聞いて隣で皐先輩と電話してる霜澤さんに手錠の付いた右手を持ち上げ合図を送る。
それにしても満喫出来てないってどんな状況なのだろう?

「……あ、ありがとう、今からそっち向かいたいんだけど――」
  「あー、はいはいおっけー、水無子に用事でしょ私が案内しに行くから」

流石は椛さん、察しが良くて助かる。
もしほかの人に来店の案内されたら、席に案内されたり待たされたりで面倒だったし。
もう一度お礼を言って通話を切る。隣を見ると、霜澤さんも通話を終えたらしく携帯をしまっているところ。

「……水無子ちゃんバカンスカフェにいるって」

「みたいね、良かった……ボクもトイレ行きたくなってきてたし……」『ボクもだけど、綾も結構したい感じかな? もじもじしちゃうくらいだし……』

――……っ! ……お、落ち着いて……はぁ、大丈夫、もうすぐ鍵が手に入るし、さっきまでとは状況が違う。
もうすぐ手錠外せるね、実はトイレに行きたかったんだー、私もー、みたいなノリでしょ? 全然普通の事だしっ!

トイレに行けない状況で尿意を悟られるのは「え、どうしよう? 我慢できる?」みたいな感じで心配とかされるわけで。
行ける目途がたった今となっては何も恥ずかしいことはない。ないはずなのに、やっぱり顔が熱い。
そもそも、隠していた尿意がバレるのが恥ずかしい……バレたのもトイレに行ける目途が立つ前だったし……。

871事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。13:2022/06/11(土) 00:08:55
「じゃ、行こっか」

私は霜澤さんの言葉に小さく頷きで返して携帯をしまい、ミルクティーを持つ。
いい加減、これ飲み干してしまおうかと迷っていると、隣で霜澤さんがあと少しを飲んでいて、私もつられて口をつける。
ただ、私の方は量が半分ほどあるので結局全部は飲まずにほんの少し残す。
バカンスカフェについてから飲み干して容器をゴミとして捨ててしまおう。

そして二人で立ち上がる。
立ち上がってみると……やっぱりトイレに行きたい。
波がなくても、下腹部が僅かに張ってきてるのを感じる程度には溜まってきちゃってる。
二人してほんの少し足を早めてバカンスカフェへ向かって歩き出す。
場所は体育館の横を過ぎればすぐ、もう入り口が見えてる。

「いらっしゃい綾、……それと、珍しいわね、鞠亜も一緒なんて」

椛さんが霜澤さんを名前で呼び捨てているのを聞いて……なんだかちょっと羨ましく感じる。
当然察してはいたけど、二人は知り合い。共通の知り合いに皐先輩や水無子ちゃんがいるので不思議なことではない。

――っ……。

不意に右手が持ち上げられる。
どうやら、霜澤さんが椛さんに手錠を見せたいらしい。

「あー……あのメイドか……綾、あの人とはなるべく関わっちゃだめだからね」

――……関わりたくて関わってるわけじゃないんですけど? っ……っていうか、こんなことしてる場合じゃ……。

こうして話してる間も尿意は募る一方。
体育館と違って薄暗くもなく、目の前に椛さんが居るのに仕草なんて出せるわけもなく、必死に我慢してるのを隠し続けるのは辛い。

「それで紅瀬先輩、水無子んとこに案内してほしいんだけど?」
「了解、ついてきて」

ついていく中、途中ゴミ箱を見つけて、手に持っていた温くなったミルクティーを飲み干し捨てる。
これでもしもの時は手を使える……使いたくはないけど。

『ふー、もうすぐ……ったく、如月の奴……今度会ったらただじゃ置かないからっ』

霜澤さんの『声』……まだまだ切羽詰まっているわけではないけど、結構我慢してる感じの『声』。
もうすぐ手錠が外れると思うと、私自身の気持ちに余裕が出てきたらしく、霜澤さんの事を素直に可愛いと思ってしまう。

 「キャーほんとに可愛い! ゴスロリ衣装って奴?」
 「すごっ、なんか人形見たい! あ、だからゴシックなんだっけ?」
 「あぁ、もう! ゴスロリじゃなくてクラロリだからっ! (ま、まぁ……ゴスロリも嫌いじゃないけど)」

黄色い声を含む盛り上がりを感じさせる声。
前を歩く椛さんが嘆息しながらこっちに振り向き「この有様なの」と呆れるように呟く。
視線を前に向ければ4、5人の人だかり。その中心に僅かに見える銀髪は水無子ちゃんで間違いない。

「はいはい、散った散った、仕事しなさい!」
 「ちぇー、椛ばっかずるーい」
 「え、何あの子も銀髪? あの子のお姉ちゃんとか?」
 「違う違う、椛の幼馴染の子だよ、小中の時よく遊んでたみたいよ」
 「そうそう、どっちかと言うと妹ちゃん、雪先輩って知ってるでしょ? その妹だよ」

――……意外……私の存在が上級生に割と知られている……。

テーブルに一人残った銀髪の少女がこちらに視線を向ける。

872事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。14:2022/06/11(土) 00:09:54
「あ、鞠亜お姉ちゃんと……っ! 綾菜お姉ちゃん!」

――うぅ、笑顔が眩しい……トイレに行きたいから早く鍵下さいって言いたいのにっ!

私は尿意を押し殺して、小さく手を振る。

「水無子、さっそくで悪いけど如月から鍵的なの預かってない?」『とりあえずトイレ優先、綾もトイレ行きたいくせに水無子に合わせてなくていいって……』

霜澤さんが早速本題を伝えてくれる。
――……ええ、まぁ、トイレ行きたいですよ、とっても行きたいです。

「鍵? 知らないけど?」
「……え? 嘘? 持ってないの?」

――え、如月さん、水無子ちゃんが持ってるっていうのすら罠なの? っトイレ……え、どうするのトイレ?

「み、水無子、他には何か貰ってたりとか、聞いてたりしてない?」『はぁ? 待って……トイレ……き、如月? 本気なの?』

流石の事態に私だけじゃなく霜澤さんも慌てている――……可愛い……可愛いけど、そんな場合じゃない!
もうすぐだと思っていたせいもあり、尿意が膨れ上がってくるのを感じて……。

「あー、うん、なんか箱は貰った」
「箱?」

椛さんが聞き返すと、水無子ちゃんは鞄から金属製の小さな宝箱的な箱を取り出す。
それを椛さんが受け取り、少し観察してから軽く振ってみると、カンカンとした音が鳴る。

「……そ、それ鍵が入ってるんじゃない?」

そんな感じの音のように聞こえ、期待が膨らむ。
早くそれを開けて、鍵を取り出して、手錠を外して……それからトイレに――

「鍵かも……だけど、えっとこれ……」

椛さん困った顔で、箱の正面が見えるようにして私と霜澤さんに箱を差し出す。

「っ! ……え、な、南京錠と……時間?」
「これ……えっとタイマー式南京錠って奴なんじゃ……」

箱には開かないように南京錠が取り付けられていて。
その南京錠には時間が表示されていて……。
その時間は――

「よ、49分? それまで開けられないってこと?」

霜澤さんによって読み上げられた数字は、今の私にとって長すぎる時間……。
心臓の鼓動が早く大きくなる。口の中が乾いていく。
不安を隠しきれず、茫然とその箱を眺めていると、霜澤さんの視線に気が付く。
何か取り繕うと思い口を――

「ねえ、この南京錠を切るための工具ってどこかにない?」

私が口を開く前に霜澤さんが椛さんに問いかける。
時間が来るまで開けられないという常識を早々に打ち破ってくれる。

「えっと――」
「っ! ダメ、この箱は時間になるまで開けちゃダメって櫻香に言われてるんだからっ!」

急に慌てた様子で水無子ちゃんが制止を呼びかける。
その剣幕に驚きつつも、霜澤さんは引き下がらず、鎖で繋がれた左手を見えるように持ち上げて説得を試みる。

「いや、水無子……ボクたち手錠で繋がれてて困ってて、緊急事態だから――」『これから50分近く我慢しないといけないとか――』
「ダメっ! 絶対にダメ!」

説明を最後まで聞く様子もなく、もの凄く食い下がる……。
それにはきっと理由がある。

「えっと……あのメイドになんか脅されてるんじゃない?」
「にゃっ!? な、なんのこと?」

椛さんの言葉に声を詰まらせ、必死に平静を装おうとする水無子ちゃん。
……メイドが主人を脅すってどうなの?

……。

冷静に考えれば、脅されているなら水無子ちゃんに非はないわけで……。
ここは私たちが引き下がるべき状況。
脅されている今の状況自体、私たちの事情に巻き込まれた感じも否めないわけで。
年下の子にこれ以上迷惑は掛けられない。

873事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。15:2022/06/11(土) 00:11:21
「……わ、私は大丈夫、なんとか我慢、出来ると思うし……」

「え、我慢?」

水無子ちゃんの言葉に、はっとなる――……え、私、我慢できるとか言っちゃった? ……え、なんで言っちゃった?
完全に自爆、追い詰められてきて、焦りと不安と動揺で冷静になり切れてない。

――……っ、というかっダメ、これ波っ!

動揺が大きすぎたのか何なのか、急に平静を装えないくらいの波で……尿意が膨れ上がる。
疑問符を上げる水無子ちゃんに我慢の仕草で返答するなんて絶対に出来ない。

私は視線を逸らしてどうにか平静を装おうとする、押さえたい左手がスカートの横の生地を握りしめる。
足踏みや、必死に擦り合わせたい足が、小さく震える。

「あ……(お、お手洗いですか?)」

――っ……。

結局、水無子ちゃんに図星を突かれる。
こんなに必死になってるのに全然隠せてない。

恥ずかしさでまた顔が熱くなる……だけど、同時に我慢してるのがバレたことで気持ちが楽になった気がする。
もう、無理に隠さなくていい、流石に押さえるのは無理だけど、開き直ってとりあえず我慢に集中すればいい。
引かない波に抗うため、足を交差させて我慢する。
大丈夫我慢できる、平気、さっきよりずっと――

「(ちょ、綾、ここ人目あるから!)」

――っ!

ここはバカンスカフェ。
人目があって、仕草を大っぴらに見せて良い場所ではない。
幸いにも右側には霜澤さん、左側には椛さん、正面には水無子ちゃんが居てくれたので
私の身体の大部分は陰になっていたはずで、恐らく恥ずかしい格好は近くにいるこの3人にしか見られていない。

波は引いた……まだ油断は出来ないけど、仕草を抑えることは何とかできる。
顔を上げると、皆が心配するようにこちらに視線を向けていて……居た堪れない。

「と、とりあえず……二人ともこっちに来てっ」

椛さんはそう言うと、私と霜澤さんの前を歩いて……どこかに案内するらしい。
凄く申し訳なさそうにしている水無子ちゃんを残して歩みを進めると、プールの更衣室の隣にある両開きの倉庫――――反対側の隣にはトイレがあるのだけど、意識しちゃダメ……――――へ足を踏み入れ、
椛さんは明かりをつけて、外に誰もいないことを確認して扉を閉める。

「えっと、ここならとりあえず人目はないから好きに使って」

――っ……そ、それって――

此処なら好きなだけ我慢の仕草をしても良い……椛さんの言いたいことはそういうこと?
私のあからさまな我慢を見て、もう取り繕う余裕がないと知ってる……。

「綾もだけど……鞠亜も結構我慢してるんじゃないの? 存分に我慢してよ?」
「――っ……ボクはっ…! ……まぁ、我慢してると言えば……そうだけど」
『き、気が付いてた? いや、違う? 綾のフォローのためにわざわざ鎌をかけてきた感じ?
だったら否定できないし……でも、なんにしても46分は……ボクも実際結構厳しい気がする……』

二人して気を使ってくれる……恥ずかしい。
そして、改めて『聞く』と46分とか途方もない時間……。
万全の状態ならいざ知らず、急に来る高い波をやり過ごすのも今の段階で既にギリギリ。
この手錠が外せない以上、おもらしにせよ放尿にせよ、この距離でしちゃうことになるのが現実味を帯びてきた……。
……鍵なしでどうにかする方法もある。さっき霜澤さんが言った南京錠を破壊するように手錠を破壊する方法。
だけど、南京錠以上に丈夫でペンチのようなものでは無理だし、切ることになるであろう鎖の長さも決して長くないため危険ではある。
それでも最悪の結果を避けるためには黙っているわけにはいかない。

「……ディスクグラインダーとか……借りれないかな?」
「箱の方じゃなくて手錠の鎖をってことよね……文化祭の準備で使ったとこあるかもだけど」
「難しいかもね、ここでもちょっと事故あったし、今は先生たち事故防止に凄く目を光らせてるみたいだから、先生が管理してるなら使用用途の説明や立ち合いとか必要になるかもだし」
「た、立ち合いはダメ……こんな本格的な手錠つけられて外せないからグラインダーでとか、如月が色々やばい……」

――……こんなことされても如月さんの心配をするんだ……。

ちゃんと考えれば当たり前の事ではあるんだけど。
霜澤さんと如月さんの付き合いはそれなりに長いみたいだし、警察沙汰にまで行かなくとも仕事を辞めさせるくらいの問題になっても不思議ではないわけで。
悔しくはあるけど、私自身そこまで望んではいない。

「まぁ、私はダメもとでもグラインダー借りれないか聞いてくる、二人はこのままここに――」
「あ、待って……」

私は椛さんを引き留める。
申し訳なさそうにしていた水無子ちゃん……。

「……えっと、水無子ちゃんには心配しなくても何とかなりそうって伝えておいて」

椛さんは私の言葉を聞いて、少し笑みを零しながら頷いてくれる。
そしてすぐにまた後でと言う感じで片手を上げ、扉を開けて出ていく。

874事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。16:2022/06/11(土) 00:12:17
「……」
「……」

二人して黙り込み、立ち尽くす。

プール独特の塩素の臭い。
閉じ込められているわけではないけど、倉庫で二人と言う共通点から朝見さんと体育倉庫に閉じ込められていた時のことを思い出す。

――……あの時、朝見さんは間に合わなくて……私も本当にギリギリで……っ…はぁ、本当にヤバい……我慢できなくなったら…私……。

体育倉庫の時とは違い、明確な開放時間はわかっている。
先の見えない我慢ではない……だけど――

「ね、ねぇ……立ってるのもアレだし、そこに座らない?」

霜澤さんの言葉に私の思考が中断される。
霜澤さんが指さしているのはビート板が丁度膝くらいまで積みあがった所。
私は頷き二人でそこまで行って、並んで座る。

座ってすぐ、しばらく落ち着いていたはずの尿意が再度膨らみだす気配を感じる。
右手は手錠が付いているため動かすことは出来ない。
左手で押さえることはできるけど……。

――……っ……我慢、我慢して……お願い落ち着いてっ……。

小さく足を擦り合わせて、左手は膝と膝の間でスカートの生地だけを握りしめる。
やっぱりあからさまな仕草はしたくない……尿意が限界まで差し迫ってるなんて知られたくない。

『んっ、結構、辛い……綾も辛そう……』

――っ……やめて、こんな時に……『聞きたくない』っ。

そう心の中で考えて、自己嫌悪する。
いつもは『聞きたくて』我慢してるくせして、都合が悪いときは『聞きたくない』だなんて……。

『我慢できるよね? ボクも……綾も……』

……。
我慢できないなんて思われたくない。
出来る限り、先延ばしにして、可能なら……ちゃんと手錠が外れてから……。

――……可能ならって…なに? ……まだ、諦めてるわけじゃ……ないのに。

仕草を抑えたい――抑えたいのに。
擦り合わせるのをやめると、尿意が膨らんできて……。
大きく動くのが嫌で、足首を絡めて……だけどそれだけじゃダメで、つま先立ちの足が小刻みに縦に揺れて……。

「綾……だ、大丈夫?」『ホントに辛そう……多分、ボクよりずっと……』
「っ……」

こっちに視線を向けられ、問いかけられて……。
言葉を返そうと思っても何を伝えればいいかわからない。
ただ、心が揺さぶられて……尿意が落ち着いてくれなくて……。

――あっ……え、手……。

不意に、右手に温もりを感じる。
視線を右手に向けると……霜澤さんの手が私の手を上から握っていて……。

「だ、大丈夫……あと40分なんてすぐだし……」
『全然進んでない……早く、時間……』

霜澤さんが励ましてくれる……。
そうは言っても40分は、ただ待つには長すぎる時間。
もちろん、『声』からして本音で言ってるわけじゃないのはわかっているのだけど。

875事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。17:2022/06/11(土) 00:13:24
尿意の波はどうにか落ち着いてくれる。
強張った身体を僅かに弛緩させて、小さく息を吐く。

『み、ミルクティーのせい? ボクも急に……じ、事情をちゃんと説明して如月に? いや、無理でしょ、あいつ絶対楽しむし……むしろ知っててこんなことしたんじゃ……』

今度は逆に霜澤さんの『声』に焦りが見られて……。
一瞬可愛いと思いかけて、頭の中で頭を振る。
本当最低……今だけほんの少し余裕が出来たからって……。

(〜〜〜♪)

――っ!

携帯が鳴る。
私は慌てて、携帯を取ると電話に応答する。

「も、もしもし」
  「ごめん、やっぱり駄目だった……」

心配と申し訳なさを含んだ椛さんの声……。

「……別に椛さんが謝るようなことじゃ……」
  「ううん、だとしてもごめん……水無子も見てあげなくちゃだし……」

私はその申し訳なさそうな声にお礼を言って、少し強引に通話を切る。
電話が続けば続くだけ、椛さんは謝罪を繰り返しそうな気がして。

「だ、ダメだったみたいね……」『これで、時間まで我慢しなきゃいけないことが確定したわけだ……』

時間まで……南京錠を確認するとあと37分……。
初め見た時は49分だった、着実に減っているその数字。
減ってるのに……。

「はぁ……っ……」

波も来ていないのに呼吸が少し乱れてきていることに気が付く。
隣に霜澤さんも居る……こんなの嫌なのに……。
足も小さく揺れる、下腹部が徐々に張り詰めてきているのがわかる。

――……っ、これ……我慢が効かないとかそんなんじゃなくて……普通に、我慢できなく……んっ……。

左手が膝の上で意味もなくスカートの生地を撫でる。
落ち着きがない、ちゃんと自覚してる……でも、抑えられない……無理に抑えたらまた波が来ちゃいそうで。

「はぁ……あと、35分か……」『だ、大丈夫かな、ボク……最後にミルクティー飲み干したの失敗だったかな?』

そう、私も全部飲んだ。
もうすぐって希望が見えて油断してた。
こんなことなら飲まなかったのに……。
体育館を出た時に250mlほど残っていたミルクティー。
飲んでしまったそれは、確実にこれから私を追い詰める。

――……っ! あ、あぁ……な、波っ……これ、来ちゃうっ……んっ!!

飲んだもの、それがどうなるかを意識した直後、下腹部が収縮して硬くなる。
閉めて、締めて……我慢しなきゃ……。
足を絡める、息が詰まるくらいの焦燥感、どうしようもない尿意に不規則に身体を捩る。
今までよりずっと大きな波――……我慢しなきゃ、しなきゃ……我慢っ……。
左手は迷った末にスカートに大きく谷を作り、中指をより深く沈みこませる。

876事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。18:2022/06/11(土) 00:14:49
「んっ……あ、あぁ……ふぅ……んっ!」

自身の口から溢れる恥ずかしい声……。
隣に、居るのに――……霜澤さんがいるのにっ!

――こ、これっ……もしかして私、このままっ……んっ……しちゃう? やだ、我慢っ……我慢なのにっ!

「ちょ、ちょっと綾? が、頑張って、ほら、もうすぐ――あ、えっと、30分……切るし」

遠い、遠すぎる。言った霜澤さん本人も「もうすぐ」に繋がる言葉として「30分」は無理があるとわかってるような言い方。

……。

仮に今すぐに手錠が外れても、この波はどうにか超えないとトイレまで間に合わない。
30分……あと何回こんな波が来る? 次からはもっと大きな波で……とても我慢できるような波じゃなくて……。

「っ……だめ、そんなに…はぁっ……我慢っ……で、できな……うぅ……」

口に出してしまった弱音。
どんなに押さえても、どんなに足を絡めても、どんなに息を荒くして力を入れても、どんなに願っても――
30分は無理……10分でさえ――もしかしたらこの波を越えることすら出来ないかもしれない。

額に浮かんだ汗が流れ、頬を伝いスカートに染みを作る。
背中も、スカートの中も汗塗れで気持ち悪い。
尿意を抑えなきゃ、我慢しなきゃ……そう思っているのに、尿意は増すばかりで……そして――

「っ……んっ!!」

下腹部が一際硬く収縮する。
膀胱が私の意志に反して全力で排尿するように促してる。
バタバタと落ち着かなかった足をきつく閉じて硬直させて、指先に目一杯の力を籠める。
息を詰めて、目を瞑り……その切迫した尿意に全力で抗う。

――だめ、だめっ、もれちゃうもれちゃう、ホントにっ……ダメだからっ、我慢、がまん、やだ、我慢だからっ!

どれだけの時間、呼吸もせずに我慢していたのかわからない。
だけど、硬く収縮していた下腹部は、僅かな弾力を取り戻しはじめて……。
どうにか波を越えたらしい……。
当然ではあるけど、下腹部は未だパンパンに膨らんでいて、油断が許されるような状態ではないけど。

「はぁっ…はぁ…はぁ…っ……ふぅ……」

震えるように零れる呼吸。信じられないくらい鼓動も大きく早い。
息をしていなかったというのもあるとは思うけど、全身に力を籠めすぎていて、全身が熱く、まるで短距離走を走った後みたいにも感じる。

――し、下着は……だ、大丈夫?

恐らく大丈夫だと思う。
断言できないのは、汗でいまいちわからないというか……。
でも、失敗したという感覚はなかったはず。

877事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。19:2022/06/11(土) 00:16:00
「あ、綾……?」

その声に右を向くと、私を心配するような表情に加えて少し気まずそうな様子を見せる霜澤さんがこちらを覗き込んでいて……。
さっきまでのなりふり構わない失態を見られていたと思うと……恥ずかしいというかもう消えてしまいたい。

「……だ、大丈夫」

辛うじて言葉を返したが、一体何が大丈夫なのか――……し、下着とか?
でも、ダメ……。大丈夫って言ったけど、このままじゃ絶対ダメ。今度こそ大丈夫じゃなくなる。
言わなくちゃいけない。ちゃんと言わなきゃ……そうでなければ、霜澤さんの前で二度目の失敗を晒してしまう。
そうなったら私は――

……。

あの時とは事情が違う……わかってる、わかってるけど……。
失敗をしたのを最後に、紫萌ちゃん――霜澤さんは私の前からいなくなったのは事実で。
でも、何度も書き直された手紙は、きっと私の事を思って書いてくれた手紙のはずで。
だから……違う。失敗を――おもらしをした私を軽蔑したり関わりたくないって思ったんじゃないって……わかってるのに。

――だったら、許してくれる? もし、我慢できなくても……。でも、そんなの……。

私から距離を置こうとする霜澤さんを感じる度に自信がなくなる。
本当は……軽蔑してたんじゃないかって。
トイレも言い出せない可哀そうな子って思われてて、ただ傷つけないために手紙の内容を吟味してたんじゃないかって……。
そして今、霜澤さんは心配はしてくれてる――……だけど、おもらししちゃったら? 見っとも無く、我慢できないを言えずにすぐ隣で……。

霜澤さんが私の右手に重ねてくれてる左手。そこから私は手を引き抜く。
少し驚くような顔をした霜澤さん……。そしてすぐにその顔は不安を含むものに変わる。

「ごめっ――……い、いやだった?」

――ち、違う私は……!

宙に浮いた霜澤さんの手……私はそれを掴み取る。
また驚いた顔を霜澤さんは見せる。
私は俯き手を強く握る――……言う、言わなくちゃ!

「……っ、霜澤さん……私もう、我慢できないから、トイレに……っ…付いてきて…欲しい」

もし、霜澤さんが本当に優しくて私が本来思っていたような人ならばおもらししても軽蔑なんてされないと思う。
だけど、結局はおもらしをして良い理由にはならない。それは私がさっき考えた通り、トイレも言い出せない可哀そうな子でしかない。
もちろん言ったところで、今度はあと30分も我慢できない恥ずかしい子で、その恥ずかしい姿を間近で披露したいとかいう子でしかないのだけど。

「え、え!? で、でも…あと29分……え? 綾……本当に、もう無理?」

困惑した返しに、私も困惑する。
本当は大丈夫、我慢できる――と強がりたい衝動に駆られる。
だけど、その結果どういう結末になるか想像したくないが、さっきのギリギリの我慢で理解してしまっている。
次は無理かもしれない……。たとえ次が良くてもその次は――……。

「……無理、もう限界……はっ、はぁ……んっ…だ、だからっ」

私は視線を霜澤さんにしっかりと向けて無理なことを伝える。
同時に、これ以上ここで時間を掛けるわけにも行かず、私はビート板から立ち上がる。

「う、うん……わかった」

霜澤さんにも私が本気であることが伝わったらしく、少し緊張した面持ちで立ち上がる。
私はそんな霜澤さんを急かすように手を引いて歩く。
扉を開けるために前を押さえていた手を離し、扉を開く。

……。

――え? 私、さっき話してる間もずっと前押さえてしてたの?

完全に色々麻痺してる。
倉庫を出た後、迷わず手をスカートの前に持って行ってしまうあたり、どうかしてると思う。

878事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。20:2022/06/11(土) 00:17:21
更衣室の横……トイレ。
中に入ると人は居らず、個室が空いているのが見える。
空いている個室と言うか、そもそも個室が一つしかないらしい。

――っ……早くっ、あぁ、波、またっ……来ちゃいそうっ! ふぅ……っ、早く、トイレ、おしっこ……っ。

私は逸る気持ちと尿意を抑えながら、個室に入る。
すると、右手が少し引かれているのに気が付く。

「え、えっと……一緒に入る…の?」
「え? だって、そうじゃないと手錠っ……あぁ、ダメ、は、早くっ」

尿意が膨れ上がっていくのを感じて、溢れそうになるのをどうにか先延ばしにしようと、足をバタバタとさせて足踏みを繰り返す。
僅かな時間、霜澤さんは躊躇っていたが、一度深呼吸をしてから個室に足を踏み入れる。
霜澤さんが鍵をかけて、私は和式の便器を跨ぐ。

「み、見ないようにするから……」

――っ……。

足を開いた事と、不意に投げかけられた言葉に今からする異常な行為を改めて自覚し、我慢の糸が切れそうになる。
それでもあと少し、おもらしはしたくない……どうにか堪えて、下着を手に掛け、下ろ――っ、え、右手っ、ちょっと!?

「っ! ちょ、手、下げっ、あ、あっ…あぁ――!」
「え、あ……ごめっ――」

想定していなかったトラブル。
左手側は問題なく下りたが、右手側が手錠に引かれて、中途半端になって――

<じゅっ、じゅっ……>

ガクガクと震える足。下がり切っていない下着に先走りが染みこむ。
下着を下ろしてすぐに、準備を終えてしてしまうはずだった。ほんの数秒のタイムラグ、その僅かな時間と動揺に気持ちが対応できなくて……。
いつの間にか手錠に引かれていないのを感じて、再度下着を下ろして、スカートを左手だけで手繰って――

「あっ、ぁんっ!」<じゅぅぃぃーー>

【挿絵:http://motenai.orz.hm/up/orz76231.png

我慢をやめたのは確り下着を下ろしきってスカートを手繰った後のつもり……。
実際には下着にはかなりの量が掛ってしまってるし、スカートの裏地にも多少被害が出てると思う。
だけど――……これは、間に合ったで良い……よね?

手錠のせいもあり、髪は持てず、中途半端な中腰で足が辛いけど……間に合った、ちゃんとトイレに……。

879事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。21:2022/06/11(土) 00:18:15
「はぁ……はぁっ……」<じゅうぅぅーーー><コツコツコツ>

……。

私の荒い呼吸と恥ずかしい音の中に床を鳴らす足踏みの音。
普段ならあり得ないこと。個室の中なのに自身以外が出す音がすぐそばにあるなんて……まるで現実味がない。
現実味を感じないのは、極度の我慢からの解放で頭が回っていないのもあるかもしれない。

……。

――……いやいや! 音消し!!

少し頭が回り出し、慌てる。
こんな至近距離から音を壁を挟まず聞かれるとか拷問と言っても差し支えないくらいの羞恥プレイ。
音消しするため、手錠が付いている右手の方にスカートを持ち直し、左手で水を流す。
ゆっくり首を回して霜澤さんの様子を伺うと――

「(っ……ふぅ…んっ……はぁ……)」

見えるのは斜め後ろ姿。
最初からかどうかはわからないけど、言った通り見ないでくれている。
少し安心したと同時に、霜澤さんの呼吸が荒いことと、足踏み音の理由を知ることが出来た。

――……そ、そっか……そうだよね、霜澤さんもしたかったんだから、当たり前だよね?

こっちを見ないと言った霜澤さんを、私が見てるなんて思ってもいないだろう。
霜澤さんは身体を背けてはいるが、右手で前を押さえているのが見て取れるし、足も控え目だけど落ち着きなく足踏みを繰り返していて。
……さっきまでそんなに『声』が聞こえていなかった。
それはきっと私の心配とか、目の前でこんな姿を見せる恥ずかしい私に意識を割いていたからで。尿意があるにもかかわらず、表層に『声』として溢れ出る余裕がなかったのだと思う。
仕草とかそういう部分で、その欲求を見せていたのかもしれない。ただ、私自身余裕がなかったせいで全然気が付かなかっただけ。
今の様子を見れば霜澤さんも十分に追い詰められてきているのがよくわかる……。

――えっと…………うん、ごめん……『声』が聞きたい……。

この様子の霜澤さんなら、間違いなく私よりも自身の尿意に精一杯のはず。
だけど、我慢していない私は『聞く』ことが出来ない。
なので、私は小さく息を吸って下腹部を引き締め、必要のない場面での我慢を試みる。

「(んっ……)」<じゅうぅぅぅーー…じょろっ…じゅうぅ……じゅぅぅぅ>

音消しの音が響く中、わずかに音色を変える恥ずかしい音。なんだかより一層恥ずかしい音になってる気がする。
それにしても止めるつもりで力を入れてるのに――……んっ、あぁ、これ……全然っ…無理っ、我慢が効かないっ。

『っ……我慢、我慢っ……あぁ、こんな時に、こんなの聞かされて、ヤバいっ……ボクはまだしないからっ……落ち着いてっ』

――っ……んっ、き、『聞こえた』……あぁ、でも、もうダメ、我慢無理っ……。

全然止めれてるわけじゃないのに、これ以上我慢しようとすることが出来なくなり、再び脱力してしまう。
もともと途中で止めるというのは私が苦手とする行為。

「んっ、はぁ……」<じゅうぅうぅぅぅぅぅーーー>

一応『聞こえた』。
その『声』はかなり切羽詰まった『声』で、私の恥ずかしい音とトイレと言う空間に当てられてかなり鋭い波を受けているみたいで。
波の真っ只中とは言え、その『声』は限界一歩手前と言う感じで……。

――って、あぁ、音消し終わってるしっ!

音消しの音がなくなり、また私の恥ずかしい音色の単独ライブになっていることに気が付き慌てて水を流す。
霜澤さんの事を考えていた私だけど、今の恥ずかしい私の状態を再認識して――……お、音消しとか言ってるレベルじゃない!
こっちを向いていないとは言え、私、目の前でこんな……っ、し、下着下ろして、恥ずかしい音を立てて、お、お……おしっこ……っ!
霜澤さんの尿意が膨れ上がるくらいには、私がしてることを意識されてるわけでっ……あぁ、本当に消えたい。

同じようなことを悠月さんの前でしたはずなのに、それ以上に頭が沸騰するくらいに恥ずかしい。
恥ずかしさを紛らわすようにその理由を考えて、一つは立場の違いだと気が付く。
悠月さんの時は我慢勝負的なことをしていて、二人とも限界で、尚且つ私が双方間に合わないと判断して、出来る場所に誘導した。私のがちょっと優位な立場だったと思う。
今回は私が我慢できなくて、霜澤さんにお願いしてトイレに来て貰って、全然対等の立場ですらない状態での……。
それともう一つはトイレであること……な気がする。
温泉や銭湯で裸を見られるのはそれほど恥ずかしくないけど、家のお風呂で裸を見られるのは恥ずかしい的な奴。
外で誰かといるのは普通なことだけど、トイレの個室で二人っていうのはそれだけで異常な事。

――……つまり……何やってるの私!?

結局自分の恥ずかしいを分析しただけで、恥ずかしいが収まるはずもなく。
だけど、思考に割いていた時間は思った以上に長く、恥ずかしい音がようやく終わりを告げる。
我慢が効かなかったから短かったというわけでもなく、普通に限界まで我慢したときくらい出てたと思う。それこそ昨日のくらい……。
私は顔が熱いままトイレットペーパーを片手で乱雑に取って後始末をして、立ち上がる。

880事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。22:2022/06/11(土) 00:19:21
「っ……お、終わった?」

後始末の音、立ち上がった気配から霜澤さんが声を掛ける。
振り向くと仕草を抑え込んだ霜澤さんがまだ向こうを向いていて……。

「……う、うん」

私の返事に「そう」とだけ答えて、外の様子を伺いながら扉を開ける。
よくよく考えたら、個室が一つとか誰か来たら順番待ちになって、確実に二人で出る所を見られたわけで。
……考えたくもない。

……。

「……霜澤さんは……しないの?」
「っ……しない、このくらい我慢できるし……」

私の言葉に静かに――でも力強く、自分に言い聞かせるように呟く。
私のを見て、こんなこと出来るわけがないと思ったのか、あるいは最初から絶対に時間まで我慢するつもりでいたのか。
先に楽になってしまった私は、少し後ろめたく思う一方、相反する気持ちも抱いている。
霜澤さんは恥ずかしい思いをしないかもしれない。
我慢出来て、一人で個室に入れるかもしれない。

――……最低じゃない、私? ――でも……あぁ、霜澤さん……とっても可愛い。

手を洗う中、霜澤さんが息を詰まらせて小さく足踏みする姿に心がときめくのを感じる。
こんなに近い、離れられない。
息遣いが聞こえる、足踏みを音じゃなく振動で感じることが出来る、顔がよく見える、身じろぎが手錠を通して伝わってくる、心臓の音さえ共有できそう。
……『声』は聞こえない。だけど、声は十分すぎるほど聞こえる。この距離で聞きたい――……声が聞きたい!

――……いやいや、テンションおかしくない私? もうちょっと冷静にならなくちゃ……。

手をゆっくり洗い終えて、ハンカチで手を拭いてトイレを出る。
戻る先は当然プールの倉庫。
これから私と一緒に、霜澤さんだけの我慢が始まる。

「んっ……ふぅ……あ、あと21分……」

残り時間を見て霜澤さんはどう思ったのかわからない。
あともう少し、あるいはまだ先は長いと思ったのか……。
二人でさっきいた場所、ビート板の上に再度座る。

私は携帯を取り出す。
理由は椛さんへメッセージを送るため。
倉庫へは来ないで欲しいという内容。見っとも無い我慢姿を見せたくないという表向きの理由。
本当は……誰にも見せたくない、霜澤さんの我慢姿――……それは私だけの……。

……。

こんな時でも独占欲が働くことに心底呆れる。
だけど、霜澤さんだって沢山の人、特に水無子ちゃんには見られたくないだろうし、水無子ちゃんに見せるようなものでもない。
だったら、私の邪な気持ちを差し引いても余りある気遣いと言える……言えるはず。

手錠の揺れ、ビート板の揺れ。近いからこそ感じる僅かな身じろぎの揺れ。
小さな波が来てるのか、仕草を抑えられず何度も小さく足を擦り合わせてる。
その様子に私は鼓動を早め、霜澤さんの左手を見下ろす。
震える手、何処か居心地が悪そうに指先が動く。
私はその手にそっと右手を乗せる。
霜澤さんの手が少し跳ねるのを感じて、でもそれを抑え込むようにして上から掴む。
今度は私の番……私が付いていてあげる――……違う、付いていてあげたい。それは私の願望。

「……だめ?」
「っ……」

答えてはくれなかったけど拒否はしてない?
私は手をそのままに、視線を前に向ける。
前に置かれた宝箱に付いた南京錠が示す時間は17分。
隣から霜澤さんの落ち着かない動きを感じる。
ちゃんと我慢できるのか、もしかしたら私のように音を上げてしまうのか、あるいは――

――……霜澤さん、聞かせてよ……どうしたいのか、どんな気持ちでいるのか。ちゃんと……声で。

881事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。23:2022/06/11(土) 00:20:52
眺める南京錠のタイマーは秒刻みで確りと減って行って、残り15分になる。
いつの間にか霜澤さんの動きは僅かに落ち着いていて、波を越えたのだと感じることが出来る。

――……こ、ここまで仕草を抑えてるのに波の有無に気が付けるって……私の時って……。

また恥ずかしくなってきた……。
私の時と比べれば霜澤さんの我慢の仕草はまだまだ小さい……つまり、まだ限界は遠い?
でも喫茶店の時の霜澤さんは、凄くギリギリだったのに落ち着いて我慢出来ていたように思う。
私も今回は我慢が効かなくていつも以上に仕草を見せてしまったけど、普段ならもう少し仕草を抑えることが出来たと思う。

――……そう考えると、思ってる以上に限界が近かったりする? 『声』で判断できないのはちょっと不便……。

「(はぁっ……ふぅ…んっ……はぁ……)」

呼吸は抑えているが、この距離なら荒く熱くなっていることが十分わかる。
少しだけ霜澤さんの顔を覗き込む……不安と恥ずかしさで一杯で、顔には汗が滲み出ていて。
『声』が聞こえない以上、それ以外の部分で確りと観察したい。

……後13分。

「んっ! あぁ、ふぅっ……んんっ……」

今まで以上に熱っぽい息遣い。
大きな波、大きく上下に擦り合わされる足。
だけど、その仕草は長く続けることなく、今度はぴったりと合わされて片方の足を細かく上下に揺する。
それもしばらくすると小さく両足を上下させて、私の握る手――霜澤さんの手を包むように掴んだ指が、震えた指で握られる。
私も返事を返すようにしてそれを握り返す。

「……だ、大丈夫? 頑張って……」

励ます言葉を発して気が付く。
何もできない……霜澤さんの力になる言葉なんて思いつかない。
そもそも、そんな言葉なんてない気がする。結局はどれだけ傍に居ようと、傍観者にしかなりえない。

――っ……。

それでも私の言葉を聞いてかどうかわからないけど、また手を握り返してくれた気がする。
全然気の利かない言葉に、ちゃんと答えてくれようとしてる?

しばらくすると、大きく息を吐いて――……波を越えた?
重ねてる手がじっとりとしてる。手の甲には殆ど汗を掻かないはずだから、殆ど私の手汗……。
このまま重ねてたら気持ち悪い? でも、放したくない……私だったら放して欲しくない。

……後10分。

長い……長いけど、ようやくもうちょっとと言えるくらいの時間になってきた気がする。
さっきの波の間も、手を最後まで使ってなかった。
今も右手は横に……スカートの生地だけを握っているように見える。
ちゃんと我慢できる……時間まで我慢してちゃんとトイレで――

882事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。24:2022/06/11(土) 00:21:41
「あ、綾……っ、んっ……あぁ、だ、ダメかも、また、波っ……待って、我慢っ……」

――っ……しも――……ま、鞠亜……。

「ま、鞠亜っ、大丈夫、あと10分切ってるっ! もうちょっとだよ!」

……。
鞠亜? しっくりくる……呼び方。
綾? どうして? 雛倉さんじゃなかったの?

……。

「っ……わ、わかってるっ……んっ、あぁ……頑張るしっ、我慢できるっ……」

――……っなんで私……鞠亜って……ううん、どうでもいい、今はそんなの……、それより、間に合う? 我慢できる?

私の言葉に素直に頑張るって言ってくれて……少し強がってる感じもするけど。
可愛い……必死に我慢してる姿、上気した表情が凄く魅力的で、艶っぽくて、可愛い。
だけど、それ以上に、健気な我慢姿は凄く応援したくなって……。私自身、気持ちの整理が追い付かない。
私は鞠亜の手を掴む右手に、さらに左手を重ねる。

「あと9……ううん、もうすぐ8分だからっ」
「はぁっ……はぁ、っあぁ、んっ」

ガクガクと揺れる足、鞠亜の右手がスカートの前を押さえる。
額から頬に幾筋もの汗が流れて……。

――……頑張って……頑張ってほしいけど……。

もうすでに、トイレに行こうとしていたあの時の私以上に辛いんじゃないかって思える。
――……こんなに汗かいてたっけ? こんなに息を荒げていたっけ?

「あ、あぁっ……だめ、ダメっ……あぁ、我慢っ……なの、ボクは……ちゃんと……」

確りと閉じ合わせた足に右手を挟み込んで小刻みに、プルプルと震えて……息を詰めて……。
今日一番の波に抗ってて……。

私は何も言えずに、手を握ることしかできない。

「んんっ! っあぁ……はぁっ、ふぅ、はぁっ……っ…ふぅっ…はぁ……」

溢れる呼吸……。
それと同時に殆ど動いていなかった足が、座りながら足踏みのように動く。
波を越えた? だけど、手は前を離れることなく何度も押さえなおすようにして忙しなく動いていて……。

「あ、あぁ……だめ……あと、あと何分? ねぇ、綾っ……はぁっ…お、教えてっ……あぁ」

波はきっと越えたのだと思う。
だけど、代わりに潮は満ちて、もう本当に限界で……。
波がなくても、もういつ溢れてもおかしくないくらい一杯で……。

「あ、あと……7分……」

もう少しのはずの時間。本当にもうちょっとなはずの時間
それなのに、残酷な宣告をしてしまったかのような気持ちになる。

883事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。25:2022/06/11(土) 00:22:41
「7分っ……あぁ、7分っ……早くっあぁ、早く、早くっトイレ、おしっこっ……っ……あぁ、あと、な、何分っ?」
「……まだ……まだ7分、だよ……」

――……もう、いいんじゃない? トイレに行かせて上げるべき……。

「やだ、っ……あぁ、我慢、おしっこ、トイレっ……綾っ、綾っ……ボク、もうっ……」
「……もう、限界? トイレに……行く?」

――……私、もしかして意地悪な事言ってる? もうこんなに見っとも無く、取り乱してるのに……まだ決定権を鞠亜に与えてる。
行こうで良かったんじゃない? トイレに行きたいって言葉をそんなに聞きたい? 私は――だめだ…うん、聞きたいんだ、私……。

直接声で聞きたい。
もう我慢できないって、トイレにって……そう、さっきの私のように……。

「っ……い、行かないっ、我慢して、じっ…時間までっ…あ、綾とは……違う……、ボクは我慢、するっ……しなきゃ」
「え……っ、え?」

想像していなかった言葉。
もう本当にギリギリで、誰の目で見ても限界なのは確かで、こんなに取り乱して……それなのに……。

――……それと……私とは違う? それって――

「あ、あとっ6分……っ、15秒……はぁ、あぁ……我慢、する、……できるっからっ……間に合うからっ」

――……できる? 間に合う? ……本当に?

「ま、鞠亜……」
「っ……やめてっ! ま、鞠亜って、呼ぶなっ! ぼ、ボクは……そんなのっ……んっ…望んでないっ、あぁ、っ……」

急に呼び方が否定される。
――こ、こんな時なのに、なんで今そんなっ! ……っ。

「っ……そ、そっちも! さ、さっきから綾、綾言って――……え、ちょっと!?」

手錠が引かれる。
霜澤さんの両手がスカートの前に添えられて、私の手もそれに引かれたらしい。

「あぁっ、もう、見ないでっ、喋んないでっ、優しくしないでっ! っうぅ……んっ、でちゃ……やだ、やだっ!!」

なぜか言いたい放題言われる……。
いつもと違う、ギリギリまで追い詰められ取り乱し、混乱してる鞠亜――……可愛い。凄く可愛い。
可愛いけど……。

――……後、5分30秒……ちゃんと我慢する気でいる……。出来るかどうかは別だけど……だけど――

私、応援したいって思ってる。
友達としては当然そう思うべきでそれが正しいから、可笑しなことではないはず。

……。

私は首を振る。
見ないでと言った、喋んないでと言った、優しくしないでと言った。
それはきっと鞠亜にとって私のそれが、揺さぶりになってるからだと思う。
動揺して、それが我慢することに影響して、我慢できなくなって……。

だから私の応援したいって気持ちは、きっと本心じゃない。
それをわかっていて、応援したいって思ってるのは……揺さぶりたいから? おもらしさせたいから?
……私は口を噤んだ。

――……応援したいから……嘘でもいい、ちゃんとした意味で……。

だけど、少しの前の鞠亜の言葉……。

――……私とは…違う。

「はぁっ……うぅ……あっ! あぁ! ま、待ってっ……んっ……!」

真っ赤な顔で、全身に力を入れて……。
見ないでとも言われたけど、それだけは譲れない。許してほしい。
それと触らないでとは言われてない。私の右手は鞠亜の左手首に添えて……。

――あっ……本当にもう、限界……なんだ。

押し込むようにスカートに谷を作って……僅かに見えてる谷の部分は濃く染まり始めていて……。
もう本当に限界で……ちゃんと我慢出来てなくて……。

――……っ、わ、私とは違うんでしょ?

いけない……そんな事思っちゃいけない。
たった一言……それが私の気持ちを別の方向へ傾けてる。

884事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。26:2022/06/11(土) 00:23:53
「あぁ、だめっだめっ!」

――っ……。

鞠亜は急に立ち上がる。
バタバタ足を踏み鳴らして……私も立ち上がり、我慢の邪魔をしないように手錠の付いた右手を鞠亜の動きに合わせる。

「いや、もうちょっと、なのっ……だめ、いや、来ないでっ……っ…………やぁ………」

コンクリートでできた床に僅かに雫が落ちて黒い斑を作る。

……。

私は鞠亜の正面に回る。
私に気付いて鞠亜の視線が上に上がり、私と目が合う。
涙で一杯の瞳、額の汗に髪の毛が濡れていて……。
そんな、見っとも無い姿の鞠亜を見ながら私は口を開く。

「……私とは、違うんでしょ? 私と違ってちゃんと時間まで我慢できるんでしょ? 誰かの前でしちゃうような私とは違うんでしょ?」

言って良かったのかわからない。
……いや、ダメだった気がする。
あの言葉は、取り乱し、つい口をついてしまっただけの言葉のはず。
そんな言葉に、冷静で居なきゃいけない私がこんな事……言うべきじゃない。

どうして、そう出来なかった?

……。

――「ま、鞠亜って、呼ぶなっ!」――
――「もう、見ないでっ、喋んないでっ、優しくしないでっ!」――

……。
私は拒絶された気がした。
嫌われてる気がして、ずっと不安で、鞠亜の本心がわからなくて。
どうして私を名字で呼ぶのか、どうして時折愛称で呼んだりするのか……全然鞠亜がわからない……。
一方的に仲良くしたいと思ってる私が馬鹿みたいで、情けなくて……別に鞠亜が悪いわけじゃないのに。

「え? っ……やぁ、あ、違っ……あぁ、ダメ、ダメ、あ、あぁ……や、やだぁ、やぁ……」

視線を下げると、見えるのは必死に抑え込まれたスカート。
少しずつ拡がる染み。再び視線を上げて表情を見ればわかる、まだ我慢を諦めてない。
だけど、その染みの拡がりは止まることなく、下の方へ伸びていって……

「あ、あぁ……見ないでっ、とまっ――」<じゅうぅぅ……じゅっ…じゅうぅ、じゅうぅぅぅ>

手錠で繋がれ、目と鼻の先にいる鞠亜のスカートの中から微かに断続的にくぐもった音がする。
スカートの生地を集めて、失敗が溢れないよう、失敗を隠すように……。
それでも、くしゃくしゃになったスカートの生地――最後に集めた上の方の生地まで濃い色に染まり始める。
さらに視線を下げると、足に幾筋もの流れが光って、そして少しずつ水溜りと言えるものを形成し始めていて……。

「や、やだ、やだやだっ見ないでっ……ぼ、ボクっ……我慢っ……だめ、もう……っ! あ、ぁぁ……」

涙を落としながら必死に我慢を続けて……、だけど最後は糸が切れたように、大きく震える息を吐きだして脱力したのがわかった。

「はぁ…っ、はぁ……んっ…はぁ……」<じゅううぅぅぅぅーーーー>

肩で息をして、斜め下を向いたまま、視線が定まっていない。
スカートの中で勢いを増してくぐもった音を響かせる。
ぴちゃぴちゃと音を立てて、水溜りを大きく拡げていく。
私は横目に南京錠のタイマーを見る。

――……あと1分30秒……、本当に、もう少しだったのに……。

もしかしたら、私があんなこと言わなければ、スカートに染みを作りながらも、トイレに行けたかもしれない。
決して間に合ったとはいえないかもしれない。それでもこんなに見っとも無い姿を晒すことはなかった。
私が動揺させて我慢できなくさせて、結果、おもらしをさせちゃった……。

885事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。27:2022/06/11(土) 00:24:31
「ち、違うの……綾とは違うって言ったのは……そういうっ……んっ……、意味じゃ、なくて……っ、うぅ」

まだ恥ずかしい失敗の音が響く中、荒い呼吸と嗚咽の混じる声が聞こえてきて。

「ぼ、ボク、出来なくてっ……見せたくなくて、言えなくて…勇気出せなくて……綾と違って言えないから、我慢しなきゃってっ……おもらしなんてしなくないからっ」

――……え?

意味が分からなかったわけじゃない。
理解もちゃんと追いついてる。
だけど、私がした勘違いを認めたくなくて……。

「ごめん、綾っ……トイレって、言ってくれたのにっ……意地張って、結局……こんなっ……」

私が現実から目を逸らしてる間に、鞠亜の方から謝られた……。
なんで、違う悪いのは全部――

「え、ちょっ――」

鞠亜の困惑する声。
私は飛びつくように鞠亜を押し倒しつつ抱きしめていて。
自分の不甲斐なさ、申し訳ない気持ち、ついでに鞠亜の可愛さ、全部抑えられなくなって。

「っ……先に済ませちゃってごめん、もっと強引にトイレにって言えばよかった、変な勘違いもして勝手にもやもやしてっ……
鞠亜がどうしようもなく可愛くてっ……全部ごめんっ」

「え、えぇ!? な、何、可愛いって?! って、んっ、待ってまだ、ボク出てっ……ちょっ…やぁ、汚いっ」<じゅうぅぅぅっ…じゅっ……>
「汚くないっ、尊い!」
「尊くはない! じゃなくて、ホントに、ま、待ってっ! あ、あぁっ! あ、綾も濡れちゃうからっ!」<じゅっ……じゅぅぅぅ――>

止めようと必死になって――でも止められなくて。抱き着く私にその音がはっきり聞こえて……。
私は後ろに回した左手により力を入れて、強く抱きしめる。
可愛い。尊い。絶対放してあげない。

886事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。28:2022/06/11(土) 00:25:17
――
  ――

<カチャン>

無事宝箱の中から鍵を取り出し手錠を外す。

「そ、それで可愛いとか尊いってなによ?」

「……ちょっと混乱してただけで、気にするようなことじゃない」

目を逸らしながら答える。
自分でもどうかしてたと思う。
鞠亜は納得いっていないよう様子を見せながらも、諦めたらしく小さく嘆息して見せる。

「そ、それよりどうするの……綾まで――あっ、えっと、雛倉さんまでそんな濡れちゃったら、服調達できないし(ってか、おもらししてる時に、お、押し倒して抱き着くとか、わけわかんないし……)」

――っ……え、呼び方……戻るの?

……。

「……えっと、“鞠亜”も私も一緒に出て、すぐそこの使ってない消毒用シャワーを浴びて誤魔化せばいいよ」
「事情知ってる人は無理な奴か……ボクは本当にしちゃってるし……しかたないけど、雛倉さんまで巻き込んじゃう――というか、雛倉さんの方がしちゃったみたいに思われない?」

――……思われそう。私の我慢がバレてたんだしね……。

「……まぁ、なんでもいいよ、何となく水を浴びて誤魔化すってよくあるし誤魔化したい気持ちが伝われば、追及してこないと思うし」

「水を浴びて誤魔化す……ふふっ、確かに、よくある事かも」

鞠亜は小さく笑みを零す。
何が面白かったのかいまいちわからないけど、笑ってくれて気持ちが少し軽くなる。

……。

「……鞠亜」
「何? あ、――んんっ、雛倉さん」

……。

「……私は鞠亜って呼ぶから、もう絶対拒否されても変えない」
「何その宣言……じゃあボクは…………雛倉さんって呼ぶ……これからも、ずっと……」
「えー……綾、綾、おしっこーって言ってたのに?」「い、言ってない! 絶対言ってない! 次同じような事言ったら蹴るからっ!」

どうして、私をたまに綾って呼ぶの? ……多分聞いても答えてくれない気がする。
きっと理由がある……紫萌ちゃんの事だけじゃなく、何か隠してることがある気がする。
もっと昔に会ってたとか?

……。

――……でももう、私からは聞かない、代わりに今を大事にする……拒否されても、拒否できないくらい、絡んでやる。
まぁ……いつかちゃんと言ってくれると嬉しいけど……。

887事例19「霜澤 鞠亜」と密接距離。-EX-:2022/06/11(土) 00:27:21
**********

「何を見ているんですか?」

「見ての通りです、皐様。後夜祭を上から眺めるのもいいものですよ」

わたくしは櫻香さんの隣に行って同じようにして後夜祭の様子を眺める。
ちょうど目に映ったのは、銀髪の子――綾菜さん。その髪の色はキャンプファイヤーの光を浴びてオレンジ色に光って見え、美しい。
その隣には真弓さんもいる。
しばらく眺めていると、真弓さんは綾菜さんから離れて――……喧嘩?

何となくそう感じたが、少し違うように感じる。
暗い上に遠目ではわかり辛いが雛倉さんも真弓さんも落ち込んでいるように見える。
つまり――……はい、全然わかりません。

「あ、今度は朝見様が雛倉様にアタックするみたいですよ?」
「アタックって死語じゃないですか?」

上から見てると確かに面白いかもしれない。
まず呉葉が後ろに立って、深呼吸してるのが見てて可笑しい。
意を決して隣に勢いよく腰を下ろすと綾菜さんはここから見ても分かるくらいに吃驚していて、とても可笑しい。
そのさらに結構後ろで、鞠亜とその友達が居て、鞠亜が別に気にしていません風を装って視線を向けてるのも、可笑しすぎる。

……。

「皐様も下に行き混ざってきては如何ですか?」

わたくしの気持ちを見透かすように櫻香さんは言う。
だけど、わたくしの中には同時に相反する別の気持ちもあって……。

「……いえ、わたくしにはもうちょっと整理する時間がほしいですね」

少し自嘲気味に言って嘆息して見せる。
余りこの話題を続けられるのも困るので、今度はわたくしが櫻香さんに声を掛ける。

「そういえば、お昼過ぎくらい? イヤホン付けて何聞いていらしたんですか? 盗聴か何かでしょうか?」

「流石、鋭いですね。とある宝箱に付けておいた盗聴器のテストをしていまして、……私の一番のお気に入りの様子を確認してたんです」
「一番とかお気に入りとか……鞠亜が聞いたらドン引きされるじゃありませんか?」
「本人には言わないので問題ありません。それにしてもあの二人には楽しませてもらいましたが……はぁ、とても世話が焼けますね」
「あの二人? 綾菜さんの事? もしかして櫻香さんなら知ってるんじゃありませんか、鞠亜と綾菜さんの間に何があったのか……」

わたくしは鞠亜の隠していることが気になり探りを入れてみる。

「ふふふ、私も詳しくは……ただ、鞠亜は雛倉様の記憶を自身の手で奪ってしまったと思っているのではないでしょうか?
恐らくそれがずっと正しい判断だったのか分からず足踏みをしているものと思います」

――奪う? 記憶を? 要するに失わせたという事になる?

記憶喪失。
事故による記憶の混濁、または損傷などによる後遺症。
そしてストレスやトラウマにより本能的に精神を守るために行われる自己防衛の結果――解離性健忘。
綾菜さんの記憶喪失は最後、おそらく解離性健忘に当たる。
誰かが意図的に狙って行えるようなことではない。
狙って行なったわけではないなら、記憶を失う切っ掛けを与えたということになる。
切っ掛けと言っても、ストレスやトラウマの原因である事故を起こしたのは別の人で、鞠亜は居合わせただけ。
居合わせた鞠亜が、綾菜さんとそのお父様の事故の間接的な原因になっていたという可能性もあるが
それだと櫻香さんの言う、記憶を失わせたことの説明は付くが、それが正しい判断だったのかどうかの下りには少し違和感が残る。

――途中まで合ってる気がするのですが、まだ見落としがある気がしますね……。
櫻香さんの推測が間違ってる可能性は……、いえ、そこは櫻香さんが言うことです間違いはないでしょうし――

「皐様、そこまで気になさらずとも良いのではないでしょうか? 鞠亜が頼ってきたときにお傍に居てあげれば……
それまでは、私も皐様も呉葉様も、好きにちょっかいを出して楽しんでいればいいのです」

――うーん、それは一理あるし、楽しそうかもしれません。
鞠亜が進んで話さないのならば、詮索はしない代わりに、わたくしも呉葉もある程度は好きにさせてもらえばいいわけですし。
本当に目に見えて思い詰めたりし始めたら話は別ですけど……。
あと、櫻香さんはちょっかい出さないでください。

「あらら? あちらの屋上にもどなたか居られますね、えっと……あれは斎様に五条様、それと、あれは……告宮潤様?」
「え、それ暗視双眼鏡ですか? それと、先ほどの聞きなれないお方たちはどなたなのですか?」

言ってから気が付いたが、斎さんって確か保健室の先生? それかその妹の神無さん?
結局、他の人の名前は聞いたことがないのでなんの集まりなのかはわかりませんけど。

「皆様、一部業界では有名な方ですね、告宮様だけは方向性が違いますが……ふむ」

「詳しくは言えませんって言い方ですね。まぁ、わたくしは興味ありません。
では……実は生徒会の仕事がまだ残ってるので……お先に失礼致します」

興味の無いものに割くほど暇ではない。
息抜きに来ていたけど、余り長居すると椛さんから一体何を言われるか……。

「はぁ……でも、来期、椛さんがいなくなるのは本当に困ります……」

おわり

888「霜澤 鞠亜」:2022/06/11(土) 00:31:42
★霜澤 鞠亜(しもざわ まりあ)
ツンデレでお嬢様でボクっ子。
山寺 瞳と仲が良く、同じ1年C組。
何となく新聞部を自分で立ち上げ部長をしているが、部員は自分だけで、実際は顧問が居ないため愛好会。
活動もほぼしていない。

隗」隱ュ繧定ゥヲ縺ソ縺滓婿縲√♀縺、縺九l縺輔∪
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縺セ縺∵釜隗偵〒縺吶@迚ケ蛻・縺ォ繝偵Φ繝医r荳翫£縺セ縺吶h
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隱槫ーセ縺ォ縲後h縲阪′螟壹>縺ョ縺ッ螟画鋤繧ィ繝ゥ繝シ蟇セ遲悶〒縺吶h

綾菜と過去に出会っている。
くーちゃん、めーちゃんが綾菜と出会う以前からの友達であり、約二年間の付き合いがあった。
めーちゃんとはお金持ちの繋がりでもっと以前からの知り合い。

膀胱容量は平均より大きめではあるが、尿意を感じるタイミングがやや遅め。
何かに集中していない状態でも尿意を感じ難いが、トイレを連想させるようなものや緊張
または、過去の失敗から水に濡れたりすると尿意を意識しやすい。
容量自体は大きいため失敗することは少なく、限界まで我慢することもそれほどない。
また、プライドが高いため、我慢の仕草は限界まで表に出さない。

成績優秀、運動優秀。様々な事に対して多才。
性格はプライドがそれなりに高く、ツンデレで負けず嫌いで悪戯っぽい。それに加えて無自覚な軽度の中二病。
また、祭りを全力で楽しんで満喫していたり、勝負事には常に全力だったりと子供っぽさも持つ。
言動はきついことが多いが、根はそれなりに優しい。
家はお金持ちでありちょっとした屋敷で、お手伝いさんも数人いる。
ただ、それは自分で得たものではないという拘りからなるべく普通に過ごそうとしている。
その拘りのため、親が有名な先生を雇い勧めた習い事も大抵一度は突っぱねる。
ただ、親の期待にはなるべく答えたいとは思っており、後から自分で調べ、最低限以上の知識を独学で身につけてきた。
両親はその頑固な性格から、レールを敷いた上を歩かせるのは無理だと諦めてはいるが、ある意味で娘の将来性に期待もしている。
運動系は優秀でC組では山寺瞳についで成績が良い。
運動神経は良いが、身体能力自体は平均的で、マラソンなどの持久力を要求されるものは平均的な成績。

昔、鞠亜専属メイドとして3歳年上の如月櫻香を雇っていた。
ただし、鞠亜はメイドを必要としていなかったため、友達としてならそばに居て良いと条件を出し、如月はそれを受けたが
後にその関係が理由で如月櫻香は鞠亜のメイドを辞めさせられる。

綾菜の評価では、変なあだ名を付けた迷惑な人。ちょっと中二病で、言動はきついがどこか憎めず、悪い人ではないと感じていた。
自分でも不思議なくらい好いてしまっている相手。
過去に出会った紫萌ちゃんと同一人物であることが分かったが、未だに違和感を感じる人。

※文字化けは意図的です。

889名無しさんのおもらし:2022/06/14(火) 00:00:08
今回も更新ありがとうございます!
なんだかんだで綾菜が友人達と文化祭を楽しんでるところや、鞠亜との関係性が変わってきたところなど、前向きに進み始めてる感じがしますね。
それにしても、なぜ"ひとみん"ではなく"ひとりん"なのかまゆセンス。
最後はやっぱり縁さんに遭遇していまいました。残念。
次回から本編もPIXIVの方に移られるのですね。この先も楽しみにしています。

890名無しさんのおもらし:2022/06/15(水) 16:36:36
綾が限界まで我慢する展開好き
pixivに行かれるそうですが続きも楽しみにしてます

891名無しさんのおもらし:2022/06/15(水) 21:49:52
更新待ってました。
今回の話の綾菜が限界まで我慢して放尿する展開が一番好きです。
次回からpixivでも作品楽しみにしてます。

892名無しさんのおもらし:2022/06/25(土) 16:01:21
わくわく

893名無しさんのおもらし:2022/06/25(土) 21:11:07
>>888 更新ありがとうございます。pixivでの続き楽しみにしています。

894名無しさんのおもらし:2022/07/10(日) 08:56:04
「トイレへ行きたいのかね 」
 八木橋が歩きながら 、やっと声をかけてきた 。
 満里亜は大きく頷いてみせる 。
「そうだろうな 。グリセリンの源液を注入してやったんだから 」
 「 ! 」
 「公園まで我慢しろ 。まさか途中でチビったりするなよ 」
 そう言うと 、踵を返して 、わざと遠まわりをしながら 、公園に向かう 。それは完全な地獄と言ってよかった 。少しでも 、神経をヒップからそらせば 、崩壊が起こるに違いない 。が 、ヒップに神経を注ぐことによって 、疲れきった両脚が 、ハイヒールを穿いた不安定な状態で 、いつバランスを崩すかもしれなかった 。その結果 、躰が倒れ 、ショックで崩壊が起こるかもしれないのだ 。まさに 、針の上を綱渡りしているも同然だった 。
 公園が見えてきたとき 、満里亜はだから 、思わず涙を溢れさせていた 。すでに 、公園を出てから二十分以上が経っていた 。八木橋はしかし 、すぐにトイレに行かせてくれるほどヒュ ーマニストではなかった 。
 「その前にして欲しいことがあるんだろう 」そう言うと 、鉄棒の一番高いところへ連れていき 、両手をバンザイをする恰好に吊り上げた 。続いて 、猿轡が外される 。
 「ああっ … …は 、早く 、おトイレに … …ククッ ― ― 」
 「遠慮することはないさ 。オ × × ×が欲しくてたまらなくなっているんだろう 。眼がそう言っているぞ 。少しは奥さまにも愉しんでもらわないとな 、これはプレイなんだから 」
正面に立つと 、八木橋はブラウスをくつろげ 、ブラのフロントホックを外してくる 。
 「そ 、それより早く 、おトイレに ― ― 」言いかけたものの 、八木橋の手が豊乳を把み上げてくるなり 、 「ほおおっ 」目眩く愉悦に 、全身が溶け出すような感覚の拡がりを覚えて 、あられもない声を送らせていた 。ギュンッ 、ギュンッと力委せに揉まれるほどに 、満里亜の五体に歓喜のうねりが燃え拡がっていく 。
 が 、今の満里亜はその喜びに浸っているわけにはいかなかった 。腹部を襲う便意と痛みはそれ以上に大きい 。ピンクに染まった美しい貌が 、すぐに青ざめるのを見て 、八木橋はバイブレ ータ ーを持ち出して 、ハイレッグの黒いパンティの上から 、ムンッと盛り上がる頂きを押し上げてくる 。
 「ふうっ ! 」ブルッとガ ータ ー ・ストッキングをふくらませる豊かな太腿を慄わせたかと思うと 、満里亜の股間は待ちかねていたように左右に開かれ 、バイブの尖端へ自ら頂きを擦りつけていった 。
 数回なぞり返すと 、八木橋は濡れまみれたパンティを引き下ろし 、直接クレヴァスに当てがってくる 。
 「はうっ ! 」新たな刺戟に 、満里亜は股をあられもなく開いたまま 、たちまち昇りつめそうな快美感に襲われた 。実際 、じかにクレヴァスを擦られて 、便意と痛みがなければ達していたに違いない 。
 神経はヒップの一点に集中はしているが 、バイブによる官能の刺戟は 、一瞬ではあっても苦痛を忘れさせてくれる良薬だった 。濡れに濡れた熱い肉体は 、極太のバイブレ ータ ーを 、押し入れられるままに迎え入れていった 。
 八木橋が手をはなしても 、優秀な満里亜の躰は 、しっかりと咥え込んで落とすようなことは決してしない 。便意とバイブの振動によって 、満里亜は未知の歓喜の中で苦悶するように 、全身をのたうちまわらせていた 。
 いや 、すでにそれが歓びなのか 、苦痛なのかさえわからなくなっていた 。その証拠に 、八木橋が特製鞭の雨を見舞ってきても 、満里亜の躰は痺れきった神経によって 、陶酔に甘く酔いしれ 、洩れる悲鳴には喜悦の響きが混じっていた 。
 鞭 、バイブ 、便意のバランスをきわどく保つ責めにこれまで身悶えしながらも 、耐え続けてきた美しいスチュワ ーデスの躰にも 、ついに完全なる崩壊が近づいていた 。最初に 、肉体よりも意志が限界を迎えた 。ボロボロになっても 、やはり自らその瞬間の決断を下す恥辱感は残っていた 。
 鞭を浴びる度に身をよじり 、呻き声を放って 、貌をしかめていた満里亜は 、その刹那 、握りしめていた鉄棒から手の力を抜くと 、ほとんど穏やかな表情を浮かべて 、屈辱の安楽の中へ身を投じていった 。
 ヒップの方から崩壊がはじまると同時に 、バイブに貫かれた躰は 、四肢を打ち抜くばかりの喜悦の爆発に見舞われていた 。その二つがぶつかり合い 、それは恥辱も苦痛も歓喜も絡め合いながら 、凄まじい法悦の絶頂感となって 、麗しいスチュワ ーデスの五体に襲いかかってきた 。ガクガクガクッと下肢を慄わせ 、その上体は大きくのけ反りながら 、寄せ返す衝撃の荒波みに打ち上げられて 、烈しい痙攣をくり返した 。
 そして 、最後には 、なおも死者に鞭打つように 、満里亜自身の意志とは無関係に 、制服の下の白い豊かな股間はゆばりを放ち 、その前でズボンを下ろした八木橋の股間の持ち物から 、劣情の白液を誘発していった 。

895名無しさんのおもらし:2022/09/22(木) 11:41:03
事例の人の作品はpixivでは何て検索したら出てきますか?

896名無しさんのおもらし:2022/09/22(木) 21:19:58
僕もpixivで続きがあるなら読みたい

897名無しさんのおもらし:2022/10/18(火) 08:47:34
>>895-896
もう遅いかもしれんがじれーね

898名無しさんのおもらし:2022/11/25(金) 22:50:22
あげ

899あぼ〜ん:あぼ〜ん
あぼ〜ん

900あぼ〜ん:あぼ〜ん
あぼ〜ん


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