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避難所用SS投下スレ11冊目

1名無しさん:2014/02/18(火) 02:41:49 ID:0ZzKXktk
このスレは
・ゼロ魔キャラが逆召喚される等、微妙に本スレの趣旨と外れてしまう場合。
・エロゲ原作とかエログロだったりする為に本スレに投下しづらい
などの場合に、SSや小ネタを投下する為の掲示板です。

なお、規制で本スレに書き込めない場合は以下に投下してください

【代理用】投下スレ【練習用】6
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1279437349/

【前スレ】
避難所用SS投下スレ10冊目
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/9616/1288025939/
避難所用SS投下スレ9冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1242311197/
避難所用SS投下スレ8冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1223714491/
避難所用SS投下スレ7冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1212839699/
避難所用SS投下スレ6冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1205553774/
避難所用SS投下スレ5冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1196722042/
避難所用SS投下スレ4冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1192896674/
避難所用SS投下スレ3冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1190024934/
避難所用SS投下スレ2冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1186423993/
避難所用SS投下スレ
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1184432868/

845ウルトラ5番目の使い魔 60話 (3/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:34:39 ID:U1/UBfmE
 だがワルドもそれで戦意を失うはずがない。風がダメなら別の方法がと、ワルドの杖に電撃がほとばしる。
『ライトニング・クラウド!』
 何万ボルトという電撃が襲い掛かってくる。だがデルフリンガーはそれすらも、完全に受け止めて吸収してみせた。
「無駄だって言ってるだろう。もう二度と壊されないように、思いっきり頑丈に作り直してもらったんだ。まあちょっともめたけどな……」
 そう言って、才人はふとあのときのことを思い出した。
 
 ブリミルとサーシャが過去の語りを終えて帰る前のこと、談笑している中でサーシャがふとミシェルに話しかけた。
「んー? 何かあなたから妙な気配を感じるわね。あなた、何か特別なマジックアイテムみたいなものを持ってるんじゃない?」
 そう問い詰められ、ミシェルは迷った様子を見せたが、仕方なく懐から柄の部分だけになってしまったデルフリンガーを取り出して見せた。
 刃は根元近くからへし折れ、もはや剣だったという面影しか残してはいない。そしてその無残な姿を見て、才人は血相を変えて駆け寄った。
「デルフ! お前、お前なのかよ。どうしてこんな姿に」
「サ、サイト、すまない。後で話すつもりだったんだが……こいつはお前たちが消えた後で、教皇たちに投げ捨てられたんだ。こいつは最期までお前たちのことを思って……だが」
「おいデルフ、嘘だろ。ちくしょう、あのときおれが手を離したりしなけりゃ、くそっ!」
 才人の悔しがる声が部屋に響いた。先ほどまでの浮かれていた空気が嘘のように部屋が静まり返る。
 だが、サーシャはミシェルの手からひょいとデルフの残骸を取り上げると、少し目の前でくるくると回して観察してから軽く言った。
「ふーん、なるほど。安心しなさい、こいつはまだ死んでないわ。直せるわよ」
「えっ? ええっ! 本当ですかサーシャさん! で、でもなんでそんなことがわかるんです?」
 才人は興奮してサーシャに詰め寄った。ミシェルをはじめ、ほかの面々も一度壊れたインテリジェンスアイテムが再生できるなんて聞いたこともないと驚いている。

846ウルトラ5番目の使い魔 60話 (4/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:35:35 ID:U1/UBfmE
 注目を集めるサーシャ。しかし彼女は腰に差した剣を引き抜くと、こともなげに答えたのだ。
「別になんてことはないわ。こいつを作ったのはわたしだもの」
 才人たちの目が丸くなった。そして、サーシャが抜いた剣をよくよく見てみると、それはデルフリンガーと同じ形の片刃剣……いや、デルフがいつも言葉を発するときにカチカチと鳴らしている鍔の部分がないことを除けば、デルフリンガーそのものといえる剣だったのだ。
 唖然とする才人。しかし才人よりも頭の回転の速いミシェルは、ふたつの剣を見比べて答えを導き出した。
「つまり、あなたはその剣を元にしてデルフリンガーを作った。いや、これから作り出そうとしているということですね?」
「んー、当たってるけどちょっと違うかな。これから作るんじゃなくて、今作ってるとこなのよ。この剣には、もう人格と特殊能力を持たせるようにするための魔法はかけてあるわ。けど、魔法が浸透して実際に意思をもってしゃべりだすためには、まだ長い年月が必要になるわ。意思を持った道具を作るっていうのは、けっこう大変なのよ」
 一時的な疑似人格ならともかく、六千年も持たせるインテリジェンスソードを作り出すにはそれなりの熟成が必要、でなければこの世にはインテリジェンスアイテムが氾濫していることになるだろう。
 目の前のこのなんの変哲もない剣が六千年前のデルフリンガーの姿。才人は、自分は知らないうちにデルフといっしょに戦い続けてきたのかと、運命の不思議を思った。
「そ、それで。こいつは、デルフは直せるんですか? もう柄しか残ってないボロボロの有様だけど」
「そうねえ、さすがにこのまま修復するのは無理ね。本来なら、母体にしてる武器が大破したら付近にある別の武器に精神体が憑依しなおすはずなんだけど、そのときは運悪くそばに適当なものがなかったのね」
 そう言われてミシェルは思い出した。あのとき、傍には銃士隊の剣が何本もあったけれど、いずれも激しく痛んでしまっていた。デルフが宿り直すには不適当だったとしても仕方ない。
「大事なのは精神体のほうで、武器は器に過ぎないわ。けど、それなりのものでないと容量が足りないのよ。なにか、こいつの意思を移せる別の武器を用意しないと」
 そう言われて、才人はすかさずアニエスを頼った。ここはさっきまで戦争をしていた城、武器がないはずがない。もちろん異存があるわけもなく、武器庫への立ち入りを許可してくれた。
「戦でだいぶ吐き出したが、平民用の武器ならばまだ些少残っているだろう。剣を選ぶんだったら、城の中庭で見張りをしてるやつが詳しいから連れて行くといい」
「わっかりました! ようし待ってろよデルフ」
 喜び勇んで出て行った才人がしばらくして戻ってきたとき、その手には一振りの日本刀が握られていた。
「お待たせしました! こいつでどうっすか?」
「へえ、見たことない片刃剣ね。って、なにこの鋼の鍛え具合!? 研ぎといい、変態ね、変態の国の所業ね」
「こいつは日本刀っていって、俺の国で昔使われてたやつなんだぜ。トリステインの人には使い勝手が悪いみたいで放置されてたらしいけど、アニエスさんに紹介してもらった人にも「切れ味ならこれが一番」って太鼓判を押してもらったんだ。てか、俺が使うならこれしかないぜ! これで頼みます」
 興奮した様子で才人が説明するのを一同は唖然と眺めていたが、才人から刀を受け取ったサーシャが軽く振っただけでテーブルの上のキャンドルの燭台が真っ二つになるのを見て、その驚くべき切れ味を認識した。確かにこれなら、切れないものなどあんまりないかもしれない。

847ウルトラ5番目の使い魔 60話 (5/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:38:37 ID:U1/UBfmE
 切れ味は申し分なし。なにより才人が気に入っているのだからと、異論を挟む者はいなかった。
 サーシャは日本刀を鞘に戻すと、デルフの残骸とともにテーブルの上に置いた。
「それじゃやるわよ。見てなさい」
「そ、そんなに簡単にできるんですか?」
「大事なのは精神体だけで、作り出すならともかく移し替えるだけなら難しくないわ。たぶん数分もあれば十分だと思うわよ」
 要はパソコンの引っ越しみたいなもんかと、才人は勝手に納得した。
 一同が見守る前で、サーシャは呪文を唱えて移し替えの儀式を始めた。その様子を才人は固唾を飲みながら見守り、その才人の肩をルイズが軽く叩いた。
「よかったわね、やかましいバカ剣だけどあんたにはお似合いよ。今度はせいぜい手放さないことね」
「ああ、ルイズもデルフとは仲良かったもんな。お前も喜んでくれてうれしいぜ」
「か、勘違いしないでよ。あいつにはたまにちょっとした相談に乗ってもらったくらいなんだから! ほら、もう終わるみたいよ」
 本当に移し替えるだけだったらすぐだったようで、日本刀が一瞬淡い光を放ったかのように見えると、そのまま元に戻った。
「こ、これでデルフは生き返ったんですか?」
「さあ? 儀式は成功したけど、抜いてみたらわかるんじゃない?」
 サーシャに言われて、才人は恐る恐る日本刀を手に取るとさやから引き抜いた。
 見た目は変化ない。しかし、すぐに刀身からあのとぼけた声が響きだした。
「う、うぉぉ? な、なんだこりゃ! 俺っち、いったいどうしちまったんだ? あ、あれ相棒? おめえ何で? え、なにがどうなってんだ?」
「ようデルフ! 久しぶりだな。よかった、完全に直ったんだな!」
「当然よ、この私が手をかけたんだから直らないほうがおかしいわ」
「ん? え、えぇぇぇぇっ! おめぇ、サ、サーシャか! それにそっちは、ブ、ブリミルじゃねえか。こりゃ、お、おでれーた……え? てことは、ここはあの世ってことか! おめえらみんな死んじまったのかよ」
 大混乱に陥っているデルフを見て、才人やサーシャたちはおかしくて笑った。

848ウルトラ5番目の使い魔 60話 (6/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:41:07 ID:U1/UBfmE
 だがずっと眠っていたデルフからしたらしょうがない。なにせデルフからしたらブリミルもサーシャも六千年前に死んでいる人間なのだ。才人がこれまでの経緯の簡単な説明をすると、デルフは感心しきったというふうにつぶやいた。
「はぁぁぁぁ、時を超えてねえ。まったく、長げぇこと生きてきたが、今日ほどおでれーた日はなかったぜ。しっかし、ほんとにブリミルとサーシャなのかよ。うわ懐かしい……おめえらと生きてまた会えるなんて、夢みてえだぜ。ああ、思い出してきたぜ……おめえらといっしょにした旅の日々、懐かしいなあ」
「久しぶり、いや僕らからすればはじめましてだけど、君も僕らと共に過ごした仲間だったんだね。会えてうれしいよ」
「まったく、なんか生まれてもいない子供に会った気分ね。けど、その様子だとちゃんとインテリジェンスソードとして成熟できたようね。よかったわ」
 奇妙な再会だった。こんなに時系列がめちゃくちゃで関係者が顔を合わせるなんてまずあるまい。
 しかし、困惑した様子のブリミルとサーシャとは裏腹に、デルフは堰を切ったように話し始めた。
「思い出した、思い出した、思い出してくるぜ。忘れてたことがどんどん蘇ってきやがるぜ。ちくしょう、サーシャに振られてたころ、懐かしいなあ、楽しかったなあ。でもおめえらほんと剣使いが荒いんだもんよお、六千年も働いたんだぜ。俺っちは死にたくても死ねねえしよお、わかってんのかよ? 苦労したんだぜまったくよぉ!」
「悪いわね。けど、私たちの子孫を助け続けてくれたそうね、感謝してるわ。寿命のある私たちにはできない仕事だから、もう少しサイトたちを助けてあげてくれないかしら」
「へっ、おめえにそう言われちゃしょうがねえな。まったくおめえらが張り切ってやたら子供をたくさん残しやがるからよぉ。ほんと毎夜毎夜、俺を枕元に置いてはふたりして激しく前から後ろから」
「どぅええーい!!」
 突然サーシャが才人の手からデルフをふんだくって壁に向かって野獣のような叫びとともに投げつけた。
 壁にひびが入るほどの勢いで叩きつけられ、「ふぎゃっ」と悲鳴をあげるデルフ。そしてサーシャはデルフを拾い上げると、「えーっ、もっと聞きたかったのに」と残念がるアンリエッタらを無視して、鬼神のような表情を浮かべ、震える声で言ったのだ。
「ど、どうやら再生失敗しちゃたようね。サイト、このガラクタを包丁に打ち直してやるからハンマー用意しなさい! できるだけ大きくて重いやつ!」
「あ、じゃあ武器庫に「抜くと野菜を切りたくなる妖刀」ってのがあったから、それと混ぜちゃいましょうか」
「キャーやめてーっ! 叩き潰されるのはイヤーッ! 生臭いのもイヤーッ!」
 悲鳴をあげるデルフの愉快な姿を眺めて、場から爆笑が沸いたのは言うまでもない。
 さて、それからサーシャの機嫌をなだめるのには少々苦労したものの、六千年ぶりの生みの親との再会にデルフは時間が許す限りしゃべり続けた。
「懐かしいぜ、おめえらとはいろいろあったよなあ。極寒の雪山で雪崩を切り裂いたことも、マギ族の魔法兵士と戦うために魔法を吸い込む力を与えてもらったことも昨日のように思い出せるぜ。それからよ、それからよぉ」
 懐かしさで思い出話が止まらなくなっているデルフに、ブリミルとサーシャはじっくりと付き合った。デルフの思い出は、ブリミルとサーシャにとっては未来のことだ。それも、未来を聞いたことによってこれから本当に起こるかはわからない。
 それでもよかった。仲間との再会はうれしいものだ、デルフの語る思い出の光景が、ふたりの脳裏にも想像力という形で浮かんでくる。もっとも、ときおり夜の思い出の話になりかけると、ブリミルは期待に表情をほころばせ、そのたびにサーシャが大魔神のような表情で睨みつけて黙らせていたが。

849ウルトラ5番目の使い魔 60話 (7/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:43:27 ID:U1/UBfmE
 そして、ひとしきり話が終わると、サーシャはなにげなくデルフに新しい魔法をかけていった。
「魔法を吸い込む力を強化しておいたわ。吸い込む量が増えれば反動も大きくなるけど、その刀の強度なら耐えられるでしょう」
 それが、再び今生の別れとなるサーシャからデルフへの餞別だった。
 そうして、ブリミルとサーシャは才人やルイズたち一同に見送られながら過去の世界へとアラドスに乗って帰っていった……山のように大量の食糧をおみやげに持って行って。
 
 あのときのことは、本当に思い出すと笑いがこみあげてくる。しかし、サーシャのこの時代への置き土産は、この時代の苦難はあくまでこの時代の人間がはらわなければいけないという課題でもある。
 才人はワルドを睨みながらデルフを握りしめ、今度こそデルフとともに最後まで戦い抜くことを誓った。
「さあ何度でも来やがれヒゲ野郎! もうお前なんか、おれたちの敵じゃねえぜ」
「おのれ、たかが平民が大きな口を叩いてくれる」
 才人の挑発に、ワルドは再度魔法を放とうとした。しかし、その詠唱が終わる前に、ワルドの至近で鋭い威力の爆発が起こったのだ。
『エクスプロージョン!』
「ぐおおっ!」
 とっさに身を守ったものの、死角からの一撃に少なからぬダメージをもらったワルド。そしてその見る先では、ルイズが毅然とした表情で自分に杖を向けていた。
「飛び道具があるのが自分だけだと思わないことね。そんなところに突っ立ってるなら狙いやすくて助かるわ。次は外さないわよ、覚悟なさい」
 ルイズの魔法には弾道がない。それゆえに回避が難しく、ワルドもさっきは長年の勘でとっさに身をひねってかわしたに過ぎない。
 ワルドは、このまま魔法の打ち合いを続けたら自分が不利だと判断した。あの二人は自分が死んでいた間にもさらに成長している。前と同じと思っていると危ない。
「やるね、小さいルイズ。だが君たちも僕をあなどってもらっては困る。楽しみは減るが、こちらも本気を出させてもらおうか」
 そう宣言すると、ワルドはサタンモアの背中から飛び降りた。そしてサタンモアに、お前はそのまま施設の破壊を続けるように命じると、自身は得意とするあの魔法の詠唱をはじめた。
「ユビキタス・デル・ウィンデ……」
 ワルドの姿が分身し、総勢八人のワルドとなってルイズたちの前に降り立った。

850ウルトラ5番目の使い魔 60話 (8/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:50:57 ID:U1/UBfmE
「風の遍在ね。まあ見たくもない顔がぞろぞろと、吐き気がするわ」
「ふん、だが君の魔法でも八人は一気に倒せまい。そして知っての通り、本体以外への攻撃は無効な上に、君の虚無の魔法が詠唱に時間がかかるのも知っている。時間は稼がせんよ、覚悟したまえ!」
 ワルドとその遍在は、八方からいっせいにルイズと才人に杖を向け、『ライトニング・クラウド』を唱え始めた。ルイズの反撃は間に合わず、デルフリンガーとてこれだけの魔法の攻撃はしのぎ切れない。
 だが才人は不敵な笑みを浮かべると、ワルドたちに向かって言い返した。
「それはどうかな?」
 その瞬間だった。横合いから、無数の魔法の乱打がワルドと遍在たちに襲い掛かったのだ。
「サイトたちを助けろ。水精霊騎士隊、全軍突撃ーっ!」
 炎や水のつぶてが大小問わずに叩き込まれ、それらはとっさに防御姿勢をとったワルドたちには大きなダメージは及ぼさなかったものの、態勢を崩壊させるのには充分な威力を発揮した。
「ギーシュ、いいところで来てくれるぜ」
「ふふん、英雄は活躍するチャンスを逃さないものなのさ。てか、あれだけ騒いでおいて気づかれないほうがどうかしているだろうよ」
 かっこうつけて登場したギーシュたち水精霊騎士隊の仲間たちに、才人も笑いながらガッツポーズをして答える。
 対して、虚を突かれたのはワルドだ。八人で才人とルイズを包囲したと思ったら、いつのまにか倍の人数に囲まれている。ワルドは烈風カリンのような強者の存在は計算して襲撃したつもりでいたが、学生の寄り合い所帯に過ぎない水精霊騎士隊のことは完全に計算外だった。
 しかし……だが。
「ワルド、てめえの次のセリフを言ってやろうか? たかが学生ごときが何人集まったところで元グリフォン隊隊長たる『閃光』のワルドに勝てると思っているのかね? だ」
 才人のその言葉に、並んだワルドたちの顔がぴくりと震えるのが見えた。だが才人はただ調子に乗っているだけではない、そしてギーシュたちもプロの軍人メイジを前にして根拠のない蛮勇ではない。
 簡単なことだ。水精霊騎士隊の積み上げてきた経験は、もう並のメイジの比ではない。そしてメイジ殺しのプロである銃士隊に鍛え上げてもらってきたのだ、その地獄を潜り抜けた自信はだてではない。ギーシュは、ギムリやレイナールたちに向かって隊長らしく命令を飛ばした。
「さて諸君、元グリフォン隊隊長ワルド元子爵を相手に訓練ができるとは願ってもない機会だ。僕らの帰りを待ってくれているレディたちにいい土産話ができるぞ。元子爵どののご好意に感謝しつつ、元隊長どのを環境の整った美しい牢獄へご案内してあげようじゃないか」
「ええい、元元とうるさい! よかろう、ならば特別に稽古をつけてやろうではないか。その成果を十代前の祖父に報告するがいい」

851ウルトラ5番目の使い魔 60話 (9/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:52:55 ID:U1/UBfmE
 本気を出したワルドと水精霊騎士隊がぶつかる。ワルドにも焦りがあった、時間をかければ当然あの烈風がやってくる可能性が高まる、アルビオンでの敗北はワルドにとってぬぐいがたいトラウマとなっていた。
 ワルドは自分がつけいる隙を自らさらしていることに気づいていない。そして、当然才人とルイズも攻勢に打って出て、戦いは乱戦の様相を見せ始めた。
 
 
 しかし、才人とルイズがワルドとの戦いに忙殺され、ウルトラマンAに変身できなくなったことで、アブドラールスとUFO、そしてサタンモアは我が物顔でガリア軍を攻撃している。
 怪獣二体が相手では通常の軍隊では勝機は薄い。しかも不意を打たれているのだ、タバサはこれまでであれば自らシルフィードに乗って戦えたが、女王という立場では動くことはできない。
 ガリアの人間たちが傷つけられている姿を見ていることしかできないタバサ。しかし、彼女は敗北を考えてはおらず、その期待に応えて彼らはやってきた。
「きた」
 短くタバサがつぶやいたとき、空のかなたから光の帯が飛んできて上空のUFOに突き刺さった。
『クァンタムストリーム!』
 金色の光線の直撃を受けたUFOは粉々に吹き飛び、続いて空の彼方から銀色の巨人が飛んできてアブドラールスの前に土煙をあげて着地した。
「ウルトラマンガイア」
 信頼を込めた声でタバサがその名を呼ぶ。異世界でタバサが出会った友、タバサが突然の敵の襲撃を受けたと聞き、駆け付けたのだ。
「デヤァッ!」
 掛け声とともに、ガイアはアブドラールスとの格闘戦に入った。ガイアにとっては初めて戦う怪獣だが、ガイアがこれまで戦ってきた怪獣の中にもミーモスやゼブブなど格闘戦を得意とする相手はいた、初見の相手でも遅れはとらない。
 接近しての腰を落とした正拳突きでよろめかせ、すかさずキックを入れて姿勢を崩させる。
 逆に、反撃でアブドラールスが放ってきた目からの破壊光線は、大きくジャンプしてかわした。
 その精悍な戦いぶりに、パニックに陥っていたガリア軍からも歓声があがりはじめた。
「おお、すごいぞあのウルトラマン! ようし、今のうちに全隊集まれ、女王陛下をお守りするのだ」
 余裕が生まれると、さすがガリアの将兵たちは秩序だった動きを発揮しだした。それに、ガイアの戦いぶりは彼らに「怪獣はまかせても大丈夫」という頼もしさがあった。我夢は頭脳労働担当ではあるが、XIGの体育会系メンバーにもまれることで貧弱とは程遠いだけの体力も身に着けていたのだ。

852ウルトラ5番目の使い魔 60話 (10/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:55:20 ID:U1/UBfmE
 ガイアはリキデイターを放ち、アブドラールスの巨体が赤い光弾を受けてのけぞる。我夢は、敵が別の場所で動きを見せた場合に備えて藤宮に残っていてもらっていることに余裕を持ちながら、冷静に敵の意図を考えていた。
〔このタイミングで、白昼堂々仕掛けてきた理由はなんだ? 作戦も何もない力押しの攻撃、怪獣もなにか特別な能力を持たされてるわけではなさそうだ……〕
 もしも破滅招来体のような狡猾な相手なら、なにか裏があるはずだ。まして聞いた話ではジョゼフというのは相当に頭の切れる男らしい、我夢は戦いながら思案を巡らせ続けた。
 
 一方で、サタンモアもワルドから解放されて自由に暴れていた。
 空を縦横に飛び回り、本来の凶暴性を発揮して、子機であるリトルモアを解放して地上の人間たちを襲おうとする。が、そんな卑劣を許しはしないと、別の方向から次なる戦士が現れる。
『フラッシュバスター!』
 青い光線が鞭のようにサタンモアを叩き、リトルモアの射出態勢に入っていたサタンモアを叩き落とす。
 そして光のように降り立ってくる、ガイアに劣らないたくましい巨人の雄姿。その名はウルトラマンダイナ!
〔ようルイズ、手こずってるみたいじゃねえか。こっちの焼き鳥もどきはまかせな。さばいて屋台に出してやるぜ〕
「アスカ、あんたまた出しゃばってきて! 仕方ないわね。わたしより先にそいつを片付けられなかったらそいつのステーキを食べさせてやるからね」
〔うわ、それは勘弁してくれ。ようし、いっちょ気合入れていくか〕
 ルイズとテレパシーで短く言い合いをした後で、ダイナは指をポキポキと鳴らしてサタンモアに向き合った。
 対してサタンモアもリトルモア射出器官をつぶされはしたものの、これでまいるほど柔くはない。再浮上して、その最大の武器である巨大なくちばしをダイナに向かって猛スピードで突き立ててくる。
〔真っ向勝負のストレートで勝負ってわけか! その根性、気に入ったぜ〕
 ダイナは逃げずに正面からサタンモアに対抗し、胸を一突きにしようとするサタンモアの頭を一瞬の差でがっぷりと担ぎ上げた。
「ダアァァァッ!」
 サタンモアの勢いでダイナが押され、ダイナは全力でそれを押しとどめる。
 なめてもらっては困る。アスカはピッチャーだが下位打線ではない、それに、相手が真っ向勝負を向けてきたら燃えるタイプだ。
〔しゃあ、止めてやったぜ。俺ってキャッチャーの才能もあるんじゃねえか? ようし、じゃあでかいバットも手に入ったし、今度は四番バッターいってやろうか〕
 ダイナは受け止めたサタンモアの首根っこを掴むと、そのままホームランスイングよろしく振り回した。その豪快なスイングの風圧でテントが揺らぎ、砂塵が巻き起こる。当然サタンモアはたまったものではない。
 その相変わらずの戦いぶりには、旅を共にしてきたルイズも苦笑いするしかない。

853ウルトラ5番目の使い魔 60話 (11/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:56:11 ID:U1/UBfmE
 そして、戦いの中でダイナとガイアは一瞬だけ目くばせしあった。こっちはまかせろ、お前はそっちを存分にやれという風に、まるで長年そうしてきたようにごく自然にである。
 
 ふたりのウルトラマンの参戦によって、戦いは一気に流れを変えだした。
 だが、この戦いを見守る黒幕は、この状況を見てむしろ楽しそうに笑っていた。
「すごいすごい、さっそくウルトラマンがふたりも駆けつけてきましたよ。まったくこの星は恐ろしいですねえ、ひ弱な私にはとても侵略など思いもできませんよ」
 まるで他人事のような気楽な態度。自分が送り出した怪獣がやられそうだというのに、まるで気にした様子を見せていない。
 隣のジョゼフは無言で、なにかをじっと考え込んでいる。シェフィールドが心配そうにのぞき込んでいるが、まるで気づいている様子さえない。
 ジョゼフにここまで深刻に考えさせるものとはなにか? そして黒幕の宇宙人は、手を叩いて愉快そうにしながらクライマックスを告げた。
「おやおや、そろそろ決着みたいですね。王様、見逃すと損をしますよ。私も私の世界にはいないウルトラマンがどんな必殺技を繰り出すのか、もうワクワクしてるんですから」
 だがジョゼフは答えず、視線だけをわずかに動かしたに過ぎない。
 そしてそのうちにも、戦いは黒幕の言った通りに終局に入ろうとしていた。
 
 まずは怪獣たちに先んじて、ワルドが引導を渡されようとしていた。
「くっ、弱いくせにしぶとさだけは一人前だな」
「伊達に猛訓練してきたわけではないのでね。これくらいでへばっていたら、もっと怖いおしおきが来るのさ」
 ギーシュたちは三人がかりでワルドの遍在ひとりと対峙していた。互角、と言いたいところだがさすがワルドは強く、ギーシュたちは苦戦を余儀なくされているが、ワルドとて楽なわけではない。
「だが、いくら粘っても私の遍在ひとつ倒せないお前たちに勝機はないぞ」
「それはどうかな? ぼくらはただの時間稼ぎだったことに気づかなかったようだね。ルイズ、いまだ!」
「ええ、あんたたちにしちゃ上出来ね。『ディスペル!』」
 合図を受けたルイズが詠唱を終えて杖を振り下ろすと、杖の先から虚無の魔法の光がほとばしり、ワルドの遍在たちを影のように消し去っていった。あらゆる魔法の威力を消滅させる『ディスペル』の魔法の効力だ。
 たちまち一人になるワルド。ワルドは、水精霊騎士隊の戦いが、最初からディスペルの詠唱を終えるための囮であったことに気づくが、もう遅い。

854ウルトラ5番目の使い魔 60話 (12/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 10:07:14 ID:U1/UBfmE
「し、しまった」
「ようし、これで邪魔者は消えたな。みんな、袋叩きにしてやれーっ!」
 いくらワルドでもひとりで才人をはじめ水精霊騎士隊全員とは戦えない。悪あがきのライトニンググラウドも才人のデルフリンガーに吸収され、後にはワルドの断末魔だけが響いた。
 唯一、救いがあるとすればルイズが冷酷に言い放った一言だけだろう。
「とどめは刺すんじゃないわよ。そいつには吐かせなきゃいけないことがたくさんあるんだからね。まあ、アニエスの尋問を受けるのに比べたら死んだほうがマシかもしれないけど」
 まさしく『烈風』の血を引く者としての苛烈な光を目に宿らせたルイズの冷たい笑顔が、ワルドが気を失う前に見た最後の光景であった。
 
 そして、怪獣たちにもまた最後が訪れようとしている。
「ダアアッ!」
 ガイアがアブドラールスを宿営地の外側へと大きく投げ飛ばす。そして、無人の空き地に落ちたアブドラールスに向けて、ガイアは左腕にエネルギーを溜め、右手を交差させながら持ち上げると、そのまま腕をL字に組んで真紅の光線を放った。
『クァンタムストリーム!』
 光線の直撃を無防備に受けて、アブドラールスはそのまま大爆発を起こして四散した。
 
 さらに、ダイナも空を飛び交うサタンモアとの空中戦の末、両腕を広げてエネルギーをチャージし、全速力で突進してくるサタンモアに対してカウンターで必殺光線を放った。
『ソルジェント光線!』
 頭からダイナの必殺技を浴びたサタンモアは火だるまになり、そのまま花火のように爆発して宿営地の空にあだ花を残して消えた。
 
 ダイナはガイアのかたわらに着地し、「やったな」というふうに肩を叩いた。

855ウルトラ5番目の使い魔 60話 (13/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 10:08:11 ID:U1/UBfmE
 だが、ガイア・我夢は素直に喜ぶことができなかった。
〔どうした我夢? どっかやられたのか〕
〔いや、本当にこれで終わったのかなと思って。なにか、あっけなさすぎると思って〕
 ガイアもダイナもたいした苦戦をしたわけではない。ふたりともカラータイマー、ガイアの場合はライフゲージではあるが、青のままで余力たっぷりだ。
 念のために周りを探ってみたが、別の怪獣が潜んでいる気配もない。こちらがエネルギーを消費したところへ追撃が来るというわけでもなさそうだ。Σズイグルのように罠を残していった様子もなかった。
 アスカも、言われてみれば楽に勝てすぎたと思い当たったようだが、彼にもそれ以上はわからなかった。
 しかし、ウルトラマンの活動限界時間は少ない。考えている時間はなく、ふたりともこれ以上余計なエネルギーを消耗するわけにはいかないと飛び立った。
「ショワッチ」
「シュワッ」
 ガイアとダイナはガリア兵たちの歓声に見送られて飛び去り、宿営地に安全が戻った。
 兵たちは秩序正しく動き出し、被害箇所の復旧や負傷者の救助に当たり始めた。
 そんな中で、タバサは連行されていくワルドの姿を見た。すでに大まかな報告はタバサのところに上がってきており、概要は知っている。
 だが、タバサもまた解せない思いでいた。
「おかしい……」
「ん? なにがおかしいのね、おねえさま」
「ジョゼフの仕業にしては、あっさりしすぎてる……」
 シルフィードにはわからないだろうが、ジョゼフという男を長年見続けてきたタバサには、これがジョゼフのしわざとは到底思えなかった。
 確かにふたりのウルトラマンは強かった。それに、才人やルイズたちが強いのも友人のひいき目はなくわかっているつもりだ。だがそんなことはジョゼフなら当然わかるはずで、力押しならば圧倒的な戦力を背景にした上で、そうでなければ裏をかいて悪辣な何かを仕組んでいるのが常套だ。

856ウルトラ5番目の使い魔 60話 (14/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 10:09:27 ID:U1/UBfmE
 しかし、今回は怪獣たちは特に強化された様子もなく、ワルドも前のままの実力であっさりと捕らえられてしまった。追い詰められて手段を選んでられなくなったのか? いや、それはない。ジョゼフがそんな暗愚の王ならば、とっくの昔に仇は討っていた。けれど、ここが陽動でほかの場所で事件が起きたという知らせもなく、タバサもまた公務に忙殺されていった。
 
 激震が起きたのは、その翌日である。
 その日、ルイズは才人を連れてトリステイン王宮を訪れていた。もちろん昨日の顛末を女王陛下に報告し、さらに今後のことを話し合うためである。
「女王陛下、ルイズ・フランソワーズ、ただいま参上つかまつりました」
 謁見の間には、アンリエッタのほかにタバサも先にやってきていて、王族同士ですでに話をつめていたようだ。
 なお、ウェールズは今はアルビオンに戻っている。アルビオンもまだまだ安泰というわけではないので当然だが、新婚だというのに別居せねばならないアンリエッタのことをルイズは痛ましく思った。平和が戻った暁には、トリステインとアルビオンを夫婦で交互に行き来して統治するつもりだというが、一日も早くそうしてあげたいと切に願っている。
 今日はこれから、捕縛したワルドから引き出した情報を元にしてジョゼフへの対抗策の原案を練る予定となっていた。だが、謁見の間に深刻な面持ちで入ってきたアニエスの報告を受けて、一同は愕然とした。
「ワルドの記憶が消されている、ですって!?」
 ルイズは思わず聞き返した。ほかの面々もあっけにとられている中で、アニエスは自分も納得できていないというふうにもう一度説明した。
「目を覚ましたワルドを、考えられるあらゆる方法で尋問したが、奴は錯乱するばかりで何も答えようとはしなかった。そこで、まさかと思って水のメイジに奴の精神を探ってもらったら、どうやら奴はここ数年来の記憶をまとめて消されてるようなのです」
「ここ数年ということは、つまりトリステインに反旗を翻したことも、昨日のことも……」
「ええ、きれいさっぱり忘れてしまっています。嘘をつけないように、それこそあらゆる手を尽くしましたが、結果は同じでした」
 アニエスの言う「あらゆる手」が、どんなものであるか、才人は想像を途中で切り上げた。ここは現代日本ではない、悪党へのむくいも違っていてしかるべきだ。
 しかし、記憶が消されているとは。アニエスは説明を続ける。
「恐らく、敗北したら記憶が消去されるようになんらかの仕掛けがされていたのでしょう。魔法か、薬物か、催眠術か……今、調査を続けておりますが、奴の記憶が戻る望みは薄いと思われます」
「口封じというわけね……けど、おかしいわね。口封じのためなら敗北したら死ぬようにしておけば、一番確実で安全でしょうに?」
 ルイズは、なぜワルドを生かして捕らえさせたのかと疑問を口にした。

857ウルトラ5番目の使い魔 60話 (15/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 10:12:05 ID:U1/UBfmE
 記憶が消されているのはやっかいだが、戻る可能性が皆無というわけではない。たとえば何らかの魔法、今も行方不明のアンドバリの指輪でも使えば強固な精神操作は可能であろうが、ディスペルを使えば解除は可能だ。そのくらいのことをジョゼフが予見できないとは考えられない。
 なら、記憶を消されたワルドにはまだ何か役割があるということか? アンリエッタはアニエスに、念を押すように尋ねた。
「アニエス、死んだはずのワルド子爵ですが、本当に死んだところを確認したのですね?」
「はい、あのとき奴の心臓をこの手で確実に……そして怪物と化した後はウルトラマンAが倒したのをこの目で確認しました。あれで、生きているわけがありません」
「しかし、現に子爵、いえ元子爵は生きた姿で帰ってきました。シャルロット殿、あなたはどう思われますか?」
 話を振られたタバサは、自分もいろいろと考えていたらしく、仮説を口にした。
「まだ、はっきりしたことは言えないけど。可能性としては、前にあなたたちが倒したワルドが偽物だった、スキルニルなどを使えば精巧な偽物は不可能じゃない。第二に、ワルドに似せた別人を自分をワルドだと思わせるように洗脳した。ほかにもいくつか仮説はあるけれど、どれも『なぜこのタイミングでワルドを送り込んできた』かの説明ができない。腕の立つ刺客なら、ジョゼフはほかに何人も雇えるはず」
 確かに、タバサを始末するだけならあんな派手な攻撃は必要ない。むしろひっそりと暗殺者を送り込むほうが安全で確実だ。なにより、ワルドはルイズたちへの雪辱に気を取られてタバサには目もくれていなかった。
 ルイズや才人も、納得のいく答えが出なくて悩んでいる。才人は、なにかあったらまたその時に考えればいいんじゃね? という風に笑い飛ばそうかとも思ったが、自分の手で確実に葬ったはずの奴が当たり前のように戻ってきたと思うと、やはり不愉快なものがあった。そんなにしつこいのはヤプールと、いいとこバルタン星人くらいでいい。
 残された手掛かりはワルドのみ。今もミシェルがやっきになって調査をしているものの、あまり期待はできそうにない。
 タバサはアニエスに対して、もう一度尋ねた。
「あのワルドという男、本当にあなたたちの知っているワルドそのものなの? スキルニルで作られた複製、あるいはアンドバリの指輪で操られている死人という可能性は?」
「ない! 女王陛下への報告の前に、あらゆる手立ては尽くした。魔法アカデミーにも頼んで徹底的にな。あれは間違いなくワルドだ。生きた人間だ!」
 アニエスはいらだって大声で答えた。彼女とて信じられないのだ、確実に死んだはずの人間がまた現れる。そんなことは、先の始祖ブリミルの一件だけでたくさんだ。
 
 しかし、完全に秘匿されているはずのこの部屋を、こっそりと覗き見ている者がいた。

858ウルトラ5番目の使い魔 60話 (16/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 10:13:07 ID:U1/UBfmE
 それは窓ガラスに張り付いた一匹の蛾。それが魔法で作られたガーゴイルであれば、部屋のディテクトマジックに引っかかっていだろうが、あいにくそれは科学で作られた超小型のスパイロボットだったのだ。
 その情報の行く先はもちろんガリアのヴィルサルテイル宮殿。そこでジョゼフとシェフィールドを前にして、黒幕の宇宙人は高らかに宣言した。
「ウフハハハ! 聞きましたか王様? 間違いなく生きた人間そのものだそうですよ。これで、私の言うことを信じていただけますね! では、始めていただけますね。約束しましたよね?」
「ああ、やるがいい……ミューズ、出かけるぞ。支度しろ」
「ジョゼフ様……はい、仰せのままに……」
 グラン・トロワから飛行ガーゴイルが飛び立ち、ジョゼフを呼びに来た大臣が騒ぎを起こすのはその数分後のことである。
 
 そして時を同じくして、トリステイン王宮でも事態は急変していた。
 突然、謁見の間の窓ガラスが割れて、室内に乾いた音が響き渡る。
「女王陛下!」
「ルイズ、俺の後ろにいろ!」
 敵襲かと、アニエスはアンリエッタをかばって剣を抜き、才人もルイズをかばって同じようにする。もちろんタバサも愛用の杖を握って、女王ではなく戦士の目に変わった。
 しかし、敵の姿は見えず、代わってガラスの破片の中からジョゼフの声が響いた。
『シャルロットよ、お前の屋敷で待っている。戦争を止めたければ、来い』
 それが終わると、ボンと小さな爆発音がして静かに戻った。
 いまのは、いったい……? 唖然とするルイズや才人。だが、タバサはわかっていた。わからないはずがなかった。
「ジョゼフ……」
 あの男の声を、父の仇であるジョゼフの声を聴き間違えるはずがない。
 だが、ジョゼフの声にしては珍しく落ち着きがなく、動揺が混じっていたように感じられたのはなぜだ? しかしタバサの中の冷静な部分の判断も、抑え込み続けてきた怒りの前にはかなわなかった。
 謁見の間の窓ガラスを自ら叩き壊し、ベランダに出たタバサはシルフィードを呼び寄せた。もちろんルイズや才人が慌てて引き止めようとする。

859ウルトラ5番目の使い魔 60話 (17/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 10:14:28 ID:U1/UBfmE
「待ってタバサ! あなた、どこへ行くつもり?」
「ジョゼフが待ってる。わたしは、行かなきゃいけない」
「なに言ってるのよ! これは間違いなく罠よ。あなたならわかるでしょう」
「たとえ罠でも、これはジョゼフを倒すまたとない機会。たとえ刺し違えても、あの男をわたしは倒す。わたしがいなくてもガリアは……さよなら」
 飛びついて止める間もなく、タバサはシルフィードで飛び去ってしまった。こうなると、シルフィードに追いつけるものはそうそう存在しない。
「タバサ! ああ、もうあんなに小さく。アニエス、竜かグリフォンを、って、それじゃ間に合わない。シルフィードより速いのなんてお母様の使い魔くらいしか、お母様は今どこ?」
「カリーヌどのは昨日の襲撃の検分のために、ちょうどお前たちと入れ違いになった。お前こそ、前に使ってみせた瞬間移動の魔法はどうした!」
「遠すぎるしシルフィードが速すぎるわ! もう、あの子ったら我を忘れちゃってるわ。こんなときに限って、キュルケもいないんだから、もう!」
「落ち着け! 追いつけなくても追いかけることはできる。シャルロット女王はどこへ向かった? 飛び去ったのはリュティスの方角ではないぞ」
 アニエスに言われて、ルイズははっとした。あの方向は、まっすぐ行けばラグドリアン湖……そしてキュルケから聞いたことがある。ラグドリアン湖のほとりには。
「旧オルレアン邸……タバサの実家だわ!」
 ジョゼフの言葉とも一致する。そこだ、そこしかないと才人とルイズは飛び出した。
 同時にアンリエッタもアニエスに命じる。
「アニエス、伝令を今連絡がとれる味方すべてに出しなさい。あらゆる方法を使って、ラグドリアン湖の旧オルレアン邸に急行するのです! シャルロット殿を死なせてはなりません!」
 伝書ガーゴイル、その他思いつく限りの方法がトリステイン王宮から放たれる。
 そして、急報を受けてトリステインのあらゆる方向からタバサに関わりのある者たちが飛び立っていく。目指すはオルレアン邸、前の戦いの疲れも癒えないままに、それはあまりにも唐突で早すぎる決戦かと思われた。
 
 
 しかし、いかに彼らが急ごうとも、タバサに先んじてラグドリアンまでたどり着ける位置と方法を有している者は、ウルトラマンさえいなかった。
 
 
 オルレアン邸の現在はギジェラに破壊されて以降、放置されたままの廃墟の姿をさらし続けている。

860ウルトラ5番目の使い魔 60話 (18/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 10:15:58 ID:U1/UBfmE
 タバサは飛ばされる理由もわからずに飛んでいるシルフィードに乗って、自分の家であり、かつて異世界に飛ばされる場所になったそこに帰ってきた。
「ここで待っていて」
 タバサは門の前にシルフィードを残すと、ひとりで邸内へと入っていった。
 敷地内は雑草で覆われ、焼け落ちた邸宅はつるに巻き付かれて荒れ放題な様相を見せていた。
 女王のドレスに身を包んだままのタバサは、油断なく杖を構えながら庭を進んでいく。かつて幼い日には家族と遊びまわった庭、ジョゼフが弟を訪ねて遊びにやってきたことも何回か覚えている。
 そう、オルレアン公と王になる前のジョゼフは、庭の一角にテーブルを広げ、よくチェスに興じていたものだ。思えば、チェスに関しても無類の強さを持っていた父が「待った」をしていたのはジョゼフを相手にだけだったかもしれない。
 そしてその場所で、ジョゼフはひとりで立って待っていた。
「来たなシャルロット……ここも変わってしまったな。俺がここにやってきたのは、ざっと五年ぶりくらいだ。あの頃のお前はまだ妖精のように小さくて、来るたびにシャルルの奴が娘の自慢話を長々と聞かせてくれたものだ」
「呼ばれたから、来た。なにを、企んでいるの?」
「そう警戒するな。別に罠などは仕掛けていないし、ここにいる俺はスキルニルでも影武者でもない俺本人だ。お前より先にリュティスからここに来るのは、少々骨を折ったぞ」
 ジョゼフは杖も持たずに棒立ちでタバサの前に無防備でいた。
 対してタバサは油断せずに、全神経を研ぎ澄ませてジョゼフと自分の周囲を観察している。
 伏兵が潜んでいる気配は特にない。目の前の相手も、こうして確認する限りではジョゼフ本人に間違いはない。だが、一気に魔法を撃って仕留める気にはならなかった。ジョゼフも虚無の担い手であることは判明している。下手な攻撃は返り討ちに合う危険性が高い。
 だが、洞察力をフル動員してジョゼフを観察しているタバサは、違和感を覚えてもいた。なにか、声に余裕がなく、焦っているように感じられる。あのジョゼフが焦る? まさか。
「ここはわたしの家、客人は来訪の用件を言ってもらう」
「フ、たくましくなったものだなシャルロット。用事は簡単だ。お前にひとつ、相談したいことがあってな」
「相談? 冗談はよして」
「冗談ではない、俺は本気だ。実は今、真剣に悩んでいることがあってな。お前にもぜひ意見をもらいたいんだ」
 信じがたい話だが、ジョゼフが嘘を言っているようには思えなかった。だがジョゼフの口から出る言葉が、まともなものとはとても思えなかった。
 このまま問答無用で仕留めにかかるか? 相談とやらが何か知ったことではないが、それを聞けばまず間違いなく自分が不利になる。
 しかし、タバサが決断するよりも早く、ジョゼフがつぶやいた一言がタバサの心を大きく揺り動かした。
「……」
「……え?」
 タバサの表情が固まり、心臓が意思に反して激しく脈動し始めるのをタバサは感じた。
 ジョゼフは今、なんと言った? まさか、いやそんな馬鹿な。だが、それならジョゼフの焦りの説明もつく。そうか、あれはすべてこのために用意された伏線だったのか。
 呼吸が荒くなり、杖を持つ手が幼子のように震えだす。それは、どんな悪魔のささやきよりも深くタバサの胸へと浸透していった。
 
 その間にも、才人たちは全速力でオルレアン邸へと急行しつつある。
 けれど、黒幕のあの宇宙人はそれにも動じることはなく、自分の思い通りに事が進んでいることに高笑いを続けていたのだ。
 
 
 続く

861ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 10:17:47 ID:U1/UBfmE
今回は以上です。
急展開突入。タバサの運命やいかに!

862名無しさん:2017/06/27(火) 13:09:10 ID:jMO6xym.
ウルトラ乙

863ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/29(木) 23:59:20 ID:XQsS.U.Q
5番目の人、乙です。私の投下も始めさせてもらいます。
開始は0:02からで。

864ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/30(金) 00:03:10 ID:jU/S1V5A
ウルトラマンゼロの使い魔
第百四十七話「決闘!ウルトラマンゼロ対悪のウルトラ戦士」
ウルトラダークキラー
悪のウルトラ戦士軍団 登場

 六冊の本の旅を終えた才人とゼロだったが、ルイズの記憶は元に戻らなかった。更にはルイズが
ダンプリメなる謎の人物に、本の中にさらわれてしまった! 才人たちはダンプリメの正体を、
ガラQに説得されたリーヴルから知らされる。ダンプリメは長い年月を経て本に宿った魔力が成長して
誕生した存在であり、人間に関心を持った末に莫大な魔力を秘めているルイズを自分のものにしようと、
リーヴルを脅して今回の事件を仕組んだのであった! そんなことを許せる才人ではない。彼は
リーヴルの手を借りて、ダンプリメが待ち受ける七冊目の世界へと突入していった……!

「うッ……ここは……」
 才人がうっすら目を開けると、そこはもう図書館ではない別の場所であった。本の中の
世界に入ったに違いない。
 しかし七冊目の本の世界は、これまでの六冊の世界とは大きく異なっていた。それまでの
本の世界は、様々な宇宙の地球の光景そのままの街や自然で彩られた景観が広がっていたのに、
この世界は360度見渡す限り薄暗い荒野が続いていて、石ころとほこりしかないようであった。
「随分殺風景だな……。至るところに何もないぜ」
「それはそうさ。この本の物語はまだ一文字たりとも書かれていない。だからこの世界には
まだ何もないのさ」
 才人の独白に対して、背後から返答があった。才人は即座にデルフリンガーを抜いて振り向いた。
「ダンプリメ!」
 果たしてそこにいたのはダンプリメ。才人のことを警戒しているのか、デルフリンガーの刃が
届かない高さで浮遊している。
「物語はこれから綴られるんだ。ウルトラマンゼロ……君たちが敗北し、ボクとルイズの永遠の
本の王国が築かれるハッピーエンドの物語がね」
 ダンプリメはすました態度でこちらを見下ろしながら、そんなことを言い放つ。対して才人は、
デルフリンガーの切っ先をダンプリメに向けて言い返した。
「残念だったな。これから書かれるのは、俺たちがルイズを救出して現実世界に帰るハッピー
エンドの物語だ!」
 早速ダンプリメに斬りかかっていこうと身構える才人だが、それを察知したダンプリメは
才人から距離を取りつつ告げた。
「まぁ落ち着きなよ。そう勝負を急がずに、前書きでも楽しんでいったらどうだい? たとえば、
ボクがどうして六冊もの本の世界を君たちにさせたのか」
「何?」
 自在に宙を舞うダンプリメが逃げに徹していると、才人も狙うのが難しい。相手の動きを
常に警戒しながら、ダンプリメの発言を気に掛ける。
「ルイズを手に入れる上で最大の障害である君たちを排除するため……おおまかに言って
しまえばそういうことだけど、それは旅のどこかで本の怪獣たちに倒されればいいな、
なんて希望的観測じゃないんだよ。ボクも、そんな不確実な方法に頼るほど馬鹿じゃない」
「じゃあ何のためって言うんだ」
 才人が聞き返すと、ダンプリメは自分でも言っていたように、遠回りな説明を始める。
「ところでボクは本から生まれた存在なだけに、その知識量はこの世界の誰の追随も許さない
ものと自負している。何せ、トリステインの図書館の蔵書数がそのままボクの知識だからね。
それは世界の全てを知っているということに等しい。それこそあらゆることをボクは知っているし
実際に行うことも出来る……剣術も間合いの取り方だって達人のレベルさ」

865ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/30(金) 00:06:16 ID:jU/S1V5A
 いつの間にか、ダンプリメが剣を手に才人の背後にいた! 間一髪察知した才人は振り向きざまに、
相手の斬撃をデルフリンガーで弾く。
「図に乗るな! いくら本の内容を全部知ってるからって、世界の全てを知った気でいるのは
自惚れだぜ!」
「そうだね。逆に言えば、本に書かれてないことをボクは知らない。そう、君の中の光の戦士、
ウルトラマンゼロ。それなんかがいい例だ」
 単なる余興だったのか、剣を弾かれても平然としているダンプリメは、才人の胸の内を指差した。
「ハルケギニアの外の世界からやって来て、超常的な力であらゆる敵を粉砕する無敵の戦士。
その力の前では、どこまで行っても本の世界から外に出ることは出来ないボクは呆気なく
粉砕されてしまうだろう。そう考えたボクは、リーヴルを通じてある策を実行した。無敵の
ウルトラマンゼロを『本の中の登場人物』にしてしまうというね」
「何!?」
 ここまでの説明で才人も、ダンプリメの狙いが薄々分かってきた。
「本の中に引き込んでしまえば、ボクは相手の能力を分析することが出来る。六冊分もの
旅をさせて、既にウルトラマンゼロの力は隅々まで把握してるよ。……だけど、狙いは
それだけじゃあないんだ」
「まだあるってのか!」
「旅の中で、君たちは度々その本の世界には本来存在しない怪獣と戦っただろう。あれらは
ボクの介入で出現したんだ。何でそんなことが出来たのかって? それはこの『古き本』の
力によるものさ!」
 ダンプリメが自慢げに取り出して見せつけたのは一冊の本。それは……。
「怪獣図鑑!?」
 どこで出版されたものか、古今東西の様々な怪獣の情報が記載されている図鑑であった。
そんなものまでトリステインに流れ着いていたのか。
「それだけじゃない。本の中の存在も生きてるんだよ。本の中の怪獣が君たちに倒されるごとに
生じた怨念のエネルギーも、ボクは集めてたんだ。そういうこともボクは出来るんだよ」
 それは黒い影法師の力か。ダンプリメはそんな能力まで学習していたのだ。
 そしてダンプリメの周囲に、六つの禍々しく青白い人魂が出現する。
「……それが真の狙いかよ!」
「さぁ、機は熟した。ウルトラマンゼロへの怨念が一つになり、今こそ誕生せよ! ゼロを
上回る最強の戦士よッ!」
 ダンプリメの命令により人魂が一つになり、マイナスエネルギーも相乗効果によって膨れ上がる。
そして人魂が巨大化して戦士の形になっていった!
「あ、あれは……!」
 新たに生まれた、邪悪な力をたぎらせる巨人の戦士を見上げて、才人は思わずおののいた。
 あまりにもおぞましいオーラを湛えた異形の姿だが、胸の中心に発光体を持つその特徴は、
明らかにウルトラ戦士を模していた。頭部には四本ものウルトラホーン、腕にはスラッガーが
生えていて、様々なウルトラ戦士の特徴を有しているようである。
「目には目を。歯には歯を。古い言葉だが、ウルトラマンを葬るのにも闇のウルトラマンが
最もふさわしいだろう。君たちウルトラ戦士を抹殺する闇の戦士……ウルトラダークキラー
とでも呼ぼうかな」
「馬鹿な真似はよせ! 闇の力ってのは、手を出したら取り返しがつかないことになるぞッ! 
今ならまだ間に合う!」
 警告を飛ばす才人だが、ダンプリメは取り合わず冷笑を浮かべるだけだった。
「おやおや、ウルトラダークキラーを前にして臆病風に吹かれちゃったかな? 君が勇士と
いうのは、ボクの買い被りだったかな」
「……どんなことになっても知らねぇぞッ!」

866ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/30(金) 00:09:31 ID:jU/S1V5A
 才人はやむなくウルトラゼロアイを装着して変身を行う。
「デュワッ!」
 才人の身体が光り輝き、この暗い世界を照らそうとするかのように閃光を発するウルトラマン
ゼロが立ち上がった。
「ふふ、いよいよ最後の決戦の始まりだ。さぁウルトラダークキラーよ、恨み重なるウルトラマン
ゼロをその手で闇に還すがいい!」
 ダンプリメの命令によって、ウルトラダークキラーが低いうなり声を発しながら腕のスラッガーで
ゼロに斬りかかってきた!
「セアッ!」
 こちらもゼロスラッガーを手にして対抗するゼロだが、ダークキラーの膂力は尋常ではなく、
押し飛ばされて後ろに滑った。
『くそッ、とんでもねぇパワーだな……!』
 ダークキラーは倒した本の怪獣全ての怨念の結集体というだけあり、力が途轍もないレベル
だということが一度の衝突だけでゼロには感じられた。
『こいつは全力で行かねぇと駄目なようだな! デルフ!』
 そこでゼロはゼロスラッガーとデルフリンガーを一つにして、ゼロツインソードDSを作り出した。
本の世界では一度も使用していないこれならば、ダンプリメも対策はしていまい。
『こりゃまた歯ごたえのありそうな奴じゃねぇか。相棒、遠慮はいらねぇ。かっ飛ばしな!』
『もちろんだぜ! はぁぁぁぁぁッ!』
 ゼロはツインソードを両手に握り締めて、一気呵成にダークキラーへと斬りかかっていった。
 ゼロツインソードとダークキラーのスラッガーが激しく火花を散らしながら交差する。
ダークキラーはその内にゼロを突き飛ばすと、スラッガーを腕から切り離して飛ばしゼロへ
攻撃してきた。
「セェェアッ!」
 ゼロは一回転して迫るスラッガーをツインソードで弾き返す。スラッガーがダークキラーの
腕に戻った。
『なかなかやるじゃねぇか……』
 一旦体勢を整えて、ひと言つぶやくゼロ。ダークキラーの戦闘力はかなりのもので、
ゼロツインソードを武器にしてもやや押されるほどであった。しかし、ゼロは決して戦いを
あきらめたりはしない。どんな相手だろうとも最後まで立ち向かい、勝利をもぎ取る覚悟だ。
 だが、この時にダンプリメが次のように言い放った。
「そっちもさすがにやるものだね。このダークキラーに食い下がるなんて。……だけど、
ボクはより確実に君を倒す手段を用意してるんだよ」
『何!?』
「さぁ、ここからが本番だッ!」
 パチンと指を鳴らすダンプリメ。それを合図にしてダークキラーの身体から怨念のパワーが
次々と切り離されて飛び散り、それぞれ実体と化してゼロを取り囲む。
 それらは全て、ダークキラーと同じように暗黒のウルトラ戦士の形を成した!
『な、何だと……!?』
 カオスロイドU、カオスロイドS、カオスロイドT、ダークキラーゾフィー、ダークキラージャック、
ダークキラーエース、ウルトラマンシャドー、イーヴィルティガ、ゼルガノイド、カオスウルトラマン、
カオスウルトラマンカラミティ、ダークメフィスト……ウルトラダークキラーも含めたら何と十三人にも
及ぶ悪のウルトラ戦士軍団! ゼロはすっかり囲まれてしまった!
『おいおいおい……こいつぁ絶体絶命って奴じゃねえか?』
 口調はおちゃらけているようだが、その実かなり本気でデルフリンガーが言った。
「行くがいい、ボクの暗黒の軍勢よ! 恨み重なるウルトラマンゼロを葬り去れッ!」
 ダンプリメの号令により、悪のウルトラ戦士たちが一斉にゼロへと襲いかかる! ゼロは
ツインソードを握り直して身構える。
『くぅッ!?』

867ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/30(金) 00:12:48 ID:jU/S1V5A
 カオスロイドやダークキラーたちが飛びかかってくるのを必死でかわし、ツインソードを振り抜いて
ウルトラマンシャドーやゼルガノイドを牽制するゼロ。だが悪のウルトラ戦士は入れ替わり立ち代わりで
攻撃してくるので、反撃の糸口を掴むことが出来ない。
 そうして手をこまねいている内に、カオスロイドSのスラッガー、ウルトラマンシャドーの
メリケンパンチにツインソードが弾き飛ばされてしまった。
『し、しまった!』
 回収しようにも、カオスウルトラマンたちやダークメフィストが立ちはだかって妨害してきた。
立ち往生するゼロをイーヴィルティガ、ゼルガノイドが光線で狙い撃ってくる。
『うおぉッ!』
 懸命に回避するゼロだったが、十三人もの数から狙われてそうそう逃げ切れるものではない。
ウルトラダークキラーを始めとした悪のウルトラ戦士たちの光線の集中砲火を食らい、大きく
吹っ飛ばされた。
『ぐはあぁぁぁッ!』
 悪のウルトラ戦士はどれも本当のウルトラ戦士に迫るほどの恐るべき戦闘能力を持っている。
しかもゼロがたった一人なのに対し、二桁に及ぶ人数だ。多勢に無勢とはこのことで、ゼロはもう
なす術なくリンチにされている状態であった。
 完全に追いつめられているゼロのありさまに、ダンプリメが愉快そうに高笑いした。
「ははは……! 実質一人で乗り込んでくるからこんなことになるのさ。仲間を危険な罠から
守りたかったのかもしれないけど、一緒に本の世界の中に入る方が正解だったのさ」
 今もなお袋叩きにされているゼロを見やりつつ、勝ち誇って語るダンプリメ。
「君はこれまで、一人の力だけで勝ってきた訳じゃないようだね。仲間の助けを受けることも
あった。……だけど、この本の世界では君の仲間なんてどこにもいない。君は独りなのさ、
ヒラガ・サイト……ウルトラマンゼロッ!」
 最早エネルギーもごくわずかで、息も絶え絶えの状態のゼロにウルトラダークキラーが
カラータイマーからの光線でとどめを刺そうとする……!
 その時であった。
「それは違うわ!」
 突然、ダンプリメのものではない甲高い声……才人たちにとって非常に慣れ親しんだ声音が
響き渡り、ダークキラーがどこからともなく発生した爆発を受けてよろめいた。
 恐るべき暗黒の戦士のウルトラダークキラーの体勢を崩すほどの爆撃……それも才人たちは
よく覚えがあった。
『ま、まさか……!』
 ゼロが振り向くと、その視線の先に……桃色のウェーブが掛かった髪の少女が腰に手を当て、
無い胸を張っているではないか!
『ルイズッ!!』
 才人は歓喜や驚愕、疑問など様々な感情が入り混じった叫び声を発した。また驚き、動揺
しているのはダンプリメも同じだった。
「そ、そんな馬鹿な! ルイズの意識は確かに眠らせていたはず……それがどうしてこの場に
いるんだ!?」
 ルイズはダンプリメの疑問の声が聞こえなかったかのように、ゼロに向かって叫んだ。
「ゼロ、しゃんとしなさい! あなたは独りなんかじゃない。……本の世界でも、あなたは
たくさんの人を助けて、絆を紡いでいったんでしょう? わたし、覚えてるわよ!」
 そして空の一角を指し示す。
「ほら、みんなが駆けつけてくれたわよ!」
 ルイズの指差した方向から、ロケット弾や光弾が雨あられと飛んできて、ゼロに光線を
発射しようとしていたカオスロイドU、S、カオスウルトラマン、カラミティの動きを阻止した。
『あれは……!』
 ゼロの目に、この場に猛然と駆けつけてくるいくつもの航空機の機影が映った。

868ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/30(金) 00:14:07 ID:jU/S1V5A
 ジェットビートル、ウルトラホーク、テックライガー、ダッシュバード! どれも各本の世界で
共闘した防衛チームの航空マシンだ!
「何だって……!?」
 またまた絶句するダンプリメ。だがそれだけではなかった。
「彼らだけじゃないわ。ほら見て! みんなやって来たわよ!」
 各種航空機の編隊に続いて飛んでくるのは……あれはウルトラマン! ウルトラセブン! 
ゾフィー! ジャック! エース! タロウ! コスモスにジャスティス! マックス! 
ティガにダイナにガイアも! 計十二人ものウルトラ戦士がマッハの速度で飛んできて、
ゼロを守るようにその前に着地してずらりと並んだ。さすがの悪のウルトラ戦士たちも、
この事態にはどよめいてひるんでいる。
『み、みんな……!』
 声を絞り出す才人。最早言うまでもないだろう。彼らは六冊の本の世界の旅の中、才人と
ゼロが出会い、助け、助けられた者たちである。
 才人は最後の旅の終わり際にティガ=ダイゴが言っていた言葉を思い出した。「この恩は
必ず返す」……その約束を果たしに来てくれたのだ!
『みんな、本の世界の枠を超えて、助けに来てくれたのか……!』
 強く胸を打たれるゼロ。彼はコスモスとジャスティスからエネルギーを分け与えてもらって、
力がよみがえった。
 そしてルイズが救援のウルトラ戦士たちに告げるように、高々と宣言した。
「さぁ、行きましょう! このウルトラマンゼロの物語をハッピーエンドにするために!!」

869ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/30(金) 00:15:05 ID:jU/S1V5A
今回はここまで。

勝てる気がしない×
勝てない○

870ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:29:03 ID:nOWdnO9U
ウルトラマンゼロの人、投稿お疲れ様でした
さて、皆さん今晩は。無重力巫女さんの人です
特に問題が起こらなければ、84話の投下を21時32分から始めます

871ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:32:06 ID:nOWdnO9U
「全く、昨夜は随分と騒いでくれたじゃないか?」
 『魅惑の妖精亭』二階にある客室の一つ、八雲藍は部屋の中にいる三人を睨みつけながら言った。
 服装は霊夢と魔理沙が良く知る道士服姿ではないが、頭から生える狐の耳で彼女が紫の式なのだと一目でわかる。
 そして彼女は怒っていた。本気…と呼べるほどではないが、少なくとも鋭い眼光をルイズ達に見せるくらいには怒っていた。
 先ほどこの店の一階で思わぬ再開を果たした後、出された食事を手早く食べさせられた後にこの部屋へと連れ込まれてしまったのである。
 助けてくれそうなジェシカとスカロンは彼女を信頼しているのか、それとも何かしらの゙危機゙を本能的に察したのだろう。
 今夜の仕込みと片づけが終わるとさっさと寝てしまい、シエスタも店の手伝いがあるので今はベッドでぐっすりと寝息を立ててる。
 つまり、逃げる場所は無いという事だ。
 
 霊夢は部屋に一つしかないシングルベッドに腰掛けて、右手に持った御幣の先を地面に向けて何となく振っており、
 魔理沙とルイズはそれぞれ椅子に腰かけ、テーブルに肘をついてドアの前で仁王立ちする藍を見つめている。
 
 博麗の巫女であり、彼女ともそれなりに知り合いである霊夢はスーッと視線を逸らして話を聞いている。
 あの紫の式だというのに主と違って融通が利かず、人間には上から目線な彼女の説教をまともに聞く気はないのだろう。
 一方で魔理沙は気まずそうな表情を浮かべてじっと視線を手元に向けつつ、軽く口笛を吹いて誤魔化そうとしていた。
 霊夢以上に目の前の式が好きになれない彼女にとって、これから始まる説教は単なる苦行でしかない。
 そしてルイズはというと、唯一三人の中でキッと睨み付けてくる藍と睨み合っていた。
 とはいっても、実際には緊張のあまり身動きできない為に目と目が合ってしまっているだけであったが。

 お喋りなインテリジェンスソードのデルフも今は黙り込み、微動だにすらしないまま大人しく鞘に収まって壁に立てかけられたている。
 三人と一本。昨夜この近辺で子供のスリ相手に大騒ぎした三人は一体の式を前に大人しくなってしまっていた。
 両腕を胸の前で組む藍はこちらをじっと見つめるルイズと視線を合わせたまま、こんな質問をしてきた。
「お前たちに一つ聞く、…一度幻想郷へと帰り、この世界へ戻ってくる前に紫様に何か言われなかったか?」
 そう言って霊夢と魔理沙を睨み付けると、視線を逸らしたままの霊夢がボソッと呟いた。
「言われたわよ?今回の異変を解決するにはルイズの協力が必要不可欠だって…」
「そういやーそんな事言われてたな。…後、私にはしばらく白米は口にできないって言ってたっけな?あの時は―――」
「霊夢はともかく魔理沙、お前に関しての事はどうでも良い。私が聞きたいのは、お前たち三人に向けて紫様が言った事だ」
 無意識に空気を和まそうとした二人の会話をもう一段階怒りそうな藍が遮ると、今度はルイズの方へと話を振る。

「…というわけだ。あの二人はマジメに答える気はないようだが、お前はちゃんと覚えているだろう」
 自分を睨み付けるヒトの形をした狐に睨まれたルイズは、ハッとした表情を浮かべて自分の記憶を掘り返す。
 それは今からほんの少し、アルビオンから帰ってきた後に幻想郷へと連れていかれ紫と散々話をしたこと、
 翌日に霊夢の神社とやらで゙これから゙の事を話し合い、念のためには魔理沙を押し付けられてハルケギニアへ戻る事となった事。
 そしてルイズは思い出す。魔理沙が来た後、紫が学院の自室へと続くスキマを開ける前に言っていた事を。
 彼女が自分たちを見下ろし、心配そうに言っていたのが印象的だったあの説明。
 それを頭の中で思い出し、忘れてしまった部分は省略と補正でどうにかして、一つの説明へと作り直していく。
 藍がルイズに話を振ってから数秒ほどだろうか…少し返事が遅れたものの、ルイズは口を開いてあの時聞かされた事を喋り出す。
「た、確か…能力を使って戦うのは良いけど、あまり人目に触れると大変な事になる…って言ってたような…」
「……少し違うが、まぁ大体合っているな」
 少々しどろもどろだったルイズの回答に藍は自分なりに褒めてあげると、今度は霊夢と魔理沙を睨みつけながら話を続けていく。

872ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:34:08 ID:nOWdnO9U
「彼女の言った通り、紫様はこの世界ではいつもの異変解決と同じ感じで暴れ回るなと言った筈だ
 特にこの世界の人間…彼女を除いた貴族、平民含むすべての人間にはなるべく自分たちの力を見せるな。…と」

 それがどうだ?最後にそう付け加えると、二人はバツの悪そうな表情を浮かべて思わずそっぽを向いてしまう。
 確かに、昨日は魔法学院とは比べ物にならない大勢の前で箒で飛んだりしていたし空も自由に飛び回っていた。
 幸いあの時はスペルカードもお札も使わなかったので良かったが、そうでなければ彼女の怒りはこれだけでは済まなかっただろう。
 九尾狐からの大目玉をくらわずに済んだ二人は、しかし今は素直に胸をなで下ろす事はせずにじっと藍の睨みを我慢していた。
 紫ならともかく、彼女の場合融通が利かなすぎて安易に冗談を言おうものなら普通に怒ってくるのである。
 主が傍にいるのなら彼女が上手い事間に入ってくれるのだが、当然今は幻想郷でグータラしていることだろう。
 よって霊夢と魔理沙の二人が取れる行動は、何となく彼女の話を聞きながら視線を逸らし続ける事であった。

 二人がそっぽを向き続け、流石にこれは不味くないかと感じたルイズが少しだけ慌て始めた時、
 キッと目を鋭くして睨み続けていた藍は一転して諦めたような表情を浮かべて、大きなため息をついた。
「まぁ…した事と言えば空を飛んだだけで、この世界では別に珍しい事では無い。大衆の前でスペルカードを使うよりかはマシだな」
 そう言ってから肩を竦めてみせると、それを待っていたと言わんばかりに霊夢達は藍の方へと視線を向ける。
「何だ何だ、お前さんにしてはやけに諦めが早いじゃないか?悪いモンでも喰ったのか?」
「そうね。……っていうかそれくらいしか目立ったもの見せてないし、怒られる方が理不尽極まりないわ」
「………お前らなぁ」
 まだ許すのゆの字すら口に出していないというのに、ここぞばかりに二人は口達者になる。
 単にあっさり許した藍に驚く魔理沙はともかく、霊夢の反省する気ゼロな言葉に流石の式も顔を顰めてしまう。
 そして相変わらず変わり身の早い二人を見て額に青筋を浮かべつつ、藍は怒る気力すら失せてしまう。
 下手に怒鳴っても彼女たちに効かないのは明白であるし、霊夢の場合だと逆恨みまでしてくるのだから。
 
 そんな式の姿にルイズは軽い同情と憐れみの気持ちを覚えつつも、ふと気になる疑問が一つ脳裏に浮かぶ。
 それを口に出そうか出さないかと悩んだところで、その疑問を質問に変えて藍聞いてみた。
「えーと、ラン…だったけ?ちょっと質問良いかしら?」
「ん?いいぞ、言ってみろ」
 丁寧に右手を顔の横にまで上げたルイズの方へと顔を向けた藍は、コクリと頷いて見せる。
 急な質問をしてきたルイズに何かと思ったのか、霊夢達も口を閉じて彼女の方へ視線を向けた。
「単純な質問だけど、どうしてここのお店で人間のフリして働いてるのよ?」
「……ふふふ、ルイズ〜。それはコイツにとっちゃあ凄くカンタンな質問だぜ?」
 しかし藍が口を開く前に、口から「チッチッ…」という音を鳴らしながら人差し指を振る魔理沙に先を越されてしまう。
 ルイズと霊夢は突然意味不明なことをし出す魔理沙に奇異な目を向けつつ、彼女は藍に代わって質問に答えようとした。

「答えは一つ、それはコイツが人間のフリしてこの店の人間を頂こ…うって!イテテ!冗談だって……!?」
「冗談でも言って良い事と悪い事ぐらい、言う前に吟味しろ」
 最も、得意気に言おうとした所で右の頬を強く引っ張ってきた藍に無理矢理止められてしまったのだが。
 一目で怒ってると分かる表情で魔法使いの頬を抓る式の姿を見て、幻想郷の連中に慣れてきたルイズは思わず身震いしてしまう。
 そしてあの魔理沙が有無を言わさず暴力に晒される光景に、目の前にいる狐の亜人がタダものでないという事を再認識した。

「じゃあ真剣に聞くけど、何でアンタみたいなのがわざわざ人間の中に紛れて…しかもこの店で働いてるのよ?」
 藍の暴力という矛先が魔理沙へ向いている間に、すかさず霊夢もルイズと同じような質問をする。
 ただし先の質問をしたルイズとは違い、彼女の体からあまり穏やかとは言えない気配が滲み出ている。

873ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:36:08 ID:nOWdnO9U
 霊夢からしてみれば、式といえども妖怪の中では群を抜く存在である九尾狐が人間との共存などおかしい話なのだ。
 古来から大陸を中心に数多の国を滅ぼし、外の世界においても最も名が知られているであろう九尾狐。
 人間なんて餌か玩具程度としか見なさないようなヤツが、どうしてこんな場所で人間と暮らしているのか?
 妖怪を退治する側である霊夢としては、彼女がここにいる真意…というか目的を知りたいのであった。

 そんな霊夢の考えを察したのか、彼女の方へと顔を向けた藍は魔理沙の頬を抓るのをやめた。
 彼女の攻撃か解放された魔理沙が頬を摩りながらぶつくさ文句を言うのを余所に、霊夢と向き合ってみせる。
 ベッドに腰掛けたままの霊夢と、この部屋にいる四人の中で唯一立っている藍。両者ともに鋭い目つきで睨み合う。
 人間と妖怪、食われる側と食う側、そして退治する側とされる側。共に被食者であり捕食者である者たちの間から漂う殺気。
 その殺気を感じたのかルイズと魔理沙の二人が緊張感を露わにするのを余所に、まず最初に藍が口を開いた。
「…まぁそうだな、お前からしてみれば私が何か企んでいると思っているんに違いない。…そう思ってるんだろう?」
「まだ手ェ出してない内にゲロっといた方が良いわよ?今なら半殺しよりちょっと易しい程度で済ましてあげるから」
「落着けよ。紫様の式である私がこの世界で人を喰いたいが為にいないなんて事はお前でも理解できるだろ」
「そこよ、紫のヤツが何を考えてアンタを人の中に放り込んだのか…その意図を知りたいの」
 人差し指を突き付けてそう言う霊夢に、藍は「初めからそう言え」と言ってからそれを皮切りにして説明し始める。
 それは八雲紫が、式である彼女に任命しだ任務゙の事と、ここで働く事となった経緯についてであった。

 八雲藍の分かりやすく、そして的確な事情説明は時間にすれば三十分程度であったか。
 途中話を聞くだけの側である霊夢達が、ここが藍が寝泊まりしてる寝室だと知ってから勝手に物色し始めたり、
 そして見つけたお茶と茶請けを勝手に頂いたり…というハプニングはあったものの、何とか無事に聞き終える事ができた。
「なるほどね〜、紫のヤツもまぁ…アンタ相手に無茶な命令してくるわねぇ」
「紫様の考えている事もまぁ納得はできるが、…それよりも人の菓子を平気で食うお前の神経が理解できん」
「概ね同意するわね。私も自室にこっそり隠しておいた大切なお菓子を食べられたから」
 最初は疑っていた霊夢も、これまでのいきさつと藍が街のお菓子屋から買ってきたであろうクッキーのお蔭ですっかり丸くなっている。
 藍も藍で一応は止めようとしたものの、下手に騒いでも得にはならない為止むを得ず見逃すしかなかった。
 そんな彼女と相変わらず暴虐無人な霊夢を見比べて、ルイズは人の姿をした狐の化け物についつい同情してしまう。

「それにしてもさぁ、紫も考えたもんだよな。この異変を利用して、魔法技術を幻想郷に広めようだよなんて」
『実力のある者ほど危機を好機と解釈して動く。お前さんの主は相当賢いねぇ』
 羊羹とは違い王都で購入したお茶啜っていた魔理沙が口を開くと、今まで黙っていたデルフもそれに続く。
 どうやら藍の話を聞くうちに危険ではあるものの話が通じる者と判断したのか、いつもの饒舌さを取り戻していた。
 藍も幻想郷では目にした事の無い喋る剣に興味を示しているのか、デルフの喧しい濁声には何も言わない。
 まぁ嫌悪な関係になっては困るので、ルイズ達としてはそちらの方が有難かった。

 八雲藍が主である紫に命令されてこのハルケギニアへと来た目的は大まかに分けて二つ。
 一つはこの世界と幻想郷を複雑な魔法で繋げ、゙何がを企てようとしている異変の黒幕の情報を探る事。
 いくら霊夢が異変解決の専門家であったとしても、流石に幻想郷よりも広大な大陸から黒幕を探し当てるのを難しいと判断したのか、
 自分の式をこの世界へと送りつけて、今はハルケギニア各国で何かしら不穏な動きが無いか探らせているらしい。
 ただ、本人曰く「この世界は業火に変わりそうな煙が幾つも立ち上っている」とのことらしい。
 そして二つ目は、魔理沙が言ったようにこの世界の発達した魔法技術が幻想郷でも使えるか調査しているのだという。
 各国によりバラつきはあるらしいが、今の段階でも外の世界の魔法より遥かに洗練された技術と彼女は褒めていた。
「そーいえばそうよね。…あの涼しい風を発生させてた水晶玉もマジック・アイテムだったし」
「だな。この世界の魔法は私達ほど独創性は無いが、呪文自体は固定化されてるし便利と言えば便利だぜ?」
 以前、その魔法技術がもたらした涼風の恩恵を受けた事のある霊夢と魔理沙も彼女の言葉に納得している。

874ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:38:09 ID:nOWdnO9U
「幻想郷にそのまま持ち込んでも十分使えるが、こちらなりに改良すれば格段に便利になるかもしれないぞ」
「そーいえば紫も似たような事言ってたわね。ヨウカイ達の生活向上だとか何とかで…」
 説明を終えて一息ついていた藍に続くようにして、少し嬉しそうなルイズが紫との会話を思い出す。
 別に彼女がこの世界の魔法を作ったわけではないが、それでも敬愛する始祖ブリミルから賜わった魔法が異世界の者に認められたのだ。
 貴族、ひいてはメイジにとってこれ程…というモノではないが嬉しくないワケがなく、その顔には笑顔が浮かんでいる。
 嬉しそうに微笑んでいるルイズを一瞥しつつも、その時紫か言っていた事を思い出した霊夢はふと藍に質問してみた。
「でも、妖怪たちの為に研究するなら私や人里で住んでる人たちにはその恩恵を分けてやらないつもりなの?」
「まずは身内から…という事だ。里の人間に不用意に技術を渡せばどういう風に利用されるか分かったものじゃない」
「魔法使いの私としても、人里中に似非魔法使いが溢れるっていうのは感心しないなぁ」
「っていうか、さりげなく自分も恩恵にありつこうとしてるのがレイムらしいわね…」
 藍の口から出た厳しい回答に魔理沙とルイズがそれぞれ反応を示した後、暫し部屋に静寂が流れる。
 開け放たれた窓の外から見える王都は既に賑わっており、静かな部屋の中に喧騒が入り込む。

 暫しの沈黙の後、口を開いたのは壁に立てかけられていたデルフであった。
『…で、お前さんはこの王都に来たのはいいものの寝泊まりする場所が確保できず、やむを得ず住み込みで働くことにしたと…』
「うむ。時期が悪かったのもあるが…ここまで活気のある都市へ来るのも久々だったからな」
 先程の説明の最後で教えた事を反芻するデルフの言葉に頷いて、はぁ…と切なげなため息を口から洩らす。
 そのため息の理由を何となく察することのできたルイズたちの脳裏に「トレビアン」と呟いて体をくねらす大男の姿が過る。
「…大分お疲れの様ね。まぁ無理もないと思うけど」
「正確に関して言えばこの会話では一番真っ当な人間だと思うんだが、如何せん性格がアレでは…」
「トレビアン、だろ?そりゃーあんなのと四六時中いたら気も滅入ると思うぜ」
 幻想郷では絶対にお目にかかれないであろうスカロンの存在に、霊夢と魔理沙も疲れた様子の藍に同情してしまう。
 何せどんなに性格が良くてもあの見た目なのである、あれでは初対面の人間はまず警戒するだろう。

(酷い言われようだけど、でもあんな容姿だと確かに仕方ないわよねぇ)
 ルイズは口にこそ出さなかったものの、大体霊夢達と似たような考えを心中で呟いた時である。
 突然ドアをノックする音が聞こえ、思わず部屋にいた者たちがそちらの方へ顔を向けた直後、小さな少女がドアを開けて入ってきたのは。
 やや暗い茶髪の頭をすっぽり包むほどの大きな帽子を被り、少し高めと思われるシンプルな洋服に身を包んだ十代くらいの女の子。
 あの廊下で足音一つ立てず、ドアの前にいきなり現れたと思ってしまうような少女の闖入にルイズは思わず「女の子…?」と口走ってしまう。
 そして驚く彼女に対して、霊夢は少女の体から漂ってくる気配ど獣の臭い゙から少女の正体をいち早く察する事ができた。
「ふ〜んふふ〜んふ…――――えっ!?な、何でここに巫女がいるの?それに、黒白も!?」
「巫女?黒白?何、貴女もコイツラの親戚なの?」
 八重歯を覗かせる口から鼻歌を漏らしながら入ってきた少女は部屋に入るなり、霊夢達の姿を見て酷く驚いてしまう。
 ルイズはその驚きようと、少女の口から出た単語で霊夢達と関係のある人物だと疑い、奇しくもそれは的中していた。
 霊夢と魔理沙の姿を目にして先程の嬉しげな様子から一変、冷や汗を流しながら狼狽える彼女にベッドから腰を上げた霊夢が傍へと歩み寄る。

「まぁアンタとは藍と顔を合わせるよりも前に出会ってたから、どこかにいるだろうとは思ってたけど…っと!」
 怯えた様子を見せる少女のすぐ傍で足を止めた霊夢はそんな事を言いつつ、そのままヒョイッと少女が着ている服の後ろ襟を掴み上げた。
 身長は一回り小さいものの、少なくとも軽々と持ち上げられる程軽くは無いはずなのに…霊夢は少女を片手で掴み上げている。
 何処か現実味の薄いその光景にルイズが軽く驚く中、持ち上げられた少女は両手足を振り回して抵抗し始めている。
「わ、わわわわぁ…!ちょッ放してよ!」
「…あ、ちょっとレイム!そんな見ず知らずの女の子に何てことするのよ!」
 ルイズの最な注意にしかし、霊夢は反省するどころかルイズに向けて「何を言ってるのか?」と言いたげな表情を浮かべていた。

875ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:40:14 ID:nOWdnO9U
「見ず知らずですって?アンタ忘れたの?コイツがアンタの部屋に来た時の事を」
「………?私の、部屋…。それって、もしかして魔法学院の女子寮塔にある私の自室の事?」
『レイム。今のその嬢ちゃんの姿じゃあ娘っ子には分からないと思うぜ?』
 霊夢の意味深な言葉にルイズが首を傾げるのを見てか、デルフがすかさず彼女へ向けて言った。
 彼もまた気配から少女の正体を察して思い出していた。かつて自分を異世界へと運んでくれるキッカケとなった、小さくて黒い使者の姿を。

「はぁ…全く。変装するくらいならもう少し技術を磨いてからにしなさいよね?」
 デルフの忠告に霊夢はため息をつきながら少女へ向かってそんな事を言うと、彼女が頭に被っている帽子に手を伸ばす。
 恐らくこの世界で藍が買い与えたであろう帽子は妙にふわふわとした触り心地で、決して安くはない代物だと分かる。
 その帽子を掴み、さぁそれをはぎ取ってやろう…というところで霊夢は未だ一言も発していない藍へと視線を向ける。
 自分を見つめる彼女の目が鋭い眼光を発しているが、何も言わない所を見るにこのままこの少女の゙正体゙をルイズの前で明かしても良いという合図なのか?
 そんな事を思った霊夢は、一応確認の為にと腕を組んで沈黙している藍へ確認してみることにした。
「……で、ご主人様のアンタが何も言わないのならコイツの正体を念のためルイズに教えてあげるけど…良いわよね?」
「まぁお前のやり方は問題があると思うが、これも良い経験になるだろう。その子の為にも手厳しくしてやってくれ」
「そ、そんなぁ!酷いですよ藍様ー!」
 霊夢を睨み続ける藍からのゴーサインに少女が思わずそう叫んだ瞬間、
 彼女が頭に被っていた帽子を、霊夢は勢いよく引っぺがしてやった。

 文字通り帽子がはぎ取られ、小さな頭がルイズたちの目の前で露わになる。
 その直後、その頭から髪をかき分けるようにしてピョコリ!と勢いよく一対の黒い耳が出てきたのである。
 頭髪よりもずっと黒い毛色の耳は、まるで…というよりも猫の耳そのものであった。
「え?み、耳…ネコ耳!?」
 少女の頭から生えてきた猫耳に目を丸くしてが思わず声を上げてしまった直後、
 間髪入れずに今度は少女が穿いているスカートの下から、二本の長く黒い尻尾がだらりと垂れさがった。
 頭から生えてきた耳と同じく猫の尻尾と一目でわかるその二尾に、流石のルイズも口を開けて驚くほかない。
「こ、今度は尻尾…!二本の…って、あれ?二尾…猫耳…黒色…?」
 しかし同時に思い出す、霊夢が言っていた言葉の意味を。
 二本の尻尾に黒い猫耳。形こそ違うが、似たような特徴を持っていた猫と彼女は過去に会っていた。

 アルビオンから帰還した後、霊夢とデルフからガンダールヴのルーンについて話し合ったていた最中の事。
 あの猫は唐突にやってきたのである、まるで手紙や荷物の配達しにきたかのように。
 そして自分とデルフは誘われ、彼女は帰還する事となったのだ。自分にとっての異世界、幻想郷へと。
  
 あの後の色んな意味で刺激的すぎる出来事と体験を思い出した後、ルイズはようやく気づく。
 目の前にいる猫耳と二尾を持つ少女と、かつて出会っていた事に。
「え?ちょっと待って、じゃあもしかして…あの時の猫ってもしかして」
「もしかしなくても、あの時の猫又こそコイツ――式の式こと橙のもう一つの…っていうか正体ね」
 ルイズか言い切る前に霊夢が答えを言って、猫耳の少女――橙をパッと手放した。
 ようやく怖ろしい巫女の魔の手から解放された橙は目の端に涙を浮かべながら藍の元へ一目散に駆け寄る。
「わあぁん!酷いよ藍さま〜、帰って来るなりこんな目に遭っ……うわ!」
 てっきり諌めてくれるかと思って近づいた橙はしかし、今度は主の藍に首根っこを掴まれて驚いてしまう。
 正に仔猫の様に扱われる橙であったが、元が猫であるので驚きはするが別に痛みは感じいない様だ。

876ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:42:16 ID:nOWdnO9U
 一方、近寄ってきた橙を掴んだ藍は自分の目線の高さまで彼女を持ち上げると目を細めて話しかけた。
「橙、私がこうして怒っている理由はわかるよな?」
「は、はい…」 
 藍の静かな、しかしやや怒っているかのような言い方に橙は借りてきた猫の様に委縮しながら頷く。
「前にも言ったが、この店での仕事がある日は私の言いつけ通り外出は一時間までと決めた筈だな」
「仰る、通りです…」
「うん。……じゃあ、今は外へ出てどれくらい経ってる?」
「一時間、三十分です」
「正確には一時間三十五分五十秒だ」
 そんなやり取りをした後、冷や汗を流す橙へ藍の軽いお説教が始まった。
 
「…やれやれ、誰かと思えば式の式とはね。…まぁ藍のヤツがいるならコイツもいるよな」
 静かだが緊張感漂う藍のお説教をBGMにして、魔理沙が一人納得するかのように呟く。
 最初のノックの時こそ誰かと思ったものの、ドアを開けて自分たちに驚いた所で彼女も正体には気が付いていた。
 デルフや霊夢と比べてやや遅かったが、この世界で何の迷いもなく自分の事を黒白を呼ぶ少女なんて滅多にいない。
 それに実力不足から来る抑えきれない獣の臭いもだ、あれでは正体を見破れなくとも怪しまれる事間違いなしだろう。
 そんな事を思いながら、しょんぼりと落ち込む橙を見つめてお茶を飲む魔理沙にふとルイズが話しかけてくる。

「それにしても意外ねぇ。あの女の子の正体が、あの黒猫だったなんて」
「まぁあの二匹に限っては獣の姿の方が正体みたいなもんだしな、そっちの方が学院にも潜り込めると思うしな」
 驚きを隠せぬルイズにそう言った所で説教は済んだのか、藍に首根っこを掴まれていた橙が地面へと下ろされた。
 少し流す程度に訊いていた分では、どうやらあらかじめ決めていた外出時間を大幅に過ぎていた事に怒っているのだろう。
 腰に手を当てて自分の式を見下ろす藍は、最後におさらいするつもりなのか「いいか、橙」と彼女へ語りかける。
「私か紫様にお使いを頼まれた時でも外出時間はきっかり一時間までだ。いいな?」
「はい、御免なさい…」
 橙も橙で反省したのか、こくり頷いて謝るのを確認してから藍が「…さぁ、彼女の方へ」とルイズの方へ顔を向けさせた。
 魔理沙と話していたルイズは、突然自分と橙を向き合わせてきた藍に怪訝な表情を見せてみる。

 一体どういう事かと問いかけてくるようなルイズの表情を見て、藍は橙の肩に手を置きつつ彼女へ自己紹介を始めた。
「まぁ名前は言ったと思うが、この子は橙。私の式で…まぁ霊夢達からは式の式とか呼ばれているがな」
「ど、どうも…」
 先ほどの怒っていた様子から一変して笑顔を浮かべる藍の紹介に合わせて、橙もルイズに向かって頭を下げる。
 スカートの下で黒い二尾を大人しげに揺らしてお辞儀をする彼女の姿に、ルイズもついつい「こ、こちらこそ」と返してしまう。
 別に返す必要は無かったのだが、霊夢や魔理沙、そして藍と比べて随分かわいい橙の雰囲気で和んだとでも言うべきか…
 元々猫が好きという事もあったルイズにとって、橙の存在そのものは正に「愛らしい」という一言に尽きた。
 橙も橙でルイズが自分に好意を向けてくれている事に気づいてか、頭を上げると申し訳程度の微笑みをその顔に浮かべる。 

「やれやれ、化け猫相手に笑顔なんか向けちゃって」
 そんな一人と一匹の間にできた和やかな雰囲気をジト目で見つめながら、霊夢は一言呟く。
 霊夢にとって猫というのは化けてようがなかろうが、時に愛でて時に首根っこを掴んで放り投げる動物である。
 神社の境内や縁側で丸くなってる程度なら頭や喉を撫でて愛でてやるのだが、それも猫の行動次第だ。
 それで調子に乗って柱や畳に粗相しようものなら、箒を振り回してでも追い払いたい害獣として扱わざるを得ない。
 更に化け猫何てもってほかで、長生きして妖獣化した猫なんて下手な事をされる前に退治してしまった方が良い。
 とはいえ、相手が藍の式である橙ならば何も知らないルイズ相手に早々酷いことはしないだろう。

877ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:44:18 ID:nOWdnO9U
 そんな時であった。自分の方へと視線を向けてニヤついている魔理沙に気が付いたのは。
 面白そうな事を見つけた時の様なニヤつきに何かを感じた霊夢は、キッと睨み付けながら彼女へ話しかける。
「何よ、そんなにジロジロニヤニヤして」
「いやー何?基本他人の事にはそれ程気を使わないお前さんでも、人並みに嫉妬はするんだな〜って思ってさ」
「はぁ?私が嫉妬ですって?」
 テーブルに肘をつきながら何やら勘違いしている黒白に、霊夢は何を言っているのかと正直に思った。
 大方橙のお愛想に気をよくしたルイズをジト目で見つめていたから、そう思い込んでしまったのだろう。
 無視してもいいのだが、ルイズたちにも当然聞こえているので後々変な勘違いをされても困る。
 多少面倒くさいと思いつつも、魔理沙に自分の考えが間違っている事を丁寧に指摘してあげることにした。

「別に嫉妬なんかしてないわよ。ただの化け猫相手に愛想よくしても何も出やしないのに…って呆れてるだけよ」
「…!むぅ〜、私を藍様の式だと知っててそんな事言うのか、この巫女が〜」
「ちょっとレイム、いくらなんでもそれを本人の目の前で言うとか失礼じゃないの!」
 霊夢の辛辣な言葉に真っ先に反応した橙は反論と共に頬を膨らませ、ルイズもそれに続いて戒めてくる。
 彼女の勢いのある暴言に、ショーを見ている観客気分の魔理沙はカラカラと笑う。
「いやぁ〜ボロクソに言われたなー橙、まぁ今みたいにルイズに色目使うと霊夢に噛みつかれるから次は気を付けろよ」
『お前さんがレイムのヤツをからかわなきゃ、こんな展開にはならなかったと思うがな』
「全くその通りだな。何処に行っても変わりないというか、相変わらず過ぎるというか…やれやれ」
 魔理沙の言葉にすかさずデルフが突っ込み、藍は霊夢に跳びかかろうとする橙を押さえながら呆れていた。


「―――良い?言うだけ無駄かもしれないけど、これからは自分の言葉に気を付けなさいよね!」
「はいはいわかったわよ、…全く。―――あっそうだ」
 その後、襲い掛かろうとした橙に変わってルイズに軽く注意された霊夢はふと藍にこんな事を聞いてみた。
「そういえば…アンタの式はどこほっつき歩いてきたのよ?アンタと再会したばかりの時には見なかったけど…」
「ん?そうか、まだお前たちには話してなかったな。……橙、ちゃんど調べ物゙はしてきたな?」
 霊夢からの質問に忘れかけていた事を思い出したかのように、藍は背後に控えていた橙へと呼びかける。 
 尻尾を若干空高く立てて、警戒している橙はハッとした表情を浮かべると自分の懐へと手を伸ばす。
『お?……何か取り出すみたいだな』
 その様子から何をしようとしているのか察したデルフが言った直後、橙は懐から一冊のメモ帳を取り出して見せた。
 彼女の手よりほんの少し大きいソレは、まだ使い始めて間もないのか新品のようにも見える。
 ルイズたちの前で自慢げに取り出したソレを、橙はこちらへと顔を向けている自分の主人の前へ差し出す。 

「藍様、これを…」
「うん、確かに受け取ったぞ」
 橙からメモ帳を受け取った藍は真ん中くらいからページ開き、ペラペラと何度か捲っている。
 そして、とあるページで捲っていた指を止めると今度は目を右から左に動かしてそこに書かれているであろう内容を読み始めた。
「……?何よ、何が書かれてるのよそんな真剣に読んじゃって」
 無性に気になった霊夢が藍にメモ帳を読んでいる藍に聞いてみると、彼女は顔を上げてメモ帳を霊夢の前を突き出す。
 読んでみろ、という事なのだろうか?怪訝な表情を浮かべつつも霊夢はそれを受け取ると、最初から開いていたページの内容に目を通した。
 ルイズと魔理沙も霊夢の傍へと寄って何だ何だと目を通したが、ルイズの目に映ったのは見慣れぬ文字ばかりである。
「何よこれ?…あぁ、これってアンタ達の世界の文字ね。で、何て書かれてるのよ?」
 魔理沙には難なく読めている事からそう察したルイズは、霊夢に質問してみる。
「ちょい待ちなさい―――ってコレ、もしかして…」
「あぁ、間違いないぜ」
 逸るルイズを抑えつつメモ帳に書かれていた内容を理解した霊夢に、魔理沙も頷く。
 一体何がどうなのか分からないままのルイズは首を傾げてから、後ろで見守っている藍へと話を振る。

878ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:46:07 ID:nOWdnO9U
「ねぇラン、このメモ帳には何が書かれてるのよ?私には全然分からないんだけど」
「昨日お前たちから金を盗んだという子供とやらに関する情報だ。…まぁ大したモノは無かったがな」
「へぇ、そうなんだ…って、え!そうなの?」
 自分の質問に藍が特に溜めもせずにあっけらかんに言うと、ルイズは一瞬遅れて驚いて見せた。
 昨日彼女と一緒に霊夢を運んだ際に、何があったのかと聞かれてついつい口に出してしまっていたのである。
 その時はまだ霊夢の取り合いだと知らなかったので、自分たちの素性はある程度隠してはいたのだが、
 きっと自分達の事など、最初に見つけた時点で誰なのか知っていたに違いない。

「酷いですよ藍様ー!せっかく身を粉にして情報を集めたっていうのに」
「そう思うのならもう少し良い情報を集めてきなさい。そこら辺の野良猫に聞いても信憑性は低いんだから」
 自分が持ってきたモノを「大したことない」と評されて怒る橙と、諌める藍を見てルイズはそんな事を思っていた。
 しかし、どうして自分たちの金を盗んだ子供とは無関係の彼女達がここまで調べてくれるのだろうか?
 それを口にする前に、彼女と同じ疑問を抱いたであろうデルフがメモの内容へ必死に目を通す霊夢達を余所に質問した。
『しっかし気になるねぇ〜、昨日の件とは実質的に無関係なアンタらがどうしてここまで首を突っ込むのかねぇ?』
「…あっ、それは私も思ったぜ?人間同士の争いには無頓着なお前さんにしてはらしくない事をする」
「まぁ書かれてる内容自体は、大したことない情報ばっかりだけどね」
「うわぁ〜ん!巫女にまで大したことないって言われた!」

 霊夢にまでそう評されて怒る橙を余所に、藍は「そりゃあ気になるさ」と彼女らしくない言葉を返した。
「何せ盗られた金額が金額だからな。…確か、三千二百七十エキューか?お前たちにしては持ち過ぎと思うくらいの大金だな」
 一回も噛むことなく満額言い当てた藍の言葉を聞いて、霊夢と魔理沙は一瞬遅れたルイズの顔を見遣ってしまう。
 金を盗られた事は話していても、流石に金額まで言わなかったルイズは首を横に振って「言ってないわよ?」と答える。
 藍は三人のやり取りを見た後、どうして知っているのかと訝しむ彼女たちに答えを明かしてやる事にした。
「何も聞き耳を立てているのは人間だけじゃない、街の陰でひっそりと暮らすモノ達はしっかりとお前たちの会話を聞いてたんだ」
「…成程ねぇ、だから橙を外に出歩かせてたワケね」
 藍の明かしてくれた答えでようやく理由を知った霊夢が、彼女の隣で頬を膨らます化け猫を一瞥する。
 化け猫であり妖獣である橙ならば猫の言葉が分かるし、それならメモ帳に書かれていた内容も理解できる。 
 とはいっても、その大部分が書く必要もない情報――どこそこのヤツと喧嘩したとか、向かいの窓の娘に一目惚れしてる―――ばかりであったが。
 
「大部分の情報がどうでもいいうえに、有用なのも、私でもすぐに調べられそうな情報ばかりなのが欠点だけどね」
「それ殆ど褒めてないでしょ?ちょっとは褒めてあげなさいよ、可哀想に」
「まぁ所詮は式の式で化け猫だしな、むしろ気まぐれな猫としてこれで精一杯てヤツだな」
「わぁー!寄ってたかって好き放題に言ってくれちゃってぇー!!」
「こらこら橙、コイツラに怒るのは良いがもう少し声は控えめにしないか」
 容赦ない霊夢と魔理沙のダメ出しと、調べて貰っておいてそんな態度を見せる二人に呆れるルイズ。
 そして激怒する橙を宥める藍を見つめながら、デルフはやれやれと溜め息をつきながら一人呟いていた。


『こんだけ騒がしい中にいるってのも…まぁ悪くは無いね。少なくともやり取りだけ聞いてても十分ヒマはつぶせるよ』
 壁に立てかけられている彼はシッチャカメッチャカと騒ぐ少女たちを見て、改めて霊夢の元にいて悪くは無かったと感じた。
 多少扱いは荒いが言葉を間違えなければ悪い事にはならないし、何より話し相手になってくれるだけでも十分に嬉しい。

879ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:48:10 ID:nOWdnO9U
 以前置かれていた武器屋の親父と出会うまでは、鞘に収まったままずっと大陸中を移動していた。
 南端にいたかと思えば、数か月もすれば北端へ運ばれて…サハラの国境沿いにあるガリアの町まで運ばれた事もある。
 何人かは自分がインテリジェンスソードだと気づいてくれたが、生憎自分の゙使い手゙となる者達では無かった。
 戦うこと自体はあまり好きではない。しかし、剣として生きているからには自分を使いこなせる者の傍にいたい。
 そして、できることならば自分を戦いの場で振るってほしいのだ。

 そんな風に出会いと別れを繰り返し、暇で暇で仕方ないときに王都に店を持つ親父と出会えたのは一種の幸運であった。
 ゙使い手゙ではなかったが自分を一目見て正体を看破しただけあって、武器に関しての知識はあった。
 話し相手として申し分ないと思い、暫く路地裏の武器屋で過ごした後に色々あって魔法学院の教師に買われてしまった。
 それなりに戦えるようだが゙使い手゙ではなかったし、メイジが一体何の冗談で買ったのかと最初は疑っていたのである。
 
(そんで、まぁ…色々あってレイム達の許へ来たわけだが…まさかこの嬢ちゃんが『ガンダールヴ』だったとはねぇ)
 今にも跳びかからんとする橙に涼しい表情を見せる巫女さんを見つめながら、デルフは一人感慨に浸る。
 何ぜ使い手゙どころか剣を振った事も無いような華奢な彼女が、あの『ガンダールヴ』ルーンを刻まれていたのだ。
 かつて『ガンダールヴ』と共にいた彼にとって、霊夢という存在は長きに渡る暇から解放してくれた恩人であったが、第一印象は最悪であった。
 最初の出会いは最悪だったし、その後も一人レイムの知り合いという人外に隅から隅まで容赦なく調べられたのである。
 まぁその分いろいろと『おまけ』を付けてくれたおかげで、ルイズと霊夢たちが喧嘩した時の仲直りを手伝えたからそれは良しと思うべきか?。
(いや、良くはないだろうな。…でも、久々にオレっちを振るってくれるヤツが現れただけマシってやつか)
 もしもし人の形をしているならば首を横に振っていたであろう彼は、まだ記憶に新しいタルブでの出来事を思い出す。

 ワルドという名の腕に覚えのあるメイジとの戦いは、久しぶりに心躍る出来事であった。
 霊夢も自分と『ガンダールヴ』の力を存分に使って振るい、これまで溜まっていた鬱憤を見事拭い去ってくれたのである。
 かつての記憶は忘れてしまったが、以前自分を使ってくれた『ガンダールヴ』よりも直情的な戦い方。
 けれどもあのルーンから伝わる力に、どれ程自分の心が震えたことか。
 あれのおかげか知らないが、ここ最近になってふと忘れていた昔の事をぼんやりと思い出せるようになっていた。
 といってもそれを語れるほどではなく、ルイズ達にはその事を話してはいない。
(あーあ、懐かしかったなーあの力の感じは。オレを最初に振るってくれだ彼女゙と同じで――――ん?彼…女…?)

 そんな時であった、心の中でタルブの事と朧気な昔の記憶を思い出していたデルフの記憶に電流が走ったのは。
 まるで永らく電源を入れていなかった発電機を起動させた時の様に、記憶の上に積もっていたノイズという名の埃が振動で空高く舞い上がっていく。
 その埃が無くなった先に一瞬だけ見えたのだ、どこかの草原を歩く四人の男女の影を。

(誰だ…お前ら?――イヤ違う、知ってる。そうだ…!憶えてる、憶えてるぞ…)
 誰が誰なのかをまだ思い出せないが、それでもデルフの記憶の片隅に断片が残っていた。
 それがビジョンとして一瞬だけ脳内を過った事で、彼は一つだけある記憶を思い出す。
 そう、自分は『ガンダールヴ』とその主であるブリミル…その他にもう二人の仲間がいたという事実を。
 どうして、この瞬間に思い出したかは分からない…けれど、それを思いだすと同時にある事も思い出した。
 これは長生きの代償で失ったのではなく、何故か意図的に忘れようとしたことを。

(でも…なんでだ?どうしてオレ、この記憶を゙忘れようどしたんだっけ?)
 最も、その理由すら忘れてしまった今ではそれを思いだす事などできなかったが…
 それが彼の心と思考に、大きなしこりを生むこととなってしまった。

880ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:50:13 ID:nOWdnO9U
 霊夢達の容赦ないダメ出しで怒った橙を宥め終えた藍は、彼女は後ろに下がらせて落ち着かせる事にした。
 式の式である彼女は完全にへそを曲げており、頬を膨らませながら霊夢達にそっぽを向けている。
 そりゃあ本人なりに主からの命で必死に調べた情報を貶されたのだ、つい怒りたくなるのも分かってしまう。
 ご立腹な橙と、その彼女と対照的に落ち着いている霊夢たちを交互に見比べながらルイズはついつい橙に同情していた。
 一方で霊夢と魔理沙は、盗まれた金額の多さに疑問を抱いた藍の為にこれまでの経緯をある程度砕いた感じで話している。
 既にルイズの許可も得ており、まぁ霊夢達の関係者ならば大丈夫だろうと信じたのである。まぁそうでなくとも話さざるを得なかった思うが…。
 霊夢としても、一応は紫の式に出会えた事でこれまでの出来事を報告しておこうと思ったのだろう。
 
 幻想郷からこの世界に戻って来た後から、どうしてあれ程の大金を持っていたについてまで。
 軽い手振りを交えつつあまり良いとは言えない思い出話に藍は何も言わずに、だがしっかりと耳を傾けて聞いていた。
 語り終えるころには既に時間は午前九時を半分過ぎた所で、窓越しの喧騒がはっきりと聞こえてくる。
 背すじを伸ばそうとふと席を立ったルイズは窓の傍へと近寄り、すぐ眼下に広がる通りを見てある事に気が付いた。
 どうやらこの一帯は日中のチクトンネ街でも比較的活気がある場所らしく、窓越しに見える道を多くの人たちが行き交っている。 
 日が落ちて夜になればもっと活気づくだろうし、この店が比較的繁盛しているというのもあながち間違いではない様だ。
 老若男女様々な人ごみを見下ろしながら、そんな事を考えていたルイズの背後から藍の声が聞こえてくる。

「成程、私がこの国の外を調べている内に色々とあったようだな」
「色々ってレベルじゃないわよ。全く、どれだけ命の危険に晒されたか分かったもんじゃないわ」
 話を聞いて一人頷く藍を余所に、霊夢は苦虫を噛んでしまったかのような表情を浮かべながらこれまでの苦労を思い出していた。
 思えば今に至るまでの間、これまで経験してきた妖怪退治や異変解決と肩を並べるほどの困難に立ち向かっているのである。
 特にタルブ村で勝負を仕掛けてきたワルドとの戦いは、正直デルフと使い魔のルーンが無ければ最悪死んでいた可能性もあったのだ。
 今にしてあの戦いを思い出してみれば、良くあの男の杖捌きについてこれたなと自分でも感心してしまう。
 そんな風にして霊夢が感慨にひたる横で、今度は魔理沙が藍に話しかける番となった。

「それにしても意外だな。まさかタルブで襲ってきたシェフィールドが、元からアルビオン側だったなんてな」
「……!それは私も思ったわ」
 魔理沙の口から出た言葉に窓の外を見つめていたルイズもハッとした表情を浮かべて、二人の話に加わってくる。
 タルブ村へ侵攻してきたアルビオンの仲間として、キメラをけしかけてきた悪党であり『ミョズニトニルン』のルーンを持つ謎の女ことシェフィールド。
 未だ彼女の詳細は何もわからない状態であったが、その女に関する情報を藍は持っていたのだ。
 聞けばその女、何と今のアルビオンのリーダーであるクロムウェルの秘書として勤めているというのである。
「てっきりあの女が黒幕の一端かと思ったけど、案外身近なところにご主人様はいたんだな」
「う〜ん、アルビオンが近いって言われると何か違和感あるわね。そりゃアンタ達には近いでしょうけど」
 ルイズとしても、自らを始祖の使い魔の一人と自称していた彼女の主が誰なのか気にはなっていた。
 もし藍の情報通りクロムウェルの秘書官であるなら、あの元聖職者の野心家が主という事になるのだろう。
 即ち、アルビオン王家を滅ぼしあまつさえこの国を滅ぼそうとしたあの男が、自分と同じ゙担い手゙であるという証拠になってしまう。
 
 そんな事を想像してしまい、思わず背すじに悪寒が走りかけたルイズへ藍がさりげなくフォローを入れてくれた。
「まぁ事はそう単純ではないのかもしれん。あの男が本当にその女の主なのか、な」
 彼女の口から出た更なる情報にルイズはもう一度ハッとした表情を浮かべ、霊夢の眉がピクリと動く。
「それ、どういう事よ?」
「少なくともあの二人のやり取りを見ていたのだが、どうもアレは主従が逆転していたように見えるんだ」
 そう言って藍は、アルビオンでの偵察中に見た彼らのやり取りを出来るだけ分かりやすく三人へ伝えた。
 秘書官だというのに始終偉そうにしていたシェフィールドに、ヘコヘコと頭を下げて彼女に媚び諂うクロムウェルの姿。
 主従が逆転したどころか、初めからそういう関係としか言いようの無い雰囲気さえ感じられたことを彼女は手短に説明する。

881ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:52:17 ID:nOWdnO9U

「じゃあ待ってよ。それじゃあクロムウェルっていう奴は、最初からその女の言いなりだったっていうの?」
「あぁ。少なくとも弱みを握られて仕方なく…という雰囲気ではなかったし、操られているという気配も感じられなかったな」
「ちょ…ちょっと待ってよ。じゃあ何?最初からクロムウェルはあのミョズニトニルンの手下だって事なの?」
 流石のルイズも何と言ったら良いのか分からないのか、難しい表情を浮かべながら考えている。
 もし自分の言った通りならばアルビオン貴族達の決起や王族打倒、そしてトリステインへの侵攻も全てあの女が仕組んだことになってしまう。
 クロムウェルという名のハリボテの教会を隠れ蓑にして、『神の頭脳』はこれまで暗躍してきたというのか?

 そんな考えがルイズの頭の中を駆け巡っている中、魔理沙はふと頭の中に浮かんだ疑問を藍にぶつけている。
 それは先ほど彼女が考えていた『クロムウェルという男が゙担い手゙だという』事に関してであった。
「なぁ、アイツは自分を始祖の使い魔の一人って自称してたんだが…もしかしてクロムウェルが…」
「う〜む、それ以前に私はアルビオンであの男を見張っていたのだが、とても魔法を使える人間とは思えんな」
「ルイズの例もあるし、もしかしたら普通の魔法は使えないんじゃないの?」
 それまで黙っていた霊夢も小さく手を上げて仮説を唱えてみるが、藍は首を横に振って否定する。
「少なくともメイジ…だったか、彼らからある種の力は感じてはいたが…あの似非指導者からは何の力も感じられなかったぞ」
 藍の言葉を聞き、それまで一人考えていたルイズばバッと顔を上げて彼女の方を見遣る。

「……それってつまり、クロムウェルがただの平民だって事?」
「ハッキリと断言できる程の材料は無いが、そういう力が無ければそうなのかもしれん」
「じゃあ、シェフィールドの主とやらは…別にいるっていう事なのかしら?」
 霊夢の言葉に、ルイズが「彼女の言う通りなら…それもあり得るかも」と言うしか無かった。
 藍の言うとおり、とにもかくにも真実を探すための材料というモノが大きく不足してしまっている。
 今のままシェフィールドについて話し合っても、当てずっぽうの理論しか出てくるものが無い。
 最初から関わりの無い橙を除いて、四人と一本の間に数秒ほどの沈黙と緊張が走る。

 何も言えぬ雰囲気の中で、最初にその沈黙を破り捨てたのは他でも藍であった。
「…しょうがない、この件に関しては私が追加で調査しておこう。色々と引っ掛るしな」
「あ、ありがとう、わざわざ…」
「礼には及ばんさ。それよりも一つ、お前に関して気になることを一つ聞きたいのだが」
 彼女がそう言うとそれまで黙っていたルイズが礼を述べるとそう返して、ついでルイズへと質問しようとする。
 この時、霊夢からこれまでの経緯を聞いていた彼女が何を自分の利きたいのか、既にルイズは分かっていた。
 タルブでアルビオン艦隊と対峙した際に伝説の系統である『虚無』の担い手として覚醒した事。
 彼女はそれに関する事を聞きたいのだろう、『虚無』とはどういうものなのかを。

「分かってるわ。私の『虚無』について、聞きたいのでしょう?」
「流石博麗の巫女を使い魔にしただけのことはある。…察しの良い奴は嫌いじゃない」
 自分の言いたい事を先回りされた藍がニヤリと笑うと、ルイズはチラリと霊夢の顔を一瞥する。
 今からでも「仕方ないなー」と言いたげな、いかにも面倒くさそうな表情を浮かべた彼女はルイズの視線に気が付き、コクリと頷いて見せた。
 彼女としては特に問題は無いようだ。念のため魔理沙にも確認してみるが彼女もまたコクコクと頷いている。
 …まぁ彼女たちはハルケギニアの人間ではないし、何より敵か味方かと問われれば味方側の者達だ。
 不本意ではあるが、これからも長い付き合いになるだろうし、情報は共有するに越したことは無い。

882ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:54:15 ID:nOWdnO9U
 その後は、渋々ながらも藍に自分が伝説の系統の担い手として覚醒した事を教える羽目になった。
 王宮から受け賜わった何も書かれていない『始祖の祈祷書』のページが、アンリエッタから貰った『水のルビー』に反応して文字が浮かび上がってきたこと。
 そこには虚無に関する記述と、『虚無』の魔法の中では初歩の初歩と呼ばれる呪文『エクスプロージョン』のスペルが載っていたこと。
 その呪文一発でもって、頭上にまで来ていたアルビオン艦隊を壊滅させてしまったという驚愕の事実。
 そして昨日、アンリエッタが自分の身を案じて『虚無』の魔法を使うのを控えるように言われた事までを、ルイズは丁寧に説明し終えた。
「成程、『虚無』の系統…失われし五番目の魔法ということか」
「まぁ私から言わせれば、あれは魔法というよりも世界の粒に干渉して意のままに操ってる…っていう感じが正しいわね」
「ちょっと、折角始祖ブリミルが授けてくれた系統を「する程度の能力」みたいな言い方しないでよ」
 始祖の祈祷書に書かれていた内容をルイズの音読からきいていた霊夢が、さりげなく自分の主張を入れてくる。
 少々大雑把な考えにも受け取れるが、確かに聞いた限りでは魔法と言う領域を超えているとしか言いようがない。
 
 この世界に普遍する゙粒゙をメイジが杖を媒介にして干渉することで、四系統魔法が発動する。
 『虚無』の場合はそれよりも更に小さな゙粒゙へと干渉し、艦隊を飲み込んだという爆発まで起こす事が出来るのだ。
 もしもその力を自由に使いこなす事が出来るのであれば、それを魔法と呼んでいいものか分からない。
 ルイズが自分たちの味方であるからいいものの、もしも彼女が敵側であったのならば…
 それこそ人間でありながら、幻想郷の妖怪たちとも平気で渡り合える力の持ち主と戦う羽目になっていたに違いない。
(全く、人の身にはやや過ぎた力だと思ってしまうが…今は爆発しか起こせないのが幸いだな)
 現状ではルイズか今使える『虚無』の力はエクスプロージョンただ一つだけ。
 あれ以来ルイズの方でも始祖の祈祷書のページを捲ってみたのが、他の呪文は何一つ記されていなかったのだという。
 それを霊夢達に話し、今の所一番『虚無』に詳しいであろうデルフにどういうことなのかと訊いた所…

 ――――新しい呪文?そんな簡単にホイホイ出せるほど『虚無』ってのは優しい呪文じゃねェ。
        必要な時が迫ればそん時の状況に最適な魔法が祈祷書に記される筈だ、それだけは覚えておきな

 …と得意気に言っていたらしいが、藍はそれを聞いてその本を造った者の用心深さに感心していた。
 霊夢達から聞いた限りでは、『虚無』の力は例え一人だけであっても軍隊と対等かそれ以上に戦う力を持っている。
 使い方によっては人の身で神にもなり得るし、その逆に全てを力でねじ伏せられる悪魔にもなってしまう。
 大きすぎる力というモノは人の判断力と理性を鈍らせ、やがてその力に呑み込まれて怖ろしい化け物と化す。
 外の世界ではそうして幾つもの暴虐な権力者が生まれては滅び、次に滅ぼしたモノがその化け物と化していくという悪循環が起こっている。
 ここハルケギニアでも同様の悪循環が生まれつつあるが、少なくとも外の世界程破滅的な戦争が起こっていないだけマシだろう。
 とにかく、もし『虚無』の力の全てを一個人が手にしてしまえば…どんな恐ろしい事が起こってしまうか分からないのだ。

(恐らく、『虚無』を作り上げ…更に祈祷書を書いた者は理解していたのだろうな。人がどれ程゙強力な力゙というモノに弱いのかを)
 かつて最初に『虚無』を使ったという始祖ブリミルの事を思いつつ、藍はルイズに質問をしてみる事にした。
「それで、現状はこの国の姫様から『虚無』を使うのは控えるよう言われているんだな?」
「えぇ。…少なくとも、街中であんな恐ろしい大爆発を起こそうだなんて微塵も思ってないわ」
「ならそれで良い。お前の『虚無』に関する事は私の方でも調べておこう。紫様にも報告を…」
 そんな時であった、椅子に座っていた魔理沙がスッと手を上げて大声を上げたのは。
「…あ!なぁなぁ藍、ちょいと聞きたい事があるんだけど…良いかな?」
 改めてルイズの意思を聞いた彼女は納得したように頷くと、会話が終わるのを待たずして今度は魔理沙が話しかけてきた。
 少しだけ改まった様子の黒白に言葉を遮られた藍は、彼女をジッと睨みつつも「何だ、言ってみろ」と質問を許す。
「そういやさぁ、紫のヤツはどうしたんだよ?ここ最近姿を見かけなくなったような気がするんだが」
「んぅ?…そういえばそうねぇ、アイツなら何かある度に様子見に来るかと思ってたけど」
 魔理沙の口から出た意外な人物の名前に霊夢も思い出し、ついでルイズも「そういえば確かに…」と呟いている。

883ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:56:28 ID:nOWdnO9U
 今回の異変の解決には時間が掛かると判断し、ルイズを協力者にして霊夢をこの世界に送り返した挙句、魔理沙を送り込んだ張本人。
 ハルケギニアへと戻った後も何度か顔を見せては、色々ちょっかいを掛けてくるスキマ妖怪こと八雲紫。
 その姿を最後に見てからだいぶ経っているのに気が付いた魔理沙が、紫の式である藍に質問したのである。
 魔理沙の質問に藍は暫し黙った後、難しそうな表情を浮かべながらゆっくりと、言葉を選びながらしゃべり出した。
「うーむ…私としても何と言ったら良いか。…かくいう私も、今は紫様がどこでどうしているのか把握できないんだ…」
「…?どういう事なのよ?」
 最初何を言っているのか理解できなかったルイズが首を傾げて聞くと、藍は「言葉通りの意味だ」と返す。
 彼女曰く、それまでやや遅れていたが定期的に藍の許へ顔を見せに来ていた紫が来なくなったのだという。
 当初は何かしら用事があるのだろうと思っていたが、それ以降パッタリと連絡が途絶えてまったらしいのである。

「えぇ〜、何よソレ?何かもしもの時の連絡手段とか用意してなかったワケ?」
「一応何かがあった際は他の式神を鴉なんかの小動物に憑かせて連絡する手筈だったのだが…どうにもそれが来なくて…」
「おいおい!お前さんがそこまで困ってるって事は結構重大な事なんじゃないか?」
 流石に音沙汰なしで帰る方法も無いためにお手上げなのか、あの藍が困った表情を浮かべている。
 これには霊夢と魔理沙も結構マズイ事態だと理解したのか、若干焦りはじめてしまう。
 話についてこれなくなっていた橙も主の主の事でようやく話が追いつき、困惑した様子を見せている。
 一方のルイズは、始めて耳にする言葉を聞きつつも今の彼女たちが緊急の事態に陥っている…という事だけは理解できた。
 確かに、この世界と幻想郷を繋げた紫が来ないという事は…何かがあった際に彼女たちはこの世界から出られないだろう。

 魔法学院で例えれば深夜まで居残りをさせられて、ようやく自室に到着!…と思った瞬間、鍵を無くしていた事に気付いた状態であろう。
 どこで落としたのか分からないし、深夜だから鍵を作ってくれる鍵屋さんも呼ぶことができない。
 そんなもしも…を頭の中でシュミレートし終えた後で、ルイズはようやく彼女たちが焦る理由が分かった。
「うん、まぁ確かに部屋の鍵を無くしたら焦るわよね。私の場合アン・ロックの魔法も使えないし」
「私達の場合は、アイツ自身がマスターキーなうえに合鍵も作れないという二重の最悪なんだけどね」
「おい!紫様だって今回の件は久しぶりに頑張ってるんだ、そう悪口を言うモノじゃない」
「久しぶりって所が紫らしいぜ」
「全く、アンタ達は本人がいないなのを良い事に……ん?」
 霊夢と魔理沙がこの場にいない紫への評価を口にする中、橙がルイズの傍へと寄ってくる。
 ついさっきまで藍の傍にいた彼女へ一体何なのかと言いたげな表情を浮かべてみると、向こうから話しかけてきてくれた。

「アンタも大変だよねぇ、いっつもあの二人と付き合わされてさぁ」
「あ…アンタ?」
 何を喋って来るかと思えば、自分の事を貶してくれた霊夢達への文句だったようだ。
 それよりも自分を「アンタ」呼ばわりしてきた事に軽く目を丸くしつつ、ひとまずは質問に答える事にした。
「ん、んー…まぁ大変っちゃあ大変だけど、流石にあんだけ個性があると勝手に慣れちゃうわよ」
「へぇ〜…そうなんだ。貴族ってのは皆気の短いなヤツばかりだと思ってたけど、アンタみたいなのもいるんだね」
「それは私が変わっちゃっただけよ。…っていうか、その貴族である私をアンタ呼ばわりするのはどうなのよ?」
 自分と橙を余所に、紫の事で話し合っている霊夢達を見ながらルイズかそう言うと橙は首を傾げて見せる。
 その仕草が余計に可愛くて、しかし傾げた後に口から出た言葉には棘があった。
「……?私は式で妖怪だし、アンタは人間。妖怪が人のマナーを守る必要なんて特にないよね?」
「…!こ、この娘…」
 正に猫を被っているとはこの事であろう。藍や霊夢達の前で見せていた態度とはまるっきり違う橙の姿にルイズは戦慄する。
 更に彼女たちへ聞こえない様に声を潜めている為、尚更性質が悪い。
 思わぬ橙の一面を見たルイズが驚いてる最中、橙は更に小声で喋り続ける。

884ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:58:08 ID:nOWdnO9U
「それにしてもさぁ、紫様も結構無責任だよねぇ。私と藍様をこんな人間だらけの世界で情報収集を押し付けちゃうし…」
「あら、私はそう無茶な命令だと思っていないわよ?」
「う〜んどうかしらねぇ?貴女はともかくランの方は意外、と…………ん?」


 主の主が自分たちへ処遇に文句を言う橙へ返事をしようとしたルイズは、ある違和感に気付く。
 それはもしかするとそのまま無視していたかもしれない程、彼女には物凄く小さく…けれども目立つ変な感じ。
 幸いにも橙へ言葉を返す前に気付けた彼女は、自分が気づいた違和感の正体を既に知っていた。

 ………今自分が喋る前に、誰かが橙に話しかけた?

 窓越しの喧騒と霊夢達の話し声に混じって、女性の声が橙に言葉を返したのである。
 それは気のせいではなく、確実に耳に入ってきたのである――――自分橙の背後から、ひっそりと。
 朝っぱらだというのに、誰もいない背後から聞こえてきた女の声にルイズは思わず冷や汗を流しそうになってしまう。
 隣にいる橙へと視線を向けると、途中で言葉を止めてしまった自分を見て不思議そうな視線を向けている。
 その目と自分の目が合ってしまい、何となく互いに小さな会釈した後で再び視線を霊夢達の方へ向け直す。
 妖怪である彼女なら何か気づいていると思ったが、どうやらあの猫の耳は単なる飾りか何からしい。
 そんな事を思いながらも、ルイズは背後から聞こえてきた女の声が何なのか考えていた。

(…こんな朝っぱらから幽霊とか…でもこの店、夜間営業だからそういう類は朝から出るのかしら?)
 そんなバカみたいな事を考えながらも、しかし間違っても幽霊ではないだろうと思っていた。
 もしその手の類ならば自分よりも先にここにいる幻想郷出身の皆々様が先に気付くはずだろうからだ。
 幻聴という線もあるが第一自分はそういう副作用が出る薬やポーションなんて服用してないし、疲れてもいない。
 いや、現在進行中で精神疲労は溜まっているがまだまだ体は元気で、昨日はバッチリ八時間も睡眠している。
 それなの何故、女性の声が聞こえたのだろうか?後ろを振り向く前にその理由を探ろうとして、

「もぉ〜。聞こえてるのに無視するなんて傷つくじゃないのぉ」
「うわっ――――ひゃあッ!?」

 背後から再び女性の声が聞こえると同時に何者かにうなじを撫でられ、素っ頓狂な悲鳴を上げた。
 その悲鳴に隣にいた橙は二本の尻尾と耳を逆立てて驚きのあまり飛び跳ね、そのまま後ろへと下がる。
 単にルイズの悲鳴で驚いたのではなく、彼女の後ろにいつの間にか立っていた『女性』を見て後ずさったのだ。
「…わっ!ちょ何だ何だ―――って、あぁ!」
「………全く、アンタっていつもそうよね?いないないって騒いでる所で驚かしにくるんだから」
 議論をしていた霊夢達も何だ何だと席を立ったところで、魔理沙がルイズの背後を指さして驚いている。
 霊夢も霊夢で、彼女に背後に現れた女性に呆れと言いたい表情を浮かべてため息をついていた。

 うなじを撫でられ、思わずその場で前のめりに倒れてしまったルイズが背後を振り向こうとした時、
 それまで若干偉そうにしていた藍が恭しくその場で一礼すると、自分の背後にいる人物の名を告げた。
「誰かと思えば…やはり来てくれましたか、紫様」
「え…ゆ、ユカリ…じゃあ?」
「貴女のうなじ、とっても綺麗でしたわよ?ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール」
 そう言いながら彼女―――八雲紫はルイズの前に歩いて出てくると、すっと右手を差し出してくる。
 白い導師服に白い帽子という見慣れた出で立ちの彼女の顔は、静かな笑みを浮かべながらルイズを見下ろしていた。

885ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 22:00:22 ID:nOWdnO9U
 呼ばれて飛び出て何とやら…というヤツか。ルイズはそんな事を思いながらも一人で立って見せる。
 別に彼女から差し出された手を掴んでも良かったのだが、以前睡眠中の自分を悪戯で起こした事もあった妖怪だ。
 どんな罠を仕組まれてるか分からないし、それを考えれば一人で立って見せる方がよっぽど安全なのだ。

「あら、ひどい娘ね。折角私が手を差し伸べてあげたのに」
「そりゃーアンタがルイズのうなじを勝手に撫でたうえに、いっつも胡散臭い雰囲気放ってるからよ」
 やや強いリアクションでがっかりして見せる紫に傍へよってきた霊夢が突っ込みを入れつつ、彼女へ話しかけていく。
「っていうか、アンタ今まで何してたのよ?ここ最近ずっと姿を見なかったし、こっちは色々あったのよ」
「そうらしいわね。さっきこっそり、あなた達が藍に報告してるのを盗み聞きしてたから一通りの事は知ってるわよ」
「そうですか…って、えぇ?それってつまり、随分前からこっちに来てたって事じゃないですか!」
 どうやら主の気配に気づかなかったらしい藍が、目を丸くして驚いて見せる。
 何せさっきまで紫が来ない来ないと困惑して様子で話していた所を、全て彼女に聞かれていたのだ。

「ちょっと驚かそうと思ってたのよ。何せこうして顔を見せに来るのも久しぶりだし、皆喜んでくれるかなーって…」
「喜ぶどころか、何でもっと速く来なかったってみんな思ってるぜ?」
「まぁちょっとは心配しちゃったけど。さっきの盗み聞き云々聞いてたら、そんな事思ってたのが恥ずかしくなってくるわね」
「私にも色々あったのよ、それだけは理解して…って、ちょっと霊夢?そんな目で睨まないで頂戴よ」
 頬を掻きながら恥ずかしそうな笑顔を見せる紫の言葉に、魔理沙がすかさず突っ込みを入れる。
 先程まで藍達に混じって多少焦っていた霊夢もそんな事を言いながら、紫をジト目で睨んでいた。
 そりゃあんだけ心配それた挙句に、あんな登場の仕方をすればこんな反応をされても可笑しくは無いだろう。
 彼女の式である藍もまた、主の平気そうな様子を見て苦笑いを浮かべるほかなかった。

「まぁでも、これで元の世界に帰れないっていうトラブルはなくなったわよね?……って、ん?」
 ルイズは一人呟きながら隣にいる筈の橙へ話しかけようとして、ふといつの間にかいなくなっている事に気が付く。
 紫がうなじを撫でた時にびっくりして後ろへ下がっていたが、少なくともすぐ隣にいる位置にいた筈である。
 じゃあ一体どこに…?ルイズがそう思った時、ふと後ろで小さな物音がした事に気が付き、おもむろに振り返った。
 丁度自分の背後―――通りを一望できる窓に抜き足差し足で近づこうとしている橙がいた。
 姿勢を低くして、二本足で立てるのに四つん這いで移動する彼女は何かを察して逃げようとしているかのようだ。
 
 いや、実際に逃げようとしているのだろう。ルイズは何となくその理由を察していた。
 何せ先ほど口にしていた人間への態度や、主の主…つまりは紫に対する批判が全て聞かれていたのだから。
 正に沈みゆく船から逃げ出すネズミ…いや、そのネズミよりも先に逃げ出そうとする猫そのものである。
 ここは一声かけて逃げ出すのを防いでやろうか?先ほど「アンタ」呼ばわりされたルイズがそう思った直後、

「さて、色々あるけれど…まずは―――…橙?少し私とお勉強しましょうか」
「ニャア…ッ!?」
「あ、ばれてたのね」
 逃げ出そうとする橙に背中を見せていた紫の一言で逃亡を制止されて身を竦ませた橙を見て、ルイズは思った。
 もしも八雲紫から逃げる必要が迫った時には、なるべく気絶させる方向に持っていこうかな…と。

886ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 22:02:06 ID:nOWdnO9U
 トリステイン南部の国境線にある、ガリア王国陸軍の国境基地。通称『ラ・ベース・デュ・ラック』と呼ばれる場所。
 ハルケギニアで最大規模の湖であるラグドリアン湖を一望できるこの場所は、ちょっとした観光スポットで有名だ。
 四季ごとにある祭りやイベントにはガリア、トリステイン両方も多くの人が足を運び賑わっている。
 その為湖の周辺には昔から漁業で生計を立てる村の他にも、観光客を受け入れる為の宿泊施設も幾つか建てられている。
 特に夏の湖はため息が出るほど綺麗であり、燦々と輝く太陽の光を反射する湖面は正に宝石の如し。
 釣りやボートにスイミングなどで湖を訪れる者もいれば、とある迷信を信じて訪れるカップルたちもいるのだ。
 ここラグドリアン湖は昔から水の精霊が棲むと言われる場所であり、実際にその姿を目にした者たちもいる。
 そして、この湖で永遠の愛を誓ったカップルは、死が二人を分かつまで別れる事は無くなるのだそうだ。
 
 そんな素敵な言い伝えが残るラグドリアン湖の夏。今年もまた多くの人々がこの地に足を踏み入れる……筈だった。
 しかし、今年に限ってそれは無理だろうと夏季休暇を機にやってきた両国の者たちは同じ思いを抱いていた。
 その理由は、それぞれの国のラグドリアン湖へと続く街道に設置された大きな看板に書かれていた。

―――――今年、ラグドリアン湖が謎の増水を起こしているために湖への立ち入りを禁ず。
――――――尚、トリステイン(もしくはガリア)への入国が目的の場合はこのまま進んでも良しとする。

 看板を目にし、増水とは一体どういう事かと納得の行かぬ何人かがそれを無視して街道を進み…そして納得してしまう。
 書かれていた通り、ラグドリアンの湖は一目見てもハッキリと分かるくらいに水が増えていた。
 湖畔に沿って造られていた村や宿泊施設は水に呑まれ、ボートハウスは屋根だけが水面から出ているという状態。
 ギリギリでガリア・トリステイン間の街道にまで浸水していないが、時間の問題なのは誰の目にも明らかである。
 国境を守備する両国軍はどうにかしようと考えてみるものの、大自然の脅威というものに対して有効な策が思いつかない。
 ガリア軍では土系統の魔法で壁を作るなどして何とか水をせき止めようと計画していたが、湖の規模が大きすぎてどうにもならないという始末。
 
 日々水かさが増えていく湖を見て、ガリア陸軍の一兵卒がこんな事を言った。
「もしかすると、水の精霊様が俺たち人間を追い出そうとしてるのかもな」
 聞いたものは最初は何を馬鹿な…と思ったかもしれないが、後々考えてみるとそうかもしれないと考える様になった。
 ここが観光地になったのはつい九十年前の事で、その以前は神聖な場所として崇められていたという。
 しかし…永遠の愛が叶うという不確かな迷信ができてから一気に観光地化が進み、それに伴い様々な問題が相次いで発生した。
 魚や貝類、ガリアでは主食の一つであるラグドリアンウシガエルの密漁や平民貴族問わずマナーの無い若者たちのドンチャン騒ぎ。
 そして極めつけはゴミのポイ捨て。これに関してはガリアだけではなくトリステインも同じ類の悩みを抱えていた。

 人が来れば当然モラルのなってない者達が来るし、彼らは自分たちで作ったゴミを平気で捨てていく。
 まだ小さい物であれば近隣の村人たちでも拾う事が出来るが、まれにとんでもない大型の粗大ゴミさえ放置されている事もある。
 そうなると村人たちの手ではどうしようもできないので、仕方なく軍が出動して回収する羽目になるのだ。
 キャンプ用具や車輪の部分が壊れた荷車ならともかく、酷い時には大量の生ゴミさえ出る始末。
 ゴミのポイ捨てを注意する看板やポスターもあちこちに置いたり貼ったりするが、捨てる者たちは皆知らん顔をして捨てていく。

 そんな人間たちが湖で騒ぐだけ騒いでゴミも片付けずに帰っていくだけなら、そりゃ水の精霊も激怒するかもしれない。
 精霊にとってこの湖は自分の家の庭ではなく、いわば湖そのものが精霊と言っても差し支えないのだから。

887ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 22:04:10 ID:nOWdnO9U
「ふーむ…。久しぶりに来てみれば、中々面白い事になってるじゃないか」
 ガリア側の国境基地。三階建ての内最上階に造られた会議室の窓から湖を眺めて、ガリアの王ジョゼフは一言つぶやく。
 その手に握った望遠鏡を覗く彼の目には、屋根だけが水面から見えるボートハウスが写っている。
 去年ならばこの時期はリュティスから来た貴族たちがボートに乗り、従者に漕がせる光景が見れたであろう。
 しかし今は無残にもそのボートハウスは水没しており、それどころかすぐ近くにある漁村も同じ目にあっていた。
「俺がラグドリアン湖に来るのは六…いや三年ぶりか、あの時は確か…園遊会に出席したのだったな」
 トリステインのマリアンヌ太后の誕生日と言う名目で行われたパーティーの事を思い出して、彼はつまらなそうな表情を浮かべる。
 ガリアを含む各国から王族や有力貴族たちが出席したあの園遊会は、二週間にも及んだはずだった。

 招待された貴族達からしてみれば有力者…ひいては王族と知り合いになれる絶好の機会だが、ジョゼフにはとてもつまらないイベントであった。
 その当時はガリア王として出席したが、当時から魔法の使えぬ゙無能王゙として知られていた彼に好意を持って接する貴族はいなかった。
 精々金やコネ目当ての連中が媚び諂いながら名乗ってきた事があったが、生憎彼らの名前は全部忘れてしまっている。
 その時の彼は園遊会で出された美味珍味の御馳走を食べながら、リュティスを発つ二日前に買っていた火竜の可動人形の事が気になって仕方がなかったのだ。
 手足や首に尻尾や羽根の根元などの関節が動く新しい人形で、三年経った今ではシリーズ化してラインナップも揃って来ている。
 元々そういう人形に興味があった彼はシリーズが出るごとに買っているし、今も最初に買った火竜は大切に保管している程だ。

「あの時は良く陰で無能王だか何だか囁かれて鬱陶しかったが、今では余の二つ名としてすっかり定着しておるな」
「お言葉ですがジョゼフ様、無能王では三つ名になってしまいますわ」
 クックックッ…くぐもった笑い声をあげるジョゼフの背後から、指摘するような女性の声が聞こえてくる。
 そう言われた後で真顔になった彼はフッと後ろを振り向いた後、今度は口を大きく開けて豪快に笑いだした。
「フハハハ!確かにそうであるな、お主が指摘してくれなければ今頃恥をかくところであったぞ。余のミューズよ」
「お褒めの言葉、誠にもったいなきにあります」
 ジョゼフから感謝の言葉を言われた女性――シェフィールドはスッと一礼して感謝の言葉を述べる。
 以前タルブにてキメラを操って神聖アルビオン共和国に味方し、ルイズ一行と対峙した『神の頭脳』ことミョズニトニルンの女。
 今彼女の体には所々包帯が巻かれており、痛々しい傷を受けたことが一目で分かる。
 笑うのを止めたジョゼフはその傷を一つ一つ確認しながら、こちらの言葉を待っている彼女へと話しかけた。

「報告は聞いたぞ?どうやら思わぬイレギュラーのせいで手痛い目に遭わされたようだな」
「…はい。私が万事を尽くしていなかったばかりに、不覚のいたりとは正にこの事です」
 明らかな落胆を見せるシェフィールドは、ジョゼフの言葉でこの傷の出自をジワジワと思い出していく。
 忘れもしない、アストン伯の屋敷の前で起こった。今も尚腹立たしいと思えてくるあのアクシデント。
 本来ならやしきの傍にまでやってきたトリステインの『担い手』―――ルイズとその使い魔たちの為にキメラをけしかける予定であった。
 まだ本格的な量産が始まる前の軍用キメラのテストと、自分の主であるジョゼフを満足させるために、
 彼女たちをモルモット代わりにしてキメラ達の相手をしてもらう筈だったのである。

 ところが、それは突如乱入してきた謎の女によって滅茶苦茶にされてしまった。
 謎の力でキメラ達を蹴って殴ってルイズ達に助太刀し、当初予定していた計画が大幅に狂ってしまったのである。
 それだけではない、味方であったはずのワルド子爵が乱入してきたのは予想もしていなかった。
 おまけと言わんばかりにライトニング・クラウドでキメラの数を減らされたうえに、あろうことかルイズまで攫って行ったのだ。
 それが原因で彼女の使い魔であるガンダールヴの小娘とメイジと思しき黒白すら見逃してしまったのである。
 そこまで思い出したところで、シェフィールドはもう一度頭を下げるとジョゼフにワルドの処遇について訪ねた。
「ワルド子爵の件につきましては、貴方様の許しがあれば自らのけじめとして奴を処分しますが…どうしましょう」 
 シェフィールドからの質問に、ジョゼフは暫し考える素振りを見せた後…彼女に得意気な表情を見せて言った。

888ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 22:07:15 ID:nOWdnO9U
「う〜ん…まぁ彼とて以前あの巫女と担い手のせいで手痛い目に遭わされたのだろう?なら彼がリベンジに燃えるのは仕方ない事だ」
「ですが…」
「今回だけは許してやろうじゃないか、余のミューズよ。…ただし、もし次に同じような邪魔をすれば――子爵にはそう伝えておけ」
 自分の言葉を遮ってそんな提案をだしてきたジョゼフに、彼女は仕方なく頷いて見せる。
 敬愛する主人の判断がそうであるなら従わなければいけないし、何より彼もあの子爵に次は無いと仰った。
 本当なら今すぐにでも殺してやりたかったが、そのチャンスはヤツが生きている限りいつまでも続くことになるだろう。
 シェフィールドはそういう解釈をして心を落ち着かせようとしたとき、

「――ところで余のミューズよ。最初に妨害してきたという謎の女についてだが…あの報告は本当か?」
「え?………あっ、はい。あの黒髪の女については…信じられないかもしれませぬが、本当です」
 一呼吸おいて次なる質問を出してきたジョゼフの言葉に、彼女は数秒の時間を掛けてそう答えた。
 ワルドよりも先に現れ、ルイズ達と共にキメラと戦ったあの長い黒髪の巫女モドキ。
 異国情緒漂う衣装を着た彼女は、ルイズを捕まえたワルドを追いかけた霊夢達を逃がすために自ら囮となった哀れな女。
 アストン伯の屋敷の地下に避難していた弱者どもを守っていた、腕に自信のある御人好し。
 そんな彼女の前で屋敷に避難する者達を殺してやろうと企んでいた時―――シェフィールドは気が付いたのである。
 これから苦しむ巫女もどきの顔を何気なく撫でた時、額に刻まれた『ミョズニトニルン』のルーンが反応したのだ。
 それと同時に頭の中に入り込んでくる情報は、目の前にいる女が人ではなく人の形をした道具であったという事実。
 今現在自らが指揮を執って研究し、そのサンプル――゙見本゙として一体の魔法人形と巫女の血を組み合わせて作った人モドキ。

 その時の衝撃もまた思い出しながら、シェフィールドは苦々しい表情でジョゼフに告げた。
「あの巫女モドキは姿かたちこそ違えど、間違いなく…私が゙実験農場゙で造り上げだ見本゙そのものでしたわ」
 自分自身、信じられないと言いたげな表情を浮かべる彼女にジョゼフはふむ…と顎に手を当ててシェフィールドを見つめる。
 彼もその゙見本゙の事は知っていた。サン・マロンの゙実験農場゙でとある研究の為の見本として造られ、そして処分される筈であった存在。

 かつてアルビオンで霊夢の胸を突き刺したワルドの杖に付着した血液と古代の魔法人形『スキルニル』から生まれた、博麗霊夢の贋作。
 彼女を元にして実験農場の学者たちに゙あるもの゙を造らせる為、シェフィールドば見本゙を生み出したのだ。
 この世界に現れた彼女がどれほど強く、そしてその力を手中に収め、制御できることがどれ程すごいのかを。
 ゙見本゙はそのデモンストレーションの為だけに生み出され、そして研究開始と共に焼却処分される予定だった。
 しかしその直前にトラブルが発生じ見本゙は脱走、実験農場の警備や研究員をその手に掛けてサン・マロンから姿を消してしまった。
「あの後『ストーカー』をけしかけたが失敗し、招集した『人形十四号』がヤツを見つけたものの…」
「えぇ、まんまと逃げられてしまいましたわ」
 キメラの他に、こちらの味方である『人形』の事を思い出したシェフィールドは苦々しい表情を浮かべる。
 あの時は何が何でも止めて貰う為に、成功すればその『人形』にとっで破格の報酬゙を与える予定であった。
 だが…後々耳にしたサン・マロンでの暴れっぷりを聞く限りでは、止められたとしても『人形』が生きていたかどうか…
 まぁ仮に死んでしまったとしても使える駒が一つ減るだけであり、いくらでも代わりがきく存在である。

 シェフィールドの表情から悔しそうな思いを感じ取りつつも、ジョゼフは顎に手を当てたまま彼女への質問を続けていく。
「ふむ…それで、一度は見逃しだ見本゙とお主はタルブで再会を果たしたのだな?」
「はい。…正直言えば、私としてもここで再会したのはともかく…あそこまで姿が変わっていた事に動揺してしまいました」
 ジョゼフからの質問にそう答えると、彼女はその右手に持っていた一枚の紙を彼の前に差し出す。
 何かと思いつつもそれを受け取ったジョゼフは、その紙に描かれていた女性の姿を見て「おぉ…」と呻いて目を丸くさせた。

889ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 22:09:06 ID:nOWdnO9U
「何だこれは?余が゙実験農場゙で見た時は、あの少女と瓜二つであった筈だぞ」
 ジョゼフの目に映った絵は、長い黒髪に霊夢とはまた違った意匠の巫女服を着る女性――ハクレイであった。
 恐らく今日か昨日にシェフィールド自身の手で描いたのだろう、所々急いで描き直した部分もある。
 きっと記憶違いで実際とは異なる部分もあるだろうが、それでも『ガンダールヴ』となったあの博麗の巫女とは違うのが良く分かる。

「身長はあの巫女よりも二回り大きく、ジョゼフ様とほぼ同じ等身かと思われます」
「成程…確かにこう、絵で見てみると本物の巫女より中々良い体つきをしてるではないか!」
 シェフィールドの補足を聞きつつ、ジョゼフはハクレイの上半身――主に胸部を指さしながら豪快に言う。
 若干スケベ心が見える物言いに流石のシェフィールドも顔を赤くしてしまい、それを誤魔化すように咳払いをして見せる。
「…こほん!とにかく、その絵で見ても分かるように明らかに元となっている巫女の姿とはかけ離れています」
「ふぅむ、袖や服の形などは若干似ていると思うが。…まぁ別物と言われれば納得もしてしまうな」
 
 冗談で言ったつもりが真に受けてしまった彼女を横目で一瞥したジョゼフは、ハクレイの姿を見て改めてそう思った。
 報告通りであるならば戦い方も大きく違っていたらしく、シェフィールド自身も単なる人間かと最初は思っていたらしい。
 そりゃそうだ。元と瓜二つであった人形が、一年と経たぬうちに身長が伸びて体つきも良くなった…なんて事、誰が信じるか。
 ましてやそれが『スキルニル』ならば尚更だ。あれは血を媒介にして元となった人間を完璧にコピーしてしまうマジック・アイテム。
 メイジならばその者が使える魔法は一通り使えるし、平民であっても何か特技があればそれを見事に真似てしまう。
 それが一体全体どうして、元の人間からかけ離れた姿になってしまったのか?それはジョゼフにも理解し難かった。

「して、余のミューズよ。今後その゙見本゙に関して何かするつもりなのか?」
「はっ!サン・マロンの学者たちに原因を探るよう要請するつもりですが…それで解明するかどうか」
「うむ、そうか。…ではグラン・トロワにある書物庫から全ての資料持ち出しを許可する。何が起きているのか徹底的に探るのだ」
 シェフィールドの言葉を聞いたジョゼフは、即座に国家機密に関わるような事をあっさりと決めてしまった。
 本来ならば宮廷の貴族達でも滅多に閲覧する事の出来ない資料を、学者たちは邪魔な書類や審査を待たずにも出せるのである。
 流石のシェフィールドもこれには少し驚いたのか、「よろしいのですか?」と真顔でジョゼフに聞き直してしまう。
「構わん、どうせ埃を被っているのが大半だろう?ならば学者どもの為に読ませてやるのも本にとっては幸せと言うものさ」
 口約束であっさりと決めてしまったジョゼフの顔には、自然と笑みが浮かび始めている。

 まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供か、新しい楽しみをみつけた時の様なそんな嬉しさに満ちた笑み。
 彼女はそれを見て察する。どうやら我が主は件の巫女もどきに大変興味を示したのだと。
 だからこそ学者たちの為に書物庫を開放し、徹底的に調べろと命令されたに違いない。
 自分の欲求を満たす為だけに国の機密情報を安易に開放し、あろう事か持ち出しても良いという御許しまで出た。
 常人とは…ましてや王として君臨している男とは思えぬ彼ではあるが、だからこそシェフィールドは惹かれているのだ。
 自らの行為を非と思わず、誰に何を言われようとも我が道を行き続けるジョゼフに。
  
 面白い事を見つけ、喜びが顔に表れ始めている主人を見て、シェフィールドは微笑みながら聞いてみた
「随分ど見本゙に興味を持たれましたのね?」
「そりゃあそうだとも、何せただの人形だったモノがここまで変異する…余からしてみれば大変なサプライズイベントだよ」
 シェフィールドからの質問に両手を大きく横に広げながら答えつつ、ジョゼフは更に言葉を続けていく。

890ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 22:11:12 ID:nOWdnO9U

「それに…報告書の通りならばヤツは最後の最後でお主が率いていたキメラどもを文字通り『一掃』したのだろう?
 ならば今後我々の前に立ちはだかる脅威となるか調べる必要もある。…とにかく、今は情報が不足しているのが現状だ。
 ひとまず資料からこれと似た前例があるか調べつつ、タルブを含めトリステイン周辺に人を出してその巫女もどきの情報を探し出せ。
 ゙坊主゙どもにはまだ気づかれていないだろうが、念には念を入れて今後゙実験農場゙の警備も増強する旨を所長に伝えておけ」

 彼女が出した報告書の内容を引き合いに出しつつ、トリステインへ探りを入れるよう命令しつつ、
 最近問題として挙がってきていだ実験農場゙の警備増強に関しても、あっさりとその場で決めてしまった。
 これもまた、宮廷貴族や軍上層部の者達と話わなければいけない事だがジョゼフはその事はどうでも良いと思っていた。

 自身の地位と金にしか興味の無い宮廷側と、未だ自分に反感を持つ軍側の人間どもでは話がつかない。
 ならば勝手に決めてしまえば良い。どうせ自分のサインが書かれた書類を提示すれば、連中は不満を垂れながらも結局はなぁなぁで済ましてしまう。
 だが奴らとしては、かつて自分達が゙無能゙と嘲笑ってきた王の勝手な判断には確実な怒りを募らせるだろう。
 それもまた、王であるジョゼフにとっては些細な楽しみの一つであった。
 つい数年前まで自分を嘲笑っていた貴族共の前でふんぞり返って見せるのは、中々面白いのである。

「では、今後はヤツの情報収集を行うのは把握しましたが…トリステインの担い手と周りいる連中についてはどういたしましょう」
 主からの命令に了承しつつも、シェフィールドはタルブで艦隊を壊滅させたルイズの事について言及する。
 あの少女が前々から虚無の担い手だという事は理解していたが、まさかあそこで覚醒するとは思ってもいなかった。
 おかげでトリステインを侵略する筈だったアルビオン艦隊は旗艦の『レキンシントン』号を含めその大半を失い、
 更に貴族派の者達から粛清を免れていた優秀な軍人を、ごっそり失う羽目になってしまったのである。

 シェフィールド個人としては、いつでも手が出せるような状態にしておきたいとは思っていた。
 少なくともアストン伯の屋敷で対峙した時点でこちらの味方になるという可能性はゼロであり、
 尚且つ彼女の使い魔である霊夢やその周りにいる黒白の金髪少女は、明らかに脅威となるからである。

 彼女の言葉で報告書にも書かれていたルイズの虚無の事を思い出したジョゼフは数秒ほど考えた後、 
 まだ覚醒したばかりのトリステインの担い手を脅威と判断したのか、彼はシェフィールドに命令を下す。
「そうだな…確かに無警戒というのもよろしくない。゙坊主ども゙も必ずこの時期を狙って接触してくるだろうしな」 
「では…」
「うむ、余のミューズよ。ここからなら歩いてでもトリステインへ行けるし、何より今は夏季休暇の季節であるしな」
「流石ジョゼフ様。この私の考えを汲み取ってもらえるとは光栄です」
 自分の考えを読み取って先程の命令を取り消してくれた事に、シェフィールドは思わず膝をついて頭を垂れてみせた。
 巫女もどきの件は他の人間なり手紙を使えば伝えられるし、実験農場の学者たちは基本優秀な者ばかりを登用している。
 無論国家機密の情報をリークする・させるというミスも犯さないだろうし、彼らならば問題は起こさないだろう。
 それより今最も警戒すべきなのは、ここにきて虚無が覚醒したトリステインの担い手にあるという事だ。

 あの少女の出自は大方調べてあったし、覚醒するまではそれ程厳重に監視するほどでも無いという評価を下していた。
 しかし、二年生への進級試験として行われる春の使い魔召喚の儀式において、その評価は百八十度覆されたのである。
 よりにもよってあの小娘は、大昔にその存在すら明かす事を禁忌とされた巫女――即ち『博麗の巫女』を召喚したのだ。

891ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 22:13:09 ID:nOWdnO9U

 当初は単なる偶然の一致かと思われたが、監視要員を送る度にあの少女――霊夢が博麗の巫女である証拠が増えていった。
 この世界では誰も見たことが無いであろう見えぬ壁に、先住魔法とは大きく異なる未知の力に、魔法を介さず空を飛ぶという能力。
 そして、古くからこの世界の全てを知っている゙坊主ども゙が動き出したのを見て、シェフィールドとジョゼフは確信したのだ。
 虚無の担い手である公爵家の小娘が、あの博麗の巫女を再びこの世界に召喚したのだと。

 それから後、ジョゼフはシェフィールドや他の人間を使って監視を続けてきた。
 幾つかのルートを経由して、霊夢に倒されたという元アルビオン貴族だったという盗賊から彼女の戦い方を知り、
 何らかの事情でアルビオンへと赴こうとした際には人を通して指示を出し、ワルド子爵に彼女の相手をさせ、
 更に王党派の抜け穴からサウスゴータ領へと入ってきた霊夢に、マジックアイテムで操ったミノタウルスをけしかけ、
 それでも駄目だった為、かなりの無理を押して貴族派に王宮を不意打ちさせても、結局は逃げられてしまった。
 最も…その時再戦し子爵から一撃を貰い、彼の杖に付着した血のおかげでこちらは貴重な手札を手にしたのだが…。
 
 とにもかくにも、それ以降は事あるごとに彼女たちへ刺客を送り込んでいった。
 ある時はトリステイン国内にいる憂国主義の貴族達にキメラを売っては適度に暴れさせ、
 いざ巫女に存在を感づかせて片付けさせるついでに、彼女の戦い方をより詳しく観察する事ができた。
 自分たちより先に巫女の存在を察知していだ坊主ども゙は未だ接触を躊躇っており、実質的に手札はこちらが多く持っている。
 それに今は、その巫女に対抗するための゙切り札゙もサン・マロンの実験農場で開発中という状況。
 二人の周りにいつの間にか現れた黒白の少女と件の巫女もどき…、そしてルイズの覚醒が早かった事は唯一の想定外であったが、
 そういう想定外の状況をも、このお方は一つの余興として楽しんでいるのだ。
 
 決して余裕を崩す事の無い主にシェフィールドは改めて尊敬の意を感じつつ、
 今すぐにでもトリステインへ赴くため、ここは別れを惜しんで退室しようと再び頭を垂れた。 

「ではジョゼフ様。…このシェフィールド、すぐにでもトリステインで情報収集を…」
「うむ、頼んだぞ余のミューズよ。まずは王都へと赴き、アルビオンのスパイたちと接触するのだ。
 奴らなら最近のトリステイン情勢を詳しく知っているだろうし、何よりあの国の゙内通者゙にも紹介してくれるだろう」
 
 陰で『無能王』と蔑まれる自分に恭しく頭を下げてくれる彼女を愛おしげに見つめながら、その肩を叩いてやった。
 シェフィールドもまた、自分を必要としてくれる主の大きく暖かい手が自分の肩を叩いた事に、目を細めて喜んでいる。
 その状態が数秒ほど続いた後…ジョゼフが手を降ろした後にシェフィールドも頭を上げて、踵を返して部屋を出ようとしたその時…
「………あっ!そうだ、待ちたまえ余のミューズ!最後に伝えるべき事を忘れておった」
「――…?伝えるべき…事?」
 最後の最後で何か言い忘れていた事を思い出したのか、急にジョゼフに呼び止められた彼女は彼の方へと振り向く。
 いよいよ部屋を出ようとして呼び止めてしまったのを恥ずかしいと感じているのか、照れ隠しに笑いつつ彼女に伝言を託す。

「以前キメラの売買で知り合った、トリステインの『灰色卿』へ伝えろ。お前さんたちに御誂え向きの『商品』がある…とな」

892ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 22:15:46 ID:nOWdnO9U
以上で、八十四話の投下を終了いたします。
特に問題が起こらなければ、また七月末にお会いしましょう

それでは。ノシ

893ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/06(木) 00:16:35 ID:36uIRr9o
無重力巫女さんの人、乙です。今回の投下を始めさせてもらいます。
開始は0:18からで。

894ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/06(木) 00:19:26 ID:36uIRr9o
ウルトラマンゼロの使い魔
第百四十八話「ウルトラヒーロー勝利の時」
ウルトラダークキラー
悪のウルトラ戦士軍団 登場

 本の支配者ダンプリメによって連れさらわれてしまったルイズを救出するため、ダンプリメの
待ち受ける七冊目の世界へと突入した才人とゼロ。しかしダンプリメが繰り出してきたものは、
六冊の本の世界で現れた怪獣たちの怨念を結集させて作り出した恐るべきウルトラダークキラー
だった! すさまじい暗黒の力を持つ強敵相手にも果敢に立ち向かっていくゼロだったが、
ウルトラダークキラーは悪のウルトラ戦士軍団を召喚しゼロを追い詰めてしまう。本の世界の
中で孤立無援のゼロは、このまま敗れ去ってしまうのか……。
 そう思われたがしかし、ゼロの窮地に現れたのは、ダンプリメに囚われたはずのルイズ
であった! 更に彼女に続くようにやってきたのは、本の世界の四つの防衛チーム、そして
本の世界のウルトラ戦士たち! 彼らは物語を完結に導いたゼロを救うために駆けつけて
くれたのだった!
 今ここに、長い本の世界の旅の、本当の最後の決戦が幕を開く!

「ヘアッ!」
「ダァーッ!」
「ジェアッ!」
「テェェーイッ!」
「トアァーッ!」
「シェアッ!」
 ゼロの救援に駆けつけたウルトラ戦士たちが、悪のウルトラ戦士軍団との大乱闘を開始した。
ウルトラマンはカオスロイドUとがっぷり四つを組み、ウルトラセブンとカオスロイドSのアイスラッガー
同士が衝突。ジャックはウルトラランスを手にダークキラージャックのダークプラズマランスと
鍔迫り合いをして、エースがダークキラーエースと組み合ったまま横に倒れ込み、タロウのスワロー
キックがカオスロイドTの飛び蹴りと交差、ゾフィーはダークキラーゾフィーとチョップの応酬を
繰り広げている。
「ヂャッ!」
「デヤァッ!」
「デュワッ!」
「ゼアァッ!」
「デェアッ!」
「シュアッ!」
 ティガの空中水平チョップとイーヴィルティガの飛び蹴りが交わり、ダイナはゼルガノイドと
熾烈な殴り合いを演じ、ガイアはウルトラマンシャドーの繰り出すメリケンパンチの連発を見切って
かわした。コスモス・フューチャーモードはカオスウルトラマンカラミティの拳を受け流し、
ジャスティス・クラッシャーモードの拳打がカオスウルトラマンのキックと激突。マックスは
マクシウムソードを片手にダークメフィストのメフィストクローを弾き返した。
 十二人のウルトラ戦士が悪のウルトラ戦士と互いに一歩も譲らぬ勝負を展開しているところに、
四つの防衛チームの援護攻撃が行われる。
「ウルトラマンたちを援護するぞ! 他のチーム諸君も協力頼む!」
 ムラマツからの呼びかけにシラガネが応答。
「是非もないことです。砲撃用意!」
「一緒に戦えて光栄です、フルハシ参謀!」
「俺の名前はアラシだよ! フルハシって誰だよ!」
 シマからの通信にアラシが突っ込みながら、ジェットビートルとウルトラホーク一号から
ロケット弾が連射され、カオスロイドとダークキラーたちを狙い撃つ。
「ウオオォォッ!」
 ウルトラ戦士と戦っているところに飛んできたロケット弾の炸裂にダメージを負う悪の戦士たち。
カオスロイドUが光線を撃って反撃するも、ビートルはそれを正面から受け止めて飛び続けている。

895ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/06(木) 00:23:00 ID:36uIRr9o
「俺たちも後れを取るな! コスモスたちを助けるんだ!」
「はい隊長!」
「行くぜショーン! ウィングブレードアタックだ!」
「All right!」
 フブキ率いるテックライガー編隊と、コバとショーンのダッシュバード1号2号も攻撃開始。
ライガーのビーム砲がカオスウルトラマンたちとイーヴィルティガ、ゼルガノイドを撃ち、
ダッシュバードのウィングブレードアタックがシャドーとダークメフィストの脇腹を斬りつけた。
「シェアァァッ!」
 防衛チームの援護攻撃によって悪の戦士たちが牽制されると、ウルトラ戦士たちの一撃が
均衡を崩す。ウルトラ戦士の強烈なウルトラキックが悪の戦士たちを纏めて薙ぎ倒す!
 そして助けに来てくれた彼らの奮闘は、ゼロのエネルギーだけではなく気力も通常以上に
回復させたのだった。
『俺たちが旅で出会った人たちが、俺たちを助けてくれてる! こんなに勇気づけられる
ことはないぜ!』
『ああ! 俺たちもまだまだ負けてられねぇぜッ!』
 ゼロはウルトラ念力で弾かれたゼロツインソードDSを手元に戻すと、再びウルトラダーク
キラーに猛然と斬りかかっていく。
『おぉぉぉらッ!』
 ダークキラーは腕のスラッガーで防御するが、ゼロはそのままダークキラーを突き飛ばして
姿勢を崩させた。先ほどまではダークキラーのパワーの方が上回っていたが、その関係は気が
つけば反転していた。
 デルフリンガーがゼロと才人に告げる。
『すげえぜ相棒たち! すんげえ心の震えだ! この震えがお前さんたちの力になってる! 
力が湧き上がって止まらねえ……こいつぁ俄然面白くなってきたぜぇ!』
 ゼロも仲間のウルトラ戦士たちの奮闘ぶりに背中を押されるように、ウルトラダークキラーを
少しずつ押し込んでいく。その様子を見上げながら、ダンプリメは依然狼狽していた。
「こんな……こんなことはあり得ない! 別の本の登場人物が、異なる本の世界に入り込んで
くるなんて! 一体何がどうすれば、そんなことが起こると言うんだ!?」
 立ち尽くして混乱ぶりを言葉に示すダンプリメに、ルイズが肩をすくめた。
「本のことなら何でも知ってるとか豪語した割には、そんな簡単なことも分からないんじゃ
ないの。呆れたものね」
「何!? ……まさか、ルイズがッ!?」
 ダンプリメは一つの可能性に行き着いてルイズにバッと振り向いた。ルイズは得意げにほくそ笑む。
「そう、わたしが連れてきた訳よ! まぁ正確には、これまでの記憶を頼りにそれぞれの物語の
本へ助けを呼びかけたら、応じた彼らがわたしの元に来てくれたんだけど」
「何だって! そんなことが……。いや、そもそもルイズ、君がどうしてここにいるんだ! 
何故サイトのことを覚えてる!? 記憶は念入りに封印したはずなのに……!」
 そのダンプリメの疑問にも、ルイズは自信満々に返した。
「聞こえたのよ! この世界で、サイトのわたしを呼ぶ声が! 気持ちが! それが心に
伝わったから、わたしは全てを思い出したの!」
「気持ちが……!?」
 ハッと気がつくダンプリメ。
「そうか……! 本の世界はいわば『想い』の世界。現実の世界よりも、精神と精神のつながりが
強くなる。それでそんな現象が……! ルイズを本の世界に連れ込んだのは失敗だったのか……!」
 ルイズは堂々とした態度で、ダンプリメにまっすぐ伸ばした人差し指を向けた。
「あなたがわたしのサイトの記憶を封印したのは、サイトからわたしを奪い取るだけじゃなく、
わたしとサイトの絆を恐れたからでしょう! それがあると、自分が勝てる自信がないから!」
「うッ……!?」
「だけど残念だったわね。どんなに知識豊富でも、現実での体験を持たないあなたでは、
わたしたちの現実の世界で育んできた絆を消し去ることは初めから不可能だったのよ!」

896ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/06(木) 00:26:48 ID:36uIRr9o
 ルイズが堂々と言い切っている中で、ウルトラ戦士たちと悪のウルトラ戦士軍団の決着の時が
迎えられようとしていた。
「ヘアァァァッ!」
 ウルトラマンのスペシウム光線とカオスロイドUのカオススペシウム光線、セブンのワイド
ショットとカオスロイドSのカオスワイドショット、ジャックのスペシウム光線とダークキラー
ジャックのキラープラズマスペシウム、エースのメタリウム光線とキラープラズマメタリウム、
ゾフィーのM87光線とダークキラーゾフィーのキラープラズマM87ショット、ティガのゼペリオン
光線とイーヴィルティガのイーヴィルショット、ダイナのソルジェント光線とゼルガノイドの
ソルジェント光線、ガイアのクァンタムストリームとシャドーのシャドリウム光線、コスモスの
コスモストライクとカオスウルトラマンカラミティのカラミュームショット、ジャスティスの
ダグリューム光線とカオスウルトラマンのダーキングショット、マックスのマクシウムカノンと
ダークメフィストのダークレイ・シュトロームが真正面からぶつかり合う! 両陣営互角の光線の
ぶつかり合いは激しいエネルギーの奔流を生み出し、それが天高く飛び上がっていく。
 そのエネルギーは、わずかに上回った光の戦士たちの力に押されて悪のウルトラ戦士軍団へと
降りかかった!
「ウワアアアアアァァァァァァァァァァァァァッ!!」
 十二人の悪の戦士たちは爆発的なエネルギーによって一網打尽。ガラスのように砕け散った
空間とともに消滅していき、完全に無に還っていった。
「やったわッ!」
 ぐっと手を握って喜びを示すルイズ。悪のウルトラ戦士軍団に打ち勝った光の戦士たちは
ゼロの元へ駆けつけ、ともにウルトラダークキラーと対峙した。
 いくらダークキラーが絶大な闇の力を有していようとも、これだけの数の勇者たちを相手にして
勝機などあるはずがない。ゼロがダンプリメに投降を勧告する。
『ダンプリメ、これ以上の戦いは無意味だ! 大人しく身を引きな! お前がどんなに本の
世界を自由に出来ようと、どんなに闇の力を集めようとも、ここにある心の光を屈させることは
出来ねぇんだ! それを学べただけでも儲けもんだろ!』
 ダンプリメはしばし無言のまま、何も答えずにいたが……やがて長く長く息を吐いた。
「そうみたいだね……。残念だけど、僕の負けだ。ルイズのことはあきらめる他はないね……」
 降伏を受け入れたダンプリメであったが……彼にとっても予想外のことがすぐに起こった。
『そうはいかぬ……!』
 それまでうなり声を発するばかりであったウルトラダークキラーが、唐突に口を利いたのだ!
「えッ!?」
 しかも自らの生みの親であるダンプリメに手を伸ばし、その身体を鷲掴みにして捕らえたのだ! 
肉体への配慮もないほどの強い力で締められ、ダンプリメは苦悶の表情を作る。
『何ッ!』
 ダークキラーの行動の変化に驚くゼロたち。ダンプリメはダークキラーを見上げて問う。
「ウルトラダークキラー、何のつもりだ……!? ぼ、僕は君を作ったんだぞ……!?」
 するとダークキラーは、次のように言い放った。
『この身体に渦巻く恨みを晴らすまで、戦いをやめることは許されぬ……! 貴様にも
つき合ってもらうぞ……!』
「何だって……!? ボクの制御が、効いていない……!?」
 ここに来てゼロたちは察した。ウルトラダークキラーは溜め込んだ怨念が多すぎたため、
ダンプリメの制御を離れて独り歩きを始めてしまったのだ!
『だから言っただろうが……!』
『仕方ねぇな……。今助けてやっから、変に暴れるなよ!』
 才人が吐き捨て、ゼロがダンプリメを救出しようとツインソードを構える。しかし、それを制して
ダークキラーが警告した。
『我とこの者の肉体はリンクしている……。いや、最早我がこの者を支配している! 我を殺せば、
この者もまた消滅することになるぞ……!』

897ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/06(木) 00:37:04 ID:36uIRr9o
『何ッ! くッ、闇の力ってのは陰険なことしやがるもんだな……!』
 散々迷惑を掛けられたとはいえ、戦う意志を放棄した者を死なせてしまうのは目覚めが悪い。
ゼロが戸惑うと、ダンプリメが自嘲するように笑いながら呼びかけた。
「いいさ、やってくれ……」
『!』
「これぞ自業自得という奴だよ……。こんなことになってしまうなんて、我ながら馬鹿なことを
したものだ……。どうせボクは本の中にしか居場所がない異端。せめて一人でも側にいる人が
欲しかったけれど……やはり、本の中の人間なんていない方がいいんだろう。ひと思いに
バッサリとやってくれ……」
 すっかりと己の死を受け入れたダンプリメ。その言葉に、ゼロは大きく肩をすくめた。
『ますますしょうがねぇ奴だなぁ。そんなこと聞かされたら……』
 ゼロに同意する才人。
『ああ。ますます死なせる訳にはいかなくなったぜ!』
「!? だけど、ボクを犠牲にしないことには……!」
 才人たちの言葉に動揺を浮かべたダンプリメに、ルイズが自慢げに告げた。
「安心しなさい、ダンプリメ。ウルトラマンゼロは、命を護る時にはいつだって奇跡を
起こすんだから! そうでしょ?」
『ああ、その通りだッ! おおおおおッ!』
 気合いの雄叫びとともに、ゼロの身体が赤と青に激しく光り輝き出した!
『ぬおぉッ!?』
 思わず腕で顔を覆うダークキラー。ゼロの輝きは空間をもねじ曲げ、何もない空に影を
映し出す。
 そして閃光の中から現れたのは……!
『教えてやるぜダンプリメ! 強さと、優しさって奴をッ!』
 ストロングコロナゼロとルナミラクルゼロ……二つの形態が、同時にこの場に現れていた! 
ゼロが二人に増えているのだ!
「嘘……!?」
『馬鹿なッ!? どういうことだ……! どうしてそんなことが出来るのだぁぁぁッ!!』
 ゼロの起こした奇跡に冷静さを失ったダークキラーは、正面から二人のゼロに飛び掛かっていく。が、
『でやぁッ!』
『ぐおぉッ!?』
 ストロングコロナゼロの鉄拳が返り討ち。そしてルナミラクルゼロが手中のダンプリメを
救出し、彼らの後ろに降ろした。
 ストロングコロナゼロはよろめいたダークキラーに対して灼熱の攻撃を用意。ルナミラクル
ゼロはダンプリメへ光の照射の準備をした。
『受けてみな! これが優しさと……!』
『真の強さだぁぁぁぁぁぁッ!!』
 ストロングコロナゼロの放ったガルネイトバスターがウルトラダークキラーを押し上げ
天空に叩きつける! 更にウルトラマン、セブン、ジャック、エース、タロウ、ゾフィー、
ティガ、ダイナ、ジャスティス、マックスの必殺光線もダークキラーに押し寄せられる!
 一方でルナミラクルゼロとガイア、コスモスが光の粒子をダンプリメに浴びせる。
『ぐおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!』
「……これは……?」
 怒濤の必殺光線の集中にウルトラダークキラーの全身が焼かれる。しかしダンプリメの
身体に変化はない。浄化の光によって闇の力を清められ、ダークキラーの呪いが解かれているのだ。
『こ、これが……光……!!』
 ウルトラダークキラーは戦士たちの光に呑まれ、完全に消滅。そしてダンプリメは生存し、
ぼんやりとウルトラ戦士たちを見上げた。ルイズはゼロたちの完全勝利に、当然とばかりに
重々しくうなずいた。
 ゼロと才人は、自分たちを別の本からはるばる助けてくれたウルトラ戦士たち、防衛チームに
礼を告げる。
『みんな、本当にありがとう。お陰で勝つことが出来た』

898ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/06(木) 00:39:52 ID:36uIRr9o
『俺たち、今までの旅のこと、あなたたちと出会ったこと、ずっと忘れないから! いつかまた、
みんなの本を読んであなたたちの世界に触れるよ!』
 二人の言葉にウルトラマンたちは満足げにうなずき、天高く飛び上がってそれぞれの世界に
帰っていく。防衛チームもゼロたちに敬礼した後、ウルトラ戦士たちの後について帰還していった。
『ありがとーう! さよーならー!』
 大きく手を振って見送るゼロ。そうしてルイズが笑顔でゼロと才人に呼びかける。
「さぁ、わたしたちも帰りましょう! みんなが待つ、わたしたちの世界に!」
『ああ!』
 ダンプリメはゼロたちの様子、ルイズの輝くような笑顔の横顔を見つめ、ふぅとため息を吐いた。
「はは……これは敵わないなぁ……」
 自嘲するダンプリメだったが、その表情にはどこか満ち足りたものがあった……。

 こうして、図書館に誕生した本の中の生命体から端を発する、現実の世界では知っている者が
ほとんどいない大バトルの旅は無事に終わりを迎えた。才人とルイズが五体無事に現実世界に
帰ってくると、シエスタたちは嬉し涙とともに激烈に迎えてくれたのだった。
 リーヴルは事件終結後、経緯はどうあれ異形の存在にそそのかされ、手先としてラ・ヴァリエール
公爵家息女のルイズに危害を加えたとして、王立図書館司書の座の辞任をアンリエッタに申し出た。
……しかし、アンリエッタはそれを却下した。
 彼女の下した裁きはこうだ。ダンプリメは外の世界のことを、善悪の判断をよく知らない
子供のようなものだ。それをしつけ、正しき方向に導く役割の人間が必要だと。それは図書館の
ことを誰よりも知っているリーヴル以外の適任はいないとして、彼女にダンプリメの世話役を
厳命したのであった。どんな形であれ、リーヴルが元のまま図書館にいられることに才人たちは
安堵したのだった。
 そして肝心のダンプリメは、すっかりと心を入れ替えた。もう誰かを本の世界に引きずり込む
ような真似はきっぱりとやめ、代わりに光の力の研究にバリバリと精を出すようになったという。
ゼロたちの戦いぶりにそれほど影響されたのだろうか……。もしかしたら、いつの日かダンプリメが
ウルトラ戦士になる力を得る日が来るかもしれないが、それはまた別の話なのであった。
 そして才人とルイズは、先に帰ったシエスタたちに後れる形で、魔法学院へと帰還していた。
「おぉー、遂に学院に帰ってきたなぁ! 何だか久しぶりに感じるぜ。時間にしたら、ほんの
一週間ぐらいしか離れてないはずだけど」
 あまりにも密度の濃い旅だったので、才人が懐かしさまで覚えてしみじみとつぶやいた。
しかしそこにルイズが告げる。
「だけど、またすぐに離れなくちゃいけないみたいよ。姫さまからのお達しがあったの」
 懐から、アンリエッタからの密書を指でつまみ出すルイズ。
「今度はロマリアに行かなくちゃいけないみたい。国際世情もまた不穏になってきてるそうだし、
今度も長くなるかもね」
 と言うと、才人がうんざりしたかのように長い息を吐いた。
「マジかよぉ……。あっち行ったりこっち行ったりはもうお腹いっぱいなのに」
「何言ってるのよ。図書館から一歩も出てなかったんでしょ?」
「いやぁそう言うならそうだけど、そういう意味じゃなくてだな……」
 言い返そうとした才人だったが、すぐ苦笑いして肩をすくめた。
「まぁいいか。そんなことぶつくさ言っててもしょうがないもんな。今度もいっちょ頑張りますか!」
「ええ、その意気よ。なかなか分かってきたじゃない」
 顔を上げたルイズは才人と目が合い、思わずクスッと笑い合った。
「これからもよろしくね。この世界のヒーローにして……わたしの使い魔」
「お安い御用だよ。伝説の担い手の、俺のご主人様」
 おかしそうに笑うルイズの表情には、とても満ち足りたものがありありと浮かんでいたのであった。

899ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/06(木) 00:41:35 ID:36uIRr9o
以上です。
今回で三つのゲーム編は全て終わりで、次回から本編に専念することになります。

900ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/14(金) 06:35:20 ID:Ux9.ySDg
おはようございます、焼き鮭です。投下を行いたいと思います。
開始は6:37からで。

901ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/14(金) 06:39:09 ID:Ux9.ySDg
ウルトラマンゼロの使い魔
第百四十九話「ロマリアの夜に」
炎魔人キリエル人 登場

 ロマリア。ガリア王国真南のアウソーニャ半島に位置するこの都市国家連合体は、現在は
ハルケギニアの人間の最大宗教であるブリミル教の中心地とされる宗教国家である。始祖
ブリミルはロマリアの地で没し、後世の人間がこれを利用してロマリアを“聖地”に次ぐ
神聖なる場所であると主張したことがその始まりだ。そしてロマリア都市国家連合はいつしか
“皇国”となり、代々の王は“教皇”を兼ねるようになった。これらのため、ハルケギニア
各地の神官は口をそろえてロマリアを『光溢れた土地』と称し、生まれた街や村を出ることの
ない人間はその言葉を信じ込んでロマリアに夢を見ている。
 だが、実際にロマリアを訪れて少しでも観察眼を持つ人間ならば、ロマリアが『光の国』と
称される理想郷などでは断じてないことをすぐにでも知ることだろう。実際のロマリアは、
通りという通りにハルケギニア中から流れてきた信者たちが職も住居もない貧民となって
溢れており、明日の食べるものにすら困窮した生活を送っている。その一方で、街には派手な
装飾を凝らした各宗派の寺院が競い合うように立ち並び、同じように派手に着飾った神官たちが
寺院で暇を持て余したり贅沢を極めたりしている。ここまで身分と立場の違いによる貧富の差が
同じ土地に凝縮されている場所は、ロマリア以外には存在しない。アンリエッタなどはこの光景を
『建前と本音があからさま』と評している。
 そんな欺瞞に満ちたロマリアの濃厚な影の世界では、様々な集団の思惑が跋扈している。
“実践教義”を唱える新教徒がその最たる例だが、現在ではある『人外』の者たちが暗躍を
していることは、まだ誰も知らないことであった。
『……』
 そしてその『人外』は今、人間の目には映らない状態である場所を注視していた。そこは
何の変哲もない酒場。だが太陽の出ている内に酒を飲むことは不信心とされるロマリアでは、
昼間の酒場は大体空いているものなのに、今日は大勢の人間が押しかけてひどく賑やかで
あった。しかも外で店を囲んでいる側は、ロマリアが誇る聖堂騎士の一隊であった。
 『人外』はその酒場の中に集っている集団の方に意識を向け、その内の一人を認識すると
声音に暗い情念をにじませた。
『再び現れた……。奴に、あの時の報復を……!』
 酒場に立てこもって、聖堂騎士相手にバリケードを築いているのは誰であろう、オンディーヌを
中心としたトリステイン魔法学院の生徒たちであった。

「……ったく、ロマリアに来て早々えらい目に遭ったぜ。誰かさんの余計な歓迎のせいでな」
 その日の夜、才人とルイズはロマリアの中心地、引いてはブリミル教の総本山たるフォルサテ
大聖堂の自分たちにあてがわれた客室にて、とある人物と会話をしていた。と言うより、才人が
その人物に嫌味をぶつけていた。
「だから、何度も言ってるだろう? 確かに余興がちょいと過ぎたかもしれないけど、これから
待ち受けているだろうガリアとの対決は、あんなものがままごとに思えるくらい過酷なものになる
はずだぜ。あれしきで根を上げているようだったら、あの場で騎士たちに捕らえられてロマリア
から追い出されてた方が身のためってものさ」
「宗教裁判にかけられるところだったって聞いたんだけど!?」
「嫌だなぁ、そういう最悪の事態にはならないようにするためにぼくがずっと近くにいたんじゃ
ないか。さすがに命を取るような真似はしないよ」
「けッ、どうだか」
 胡乱な視線を送って吐き捨てる才人。ルイズも呆れたように肩をすくめた。
 そんな二人を相手に飄々と笑っている月目――地球で言うところの光彩異色の青年は、
ロマリアの助祭枢機卿ジュリオ・チェザーレ。かつてのロマリアの最盛期の大王と同じ名を
名乗るこの神官は、ルイズたちとは先のアルビオン戦役で、ロマリアの義勇軍という形で
対面している。その時から掴みどころのない性格と言動、態度で特に才人を散々に翻弄した
ものだった。

902ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/14(金) 06:42:39 ID:Ux9.ySDg
 このジュリオが何をしたのか、そもそもルイズたちが何故ロマリアにいるのか。初めから
順を追って説明をしよう。
 王立図書館の怪事件を、連戦に次ぐ連戦の果てに解決したルイズたちだが、すぐに次なる
旅が彼らの元に舞い込んできた。ブリミル教教皇との秘密の折衝のためにロマリアを訪問
していたアンリエッタから、オンディーヌにルイズとティファニアをロマリアまで至急連れて
くるよう命令があったのだ。何のためにそんな命令を出したのかは不明だったが、才人たちは
その指示通りにコルベールに頼んでオストラント号を出してもらって、ロマリアへと急行した。
 しかし入国してすぐに一行はトラブルに遭遇してしまった。ロマリアでは杖や武器は剥き出しで
持ち歩いてはいけない決まりなのだが、そんな慣習には疎い才人がうっかりデルフリンガーを
背負ったままロマリアの門をくぐろうとして、衛士に止められた。すると個人的にロマリアが
大嫌いなデルフリンガーが衛士に喧嘩を吹っかけ、その末に警戒を強化している最中の聖堂騎士の
一団に追いかけられる羽目になってしまったのだ。それが、昼の酒場での籠城戦の経緯である。
 しかし実はこの騒動の半分を仕組んだのがジュリオであった。才人たちがロマリアで困難に
ぶつかるように、教皇が誘拐されたという噂を聖堂騎士に流していたのだ。それで才人たちは
恐慌誘拐犯のレッテルを貼られ、執拗に追い回されたのであった。才人がおかんむりなのは
そういう訳であった。
 そんなことがあったのにちっとも悪びれる様子のないジュリオに不機嫌な才人だったが、
いつまでもへそを曲げていてもしょうがないという風に、ふと話題を変えた。
「けど、さっきの晩餐会は色々驚かされたな。ジュリオ、お前がヴィンダールヴで……教皇聖下が
ルイズやテファと同じ、“虚無”の担い手なんてさ」
 才人とルイズはティファニアとともに、アンリエッタと教皇聖エイジス三十二世こと
ヴィットーリオ・セレヴァレと囲んだ晩餐の席で、様々なことを聞かされた。その一つが、
ヴィットーリオが世界に四人いる“虚無”の担い手の一人であり、ジュリオが彼の使い魔……
才人と同等の立場だということである。まだ誰なのかは知らないが、ガリアにも“虚無”の
担い手がいることは判明しているので、これで“虚無”を担う四人の所在が全て判明した
ことになる。
 そしてヴィットーリオは、同じ“虚無”の担い手であるルイズとティファニアに、エルフから
聖地を取り返す協力を求めてきた。ヴィットーリオはハルケギニア中での人間同士の戦火を止める
方法として、聖地をエルフから人間の手に取り戻し、ハルケギニア中を統一しようと考えている
のだった。そして強大な力を以て聖地を占領しているエルフと渡り合うために、四つの“虚無”を
一箇所に集めてその力を背景に交渉を行うつもりだと。
 しかし、ヴィットーリオは実際に力を振るうつもりはないと言いつつも、才人とルイズは
それを詭弁だと感じた。ヴィットーリオのやろうとしていることは、要はエルフよりも大きい
力を振りかざして脅しを掛けるというものだ。才人たちはこれまでの経験から、力を拠りどころ
とする手段には非常に懐疑的なのであった。
 特に才人は、地球の歴史の暗部の一つを思い出した。それは超兵器R1号事件……。ウルトラ
警備隊の時代に発生した、防衛隊最大の汚点の一つであるそれは、惑星を丸ごと破壊する超兵器を
盾にして侵略者の行動を牽制する計画から端を発した。その超兵器R1号の実験でギエロン星が爆破
されたのだが、生物がいないと思われたギエロン星から怪獣が出現し、地球に報復をしてきたのだ。
地球人の生み出してしまった哀しき怪獣ギエロン星獣……本の世界で戦ったことは記憶に新しい。

903ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/14(金) 06:46:25 ID:Ux9.ySDg
 惑星破壊兵器による地球防衛は、この事件により、侵略者との兵器開発競争を過熱させて
しまうとの判断となって破棄されたのだが……ヴィットーリオはこれと同じことをしようと
しているのではないだろうか? 才人にはそう思えて仕方なかった。エルフを力で抑えつけたら、
向こうには不平が生じるだろう。それが報復となって自分たちに襲いかかって来ないと、何故
言える? ヴィットーリオは“虚無”に絶対的な自信があるようだが、力はどこまで行っても
ただの力。それを振るうルイズたちが、四六時中一切の隙をエルフに見せないなんてことが
出来るだろうか。
 アンリエッタもある程度は才人たちと同じ考えで、ヴィットーリオの提唱する方法に全面的に
賛成してはいなかった。しかし……彼女は一国の長故に、ハルケギニア中の人間による争いを
止めることの困難さをルイズたち以上に知っている。彼女では、他に戦を止める方法が思いつかない
がために、ヴィットーリオに強く反対することも出来ないでいた。そのため、結論は保留という
曖昧な態度を取っていた。
 そもそもそれ以前に、一つ重大な問題がある。ガリアの担い手だ。“虚無”が完全な力を
発揮するには始祖ブリミルに分けられた四つがそろわなければいけないが、あのジョゼフが
支配するガリアが協力をするはずがない。そこをどうにかしなければ、たとえルイズたちが
ヴィットーリオに協力したところで徒労が関の山だ。
 しかしヴィットーリオも抜かりないもので、既にガリアをどうにかしてしまう作戦を講じていた。
三日後にはヴィットーリオの即位三周年記念式典が開催されるのだが、そこにルイズとティファニア
にも出席してもらって、三人の担い手を囮にジョゼフをおびき出すというのだ。そうしてジョゼフを
廃位にまで追い込み、ガリアを無害化するというのがヴィットーリオの立てた計略であった。
 エルフのことはともかくとして、ルイズやタバサの身を狙うジョゼフには落とし前を
つけなければならない。才人はそれには賛成であったが、ルイズはこれも反対の立場を
取っていた。ジョゼフの力は未だ底が知れない……。事実、ゼロも才人も何度も危機に
陥っている。そのためルイズは強く警戒しているのであった。
 ヴィットーリオはこれらのことに対して、すぐの回答を求めなかった。それで晩餐会は
終わりを迎えたのだった。
「にしても、ちょっと意外だったな。あの教皇聖下、見たことがないくらいの優男なのに……
発言がやたら過激だった」
 晩餐会を振り返って、才人がぼやいた。ヴィットーリオは女性顔負けの、輝くような美貌を
有しており、更には完全に私欲を捨てたレベルの者だけが放てる慈愛のオーラを放っていた。
才人は初めて面と向かった時、しばし呆然としてしまったくらいだ。
 しかしそのヴィットーリオの思想や発言は、上記の通り。力を背景にした交渉を推し進めようと
する強引さに加え、才人は彼からの「博愛は誰も救えない」という断言が一番記憶に残っていた。
愛の感情に溢れた人間の発言とはとても思えない。
 このことについて、ジュリオは語る。
「それは無理からぬことさ。何せ、聖下が即位なさってからまだ三年ほどだけど、たった
それだけの間に聖下は苦渋の数々を経験なさってるのさ」
「苦渋?」
 才人とルイズがジュリオの顔を見返す。
「そうさ。ロマリアは国内外から“光の国”と称されるけど、実態はそれとは程遠いのは
きみたちも目にしたことだろう? この国は全く矛盾だらけさ」
 ジュリオのひと言に内心深く同意する二人。ロマリアに入国してから少し見ただけでも、
街の至るところに難民の姿と、彼らに対して全く無関心な神官の姿が目立った。籠城戦の
時も、聖堂騎士が才人たちにてこずっていると野次馬の市民から散々野次が飛んでいた。
普段権威を笠に着て威張り散らしている聖堂騎士の苦戦が愉快だったのだ。このひと幕で、
ロマリアの権力者が平民からどう思われているのかが垣間見えるだろう。
 “光の国”の呼び名は、ゼロの故郷ウルトラの星の別称と同じであるが、両者の内情は
天と地ほどの開きがあるのであった。

904ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/14(金) 06:49:39 ID:Ux9.ySDg
「大勢の民が今日のパンにも事欠く傍らで、各会の神官、修道士は今日も民からせしめた
お布施で贅沢三昧だ。今じゃ新教徒のみならず、終末思想じみたものを唱える異教すら
その辺で横行するありさまでね。聖下はそんなこの国の現状を解きほぐそうと、教皇就任から
ずっと努力されてきた。主だった各宗派の荘園を取り上げて大聖堂の直轄にしたり、寺院に
救貧院の設営を義務づけたり、免税の自由市を設けたりとかね。すると聖下を教皇に選んだ
神官たちは何と言ったか分かるかい? 新教徒教皇だってさ。ほんと勝手なもんだ」
 うんざりしたように肩をすくめるジュリオ。
「今のままでこれ以上神官たちの私利私欲を止めようとしたら、聖下は教皇の帽子を取り上げ
られてしまうだろう。そんな行き詰まった状態を打破しようと、聖下は聖地回復をお望みされて
いるという訳だ。聖下のご動機、分かってくれたかい?」
「ま、まぁ、一応は……」
 ジュリオのまくし立てるような説明により、才人は若干呆気にとられながらも、ヴィットーリオも
いたずらにエルフと事を構えたい訳ではないことを理解した。ルイズは同じように呆然としながら
ジュリオに問い返す。
「ジュリオ……あなただって神官なのに、随分とズバズバ国の痛いところを口にするのね。
まぁあなたはそういう人なんでしょうけど」
「今みたいな建前なんて必要のない、正直なところを遠慮なく発言できる国も聖下の目指されて
いるところだからね」
 実に口の回るジュリオは、ここで態度を一層崩す。
「まぁこんな小難しい話をしに来たんじゃないよ、ぼくは。ちょっとしたお誘いだ」
「またルイズにちょっかい掛けようってのか?」
「是非ともそうしたいところではあるが、残念ながら用事があるのはサイト、きみの方だ」
「えッ、俺?」
 やや面食らう才人。
「実はこの国には、是非きみに見てもらいたいものがあってね。ちょっとカタコンベに潜って
もらうことになるけど」
「うーん……悪いけど今日はもう疲れたから、明日にしてくれないか? 明日は時間あるか?」
「ああ。それじゃあ明日の早朝にしよう。明日は早起きを……」
 話している最中で、ジュリオの台詞が不意に途切れ、彼の目つきが一変。険しいものとなって
虚空を用心深く見回す。
「ジュリオ?」
 虚を突かれるルイズだが、才人もまたデルフリンガーを手に取り、警戒の態勢を取っている。
「……誰かいるな」
「気がついたかい。こういうことには鋭いんだね」
 二人は、姿は見えないが刺すような殺気がどこからかこの空間に向けられていることを
察知したのだった。実は才人とゼロは、ロマリアに来てからずっと、誰かに良く思われて
いない目で見られていることを感じ取っていた。ジュリオの尾行に気づかなかったのも、
その気配に隠れていたからだ。
 じり……と臨戦態勢を取る才人とジュリオ。そして息の休まらぬしばしの時間が過ぎた後……
彼らの客室が突如爆発炎上した!
「っはぁッ! いい反射神経だ!」
「散々鍛えられたからな!」
 しかしジュリオと才人はルイズを連れながら一拍早く扉から脱出していた。ごうごうと
燃え盛る火災から安全なところまで下がると、ジュリオが機嫌を害したような声で発した。
「客間とはいえ、大聖堂で爆発テロなんて穏やかならぬ話だ。これを仕掛けた奴、いい加減
姿を見せたらどうだい!? 近くにいるんだろう!?」
 辺りに向かって怒鳴ると、それに応ずるかの如く、三人の前に怪しいものが出現した。
 全体的に人型ではあるが、輪郭がかなりおぼろげで姿がはっきりとしていない。人間型の
人魂、という表現が一番しっくりくるだろうか。
 ルイズが驚き、才人とジュリオが反射的に身構えると、その人魂は言葉を発した。
『六千年の時を隔て、再び相まみえようとは……。受けるがいい、このキリエル人の裁きをッ!』

905ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/14(金) 06:50:25 ID:Ux9.ySDg
今回はここまでです。
いちいち説明なげぇ。

906ウルトラ5番目の使い魔 61話 (1/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:24:24 ID:1IG2yQTQ
ウルゼロの人乙です。
こんにちは。ウルトラ5番目の使い魔、61話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

907ウルトラ5番目の使い魔 61話 (1/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:29:54 ID:1IG2yQTQ
 第61話
 魔法学院新学期、アラヨット山大遠足!
 
 えんま怪獣 エンマーゴ 登場!
 
 
 透き通るような青い空、カッと照り付けてくる日差し、そして背中に背負っている弁当の重み。
「夏だ! 新学期だ! 遠足だ! いえーい!」
「いえーい!」
 早朝のトリステイン魔法学院にギーシュたち水精霊騎士隊と才人の能天気な叫び声がこだまする。その様子を、ルイズやモンモランシーら女子生徒たちはいつもながらの呆れた眼差しで見つめていた。
「まったくあいつらと来たら、これがカリキュラムの一環の校外実習だってわかってるのかしら?」
「ほんと、男っていくつになっても子供ね。あの連中、落第しないでちゃんと卒業できるのかしらね?」
 校庭に集まっている全校生徒。彼らはがやがやと騒ぎながら、待ちに待ったこの日が晴天になったことを感謝していた。
 今日は魔法学院の全校一斉校外実習、いわゆる遠足だ。しかし魔法学院ゆえにただの遠足というわけではなく、彼らが浮かれている理由はこれが年に一度だけ採集を許される特別な魔法の果実、ヴォジョレーグレープの解禁日だからである。
「ヴォジョレーグレープは普段は不味くて何の役にも立たない木の実です。ですが年に一度だけ、この世のものとも思えない甘味に変わる日があって、そのときのヴォジョレーグレープで作るワインはまさに天国の味! 魔法学院の皆さんも、年に一度のその味を楽しみにしておられました。そしてそれが今日、この解禁日なのです!」
「うわっ、シエスタ! あんたいつの間にここにいたのよ?」
 ルイズはいきなり後ろから解説をしてきた黒髪のメイドに驚いて飛びのいた。しかしシエスタは悪びれた様子もなく、わたしもついていきますよと、背中にすごい量の荷物を背負いながら答えた。
「えへへ、ワインといったらわたしを外してもらうわけにはいきませんからね。タルブ村名産のブドウで培ったワインの知識は伊達ではありませんよ。ほら、ちゃあんとマルトー親方の許可もいただいています」
「んっとに、最近見ないと思ってたら忘れたころにちゃっかり出てくるんだから。でも忘れないでね、ヴォジョレーグレープは味のこともだけど、そのエキスは解禁日にはあらゆる魔法薬の効果を増幅する触媒にもなるすごい果物になるのよ。それを使って、魔法薬の配合の実地訓練をおこなうのが校外実習の目的。食べるのは余った分だけなんだからね」
「はいはーい、毎年実習で使うより余る分が多いのはよく存じておりますとも。持ち帰った分は親方がすぐに醸造できるよう準備してますから、ミス・ヴァリエールも楽しみにしていてくださいね」
「はいはい、わかったからあっち行きなさい。ったく……」
 ルイズは頬を紅潮させながらシエスタを追い払った。内心では、ほんとにあの胸メイドは、と思いながらも口の中にはよだれがわいている。

908ウルトラ5番目の使い魔 61話 (2/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:32:03 ID:1IG2yQTQ
 だが無理もない。ヴォジョレーグレープで作るワインは、満腹の豚さえ土に飲ませずというほど、嫌いな人間のいない絶品で、ルイズもむろん大好物であった。しかも原木が人工栽培は不可能な上に、作っても数日で劣化してしまうために市場にはまったく流通していない幻の産物であった。味わう方法はただひとつ、解禁日に収穫、醸造してすぐに飲むことだけなのだ。
 むろん、楽しみにしているのは生徒だけではない。教師たちを代表して、オスマン学院長が壇上から集まった生徒たちに挨拶を始めた。
「えー、諸君。本日は待ちに待った解禁日じゃ。諸君らも、今すぐにでも出発したいところじゃろうが、焦ってはいかんぞ。ヴォジョレーグレープの生えている山は自然のままの姿で保存され、険しいうえに獣や亜人が出る危険性もある。普段は盗人を退けるために、山の周囲は特殊な結界で覆われておるが、今日だけはそれが解かれる。じゃが、そうなると邪な者も入ってこれるということになる。くれぐれも気を抜くでないぞ、よいな」
 オスマンの説明に、才人はごくりとつばを飲んだ。さすがは魔法学院の遠足、楽なものではない。
「しかし諸君らは貴族、身を守るすべは心得ておろう。それに、この遠足は今学期より入ってきた新入生と在校生との親睦を深める意味もある。スレイプニィルの舞踏会で歓迎を、そしてこの実習で団結力を深めるのじゃ。在校生諸君、先輩としてみっともない姿を後輩たちに見せてはいかんぞ。そして新入生諸君は先輩を見習い、一日も早くトリステイン貴族にふさわしい立派なメイジになるよう心がけるのじゃ。では、詳しいことはミスタ・コルベールに頼もう、よく聞いておくようにの」
「おほん、新入生諸君、学院で『火』の系統を専攻しているジャン・コルベールです。よろしくお願いします。では、本日の校外実習のルールを復習しておきましょう。在校生は三人が一組になって、新入生ひとりをつれてヴォジョレーグレープの採集をおこなってもらいます。採集するのはひとりが革袋ひとつ分までで、それ以上を採ったら全部没収させてもらいます。そして、集めた分だけを使ってポーションを作っていただき、私たち教師の誰かに合格をもらえば残りは持ち帰ってかまいません」
 生徒たちから、おおっ! と歓声があがった。だが、陽光を反射してコルベールの頭がキラリと冷たく光る。
「ですが! もしグループの中で、ひとりでも合格が出なかった場合はグループ全員の分を没収させてもらいます。これは、団結力を高めるための実習だということをくれぐれも忘れないようにしてください。助け合いの気持ちを忘れずに、我々はちゃんと見張ってますからズルをしてはいけませんよ。では、全員が合格しての笑顔での帰還を祈って、全力を尽くすことを始祖に誓約しましょう。杖にかけて!」
「杖にかけて!」
 生徒たちから一斉に唱和が起こり、場の空気がぴしりと引き締められた。一瞬のことなれど、その威風堂々とした姿は彼らがまさに貴族の子弟であるという証左であった。
 そしてコルベールは満足げにうなづくと、最後に全員を見渡して告げた。
「では、これより出発します。在校生はあらかじめ決められた三人のグループになってください。新入生はひとりづつクジを引きに来て、引いたクジに書かれているグループのところに行ってください。合流したグループから出発です、皆さんの健闘を祈ります、以上です」
 こうして解散となり、ルイズたちは自分たちを探しに来るであろう後輩の目につきやすいように開けたところに出た。

909ウルトラ5番目の使い魔 61話 (3/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:36:37 ID:1IG2yQTQ
 ルイズのグループは、ルイズ、モンモランシーにキュルケを含めた三人と決まっていた。なお才人は使い魔としての扱いであるので頭数には入っていない、しかしルイズはキュルケと同じグループというのが気に入らなかった。
「もう、せっかく年に一度の日だっていうのに、よりによってキュルケと組になるなんて最悪だわ」
「あら? わたしはラッキーだと思ってるわよ。ゼロのルイズがどんな珍妙なポーションを作るか、間近で見物できるなんて願ってもないチャンスだもの」
「ぐぬぬぬ、人のこと言ってくれるけどキュルケのほうこそどうなのよ? ポーションの調合なんて、火の系統のあんたからしたら苦手分野なんじゃないの?」
「あら? わたしは心配いらないわよ。だって、わたしには水の系統ではすっごく頼りになる……頼りになる……え?」
「どうしたのよ?」
 調子に乗っていたキュルケが突然口を閉ざしてしまったため、ルイズが白けた様子で問い返すと、キュルケは困惑した様子で答えた。
「いえ、水の系統が上手で頼りになる誰かがいたはずなんだけど……おかしいわね、誰だったかしら……?」
「はぁ? キュルケ、あなたその年でもうボケはじめたの? だいたい、学院中の女子から恋人を奪っておいて散々恨みを買ってるあんたとまともに話をするのなんて、わたしたちと水精霊騎士隊のバカたちくらいじゃないのよ」
「そ、そうね……おかしいわね、けど本当にそんな子がいたように思えたのよ。変ね……こう、振り向けばいつも隣にいるような……」
「ちょっとしっかりしてよ。あんたは入学してからずっと一人で……一人で、あれ?」
 キュルケが頓珍漢なことを言い出したのでルイズが文句を言おうとしかけたとき、ふとルイズも心の片隅に違和感を覚えた。そういえば、キュルケの隣にはいつも……
 しかし、ルイズが考え込もうとしたとき、同じグループになっているモンモランシーがじれたように割って入ってきた。
「ねえ、ルイズにキュルケ、起きながら夢を見るのはギーシュだけにしてくれないかしら? そんなことより、もうすぐわたしたちのところにも新入生が来るわよ。ちょっとは先輩らしくしてないと恥をかいても知らないからね」
 言われてルイズもキュルケもはっとした。確かにわけのわからないデジャヴュに気を取られている場合ではなかった。
 それにしても、今学期からの新入生は見るからに粒の大きそうなのが多そうだ。ルイズたちが他のグループを見渡すと、多くのグループで新入生の女子が先輩たちを逆に叱咤しながら出発していくのが見えた。その大元締めはツインテールをなびかせながら先頭きって歩いていくベアトリスで、聞くところによると彼女たちは水妖精騎士団というものを作って男に張り合っているらしく、さっそく下僕を増やしているようだ。
 ほかに目をやれば、ティファニアが遠くから手を振ってくるのが見えた。彼女も今学期から魔法学院で学ぶことに決め、新入生として入ってきたのだ。もちろん才人は迷わずに手を振ってティファニアに応えた。
「おーいテファーっ! っと、テファの引いたグループはギーシュのとこかよ。ギーシュの奴、一生分の幸運を今日で使い果たしたなこりゃ」
 ティファニアの隣を見ると、よほどうれしかったのかギーシュが泣きじゃくりながら始祖に祈っているのが見えた。才人は、気持ちはわからなくもないけど、ありゃ遠足が終わった後は地獄だなと、自分の隣で怒髪天を突きそうなモンモランシーを横目で見て思った。

910ウルトラ5番目の使い魔 61話 (4/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:41:25 ID:1IG2yQTQ
 けど、それにしても自分たちのとこに来るはずの新入生が遅いなとルイズたちは思った。もう組み合わせのくじ引きは全員終わっているはずだ、どこかで迷子にでもなっているのではと心配しかけたとき、唐突に声がかけられた。
「あの、すみません。こちら、ティールの5の組で間違いないでしょうか?」
 振り返ると、そこにはフードを目深にかぶった女性とおぼしき誰かが立っていた。ルイズはやっと来たかと思いつつ、先輩風を吹かせながら答えた。
「ええそうよ、よく来たわね。わたしはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。こっちとこっちはキュルケにモンモランシーよ、歓迎するわ。あなたはなんていうの?」
「アン……と、お呼びください。ウフフ」
 新入生? は、短く答えるとルイズの目の前まで歩み寄ってきた。相変わらず顔はフードで覆ったままで口元しか見えないが、微笑んでいるのはわかった。しかし、先輩を前にして顔を見せないとはどういう了見だろうか?
「アン、ね。それはいいけど、吸血鬼じゃあるまいし顔くらい見せなさいよ。礼儀がなってないわね、どこの家の子よ?」
「フフ、どこの家と申されましても、先輩方もよくご存じのところですわよ。ただ、お口にするのは少々遠慮なされたほうがよろしいですわ」
 その瞬間、ルイズたちの反応はふたつに割れた。ルイズやモンモランシーは無礼な口をきいた新入生への怒りをあらわにし、対して第三者視点で見守っていたキュルケは「この声はもしかして?」と、口元に意地悪な笑みを浮かべてルイズたちをそのまま黙って見守ることにしたのだ。
「あんた、どうやらまともな口の利き方も知らないようね。顔を見せないどころか、このラ・ヴァリエールのわたしに向かって家名すら名乗らないなんて舐めるにも程があるわ! どこの成り上がりか知らないけど、今すぐその態度を改めないなら少しきつい教育をしてあげるわよ!」
 ルイズは杖を相手に向け、フードを取らないなら無理やり魔法で引っぺがしてやるとばかりに怒気をあらわにする。才人が、「おいそりゃやりすぎだろ」と止めに入っても、プライドの高いルイズは才人にも怒声を浴びせて聞く耳を持っていない。
 しかし、杖を向けられているというのに、その新入生? は少しもひるんだ様子はなく、むしろからかうようにルイズに向けて言った。
「ウフフ……相変わらずルイズは元気ね。まだわからないのですか? わたくしですわよ、わたくし」
「はぁ? わたしはあんたみたいな無礼なやつに知り合いな、ん……ええっ!?」
 ルイズは、相手がフードをまくって自分たちにだけ見えるようにのぞかせた顔を見て仰天した。それは、涼しげなブルーの瞳をいたずらっぽく傾けた、トリステインに住む者であれば見間違えるわけのないほどに高貴なお方。すなわち。
「ア、アア、アンリエッタじょお、うぷっ!」
「駄目ですわよルイズ、わたくしがここにいることが他の生徒の方々にバレたら騒ぎになってしまいます。このことは内密に頼みますわ」

911ウルトラ5番目の使い魔 61話 (5/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:43:10 ID:1IG2yQTQ
 叫ぼうとしたルイズの口を指で押さえ、アンリエッタは軽くウインクして告げた。だがルイズは落ち着くどころではなく、隣で泡を食っているモンモランシーほどではないが、可能な限り抑えた声で必死で、こんなところにいるはずがないアンリエッタ女王に詰め寄った。
「どど、どうしたんですか女王陛下! なんでこんなところにいるんです? お城はどうしたんですか!」
「だってルイズ、最近あんまり平和が続きすぎて退屈で退屈でたまらなかったんですもの。それでルイズたちが楽しそうなイベントに向かうと聞いて、いてもたってもいられなくなったんですの」
「女王陛下たるお方が不謹慎ですわよ。いえそれよりも、お城はどうなさったんです? 女王陛下がいなくなって大変な騒ぎになってるんじゃないんですか?」
「大丈夫ですわ。銃士隊の方で、わたくしと体つきが似ている子に『フェイス・チェンジ』の魔法を使って身代わりになってもらいましたから、今日の公務は会議の席で座っているだけですからバレませんわよ」
 笑いながらいけしゃあしゃあとインチキを自慢するアンリエッタに、ルイズは放心してそれ以上なにも言えなくなってしまった。この方は女王になって落ち着いたかと思ったけどとんでもない、根っこは子供の時のままのおてんば娘からぜんぜん変わってなかったのね。
 自分のことを棚に上げつつ頭を抱えるルイズ。才人は、そんなルイズにご愁傷さまと思いつつ、微笑を絶やさないでいるアンリエッタに話しかけた。
「つまりお忍びで女王陛下も遠足に参加したいってわけですね。けど、あのアニエスさんがよくそんなことに隊員を使わせてくれましたね?」
「ええ、もちろんアニエスは怒りましたわ。でも、アニエスとわたくしはもう付き合いも長いものですから、お願いを聞いていただく方法もいろいろあるんですわよ。たとえば、アニエスが国の重要書類にうっかりインクをぶちまけてしまったりとか、銃士隊員の方が酔って酒場を破壊してしまったりとか、わたくしはみんな知っておりますの。もちろん、オスマン学院長からも快く遠足に参加してよいと許可をいただいてますわ」
 にこやかに穏やかに語っているが、才人やルイズは「この人だけは敵に回したらいけない」と、背筋で冷凍怪獣が団体で通り過ぎていくのを感じた。モンモランシーはそもそも話が耳に入っておらず、キュルケは「よほどの大物か、それともよほどの悪人か、どっちの器かしらね」と、母国の隣国の総大将の人柄を観察していた。
 
 とはいえ、今更「帰れ」と言うわけにもいかないので、ルイズたち一行はアンリエッタを加えて遠足に出発した。
「本当にうれしいですわ。ルイズといっしょにお出かけなんて何年ぶりでしょう。モンモランシーさん、今日のわたくしはただの新入生のアンですわ。仲良くしてくださいね」
「は、はい! 身に余る光栄、よよ、よろしくお願いいたしますです」
 舌の根が合っていないが、王族からすればモンモランシ家など吹けば飛ぶような貧乏貴族であるからしょうがない。モンモランシーにはとんだとばっちりだが、ルイズにも気遣ってあげるほどの余裕はなかった。
 万一女王陛下にもしものことがあれば、その責任はまとめて自分に来る。そうなったら確実にお母様に殺される、人間に生まれたことを後悔するような目に合わされてしまう。

912ウルトラ5番目の使い魔 61話 (6/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:49:51 ID:1IG2yQTQ
 すっかりお通夜状態のルイズとモンモランシーに対して、アンリエッタのルンルン気分はフードをかぶっていても才人にさえ感じられた。四頭だての馬で、目的地の山まではおよそ二時間ほど、それまでこの異様な雰囲気の中でいなければいけないのかと才人は嫌になった。
 けれど、そこでいい意味で空気を読まないのがキュルケである。
「ねえ女王陛下、目的地まで時間はたっぷりあることですし、楽しいお話でもいたしません? たとえば、ルイズの子供のころの思い出話とかいかがかしら?」
 その一言に、アンリエッタの表情は太陽のように輝き、対してルイズの表情は新月の月のように暗黒に染まった。
「まあ素敵! もちろんたくさん思い出がありますわよ。まずどれがいいかしら? そうだわ、あれは幼少のわたくしがヴァリエール侯爵家へお泊りに行った日の夜」
「ちょ、ちょっと女王陛下! あの日のことはふたりだけの秘密だって約束したはずです! って、それならあれはって、いったい何を話す気ですか、やめてください!」
 ルイズは天使のような笑みを浮かべるアンリエッタがこのとき悪魔に見えてならなかった。
 まずい、非常にまずい。ルイズは人生最大のピンチを感じた。アンリエッタは、自分の人に聞かれたくない過去を山ほど知っている。アンリエッタは聡明で知られるが、特に記憶力のよさはあのエレオノールも褒めるほどだった。つまり、ルイズ本人が忘れているようなことでさえアンリエッタは覚えている可能性が非常に高い。
 これまで感じたことのないほどの大量の冷汗がルイズの全身から噴き出す。ただしゃべられるだけならともかく、聞いているのはキュルケに才人だ。しかもモンモランシーまで、さっきまでのうろたえようから一転して好奇心旺盛な視線を向けてきている。もしも、自分の恥ずかしい過去の数々がこいつらに聞かれようものなら。
”まずい、まずすぎるわ。こいつらに聞かれたら絶対に学院中に言いふらされる。そうなったら『ゼロのルイズ』どころじゃないわ、身の破滅よ!”
 過去の自分を止めに行けるものなら今すぐ行きたい。しかしそうはいかない以上、できることはなんとかアンリエッタを止めるしかない。
「じょ、女王陛下! おたわむれを続けると言われるのでしたら、わたしも女王陛下の子供のころの」
「何をしゃべろうというのですかルイズ?」
 その一声でルイズは「うぐっ」と、口を封じられてしまった。王族の醜聞を人前で語るほどの不忠義はない、それにしゃべったとしてもキュルケやモンモランシーがそれを他人に話すわけがないし、誰も信じるわけがない。
 絶対的に不利。ルイズに打つ手は事実上なかった。まさか女王に向かって力づくの手をとれるわけがない、ルイズは公開処刑前の囚人も同然の絶望を表情に張り付けて、これが悪夢であることを心から願った。
 だがアンリエッタは「ふふっ」と微笑むと、してやったりとばかりにルイズに言った。
「ウフフ、本当にルイズは乗りやすいわね。冗談よ、わたくしがルイズとの約束を破るわけがないじゃないの。昔話もいいけれど、わたくしは今のルイズのお話を聞きたいわね」
「なっ! じ、女王陛下……は、はめましたわね!」
 証拠はアンリエッタの勝ち誇った笑顔であった。ルイズは、自分が最初からアンリエッタに遊ばれていたことをようやく悟ったのである。

913ウルトラ5番目の使い魔 61話 (7/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:53:07 ID:1IG2yQTQ
 ルイズの悔しそうな顔を見て、アンリエッタはうれしそうに笑う。キュルケは、ルイズの面白い話が聞けなくて残念ねと言いながらも笑っているところからして、こちらも最初からアンリエッタの意図を読んでいたらしい。
 しまった、焦って完全に陛下の術中に陥ってしまった。この人は昔から、笑顔でとんでもないことを仕掛けてくるのが大好きだった。姫様が意味もなく笑ってたら危険信号だと幼いころなら常識だったのに。
「もうルイズったら、昔のあなたならこのくらいのあおりにひっかからなかったのに。わたくしと遊んでくださっていた頃のことなんて、もう忘れてしまったのですか?」
「そ、そんなこと言われても。もうわたしたちだって子供じゃありませんし。それに最近はいろいろあって気が休まる暇もなかったじゃないですか!」
「そうね、最近は……あら、そういえば最近なにかあったような気がするけど、なんだったかしら? ルイズ、最近どんなことがありましたかしら?」
「もう女王陛下、そんなことも忘れてしまったのですか! ついこのあいだトリステインはロマリアとガリアを……えっ?」
 思い出せない。トリステインは、ロマリアとガリアを相手に……なんだったろうか? ルイズは思わず才人やキュルケ、モンモランシーにも尋ねてみたが、三人とも首をかしげるばかりだった。
「そういや、なんかあったっけかな? てか、おれたちここ最近なにしてたっけか?」
「うーん、なにか忙しかったような。えっと、なんだったかしらモンモランシー?」
「あなたたち何を変なこと言ってるのよ。ここしばらく、事件みたいなことは何もなかったじゃない。トリスタニアの復興ももう終わるし、世は何事もなしよ」
 このときモンモランシーは自分が矛盾を含んだ言葉を口にしていることに気づいていなかった。
 なにかがおかしい。だが誰もなにがおかしいのかがわからないでいる。
「んーん、なんだっけかなあ? けどまあ、思い出せないってことはたいしたことじゃないんじゃないか?」
「そうね、サイトの言う通りかもね。あーあ、なんか頭がモヤモヤしてやな気分になっちゃったわ。話題を変えましょう。女王陛下、最近ウェールズ陛下とのお仲はどうなのですか?」
 キュルケが話を振ると、アンリエッタはそれはさぞうれしそうに答えた。
「はい、今はそれぞれの国で離れて暮らしておりますけれども、毎日のようにお手紙のやりとりをしてますので、まるでわたくしもアルビオンにいるように感じられますのよ。それに、もうすぐ全地方の領主の任命がすみますから、そうすればしばらくトリステインでいっしょに暮らせるんですの、楽しみですわ」
 アンリエッタとウェールズの鴛鴦夫婦ぶりは、もうトリステインで知らない者はいないほどだった。
 のろけ話の数々がアンリエッタの口から洪水のように飛び出し、キュルケやルイズは楽しそうに聞き出した。モンモランシーも、ギーシュもこうだったらいいのになとしみじみと思いながら聞き入っており、蚊帳の外なのは才人だけである。
「なあデルフ、おれあと二時間もこれ聞かされなきゃいけねえのか?」

914ウルトラ5番目の使い魔 61話 (8/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:53:58 ID:1IG2yQTQ
「はぁ、こういうことがわからねえから相棒はダメなんだよ」
 デルフにさえダメ出しされる才人の鈍感さは、もはや不治の病と呼んでもいいだろう。デルフは、少しはまじめに聞いて参考にしやがれと才人に忠告し、才人はしぶしぶ従ったが、デルフは内心どうせダメだろうなとあきらめかけていた。
 蒼天の下をとことこと進む四頭の馬。楽しそうな話し声が風に乗って流れ、女子たちの笑顔がお日様に照らされて輝き続ける。先ほどの違和感のことを覚えている者はもうひとりもいなかった。
 
 
 そして時間はあっというまに過ぎ、昼前になって目的地のヴォジョレーグレープの自生している山に到着した。
「うわー、こりゃまたジャングルみたいな山だな」
 ふもとから見上げて、才人は呆れたようにつぶやいた。高尾山登山みたいなものを想像していたがとんでもない、まるで中国の秘境で仙人が住んでいそうなすさまじく険しい高山だった。
 これはさぞかし荘厳な名前がつけられた山なんだろうなと才人は思った。しかし。
「ついたわよ、アラヨット山!」
 ルイズが大声で叫んだ名前のあまりに珍奇な響きに、才人は盛大にずっこけてしまった。
「ル、ルル、ルイズなんだよ、その山の名前はよぉ?」
「ん、あんた知らなかったの? この山にはじめて登頂して解禁日のヴォジョレーグレープを持ち帰ってきた平民の探検家がつけた名前よ。その勇敢さには貴族ですら敬意を表したと言われるわ、確か自分のことを”エドッコ”だと名乗ってたそうよ」
「ああ、さいですか」
 どうやら昔にトリステインにやってきた地球人らしいが、さすが世界に冠たる変態民族ジャパニーズ。残していく足跡の濃さが半端ではない。
 しかし、こちとらは探検家ではない。こんな要塞みたいな山どうやって登るんだよと呆然とする才人。しかしモンモランシーが杖を取り出してこともなげに言った。
「ヴォジョレーグレープは人間の手の入っていない秘境でしか育てない繊細な植物なのよ。それも、山頂でしかいい実はとれないから、ここからは早い者勝ちね。ん? どうしたのサイト、あなたを抱えていかなきゃいけないんだから早くロープで体をくくりなさいよ」
「あ、そういやメイジは飛べるんだったな。なるほど、これも魔法の授業の一環ってことか」

915ウルトラ5番目の使い魔 61話 (9/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:55:08 ID:1IG2yQTQ
 納得すると、才人はあまりうれしそうな顔ではないモンモランシーに感謝しつつ、彼女と体をロープでつないだ。フライの魔法で浮ける力には個人差があるが、どうやらここにいるメイジはルイズ以外、人ひとりを抱えて飛べるくらいの力はあるようだ。なおルイズはアンリエッタに抱えられている、新入生に運んでもらうなんて傑作ねと、周りで飛んでいる別のグループの生徒が笑っていたが、ルイズ的にはキュルケに借りを作ることのほうがプライドが許さなかったようだ。
「あーあ、こんなときに……の……に乗ればひとっ飛びだったのにね。あら? 誰の、なにだったかしら」
 キュルケがふと首をかしげたのもつかの間、険しい山もその上をまたいでいくメイジにかかっては積み木と変わらず、一行はたいしたトラブルもなくアラヨット山の山頂付近へと到着していた。
 山頂では特別教員のカリーヌやエレオノールが試験官として待っており、到着した者に厳しく言い渡した。
「ようし、よくここまでやってきましたね! しかし、本番はこれからです。上級生は日ごろ学んだ知識を活かし、新入生は上級生からよく学んで立派なポーションを作るように。落ち着いてやればできないことはありません、諸君らにトリステイン貴族としての矜持と信念があればおのずと道は開けるでしょう。ポーション作りもまた、魔法の一環である以上は精神のありようが結果を大きく左右します。採点に手加減はしないからそのつもりでいなさい。では、かかれ!」
 カリーヌとエレオノールの、娘や妹でも容赦しないという視線を背にして、ルイズたちは「これは本気でかからないと危ない」と、飛び出した。
 ボジョレーグレープの木は普通のブドウとよく似ていたが、実の形が決定的に違っていた。実がまるで紫色のダイヤのように高貴に輝いており、才人が見てさえこれが貴重なものだということが一目でわかった。それが木の枝中にびっしりと実っており、木一本でグループ全員の分としては十分すぎるほどであった。
 しかし、この神秘的な光景は解禁日の今日だけなのだ。急いで収穫してポーション作りを始めないといけない。見ると誰に運んできてもらったのかシエスタが地面に落ちた質の落ちる実をせっせと拾い集めて背中のかごへ入れている。負けていられない。
「ルイズ、足を引っ張らないでよ」
「馬鹿にしないでよ。実技ならともかく、ポーションならわたしだってなんとか……女王陛下は大丈夫ですか?」
「うふふ、心配なさらないで。モンモランシーさんが優しく指導してくださってますから」
「あわわ、女王陛下に手ほどきするなんてなんて名誉な。もし失敗なんかしたらモンモランシ家は、あわわわ」
「で、結局めんどくさい収穫作業はおれってことだよな。わかってましたよはいはい」
「相棒はマシなほうだろ、俺っちなんか剪定バサミの代わりだぜ。うれしすぎて泣けてくるぜ」
 こんなのでちゃんとしたポーションが作れるのだろうか? 不安がいっぱいで、木の下でシートを広げてポーション作りにいそしむ一行であった。

916ウルトラ5番目の使い魔 61話 (10/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:59:10 ID:1IG2yQTQ
 少し耳を澄ますと、ティファニアやベアトリスの悲鳴が聞こえてくるあたり、ほかのグループも難儀しているようだ。カリーヌのプレッシャーがすごいのと、どうやら今年のヴォジョレーグレープは実の品質の差が大きいらしい。
 
 だが、てんやわんやながらも楽しくできたのはそこまでだった。突然、山が崩れるのではないかという巨大な地震が彼らを襲い、山肌を崩して異様な魔人が巨体を現してきたのだ。
「ドキュメントZATに記録を確認、えんま怪獣エンマーゴ」
 才人の手の中のGUYSメモリーディスプレイが怪獣の正体をあばく。というより、鎧姿で剣と盾を構えて、王と刻まれた冠をかぶっている怪獣なんて他にいやしないのだから間違えるほうが困難だ。
 エンマーゴは地中からその姿を現すと、巨体で木々を踏みつぶし、口から吐き出す真っ黒な噴煙で山々の緑を枯らし始めた。
「野郎、このあたりをまとめてコルベール山にする気か!」
「はげ山って言いたいわけねサイト。この状況でとっさにそんなセリフが出てくるあたり、あんたもたいしたタマねえ」
 モンモランシーが呆れたような感心したような表情で後ろから見つめてくる。才人としては別にコルベールに悪意などを持っているわけではないのだが、ハゲという単語が頭の中で自動的に変換されてしまうのだ。
 しかし、このままエンマーゴに暴れさせるわけにはいかない。奴はまっすぐにアラヨット山を目指してくる。
「まあ大変ですわ。このままヴォジョレーグレープがだめにされたら、せっかくの楽しい遠足が台無しになってしまいます」
「女王陛下もけっこう余裕ですわね……と、とにかくここはご避難くださいませ」
 どこか現実離れした態度のアンリエッタにも呆れつつ、モンモランシーは自身の主君を怪獣の脅威から遠ざけるために、山の反対側を指して避難を促した。これに、家名のために王家に恩を売っておくべきという打算が入っていなかったといえば恐らく嘘になろうが、うまいジュースを作るには果汁の中に些少の水も必要であろう。人間とは血と肉と骨の混成体であり、その精神が混成体であってはいけない道理などはない。
 しかし、無法を我がものとする怪獣の暴挙に対して、逃げるわけにはいかない者たちもいる。才人とルイズは、キュルケにあとのことはよろしくと目くばせすると、仲間たちから離れて手をつなぎあった。
 
「ウルトラ・ターッチッ!」
 
 光がほとばしり、進撃するエンマーゴの眼前にウルトラマンAがその白銀と真紅の巨体を現した。

917ウルトラ5番目の使い魔 61話 (11/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 21:00:22 ID:1IG2yQTQ
「ウルトラマンAだ!」
 生徒たちから歓声があがる。みんなが楽しみにしていた遠足を邪魔する奴は許せないと現れた正義の巨人は、生徒たちに勇気と希望をもたらしたのだ。
「テエェーイッ!」
 掛け声も鋭く、ウルトラマンAは刀を振り上げてくるエンマーゴに立ち向かっていった。
 ウルトラマンAの金色の目と、エンマーゴのつりあがった真っ赤な視線が交差し、両者は刹那に激突する。エースの放ったキックをエンマーゴは盾で防ぐが、盾ごとエースはエンマーゴの巨体を押し返した。
 だがエンマーゴも負けてはいない。恐ろしげな顔をさらに怒りで燃え上がらせ、巨大な刀を振り上げてエースを威嚇してくる。あれで切られたらタロウのように一巻の終わりだ! エースは才人とルイズに注意を喚起した。
〔気を付けろ、一度戦ったことのある相手だが、油断は禁物だぞ〕
〔はい北斗さん、って……あれ? エンマーゴと戦ったことなんて、ありましたっけ?〕
〔あ、いやすまない。俺の勘違いだ……くそっ〕
 妙なことを言い出すエースに一瞬だけ首をかしげつつ、才人はルイズとともにエンマーゴに向かい合った。
 エンマーゴの特徴は、なんといってもその重装備だ。十万度の高温にも耐える鎧に、ストリウム光線をもはじく盾、そしてなんでも切断できる刀である。こと接近戦となれば太刀打ちできる怪獣や星人は宇宙中探してもそう多くはないだろう。
 しかし、エースにも今ならばからこそある武器がある。才人は、自分の相棒である世界最強の剣(才人談)を使うようエースにうながした。
〔北斗さん! デルフでぶった斬ってやろうぜ〕
〔ようし、まかせろ!〕
 相手が刀ならこちらも刀で勝負するまで。デルフリンガーを拾い上げたエースは物質巨大化能力を使って、数十メートルの大きさにまで巨大化させた。
 日本刀へと姿を変えているデルフを構えるエース。デルフも、この姿での巨大化初陣に張り切っている。
「うひょぉ、やっぱ大きくなると眺めがいいぜ。さぁて、サムライソードになったおれっちの威力、おひろめといこうか」
 剣は誰かに使ってもらわないと出番を作りようがないため、巡ってきたチャンスにはどん欲になるのはわかるが、せっかくの決め場なんだから少しは自重してほしいと思わないでもない才人とルイズであった。
 ともあれ、剣を構え、エンマーゴと対峙するエースの雄姿に新たな歓声があがる。メイジ、貴族にとって剣は平民の使う下賤な武器というイメージがあるが、ここまで大きいと有無を言わさぬ迫力がある。
「ヘヤアッ!」
 エースのデルフリンガーと、エンマーゴの宝剣が激突して、鋭い金属音とともに火花が飛び散る。デルフリンガーの刀身は、十分にエンマーゴの刀との斬りあいに耐えられることが証明された。

918ウルトラ5番目の使い魔 61話 (12/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 21:02:49 ID:1IG2yQTQ
 ようし、これならいけると喜びの波が流れる。さらに一刀、二刀と斬り合いが続いたがデルフリンガーは健在で、デルフ自身も不調を示すことはない。
 けれど、これで互角というわけではなかった。エースにあるのはデルフリンガー一本だが、エンマーゴには刀のほかに鎧と盾がある。防御力では圧倒的にエンマーゴのほうが優勢なのだ。
〔やつめ、誘ってやがるな〕
 才人は、せせら笑っているようなエンマーゴを見て思った。これだけ武装の差があれば当然といえるが、戦いは武器だけで決まるものではない。
 そう、戦いは人がするもの。人の力がほかの要素を引き出し、生かしも殺しもする。ルイズは才人に、それを見せてやれと叱咤した。
〔サイト、あんたの力を見せてやりなさい。あのときみたいに!〕
〔ああ、あのときみたいに。いくぜ、これがウルトラマンの本当の力だぁーっ!〕
 才人とエースの心が同調し、エースはデルフリンガーを正眼に構えて一気に振り下ろした。それに対して、エンマーゴは「バカめ」とでもいうふうに盾を振り上げてくる。盾で攻撃を防いで、そこにカウンターで切り捨てようという気なのだ。
 デルフリンガーとエンマーゴの盾が当たり、エンマーゴの口元がニヤリと歪む。しかし、エンマーゴは次の瞬間に予定していたカウンターを放つことはできなかった。エースの剣は盾で止まらずに、そのまま力を緩ませずに盾ごと押し下げてきたのだ!
〔なに安心してやがんだ! 本番はこれからだぜ!〕
 才人の気合とともに、止まらない一刀が火花をあげながらエンマーゴの盾を押し込み、なんと盾に食い込み始めた。
 灯篭切りというものがある。達人が、一刀のもとに石でできた灯篭を真っ二つにしてしまうというものだ。それに、日本では武者が盾を持って戦うことはなかった、それはなぜか? 日本刀の一撃の前には、盾など役に立たないからだ。
「トアァーッ!」
 エースと才人の気合一閃。デルフリンガーはついにエンマーゴの盾をすり抜けて、エンマーゴの体を頭から足元まで駆け抜けた。
 一刀両断。エンマーゴは愕然とした表情のまま固まり、真っ二つになった盾が手から外れて足元に転がる。
「見たか! 新生デルフリンガー様の切れ味をよ!」
 ご満悦なデルフが高らかに笑い声をあげた。しかしうれしいのはわかるが、せっかく決めのシーンなんだから少しは我慢してくれよと思わないでもない才人だった。
 だが、新生デルフリンガー……すさまじい切れ味には違いない。素体になった日本刀が名刀だったのか数打だったのかは才人にはわからないが、丹念に研いでくれた銃士隊の専属の研ぎ師さんには感謝せねばなるまい。
 エンマーゴは、超高速でかつ鋭すぎる一撃で両断されたため、一見すると無傷の状態で立ち往生していた。だがそれも一時的なことだ、残された胴体もまた左右に泣き別れになろうとしたとき、介錯とばかりにエースの光波熱線が叩き込まれた。
『メタリウム光線!』
 鮮やかな色彩を輝かせる光の奔流を撃ち込まれ、エンマーゴは微塵の破片に分割され、飛び散って果てた。

919ウルトラ5番目の使い魔 61話 (13/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 21:04:11 ID:1IG2yQTQ
 爆発の炎が青い空を一瞬だけ赤く染め、エンマーゴの刀が宙をくるくると舞って山肌に地獄の化身の墓標のように突き立った。
 勝利! エンマーゴは塵となって消え、山々に平和が戻った。エンマーゴによって荒らされた山肌も最小限で済み、ヴァジョレーグレープも無事で済んだ。
〔やったな、才人、ルイズ〕
〔はい! でも、おれたちだけの力じゃないぜ。怪獣に立ち向かうには、なにより心の力が大事なんだって、前にエンマーゴと戦ったときにしっかり見たからこそできたんだ〕
〔そうよ、わたしたちは一度戦った相手になんか負けるわけないんだから〕
〔ふたりとも……〕
 北斗はこのときなぜか手放しでの称賛をしなかった。才人とルイズは、エンマーゴと戦ったことを理性では”ない”と言ったが、たった今無意識においては”あった”と言ったのである。
 それにしても、どうして唐突にエンマーゴが現れたのか? ウルトラマンAは、喜ぶ才人とルイズとは裏腹に、虚空を見つめて一言だけつぶやいた。
〔奴め、とうとう動き出したか……〕
〔ん? 北斗さん、今なんて?〕
〔あ、いやなんでもない。それより帰ろう、遠足はまだまだこれからだろう?〕
〔ああっ! そうだったわ。急ぐわよサイト、時間切れで失格なんてことになったら、お母様に本気で殺されちゃうわ!〕
 ふたりはすっかり遠足気分に戻り、エースは「それなら長居は無用だな」と、デルフリンガーを手放して飛び立った。
「ショワッチ!」
 エースの姿は青空の雲の上へと消えていき、生徒たちは手を振ってそれを見送った。
 
 
 そして遠足は再開され、アラヨット山にはまた魔法学院の生徒たちの悲喜こもごもな声が響き渡る。
 自然は穏やか、懸念していた猛獣もエンマーゴに驚いて逃げてしまったのか影も見せずに平和そのもの。そうしているうちに昼が過ぎ、あっという間にタイムリミットが迫ってきた。
「ああっ! また失敗したわ。もう、このヴォジョレーグレープ腐ってるんじゃないの?」
「なわけないでしょルイズ。わたしも女王陛下もとっくの昔にポーション完成させてるのよ? それより、次で失敗したら確実にタイムオーバーよ、いいのルイズ?」

920ウルトラ5番目の使い魔 61話 (14/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 21:06:02 ID:1IG2yQTQ
「うう、うぅぅぅ……モ、モンモランシー……手伝って、ください」
「わかったわよ、こっちはずっとそのつもりだったのに。まあルイズが人に頭を下げるだけでもたいしたものかしら? よほどカリン先生が怖いのね」
 ルイズはキュルケに指摘されて、しぶしぶながらモンモランシーの助力を受けながら最後のポーション作りにとりかかった。
 プライドの高いルイズでも、それ以上の恐怖には勝てなかったわけだ。その理由を知るアンリエッタは「わたくしも手伝いますわ、焦らずがんばりましょう」とルイズを励ましてくれている。
「うぅ、作り方は間違ってないはずなのに、なんでよ」
「単にルイズが不器用なだけだろ」
「なあんですてぇバカ犬! あんた今日ごはん抜きよ!」
「きゃいーん!」
 まさに口は災いの元。余計な一言でルイズを怒らせた才人は、その後ルイズの怒りをなんとか解いてもらうために苦労するはめになった。
 世の中、思っても言ってはいけないことがある。いくらルイズが編み物をしようとするとセーターという名の毛玉ができるほど神がかったぶきっちょだとしても、人間ほんとうのことを言われると腹が立つものだ。
 タイムリミットギリギリのところで、ルイズはなんとかエレオノールから合格点をもらってホッと息をついた。もし間に合わなかったら、ルイズの人生はここで終わりを告げていた可能性が高い。
 
「ようし、これで全員合格だ。よくやった、あとは学院に戻って解散だ。その後は……ふふ、楽しみにしていなさい」
 
 日が傾き始める中、生徒たちはやりとげた達成感を持ってアラヨット山を後にした。
 そして帰校して、持ち帰ったヴォジョレーグレープを食堂のマルトーに渡した生徒たちは、数時間後にすばらしいご褒美を得ることができた。
「舌がとろけそう、これはまさに天国の味ですわね……」
 出来上がったヴォジョレーグレープのワインを口にして、アンリエッタは夢見心地な笑顔を浮かべた。
 『固定化』の魔法を使っても保存が不可能、作ったその時にしか味わえないヴォジョレーグレープのワインは、芳醇であり、甘みもしつこくなく、喉を通る時もさわやかで、まさに至高にして究極の味わいをプレゼントしてくれた。
「かんぱーい!」
 食堂は満員で、そこかしこで乾杯の声が聞こえてにぎやかなものである。

921ウルトラ5番目の使い魔 61話 (15/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 21:07:29 ID:1IG2yQTQ
 むろん、ルイズや才人も上機嫌で舌鼓を打っており、キュルケは酔ったふりして脱ぎだして男子生徒の視線を集めて楽しんで、モンモランシーは酔った勢いでティファニアに詰め寄っているギーシュをしばきに行っていた。
 ギムリやレイナールたち在校生、ベアトリスら新入生も陽気に騒いで、歌って飲んでいる。
 教師連も同様で、コルベールやシュヴルーズらも年一度の味を精一杯礼節を保ちながら楽しんでいる。オスマンは酔ったふりしてエレオノールのスカートを覗きに行って顔面を踏みつぶされた。
 シエスタやリュリュはおかわりを求める生徒たちにワインを詰めたビンを運ぶために休まずに右往左往している。しかし、仕事が終わった後はちゃんと彼女たち用の分が残されているので、その顔は明るい。
 この日ばかりは平民も貴族も上級生も新入生も教師も関係なく、共通の喜びの中にいた。特に、今年は例年にも増して騒ぎが大きい、それもそのはず。
「あっはっは、やっぱり自分で苦労して手に入れたもんは格別だぜ!」
 自分で足を運び、手を動かして、汗を流して手に入れたからこそ、そこには他には代えがたい喜びが生まれるのだ。たとえば貝が嫌いな子供が自分で潮干狩りをして得たアサリならば喜んで食べるのも、そのひとつと言えよう。
 才人に続いてルイズも、顔を赤らめながら上品にグラスを傾けてつぶやく。
「怪獣と戦ったりしたから、その苦労のぶん喜びもひとしおね。点数をつければ百点満点……いえ、それ以上。今日のこの味は、一生覚えているでしょうねえ」
 苦労の大きさに比例して、達成したときの喜びも大きい。誰もが、その恩恵を心から噛みしめていた。
 宴は続き、まだまだ終わる気配を見せない。
 
 
 だが、宴に沸く魔法学院のその様子を、どす黒い喜びの視線で眺めている者がいたのだ。
「アハハハ! まさにグレェイト! そしてワンダホゥ! こうも予定通りに事が進むとは、さすが高名な魔法学院の皆々様。あのエンマーゴは、石像に封じられたオリジナルを解析して再現したデッドコピーでしたが、期待以上に働いてくれました。まったく、いい情報をいただき感謝いたしますよ、お姫様?」
 暗い宮殿の一室で、モニターごしに喜びの声をあげる宇宙人。しかし、感謝の言葉を向けられた青い髪の少女は、じっと押し黙ったままで答えようとはしなかった。
「……」
「おや? お気にめさないですか。でも、石像が運び込まれていた怪獣墓場にまでわざわざ出向いて行ったついでに、ウルトラ戦士にもう一度挑戦したいという方も幾人かお誘いできましたし、私はまさに万々歳です。あそこはいいところですね、そのうちまた行きたいものです。なによりこれで、我々の目的に一歩近づきました。よかったですね、ねえ国王様?」
「フン、つまらん世辞はいらんわ。言う暇があったらさっさと出ていけ。まだ先は長いのだろう? まったく、貴様のやり口は悪魔でさえ道を譲るだろうよ」
「お褒めの言葉と受け取っておきましょう。でも、忘れてもらっては困りますよ? これがあなた方の望んだ理想の世界だということを。では、次の見世物の準備ができたらまた参りますね。お楽しみに」
 宇宙人は去っていき、残された二人のあいだには鉛のように重い沈黙だけが流れ続けた。
 
 しかし、去った宇宙人は一見平和に見えるハルケギニアのどこかで、夜空にコウモリのようなシルエットを浮かべながら笑っていたのだ。
 
「まずは、”喜び”。フッフフフフ、確かにいただきましたよ。さて、次はなんでいきましょうか? 頑張って趣向を凝らしませんとねえ」
 
 異常が異常でない世界。しかし、世は平和で人々は幸せそうに生きている。
 侵略ではなく、破壊でもない。ならば何が企まれているのか? すべてはまだ、はじまったばかりに過ぎない。
 
 
 続く

922ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 21:32:27 ID:1IG2yQTQ
今回は以上です。
最初読まれたときは投稿事故か外伝突入かと思われたかもしれませんが、これはれっきとした60話の続きです。
なんでこんなことになったのか? それは話ごとに明らかにしていきますが、読者の方にかなり鋭い方がいるようなので加減が難しいです。

923ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/23(日) 21:29:05 ID:W92l79z6
5番目の人、乙です。それでは投下を始めさせてもらいます。
開始は21:30からで。

924ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/23(日) 21:31:24 ID:W92l79z6
ウルトラマンゼロの使い魔
第百五十話「悪魔の復讐」
炎魔人キリエル人
炎魔戦士キリエロイドⅡ 登場

 ルイズ、才人、ジュリオの前に現れた人型の人魂、キリエル人。その名乗りに、ジュリオは
眉間に深い皺を刻みながらつぶやく。
「キリエル……確か終末思想を唱える異教徒が崇拝する偶像の名がそんなだった。それが実在
してて、今こうしてぼくたちの目の前にいるなんてね……。それも攻撃してくるなんて」
「何が目的!? あんたも侵略宇宙人なの!? それともガリアの刺客!?」
 杖を握り締めながら詰問するルイズ。それにキリエル人は、やや気分を害したように返答する。
『このキリエル人をそのような低俗な者どもと同一視しようとは、それだけで愚かしいほどの
無礼よ。我らは無知蒙昧なるお前たち人間を、救済へと導く存在である!』
「き、救済?」
『如何にも。人間は欲深く、愚鈍なる生物。貴様らの罪深き魂は、このキリエル人の導きに
従うことによってのみ救われるのだ』
 最早高圧的などというレベルではないことをさも当然かのように語るキリエル人に、ルイズは
怒りを通り越して引いていた。
「か、勝手なこと言ってんじゃないわよ! そういうのを侵略っていうんでしょうが!」
「やめておきなよ、ルイズ。こういう輩には何を言ったところで無駄なもんさ」
 ジュリオが知った風な顔でルイズを押しとどめた。
『こちらも、得体にならぬ話をしに来たのではない。我らの聖なる焔で浄化するのだ! この
キリエル人に逆らったという大罪をッ!』
 豪語するとともに業火を放ってくるキリエル人。ルイズたちは慌てて逃れる。
「あいつ、一体何言ってるの!? さっきから訳のわかんないことばっか!」
「ルイズ、下がってろ! 危ないぞ!」
 デルフリンガーを構えてルイズを守ろうとする才人に、ジュリオが告げる。
「いや、危ないのはきみだと思うよ、サイト」
「え? どういうこと?」
「だって奴の狙いは……きみ一人のようだから」
 目を丸くしてキリエル人に振り返った才人は、その殺気が自身にのみ向いているようで
あることに気がついた。
『我が炎によって消え失せよ、咎人よッ!』
「ええええーッ!?」
 キリエル人の火炎弾から走って逃れる才人。それを追いかけながらキリエル人ががなり立てる。
『貴様、許さんぞ! あの時の裁きを受けよッ!』
 執拗に狙われる才人にジュリオが言う。
「随分と好かれてるねぇ。きみ、何やったの?」
「知らねぇよッ! 今日初めて会ったよ!?」
 全く呑み込めない才人だが、キリエル人はお構いなしで火炎を飛ばしてくる。炎はどんどんと
周囲に燃え移っていき、このままではルイズのみならず他の関係ない人たちも危ないだろう。
「くッ……ついてこいッ!」
『逃がさんぞ!』
 咄嗟の判断で大聖堂の外へ向かって全速力で駆け出す才人。キリエル人はやはり彼を標的に
して追跡していく。
「サイトぉッ!」
「行くなってルイズ! ここはひとまず彼に任せよう」
 身を乗り出したルイズをジュリオが制止し、才人はキリエル人を引きつけながら大聖堂を
飛び出していった。

 人気のない裏路地に入ったところで才人は立ち止まり、背後から追いかけてきていたキリエル人
へと向き直る。

925ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/23(日) 21:34:18 ID:W92l79z6
「お前、何なんだよ! どうして俺のことを狙うんだ!?」
『とぼけるな! 我らは忘れぬぞ、あの時の屈辱をッ!』
 問いかけた才人だが、キリエル人は怒りに駆られているためかその答えはまるで要領を得ない。
呆れ果てた才人は別の問いを投げかける。
「お前がどうして俺を目の敵にするのか、この際それはどうでもいい。けど関係ない人を
巻き込むような攻撃をするのはやめろ! お前の炎で誰かが重傷を負ったりしたらどうするってんだ!?」
 しかし、キリエル人はそれに傲然と言い返す。
『そんなことは知ったことではない! 我らの焔は聖なる炎。このキリエル人を崇めず、
ただの人間を崇拝する愚劣の極みたる者どもの罪を焼却して救済することにもなるのだ!』
 このキリエル人の言葉に、いよいよ才人も怒りが頂点に達した。
「ふざけんじゃねぇッ! 命を救おうとしない奴に、何が救えるんだ!!」
 あまりにも身勝手なキリエル人を、もう許すことは出来ない。才人はウルトラゼロアイを
取り出して装着。
「デュワッ!」
 即座にウルトラマンゼロに変身して、深夜のロマリアの市街の中心に立ち上がる。
『変身したか。ならば見せてやろう! 復讐のために、更に研ぎ澄ました炎と、戦の姿を!』
 対するキリエル人も、立ち昇る煙の柱とともに姿を変え、ゼロと同等のサイズの怪巨人となった!
 まるで白骨がそのまま怪物となったかのような体躯に、顔面はひどく吊り上がっていて、
凄絶な笑みを浮かべているようにも見える。そして胸部の片側には、明滅を繰り返す発光体。
殺気に溢れたこの肉体は、キリエル人の戦闘形態、キリエロイドである。
『姿を変えたか! だが如何様な姿になろうとも、必ず抹殺してくれるッ!』
『訳の分かんねぇことばっかくっちゃべってんじゃねぇぜ! 降りかかる火の粉は払うだけだ! 
行くぜッ!』
 夜の街に突如として出現した二人の巨人に、住居も持たない貧民を中心としたロマリア市民が
大騒然となる中、ゼロとキリエロイドの決闘の火蓋が切って落とされる。
「キリィッ!」
 先制したのはキリエロイドだ。風を切る飛び蹴りでゼロに襲いかかる。が、ゼロも迅速に
反応して回避。
「テヤッ!」
「キリィッ!」
 着地したキリエロイドに横拳を仕掛けようとしたが、その瞬間キリエロイドが後ろ蹴りを
見舞ってきたので防御に切り替えた。交差した腕でキックを受け止める。
「キリッ! キリィッ!」
 キリエロイドの勢いは止まらず、手技を織り交ぜた速い回し蹴りの連発でゼロを徐々に
追いつめていく。キリエロイドの高い敏捷性とフットワークの軽さから来る連続攻撃は、
反撃を繰り出す余地を与えない。
「デェヤッ!」
 しかし格闘戦ならゼロにとっても得意分野。相手のキックを捕らえて上に押し返すことで、
キリエロイドを宙に舞わせる。そこを狙って今度こそ拳を打ち込むも、キリエロイドは即座に
受け身を取って拳を打ち払った。
「シェアッ!」
「キリィッ!」
 ゼロは背後に跳びながらゼロスラッガーを投擲。それをキリエロイドは火炎弾の爆撃で
はね返した。スラッガーがゼロの頭部に戻る。
『なかなかやるじゃねぇか……』
 下唇をぬぐって精神を落ち着かせながらつぶやくゼロ。ゼロの宇宙空手の腕でも、キリエロイド
との格闘戦は互角の状態だ。また、キリエロイドの攻撃の一発一発には重い恨みの念が籠っている
ことにもゼロは気がついた。それがキリエロイドの技のキレも威力も増しているのだ。

926ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/23(日) 21:36:47 ID:W92l79z6
 ここでゼロは一瞬、周囲の地表を一瞥した。街のそこかしこに、まだ避難の完了していない
人間が大勢いる。ロマリアは人口密度がハルケギニアでも一位二位を争うレベルなので、その分
避難にも手間と時間が掛かっているのだ。あまり勝負が長引けば、彼らに危険が及ぶ恐れが
比例して高まる。
『とっとと勝負を決めてやるぜッ! はぁぁぁッ!』
 ブレスレットを輝かせ、ストロングコロナゼロに変身。超パワーで格闘戦を決めてしまおうと
いう魂胆だ。
「キリィッ!」
 だがしかし、その瞬間にキリエロイドの肉体にも大きな変化が生じた!
『何!?』
 みるみる内に筋肉が盛り上がり、肉体全体がパンプアップ。腕には刃が生え、より攻撃的な
形態となる。
「向こうも変身した……!」
 大聖堂の外に出て戦いを見守っているルイズが戦慄した。ゼロのお株を奪うかのような
形態変化であった!
「キリィッ!」
『ぐッ!』
 変身を遂げたキリエロイドが飛び込んできて、ストレートパンチを見舞ってくる。ガードした
ゼロだが、盾にした腕がビリビリ痺れた。肉弾戦特化のストロングコロナの腕を痺れさせるとは、
よほどの重さだ!
「キリィッ! キリィッ!」
「セェェアッ!」
 更にキリエロイドは腕の刃を武器にして斬撃を振るってくる。ゼロは両手にゼロスラッガーを
握り締めて対抗し、火花を散らして切り結ぶ。
 一気に勝負を決めるつもりが、キリエロイド側の対応で依然として拮抗。だが、それでは
長期戦に弱いウルトラ戦士が不利となる。
『だったらこうだッ!』
 そこでゼロは戦法を再度変化。ストロングコロナからルナミラクルゼロとなり、キリエロイドの
斬撃をかわしながら高空へと飛び上がった。接近戦が駄目なら、空中戦だ。
「キリィィッ!」
 しかし、キリエロイドもまた再び変身。背面に巨大な翼を生やし、ゼロに向かって一直線に突貫!
『なッ!? うわぁぁぁッ!』
 ジェット機をも上回るスピードで体当たりされたゼロははね飛ばされ、地表に叩きつけられてしまう!
「ゼロッ!」
 思わず絶叫するルイズ。しかも追いかけて着地したキリエロイドが翼を仕舞ってゼロの
背後を取り、首に腕を回してきつく締め上げ出した。
「キーリキリキリキリ!」
『うッ、ぐぅぅぅぅ……!』
 ゼロの苦しみを反映するように、カラータイマーが点滅して危機を報せる。しかしこんなに
密着されていては、超能力を発動する隙がない。ゼロのピンチ!
「何とかしないと……!」
 ルイズが身を乗り出しかけたが、その時に後ろから誰かに呼びかけられた。
「待った、ルイズ! ここはぼくたちに任せてくれ!」
 振り返るルイズ。そこに並んでいたのは……。
「ギーシュ! みんなも!」
 ギーシュを先頭にした、オンディーヌの隊員たちである。ギーシュは胸を張ってルイズに宣言。
「ゼロには何度も助けられている。今度はぼくたちが彼を助ける番だ!」
「い、言うじゃないの! 見直したわギーシュ!」
 驚くルイズ。こんなに頼もしいギーシュは今までにあっただろうか。
「それじゃあお願い!」
「ああ! 行くぞみんな、今こそ練習の成果を見せる時だ!」
「おおッ!」

927ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/23(日) 21:38:44 ID:W92l79z6
 ギーシュの号令により、オンディーヌが一斉に杖を高々と掲げた。果たして彼らはどんな
魔法を駆使してゼロを助けるというのか、ドキドキと緊張するルイズ。
「今だッ!」
 そして彼らの杖の先端から同時に魔法の光が発せられ、ゼロの正面で弾ける!
 現れたのは……光による、ハルケギニアの文字の列。
「えッ? 文章?」
 呆気にとられるルイズ。反対側から見ているので文字が左右逆だが、ルイズはそれが「がんばれ
ゼロ」と書かれていることを理解した。
 オンディーヌが口々に叫ぶ。
「負けるなゼロー!」
「こんなことでやられるあなたではないだろう! まだやれるッ!」
「しっかりするんだ! ぼくたちがついてるぞー!」
 わぁわぁと応援の言葉を叫ぶ、だけのオンディーヌにルイズがズルッと肩を落とした。
「ちょっとあんたたちぃッ!? 期待させといて応援するだけってどういうことなのよ! 
もっとマシなこと練習しなさいよッ!」
 大声で突っ込むルイズだが、ギーシュたちは堂々と言い返した。
「何を言うかね! 所詮ドットかラインのぼくたちの魔法で、怪獣をまともに相手に出来る
はずがないだろう!」
「勇気と無謀をわきまえて、出来ることをするのが戦場で生き残る秘訣だよ!」
「無茶をして命を散らす方が、ゼロの気持ちを裏切ることになるよ!」
「そ、それはそうかもしれないけどッ!」
「あはは、面白いね彼ら」
 どうも釈然としないルイズの傍らで、ジュリオが噴き出していた。
 しかしそんなルイズとは裏腹に、オンディーヌの作り出した魔法の光に照らされたゼロは、
胸の内に勇気が湧き上がってきた!
『あいつら……よぉしッ!』
 気合い一閃、通常状態に戻ると同時にキリエロイドの腹部に鋭い肘鉄をお見舞いする。
「キリィィッ!」
 キリエロイドがひるんで拘束が緩んだ隙に脱出。ゼロは体勢を立て直すことに成功した。
「ほら見ろ! ゼロが助かったぞ!」
「ぼくたちの応援が功を奏したんだ!」
「間違ってなかっただろう!?」
「え、えぇー……まぁ、そうかもしれないけど……」
 喜ぶオンディーヌに、ルイズは反応に困った。
 それはともかくとしてゼロは、スラッガーを連結してゼロツインソードDSを作り上げた。
毅然と構え、デルフリンガーへ呼びかける。
『行くぜデルフ! あいつらに応援された手前、あんま情けねぇとこは見せられないからな!』
『その意気だぜ! さぁ、おまえさんの本当の実力を見せつけてやんな!』
 ゼロとキリエロイドが互いに肉薄。キリエロイドが腕の刃を振りかざして斬りかかってくる。
「キリッ! キリィッ!」
「シェアッ! ハァァァッ!」
 しかしゼロはツインソードを閃かせて相手の刃を弾き返し、がら空きになったボディに
斬撃を仕返ししていく。
「キッ、キリィィィッ!」
 大剣による連撃を入れられ、さしものキリエロイドもただでは済まずに大ダメージを負った。
そうして隙が生じた相手を、ゼロは思い切り蹴り上げて宙に浮かす。
「セェアッ!」
「キリィーッ!」
 空中に舞ったキリエロイドへと、ゼロがまっすぐ跳躍!
『これでフィニッシュだぁッ!』
 空にZ型の斬撃が刻まれ、キリエロイドは体内の火炎が暴走して爆散! 紅蓮の灯火を
バックに、ゼロが颯爽と着地した。

928ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/23(日) 21:41:47 ID:W92l79z6
「やったぁ! ゼロの逆転勝利だ!」
「練習の甲斐があったぜ!」
「うおおぉぉーッ!」
 大空の彼方へと飛び去っていくゼロを見送りながら、一気に沸き立って大喜びするオンディーヌの
面々。その様子を一瞥したルイズは、ふぅと息を吐いていた。
「まぁ、勝ったし良しとしましょうか……」

 キリエロイドを撃退し戻ってきた才人は、新しくあてがわれた客室でルイズを相手につぶやいた。
「それにしても、さっきの奴は何だったんだろうな。どうして俺のこと、あんなに敵視してた
のかな……」
「やっぱり誰かと勘違いしてたんでしょ。そうでもなきゃ説明がつかないわ。あんた、あれとは
会ったことなかったんでしょ?」
「当然だよ。あんなけったいな奴、どこかで会ってたら忘れたりしねぇよ」
 しかし、このハルケギニアに自分に似た人間などいるのだろうか? 人種から違うのに……
と考える才人だったが、キリエル人を撃破した今、真実を確かめることは出来なくなった。
「まぁいっか。それよりこれからのことだ。さっきのはガリアとは無関係だったみたいだけど、
三日後には必ずガリアが何らかの動きを見せるはずだ。きっとまた何か怪獣を送り込んでくる
はず……。今度こそガリアをとっちめて、タバサを解放してやらなきゃ」
 と使命に燃える才人だったが、そこにゼロが尋ねる。
『けど、いいのか才人? 本当にガリアと事を構えて。そう簡単には決着がつかないと思うぜ』
「もちろんだよ。何度も言ってるだろ?」
『けどな……せっかく帰れるようになったってのに。ズルズルとここに留まることになるかも
しれねぇんだぜ』
 今のゼロの言動に、ルイズは反射的に振り返った。
「えッ、今のどういうこと!? サイトが……帰れる!?」
『ああ。才人には先に言ったんだけどな』
 ゼロがルイズに告げる。
『一度死んで、命の再生がやり直しになってた訳だが、思ったよりも早く完了してな。つい
昨日のことだ』
「命が再生したってことは……ゼロとサイトが分離できるってことよね?」
『そういうことだ。そいつはつまり、才人を地球に送り返せるってことだ』
 少なくないショックを覚えるルイズだったが、話の流れはその方向に進んでないことに気づく。
「そ、それなのにサイト、まだこっちにいるつもりなの?」
 才人はあっけらかんと答えた。
「ああ。だって今の中途半端な状況を投げ出すなんて、目覚めが悪いよ。最低でも、タバサを
ガリアから完全に救い出して安全を確保する! それが済むまではな」
「で、でも……いいの? もう一年以上もこっちにいるじゃない。その……ご家族が心配
されてるはずよ。また危ない目にも遭うでしょうし……確実に帰れる内に帰って、後のことは
わたしたちに任せるのだって……」
 自らの負い目もあり、才人を説得するルイズだったが、それでも才人の気持ちは変わらなかった。
「いいんだ。そりゃあ本音を言えば、母さんたちの顔を見られないのは寂しいけどさ……。
でも、ただの高校生だった俺がウルトラマンだぜ? そして一つの星を救ったなんてことを
土産話にすれば、みんなひっくり返るよ! 母さんも、俺のことを誇りに思ってくれるはずさ! 
それまで我慢するよ」
 その時のことを想像して瞳を輝かせる才人。そんな彼の様子にルイズは思わず肩をすくめた。
「もう、すっかり英雄気取りね。でも……」
 ルイズは、いけないことだとは思いつつも、才人がハルケギニアに留まる道を選んだことに、
喜びと幸せが心の中に溢れて仕方なかった。顔がにやけるのを堪えるのが大変であった。
 才人の家族には申し訳ないと思いながら、この時間が一分一秒でも長く続けばいいのに……
そんな考えまで抱いていた。

929ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/23(日) 21:43:16 ID:W92l79z6
以上です。
才人が留まるよ!やったねルイズ!

930ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/29(土) 00:18:38 ID:Kyl6YLKo
こんばんは、焼き鮭です。今回の投下を行います。
開始は0:20からで。

931ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/29(土) 00:21:49 ID:Kyl6YLKo
ウルトラマンゼロの使い魔
第百五十一話「ブリミルの贈り物」
地中鮫ゲオザーク 登場

 アンリエッタの密命により、ルイズとティファニアをロマリアへと連れてきたオンディーヌ。
そこで待っていたのは、教皇ヴィットーリオからのガリア王ジョゼフ廃位の計画の協力要請だった。
タバサを救うために才人は乗り気であったが、ルイズは彼がまた危険を背負い込むことになる故に
消極的だった。そして返答を保留したまま――間に才人がキリエル人から身に覚えのない復讐を
されるなんてこともあったが――一日が経過した。
 そして早朝、才人は昨晩誘われた通り、ジュリオに連れられ地下のカタコンベまで来ていた。
ひんやりと湿った空気が漂う狭い通路の中、才人がぼやく。
「辛気臭いとこだなぁ。こんなとこで見せたいものって何だよ。お墓とかじゃないだろうな」
「墓というのはある意味で合ってるかもね。でも、眠ってるのは人じゃない」
「はぁ?」
 才人とジュリオが行き着いた場所は、四方に鉄扉がついた円筒状の空間だった。ジュリオは
鉄扉の一つの前に立つと、錠と何重もの鎖を取っ手から外し、錆びついた扉を力ずくで開ける。
その途端に埃が舞い上がり、才人は思わずむせる。
 扉の奥は照明がなく、真っ暗であった。しかしジュリオが部屋中の魔法のランタンに明かりを
灯すことで、その暗闇の中に隠されていたものが才人の目に露わとなった。
「な、何だよこりゃ……」
「驚いたかい?」
 ジュリオが言った通り、才人は目の前に広がった光景に、一瞬にして圧倒されていた。
 手前の棚にところ狭しと並べられているのは、明らかな銃器。しかもハルケギニアの原始的な
ものとは全く違う……地球製のものばかりだった。イギリス製の小銃から始まり、ロシアのAK小銃。
サブマシンガンにアサルトライフル……スーパーガンやウルトラガンなど、歴代の防衛隊の銃器
までもあった。ほとんどは錆で覆われていて、完全に壊れているものもあるが、いくつかは新品
同様にピカピカと光を反射していた。
「見つけ次第、“固定化”で保存したんだが……中には既に壊れていたり、ボロボロだったり
したものもあったんでね」
 ジュリオの言葉が半分くらいしか頭に入ってこないほど、才人はこの部屋に収められている
ものを見回していた。近代の技術による銃火器以外にも、火縄銃やマスケット銃などの古典的な
ものや、日本刀やブーメランなど時代と地方を選ばずに、武器と呼べるものがこれでもかと鎮座
している。ちょっとした博物館のようであった。
「……何でここにこんなものがあるんだ?」
 才人の疑問に答えるジュリオ。
「東の地で……ぼくたちの密偵が何百年もの昔から集めてきた品々さ。向こうじゃ、こういう
ものがたまに見つかるんだ。エルフどもに知られないように、ここまで運ぶのは結構骨だった
らしいぜ」
 言いながら、部屋の一番奥にある、仕切りのカーテンに手を掛けるジュリオ。
「ほら、これなんかは一番大きいものさ。あまりにも大きいんでそのままじゃ運べないって
ことで、一旦解体されてからここで組み立てたそうだぜ。最初から壊れてて使えないのに、
そこまでする必要があったのかは甚だ疑問だけどね」
 カーテンが引かれ、その奥に隠されていたものを目の当たりにした才人が、思わず息を呑む。
 それは、全長五十メイルにまで届きそうな、巨大な足の生えたサメであった。……いや、
ビリビリに破けた皮膚の下から露出しているのは肉ではなく、鋼鉄の人工物。つまり、怪物
ザメに偽装したロボットなのだ。
「巨大生物に偽装したカラクリ。誰が、何のためにこんなけったいなデカブツを造ったんだろうね」
 肩をすくめるジュリオ。今は完全に破壊されていて物言わぬ巨大ロボットは、ネオフロンティア
スペースの地球人が巨人の石像を探し出すため、またその際に正体が露見しないように怪獣に見える
ように作り上げられた、ロボット怪獣ゲオザークである。才人たちのあずかり知るところではないが。

932ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/29(土) 00:25:23 ID:Kyl6YLKo
「けどこっちのデカブツはまだ動くみたいだ。動かし方が分からないんだけどね」
 ジュリオがゲオザークから離れ、油布に覆われた小山のようなものに近づき、その油布を
引っ張って取り外した。
 積もった埃がずり落ちた油布によって舞い上がる中、才人は再度目を見張った。
「こ、こんなものまで……」
 武骨ながらもそれが逆に芸術性を感じさせるような黒塗りの車体。下部には四輪と、その後方に
キャタピラが備わっている。そして一番目立つのが、機首より突き出た太く鋭いドリル。側面には、
歴史の教科書で目にしたウルトラ警備隊の紋章がランプの灯りに照らされ燦然と輝いていた。
 地球防衛軍開発の、ウルトラ警備隊に配備された地底戦車であり、史上最大の侵略を仕掛けてきた
ゴース星人の基地を爆破するための特攻で全機失われてしまったはずのマグマライザー。紛れもない
本物だった。
 才人は思わずマグマライザーに手を触れた。その途端、左手のガンダールヴのルーンが
仄かに光った。それが、マグマライザーがまだ生きていることの証明だった。
 マグマライザーに圧倒されている才人の様子を見て、ジュリオが口を開く。
「ぼくたちはね、このような“場違いな工芸品”だけじゃなく、過去に何度も、きみのような
人間と接触している。そう、何百年も昔からね。だから、きみが何者だか、ぼくはよく知っているよ」
「お前……」
「そしてきみは、この“武器”たちの所有者になれる権利を持っている。だから、この“場違いな
工芸品”はきみに進呈しよう」
「権利だと? どういう意味だ?」
「これは元々きみのものなんだよ、ガンダールヴ。きみの“槍”として贈られたものなのさ」
 言いながら、ジュリオは“虚無”の使い魔の歌を唱えた。その中では、神の左手ガンダールヴは、
左手に大剣、右手に長槍を握っていたとある。
「ぼくはヴィンダールヴ。ありとあらゆる獣を手懐けることができる。怪獣は大きすぎて
難しいんだけどね。それでも、既に何匹かはロマリアから遠ざけることに成功してるよ」
 才人はロマリアが、空中大陸のアルビオンと違って地上の国なのに怪獣被害が少ないという
話を聞いた覚えがあるのを思い出した。神官らは始祖ブリミルの威光と喧伝しているそうだが、
ジュリオがそのタネだったという訳だ。
「ミョズニトニルンは、ガリアの怪しい女。マジックアイテムを使いこなす。普通の戦いだったら
最強だろうね。最後の一人は、ぼくもよく知らない。まぁそれは今は関係ない。きみだ、きみ! 
左手の大剣はデルフリンガーのことだよ。でもって、右の長槍……」
「どう見たってこいつらは槍には見えないぜ」
 マグマライザーを指差す才人に、ジュリオは説く。
「槍ってのはそのままの意味じゃない。“間合いが遠い”武器って意味さ。強いってことは、
“間合い”が遠いってことだ。怪獣が何故強いか分かるかい? 尋常じゃないタフさもあるけど、
単純に人間よりずっとでかいからさ。おまけに火や光線も吐く。ただの人間じゃ、鉄砲の弾が
届く範囲にすら近づく前にお陀仏だよ。対してウルトラマンゼロたち巨人は、怪獣と同等の
間合いに、それ以上の破壊光線を発射することで怪獣以上の最強として君臨してる。六千年前の
最強の武器は“槍”だった。それだけの話さ」
 マグマライザーの装甲を叩くジュリオ。
「始祖ブリミルの魔法は未だに聖地にゲートを開き、たまにこういうプレゼントを贈ってくれる。
考えられうる最強の武器……ガンダールヴの“槍”をね。だからこれはきみのものだ。兄弟(ガンダールヴ)」
 才人は胸が震えるのを感じた。スパイダーも、佐々木の乗っていたゼロ戦も……始祖ブリミルの
魔法によって導かれたものだったのだろう。そして、多分自分も……ひょっとしたら、ウルトラマン
ゼロすらも……。
 ゼロは時空の移動中に遭遇した次元嵐を抜ける最中、何かの力に引っ張られて自分と衝突
したと言っていた。
「まぁ、そんな訳できみに進呈するよ。ぼくたちが持っていても、さっき言ったように使い方が
分からないし……作れないし直せない。どんなに強い“槍”だろうが、量産できなきゃ意味はない。
きみたちの世界は、いやはや! とんでもない技術を持っているね。ウチュウ人にだって負けないんじゃ
ないか?」

933ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/29(土) 00:28:15 ID:Kyl6YLKo
「聖地にゲート?」
「そうさ。他に考えられるかい? 多分、何らかの“虚無魔法”が開けた穴だ。きっとね」
 才人はここに来て次々知らされた内容に、めまいを覚えそうな気分にすらなった。

「……そんな訳で、こいつをもらってきた」
 昼食後、才人は客室で、姿見からこの場に来てもらったミラーとグレンに、カタコンベから
持ってきた銃器を見せていた。
 レベルスリーバースの地球の一つからゲートを潜り、ハルケギニアへとやってきたその武器の
名は、ディバイトランチャー。ナイトレイダーという組織の標準兵装である、可変光線砲だ。
武器に勘の働くデルフリンガーが、こいつが一番汎用性に優れると勧めたのだ。本来ならば
生体認証で登録者以外は取り扱うことは出来ないのだが、そこはガンダールヴの力でクリアした。
「へぇ〜。しっかしすげぇ話だなぁおい。何か色々と地球の人や物品がここに来てるみてぇ
だとは思ってたけどよ、まさかそんな仕掛けがあったとは!」
 ジュリオから伝えられ、才人が話したガンダールヴの“槍”と聖地のゲートの話に、グレンは
感心し切っていた。ミラーもまた、圧倒されたように顎に手をやる。
「その聖地のゲートというのは、要するにスターゲートのようなものなのでしょうね。しかし、
一個人がそれを作り上げようとは……」
『ああ。俺も話だけだったら、多分信じなかった。それだけとんでもねぇ内容だぜ』
 ミラーに同意を示すゼロ。スターゲートとは、多次元宇宙を股に掛けて存在する怪獣墓場の
唯一の恒常的な出入り口であるグレイブゲートのような、宇宙と宇宙をつなぐ扉である。しかし
もちろん、そんな大それたものがそうそう簡単に設置できるものではない。グレイブゲートも、
誰が作ったものなのかは未だ解明されていない。
 それなのに、ブリミルは六千年も機能するほぼ完璧な形のゲートを作り上げたようだ……。
“虚無”の魔法の強力さは、自分たちの想像以上だとゼロたちは感じた。
「けど今はそれよりガリアのことだぜ。ルイズの奴は、作戦に未だに反対してるってか?」
 話題を変更するグレン。才人はうなずく。
「そうみたいだ。どうも不機嫌でな……。せっかくのガリアの王様をやっつける絶好の機会
だってのに、どうして分かってくれないんだ? ルイズの奴」
 ぼやく才人に、ミラーが告げる。
「恐らくルイズは、あなたに危険が及んでほしくないのですよ。サイト、あなたが一番危険な
立場ですからね」
「でも、危険なら今までいくらでもあったじゃないか。どうして今頃……」
 納得できていない才人に、グレンもうんうんうなずいていた。そんな二人にミラーは肩を
すくめる。
「自ら危険を呼び入れようとするのに反対なのでしょう。女性とは、親密な男性相手には
そうするものです」
「うーん……俺にゃあそういう心理はいまいち分かんねぇぜ」
 全く女心に疎いグレンがポリポリ頭をかいた。
「で、そのルイズは今どうしてんだ?」
「ああ、あいつなら教皇聖下に呼ばれてたぜ。“始祖の祈祷書”も持っていって、向こうで
何やってるんだろ……」
 才人がつぶやいたその時、不意にこの部屋の中に、ピコン、と軽快な電子音が鳴り渡った。
「ん? 今の何だ? 何かの着信か?」
「あッ、ごめん俺だ。……えッ!?」
 つい反射的にグレンに答えた才人が、目を見張った。
「着信!? そんな馬鹿な!」
 まさかと思いながら通信端末を引っ張り出すのだが……その画面には確かに、メールの
着信を知らせる表示があった。
 ハルケギニアに来てから、一度も出てくることのなかった表示だ。
『お、おい才人、これって……』
「そんな……どうして、今になって……」

934ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/29(土) 00:30:32 ID:Kyl6YLKo
 ゼロも才人も、唖然としていた。様々な機能を持つ端末ではあるが、宇宙を隔てているの
だから、通信の類だけは絶対に出来ないはずなのだ。

 その理由は、ルイズの側の行いにあった。
 ルイズとティファニアはヴィットーリオに、新たな呪文の発見の場に招待されていた。
紆余曲折あってコルベールから“火のルビー”を返却されたことを契機に、新しい“虚無”を
祈祷書の中から見つけ出そうとしたのだった。
 最初に祈祷書を見たティファニアは何も見つけられなかったが、ヴィットーリオは新たな
呪文を得た。
 それは“世界扉(ワールド・ドア)”。その名の通り、ハルケギニアと別の世界を一時的に
つなぐ扉を作り出す呪文。
 その扉を通った電波を端末が受信し……地球からのメールが、才人の元に届いたのだった。

 才人の端末には、何通ものメールが受信された。単なるダイレクトメールもあれば、友人からの
メールもあった。しかし一番多かったのは……母からのメールだった。
 才人は最後のメールを開いて、読んだ。

 才人へ。
 あなたがいなくなってから一年以上が過ぎました。
 今、どこにいるのですか?
 高凪春奈さんがよく元気づけに来てくれます。私は平賀くんに会った、いつか無事に帰って
くるから心配しないでくださいといつも言ってくれます。
 でも、いつかじゃなく今すぐにあなたの無事な姿を見たいのです。
 もしかしたら、メールを受け取れるかもしれないと思い、料金を払い続けています。
 今日はあなたの好きなハンバーグを作りました。
 タマネギを刻んでいるうちに、なんだか泣けてしまいました。
 あなたが何をしていようが、かまいません。
 ただ、顔を見せてください。

 その内に接続は切れたが、受信したメールはそのまま端末にある。
 ぽたりと、画面に涙が垂れる。
「お、おいサイト……」
 グレンが青ざめた顔で言いかけたが、ミラーが静かに首を振りながら止めた。
『……』
 ゼロもまた、何も言葉を発さなかった。

 ルイズは教皇の執務室から客室へと帰ってくる途中だった。
 ヴィットーリオやジュリオは、ルイズが“ワールド・ドア”を用いて才人を元の世界に
帰すようにと言い出すのではないかと考えていたようだが、才人は最早帰ろうと思えば
帰れる身。その上で自分からハルケギニアにいることを選んだのだから、そんなことを
切り出すつもりはなかった。
 けれども、いつか帰還する時のために自分を極力大切にするようにと再度説得するつもりで
戻ってきたのだが……客室の扉の前に、ミラーとグレンが難しい顔で並んでいるのに面食らった。
「二人とも、どうしたの? サイトは……」
 尋ねると、ミラーは口の前に指を立ててルイズに口を閉ざさせてから、ドアを少しだけ
開いて中の様子を見せてくれた。
 才人は、机の前で身体をかがめ、肩を微妙に上下させていた。泣いているのだ、とすぐに分かった。
「ミラー、一体何が……?」
 小声で尋ねると、ミラーが腕組みしながら説明した。
「どうしてなのかは分からないのですが……サイトの端末にメール……手紙が届いたのです」

935ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/29(土) 00:33:49 ID:Kyl6YLKo
「手紙……? 誰からの?」
「故郷……母君からです」
「……かわいそうにな……」
 グレンも、ポツリとそれだけつぶやいた。
 ルイズは、頭を殴られたようなショックを感じた。
 自分は、才人がハルケギニアに留まると宣言した時、喜びと幸せを感じていた。
 才人の親がどんな思いでいるのか、そして才人がそれを知った時、どんな思いになるのか……
考えもしなかった。

 翌日。泣き疲れていつの間にか眠ってしまっていた才人は、無理矢理にでも気分を切り換える
ことに決めた。明日は、いよいよ教皇の即位三周年記念式典。ガリアが必ず何らかの動きをする
だろう。その時に、今のような気分のままでいたらいけない。
 それと、昨日のことはルイズには秘密にしておこう。また、自分のせいにして落ち込む
だろうし。……そう考えて、努めていつも通りの調子でルイズに朝の挨拶をしたのだが……。
「おはよう」
 ルイズは昨日までの不機嫌さはどこへ行ったのか、にっこりと笑って挨拶を返した。しかも
いつもの魔法学院の制服ではなく、やけにおめかしした姿だった。その上、こんな時にも関わらず
才人を街のお祭りへ……デートへと連れ出したのだ。才人は訳が分からず、目を白黒させた。
 しかもルイズのおかしさはそれだけに留まらなかった。デート中、ルイズはずっと笑顔を
崩さなかった。才人が何を言っても。パンツを見せろだの、胸を触らせろだの、普段なら烈火の
如く怒り出すような無茶な注文をしても、嫌がるどころか進んでその通りにしたのだった。
ずっと反対していた作戦にも受け入れていた。
 才人は、もしかして寝ている間にアンバランスゾーンに入り込んでしまったのではないかと
変なことまで考えてしまった。
「なぁゼロ、さっきからずっとルイズが変だ。何か知らないか?」
『……』
「ゼロ……?」
 ゼロに尋ねかけても、ゼロも何故か一切口を利かなかった。しかし存在は確かに感じられる。
以前のように、長い眠りに就いている訳でもないようだった。
 どういうことはさっぱり呑み込めない才人を、ルイズはぐいぐい引っ張って祭りを堪能したのであった。

 そして夕方、二人は大聖堂の客室へと帰ってきた。才人はいよいよ我慢ならなくなって、
背を向けているルイズに問いかけた。
「なぁルイズ、お前何で今日はあんなに俺に笑顔を見せたんだ? そろそろ教えてくれよ。
何か理由あってのことなんだろ?」
 するとルイズは、やはり笑顔のまま振りかえって……答えた。
「サイト、これが今までたくさん助けてくれたあなたへの、わたしからの精一杯のお礼の
気持ちよ」
「今まで……?」
 ルイズの物言いに、才人は何だか不穏なものを感じた。
 そして、ルイズは続けて言った。
「それに……あなたには、笑顔のわたしを憶えて、故郷に帰ってほしいの。これがわたしの、
最後のわがまま」
 才人は固まった。
「お、俺が、故郷に帰る? 最後のわがまま? お前、何言って……」
「手紙が届いたんですってね。お母さまから」
 一瞬、才人は絶句した。
「聞いたのか……!」
 ルイズはやはり笑顔のままだが、鬼気迫る様子で才人に言いつけた。
「サイト、あなたは帰らなくちゃいけないのよ。今すぐにでも」
「ま、待てルイズ! それは……!」

936ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/29(土) 00:35:21 ID:Kyl6YLKo
 才人が取り成そうと言いかけたが、その時に左腕に妙な熱さを感じた。
 思わず左腕を持ち上げると……それまで一時も腕から外れたことのなかったウルティメイト
ブレスレットが、夢の世界の中でさえ消えなかったゼロとのつながりが……そこから消えていた。
「なッ……!?」
 そして気がつけば、自分の目の前に見知らぬ顔立ちの青年が立っていた。しかし顔に覚えは
なくとも、その雰囲気を自分はよく知っていた。
 その青年の左腕に、ウルティメイトブレスレットがあった。
「ゼロッ!?」
「才人……あまりに急になっちまったが、これでお別れだ。勝手かもしれねぇが……お前と
いた時間、とても楽しかったぜ」
 ゼロが自分に、手の平をかざす。
「待って! 待ってくれッ!」
 才人の呼びかけも聞かず、手の平からフラッシュが焚かれた。
 それを最後に、才人の意識が途切れた。

 才人の身体が、ぐらりと傾く。強制的に眠りに就かされた彼をルイズが抱きしめ、その顔を
優しく両手で包んで唇を重ねた。
「さよなら……わたしの優しい人。さよなら、わたしの騎士」
 ひっく、と嗚咽を漏らしたルイズが、ゆっくりと才人をベッドに横たえた。そしてゼロへと
振り返る。
「……いいわ。ゼロ、お願い」
「ああ……」
 ゼロが才人を地球に送り届けるために、ウルトラゼロアイを手に取った。――その寸前に、
鏡からミラーナイトの報せが飛び込んできた。
『ゼロ! ガリアに異様な気配が何十も感じられました! 恐らく、怪獣の大軍団が用意
されています!』
 それに、ルイズは大きく舌打ちする。
「こんな時に……!」
 ゼロは申し訳なさそうに告げる。
「……すまねぇな。ちょいと延期になっちまう。けど才人も一日二日は目を覚まさないだろう。
それまでに、何としてでも片をつけてやるぜ」
「お願い……。わたしも、出来る限りのことをするわ」
 ゼロとともに部屋を出る時に、ルイズは一度だけ振り返った。涙がとめどなく溢れ、頬を伝う。
涙を拭うこともせずに、ルイズはつぶやいた。
「さよなら。わたしの世界で一番大事な人」

937ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/29(土) 00:35:53 ID:Kyl6YLKo
ここまでです。
まぁこうなる。

938ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 19:52:22 ID:CWP4DxYk
ウルトラマンゼロの人、投下お疲れ様でした

さて皆さん今晩は、無重力巫女さんの人です
特に何もなければ19時56分から85話の投下を開始します

939ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 19:56:23 ID:CWP4DxYk
 夏季休暇真っ最中のトリスタニアがチクトンネ街の一角にある、居酒屋が連なる大通り。
 夜になれば酒と安い料理…そして女目当てに仕事帰りの平民や下級貴族達でごったがえすここも、今は静まり返っている。
 繁華街という事もあって人の通りは多いものの、日が暮れた後の喧騒を知る者たちにとっては静か過ぎると言っても過言ではない。
 それこそ夜の仕事に備えて日中は洞窟で眠る蝙蝠の様に、夕方までぐっすり快眠できる程に。
 
 そんな通りに建っている居酒屋の中でも、一際売り上げと知名度では上位に位置するであろう『魅惑の妖精亭』というお店。
 比較的安くて美味く、メニューも豊富な料理に貴族でも楽しめる数々の名酒、際どい衣装で接待してくれる女の子達。
 この周辺に住む者達ならば絶対に名前を知っているこの店も、日中の今はシン…と静まり返っている。 
 しかし、その店の二階にある宿泊用の部屋では、数人の少女達が別室で寝ている者たちを起こさない程度の声で話し合っている。
 そしてその内容はこの店…否、このハルケギニアという世界に住む者達には理解し難いレベルの会話であった。

 シングルのベッドにクローゼットとチェスト、それにやや大きめの丸テーブルに椅子が置かれた部屋。
 その部屋の窓際に立つ霊夢は、ニヤニヤと微笑む紫を睨みながら彼女に質問をしている。
 いや、それは窓から少し離れたベッドに腰掛けるルイズから見れば、゙質問゙というよりも゙尋問゙や゙取り調べ゙に近かった。
「全く。アンタっていつもいないないって話してる時に鍵って平気な顔して出てくるわよね」
「あら?酷い言い方ね霊夢。貴女たちが困っているのを、私が楽しんで眺めていたって言いたいのかしら?」
「あの式の式の文句が丸聞こえだった…ってことは、そうなんじゃないの?」
「失礼しちゃうわね。私は橙が文句を言っているのに気が付いたから、結果的に出てくるのが遅れちゃったのよ」
「それじゃあ結局、私達がいないないって騒いでたのを傍観してたんじゃないの!」
「こらこら、ダメよ霊夢?そんなに怒ってたら若いうちから色々と苦労する事になるわよ」
 怒鳴る霊夢に対して冷静な紫はクスクスと笑いながら、ついでと言わんばかりに彼女を茶化し続ける。
 自分に対し文句を言っていた橙に勉強と言う名の説教をしていた時も、その笑顔が変わる事は一瞬たりとも無かった。
 そして、あの霊夢をこうして怒らせている間も彼女はその余裕を崩すことなく、笑いながら巫女と話し合っている。
 
 あれが強者が持つ余裕というものなのだろうか?
 いつもの冷静さを欠いて怒る霊夢と対照的な紫を見比べながら、ルイズは思っていた。
 きっと彼女ならば、ハルケギニアの王家やロマリアの教皇聖下が相手でもあの余裕を保っていられるに違いない。
 そんな事を考えながらジーっと二人のやり取りを見つめていると、壁に立てかけていたデルフが話しかけてきた。
『よぉ娘っ子、そんなあの二人をまじまじと見つめてどうしたんだい?嫉妬でもしてんのか?』
「嫉妬?なにバカな事言ってるのよアンタ、そんなんじゃないわよ」
『じゃあ何だよ』
「いや…ただ、ユカリの余裕っぷりがちょっと羨ましいなぁって感じただけよ」
『…?あぁー、成程ねぇ』
 留め具を鳴らす音と共に、デルフは彼女が凝視していた理由を知った。
 確かに、あの金髪の人外はちょっとやそっとじゃあ自身の余裕を崩す事はないに違いない。
 人によってはその余裕の持ち方が羨ましいと思ったりしてしまうのも…まぁ分からなくはなかった。

 しかし、それを羨ましいと目の前で言うルイズが彼女の様になれるかと問われれば…。
 本人の前では刀身に罅が入るまで口に出せない様な事を考えながら、デルフは一人呟く。

940ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 19:58:23 ID:CWP4DxYk
『…けれどまぁ、ああいうのは経験だけじゃなくて持って生まれた素質も関係するしなぁ』
「どういう意味よソレ?」
『いや、お前さんには関係ない事だ。忘れてくれ』
 どうやら聞こえていたらしい、こりゃ迂闊な事は言えそうにない。
 自分の短所を暗に指摘してきた自分を睨み付けてきたルイズを見て、デルフは改めて実感する。
 幸いルイズ自身は昨晩から連続して発生している想定外の事態に疲れているのか、自分の真意には気が付いていないようだ。
 このまま追及されずに、何とかやり過ごせそうだと思った矢先、

「要するにデルフは、短気で怒りっぽいルイズが紫みたいになるのは無理だって言いたいんだろ?」
「へぇ、そう……って、はぁ?ちょっと、デルフ!」
『魔理沙、テメェ!』

 そんな彼に代わるのようにして、ルイズたちのやりとりを見ていた魔理沙が火付け役として会話に割り込んできたのだ。 
 椅子に座って自分たちと霊夢らのやり取りを眺めていた魔法使いは、何が可笑しいのかニヤニヤと笑っている。
 恐らくは暇つぶし程度でルイズを煽ったのだろうが、デルフ本人としては命に関わる失言なのだ。
「いやぁー悪い、悪い。今のルイズにも分かるように丁寧に言い直してやったつもりなんだがな」
『だからっておま――――…イデッ!』
 反省する気ゼロな笑顔でおざなりに頭を下げる彼女にデルフは文句を言おうとしたものの、
 ベッドから腰を上げて近づいてきたルイズに蹴飛ばされ、金属質な喧しい音を立てて床に転がった。

「この馬鹿剣!人が朝からヘトヘトな時に馬鹿にしてくるとかどういう了見なの!?」
『いちち……!お前なぁ、そうやって一々激怒するのが駄目だってオレっちは言ってんだよ!』
「何ですって?言ってくれるじゃないのこのバカ剣!」
 床に転がった自分を見下ろして怒鳴るルイズに対し、流石のデルフも若干怒った調子で文句を言い返す。
 伊達に長生きしていない彼にとって、短所を指摘して一方的に怒られることに我慢ならなかったのだろう。
 意外にも言い返してきたデルフに対しルイズも退く様子を見せる事無く怒鳴り返して、床に転がる彼を拾い上げる。
「今すぐこの場で訂正しなさい、じゃなかったらアンタの刀身をヤスリで削るわよ!」
『ヤスリだと?へ、面白れぇ!やれるもんならやってみやがれ、そこら辺の安物じゃあオレっちは傷一つつかないぜ!』
 もはやお互い一歩も引けず、一触即発寸前の危ない空気。
 どちらかが折れるかそれとも最悪な展開に至ってしまうのか、という状況の中で。
 この争いを引き起こした張本人であり、最も安全な場所にいる魔理沙は驚きつつもその笑顔を崩していない。
 むしろ二人の言い争いを楽しんでいるのか、楽しそうにお茶を啜っている。

「ははは、喧嘩は程々にしとけよおま―――…ッデ!」
「争いを引き起こした張本人が何観戦に洒落込もうとしてんのよ!」
 しかし、始祖ブリミルはそんな魔法使いの策略に気付いていたのだろう。
 ルイズの使い魔としで神の左手゙のルーンを持つ霊夢からの、容赦ない鉄拳制裁が下された。

 死なない程度に後頭部を殴られた魔理沙は殴られた場所を手で押さえて、机に突っ伏してしまう。
 頭に被っていた帽子が外れて床に落ちるものの、今はそれを気にせる程の余裕は無いらしい。
 呻き声を上げながら机に顔を伏せる彼女を見下ろし、鋭い目つきで睨む霊夢は魔理沙を殴った左手に息を吹きかけている。

941ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:00:23 ID:CWP4DxYk
「全く、アンタってヤツは目を離した途端にこれなんだから」
「イテテ…!だからって、おま…!あんなに強く殴る必要があるのかよ…」
「私はそんなに強く殴った覚えはないわよ」
 今にも泣きそうな魔理沙の抗議に対し、しかし霊夢は涼しい表情で受け流す。
 どうやら殴った加害者である巫女と、被害者の魔法使いとの間には認識の違いがあるらしい。
 しかし、第三者から見てみればどちらが正しい事を言っているのかは…まぁ一目瞭然と言うヤツだろう。
「さっきの一発、絶対普段からのうっぷん晴らしで殴ったわよね」
『だろうな。流石のオレっちでも、あんな風に殴られたら怒るより先に泣いちゃうかも』
 突然の殴打に一触即発だったルイズとデルフも、流石にアレは酷くないかと魔理沙に同情してしまっている。
 その魔理沙のせいで言い争いをする羽目になった二人から見ても、霊夢の殴打は間違いなぐやり過ぎ゙の範囲なのだ。

 霊夢の一撃で先ほどまで騒がしかった部屋が静まり返る中、紫が三人と一本へ話しかける。
 それは、ちょっとした諸事情で部屋にいないこの部屋の主とその従者に代わっての注意喚起であった。

「朝から賑やかな事ね。けど、あんまり騒がしいと後で藍に怒られますわよ。
 あの娘も色々とここで人間相手に信用を築いているし、その努力がパァになったら流石の彼女も怒るわよ?」
 
 笑顔を絶やさず自分たちを見つめて喋る紫に、霊夢は面倒くさそうな表情で「分かってるわよ」とすかさず返す。
 ルイズも同様に、紫の式が静かに怒っていた時の事を思い出してコクリと頷いて見せる。
 魔理沙は未だ机に突っ伏して呻いているが、頭を押さえていた両手の内右手を微かに上げた。
 大方「分かってるよ」と言いたいのだろうが、さっきルイズ達を煽っていた所を見るに理解していないようにも見える。
 最後に残ったデルフは三人がそれぞれ答えを返して数秒ほど後に、留め具を鳴らして言葉を出した。

『んな事、百も承知だよ。最も、レイムが殴るのを止めなかったお前さんも大概だがな』
「あら、随分と口が悪い剣なのね。まぁそのお蔭でこの娘たちと仲良くやれてるんでしょうけど?」
「それどういう意味よ?」
 デルフの冷静な指摘に対しても、その笑みを崩さぬ紫が彼に返した言葉にすかさず霊夢が反応し、
 再び嫌悪な空気が流れ始めたのを感じ取ったルイズは、たまらずため息をついてしまいたくなってしまう。
 そして彼女は願った。できるだけ、藍と橙の二人が自分と霊夢たちの荷物を手に速く帰ってこれるようにと。 

 現在このハルケギニアを訪問している八雲紫の式である八雲藍とその式の橙。
 本来この部屋を借りている彼女たちは今、ルイズたちが言い争うこの部屋にはいない。
 二人は紫からの命令を受けて、昨晩ルイズたちが大きな荷物を預けた店『ドラゴンが守る金庫』へと足を運んでいる。
 理由は勿論、その店に預けているルイズ達三人の荷物を取りに行って貰ってるからだ。
 念のため藍がルイズの姿に化けて荷物を出してもらい、その後で橙と一緒に運んでくるらしい。

 ルイズ本人としては不安極まりなかったが、今の状況ではやむを得ない選択であった。
 本当ならば任務の為に長期宿泊する宿を見つけてから荷物を取り出しに行く予定であったが、肝心の資金が盗まれてそれは不可能。
 とはいえ一度出された任務はこなさなければと考えていたルイズに、話を盗み聞きしていた紫がこんな提案をしてきたのである。

942ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:02:23 ID:CWP4DxYk
―――ならここに泊まれば良いんじゃないのかしら?丁度他の部屋は余裕があるんでしょう?
―――――えぇ?ルイズはともかく、博麗の巫女たちと一緒に…ですか?
―――別に貴女には彼女たちを手助けしろだなんて言ってないわ、寝泊まりできる場所を確保してあげなさいって事よ
 当初は主の提案に難色を示した藍であったが、結局は主からの命令に従う事となった。
 橙も何か言いたそうな顔をしていたが、その前にされていた説教が大分効いたのか何も言うことは無かった。

「けれども、今の私達なんて文無しでしょう?泊まりたくても泊まれないじゃないの」
「いや、お金に関してなら私の口座に…少しだけなら残ってたと思うわ」
 とはいえ、荷物はあっても任務をこなす為に必要な経費が無くなってしまった事に代わりは無い。
 霊夢がそれを指摘すると、ルイズはこの夏季休暇に使う事は無いだろうと思っていた手札を彼女に明かす。
 本来ならどん詰まりの状況なのだろうが、幸いルイズには財務庁の方で口座を開いていたのである。
 口座…といっても実際には実家から送られてくる月々のお小遣いで、大した金額は入っていない。
 それでも並みの平民にとっては半年分働いて稼いだ額と同じ金額であり、宿泊代は何とか捻出できる程にはある。

「あるといっても、三人分で一週間泊まれるかどうかの金額しかないけどね」
「それまでは並の人間らしい生活は遅れるけど、それ以降は物乞いデビューってところね」
「……冗談のつもりなんでしょうけど、今はマジで洒落にならないから言わないでよ」
 今の自分たちにとって最も笑えない霊夢の冗談に突っ込みを入れつつ、ふと紫の方へと困った表情を向けてみる。
 ここに自分たちを泊まらせるよう式に命令した彼女なら、きっと自分の手助けをしてくれるかもしれない。
 そんな甘い期待を胸に抱いたルイズは手に持っていたままのデルフをベッドに置くと、いざ紫に向かって話しかけた。
「ゆ―――」
「残念ですが、お金の事に関しては貴女と霊夢たち自身の手で解決しなさい」
「うわ最悪、読まれてたわ」
『そりゃお前さん、あたりめーだろ』
 すがるような表情から一転、苦虫を踏んだかのような苦しい表情を浮かべてしまう。
 まぁダメで元々…という感じはしていたが、こうもストレートかつ百パーセントスマイルで拒否されるとは思ってもいなかった。  
 ついでと言わんばかりに放たれるデルフの突っ込みを優雅にスルーしつつ、ルイズは紫へ話しかけていく。

「どうして駄目なのよ?アンタなら自分の能力でいくらでも金貨を出せそうじゃないの」
「その通りね。私のスキマが…そう、゙王宮の金庫゙とここを繋げば…それこそ貴女に巨万の富を授ける事はできるわ」
「……成程、その代わり私が世紀の大泥棒になるって寸法ね」
 自分の質問に目を細めてとんでもない返答をした紫に、ルイズは彼女を睨みながら冗談で返す。
 大抵の人間が言えば冗談になるような例えでも、目の前にいるスキマ妖怪が言うと本気に思えてしまう。

「ちょっとアンタ、ルイズに何物騒な事吹き込んでるのよ」
 そこへ紫の事は…少なくとも自分より詳しいであろう霊夢がすかさず彼女へと噛みついてくる。
 まぁ妖怪退治を本業とする彼女の目の前であんな事を言ったのだ、そりゃ警戒するつもりで言うのは当たり前だろう。
 そんな事を思って霊夢の方へと視線を向けたルイズは、そのまま彼女と紫の会話を聞く羽目になった。

943ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:04:33 ID:CWP4DxYk
「冗談よ霊夢。貴女ってホント、いつまで立っても人の冗談とかジョークに対して冷たいわよね」
「アンタは人じゃないでしょうが。それにアンタの性格と能力を知ってる私の耳には、本気で言ってるようにしか聞こえないわ」
「まぁ怖い!このか弱くてスキマしか操れない様な私が、そんな怖ろしい事をしでかすとでも…」
「しでかすと思ってるから、こうして警戒してるのよ私は」
 ワザとらしく泣き真似をしようとする紫にキツイ調子でそう言った霊夢の言葉に、ルイズ達も同意であった。
 ルイズ自身彼女と知り合って行こうしょっちょうちょっかいを掛けられていたし、デルフは幻想郷に拉致されている。
 魔理沙も紫の能力がどれだけ便利なのかは間近で見ていた人間であり、そして彼女が最も油断ならない妖怪だと知っている。
 霊夢に至っては、いわずもがな…というヤツだ。

 結果的にスキマ妖怪の言葉に誰一人信用できず、霊夢は疑いの眼差しを紫へと向けている。
 二人の近くに立つルイズに、殴られたダメージが癒えつつ魔理沙も顔を上げて紫を見つめていた。
 流石に分が悪いと感じたのか、それともからかうのはそろそろやめた方が良いかと感じたのか…。
 三人の視線を直に受けていた紫はその顔に薄らと微笑みを浮かべると、両肩を竦ませた。

「流石にそんな事はしないわ霊夢。…けれど、貴女たちにお金の支援をすることはできないと再度言っておくわ。
 私の能力を使えば確かに楽に集まるけれど、それを長い目で見たら決して貴女たちに良い結果をもたらさないしね」

 ようやく聞けた紫からのまともな返答に、ルイズは「…まぁそうよね」と渋い表情を浮かべて納得する。
 昨晩は霊夢が荒稼ぎして手に入れた大金を盗まれたせいで、とんでもないどんちゃん騒ぎに巻き込まれてしまった。
 変に荒稼ぎせずに、アンリエッタが支給してくれた経費で長期宿泊できる宿を探していればこうはならなかったに違いない。
 というか、あの少年は自分たちが派手に稼いだのを何処かで見ていたに違いないだろう。
 そんなルイズの考えている事を読み取ったのか、紫は笑顔を浮かべたまま考え込んでいるルイズへと話しかける。
「藍の話を聞いた限りでは、貴女たち…というか霊夢が賭博で色々と派手にやらかしたそうね?」
 思い出していた最中に不意打ちさながらに入ってきた紫の言葉に、ルイズは思わず頷いてしまう。
「…そうよね。よくよく考えてみたら、昨日あんだけド派手な大勝してたら…そりゃ寄ってくるわよね」
「ちょっとルイズ、それはアンタの我儘を叶える為に張ってあげた私の苦労を台無しにする気?」
「いや、お前さんはそんなに苦労してないだろうが」
 反省しているかのようなルイズに、昨日稼いだ大金を即日盗まれた霊夢が苦言を漏らすも、
 ようやく後頭部の痛みが和らいできた魔理沙が恨めしそうな目で彼女を睨みつけながら突っ込みを入れられてしまう。
 そこへデルフもすかさず『だな』と、短くも魔法使いの言葉に便乗する意思を見せる。

 流石に魔理沙デルフにまでそんな事を言われてしまった霊夢は機嫌を損ねたのか、口をへの字に曲げてしまう。
「何よ、昨日は一発勝負大金稼いでやった私に対する仕打ちがこれなの?失礼しちゃうわね」
「…というか、博麗の巫女としての勘の良さを賭博で使う貴女が巫女としてどうかと思うわよ…霊夢?」
 そんな時であった、昨日の事を思い出していた彼女へ紫がそう言ってきたのは。
 さっきまでと同じ調子に聞こえる声は、どこか冷たさと鋭さを併せ持ったかのような雰囲気を霊夢は感じてしまう。
 それを機敏に感じ取った霊夢の表情がスッ青ざめたかと思うと、ゆっくりと紫の方へと顔を向ける。

 そこに八雲紫は佇んでいたが、帽子の下にある笑顔には何故か陰が差している気がする。
 他の二人とデルフも先ほどの彼女の声色が微妙に変わっているのに気が付いたのか、怪訝な表情を浮かべて二人を見つめている。

944ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:06:43 ID:CWP4DxYk
「あれ?どうしたのかしら二人とも…何かおかしいような」
 青ざめる霊夢と微笑み続ける紫を交互に見比べていたルイズが言うと、そこへ魔理沙も続いて呟く。
「あちゃ〜…何か良くは知らんが、あれは紫のヤツ…今にも怒りそうだな」
『まぁ声の色にちょっとドスが入っているっぽいからな…ありゃ相当カッカしてると思うぜ』
 これまでの経験から何となくスキマ妖怪が起こるっているであろうと察した魔理沙がそう言うとデルフも同じような言葉を呟き、
 両者の意見を聞いた後でもう一度紫の笑顔を見たルイズは、 「え、え…何ですって?」と軽く驚いてしまう。

 一瞬にして部屋の空気が代わった事に気が付かず、微笑み続けている紫は霊夢に喋り続けていく。
「貴女、昨日は随分と荒稼ぎしたそうね?それこそ、店の人間を泣かすくらいに」
「あ、あれはルイズが良い宿に泊まりたいって言うから、それでまぁ…ん?」
 珍しく焦った表情を霊夢が若干慌てた様子で昨日の事を説明する中、紫がふと自分の頭上にスキマを開いた。
 人差し指で何もない空間に入れた線がスキマとなり、数サント程度の真っ暗な空間が二人の間に現れる。
 そのスキマと微笑み続ける紫を見て直感で゙ヤバい゙と感じたのか、更に焦り始めた霊夢が説明を続けていく。
「だ…だってしょうがないじゃないの!ルイズのヤツには、色々と借りがあっ――――…ッ!!」
 
 言い切る前に、突如聞こえてきた鋭くも激しい音で紫とデルフを除く三人が身を竦ませて驚いた。
 傍で聞いていたルイズと魔理沙、そして言い訳を述べようとした霊夢の目に音の正体が移り込む。
 霊夢の足元へ勢いよく突き刺さったのは、普段から紫が愛用している白い日傘であった。
 折りたたまれた状態のソレの先はフローリングの床に突き刺さり、僅かにだが横にグワングワンと揺れている。
 まず最初に口が開けたのは意外にも霊夢ではなく、現在彼女の主であるルイズであった。
「は?日…傘?」
 一体どこから…?と一瞬思ったルイズは、すぐに紫の頭上に開いたスキマへと視線を向ける。
 彼女の予想通り、日傘を投げ槍の様に出したであろうスキマの゛向こう側゙にある幾つもの目が霊夢を睨んでいる。
 明らかにその目は不機嫌そうな様子であり、それが今の紫の心境を明確に物語っているかのようだ。
『おぉ…こいつはちょっと、洒落にならんってヤツだな』
「いやいや、これは相当怒ってるぜ…?」
 流石の魔理沙も今まで見たことないくらい怒っている紫に戦慄しているのか、自然と後ずさり始めている。
 とある異変の後で紫と知り合った彼女にとって、紫がこれ程怒る姿を見るのはここで初めてであったからだ。

 そして、その怒りの矛先である霊夢は…ただただこちらを見下ろす紫を見上げている。
 まるで蛇に睨まれた蛙の様に身動き一つ取れないまま、こちらへスキマを向ける彼女の言葉を待っていた。
「あの、ゆ…――」
「――そういえば、ここ最近は貴女の事を色々と甘やかし過ぎていたかしらねぇ?」
 自分の名前を呼ぼうとした霊夢の言葉を遮って、紫はわざとらしい調子で言う。
 これまで幾度となく妖怪と戦い退治し、異変解決もこなしてきた博麗霊夢はそれで何となく察した。
 久しぶり…というか多分、十年ぶりに八雲紫からのありがたーい゙御説教゙を受ける羽目になるのだと。

「久しぶりねぇ。私がこうして、あなたに博麗の巫女とは何たるかを教えるのは」
 そう言って紫は先ほど自分の日傘を射出したスキマから一本の扇子を出し、それを右手で受け取る。
 紫が愛用しているそれは何の変哲もない、人里にあるちょっとお高い品を扱う店で購入できるような代物。
 キッチリと閉じている扇子で自分の左手のひらを二、三回と軽く叩いてみせた。

「藍が帰ってくるまで、私と昔教えた事の復習をしてみましょうか?霊夢」


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