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中編小説まとめてみた

1青葉翠:2012/03/12(月) 04:30:46 HOST:KD182249240129.au-net.ne.jp
こんにちは、青葉翠っていいます。
よく小説は書くものの、短編とも長編とも言いがたい長さのものを書くので、タイトルそのままです。
中には後々長編化するものもあるかもしれません。
その際は別スレをたてようかなと。
作中、たまに血が出たりなんだり、でもそこまではグロくないシーンがあったりしますので、ちょっとでもそういう表現があるのは無理っ!!って人は注意してください。
作品紹介の際に、そういう表現があるかないか書くようにします。
感想、指摘、問題があれば教えてください。
なお、私は誤字脱字常習犯ですので、見つけた際は教えていただけるとありがたいです。
最後に、かなり亀更新になるかと思います。
調子の良し悪しに差があるんです。
なので、気長に相手してやってください。

それでは、暫しのお付き合い、お願い致します。

2青葉翠:2012/03/12(月) 04:42:50 HOST:KD182249240136.au-net.ne.jp
中編1
「Alice in …」

創作アリスです。
少女アリスが作った不思議の国。
とてもいい国だったけれど、アリスがいなくなってしまった。
だから住人たちは、アリスを求めて不思議の国から抜け出しては現実世界から「アリス」をつれてくる。

ネタを固めたくて書いたものです。
長編化できるならしたいけど、まだそこまでしっかり固まってない。
書いた意味…。
多少の流血表現があります。
苦手な方は注意してくださいね。

3青葉翠:2012/03/12(月) 04:47:54 HOST:KD182249240021.au-net.ne.jp
気づいた時には、彼女はアリスだった。
自分が何故ここにいるのか、来る前は何をしていたのか、その記憶はすっぽりと抜けていたが、自分がアリスであることだけは不思議としっかり覚えていた。
そんなアリスが迷い込んだのは、絵本と同じ、不思議の国。
しかしそこの住人は絵本とは違い、時計ウサギもチェシャ猫も、出てくる動物は人の姿をしていた。
けれど完全に人間というわけではなく、その動物の耳や尻尾が生えて いるのだ。
迷い込んだアリスにチェシャ猫は怖いくらいの笑顔を浮かべて言う。

「可哀想なアリス、迷子かい?俺に協力してくれるなら、帰り道を教えてあげよう。」

このまま記憶がないのも嫌だったので、チェシャ猫に協力し、不思議の国の住人の問題を解決していった。
泣き虫な赤の女王の友達になってあげたり、帽子屋たちのため、お茶のないお茶会でちゃんとお茶とお菓子を用意してあげたり。
その上芋虫が無くした煙管も探してやった。
しかし、どんなにアリスが一生懸命手伝っても、チェシャ猫は一向に帰り道を教えてはくれなかった。

4青葉翠:2012/03/12(月) 04:55:50 HOST:KD182249240155.au-net.ne.jp
とうとうある日、アリスは帽子屋たちとのお茶会で、その不満をぶちまけたのだ。

「手伝えば帰り道を教えてくれるって……一体いつになったら教えてくれるのよ!」

そういって乱暴にティーカップをソーサーに置くアリス。
ガチャンと陶器同士のぶつかる音がして、中の紅茶がテーブルクロスにはね、薄茶の染みを作った。
もともときれいなテーブルクロスではなかったので、染みはすぐに他の汚れと同化する。

「まぁまぁアリス、落ち着きなよ。紅茶を飲みながらゆっくり話そう。茶菓子はまだまだあるんだよ。」

帽子屋は優しく笑い、クッキーが乗った皿をアリスへ差し出す。
皿の上にはクッキーにかじりついたまま眠っている眠りネズミがいた。

「いらない。」

アリスはムッとした表情のまま、それを突き返す。
ぐらりと皿が傾き、数枚のクッキーと眠りネズミが皿から落ちた。
テーブルに叩きつけられたクッキーが割れて粉々になる。
幸い眠りネズミは叩きつけられる前にそばにいた三月ウサギの手のひらに受け止められたが。
手のひらに落ちた揺れで、眠りネズミは目を覚まし、指の隙間から状況を伺う。
そして粉々になったクッキーを見ると手のひらから飛び降り、クッキーの欠片を食べ始 めた。
その様子を見ていた帽子屋と三月ウサギは面白くてたまらないかのように笑い出す。
アリスにとっては、何が可笑しいのかさっぱりわからなかった。

『くだらない。』

心の内で呟き、冷めた視線を三人に向けて一瞥するとその場を後にした。
アリスは気づかなかった。
背を向けた瞬間から、帽子屋達の笑い声が途切れたことに。
アリスの去ったお茶会は まるで葬式のような静けさで、三人ともアリスの去った方向を哀しそうな顔で見ていた。

5青葉翠:2012/03/12(月) 05:02:05 HOST:KD182249240025.au-net.ne.jp
アリスは勘だけを頼りに森の小道を速足に進んでいく。
一刻も早くこんな変な世界から抜け出したかった。

「あ、アリスはっけーん!」

不意に道の脇から声をかけられ、あわてて声の主を探す。
最初に視界に入ったのは白くて長い耳。
それをたどって視線を下に動かすと、時計ウサギが自分を見上げていた。
全身に木葉や花びらなどが付いていることから、ちゃんとした道を通っていないことがうかがえる。
トレードマークである懐中時計も見当たらない。
この時計ウサギ、方向オンチである上によく時計を落としたり忘れたりするのだ。
こんなに頼り無げなのに女王の側近なのだから呆れてしまう。
とりあえず何の用なのか訊いてみた。

「女王様が一緒に三時のおやつ食べようって。」

行くべきかとも思ったが、さっき帽子屋達と気分の悪いお茶会をしたばかり。
とてもそんな気分にはなれない。
それに、早く帰り道を探したい。
適当なそれらしい理由をつけて丁寧に断ることにした。

「えー?どうしてさ。女王様待ってるんだよ?行こうよ。アリスは女王様の友達でしょ?」

しかしウサギはなかなか承諾してくれない。
理由を説明しても、うんとは言ってくれなかっ た。
アリスの苛立ちは募るばかり。
それを必死に我慢して対応していたのだが。

「アリスったら変なの。」

ウサギのその言葉にぷつんとアリスの我慢の糸が切れた。

6青葉翠:2012/03/12(月) 05:12:12 HOST:KD182249240002.au-net.ne.jp
「何でそんなこと言われないといけないの!これが本来の私よ!仕方なく付き合ってやってるのに、調子に乗って!友達だぁ?帰るために言ったに決まってるじゃない!こんなくだらない、おかしい世界、一刻も早く出たいもの!もうたくさんよ!」

アリスは怒鳴り散らすと踵を反してまた道を進み始めた。
どんなにウサギが呼んでも、無視して行ってしまった。
しばらく呆然と立ち尽くした時計ウサギだったが、はっとして後を追いかけた。

アリスはその後、誰に呼び止められることなく進んでいった。
かなり遠くまで来たのかもしれない。
足元しか見ていなかった目を前に向けると、道が広くなっていた。
いくつかの小道と繋がっていることが辺りを見てわかった。
小道の脇には花壇があり、真っ赤なバラがたくさん咲いていた。
花壇の脇には小さな板で立て札がしてあり、きれいとは言えない字で「107」と書いてあった。
花の本数なのだろう、なんとなくアリスは思った。
本当はその数字の右斜め下にまだ何か書いているのだが、老朽化のためか欠けている上に変な染みがあって読むことができなかった。
特に花については興味がないため、アリスはすぐに視線からバラを外す。
そして真っ直ぐに広い道の向こうを見やった。
まだまだ、道は続いているようだ。
どこまで行けばこの国から出られるのか、途方もない広さに溜め息をついた。

「おやおやアリス、どこに行くつもりだい?」

また進み始めようとした瞬間、後ろから声をかけられる。
振り返らなくても誰だかわかった。

7青葉翠:2012/03/12(月) 13:52:47 HOST:KD182249240023.au-net.ne.jp
「チェシャ猫…….」

呟いて振り返る。
変に笑っているチェシャ猫の顔に寒気を覚える。
聞かなくても本当はわかっているのだろう、彼は。
わかってそれでなお笑っている彼を、気持ち悪いを通り越して怖いと思った。

「―…別に。散歩よ、散歩。」

恐怖を振り払い誤魔化しの言葉を発する。
別にこいつは見ていたわけじゃない。
怖いと感じるのは私の気のせいだ。
そう自分に言い聞かせた。

「帽子屋達のお茶会放棄して、女王のお誘いを断り、時計ウサギを怒鳴ってまですること か?」

さっき行った事柄全てを言い当てられ、鼓動が速くなる。
適当に言っているにしては、あたりすぎている。
あぁ、ならやはり……

「アリス、もう協力はしてくれないのかい?」

尋ねるその言葉にはしっかりと別の意味も含んでいた。
もうこれ以上隠すのは無理だろう。
今アリスがとるべき行動の選択肢は二つ。
ここで 素直に謝り、チェシャ猫が帰してくれるまで大人しく協力するか、しっかりと反抗の態度をとり、何としても帰るべき場所に帰らせてもらう、か。
もちろん前者は嫌だった。
もうこんな世界にはうんざりして、嫌気がさしていた。
ならば残され ているのは一つしかない。
アリスは自分を奮い起たせて、チェシャ猫に言い放つ。

「そうよ、もうアンタについていけない!私は自分で帰り道を探す!もうアンタの言うことは聞かない!何がなんでも帰るから!」
「帰るって、どこに?わかっているのか?思い出せたのか?」

最もなことを言われてしまい、言葉に詰まる。
啖呵を切ったのだから、ここで怖じ気づいてはいけない。

「確かに、思い出せてないわ!けどアンタに協力するよりマシよ!」

初めてチェシャ猫をアンタ呼ばわりしたが、気にしている様子はない。

「そうか。本当にいいんだな?」

表情はさっきから変わっていないのに、アリスの全身にぞわっと鳥肌がたつ。
チェシャ猫の気迫に足が震えそうになるのを必死にこらえた。

「もちろんよ!」

いたって平気なふりをして答える。
弱さを見せたら負ける。

8青葉翠:2012/03/12(月) 14:01:30 HOST:KD182249240023.au-net.ne.jp
「わかったよ。なら…お別れだ。」

チェシャ猫はやれやれとため息をつき、アリスに告げる。
これで帰る事ができる。
アリスが ホッとしたのもつかの間、

「仕方ないよな、この世界が嫌なんだから。」

またチェシャ猫は笑った。
その表情に悪意は少しも見えない。
何を考えているのかさっぱりわからない。
それが一番恐ろしかった。
逃げたい、逃げたい、帰りたい。
そればかりが頭を駆け巡る。
手のひらはぐっしょりと汗をかいていた。
暑いわけではない。
むしろ寒いように感じる。

「心配するな、すぐ済む。少し不自由になるかもしれないけど、話し相手には困らないぜ。何せ107人もいるんだからな。」
「何、言ってるの?帰してくれるのよね?」

何かおかしいと感じ、ガチガチと歯が鳴る口を なんとか動かして尋ねる。
「107」という数字がどうも引っかかった。
どこかで見た数字。
そう、確かバラが咲いていた花壇の横に……。
アリスの脳内では警報が鳴っていた。
話している場合ではない。
ここから、いや、こいつの前から早々に立ち去らねば。
ジリジリと足を少しずつ動かす。
隙をみてアリスが逃げたそうとした時だった。

「帰してやるって、誰が言った?」

チェシャ猫が、パチンと指を鳴らした。
ぐいっとアリスの腕が何か強い力で引かれた。
手首がヒリヒリと痛む。

「―…何、コレ?」

引かれている腕を見て、アリスは目を見開く。
アリスの白く細い腕に、さっきのバラから伸びた蔓がしっかりと絡み付いていた。
あわてて腕を自分の方へと引いたが絡み付く力が強く、無数の刺が突き刺さっていく。
抵抗すればするほど、絡み付く蔓は増えていき、ズルズルとバラ の茂みへと引きずられる。

「い、嫌!こんなの嫌!帰して!もとのところに帰してぇ!」

アリスはチェシャ猫に救いを求めて泣き叫び、必死に手を伸ばそうとする。
そんなアリスの真っ赤な手をそっと握り、チェシャ猫は哀れそうに言った。

「アリスじゃないお前に、帰る場所なんてな いよ。」
「え?」
「さようなら、108番目のアリス。」

アリスが聞き返そうとする前に、チェシャ猫はその手を離す。
それが合図であったかのように、荊がまるで生き物のようにあっという間に アリスを飲み込んだ。
荊はしばらく音をたてて動いていたがやがて動かなくなり、茂みの中からはクスクスと無数の笑い声が響いて、止んだ。

9名無しさん:2012/03/12(月) 15:12:19 HOST:KD182249240154.au-net.ne.jp
「あ、チェシャ猫見っけ!」

チェシャ猫がしばらく感情のない瞳で荊を見つめていたところにに時計ウサギがやってきた。

「アリスは?」

そう聞かれて一度は視線を時計ウサギに向けたが、すぐ戻した。
それだけで何があったのか理解し、しゅんとする。
頭の上の白い耳も下に垂れた。

「……108番目のアリスも、ダメだった の?」
「ダメだった。似てたけど、全くの別物。ニセモノだったよ。」 「そっか。」

二人の間に沈黙が流れる。
ふと、時計ウサギは思い出したようにチェシャ猫を見る。
「これからどうするの?」
アリスのいない不思議の国は、国 として成立できない。
いずれ消滅してしまう。
昔、最初の、チェシャ猫達のアリスがそう決めたから。
そのアリスが今いなくなってしまったのだ。
この国がこの物語が、いつ崩壊してもおかしくない。
「お前は女王に報告しに行け。俺は、アリスを探しにいく。」
指示を出された時計ウサギはため息をつく。
「いっつも行くのはチェシャ猫。」
「ここから出られるのは俺かお前で、お前は方向音痴だろ。さて、行くべきなのはどっち だ?」
「……チェシャ猫。」
「そういうこと。わかったらとっとと女王のとこ行け。」

そう言われ、時計ウサギはしぶしぶうなずくと城の見える方へと走っていった。
残されたチェシャ猫は「108」と書かれた看板を軽く蹴り、ため息をつくとウサギとは反対の方向へ歩き出す。
城へ向かって走っていた時計ウサギはふと立ち止まり、振り返る。
遠くに背を向けて歩いているチェシャ猫が見えた。

「でもねチェシャ猫、僕らのアリスは、もう僕らのこと覚えてないかもしれないんだよ?」

誰に言うでもなく、時計ウサギは小さくつぶやいた。

10名無しさん:2012/03/12(月) 16:09:00 HOST:wb92proxy16.ezweb.ne.jp
そんなにかわいい猫なんですか?胸が痛いです。

11青葉翠:2012/03/12(月) 17:13:24 HOST:KD182249240150.au-net.ne.jp
都会の中心、格好は最近の流行に合わせたファッションなのに、虚ろな目の少女は人混みに呑まれ歩いていた。
歩いているなか、一瞬どこか懐かしい香りがして、ふと立ち止まる。
その瞬間だけ輝く瞳。
しかしすぐに元の色に戻る。
彼女は、気づいていなかった。
絵本のページはすでにめくられ始め ていることに。

「アリス、迎えにきたよ」

チェシャ猫がニタリと笑って言った。

End…?

12青葉翠:2012/03/12(月) 17:54:30 HOST:KD182249240018.au-net.ne.jp
あとがきというか

漫画の読みきりみたくなりました。
まぁそれを目指したのもありますが。
見せた友人には「漫画向きだね。」といわれました。
画力が追い付かないんだよ…!!
追い付いたら描いてた。
世界観だけでもわかっていただければ嬉しいです。
長編化したいけどいまいち固まらない。
よければ感想お願い致します。

13名無しさん:2012/03/12(月) 17:59:19 HOST:wb92proxy15.ezweb.ne.jp
生きるのって結構面倒くさいだろ
結構大変なんだよ
仕事するので精一杯なんだ
でも耐えなきゃいけないんだ
なんの仕事しようが大変なんだよ

14青葉翠:2012/03/12(月) 18:05:27 HOST:KD182249240132.au-net.ne.jp
>10さん
かわいい猫…?
チェシャ猫のことですかね?

>13さん
そうですね、生きるのって大変ですよね。
お互い大変でしょうけど、頑張りましょうね。

15青葉翠:2012/03/12(月) 22:59:30 HOST:KD182249240031.au-net.ne.jp
追加でお願いです。
作品に関係のない書き込みは今後ご遠慮いただけると嬉しいです。
これから先、関係無さそうな、またよく意味のわからない書き込みがあった場合はさっくり無視しますのであしからず。

それでは今後ともよろしくお願いします。

16青葉翠:2012/03/12(月) 23:50:41 HOST:KD182249240136.au-net.ne.jp
中編2
「LOST BEAUTY」

魔法はないけれど、超能力が存在する世界、<ホライズ>。
東西南北にそれぞれ大きな国が存在し、それぞれに暮らしていた。
ところがあるときから、各国で不思議な力を操る人々が現れ始め、能力のない人達は彼らを恐れ、迫害するようになる。
そんな折、西の王国と、東の帝国が戦争を始め、、北の大国は早々に中立宣言をした。
長引く戦いになるかと思われたが、南の皇国の介入により、それはあっけなく終わった。
皇国は、各国で疎まれている能力者を優先的に受け入れ、軍隊を設立したのである。
その圧倒的な軍事力で戦争は皇国の圧勝に終わり、東西国は管理下に置かれるようになった。
その戦争の規模は大きく、後に「先の大戦」と呼ばれ語り継がれていった。
時が流れ、生存者がいなくなった時代、ある作家が旅に出た。
先の大戦を風化する前に一冊の本にまとめたい、その一心で。

……と言うのがあらすじというか紹介文。
これ以上はネタバレになるのでもろもろはあとがきに書くことにします。

17青葉翠:2012/03/13(火) 11:48:36 HOST:KD182249240011.au-net.ne.jp
私は、「先の大戦」について調べていた。
歴史上最大の対戦と今でも言われており、当時の体験者が随分と昔に死亡した今も、その規模の大 きさは語られ続ける。
私は、それに関して出来うる限り全てを記録に残したいと思い、北、東西の国を回り、現在、南国の森の奥底にいた。
と、言うのも、街で噂を聞いた。
この森の奥深く、辺境の地に、大戦の生き残りがいるという のだ。
人間でそこまで生きている、というのはありえないことだった。
ただの噂と思いつつも、私はどうしても気になってしまい、森に足を踏み入れることにした。

18青葉翠:2012/03/13(火) 11:55:00 HOST:KD182249240011.au-net.ne.jp
もう随分と進み、自分の体に疲労が見えてきた頃、目の前に大きな古城が現れた。
城壁は崩れた形跡がなく、門も新しい。
生き残りではな いにしろ、誰かが住んでいる確立が高く感じた。
そっと門を押すと、すんなり開いた。
内側からは何もしていないようだ。
無用心だとは思ったが、今はそれがありがたい。
門の内側は緑の絨毯にも似た芝生が広がっていた。
変に伸びてなく、しっかり手入れが行き届いている。
ますますここに人がいる可能性が高くなる。
大戦と関係ないにしても、なぜここに住んでいるのか、それくらいは聞けるだろう。
しばらく芝生の上を歩き、城に入るためのドアの前に立 つ。
ノックでもするべきなんだろうか。
しかし果たして中にいる人に聞こえるだろうか。
迷ったが、何事も第一印象が大切だ。
礼儀として、ドアについているノッカーで扉をたたく。
返事はなし。
少しきしんだ音をたながらドアを開けた。
ノックはしたのだ、大丈夫だろう。
建物のなかは、意外にあっさりしていた。
階段や壁、床は本来の装飾ゆえに豪華だが、その他の装飾品は特にない。
こういった場所には、甲冑や、先祖の肖像画があるものだが、それも見当たらない。
ものがなくすっきりしているゆえに、掃除が行き届いているのがすぐにわかった。
やはり人がいる!と、階段の向こうからコツコツと靴を鳴らす音が聞こえてきた。

19名無しさん:2012/03/13(火) 12:30:02 HOST:KD182249240147.au-net.ne.jp
「誰?」 澄んだ声とともに目の前の階段から女性が現れ た。歳は二十代半ばといったところか。きらび やかな金の髪、透けるように白い肌、海から 持ってきたような青い瞳。どこかの絵画から抜 け出してきたような現実離れした美貌。シンプ ルな白いシャツと黒のロングスカートさえも、 一級品のドレスにさえ見えた。あまりの美しさ から、私は彼女から目が離せなくなった。
もう 一度、誰、と問われ、自分がここに来た目的を思い出す。
「ここに、先の大戦の生存者がいると聞いた のですが…。」
私は自分が「先の大戦」について本を書くつもりで、噂を聞いてきたと彼女に説明した。
「…そうですか。でしたらこちらへ。」
彼女はあっさり頷き、くるりと身を翻し階段を上る。
彼女の後ろについて歩き、広い城内を進んだ後、客間らしき部屋に案内された。
「少々お待ちください。」
彼女は優雅に一礼すると部屋から出て行く。
生存者の世話係あるいは使用人か。
この部屋も、下の広間と同じく必要最低限のものしかなかっ た。
しん、とした部屋の中、テーブルの上にある時計の音だけが響く。
三十分ほど経過しただろうか。
ティーワゴンを押しながら彼女が戻ってきた。
誰か連れてきている様子はない。
慣れた手つきでポットの中の紅茶を入れる。
そこで初めて彼女が手袋をしていることに気づいた。
もともと彼女は肌が白く、見分けがつかなかっ たのだ。
砂糖やミルクはいるかと聞かれ、両方断った。
ソーサーに載せたカップを私の前に差し出すと、向かい側に座った。
その手元には、一冊の赤い表紙の本。

20名無しさん:2012/03/13(火) 12:47:55 HOST:KD182249240144.au-net.ne.jp
「申し訳ありませんが、彼女は会うことが出来ません。外の人間が好きではないのです。代わりといっては、ですが、これをお貸ししま す。」
そう言って彼女は持っていた本を差し出してきた。
「彼女が以前に書いた手記です。お知りになりたいことは、大体書かれているかと思いま す。」
反応に困っている私に彼女はそう付け足す。
彼女、と呼ぶということは生存者は女性なのだろうか。
男性の話は何度も聞いたが、女性は初めてだ。
私は受け取った本に興味を示した。
早速帰って読んでみよう、と考えていると、彼女に泊まる場所は決まっているのか尋ねられた。
街に着くなり、聞き込みを始め、この古城の噂を聞いてすぐに飛び出したのだ、宿泊先など決めていない。
その旨を伝える。
「部屋はたくさんあります。よければ泊まってください。」
先ほどの彼女の話だと、ここの主人は外の人間が嫌いなはずだ。
それを気にし、断ると、部屋からはめったに出ないから大丈夫だと言われ、断るのも忍びなく、しばらくこの古城に泊めてさせてもらうことになった。
食事は部屋に運んでくること、城の中は自由に歩いていいが、三階の奥の部屋は主人のだから近づかないよう念を押すと彼女は夕飯を置いて出て行った。
一人になると、私は夕飯に手をつけ、食べ終わると早速受け取った手記を読み始めた。

21青葉翠:2012/03/13(火) 14:39:04 HOST:KD182249240032.au-net.ne.jp
生存者とされている「彼女」の手記は生い立ちから始まっていた。
生憎、名前については書かれていない。
後で使用人の彼女に聞いてみようと思う。
「彼女」の故郷は西国のとある小さな集落。
能力者であるということに五歳で気づくが、両親は普通の一般人。
しかし世間というのは冷たいもので、一家ごと迫害された。
その度に何度も移住を繰り返したが、どこも「彼女」が能力者であると気づくと、受け入れてなどくれなかった。
それを繰り返して彼女が十五歳になった夏、南国が積極的に能力者を受け入れている、という話を聞き、一家ごと移民。
そこには自分と同じような仲間がたくさんいて、「彼女」もようやく学校に通うことができ、友と呼べるものも出来た。

ここまででひと段落した私は、今日一日の疲れが出たのか、本を閉じると、ソファーからベッドに移動して眠った。

22青葉翠:2012/03/13(火) 15:58:45 HOST:KD182249240145.au-net.ne.jp
翌朝ドアのノック音で目を覚ました。寝ぼけ た声で返事を返すと、ドアが開き、彼女が一礼 して食事を載せたワゴンを押して入ってきた。 「昨夜の夕食は、お口に合いましたか?」 そのままにしておいた昨晩の食器を片付けなが ら彼女は尋ねる。相変わらず白い手袋をしてい た。 「とてもおいしかったよ、ありがとう。」 率直な感想を述べると、彼女の表情が心なしか ほっとしているように見えた。テーブルの上に 朝食を並べ終えてまた一礼する彼女を呼び止 め、なんと呼べばいいのか、またこの城の主の 名前を尋ねる。
「生憎、彼女は自分の名前を忘れてしまっています。私のことは…ベルとでもお呼びくださ い。」
ベル…どこかの国の言葉の意味で、「呼び鈴」だったか。
確かに、彼女にふさわしいかもしれない。
「彼女のことは…以前自分のことを化け物だとか、魔女だとか言っていましたが…。」
「そうか…わかったよ。ありがとう。」
目の前の彼女の呼び方がわかっただけでよしとしよう。
彼女は一礼すると部屋から出て行った。
出来立ての朝食に手をつけながら、私はまた、手記を読み始めた。

23青葉翠:2012/03/13(火) 16:03:50 HOST:KD182249240029.au-net.ne.jp
「彼女」が自分の能力の扱い方にようやくなれた頃、「先の大戦」が始まった。
最初は東西だけの戦争だったのだが、南国は難癖をつけて飛び入り参加。
その際に集めた能力者だけで、 軍隊をいくつもつくりあげた。
「彼女」ももちろん徴兵され、その力の強さのため、よく先陣を切らされたという。
ここで初めて書かれていなかった「彼女」の能力が明らかになる。
「彼女」の能力は「変化系」。
彼女の指先を対称にむけ、何に変えたいか、それを考えるだけで指を向けた物質を全く違う性質の物質に変えることが出来る。
彼女のその力は、相手になった敵軍をほぼ一人で殲滅させるほどだった。
一例として、「彼女」は自分に迫ってくる軍隊に指先を向け、その足元を木に変化させると、仲間に火をつけさせたのだ。
大地に根を張り、動くことが出来ない上半身だけの人間は、成す術もなく、悲鳴を上げながら焼かれていったという。

このくだりで、私はどうも気分が悪くなってしまい、せっかくの朝食を食べる気が失せてしまった。
食器はそのままでいいとベルが言っていたので、気分転換に立ち上がり、部屋を出た。
このまま、城の中を散歩してみようと思ったのだ。
自由に歩いていいと彼女は言っていた わけだし。

24青葉翠:2012/03/13(火) 16:09:29 HOST:KD182249240141.au-net.ne.jp
自分のいる二階には、浴場と、他の客間、それと書斎があった。
三階には何があるんだろう、と気になり、階段を上がる。
相変わらずしっかり掃除が行き届いている。
本当に彼女一人で掃除をしているんだろうか。
だとしたら、一日がかりになるだろうに。
三階にたどり着くと、少し薄暗く感じた。
二階に比べ、窓が少ないからだろうか。
三階には同じく客間と、衣裳部屋らしい部屋。
ここはあまり片ついていないようだ。
埃っぽい臭いと、かび臭さが鼻につく。
使わないから、掃除をしないのだろうか。
そうして歩いているうちに、近づくな、と注意された奥の部屋の前まできてしまう。
寄るなと言われたのだ、すぐ戻ろうと思う反面、中に入りたいとも思った。
中に、あの手記を書いた彼女がいるのだ。
しっかり彼女本人から話を聞きたい。
そう思ってドアノブに手をかけようとした、その時。
「何をしているんです?」
ベルの声がして、慌てて手を引っ込めた。
私はすぐさまなんでもないと答える。
「ここが…」
「えぇ、彼女の部屋です。入らないでくださいね。酷い目に遭いますから。」
酷い目、と聞いて先ほどの手記のくだりを思い出す。
自分の体を木や炭などに変えられてはたまらない。
彼女と一緒にその場から離れた。
「ここで一人で働いてるの?」
「えぇ。私しかいません。」
当たり前のようにベルは私の質問に頷いた。
城の掃除、庭の手入れや食事の準備、「彼女」の世話などを彼女が一人で出来るわけがない。
何かがおかしいと思ったが、他に人はいないので信じざるを得ない。
「そろそろ昼食をお運びするので、部屋で待っていてください。」
彼女の言葉に頷くと言われたとおり階段を下って自分の部屋に戻った。
続きを読むのは昼食が済んでからにしよう。
今朝のように残すと彼女に悪い。

25青葉翠:2012/03/13(火) 16:15:32 HOST:KD182249240002.au-net.ne.jp
「彼女」の居た部隊だけでなく、他のどこの部隊も、歯が立たないほどに強かった。
南国の軍の強さは、他の国でも話を聞いたからよくわかる。
治癒系の能力者も軍隊に加わっているため、致命傷を与えたとしても、すぐに回復されてしまうのだ。
死者は、圧倒的に東西国の方が多かったと東国にある図書館の資料で読んだ。
骨も残らなかった者もいたらしい。
幸いといっていいのか、「彼女」の友人達も皆無事だった。
戦地から帰った軍隊を、住民は大いに歓迎し、英雄とまで呼んだ。
「彼女」達の行いは、結果的に南国を豊かな国へと発展させたのだ。
終戦後も「彼女」達は軍人として生活し、能力のない住民とも仲良く過ごすことが出来た。
その力を買われ、物品の修理や怪我の治癒など、能力者の働き口も広がっていった。
しかし…そんなことも長くは続かず。
軍隊を組織した国自体が、今度は能力者たちを疎み始めた。
自分達より強い彼らが、もし反乱でも起こしたら。
その恐怖は国の重役だけでなく、国民にも広がっていった。
そうしてまた、いつかと同じように能力者が差別され始める。
軍隊は強制的に解体。
お互いの行き先を伝えることが出来ないまま、「彼女」も能力者の友人達と別れなければならなかった。
その時既に、「彼女」には一般の住民の友人などいなくなっていたのだ。
国から直々に送られ、与えられたのがこの城というわけだ。

26青葉翠:2012/03/13(火) 18:47:12 HOST:KD182249240134.au-net.ne.jp
ここまで読んで、やっと「彼女」がなぜこの城に住んでいるのかがわかった。
しかし、何故、「彼女」がここまで生きていられるのかについてはわかっていない。
まだ先があるようだし、続きがあるのだろう。
ずっと同じ体勢で読みふけっていたので、固まった筋を伸ばすために立ち上がり伸びをした。

「ベル、ここの主はどんな人なんだ?」
昼食の食器を片付けにきたベルに尋ねる。
彼女 は一瞬、手を止めて。
「獣…とでも言うんでしょうか。人ではありません。人だった頃の面影は全くないです。」
「…そうか…。」
人ではないから、人を嫌うのだろうか。
だから部屋からも出ないのだろうか。
友人と思っていた人たちから避けられ、罵られるとは果たして、どんな気持ちなのだろうか…。
そんなことを思いながら、また手記に視線を戻した。

27青葉翠:2012/03/13(火) 18:54:13 HOST:KD182249240138.au-net.ne.jp
「彼女」は古城を与えられ、住むようになった後も、森の外にある街に出向いていき、なんとか人と関わろうとした。
人から愛されようとした。
けれども、やはり誰も能力者など受け入れてはくれず。
「彼女」が行くと人は皆道をよ け、店は閉まる始末。
「彼女」を化け物と呼び、罵る人間まで現れた。
「彼女」はそれにひどく傷付き、もう街へは行けなくなってしまった。
城に引きこもり、食事もろくにとらずに窓から外を眺めているうちに、人に対する愛情は、いつしか憎しみへと変わり、「彼女」は何の能力もない人を蔑むようになった。
そうして自分が同じ人であることが嫌になり、自身に変化させる能力を使ったのだ。
変化系の能力者は、自身にもそれを使うことができ、姿を全くの別人に変えることが出来るそうだ。
それを知っている能力者は一握りらしいが。
「彼女」は戦時中に出会った仲間から聞いていたそうだ。
「彼女」は自身に指先を向け、ただ念じた。
「人ではない、化け物、獣へ」と。
それは身体にかなりの負担がかかった。
焼けるような全身の痛み。
獣の咆哮にも似た悲鳴を上げ、「彼女」は醜い人とは違う、美しい獣になったと同時に、不老不死の身体を手に入れた。

そこで「彼女」の手記は終わっていた。
不老不死なんてあり得ないと思っていたが、能力者も あり得ないことをするのだ、不可能とは言い切 れないだろう。
ここでするべきことは終わっ た。
外を見ると、日が傾きかけている。
今からここを出ても、夜になる前に森を抜けるのは無理だろう。
明日、この城を発とうと思う。

夜になり、夕食を運んできたベルに手記を返し、明日ここを発つことを伝えた。
彼女は相変わらずのあっさりした態度でうなずいた。

28青葉翠:2012/03/13(火) 19:04:32 HOST:KD182249240135.au-net.ne.jp
夕食を食べた後、月が綺麗だったので外に出て庭を散歩する。
くるりと城の周りを歩いている最中、丁度城の裏側に着いたとき、黒い影が立っていた。
どうやら黒いローブか何かをすっ ぽり被っているらしい。
後ろ姿なのもあって、 顔は見えない。
手元には、花を持ち、地面に備えていた。
ベルだろうか。
声をかけようかと思ったが、何か違和感がして、出かけた声を飲み込んだ。
私の視線が、花を持っている右腕に集中する。
月明かりに照らされていたそれは、人の体とは思えないほど真っ黒に干からびた色だった。
ベルなら、両手に手袋をしているはずだし、肌は透き通るように白いはずだ。
と言うことは…「彼女」なのだろうか。
人を憎み、自らを人から獣へと変えた…。
歩み寄ろうと一歩踏み出した際、芝生に埋もれて気づかなかった枝を踏んでしまい、バキリと乾いた音が辺りに響く。
もちろん目の前の影には聞こえていないなんてことはあるはずもなく。
びくっと肩を震わせたあと、こちらを振り返りかけて、一目散に私の居ない方へ走り出した。
待ってと叫びながら追いかけるが止まってくれるわけがなかった。
私より先に城の扉をくぐった際、風圧でフードが取れた。
扉の奥に入る前に一瞬見えたのは月明かりに照らされる…金色の髪だった。
まさか、と思いながら、追って扉をくぐったが、もう姿は見当たらなかった。
仕方なく先程の影が花を供えていた場所に戻る。
そこには少し離れたところに菜園と、小高く盛られた土があり、頂上には十字に型どられた枝が刺さって いた。
誰かの墓標だろうか。
でも一体誰の?
それに、さっきの影はひょっとして…。
私の中に一つの可能性が生まれる。
あり得ないことはない。
明日、出ていく前に、直接彼女に確認しなくては。

29青葉翠:2012/03/13(火) 19:12:19 HOST:KD182249240033.au-net.ne.jp
翌日、朝食を食べた後、荷物をまとめると、三階の奥の部屋に向かった。
最後に一つ、確認しなければならないことがある。
階段を上がる途中ベルとすれ違ったが、気にしなかった。
急ぎ足で進み、奥の部屋の前に立った。
一応ノックはしておいた方がいいだろうと軽くノックをする。
中からの返事はない。
「何をしているんですか?」
ノブに手をかけたところでベルに声をかけられた。
「たった一日だけど、お世話になったからね。お礼を言おうと思って。」
「彼女にはそんなこと必要ないです。私が勝手にしたことなので。勝手に人を入れたとなれば私が怒られてしまいますから。」
ベルは私が部屋に入ろうとするのを必死に止めて。
ならそうか、と私は一度ノブから手を離し、そこから離れ、戻る。
いや、実際は戻るフリをした。
ベルが安堵したその一瞬の隙をつい てノブに手をかけ、勢いよくドアを開け放つ。
…部屋の中には、誰もいなかった。
誰も寝ていないベッド、昨日まで借りていた手記が置かれている机。
ついさっきまで、人がいた気配がする。
これで、確信が持てた。
振り返ると、ベルが困惑の表情を浮かべて立ち尽くしていて。
私はしっかりを彼女を見ていい放つ。
「…貴女が、ここの主なんですね。」

30青葉翠:2012/03/13(火) 19:17:54 HOST:KD182249240132.au-net.ne.jp
その言葉に彼女は力なく頷いた。
「何で…どうして…」
こんなはずではと言わんばかりの取り乱しようだ。
「昨日、手記をお返しした時点では、気づいていませんでした。その後の、夜の散歩の際に見かけた影。最後に見えた髪は、貴女と同じ金の髪でした。右腕の疑問はありましたが、貴女の手袋をしている理由と仮定して、主人と貴女が同一人物であると決定付けるためにこの部屋を見る必要がありました。」
それに、能力さえ使えば、城の汚れも、庭の草も、一瞬で片つけることが出来る。
何に変化させるかはよくわからないが。
理由を求める彼女に、私は確信に至った経緯を説明する。
最後に、部屋を勝手に開けるという強行手段に至ったことを謝った。
しっかりと頭を下げて。
「貴方のことを少し見くびっていたようだ。」
私が頭をあげると彼女は自嘲的に笑う。
彼女の言葉遣いはもう敬語ではなくなり、今までとは違う、どこか吹っ切れた表情。
私の目の前で彼女は手袋を脱ぎ捨てる。
先に左手、次に右手。
白い左手とは対照的に、右手は黒く、干からびた色をしていた。

31青葉翠:2012/03/13(火) 19:26:36 HOST:KD182249240154.au-net.ne.jp
何年かに一度ほどの頻度で、私のように先の大戦の生存者の話を聞きたいと訪れる者は現れていた。
最初のうちは会わせることはできないと断っていたが、訪れる者の声はしつこく。
断るのも面倒になって手記を渡すという方法を思い付いた。
それさえ渡せば、相手も満足してくれる。
勝手に持ち帰られることもあったが、また書き直せばいいことだった。
何しろ、彼女には時間が嫌というほどあるのだから。
自分が、まさに書いた本人だとは誰も気がつかなかった。
手記を受け取っただけで、満足してしまうのだ。
昨晩彼女を見かけなければ、私も気づかなかっただろう。
運がよかったのかもしれない。

「さて、私が主と知ったところでどうする?見せ物にでもするか?」
高圧的な態度で訊いてくる彼女の質問に私はただ首を横に振る。
彼女が見てきたような、醜いことを私は行うつもりはない。
ただ、知りたいだけなのだ。
「貴女は人を憎み、嫌い、自らを獣へと姿を変えたと、手記に書いていました。ならなぜ、私を泊めてくれたんです?それに、城の裏にあったあの墓標は一体誰なんですか?人ではな くなった後から今に至るまで。貴女に、何があったんですか?私はただ、それが知りたいん です。」
「聞いてどうする?」
「最初に申し上げた通り、私の知り得た全てを本にするつもりです。」
真っ直ぐ彼女を見て答えると、彼女は笑いだして。
気に入った、と踵を返し、彼女は歩き出す。
「こんな死に損ないの話が売れるとは思えないが、話してやろう。私のことを見破った褒美だ。」
一度振り返って彼女は言い、また歩きだす。
来るよう促され、あわてて後を追いかけた。

案内された先は、私の使っていた客間。
ここで話を聞かせてくれるらしい。
彼女は先にソファーに座り、私に向かいへ座るように言う。
素直にそこに座ると、何から話せばいいと私に聞いてきた。
どれからでも、と答えようとした が、余計に困らせてしまうかもしれない、と思い直し、外にあった墓標から聞くことにした。
「あれは…私の、美しさだ。」
よりによってそこから来るか、と苦笑して言った彼女の言葉。
正直理解できなかった。
美しさ?
彼女は人を捨てて、美しい獣になったのではないのか?
「やはり理解できないか。」
そう尋ねられ、素直にうなづく。
怒らせてしまっただろうか、と少し体を強ばらせたたが、そんなことはなかった。
むしろ笑っていて、こちらの気が抜けてしまう。
「お前の知りたいこと全てにつながるから、まとめて話すことにしよう。私が獣になった後、起こった出来事を。」
静かに微笑んで、彼女は語り始めた。

32青葉翠:2012/03/13(火) 20:19:49 HOST:KD182249240141.au-net.ne.jp
私が、人を嫌い、憎みながら生活するようになって数十年。
窓から見える景色が形を変え始めた頃、いつものように城の周りを散歩していたら、城の丁度裏側にあたる場所で、男が一人、のんきに昼寝をしていた。
手記には書かなかったが、私は己の姿を変える前に、城の門をなくした。
力を使い、同じような石垣に変えたんだ。
なのに、男はそこにいて。
どうやって入ったのだろう、とあたりを見回すと、塀の上から縄で編まれたはしごがぶら下がっていて。
わざわざ登ってきたらしい。
どうしたものかとそいつを見てしばらく立ち尽くした。
人に会うのはとても久しぶりだったからな。
そうしているうちに、男が目を覚ました。
ぼんやりしたま ましばらく視線をあちこちに泳がせて、私を見つけてから、やけにのんびりした声で訊いてきた。
「君が、ここに住んでるって化け物?」
例え街が形を変えようとも、私の話はしっかり後世にも伝えられていたらしい。
またこの男のように興味本位でこられても迷惑だ。
ここで脅かして追い返そう。
そうすれば、こいつだって街に帰って、化け物に殺されそうになったと言うだろう。
殺すのでもよかったが、そうしてしまったら、醜い人間と、なんの変わりもなくなってしまう。
私は口の端を吊り上げ、男に指先を向け、堂々と言い放った。
「いかにも、私がこの城の化け物。即刻ここを立ち去れ。さもなければ灰にしてやる。」
はったりではないことを証明するために、彼の足元にあった花に指先を向け、塵に変えてやった。
これを見れば、この目の前の男だって、情けなく悲鳴を上げ、慌てふためいて塀を登っていくだろう。
そう考えていた。
…けれど、彼は全く私の予想外の行動をした。
彼は、私の手を、しかも姿を変えたときにおかしくなってしまったこの右手を掴んで、優しく微笑んで言ったんだ。

「凍りそうなくらい、冷たくて悲しい手だ。寂しかったんだね。」
…信じられるか?
自分を殺そうとしている相手にそう言ったんだ。
自分が、死ぬかも知れない状況で。
初めてかけられた言葉に私は驚き、焦り、右手を優しく掴むその手を振り払って…逃げた。
城の中を駆け回って、さっきお前の開けた三階の奥の部屋に逃げ込んだ。
この体を手に入れたときから、体温なんて感じたことはなかったのに、握られていた右手が、やけに熱く 感じた。

33青葉翠:2012/03/13(火) 20:26:42 HOST:KD182249240130.au-net.ne.jp
翌日から、彼は私の城に勝手に住み始めた。
私を見かければ駆け寄ってきて声をかけてきて。
私の能力について聞いてくることもあった。
人間となんか口を利きたくなくて、基本は無視していたのだけれど、あまりにしつこいときだけ、答えるようにしていた。
そんなことをしているうちに、彼は私の庭に勝手に菜園などを作ったりして。
私に料理を作ってくれるようになった。
私は不死だ。
食べ物なんて食べなくても生きていくことは出来るのに。
しかもその味は筆舌尽くしがたいほどに不味くてな。
酷い味に耐えかねて私が作ってやるようになった。
彼が料理を作ることを禁止して、城の中で飢え死されても困るから。
長らく料理なんてしていなかったから、少し不安だったが、少なくと も、彼が作るよりはましな味だったよ。
一向に彼が出て行く気配がないまま、数ヶ月が過ぎた。
彼が私に話しかけてくるのも、時たま私が菜園の様子を見に行くのも、料理を作るのも当たり前になっていて。
ある日、本を読んでいた私のところに来て言ったんだ。
ただ一言、「愛してる」と。
突然すぎる発言に何も言い返せないでいると、彼はここに来た理由を語り始めた。
小さい頃から城に住む化け物の話を聞き、会ってみたいと思っていて。
成人してもなおそれが捨て切れなかったため、わざわざ来たのだ。
それで、実際に出会ってみたら普通に人の姿をしていて。
一目惚れしたんだそうだ。
「君が化け物だっていい。一緒にいてほしい。」
それが、彼の言い分だった。
もちろん、私はそんな言葉信用できなかった。
人間は醜い。
すぐに裏切るし、嘘をつく。
同情するふりをして、傷つける。
私は右手を握ってくる彼の手を引き離し、噛み付いて、突き飛ばして。
口汚く彼を罵りながら手元にあったものをひたすら彼に投げつけて暴れた。
それでも彼はなお私の右手を優しく取ると困ったような笑みを浮かべて。
「いるだけでも、迷惑かな?」
そっと右手を握ってくれる彼の手が暖かくて。
それがなぜだか心地よくて。
その問いに、拒否することは出来なかった。

34青葉翠:2012/03/13(火) 20:34:57 HOST:KD182249240130.au-net.ne.jp
その日から、私が一人で本を読んでいるときも、料理をするときも、菜園に行くときも、彼は私の隣にいて。
そんな日々が続き、私の中で何かか変わろうとしていた。
私は、人間が深底嫌になって化け物になり、独りを選んだのに。
長い年月をたった一人ですごし、私の体温のごとく凍りついた心が、溶かされようとしてい た。
そのことがなお一層許せなかった。
化け物の私は、人よりも尊くて、偉くて。
だからこそ、人間なんかと馴れ合うなど、あってはならない。
このきらびやかな容姿の中で唯一醜いこの右腕こそが、私が美しい獣である証拠。
私はそんな意地を張って、彼にそっけなく接した。
それが、長い年月、人が歳を取るには十分な間にわたり続いたある日。
私は庭で日差しを浴びながら読書をしていて。
彼は私の隣で寝転んでいた。
本を読んでいる間、会話を好まないのと、私と同じように地べたに座るには、彼はあまりに老いていたからだ。
私が終わるまでの間、彼はよく昼寝をする。
その日もそうだった。
いつもと違ったのは、彼が「おやすみ」の後に、「ずっと、愛してる」と言って、笑顔で目を閉じたこと。
彼がよく私に「愛してる」なんていうのは日課になっていたものだから、あまり気にしていなかった。
いつもと同じように 適当にあしらって本に視線を戻して。
日が傾き始めた頃、私は本を閉じて彼の方を見た。
起きる気配がなかったので呼びかけたが、反応はなく。
よほど熟睡しているのかと思い、揺すぶろうと彼に触れたときだった。
ひやり、と手から伝わってくる冷たい感触。
変に思って、彼の顔や手、いたるところに触れたが、どこも冷たかった。
私の右手を「美しい」といって優しく握ってくれた手も、時折甘えてくるように抱きついてくる体も。
彼の身体のどこも、陽だまり のように温かいはずなのに。
氷のように冷たいんだ。
もう、彼はここにいない、と確信した瞬間、ずっと気づかないふりをして押さえつけていた感情が涙と同時にあふれ出した。
「独りは寂しい」、「独りは悲しい」、「離 れたくない」、…「愛してる」

35青葉翠:2012/03/13(火) 20:40:59 HOST:KD182249240008.au-net.ne.jp
私は、彼に初めて会ったときから、醜い右手に触れられたときから、彼を愛してしまっていた。
彼の声も、私にむけられる笑顔も、何もかもを、愛しいと思っていた。
くだらないプライド のせいで私はその感情を押さえつけていた。
そんなもの捨てて、彼に笑いかけ、飽くまで語らって、彼に「愛してる」とただ一言、言ってやればよかったのに。
気づくにはあまりに遅すぎた。
語りたくても、笑いかけても、彼はここにはいな い。
目から流れ落ちる涙はまるで氷が解けたかのように次々とあふれ出してきて。
それはいつしか、嗚咽へと変わり、悲鳴になった。
自身の 身体を変化させるときにも似た、獣の咆哮のような悲鳴。
初めて、人のために私は泣いた。
声がかれるまで泣き叫んだ後、彼をよく昼寝をしていた今の墓標のある場所に埋葬してやった。

私に残されたものといえば、この、ただ広いだけの空虚な城に、彼といた日々の思い出、そして、彼のいない永遠という時間の檻。
一度人の姿を変えてしまったら、もう元の姿に戻ることは出来ない。
身体がそれだけのことに耐え切れないんだ。
だから、もう死ぬことはかなわない。
きっと、人に愛されることもかなわない。
私のこの右手を、美しいといってくれる人は、現れないだろう。
この先私は、彼にしてやれなかったことをしてやろうと、この城の窓の向こうの人間を愛し、人のために涙を流そうと考えた。
人がきてもいいようにと門は作り直した。
人にはもう なれない。
だから、精一杯人らしくなろうと。
私なんぞがまた出て行ったら、人を怖がらせてしまうだけだから、ここから人を眺め、来るのを待つだけだけれど。
人を嫌い、憎みながら暮らしていた昔よりはずっといい。
噂を聞いたお前のような来訪者はここを訪れるしな。
それに……待っているんだ。
彼がまた塀を乗り越えて現れるのを。
何千年先だろうと、私は彼を待ってるよ。

36青葉翠:2012/03/13(火) 20:44:46 HOST:KD182249240040.au-net.ne.jp
話を終えた彼女はふ、と息をついて私にこれで満足かと聞いてくる。
十分すぎる答えだっ た。

荷物をまとめて、城の扉の前まできた。
一度振り返り、見送りに来てくれた彼女の方を向く。
…そういえば、彼女の名前を聞いていない。
「名前?…ベルのままでいい。彼が私につけてくれた名前だから。」
とても気に入っているんだ、と微笑んで答えた彼女に別れを告げて、城を後にした。

後日全く別の文献で読んだ物語の中に、醜い男と美しい娘の恋物語があった。
偶然か、必然か。
娘の名前は、「ベル」。

その意味は「美しい人」だった。

37青葉翠:2012/03/13(火) 20:59:26 HOST:KD182249240158.au-net.ne.jp
あとがき
世界観は知人に協力していただきました。
とりあえず考えていたのは、美女と野獣の性別変え、他人に強いられたわけではなく、自分でそれを決めたとしたらどうなるか、でした。
また、私が恋愛モノ好きなのでそれを絡めたいなと。
結果がこれなわけですが。
お約束すぎて展開がよめてしまった人もいたんじゃないでしょうか。
ベルのその後も書こうかと思いましたが蛇足になりそうなのでやめました。
ベルは、ずっと愛した人がまた現れるのを待っているのです。
ただ一言、彼に「愛してる」と言いたくて。
それが果たして幸せなのかそうではないのか、読み手さんに委ねます。


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