したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |
レス数が900を超えています。1000を超えると投稿できなくなるよ。

避難所用SS投下スレ11冊目

1名無しさん:2014/02/18(火) 02:41:49 ID:0ZzKXktk
このスレは
・ゼロ魔キャラが逆召喚される等、微妙に本スレの趣旨と外れてしまう場合。
・エロゲ原作とかエログロだったりする為に本スレに投下しづらい
などの場合に、SSや小ネタを投下する為の掲示板です。

なお、規制で本スレに書き込めない場合は以下に投下してください

【代理用】投下スレ【練習用】6
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1279437349/

【前スレ】
避難所用SS投下スレ10冊目
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/9616/1288025939/
避難所用SS投下スレ9冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1242311197/
避難所用SS投下スレ8冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1223714491/
避難所用SS投下スレ7冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1212839699/
避難所用SS投下スレ6冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1205553774/
避難所用SS投下スレ5冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1196722042/
避難所用SS投下スレ4冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1192896674/
避難所用SS投下スレ3冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1190024934/
避難所用SS投下スレ2冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1186423993/
避難所用SS投下スレ
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1184432868/

2名無しさん:2014/02/18(火) 02:44:23 ID:0ZzKXktk
スマン、とっくにスレ変わってた

【代理用】投下スレ【練習用】7
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/9616/1341762157/

3ソーサリー・ゼロ第四部-16:2014/02/23(日) 23:48:24 ID:e4Uux25U
五二
 
 キュルケが目を覚ますのとほぼ同時に術の効き目が消え、室内はもとの明るさを取り戻す。
「ここは……? ルイズはどこなの?」
 そうつぶやきながら起き上がったキュルケに、杖を渡す──しかし、杖は十本以上はある。
 キュルケは戸惑いつつも素早く自分の杖を探し当てるが、その数秒の遅れが命取りとなる。
 怒り狂って突っ込んできたガークの斧が、君の背中を捉えたのだ。
 苦痛と衝撃に膝をついた君の肩に、もうひとりのガークが剣を振り下ろす。
 キュルケが悲痛な声で君の名を叫ぶが、もはや何も聞こえない。
 最後は、頭を狙った鬼の斧だ。
 君の冒険は、この拷問部屋で終わりを迎える。
 
二六二
 
 君はキュルケを抱えたまま、部屋の奥にたどり着く。
 扉は入口と同様に分厚い金属でできているが、半開きになっているため、たやすく通り抜けられる。
 廊下に出ると同時に術の効き目が消える。
 君はキュルケを床に下ろし、両手で扉を閉める。
 キュルケは意識を取り戻し、うっすらとまぶたを開く。
「ここは……? ルイズはどこなの?」と言いながら起き上がる。
 彼女の言葉に応えた君の声は、金属扉が向こう側から乱打される音にかき消されてしまう。
 ガークらが君たちを追いかけてきたのだ!
 君は渾身の力を込めて扉を押さえるが、相手は三人──しかも怪力の持ち主ばかり──であり、長くはもたぬだろう。
 キュルケの杖は持っているか?
 持っているなら、背嚢から取り出して彼女に投げ渡せ(三五九へ)。
 持っていないか、あるいはキュルケに頼らず敵を迎え撃つつもりなら、一七五へ。

4名無しさん:2014/02/24(月) 03:25:19 ID:qsBlNKeY
数秒あればロックを唱えるには十分のはず
三五九

5名無しさん:2014/02/25(火) 09:01:31 ID:VSeRLvno
まあ359かな
しかしいよいよクライマックスだなぁ

6名無しさん:2014/02/25(火) 15:37:21 ID:6rxR9g9.
やはり三五九ですね。
今いる部屋には他の子いないのだろうか。

7ソーサリー・ゼロ第四部-16:2014/02/25(火) 23:58:12 ID:Vx4DmjgA
三五九
 
 君はキュルケに向かって杖を投げるが、十本以上はあるため、ほとんどはからからと音を立てて床に落ちる。
 自分の杖を探せと叫ぶと、キュルケは戸惑いながらもすぐに従い、床にばらまかれた杖を次々と手にとって調べ出す。
 扉を向こう側から押す力はすさまじいものであり、すぐに君は弾き飛ばされ、尻餅をつく。
 戸口をくぐって、ガークの巨体が姿を現す。
 怪物は咆哮を上げると、手にした斧を振り上げ──ぱっと炎に包まれる!
 振り返ると、自分の杖を目の前に掲げたキュルケが立っている。
 笑顔を浮かべ、悠然としているように見えるが、その眼には激しい怒りの炎が燃えている。
 二人めのガークは、恐怖の表情を浮かべる。
 凶暴で怖いもの知らずの種族だが、仲間を松明のように燃やす≪火≫の魔法の威力と、キュルケの纏うただならぬ威圧感を前にして、
おじけづいたのだ。
 ガークはきびすを返して拷問部屋に戻ろうとするが、キュルケがそれを許さない。
「逃げられると思って?」
 一抱えほどもある巨大な炎の玉が飛び、怪物の背中に命中する。
 ガークの絶叫が通路にこだまするが、やがて静かになる。
 キュルケの魔法は、いつもより強力なように見える──非道な敵に対する怒りが、術の威力を増しているのだろう。
「敵はまだいるの? これだけじゃ物足りないわ」
 君はあと一人いるはずだと答え、黒焦げになったガークの死体をまたいで扉に近づき、拷問部屋を覗き込む。
 拷問頭の鬼は姿を消している。
 反対側の扉が大きく開け放たれており、そこから逃げ出したようだ。
 まずいことになった、と君は考える。
 鬼は衛兵らに、君たちが脱獄したことを報せるはずだ。
 すぐに大勢の敵が押し寄せてくるに違いない!
 とにかく急いでこの場を離れようと、キュルケを伴って廊下を進む。
 
 君は歩きながら、キュルケに手早く状況を伝える。
 ルイズとティファニアは敵に捕まり、どこか別の場所で取調べを受けているはずだ。
 キュルケと一緒に拷問にかけようとしなかったということは、敵はルイズの存在の重要性──≪虚無≫──に気づいているのだろうか?
 タバサがどこに捕まっているかは判らぬままであり、君は武器や所持品の大半を失っている。
 また、自分たちがどれだけのあいだ眠っていたかもわからず、ロンディニウム塔の外で敵に戦いを挑んだウェールズ皇太子たちの安否もつかめない。
「判っているのは、状況がきわめて危険だってことだけね」
 キュルケが肩をすくめる。
「でも、絶望的ってわけじゃないわ」
 そう言うと足を止め、君の眼をじっと見つめる。
「あなたがいるんだもの。強くて頼もしい、ルイズの≪使い魔≫さんが」
 輝くような笑顔を見せ、ふたたび歩き出す。二七二へ。

8ソーサリー・ゼロ第四部-16:2014/02/25(火) 23:59:49 ID:Vx4DmjgA
二七二
 
 廊下の突き当たりには、上へ向かう螺旋階段がある。
 階段を上りきったところで、キュルケが声をかけてくる。
「ねえ、リビングストン男爵の事だけど……」
 君は静かにしろと告げる。
 君たちが脱獄したという報せはこの階には届いておらぬようだが、騒がしくしてもよい理由にはならない。
 キュルケは声を潜めて話を続ける。
「男爵の忠告に従って進んだら、罠にかかっちゃったでしょう。おかしいと思わない?」
 君は、右と左を間違えただけなのではないかと答える。
 罪の意識に苦しんだうえにさんざん虐げられて心が壊れてしまった老人なら、
それくらいの失敗をしでかしても不思議ではない。
「それだけじゃないわ」
 キュルケは言う。
「ついさっき気づいたんだけど、あたしたちが正体と目的を教えたとき、男爵がなんて言ったか覚えてる?
『神々は誉むべきかな!』よ」
 とくに不自然な言い回しではない、自分もよく口にする、と君は言う。
「あなたのお国なら、ね。あたしたちハルケギニアの人間は『神』を崇めても、『神々』に感謝したりはしないわ」
 君は絶句する。
「少なくとも、アルビオンの貴族が口にするような言葉じゃないわ。あの男爵は偽者なのかも……」
 キュルケの顔が後悔の念に曇る。
「……あたし、魔法の防壁を破る秘密兵器がある、って男爵に言っちゃったわ。敵はそのことを知って、
ルイズを……それにティファニアも……」
 君は、悩むのは後にしてとにかく先を急ごうと促す。
 
 少し進むと、扉が二つ並んだ広間に出る。
 右にあるのは、大きくがっしりした両開きの扉だ。
 いかにも重要な場所に通じているように見えるが、鍵はかかっておらず、片側が少し開いている。
 左の扉はずっと小さく簡単な作りだが、中から話し声が聞こえてくる。
 何人かの者たち──いずれも男──が言い争っているようだ。
 大きな両開きの扉を開けるか(四一〇へ)、それとも小さい方の扉を調べてみるか(一八〇へ)?

9名無しさん:2014/02/26(水) 02:02:06 ID:yc7O/ZWc
こういうパターンだとこちらの姿を目にした途端に、言い争いをやめてこっちに敵対してくる気がするなw
先に両開きの戸を開けたい気はするが……

ひょっとしたらルイズたちの処遇をめぐって言い争っているのかもしれないので危険を冒して一八〇

10名無しさん:2014/02/26(水) 09:57:44 ID:SYMaFdlQ
中の連中を叩き伏せてルイズたちの居場所を吐かせよう
一八〇へ

11名無しさん:2014/02/27(木) 00:33:35 ID:v5clQrhM
同じく一八〇で
まあキュルケもいるし最悪でも負けないでしょう

12名無しさん:2014/02/27(木) 09:03:00 ID:arKGTXw.
スローベンドアは乗り越えているはずだしな……

13ソーサリー・ゼロ第四部-16:2014/02/27(木) 23:45:49 ID:c3eL0.92
一八〇
 
 君は扉に近づき、耳を澄ます。
「……この腐れ段平(だんびら)め!」
 扉の向こうにいる何者かが、しわがれた声で怒鳴る。
「真っ二つにへし折られたくなけりゃ、黙ってろ! 値打ち物だと思ってちょろまかしたが、とんでもない鉄屑だ!」
「うるせえ抜け作! きたねえ手で触るな、ちんぴらが!」
 言い返すのは聞き慣れた声──デルフリンガーだ!
「くそ生意気な剣だな」
 第三の声が言う。
「へし折るくらいじゃ生ぬるいぜ。粘液獣の部屋の、汚物の山に突っ込んでやるってのはどうだ?
糞の中でゆっくり錆びるのがお似合いだぜ」
「上等だ! やってみやがれ、間抜け面の芋虫野郎!」
 君とキュルケは顔を見合わせ、互いに苦笑いを浮かべる。
「助け出すべき仲間が、もうひとりいたのを忘れてたわ」
 そうささやくと、杖を掲げて呪文を唱え出す。
 君は力任せに扉を蹴破る。
 そこは、いくつかの粗末な家具が並んだ小さな部屋だ。
 黒い髪と浅黒い肌をした人間の衛兵がふたり、椅子に腰掛けている。
 君に驚いて武器を手にしようとするが、キュルケの術のほうが速い。
 鞭のように伸びる一筋の炎に手を焼かれ、衛兵らは悲鳴を上げる。
「動かないで。おとなしくしていれば、黒焦げにならずに済むわよ」
 キュルケに杖を突きつけられ、衛兵はふたりともおびえて震え上がる。
 デルフリンガーはテーブルの上に載っており、君が手にすると喜びの声を上げる。
「よう、相棒。久しぶり……でもねえか。相棒たちが罠にかかって眠っちまってから、まだ十五分足らずってところだからな」
 思っていたよりも時間が経っていなかったことを知り、君は喜ぶ。
 武器を取り戻したので、闘いにおいての技術点を元に戻してよい。
 
 キュルケは衛兵らを尋問する。
「囚人に、青い髪の女の子がいるでしょう。どこなの?」
 衛兵らは困惑の表情を浮かべ、ひとりが答える。
「あ、ああ。確かにいるよ。だが……」
 キュルケは不機嫌そうに眉を寄せる。
「だが、何? 早く言ってちょうだい。もっと火傷をこさえたくなったの?」
「ま、待ってくれ!」
 慌てて話を続けるが、その内容は予想外のものだ。
「……どっちの青頭なんだ?」
 キュルケは一瞬戸惑うが、すぐに
「背が低くて髪の短い子よ」と言う。
「それなら、そこの大きな扉を開けてまっすぐだ。いちばん奥の牢屋だよ」
 衛兵は部屋の外を示す。
「ありがとう。もうひとつ訊きたいことがあるんだけど、答えてくれるわよね?」
 そう言ってキュルケが凄味のある笑みを浮かべると、衛兵らは何度もうなずく。
「あたしたちと一緒に捕まったふたりはどこ? 桃色髪と、金髪の女の子たちは」
「き、きっと最上階だ」
 衛兵は答える。
「お偉方が取り調べのために連れてったんだよ。なんでも、すげえ魔法の武器を持っているとかで……」
 
 衛兵をふたりともデルフリンガーの柄で殴りつけて気絶させると(デルフリンガーは『こんな奴ら叩っ斬っちまえ』と主張するが、
君は無視する)、部屋を出る。
「タバサ以外にも、青い髪の女の子が捕まっているみたいね」
 キュルケの言葉に、君はうなずく。
このハルケギニアにおいて、青い髪の人間はたいへん珍しい──タバサを除けば、
人間の姿に化けたシルフィードくらいしか見たことがない。
 その囚人は、タバサの親戚か何かなのだろうか?
 君たちは大きな両開きの扉に近づく。四一〇へ。

14名無しさん:2014/02/28(金) 06:42:12 ID:.W8OUVN6
デルフか、素で忘れてたw
ちょっと前の汚部屋にいたのが粘液獣?
近寄んなくてよかった、ってか素直にNIF掛けとけばよかったのかな

15名無しさん:2014/02/28(金) 10:02:45 ID:lkMxhGQQ
>>14
あいつ致死レベルに臭いけど、悪臭で死ぬんだよな……

しかしイザベラも捕まってるのか

16ソーサリー・ゼロ第四部-16:2014/03/02(日) 21:50:19 ID:bdHQyVfg
四一〇
 
 扉に近づきそっと押し開けてみるが、衛兵の待ち伏せも、仕掛けられた罠もない。
 戸口をくぐった君とキュルケは、薄暗い通路が前方へまっすぐ伸びているのを目にする。
 通路の左右には扉がいくつも並んでいるが、いずれも鉄格子のはまった窓が取り付けられている。
「ここにあるのは牢屋ばかりみたいね」
 キュルケが言う。
「この中のどれかに、タバサがいればいいんだけど」
 君たちは、牢屋を一つずつ調べていくことにする。
 
 牢のひとつに、若い女が囚われているのを見つける。
 タバサと同じような色合いの青い髪の持ち主だが、タバサより髪は長く、ずっと年上に見える。
 着ている服は汚れており、ぼろ切れ同然だ。
 女は覗き込んでいる君に気づくが、うつろな視線を向けるだけで何も言おうとはしない。
 鍵を使って牢の扉を開けるか(二へ)、それとも無視して他の牢を調べるか(三四九へ)?

17名無しさん:2014/03/02(日) 21:56:01 ID:hMgCa3Ck
とりあえず開ける!
2へ

18名無しさん:2014/03/02(日) 22:08:16 ID:a.CGx6pM
おっかさんか!2だな。

19名無しさん:2014/03/02(日) 23:52:11 ID:5hB4dqoQ
ひとまずタバサを見つけてから開けるべきかどうか判断しても遅くはないんじゃないか?
タバサからこの女性について何か情報が得られるかもしれないし
三四九で

20名無しさん:2014/03/02(日) 23:53:25 ID:5hB4dqoQ
ていうか、タバサママなら確か主人公は前に見ている筈だから判別できるだろう
ってことは……、イザベラか?

21名無しさん:2014/03/03(月) 06:57:49 ID:RTH4Fxgo
嘘でなこれば一番奥の牢にタバサいるんだしそっち先のほうがいいのかもしれないが、イザベラにせよタバサママにせよ
タバサがいたらいたでリアクションうるさそうだし先に助けとこう


22名無しさん:2014/03/03(月) 13:28:16 ID:vz0Fg9XE
若い女とあるからイザベラだと思う。タバサ母は中年の女という表現だったはず
面倒なことになりそうだけど、こんな所に放置するわけにもいかないし
二へ

23名無しさん:2014/03/03(月) 13:45:09 ID:hfzfT.dI
主人公同様の立場で原作知識無い前提で考えれば三四九だと思うけどねえ

だって助けるべき人物なのかどうかについて特に何も情報がないじゃん?
ついさっきも男爵にえらい目に合わされたばかりなのにそんなお人よしにはなれんわ
何も殺すわけじゃないんだし、もし後で助けるべきだと情報が入ったらその時救っても遅くはないだろ
むしろ牢の中の方が安全かもしれん

24ソーサリー・ゼロ第四部-16:2014/03/03(月) 20:51:57 ID:XhsQvRMM

 
 カラコルムから奪った鍵束を取り出し、一本を錠前に差し込む。
 鍵が回り、君は扉を押し開ける。
 君は女に呼びかけ、いまや自由の身だと告げるが、相手は牢から出ようとはしない。
「あの青い髪に瞳……タバサの親族かしら?」
 君の肩越しに牢屋の中を覗いたキュルケが言う。
「奴らにひどい目に遭わされたみたいね。何の反応も返さないなんて」
 女を連れ出そうと、君は牢屋に足を踏み入れる。
 中はひどい悪臭が立ち込めている──食べ物の腐った匂いや、獣の体臭だ。
 近づくと、女は君のほうへと向き直る。
 汚れのついた顔に微笑みを浮かべ、抱擁を求めているかのように両手を広げる。
 女は無言のまま歩み寄ってくる。
 女のしたいようにさせてみるか(二四九へ)、危険は冒さぬことにして牢屋を出るか(五五四へ)?

25名無しさん:2014/03/03(月) 21:20:02 ID:Nj9rHpws
なんか怖いな
>>554

26名無しさん:2014/03/03(月) 21:21:58 ID:Nj9rHpws
ごめん、今のミス
五五四へ

27名無しさん:2014/03/04(火) 01:59:18 ID:Ynhaz.YY
怖いもの見たさで二四九を選んでみるw

28名無しさん:2014/03/05(水) 18:36:39 ID:YDUOKNGA
獣の体臭…怪物が化けているくさい
捕まらないように五五四で

29名無しさん:2014/03/06(木) 19:26:13 ID:6KcUxSdw
普通に怖いので五五四へ

30ソーサリー・ゼロ第四部-16:2014/03/07(金) 22:12:20 ID:ZTlkL81Q
二四九
 
 女は君の腰に両手を回し、抱きついてくる。
 困惑した君は振りほどこうとするが、相手の力は思いのほか強い。
 放してくれと君が言うと、女は君の顔をしげしげと見つめる──爬虫類じみた黄色い瞳で!
 女の顔は緑色の鱗に覆われ、細く鋭い牙でいっぱいの口から、先端が二股に分かれた舌が飛び出す。
 ぼろぼろの服を破って、太い棘のような背びれと長い尻尾が現れる。
 この女は『変化(へんげ)』だ!
 変化は肉体の変形と目くらましの術を併用することによって、自身を弱く非力な生き物──老人や女、小人族など──
だと思い込ませることができる。
 そうして油断して近寄ってきた相手を獲物とするのだ。
 カーカバード軍は、重要な捕虜である『青頭』を助け出しに来る者に対して、怪物を使った罠を張っていたのだ。
 変化の力は強く、君はもはや逃れられない。
 凶暴な牙に首筋を食いちぎられ、すみやかな死を迎えることになる……
 
五五四
 
 本能的に危険を感じた君は、牢屋を飛び出す。
「どうしたの?」
 怪訝な表情を浮かべるキュルケをよそに、叩きつけるようにして扉を閉め、鍵をかける。
 扉の鉄格子の向こうで、女が正体を現す──全身が緑色の鱗に覆われ、顔は蜥蜴めいた不気味なものに変わる!
 体は高さも横幅も増し、背後には長い尻尾を引きずっている。
 君は『変化(へんげ)』の仕掛けた罠から、からくも逃れたのだと知る。
 変化は生まれながらの狩人であり、獲物をおびき寄せる達人だ。
 自らの肉体を変形させ、さらに魔法の幻影を纏うことで、獲物に対して自分を無力で安全な生き物だと思い込ませるのだ。
 変化は甲高い咆哮を上げて扉にぶつかってくるが、分厚い扉はびくともしない。
「なんでこんな所にまで罠が仕掛けてあるのよ!?」
 キュルケが怒りと呆れが入り混じったような声を上げる。
「次は偽タバサとか出てくるんじゃないでしょうね……」
 暴れる変化を無視し、君たちは他の牢を調べることにする。三四九へ。

31ソーサリー・ゼロ第四部-16:2014/03/07(金) 22:18:04 ID:ZTlkL81Q
変化(Shapechanger)はゲームブック「運命の森」の表紙を飾ったアイツです。
「運命の森」や「トカゲ王の島」では「変身怪獣」の名で登場しましたが、本作では「モンスター事典」での訳に従いました。

3227:2014/03/08(土) 01:40:11 ID:hU5B6d96
好奇心は俺を殺す……
よく読んでればちゃんと>>28みたいに分かったんだねぇ

33名無しさん:2014/03/08(土) 07:06:51 ID:xrlY0piM
それにしても四部に入ってからは失敗の選択肢までフォローしていただき本当に乙です

34ソーサリー・ゼロ第四部-16:2014/03/20(木) 23:28:53 ID:JivDgMmo
三四九
 
 通路を奥へと進んだ君は、若い女が牢の中にいるのを見つける。
 女は青みがかった髪を肩まで伸ばしているが、手入れが行き届いておらぬように見える──本来は絹糸のように美しく柔らかであろう髪が、
くしゃくしゃに乱れ、もつれているのだ。
 前髪を後ろに撫で付けてあらわにした額の下には、細く整った眉と、同じくらい細く開かれた目がある。
 女の青い瞳が、君の姿を捉える。
「何をじろじろ見てるのよ!?」
 女は叫ぶ。
 声の調子は強いがいくらか震えており、不安とおびえが感じられる。
「高貴な王族であるわたしを、あんたみたいな醜い蛮族が汚らしい目で見つめるなんて、許されることじゃないんだからね!
さっさと消えなさい!」
 キュルケが君の隣に立ち、わめき散らす女に話しかける。
「王族って……もしかして、ガリアのイザベラ姫様?」
 女はうなずき、少し遅れてはっとした表情を浮かべる。
 君とキュルケが、看守でも囚人でもないことに気づいたのだ。
「あんたたち、まさか……助けに来てくれたの!? それならそうと、早く言いなさいよ! ほら、早くここから出して!」
 扉の向こうにいるのがガリア王国のイザベラ王女だと知り、君は信じられぬという気持になる──落ち着きも品性も感じられぬその態度は、
同じ王女であるアンリエッタとは大違いだ。
 君が牢の扉を開けると、イザベラは飛び出してくる。
 身にまとっているのは寝巻らしき薄手の衣だけだが、恥ずかしがる様子もない。
「よくやったわ、あんたたちは英雄よ! 褒美はいくらでも出してあげる。地位も財産も思いのままだから!」
 興奮気味にまくし立てるイザベラに、キュルケが君たちの任務と事情を説明する。
 
 話を聞いたイザベラは、不満げに眉根を寄せる。
「あんたたちは救出隊じゃないってわけね。まったく、花壇騎士団の連中は揃いも揃って何をやってるんだか……」
「リュティスはまだ、奇襲の混乱から立ち直っていないのでしょう」
 キュルケがなだめる。
「まあ『ついで』でもなんでも、ここから出られるのなら文句はないわ。脱出の手筈は整えてあるんでしょうね?」
「タバサ……あたしたちの友人の≪使い魔≫である風竜が、上空で待機していますわ。その友人もこの塔に囚われているので、
助け出さなければなりません」
 タバサの名を耳にして、イザベラは怪訝そうな表情をする。
「ああ、シャルロットのことね。あの無愛想な人形娘の、生意気な竜に頼らなくちゃならいなんて……ひどい屈辱だわ。それにしても、
あのぜんまい仕掛けで動いていそうなガーゴイルもどきに友達がいるなんて、驚きね」
 イザベラの言葉を聞いたキュルケは、眉を吊り上げる。
「姫様、あの子は人形でもガーゴイルでもありませんわ。温かい血の通った人間です。ごく普通の女の子です」
「は! 冗談はやめてよ!」
 イザベラは鼻を鳴らし、嘲笑を浮かべる。
「あいつは反逆者の娘、父上やわたしの慈悲でどうにか生きることを許されている存在よ。王国の役に立つ道具だから、
いまだに捨てられていないってだけ」
 君は、かつてタバサの実家で、彼女の忠僕であるペルスランから聞いた話を思い出す。
 父親を殺し、母親の正気を奪い、さらには決死の任務を次々に与える──タバサにそれらの非道な仕打ちを加えたのはジョゼフ王だが、
その娘であるイザベラも性根は変わらぬようだ。
「そんな奴を人間扱いしろだなんて……」
「それ以上喋らないで」
 キュルケの冷たい声が響き、イザベラは戸惑う。
「莫迦なことしか言えないのなら、口を閉じてなさい」
「い、今なんて……無礼な……」
 怒りに震えるイザベラを無視して、キュルケは君に
「無駄話が過ぎたわ。さあ、早くタバサを助け出しましょう」と言う。
「あ、あんたねえ! 王族に対して、そんな無礼が許されるとでも思ってるの!?」
 イザベラは叫ぶが、キュルケは涼しい顔で
「あたしはゲルマニア人よ。ガリアのお姫様に礼を尽くす義理なんてないわ」と返す。
「それより……」
 キュルケは杖を掲げる。
「もう一度勝手に喋ったら、舌と手足を焼いて置き去りにしていくからね。今のあなたには杖も護衛もないことを、忘れないでちょうだい」
 イザベラは言い返そうとするが、キュルケの圧倒的な気迫に圧されて黙り込む。一〇〇へ。

35名無しさん:2014/03/21(金) 21:55:46 ID:xIlBHqYw
乙です
…なんでこの人、こんなとこに囚われてんだろ?
利用価値ありそうに思えんのだがw

36名無しさん:2014/03/22(土) 13:28:13 ID:.A4974Es
お荷物以外の何物でもありませんねw

37名無しさん:2014/03/24(月) 17:32:00 ID:g970wPUQ
でも助けることは大事
ぶっちゃけ虚無な可能性もあるし

38ソーサリー・ゼロ第四部-16:2014/03/27(木) 23:05:35 ID:ctSOHaTw
一〇〇
 
 通路の先に、何者かが倒れているのを見つける。
 そっと近づき、デルフリンガーの切っ先でつついてみるが動かない──死んでいるようだ。
 倒れているのは、人間に似たひょろりと細長い体型の生き物だ。
 大きな目をかっと見開いており、その瞳は炎のように真っ赤だ。
 君は、この生き物が目から熱線を放って見る物すべてを焼いてしまう『赤目』だと気づく。
 恐るべき存在だが、この赤目はすでに死んでおり、よく見れば脇腹に血を流した跡がある。
 刃で一突きにされたようだが、何者の仕業だろう?
 単なるカーカバード兵同士の喧嘩か、それとも、君たち以外にも誰かがこの塔に潜入しているのだろうか?
「もう行きましょう。早くみんなを助けないと」
 キュルケに促されてその場を立ち去ろうとした君だが、
「ねえ、ちょっと! あんたたち!」と呼ぶ、
か細い声を耳にして立ち止まる。
 声は赤目の近くに転がった、太い針金を編んで作った籠から聞こえてくる。
 籠の中には、親指くらいの大きさの小さな生き物が入っている。
 姿かたちは人間に似ているが痩せており、緑の肌と透き通った翅(はね)をもっている。
 籠の中の生き物は『豆人(まめびと)』だ。
 小さく非力な種族に見えるが、周囲に目に見えぬ防壁をまとっており、ほとんどの魔法から身を守ることができる。
「お願い、ここから出して! 僕を自由にしておくれよ!」
 豆人は必死に訴える。
 かつて、シャムタンティ丘陵で出会った豆人に相当な迷惑をこうむった事を思い出し、君はためらう。
 籠から解き放てば、厄介な道連れができてしまう事になるかもしれない。
 籠を開けて豆人を助け出すか(二八八へ)、ほうっておく事にするか(三六七へ)?

39名無しさん:2014/03/27(木) 23:31:22 ID:vgFYYdrg
次から次へと…w
豆人はあの魔法のフラグなんでしょうか二八八へ

40名無しさん:2014/03/28(金) 01:55:35 ID:3AJoEHxk
赤目殺した相手について何か知ってるかもしれないし、助けとこう
二八八

41名無しさん:2014/03/28(金) 21:23:54 ID:y8cQlCFM
助ける=連れてゆく
とは限らない、ということで二八八

42名無しさん:2014/04/01(火) 08:38:45 ID:Uy.Q3DwE
ジャン! ジャンじゃないか!

43SERVANT'S CREED 0 ―Lost sequence― ◆5QiruB7YUM:2014/06/25(水) 00:02:15 ID:dZuBnIhQ
パンがないのなら、投下をすればいいじゃない
生存報告も兼ねて投下いたします。エツィオの誕生日に……ぎりっぎり間に合わなかったァーー!

memory-32 「戦略的外交」


 開け放たれた窓から吹き込む暖かい風に、エツィオは季節が変わりつつあるのを感じていた。
フィレンツェを離れ、この世界に召喚されてから時は刻々と経ちつつある。
ルイズとの騒がしくも賑やかな生活はエツィオに久しく忘れていた人の温かさを再び思い起こさせるには十分なほど、甘美で魅力的なものであった。
しかし、今自分がこうしている間にも、天敵であるテンプル騎士達がイタリアの支配を手中にせんと謀略を巡らせていると考えると、はらわたが煮えくりかえるとともに、背筋が寒くなる。
だからこそ、一刻も早く元の世界に戻らなくては……。そんなことを考えながら外の景色を眺めていると……、近くに立てかけたデルフリンガーがカチカチと音を立てた。

「何考えてんだ? 相棒」
「いや……、なんでもないよ」

 エツィオはわずかに笑みを浮かべると、部屋の中央に据え付けられた豪奢なソファに腰を落とした。
それから部屋の中を見回して、小さくため息をついた。

「それにしても、お払い箱とはな」
「しょうがねえだろうよ、お姫様も娘っ子に積もる話でもあるんだろ?」
「だからこそ心配なんだよ」

 エツィオがいるのはトリステインの王宮、その中の一室である謁見控室であった。
なぜ彼がそんなところにいるのかというと……。今朝にアンリエッタからの使者が魔法学院にやってきたのであった。
使者はルイズに『始祖の祈祷書』の返却を求めるとともに、アンリエッタ女王陛下からのお呼び出しがあると告げた。
そこでルイズは授業を休み、使い魔のエツィオと共に用意された馬車に乗り込みここまでやってきたのであった。
王宮に到着した二人は、そのまま謁見室に通される……はずであったのだが、謁見室の扉前に控えた衛兵に、「女王陛下から、使い魔殿には別室にて待機していただくよう仰せつかっております」と言われ、ここに連れてこられていたのであった。

「何が心配なんだよ」
「そりゃルイズのことさ、ただの四方山話に花を咲かせるならいい、でももうアンリエッタ姫殿下は女王陛下だ、そんな要件で呼び出せるはずもない、表向きには『始祖の祈祷書』の返却だが……どうだかな、何か重要な要件があって呼び出したに決まっている。……彼女の虚無のことが感づかれたか……あるいは……」
「はぁ、相棒は心配性だねぇ、いっくらなんでも考えすぎだろう」
「悪かったな、ここ最近は政治の後ろ暗いところばかり見てきたからな……おかげさまで、いまだ政治のことは理解しかねてるよ」

 ため息交じりに呆れるデルフリンガーにエツィオは複雑な表情で肩をすくめた。

「……ルイズが余計なこと言わなきゃいいけどな……」
「たとえば?」
「そうだな……『恐れながら陛下に、わたしの『虚無』を捧げたいと思います!』とかな!」

44SERVANT'S CREED 0 ―Lost sequence― ◆5QiruB7YUM:2014/06/25(水) 00:02:50 ID:dZuBnIhQ
 ルイズの口調をまねて、おどけるように言ったエツィオであったが……、どうやらその様子をありありと想像できてしまったらしい。頭を抱えて「はぁ……、本当に言ってそうだ……」と呻くように呟いた。

「なんだよ相棒、お前、娘っ子が『虚無』のことをどう扱うかについては、口を出さないって言ってただろ?」
「あんなの建前だよ。俺だって、内心では扱いかねてるんだ、正直、ルイズには『始祖の祈祷書』を返却して、『虚無』については口を噤んでほしいと思ってるよ、けどな」
「けど?」
「彼女にとってはそうではないだろう、今までゼロだのなんだのと謗られてきたのが、いきなり伝説の系統だ、今までの評価を大きく覆すまたとない機会だ」

 そういうエツィオの顔は複雑な面持ちである。

「そりゃ、彼女が評価されるのは素直にうれしいし、誇らしい気持ちになるよ、だけど……、それに溺れないかが何より心配なんだ。彼女が壊れるのは見たくない」

 エツィオは沈痛な表情を浮かべて呟き……、やがて顔を上げた。

「少なくとも、今日彼女の周りで何かが変わる、そんな気がしてならない、いい意味でも、悪い意味でもな」

 そんなエツィオに、デルフリンガーが声をかけようとした時だった。エツィオの表情が鋭くなり、廊下へと続くドアへと向けられた。アサシンとして磨き上げられた感覚が、第三者の接近を告げる。

「どうした?」
「話はここまでだ、誰か来る」
 
 エツィオが小声で呟いたその時、ドアが開いた。謁見を終えたルイズ……ではなく、現れたのは聖職者のローブを着こんだ、痩せぎすの男であった。エツィオはその男に見覚えがあった、しかしどこで見たのか……、よく思い出せない。
 男は部屋の中のエツィオを見ると、聖職者の丸帽を取り会釈をした。

「やあどうも、陛下に謁見ですかな?」
「ええ、シニョーレ、ただいま私の主人が陛下に謁見中でございます。残念なことに私はここでお留守番ですよ」
「なるほど、お付きの方でしたか」

 白髪頭の男はにこやかな笑みを浮かべると、「こちら、よろしいですかな?」とエツィオの正面のソファに腰を下ろした。

「失礼ですが、あなたは?」
「これは失礼、わたくし、枢機卿のマザリーニと申します、以後、お見知りおきを」

 枢機卿! 目の前の男の正体にエツィオは驚きのあまり、一瞬言葉を失った。
枢機卿マザリーニ、今や女王陛下となったアンリエッタの補佐を行ってきた、この国の重鎮である。
その人物を前にして、エツィオの緊張は否が応でも高まった。

「これは……! 失礼を……、お目にかかれて光栄です、猊下」

 こわばった表情のエツィオとは対照的に、マザリーニは笑顔を崩さずに口を開いた。

「いえいえ、お気になさらず。今の時間の謁見は……、ラ・ヴァリエール殿の御令嬢の……」
「使い魔でございます、猊下」

45SERVANT'S CREED 0 ―Lost sequence― ◆5QiruB7YUM:2014/06/25(水) 00:03:48 ID:dZuBnIhQ
 エツィオがそういうと、マザリーニは頷いた。

「そうそう、使い魔の方でしたな、ええと……」
「フィレンツェのエツィオ・アウディトーレ。以後お見知りおきを」
「どうぞよしなに。しかし人が使い魔とは、ずいぶんと珍しいこともあったものですな」
「おかげで毎日が刺激的ですよ、とくに彼女と過ごしているとね」
「結構なことです、しかし先ほど、フィレンツェの……とおっしゃっておりましたが、申し訳ない、どうも私の知らない地名のようだ。名前の響きからしててっきりロマリアの御出身かとも思いましたがそうではないようだ」
「ええ、猊下も御存じのとおり、私は彼女に『召喚』されるという形でここに来たのです。聞き覚えもないのも無理のないこと、どうかお気になさらず」

 人懐こい笑顔を見せて答えるエツィオに、マザリーニもまた笑みを見せた。

「なるほど、そうでしたな。以前魔法学院への行幸に御同行させていただいた際、いろいろと貴殿の噂を耳にしましてな、なんでもあの『土くれ』のフーケを捕えたのは貴方だとか」
「たいしたことはしておりません、すべて主人やその友人たちの尽力のおかげです。
まあ、残念ながらフーケには逃げられてしまったようですが」
「ははは、いや、お恥ずかしい限りです」

 牢破りの実行犯が目の前にいるとはつゆ知らず、マザリーニはばつが悪そうに苦笑した。
そんな彼に、エツィオは小さく首をかしげて尋ねた。

「しかし猊下、なぜこのようなところに? 貴方ほどの人であれば謁見を待つ必要はないと思うのですが」
「なに、私も貴方と同じです。旧友に再会する故と、陛下に追い出されてしまいましてな」

 困ったように笑いながらマザリーニは肩をすくめる。それからエツィオを見つめ「とは言え……」と呟く。

「そのおかげでこうしてあなたとお話ができる、またとない機会を得ることができました」
「私と……ですか?」
「ええ、今アルビオンが最も恐れているアサシンとお話できる、素晴らしい機会です」

 瞬間、エツィオの心臓が縮み上がった。
あまりに思いがけない展開に、さすがのエツィオも動揺を隠せなかった。

「猊下、おっしゃっていることが……」

 マザリーニは手を掲げエツィオの言葉を遮った。

「ご安心召されよ、あなたをどうこうしようというわけでありませぬ、ただ話をしたい、それだけです」

 それからマザリーニは、「ちょっと失礼」と立ち上がると、サイドボードから酒瓶を取り出し、ゴブレットを二つ持ってきた。

「本来ならば執務中の飲酒は御法度なのですが……、いかがですかな? このマザリーニ、とっておきのブランデーですぞ」

 そういいながらゴブレットにブランデーを注ぎ、エツィオに差し出した。
ゴブレットを受け取りながらもどこか表情の硬いエツィオに、マザリーニは、まずはついっと飲み干した。

46SERVANT'S CREED 0 ―Lost sequence― ◆5QiruB7YUM:2014/06/25(水) 00:04:29 ID:dZuBnIhQ
「お酒は苦手でしたかな?」
「いえ……失礼をいたしました」
「結構、では」

 マザリーニは満足そうにほほ笑むと、ゴブレットを掲げた。

「トリステインに」

 エツィオは少し考えて、「平和のために」と応え、ゴブレットを合わせた。
かちん、と陶器のゴブレットが触れ合い、二人はブランデーを飲み下す。
強烈なアルコールで体を温まるのを感じながら、エツィオはふぅっ、と息を吐いた。

「なかなか……、強烈ですね」
「お口に合いませんでしたかな?」
「とんでもない、またとない美酒だ」
「それはよかった、お出しした甲斐があったというものです。……おっと、この件はくれぐれも陛下にご内密に、待合室に酒を持ち込んでいると知れてはお叱りを受けてしまいます故」

 マザリーニは、再びゴブレットにブランデーを注ぐと、ソファに深く腰かけエツィオを見つめた。

「さて、まずは突然のご無礼をお許しいただきたい、しかしどうしてもあなたにお会いしたかったのです」
「この様子だと、ずいぶんとお調べになったようだ」

 エツィオはゴブレットを掲げ、やや皮肉を込めて言った。
余裕のある笑みを作ってはいるが、エツィオは内心では危機感を覚えていた。
マザリーニはエツィオがここに来ることを知っていたのだろう、でなければこのような用意などしないはずだ。
 だとすれば、アンリエッタによる呼び出しも、エツィオだけが別室へと通されたのも、マザリーニの差し金である可能性が非常に高い。
 ルイズは別室、もはや人質に取られたようなものだ。エツィオの胸に不安が広がる、もしルイズを盾にトリステインに従えと脅されでもしたらどうする――?

 そんなエツィオの心境を知ってか知らずか、マザリーニは続けた。

「ええ、ずいぶんと苦労しました。しかし、このわずかな期間で起きた一連の出来事、その全てにラ・ヴァリエールの御令嬢がかかわっており……その度にあなたの影がちらついていては、いやでも気になるというものです」

 それに、とマザリーニは付け加えた。

「アルビオンでのあなたの噂は、列挙するだけでも暇がない。そうそう、とあるアルビオン人を亡命させ、侵攻の情報をわが軍に与えたのもあなただとか。まさかそのために陛下のお部屋にまで忍び込むとは……いやはや、アルビオンは恐るべきアサシンを敵に回してしまっているようだ」
「っ……!」

 そこまで知られていたか……と、エツィオは内心唇をかんだ。胸の内にオスマン氏の叱責が蘇る。
派手に動きすぎたのだ、そのせいで権力者の目に留まってしまっていたのである。

47SERVANT'S CREED 0 ―Lost sequence― ◆5QiruB7YUM:2014/06/25(水) 00:05:31 ID:dZuBnIhQ
「とまぁ、我々も、ただ勝利に浮かれていたわけではないということです。
敵の敵は誰か、それを常に把握しておくことが外交……とりわけ戦において肝要なのです。
それゆえに、あなたをここにお呼び立てさせていただきました、敵の敵をより知るために」
「猊下も大胆なことをなさる、もし私があなたの命を狙っていたらどうするおつもりだったのです?」
「おっと! これは盲点でしたな!」

 エツィオの言葉に、マザリーニはおどけるように頭をたたいて見せた。

「しかし、そうであったとしても今すぐに殺されるということはないと私は考えております」
「なぜです?」
「あなたはアサシンである前に、ラ・ヴァリエールの使い魔だ、主人をみすみす危険にさらすことはなさらないでしょう……違いますか?」

 エツィオは面白くなさそうに肩をすくめた。
理由としては少し弱いと思うが……いかんせん図星である。
無論マザリーニを暗殺することなど微塵も考えてはいないが、そうも言われてしまうと何となく面白くないのも事実だ。

「それに、あなたほどの腕前だ。もしそのつもりであったのならば、もっと早くに私の前に現れていたでしょう。死を携えてね」
「……まったく、仰る通りです、猊下。しかし買いかぶりすぎです、私はそこまで有能ではありませんよ」

 エツィオは小さく首を横に振って呟いた。 

「それで、敵の敵を知ってどうするおつもりなのですか?」
「先も申しましたが、あなたをどうこうする気は一切ありませぬ。先の戦のみならず、あなたは今まで影でトリステインを救う働きをしてきた。そんな英雄とも呼べる人物を、感謝こそすれ非難することなど、どうしてできますでしょうか」
「……御過分なお言葉、大変恐縮です。しかし、あいにくと私は英雄などではありません、猊下」

 エツィオは表情を変えずにブランデーを呷った。

「暗殺者(アサシン)が英雄であってはならないのです、……決して」
「ええ、仰る通りです」

 返ってきた答えが意外だったのか、エツィオは片眉を上げマザリーニを見つめた。

「国家が暗殺という行為を是とするわけには参りませぬ、そのためアサシンによる『犯行』は全て、アサシンという一個人の判断によるもの、トリステインは一切関知いたしませぬ」

 マザリーニはきっぱりとした口調で言い切った。

「しかし、しかしそれでも私は貴方にお礼申し上げたい。あなたがこれまでにトリステインにもたらした益はまさに計り知れないほどだ。陛下に代わり、厚くお礼を申し上げる」

 目じりに涙を湛え深く頭を下げるマザリーニの真摯な態度が伝わってきて、エツィオは思わず恐縮した。
この男はトリステインを深く案じており、愛している、それがひしひしと伝わってきた。

48SERVANT'S CREED 0 ―Lost sequence― ◆5QiruB7YUM:2014/06/25(水) 00:06:05 ID:dZuBnIhQ
「猊下、どうか頭をお上げになってください」
「いえ、私は貴方に謝らなければならない、先も申した通り、国家が暗殺という手段を是とするわけには参りませぬ、それゆえ、あなたには褒美を与えることは出来ぬのです。……もっとも、表向きには、ですが」

 マザリーニはそういうと、どこに隠していたのだろうか、大きな革の袋を取り出すと、エツィオの前にどさりと置いた。
じゃらっという音が聞こえるに、中身は金貨、宝石類だろう。

「どうかこちらをお受取りください、せめてもの感謝の気持ちです。あなたの成したこれまでの功績はにとても吊り合うことができぬとは思いますが、報いるところがなければなりませぬ」

 ところが大量の金貨を前に、エツィオは小さく首を横に振った。

「この上なく光栄に存じます、猊下。しかしながらこのような過分なものを頂くわけにはまいりませぬ、どうかお許しを」

 そのエツィオの言葉が意外だったのか、マザリーニは驚いたような表情になった。

「なんと、いらぬと申すのですか?」
「はい、申し訳ありません」と、エツィオは頭を垂れた。
「それに、問題はまだ解決しておりません。この戦で勝利はしましたが、敵の首魁はいまだ空の上。
……それに、アルビオンの裏には、なにか巨大な怪物が隠れている……そんな気がしてならないのです」
「あなたの仕事はまだ終わっていないと?」
「はい、この裏に潜む魔物の正体を暴きだし、戦乱を齎そうとする者たちに然るべき報いを与えます」

 迷いなく言い切ったエツィオに、マザリーニは「むぅ……」と唸った。

「なるほど……そこまで仰るのであらば致し方ありませぬな。それに報いることができぬのが残念でなりませぬ」
「では猊下、もう一杯ブランデーをいただけますか? 私にはそれで十分です」

 残念そうに呟くマザリーニに、エツィオはにっと笑うとゴブレットを掲げる。
そんなエツィオにマザリーニは満面の笑みを浮かべると、ゴブレットに並々とブランデーを注いだ。

「エツィオ殿、先ほどあなたはアルビオンの裏に怪物が潜んでいる、と仰っておりましたが、それはどういう意味なのです? この戦、なにか裏があると?」

 ゴブレットのブランデーを揺らしながらマザリーニがエツィオに尋ねる。

「はい、アルビオンに滞在していた際、彼らの議会に潜り込んだことがありました。その時の議題は何だったと思いますか?」
「はて……?」
「トリステイン、ゲルマニアを攻め落とした後の戦後処理です、聖地奪還という名目を掲げているにもかかわらず、そんな話題は一度も上がらなかった。彼らはただ、ハルケギニアというケーキをどう切り分けるか。どう自分の取り分を多くするか、それしか頭にない」

49SERVANT'S CREED 0 ―Lost sequence― ◆5QiruB7YUM:2014/06/25(水) 00:06:54 ID:dZuBnIhQ
 エツィオはため息を吐いた。

「結局、議会の閉会まで、聖地のことや議題に上がって然るべき『民』にはまったく触れられなかった」

「おっと、民についてはまったくではありませんでしたね」とエツィオは付け加えた。

「徴税と兵役、そこだけはしっかりと話し合っていました。……それが彼らを排除すると決めた瞬間だった」
「……ふむ」

 興味深そうに頷くマザリーニに、エツィオは続けた。

「元々テューダー王家に不満を持つ貴族はそう多くはなかったとお聞きしましたが、それは本当ですか?」
「ええ、そのはずです。それに、民に対しても善政を敷いていたと思いますな、無論、為政者の視点ではありますが」
「にもかかわらず、あの反乱はまるで枯野に火を放つように広がったとか。それにこの国からも裏切者は出た」
「ワルドですな」
「この国の中枢にも『レコン・キスタ』の根は及んでいることを鑑みれば……」
「裏で糸を引く者がいて当然……ということですか」

 エツィオは頷いた。

「先もお話した通り、貴族議会の連中はハルケギニアの支配しか頭にない、にもかかわらず、わずかな期間でここまで巨大な勢力にまで成長し王家まで滅ぼした。全てがあまりに出来過ぎている。まるで誰かが用意したシナリオのように」
「なるほど……」
「考えすぎですか?」

 肩をすくめるエツィオに、マザリーニは首を横に振った。

「いえ……あなたの言うことにも一理ある。しかし、そんなことをして一体誰が得をするのです?
万が一彼らが勝利してハルケギニアを支配できたとしても、それではクロムウェルの一人勝ちですぞ」
「あるいはその勝利を横からかすめ取る誰か……」
「ロマリア……あるいは、ガリア……、いや、しかし……そんなはずは……」

 マザリーニが小さな声で呟くのを、エツィオは聞き逃さなかった。

「その二国が何か?」
「いえ、あくまで可能性の話です。この二国は、未だこの危機に対しての同盟が済んでいないのです。
とはいえ、ロマリアはブリミル教の宗主とも呼べる国家、クロムウェルが『虚無』を称していることに疑問を呈しており、参戦も時間の問題と思われます」
「ではガリアは?」
「ガリアは……、確かに強大な国ではありますが……」

 マザリーニは苦い表情になった。

「正直何を考えているのか、わかりかねる部分がありますな、なにしろ君主のジョゼフ王は『無能王』とも謗られるほどの愚物。なぜあのような者が王の座に就いたのか……、理解しかねます」
「では彼らが?」
「うーむ……、しかしこれもないと思うのです、なぜならかの国は内乱の火種がいまだ燻っている。そんな中、ハルケギニアを二分しかねない戦に参戦すれば、間違いなく内乱が勃発し、背後を守らせた者に後ろから刺される結果となりうるでしょう」

50SERVANT'S CREED 0 ―Lost sequence― ◆5QiruB7YUM:2014/06/25(水) 00:07:36 ID:dZuBnIhQ
「それに……」とマザリーニは付け足した。

「愚物と言えど、ジョゼフ王も正当なる王家の血筋、王家の血筋を排除しようとしている『レコン・キスタ』に与するとはとても思えぬのです」
「なるほど……」

 エツィオはブランデーをぐいと呷ると、ふぅっ、とため息を吐いた。

「しかし今は情報が少ないのが現状です、こちらも調査を続け、必要とあらば動くつもりでいます」
「おお……、それはとても助かります。こちらとしてもあなたに対し協力を惜しみませぬ。
……とはいえ、あなたのおっしゃる通り、残念なことにこの国の内部にも奴らの根は及んでおります。誰が敵なのかわからぬ状況、あなたの存在を公にするのは非常にまずいと私は考えております」
「同感です、故に猊下、私の存在を可能な限り隠匿してほしいのですが……」

 エツィオのその申し出に、マザリーニは我が意を得たりと大きく頷いた。

「ええ、そうさせていただきます。幸い、あなたの正体をはっきりと知る人間はそう多くはない。
陛下に私、あなたが亡命させたヘンリ・ボーウッド、そしてあなたが救出したアニエスという女傭兵、この四人です。おっと、あなたの主人である。ラ・ヴァリエールの御令嬢もそうでしたか。
特に、陛下にはよく釘を刺しておきます故、ご安心召されよ」

 それからマザリーニは、何かを思いついたのか「そうだ」と手をたたいた。

「エツィオ殿、もしよろしければいつでもこちらに尋ねてきてもらっても構いませんが、いかがでしょう?」
「確かに、そうしたほうがよいと思いますが……」
「よろしい、連絡手段についてはこちらで手を考えます、あなたの存在は極秘中の極秘、そう城の中を歩き回られてはほかの者の目についてしまう可能性もありますので」

 マザリーニはそこまで言うと、ソファの背もたれに大きく背を預けると、まるで安心しきったかのように大きく息を吐いた。

「いや失礼、どうにも安心してしまいましてな。実のところ、あなたの考えが全く読めなかったのです」
「それはお互い様です、猊下」
「いやしかしあなたが敵ではなくて本当に良かった。このマザリーニ、これまで会談を数多くこなしてきたつもりでしたが……いやはや、ここまで神経をすり減らされたのは貴方が初めてだ。酒の力を借りなくてはこうはできなかったでしょう」
「褒め言葉として、受け取っておきます」

 ソファから身を起しマザリーニは言った。

「主人と同じくあなたの忠誠を得ることができるとは、トリステインはとても――」
「猊下」

 マザリーニの言葉を遮るようにエツィオが声をかけた。

「それは違います」
「はて? 違う……と申しますと?」

 何のことかわからない、といった様子のマザリーニに、エツィオは冷たい声で答えた。

「私はトリステインに、ましてやアンリエッタ女王陛下に忠誠を誓っているわけではありません」
「なんと! それはどういう……! では一体、あなたはなぜトリステインに対し協力を?」

 驚愕のあまり唖然とするマザリーニをよそに、エツィオは立ち上がると、窓辺に立って外の景色を眺めた。

「最初は……、そう、ワルドに対する暗殺は、主人であるラ・ヴァリエールに対する裏切りへの報復でした。彼はトリステインを裏切った挙句、ウェールズ殿下を殺し、あまつさえルイズすらも手にかけようとした、当然の報いです」
「では他の者たちは?」
「先もお話した通り、彼らの議会を覗き見て、彼らこそアサシンの理想を脅かす者だと認識したのです」
「アサシンの……理想?」

 呟くように尋ねたマザリーニに、エツィオが振り向いた。

「『平和』です」
「平和のための暗殺ですと? ……エツィオ殿、失礼ですがそれは矛盾では?」

51SERVANT'S CREED 0 ―Lost sequence― ◆5QiruB7YUM:2014/06/25(水) 00:08:21 ID:dZuBnIhQ
 マザリーニの言葉に、エツィオは返す言葉がなかった。
アサシン教団の抱える矛盾、平和のための殺人、かつて伝説のアサシンとうたわれたアルタイルでさえ、万人を納得させる答えを得ることができなかった難問だ。まして今のエツィオに答えることができる道理などなかった。

「話の通じぬ者もおります」
「クロムウェルのように、ですかな?」

 マザリーニの問いにエツィオは頷いた。

「戦争を望む人間などそうはいない……それどころか、平和を願う人間のほうが多いと私は信じています。しかしそんな平和を望む人々を、自らの私欲のために戦に駆り出すなど、まして死者を弄ぶなど、断じて許されるものではない」

 エツィオは目を細めた。

「平和と自由、これこそがアサシンの縁(よすが)。人々からこれを奪い、支配しようとする者こそ、アサシンの敵」
「……その刃に例外はないと」

 「はい」と、迷いなく頷いたエツィオに、マザリーニはしばし瞑目する、そして静かに口を開いた。

「あなたは人の心というものを信じているのですね」
「為政者であるあなたにとっては、あまり面白い話ではなかったかもしれません、ですがこれが……我が信条の核を為すものなのです」
「いや、立派な考えをお持ちだ、どこぞの愚かな宮廷貴族どもに聞かせてやりたいくらいです」

 小さくため息を吐くと、マザリーニはエツィオを見つめ、力のない笑みを浮かべた。

「ですが。あなたはやはりまだまだお若い、人の心というものをまだおわかりになっていないようだ」
「……どういう意味でしょう?」
「人の心は移ろいやすいものです、一人一人がそうなのだから、それの集合体ともよべる『民衆』の心は、まさに荒れ狂う『怪物』そのものだ。我々はその『怪物』を、始祖の御名において神より与えられし『王権』という杖によって、手懐けているのです」

 マザリーニはゴブレットの中のブランデーを見つめながら呟く。

「しかし怪物はなぜ『王権』などという概念に頭を垂れるのか。それは人は本来、己の求めているものがわからぬからなのです、それゆえに権力者を頼る。とどのつまり、彼らは自らを導いてくれるものであれば何でもよいのです。現にレコン・キスタの支配するアルビオンはどうでしたか? 民衆はなにも変わらなかったはずです」
「しかし正しい道へ導くのが王の責務かと。民衆が自立し、自らの選んだ道を進めるように」
「ふむ、自由を民衆の手に……ですか。しかしエツィオ殿、自由というものは、『火』に似ています、その光は暖かく、人を惹きつけてやまない」

 静かにマザリーニは語り始めた。
その口調は、まるで司祭が説法を語り聞かせるように穏やかだ。

「しかし、たとえばあなたが父親で、その子供が退屈で泣きわめき、『お父さん、火で遊びたい』と言ったらあなたは火を子供に渡すのですか? 火傷をしたらどうするのです?」
「民衆は子供ではありません」
「そうかもしれませぬな、ですが心のほうはどうでしょう? 彼らにはそれを扱う土台がまだできていない。残念なことに」

 マザリーニはため息を吐きながら、肩をすくめた。

「私とて民衆に自立してほしいと願っております。しかし自由という名の炎に惹かれるあまり、その身を近づけすぎれば、たちまち熱に灼かれ、灯蛾のごとくに燃え墜ちるでしょう。それを防ぐために、火をコントロールする存在が必要だと私は思うのです」

52SERVANT'S CREED 0 ―Lost sequence― ◆5QiruB7YUM:2014/06/25(水) 00:09:03 ID:dZuBnIhQ
 エツィオは片眉を上げた。「……その身を灼かれてもですか?」
「それが責任あるものの義務なのでしょう。それに灼け堕ちれば貴方に打ち倒される。私はこれまでの会話でそう感じましたが、違いますか?」
「私が打ち倒すのではありません、民衆の意志こそが暴君を打ち倒すのです。私の刃はその代弁にすぎません」

 エツィオのその言葉に、マザリーニが口を開こうとしたその時であった。
コンコンと待合室のドアがノックされた。「どうぞ」とマザリーニが言うと、ドアが開いて、一人の衛兵が現れて告げた。

「猊下、そろそろお時間です」

 マザリーニは頷くと、衛兵に下がるように告げ、エツィオに視線を戻した。

「申し訳ない、次の予定が入ってしまったようだ。もっと議論を重ねたかったところですが、今日のところはこれにてお開きといたしましょう」

 ブランデーを飲み干し、マザリーニは言った。

「とても有意義な時間でした、エツィオ殿」
「ええ猊下、一時はどうなるかと思いましたが……あなたと話せてよかった」
「そう言っていただけると、こちらもうれしいですな」

 エツィオは立ち上がると、マザリーニと固く握手を交わした。
それから外へ出ようとドアノブに手をかけたとき、不意にマザリーニが「エツィオ殿」と口を開いた。

「何でしょう」
「民衆が真の意味での自由を勝ち取るまでの道のりは、あまりに長い。もしかしたら数百年、あるいは数千年かかっても到達できていないかもしれない。それでもあなたは戦い続けるのですか?」
「その瞬間を目にすることは、おそらくはないでしょう。しかしたとえ小さくささやかでも、着実な一歩をもって前に踏み出しています。歩みを止めるつもりはありません」

 力強く答えたエツィオにマザリーニはにっこりとほほ笑んだ。

「なるほど。……ではエツィオ殿、平和を望む者として、あなたの行く道に幸運が宿らんことをお祈りしております。またいずれ、お会いいたしましょう。より上等な酒を用意してお待ちしております」

 会釈をして待合室を退出するエツィオに、マザリーニはにやりと微笑みかけた。

53SERVANT'S CREED 0 ―Lost sequence― ◆5QiruB7YUM:2014/06/25(水) 00:09:45 ID:dZuBnIhQ
memory-32 シンクロ完了

まさかのルイズの出番なし。エツィオさんが教団の理想を語っていますが……。
いかんせんまだ彼は若いので、叔父上に叩き込まれた教団の理想をそのまま言っているにすぎません。彼が真の意味で教団の理想を理解するのは、もうちょっと先のこと……。

いや、そんなことよりお待たせしてすいませんでした。次はもっと早くシンクロできるように頑張ります。というか本当に文章力がガタ落ちしてます、本当に申し訳ないです。あとで余裕ができたらwikiで加筆修正するかもしれません。

アサシンクリードシリーズの新作発表ごとに投下してたらマジ遅いのでがんばります……。
では、次回シンクロにお会いしましょう。

――Non sire, ce n'est pas une révolte, c'est une révolution!

54名無しさん:2014/06/25(水) 01:06:14 ID:wLTAnZWg
シンクロ乙
原作者死すとも作品愛は死なず

55ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2014/06/25(水) 02:24:34 ID:kt/u.sO.
皆さんこんばんわ。これからこちらのほうで投稿を継続させていただきます。

56ウルトラ5番目の使い魔 21話 (1/11) ◆213pT8BiCc:2014/06/25(水) 02:28:16 ID:kt/u.sO.
 第21話
 無能王、英雄王
 
 破滅魔虫 カイザードビシ 登場!
 
 
 空を闇が包んでいる。それは人類滅亡の前触れなのであろうか……
 才人とルイズが教皇によって消され、ロマリアで聖戦の布告がなされた悪夢の日からいくばくか。物語は舞台を再び現代の
ハルケギニアへと戻して進む。
 
 
 ロマリアを起点として、ハルケギニア全土へと広がった昆虫の雲は、もうひとつの陰謀の中心であるガリア王国へも当然のように到達していた。
 分厚い黒雲が空を覆いつくし、時間は正午だというのに深夜のように暗い。大国ガリアの首都リュティスは、その繁栄を象徴して
数万の市民たちによって喧騒の絶えない音と楽の都であるはずなのに、今のリュティスにあるのは無と恐であった。
 人々は息を潜めて家に篭り、街の店々は固く戸を閉めて開かない。
 最初、リュティスの人々は事態を深刻には捉えなかった。突如、空が闇に包まれても、珍しいこともあるものだとくらいしか思わなかった。
しかし、黒雲を調査に向かった竜騎士が子供の背丈ほどもある巨大な昆虫に襲われて街中に墜落し、次いで黒雲から数十匹の
昆虫が街に舞い降りてきて人々を襲うと、街の人間たちも太陽の光をさえぎる雲がおぞましい虫の大群だと知って、戦慄した。
 だがそれでも、リュティスの人たちは、自分が大国ガリアの首都に住んでいるのだからという自信からなおも楽観していたが、
虫の退治に向かった空軍の魔法騎士がその度に全滅し、朝の来ない日が二日、三日と続くごとに、しだいに不安に負けるようになり、
今ではすっかり、その恐怖に縮こまってしまっていた。
 唯一、ヴェルサルテイル宮殿の前でだけは、事態の解決を要求する市民たちが押しかけて騒動となっているが、王宮警護隊に
阻まれて、そこで押しとどめられている。まだ流血騒ぎになっていないのが奇跡的なありさまだった。
 また、そのヴェルサルテイル宮殿にしても常の華やかさは失われている。使用人たちはもとより、貴族たちは屋敷にこもって
出てこないか、大臣たちと実にもならない会議に時間を費やすばかりである。すでに、ガリアを捨てて逃げ出す貴族も少なからず
現れていた。逃げ場など、どこにもないのであるが……
 
 
 今や、リュティスにあって常と変わらないのは、よほど豪胆なものか、よほど阿呆なもののどちらかに限られるようになっていた。
 いや……ただひとり、これらの光景を眺めながら愉悦の表情を浮かべている人間が一人いた。誰あろう、ガリアの王である。
「フフ、子供の頃から眺めてきたリュティスの街よ。強欲と虚飾の支配するこの街も、意外にしおらしい顔があったものだなあ」
 ジョゼフは、グラン・トロワのテラスから、街と宮殿を見下ろしながらワイングラスを傾けていた。
 彼が落ち着いている理由はふたつある。ひとつはむろん、この事態の当事者のひとりがほかならぬジョゼフだからである。
 そしてもうひとつは、彼にとってリュティスも宮殿も、さらにはガリアやハルケギニアそのものすらどうでもいい存在だからだ。
昔は、ジョゼフもガリアやこのリュティスの街が好きだった頃もあった。しかし、今は違う。
「子供の頃、宮殿を抜け出してふたりで城下へ遊びに出かけたのを思い出すなあシャルルよ。思えば、あのことは俺の人生で
一番満ち足りていた頃だった。どんなにバカをやっても説教と形ばかりの懺悔で許された。俺たち兄弟ふたりで、どんなことでも
できると思っていたなあ」
 懐かしそうにジョゼフは独語していた。

57ウルトラ5番目の使い魔 21話 (2/11) ◆213pT8BiCc:2014/06/25(水) 02:29:05 ID:kt/u.sO.
「だが、楽しい時代はあっという間だったな。すぐにふたりともやんちゃ坊主ではいられなくなり、俺はろくな魔法も使えない
無能で、お前はまれに見る天才だと、俺たちは真っ二つに分けられた。おれはひがんでそねて、歪んでいったよ。けれども、
思えばひがんですねてられるだけ俺は幸せだったんだ。お前が死んでしまったら、もう思い出の街並みも箱庭のようなものだ」
 今は亡き弟に語りかけるようにジョゼフはつぶやき、感情のない目でリュティスを見渡した。そこには、幼い日の思い出に
いくら胸を焦がしても、決して戻ることはかなわないという虚無感が浮かんでいる。自分はもう、決して取り戻すことのできないものを
失ってしまった。ならば、その入れ物だけ残していてもなんの価値があるだろう。
 少し離れたテーブルの上には、貴族や市民からの、この事態をなんとかしてほしいという嘆願書が山と積まれているが、
ジョゼフはその一枚にも目を通してはいない。最初からやる気がないのと、第一それらは無能な大臣たちが責任を押し付けようと
こちらにまわして来た物だ、無能王なら失敗しても当然だからどうとでもなるというわけだろう。笑う気にもなれない。
 それでもジョゼフが王の座から引き摺り下ろされないのは、単に代わりがいないからに他ならない。ジョゼフが王位につくときに
敵対する貴族は粛清され、王位の継承権のある人間はジョゼフの娘のイザベラしかおらず、ジョゼフに換えてイザベラをなどと
考える人間は皆無である。タバサことシャルロットを担ごうとするオルレアン派は権力から遠い少数派に過ぎない。
 誰からも好かれない無能王だが、いなければ国がつぶれるので仕方なくいてもらっている。ジョゼフはそのことを十分に
自覚しており、それを最大限に利用してやるつもりでいた。そのためなら、無能と蔑まれようが痛くもかゆくもない。
 無能王の仮面の下の悪意に、彼をあなどるガリアの人間は気づかない。気づいているのは、彼の悪意を利用しようとする
ロマリアの人外の者たちだけで、彼らの野望はまだジョゼフを必要とし、ここに使者を送り込んでいた。
 それは、ジョゼフを居丈高な美丈夫とするなら、対してすらりとした美少年であり、その双眼にはオッドアイが光っていた。
今や教皇とジョゼフのパイプ役を担うジュリオの人を食った笑顔が部屋の奥からテラスのジョゼフを見ていたのだ。
「ご機嫌ですね。人の不幸を喜ぶのは、あまりいい趣味とは言えないと世間では言いますよ。リュティスの市民も気の毒ですねえ」
「ふっははは、その不幸を作り出した張本人がよく言うわ。これ以上白々しい文句は他にあるまいな。それに、余は市民の不幸など
喜んではいないぞ。使い飽きた玩具を捨てられるのでほっとしているだけだ」
 ジョゼフはジュリオのまるで人事のような態度に愉快そうに笑った。
 しかし、ジョゼフとジュリオの互いを見る目は少しも笑ってはいない。互いに相手を利用する存在としては認めても、信頼関係などは
生まれるはずもないことを最初から承知しているからだ。
 それゆえか、ジョゼフはジュリオから眼を離すと、まるで最初からそこに誰もいなかったように虚空に話し続けた。
「シャルル、俺と血を分けたのになにもかもが似ていなかった弟よ。俺はなんのために生まれてきたのだろうな? 俺が生まれず、
お前だけ生まれていたら、今頃ガリアはまれに見る名君をいただいて大いに繁栄していたろうに。そんな弟を持った兄の俺は
本当に大変だったんだぞ。だがそれでもよかった。俺はお前を一度でも見返して、悔しがらせてやることだけを思ってあの頃を
生きてきた。しかし、それが絶対にかなわないとなった今、俺にできるお前へのはなむけは、お前の愛したこの世界を壊しつくす
ことだけじゃないか。どうだ? あの世とやらで、少しは怒ってくれているかな」
 人はひとりでいるときにもっとも多弁になるというが、ジョゼフもそうした面では人間らしかった。ただし、同席しているジュリオを
人間と見なしていないという意味と、独語する内容はもっとも非人道性に値しているが、相対する相手はそもそも人間ではない。
「先の両用艦隊とロマリア軍の戦いで何人が弟さんのところに行かれたんでしょうねえ? 地獄の特等席はあなたの予約でいっぱいでしょう」
「なるほど、それは我ながら善行を積んだものだな。これで本来地獄行きになるはずだった悪人が救われることになる。いったい
何百何千人の盗賊や詐欺師が余に感謝してくれるのか、むずがゆいものよ」

58ウルトラ5番目の使い魔 21話 (3/11) ◆213pT8BiCc:2014/06/25(水) 02:32:25 ID:kt/u.sO.
 ロマリアの陰謀に加担し、両用艦隊をロマリアに攻め入らせたことに後悔はない。無能王という蔑称はあくまで他人が勝手に
呼んでいるだけで、ジョゼフは自分のやることがどのような結果を招くのかを想像できない暗愚の器どころか、世界をゲーム盤に
見立てて遊ぶような悪魔的な頭脳を持っている。
「お前たちと組んだことを、余は今のところは正解だと思っている。このまま日が差さなければ作物は腐り、民は飢えで遠からず
死に絶えることになるだろう。たいした力を持っていると、褒めてやってもいい。しかし、どうにも地味で退屈だな。余としては
やはり英雄譚のように派手なほうがよい」
「できますとも、陛下にご承認いただければ、血沸き肉踊る最高の活劇が幕開くでしょう。どうです? エルフを相手に世界の
覇権を争ってみるつもりはありませんか」
「うわっはっはっはは! 馬鹿め、最初から誰にも勝たすつもりもないくせによく言うわ。お前たちに比べたら、余は公明正大な
善君だとよくわかる。だがまあいい、余と対局できる相手も耐えて久しい。勝ち目のないゲームで世界を道連れにするのも
また一興かもしれん」
「では、陛下」
「うむ、ガリア王国はロマリアの要請に応じて聖戦に全力で参戦する。ふはは、日ごろ始祖への信仰を口やかましく唱える
貴族どもは教皇様の勅命には逆らえん。自分で言い出したお題目どおりに死地に赴けるなら本望だろう」
 ジョゼフは何十万人という命を奪う決定をしたというのに、まるで夜店でくじを当てた子供のようにうれしそうにわらった。
あの日、ロマリアで起きた天使の奇跡と聖戦の開始はガリアにもすでに届いていた。だが、大臣たちが二の足を踏んでいる
うちに、ジョゼフは何のためらいもなく決めてしまったのだ。
 こうなってしまったら、聖戦に反対する者は異端者として罰せられる。ジュリオは満足というふうに、うやうやしく頭を垂れた。
「ご英断に感謝します。陛下のように理解あるお方がおられたことは我々にとってたいへんな幸福です。もうあと短いことと
思いますが、今後ともよろしくお願いいたします」
「なに、お前たちには借りがある。始祖の円鏡か、なかなか使えそうなおもちゃよな」
 そう言うとジョゼフはテーブルの上に目をやった。そこには、乱雑に詰まれた書類に混じって古ぼけた小さな鏡が置いてあった。
だが、一見すると町の古道具屋にでも行けば二束三文で手に入りそうなこの鏡こそ、始祖の祈祷書と同じ始祖の四つの秘宝の
ひとつであり、ロマリアに伝わっているものであった。
「それはお譲りします。わたくしどもにはすでに不要なものですが、陛下のお役になら立てるでしょう」
「フ、お前たちには虚無の力などは、大衆をその気にさせる奇跡だけ演出できればいいのだからな。だが、余がこれでさらなる
強力な虚無を身につけて、お前たちをもつぶしにかかったらどうする?」
 教皇たちは、ジョゼフが虚無の担い手であることをかなり前から知っていた。別に見せびらかしてきたつもりはないが、
何百年も前から虚無を研究してきたロマリアのこと、虚無の系統は始祖の血統から現れるという伝承を頼りに、その可能性の
ある人間をマークし続けていたのだろう。

59ウルトラ5番目の使い魔 21話 (4/11) ◆213pT8BiCc:2014/06/25(水) 02:34:37 ID:kt/u.sO.
 もっとも、ジョゼフには秘密にするつもりは毛頭なかった。火竜山脈でメルバを復活させるためにエクスプロージョンを使ったときでも、
おもしろそうなおもちゃをひとつ手に入れたくらいの感覚しかない。むろん、虚無の担い手の使命感などは欠片もない。
 そのことをジョゼフが強調すると、ジュリオは予定していたように笑いながら答えた。
「そのときは、我々も真の力をお見せいたしましょう。まあ当面は、我々の利害は一致しております。血迷ってロマリアに攻め込んだ
狂王ジョゼフは実はエルフに操られていましたが、教皇聖下は寛大なる慈悲の心でこれをお許しになられました。そして改心した
ジョゼフ王は教皇聖下の素晴らしき友人としてともにエルフと戦う。よいシナリオでしょう? ぜひ共演願いますよ」
 ジョゼフは失笑を抑えきれずに、くっくと喉を鳴らした。
 国民からロマリアに弓引いた悪王と、過去最悪の評判のジョゼフだが、国民の支持を取り戻す方法はたやすい。リュティスの中で
適当に怪獣を暴れさせ、それをジョゼフがエクスプロージョンなりを使って倒す芝居をする。そしてそれをロマリアが虚無の系統だと
認定して褒め称えれば、凶王一転して英雄王の誕生だ。
 笑える笑える。あまりに簡単すぎて笑うしかない。ほんの一時間ほども道化を演じれば、無能王ジョゼフはガリアの歴史に
燦然と輝く名君になれる。努力? 才能? なんの必要もありはしない。
「ああ、確かにいいシナリオだ。大衆というやつは、こういう単純な美談が大好きだからな。そして、我がガリアが動けば
ゲルマニアや、トリステインも黙ってはいられない。さて、ゲルマニアの野蛮人やトリステインの小娘はどう出るか? 確かに
見ものではあるな。教皇聖下には、ジョゼフが友情を誓っていたと伝えてくれたまえ」
 そう言ってジョゼフはジュリオを下がらせた。後には、また人気のなくなった部屋が茫漠と広がっている。
 恐らく、もうジュリオはこの城のどこにもいないだろう。ジョゼフは、教皇たちの持つ魔法ならざる異世界由来の力を
別に恐れてはいなかった。この世には、思い通りにならないことやわからないことが山のようにある。いちいち驚いているのも
面倒くさいことだ。それに、大事なのは力の意味や質ではない、それをどう利用するかにある。
 そう、ゲームは手駒がなければはじまらない。それも優秀なものが必要だ。多少腕に自信があったところでキングだけで勝てる
チェスなど存在しない。ポーンはしょせん捨て駒、ビショップやルークは優秀だが派手好みのジョゼフの趣味からすれば地味だ。
ならば、縦横に動いてキングの望みをかなえるクイーンがなくては話にならないだろう。
 ジョゼフは呼び鈴を鳴らした。使用人の待機する部屋の扉が開き、黒い髪の女性が入ってくる。
「お呼びですかジョゼフ様」
「話は聞いていたろう。ロマリアの奴らめ、余を絞りつくせるだけ利用するつもりのようだぞ。はは、プレゼントまでくれおったわ。
どうやらもう勝ったつもりでいるようだが、ゲームとは不利なときからはじめるほうが楽しいものよ。お前も連中には借りを
返したかろう? ともに逆転の秘策を練ろうではないか」
 楽しげにジョゼフが話しかけると、女は顔を上げてジョゼフを見返した。
 シェフィールドであった。
 しかし、その顔は左ほほに引きつったような火傷の痕が残り、心なしか左足をかばっているように見える。それは、あの
ガリア・ロマリア間の戦争の際、才人たちのメーサー車の爆発で受けた傷であった。
「私は、すべてジョゼフ様のお心のままに」
「ミューズよ、傷はまだ癒えぬか?」
 沈んだ様子で答えたシェフィールドに、ジョゼフは短く問いかけた。その言葉には、相手を思いやる愛情が込められている
わけでもなく、ただイエスかノーかを問うそっけなさだけがあるようなものだったが、身を案ぜられたシェフィールドは、
喉になにかが詰まったような声で、苦しげに口を開いた。

60ウルトラ5番目の使い魔 21話 (5/11) ◆213pT8BiCc:2014/06/25(水) 02:35:26 ID:kt/u.sO.
「なぜで、ございますか?」
「なぜ、とは?」
「なぜ、私を生かしたのでございますか? 私はあのとき、トリステインの虚無に敗れて死ぬはずでした。あの炎の熱さ、
皮の焼けていく感覚はしっかりと覚えています。事実、私は今日まで死線をさまよっていました。ジョゼフさまのご期待に
応えることができなかった負け犬の私めに、なぜでございますか!」
 シェフィールドは一気にまくしたてた。
 事実、彼女はあの戦いの最後に、確実に死んでいたはずであった。それを救ったのは、驚くべきことにジョゼフだった。
「ふむ、なぜかと問われたら一応答えねばならんか。とりあえず、新しく覚えた魔法を使ってみたかったからかな。
始祖の円鏡が教えてくれた、『テレポート』か。いろいろ役立ちそうな魔法だ」
 そう、ジョゼフは『テレポート』を使い、焼死寸前のシェフィールドを救い出していたのだ。ただし、ルイズの使った『テレポート』と
魔法は同じであるものの、跳ぶ距離がルイズの場合は見える範囲がせいぜいだったのに対して、ジョゼフはガリアから一気に
ロマリアへとケタが違う。また、再びガリアへと瞬時に戻ったことでルイズたちに存在をまったく気取られなかったことも含めると、
ジョゼフの才覚はルイズのそれを大きく凌駕していた。
 しかし、無傷ですんだわけではない。ほんの一瞬でも灼熱地獄に身をさらしたことは、ジョゼフの身にも少なからぬ痛みを強いていた。
魔法薬で治療してはいるものの、ジョゼフの体のあちこちにはまだ水ぶくれや腫れが残っており、痛みもかなり残っているはずだ。
「ご期待に添えられないばかりか仕えるべき主人に助けられるなど、私は役立たずの能無しでございます。いかなる罰をも
お与えください」
「ううむ、そうは言ってもな。正直、罰といっても何も思いつかんのだよ。余は命じた、お前はしくじった、ただそれだけのことではないか」
「お怒りではないのですか?」
「怒る? 俺がか? そういえば三年ほど、怒った覚えがないなあ。もっとも、怒れるほど余が感情豊かであれたら、世界を
灰にしようなどとは思うまいが」
 ジョゼフは自嘲げに言った。普通の人間なら持っていて当たり前なものを失ってしまい、それでも狂うことも壊れることも
できない、心に大きな虚無を抱えた人間のあがきを自分自身であざ笑う。そんな笑いだった。
「では、なぜお怪我を負ってまで私をお救いになられたのですか? 私のような非才の身、代わりを見繕われたほうが
よろしくありましょうに」
「ほほう、お前でもそこまで落ち込むことがあるのだな。うらやましい限りだ。もう一度正直に言うが、余はお前を怒ってなどおらん。
代わりをなどと言われても、次がお前より優秀である保障もないしな。なによりめんどうくさい」
 言葉を飾っている様子はなく、シェフィールドはジョゼフの言葉がすべて本音だと呑み込むしかなかった。
 要するに、自分はジョゼフにとって適当な駒であり、ゲームの上で必要であるから助けられた。一心に忠誠を尽くしても、
人格はどうでもよくて求められるのは能力のみ、それだけの価値なのだと、悲しげに目を伏せた。
 だが、ジョゼフはそんなシェフィールドの葛藤に気づく様子は見せないが、彼女に驚くことを告げた。
「だがまあ、そんなことよりも、余はお前に頼みたい仕事がある。お前にしか頼めないことだ」

61ウルトラ5番目の使い魔 21話 (6/11) ◆213pT8BiCc:2014/06/25(水) 02:36:47 ID:kt/u.sO.
「は……」
「これまでどおり余に仕えよ。そして、余よりも長生きしろ」
「は、えっ……?」
 シェフィールドは意味がわからなかった。ジョゼフの言葉を何度反芻しても理解できず、思わず呆けた顔になってしまう。
 するとジョゼフは、くっくといたずらを成功させた子供のように笑った。
「神の頭脳の異名のお前も意外と頭が固いものだな。簡単なことだ。余がこれからなにをどうするにせよ、勝とうが負けようが
余はあと一年も生きてはいまい。しかし、その果てに余がどんな形で最期を迎えるかは問題だ。世界最悪の大罪人として
後悔と絶望の中で死ぬのか、それともほかのなにかか……興味は尽きぬが、どんな形になるにせよ、それを見届ける役が
必要だ。お前は余の死に目に立ち会って、余がどんなふうに死んでいくのかを余に教えろ。そして、いずれあの世とやらで
まとめて聞かせろ……そのために、一分、一秒でも長く余より生きて見届けるのだ。どうだ? お前にしか頼めないことだ」
「はい……はい、ジョゼフ様」
 シェフィールドは涙声になっていた。失敗を重ねて、自己の存在価値をすらなくしかけていたのに、それどころか主人の
残りの人生にすべてを捧げろと言ってもらえたのだ。
「これに勝る光栄はありません。ジョゼフ様」
 
 と、そのときであった。彼らのいるグラン・トロワの床が揺れ、次いで街の方向に火の手が上がるのが見えた。
 
「ジョゼフ様、あれを」
「ほう、なるほど仕事の早いことだ。奴らめ、本格的にガリアを道具にするつもりらしいな」
 ジョゼフはあざけるように言った。
「怪獣だ」
 街では、巨大な一つ目を持つ甲虫のような怪獣が暴れていた。片腕が鎌になっており、それで建物を破壊し、さらに家々を
踏み潰しながら、またたくまに街の一角を火の海に染めている。
 しかも一匹だけではない。同じ姿をした怪獣がさらに二匹、計三匹で街を蹂躙していた。
「ロマリアの連中のしわざでしょうか?」
「ほかに誰がいる? 教皇め、確かに協力するとは言ったが気の早いことだ。せっかくの酒がこぼれてしまったわ」
 他人事のように、迷惑げにジョゼフはつぶやいた。
 空気を震わせて、およそ数十リーグはあるかなたから怪獣の暴れる振動が伝わってきてジョゼフとシェフィールドの顔をしびれさせる。
 ガラス窓が震え、テーブルの上に置いてあったワイングラスが床に落ちて赤い水溜りを作っていた。このワインは、産地がオークに
襲撃されて全滅したために、今ではもう手に入らない逸品ものの最後だったのに、もったいないことだ。
「代わりを持て」
 つまらなさそうにジョゼフは命じた。すぐさまシェフィールドが走るのを横目で見て、ジョゼフはテラスの手すりに大柄な体を寄りかからせた。
 眺める先では、三匹のグロテスクな容貌を持つ怪獣が彼の国の街を破壊している。普通なら、自分の国が壊されていくのを
目の当たりにした王は激昂するものなのだろうが、ジョゼフの心にはなんの機微もない。

62ウルトラ5番目の使い魔 21話 (7/11) ◆213pT8BiCc:2014/06/25(水) 02:38:08 ID:kt/u.sO.
 人間の街というものはよく燃えるものだ、と、ジョゼフは妙な感心をした。あの炎の下では、何十か何百かの人間が悲鳴を
あげてのたうっているはずだが、そんなものは数十リーグのかなたまでは届かない。もっとも、届いたとしてもジョゼフは
うるさいという感想以外は抱かないであろうことだけは確かといえるが。
 そうそう、うるさいといえば大臣の一人が血相を変えて飛び込んできたが、ジョゼフは適当に手のひらを振って追い返した。
わめいていた内容は聞かずともわかるので一字たりとも耳孔の通過を許可していない。
 そうこうしているうちにシェフィールドが新しいワインを用意してやってきて、ジョゼフは乾いていた喉をうるおすと、再び燃えている
街に目をやった。
「見てみろ、我がリュティスの街が稚児のたわむれに使う積み木のようだ。いやはや、なかなかの破壊力であるな。しかし、
なんとも醜い姿ではないか。あれがこの世でもっとも尊く美々しい教皇陛下の僕だとは、まったく世も末じゃないか」
「なかなかの破壊力でありますね。ですが、あれほどの数の怪獣をどこから呼び出してきたのでしょう?」
 シェフィールドの疑問は案外すぐに解決することになった。暴れる三匹の怪獣を食い止めようと、やっと出動してきた
竜騎士隊の姿が認められたとき、空を覆っている黒雲から数千、数万匹の虫の群れが舞い降りてきたかと思うと、それが
合体して同じ怪獣になってしまったのだ。その数二匹、合計して五匹。
「なるほど、あの雲は太陽をさえぎる以外にも使えるのか。おお、さっそく意気込んで出て行った竜騎士どもが蹴散らされているぞ。
簡単に作り出せる割にはなかなか強力な怪獣じゃないか」
「ですね。チャリジャが残していった、我々の残りの手駒の中で、あれより強力なものはありますが、もしも空を覆いつくしている
虫をすべて怪獣に変えられるのなら、話になりませんね」
「戦はなにをおいてもまず数であるからな。無尽蔵の数を相手に勝てるものはおらん。ははあ、なるほど、教皇め。ここで
圧倒的な力を誇示して、余に逆らうだけ無駄だと間接的におどしをかけるつもりだな。念の入ったことだが愚かだな、余は
進んでお前たちの暴挙に協力してやろうと言うのに」
 ジョゼフは呆れたようにつぶやいた。今言ったことは嘘ではない……世界を滅亡させるなどという、歴史上のいかなる王も
嗜んだことのない遊戯が目の前に転がっているというのに、ここで台無しにするのはもったいないではないか。廃墟に転がる
何万という屍を眺めて、無限の後悔を得られるか否かを試すまで、裏切る必要などないではないか。
「さて、街にもいい塩梅に火が回ってきたし、竜騎士どもも適当な数が落ちたな。そろそろ頃合かな、ミューズよ?」
「はい、今なら市民と軍の両方の視線を釘付けにできます。これ以上は、観客を減らす一方になるかと。ジョゼフさま」
「では行くか、主演俳優という柄でもないが、たまには自分の体を動かすのも悪くない」
 ジョゼフは背伸びをしながら立ち上がると、愛用の杖を持って歩き出した。その先には、シェフィールドが飛行用のガーゴイルを
用意して待っている。
 シナリオは確認するが簡単だ。暴れる怪獣をエクスプロージョンで吹き飛ばす、待機しているロマリアの手のものが伝説の虚無の
力だと騒ぎ立てる、英雄が誕生する。以上で終わりで、田舎劇場の三流脚本家でも書ける単純極まりない筋書きである。もっとも、
愚民を騙すにはこの程度の三文芝居で十分であろう。
 今頃はジュリオが手を回して、ジョゼフの登場するのを今か今かと待っているに違いない。お膳立てはすべて整った。
「シャルルよ、見ているか? 無能王と呼ばれているお前の兄は今日から英雄王だ。お前は王子だったころ、将来はガリアの
歴史に残る賢王になるとうたわれていたが、俺は英雄だ、英雄だぞ。どうだ、俺はすごいだろう? いくらお前でも、英雄には
なれなかったろう。だがまあ心配するな、いずれ世界の人間どもをみんなお前のところに家来として送ってやるから、そうしたら
お前は天国でハルケギニア大王でも名乗るがいい」

63ウルトラ5番目の使い魔 21話 (8/11) ◆213pT8BiCc:2014/06/25(水) 02:39:10 ID:kt/u.sO.
 空を見上げてジョゼフは独語した。闇に包まれた空のかなたに天国があるかどうか、そんなことは知らない。
 ただし、ひとつだけ確信があるとすれば、自分が行くのは生であれ死であれ地獄だということだ。そして自分は、その地獄を
望んで深くしようとしている。幾万という魂を冥府にに送り、暗い望みを満たそうとしている。
 果たして神がいるとしたら、どういう罰を自分に下すのだろうか? いいや、神など存在しない。なぜなら、このでたらめな
世界のありさまと、自分という人間のできそこないがいることがそのなによりの証だ。
「準備できました、ジョゼフ様」
「行け、そして我が親愛なるガリア国民たちに希望をプレゼントしようではないか。今まで王様らしいことをしてこなかった
無能王の罪滅ぼしだ。お前たちの前に天国の門を開いてやろうじゃないか!」
 その言葉に嘘は一片も含まれてはいなかった。完全に、文字通りの意味で。
 希望からいっぺんに転落したとき、人はもっとも深い絶望に包まれる。その絶望を抱えたまま、天国の門をくぐることになる
罪なき民はいったいどんな顔をするのか、興味は尽きない。そしてうらやましい。なにを奪われようが失おうが、反応する
感情はとうに枯れ果ててしまった。
 だからこそ求める、真の絶望と後悔をこの心に取り戻すために。そのために、この世は地獄になってもらわねばならないのだ。
 
 ジョゼフとシェフィールドを乗せたガーゴイルは飛び立ち、怪獣が暴れるリュティスの市街へと向かう。
 破壊と絶望を約束した茶番劇の幕が上がった。脚本・ヴィットーリオ、演出・ジュリオ、主演・ジョゼフの豪華キャストが自慢の
この劇の鑑賞券の代金は命と流血である。
 
 
 だが、完全にジョゼフの箱庭と化してしまったかに見えるリュティスにあって、強い意志で彼らに逆らおうとする者たちがいた。
 怪獣が暴れるリュティスの、その地下数十メートルの地底。トリスタニア同様に、無数の下水道や地下道がクモの巣のように
行き交うその中を、二人分の足音が響いていた。
「本当に、この下水道が王宮までつながってるのかね? なんかさっきから同じようなとこばっかり回ってる気がするのね」
「そりゃ当然だ。抜け道ってのは追っ手を撒けるように作ってあるんだから。心配するな、方角は確かに王宮のほうへ向いている」
「でも、暗いし怖いし汚いし、さっきネズミの家族が足元走っていったのね。きれい好きのシルフィとしてはたまらないのね、きゅいい……」
 カツンカツンという義足交じりの足音と、ペタンペタンというたよりない足音がせまい石壁の通路に響いている。
 ひとりは町娘の着こなしながらも引き締められた肢体と鋭い眼光が野性味を覗かせ、もうひとりは大人びた容姿ながらも
おどおどしていて長身にも関わらず幼い雰囲気を出している。だが、ふたりとも先に進もうという意思だけは強く瞳に宿していた。
 何者か? などと聞くまでもなく、こうしてヴェルサルテイル宮殿を目指す者はジルとシルフィードのふたりしかいない。
 レッドキングとゴルザが戦った、あのファンガスの森での戦いから、ふたりはリュティスにやってきて機会をうかがっていたのだ。
 目的はもちろん、宮殿に幽閉されているタバサの母とキュルケを奪還するため。だが、警戒厳重な宮殿に侵入する方法が
見つからずに、日に日に焦燥に駆られていたのだが、意外な人物が救いの手を差し伸べてくれた。

64ウルトラ5番目の使い魔 21話 (9/11) ◆213pT8BiCc:2014/06/25(水) 02:40:20 ID:kt/u.sO.
「そこの横穴を入れば、今は使われていない水道跡に出られる。そこから、王宮内部の噴水につながる水道へ出られるはずだ」
「本当に、その地図信用できるのかね? あのわがまま王女のことだから、衛士隊の宿舎のまん前に出たなんてことになったら
冗談じゃすまないのね」
「……疑うということは、安全を保つ上で必要なことだ。だが、行動を起こすには信じないと始まらないよ。あのお姫様、イザベラ様だっけ?
私はそんなに悪い子には見えなかったけどね」
 
 そう、ふたりにこの抜け道を教えてくれたのは過去何度もタバサを苦しめてきたはずのイザベラだった。
 
 もちろん、イザベラのことを好いていないシルフィードはイザベラに力を借りようなどとは考えていなかった。出会ったのは偶然で、
施しのパンを求めて立ち寄った聖堂で、たまたま隣に並んだ黒いフードを目深にかぶった女性に、ジルがなにげなく声をかけたのだが。
「もし、さっきから顔を伏せられていますが、具合でも悪いのですか?」
「……うるさいね、ほっといてくれよ」
「んなっ! なんなのね、ジルがせっかく親切で言ってあげてるってのに! ん? お前……あっ! バ、バカ王女!」
 それがイザベラだったのだ。
 もちろんその後、シルフィードの大声で騒ぎになりかけ、慌てたジルがふたりを無理矢理に連れ出してなんとか事なきを得た。
 だが、突然わけもわからずに連れ出されたイザベラはたまったものではない。
「なんなんだいお前たちは! わたしをどうしようって言うんだ。人買いか? 身代金でもとろうってのかい!」
「キンキンうるさいのねバカ王女! おねえさまにこれまで散々ひどいことしておいて、ここで会ったが百年目なのね」
「おねえさま? 誰のことだい? わたしはあんたなんか知らないよ」
「タバサおねえさまのことなのね! あんたの悪行、わたしがきっちり思い知らせてあげるの」
「タバサ? そう、お前たちシャルロットの知り合いってことかい」
 それでシルフィードがイザベラと乱闘になりかけたのを、ジルがおさえたのは言うまでもない。
 しかし何故こんな街中に王女のイザベラが? ジルも、無能王の娘の悪い評判はしばしば耳にしていたが、実際に目にするのは
初めてというよりも信じられないのが大きい。そのため事情を納得するまでには少々時間がかかったが、要約するとイザベラの身が
危険になってきたということであった。
「こないだの両用艦隊の反乱くらい知ってるだろ。あれで、王権への信頼が一気になくなったのさ。それで、カステルモールの
奴が言うには、一部の貴族たちの中でとうとう王の暗殺まで持ち上がってるらしい。当然、王の娘のわたしも安全じゃないから、
プチ・トロワから逃げ出してきたわけさ」
 吐き捨てるようにイザベラは言った。普通に考えたら、王宮の中にいたほうが安全と思われるが、イザベラはそれを捨てていた。
今の王宮に、いざとなったときイザベラを本気で守ろうとする兵士がどれだけいるか? イザベラは少なくとも、兵士は主君に
無条件の忠誠と奉仕をおこなう人形ではないということを、今は知っていたのだ。
 権力あってこそ、人は人にかしづく。イザベラの横暴は、その権力を失ったときへの恐怖の反動でもあったかもしれない。
「わたしは嫌われ者で、家臣たちは本音ではシャルロットを好いていることくらい理解してるさ。カステルモールのやつくらいかね、
わたしの味方なのは……ま、そいつも各地の小反乱を抑えに出て行って、もう、宮殿でわたしの安全なとこはないのさ」
「あんたの父親、ジョゼフ王に守ってもらおうとは思わなかったのかい?」

65ウルトラ5番目の使い魔 21話 (10/11) ◆213pT8BiCc:2014/06/25(水) 02:42:00 ID:kt/u.sO.
「父上は、会ってさえくれなかったよ。バカ娘に愛想を尽かしたのか知らないけど、わかってるさ……父上は、わたしに愛情なんか
持っちゃいない。物は与えてくれるけど、思い返せばそれしかしてくれたことないんだ」
 そうして、イザベラは生まれてから今日まで、あの父に頭をなでてもらった思い出のひとつもないと自嘲げにつぶやいた。
 そんなイザベラの、冷え切った親子関係を聞いて、ジルとシルフィードも心にやりきれない思いを抱かざるを得なかった。
 ジルは以前、家族の復讐のために命をかけた。そうするだけの愛が家族にあったからだ。
 シルフィードも、タバサの使い魔になる前は両親と暮らしていた。厳しいながらも、大切にしてくれた父と母だった。
 けれども、イザベラにはそれがない。家族に愛されることなく育たなくてはいけなかった、そんな苦しみを吐露した彼女に、
憎らしさを感じ続けてきたシルフィードでさえも言葉を詰まらせずにはいられなかった。
「なんだい、同情なんかいらないよ。それより、お前たちシャルロットの連れなんだろ? 呼び出した覚えもないが、あの人を
バカにした面が見えないがどうしたんだい」
 それでやっと、シルフィードは自分の目的を思い出した。
 ただこのとき、シルフィードにイザベラに助けを求めようという気持ちはなかった。ひねくれた育ち方をした環境には同情するが、
その腹いせにタバサに無理難題を何度も押し付けてひどいめに合わせてきたのは事実だ。そのことを思い出すとむかっ腹が立ち、
シルフィードはジルが止めるのも聞かずに、タバサの身に起きたことをイザベラに洗いざらいぶちまけた。
「シャルロットが、行方不明? しかも、叔母上が宮殿に幽閉されてるですって!?」
「そうなのね、全部あんたのお父さんのせいなのね。お前なんかに関わってる暇なんかなかったのね! ジル、行こうなのね」
 嫌いな相手に思う様言い尽くせたことで、シルフィードはもう顔も見たくないというふうに立ち去ろうとした。
 だが、肩をいからせて立ち去ろうとするシルフィードをイザベラは呼び止めた。
「待ちな、意気込みはいいが、どうやってヴェルサルテイルに忍び込むつもりなんだ? わざわざ捕まりにいくようなもんだよ」
「そ、そんなこと、お前に言われなくてもわかってるのね。だから困ってるのね!」
「ふん、嘘のつけない奴だね……まあいい、こいつを持ってけ」
 そう言うと、イザベラはジルに畳まれた羊皮紙の紙片を投げ渡した。それが、王宮へとつながる地下道の地図だったのだ。
「あんた、これは!」
「少し前ならわたしが連れて入ってもよかったが、今のヴェルサルテイルは要塞みたいなもんだ。だが、その抜け道は王族が
万一のときのために用意されたもんで、存在を知ってるのは王族だけだ。やる気があるなら使ってみな、たぶん気づかれずに
忍び込める唯一の方法だよ」
 そんな大事なものを惜しげもなく……さすがのジルも驚いたが、イザベラは一顧だにしなかった。
「勘違いするんじゃないよ。別に罪滅ぼしなんてつもりじゃない。あのシャルロットが簡単にくたばるものか、わたしがなにを
やってもいつも悔しがらされるのはこっちだった。いずれまた、わたしを笑いに帰ってくる。だから、あいつの一番大切なものを
わたしのものにしておいてやるのさ。「あんたの母上はわたしのおかげで助かったんだよ」ってさ! ははっ、あいつは一生
わたしに頭が上がらなくなるんだ!」
 そうやって一方的に笑うと、イザベラはすっとジルとシルフィードに背を向けて歩き出した。なかば唖然として見送るジルと
シルフィードの前で、粗末なフードに身を隠したイザベラの姿はあっというまに町の風景の中に溶け込み消えていく。
 どこへ向かったかはさだかではない。去り際に、ジルがどこへ行くのかと尋ねたときも、知人のところでしばらく身を隠して、
あとはそれから考えると言い残しただけであった。
 しかし、嫌われ者のイザベラをわざわざかくまう奴がいるのだろうか? まして権力も金もない今のイザベラをかくまうなど、
そんな物好きな人間が……?

66ウルトラ5番目の使い魔 21話 (11/11) ◆213pT8BiCc:2014/06/25(水) 02:42:57 ID:kt/u.sO.
 イザベラの考えはシルフィードにはわからない。しかし、大切なことは、念願であった王宮への侵入方法が手に入ったということである。
「あいつ、本当におねえさまを助けるつもりなのかね……?」
 わからない……シルフィードの知っているイザベラは残忍酷薄で、タバサの不幸を知っても笑いこそすれ助けようなんて
絶対にしなかったはずだ。
 それでも、立ち止まることは許されない。今の自分たちには、あえて虎穴に飛び込むしか道はないのだから。
 
 イザベラの地図を頼りに、ふたりは下水道から迷路のように地下道を歩き、とうとう宮殿の真下に位置する終点にたどり着いた。
「ここだ、上がるぞ」
 暗い通路の行き止まりに、古びた鉄のはしごが十数メートルの高さにまで伸びている。その上はふたになっているようで、
人一人分くらいのすきまから地上の光がわずかに漏れてきている。
 ジルがまず、さびだらけのはしごを昇り始めた。それに続いて、シルフィードも昇り始める。
「うう、汚いはしごなのね。シルフィはきれい好きなのに」
「文句を言うな。シャルロットはきっと今頃、もっと大変な戦いをしているんだぞ」
「そ、そうね! おねえさまのためなら、ばっちいのくらいなんてことないの!」
 シルフィードは甘えてなんかられないと自分を叱りつけた。だがそれにしても、ジルはするすると猿のようにはしごを昇っていく。
とても片足が義足だとは思えない身軽さに、さすがはおねえさまのおねえさまだと信頼を深くした。
「出るぞ、これから先は私がいいと言うまでは一言もしゃべるな」
 天井のふたに手をかけてジルは言った。シルフィードは慌てて手で口を抑えようとして、はしごから手を外しかけてまた慌てて戻した。
 抜け穴のふた、多分外からはマンホールのようになっているのであろうそれを、ジルは力を込めて持ち上げた。
 パラパラと砂が降ってくる。そして、そっとすきまから顔を覗かせてあたりを確認し、素早く外に飛び出すと、シルフィードに
上がってこいと合図した。
”ここは……やった! 間違いなく王宮なのね”
 そこはヴェルサルテイル宮殿西花壇の水車小屋の片隅であった。ジルが注意深くあたりをうかがっているが、どうやら回りに
衛兵はいないようであった。
「案内できるか?」
 ジルの問いに、シルフィードは自信たっぷりにうなづいた。幸いなことに、ここからキュルケとタバサの母がとらわれている
牢はさして離れていない。王宮の地形は何度も空から見てバッチリ頭に入っている!
 シルフィードは駆け出し、ジルは辺りを警戒しながら小走りで続く。よくわからないが、今王宮の中は手薄なようだ。
”おねえさま、あなたの使い魔は立派にお役に立ってみせますなの。がんばるの!”
”おかしい。宮殿の中だってのに妙に人の気配がしない。いやな予感がする……思い過ごしならいいんだが”
 ふたりは走る。キュルケとタバサの母を奪還し、帰りは抜け道を使ってリュティスの郊外まで逃れる。
 あとは頃合を見てシルフィードで一気にトリステインに飛び込む。そうしたらもうガリアは手を出せない!
 
 
 だが、ふたりの計画が成功する可能性はこの時点で限りなく低くなっていた。
「ジョゼフ様、王宮に侵入者が……おや、これはこれは。シャルロット様の使い魔の仔竜ですよ」
「ほお、おもしろい。シャルルへのみやげ話がもうひとつできそうだな。遊んでやれミューズよ、なんなら殺してもかまわんぞ」
 
 
 続く

67ウルトラ5番目の使い魔  ◆213pT8BiCc:2014/06/25(水) 02:44:16 ID:kt/u.sO.
以上です。これからも本作をよろしくお願いいたします

68名無しさん:2014/06/28(土) 05:51:04 ID:6lwmgzz6
うおお、シェフィールド生きてた。
助けは間に合うのか、それとも知恵と勇気で切り抜けるのか。
どちらにせよ続きを楽しみにしてます。

69ウルトラ5番目の使い魔 22話  ◆213pT8BiCc:2014/08/11(月) 01:22:17 ID:WGhDb4EY
皆さんこんばんわ。、ウルトラ5番目の使い魔22話投下準備できましたので始めます。

70ウルトラ5番目の使い魔 22話  ◆213pT8BiCc:2014/08/11(月) 01:25:35 ID:WGhDb4EY
 第22話
 必殺必中! 暁の矢
 
 岩石怪獣 ゴルゴス 登場!
 
 
「おめでたい子たちね。逃げたあなたがいずれ残ったふたりを取り戻しにやってくるのは明白。そちらの片足さんは少しは手こずりそうだったから、ずっと前から罠を張って待たせてもらっていたわ。おもしろいくらいにかかってくれたわね」
「きゅいいい、卑怯なのね。それに、あんたがバカ王様と組んでおねえさまを苦しめていたのね。ぜったいに、ゆるさないのね!」
「落ち着け、カッカしたら奴の思う壺だぞ。まあ、どうせ罠があるとは思っていた。さて、これだけ分が悪い戦いはキメラドラゴン以来だな。矢玉の数が足りればいいが」
 
 ジルとシルフィードは今、最大のピンチに立たされていた。
 キュルケとタバサの母を助け出すために潜入したヴェルサルテイル宮殿の奥深く、異様なまでにたやすく潜り込めたと思ったが、やはりそれは甘かった。
 牢獄には警備のガーゴイルがいるはずなのに、脱出のときにあれだけ苦労させられた奴らはまるで見えなかった。そして、牢獄にたどり着けたと思ったとき。
「赤いの! 助けに来てやったのね!」
「バカ! これは罠よ。早く引き返しなさい!」
「そんなことは当に見当がついているよ。ご丁寧に牢の前に鍵がぶらさげてあれば馬鹿でも疑う。とはいえ、ほかに方法もなかったようなのでね……ほら、来たぞ」
 ジルが牢の鍵を開けた瞬間、轟音が鳴って牢獄自体が崩れ落ちた。一同は、ドラゴンの姿に戻ったシルフィードの影に隠れて降り注いでくる瓦礫から身を守り、レンガ作りの貴人用の牢獄は積み木の建物のようにバラバラになった。
 空が見える。牢獄が崩れた粉塵が収まり、シルフィードの影から這い出たジルとキュルケはそう思った。タバサの母も、眠ったままで毛布にくるまれて無事である。
 しかし、無事であったことに、『今のところは』というただし書きをつける必要があることを一同は思っていた。
「囲まれてるな」
 ジルは、やっぱりなというふうにつぶやいた。隣ではキュルケが、まったくもう、とばかりにため息をついている。
 状況はまさに、一瞬にして最悪に陥っていた。たった今まで牢獄だった瓦礫の周りを、無数のガーゴイル兵が取り囲んでいる。数は見たところ、適当に見積もって三十体以上。どいつもこいつも剣や槍、長弓や斧などぶっそうな装備を身につけていた。
 それだけではない。ガーゴイル兵たちのすきまを埋めるように、狼の形をしたガーゴイルが凶暴なうなり声をあげて、鋭い牙をむき出しにしてこちらを睨んでいた。その数はこちらも三十体ほど、逃げる隙間などどこにもありはしない。
 そして、包囲陣を強いているガーゴイルたちのなかで一体だけ空を飛んでこちらを見下ろしているコウモリ型のガーゴイルから、あざける女の声が響いてきたのである。
「ウフフ、アハハ、ようこそ韻竜のお嬢さん。待っていたわよ」
 その声を聞いた瞬間にシルフィードの背中に悪寒が走った。この声の主は、シルフィードにとってジョゼフとイザベラに次いで憎むべき相手である。
 怒りの念がシルフィードの心にふつふつと湧いてくる。こいつらだけは許すことはできない。
 そして、この場に及んでジルとキュルケも腹をくくった。見え透いた罠だったが、どのみち遅かれ早かれこうならざるを得なかったのだ。
 シェフィールドの勝ち誇ったあざけりにシルフィードとジルが買い言葉を返し、続いて初対面となるジルとキュルケが視線を合わせた。
「ふぅん、シャルロットから話は聞いていたけど、あんたがあの子の友達か、なるほど……ふぅむ」
「なにあなた? 勝手に人の顔をジロジロ見て、失礼じゃありません?」
「いいや、感心しているのさ。これだけ長く閉じ込められて、なお狩人の目をしているのはなかなか根性あるね。これはあんたの杖だろ? ご丁寧に隣の部屋においてあったよ」
「それはありがとうございます。あの女、完全にわたしたちを舐めているわね。希望を持たせた上でなぶり殺しにしようという腹でしょうが、ふっ、ふふふ……このキュルケ・アウグスタ・フォン・ツェルプストーをバカにするとどうなるか、思い知らせてあげようじゃない!」
「ふっ、いい目だね。私はジル、しがない猟師さ。まあ、狩る獲物は少々ゲテモノが多いが、今回は格別だな。シャルロットはこんな奴らと戦わされてきたのか……いいね、あの子の怒りと悲しみ、私にも伝わってきたよ」
 キュルケとジルは背中合わせにして陣を組んだ。ふたりとも、出会ってまだ数分であるが、相手が信頼に足る人間だと感じていた。ジルはキュルケの熱い言葉にタバサが誇らしげに語っていた話と一致させ、キュルケはジルがタバサの本名をなんの抵抗もなく呼んだことで、ふたりのあいだに並々ならぬ信頼があるのだと読み取っていたのだ。

71ウルトラ5番目の使い魔 22話  ◆213pT8BiCc:2014/08/11(月) 01:28:12 ID:WGhDb4EY
 そして何よりも、ふたりとも若くても歴戦の戦士である。戦場での決断の遅さが致命を招くことをよく知っていた。
「フフフ、トライアングルクラスとはいえしょせんは学生。もうひとりは魔法も使えないただの平民。新しいガーゴイルのテスト代わりに遊んであげましょう。シャルロット姫のいないあなたたちなど、私の敵ではないわ」
「どうかな? お前はシャルロットをそれなりに見てきたようだが、なにも学ばなかったようだね。私は、あの子からはいろいろ教わったよ。赤毛の、あんたはどうだい?」
「どうかしらね? ただ言えるのは、わたしをタバサより弱いと思うのは大間違いということ! あなたこそ、平民がこれだけのガーゴイルにどう挑むのか、拝見させていただこうじゃない!」
 その瞬間、シェフィールドの指揮ガーゴイルの目が光ると同時にガーゴイル軍団がいっせいに仕掛けてきた。
 ジルとキュルケは、猛然と襲い掛かってくるガーゴイルの攻撃に対して、ぱっと身をかわす。戦士の姿をした鉄人形の剣や槍がたった今までふたりのいた場所を刺し貫き、しかし間をおかずに後続の軽装のガーゴイルがレイピアのような剣を振りかざして向かってくる。
 だが、突撃してくるガーゴイルを真正面にしてキュルケは杖を振りかざし、その燃えるような赤毛よりさらに赤い火炎をガーゴイルに叩きつけた。
『フレイム・ボール!』
 ラインクラスの中級攻撃魔法。しかし、その威容はガーゴイル一体をまるごと飲み込む小型の太陽さながらの豪火球であった。
 直撃、そして半瞬後に鎧騎士の人形は黒焦げの鉄くずに変わり、バラバラに崩れ落ちてしまった。熱で溶けることすら許されずに、一瞬の灼熱で砕かれてしまったのだ。
 バカな! こんな威力はトライアングルクラスではありえない! シェフィールドは我が目を疑った。
 けれども、それは目の錯覚でもまぐれでもなかった。キュルケはその後、三体もの歩兵ガーゴイルを同じように血祭りにあげたからである。
 これにはシルフィードも驚いた。キュルケの魔法は何度も見てきたが、これほどまでの火力はなかったはずだ。
 するとキュルケは、優雅に髪を払い、しかし眼光は鋭いままでその疑問に答えた。
「別に驚くことではないわ。魔法の力は使い手の心の力に比例する……火の系統の真骨頂は、情熱と、怒り。わたしの心は今、これまでにないくらい燃えているのよ。わたしをコケにしてくれたあなたたち、そしてなによりも、タバサを助けてあげられなかったあのときのわたしの無力さへの怒りでね!」
 そのとき、シルフィードはキュルケの後ろにゆらめく陽炎のようなものを見た気がして、ぞくりと身震いをした。

72ウルトラ5番目の使い魔 22話  ◆213pT8BiCc:2014/08/11(月) 01:29:46 ID:WGhDb4EY
 キュルケが怒っている。いつもは人を食った態度を崩さず、感情を表に出すときも、どこか優雅さを漂わせるキュルケが感情むきだしで怒っていた。
「牢獄につながれているあいだ、ずっと思い続けていたわ。あのとき、わたしにもっと強い力があれば、むざむざとタバサを犠牲にすることはなかった。なにがあの子を助けてあげるよ、自惚れていた自分をこれほど憎んだことはないわ。タバサから借りひとつどころじゃないこの屈辱……覚悟なさい。今日のわたしは悪魔より恐ろしいわよ!」
 怒りと後悔と屈辱と誇りが、今のキュルケの魔力を過去なかったほどに引き上げていた。キュルケは自信家で、その自信にまったく恥じないだけの実力を有しているが、それは裏返せば自惚れにも値する。それが敗北と幽閉という二重の屈辱で打ち砕かれて、幽閉されていた期間に練り上げられていた怒りと、溜め込まれてきた魔法力がシェフィールドの登場で一気に解放されて爆発したのだ。
「すごいのね。タバサおねえさまと同じくらい……いえ、それ以上かも」
 めったにタバサ以外を褒めないシルフィードが本気で驚いていた。元々、タバサに勝るとも劣らない才能の持ち主であったのが、自分の限界を突きつけられたことで一気にその壁を超えたのだ。今のキュルケは間違いなくスクウェアクラス、いや、昇格した勢いが有り余っている今ならば、あの『烈風』などにも匹敵するかもしれない。
 キュルケは今度は自分に向かってきた重装騎士のガーゴイルを一撃で消し炭にした。しかし数十体のガーゴイルはなおも目だって数を減らした様子はない。まだシェフィールドの側が圧倒的に有利であった。
「おのれこしゃくな。だが、このガーゴイルたちはただの騎士人形ではない。いずれもかつてメイジ殺しと恐れられたつわものを再現した特別製なのよ。そして、あなたたちを取り囲んでいる狼型のガーゴイル、フェンリルは本物の狼と同等の俊足と獰猛さを持っているわ。逃げることは絶対に不可能! 赤毛の小娘のランクアップは意外だったけど、あなたひとりでどこまで耐えられるかしらねえ?」
 シェフィールドの言うとおり、いくらキュルケが強くなったとはいってもガーゴイルはまだ何十体も残っていた。しかも、キュルケを手ごわしと見るや、うかつに近づくのをやめて、遠巻きにしながら弓や銃を持ち出してきたのだ。風の系統と違って火の系統は守りに弱い弱点を持っている。
 四方八方から矢玉や銃弾を送り込まれたら、いくらスクウェアクラスに昇格したキュルケでもやられる。しかもガーゴイルはシェフィールドの言うとおり、動きに無駄がなく素早い。飛び道具の狙いが外れることは期待できそうもない。おまけに、狩りの名手である狼の力を持つというフェンリルもいるなら、逃げ回りながら戦うのも難しい。
「ちょっと、まずいかもね……でもないか」
 少しだけ焦りを見せたキュルケだったが、すぐに不敵な笑みを浮かべてくすくすと笑った。

73ウルトラ5番目の使い魔 22話  ◆213pT8BiCc:2014/08/11(月) 01:30:47 ID:WGhDb4EY
 彼女を包囲しているガーゴイルから銃弾や矢が飛んでくることはない。なぜなら、ガーゴイルたちはそれどころではない事態に陥っていたからだ。
「あらまあ、わんぱくなワンちゃんたちだこと」
 なんと、ガーゴイルたちに向かって、味方であるはずのフェンリルが襲い掛かっていた。本物の狼同様に鋭い爪と牙を持つフェンリルが食らい付いていく度に、ガーゴイルたちの鎧がちぎられ、体の一部であった鉄の破片が飛び散っていく。
 こうなると、ガーゴイルたちもモデルになった人間の思考パターンの一部を受け継いでいる以上、反撃せざるを得ない。あっというまに場は鋼鉄のガーゴイルと鋼鉄の狼が互いに相食む混乱の巷と化した。そしてむろん、これはシェフィールドの意思などでは断じてなく、慌てたシェフィールドが指揮ガーゴイルの目を通して原因を探し回ったところ、涼しい顔をしているジルが視界に入ってきた。
「この始末はお前の仕業か、こじき女! いったい私のフェンリルになにをした!」
「フン、今頃わかったかバカめ。別にたいしたことじゃない、ちょっと薬を嗅がせてやっただけさ」
 そうしてジルは、パラパラと砂のように細かい薬がこぼれてくる小袋をかざして見せた。
「ファンガスの森のマンドラゴラなどから作った毒薬さ。私の家系は代々猟師で薬には詳しいんでね。人間には無害だが、鼻の効く狼や熊なんかが嗅げば、当分のあいだ錯乱して暴れ続けるのさ。フェンリルとか仰々しい名前をつけるだけに、嗅覚も本物なみにすごいようだからよく効くね」
「き、貴様っ。よくも舐めた真似をっ!」
「舐めた真似はあんたのほうだろ。赤毛の嬢ちゃんに気をとられて、私が風上に回ってるのに気づかなかったのが悪いのさ。おまけに自分の飼い犬の弱点も忘れてるなんてね。シャルロットは小さいときから相手を舐めたりしないいい子だったけど、自称飼い主のお前たちは飼い犬にも及ばないようだね」
「なっ、に……っ!」
 あざけるジルの言葉に、シェフィールドはガーゴイルの向こうで奥歯が削れるほど歯を食いしばった。
 単純にプライドを傷つけられたことだけではなく、タバサ以下とののしられたことがシェフィールドの血液を沸騰させた。
”私が、私がシャルロットより劣るだと? 冗談ではない、このガリアで一番有能な者はこの私だ。ジョゼフ様のおそばにいる私がそうでなくてはならないんだ!”
 シェフィールドの脳裏に、絶対的な戦力を与えられていながら敗北を喫したロマリアでの記憶がまた蘇る。
 いやだ! また無様をさらしてジョゼフ様のお役に立てないのはいやだ!
 不問にされたとはいえ、シェフィールドにとってあの敗北は大きなトラウマになっていた。このガーゴイルの兵団はロマリアに攻め込む前から、いずれジョゼフのために役立てようと準備していた虎の子で、晴れやかにお披露目できるのを心待ちにしていたというのに、この惨状はなんだ? ゲルマニアの小娘と泥臭い平民ふたりに一方的にやられている。

74ウルトラ5番目の使い魔 22話  ◆213pT8BiCc:2014/08/11(月) 01:32:16 ID:WGhDb4EY
 シェフィールドはこんなはずではなかったと、名誉挽回のチャンスが崩れていく音を自分の中に聞いた。
 今、シェフィールド本人はジョゼフと共にリュティス上空にガーゴイルで来ている。これから街で暴れている怪獣をジョゼフの虚無魔法で倒し、ロマリアのお膳立てで救世主の光臨ショーをはじめようという大事なときに、その門出に花を添えるどころか泥を塗るなど許されることではない。
 しかし、ジョゼフのこととなると我を忘れるとはいえ、シェフィールドも本来は怜悧な頭脳の持ち主である。悔しいが、このふたりはタバサに匹敵する手ごわい相手だということを認めるしかない。そうなると、怒りに代わって憎悪がふつふつと湧いてくる。
 この私の栄光の邪魔をするうじ虫ども、お前たちはもう許さない! なぶり殺しにするつもりだったが、もう一思いに息の根を止めてくれる。しかし、そのためにはやつらの弱みを突いて攻めなくては……そうだ!
「ガーゴイルどもよ、シャルロットの母親を人質にとれ! その半死人を肉の盾にして小娘どもを叩き伏せろ」
 キュルケははっとなった。タバサの母はまだ深い眠りについていて、守りはシルフィードしかいない。しかも、今飛び上がれば咥えて持ち上げるにせよ背中に乗せるにせよ、ガーゴイル兵の銃弾や矢が無防備なタバサの母を襲うだろう。
 ガーゴイル兵の一団がタバサの母を守っているシルフィードに襲い掛かる。キュルケはファイヤーボールで妨害しようとしたが、うかつに撃てば火の粉が飛び散ってかえって危険だと気づいた。
 いけない! 母親にもしものことがあったらタバサに向ける顔がない。
 だが、焦るキュルケにジルが落ち着いた様子で告げた。
「大丈夫さ、見てな」
「え?」
 ジルの落ち着き払った顔に、キュルケも一気に毒気を抜かれて思わず立ち尽くしてしまった。
 だがそんなことをしているうちにも、手に手に恐ろしい武器を持ったガーゴイルたちはシルフィードに迫っていく。
「ちょ、ちょーっと! 赤いのにジル! なにしてるのね、助けてなのねーっ!」
 当然シルフィードはおもいきり慌てて叫ぶけれども、ジルはそ知らぬ顔である。これにシェフィールドは、相手はなにを思ったか知らないが、これでうるさい子竜は始末してタバサの母を奪えると確信した。
 しかし、あと一歩までガーゴイルがシルフィードに迫ったとき、ジルはシルフィードに向かって叫んだ。
「おびえるな! なぎはらえ!」
 その一声が恐怖に固まっていたシルフィードの体を反射的に動かした!
「きゃあぁぁぁーっ!」
 悲鳴をあげながら、シルフィードは思い切り前足で目の前に迫ってきたガーゴイルを殴りつけた。
 するとどうか? ガーゴイルは一撃でひしゃげて吹っ飛ばされ、後ろから来ていた二体を巻き添えにしたあげく、立ち木にぶつかってバラバラになって果てた。鉄でできたガーゴイルがである。

75ウルトラ5番目の使い魔 22話  ◆213pT8BiCc:2014/08/11(月) 01:33:19 ID:WGhDb4EY
 唖然とするキュルケ。しかし一番信じられないのはシルフィードのほうだ。
「あれ? シルフィ、今、いったい……?」
 きょとんとするシルフィード。たった今、ガーゴイル三体を自分が破壊したのだが、まるで実感が湧かない。
 すると、ジルがシルフィードに当たり前のように告げた。
「不思議がることはない。お前には元々、そのくらいのガーゴイルを倒せる力はあったんだよ。いや、身についていたけど気がついていなかったんだな」
「シ、シルフィに、そんな力が?」
「なにもおかしくなんかないさ。お前はドラゴンだ、ドラゴンは地上で最強の種族だ。お前は子供だが、裏を返せば成長期でもあるんだよ。これまで、シャルロットを助けて冒険を続けてきたんだろう? その中で、お前も強くなっていたのさ」
「で、でも、おねえさまはそんなこと一回も……」
「シャルロットは優しいからね、お前を必要以上に戦わせたくなかったんだろう。だが、今のお前に必要なのはシャルロットを取り戻すために戦う力だろう? 自信を持て、お前はドラゴン、しかも人に劣らぬ叡智を持つ韻竜の末裔だ!」
 その瞬間、シルフィードは平手打ちをされたような衝撃を体の芯まで受けた。
「っ! そうね。シルフィだって、戦わなくちゃいけなかったのね。おねえさまに甘えてちゃいけない、シルフィが誰より強くなれば、おねえさまが危ない目に会うこともなくなるのね! よーっし、こんな人形なんかまとめてぶっ壊してやるのね」
 意を決したシルフィードは即座に腕をふるってガーゴイルを二体まとめてふっとばし、一体を咥えて投げ捨てた。たちまちバラバラになり動けなくなるガーゴイル。
「やったのね、シルフイもやればできるのね」
 しかし襲ってくるのはガーゴイルばかりではない。暴走したフェンリルの数体がシルフィードの尻尾に噛み付き、いたーい! と、悲鳴をあげてしまう。
「調子に乗るからだ。そんなんじゃシャルロットに怒られるぞ」
「ぐぬぬぬ、ジルはおねえさまのおねえさまだからって偉そうなのね。見てるのね、シルフィの本当の力を見せてあげるの!」
 尻尾を振って、シルフィードは食いついていたフェンリルを振り払った。瓦礫に投げ出されたフェンリルに、ジルが爆薬つきの矢を、キュルケが火炎魔法を放ってとどめを刺す。
 もはや形勢は完全に逆転していた。統制を失ったガーゴイルとフェンリルを、ジル、キュルケ、シルフィードはそれぞれ各個に破壊していき、シェフィールドの鋼鉄の軍団は見る影もないスクラップの山へ変わり、劣勢は覆うべくもなかった。
 残数は数えれば足りるほどに減り、そいつらを片付けてしまえば弓矢や銃で狙われる心配なくシルフィードで空へ逃げられる。
 対して、シェフィールドに現状を再度逆転する策はなかった。兵力は壊滅状態で、フェンリルは暴走を止められない。よしんば兵力の再編成ができたとしても、もう戦って勝てる数はいない。

76ウルトラ5番目の使い魔 22話  ◆213pT8BiCc:2014/08/11(月) 01:34:44 ID:WGhDb4EY
 こんなはずでは、こんなはずではなかった。シェフィールドは屈辱に身を焦がしたが状況は変わらない。彼女はタバサの実力は正当に評価しているつもりでいたが、ゲルマニアの小娘はともかく、ただの平民とあまったれな韻竜がここまで障害に
なるとは夢にも思っていなかった。
「負ける、私はまた負ける……」
 敗北の恐怖が死神の鎌のようにひやりとシェフィールドの喉元をなでていく。だが、巻き返す手段がない。予備のガーゴイル兵はいくらかあるものの、いまさら投入しても歯が立たずに破壊されてしまうのは目に見えている。
 このままでは、また私はジョゼフ様の期待を裏切る。その恐怖に押しつぶされそうだったそのとき、彼女の主が笑いかけてきた。
「どうしたミューズよ? なかなか楽しんでいたようだが、どうやら詰められかけているようだな」
「ジョ、ジョゼフ様!? い、いえ決してそのようなことは」
「隠さずともよい。お前の顔色くらい簡単に読めるわ。ふっふっふっ、愉快ではないか、シャルロットがいなくとも、まだ余にはこれだけの敵がいてくれるのだ。おもしろいではないか」
 恐縮するシェフィールドに、ジョゼフは意外にも上機嫌な表情を見せた。しかし、だからこそシェフィールドにはたまらなく怖かった。
「ジョゼフ様、非才の我が身、もはや弁明のしようもありません。あのような小娘たちに、私は」
「くはは、気にするな。単に連中が強かったというそれだけのことだ。昔の余とシャルルのようにな……言ったところで仕方のないこと、お前はまだ復讐のチャンスがあるだけ余より恵まれているぞ? 少しは余の気持ちがわかったか? いくら勝とうとしたところで、誰かが自分の上で立ちふさがってくる。際限なくな」
「は、ジョゼフ様……この無念、屈辱。主の御心の内を今日まで理解できずに来たとは、私は最低の不忠者でございます」
「そうでもない。なぜなら、今まで余の心中を理解した人間はひとりもいなかったのだからな。つまり、一番に余の胸中を理解したお前は最高の忠義者ということだ。まぁ、今の余は、その屈辱と怒りを取り戻すためにあがいているのだがな」
 喉をくくっと鳴らして、ジョゼフは自嘲げに口元をゆがめた。その暗い笑顔と、吸い込まれそうに虚ろな闇が広がる瞳はシェフィールドもこれまで何度も見てきたが、いまだにその奥の奥を知ることはできていない。
「まったく人生というものは思ったことの反対になることのなんと多いことよ。だが、余はともかくお前には屈辱と怒りは不要だな。そういえば忘れていたが、余からお前への復帰祝いがある。受け取るがいい」
 するとジョゼフはシェフィールドに、あることを教えた。
「えっ! あ、た、確かに! いつのまに、このような」
「くくく、こんなことがあろうと思っていたわけではないがな。まあ大人もたまにはいたずらをしたくなるときがあるものよ。それを使って屈辱を晴らすといい。余はこれからロマリアの奴らのために英雄と救世主を演じねばならん。忙しくなるから、あとは頼むぞ」
「はっ、おまかせください」
 シェフィールドは腹を決めた。ジョゼフが与えてくれたチャンス、それがたわむれによるものだったとしても、今度こそ無駄にはできない。なによりこの胸の煮えたぎる屈辱を晴らさなくては死んでも死に切れない。
 そのころ、キュルケたちはガーゴイルとフェンリルの掃討をほぼ完了し、いよいよ撤退にかかろうとしていた。

77ウルトラ5番目の使い魔 22話  ◆213pT8BiCc:2014/08/11(月) 01:36:01 ID:WGhDb4EY
「ようし、これでもう邪魔者はいないわね。久々に暴れたわ、少しは胸がスッとしたわね」
「頼もしい限りだね。今なら追っ手もかからないはず、急いで逃げるよ」
 雑魚は片付けた。長居は無用だと、ジルはシルフィードに合図した。
 派手に戦ったがヴェルサルテイル宮殿は広大で、しかも牢獄は僻地にあるために衛兵が気づいて駆けつけてくる様子はない。よしんば気づいたとしても、衛兵は外からの侵入者を防ぐことに意識の大半を置いているから、中から外へ出て行く者に対しては対応が鈍くなるはずだ。
 だが、あとはシルフィードに乗ってひとっ飛びという段になって、唯一残っていた飛行ガーゴイルからシェフィールドの恨みがこもった声が響いた。
「逃がさないわよ小娘ども、お前たちだけは絶対に生きてここから帰さない。私の顔に泥を塗ってくれたむくい、お前たちの全滅でしか晴らす道はないわ!」
 その瞬間、飛行ガーゴイルの体が爆発した。
 なんだ! 自爆?
 だが、爆発した飛行ガーゴイルの体内から鈍く光る大きな岩のようなものが現れて、ガーゴイルの残骸の山に落ちた。するとどうか、ただのガラクタの山であった残骸が動き出し、周りのほかの残骸や建物の破片、岩石などもが光る岩に吸い寄せられていくではないか。
「なんなのねなんなのね!」
「ちっ、このまま黙って見逃してくれたらありがたかったが、来るぞ!」
「しつっこい女性は殿方の一番嫌うタイプだってこと知らないのかしらね。出たわね怪物、大岩のお化けかしら!」
 シルフィード、ジル、キュルケの前に、ついに最後の強敵が現れた。
 全身が岩石やガーゴイルの残骸を寄せ集めて作られ、四本足で這い回るその全長はおよそ四十メートル。らんらんと光る目と大きく裂けた口から白い蒸気を吹き出し、圧倒的な威圧感を持つ叫び声をあげて迫ってくる。
「ああっはっはっ! 踏み潰せ。もう命乞いをしても許さないわよ! これでお前たちの勝ちはなくなったわ」
「あんた、まだこんな怪物を隠し持ってたのね。でも、こんなでかいのが暴れたら宮殿もただじゃすまないわよ!」
「知ったことではないわ。どうせ遠からず全世界が同じ目に会うのよ。安心なさい、お前たちはほんの少しだけ先にその恐怖を味わうだけ、不幸に思うことはないわ」
 シェフィールドの哄笑とともに、小山のような怪獣は岩石質の巨体からは信じられないほどの俊敏さで突進してきた。
「危ないっ!」
 猛牛のような怪獣の突進を、キュルケとジルはとっさに跳んでかわした。怪獣の通った跡は、地面はへこみ、岩は粉々に踏み潰されて形あるものはなにも残っていない。
 さらにすれ違い様にキュルケが火炎弾を、ジルが爆薬付きの矢を打ち込んだが、怪獣の体にはわずかな焦げ目と小石を少々はがした程度の跡がついただけでダメージとは到底呼べない残念さでしかなかった。

78ウルトラ5番目の使い魔 22話  ◆213pT8BiCc:2014/08/11(月) 01:36:42 ID:WGhDb4EY
 魔法が効かない! 火薬もダメか! ガーゴイルを相手には大活躍したふたりの武器が、この怪獣にはものの役に立たないことが早くも証明されてしまった。
「っつ、固いわね」
「当然だね。奴は山がそのまま命を持ったような怪物だ。それこそ山を崩すくらいの力がないと倒せそうもないってことね」
「せめて土系統のメイジがいればいいんだけど……それにしても、あんな怪物をジョゼフ王はどこから用意してきているのかしら?」
 キュルケの疑問ももっともであった。ジョゼフはこれまで複数の怪獣を使って、数々の暗躍をしてきたことはすでに説明するまでもない。その多くは、以前にジョゼフと手を組んだ怪獣商人チャリジャから譲り受けたものであるが、この怪獣に関しては違った。
 この怪獣は岩石怪獣ゴルゴス。かつて地球でも富士山の裾野に出現した記録が残っている鉱石生命体の一種であるが、この個体はハルケギニアを出身としている。
 その出自は、今から一年ほどを遡る。その頃、ハルケギニアはヤプールの出現の影響によって、眠っていた怪獣が次々と目覚め、地球で言う怪獣頻出期に近い様相を呈していた。むろん、そのすべてをウルトラマンたちが対処したわけではなく、人間だけで解決に導いた事件も数多くあった。それらの事件の中に、このゴルゴスが出現したものもあったのだ。
 それが起きたのはトリステインの東の隣国ゲルマニア。この国は人口の多さと、ハルケギニアでは工業の発達したほうであったので、怪獣出現の例が多かった。以前にアンリエッタ王女が魔法学院に立ち寄った際に、岩石の怪獣がゲルマニアに現れたという話をしたが、その情報はガリアにも伝わっていた。これを聞くなり秘密裏にジョゼフは手を回して、ゴルゴスの核というべき生きている岩石を探させて、ゲルマニア人が倒したものとは別個体を同地で発見入手することに成功していたのだ。
 だがむろん、キュルケやジルたちにとってそんな事情を知ろうが知るまいが状況に変わりはない。ゴルゴスは凶暴な性格で、突進をかわされた腹立ちからか、のしのしと不恰好に方向転換して再度突進しようとしてくるようだ。
「どうやらあのお岩さん、わたくしたちとダンスがしたいご様子ね。ジルさん、あなたお相手してあげたら?」
「丁重にお断りするね。舞踏会は貴族のたしなみだろう? ワン・ツーステップでレッスンしてやったらどうだ」
 ふたりとも減らず口を叩きあってはいるものの、自分が相手をしたくないということに関しては本音だった。ふたりとも怪物退治はベテランと呼べるくらいに経験を積んできたが、別に趣味でもなんでもない。貴族は名誉、狩人は食うために戦うことはあっても、どちらにもならないのに痛い目だけ見る気は毛頭なかった。
 とはいえ、正攻法で勝てる相手ではない。ならばどうするか? 簡単だ、奴はどう見ても空は飛べそうにないから、さっさとシルフィードに乗っておさらばするに限る。
「シルフィード!」
「待ってたのね! ここがシルフィーの見せ場なのね」
 勢い込んでシルフィードが飛んできた。さすが伝説の風韻竜だけあって速い速い、怪獣の向こう側から地面スレスレを滑空してもうすぐそこだ。
 しかし、そのまま飛び乗ってと思った瞬間、ジルとキュルケの眼に恐ろしいものが映った。
「シルフィード! 危ないわ、避けて!」
「へあっ? わっ、なのね!」
 とっさに右に急旋回したシルフィードの眼に、自分とスレスレのところを飛び去っていく無数の弾丸が見えた。

79ウルトラ5番目の使い魔 22話  ◆213pT8BiCc:2014/08/11(月) 01:39:31 ID:WGhDb4EY
 今のは銃撃? けど、鉄砲を持ったガーゴイルはジルとキュルケがみんなやっつけたはず。
 そう思ったシルフィードが弾丸の飛んできた方向を見やると、そこには怪獣がいるだけだった。しかし、よくよく眼を凝らすとシルフィードの体に冷たい汗がどっと湧いてきた。なんと、怪獣の体からガーゴイルの上半身や腕などが銃を持ったまま生えて
こちらを狙っているではないか。
「あ、あああああ、こっち見ないでなのねーっ!」
「離れてなさい! なんてこと、完全に壊したと思ってたのに、怪獣の体になってもガーゴイルが生きてるなんて」
 なんとも気色の悪い光景だが、鉄で出来たガーゴイルの一部がゴルゴスに吸収されてなお活動を続けていたのだ。これでは飛び立とうとしたら狙い撃ちされてしまう。
「こいつを倒さない限り、わたしたちは宮殿から逃げられないというわけね」
「仕方ないわね、タバサはもっと苦しい戦いを毎回していたんだし。シルフィード! タバサの母君を守って待ってなさい。なに、すぐに終わらせるから」
 即座に脱出する道は閉ざされた。残されたのは力で突破する道のみだ! キュルケとジルは真っ向勝負を覚悟した。どのみち長引けば魔法力と武器に限りのあるこっちが不利、無傷で逃げ切れる相手でもない。
 逃げるそぶりも見せないふたりに、形勢逆転と勝利を確信したシェフィールドは、いまやゴルゴスの一部となったガーゴイルの眼ごしに笑ってみせた。
「あははは、まだ戦うつもりなの? 本当にあなたたちはあきらめが悪いわね。そういうところはシャルロットと、あの小娘とよく似ているわね。不愉快だわ、お前たちのような邪魔者がいなければ、ジョゼフ様は今頃はハルケギニアのすべてを手中にできていたものを」
 身も震えるばかりの憎悪の波動だった。確かに、種々の偶然はあったものの、才人たちをはじめとする仲間たちの活躍がなかったらジョゼフはハルケギニアの大半に陰謀の根を張り巡らすことができたであろう。
 しかし、キュルケたちからしたらとんだ逆恨みでしかない。どころか、長年に渡ってタバサを苦しめてきた仇敵だ。恨まれるべきなのは向こうで、おじける理由はなにひとつとしてない。
「あんなのに負けて死んだらフォン・ツェルプストー一代の大恥ね。さあて、タバサならどうやってこの窮地を切り抜けるかしらね? あなた、タバサの先生なんでしょ。なにかいい作戦はないの?」
「お前こそ、ずっとシャルロットに張り付いてた割には考えはないのか? 頭の中身はその無駄に大きい胸にとられてるのかい」
「あら、平民はジョークもお下品ですこと。あなたもそれなりのものをお持ちのようですけど、私はどちらかというと真っ向勝負を所望する家訓で育ったものでしてね。男性も勝負事も、すべて炎のような情熱で我が物といたします。なので、情熱が届かない無粋な輩との戦いはちょっと、苦手かしら」
「フン、貴族はなにかにつけて回りくどくて嫌だな。作戦らしいもんなんて私にもないさ、だが、生き物には必ずなにかしらの急所があるものだ。例えば心臓をつぶされて生きてられる生き物はいない」
「心臓って、あの岩の化け物にそんなものが? はっ!」
 キュルケは、心臓という言葉を聞いて気がついた。あの怪獣は、全身が鉄と岩石でできているけれどもそれがすべてではない。最初に見た、あの光る岩石が無数の瓦礫や残骸を集めて今の形になったのだ。ならば、あの光る岩が怪獣の心臓か脳かはわからなくても、核だということにはなる。つまりは、あの光る岩石を破壊できれば怪獣を倒せるということだ。
「けれど、あの巨大な怪獣のどこに心臓の岩があるというの!?」

80ウルトラ5番目の使い魔 22話  ◆213pT8BiCc:2014/08/11(月) 01:41:29 ID:WGhDb4EY
 キュルケは叫んだ。十万トンはある岩石怪獣のどこに核があるか知る術などあるのか? かつて地球に出現した個体は背中の位置に核の岩石が露出していたからそれを引き抜いて倒せたが、今目の前にいる個体の核は体の中に隠れていて、外から見ることはできない。
 のんびり話させてはくれず、ゴルゴスは口から蒸気を吹き、闘牛のようにふたりを押しつぶしにかかってくる。それをひらりとかわし、さらにガーゴイルからの銃撃もなんとか避けきると、ジルは矢筒から一本の矢を取り出して見せた。
「それは、凍矢(アイス・アロー)?」
 軍の名門の家系に育ったキュルケは、その青い石が矢尻になった矢が特別な魔法武器であることを知っていた。
 ”凍矢” 水の魔法力を込められた矢で、命中すれば強烈な冷波が対象を一瞬で凍結させ死に至らしめる恐ろしい武器だ。その威力は大型の猛獣、幻獣でも一撃で倒せるほどで、かつてジルがキメラドラゴンを倒そうとしたときも、切り札としてこれを用意していた。
「わたしにとって、験担ぎのお守りみたいなものでね。こいつを使って奴を倒す」
「でも、相手は岩でできてるのよ。多少冷やしたくらいで倒せるかしら?」
「そうだろうね。けど、こいつには小さいけれど強烈な冷気が溜め込んである。そこに同じくらいの高熱を叩き込んだらどうなると思う?」
 不敵な笑みを浮かべたジルの言葉にキュルケははっとした。
 凍矢にはブリザードに匹敵する冷気が詰め込まれている。そこに高熱、つまり自分の火炎魔法を加えれば、超高温と低温のふたつの相反するエネルギーはゼロに戻ろうとして一気に膨れ上がる、水蒸気爆発だ。
「恐ろしいことを考え付く人ね。でも、それでもあいつを倒せるかしら?」
「ああ、普通にやったら少々表面の岩をはがす程度で終わるだろう。だから、これを奴の口の中にぶち込む!」
 ニヤリと笑い、言ってのけたジルにキュルケは今度こそ戦慄に近い衝撃を味わった。
 口の中にぶち込む、つまり体内で炸裂させるということだが、言ってたやすく実行してこれほど困難なことはない。なぜなら、怪獣の体内奥深くまで撃ちこむには、奴の真正面から、しかも至近距離で発射する以外に手はないのだ。下手をすれば、そのまま突進してくる怪獣に踏み潰されて終わる。
「過激な作戦ね。見直したわ、格好いい死に様にこだわる貴族は山ほど見てきたけど、あなたほど平然と命を投げ出す平民は始めてだわ」
「わたしたち狩人は、命を奪って命は生きることを知ってるだけだよ。で、どうする? お前が乗ってくれないなら、もう玉砕しかないんだけど」
「フフ、愚問ね。挑戦されて逃げたらフォン・ツェルプストーの名折れ、タバサと二度と肩を並べられないわ。なにより、こんな無茶でスリルに満ちた挑戦、情熱の炎がたぎってしょうがないもの!」
 話は決まった。ジルとキュルケは、その命をチップにしてのるかそるかの大博打に挑むのだ。
 ジルの凍矢は一本、キュルケの精神力も一発に全力を注ぐ。死のうが生きようが二度目は絶対にない。
 瓦礫と足跡だらけになり、荒れ果てたヴェルサルテイルの庭に立つジルとキュルケは、こちらへと狙いを定めて突進の力を溜めているゴルゴスを睨みつけた。対してシェフィールドも、感覚的に戦いの終焉を悟って、興奮を隠しきれずに声をあげる。
「どうやら死ぬ覚悟を決めたようね。ヴェルサルテイルの花壇の真ん中に、お前たちの墓を立ててやるわ。光栄に思って死んでいきなさい」
 シェフィールドの憎悪が間接的になのにゾッとするほど伝わってくる。いい迷惑だが、その憎悪には真正面から応えてやろう。

81ウルトラ5番目の使い魔 22話  ◆213pT8BiCc:2014/08/11(月) 01:42:16 ID:WGhDb4EY
 ふたりに頭を向けたゴルゴスが、口から蒸気を吹きながら突進を始めた。同時にゴルゴスの全身のガーゴイルも銃口のすべてをふたりに向ける。まだ距離は数十メートルはあるというのに、まるで巨大な要塞が動いてきているようなすごい圧迫感だ。
 そして、なによりも寸足らずな見た目をしているくせにゴルゴスの口から放たれる叫び声は猛々しく、声だけは王者のように轟いてふたりを圧倒しようとしてくる。
 だが、覚悟を決めたジルとキュルケは動じない。逃げてと慌てて叫んでくるシルフィードに、黙って見ていなさいと叫び返してゴルゴスに真正面から眼光をぶつけ返した。
「いくぞ、この一発で、奴の息の根を止めてやる」
 ジルが愛用の弓に凍矢をつがえて引き絞った。並の腕力ではビクともしない固いつるがギリギリと大きくしなり、生身の足と義足でしっかと地面を踏みしめて狙いを定める。
 さらにキュルケも杖を高く掲げて、残った魔法力を注ぎ込んでいく。溢れた炎の力がキュルケの周りで揺らめき、彼女の赤毛がまるで本当に燃えているかのようだ。
「光栄に思いなさい。このわたしとパートナーを組めるなんて、タバサのほかは誰もできなかったことよ。さすが、タバサのお師匠ね、敬意を払って、わたしも魔法の全力を出すわ。でもね、正直、今のわたしが全力を出すとどうなるのか自分でもわからないのよ。いっしょに丸焦げにしちゃっても恨まないでね」
「それは心強いな。シャルロットもいずれ、すべてを凍りつかせるすごいメイジに育つだろうから、相棒ならそれくらいはつとめてやらないと足手まといだろう。太陽が落ちてきたようなすごい赤を期待するよ」
 軽口を叩き合い、ジルとキュルケは己の敵に再び眼を向けた。ジルが弓を引き絞り、キュルケが一歩下がって杖を握る。
 すでにゴルゴスとの距離は十数メートル。しかし、不思議なことにふたりの眼には猛スピードで向かってくるはずの怪獣の突進が豚の散歩のようにゆっくりと見えた。シェフィールドがなにかをわめいているようだが、もうふたりの耳には届かない。
 狙うは怪獣の口。それも喉を通り抜けて胃袋にぶち込まなくては意味が無い。だがその代わりに、特別効く薬を調合してやる。体が固くて注射が嫌なら無理にでも飲んでもらおう。心配はいらない、副作用はてきめんだ!
 ゴルゴスが大きく口を開いた瞬間、ジルは矢を放った。白く輝く冷気の帯を引いて、凍矢はゴルゴスの口腔を通り抜けて喉の奥へと飛び込んでいく。
 一瞬を置き、キュルケも魔法を放った。魔法力を最大限に注ぎ込んだ『フレイム・ボール』だ。しかし、それは巨大な火球などというものではなく、むしろ小さな、人の頭程度の大きさくらいしかなかった。
 だが、キュルケの放ったそれが目の前を通過していったとき、ジルは太陽が目の前を通っていったのかと錯覚した。炎ではなく煮えたぎるマグマが凝縮されたような灼熱の玉。わずかでも触れたら肉も骨も残さずに蒸発してしまうだろう。
 白と赤の光がゴルゴスの喉の奥の闇に吸い込まれていき、ジルとキュルケは身を翻した。地面を蹴って左右に飛びのき、頭から庭園の芝生に突っ込んで、体中を芝の葉だらけにしながらゴロゴロと転がった。そのすぐ横をゴルゴスが象の大群のように、体も浮き上がるほどの地響きをあげて通り過ぎていく。ふたりは芝生に体を伏せたままその激震に耐え、そして通り過ぎていったゴルゴスに対して、短く別れを告げた。
「ごめんなさいね」
 突如、ゴルゴスの岩石の全身から蒸気が噴出した。
 そして、次の瞬間。リュティスの街に虚無の光が閃き、ヴェルサルテイル宮殿の庭園に火山が出現した。
 この日、リュティスの市民は救世主の存在を知る。しかし同時に、偽物の希望を打ち砕ける本物の勇者たちが薄氷の勝利を得ていたことを知る者は、まだ誰もいない。
 
 
 続く

82ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2014/08/11(月) 01:44:30 ID:WGhDb4EY
こんばんわ、お久しぶりです。
前回の投下から一ヶ月以上も過ぎてしまいました。ハーメルンへの同時掲載ははじめたのですが、あちらの仕様に合わせて手直しするのに各話かなりの時間を食ってしまっています。
ですが、そのおかげでかなり前に書いた話も見直しできていますので、昔と整合性のない話を書いたりしないよう気をつけるようにしたいと思います。

さて今回はジルとキュルケの初共闘です。本来ではすでに故人のジルが他のキャラとは会うことすらできないのですが、もし生きていたらあの人柄ですからけっこう友人を多く作っていたような気がします。
それではまた次回。まだまだ、かっこいいところは続きますよ。

83名無しさん:2014/08/13(水) 20:55:15 ID:bFl0lw8k
乙です
シルフィが肉弾戦で活躍するとはw

84名無しさん:2014/08/14(木) 20:18:41 ID:PQhymlbM

少しずつだが希望が見えてきたかな

85ウルトラ5番目の使い魔  ◆213pT8BiCc:2014/09/24(水) 01:46:58 ID:kjHCfTJM
皆さんこんばんわ。なんとか、ウルトラ5番目の使い魔23話投下準備できましたので始めます。

86ウルトラ5番目の使い魔 23話 (1/11) ◆213pT8BiCc:2014/09/24(水) 01:49:53 ID:kjHCfTJM
 第23話
 あの湖に希望を込めて
 
 古代怪鳥 ラルゲユウス 登場!
 
 
「いまよ! シルフィード、飛んで!」
「わかったのね! あとはシルフィーにまかせるのねーっ!」
 怪獣ゴルゴスの爆発の炎と煙がヴィルサルテイル宮殿の庭園を焦がす。
 飛び散る岩。かつて建物やガーゴイルの一部だった残骸が白い尾を引いて四方に飛び散っていき、その爆発の起こした強烈な爆風を翼に受けてシルフィードが大空高く飛び上がっていく。
「うわーぉ! やっぱりあなたの背中は最高ね。前より速くなったんじゃないの」
「ふふん、シルフィも日々成長しているのね。さ、こんなところはおさらばしてトリステインまで急ぐのね。しっかり捕まってるのねっ!」
 背中にジルとキュルケ、タバサの母を乗せてシルフィードは一路西を目指して飛んだ。あの爆発の中、超低空で飛んでジルとキュルケを拾い上げて、その大きな体で守って飛び上がったシルフィードもまた、以前に比べて大きく強くなっていたのだ。
 翼を大きく広げ、高空の風を掴んだシルフィードは風韻竜本来の力を存分に発揮して、鳥よりも速く飛翔する。もう王宮警護の竜騎士が気づいても手遅れだろう。風韻竜はこの世のどんな生き物よりも速い、その誇りがシルフィードの胸に芽生えつつあった。
 しかし、リュティスから急速に遠ざかりつつあるシルフィードを背後から猛追する複数の影があった。
「おい、後ろから何か来る。鳥じゃない……ちっ、追手だよ!」
 ジルの狩人として鍛えた眼が、かなたからの刺客を素早く捉えた。黒い点のようなものが次第に大きくなり、コウモリのような翼を持ったガーゴイルの形をとっていく。数はざっと二十体、こちらより速い、このままでは追いつかれる!
「きゅいい! わたしより速いって、どういうことなのね!」
「向こうは余計な人数を乗せてないからな、軽い分速いんだろう。しかしあの女、しつっこいものだね」
「声色からプライドの高さはうかがえたものね。わたしにも見えてきたわ、空中戦用の鳥人型ガーゴイルみたいね。ゲルマニア軍が似たようなものを使っているのを見たことがあるわ」
 キュルケの視力でもわかるくらいだから、かなり近づいてきていると言えるだろう。実際、両者の距離は急速に縮まりつつあった。それはガーゴイルが魔法先進国であるガリア製であることと、もうひとつ、送り込んできた張本人であるシェフィールドの執念によるものだった。
 ゴルゴスが爆破されたとき、シェフィールドはゴルゴスに一体化していたガーゴイルとの交信がすべて消えたことで敗北を悟った。しかし、もはや追い詰められるところまで追い詰められたシェフィールドは、なりふり構わずに手持ちの最後のガーゴイルを使ってまで追ってきたのであった。
「貴様らだけは、貴様らだけは何としてでも生かして帰すわけにはいかない。殺してやる、私のすべてと引き換えにしてでも殺してやる!」
 ガーゴイルやゴーレムは、その操る人間の技量と感情に応じて能力が上下する。今、怒りと屈辱の極致に達したシェフィールドの執念が乗り移ったガーゴイルは、小鳩を見つけた猛禽がごとくシルフィードに襲いかかろうとしている。
 振り切れない! さらにガーゴイルたちはジルが見たところ近接戦用の爪などだけでなく、腹部に奇妙なふくらみがある。
「まずいな。あのガーゴイルども、腹の中に爆薬を抱えてるぞ」
「ええっ! それってもしかして、シルフィーに抱きついて……ドカーン! きゃーっ!」
「落ち着きなさいよ。わたしだってまだ死にたくないんだからね。まったく、もうほとんど精神力は残ってないってのに、度を越えたアンコールは無粋の極みよ!」
 追撃を阻止するため、ジルとキュルケは再び武器をとった。弓に矢をつがえ、杖をかざして呪文を唱える。
 だが、すでに矢玉も精神力も尽きかけている。はたして二十体ものガーゴイルを撃退することができるかどうか。
「きゅいい! ジルにキュルケ、お願いだからお願いするのね! あんなのといっしょにドッカーンなんて絶対イヤなのね!」
「好きな人間がいたらお目にかかりたいわね。あなたは黙って飛んでなさい。ちょっとでも速くね! 疲れたなんて言ってたらみんな揃って花火よ!」

87ウルトラ5番目の使い魔 23話 (2/11) ◆213pT8BiCc:2014/09/24(水) 01:50:55 ID:kjHCfTJM
 シルフィードは全力で飛んで、少しでも敵が追いついてくるのを遅らせようとがんばった。本来ならガーゴイルの到達できないほどの超高空まで逃げるか、雲に飛び込んで撒くかするのだが、これ以上高く飛べば虫の雲に突っ込むことになる。また、こんなときに限って身を隠せるほどの雲は無い。
 つまり、ひたすらに真っ直ぐ飛んで逃げるしかないわけで、シルフィードが振り切れない以上、運命はジルとキュルケに託された。
「残りの矢は三本か。キツいねえ、狼の大群に囲まれたときのことを思い出すよ」
 まずはジルが弓を引き絞り、先頭のガーゴイルに矢を放った。狙いは違わず、矢尻はガーゴイルの頭に突き刺さり、次いで巻きつけられている火薬筒に引火して赤黒い炎がガーゴイルを両隣と後ろにいたのを合わせて四体ほどスクラップに変えた。
 しかし、炎の中から別のガーゴイルが群れをなしてまた出てくる。生き物ではないからひるみもしない様子にジルはうんざりしたように言った。
「狼ならリーダーを潰せば逃げ出すんだけどねえ。これだから貴族の作るものは嫌いだよ、値段だけは張るくせにかわいげがない」
「凍矢をお守りにしてる人がよく言うわね。でも、ガリアの商品はダメなのが多いわよねえ。あの国でショッピングしようと思うと錬金の真鍮めっきと混ざりものの宝石のアクセサリーばっかり。寮で隣の部屋の子に買っていってあげたら、「だから高級品はトリステインの上品なものに限るわ」って言うんだけど、よく見たら『トリステイン王国・クルデンホルフ公国立工房製』って保証書に書いてあるのよね。だから目利きは大切なのよ、まあわたしは目利きされなくても美しいけど」
 芝居の台詞のように早口でまくしたてながらも、キュルケは流れるような繊細さで杖を振るい、凝縮した火炎弾を撃ち放った。
 爆発! またも数体の不運なガーゴイルが使い物にならないゴミになって空に舞い散っていく。まったくもったいない話だ。今ぶっ壊したガーゴイルに使われた分の税金でいくらの没落貴族が仕事にありつけることか。
 ジルとキュルケがほぼ同じくらいの数を撃破したことによって、敵の数はぐっと減った。が、脅威は変わらずに迫ってくる。一体でも取り付かせたらこっちの負けだ。
「ははは、早くなんとかしてなの! 怖い気配がどんどん近づいてきてるなのお!」
「うるさいよ。こっちだって疲れてるんだ。揺らさずにまっすぐに飛びな」
 ジルの矢とキュルケの魔法がガーゴイルたちを狙い撃って吹き飛ばす。しかし、相手も今度は編隊を広く取ってきたので同時に倒せた数はさっきより少ない。
「これが最後の矢だ」
「奇遇ね。わたしも次の魔法で打ち止めみたいよ」
 ふたりは同時に魔法と矢を放った。ガーゴイルの編隊のど真ん中でふたつはひとつになって、先にゴルゴスを粉砕したほどではないが、それなりに大きな爆発を引き起こしてガーゴイルたちを吹っ飛ばした。
 そして……それによってふたりの武器は尽きた。
 ジルは、ふうと息をつくとシルフィードの背中に腰を下ろした。次いでキュルケも杖をしまうと、ポケットから櫛を取り出して髪をすきはじめた。
「ちょちょ! どうしたのねふたりとも! まだガーゴイルはふたつ残ってるのね! すぐ後ろまで来てるのね」
「矢がない」
「精神力もないわ」
 簡潔にきっぱりとふたりは答えた。使える攻撃手段は今ので使いきり、今のふたりはなんのあらがいようもできないただの人間にほかならなかった。
 目の前に迫ってきているガーゴイルに対して打てる手は、ない。この期に及んでじたばたとするよりは、逃げ切れるほうに懸けて余計なことはしないほうがいいだろう。

88ウルトラ5番目の使い魔 23話 (3/11) ◆213pT8BiCc:2014/09/24(水) 01:52:05 ID:kjHCfTJM
「と、いうわけで。シルフィード、あとはよろしくね」
「ええええええええ!!」
 最終的に責任を丸投げされたシルフィードは当然のように仰天した。当たり前だが、彼女としてはジルとキュルケがなんとかしてくれるものと期待していた。なのに、最後がコレとはきつすぎやしないか。
「ちょちょ! シルフィーじゃ逃げられないって言ってるでしょ! まだ二体もガーゴイル残ってるでしょ! ドッカーンてなっていいの! ドッカーンって!」
「矢がなくちゃどうにもならないよ。風韻竜は世界一速いんだろ、もうトリステインとの国境間際じゃないか。根性みせろ」
「ジルの鬼ーっ! 悪魔ーっ!」
 シルフィードは、平気で無茶ぶりしてくるところもやっぱりタバサの師匠だと思った。超実戦主義で、毎回背水の陣のスパルタを当たり前のようにやってくる。こちらの意思なんかちっとも考えちゃいないのだ。
 追いつかれたら爆弾で丸ごとにドカーン。それが嫌なら必死で逃げるしかないので、シルフィードは文字通り死んだ気になってがむしゃらに飛んだ。
「へえ、ガーゴイルどもが引き離されていくぞ。やればできるじゃないか」
 ほめられてもちっともうれしくなかった。今回一番肉体労働してるのは間違いなく自分だろう。そっちはやることやりきって気が楽だろうけど、こっちだって疲れているんだ、もう少し感謝のこもった言い方はないものか。
 しかし、シルフィードが速く飛べば飛ぶほど疲れるのに対して、ガーゴイルたちは疲労などなく同じ速さで追撃してくる。一度は引き離したものの、またも距離がぐんぐんと近づいてきた。
 まずい……シルフィードは一気に力を出した分スピードが衰えている。そこへ、それを見通したかのようにガーゴイルからシェフィールドの声が響いてきた。
「あははは! どうやらそこまでが限界のようね。あなたたちもよく頑張ったけど、勝負はより多く駒を持つほうが勝つものなのよ。さあ、もう遊ぶのも飽きたわ。このまま揃ってハルケギニアの空に輝く星にしてあげる!」
 勝ち誇るシェフィールドの笑い声。しかし今回は前までと違って油断してはおらず、ガーゴイルたちは無駄な動きをせずにまっすぐに迫ってくる。あの女は今度こそ本気だ。取り付かれたら、有無を言わさず大爆発を起こして吹き飛ばされるだろう。
 対して、こちらには打てる手が尽きている。シルフィードは、羽根の感覚がなくなりそうな中で必死に叫んだ。
「ふたりともーっ! お願いだからなんとかしてーっ!」
 すると、ジルは深々とため息をついてつぶやいた。
「……ふぅ、やれやれ、どうにか逃げ切れてくれと期待したんだけれど、やはり少し無理だったか。仕方ない、できれば使いたくなかったんだけど、奥の手を使うか」
 そうしてジルは片ひざを立ててしゃがむと、義足に打ち込まれているピンを数本引き抜いた。それで義足はジルの足から外れて、ごろりと転がった。
「やれやれ、こいつを作るのには苦労したんだけどな本当に」
「なんですのそれ? ああ、おっしゃらないでもわかったわ。爆弾でしょ、その義足」
 キュルケのQ&Aに、ジルは軽く口元をゆがめると、義足のももの部分の奥に火縄を突っ込んで火をつけた。
 これで爆発する。起爆は十秒後、投擲するタイミングを計っているジルにキュルケが呆れたように言った。
「驚いた人ね。爆弾を足に仕込んだまま、これまで跳んだり跳ねたりしてたの。わたしも大概だけど、あなたほど危険な香りのするレディは見たことないわ」
「使えるものは全部使うのが狩人の流儀でね。前に足をドラゴンに食われたから、今度は腹の中から吹き飛ばしてやろうと思って作ったのさ。シルフィード、腹減ってるなら半分食わせてやってもいいぞ」
「死んでもお断りするのね!」
「そうか、なら向こうにくれてやるとしよう」
 そう言って、ポイとジルと義足を宙に放り出した。義足はそのままくるくると宙を舞って、近づいてくるガーゴイルのほうへと飛んでいく。
 そして、ガーゴイルたちの正面に到達したとき、火縄が火薬に届いて起爆した。そう、例えるならばルイズの失敗魔法くらいの規模の爆発で。

89ウルトラ5番目の使い魔 23話 (4/11) ◆213pT8BiCc:2014/09/24(水) 01:53:46 ID:kjHCfTJM
「うわっ、と! すごいわね、ここまで衝撃が来たじゃない。あなた、いったいどれだけ火薬詰めてたのよ」
「うーむ、昔の恨みで詰めれるだけ詰めてたんだが、ちょっとやりすぎたかな。次はもう少しは減らすか」
「いえ、できれば金輪際やめてくださいなの。歩く爆弾抱えて飛ぶなんておっかないことイヤすぎるの!」
 爆発が晴れると、後にはガーゴイルのカケラも残ってはいなかった。奥の手というよりは最終兵器というんじゃないかという威力で、こんなものを抱えた人間とさっきまで火の粉が舞い散る戦場で戦っていたかと思うとぞっとする。
 それなのに、当のジルはといえば他人事のように涼しげで気にした様子も無い。今度はシルフィードだけでなく、キュルケもジルがタバサの師匠なのだとしみじみ思った。涼しい顔をして当たり前のように過激なことをする。それも冗談ではないレベルで実行するので心臓に悪いったらない。
 とはいえ、ジルの奥の手のおかげでどうにか追手を撃退できたようだ。後ろから迫ってきていたガーゴイルの姿はもうなく、キュルケはやっと一息をついた。
「やっと終わったみたいね。シルフィード、もうゆっくり飛んでもいいわよ」
「きゅい? も、もう大丈夫なのね?」
「ええ、もう追手の姿は見えないわ。それに、いつの間にかもうトリステインの領内に入ってるじゃない。ここから先はのんびりいきましょ」
「そ、そうね。シルフィーもやっと休めるのね。ふぅー」
 全力を出し切って疲れきったシルフィードは、気が抜けたように息を吐いて、ゆっくりとした飛び方に変えた。
 ここまで来たら、もう大丈夫だろう。トリステインに入ってしまえば、あとは魔法学院までたいした時間は必要ない。長い幽閉生活から解放されて、キュルケは懐かしい自分の部屋を思い出して思わずほおを緩めた。
 
 だが、シルフィードが安心して速度を落としたのを見計らったかのように、彼女たちの真上から二体のガーゴイルが逆落としに降ってきたのだ!
 
「きゅいーっ!」
「っ! しまったぁ!」
 二体のガーゴイルにがっちりと組み付かれ、シルフィードは悲鳴をあげ、ジルは怒りの叫びをあげた。
 完全に油断した。ガリアの領域を抜けたとばかり思っていて、自分としたことが気を抜きすぎてしまった。
「くそっ、しつこい女め!」
「言ったでしょう。お前たちは必ず死んでもらうと! こうしてお前たちが油断する時を待っていたわ。勝負は、最後の最後まで切り札をとっておいたほうが勝つのよ」
 シェフィールドの勝ち誇った声がガーゴイルから響く。ジルとキュルケは、必死にガーゴイルを引き剥がそうとするが、人間の力ではビクともしなかった。
「無駄よ。このガーゴイルは自爆用の特別製、一度食いついたら二度と離れないわ。さあ、あと十秒よ、始祖にお祈りでも捧げなさい」
「ふざけるんじゃないわよ!」
 キュルケもジルジルも、とりついたガーゴイルをなんとか引き剥がそうとした。不意を打たれてしまったのは自分たちが油断してしまったせいだ。目的地に着くまでは安心すべきではなかったのに。

90ウルトラ5番目の使い魔 23話 (5/11) ◆213pT8BiCc:2014/09/24(水) 01:55:03 ID:kjHCfTJM
 しかし、ふたりの懸命さもむなしくガーゴイルは離れず、シェフィールドの声だけが愉快そうに響く。
「あはは、そんなことをしても武器も精神力も尽きたあなたたちにはなにもできないわ。ここは高度千メイル以上、不時着しようとしてももう遅い。選ぶなら爆死するか、飛び降りて墜落死するかだけよ」
「ざっけんじゃないってば! タバサなら、あの子なら絶対にあきらめないわ」
「ふん、シャルロット姫ね。ならばお前たちも今すぐに後を追うといいわ!」
「きゅいーっ! そんなことないの! おねえさまはきっとまだ生きてるのね!」
 激昂したシルフィードの声が、あと数秒の命だというのにガーゴイルに突き刺さる。するとシェフィールドはガーゴイルを通して、三人に絶望を叩きつけるべく言い放った。
「なら教えてあげるわ! シャルロット姫はもうこのハルケギニアのどこにもいないのさ。ロマリアの妖怪どもの術によって、別の世界に追放されてしまったんだそうよ。死んで魂になってさえ戻ってこれないような、そんな異世界へね!」
「異世界……!?」
 シルフィードとキュルケは、タバサの屋敷での戦いでタバサを吸い込んでしまった空の穴を思い出した。
 あれが異世界への扉? そういえば、ヤプールもあんなふうに空に穴を開けて違う世界からやってきていた。ならば、タバサを救う方法など……
 キュルケ、ジル、シルフィードの心に雹が降る。やれる限り、できる限り戦い抜いてなお、望みが叶わないものなんだと打ちのめされる絶望が心を掴む。
 そしてなによりも、もう時間がない。シルフィードに取り付いたガーゴイルの体は赤熱化して、あと瞬き一回分で爆発してしまうに違いない。
 打つ手はもはや三人ともなにもなく、墜落していくシルフィードとともにすぐに全員が同じ運命を辿るだろう。もはや勝利を逃すわけもなくなったシェフィールドの笑い声が不愉快に響くが、どうしようもないどうすることもできない。
「さあフィナーレね。最後の情け、お前たちの死に顔だけはこの目に焼き付けておいてあげるわ!」
 起爆の時間が来た。ガーゴイルの体内に仕掛けられた爆弾が膨れ上がり、シェフィールドの興奮も最高潮に達する。
 
 ガーゴイルの目を通したシェフィールドの視界の中で、対になるガーゴイルの体表にひびが入り、炎が噴出すのが見えた。
 終わった。これで連中は死んだ! 爆発を見届けたシェフィールドは、爆発の閃光で自分の目までやられないようにガーゴイルとのリンクを切った。それに一瞬遅れて、ガーゴイルの自爆を証拠としてすべてのコントロールも消滅した。
 やった……これであの連中は死んだ。満足げに微笑むシェフィールドに、ジョゼフが問いかけてくる。
「ミューズよ、片はついたのか?」
「はっ、ジョゼフさま! シャルロット姫の母君と使い魔と他数名、たった今トリステインとの国境近辺にて爆死いたしましてございます」
「そうか……これで、シャルロットの忘れ形見も消えたか。また、なんとも悲しいことだな」
 そんな感情など微塵も感じさせずに言うジョゼフに、シェフィールドはうやうやしく頭を下げたまま尋ねた。
「死体を回収いたしましょうか?」
「無用だ。シャルロットに見せ付けてやるならまだしも価値はあるが、今はただの屍よ。それよりも、余はこれから忙しくならねばならぬようだ。余は無能王だからな、つまらぬ仕事でこれ以上疲れたくない、すまぬが面倒を引き受けてもらえぬか?」
 そう言ってジョゼフの見下ろした先には、丸こげの死骸と化したカイザードビシどもの哀れな姿が累々と転がっていた。

91ウルトラ5番目の使い魔 23話 (6/11) ◆213pT8BiCc:2014/09/24(水) 01:56:23 ID:kjHCfTJM
 やったのは、もちろんジョゼフである。彼の発動したエクスプロージョンの威力によって、当て馬として用意された怪獣たちは与えられた役目どおりに派手に倒され、彼らの目論見どおりにリュティス中の人間の目を引いていた。
 
「おお、なんだ……あの化け物たちが一瞬で」
「魔法、魔法なのか? けど、あんな魔法見たこともないぞ」
「見ろ! あれ、あの空の上!」
 
 市民の何万、何十万という目が自分へ向いてくるのをジョゼフは感じていた。
 さて、ここまでは作戦どおり。リュティスの市民の頭の中に、エクスプロージョンは最高の形で刷り込むことができた。あとは、市民たちの頭の中が真っ白なうちに、伝説の虚無の名と救世主の存在を刻み込めばいい。
 が、ここまで来てなんだが、ジョゼフは市民に向かって名乗りをあげて演説をぶるということに、気乗りがまったくしなかった。ジョゼフにしては珍しいことに、自信がないと言ってもいい。
「民に語りかける仕事か。シャルルのやつならうまくやったであろうなあ。しかし俺はどうも、なにを言えばいいのか皆目わからん。シャルルとはいろいろ張り合ったが、こいつばかりはな」
「ジョゼフさまは凡人には理解できぬお方。それゆえ、愚民の機嫌とりなどは似合いませぬ。わかりました、ここはわたくしめがジョゼフさまの口となって、愚民どもに甘美な夢を見せてやりましょう」
「フフ、では任せるぞ。では、余はせいぜい偉そうに立っていることとしよう」
 おもしろそうに、ではお手並み拝見とばかりに不敵な笑みをジョゼフはシェフィールドに見せた。
 そしてジョゼフはガーゴイルの上に胸を張って立ち、リュティス全域を鋭い眼光を持って見渡した。その、たくましくも精悍な姿に人々の目は吸い込まれ、まるで神話の英雄のようにさえ神々しく見えた。
 
「あれはジョゼフ王! もしや、いやまさか」
「まさか、あの無能王が! い、いや、しかし」
 
 流れを察した市民たちの動揺が大きくなる。ジョゼフの精悍な姿に見惚れる心と、無能王を疑う心が人々の中でぶつかり合っているのだ。
 しかし、迷い戸惑う気持ちは心を混沌にして、どんなに聡明な人間の心にも空白を生じさせてしまう。
 シェフィールドはまさにその心の空白を突き、全リュティスの市民の心に影のように滑り込んだ。
 
「すべてのガリアの民よ、聞きなさい! この地を襲った悪魔の使者は今倒されました。あなたたちは救われたのです! 見たでしょう、怪物を倒した神々しい光を! あれこそ、始祖ブリミルの与えたもうた伝説の系統、”虚無”なのです! そして虚無を操り、奇跡を起こしたお方こそ誰でしょう! ガリアにあって始祖の血を引くお方! この国の正当なる統治者、ジョゼフ一世陛下なのです!」
 
 風魔法のマジックアイテムで増幅されたシェフィールドの声がリュティス全域に響き渡った。
 市民たちの中をいままでで一番の衝撃と動揺が走った。虚無、まさか! ジョゼフ王が、まさかそんな!
 人々の心は揺れ動き、一部ではすでに壮観なジョゼフの偉容に見惚れている者も出始めている。

92ウルトラ5番目の使い魔 23話 (7/11) ◆213pT8BiCc:2014/09/24(水) 01:57:58 ID:kjHCfTJM
 それでも、無能王ジョゼフを疑う目はなお多い。しかし、それでいいのだ。シェフィールドの呼びかけはあくまで呼び水なのだから。ほら、もう本命がそこまで来ている。
 
「リュティス市民の皆さん! 我々はロマリア宗教庁、教皇ヴィットーリオ・セレヴァレ聖下の使いの者です。我々は、今この時を持ち、始祖ブリミルの御名においてジョゼフ一世どのを虚無の担い手と認定いたしました!」
 
 聖獣ペガサスを駆って飛び、ジュリオが準備していたロマリアの神官団がジョゼフを前にして高らかに宣言した。
 そして、大勢はこの時に決したと言ってよかった。
 
「おお、あれは本物のロマリアの! すると、やはり本当だったんだ」
「虚無の担い手。始祖ブリミルの再来だ! おお、なんて頼もしいお姿だ」
「ジョゼフ王こそ救世主、ガリアの英雄だ」
「英雄王ジョゼフばんざーい! ばんざーい!」
 
 本当はシェフィールドとジュリオの差し向けた神官とのあいだに、あと二言三言の言葉のやりとりがあったのだが、もはやそれはどうでもよかった。
 怪獣を倒した魔法という直接的な証拠と、なによりハルケギニアで絶対的な権威を持つロマリア宗教庁の公認。それらが絶対的なインパクトと説得力を有して人々の思考を完全に支配してしまったのだ。
 かくして、無能王は英雄王になった。
 リュティスの市民たちは、昨日まで蔑んでいた相手に歓呼の声を送り、ジョゼフもそれに応えてかっこうよく杖を掲げる。
 しかし、ジョゼフの本当の心を知る者は誰もいない。
 なんともはや、予定通り、計画通り。ジョゼフはあまりのたやすさに興奮などなく、ひたすら馬鹿馬鹿しさばかりを感じていた。
”シャルルよ見ているか? 俺は今、英雄になったんだぞ。実に簡単だった、俺は今こそお前を超えることができたのかもしれん”
 心中で棒読みの言葉を並べつつ、ジョゼフは形だけは完璧な英雄王を演じ続けた。もはや眠気さえ覚えてくるけれど、これも英雄のつとめだと思って我慢した。
”それにしてもシャルルよ。俺とお前は昔、この国の民のために国をもっとよくしていこうと誓っていた。しかし、民とはいったいなんなのだろうな……?”
 そしてシェフィールドは、輝ける存在になったジョゼフの勇姿に感動しつつ、精一杯の演出に心を砕いていた。
 無言を貫くジョゼフに代わって弁舌をふるい、ジョゼフの威光をさらに高めるべく訴える。たとえそれがわずかな期間だけの、虚構で作られたものだったとしてもシェフィールドは構わなかった。
 彼女は思う。ジョゼフさま、あなたは今まさに何者にも負けないくらい輝いております。たとえあなた様がそれを望まなかったとしても、ジョゼフさまほどの王の才覚を持つ人間などおりませぬ。憎むべきは、類まれな才能をさずかった天才を活かせずにあなどり続ける愚劣なガリアと、世界の人間たちのほうです。ならば、シャルルさまのお耳に届くよう、ヴァルハラまで響く愚民どもの断末魔のオーケストラを奏でてやりましょう。わたくしは永遠にあなた様にお供いたします。そしてすべてが終わった後で、地獄でわたくしが酌をしながらあなた様の覇業を語りましょうと。
 ジョゼフの心に根ざす闇の詳細は、シェフィールドさえせいぜい表層しか理解できていない。従って、こうした行いが本当にジョゼフの喜びになるのか、実のところ彼女にも自信などなかった。

93ウルトラ5番目の使い魔 23話 (8/11) ◆213pT8BiCc:2014/09/24(水) 02:00:27 ID:kjHCfTJM
 しかし、シェフィールドはそれでいいと思っている。自分の考えで計りきれるほどジョゼフの器は小さくも浅くもない。それでも、今の自分にはジョゼフから与えられた役割がある。それがある限り、自分はジョゼフにとって不要なものではないはずなのだから。
 シェフィールドの見渡すリュティスの景色は、すでにジョゼフへの歓呼一色となっていた。これから、ロマリアの口からジョゼフが無能王と呼ばれてきた所業のすべてはエルフによるものだということが語られて、ジョゼフはその洗脳から解放されて救世主として現れたのだと言えばすんなり受け入れられるに違いない。
 そして、憎むべきはエルフだということになり、高らかに『聖戦』が宣言される。ガリアの人間は奇跡の虚無の力に浮かれて、エルフ討つべしと気勢をあげるのも目に浮かぶ。その先に用意されているのは地獄だというのに。
 ともあれ、茶番劇の幕は開いた。あとは大団円まで引っ張れるかは演者の腕にかかっている。だが、世界の破滅の懸かった茶番劇だ、腕のふるいがいがある。なにより、シャルロットをはじめとする邪魔者はもはやいないのだ。
 そう、我らの大望をはばむ者はもういない。ガリアはこれで完全に支配下におき、ロマリアの教皇の権威が後押ししてくれている以上、遮る者はすべて異端者として処理できる。ゲルマニアもロマリアには逆らえないし、小国トリステインなど歯牙にもかからない。もはやハルケギニアをあげた聖戦の発動は決まったも同然なのである。
 邪魔者が消えた以上、自分の残りの人生はジョゼフさまの望みを成就させる一点にのみ使う。シェフィールドの心は情熱で燃え上がり、それ以外のすべてを忘れて輝いていた。
 
 
 が、シェフィールドはこのとき、たったひとつ計算違いをしていたことに気づいていなかった。
 それは、確実に始末したと思ったキュルケたちの生死についてである。
 あのとき、シェフィールドは爆発寸前のガーゴイルから、自分の目がやられることを恐れてリンクを切った。ところが、リンクを切ってから実際にガーゴイルが爆発するまでの間に、ほんのコンマ数秒だけタイムラグがあったのだ。
 もちろん、そんな瞬きひとつするだけで終わってしまう時間でキュルケたちに打てる手などあるわけがない。しかし、シルフィードの必死の努力によってかろうじてトリステイン領空へと飛び込めていたことが、キュルケたちの運命を天国への門から引きづり戻すことになったのだ。
 
 爆発寸前のガーゴイルに組み付かれて墜落していくシルフィード。だが、その様子をトリステインに入ってから、彼女たちの頭上より、ずっと鋭い視線で睨み続けていた者がいたのだ。
 それは、最初は空を飛んでいても誰も気に止めないほどの小さな存在でしかなかった。その正体とは、白い文鳥のような一羽の小鳥である。それゆえ、シェフィールドにもシルフィードにも気づかれていなかったのだが、全速力で飛ぶシルフィードにやすやすとついてくる速さとスタミナは文鳥のものではない。
 そしてその小鳥は、目の前で繰り広げられた戦いをじっと見守り続けていたが、シルフィードがガーゴイルに組み付かれて墜落していくのを見ると、シルフィード目掛けて雷のように急降下を始めた。
 小鳥の視界の中でシルフィードが見る見るうちに大きくなっていく。シルフィードの背に乗っているキュルケやジルの姿も、すでにくっきりとその眼に捉えていた。
 シェフィールドが、ガーゴイルとのリンクを切ったのはちょうどその時である。強いて言えば、このときシェフィールドの視界に小鳥は入ってはいた。ところが、あまりにも小さくありふれた小鳥の姿だったので、シェフィールドは完全にそれを見過ごしてしまっていたのだ。
 だが、もしもあとほんの一瞬でも長くシェフィールドがガーゴイルと視界を共用していたら、彼女はとてもジョゼフの演劇に気持ちよく参加することはできなかったに違いない。
 なぜなら、シェフィールドが目を離したまさにその瞬間だった。それまで手に乗るほど小さかった小鳥が、一瞬にして翼長五十メートルもの巨鳥へと変貌し、シルフィードとのすれ違い様に爪の一撃で持ってガーゴイル二体をバラバラに引き裂いたのである。
 決着はそれで着いた。バラバラにされたガーゴイル二体は風圧で数百メートルは吹き飛ばされ、そこで起爆して空のチリとなった。もちろんシルフィードにはなんの影響もない。
 そして、巨鳥はくるりとUターンして戻ってくると、墜落し続けていたシルフィードを鷹が雀を捕えるように空中で掴みあげて、そのままトリスタニアのある方角へと飛び立った。

94ウルトラ5番目の使い魔 23話 (9/11) ◆213pT8BiCc:2014/09/24(水) 02:01:14 ID:kjHCfTJM
 シルフィードと、ジルやキュルケはあまりに一瞬の出来事にわけもわからず、ショックでそのまま気を失った。しかし、巨鳥はシルフィードを守るようにがっちりと掴んだまま、音の速さにも近い猛速で飛んでいく。その行く手を遮ることは、何人たりとて許さないという王者の飛翔。行く手の山々で猛禽は逃げ出し、オークやトロルも脅えて巣穴に引きこもる。圧倒的な威圧感を振りまきながら巨鳥は闇に包まれた空の下を飛翔して、やがて人里近くにやってくると速度を緩めて、王都トリスタニアのトリステイン王宮の中庭へとゆっくりと降りていった。
 
 
 それから、およそ半日ほど時間が過ぎた頃になる。戦いの疲れから深い眠りについていたキュルケは、どこか見覚えがあるような寝室で目を覚ました。
「ここは、えっと……ヴァルハラ、じゃないみたいね」
 質素ながらこぎれいに片付けられた寝室のベッドから身を起こし、周りを見回したキュルケは、自分がまだ天国とやらに導かれたわけではないらしいことを悟った。
 手は動く、足も動く。胸に手を当てれば、ルイズが血涙を流して悔しがる豊満なふくらみを通して心臓の鼓動が伝わってくる。心配せずとも、まだ幽霊でもゾンビでもないらしい。
「どうやら、助かっちゃったみたい」
 口に出して言うことで、キュルケは自分自身を安心させた。
 完全に死ぬかと思ったけれども、死なずにすんだようだ。しかし、いったいどうして助かったんだろうかと、キュルケは寝ぼけが残る頭を揺さぶって、自分がどうなったかを確かめようと試みた。
 服は清潔な寝巻きに着替えさせられているが、自分の杖は枕元に置いてあった。六人分のベッドが並べられた寝室には自分以外には誰もいないけれど、自分に危害を加えてきそうなものは見当たらない。
 ここはどこか? 少なくとも、かなり大きめの施設か屋敷のようだけれど、不思議とどこかでこの部屋を見たような気がする。どこだったろうか? その答えが見つかるかもと思い、キュルケは窓辺に歩み寄ると、板戸で閉ざされていた窓を大きく開けて外の景色を見渡した。そして、さしものキュルケも驚いて自分の目を疑った。
「ここって、トリステイン王宮じゃないの!」
 夢の続きかと思ったが、紛れもない現実がキュルケの網膜に飛び込んでくる。窓の外に広がっていたのは、何度も訪れたことのあるトリステイン王宮の光景そのままであった。
 見回りをしている兵士がいる。庭の草木の手入れをしている庭師が窓の下で働いている。右を見れば城門が、左を見れば高い尖塔が幾本もそびえる王宮がある。王宮の建物に刻まれた、メカギラスとの戦いの際の火災の跡もそのままだ。
 完全に思い出した。見覚えがあるのも当然。ここはバム星人との戦いがあったときに、一休みしていた兵士の控え室ではないか。それに気づくと、記憶と風景が見事に合致する。ここは天国でもヴァルハラでもなく、間違いなくトリステイン王宮だ。
「ど、どういうことよ! わたし、ええっ!?」
 パニックに陥りかけ、なんとか落ち着こうと自分に言い聞かせるものの、納得できる答えなど思いつけるわけもなかった。
 最後の記憶はトリステインの国境線の空の上。それがなにをどういう経緯を辿れば王宮に来ているのか、キュルケは豊かな想像力を持っているほうではあったけど、これらをつなぐシナリオを推理しろというのは神業でもなければ無理だったろう。
 と、そうして騒いでいるのが聞こえたのだろうか、部屋のドアのノブがガチャガチャと回される音がしてキュルケは振り向いた。
「おっ! 赤いのやっと目が覚めたみたいなのね」
 入ってきたのはすでに元気いっぱいに回復したシルフィードだった。また人間の姿になっているが、彼女の身につけているものはトリステインの女性兵士の衣装であった。
「シルフィード、あなた。無事だったのね。ああ、さっそくで悪いけど教えてちょうだい。あのときいったいどうやって助かったの? あなたが王宮まで運んでくれたの?」
「わわわ、そんなにいっぺんに言われてもわからないのね。えっと、えっと」

95ウルトラ5番目の使い魔 23話 (10/11) ◆213pT8BiCc:2014/09/24(水) 02:02:07 ID:kjHCfTJM
 シルフィードの頭では矢継ぎ早の質問にはパンクしてしまいそうだった。それでも、なんとかリクエストに答えようと頭をひねるものの、口数の少ないタバサを相手にするよりずっと難しいキュルケにどう答えたものか脳みそがついていかない。
 だが幸いにも、キュルケの疑問はシルフィードの後から入室してきた麗人によって氷解された。桃色の髪を持つルイズに良く似たその麗人に睨みつけられると、興奮していたキュルケの血液も一気に冷え込んでしまう。そして、麗人は息を呑んでいるキュルケの目を見据えて言った。
「それだけ元気が余っていれば余計な前置きはいりませんね。お久しぶりですね、ミス・ツェルプストー」
「は、はい、お久しぶりです。ヴァリエール、せ、先生」
 恐縮しながらキュルケは答えた。不遜が服を着て歩いているようなキュルケでも、この人に直接睨まれると子兎のようになってしまう。この、『烈風』カリンことルイズの母親カリーヌ・デジレ。学院で前学期に教師をしていたころは生徒たちを例外なく恐怖のどん底に叩き込んだ眼光はいささかの衰えも見せてはいない。
「さて質問に答えましょう。簡単なことです。ガリアからあなたたちがトリステインに入ったときから監視していたのですよ、私の使い魔がね」
「使い魔……あっ!」
 キュルケは、カリーヌの肩に止まっている小さな文鳥を見てはっとした。
「わかったようですね。私は、世界中の空が閉ざされた時から使い魔を放って、トリステインに敵が侵入する気配がないかを監視し続けていたのです。そこに偶然、あなたたちが飛び込んできたというわけです。事情はどうあれ、あなたたちは私の教え子のひとり。ガーゴイルどもを破壊させて、気を失ったあなたたちをここまで運ばせてきました。理解できましたね?」
「は、はい!」
 そういうわけかとキュルケはすべてを飲み込んだ。カリーヌの使い魔、巨鳥ラルゲユウスの力は主人ともどもハルケギニアでは伝説となっている。爪の鋭さは竜を上回り、五十メイルを超える巨体が音よりも早く飛べば眼下の町はその羽ばたきだけで灰燼に帰す。あらゆる幻獣を上回るパワーだけでなく、あるときは手のひらに乗るくらいまで小さくなることもできるので、それを利用して多様な計略をおこなうこともできる。『烈風』カリンがいるために、小国トリステインが他国から侵されなかったのはこの文鳥のように愛らしい守護神がいたおかげでもあるのだ。
 なるほど、『烈風』の使い魔となればあの絶望的な状況をひっくり返すことも不可能ではない。キュルケは、あらためて最上級の形で礼を述べ、そしてこれまであったことの知っている限りを伝えた。
「……というわけです。ガリアのジョゼフ王は恐ろしい男です。無能王などと呼ばれていますが、実際は悪魔的な底知れなさを持つ破滅主義者です。側近のシェフィールドとかいう女を使って、恐ろしい謀略の数々をおこない、タバサも奴の手で……」
 訥々と話すキュルケに、カリーヌは黙ってじっと聞いていた。ガリアの無能王の暗部、それが世界を滅ぼそうとしているほどのものとは常識的には信じがたいが、しかし。
「わかりました。数ヶ月間の幽閉生活、本当に大変でしたね。生徒の窮状になにもできなかったことは、教師の立場として申し訳ありませんでした。ガリアに対しては、私から女王陛下に具申して対策を練りましょう」
「あ、ありがとうございます!」
 意外にあっさり信じてくれたことにキュルケは驚いた。実際のところ、話半分でもいいところだと思っていたのだけど、しかし『烈風』は嘘をついたりはしない。
 だが実は、カリーヌにはキュルケの言をすでに信じざるを得ない材料が揃っていたのだ。キュルケが眠っている間にガリアから届いた速報、ジョゼフ王の虚無の担い手であることのロマリアの証明と聖戦への参加、これに裏がないと思うほどおめでたい頭をカリーヌはしていない。ただ、目覚めたばかりのキュルケにこれ以上の心労をかけてはいけないと気を遣ったのである。
 そしてカリーヌは、さらにキュルケに驚くべきことを告げた。
「学生の身の上でありながらの貴女方の奮闘は賞賛に値します。ですが、事態はすでに貴女たちの力を超えて巨大化しているようです。これからは、貴女たちは私の指揮下として働いてもらいましょう」
「えっ! ですが、わたしはゲルマニアの。いえ、それよりもわたしたちには」

96ウルトラ5番目の使い魔 23話 (11/11) ◆213pT8BiCc:2014/09/24(水) 02:02:46 ID:kjHCfTJM
「わかっています。事情のおおまかなところはそちらの風韻竜からも聞きました。貴女方にはまずシャルロット姫の救出をおこなってもらいます。あまりきれいなやり方ではありませんが、ジョゼフ王に対抗するにはシャルロット姫こそが最大の切り札となりましょう。わかりますね?」
「それはもちろん、タバサもきっとジョゼフを止めようとすることでしょうし……けれど、タバサはもう」
 カリーヌの意外な提案に、キュルケは喜ばしくも逡巡した。確かにカリーヌやトリステインが味方についてくれれば心強いことこの上ない。しかし、すでにタバサは奴らの手によってハルケギニアから消されてしまったのだ。
 ところが、そんなどうしようもない絶望に打ちひしがれるキュルケの元に希望がやってきた。カリーヌの後ろから扉をくぐり、義足の代わりに松葉杖を突いたジルが入ってきて言った。
「そのことなら、もう私たちが見通しをつけてある。お前は寝すぎなんだよ。シャルロットを取り返せるかもしれないわずかな可能性、見つかったぜ」
 誇らしげに語るジルと、唖然とするキュルケ。そしてジルの後ろからもう一人、優しげな笑みをたたえてカリーヌから覇気と烈気を抜き、柔和さと温厚さを代わりに抱かせたような女性が現れた。
「シャルロット姫が異世界に飛ばされてしまったということは聞きました。ですが、可能性がないわけではありません。トリステインに伝わる伝説のひとつに、ラグドリアン湖の底には異世界へとつながる扉があるというものがあります。ミス・ツェルプストー、あなたには妹のルイズがお世話になったようですね。姉として、そのご恩に報いるために力を貸させてくださいな」
 キュルケの手を握り、穏やかに述べた彼女の眼には偽りならぬ光が宿っていた。
 ルイズと同じ桃色の髪と、正反対にふくよかな体つき。およそ争いごとには向かないであろう印象を与える彼女は、しかし『烈風』の血を引く意志の強い瞳をして、自らを「カトレア・ド・フォンティーヌ」と名乗った。
 
 
 続く

97ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2014/09/24(水) 02:05:24 ID:kjHCfTJM
こんばんわ、またまたお久しぶりです。
またもかなりの時間が空いてしまって申し訳ありませんでした。プロットは組んであるのですが、リアルが忙しくなったのと、ハーメルンへの転載が思ったよりも手間で時間を食われてしまって、すみません。

ですが、これでなんとかガリア脱出も完了です。シェフィールドさん、お疲れ様でした。
ジル、キュルケ、シルフィードのトリオを書くのはけっこう楽しかったです。ドS二人に挟まれてシルフィードの心労はいかばかりか、タバサ早く帰ってきてあげて。
というわけで、次回からは闇のラグドリアン編です。キュルケたちの新しい冒険に、ご期待くださいませ。

98名無しさん:2014/09/24(水) 21:56:33 ID:30FFsHaA

そういえばカリンとその使い魔の事、すっかり忘れてたw

99名無しさん:2014/09/27(土) 22:27:19 ID:apbtDP.Q

うわあー、自分も忘れてた!!
こちらのゼロ魔にはとんでもないジョーカー主従がいたことをw
ここまで温存してついにきってくるとはさすが
さらにはカトレアさんも参戦なんておれ得すぎ

100ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:19:08 ID:AELr9ruI
おはようございます。ウルトラ5番目の使い魔24話の投下を開始します。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板