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関大サポートスレ

7名無しさん:2022/01/25(火) 18:26:28
6の続き

 あの谷の深い所の民は、心は生真面目だけど、顔付きは憎々しく、鳥の囀りの
ように物を言い続けるので、何かを語るはずもない。 それも故郷であるからで
ある。ここに帰ることは、心を安らかにしておきたい願いである。知らない国、
遠い辺境に行くと、山は高く険しく、海辺の波は気味悪くて、住む人の容貌、心
情が憎々しいから、行って誰と交際するだろうか。都のあたりでは、山の様子、
水の流れ、木や草の花も、自然と温和で、ああ風情があると自然と眺めないでは
いられない。この都を捨ててどこに行こうか。しかし、居たい所まで辛いとお思
いになるならば、ただ、容易な一つの方面の願いに反するからだ。世の中を見る
と、若い男たちが、酒を売る家で浮かれて遊ぶことにまで、十回に二回などは満
足するだろう。おおよそは(酒屋の)主人が(若い男たちの)立ち居振舞いを形
だけ褒めて、(酒屋の)接待をする女性らが、(若い男たちの)機嫌をとりなが
ら接待することには、思い通りになる夜はわずかだろう。怒りをこらえて、不足
をがまんすることは、たいそう辛いようだとは、年老いて後に自然と思い知る。
 物を広く知り、人の上になりたいと思うことも、若いうちの勇ましい気持ちの
面倒なところである。物を学ぶことは、人にこびることに同じだという教えもあ
るとか。田舎といっても、田舎の都会という辺りの人は、この面倒を求める(人
に)負けたくない気持ちが多い。都にいるけれど、(筆者のような)老人のよう
に卑しい様子で生まれ育った者は、都の古い堤の陰に、乞食の様子をして老いぼ
れていて、昔は、一部だけ見聞きしたことまで、すっかり忘れて、目も悪くなり、
花の美しさ、月の光りも目にとどめないことは、生きていて何の甲斐もない。か
えって昔の田舎住まいがなつかしい。
過去の賞賛、将来の非難も、ああ面倒だ。ただ、生まれた身分身分で、寒くな
く、(物を)得たいと思わないならば、知らない土地と故郷の区別はないだろう。
あの谷深い所の様子は、行って見るとしても、(西行の和歌の)住まないで情趣
を知るということがあろうか、いやない。住んで都でわびしいのは、身の程が貧
しいからだ。退之の文で(次のようにある)、ある人が立身したのは、天の恩恵
か、努力して達したのか。他人の出世を受け入れて下の立場になる人も、自分の
身の程を知っているのだ。世に出て仕え、時流に遇わない時は(俗世から)退く。
それぞれの身の程に落ち着く人が、(人生の)楽しみが深いことまで自然と思
い知る。


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