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避難所SS投下スレ五

1銃は杖よりも強いと言い張る人:2008/11/26(水) 01:18:53 ID:LHhNtMKE
前のスレに収まりそうに無いので、ムシャクシャしてスレを立てた。
今は反省している。

というわけで、早速投下します。

2銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:21:19 ID:LHhNtMKE
7 人を喰らう獣
 天蓋付きの豪奢なベッドの上で、ピンク色の髪がくるりと舞った。
 シーツに分厚い本と小冊子を散らかしているのは、ベッドの主であるルイズである。
 宝探しに行くと勝手に決めて使い魔が出て行ってから今日で六日。その間、ルイズは授業に
も出席しないでアンリエッタの婚儀の詔の為に詩集と格闘していたのだった。
「火は赤くて熱くて色々燃えます。風は夏は温いし冬は寒いので吹かないで欲しい。水は川に
流れてて海にもいっぱいある。土はキザで派手で女好き」
 一枚の羊皮紙に書かれた文を読み上げて、ルイズは首を傾げる。
 なんだこれは、と。
「意味不明だわ。300年前に詠まれた詔なら真似てもバレないと思ったのに、これじゃお披
露目できないわね」
 広げられた分厚い本の一頁に目と手元の羊皮紙を見比べて、溜め息を零す。
 真似たと言っても、実際には単語を抜き出した程度だ。火は色を、風は季節を用いるところ
を、水は川や海といった名前を引っ張り出している。土に関する部分はルイズの独創であった。
 これでパクリだなんて言われても、元の詩を考えた人は納得しないだろう。
 自分で見ても酷い詩だと思い、学院の授業に詩を扱うものが無くて本当に良かった、と改め
て詩の才能が欠けていることを認識する一方で、アルビオンがトリステインを攻めることなく
姫殿下の婚儀の日が来たらどうしようと不安になる。
 来月の始めにある婚儀の日まで、もう残り二週間を切っている。だが、詔が完成する目処は
一向に立っていなかった。
「どうしよう。ミス・ロングビルに相談しようにも、ここのところずっと留守にしてるみたい
だし。こういうのに強そうなギーシュは居ないし、サイトも……」
 溜め息を吐きながら、ころん、とベッドの上を転がったルイズは、この場に居ない使い魔の
ことを思い出す。
 思い出して、表情を険しくした。
「なんで、あんなバカ犬のことなんて思い出すのよ!もう関係ないじゃない!」
 気を紛らわせるように、枕に詔の参考としていた本を何度もぶつけてルイズは叫んだ。
 首から上が熱くなって気分が落ち着かなくなる。
 腕が疲れたところで、鬱憤をぶつけていた枕を抱き締めたルイズは、自分の体と不釣合いに
大きなベッドの上をゴロゴロと転がった。
「むうぅぅ……」
 安眠を与えてくれる柔らかい枕の感触が、何故だか今は気に入らない。
 それでも、目一杯力を加えても壊れない手頃なものは枕しかなかったので、それをキツく抱
き締めるしかなかった。
「うぅ、なんだかモヤモヤするぅ」
 そう言って、またゴロゴロと転がる。
 宝探しに出かけると言い出した才人と喧嘩してからというもの、毎日この調子だ。
 メイジと使い魔は一心同体というから、何か糸のようなものでお互いの間が結ばれているの
かもしれない。それは伸び縮みする弾性を持っていて、強い力で伸ばされるとゴムのように縮
もうとするのだ。だから、喧嘩してお互いの気持ちが離れると、契約が二人の間をなんとか近
づけようとするに違いない。

3銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:22:22 ID:LHhNtMKE
 だから、こんなにもあのバカでスケベでだらしなくって、でも時々頼れる使い魔のことが気
になるのだ。と、ルイズは思い込もうとしていた。
「もう、なんなのよ!なんなのよ!!あー、ムシャクシャする!」
 転がるのを止めて、枕を部屋の片隅に向けて力いっぱいに放り投げる。
 寝藁で出来た才人のベッドが、無残にも砕け散った。
「ううううぅぅぅ!あのバカ犬、どこ行ったのよ……」
 詔の資料や書きかけのメモを放り出してベッドの上に両手両足を投げ出したルイズが、虚空
に向けて呟く。
 帰ってきたらどうしてやろうか。土下座させて、この哀れで卑しい愚鈍な犬をもう一度ご主
人様のお傍に置いて下さいませ、とか言わせた挙句、思いっきり股間を踏みつけて、その足を
舐めさせてやった方がいいかしら?朝昼晩の食事の前に、三回まわってワンと鳴くように躾け
るのも悪くないかもしれない。余所の女に鼻の下を伸ばしたら、その度に鞭で思いっきり叩い
たりなんて……。
 そこまで思考を進めたところで、はあ、と息が漏れた。
 昨日も、一昨日も、その前も。同じようなことを考えていたのだ。
 許すことを前提にして妄想を広げていたことさえ自覚できず、何度も繰り返される使い魔が
帰ってきた時のシミュレーションに進歩の色は見られない。
 なんだか寂しくなって、憎らしいほどに輝く太陽に照らされた窓の景色を睨みつけて、ルイ
ズはもう一度溜め息を吐く。
 唇が、ばか、と声にもならずに動いていた。

 遠くトリステイン魔法学院にてルイズがそんな昼の一時を過ごしていた頃、才人たちは目的
としていたモット伯がかつて住んだ洋館に到着していた。
 壁面は蔦が這い回って緑色に染まり、風に飛ばされた砂や土で茶色く染まった窓の枠組みが
風雨の浸食で元の形を失っている。屋根の一部には蜂の巣らしきものも垂れ下がり、見事に廃
墟らしい姿を呈していた。
 この屋敷が廃棄されたのは、およそ五年前。建設から五十年が経った頃である。
 廃棄された理由は単純で、支柱や壁面の老朽化であった。土のメイジによる補修も追いつか
ず、結局建て直すこととなったのだ。
 五十年という月日の間でトリステインの内情も微妙に変化し、立地の都合が悪くなったこと
で別の土地に移り住むことも、そう時間も掛からずに決まったらしい。ジュール・ド・モット
伯は代々の名家というわけではなく、所謂三男四男といった主家の世襲から外れた人間であっ
た。そのため、屋敷や周辺の土地に伝統があるわけではなく、場所に固執することもなかった
のだろう。
 人が住まなくなった事で手入れがされなくなった建物は自然に押し潰され、庭は隣接してい
たらしい森と一体化を果たしている。小動物があちこちで走り回っているこの場所に、もう人
の気配は残っていなかった。
 チチチ、と軒先に作られた巣から鳴き声を上げている小鳥を横目に見ながら、内側に向けて
倒れている玄関の門を潜った才人たちを待っていたのは、広大なロビーであった。
 吹き抜け構造で、奥には二階に繋がる大きな階段もある。床には絨毯らしきものの残骸が残
っていて、内に含んだ湿気を栄養にして植物の芽が出ていた。

4銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:24:06 ID:LHhNtMKE
 窓ガラスが残っているせいなのか、それとも扉が締め切られているせいなのか、玄関から流
れ込む風だけでは屋敷の中の空気を入れ替えるには至らず、重く淀んだ空気が鼻に付く。それ
と一緒に、別種の臭いも嗅覚を刺激した。
「動物が入り込んでるのかな?」
「かもしれないわね」
 獣臭いと言えばいいのか。森の中で獣道を歩いているときに時折感じる特異な臭いに気が付
いたマリコルヌの呟きに、キュルケが軽く相槌を打った。
 動物の足跡が、点々と絨毯だったものの上に模様を描いている。多分、雨風を凌ぐのに便利
だからと、巣穴代わりにされているのだろう。
 どんな動物が入り込んでいるのかと、いくつもある足跡を観察するべく動き出したキュルケ
が、最初の一歩で唐突に膝の力が抜けたように体勢を崩して床に尻を打ちつけた。
 じわりと広がる鈍い痛みに呻く。それを見ていた少女が一人、堪えきれずに噴出した。
「ぷっ、くくく……、なにやってるのよキュルケったら」
「こ、これは違うのよ!なんか、足元が……」
 モンモランシーの押し隠すような笑い声に顔を赤くしたキュルケが、立ち上がりながら誤魔
化すように床を蹴り叩く。
 ボロ切れ同然の絨毯に隠された床に小さな窪みがあるようだ。これのせいで足を踏み外した
のだろう。
 老朽化した建物だけに、こういう目立たない部分にもしっかりと劣化の跡が刻まれているら
しい。この分だと、ふとした拍子に天井が落ちてくるなんてことも無いとはいえないだろう。
 貴重な情報を教えてくれた親切な床を強く踏みつけたキュルケは、こほん、とわざとらしい
咳をして息を吸い込んだ。
「みんな聞いて」
 その場で振り返り、キュルケは真面目な顔で宝探しのメンバー全員を視界に収めた。ついで
に、また噴出しそうになったモンモランシーをキッと睨みつけ、黙らせる。
「今回の目標は“召喚されし書物”よ。ジュール・ド・モット伯爵は書物の収集家としてそれ
なりに有名で、今回の目標もモット伯が収集したものの一つなの。あたしの聞いた話だと、引
越しの際に幾つかの書物を紛失しているらしいわ。“召喚されし書物”は、その中の一つって
わけ。希少価値もあるから、かなり高価なものよ」
 いくらぐらい?と、具体的な値段を尋ねたのはモンモランシーだった。
 問いかけに、ふふん、と不適に笑ったキュルケは、片手を掲げて手の平を広げて見せる。
「これだけよ」
「……50エキュー?」
 指の数一本につき10エキューと計算したモンモランシーが言うと、キュルケは首を振った。
 モンモランシー自身も、まさか50エキューでキュルケが動くとは思っていないため、当然
よねと頷いて、桁を一つ上げる。
「500エキュー」
「違うわ」
「じゃあ……、5000?」

5銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:26:09 ID:LHhNtMKE
 モンモランシーは自分の考える本命の金額を訊いて、キュルケの反応を待つ。
 宝探しメンバー全員で分けても、5000エキューは大金だ。極普通の平民であるシエスタ
なんかは、金額を聞いただけで卒倒するかもしれない。ギーシュは無駄に見栄を張って一週間
くらいで使い切りそうだが。
 メンバー七人に一人ずつ均等に配ったとして、手元に入るエキュー金貨は端数を無視すれば
700枚。部屋の家具を一新するには少々足りないが、ドレスや装飾品を新調するには十分な
額だし、趣味と実益を兼ねた香水作りも、元手が増えれば規模を大きく出来る。
 なんて素晴らしい。さらに、既に手に入れた赤い宝石と奇妙な仮面の売却金を含めれば、相
当な額になる。一年分の小遣いを確実に上回るだろう。
 5000エキューであるという前提で、モンモランシーが妄想を膨らませていると、頷くか
と思われたキュルケの首が、さらに横に振られた。
 え、と息を漏らしてモンモランシーが動きを止め、話を聞いていたギーシュ達も表情を変え
る。
 キュルケの褐色の肌に浮かぶ、紅い唇がたっぷりの間を置いて動いた。
「50000よ。エキュー金貨じゃなくて、新金貨の方だけどね」
 悪戯っぽくウィンクをして、おほほほと笑い出した。
「う、ウソよ!なんで書物なんかにそんな金額が付くのよ!!おかしいじゃない!」
「ウソじゃないわ。だって、手に入れた場合の買い手はもう決まってるもの。証文だってある
んだから」
 ひょい、とキュルケがなんでもないように取り出した一枚の羊皮紙に、モンモランシーたち
は一斉に群がった。
 上質の紙に印が押され、署名も記されている。内容は単純に、召喚されし書物を入手した際
の事前売買契約だ。召喚されし書物がどんなものかわかっているのかわかっていないのか、ど
ちらにしても買い手に不利な、商会や役所に出しても通じる立派な証文であった。
 召喚されし書物の内容の如何に関わらず新金貨で50000を支払う。などと書かれた恐る
べき証文は、その署名欄にキュルケの名前ともう一つ、誰も知らない人物の名前が記されてい
た。
 知らない名前ではあるが、誰かは分かる。なにせ、ファミリーネームがツェルプストーなの
だから。
「あんた……、この名前って」
「やっぱり気が付いた?そう、あたしのパパよ」
 親子で売買契約を結んだらしい。なるほど、不利な証文も家族という信頼あってのものだと
いうことなのだろう。ルイズに言わせれば成金貴族だというツェルプストーは、目的の為には
金に糸目はつけないらしい。
「ということは、アレかね。今回の宝探しも、言いだしっぺはキュルケじゃなくて、君の父親
だったということかね?」
「まあ、そうなるわね」
 しれっというキュルケに、一行の肩が一段下がった。
 モット伯の周辺情報や召喚されし書物の情報も、父親から聞いたものなのだろう。他の宝探
しは、父親からの依頼を口実にした遊びだったのかもしれない。

6銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:27:13 ID:LHhNtMKE
 書物が見つかっても見つからなくても暇潰しだけは出来るのだから、キュルケに損は無いわ
けだ。仮面やら宝石やらといった予想外の儲けが出て、むしろ得をしている。
「まあ、でも、しかしだ」
 ごほん、ごほんと咳を交えつつ、マリコルヌが口を挟んだ。
 視線が集まる中、そそっと足を屋敷の奥へと動かして、ぴゅーぴゅー口笛を吹く。
 何がしたいのかがまったく分からない行動に一同が首を傾げていると、マリコルヌは唐突に
ニヤリと笑って走り出した。
「その書物とやらには50000の価値があるということ!先に見つけて独り占めしてしまえ
ば、儲けは全部自分のものじゃないか!!あっはははははははは!」
「あっ、テメェ!抜け駆けかコラ!!」
 階段を上り、二階へと進むマリコルヌを才人が追う。
 元々金の魔力に浮かされていたモンモランシーもギーシュを連れて走り出し、それをキュル
ケとタバサが手を振り見送った。
「証文がなければ売れないって、分かってるのかしら?というか、召喚されし書物がどんなも
のかも知らないのに何を探すつもりよ」
 振り返りもせず、どたばたと激しい音を立てて走り回るマリコルヌたちを眺めて、小さく溜
め息を吐く。
 それっぽいものを見つけたら片っ端から集めるのだろうが、今いる場所が老朽化した建物の
中だと理解していないことは明白。無駄に騒いで、この屋敷が倒壊しないかどうかが心配だ。
「考えても仕方ないか。タバサ、あたしたちは一階から探しましょう。……って、どうかした
の?」
「……なんでもない」
 しゃがみ込んで、床に落ちている毛の様なものを摘んでいたタバサが、首を振りつつ立ち上
がって歩き出す。しかし、視線はまだ手に持った短いこげ茶色の毛に向けられていた。
「珍しい動物でもいるのかしら?」
 普段は自分から何かに興味を示そうとしないタバサが積極的に何かを調べようとしている事
実に好奇心を沸き立たせたキュルケは、キョロキョロとあたりを見回して、毛の持ち主を探し
始める。
 茶色い短い毛というと猪が代表的だが、まさかそんなものをタバサが気にかけるはずが無い。
 キュルケは、隠れているのが貴重な動物なら、掴まえて好事家に売る気であった。
 そんなキュルケを若干冷ややかに見たタバサは、至極冷静に手の中の毛を捨てると、杖を強
く握って目元を鋭くさせる。
 興味を引かれた、というよりは、敵を見つけたという表情であった。
「……タバサ?」
 奇妙な雰囲気にキュルケが顔を覗きこむ。
 それから逃れるように、つい、と視線を床に落として、タバサが立ち止まった。
「珍しい生き物って点では、正解」
 長い杖の先端が、タバサの足元の小さな起伏を削る。
 牛の蹄のような形の薄い窪みが、そこにしっかりと刻み込まれていた

7銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:28:30 ID:LHhNtMKE

 窓の向こうが少しずつ暗くなっていく。
 明け方までは青く晴れ渡っていた空が、雲に覆われようとしている。見るからに分厚そうな
黒い雲は、間違いなく雨雲だろう。暫くすれば、この付近に雨を降らせるに違いない。
 空の向こうまで黒く染まっているところを見れば、雨は暫く降り続けるものと思われる。
 モット伯の屋敷までは距離があったため、今朝まであったキャンプは畳まれている。食材探
しのためにシルフィードやフレイムなどの使い魔と一緒にあちこちを飛び回っているシエスタ
を呼び戻して、ここで雨が止むのを待ったほうがいいのかもしれない。
 どうせ、長居することになるのだ。屋敷は広く、目的のものは見つかりそうに無いのだから。
「あーもうっ!良く考えたら、見つかるわけ無いじゃいのよ!」
 髪を振り乱し、早速諦め気分に陥ったのはモンモランシーだった。
 三階のベッドルームと思しき場所をギーシュと一緒に探し終えた直後のことである。
「どうしたんだい、モンモランシー。書物なら、二つほど見つけたじゃないか」
「そうじゃないわよ!本当に高価なものなら、こんなところ真っ先に調べられて回収されてる
に決まってるって言ってるのよ!!」
 声高に喚くモンモランシーに、思わずギーシュは耳を塞ぎ、足元に落ちた本に目を向けた。
 二冊の本の表題には、トリステインの歩き方、グルメ大全なんて書かれている。どう見ても
一般書誌で、モット伯の私物というよりは、使用人が使わなくなったから捨てたという感じで
ある。実際、かなり読み込まれているのか紙がボロボロになっていた。
 間違いなく、これらは召喚されし書物ではない。そんなことは誰だってわかる。
 モンモランシーは、今回の宝探しに関するそもそもの問題に目を向けたのだ。何をきっかけ
にしたのか、金に目の色を変えていた過去を忘れて。
「まあ、確かに高価なものを放置するとは思えない、ってところには同意するけど、まったく
の希望もなくキュルケが動くとも僕は思えないんだが」
「うっ、それはそうだけど……」
 ギーシュの冷静な言葉に言葉を詰まらせたモンモランシーが、顔を覆うように手を当ててし
ゃがみ込む。
 意外と本能的に行動するキュルケだが、理性的でないわけではない。恋や情熱を持ち出すと
暴走するが、それだって計算高さが下地にあったりする。
 根拠もなく目先の欲望に動かされるタイプではないのだ。
「モット伯には回収できなかった理由があった。と思えば不思議じゃないさ。まあ、年始めの
降臨祭で父と歓談してるモット伯を見てるから、病気とかじゃないみたいだけど」
 辺境の領主であるモンモランシーの家と違い、ギーシュの家は昔からの武家で、父親が軍の
元帥をしている。そのため、王宮近辺の出入りは多く、多種多様な貴族と面識があった。
 軍なんてものは、各地の貴族の三男や四男といった次代の後継者から外れた人間の集まる場
所だ。自然と色んな連中が集まってくるし、その関係で勝手に交友関係も広くなる。モット伯
とギーシュの父も、そんな関係で知り合った仲だった。
 引越しの忘れ物などは使いを遣って回収させればいいだけの話。他人に見せられない何かだ
としても、自分が取りに来ても問題は無いはず。
 それをしない。あるいは出来ない理由がある、とギーシュは推測していた。

8銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:29:23 ID:LHhNtMKE
 しかし、推測はそこまでで、モンモランシーの求める疑問に答えられるところにまでは到達
していなかった。
「その理由って、いったいなんなのよ」
「う、うーん、なんだろうね?」
 細かい指摘を受けてしまうと、途端に詰まってしまう。
 結局、何の進展も無いまま、二人は首を傾げて廊下を歩き出した。
 廊下の片側を飾る窓を、雨粒がぽつぽつと叩く。
 雨が降り始めたようだ。
 一度降り始めれば、あっという間に雨脚は強くなり、ひび割れた窓の向こうで木々が雨粒を
受けて枝を垂らし始める。
 それを見ながら、ギーシュとモンモランシーは次の部屋へと移動する。
 一番怪しいと屋根裏部屋を漁りに行ったマリコルヌと才人はこの場にいない。キュルケとタ
バサも階下から探索しているため、姿は見えなかった。
 二人きりの空間。
 必死になって金に目を輝かせていた状態から目を覚ませば、そんなことに気付いてしまう。
 人気の無い廃屋に二人という条件が、無性にモンモランシーの胸をドキドキさせていた。
 同じ屋根の下に野次馬が四人潜んでいるという事実は、既に脳内から排除されている。
「えっと、その……、あ、雨、ふ、降ってきたわね?」
 一人胸を高鳴らせて、勝手に緊張し始めたモンモランシーが、場の静かな空気に耐えられず
に声を出した。
 なんでどもっているのよ!なんて心の中で自分を責めて、必死に落ち着こうと息を整える。
「え?ああ、そうだね……」
 気持ちを走らせるモンモランシーだけでなく、実のところ、ギーシュも今の雰囲気に妙な感
覚を抱いていた。
 心臓の鼓動に似た大きな雨粒が立てる音が、少し早いリズムで音色を奏でている。それに釣
られて心拍数も上昇する。
 要は、僅かに興奮状態にあるのだった。
 頬が仄かに赤らみ、無意味に造花の薔薇を弄り始める。
 プレイボーイ気取りで女の子との接点も覆いギーシュだが、実際に深い関係になった相手は
いなかったりする。だから、今のこの二人だけの間に流れる甘い空気には不慣れなのだ。
 ちらちらと、盗み見るように互いの顔を見合わせ、視線が合うとそっぽを向く。
 そんなことを何度か繰り返したところで、隣り合って歩く二人の手が、中空を彷徨った。
 繋ぐべきか、繋がざるべきか。いや、いっそのこと寄り添って腕や肩を組んだりしちゃうべ
きだろうか。でも、恋人関係は一度解消して、その後に修復したってわけでもないし。
 同じようなことを考えて、同じように悩む二人は、似た者同士なのかもしれない。
 青春真っ只中である。
 それでも、二人はまったく同じ人間ではない。
 モンモランシーよりも、ギーシュはいくらか積極的だった。
 サラサラと流れるように降る雨に目を向けて、割れた窓ガラスの隙間から雨粒が跳ねるのを
好機に、ギーシュが窓側を歩くモンモランシーの肩を引き寄せる。

9銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:30:56 ID:LHhNtMKE
 悲鳴に似た声を小さく上げて、モンモランシーがギーシュの顔を見上げると、いつものよう
にギーシュは造花の薔薇に頬を寄せてさわやかさを演出するキザな笑みを浮かべていた。
「もっと内側を歩かないと、雨に当たってしまうよ。ここの窓は、随分と隙間だらけのようだ
からね」
 それだけなら別に肩を抱く必要など無いのだが、ギーシュはモンモランシーから手を放そう
とはしない。モンモランシーも、特に抵抗はしなかった。
 これで本人はカッコイイと思っているクネクネした動きや邪魔臭い薔薇を動かす癖が無けれ
ば素直に惚れられるのだが、その辺も含めてギーシュなのだろう。ちょっと頼りなくて、実際
に頼りないくらいが、この男にはちょうどいいのかもしれない。
 モンモランシーは、そんなギーシュに心をときめかせてしまう深刻な病気だった。更に、宝
探しの出発の際に聞いた、君は僕が守るよ宣言で、治るはずだった病が進行している。
 重病患者まで後一歩。そろそろ医者も匙を投げ出す頃だろう。
 歩みが遅くなり、互いの視線を気にするように目を動かす。
 邪魔はいない。強い雨は光を遮り、二人が何をしても姿を隠してくれるだろう。
 申し合わせたように二人の足が止まって、視線が絡み合う。
 胸の鼓動が徐々に強くなって、相手に聞こえてしまうのではないかと思うほど強く激しく脈
を打つ。
 いつの間にか熱い息が唇に当たるほど顔を寄せた二人。雨音を背景に、重なる影。
 こんな事態に、ヤツが黙っている訳が無かった。
「そうはさせるかあああぁぁあ!誰も見て無いと思ってイチャイチャしてんじゃねえぞ、この
ド腐れカップルがッ!!」
 廊下の曲がり角に隠れていたマリコルヌが、目を血走らせてギーシュとモンモランシーに飛
び掛る。その後方には、同じく隠れて覗き見をしていた才人が、マリコルヌのマントを掴んだ
状態で引き摺られていた。
 止めようとして失敗したらしい。
「ま、マリコルヌ!?」
「あんた達、いったい何時の間に……!」
 ばっと距離を離し、青春を満喫していたことを誤魔化そうとするが、目撃者や目撃した事実
が消えるわけでは無い。マリコルヌの怒りが収まることも、当然無かった。
「昨日はサイトがメイドとイチャイチャしてるかと思ったら、次はお前らか!?なんだコノヤ
ロウ!見せ付けたいのかよう!!そんなに僕を苛めて楽しいのか!?あんコラ言ってみろやゴ
ミ虫がーッ!!」
 覗き見していたのはマリコルヌであって、別にギーシュたちが見せ付けたわけではない。し
かし、今のマリコルヌにそんな理屈が通じるはずもなく、ギーシュはただ襟首を掴まれて上下
左右に激しく揺さぶられるしかなかった。
「コノヤロウ!コノヤロウ!!恨みと妬みと嫉みとモテない男達の憎しみが篭った拳を喰らい
やがれえええぇぇえぇえぇっ!!」
 風より速いと豪語するマリコルヌの拳が、ギーシュに向けて放たれる。
「クッ、何で僕がこんな目に……」
 すぐに襲い来るだろう傷みに、ギーシュは目を瞑り、歯を食い縛る。

10銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:31:58 ID:LHhNtMKE
 だが、マリコルヌの拳はギーシュの頬を軽く叩いただけで、肉を抉り、歯を折り、首の骨を
損壊させるような威力は発揮しなかった。
 嫉妬に狂ったマリコルヌが手加減をするなんて。と、ギーシュやモンモランシーや才人の視
線が集まる中で、丸い体が崩れる。
 床に膝を突いて目元に涙を浮かべたマリコルヌのシャツの下から、表紙を革で覆った一冊の
本がばさりと床に落ちた。
 力なく四つん這いになり、ぽたりと落ちた涙が窓の隙間から入り込んだ雨と一緒に床に染み
を作る。
 マリコルヌは、泣いていた。
「情け無い。……なんて情け無いんだ、僕は!」
 突然始まったマリコルヌの語りに、ギーシュたちは耳を澄ませた。
「ああ、そうさ。僕は、ギーシュやサイトに嫉妬してる。イチャイチャしてる姿を見る度には
らわたが煮えくり返りそうな思いに囚われてる。殺したいほど憎い。いや、実際に何度か殺そ
うと思った。男の数が減れば、余った女の子が自分に振り向いてくれるなんて、卑しい考えを
していたんだ……」
 淡々と言葉を放つマリコルヌを横目に才人が本を拾い上げる。マリコルヌの語りよりも、こ
っちの方が気になったのだ。
 ギーシュとモンモランシーの二人にも見える位置で革表紙の本を開くと、才人の視界が肌色
で一杯になった。
「う、うわあああぁぁっ!な、なんだ、なんなんだい、それは!?」
「いやああぁぁっ!なんてもの持ってるのよ!!」
「おおぉ……、無修正かぁ……」
 顔を真っ赤にして反応するギーシュとモンモランシーとは対照的に、才人はカラーで印刷さ
れた洋物のお子様には見せられない雑誌に目が釘付けになっていた。
 金髪の美女が、あられもない姿で扇情的なポーズをとっている。頁をめくれば、別の女性が
脂肪で出来た球体を自己主張させていた。
 黒や白での塗り潰しやモザイクなどという小細工は用いられていない。局部もモロである。
 からみのシーンもあるらしく、男の股間にぶら下がる大き過ぎるだろうというものが容赦な
く女性を貫いていた。
 内容や印刷の質からして、かなりの上物のようだ。
 真っ赤な顔をして顔を逸らし、なんて破廉恥な!と憤るギーシュに才人が悪戯心を出して雑
誌を見せびらかすと、両手で顔を覆って壁に向かってしゃがみ込んでしまう。逆に、モンモラ
ンシーに雑誌を突きつけると、きゃーきゃー言いながらも指の隙間から覗き込んでいた。
 ギーシュは純情で、モンモランシーは意外とむっつりスケベらしい。新発見である。
 そんなふうに才人が小学生みたいなことをしている間も、マリコルヌの独白は続いていた。
「ああ、そうさ!屋根裏部屋で見つけたとき、興奮したんだ!なんてものを見つけてしまった
んだってね!神様からの贈り物なのかもしれない。一生モテない人生のぽっちゃりさんである
僕に、始祖ブリミルが見かねて神の軌跡ってヤツを使ってくれたんだって。でも、そうじゃな
いんだ……。こんなものをくれるくらいなら、モテるようにして欲しかったんだ。あ、いやま
あ、貰えるものは貰うんだけどね?ああ、でも……」

11銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:33:22 ID:LHhNtMKE
 一向に終わりそうに無い話を聞く気も起きず、才人は反応の面白いギーシュに再び雑誌を見
せ付けて遊び始める。
「ほら、ギーシュ。テメエはいつも女の事ばっかり話してるんだから、コレくらい大した事ね
えだろ?ちゃんと見ろよー」
「わー!わー!聞こえない聞こえない!!そんな下品なものはしまってくれー!」
 ブンブンと首を振り、決して顔をこちらに向けようとしないギーシュを、才人はニヤニヤと
笑みを浮かべながら眺める。
 モンモランシーがちらちら見てるのもしっかり確認済みだ。後でネチネチと突っついてやる
ネタである。
 わーわー。きゃあきゃあ。ぐちぐち。ニヤニヤ。
 それぞれ異なった反応を示して、なんだか賑やかで不思議な光景が繰り広げられていた。
 そんな中に紛れるように、赤い髪と青い髪が踊る。
「なにやってんのよ、あんたたち?」
「うおぉっ!キュルケ!?た、タバサまで……、いつの間に」
 足音も無く背後に現れたキュルケとタバサの姿に才人の体が跳ねた。
 一部始終とは行かずとも、何をやっていたかは大体知られているらしく、キュルケの表情に
は呆れの色が強く現れている。一緒に居たタバサも、いつもの如く無表情なのだが、どこか白
けた雰囲気があった。
「あなた達、ちゃんと探してた?」
「ああ、探してたとも。うん、ほら、そこに落ちてるだろ?」
 慌てて取り繕ったギーシュが、床に落ちた雑誌を指差す。それを拾い上げて、キュルケが溜
め息を付く。
 やはり、召喚されし書物では無いらしい。ぽい、と放り捨てる動作も酷く乱暴で、ゴミ同然
な扱いだ。
「そっちの本は?」
「え、これ?」
 キュルケが指差した才人の手元には、一応タバサという見た目が子供にしか見えない少女が
いるために閉じられたエロ雑誌がある。
 騒ぎの原因だという認識はあるようだが、これが屋敷の中で回収されたものだという情報ま
では掴んでいないようだ。
 ちらり、とマリコルヌに視線を向ければ、まるで恐怖で固まった小動物のように、体を小刻
みにフルフルと揺らしていた。
 その雑誌を渡さないで欲しい。それは僕にとって、生きる希望なんだ。
 そんな声が聞こえてきそうだった。
「あー、えーっと、マリコルヌの私物」
 こんなものの為に恨みを買うべきではないと判断した才人は、咄嗟に嘘をついた。
 マリコルヌの目が輝き、拝むように上半身を上下させている。
 若干気持ち悪かった。
「私物?……そう、ならいいわ」
 才人とマリコルヌを見比べて、その目に疑わしげな色を滲ませたキュルケは、意外にもすぐ
に引き下がる。

12銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:35:03 ID:LHhNtMKE
 納得した様子は無いが、あまり拘るつもりもないようだ。
 顔を窓に向け、降りしきる雨を見つめる。外は暗く、雨の滴で灰色に濁り始めていた。
「雨が強くなってきたわね。長居しても仕方ないし、早めに切り上げて帰りましょう」
「え、もう終わりなのか?まだ来てばかりじゃねえか」
 きょとん、と目を丸くして才人がキュルケに向かい合う。
「雨が降ってるんだから、ここで雨宿りすれば良いじゃないか。シエスタたちも呼んでさ、晴
れるまで探索を続ければ……」
「ダメよ」
 少しだけ語句を強めて、キュルケが才人の言葉を遮った。
 珍しく真剣な表情を浮かべるキュルケの横で、タバサが床にしゃがみ込み、何かを拾い上げ
る。
 小さな指に摘まれたこげ茶色の短い毛にタバサは、やっぱり、と呟き、それを見るキュルケ
の表情が一層に引き締まった。
「どうしたんだよ?なんかおかしいぞ、お前ら」
 分かれて行動を始めてから、それほど時間が経っているわけではない。それなのに、別れる
前と今とでは雰囲気が一変している。
 当然ともいえる才人の疑問に、キュルケはタバサが拾い上げたこげ茶色の毛を視線で指し示
して、屋敷に潜んでいる怪物の名を告げた。
「ミノタウロスよ。屋敷のどこかに、ミノタウロスが隠れてる。一階の食堂に、あたしたちの
前に屋敷に入り込んだらしい泥棒の死体があったわ」
 聞き慣れない名前に疑問符を浮かべる才人に代わって、ギーシュやマリコルヌが表情を凍り
つかせた。
「ほ、本当に、ミノタウロスなの?」
 確かめるようにモンモランシーが問いかけると、タバサが深く頷いて、間違いないと答える。
 口の中に溜まった唾を飲み込んで、キュルケが言葉を続けた。
「食堂にあったのは、食べ残しみたい。どんな趣味をしてるのか知らないけど、ご丁寧に皿に
盛られてたわ……」
 思い出した光景にキュルケは顔色を青くして、込み上げる吐き気から口元を抑えた。

 ミノタウロスとは、牛頭の亜人である。
 身長は2メイルから3メイルで、筋骨隆々。肌は短い剛毛で覆われ、皮膚の強度と合わせて
オーク鬼とは比べ物にならない強度を誇っている。頭部の形状に似合わず雑食であるが、特に
肉を好み、中でも人間の若い女が好みらしい。知能も発達しており、会話は勿論、文字を書く
ことも出来るという。
 生息数こそ少ないが、腕力馬鹿のオーク鬼や体ばかり大きいトロル鬼やオグル鬼などよりも
人間にとっては脅威と言われている生物だ。
 メイジ殺し。
 一般的に平民がメイジを倒すことの出来る技能を持っている場合に語られる名だが、このミ
ノタウロスもまた、生半可な魔法を受け付けないという意味でメイジ殺しの異名を持つ。
 同体格のオーク鬼よりも全体的な能力が高く、竜の亜種であるワイバーンと一対一で勝ち得
るだけの力を秘めているのだから、化け物としか言いようがない相手だ。

13銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:36:21 ID:LHhNtMKE
 そんな怪物が近くにいる。
 その事実が、才人たちに緊張を強いていた。
 ギシ、と音が鳴った。
 階段を一段下りる度、足場の床板が悲鳴を上げるように軋んでいる。
 モンモランシーとマリコルヌを守るように円陣を作った才人たちは、その状態のまま屋敷の
中を移動していた。
 ロビーの見える二階の廊下。今、ちょうどそこから階段を下りようとしているところだ。
 階段を下りれば、ロビー中央を一直線に横切るだけで玄関に到達する。出口までの距離は遠
くはない。
 当初、窓ガラスを割って外に脱出するという手も考えられたのだが、窓は二人も三人も同時
に通れる大きさではないし、僅かな時間でも人数が散らばることは避けるべきだと、タバサが
珍しくも強く主張したのだ。
 外は雨。キュルケの魔法は火が中心であるために十分な威力が発揮できず、地面が水を吸う
事で安定を失えば、才人の動きも鈍くなる。辛うじて、タバサの水と風を織り交ぜた魔法がミ
ノタウロスには有効だと思われるが、一人で全員を守れるわけではない。
 ミノタウロスの急襲に迅速に対応出来る状態を維持しつつ、シルフィードを呼んで即座に撤
退する。
 それが、才人たちに許された最善の策だった。
「来るかな?来るのかな?」
 一番怯えた様子を見せるマリコルヌの声に、びくりと肩を跳ねさせたモンモランシーが黙れ
とばかりに睨みつける。
 散々騒いだのだから、ミノタウロスがこっちの存在に気付いていないはずが無い。数の多さ
から警戒をして姿を現さないのだろう。
 それは、才人たちの狙い通りでもある。
 円陣を組んで、襲撃に対処できる状態であることを敵に知らせてやれば、相手も突然襲い掛
かってくることはない。ミノタウロスの体の頑丈さと膂力を武器に突撃されることが、火力に
不安のある才人たちにとっては一番怖いことなのだ。
 このまま、何事も無く屋敷から出られることを願って、才人たちは階段を下りきる。後はロ
ビーフロアの中央を抜ければ玄関だ。
 逸る気持ちを押さえつけて、一歩、また一歩と絨毯の残骸の上を進む。
 あと十歩。あと九歩。あと八歩。
 手を伸ばせば、もう指先が外に出るのではないか。
 そんな距離に辿り着いたとき、キュルケがはっとなって床に視線を向けた。
 力の抜ける感覚。いや、足元が無くなるような浮遊感。
 屋敷に入ってすぐに尻餅をついたことを思い出して、それが窪みなどではない事に今更なが
らに気が付いた。
「みんな、走っ……!」
 声を出し、この場所が危ないということを知らせるには、もう遅かった。
 目の前の景色が上昇していく。それが自分が落下しているからなのだと気付いて、何かに掴
まろうとしても、手は宙を掻くばかり。

14銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:37:28 ID:LHhNtMKE
 土台となっていた石材と土が降り注ぎ、その中に友人達の悲鳴が混じる。埃が呼吸で喉に張
り付き、魔法を使う暇さえ手に入らない。
 もうダメか。
 そんな言葉がキュルケの脳裏を過ぎる。
 だが、落下の衝撃は意外にも早く訪れた。
「痛ぁっ……!」
 石や土の塊よりもずっと小さく軽い音を立てて、キュルケの体が土砂の上に転がった。
 強く打ち付けた背中の痛みと呼吸の乱れに、背筋を弓なりに逸らす。幸いにして、頭をぶつ
けることは無かったようだ。
「だ、大丈夫か?」
 警戒中にデルフリンガーを握っていた才人が逸早く立ち直って、頭を振りつつ穴の中で周囲
を見回す。
 大きな瓦礫は無く、下敷きになっていたギーシュやマリコルヌも、特に怪我らしい怪我も無
く起き上がる姿が見える。モンモランシーはポケットに入れていた香水が割れたらしく、濡れ
たスカートと強い匂いに顔を顰めていた。
「こっちは大丈夫だけど……、タバサは?タバサは無事なの?」
 ホッと息を吐いて、キュルケが親友の姿を探す。
 返事は、真後ろからやってきた。
「平気」
「わぁっ!?ちょ、ちょっと、驚かさないでよ」
 そんなつもりは無かった、と言いながら、タバサは髪や服に付いた埃を手で払う。
 擦り傷一つ無い姿に胸を撫で下ろして、キュルケは自分達が落っこちた原因を求めて頭上に
視線を移した。
「大きな穴が開いちゃったわね。床が腐ってたのかしら?」
 ぽっかりと大きな丸い穴が開いている。キュルケの身長では手を伸ばしても届きそうには無
いが、身長の高い男性が二人で肩車でもすれば指先が届きそうな距離だ。レビテーションやフ
ライを使えば、上れない距離ではない。
 視線を天井から戻して、自分達のいる暗い穴の底に向ける。
 それにしても、この空間は何なのか。
 土埃で視界が覆われているために良く見えないが、人工的に掘られて作られた通路であるこ
とだけは把握できる。ところどころ、補強したような跡があるのだ。
「こ、こらマリコルヌ!なにをそんなに興奮しているんだね!?」
 キュルケの思考を邪魔するように、ギーシュの声が狭い空間に響いた。
 見ると、マリコルヌが天井と床を繋ぐように等間隔に並べられた鉄の棒の間に首を突っ込ん
で何かを凝視している。
「牢屋?なんでこんなところに……」
 マリコルヌが息を荒げて見ていたのは、廊下の端に作られた鉄格子の嵌められた狭い空間で
あった。
 見た目はどう見ても牢屋で、出入り口にも錠前がかけられ、中には鎖の付いた足かせや刺々
しい器具が転がっている。

15銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:38:27 ID:LHhNtMKE
 興味を引かれてキュルケも近付いて見てみると、背中が三角形をしている木馬や、乗馬用と
は思えない鞭、太くて赤い蝋燭も転がっていること気付く。石畳の床には、何かの染みが色濃
く残っていた。
「これ、拷問器具よね?モット伯って、影でこんなことをしてたの……?」
 はぁはぁ言っているマリコルヌの横で、同じく牢屋の中を覗き込んだモンモランシーが、顔
を青褪めさせて口元を手で覆っている。
 トリステインでは、拷問は数百年前に廃止されている。正確に言えば、ある種の条件を満た
した犯罪者にのみ、適用が認められている状態だ。司法と王宮の認可無く拷問を行えば、一家
郎党の爵位の剥奪を含めた重大な罰が与えられることになっている。
 歴史上、拷問を好んで行う趣味を持った人間は数多く居る。そういった人物は例外なく忌み
嫌われ、後の歴史上に置いても恥ずべき者として認知されていた。
「まったく、けしからん!このような残虐な行為……、貴族の風上にも置けぬ!!」
 武門の生まれとして、貴族らしさを腰が引けながらも重んじているギーシュが、拳を握りな
がら怒声を上げた。
 未だこういうことが影で行われているという事実にショックを受けるモンモランシーの肩を
抱いて慰めながら、モット伯に対して次々と侮蔑の言葉を並べ立てる。
 そんな光景に、牢屋の中身が本当はどういう風に使われるものなのかを察していた他の人間
は、どう説明したものかと考えて、すぐに諦めた。
 純情な少年少女の心をこれ以上穢してはいけない気がしたのだ。
「タバサにもちょっと早いわね」
「……?」
 もう一人分かっていない人間に、キュルケは優しく笑いかけて視線を逸らさせる。
 大人になるということは、こういうことなのかもしれない。
「とりあえず皆、一度上に上りましょう。ここにいても仕方ないし、ミノタウロスがいつ来る
か分からな……」
「お、おい、キュルケ」
「なに?どうしたの……って」
 SだとかMだとかの人専用の部屋のことなど置いて、危機的状況であることを思い出したキ
ュルケに、才人が肩を叩きながら声をかける。左手にはデルフリンガーを握り、右手は人差し
指を頭上に向けていた。
 指の先を追って、キュルケと隣にいるタバサが頭上に視線を向けると、外に落ちた稲妻の光
にシルエットを作った奇妙な頭が、穴の向こうからこちらを覗き込んでいる姿が見えた。
 稲妻の後に聞こえる、大岩の落石に似た音が途切れるまで、キュルケたちはその場で呆然と
それを見上げ、落雷の音の終わりと共に呟いた。
「……ミノタウロス」
 牛頭の亜人がこちらの声に反応したかのように、涎を垂らしてのそりと動き出した。
 来る。
 その感覚にキュルケは慌てて声を上げた。
「え、円陣を組んで!!」
「無理だって!この狭い場所じゃ!」

16銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:39:19 ID:LHhNtMKE
 急いで崩れた陣形を戻そうとするキュルケだが、周囲の状況に対応できず、才人に指摘を入
れられる。その間にもミノタウロスは動き、穴の中へと飛び込もうとしていた。
「モンモンの嬢ちゃんとふとっちょは下がりな!相棒と小僧は前だ!キュルケとタバサの二人
は援護を頼むぜ!!」
「うおお!?久しぶりに喋ったな、デルフ」
 才人の手に握られたインテリジェンスソードが、六千年という月日で培った冷静さを見せる。
 指示に従って、モンモランシーとマリコルヌが通路の奥へ移動し、キュルケとタバサが才人
の後ろに隠れて杖を構える。ギーシュは、一歩離れてワルキューレを二体、自分の前に呼び出
した。
 空気を押し潰すようにしてミノタウロスが穴の中に身を投げ、積もった土砂の上に降り立つ。
 ミノタウロスの身長と穴の深さは、ほぼ同等のようだ。ミノタウロスが大きいのか、穴が浅
いのか。人が歩くのに十分な広さと高さがある通路を見れば、どちらかは明白だろう。
 フゴフゴ、と鼻を鳴らし、ミノタウロスは漂う匂いを犬の如く確かめる。
 人間の、それも美味そうな若い女の匂いに、口元がニヤリと笑っているかのように歪んだ。
「体に自信はあるけど、こういう意味で食べられる気にはなれないわね」
「若干一名、油っぽくて食えたもんじゃねえだろうけどな」
 口の端から次々と零れ落ちる涎に頬を引き攣らせて、湧き上がる嫌悪感を誤魔化そうとキュ
ルケと才人は軽口を叩く。
 威圧感だけならオーク鬼と大して変わらない。それが、二人に若干の余裕を与えていた。
「冗談言ってないで、早く何とかしてよ!」
 一応、自分も何とか戦おうと杖を取って戦う準備をしているモンモランシーが、そんなキュ
ルケと才人に突っ込みを入れた。
 はいはい、と気の無い返事をして、ぐっと才人はデルフリンガーを握る手に力を込める。
 左手の甲に浮かぶガンダールヴのルーンが、強く輝き始めた。
「行くぞ、ギーシュ!」
「分かってるよ!ワルキューレ!!」
 青銅の戦乙女が才人と共にミノタウロスへと突撃する。
 狭い空間に用いることの出来る兵法など知りはしない。ただ、純粋にぶつかるだけだ。
 迎え撃つミノタウロスが人間そっくりの手に握った戦斧を横薙ぎに振るう。それだけで、二
体のワルキューレが真っ二つになった。
 潜るようにして戦斧から逃れた才人は、破壊されたワルキューレの残骸を蹴り上げ、ミノタ
ウロスの頭部にぶつける。
 人間相手なら、ガンダールヴの脚力で蹴り飛ばされた青銅の塊を受ければタダでは済まない
だろう。しかし、ミノタウロスにはダメージにならない。
 しかし、視界は塞がれた。
 更に身を屈めてミノタウロスの足元に接近した才人は、そのままデルフリンガーを両手で握
り、ミノタウロスの左足に向けて振り抜く。
 剣の刃が筋張った牛と同じ形の脚に突き刺さり、体毛ごと皮膚を削る。
 だが、刃が通ったのはそこまでだった。
「硬ってえぇっ!!?」

17銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:40:35 ID:LHhNtMKE
 皮膚の下にある筋肉を断つには至らず、斬るためにつけた勢いがそのまま腕に跳ね返り、痺
れたような痛みが手全体に広がる。デルフリンガーの柄を手放すことこそ無かったが、反動で
刃はミノタウロスの左足から外れて地面を叩いていた。 
 才人の攻撃などものともせず、腕力で強引に振り抜いた戦斧を戻したミノタウロスは、邪魔
臭そうに才人の上に戦斧を降らせる。
 地下室が崩れるのではないかと思うような振動が突き抜けて、戦斧が才人の居た場所を大き
く抉った。
 間一髪、後退することに成功した才人は、まだジンジンと痺れる手に目を向けて、うへ、と
声を漏らす。
 体の中でも比較的細い足首を狙ったのだが、まったく斬れる気がしない。鋼鉄の塊でも相手
にしているかのような気分だった。
「なんだ相棒、情けねえな!あのくらい斬れねえと伝説の名が廃るってもんだぜ!」
「うるせえ!テメエがナマクラじゃなかったら斬れてたよ!」
 錆び付いた大剣に文句を返して、柄を改めて握り直す。
 ごくりと喉を鳴らす才人を嘲笑うように、ミノタウロスはゆっくりと地面を抉った戦斧を構
え直して、ごふごふ、と笑った。
 お前の攻撃は効かない。だが、こちらは一撃でお前を殺せる。
 そんなことを言っているように見えた。
「馬鹿にされてる気がするんだが、気のせいか?」
「多分、間違っては無いと思う」
 才人の呟きに、杖を構えて魔法の詠唱を終えたタバサが答えた。
「攻撃する」
 隣のキュルケに告げて、タバサが杖を振るった。
 冷たい空気が一点に集まり、氷の彫刻を形作っていく。
 閉鎖された地下に水分は多くない。しかし、外で振り続ける雨の湿気は確実に流れ込んでき
ている。
 氷の槍を作るのには、十分な水分だ。
 ウィンディ・アイシクルのように複数の弾丸ではない、一点突破のジャベリンの魔法。それ
にスクウェアクラスの魔力を乗せて、タバサはミノタウロスへと打ち出した。
 氷の砲弾が短い距離を一瞬で詰める。
 狙いは、心臓だ。
 決して鈍重ではないミノタウロスでも、銃弾に匹敵する速度で接近する氷の槍を砕くには速
さが圧倒的に足りない。身を捩り、逃れようとしたときには、氷の槍は既にミノタウロスの胸
に到達していた。
「……ダメ」
 タバサの小さな声が才人たちの耳に届く前に、氷の槍が砕けた。
 槍の先端を構成していた小さな破片が、辛うじてミノタウロスの胸の皮膚を貫いている。だ
が、やはり筋肉を破壊するにまでは至っていない。才人と同じ結果だ。
「いくらミノタウロスの体が強靭だとしても、これはちょっと異常」

18銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:42:15 ID:LHhNtMKE
 タバサの知識では、魔法を防ぐほどの強度を持っているのは、ミノタウロスの皮膚であって
筋肉ではない。もしかすれば毛にも相当な強度があるのかもしれないが、貫けている現状では
関係ないだろう。
 なにか秘密がある。
 そうタバサが結論を出して警戒を強めると、キュルケがタバサの前に出て杖を振るった。
「斬ったり突いたりがダメなら、後は焼くしかないじゃない!」
 とびっきり強力なファイア・ボールの魔法を使い、灼熱の火球をミノタウロスに向けて投げ
るようにして放つ。
 ミノタウロスが黙ってそれを受ける筈も無いが、迎撃しようと振られた戦斧は火球に集約さ
れた炎を広げるだけで砕くには至らなかった。
 一瞬で、ミノタウロスの周囲が炎に包まれる。それと同時に熱波が才人たちを襲った。
「どれだけ体が頑丈でも、ものには限度ってものがあるのよ。どんなに硬い肉も、じっくりと
焼けば中まで火が通るようにね!」
 急激な温度変化によって生まれた気流に髪を靡かせ、腰に手を当てて不適に笑う。
 炎の生み出す赤い光が、キュルケの髪を鮮やかな紅色に変えていた。
「いや、でもこれは不味いんじゃ……」
 才人の呟きに、何が?とキュルケが首を傾げた。
 一階ロビーの崩れた床の残骸を覆いつくすように炎が広がり、ミノタウロスはその中心で熱
に炙られて悶えている。斧を振って火を消そうとするが、焼け石に水のようだ。
 効いている。ミノタウロスの体を、炎は確かに焼いている。
 なら、何が問題なのか。
 それを考えたところで、キュルケはすぐに気が付いた。
「あっ、空気の通り道!」
「そうだよ!このままだと、俺たち酸欠で死ぬぞ!」
 火のメイジとして、燃焼と空気の関係性をしっかりと勉強していたキュルケが、さっと顔色
を変える。地下道の中にどれほどの空気があるのか分からないが、そう多くは無いはずだ。
 ミノタウロスが炎に焼かれて死ぬのが早いか、才人たちが酸欠で倒れるのが早いか。我慢比
べの始まりである。
 だが、我慢を意識するよりも先に、結果が出た。
「……あー、ダメっぽい?」
「そのようだね」
 一体何に引火しているのか、燃焼はじわじわと広がり、一層に地下に残ってる酸素を消費し
ていく。
 それだけに留まらず、炎に炙られていたミノタウロスの様子も徐々に落ち着き始め、焼けて
いた毛皮の燃焼が止まり始めていた。
 これに最初に反応したのは、次の魔法の詠唱に移っていたタバサであった。
「……魔法を使ってる。無駄に頑丈なのは、多分アレが原因」
 血流を操作し、皮膚の下に水の防護幕を形成していたのだ。今は、毛皮の周囲に水分を集め
て熱を遮断する層を作っているらしい。
「ま、マジかよ」

19銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:43:28 ID:LHhNtMKE
 水の系統にも詳しいタバサだから理解できたミノタウロスの秘密についての説明に、才人た
ちが驚きに悲鳴のような声を上げた。
 敵とこちらの魔力や精神力の差が分からない以上、弱点や防護幕の強引な突破を考えるのは
無謀だろう。
 戦い慣れしたタバサの頭が、即座に一つの答えを導き出した。
「撤退を推奨する」
「異議ある人!」
 タバサの言葉にキュルケが全員を見渡して、確認を取る。
 こくこく、と頷く才人たちにキュルケも強く頷くと、モンモランシーに明かりの魔法を使わ
せて通路の奥へと走るように促した。
「この地下室に入るための本当の出入り口がどこかにあるはずよ!無ければ壁の薄い場所を探
して錬金で穴を開ければいいわ!とにかく走って!!」
 横に並べば二人だと余り三人だと狭い通路を、キュルケ達は直走る。
 直後、ミノタウロスが雄叫びを上げてこちらに向けて走り出した。
「き、来た来た来た!もっと速く走って!!」
 ミノタウロスの頭に生えた角と両肩が、地下道の壁面を削る。キュルケたちなら問題なく走
れる場所も、ミノタウロスの体格だと引っかかるらしい。
 それ幸いにと、走る勢いを強めたキュルケたちは、どこに繋がるのかも分からない道を走り
続ける。
 やがて、ミノタウロスの姿が後方に見えなくなると、少しだけキュルケたちの走る速度が緩
まった。
 一本道の通路は、右や左にクネクネと曲がり、無駄に長く続いている。
 ミノタウロスが追いかけてくる可能性を考えて走り続けた才人たちが出入り口の扉を見つけ
るまで、実に五分以上の時間が必要だった。
「着いた……!鍵は開いているのかね?」
 道の行き止まりに作られた、階段と扉。それを見て、ギーシュが声を発した。
「かかってないわ!」
 先頭を走っていたモンモランシーが、短い階段の上にある斜めの戸に手をかけて、グイと押
し開く。
 途端、雨が流れ込み、キュルケたちの体をあっという間にずぶ濡れにした。
 地下通路の出口は、屋敷の裏手に繋がっていた。壁から若干の距離を置いた所に廃棄された
井戸に偽装した形で配置されていて、朽ちた滑車まで付けられている。
「タバサ、シルフィードを」
「分かってる」
 もう濡れるくらいはどうでもいいといった顔でキュルケがタバサに声をかけると、すぐにタ
バサが口笛を鳴らしてシルフィードを呼び寄せる。
 激しい雨に音が掻き消されて聞こえないのではないかと思われたが、そうでも無いらしい。
 シルフィードは厚い雲を突き抜けるように下りて来て、あっという間に才人たちの前に現れ
た。
「きゅいー!」

20銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:45:12 ID:LHhNtMKE
「お疲れ様です、皆さん」
 雨に濡れることが不満だというようにシルフィードが鳴き、その背から姿を見せたシエスタ
が才人たちに労いの言葉をかける。フレイムやヴェルダンデも一緒に顔を出して、それぞれに
鳴き声を上げた。
 そんなシエスタと使い魔達に手を振って答えたキュルケは、さっさとモンモランシーたちに
シルフィードに乗るようにと急がせる。
 いつミノタウロスが襲ってきてもおかしくは無いのだ。目を放した以上、相手の次の行動は
読めなくなっている。急ぐに越したことはない。
「え、えっと、雨宿りはされないんですか?」
「悪いけど、事情があって無理よ。説明は後でするから、まずは出来るだけ早くここから離れ
ないと……」
 気を逸らせたキュルケがひょいとシルフィードの上に乗り、雨に濡れて失った体温を取り戻
そうと体を震わせる。
「皆、乗った?出発するわよ……、なにしてるの、タバサ」
 シルフィードの上に乗った仲間の姿を数え始めたキュルケが、雨に濡れながら無表情にキュ
ルケたちを見上げているタバサの姿に気付く。その隣には、才人の姿もあった。
 二人とも、シルフィードに乗ろうとする気配は無い。むしろ、後ろに下がってシルフィード
から距離を離そうとしていた。
 まさか、もうミノタウロスが追いついたのか。
 そう思って周囲を見回してみるが、それらしい影は見つからない。
 なら、なぜ乗らないのか。
 キュルケが手を差し伸べて乗るように言っても、タバサも才人も首を振るだけで、まったく
乗ろうとしない。
 そうしている間に、シルフィードの翼が大きく開かれ、飛び立とうと動き始めた。
「待って、あなたのご主人がまだ乗って無いわよ!」
「どうしたんだね、才人もタバサも!早く乗らないか!」
 悲鳴のように叫んでキュルケがシルフィードを止めようとするが、シルフィードは何も聞こ
えないように翼を動かし続ける。ギーシュがモンモランシーやマリコルヌと手を伸ばして乗る
ようにと説得を続けるも、二人は首を縦に振ることは無かった。
 ゆっくりとシルフィードの体が上昇を始める。
 何度か乗ったことがあるからこそ分かるシルフィードの動きの鈍さに、キュルケはやっと二
人が乗らなかった理由に思い至った。
「重量……!?」
 シルフィードが荷物を背中に乗せて飛べる、その最大重量に達しているのだ。
 人間だけで五人。使い魔が二匹。特に、ヴェルダンデとフレイムの体は、人間よりも大きく
て重い。コレだけ乗れば、シルフィードでなくても飛行に支障が出るだろう。
 タバサはそれを知っていて、雨の中でもミノタウロスと戦える才人と自分を残したのだ。
「なに考えてるのよ、バカ!」
 親友だと思っていた相手に裏切られた気分になって、思わず悪態を吐く。
 だが、今飛び降りてタバサを叱り、そのまま一緒に残っても、足手纏いにしかならない。そ
れが痛いほどに分かるから、キュルケは唇を噛んで悔しさに耐えるしかなかった。

21銃は杖よりも強し さん:2008/11/26(水) 01:45:44 ID:LHhNtMKE
 じっとそれを見つめたキュルケは、顔が見えるか見えなくなるかのギリギリのところで、タ
バサが唇を少しだけ動かしたことに気が付いた。
 何を言っているのかは分からない。いや、声に出してさえいないのかもしれない。
 まるで、根性の別れを思わせる姿にキュルケが歯噛みすると、意外なところからタバサの代
弁者が現れた。
「早めに迎えに来て、だってさ」
「……マリコルヌ?」
 キュルケの後ろに座っていたマリコルヌが、もう姿が見えないタバサたちに視線を向けたま
ま、キュルケの疑問に答えていた。
「僕、実は読唇術が得意なんだ。唇の形が少しでも見えてれば、何を言っているかは大体分か
るんだよ。凄いだろ?」
 そう言って軽く笑うマリコルヌにキュルケは何故だか胸を熱くして、タバサの言葉を伝えて
くれたお礼にマリコルヌの顔を自身の胸の谷間に埋めた。
「ありがとう、マリコルヌ。正直、あんたにお礼を言う日が来るとは思わなかったけど、ホン
トに感謝してるわ」
「ど、どういたしましてぇ……」
 顔を赤くして幸せに目を回したマリコルヌが、力の抜けた返事をする。
 意外と暖かいマリコルヌの頭を抱いたまま、キュルケはじっと雨の中に消えたタバサと才人
のいた場所を見つめて、顔に薄く笑みを浮かべた。
 暫しの別れだ。だが、すぐに再会できる。
 ミノタウロス程度の敵に負ける二人ではないのだから。いや、もしかすれば、迎えにいく頃
にはミノタウロスの死体が転がっているかもしれない。
 そう。今は逃げるのではない。仲間を安全な場所までエスコートする、そんな淑女としての
役目を承っただけなのだ。
「待ってなさい、タバサにダーリン!すぐに迎えに行くからね!」
 稲妻の走る空に向けて、キュルケは高く叫びを上げたのだった。

22銃は杖よりも強いと言い張る人:2008/11/26(水) 01:53:42 ID:LHhNtMKE
投下終了。
青春少年団が出張ってて、主人公チームが空気になってる。
まあ、次回に出番があるので待っている人はお楽しみに。
っていうか、更新遅いから飽きられてるかな?エルザ分を増やして媚びるか?

次の投下は、土日に出来るといいなあ……。
買おうか迷ってるPS3を買っちゃったら、確実に無理だけど。

23名無しさん:2008/11/26(水) 01:56:29 ID:H.lhrO4c
乙です!!
まさかミノタウロス戦が始まるとは予想外でした。
次回の主人公チームの登場が楽しみですw

エルザ分を増やすだとぉ?
ドンと来いwwwwwwwwww

24名無しさん:2008/11/26(水) 03:25:22 ID:pgUoqNPY
飽きるとかありえない
冒険活劇は大好物なんですよ
でもエルザ分増量は大歓迎

25名無しさん:2008/11/26(水) 12:12:11 ID:qGuFATNM
更新遅いから飽きるということはありえんが
やっぱホルホル君がいないと寂しいなってのはある
その寂しさはエルザで埋めさせてもらおう

26名無しさん:2008/11/27(木) 16:46:27 ID:9qU/x0Us
大丈夫だ媚びなくても楽しみにしているんだぜ…!
それはそれとしてサービスシーンを増量するというなら断る理由はないな

27名無しさん:2008/12/02(火) 01:14:31 ID:lIg3N6HU
媚びろ〜媚びろ〜凡人がぁ〜〜!by偽りの天才
こちとら、青春少年団の方が空気だからディ・モールト問題無い。
だからバッチこーーい。
ん?こっち?HAHAHAHA、銀英→FfH2→FF12で半分もいってねーぜ………恐ろしい娘!

こっちのミノどうしようかぁ……なまじ防御無視持ってるだけに扱いづらいんだよなぁ……

28名無しさん:2008/12/02(火) 03:09:18 ID:3EHVriRQ
>>27
すまん、俺が超新参なだけかも試練が日本語でおk
せめて酉さえ付けてくれればっ…!

29名無しさん:2008/12/02(火) 03:37:41 ID:lIg3N6HU
三行で説明すると、
ルイズ組空気
銀英伝やらCiv4やらFF12やって進んでない。
グレイトフル・デッドの直は防御無視だから逆にやり辛い。

結論:安西先生……年内には投下したいです……

30名無しさん:2008/12/02(火) 20:23:51 ID:j.7C3FSI
兄貴の方頑張って兄貴の方
栄光はあなたにありますぞー!

31名無しさん:2008/12/03(水) 18:52:23 ID:e.LkbWl6
兄貴の中の人か…。
かつてラーメンはブロッケンをラーメンにして食ってしまったことがある。
ミノタウロスなんて、ビーフジャーキーにしちまえw

32名無しさん:2008/12/03(水) 20:08:20 ID:w1H4pIio
あっさり決めても い い の よ
その凄まじさに周囲が震えるって展開で膨らませば

33名無しさん:2008/12/04(木) 01:49:06 ID:RNfTl3l.
ミノ放っておいてもう暗殺しにアルビオン行けばいいんじゃね?

34名無しさん:2008/12/04(木) 02:27:45 ID:kqmzXaJA
もうエンカウントしたから回避不能でな……
しかし、兄貴考えんといかんのに、アルビオンの礼拝堂でブリミル像の上に飛び乗って
南斗鳳凰拳奥義天翔十字鳳構えた聖帝様見てフェニックスだの不死鳥だの言われてるとことか余計なモンばっか浮かんでくる…
世紀末はユダ様でお腹一杯なったはずのにどういうこったい

35名無しさん:2008/12/04(木) 19:52:09 ID:6I0lfiB2
礼拝堂ってことはマザコン相手に?
剣が振れるだけで精神面はからっきしな高校生に負けるかませ犬に構えを見せちゃう聖帝様ってのはちょっと

36名無しさん:2008/12/04(木) 22:00:58 ID:wCpyvRAw
あの人は意外とワルドとは意気投合しそうな気がするw

37名無しさん:2008/12/04(木) 23:08:27 ID:RNfTl3l.
聖帝様なら最初使い魔になれっていわれた時点で極星十字拳でルイズと禿4分割しちゃいそうだ

38名無しさん:2008/12/04(木) 23:56:57 ID:zTRhohNs
ケンシロウとの死闘後と考えればイケるかも。
アンリエッタの依頼の時に何を言い出すやら。

39銃は杖よりも強いと言い張る人:2008/12/05(金) 20:09:11 ID:AamgRZTI
土日に投下したーい。って希望は無謀だとお師匠様が言ってた。
気が付けば週末。明日は土曜日。
一日待って、実は前回の宣言は再来週のことでしたーって言い張ろうか迷った。
でも、投下する。
俺……、投下が終わったらfallout3をプレイするんだ……

40銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:10:08 ID:AamgRZTI
8 男の矜持
 土砂降り、という言葉がこれほど相応しい情景は、気候の安定しているハルケギニアでは非
常に珍しい。
 黒に近い灰色の空から滝の如く降り注ぐ雨は、地面の吸水力を遥かに超える雨量をもって大
地を水で満たし、数多の川を氾濫させていく。
 収穫期を迎えたタルブの麦畑の被害も大きく、生活用水として利用している川から溢れ出た
泥流によって、実を結んだばかりの畑の幾つかが流されていた。
 自然の猛威に対して成す術が無いのは、地球もハルケギニアも違いは無いらしい。
 タルブ村の外れにある寺院の中で、ホル・ホースはそんなことを呑気に考えていた。
「ティファニアー!どこ行ったんだい、ティファニアー!!」
 雨の中、大声で義妹の名前を呼んでいるのは、学院から連れ出したマチルダである。
 当初は連れ出されることに抵抗を示していたが、どこからどういう情報が洩れたのか、学院
にマチルダの夫と娘が遊びに来ているなんて噂が立ち、教員から学生、使用人に至るまでが好
奇心に満ちた目を向けてくるため、居辛くなって結局逃げてきたのであった。
 間違いなく噂の根元はマルトーと寮長だが、折檻は帰ってからと決まっている。
 ほとぼりが冷めるまで仕事を放ってのバカンスのつもりだったマチルダは、しかし、タルブ
で一番楽しみにしている義妹との再会が、なぜかティファニアの不在という悲しい結果によっ
て妨げられていたのだった。
「クソッ!やっぱり、あのクソッ垂れ王子を殺しておくんだった!!純真で臆病で人を疑うこ
とを知らないティファニアを唆しやがって!クソッ!クソッ!!」
 村人の証言から、ティファニアにウェールズが同行していることは既に判明している。この
ことから、マチルダの脳内ではウェールズに誑かされたティファニアが遠く連れ去られ、とて
も口で言えないような色んなことをさせられていることになっていた。
 主にあの凶悪な胸を使って、卑猥なことを。
「ぶっ殺す!!絶対、ぶっ殺す!!見つけ次第ぶっ殺す!!」
 氾濫した河川の水に足首まで浸けて雨に濡れるのも構わず、マチルダは叫び続ける。
 その殺気は、本物であった。
「ねえ……、あれをなんとかしてよ。いい加減、耳が痛くなってきたんだけど」
 窓辺にダラリと力なく頬を乗せていたエルザが、素知らぬ顔で寺院の中央に視線を向けてい
るカステルモールに声をかける。
 現在、寺院の中ではトリステイン魔法学院の教員であるコルベールが、タルブの御神体とも
言われる竜の羽衣を原形を留めないレベルにまで分解していた。
 それの何が楽しいのか、カステルモールは先ほどからニヤニヤしながらコルベールの作業を
眺め続けているのだ。
「なんとかしろ、と言われても、この雨の中では私の風竜も長くは飛べないから、探しになど
は行けないぞ。雨は竜の天敵だからな」
 竜は蛇やトカゲと一緒で、変温動物らしい。全ての変温動物がそうとはいえないが、体温の
低下によって活動が鈍るという点は同じだとか。
 高高度の冷たい空気に晒されることに慣れている風竜も同様で、分厚い鱗が風の冷たさから
体を守り、鱗と鱗の間にある小さな隙間に熱を溜め込むことで体温を保っているのだが、雨は
その隙間に入り込んで直接体を冷やしてしまう。

41銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:11:11 ID:AamgRZTI
 雲の上にまで移動してしまえば雨の影響は受けないが、それでは地上の様子がまったく確認
できないから意味が無い。ティファニアは馬車に乗って出かけたということから、街道を行く
馬車を探すとすれば、どうしても雨に濡れることは避けられないだろう。
 竜というものは意外にも不便なのであった。
「使えないわねえ」
「万能な存在などないからな。少々の不都合は諦めてもらうしかなかろう」
 ティファニアー!と叫ぶマチルダの声と雨の音をBGMに、エルザとカステルモールは冷め
た目でどうでもいい会話を終わらせた。
「素晴らしい!素晴らしいですぞ!愉快な蛇君の究極的な未来が、このようなところでお目に
かかれるとは……、くうぅぅ、なんという幸運!なんという奇跡!」
 あっちが煩ければ、こっちも煩い。
 竜の羽衣は研究馬鹿のコルベールの琴線に触れたらしく、タルブに来てからというもの始終
この調子だ。これでも、鼻水と涙を垂れ流して大喜びしていた初日に比べれば落ち着いたほう
なのである。
 寺院の外の景色から内側へと視線を動かしたエルザは、あっちもどうにかしてくれとカステ
ルモールに視線で訴えかけるが、肩を竦めて首を振られ、舌打ち交じりに溜め息を吐いた。
 せっかく太陽が無いというのに、この雨では外に出られもしない。
 退屈で溜まった鬱憤に耐えかねて、拗ねるようにエルザの頬がぷくっと膨れた。
「ねえお兄ちゃん、なにか面白いことないの?」
 窓辺から体を起こし、背中に向かって倒れる。そこにあるのはイスの背もたれではなく、ホ
ル・ホースの胸板があった。
 エルザは、イスに座るホル・ホースの膝の上にちょこんと乗っていたのだった。
「アレのマネでもしてたらどうだ。楽しそうだぜ?」
 そう言って指差した先にはコルベールがいる。確かに、本人は人生の絶頂期を迎えたかのよ
うな幸せそうな顔をしていた。
 多分、幸せですか?と問いかければ、幸せです!と拳を握って豪語するだろう。
「世界が明日滅ぶとしても拒否するわ」
「じゃあ、そのまま退屈してろ」
 冷たい返答にエルザはまた頬を膨らませる。
 実につまらない。
 こんなにもつまらないのなら、賞金稼ぎに追い掛け回されていた頃の方が楽しかった。お腹
を空かせながら走り回り、休む暇なく街から町へと飛び回った日々。なんと充実した毎日だっ
たことか。
 一週間前後でしかない旅の記憶を大げさに掘り返し、エルザは背中に感じる暖かさに短く息
を吐いて座る位置を少しだけ深くした。
 ぷらぷらと地面から遠く離れた足を動かして、さらにもう少し奥に座り直す。それでもなに
か物足りないのか、特に使われていないホル・ホースの腕をお腹の前で持ってきて、やっとエ
ルザは満足そうに小さな鼻を鳴らした。
「……おら、こちょこちょこちょこちょこちょ」
「うきゃあっ!?わ、わ、あひ、あはは、あはははっはっはっはははっ」

42銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:12:13 ID:AamgRZTI
 退屈を持て余しているのはエルザだけではない。手持ち無沙汰のホル・ホースもまた、なに
か面白い物はないかと探していたのだ。
 膝の上というちょうどいい位置に居るエルザが自分の両腕を抱きこんだことで、なにを思い
ついたのか、唐突に脇をホル・ホースがくすぐり始める。
 突然のことに驚いたエルザも笑い始め、親が子供と戯れるようなほのぼのとした光景が寺院
の一角を彩った。
 だが、それも長くは続かない。
「あはっ、あははははっ、あひぃ、ひぅ、ううぅ、うん……、はぅ、あぁ、はぁん」
 エルザの笑い声が徐々に嬌声に変わり、ほのぼのとした雰囲気に艶かしい色が混ざりだす。
 大体、いつも通りの展開だった。
「あぅ……、はぁ、あうぅ、ん……、んくっ!……う?あれ、なんで止めちゃうのよ?」
 手の大きさの関係上、脇以外の色んな場所を刺激していた手が止まり、エルザは不満そうに
声を上げる。
 そこに待っていたのは白けた冷たい視線であった。
「なあ……、なんでお前は、いつもそういう方向に持って行きたがるんだ?」
 何かある度、下半身方面へ引き摺られている気がする。
 呆れたような声に、エルザはムズムズする感覚に体を揺すりながら答えた。
「そういう方向って……、感じたままに行動してるだけよ。逆に言わせて貰えば、なんでココ
は反応しないわけ?趣味じゃないにしても、多少なりとも反応してくれないと、正直ショック
なんだけど」
 そう言いながら、深く座ったことでホル・ホースの股間に接触している小さなお尻を、エル
ザはぐりぐりと動かした。
 帰ってくる感触はフニャフニャとした硬さの欠片もないものだ。分かってはいたが、こうし
て実際に感触を確かめてみると、女として色んなものが傷つく。
 こっちはいつでも覚悟は出来ているというのに、なんで挑発に乗ってこないのか。
 忠犬でもおあずけが過ぎれば主に噛み付くということを、そのうちベッドの上で教えてやろ
うかと、そんな気分になる。
「ああ、そういえば、テメエは変態だったな」
 なんとも冷たい反応に口を尖らせる。だが、すぐに気を取り直して、ふん、と鼻で息を吐く
と、エルザは小さな胸を精一杯に張った。
「楽しいわよ、変態。お兄ちゃんもちょっとだけ足を踏み外してみない?っていうか、是非と
も踏み外しましょう!二人の将来の為に!」
 一体どんな将来設計を立てているのか。
 変態呼ばわりされてもまったく否定せず、むしろ他人にまで推奨し始める変態幼女は、自ら
だけに留まらず、変態という病原菌の感染拡大を目論んでいるのかもしれない。
 ふんふんと鼻息を鳴らし、くすぐりの続きを求め始めたエルザの首にチョークスリーパーを
極めたホル・ホースは、自分の体の半分ほどしかない年上の少女が動かなくなったのを確認し
てカステルモールに目を向けた。
「そういえば、地下水はどこに行ったんだ?朝から見てねえ気がするんだが」

43銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:13:07 ID:AamgRZTI
「正確には昨日から、だ。あの無機物なら、その辺の適当な動物の体を乗っ取って、ミス・マ
チルダにティファニア嬢を探しに行かされたよ。真面目に探さなければ圧し折る、と脅されて
いたのを見たから、今頃必死にあちこちを駆け回っていることだろう」
 疲れ知らずという一点を買われて徴発されたようだ。恐らく、見つけるまでは帰ってこない
だろう。もしかしたら、そのまま逃げ出しているかもしれない。
 あのヤロウも災難だな。なんて他人事のように呟いて、ホル・ホースは気絶したエルザの頬
をぐにぐにと引っ張った。
「よし、やる事も特にねえし、ちょいと昼寝でも……」
「お昼ごはん持って来たよ!」
 ホル・ホースがカウボーイハットをずらして目元を覆うと同時に、寺院の入り口から鞣革を
雨避けにしたジェシカが明るい声を上げた。
 両手に抱えるようにしてバスケットを支え、笑顔のまま首を小さく傾ける。
「絶妙なタイミングだな」
 クッ、とカステルモールが笑った。
「まったくだぜ、畜生」
 眠気と空腹、どちらを選ぶかと迷ったところで、シチューの食欲をそそる香りを鼻に感じた
ホル・ホースは、エルザを脇に抱えて腰を上げた。
 ティファニアを探すマチルダと未知の技術に酔いしれるコルベールの歓喜の声を耳にしなが
らの昼食は、少しだけ苦かった。


 雨に打たれ、髪を乱し、ぐっと喉を鳴らす。
 マリコルヌの風の魔法のお陰で雨と風はいくらか防げてはいるものの、雨の勢いそのものを
掻き消すには至らない。タバサがこの場に居れば雨を完全に防げるのかもしれないが、それを
すると、あの場所にミノタウロスに対応できない人間を置いて行く必要が出てきてしまう。
 他に方法があったのかもしれない。しかし、それはもう過去のことだ。今考えたところでど
うにかなるものではない。
 眼下には水浸しの大地が広がっている。森も平野も変わりはしない。川から溢れ出た泥水が
茶色く濁し、霧のように散った雨水が白く染め上げているだけだ。
 もう、こんな景色がどれほど続いただろうか。
 五分か、十分か、それとも一時間か。
 タバサたちと別れてからというもの、時間の感覚がおかしくなっている気がする。
 一秒でも早く、シルフィードをタバサたちの下に返さなければ、危険は時間と共に増してい
くのだ。彼女達がミノタウロスに目を付けられていることは確実なのだから。
「あったわ、見つけたわよキュルケ!」
 森と草原の境目に指を向けて、モンモランシーが雨音に負けない声を上げた。
 示した先には、一本の整備された道がある。河川などからは遠く、意図的に土台を盛り上げ
て作ってあるお陰か、まだ水に沈んではいないようだ。
 正確な現在地がわからないため、あの道がどこに繋がっているかは分からない。だが、ちょ
うど良く馬車が近付いてきているのが見えたことで、キュルケの腹は決まった。

44銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:14:44 ID:AamgRZTI
「降りてシルフィード。あの道の馬車の前に、出来るだけ驚かさないように、そっとね」
 きゅい、と返事をするように鳴いて、シルフィードが降下の体勢に入った。
 徐々に地面が近付き、翼が起こす風に地面に出来た水面が揺れる。
 振動が肌を貫いて着地したことを知らせると同時に、馬の嘶きがキュルケたちの鼓膜を震わ
せた。
「う、うわあっ、盗賊かっ?」
 御者が手綱を引き、馬車の進行方向を反転させようとする。
 勘違いだが、そう思われても仕方が無いだろう。見通しの悪い雨の中、馬車の前に突然に現
れた相手に警戒を抱くのは当然だ。
 しかし、ここで逃げられては困るキュルケは、慌ててレビテーションを使って御者の操る馬
を少しだけ浮かせると、シルフィードから下りてトリステイン魔法学院の生徒の証明となる五
芒星の刻まれたタイ留めを提示した。
「あ、こ、これはこれは、貴族様でしたか……」
「挨拶はいいわ。それよりも、この馬車の目的地と客の数を教えなさい」
 手を振り、他のメンバーにもシルフィードから下りるようにと指示を出しながら語調を強め
て問いかけるキュルケに、御者は怯えた様子のまま口を開いた。
「ラ・ロシェールを経由して、に、西に向かいます。幾つかの村を渡った後、ダングルテール
を回るつもりですが……。あ、乗客は四名で、若い母子と兄妹の二組です」
「なら、まだ馬車は十分に広いわね?」
「え、ええ。この雨を見た客が、前の村でかなり降りましたので……、ってもしかして、乗る
んですかい?」
「話の流れから考えれば、分かるでしょ」
 屋根のある馬車を確保できたことで余裕が出てきたキュルケは、御者に悪戯っぽくウィンク
してギーシュたちを呼び寄せる。
「どこに行くって?」
「ラ・ロシェールに向かうそうよ。シルフィード、聞いたわね?なら、急いでご主人様の下に
戻りなさい。あたし達はラ・ロシェールで待ってるわ」
 聞くや否や、シルフィードは高く鳴き声を上げて翼を動かし、空へと舞い上がった。
 タバサと才人の二人がミノタウロス相手に負けるなんて思っては居ないが、それでも嫌な予
感は肌に張り付いて取れない。
 キュルケは、雨に濡れたから冷たいのか、それとも予感めいた不気味な感覚で冷えたのか分
からない体を両手で擦って、ノロノロと荷台に移動した。
「お邪魔するわ」
 そう言って、先に乗っていたモンモランシーとシエスタの手を借りたキュルケが馬車に乗り
込むと、目に見知らぬ人間の姿が映る。
 両端に設置された長椅子の奥に座っているのは、御者の言った通り、まだ自分達と変わらな
いくらいの母と抱きかかえられた子供が一組と、上等とはいえないローブで身を隠した綺麗な
金髪の兄妹であった。
 身を隠しているのは、たぶん訳有りなのだろう。兄の方は精悍な顔立ちをした男前でキュル
ケの好みであり、妹の方も気が弱そうだがやっぱり美人で、悲劇的な物語が似合いそうな印象
を受ける。

45銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:16:18 ID:AamgRZTI
 ああ、なるほど、訳有りだな。なんて思ってしまう、そんな二人だ。
「フレイム、こっちへいらっしゃい」
「きゅるるるるる」
 使い魔を含めた全員が乗ったのを確認して、幌の向こうにいる御者に馬車を走らせるように
告げると、キュルケは雨の中ですっかり弱った様子の自分の使い魔を招き寄せて、杖をくるり
と振った。
 初歩の初歩であるコモン・マジックの発火に毛が生えた程度の火の系統魔法を、慣れた手つ
きと流れるような詠唱で発動させる。揺らめくように生まれた小さな火は、フレイムの背中を
暖めるように浮かんだ。
 嬉しそうにフレイムが喉を鳴らすのに目を細めて、キュルケは深く息を吐いた。
 走り出した馬車の振動に身を委ねると、途端に眠気が襲ってくる。
 雨の影響で、思っている以上に体力を消耗しているらしい。今以上に気を抜くと、このまま
眠ってしまうことになるだろう。
 髪も体も服も乾いていない状態で眠ってしまえば、間違いなく風邪を引く。それに、フレイ
ムのためにも火を消すわけには行かない。
 ぐっと体に気合を入れて自分の頬を両手で叩いたキュルケは、眠気をなんとか吹き飛ばして
空中に浮かべた炎を強めた。
「ちょっと、ギーシュ。なにこっち見てるのよ」
 キュルケの作った炎に手を伸ばしてフレイムのお零れに与っていたモンモランシーが、奇妙
な視線に気付いて目を鋭くさせた。
「え、見て無いよ。うん。見て無い。なあ、マリコルヌ」
「ああ、そうだとも。僕らはなにも見ていない。自意識過剰ってやつじゃないかな、ミス・モ
ンモランシー」
 モンモランシーが視線に気付いた瞬間、同時に顔を逸らしたギーシュとマリコルヌは口を揃
えて無罪を主張する。だが、それはあまりにも怪しく、モンモランシーの疑惑をより強めるだ
けだった。
 スカートが捲れ上がっていたとか、シャツの隙間から肌を覗き見てたとかだったら、今すぐ
グーで殴ってやる。
 そう思いながら、モンモランシーはギーシュたちが向けていた視線の先を探して、自分の体
を見下ろした。
「いったい何を見て……、って、きゃああああぁぁぁあぁぁぁぁっ!?」
「ああ、そいうえば、雨に濡れてるのよね、あたし達」
 両腕で体を隠すようにして縮こまったモンモランシーを横目に、キュルケは自分の体を見下
ろして淡々と呟いた。
 たっぷりと水を吸ったシャツの生地が、肌にしっかりと張り付いて透けていたのだ。
 外なら雨や霧状の滴が邪魔して見えなかったのだが、キュルケが火という光源を作ったこと
で、モンモランシーの白い肌も、キュルケの褐色の肌も、今ははっきりと浮かび上がっている。
 安物でありながらも厚手の生地の服を着ていたシエスタだけが、胸の膨らみの先っぽまで曝
け出すという恥辱から逃れていた。
「こ、このドスケベ!エロ!変態!死んじゃえ、バカ!!」

46銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:17:29 ID:AamgRZTI
「うわああぁあ、ゴメンよモンモランシー!」
「ぼ、僕らは無実だ!偶々視線の先に君達が居ただけで、僕らは悪くないぞ!雨が降ったのも
偶然じゃないか!言い掛かりは止めてくれ!」
 乙女の柔肌を見られたことで顔を真っ赤に染め上げたモンモランシーが、情け容赦の無い蹴
りを早々に白旗を揚げたギーシュと言い訳がましいマリコルヌにぶちかます。
 ギーシュとマリコルヌの体が蹴られて転がる度、馬車は右へ左へと揺れる。それをニヤニヤ
と見詰めるキュルケの横で、迷惑そうな顔をしている馬車の先客にシエスタが身を低くして謝
っていた。
「ふぅ……、ふぅ……、今日はこのくらいにしといてやるわ」
 足が疲れて痺れるほど蹴り続けたモンモランシーは、沈黙したギーシュとマリコルヌを見下
ろして、頬を流れる雨のものなのか汗によるものなのか分からない水を拭いた。
 疲れ果てて長椅子に腰を下ろし、肌に張り付いたシャツを摘んで中に空気を送る。
 だが、すぐに乾くはずも無く、指を離せばシャツはまた肌に張り付いて透けてしまう。
 そこでやっと、モンモランシーは自分が水の系統のメイジであることを思い出して、杖を振
り上げた。
 水が邪魔なら、移動させればいいのだ。服や体に付いた水を一箇所に集めるだけなら、別に
難しいことはない。
 あまり多くない魔法のレパートリーの中から最適なものを選び出し、モンモランシーは詠唱
を経て杖を振り下ろす。
 瞬間、馬車が激しく揺れた。
 いや、揺れるなどという程度のものではない。局地地震に見舞われたように上下左右に揺さ
ぶられた後、馬車は横倒しになったのだ。
 突如として倒れた馬車の中でキュルケたちは悲鳴を上げながら絡み合うように転がり、ヴェ
ルダンデのもふもふの体を終着点に倒れ込む。先客の四人も同じように衝撃を体に受けて倒れ
たが、母の胸に抱かれた子供と兄妹の妹の方が気を失った程度で、怪我らしい怪我は無さそう
だった。
「あ、あんた、一体何の魔法を使ったのよ!?」
「ちがっ、誤解よ!わたし、こんな魔法覚えて無いわ!っていうか、まだ魔法使ってなかった
んだから、なにも起きるわけ無いでしょ!」
 非難めいた視線を向けるキュルケや先客たちに首を振り、モンモランシーは自分ではないと
主張する。
 だが、タイミングがあまりにも合い過ぎていて、釈明としては説得力が薄かった。
 白い目が集中し、じくじくと胸を締め付ける。
 段々耐え切れなくなって、モンモランシーは目元に涙を浮かべた。
「本当に違うのよぉ……」
 ぐすぐすと鼻を鳴らし始めたのを見て、誤解だったかもと思い直したキュルケは、一人の少
女の姿を脳裏に描いて申し訳無さそうにした。
 ルイズじゃあるまいし、魔法に失敗して馬車を横転させるなんてことはありえないか。
 本人が聞いたら憤怒しそうなことを思い、泣きべそをかくモンモランシーの頭を抱き締める
ようにして慰める。こういう役割はギーシュのはずなのだが、当の伊達男はマリコルヌと一緒
に目を回していてまったく役に立ちそうに無かった。

47銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:18:13 ID:AamgRZTI
「はいはい、ゴメンね。疑って悪かったわ。でも、そうすると、馬車が倒れた理由が……」
 あやすようにポンポンと背中を軽く叩いてモンモランシーを落ち着かせたキュルケは、馬車
の外へと目を向けて外の様子を窺う。
 強い雨の音のせいで、外から入る音の殆どは掻き消えている。何かあったとしても、音から
それを察するのは難しいところだ。
 となれば、直接見るなり、馬車が倒れてから反応の無い御者を探して聞くなりしなければな
らない。
 せっかく乾かし始めた服や髪が濡れてしまうため、外に出るのは躊躇われるが、どうせ倒れ
た馬車を戻すために外に出る必要が出てくるのだ。諦めるしかない。
 適当に納得してモンモランシーをシエスタに託したキュルケは、先客やモンモランシー達に
馬車の中に居るようにと声をかけて、雨の中に飛び出した。
 ほとんど無風だった風も少しずつ強くなり、雨に向きが生まれて滴の形を変えている。厚い
雲から晴れ間は覗かず、天候が回復する気配は無い。このまま風が強くなり続ければ、馬を走
らせることも出来なくなるだろう
 そうなる前に、再出発の準備を整えなければならない。
 空を見上げ、やれやれと息を吐いたキュルケは、土の中にめり込むように倒れた馬車の横を
通って、御者台へと向かった。
「御者さん……?やっぱり、居ないのかしら」
 案の定、御者台は空席で、放り出された革の手綱が転がっているだけだった。
 どこかに放り出されたのかもしれない。
 5メイル先が見通せるかどうかの灰色の景色の中、足元の手綱を拾い上げる。
 手綱の紐が、何かに引っかかったようにピンと伸びた。
 その瞬間、嫌な感覚が背筋を走った。
「なんで、上のほうに……?」
 呆然と呟くキュルケの視線が、手綱の先端を追って高い位置へと移動していく。
 馬の轡に繋がっている手綱の先が、キュルケの身長よりも上へと向かって伸びているのだ。
 馬車を引いていた馬の背丈は、こんなにも高かっただろうか?170サントはある自分の背
丈よりも轡の位置が上に来るような大きな馬なら、一見したときに強い印象を残していても不
思議ではないのだが。
 ぬるりと生暖かい液体が手に触れても、まるでそんなものは存在しないというように意識す
ら向けないで手綱の先を見ていたキュルケは、そこに妙な影を見つけた。
 巨木を思わせる大きな影が、雨のカーテンに浮かんでいる。手綱の先端は、そこに向かって
伸びていた。
 ごふ、ごふ、とどこかで聞いた息遣いがお腹の奥に響く。
 なんでここに……、ありえない。!
 冷たい刃物を押し付けられたような感覚がキュルケの肌を粟立たせる。
 これは、夢などではない。幻覚でもない。
 間違いなく、現実だ。
 およそ想定していなかった光景が目の前に現れ、混乱した脳は体を動かすことを忘れて硬直
する。

48銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:19:33 ID:AamgRZTI
 危険だ。逃げなければ。走れ。仲間に呼びかけて。早く。早く。早く。
 意識ははっきりとして、やるべきことを正確に判断しているのに、体はまったく動かない。
 ボトリと足元に落ちてきた馬の頭は耳の辺りを大きく抉られていて、白っぽい液体が血液に
混じって付着している。雨に洗われてそれらが取り払われると、中には皺の入ったピンク色の
肉団子が雨水にプカプカと浮いていた。
 人のものじゃない。良かった。じゃあ、御者はどこに?どこかに転がっている?
 的外れなことを考えて、湧き上がる吐き気を押さえつける。
 がち、と奥歯が頼りなく噛み合ったところで、キュルケの体に痺れが走る。
「ヴルオオオオォォォォォォォォッ!!」
 雄叫びと共に、馬の首を吊るしていたミノタウロスの戦斧がキュルケに向けて振り下ろされ
た。


 雨を避けるために木陰に身を隠した才人とタバサは、周囲に警戒を向けたまま空を見上げて
いた。
 シルフィードを見送ってから、そろそろ十分。待てば長いが、なにか別のことに注意を向け
ていれば、いつの間にか過ぎている時間だ。
 そろそろ、キュルケたちは安全な場所に逃げられただろうか。
 落ちてくる雨の滴を目で追って、才人は隣にいる年下の小さな女の子に視線を移した。
 青い髪を雨に濡らし、冷えた肌を抱くように片腕を体に巻いている。もう片方の腕は杖を代
わらずに支え続けていた。
「なあ、タバサ。囮に残ったのはいいけど、本当にミノタウロスが襲ってくるのか?」
 剣で斬りつけ、氷の槍を吐きたて、炎に巻いたのだ。致命的な傷を負わせるには至っていな
いが、普通なら怖がって近付いては来ないだろう。明らかに警戒をしている様子を見せている
今なら尚の事だ。
 しかし、タバサは確証を得ているようにしっかりと頷く。
 どういうわけか、随分と修羅場慣れしているこの少女は、過去の経験と独自の知識に基づい
た答えを出しているらしい。でなければ、才人をこの場に留めはしなかっただろう。
 脱出時、突然パーカーの裾を掴まれて、黙って此処に立っていて、などと言われた時はどう
いうことなのかと混乱したが、事情を聞けばなるほどと頷けた。
 これまでの行動でシルフィードが重量オーバーになったことなど無いのに、ここにきてそん
な問題が浮上したのは、大雨で土の中が水浸しになったことで土の中に潜れなくなったヴェル
ダンデをシルフィードに乗せなければならなくなったからだ。
 普段ならシルフィードも多少の無茶が利くのだが、雨による体温低下で力が十分に出ないた
め、無理に飛べば墜落の恐れが出てくる。
 タバサが才人を選び、この場に留まったのは、最低限シルフィードが飛べるだけの重量に留
めた上で、ミノタウロスに対応できるように駒を配置を配置したに過ぎない。それでも、十分
に危険が付きまとう選択だが、咄嗟の判断にしては良くやれた方だろう。
 逃げた七面鳥より、手元のケーキ。囮役をそんな風に例えられたときは、流石に才人も頬を
引き攣らせて唾を呑み込んだが。

49銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:21:03 ID:AamgRZTI
「しかし、襲って来る様子がいつまで経ってもないのはなんでだ……?」
「相棒、それはこっちが気を抜くのを待ってるんだよ。向こうは獣だからな、獲物が油断した
ところを襲って来るんだよ」
 警戒を続けることに疲れを見せ始めた才人に、デルフリンガーが緊張感を持たせるために声
を発する。
「ほら、そこっ!」
「うをおっ!?」
 なんでもない方向に声を飛ばし、才人を驚かせる。
 どう見ても敵の居ない場所を示したのに驚くということは、警戒が緩い証拠だ。
 うわっはっはっは、と楽しそうに笑い声を上げるデルフリンガーに、騙されたことに気付い
た才人は、思わず構えてしまった自分が恥ずかしくなって、この錆剣め、と苦々しく毒づいた。
「……確かに、おかしいかもしれない」
 伝説の使い魔と伝説の剣のコンビを微笑ましくも無表情で見守っていたタバサが、眼鏡のレ
ンズに付いた水滴を拭いながら、周囲を観察してそう言った。
「悪かったな、気が緩んでて」
「あなたのことじゃない」
 不貞腐れた様子を見せる才人に否定の言葉を投げかけて、タバサは杖を振り上げ魔法の詠唱
を始めた。
「ラグース・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ……」
 周囲にたっぷりと存在する水を集め、無数の氷の刃に変える。
 タバサの最も得意とする“ウィンディ・アイシクル”の魔法だ。
 風が渦巻き、空中に浮かぶ数十もの氷の矢をタバサを中心に円を描くように回転させる。
「た、タバサ?」
 恐る恐る声をかける才人に耳を貸すことなく、タバサは前方、旧モット伯邸に向けて杖を振
り下ろした。
 凍て付く風が雨を凍らせながら吹き荒れ、氷の矢は目に見える範囲にある全ての窓を破って
屋敷の中へと突撃する。
 破れた窓ガラスが地面に降り注ぎ、屋敷の一部が粉砕されて才人たちの頭上に飛び散った。
 一瞬にして激しい銃撃を受けたような姿に変わった屋敷は、表面を凍らせて白く染まったか
と思うと、雨を受けてすぐに解凍され、ぽろぽろと壁の表面を崩していく。
 十秒か二十秒か、破壊の残滓が途切れるのを待ったタバサが、改めて屋敷の姿を瞳に映して
悔しげに下唇を噛む。
「何してるんだよ、タバサ!ミノタウロスが怒って出てきたらどうすんだ!?」
 モット伯の屋敷はミノタウロスの巣だ。そこをこれほど破壊されれば、黙っているなんてこ
とは無いだろう。
 襲われないのであれば、それに越したことは無い。
 そういう考えがあった才人が抗議するように声を上げるが、タバサは首を振って才人に目を
向けた。
「前提が間違っている。敵は狩りの最中だから、怒っていても怒っていなくても、襲ってくる
ことに違いは無い。でも、今前提の一つが崩れた」

50銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:22:16 ID:AamgRZTI
 タバサの視線が滑る様に移動する。
 才人の手に握られた、デルフリンガーがそこにあった。
「奴さんは、ケーキより七面鳥が好きだったってことか?」
「そう。普通の獣じゃない」
「そんなに空腹か。卑しい野郎だ」
 苛立ちを含んだ言葉を発するデルフリンガーと、異様な雰囲気を纏い始めたタバサに不思議
そうな顔をした才人は、いったい何の話なのかと首を捻る。
「詳しい説明は剣から聞いて欲しい。シルフィードの向かった方向へ全力で走って。あなたな
ら、わたしのフライよりもずっと早く走れるはず」
「……なんかよくわかんねえけど、走ればいいんだな?」
 こくりと頷いたタバサに才人は膝を叩いて気合を入れると、小柄な少女のひょいと持ち上げ
て体を肩に担ぎ、息を大きく吸った。
「え?わたしを運ぶ必要は……」
「黙ってないと、舌を噛むぞ」
 タバサの声により大きな声を被せて、才人は左手に輝くガンダールヴの齎す力のままに駆け
出した。
 マリコルヌよりも、いや、比べることすら失礼なほど軽いタバサの体は、まるで負担になら
ない。これなら、昨日よりも速く走れる。
 強い雨によって、どの地面も先日の森のような状態になっている。だが、今の才人にはそれ
は平地と大して変わらなかった。
「うおりゃああああぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 左手のガンダールヴのルーンがギラギラと輝き、才人の体に強大な力を注ぎ込む。
 ハルケギニアの大地をドップラー効果と共に駆け抜ける。
 後の世に、突然の豪雨の日に現れ子供を攫うという、マッハ少年なんて名前の怪談が生まれ
たかどうかは、定かではない。


 血と肉が飛散し、骨が宙を舞った。
 戦斧の勢いはそれだけに止まらず、勢い余って地面を抉り、土の中に潜んでいた岩までも打
ち砕く。
 苛烈にして強烈な一撃は、人間を容易くミンチに変えてしまう。
 そんな攻撃を、なんとか後ろに飛ぶことで回避したキュルケは、嫌な予感はこれだったのか
と今更に思い出して、恐怖に引き攣る頬を指で揉み解した。
 馬の頭部が、見事に粉々になっている。一歩遅ければ、キュルケが身をもってアレを再現し
ていたことだろう。
「馬鹿力ね」
 技術も何も無い、ただ力任せに振るうだけの雑な武器の扱い方だ。しかし、その結果として
十分以上の破壊を撒き散らせていることを思えば、小手先の技なんてものは無力だと実感せざ
るを得ない。
 果たして、自分で勝てるのか。

51銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:23:31 ID:AamgRZTI
 戦う力が十分とはいえない仲間達の命を背負ったキュルケは、後ろ手に杖を握って喉をごく
りと鳴らした。
「き、キュルケさん?なにか、すごい声がしたんですけど……、そ、そこになにかいるんです
か?」
 ミノタウロスの雄叫びが聞こえたのだろう。馬車の後ろからシエスタが顔を出して、こちら
の様子を窺おうとしてるのが、キュルケの目に映った。
 キュルケは先に雨の中に居たために目が慣れているが、シエスタはそうではない。雨のカー
テンが視界を遮り、そこに何かが居る程度にしかシエスタには見えていないのだ。
 手探りでこちらに近付こうとするシエスタの姿に、ごふ、とミノタウロスが笑った。
「シエスタ、こっちに来ちゃダメ!ギーシュたちと一緒に走って逃げなさい!!」
「え、ええっ、どうして……?」
「いいから、早く!」
 可能な限り語気を強めて追い払い、キュルケは牛頭の亜人と戦うべく杖を握る。対して、ミ
ノタウロスは馬車の中に戻ったシエスタに目を向けて、ぶほ、と唾を飛ばしてまた笑っていた。
 キュルケのことなど、歯牙にもかけない。
 舐められている。
 代々優秀な火の系統のメイジを輩出する名門ツェルプストーが、その名を背負う女が、一介
の亜人に見下されている。その事実に、キュルケの感情が昂っていく。
 そっちがその気なら、やってやろうじゃない。炎の真価は情熱と破壊。その体現たるツェル
プストーの炎を味わわせてやる。
 掛け合わせるのは火の3乗。徹底して熱に特化した圧倒的な炎。決闘用の、広範囲を焼けな
い代わりに突破力を重視したツェルプストーの炎だ。
 これならば、ミノタウロスの体だろうが竜の鱗だろうが、関係なく撃ち抜ける。
 キュルケの絶対の自信が篭った炎が杖の先端に灯り、触れる雨を瞬く間に蒸発させて高熱を
撒き散らした。
 だが、それが思わぬ結果を生む。
「熱っ、熱っ、あっちち!」
 雨の中で炎の魔法を使うとどうなるのか。キュルケは雨で炎が弱まる、という程度の認識し
かなかったのだろう。まさか、鉄をも溶かす炎が超高温の水蒸気を生み出してメイジ自身を傷
つけるなど、考えもしなかったに違いない。
 右手に握った杖の先端を中心に周囲はあっという間に水蒸気に包まれ、その熱にびっくりし
たキュルケは杖を取り落とし、あ、と声を上げた。
 緊張感が足りていない。
「ごふ、ごふ」
 まるで、こうなることが分かっていたかのようにミノタウロスはキュルケに目を向け、心底
おかしそうに笑った。
「くぅ、なんか腹立つわね!」
 感情のままに悪態を吐いてみるが、逆にそれが虚しく感じて余計に腹が立った。
 今度は雨に気をつけて炎を扱って見せると、キュルケは足元に転がった杖に手を伸ばす。
 だが、二度も攻撃を許すほど、ミノタウロスは甘くは無かった。

52銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:25:33 ID:AamgRZTI
 杖を取るためとはいえ、眼前の敵から目を離すとなどというあるまじき行為は、学生同士の
決闘の範疇を超えるような殺し合いの空気を知らないからこそだろう。タバサなら足先で杖を
引っ掛けて手に戻すという芸当が出来たかもしれないが、それが出来るか出来ないかが、実戦
経験の有無の、絶対的な差であった。
 雨を切りながら、戦斧はキュルケの後頭部を目掛けて振り下ろされる。
 視界に落ちた僅かな影が刃の到来をキュルケに教えるが、飛び退くにはもう遅かった。
 赤い髪が裂け、いくつも命を奪ってきた戦斧の冷たい刃が褐色の肌に届く。
 キュルケの意識が、鈍い衝撃音と共に刈り取られた。
「ふご、ごふ、ヴ、ヴオオオオオオオォォォォッ!!」
 痺れるような利き手の感覚に、ミノタウロスが咆哮する。
 低地へと流れる水の流れに乗って、赤いものがサラサラと泳いで行く。
 血走った目が、忌々しそうに大穴の開いた馬車の幌から覗く杖に向けられた。
 ぱしゃ、と音を立てて上等な靴が水の流れを遮り、その上に濡れて重くなったローブが払い
捨てられた。
 滴を垂らして金色の髪が揺れ、その下の端正な顔に戦士の顔が浮かぶ。
 キュルケ達よりも先に馬車に乗っていた四人の内の一人、金髪の兄妹の片割れが杖を手にミ
ノタウロスを睨み付けていた。
「今は追われ身を隠す身なれど、御婦人の危機を見過ごしたとあっては祖先たる始祖と誇り高
き王家の名折れ」
 風が雨を吹き飛ばし、視界を澄み渡らせる。
「このウェールズ・テューダー、女子供を襲う下衆には容赦せん」
 今は倒れたアルビオン王家の直系たる男が、ミノタウロスの前に立ち塞がった。
 ウェールズの周囲を覆っていた風が杖の先端に集まり、雨が再び視界を覆う。
「無事か、キュルケっ!」
 馬車の中からギーシュが飛び出し、その後ろからモンモランシーやマリコルヌも姿を現した。
 駆け寄ってキュルケを抱き起こしたギーシュは、その手に触れた赤いものに目を向け、ヒド
イ、と弱弱しく声を洩らす。
 サラ、と赤が指の隙間から零れた。
「髪がこんなにも短く……」
 肩口まで短くなってしまったキュルケの長髪が、また一房水に流れていく。だが、その下に
隠れた肌に傷は無かった。
「エア・ハンマーでヤツの斧を弾くのが精一杯だったのでね。彼女の髪までは救えなかった」
 ミノタウロスに目と杖を向けたまま謝罪するウェールズに、ギーシュは仕方ないと頷き、次
に駆け寄ってきたフレイムに目をやって、キュルケの体をその大きな体の上に横たえた。
「こっちに、御者さんが居るわ!気を失ってるけど、大きな怪我は無いみたい!」
「なら、その人も運んでくれ!マリコルヌは馬車の中の人々を先導するんだ。出来るだけ遠く
まで移動するぞ」
 馬車から離れた位置で声を上げたモンモランシーと何をすればいいのか分からずにオロオロ
としているマリコルヌに指示を出して、ギーシュは杖を手にウェールズに声をかける。
「加勢します」

53銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:26:40 ID:AamgRZTI
「すまないが、学生では足手纏いだよ。ここは私に任せて行きなさい。それよりも、私の連れ
を頼む。……大切な妹なんだ」
 足手纏いという言葉に悔しそうにしながらも、ギーシュはしっかりと頷いてフレイムと共に
走り出す。
「ヴルゥオオオオオオオオッ!!」
 逃げ出すギーシュたちの姿を目で追って、ミノタウロスがまた雄叫びを上げた。
 獲物が逃げる。せっかくの美味そうなな獲物が逃げてしまう。
 逃がさない。逃がしてなるものか。
 牛のものに似た足を動かし、群れのリーダーと思しき少年にミノタウロスは斧を振るう。
 だが、斧は手首に走った痛みに取り落とさざるを得なくなった。
 見れば、右腕に鋭く突き立つ杖の姿がある。
 ドロドロと血液が溢れ、流れ落ちていく。タバサの氷でも、才人の剣でも貫けなかった鋼の
肉体を、たった一本の杖が傷つけたのだ。
 螺旋を描く風を纏ったこの杖の持ち主が誰かなど、確かめなくてもミノタウロスには理解出
来ていた。
「エア・ニードルの味はいかがかな?鋭さだけなら、他のどの魔法よりも優れていると自負し
ているのだが」
 ニヤリ、とウェールズの口元に不敵な笑みが浮かぶ。
 ミノタウロスが、咆哮を放った。


 幾人もの足音が雨の中を駆け抜ける。
 馬車から離れ、街道を逆送するように走る集団を先導しているのは、御者を背負いながらも
意外な足の速さを見せるマリコルヌだ。それに続くようにしてキュルケを背負ったフレイムと
ヴェルダンデが短い手足を動かして必死に駆け、さらに後ろを馬車の先客達やシエスタやモン
モランシーといった女性達を横抱きにした青銅の人形が四体走っている。
 殿を務めるギーシュは、杖を握ってワルキューレを維持しながら、ミノタウロスの居る後方
への警戒を続けていた。
 馬車の陰はもう見えなくなっている。雨の勢いは止まることを知らず、風によって一層酷く
なっているくらいだ。
 息苦しくなって口を開けて呼吸をすると、雨の滴が口の中に飛び込み、冷たい味を下の上に
広げる。気温もすっかり下がって、夏とは思えない寒さになっていた。
「あの人、置いてきて良かったの?」
 モンモランシーが後ろを気にするようにして、ギーシュに疑念をぶつける。
 見ず知らずの人を囮に使ったことに罪悪感を感じているらしい。
 仲間の誰かが犠牲になれば良かったなんて気持ちは無いだろうが、ミノタウロスは自分達が
モット伯の屋敷から誘い出したも同然なのだ。それを他人に押し付けていることに、良心が痛
むようだった。
「仕方ないだろ。僕らにどうにか出来る相手じゃないんだ。足止めしてくれるって言うんだか
ら、とにかく逃げて身を隠さないと。この雨の中なら、すぐにヤツも見失ってくれるはずだ」

54銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:28:43 ID:AamgRZTI
 罪悪感を感じているのは、なにもモンモランシーだけではない。
 ミノタウロスを前に口上を述べていたウェールズの声を聞いていたギーシュは、今すぐにで
も身代わりになって戦いに赴きたい気持ちで一杯なのだった。だが、自分ではあっという間に
踏み潰されて時間稼ぎにもならないことくらい、誰かに指摘されなくても分かっている。
 僅か数ヶ月前まであった驕りや傲慢は、才人に破れ、ワルドには歯が立たず、ミノタウロス
に恐怖を抱いたことで、どこかに消えていた。
「でも……っ!」
 食い下がるモンモランシーに、ギーシュは奥歯を噛み締めて腹に力を入れる。
「僕だってもどかしんだよ!でも、足手纏いになってたら意味が無いだろ!?せめて、僕がラ
インクラスのメイジなら、この地面を底なし沼に変えてやるのに……!」
 生き延びておられた王女殿下の想い人。それを犠牲に生きながらえなければならないこの屈
辱。
 今日ほど自らの無力さを呪ったことは無い。
 奥歯が砕けるのではないかと思うほど顎に力を入れ、耐え難い感情をギーシュは無理矢理押
さえつける。
 今は託された使命を全うしなければならない。
 まったく無関係の母子と、ただ一人残ってくれたお方の妹君を守るという使命を。
 馬車が横転してから目を覚まさない少女の顔を覗き込んで、ギーシュは杖を握り直した。
「ギーシュ!森の中に入ったほうがいいんじゃないのか!?このまま街道を進んでたら、簡単
に見つかっちゃうよ!」
「この雨なら森に入っても同じだよ!とにかく、距離を離すことだけ考えてくれ!」
 マリコルヌの不安そうな声に力強く返し、周囲を見回す。
 街道は森と平野の境目にあるため、少し道を外れれば森の中に入ることは出来る。身を隠す
には悪くない場所だろう。
 しかし、雨による不透明度が枝葉の天井で軽減されてしまうし、足場は街道よりもずっと悪
い。そんな場所に人間を背負ったワルキューレを器用に走らせられるほど、ギーシュはゴーレ
ムの扱いに自信は無かった。
「ひぃ、ひぃ、はぁ、ごめん、森に入るってのは、ただ休みたかっただけで、正直、そろそろ
限界なんだ」
「もう、仕方ないわね」
 人を一人背負って走るのは、元々体力のあるほうでは無いマリコルヌには酷な労働だ。そん
なマリコルヌを見かねて、ギーシュのゴーレムに運ばれているモンモランシーが杖を取り出し
て魔法を唱えた。
「レビテーション」
 マリコルヌの体が地面から浮き上がり、走っていた足が空振る。
「その状態なら、少しは休めるでしょ?」
「た、助かったよ、モンモランシー。君は命の恩人だ」
 背負った御者の重さが消えたわけではないが、とりあえず体さえ支えていれば足を動かす必
要は無い。

55銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:30:13 ID:AamgRZTI
 荒くなった息を整え、休息を始めたマリコルヌを羨ましそうに見て、ギーシュは頬を叩いて
緩みそうになる気を張り直す。
 まだ頑張らなければ。後ろから聞こえる足音が聞こえなくなるまでは。
「はぁ、はぁ、はぁ……、足音?」
 自分で考えておいて、奇妙なことに気付く。
 耳を澄ませば、雨が地面を打つ音に紛れて水を弾きながら土を蹴り上げる音が、確かに聞こ
えてくる。
 希望的な観測をギーシュはしなかった。
 ああ、次は僕の番かと、自分でも信じられないほど冷静になって音に耳を傾け、杖を握る手
を確かにするだけだ。
 少しずつ、少しずつ走る速度を落として、自分の作ったゴーレムと一緒にマリコルヌや使い
魔達が逃げるのを見送る。
 そのまま振り返るな。振り返らずに走り続けてくれ。
 淡い願いを胸に、とうとうギーシュは走るのを止めて、泣きそうな顔で振り返った。
「ごふ」
 やっぱり、とは思わなかった。
 コノヤロウとか、ぶち殺してやる。なんて感情も無い。
 ただ怖かった。
 ああクソ、もう斧を振り上げてるじゃないか。これはもう、死んだかな。
 他人事のような言葉が脳裏を駆け巡り、それなのに歯は噛み合わずにガチガチと音を立てる。
 とりあえず、この杖は絶対に離しちゃいけない。ゴーレムを走らせ続けなければ、モンモラ
ンシー達の逃げる速度は、比較にならないほど遅くなってしまう。ああ、でもそうすると、僕
は魔法が使えないわけか。
 茶色い毛に覆われた腕がぶくりと膨れて、ミノタウロスの体が傾いだ。
 体重を乗せた、全力の一撃。
 ギーシュの瞳に赤いものが映り、そこでやっと、心が正常に動き出した。
「やっぱり死にたくなーい!」
 叫ぶや否や、ギーシュは滑り込むようにミノタウロスの股の隙間に飛び込み、亜人の背後へ
と回る。そのまま曝け出された無防備な背中に涙の浮かぶ目を鋭く向けると、筋肉の塊のよう
な膨らんだ尻からヒョロリと生える尻尾を左手で握り締めた。
「ぶもっ!?」
 驚きにミノタウロスが声を上げるが、ギーシュにとってはそんなことは知ったことではない。
 ただ、掴んだ尻尾を引っ張り、引き千切ってやろうと足に踏ん張りをかけるだけだ。
「ううぅぅぅあああああああっ!!」
 剣で切れないものが、引っ張って切れるはずが無い。それでも、今のギーシュがミノタウロ
スに抵抗する術は、それしかなかった。
 尻尾の付け根に感じる痛みの元凶を振り払おうとミノタウロスが体を振り、ギーシュを払い
飛ばそうとする。だが、ギーシュは杖を握った右手を左手に覆い被せ、握力を加算して耐え凌
ぐ。
 体を振るだけではダメだと判断したミノタウロスが両腕を後ろに回そうとするが、腕は背後
に回らない。膨れ上がった筋肉と強靭すぎる肉体が、肩の稼動域を狭めているのだ。

56銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:31:29 ID:AamgRZTI
「ど、どうした!その程度かね!?」
 尻尾を掴んでいるだけの心許無い命綱は、辛うじてギーシュに虚勢を張るだけの余裕を与え
てくれていた。
 だが、それだけだ。ミノタウロスを打倒するには至らない。
 ギーシュがやっていることは、時間稼ぎ以上のものではないのだ。
「尻尾に手が届かないなんて、バカな生き物だな、ミノタウロスというものは!悔しいか?悔
しいなら、僕を振り払ってみろ!ほら、その汚いケツを振れよ!」
 体を振るだけなら耐え忍べる。その確信を得たギーシュは、ミノタウロスを口汚く罵って怒
りを誘う。
 時間稼ぎ。それこそが目的なのだから、可能な限り時間を奪ってやればいいのだ。
 ミノタウロスが怒って自分に固執すれば、その分だけモンモランシー達は遠くへ逃げること
が出来る。
 この手が何も握れなくなるまで、骨が折れて、指が千切れるまで、延々と食らい付いてやる。
 心を支配する恐怖が、誰かを守れるのだという安心と幸福感に満たされ、気分がどんどんと
高まっていく。
「さあ!どうした、この化け物!この状態をどうにか出来るものなら、やって……、み……」
 ギーシュの勇ましい声が途絶え、信じられないものを見るかのように周囲に目を走らせる。
 ラグース・ウォータル……
 どこかで聞いたことのある響きが鼓膜を揺らし、視界を白く染まった氷の結晶が埋め尽くす。
 百本に及ぶ氷の矢が、ギーシュの周囲を取り囲んでいた。
「魔法……!?亜人が魔法なんて……!あっ、クソッ、忘れていたよ!!」
 モット伯の屋敷の地下で、タバサが言っていたことを思い出す。
 このミノタウロスは、魔法を使うのだ。背後が安全地帯なんてことは、ありえない話だった。
 人の声帯とはまったく違うはずの喉が詠唱を完了し、杖の代わりとなっている斧が背中越し
に振られた。
「うぃんでぃ・あいしくる」
 無理矢理作られた声が魔法を発動させた。
 四方八方から狙われた氷の刃が、冷たい風に乗って打ち出される。
 ギーシュに取れる選択は、このまま串刺しになるか、尻尾を離して降参することで魔法を中
断してくれることを祈るか、あるいは、唯一の逃げ場であるミノタウロスの股を再び潜るかし
かない。
「一か八かだああぁぁぁっ!」
 死ぬ気も、生き残れる可能性の低い降参をする気も無いギーシュは、ミノタウロスの股の間
に悲鳴のような声を上げて飛び込んだ。
「ヴルォオオオオオオオオォォォォオォッ!」
 ミノタウロスが低く吼え、斧を真下へと突き下ろす。
 股を潜る行為は二度目。そこは、既に予測された逃げ道だった。
 迫る斧の先端を青い瞳に映して、ギーシュは強引に上半身を捻って斧から身をかわす。
 肺が締め付けられるような感覚に続いて、背筋に攣るような痛みが走った。それでも避け切
れなかった斧の刃が腕をシャツごと切り裂き、浅くない傷を作る。

57銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:32:22 ID:AamgRZTI
 声にならない悲鳴を上げている間に斧は引かれ、二撃目を繰り出そうとしていた。
 ミノタウロスの腕の範囲から考えれば、今から起き上がって逃げたところで、間に合いはし
ないだろう。
 生命の危機に活性化した脳が一瞬で絶望的な結果を計算し、他の可能性を探り出す。
「こんのおおおぉぉぉぉっ!!」
 目の前にあるミノタウロスの足を抱き込むように掴み取って、ギーシュはそのまま立ち上が
ろうと両足に力を籠めた。
「ごふ、ごふ、ごふ」
 ミノタウロスが嘲笑う。
 脆弱な人間の力で自分を持ち上げることなど出来はしない。無駄な努力だ。
 斧による、第二撃。足に組み付いている今なら、今度こそ外しはしないだろう。
 確信を込めて腕を振り、足元へと斧を落とす。
 それでも、運命の女神はミノタウロスの味方をしなかった。
「ぶもおおぉっ?」
 ギーシュの必死の悪足掻きは、重い斧を振るうミノタウロスの重心を僅かに崩し、雨に緩ん
だ地面が追い討ちをかけるように摩擦を奪い取る。
 巨体が揺れ、背中向けに倒れこんだ。
「みたか、化け物!」
 荒く息を吐き、膝から崩れ落ちそうな体を必死に支えて、ギーシュは倒れたミノタウロスに
怒声を上げた。
「キュオオオオオオォォォン!」
 肩で息をするギーシュの前で、ミノタウロスの口から悲鳴のような声が飛び出した。
 背筋が反り、両手足を振り回して暴れ始める。
 同じような悲鳴を何度も繰り返し、地面を幾度も殴りつけると、ミノタウロスは血走った目
をギーシュに向けて立ち上がった。
 だが、そこに今までのような圧倒的な存在感は無い。足取りは覚束無く、体が右に振れたか
と思えば、左に体を倒しそうになる。息も酷く不規則で、なにかに耐えているかのようだった。
 雨の音に混じって、なにか大きなものが落ちる音がギーシュの耳に届いた。
「やっぱり、これで終わりとはいかないか……」
 音の発生源は、ミノタウロスの背中から落ちた氷の塊だった。
 ギーシュを狙ったウィンディ・アイシクルの刃だ。大量の氷の矢は、的を外してミノタウロ
スの背後に氷の剣山を作り出し、その上にミノタウロスは自重のままに倒れこんだのである。
 メイジは、余程の訓練を積まない限り魔法を二つ同時に使えない。ギーシュが今、ゴーレム
を走らせているために魔法が使えないように、ミノタウロスもまた、タバサや才人の攻撃を弾
いた奇妙な魔法をギーシュを攻撃するために解除していたのだ。
「まったく、タフな相手だよ」
 氷の欠片を地面に落とし、それに血を交えているが、致命傷には至っていないらしい。
 心底呆れたようにギーシュは溜め息を吐くと、数度の深呼吸を経て集中を高めた。
「それが、手品の種、か」

58銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:33:41 ID:AamgRZTI
 ミノタウロスが斧を振るい、聞き慣れない魔法を詠唱し始める。学院では習う事の無い特殊
な魔法なのか、あるいは、このミノタウロス独自の魔法なのか。
 どちらにしても、これで絶対の防御が復活したというわけだ。そして、もう二度と同じよう
な罠にはかかってはくれないだろう。
 本気で時間稼ぎしか出来なくなったギーシュは、このまま走って逃げれば逃げ切れたりしな
いだろうか、なんてことを考え、歯軋りをして自分を睨みつけるミノタウロスを見て、やっぱ
り無理だと悟る。
 名前も知らない土地に骨を埋めるのは癪だが、意外と気分はすっきりとしていた。
 一矢報いることに成功したからだろう。そして、あの背中の傷ならモンモランシーたちを追
うことは出来ないだろうという満足感もある。
 ドットどころか、魔法も無しに良く頑張ったものだと、自分で自分を褒めてやりたい気分だ。
「ああ、でも、やっぱり死にたくないなぁ」
 正直な感想が洩れる。
 だが、そろそろ限界だった。
 雨に延々と打たれ続けた肌は、激しい運動にもかかわらず冷えて痺れたようになり、火事場
のバカ力でミノタウロスの攻撃を強引に避け続けたために筋肉が錆び付いたように動かない。
 敵にダメージを与えた。その事実が緊張の糸を緩め、せっかく限界を無視出来るトランス状
態から正常な感覚を引き戻してしまったのだ。
 立っているのもやっと。
 そんな状態のギーシュに、ミノタウロスの攻撃を避ける術は無い。
 対して、ミノタウロスは怒りを隠そうともせずに斧を引き摺ってギーシュに歩み寄り、今度
はゆっくりと確実に殺すため、自身の腕の太さほどしかないギーシュを胴体を掴み取った。
 震える足のせいで逃げることも出来ず、ギーシュの体が吊り上げられる。
「ヴルルルル……」
 獣らしい唸り声を響かせて、ミノタウロスがギーシュを掴む腕に力を入れる。
 握力だけで全身の骨が軋む音を、少しずつ薄れていく意識の中に聞いて、ギーシュは痛いと
も感じられずにミノタウロスの顔をぼうっと見詰めた。
 良く見れば、左目がない。
 屋敷の地下で見たときは両目とも揃っていたように思えたが、いつ無くしたのだろう。
 右腕が、ぽきりと折れる。
 二度目のとき、キュルケをあの方が助けたときは、やっぱりあった気がする。
 何かが折れる音が連続して、胸の辺りが突然柔らかくなった気がする。
 三度目は……、ああ、そうか。あの時振り返った瞬間、諦めかけていたのに諦め切れなかっ
たのは、目が潰れていたのが見えたから。
 呼吸が出来なくなり、目の前が黒く染まり始める。
 一矢報いたのだ、あの方は。一矢報いて、それで……、それで?
 喉の奥から、何かが持ち上がってくる。
 満足して死んだのか?
 意識が一瞬途切れて、すぐに戻った。
 ありえない。
「貴族は死の淵にあっても、背中を見せたりはしない」

59銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:35:08 ID:AamgRZTI
 まして、敵が強大であるから甘んじて死を受け入れるなど、それこそ貴族の名折れだ。
 辛うじて絞り出された声に、ミノタウロスの動きが止まった。
「よく言った小僧」
 男のものとも女のものとも思えない不思議な声と共に、ギーシュの眼前、ミノタウロスの腕
の上にひょいと乗り上がったのは、一匹の小さな猫だった。
 口に咥えられたナイフがカタカタと音を鳴らし、まるで誘うかのようにギーシュに刀身を晒
している。
 声は、このナイフから発せられていた。
「悪くない度胸だ。流石、姐さんの友人だけはある。タダ働きは好きじゃねえが、見捨てちゃ
後が怖いからな。この地下水様が、ちょっとばかし手伝ってやるよ」
 気楽そうな声の終わりに、“ウィンドブレイク”の魔法をナイフは発動させた。
 猫が首を振り、ミノタウロスの顔面に魔法を直撃させる。
 無くなった左目の傷を刺激されたのだろう。ミノタウロスは悲鳴を上げ、ギーシュの体を離
して顔を抑えた。
 ミノタウロスの手から解放されたギーシュの体が地面に落ちて、力なく横たわる。その隣に
降り立った猫が地下水を放して、にゃあ、と鳴いた。
「なんだ、だらしねえな。最近のガキは自分で立てもしねえのか?ほれ、俺を握れ。体が動か
ねえならなんとかしてやるから、手を伸ばせ」
 う、と息を呑み、ギーシュは激痛の走る体に鞭を打って左手を伸ばす。
 指先が土を掻いて、少しだけ前に進んだ。
「頑張れ、あと少しだ。おい猫、もうちょっと近くに置けなかったのかよ?」
「にゃー」
 地下水の文句に、猫は不満そうに鳴いて森の中へと走り出した。
「あー、行っちまいやがった。まあ、猫に文句を言ったところで仕方がねえか。よし、頑張れ
よ小僧。あと指一本分だ」
 緊張感のない声がギーシュの耳に届く。
 気が抜けるような声だが、いまはそれに縋るしかない。
 呼吸が出来ているのかどうかさえ分からないままギーシュは懸命に手を伸ばし、爪の先を地
下水の柄に重ねた。
「オオオオオオオオオオッ!」
 ギーシュの手と地下水が重なったところに、痛みを乗り越えたミノタウロスの足がギーシュ
を踏み潰さんと迫る。
 一秒遅かったか。
 地下水が感情の乗らない言葉を内心で呟いて、手助けをするつもりだった少年に無意味な希
望を抱かせてしまったことを声に出さずに詫びる。
 あの猫め。
 マチルダの依頼で体を奪ったいくつもの獣の最後の一匹に向けて、地下水が愚痴っぽく声を
溢した。
「エア・ハンマー!」
 若い男の声が風の魔法を発動させ、ミノタウロスの体を弾いた。

60銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:35:44 ID:AamgRZTI
 ぐらり、と牛頭の亜人の体が揺れて、僅かに足が地面を叩くタイミングが遅れる。
 地下水には、それで十分だった。
 跳ねるように飛び起き、ミノタウロスの足を切りつけながら後退する。
 死にかけていた体とは思えない、敏捷な動きだった。
「ウェールズ皇太子殿下……、生きておられたのですか?」
 体の痛みも意識の混濁もなくなったギーシュが、勝手に動く体を気味悪く思いながら助けて
くれた人物に声をかけた。
 雨でクシャクシャになった髪をかき上げ、ギーシュの自意識過剰なものとは違う自然な笑み
を浮かべて、はは、と軽く笑う。少しだけ情けない顔が、何故かギーシュには格好よく見えた。
「勝手に殺さないでもらえるかな?まさか、ミノタウロスが魔法を使うとは思わなくてね。ふ
いを突かれて森の中に吹き飛ばされただけさ。もっとも、追撃が来るものと思い込んで森の中
を走り回っていたのは、間抜けとしか言いようが無いけどね」
 ミノタウロスとの間合いを計りながら、ギーシュと挟み撃ちするように立ち位置を移動する。
 地下水に体を乗っ取られたギーシュもまた、ウェールズの意図を読んで円を描くように移動
を始めた。
「ギーシュ、だったか?」
「なにかね、ナイフ、いや、地下水くん。……ん、あれ?同じような名前をどこかで……」
 呼びかけた地下水に、ギーシュは返事をして、何故か記憶を刺激する名前に首を捻る。
「気のせいだ。それより、あのミノタウロスのことなんだが、なにか変な魔法を使ってたりし
ねえか?例えば、自分の体の中を弄るような……」
「おお、良く気付いたね。その通り、体内の血流を操作して体を頑丈にしているらしい。僕は
水の系統はからっきしなんで仕組みは分からないんだが、背中に氷が刺さったままなのに血が
流れていないところを見ると、血流を操作しているという点は確かなようだね」
 ギーシュとウェールズの二人に挟まれて警戒を顕わにするミノタウロスに、ちらりと覗き込
んだ背中の様子を見て、地下水がカタカタと刀身を鳴らす。
「なるほどね。道理で体を乗っ取れねえわけだ……」
 猫の体を乗っ取っていたときに、地下水は既にミノタウロスの体が乗っ取れないどうかを試
していた。足元に忍び寄り、そっと刀身を触れさせたのだが、どうにも感覚が根を張らない。
 だが、他者の体を乗っ取る力が消えたわけではないのであれば、問題は無い。
 体が乗っ取れないのであれば、直接叩き潰せばいいのだから。
「いくぜ、ウェールズの兄ちゃん!格好いいところを見せてくれよ!」
「言われなくても、もはや遅れは取らん!」
 ほぼ同時に、地下水とウェールズは“エア・ニードル”の魔法を唱えて風の刃を作り出す。
 地下水は自身の刀身に、ウェールズは己の杖に。
 ミノタウロスの肌を貫けるのは、この魔法だけなのだ。それ以外は、牽制程度で傷を負わせ
ることはできない。
 前と後ろの両方から飛び込んでくるギーシュとウェールズに、ミノタウロスは一瞬の逡巡を
見せると、すぐに斧を構えてギーシュへ向けて横薙ぎに払った。
 体力のある獲物は後に回し、死にかけていた相手に止めを刺すつもりだ。
 だが、数え切れない年月を刃物として生きた地下水に、力任せの一撃は意味を成さなかった。

61銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:37:40 ID:AamgRZTI
 地面を蹴り、斧の上を軽く飛び越えたギーシュの体がミノタウロスの腕を駆け上がり、頚動
脈を狙って刃を一閃させる。
「うわっ、本気で硬いなコノヤロウ!」
 毛皮を裂いた刃は、太い血管を切ることなく振り抜けた。
 それでも、首筋にある幾つかの細い血管は切断され、雨の中に赤い色を足していく。
「そうか。なら、強く打ち付ければいい!」
 ミノタウロスの背後から迫ったウェールズが、杖を握る右手の首を左手で握り、ミノタウロ
スの脇腹にエア・ニードルの刃を突き立てる。
 杖の半分が肉に埋まり、強靭な肉を貫いたことを確かめる。次いで、ウェールズは魔法を解
除して杖を通常に戻すと、即座に風のドットスペルを詠唱した。
 強力な魔法の連射は出来なくとも、初歩の魔法ならその限りではない。
 体内に埋め込んだエア・ニードル。それを構成していた空気を、さらに風の魔法で攪拌して
肉体を内側からズタズタにする。
 体の大きな亜人との白兵戦用に構想された、滅多と使われることの無い連携魔法だ。
「デル・ウィンデ!」
 “エア・カッター”の魔法がミノタウロスの体内で発動し、体内組織を蹂躪する。
 杖の突き立った傷跡から血が噴出し、ウェールズの腕や顔を赤く染め上げた。
「ォォォオオオオオオオ!」
 ミノタウロスが体ごと両腕を振り回し、ギーシュとウェールズを弾き飛ばす。
 ごき、とウェールズの肩から骨が外れる音が鳴り、ギーシュは左足は着地の瞬間にあらぬ方
向に曲がった。
「クソッ、まだ生きてやがる!」
「必殺の一撃、のはずなんだがね。想像以上の生命力だな」
「あああ、僕の体が凄いことに……」
 左足を引き摺るように立ち上がった地下水とウェールズが、血を吐きながらも立ち続けてい
るミノタウロスに辟易したように吐き捨て、ギーシュは感覚が無いまま原型が崩れ始めている
自分の体に小さく悲鳴を上げた。
「さて、どうするかね?自慢ではないが、私の次の一撃は期待できないぞ。なにせ、利き腕が
上がらなくなってしまったからね」
「同じだ、同じ。突っ込んでぶっ刺す。ヤツを殺すにはコレしかねえよ」
 作戦も何も無い、ただ個人の技量に任せた戦い方を示す地下水に、ギーシュはあんまり自分
の体を乱暴に扱わないでくれと抗議したい気持ちを抑え、ミノタウロスの様子を窺った。
 血を吐いたということは、内臓が傷ついたはずだ。魔法の影響のせいか、血はもう止まって
しまったが、長時間戦える体では無いだろう。
 後一撃なら、全てをかけてもいいかもしれない。たとえ無謀でも、地下水とウェールズの戦
いの技量は、自分よりもずっと高いのだ。信じる価値はあるだろう。
「突っ込むしかないか」
「やろうぜ。クソヤロウの内臓をミンチにして、豚の餌にしてやる」
 短く息を吐いて覚悟を極めるウェールズと、やる気満々な地下水が再び“エア・ニードル”
で武装した。

62銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:39:28 ID:AamgRZTI
 今度は挟み撃ちは出来ない。ギーシュの左足は折れて動かないし、立ち位置を今更変えるこ
とも出来ないからだ。
 ギーシュも覚悟を決め、二人に運命を託す。
 その時、ミノタウロスが斧を振り上げ、また魔法の詠唱を始めた。
「……っチャンスだ!何の魔法を使うかは分からないけど、あいつの体を異常に頑丈にしてい
る魔法は、他の魔法と併用出来ない!」
「よっしゃあ!いい情報だ、ギーシュ!行くぞウェー公!」
「ウェー公とはなんだ!?ウェー公とは!」
 片足を引き摺りながら走り出した地下水の横を、ウェールズが駆けて先にミノタウロスへと
接触する。
 肉体の強靭さが半減しているのであれば、狙う場所はいくらでもある。
 体勢を低くし、こちらを無視して詠唱を続けるミノタウロスの足元へと潜り込んだウェール
ズは、そのまま風の刃を纏った杖を振ってミノタウロスの足首を切り裂いた。
 確かに強靭さは失われていて、エア・ニードルの刃は面白いようにミノタウロスの肉まで裂
いていく。
 ミノタウロスの巨体がぐらりと揺れて、地面に膝を突いた。
 そこに決して速くない速度でギーシュが近付き、エア・ニードルの刃を繰り出した。
「俺達の勝ちだ……!」
 地下水の刀身が、ミノタウロスの額へと吸い込まれていく。
 コレで終わりだと、勝利への確信がギーシュとウェールズの胸に刻み込まれる。
 だが、地下水は自分の言葉を心の中で否定し、舌打ちするように刀身を揺らした。
「そうか、コイツ……!水のメイジ……!!」
 それだけ言葉を発したところで、地下水の本体が握った腕ごと空高く舞い上がった。
 ギーシュの左腕が、肘の少し上から途切れている。
 呆然とするギーシュの目が、暴風のような勢いで持ち上げられたミノタウロスの腕を追う。
 斧が真っ赤な血を巻き上げて、天を突くように握られていた。
 ごふ、ごふ、と歪な笑いが耳に届いた。
「……治癒の魔法か!」
 何事も無かったように立ち上がったミノタウロスの脇腹と足首に目を向けて、自分がつけた
はずの傷が消えているのを見たウェールズが、表情を歪めて真実を言い当てる。
 欠損した左目までは治らないようだが、背中からは氷の塊が落ちて新しい肌が覗き、地下水
が傷つけた首筋も毛皮が再生していた。
 ウェールズが攻撃してくるのを無視していたのではない。攻撃されても問題なかったから放
置していたのだ。
 圧倒的な生命力に治癒の魔法を加えることで、あっという間に傷を塞ぐ。魔法による肉体の
強化など、ただの保険でしかないということだろう。
 化け物め。
 思わず、ウェールズの口からそんな言葉が零れた。
「う、うあああぁぁあぁ……!?」

63銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:40:44 ID:AamgRZTI
 左腕を失い、傷口から大量に血を溢れさせたギーシュが、地下水の支配から解放された瞬間
に襲った全身の痛みに喉の奥から悲鳴を洩らし、地面を赤く染める自分の血を視線の合わない
目で追う。
 壊れた人形のような動きで体をガクガクと動かし、顔色を青く染めている。
 このままでは、失血死する。
 危険を覚えたウェールズがギーシュに駆け寄ろうとするが、ミノタウロスの斧がその進路を
塞ぎ、殺気が身を足を踏み止まらせる。
 地面に落ちたギーシュの左腕を持ち上げ、ごふ、と笑ったミノタウロスは、握られている地
下水の刀身を引き剥がし、じろりと睨み付けた。
「……ああ、クソ。やけに詠唱が長かったのは、そういうことか。俺の対策も出来てるってこ
とかよ。用意周到で素晴らしいったらないな、ド畜生が」
 ミノタウロスに触れた瞬間乗っ取ってやろうとした地下水が、忌々しそうに愚痴を零す。
 この亜人は、治癒とほぼ同時進行で肉体強化までやってのけたのだ。もしかすれば、肉体強
化の魔法は治癒の魔法の変形なのかもしれない。元が同じ魔法なら、そういう裏技も不可能で
はないのだろう。
 最後の切り札ともいえる乗っ取りまで失敗したことで、ウェールズの顔色も悪化し、しきり
に喉を鳴らすようになっていた。
「肉体は一級品。魔法も一流。まったく、スゲエな!感心するぜ!だが、コレで勝ったと思う
なよ。世の中には俺達よりよっぽど怖いヤツラがウジャウジャいるからよ。精々、叩き潰され
ないように僻地にでも引っ込んでるんだな、禁術使いのメイジさんよ」
 ただのナイフではないことを見破られ、このまま圧し折られるのを待つばかりと覚悟を決め
た地下水が、まるで悪役が最後を迎えた時のような言葉を並べ立て、何度も、ケッ、と吐き捨
てる。
 そんな地下水の負け惜しみに、ミノタウロスはまた、ごふ、ごふ、と笑うと、剣の先端を歯
に挟み、もう片方の手でナイフの柄の先端を摘んで力を入れた。
 地下水の体が弓なりに反って、キシキシ、と音が鳴る。
「させん!」
 地下水の危機に、ウェールズは杖を手にミノタウロスに踊りかかった。
 邪魔臭そうに降るわれた斧を掻い潜り、心臓に狙いを定めてエア・ニードルを突き出す。
 だが、前から向かったのが悪かったのだろう。ミノタウロスが降り抜いた斧は囮で、蹴り上
げられた足こそが本命だった。
 下から襲う膝に胴を殴られ、勢いを殺されたところに戻ってきた戦斧の柄が背中を叩く。
 潰れたカエルのように地面に打ち付けられたウェールズの体を、さらにミノタウロスは足蹴
にして、ぐり、と捻った。
「……ぁぁあああっ!」
 胸が圧迫され、肺の中の空気が押し出される。
 そうしている間にも地下水の体にはさらに力が加えられ、ぱりん、と何かが割れる音がした。
「おっわああああぁぁぁぁっ!痛くはねえけど、ちょっと怖いな!長生きし過ぎて、死ぬこと
なんてなんとも無いとばかり思ってたぜ!!はは、ははは、はははははははははは!」
 気が狂ったように笑い始めた地下水をギーシュは呆然と見詰め、その最後が訪れるのを待ち
続ける。

64銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:41:54 ID:AamgRZTI
 手がない。
 戦う手段が、何一つ。
 地下水も負け、ウェールズ殿下も地に這い、自分は全身が壊れた人形のようになっている。
 かち、となにかが頭の中に組み合わさって、ギーシュはまだ繋がっている右手に目を落とし
た。
 激しい戦いの中でも、一切放すことの無かった杖がそこにある。
 エア・ニードルはギーシュには使えないし、使えたとしてもミノタウロスをどうにか出来は
しないだろう。
 そもそも、なんで自分は杖を握っていたのか。
 なにかを動かしていたような気がする。それはとても大切で、自分の命と引き換えにしても
惜しくないもののような、そんな気が。
 しかし、杖は魔法を使うもので、魔法は消えてしまうものだ。そんなものを大切にしている
のはおかしいだろう。
 何を動かしていたんだろうか。ずーっと、一瞬でも手を放してはいけないはずなのに、その
理由が思い浮かばない。
 理由は思い浮かばないが、でも、手放してはいけないのだ。
 そうだ。杖は手放してはいけない。手を放したら、魔法が解けてしまうのだから。
 それは無意識だった。
 左腕から血が大量に流れ出たために脳は正しく働かず、思考は単調になり、複雑なことを考
えられなくなっていた。
 だから、ギーシュに出来たことは、至極身近な、幾度も繰り返してきた日常的な行為だけだ
った。
 幼い頃から繰り返してきた、貴族としての誇りを高めるための訓練。その際に、自分がもっ
とも得意としていて、父や兄に褒めてもらった一つの特技。
 理論的な思考も出来ない状態で、ギーシュは絶対に手放してはいけない杖を、折れた右腕で
持ち上げた。


 モンモランシーは走っていた。
 穏やかになってきた雨の様子など気にもしないで、靴が脱げて、靴下に穴が開くのも気付か
ずに。
 ギーシュが居なくなったことには、随分前に分かっていた。レビテーションで体を浮かせた
マリコルヌが適当に息を整えたのを見て、次はギーシュを休ませてやろうと後ろを向いたとき
には、もう彼は居なかったのだ。
 どれだけ探しても、名前を叫んでも、ギーシュの姿は見つからなかった。ゴーレムから降り
よう手足を振り回して暴れても、ギーシュのワルキューレは決してモンモランシーの体を離さ
ず、延々と走り続けた。
 そのゴーレムが唐突に力を失って崩れたのは、ついさっきのことだ。

65銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:42:36 ID:AamgRZTI
 ギーシュの身になにかがあったことは間違い無い。モンモランシーはいてもたってもいられ
なくなり、マリコルヌやシエスタの制止の声を振り切って駆け出した。
「はぁ、はぁ、はぁ」
 走ることがこんなにも辛いなんて、もっと体力をつけていればよかった。
 乱れ続ける呼吸にそんなことを思って、モンモランシーは目元に落ちてきた形の崩れた髪を
かき上げた。
 激しく波打つ心臓が自分の鼓動で壊れそうになっても、走ることを止めはしない。
 ふいに、つま先が何かに引っかかって体が投げ出される。
 小石に足を引っ掛けたのだ。
 自慢の金髪と衣服が泥で真っ黒に染まり、口の中に血の味が広がる。
 唇を切ったらしい。
 それでも、モンモランシーは立ち上がって、また走りだした。
「ギーシュ……、ギーシュ……」
 吐き出す息の傍ら、気障でバカで間抜けでスケベな少年の名前を繰り返し口にする。
 自分がやっていることは、彼の努力を無駄にしているのだろう。何も言わずに一人だけ姿を
消したのは、自分達を逃がすためだったのに。
 でも、耐えられなかった。あのまま逃げ延びたとしても、きっと自分の人生は色褪せてしま
うはずだ。赤を赤と、緑を緑と、青を青と言えない世界に変わってしまう。
 これが恋だとか愛だとかいうものなのかは分からないが、名前をつけるとしたら、きっとそ
ういう名前なのだろう。
 でも、それがなによりも辛かった。
 こんなにも苦しくて悲しいのなら、恋も愛も知らなければ良かった。
 乱れた呼吸が込み上げるものと交差して喉に引っかかり、息苦しさに膝を突く。
 下半身の感覚が曖昧になって、膝に力が入らなくなった。手を地面について、それで体を支
えようとしても、何故だか背中が曲がって顔が下を向いてしまう。
 まだ死んだと決まったわけじゃない。泣くには、まだ早い。
 視界が曇るのは雨が目に入ったからだ。鼻の奥が熱くなったのは風邪を引いたからで、喉が
震えるのは埃を呑み込んでしまったからだ。
 わたしはまだ泣いてない。
 震える膝を叩いて、重い頭を持ち上げる。
 いつの間にか雨は霧雨に変わり、視界は随分と開けていた。
 厚い雲の隙間から光が伸びて、地上を照らし始めている。景色の向こうはまだ黒く染まって
いるから、一時的な天候の変化なのだろう。
 僅かに覗く青い空の下で太陽の光に照らされたモンモランシーは、そこでやっと、誰かが近
付いてきていることに気付いた。
 どこかで見た金髪に気障な笑み。
 雨に濡れたせいか、癖のある巻き毛は直毛に近付き、作り物だった笑みには自然な優しさと
力強さが宿っていた。
 差し伸べられた手をぼやけた視界に納めて、モンモランシーは胸の中に湧き上がる感情を言
葉に出来ないまま飛びついた。

66銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:44:05 ID:AamgRZTI
「ギーシュ!」
 首に腕を回し、頬を摺り寄せ、全身で抱き締める。
 腕の中にある戸惑うような感触に愛おしさを呼び起こされ、零れる涙を思い切り首筋に染み
込ませて、それでも足りないと、モンモランシーは肌に唇を触れさせようとした。
 途端、背後から強風が襲い掛かり、二人を吹き飛ばした。
「きゃあああぁぁああぁっ!?」
 悲鳴を上げて雨に濡れた街道を転がり、体の隅々まで泥でぐちゃぐちゃに変える。
 絡めた腕が解け、温もりが逃げていくことに抗うように手を伸ばして、モンモランシーは金
色の髪を追った。
 涙が地面に落ちる。
 突然の風によって、いくらか感情が落ち着いたのだろう。次から次へと溢れていた涙は、少
しだけ勢いを止めてていた。
「いたた……。すごい突風だったわね。大丈夫だった、ギーシュ。……ギーシュ?」
 伸ばした手の向こうにいるはずの、どう関係を言い表せばいいのか分からない友人の姿を見
詰めて、モンモランシーは疑問符を浮かべる。
 そこにいる友人の背格好が、記憶のものと重ならなかったのだ。
「ギーシュ、ちょっと背が伸びた?着ている服も変わってるし、顔も大人びたような……」
 言葉の終わりに向かって声が震え、暖かくなっていた体が急に冷め始める。
 雰囲気が違う。ギーシュはこんなふうには笑わない。
 ギーシュじゃない。
「あなた、誰?ギーシュはどこ?ねえ……、ギーシュはどこよ!?」
 詰め寄るモンモランシーに眉を寄せて言い辛そうに表情を変えた目の前の男は、指をゆっく
りとモンモランシーの後方に向けて、優男らしい笑みを口元に浮かべた。
 指の指す方向を追ってモンモランシーが振り返る。
 突風が、また吹き荒れた。
「きゅいきゅいーっ!」
 地面を満たす雨水が巻き上がってモンモランシーの視界を覆い隠してしまう。それでも、ど
うして風が吹いたのかは理解出来た。
 特徴的なこの鳴き声を間違えるはずが無い。
「シルフィード!」
 晴れ上がった空のように真っ青な鱗の竜が舞い降りて、その背中からタバサと才人が飛び降
りる。そこにさらにもう一人、才人の手を借りて長い金髪の少女が地面に足をつけた。
「こっち」
「は、はい!」
 タバサに導かれて、少女が小走りに土色の山へと近付いた。
 いつの間にあんなものがあったのだろうか。
 雨や風に邪魔されて見つけることの出来なかった街道に出来た奇妙な盛り上がり。そこにも
たれ掛かるようにして座り込んだ少年に、少女は左手を伸ばして魔法に似た詠唱を始めた。
 そこにもまた金色があった。
 見慣れた巻き髪と、趣味の悪いシャツ。いくらか悪くなった顔色にもめげることなく、様に
ならない気障な笑みを浮かべている。

67銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:45:58 ID:AamgRZTI
 造花の薔薇が一輪、その胸元に花開いていた。
「ギーシュ!」
「やあ、モンモランシー」
 弱弱しい声に奇妙なイントネーションが混じって、懐かしい響きを胸に届けてくれる。
「本物?本物のギーシュよね?」
「何を言ってるんだい、モンモランシー。この青銅のギーシュが、この世に二人といるはずが
無いじゃないか」
 この軽口は、間違いなくギーシュだ。
 また目頭が熱くなって、じわりと目元が水っぽくなる。
「こ、このバカ!心配したのよ!?一人で勝手に居なくなっちゃって、出来もしないことに格
好つけて……!」
 ミノタウロスを一人で足止めするなんて、ドットクラスの人間に出来るはずが無い。戦いに
特化している火のトライアングルのキュルケですら負けたのだ、ギーシュが今生きていること
は奇跡だろう。
 ぼろぼろと涙を溢している事に気付いていないのか、モンモランシーはポケットから濡れた
ハンカチを取り出すと、ギーシュの頬に付いている土汚れを乱暴に拭って、鼻を啜った。
「出来もしないことって……、僕、結構頑張ったよ?一太刀っていうと変だけど、しっかりと
痛い目を見せてやったんだ」
「グス……、別に嘘付かなくてもいいわよ。ゴーレム走らせるために、魔法使えなかったんで
しょ?無理に格好つけなくったって、生きてただけで十分なんだから」
「……嘘じゃないんだけど、ま、いいよそれで」
 はは、と乾いた笑いを上げて、ギーシュは深く息を吐いた。
「で、ミノタウロスはどうなったの?あんたがここに居るってことは、どっかへ行っちゃった
のかしら」
 周囲を見回してそんなことを言うモンモランシーに、もしかして気付いていないのか?と視
線を少しだけ後ろに向けたギーシュは、動かない両腕の変わりに顎を使って自分が凭れ掛かっ
ている土色の山を示した。
「ミノタウロスなら居るじゃないか。ここに」
「……は?あんた何を言って……、っきぃやああああああああああぁぁぁぁぁっ!?」
 モンモランシーの視線がギーシュの顎の動きに釣られて下を向き、土の山かと思っていたも
のが、実は茶色い毛皮の塊であることを認識する。そして同時に、口から隣国まで届くのでは
無いかと思えるような悲鳴が飛び出した。
「な、な、なんで、なんでミノタウロスがこんなところで寝転がってお尻掻いてるのよ!?と
いうか、額にナイフが刺さってるのはなんで!?ゆ、夢?これって夢!?」
 ギーシュが背中を預けている土色の毛皮を持つ亜人は、欠伸をするついでにケツを掻き、タ
バサに杖で頭をポコポコ叩かれている。
 どうしてか、そこには親しげな雰囲気さえあった。
「し、質問は構わないんだが……、僕、怪我人だから、抱きつかれたりすると……」
「きゃああああ!う、腕が、腕が無いわよ、ギーシュ!?やっぱり夢?夢よね、絶対!」
 苦悶の声を上げたことでギーシュの姿を確かめたモンモランシーが、また悲鳴を上げた。

68銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:47:27 ID:AamgRZTI
 紐で縛って止血された左腕は切断面が露出し、筋肉や骨を剥き出しにしている。先程までは
服の断片で傷口を覆ってあったが、ティファニアが取り外してしまったのだ。
「み、右手も変な方向に曲がってる!?足も、って、胸の辺りも変に柔らかいんだけど……」
「それはそうさ、折れてるからね。ああ、でも大丈夫。見た目ほど痛くは無いよ。感覚が麻痺
してるだけかもしれないけどね!はっはっは!」
 テンションを高くして笑うギーシュに、才人やウェールズが肩を竦めて苦笑いを浮かべる。
「うええぇぇ……」
 再会の感動とか生きる喜びとか、そういったものとはまったく別の意味で泣きが入ったモン
モランシーの目の前で、今度は金髪の少女が青白い光を放つ指輪をギーシュの切断された左腕
に近付け、細胞を刺激する。
 にゅるり、と細いタコの足が伸びるようにして切断面から新しい腕が生え始め、なんだか気
持ち悪い動きをしてギーシュの腕を再生した。薄く張った皮膚の下に浮かぶ血管がドクドクと
波打ち、切断された部分を境目に日焼けなどの肌質の差が生まれる。やがて、肌が厚く張って
元の色を取り戻すと、ギーシュは嬉しそうに声を上げて、生えてばかりの左手を二度三度と握
ったり開いたりを繰り返した。
 ティファニアの持つ指輪の力によるものだが、再生過程はホラーそのものだった。
「……ふぅ」
「ああっ、モンモランシー!?」
 衝撃的な映像が多過ぎて、脳が付いていけなくなったらしい。
 肺の中の空気を吐き出して気を失ったモンモランシーを、ギーシュは新しい腕で支え、いつ
の間にか骨折から回復している右手で頬をペチペチと叩く。
 まったく反応が無い。
 暫くの間、モンモランシーが目を覚ますことは無さそうだった。
「褒めてやってくれ、姐さん」
 腕に抱いた愛しい君の名を連呼するギーシュに生温い視線を向けていたミノタウロスが、自
分の頭を叩き続ける少女に声をかけた。
 結構な速度で振られていた杖が止まり、青い髪の少女の首を傾げる姿が獣の瞳に映る。
「このガキ、最後まであの薔薇みたいな杖を手放さなかったんだぜ。腕圧し折られても、左腕
をぶった切られても、失血で意識を朦朧とさせてても、杖だけは手放さなかったんだ。お陰で
助けられた。二十年も生きてないガキに、俺も、ウェールズの兄ちゃんもよ」
 ミノタウロスが上体ごと首を後ろに向けて、そこにある人の形をした人形に視線をやった。
 雨に濡れた体を雲の隙間から差し込む光に照らして黄金色に輝かせている青銅の人形。不動
の佇まいのそれが、どこか誇らしそうに空を見上げていた。
 その姿が、何故かギーシュが抱いている少女の姿に似ているのは気のせいではないのだろう。
「斧に錬金をかけて人形に変えやがった。杖がなければメイジは魔法が使えねえ。その辺のと
ころを、この体の持ち主は軽く見てたんだろうな。なまじ、魔法が無くても強えから」
 メイジの杖には普通、“固定化”や“硬化”がかけられている。戦いの最中に壊れては困る
からだ。だが、ミノタウロスはそれを怠った。
 斧という武器を杖の代わりをしているが為に、杖という概念をいつの間にか忘れていたのだ
ろう。

69銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:48:15 ID:AamgRZTI
 強靭で強大な肉体を得た代わりに、慢心を抱いた。それがミノタウロスの敗因だ。
「あー、しかし、疲れたぜ。なんかこう、気分的に。久しぶりに死の恐怖ってやつも味わった
しな。早く帰って休みてえ」
 疲れ知らずの地下水がこうまで言うのだから、相当な激戦だったのだろう。
 気絶したモンモランシーの目を覚まさせようと元気に騒ぐギーシュを見て、タバサは未だ信
じらない彼の活躍を脳裏に描き、深く息を吐く。
 空にはクヴァーシルが舞っていて、こちらの様子を見て高く鳴いている。そう時間もかから
ない内に、先に一度合流したマリコルヌたちも戻ってくるだろう
 とりあえず、全員生還。
 ウェールズやティファニアや地下水がなんでここに居るのか、とか、キュルケの髪のことと
か、馬車の御者や客の親子をどうするのか、とか。いろいろ問題や疑問も残っているが、それ
は後回しでいいだろう。
 自分も疲れた。
 ふらふらと揺れながら歩いて自分の使い魔に寄り添ったタバサは、同じように疲れた様子を
見せるシルフィードの頬を撫でて、腹の虫を鳴らす。
 長いようで短い宝探しの旅が終わりを向かえた。空は相変わらず雨模様で、あまり物語の締
めくくりには相応しくないように思える。
 それでも、終わりは終わり。ピリオドは打たれたのだ。
 森の中から猫が一匹顔を出し、一時の晴れ間を見上げて小さくクシャミをした。

70銃は杖よりも強いと言い張る人:2008/12/05(金) 20:55:38 ID:AamgRZTI
以上、投下終了。
大方の予想通り、ミノタウロスが味方(?)になりました。
さあて、次はどの人外を加えようかなあ。くくく……。

本当はギーシュに格好いい決め台詞を言わせるつもりだったけど、なんからしくないのでやめた。
ギーシュの嫁はモンモランシー。モンモランシーの婿はギーシュ。異論は認めない。
才人の嫁についての議論は知らん。だが、ティファニアはやらん。アレは俺の娘だ。
猫は以降登場予定なし。今回限りの超モブキャラ。

どうでもいい設定
ミノタウロスの額に地下水が刺さってるのは、ギーシュとウェールズの八つ当たり。
ちなみに、あと三ミリほど深く刺さっていたらミノタウロスは死んでいた。

71名無しさん:2008/12/05(金) 21:46:47 ID:qewzlhvA
降りしきる雨の中の死闘!真に乙でした!

72名無しさん:2008/12/05(金) 22:25:24 ID:vyJBxLiA
>才人の嫁についての議論は知らん。
そういえばルイズの出番が無かったのを思い出したw
才人とタバサとの絡みはボケとツッコミみたいな感じで悪くない

73名無しさん:2008/12/06(土) 18:16:42 ID:jKnvAdYU
ギーシュかっこよすぎw
腕持ってかれた時はどうなることかと思ったがw
まあ今はしばし休めギーシュ


 ル                    て  っ
  ザ                あ        な
   ち             げ             に
    ゃ            る 
     ん           よ               態
      の           ウ               
       た            フ             変
                      フ        
         め                       も
                              で
           な             ら
                      く
             ら   い

74名無しさん:2008/12/06(土) 20:38:27 ID:M3chIWYU
GJ!!また人外が仲間にwww

75名無しさん:2008/12/08(月) 13:51:11 ID:gKbA3V6I
系統魔法はメイジの血統だけしかつかえない、
亜人がつかうのは杖がいらない先住魔法のハズじゃ・・・

76名無しさん:2008/12/08(月) 19:16:02 ID:nvSJX2sg
タバサの冒険2を読んだ後で>>75の意見がどう変わるのか楽しみだ

77名無しさん:2008/12/08(月) 20:33:28 ID:gKbA3V6I
>>76
自分の脳をミノタウロス に移植するメイジが何人もいるわけないだろw

78名無しさん:2008/12/08(月) 21:02:08 ID:ZuJLtc/o
で、あれがモット伯邸に住んでた理由はやっぱりエロタウロスだったから?

79名無しさん:2008/12/11(木) 03:52:07 ID:qDxxdCS6
>>77
このミノが件のラスカル…もといラルカスその人なんじゃないの?
人と言っていいのか甚だ疑問だがw

80名無しさん:2008/12/11(木) 10:19:32 ID:91PQ0N9Y
前スレの桃髪さん乙です。
コルベール先生格好良すぎるけど微妙な残虐性が見え隠れしているのが気になる。



銃杖さん乙です。
ギーシュ!男らしすぎる!
モンモランシーの気絶も仕方ないぐらい男らしすぎる。
しかしこの歳でミノタウロス討伐とかを成し遂げたとしたらかなりの英雄扱いじゃね?すげえ。

81名無しさん:2008/12/11(木) 21:38:40 ID:XDCwdlxw
銃杖の人GJ!!
ホルホルもエルザの扱い方に慣れてきたんだなーw
でもホルホルのニヒルな笑みが出てこなくなってきてるのは状況のせいか?

それと今回のギーシュはカッコ良かったw
痛みに耐えてよく頑張ったッ!!
感動したッ!!

82桃髪と銀髪 外伝 イザベラさんの冒険:2008/12/18(木) 09:42:32 ID:7jIqzPP.
イザベラさんと翼竜人

「はあっ……はあっ……はっ……」
 追っ手の気配に身を竦ませつつ、ぼろを着た少年が走る。その懐には、一日分の僅かな
稼ぎがある。妹と二人、今夜を凌ぐためのカネだ、失うわけにはいかない。
「走れ……走れ……クケケッ」
 やはりぼろを着た一団が、少年を追う。それぞれの手に隠した得物が時折、鈍く光る。

 王都リュティスの西の外れ、裏道である。人口三十万を誇るハルケギニア最大の都市に
は、富と繁栄の大きさに比して、ゲスもまた多く棲んでいる。落ちぶれ生きるしかない、
弱い者たちが、さらに弱い者を叩く、そんな夕暮れだ。
 やがて必死の逃走も空しく、少年は袋小路へと追い込まれる。
「ひぃッ」
「おらおら、諦めたら黙ってカネを置いて――」
 しかしそんな彼らの恫喝は、残念ながら中途にて断絶する。
「邪魔だ。どけ」
 どげし、と背を蹴られたゲスの一人が倒れ、その上をがすがすと歩く者がいる。しかも
ピンヒールで、だ。高い踵から伸びる、細く長いその先端が、倒れた男の身体を容赦なく
刺すが、彼女は構わず歩く。最後に一つ、ごきり、と倒れた男の首からいやな音が響いた
が、もちろん構わない。
 薄暮にも明らかに上質と判る、軽く柔らかい生地のドレスの丈はあくまでも短く、その
色は限りなく深い青だ。深く切り込まれた胸元から、雪のように白い肌が覗く。肩にかけ
た色のない肩掛けがふわりふわりと、歩みにつれて謳うように、泳ぐようにたなびく。無
造作に流れているかに見える髪の手入れはしかし完璧で、それゆえの輝きが落ちかけた夕
陽を映し、まばゆく青い。
「ッな! なな何だテメエは!」
 リーダー格の男が蹴倒され、踏み落とされる音を聞いて呆然としていた一人が、我にか
えって叫ぶ。叫ぶのだがしかし、彼の言葉は彼女の耳には届かない。彼女はゴミ以下の存
在の言葉など、決して聞かないのだ。
「おい」
 袋小路の壁に向かってかつかつと歩く彼女が、その前に立ち尽くす少年に声をかける。
「はっ、はい」
「ここは行き止まりだ。どこに行くつもりだ?」
「いや、あの、逃げてここに……」
「ん?」そう言うと、彼女はくるりと後ろを振り返る。
「アレ、か?」
「は、はい……」
 フン、と鼻息一つ。男たちに手招きをする。ぼろを纏い手には刃物のゲスどもを、従者
でも呼ぶように、そうするのだ。あっけにとられ、一度では身じろぎもできなかった男た
ちだが、彼女の二度目のそれが、明らかな苛立ちをもって行われていると察すると、慌て
て従い、整列する。何だ、何なんだこの女は? 俺たちは泣く子も黙る――
「お前ら、この子を追ってたんだって?」
「いやいやいや、そんなことは――」どうしてか、下手に出てしまう。
「追ってたんだろ?」
 青い瞳が、圧倒的な眼力でゲスどもを睥睨する。
「……はい、そうです」
「そうか。お前らはわたしのツレを追いかけ回して、ここに追い詰めた。それで間違いな
いんだな?」
「あなた様のッ……。いえ、いやッ、し、知らぬこととはいえ、まことに――」

83桃髪と銀髪 外伝 イザベラさんの冒険:2008/12/18(木) 09:43:42 ID:7jIqzPP.
「ごめんなさいは?」
「は?」
「ごめんなさいも言えないのかッ!」
 そこで彼らはようやく気づくのだ。目の前に聳え立つ彼女が、その容姿が、どこからど
う見ても『高貴』そのものであることに。そしてそれ以上に、その瞳に宿る暴虐が、自分
たちを虫けらのように踏み潰しても『構わない』と、決めつけていることを。
「ご、ごめんなさひぃ」
「よし」満足げに彼女が笑う。意外にも、意外にも、その表情はとても朗らかだ。
「悪いことをしたら謝る。そして同じことは二度としない、そうだな?」
「はッ、はい! 決して!」
「ははっ、いい返事だ。いいぞ! では解散だ!」
「失礼しますッ」
 そして蜘蛛の子を散らすように去っていく、ぼろを着た男たち。彼らはもう、二度とし
ないだろう。

「あ、ありがとうございました」
「ふん、男が軽々しく礼など言うな。この程度で恩に着られたらこそばゆいわ」
「はあ」
「いいから。ほれ、帰るとこはあるんだろ?」
「は、はい。で、では失礼します」
 ぺこりと頭を下げ、立ち去ろうとする少年。その背に彼女が声をかける。
「おい、ちょっと待て」
「は、何でしょう?」
「お前、怪我してるじゃないか」
「さっき、転んじゃって……」確かに、少年の踝からは血が流れている。必死だったので
痛みこそは感じていなかったようだが、まだ血が止まっていないところを見ると、そこそ
この深手ではあるようだ。
「どれ、見せてみろ」
 そう言うと、少年の足元に膝をつき、小声でルーンを刻む。
「……イル・ウォータル・デル」
「あっ……!」
 おそらくこれが初めての経験なのだろう、水の魔力で見る間に修復されていく自分の踝
を見て、少年が驚きの声を上げる。
「何だ? 『ヒーリング』を知らんのか?」
「はい。すごいです!」
 ぽんぽんと踝を叩き、どうだと少年を見やると、膝を払い、立ち上がる。
「こんなもの、初歩の初歩だよ。いつか気が向いたら、もっと凄いのを見せてやるよ」
「はい!」
「じゃ、またな。少年」
 そういうと彼女は『アンロック』を唱え、開いた壁の向こうに消えていった。その退場
を見送った少年が叫ぶ。
「すげえ! 格好いい! 何だあれ!」そして、ぽっ、と赤くなって呟く。
「あんなきれいな人も、いるんだなぁ」
 そして少年が、妹の待つ家へ駆け出す。軽やかな足取りだ。

84桃髪と銀髪 外伝 イザベラさんの冒険:2008/12/18(木) 09:44:28 ID:7jIqzPP.
「やれやれだな」
 ゴゴゴと閉まる壁をあとに、ごきごきと首の骨を鳴らしつつ、ひとりごちる。慣れない
ことをすると肩が凝るのだ。そこに――
「見てましたよ!」
「さすがイザベラさん!」
「俺たちにできないことを平然とやってのける!」
「そこにシビれる!」
「あこがれるゥ!」
 わらわらと集まってくる手下ども。皆、とてもイイ顔をしている。
「ななな、何だお前たち! 覗き見とは卑怯だぞ!」
 ぼん、と音の出る勢いで朱に染まるイザベラ。不覚ッ、人助けをする姿を見られるくら
いなら、全裸で踊る方がマシなのにッ!
「そ・こ・で! 俺様のさりげない魔法サポートよ!」
 イザベラの太腿から、訊かれてもない声がする。空気をまるで読まない上に、誇らしげ
なのがムカつく。
「おまっ、地下水ッ! またお前はそんな羨ましいところに納まりやがって!」
「てめええぇ、イザベラさんから離れろオオォッ!」
「小刀の分際でイザベラさんの玉の肌に触れただとォ!」
「だから靴用の仕込みナイフに改造しようって言ったじゃないですかァッ!」
「そうだ! こんなヤツは足蹴にされてるのがお似合いなんだよ!」
「まあまあ君たち、そう言うなよ。嫉妬は醜いぞ?」
 イザベラのドレスの下、太腿の見えるか見えないかのぎりぎりのところに吊られている
ナイフ、それが〝地下水〟である。喋る剣、すなわちインテリジェント・ナイフであり、
イザベラの魔法力の種明かしであり、北花壇警護騎士団所属のあらくれの一人である。
「コロス」
「ぶっ殺」
「溶かす」
 結局はいつも通りに、やいのやいのと大騒ぎである。イザベラの隣に立つことが最大の
名誉である彼らにとって、携帯に向いている、というだけの理由で四六時中、イザベラと
時を過ごしている地下水の存在が、どうにも腹立たしく羨ましくて仕方がないのだ。
「うるさいうるさい! うるさい!」
 叫ぶイザベラの声が、いつもより少しだけおとなしいのは、照れた顔を戻すのに忙しい
からだ。

「イザベラさん、任務が来ましたぜ」
 いつも通り、大騒ぎの酒宴がお開きになったあとに、副長が書簡を持って近づく。
「ん? 今度は何だって?」
「翼人の討伐だそうで」
 隣国ゲルマニアとの国境に広がる森。〝黒い森〟と称される広大な地域の端、林業とそ
の加工で成り立っている村からの、依頼である。翼人は森に居を構えるのだ。つまらない
縄張り争いの仲裁か。なら今回は少し遊ぶか。『翼人の』と聞いただけで、イザベラはそ
こまで考察した。
「そりゃまた、楽な任務だこと」
「ですね。面倒臭くて誰もやりたがらなかった、というところでしょう」
「確かに、面倒な予感はするね。便利屋か何かと勘違いされてるのかしら」
「まあ、そうはいっても報酬はいつもと同じですから。そろそろ酒樽が淋しくなってきて
ますし」
「呑み過ぎなんだよ、お前らは。まったくもう」
「もし? うちのランキング一位はイザベラさんですよ? 依然、変わりなく」
「う、うむ。そうだったな……。まったく不甲斐のない奴らよ。もっと精進するように伝
えておきな!」
「イエス、マム。ガツンと言っておきますよ」
 自身は一滴も呑まない副長は気楽に応える。ま、だからこそ副長に納まっていられるの
では、あるが。

85桃髪と銀髪 外伝 イザベラさんの冒険:2008/12/18(木) 09:45:03 ID:7jIqzPP.
 北の本来の仕事は、特定の〝人物〟を消すことだ。それは政治であり、経済であり、宗
教であり、まあ要するにくだらない欲の皮の代行だ。くだらないから、イザベラはその結
末を好きに決める。任務が完了したという体裁さえあれば、誰も文句は言わないからだ。

 翌朝。誰も朝食など食べる気もしないのだが、全員が集まれる場所が食堂だけなので集
まる。赤い顔と青い顔、そして黄色い顔が集う。
「そこの二人、また黄疸が出てるぞ。断酒三ヶ月」
「そ、そんなあ」
「まだまだ飲めますよお」
「そうやって酒で死んだお前らの墓の前で、わたしにどうして欲しい?」
「えっ?」
「泣いてなんかやらないぞ。これは絶対だ。むしろお前らの墓の上でジグを踊ってやる」
「くっ」
「そ、それはそれでッ!」
「このバカ! わたしを得るために死んだら、それで最後。指一本触れられないんだぞ」
 そこで彼らは思い出す。この団、唯一の鉄の規則を。
「――戦場以外で死ぬな。忘れたか?」
「いえ!」
「忘れるはずがッ!」
「フン、ならばよし。お前らは断酒と謹慎だ」
 そして本日の本題に入る。
「さて、では今回の任務への参加人員を決めよう。まず、火がメインの奴、これは留守番
だ。きこりに請われて行った先で木を燃やしてたら、依頼者に殺される」
「そりゃそうだ」
「ちげえねえ!」
「で、お次だ。風の奴、これも分が悪い。相手は翼人だからな。風の精霊との契約は硬い
だろう」
「お、俺もかよう」
「くはは、残念だのう」
「土も同じだな。何せ連中は空の上だ。ゴーレムに唾をかけられるのオチだ」
「くそうっ!」
「空飛ぶのとか、卑怯ッスよ!」
「よって、今回の遠征は水メインで行く。水なれば連中の〝眠り〟にも耐性が高いからな。
皆、文句はあるまいな?」
「異議なし!」
「久々の出番だぜ!」
「ケッ! てめえグッドラックだぜ!」
 いつもは水のスクウェアである〝地下水〟がいるからと、後方待機を命じられがちな水
系統メイジたちが、猛る。攻撃より防御、癒しを主に請け負うあらくれだ。〝らしく〟な
いとからかわれることの多い、いかつい顔の優しいあらくれたちだ。
「イザベラさんを頼むぞ!」
「てめえら、イザベラさんに傷一つでもつけて帰ってきてみろ、焼き土下座だからな!」
「おうよ!」
 彼らにとってイザベラの戦術は絶対なのだ。それに逆らおうだとか、勝手にこっそりつ
いて行こうだとかは、決して考えない。なぜならば、彼女が頭に立って以来、この北花壇
警護騎士団の戦死者はゼロだからだ。
 むろん、任務があれば怪我の一つ二つは当たり前だ。腕を、目を失うものとて珍しくは
ない。ないのだが、不思議と誰も死なないのだ。彼女がここへ来た日の約束は、寸分違わ
ず守られている。そしてたぶんそれは、彼女がここにある限り続くのだろう。

86桃髪と銀髪 外伝 イザベラさんの冒険:2008/12/18(木) 09:45:54 ID:7jIqzPP.
「始まってるな」
「そうッスね、イザベラさん」
 ライカ欅の茂る森。イザベラとその一行が到着した頃にはすでに、人間側の実力行使が
始まっていた。昼だというのに薄暗い葉陰の中、対峙する異種族たち。
「弓と斧、か。あいつら殺されずに済むかねえ」
「いやいや、無理っしょ。ほら!」
 そう言って彼が指を向けたその先で、落ち葉が舞い上がる。十人ほどの男たちが、土中
から伸びた木の根に捉えられ、これから鉄片のごとき落ち葉にて処刑されようとしている。
「早ッ!」
「もう、どんだけーって感じっスよね。行っちゃいます?」
「依頼主に死なれたら困るからな」
 そう応えると、手下どもに号令を下す。
「止めるだけで充分だ。だから存分に〝止めて〟こい!」
「ういっす」
 聞くやいなや走り出すあらくれたち。水と風、水と土、そして水と水の魔法が迸る。
「――を得て刃と……ゲフッ?」
「ラグーズ・ウォータル!・デル……」
『カッター・トルネード!』
「イル!・ウォータル・スレイプ……」
『ウォーターシールド×4!』
「ラグーズ・ウォータル・イス!・イーサ……」
『ライトニング・クラウドッ!』
 いかん。ダメだこいつら。控えに長く置きすぎたかッ! 早く何とかしないと翼人が全
員終了でジ・エンドだ。わたしのプランに殲滅は含まれてないんだぞ!
「そこまでッ! やめいっ! 止めろとは言ったが、殺してもイイとまでは言ってないぞ
ッ! 見ろ!」
「あ……」
「あら」
「いや、こんなに……」
 そういえばこいつら、水系統だっての、自己申告だったよな。風のスクウェアスペル、
使った奴! あとで団長室に来い。いいな。

 そして彼は、魔力を持たぬ虫けら相手に、やりたい放題の暴威を振るおうとしたら、フ
ルボッコにされていた。ありえないッ。ありえないありあえない……
「おい、生きてるか?」
 イザベラが翼人のリーダーと思しき男を揺り起こす。
「ハッ!」
「おい!」
「……い、生きてる。生きてるよハハハ」
「スマン、やりすぎた」
「な、なんだって?」
「いや、だからスマン。うちの連中はちと、血の気があり余っていて、な」
 そこで翼人はそこで起こったことを反芻する。生意気な虫けらどもを……
「――う、うわああああああああああ!」
「おい!」
「うあああああああああああああああああああああああああああ」
 ぶつ、と、イザベラの脳裏に音が響く。この野郎。そうか、わたしの話を聞く気がない
か。そうか。
「あなた、わたくしの話を聞いていませんね? 人間の言葉などそれだけの意味もありま
せんか。そうですか。では、残念ですが、わたくしも人間の代表として最大限、できるこ
とをしなくてはなりません。あなたとはこれでお別れになりますが、よい旅をなされるこ
と、願っておりますわよ?」
 地下水の知る限り、最大の呪文を……
「は! すみません!」
 唐突に我に帰った翼人のリーダーが叫ぶ。よほど恐ろしい未来を体験して帰還したのだ
ろう。
「……口がキけるようにナった、カ。おマエは運がイいナ。ホんとウニ運ガいイ」
 何やら不自然極まりない口調で翼人に応えるイザベラ。彼女はもう、臨界寸前だ。

87桃髪と銀髪 外伝 イザベラさんの冒険:2008/12/18(木) 09:49:23 ID:7jIqzPP.
「なるほど」
 その一言でイザベラは感想を終わらせた。村人、翼人、そして北花壇警護騎士団の全員
が正座する、村の広場である。それぞれの言い分を聞いた、彼女の言葉は最高潮に重い。
「そこの」
 びくりと震え、立ち上がる二人。名を、ヨシアとアイーシャという。
「デキてんだろ」
「は、はい」
「じゃあ結婚しろ。今日だ」
「え、いや、は……?」
 そしてじろりと手下と翼人を睨みつける。
「お前らは会場の設営だ。いいか、わたしを失望させるなよ?」
「は、はいぃッ」
「あ、あっしらは?」村人の一人が尋ねる。
「料理だよ。決まってんだろ。この全員の腹を完全に、完璧に満たせ」
 絶対の、命令である。
「は、はいいいいいいいっ!」
 もう人も翼人もない、彼らは等しくイザベラの不興を買ったのだ。だから――


 そして村と森を挙げての結婚式が始まる。会場は、森を切り開いて新たに築かれた神殿
である。二つの種族が協力し、血みどろの努力の果てに建立されたのだ。半日で。

 限界に挑戦する勢いで盛り上がる、ヨシアとアイーシャの結婚式を眺めながら、翼人の
リーダーと村長の長子が肩を並べ、くたばっている。
「……なあ」
「……何だ?」
「俺たちってさ、何気に連携できてね?」
「ああ、俺もそう思ってたよ。半日で神殿だぜ? 半端ねえよ、俺たち」
「だよなあ。なんつうか、あれよ。いまさらかもしれないけどさ、ごめんな?」
「いや、俺たちもちょっと頑な過ぎたんだよ。ほんとスマン」
 夜の風が、男たちを優しく撫でる。共に今日を戦った二人を。
「翼と斧で組むと、さ。結構最強かもな……」
「あ、それ俺も思った! つか、作れないものなくね?」
「!」
 これが、友情の生まれる瞬間である。
「やろうぜ!」
「おう!」
「俺は死ぬまで、お前を裏切らない」
「俺はお前を、死ぬまで裏切らない」
「ん? あ、そうか。寿命が違うんだっけか。ははっ」
「そうだ。でも、だからこそだ!」
 認め合った男たちの笑い声が風に運ばれる。やがてこの村は大きく、豊かになるだろう。


「ああ、疲れた」
 帰途へつく馬の背に納まり、ようやく人心地ついたイザベラが唸る。
「お疲れッス。イザベラさん!」
「さすがッス。イザベラさん!」
「これで翼人も俺らの味方になったんスよね!」
「うるさい黙れ。団体行動を乱したお前らは帰ったら全員、お仕置きだ」
 ぎろりと手下どもを睨み回す。
「うわああああ!」
「お、俺たち皆、地獄の底まで反省してますからっ」
「ほら、俺たち全員水メイジ。だから翼人一人も死ななかった! それイイこと!」
 しかしイザベラはそんな彼らの泣き言を、華麗にスルーする。せめてお仕置きの内容を
考えて気を紛らわせようと、そう決めているのだ。

88桃髪と銀髪 外伝 イザベラさんの冒険:2008/12/18(木) 09:50:22 ID:7jIqzPP.
そして書き終わってから気づいたのですが、
ジョジョキャラ一人も出てねえよ! 何だそれ!

ダメだろっ、であればその旨のレス下さい。投下するの自粛しますので。

89名無しさん:2008/12/18(木) 21:17:36 ID:UcmwjINM
いや、ここ避難所だし。外伝だし。問題ないと思いますが。
イザベラ様素敵すぎるよw

90名無しさん:2008/12/19(金) 00:44:56 ID:D9WHSLak
 | 三_二 / ト⊥-((`⌒)、_i  | |
 〉─_,. -‐='\ '‐<'´\/´、ヲ _/、 |
 |,.ノ_, '´,.-ニ三-_\ヽ 川 〉レ'>/ ノ 
〈´//´| `'t-t_ゥ=、i |:: :::,.-‐'''ノヘ|   >>88
. r´`ヽ /   `"""`j/ | |くゞ'フ/i/    関係ない
. |〈:ヽ, Y      ::::: ,. ┴:〉:  |/      続けろ
. \ヾ( l        ヾ::::ノ  |、
 j .>,、l      _,-ニ-ニ、,  |))
 ! >ニ<:|      、;;;;;;;;;;;;;,. /|       ___,. -、
 |  |  !、           .| |       ( ヽ-ゝ _i,.>-t--、
ヽ|  |  ヽ\    _,..:::::::. / .|       `''''フく _,. -ゝ┴-r-、
..|.|  |    :::::ヽ<::::::::::::::::>゛ |_   _,.-''"´ / ̄,./´ ゝ_'ヲ
..| |  |    _;;;;;;;_ ̄ ̄   |   ̄ ̄ / _,. く  / ゝ_/ ̄|
:.ヽ‐'''!-‐''"´::::::::::::::::: ̄ ̄`~''‐-、_    / にニ'/,.、-t‐┴―'''''ヽ
  \_:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::\ /  /  .(_ヽ-'__,.⊥--t-⊥,,_
\    ̄\―-- 、 _::::::::::::::::::::__::/  /  /   ̄   )  ノ__'-ノ
  \    \::::::::::::::`''‐--‐''´::::::::::/  / / / ̄ rt‐ラ' ̄ ̄ヽヽ
ヽ  ヽ\   \:::::::::::::::::::::::::::::::::::::/      /   ゝニ--‐、‐   |
 l   ヽヽ   \:::::::::::::::::::::::::::::::/           /‐<_  ヽ  |ヽ



DIO様がイザベラ様の絢爛たる王道に興味を示されたようです


ガリア勢に勝ち目なくね?と前スレでキッパリ言ったばかりだったのに・・・・・スマンありゃウソだった

91ティータイムは幽霊屋敷で:2008/12/19(金) 20:49:25 ID:Xr9.YTmY
イザベラ様が大活躍、ジョジョキャラが一人も出てこない……。
なんというか他人事じゃない気がしますけど、面白ければそれで良し!

92名無しさん。:2008/12/19(金) 20:58:52 ID:7NeN4ZKs
GJ!!
イザベラ様、大宴会やたき火を囲んでマイムマイムを週一ペースで開催してそうだ。
ノリが完全に、夜盗、山賊、毛利ですね。

93ティータイムは幽霊屋敷で:2008/12/21(日) 19:36:48 ID:UBT4hSxI

ガリアの王都リュティス、ヴェルサルテイル宮殿は騒然となっていた。
トリステイン魔法学院襲撃の報は平穏、悪く言えば怠惰に過ごした家臣たちを叩き起こした。
取るものもとりあえず、駆けつけた彼等の居並ぶ姿は壮観というには程遠く、
また、何をするべきなのか判断も付けられずに右往左往するのみ。
止むを得ず、指示を仰ごうとオルレアン王の登場を待つばかりだった。

彼等を傍目に戦慣れした騎士達は部下を集めて出陣の準備を整える。
何が起きたかを知るよりも先に、いつでも行動できるようにしておく。
いつ戦争が始まるかなど始祖ではない彼等には与り知らぬ事だ。
だからこそ備えを怠る事はない、それでも間に合わないのならば仕方ない。
いざとなれば杖一振りで敵軍に突撃するだけの覚悟を彼等は持っていた。

しばらくして大理石の石床が甲高い音を鳴り響かせる。
身の丈よりも巨大な扉が両側に開かれ、シャルルは彼等の前に姿を現した。
家臣達を不安がらせぬように、ゆっくりと椅子に腰を下ろして口を開く。

「報告を」
「はっ! 先程届いた連絡によれば自然の物と思えぬ濃霧が学院一帯を覆い、
直後、それに合わせたかのように襲撃者の一団が無差別に殺戮を始めたとの事です。
……残念ながらシャルロット殿下の安否も、イザベラ様共々不明でございます」

王の言葉に、傅いていた家臣の一人が顔を上げて状況を伝える。
それを冷静に聞いていたシャルルも最後の一言には顔を顰めた。
報告を読み上げた家臣はそれがシャルロットの身を案じてのものだと思った。
しかし、それは不安故にではなく己の内に生まれた齟齬が原因だった。

何故、ここで自分の娘の名前が出てくるのか。
トリステインに赴く用件などないし、何よりも先程会話を交わしたばかりだ。
そもそも使い魔品評会は表沙汰に出来ぬ事情により延期されたというのに、
王都トリスタニアならともかく、トリステイン魔法学院が襲撃を受けているのか。
だが、その疑問は家臣の洩らした一言によって形を成した。

「まさか使い魔品評会当日を狙って襲撃してくるとは……」
「待て! 品評会は延期されたのではなかったのか!?」

ガタリと椅子から立ち上がり叫ぶ王の姿に家臣たちは互いの顔を見合わせる。
言葉の意味が理解できていない、臣下たちの態度は正にそれだった。
使い魔品評会が延期されたなどという情報は彼等の耳には届いていない。
彼等の中には東薔薇花壇騎士団を伴い、出立するシャルロットの姿を目にした者もいる。
困惑する家臣と狼狽する王、会議は混沌の様相を呈し誰もが事態を把握できずにいた。
ただ一人、遅れて会議場に現れたジョゼフを除いて。

94ティータイムは幽霊屋敷で:2008/12/21(日) 19:38:00 ID:UBT4hSxI

「随分と騒々しいな。これではおちおち昼寝も出来んではないか」
「ジョゼフ殿! 今がどのような時か判ってのお言いか!」

危急の事態だというのに、まるで無関心のジョゼフに家臣が声を荒げる。
確かに緊迫した状況の中でジョゼフの物言いは不遜も甚だしい。
だが連日連夜で職務をこなし、ようやく私室で仮眠を取っていた彼に言っても仕方ない。
事情を説明しようとする前にジョゼフは徐に家臣の問いに答えた。

「知っているとも。トリステイン王立魔法学院が襲撃を受けたのだろう?
今更取り立てて騒ぐほどの事もあるまい。十分に予期できた事態だ」

その返答に、シャルルをはじめとして会議場に集う全員がざわめく。
襲撃の件は混乱を招くまいと大半の者には伏せられ、ここにいる面々だけに知らされた。
遅れてやってきたジョゼフがこの事態を知るはずなどないのだ。
だからこそ、予期していたという言葉が重く真実として彼等に響いた。
“ならば何故、その旨を進言しなかったのか”
“参加を中止していれば、このような事態は防げたのではないのか”
口々にジョゼフを非難する家臣たちを手で制し、シャルルは彼を問い質す。

「……では、品評会の延期というのは」
「俺の創作だ。色々あったようだが使い魔との契約には成功したらしい」
「まさかシャルロットが言っていた馬車というのは……」
「ああ、無断で拝借した。一国の王女が護衛も連れずに竜籠で向かえば怪しまれるからな」

シャルルの口から奥歯を噛み締める音が響く。
重大事でありながら彼は何も知らされてはいなかった。
助けられたという感謝の念よりも、自分を蚊帳の外に置いたジョゼフが許せなかった。
事前に打ち明けられたならば、いくらでも対処のしようはあった。
参加を中止するのは勿論、警備を厳重にする事で襲撃そのものを防げた筈だ。
襟首を掴んで怒鳴りつけたい気持ちを堪えてシャルルは呟いた。

「ではイザベラも引き上げさせているのだな」

僅かに安堵の溜息がシャルルの口より洩れた。
疎遠とはいえイザベラはシャルルにとっては血の繋がった姪だ。
ジョゼフが襲撃を察知していたのならば、わざわざ彼女を危険に晒すまい。
魔法学院には東薔薇花壇騎士団と影武者だけしかいない。
納得は出来ないが被害は最小に留まるだろうと考えていた。

「いや、アレには何も伝えていない」

そんなシャルルの心中を無視してジョセフは平然と言い放った。
危険の只中、襲撃者達が跋扈する魔法学院に放置した、と。

顔面を蒼白にしたシャルルと、無表情のままのジョゼフ。
騒然とする会議場の中で、立ち尽くす二人の間に静寂が訪れる。
シャルルは兄の考えを読み切れずにいた。
たとえ冷酷な人物であろうとも何の理由も無く自分の娘を命の危険に晒すとは思えない。
思案の末、思い至った結論にシャルルは我を忘れてジョゼフの襟首を掴んだ。

95ティータイムは幽霊屋敷で:2008/12/21(日) 19:38:50 ID:UBT4hSxI

「兄上! 貴方という人はどこまで……!」

突然の王の行動に、家臣たちも慌てて止めに入ろうとした。
だが、今度はジョゼフが手で彼等を制す。
真実を知ればシャルルが激怒するのは目に見えていた。
だからこそ彼は甘んじてそれを受けるつもりだった。
俯いたシャルルの表情は悲しげで、胸中を吐き出すように言葉を紡ぎ出す。

「自分の娘を囮にして……何故、兄上の心は痛まぬのですか」

1メイル先も見えない濃霧の中、襲撃者達はどうやってシャルロットを見分けるのか、
それを考えた時にジョゼフの真意をシャルルは理解した。
ガリア王家の血筋の特徴である青い髪と王家に相応しい身形。
ジョゼフがイザベラにドレスを送ったと聞いた時には、彼女へのプレゼントかと自分の事のように喜んだ。
兄上にも人の親らしい側面があるのだと何も知らずに浮かれていた。

だが、全ては襲撃者を欺く為の措置に過ぎなかった。

膠着すると思われた会議はあっさり終了した。
すでにジョゼフが要所へ指示を伝えていたのだ。
トリステイン王国のマザリーニ枢機卿と連絡を取り、
魔法学院へと花壇騎士団を向かわせる手筈も整えていた。
そして、何故もっと多くの騎士団を送らなかったのかと問う連中に一言。
“俺が最も信頼する者を派遣してある。何の問題もない”
そう告げて、さっさと会議場を立ち去り私室へと戻ってしまった。

もはや会議する必要さえも失われ、家臣たちはジョゼフへの不満を滲ませる。
“これでは何の為に集まったのか”“自分の娘さえ駒にする男を要職に据えていいのか”
会議場は議論ではなく彼を罵る言葉で満たされた。
それは彼の存在が自分達の立場を脅かすのではないかという危機感故だ。
彼等はガリア王国に不要とされるのを極度に恐れていた。

今のガリア王国の中枢を成しているのは、かつてシャルル派と呼ばれた者達だった。
前王が病に伏した時、家臣達の多くは次代の王となる二人に取り入って派閥を作った。
両者の対立はシャルルが王に選ばれた事で終結し、ジョゼフ派は政治の舞台から遠ざけられた。
元々彼等が持っていた権益は全てシャルル派に分配され、
才の有無に関係なくシャルルに味方したというただその一点だけで評価を受けたのだ。
有能であろうともジョゼフに付いた者たちは立場を無くして去っていった。
シャルルの庇護なしでは臣下たちは今の立場を守る事さえ出来ない。

だからこそ彼等はジョゼフを恐れる。
王の兄という立場と神算鬼謀を併せ持つ、心無き怪物を。

96ティータイムは幽霊屋敷で:2008/12/21(日) 19:39:49 ID:UBT4hSxI

「陛下、少しよろしいでしょうか?」

兄への失望の色を浮かばせて立ち去ろうとしたシャルルを老メイジが呼び止めた。
彼は前々王の代から勤める忠臣で、シャルルにとって右腕にも等しき人物だった。
老獪さを兼ね備えた彼の手により家臣の多くはシャルル派へと組したのだ。

「すまないが後にしてくれないか」

しかし、そんな重臣の言葉さえ今のシャルルは聞く耳を持たなかった。
人道に悖る兄の行動と、それを気にも留めぬ精神に彼は心身ともに疲れ果てていた。
平時であれば老メイジとて彼の身体を優先し、部屋で休むように進言しただろう。
だが、それでも構わず彼は言葉を続けた。

「ジョゼフ様の行動、陛下は如何にお考えですか」
「兄上が独断で行動するのはいつもの事だろう。それとも別の意図があるとでも?」

シャルルの返答に老メイジは押し黙った。
ジョゼフが王の座に興味がないのは周知の事実だった。
かつて追いやられたジョゼフ派が彼を旗印に反旗を翻そうとした。
だが、それはジョゼフの密告によって敢え無く潰えた。
よもや神輿として担ぎ出した相手に裏切られるとは思ってもいなかったろう。
これを機にジョゼフに臣従する者は激減し再起の目は完全に途絶えたのだ。

「では何故、死地と分かっていながら東薔薇花壇騎士団を向かわせたのでしょうか」
「影武者とはいえシャルロットの護衛だ。それなりの騎士団でなければ怪しまれる。
それにガリア王国の最精鋭と呼ばれる彼等ならば犠牲も少なくて済むだろう」
「……本当にそれだけでございましょうか」

東薔薇花壇騎士団はシャルルの懐刀と言ってもいい。
彼等が護衛している限り、如何なる暗殺者であろうとも近づけまい。
もし、誰かがシャルルの命を狙うならば彼等を先に無力化する必要がある。
正当な理由があり、公然と彼等を始末できる状況、
それが今、トリステイン王立魔法学院に作られているのだ。

……そして、懸念すべきはそれだけではない。
ガリア王国の暗部、北花壇騎士団はジョゼフに一任されている。
実際には誰もやりたがらない汚れ仕事なので彼に押し付けられたと言ってもいい。
しかし、その北花壇騎士団が非公式なのを利用してジョゼフは不穏な動きを見せていた。
それは過剰とも言える戦力の増強。腕が立てば暗殺者や賊まがいの者さえ採用する。
もっとも団員でさえ実情を把握できない北花壇騎士団を相手に確かめる事など出来ない。
その刃は一体何の為に研がれているのか、それを知るのは自分達が討たれた後かもしれないのだ。

「気を回しすぎだ。兄上は決して裏切ったりはしない」

老メイジの不安げな顔に、シャルルは力強く答えた。
思えば、先の一件とて自分だけに打ち明ければそれで済んだ筈だ。
だが、あえて会議場でジョゼフの独断で行ったと公言する事で、
姪を囮に使ったのではないかとの疑念を晴らし、
かつ冷酷な大臣に対する情に厚い王を演出したのだろう。
自分の為に汚名を被る兄をどうして疑う事ができよう。

そう。兄上は僕を裏切ったりはしない。
……裏切ったのは兄上ではなく、この僕なのだから。
その真実を知った時、果たして兄上は僕を許しくれるのだろうか。

97ティータイムは幽霊屋敷で:2008/12/21(日) 19:41:35 ID:UBT4hSxI
投下終了。プロットは心の地図、アドバイスは心のコンパスです。

98名無しさん:2008/12/21(日) 21:57:40 ID:DrsTuZEw
ジョゼフだけが敵の正体と脅威に気づいてるって感じっスね。
これからの展開が楽しみです。GJでした!

99名無しさん:2008/12/21(日) 22:00:56 ID:d6jJrEhM
OK。ルイズをファックしていいぞ

100名無しさん:2008/12/23(火) 20:33:42 ID:3ubWI8Aw
シャルルまで何かやってんのか……恐ろしい宮廷だよ

101銃は杖よりも強いと言い張る人:2008/12/25(木) 18:58:38 ID:V39Nclcw
投下乙です。
果たして、ジョセフはどこまで知っていて、どう行動するつもりなのか。
シャルルがそれにどう対応するのか、見物ですな。

相談スレで偉そうなことを言ってしまったので、暫く顔引っ込めていようかと思ったけど、
ド畜生なクリスマスの夜も特に予定が無いので投下せざるを得ない。
聖夜が何だ!てめえらクリスチャンじゃねえだろ!浮かれてんじゃねえ、バカヤロウ!!
……ふぅ、ちょっとすっきりした。では、投下します。

102銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 18:59:50 ID:V39Nclcw
9 そこに成功は無い
 先日の雨がどこへ行ったのか。まっさらな青が広がった雲ひとつ無い空は、頑張り過ぎてい
る太陽に悪態を吐きたくなるほど見事に晴れ上がっていた。
 大雨の後始末が各地で行われ、しかし、湿気が蒸発して蒸し暑くなった環境では誰もが長く
動けず、作業は一向にはかどらない。麦穂も雨の影響で多くが倒れてしまい、商品にはならな
くなっている。
 今年は例年に比べて若干の豊作と見込まれたタルブの麦も、かなりの量が水に流され、品薄
による値上がりは回避できそうになかった。
 雲の流れは今後、西の沿岸から吹く風に乗ってトリステイン南部とガリア北部を横断し、砂
漠へと流れていくことだろう。トリステインとガリアの二国は、見込まれていた収穫が大きく
減じることで、財政的に厳しい年となるのは間違い無さそうである。
 暗い未来を案じて気力を失えば、状況は悪化の一途を辿る。そのことを長く農村として生き
て来たタルブの人々は良く知っており、天災の被害にめげることなく、畑の整備や風雨で壊れ
た建物の修理などの作業に怒声や愚痴を交えながら没頭していた。
 窓の外から聞こえてくる金槌の音を背景に、溜め息が一つ。
 村の奥に建てられた村長の屋敷の一室で、コルベールがこめかみに青筋を浮かべて立ってい
た。
「藪を突付いて蛇を出す、とは正にこのことですな」
 もう三度目になる言葉を口にして、コルベールは数えるのも億劫になるほど繰り返した溜め
息を、また零した。
 目の前に並ぶのは、赤が一つに青一つ、それに黄色が三つ。言うまでも無く、個性豊かな髪
の主はコルベールの生徒達である。それぞれの顔に浮かんだ表情は重苦しく、血色の悪い肌か
らは汗が滲んでいた。
「自業自得という言葉がこれほど似合う場面に出くわしたのは、生まれて初めてですぞ。授業
の無断欠席に加えて、危険行為の数々。聞くところに寄れば、一歩間違えれば命を落としてい
たかも知れないというではありませんか。もし、あなた方の身になにかあれば、残された家族
や友人達がどのような思いをするか、考えたことがありますか?誰かが巻き込まれたとき、あ
なた方は責任を取れるのですか?今回巻き込まれた方々は運良く怪我らしい怪我もありません
でしたが、此度の不祥事がどのような影響を残すのか、その目で見て、耳で聞いて、しっかり
と心に刻みなさい。当然、本件は学院に戻り次第学院長に報告して、罰則についての相談をい
たします。そのつもりで今のうちに覚悟を……」
「ミスタ・コルベール」
 クドクドと続けられる説教の内容が似たよな言葉のループを始めてからそろそろ一時間が経
過しようとした頃、女性の声がコルベールの言葉を遮った。
「最低でも一週間以上の謹慎に加え、反省文も……、なんですかな、ミス・ロングビル?私は
一人の教員として、彼らに十分に言い含める義務が……」
「ええ、それは良く存じております」
 深緑の髪を流したマチルダが、愛想笑いを浮かべて進み出る。
 教員というよりは事務員という方が正しいだろうが、一応は学院の関係者ということで、マ
チルダはコルベールに同席を求められていた。だが、その内心は面倒臭いの一言で、一時間も
コルベールの説教に付き合っていたのが奇跡とも言える。

103銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:00:57 ID:V39Nclcw
 横目に生徒達の姿を眺め見て、マチルダは返って来る救いを求める視線に困ったように眉を
寄せると、コルベールにさらにもう一歩歩み寄り、上目遣いに言葉を続けた。
「教育に熱心なのは素晴らしいと思います。ええ、とても。ですが……」
 今度はしっかりと体の向きを変えてキュルケたちに意識を向けると、そこに広がる光景に表
現しがたい表情を浮かべて肩を竦める。
「風邪を引いて寝込んでいる子供相手には、少々酷かと存じますわ」
 等間隔に並ぶ五つのベッドの上で呻き声と咳を洩らす五人の少年少女が、同意するようにゲ
ホゲホ言いながら首を縦に振った。
 長く雨に打たれたのが悪かったのだろう。ミノタウロスとの戦いに決着がついて一時間もし
た頃には、学生全員が風邪の兆候を見せ始め、間もなく熱と咳でダウンしたのである。
 本来なら一番近い街であるラ・ロシェールに向かうところなのだが、いつ治るか分からない
風邪の為に延々と宿に泊まれるほど路銀も無いため、一行はシエスタの故郷であり、タバサの
現在の家もあるタルブ村に進路を変更したのであった。
 実際に村に到着したのは今朝方で、丁度マチルダに急かされて風竜を飛ばそうとしていたカ
ステルモールに迎えられ、そのまま村長宅へ搬送されたのである。
 先日の雨に濡れたのは村でも一人二人ではなく、同じように風邪を引いた村人が別の部屋で
熱と咳で苦しみながら戦っているところだ。ミノタウロスに馬車を壊された御者や、巻き込ん
でしまった母子も同様で、一緒に面倒を見てもらっている。
 村長宅は、現在は隔離病棟というわけだ。
「ううむ……、仕方ありませんな。しかし皆さん、くれぐれも体調が戻るまでは安静にしてい
るように。お説教の続きは学院に戻ってから、しっかりとやらせていただきますぞ」
 そう言って部屋を出て行くコルベールを、勘弁してくれ、と言いたそうな目でキュルケたち
は見送った。
 こほん、と一つ咳をして、マチルダも説教の終わりが見えたことで肩の力を抜く。
「さて、それではわたしもこの辺で失礼させて貰いますね。あ、それと皆さんが集められた宝
探しの収集品ですが、盗難や不法拾得物である恐れがあるため学院預かりとさせていただきま
す。あらかじめ、ご了承ください。ではまた」
 丁寧なお辞儀をして、マチルダが部屋を出て行く。
「……え?」
 漏れ出た声は誰のものだったのか。
 咳と呻き声に満たされていた部屋が静まり返る。
 運良く風邪を引かなかったシエスタが、マチルダと入れ替わりに水と氷を入れた桶を抱えて
部屋に入り、その奇妙な空気に首を傾げた。
 暫くの沈黙の後、ほぼ同時に、少年少女達は絶叫を上げた。
「そ、そんなぁ!」
 命を賭けて戦った子供達の冒険の思い出は、有無を言わさぬ汚い大人たちに容赦なく奪われ
たのであった。

104銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:02:38 ID:V39Nclcw

 風邪で寝込んでいるキュルケたちと違い、何故か同じような環境下にあったにも関わらず風
邪を引かなかった才人は、倉庫に保管されていた材木を担いで村のあちこちを走り回っていた。
 今のタルブは人手が足りない。
 雨に耐えた麦は腐る前に速めに刈り入れをしなければならないし、その間も風で壊れた柵や
畑や家といったものの修復も行わなければならないのだ。
 ガンダールヴの力が無ければ日本の一般的な高校生と同等の体力しかない才人も、猫の手も
借りたい村人達には貴重な労働力に見られ、少しでも暇そうにする様子を見せれば五秒と経た
ずに使い走りに出されていた。
「おっさん!頼まれたやつ、ここに置いとくよ!」
 家畜小屋の修繕を行っていたガタイの良い髭面のおっさんに呼びかけ、肩に担いでいた材木
を作業場となっている広場の片隅に下ろす。
「ああ、ありがとよ!こっちは何とかなりそうだから、坊主はちっと休憩してきな!」
「うぃーっす。んじゃ、遠慮なく」
 痛くなった肩をポンポンと叩き、次いで揉み解す。
 近代技術に囲まれて育った現代っ子に肉体労働はなかなかキツイようで、体の節々が痛みを
訴えていた。
 これで運動系の部活動にでも入っていれば話は別なのだろうが、才人は生憎と帰宅部だった。
「ガンダールヴの力を使ってるときって、あんまり体は鍛えられないみたいだなあ」
 息を吐いて腰を下ろし、そんなことを呟く。
 トップアスリート以上の運動能力を得られる特殊能力だが、代償といえば急速な疲労くらい
なもので、実際に筋肉痛や肉離れを起こした経験は無かった。運動にはなるのだが、体を鍛え
るのには向いていないらしい。
 原理を考えると頭が痛くなってくるが、魔法とはそういうものだと納得するしかない。
「でもまあ、運動不足で太ったりはしないみたいだから、いいか」
 ハルケギニアに召喚された当時はルイズに寄る逼迫した糧食問題を押し付けられたが、今は
腹一杯まで食わせてもらっている。脂身たっぷりの鶏肉とか、果汁たっぷりのフルーツとか。
 ルイズの強烈な躾けと定期的に起きる事件に引っ張りまわされ、その都度体を動かしていな
ければ、きっと今頃は腹回りが一回り大きくなっていたことだろう。逆に、ガンダールヴの力
に体を鍛える効果もあったのなら、今頃腹筋も割れてボディビルダーのようになっていたかも
しれない。
 日本的な童顔な顔立ちの下にある、はちきれんばかりに膨らんだ筋肉の塊。
 ニッコリ、と暑苦しい笑顔を浮かべた自分の姿を思い浮かべて、才人はあまりの気味の悪さ
に首を振ってイメージを崩した。
「でも、もうちょっとこの辺に筋肉がついて欲しいなあ」
 右腕を曲げて作った力瘤の表面を、左手でぷにっと摘む。
 若々しい肌の張りのお陰でそれほど気にはならないが、それでも力瘤が皮下脂肪で柔らかく
感じてしまうのは、男として屈辱であった。
「そう思うなら、しっかりと鍛錬に励むんだな、相棒。日常的に背負われてる立場から言うの
もなんだが、相棒はもうちょっと体を動かすべきだと思うぜ」

105銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:03:37 ID:V39Nclcw
「そうかあ?朝起きてルイズの服の洗濯して、シエスタの仕事手伝って、ルイズに追い掛け回
されて……、結構体使ってると思うぜ、俺」
 指折り数えてみれば、日本に居たときよりも運動量は明らかに増えている。それでも足りな
いというデルフリンガーの基準は、恐らくは命を賭けて戦う剣士達を基本に考えているからだ
ろう。
「ガンダールヴの力を使ってないときは大したことしてねえだろ?その辺がアレだよ、相棒に
足りない部分なんだよ。武器握っちまうと勝手にガンダールヴの力が発揮されちまうから、こ
れからは棒きれ握って素振りの訓練でもしたらどうだい?」
「訓練、か」
 デルフリンガーの言葉に、才人はミノタウロスに切りかかった時のことを思い出す。
 もう少し力があれば、しっかりと刃は届いたかもしれない。ミノタウロスと正面から戦える
力があれば、逃げる必要は無かっただろう。そうすれば、キュルケの髪は短くなったりはしな
かったはずだし、ギーシュも死にそうになりながら戦う必要は無かったはずだ。
「シエスタを守るとか言っておいて、結局何も出来ねえんだな、俺」
 伝説の力を持っているにも関わらず、他人を守るどころか自分の身一つで精一杯であること
に、才人は深く溜め息を吐く。
 結局、伝説のルーンがあったからといって、無条件で何でも出来るわけではないということ
だ。
 落ち込んでいく気分に、才人はもう一度溜め息を吐くと、辛気臭え、と笑うデルフリンガー
の柄を拳の裏で軽く叩いた。
 湿気の篭ったジメジメとした熱気に懐かしいものを感じつつ、肩を落としてトボトボと歩く。
 そんなとき、正面から歩いてきた若い女性の声が、才人に声をかけた。
「お、お疲れ様です」
 地面に向けられていた視線を持ち上げた才人の目に血色の良い肌が映り、さらに不自然なま
でに盛り上がった脂肪の塊が入り込む。
「……う、うおおぉっ!?」
「きゃあっ!」
 目の錯覚かと目元を擦ってみるが、その膨らみに変化は無く、現実のものだと気付いて驚い
た才人に合わせて、ぷるん、と揺れる。
 釣られて、才人の視線も上下に揺れて、それの動きが止まるまで追い続けてしまう。
 ふと気付いたときには、巨大な果実を胸にぶら下げた少女の顔が羞恥で真っ赤に染まってい
た。
「あ、ああっ、ゴメン!そ、そんなつもりは……」
 反射的に謝ってしまうが、反省の色は無い。事実、意識は少女の胸に釘付けで、恥ずかしそ
うに頬を赤らめている少女の顔と胸との間を視線が行ったり来たりしていた。
「い、いえ、いいんです……。皆さん、大体同じような反応をなさるので、もう慣れました」
 そうは言うが、やはり気になるのだろう。
 包み隠すように胸の前で両腕を組んで、視線から逃れようとしている。しかし、それが胸の
形を歪に変形させて、逆に柔らかさを強調していた。
「……え、えーっと、ティファニアさん、だったっけ」

106銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:06:26 ID:V39Nclcw
「はい。ヒラガサイトさん、ですよね?」
 胸の辺りに固定された視線にモジモジとしながら、必死に気にしないようにしてティファニ
アは会話を続ける。
「才人でいいよ。そ、それより、何か用かな?」
 もしかして、告白か?なんて突飛で脳味噌が膿んでいるとしか思えないことを想像して、才
人は鼻の下を伸ばした。
 ティファニアにとって、才人はシャルロットの友人という程度の認識でしかない。特別な繋
がりなど、何一つとして存在していないのだ。
 一目惚れでもしなければ、告白なんてことはまずありえないだろう。
 だが、そのありえない状況を妄想できるだけの脳味噌を、才人は持っていた。
 まったくもって、幸せな男である。
「えっと、その……」
 言いたくても言い出せない、そんなふうに見えるティファニアの反応に、日本で読んでいた
漫画のヒロインのイメージを重ねて、才人はやっぱりそうなのか!と期待を強める。
 だが、次にティファニアの口から出てきた言葉は、やっぱりというか、当然の如く、才人の
期待を裏切るものだった。
「広場で炊き出しをしているので、お仕事が一段楽したら来て下さいって知らせるように頼ま
れてて……、その、ごめんなさいっ!」
 才人から顔を逸らし、ティファニアが何処かへと向かって逃げるように走り出す。
「えっ、ええっ!?」
 災害の時には普通にすることを伝えただけなのに、なぜ謝るのか。
 思わず去り行くティファニアに手を伸ばす才人だったが、その手は虚しく宙を掴むだけであ
った。
 わきわきと手が動き、その手を才人は呆然と見詰める。
 握って開いてを何度か繰り返して、その手の動きと目に焼き付いている大きなマシュマロの
姿を脳内で組み合わせ、想像上の感触に口元を緩める。
 そして、暫く妄想に浸った後、やっと才人はティファニアに逃げられた理由に気付いた。
 目に焼きつくほど胸を凝視していたことが原因だ。
 逃げられて当然だろう。
「相棒は、良くも悪くも自分に素直だな!」
 やっちまった、と地面に膝を突いた相棒を見て、デルフリンガーは鍔飾りをカチャカチャと
鳴らして陽気に笑った。


「男の子って、皆あんな風にえっちなのかしら?」
 才人の姿が見えなくなるくらいに離れたティファニアは、走る足を止めて息を整えると、自
分の胸元を見下ろして困ったように眉を寄せた。
 今思えば、ウェストウッドからタルブに連れて来た子供達も以前から特に胸に拘っていた気
がする。男の子なんかは、触りたくて仕方が無いという感じだ。
 以前はそんなことを気にかけたことも無かったが、それは子供が相手だったからなのかもし
れない。母を求めての行動だと、内心で折り合いをつけていたのだ。

107銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:08:14 ID:V39Nclcw
 それが、ここに来て注目されるようになって、自分の胸が異常であることに気付いた。
 幸い、村の女性達が親切にいろいろと教えてくれて、それが悪いことではないと理解は出来
たのだが、自分が唐突に卑猥な生き物に変わってしまったような気がして、男性の視線が胸に
向く度に落ち着かなくなるのであった。
「もうちょっと、小さくなったりしないのかな」
「それは、わたしに対する挑戦かしら?」
 胸に手を当てて、胸元が貧相な女性達を敵に回すようなことを口にしたティファニアに、不
機嫌そうな、それでいて可愛らしい声がぶつけられた。
 つばの広い帽子と豪奢な黒のドレスに身を包んだエルザだ。
 新しい衣装のお陰で昼間にも出歩けるようになったからだろう。気ままに一人で散歩をして
いたらしい。
「ふーん、へえー、悩んでるわけ?その如何わしい、下劣で、卑猥で、品性の欠片も感じられ
ない無駄に大きな脂肪の塊について」
 背伸びしてティファニアの両胸を鷲掴みにして、エルザは目を鋭く細める。
「そ、そこまで言わなくても……」
「なによ?やっぱり気に入ってるのかしら?いらないなんて言っておいて、やっぱり無くした
ら困るっていうの?とんだ傲慢女ね。卑劣としか言いようがないわ」
「わ、わたし、いらないなんて……」
 全力で揉みしだかれている部分について反論しようとティファニアは口を開く。
 しかし、それをエルザの怒号が遮った。
「黙れ小娘!!」
「ひっ!?」
 見た目だけなら確実にエルザのほうが小娘なのだが、滲み出る威圧感はそれを指摘させない
だけの重圧をティファニアに与えていた。
 きゅっ、とエルザの手がティファニアの胸の先端を摘み、絞るように力が籠められる。
「ひゃう!エルザちゃん、い、痛い……」
「黙れと言ったはずよ!それに、こっちは心が痛いんだから、おあいこよ!」
「ううぅ……」
 意味の分からないエルザの剣幕に負けて、ティファニアはただ胸を揉まれ続けた。
 右乳を攻めたかと思えば、次は左乳を攻め立て、それに飽きると両方を捏ね繰り回す。そこ
に容赦の二文字は存在しなかった。
 なんだか変な気分になってきたティファニアを余所に一頻り揉み終わったエルザは、満足気
に息を吐き出して手に残る感触に頬を緩めると、次の瞬間には絶望に表情を満たしてガックリ
と地面に膝を突く。
 攻め続けていたはずなのに、エルザの心には敗北感だけが満ちていたのだ。
「ふ、ふふ……、前に揉んだときに分かってはいたのよ、その乳の持つ魔性にはね。でも、で
も……、悔しいっ!憎くて嫉ましいはずなのに、また揉みたいと思ってる自分が居るわ!」
 拳を握り、悪魔の如き誘惑から必死に逃れようとする。
 だが、両手に感じた幸福感は紛れも無く現実のものだった。

108銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:08:54 ID:V39Nclcw
 余韻の一つですら、エルザのささくれた心を癒すのだ。ティファニアの乳は、もはや人類の
希望と言い換えてもいいのかもしれない。
 始祖ブリミルだって、こんな奇跡は作り出せはしないだろう。
「女すらも虜にする魔性の、いや、神秘の乳。恐るべし!」
 将来が未知数であるエルザですら、この乳には勝てないと確信が持てた。
 コレに誘惑されたなら、生涯忠誠を誓ってもいいかもしれないとさえ思う。神と名乗られれ
ば、思わず崇め奉るだろう。
 これ以上無いくらいに完敗だった。
「ちくしょー!やっぱり一割寄越せー!!」
「きゃあぁぁぁっ!」
 涙目でティファニアに飛びついたエルザは、その感触を堪能するべく、地上の奇跡に顔を埋
めてグリグリと首を振る。
 それらの行動は全て人目のある道中で行われていることで、道を行き交う人々はティファニ
アとエルザのやり取りに顔を赤くしたり腰を屈めたり、ハァハァ言ったりしていた。現代日本
なら、間違いなく公然猥褻罪で逮捕されるだろう。見学している人々が。
「え、エルザちゃん!ひ、人が見てるから!」
「だからなによ!その程度で、この幸せを逃すと思ってるの!?逃がすやつは馬鹿よ!馬鹿以
外の何者でもないわ!」
 ティファニアの胸にしがみ付いたままそんなことを豪語するエルザも、十分に馬鹿だろう。
 だが、馬鹿は他にも居た。
「まったく、同意見だぜ。この感触は捨て難いよなあ?」
「ほ、ホル・ホースさんっ!?」
 いつの間にか接近していたホル・ホースが、エルザごとティファニアを抱き締め、腕の中の
感触にニヤニヤと笑みを浮かべる。
 ティファニアの胸とホル・ホースの胸板にサンドイッチにされたエルザの顔がリンゴのよう
に真っ赤に染まり、幸せそうな笑い声が洩れ始めた。
「こ、これは天国かも……」
「そのままあの世に行ってくれると助かる」
 ティファニアを抱き締める力を強めたホル・ホースが、エルザの頭をティファニアの胸に無
理矢理押し付け、呼吸を塞ぐ。程無くして息苦しさからエルザが暴れ始めるが、顔と背中の両
方の感触からも逃れ難く、抵抗も全力ではなかった。
 やがてビクビクと痙攣を始め、四肢がだらりと下がったのを確認したホル・ホースは、幸せ
そうな顔で気絶しているエルザを抱き抱えた。
「ウチのガキが迷惑かけたな」
 ヒヒ、と笑って特に悪びれた様子も無く言うホル・ホースに、ティファニアはぼうっとその
顔を見詰める。
 その視線に気付いて、ホル・ホースは口の端を吊り上げると、顎に手を当てて顔の角度をつ
けた。
「ん、どうした?オレに惚れちまったか?」
「惚れっ!?い、いいえ、違うんです!そういうんじゃなくて、なんていうか……」

109銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:10:08 ID:V39Nclcw
「……はっきり否定されるのも傷つくぜ」
 力が抜けて頭を傾けたホル・ホースに、ティファニアは自分が酷いことを言ってしまったの
かと右往左往して、すぐにホル・ホースがニヤニヤと笑っていることに気付いた。
「あ、か、からかったんですね!?もうっ、ヒドイですよ!」
「ヒッヒッヒッヒッヒ!いやあ、こんな単純な手に引っ掛かるから、こっちもからかい甲斐が
あるんだよ。んー、嬢ちゃんはこの腹黒吸血鬼と違ってカワイイなあ」
 頬を赤くして柳眉を逆立てたティファニアの頭を、ホル・ホースは笑いながら掻き混ぜるよ
うに撫でる。
 金糸のような癖の無い細い髪が乱れて、ホル・ホースの指先に絡まった。
「で、なんだ?本当のところは」
「えっ?」
 思わず聞き返して、ティファニアは自分がホル・ホースの顔を見詰めていたことを言われて
いるのだと直ぐに理解した。
 手を持ち上げて、視線を左手の中指に嵌められた指輪に向ける。
 台座にはもう、かつてあった青い石の姿は無い。瀕死の重傷を負った少年の治療で、残って
いた力を全て使い切ってしまったのだ。
 恐る恐る、指輪からホル・ホースへと視線を戻して、顔色を窺う。
 血色は良い。騒ぐだけの体力もある。さっき体を抱き締められたときには、痛いほどの力も
感じた。
「……いえ、なんでもない、です」
 心配は、きっと杞憂だったのだ。
 こんなにも元気な人が死に掛けているなんて、考えられない。
「……まあ、そういうことにしとくか。だが、そう暗い顔してたら、せっかくの美人が台無し
だぜ?スマイルだ、スマイル」
 顔を俯かせて視線を落としてしまったティファニアに、ホル・ホースは指で自分の口を横に
伸ばすと、ニッ、と笑みを作る。
 戸惑いながらも、それを真似して口元を指で伸ばしたティファニアは、なんで人目のある往
来で笑顔を作る練習をしているのかと疑問に思い、唐突に可笑しくなって笑い始めた。
「よーし、それでいい。影があるのも悪く無いが、良い女はやっぱり笑ってるのが一番だ」
 ヒヒ、と笑って、またティファニアの頭を撫でる。
「なんだか子ども扱いされてる気がします……」
 少しだけ不満そうに、しかし、頭や髪に触れる大きな手の感触に目を細めて、ティファニア
は口元をちょっとだけ曲げた。
「そう拗ねるなよ。なんだったら、大人扱いしてやってもいいぜ?」
 軽薄な笑みを浮かべたまま、ティファニアの頭に置いていた手を肌を撫でるように滑らせて
顎先に移動させ、指先でくいと上に向けさせる。
 顔と顔が向かい合う角度を作ったホル・ホースは、いつに無く表情を引き締めると、そのま
まティファニアに近付いて、息遣いが聞こえるほどの距離で視線を絡ませた。
「アルビオンじゃ、こういうことの知識は無かったみてえだが、こっちに来てから色々と教え
てもらってるんだろ?なら、これからすることも、分かるよな?」

110銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:11:30 ID:V39Nclcw
「え……?え、ええ、あの、その、あぅあぅぅ」
 顎に添えられた指のせいで、頷くことも出来ないティファニアは、視線をあちこちに向けて
言葉にならない声を控えめに洩らす。心臓はドキドキと鳴り響き、両手はどこに置いていいの
か分からずにバタバタと動いていた。
「嫌なら拒めばいい。だが、そうしないのなら……」
 徐々に、本当にゆっくりと近付いてくるホル・ホースの顔を、ティファニアは直接見ること
が出来ず、瞼を強く閉じて、訪れる感触を待つだけになる。
 嫌なのか、良いのか、どちらともはっきり判断が出来ないし、このまま流されるのも悪いこ
とのような気がして、何をすればいいのか分からない。
 ああ、でも、タルブ村の若い女性達の話を聞くと、こういうときはちょっと強引な流れにも
乗るのが正しいとか、なんとか。勢いに飲まれてやっちゃっても、大体何とかなるらしい。
 自分より少しだけ年上のジェシカという女性の話を思い出して、ティファニアは覚悟を決め
る。
 全身が熱くなり、耳の先まで赤くなっていることが分かる。
 義姉さん、わたし、大人の階段を上ります。
 本人が聞いたらブチ切れ間違いなしの言葉を祈るように胸に浮かべて、ティファニアはプル
プルと震えながらその時を待った。
 待った。
 待ち続けた。
「……?」
 いつまで経っても訪れない感触。
 不思議に思ったティファニアは、薄目を開けて様子を窺う。すると、帽子を押さえてニヤニ
ヤと厭らしい笑みを浮かべたホル・ホースが一歩離れたところでこちらを見ていることに気が
付いた。
 その表情から全てを悟ったティファニアは、緊張に固まった体を小刻みに震わせて羞恥と屈
辱となんともいえない甘酸っぱい感情に鼻の奥を熱くした。
「わ、わたし、またからかわれたんですか……?」
 目元に涙を浮かべて、普段の気弱な印象をさらに深める情けない表情になる。
 頬を一杯に膨らませたホル・ホースは、そこで耐え切れなくなったのだろう。大口を開けて
盛大に笑い始め、ヒィヒィ言いながら自分の太ももを激しく叩き鳴らした。
「なんでそんな……、ヒドイですよ!」
「わ、わりぃ、ぶ、ぶふ、ぶっひゃっひゃっひゃっひゃ!と、途中で止めようかと思ってはい
たんだがよ、く、クックック、なんだかスゲェ必死な顔してたから……、うわっはっはっはは
はは!」
「むうぅぅぅ」
 純情な乙女心を弄ぶ行為に抗議するように、ティファニアは笑い続けるホル・ホースの胸を
両手で叩く。
 勿論、非力なティファニアではホル・ホースに痛みを感じさせることなど出来ず、必死の抵
抗がむしろ気分を高めて、笑いを一層に強めさせていた。
「ヒィーヒッヒッヒッヒッヒ!体固めて、目閉じて、プルプル震えてやんの!顔真っ赤にして
よ!ぶあっはっはっはっはっは!!」

111銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:14:08 ID:V39Nclcw
「そ、そんなに笑うこと……」
 あまりにも派手に笑い続けるホル・ホースの姿に、段々惨めな気持ちになってきたティファ
ニアは、段々と泣きたくなってくる気持ちを抑えられなくなり、ぽろぽろと涙を溢し始める。
 鼻の奥にあった熱さがじわりと広がって、全身の力が抜けていった。
 そのまま蹲って泣き出してしまいたい。
 そう思ってしゃがみ込もうとするティファニアを、ホル・ホースは片腕で抱き止め、先ほど
と同じように顔を近づけて、卑屈さの無いシンプルな笑みを口元に浮かべた。
「からかったのは悪かったと思ってる。だが、考えても見ろよ。あのままだと、本当にキスを
しちまうところだったんだぜ?嬢ちゃんは、そっちの方が良かったのかい?」
 誘うように問いかけて、ホル・ホースはティファニアの返事を待つ。
 ここでキスをしたかったと答えることなど、小心者のティファニアには出来ない。だからと
いって嫌だったと言えば、今の結果は望んだものということになり、泣く理由がなくなってし
まう。
 ティファニアには、選択の余地の無い問いかけだった。
「そ、それって卑怯ですよ」
「卑怯で結構。女に泣かれるよりはずっとマシだぜ。まあ、OKだったってんなら、今からで
も続きをしようかと思うんだが……」
 ヒヒ、と笑うホル・ホースに、ティファニアは涙を引っ込めて手を突き出す。
 ホル・ホースの胸を押して遠ざけたティファニアの返答は、NOであった。
「こういうことは、もっと順序立ててするべきだと思うんです。その、わたしはホル・ホース
さんのことをあまり知らないですし、お互いを良く知ってからというか……」
「ああ、なるほど、良く分かった。だが、そういうことはベッドの上で語り合うもんだ。とい
うわけで、その辺の物陰にでもゲェっ!?」
 ベッドと言っておきながらティファニアを暗がりに引き込もうとするホル・ホースを、小さ
な手が遮った。
 喉を抉る拳は、ホル・ホースの胸元から伸びていた。
「人が気絶してるのをいいことに、なに他の女口説いてるわけ?」
 鋭く目を細め、吸血鬼の牙を隠すことなく剥き出しにしたエルザが、今度はホル・ホースの
左頬を抓り上げる。その逆を、背後から伸びてきた別の手が掴み、捻じ切るように引っ張った。
「ティファニアに手を出したら殺すって、前に言わなかったかい?」
 目を覚ましたエルザと、いつの間にか背後に現れたマチルダが、ティファニアに接近するホ
ル・ホースを攻撃したのだ。
「いで、イデデデデデ……!」
「まったく、目を放すとすぐコレなんだから」
「節操の無いその下半身、一回くらい潰しておいた方が良さそうだねえ?」
 嫉妬に頬を膨らませるエルザと杖を取り出して冷笑を浮かべるマチルダに、ホル・ホースは
じっとりと浮かんだ冷や汗で肌が冷たくなるのを感じる。
 下手に動くのは無謀だろう。今動けば、命がいくつ合っても足りない。
 感情的になった女には逆らわない。それが、ホル・ホースの人生哲学の一つであった。
「あら?潰すのは困るわ。一応、わたしが使う予定があるんだけど」

112銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:15:43 ID:V39Nclcw
「そりゃあ、いったい何十年後の話だい?使用期限を越えて予約しても、意味なんかないと思
うけどねえ。変に種を蒔かれるよりは、いっそのことココで潰しちまうのが世の為ってもんだ
と思わないかい?」
 ホル・ホースの肩口から後ろを覗き込んだエルザとマチルダの視線が絡み、その間に白く火
花が散る。
 ちょっと変則的だが、修羅場である。男が手を出せる世界ではない。
 どちらに味方することも出来ずにただ固まるしかないホル・ホースを、ティファニアは、ぽ
かん、と見上げて、不意に小さく笑いを洩らした。
 クスクスと笑うティファニアをばつの悪い顔で見下ろして、ヒヒ、とホル・ホースも情けな
く笑う。
「だから、わたし達を無視するなー!」
「んぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁ!?」
 マチルダとの睨み合いを終わらせたエルザが、楽しそうなティファニアとホル・ホースの様
子に牙を剥く。
 首筋に噛み付き、いつものように血を吸い始めたエルザと、痛みに悲鳴を上げるホル・ホー
ス。その隙を逃さず、マチルダもホル・ホースのつま先を憎々しげに踵で何度も踏みつける。
 そんな光景に何故か暖かいものを感じたティファニアは、堪えきれなくなった笑いに、苦し
げにお腹を抱えたのだった。


 空に映る黒い影。
 普通の人間には鳥の影にしか見えないそれは、先日の風雨で完全に崩れ果てた小屋の残骸を
前で退屈そうにしていた地下水の目には、はっきりと船の形として映っていた。
 帆船の胴体に鳥のような翼が生やしたそれが、菱型の陣形を形成して宙に浮かんでいる。
 恐らくは、軍艦だろう。民間の船でも複数で固まって行動することはあるが、規則的に整列
することなど、まず無いといっていい。
 訓練でもしているのだろうか。
 そう思って様子を見ていると、さらに西から別の艦隊が近付いてくる。トリステインの西に
はアルビオンしか存在しないのだから、あれはアルビオンの艦隊なのだろう。
 しかし、こんな時期にアルビオンがトリステインを艦隊で訪問する理由が分からない。アル
ビオンは内戦を終えたばかりで、他国にちょっかいを出す余力は無いはずなのだから。
「なあ、ウェールズの兄ちゃんよ。この時期って、余所の国が訪ねて来るような大きなイベン
トなんてあったか?」
 つい最近まで王族だったウェールズなら、多少は情報を持っているだろうと訊ねる。
 数日の寝床としていた小屋の残骸から使えそうな廃材を探していたウェールズが、顔を上げ
て首を傾げた。
「そういった話は……、いや、一つだけ心当たりがあるな。しかし、どうしたんだ、突然?」
 一瞬だけ浮かんだ暗い表情を隠して、地下水の見上げる視線の先を追う。
 ウェールズの目では、ミノタウロスの体を通して視界を確保している地下水ほど、精密に空
に浮かぶものを認識することは出来ない。

113銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:16:47 ID:V39Nclcw
 随分と大きな鳥が飛んでいるな。という言葉がウェールズの口から洩れた為に、それが船で
あることを地下水が伝えて、初めて納得がいったように頷いた。
「アレは、軍艦なのか?」
「確証は無いが、十中八九間違いねえよ」
 更なる補足で状況を把握したのか、深刻そうにウェールズが口元を引き締めたのとほぼ同時
に、それは起こった。
 アルビオン軍艦が煙を幾つか吐き出し、続いてトリステインの軍艦も舷側から煙を吐き出す。
 それは、艦隊同士が行う歓迎と感謝の意味が込められた、礼砲だ。当然の如く実弾は装填さ
れていない。
 はずだった。
「おいおいおい、なんか火を噴いてるぜ」
「ああ、煙が見える。アルビオン側の船か?」
「たぶんな。奥に居た一隻が落ちた」
 派手な黒煙を上げて、景色の向こうに影が一つ沈んでいく。距離があるために遅く届いた爆
発音が、妙に間抜けなものに聞こえた。
「なんか、嫌な予感がするんだが……。兄さんよ、心当たりがあるんだろ?知ってることがあ
るなら教えてくれ」
 そう言っている間に、アルビオン側の船が砲を撃ち始める。一度目の斉射でトリステイン艦
隊の陣が崩れ、二度目の斉射で先頭に浮かんでいた船が爆散した。
 今頃になってトリステイン艦隊も砲を撃ち始めたが、動きがバラバラでアルビオン艦隊に各
個撃破の的とされている。結末は、火を見るより明らかであろう。
「バカな!今のアルビオンに先端を開く力など残っていないはず……!いや、契約が果たされ
ればゲルマニアの横槍が入る。その前に決着をつけるつもりか?だが、足りぬ戦力を補うため
に奇襲までかけて……、なんという恥知らずな!」
 シャルロット経由で知ったアンリエッタの政略結婚の話を思い出し、目に映る現状に当て嵌
めていく。
 それは、トリステインにいる誰よりも正確に、アルビオンの行動原理を導き出していた。
「良く分からんが、戦争が始まるんだな?ってことは、船が見えるほど近いこの村は……」
「狙われるだろうな。刈り入れ時の麦のお陰で、食料の現地調達は容易だろう。陣を築くのに
適した草原も、戦略的に優位な丘の上という条件まで整っている。トリステイン侵攻のための
橋頭堡を築くのには、理想的な場所だ」
 湧き出す苛立ちに爪を噛み、ウェールズはまだ砲を打ち合っているアルビオンとトリステイ
ンの艦隊を睨みつける。
 トリステイン艦隊は圧倒的劣勢で、もう最後の船が沈もうとしている。アルビオン側の損耗
は小さく、小さな船が二隻ほど煙を上げているだけだった。
 竜騎兵が最後のトリステイン艦から飛び立ち、東へと向かう姿が見える。それを追って、ア
ルビオンも竜騎兵を動かすが、速度がほとんど同じだったのだろう。まるで追いつく様子が無
く、短い追いかけっこの末に諦めたように進路を変えた。
「こっちに来るぜ!?」
「1、2、3……、4騎か。竜騎兵を落とすのは容易ではないぞ。どうする?」

114銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:20:41 ID:V39Nclcw
 既に杖を抜き、戦う気を見せているウェールズに、地下水はミノタウロスの体をブルリと震
わせて、首を横に振った。
「戦うつもりか?冗談だろ。竜のブレスをまともに浴びたら、いくらミノタウロスの毛皮でも
黒焦げなんだぜ?騎手を撃ち落せるホル・ホースの旦那が本調子なら良かったが、今はダメみ
たいだし、逃げる以外に選択肢はねえよ」
 返事を待っている時間すら惜しいのか、竜騎兵たちが来る方向とは逆の方向に向けて地下水
は走り出す。
 それに追従することなく仁王立ちするウェールズは、そんな地下水に一声かけて、自身は杖
を構えた。
「ならば、君には村の住人達の避難と援軍の要請を頼みたい!確か、滞在している学院の教員
に炎の使い手がいるはずだ!」
「おう、わかった!精々頑張れよ!」
 振り返りもせず村の方向へと走る地下水を目で追ったウェールズは、その迷いの無い言葉に
満足そうに笑ってから、ちょっと寂しそうに眉の形を変えた。
「分かってはいたのだが……、うむ。友人という感覚はないのだな」
 一度も立ち止まらず、欠片も心配してくれない冷たい認識が、なんだか無性に恨めしかった。


 トリステイン艦隊とアルビオン艦隊の戦闘が始まり、そして終結してから程無くして、タル
ブの村は混乱に陥った。
 地下水が敵の襲来を教えたからではない。
 それを伝えに来た地下水の姿を見て、ミノタウロスが村を襲撃したと勘違いしたからだ。
 これがオーク鬼なら人々は抵抗するだろう。農具である鎌や鍬を手に持ち、命を張って抵抗
すれば、一匹や二匹くらいなら平民の手でも何とかならないわけではない。
 だが、敵がミノタウロスだと、普通の人間ならまず逃げ出す。
 優秀なメイジでも負けることのある怪物だ。毛皮は常人の力では貫けず、一方的に蹂躙され
るしかない。領主か王宮に救援を求めるしか、助かる道は無いのだ。
 恐怖に顔中の筋肉を引き攣らせた人々は、地下水が村の中に入って来たと同時に四方八方へ
逃げ出し、風雨で壊れた村の修繕に沸いていた様子は一転して静かなものとなる。
 呆然と人通りの無くなった道の中央に立ち尽くした地下水は、頭を抱えて苦々しく唸った。
「人間ってやつは、すぐこれだ!外見だけでなんでも判断しやがる!こうなるのが分かってた
から、村には近付かないようにしてたってのによ!!」
 思わず不満が口から飛び出すが、結果だけ見れば、それで目的が果たされてしまっているの
だから皮肉だ。
 それでも、逃げ遅れる人間は少なくない。
 気付くのが遅れた者。腰を抜かす者。手近な刃物を手に、果敢に立ち向かおうとする愚か者。
 それに、村長の屋敷に集められた病人達。
 いっそのことこのまま逃げてしまおうかとも思うのだが、その病人の中に含まれているシャ
ルロットを見捨てるわけにもいかない。

115銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:23:05 ID:V39Nclcw
 とりあえず目の前にいる人間をなんとかしようと、雄叫びによってちんたらしている連中の
ケツを蹴っ飛ばした地下水は、それでも残っている人間の中に見知った人物を見つけて、気が
抜けたように本体の刀身をカタカタ鳴らした。
「なにやってんだ、オマエ。長生きし過ぎてボケたか?」
 片腕にエルザを抱えたホル・ホースが、エルザの食べかけのミートサンドを横から食い付き
ながら問いかける。交代でエルザもミートサンドを頬張り、二人してもっしゃもっしゃと口を
動かす姿は、敵が攻めてきたという焦りをもった地下水も脱力してしまうほど、まったく緊張
感の無いものだった。
「配給されてるもんなんだが、お前も食うか?肉を挟んだのはこれが最後だが」
「いや、いらねえ。じゃなくて、そんなことより大変なんだよ!」
 ごくり、と喉を鳴らして口の中のものを飲み込んだホル・ホースは、再びエルザの手にある
ミートサンドの残りに噛み付き、食べ尽くす。
 口の塞がってしまったホル・ホースの代わりに、一歩遅れて嚥下したエルザが地下水に聞き
返した。
「なにが大変なのよ。蜂の巣でも突っついたのわけ?」
「なら良かったんだけどな!襲って来るのは蜂なんて優しいもんじゃねえ、竜に乗ったアルビ
オンの兵士だよ!四騎ほど村の手前まで来てるんだ!」
「ぶほっ!」
 ホル・ホースの口から咀嚼された肉とパンの混ざったものが噴出し、ミノタウロスの毛皮を
汚した。
「ナニィーッ!?な、なんでだ!どうしてオレ達が追われなきゃ……、って色々と心当たりは
あるか」
「いや、連中は俺達を追ってきたんじゃねえよ!戦争だ!戦争が始まったんだよ!!」
 一瞬納得しかけたホル・ホースに地下水は後方の空を指差して、そこに浮かぶアルビオンの
戦艦を見せ付ける。
 徐々に近付く船の姿は、もう人間の目にもはっきりと見えるようになっていて、周囲を竜騎
兵が飛び交っている様子まで確認できるようになっていた。
「うへぇ……、派手な団体客だな」
「こうして見ると圧巻ねぇ」
 それが今から攻めてくるというのに、洩れ出る感想は他人事のようであった。
「なんでそんなに呑気なんだよ!もうすぐそこまでまで先遣隊が来てるんだぞ!!ウェールズ
のヤツが足止めしてる間に逃げねえと!!」
「ああ、わかってるよ。だがよ、先遣隊くらい、カステルモールの馬鹿がなんとかするだろ?
シャルロットの嬢ちゃんが危険に晒されてるんだから、命がけで奮闘してくれるだろうぜ」
 腐っても元騎士団長。たかが数騎の竜騎兵に遅れは取らないだろう。
 先遣隊を潰せれば、敵の警戒を誘うことが出来る。逃げるのに十分な時間が稼げるはずだ。
 だが、そんな考えを、地下水は頭を振って否定した。
「アイツは姐さんの風邪薬を買いに街まで行ってて、ここにはいねえよ!いたら、俺だってこ
んなに焦ったりはしねえっての!」

116銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:25:15 ID:V39Nclcw
 ガリアのシャルル派の筆頭であるカステルモールは、シャルロットを信奉し、主と定めて献
身的に奉仕をしている。今回も、シャルロットが風邪を引いたと聞いて即座に自前の竜を飛び
立たせ、ラ・ロシェールまで旅立っていた。
 出発したのは一時間前だから、そろそろ帰ってきてもおかしくは無い。だが、まだ帰って来
ていない以上、役に立たないことに変わりはなかった。
「ハァ!?おいおいおい、冗談だろ?あのヤロウ、こういう時の為に村に滞在してるんじゃね
えのか?なんで肝心なときに留守なんだよ!」
 悪態を吐く言葉に焦りが混じる。
 スタンドは相変わらず本調子ではなく、空を飛び回る相手に対抗する術は無い。
 とすれば、選ぶべきはたった一つだろう。
 申し合わせたようにホル・ホースとエルザの目が合い、同時に頷いた。
「よし、逃げるぜ!オレとエルザは厩舎で馬を奪う。地下水は自分でどうにかしな!」
「うおっ!?そりゃあ薄情だぜ、旦那!」
「うるせえ!テメエのそのなりじゃ、馬には乗れねえだろ!でかい荷台付きの馬車でも手に入
れるんだな!」
 空に見えるアルビオンの艦隊とは逆方向に走り出したホル・ホースは、記憶にある村の家畜
小屋に向けて走り出す。確かそこに、行商人の馬が何頭か預けられているはずだった。
 そう遠くない目的地だ。なんとか間に合うだろう。
 そう思ったホル・ホースを嘲笑うかのように、頭上を一匹の竜が追い抜き、炎を撒き散らす。
 確認するまでも無く、アルビオンの竜騎兵だ。
 道の先にあった小屋が一瞬にして炎に包まれ、中から動物達の悲鳴が轟く。火達磨になった
数頭の馬が壁を突き破って道に出ると、幾つかの家の壁を破って倒壊させる。
 火は、あっという間に近隣の建物に燃え移って行った。
「クソッ!遅かったか!だらしねえヤロウだな、ウェールズのクソッタレはよ!もうちょっと
気合入れて足止めしやがれ!!!」
「どーするのよ!?このまま真っ直ぐ逃げても、火炙りになっちゃうわよ!」
「よし、地下水、囮になれ!」
「全力で断るぜ!死なば諸共だ!一緒に地獄に逝こうぜ、旦那!!」
 地下水がホル・ホースの襟首を掴み、ごふごふ、と笑う。
「放せ無機物!テメーはその辺の小動物の体でも乗っ取って逃げればいいだろうが!!でなけ
りゃ、空を蝿みてえに飛んでる竜の体でも奪いやがれ!」
「おお、その手があったか!あ、でもそれすると、このミノタウロス野放しだぜ?」
「じゃあ却下だ!そのまま大人しくデカイ的晒して逃げ惑ってろ!」
「旦那も一緒だがな!」
「心中なんてゴメンだ!オレを解放しやがれーッ!!」
 地下水を犠牲にしてでも逃げようとするホル・ホースと、それを許さない地下水の見苦しい
やりとりから耳を塞いで鼓膜を守るエルザは、頭上を飛び交う影がいつの間にか四つになって
いることに気付く。さらにそれらが共通してこちらを見ていることを察すると、顔色を真っ青
にしてホル・ホースの耳を掴んだ。
「こ、こっち見てる!?二人とも騒ぎ過ぎよ!凄く目立ってるじゃないの!」
「痛え!わかったから引っ張るな!チクショウ、物陰を盾にしながら逃げるぞ!!」

117銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:26:43 ID:V39Nclcw
「それしか無さそうだな!」
 脱兎の如く走り出したホル・ホースたちを、空の竜騎兵たちは揃って追いかける。
 本来なら手分けして村を制圧するのだろうが、ミノタウロスの姿が目に付くのだろう。放っ
ておいて横合いから殴られでもしたら、竜騎兵とて無事では済まない。それに、本来は人間を
襲う亜人が人間を攻撃していないということは、何処かのメイジの使い魔である可能性が高い。
 その何処かのメイジが一番ミノタウロスの近くに居る人間だと思うのは、決して不自然なこ
とではなかった。
「揃って追ってきやがる!散らばれよ!なんでオレ達を集中攻撃するんだ!?」
「知らないわよ、そんなの!」
「喋ってないで走ろうぜ、旦那!」
 愚痴を零している間も、走るホル・ホース達の横を炎が掠め、地面を焦がす。
 辛うじてエルザが魔法で竜のブレスの進路を変えているから直撃はしていないが、もう少し
接近されれば、風の壁も突破されるだろう。
 さらに加速してホル・ホースたちを追い詰める竜騎兵達が、騎乗する竜に指示を出し、一斉
にブレスを吐き出させる準備をする。魔法による妨害を見破られたらしい。
 次の一撃は、エルザの魔法では防ぎ切れないだろう。
「ちょっと地下水!あなたも迎撃してよ!!」
「この体使い辛いんだよ!脳味噌と体がちぐはぐで、集中しきれねーの!慣れるまで待ってく
れよ!」
「そんな余裕あるわけ……、き、きたきたきた!お兄ちゃん、伏せて!!」
 鋭い牙がズラリと並んだ口を開け、騎兵の乗る竜が一斉に喉の奥を炎の光に包んだ。
 赤く、それでいて白い灼熱の炎が、ホル・ホースたちの頭上を舐め取る。
 間一髪、エルザの声で伏せたホル・ホースと地下水は回避に成功し、焼け死ぬことなく熱せ
られた背中に呻き声を洩らした。
 あと一秒遅ければ、頭部を炭に変えていたことだろう。
「クソッ!帽子の端が焼けやがった!弁償しやがれボケ!」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!また来るわよ!」
 ホル・ホースたちを追い抜いた竜騎兵達が、一度高度を上げて旋回し、再び降下してくる。
 戦隊は縦列。僅かにタイミングをずらしてブレスをぶつけるつもりだろう。エルザの魔法で
も、連続して浴びせられる炎を全て防ぎきれるものではない。
 先頭を飛ぶ竜の口が開かれ、その奥に炎の光を見たホル・ホースは、苦し紛れに右手を突き
出してスタンドを発動させた。
「調子ぶっこいてんじゃねえぞ、ダボが!」
 引き金が引かれ、生命と精神によって織られた弾が銃口から吐き出される。
 が、それは十メートルと進まないうちに、重力に引かれて地面に落ちた。
 子供向けの玩具の銃から撃ち出されるBB弾といい勝負である。
「ヒィー、もうダメだァーッ!」
 相変わらず調子の悪い切り札に希望を失ったホル・ホースの喉から、情けない悲鳴が飛び出
した。
 空気を焼く高熱の炎が竜の口から飛び出して、一直線にホル・ホースたちに向かう。
 だが、それはホル・ホースたちを焼くことなく、土の壁に遮られた。

118銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:29:28 ID:V39Nclcw
「だらしないねえ?この程度で弱音を吐くなんて」
 妙齢の女性の声がホル・ホースたちの耳に届く。
 それは緑色の髪を風に靡かせ、未だ無事な家屋の屋根に悠然と腕を組んで立っていた。
 地面kなら飛び出した巨大な手は、炎を防ぐだけに止まらず、突然目の前に現れた壁に驚い
て急転し損ねた竜騎兵を容赦なく叩き落す。
 竜が地面に落ち、騎兵が宙に投げ出された。
「まず、一騎」
 当然のように鼻を鳴らして、マチルダは杖を高く振り上げる。すると、背後から蛇のように
波打つ炎が鋭く飛び出し、転進したもののバランスを崩した他の竜騎兵を襲った。
 翼の皮膜を焼かれ、飛ぶ力を失った竜と共に騎兵が地面に叩きつけられる。
 これで、二騎。
 マチルダの口元に、笑みが浮かんだ。
「さあて、残りもさっさと仕留めちまおうかね。大事な生徒の命がかかってるんだ。頑張りな
よ、コルベール先生」
「その口調の方が地のようですね、ミス・ロングビル」
 マチルダの立つ家屋の影から杖を握ったコルベールが現れ、切なそうに溜め息を吐く。二騎
目の竜騎兵を倒したのは、この男だったようだ。
「た、助かった……?流石マチルダ姐さんだ!愛してるぜーッ!」
「気色の悪いこと言ってないで、さっさと構えな!」
 愛してる、なんて言葉に反応したエルザに耳を引っ張られながら、ホル・ホースは頭上を確
かめる。
 マチルダとコルベールの二人の攻撃から逃れた竜騎兵が二騎、高高度を円を描くように旋回
していた。思わぬ反撃に、警戒を強めているのだろう。相手も容易に攻めてこようとはしない。
 高レベルのメイジが二人、敵に回ったとあればその反応も当然だ。
 暫くの睨み合いの後、埒が明かないと踏んだのか、騎兵の一人が杖を手に“明かり”の魔法
で強い光点を作り、それをマントで覆い、点滅させ始めた。
 それの意味を察したコルベールが、表情を良くないものに変えてマチルダに向き直る。
「信号ですな。速く落とさねば、味方を呼ばれますぞ」
「そうは言われてもね、あの距離じゃ遠くて魔法は届きはしないよ。ガキ共が逃げるだけの時
間稼ぎをしないといけないのに……、あんた達、なにか手はないのかい?」
 問いかけられて、ホル・ホースたちはお互いの顔を見合わせる。
 顔が一度、先ほど撃墜してばかりの竜騎兵たちの方を向いて、ホル・ホースが親指でそれを
指し示した。
「あそこに倒れてるヤツがまだ生きてるみてえだから、拷問にかけて上の連中を釣るって方法
はどうだ」
 痛みに悲鳴を上げさせれば、相手も逃げてばかりはいられないだろう。見捨てるという選択
肢を取れるのは、非正規の傭兵のような仲間意識の無い者だけだ。竜に乗るような正規軍の人
間なら、敵に苦しめられる同僚を放っては置けないだろう。
 地球でも、狙撃手が使う有効な手だ。狙撃しやすい場所に生きた敵兵を転がし、手足を撃ち
抜く事で死なない程度に弄ぶ。そして、助けに出ようとした別の敵兵の命を狙うのだ。

119銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:30:56 ID:V39Nclcw
 人道を無視すれば間違いなく有効な手なのだが、マチルダは難色を示す。
 卑劣な行為だと憤ったわけではない。単純に、個人的な事情からだった。
「それでティファニアに嫌われたら、あんた責任取れるんだろうね?」
「了解。聞かなかったことにしてくれ」
 手をひらひらと振って顔を背けたホル・ホースが、エルザや地下水と相談を始める。
 別の案を模索しているようだが、これと言って良案が出てくる気配は無さそうだった。
「ミス・タバサの使い魔であるシルフィードを借りられれば、あるいは」
 一つ方法を思いついたコルベールに、マチルダは直ぐに首を横に振る。
「今から呼びに言っても、間に合いはしないよ。それに、そのシルフィードも確か風邪を引い
て寝込んでる筈さ」
 雨風に晒されたのは、なにも人間ばかりではない。シルフィードもまた、無理をして飛び続
けたために体力を落とし、クシャミを何度も繰り返していた。今頃は、体を温めるためにどこ
かで日光浴でもしていることだろう。
 病気の幼い風竜では、健康な大人の風竜を追い掛け回すことなど出来はしない。安定した飛
行が出来るかどうかさえ怪しいものだ。
 戦力に数えることは出来ない。
「……打つ手なし、か。歯痒いねえ」
 視界の端に森の中へと逃げ込んでいく人影を確認して、マチルダは親指の爪を噛む。
 事態を把握した村人達の避難は進んでいるが、村長の家に隔離されていた病人達は未だに村
を出ることさえ出来ていない。心優しい義理の妹もまた、そんな病人達の手助けに就いている
ために逃げ遅れている。
 屋根の上から見る限りでは、マチルダが一番避難して欲しい人物が逃げ切るまで、まだ暫く
の時間が必要なようであった。
 病人を支えた村人が、一人、また一人と森の中に入っていく。その中には学院の生徒達の姿
もあり、動きの速い少年が両脇に子供を抱えて行き来を繰り返している。それでも、村長の家
から村の外へと続く道には病人の列が並び、一向に前に進む気配は無い。
「困りましたな……。もう、あれを落としても敵の増援は防げそうに無い」
 頭上では光を使った信号が既に終了していた。
 二騎の竜騎兵は味方が来るまで様子見を決め込むつもりか、ゆっくりと旋回を続けている。
「大人しく逃げるが勝ち、かね。って、あいつらどこ行った!?」
 コルベールの言葉に村の住人達と合流することを考えたとき、先ほどまで道の真ん中で話を
していたはずのホル・ホースたちの姿が消えていることにマチルダは気付く。
「まさか、逃げた……?」
 村のどこに目を向けても見当たらない、目立つはずの三人組。ミノタウロスの巨体すら物陰
に隠して逃げているのだろう。
 ある意味、驚異的な逃走技術である。
「あ、ああ、あんのドグサレがーッ!!」
 助けてやった恩も忘れて逃げ出したホル・ホースたちに、マチルダは絶叫を上げる。
 やるときはやるやつだと思っていたのに。だとか、頼りにしていた。なんて期待は無く、案
の定とかやっぱりといった感想が洩れそうなのは秘密だ。

120銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:33:00 ID:V39Nclcw
 キッと目の端を吊り上げてホル・ホースたちを探し始めたマチルダは、そこで、ふっ、と目
の前が暗くなり、唐突に夜が訪れたような感覚に襲われた。
 直ぐには頭上に目を向けない。
 ゆっくりと息を吸い、一拍置いて、深く吐き出しす。
 コルベールを見てみれば、顔は強張り、杖を持つ手には力が入っていることが良く分かる。
 もう一度深呼吸して、マチルダはそっと視線を受けに向けると、思わず頬の筋肉を引き攣ら
せた。
「これは、随分と豪勢だねえ」
 タルブ村の頭上を数十騎の竜騎兵が埋め尽くし、その背後に巨大な戦艦の姿が威容をもって
浮かんでいた。
 船の横から吊るされたロープを伝って、アルビオンの兵士が次々と降下を始め、数を徐々に
増やしている。その総数は、現時点でも千を優に越えているだろう。他の戦艦からもロープが
垂れて人が降りて来ているところを見れば、さらに数が増えることは間違いない。
 この状況なら、たかがメイジ二人を目くじらを立てて執拗に追い回すようなことはしないだ
ろう。と、思いたいところなのだが、既に二騎の竜騎兵を倒してしまっている以上、そう易々
と逃がしてはくれないらしい。
 竜騎兵の一団は、マチルダとコルベールを囲うよう旋回しながら徐々に高度を落として距離
を縮めている。逃げる気配を見せれば、一瞬にして距離を詰め、炎を浴びせかける気だろう。
 仲間を倒された怒りの色が、マチルダにもコルベールにもはっきりと感じられた。
 屋根から降りて適当な建物を背後に杖を構えたマチルダとコルベールの前は、この状況にど
う対応するか検討を始める。その姿もまた、敵の竜騎兵達の視界の中であり、身振り手振りは
しっかりと見られていた。恐らくは、風のメイジあたりが声も盗んでいるのだろう。
 八方塞で、獅子に襲われた兎程度の抵抗しか出来ないという結論に達した頃、タイミングを
計って一騎の竜騎兵が降りて来る。
 立派な体躯の風竜に騎乗した男が羽帽子の下にある髭面を晒し、鋭い瞳をマチルダに向けた。
「久しぶり、と言うべきかな?マチルダ・オブ・サウスゴータ。妹君は元気かね?」
 かつてトリステインのグリフォン隊隊長だった男が、今はアルビオンの士官用のマントに身
を包み、祖国の村を焼こうとしている。
 猛禽類のようなワルドの目を見て力の差を感じ取ったマチルダは、同時に、目の前の男につ
いて一つの疑問を抱く。
―――こいつ、誰だっけ?
 アルビオンの夜に起きた、ウェールズとホル・ホースが死に掛けた事件。その時は暗い上に
遠目であったために、その犯人の顔をマチルダは一切見ていなかった。

121銃は杖よりも強いと言い張る人:2008/12/25(木) 19:40:12 ID:V39Nclcw
投下終了。
ワルド再登場の回。
次回あたりから再登場人物がポンポン出てくる予定。ルイズの出番も有り。

第三部は後二話か三話ですな。今年中に第三部終わらせたかったけど、
このペースじゃ無理っぽい。が、あと一話くらいは何とかします。
メリークルシミマース!

122ティータイムは幽霊屋敷で:2008/12/25(木) 20:24:30 ID:tlmBdcOk
GJ! せっかく再登場したのに「誰だっけ?」って相変わらず扱いが酷い。

それと偉そうではなく貴方は偉いんですよ、本当に。
銃杖は最高だし、その合間に絵を描いて投下するし!
畜生!メリークリスマス!

123名無しさん:2008/12/26(金) 00:15:54 ID:wQzAmxdQ
GJでした
エルザと代わりたいぜ…
そしてワルドカワイソスwww

124名無しさん:2008/12/26(金) 02:23:58 ID:L0staexY
GJでした!!

125桃髪の爆発魔と銀髪の騎士:2008/12/26(金) 06:45:21 ID:f3zNg1sg
やけにエロい展開はクリスマスだから? とか思ってたらむしろ絶体絶命に陥ってる辺り
がクリスマスらしいです。そして新コスチュームのエルザさん! GJでした!

そして投下です。拙いながらも投下祭りです。本当は昨日の内にできる筈だったのですが、
クリスマスの所為で酔い潰れてしまいました。もちろん、一人で。

126桃髪の爆発魔と銀髪の騎士:2008/12/26(金) 06:46:12 ID:f3zNg1sg
「そうですか。それは困りましたねえ」
 他人事のようにほのぼのと応えるクロムウェル。アルビオン神聖皇帝をしぶしぶと僭称
する男が、ゆっくりと笑う。襟元まで詰めかけた重臣の圧迫など、微塵も感じていない。
 トリステインの発布した〝内乱の鎮圧〟が、彼らを指導者の許へ走らせたのだが、その
相手がこの様子では気も抜ける。
「この地はすでにトリステインのものと、かの国が吐かしッ! 来週にも我が方へ攻め込
もうとしておるのですぞ!」
 勢いを残した一人が我鳴る。そうだそうだと、いささか気勢を削がれた諸々が同調の声
を上げた。
「心配には及びません。我らにはたくさんの〝おともだち〟が、いるではありませんか」
「で……ですが」
 クロムウェルがそう呼ぶのは、ニューカッスルとロサイスから運ばれた兵の死体〝だっ
た〟ものである。無数の中から五体の揃っているものがより分けられ、腐臭を放ちながら
ロンディニウムへ到着したそれを、クロムウェルの〝虚無〟が再生したのだ。
 うつろな表情、氷のように冷え切った血、しかし彼らは歩き、話し、そして戦う。どう
してか、クロムウェルへの忠誠を極限まで高めて。
「死を乗り越えて戦う兵のいる我ら、死を知らぬ彼ら。どちらが生き残ると思います?」
「は、いや、しかし……」
 彼らの再生こそ目にはしたが、それが不死なる存在であるとは信じるに足りていない、
重臣たちの意気は低い。
「やだなあ、もっと彼らのことを信頼してあげなくちゃ。それに」
「それに、何ですかな……?」
「あなたたちもいずれ〝そう〟なって、我らのおともだちになるのですから――」


「死体を?」
「はい。連中、死体のうち損傷の少ないものだけを選って、運んで行きました」
 ニューカッスルを発ち、ロサイスを経てサウスゴータを目指す一団の会話である。長で
あるアニエスの許に残った数名と、彼女らの護衛を務めるメンヌヴィルによる、レコン・
キスタ撹乱部隊だ。報告は、さきほど合流したアニエスの部下によるものだ。
「その情報は?」
「はっ、すでにトリスタニアへ向けて」
「よし。それが何であれ、殿下なれば看破されるだろう」
 ふむふむと唸りつつ、メンヌヴィルが始める。
「使うんだろな、たぶん?」
「そうだろうな。知りたくもないが」
「やっぱアレか? 実験か?」
 この男の想像する〝実験〟が、かつて王立魔法研究所《アカデミー》で行われていたも
のだとしたら、聞いてはいけない。朝食から二時間と経っていないのだ。
「〝錬金〟を――」
「うるさいっ!」
「いや、スゴいんだぜ? 生物であることを放棄した死体には――」
 想像するな。したら負けだっ……!
「その臭いがもう、あの世のものって――」
 ま、け、るな……
「緑色のつぶつぶが――」
 メンヌヴィルを残し、全員が道端の木立へ消える。乙女には似つかわしくない効果音が
漂う。酸っぱい匂いも漂う。
「クハハッ、昨日の礼よ!」
 まだ痛みの残る腰に手をあて、メンヌヴィルが高らかに笑う。それにしてもこの男、実
に楽しそうによく笑う。きっと後悔する生き方をしてこなかったのだろう。

127桃髪の爆発魔と銀髪の騎士:2008/12/26(金) 06:47:21 ID:f3zNg1sg
「選抜試験は終わったわよ?」
「それとこれとは別だ! ぼくの挑戦は決して終わらない!」
 じめじめするヴェストリの広場。二人が最初に戦った場所である。
「ああ、そうだったっけ。あんたはそういうヤツだったわね」
「そうだ!」
「じゃあ、これがわたしの置き土産よ。実力の差、存分に味わっておきなさい」
 そして始まる、ほぼ日課と化したルイズとグラモンの試し合い。しかし毎度々々、律儀
に受けるところを見ると、ルイズも満更ではないのだろう。むろん色恋ではなく、戦士の
血が騒ぐの方向で。

 どごん。瞬歩でグラモンの懐にもぐりこんだルイズが爆発を見舞う。転がるグラモン。
「ぐはっ。……オープニングヒットは譲ってやる。しかーし!」
 どすん。グラモンの背に回りこんだルイズの肘打ちが決まる。悶えるグラモン。
「ぶほっ。……ミドルダメージまでは譲ってやるがっ、しかーし!」
 どどん。練成中のゴーレムごと、爆発のラッシュ。弾けるグラモン。
「ぐふっ。……ダウンまでは譲ってやる……。しかーし! 勝負はまだこれからだ!」
 グラモンの左腕が、曲がってはいけない方向へ曲がっている、ように見える。
「……よく、立っていられるわね。大したものだわ」
「フッ、ぼくの家の家訓が、ぼくを立たせるのだよ。『命』と『名』、どちらも惜しまね
ばならぬのは難儀であるが、な!」
 グラモンとて策はある。いたずらに翻弄されたわけではないのだ。それがっ……!
「うおっ!」
 突然の陥没に足を取られるルイズ。グラモンの使い魔が、土中からルイズを絡め取った
のだ。ずびし、とバラの造花を突きつけ、グラモンが決める。
「時間が……、時間が必要だったのだ。忘れてなかったかい? ……ぼくも君も、一人で
はないのだよ?」
「ふん、穴の一つや二つ! オラァッ」
『まてッ、ルイズ! 一つや二つでは――』
 威勢よく踏み出した右足が穴にはまり、慣性の法則による問答無用の前転を披露するル
イズ。お約束のようにぶっ飛ぶデルフリンガー。そして回転は二週目にして途絶する。今
度は頭がはまったのだ。否応もなく地中に没する、ルイズの上半身。ぐきりと腰骨が鳴り、
びよんびよんと振り子のように振れる、下半身。その揺れが、彼女のスカートをハの字に
開く。何というかもう、全開だ。
「ぶほッ。なな何という絶景! ――あ、いや、見てないぞっ、決してレディーの無防備
な秘境を垣間見たりはしてないぞ! 信じてくれっ、モンモランシー!」
 愛する彼女がいると決めた方向へ、音のする勢いで首を回してグラモンが叫ぶ。こんな
時でも彼の愛と忠誠は概ね絶対なのだ。
 空中を激しく回転して校舎の影を飛び越え、昼下がりの陽光をきらりとはね散らしたデ
ルフリンガーが、主人の待つ穴へとまっ逆さまに飛び込んでいく。柄が下でよかったと、
誰より喜んだのは当の本人だ。
「…………ッ!」そして土中から、くぐもった叫びがする。

 作戦の成功は喜ばしい。しかし、しかしだ。これはもしかして、ぼくは己への執行令状
に署名してしまったのではないか? いまの唸りは『ぶっ殺すッ』の〝ッ〟かな? いや
いや彼女が決してその台詞を吐かないこと、それは確かだ。なれば……。

128桃髪の爆発魔と銀髪の騎士:2008/12/26(金) 06:48:09 ID:f3zNg1sg
 人が穴にはまった時、常識の多寡に関わらず、普通はそこから這い出すものだ。むしろ
それ以外の選択はないといって差支えがないだろう。しかしこのルイズには通用しないッ。
「……ラ……オラ……オラオラ……ラオラッ……オラァ…………」
 ボコボコと土中から気合と爆発音が轟く。穴に消えるルイズの脚。
「まさか、な……」
 グラモンがありえない可能性について考える。ありえないのだから、それはありえない
のだが、ありえない事というのは案外よく起こるのだ。
 地面の下であれば全て、三次元レーダの如く全てを感知するグラモンの使い魔、ジャイ
アントモールのヴェルダンデ。彼――彼女? かも知れない――の感覚がグラモンに伝達
される。Uの字に、だと……。
「……ッ・カァーノォォオッ!」
 ドグオォォン、という炸裂音と共に地上へ復帰するルイズ。手には剣、全身には隈なく
土、瞳にはらんらんと炎を燃やして。

 ふしゅー、と一つ、気合の排気を完了させてルイズが言う。
「……土をつける、というのは喩え。それはいいわね?」
「も、もちろんだとも! この程度でぼくの戦術が尽きたなど、思わないで頂きたい!」
「よし。ではこちらの番よ!」ルイズの凄味が空気を震わす。

 しかし、広場の地表に異常は見当たらない。掘ってから埋め戻した穴とは訳が違うのだ。
土中から薄皮一枚を残して掘られた落とし穴、しかもおそらく無数。これは侮れない。

「……いいわね。とてもイイ戦術だわ。わたしは動かなければ攻撃できない、あんたは動
く必要がない。そうね、その成長性には〝A〟をあげる」
 ひくひくとこめかみを震わせつつも、褒めるところは褒める。そういう人なのだ。
『いや、大したものだ。君と戦うたびに、彼は強くなっている』
「何かヤる度にえげつなくなってねえ? アレか、姐さんが鍛えると皆こうなるとか?」
「うるさいわね! わたしはギーシュの師匠じゃないわよ!」
「むっ」
「ん?」
「いま、ぼくを名前で呼んだよな?」
「そうね。呼んだわね。それが?」
「いや、そうだ、それがいい。その呼び方がいい」
「は?」
「知ってるかい? きみが名を呼ぶのは、認めたヤツだけだってこと?」
「そうだっけ?」
『そう言われてみたら、確かにそうだな。シャルロットといい、シエスタといい、強さを
確かめた者の名は、確かに名前で呼んでいるな』
「へええ、意外と判り易いじゃねえの、って、俺は?」
「あ、ほんとだ。そういや姫さまを名前で呼んだのも、〝決闘〟のあとだったわ」
「俺は?」
「ようし、ギーシュ、あんたは強くなる、少なくともその素質はある。認めるに吝かでな
いわ」
「おおっ」
「でもね、今日の強さを認めるかどうかは、これからよ!」
「それで結構! 幸い折れたのは左腕ッ! 錬金に支障はない!」
「……ねえ俺は?」

129桃髪の爆発魔と銀髪の騎士:2008/12/26(金) 06:48:52 ID:f3zNg1sg
 ルイズが跳ぶ。魔法学院の壁を走り、蹴り、削って跳ぶ。地に足を着かなければ問題は
ない、が、いかんせん距離があり過ぎるのだ。校舎と壁の間を一足にとはいかない。中途
にて一度ならず〝爆風〟を受けて軌道を跳ね上げなくてはならず、その消耗が意外と大き
いのだ。
 感覚の共鳴をして、落とし穴の影響を受けないギーシュがバラの造花を振り、ゴーレム
を生み出す。精密な動作性をこそ、ひたすらに磨いてきた修練が、ここに花開く。
「そこだ!」
 穴だらけの地を滑るように進んだゴーレムが、ルイズの着地点を抉る。
「甘い!」
 がらがらと崩れる塀に、舞う爆風。ゴーレムの伸びきった豪腕に亀裂が走る。
「着地にも合わせられるのよ。爆発は」
「うぬう、まさに全身これ凶器! しかしっ、ぼくのワルキューレもまた不死身ッ!」
 引き裂いた右腕を槍代わりに、ゴーレムがルイズを追撃する。壁の穴の増えるにつれ、
ルイズの足場が減っていく。ギーシュを狙う線上には常にゴーレムが盾となり、阻む。
「ちっ、空中からじゃ埒が明かないか」
 しかし半壊した塀、穴だらけの校舎、地には無数の穴。どうする?
『ルイズ、コルベールのヘビくんを思い出すんだ。爆発の効率を!』
「……そうかッ」
 目指すは穴。先ほど無様にも転げ落ちた穴である。そこに爆発を込める。気合を、スゴ
味をその穴倉に向けて解放する。
「ウルウルウルウルッ、ウル・カーノッ!」
 爆風が、一筆書きの通路を疾る。土竜の掘削上回る速さで疾る。
「うおおっ」
 爆発の背を爆発で押す、ルイズの放射魔法が地下通路を満たす。爆音と土煙が垂直に立
ち上がる。ヴェルダンデも爆風に尻を蹴られ飛び出す。中空に、つぶらな目がきらめく。
「ぼくの可愛い使い魔ッ!」
 走る、走るグラモン。その巨体を全身で受け止め、忘れていた骨折の痛みに悶える。彼
の正中線上にはルイズの剣。決着はここに示された。


「一つ、聞いていいかな?」
「何よ」
「マリコルヌのことを名前で呼ばないのは、どうしてなんだい? 彼は――」
「ああ。あれは、あいつはああ呼ぶと喜ぶのよ、だから」
「はは。そう、か。それもそうだな」
「ほら、変態だから」
「あはは」
「……俺は?」
「うっさいわね、デルフ。いいじゃあないの、愛称でも」
「愛……! うんうん、そうだよな!」
『デルフ……』
「いいんだ! 俺は姐さんに愛されてる! そしていつも背中で体温を感じてる!」
『おい、どうしたデルフ? 熱でも……』
「いいんだよ、相棒。剣にしか判らないことも、あるんだ」
 今日もいつも、ルイズの周りには楽しみが満ちている。これからもきっとそうだ。

130桃髪の爆発魔と銀髪の騎士:2008/12/26(金) 06:53:08 ID:f3zNg1sg
投下完了です。次はまた、イザベラさんの冒険になると思います。
では皆様、よいお年を! メリークリスマス!

131名無しさん:2008/12/27(土) 01:02:31 ID:ML3XM18E
投下乙!
これでギーシュは同行が許された……のか?

132味も見ておく使い魔 第六章 03:2009/01/03(土) 01:09:52 ID:zZTlvc9k
 アルビオン沖での『決戦』から一ヵ月後。
「しっかりと戦場になっちゃったわね」
 ルイズは自分にあてがわれた女官専用の天幕の内側でため息をついていた。
 ルイズが今着ているマントは学生のそれではなく、トリステイン王家の百合紋章がしっかりと描かれている。ここは戦地。アルビオンの人間と見間違われては困るのだ。
「ここはすでにアルビオンだからな」
 ブチャラティが応じる。彼の言うとおり、ルイズたちは港町ロサイスに駐屯しているトリステインの軍隊と行動をともにしているのだった。
「だが、アルビオンにきたのはいいとして、ここ一週間、君にまったくお呼びがかからないじゃないか。別にどうだっていいが、僕たちは実は用済みなんじゃないのか?」
「そうね、でもそれはよいことだわ、露伴。トリステイン軍が、虚無という特異な力を必要としていない程度には優勢、ということだから」
露伴はほほう、とうなずいた。
「だいぶしおらしくなったじゃないか。てっきり『私の出番がないじゃない』とわめき散らすとばっかり思っていたよ」
「私もね、いろいろ思うところがあるのよ。コルベール先生のこともあるし、ね」
「コルベールが死んだのは意外だったな、俺にとっては」ブチャラティがうなずく。
「それは僕もだ。あの男はこれから何かをしでかしそうな優秀そうな男だったんだがね」
「そうなんだ、二人ともコルベール先生の評価高いわね。私は、あの先生は愉快な先生だとは思っていたけど、そこまでの人とは思わなかった」
「人の評価なんてそんなものさ」
「でも、悔しいわ。私だけがあの先生の真価を見抜けなかったみたいで」
「気にすんな、ルイズ。何も僕たちの評価が正しいと決まったわけじゃない。君の意見のほうが正しい可能性もありうるんだ。ま、今となってはもう何もわからないがぁね」
「そう、ね。もう、わからないのね……」
 ルイズの声が湿っぽくなっていく。コルベールの死がそれほどまでにこたえたのだった。戦争で死ぬのならまだいい。周りからは名誉といわれるのだから。まだ死が納得できる。でも、コルベールは乱入者に殺されたのだ。こともあろうに、生徒を守ろうとして。たぶん周りの大人は犬死だと思うだろう。メイジ崩れごとき競り負けた間抜けの一人として忘れられていくに違いない。そう思ったら、ルイズはなんだか泣きそうになってしまった。
「そういえば、君たちは幻を見ていたんだったな。ミョズニトニルンだったか」露伴は言った。
「そうだ、名前はドッピオ。俺のかつてのボスだった男だ。正確にはボスの分裂した精神の人格の、片割れのひとつだ」
「ふ〜ん、ブチャラティとの縁か、それは、やはりパッショーネの?」
「ああ、その関係だ」
 一筋の風が天幕を通り過ぎていった。気がつくと天幕の入り口が開いている。風はそこから来たようであった。見ると一人の男が入り口にたたずんでいる。
「ミズ・ヴァリエールの天幕はここでよいのか?」その黒髪の男はいった。
「ああ、ところでお前は何者だ?見たところトリステインの兵士ではなさそうだが」
 ブチャラティの言うとおり、彼の姿は兵士の服装ではない。かなり軽装だが、杖を持っていないのでメイジでもないだろう。何より、ぱっと見た目は無武装である。
「失礼、自己紹介が遅れた。私はロマリアからの義勇兵でね。竜騎士を務めているものだ。名を……念のために偽名を名乗らせてもらおう。ジュリオ・チェザーレとでも名乗っておこうか」

133味も見ておく使い魔 第六章 03:2009/01/03(土) 01:10:28 ID:zZTlvc9k
「怪しいな」露伴が言った。
「いぶかしむのは結構だが、私は命令を伝えにきたのだ。君たちがトリステイン軍の命令を無視したところで俺に何の痛痒もない」そういってロマリアの竜騎士は一通の命令書をルイズに手渡した。
「至急女王の元へと出頭せよ、とのことだ。案内役は私が勤める」
 女王の天幕へとついたルイズ達は、アンリエッタ挨拶を行なった。
「ありがとう、ミスタ・ジュリオ。下がっていてください」
「了解した」そういうと男は音もなく天蓋を去っていった。
「あの男は一体何者なんだ?」
「ブチャラティさん、あの人はロマリアからの義勇兵です。身元は法王庁が保証していますわ」
「ところで、何か御用でしょうか、アンリエッタ姫様」とルイズ。
「ええ、今日私の女官が新しく来たのであなたに会わせようと思って」
「女官?」露伴が言う。
「ええ。あなた方全員、よく知っているひとよ」アンリエッタはそういって手を叩いた。
 一人の女性が静かに天幕へと入ってくる。
「シエスタじゃないの」
「シエスタか」ルイズとブチャラティが同時に驚いた。
「はい。新しく貴族になった私ですが、魔法も剣も使えないので、それならばと女王様が配慮してくださったのです」

「そういうことね。ルイズ。あなたやシエスタ、ブチャラティ、露伴は一緒になって、アカデミーの研究員の位を与えることにしたの」
「何か研究をするんですか?」
「いいえ。ちなみに、他のアカデミーのセクションとは違って、女王の直属機関にしてあるから、安心して」
「姫様のみ心のままに」
「ああ、それとお使いを頼もうとしていたの。あなたも天幕暮らしは飽きたでしょう?行楽がてら、私の変わりに戦勝祝賀会に参加してほしいの」
「わかりましたわ。女王陛下。私は任務を立派にこなして見せましょう」ルイズは元気一杯、胸を張って答えた。

134味も見ておく使い魔 第六章 03:2009/01/03(土) 01:11:06 ID:zZTlvc9k
 その会話から一昼夜過ぎたころのサウスゴータの町では、町の有志の手により、早くも復興作業が始まっていた。その作業には、町を勝ち取ったトリステイン軍の人間も加わっていた。その中にギーシュの部隊も加わっていた。
 半分仲間と談笑しながら作業していたギーシュは、町へ、外から騎馬で向かってくる一団に気がついた。見る見るうちにギーシュが整備している町の正門に入ってくる。
「ルイズじゃないか」町に接近している影は、シエスタと別れたルイズ一行であった。護衛もついている。が、なぜかルイズは不機嫌な様であった。
「聞いたわよ!サウスゴータの戦いで、最初に突出した部隊ってあなたたちじゃないの!」
「まあね。おかげで勲章者さ」フフンと笑う(元首相じゃないよ!)ギーシュと対照的に、ルイズはプリプリと怒っていた。
「バカッ! 結果的には快勝したけど、下手したら軍そのものが壊滅してたかもしれないのよ!」
「あっそ」ギーシュは鼻ホジホジ。
「なにそれ! 女王直属の女官に向かって! 軍法会議ものよ! きー!」
「うるさいな! 遠征軍一の果報者に向かって!やれるものならやってみろってんだ。バーカ、バーカ!」
「絶対、ずぇったい、姫様に言いつけてやる!」
 そうやって煙を吐くルイズに対し、ギーシュは疑問を口にした。
「っていうか、何でルイズがこんなところにいるんだよ?!」
「姫様に代わって、わ た しがあんたに勲章を授けるのよ!ふん!感謝しなさいよね!」
「ぐ! ルイズなんかに頭を下げなくちゃならないのか!」
「子供の喧嘩だな」露伴が言う。
「ああ、仲がよさそうで安心したよ」ブチャラティも嘆息した。
「何処が仲良さそうよ(だ)ッ!」と二人のハーモニーが一致した。

135味も見ておく使い魔 第六章 04:2009/01/03(土) 01:11:46 ID:zZTlvc9k

 その日の夕、サウスゴータの町の広場にて、戦功を上げた戦士へ勲章の授与の儀式が執り行われていた。執行人は、アンリエッタの代行、ルイズである。
「ギーシュ・ド・グラモン」ルイズは壇上で言い放った。
「ここに」ギーシュが緊張の面持ちとともに進み出でる。
「あなたはサウス・ゴータ攻略戦において、多大なる戦果を敵に与えました。よってここに勲章を下賜します」
 会場に詰め掛けた軍人がワッとどよめく。おそらく、ギーシュと一緒に戦った彼の部下もいるのであろう、ところどころから「ギーシュ様万歳」との掛け声が聞こえる。
 ルイズがギーシュの胸のところに勲章をかけたとき、ひときわ大きな歓声が上った。そのとき、見慣れぬいかつい戦士がギーシュの肩を組んでうれしそうに話しかけた。
「お兄様! なんでこんなところへ!」
「かわいいギーシュ坊やが出世したって言うんじゃぁ、グラモン家の頭領としての誉れだ。そんな儀式に我々も参加するって言うのは礼儀じゃないか」 
「それにしてもあのギーシュが! あの泣き虫のギーシュが! 勲章なんていただけるなんて。信じられないなあ、いやそういうのは戦士に対する侮辱か。ハハハ」
 ギーシュは照れた。誰が見てもそうであった。
 ルイズはその様子を見て、なんだか照れくさくも、とてもうらやましくもなってしまったのであった。

136味も見ておく使い魔 第六章 04:2009/01/03(土) 01:12:17 ID:zZTlvc9k
 サウスゴータから徒歩で半日の距離にひとつの水源がある。周辺人口一万余の飲み口はこの湧き水に一手に任されていた。当然、サウスゴータの待ちも例外ではなかった。
ガリア王国の王女、イザベラはこのような地で、供も連れずたった一人で息を殺していた。そこにひとつの影がやってくる。男である。
「確かこうやって……」
 その男が水源にひざまずき、右手を差し入れると水源は紫色に妖しく光る。
イザベラはほくそ笑んで、その人影に向かって声をかけた。
「わざわざご苦労だね、ドッピオ」その人影はあせった風に振り返る動作を行なう。
「これはこれは王女様。アルビオンのこんなところまでどんなご用ですか?」イザベラは話しかけられた相手が全くの動揺していないのを見て、少し癪に感じつつも話を続ける。
「私はどうせ親父に疎まれた存在さ。それよりも親父の懐刀で『ミョズニトニルン』のお前がこんな夜に何をしでかそうってのさ」
「か、観光ですよ。観光。このあたりは水がおいしいと聞いているので」
 観光だって。何でこの男はこうもあからさまな嘘しかつけないんだ? イザベラは正直半分あきれながらも、そのような人材しか寄せ付けない父親に少し親近感を抱いた。
「下手なうそをおつきではないよ馬鹿野郎。親父たちの策はとっくにお見通しってわけさ」
 噴出しそうになるのをこらえながらも、イザベラはなおも詰問口調で詰め寄る。ここが肝心なのだ。
「ほ、本当ですか?」
 ドッッピオは傍目にも不自然に思えるほどうろたえだした。面白いね。
「そうさね。あんたが今持っている水の指輪。それで悪さをしようってんでしょ?」
「え〜。それは黙っていてくれませんか。ばれたのがばれると、僕が王様に叱られます」
「そんなこと知ったこっちゃないよ」イザベラは、ふふん、と鼻を鳴らした。
「黙っていることであんたに借りをつけてやるってのもいい考えだね」小動物をいたぶり遊ぶ猫の目をしながら、しなやかに、イザベラはいった。
「で、何のようです。たとえ王様の娘とはいえ、邪魔はさせませんよ」
「いや、あたしは手伝ってやるだけさ。親父とあんただけじゃ不安だからね」
 そういって得意そうに片手をドッピオに向けた。本当はその手にキスをしてほしかったのだが、ドッピオは不思議そうな顔を一瞬した後、得心が言ったような表情をして、握手を交わしたのであった。
「ロマンが分からない男は、ホンット、馬鹿よね」イザベラは、ため息をひとつ、ついた。

137味も見ておく使い魔 第六章 04:2009/01/03(土) 01:12:57 ID:zZTlvc9k
 突然だった。
 ルイズは己の拝命を果たした後、復命する前にサウスゴータの町で一泊し、英気を養っていた。その日のうちに町を出るには日が翳りすぎていたし、ルイズに余計な体力を使わせないようにとの、アンリエッタ女王の配慮もあった。
 しかし、その思慮も裏目に出る。
 突如、サウスゴータの町に駐留していたトリステイン軍の警邏兵が反乱を起こした。
 サウスゴータの町そのものは、先日アルビオンから奪取したばかりの新鋭の町である。当然、トリステインの兵士にとっては地理に詳しいわけがない。それに加え、反乱を起こした兵は真っ先に、サウスゴータの町中央に設置された軍司令部を大砲で吹っ飛ばしたのだ。トリステイン軍の、サウスゴータにおける統制は完全に失われた。
 後に残るは阿鼻叫喚。広がるは炎の独壇場であった。
 ルイズが宿屋の二階にて目覚めたのは、そのような状況下であったのだ。
 女王の元からともにきていた護衛兵はすでに失せ、残るはうかつにも宿屋で安眠をむさぼっていたブチャラティと露伴のみ。
「何事よ! ギーシュの兵達はなにやっているの?」ルイズが宿屋の二階から表通りの様子を見る。そこには、家財道具を抱えたサウスゴータ市民やら、トリスタニアから慰問に来ていたトリステインの民間人やらが、絶望的にまで混乱した様子で逃げ惑っていた。彼らの行く先も様々で、正直どの人の流れが町の外へと続いているのか、ルイズ達には分かりかねた。
「仕方ないだろう。ギーシュたちだけに責任はないんじゃないか? 正直俺には、何が起こっているかわからんが」ブチャラティがルイズに近寄って、言った。露伴も同意する。
「うん。僕もブチャラティの意見に賛成だ。サウスゴータの町は確か人口は一万を超えてるはず。その町の中がすべてこのようなことになっているのなら、トリステインの兵だけでは何もできないだろう」
「どうするの、私達。このままじゃ火事か焼け死んじゃうわ。それか反乱?兵に殺されちゃうわ」
「どちらも面白くない展開だな」露伴はうなずいた。
「策は二つだ。情報を得ることを優先するか、それとも真っ先に町を脱出するか」

138味も見ておく使い魔 第六章 04:2009/01/03(土) 01:13:28 ID:zZTlvc9k

 どちらにせよパニックとなった人の波とは一線を隠したほうがよさそうね、とルイズは考えた。が、そうは思ったものの、実際の行動が思いつけない。心臓がバクバクする。手に力があふれすぎている。どうしてよいやら分からない!
 だが、ルイズは二人の使い魔の主人なのであった。ルイズは震える声で言った。
「とりあえず、外に出るわよ。ちょっとは情報も増えると思うわ」
 外に出た三人を待つものは、逃げ惑う一般人の悲鳴であった。何処かの区画が燃えているらしく、真夜中というのに空が赤く染まっていた。
「耳を澄ませてみろ、ルイズ、露伴。西のほうから剣戟の音が聞こえてくるが、喚声は全く聞こえない。これは明らかに異常だ」
「うん。火の勢いも主に西から出ているようだな」
「これはスタンド攻撃かしら?」ルイズの疑問には露伴が答えた。
「分からん。が、僕の考えでは、違う気がする。スタンド攻撃にしては現象が原始的過ぎるしな。何らかの魔法じゃあないか?」
「でも、こんな魔法なんて、私は知らないわよ!」
「ルイズが知らないなら、五大魔法の可能性は非常に低いな。でも、魔法は魔法でも、君達は詳しくないものがあるだろう?」
「まさか、先住魔法?」
「どちらにせよ、未知の力と思っていたほうがよさそうだな」
「で、どうするかだ。僕は逃げるより先に現場を見て何かしらの原因を探ったほうがいいと思う。逃げるのはそれからだ」
「だが、もし無差別攻撃型の類だったら、その好奇心が命取りになる可能性もある」
「しかし、だ。ブチャラティ。今は何が起きているかを少しでも知っておかなければいけないと僕は思う。闇雲に逃げるだけではパニック起こしたやつらと変わらん」
 そして露伴はあたりを注意深く見渡した。
「そして何より、この謎現象を自分の目で確認しないと……」
「しないと?」ルイズの声とブチャラティの声が重なる。
「僕の気が収まらん」
「あきれたやつだな。だが、一理はある」三人の方針は決まった。

139味も見ておく使い魔 第六章 04:2009/01/03(土) 01:13:58 ID:zZTlvc9k
 司令部に向かった三人は、その惨状に唖然とした。
「何だ……これは」
 そこにあった光景は、目を覆うよう悲惨ななものであった。
「おい、やめろ!」そういう傭兵に向かって。無言で切りかかる、同じ傭兵。
 攻撃を繰り返しているものは、よく見ればごくごく少数の者達であったが、誰も彼もも無言で、目の死んだような顔つきで進軍していた。いずれもトリステインが雇った傭兵である。
「裏切りか!」
「それにしては様子がおかしい」
「何らかの不思議な力によるものかしら?」ルイズは答えた。正直怖い。あたりにはまだ反乱兵はいないが、ルイズ達が見つかるのは時間の問題だろう。
「そうと分かったらさっさと逃げよう」露伴の提案に、二人は同意した。
「そうしましょう」

 ルイズ達は、反乱兵に見つからないように、東に逃げていると。
「視界が悪い。火事の現場が近いのか?」
「煙のせいか……視界は三メートルくらいしかないな」
露伴の言うとおり、白い霧のようなものが辺り一帯に充満していた。
「しかし、この辺は都市区画ごと吹っ飛ばされているじゃないか」
 露伴の言うとおり、その周囲は建物が倒壊し、上空の視界だけはひらけていた。ときおり、通りの向こう側から、
「正気に戻れ」などという声が叫ばれている。
 だが、向こう側の人々は聞き入れないようである。その声は小さくなっていったが。

「ちょうどよかった!お前達は正気なのか?」
 そのとき、一人の傭兵らしき人物が話しかけてきた。
「私達は大丈夫よ。それよりあなたは大丈夫?」
「なんだか、味方の連中が突然刃を向けてきたんだ! 俺なんか、ほら」
 その男が見せつけていた腕には、酷い裂傷があった。
「ひどい傷……」
「な? 反乱した兵士はみんな目が死んだような顔してるんだ。なんとも気味が悪りぃ……あれ?」
 急にその男の動作が鈍くなっていった。
「どうした?」
「体が、勝手に、動く?」男の目が驚愕に見開かれた。男が持つ剣が、ルイズの頭上に振り上げられる。
「ルイズ危ない!」ブチャラティがとっさにかばったためにルイズは無事であったが、ルイズは突然起こったことに頭がついていかない。さっきまで友好的だった人がいきなり刃を向けてきたのだから。

140味も見ておく使い魔 第六章 04:2009/01/03(土) 01:14:31 ID:zZTlvc9k

 突然煙の中から女の声がする。
「ちぃ、惜しいね。やっぱり意識があるやつは反応が遅くて困るよ」
 ルイズがその方向を向くと、煙の中からゆらりと小さな影が出現した。
「あなたは?」
「私はガリア王国の王女、イザベラであるぞ」
 果たしてそれはイザベラであった。
「ガリアの王女? 何でここに?」
「わたしはアルビオンのあまりのふがいなさに見ていられなくてねえ」

「加勢しようってわけさ!」
 イザベラのふる杖が振り下ろされると、小さな水の塊がルイズに向かって飛んで行った。
「危ないッ」
 すんでのところでルイズはよける。塊が小さいのと、飛ぶ早さが遅かったのが幸いした。塊もルイズの背後であっという間に蒸発していった。
「あんたみたいなのが加勢ですって? 笑っちゃうわ。魔法もろくに唱えられないじゃない」
 イザベラの目が据わった。
「お前、私を馬鹿にする気?」
「単に事実を述べただけよ」
「そういう態度はね、寿命を縮めるよ」

 凍りついた笑みを浮かべるイザベラの背後から、多数の兵士がやってきていた、どの兵士もトリステインの兵士である。
「これはお前の仕業か?」
「半分正解だね。でも、そんなんじゃ得点はあげられないよ!」
「何だと?」
「兵どもを最初に操ったのは私じゃないさ」
 得意顔になったイザベラの言葉とともに、目の死んだような男たちがルイズ達に攻めかかる。動揺している男の傭兵も露伴に襲い掛かっていた。
 それを、二人の使い魔は自分達のスタンドを出して防衛しようとする。
「ヘブンズ・ドアー!」
「ステッィキィ・フィンガーズ!」
「ブチャラティ、バラバラにしては駄目! 相手は味方なのよ!」
ルイズがとっさに叫ぶ。その声に動揺したブチャラティは、彼らの攻撃を受け止め損ねてしまった。ブチャラティの頬に、剣で浅い傷がついた。 
「かかった!」イザベラが叫ぶ。
 その声とともに、周りの白い霧がブチャラティにできた傷に入り込んだ。
「何?」ブチャラティが驚愕の声を上げる。
 ブチャラティの動作がぎこちなくなっていき、最終的には動かなくなってしまった。
「これで、人形の出来上がりさ」イザベラがほくそ笑む。
「あなた、ブチャラティに一体何をしたの?」ルイズは叫ぶように言った。

141味も見ておく使い魔 第六章 04:2009/01/03(土) 01:15:01 ID:zZTlvc9k

「気になるかい?そうだろうねえ、あんたも同じくガーゴイルになりな!」
 イザベラが指をぱちんと鳴らすと、ルイズの周囲にいた兵士が、いっせいにルイズに飛び掛ってきた。
「何をやっている! 逃げるぞ!」今度は露伴がルイズを押し出だした。
「逃げるの? でも、ブチャラティが!」走りながらルイズは聞いた。
「そんな暇はない! 今はお前の身の安全を確保するのが先だ!」
「そうだ! 俺にかまわず逃げるんだ!」背後からブチャラティの叫び声がする。
 だがしかし、ブチャラティの声は遠くならず、逆に二人に近づいてくる気がした。
 ルイズは振り返った。
 ブチャラティが、背を向けた姿勢で追いかけてくる!
「どうしたって言うの?」
「ルイズ、走りながら聞け! ブチャラティはイザベラに操られている! あの霧を体内に入れるとお前でさえ同じように操り人形になってしまうぞ!」

「じゃあ、ブチャラティを救わないと!」
「それは僕に任せろ。隙を見て、『天国の門』で操り状態を解除してやる」
「できるの?」
「できるかも何も、やらなくちゃしょうがないだろ!」
「分かったわ! 私は何をすればいい?」
「この作業には囮が必要だ」
「うそっ!ちょっとそれはっ――」

142味も見ておく使い魔 第六章 04:2009/01/03(土) 01:15:34 ID:zZTlvc9k
 イザベラは悠々とサウスゴータの町の中央街を歩いていた。供は一人もつれていない。こんな気分のいい日に、口うるさいおつきのものなど連れて行く気にはならなかったのだ。もっとも、この場所においては、連れて行く気になっても、無言の連中しか連れて行けなかったが。
「さて、人形ははアイツらを追い詰めたようね」
 そういって目を向ける視線の先には袋小路にたつルイズと、進路をふさぐようにたっているブチャラティがいた。
 ルイズがまず口を開いた。
「あなたの操る力もそんなにたいしたものじゃないわね。ブチャラティは、あなたがここに顔を出すまで、私に何もしなかったわよ」
「ふん。そういきがっていればいいさ。これからあんたはガリアの王宮に来てもらうよ。何せ親父とドッピオはあんたに御就寝のようだからね。ここで私の手柄になってもらうよ」
 ルイズは叫んだ。
「どうして? 私のためにここまで町を破壊したとでも言うの?」
「ふん、うぬぼれるんじゃないよ。この作戦はあくまでアルビオンにちょっかいを出すためさ。あたしはその話に乗っかっただけさ」
「ドッピオはガリア王と関係があるのか?」
「そうさ、ブチャラティとやら。アイツはガリア王の懐刀だよ。平民だけど」
「やつはガリアのもとで働いているのか」
「余計なおしゃべりはここまでだ。あんたも面白いからついてきてもらうよ」
 その瞬間、物陰に隠れていた露伴が飛び出し、イザベラの元へとダッシュする。だが、イザベラは動じない。
「ふん。予期してないとでも思ったかい! 人形!」
 岸辺露伴はブチャラティの手によって、あと少しのところで羽交い絞めにされてしまった。
「あんたのスタンド能力はドッピオのやつから聞いているよ。あんたの能力は危険すぎる。お前はここで死んでもらうとしようかねえ」
「そいつは笑えない冗談だな。だが、果たしてお前にそんな大それたことができるかな?」
「ハッ、あんたの漫画が面白いのは認めるが、あんたを殺すのが大それたこととは思わないねえ。強がるのもたいがいにしな! お前は手が出せない。それとも、あのルイズとか言う娘っこが何かするとでも言うのかい! 笑わせるねえ」
「残念だが、その通りさ」露伴はそういい、なんと、目を思いっきり閉じた。
 イザベラがルイズの方向を見ると、彼女はまさに詠唱を終えた状態で、イザベラたちのいる方角に向かって杖を振り下ろさんとしていた。
「いまさら何をしようって……」
 ルイズははなったのだ。虚無の魔法、『エクスプロージョン』を。

143味も見ておく使い魔 第六章 04:2009/01/03(土) 01:16:04 ID:zZTlvc9k

〜〜〜
「僕が囮になってイザベラに突撃する。僕の攻撃が成功すればよいが、失敗する可能性もある。そうなった場合には君があの『エクスプロージョン』を唱えてすべて吹っ飛ばせ」
「でも、私のあの魔法は人体には利かないわよ」
「それでよい。アレは魔法のつながりとかを爆破する作用があるはずだ。あいつの使うスタンドは魔法にきわめて近い。だから必ず利くはずだ」
「わかった

144味も見ておく使い魔 第六章 04:2009/01/03(土) 01:16:35 ID:zZTlvc9k
〜〜〜
「僕が囮になってイザベラに突撃する。僕の攻撃が成功すればよいが、失敗する可能性もある。そうなった場合には君があの『エクスプロージョン』を唱えてすべて吹っ飛ばせ」
「でも、私のあの魔法は人体には利かないわよ」
「それでよい。アレは魔法のつながりとかを爆破する作用があるはずだ。あいつの使うスタンドは魔法にきわめて近い。だから必ず利くはずだ」
「わかったわ」
〜〜〜

145味も見ておく使い魔 第六章 04:2009/01/03(土) 01:17:06 ID:zZTlvc9k

轟音があたりを覆いつくす。
「何よ!」突然の衝撃にイザベラは戸惑った。しかし、彼女が思っていたのとは違い、外傷はない。だが、彼女の自慢の『人形』は、なぜかもう操作できなくなっていたのを感じていた。
「形勢は逆転したな……」ブチャラティがつぶやく。
 その声に、イザベラは思わず後ずさる。
 だが、ブチャラティたちはそれ以上イザベラの元へやってくる気配がない。
 イザベラが振り返ると、傍にドッピオがいた。
「イザベラ姫様、形勢は逆転しました。ここは一旦退却しましょう」
「何だって言うんだい! ここまで追い詰めておいて!」
ドッピオは、ブチャラティ達がいないかのように話を進める。
「ここでの目的である、トリステイン軍の仲間割れはすでに達成しました。それ以上の戦果を望むのは強欲というべきです」
「……チッ、分かったわよ」
 イザベラはそういって、ドッピオとともに、その場を立ち去ろうとした。
「待て!」ブチャラティの静止の声には、ドッピオが応じる。
「勘違いするな。この場は逃がしてやるだけだ……今の私の装備ではお前を殺しきるのは難しいからだ……勘違いするな、お前は私のボスに生かされているのだ……ボスに殺されるまでな……」そういって、ドッピオは煙の中に姿を消した。いつの間にか白い霧は、普通の黒い煙に変わっていた。

「どうする?」ルイズが聞く。
「追いかけるのはやめておこう。まだ謎の力によって操られている兵士がいるはずだ。そいつらに襲われる前に、この町を退散しよう」
 ルイズ達三人は、今度こそ、サウスゴータの町から脱出したのであった。

146味見 ◆0ndrMkaedE:2009/01/03(土) 01:18:38 ID:zZTlvc9k
投下終了。久しぶりに投下しちゃったんで、一部投下かぶりがありました。
ごめんなさい。

それはともかく、あけましておめでトーキングヘッド!

147名無しさん:2009/01/03(土) 12:08:44 ID:WYwnPSBs
久しぶりに更新キタ!あけおめことよろ!
この後はやっぱり原作通りに敗走するのかな?
だとしたら、才人が居ない状況でどう切り抜けるのか。
楽しみに待ってますぜ!

148名無しさん:2009/01/05(月) 00:53:23 ID:VVJRdLi.
おお、謎のロマリア神官が再登場。
彼は敵か味方か?はたしてその正体は?

149味も見ておく使い魔 第6章 05:2009/01/09(金) 19:01:28 ID:qDtUeuQY
「そう、状況は最悪に近い、ということなのね」
 サウスゴータを偵察していた竜の偵察兵はロサイスにおいてアンリエッタに報告を行なっていた。件の発言は、報告を受けたアンリエッタがため息と同時に出した台詞である。
「女王様、畏れながら、最悪に近い、のではございませぬ。最悪なのでございます」
 側近のマザリーニが進言する。
 彼の言うとおり、事態は最悪、の一言で表された。
 全線全勝を重ねてきたトリステイン・ゲルマニア合同軍は、アルビオン首都ロサイスの攻略の橋頭堡として、シティオブサウスゴータの攻略を行い、成功した。これがアンリエッタたちトリステイン首脳の、二日前までの認識であった。しかし、昨日急にサウスゴータに駐留していた主力の軍隊との連絡が途絶えた。不審に思った総司令部側が竜騎士を偵察に向かわせると……帰って来た報告は、兵のうち半数は霧散、残りは無言でロサイスに向かって進軍中、という信じがたいものであった。
「報告は本当のことなのでしょうか?」アンリエッタが問い詰める。問い詰められた若い竜騎士は、うろたえた様子で、ただ、事実です、と告げるのみであった。
 アンリエッタは唐突に思い出したように、
「そう、ルイズ達、あの町に使いを出した者たちは無事なのですか?」
「分かりません。詳細は何処までも不明のままです」マザリーニはそう答えるしかなかった。
 この時期のトリステインの指揮系統は致命的なまでに混乱していた。ロサイス攻略のため、正面戦力の大半をサウスゴータに駐留させていたのだが、その部隊が理由もなく行動を起こしたため、左右の陣の軍の連絡すらもまともに行なえなくなってしまったのだった。また、そのような報を受けても、前線にいたほぼすべての将校が、それをアルビオンの仕掛けた虚報、と受け取った。それほどまでに動いた兵士の規模が大きかったのだ。また、竜騎士からの報告を受け取ったアンリエッタとマザリーニも、今後どうしてよいか分からず途方にくれるばかりであった。
 トリステインにとって長い二日が過ぎた。が、その二日をアンリエッタたちは無為にすごすしかなかった。その日に、ようやく確かな報告が到着したのだ。
 グラモン家の個人の使いが、アンリエッタ王女の下に送り込まれてきた。その使者の言葉によって、ようやくトリステインは、サウスゴータでの出来事、を知ったのであった。
 凶報はさらに続く。
 敵軍であるアルビオン軍がロンディニウムから出撃、反乱軍と合流し、ロンディニウムにあと一日で到着する位置にいる、というものであった。まさに進退窮まる、という状況である。

150味見 ◆0ndrMkaedE:2009/01/09(金) 19:02:18 ID:qDtUeuQY
>>149
すまん、間違えた!
これなし!

151味も見ておく使い魔 第6章 05:2009/01/09(金) 19:02:58 ID:qDtUeuQY
「そう、状況は最悪に近い、ということなのね」
 サウスゴータを偵察していた竜の偵察兵はロサイスにおいてアンリエッタに報告を行なっていた。件の発言は、報告を受けたアンリエッタがため息と同時に出した台詞である。
「女王様、畏れながら、最悪に近い、のではございませぬ。最悪なのでございます」
 側近のマザリーニが進言する。
 彼の言うとおり、事態は最悪、の一言で表された。
 全戦全勝を重ねてきたトリステイン・ゲルマニア合同軍は、アルビオン首都ロサイスの攻略の橋頭堡として、シティオブサウスゴータの攻略を行い、成功した。これがアンリエッタたちトリステイン首脳の、二日前までの認識であった。しかし、昨日急にサウスゴータに駐留していた主力の軍隊との連絡が途絶えた。不審に思った総司令部側が竜騎士を偵察に向かわせると……帰って来た報告は、兵のうち半数は霧散、残りは無言でロサイスに向かって進軍中、という信じがたいものであった。
「報告は本当のことなのでしょうか?」アンリエッタが問い詰める。問い詰められた若い竜騎士は、うろたえた様子で、ただ、事実です、と告げるのみであった。
 アンリエッタは唐突に思い出したように、
「そう、ルイズ達、あの町に使いを出した者たちは無事なのですか?」
「分かりません。詳細は何処までも不明のままです」マザリーニはそう答えるしかなかった。
 この時期のトリステインの指揮系統は致命的なまでに混乱していた。ロサイス攻略のため、正面戦力の大半をサウスゴータに駐留させていたのだが、その部隊が理由もなく行動を起こしたため、左右の陣の軍の連絡すらもまともに行なえなくなってしまったのだった。また、そのような報を受けても、前線にいたほぼすべての将校が、それをアルビオンの仕掛けた虚報、と受け取った。それほどまでに動いた兵士の規模が大きかったのだ。また、竜騎士からの報告を受け取ったアンリエッタとマザリーニも、今後どうしてよいか分からず途方にくれるばかりであった。
 トリステインにとって長い二日が過ぎた。が、その二日をアンリエッタたちは無為にすごすしかなかった。その日に、ようやく確かな報告が到着したのだ。
 サウスゴータに出したに出した偵察部隊の報告がアンリエッタ王女のになされた。その者の言葉によって、ようやくトリステインは、サウスゴータでの出来事、を知ったのであった。
 凶報はさらに続く。
 敵軍であるアルビオン軍がロンディニウムから出撃、反乱軍と合流し、ロンディニウムにあと一日で到着する位置にいる、というものであった。まさに進退窮まる、という状況である。

152味も見ておく使い魔 第6章 05:2009/01/09(金) 19:03:31 ID:qDtUeuQY

「で、僕達はいつまでこうして進軍してりゃいいんだい?」ギーシュがうめくように隣のニコラに話しかけた。
「どうしろって、言われても。隙を見て逃げ出すに決まっているじゃないですか」
 ニコラも冷静を失った風に答える。どちらも、周りの兵士の流れに沿うように、ロサイスに向かって進軍していた。
「こうなったのはニコラのせいだぞ。どうしてくれるんだ!」
「静かに! 見張りのアルビオン兵に見つかったら元も子もありませんぜ」
「……ごめん」
 シティ・オブ・サウスゴータから進軍しているアルビオン軍の中に、かつてのトリステイン軍がいた。どの兵士も瞳から精彩が失われていた。
 いや、少なくとも二人、瞳が生き生きとしている者たちがいた。挙動は思い切り怪しかったが。それはギーシュとニコラである。
「そういえば、ニコラ。どうしてみんな操られてると分かったんだい?」
「瞳ですよ。戦争に行くやつはたいてい瞳が興奮で濁っていたりするもんでさ。でも、蜂起を起こした連中、こいつらですが、やつらはみんな瞳の色がひたすら暗かった。まるで生きていないようにね。だから、みんな正気で戦っているんじゃないんだと思いましたさ」
「ふ〜ん。で、僕達はどうやってここから逃げ出すんだい?」
「……さあ」
「……おい!」
 アルビオン軍の進軍は順調であった。順調過ぎるといっても良い。
 ロサイスが視界に移るまで、一度たりともまともなトリステイン軍に出会わなかったのだ。そのため、かつてこの地を行き来したトリステイン軍とは違い、余計な消耗をせず、非常なる速度でロサイスに到着することができた。
 アルビオンの本営は、その言葉を聞いてほくそ笑んだことだろう。ロサイスにいるトリステインの陸軍は士気の低い敗残の軍である。それを破りさえすればアルビオンの勝利になるのだから。
 事実、そのときの港町ロサイスは戦意を失った傭兵が、我先に停留している船へ移乗しようと混乱の極みに達していた。このような状況において、アルビオン軍がロサイスに突入していたら、確実に勝利を得ることができていただろう。あるいは、アンリエッタ王女をも捕虜にすることができるかもしれなかった。
 だが、勝手は少しばかり違った。

153味も見ておく使い魔 第6章 05:2009/01/09(金) 19:04:05 ID:qDtUeuQY

 アルビオン軍の眼前に、突如として槍の先端を整えた歩兵の集団が出現した。
 歩兵だけではない。それを指揮するメイジや、狙いを構えた銃兵もいる。
 完全な装備を整えた五万のトリステイン軍であった。
「いつの間に?」
「早く戦列をしかせろ!」
 今まで行進しかしてこなかった、アルビオンの傭兵に動揺が広がる中で、指揮官のメイジは己の部隊を指揮することで精一杯の様子であった。それはそうだろう、彼らは、かつてこれほどまでに統制の取れたトリステイン軍とは戦ったためしがなかった。今、彼らの眼前にあるトリステインの陣形からは、無駄口ひとつ聞かれず、整然と陣形を形作っていたのだ。

 トリステイン軍の本陣に、一人の少女が突っ立っていた。軍隊を指揮するには不似合いなまでに幼い容姿の彼女は、一心に杖を振り、魔法を唱えていた。
「これで姫様たち、トリステイン軍の人たちがロサイスから撤退する時間は稼げたと思うけど……」
 魔法を唱え終わった少女、ルイズは一息つくと、誰ともなしに話しかけた。
「この後、どうやって僕達が脱出するか、考えていないんだろう?」
「おい、ブチャラティ。僕はルイズの使い魔になることは了承したが、こんなしけた所で無駄死にする事、まで良いとは行ってないぜ」露伴もため息をつく。
「だが、君はルイズのすること、したいことを最後まで見届けたいんじゃぁないのか? 何より逃げたいなら、ルイズがこの任務を自分から言い出したときに、アンリエッタと一緒に慰留するべきだった」ブチャラティがほほえましげに言い放った。
「ああ、そうだよ。最後かもしれないから本心を行ってやる。あの馬鹿娘がどこまで変なヒロイズムに浸れるか見てみたい気持ちがあったのは否定しないさ」
「ちょっと、よくも本人のいる前でそこまで言うわね」
「それに、ブチャラティ。君ならここからどうやって逃げ出すか、辺りはつけているんだろう?」
「そんなものつけてはいないさ。ささやかな援軍くらいは頼んだけどな」
「考えてないのか?」露伴の驚きに、ブチャラティは微笑むだけだった。

154味も見ておく使い魔 第6章 05:2009/01/09(金) 19:04:53 ID:qDtUeuQY

「で、この後どーすんだ?」
「というか、この幻、いつまでもつんだ、ルイズ」
「あと五分、って所ね」
「じゃあ、あと五分のうちに何とかしないといけないってわけだな?」
「うん。でも、それはあっちが五分の間に何もしてこなかった場合の話。攻撃とかされたら、こっちは十秒と持たないわ」
 ルイズと二人がそんなことを話しているうちに、不意にアルビオンの陣の一角が騒がしくなった。見れば、なんと、たった二人だけだが、こちらに突撃してきているではないか。
「何、あれ?」
「まってくれ! おーい。僕らは敵じゃない」走りくる二人は必死に手を振りかざしてルイズのほうへ向かってくる。よく見れば、一人はギーシュであった。
「ギーシュ?! なにやってんのあんた!」ルイズは思わず彼の元へ走りよる。
「ハァハァ。僕達は今までアルビオン軍の元で隠れていたんだ。大変だったよ。ばれないようにするのはさ」肩で息をしているギーシュはそういうと、ルイズに向かってもたれかかる。その後、ルイズ達はトリステイン陣営に引き上げたが、それは傍目に見て、ルイズがギーシュを引っ張り込んでいるようにしか見えなかった。
「はぁ?ばっかじゃないの?」ルイズはあきれた。なんという大馬鹿、いや大物なのかこいつは?
 幻の本陣に引き上げたそのときになって、ルイズはアルビオンの陣営が騒がしくなっていることにようやく気がついた。
「どうなっているんだ?」「まさか、使者が捕虜に?」「許すまじトリステイン!」
わずかに聞き取れるのはこれくらいの者だったが、ルイズの危機感を増幅させるには十分だ。

「ま、まさか」血の気がサァッっとなくなるのという比喩が今のルイズには実感として理解できた。
「ひょっとして、僕をアルビオン軍の使者と間違えたのか? それでトリステイン軍に捕らえられたと勘違いしたとしたら……」
「やめろ。みなまで言うな」露伴の真っ青な顔というのも珍しい。
「使者殿を救え!」「突撃ィ〜!」
怒号の響きと同時に、突如としてアルビオン軍が動き出した。
「やっぱりィ〜!」露伴の絶叫が響き渡る。
「ギーシュの疫病神! どうしてくれるのよ!」
 ルイズの言葉に、ギーシュは何とか返答する。
「安心したまえ、諸君。こういうときのために、グラモン家に代々受け継がれてきた伝統の戦法があるんだ!」
「何? 打開策があるのならとっとと教えなさい?」
「もしかして……」
「逃げるんだよォ〜」
 ギーシュはそういうと、アルビオン軍に背を向け、一目散に逃げ出した。両の手の先をぴんと張り出して。
「やっぱり〜!」ギーシュについてきた傭兵が、悲鳴を上げながらギーシュについていく。

155味も見ておく使い魔 第6章 05:2009/01/09(金) 19:05:28 ID:qDtUeuQY
 そのときであった。
 ルイズの頭上に、早く動くものが現れた。
「まさかっ!」
「シエスタ?」
 かつてタルブの村で暴れまわった鉄の竜が上空を飛翔していた。突撃をせんと動き出した、アルビオンの騎兵に向けて機首を向け、閃光放っている。
 その零戦は、幾度となく機首を地上に向けて、機銃を放っては飛び去っていく。そして遠方で振り返っては同じ動作を繰り返す。単純な動作であったが、アルビオンの軍にとっては脅威であった。とたんに戦列が崩される。魔法も幾度となく放たれたが、いずれも彼女の機影を捕らえることはなく、むなしく上空を飛び去っていくだけであった。

 突如として零戦の挙動がおかしくなった。いきなり片方の翼が吹っ飛んだのである。煙を噴いて降下し始める零戦。ちょうど、ルイズの走る先に、竜は不時着する。
「ちょっと失敗しちゃいました。テヘッ」
コックピットから這い出てきたメイド姿の少女は、恥ずかしそうに自分の拳骨でおでこを軽く叩いて見せた。ここが戦場とは思えぬ陽気さであった。
「アカデミーで行なった応急修理が不完全みたいだったようですね」
 冷静に事態を分析してみせるシエスタに、露伴以下、ルイズたち総勢が突っ込んだ。
「今はそういってる場合じゃないでしょ! 逃げるのよ」
「いえ、その必要はもうないですよ?」
 シエスタが逃げる先を指差す。その先はロサイスである。すでに町並みが見える距離に来ている。
 だが、彼女が言いたいのはその町の事ではなかった。
 ロサイスの町上空に、大量の戦列艦が浮いていたのだった。
「ブチャラティさん。王女様が用意した援軍です。私は先駆けでしかありません。さあ、ゆっくりとロサイスに帰りましょう」
 シエスタは、唖然としているみなを見て、にっこりと微笑んだ。

「ようこそ戦場へ、ルーキー共」指揮所にいるボーウッドは誰ともなしにつぶやいた。
ロサイス近空でアルビオンの主力を打ち破ったトリステイン空軍にとって、任務はその時点で終わったといっても良かった。主な敵が消滅したのだから。彼はロサイスの港で暇をもてあます日々を送ることになっていた。
 本来、空海戦でしか使用しないフネの砲撃を利用することを考えたのはボーウッドであった。彼は迫りくるアルビオン陸上軍にたいし、砲撃戦を行なうことを考えたのだった。
 ロサイスの上空に陣取ったトリステインの戦列艦にとって、竜騎士を欠いたアルビオンの陸上軍を狙い撃ちすることは児戯にも等しかった。
 結果からすると、アルビオン軍は撤退した。あくまで崩された体勢を立て直すための撤退である。ロサイスを落とす意思は微塵たりともゆらいではいない。
 しかし、トリステイン軍にとってはそれで十分であった。その時間を利用して、全トリステイン軍の乗船に成功、撤退に成功したのだ。それで、女王が捕虜になる、という最悪の事態も避けることができた。トリステインにとっては大勝利であった。
 半日後、態勢を立て直したアルビオン軍は、ロサイスを占領した。だが、その町にはトリステインの兵士は一人もいなかったのだ。
 輿に乗って町に入場したクロムウェルは、歯軋りした。アルビオンには、トリステインを追撃できるだけの船が、もはや残されていなかったからだ。
 そのとき、百隻近い戦艦が、ロサイスの港に来た。いずれもガリアの国旗を掲げている。
 指揮所にいるクロムウェルは歓喜した。これで勝てる!
「おお、シェフィールド殿! こんなところにいましたか!」喜びに満たされたクロムウェルは、一人の少年が近づいてくるのに気がついた。
「やあ、クロムウェル。ガリア王からの伝言だ」
「伝言? 今は一刻も早く、あの艦隊に追撃の命令を下してくだされ。それでわが帝国は安泰ですぞ!」
「なに、『ならばよし。華々しく散ることも戦の華だ』との事です」
 少年はそういうと、手に持った鏡を高く掲げた。
「なんですと……?」
なんだとクロムウェルが思うまもなく、少年、シェフィールドの姿は消え去った。
 その瞬間、彼の姿がいたところへ、何千発もの大砲が振りそそいだ。ガリアの戦艦からの砲撃であった。その砲撃によって、クロムウェルの命は絶たれた。

156味見 ◆0ndrMkaedE:2009/01/09(金) 19:07:09 ID:qDtUeuQY
投下終わり。たぶん悪い意味でみんなの予想の斜め上を行ってるな……
唐突だが六章はこれで終わりです。
盛り上がり? スタンド? なにそれな展開になっちまったワロス

orz

157名無しさん:2009/01/10(土) 00:11:32 ID:O0rwPMYE
投下乙。
イリュージョンによる欺瞞か。
確かに、後退していたはずの敵が一糸乱れぬ動きで待ち構えていたら足を止めざるを得ないわな。
ギーシュとニコラがどさくさでアルビオン軍に紛れ込んでて、さらにどさくさでルイズたちと合流したが、
後ちょっと運が悪かったら、艦砲射撃の的になってた?
ギリギリの世界に生きてるなw

158味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:11:23 ID:35whMPZs
 後年に『アルビオン戦役』と呼ばれることになる戦争は、こうして突如として終了した。トリステイン側の勝利である。神聖アルビオン帝国は滅亡する運びとなった。
 だが、トリステインにとってこの勝利はとても苦いものとなっていた。実質ガリアの突然の介入がなければ、自分が敗北していたかもしれないのだ。
 そのような流れから、旧アルビオン領の支配権をめぐる国際会議に、トリステインとゲルマニアに加え、本来同盟国ではないガリアが列席したのは当然といえた。
 ハルケギニアの歴史上、この会議は難航する、と思われた。かつて第一回聖帝会議の折、サー・グレシュフルコに『会議は踊る』と酷評されたように、この三国が集う会議は決まって、内容が傍論にそれるのが通例となっていたからだ。
 だが、予想外なことに、ガリアが折れた。
 みな欲深い要求をしてくると予想していたが、当の『無能王』ジョゼフは、
「会議よりも今日の晩のメニューが気になる」
と、軍事上重要な拠点の割譲のほかは、ほとんど要求を行なってこなかった。
 戦争の第一人者であるガリアがこのような様子であるから、戦争に少ししかかかわらなかったゲルマニアは、要求すること事態ためらわれたのだった。
 結果、アンリエッタの常態とは思えぬ働きぶりもあって、アルビオンの領土は、大半をトリステインが管轄する運びとなったのだった。
 とにかく戦争は終わった。誰もが、突如として訪れた平和の予感に胸をときめかせた。

159味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:11:56 ID:35whMPZs

 だが、ガリアの王女、イザベラだけは不満であった。
 わざわざアルビオンにまで出向いて功績を挙げたのに、当のジョゼフには何の評価も得られなかったのだ。自分なりにガリアのことを思っての行動だっただけに、余計堪えた。だが国際会議で、すでにガリアの功績は王の発言により半ば隠されてしまっている。また、彼女の行動を知る物は会議に参加しなかった。
 結果、彼女はガリアの首都、リュティスに与えられた自分の城で怒鳴り散らすしかなかった。
「全く忌々しいね! なんで親父はあのヒス女王を勝たせるまねなんざしたんだい! それにアルビオンの領土の大半をくれてやっちまってさ!」
 手に持ったワイングラスから、血のように赤いワインが零れ落ちる。零れ落ちたそれは、真紅のじゅうたんを汚らしく染め上げるのだった。
「さすがに、無能王と呼ばれるだけのことはあるね。あんなに良い手ごまがそろっていて、アルビオンひとつ自分のものにできないなんてさ!」
 侍従に当り散らしていたイザベラであったが、そのとき、ガリア王からの手紙に目を通し、ほくそ笑んだ。
「だが、今度の仕事は面白そうだね……親父もたまにはいいことを考えるじゃないか」

イザベラは手紙の書かれた羊皮紙をくるくると丸め、それを持ってきた使者に話しかけた。
「あんた、ビダーシャルとかいったね。あんた、アレかい? 野蛮なエルフなのかい?」
「野蛮なのは君達蛮族のほうであろう。だが、私がエルフであることは否定するつもりはない」
「気に入らないねえ。まあいい、この依頼、北花壇警護騎士団が引き受けたよ」

160味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:12:27 ID:35whMPZs

「久しぶりだねえ、ガーゴイル」
「任務は何?」
 相変わらず無愛想な従姉妹に、イザベラは憤怒の表情を見せかけた。が、我慢する。
 あの娘にぎゃふんといわせる任務なんだよ。ここは冷静にならなくちゃ。
「おや、つれないねえ。今度は大物だよ。いつもの冒険ごっことはわけが違う。くれぐれも心してかかりな」
 イザベラは思わずほくそ笑んだ。
「相手は、伝説のガンダールヴだ。そいつを殺りな」
 いつもは全くの無表情で通すシャルロットは、このときほんの少しだけ表情を動かした。
「トリステインの?」
「そう、あんたもよく知る二人組さ。それ以外に誰がいるってんだい? あんた馬鹿じゃないのかい?」
 そうは行っては見たものの、目の前のシャルロットが馬鹿ではないことはイザベラが百も承知していた。
 ガーゴイル! あんたも同じだ、私の親父と。私の取り巻きの貴族連中と。内心では私のことを見下してさッ!
 さぞ面白いでしょうね、ガーゴイル。正当な血族である完璧な父親に愛されて。何一つ馬鹿にされることなく育ったお前に、私の、無能の父親に人形扱いされてきた、今までの私の気持ちがわかるもんかい!
 でも、この任務でちょっとは私の気持ちが分かるでしょうよ!

「もし、任務を果たしたら、あんたの母親」
いつまでたっても無言を貫き通すシャルロットに堪えられなくなって、イザベラは自分から話しかけることにした。
「母様?」食いついてきた。よしよし。
「解毒剤、報酬に上乗せしてやるよ」
 今度こそシャルロットの瞳が揺れ動く。

161味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:13:03 ID:35whMPZs

 戦争も終わり、学徒兵が帰ってきたこともあって、トリステイン魔法学校はいつもの喧騒を取戻していた。
 中庭では生徒達が自分の使い魔とコミュニケーションをとり、図書館では、露伴がタバサをアシスタントに漫画の原稿を描いている。
 だが、露伴の見るところ、タバサの様子がおかしい。時々手を止めては、露伴の顔を伺うようなまねをしている。今も、台詞を考えているような顔をしながら、露伴の手元をチラチラと見ているようであった
「どうした、タバサ。調子でも悪いのか?」
 タバサはフルフルとかぶりを振った。違うらしい。だが、彼女は決心した風に、
「相談がある」
「なんだい? 僕に相談? ブチャラティかコルベールのほうが適任じゃないか?」
 露伴は驚いた。
 自分は他人の相談に乗るようなタチじゃない。
 だが、タバサは、
「露伴でないと駄目」
とのことらしい。
「しかたないなあ、で、どんな悩みなんだ?」
「具体的にはいえない。けど、大切なものが二つあって、今もってるひとつを手放す代わりに、なくしたはずのもうひとつの大事なものをとり戻せるかも知れないとしたら、どっちを選ぶ?」
 そういうことだ?
「えらく抽象的だなぁ」
「……ごめんなさい」
 露伴はとりあえず漫画を描く手を止め、タバサの顔に向き直った。
「まあ、あやまるようなことじゅあない。そのなくしたものってのは、それ以外に取戻す方法はないのかい?」
「ほぼ絶望的」
「手放すほうは、手放すと見せかけてとっておくことは?」
「無理」
 まるで謎賭けのようだ。それともタバサはこの露伴に何か隠しているのか?
「う〜ん。なんともいえないけど、セオリーどおりに行けば、僕は両方取れる機会を待つね」
「そんな機会がなかったとしたら?」
「ないとしても、僕のキャラクターには、自分から何か大事な者を手放すような真似はさせない。手放すとしても、対価を確実に得られると確証してからだな。そういうのが取引の基本だと僕は思う」
「そう……ありがとう」
 タバサは弱弱しく、だが、何かを決心した風にうなずいた。
「で、結局何がいいたいんだ?」
「露伴、私の母様のこと、覚えてる?」
 露伴は思い出した。以前、タバサの母親を『ヘブンズ・ドアー』で診察したのだった。何者かに毒でやられたタバサの母親をしかし、露伴は治すことができなかったのだ。露伴はその事実を、苦い思い出とともに記憶の奥底にしまってある。
「ああ」
「もし、仮に、私に何かあったら、母様をお願い」
「……ああ、いいとも。だが、なぜ急に?」
 そこまで言ったとき、タバサが急に活気づいた風に原稿に顔を埋めたのだった。
「そんなことより、この原稿、今日中に台詞を入れないと」
「? そうだったな。今日は急いで早めに仕事を終わらすとするか」
 露伴は、なんとなく、タバサの頭をなでてみた。
 なんとなく、タバサの顔が赤くなったような気がした。

162味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:13:34 ID:35whMPZs
 
 タバサの姿が学院から消えたのは、その翌日のことである。
 一人の学生が寮から消え去ったわけだが、トリステイン魔法学院は動かなかった。
 タバサの部屋はきれいに整頓されていたし、何より、タバサは前にもそうやって学院を抜け出して授業を受けなかったことが多々あるからであった。
 だが、露伴には一抹の不安がある。
 なぜタバサはあの日、自分の母親のことを言い出したのだろうか?
 しかも頼む、などと。まるで、これから自分の身に異変でもあるかのように?
「ひょっとして、何かの事件に巻き込まれたんじゃないだろうな?」
 今日、露伴は図書館のなか、たった一人で仕事をしていた。だが、どうにも仕事がはかどらない。タバサの行方が気になるのであった。
「そんなに気になるのかい、あの娘っ子が」一人のはずの部屋に、露伴以外の声が響き渡る。
「いたのか。つーか、あったのか。デルフリンガー」
「おめー、久しぶりに発言したってのにその扱いかよ!」
「僕としたことが。刃物を出しっぱなしにしてるとは。危ない危ない」
「ちょ、ちょっと棒読みくさいぞその台詞! やめて! ちょっとは話させて!」


「分かったよ、で、何のようだ?」
「いや、うら若き恋の予感がしてだな。それで」
 パチン。露伴は勢いよく剣を柄に収めた。
「……」
 少しばかり剣を抜き出してみる。
「ごめんなさいごめんなさいもう生意気言いません許してくださいだからもう少し喋らせて」
「で、なんのようだ?」

「兎も角、あの娘っ子は『かあさまを頼む』って言ったんだろう。じゃあ、その『かあさま』の様子を見に行ってみないか?」
「それはいい案だな」
「だろ。ナイスだろ? だから」
 パチン。
 露伴は立てもたまらず図書館を飛び出した。

163味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:14:11 ID:35whMPZs

「露伴、君はタバサがガリアの王族だったことを知っていたのか?」
「何でそんなこと黙っていたのよ!」
 さらりと何気なく質問するブチャラティと、激高するルイズ。その表情は静と動、対照的だった。
「ああ、知っていたさ。ルイズ、君達は今までそんなこと聞かなかったじゃないか。そんなことに答える義理も義務もないね」
 彼らは馬に乗り、トリステインとガリアの国境を越えて、タバサの実家にいた。無論ルイズは授業をサボってのことである。先生方が頭を抱える様子が目に浮かぶようだ。
 タバサの家に、唯一残った老執事が屋敷を案内する。その間に、露伴は大体のことを話して聞かせた。
 タバサは、実はガリア王国の王族であったのだ。それの秘密は、一行の中では、露伴だけが知っていた。彼女の実の父親は、現ガリア国王ジョゼフの兄シャルルであり、
魔法の才能では王族随一。血統の点でも次期国王にもっともふさわしい存在であるといっても良かった。しかし、それを隠すように、トリステインに留学していたのにはわけがある。
「それは、タバサの家の執事から話すべきだ。僕が説明することじゃない」
 露伴がうなずくと、タバサの老執事は涙を浮かべながら露伴の話を受け継いだ。
「はい、そもそも先代王の御世にこの悲劇は始まったのでございます」

「そういえば、タバサの家の紋章、王族だけど、不名誉印が記されていたわ。王家に反逆でもしたの?」ルイズは言った。彼女の言うとおりなら、タバサが人目を忍んでトリステインに留学していたのも分かる。
「反逆など! とんでもございません! シャルロット様。学院ではタバサ様と御名乗りにおらられていましたが、父君であるシャルル様は、今の無能王と比べてとても王家の才能に富んでおられる方でした。ですが、それをねたんだ無能王に、なんと痛ましいことか! 毒殺されてしまわれたのでございます!」
「もっとも、物的証拠はないがな」露伴が補足する。
「ですが、状況的証拠は有り余るほどございます。その直後、なんと言うことか、あの非道な無能王は、シャルロット様をもその手にかけようとなさったのでございます」
「タバサが?」ルイズが驚く。彼女にそんな過去があったとは。
「ええ、ある祝いの席で、君側の奸が、シャルロット様杯に心を狂わせる毒を仕込んだのでございます。それを察知した母君が、とっさに身代わりになってその毒を飲み干してしまわれたのです」

 露伴は、その光景を、タバサの視点で見聞き、知っていた。その光景がフラッシュバックとなり、露伴の心に再現される。
「私がこの杯を飲み干せば、王様、私達親子に反逆の心などないことがお分かりになりましょう。どうかシャルロットにはお慈悲を」
 そういって、タバサの母はタバサから杯を奪い取り、一気に飲み干したのだった。

「その日から、母君は心を狂わされてしまわれました。その日からシャルロット様のお命を狙うものは消えましたが、なんと言う代償。なんと言う悲劇!」
 老執事は感極まっておいおいと泣き出した。
「その日からシャルロット様は変わりました。以前は明るく活発な方でしたのに、暗く、誰とも打ち解けなくなってしまいました。そのようなシャルロット様に対し、あの無能王は、王家の影の仕事をシャルロット様に課すようになったのでございます」
 あるときは吸血鬼退治、違法賭博の潜入捜査。ルイズには、とても同年代の人間がやれるような仕事とは思えない言葉が、老執事の口から次々と飛び出して行った。
「そして、先日も無理な依頼が無能王から課せられました」
「どんな内容だったんだ?」
「それは、露伴様。あなたを殺す任務です」
「何だって?」
「何ですって」
 これには、誰も彼もが驚いた。

164味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:14:43 ID:35whMPZs

「はい、紛れもない事実でございます」
 老執事が淡々と述べる。
「ひょっとすると、その依頼を無事成し遂げられたのであれば、母君を治す治療薬が得られるかもしれない、ともおっしゃっておりました」

「何だと……あの日の会話はそういうことだったのか」
 露伴に、図書館でタバサとの会話が思い出される。手放す大事なものと、取戻せるかもしれないもの……くそっ、そういうことか!
「タバサのかあさまはどういう状態なの?」
 ルイズの言葉に、老執事ははっとなった様子であった。
「ご案内いたします」

 その部屋は、一見語句普通の寝室であった。
 薄紅色のベッドに、女性が座っている。だが。
「誰じゃ、そなたらは! また私達親子をいたぶりに来たのか」
 その女性は、老執事に案内されたルイズたちが部屋に入ってくるとたんに立ち上がり、薄汚れた人形を抱き、立ち上がった。野良猫のように威嚇をしている。
「シャルロット様の母君でございます。あの日から、この方は人形のほうをシャルロット様と勘違いしているのでございます」
「出てゆけ! でないとただではおかぬぞ。いとしのシャルロットには手を出させぬ!」
「……学院では、シャルロット様は、『タバサ』と御名乗りになっていたとか……実は、シャルロット様があの人形を母君に差し上げたときに名づけた名が、『タバサ』なのでございます」
「……」
「誰か! 誰かいないのかえ!」
 沈黙が、女性の騒音の中に紡ぎ出された。

「僕がタバサに殺されていたら、彼女は正常に戻っていたのか……」
「いえ、露伴様。畏れながら私はそうは思いません。なぜならその提案を行なったのは、今まで迫害の限りを尽くしてきた無能王だからです。あの男が、シャルロット様を操る重要な『カード』を簡単に手放すとは思いません」
「なるほど、ジョゼフ王とは、人を物扱いするような人間なのか」
 ブチャラティがつぶやく。彼の顔には静かな怒りの表情が見て取れた。
「はい。かの無能王は自分以外の人間を同じ人とみなしてはおりません」
「でも、こんなことって……」ルイズがしゃくりあげる。

165味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:15:14 ID:35whMPZs
「あの時、シャルロット様が屋敷にお帰りになった日のことでございます」
 次の部屋に案内された一行は、先ほどとは違った意味で絶句した。
 見たところ、部屋中の壁紙が無残に切り裂かれている。柱も何本か折れているようであった。
「先日、シャルロット様は母君をトリステインに連れて行こうとしておりました。すでにそのとき、ガリア王家に反逆しようと決めておられたのでしょうな。ゆるぎない決意の心を私は感じました」
 老執事は続ける。
「ですが、そのとき一人のエルフがガリア王家から派遣されてきていたのです」
「エルフ?」ルイズが素っ頓狂な声を上げる。この世界でエルフといえば、ルイズたち人間の天敵ではないか。
「無能王はすでにシャルロット様の行動を見切っていたのでしょう。そして、シャルロット様とエルフはこの部屋で戦い……シャルロット様はお敗れになったのでございます」
「これが、その惨状か……相手は相当のてだれのようだな」
 ブチャラティは部屋にできた傷をなでながら言った。そういわれると、その傷一つ一つが生々しい。
「ええ、いつか言ったでしょ。エルフは先住魔法を使うの」

「で、タバサはつかまったのか。どこに連れて行かれたか分かるか?」
「おそらくアーハンブラ城でございます。あのエルフは、私にここからアーハンブラ城まで、どのくらいかかるか聞いてきましたから」

166味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:15:45 ID:35whMPZs
「タバサは無事なのか?」
「はい。エルフは不思議な術を使ったので。シャルロット様は敗れはしましたが、無傷のご様子でした」
「そうか……」
「露伴、彼女を救いに行かないのか?」

「もちろん、いくさ。だが、君達には関係のないことだ」

「何言ってるの?私の使い魔の問題は私自身の問題よ!」
「それに、アルビオンであったガリアの王族の者――イザベラと言ったか――彼女の存在も気になるしな。俺も同行したい」
「ふたりとも……ふん。勝手にしろ。僕は警告したからな」

「おお! 皆様救出していただけるのですか!」
 老執事はありがたい、といい、また泣き出したのであった。

167味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:16:35 ID:35whMPZs
 アーハンブラ城は、砂漠の、ガリアとエルフとの国境地帯に建つ交易城砦都市である。
 もともとはエルフが建造した城であるため、ハルケギニアの建築様式とは異なった、美しい幾何学模様の城壁があることで有名でもある。
 ルイズたちが到着したとき、この時期には交易商人くらい視界内と思われた。この町はオアシスに隣接する形で存在しているのだが、そのオアシスに、ガリア兵が三百人ほどが駐留しているのが遠目にも見えた。
「どうするの?」
「決まっているだろ? ただの兵士なら問題ない」
 ブチャラティは言い放つ。
「強行突破だ」
「ええ?」
 ルイズが逡巡している間に、二人の使い魔はどんどん先に進んでいく。
「ブチャラティ、この兵士達は任せた」
「ああ」
「ちょっと待ちなさいよ」ルイズがあわててついていく。

「あ、何だ?」
 城内の門扉に建っていた歩哨は、近づいてくる一人の男に気がついた。
「立ち止まれ、ここに入ってはいけない」
 槍を構え、お決まりの言葉を口にする。
 だが。
「ヘブンズ・ドアー!」
 瞬間。
 歩哨の意識は途絶えた。

「おい、あの男。様子が変だぞ」
 オアシスの駐屯地で待機していた兵士が、一人の男と少女の接近に気がつく。
 その男の瞳には、決意の炎が宿っている。
「何だ? やる気か?」
 男は兵士の一団に近づき、
「き、消えた?」
 跡形もなく姿を消した。
 一団の男が急にうずくまる。
「どうした?」
「き、気分が……」
 別の男は、その男の背中から、何者カの腕が飛び出していることに気がついた。
「お前、おかしいぞ。その、腕に見える物は一体何なんだ?」
「え?」
 そのとき、接近してくる少女が目をそらしたことに誰も気がつかない。
「げぇ!」
 背中から、先ほどの男が『生えた』。
 その兵士は音も言わずにばらばらになった。
 そして、彼の腕は、分離してまた別の兵士の腹に食い込み……
「開け、ジッパー!」
 混沌が、兵士達を襲った。

168味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:17:07 ID:35whMPZs
 アーハンブラ城につれてこられたタバサは、ふと、外の兵士が騒いでいるような気がした。
 もしかしたら、誰かが私を助けに来てくれたのだろうか? おとぎ話の『イーヴァルディの勇者のように。私は、漫画『ブルーライトの少女』のように華麗に助け出されるのか?
 そんなはずはない。
 かあさまがお倒れになってから、私はいつも孤独だった。
 私はこれからも孤独であり続けるだろう。
 いや、これからはそんな気遣いも無用か。
 私はこれから狂うのだ。ビダーシャルと名乗るエルフの作る薬によって。
 私の心は、かあさまと同様に。
 それが、ガリアの考え出した刑。無能王の考えた娯楽。
「薬は、いつできるの?」
 タバサは、一緒の部屋にいたエルフに、感情なく話しかけた。私ではこのエルフにはかなわない。たとえ今杖があっても、この男に勝利することはできない。
「もうすぐだ。だが、お前は怖いと感じたことはないのか?」
 ビダーシャルは、何か作業を行なっていたが、その手を止め、タバサに顔を向ける。
「あなたには無関係のこと」
「そうだったな。私もそれほどには興味がない」
 それはまさしく本音らしく、彼の表情にいっぺんの曇りもない。
 だが、
「あの王との約束だが、その前に厄介が増えそうだな」
 ビダーシャルは薬を作る手を止め、部屋を出て行く。
 一体どういうことであろうか?
 タバサはため息をひとつ、ついた。
「かあさま……」
 ビダーシャルが次の部屋に続くドアを開けると、
「見つけたぞ……ここか」タバサにとって信じられない男の声がした。
 まさか、あのめんどくさがりの男が、ここまで?
「露伴……」

169味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:18:01 ID:35whMPZs
 岸辺露伴は、そのドアを開けた。
 果たして、目的の少女はそこにいた。耳の端が妙に長い、ルックスもイケメンの青年とともに。
「みつけたぞ……」
 露伴のタバサを見る視線はしかし、その青年の体によって阻まれる。
「私はビダーシャル。お前達に告ぐ」
「なんだと?」
「すぐにここから立ち去れ。私は戦いを好まぬ」
「ならば、タバサを返すんだな、小僧」
 ビダーシャルはまゆをピクリと動かせる。
「あの子か。それは無理だ。私は王と『ここで守る』と約束してしまったのだ」

「ならば戦うしかないだろう。僕とお前とは相容れない」
 露伴はデルフリンガーをもって突撃した。先住魔法だかなんだか知らんが、先制攻撃してしまえば何も問題ない!
「『ヘブンズ・ドアー』!『先住魔法が使えない』」
 露伴は確かに書き込んだ。だが、
「ふう、あくまでも戦う気か」
 ビダーシャルの顔が『本』のページになる。だが、それも一瞬のこと。見る間に元の顔に戻っていった。
「ふむ。君は面白い技を使いようだな。だが、無駄だ」
 露伴は思わず自分の顔を触ると、なんと自分の顔のほうが本になってしまっている。
「なるほど、その人の記憶を本にする能力か。どうやら魔法ではないようだな。どちらかといえば、我々の大いなる力に近い」
「何だとッ?!」
「お前の顔に書かれているぞ。『先住魔法が使えない』だと……なるほど、そういう使い方もできるのか」
 ビダーシャルはあくまで冷静に言った。
 ようやく本化が収まった露伴は、改めてビダーシャルを見やる。開幕以来、彼は一歩たりとも彼は動かなかったようである。
「一体何が起こっているんだ?」
「アレは『反射』だ。あらゆる攻撃、魔法を跳ね返しちまうえげつねえ先住魔法さ」デルフリンガーが言う。
「『反射』?」
「ああ、戦いが嫌いなんて抜かすエルフがよく使う厄介な魔法さ」
「戦いが嫌、か」露伴はつぶやく。

170味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:18:31 ID:35whMPZs
 ビダーシャルが両手を挙げる。
 とたんに周囲の石壁が無数の礫となって襲い掛かってくる。
 露伴は剣で受け止めたが、なにぶん礫の数が多い。大半が受けきれず。露伴に切り傷や打撲傷となって痕を残していった。思わず倒れる。
「蛮人よ。無駄な抵抗はやめろ。我はこの城を形作る石の精霊と契約をなしている。この地の精霊はすべて我の味方だ。お前では決して勝てぬ」
 露伴はゆっくりと立ち上がった。
「この戦いはお前の意思か?」
「違うな。これはお前が仕掛けたもの。我は戦いは嫌いだ」
「嫌いだと……フフフ」
「どうした。おかしくなったか? それとも引く気になったのか」
「断る。僕は漫画家だ。僕は人に読んで面白いと思ってもらうために、十六歳のころから漫画を描いてきた。決して人にちやほやされるためでじゃあない。それは僕自身の意思で行なってきたことだ……そして、僕は自分の意思でここに来た。状況に流されているだけの貴様がッ! 気安くこの僕に意見するんじゃない!」

「もはや語る言葉はない……か」
 ビダーシャルはそういうと、新たな呪文を唱え始めた。
 今度は石の床がめくりあがり、巨大なこぶしに変化した。
「所詮私に勝てないものの世迷言か」
「違うな。僕にとっての強敵はお前なんかじゃない。もっとも強い敵は自分自身さ。いいかい、もっともむずかしい事は! 自分を乗り越える事さ! ぼくは自分をこれから乗り越える!」
「『ヘブンズ・ドアー』!」

「無駄だ」
 ビダーシャルの言ったとおり、反射で防がれた能力は、ビダーシャルではなく露伴の顔を本にし……彼の体を中に浮かせた。
「何ッ?」
 ビダーシャルの体に衝撃が走る。高速で飛んできた露伴と正面衝突したのだ。
 その速度は異常であった。たまらずにうめき声を上げる。肋骨が何本か折れたるほどの衝撃である。
「ぐぅ!!!」吹っ飛ばされ、全身打撲だらけでしりもちをつくビダーシャル。あるいはしりもちだけですんで幸運だったかもしれない。
「ど、どうだ。時速六十キロ……」衝撃を受けたのは露伴も同様のようで、彼の声も絶え絶えになっている。
「『時速六十キロで敵と衝突する』と書いた……これなら、反射で跳ね返されてもその行為自体が無意味だ……!」

「なぜ、ここまでして戦うのだ……?」
「貴様とは、魂の動機が違うんだ! 僕はこの戦いに明確な意思を持って望んでいる!」
 彼の言うとおりだった。ビダーシャルはしりもちをついていたが、露伴は同程度以上の傷を受けたというのに、まだ両の足で立ち上がっている。
 露伴は片足を引きずりながら、ビダーシャルに近づいていった。
「あえて言い換えるぞ……! 僕は上、お前は下だ……!」

「うぉおっ! この気力はっ! そこまでこの子が大事かッ!」
 ビダーシャルは思わず後ずさった。だが、露伴は歩みを止めない。
「もういっぱあああああつッ!」
「『ヘブンズ・ドアー』!」
 強烈な衝撃が、再び両者を襲う。
「ぐぉおおッ!」

 ビダーシャルは初めてこの男に脅威を覚えた。
 もし、この衝撃があと一発でも加えられたのなら、自分はどうなるか分からんッ!
 やつはもう一度体当たりをするだけの体力はあるのか?
 ビダーシャルが露伴を見やると、露伴は仰向けに倒れ、息も絶え絶えになっていた。露伴の肺が破れたのか、彼の呼吸音にヒューヒューという不吉な音が漏れ出でている。
 もうあの男が動くことはない。
 そう思った矢先に。
「もう……いっぱあああつ……」
 露伴は這いずり回って、ビダーシャルに接近してきたのだった。
「何……だと?」ビダーシャルは全身に驚愕を覚えた。
「覚悟はいいか? 僕は……できてる……」
「ここは引くしかないか……」露伴に接近しなように、ビダーシャルは片手を挙げた。
 指にはさんであった風石の力が作動する。彼は露伴と距離をとった。だが、それはタバサと距離を置くことも意味する。彼は護衛の任務を放棄する事を決断した。

171味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:19:24 ID:35whMPZs
 
 風の彼方にビダーシャルの姿が消える。エルフは撤退したのだ。
「露伴!」
 倒れた露伴の下に、タバサは思わず駆け寄る。
「ゴホッ」露伴は血を吐いた。
「急いで治療の魔法を!」そうタバサは思ったが、あいにく杖がない。
 何かないか探していると、露伴が、
「君に……謝らなくちゃいけないことが……」
「なに?」思わず涙がこぼれそうになる。

「実は、僕が君とであったときに、僕は君を本にしていたんだ……」
「……」
「僕はその時点で君の不幸を知っていた……でも、僕はそれを知らん振りして君に接してきた……」
「……」
「許してもらおうとか、そういうことを思ってきたわけじゃない……でも、そのことは、君に知っておいてほしかったんだ……」
「……」
「……」
「……バカ……」タバサは涙目で、にっこりと微笑んだ。
 こつん。
 タバサのおでこを露伴のおでこにくっつける・
「……本当に……バカ……」
「……」
「……」
「それはいいが、できれば治癒の魔法をかけてほしいな」
 はっとしたタバサは、近くに木の棒があるのを発見し、あわててそれを手に取った。
「自分の杖じゃないから、うまくいかないかもしれない」
「かまわないよ」露伴は、ニッと、笑った。
 急造の杖から癒しの光が輝きだす。
「痛いッ!」思わずもだえる露伴。しかし、タバサがそれを押さえつける。
「我慢して。男の子でしょ」

172味も見ておく使い魔 第7章:2009/01/11(日) 22:20:41 ID:35whMPZs
 城の外にいた護衛兵三百人を相手にしていたブチャラティとルイズは、ようやくその任務を終わらせた。いそいで露伴と合流しようと走って行った。が、ひたすら走るルイズと比べて、ブチャラティは、途中でであった兵士を相手にしなければいけなかった。
 自然と、ルイズがかなり先行する形となった!
「あの部屋ね!」
 ルイズが先ほどまで爆音をとどろかせていた部屋に飛び込む。おそらくそこで露伴はエルフと戦っているのだろう。音がないのを考えると、すでに決着がついているかもしれない。まさか、露伴が負けるような――?
「大丈夫? 露伴! 今助けに――」
 露伴は果たしてそこにいた。仰向けに横たわって、タバサに抱きかかえられている。タバサはちょうど背を向けているので、ルイズには気づかないようだ。
 だが、問題は二人の言動である。
「ああ! タバサ! もっとやさしく!!!」
「……なに、あれ……」
ルイズには、二人、というか、タバサが露伴に何をしているのか、角度の関係でよく見えない。
「そこはダメ! ダメ! ダメ! ダメッ!」
「……こう?」
「ああ! やさしくして、やさしく!」
「……」
「服を脱がせないでッ! 感じる!」
「難しい……」
「うああああ ダメ、もうダメ〜ッ!」

「!!! !! !」
その地に、廊下をブチャラティが走ってきている。
「どうだルイズ。いたか、二人は?」
「え? い……そっその……あの……」
「どうしたっ!」
「アレッ! 急に目にごみが入った! 見えないわ!二人なのかよく分からないわ!」見てない。私はなぁーんにも見てないッ!


第七章 『雪風は漫画家が好き』Fin...

173味見 ◆0ndrMkaedE:2009/01/11(日) 22:21:12 ID:35whMPZs
投下終わり。次回から、原作通りを大きく外れる……予定……
できるのか……この俺に……?
誰か、勇気と希望をくれ……

174名無しさん:2009/01/12(月) 00:47:56 ID:aVeK5xE6
  ∫
つc□ 

勇気と希望を与える事はできないが
コールタールみたいにまっ黒でドロドロなイタリアン・コーヒー淹れたぜ、飲んで元気を出してくれ

175名無しさん:2009/01/12(月) 16:52:21 ID:CqcrZxGs
投下乙
16才の少女に攻められる20才の青年……
なんていうか…その…下品なんですが…フフ……勃起(ry

176名無しさん:2009/01/12(月) 18:24:05 ID:2Qnz97wk
GJ!!
露伴ちゃんかっけえw

177名無しさん:2009/01/12(月) 19:03:15 ID:acoj9WdE
この露伴はカッコいいのに、短編の露伴と言ったら…家なくた挙句借金。そのうえ居候とか…
これから起こるであろう不幸にめげないでね

178名無しさん:2009/01/17(土) 23:29:36 ID:nBeYBm4k
GJでした。

>>177
マンガのためなら全財産を失おうと構わない姿勢はすげえと思う。まあ居候先の康一君にはいい迷惑だろうけど。
露伴先生はどんな不幸でもめげずにマンガのネタにっするから問題ない。

179名無しさん:2009/01/25(日) 23:32:53 ID:juN5jdgM
開発反対のために土地買って阻止とか
反対してた地域住民にとっては神だったんじゃなかろうか

180ティータイムは幽霊屋敷で:2009/02/19(木) 00:21:39 ID:K477cxDI

「きゅいきゅい! おねーさま、何か変なのね」
シルフィードに言われるまでもなく彼女は場の異常さに息を呑んだ。
眼下に映る世界は白一面。辛うじて巨大な塔が影のように浮かぶ。
それはシルフィードが間違えて雲の上に出てしまったのかと錯覚してしまうほどに、
地上とは懸け離れた“異世界”だった。
地表を覆い尽くさんばかりの濃密な霧を前に彼女は躊躇う。
いくら優れたメイジが集まったからといって、こんな現象を引き起こせるはずはない。
いや、そんな事は後で考えればいい。今はそれよりも一刻も早く彼女を見つけなくては。
覚悟を決めて飛び出そうとした彼女の足が止まる。

――――無理だ。
1メイル先も判らぬ白い闇の中、手探りだけで彼女を探し出せるものか。
敵の数も正体もハッキリしていない上に誰が味方かも判らない。
そんなところで私に一体何ができる?
宮殿から一歩外へ出てしまえば私は無力な少女に過ぎない私に。
無謀な事は止めて騎士団や衛士隊に任せるべきだ。
それにもう、彼女は既に……。

結論付けようとした自分の頭を杖に叩きつける。
目の前で飛び散る火花のように、脳に詰め込まれた屁理屈が吹き飛ぶ。
いくじなし、臆病者と心の内で自分をなじる。

シャルロットはいつも周囲の期待に応えるように努力してきた。
それは演技と言い換えてもいいのかもしれない。
王宮は彼女に“何もしないこと”を望んだ。
ガリア王家を継ぐ直系の血筋は彼女一人。
もし、その身に何かあれば大問題になりかねない。
彼女の身体は彼女自身だけの物ではない。
その責任を彼女は子供の頃から自覚していた。
だから財宝を守るかの如く、彼女は王宮で大切に育てられた。
それを不自由だと思ったことはない。
王家に生まれた者の宿命だと信じて疑わなかった。
そう自分を偽って生きてきた。

だけど召喚の儀式に臨んだ、あの時。
その瞬間、私は本心に気付いてしまった。

空のように青く澄んだ鱗。
雄々しい羽ばたきに風が舞い上がる。
靡く髪を抑えながら私は向き合った。
自分が呼び出した使い魔、そして自分の本心に。
“誰にも縛られることなく、どこまでも飛んでいける自由な翼”
それが私の求めていた物。大切な従姉妹が教えてくれた新しい世界への希望。

181ティータイムは幽霊屋敷で:2009/02/19(木) 00:22:36 ID:K477cxDI

幼かった頃の自分にとって、
冒険とは綴られた文字の向こうにしか存在しなかった。
王宮という限られた世界で過ごす日常に何の疑問も抱かなかった。
―――それを彼女が打ち破ってくれた。
本を読んでいた私の手を引いて強引に連れ出した。
燦々と降り注ぐ陽の光を背に振り向いた彼女は愉しげで、
今を生きている喜びに満ち溢れていた。
同じ色なのに彼女の髪は私よりもずっと輝いて見えた。
外で目にしたものは何もかもが輝いていて。
知識では知っていても私は少しも理解していなかった。
世界はこんなにも広く、興味深いものだということを。

今も彼女の温もりが感じ取れそうな手を強く、強く握り締める。
死ぬのは怖い。お父様やお母様が悲しむのかと思うとすごく辛い。
“シャルロット姫”がいなくなれば王宮や国も大変な事になるだろう。

だけど、私は彼女を失う事が何よりも怖い。
自分勝手と責められてもいい。
それでも私は彼女を、イザベラを助けたい。

昔の私のように、白い霧の中で進むべき道も頼れる者もない彼女を。
昔の彼女のように、力強く手を引いて連れ出そう。

「………今度は私が助ける番」

小さく呟いて彼女はシルフィードから飛び降りた。
『フライ』を唱えながら向かう先には火花の如く明滅する赤い光。
その只中にシャルロットは躊躇うことなく飛び込んでいった。


「何のつもりよ。杖を向ける相手を間違っているんじゃない?」

褐色の肌の少女が胸の谷間から抜き出したタクトを構えて睨む。
彼女の傍らには残骸が煙を上げて横たわっていた。
それは人型を模した土塊のゴーレム、その成れの果て。
火球を受けた胴体が消し炭と化して崩れ落ちる。
容易く屠った出来の悪い土人形には一瞥もせず、
キュルケは霞がかった視界の奥に立つ男に侮蔑の混じった眼を向ける。
このゴーレムを自分に嗾けた、見知らぬ生徒の姿を。

「もう、もう終わりなんだ……。俺達もあんな風に殺されちまうんだ」

止め処なく溢れ出した涙が男の顔を濡らす。
言葉に入り混じってヒヒヒヒと乾いた笑いが響く。
その表情はまるで笑うかのように引き攣り、さながら狂人の様相を呈していた。
足元に転がる焼死体に、上下の感覚さえ失いかねない白く濃密な霧。
恐怖に耐え切れなくなった男の理性は自ら狂う事で崩壊を避けようとしていた。
血走った目がキュルケの早熟にして豊満な肉体を捉える。
舐め回すかのような男の視線に、思わずキュルケは晒した素肌を腕で隠す。

182ティータイムは幽霊屋敷で:2009/02/19(木) 00:23:15 ID:K477cxDI

「どうせ死ぬんなら好き放題やってやる。どうなろうが知ったことか」

吐き捨てるかの如く叫ぶ生徒を前にキュルケは溜息を漏らした。
負け戦が決まると略奪や暴行に走る兵士が多く出るというのは聞いた事がある。
死を前にして自棄になり、人としての尊厳を捨てて畜生にまで堕ちる。
この男もその類だったのだろう。兵士でさえない生徒ならば当然かもしれない。
だが、その浅ましい姿はかつて貴族の子弟であった者とは思えぬ有様だった。
(あんな奴が私を思う様に蹂躙するですって?)
想像しただけで喉元に吐き気が込み上げる。
嫌悪感などという生易しいものではない。
生き残る努力を放棄して無関係の人間まで巻き込む、
そんな男には指一本触れるどころか肢体を見る事さえ許されない。
憎悪を通り越して殺意に至ったキュルケの冷徹な眼が男を捉える。

まるで明かりに群がる羽虫のように欲望を露にして男は詰め寄る。
彼女との力量差を弁えず、一歩また一歩と彼は死へと近付いていく。
その時の彼は正しく“飛んで火に入る夏の虫”そのものだった。

呻き声に似た声でルーンを紡いでいた男が杖を振るう。
その直後、両者の中間で地面が盛り上がり、先程より一回り巨大な人型を成す。
だが、それも一瞬。キュルケの杖から放たれた火球が完成したばかりのゴーレムを飲み込む。
一点に凝縮された高熱は土人形を食い破るかの如く胴体に丸い孔を穿った。
上下に分断された人形が崩れ落ち、元の土塊へと還っていく。
途端、視界が赤く映るほど昇っていた頭の血が急速に引いていくのを男は感じた。
今の魔法は彼が持つ最大の武器だった。それをあの赤髪の少女は歯牙にもかけず一蹴したのだ。
汚物を見るかのような眼差しで再び少女は杖を掲げる。
その先に灯るのは先程のゴーレムを粉砕したのと同じ火球。
もし喰らえば人体など蝋燭にも等しく溶け落ちる。

「ひぃぃああああぁぁぁぁぁああ!!」

間近に迫った死を目にして男は発狂したように地面を這った。
震える足では逃げられないと思ったのか、それとも本当に壊れてしまったのか。
だが、その行動はキュルケにとっても予想外の出来事だった。
濃密な霧の中で相手を見極めるのは僅かに映るシルエットだけだ。
しかし突然相手が伏せた事によって完全に目標を見失ってしまったのだ。

「くっ!」

苦し紛れにキュルケは男の居た場所へと火球を放った。
放たれた『フレイムボール』が炸裂して周囲に火炎を撒き散らす。
これで悲鳴を上げればしめたもの。そこに魔法を打ち込んで今度こそ終わりだ。
そう確信してキュルケは耳を澄ませて男の出方を待つ。
仮に堪えて新しいゴーレムを作ったとしても自分の方が早い。
彼女にとって、これは戦いというよりもモグラ叩きに等しかった。

183ティータイムは幽霊屋敷で:2009/02/19(木) 00:24:29 ID:K477cxDI

不意にキュルケの身体が前のめりに崩れる。
何かに躓いたのかと彼女は足元に視線を向けた。
だが、そこにあったのは石ころなどではなかった。
獣の如くぎらついた瞳と荒々しい呼吸。
這い回り汚れきった泥だらけのブラウスとマント。
弱者と見くびっていた相手が自分の足首を掴んでいた。
振り払おうとした瞬間、か細い足首に万力じみた力が込められる。

走る激痛に悲鳴を堪えたキュルケの顔が引き攣る。
ただえさえ男性の腕力には遠く及ばないというのに、
追い詰められて理性を失ったからか、男は普段以上の力を発揮していた。
足を抑えたまま男はキュルケの身体に圧し掛かる。
そして杖を振るおうとする手を押さえつけながら彼女の服に手を掛ける。

憎悪に満ちた視線でキュルケは男を見上げる。
だが杖を振るえない今の彼女は男の暴力を前にあまりにも無力すぎた。
キュルケと男の実力は比べるべくもない。
この魔法学院で彼女に勝てる者など教員を含めても数名。
だからこそ彼女の胸中には致命的な油断が生じていた。
それは時として自身の命をも脅かす猛毒となる。
下卑た表情を近づける男にキュルケは覚悟を決めた。
(アンタの勝ちよ。気が済むまで好きなだけ嬲ればいいわ)
これは戦いに慢心した“私”への厳罰。
二度と忘れぬよう屈辱と共に身体に刻み付ける。
そして、この男に必ずや代償を支払わせよう。

獣臭い吐息がかかるほど互いの顔が近付く。
ふと、キュルケは自分に影が落ちるのを感じた。
それは男の物ではなく、さらにその頭上。
自分に覆い被さる相手の向こう側から何かが迫ってきていた。

影しか窺えない霧の中で彼女はその姿を見て思った。
―――天使が舞い降りてきたのだ。
透き通った冬の空の色に似た青くて長い髪。
それがふわりと羽のように広がり白一色の世界に際立つ。
白い霧を突き抜けて舞い降りた、その天使のような少女は。

ニードロップで男の後頭部に鈍い音を響かせながら降り立った。

184ティータイムは幽霊屋敷で:2009/02/19(木) 00:26:57 ID:K477cxDI
投下終了。……スランプで全然筆が進みません。

185名無しさん:2009/02/19(木) 00:28:13 ID:SzOrjt9k
おかえりーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
首を長くしすぎて待ってたんだぜええええええええええ

186名無しさん:2009/02/20(金) 20:17:59 ID:Ullco62A
投下乙!
とうとう王女タバサが行動開始か。
しかし、箱入り娘のはずなのにニードロップとは……!

スランプは、まあ長く連載してれば当然さ!
直接力になれないから、俺はここで応援してるぜー!

187名無しさん:2009/02/21(土) 01:18:55 ID:FjNgOMAY
タバサと見せかけてシルフィードという叙述トリックを思いついたが
ぜんぜん意味がなかったぜ

188名無しさん:2009/03/04(水) 01:11:45 ID:Ml64s2yA
規制で本スレに書き込めないけど俺はここにいる。

189ゼロいぬっ!:2009/03/04(水) 01:24:34 ID:rY.Nkpvc
>>188
命を振り絞った君のメッセージ、確かに受け取ったぞ!

190名無しさん:2009/03/10(火) 23:53:31 ID:eXPWlEoA
規制に巻き込まれて本スレに書けないがわんこ投下乙ッ!
もうそろそろ物語も終わっていくのか…ちょっとサミしいが物語にはフィナーレが必要だ
祝福を今から用意しておこう

191ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/04(土) 19:08:57 ID:PQqYMEvE

昏倒している男とキュルケ、その両方をシャルロットは見下ろす。
一見、冷静に振る舞う彼女だが、その実、今にも心臓が破裂しそうだった。
何の考えもなく飛び出し、いきなり少女が襲われている現場に出くわしたのだ。
幾つもの魔法を習得しながら焦りと混乱がルーンを紡ぐのを邪魔する。
戦闘はおろかケンカさえ従姉妹と数回あるかないかの彼女にとって初の実戦。
一か八かで彼女は男の頭の上に落下するという荒業を敢行したのだ。
それは運良く成功し、無謀な首筋に膝を叩き込まれた男は意識を絶った。

「ありがとう。助かったわ。
ところでアナタ誰? うちの生徒じゃないわよね?」
「私は……」
キュルケの問いにシャルロットは喉を詰まらせた。
本名を告げれば事は大きくなるし、自分も狙われる可能性が出てくる。
それに、下手をすれば何も出来ないまま保護されてしまうかもしれない。
嘘をつくのは良くない事だとお母様から教えられている。
だけど、それでもやらなきゃいけない事があると私は知っている。

「花壇騎士のタバサです。イザベラ様の護衛を仰せつかっています」
心中で母と始祖に懺悔しながら彼女は偽名を告げた。
咄嗟に出てきたのは母から貰った大事な人形の名。
本当ならもっと凝った名前の方が良かったと思いながらも、
更に嘘を連ねて不自然さを覆い隠そうとする。

「ふぅん、その歳で花壇騎士ねえ……」
じとりと訝しげに向けられたキュルケの視線に思わず目を逸らす。
平常心を装ったつもりでも、たらりと頬を冷や汗が伝う。
若くとも実力があればカステルモール等のように騎士に成れる。
不審な所など何もないはずだと自分に言い聞かせるも、その行動は裏腹だった。
まるで蛇に睨まれたカエルの如く縮こまるシャルロット。

「まあいいわ。ありがとう、タバサ」
その緊張を解きほぐすような陽気な声を響かせてキュルケが礼を言う。
差し伸べられた彼女の手に戸惑いながらもシャルロットは笑顔を浮かべて応じた。
固く交わされる握手に、恥ずかしいのやら嬉しいのやら分からない笑みが零れる。
そのシャルロットの初々しい姿をニコニコと見つめながらキュルケは言った。

「で? 良家のお嬢様がこんな所で何やってるの?」

ぴしりと一瞬でシャルロットの表情は固まり石化したように動きを止めた。
その一言でシャルロットの頭の中は完全に真っ白になっていた。
なんとか反論しようとしても言葉も出せず、金魚みたいに口をぱくぱくと開くのみ。

192ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/04(土) 19:09:41 ID:PQqYMEvE

「な、何のことでしょう? 私は……」
「とぼけても無駄よ。マメ1つない綺麗な手で騎士が務まるわけないでしょ」
ようやく搾り出した声でとぼけるシャルロットをキュルケは一蹴する。
握手を求めたのは挨拶や礼だったが、それを確かめる為の口実でもあった。
当然ながらシャルロットは自分の杖よりも重い物を持った事がない。
身の回りの雑用は侍女がしてくれるし、魔法の勉強といっても訓練などした事がない。
そんな彼女の手にマメなど出来るはずもない。
そもそも彼女には纏う空気というか、騎士としての迫力が欠けていた。
此処に集まった衛士隊や花壇騎士団と比較しても、それは明らかだった。

「それに、倒れた相手を仕留めも捕らえもしないで放置するなんて。
もし起き上がって襲ってきたら、って普通は考えて行動するものよ」
「う……」

色々ダメ出しされて自信喪失しかけているシャルロットの前で、
キュルケは自信満々に人差し指を立てて左右に振る。
まるで妹を諭す世話焼きの姉といった印象を感じさせる。
正直な所、キュルケは女性に対して何の関心も持っていなかった。
大抵、向けられるものが嫉妬ばかりだったからだろうか。
そんな中、突然現れた危なっかしい少女に彼女は興味を惹かれていた。

「何のつもりか知らないけれど無茶は止めなさい。
貴女じゃ足手まといになるだけよ。“本物”の騎士に任せなさい」
「でも……」
「悪いけど聞けないわ。理由はあるんでしょうけどね。
ちょうどいいわ。あの人達に保護してもらいましょう」

騎士らしき人影を見つけてキュルケは大きく手を振った。
術者であるビダーシャルが離れた所為だろうか、
濃密だった霧は次第に薄らいで互いの姿を確認できるまでになっていた。
安堵を浮かばせるキュルケとは裏腹にシャルロットは焦りを滲ませる。

視界を奪ったのは任務を円滑に進める為だろう。
だとしたら、もうその必要がなくなったと考えるべきだ。
こちらに近付いてくる人影にシャルロットの心拍数は急速に高まる。
もし花壇騎士なら一目で素性がバレてすぐに連れ戻されてしまう。
ああ、どうしてたった一人も私は騙せないのか。
彼女はあんなにも、呼吸するかのように嘘をつけるというのに。
お目付け役や警護を物ともせず二人で何度も宮殿を抜け出した。
万分の一でも、彼女のあの才能が自分にあればと今強く思う。
どこにも逃げ場はない。諦めかけた瞬間の事だった。

―――比喩でもなんでもなく、世界がひしゃげた。

193ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/04(土) 19:10:54 ID:PQqYMEvE

一瞬の空白。その直後に轟く耳を劈く爆音。
遅れてやってきた衝撃が彼女達の髪と衣服を激しく掻き乱す。
しばらくして爆風が収まったのを肌で感じ、シャルロットは目を見開いた。
隣には髪を振り乱したキュルケの姿。
舞い上がった砂埃を吸ったのか、キュルケはけほけほと咳き込んでいた。
何の外傷もない事に胸を撫で下ろしながらシャルロットは杖を手に取った。
込み上げてくる罪悪感を押し殺し、ゆっくりとキュルケへと近付く。

「何なのよ今の…? せっかくセットしたのに台無しじゃない」
無事だっただけでも僥倖と思うべきなのだろうが彼女にそんな殊勝な心がけはない。
ここが戦場だろうが、女性にとって身嗜み以上に優先される事はない。
その所為で注意が逸れていた彼女の肩をポンポンと何者かが叩く。

「……あの」
「ん?」
「ごめんなさいっ!」

振り返った彼女の視界に飛び込んできたのは長尺の杖。
実戦にも耐えられる強度を持ったそれがキュルケの脳天を打ち抜く。
どさりと白目を剥いて倒れた彼女の姿に小さく悲鳴を洩らす。
ひょっとしてやりすぎただろうか、間違って神の御許に送ってしまったかも。
冷静に考えれば意識を奪うだけならスリーピング・クラウドって便利で使い勝手の良い魔法があった。
それさえも平常心を欠いた彼女には思い浮かばなかった。

突然の蛮行に驚いた騎士らしき人影が駆け寄る。
咄嗟に口笛を吹き鳴らし、上空に待機させている使い魔を呼び寄せる。
なんだかひたすらに事態を悪化させている気がするけれどもう止まれない。
彼女を助け出すまで足を止めちゃいけない、走り続けなきゃいけない。
……多分、残された時間はそんなにない。


「へ?」

その光景を前に平賀才人は目を丸くした。
助けを求めていた少女の一人が、もう一方を杖で殴り倒したのだ。
共にいたワルドも、長い軍人生活で初めての経験に呆気に取られていた。
しかし咄嗟に頭を切り替えて少女を捕まえようと踏み込む。
直後、彼女の頭上に舞い降りる一匹の風竜。
竜の羽ばたきで薄れていた霧のカーテンが舞い散らされる。
日の光に映し出された少女の素顔にワルドは驚愕した。
困惑する彼を尻目に、彼女を乗せた風竜は飛び立とうとしていた。
フライを詠唱しながら追いすがるも間に合わない。
そのワルドの背をガンダールヴの力で強化された才人が追い抜く。
常人ならば指先さえも届かぬ高さ、しかしそれを桁外れの跳躍が覆す。
伸ばした才人の手がシルフィードの尻尾をがしりと鷲掴みにする。

194ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/04(土) 19:11:51 ID:PQqYMEvE

「きゅい!?」
「捕まえたぞ! 大人しくお縄につきやがれ!」

状況を飲み込めないまま、才人は尻尾を伝いよじ登ろうとする。
逃げるぐらいだから、きっと連中の仲間か関係者だろう。
もしかしたらルイズの事を知っているかもしれない。
そう思い至った彼を止められる者はいない。
シルフィードは才人を振り落とそうとするも、敏感な部分を触られて力が出ない。
風竜の背に届くかどうかという所で才人はようやく少女と目を合わせた。

―――多分、それは一瞬の出来事だったのだろう。
だけど、ずっと見惚れていたような気がする。
陽光を浴びた青い髪が空の色と交わりながらたなびく。
触れたら壊れてしまいそうな未成熟で華奢な体つきと白磁のような肌。
何の濁りもない青玉に似た瞳が自分の姿を映しこむ。
彼女は実際に目にしたお姫さまよりもお姫さまらしかった。

直後、不意に二人の間を突風が吹き抜けた。
シャルロットは髪を抑え、才人は飛ばされぬように尻尾にしがみ付く。
顔に受ける風を堪えながら彼女へと顔を向ける。
視線の先で薄手の布が膨らむように舞い上がった。
その下に映るのは細くとも健康的な脚線美と鮮やかな純白。
あ、と小さく呻いてシャルロットは慌てて両手でスカートの端を抑えつける。
年頃の少年に見られたという事実が彼女の頬を熟れたトマトのように染める。
いつも着替えを侍女に手伝ってもらう彼女にとって、
見られるのが恥ずかしいと思ったのは、これが初めての体験だった。
どきどきと高鳴る心音を隠しながら、じとりと才人をねめつける。

「いや、ごめん! 違うんだ、見るつもりはなくて……」

咄嗟に両手をわたわたとせわしなく動かして弁解する。
さらに今頃やっても遅いが顔を両手で覆い目隠ししたりと、
何とか己の無実を必死にアピールしようとする。
その瞬間、平賀才人の身体は空へと放り出されていた。
言うまでもなく一介の高校生は空など飛べない。
彼はシルフィードの尻尾という命綱を自ら手放してしまったのだ。
一瞬にして平賀才人はシャルロットの視界から消滅した。
あああああぁぁぁぁ……、と遠ざかる絶叫を耳にしながら地上を覗き込む。

「まったくひどい目にあったのね」
ぷんぷんと怒りを露にしながらシルフィードは主の顔を覗き込む。
まだ頬の赤みは消えておらず、どことなく上気しているように見受けられた。
実に少女らしい、初々しい彼女の姿にシルフィードは興奮を覚えながらも安否を訊ねる。

「おねえさま、無事?」
「……はずかしい。もうお嫁にいけない」
「きゅいきゅい! そんなの気にする必要ないのね!
シルフィなんか直接いやらしい手つきで尻尾つかまれたのね!
ほんと失礼しちゃう! 今度会ったら踏みつけてやるのね!」

195ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/04(土) 19:12:31 ID:PQqYMEvE

「役立たずが……!」

風竜から振り落とされる才人を見上げながらワルドは毒づいた。
助ける必要などない。あの身体能力があれば死ぬ事はないだろう。
そもそも平民を助ける義務など彼には無い。

彼女同様、口笛を鳴らして待機させていたグリフォンを呼び寄せる。
いくら機動力に富むとはいえ、風竜とグリフォンでは速度が違いすぎる。
逃げに徹されてしまえばワルドといえど追いつく事は出来ない。
もし才人が説得に成功していれば、こんな無茶などしなくても済んだ。
それが腹立たしくもあり、油断していたとはいえ平民に先を越された自分自身への苛立ちもあった。

ワルドが風竜がいるであろう上空を見やる。
アンリエッタ姫殿下とルイズの確保は何よりも優先されるはずだった。
しかし、目の前で起きた事態が彼に異常を告げていた。

「何故だ…、どうして彼女がここにいる? 連中は一体何をしている…?」

この場において全容を掴む者は誰一人としていない。
様々な思惑が折り重なり紡がれて生まれたのは混沌。
されど彼等は未来を求めて彷徨う。
否。彼等にはそれしか許されていないのだ。

196ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/04(土) 19:14:19 ID:PQqYMEvE
投下終了。
もう、最新刊が出る度に追い詰められてる気がする。

197名無しさん:2009/04/04(土) 20:58:26 ID:A/.nLg5M
シャルロット様に萌え殺されるかと思った!
次回を首を長くして待ちます。お疲れ様でした。

198名無しさん:2009/04/05(日) 17:20:41 ID:8DaEpUAk
>……はずかしい。もうお嫁にいけない
つまり才人に責任を取ってくれということですね、わかります

199名無しさん:2009/04/07(火) 08:21:45 ID:cvwMMFV.
>>196
逆に考えるんだ
「タバサ化する前の素のシャルロットだった頃の性格や口調が分かってラッキー!」

確かにシャルル王位にパターンの作品の場合、シャルロットが無口少女のまんまなのはおかしいからなあ

200ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/22(水) 23:40:32 ID:bXlp68Cs

鼓膜を激しく震わせる轟音と身を引き裂かんばかりの衝撃波。
それを地に伏せて必死にやり過ごしたコルベールはゆっくりと顔を上げた。
砂塵が視界を覆う中、はっきりと塔のシルエットが浮かび上がる。
彼の口から安堵の息が漏れる。少年の判断は正しかった。
もし、炎の壁を強行突破していれば何人かは重傷を負っていたかもしれない。
それに、パニックになった彼等を火と衝撃に巻き込まれぬように誘導できたかどうか。

土を払って起き上がろうとした最中、耳障りな雑音が響いた。
近い物を挙げるとすれば何かを引っ掻くような音に似ている。
それは次第に大きさを増し、悲鳴のような異音へと変貌していく。
不安を掻き立てる騒音を耳にして、コルベールはじりじりと後退る。
特殊部隊で鍛え上げられた勘が危険を告げる、“全力でその場から離れろ”と。
その一方で、理性が彼に強く命令する、“生徒達を助けろ”と。
両者に挟まれて動きを止めたコルベールの前で、悲鳴は断末魔へと変わった。

彼の目に映るシルエットが傾いていく。
亀裂が走った塔の外壁が砕け、周囲に破片を撒き散らす。
始めはゆっくりと、やがて加速をつけながら地面へと吸い込まれる。
巨大な棍棒を叩きつけられたかのように地震の如く足元が大きく弾む。
それに耐え切れなかったのか、それとも目の前の光景が信じられなかったのか。
コルベールは倒れ込み、ぺたりと地面にその腰を落とした。
舞い散る粉塵が完全に視界を奪っても、彼はそれに何も感じなかった。
晴れ渡った直後、全てが見間違いで塔は健在のまま。
そして避難していた彼等が談笑しながら出てくるなどと、
そんな現実逃避を思い浮かべたりは出来なかった。
現実を受け入れる事も、夢想に逃げる事も出来ず。
―――ただ、とても大切な何かが終わったのだと。それだけを確信した。

耳の中で反響する崩落の残滓が彼の無力を嘲笑う。
それに入り混じって聞こえる、自分を呼ぶ声。
ミスタ・ギトーに彼の教え子達、塔の中で敢え無い最期を遂げた者達のものだった。
(……また、増えましたね)
『ダングルテールの虐殺』からずっと、彼の耳には住民達の声がこびりついていた。
悲鳴、祈り、怨嗟、助けを求める声、同様に炎の中に消えた命の叫び。
恐らくは向こうから自分を呼んでいるのだろう。
それでも生きているからにはやれることがあると信じ続けてきた。
戦争にしか使えないといわれた忌まわしい火の魔法を、
多くの人達の幸せに活用できないかと研究を重ねた。
しかし、私は何も成せなかった。
己で戒めたにも関わらず炎の魔法を用い、
目の前にいる生徒達さえ救えなかった私に価値などない。
復讐を果たす気力さえもない。
もう悪足掻きは終わりにしよう。
あの日からずっと続いていた悪夢はこれで終わる。
否。最初からこうするべきだったのだ。

201ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/22(水) 23:41:21 ID:bXlp68Cs

己の杖を掲げてコルベールは詠唱をはじめた。
火力は最小限に、一秒でも長く炎に巻かれる苦痛を引き伸ばす為に。
杖を振り下ろす直前、彼の手が砂塵の中から伸びてきた手に掴まれた。

「待て! 私だ、ミスタ・コルベール!」

声を張り上げながら現れたのはギトーだった。
コルベールに敵と誤認されたと勘違いし慌てた彼は必死に魔法を止めさせた。
その背後には、中に閉じ込められた生徒たちの姿も窺える。
安堵よりも先に口を突いたのは疑問の声だった。

「何故、一体どうやってあそこから……」
「それが、私にも分からんのだが気付いたら別の場所にいたのだ」
「は?」
「どこか貴族の屋敷だと思うのだが、しばらく呆然としていたらここに戻されていた。
……言っておくが私の頭は正常だぞ。今朝食べたパンの枚数も思い出せる」

全てが不可解で謎に包まれた出来事にギトーは首を傾げた。
しかし、その疑問を解消できる鍵を持っているコルベールだけが理解した。

あの時、確かにエンポリオ君は『建物の中に避難する』と言っていた。
だが、それは塔の事ではなく彼のスタンドが作り出す『幽霊屋敷』!
だからこそ内部に閉じ込められた彼等も生還できたのだ。
それを悟った瞬間、コルベールは彼の姿をどこにもない事に気付いた。

「ミスタ・ギトー! エンポリオ君……ミス・イザベラの使い魔はどこに!?」
「あ、ああ。あの子供なら戻ってきた早々、どこかへ行ってしまったよ」

返答を聞いて即座にコルベールは駆け出そうとした。
しかし前に出した足は止まり、やがて踵を返した。
コルベールは彼の後を追う訳にはいかなかった。
目の前には未だ窮地を脱したとはいえない生徒たちがいる。
これを放り出すのは、先程自分が体験したように見殺しにするのに等しい。
ひとりの友人と多くの生徒、それを秤にかける事は出来ない。

だから信じようと思った。
あの少年が持つスタンドではない、人としての力が、
この絶望的な状況を切り開くだけの強さを秘めていると。

202ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/22(水) 23:43:04 ID:bXlp68Cs

「………そんな」

まるで足場を失ったかのようにエンポリオの足が崩れ落ちる。
塔が崩落するのを目にして駆けつけたギーシュから、
イザベラの状況を聞かされて彼は一目散に現場へと向かった。
騎士が2人も護衛についているのなら襲撃も凌げるはず。
間に合えさえすればスタンドを使って隠れてしまえばいい。
彼女の無事を信じ、それだけを考えて駆けつけた。
だが、そこで目にしたのは悪態をつく彼女の姿ではなかった。

地面に横たわる、海の如き深い色彩のドレスを纏った少女。
しかし、その首から上は完全に失われていた。

「そんな……何かの間違いだ」

地面についた手が何かを掴む。
それは長く透き通った青い髪の束。
首を落とす時に切れてしまったのだろう。
それが誰の持ち物であるかをエンポリオは良く知っている。
彼女の一部をぎゅっと握り締めてエンポリオは黙祷を捧げる。

彼女の隣には、跪いたまま息絶えた騎士。
少し離れた所には燃やされて原形を留めていない屍がある。
恐らくは彼等がギーシュに聞いた護衛の騎士だろう。

「……また、助けられなかった」

ぽつりとエンポリオは呟いた。
目の前で死んでいった仲間たちの姿が脳裏に蘇る。
直後、彼は涙を袖で拭った。
戦いに倒れていった仲間たち。
彼等を思い出して立ち上がった。
そう。彼等は最期まで自分の意志を貫いた。
だから今は立ち止まってはいけない。
―――泣いていいのは、全てに決着を付けてからだ!


「静まれぃ! 双方、杖を引くのだ!」
ド・ゼッサールの制止の声も無数の怒号に掻き消される。
正門前は殺到した関係者と衛士隊のひしめき合う地獄と化していた。
いや、ただの混乱ならばまだいい。
だが両者は杖を抜いて戦闘を始めてしまっていた。

発端となったのは本塔の爆発と崩壊。
飛び散った破片が正門前へと殺到していた貴族達に降り注ぎ、
それが見えない刺客に追われていた彼等を恐慌状態へと導いた。
津波の如く押し寄せる彼等を抑えつけていたのも束の間。
その一角を支えていた衛士の肩をエアカッターが切り裂いたのだ。
訪れる一瞬の静寂。誰がやったかなどは分からない。
だが貴族達はようやく見えた綻びに目の色を変え、
衛士達はいつ襲ってくるとも知れない恐怖に、互いに杖を抜いた。

203ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/22(水) 23:43:49 ID:bXlp68Cs

実力では圧倒的に勝る衛士達も数の前ではその真価を発揮できない。
ましてや相手は有力な貴族のお偉方。下手に命を奪えばどうなる事か。
それを恐れて防戦にならざるを得ない彼等に向けられる魔法の数々。
周囲に気を配る余裕さえ失われ、次々と正門から脱出を見逃してしまう。
かといってそれらを追おうとすればパニックを起こしている者達を止められない。
歯痒い心境でド・ゼッサールは事態の収拾に徹する。
彼の背後を、騎士と思しき一団が悠々と通り抜けていく。
その先頭に立つのは肩に大きな袋を抱えた中年の騎士だった。


一方で、状況確認と犯人逮捕に当たっていた衛士達は凄惨な現場に顔を顰めていた。
生徒や教師、見学者、それらの見境なく文字通り無差別に襲撃者は殺戮を繰り広げ、
犠牲者の多くは焼き払われ原型を留めておらず、遺体よりも炭と形容するのが正しかった。
また新たに発見された屍を前にして衛士の一人が毒づいた。

「始祖と神に対する冒涜だぞ、これは」
「落ち着け。冷静を欠けば敵の思う壺だ」
三人一組の小隊を指揮するリーダーが彼を戒めるように諭す。
何故、死体に火を放っているのかは不明だが、
こちらの対する挑発・示威行為である可能性が高い。
王家が一堂に会するこの日を選んだのも、
伝統と格式のある魔法学院を破壊したのもその為だろう。

「一体どこの阿呆がこんな大それた真似をしたんでしょうか?」
「どこかの国の手の者とは考えづらいな。
アルビオンの兵士もガリアの花壇騎士の死体も、かなり見つかっているからな。
まさか偽装工作の為だけに兵を死なせたりはすまい。
しかし、これだけの規模となると高級貴族といえども……」

犯人については皆目見当が付かないのが実情だった。
生存者から得られた情報は連中が布で全身を覆っているという事実のみ。
撃退した者から話を聞いても素性が明らかになる前に自害したと言う。
つまり、今この瞬間にも連中は素知らぬ顔で避難しているかもしれないのだ。

「だとするとゲルマニアの成金連中ですかね?」
「それなら姫殿下が嫁いでからやるだろうな。
そうでなければトリステインを合法的に手に入れられんからな」

完全に捜査が行き詰った事をリーダーは感じていた。
周囲を覆う霧が真実さえも隠してしまったかのように思えてくる。
敵が見えないのがこんなにも気色が悪い事だとは考えもしなかった。
これならば万の敵と杖を交えていた方がよっぽど気楽だ。
苛立ち混じりにリーダーは部隊の撤収を告げた。

204ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/22(水) 23:44:28 ID:bXlp68Cs

「これは……違うッ!」

エンポリオは唐突に叫び声を上げた。
彼女の形見にイザベラの家族に渡そうと身に着けている物を探していた時だった。
イザベラが指に嵌めていたはずの指輪が無くなっていた。
それだけなら盗られたという可能性も否定できない。
しかし、それなら値打ちのある彼女のドレスも剥いでいくだろう。
いや、これは強盗や追剥なんかじゃない。
首を持っていった時点でこれは間違いなく暗殺だ。
指輪なんて証拠に残るような物を持っていこうとするだろうか。

その『不自然さ』が糸口だった。

次に目についたのが血痕。
確かに辺りに飛び散っているが、明らかに『少ない』。
生きたまま、あるいは死んですぐに首を刎ねたなら辺り一面が血に染まっているはず。
なのに切断面とドレス、その近辺にしか血の跡はない。
これでは『死んでしばらく経ってから首を切り落とされた』かのようだ。
血の広がり方から見ても、隣で息絶えた騎士のおじさんよりも先に死んでいる。
仮説が証明するように繋がっていく事実。
そこから導き出された結論にエンポリオは声を上げた。

「この死体はお姉ちゃんのじゃないッ!」

首を持っていったのはそうせざるを得なかったんだ!
指輪は持っていったんじゃない、指に合わなかったから嵌められなかった!
体型は合わせられたとしても、指の太さまでは分からないからだ!
『死んだように見せかける必要があった』―――それはつまり!

「お姉ちゃんはまだ生きているッ!!
そして、生きているなら必ず助け出せるッ!」

205ティータイムは幽霊屋敷で:2009/04/22(水) 23:49:16 ID:bXlp68Cs
投下終了。次回は久しぶりにヒロイン(むしろヒーロー?)の登場です。

206名無しさん:2009/04/23(木) 16:31:24 ID:X6veH2nQ
投下乙です
今のエンポリオならバーローに勝てる
しかしイザベラよりルイズ達の方が気になる俺w
(この話のイザベラってしぶとさなら才人より上っぽい気がするんで)

207名無しさん:2009/04/25(土) 19:01:13 ID:GFet7cnM
遅ればせながら、投下乙。
襲撃事件が収束に向かう中、嵌められた側の人間がどう動くのか……。
そして影の薄い主人公達の出番はどうなるのか!?
次回を楽しみに待ってるぜ!

208名無しさん:2009/04/26(日) 19:16:03 ID:3Ufacu5I
おわっ!
気づかないうちに2話も投稿されてるなんて…
遅ればせながらティータイムの人、乙です!

うーむ、タバサが可愛すぎてニヤニヤが止まりませんw
原作と違い心を凍てつかせてないタバサですけど、姫という立場にいるために本来の活発さが鳴りを潜めそのために内向的と周りから採られてる感じかな?
気が動転して魔法を唱えるのを忘れたりとか、すぐばれる下手な嘘をついたりとか本当普通の女の子といった感じです
それにしてもサイト、タバサのパンツを見たうえに一目惚れ(?)みたいなことをしたりとなんというラッキースケベ!w
こりゃサイトには責任をとってもらうしかありませんね!w

209ティータイムは幽霊屋敷で:2009/05/05(火) 18:56:01 ID:fmplYYTA

学院を出て街道よりやや離れた場所にある森。
騒動が治まる気配を感じさせない学院と打って変わり、
そこは梢が風に揺れる音さえ聞き取れるほど静寂に満ちていた。
その中でマチルダ・オブ・サウスゴータは切り株に腰を下ろして深い溜息をついた。
生き延びた仲間はここに集合する手筈だった。
そして、本国と内通者からの手引きを受けて撤退する。
だが、森に集結したのは彼女の予想を遥かに下回る数だった。
遅れている者がいたとしても半数に届くかどうか。

「あれだけいて……たった、これだけか」
「いえ、“こんなにも”ですよ。
あの花壇騎士団を相手にしたのですから大健闘といえるでしょう。
最悪、一人だけでも生還できれば我々の勝ちなのですから」
何の感情も挟まず、彼等を率いる中年の騎士は答えた。
出立前には何度も言葉を交わし、楽しげに酒を酌み交わしていた部下達。
それを失ったにもかかわらず、彼は数字の計算でもするかのように語った。
(……いや、それだけじゃない)
マチルダ・オブ・サウスゴータは大きく頭を振った。
失われたのはアルビオンの兵ばかりではない。
この計画により多くの無関係な命が失われた。
誰が犯人かを特定させないように、誰が生き延びたのかを判らないようにする為に。
トリステインやガリアの兵士に貴族、教師……そしてまだ歳若い学生達を手にかけた。
身代わりを作る為とはいえ、命を奪うばかりか首を切り落とした。
その凄惨な光景にマチルダはただ見ている事しか出来なかった。
手にはまだ騎士を殺した感触が残っている。

マチルダ・オブ・サウスゴータは思慮に暮れる。
後悔していると言い換えてもいい。
果たして、この計画にはそれだけの価値があったのだろうか。
他の方法で解決する事は出来なかったのか。
そして。

「おい、聞いてるのか、そこの年増! 嫁き遅れ! 中古品!」

―――この口喧しい少女に、それだけの価値はあるのだろうかと。


「よくも大切な髪を切ってくれたな! 丸坊主にしてやるから憶えときな!」

びたんびたんと陸に打ち上げられた魚のように跳ね回る人質。
両手と両足を縛られてもなおも激しく暴れまわる。
それを目にしながらマチルダは再び深い溜息を零した。
その無駄な元気に、呆れるのを通り越して逆に感心さえ覚える。

「アンタ、自分の立場が分かってるのかい?」
「分かってるから言ってるんだよ、このマヌケ」

脅すように冷たく言い聞かせるマチルダに、イザベラは言い放つ。
多大なリスクを負うと分かっていながら生かして連れ出してきたのだ。
なら、むざむざこんな所で殺すなどという事はない。
それを分かっているからイザベラはいつもと変わらぬふんぞり返った態度を取る。
今は手も足も出せないので口だけで反撃し続けるイザベラ。
それに激昂しながらも同じく手を出せないマチルダ。
周りの人間は係わり合いになるまいと距離を置いていた。

210ティータイムは幽霊屋敷で:2009/05/05(火) 18:57:19 ID:fmplYYTA

「大方、インテリ気取って勉強に励んでたら周りに男っ気がなかったんだろ?」
「うるさいね! 言っとくけど助けなんて期待しても無駄だよ」
「ふん! アンタらみたいなのに花壇騎士がそうそうやられるかっての!」

そう言い放ったイザベラの言葉にマチルダの表情は蒼褪めた。
花壇騎士の名に恐怖を覚えたのだと思い、勝ち誇ったように彼女は笑みを浮かべる。
だが、それは大きな誤りであった。
マチルダに込み上げた恐怖は自分が犯した罪によるもの。
彼女の手には自分の物ではない血が染み付いている。
震えを噛み殺して彼女はイザベラに告げた。

「……死んだよ」
「あん?」
「アンタのご自慢の花壇騎士団長は死んだんだよ!
いや、アタシが殺してやったのさ、この手でね!
ざまあないね! 呆気ないぐらい簡単にくたばったよ!」
突然いきり立つようにマチルダは叫んだ。
もう後戻りなど出来ない。なら悪人らしく振る舞おう。
罪を内に秘めるより恨まれた方がよっぽどマシだ。
口汚く罵られ、怨嗟を浴びせられるのが今の私には相応しい。
その想いで彼女はイザベラに真実を知らせた。

息せき切らすマチルダの姿を呆然と眺める。
その鬼気迫る表情に偽りは感じられなかった。
“カステルモールは死んだのか”ただそれだけが事実として圧し掛かる。
あまりにも突然だったからか、少しの悲しみも感じなかった。
俯いて頭を垂らす彼女にマチルダは心苦しいものを感じていた。
直後。

「ふざけんな!あれは私の玩具だ!私の許可なく勝手に殺しやがって!」

まるで火が付いたように激しくイザベラは吠え立てた。
悲しみよりも憎しみを滾らせて感情の赴くままに叫び続ける。
急な変化にマチルダも驚きを隠せず唖然とするばかり。
困惑する彼女の背後に黒い影が差し込む。
その瞬間、マチルダを詰っていたイザベラの背筋が凍る。
見上げた視線を横に向けると、そこには自分の腹を殴りつけた男の姿があった。
ふてぶてしく笑う男をイザベラは忌々しそうに睨む。
しかし、男は表情を崩さず楽しげに彼女に問いかけた。

「ようやくお目覚めかい、お姫様」
「ああ、最悪の寝起きさ、アンタみたいに不味い顔が目の前にあったんじゃあね。
飼い主の手に噛み付いた狂犬が今度はアルビオンに尻尾振るなんざ、
アルビオンにはよっぽど腕のいい調教師がいるんだな、ええセレスタン?」

ぴくり、とセレスタンの眉が一瞬上がる。
それは挑発にではなく自分の名を呼ばれた事への驚きだった。
やがて薄ら笑いが口元を釣り上げるような獰猛な笑みへと変貌する。

211ティータイムは幽霊屋敷で:2009/05/05(火) 19:00:30 ID:fmplYYTA

「まさか憶えていたとはな。俺が北花壇にいたのは国王が変わる前の話だぜ」
「おかげで思い出すのに時間がかかったけどね。あの時もアンタは今と同じ様に笑ってたね」
「俺も憶えているぜ、王妃の膝の上でこっちを睨んでたガキの面を。そう今みたいにな」

セレスタンはイザベラの隣にしゃがみ込むと、
無骨な手で切られて短くなった髪を無造作に掴み上げる。
イザベラが苦痛に顔を歪めるのにも構わず、上半身を引き起こして目線を合わせる。
目の端に涙を浮かべながらも声を上げないイザベラの顔を覗き込みながら、
セレスタンはとても愉しげに訊ねた。

「で? 今の気分はどうだ、お姫様よ。
情けをかけた相手に後ろ足で砂引っかけられた上に、命を握られるってのは」
「……舐めるんじゃないよ。手も足も出せないのはお互い様だろうが」
「そうかい」

セレスタンが髪から手を離す。
そして、身動きの取れないイザベラの顔が地面へと叩きつけられた。
キッと顔を起こして睨みつける彼女に、セレスタンは表情に愉悦を浮かべながら言った。

「“命を奪われる心配はない”ってのは別に無事でいられる保証にはならねえんだぜ?」

その言葉の意味を理解したイザベラの顔色が蒼白に変わる。
傭兵というのは平時には盗賊や山賊と何ら変わりない。
戦闘が終結して一時的に仕事のなくなった彼等は混乱の収まらぬ町々で略奪を繰り返す。
食料を奪い、金品を強奪し、女は犯して奴隷として売り飛ばす。
良識などという言葉は期待するだけ無意味だ。
彼等にとっては他人とは糧にしか過ぎない。
そして自分が置かれている状況を俯瞰し、イザベラは言い放った。

「やりたきゃやりな。喉笛食いちぎられても良いんなら」

彼女の返答にセレスタンは口元を歪ませて笑った。
沸きあがる感情を堪えきれずに笑った。
そうでなくては張り合いがないと言わんばかりに。
嬉しそうに、楽しそうに、まるで獣が牙を剥くように笑った。
イザベラの目に映る、狂気じみたセレスタンの笑み。
いや、恐らくは本当に狂ってしまったのだろう。
騎士の身分を追われたセレスタンに声をかける国などない。
貴族としての立場も失い、傭兵にまで成り下がり今日まで生きてきたのだ。
泥水を啜り、死肉を喰らい、敵味方の屍を乗り越えてきたはずだ。
そこまで追い込んだガリア王国への恨みはどれほどだろうか。

212ティータイムは幽霊屋敷で:2009/05/05(火) 19:02:44 ID:fmplYYTA

「俺にやらせろ!畜生!さっきから痛みが引きやがらねえ!」
喚き散らすかのような声にイザベラが視線を向ける。
目が血走ったセレスタンの仲間の傭兵と思しき男。
顔から脂汗が流れ落ち、はあはあと苦しげに息を洩らす。
手に巻いた包帯は滲んだ血で赤く染まっていた。
「手を突き刺しやがって……こんなんじゃ割りにあわねえ!
クソ!そいつに穴空けてやらなきゃ収まりがつかねえぞ!」
荒々しい呼吸を更に乱しながら、男はイザベラへと近付く。
そして自分のベルトに手を掛けると、たどたどしい手つきで外し始めた。
舌なめずりしながらイザベラを舐め回すかのように視線を巡らせる。
服の上からでも分かる肉付きのいい肢体。
誰にも身体を許した事のないガリアの姫の純潔。
それを薄汚い傭兵の自分が思う様に蹂躙すると考えるだけで、
男の興奮を際限なく高まっていった。
直後、卵が割れるような気味の悪い音が響いた。
「うごぉああぁ…」
男の口から溢れる白い泡。
見れば、セレスタンの靴の爪先が彼の股間に突き刺さっていた。
よろめきながら前のめりに倒れた男が丸くなって痙攣する。
しかし、何ら同情を示すことなくセレスタンは男の頭を踏みつける。
「人の話に割って入るなよ、興醒めだぜ」
そのまま踏み砕きそうな勢いを見せるセレスタンに周囲の傭兵達が止めに入った。
仲裁する間、彼等の手の一方は常に杖にかかっていた。
そうでなければセレスタンに殺されるかもしれない、
そんな恐怖が彼等の間にはあるのだろう。

「何の騒ぎですか? できれば迎えが来るまで静かにして頂きたいのですが」
「すまない。よくある隊内での揉め事だ」
アルビオン騎士の問いに年長の傭兵が面目なさそうに答える。
もしメンヌヴィルがここにいれば規律を乱す真似など恐ろしく出来なかっただろう。
いや、逆だ。何よりも隊長自身がそうであったか。
ともかく隊を預かった以上、失態は犯せない。
逸る気持ちを抑えながら傭兵は騎士に尋ねる。
「それで、いつになったら迎えは来るんだ?」
「どうやら手間取っているようですが、もう間もなくでしょう。
それとも、なにか焦るような理由でもお有りですか?」
心の奥を見透かしたような問い返しに傭兵は言葉に詰まった。
愚鈍な雇い主も厄介だが、鋭すぎる相手も手に余る。
だが隠し通す理由もないと観念したように傭兵は理由を話した。
自分達が追っている“炎蛇”と呼ばれたメイジの事。
そして、その人物が魔法学院に教師として潜伏していた事。
要点だけを抑えて語られるそれに耳を傾けて騎士は頷いた。

213ティータイムは幽霊屋敷で:2009/05/05(火) 19:03:43 ID:fmplYYTA

一見、聞き流すかのような態度を取りながらも内心では冷汗をかいていた。
特殊な任務を主とする彼の耳にも“炎蛇”と“実験部隊”の名は届いている。
魔法を使った殲滅戦の研究中に脱走したとの噂だったが、
もしも、それがトリステイン王国の流した虚偽の情報だったなら。
行方不明という事にしておいて手の内に切り札を隠し持っていたなら。
この計画が露見していたかもしれない、そんな恐怖が込み上げる。
「………しまった。俺とした事が」
騎士に話している内に傭兵は“ある事実”に気付いてしまった。
それは塔に火を放つ直前、符丁と交戦があったという事実。
符丁を出すのは敵が自分達と同じ格好をしていた時だ。
あんな短期間で同じ服を準備出来たとは思えない。
つまり、殺して奪ったものでなければ最低でも一人、
トリステイン王国に捕まっている可能性がある。
どんなに自白を逃れようとしても魔法で調べられればおしまいだ。
その事実を打ち明ける傭兵に、騎士は平然と答えた。
「そちらは心配ありませんよ」
「……それはどういう事だ?」
「手は打ってあるという事です。
では、私はお姫様と少しお話してきますので、
くれぐれも先程のような騒ぎを起こさないようにお願いします」
「ああ、気をつける」
遠ざかっていく騎士の背中とセレスタンを交互に見ながら彼は答えた。


無理な体勢で叫び続けて疲れたのか、
イザベラは身体をぐったりとさせて横たわる。
どうせ着せられている服は庶民のものだから汚れても構わない。
陽が差し込まないだけあって地面はほどよく冷たく、
頭と体に篭った熱を冷ましてくれる。
ごろりと寝返りを打ちながら周囲の状況を見渡す。
この状況においても彼女は自分が生き残る方法を模索していた。
それも妄想でも賭けでもなく、確実に脱出する方法を。

ふと自分を見下ろす視線に気付いて身体を起こす。
そこにあったのは自分を盾に取った騎士の顔。
忌々しげに睨む彼女に、騎士は平然とした態度で接する。

「彼は勇敢で忠実な真に素晴らしい騎士でした。貴女はそれを誇りに思うべきでしょう」
「それを騙まし討ちしたアンタが言える立場か? ええ、どうなんだい?」
「……尊い犠牲です。彼の死は決して無駄にはしません」

その返答にイザベラの眉は釣り上がった。
キッと目を見開いて埃塗れになるのも構わずに暴れ回る。
猛り狂う彼女は怒鳴るように彼を問い詰めた。

「なにが尊い犠牲だッ!? こんな事やらかしやがって!
何の目的があってこんなくだらない計画を立てた!」

罵倒する彼女の責めを一身に受けて騎士は眼鏡を外した。
そしてグラスの曇りを拭き取りながら彼は答える。
とても当たり前のように、悠然と、何の臆面もなく。

「そうですね。強いて言えば、子供達が無邪気に路上で戯れ、
母親が暖かな日差しの下で洗濯物を干し、仕事を終えて帰ってくる父親を家族が出迎える、
そんな当たり前の平和で穏やかな日常でしょうか」

まるで、さも当然といわんばかりに。

214ティータイムは幽霊屋敷で:2009/05/05(火) 19:10:42 ID:fmplYYTA
以上、投下終了。
ジーザス! 規制されて反論も書き込めない!
なのでここで反論する!先住魔法なんだからそう簡単に霧は払えません!
もうストーリーをキングクリムゾンしたくなってくる……。

215味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 1/18:2009/05/06(水) 19:03:04 ID:ZKrVEgfM
 夜半、ロマリアの大聖堂では大きな異変が静かに起こっていた。
 聖エイジス三十二世の体がぐらりと揺れる。その体にできた傷の痛みというよりも、彼の身に起こった事実に対する衝撃が大きい。そもそも教皇自身に傷など無かった。
 教皇の着る法衣の胸に、正面から男の腕が触れられているだけである。だが、それでも教皇の心臓はまさにいまその働きを止めようとしていた。
「あなたがまさか、この私を裏切るなんてね……」
「裏切るだと? 私は、最初から本心でお前につかえたつもりはない」
 教皇の瞳孔が弛緩したまま、ピクリとも動かなくなっていった。
 彼を殺した張本人、かつて自身をジュリオ・チェザーレと名乗った男はいう。
「この波紋、もはや人に大して使うまいと思っていたが……私が絶頂時の力を維持できるのであれば話は別だ」
「なぜそこまで……」
「お前の知ったことではない」
 教皇の瞳孔から光が完全に失われる。

 前もって、あの男と約束した場所に集ったジュリオは、自分の握り拳を確かめるように、握り締めた。
「思ったより生の充実を感じないな……」
 彼の胸に去来した心境はいったい何か。それは誰にもわからない。
 ようやく彼が現れた。
「うまくやってくれたようですね。これが報酬の『セト神のDISC』です。これがあれば、あなたは永遠に若い姿のままでいられる」
「うむ。確かに受け取った」
 男は音もなく去っていく。
「ジョセフよ、ジョナサンよ。俺は永遠の絶頂を、永遠の若さを手に入れた。だが、俺の心は充実してはいない。この世界では、お前たちのような人間に会わなかったせいか」
そうして、かつて『ストレイツォ』と呼ばれた男もまた、人知れず闇の彼方へと消え去って行ったのだった……

216味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 2/18:2009/05/06(水) 19:03:50 ID:ZKrVEgfM

 時の教皇、聖エイジス三十二世が暗殺された、との報はハルケギニア中を瞬く間に駆け巡った。無論、トリステイン魔法学院も例外ではない。
「その教皇とやらはそんなに影響力があったのか?」
 以前、教会の告解室を良心の呵責なしに無断撮影した岸辺露伴にとって、宗教の禁忌ほど己の実感としてわからぬものはない。
「ええ、暗殺した犯人はハルケギニアじゅうの人間を仇敵に回したといっても言いすぎではないわ」
 ルイズの言うとおり、少なくとも学生の間では、暗殺犯許すまじ、との怒りの声で学院中が充満している。
 また、教皇の死の報と同時に、とあるうわさが飛び交っていた。
 それは、犯人はガリア王ジョゼフの手のもの、というものである。
「タバサ親子に続いて、教皇までとは……ガリア王はどこまでやるつもりだ?」
 ブチャラティの言うことももっともだ。タバサがこれに続く。
「あの王は、ガリアがどうなろうとも、彼の知ったことじゃない。それがあの王の本質」

 今、ガリアは内戦下にある。
 かつてシャルル派であった勢力が、ジョゼフを国家の敵とみなし、叛旗を翻したのだ。というか、その勢力からの密使がひっきりなしにタバサの元にやってきていた。
 タバサ、もといシャルロット姫にガリア女王になってほしい、とのことであった。
「タバサはその頼み、引き受けるつもりなのか?」露伴が聞く。
「いまさら国王の位などには興味はない」
「でも、ガリアの王軍が相打つのは見ていられないんでしょう?」キュルケが言う。
 彼女の言うとおり、タバサは一人でガリアからの使者に結論を伝えようとしていた。諾、の方向で。それに気づき、嫌がる彼女を無理やり露伴たちの下につれてきたのがキュルケである。
「どうして国王の位に興味がないのに引き受けようなんて思ったの?」
 ルイズの質問にタバサは、悪びれたようにつぶやいた。
「ガリアの国内では、シャルル派以外にも現国王に反感を持つものが少なくない」
 だから、自分が女王の宣言をすれば、現在国王についているものの中からも離反するものが出てくるに違いない。と。
「なるほど、君が王の位を名乗り、皆が自発的にシャルル派と合流するようにしむければ、内戦も速く終わる……か」
「でも、それはシャルル派が勝つ、という前提のもとだろう。現時点において、内戦はどちらが勝つかわからない。いや、むしろシャルル派が若干劣勢に立っている」露伴がそう分析して見せた。
「そうなんだが、この機はジョゼフを打倒する絶好のチャンスでもある」ブチャラティは言った。

217味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 3/18:2009/05/06(水) 19:04:48 ID:ZKrVEgfM

 ジョゼフはガリア王である。普段ならば、護衛が常時付きっ切りで警護しており、彼をブチャラティたちのような、少数の郎党で打倒するのは不可能に近い。だが、内戦下の今ならば護衛は少ないかもしれない。そのあたりはブチャラティの言うとおりである。
「うん。それは同時に、以前アルビオンを襲ったジョゼフの使い魔、ドッピオとの決着をつける、ということも意味している」
「ブチャラティの、因縁のケリをつけるわけね」キュルケが言う。
 そのとおりであった。ジョゼフとタバサの決着は、ブチャラティとドッピオとの因縁の決着でもあるのだ。
「で、どうするの? どっちみち私たちはガリア王に指名手配されているのよ」
「ああ、そのことなんだが。状況を整理したい」
 現在、タバサをも含めたルイズたちは、ガリア国内で犯罪人扱いされている。ジョゼフの意に反して、タバサの親子をトリステインに奪還したためであるが、それによって指名手配をされてしまったのであった。
 幸い、アーハンブラからの帰り道では、タバサの竜が使えたためにリュティスからの指名手配が届くよりも先に、ガリアとの国境を越えることができた。
「だが、今ガリアで戦争が始まった。反乱軍は僕たちのことなんかそもそも捕まえないし、国王の側も戦争どころで気にしないだろう」
「だから、シャルル側に渡りをつけて、ガリアにこっそりと入国してしまえばよい」
「その後は――?」
「出たとこ勝負、だな」

218味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 4/18:2009/05/06(水) 19:05:49 ID:ZKrVEgfM

 ガリアの首都、リュティスには戦災の被害は及んではいなかった。
 少なくとも王宮から見下ろすジョゼフの視点では、現時点において、難民の類は発生していないように見えた。
「この内戦、突発的に発生した割には出来がよすぎるな」
「今のところ王軍と互角に戦っていますしね」
 ジョゼフの、若干嘲りを含んだ台詞にドッピオが平然と答える。
「裏を引いたのはシャルロットか? いや、違うな」
「では、誰です?」
「教皇暗殺犯の、うわさを流した人物だ。お前がヴィンダールヴに接触をしたのを知っている人物。イザベラあたりか? いずれにせよこの余の側近に裏切り者がいることは確かだ」
「探し出して始末しますか?」
「それはおいおい考える。それよりもだ。あの子が攻めてくるぞ。我々としても極上に歓待の準備をしてやろうではないか」
「わかりました、王様」
 ドッピオはそういって立ち去った。残るジョゼフは笑いながら独り言を続ける。
「シャルル。いよいよお前の娘が攻め立ててくるぞ。怒りか、哀しみか。どんな表情で向かってくるのだろうな! 俺にはどんな感情をくれるのだろうか。楽しみだ。実に楽しみだ。今からゾクゾクするぞ」
 国王の笑いは続く。

 とぅるるるる……
 とぅるる……
「はい、僕です。ボス」
「良くごまかしおおせた、ドッピオ」
「でも、何であんなことさせたんですか?」
「それはだな……この気に乗じてシャルロット達をジョゼフにぶつけるためだ……」
「何でまた?」
「……ジョゼフに対する当て球だ。つぶれればそれでよし。つぶれないでも、やつがどこまでやれるのか、十二分に試してやれるからだ」

219味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 5/18:2009/05/06(水) 19:06:30 ID:ZKrVEgfM

「御武運を」
 と、シャルル派のカステルモールと名乗る騎士に、そういわれて分かれたのは半日も前のことか。タバサたちは夜明けの光の中、ようやくリュティスの町に到着した。シャルル派とは別の、単独での行動である。霧に朝の光が反射して、微妙に視界が悪い。
「この街は静かね」
 ルイズの言うとおり、リュティスの朝に人影は見られなかった。結果から言えば、一行は、グラン・トロワの城まで、誰にも会うことなく進出することができた。
 だが、おかしい。あまりにも平穏すぎる。
「城の警備の兵すらいないとはどういうことだ?」
「わからない、でも気をつけるべき」
「言われなくとも!」ルイズが意気込む。
「ああ、よそ見したりしている暇はないぞ」
「露伴。それは取材鞄ごとスケッチブックを持ち込んでいる男のセリフじゃないな」

220味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 6/18:2009/05/06(水) 19:07:15 ID:ZKrVEgfM

 タバサたちは慎重に城の中に入った。
 その広さがトリスタニア中に知れ渡っている、グラントロワの大広間に達しても、ガリアは衛兵の影すら見せない。
 ルイズたち自身の、呼吸音を意識させるほどの不気味な沈黙は、果てしなくルイズたちを困惑させ、いつもよりも十二分にあたりを警戒しなければならなかった。
 平時であれば、奥面の、中庭に通じる窓から歌いゆく小鳥たちを愛でる事もできたであろうが、今のルイズたちにそのような余裕はない。それに、なぜだか、一羽の小鳥のさえずりも聞こえなかった。沈黙。
 と、そのとき。柱の物陰からナイフを持ったメイドが姿を現したのをルイズは目撃した。無言で一行に切りかかってくる。
「危ないッ!」
 集団が二つに割れた。
 不自然な体勢のまま切りかかるメイドは、終始無言のまま。そして、さらにメイドの後ろには、埋め尽くさんばかりに兵士や衛士が武器を手にひしめいていた。
「露伴、ブチャラティ。これはアルビオンのときと同じよ!」ルイズが気づき、叫ぶ。
 いつの間にか城の中は霧で覆われていた。さては、イザベラか!
「ひとまず逃げるぞ!」
「ええ、でもそれは敵本体へ近づくため!」
 頷いたルイズとタバサ、キュルケは西へ。露伴とブチャラティは東へ。
 それぞれ、別の廊下へと足を踏み出し、走り出した。
 襲い掛かってきたメイド達は、一瞬誰をターゲットにするか決めかねた様子だった。
 その一瞬の隙を利用して、みなそれぞれ距離を広げる。そして、メイドの視線の中には、誰の姿も消えてなくなっていた。
「……」

221味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 7/18:2009/05/06(水) 19:07:56 ID:ZKrVEgfM

 東に逃げたブチャラティと露伴は、息をつく暇もなかった。
 ほとんどの追っ手が、彼ら二人のほうを追いかけていたからである。
「く、これでは体力を消耗する一方だ」
 露伴が叫ぶ。ヒットアンドアウェイの要領で、要所要所で反撃をし、敵の頭数を減らしてはいたが、何しろ数が多すぎる。このままでは二人の走る体力のほうが先になくなりそうであった。
「露伴! アレを利用するぞ!」
 ブチャラティが指差した先には、石造りの登り階段がある。
 二人はそれをいち早く上り、そして、ブチャラティはジッパーで今上ったばかりの階段を完全に崩した。
「これで、あの亡霊じみた連中の心配をしなくてすむ」
 だが、退路も絶たれてしまった格好でもある。二人は慎重に歩み始めた。

222味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 8/18:2009/05/06(水) 19:08:46 ID:ZKrVEgfM

「どうやら逃げ切った見たいね」
 西の館の、二階に逃げたキュルケは辺りを見回した。だが、充満した霧で視界はひどく悪い。
 窓からところどころ日光がさしているが、あまり明るくはない。
「ルイズ、タバサ。近くにいる?」
「私はここにいるわ」ルイズの声がする。すぐ近くのようだ。
 が、タバサの姿が見えない。
「タバサ。どこ?」
 答えるものはいない。だが、代わりに人の影が見えた。その影は杖を振り、霧の一部を凍らせているように見える。
「ああよかった、タバサ――」そう話しかけるキュルケの腹に、
「くぅっ?!」氷柱が突き刺さっていた。
 キュルケは痛みのため、思わずうずくまってしまう。
「キュルケ!」
「ガーゴイルと同じ、水使いだから安心したってわけかい?」
 その声の主はイザベラ。
「あなた、この国の王女ね。ジョゼフはどこよ!」
 気丈に言うキュルケ。だが、痛みは容赦なく彼女を襲う。
「さあねえ。この近くにはいないんじゃないかい?」

223味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 9/18:2009/05/06(水) 19:09:23 ID:ZKrVEgfM
「大変、キュルケ!」
 あわててキュルケを見やるルイズであったが、もはや手遅れ。キュルケの腹にできた傷が綺麗な円形に広がり、そこに大量の霧が吸い込まれていく。
「ルイズ。この私のスタンド能力を忘れたのかい」
「なにこれ!」キュルケが叫ぶ。
「霧を操るスタンドだよ。これからあんたを私が操るのさ。人形見たくね」
 イザベラがさっと腕を振ると、キュルケは座り込んだ体勢で跳躍した。
「キャッ――」
「早く解除しないと――」
 ルイズはディスペルの魔法を唱え始めたが、
「甘いさッ」
 イザベラがルイズの杖を奪う。
「このイザベラ様が同じ手に何度も引っかかると思わないでもらいたいね」
 ルイズの杖は、イザベラの手の元に。イザベラはルイズの杖と自分の杖を重ねるように持ち、杖の先端を意地悪くルイズたちの方向へ向け直した。
「これで、ルイズ。虚無の使い手とやら。あんたは何も打つ手がなくなった」
 ルイズの額に一筋の汗が流れ落ちる。ぎゅっと握り締めたこぶしはぶるぶると震えた。
「チェックメイト、さ」
「違うわ。たかが魔法が使えなくなっただけじゃない!」
 ルイズはしかし、ここで格闘の体勢を整えた。右足を半歩前に出し。こぶしは垂直にイザベラの元に向ける。素人考えの、だが、ルイズが今までのブチャラティや露伴をみて彼女なりに編み出した構えであった。
 これにはイザベラも文字通りぎょっとした。メイジが、よりにもよってメイジ相手に、魔法もなしに格闘で決闘するなんて聞いたこともない。まるでやけくそになった平民である。
「何を強がりをいってんだい。ここにはあんたの強力な使い魔もいないんだよ」
「私はあいつらを召喚するまで無力だった! 魔法も何も使えなくて、仲間も誰もいなかった。でも、今は違う! 頼もしい仲間がいる。それに、私だってもう使い魔に頼りきりじゃあないわ! 私だって仲間とともに冒険してきた! 他人を操ってばかりで、自分自身の身を危険に晒さないあんたとは違うのよッ!」 
 ギリッ。 イザベラの歯茎に力が入る。
「そうかい、気に入らないねえ。その生意気がいつまで持つか、試してやろうじゃないか」
 イザベラがそう言うが早いか、キュルケがルイズに向かって杖を振った。詠唱も無理やりさせられている。
「ファイアー……ボール」
 周りの霧を包み込んで、直径二メイルの火球が出来上がる。
 速度も一級品のそれは、ルイズに向かって飛んできた。
「くっ……」
 ぎりぎりのタイミングで、反復横とびの要領でよけるルイズ。だが、直撃は避けられても、周りの熱でルイズの白い肌が焼かれた。髪の毛も幾分か焼かれたようで、いやな臭いが周囲にまとわりつく。以前のルイズならば嫌悪感のあまり棒立ちしていただろう。だが、今の彼女の精神は、それでもなお自分自身に動き続けることを強要していた。
「ウル……カーノ……」
 次々とルイズの姿に向かって大小の火炎球が高速で投げつけられる。
 ――落ち着くのよ、私。パニックになっちゃ駄目。
 ルイズは心の中でそう言い聞かせながら、自分に向かってくる火の玉を一つ一つ、確認するように、最小の横移動で避けていった。
 ――冷静に。タイミングを待つのよッ!
 ルイズが一歩一歩横に移動するタイミングで、さまざまな大きさの火球がルイズの回りをまとわりつくように、彼女の装飾品を焦がし、高速で後方へと駆け抜けていった。
 ルイズの自慢のロングヘアが、破らないように毎日清潔に洗濯していた絹の服が、なくさないようにこっそりと自分の名前を刺繍していた魔法学院のマントが、ちい姉さまにかわいいとほめてもらえたお気に入りの黒い靴が、ところどころあっという間に黒ずんでゆく。熱で徐々に体力も失われていく。
「小賢しいねッ! ならば、これでどうだいッ」
 イザベラがいらだったように言うが早いか、キュルケ今までより二回り程大きな火球を作り出し、大きく杖を振りかぶって、ルイズに向かって振り下ろした。
 ――スキありッ!!!
「今よッ――」
 なんと、この場面で、ルイズはキュルケに向かって突進した。今の彼女の持つ最大の力を振り絞って。
 今までの横移動に比べての、急な縦移動。キュルケの動作も、急な制動の変化についていけない。ルイズの右耳のそばを巨大な火球が高速ですり抜ける。枝毛を作らぬよう、気をつけて手入れをしていた長いピンクブロンドの髪が一際焦げ臭い香りを放った。

224味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 10/18:2009/05/06(水) 19:10:06 ID:ZKrVEgfM

 だが。
「甘いって言ってんだろ?」
「また、体が勝手に――」
 キュルケは不自然な体勢ながらも、ルイズの突進を上回る速度で上に跳躍する。
 さらに続けて、
「フレイム・ボール!」
 得意の、望まぬ呪文を口にさせられたのだった。
「きゃあッ!」
 ほぼ真上から、直下に降り注ぐ業火の魔法に、ルイズはよけるまもなく直撃する。火炎が渦巻く中、ルイズは思わず倒れこんでしまった。体中火傷だらけだ。体力も消耗した。動くことも辛い。

「いい加減に降参しなッ!」イザベラはうんざりした様子でそう叫んだ。
「断るわ! キュルケの魔法は火。だから、あんたのお得意の、霧スタンドとの併用はできないってわけよ! それに、本気のキュルケならともかく、あんたが操っている今のキュルケなんて、私の魔法を使うまでもなく、いなして見せるわ!」
 イザベラの眉間から血の気が消えた。
「あんたも私を馬鹿にしてッ!」
 イザベラの表情の変化を無視するルイズ。
「こうなったら根性合戦よ。私が倒れるのが早いか、キュルケから杖を奪うのが早いか、勝負よ!」
 そういいつつも、ルイズの体はこげたにおいが包まれ始めていた。本人は気がついていなかったが、黒煙を発する左足が、大きく痙攣を始めている。
 イザベラの見るところ、もはや普通の人間には立つ体力はないのでは、とおもわせる程、ルイズの火傷は進行していた。
「降参すれば許してやるよ。私とガーゴイルとの仲は、あんたは関係ないだろう?」
「イザベラ。あなた、自分が人間的に成長したなって自覚、したことある?」
「急に何の話だい」
「私はあるわ。自分を対等に扱ってくれる仲間がいる……そんな、大切な仲間を決して見捨てたりしないって決意、使い魔を召喚するまではそんな考えはこれっぽっちもなかった……でもね、今の私にはある。そんな気持ちがね!」
「くだらないことをごちゃごちゃと!」
「くだらない? タバサを見下したいとか考える、あんたのその見栄のほうが最もくだらないわ!」

225味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 11/18:2009/05/06(水) 19:10:48 ID:ZKrVEgfM

「見栄だと? あんたに、ガーゴイルと比べられる私のつらさがわかるものか!」
 イザベラは思わず反論した。内心では流せばいいとわかっていながら。
「わかるわ。私もずっとエレオノール姉さまやカリン母さまと比べられてきたから」
 ルイズはここに来て、なんとイザベラに微笑んだ。
 イザベラはたまらないほどの恥かしさと屈辱感にさいなまされる。
 その結果、イザベラがとっさに出せた言葉が、
「くだらないお話はここまでさ。もういい。さっさと死にな!」
 その瞬間、まとわりついてきた霧がさっと二手に分かれた。
 そこにすさまじいまでの冷気が入り込んでくる。
「させない」
 声の主はタバサであった。
「ようやく本命の登場ってわけかい。ガーゴイル」
「ルイズ、下がって」
 イザベラを見据えたまま、タバサが言う。

226味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 12/18:2009/05/06(水) 19:11:30 ID:ZKrVEgfM

「五分で片をつける」
「私もなめられたもんだね。こいつの手数もあるのを忘れたのかい?」
 キュルケの腕が、不自然に縦に振られる。
 炎の塊がタバサに襲い掛かったが、瞬間、氷の壁に包まれて熱気は霧散した。
「私の友達を弄んだな」
「あんたに友達? ハッ、人形のあんたには友達なんて似合わないさ。それ以上に、私たち王族には友達なんて必要ない。誰も彼も私たちを利用しようとするからね」
 タバサは慈悲の目でイザベラを見すえる。
「憐れな人……」
「そんな目で私を見るなぁ!」
 イザベラの杖が振られる。
 タバサに水の柱が向かっていったが、これも凍らされ、進路をつぶされた。
「まだまだッ!」
 キュルケが炎の壁を作る。そこにイザベラが風を送り、タバサの周囲に炎の旋風を形作った。
「タバサッ――」ルイズが悲鳴を上げる。ルイズとタバサの間に炎の壁ができている。
「どうッ? この炎の壁は突破できないでしょう!」
 イザベラは、にやっと笑い、杖を振る。
 炎の渦はタバサを中心点とし、徐々に火球の大きさを濃縮していった。
 タバサは氷の風を送るが、キュルケが炎の源を送り続けているために、炎を消すことができない。
「なら、私がッ!」
 ルイズが傍らにいるキュルケに抱きついた。
 キュルケは相変わらず炎を出し続けているので、ルイズの肉体が焼かれる。
「熱い……でも、離さないッ!」
 ルイズは焼け付く空気の中、渾身の力でキュルケから杖をもぎ取った。
「な、馬鹿なッ! ここまでの火傷で動けるだって?」
 イザベラの顔が驚愕にゆがむ。
 ルイズが身を挺してキュルケの魔法を防いだおかげで、炎の旋風は消え去っていた。
 一瞬の隙を突いて、タバサがイザベラのもとへつめより、イザベラののど元に自分の杖を突きつける。
「これで、終わり」

227味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 13/18:2009/05/06(水) 19:12:13 ID:ZKrVEgfM

 イザベラは全身を脱力させながらも、なおも王者らしく見せようとしたのか、震える声で気丈にも、
「そうかい、なら、さっさと殺しな!」そう叫び倒した。
「最初にキュルケを元に戻して」
「……」
 一瞬の沈黙の後、あたりに立ち込めた霧が霧散した。
「キュルケ!」ルイズはキュルケの元に走りよる。どうやら命に別状はないらしい。
「これで、よし」
 タバサはそういい、イザベラを攻撃することなく、自分の杖を納めた。
「あんた、バカじゃないのかい? なぜ私を始末しない?」
「同じ」
「……は?」
「あなたも、私と同じ」
「私が、ガーゴイルと同じ……?」

「そう。友達がいなくて、誰も信用できなくて……本当の孤独の中にいる」
「ハン、馬鹿いってんじゃないわよ」
「口ではそういっても、心では叫んでいる。寂しいよ……って――」
「……」
「あら、タバサ。私達という友達がいながら、ずいぶんな言い草じゃあないの」
 二人の下に、ルイズに肩を支えられたキュルケがやってくる。
「今のはあなたたちと会う前の話」
「何か話が見えないけど、私達でよければ友達になってあげるわよ。イザベラ」
 ルイズの提案に、イザベラは顔を真っ赤にして怒る。
「だ、誰が、あんたたちなんかと――」

228味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 14/18:2009/05/06(水) 19:12:57 ID:ZKrVEgfM
 その一瞬の間に、イザベラの顔に、奇妙な面がかぶせられた。
 それをかぶせた犯人は、いつの間にか出現していたビダーシャルである。
「エルフ?」キュルケが驚く。彼女は、エルフがいるなんて聞いていない。
「それはガリア王からの罰だ。イザベラ王女。ガリアの内戦を扇動したのはお前だな」
 淡々と告げるエルフに、タバサが襲い掛かる。
「無駄だ」
 雪風は、エルフの反射の魔法によっていとも容易に防がれた。
「くっ……!」
「おああッ!」
 急にイザベラがもがき苦しむ。
「どうしたの?」
 駆け寄るルイズに向かって、イザベラは勢い良く押し倒した。
「かハッ」
 ルイズは背に強い衝撃を感じた。吐血する。

229味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 15/18:2009/05/06(水) 19:13:29 ID:ZKrVEgfM

「なんだい、これは。不気味にすがすがしい気分だよ……」
「そこのエルフッ! イザベラに何をしたの?」
「この石仮面をかぶせ、血を与えて作動させたのだ。それで吸血鬼になる」
 ビダーシャルは興味なさげに言う。
「吸血鬼?」
「そう、これは処刑だ。イザベラ姫。私もこんな野蛮なことはしたくないのだが、あのジョゼフの趣味だ。仕方がない」
「なんだい……妙に血がすいたくなってきた……あぁ、内臓も食べたい」
 さらに、イザベラの肉体から煙が出始めてきていた。
「これで吸血鬼になったものは、日光で蒸発死するらしい。この部屋程度の薄明かりでも、生存は不可能なようだな」
 部屋は暗がりであったが、ところどころ弱い明かりが差し込んでいる。
 だが、イザベラは自分自身の、その傷の痛みに気がついていないようだ。
 そのような中、ビダーシャルが宣言する。
「イザベラ姫よ。王への最後の奉仕だ。見事この者らを討ち取ってみせよ」
 その言葉は果たしてイザベラにとどいたのか?
 もはや彼女に自意識はないようであった。
 イザベラはタバサに襲い掛かる。
 タバサはとっさにイザベラの足を凍らせて、止めようとしたが。
 イザベラは氷付けになった、自分の脛から下を力ずくで引きちぎり、その勢いでなおもタバサに攻め寄せてくる。

230味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 16/18:2009/05/06(水) 19:14:02 ID:ZKrVEgfM

「GYAOOOOOOOOOO!!!」
 石仮面をかぶらされたままのイザベラは、真直線にタバサに襲い掛かる。
 彼女の、かつて脛であった部分からは、体の部位が体液と一緒になり、霧状となって霧散し始めていた。
「クッ――」
 イザベラがタバサに襲い掛からんとしたまさにそのとき。
「やめてッ!」
 イザベラに背後から抱きつくものがいた。
 キュルケである。
 彼女は腹部からの出血をものともせずに、吸血鬼の強大な腕力に対抗していた。
「AAAAAAAAAA!!!」
 ぶんぶんと腕を振り回すイザベラ。
 それを抑えようとするキュルケ。
 イザベラの一挙動ごとに、キュルケの肉体が、骨が、関節が、ミシミシと悲鳴をあげる。キュルケはそれでも暴れまわるイザベラを押さえ込み続けた。
 しかし、ついに、イザベラの腕力がキュルケのそれを圧倒的に上回る時が来る。
 キュルケは石壁にたたきつけられた。
 イザベラは、倒れたキュルケに近づき、彼女の腹から出ている血をなめた。その瞬間、彼女は勢いよく床に倒れこんだのだった。
「あれ? わ、私はいったい……」
「よかった。正気に戻ったのね」キュルケはそこまでいい、意識を失った。
「あんた、何でここまで……」

「まだわからないの、イザベラ」ルイズは叫んだ。
「何だって?」
「キュルケはあんたに友達になってあげるって言った。だから、友達であるあんたを救おうとしたんじゃないの!」
「だって、私たちは出会ったばかりじゃないの……」
「友達に長いも短いもないのよ!」
 その言葉に、イザベラははっとしたようであった。

「そこまでだ」
 ビダーシャルが言う。
「いや、まったく予想外だった。吸血鬼と化したイザベラ姫が君たちを皆殺しにするとばかりに思っていたので、私自身は戦いの用意はしていなかった」
 タバサが杖を構える。
「とはいえ、このままお前たちを見過ごすわけには行かないようだ」
 ルイズも拾ったばかりの自分の杖を構える。
「タバサ、勝算はあるの?」
「正直、全く無い」

231味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 17/18:2009/05/06(水) 19:15:02 ID:ZKrVEgfM

「今度は我が相手だ――」
 ビダーシャルは先住魔法を使い始めた。
 彼の周囲の石床が円状にせりあがってゆく。と、そのような彼の元に、イザベラが這いよってきていた。
 もはや彼女の足は蒸発してしまっている。
「私は死ぬのかい、エルフ?」
「ああ、イザベラ姫」
「あんた、ガーゴイルを殺すつもりかい?」
「その通りだ」
「なら、私が死ぬ前に、ガーゴイルを殺してくれないか。私の目の前で」
「ふむ……悪い趣味だな。さすがはジョゼフ王の娘というところか。だが、せめてもの情けだ。良いだろう」
 ビダーシャルはそういうと、タバサの方向に向き直り、
「せめて苦しまずに逝くがいい」
 彼の周囲に競りあがった石の床がいっせいにタバサの方角に向かって槍状に変形していった。
 絶体絶命である。
 と、そのとき。
「隙ありだよ!」
 イザベラがビダーシャルに組み付いた。片手に石仮面を持って。
「何をする!」
 ビダーシャルにかぶせられ、イザベラの血で作動する白い石仮面。
「いまだよ、ガーゴイル!」
 とっさの出来事に我を忘れたタバサはしかし、一瞬で自我を取り戻し、魔法を唱えた。
 周りの水蒸気を氷の鏡にし、部屋中の明かりをビダーシャルの元へ集める。
「ごああああああっ!」
 強烈な日光の収束は、確実に、そこにいた耳長のエルフを一瞬で蒸発させる。
 エルフは塵になった。

232味も見ておく使い魔 第8章(最終章) 18/18:2009/05/06(水) 19:15:44 ID:ZKrVEgfM

 イザベラは足を完全に失って、どう、と床に倒れた。
 タバサを方ひざを突き、彼女を抱き上げる。
「どうして……」
「直前に、私に情けをかけたあんたがそういうのかい……」
 タバサはイザベラの行った行動が理解できないでいた。
 今まで、イザベラがタバサにした数々の仕打ち。数々の嘲笑。
 それを考えるならば。イザベラがタバサを救うなど、とても予測できなかった。
「だって……」
「フフフ、あたしこそ、正真正銘の、正当なガリア国の王女だよ……なめないでもらいたいね……」
「……」
「ほんとうはね……あたし、おまえがうらやましかったのさ……人形でしかないくせに、みんなに褒められて……あたしなんか、おやじにだって一度もほめられたことなんてないのに……」
 イザベラの肉体の蒸発は今も続いている。
「……で、も。あんたもさびしかったんだねえ……」
 イザベラはとっさに笑いかけた。蒸発のラインは、彼女の腹部の線まで達している。
「こいつを……もっていきな……」
 懐から取り出したのは、一枚のDISC。
「あんたの父親……シャルルの魔法のDISCだ。親父は、これを、使って、水の麻薬を……」
「もういい。もういいから」
「そいつを使う姿を……この私に見せておくれ……私では、使いこなせなかったDISCを……」
 タバサは頭にDISCを差し込んだ。瞬間、タバサの体内に懐かしい魔力の回路が流れ込んでくる。
「痛みが、急になくなったわ……ガーゴイル、ひょっとして……治療の魔法をかけてくれたのかい?」
 そんなことはない!
「あんたは優しい人ね、エレーヌ……」
 イザベラは、完全に蒸発した。タバサの腕の中で。

233味見 ◆0ndrMkaedE:2009/05/06(水) 19:16:54 ID:ZKrVEgfM
今日はここまで。
スレを盛り上げる意味と、俺宛の感想レスを多くもらう(いいじゃん!最終回なんだし!たまにはこういう挙に出ても良いよね!)意味を兼ねて、
残りは日曜辺りに投下します。引っ張るよ!
次回分で最終回です。本当に終わりです。
投下分量は今日と同じくらいの予定。

俺……黙っていたけど、実はレス乞食なんだな……

234名無しさん:2009/05/06(水) 19:25:12 ID:ZKpl1rn.
古事記なら古事記らしくバクシーシ(お恵みを)!が足りないんじゃあないか?

ともかく長い間お疲れ様でした。次回で完結とは名残惜しいですね
ところで次回作は誰になるんでしょうか?もちろん、次回作書きますよね?いやー期待で胸がいっぱいだなー

235名無しさん:2009/05/06(水) 21:26:39 ID:GAW/0rug
うわぁ、すげぇ!バクシーシじゃん!
バクシーシ!バクシーシ!バクシーシ!バクシーシ!
バクシーシって言ってんだろ!
ドギャ―z_ン!!!

楽しみに読んでました。最近長期連載の最終回が近いものが多いので寂しいです・・・

236味見 ◆0ndrMkaedE:2009/05/06(水) 21:46:11 ID:ZKrVEgfM
ちょw投下分の感想を書いてくださいよwお願いしますよ〜
バクシーシ!バクシーシ!バクシーシ!バクシーシ!旦那ぁ〜

以下回想
いや、ほんっと、いろいろありましたよ。
何度心が折れて、書くのを中断して逃走しようと思ったことか……

でも、みんなの励まし・感想レスが、自分の最後まで書く力になりました。
大変感謝しています。皆さん、読んでくれて本当にありがとうございました!

>>234次回作
それはwプロットも全然考え付かないし、
とりあえず、今回のようなジョジョ×ゼロの長編をかく予定は今のところありません。
あるとすれば、シエスタ辺りで外伝的なものを書くくらいかな〜


ここ以外のssスレで出会うようなことになるかも…
そのときはよろしくです。

237名無しさん:2009/05/06(水) 21:55:21 ID:ZKpl1rn.
>>236
正直完結させたおまいさんは凄いと思うぜ。だって二次創作だぜ?しかも原作は完結してないし
それを自分なりに締めるんだから並々ならぬ努力と妄想力だぜ

完結させた人全員凄いよな

238名無しさん:2009/05/07(木) 01:45:10 ID:BEDsGoeg
>>214
やめてーキングクリムゾンはやめてー。
月一?の更新を楽しみに、毎日スレ欄の更新をしてる読者を捨てないで頂きたいのですよ。
見て読んで堪能して、それをまとめに挙げるのが少ない楽しみなんですからー。

239名無しさん:2009/05/07(木) 19:48:39 ID:omfJBYM2
>>233
レス乞食とかワロスw






こうですか?わかりません><

240名無しさん:2009/05/07(木) 21:05:26 ID:l/qs0C1M
味見さんお疲れ様でしたー
いよいよ最終回寂しい限りです
そしてイザベラ様……さようなら
塵になったビダーシャルさんドンマイ☆

241味も見ておく使い魔 第8章(最終章):2009/05/10(日) 00:02:11 ID:1SNotwrc

「大丈夫? タバサ」ルイズが改めてタバサに問いかけた。タバサの周りには、かつてイザベラであった塵が舞っている。
 いまさっきまで敵対していたとはいえ、実の従兄弟が死んだのだ。普通の精神ならば、いくらか精神に変調をきたしてもおかしくないはずだった。
 だが、タバサは、
「大事無い。それよりもあなたたちの傷の治療をしなければ」
 そういいきり、淡々と杖を振った。が、ルイズにかけられた治療の速度がいつもと段違いに遅い。それは、
「タバサ。それはイザベラの杖よ」
 タバサが振った杖はイザベラの杖であった。あわてた風に取り替えるタバサ。
 ようやくルイズの治癒が終わるころ、気絶したはずのキュルケから苦痛の吐息が発せられた。どうやら彼女の意識が回復したようであった。
「大丈夫、キュルケ?」
 立てる? と問いかけたルイズだったが、キュルケは目を開き、気丈に微笑んで見せる。
「ええ、少々体力が不安だけれどね。ルイズ、立つのに腕を貸して頂戴」
「ええ、いいわ」
 近づくルイズに右手を差し伸べたキュルケは、
「こういうことならもっと体力をつけておけば――」不自然に口調をとぎらせた。
「キュルケ?」
「危ないッ!」キュルケは持てる限りの力で、ルイズとタバサの二人を押し倒した。
 ルイズにおおいかぶさるキュルケ。
「いたた、どうしたのよ――ってキュルケ!」
 キュルケの背中には、いつの間にか何十本もの大小の純銀のナイフが突き刺さっていた。彼女の意識はすでにない。
「タバサ! 急いで治療を!」ルイズが叫んだ。
「わかった!」
 頷いたタバサは足をもつらせながらキュルケのほうへと走りよる。
 しかし、
「そのような好機など。与えんよ」
 タバサはいつの間にかジョゼフに肩をつかまれていた。
「そんな!」
「いつの間に?」気配はまったくなかった。
 このままではキュルケの治療ができない。タバサは力の限りもがく。と同時に、振り返りざまに氷の塊をジョゼフめがけて打ちはなつ。
「?」
 だが、ジョゼフはその場から消えうせたかのようにいなくなっていた。ジョゼフの姿を捜し求めるタバサ。

242味も見ておく使い魔 第8章(最終章):2009/05/10(日) 00:02:47 ID:1SNotwrc
 
 と、そこに、 ルイズの絶叫が響き渡った。
「あなた、何をするつもり?!」
 タバサがその方向に目をやると、微動だにしないキュルケを抱きかかえるルイズと、薄ら笑いを浮かべて突っ立っているジョゼフがいた。
「このナイフは私が投げたものだ。だから、しっかりと回収しなくては」
 彼は一本一本、勢いよく、キュルケに刺さっているナイフを引き抜き始めた。
 ズチュッ。ズルチュチュッ!
 その度ごとに、キュルケの傷口からどす黒い血液が噴水のように放出されてゆく。
「やめてぇ!」
 ルイズは絶叫とともに、彼女を庇いたてるように、いやいやとキュルケを抱える腕を振り回した。そのたびごとにキュルケの赤い血液がルイズの顔に降り注ぐ。一方のジョゼフはそれを愉快そうににやけてみるだけである。
 キュルケたちを傷付けずに、ジョゼフのみを攻撃する方法は――
 タバサは一瞬の判断のうちに『ブレイド』の魔法を唱え、自分の長い杖に魔法力をまとわりつかせる。
 あまりに危険。だが、ジョゼフの意識がルイズに向かっている今が唯一のチャンスでもある。タバサは無言で杖を逆手に持ち、ジョゼフの脇腹めがけて、体当たりをした。
 だが、またもやジョゼフはタバサの視界から消えうせた。

243味も見ておく使い魔 第8章(最終章):2009/05/10(日) 00:03:26 ID:1SNotwrc
 
「消えた?」
「……でも、この消失は僥倖とすべき。ルイズ、お願い」
 ルイズはキュルケを床に寝せ、周囲を警戒する。
 タバサは急いでキュルケに治癒魔法をかけ始めた。幾重にも噴出していた血が徐々におさまっていく。
 しかし、キュルケが今までに流出させた血液の量も尋常ではない。普段は日焼けで浅黒いキュルケの顔色が、すでに青白く変色している。
「キュルケは後どのくらいで回復する?」
「もうすぐ」
 そう応えながらも、タバサはあせっていた。回復してゆく時間が惜しい。いつになく回復が遅い気がする。自分の魔法力では、こんな速度でしか治癒できなかったか?
 なかなか治らない。今やっと傷口が閉じられた。後は体力の回復をしなければ。
 ミシッ。
「今の、何の音?」
「わからない」
 ルイズの問いかけに、タバサも周囲を見渡すが、あたりは薄暗く、あまり視界は良くない。タバサが作り出した氷のレンズも、いつの間にか消えうせてしまっていた。
 と、天井を見上げたルイズが叫ぶ。
「崩れるッ!」
 高さが三メイルほどの、廊下の石造りの天井に、大きな亀裂ができていた。
 ルイズたちはその真下にいる。
 その瞬間、奇妙な爆発音とともに、天井が巨大な無数の破片となって三人に降り注いだ。
 タバサは真上に向け、自分達を包み込むように風の障壁を作り出す。出力は全開。今のタバサのもてる限りの力だ。
 だが、巨大な瓦礫の勢いは埋め尽くすかのように雨あられと降り注ぐ。タバサは自分の杖と腕に、支えきれないほどの重力の力を支える結果となった。
「私に任せて!」
 ルイズはそういいながら、杖を真上に向ける。
 彼女はできる限りの早口で、虚無の魔法を唱えだした。
 爆発。
 ルイズのエクスプロージョンの魔法である。タバサは自分の杖に科せられていた圧力が急速に減衰していくのを感じていた。
 ルイズの魔法により、瓦礫は粉塵となって周囲に吹き飛んだ。ただでさえ良くない視界がなおも悪くなる。
「ケホッ。ゲホッ!」
 ルイズがむせる。大丈夫、無事な証拠だ。それよりも。
 キュルケは大丈夫だろうか?
 タバサは床にかがみこみ、寝たままのキュルケを眺めた。
 どうやら今の崩落では、キュルケは怪我を負ってはいないらしい。
 だが、傷が癒えたのに未だ意識が回復しないのが気にかかる……
 タバサが思ったとき、何かが土煙の向こう側で光った気がした。
「何――?」
 そうつぶやいたのと、理解したのはほぼ同時であった。

244味も見ておく使い魔 第8章(最終章):2009/05/10(日) 00:04:07 ID:1SNotwrc

 ナイフだッ! それもたくさんの!
 空間を埋め尽くさんと空中に並べられたナイフは、ほぼ同時刻に投げられたように、三人を包み込むように配置されている。
 まずい! あの量は! 私の風魔法では防ぎ切れない!
 フライでよける?
 いや、キュルケを見捨てるわけには行かない!
 タバサはルイズとキュルケを押し倒すようにして、ナイフに背を向けた。
 ドスッ! ドスッ!!!
 とっさに風の障壁を展開したもの、いくらかが確実にタバサの背に突き刺さる。
「ッ!!!」
 電撃を受けたような痛みがタバサを襲う。意識が飛びそうになるのを、かろうじて押さえつける。
「タバサ、しっかり!」
 ルイズが近づいてくるが、はいつくばった格好のタバサには、それに応える心理的肉体的余裕がない。
 パン、パン、パン……
 緊迫した空気の中、乾いた拍手の音が聞こえる。闇の中から聞こえ出すその音。
 タバサとルイズは同時にその方角に振り向いた。
「さすがだ。この危機的状況においても仲間を見捨てないとは。さすはシャルル兄さんの子だ。この俺の相手をするにはそのくらい正義感ぶっていなければな」
「ジョゼフ王……」
「しかし、少しやりすぎたかも知れんな。これでは私が楽しむ前に殺してしまうかもしれん」
 ほくそ笑むジョゼフ。

245味も見ておく使い魔 第8章(最終章):2009/05/10(日) 00:04:53 ID:1SNotwrc

 タバサは杖をジョゼフに向けた。ついにこの時がきたのだ。決着をつけるときが。
「王よ、あなたに決闘を申し込む」
「まって! この場はいったん退くわよ!」
 ルイズがとんでもないことを言い出した。いったい何故?
「ここは明らかに私達に不利よ。私達の周りにだけ瓦礫が散乱しているし、なによりも私達はあのナイフ攻撃の正体をつかんでいない。ここで戦っても敗北するだけだわ!」
 なるほど、確かに言われてみればそのとおりかもしれない。しかし、
「キュルケ、目を覚まして。いったん退く」
 肝心のキュルケが目を覚まさない。
「早く、タバサ! キュルケはもう……」

246味も見ておく使い魔 第8章(最終章):2009/05/10(日) 00:05:32 ID:1SNotwrc

「茶番劇をしている場合か、御二方?」
 ジョゼフのせりふが二人を貫き通す。
 その言葉と同時に、ジョゼフは懐から銃を取り出した。
「あなた、メイジの癖にそんなものを!」
「そうだ、俺は無能王。この俺にまともな四大系統魔法は何一つ使えやしない。だから、こういうものまで準備したのだ。なに、こうまで近いと素人でも外しやしまい」
 ジョゼフは一歩一歩、死刑宣告のように不気味に二人に近づいてくる。
「立ってタバサ! 距離をとって!」
 ルイズがタバサを無理やりに立たせる。
 タバサはレビテーションの魔法で、倒れたキュルケを引っ張りあげる。
 そうしておいてルイズとともに走り出したが、浮かんだキュルケがどうしても遅れていく。
「そう簡単にうまくいくかな?」
 ジョゼフは弾丸を発射した。
 それは高速でタバサの方角へととび込んできた。
 この距離。大丈夫だ。
 仰向けにのけぞった瞬間、額を高速の弾丸が掠め飛ぶ。
 かわせた!
 そう思った瞬間、弾丸は鋭い弧を描いて引き返してきたのだった。
 とっさに風の魔法で防ぐタバサ。そうしなければ反転してきた弾丸に命中していたであろう。
 結果としてキュルケを床に叩き付けてしまった。
 しかしそのことを後悔する暇などない。
「タバサ! この部屋に!」
 タバサはルイズとともに、最寄のドアを開け、広めの部屋に入り込んだ。
 全力で通過してきた扉を閉め、手近にある家具でつっかえを施す。

247味も見ておく使い魔 第8章(最終章):2009/05/10(日) 00:06:21 ID:1SNotwrc
 
「この扉の障害がいつまで持つかわからないけど、一旦はジョゼフと距離をおくことができるわ」
「でもキュルケがを置いてきてしまった」
「タバサ、いいにくいけど、キュルケはもう……」
「気にしないで、ルイズ。私はもう気持ちを切り替えている。ただ、あの王の元にキュルケを置いてきてしまった自分が許せないだけ」
 タバサはそうルイズに答えた。だが、それは半分正解であり、半分欺瞞でもあった。
 キュルケ。ごめんなさい。私と関わり合いにならなければ、こんなところで死ななかったはずなのに……
「タバサ。ごめんなさい。でも、今はキュルケのことを考えて落ち込んだり後悔している暇はないはずよ」
 ルイズの言葉は痛かった。痛かったが、まごうことなき正論であった。
「うん。わかっている。今はジョゼフを打倒することを考えるべき」
 タバサの見るところ、ジョゼフが今まで行ってきた数々の挙動。それは明らかに四大系統魔法の範疇を超えた領分のものであった。
 で、あるならば。
「スタンドか、虚無の魔法。おそらく両方」とタバサは断定した。
「それって、ジョゼフが私と同じ虚無の使い手かもって事?」
「うん。ジョゼフの突然の出現。ナイフ攻撃。天井の崩落。銃弾の操作。スタンドでは能力が多彩すぎるし、虚無の魔法もしかり」
「そうね。あの天井の崩落。アレは『エクスプロージョン』の魔法だということが考えられるかも」ルイズは考え込むようにして座り込んだ。
「突然の出現とナイフ攻撃は、おそらく同質の能力」タバサは言った。虚無の魔法で、ルイズに思い当たる魔法はないだろうか?
「う〜ん。ちょっとわからないわね。出現のほうは、アイツが出てくるまで誰も気づかなかったわけだし」ナイフも、突き刺さる直前までそこに無いかのようだった。
 と、そこまで考えたところで、タバサは辺りのあまりの静寂さに気がついた。

248味も見ておく使い魔 第8章(最終章):2009/05/10(日) 00:07:01 ID:1SNotwrc
 ジョゼフが扉の向こうで何かしているとしたら、あまりに静か過ぎる。
と、そのとき。ルイズが急に口元を押さえ、立ち上がった。何か喉を押さえるような動作をしている。
「うごぉぉぉおお……」ルイズが声にならない声を発したと同時に、真っ赤な吐瀉物を大量にぶちまけた。
 よく見ると、中にはなぜか大量の釘が入っている!
 ルイズは口を大きくパクパクと開け、何とか息をしようとしていた。ヒューヒューという呼吸音が漏れる。おそらくあの喉や口の傷では呪文は唱えられないだろう!
 ルイズは大丈夫? それよりも、彼女はどんな攻撃を受けたの?
 そうおもったタバサの耳元に、ジョゼフの吐息が発せられた。
「決闘というからにはフェアにいこうじゃぁないか。一対一だ。シャルル兄上の娘よ」

249味も見ておく使い魔 第8章(最終章):2009/05/10(日) 00:07:42 ID:1SNotwrc
 はっとして振り返った先には、すでにジョゼフの姿は無く。
「お前らの察しのとおり、これは、俺が唱えた虚無の魔法の結果だ」
 ジョゼフはルイズの足元に立っていた。次の瞬間、
「『加速』の魔法という。そこなルイズとやらはそこまで到達していないらしいな」
 ジョゼフはタバサをはさんで反対側の位置に移動していた。
「ちなみに、銃弾を操作したのは別なスタンドだ」
 タバサには、王がどう見ても瞬間移動した様にしか見えない。しかし、「加速」という名前からして、実際に移動はしているらしい、とタバサはあたりをつけた。
「そして、そこに無様に転がっている女を攻撃したものが、今装備しているスタンド能力『メタリカ』の力だ」
 スタンド能力も、おそらくジョゼフはルイズに触れていないであろう。ならば、今のスタンドも範囲攻撃型の可能性が非常に高い。ならば!
「さて、ここまで死刑宣告にまで等しい俺の能力の告白を聞いてもなお、決闘をする勇気はあるか? いや、この場合は蛮勇か」
 ジョゼフはそう言い放った。だが、おそらくジョゼフはタバサが決闘を嫌がったところで、彼女と無理にでも殺し合いを始めるであろう。
タバサは一呼吸おいて、
「決闘に応じる」と応えた。
「ほう」ジョゼフは薄暗く目を輝かせる。
「それはうれしいが、何か策でもあるのか? お前の能力、トライアングルの魔法程度では、今の俺を殺しきることなど不可能に近い」
「策は無いといえば、無い。が、あるといえば、ある」
 タバサは自分の杖と、ついでに持っていたイザベラの杖をジョゼフに向け、
「あなたに氷の魔法を放っても、加速の魔法でよけられる。なら、移動範囲すべてを、同時に攻撃してしまえばいい」全魔法力を込め、呪文を唱え始めた。

250味も見ておく使い魔 第8章(最終章):2009/05/10(日) 00:08:18 ID:1SNotwrc
 
 呪文を唱え続けているタバサの意識の中に、どこからともなく別の意識が流れ込んでくる。すでに、彼女はその意識の持ち主を直感的に理解していた。
 その意識はタバサだけに優しく語り掛ける。
――わかるね、ガーゴイル。いや、エレーヌ。アタシは一度しか手助けできないよ。
「うん。わかってる」
 タバサはうなずき、杖を振った。
 唱えたものは、本来一人ではできないはずのスペル。
 強力な王家が二人以上そろって初めて発動できるはずのヘクサゴンスペルだった。
 水の四乗に風の二乗。
 この場に、すべてを凍らす絶対零度の奔流が出現する。
 その名も、
『ウインディ・アイシクル・ジェントリー・ウィープス(雪風は静かに泣く)』
 タバサの周囲の空気が壁となって凍る。さながら卵の殻のように。

「これは、やりおる」
 そういうジョゼフの唇が、全身が、見る見る凍傷で黒く、青ざめていった。
「これは、私だけの魔法じゃない……イザベラの分も、キュルケの分もあるッ……」
「確かに一人でできる類の魔法ではない。だからなんだというのだ?」

「もはや、あなたには杖を振り下ろせるだけの腕力はないと見たッ……もう、あなたは魔法を使えないッ!」
「そのとおりだ。何もかにも凍り付いてしまった。だが、その魔法には欠点がある」
 ジョゼフは勝ち誇った風にいい放った。

251味も見ておく使い魔 第8章(最終章):2009/05/10(日) 00:08:58 ID:1SNotwrc

「お前の魔法が放つ絶対零度の寒波は、お前ら自身の杖から発せられている! その分だけ、私よりもお前の凍傷がひどくなるッ! 凍傷で先に死ぬのはお前だッ!」
「くっ……」
「お前が寒さで死ねば、この魔法は解除される。俺はそのときまで待って、体力を温存しておけば良いのだぁ!!!」
「少しでも、あなたに近づいて……」
「おおっと危ない」ジョゼフは楽しそうに後ずさった。
「まあ、近づかれても、射程距離内に入れば、今の俺のスタンド『メタリカ』で反撃する手もあるがな。ここは一つ慎重に行こう。手負いの獣には近づかないに限る」
「ここまできて……」
 タバサはついに片膝を突いた。もはや彼女自身に体力が残されていない。
 こんなに近くにあのジョゼフがいるのに! ここまで追い詰めているのに!
「ふん、ひやひやさせられたが、最終的には俺の勝利だったな」
 そのとき、急にタバサの周囲に炎のカーテンが出現した。
「違うわ」
 その声にはっとして振り返ったタバサは、笑いとも泣き顔ともつかぬ顔をし、
「あなたはッ……」
「いい? こういう場合、敵を討つ場合というのは。いまからいうようなセリフを言うのよ」
「貴様は?!」
「我が名はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。わが友イザベラの無念のために、ここにいるタバサの父親の魂の安らぎのために、微力ながらこの決闘に助太刀いたしますわ」
 キュルケが一歩一歩近づきながら、ファイアー・ボールの魔法をタバサの周囲に当てる。

「貴様らなんぞに負ける要素はなかったはず……」
「いい、私たちはチームで戦うのよ。その意味が、ジョゼフ王、あなたにわかって?」
「そ、のようだな」そういっている間に、ジョゼフの体温はどんどん低下していく。

「これで、チェック・メイトよ、王様」
「……そうか、まあ、いい。だが、何の感情も感じることはできなかった……残念だ……」
 その言葉とともに、ジョゼフは氷柱の住人となった。

252味も見ておく使い魔 第8章(最終章):2009/05/10(日) 00:09:33 ID:1SNotwrc
 
「あの爆発音はッ!」
「ああ、間違いない、ルイズたちが戦っている音だ!」
 ブチャラティたちは急いでいた。彼らが捜索していた東の館に目標は無く、反対側の西のほうから何かの崩壊音が聞こえたからだ。霧が消えた今、ルイズたちに何かの異変が起こっていることは確実と見られた。
二人は二階に設けられた、半ば外に開け放たれたつくりの廊下を中央方面に向かって走る。だが、彼らの行く手をさえぎるように、前方に堂々と身をさらしている男がいた。
「お前は、ボスの精神の片割れ……」
「ドッピオ……」
 桃色の髪の毛の男は、確かにドッピオであった。
 ドッピオは右手を上げ、二人を制止する。
「おや、王様を殺したのはあなた達ではなかったのですか。ルイズさん達は大金星といえるでしょうね」
「何を言っている?」ブチャラティの問いかけに、ドッピオは己の額を指差した。
「ほらここ、何の痕も無いでしょう? ここには、かつて王様との契約の印が刻まれていたのですよ。だが、今となっては跡形も無い」
 ドッピオはそういうと、彼が着ていた上着を脱ぎ始めた。
「だから、もはやジョゼフの契約の呪縛はもう、無い」
 上着を脱ぎ捨てたとき、ドッピオはすでに無く、代わりにあの男、ディアボロが佇んでいたのだった。
 構える二人。
「とはいえ、お前達には感謝しなくてはいけないな」
「何だと?」
「お前たちが、この世界での私の呪縛を解除したのだ。あの忌々しいジョゼフにかけられた精神を蝕む契約を。だから今までこのディアボロは表に出てこれなかったのだ。この俺、ディアボロを解放したのはお前達だッ!」
ディアボロは持っていた上着を投げ捨て、二人に向かって歩み始めた。
「ブチャラティ……俺はお前を再度殺すことで……未熟だった自分を……ローマであの新入りに殺された自分自身を乗り越えるッ!」
「……ボス……俺たちギャングは殺すなんて言葉はつかわない。すでに殺してしまっているからな……」グチャラティが冷静に答える。彼の口調は深海の海水のように冷え切っていた。

253味も見ておく使い魔 第8章(最終章):2009/05/10(日) 00:10:21 ID:1SNotwrc

「ブチャラティ。お前には……あのクソ忌々しい大迷宮を乗り越えて取り戻した……俺の本来の能力で『始末』する……」
「くるぞッ! 気をつけろ露伴!」
 そういったブチャラティだが、その実、対策などは何も発案できていない。
「お前らにはっ! 死んだ瞬間を気付く暇も与えんッ!」
『キング・クリムゾン』!!
「我以外のすべての時間は消し飛ぶッ――!」
 その瞬間、世界が暗転していった――。
 ディアボロ、ブチャラティ、露伴――以外のものがすべて暗黒に覆われていく――キング・クリムゾンが時間を飛ばしている時、はっきりとした意識を持って行動できるものはただ一人、ディアボロのみなのだ――その彼は血をはくように叫ぶ。「あの『新入りの能力』がないお前らに、このディアボロが、負けるはずはないッ!」――過去にただ一体、この能力を打ち破った例外がいたが、そのスタンドは、今この場所には存在しない!――「『見える』ぞッ!ブチャラティ!お前のスタンドの動きがッ!!」――ディアボロは自分がこの時空のすべてを支配していることを自覚しつつ、ディアボロはブチャラティ達に近づく――「なにをしようとしているのかッ!完全に『予測』できるぞッ!」――何も自覚することもなく、惰性のまま攻撃してくるステッキィ・フィンガーズの拳を『エピタフ』で回避し、自らの玉座に向かう皇帝のように、ゆっくりとブチャラティにむう――「このまま…時を吹っ飛ばしたまま『両者』とも殺す! 殺しつくす! ブチャラティ! それにロハンッ!」――ディアボロは勝利を確信しながらも慎重に、かつての裏切り者に向かって、キングクリムゾンの拳を振り上げた――「今度こそ、確実に止めを刺す!」――しかし次の瞬間、暗黒に覆われていたすべてのものが元に戻っていく……
 ディアボロにとって、信じがたい現象であった。
「な、なぜだッ?! 俺の『キング・クリムゾン』が、世界の頂点であるはずの我が能力がッ!」
「『解除』されていくだとッ!?」自意識を取り戻したブチャラティにとっても意外であった。
 先ほどまで暗黒に包まれていた地面が、建物が元の場所に立ち上がっていった。
 暗闇に消え去ったはずの鳥が、再び空を飛翔している。
 その空間の中で、露伴が口を開く。
「ブチャラティから聞いていた……お前は自分以外の時間を吹っ飛ばす事ができるそうじゃないか……」
「本当に恐ろしい能力だ。なんてったって、『過程』をすっ飛ばして『結果』のみ残すことができるんだからな……」
「しかし、だ。お前『だけ』が時を吹っ飛ばせるんだ……その能力を完璧に使いこなすには、時を吹っ飛ばした後の未来を『見て』予知しているはずなんだ……時をスッ飛ばしている時に、敵のとる行動が分かっていないと意味ないからな……」
 ディアボロは混乱していた。この男はなにを言っているのだ?
「そう、お前は僕達の『未来の行動』を『見てる』はずなんだ……」
 このときすでに、露伴は自分の鞄に手を突っ込んでいた。
「僕が『お前に原稿を見せている未来』もね……」
 そして、露伴はディアボロの姿をしっかりと見つめ、
「途中の『過程』ををすっ飛ばして、お前が僕の『原稿を見た』という事実だけが残る……」
 鞄から自分の原稿を取り出した。
「『ヘブンズ・ドアー』 これで完全発動だ」
 ブチャラティはようやくすべてを理解した。
 彼はディアボロよりも早く我に返り、次のとるべき行動を行い始めた。
「露伴、ありがとう。本当に君と知り合えて……仲間になれて……本当によかった」
「なんだッ!?何も見えん!」
「これでチェックメイトだ。ボス!」
 ディアボロはこのとき、もう視力を失っていた。
 もっとも、それがよかったのかもしれない。
 なぜなら、絶望しなくて済むからだ。
 既に、彼自身の頭に『スタンド能力が使えない』と書かれていたからだ。
「ステッキィ・フィンガーズ」!
アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「アリーヴェ・デルチ(さよならだ)!!!」

254味も見ておく使い魔 第8章(最終章):2009/05/10(日) 00:11:08 ID:1SNotwrc
 
 
  希望とは、もともとあるものだとも言えないし、ないものだとも言えない。
  それは地上の道のようなものである。地上にはもともと道はない。
  歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。
      〜魯迅〜

エピローグ
『使い魔は動かない』
 街が春の日差しを浴びている。
 ネアポリス。
 道路工事のため、ただでさえ渋滞で名高いねアポリスの道路に車があふれている。
 自動車のクラクションがせわしなくなり響く中、一台の車は郊外の高級住宅地へ向かっていた。
 後部座席に座っている20代後半に見える男は、窓から外の様子をじれたように眺めていた。
「まだつかないのか? 相変わらずこの街の道路行政は最悪じゃぁねーか!」
「いつものことでしょう? それにわれわれが言えた口ではありませんよ」
 運転手がため息をつきながら男の愚痴に応じる。
 この道路工事には、『彼ら』の息のかかった業者が入札に成功していた。
 その彼らが道路工事の遅延に不満を言うわけにはいかない。

 結局、その道路工事のため、予定より二時間も遅れて、目的地の洋館に到着した。
 車に乗っていたその男は、自分のボスの前で、日の光があたる場所を選んで椅子に座っていた。
 近くのテーブルには食事が用意され、小人が六人、昼食のピッツァをむさぼっている。
「すまんな、ボス。もうシエスタの時間か……この時間まで何も食わせられなかったから、こいつら今日は仕事しねーな」
「それはいいんです、ミスタ。それより、用件とは? 君の好きな漫画家に関することだとか」
 いらだった様子で、向こうの椅子に座った男が尋ねた。部屋の奥にいるため、そこには日光の明かりは届かない。
「そうだ、俺はその漫画家にファンレターを書いたんだ。で、なぜかそいつから俺宛に返事が届いたんだが……」
 そう言いながら、ミスタと呼ばれた男は立ち上がり、膝に抱えていた、大きな茶色の封筒を差し出した。中身はかなり分厚い。おそらく、大きめの紙が四百枚以上入っているだろう。
「この手紙は、ボス……いや、ジョルノ。あんたも目を通すべきだ」
 久しぶりに旧い呼び名で呼ばれた男は、その手紙の束を読み始めた。
 男の表情が見る見るうちに真剣な表情に変わっていった。
 その手紙は、このような出だしで始まっていた。
『はじめましてミスタ。君の事はブチャラティから聞いてよく知っている。今から書くことは君にとっては信じられないかもしれないが……』

255味も見ておく使い魔 第8章(最終章):2009/05/10(日) 00:11:44 ID:1SNotwrc
 
 二週間前。
 岸辺露伴はこちら側、つまり地球に帰還していた。
「よし、『使い魔の契約』を解除したぞ」
 露伴は己のスタンドで、ルイズの魔法の契約を書き換えた。
 ルイズにとって、初の魔法の成果である、コントラクト・サーヴァントの効果を完全に否定したのだ。
「本当にいいのか? ルイズ?」
 ブチャラティの、もう何度目になるかもわからない問いかけに、ルイズははっきりと答えた。
「ええ、いいのよ。もう私とって、使い魔は必要なものじゃないわ」
 ルイズが露伴のスタンドの補助の元、サモン・サーヴァントの魔法を唱え始める。
 彼女の口からは不安なく、力強く呪文が紡ぎ出される。その口調にためらいは無い。
 長いが、落ち着いた口調で呪文を唱えた後、
「うまくいったわ」と、ルイズの目の前に等身大の光る鏡が現れた。
「この鏡は、私が新たに使い魔と契約しない限り、あなた達が通行しても閉まらないハズよ」
 露伴は彼女に、杜王町につながるように設定していたのだ。
 結論から言うと、タバサはあの世界では、母親を助けられなかった。
 だが、解毒剤を手に入れられなかった露伴は、ここにいたってある可能性に気がついた。
 自分の『天国の門』では、彼女の母の毒を取り除くことはできなかった。
 しかし、自分の故郷に、あの町に、食べた者の病気を何でも治してしまう料理人がいたじゃあないか?

256味も見ておく使い魔 第8章(最終章):2009/05/10(日) 00:13:01 ID:1SNotwrc

 一週間後の杜王町。
 コンビニ「オーソン」の前からはいる、不思議な横道。
 ここは、かつて杉本鈴実と、愛犬の幽霊が住んでいた場所である。
 そこに、岸辺露伴と東方丈助がいた。ついでに、広瀬康一と虹村億康もついてきている。
 彼らを出迎えている露伴はすこぶる不機嫌だ。それもそのはず、彼の近くにいたのはこの三人だけではなかったからだ。
「いや〜。露伴大先生にそんな趣味があったとは……全然気づかなかったッスよ〜」
「ま、まあ、露伴先生にもいろいろと事情があったんだし……」
「か、かわいい……」
 発言した順に、丈助、康一、億康である。これだけでも露伴を胃痛に追い込めるのに、
「変わった格好……」
「こら、シャルロットや。私の恩人のご友人に向かってそのような事を言うものではありませんわ」
「何で人に化けなきゃいけないの? 私悲しいのね! るーるーるるー」
タバサ、タバサの母、人に変身したシルフィードまでも終結していたのだ
「くそっ! 何でお前なんかに弱みを握られなくちゃならないんだッ! この岸辺露伴が!」
早くも口論をし始めた男二人に、背の小さな男女が止めに入る。
「ほらっ丈助君! もう悪乗りは止めようよ。またうらまれちゃうよ〜」
「おちついて」
 その間、
 一呼吸。
 二呼吸。
 おまけに三呼吸。
「あなた」
「ブッ!」
「ザ・ハンド!!!」
ガォン! ガォン! ガォン! ガォン! ガォン! ガォン! ガォン! ガォン! ガォン! ガォン! ガォン!
 一人の少年が、涙を垂れ流しながら、自力で月まで吹っ飛ぼうとしていた。
 どうやら彼には、露伴の『そーいう冗談は死んでもよせ!』というセリフは耳に入らなかったようだ。
「まって!私も飛ぶの〜」
星になった少年とひとりの少女はほったらかしておいて、路上での話し合いは続く。
「と、とにかくですね。問題は解決してないんですから」
「ああ。どうしようか、これ」
「オレのクレイジーダイヤモンドでも直せないってのはグレートッスよ〜」
「つまり」
「ああ、どうやってもこの『鏡』は閉じない。ということだな」
 皆のため息が漏れたことは言うまでもない。

「ブチャラティ! 本当に還るんですか?」
 また、そこにはジョルノがいた。ミスタもいる。
「そんなこといわずに、一緒にネアポリスへ帰ろうぜ!」
だが、ブチャラティは、ミスタの言葉にかぶりを振った。
「無理だ。見ろ、この世界じゃ俺の姿は透けて見えるじゃないか。この世界では、俺はすでに死んだ存在なんだよ。ああ、ジョルノには前にも言ったと思うが、俺は元いた場所に戻るだけなんだ」
「そんな……」
「こーいう場合でも、生き返ったといっていいのか? 第二の生活にはとても満足している。だがな、ジョルノ。ミスタ。俺は還らなければならないんだ。それが正しい道しるべに沿った、俺の進むべき道なんだよ」
 そういいながら、ブチャラティは静かに、安らかに天に昇っていったのだった……

257味も見ておく使い魔 第8章(最終章):2009/05/10(日) 00:14:23 ID:1SNotwrc

ルイズ  → 使い魔を失った事以外は特に変化なし。だが、いつもの学園生活は、ルイズの自信に満ち溢れた日常に変わっていた。

キュルケ → 死に掛けたことが親にばれ、危うくゲルマニアの実家に戻されそうになる。が、どうにかごまかすことに成功。お腹の傷跡を気にした風も無く、今日も彼氏作りにいそしむ。

タバサ  → なぜか岸辺の字と自分の本名を日本語で勉強し始めた。

タバサ母 → いきなりガリアの女王になるも、しょっちゅう王宮を抜け出し、タバサと趣味の旅行に出かける日々。座右の銘は「わたしのシャルロットちゃん、ガンバ!」

ギーシュ → 死にそう。(借金的な意味と、モンモランシーに振られそうな意味で)

シエスタ → 観光だと露伴に連れられていった杜王町で、億泰に一目ぼれされた挙句、突然告白され困惑。

岸辺露伴 → ハルケギニア滞在中にたまりにたまっていた、原稿の仕事を超人的な速度でこなす。それがひと段落ついたとき、とある田舎で妖怪のうわさを耳にする。


第8章『使い魔は動かない』Fin..
『味も見ておく使い魔』The End.

258味見 ◆0ndrMkaedE:2009/05/10(日) 00:16:29 ID:1SNotwrc
以上ッ『すべて投下したッ』!!!


あと、謝罪しろ>>234……何のプランも無いのに、
勢いだけで田宮良子を召喚してしまった……
ジョジョキャラじゃないので姉妹スレに移住します。
いままでありがとうございました!

259名無しさん:2009/05/10(日) 01:25:07 ID:PwWq09FA
>>258
あ、謝れば許してくれるのか…?謝れば…




だが断る
たった今完結した君には悪いが、一つだけ分かっていることがある。
『休みという安心』など与えられないということだ。

最後まで天国の扉は対スタンド、対生物用最終決戦兵器だったな

味見先生の次回作にご期待ください!

260名無しさん:2009/05/10(日) 02:48:00 ID:m7oi.Mq2
味見の人乙!

スタンドは使い方次第で、色んな幅を見せてくれるんだなぁ…と、再確認w
面白かった、ありがとーーーーー!!

261名無しさん:2009/05/10(日) 04:05:39 ID:aC1bx/yQ
見事な完結でした。乙であります!
どいつもこいつもイイ奴(いい意味と、悪い意味で)でした。
次回作を楽しみにしてます!

あ、あと、僭越ながらグチャ→ブチャのとこだけ、修正して上げさせて貰いました。

262名無しさん:2009/05/10(日) 16:24:02 ID:iroFPiDE
結局ブチャは昇天しちゃったのか
ハルケギニアで新たな人生送っても良かっただろうに

263名無しさん:2009/05/10(日) 20:59:31 ID:zI8gV8mk
完結大いにGJなんですが、シャルルはジョゼフの弟じゃありませんでした?
……このSSだと逆とか以前に描写されてましたっけ?

264味見 ◆0ndrMkaedE:2009/05/12(火) 23:43:43 ID:YPwr2996
>>263ヤッチマッター
ハハハ、まとめで直しときます。

265銃は杖よりも強いと言い張る人:2009/05/16(土) 17:33:59 ID:IMgn7ZL.
味見さん完結ですか……。寂しいなあ、チクショウ。

さて、久しぶりってレベルじゃねーゾ!の人が来たよ。
忘れられてるよね、多分。うん。時間がかかりすぎだ。
でも、投下はする。
オレはまだ、完結させることを諦めちゃいねえ!

266銃は杖よりも強いと言い張る人:2009/05/16(土) 17:35:34 ID:IMgn7ZL.
 空は果てしなく青く、天高く上った太陽は黄金色の光で地上を照らしている。植物の葉は
青々と輝き、時折撫でる風揺れてサラサラと音を立てていた。
 鳥の鳴き声が耳に優しく、近くを流れているらしい川の音は気分を落ち着かせてくれる。
 実に素晴らしい天候だ。
 この蒸し暑ささえなければ。
 雨の水分を地面が吸収し、気温の上昇と共にそれを放出しているということは理解できるの
だが、納得し難い不快感がここにはあった。
 タルブの村の南に広がる森。その少し奥まった場所に身を寄せた人々は、拭う先から出てく
る汗に辟易としていた。
 村の有力者や逃げ遅れた行商人の代表が集まり、張り詰めた顔で今後の動向について話を進
めている姿も、どこか気力が失せているように見える。そんなだから、他の村人達の表情も疲
れを隠しきれないで居た。
 夏なのだから、暑いのは当たり前。と言いたい所だが、生憎とトリステインは熱帯でも亜熱
帯でもない。空気中の過剰な水分によって蒸される暑さとは、本来は縁が無いのである。そん
なわけで、免疫の無い暑さに誰しも意識が朦朧としているのであった。
 問題は、そんな疲労感が風邪を引いている人々にも広がっていることだ。
 体力の無い子供や老人は多くが倒れたまま、熱と咳に魘され続けている。森の状況がコレで
は安静にしていても回復の見込みは無く、それどころか悪化の一途を辿ることだろう。大人の
中で風邪を引いている者の中には、避難を続けるのであれば自分を置いていって欲しいなどと
のたまう者が出る始末だ。
 しかし、そんな事を口走ってしまう気持ちが理解出来てしまうほど、状況は確かに楽観視出
来るものではなかった。
 戦場は近く、タルブ村の人々も延々とこの場所に止まるわけには行かない。食料の問題も存
在するし、戦場で散った人間の肉を求めて亜人や獰猛な肉食獣が集まってこないとも限らない。
 自衛の手段を持たない人々は、どこかに庇護を求めて歩く必要がある。そんな時、風邪の病
に倒れた人々は足枷となるのは明白で、置いて行けという言葉に籠められた意味は決して軽々
しいものではないのだった。
「弱音吐いてんじゃないよ。男だろ?」
 弱音を吐く男の頬を一発引っ叩いたジェシカは、小刻みに熱い息を吐く男の額を濡れた布で
拭きながら、励ますように言った。
 弱気になっていては、治るものも治らない。風邪さえ治ってしまえば問題は解決するのだか
ら、今はとにかく強い意志を持ってもらうことが一番なのだ。
 だからこそ、見捨てないと伝えて、生きることを諦めさせない。
 しかし、ジェシカのその言葉の半分は、自分に向けたものだった。
 病人の数は、十や二十ではない。中には、本当に足手纏いにしかならない人が確実に存在し
ている。だからと言ってそれを見捨てれば、以後は足手纏いだと感じる度に誰かを捨てる事を
躊躇しなくなるだろう。
 そんな心理が働いてしまうことを、ジェシカは恐れていた。
 ジェシカだけの問題ではない。村人の中には何人か見捨ててでも、自分の家族を守りたいと
思っている人間は少なくないはずだ。

267銃は杖よりも強いと言い張る人:2009/05/16(土) 17:36:38 ID:IMgn7ZL.
 見捨てられる人間は、自分の家族かもしれない。
 そういう現実的の残酷な部分に気付いていないからこそ、誰かを切り捨てようと考えてしま
うのだろう。幸いにして、ジェシカの家族や知り合いに風邪を引いている人間は居ない。その
僅かな余裕が、彼女に本当の恐怖に目を向けさせていた。
 誰かを見捨てなければならなくなったのなら、あたしも一緒に死んでやる。誰かの死を背負
って生きられるほど、自分の背中は広くも力強くも無い。
 そんなことを思うジェシカは、果たして臆病なのか、それとも単純にプライドが高いだけの
か。どちらにしても、誰かを犠牲にするという選択肢が存在していないことは確かだった。
「さあて、次に行きますか」
 体が拭き終わり、不快感から一時的に逃れた男が寝息を立て始めたのを聞いて、ジェシカは
手に持った布を傍らに置いた水の入った桶に放り込む。
 息を抜く暇は無い。
 眼前には、木陰に並べられた無数の病人達の姿がある。ジェシカ同様、病人の世話に忙しな
く動く十数人の手がまったく追いつかない病人の数。その中には、介助無しには生きられない
ほど衰弱している人間も居る。
 地獄絵図とはいかないが、緩やかな絶望を感じさせる光景だ。
 それでも、この状況でジェシカが頑張れるのは、風邪の治療薬を買いだしに行ったカステル
モールが必ず戻ってくると信じているからであった。
 ぐぅ。
 気張ったのが悪かったのか、ジェシカの腹が小さく鳴り響く。
 長く緊張感の続かない女であった。
「……お腹減った」
 困ったように眉を寄せて、ジェシカはお腹を摩る。
 生物である以上、人間は空腹を避けられない。
 村で行われていた炊き出しのお陰で、今の所この場に居る避難民の多くは空腹を訴えてはい
ないが、極少数、食料の配給をしていた人間の多くが食事を求める腹の虫と格闘中だった。
 ジェシカもその一人で、本来なら炊き出しで作った食事を一通り配り終わった所で、最初か
ら多めに用意した炊き出しの残り物に手を出す予定だったのだ。
 アルビオンが攻めて来なければ、今頃は炊き出しに参加した女性達と輪になって雑談に興じ
ていたことだろう。そう考えると、戦争なんて余所でやれと本気で言いたくなってくる。
 とはいえ、それを今言ったところで食い物が降って湧いてくるはずも無く、腹も膨らみはし
ない。
 結局ジェシカに出来ることといえば、病人の看護をしながら食料の調達に出た他の人々の帰
りを待つことだけだった。
「はぁ……、ひもじいわぁ」
 思わず溜め息を零し、二度目の腹の音に肩を落とす。
 そんなジェシカを神様が見かねたのか、思わぬ方向から救いの手が差し伸べられた。
「ジェシカさん、お腹減ってるんですか?」
 問いかけたのは、ウェストウッドの子供達の面倒を見ていたティファニアであった。どうや
ら、子供達の世話は一息ついて他の手伝いを始めていたらしい。

268銃は杖よりも強いと言い張る人:2009/05/16(土) 17:37:41 ID:IMgn7ZL.
 普段耳を隠すために使っている大きな帽子が無いと思って手元を見てみると、その帽子が籠
代わりになって鮮やかな赤い実を山のように乗せていた。
 思わず、ごくりと喉が鳴った。
「そ、そんなこと、あんまり率直に聞かれても乙女のプライドって奴が……。いえ、やっぱり
空腹です」
 一時的に女らしさというものが表に顔を出したが、腹の虫には勝てなかったらしい。すぐに
出した顔を引っ込めて、引き篭もりに転職したようだ。
「なら、コレを食べませんか?」
 そう言って、ティファニアは木の実の入った帽子を差し出した。
「木苺です。さっき、沢山実をつけているのを見つけたので、子供達にも分けてあげようかと
思って摘んで来たんです。前の家の近所で取れる実はちょっと食べ辛いものが多かったんです
けど、コレはほんのり甘くて美味しいですよ」
 差し出された帽子から一つ実を摘んで、ジェシカはそれを恐る恐る口に入れる。
 軽く噛み潰した瞬間、果汁と共に口の中に甘さが広がった。
「あ、本当だ。美味しいわ」
「でしょう?」
 ぱっと花が咲いたかのように、ティファニアは顔を綻ばせた。
 味の保証が出来て安心したのか、それとも空腹に耐えかねたのか、ジェシカは次々と実を摘
んでは口に入れ、顎を動かす。
「んー、ホント美味しいわ。食べたことが無いわけじゃないけど、小さい頃に食べた時はつい
うっかり死んでしまいそうなくらい辛かったから、苦手意識があったのよねえ」
 果たして本当に年頃の少女なのか、頬が膨らむほど木苺を口いっぱいに詰め込んで、ジェシ
カは過去の記憶を振り返る。
「……辛い?珍しいですね。酸っぱかったことはありますけど、あまり辛いっていうのは」
「時期が悪かったのかしら?実はコレより大きかったけど表面が少し萎んでて、歯応えも少し
あったわね。もしかしたら、枯れる途中だったのかも」
 あの時は三日も寝込んだわ。と笑いながら軽く言って、ふと首を傾げる。
「でも、あれ?木苺って、今採れるんだっけ?あたしが食べたのは、確か秋の中頃だったよう
な……」
 同じ赤い実で、秋に取れる辛いものといえば……。
 恐らく、唐辛子だ。寝込むほどだから、同じ唐辛子でも特に辛い品種だったのだろう。
 多分、ジェシカさんが食べたのは違う実です。とは言えず、ティファニアは愛想笑いだけし
てこの場を立ち去ろうとする。
 一々過去の恥を蒸し返すことも無いだろう。このまま話をはぐらかせば、誰も不幸にならな
いで済む。
 気付か無い方が幸せなことだってあるのだ。
「あれぇ?でも、厨房で食べさせて貰った時には、別の名前だったような……」
「し、失礼しまー……、あら?」
 いよいよジェシカの推測が唐辛子の方向に向いた所で、ジェシカとティファニアの目に何か
を探して走り回るシエスタの姿が映った。

269銃は杖よりも強し さん   タイトル入れ忘れたorz:2009/05/16(土) 17:38:50 ID:IMgn7ZL.
「お、シエスタじゃん。おーい、シエスタ!……シエスタ?」
 手を振り呼びかけるがまったく聞こえていないらしく、辺りを見回して走り続けている。
 様子がおかしい。
 周囲の目も気にせず誰かの名前を呼び続け、いつも暖かい笑顔を浮かべる顔を張り詰めたも
のに変えている。彼女のそんな顔は、ジェシカはここ数年見たことが無かった。
「ごめん、ティファニア。ちょっと行くわ。ご馳走様」
 ティファニアに別れを告げて、ジェシカはシエスタに駆け寄る。
 泣きそうな声で何度も何度も同じ名前を呼ぶ少女の姿は、見ていて痛々しいものだった。
「サイトさん!サイトさーん!どこに居るんですか!?返事をしてください!」
「シエスタ!」
 正面に立ったジェシカにさえ気付かなかったのか、ぶつかって初めてシエスタはジェシカの
存在を視界に入れて、あ、と声を漏らした。
「な、なに?」
「なに、じゃないよ。そんな酷い面ぶら下げて」
 涙こそ零していないが、泣いているようにしか見えないシエスタの顔を、ポケットから取り
出したハンカチで乱暴に拭う。案の定、瞼の下には涙がいっぱいに溜まっていて、ハンカチを
大きく濡らしていた。
 目元を隠されたのがきっかけになったのか、それまで平気なふりをしていたシエスタが鼻を
啜るようになる。緊張の糸が緩んで、堪えていたものが流れ出始めていた。
「まったく、折角の美人を台無しだよ」
「う、ぐず……、でも、でもね、居ないのよ。サイトさんが、どこにも……。わたし、つい口
を滑らせちゃって……。先生方が村に残ってるって……、そしたらもう」
「居なくなってたって?……なるほどね」
 シエスタの言葉に相槌を打って、ジェシカは彼女の体を抱き締める。
 詳しい事情や、どうしてそういう話の流れになったのかは分からないが、血気盛んな少年が
正義感を出して突っ走ったといったところだろう。特に、珍しい話でもない。
 タルブ村の中にも、村を守ろうと鍬や鎌を手に立ち向かおうとした若者は居たが、実際に竜
騎士を前にして無謀な勇気を保っていた者は少なく、本当に命を投げ出しかねない者は強制的
に引き摺られて避難させられている。
 まだ村を守ることを諦めていない奴も居るが、その中の一人が監視下から抜け出したような
ものだろう。
 しかし、そう冷静に考えられるのは、才人とジェシカの関係が薄いからに過ぎない。シエス
タの立場に立っていたのなら、ジェシカも同じように泣いたり探し回ったりと落ち着かなくな
るだろう。
「もしかしたら勘違いかもしれないって、ぐす、あちこち探したけど、やっぱり見つからなく
て……」
 見かけよりもずっと気丈なこの娘が、こんなに取り乱すなんて。
 これだけでも、サイトという人物がシエスタにとってどういう存在か理解できる。
 村に訪れたトリステイン魔法学院の生徒達の中に何人か少年を見ているが、一人で飛び出し
て行ったという事は、サイトというのは風邪を引かなかった黒髪の男の子のことだろう。ハル
ケギニアでは見られない顔立ちで、随分と幼い印象があった。

270銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:39:41 ID:IMgn7ZL.
ケギニアでは見られない顔立ちで、随分と幼い印象があった。
 あれがシエスタの想い人か。
 身の丈に似合わない大きな剣を背負っていたが、護衛を務めているにしては、それほど強そ
うには見えない。それに、言っては悪いが、あまり考えて行動するタイプにも見えなかった。
 もし、見掛け通りの性格だとすれば、村に人が残っていることは意図的に隠していたに違い
ない。わき目も振らず飛び出していくことが分かりきっていたのだろう。
 行動パターンが子供のようだ。
 良く言えば、母性本能をくすぐるタイプなのか。しかし、悪く言えば、頼りない。
 まあ、人の好みなんて千差万別だ。あれこれいっても始まらない。今は、その少年の居場所
を考えるほうが重要だろう。
 森の中に居ないということは、やはり村に向かったと見るべきか。
「厄介なことになったもんだね」
 まさか、森を抜け出して村まで探しに行くわけにもいかない。かといって、放っておいたら
シエスタは一人で探しに行ってしまいそうな雰囲気だ。
 こうなれば、とジェシカは腹を括って抱き寄せていたシエスタを離し、目を合わせた。
「アタシが村の様子を見に行ってやるから、シエスタはここで待ってな。いいね?」
「でも、ジェシカ……」
 赤くなった目を向けてくるシエスタに、ジェシカは不敵に笑って、どんと胸を叩いた。
「あたしに任せときなって。きちんと連れ戻して来てあげるから、大船に乗った気でいなよ」
 渦巻く不安を欠片も見せず、ウィンクまで追加する。
 そんなジェシカの様子にシエスタは頼もしさを感じて、納得したように頷いた。
「……絶対、危ないことはしないでよ?サイトさんのことも心配だけど、ジェシカの事だって
心配なんだからね?」
「分かってるって」
 ジェシカは表情を崩して軽く笑い、シエスタの頭を撫でる。
 それは、まるで気丈な姉が泣き虫の妹を慰めるような姿だった。
「じゃ、行って来るわ」
 早足に駆け出したジェシカの背中を、シエスタは見送る。ただ、自分の不甲斐なさに、下唇
を噛みながら。
「これじゃ、お姉さん失格ね」
 呟いて、自分の年齢とジェシカの年齢を比較する。
 忘れてしまいそうだが、ジェシカは年下なのだ。閉鎖的な学院での生活が長いシエスタより
も、人の出入りが激しく、男性の欲望を直接目にする居酒屋で生活しているジェシカの方が大
人びてしまうのも仕方が無いのかもしれない。
 それでも、年下に慰められてしまうというのはなんとも照れ臭く、年上としての矜持を傷付
けられる。
 もし、ジェシカが男だったなら、素直に頼れたんだろうなあ。などと考えて、脳裏に男装し
たジェシカを思い浮かべたシエスタは、予想以上に自分好みの人物像が出来上がって、思わず
頬を赤くした。
 愛しの彼と並べてみても、遜色は無い。いや、むしろ……。

271銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:40:31 ID:IMgn7ZL.
「いやいやいやいや!ダメよ、シエスタ!そっちの道に走っちゃダメだって、ローラが言って
たじゃない!」
 学院の使用人寮で同室の女の子の言葉を思い出して、シエスタはブンブンと首を振った。
 コレは不味い。と、自分を欲望の満ちたイメージから追い払う。
 しかし、そうすると、恋する乙女補正がかかって現実よりも美化された才人と男装のジェシ
カだけが脳の中に取り残されて、シエスタと言う存在が消えた二人だけの世界が出来上がる。
 見詰め合う美男子。そして、流れ落ちる鼻血。
 高鳴るこの気持ちの正体はなんなのか。
 シエスタは、新しい世界に目覚めそうだった。


 森の外に繋がる獣道。多くの村人が通って踏み固められ、藪や突き出した小枝といった障害
物が除去されたそこを走るジェシカは、従姉妹が新しい世界に目覚めかけていることなんて気
付くことも無く、その場の勢いに流されて調子に乗り過ぎたかと早くも後悔していた。
「ああは言ったものの、サイトってのが村の中に入り込んでたら、アタシじゃどうしようもな
いんだよねえ」
 竜騎士隊に包囲された村は、既に外と中との交通を遮断されている。村の周囲には遮蔽物ら
しい遮蔽物も無い為、忍び込むのは至難の業だ。
 それは才人にも言えることなのだが、彼の場合は戦う手段があるし、村に向かった時間が竜
騎士隊が村を制圧する前である可能性がある。
 ジェシカとしては、森の出入り口辺りで足踏みしていてくれるとありがたいのだが。
「……儚い期待よね」
 猪突猛進に飛び出していくような人間が、敵の目を恐れて立ち止まったりはしないだろう。
 一度した約束は決して破らないのが、ジェシカの流儀だ。シエスタに大丈夫だと言った以上
は、結果を出すまで立ち止まるつもりは無い。
 しかし、早速暗礁に乗り上げてしまった気分であった。
「考え事しながら動いてるときに限って、悩んでる時間も無いときたもんだ」
 足元に転がる小枝を踏んで、肩に落ちてきた木の葉を払ったジェシカは、目の前に広がる風
景に溜め息を吐いた。
 森を抜けたのだ。
 一歩前に出れば、もうそこは森の中ではない。天井のように広がる木の葉の影は途切れ、踏
み固められた道が草原を横切るように伸びている。道の先には空に煙を昇らせるタルブの村が
見えるし、その頭上には死肉に群がるハゲワシのように空を飛び交う竜騎士の姿もあった。
 ここから先はアルビオン軍の初期攻撃目標であり、トリステインの防衛圏。
 つまり、戦場である。
 口の中に溜まった唾を飲み込んで、ジェシカは少しずつ早くなり始めた心臓を服の上から押
さえつけた。
「どーしよっかなあ。ここから先に出たら、絶対見つかるよねえ……?」
 浮かぶ冷や汗をそのままに、ちらっと空を見上げる。
 村の頭上を支配している竜騎士隊の目を盗んで村に入り込むなんて、無理で無茶で無謀だ。

272銃は杖よりも強し さん  副題も入れ忘れたor2 投下後に入れます:2009/05/16(土) 17:41:50 ID:IMgn7ZL.
 仮に無理矢理入り込もうとして見つかった場合、抵抗する力の無いジェシカでは追い返され
る程度ならともかく、万が一捕虜にでもされたら何が待っているか分からない。
 きっと、アレやコレやソレを、道具だったり、複数だったり、獣だったりでグッチョグチョ
にされ、最後には薬で考える力も奪われて、ヒギィとかアヘェとかしか言えない体にされてし
まうのだ。
 うら若き乙女が背負う過酷な運命にジェシカの頬は真っ赤に染まり、ひゃあぁ、なんて悲鳴
を上げて何処かのミ・マドモワゼルのように腰がクネクネと動いていた。
「って、なんでアタシは興奮してるんだ!?……落ち着こう。ちょ、ちょっと深呼吸を……」
 落ち着きのなくなってきた自分を自覚して、大きく息を吸う。
 膨らんだ変な好奇心を押し潰し、聞きかじりの知識から生まれた妄想を打ち消した。
 自制心の強さは、同じ黒髪の従姉妹よりも上のようだ。
「はー……、すー、はぁ、すー、はぁ……。ん、よし!」
「何が、よし、なのよ?」
「うへぇ!?」
 突然足下から聞こえてきた声に、ジェシカの心臓が体ごと跳ねた。
 一気に血圧の上がった体を巡る過剰な酸素に、頭がぐらりと揺れる。
 それをなんとか耐え切ったジェシカは、地面から草でも生えるかのように上半身を露出させ
た少女に向き直った。
「え、エルザさん?こ、ここ、こんな所でなにを?」
「なにって……、届け物の配達途中に顔を出したら、ジェシカが居ただけよ」
 地面に手をつき、土の中に埋まっていた下半身も外に出したエルザは、まだ買ってそれほど
経っていない黒いドレスの土汚れを叩いて払う。それで落ちない汚れは放置された。
「ん、でもジェシカが居るってことは、目的地は近いってことよね?じゃあ、無理に暗い場所
を歩かなくてもいいわけか。顔出して正解だったわね」
 事情の飲み込めないジェシカを置いて、エルザは一人で納得したように呟くと、自分が出て
きた地面の穴に顔を近づけた。
 それに合わせて、ぴょこ、とジャイアントモールが顔を出す。
 普段から愛らしい円らな瞳が、今日は一層に強く輝いていた。
「良ぉーし、よしよしよしよしよし。よく頑張ったわ、ヴェルダンデ。お陰でトカゲ乗りの連
中に見つからずにここまで来れた。凄いわ、立派よ」
 短い毛の生えた体をエルザに撫で回され、ヴェルダンデは嬉しそうに鼻先をピクピク動かす。
 だが、ただ撫でられることで満足しないのか、エルザの体を頑丈な爪の生えた大きな前足で
叩くと、今度はちょっと違う鼻先の動きで何かを訴えた。
「うん?ああ、ゴメン、忘れてたわ。報酬をあげないとね。ご褒美は、二匹でいい?」
 ヴェルダンデの頭が左右に振られる。
「じゃあ、三匹?」
 ブンブン、と勢い良く頭が縦に振られた。
「三匹か。黒くて長いのが、三匹。……三本同時攻めなんて、っもう、このドエロ!」
 わけの分からないこと口走って恥ずかしげに赤く染まった頬を押さえたエルザは、ヴェルダ
ンデの頭を叩いて良い音を響かせ、何処からともなく黒光りする巨大で長いモノ。もとい、自
分の腕ほどもある黒ずんだミミズを三匹取り出した。

273銃は杖よりも強し さん  副題も入れ忘れたor2 投下後に入れます:2009/05/16(土) 17:42:29 ID:IMgn7ZL.
 なんで叩かれたのか良く分かっていないヴェルダンデの目が、ミミズに釘付けになった。
「行くわよ、ヴェルダンデ。……とってこーい!」
 抱えられるような形で支えられていたミミズの巨躯が、ジャイアントスイングの遠心力で遠
く投げ飛ばされる。それを、ヴェルダンデが土中を掘り進みながら追いかけた。
「……ふぅ。良い汗かいたわ」
 何故かやり遂げた顔になったエルザが、額に流れる汗を袖で拭って息を吐く。
 ヴェルダンデが少し離れた所で一匹目のミミズをキャッチし、素早く食べ終えて二匹目に狙
いを澄ませたところで、やっと雰囲気的に置いてきぼりにされていたジェシカが我を取り戻し
た。
「えーっと、エルザさん?」
「ん?なによ、さん付けで呼んだりして。水臭いじゃない」
 かけられた声に振り向いたエルザが、以前とは少しだけ変えられた呼び方に怪訝な表情を浮
かべる。
「いや、でも、年上だし……」
 倍近い時間を生きている相手に向かって、ジェシカは言い辛そうに答えた。
 エルザが吸血鬼であることは教えられていたが、ジェシカがエルザの実際の年齢を聞いたの
は最近のことである。見た目よりちょっと歳を取っているのかな?という程度の認識だった為、
以前は呼び方がエルザちゃんだったのだが、実は母親と殆ど同年代であることを知って、さん
付けに改めたのであった。
 目上の人間に対するような、ちょっと縮こまった態度を見せるジェシカに、エルザは困り顔
に少しの笑みを混ぜた表情になった。
「ああ、年齢のことなら気にしなくたっていいわよ。さん付けでわたしを呼んだりしたら、傍
から見て不自然でしょう?だから敬語も要らないし、従来通り、ちゃん付けで呼んで。という
か、呼べ」
 最後が何故か命令形だが、とりあえず納得したように首を縦に振ったジェシカは、頭の中で
何度か呼び方の練習をすると、エルザをちゃん付けで呼んで話を本題に移した。
「それで、エルザちゃんがここに居るのって、なんで?」
 エルザの口から、溜め息が漏れた。
「最初に言ったわよ。届け物の途中に顔を出しただけだって。……あっ、聞きたいのは届け物
の中身と、何処に行くのかってことかしら?」
 意思の疎通に僅かなズレを感じてエルザが言い直すと、ジェシカはコクリと頷いた。
「別に珍しいものでもなんでもないんだけど……、ちょっと待っててね」
 エルザはそう言うと、おもむろにスカートを持ち上げ、肌に優しい上質コットン生地の裏地
に出来た大きな膨らみに手を伸ばした。
 スカートの裏側であるため、膨らみの位置は手探りだ。しかし、生地の良さのせいか、伸ば
した手が膨らみに触れる度、少ない摩擦と意外に広い裏地の中を泳ぐように膨らみの中身はス
ルスルと逃げていく。
「んー……?入れるときは簡単だったのに、取り出すとなるとちょっと手間がかかるわねえ」
 どうやら、スカートの裏は大きなポケットになっているらしい。手で持ち運べる程度の荷物
なら収納できるらしく、件の届け物もそこに入れられているようである。

274銃は杖よりも強し さん  なんかミスばっかだ・・・。ぐふぅ:2009/05/16(土) 17:43:30 ID:IMgn7ZL.
 ただ、構造的な欠陥なのか、取り出す際にスカートを捲る必要があるようで、エルザはジェ
シカ以外の目が無いことをいいことに、太腿まではっきり見えてしまうほどスカートを高く持
ち上げ、ブンブンと振り回している。
 それでも荷物はポケットの中に篭城を決め込み、外に出てくる様子は無かった。
「このっ、出て来い!往生際が悪いわよ!」
「往生際とか言う以前に、はしたないって……、うわぁ!?」
 思わず突っ込みを入れそうになったジェシカが、振り回されるスカートの向こうに大人の空
間を発見し、驚きに思わず声を上げる。
 子供が見てはいけない、神秘の世界を見つけてしまったのだ。
「……?どうしたのよ。ちゃんと出てきたわよ」
 スカート裏のポケットから、ぼと、と落ちた包みを抱えて、エルザが不思議そうに首を傾け
る。一見してあどけない子供の仕草なのだが、今のジェシカにはそれが妖艶な色香を放ってい
るように見えて、どうにも顔が赤くなるのを止められなかった。
「いえ、何でもありません」
「……そう?」
 もう一度首を傾げたエルザは、頭上に疑問符を浮かべながら包みを解き始める。
 それを横目に見ながら、ジェシカは瞼の裏にしっかりと刻み込まれた光景にこめかみを押さ
えた。
 ドレスと同色のストッキングにガーターベルト。大切な部分を覆う下着は、肌の色がはっき
り確認出来るほど透けたレース生地で、赤紫のリボンがプレゼントを飾り立てるように結ばれ
ていた。
 穿いていない状態の直接的な色気よりも、穿いている状態の背徳的な色気よりも、よっぽど
エロい印象を根付かせるエロティシズム。
 その道のプロのお姉さんだって滅多に穿かないような、際どいにも程がある下着を常用して
いるなんて……。
「やっぱり、さん付けで呼びます」
 大人って凄い!
 そう思った、ジェシカ16歳の夏であった。
「?」
 自分の下着のことでジェシカが変な尊敬の念を抱き始めたことなんて露知らず、ただ首を捻
るしかないエルザは、一抱えもある包みを解いて、現れた無数の薬包紙の一つを手に取った。
「コレが、わたしがここにきた理由よ。どっかの血筋マニアに頼まれて、タルブの人たちに配
る予定の風邪薬。買って来るって話は聞いてたでしょ?」
 ジェシカの手の平に薬包紙を載せて、その中に収められた粉を見せる。
 水のメイジの力を借りなくても風邪に対して効果をあげるそれは、本来なら平民の手の届か
ない高級品だ。しかし、村に滞在するシャルロットの母の名義で出された資金が、村の住人に
一通り配給できるだけの量を確保することを許した。
 小匙一杯分あるかどうかという量の粉が、平民の年収に匹敵する価値がある。突然にそんな
ことを言われたら、すぐには納得出来ないだろう。一年の労働が、たった一匙分の薬にしかな
らないなんて。

275銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:44:16 ID:IMgn7ZL.
 しかし、タルブの村人達にとっては待ち望んだ代物であることに変わりはない。ジェシカも
首を長くして待っていたそれは、絶望感の漂う避難民達に希望を与えてくれるはずだった。
「予防薬にもなるって話だから、ジェシカも飲んでおいたほうがいいと思うわ。ずっと病人の
傍に居たんでしょ?甘く味付けしてあるから、遠慮せずにがーっといっちゃいなさい」
「あ、うん。……へぇ、便利なものだね」
 言われたままに薬包紙を口の前に持ってきて、盛られた粉末を口内に流し込む。
 瞬間、舌の上に広がった途轍もない苦味に、ジェシカの表情が歪んで皺だらけになった。
「み、みふ……!」
「ぶふっ、くっくっくっく……。残念だけど、ミミズはもう無いわよ」
 口の中の苦味を取り除こうと水を求めたジェシカに、エルザが笑いを漏らして腹を抱えた。
 聞き間違いをしたという様子ではない。わざと水とミミズを聞き間違えたふりをしているの
だ。
「みふ!みふはっへば!!」
 涙が零れそうになるほど刺激的な味が、ジェシカに強烈な喉の渇きを与えている。
 粉薬を飲むときには水が必要だと言う認識は有ったのだが、量が量だ。唾で十分に飲み込め
ると思ったし、甘い味付けだと言うから警戒もしなかった。それが、間違いの元だ。
 薬はしつこく口の中に張り付き、唾で飲み込もうとするジェシカを嘲笑うかのように、無駄
無駄無駄ァッ!とハイになってジェシカを攻め立てている。
「えー、蜜ぅ?貴女、薬を飲むのに蜂蜜なんて使うつもり?贅沢ねえ」
「ひはう!みふっへいっへるへひょ!!」
 尚も聞き間違いしたふりをするエルザの胸倉を掴み、ガクガクと揺さぶる。しかし、完全に
遊びに入ったエルザは、その程度で音を上げることは無かった。
「は、はふぁったわね!」
「ふふふ、わたしは一度として水無しで飲めるだなんて言ってはいないわ。薬が甘いなどとい
うありもしない幻想を抱き、飲み水を用意しなかった貴女の負けよ、ジェシカ」
 何時の間に勝負事になっていたのか。
 サディスティックな笑みを浮かべたエルザは、嘲るように高笑いしてジェシカの手を振り解
くと、颯爽と逃げ出した。
 ジェシカの歩いてきた獣道を逆走していくエルザに手を伸ばして、待て、と声をかけようと
するが、口の中の苦味とそれが高級品であるという事実がジェシカの行動を妨げる。
 平民の年収が口の中に納まっているのだ。おいそれと無駄には出来ない。
「お、おふぉれー!」
 でも結局、口の端から粉を少量吹いて、ジェシカは恨みを込めた声を上げた。
 森の木々に去り行くロリ吸血鬼の後姿が隠れ、やがて景色に溶け込んで見えなくなる。
 目的地は分かっているのだから、追おうと思えば追えなくは無い。しかし、ジェシカにはシ
エスタとの約束があるため、このまま帰るというわけにはいかない状況だ。
 森の中から一歩も出ないまま終わりでは、シエスタも納得しないだろう。
 一先ず口の中の風邪薬を何とかしよう、と湧き水でもないものかと周囲を見回したジェシカ
は、足元に開いた穴を見て苦味でクシャクシャになった表情を更に歪めた。

276銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:44:51 ID:IMgn7ZL.
 エルザが何処から来たのかは分からないが、少なくとも、この穴は森の外に通じているはず
だ。もしかしたら、村の近くに出入り口があるかもしれない。
 シエスタとの約束を優先するなら、この穴に入ってさっさと村の様子を見に行くべきだ。し
かし、口の中の苦味はどうにも耐え難い。
 解決策が一つ見つかると、すぐに別の問題が発生するから人生と言うものは過酷だ。
 先日の雨が今日降れば、口の中の苦味ともおさらば出来るのに。
 もしそうなったら、風邪の薬自体飲むことは無かっただろう。そんな事実を無視して、天候
に文句をつけたジェシカは、心の中でチクショウ!と叫んで、穴に中に飛び込んだ。
 村の様子を見ることが出来たら、すぐに帰って誰かに水を貰おう。
 そう思って行動したのはいいのだが、ヴェルダンデという案内役も無く、真っ暗な穴の中を
どうやって移動するのか。
 そんなことにジェシカが気付いたのは、穴の中ですっかり迷子になってからのことであった。


 運動をしていると、呼吸は自然と荒くなる。それは、体を動かすためのエネルギーとして酸
素を必要とするからであり、体力の消耗が安定した呼吸を乱すからである。
 ハルケギニアに生きる竜もまた、生き物である以上は呼吸をし、激しい運動をすれば息は乱
れるものだ。しかし、意外なことに、空を飛んでいる最中はそれほど息を乱すことは無い。
 何故か?
 それは鳥と同じように翼で風を捉えることによって、体力の消耗を抑えているからだ。微細
な動きで風の変化に対応しているが、やっていることは翼を広げているだけである。
 では、どのような時が竜にとって最も体力を消耗するときなのかといえば、当然翼を激しく
動かしているときだ。
 加速、減速、離陸、着陸、方向転換。翼を動かす機会は様々あるが、中でも一番激しい動き
をするのは、その場で滞空する場合である。
 風に乗ることも出来ず、自身の翼一つで空を飛び続けなければならない状態は、竜の体に多
大な負担を強いる。つまり、呼吸が乱れるわけである。
 流石に、人のようにか細い悲鳴のような声を上げるわけではないが、鼻息の荒さはそれはも
う凄いことになる。
 その荒い鼻息の前に人が立っていたのなら、酷いことになるのは間違いない。生暖かくも臭
い鼻息を延々浴び続けなければならないし、そして、多くの生き物は鼻の奥に鼻水と言う粘膜
を持つ。
 鼻息の中に混じる鼻水。それを浴びた人間が、果たして冷静でいられるだろうか?
 答えは、否であった。
「……この爬虫類、ブッ殺してやる」
 地獄のそこから這い出ようとする亡者の呻きに似た響きを発したのは、頬にべっちょりと粘
性の液体を貼り付けたマチルダだ。言うまでも無く、付着したゲル状物体は竜の鼻水である。
「落ち着いて下さい、ミス・ロングビル。今動いては……!」
 向かう所全て磨り潰すと言わんばかりの殺気を持って前進しようとしているマチルダを、コ
ルベールが羽交い絞めにして押さえつけていた。

277銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:45:24 ID:IMgn7ZL.
 マチルダが怒り狂っている原因は、目の前でホバリングしているワルドの風竜だ。
 空気を読まずになにやらペラペラと喋っているワルドを乗せた竜は、地上に降りることも風
に乗って飛ぶことも許されず、呼吸を荒くして必死にホバリングしている。偶々正面に立って
いたマチルダは、その鼻息をモロに浴びて、さらには鼻水をぶっ掛けられたのであった。
 これで切れないはずがない。
 元々短気なマチルダは、即座に目の前の竜を八つ裂きにするべく動き出そうとしたが、辛う
じて冷静だったコルベールに止められ、杖も取り上げられていた。
 コルベールがマチルダを止めた理由は二つ。
 頭上を舞う竜騎士隊の数が多く、とても勝てる相手ではないということ。
 二つ目は、ワルドの語る話の内容だ。
 提示する条件を飲めば、マチルダとコルベールを見逃しても良い、と言っている。
 竜騎士隊を相手に逃げることは難しく、戦っても数騎を道連れにするのが精一杯といったと
ころに提示されたワルドの申し出は、生き延びることを考えれば、またとないチャンスなのだ。
 そのチャンスも、マチルダに暴れられては意味がなくなってしまう。少なくとも、条件を聞
くまでは大人しくして貰いたい。
 というのがコルベールの意見であった。
「ミス!ミス・ロングビル!どうか、どうか耐えてください!」
「やかましい!コレが黙っていられるか!女の顔を汚しておいて……、楽に死ねると思うなよ
トカゲもどきがッ!!」
 手足を激しく動かして、マチルダはコルベールを振り払おうとする。しかし、一応男である
コルベールの腕力には勝てず、虚しく叫びだけが木霊していた。
「なんだ、ミス・サウスゴータは話に乗り気ではないようだな……?」
 話を途中で止めたワルドが、マチルダの様子にニヤリと笑って見下したような視線を向けて
くる。しかし、マチルダの意識はワルドなど眼中に無く、風竜だけに向けられていた。
 敵意を感じて風竜も威嚇し、マチルダも歯を剥いて唸り声を漏らす。
 その姿は、まるで縄張り争いを始めた肉食獣のようであった。
「……獣と話していても意味は無い、か。そっちのお前はどうだ?条件を飲むというのであれ
ば、お前一人だけ生かしておいてもいいが」
「条件が分からねば、返事のしようがないとは思いませんかな?」
 マチルダを抑えたまま、ワルドの言葉に答えたコルベールは、一瞬馬鹿にしたような目を向
けて挑発する。
 正直に言えば、コルベールはワルドとの交渉が上手く行くとは思っていない。こういう状況
で示される条件なんて、碌な物が無いことは分かりきったことだ。
 それでも話し合いにコルベールが応じているのは、時間の経過による状況の変化を期待して
のこと。そのためには、マチルダが交渉の決裂を早めてしまうことは望ましくない。
 マチルダ自身を止められないのであれば、ワルドがマチルダの態度に業を煮やして交渉を終
えてしまわないように、多少恨みを買ってでもワルドの意識を自分に向けさせる必要がある。
 コルベールが話し合いを進めながらもワルドに対して下手に出ないのは、そういう計算が働
いていたからだった。
「それもそうか。では、条件を言おう」

278銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:46:03 ID:IMgn7ZL.
 分かりやすい挑発で腹を立てるほど、ワルドとて子供ではない。
 挑発される理由を状況から読み取りながら、自分の立場が圧倒的優位であることを態度で示
しつつ冷静に言葉を選ぶ。
 コルベールとワルドの腹の内の読み合いは、ワルドに分があるようだった。
「すぐに裏切れとは言わぬ。元ある立場に戻り、こちらの指示があったときにだけ内通を謀れ
ばそれでいい。貴様等は魔法学院の人間だろう?なら、そうだな……、万が一戦線が硬直する
ようなことがあれば、トリステインの中核を担う貴族の子弟を何人か見繕って、こちらの手の
者に差し出す、というのはどうだ?」
「……人質を取る、ということですかな?」
「平たく言えば、そうだ」
 肯定したワルドに、コルベールは内心で悪態を吐く。
 交渉はやはり決裂だ。そんな要求を呑めるはずが無い。マチルダなら生徒の一人や二人、ど
うってことは無いと言うかもしれないが、コルベールは教員としての自分に誇りを持っている。
 生徒を犠牲にするなど、ありえない話だ。
 それでも、話を終えるわけにはいかない。状況に変わりが無い以上は、話を続けなければ敗
北が決まってしまう。
「要求を呑んだとして、私達がそれを実行するとは限りませんぞ?」
 口約束なんて簡単に破れるものだ。むしろ、そういう誘いがあったと報告すれば、アルビオ
ン側の手口が一つ明らかになり、有利になる。
 そういう懸念を指摘すると、ワルドは可笑しそうに鼻で笑った。
「それは無い。嫌でも約束は守ってもらうさ。禁呪を使用してでも、な」
 手を空に向けて、竜騎士隊にハンドサインを送る。すると、竜騎士の一人がゆっくりと近付
いて来て、ワルドの隣に並んだ。
「“制約”の魔法は知っているだろう?使用した相手に、特定の行動を強制することが出来る
水の魔法だ。これの使い手は滅多にいないが、偶然にも部下に一人だけ使えるものが居たので
な。そうでなければ、わざわざこんな話し合いをするつもりは無かった」
 ワルドが顎先で指示を出すと、竜騎士は竜を地上に降ろしてコルベールに杖を向ける。
 まだ条件を呑むとは答えていないのに、向こうはもうそのつもりらしい。いや、元より選択
肢など無いのだ。
 了承するか、死か。
 ここで反抗的な行動を取れば、向けられた杖は瞬時に別の魔法を放つのだろう。
 時間稼ぎを継続したいコルベールはなんとか時間を引き延ばすために声をかけるが、既に詠
唱を始めた竜騎士を止めることは出来なかった。
「クッ……!」
 魔力の奔りを感じて、目を逸らす。
 “制約”は魔法による洗脳と条件付けの二つによって成立する。魔法だけでも、条件だけで
も意味は成さない。そのため、視線を逸らし、相手から意識を遠ざける行為は、“制約”の魔
法を防ぐのに有効な手段とされている。
 しかし、それも経験則ではなく、うろ覚えの知識だ。“制約”を確実に防げるとは限らない。
 もし。仮に。万が一。そうなったら?

279銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:46:37 ID:IMgn7ZL.
 膨らむ不安に、コルベールの肌が熱を帯びてじっとりと汗ばむ。緊張に手が震え、マチルダ
を抑える力が緩んだ。
 そして、コルベールが待ち望んでいた時間稼ぎによる、状況の変化が訪れた。
 風が吹き、音の衝撃が肌を打つ。
 マチルダと睨み合っていた風竜の頭が、空から降ってきた人間に足蹴にされて歪むと同時に
赤い液体を噴き出した。
 竜の額が、鋼鉄に貫かれていた。
 空中を飛んでいた竜の体が地面に倒れ、血に濡れた大剣が肉の鞘から引き抜かれる。
 飛び散った鮮血に頬を汚したコルベールは、現れた人物の名を呼ぼうとして、緩んだ拘束か
ら逃れたマチルダに殴り飛ばされた。
「平賀才人、遅れて参上!って、なんか俺ってカッコイイ!?」
「このクソガキィ!アタシの獲物を取るんじゃないよッ!!」
「ぐえっ!」
 ワルドの風竜を倒した才人が、駆け寄ったマチルダに頬を殴られた。
 登場タイミングは悪くは無かったのだが、一個人の感情にまでは配慮出来なかったのが才人
の敗因だ。
「ガンダールヴ!貴様、なぜここにいる!?」
「そんなこと、お前に言う必要があるのかよ!」
 鼻血を垂らして殴られた頬を手で押さえた才人が、ワルドの言葉を力強く跳ね除ける。その
後方では、いきり立ったマチルダが既に死体となった風竜の頭を幾度も蹴り飛ばして鬱憤を晴
らしていた。
「フン、交渉は決裂だ。ガンダールヴ諸共、皆殺しにしてくれる!」
「やれるもんならやってみろ!」
 デルフリンガーを両手で握り、レイピアを構えたワルドに才人が突撃する。
 上段からの一撃をワルドは体を捻って回避し、レイピアを鋭く走らせて才人の喉を狙う。い
つかの手合わせの時とは違う、殺意の篭った攻撃だ。
 左手の甲に輝くガンダールヴのルーンの光は、鈍い。
 マチルダの八つ当たりともいえる拳が、感情の昂りをリセットしたせいだろう。身体能力の
向上効果は、ワルドの攻撃を回避出来るほどのものではなかった。
「……っとおおおぉお、あっぶねええええぇぇ!!」
 ずるり、と足が滑って才人の体が後ろに逸れる。
 風竜を殺したときに付いた血糊が、間一髪のところで才人を救っていた。
「チィ!大人しく死んでいろというのに!」
 舌打ちして、ワルドは体勢を崩した才人に追撃をかける。
 そこにオレンジ色の光が飛び込み、ワルドの進路を遮った。
「やらせませんぞ!」
 コルベールが放った、炎の魔法だ。
 蛇を模った炎が牙を剥いてワルドを襲う。
 魔法で身を守る時間は無く、生き物のように動く炎は回避も難しい。取れる手段が多くない
ことを刹那の時間で判断したワルドは、ちらりと視線を横に向けて、体ごと目的の位置に飛び
出した。

280銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:47:09 ID:IMgn7ZL.
「隊長?たいちょっ!?」
 “制約”の魔法を中断して、コルベールに魔法で攻撃しようとしていた竜騎士の体勢が大き
く崩れる。紺色のマントにワルドは手をかけ、入れ替わるようにして竜の上から竜騎士を引き
摺り落としたのだ。
 直進していた炎の蛇は、そのまま竜騎士を断末魔の声を上げる暇さえ与えずに焼き殺した。
「部下を盾にした!?なんということを……!」
「なにを驚く?ここはもはや戦場だ。ルールなど存在しない!そもそも、殺したのは貴様だろ
うがッ!」
 非道な行為に震えるコルベールへ冷たく言葉を投げかけ、ワルドは竜騎士が乗っていた火竜
の手綱を握る。その合間に、立ち直った才人が再び斬りかかって来るのを蹴り飛ばした。
「ふん、流石に俺一人では分が悪そうだ。一度退かせてもらうとしよう」
 引かれた手綱に反応して火竜の翼が広がり、ゆっくりと上昇を始めた。
 空にいる竜騎士隊は、既に異変を察知して攻撃態勢に入っている。ワルドがこの場を離れれ
ば、攻撃を躊躇する理由が無くなり、一斉に襲い掛かってくることだろう。
 状況は最悪だ。ワルドを倒しても倒さなくても、竜騎士隊の攻撃を退ける術は無い。
 歯噛みしたコルベールは状況の改善策を求めて周囲に視線を走らせるが、田舎町に竜騎士の
攻撃から逃れられるような障害物は無く、当然迎撃に使えるような道具が転がっているはずも
ない。
 出来ることがあるとすれば、死力を尽くして戦い続けることだけ。
 考えている時間は無かった。
「彼を逃がしてはいけない!竜騎士隊の統率を乱す為にも、ここで討ちますぞ!」
「言われなくたって!」
 去り行くワルドの火竜の尻尾に才人が飛びつく。それに続くように、コルベールが炎の魔法
の準備を始めた。
「待て、ワルド!」
「待てと言われて待った馬鹿が、過去に一人でも居たのか?」
 ワルドが手綱を繰って竜を少し暴れさせる。それだけで尻尾にしがみ付いた才人は上下左右
に激しく揺さ振られ、振り落とされそうになる。それでも才人は鱗に爪を引っ掛けて、振り落
とされるのを耐えていた。
「ええい、しつこい!」
 耐えかねたワルドが魔法を詠唱し、風の刃を才人に向けて放つ。
 尻尾にしがみ付くのに精一杯の才人にそれを避けることが出来るはずも無く、真空の刃は才
人の右肩を抉り、そのまま背中を通って左の腰へと抜けた。
 切れ味の良さから痛みも走らず、何をされたのか気付けなかった才人はそのまま尻尾を掴み
続ける。だが、一度大きく尻尾が振られて強く力を入れた瞬間、裂けた衣服の下で皮と肉とが
離れ、激痛と共に大量の血が溢れ出した。
「あ、あう、あああああああああぁぁあぁっ!」
「相棒!?やばい……、この傷は、ちょっとシャレになんねえぞ!」
 悲鳴を上げて竜の尻尾から振り落とされた才人の様子に、デルフリンガーが緊張に声色を変
えて叫ぶ。

281銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:47:41 ID:IMgn7ZL.
 ワルドに攻撃を仕掛けようとしていたコルベールは、宙に散る赤い液体を見て、咄嗟に別の
魔法に切り替え、杖を振るった。
「レビテーション!」
 物体を浮遊させる魔法が才人に向けられ、落下途中にあった体が地面に激突する寸前で空中
に固定される。
「サイトくん!?大丈夫かね?意識をしっかり保ちたまえ!」
「何とかして傷口塞がねえと……!相棒が死んじまう!」
 才人の背中に走る一本の傷は、派手に出血しているだけで深くは無い。だが、その出血量自
体が問題で、急速な失血によるショック死が危ぶまれる。
 仮に死を免れたとしても、この出血を放置すれば脳が血液不足によって損傷するだろう。そ
うなれば、どんな後遺症が待っているか分からない。ハルケギニアには、こういう傷を原因に
表舞台から去った人間も少なくは無いのだ。
 とにかく、傷を塞ぐ必要がある。しかし、針と糸で縫合することや水の魔法での止血は、こ
の場では実現できるものではなかった。
「止血か……、やりたくは無いが、命には代えられん」
 才人を地面に下ろしたコルベールは、迷いを捨てて炎の魔法の詠唱を始める。
「おいおい、この大事なときに、そんな危なっかしい魔法でいったいなにを……」
 異様な雰囲気を察したデルフリンガーが、コルベールの動向に声を漏らす。
 詠唱を終えて、コルベールは杖を才人の背中に向けると、デルフリンガーの静止の声に耳を
貸すことなく、魔法を発動させる最後の言葉を口にした。
「恨みは、甘んじて受けますぞ」
 杖に籠められた魔力が熱と光に形を変えて、傷口に沿うように才人の背中に広がった。
 血液を蒸発させながら、炎が才人の傷口を焼いていく。切断されていた皮膚と肉が焼け爛れ
ることによって塞がり、流れ出る血の量は確実に減少していった。しかし、その間、才人の口
は顎が外れそうなほどに開かれて、耳を劈くような悲鳴を響かせていた。
「……無様だな」
 空に移動したワルドが、才人の背中を焼くコルベールを見下ろして吐き捨てる。
 あれでは、死ぬか生きるかの二択だろう。お粗末にも程がある止血方法だ。
 ああまでして生きることに執着する意味があるのか。死ぬべき時に死んでおいた方が、人生
なんてものは苦痛が少なくて済む。なにせ、生き残った彼らが後に見るものは、蹂躙されるト
リステインの姿なのだ。他国の軍に蹂躙される国家の様相は、凄惨というしかない。
 そんなものを見る為に、苦痛を耐えて生き延びようなどと……。
 ワルドにとって、才人やコルベールの生き残ろうと足掻く姿は、潔さも誇り高さも無い、泥
臭い生き様にしか見えなかった。
 そんなワルドの言葉に、浮かぶように姿を現したマチルダがニィと笑った。
「まったく、同感だね。ここまで近付かせてくれるなんてさ!」
「っな!貴様!?」
 振り向いたワルドの目に、巨大なゴーレムの頭部が映る。
 肩の上にマチルダを乗せたゴーレムの両腕は、既に高く持ち上げられ、後は重力に任せて振
り下ろすだけとなっていた。

282銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:48:15 ID:IMgn7ZL.
 ワルドが才人やコルベールの動きに気を取られている間に、マチルダはこのゴーレムを作り
上げていたのだ。
「ダボがッ!気付くのが遅いんだよ!!」
 マチルダの意思に従い、ゴーレムが巨大な両腕をハンマーのように振るってワルドの乗る火
竜の背骨を砕いた。
 衝撃で肉が裂け、飛び散った血がゴーレムの体表を赤く染め上げる。その中に混じって、千
切れたと思しきワルドの腕がマチルダの足元に飛び込み、皮のブーツを赤く染め上げた。
「あはははははっ!だらしないねえ!結局誰だか分かんなかったけど、そんなことはもうどう
だっていいさ!生まれ変わって出直しといで!フッ、ははははっ!」
 四散した肉片が地上に落ちていく様を見下ろして、マチルダは腹を抱えて激しく笑う。
 溜まった苛立ちをワルドにぶつけて、ご満悦のようであった。
 しかし、何時までも笑っていられない。マチルダの作ったゴーレムを取り囲むように竜騎士
隊が飛び回り、殺気立った目を向けてきている。
 目の前で仲間を殺されて激怒しているのだ。
「……これは、ちと危ないかねえ?」
 肌にピリピリと感じる鋭い殺意に昂った気分があっという間に冷まされて、マチルダの頬の
筋肉が緊張で引き攣る。30メイル級のゴーレムなら上手く行けば竜騎士の二人くらいは仕留
められそうな気はするが、その頃には自分も灰になっているのは確実だ。
 これだけ敵意を向けてきている相手に、正面から戦うのは得策ではないだろう。
 つい先ほどまでぶっ飛んでいた理性を動員して、とにかく逃げるべきだという結論を導き出
したマチルダは、足蹴にしたワルドの腕を拾い上げると、それを正面を飛ぶ竜騎士に思いっき
り投げつけた。
「アンタ達の大将の腕さ!返してやるよ!」
 風の動きが変わり、投げつけた腕が竜騎士の一人にキャッチされる。その次の瞬間、包囲し
ていた竜騎士隊が一斉に騎乗する火竜にブレスを吐かせ、ゴーレムを火達磨にした。
「ハッ!危ない危ない」
 腕を投げた瞬間にゴーレムの肩から飛び降りたマチルダは、全身を炎に焼かれて崩壊を始め
るゴーレムの土と一緒に自由落下に身を任せ、地上に見える才人とコルベールの脇にレビテー
ションで勢いを殺して着地する。
 ちょうど才人の傷を塞ぎ終えたコルベールが視線でマチルダを向かえ、その背の向こうに見
える殺気をばら撒く竜騎士隊を瞳に映した。
「逃げる算段は?」
「ないよ」
 あっさり答えたマチルダに、コルベールは傷を焼かれた時の痛みで気絶した才人を担いで苦
笑した顔を向けた。
「では、走るしかありませんな」
「ぎっくり腰になんてなるんじゃないよ」
 一瞬だけ視線を交えた後に、互いに鼻で笑って足に力を籠める。
 その背後に騎士を背に乗せた火竜が迫り、煌々と燃えるブレスを放った。

283銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:48:48 ID:IMgn7ZL.


「だいたいこの辺か……、っと!」
 上下左右、あらゆる方向を土に囲まれた中、ランプの明かりを頼りに天井に耳を這わせてい
た男が、おもむろに両腕を天井に突き刺した。
 硬化の魔法をかけられた手は、土の壁に負けることなく肘の先まで突き進み、その向こうで
何かを握り締める。
 土を盛った土台の上で、男は手に何かを握ったまま体ごと腕を引っ張って、土の向こうにい
るものを引きずり出した。
「わああっ、わあ!」
「あちち、あちっ、あちっ!髪が、燃える!」
 天井が崩れて現れたのは、才人を抱えたコルベールと髪の一部を焦がしたマチルダであった。
 今し方、竜のブレスを浴びせられそうになった二人は、間一髪のところで男の手に救われた
ようである。しかし、完全に無事とはいかないようで、マチルダの髪は焦げ付き、コルベール
も後頭部の髪をパンチパーマ状態に変えていた。
 得意分野ではない土の魔法で天井の穴に蓋をした男は、ふう、と息を吐いて、金色の髪を濡
らす自分の汗を汚れた袖で拭った。
「あああああああ、あたしの髪が!半分くらいにまで……!クソッ!助けるなら、もっと早く
やりな!この駄目王子!!」
「いや、手厳しいね。一応は急いだつもりなんだが」
 マチルダの理不尽な言葉に、ウェールズは土に汚れた顔を崩して笑うと、足元のランプを拾
い上げる。油の量が少なくなり始めているらしく、光が弱まっているようだった。
「地下からでは緊急かどうかなんて、判別がつかないんだ。騒がしくしてくれていたから何と
か位置は分かったんだけど……、申し訳なかった」
「謝って済んだら、法律なんて存在しないってんだ!チクショウ……、アタシの髪が、こんな
に短く……」
 黒く焦げた部分を手で千切ると、髪の長さが肩の辺りで途切れてしまう。
 この分だと、綺麗に整えた場合は更に短くなってショートヘアになるかもしれない。元の長
さまで伸びるのは、恐らくは再来年の今頃になるだろう。
 涙目で崩れた自分の髪を握ったマチルダは、手入れを欠かすことなく綺麗に伸ばしてきた自
分のたった一つのお洒落が台無しにされた事実に、沸々と憎しみと怒りが湧き上がってくるの
を感じた。
「キィーッ!あいつら、殺す!絶対、皆殺しにしてやるぅ!」
「お、落ち着いてください、ミス・ロングビル!髪のことなら、後で私の育毛剤をお貸しいた
しますから。それよりも、先ほど彼のことを王子と……」
 暴れるマチルダを宥めて、コルベールは聞き流せない言葉に反応を示す。
 近年のハルケギニアにおいて、王子と称される人間は多くない。トリステインもガリアも王
の子は娘が一人だけだし、ロマリアは王権そのものが無い為に王と名が付くことは無く、ゲル
マニアに至っては王が結婚すらしていない為に子供自体が存在していない。分散する小国や公
国には王子と称される人間は少なからず存在するものの、滅多と表に出ることは無く、社交界
に顔を出すのはもっぱら女性ばかりだ。

284銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:49:22 ID:IMgn7ZL.
 そのため、王子と言えば、ここ数年ではたった一人を示すことになっていた。
 アルビオン王国王家、テューダーの名を継ぐウェールズである。
 一介の教員でしかないコルベールが王家の人間に直接拝顔することは無いが、祭典が開かれ
れば遠目に顔を見ることくらいはある。記憶にある曖昧な人物像を鮮明にすればこうなるので
はないか、という見本を目の前に置かれれば、それが同一人物ではという程度の疑問を抱くの
は、当然の成り行きであった。
 突然に立ち去るのも言い逃れをするのも不自然だと判断したウェールズは、コルベールの疑
問に対し、素直に自分の身分を明かすことを決めた。
「口が滑ってしまったようだね。まあ、仕方がない。その通り、僕は今は無きアルビオン王国
がテューダー王家の血をこの身に流す者。ウェールズ・テューダーだ」
 アンリエッタの持つ可憐な王女のそれとは違う、前線に立って血を流してきた軍人上がりの
王家の威光を滲ませたウェールズに、コルベールは体を震わせて跪く。
 偽物ではない。本物だけが持つ圧倒的な存在感が、確かにそこには有った。
 どこかの誰かのせいで世俗に染まって、いくらか落ちぶれてはいたが。
「おお、生きておられたのですか……!」
「本来なら内戦の終わりに討ち死にするつもりだったがね……、こうして情けなくも生き恥を
晒している。最近は小間使い同然に使われて、かつて仕えてくれていた使用人達の苦労を偲ぶ
毎日さ」
 小間使い?と言葉を零して、コルベールはハッとなってマチルダを見る。
 王族であろうとも落ちぶれた人間なんかは絶対敬ったりしないであろう人物が、そこに居た。
「言っとくけど、あたしじゃないよ。ここ暫く会ってなかったし。……っていうか、アンタは
あたしをそういう目で見てたのか!」
「あっ、あっ、そういうつもりでは!ただ、今日はどうしても印象が変わってしまうような姿
を多く見てましたので……!いたたたたたたたた、私の、私の残り少ない髪が!?」
 ちりちりになっている後頭部の毛をブチブチと引き抜かれて、コルベールは目元に涙を浮か
べる。
 痛みで泣いているのではない。絶滅間近の頭髪が虐殺されていることに泣いているのだ。
 コルベールの背後に張り付いて次々と犠牲を量産するマチルダを、ウェールズは平和な光景
だと笑顔で眺めて、手元のランプに目を移した。
 蝋燭の明かりよりも頼りなくなっていたか細い火が、そこでちょうど寿命を向かえた。
「おや?どうやら、油が切れてしまったようだな」
「なんだい、いいところだったのに……。えーっと、アタシの杖はどこいった?」
「いいところって、私の髪を荒野の如き不毛の地に変えておいて……!あ、ミス・ロングビル
の杖ならここにありますぞ」
 小さな明かりであったとはいえ、消えてしまえば目は暗闇しか映さなくなる。
 手元さえ分からなくなったマチルダ達は、手探りで各々に行動し、明かりを求めて杖を手に
しようとした。
「ここにあるって、そのここってのが何処なのか分かんないじゃないか!」
「私に言われても……。ああ、しまった。杖を地上に置いてきてしまいましたぞ!」

285銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:50:13 ID:IMgn7ZL.
「あれ?僕の杖がない。確かにベルトに挟んでおいたのに……」
「ああっ、申し訳ない!ミス・ロングビルの杖はこっちでした!こちらは、ウェールズ殿下の
杖ですかな?足元に二つとも転がっていて、どうにも判別が」
「だーかーら!アタシの杖はどこだって言ってんだよ!こっちじゃ分かんないっての!」
「僕も、どこに何があるやら……」
 手探りで棒切れ同然の杖を探し出すのは難しい。
 コルベールは親切で拾った杖をマチルダやウェールズの近くに移動させるのだが、それは逆
に転がっている位置を予測しているマチルダ達には迷惑以外の何者でもなく、杖は一向に手の
中に収まることは無かった。
「ちょ、誰だ!今、あたしの胸に触ったにょわっ!?このっ、言ってる傍から尻まで触るなん
て、死なすぞコラァ!!」
「ご、誤解ですぞ!私はただ、杖を渡そうと……、はう!?」
「なにか妙なものを踏んだ気が……。いや、それよりも、早く明かりを!このままでは、なに
がなにやらふぐぅ!?」
「きゃあああああぁっ!い、いま、今!顔に変なものがっ!でかい蛇みたいなのが!!」
 混乱極まる黒の世界。
 着実に股間へのダメージを重ねる男達。
 精神的な被害を被る紅一点。
 もはや杖どころではない三人は、互いに近い位置にいることの危険性を察して距離を取るこ
とを選択する。
 だが、それを待っていたかのように、冷たい風を伴って少女のものと思われる不気味な泣き
声がマチルダ達の耳に囁くように流れ込んできた。
 暗いよ。
 寒いよ。
 寂しいよ。
 遠く響く声は耳を塞いでいても体の中に溶け込んできて、頭の中で何度も同じ言葉が繰り返
される。
「ひ、ひいいいっぃぃ!なに!?この声はなに!?」
 折角離れたマチルダは、聞こえてくる声に背筋に走る冷たさを覚えて、元居た場所へと跳ぶ
ように戻る。その際、火の消えたランプを踏みつけて、派手に金属音をばら撒いた。
「ゆ、幽霊か……?僕は、こういう心霊現象とかは信じない主義なんだが……」
「んなこと言ったって、この声は何なのさ!現実に聞こえてきてるじゃないか!!」
 冷静に状況を推察する為に、落ち着いた声で喋るウェールズに、マチルダは体を震わせて反
論する。
 普段ならお化けや幽霊に唾を吐きかけて拳で語り合おうとするようなタイプであるマチルダ
だが、手元に杖がない状況は切り札が存在しないのと同義で、後ろ盾の無い環境が彼女の精神
を不安定にさせていた。おまけに、星明りさえない完全な暗闇という状況が更に情緒を刺激し
て、恐怖心を増幅しているのだ。
 ……ママ、何処にいるの?
 そんな言葉に鳥肌を立てたマチルダは、両手で自分の体を抱いて、声の聞こえる方向を涙を
いっぱいに湛えた目で睨みつける。

286銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:50:57 ID:IMgn7ZL.
「ママ……?ということは、女性の声に反応するということでしょうか」
「余計なこと言うんじゃないよ、このバカ禿げ!こっちに来たらどうすんだい!」
「ば、バカ禿げ……?」
 研究者の性か。コルベールは顎に手を当てて、聞こえてくる言葉に対する推測を無神経に語
ると、マチルダは恐怖心を誤魔化すように怒声を上げて身を小さくした。
「そういえば、この地下の穴はなんなのさ?まさか、大昔に作られた防空壕だとか、地下墓地
だとか、いかにも誰か死んでそうな曰くがあったりしないだろうね?」
 幽霊が現れる場所というのは、過去に何かしらの事件があって、人が死んだ場所が多い。
 もしかしたら、ここもその内の一つかもしれない。
 そう思うと、どうにも触れる地面の冷たさが、死体のそれと重なってしまうのだった。
「いや、それはない。この穴は、ジャイアントモールが田舎の土で育った良質のミミズを求め
て雲の巣のように掘り広げたものだ。昨日今日に出来た穴に、曰くなんてあるはずが無いよ」
 マチルダの疑問に、ウェールズはさっと答えて、声の聞こえる方向への警戒を強める。
 その瞬間、マチルダの瞳に不信感が宿った。
「……随分と詳しいね。アンタ、どういう理由でこの穴を見つけたのさ?」
「そ、それは……!」
 再び冷たい風が吹く。
 言い淀むウェールズを、暗闇の中、だいたいその辺にいるのだろうと辺りをつけたマチルダ
が視線で攻める。見えていなくても人の意思というものはなんとなく感じ取れるもので、追求
されている気配を読み取ったウェールズは、額に一滴汗を浮かべると、ポツリと呟いた。
「落ちた」
「……はぁ?」
「落ちた、と言ったんだ。村に近付く竜騎士隊を追い払おうと待ち構えていたんだが、敵が近
付いてくるのに合わせて移動したら……、ズボッて。お陰で、追い払うどころか、竜騎士隊は
僕の頭上を通り越して行ったよ。で、そのままジャイアントモールの世話になって、ここまで
来たんだ。途中でミスタ・ホル・ホースやエルザ嬢とも会って、君等が村の中に残っていると
聞いたから助けに来たのさ」
 間抜けな事故で見つけたということらしい。
 助けに来てくれたこと自体は感謝すべきことなのだろうが、どうにも失態の汚名返上が前提
にあった気がして、素直に感謝できない。
 まあ、100%善意であったとしても、マチルダがウェールズに感謝の言葉をかけるような
ことは絶対に無いのだが。
「なんだ、ただのバカか」
「ふっ。いつもながら、君の言葉は辛辣だね」
 否定することも出来ず、ウェールズは肩を落として負け惜しみの一言を零す。
 会話の終わりを待っていたのか、暫く聞こえなかった不気味な声が復活し、囁きが再びマチ
ルダ達の鼓膜を震わせた。
 声が聞こえるわ。……こっちにいるの?こっちにいるのね?
 近付いているのか、声が徐々に大きくなっている。だが、それ以上に不気味な事実があった。

287銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:51:58 ID:IMgn7ZL.
「ひぃっ!な、なんで後ろから!?さっきと方向が違うじゃないかっ!!」
 睨み付けていた暗闇とは真逆の方向から届く声に、マチルダは逃げ出す位置を変える。
 それが良かった。
 足が何か硬い物を踏みつけ、その存在をマチルダに報せる。
 必死に捜し求めていたものが、やっと見つかったのだ。
「つ、杖だ!杖を見つけた!!」
「早く明かりを!幽霊の正体を暴くのです!」
 コルベールが研究者魂を輝かせて、マチルダを急かす。
 たとえ頭髪が絶滅の危機にあっても、彼の未知に対する好奇心が絶える事はなさそうだった。
「言われなくても、とびっきり明るくしてやるよ!」
 足元に手を伸ばしたマチルダは、コルベールの言葉に怒声で返し、その場で“明かり”の魔
法を唱える。
 全身全霊をかけた“明かり”の魔法が、世界を真っ白に染め上げた。
「よし、ちっと目が痛いけど、これで……!」
 杖の先端に灯った強力な光に目を眩ませたマチルダが、瞳孔の急速な動きに痛みを感じなが
らも色の生まれた世界に意識を向ける。
 その瞬間、眼前に広がった赤い色に、マチルダは盛大に悲鳴を上げた。
「いぃやあああぁああああぁぁぁあぁぁああぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 焼け爛れた皮と肉。焦げ固まった黒い血の結晶。衣服は煤を被り、生々しく残る傷跡は生焼
け故に筋肉の躍動を内包する。
 そんなゾンビの如き様相を呈しているのは、地球出身で現在絶賛気絶中の平賀才人であった。
 暗闇から脱して最初の光景が、コルベールの手によって背中の傷を焼き塞がれた才人の姿で
あったのは、不幸としか言いようがない。得体の知れないものに怯えていたマチルダに追い討
ちをかけるようなショッキングな光景は、彼女の精神を激しく揺さ振り、肉体的にも精神的に
も多大な負荷をかけることに成功する。
 その結果、マチルダは放心したように固まると、白目を剥いて気絶したのだった。
「ああっ!また暗く!?」
「安心したまえ!今の明かりで、なんとか自分の杖を見つけた!」
 マチルダの失神によって再び穴の中は闇に染まったが、光を取り戻すのは早かった。
 一瞬の明るさから自身の杖の位置を確認したウェールズは、才人とマチルダの二人が倒れる
傍らに落ちている自分の杖を拾い上げ、“明かり”の魔法を唱えた。
 ランプのものよりも強くはっきりとした光が穴の中を照らして、ウェールズやコルベールの
姿を浮かび上がらせる。倒れたマチルダや才人の姿も、きちんと確認できていた。
 だが、それでも不気味な声は止まらなかった。
 人が居る。
 人の声がある。
 見つけた。
 見つけた。
 見つけた。
 みつけた。

288銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:52:37 ID:IMgn7ZL.
 ミツケタ。
「……近付いてきておりますぞ!」
「分かっている。迎え撃つぞ!」
 光に照らされた穴の中には、前と後ろに道が二つ。いや、正しくは、ウェールズたちの居る
場所も道の一部でしかない。
 接近する声と気配に、ごくりと喉を鳴らした二人は、足音までも耳にして、間もなく現れる
存在に緊張感を高めた。
「あっ!」
「なんだ、どうしたのかね?」
 突然に声を上げたコルベールに、ウェールズは尋ねる。
 だらだらと滝のように汗を流し始めたコルベールが、指をそっとウェールズの手元、杖を持
つ右手に向けた。
「私は杖が有りませんし、ウェールズ殿下も“明かり”を使っている間は、他の魔法が使えま
せんが……、仮に本当に幽霊だとか、怪物だった場合はどうすれば?」
 この言葉に、ウェールズも先ほどのコルベールのように声を上げて、ぶわっと汗を浮かび上
がらせた。
「わ、わわわ、ど、どうする!どうすればいい!?」
「私に聞かれましても!ああああ、こんなことに気付かなければ良かった!」
 一気に混乱し始めたコルベールとウェールズを余所に、足音は着実に近付いてくる。
 ミツケタ。
 みつけた。
 見つけた。
 そこに居るのね?
 そこに居るんでしょう?
 ああ、やっと、やっと……。
「見つけた!!」
「うああああああああぁぁあぁぁぁっ!!?」
 道の先、暗がりからウェールズの光の元に人影が現れ、それと同時にコルベールとウェール
ズの口から悲鳴が上がる。位置悪く、及び腰だったウェールズは倒れているマチルダに足を取
られて、後ろ向きに引っくり返っていた。
「いってえええええええぇぇぇぇぇぇ!!」
 倒れこんだウェールズが才人の上を転がって、傷口を思いっきり抉ってしまう。その刺激で
才人が絶叫と共に眼を覚ました。
「ああっ、サイト!あなた、サイトでしょう!?……うう、ぐす。見つけた。やっと見つけた
よう。散々迷って、一時はもう帰れないんじゃないかと……、うええぇん」
「え?なんだ?なんだよ?誰この人?なんで泣いてんだよ!?」
 幽霊の正体と思しき少女が、才人の姿を見つけるなり縋り付いて泣き始める。
 背中の痛みで目覚めたことも忘れて戸惑う才人を余所に、幽霊の正体が普通の人間であるこ
とを知ったウェールズとコルベールは落ち着いて状況を把握しだした。
「ミス・ジェシカ?まさか、ずっとこのモグラの穴の中を彷徨っていたのですか?」

289銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:53:25 ID:IMgn7ZL.
「ぐず……、うん。そうだよ。真っ暗で、何にも見えなくて……、引き返そうにも、自分が何
処に居るのか分からなくなっててさ……。口の中は苦いばっかりだし……。ホントに、このま
ま死んじゃうかと思って……」
 言っている間に暗闇に恐怖と一人ぼっちの寂しさを思い出したのか、ジェシカは再び泣き始
める。額や手には擦り傷も多く、何も見えないまま彷徨い歩く間に何度も壁にぶつかったり転
んだりと、散々な目に遭ったことが見て取れる。エルザに騙されて痛みが走るほどの苦い薬を
口の中に残していたことも追い討ちをかけたようだ。泣きたくなるのも分からないでもない。
 とはいえ、モグラの穴で遭難死なんて、笑い話にもならないが。
「あー、よく分かんねえけど、大変だったんだなぁ」
「大変なんてもんじゃないわよ!こんなに泣いたのなんて久しぶりなんだから!こ、この、朴
念仁ッ!唐変木!むっつりスケベ!」
 苦労を理解してくれない投げやりな言葉に怒ったのか、ジェシカの手が才人の体をバシバシ
叩く。
 働き者で体をしっかり動かして鍛えてあるとはいえ、女の力だ。才人はそれほど苦痛に感じ
ることもなく、それどころか、なんかこう新鮮な反応に頬を赤くした。
 が、ジェシカの手が才人の背中に触れた瞬間、そんなことは頭の中から吹っ飛んで激痛に悶
絶することになった。背中の傷は、焼いて塞いだだけで完治なんて程遠い状態だということを
忘れているようである。
「うんんぎゃあああああああぁぁぁぁぁぁあっ!」
「このっ!このっ!あんたがもうちょっと気を利かせて、シエスタに心配させないようにして
いれば、こんなことになんて!!」
 顔面を真っ青にして苦しむ才人の姿も涙に霞んで、気付かぬままにジェシカは才人を叩く。
 誰かが止めない限り、才人が痛みでショック死するまで止まりそうに無かった。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花。実際に見てみれば、こんな可憐な少女だったとはね」
「大騒ぎした自分たちが恥ずかしいですな」
 最初に幽霊などと言ったのは誰だったのか。冷静さを失っていた自分達を恥じて、ウェール
ズとコルベールは恥ずかしげに首の後ろを掻いた。
「うむ、まったく。しかし、問題が一つあるとすれば……」
 コルベールと視線を交わし、同じ見解に頷いた所で、ウェールズはコルベールと共に意識を
気絶しているマチルダに向けた。
「彼女が真実を知れば、どうなるやら」
「血を見る可能性も、無きにしも非ずですな。早急に手を打ったほうが良さそうだ」
 勘違いで気絶などしたのだから、その気は無くても脅かしてしまったジェシカの処遇は大変
なものとなるだろう。最近めっきり怒りっぽくなっていることも考えると、普通なら頬を抓る
程度の折檻が、そのまま皮と肉を捻じ切る流血沙汰に発展してもおかしくはない。
 ついでに言えば、犠牲者はジェシカだけで済むなんて都合のいい話は無いだろう。散々大騒
ぎをした事実は、ウェールズとコルベールの記憶にしっかりと残っている。事の真相を知った
マチルダが、恥ずかしい過去を抹消するべく二人を始末しようとするかもしれない。
 マチルダの怒りを抑る、たった一つの切り札。それを知るウェールズは、気絶中のマチルダ
を抱え上げて背負うと、力強く頷いて、泣きじゃくるジェシカや痛みに悶絶する才人に付いて
くるようにと指示を出した。

290銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:54:07 ID:IMgn7ZL.
「ティファニア嬢だけが僕等の希望だ……!彼女が眼を覚ます前に合流するぞ!」
 決戦の地に赴く勇者の顔でウェールズは歩き出す。
 巨乳の女神の微笑みを求める旅が、情けない理由と意外と切羽詰った精神状態で始まろうと
していた。


 木々の向こうで何かが崩れる音が響いた。
 風に揺れる葉が森の外の音を吸収して届かなくしているが、耳を済ませて小さな音さえ聞き
逃さないように気をつけていれば、絶対に聞こえないものでもない。
 とはいえ、常に音ばかりに意識を集中していられる人間など多くは無く、その音を聞いてい
たのは極一部の人間だけであった。
「建物が崩れた……?ということは、そろそろ終わりかしら」
 五感そのものは人間と大差は無いものの、多少鋭くはある。そのお陰で遠く響いた小さな音
を聞き取ることに成功したエルザは、何が起きたかを悟って小さく呟いた。
 音は、竜騎士隊の攻撃によって炎上した建物が崩壊する時のものだろう。
 指揮官であるワルドを失ったアルビオンの竜騎士隊ではあるが、指揮系統が崩壊したという
わけではない。こういう時のために副隊長は存在しているし、階級という上下関係がある。そ
のため、任務の遂行に支障は無く、タルブの村の制圧は順調な様であった。
「空さえ飛んでなければ、逃げ隠れしないで止めに行けるんだろうけど……」
 言っておいて、詮無いことと肩を竦める。
 竜騎士の恐ろしい所は、一撃離脱の戦法と竜の火力だ。空を縦横無尽に飛び回る生き物を仕
留めることは容易ではなく、急降下と急上昇の合間に行われるブレスの攻撃は、地上を這うし
かない人間達を簡単に炎の海に沈めることが出来る。
 対空兵器なんて存在しないハルケギニアでは、地道に魔法で撃ち落すか、それとも大砲に散
弾を詰めて面制圧をするか、あるいは、同じ空を戦場に出来る部隊で対抗するしかない。それ
にしても、魔法は滅多に当たらないだろうし、大砲は高価であるにも関わらず射程の問題から
大した戦果を上げてはくれないだろう。結局の所、竜騎士と戦うなら同じ空で決着を付けるし
かないというわけだ。
 まったくもって、厄介な相手である。
 地上に引き摺り下ろすことさえ出来れば、話は違ってくるのだが。
「余程の間抜けでもない限り、戦場で地上に降りてくる竜騎士なんて居やしないか」
 ゴーレムに叩き潰された間抜けの存在なんて知るはずも無いエルザは、独り言を終えて膝を
抱える少女の顔をちらりと覗き見る。
 すん、と鼻を鳴らして、泣きながら籠に入れられた木苺を食べ続けるシエスタがそこに居た。
「アンタもいい加減泣き止みなさいよ。馬鹿みたいに心配してるときほど、心配されてる方は
退屈持て余してバカ面晒してるもんよ?それに、アンタが何を思ってたって、別に何かが変わ
るわけじゃないでしょ」
「ひょれは、ひょうかもひれないけど……」
 シエスタが、木苺を沢山詰めた口を動かして返事をする。

291銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:54:52 ID:IMgn7ZL.
 餌を頬袋に大量に詰めたリスのように頬を膨らます様は可愛らしいものだったが、内情は意
外と切実だ。何せ、エルザが持ち込んだ薬の苦さが余りにも酷く、こうでもしないと泣いてい
る理由が変わってしまうくらいなのだから。
 視線を少し動かして村人達の様子に目を向ければ、皆が揃って何かしら甘いものや刺激の強
い食べ物を口に詰め込んでいる姿が確認できる。水を飲んで苦さを洗い流そうにも、舌の上で
苦味が張り付いて取れないのだ。偶然、ティファニアが配り歩いていた木苺の甘さで多少は誤
魔化せることが判明してからというもの、自生している実を穫り尽くしそうな勢いでかき集め
て、こうして実を食べまくっているのであった。
「……んー」
 あっちでもぐもぐ、こっちでもぐもぐ。そうやって食べている姿ばかり見ていると、自分も
同じ事をしなければならないのではないのかと思ってしまうのが集団心理。
 触発されたエルザは、シエスタの傍らに置かれた籠から木苺を一つ掠め取り、それを口の中
に放り込んで仄かな甘味に頬を緩めた。
 だが、浮かんだ笑顔も長くは続かない。
「ぐすっ……、すん……」
「まだ泣くか」
 激しく泣くわけではないが、目元の涙と鼻水は止まらないらしい。
 よくもそこまで感情が長続きするものだと感心するが、親しい身内や想い人の危機ともなれ
ばそんなものかもしれない。ただ、どこか気まずそうな、それでいて申し訳なさそうな雰囲気
も感じ取れるから、泣いている理由は心配ばかりでは無さそうであった。
 シエスタが己の欲望に負けて、才人とジェシカを元に邪な妄想を抱いていた、などというこ
とがエルザに分かるはずもなく、疑惑の視線はすぐに消える。
 このまま泣き虫に長く付き合う気になれないエルザは、適当に切り上げることを決めていた。
 ジェシカの使った獣道を逆走してきたために話しかけられたのが縁の始まりだが、言ってし
まえばそれだけの関係。耳障りな泣き声を聞き続ける理由にはならない。
 このまま適当に理由をつけて逃げ出そう。
 そう思ってエルザが立ち上がろうとすると、スカートが何かに引っ張られた。
「……スカートが脱げそうなんだけど」
「あ、ごめんなひゃい」
 そう謝りはしたものの、シエスタはエルザのスカートを放そうとはしない。
 これは、引き止められているのだろうか?
 泣き腫らして後に落ち着いてくると、一人が寂しいと感じるときがある。誰かに傍に居ても
らいたいのに、避難民達は皆忙しく動き回っている。だから、その場の流れとはいえ、傍に居
てくれたエルザを放したくないのかもしれない。
 エルザにしてみればいい迷惑なのだが、それを言って泣かしでもしたら、余計に面倒なこと
になる。
 はぁ、と溜め息を付いて、エルザは再びシエスタの横に並んで座り込むと、また籠から木苺
を取って口に放り込んだ。
「ねえ、ちょっと訊いてもいい?」
「ん?」

292銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:55:30 ID:IMgn7ZL.
「サイトって、どういう奴?」
 ラ・ロシェールで、ホル・ホース同様に異世界から来た人間であることはエルザも知ってい
る。逆に言えば、それしか知らない。だから、あえて見知らぬ相手であるかのように、シエス
タに問いかけていた。
 ごくり、と頬を膨らませていた大量の実を無理矢理飲み込んだシエスタは、遠い空を見上げ
て記憶を掘り起こす。
 ああ、これが恋する乙女の目って奴なのね。
 才人のことを聞かれた瞬間、キラキラと輝きだしたシエスタの瞳を見て、早速エルザは聞く
気を無くしていた。
「そうね……、とっても勇敢で、貴族様が相手でも一歩も引かず、メイジだって倒しちゃう凄
い人よ」
「へえ、それは凄いわね」
「でしょ?ちょっと無鉄砲な所もあるけど、誠実っていうか、素直って言うか……」
「うんうん」
 ぽっと頬を赤くして、ペラペラと喋るシエスタに、エルザが適当な相槌を打つ。
 泣く子を黙らせるには、やはり興味のあることや好きなことをやらせるのが一番だ。想いを
寄せている相手のことを語らせれば、年頃の女なんて一時間以上も平気で喋り続けるもの。
 若干、邪魔臭さが増したものの、泣かれるよりはいいだろうというこの作戦は、早速効果を
上げ始めていた。
「美味しそうにご飯を食べてる姿がとっても可愛いのよ?あっちこっちに手を出して、すぐ口
の中をいっぱいにするの。それでもぐもぐって、一生懸命噛んでるところを見ると、小さい動
物みたいで……」
「へぇ、なるほどなるほど」
「食べ終わると、必ず美味しかったって言ってくれて……、それがもう、マルトーさん達が気
に入っちゃって気に入っちゃって。隠してたワインまでポンポン開けちゃうんだから。で、舞
踏会なんかで出した食事なんて、こんなに美味しいものを捨てるなんて、ってお腹いっぱいな
のに無理して食べて……、また気に入っちゃって、ミス・ヴァリエールの使い魔じゃなかった
ら俺の養子にしてるところだ!なんて言い出すのよ?それでね、それでね……」
「はぁん、へぇ、ふぅん」
「ミスタ・グラモンとの決闘だって、ボロボロになっても一歩も引かず、剣を握った瞬間、こ
う、風みたいに動いて、ずばー!ばさー!って、凄い早かったんだから!で、剣をこう突きつ
けて、貴族様に謝らせちゃったのよ。凄いでしょ?ね、ね!それから……」
「へえ。ほー。あー、はいはい」
 想いを寄せている相手のことを語らせたら、年頃の女なんて一時間以上も平気で喋り続ける
もの。
 そう、そのことはあらかじめ分かっていた。分かっていたのに、実際に聞かされる身になる
と、それがどれだけ辛い立場なのか、エルザは理解していなかった。
 自分の興味が多少でも重なれば、この苦痛も半減するのだろう。しかし、他人の好いた男の
ことなど心底どうでもいいエルザにとって、シエスタの口から次から次へと飛び出てくる惚気
話は延々と鞭打ちされるのに匹敵する拷問であった。

293銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:56:19 ID:IMgn7ZL.
「それでサイトさん、ご主人様のミス・ヴァリエールと喧嘩しちゃってね、わたし、これは神
様が与えてくれたチャンスだと思ったの!サイトさんってば、普段からなんだかんだと言って
いても、ミス・ヴァリエールのことばかり考えてて……。だから、これ以上二人の絆が深くな
る前に、きちんと既成事実を作ってしっかり掴まえておこうと思って……」
「わかった!分かったから!アンタがサイトのことをどれだけ好きか、よーっく分かった!で
も、なんか段々と生々しくなってきたし、この辺にしておきましょう!」
 自分で話を誘導しておきながら、耐え切れなくなったエルザが強引に話の中断を切り出す。
 このまま聞いていたら、一時間どころか日が暮れるまで続いてしまう。実際、適当に相槌を
打っているだけで空に上っている太陽がいくらか傾いていた。
 意気揚々と話していたシエスタは、まだ語り足りないのか、不満そうに表情を変える。それ
でも泣きながら木苺を食べていた時の陰鬱な雰囲気は消えて、いくらかすっきりとした顔で深
く息を吐いていた。
「と、とりあえず、目的は達したわね……」
 肩で息をしながら、エルザはシエスタの様子にニヤリと笑う。
 泣き虫は旅立ち、代わりに幸せの青い鳥が飛び回っている。高揚した気分を抱えたシエスタ
が再び泣き出すことは、多分、無いだろう。
 少し重い帽子を被り直して、気を取り直したエルザは、さっさとこの場を離れようと立ち上
がった。
 つん、と腰が後ろに引っ張られ、移動していた上半身は腰を基点に半回転して地面に落ちる。
 擬音を並べるとしたら、ずるっ。べしゃ。だろうか。
 顔面から地面に飛び込んだエルザは、見事にずり下がったスカートと端を掴むシエスタの姿
を睨むと、何事も無かったかのように元の位置に戻ってスカートを直し、シエスタの胸倉を掴
み上げた。
「なに?まだ、なんか用があるわけ?」
「えっと、そういうわけじゃないんだけど……。凄い下着つけてるのね?」
「ンなことはどうでもいいから。用件を言え」
 ちら、とエルザの機嫌を伺うように上目遣いに見て、シエスタは少し恥ずかしそうに笑った。
「まだ、名前も聞いてなかったから」
「……ああ、そういえばそうだっけ」
 状況に流されて放している間に、自己紹介をする機会を失っていたのを思い出す。
 名前を言う必要は特に見当たらなかったが、コレも一つの縁だろう。人脈は築いておいて損
は無い。多少の手間は将来への投資だと割り切るのが世の中を上手く生きるコツだ。
 しかしながら、築いた縁も忘れられては意味が無い。折角名乗るのであれば、しっかりと記
憶に焼きつかせておかなければ。
 時間と共に草臥れていくドレスの皺を伸ばし、ぱん、と大きな音を立てて土汚れを払ったエ
ルザは、少し考えて、くるっとその場で一回転した。
「わたしは美幼女戦士☆エルザちゃん!純な小さなお友達も汗ばんだ大きなお友達も、みんな
仲良くしてね!」
 舞い上がるスカート。ふわりと浮く金髪。そして、顔の横で作られた横向きのVサイン。最
後にはウィンクまで飛ばしていた。

294銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:57:16 ID:IMgn7ZL.
 ハルケギニアには特撮ドラマも無ければ、漫画もアニメもヒーローショーも無い。いったい
何処でこんなポーズを覚えてきたのか、何故か妙に様になる機敏な動きで決めたエルザは、ぽ
かん、と呆けたシエスタの反応に顔を真っ赤にすると、激しく咳き込んで言い直した。
「わたしの名前は、エルザよ。好きに呼んでいいわ。それと、今のは忘れて」
「あ、うん。わたしはシエスタ」
 何か鬱憤でも溜まっていたのだろうかと首を傾げたシエスタは、自分が原因だなどと考えも
しないでエルザと握手を交わす。こういうとき、深く追求せずにさらりと流すのが、気難しい
貴族の子供を相手に働くメイドの必須技能であった。
「それで、エルザちゃんのお父さんとお母さんは……?」
「話はそこまでにして貰おう」
 低い声が言葉を遮り、シエスタの細い首に銀色の光を添えた。
 肩に落ちる赤い液体に悲鳴を上げることも出来ず、全身を硬直させるしかないシエスタの後
方で、血塗れのワルドが右手に握ったレイピアを突きつけている。その体は満身創痍と言うに
相応しく、左腕は肩の辺りで削げ落ち、右の足も引き摺るようにして立っていた。
「幼女とか言った瞬間に出てくるとか……、流石はロリペド子爵」
「……俺を覚えていたか、吸血鬼。だが、減らず口には気をつけることだな。お仲間や友人が
死ぬことになるぞ?……勿論、貴様自身も、な」
 エルザが背後で何かが動く気配を察したときには、既にもう一人のワルドがレイピアをエル
ザの後頭部に向けていた。
 首の裏筋に向けられる冷たい視線に冷や汗を垂らし、そうと悟られないように横目に後ろの
気配を探る。
「風の遍在ね……。他にもいるのかしら?」
「見ての通り、余裕がなのでね。これで精一杯だ」
 言い終えると同時に、シエスタの背後に立つワルドが咳と一緒に血を吐いた。
 なにかのカモフラージュに重傷を演出している、というわけではないらしい。本人のコピー
を作る遍在が示すように、エルザの背後に立つワルドも左腕は無く、全身が傷だらけだ。
 誤魔化しは無いと見ていいだろう。しかし、そうなると何を目的にこの場に現れたのかが分
からなかった。
 ワルドは、あと十分か二十分か、その程度放置するだけで失血死する。最も大きい傷口であ
る左肩の部分は焼いて出血を止めているようだが、それ以外の部分の出血も酷いのだ。立って
いるだけで足下に血の滴が落ちて小さな水溜りが出来ていた。
 さっさと味方に合流して治療を受ければいいものを、自分の命と引き換えにしてでも欲しい
ものがあるのか。それとも、ここに生き延びる為の手段が存在しているとでもいうのか。
 どちらにしても、エルザやタルブの村人達にとって、厄介な存在であることに変わりはなさ
そうだった。
「吸血鬼……?エルザちゃん、どういう……」
 首筋の冷たさに頬を引き攣らせて顔を真っ青にしたシエスタが、迷子の子供のようにこの理
解出来ない状況の説明をエルザに求める。
 だが、それに答えている余裕はエルザには無かった。ワルドの突きつけるレイピアと殺気は
本物で、邪魔になると判断されれば、自分もシエスタも一瞬で命を落とすことを確信していた
からだ。

295銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:57:55 ID:IMgn7ZL.
 ワルドも余計な話に付き合うつもりは無いらしい。
 レイピアの刃をシエスタの首に押し付けて無理矢理黙らせると、また一度咳をして、何かを
探すように周囲を見回した。
「そこのお前、何をしている!」
 エルザたちの状況に気付いた村人の一人が、ワルドに向けて怒声を上げる。
 それをきっかけに、ワルドの存在に気付いた村人達が大小さまざまな悲鳴を響かせた。
「少々五月蝿くなってきたが……、これは好都合だ」
 最初に怒鳴った男が近付いて来ると、ワルドはシエスタの首筋から一瞬だけレイピアを離し
て、風の魔法の詠唱を一息で完成させる。
「エア・カッター」
 注視しても見ることの出来ない風の刃が、男の首と胴を切り離した。
「イヤアアアアァァァァァァァッッ!!」
 血の飛沫と一緒に足元に転がってきた男の頭部を直視したシエスタが、悲鳴を上げた。
 連鎖的にあちこちで鼓膜を刺すような叫びが飛び出し、我先にと逃亡を始める。小さな子供
は大人の足に蹴られ、転がり、力の無い女は男の腕に捻じ伏せられて地面に倒される。まだ体
調の戻らない病人達を助けようとする手は少なく、多くは置き去りになっていた。
 そんな中、散り散りになるタルブの村人達の間を縫って、前に出てくる人影がある。
 年は二十を越えたばかりか。長い黒髪の幼い顔立ちをした素朴そうな女性だ。それが、顔を
ぐちゃぐちゃにして、もはや何も反応を示さない亡骸にしがみ付いた。
 繰り返される男の名前。
 女性は、男の妻であった。
「静まれ!逆らわなければ生かしておいてやる!それとも、この男のようになりたいか!」
 死者に縋る女に目もくれず、ワルドは空に向けて光を放つ。
 “ライト”の魔法を応用した閃光弾だ。
 空がオレンジ色に染まり、光の欠片が木々の頭上でキラキラと輝く。それを目印に、タルブ
の村を焼いていた竜騎士隊が集まり始めた。
「女を……、エルフの女を連れて来い!ここに居るのだろう!?」
「アンタ、なんでティファニアを……!?」
 事前に示し合わせたように竜騎士隊が森の周囲を焼き、逃げ場を失った村人達が怯えながら
ワルドを見る中、エルザは背後の殺気に当てられながらも疑問を口にする。
 それに、ワルドはニタリと粘つくような笑みを浮かべ、ほう、と息を零した。
「やはり居るようだな?サウスゴータの娘がモード大公の娘を保護している事は知っていたか
ら、もしやと思ったが……」
 鎌をかけられたとエルザが気付き、口を抑えた時にはもう遅かった。
 ティファニアの存在に確証を得たワルドは、シエスタの首にレイピアを押し付け、要求を告
げる。
「ティファニアという、エルフの女を連れて来い!耳は長く、金髪の若い女だ!早くしろ!」
 ワルドが声を張り上げると、様子見をしていた村人達が一斉に動き出して、病人達の並ぶ一
角へと殺到した。

296銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:58:31 ID:IMgn7ZL.
 すぐに悲鳴が聞こえてくる。声質からして、間違いなくティファニアのものだ。
「……もうすぐ死ぬくせに、何が狙いなわけ?」
 恐怖に取り付かれた民衆を制するには強力な力が要る。今の自分にはティファニアを守る術
が無いことを知っているがために、エルザは服を強く握り締めて憤りを耐え、ワルドから情報
を引き出そうと問いかける。
 しかし、そんな行動すら狙っていたように、ワルドは見下した目をエルザに向けると、逆に
質問をぶつけた。
「我慢強いが、感情的でもある。少なくとも、友人や知人を傷付けられることを簡単に許容で
きるタイプではないようだな?」
「だからどうだって言うの?」
 努めて冷静に振舞い、相手に自分の情報を与えまいと仕草の一つにすら気をつける。
 そんなエルザの努力が、ワルドの中にあった疑いを確証に変えていた。
「生きているな?忌々しく、認め難い事実だが……!ホル・ホースとか言う傭兵と、ウェール
ズ王子の二人は!」
「……!」
 一瞬強張ったエルザの顔に、ワルドは笑みを深めた。
「クッ、ハハハ、分かりやすい反応だ……!決戦の後に見つけた魔法人形の件で、疑念が生ま
れた。サウスゴータの丘に調査隊を向けたが、死体は回収されず、埋められた形跡も無い。こ
の手に残った肉を貫いた感触は生存の可能性を否定していたが、時折聞く生存を臭わせる噂話
が気にかかったのだよ。そこで、昔読んだ本の記述を思い出した……」
 ティファニアの悲鳴と子供の泣き声、それを覆い尽くす様な罵声と悪態。
 近付いてきた喧騒にちらりと目を向ければ、数人の大人に両手を引き摺られたティファニア
が、亡き夫に縋りつく女性の隣に放り出された所だった。
「先住の魔法には、瀕死の者さえ瞬く間に癒す力があるそうじゃないか?あの場には、それを
使える人間、いや、エルフが居た!そう、だからこそ、生きていたからこそッ、お前は俺を見
ても冷静で居られるのだ!違うか吸血鬼ッ!?」
「ティファニアは、そんな魔法使えないわ!」
「いいや、使えるね!あのエルフの母親が強力な治癒の力を持っていたことは、使用人の残し
た手記に書かれていた!それに、娘も先住魔法を使うことは、既に知られているのだよ。始祖
の残した魔法には無い、記憶を削る魔法を使うのだろう?」
 何処まで執念深く調べたのか。
 真相にまで辿り着いてこそ居ないものの、そこに至る材料は揃っている。ただ、ティファニ
アの力の根幹について誤解があるだけだ。
「この人殺し!アンタのせいで!夫を……、あの人を返してよ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
 夫の亡骸に縋り付いていた女性が、今はティファニアを責め立てている。まったく非の無い
筈のティファニアは、それを甘んじて受け、ただ謝罪を繰り返すのみ。
 周囲の村人達は悲壮な表情を浮かべながらも、幾人かはエルフを村に受け入れたことが過ち
だったと賛成に回った人々を口々に罵り、箍の外れた人間はティファニアへ石を投げつけよう
としていた。

297銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:59:17 ID:IMgn7ZL.
「あっちの娘は吸血鬼らしいぞ」
「あの見た目で騙して、俺たちを食うつもりだったのか?」
「さっきの薬も偽物かもしれない!」
「そうだ、あの苦さは毒かも……」
 矛先が自分にも向けられ始めたことにエルザは表情を苦々しいものに変え、苛立ちと物哀し
さに混じった感情を腹の底に押し込める。
 故郷を追われ、蔓延する病に精神的に追い詰められていた村人達が、こうして烏合の衆と化
すことは想像するに難しくない。見知らぬ相手、特に亜人に対して同情するなんて事は普通は
ありえないのだ。だから、これは予測の範疇。誤解は後で解けばいいし、どうせ根無し草なの
だから、村一つに拘る理由も無い。
 今はただワルドの動向に注視し、生き残ることがエルザの全てであった。
「エルフ、こっちに来い!」
 血の混じった唾を吐いて、ワルドがティファニアを呼ぶ。
 元々気の弱いティファニアは、その声に怯えた様子を見せると、助けを求めるように村人達
の集う背後を見て、頭に小石をぶつけられた。
「きぅっ……、痛い」
 痛みの走る部分を押さえてふらふらと歩き出したティファニアは、ワルドの前に立って緊張
した様子で血に濡れたワルドの顔を見詰める。
 村人達は緊張した面持ちで様子を眺め、先程まで夫に縋り付いていた女性は胸を押さえて顔
を俯かせていた。
「さあ、俺を先住の魔法で治療しろ。このまま戻って生きる屍に変えられるわけにはいかんか
らな」
 レイピアをシエスタの喉元から離さず、ティファニアに詰め寄ったワルドは治療を急かす。
 それに対し、ティファニアは首を振って、小刻みに震える体の前で祈るように両手を重ねた。
「わたし、使えません。先住の魔法なんて……」
「下らない言い訳を聞く気は無い」
 言い終える前に、ワルドの遍在が握るレイピアの先端が白い肌を切り裂いた。
「っああああぁ!このっ、やりやがったわね!!」
 背後から足首を斬られたエルザが地面に転がり、痛みに声を嗄らしてワルドを睨む。
 踵の上、アキレス腱の部分が綺麗に二つに分かれ、大量に出血を始めていた。
「な、なんてことをするの!?」
「貴様がさっさと治療すれば、こうはならなかった。次は、この娘の首を掻っ切るぞ?」
 白刃がシエスタの喉を浅く裂き、走る痛みにシエスタが呻きに似た悲鳴を漏らした。
「だから、出来ないの!もう指輪の力は残っていないのね!」
「指輪?……指輪だと!?見せろ!!」
 シエスタを押し退けて、ワルドがティファニアの指を凝視する。
 左手の中指に嵌った台座だけを飾った指輪。ワルドの記憶にあるそれは台座に美しい水色の
石が乗っていたが、それを除けば同じものと思ってしまうほどに酷似していた。
「まさか……、クロムウェル!」
「今なのね!」

298銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 17:59:53 ID:IMgn7ZL.
 意識を別に向けたワルドの隙を見て、ティファニアが自身にかけられた魔法を解いた。
 強い風が落ち葉を舞い上げ、ワルドの視界を塞ぐ。砂埃と木の葉の嵐の中、姿を現したのは
シャルロットの使い魔のシルフィードであった。
 6メイルに届く巨体に備わる両腕で目の前のワルドを突き飛ばし、エルザの背後に居た遍在
にも手を伸ばす。
 だが、全てが思った通りになるほど世の中と言うものは甘くは無い。
「馬鹿が!逆らうなと言ったというのに!!」
 青い鱗に包まれたシルフィードの手を軽やかに避けて、ワルドが魔法の詠唱を始める。その
矛先はシルフィードではなく、遠巻きに見ていたタルブ村の人々であった。
「ちっこいの!あんたも働くのね!」
 ワルドの体に手が届かないと分かると、シルフィードは真っ先にシエスタを両腕で包み込ん
で保護し、エルザを叱咤する。
 小さな体はその声に応えようと、膝立ちの体を倒れこませるのと同時に頭を下げて、帽子の
下から鈍い光沢を放つフリントロック式の短銃を取り出した。
 火打石が作る火花が火薬に引火し、急速に燃焼を始める。
 熱と衝撃と圧縮された空気に押し出された鉛の塊が、大きな音を響かせて宙を走った。
 額に穴を開けて、ワルドの遍在が姿が空気に溶け込むように消えていく。
「こんなこともあろうかと、アニエスに無理言って調達してもらって良かったわ……」
 慣れない銃の扱いに手首と肩を痛めて表情を歪ませたエルザが、そのまま地面に横たわった。
 舞い上がった砂と木の葉が落ち着いて、地面に降り注ぐ。見晴らしの良くなった景色の向こ
うで、覚束無い足取りのシャルロットが普段より肌の白さを一割ほど増した顔を横に振ってい
た。
「今のは、わたし。貴女のは、ここに当たっている」
 指差した先にあるシャルロットの杖の先端が僅かに欠けている。どうやら、ほぼ同時に遍在
へ攻撃を仕掛けたらしい。しかし、結果は同じとは行かなかったようだ。
 素人が都合よく狙った場所に弾を当てられるほど、銃の扱いというものは簡単では無いと言
うことだ。
「うそぉ、結構頑張ったのに……」
 一発限りの役目を果たした銃を捨てて、エルザは倒れたまま足を押さえて苦笑いを浮かべる。
 その傍に寄って、シャルロットは助け起こそうと伸ばした手を固めた。
「足が……」
「不覚を取っただけよ。今は忘れて。それより、ワルドの本体を」
 足元を凝視するシャルロットを留めて、エルザは意識をシルフィードに突き飛ばされたワル
ドに向けた。
 血に染まった塊。それは、ピクリとも動いていなかった。
「気絶しちゃってるのね。真っ赤でちょっと気持ち悪いのね」
「元々無理をしていたみたいだし、限界だったのよ。そうすると、遍在も無理に攻撃しなくて
も勝手に消えたのかも知れない。今更言っても仕方の無いことだけど。……それより、面倒臭
いことになったわね」
 目を空に向けたエルザは、ワルドが消えても存在し続ける竜騎士隊の存在になんともいえな
い表情になる。

299銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 18:00:56 ID:IMgn7ZL.
 指揮官であるワルドが気絶してしまった為、あれを止める手段がなくなってしまった。かと
いって、無理矢理ワルドの意識を引き戻したとしても、説得は効かないだろうし、そもそも失
血と疲労で目を覚ますかどうかさえ怪しい。
 懸念はそれ一つではなく、目を下に向けた先にある自分を見る無数の視線もまた、エルザの
心を多少なりとも揺らす原因だった。
「長閑で過ごしやすい村だったんだけどね……、ま、村自体なくなっちゃったわけだし、丁度
いいのかも」
 吸血鬼と知っても平然としていられる人間は多くない。最近は受け入れてくれる人物が多か
ったから誤解しがちだが、吸血鬼が人を食べる種族であることに違いはないのだ。なにかあれ
ば、その境界が浮き彫りになる。それは、避けようのない事実であった。
「でも……」
 それだけでこんな目を向けられる謂れは無いはずだと、納得のいかないシャルロットは否定
の言葉をかけようとする。しかし、エルザは自嘲気味に笑って首を振った。
「今回は仕方ないわ。ちょっと強引だけど、見ようによってはわたしの責任もゼロじゃないも
の。これも、吸血鬼に生まれたわたしが受け入れるべき運命って奴よ」
 まったく気にしていないかのように、言葉の最後には鼻で軽く笑ったエルザは、聞こえてく
る泣き声に表情を消した。
 首の無くなった胴体の横で、物言わぬ男の頭部を抱き締めた女性が傍目も気にせず、生まれ
たばかりの赤子のように一心不乱に泣いている。
 愛する人を奪われる気持ちは、エルザにも理解出来ることだ。単純に捕食者と獲物の関係で
しかなかった以前と違って、今は感情移入が出来てしまう。
 きっと、恨まれるだろう。殺したいほどに。
 もしかしたら、彼女自身は理不尽な運命を受け入れて割り切った答えを出してくれるかもし
れない。そうなったときでも、仲間内から犠牲を出してしまった他の村人達の心にはしこりが
残るだろう。それは、もう避け様の無いことだ。
 無用な争いを避けるのなら、ここで引くことが正しい選択なのだと、エルザは過去の経験か
ら理解をしていた。
「わたしは元々根無し草だから、問題は無いわ。それよりも、ティファニアをなんとかしてあ
げないと。あの子もここに残すのは無理だろうから、新しい住居を探して。……って、そうい
えば、あの子は何処に居るのよ!?」
 今頃になって、エルザはシルフィードがティファニアの代役だったことを思い出し、辺りを
見回した。
 それらしい人影は、群集の中には無い。いや、その中に居たのなら、シルフィードが代役を
務めることなんて出来はしなかったのだから当然だ。
 なら、見えないところに居るのかと体勢を変えたエルザを、シャルロットが肩を押さえて止
めた。
「彼女なら、キュルケ達が匿ってる。村の人々は貴族には手を出せないから。それよりも、今
は貴女の傷のほうが大事」
 シャルロットの瞳に、エルザの足首に付けられた傷が映る。

300銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 18:01:33 ID:IMgn7ZL.
 ぱっくりと割れた肌から、血が次々と流れ落ちている。足先は安定せず、力の入り方も歪な
のが簡単に見て取れた。
 杖を構え、シャルロットは水の魔法である“治癒”をかける。
 淡い色の青い光が、エルザの足元を覆った。
「そっか。貴族なんて偉ぶっててムカつくだけだったけど、そうやって人助けのために立場を
利用するって手もあるのね……。あっ、傷は止血する程度でいいわよ。お姉ちゃんも風邪がま
だ治ってないみたいだから、無理をしちゃダメ」
「シルフィも風邪治ってないのね!っくしゅん!」
 いつの間にかぐったりとして動かないシエスタを抱えたシルフィードが、エルザの言葉を聞
いてくしゃみをした。
 鼻水が飛んで、気絶しているワルドに降りかかった。
「あー、汚いのねー」
 自分でやっておいて、それを言うのか。と心の中で突っ込みを入れたエルザは、足元の痛み
が消えてきたのを感じて、青い顔で“治癒”を続けるシャルロットの杖を軽く叩いた。
「もういいわよ。後は自然に治るのを待ちましょう」
「でも、まだ……」
「きちんと治るまで続ける暇は無いわ。あれを何とかしなくちゃいけないからね」
 エルザの視線の向こうで、ワルドがやられたことを悟った竜騎士隊が本格的な攻撃行動に移
ろうとしていた。
 森の周囲に火を射掛け、逃げ場を無くした上で村人ごとエルザ達を殲滅するつもりらしい。
 民間人の虐殺は本来なら御法度だが、今回は免罪符がある。竜騎士隊の隊長を倒すような敵
が紛れていたという言い訳があれば、タルブ村の人々は単なる避難民の集団ではなく、戦力を
保有した敵対勢力に早変わりだ。殲滅するのに躊躇する理由は無くなる。
 恐らく、エルザやティファニアが居なければ、こうして避難民が危機に陥ることはなかった
だろう。それもまた、エルザの感じている責任の一端であった。
「お姉ちゃん。こっちの戦力はどれくらい確保出来ると思う?」
 空の竜騎士隊を相手に勝負をするとしたら、全戦力を持っての奇襲だろう。数を半分に減ら
せれば、撤退してくれる可能性が生まれてくる。
 しかし、それも竜騎士を相手に出来る力があった場合の話だ。
 質問の答えにあまり期待せず、エルザはシャルロットの返答を待った。
「キュルケたちは、まだ体調が戻ってない。多分、戦力にはならない」
「じゃ、今動けるのは、実質わたしとシルフィードくらいか」
「わたしも……」
「お姉ちゃんは、わたしの傷を塞ぐので精一杯だったみたいだし。ね?」
 一瞬、自分も戦えると言いかけたシャルロットの言葉を、見透かしたエルザが遮った。
「風邪引きさんは大人しく寝てなさい。後は……、大人の仕事よ」
 ヒヒ、と誰かの笑い方を真似て、エルザは治ってばかりの違和感の残る足で立ち上がる。
 吸血鬼の基準で言えば、立派に子供のクセに。
 シャルロットはそう言いかけて、唐突に吹いた風に捲れ上がったエルザのスカートの中身に
口を噤んだ。

301銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 18:02:17 ID:IMgn7ZL.
 大人だ。これ以上ないほどに。
 ぽっ、と頬を赤くして、シャルロットは未だに毛糸パンツを常用する自分の子供っぷりを再
確認した。
「さて、格好付けたものの、特に作戦は浮かんでなかったり」
 シャルロットが何故顔を赤くしたのかサッパリ理解できないまま、空を見上げたエルザは袋
小路に等しい状況に眉根を寄せる。
 そのとき、竜騎士達の舞う空を、シルフィードよりも一回り以上も大きい風竜が横切った。
「攻撃!攻撃ーッ!!」
 馬の蹄が大地を叩く音が森の中に響き、老齢な男性の号令が轟く。
 森を焼き、村人達に攻撃を加えようと高度を下げていた竜騎士隊に、魔法の矢が次々と襲い
掛かった。
 竜騎士達はそれを回避しようとするが、回避運動を阻むように器用に飛び回る風竜によって
進路を奪われ、次々と撃ち落されていく。加えられる攻撃の中には、数メイルに及ぶ岩の塊ま
であって、竜の強靭な肉体ごと竜騎士を押し潰していた。
「カステルモール……!やっと来たのね、あのバカ!!」
 竜騎士隊を翻弄する風竜の背に乗った男の姿に、エルザは歓声に似た声を上げた。
 何事かと不安そうに辺りを見回す村人達の所に、森を抜けてきた騎馬が徽章を下げた胸を張
って名乗りを上げる。村人の中には、その顔を見知っていて既に事の次第を理解し始めた者も
居た。
「我はアストン!トリステイン王家より伯爵の位を与えられ、この地を領有することを許され
た者である!我が臣民の為、騎馬を率いて参った次第。コレより避難を開始する。我が騎士の
指示に従って、速やかに移動せよ!」
 次々と森の中に飛び込んでくる騎馬と掲げられたトリステインの旗を見て、村人達が歓声と
安堵の息を漏らした。
 助けが来たのだ。
「ヤーハアッ!」
「うわっ、もうちょっと優しくしてくれよ!」
「この程度で音を上げてんじゃねえ!てめー、ホントにキンタマついてんのか?」
 タルブ伯の騎馬隊に混じって、才人を後ろに乗せた妙に陽気な男がエルザの前に現れる。
 砂色の帽子に奇妙な格好。それは、逃げる為の足を手に入れるため、馬の調達に出たはずの
ホル・ホースであった。
「おにぃーちゃーん!!」
「ん?よう、エルほぐぅ!?」
 つい先程でアキレス腱が切れていたのもなんのその。ホル・ホースの姿を見た瞬間に、エル
ザはその胸目掛けて飛び込んでいた。
 脇腹に突き刺さる幼女。そして、落馬。
 現れて早々、ホル・ホースは気絶した。
「わああぁぁあ!?お兄ちゃんが白目剥いた!!」
「何やってんだい、アンタ」
 騎乗する馬の後ろにジェシカを乗せたマチルダが、呆れ顔でホル・ホースの現れた方向から
姿を見せる。その後ろには、足を縄で縛られたコルベールとウェールズを引き摺っている地下
水も居た。

302銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 18:02:51 ID:IMgn7ZL.
「そっちこそ……、なにそれ?」
 何故ウェールズとコルベールが酷い扱いを受けているのか。そして、何故抵抗しないのか。
 引き摺っている間に何度も顔を打ち付けたらしく、顔面を荒地に変えている二人を指差した
エルザに、マチルダは遠い目で応えた。
「ちょっと記憶を失ってもらってるだけさ。ん?よく考えてみたら、ティファニアに頼めば一
発だったね。いやぁ、忘れてた忘れてた」
 口調が平坦で、感情が篭っていない。
 ガタガタ震えるジェシカの様子から察するに、なにか一悶着あったらしい。ぞわっと背筋に
走る冷たいものに、エルザは追求するべき話題ではないと悟って、別の方向へ意識を向けた。
「シエスタ!?シエスタっ!」
「気絶してるだけ。心配ない」
「心配ないって……、何があったんだよ?」
 馬から下りた才人がシルフィードの手の中に倒れているシエスタに飛びつき、ぐったりとし
た様子に不安気な顔になる。その傍にシャルロットも立ち、傷の有無を確認しながら才人に言
葉をかけていた。
「……事情は、後で話す」
「なんで?」
「多分、その方がいいから」
 そう言いながら、シャルロットは一瞬だけ視線を外に散らした。
 エルザやマチルダ達、それに、横入りした自分にも不信な目が向けられている。村人達の間
に芽生えた不穏な空気は、事態が変化したからといって消えるものではないようだ。
 この事を直情的な才人に伝えたらどうなるか。想像するまでも無い。
 シャルロットの選択を才人は不思議に思いながら、後で絶対に話すように念を押して追求す
ることを諦めた。
 どうせ面倒なことになるのだから、適当に誤魔化そう。
 説明責任を放り捨てようとしているシャルロットの内心に気付けるはずも無く、才人はいつ
も通りに感情の読み取り辛いシャルロットの目を見て、勝手に頷いていた。
「こっちも、そろそろ終わりかしら」
 魔法と竜騎士が飛び交う空の様子を眺めて、エルザは率直な感想を口にした。
 空を飛び交っていた竜騎士の数は、あっという間に数を減らして片手で数える程になってい
る。カステルモールに機動性を封じられ、高度を取ることも出来なくなった竜騎士隊のなんと
脆いことか。撤退することも叶わず、間もなく全滅することは傍目から見ても明らかだ。
 わざわざ薬の配達をエルザに押し付けてまで領主を呼びに行ったカステルモールの判断は正
しかったと言える。制空権を握るのに欠かせない竜騎士隊の全滅は、アルビオン軍にとって大
きな痛手となることだろう。
 戦局は、圧倒的不利を予測されるトリステインの一方的な敗北とはいかないかもしれない。
 それが良い事か悪い事か、判断するのは遠い未来の歴史家だろう。
 ただ、現代の、それもトリステインに生きる人々の目から見れば、それは良いことなのだと
思えた。

303銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 18:03:34 ID:IMgn7ZL.
 騎士の一人の手を借りて、布に包んだ遺体を嗚咽を漏らしながら土の下に埋める。
 そんな光景は、僅かだが少なくなるはずだから。
「柄にも無く、ちょっと感傷的になってるわね。これ以上変なこと考える前に、ちゃっちゃと
移動しちゃいましょ」
 気絶したままのホル・ホースを馬に乗せ直して、エルザはその懐に入り込むように騎乗する。
「お姉ちゃんも、わたし達と一緒に行く?」
 訊ねたエルザに、シャルロットは首を横に振った。
「友達が待ってるから」
「そう?じゃあ、またね。お姉ちゃん」
「また」
 小さく手を振り、シャルロットはシエスタを両腕に抱えた才人と一緒にキュルケ達の下に向
かう。ノロノロと動き出したシルフィードも、歩いてそれを追いかけた。
「……。それじゃ、わたし達も行きましょうか」
「行くのはいいけど、コイツはどうするのさ。どうしてここに居るのだとか、どうやって生き
延びたのかとか、知りたいことは多いけど……、ここに捨てて行くのかい?」
 まるで手足のように乗っている馬の足を使って、完全に存在を忘れられていたワルドを突付
いたマチルダの言葉に、あ、とエルザが抜けた声を出した。
「そういえば、死んだわけじゃなかったわね。どうしよう……、トドメ刺しとこうかしら?そ
れとも、憲兵にでも突き出せば報奨金が貰えたりするのかな?一応、裏切り者なわけだし」
 爵位持ちの国家反逆者だ。金一封どころか、大金が転がり込んできても不思議ではない。た
だし、これから戦となると戦費を少しでも確保しようと、ケチって適当な勲章だけで誤魔化さ
れる可能性もあるが。
 心情的にはトドメを刺したいが、金も魅力的。欲の皮が突っ張っていると言われそうではあ
るが、エルザ達のお財布事情はそれほど厳しいものなのだ。
 頭上で最後の竜騎士が撃墜されて落下していく姿を背景に、心情と金勘定とを天秤で吊るし
てうーんと唸る幼女というシュールな光景。足下には血塗れのワルド、背中を預けるのは気絶
したホル・ホースと、普通に考えてありえない異様な雰囲気がそこにはあった。
 しかし、そんな空気に気付いていないのか、黒髪の女性がワルドに視線を向けながらエルザ
に近付いた。
「お願いが、あります」
 殺された夫を土に埋めたばかりの女性が、小さく頭を下げる。
 埋葬が終わって、花を沿え、短い祈りの言葉まで済ませた後のようだ。
 崩れていた場の空気が、重く詰まった。
「……吸血鬼にお願いなんて、してもいいの?」
 エルザの口から、突き放すような言葉が自然と出てくる。
 ビクリと肩を震わせた女性は、下げた頭を恐る恐る上げると、怯えの見える瞳でエルザを見
詰め、それから背後に居るマチルダやコルベール達に目を向けた。
「そちらの方々が、魔法学院の教員であるということは窺ってます。貴族様のご友人であるな
ら、信用が出来ると……、その……」

304銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 18:04:21 ID:IMgn7ZL.
 どう話せばいいのか迷うように口元を触って、女性は声を震わせる。
「知り合い程度だし、わたしが偉いわけじゃないわ。さっさと続きを話して」
 ここで話を中断されても困ると、エルザが先を促す。すると、女性は一つ頷いて、意を決し
たように話を始めた。
「夫は、勇ましい人間でした。それこそ、村が襲われたときには棒切れを手に飛び出していく
ような人です。……だから、きっと村の人たちの避難が遅れれば、時間を得る為に一人で恐ろ
しい竜騎士に向かって行った事でしょう」
 タダの夫の自慢話か、それとも、それほどの人間を失ったことを責めているのか。経緯を考
えれば、後者が事実だろう。ただ言いたい言葉をオブラートに包んでいるから、それほど強い
感情を感じられないだけで。
 無意識に女性の言葉を刺々しいものだと捉えて、エルザは無言で耳を傾ける。
「夫が戦わずに済んだのは、襲われることを早くに教えてくださる方が居たからで、先に足止
めを引き受けてくださった方が居たからです。その人たちが居なければ、わたしの夫はもっと
早くに死んでいたと思います」
 女性は、視線を地下水に、そしてマチルダとコルベールに向けて、まだ憎しみや恨みの色が
残る目をエルザに向けた。
「だからといって、全てを許せるわけではありません。でも、わたしだけじゃなく、村の皆が
同じように、あなた方の世話になったことくらいは理解出来ます。危険を教えてくれた。恐ろ
しい敵に立ち向かってくれた。高価な薬を分けてくれた。そして、今もこうして、領主様をお
連れ下さったことで、わたし達は命を繋ぎました。だから……」
 胸の内にある葛藤を抱えたまま、女性はその場で頭を垂れた。
「ありがとうございました」
 五秒、十秒と、頭を下げたままの女性に、エルザは表情を何度も変えて、声も無く三度口を
動かした後、ふん、と鼻で笑った。
「こっちはこっちの都合で動いてただけなんだから、礼を言うのは間違ってるわよ」
「あっ、はい。その、す、すみません」
 言われた言葉を付き返すようなエルザのセリフに、女性は体を小さくして謝罪すると、そそ
くさと立ち去ろうとする。
 その背中に、エルザは困った顔で声をかけた。
「ちょっと、本題を聞いてないわよ!頼みがあったんじゃないの?」
「そ、そうでした!」
 案外そそっかしいのか、再び戻ってきた女性はワルドの傍に立って、血塗れの顔を覗きこむ
ように眺めた。
 ぐっと握られた拳は、夫を殺された恨みによるものか。渦巻く感情は、エルザに対するもの
よりも大きいはずだ。
 それでも、瀕死の人間に手を上げることなく、女性はエルザに願いを告げた。
「法で……、出来ることなら、この男は法の下に裁かれるようにしてください。恨みをそのま
まぶつけるよりも、その方がきっと、夫への手向けの花には相応しいと思いますから」
「随分とえぐい事を考えるねえ……」
 エルザの背後で、マチルダの唇が愉悦に歪んだ。

305銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 18:05:01 ID:IMgn7ZL.
 爵位を持ちながら国家に牙を剥いた男が、捕まった後にどうなるか。それを考えれば、この
場でトドメを刺される方がワルドにとっては幸運だろう。まして、戦争を仕掛けてきた敵国の
人間だ。死罪を前提に繰り返される取調べという名の拷問は、果たしてどれほどのものか。考
えるだけでも背筋が寒くなる。
 それを見越した上で、この女はトリステインの役人に突き出せと言っているのだ。
「この子から父を奪った、酬いです」
 マチルダの呟きに、女性は悲しげに下腹部を摩る。
 見た目には分からないが、妊娠をしているらしい。なら、夫を失った悲しみや憎しみは、エ
ルザ達が考えている以上のものだろう。
 驚きに固まったエルザにお辞儀をして、女性は避難を始めている群衆の中に消えていく。何
かを言われることを避けているかのような早さだった。
「……子供の為か」
「本当のところは個人的な復讐ってところか。直接手を下せば、色々と困ったことになる。旦
那が死んだばかりなのに、随分と打算的なことで……」
 母は強し、ってことかね?
 馬を進めてエルザの前に出たマチルダは、そう言って杖を一振りすると、作り出したゴーレ
ムでワルドを担ぎ上げる。背の低い馬に似た土人形が、その背にワルドを乗せた。
「ぼーっとしてないで、行くよ」
「う、うん……」
 うわのそらのエルザを置いて、マチルダは馬を走らせる。その後にウェールズとコルベール
を引き摺った地下水も続き、もげる、とか、禿げる、とかいった叫びが響いた。
 徐々に森の中から人が少なくなり、移動する人々の背中ばかり見えるようになる。カステル
モールの乗る風竜は警戒の為か、未だに頭上で旋回しているが、竜騎士達が飛びまわっていた
時と比べれば随分と静かになりつつあった。森にかけられた炎も、気付かない内に消火されて
いたようで、色の無い煙が鼻に染みるような臭いを残している。
「母か……」
 呟いた後、ふと、頬が濡れていることにエルザは気付いた。
 最初は雨を染み込ませた土が竜騎士達の放った炎で水分を放出したのかと思ったが、それに
しては蒸した感覚はまるで無い。それに、濡れるほどの水蒸気なら、霧が出てもおかしくは無
いだろう。空気中の水分が多いからと、一滴だけ滴を作るのはおかしな話だ。
「……なんだ、涙か」
 顎先にまで滑り落ちた滴を手の平で受け止めて、エルザは単調な声で呟いた。
 僅かな間だけ玉となって太陽の光を反射していたそれは、手袋の布地に吸い込まれていく。
「なんで、泣いているのかしら?」
 右目の次は、左目だ。
 落ちた滴は汚れたドレスの上に染みを作り、しかし、黒い色がそれを隠してしまう。
 一度落ち始めた涙は勢いを増して、すぐにエルザの頬に道を作った。
 指先も震え始めて、手綱を握っていられなくなった。
「なによ、これ。次々と……」
 止まらない涙に辟易として、ぐっと力を入れて瞼を閉じる。

306銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 18:05:38 ID:IMgn7ZL.
 しかし、蛇口の栓を締めるのとは違って、溢れる涙は止まることを知らない。
「こ、このっ、なんで、もうっ!」
 頭を振り、手で目元を擦って、止まらない涙を何とか止めようとする。だが、その行動は逆
に心臓の鼓動を速め、喉の奥を乾かしていった。
「うぅ、ふぐ……、なんでよう……、泣く理由なんて無いのに!」
 感情が昂っているのは分かる。問題は、そうなった理由が分からないのだ。
 どこかに泣く要素があっただろうか。
 人が死んだこと?
 散々人を殺してきた自分が、そんなことを気にするはずが無い。
 女性が泣いていたから?
 他人の涙に心揺さ振られる自分ではない。
 吸血鬼であることで否定されたから?
 そんなことは、もう割り切っている。何も感じないと言えば嘘になるが、泣くようなことで
はない。
 じゃあ、いったい何なのだろうか。
 答えの出てこない問いかけが頭の中で駆け回り、冷静な自分を遠く引き離す。
 気付いたときにはもう、エルザは泣くことしか出来なかった。
「う、うぁ、わああぁぁぁぁぁ!ごめんなさい……!ごめん、なさい。わたしが……、わたし
が……!うあぁぁああぁああああぁぁぁ……」
 何故、謝っているのか。誰に謝っているのか。
 口にしている言葉さえ理解していないエルザは、唐突に上下に揺れた体を支えようと、体を
覆った何かにしがみ付いた。
 いつの間にか、馬が走っている。手綱を誰かが握っていて、固まって歩く人々を華麗に追い
抜いていた。
 誰だろう。
 自分の後ろには一人しか居ないことを分かっていて、エルザはしがみ付いたまま顔を上げよ
うとした。
 つばの広い帽子のせいで、視界が塞がる。
 邪魔臭いそれを放り捨てて、その先にある見慣れた顔にエルザは、一瞬呆けたように表情を
変えて泣くことを止めていた。
「なんで泣いてるかは知らねえが、オレの胸でよかったら貸してやるぜ。ただし、いつか利子
付きで返してもらうけどな」
 ヒヒ、といつものように笑って言うホル・ホースは、そのままエルザの頭を抱えて自分の硬
い胸板に押し付けた。
 いつかというのは、多分、エルザが成長して男性として楽しめる胸になった頃のことだろう。
「うん、借りるね……?うぅ、ふ、あああああああぁぁぁぁぁっ!!」
 押し付けられた顔を自分で更に強く押し付けて、エルザは再び泣き始めた。
 いつか。果たして、そのいつかが訪れる日まで、ホル・ホースの寿命が持つかどうか。今際
の際まで待ってもらう必要があるかもしれない。
 妙に冷静な頭の中で、エルザは薄れる現実感の中、遠い未来に思いを馳せた。

307銃は杖よりも強し さん:2009/05/16(土) 18:07:09 ID:IMgn7ZL.
 互いの寿命の差から必ず訪れる日まで、本当に一緒に居られるのだろうか?一緒に居たとし
たら、二人はどんな関係だろうか?
 家族か、恋人か、それとも……、他人か。今のままの関係を維持しているかもしれない。
 この借りを返し終わるまで、しっかりと見張って貰わなければ。
 死が二人を別つまで。
 縁起でもない話ではあるが、なんとも魅力的なフレーズに思わず頬が緩んだ。
 でも、涙は止まらない。それどころか、一層に増して溢れ出していた。
 恥も臆面もなく、エルザは体力の続く限り泣き続ける。
 いつか、眠りが誘うまで。
 ずっと。

308銃は杖よりも強いと言い張る人:2009/05/16(土) 18:13:44 ID:IMgn7ZL.
投下終了。冒頭に入れ忘れた副題は、【10 泣き虫の唄】です。
前回の投下から約半年も経ってるんですね。時間の流れは速いなぁ。
とはいえ、体はしっかり時間の流れを実感しているようで、
タイトル入れ忘れてたりするミスが出てくる出てくる。
次回は今月中になんとか投下……す、する……するぞ!

待っていた方には申し訳ない。待ってなかった方はスルーで。
前回からの時間差からか、作品の雰囲気だとかが色々変わってるかもしれません。
こういう部分には自覚が働かないので、気になったら指摘してください。

ルイズやアニエスも、そろそろ出番があるはずなので乞うご期待。
オレ、三部を書き終えたら、四部を書き始めるんだ……。

309名無しさん:2009/05/17(日) 03:31:59 ID:o2GEjR6g
まさか4ページにしないと納まらないとは思わなかった!
後編が2つになってしまったのは容量の関係なので許して頂きたい。
正直、上げるだけしてこれから堪能させて貰うとこなんだけど、
誰も書いてないからせめて、乙だけはさせて貰うんだ!

310名無しさん:2009/05/17(日) 05:02:59 ID:Tr0jW1Ro
ついにホルホル君のターン!!……と思ったらいつもどおりだったでござる
がんばれ主人公(笑)

311名無しさん:2009/05/17(日) 05:11:23 ID:Y7bgtXng
ベネ! ディ・モールトベネッ! 銃杖乙!
おマチさんの凶暴度指数が日に日に大変なことになってる気がしないでもない。
この丁寧なシリアスの中に混ざるコメディの「ハーモニー」っつーんですかあ〜〜〜〜もうたまらんっ。
相変わらずのクオリティにより、キング・クリムゾンされたかのようにすらすらと読みきってしまいました。

どんなに時間がかかろうとも完結を目指す、そんな貴方の姿勢に僕は最大限の敬意を表するッ!
だが、お約束は言わせて貰おう。今月中に“投下した”、なら使ってもいい!
同時に……忘れないで欲しい……『たとえ来月や再来月、その先になろうと投下はとても嬉しい』、ということを……。


ところで、エルザのパンツありますよね……なんていうか、その、下品なんですが……フフ……いえ、なんでもないですよ?

312名無しさん:2009/05/17(日) 18:50:14 ID:8f7dcgAM
待ち続けたかいがあったぜ…!!
銃杖の人GJ!!
ロリペドワルドのしぶとさには、思わず脱帽しちまうぜw
次回の展開が楽しみでしょうがないでござるw

313名無しさん:2009/05/18(月) 20:54:07 ID:DliYSZzk
銃杖さんお帰りなさい!待ってて良かった!

314名無しさん:2009/05/19(火) 00:39:23 ID:YVKjYris
銃杖の人おかえりなさいませ!
ずっと待ってましたぜ!次回も超期待してます
GJでした!

315名無しさん:2009/05/20(水) 19:52:09 ID:E7V6BbSY
銃杖ガンガレ!

316ティータイムは幽霊屋敷で:2009/05/24(日) 19:18:41 ID:wBTb6duE

「平和ね。笑ってほしいのかい、それとも蔑まれたいのかい?」

吐き捨てるようにイザベラは言い放った。
何かを為すには犠牲が必要だ、彼女もそれぐらい知っている。
お店で何かを買うのに代価を支払うのと同じだ。
だけど、これが狂気の沙汰だ。
トリステイン、ガリア、ゲルマニアのお偉方が集まった場所での襲撃なんて、
全世界に向けてアルビオンが宣戦布告したに等しい。
トリステインの連中だって馬鹿の集まりじゃない。
調べればアルビオンが関与したという確証を導き出せるだろう。
それまで生き延びてさえいればいいのだ。
連中の思惑なんざ関係ないね。どうせ失敗するに決まっている。
吹っ切ったイザベラはふてぶてしい態度で彼に接した。

「丁重に扱って貰えるんだろうね」
「約束しましょう。アルビオンの料理はお嫌いですか?」
「あんな不味いの好きになる奴がいるか。ワインで流し込まなきゃ食えたもんじゃない」
「では、食事にワインをお付けしましょう」

とても人質とは思えぬ要求にマチルダは肩を竦めた。
同じ王女といえども気品では『彼女』の方が遥かに上だ。
もし社交界に出れば一躍その名を轟かせる事になるだろう。
……ただし、それが出来ればの話だが。
今、衆目に彼女の姿を晒す事は出来ない。
だけど後数年、それだけの間を耐え忍べば価値観は逆転する。
彼女が陽の下を、平然と他人の目を気にせずに歩けるのだ。
だから、それまでの間、私は悪魔よりもおぞましい怪物となろう。
人の姿を借り、人を騙し、命を奪う怪物に。

「で、いつになったら解放してくれる?」

ほれ、と縛られた腕を差し出してイザベラは本題を切り出した。
無駄に思えた会話はこの一言の為の伏線。
言葉のキャッチボールを続けさせる事で、
不意の問いかけを仕掛けて本音を洩らせようとしたのだ。
そんな思惑を知ってか知らずか、彼は正直に彼女の問いかけに応じる。

「ガリア王国との交渉が成立したらすぐにでも」
「……どうも長期滞在になりそうだね。アタシ専用の別荘でも建ててもらうか」

諦観したイザベラから本気とも冗談とも取れない言葉が口をついて出る。
戦場での捕虜引渡しは大抵値段が決まっているので楽だが、
これが王族とか伯爵、侯爵になってくると話はまるで違う。
人質を取った側は圧倒的に優位な立場となり、
どう考えても呑めるような条件ではない物さえ突きつける。
中には、領土を半分よこせだの、美女1000人を用意しろなどあったらしい。
後は双方が歩み寄って妥協できる点で合意する。
戦後処理よりも長引く事などザラだ。
しかし、彼女の不安を払拭するように彼は告げた。

317ティータイムは幽霊屋敷で:2009/05/24(日) 19:19:16 ID:wBTb6duE

「いえ、要求するのは空軍の一部縮小と『聖地』の不可侵、これだけです」

あっさりと言い放つ彼に、イザベラは唖然とした表情を浮かべる。
その提案には何一つとしてアルビオンのメリットになる事は含まれていないからだ。
空軍の戦力を縮小した所でまた新しく戦列艦を建造すれば済む話だ。
『聖地』だって凶悪なエルフがゴロゴロいるような場所に好き好んで行く奴はいない。
意味がまるで分からないが、ガリア王国はたとえ人質がアタシだろうと条件を呑むだろう。
あー、でも、せっかくの機会だから見捨てようとか言い出す奴が2、3人はいるかな。
もしギーシュが聞いていれば『桁を2つ3つ間違えてないかい?』と言っただろう。

不意に、彼女の脳裏にある疑惑が走った。
学院とその周辺を覆うだけの濃密な霧、
あれだけの魔法をこの程度の人数で生み出せるのか。
仮に出来たとしても長時間維持していられるか。
そこに加わった『聖地』というキーワードが空白の部分に当て嵌まる。

「まさか……エルフと手を組んだの?」

ふるふると震える喉でイザベラは言葉を搾り出した。
間違いであってほしいと彼女は思った。
人間とエルフの交流が皆無というわけではない。
東方やサハラでは交易も行われていると聞く。
だけど今回の件はそれとは決定的に違う。
領土的野心を持たないエルフが国同士の諍いに介入してきたのだ。
それはハルケギニア全土を震撼させるに足る報だろう。
縋るような想いで見上げる彼女に騎士は何も答えなかった。
だが、その態度が何よりも雄弁に“真実”だと語っていた。

「正確には利害が一致した、そう言うべきでしょう」

真相を悟ったイザベラに騎士はそう言った。
ただ呆然とする彼女にその言葉が届いたかどうかは定かではない。
敵はアルビオンの騎士団だけではない、それ以上の伏兵がいたのだ。
彼女の思惑が根本から大きく覆される。
果たしてここにエルフに対抗できるだけの戦力はあるのか。
花壇騎士団、魔法衛士隊を総動員して勝ち目はあるか。
困惑する彼女に追い討ちをかけるかのように彼は告げた。

「助けは来ませんよ、シャルロット姫殿下」

肩を落として項垂れる彼女の姿を見て、マチルダは微かに罪悪感を抱いた。
希望は生きる気力だ。それが無いと分かった時の絶望は底知れない物がある。
確かにアルビオンまで連れて行くには大人しい方が助かる。
だけれども、こんな幼い少女には酷な話だったかも知れない。

泣いているのだろうか、見下ろした少女の肩が震えていた。
心配して顔を寄せたマチルダが凍りつく。
イザベラの身体を震わせていたのは怒り。
その表情は引き攣り、まるで笑っているようにさえ見える。
般若の形相を浮かべてイザベラは顔を上げて叫ぶ。

318ティータイムは幽霊屋敷で:2009/05/24(日) 19:19:50 ID:wBTb6duE

「誰がシャルロットだ! 誰が!」

がおー、と雄叫び上げる彼女に一同は目を丸くした。
急激な感情変化もそうだが、何よりも彼女の口走った言葉に驚愕が走った。
冷静を保っていた騎士が何食わぬ顔で彼女に答える。

「誰とは、貴女以外にいらっしゃいませんが」
「だから違うって言ってるだろうが! このスットコドッコイ!」

捲くし立てる彼女を前に、騎士の頬を冷や汗が伝った。
嘘を言っているようには見えない、それとも迫真の演技だろうか。
最悪の想像はしたくないが、それを考慮するのが彼の仕事だ。
意を決して彼はイザベラに聞いた。

「それでは、花壇騎士に守られていた貴女は何処のどちら様でしょうか」
「私はガリアのイザベラ様だよ! あんな小娘と一緒にするんじゃないよ!」

イザベラの名乗りに彼は覚えがあった。
ガリア王シャルルの実兄である大臣ジョゼフ、
その一人娘の名前が確かイザベラだったはずだ。
透き通るような美しい青い髪は王族のみと聞く。
彼女がシャルロット姫でないと言うなら本人である可能性が高い。
眼鏡を外して曇りを拭き取りながら騎士は質問を投げかけた。

「それでは二、三お聞きしたい事があるのですが」
「なんだい? 一応聞くだけは聞いてやるよ」
「イザベラ嬢がトリステイン魔法学院に留学する、
これは市井の噂にもなっていた事ですからいいでしょう。
ただ、彼女が留学するのはまだ先の話だと窺っています。
神聖な使い魔召喚の儀式を他国で行うわけにはいかない、
故に、ガリア王国で使い魔召喚を済ませてからと聞きましたが」
「馬鹿か。そんな配慮、王宮の連中がする訳ないだろ」

騎士の返答に呆れかえった様にイザベラはわざとらしい溜息を漏らす。
シャルロットならまだしも彼女は完全に厄介者扱いだ。
どこで何をしようと王宮に住まう者達は関知しないだろう。
もっともそんな裏事情を他国の人間が知っているとも思えないが。

「では、貴女の着ていたドレスについてですが」
「……結構気に入ってたのに、血で汚しやがって」
「なら交渉の条件にイザベラ嬢に新しいドレスを買ってあげる事を追加しましょう。
それはともかくとして、あのドレスは王女の為に仕立てられた物と聞きました」

これは彼等が極秘裏に掴んだシャルロットに関する情報だった。
ガリア王国に潜む密偵が王室御用達の仕立て屋から聞き出したものだ。
そのお披露目は間違いなくトリステイン王国で行われる『使い魔品評会』と踏んだ。
だから、それを目印にすれば濃密な霧の中でも見つけられると思ったのだ。

「ふざけんな! あのドレスはアタシんだ!」

激昂する彼女の唾が騎士の顔にかかる。
それを拭き取りながら彼は考える。
彼女の着ていたドレスはオーダーメイドで寸法もぴったりだった。
体型が全く瓜二つでもなければあそこまで合う事はないだろう。
同じドレスを寸法を変えて二着作ったのか、それは有り得ない。
厳格なガリア王宮が従姉妹とはいえ王族と同じ格好を許すとは思えない。
ちらりとセレスタンに目線を配らせると、彼は肩を竦めて笑いながら言った。

319ティータイムは幽霊屋敷で:2009/05/24(日) 19:20:26 ID:wBTb6duE

「王妃の膝の上にいたんだぜ。誰だって王女だと思っちまうだろ?」

なあ、と聞き返すセレスタンにイザベラは顔を背けた。
あの当時、イザベラは母親を亡くしたばかりで落ち込んでいた。
それを不憫に思った王妃が母親のように彼女に接してくれていたのだ。
もっとも母親を奪われる形となったシャルロットはよく部屋で一人不貞腐れていたが。
思えば、あの頃からだったか。彼女が今のような内気な性格になったのは。

「で、どうするんだい? 他人違いしたマヌケの大将さんは」

思慮に暮れる騎士を見上げてせせら笑うようにイザベラは訊ねた。
さぞや悔しげな表情を浮かべているだろうと楽しげに。
しかし彼の顔に焦りや後悔といった感情はなかった。

「些か手違いはあったようですが問題ありません。
イザベラ嬢でも十分に役目を果たしてくれるでしょう」

多少の誤差は計算の範囲内だと彼は判断した。
その一方で彼の胸中を黒い影が占める。
イザベラと自分達の話の食い違い、
まるで掛けるボタンを違えたような違和感。
それが何から来ているかという事に、彼は気付き始めていた。

320ティータイムは幽霊屋敷で:2009/05/24(日) 19:24:22 ID:wBTb6duE
投下終了。主役以外は端折る方向で。

321名無しさん:2009/05/24(日) 21:51:48 ID:iEkCYReg
乙。おもしろかった。
俺は話が進めば進むほど、ティファのバッドエンドしか思い浮かばない。
次回も期待してる。

322名無しさん:2009/05/25(月) 03:41:41 ID:Nhn8YJPA
投下乙!
やべえぜ、こんなところでジョゼフの臭いがぷんぷんとしやがる……
何処まで計算の内で、どこまでが計算外なのか。アルビオン側も自分達の
立場に気付くのは何時なのか……
期待に胸が震えるぜ!

323銃は杖よりも強いと言い張る人:2009/06/02(火) 23:48:53 ID:twOUXjm.
五月中に間に合わなかった……。正直、スマン。
そして今回もホル・ホースの出番は殆ど無い。マジ、すんません。
原作主人公組が、どうしても出張ってくるんだああぁぁ!

それはそれとして、投下します。

324銃は杖よりも強し さん:2009/06/02(火) 23:49:41 ID:twOUXjm.
11 戦場へ行く者、離れる者
 遠く戦場とはかけ離れ、未だ平和を享受して能天気な日常を送るトリステイン魔法学院の一
角では、一人の少女が頭から煙を噴出しながら歩いていた。
 抱えた“始祖の祈祷書”に挟んだ羊皮紙をちらちらと見ては、深く溜め息を付く。
 任じられた王女殿下の婚姻の詔は、結局納得の行く出来に仕上がることは無く、とうとう期
限としていた日が訪れたのであった。
「どうしよう、どうしよう、どうしよう……」
 敬愛する姫殿下の頼みを達することの出来ない重圧に、ルイズはこのまま部屋に篭って何も
かもから耳を塞ぎたい気分になっていた。
 しかし、逃げるわけにはいかない。
 本塔に繋がる渡り廊下から学院の入り口を覗いてみれば、そこにはもう婚姻式の出席者を待
つ迎えの馬車の姿があるのだ。ルイズは、あれに乗ってゲルマニアで行われる式に出席しなけ
ればならないのである。
「き、きちんと専門の人が修正してくれるのよね?笑われたりしないわよね?ああでも、お父
様やお母様も出席なさるのに、せっかくの晴れ舞台なのに、ちゃんと出来ないなんて……」
 ぶつぶつと不安から来る独り言を呟いて、ルイズは渡り廊下を越えて本塔の階段を登る。
 まずはオールド・オスマンに今ある詔の下書きを提出して、ある程度の添削を受ける必要が
ある。綺麗に形を整えてそれらしいものに仕上げる作業は、ゲルマニアへの道中で行われる予
定だ。
 しかし、オールド・オスマンはボケが始まってしまったし、専門職であっても、この自分で
見ても相当酷い出来である詩を時間内に修正しきれるかどうかは、正直疑問だった。
「なんでこういう時に限ってミス・ロングビルは留守なのよ!頼りにしてたのに、ご家族と旅
行だなんて……」
 才人と喧嘩をしてからというもの、部屋に引き篭もって詔の文面を考えていたルイズは、食
事のために食堂に出たときに、噂話としてロングビルの夫と子供が学院を訪問し、そのままロ
ングビルが出かけてしまったと聞いていた。
 学院で働く使用人達の口から広まったロングビル既婚疑惑は、既に学院全体に事実として認
識されている。一時は噂を種に学院中が騒動となったが、年齢や見た目の良さ、学院長秘書と
いう立場を考えれば別に不自然なことでもないと、密かな思いを抱いていた一部を除いて、す
ぐに受け入れられたのであった。
 ルイズもまた、本人が聞いたら卒倒しそうな噂を信じている一人で、ミス・ロングビルには
出来れば明るい家庭を築いて欲しいと本気で思っている。魔法の使えない自分をゼロだと馬鹿
にしない、年の近いほうの姉に似た素晴らしい先生だと心の底から信じている。
 ただ、今だけは自分の都合を優先して欲しかった。
「でも、資料は用意してくれたし、わたしがここまで出来ないとは思ってないだろうし……」
 才能が無いのを理由に他人の家庭に亀裂を入れるほど、ルイズは傲慢ではない。草案を作る
のに苦労しないだけの下準備を整えてくれたロングビルを責めるのは、まったくのお門違いで
あるということくらい、分かってはいた。
 それでも、憂鬱であることに変わりはないのだ。
「失礼します」
 いつの間にか到着していた学院長室の扉をノックも無しに開けて、いつも熱い茶を啜ってい
る隠居間近の爺さんに顔を向ける。

325銃は杖よりも強し さん:2009/06/02(火) 23:50:12 ID:twOUXjm.
 そこでルイズは、信じられない光景を目にした。
「……え?」
 ガリガリと削るような音が連続して、それが途切れたと思うと紙が宙を舞って部屋のあちこ
ちに詰まれた紙の山の上に降下する。かと思えば、何かを叩きつけるような音が断続的に響く。
 音の発生源は、執務机に並ぶ書類に猛烈な勢いで羽ペンと印章を叩きつけるオールド・オス
マンであった。
「あ、あれ?」
 ボケたのではなかったのか?
 失礼なことを考えて、ルイズは固まった。
 ロングビルの愚痴では、日向ぼっこと茶を啜ることしか出来なかったはずだ。いや、それ以
前に、こうまで必死に仕事をしている姿など一度として見かけた覚えは無い。
 ボケた人間が元に戻らないというのは、地球でもハルケギニアでも大体同じである。大昔で
は、始祖ブリミルが長生きをし過ぎた人間の心を御許に招いてしまったのだ、などと信じられ
ていた時代だってある。
 現在は脳の病であると解明されたが、それでも治らないものは治らない。
 なら、目の前で精力的に働いている人間は誰なのか?
 そういう疑問にルイズの思考が行き着いたのは、ある意味仕方の無いことだった。
「あなた、何者!?本物のオールド・オスマンをどこへやったの!?」
 抱えていた祈祷書を放り出して、スカートに挟んだ杖を取り出したルイズが、眼前の不審人
物に問いかける。
 学院に忍び込み、学院長の身柄を隠し、さらに入れ替わるなどという手際を考えれば、この
老人は素人ではないだろう。いや、老人ですらないのかもしれない。
 男か女かも分からない相手に、ルイズの喉が鳴る。
 メイジの巣窟ともいえる学院に入り込んだのだ。それだけ実力に自信があるのだろう。もし
かすれば、あのワルドに匹敵する相手ということも考えられる。
 考えるだけでアルビオンで受けた数々の傷の痛みを思い出してしまい、ルイズは思わず体を
震わせた。
「……は?なにを言っとるんじゃ」
 書類処理の手を止めたオスマンが、ルイズに顔を向けて首を傾げる。
「白を切ろうとしてもダメよ!あなたが偽物だって、わたしには分かってるんだから!狙いは
何?オールド・オスマンに化けて式に出席するつもり?そんなこと、このヴァリエール家が三
女、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールが許さないわよ!!」
 杖を突きつけ、ルイズは威嚇するように強く言い放つ。
 だが、内心では恐怖と不安が渦巻き、手足の震えが表に出てしまいそうだった。
 相手がワルドと同程度の力の持ち主なら、ルイズに勝ち目は無い。それは既に、アルビオン
で証明済みだ。だが、敵を前にして逃げ出すなんて選択肢は、ルイズには存在しなかった。
 とにかく、この不審者を倒して捕縛する。
 ルイズに考えがあるとしたら、それだけだった。
「なにを勘違いしとるか知らんが、少し落ち着きなさいミス・ヴァリエール」

326銃は杖よりも強し さん:2009/06/02(火) 23:51:16 ID:twOUXjm.
「あっ、動かないデゥっ!?」
 ルイズが反応するよりも早く執務机に立てかけた杖を取ったオスマンが、空のインク壷を念
動で飛ばしてルイズのおでこを強かに打ちつけた。
「うっ、うぅぅぅぅ!?いったあああぁぁぁぁいっ!」
 額を両手で押さえてしゃがみ込んだルイズを呆れた目で見詰め、オスマンは水パイプの先を
咥える。
 ぷか、と煙が円を描いて空中に浮かんだ。
「痛くしたんじゃから、当然じゃ。そんなことよりも、詔は完成したのかの?」
 オスマンは杖を再び振って、ルイズの足元に落ちた祈祷書を引き寄せる。そして、白紙の祈
祷書から挟まれた羊皮紙を引き抜き、文面に視線を落とした。
「お、オールド・オスマン?」
「なんじゃ、ミス・ヴァリエール」
 羊皮紙を読み進めながら眉の形を変えて、オスマンはちらりとルイズを見た。
「本物……、なんですか?」
 涙目で疑惑の視線を投げかけつつ、ルイズは握った杖に力を込める。対するオスマンは、そ
んなルイズの態度を気にした様子も無く、また水パイプを吸って煙を吐いた。
「当たり前じゃろ。ワシはワシじゃよ。他の誰と間違えるというのじゃ」
「でも、こないだはボケて……」
「ありゃ、演技じゃよ」
 暗にボケ老人呼ばわりしているルイズに、オスマンはなんでもないことのように否定した。
 また、ぷかり、と煙が宙に浮かぶ。
「セクハラを禁止されたんで、八つ当たりにボケた振りしとったら、ロングビルがワシの代わ
りに仕事をぜーんぶ片付けてくれるのでな。このままボケ老人の振りを続けとけば、楽ができ
るんじゃないか?と思ったわけじゃよ」
 と言っても、こうして裏切られてしまったわけじゃが。と言葉を続けて、オスマンは悲しげ
に笑った。
「ボケた振りって……、それはそれで問題があるんじゃ……」
「なあに、基本的なことは全部教えてあるでな。時たまこそっと、仕事がちゃんと出来ておる
か確認しておったが……、うむ。ミス・ロングビルは、ワシより有能じゃの。おかげで、ワシ
のやることが一つも無い!……まったくない。ほんとに……、ひとつも無い。ひ、一つも無い
んじゃよ!本当に、本当に一つも……!!ワシの仕事、一つも残っとらん!このままじゃ、ワ
シは要らないって言われてしまう!必要とされておらんジジイは、どうすればいい!?どこへ
行けばいい!?ワシは……、ワシはああぁぁぁぁっ!」
 机に突っ伏してオイオイと泣き出したオスマンに、ルイズは困ったように表情を崩した。
 精力的に働いていたかと思ったら、実はただの書類整理だったらしい。印も朱肉は付けられ
ておらず、気分を出すためだけに押していたようだ。
 学院長の座はボケたふりをしている間にロングビルに奪われ、オスマンは今現在、雑用係の
地位に落ちぶれていた。
「……えーっと」
 このボケ老人をどうすればいいのだろうか。

327銃は杖よりも強し さん:2009/06/02(火) 23:52:25 ID:twOUXjm.
 困惑するルイズだったが、ふと手元の杖を見て、一つだけ対処法を思いつく。
 自分の使い魔にもよくやっている、爆破処理。
 実に効率的で、状況を変化させるのに向いている方法だ。
 善は急げ、思いつけば即実行。
 ルイズが杖を振り上げるのに、迷いは無かった。
「ファイアー・ボー……」
「オールド・オスマン!居られますか!?」
 突然、学院長室の扉が叩かれ、魔法を使おうとしたルイズの肩が驚きに跳ね上がった。
「なんじゃ、騒々しい。ワシは惨めな老人の気分に浸るのに忙しいから、後にしてくれ」
「み、惨めな老人……?よく分かりませんが、緊急事態です!」
 部屋に人が居ると分かると、扉の向こうの人物は入室許可も取らずに部屋に踏み入れる。
 学院長を爆発させる現場を見られそうだったルイズが、ドッキンドッキンと鳴る胸を服の上
から押さえて息を吐き、入室した人間の姿を目に映した。
 王宮の人間のようだが、学院の入り口で待っている迎えとは別らしい。相当に急いでいたら
しく、息が上がっているが、衣服の乱れは殆ど無い。トリステイン貴族らしい、見栄っ張りな
性格がこんなところでも表れていた。
「緊急かね?少し待ちたまえ、ミス・ヴァリエール、退出を……」
「戦争です!アルビオンが、トリステインに宣戦布告をしました!既にタルブは陥落、アルビ
オン軍はラ・ロシェールに向けて進軍中です!」
 オスマンの両目が開かれ、執務机にペンが転がった。
「なんと!?ついにやりおったか!し、して、王宮はなんと?」
「アンリエッタ王女殿下の指揮の下、王軍を立ち上げ、戦場へ向かっております!しかし、戦
力は心許無く、諸侯及び勇士諸君は速やかに参軍せよとのお達しです」
「義勇軍まで立てるおつもりか……、となれば、最初の戦いこそ決戦となるな」
 国中の戦力をかき集めての戦いを臨むのであれば、敗北はそのまま敗戦に繋がる。
 アンリエッタは、アルビオンにこれ以上の侵攻を許すつもりは無いようだ。いや、港である
ラ・ロシェールに橋頭堡を築かれれば、アルビオン軍を止められなくなることを悟ったのかも
しれない。
 二国間における戦いを、他国の援軍を待つことなく終わらせる意気込みが見えていた。
「お、オールド・オスマン?戦争って……」
「ミス・ヴァリエール。この事は他言無用じゃ。儂が然るべき時に、然るべき方法で皆に発表
するでな。しかし、恐らくはこれを使うときは訪れまい」 
 ルイズの言葉に頷いて、オスマンは引き寄せたときと同じように始祖の祈祷書を念動でルイ
ズに渡した。
 アンリエッタがゲルマニアと結ぶ予定であった婚姻は、来るべきアルビオンとの戦いに向け
た政略結婚だ。それがアルビオンの早期の侵略によって意味を成さなくなるのであれば、確か
にルイズの考えていた詔の出番は無くなる。
 胸に抱いた祈祷書とその間に挟まる詔を書いた紙を見て、これを出さなくて済むのかと一瞬
ホッとしたルイズは、すぐに表情を硬くした。
 流れは、アルビオン王ジェームズ一世の言った通りになっている。アルビオンは、ゲルマニ
アの勢力の介入が入る前にトリステインを制圧しようとしているし、ゲルマニアは漁夫の利を
得る機会を窺っている。

328銃は杖よりも強し さん:2009/06/02(火) 23:53:52 ID:twOUXjm.
 やはり、トリステインは一国での戦いを強いられるのだ。
「オールド・オスマン。わたしは、これで……」
「うむ。あまり詳しくは聞かぬ方が良かろう。行きなさい」
 ルイズが退室を望むと、オスマンはすぐに了承して杖を振った。
 背後の扉が開き、ルイズは身を滑らせるように廊下へと出て行く。ばたん、と音を立てて閉
まった扉から、鍵のかかる音が響いた。
「……あれは確か、ベッドの下に」
 ジェームズ一世から渡されたものを思い出して、ルイズは強く祈祷書を抱き締める。
 トリステインが孤独ではないことを、アンリエッタ王女に伝えなければ。
 出立の準備の為、自室へ向かって駆け出したルイズの背後で、オスマンと王宮の使者とのや
り取りは続く。
「学院の人間が、現地に居ると?」
「アストン伯からの報せによれば、そうです。男女合わせて8名。教職員と、生徒であると聞
いておりますが……」
 使者の言葉に、オスマンは空席となっている秘書官の執務机に目を向ける。
 一応、休暇届のようなものは残されていた。
 職員用の物には目的地や理由などが記されていたが、そこにラ・ロシェール地方に繋がる文
章はひとつも無い。全て私情で埋め尽くされて、何処へ何をしに行ったのかはサッパリなのだ。
 しかし、ボケ老人のフリをしている間に聞いた話の内容を考えれば、有能な秘書を含めた魔
法学院の在籍者が戦乱に巻き込まれていることは容易に想像できた。
「学院の関係者であれば、迎えをやらねばならんのう」
 言って、オスマンは溜め息を吐く。
 多分、迎えと一緒に志願兵も送ることになるだろう。それが憂鬱なのだ。
 使者がここに戦争の始まりと関係者が現地に居ることを報せに来たのは、参戦する人間をよ
り多く集めるという魂胆があってのこと。戦場があり、そこに勲功を得るチャンスが転がって
いれば、名を上げることに貪欲な若者達を止める手段は無い。
 こう言ってはなんだが、簡単な扇動で学院の生徒達は戦場へ突撃するだろう。若い貴族は勲
功を得ることを夢見て、戦場に出る日を今かと待ち構えている。
 ならば、まだ何も知らず落ち着いている間に、オスマン自身が必ず生きて戻ってくると確信
出来る者たちを選定した方がいい。
 だとしても、選ばれなかった者の恨みを買ってしまうだろうし、犠牲が出ればオスマンの責
任となる。どちらにしても、やりきれない選択であった。
「それでは、自分は他にも伝え歩かねばなりませんので……」
「うむ。ご苦労じゃった」
 部屋を出て行く使者の背中に労いの言葉をかけつつ舌を出したオスマンは、執務机の隅に置
いた湯飲みを取って、温い茶で喉を潤した。
 自分で入れておいてなんだが、不味い。
 ミス・ロングビルが嫌々ながらも入れてくれた茶の美味さを思い出して、オスマンはやはり
見捨てられはしないと、部屋にある姿見に向かった。

329銃は杖よりも強し さん:2009/06/02(火) 23:55:00 ID:twOUXjm.
「まずは、状況を知らねばな」
 枯れ木のような杖を一度振り、姿見の鏡面に波紋を描く。
 その向こうに、ここではない遠くの景色が映し出された。


 アルビオンがトリステイン艦隊を撃沈し、宣戦布告をして二日。
 竜騎士隊の全滅が響いたのか、それとも地上軍の進軍が遅れているだけなのか。アルビオン
の軍勢は未だにラ・ロシェールに到着することなく、岩壁を切り出して作られた町は次々と到
着するトリステイン軍の手によって着々と要塞化が進められていた。
 岩を積み上げたような砦の壁には矢窓や砲門が覗き、殆ど完成している足場の確認の為に何
人ものメイジや騎士が歩き回っている。空には召集された魔法衛士隊のグリフォンや竜が警戒
の為に飛び回り、世界樹の港では軍艦に混じって、徴収された民間船に武装が施されている様
子が見えた。
 アルビオン軍の進軍が遅れれば遅れるほど、トリステイン軍は戦の準備を整え、より軍備を
拡充していく。奇襲ともいえるアルビオンの攻勢は、ここに至って意味を失いつつあった。
 そんな張り詰めた空気の流れるラ・ロシェールの街。その外側では、また別の戦いが繰り広
げられている。
 ぐうぅ、と鳴る腹の虫との一騎打ち。飢餓と死神を相手にした、生きるか死ぬかのバトルロ
ワイヤルだ。
「し、死ぬぅ……、腹が減って、し、シヌ」
 腹を押さえて悶えるように体を揺らしたホル・ホースが、痩せた顔に冷たい汗を浮かべてい
た。
 場所はラ・ロシェールから伸びるトリスタニアに続く街道の脇。戦の臭いを嗅ぎつけた傭兵
達のキャンプが並ぶ平野の端っこである。近くには水筒の水で必死に口の中を漱いでは吐き出
しているエルザとミノタウロスの肉体に雑草を食わせている地下水、それに、ぽつんと立った
樹木の陰で唇をカサカサに乾燥させたウェールズが、食欲を睡眠欲に無理矢理変えて眠ってい
た。
 三人と一匹は、避難民と一緒にラ・ロシェールまでやって来たのだが、街に入る途中で兵隊
に止められ、吸血鬼やミノタウロスを従えた怪しい人間を軍が陣を張る街の中に入れるわけに
はいかないと追い出されたのである。使っていた馬も盗品疑惑が持ち上がって取り上げられて
しまい、空っぽの財布では腹ごしらえも出来ず、こうして空腹と戦っているのだ。
「ああああぁっ!空腹に耐えかねて摘み食いなんてするんじゃなかった!口の中が油を飲んだ
みたいになっちゃったわ!傭兵なんて下品な職業の連中ってのは、血の味まで下品ね!」
 タダでさえ空腹で貧血のホル・ホースから血を奪うわけにもいかず、周囲の傭兵のキャンプ
を襲って血を吸っていたエルザが、悪態を吐いて不満を顕わにする。
「八つ当たりに金目の物を奪って来ようかと思ったら、目ぼしいものは何にも無いし。警戒が
強くなって別のを襲うのは難しそうだし……、踏んだり蹴ったりだわ!」
 収穫といえば、二日前に放り捨てたまま行方知れずの帽子の代わりにと、布を一枚盗って来
たくらいだ。頭に適当に乗せているだけだが、汚れ果てたドレスとは程よくマッチしている。

330銃は杖よりも強し さん:2009/06/02(火) 23:56:15 ID:twOUXjm.
 声が聞こえているのか、焚き火でスープを温めている近くの傭兵がエルザをじろりと睨んで
くる。彼らも、仲間を襲われたとなれば黙っているつもりはないようだ。
 が、そんな連中に地下水がミノタウロスの顔を向けると、すぐに目を逸らされた。流石にメ
イジ数人がかりでも梃子摺るような亜人と喧嘩をする度胸は無いらしい。
 しかし、敵を増やすのも良くないと、地下水はエルザに注意を呼びかけた。
「声がでかいぜ、お嬢。襲撃犯と知られたら、この平野に群がってる傭兵達が全部に敵になる
んだ。夜もおちおち眠れなくなるぜ……。うおっぷ、……もぐもぐ」
「反芻すんな!」
 エルザの投げた木製の水筒が、ミノタウロスの頭に当たって跳ね返る。
 ゴツン、という音と共に、空腹に悶えていたホル・ホースが沈黙した。
「牛の習性なんだから、仕方ねえだろ。体を操るってのは、肉体に適した行動を取るっていう
面倒臭い作業もしなくちゃならねえんだよ」
 黄泉路に旅立ったホル・ホースに気付いた様子も無く、地下水は話を続ける。
 どうやら、ミノタウロスの内臓は人のものよりも牛に近いらしい。草木を食べる際には、繊
維質を効率的に分解する為、反芻という摂食行動が必要なようだ。
 ハルケギニアの生物知識に加えられる、偉大な新発見である。
「酸っぱい臭いが気に入らないから、我慢なさい」
「自分だってゲロ吐きまくってるくせに……」
「なんか言った!?」
「いいや、なにも」
 機嫌の悪いエルザに小さく陰口を呟いて、地下水はまた別の雑草をミノタウロスの口の中に
放り込む。
 草に混じった石が噛み潰されて、硬い音が響いた。
「むぅ、この変な感じが治んないわね。……仕方ない、最終手段を取るわ」
 ヘドロを口の中に詰め込んだような最低な不快感に耐えられなくなったエルザの目が、気絶
したホル・ホースに向けられた。
「おいおい、本当に死んじまうぞ」
「大丈夫。ちょっとだけだから。本当に、ちょっとだけ……」
 ちょっと、とは言っているが、瞳を欲望に輝かせていては説得力が無い。
 そろり、そろりと近付いて、気絶したホル・ホースの首筋に狙いを定めると、エルザはその
ままいただきますも言わずに噛み付いた。
「お、おごっ……」
 死後硬直するかのように、ホル・ホースの肉体が僅かに跳ねる。気を失っていても痛みはあ
るのか、顔の形は苦悶に歪んでいた。
 その体を両手で押さえつけたエルザの頬が、だらしなく緩む。
「んく、んく、ん……。ぷはっ!やっぱ、この味よねぇ。たまんないわあ」
 口元に残る血の滴を袖で拭って、エルザは舌に残る不思議な甘さに恍惚とした表情を浮かべ
る。
 処女の生き血も捨て難いが、好意を持った相手の血も格別だ。舌触りや香りではなく、血に
混じる絶妙なクセが病み付きになる。

331銃は杖よりも強し さん:2009/06/02(火) 23:57:53 ID:twOUXjm.
 この瞬間だけは吸血鬼をやっていて良かったと、エルザは臆面も無くはっきりと言えた。
「驚いたな……、本当に吸血鬼だったのか」
 案の定ちょっとでは止まらず、もう一度ホル・ホースの首筋に噛み付こうとしたエルザの姿
を見つけた女性が、両手に抱えた藁編みのバスケットを揺らして目を丸くしていた。
 剣と銃とを腰に据えた鎧姿の人物は、エルザがトリスタニアで出会ったアニエスだ。
「あら、信じてなかったのかしら?」
 とりあえず、もったいないからとホル・ホースの首筋に滲んだ血を舐め取ったエルザが、わ
ざとらしくそれを飲み込んで薄く笑みを浮かべる。
 吸血鬼らしさを演出しているつもりのようだが、だらしなく緩んだ頬は甘い果実ジュースを
飲んでいる子供と大した違いは無かった。
「半々と言ったところだな。妄想癖のある早熟な子供である可能性も捨てきれなかったのが本
音だ」
 笑みに笑みを返して、アニエスはバスケットを足元に置いた。
「しかし、本当に吸血鬼であるというのであれば、これを持ってきた甲斐があったというもの
だな。前は見なかったが、随分と頼もしそうな仲間を連れているようだし」
 ちら、と地下水を見てから、アニエスは籠の上にかかった白い布を取り払う。
 焼きたてのパンの香ばしい匂いに混じって、焼いた肉と果物の香りが辺りに立ち込めた。
「おお、豪勢じゃねえか」
「地下水、アンタは草で十分でしょ。大人しく雑草を食べてなさい。雑草を。……それよりも、
ただの差し入れ……、なんて都合の良い話じゃなさそうね?」
 貴族の食卓でしかお目にかかれないような香辛料を多く使われた上等な食事を前に、エルザ
の警戒心が強まる。
 つい先程までのように口の不快感や空きっ腹がそのままなら、欲望のままに飛びついていた
かもしれない。しかし、ホル・ホースの命と引き換えに少しでも腹を満たしたエルザは、冷静
にものを考えられるだけの余裕を持つことが出来ていた。
 アニエスは交渉に来ている。それも、今回の戦争の件に関係する話だろう。一介の兵士であ
る彼女が戦場に居ることに不自然は無いが、傭兵達の集まる場所に足を運ぶとしたら、考えら
れる可能性は多くない。
 一歩引いた態度のエルザに、思惑を悟られたのだと察したアニエスは、どうせ話すことだと
考えて気楽に構えた。
「こっちの用件はだいたい分かってるみたいだから、簡潔に言おう。わたしの指揮する部隊は
人手不足でね……、おまえ達を傭兵として雇いたい」
 腹の探り合いをするつもりは無さそうだと、エルザはアニエスの言葉に肩の力を抜いて彼女
の足元を見る。
「ということは、それは前金のつもりかしら。こんな戦時の、しかも下っ端の兵隊が貰えるよ
うなお給金じゃあ、それを手に入れるのは大変だったでしょう?」
「そうでもない。食い物に関しては今のところ我が軍は困窮してないからな。多少、財布がい
たい思いをしていることは認めるが、これを報酬に含めるつもりは無い」
 安月給であるにも関わらず、上等な食事とは別に報酬を出すという。
 随分と太っ腹なことだが、それが余計にエルザの警戒心を高め、手を出すことを躊躇させた。

332銃は杖よりも強し さん:2009/06/02(火) 23:59:22 ID:twOUXjm.
「じゃあ、わたしたちを頼る理由は?言っておくけど、少々割高よ?」
 周囲には傭兵が履いて捨てるほど居る。顔見知りだからこその信頼というのもあるが、戦に
出てくる傭兵なんて使い捨てが基本だ。互いに信頼する必要なんて、さほど無い。
 あるとすれば、金を前提とした信頼。
 そういう意味では、エルザたちに固執する理由は無いはずだった。
「話さないと、ダメか?」
「アンタのくれた銃、全然役に立たなかったもの。その詫びとでも思いなさいな」
 トリスタニアでの一件にて、ドレスを汚された代償として旧式を一丁横流ししてもらったの
だが、何一つ成果を出せずに使い捨てることになったのだ。その分を多少追加請求しても罰は
当たらないだろう。
「だから、訓練しなければ銃は使い物にならないとあれほど……。まあいい、話そう」
 銃を渡すときに何度も繰り返した苦言を口にして、アニエスやこめかみに指を当てると、疲
れたように頷いた。
「私情で悪いが、わたしはどうしても出世がしたい。出世して、やりたいことがある。で、今
回は実験部隊が前線に出される滅多と無い機会なんだ。急な戦でライバルも少ない。手っ取り
早く手柄を上げるには、お誂え向きの舞台というわけさ。……だから、失敗はしたくない」
「身銭を切ってでも強力な仲間が欲しいってわけね」
「そんなところだ」
 ふうん、と色の無い息を漏らして、エルザは一先ず納得したとばかりに頷き、おもむろに喉
を鳴らした。
「私情の部分に関しては、話してもらえないのかしら?」
「悪いが、プライベートだ。そもそも、人に話すような内容じゃない」
 訊いた途端に表情を硬くしたアニエスの様子に、エルザは手を軽く振って口を閉ざす。
 どうやら、訊いてはいけないことのようだ。女でありながら戦場に出ることを臨むのも、な
にか関係があるのかもしれない。
 深く追求した所で不興を買うだけだと判断したエルザは、訊くことはコレで終わりだと言う
と、腰に手を当てて胸を反らした。
「悪いけど、その話は断らせてもらうわ」
 興味のあることだけ訊くだけ訊いて、即座に断ずるエルザに、アニエスは呆気に取られなが
らも理由を尋ねた。
「戦場なんて危険だらけの場所に入り込んだら、命が幾つあっても足らないもの。自分の命が
一番。お金も、食べ物も、家も、食事も、衣服も、ご飯も、命あってのものでしょう?」
「……なるほど」
 言いながら、アニエスはその場で屈み、ぱたぱたと手で扇いでバスケットの周囲に漂う匂い
をエルザに向ける。
 桜色の唇の端から、涎が出ていた。
「じゅる……、ごくり。ハッ!?ひ、卑怯よ!それをしまいなさい!」
「なるほどなるほど。コレが効くわけか」
 食欲を刺激する香りが鼻先をくすぐる度、エルザのお腹が大きな音を響かせる。
 摘み食いをした分は全て吐き出したし、胃液も一緒に吐いている。今のエルザの腹の中に納
まっているものといえば、一口だけ飲んだホル・ホースの血ぐらいなものだ。

333銃は杖よりも強し さん:2009/06/03(水) 00:00:43 ID:Y8wHn2HM
 僅かに満たされていた空腹感は、少量の血に比例した短い沈静期を終わらせ、再び精神との
均衡を崩してエルザの本能に対して甘い誘惑をかけている。それを読み取ったアニエスの攻撃
は、容赦というものを知らなかった。
「ほら。どうだ?良い匂いだろう?食べてもいいんだぞ?なんなら、追加だって持ってきてや
るぞ?」
「ぐっ、うぅ……、ダメよエルザ!誇り高い吸血鬼がそんな……、食べ物に誘われて命を危険
に晒すなんてみっともないことを……!」
 垂れ落ちる涎を飲み込み、高らかに歌う腹の虫を手の平で押さえつけ、前進しそうになる足
を根性で止める。しかし、瞳はバスケットの中身にロックオンされて、もう食欲に敗北寸前で
あった。
 エルザが精神的に崖っぷちに立っていることを確信したアニエスは、好機と見て畳み掛ける
ように追加報酬について話し始める。
「放浪生活は今でも続けているのか?一所に留まらない生活は中々疲れるだろう?出世が上手
くいったら、雇用費とは別に静かに暮らせるような場所に家を用意しよう。貴族が暮らすよう
な大きな屋敷は無理だが、そこそこの家なら何とかなる。お前にだって、傭兵家業なんて殺伐
とした世界とは別に、なにかやりたいことの一つもあるだろう?そこの保護者と二人で、仲良
く平穏な生活をしてもいいじゃないか」
「ふ、二人?二人っきりで、一つの家で仲良く?そ、そそ、そんな、卑猥なこと……!くうう
うぅぅぅ……、なんて魅力的な……!」
 酒の切れたアルコール中毒者や煙草の切れた喫煙中毒者のように、目は血走り、全身を小刻
みに震えて唸り声を上げる。
 心に残る僅かなプライドだけを支えに、エルザは欲望と戦っていた。
 そんな時、二人の間に若い女性の声が割って入った。
「今の話は本当かい?」
「ん?……あなたは」
 背後からかけられた声にアニエスは振り返り、少し長めに切ったボブカットの女性の姿を目
に映す。緑色の髪をした女性の背後には、沢山の子供や痩せ細った女性を背負った青年、それ
に、大きな杖を握った青髪の少女や老人が列を作って立っていた。
 バスケットの中身に夢中のエルザは気付くことなく、代わりに地下水が声を上げた。
「お、マチルダの姉御じゃねえか。シャルロットの姐さんも一緒だし……、そんな大所帯連れ
てどうしたんだ?」
「……そういうアンタは、なんてもん食ってんだい。こっちは、さっき軍の連中の面倒な話が
終わった所だよ。で、クソッタレな要求を蹴り飛ばして逃げてきたのさ」
 地下水の言葉に答えたマチルダが、苛立ちを隠そうともしないで道端に唾を吐く。
 後ろに居たティファニアが行儀が悪いと窘めるが、あまり聞いている様子ではなかった。
「で?手助けすれば、住処の手配をしてくれるんだろ?」
「いや、それは……」
 エルザ達だけに向けた条件だと言おうとして、アニエスは女の腰に差された杖を見つける。
 メイジだ。それも、多分かなりの使い手。

334銃は杖よりも強し さん:2009/06/03(水) 00:01:40 ID:Y8wHn2HM
 アニエスの脳裏に一瞬、復讐の二文字が浮かぶ。しかし、アニエスはそのイメージを頭を振
ることで打ち消すと、頼りになる人材だと考え直して口を開いた。
「金は、あまり多くは出せないぞ」
「それでもいいさ。面倒の無い場所に住処を用意してくれるならね」
 交渉成立だと言って、マチルダはアニエスの手を取り、適当に握手をする。
 それが終わると、すぐにウェールズの寝ている木に寄りかかって、ブツブツと罵詈雑言を並
べ立てた。
「その様子じゃ、ティファニアの嬢ちゃんを引き渡せとでも言われたみたいだな?」
 エルフは王家の、始祖の敵だ。軍がハーフエルフの存在を知って放っておくはずが無い。
 地下水が即興で立てた推測だったが、マチルダが更に機嫌を悪くして蹴ってくるということ
は、九割方正解だったのだろう。
 アニエスの提案に乗るのも、軍に目を付けられたティファニアを静かな土地で休ませたいと
いう願いなのかもしれない。
「わたしも、家が居る」
「は?」
 アニエスにシャルロットが話しかけ、マチルダと同じように家の手配を求めている。
 眠っているオルレアン公夫人を背負ったカステルモールが横に入り、それならば自分が家を
用意すると言い出しているが、監視が付けられている人間には頼めない、と拒否されていた。
「なんだ、シャルロットの姐さんもか?」
「政治の道具にはなりたくない、だとさ。一応、アストンってタルブの領主は、ガリアから落
ち延びてきた貴族でも受け入れるって言ってたけど、元王族って知られればややこしいことに
なるからねえ。……ティファニアの件でも世話をかけてるし、悪いことをしたよ」
 家の用意が出来ないならシャルロット様の代わりに戦う、と息巻くカステルモールに困った
顔をするシャルロットやペルスランの様子を見ながら、マチルダは少しだけ表情を暗くする。
 ティファニア達をタルブの村に受け入れてもらえるように交渉したのは、カステルモールと
ペルスランだ。そのティファニア達が問題を起こせば、責任が回ってくるのは当然。タルブの
領主の保護を受けなかったのも、タルブの村人達に自分たちがどう見られているかを気にした
からだろう。そういう意味では、家を奪ったのはマチルダやティファニア達と言えなくも無い。
 病み上がりのシャルロットに変わってカステルモールが参戦することが決まり、いったい幾
つ家を用意すればいいのかと、今から胃にストレスを溜め込み始めたアニエスを眺めた地下水
は、人間の難儀な生き様に溜め息を吐いて、反芻した雑草を胃の中に移動させた。
「まあ、適当に頑張ってくれや。うちはお嬢が乗り気じゃねえみてーだから、この話はこれで
終わりだ」
 戦場では何が起きるか分からない。
 その意見に賛同している地下水としては、金や家よりも命が惜しい。ウェールズの意見を聞
く気は無いし、ホル・ホースは気絶しているために意見を言える立場に無い。
 よって、エルザと地下水が反対に二票を入れて、晴れてアニエスとの交渉は決裂に至った。
 筈だった。
「それにしちゃあ、随分と張り切ってるみたいだけど」
「なに?」

335銃は杖よりも強し さん:2009/06/03(水) 00:04:34 ID:Y8wHn2HM
 欠伸をしながらマチルダが指を差した先に意識を向けて、地下水はそこで餓鬼のようにバス
ケットの中身を貪る幼女の姿を見た。
「はむっ!んぐんぐ、あぐ。んんっ。クハッ!」
 パンを齧り、肉を噛み千切り、果物を咀嚼する。
 人々に恐れられた吸血鬼は、ただの欠食児童に成り果てていた。
「お、おい、お嬢。いいのか?それ食っちまって」
「もぐもぐもぐもぐもぐもぐ……、んぐ。……ほに!?」
 恐る恐る声をかけた地下水の気配に、口の中に詰め込んだ分を全て飲み込んでからエルザは
気付いた。
 手の付く肉の脂やパンのカス。滴る果物の果汁。そして、程好い満腹感。
 はっきりと残る証拠を前に、エルザは自分が我慢しきれずにやらかしたことを悟った。
「は、嵌めたわね!」
「そう思うなら、食べるのを止めろ」
 バスケットの中の肉の塊を口に運んだエルザに、アニエスの冷たい視線が突き刺さった。
 じっとりとした自業自得を責めるような目があちこちから向けられている。まったくの部外
者であるはずの傭兵達まで、遠巻きに生暖かい目でエルザを見ていた。
 沈黙する空間。
 それを打ち破ったのは、中心に立つエルザであった。
「こ、ここ……、こんな美味いものを目の前にして、我慢出来るかーッ!」
 もしゃもしゃもしゃもしゃもしゃもしゃもしゃもしゃもしゃもしゃ……
 逆切れしておいて尚、エルザは食べることを止めようとはしない。空腹期間が長いことに体
が危機感を覚えて、これを機会に食べ溜めようとしているようだった。
「しかし、食べたということは、雇われることを了承してくれた、と考えていいのかな?」
「ふがっ!?」
 ジャムをたっぷりと乗せたパンを切れ端を口の中に詰め込んだエルザの動きが、アニエスの
台詞を聞いて固まった。
 目だけを動かして覗き込んだバスケットの中には、今し方使い切ったジャムの瓶と果物の皮
が転がっている。後は食べカスばかりで、もう食べ物は残ってはいなかった。
「まさか、食べ尽くしておいて今更、断る、なんて言わないよな?」
 アニエスがニヤリと笑うのを見て、エルザは咀嚼中のパンを飲み込んで肩をガックリと落と
す。
 我慢の利かない自分の腹が、この時ばかりは心底憎かった。
「う、うぅ……、やればいいんでしょ、やれば」
 了承が得られたことで、アニエスは満面の笑みを浮かべてエルザの両手を握る。
 こうしてエルザ達は、アルビオンによるトリステイン侵攻という、歴史の一幕を飾る出来事
の端に名を連ねることとなったのだった。


 風の音を耳に聞いて、暗い場所にあった意識が持ち上がる。
 最初に感じたのは寒さだった。

336銃は杖よりも強し さん:2009/06/03(水) 00:06:19 ID:Y8wHn2HM
 背中が心許無く、感じられるはずのものが感じられない。隙間風に晒されているかのような
感覚だ。瞼の向こうは青色が広がっていて、暗いような明るいような、なんともいえない色が
透けて見えている。
 徐々にはっきりとしてくる意識に導かれて目を開いてみれば、そこには鮮やかな青い鱗に覆
われたシルフィードの背中があった。
「んん?なんで俺……」
 体を起こして、才人はぼんやりとする頭を振る。
 寝起きだからかもしれないが、しっかりと物事を考えられるほどに意識は鮮明さを取り戻し
てはくれない。曇りガラスを通して世界を見ているような気分だった。
 その感覚のまま顔を上げて最初に見つけたのは、白いローブの背中だ。土汚れに血の跡が少
しばかり混じるそれは、コルベールのものである。
 しかし、頭頂部の禿げが、何故か薄い髪に覆われていた。
 自分の肌に合う発毛剤でも見つけたのだろうか?それにしても、伸びるのが早い気がする。
 シークレットブーツという商品は、靴の底を定期的に人に気付かれない速さで厚くしていく
ことで身長が伸びたように錯覚させる手法がとられている。コルベールの頭も、その方法を転
用して、徐々にカツラへと移行しているかもしれない。
 本人は禿げを気にしているのだろう。なら、それを指摘するのは男のやることではない。
 才人の起き出した気配を感じてコルベールが振り返った時には、既に才人はコルベールの頭
部に関する情報を胸の内に封じていた。
「おや、目が覚めましたかな?ふむ。しかし、医者の話では極度の貧血だそうですから、眠気
は残っていると思いますが……、あまり無理はしないように」
「医者?あ、そういえば、背中が痛くない」
 コルベールの言葉を聞いて、才人は背中に手を回し、自分の肌を少し無理な体勢で触れてみ
る。普通なら邪魔になるはずの衣服は、斬られたり焼かれたりで穴だらけになっていて、捲り
上げる必要さえ無かった。
 普通の肌と少し感触が違うのは、火傷の跡が残っているからだろう。魔法でも、既に形が安
定してしまった部分は治しようが無いようだ。しかし、斬られた分の傷は綺麗に治り、触れて
も痛みが走るようなことは無かった。
「その分では、とりあえず怪我については良さそうですな。さて、避難の間に気を失ったとだ
け聞いているので子細に詳しくはありませんが……、どこまで覚えておりますかな?」
「え?えーっと、タルブの南の森?から移動を始めて、シルフィードに乗って……」
 そこで才人は言葉を止める。
 アルビオン軍の竜騎士隊との戦いが終わってから、避難を始めて以降の記憶が無いのだ。
 キュルケ達と合流したあたりで曖昧になった記憶は、繋ぎ合わせたように今に直結していた。
「記憶は、そこで途切れてる」
「では、聞いたままのようですな。ならば、学院に到着するまで時間もあることですし、少し
だけ説明をさせて頂きますぞ」
 そう言うコルベールに才人は頷いて、背後を一度振り返った。
「……眠ってる」
「長旅で疲れていたのでしょう。最後は風邪を引いて、戦争にまで直面している。暫くは眠ら
せてやってください」

337銃は杖よりも強し さん:2009/06/03(水) 00:08:42 ID:Y8wHn2HM
 才人の後ろに並んで、キュルケ、モンモランシー、ギーシュ、それにマリコルヌが瞼を閉じ
て寝息を立てている。少し寒いのか、キュルケの下敷きになっているフレイムやギーシュの抱
き枕と貸したヴェルダンデが、モンモランシーやマリコルヌの抱擁による圧迫を受けて窮屈そ
うにしていた。
「タバサとシエスタは……?」
「ああ。二人はミス・ロングビル同様、家族が心配だということで現地に残りましたぞ。元々
ミス・シエスタは休暇でタルブに帰省する予定でしたし、タルブには、ミス・タバサのご家族
やミス・ロングビルの妹君も滞在なさっていたそうですからな」
 本人達からはもっと細かな事情まで聞いているが、その内容からあえて詳細を語らずに、コ
ルベールは学院に帰還するはずの三人が居ないことだけを告げた。
「でも、戦争が始まったんだろ?じゃなくて、始まったんですよね?なら、安全な場所に連れ
て行かないと……」
 年上で教師でもあるコルベールに対する口の利き方を少しだけ修正して、才人は友人の安否
を気遣う。それに対して、コルベールはどこか寂しげな表情で口を開いた。
「残念ですが、ご家族までシルフィードで運ぶ余裕はありません。それに、この国にはもう安
全な場所などありませんよ。……軍は、背水の陣を決めているようですからな」
 ラ・ロシェールで見た難民の避難を二の次とした行動を思い出し、コルベールは少しばかり
表情を苦くした。
「背水の陣って、後が無いって奴ですよね?なんで!?戦争はまだ始まったばかりじゃないで
すか!」
「始まったばかりですが、主要な軍艦を全て失ってしまった。さらに港であるラ・ロシェール
まで奪われれば、トリステイン軍は空に対して無防備になります。そうなれば、後はもう敵の
思うがままでしょう」
 軍艦から浴びせられる砲撃は、どれだけ戦力を集めても簡単に蹴散らされてしまうほどの威
力がある。親善訪問と称したトリステイン艦隊への奇襲は、空を制する意味では圧倒的優位を
作るのにこの上なく有効な手段だった。
 それによって周辺国の信頼の一切を失うという代償から目を瞑れば、だが。
「そんな簡単に後が無くなるなんて……、よく今まで無くならなかったな、この国」
「なんとも手厳しい意見ですな。しかし、言い訳になりますが……、不運が重なりました。指
導力ある王は不在。軍事的に友好国であったアルビオンは瞬く間に制圧され、抱えた内憂はこ
こ十数年で大きく進行しております。これまで国を保って来た有能な軍人や貴族は、先の戦乱
で己の身を祖国の土としてしまいましたからな。その後の平和ボケもあるでしょう。これとい
えるような豊作もありませんでしたから、横領と数字の水増しで逼迫した国庫が軍備の拡充と
いう選択肢を与えてはくれなかったのですよ」
 言葉にしてみて、コルベールも酷い国だと思ったのだろう。表情を歪めて、なんとも口惜し
いとばかりに奥歯を強く噛んでいた。
「しかし、どうにも踊らされている気もします。王の不在を突いた諸外国の目に見えない攻撃
に、今回の軍事侵攻。ガリアやゲルマニアの煮え切らない態度と、ロマリアの静観。六千年続
いていた王家の一つが倒れたにしては、余りに静か過ぎる。……まあ、私は政治に関しては素
人ですからな。この状況を説明するのに、陰謀説なんて稚拙な論説を持ち出すしかないのが悔
しい所です」

338銃は杖よりも強し さん:2009/06/03(水) 00:10:16 ID:Y8wHn2HM
 そう言って、コルベールは後頭部のむず痒さを指で掻く。
 コルベールの考えは裏付けのあるものではない。的を得ているのか外しているのか、自身で
も判別のつかないような話である。
 しかし、今のトリステインの問題が致命的な指導力不足なのは事実だ。王家は、伝統と、血
筋と、威光をもって貴族達の怠慢を指摘し、態度を改めさせる必要があった。しかし、王妃マ
リアンヌは王の死の後はずっと引き篭もったまま表に現れず、アンリエッタ王女もお飾りを続
けている。マザリーニ枢機卿一人では、貴族を従わせるに足る権力がないというのに。
 先王の急死による、次代の王が現れるまでの混乱期。それに漬け込んで他国がトリステイン
に魔の手を伸ばすのは、非合理的とも不自然とも言い切れないだろう。
 良くも悪くも、トリステインは大国に挟まれた弱小にして豊穣の国である。陰謀説を鼻で笑
えば足元を掬われる、というくらいの認識はあって然るべきなのかも知れない。
「俺、そういうのはよく分かんね、……ない、です」
「無理に分かる必要はありませんぞ。貴方の倍は生きている私にだって、分からない問題なの
ですからな。いやはや、世の流れというものは単純なようでいて複雑、複雑なようでいて単純
と、先人は愚痴のように繰り返したものです。しかし、何もかもを知らぬままにしておくのは
愚者のやること。考えるだけ考えて、分からなければ疑問として残しておくのが、個人の出来
る精一杯なのでしょう」
 野心と欲望が錯綜する世界なんて、安易に立ち入るものではない。何があるかを想像するこ
とで世の中の流れを自分なりに解釈し、自分の信じる道を進む。
 人一人に出来ることなんて、その程度だ。
「……やっぱり、よく分かんねえ」
 今まで考えたことの無い、国という枠組みの中にある様々な苦悩。それを突然聞かされたと
ころで、才人には原稿用紙一枚分の感想さえ書けそうになかった。
 世の中というものは、自分が思っているほど単純ではないらしい。
 才人の理解が及んだのはそれだけであり、コルベールが才人に理解して欲しかったのも、そ
の程度の話であった。
「さて、話している間に説明する予定だった殆ど内容を喋ってしまいましたので、適当に纏め
ますぞ」
 雑談の間に説明するべきことの裏話が出てしまい、話の道筋を崩したコルベールは、タルブ
から避難を始めた以降のことを口早に語った。
「避難民は無事にラ・ロシェールに到着しました。それと殆ど同時に、アンリエッタ王女率い
るトリステイン軍も現れまして、現地住民の避難と平行して街の要塞化が始まりました。私達
は一時的に軍の方に身柄を収容され、簡単な質疑応答の末、解放。義勇軍を立てるということ
でしたので、参軍の勧誘もありましたな。その後です、ミス・タバサやミス・シエスタが学院
に戻らず、ラ・ロシェールに残るとミス・ツェルプストーに伝えたのは」
 義勇軍に参加しようとしたギーシュは直接聞いていないそうだが、シエスタの家族からも挨
拶があり、旅の終わりを告げられたらしい。ラ・ロシェールは戦場になるからと、キュルケや
モンモランシーは才人と同じ意見を出してシエスタに学院に戻るように訴えたのだが、先にコ
ルベールが言ったように、シルフィードの運送能力には限界があるし、何処へ逃げても結局は
戦火から逃れられはしないからと、シエスタは家族と共に居ることを優先したという。

339銃は杖よりも強し さん:2009/06/03(水) 00:11:18 ID:Y8wHn2HM
 説得を諦めたキュルケ達は、軍付きの医師に才人の治療を頼み、それが終わるまでの間にコ
ルベール達と合流した。ミス・ロングビルが現地に残ることを伝えたのは、このときだ。
「そうして、ミス・タバサ、ミス・シエスタ、ミス・ロングビルの三人と別れた私達は、こう
して学院への帰還の途についている、というわけですな」
 ちなみに、ギーシュは病み上がりと言うこともあり、戦場に病気を持ち込まれるのを嫌った
義勇軍の担当士官に追い出されて、参戦は見送りとなったらしい。当然、他のメンバーも同様
の理由で義勇軍への参加は拒否されていた。
「……?コルベール先生は義勇軍には参加しないんですか?」
 コルベールは風邪を引いてはいない。なら、軍に参加する条件は満たしているということに
なる。
 ギーシュやキュルケは武門の生まれのせいか、戦争に関係する話には意外と熱を持って話を
する。臆病な所のあるマリコルヌでさえ、いつか戦功を上げて出世をするのだと息巻くくらい
だ。
 貴族というものは総じて、そこに戦争があれば見栄と功勲稼ぎと誇りを持って、恐れなく参
戦するもの。
 そんな風に思い込んでいる才人には、コルベールがラ・ロシェールに残らなかった理由が分
からなかった。
 才人の問いかけから少しだけ時間を置いて、コルベールは言うべきかどうかを悩んだ末に閉
じた口を開いた。
「私は、争いごとは嫌いでね。タルブでの事だって、力を持たない村人や生徒達を守るという
理由がなければ、杖は握らなかった」
 コルベールの考え方は、トリステインでは臆病者と罵られてしまう類のものだ。女子供なら
ともかく、それなりの年齢に達した男子が語ることではない。
 その信条が色々と事を荒立てた事も有ったのだろう。へえ、と息を漏らしただけの才人にさ
え、コルベールは情けない表情になって肩身を狭くしていた。
 だからだろう。訊いてもいないのに、コルベールは今の信条を得た理由を言い訳のように語
り始めたのは。
「火のメイジというものは、何処へ行っても戦う力ばかり求められる。火は破壊に用いられる
ものだって常識があるんだよ。でもね、私はそうは思いたくない。火は破壊以外の、別のこと
にも使えるはずなんだ」
 才人は、宝探しの旅に出る前のコルベールの授業で“愉快なヘビくん”という、エンジンの
出来損ないのようなものを見たことを思い出し、コルベールのやりたい事を理解する。
 地球で言う、蒸気機関車だとか、クルマだとか、そういう人の役に立つものとして火を扱い
たいのだ。
「だから、戦わない……?」
「私には私の戦いがあるというだけのことだよ。争いそのものを否定するつもりは無いし、火
を破壊に使うなとも言わない。ただ、世の中の人々の視野がもう少しだけ広くなってくれたら
と思うんだ。本当に、それだけなんだ」

340銃は杖よりも強し さん:2009/06/03(水) 00:13:10 ID:Y8wHn2HM
 火を人の役に立つ力として使えれば、きっと沢山の人が救われるし、辛い思いをしなくても
済むようになる。コルベールの、魔法使いではない科学者としての考えが広まれば、将来的に
は地球の科学と同様の発展を遂げるだろう。いや、魔法という概念が確たる証拠と共に存在し
ているハルケギニアなら、地球以上の発展を遂げるかもしれない。
 そうしたら、もっと、もっと……!
 漫画やアニメの世界を想像した才人は、鼻息を荒くしてコルベールに詰め寄った。
「俺、先生を応援します!絶対上手く行きますよ!」
「そ、そうですかな?う、うむむ、そうか。そうですな!最近、自分のやっていることに自信
が無くなって来ておりましたが、なんだかやる気が出て来ましたぞ!」
 役に立たない研究ばかりを続けていると、陰口を叩かれる生活に疲れ果てていたコルベール
にとって、才人の励ましは何よりの救いであった。
 救われ過ぎて、抑圧されていたものが噴水のように噴出している。
 長年捜し求めてきた理解者の存在が、コルベールを年甲斐も無く大はしゃぎさせていた。
「ん、んん……?なによもう、うるさいわねえ。って、ダーリン!起きて大丈夫なの?」
「ふあ、あああぁ……。どうしたのよ、キュルケ」
「もうちょっと静かに……、眠れないじゃないか……」
 コルベールの声に起こされて、キュルケ達が目を覚まし始めた。
 一番最初に目を開けたキュルケがコルベールを押し退けて才人に抱きつき、眠気の残るモン
モランシーとギーシュは、才人を視界に入れてもまだ瞼を半分しか開けないまま、寝心地の良
いヴェルダンデの毛皮に全身を委ねている。
 二人とも、寝起きですぐ動けるタイプではないようだ。
「もう、ダーリンったら!心配してたのよ?タルブじゃ一人で突っ走っちゃうし、帰って来た
かと思えばすごい怪我しているし……、ここ数日、食事も喉に通らなかったわ」
 もたれかかる様に才人の胸元に肩を寄せ、胸板の上に指先を滑らせる。
 艶かしいキュルケの視線が、才人の頬を真っ赤にした。
「なにが食事も喉に通らなかった、よ。飲んだ薬が苦くて、誰よりも沢山木苺を食べてたのは
誰だったかしら?ラ・ロシェールでまともな食事にありつけたって、お腹を膨らませていたの
は何処のゲルマニア貴族?」
「あら、そんなことあったかしら?ごめんなさい。甘いものばかり卑しく食べて口の周りをべ
たべたにしていたトリステインのお子様の印象が強くて、忘れてしまったわ」
 モンモランシーが欠伸混じりにキュルケの嘘に指摘をして、反撃に自分の醜態を晒される。
 優等生タイプのモンモランシーと不良タイプのキュルケとでは、性格の面に若干の不一致が
ある。二人の仲は、度々こうした互いの粗を突いた言葉で険悪になるのであった。
「こ……、このアマ!」
「なによ?やる気?」
 互いに杖を取り、殺気を込めて睨み合う。
 怒れる感情がモンモランシーの魔力を底上げして、トライアングルクラスのキュルケに拮抗
していた。才能が無駄に発揮されている。
 充満する狂気。吹き荒れる魔力。
 それに怯えたギーシュや才人、それにコルベールが後退る。フレイムやヴェルダンデまでが
争いから逃れようと後退する。背中を戦場にされそうなシルフィードが、迷惑そうにきゅいき
ゅい鳴いていた。

341銃は杖よりも強し さん:2009/06/03(水) 00:15:46 ID:Y8wHn2HM
「ぐ、ぐぎゃっ!?」
 ずるり、とフレイムの足がシルフィードの鱗肌の上を滑り、宙に浮いた。
 逃げ回るには、シルフィードの背中の上は狭過ぎたのだ。
 しかし、それだけで落下してしまうほど四足のバランスは悪くはない。フレイムだって、落
ちないようにしっかりとシルフィードに捕まるくらいの知能は十分にある。
 ただ、フレイムの体に乗っかって眠り続けている太っちょはこの事態に欠片も気付いておら
ず、バランスを取るとかいうレベルの問題ではなかった。
「ああっ、マリコルヌが落ちた!」
 キュルケとモンモランシーの対決に喉を鳴らしていたギーシュが、フレイムの叫びを聞いて
落ちていく肉達磨を目視する。
 重力加速度に従って地表への激突速度を急速に増しているが、肉達磨が目を覚ます様子は今
のところ、ない。
 放って置けば、肉達磨はそのまま血達磨に名前を変えるだろう。自然に優しい有機肥料と化
すに違いない。九割方蛆虫の餌になるだろうが。
 喧嘩腰でお互いしか見えていないキュルケとモンモランシーは、ギーシュの言葉を聞き流し
て牽制し合い、杖に魔力を溜めている。コルベールは一応助けようと手を伸ばしたのだが、そ
の手にあるべき物がないことに気付いて、顔色を変えていた。
 才人も魔法なんて使えない。落ち行くマリコルヌを救えるのは、今のところギーシュしかい
なかった。
「ええい、レビテーション!!」
 豆粒ほどの大きさになったマリコルヌの体を、ギーシュが魔法で支える。しかし、一度付い
た加速は簡単には止まらず、魔力の支えであるギーシュの精神力を一気に削り取った。
「うわあっ、ね、眠い!意識を失いそうだ!!」
「頑張れギーシュ!諦めたら、そこで終わりだぞ!」
 マリコルヌの人生が。
「し、シルフィード!マリコルヌを、回収してくれええぇぇ……!」
 もはや、ギーシュにはマリコルヌを今の高度にまで引っ張り上げる余力はない。その場に留
めるのが精一杯だ。
 きゅい!と鳴いて、シルフィードは返事をすると、進路を変えてマリコルヌの元へと向かう。
 急速に変わる景色。
 その途中で、空中で静止するマリコルヌの下方にある街道を、馬に乗った少女が通り過ぎて
行くのを才人は見た。
「あれ?今のって……」
「サイトォー!僕の頬を思いっきり叩いてくれ!でないと、瞼が閉じてしまいそうだ!!」
「お、おお!分かった!分かったけど、それで気絶するなよ!?」
「善処する、とだけ言っておこう!」
 ギーシュの要請に答え、才人は見たものを忘れて友人の頬を思いっきり殴りつけた。
 デルフリンガーなんて大きな剣を振り回す才人のパワーは、あくまでもガンダールヴの力に
よるもの。普段の才人は同年代の平均程度でしかない。つまり、へなちょこだ。

342銃は杖よりも強し さん:2009/06/03(水) 00:18:33 ID:Y8wHn2HM
 しかし、偶然にも良い所に綺麗に入ったのか、才人のパンチがギーシュの顎が半月を描くよ
うに揺らして、そのまま白目を剥かせてしまった。
 魔法を使っている人間が気絶したことで、レビテーションの魔法も当然効果を失う。
 一時停止していたマリコルヌの体が、再び重力に引かれて落ち始めた。
「わあああああぁぁぁ!マリコルヌウウウゥゥゥゥッ!?」
「え、なに?どうしたの?」
「ああっ、マリコルヌが!マリコルヌが地面にっ!」
 才人の叫びに反応して、キュルケとモンモランシーが事態に気付く。しかし、今から魔法を
唱えるには時間が足らず、シルフィードも僅かな差で間に合いそうになかった。
 このままでは、ぽっちゃりさんがコロッケ専門店に出荷されるようなミンチ肉になってしま
う。揚げたてホカホカ表面サクサクな、狐色のニクイ奴になって店先に並べられてしまう。
 だが、運命はマリコルヌを見捨てなかった。いや、彼自身が運命を切り開いたのだ。
 マリコルヌの使い魔であるクヴァーシルが、マリコルヌのマントを掴んで大きく羽を広げる。
 クヴァーシル自体は大きな鳥ではない。しかし、翼を広げれば1メイル程度には達し、僅か
だが風の抵抗を作って落下速度を殺すことは出来た。
 使い魔と主人は一心同体。マリコルヌは、クヴァーシルという自身の分身をもって運命に抗
う為のささやかな時間を手に入れたのだ。
 そして、シルフィードがマリコルヌを救うのには、そのちっぽけな時間で十分であった。
「きゅいいいい!」
 マリコルヌの体をシルフィードはすれ違い様に銜え上げ、上昇していく。と同時に、両手で
クヴァーシルを回収した。
「は、あ、はああぁぁぁ……。良かった、間に合った」
 気絶したギーシュを除いた全員が息を吐いて胸を撫で下ろす。
 危険な宝探しの旅が無事に終わりそうだというのに、あと少しのところでこんな意味不明な
事が原因で犠牲者が出るところであった。
「……まだ寝てるし」
 もう少しで死ぬ所だったというのに、図太くも寝息を立てるマリコルヌの呆れて、モンモラ
ンシーが自分の顔を撫で付ける。隣のキュルケは、浮かんだ汗をハンカチで拭っていた。
 二人の間にはもう、険悪な空気はない。
 意見の差でぶつかるのも早ければ、頭に上った血が冷めるのも早いようだった。
「シルフィード!悪いけど、そいつは銜えたままで運んでくれないか?」
「クゥ?きゅい!」
 また落ちてもらっても困るからと、才人がシルフィードにお願いすると、シルフィードは了
承するように鳴いて、返事をしたために開いた口からマリコルヌを落っことした。
 才人が驚いたのも束の間、落下速度が乗る前にマリコルヌを再キャッチして、シルフィード
は首を縦に振る。口を開けるのは危険だと学習したようだ。
 また一つ安堵に溜め息を吐いて、才人はふと思い出す。
 街道を走っていた馬の背に乗っていたのは、果たして誰だったのだろうか、と。
 遠目にも分かるピンクブロンドの髪だけははっきりと覚えているのだが、それがルイズだと
いう確証はない。ハルケギニアは、とにかく奇抜な髪の色の人間が多いのだ。ピンク色の髪だ
からと言って、それがイコールでルイズと繋がるわけではない。

343銃は杖よりも強し さん:2009/06/03(水) 00:20:22 ID:Y8wHn2HM
 しかし、あれはルイズのような気がする。
 漠然とだが、奇妙な確信を持って結論を出した才人は、湧き上がる追いかけようという気持
ちを無理矢理に押し潰す。
―――なら、好きにしなさいよ!でもアンタの帰ってくるところはここには無いからね!
――ああそうしてやるよ!二度と戻ってくるもんか!そのまま日本に帰ってやる!!
 喧嘩別れした時の情景が、今でもはっきりと思い出せてしまう。
 旅の間に怒りも消えてしまったが、それでも、男の矜持みたいなものが才人を素直にさせな
かった。
 忘れよう。見なかったことにすればいい。
 諦めにも似た感情が胸を占めて、酷い罪悪感がガン細胞のように広がる。
 主人と使い魔の関係とはいえ、人間と人間だ。なら、無理に主従を貫く必要は無い。
 忘れる。忘れるんだ。忘れ……。
「あれっ?」
 忘れるという言葉に頭の中で何かが引っ掛かり、才人は素っ頓狂な声を上げた。
 なにか、忘れている。忘れようと思ってなかったのに、忘れてしまった存在がある。
 指差して、キュルケ、モンモランシー、ギーシュ、マリコルヌと数え、使い魔達も指折り計
算していく。
 宝探しの旅のメンバーに、欠員がある気がした。タバサやシエスタもきちんと数に入れてい
るのに、何かが足りない。
 ううむ、と才人は唸り、眉を顰める。
「どうしたの、ダーリン?難しい顔して」
「いや、なにか宝探しを始める前と比べて足りない気がするんだけど……、それが何なのか分
かんねえんだよ」
 悩む才人に首を傾げるキュルケは、足りない何かを考えて一つ一つ上げていく。
「なんか、色々失ってるわよ?あたしの髪とか、多分、修復出来そうに無いくらいボロボロの
ダーリンのその服とか、折角手に入れたお宝とか、コルベール先生の杖とか……」
「え、コルベール先生、杖失くしたの?」
 キュルケの言葉に才人は振り返り、騎手を務めるコルベールの背中を見る。
 一応、声は聞こえているのだろう。
 才人が驚きに声を上げた瞬間、コルベールの肩が少し不自然に揺れて動揺する様子を見せて
いた。
「メイジにとって、杖は生涯の伴侶も同然。替えが利かないわけじゃないけど、再契約するに
しても数日はかかるから、普通は失くさないんだけどねえ。あっ!そうそう、それで思い出し
たけど、ラ・ロシェールで軍の人がコルベール先生を義勇軍に参加させようとしたのよ。それ
でね、杖を失くしたって言ったら凄い顔して……、それがもう、おかしいのなんのって!」
「……コルベール先生?」
 争いが嫌いだからという言葉は何処へ行ったのか。
 疑惑の視線を向ける才人に、コルベールは冷や汗をだらだら流しながら、慌てたように振り
返って弁明を始めた。

344銃は杖よりも強し さん:2009/06/03(水) 00:21:27 ID:Y8wHn2HM
「い、いや、サイトくん、これは違うんだ!私が争いごとが嫌いなのは紛れも無い真実にして
事実であって、杖を失くしたのは偶然でね?杖があったとしても、義勇軍には参加しないつも
りだったんだよ!」
「あら、先生ったら、そんな臆病者を演じなくってもいいのよ?素直に、自分は杖を失くすよ
うな間抜けでした、って言えばいいじゃありませんか」
「み、ミス・ツェルプストー!それは、また別の問題であって……!」
 笑いを堪えるキュルケにまで弁明を始めるコルベールに、才人は冷たい視線を送って、失く
したという言葉に唐突に反応した。
「ああああああああああああああああっ!!」
「な、なにダーリン!?」
「どど、どうしたね、サイトくん?」
 その場に立ち上がって絶叫を上げた才人を、キュルケやコルベール、それに会話に参加して
いなかったモンモランシーが見上げた。
 呆然と空を見詰め、暫く硬直していた才人は、自分に向けられる視線に顔を向けて、震える
声で言った。
「……どうしよう。デルフをどっかに置いて来ちゃった」
 ガンダールヴの力を発揮するのに欠かせない大切な相棒は、六千年の時を過ごした知恵ある
太古の刀剣は、今の今まで完全に存在を忘れられていたのだった。

 ちなみに。
「相棒〜!どこ言ったんだよおおぉぉ!?置いてくなんて、あんまりだああぁぁぁぁあ!!」
 そんな風に、置き去りにされたデルフリンガーが泣き叫んだかどうかは、定かではない。

345銃は杖よりも強いと言い張る人:2009/06/03(水) 00:29:38 ID:Y8wHn2HM
投下終了!
キュルケの髪が短くなってるって、覚えている人何人いるかなあ?
マチルダさんの髪も短くなっちゃって……。べ、別にショートヘアが好きなわけじゃないんだからね!
作者はロング好きです。癖っ毛じゃないロングが大好き。黒髪なら尚良い。それを三つ編みにすると鼻血が出る。
というわけで、エルザは将来ストレートロングの髪型にします。
異論があるなら言ってみやがれ。謹んで参考にさせていただきます。

さあて、次回はいつになるやら。来週中になんとかしたいなあ。

346名無しさん:2009/06/03(水) 01:03:47 ID:1i1UPDQ6
ポニテかボーイッシュな短髪だろ
しかし、なんという大量投下…単独で絨毯爆撃をするなんて…

347ティータイムは幽霊屋敷で:2009/06/04(木) 00:02:03 ID:GqL/6oho

「なんてこったい。上手くいってりゃアタシが女王になれたかもしれないじゃないか」
「そんな国家の危機引き起こすぐらいなら、宮廷の連中もさすがに王制を廃止するだろうね」

ゴロゴロと地面を転がりながら抗議の声を上げる。
それをマチルダが冷たい視線と呆れた口調で平然と返す。
シャルロットの代わりってのは気に入らないがアイツに貸しを作るのも悪くない。
この調子ならシャルロットは捕まっていないだろうしね。

ただ一つだけ納得いかない事がある。
なんで私ならシャルロットの代わりになるって思ったんだ?
あの程度の条件なら確かに私でも取引材料になる。
でも、それならシャルロットを人質にする必要はない。
他の有力貴族でも十分に交渉のテーブルに持っていけるはずだ。
こんな無茶をやらかす理由なんてどこにもない。
つまりシャルロットと私に共通し、且つ他の貴族にはないもの。
……ガリア王家の血筋。真っ先に脳裏に浮かんだのはそれだ。
だけどそれが何になる? ガリアの地を離れれば何の価値もなくなる物に。

「知りたいか? 自分がこれからどうなるのかをよ」

困惑するイザベラへと不意に声が掛かった。
声の主はニタニタと笑みを浮かべるセレスタン。
その狂気を孕んだ瞳に醜態を晒す自分の姿が映る。
なんて無様、と苦笑いさえ浮かんでくる。
強気に振る舞おうと結局は人質に過ぎないと理解しているのだ。
いつ気まぐれで命を奪われるか嬲り者にされるかと怯えている。
所詮はただの小娘でしかない事を自分が一番自覚している。
だが彼女は眼を背けず、目の前のセレスタンに、
そして、芋虫同然に這い回る自分の姿を向き合った。

「言ってみろ」

彼女の返答にセレスタンは思わず息を呑んだ。
手足を縛られ、長く美しかった髪を切られ、
泥に塗れてもがく彼女にかつての優雅さを見る事は出来ない。
だが、その碧眼は曇ることなく尚も鋭く光る。
豪奢なドレスやアクセサリーで飾り付ける事さえおこがましい。
素の人間が持つ魅力の前では何もかもが霞んでしまう。
絶体絶命の状況に置かれても潰えぬ強き意志が放つ美しさ。
それを踏み躙ると想像しただけでセレスタンは興奮を抑えきれなくなった。
ましてや怨恨のあるガリア王家の人間となれば尚の事。

348ティータイムは幽霊屋敷で:2009/06/04(木) 00:02:54 ID:GqL/6oho

「何の意志も持たない人形にされちまうのさ。
アルビオン王国の命令に従う操り人形だ。
とはいえ外見も中身もそのままなら誰も気付きやしねえ。
仮に勘付いたとしても紙を丸めるより簡単に消しちまえる」

セレスタンが大きく開いた掌を握り締めながら告げる。
“それはアンタが一番良く知っているだろう”と目配せしながら。
突きつけられた彼の言葉にイザベラは自分の耳を疑った。
確かに人を操る魔法がないわけではない。
だが、それは単純な命令を実行させるだけの陳腐なもの。
加えて魔法がかかっているか調べればすぐに判明する。
仮に国王暗殺を命令されたとしても実現は不可能だろう。
―――ただ一つの例外を除いて。

メイジの魔術では不可能だ。
だけど、それがエルフの先住魔法ならば全ての前提条件は覆る。

それに気付いたイザベラの唇が震える。奥歯が噛み合わずに音を立てる。
全身に走る寒気が地面に横たえた身体に残されていた熱を奪う。
恐怖が無数の虫が這い回るように広がっていく。

「笑えるだろ? 戦火の一つも交えずに国を奪い取ろうって言うんだ」

イザベラであろうとシャルロットであろうと結果は同じ。
誰にも疑われずに王宮へと入り込んでジョゼフやシャルルに近付く。
殺すのではない、同じ様に彼等も傀儡と変えてしまえばいい。
そうなればガリアは何者にも悟られぬままアルビオン王国に支配される。
仮にその機会がなかったとしても王権の次期継承者は彼女達だ。
遠からずガリア王国はアルビオンの手に落ちるだろう。

イザベラが周囲に目を配らせる。
これがセレスタンの戯言であって欲しいと願いながら彼等の表情を窺う。
彼の同僚である傭兵達はただ互いの顔を付き合せて戸惑っていた。
それを見てイザベラは安堵の溜息を漏らした。
考えてみれば当然の事だ。いくら仕事を依頼したからといって、
傭兵に全てを打ち明けるなどとは考えにくい。
セレスタンが今後の処置について知り得るはずは無い。
ただの脅しに慌てふためいた恥ずかしさもあり、
ニタニタと笑みを浮かべるセレスタンをキッと鋭い視線で睨みつける。
その最中、突如としてマチルダが声を上げた。

「アンタ……!」

掴みかかろうとした彼女を咄嗟に騎士が制す。
そしてイザベラに悟られぬように僅かに視線を向ける。
決定的な言葉は口に出す前に封じた。
しかし鬼気迫るマチルダの表情と態度から滲み出る動揺は彼女に推理するだけの材料を与えてしまった。
それを明らかにするようにイザベラの顔から急速に血の気が引いていく。
もはや誤魔化す事は出来ない。諦めをつけるように騎士は溜息を漏らして問い質す。

349ティータイムは幽霊屋敷で:2009/06/04(木) 00:03:27 ID:GqL/6oho

「誰から聞きましたか?」

“いつ”と“どこで”は分かっている。
ここに来てから決行直前まで部下全員の安否は確認している。
ならば、その後。濃霧により視界を奪った時しか有り得ない。
我々が騎士や衛士を撹乱している間に誰かから聞き出したのだろう。
だが、これは国外はおろか王宮でさえ極秘とされる任務。
たとえ尋問されようともそう易々とは口にしない。
彼の脳裏に浮かぶのは一番可能性が高い最悪の事態だけだ。

「さあな。アンタの部下だが名前は聞かなかったな。
口を割らせるのに苦労したぜ。なにせ死を覚悟してる相手だからな。
目を焼き、爪を剥ぎ、指をへし折って、鼻を熔かしてようやくだ。
ああ、安心しな。ちゃんと証拠は消しといたぜ、もう炭も残っちゃいねえよ」

直後、底冷えする視線がセレスタンへと向けられた。
予想していた事だった。生きてはいないだろうと理解した。
しかし真実を彼の口から聞かされた瞬間、彼の手は杖を引き抜いていた。

共に死線を潜り抜けた部下達は彼の教え子であり、同時にかけがえのない同僚だった。
名誉とは裏腹の、人でなしの任務に志願した勇敢な男達だった。
任務の上での死は当然。だが興味本位で首を突っ込んだ狂人に嬲り殺しにされた無念は別だ。
たかが一人と数字で割り切れるものではなかった。
胸の奥で押し殺していた感情が鎌首をもたげる。
この一瞬、彼の天秤は大きく感情へと傾いた。

杖がセレスタンの首へと突き立てられる。
されど、それは彼の命を絶つ直前で止まっていた。
切っ先と喉下までの間は紙一枚も無い。
ひらりと舞い落ちた葉が杖に触れて切り裂かれる。
『ブレイド』を帯びた杖は人体をも容易く貫くだろう。
だが、それを前にしてもセレスタンは余裕の表情を崩さない。
微動だにせず狂気に塗れた視線で騎士を見つめる。
騎士の頬を冷たい汗が伝う。
セレスタンの杖は身動きの取れないイザベラへと向けられていた。

一触即発の状況の中、先に杖を引いたのは騎士の方だった。
それに応じてセレスタンも彼女に向けた杖を下ろす。
周囲に立つ彼の部下や傭兵達も杖に当てていた手を離した。
息が詰まりそうな緊張感に身を強張らせていたマチルダが、ふと人質へと視線を向ける。
先程までぎゃあぎゃあと騒ぎ立てていた彼女があまりにも静かだったからだろうか。
見下ろす少女の身体が小刻みに震える。

350ティータイムは幽霊屋敷で:2009/06/04(木) 00:04:11 ID:GqL/6oho

「……いや。やだ、やだ、いやだ」

まるで魘されるかのようにイザベラは首を振るう。
その姿は居丈高に振る舞う女王気取りの彼女ではない。
恐怖に屈した彼女から仮面が剥がれ落ちる。
そこにいたのは歳相応の少女でしかない。

「いや、やめて、助けて、やだ、こんなの」

イザベラは常に自分の死を覚悟していた。
王族に生まれた物の定めと彼女は理解していた。
それが謀殺された母親が身を以って教えてくれた事だった。
“裏切られたくなければ信じるな”“誰にも心の内を悟られるな”
それからは心を持たないと言われた父親の背中を見て彼女は育った。
目に映る者全てが敵に見える世界で、
明日を当たり前のように過ごせるなどとは思っていない。

だけど奪われるのは命だけではない。
過去も尊厳も居場所も彼女を形成するあらゆる物が奪われるのだ。
『自分』を奪われる……それは彼女にとって何よりも恐ろしかった。

居場所が無かった王宮での出来事も、
嫉妬だけが募る従兄妹の事も、
何の感情も向けなかった父親の事も、
どれ一つ取っても碌な思い出なんて有りはしない。
吐き気がするほど情けない感情と共に、
疑惑の目を通して薄汚い世界を見てきた。
これから先、きっと何度も惨めな思いをするだろう。
だけど、それが“私”だ。変えようのない自分なのだ。

―――だからお願い。
命も財産も家族も何もいらない。

私から“私”を奪わないで。

351ティータイムは幽霊屋敷で:2009/06/04(木) 00:08:12 ID:GqL/6oho
以上、投下終了。
そろそろエンポリオを出さないと忘れられそう。

352名無しさん:2009/06/04(木) 00:56:18 ID:6p1aQzGQ
銃杖の人乙!!
平日に投下されるとは思わなかったwww
ホルホル君、最近影が薄すぎるw

おマチさんやキュルケのショートカット…是非とも見てみたいものだ。
それにしても、ウェールズはある意味、原作よりもヒドイ目に会ってるような気がするのは俺だけか?w

353名無しさん:2009/06/04(木) 07:25:07 ID:nc7qeIFY
銃杖も幽霊屋敷もJOJOキャラがいなくてもストーリーが面白いから
思わずJOJOクロスだというのを忘れちゃうから困るぜ

354名無しさん:2009/06/06(土) 01:20:52 ID:ubKQymfs
銃杖と幽霊屋敷どちらも激しくGJ!

355ティータイムは幽霊屋敷で:2009/07/22(水) 02:20:45 ID:F01LkYfs

森の中を2つの影が疾走する。
彼等の身体を覆う布が風にバタバタとはためく。
しかし、一切構わず彼等は集合地点へと直走った。
小さな人形を手に一刻も早く異変を伝えるべく駆ける。

「早く抑えつけろ!」
「布を口の中に! このままじゃ舌を噛むぞ!」

彼等が辿り着いた直後、喧騒が耳に届いた。
その中心には必死に抵抗する少女と、それを取り押さえる数人の男。
地面に広がる少女の乱れ髪。その色に駆けつけた男達は言葉を失った。
しかし、それも僅か。すぐさま気を取り戻すと騎士の下へと報告に向かう。

「………どうしました?」

近付いてくる部下の尋常でない様子に彼は明らかな不審を覚えた。
いや、先程から感じていた不安が具現化しようとしていたのかもしれない。
生還した喜びを分かち合うよりも先に彼は報告を求めた。
それに彼等は手にした人形を差し出して答えた。

「これがシャルロット姫の馬車の中に」

それを目にした瞬間、騎士の顔色が変わる。
人形を受け取ると眼鏡の位置を直しながら確認する。
『スキルニル』それがこの人形の名前だ。
血を与える事でその人物の容姿も技術も模倣する魔法人形。
確かに珍しい物だが、驚いたのは人形の存在ではない。
“何故、シャルロット姫の馬車にこれがあったのか”
それが何よりも大きな問題なのだ。

「ああ……なんという事でしょう」

騎士は十字を切ると嘆くかのように呟いた。
情報の断片がピースとなってジグソーパズルを組み上げる。
出来上がった絵は何よりも残酷で恐ろしい物だった。
襲撃者達にとってもイザベラにとっても―――。


「むぐぐぐぐ……」

イザベラの口の中に丸めた布が押し込まれる。
男数人がかりで取り押さえる様はまるで乱暴しているようにしか見えない。
彼女の醜態を眺めながらマチルダは思わず溜息を漏らした。
とはいえ彼女の気持ちは理解できる。
人としての尊厳を奪われるのは命を奪われるよりも辛い。
ましてや名誉を重んじる貴族、その頂点ならば尚の事。
奴隷以下に堕ちると知れば自らの命を断とうとしてもおかしくない。
だからこそ知られたくはなかったというのに。
(ったく。だからもう少し真っ当な連中を雇うべきだったんだよ)

俯くマチルダの隣を騎士が通り抜けていく。
顔を上げる彼女の目に映ったのは悲壮な表情を浮かべた顔。
重たそうな足取りでそれでも前へ行こうとする彼の姿は、
どことなく処刑場に向かう罪人のそれに似ていた。

356ティータイムは幽霊屋敷で:2009/07/22(水) 02:21:38 ID:F01LkYfs

イザベラの傍らまで近付くと彼は腰を落として彼女と視線を合わせる。
憐憫の篭った男の目と憎悪を滲ませるイザベラの目。
だが彼女の方は虚勢に等しい。
今にも恐怖に押し潰されそうな彼女の目尻には涙が浮かんでいる。
見つめ合う事、数秒。騎士の手が彼女へと伸びる。
それにイザベラは怯え、視線を逸らして身を硬くした。
しかし、彼は咥えさせられていた布を抜き取ろうとしただけだった。

「申し訳ありません。貴女を連れて行けなくなりました」

騎士は深く頭を下げてイザベラに謝った。
その言葉の意味を彼女は理解できなかった。
シャルロットが捕まったからもう必要ないという事か。
いや、人質は多いほど良いに決まっている。
あるいは逃げ切れないと観念でもしたのだろうか。
それにしては明らかに様子がおかしい。
普通なら投降に備えて武装解除や白旗を揚げる。
なのに連中にはそういった行動が窺えない。

「これが何かご存知ですか?」

困惑するイザベラの前に『スキルニル』が差し出される。
無論、彼女はそれが何かを知っている。
エンポリオにも説明したし、彼女も保有している。
しかし、これがどうしたというのか。
確かに珍しい魔法の品だが手に入らない事もない。
彼女の表情を見て、知っていると判断した騎士が続ける。

「シャルロット姫の馬車から見つかったそうです」

その意味をイザベラは理解できなかった。
否。与えられた情報のピースは騎士と同等。
ならば、それを構築するのに時間はかかろうとも、
答えを見出せないなど彼女には有り得ない事だった。
理解できなかった理由は、真実を受け入れるのをイザベラが拒絶したから。

呆然とする彼女から視線を外して騎士は天を仰いだ。
ここには居らず、されど彼方より自分達を操った怪物を睨む。
全てはジョゼフの手の上での出来事だった。
一体どこからどこまでが彼の思惑通りなのか。
いや、考えるまでもない、全部だ。
初めから結末までもがジョゼフの筋書き通り。

品評会への参加そのものが我々を誘い出す為の餌。
イザベラ嬢のトリステイン魔法学院への転校をカードにして、
ガリア・トリステイン・ゲルマニアの三国同盟という絵図面を見せたのだ。
いや、どのみち手を打たなければブラフではなく実現するだけの事。
動こうとも動かずともアルビオンの敗北は決まっていた。

攫うべきシャルロット姫はここには居ない。
出立前に確認したのはスキルニルで真似た紛い物。
ガリアに潜んだ密偵からの情報も全て偽り……故意に流した物だ。
新たに仕立てたドレスもわざわざ我々を引っ掛ける為に用意したのだろう。
シャルロット姫の肖像画が手に入らなかった我々が目印にするだろうと、
ジョゼフはそこまで計算して、この場にいる全員を弄んだのだ!
アルビオンもトリステインもガリアもゲルマニアもだ!

357ティータイムは幽霊屋敷で:2009/07/22(水) 02:23:12 ID:F01LkYfs

「……怪物め」

奴は当初から計画の全容を把握していた。
ならば事が起きる前に阻止できた筈だ。
そうすれば互いに無駄な血を流さずに済んだだろう。
この手で部下を殺めずとも騙まし討ちなどしなくとも……。

何故それをしなかったのか、
自分の手駒とならぬ東薔薇花壇騎士団が邪魔だったのか、
トリステイン王国に交渉材料となる失態を演じさせたかったのか、
それとも我々に弁解の余地もない状況を作らせたかったのか。
否。それらは全て“ついで”に過ぎない。

ジョゼフの人となりを幾つかの事例を通して騎士は知っていた。
彼の知る限り、ジョゼフの性格は歪なほど捻くれている。
何度かチェスの名人を招いて勝負をしたが、その全てにジョゼフは勝利した。
しかも、ただ勝っただけではない。その勝負の内容に問題があるのだ。
奴はあえて序盤は相手に譲って盤面を優勢に進めさせる。
それに気を良くして打ち続ければ、いつの間にか逆転されている。
これは単にジョゼフの得意な手を意味する物ではない。

奴にとって勝利するのは目的ではない。
勝利を目の前にしていながら無惨に屈する相手を。
後一手で届いたかもしれないと悔やむ相手を。
それを遥かな高みで見下ろすのが何よりの愉しみなのだ。
――そして奴にとってはチェスも実戦も同じだったのだろう。

此処ではないどこかで奴はきっと嘲笑っている。
全てが上手くいっていると思っていた我々が、
自分の掌の上で踊らされている事に気付いて絶望するのを。

胸を引き裂きたいほどの怒りが騎士に込み上げる。
犠牲者全員を冒涜するにも等しきジョゼフの凶行に、
義憤と私憤、その両方が焼き尽くさんばかりに猛る。
しかし、それを押し殺して彼はイザベラへと向き直った。
ジョゼフの娘とはいえ彼女には何の咎もない。
いや、彼女はこの場にいる誰よりも“被害者”なのだ。

哀れみを込めて騎士は彼女に言い放った。

「貴女は利用されたのです。御父上にシャルロット様の身代わりとして」

358ティータイムは幽霊屋敷で:2009/07/22(水) 02:24:56 ID:F01LkYfs

「え?」

間の抜けたような声が彼女の口から洩れる。
彼女はまだ理解できなかった。いや、したくなかったのだ。
それを認めてしまえば間違いなく壊れる。
かろうじて彼女を保っていたものが終わってしまう。

だって信じたかったから。
薄情な、人間味のない父親でも家族だったから。
たとえ疎遠でも血は繋がっている親子だから。
あんなのでも父親だと思っていたから。

平然と他人のように切り捨てるなんて、
考えたくなかった/信じたくなかった/思いたくなかった。
どれもが何の根拠もない希望だと分かっていながら。
打算と駆け引きで成り立つ世界だと知りながら、
彼女は心のどこかで肉親の情に縋っていた。
――それが今、決定的な形で裏切られたのだ。

走馬灯の如くイザベラの思い出が駆け抜けていく。 
中には楽しかった記憶もあったかもしれない。
だけど蘇る光景全てに砂嵐のようなノイズが混じる。
シャルロットもジョゼフもシャルルも王妃も、
誰もがヒビだらけの顔をイザベラに向けていた。


虚ろな瞳で見上げるイザベラに騎士は杖を向けた。
歳端もいかぬ少女を殺す事に躊躇いはなかった。
顔と素性、それに目的を知られた以上、生かして帰せない。
負けは決まったが、まだ彼等には脱出する望みがある。
それに洗脳された可能性があるのならばガリア王国は彼女を放置しない。
良くて幽閉、最悪の場合はアルビオン王国の手にかかって死亡したとされるだろう。
彼女に生きる希望はない。ならばここで楽にしてあげるのが自分の務めだ。

父親の愉悦の為に命を散らす少女に祈りを捧げる。
せめて苦しまずに、始祖と神の御許に行けますようにと。

ブレイドを帯びた杖をイザベラは無言で見つめる。
直後、彼女の指に何が触れた。
白くて丸い、玉子のような不思議な球。
彼女は自然にそれへと縛られた手を伸ばした。

彼女の心臓へと絶命の刃が迫る。
その刹那。イザベラの身体が騎士の目前から消失した。
突き出された騎士の杖が目標を失い、空を切って地面を貫く。


「うわあ!」

転がり落ちてきたイザベラの身体をエンポリオが受け止めて倒れる。
いくら小柄の少女といえど彼女を支えるだけの腕力なんてない。
炭焼き小屋の床に叩きつけられ、思わず少年は悶絶する。

そこは以前この森の中にあった炭焼き小屋だった。
とっくに朽ち果てて消滅した物をエンポリオがスタンドで具現化したのだ。
だがイザベラたちの近くにあったのは偶然ではない。
彼等は辺りに木のない開けた場所を集合地点としていた。
開けた場所というのは、つまり以前に建物か何かがあった場所である可能性が高いのだ。
そして、やはり炭焼き小屋はそこにあった。

359ティータイムは幽霊屋敷で:2009/07/22(水) 02:26:09 ID:F01LkYfs

「お姉ちゃん、大丈夫?」

身を起こしながらイザベラに怪我がないか確かめて安堵の溜息を漏らす。
落ちてきた時の怪我は勿論、その前に暴行を受けてないか不安だった。
何しろ口が恐ろしく悪いので人質とはいえ2、3発殴られていてもおかしくない。

手足を縛るロープを見て部屋に置いてあったナイフを手に取る。
幽霊は生物には干渉できないが、こうした物に対しては有効に使える。
理由は分からない。スタンドだからか幽霊だからかも分からない。
これはそういう物だと考えるしかない。

固い結び目にあまり切れ味の良くない刃を食い込ませる。
よほどきつく縛ってあるのだろう、エンポリオの力では映画のように切断できない。
見れば無理に切ろうとした所為で縛られたイザベラの手首には血が滲んでいた。
しかし、それにも関わらずイザベラは何も言わない。
苦悶の声も苦情も言わずにただ成すがままに従う。
心配しながらもエンポリオはロープの切断に集中する。
もし下手に暴れられたら余計に悪化する恐れがあるからだ。

ようやく手首を縛るロープが切断される。
疲労と安心からか溜息を漏らすエンポリオ。
その彼に拘束から解放されたイザベラの手が伸びた。

ずしんと小屋に鈍い音が響き渡った。
イザベラが掴んだのはエンポリオの首。
それを両手で万力のように締め上げながらイザベラは覆い被さる。

「お……おねえ……ちゃ……」

言葉にならない声がエンポリオの喉を震わせる。
苦しげに咳きを零し、困惑に満ちた眼差しでイザベラを見上げる。
そして同様に彼女もエンポリオを見下ろしていた。
しかし、イザベラの瞳に映るのはエンポリオではなかった。
相手の顔にかかる不気味なノイズ。
誰とも知れない者の首を締め上げながら彼女は叫ぶ。

「殺してやる…! どいつもこいつも殺してやる!
シャルロットも父上も叔父上も叔母様も、
ルイズもギーシュも連中もお前も、皆、皆殺してやる!」

鬼気迫る表情と怨嗟に塗れた言霊。
だけど、少女の瞳から行き場のない涙が溢れていた。

360ティータイムは幽霊屋敷で:2009/07/22(水) 02:35:43 ID:F01LkYfs
投下終了。
次回は殺人マシーンと化したイザベラ様が襲い掛かるホラー。
傭兵A「こんな所にいられるか、俺は一人でも逃げるぞ」
傭兵B「俺、この仕事終わったら結婚するんだ」
傭兵C「働いたら負けかなと思ってる」
死亡フラグを立てた奴から一人一人消えていく!
最後に残るマチルダ! 女性が生き残るって定番ですよね。
―――まあ嘘ですけど。

361名無しさん:2009/07/22(水) 10:38:29 ID:oR6PydG.
乙乙
イザベラカワイソス( ´・ω・)

362名無しさん:2009/07/22(水) 12:48:21 ID:KeIe6hXA


363茨の冠は誰が為に捧げられしや:2009/07/24(金) 22:38:36 ID:te/lDa/s

ギーシュ・ド・グラモンは憂鬱そうに溜息をついた。
机の上には財布から出された硬貨が広げられている。
それを数えて自分の計算が間違っていない事に再び落胆する。

「……どうしよう。今月も赤字だ」

ハッキリ言うが良家であろうともグラモン家の家計は芳しくない。
父親が元帥といえば聞こえはいいが名誉職であってそれに相応しい給金が与えられる訳ではない。
それどころか戦時には自腹を切って役職に相応しい戦支度をせねばならないのだ。
売れるような調度品はあらかた手放したし、生活だけなら裕福な平民の方が遥かに良い暮らしをしている。

そういう訳でギーシュのお小遣いなど雀の涙。
ルイズにいくらか教えたら“それって一日分?”と言われる事請け合いだ。
しかも世界が違えど女性との付き合いにお金がかかるのは変わらない。
ましてや見栄っ張りのギーシュと貴族のお嬢様方ならば尚の事。
しかし、今まではどうにかなっていた。
安定した生活を覆した要因は唯一つ。

「大変じゃのう」
「他人事みたい言うなァ! 君の所為だろうが、君の!」

フルーツ満載のタルトを頬張りながら平然と答えるジョセフに
我慢の限界を超えたギーシュが声を張り上げる。
そう。散財の最も大きな要因はこの使い魔なのだ。
例の件以来、調子に乗って当然のようにたかり続けた結果がこれだ。
生活費が一人分増えるなどと誰が予想しただろうか。
こうなれば実力で追い出しにかかろうかと不穏な考えが頭を過ぎる。

「そもそもの原因を作ったのは誰じゃったかな?」
「ごめんなさい」

思わずギーシュは床に額を擦り付けた。
自らの不誠実が招いた事態だと誰よりも本人が理解していた。
さすがのギーシュもこれには反省せざるを得ない。
その情けないギーシュの姿を見ながら、
ふむと鬚を撫でてジョセフはポンと掌を叩いた。

「しかし、このままでは儘ならぬな。
よし、儂が何とかしてやろう。他ならぬ主の為だ」

ジョセフが跪いたギーシュへと優しげに差し伸べる。
それは初めてジョセフが取った使い魔らしい行動だった。
見上げるギーシュの眼には慈悲に満ちた始祖の顔に映る。
期待に満ちた眼差しと歓喜の篭った声がジョセフを捉える。

「ほ、本当かい?」
「勿論だとも。儂が今まで嘘を付いた事があるか?」

『ええ、数え切れないほどに』彼を良く知る人物ならばそう答えただろう。
しかし付き合いの短いギーシュには彼の性格を知る術はなく、
“貧すれば鈍し”の言葉が指し示すように生活にも困る彼には気付けない。
主であるギーシュの困窮は即ち彼自身の生活も脅かすという事に。
美談などでは断じてない。ギーシュの財布(モノ)はジョセフの財布(モノ)。
ジョセフは自分の為にギーシュを助けようとしているのだ。

世界が変わろうともこの男は決して変わらない。
どこの世界であろうとも、その中心にいるのは常にジョセフ・ジョースター。
究極なまでの自己中心主義はたとえルーンであろうとも曲げられない。

364茨の冠は誰が為に捧げられしや:2009/07/24(金) 22:39:31 ID:te/lDa/s

「ここじゃよ」

そうしてギーシュが連れて来られたのは一軒の酒場だった。
トリステイン魔法学院から馬で2時間、王都トリスタニアの裏通り、
チクトンネ街にあるといえば、どんな店かは想像に難くない。
名前も『魅惑の妖精亭』と如何わしさに拍車をかける。
呼び止めようとするギーシュを無視してジョセフは店へと足を踏み入れる。
躊躇いながらも彼もそれに続く。どのみち戻った所で何の解決にもならない。

それにギーシュ・ド・グラモンは青少年である。
ならば、この手のお店に興味を持つのは至極当然。
いや、むしろ覗こうと思わない方が逆に不健全なのだ。
期待に満ち溢れた彼の眼に飛び込んできたのは未知の世界。
否。前代未聞、空前絶後、筆舌に尽くしがたい未知のモンスターであった。

派手な発色をしたピンク色のレオタードと純白のフリル。
丸太じみた上腕筋に熊のように毛深くて巨大な体躯。
水と油に等しく、決して交わる事のない二つが融合した怪生物。
子供が目にしたならトラウマになりかねない魔物、
それが腰をくねらせながらこちらへと歩み寄ってくる。
理解を超えた状況にギーシュの脳のヒューズが焼き切れる。

「あ〜ら〜ジョセフちゃん、お久しぶり〜!」
「おお、相変わらず暑苦しいの、マスター」
「ノンノン、マスターじゃなくてミ・マドモワゼルよ」

ギーシュの思考が停止してる間も二人は抱擁を交わす。
やがて引き剥がすように離れるとジョセフはギーシュを紹介した。

「これが儂の主人のギーシュ・ド・なんちゃらじゃ」
「まあ可愛い! キスしたくなっちゃう!」

迫る死の危険にギーシュの身体……いや、全細胞が覚醒を促す。
現実を棚上げして目の前に迫るオカマの唇を両手で押して食い止める。
男とキスすると考えるだけで全身を生理的嫌悪が駆け巡る。
いや、ジョセフとは、その、したのだが、既に忘却の彼方である。

「以前、ボーイが足りんと言っていたじゃろ。
そこで彼を雇ってもらいたいのじゃが」
「待て! 聞いてないぞ!」
「お金がないなら働くのは当然じゃろう」
「それは分かるけど、よりもよってこんな店に!」

本題を切り出すジョセフにギーシュが当惑する。
しかし、そんな反論には耳も貸さずに話を進め続ける。
平民の仕事は当然ながら実入りが少ない。
それでは満足する生活費を稼ぐ事は出来ない。
そう思っていたのだがジョセフが提示した給金を聞いて、
思わずギーシュもぐびりと喉を鳴らした。
『魅惑の妖精亭』の盛況ぶりはチクトンネ街でも随一。
妖精さん(この店での女の子達の呼び方)に支払われるチップも、
日に10エキュー超える事も珍しくない。

給料が良くて可愛い女の子が一杯のアットホームな職場!
これほど素晴らしい楽園を放って置く男はいない!
普通ならば就職希望者が列を成して群がっただろう!
――ここの店長、スカロンさえ居なかったならば!

365茨の冠は誰が為に捧げられしや:2009/07/24(金) 22:42:13 ID:te/lDa/s

気に入った男の子しか雇わず、
そして、そういった子に行われる熱烈アプローチという名のセクハラ。
必然的に『魅惑の妖精亭』に残る者はいななくなるという寸法だ。
 
お金と貞操の合間で揺れるギーシュの天秤。
しかし、ブンブンと頭を振るって彼は正気を呼び起こす。
薔薇をこよなく愛する彼ではあるが、決してそういう意味ではない。

「第一、学院をサボってアルバイトなんて出来るわけないだろ!」
「大丈夫じゃよ。夕べオスマンとここに呑みに来た時に許可は取ったからの」

最後の望みが目の前で絶たれる。
というか、あのエロジジイ、こんなお店で夜な夜な遊んでいるのか。
いや、それよりもその飲み代って間違いなく僕の財布から出てるよね。
そんな事しなければ普通に生活できたんじゃないのか。

大きく項垂れるギーシュと、にこやかな笑みを浮かべるジョセフ。
その二人を見比べながら「はぁ…」とスカロンは溜息を零す。

「ごめんなさいね。ついさっき、ボーイの子を雇っちゃったの」

手を合わせて本当にすまなそうに答えるスカロン。
その瞬間、二人の態度が入れ替わったかのように急変した。
「それじゃあ仕方ない」と俯くジョセフとガッツポーズを見せるギーシュ。
売り飛ばされて店先に吊るされる運命と諦めていた彼に差す一筋の光。
やはり始祖は天より人々の行いを具に見ていらっしゃるのだ。
人身売買じみた契約は白紙となり、道を誤りかけた少年は開放される――はずであった。

「せめて、この子が女の子だったらね〜」

このスカロンが何気なく呟いた一言が発端であった。
瞬く間に三人の間を電流にも似た閃きが走る。
ニヤリとジョセフとスカロンから零れる邪悪な笑み。
両者の瞳が獲物を狙う猛禽の如く鋭く光る。
その気配を感じ取ったギーシュが刺激しないようにそっと離れようとする。
しかしジョセフがギーシュの左肩を、スカロンが右肩をがっしりと掴む。
そして、そのままズルズルと店の奥へと連行されていく。

「まあまあまあ……もう少しゆっくりしていこうじゃないか」
「うふふふ。久しぶりに腕が鳴るわね。うちの子達も手伝わせましょう」
「儂も手伝うとしよう。もう大分昔の事なんでやり方は忘れちまったがね」
「放せー、放せー、後生だから放してくれー」

泣き喚こうとも二人の歩く速度に変化はない。
店の出口が彼の前から無情にも遠ざかっていく。
伸ばした腕が宙を掻き、やがてぐったりと地面へと垂れる。
抵抗を諦めた少年が人形のように部屋に運び込まれる。

この時を境にギーシュ・ド・グラモンを死を迎え、
そして『魅惑の妖精亭』には可憐な花がまた一輪……。

366茨の冠は誰が為に捧げられしや:2009/07/24(金) 22:43:22 ID:te/lDa/s
投下完了。次回は『魅惑の妖精亭』編の後編です。

367名無しさん:2009/07/24(金) 23:24:45 ID:.dvf1y3E
ギーシュには是非テキーラを売ってもらいたいね

368名無しさん:2009/07/25(土) 02:38:43 ID:HE3xw9X2
ギーシュ…ギャグもシリアスもこなせる良いキャラだ。
しかし、ここで女装までしてくれるとは、どこまで汎用性の高いキャラなんだよww

369名無しさん:2009/07/26(日) 18:55:12 ID:doh2RLiA
ジジイ自重しろwww

370茨の冠は誰が為に捧げられしや:2009/07/28(火) 18:45:16 ID:sG7XCNPs

夜が更ける。だが、ここではそれは一日の終わりを告げるものではない。
王都トリスタニアには昼には昼の、夜には夜の喧騒がある。
太陽と月が主役を入れ替えるように大通りからは人気が絶え、
裏通りには眠らない街を象徴するような活気に満ち溢れる。

『妖精さん』が共同で利用している控え室。
辺りに化粧品や衣装が散乱する中、少女が一人佇む。
果実のように鮮やかな紅で彩られた唇。
腰まであろうかという金糸じみた髪が清流の如くそよぐ。
清純をイメージさせる白いワンピースから垣間見える華奢な足首。
肩が上下する度に豊満な胸が弾むみたいに揺れる。

姿見の前でくるりと少女は一回転した。
髪と裾が舞い踊る様はさながら舞台に立ったダンサーのよう。
鏡の向こうに映る少女が何の屈託もない明るい笑みを浮かべる。
直後、少女は床に四肢をつけて項垂れた。

「何をやってるんだ、僕は」

少女の口から零れたのは絶望に浸かったギーシュの声。
変わり果てた自分の姿を見ても湧き上がるのは自己嫌悪のみ。
出来栄えの良さに少しだけノってしまった事実が更に追い討ちをかける。
もはや彼の身体で原型を留めているのはそれと顔の輪郭、後は見えない箇所だけ。
どうしてこうなったのか、彼は後悔と苦痛に満ちた記憶を呼び起こす。


「その口紅取って。そっちじゃなくて、そう、それよ」
「あら、思ったよりも肌が綺麗なのね。手入れが行き届いてるわ。
これだったら厚く化粧するよりも、顔立ちを際立たせた方がいいわね」
「胸に何か詰めた方が良いんじゃない?」
「そうね。布じゃバレバレだから水枕なんてどう?
ついでに新入りの子にも薦めてみる? あの子は女の子だけど」

きゃあきゃあと女性達の姦しい声が響く。
ギーシュを部屋に運び込んだ後、事情を説明するスカロンに黄色い悲鳴が上がる。
久しぶりに手に入った新しい玩具に彼女達は眼を輝かせた。
ハイエナが群がるようにギーシュを奪い取ると、
用済みとばかりに忽ちスカロンとジョセフは部屋から追い出された。
こういった時に発生する女性のパワーは異性には及びもつかない。
まるでフランケンシュタインでも作るかのように始められた化粧という名の改造手術。
こうなったらとことんまで追求しようと彼女達は理想の女性を作り上げていく。
我先にと争うようにギーシュに施される思い思いのメイク。

「いやだー、やめてくれー、お婿にいけなくなるー」
「大丈夫よ、その時はお嫁にいけばいいのよ」


そうして出来上がってみれば何処に出しても申し分のない淑女がいた。
もう一度、何の偏見も無しに鏡を覗いてその技術に感動を覚える。
ギーシュも美容には気を遣っていた方だが女性のメイクというのは正に魔法だ。
―――その刹那。彼の脳裏に戦慄が走った。
もしやモンモランシーやケティの美貌もメイクの賜物なのか。
化粧を落とした下の素顔はまるで別物だったりしないだろうか。
がくがくと恐怖に膝を震わせながらギーシュは頭を抱える。
少年は隠された真実の一端に触れて少しだけ大人に近付いたのだ。

371茨の冠は誰が為に捧げられしや:2009/07/28(火) 18:46:01 ID:sG7XCNPs

「ローザちゃ〜ん、お仕事の時間よ〜」

コンコンと扉をノックする音にギーシュは我に立ち返る。
それはそれ、これはこれ。現実を嘆いても何も変わらない。
今は頭を白紙にして“薔薇の妖精ローザ”として振る舞うしかない。
蹲って服についた汚れを払い落としながら扉に手を掛ける。
はあと大きく息を吸い込んで呼吸を整える。
これから先は未知の領域だ。何が起きるか全く分からない。
心を落ち着けて不測の事態にも対処できるようにしなければ。

……いや、よくよく考えてみれば最近の僕は予想できない事の連続だ。
もう何が起きようとも動揺するなんて事はそうそう無いだろう。
ある意味、達観にも似た耐性が備わっている自分に嫌気を感じる。
一番警戒すべき事は知り合いとの遭遇だが、それは絶対に無い。
こんな時間では生徒達は全員寮で就寝しているし、
オールド・オスマンが通い詰めている以上、他の先生も来ないだろう。
躊躇もなしに扉を開く。ほら、変な事なんて何も―――。

「い、い、い、いらっしゃいませー」

そこで目にしたのは引き攣った笑みと声で接客するルイズの姿。
思わぬ不意打ちにギーシュは清掃の行き届いた床にスッ転ぶ。
強かに打ち付けた頭をさすりながら再びその光景と向き合う。
見間違いようもない。あの桃みがかったブロンドの髪は彼女の物だ。
それにあの壊滅的なまでに成長性皆無の胸が何よりの証拠。
あそこまで平坦にするのは熟練の石工や土メイジでも難しいだろう。
他の妖精たちと同じ肩や太腿を大きく露出させた魅惑的な衣装も、
彼女が着ると途端に痛ましさを感じて止まなくなる。
そもそも見せる部分が無いのだから露出を増やしても仕方がない。

(……それより、なんでこんな所にいるんだろう?)

ヴァリエール家の三女という身分を考えれば生活に困るとは到底思えない。
それに働き口だって他にも色々あるだろうし、わざわざこんな所を選ぶ理由も見当たらない。
よくよく見ればサイトもボーイとして皿洗いなどの雑務をこなしている。
その隣には気立ての良さそうな美人。和やかに談笑しつつ胸元から決して目を離さない。
次の瞬間、飛来した酒瓶がサイトの後頭部へと突き刺さる。
もんどりうって倒れたサイトは白目を剥いて完全に意識を失っていた。
介抱する為に隣にいた女性が彼に肩を貸して運んでいく。
慌てたスカロンが彼女を落ち着かせようと休憩を促す。

そうして、控え室の前に立っていた僕と彼女が顔を付き合わせた。

突然の邂逅に言葉は出てこなかった。
鼻息も荒く肩を震わせる彼女の姿に思わず怯む。
それを目にしてようやくルイズが己の形相に気付く。
ヴァリエールの人間としてあるまじき失態を反省し、
深呼吸を繰り返して何とか淑女の態を取り戻して一言。

「ごめんなさい。別に脅かすつもりはなかったの。
ついカッとなって思わず手が出ちゃった」

うん。手じゃなくて瓶だよね、それも中身の入った。
無粋な突っ込みは胸の内にしまってギーシュも“淑女”として振る舞う。

372茨の冠は誰が為に捧げられしや:2009/07/28(火) 18:46:48 ID:sG7XCNPs

「大丈夫です。ぼ……私もそんなに驚いていませんから」

何しろ魔法学院では日常風景だから、とは付け加えずに口元を隠して微笑む。
それはギーシュが付き合ってきた女性たちの仕草を真似たものだった。
しかし、そんな貴族の女性に見られる特有の所作にルイズは気付く。
そういわれて見れば彼女からはどことなく気品が漂っている。
湧き上がる親近感に瞳を輝かせながらルイズは親しげに話しかけた。

「私、ルイズって言います。入ったばかりの新人ですけどよろしくお願いします」
「ボ……私はローザ。そんなに肩肘張らなくていいわよ。私も同じだから」

こちらを気遣い安心させようとするローザの言動にルイズは感銘を覚えた。
しかし何故、彼女のような人がこんないかがわしい店にいるだろうか。
それを考えた瞬間、彼女の脳裏を稲妻の如く電流が駆け巡る。

ああ、なんていう事だろうか。
彼女はきっと生活に困った家族に売り飛ばされたのだ。
いや、もしかしたら悪い男に騙されて財産を奪われたのかもしれない。
そんな悲しい過去を背負いながら健気に微笑んでいるんだ。

勝手に他人の過去を妄想し、そのあまりの悲劇にルイズは涙した。
まあ微妙に合っているが、あえて言うなら悲劇ではなく喜劇だろう。
理由も分からないままに泣き出すルイズをよしよしと宥める。
むしろ泣きたいのは彼女よりギーシュの方である。

「……………?」

ローザの胸に飛び込んだルイズに違和感が走る。
全くと言っていいほど弾力を持たないその感触は明らかに胸とは違う。
それに冷たい。まるで水の中に指を突っ込んだみたいだ。
ちい姉さまの胸に顔を沈めた時はもっと気持ち良かったはずなのに。

じとりとねめつけるようにルイズは目を配らせる。
上質な髪の下から僅かに覗く金色の地毛。
そして、どことなく見覚えのある顔の輪郭。
恐る恐る薄氷の上を歩くようにルイズは訊ねた。

「え………もしかして貴方、ギーシュ?」
「な、何の事でしょう? 私には皆目検討が……」

内心、滝のような冷や汗をかきながら必死に誤魔化す。
言葉の端々には淀み。その返答にルイズの不審が募っていく。
鋭さを増していくルイズの視線に耐え切れなくなったギーシュが視線を外す。
それが決め手となった。物的証拠は無いが確証だけはある。
信じられない物を見るように目をぱちくりさせながらも、ずかずかと歩み寄る。

「あ……あ、あ、アンタ、何でこんな所に、じゃなくて、そんな格好で!」

ギーシュの脳裏に浮かぶ“破滅”の二文字。
今、間違いなく彼は貴族として人として社会的な死を迎えた。
これからは魔法学院で徹底的な虐めに合い、
街を歩く度に後ろ指を差されて実家からも勘当されるだろう。
何故こんな事になったのか、もう少し別の道があったんじゃないのか。
ただ僕は幸せに成りたかっただけなのに、どうしてこんな事に。
ガラガラと足元から崩れ落ちていく錯覚がギーシュを襲う。

373茨の冠は誰が為に捧げられしや:2009/07/28(火) 18:47:59 ID:sG7XCNPs

「……まさかそんな趣味があったなんてね。
ともかく伝統あるトリステイン魔法学院に変態は不要よ。
追放よ、追放。この事はオスマン学院長に伝えて厳正なる罰を与えてもらうわ」

「その学院長から許可を貰っとるんじゃが」

びしりと指を突き立てるルイズの背後でジョセフが呟く。
彼女が振り返るとギーシュの使い魔である老紳士がテーブルに着いていた。
ワインを満たした杯を片手に、ちゃっかり客として居座っているようだ。
しかも周りには可愛い女の子数人を侍らせてゲームに興じている。
唖然とする二人を余所に手にしたワインを一気に呷って喝采を浴びる。

「オールド・オスマンが? 許可を?」
「そうじゃよ。なにしろ常連さんじゃからのう」

きっぱりと言い返すジョセフにルイズは痛くなりかけた頭を抱えた。
あのエロジジイだったら大いに有り得そうだと納得してしまう自分が怖い。
もはや失望する余地さえもなく虚しい溜息だけが洩れる。
しかし残った気力を振り絞って彼女は糾弾を続ける。
貴族の誇りや人としての尊厳を踏み躙ったギーシュには罰が下るべきなのだ。
何よりも女装しているギーシュの胸が大きいというのは何事か!

「オスマン学院長が許しても私が許しはしないわ! 追放するって決めたんだもの!
学院の皆にバラすわ! まずは手始めにモンモランシーとケティ、ついでにマリコルヌね!」

“あの”マリコルヌが知れば3日以内に学院中に触れ回ってくれるだろう。
そうなれば居た堪れなくなって学院から出て行くだろう。
というか下手をすれば自ら命を絶ちかねないがそれも已む無し。
トリステイン魔法学院に女装趣味の生徒がいたという汚点は完全に消し去らなければ。
悲鳴を上げそうになったギーシュには構わずジョセフは平然と言い放つ。

「そうなったらお嬢ちゃんも困るんじゃないかのう?」
「へ?」
「こんないかがわしい店で働いてたなんて知れたら実家から大目玉じゃろ」

ハッとようやくルイズは自分が置かれた境遇に気付いた。
それはまずい。もし実家にバレたら監禁される、多分1年ぐらいは平気で。
いや、それだけでは済まされない。あの姉様が知ったらどんな目に合わされるか。
以前アカデミーで退屈凌ぎに作ったという『全自動頬抓り機』を持ち出すかもしれない。
あまりの危険性にお蔵入りにされたが三十路手前で切羽詰った姉ならやりかねない。
恐怖に慄くルイズの傍らでギーシュはゆらりと顔を上げる。
その口元には不敵な笑み。そして眼光は鋭く輝きを取り戻す。

374茨の冠は誰が為に捧げられしや:2009/07/28(火) 18:48:55 ID:sG7XCNPs

ギーシュとルイズが真っ向から対峙する。
張り詰めていく緊張感に互いの頬を冷たい汗が伝う。
その光景はさながら核を突き付けあう米ソの冷戦を思わせる。
両者の武器は共に一撃必殺。抜き放てば最後、どちらも生きてはいまい。
それを理解しているから双方とも身動きが取れないのだ。
やがて息の詰まりそうな睨み合いが終わりを告げる。

最初に動き出したのはどちらだったか。
二人は同時に相手へ向かって歩を進めた。
互いの額が触れ合うほどの至近距離まで踏み込む。
そして、両者の間で熱い握手が交わされた。

「きっと他人には言えない事情がある……そう理解するよミス・ヴァリエール。
たとえ他の誰も信じなかったとしても僕だけは君を信じる」
「ええ、私もよミスタ・グラモン。そんな姿を晒してまで成し遂げないといけない事がある。
見た目が変わろうとも貴方は誇り高い貴族のままよ」

互いの耳元に小声で囁かれる心根にも無い美辞麗句。
両者が選んだ道は『打算ずくめの和解』だった。
そこには個人の感情など一片も入る余地は無い。
健全で合理的な社会運営に本音は必要ない。
相手が変態だろうと黙って受け入れなければならない時もある。
大人は建前というスーツを着込んで社会に出て行くのだ。
それは貴族社会においても言わずもがな。
トリステイン魔法学院の生徒達はまた一歩大人への階段を上ったのだ……。


「じゃあいつも通りツケで」
「はいはーい」

そんな計算で成り立つ麗しき友情を深める二人に胸を熱くさせながら、
ジョセフは手馴れた様子で支払いを己が主に回していた。

375茨の冠は誰が為に捧げられしや:2009/07/28(火) 18:53:23 ID:sG7XCNPs
投下終了。次で本当に今度こそ違いなく確定的に明らかなほどに最後。
しかし部屋を出ただけで一話が終わるって展開の遅さはどうしたもんだろうか。

376名無しさん:2009/07/28(火) 19:51:01 ID:4PK7QXG2
ルイズとギーシュはお互いに致命的な致命傷になる弱みを握りあう事になった

377名無しさん:2009/07/29(水) 07:23:34 ID:2qcIrOEQ
腐ってやがるww
後アカデミーなにやってんだw

378茨の冠は誰が為に捧げられしや:2009/07/30(木) 23:33:52 ID:gXtqabac

『魅惑の妖精亭』の控え室は店内の華やかさとは裏腹に死屍累々たる惨状だった。
足の踏み場もなく散らかる衣装と化粧道具、そして四肢を投げ出して床に転がる生ける屍が3つ。
片や貴族の紳士淑女、片や裕福な日本の学生。まともに働いた事の無い3人に接客業は厳しかった。
にこにこと愛想良く笑ってお酒を注いで話を聞く程度と高を括っていたのがそもそもの間違い。
チップを貰うにはそれなりのテクニックと努力と根性とその他諸々が必要になるのだとルイズは悟った。
口を開けば罵詈雑言、酒を注げと言えば眉根を寄せ、セクハラに対しては容赦ない鉄拳制裁。
当然の事ながら気位の高い彼女が他人に諂うなどそれ自体が有り得ない。
容姿が端麗であろうともそんな彼女にチップを払う奇特な客などまずいない。

また平賀才人も麗しき妖精たちに囲まれた中で男性従業員が一人という、
世の男性が聞いたならば羨み妬み呪詛を撒き散らしかねない職場がパラダイスではない事に気付いた。
広いフロアの掃除に食器洗い、山のような衣服やシーツの洗濯、薪割りにゴミ捨てと、
次から次にやるべき雑用が増えていき、それの処理に追われて本来の任務である情報収集さえ覚束ない有様。
普段ルイズに押し付けられている仕事が十数倍に増えたのだから当然の帰結である。

そしてギーシュ・ド・グラモンも力尽きて倒れ臥した。
胸に詰め込んだ水枕は予想外に重く、上下に揺れる度に両肩には絶大な負担を掛かる。
常日頃こんな物をぶら下げて生活している巨乳の女性達に、彼は心の底から敬意と賞賛を覚えた。
しかし、そんな苦労も解さずにミス・ヴァリエールは羨望と敵愾心の篭った眼差しを胸元に向ける。

「ギーシュ。アンタ、チップいくらぐらい貰ったの?」
「……多分100枚ぐらいじゃないかな」
「100!?」
「ほとんど銀貨だよ。新人さんへのご祝儀みたいな物さ。ジェシカ達とは比べ物にならない」

そうつまらなそうに呟くギーシュの横でルイズは殺意を滾らせた。
なにせ彼女はその誰でも貰えるご祝儀にさえありつけなかったのだ。
他の妖精たちに負けるのは仕方ない。彼女達には一日の長があり、男心をくすぐる術を知り尽くしているのだから。
だが! しかし! ギーシュは正真正銘、男である! それに負けたルイズの自尊心はズタズタだ!

ゆらりと幽鬼の如く立ち上がるとむんずとギーシュの胸倉を掴んで引き起こす。
見下ろした先には熟れた果実のように豊わな膨らみ。
それを鷲掴みにして声高に叫ぶ。

「や、や、やっぱり胸か! 胸なのね! 胸さえ付いてれば男でもいいのね!」
「……あるに越した事はないんじゃないかな。僕は勘弁だけど」
「要らないわよ! そんな邪魔くさい物!」

半ば冷ややかな目を向けるギーシュを床に叩きつける。
そうして姿見の前に向かうと髪を掻き揚げたり、
胸元を寄せてみたりと他の妖精たちの仕草を見よう見まねで演じる。
もっとも、どれを取ってもも妖艶さの“よ”の字も窺えない。
やがて自分に魅力が無いと気付いたのか、それとも虚しい行為だと気付いたのか、
諦めて視線を落とした彼女の目に飛び込む一枚の布。
恐る恐るそれを手に取り、意を決して絶壁のような胸へと押し込む。

「これでどう!?」

ルイズは最後に残ったプライドを勝利の為に投げ捨てる!
コンプレックスを克服した今、私は無敵になった! 弱点はもう無い! 
“究極の淑女”(アルティメット・ルイズ)の誕生よ!

勝ち誇って胸を反らしたルイズのキャミソールから布が落ちる。
さもありなん。元々が平坦なのだから落ちていく布を抑えられるはずもない。
かといってギーシュのように水枕を下から布で縛って固定しようにも、
ルイズのような露出の多いキャミソールでは外から丸見えである。

379茨の冠は誰が為に捧げられしや:2009/07/30(木) 23:34:32 ID:gXtqabac

たった10秒足らずで終了を告げたルイズの絶頂タイム。
無様を晒したルイズが先程の視線のまま固まる。
しかし、いつものお約束に突っ込む気力が今の二人には無かった。

「さてと、オチがついた所で皿洗いに戻らねえと」
「僕もいつまでも休憩してたら注意されるね」

やれやれと言った風情で腰を上げて部屋を出て行こうとする二人。
その傍らで恥辱に顔を赤く染めたルイズがプルプルと震える。
からかわれるのも腹立たしいが、まるっきり放置されるのも相当キツイ。
ついに耐え切れなくなったルイズの飛び蹴りが両者の後頭部を力強く打ち抜いた。

昏倒した二人を引きずりながらルイズが部屋を出ると店内は剣呑な雰囲気に包まれていた。
さっきまであった活気は失せ、ホールの中央は囲うように人だかりが出来ている。
とても尋常な様子じゃないと判断したルイズは屈強な肉体をくねらせてうろたえるスカロンにしかけた。

「何があったんですか?」
「それが、さっき徴税官のチュレンヌがやって来て……」

徴税官とは国に代わって税を取り立てる役人を指す。
地区の税率を取り決めたりと事業者に対する権限が強く、
法外な税金を掛けて店を取り潰す事も可能となる。
チュレンヌはその権威を笠に着て横暴な振る舞いをしているのだと言う。
貴族にあるまじき所業に憤慨するルイズを宥めながらスカロンは話を続ける。

「満席だから帰ってもらおうとしたら客を追い出し始めて、そうしたら」

ちらりとスカロンが視線を向けた先へとルイズも目線を動かす。
そこには杖を手にした男達が一人の老人を取り囲む光景。
ルイズはその老人に見覚えがあった。
老体には似つかわしくない巨躯……間違いなくギーシュの使い魔だ。

耳元で怒鳴る男達に“はあ?”と聞き返すジョセフ。
手には未だ栓を開けていない酒瓶を手にしたまま。
ここに居座る気満々といった様子を窺わせる。
その態度にチュレンヌも焦れ始め、今にも爆発しそうだ。

「起きなさいギーシュ! アンタの使い魔が大変な事になってるわよ」

ぺしぺしと頬を張ってギーシュを叩き起こす。
眠たげに目を擦りながら起きた彼が最初に目にしたのは、騒動の渦中にあるジョセフの姿。
さあーと血の気が引く音と共に突きつけられた現実に一気に目が冴えていく。
見なかったことにしようとするギーシュの耳に鈍い音が響いた。
倒れ臥すジョセフと彼に突きつけられたレイピア状の杖。
それは彼等が言葉で解決するのを諦めた証であった。

その瞬間、ギーシュは反発するかの如く飛び出した。
怒り、焦り、不安、様々な感情が去来したがそれも忘却の彼方に消える。
ジョセフは彼にとっては使い魔にすぎない。
それも自分を敬わず、脅迫したり、騙したりと碌でもないジジイだ。
だけど今日まで共に過ごしてきた彼との間には確かな友情が芽生えていた。
錯覚かもしれない感情がギーシュに告げる……“友を救え”と!

「待ちなさい! 杖を持たずに……」
「僕を誰だと思っている? 貴族なら杖は肌身離さずに持っているものだ!」

胸元に差した造花を引き抜いて振るう。
舞い散る花弁が床に吸い込まれて消えていく。

380茨の冠は誰が為に捧げられしや:2009/07/30(木) 23:35:25 ID:gXtqabac

「やれやれ、ようやくか」

汚れを叩きながらジョセフはテーブルに手を掛けて起き上がる。
杖無しでは歩く事さえままならぬ老体がよろめく。
だが、その眼には年齢を感じさせない眼光があった。
それに若干戸惑った男達が彼に問いかける。

「何の事だ?」
「お前さん達が先に手を出したって事じゃ。
これでブチのめされたって文句は言えんのう」

ジョセフの妄言とも取れる言葉に男達はざわめき立つ。
相手は老いぼれ一人。それもメイジでさえないただの平民。
あからさまな挑発にチュレンヌは激昂して叫ぶ。

「そのジジイを冬のナマズみたいに黙らせろ!」
「ナマズはお前さんの顔じゃないのか?」

命令を受け護衛たちは軽口を叩くジョセフへと杖を向けて呪文を唱える。
直後、竜巻のように現れたロープが四肢を絡めとらんと迫る。
しかし、それはジョセフの身体に届く直前にくるりと行き先を変えた。
気が付けば老人へと向けた杖の先は主であるはずのチュレンヌを指している。
スタンド使いではない彼等は気付かない、その杖に絡まった紫色の茨に。

「ぐぅぅええええぇええ!!」
「チュレンヌ様!?」
「な……何をしておる、早くそいつを……冬のナマズのように……」

ヒキガエルを踏み潰したような鳴き声が響く。
放ったロープはチュレンヌの首を締めながら巻き付く。
何が起きたのかも理解できぬままロープを解こうと護衛が近寄る。
そしてロープを握った瞬間、今度は茨がその護衛の足を引っ張った。
転倒する護衛の手に握られたロープが更にチュレンヌの首を締め上げる。
断末魔にも似た声がチュレンヌの喉から吐き出される。

「ぐぎゃあああああ!!!」
「ハッ!? 申し訳ありません、決してそのようなつもりは!!」
「ばやぐ、ぞいづを、冬の……ナマヂュ!」

次の瞬間、レビテーションで飛ばした椅子が方向を変えてチュレンヌの顔面を捉えた。
足の先端が顔面へと食い込み、槍で突かれたような惨状を晒す。

目の前で展開される不思議な光景に周りの人間は一斉に首を傾げる。
傍目にはチュレンヌの部下達が魔法を失敗しているようにしか見えない。
否。見えるのではない、ジョセフがそう見せているのだ。
まるで人形でも繰るかのようにジョセフは茨を周囲に走らせる。
杖の向きさえ操作してしまえばメイジの放つ魔法など恐れるに足りない。
問題は接近戦を仕掛けられた場合だ。
足を引っ張る程度なら可能だが捕らえられるほどのパワーはもう無い。
一斉に飛び掛られたらジョセフでは手も足も出ないだろう。
―――だが、それも杞憂に終わる。

ジョセフに気を取られている間に勝負は付いていた。
ギーシュの作り上げた青銅の戦乙女が彼等の四方を取り囲む。
その拳は次の呪文を唱えるよりも早く杖を掴み肺を穿つだろう。
ようやく自分の置かれた状況に気付いたチュレンヌが声を上げた。

381茨の冠は誰が為に捧げられしや:2009/07/30(木) 23:36:32 ID:gXtqabac

「ゴーレム!? 一体誰がこんな物を!」
「貴族の道を踏み外す者あれば、それを正すのも貴族の務め」

そこに待ってましたとばかりにギーシュがテーブルの上に仁王立ちする。
カツラを外し、口紅を拭き取り、素顔を晒して造花の杖を口に咥える。
そして着替える時間の無かったワンピースが風を孕んで靡いた。
あらゆる意味で予想外の人物の登場にチュレンヌは目を丸くする。
だが、変態であろうと現実は現実。彼も大人の一員として気を取り直して更に問い続ける。

「貴様は何者だ!? 女王陛下の忠実なる徴税官に杖を向けて無事でいられると思うてか!」
「フッ、忠実とは片腹痛い。陛下の権威を盾にした狼藉、このギ――」

そこまで口にしてピタリとギーシュは止まる。
彼は気付いてしまった……“本名出しちゃダメじゃん”
つい勢いで飛び出したので何も考えていなかった。
どうしよう、とだらだら全身から冷や汗を流すギーシュ。
周囲を取り巻く人たちから集まる不審の眼差し。
窮地に陥った彼にルイズは手を差し伸べる。

「私たちは女王陛下から特別な任務を与えられたエージェントよ!」

ギーシュ同様、テーブルの上に飛び乗ってアンリエッタの許可証を突きつける。
そこに書かれたサインと印は紛れもなくトリステイン王室の物。
チュレンヌの目が仰天に見開くと同時に戦慄が走る。
自分のような木っ端役人などとは格が違いすぎる。
機嫌を損ねればそれだけ命を奪われかねないと彼は悟った。
なんとか許しを請おうと平伏してゴマ手をする。

「し、失礼しました。まさか女装してまで潜伏していらっしゃるとは……それもお二方も」

轟音と爆風、そして深夜にも関わらず街中を迸る閃光。
降って湧いた天変地異にチクトンネ街は元より他の場所からも人が集まる。
そうして騒ぎの中心と思われる『魅惑の妖精亭』の前まで辿り着くと、
そこにはボロ雑巾と化したチュレンヌとその部下達の哀れな姿があった。
常日頃、横暴な振る舞いをしていた彼等の情けない姿にどっと笑いの渦が巻き起こる。
黙らせようにもそんな体力などある筈もなく、ひいこらと傷だらけの身体を引きずるのが精一杯。
痛快な笑いが木霊する店外と打って変わり、店内では勇敢なる二人を讃える喝采が響く。

この物語は後に英雄伝として脚色されて舞台でも上演されるのだがそれはまだ先の話。
確かなのは、ギーシュとジョセフの絆が契約に基づいたものだけはない事、そして―――。

ギーシュの給料の大半が誰かさんのツケに消えた事と、
また新しい弱みをジョセフに握られた事ぐらいだろうか。

382茨の冠は誰が為に捧げられしや:2009/07/30(木) 23:39:56 ID:gXtqabac
以上、投下終了。息抜きなので続かない……多分。
舞台化したらギーシュ役の人って男装の麗人なんじゃないかなあと益体のない事を言ってみる。

383名無しさん:2009/07/31(金) 08:22:08 ID:K/Vk0Hvk
冬のナマズwww
なんかもう色んな意味で乙ですw

384名無しさん:2009/07/31(金) 11:28:33 ID:XWFIE2Vs
乙!
冬のナマズワロタw

385名無しさん:2009/07/31(金) 22:40:00 ID:nNY71mkk
茨の人乙
冬のナマズを繰り返すなッ!!
思わず笑っちまうだろwww

386ティータイムは幽霊屋敷で:2009/08/08(土) 00:53:12 ID:803iWXY2
もう反響もなく辛いだけなのでキングクリムゾンを宣言します。
事件解決後の第2部を先に進めたいと思います。
ジョジョも第3部から読み始めた人が多いでしょう、多分。
気が向いたらまた書き足すかもしれませんが。

387名無しさん:2009/08/10(月) 17:41:04 ID:IXv5RCws
反響っていうか、ここを確認している人自体が少ない気もするが……
しかし、物語をどう進めるかは作者の自由だから、好きにしろ!
だが、オレは結構好きだぜ!あんたの作品!

388名無しさん:2009/08/10(月) 19:38:34 ID:boqspknU
本スレのほうも人が来ないからな
いっそのこと本スレのほうに投下してみれば?人がいないし、何か活性剤みたいなのが欲しい

でも、屋敷の人、そのままでも面白いよ。せっかくここまで書いたんだから

389ティータイムは幽霊屋敷で:2009/08/10(月) 19:46:37 ID:FQk01F0c

廃屋に刻まれる破壊の爪痕。
机は引っ繰り返され、足を折られた椅子が床に転がる。
手の届く範疇にある全ての物は投げ捨てられ無惨な姿を晒す。
まるで室内に嵐が吹き荒れたかのような惨状が広がる。

その中心に一組の少年少女が立っていた。
目を血走らせて破壊の限りを尽くした少女が肩を震わせて呼吸を乱し、
そして、そんな少女に臆する事なく少年は真っ向から彼女と向き合った。
首筋には両手で締め上げた痣が浮かび、殴打された頬が赤く染まる。
切った口の端から血が滲んでユニフォームに赤い雫を落とす。
しかし、彼は一歩も引かなかった。

「…………気は済んだ?」

何事もなかったかのようにエンポリオは冷静に言い放った。
それに従うように彼の背後で砕かれた家財道具が元通りに修復していく。
イザベラは砕けんばかりに歯を噛み締める。
まるで家具にさえお前は無力だと笑われている気がした。
込み上げてくる怒りを抑えられず拳を振り上げる。
それなのにエンポリオは抵抗しようともしなかった。
拳ではなくイザベラの瞳だけをただ一点見つめている。

そして彼の眼前でイザベラの腕が止まった。

「ちくしょう……」

イザベラの口から嗚咽にも似た声が洩れる。
自分よりも年下の子供だと甘く見ていた。
だけど呆気ないぐらいに私の心は見透かされた。
これがただの八つ当たりに過ぎない事に。
年端もいかない幼子が駄々をこねて暴れるように。
行き場のない感情をぶつけているだけだって。
誰にも見せた事のない感情の爆発。それをこいつは黙って受け止めた。
今まで誰がこうして私と向かい合ってくれただろうか。
嬉しさと悔しさが同時に湧き上がる、とても不思議な気分だった。

熱くなりそうになった眦を必死に袖で擦る。
そこまで見せてやるほど気安い仲じゃない。
ああ……でも、悪くはないか。
世界に一人か二人ぐらいはこんな気持ちにさせる奴がいてもいい。

「さて」

ふう、と深呼吸して彼女は初めて少年と正対する。
自信と誇りを取り戻したイザベラの眼差しがエンポリオに向けられる。
そして躊躇う事なく彼女は頬を差し出して告げた。

「命令だ。あたしを殴れ。手加減するな、思いっきりだ」

唖然とするエンポリオに更に遠慮は無用と付け足す。
戸惑いながらも少年は拳を硬く握り締める。
これは彼女なりのケジメだ。済まさない限り、わだかまりは消えない。
ごめんなさいと謝ればいいのに不器用な彼女にそれは出来ない。
だから、せめて納得のいく一発を叩き込もうと思った。
――それに殴られっぱなしで平気なほど大人でもないのだ。

390ティータイムは幽霊屋敷で:2009/08/10(月) 19:47:13 ID:FQk01F0c

刹那。乾いた音が室内に木霊する。
腰の入ったエンポリオの右ストレートがイザベラの頬を打ち抜く。
小柄とはいえ歳の割に体格のいい少年の一撃に思わず膝を付く。
あまりのナイスパンチに思わずエンポリオも驚いて駆け寄る。

「ご……ごめん。お姉ちゃん、大丈夫?」

しかし、イザベラは何事もなかったかのように起き上がり服に付いた埃を払った。
そして心配そうに見上げるエンポリオに微笑み返す。
直後、彼女の足が少年の金的を力強く蹴り上げた。
何故こんな仕打ちを受けたのか理解できずに悶絶するエンポリオ。
その彼の傍らを通り過ぎて倒れていた椅子を起こして座る。

「殴れとは言ったけど反撃しないとは言ってないだろ?」

さも当然とばかりに言い放ってイザベラは鼻で笑った。
傲慢だと言われようがそれがあたしだ。
文句があるならかかって来い。エルフだろうがアルビオン王国だろうが相手になってやる。
ドタバタしてた所為で混乱してたがようやく調子が戻ってきた。
捻くれて性悪でなおかつ外道。私はそういう人間だ。
だから容易いはずだ。連中を出し抜いて一泡吹かせるぐらい。
考えろ私。どうやったら連中を苦しめられるか。
奴等の絶望するツラを想像して今の苦境を笑い飛ばせ。

連中の目的を阻止する……これは達成済みだ。
あいつらが言ってたのが確かならとっくに計画は露見していた。
ここにシャルロットはいない。だから目的は遂げられない。

アルビオンが裏で関与している事実を暴露する……これも達成している。
この炭焼き小屋に隠れていれば連中に発見される恐れはない。
あいつらが立ち去った後で私が証言すればいい。
それでも物的証拠が無いのが気に食わない。
証言者が私だけってのもマイナスだ。
最悪、白を切り通す可能性だってある。

奴等を一匹残らず殲滅する……これは無理だ。
心の底からブチ殺したいけれどあたし達には不可能。
出来ないと分かっている事に挑むのは馬鹿だけでいい。
この部屋から出た直後、ゲームオーバーになるのが目に見えている。

最善は、連中を逃がさない事だ。
時間を稼げば混乱も収まり、すぐさま包囲網が敷かれるだろう。
いくら連中が腕が立とうが各国の精鋭を相手に抵抗する余地などない。
黒幕を吐かした上で、生まれた事さえ後悔するような目に合わせてやるとしよう。
とはいえ今の私たちでは圧倒的に戦力が不足している。

391ティータイムは幽霊屋敷で:2009/08/10(月) 19:48:59 ID:FQk01F0c

「なあ、どうやって私を見つけたんだ?」
「お……大きな、モグラ……使い魔の、それで、お姉ちゃんの、指輪の臭いを……」

未だにのた打ち回る少年へと質問を投げかける。
脂汗を流しながらもエンポリオは何とか単語を紡ぎ出す。
その断片を繋ぎ合わせてイザベラは状況を推察する。
恐らくモグラというのはギーシュの使い魔のジャイアント・モールだろう。
確か、その特性は鉱石の採掘だったと記憶している。
それならあたしの指輪についた宝石を探知できても不思議ではない。

「でも……この近くまで来るのが精一杯で……」
「だろうね。下手に近付けば感知されるのがオチさ」

エンポリオのスタンドが無ければ近寄る事さえ出来なかっただろう。
助けを呼ぼうにも魔法を使えば居場所を教えるような物だ。
無論、外に出るなんて論外。
後はジャイアント・モールを介してギーシュが救援を呼んでくれるのを待つか。
だけどギーシュは既に殺されている公算が高い。
あの騎士を私の所まで案内したのはアイツなんだから。
仮に生かされていたとしても使い魔と交信をするかどうかは分からない。
限りなく望みは薄いと考えるべきだろう。

「他に何か、外部との連絡手段は」
「あるよ。サイトお兄ちゃん限定だけど」

呟くイザベラの問いにエンポリオは答えた。
響くように痛む腹を抑えてゆっくり起き上がる。
だが、それを待っていられるほど悠長なイザベラではない。
がしりとエンポリオの両肩を掴むと前後に大きく揺さぶる。

「あるならさっさと出せ! 今すぐ! ただちに!」
「ちょっ……もうすぐ返事が来ると思うから……」

がくがくと頭をシェイクされながらエンポリオは床に目を向けた。
それに気付いたイザベラの視線がその方向へと向けられる。
そこにはテーブルと一緒に叩きつけられた画板のような物があった。
直後、その物体から軽快な音が鳴り響いた。
咄嗟にエンポリオから手を放し、その機械を拾い上げる。
二つに折り畳まれた機械を開いた彼女の目に飛び込むのは鮮明な映像。
手を放されて転倒したエンポリオの視線の先には液晶と睨めっこするイザベラ。

392ティータイムは幽霊屋敷で:2009/08/10(月) 19:49:41 ID:FQk01F0c

「で、どうやって使うんだ?」

ようやく諦めたイザベラがノートパソコンをエンポリオに叩き返す。
拳銃のような単純な機構ならまだしもさすがに電子機器は扱えない。
悔しげに押しつける彼女の前でカタカタとキーボードを叩く。
それが自慢げに見えたのか、イザベラが脛を蹴飛ばすのにも耐えてメールを開く。
朝、洗濯していた時にエンポリオはサイトの物に細工をしていたのだ。
電源代わりになる『電気の幽霊』を分け与え、
サイトのメールアドレスと着信音設定を確認した。
彼が鞄を持っていればきっと気付くはずだ。
襲撃を予期した訳ではない。あればいざという時に便利だと思っただけだ。
スタンド使い達との戦いで培われた警戒心、それがここに来て生きた。
エンポリオが本文に目を通す。そこにはただ一言。

エンポリオの誤算。
それは互いの意思疎通を可能にする魔法の力を過信した事。
あくまで翻訳可能なのは言葉だけで文字までは解読できないのだ。
ましてやハルケギニアの文字ならともかく英語までは行き届かない。
更に付け足すなら平賀才人の成績は中の下、特に英語は目も当てられない。
辛うじて限りある語彙の中から彼が搾り出したと思われる文章。

『Can you speak Japanese ?』

393ティータイムは幽霊屋敷で:2009/08/10(月) 19:52:41 ID:FQk01F0c
投下終了。プラックを受け取って平常通りの再開です。
2部から始めようとしましたが話が飛びすぎて理解できない事に気付きました。
いきなり何の説明もなくジョジョキャラ増えているのも問題でしたし。
とりあえず一周後の世界に来たエンポリオの気分で頑張ります。

394名無しさん:2009/08/10(月) 21:04:29 ID:J8SrcNq.
エンポリオはどこまで不幸な星の下に生まれてしまったんだろうか…

395名無しさん:2009/08/10(月) 22:13:20 ID:tAv4XABA
なるほどw

396名無しさん:2009/08/10(月) 23:54:28 ID:IXv5RCws
サイトつかえねええええぇぇぇ!!
ってまあ、英語で会話できる高校生の方が少ないか。
ここでエンポリオに日本語が使えるかどうか確認する言葉が出てきただけでも、サイトなら及第点だな。

397名無しさん:2009/08/12(水) 01:14:05 ID:EppC116E
>>394
イザベラさんに金的を蹴られる、これのどこが不幸なんだ。

398名無しさん:2009/08/12(水) 09:49:05 ID:4/KrSi5o
このサイト張り倒してぇw

399どこかの名無しさん:2009/08/12(水) 21:52:34 ID:DPr.JzFk
このイザベラ様は本当に小説の登場人物として魅力的だ。
後、サイトがだめすぎるww高校生なら、チャットレベルの英語ぐらい
理解しろよw

400ティータイムは幽霊屋敷で:2009/08/15(土) 18:43:27 ID:WWWRWlxY

風竜から振り落とされた後、平賀才人は変わらず闇雲にルイズを探していた。
声を張り上げるも反応はおろか敵が襲ってくる気配さえない。

ふと耳元で囁くように響く音に彼は足を止めた。
背負った鞄から微かに聞こえるアニソンのメロディー。
そんなはずはないと思いながらも才人はノートパソコンを取り出す。
そして画面を開けば、切れていたはずの電源が回復している。
液晶ディスプレイに映るのは新着メールの表示。
目の前で立て続けに起きた不可解な現象。
だが、それに一切構わず才人はメールを開いた。

もしかしたら家族からかもしれない、そんな淡い期待が込み上げる。
そうして彼は書き綴られた本文へと目を配らせて……思考を停止した。

「……日本語でOK、と」

危うく送信ボタンを押しかけた手を止めて訂正する。
読み取れたのは送信者の名前がエンポリオだという事ぐらい。
それも確信が持てず、多分そう読むんじゃないかなあという曖昧さ。
後は細かな単語がちらほらと分かる程度。しかもうろ覚え。

なんてこった。こんな事になるんなら真面目に英語勉強しておけばよかった。
社会に出たって使う機会ほとんど無いだろと高をくくった結果がこれだよ。
いざって時に使えないと困るぞ、と言っていた担当教師の言葉が身に沁みる。
まさか本当にそんな時が、しかも緊急事態で訪れようとは誰が予想できただろう。

『Can you speak Japanese ?』

とりあえず自分の知っている数少ない語彙を駆使して返信する。
正直、期待はしていない。望みは薄いと理解している。
あんな子供が二ヶ国語、それもピンポイントで日本語を取得しているとは到底思えない。
もし、そうだったら高校生のクセに碌に英語も喋れない俺の立場はどうなるのか。
『穴でも掘って埋まっていろ、このモグラ野郎』と罵られるだろう。

再びノートパソコンにメールの着信を告げるメロディーが鳴り響く。
幸か不幸か、向こうも日本語は話せないようで、
俺に合わせて出来るだけ易しい単語のみで文章が書かれている。
とはいえ、それでも英語は英語。知らない単語は聞き返す必要があるだろう。

「forest……確か、森だったよな。hide……ヒデ? いや、ハイドだから隠れるか」

頼れるのおぼろげな授業の記憶と漫画やアニメ、ゲームなどで覚えた単語。
まるで宿題でもやるかのように解読していくと大体の内容は判明した。
一つ、この事件の黒幕はアルビオン王国。
二つ、連中の狙いはガリアとトリステインのお姫様。
三つ、今は学院の外にある森の中に身を潜めている。
四つ、エンポリオとイザベラもそこに隠れているので助けて欲しい。

ふうと達成感に満ちた溜息を零しながら汗を拭う。
今まで彼の人生で英語でのコミュニケーションが成立した事があっただろうか。
いや、一度として無い。つまり俺は一皮剥けてさらに出来る男に成長したのだ。
そこには何かを成し遂げた男の表情。今ならコーヒーのブラックも美味しく飲めそうだ。
が、よくよく内容を見返すうちに平賀才人の顔が真剣みを帯びていく。

401ティータイムは幽霊屋敷で:2009/08/15(土) 18:44:14 ID:WWWRWlxY

「これって……ひょっとして凄く重大事なんじゃないのか?」

だとしたら、こんな所で一人満足している場合ではない。
一刻も早くトリステインかガリア、アルビオン……は敵か。
この2つの、どっちでもいいから騎士団に事情を説明して森まで来てもらわなければ。

その刹那、誰かが言い争うような声が聞こえた。
男と女、それも片方の声に彼は聞き覚えがあった。
ギーシュの剣を手に平賀才人は一陣の風となって駆ける。
ガンダールヴの能力で強化された、常人を凌駕するその疾走。
それは瞬く間に声の聞こえた場所へと辿り着かせる。
その彼の目に飛び込んできたのは、誰かの手を振り払い声を上げるルイズの姿。

「ルイズゥゥゥーーーー!!」

考える余地などなかった。雄叫びを上げながら剣を上段に構える。
直後、加速を乗せた渾身の一撃が相手の男へと振り下ろされた。
たとえ目視できたとしても回避する事さえ困難な化け物じみた剣速。
だが、それは男の身体に触れる前に相手の杖と纏った風に逸らされた。
剣が受け流される瞬間、才人は達人というのはこういうのを指すのだと知った。
態勢が崩れた才人へと向けられる杖の先端。
しかし、それを遮ったのはルイズの声だった。

「ワルド様! やめて!」

その制止の声が届いたのか、才人の喉手前で杖は止まった。
微かに晴れた霧の向こうから現れたのはどこかで見覚えのある顔。
特徴的な羽飾りのついた帽子の下で鋭く輝く眼光。
苦虫を噛み潰したような表情で忌々しげにワルドは呟いた。

「……また貴様か。どこまで人の邪魔をすれば気が済む」
「悪いかよ。俺だって好きで顔を合わせてる訳じゃないんだぜ」
「な、な、な、何やってんのよアンタは!? ほら、早く剣を下ろしなさい!」

疫病神でも見るかのような視線に才人も不機嫌そうに応じる。
慌てて間に入ったルイズの言葉に大人しく従って剣を下ろす。
どうやらルイズを攫おうとしていたのでは無いらしい。
突然の事態に混乱しながらもルイズは深呼吸を繰り返して自分を落ち着かせる。
そうしてワルドへと振り返ると深く頭を下げた。

「申し訳ありません。私の使い魔がとんだ無礼を。
使い魔の責任は主人である私の責任。どうかお許しください」

たとえ婚約関係にあろうとも私事は挟まない。
礼儀を弁えたルイズの言動にワルドも才人も感心を覚えた。
直後、余裕をぶっこいている才人の腹にルイズの肘がめり込む。
激痛に悶絶しながら小声で才人は理由を問い質す。

“なにすんだよ、痛えじゃねえか!”
“いいから! ほら、アンタも謝りなさい!
平民が貴族に剣を向けるなんて本当なら死罪よ!”

立場をまるで理解していない才人の頭を無理やりに下げさせる。
頭を掴むルイズの手を払いながら仕方なく才人もワルドに謝罪する。

402ティータイムは幽霊屋敷で:2009/08/15(土) 18:46:14 ID:WWWRWlxY

「悪りぃ。勘違いだった」

まるで肩がぶつかったのを謝るかのような軽さ。
明らかに誠意を感じさせない態度にルイズは呆気に取られた。
たとえ自分が悪かろうとも気に食わない奴に頭は下げない。
そんな意地の張り合いで喧嘩に発展したのもザラだった。
不貞腐れた表情を浮かべる才人を前にワルドの両肩が震える。

「……貴族に斬りかかっておいて勘違いで済むと思っているのか」

口調は冷酷に、声色には溶岩のように煮え滾る憤怒。
猛禽の如き両眼には嫌悪を超えて憎悪さえ滲んでいる。
しかし、それを才人は平然と受け流す。
さっきのはお互い様だろうと決して譲らない。
才人の剣がルイズから引き離す為に放ったものなら、
ワルドの向けた杖は感情さえ感じさせない絶命の刃だ。
もしルイズが止めなければ間違いなく殺されていた。
そんな相手にペコペコ出来るほど大人ではない。

「ま、待ってください! 今、謝らせますから……!」

フンと鼻を鳴らして振り向きざまにルイズが才人の鳩尾に一撃を叩き込む。
才人の体がくの字に曲がった瞬間、頭を鷲掴みにして無理やり下げさせようとする。
だが才人は苦痛に顔を歪めながらも意地でも反抗し続ける。
そんな二人を見ていたワルドはやがて呆れて本題を切り出した。

「それよりもルイズ。ここは危険だ、早く避難するんだ」
「私よりも姫殿下を先に! まだこの近くにいるはずよ!」

“貴族は敵に背を向けたりはしない”その教えを彼女は忠実に貫く。
断固として意志を曲げない彼女にワルドは辟易とした表情を浮かべた。
ルイズの信念は理解できる。だが同時に自身の立場も理解する必要がある。
平民には平民の、貴族には貴族の義務が存在する。
他者よりも高い地位にある者は何よりも自身の生存を優先義務があるのだ。
もし、この襲撃で彼女の身に何かあれば誰かが責任を負わねばなるまい。

「分かった。捜索は僕達に任せてくれたまえ」
「私にも何か手伝える事は……」
「ルイズ、これは子供の遊びじゃないんだ。理解してくれ」

窘めるように言われてようやく渋々とルイズが引き下がる。
ポンポンと軽く両肩を掌で叩いて落ち着かせるとワルドは才人を睨む。
敵意の入り混じった……否、明確に敵視した眼差しで脅すかの如く言い放つ。

403ティータイムは幽霊屋敷で:2009/08/15(土) 18:47:34 ID:WWWRWlxY

「いいか。不愉快だがここは貴様に任せる。
あれだけ動けるなら油断しなければ遅れは取るまい。
万が一、彼女に何かあったなら……!」

「言われなくてもルイズは俺が守る」

それを怯まず真っ向から見据えて才人は応えた。
迷いのない眼差しを確かめた後、ワルドは乗騎のグリフォンを鳴かせる。
しばらくして周囲に同様の羽ばたきが反響のように広がっていく。
人よりも大きい影がいくつも薄っすらと空に浮かび上がる。
やがて舞い降りてきたのは数頭のグリフォンとそれに跨る兵士達。
ワルドと同じ装束に身を固めた彼等は魔法衛士隊の一角、グリフォン隊の者だった。
彼等は乗騎から降りると一様に隊長であるワルドに敬礼をする。
その光景を見ていた才人がふと重要な使命を思い出す。
エンポリオからのメールの内容ををこいつらに伝えなければ。
すっかりとワルドとの反目で目的を見失っていたが今こそ絶好の機会。

「そうだ! アルビオンの奴等が学院の外にある森に隠れてるんだ!
先にそいつらからやっつけてくれ! 友達が危ないんだ!」

勢い余った才人が碌に考えもせずワルドに告げる。
前後関係の説明も無く飛び出した謎の言動にルイズは首を傾げた。
アルビオンが敵だと認識できているのは、それを知っている人物だけ。
何で参加者を襲撃する必要があるのかルイズには分からなかった。
しかし、その発言に顔面を蒼白させる人物が一人。

「何故、それを……」

思わず口走りそうになった唇をワルドは手で抑えた。
だが、もう遅い。才人とルイズの目は彼へと向けられていた。
不運だったのは支離滅裂な言葉の意味を理解できてしまった判断力。
それが不意討ちとなって彼の口から言わなくてもいい言葉を引き出した。
迂闊な自分に舌打ちしてワルドは才人を睨みつける。
才人とワルド、両者の間に緊張した空気が漂う。
きょとんしていたルイズもその剣呑な雰囲気に後ずさる。

「……隊長?」
「何でもない。下がっていろ」

二人の会話を聞き逃したのか、ワルドの部下が問いかける。
それを振り向きもせずに彼は追い返そうとした。
しかし咄嗟に才人はあらん限りの力で叫んだ。

404ティータイムは幽霊屋敷で:2009/08/15(土) 18:48:13 ID:WWWRWlxY

「騙されるな! そいつは襲撃者の仲間だ!」

才人はワルドと自分の実力差を痛いほど理解していた。
単独では勝ち目などあるはずもなく、ルイズを連れていては逃げる事も出来ない。
しかしグリフォン隊を味方に付ければ話は別。
ワルドの腕が立とうとも複数の、それも精鋭を相手にするのは困難だ。
正直、信じてもらえるかどうかは厳しい賭けだ。
信頼されている隊長と一介の平民では言葉の重さが違う。
――それでも何もしないでいるよりかは遥かにマシだ。

突然の暴言にルイズと隊員達はざわめく。
ワルドは不動の姿勢を崩さず弁明しようともしない。
彼が不意に洩らした言葉の意味を理解したルイズの顔が蒼褪めていく。
それは信頼を裏切られたからか、それとも目の前にいる強敵を恐れているのか。
騒然としながらも隊員達は次々と自分の杖を抜き始める。

「……隊長」

口々に呪文を唱えるとワルドを一斉に取り囲む。
だが杖の向く先は円の内ではなく外。
怯え竦む少年少女達へと突きつけられた。
そして彼等は冷酷に淡々と自分達の上官へと問う。

「ここで始末しますか?」
「下がっていろ、と言ったはずだ。余計な手出しはするな」

405ティータイムは幽霊屋敷で:2009/08/15(土) 18:50:29 ID:WWWRWlxY
投下終了。急に人が増えたような気がする。

>>397
我々の業界ではご褒美なんですね、分かります。

406名無しさん:2009/08/15(土) 20:55:44 ID:Y1isW.Co
予想よりは才人は無能じゃなかった!
でも、良く分かったなあ。エンポリオの説明が上手かったってことか?

407名無しさん:2009/08/16(日) 11:07:48 ID:v1tHZlcs
いたんだけどさ、下手なレスされて萎えたら悪いと思って。
しかしサイト頑張るな。

408名無しさん:2009/08/16(日) 14:57:51 ID:3wUHqtbA
しかしどういう風に決着つけるつもりなんだろ、作者氏
予想外の展開が多すぎて混乱してきた

409名無しさん:2009/08/16(日) 16:44:05 ID:1oQbO2lQ
グリフォン隊もアルビオン側なのかな?
とりあえず泥船に乗ってしまった明らかに捨て駒なワルド様御一行に合掌

410ティータイムは幽霊屋敷で:2009/08/25(火) 01:45:03 ID:wHo5MmIM

平賀才人に魔法の知識はない。だが、その脅威は知っている。
自分に突きつけられた杖の一本一本が銃口であり剣先。
不意を突いて撹乱しようにも背後にはルイズがいる。
彼女を人質に取られれば才人には投降するほか術はない。
躊躇が僅かに才人の足を背後に引かせる。
その逃げの気配を察知して隊士達は距離を詰める。
だが、その先へと進もうとする部下の行く手をワルドの杖が遮る。

「僕一人で十分だ。それと奴等には聞きたい事もある。
お前達は先にアルビオンの連中と合流しろ」
「はっ!」

その指示に敬礼で答えながら隊士達がその場を離れていく。
やがてグリフォンの羽ばたきも聞こえなくなり、
緊張感に満たされた空間には痛いほどの沈黙だけが残る。
この場にいるのは強敵を前に冷たい汗を流す才人と、
未だに信じられないといった表情を浮かべるルイズ。
そして無表情な仮面を被り直したワルドの三人だけ。

「……どうやって知った? いや、誰から知らされた?」

問いかけるワルドの声には若干の焦りが感じ取れた。
予想外の事態に冷静でいられなくなったのは才人達だけではない。
才人の目にはどこか切羽詰った様子にさえ見える。
恐らく平時のワルドならば太刀打ちできまい。
だが平静を欠いた今の彼ならば僅かながらでも勝機はある。
奴一人ならまだしも隊士を呼び戻されたら終わりだ。
進む道が見えたのなら、それが火中であろうと関係ない。

ドンと背に張りついていたルイズを霧の中へと突き飛ばす。
直後、あらん限りの力で大地を蹴り飛ばして前へと飛ぶ。
神速じみた動きから繰り出される剣閃はなお速く、
『閃光』の二つ名を誇るワルドでさえ防ぐのが限界だった。
杖と剣の鍔迫り合いの最中、才人は後ろに振り返って叫んだ。

「走れルイズ! こいつから出来るだけ離れるんだ!」
「そ……そんな! アンタ一人でどうにかなるような相手じゃ……」
「いいから行けって言ってるだろ! 俺もすぐに追いつく!」

膂力で押し切ろうとする才人にワルドは舌打ちを洩らす。
詠唱を終えても杖が封じられていては新たな魔法が使えない。
(なるほど。平民にしては良く考える……だが!)
押してくる才人の力の動きに合わせてワルドは手首の力を抜いた。
綱引きで相手が綱を引いた瞬間に綱を離した時のように才人は体勢を崩す。
拮抗する力を失った剣が虚しく砂塵を巻き上げながら地面を叩く。
何をされたかも分からず才人の表情に驚愕が浮かんだ。
目の前には自分に杖を向けるワルドの姿。

411ティータイムは幽霊屋敷で:2009/08/25(火) 01:48:58 ID:wHo5MmIM

彼は心のどこかでハルケギニアを文明の遅れた世界と侮っていた。
しかし、それは大きな誤りだった。彼等は地球とは違う歩みを選んだだけ。
ハルケギニアは六千年もの間、科学ではなく魔法を磨き続けてきたのだ。
その中には無論、杖を使った接近戦の技法も存在する。
それこそ地球に存在する数多の剣術にも劣らぬ代物だ。
ただ速い、ただ重い、それだけで通用するならば、
頑強な肉体を持つ亜人にメイジが敵う道理はない。
無論、ガンダールヴの常軌を逸した動きならば話は別だ。
並の相手なら目で追う事も出来ず、
卓越したメイジでさえ防ごうとした杖ごと両断される。
しかし、それもワルドには通用しない。

若くしてスクエアの領域に達したワルドの才は群を抜いている。
だが、それはあくまで常人と比較した場合の話だ。
シャルルや烈風カリンといった真の天才、
『元素の四兄弟』のような異能の怪物、それらと比べれば彼の存在は霞んで見える。
環境や努力といった問題ではない、もっと歴然としたモノの差。
“トリステイン最強”などという大層な肩書きと現実の違いに彼は苦悩した。
それでも彼は足掻いた。補えない物があるなら他で代用しようと。
鍛錬で身に付けられる技術があるならば残さず習得しよう。
貪欲に魔法を追求し自分の極限まで磨き上げよう。
それは小石を積み上げて丘を作るような果てしない道程。
才能だけではない、努力だけではない、
その執念こそがワルドを最強たらしめているのだ。

一瞬反応の遅れた才人の胸をエア・ハンマーが打ち据える。
吹き飛ばされる才人の姿を見て、終わったとワルドは確信した。
手加減としたとはいえエア・ハンマーが直撃して無事ではいられまい。
呼吸さえままならずに地面をのた打ち回っているがいい。
侮蔑の視線を投げかけた後、ワルドは逃げ遅れたルイズへと振り返る。

「ワルド、貴方」
「落ち着くんだルイズ。僕の話を聞いてくれ」

彼女を怯えさせないように杖をしまって歩み寄る。
それはルイズを信じての行動ではなく余裕の表れにすぎない。
ルイズが魔法を使えない事をワルドはよく知っている。
その気になれば素手であろうと簡単に彼女を組み伏せられる。
それを彼女も察したのか、ルイズはじりじりと後ろに下がっていく。
もはや説得は不可能と判断したワルドが踏み込もうとした瞬間―――。

「サイトーーーーー!」

がむしゃらにルイズは叫んだ。
理由は分からないけれど彼の名前を呼んだ。
平民で無礼でうるさくて、だけど何故か信じられた。
サイトならきっと自分を守ってくれると。

412ティータイムは幽霊屋敷で:2009/08/25(火) 01:52:04 ID:wHo5MmIM

直後。ワルドの真横で霧が左右に別たれた。
迸る殺気と剣先に咄嗟にワルドは杖を引き抜いて盾にする。
振り下ろされる剣は先程よりも重く、されどなお速い。
叩き込まれた一撃に腕どころか全身に電流じみた痺れが走る。
霧を裂いて現れたのは打ち倒したはずの平民。
目の前に映る光景をワルドは有り得ないと否定する。
仮に立ち上がれたとしてもそれが限界。
そんな身体で剣を振り回せば激痛で失神するだけだ。
だが眼前の男は今も立っている。立って剣を振るっている。
ならば、これは悪夢か、それとも幻か。
だがワルドの考えを激しい剣戟が否定する。
理解できない。理解できないが……それが現実なのだと。

咳き込んだ口から血が零れ落ちる。
息が洩れるような耳障りな呼吸音が響く。
医学の知識がない自分でさえ相当ヤバイ事は見当がついた。
それでもまるで痛みを感じないのは幸いか。
アドレナリンとかそんな感じの脳内麻薬が頑張っているのだろう。
だけど怪我が治ったわけじゃない。
単にブレーキとリミッターがブッ壊れただけだ。
そのままアクセルを踏み続ければどうなるかは言うまでもない。
これだけの怪我してこんな馬鹿げた運動をしているんだ。
次の瞬間には折れた肋骨が臓器を貫いて口から血をブチ撒けるかも知れない。
以前の俺なら医者に絶対安静と言われるまでもなくベッドにへばりついただろう。
壊れたエンジンみたいにがなり立てる心臓。
人の限界を一つ超える度に悲鳴じみた軋みを上げる筋。
(だからどうした。文句を言う前にそいつを斬り伏せろ)
肉体が発する危険信号を悉く無視して才人はさらに加速する。
後の事はどうだっていい。そんな余分な事は考えなくていい。
今はより鋭く、もっと強く、さらに速く打ち込む事だけを考えればいい。
口に出して言ったばかりじゃねえか、ルイズを守るってよ。
ルイズが俺の名を呼んだ。助けて欲しいと叫んだ。
命を懸けるにはそれだけで十分すぎるだろうが……!

防戦に徹するワルドの表情が次第に険しさを増していく。
呼吸も構えも素人以前の問題。暴れ馬の暴走にも似た愚挙。
こんなものが保つはずがないと気力が尽きるのを彼は待ち続けた。
しかし、いくら時間が経とうとも剣戟の嵐は止む事はなかった。
それどころか一撃を凌ぐ度に剣は更なる重量と速度を帯びて戻ってくる。
追い込むつもりが逆に自分が追い込まれている事実にワルドは我を失いかけた。
ワルドの眼から見ても才人の身体は既に限界に達している。
なのに、この力はどこから湧いて来ているのか。
ルイズを想う一念が自身の限界を凌駕する力を引き出しているとでも言うのか。
噛み締めたワルドの歯がギシリと鈍い音を奏でる。
精神力の存在を否定する気はない。それこそがメイジの力の根源だ。
だが、それだけで圧倒的な実力差を覆すなど有り得ない。否。あってはならない。
それを認めてしまえば今までの生涯をかけて積み上げてきた物は何だったのか。
信念、愛情、忠誠、誇り……自身を構成する全てを否定されるに等しい。
――――そんなものを。

413ティータイムは幽霊屋敷で:2009/08/25(火) 01:53:02 ID:wHo5MmIM

「誰が認めるものかアァァァーーーー!!」

全力と全力。持てる精神力の全てを注ぎ込んだエア・ニードルが才人の剣を弾く。
余力も残さぬ一撃を放つなど本来のワルドにとっては唾棄すべき愚挙。
仮に仕留め損なえば次のチャンスなどなく撤退という選択肢さえ喪失する事になるだろう。
捨て身などという戦術は勝機を逸した人間の自滅行為に過ぎない。
だが、それだけの覚悟でなければ勝てなかった事をワルド自身が誰よりも理解していた。
次の詠唱などない。この杖で、この一撃で確実に仕留める。

才人の剣先が切り返される。だがワルドの方が僅かに速い。
勝敗を決したのは互いの余力の差だった。

『お兄ちゃん、メールだよ♪』

「なっ!?」 
「へ?」

メールを受信したノートパソコンが着信ボイスを奏でる。
着信を逃さぬように音量を上げていたそれは、
リュックサックを通り抜けて周囲に響き渡った。
緊張した空間に流れる間の抜けた声に唖然とするルイズ。
そして、どこからともなく聞こえる少女の声にワルドは戸惑った。
だが唯一人、それに気を取られなかった者がいた。

「オオオォォォオオーー!!」

雄叫びを上げながら才人は剣を切り上げた。
地面を切り裂きながら跳ね上がった剣先がワルドの胴へと伸びる。
刹那、両者の間に鮮血が飛び散った。
反応の遅れたワルドの杖先は才人の額手前で止まり、
才人の剣先が纏わり付く血を払いながら弧を描く。

余力を使い果たした才人に着信は聞こえなかった。
いや、たとえ聞こえていたとしても意に介さなかったろう。
今の彼には剣を振るう事しか考えられなかった。

傷口を押さえて力なく膝を付くワルドの姿。
それを目にしてハッと才人は正気に返った。
(勝った……のか? 一体どうやって……? いや、そんな事よりも!) 
剣を手にしたまま身を翻して才人はルイズの下に駆け寄る。
そして有無を言わさず彼女の手を掴むと脱兎の如く逃げ出した。

414ティータイムは幽霊屋敷で:2009/08/25(火) 01:53:42 ID:wHo5MmIM

「ちょっと! な、な、何するのよ!」
「いいから走れ! しばらくは追ってこれないはずだ!」

ぐいっと力強く引っ張る才人にルイズも走り出す。
そうして走る才人の背中を彼女は見上げた。
こうして誰かと一緒に走ったのはいつ以来だろう。
繋いだ掌から伝わってくる人の熱さ。
逞しく力強さに溢れた手。
誰かと手を繋いだのも数えるほどしかない。
勿論、こんな強引で野蛮なのは初めてだ。
そんな状況じゃないって判っているのにどうしてだろう?
何故だか頬が熱くなって収まらない。
(……お願いだから振り返らないでよね)

ルイズの手を握りながら才人はひた走る。
戦いの熱はいつの間にか冷め、ようやく才人は今の状況に気付いた。
そういえば自分はルイズの手を握り締めているのだと。
精巧な硝子細工のように華奢で繊細、なのに柔らかくて吸い付くような肌触り。
その手に口付けしたくなった雑念を振り払う。
いかん、いかん。そんな事をしたらルイズに殺される。
これはあくまで緊急的な措置であり邪心邪念の類は無かったのだ。
熱くなっていた頬を誤魔化しながらルイズへと振り返る。

「あの、その、これはだな」
「いいからその汚らわしい手を離しなさい!」

弁明しようとする才人の股間をルイズは蹴り上げる。
思わず剣を手放した彼を待ってましたとばかりに激痛が襲い掛かる。
筋肉が悲鳴を上げ、呼吸するほどに苦痛が走り、とどめにルイズに蹴られた急所が痛む。
やりすぎたかなとルイズは反省するほど陸に打ち上げられた魚みたいに地面をのた打ち回る。
しばらくして、ようやく起き上がれるまでに回復した才人にルイズは訊ねる。

「で、さっきの女の声はなに?」

若干、顔に青筋を浮かべていらっしゃるルイズ様に慄く下僕。
ふと彼女の言葉に思い当たった才人はリュックからノートパソコンを取り出した。
その道具に見覚えのあったルイズは特に驚きを示さず、
“それがどうかしたの?”といった表情を浮かべる。
メールの着信を確認して才人は溜息を漏らした。
まさか家族にも隠していた着信ボイスを聞かれてしまうとは……。
電車内で起きてしまった過去の惨劇を思い出して俯く。
だが、今はそんなこと言っている場合じゃない。
社会的にではなく人間的に死ぬかもしれない状況が差し迫っているのだ。
自分に有利な情報を期待して才人はメールを開く。

「――――ああ」

そこに書かれた内容に目を通して才人は倒れ込んだ。
そして大きく手足を伸ばして大の字に寝転がる。
何の気力も湧かない身体にほどよく伸びた芝生が心地よく感じる。
液晶ディスプレイから洩れた光が才人の顔を照らす。
そこに映し出された文章には簡潔に一言。
『Griffon team is enemy』

「遅ぇよ、バカ」

理不尽に振り回され続けた才人の口から思わず愚痴が零れた。

415ティータイムは幽霊屋敷で:2009/08/25(火) 01:57:15 ID:wHo5MmIM
投下終了。エンポリオは本来の用法を無視してなるべく簡単な単語で説明してます。
いわゆる片言。それぐらいでないと多分才人に通じない。

416名無しさん:2009/08/25(火) 10:17:10 ID:3IsFBE02
投下乙

主人公してるサイトがいいね。
次回も楽しみにしてます。

417名無しさん:2009/08/25(火) 21:03:24 ID:zuLmKXN6
ルイズひでぇぇw

418名無しさん:2009/08/26(水) 08:27:25 ID:HRIHTP0E
ルwwwwイwwwwズwwwww
下手すれば蹴りが止めにw

419名無しさん:2009/08/29(土) 01:48:41 ID:BJW/GSW.
投下乙
ルイズの理不尽さは今に始まったことじゃないが、
もう少し自分の使い魔を労われよ!テメェの為に戦って傷ついたばかりだろうが!
いつかうっかりで死ぬぞ。

420ティータイムは幽霊屋敷で:2009/08/29(土) 01:58:50 ID:fsPHqxSY
>>417-420
文中での説明が不足していたようなので補足しますと急所蹴りは、
才人に手を握られて紅潮していた顔を見られたくなかった『照れ隠し』です。
急に抱きつかれたので振り払ったら相手が崖から落ちそうになった、そんな状況かと。

421ティータイムは幽霊屋敷で:2009/09/11(金) 18:50:53 ID:fqERWlvQ

「もう追っ手が来やがったのか!」
傭兵が叫びながら杖を引き抜く。
突然消えたイザベラの捜索に追われていた時、それは現れた。
彼等の頭上には舞い踊るように周回するグリフォン、
そして、その背には魔法衛士隊が跨っている。
「ただの周辺警戒です。恐れなくても大丈夫ですよ」
迎撃態勢を取る傭兵達を騎士は片手で制すとグリフォンに向かって手を振る。
すると、それに応えるようにグリフォン隊を静かに地面へと降り始めた。
「グリフォン隊隊員八名、これより貴殿等と合流する」
「よく来てくれました。アルビオンは貴方方を心から歓迎します」
笑顔で会釈する騎士とどこか憮然とした表情の衛士達を見比べて傭兵は得心した。
捕縛された連中を真っ先に取り調べる権利があるのはここ、トリステインの連中だ。
魔法衛士隊なら尋問にかこつけて捕虜を逃がす事も自殺に見せかけて始末する事も出来る。
だから騎士は捕縛された可能性があると聞いても動じなかった。
それに如何に厳重な警備の目を掻い潜りアルビオンまで帰還するのか、
その点について騎士はまるで説明しようともしなかったが警備が味方なら話は別。
傭兵が安堵の溜息を漏らす一方で、騎士はグリフォン隊にお願いするように声をかけた。

「では今来たばかりで大変でしょうが、さっそく一仕事お願いします」


敵である襲撃犯と合流するグリフォン隊。
それを苦虫を噛み潰したような顔でイザベラは睨みつけた。
外を覗く為に開いた僅かな隙間からぎらぎらとした眼が光る。
「おい! あの平民に連絡はついたのか!」
「う、うん。もう送信したから気付いたはずだよ」
食い入るように外に目を配らせながら怒鳴るイザベラにエンポリオは答える。
その言葉にイザベラはふぅと溜息を零しながら胸を撫で下ろした。
運悪く裏切り者のグリフォン隊なんかに助けを求めていたら殺されている所だったろう。
平民の一人や十人死のうが知った事じゃないが唯一といえる連絡相手を失うのは痛い。
あんなマヌケ面を信用しなきゃいけないのは不安だけど伝書鳩の代わりにはなるだろう。
「まったくアタシのおかげで命拾いしたね。二度と足を向けて寝るんじゃないよ」
まさか既に遭遇しているとは露にも思わず勝手に恩を売った気でいるイザベラ。
不敵な笑みを浮かべながら彼女が外を見ていると魔法衛士隊は一斉に杖を抜き始めた。
だがエンポリオのスタンドに気付いた様子はない。
本当に追手でも来たのかと期待して見ていた彼女の前で血飛沫が舞う。

その光景に彼女は己が目を疑った。
衛士の振るった一閃は味方である筈の傭兵の首を切り裂いていた。

422ティータイムは幽霊屋敷で:2009/09/11(金) 18:52:23 ID:fqERWlvQ

虐殺、そう言っても過言ではないだろう。
心強い援軍が来たと油断していた傭兵達と、
初めから殺すつもりで襲ってきたトリステイン有数の精鋭部隊。
混乱を来たして逃げ惑う彼等を何の憐憫も容赦もなく衛士達は始末していく。
ルーンを紡ぐどころか杖さえも抜けないまま積み上げられていく死体。
旋風が木の葉を払うように無常に散っていく命。
「な……何故だ!? 何故こんな真似を!」
彼等を率いていた年長の傭兵が声を上げた。
その眼前には周囲の惨劇に眉一つ顰めぬ騎士。
感情を窺わせぬ声色で彼は傭兵の問いに答えた。
「さすがに魔法衛士隊とはいえ怪しまれずに検問を突破するのは無理です。
国外に逃げようとする集団に襲撃犯が紛れていると考えるのは当然の発想でしょう」
突きつけた騎士の杖が一層深く傭兵の喉下へと食い込む。
冷たい汗が傭兵の頬を伝うも黙って騎士の話に耳を傾ける。
「犯人が捕まりでもしない限りは警備は緩まらない」
「……まさか貴様」
「そう。捕まればいいんですよ、犯人が。
迫害を受けた新教徒達と彼等に雇われた傭兵による犯行とでもしておきましょうか。
仲間割れの末に全滅か、あるいは恐怖に駆られて集団自決か。
死体は口をきけませんからね、いくらでも好きなようになりますよ」
事件が解決したと知れば緊張にも綻びが生まれる。
その間隙を突いてアルビオンへの脱出を成功させる。
傭兵を雇ったのは囮として使い捨てる為の駒。
真相を知らされた男の噛み締めた歯から軋むような音が響く。
「何か言い残したい事は」
「……地獄に落ちろクソ野郎」
「言われずとも」
最期に悪あがきのような悪態をついた傭兵の喉に杖を押し込む。
断線にも似た音を立てながら杖が奥へと捻り込まれる。
男の瞳孔が完全に開いたのを確認して騎士は杖は抜き取った。

見れば、周囲はあらかた片付けられていた。
傭兵の中に動く者はもはや誰一人としていない。
不意を突いたとはいえ歴戦の傭兵を相手にこれだけの事を成す。
トリステイン最強と目される彼等の実力に騎士は改めて感嘆した。
「さすがは栄えあるトリステインの魔法衛士隊。
ですが、その経歴も名誉も捨てて後悔はありませんか?」
騎士が投げかけたのは相手の真意を測る言葉。
王族の警護も任せられる彼等の忠誠心は並大抵のものではない。
あるいは土壇場になって再び寝返る可能性もあるだろう。
だが衛士隊隊員からの返答は以前に密会した時と変らぬ物だった。
「後悔などする筈もない。我々はこれが正しい道だと信じているのだからな」

423ティータイムは幽霊屋敷で:2009/09/11(金) 18:53:05 ID:fqERWlvQ

アルビオンがこの作戦を決行する上でどうしても解決しなければならなかった難題。
それが“トリステイン王国の中に内通者を用意する”事だった。
無論、召使や給仕、役人程度ならばいくらでも可能だが、
必要とするのはそれ以上の地位に付く人物だった。
確かにトリステイン王国は王の不在により大きく揺らぎ、
その歪みは不正や横領、癒着や賄賂などの形で腐敗を広げている。
だが、それでも一度は国に忠誠を誓った者達を裏切らせるのは至難の業だ。
少なくともアルビオンの騎士はそう思っていた。しかし、それはただの懸念で終わった。
精鋭中の精鋭と謳われた魔法衛士隊の一つ、グリフォン隊、
その彼等がアルビオンに恭順を示したのだ。
衛士たちが口々に語るのはこの国の体制への不満だった。
曰く“王亡き国を枢機卿が専横し破滅へと導いている”
曰く“アンリエッタ姫がゲルマニアに嫁げば連中の属国に成り下がる”
曰く“拝金主義者どもの靴を舐めて生きるぐらいならばアルビオンとも手を結ぶ”
それがどれほど荒唐無稽なものか、騎士は勿論知っていた。
マザリーニ枢機卿に国を乗っ取る野心など微塵もなく、
アンリエッタ姫が嫁ごうともトリステインの地位はさほど変わらないだろう。
しかし街にはその手の噂が広まり、現に魔法衛士隊さえも信じ込んでいた。
誰かが意図して流したのか、それとも未来への不安が噴出したのかは分からない。
言えるのはただ一つ。

「その御言葉、確かに受け取りました。
真に国を憂う貴方方こそ本当の愛国者、讃えられるべき者達です」

これは好機だ、逃してはならない千載一遇の好機なのだと。


顔面を蒼白にしてイザベラは込み上げる吐き気を抑えた。
僅かに開いた隙間からも濃密に漂ってくる、咽かえるような血の臭い。
彼女の異変に気付いたエンポリオがノートパソコンを手に近寄ろうとした。
「どうしたの? おねえちゃん」
「来るな!」
それを声を荒げながら手で制する。
びくりと身体を震わせて立ち止まる少年を前にイザベラは荒げた呼吸を整える。
何を驚く必要がある? 必要がなくなったら切り捨てるのは当然だ。
魔法学院ではもっと多くの、戦場では比較にならない血が当たり前のように流れている。
それを私はよく知っているはずじゃないか、王族の人間として聞かされていただろう。
初めて目の当たりにしてびびったか、そんな玉じゃないだろ、アタシは。
割り切れるだろう、人の死なんてそんなもんだ。
誰が死のうがそれは駒だ、数字の−1でしかないんだ。
勝手に敵が同士討ちして数減らしてくれたんだ、喜べ、喜ぶんだよ、畜生!

「見るな。おまえには関係のない事だ」
「で、でも……」
「子供の見るもんじゃない。いいから黙ってな。
これ以上騒ぐんならもう一度蹴っ飛ばす、分かったか?」
イザベラがじとりと睨みつけるとエンポリオは黙ってコクコクと頷いた。
先程の痛みを思い出して若干内股になりながら後ずさる。
彼女が怖かったからだけではない。
自分を巻き込むまいとする気持ちを彼も理解していた。
すとんと床に座り直してエンポリオは彼女を見上げる。
無理をしてでも気丈に振る舞うイザベラの姿は、
全く似ていないのに何故だか大好きだった『お姉ちゃん』に重なって見えた。

424ティータイムは幽霊屋敷で:2009/09/11(金) 18:53:45 ID:fqERWlvQ

「潮時だな」
誰に告げるでもなくセレスタンは呟いた。
その足元には数分前まで衛士だった炭の塊。
他の傭兵たちには通じた不意討ちも彼にとっては無意味。
傭兵団に身を置こうとも彼が信用しているのは自分だけだ。
“さて、これからどうするか?”
辛うじて撃退に成功したものの、残りの魔法衛士隊全員を倒せる精神力は無い。
アルビオンの連中だってそれなりの使い手だ、勝てる要素は微塵もない。
早々に仇討ちを諦め、殺された同僚連中の為に十字を切る。
(とは言ってもアレだけの事やらかしたんだ。不信心な俺の祈りじゃ天国には行けねえな)
もっとも善人だらけの天国なんかより同類だらけの地獄の方が住み易かろう。
俺が行くのはまだまだ先なんでゆっくり羽でも伸ばしていてもらいたいもんだ。

アルビオン連中が言っていた脱出ルートはもう使えない。
だが派手な騒ぎを起こしてくれたおかげで混乱はまだ続いている。余所者が紛れ込むには具合がいい。
このままトリステイン国内、いや、いっそ裏をかいて城下町に潜伏して機を待つとしよう。
なにしろ事件は解決『した』んだ。放っておけばすぐに慌しい日常に飲まれて消えていくだろう。
当面は連中から貰った前金があるから何とかなるし、手持ち無沙汰なら適当な仕事を引き受けてもいい。
アルビオンの連中にはいずれ落とし前はつけさせてもらうが、それはまたの機会だ。

セレスタンが背を向けた直後、がさりと枝が揺れる音が響いた。
雇い主が敵に回った以上、この戦場に彼の味方は誰もいない。
音のした方へと杖を向けて彼は詠唱を始める。
だが、そこにいたのは屈強な兵士ではなく幼い少女。
ご大層な杖こそ持っているものの、まるで体格に合ってない様は滑稽にさえ映る。
学生かとも思ったが、その服装は生徒のそれとは違う。
恐らくは見学に来た貴族の子弟か何かだろうとセレスタンは踏んだ。
突発的な遭遇にびくりと青い髪の少女は身体を震わせながら慌てて杖を構える。
その拙い様子にセレスタンは鼻息を鳴らして構えを解いて頭を掻いた。
“こりゃあダメだな。とてもじゃねえが愉しめる相手じゃねえ”
セレスタンは戦闘狂であって殺人狂ではない。
必要とあれば殺すのを躊躇いはしないが相手はただの子供。
仕事でもなければ弱い相手をいたぶるような趣味はない。
「見逃してやるからさっさと消えな。お互い戦う理由なんざ無いだろうが」
しっしと追い払う仕草と共に言い放つも返答は無い。
黙って杖を構えたまま、こちらをじっと見つめる少女。
頑なに道を譲ろうともせず、かといって襲ってくる気配も無い。
呆れ果てたようにセレスタンは背を向けて別の道を探す。
念の為に背中から攻撃されても防げるようにルーンを紡ぐ彼に、
青い髪の少女から魔法ではなく言葉がかけられる。
「戦う理由ならある」

425ティータイムは幽霊屋敷で:2009/09/11(金) 18:54:25 ID:fqERWlvQ

ぎゅっと手の内を締めるように杖を握り込む。
震える身体を抑えつけながら眼差しを前へと向ける。
杖を水平に相手へと突き出す、その姿勢はガリア花壇騎士伝統の構え。
それを目にしたセレスタンの視線が鋭さを増していく。
猛禽じみた眼光を前にシャルロットは怯えを噛み殺す。
“戦う理由ならある”自分が口にした言葉を胸の内で反芻する。
ここには彼女がいる。彼女を脅かす者は誰であろうと許さない。
あの時と同じだ。たとえ花壇騎士団が来なくても私はミノタウロスと戦うつもりだった。
敵わないかもしれない。ううん、敵わないと分かっている。でも諦めたら彼女を守れない。
私の周りにはたくさんの味方がいる。だけど彼女には誰もいない。
父親でさえも彼女を守ってくれない―――それなら私が守る。
たとえ世界中を敵に回しても彼女を守り通してみせる。
邪魔だと言われてもいい、世迷言だと笑われてもいい。
それが私が出来る、ただ一つの恩返しだから。

「花壇騎士タバサ―――参る」

426ティータイムは幽霊屋敷で:2009/09/11(金) 18:59:51 ID:fqERWlvQ
以上、投下終了。
姫騎士シャルロットと書くと何だかエロく見えるのは気のせいかな?

427名無しさん:2009/09/11(金) 21:18:57 ID:2ZkoOu.A
不覚にも泣きそうになった。お疲れさま。

428名無しさん:2009/09/11(金) 22:39:35 ID:RFjTWPZc
あなたって、本当に最高の乙だわ!

429名無しさん:2009/09/12(土) 10:06:59 ID:UjCHOoKE
シャルロットはホントいい娘

430名無しさん:2009/09/12(土) 16:14:29 ID:la0/BmhY
>>426
LILITHのゲームのやりすぎですw

431名無しさん:2009/09/12(土) 22:29:01 ID:ekMdC5fo
>>429
イザベラ様も最高だろうが!!!!!

432名無しさん:2009/09/12(土) 22:39:43 ID:tvHD5cSg
>>429,>>431
両極端な性格だから足して2で割ると丁度いい。
ただし間違ってもディオとジョナサン的な足し方をしてはいけない。
イザベラ様だとマジで世界征服しかねないから。

433名無しさん:2009/09/13(日) 17:12:33 ID:Rpgf6bqs

シャルロット=王女様
  イザベラ=女王様

文字の順番を並べ替えるだけでしっくりきます

434ティータイムは幽霊屋敷で:2009/09/20(日) 19:28:57 ID:rceNyAOw

少女を前にセレスタンは犬歯を剥き出しにして笑った。
嘲笑ではない。それは獲物を前にした獣のそれ。
この少女が花壇騎士かどうかなど問題ではない。
怯え竦み狩る価値さえ無いと思った相手が牙を剥いたのだ。
それがたとえどんなにか細く無力な物であろうと関係ない。
相手が杖を構えたならばする事など一つしかない。
「セレスタン・オリビエ・ド・ラ・コマンジュ、推して参る」

高らかな名乗りと洗練された構え。
彼の振る舞いは騎士らしく堂に入ったものだった。
ただの傭兵ではないと悟ったシャルロットの表情が強張る。
刹那、セレスタンの持つ杖を中心に周囲の空気が熱を孕んで膨張していく。
『フレイム・ボール』標的を追跡する火のトライアングルスペル。
その高熱は命中すれば火傷どころか人体など容易く溶解させる。
咄嗟に魔法を詠唱するもシャルロットは“間に合わない”と直感した。
すぐさま『フライ』に切り替えて猛烈な勢いで迫る炎球を間一髪飛び越える。
「おいおい、そっちに逃げたら終わりだろうが」
セレスタンの言葉を受けたかのように炎球が弧を描いて舞い戻る。
人は空を飛ぶようには出来ていない、それは『フライ』を使えるメイジも例外ではない。
如何に高速で飛行できたとしても足を使うように小回りを利かせられないのだ。
必死で引き剥がそうと飛び回って精神力を使い果たすのがオチだ。
集中力の途切れかかったセレスタンをシャルロットは視界に捉える。
ここしかない。一か八かの勝負を仕掛けるなら今。
実力では遠く及ばないなら相手の油断を突くしかない。
セレスタンに気取らぬように新たなルーンを刻む。
高い集中力を要求される『フライ』と他の魔法は同時に行使出来ない。
もしも使うとしたら地上に降りてからだと相手も思うだろう。
だからこそ、それを逆手に取って奇襲を仕掛ける……!
炎球が放つ熱風を背中に受けながらシャルロットは振り返らずに飛ぶ。
向かう先には大木、逃げ場は左右のどちらかしかない。だが彼女は躊躇わずに直進する。
衝突の瞬間、シャルロットは水泳のターンのように身を翻して幹を蹴り飛ばした。
直後、彼女の頭上を殺意を帯びた炎が通り抜けていく。
「なっ……!?」
セレスタンの口から驚愕の声が洩れる。
炎をやり過ごしただけではない、彼女の転進した先にはセレスタンがいる。
それも『フライ』に幹を蹴り飛ばした反動も加えて自由落下に等しい速度で。
風を切り裂きながらシャルロットは『フライ』を解除して『ブレイド』を発現させる。
背丈をも上回る長尺の杖、その端を握り締めて杖全体を巨大な刃へと変える。
咄嗟に飛び退こうとしたセレスタンを縦に一閃しながらシャルロットは着地した。
否。それは着地というよりも墜落と呼ぶ方が相応しい。
着いた足は地面を削り取りながら氷上のように滑っていく。
舞い上がる砂埃はまるで爆撃のように辺りを包む。
木々を飛び越さんばかりに飛び上がり、そこから加速をつけて舞い降りたのだ。
骨が折れなかっただけでも始祖の祝福と感謝すべきだろう。
しかし痛みを取り除いてくれるほど始祖も暇ではなかったようだ。
シャルロットの足の付け根から脳天へと稲妻じみた痛みが迸る。
耐え難い痛みに杖を取り落としてじわりと涙ぐむ。
状況が許したならその場に座り込んでわんわんと泣きじゃくりたかった。
だが、そんな泣き言は言っていられない事ぐらい分かっている。
窮地を乗り越えたと言っても危機的状況には何の変わりもない。
まだ一人倒しただけで彼女を助け出せた訳じゃない。
恐怖と痛みで震えながらも落とした杖を掴み上げた。
だが杖はまるで地面に縫い付けられたかのように微動だにしない。

435ティータイムは幽霊屋敷で:2009/09/20(日) 19:30:14 ID:rceNyAOw
「え?」
ふと見やった先には彼女の杖を踏み躙る足。
顔を上げたシャルロットの視線に映るのはセレスタンの獰猛な笑み。
肩から腰に掛けて切り裂かれた傷跡を晒しながら彼はそこに立っていた。
「やってくれるじゃねえか」
杖から離れた足が弧を描いてシャルロットへと向けられる。
風を切って迫るセレスタンの蹴りを前に彼女は冷静に思考を巡らせる。
ここで避けようとすれば距離を取られてまた炎球との鬼ごっこだ。
そうなってしまえば二度目の奇襲なんて成功しない。
なら、あえて受け止めて残った足を杖で払って転ばそう。
だけど杖で受けてしまえば握力を失った手では弾かれてしまう。
勢いがあるとはいえ繰り出されたのは魔法でも何でもないただの蹴り。
私の身体で受け止めても死にはしない……はずだ。
数瞬後に訪れる痛みを亀のように身を丸くして待ち受ける。
親に頬を叩かれた記憶さえないのに、大の大人に蹴り飛ばされる痛みなど
宮廷という温室育ちの彼女には想像さえつかなかった。
激痛を想像して顔を青白く染めながらもシャルロットは唇を噛み締める。
痛いのが何だ。それぐらいきっと我慢できる。
もしかしたら彼女はもっと酷い目に合っているかもしれない。
だから耐えられる。耐えられないのは大切な人たちが傷付く事だから。

靴の爪先がシャルロットの脇腹に突き刺さる。
同時に、まるで鈍器で殴りつけられたような重い音が内側から響く。
「か……はっ……」
がくがくと踊るみたいに震える彼女の両膝。
力を失くした腕から杖が滑り落ちる。
まるで操り糸を断ち切られた人形のように、
彼女の身体は意思に反して膝から崩れ落ちた。
内側から込み上げてくるのは吐き気だけ。
蹴り付けられた場所が焼け付くような痛みを放つ。
「よく利くだろ? なにせ鉄板入りだからな」
セレスタンの足が甲高い音を立てながら落ちた杖を端へと蹴り飛ばす。
メイジの最大の特徴である杖は裏を返せば逆に弱点ともなる。
たとえば鍔迫り合いに持ち込まれたり、杖を持つ腕を取られたりすれば魔法は使えない。
そういった状況に陥る事は稀だが杖を手放す状況は幾つも考えられる。
コルベールと交戦した傭兵がナイフを隠し持っていたように、
伝統を重んじない彼等は杖以外の対抗手段を持っている。
それがセレスタンのブーツの爪先に仕込んだ鉄板。
杖を封じられたメイジが苦し紛れに出す蹴りを警戒する者は少ない。
だからこそセレスタンは裏をかいて“それ”を凶器に変える。
ましてや打ち込まれた箇所は人体の急所の一つ、肝臓。
指一本動かせなくなった相手にセレスタンは悠然と歩み寄る。
その光景をシャルロットは唯一動かせる目で睨みつける。
「惜しかったなあ。発想も度胸も申し分なかったが一番大事な物が抜け落ちてるぜ」
セレスタンの靴が蹴りつけた跡をぐりぐりと何度も踏み躙る。
反抗的な目が癇に障ったのか、それとも反撃の余力を削ごうとしたのか。
そんな事を考えられる余裕は彼女には与えられず、
ただ激痛だけが全身を駆け巡り、言葉にもならない苦悶の声を上げ続ける。
「“殺意”が無いんだよ。相手を殺そうって意志がまるで感じられねえ。
貴族様の決闘ごっこならまだしも戦場でそんなのが通用すると思ったのか、ええ?」
杖が当たる直前、シャルロットは無意識の内にその腕を縮こませていた。
人を殺す事への恐怖がそのまま杖を振り下ろすのを躊躇わせたのだ。
結果、セレスタンを両断する筈だった一撃は肉の一部を裂くに留まり、
こうして彼に逆襲する機会さえも与えてしまった。

436ティータイムは幽霊屋敷で:2009/09/20(日) 19:31:30 ID:rceNyAOw
ふと足蹴にしていた少女の悲鳴が止まった。
手触りの良い長い髪を掴んでセレスタンは彼女を引き起こす。
あまりの苦痛に耐え切れなくなったのか、少女の意識は途絶えていた。
それを確認してセレスタンは安堵とも取れる溜息を漏らした。
余裕さえ窺わせていた彼だが内心では滝のような冷や汗をかいていた。
素人同然と思っていた少女に一時的とはいえ窮地に追い込まれたのだ。
それは決して幸運や油断による物だけではない。
今はまだ未熟だが、この少女には紛れもなく“才能”があった。
並のメイジがどれほどの鍛錬を積もうと辿り着けない、選ばれた者だけの領域。
そこに踏み込めるだけの器を持っているとセレスタンは直感した。
もしも、この少女が場数を踏み相手を殺すだけの覚悟を持って来ていたなら。
断言しよう。ここで打ち倒されていたのは間違いなく自分の方だったと。
「悪いな。竜だって卵の間はカラスに食われる事もあるもんさ」
いずれは名のある騎士になったかもしれない少女の喉に杖を当てる。
ここで殺すには少々惜しいが素性を明かしてしまった以上、生かして帰す訳にはいかない。
それに、そろそろ騒ぎを聞きつけてアルビオンの連中とグリフォン隊もやってくる。
あいつらに見つかればこの少女も例外なく口封じに殺されるだろう。
ならば自分の手でと彼女の名を胸に刻み、首を掻き切ろうとした瞬間だった。

暴風が周囲に吹き荒れ、砂埃と木の葉を舞い上げる。
見上げた頭上には青い鱗が映える一匹の風竜。
何かを探しているのか、巻き起こる風を気にも留めず低空を飛び回る。
「ちっ!」
シャルロットを抱き止めながら風竜に見つからないよう木の陰へと隠れる。
あれがアルビオンの連中が言っていた脱出手段なのか、
それともトリステインの連中が差し向けた追っ手か、あるいは少女の使い魔かもしれない。
どれにせよ、いつまでも此処に留まっているのはマズイ。
霧が薄くなってきている今、下手をすれば注目を集める事になりかねない。
早急に始末して離れようとセレスタンが思い立った直後、風竜が鳴き声を上げた。
「おねえさま〜! どこにいったのね〜? きゅい、返事をしてほしいのね〜!」
「なああぁ!?」
否。それは鳴き声などではなく言葉。
それもまるで少女のような声を竜が上げたのだ。
思わずセレスタンの口から驚愕に満ちた声が洩れる。
使い魔だとしても人と交わる事の無い竜は喋れない。
ガーゴイル? いや、あれは作り物と呼ぶには感情的過ぎる。
ぐるぐると母親を探すように飛び続ける風竜を観察する。
しかし、喋る竜なんて聞いた事も……。
「まさか……韻竜、か」
既に絶滅したとされる種族の名を口にする。
本来ならセレスタンの如き傭兵にそんな知識など無い。
だが彼は知っていた。彼だけではない、ガリアの人間なら誰でも知っているだろう。
滅びたはずの韻竜を“ある人物”が使い魔として召喚したという話を、
国を挙げてその伝説の再来を祝ったという、そんな話題を他国の人間さえ耳にしたはずだ。
「おいおい、嘘だろ」
抱えた少女をつぶさに観察する。
服装や装飾品からはこれといった物は見つからなかった。
だが手入れの行き届いた、透き通るような青く長い髪。
王族のイザベラに勝るとも劣らない光沢を見せるそれが確証となった。

437ティータイムは幽霊屋敷で:2009/09/20(日) 19:32:02 ID:rceNyAOw
「……マジかよ」
目の前の少女の素性を知ってセレスタンは当惑した。
潮時と思った直後に大本命が懐に飛び込んで来たのだ。
今の状況をカードを使ったギャンブルに例えるなら、
勝負を捨てて手札を全て交換したらロワイヤル・ラファル・アヴェニューが出来ていた、そんな感じだろうか。
落ち着きを取り戻し、やがてセレスタンは口の端を釣り上げて笑った。
何を慌てる? 勝負手が入ったなら勝負するだけだろうが。
チップをケチる必要はない。こっちは考え得る最強の役だ。
ガリア、トリステイン、アルビオン……大国の思惑が交錯する中、
一傭兵に過ぎない自分がその中心に立つなど誰に予想できただろうか。
「これだから人生って奴はァ分からねえ。まだまだ愉しめそうじゃねえか、なあ?」
シャルロットの頭を我が子のように撫でながらセレスタンは愉快そうにそう口走った。

438ティータイムは幽霊屋敷で:2009/09/20(日) 19:38:55 ID:rceNyAOw
投下終了。本スレも寂しいし向こうに引っ越そうかな。

439名無しさん:2009/09/20(日) 23:30:18 ID:YT7HN8m.
投下乙です!
タバサが1対1でヴィダーシャル以外にやられる展開は新鮮かも
まぁ、本作ではシャルロットであってタバサではないからこの結果は当然かな?

敵の手に落ちたシャルロット、助けるのは誰かな〜?
エンポリオかイザベラか、はたまたサイトか!?
個人的にはサイトであってほしいですね〜 
事故とはいえパ○ツを見た責任を果たすべきですし、勇者フラグが立つかもしれませんしねw

本スレへの移動についてはどちらでもいいかと
どちらに投下されても楽しく読ませていただきますのでw
次回も楽しみにしております!

440名無しさん:2009/09/21(月) 17:46:18 ID:JPH9Enhk
>>439
勇者フラグが立った現場をルイズに見られて修羅場ですね、わかります

441名無しさん:2009/09/21(月) 20:54:26 ID:76V1fF9k
投下乙
ここまでかっこいいセレスタンは初めてだ。
ひょっとしてこいつシャルロット相手に微妙に師匠フラグっぽいもの立ててないかw

442名無しさん:2009/09/21(月) 22:32:45 ID:2yJiQtHc
カモン!引越しカモン

443ティータイムは幽霊屋敷で:2009/10/02(金) 20:51:23 ID:Obpzxn3k
本スレにお引越しします。今回の投下もそちらで。

444名無しさん:2009/10/02(金) 20:53:10 ID:PwCsdXfM
おk

445銃は杖よりも強いと言い張る人:2009/11/19(木) 18:25:41 ID:Tg3EkBQU
過疎ったスレにひっそり登場〜。
誰も気付くな……!半年振りの更新なんて、恥ずかしくてやってられない!
ああそうさ。遊んでたさ。書く手止めて、別の趣味に没頭してたよ!
責めるなら責めろ!だが、オレは自分の都合で書き続けるぞ!

今だ、投下してやるッ!!

446銃は杖よりも強し さん:2009/11/19(木) 18:28:47 ID:Tg3EkBQU
12 間抜けの居る戦場
 朝方から空を覆い始めた雲は厚みを増し、正午を過ぎた辺りですっかり太陽を覆い隠してし
まった。
 短い間しか熱を蓄えることの出来なかった岩肌は早くも冷え始め、暖かい空気を運ぶ風を冷
たいものへと変えている。そのせいか、動物達の気配は遠退き、風景はどことなく寂しいもの
に変わっていた。
 その中で、熱気を放つ塊がある。
 人の集団。つまり、軍だ。
 ラ・ロシェールの町の南東に臨む緩やかな傾斜の山道には五千に及ぶトリステイン軍が陣を
構え、その背後に威容を誇る要塞を佇ませている。彼らの前方数リーグ先には同じようにアル
ビオン軍の戦列が広がっていて、正に人の海という様相となっていた。
 両者が激突するまで、もう時間は多く無いだろう。
 既に両者の戦いの準備は殆どが終わり、吹く風の寒さに負けない熱を放っている。
 壁となる巨大なゴーレムの歩兵隊。全てを薙ぎ払う大砲の列。弓と魔法がその背後で狙いを
定め、剣と槍とを握った戦士は勝敗の天秤に自分の心臓を乗せて震える息を吐き出す。
 緊張感の高まる戦場。
 命のやり取りが始まるその時に向けて、誰もが生唾を飲み込み、心構えを硬くしていた。
 しかし、その中で、一人欠伸をしている男が居た。
 トリステイン軍の最前列の一角に座り込み、寝惚け眼で虚空を眺めている。時折、あたりの
様子を窺うように瞼の垂れた瞳をあちこちに向けては、寝違えた首を慰めるかのように首を撫
でていた。
 いや、実際に寝惚けていて、寝違えていた。
「あー、いてぇ。首の筋が、こうグィッとキてるぜ。クソッ、だから野宿は嫌なんだ」
 慣れてはいても、体に負担が掛かることに違いは無い。ある程度柔らかい寝床こそが、体を
休めるのにはどうしても必要なのだ。
 タルブの村のボロ小屋にあった藁のベッドを恋しく思いつつ、ホル・ホースは両腕を高く掲
げて全身を伸ばし、深く大きく息を吐いた。
「さて、なんか幻も見えてることだし、もう少し寝るか」
「起きろ馬鹿者!」
 ごろり、とその場に寝転がろうとしたホル・ホースの後頭部を、鉄を仕込んだ靴が襲った。
「ぐあぁあああぁっ!?だ、誰だコラァ!!なにしやがる!」
「なにをしやがる、じゃない!こんな状況で眠ろうなんて……、死にたいのか!」
 前髪を眉の位置でばっさりと切った金髪の女性の言葉に、ホル・ホースは、ああん?と声を
漏らしながら、改めて辺りを見回した。
 重苦しい雑踏に混じる鎧の擦れる音と下品な罵り言葉。正規兵よりも数の多い傭兵達が酒を
片手に歌い、踊り、戦いの前に鼓舞を行っている。裏通りにあるような、柄の悪い酒場のよう
な雰囲気だが、そこには言い知れぬ緊張感が強く漂い、気分を悪くする空気があった。
「……夢じゃ、ない?」
 目元を擦ったホル・ホースは、やっと目の前の現実を視界に入れて、絶望したように呟いた。
「当たり前だ。こんな状況で寝惚けるとは……、まったく!」
 鼻息荒く腕を組んだ女性は、もう用は済んだとばかりに踵を返し、立ち去ろうとする。

447銃は杖よりも強し さん:2009/11/19(木) 18:29:49 ID:Tg3EkBQU
 その足首を、咄嗟にホル・ホースが掴んだ。
 踏み出した足を掴まれてバランスを崩した女性は、そのまま正面から倒れこみ、鼻を地面に
強かに打ちつける。
 つんと広がる痛みに涙を浮かべて、女性は自分の足を掴んだホル・ホースを睨み付けた。
「なにをする!!」
「あっ、待て待て待て!そう怒るなって。別に、喧嘩を売るつもりはねえんだ……、ただ、ど
うしてオレがこんな所に居るのか、とんと覚えがなくてよぉ」
 女性から離した手で後頭部をボリボリと掻き、ホル・ホースは繋がりを見せない記憶に戸惑
う姿を見せた。
 これに不思議そうな顔をしたのは、女性の方だ。
 打ち付けた鼻から血が垂れているのにも気付かずに、首を傾げて一言訊ねる。
「おまえ、聞いていないのか?」
「なにを?」
 言われて振り返ったホル・ホースの様子に、女性は逆方向に首を傾げ、ふと鼻に感じる熱い
ものに気が付いて、慌てて腰に引っ掛けた剣の手入れに使う布で鼻血を拭う。
「なにをって……、貴様らは、私に雇われた傭兵だってことだ。あの少女とは、もう話が付い
ているんだぞ?褒賞として家を用意することと、働きに見合った額の金を用意するということ
で合意してるんだ。ミシェルの結婚資金まで手を出している以上、今更無かったことにされる
わけにはいかん」
 結婚資金を拠出したミシェルと言う人物が誰か知らないし、そもそも傭兵として雇われたと
いうことさえ知っている話ではない。
 なにやら、自分の知らないところで話が進んでいることを察したホル・ホースは、まだ残る
眠気に欠伸をして、へぇ、と気の無い声で返した。
「そうかそうか、なるほどねぇ……。あのクソガキが、オレの知らないところでそんなことを
ねえ……」
 地面に付けた尻を持ち上げて、ホル・ホースは淡々と呟きながら立ち上がると、アルビオン
の軍勢が並ぶ南西を一瞥してから、踵を返した。
「なあ、姉ちゃん。トイレの場所がどこにあるか知らねえか?」
「水商売の女を相手にするような呼び方をするな。私には、アニエスと言う名前がある。厠な
ら、戦列の最後尾、要塞の手前だ。と言っても、簡素な囲いと掘った穴があるだけだがな。そ
れでも、今頃は長蛇の列だろうから諦めた方が良いと思うぞ」
 戦いの前の緊張で、誰しも尿意や便意を覚える。戦場のトイレは、何時だって大混雑だ。
 そう言うアニエスに、ホル・ホースはそれでも構わないと言うかのように手を振ると、軽い
足取りでトイレのある方向へと歩き出す。
 そのホル・ホースの襟首を、アニエスが唐突に背後から掴んだ。
「ぐえ」
 潰れたカエルのような呻きを漏らしたホル・ホースに、アニエスが顔を近づけ、両目を合わ
せて睨み付ける。
「待て、貴様。まさか、この期に及んで逃げ出そうなんて考えていないだろうな?」
 なんとなく嫌な予感がしたために捕まえてみたアニエスは、目線を合わせたホル・ホースの
態度を見て、疑念を確信に変えた。

448銃は杖よりも強し さん:2009/11/19(木) 18:30:22 ID:Tg3EkBQU
 視線が一度として合っていない。明らかに逃げる気だったようだ。
「えーっと……、なんつーか……、あれだ。なんのことやらってことで、誤魔化されちゃくれ
ねえ……、よなあ?」
 この期に及んで逃亡する意思を失っていないホル・ホースに呆れつつ、アニエスは掴んだ襟
首を両手で掴み直し、額を合わせて睨みを更に強めた。
「それ以上くだらないことを考えるようなら、その臆病者の背骨に剣を縦に突き刺して無理矢
理まっすぐにしてやるぞ?」
「ははは、そう殺気立つなって。オレみたいな雑魚一人、居ても居なくても……」
 殺意を滲ませるアニエスに対し、ホル・ホースは引き攣った笑いを浮かべて何とか場を和ま
せようする。
 だが、アニエスの殺気は強まる一方で、下手な事をすれば有言実行されかねないと肝を冷や
したホル・ホースは、慌てて首を縦に振り回した。
「お、OKOK!了解したぜ、大将!!今からアンタは雇い主で、オレは雇われ兵士だ。少な
くとも、この分けのわからねえ戦争が終わるまでは、アンタの為に戦う。それでいいだろ?」
 それは、この場限りの口約束だ。
 実際に戦争が始まるか、アニエスが隙を見せれば、ホル・ホースは逃げる気で居る。
 しかし、そんなホル・ホースの内心を見透かしているかのように、アニエスはホル・ホース
を掴んだまま胡乱な視線を向け続け、心臓を握り潰すかのような威圧を持ってホル・ホースの
精神を削っていた。
 そんな睨み合い、というか一方的な睨みつけが十分も続くと、顔中に浮かんだ冷や汗を滝の
ように流したホル・ホースの細い根性は、とうとう圧力に耐え切れなくなって折れたのだった。
「わ、わかった……、わかったから……、その目はもう止めてくれ」
 首を支える力も失くしたかのようにホル・ホースの頭が傾いて、地面に向く。
 それでやっと約束が履行されると安心したのだろう。アニエスの顔に笑顔が浮かび、ぱっと
ホル・ホースの襟首を掴んでいた手が放れた。
「よし、それでいい。まったく、初めからそうやって素直に従っていればいいものを、無駄に
耐えるからそうなるんだ。ほら、水でも飲め」
 犯罪者相手にもこんなことをしていたのかもしれない。
 妙に慣れた動きで腰の後ろに下げた皮袋の水筒を取り外すと、汗でびっしょりと全身を濡ら
したホル・ホースに押し付けるようにして渡してくる。
 見事な飴と鞭であった。
「……なあ、大将。一つ聞きたいんだが」
 してやられた、とわかってはいても、既に反抗する気力を奪われていたホル・ホースは、そ
れならそれでと気を取り直し、別の問題に考えを巡らせた。
 水筒の水を口に含んで、頬の裏に張り付いたような気持ちの悪いものを漱ぐように動かして
から飲み込む。それから、こちらに視線を向けるアニエスに気になっていることを訊ねた。
「報酬についてなんだが……、具体的には幾らなんだ?」
 金の話なんて下世話な話題だが、命を賭ける以上は聞いておかなければならない。
 今は姿の見せないエルザや地下水が出てくれば、聞くことは出来るだろう。しかし、やはり
雇い主から直接聞くに限る。地下水はともかく、エルザあたりは自分の都合で金勘定を誤魔化
しそうなのだ。

449銃は杖よりも強し さん:2009/11/19(木) 18:31:13 ID:Tg3EkBQU
 考えを改めたら、すぐに金の話か。と詰まらなさそうに鼻を鳴らしたアニエスは、指を三つ
立ててホル・ホースに向けた。
「30エキュー。それが基本賃で、敵の首を一つ取るたびに5エキューをプラスする。大将首
を取れれば、100エキューだ。それに加えて、戦いがトリステインの勝利で終われば、隠れ
家として使える家を三件、大所帯を受け入れられて人目に隠れられる土地に用意する。それが
約束した報酬の全てだ」
 エルザを中心としたマチルダとカステルモールとの交渉内容を思い出して、アニエスは一息
に説明する。
 その内容に、ホル・ホースは顎先を指で撫でて、タルブから逃げてきた人間との関わりを思
い出して溜息をついた。
「命を賭けるにしては安過ぎるが、隠れ家の条件付きか。三件で大所帯ってことは、マチルダ
の姐さんがティファニアの次の隠れ家を探して、ってことか。そのついでに、エルザやカステ
ルモールの野郎が乗っかってきて……、と。そうなると、オレが口出ししても引っくり返るも
んじゃねえなあ、ちくしょう」
 たった30エキューで命を賭けさせられる理不尽にやるせないものを感じて、ホル・ホース
は肺の中の空気を目一杯に吐き出した。
「なんだ、不満か?」
「不満だね。30エキューなんて中途半端な金じゃあ、貯め込む気にもならねえで使い切っち
まう。それに、オレは夢を追う男なんでね。犬小屋に用はねえよ」
 鎖に繋がれた犬にはなりたくないと、ホル・ホースは遠吠えするかのように、曇天の空に向
けて、あおーん、と吠える。
 狼のつもりなのだろうが、傍目に見て犬の真似にしか見えなかった。
「……犬小屋か。フフン、実物を見たらそう言ってはいられないぞ?」
「あん?なんだそりゃ。随分と、自信たっぷりじゃねえか」
 腕を組んで含みのある笑みを浮かべたアニエスに、ホル・ホースは怪訝な表情を浮かべる。
 そうやって聞かれるのを待っていたのだろう。ホル・ホースの言葉を聞くや、アニエスは得
意満面の顔になって腰に手を当てると、出来の悪い生徒に講義を行う教師のように、一本指を
立てて揚々と語りだした。
「実は、いい物件に当てがあるんだ」
「木っ端兵士のクセに、土地の伝手があんのか?」
 余計な横槍の根元をジロリと睨み、アニエスは話を続ける。
「そこは友人の故郷でな、最近若者の減ってきている、よくある寂れた土地なんだ。領主が何
年も前に死んでから代わりもいないとかでな、管理もされていない空いた屋敷なんかが幾つも
放置されているらしい。まあ、故郷が寂び行くのも時代の流れと分かっていても、やりきれな
いものがあるんだろう。寂れた土地でいいから、移住を考えている知り合いがいないかと相談
を持ちかけられているんだ」
「それで、俺達を移民代わりにする、と」
 ホル・ホースの相槌に、アニエスが頷いた。

450銃は杖よりも強し さん:2009/11/19(木) 18:31:51 ID:Tg3EkBQU
「そういうことだ。辺境故に土地の開発は進んでいないが、食うに困ることはないと聞く。こ
んなにも都合の良い土地、他にはないだろう?」
 食うに困らない、の程度が腹いっぱい食べられるのか、それとも飢え死にしないレベルなの
かはわからないが、確かに条件としては悪く無さそうだった。人が少ないということは、余所
者の侵入には敏感と言うことだ。隠れ家を構えるなら、むしろ好条件と言ってもいいだろう。
 しかし、ホル・ホースの興味はどちらかというと、隠れ家としての性質より、放置された屋
敷の方にあった。
「屋敷ってことは……、金目のものが残ってたりは」
「しないぞ。一切合財持ち出されて、空っぽらしい。あまり裕福な場所じゃないからな、そう
いう部分は最初に調べられている。期待するようなものは転がっちゃいない」
「だろうなあ。」
 予想していたこととはいえ、アニエスに告げられた事実にホル・ホースはがっくりと頭を垂
らした。
「まあ、そう残念がるな。荒れてはいるが、だだっ広い土地は使い放題だし、領主も居ないか
ら税も安い。地道に農業にでも勤しめば、それなりの財は築けるさ」
「分かってねえなあ」
 アニエスの言葉を遮るような溜息を漏らして、ホル・ホースは首を横に振る。
「……なにがだ?」
 微妙に苛立たしいものを感じながら、アニエスは自分の言葉のどこがおかしいのかと剣呑な
目つきでホル・ホースを見やった。
「別に、オレは金持ちになりたいわけじゃねえんだよ。そりゃあ、金は欲しいし、金持ちにな
るに越したことはねえ。だが、それは手段であって目的じゃねえんだよ。オレの目標ってのは
だな、自分のやりたいようにやって、好き勝手に生きることなんだ。楽して金稼いで、散財し
て、また稼ぐ。そういう気ままな生活がいいんだよ」
 一つの土地に定住することのない、風来坊だからこその発想だろう。江戸っ子のように宵越
しの金を持たないなんて極端なことは言わなくとも、金を溜め込むなんて考えは薄い。
 社会経済的には優しいが、個人家庭には大変厳しい人間である。
「全力でダメ人間してるな」
「何とでも言いやがれ。とにかく、オレはそういう夢のある男でありたいんだ。土いじりなん
て、ジジイババアにやらせとけばいいんだよ」
 ヒヒ、と頬の引き攣ったような笑みを浮かべたホル・ホースに、アニエスはいかにも傭兵な
んてことをやっている人間だなぁ、などと思うと、ああ、と呟いて深く頷いた。
「つまり、なんだ……、お前はあれか。ガリアの王のようになりたいというわけだな?」
「……んん?」
 ホル・ホースはゆっくりとアニエスの方に顔を向けて、首を少しばかり傾かせた。
 自分の言っていることが分からなかったのだろうか。
 アニエスはもう一度、分かりやすいように説明を交えながら言った。
「気ままに生きる、という意味じゃ、ガリアの王に比類する人間はいないだろう?金も権力も
思いのまま。宗教庁も、あの国の王には強く言えないと聞く。何者にも縛られず、好き勝手に
生きている人間といえば、このハルケギニアでは彼の王が筆頭に上がるだろ。お前の理想の人
物像を実際に形にしたなら、ガリアの無能王が相応しいじゃないか」

451銃は杖よりも強し さん:2009/11/19(木) 18:32:22 ID:Tg3EkBQU
「いや、待て!」
 一人納得しかけたアニエスに、ホル・ホースは片手を突き出し、言葉を止めさせる。
 もう片方の手は顔を覆うように自身の顔に添えられていて、隠された表情は激しい汗と共に
深い混迷に満ちたものとなっていた。
「オレの目標が、ジョゼフのおっさんだってのか?……ない!そりゃねえよ!オレはあんな我
が侭放題で、思い付きで行動して、人を策謀に嵌めて嘲笑うようなクソッタレな……ぁあ?確
かに、悪くねえ生活してるか?金も権力も思い通りだし、思うままに生きてるよなぁ。そう考
えると、オレの理想としてる生活してるってことか?なんか、納得いかねえんだが、だがしか
し、突き詰めていくと、つまりはそういうことになるよなぁ……。アレェ?」
 大国の王ともなれば、その責任も重いものなのだが、少なくともホル・ホースにはジョゼフ
がそういう責任や義務なんてものに縛られているようには見えなかった。
 ジョゼフのあり方は、確かにホル・ホースの理想の位置にある。だが、ホル・ホース的には
なにかイメージが違うらしい。
「なんか、もっとこう、崇高で、享楽的で、豪奢で……、んんぅ!?」
 両手で帽子の上から頭を抱えたホル・ホースを呆れた目で眺めたアニエスは、本当にこんな
ヤツを雇っていていいのだろうかと疑問を覚えた。
 まぁ、いいか。どうせ、こいつ自身にはあまり期待してないし。
 すぐに出た結論は、そんな冷たいものだった。元々、吸血鬼やインテリジェンスナイフの力
が借りられれば良かったのだ。予定していなかったメイジまで味方に加えられたのだから、こ
んなおまけが付いてもマイナスにはならないだろう。
 完全な戦力外として扱われているとは露知らず、ホル・ホースはその場に蹲って自身のアイ
デンティティを大きく揺るがせていた。
「……時間か」
 役立たずをその場において、アニエスは耳を澄ませた。
 遠く聞こえる鐘の音色。
 響く鬨の声。
 揺れるような地面は、近付くアルビオンの兵士達の足踏みで生まれている。
 遠く南東、ラ・ロシェールに続く街道の先を見れば、進軍するアルビオン軍の姿がある。大
砲の射程だけなら、もうそろそろ届こうかという位置だ。
 腰に下げた剣に手をかけて、アニエスはごくりと喉を鳴らした。
 この戦いは、トリステインの命運を賭けた重要な一戦。その意味は重く、その価値は計り知
れない。だからこそ、ここで活躍すれば、一足飛びの出世すら望むことが出来るだろう。
 目的を果たすには、ここで功績を上げなければならない。人生は短く、年老いれば出世の目
は断たれるし、目的そのものが消えてしまいかねないのだから。
 これは、トリステインだけでなく、自分の命運を賭けた一戦でもある。
 生き延びることさえ保障されない戦場で、アニエスはさらに先の未来を見据えて、早足にそ
の場を立ち去った。

452銃は杖よりも強し さん:2009/11/19(木) 18:32:54 ID:Tg3EkBQU


 剣や銃という物は、思ったよりも重く、考えているよりも軽い。
 振り回せる程度の重さでありながら、頑丈さを追求されたそれは、あまり日常に馴染みの無
い重さである。そのせいか、初めて握ったときには、大抵の人間がその重量の重さ、軽さに驚
くのだ。
 地下水を除いたエルザ達四人もまたその例に漏れることなく、手の中の鉄の重さに奇妙な感
覚を抱いていた。特に、杖以外の武器を握ることの無いメイジの三人は、その違和感が顕著に
現れているようだった。
「こんなものを使う日がくるとは……」
 ガリア生まれだからだろうか。メイジとしての誇りを常に強く意識しているカステルモール
は、手の中にある銃の感触に眉を顰める。
 内心で平民を見下していることは、指摘されれば否定はしないだろう。実際、ジョゼフを排
斥し、シャルロットを王位に据えようと今日まで戦ってきたカステルモールは、ガリアに強く
根付く魔法至上主義の中心的人物とも言える。
 だからこそ、泥臭い世界に触れているマチルダや、純粋に戦力というものを数字で考えなけ
ればならない立場にあったウェールズのように割り切る事が難しい。
 銃は平民の用いる惰弱な武器である。
 そういう認識が、カステルモールにはあった。
 こんなものが役に立つのだろうか?
 そんな疑問をぶつけるように、剣呑な視線を物言わぬ物体に向けていたカステルモールのす
ぐ傍で、自身の身の丈ほどもある銃を前に四苦八苦しているエルザが、唐突に手を上げた。
「センセー、ちょっとこっち来てー」
「誰が先生だ!副隊長と呼べ、副隊長と!」
 エルザの声に反応したのは、四十名弱のマスケット銃を抱えた小隊に訓示していたミシェル
であった。
 ちょうど言うべきことを言い終えたところだったのか、コホン、と一つ咳をして間を取り直
すと、ミシェルは部下に待機を命じてエルザの下にやってくる。
「なんだいったい。隊長の命令だから面倒を見てやってるが、余計な騒動はゴメンだぞ」
「騒動なんて起こしてないわ。ただ、指が引き金に届かないって言ってるだけよ」
 ほら、とエルザは銃のグリップを握った姿をミシェルに見せる。
 内面はどうあろうと、体自体は六歳児前後。最近成長期なのか、やや身長が伸びたように思
えたが、手の多きさが一回りも大きくなったわけではない。必死にグリップを握りはするもの
の、伸ばした指は鉄の引き金にかすりもしなかった。
 少女と言うより幼女のエルザに、大人が使うことを前提とした銃の握りは、あまりに大き過
ぎるようだ。
「うーん……、こういうことは想定してないなぁ」
 そもそも、銃を子供に持たせるのはどうなんだろう?とエルザは思ったが、多分、自分の正
体はアニエスに聞いているのだろう。でなければ、この場に子供にしか見えないエルザが居る
ことに疑問を覚えるはずだ。
 中身が分かっているために、外見との齟齬が生まれているようである。悩んだ様子を見せる
ミシェルは、顎に当てた手をそのままに眉の形を大きく変えて解決手段が無いか脳味噌を働か
せていた。

453銃は杖よりも強し さん:2009/11/19(木) 18:33:42 ID:Tg3EkBQU
「お嬢もそうだが、こっちも無理っぽいな」
「ん?ああ、そうか。人間用だから、その体には合わないか」
 悩むミシェルに近付いて言ったのは、地下水である。手の中には、エルザやマチルダ達にも
渡されているマスケット銃があるのだが、ミノタウロスの手の大きさと比べると、どうしても
玩具にしか見えない。
「毛が邪魔になるのか、上手く引き金に指がひっかからねえんだ。やっぱり、さっき貰った戦
斧を振り回してた方が良さそうだぜ?」
「そうは言われても、我々の部隊の任務は支援砲火が中心なんだぞ?前線が崩されれば接近戦
の出番も出てくるだろうが、その間、貴様はずっと暇をしているつもりか?雇った意味が無い
じゃないか。貴様とそこの吸血鬼、足して二で割れんか?」
「粘土じゃねえんだから、そんな器用な真似できるかよ」
 解決案を模索することが面倒臭くなったのか、無茶なことを言い出すミシェルに地下水が
淡々とツッコミを入れる。
 堅物のアニエスと違って、この副隊長はユーモアがあるらしい。今は要らない要素だが。
「足したり引いたり出来ない以上、わたしも地下水も、銃は使えそうに無いわねえ」
「オレはまだ魔法が上手く使えねえし、お嬢は遠くを攻撃する魔法なんて無いし。見事に戦力
外だな」
 二人顔を見合わせて困ったように首を捻る。
 それ以上に困った顔をしたのは、ミシェルだ。
「戦う手段がないからって暇を与えては、私が隊長に叱られてしまう。何とかして遠距離の敵
にも対応出来る武器をだな……」
 そうは言ってみるものの、この二人に合う武器が思い当たらない。
 ミノタウロスの体を使っている地下水には大砲でも担がせようかと思ったが、流石に強靭な
肉体をもってしても大砲の発射時に発生する衝撃には耐えられないだろう。エルザには弓を持
たせてみることも考えたが、両腕の長さから考えて、弦を十分に引けずに矢を落とすに違いな
い。
 こうなると、いっそのこと地下水の意見通りに前線で戦わせた方が良いのかもしれないとさ
え思う。というか、それしか解決策が思い当たらない。
 そんな時、銃に慣れることを諦めたマチルダが唐突に口を挟んだ。
「武器が無いなら、その辺の要らない物でも投げてればいいじゃないさ」
「それだ!」
 言われて、ミシェルは思わず声を大きくする。
 武器に拘るから選択の幅が狭くなっていたのだ。原始的な武器ほど、使い手を選ばない。地
上で最も原始的な武器の一つとして現在も存在している投石なら、地下水やエルザにだって可
能だろう。いや、ミノタウロスの腕力をもってすれば、巨岩さえ投げられるかもしれない。そ
うなれば、大砲に匹敵する破壊力が得られるはずだ。
 なにを当たり前のことを悩んでるのやらと、若干呆れた様子のマチルダに賞賛の声をかけよ
うとしたミシェルは、そこから更に考えを発展する案を思いつき、勢い良く後方を振り返った。

454銃は杖よりも強し さん:2009/11/19(木) 18:34:19 ID:Tg3EkBQU
「そうだ、それなら岩より油を詰めた樽を使えば、着弾時の押し潰しに加えて、火で敵を焼き
払うことも出来る……!これは、行けるぞ!」
 振り返った先にあるのは、要塞の壁の隅に積み上げられた空樽の山である。元は行軍中に使
用する水や食料を詰めていたものだ。使い捨てにするものではないし、戦いが終わった後には
帰還の際にまた使用する予定がある。だが、頼み込めば譲って貰えないものでもないだろう。
「よし、そうと決まれば早速……」
「ちょっと待って。なんか、樽に油を詰めて投げるとか言ってるけど、わたしはどうすればい
いのよ。言っとくけど、いくら吸血鬼だからって、中身の詰まった樽を投げられるほどの腕力
は無いわよ?」
 思い付きの想像ばかりを働かせていたせいだろう。いつの間にかエルザのことが計算の外に
置かれていたことを言われて気が付いたミシェルは、また悩ましげに、うーん、と唸った。
「その辺の石を投げてればいいんじゃないか?」
「わたしの手に納まる程度の石じゃ、嫌がらせにもなんないわよ」
 不満そうなエルザの柔らかそうな小さな手を見て、ミシェルは納得したように頷く。
 この手では、どれだけ力があっても10サントも無いような石しか持てないだろう。どれだ
け速度を乗せても、威力は期待できそうに無い。
 せっかく解決したかと思った問題が、また暗礁に乗り上げたのを感じて、ミシェルは再び深
い苦悩に包まれることになった。
 そして、その苦悩を救ったのは、またしてもマチルダだった。
「確かアンタ、風を操れただろ?なら、地下水がブン投げた弾を敵の集まってるところに軌道
修正するとか、そういうことすればいいんじゃないかい?」
「お姉様と呼んで良いですか?」
 突然マチルダの手を握り締めてきたミシェルに、マチルダは嫌そうな顔をして全力で首を横
に振る。
 悩んでばかりいるせいで、ミシェルの本来の人格が狂ってきているようだ。
「じゃあ、わたしは地下水に肩車でもされた状態で、魔法使ってればいいわけ?いいの?魔法
使っちゃって」
 確認するように、エルザがミシェルの顔を覗き込む。
 そもそも、マチルダ達が銃を握ることになったのは、メイジを傭兵として雇っていることを
知られることを恐れたアニエスの意向によるものだ。平民がメイジに命令を下す姿は、トリス
テインではあまり心象の良いものではない。そのため、最初は銃を使わせて、乱戦の様相を呈
して誰が誰の部下なんて分からなくなった所で魔法を解禁しようと、一抹の不安から提案した
のが切っ掛けである。
 地下水が操っているミノタウロスとか吸血鬼のエルザが思いっきり場違いな雰囲気を放って
いるというのに、今更そんなことを気にかけても意味が無いのではないか?とは、真剣な顔を
して魔法の使用を禁じていたアニエスの前では誰も言えなかった。
 良くも悪くも、慣れとは怖いものである。
「……杖を使わなければ、一見して魔法とは分からないだろう。特別に、例外としよう」
 ミノタウロスに肩車された幼女の姿は、戦場ではこれ以上ないほどに目立つに違いない。だ
としても、これ以外にもう解決策が思い当たらず、悩み疲れたミシェルは、ゴーサインを出し
てしまう。

455銃は杖よりも強し さん:2009/11/19(木) 18:34:55 ID:Tg3EkBQU
 これで仕事が出来た、と嬉しいような暇であった方が良かったような、そんな微妙な内心を
映した顔をしたエルザは、ミノタウロスの体を毛を掴みながら上り、首に足を回して座り込ん
だ。
「おおー。絶景、絶景。やっぱり、身長が違うと見える景色も違うわねー」
「早く身長が伸びると良いなぁ?」
「皮肉のつもりかしら?本体自体はまったく成長しない無機物のクセに」
 生意気な口を利くミノタウロスの頬を膝で蹴って、エルザは辺りを見回した。
 二メイルを越える巨体の上からは、戦場の全体が容易に眺められる。ラ・ロシェールを守る
ように聳える要塞も、その前に馬を置く総指揮官らしき老年の将軍の顔も、砲口を覗かせる鉄
の大砲も、マントを見につけた沢山のメイジの姿も、様々な武器を手にした兵士達や傭兵達の
姿も、そして殺気をここまで染み込ませて来るアルビオンの軍勢の姿も、はっきりと見ること
が出来た。
 空気が張り詰めている。
 誰かが剣を交えたわけではないが、ここはもう命を奪い合う場所なのだろう。空気を目一杯
に詰めて膨らませた風船のように、ちょっとした刺激で弾けてしまいそうな雰囲気である。
 不意に目が合ってしまった将軍にぎこちない笑みを向けて手を振ったエルザは、ピリピリと
した空気の中に僅かに慣れた気配を感じると、その気配の方向に目を向けて、少しだけ緊張の
抜けた顔で大きく手を振った。
「隊長さーん、こっちよ、こっち!」
「ええい、恥ずかしいからいちいち手を振るな!呼びかけなくても、そこの図体のでかい奴が
目印になってるから場所がわからなくなったりはせん!」
 エルザの迎えに周囲の目が突き刺さったアニエスは、顔を真っ赤にして引っ込めとばかりに
手を上下に振る。
 その動作のお陰で近付くアニエスの姿にミシェルや待機中の部下達も気付き、マチルダ達も
顔を向けた。
 硬い石の地面を歩き、鋼鉄の靴を高く鳴らす。
「……さて」
 自分に向けられたエルザを発端とする嘲笑とは別の視線を前に、アニエスは元から姿勢の良
い背筋を更に伸ばすように胸を張った。
 アニエスの緊張が伝わったのか、どこか面倒臭そうな顔をしていたマチルダの表情も引き締
まり、性格が壊れかけていたミシェルも元の凛々しい女副隊長に戻っていた。ただ、エルザだ
けは変わらず地下水に肩車をされた状態なので、ブッ、と誰かが噴出してしまって緊張しきれ
ない空気だ。
 自分の部隊が何か変なものに汚染されている気がしつつも、そんなところを指摘している時
間が無いアニエスは、そのまま小さく息を吐いて声を張り上げる。
「間もなく、大砲の一斉射撃を合図に戦闘が始まる。我が部隊は前線の突撃隊に追従して前進
し、前方の部隊が敵に接触すると同時にその場で足を止めて射撃準備、前線部隊を援護する形
で銃火を敵に浴びせることとなる。前進する以上、我々の身の危険は他の支援部隊に比べて大
きなものとなるだろう」

456銃は杖よりも強し さん:2009/11/19(木) 18:35:29 ID:Tg3EkBQU
 前線の人間ほど死に安い。それは当然の知識だが、こうして戦いを前にして改めて言われて
しまうと、それが妙に重たいものを腹の奥に残す。
 銃士隊の何人かが、不調を訴えるように顔色を変えていた。
「気負うな、とは言わない。だが、臆してはならない。恐怖に身を縮めれば、その間にお前達
の放つはずだった銃弾で倒れる敵兵が、味方を一人殺すことになる。骨の奥にまで染み込ませ
た日々の訓練を思い出せ。考えるな。手を動かし、足を動かせ。それが我等の国を護り、お前
達の命を守ってくれる」
 芯に響く声に呑まれて、ミノタウロスに肩車される幼女の姿も滑稽とは映らなくなる。
 じっとりと浮かぶ手の平の汗を誤魔化すように、握ったり開いたりを繰り返す拳。上がる体
温で荒くなる息。足は震え、耳の奥では心臓の鼓動が激しく鼓膜を鳴らした。
 既に戦火を潜り抜けたかのように、汗の滴をこめかみから一筋流したアニエスは、腰に差し
た剣を鞘から抜き放って高く掲げると、腹の奥に溜めた息を全力で吐き出した。
「小隊、駆け足!一人も遅れるな!!」
 タイミングが分かっていたかのように、その言葉と共に開戦の合図ともなる大砲の一斉射撃
が行われた。
 地震かと思うような轟音が響き、足元を揺らす。鼓膜が破れるかのような痛みが頭を駆け巡
り、意識を白く染め上げた。
 掲げられたアニエスの剣が、近付くアルビオン軍の方向へと振り下ろされる。
 悲鳴のような、怒声のような、嘆きのような、どうともとれない奇声と共にトリステインの
前面に布陣していた突撃部隊が駆け出して、その頭上を矢と魔法の光が流星雨のように戦場に
降り注いだ。
 数十体の巨大なゴーレムが、足元に広がる兵士達の代わりに敵の大砲によって身を砕き、土
砂をばら撒く。残骸に頭を割られる者、足を砕かれる者、背の骨を曲げられる者。数多の被害
を出しながら、それでも前進は止まらない。
 大砲の一撃で隣を走るゴーレムが破壊されると、飛び散った破片がアニエスの額を裂いた。
 垂れる血の滴で視界が歪む。
 まだ戦いの狼煙は上げられたばかり。この程度の負傷で止まれはしないと、アニエスは部下
達を引き連れて戦場を駆け抜けていった。



「始まったか」
 皺枯れた声でそう言ったのは、マザリーニ枢機卿だった。
 骨と皮しかないような体で戦場から響く振動に転ばないように足を踏ん張り、時折酷い咳を
する。巷で鳥の骨と揶揄される見た目通り、この男の体力は常人と比べても多くは無い。ここ
数日の政治とは一歩違った作業の連続に、少なくない疲れを溜め込んでいた。
 しかし、休むことは出来ない。戦いの間にもやるべきことは多く、戦いの後には多くの事後
処理と戦争の間に溜まった仕事を片付けなければならない。深く眠れるのは、夏が終わってか
らになるだろう。
 少しでも早く身体を休めたいなら、出来ることは全て、迅速に行わなければならない。

457銃は杖よりも強し さん:2009/11/19(木) 18:36:04 ID:Tg3EkBQU
 窓辺に佇み、早くも命が散ったのを見届けたマザリーニは、傍らで膝を付く若い兵士を下が
らせると、足音を立てて歩き出した。
 冷たい石の壁と床を進み、幾度も階段を上る。急ごしらえであるせいか起伏のある石畳に足
を痛くしながら、狭く短い廊下の突き当たりにある飾り気の無い木戸を四度叩いた。
 暫くして、どうぞ、と声が聞こえたのを確認して扉を開く。
 身を滑らせるように扉の向こうに移動させると、そこで一礼してマザリーニは口を開いた。
「姫殿下。我が軍がアルビオン軍との戦闘を開始しました」
 広くも狭くも無い部屋に響く声に、無骨な岩肌の内装に似つかわしくない豪奢な椅子に腰掛
けるアンリエッタが、静かに頷いた。
「わかっています。振動が、ここまで響いていますから」
 矢や大砲が飛び込む可能性から、この部屋には窓が無い。だが、明かりとして置かれた蝋燭
の火は絶え間なく揺れ動き、部屋の中を明滅させていた。
「空軍も、敵艦隊の姿を捉え、戦闘を開始しているようです。今日は雲が厚いため、空は地上
とは別々の戦いとなりましょう。彼我の砲の性能差を埋めるために機動戦をしかけると決めた
時点で、元々そうなるとは考えておりましたが」
 言いながら、マザリーニは奥歯を噛む力を強くする。
 地上と空。戦力差は、地上ではトリステインが勝ち、空ではアルビオンが勝っている。この
事実は、頭を痛める大きな要因だ。
 地上の攻撃は空に届かず、空の攻撃は地上を用意に破壊する。
 空軍が早々に負ければ、折角有利である地上の戦線も、空からの砲撃によって崩壊すること
になるだろう。
 空軍には可能な限り敵を引き付け、地上の戦いに決着が付くまで時間稼ぎをするようにと命
じてあるが、それも何時まで続くか分からない。
 トリステインは、明らかにアルビオンに負けている。
 その事実が、愛国者であると同時に国に献身し続けてきたマザリーニには悔しかった。
 しかし、アンリエッタから返って来た言葉は、まるで戦争の行方すらどうでもいいかのよう
な口調で放たれていた。
「報告は、それだけですか?」
 抑揚もなく、感情を感じられない一言。
「……はい」
 一瞬絶句したマザリーニは、それでもなんとか口を動かした。
 まだ拗ねているのだろうか?
 アンリエッタの態度の原因を知るマザリーニは、未だ子供染みた王女の性格に頭を悩ませる。
 親善訪問を囮としたアルビオンの奇襲攻撃に対して、急遽開かれた会議の場で真っ先に反撃
を訴えたのはアンリエッタだ。婚姻の準備の為、寸法を合わせたばかりの眩い白いドレスに身
を包んだ王女は、アルビオンの卑劣な行為に憤り、ドレスの裾を破って駆け出した。
 王女一人を行かせてはなるものかと腰の引けていた貴族も追従し、開戦と成ったわけなのだ
が……、やはり王女を戦場に立たせるわけにはいかないと、先日の作戦会議で多数の将軍の支
持をもってアンリエッタは要塞内での待機が決められていた。
 自分で兵を先導してここまで来たアンリエッタとしては、面白くない決定だ。しかし、王女
の権限を持ってしても戦中における将軍達の発言力を覆すことは出来ず、こうして今朝から不
満をぶつけるように不貞腐れているのである。

458銃は杖よりも強し さん:2009/11/19(木) 18:36:34 ID:Tg3EkBQU
 戦いが始まれば多少は改善されるだろうと期待していたマザリーニの考えは、見事に外れて
いた。
「そろそろお機嫌を直されては如何か?兵が血を流して戦っているというのに、王族がそのよ
うな態度では民に示しが付きませんぞ」
 普段よりも棘のある口調でマザリーニが窘めると、アンリエッタも自分の行動に問題がある
ことを理解しているのか、膝の上に置いていた手を強く握って顔を俯かせた。
「……分かってはいるのです。トリステイン王家の一粒種であるわたくしが、危険な戦場に身
を置くなどということが許されないことくらいは。しかし、民に戦いを強いながら一度も戦地
に立たずして、どうして支持を得られましょう?まして、此度は国の命運を決める戦い。兵達
を鼓舞する意味でも、わたくしが先陣を切るべきなのではないでしょうか」
 マザリーニにはマザリーニの考えがあるように、アンリエッタにはアンリエッタの考えがあ
る。将軍達の反対を受けたとはいえ、全てを納得するのは難しいのだ。
 特に、今回の敵は想い慕っていたウェールズの母国アルビオンを滅ぼしたレコン・キスタを
前身とした現在の神聖アルビオン共和国だ。アンリエッタにしてみれば、恋人を殺した仇に等
しい。感情で戦争をするのは愚か者の所業かもしれないが、それでも耐え難い想いがあるのだ。
 この手で一矢報いたい。そんな想いは押し込められ、民に代行させる始末。
 戦争が始まったこと自体はアンリエッタに非はないとはいえ、不貞腐れるのもある意味では
仕方のないことだった。
「お気遣い痛み入りますが、王女殿下の身を危険に晒さなければならないほど我が国は追い詰
められてはおりません。決戦に近いものであっても、勝てぬ戦いではないのです。内戦の後の
強引な侵略行為による損害を考えれば、アルビオンの継戦能力は疑わしい。たった一度、ここ
を耐え凌ぐだけで敵は勝手に崩れるのですから、負う必要の無いリスクは回避するべきだと、
会議の場で二度三度と渡って説明したはずですぞ」
「しかし……」
「食い下がった所で、決定が覆ることはありません。王族たる者、戦の結果を座して待つのも
役目の一つ。思うところもありましょうが、今は耐えていただきたい」
 アンリエッタの思いも、マザリーニにしてみればいつもの我が侭と変わりない。
 いつも通りに説教臭い口調で頭を押さえられたアンリエッタは、これ以上言っても無駄だと
悟り、言葉に表せない不快感に身を沈めて口を閉ざす。
 こうして、最終的には不貞腐れた態度に戻るのだった。
「はて、さて……、どうしたものやら」
 部屋に押し込めている限り、アンリエッタの態度はこのままだろう。
 放っておいても良いが、それで後々までヘソを曲げられては困ると、マザリーニは皺だらけ
の顔に更に皺を刻んで頭を悩ませる。
 そんな時、部屋の扉をノックする音が響いた。
「……誰だね?」
 不貞腐れたままのアンリエッタの代わりにマザリーニが扉の向こうに向けて声を放つと、驚
いたかのようにガタリと扉が揺れる。

459銃は杖よりも強し さん:2009/11/19(木) 18:37:07 ID:Tg3EkBQU
 その様子に不審なものを感じたマザリーニは、ローブの内から杖を取り出して、いつでも魔
法が放てるように準備をした上で、扉の向こうに居る人物にもう一度訊ねた。
「誰かと聞いている」
「あ、っいえ、その……、間違えましたっ!」
 声に不穏なものが混じっているのを察したらしい扉の向こうの人物が、慌てた声を響かせて
石畳の廊下を走り出した。
 まさか、王女を狙った暗殺者か。
 地上での戦いの不利を悟って外道な手段に出たのかと、マザリーニは足音も消せない不審人
物を追うべく、扉を開けて廊下に飛び出した。
「あっ」
 乱暴に開かれた扉の音に前身を硬直させた不審人物の背中をマザリーニが睨みつけると、そ
の瞬間、その人物は床の小さな起伏に足を引っ掛けて盛大に転んだ。
 痛々しいまでに額を打ち付けて。
「……こんなところでなにをしているのかね?ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール」
 額を押さえて涙目になっているアンリエッタの幼少の遊び相手を見下ろして、マザリーニは
深く溜息を吐いた。
「えーっと……、その……」
「学院への援軍要請は出したが、それが到着するのは三日後と報告を受けておる。なのに、貴
女一人がここにいるのはどういうことか」
 大体予想は付いているのだが、といった顔で語りかけたマザリーニに、ルイズは顔に冷や汗
をびっしりと浮かべて誤魔化すように笑うと、視線を彷徨わせながら立ち上がってピンと背を
伸ばした。
「く、国の一大事と聞いて、その、少しでも何かの役に立てればと、早馬を乗り継いで馳せ参
じた次第で、あの……」
 もごもごと口の中に声を篭らせても必要な部分は聞き取れたのだろう。マザリーニはもう一
度深く溜息を吐くと、ルイズの肩に手を置いて、きっぱりと言い放った。
「帰りたまえ」
「え?」
「君が来たところで、なにが変わるわけでもない。こう言ってはなんだが、子供が一人増えた
ところで足手纏いにしかならんのだ。特に君は……」
 言いかけて、マザリーニは自分のミスに気付いて咳払いをする。
 ルイズが魔法を使えない落ち零れであることは公然の事実だが、それを理由に差別すること
は高潔な貴族の品位に欠ける。今回は、あくまでもルイズを説得する為の口実として、その特
徴を思い出してしまっただけで、マザリーニ自身にはルイズを特別落ち零れ扱いをするつもり
はなかった。
 だが、当のルイズはそうは思わなかったらしい。
 憤りと哀愁に瞳を染めて、なにかを言い返そうと口をパクパクと動かすものの、相手がマザ
リーニであるとあって、何も言えずに口を閉ざしてしまう。
 マザリーニが言葉を途中で止めてしまったのは、心無い行為だったかもしれない。はっきり
とルイズが魔法を使えないことを指摘してしまえば、ルイズだって開き直るなり受け入れるな
りといった態度を取ることが出来るのだが、止めてしまっては気を使わせているとルイズに思
わせることになる。

460銃は杖よりも強し さん:2009/11/19(木) 18:37:41 ID:Tg3EkBQU
 分別のある良い大人であることが、逆に災いした結果だった。
「いや、そうだな。ミス・ヴァリエール。一つだけ、頼みたいことがあるのだが……、いいか
ね?」
 自分のミスをフォローするわけではないが、ルイズをこのまま追い返すのも大人気ないと判
断したマザリーニは、ちょうどルイズが抱えている問題の一つを解決するのに最適な人材であ
ることを思い出し、皺だらけの顔をぎこちない笑顔に変えた。


「枢機卿?」
 訪問者を追って枢機卿が出て行ってから閉まったままの扉の向こうに人の気配を感じて、ア
ンリエッタは声をかけた。
 マザリーニなら直ぐに部屋に入ってくるだろう。そうではないということは、扉の向こうに
居る人物はマザリーニではないということだ。となれば、相手は先程の訪問者か、他の誰かか。
 訪問者が自分の命を狙った暗殺者で、それを察して追いかけた枢機卿が返り討ちにあったな
んてことも、考えられなくはない。
 少しずつ鼓動を強める心臓を落ち着かせるために左手を胸に置いたアンリエッタは、右手で
自分の杖を握り締めると、椅子から立ち上がって身構えた。
「姫様?」
 不安に胸を満たしていたアンリエッタの耳に、扉の向こうから声が届く。
 扉越しのせいか、はっきりとは聞こえない声質に首を傾げると、アンリエッタは訪問者が間
違えましたなんて言って逃げ出そうとしていたことを思い出し、そういう事を言いそうな知人
の存在に思い当たる。
 だが、その人物がこんなところに居るなんて、考えられない。
 僅かな不信感を残したまま、アンリエッタは扉の向こうの声に応えた。
「もしかして、ルイズ?」
 確かめるように言った言葉に、扉の向こうの気配が動いた。
「はい。姫様、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールです」
 遠慮がちに木造の扉を開いて顔を覗かせた少女に、アンリエッタは胸に抱えていた色んな感
情を落として、緊張に固まっていた頬を緩ませた。
「ああ、なんてことなのルイズ。こんな危険な場所に、どうして貴女が?」
「そのことで、お話がありまして……」
 部屋に入り込んだルイズは、後ろ手に扉を閉めて周囲に人がいないことを確認すると、自分
の杖を取り出してコモン・マジックを使おうとする。
 ぽん、と音を立てて小さな爆発が起きた。
「……?」
 なにをしているのかと首を傾げたアンリエッタに、ルイズは恥ずかしそうに顔を俯かせる。
「すみません、姫様。ディスペルマジックをお願いしてもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。そういうことですか」

461銃は杖よりも強し さん:2009/11/19(木) 18:38:11 ID:Tg3EkBQU
 ルイズのやりたかったことを理解したアンリエッタは、握ったままの杖を振ってディスペル
マジックを部屋にかける。すると、壁全体がキラキラと光を反射して、そこに魔法がかけられ
ている事を示した。
「あああぁ、そうかぁ。そうよねぇ。要塞なんだもの、固定化や硬化かけられてるに決まって
るわよね……」
 ウェールズに送った手紙を取り戻して欲しいと、ルイズに頼みに来た時のアンリエッタのよ
うには行かないらしい。ディスペルマジックで外部からの干渉が無いことを示そうとして、逆
に干渉だらけであることを証明した形になっていた。
「ええっと……、落ち込まないでルイズ。監視されているというようなことは無いはずですか
ら、内緒話も出来るはずですわ」
 もともと、急ごしらえの要塞だ。細工をする時間的余裕も無いだろう。
 そう思って励ましの言葉を送ったが、ルイズにはそれが同情のようで余計に堪えたのか、自
分の情けなさを嘆くように目元に涙を浮かべて鼻を啜っていた。
「お気遣いありがとうございます、姫様。でも、ちょっとだけ気持ちを整理する時間をいただ
けますか?」
「え、ええ……」
 色々と意気込んでこんな所にまでやって来たルイズだが、マザリーニに追われて転ぶわ見栄
を張って失敗するわで、良いところが一つも無い。盛り上がっていた気持ちの分だけ、落ち込
み方も大きいようだ。
 真っ赤になった顔で目元と鼻周りをハンカチで拭うと、ルイズは何度か鼻を啜って深呼吸を
する。
 それでやっと落ち着いたのだろう。まだ赤い頬のまま、ルイズはアンリエッタに向き直って
深くお辞儀をした。
「大変お見苦しいところをお見せしました」
「いいえ、ルイズ。お陰で、戦中とあって肩に入っていた力が抜けた気がしますわ。昔と変わ
らない、ちょっとドジなルイズを見ることが出来て嬉しい限りです」
 アンリエッタがクスクスと笑い、ルイズは真っ赤になった顔を両手で隠す。
「や、止めてください!もうっ、お戯れが過ぎます!」
「ふふふ、ごめんなさいね?わたくしも、少し疲れていたものですから。八つ当たりみたいに
なってしまいましたわ」
 笑うことを止めないアンリエッタの様子に、ルイズは拗ねたように唇を尖らせ、ふと表情を
笑顔に変えた。
「ご気分が優れないと聞いていましたけど、その様子なら、もう良さそうですね」
 そんな言葉がアンリエッタの顔から笑みを消した。
「マザリーニに頼まれたのですか?人に散々と立場の重みを説いておきながら、わたくしの機
嫌を直させるためだけにルイズを戦地に呼び寄せるなんて……」
 湧いた憤りを抑えきれず、アンリエッタは杖を両手できつく握り締める。
 血が頭に上っているのが傍から見て分かるほど、アンリエッタの顔は赤く染まり、憤怒に満
ちていた。
 これに慌てたのはルイズだ。

462銃は杖よりも強し さん:2009/11/19(木) 18:38:41 ID:Tg3EkBQU
「ち、違います!枢機卿に姫様の話し相手を頼まれたのは事実ですが、それは今さっきのこと
で、わたしがここに来たのは、また別の理由からなんです!」
「庇うことはありませんよ、ルイズ。あの鶏がら、一度鍋にでも放り込んで茹で上がってしま
えば宜しいんですわ。いいいえ、今からでも遅くはありません。湯を沸かし、思いっきり浴び
せかけてしまいましょう。そうするべきです!」
 話の流れだと、確かにマザリーニがルイズを動かしているようになってしまったが、まった
くの誤解である。しかし、その誤解を正そうと声を上げるルイズの言葉をアンリエッタは聞こ
うとはせず、怒りのままにズンズンという足音が聞こえてきそうな歩き方で部屋を出て行こう
としていた。
 このままだと、水場まで行って本当に湯を沸かし、マザリーニにぶっかけてしまいそうな勢
いだ。
「あ、あああ、ええと、ええっと、どうすれば……、あ、そうだ!」
 アンリエッタを行かせては不味いと分かっていても、止める手段は無い。そこで、ルイズは
自分がここに来た本当の理由を説明してしまえばいいと思い付き、腰の後ろ、ベルトに結ぶ形
で下げた鞄に手を伸ばした。
「姫様、これを見てください!」
「今度こそ、あの憎らしい皺を倍に……、って何ですか、ルイズ?」
 見向きもされなかったらどうしようかと思ったが、そこまで暴走しているわけではないらし
い。
 一欠けらの理性に感謝したルイズは、こちらに意識を向けてくれたアンリエッタをこの期に
説得するべく、ルイズは鞄を押し付けるようにしてアンリエッタに差し出した。
「これは?」
「中に、わたしがここに来た理由があります」
 受け取った鞄を訝しげに見詰めていたアンリエッタは、ルイズの言葉に不思議そうにしなが
らも頷いて、留め金の無い鞄の口を開く。
 出てきたのは、紙の束と固い感触。
「これが、ここに来た理由なのですか?」
 そう訊ねるアンリエッタに、ルイズは耳の先まで顔を真っ赤にしたかと思うと、今度は死人
のように真っ青に変えて、肺の中にある空気を吐き出した。
「なんで祈祷書と指輪がここにあるのよおおおおおぉぉぉッ!?」
 アンリエッタの手に収まった、最近まで親の敵のように睨み合っていた始祖の祈祷書と王家
の秘宝である水のルビーを見て、ルイズは今日何度目になるかという失敗に絶望の叫びを上げ
たのだった。

463銃は杖よりも強いと言い張る人:2009/11/19(木) 18:41:02 ID:Tg3EkBQU
投下終了。
何度も書き直したせいか、もう自分でもなに書いてるのか分からなくなってきてる。
だからもう諦めた。完成度は無視して、ガンガン書いていきます。
矛盾が出てもキニスンナ。

というわけで、次回の投下は半年後!
(ウソ。今月中に投下予定です)

464名無しさん:2009/11/19(木) 18:50:55 ID:y8UbdadU
お久しぶりの投下乙です!
というか前回の話の内容をど忘れしてたので読み返しましたw
しかしホル・ホースは戦えるような状態なんだろうか?
才人の操縦するゼロ戦に乗ってエンペラー打ちまくりとか期待したい

465名無しさん:2009/11/20(金) 20:48:15 ID:ts0ttJ3M
投下乙です!
戦争の緊張感は見ているこちらまで緊張してしまいます
でも探知魔法は「ディテクトマジック」じゃなかったですかね

466銃は杖よりも強いと言い張る人:2009/11/20(金) 22:11:23 ID:y9iSjDfc
>>465
うわっ、凄い間違い方してた!
修正します。ありがとう!

467名無しさん:2009/11/21(土) 21:32:03 ID:LMxkacHc
銃杖の人、乙です!!!
やっと来てくれた…待ってたかいがあったぜwww

468名無しさん:2009/11/22(日) 04:11:15 ID:/ocCBtEI
銃杖の人おつ!!!!!!!!!!!!
超待ってた、今月中とかはやいな。期待してまってます。

469名無しさん:2009/11/22(日) 22:46:35 ID:bKyqUpfQ
乙!
エルザ達を絵に描いたら相当シュールだなw

470タイム:2009/11/25(水) 07:05:40 ID:pbW0.LZs
銃杖の人、超乙です!
待ってました!待ってましたよー!

471名無しさん:2009/11/30(月) 23:43:30 ID:GM.YKGsk
銃杖氏ー!
待ってますー!
待ってますから、年内に投下のめどが立ってるかどうかだけでも教えてくださいー!

472銃は杖よりも強いと言い張る人:2009/12/01(火) 12:44:09 ID:JIXCa1Wo
一日遅れでゴメンねー!たけど、ちゃんと投下はするよー!
今月中に第三部を完結させたいと思ってるので、あと二話くらい何とかする予定。
可能かどうかはお釈迦様に聞いとくれ。

というわけで、投下スルゥ!

473銃は杖よりも強いと言い張る人:2009/12/01(火) 12:44:47 ID:JIXCa1Wo
「ふむ……、何故彼女がこんなものを持っていたのかは分からないが……」
 蝋燭の火が揺れる小さな執務室に佇む男は、机の上に広げた包みの中身を穏やかならぬ眼で
見下ろして、引き絞った唇を弓なりに曲げる。
 紙に記されている文字の上を撫でる指先が、そこに宿る魔力の残り香を感じ取っていた。
「なんにせよ、これが表沙汰になるのは良くない」
 言って、男は陶器の器に書類を乗せて、蝋燭の火を近づける。
 チリチリ
 ちり……ちり……
 ヂヂ……
 部屋の天井を、立ち上った黒い煙が一筋触れた。



 大地を叩く重低音と金属を打ち鳴らす高音。痛みばかりで何を聞いているのかも分からない
鼓膜は、心臓の音だけを浮き立たせて脳を揺さ振っている。両手に握っているはずの銃の重み
は頼りなく、腰に下げた袋の中の火薬は焦燥感を煽り立てるばかり。
 地面を蹴る足に力は入らず、自分が前に進んでいるかどうかさえ危うかった。
 実戦をどれだけ繰り返しても、これだけは慣れる事が無い。特に、個人の力ではどうしよう
もない戦場は、流れ弾一つで命を落とすとあって肩の力は入り続けてしまう。
「全体止まれ!銃、構え!狙いは前方の槍部隊だ!味方に当てるなよ!!」
 三列に並んだ前衛の突撃隊が敵と接触したのを皮切りに、アニエスは号令を出して自分の部
隊の足を止めると、その場で銃を構えた。
 平坦な土地を戦場としていた場合、射線が直線である銃器は扱いが難しい。前面に立たせな
ければ味方に当たるし、敵が近付けば銃を捨てて剣か槍を握る必要があるからだ。しかし、こ
のラ・ロシェールの戦場は緩やかな斜面。微妙な曲線を描く坂が、直線でしか攻撃出来ない銃
に味方の背に隠れながらも活躍の場を与えてくれる。
 射線は確保されているのだ。後は撃つだけで良い。そして、その的は、前衛部隊に足止めさ
れて無防備な顔を晒していた。
「仲間とタイミングを合わせようなどと考えるな!弾が尽きるまで撃ちまくれ!!この距離で
外したりなんてしたら、二度と的を外さないように毎日付きっ切りで指導してやるぞ!」
 悲鳴のような返事をして、四十名に及ぶ銃士隊は手にした銃の引き金を一斉に引く。
 大砲に負けない轟音が響いて、トリステインの前衛部隊を槍で突き殺そうとしていたアルビ
オンの兵士達が血を吹いて地面に倒れた。
 銃の訓練を詰んでいないカステルモールやウェールズも、鉛の弾丸を敵に当て、命を奪って
いく。その威力に、平民の武器と侮っていたカステルモールは苦々しい表情となり、ウェール
ズは地位を追われたとはいえ、他国のために自国の民を手にかけたことに苦しげに眉の形を変
えた。
「頭上に注意しな!でかいのが行くよ!!」
 様々な思いを抱く二人とは別に、やる気を見せだしたマチルダが地下水の後ろで杖を手にし
て声を張り上げる。その前に立つ地下水の手には大人が丸ごと入れそうな樽がしっかりと握ら
れていて、まるで槍投げの選手のように空を見上げた形で振りかぶっていた。

474銃は杖よりも強いと言い張る人:2009/12/01(火) 12:45:29 ID:JIXCa1Wo
「射線、良し!狙うは敵指揮官よ!」
「誘導は頼んだぜ、お嬢!」
「任せときなさい!」
 地下水の肩に乗ったエルザが空を指差し、地下水はその指示に従うようにしてミノタウロス
の豪腕に力を籠める。
 足の踏ん張り、腰の回転、肩から腕に伝えられる力の流れ。その全てが、長く生きて他人を
動かしてきた地下水だからこそ出来る絶妙なバランスで組み上げられて、握られた樽の推進力
に変えられていた。
「樽爆弾、発射!ふぅんッ!!」
「いっけえええぇぇぇッ!」
 眼一杯に広げていたミノタウロスの全身を折り畳むように縮めて、その勢いの全てを乗せら
れた樽は天高く放られる。
 大砲の弾と鉄の矢、そして魔法が行き交う中に現れた樽の存在は、遠距離での戦いに集中し
ていた兵士達の眼を奪い、一瞬その手を止めさせた。
 だが、その一瞬で放り投げられた樽は放物線を描き、重力に引かれて落ち始める。トリステ
インにしても、アルビオンにしても、それを撃ち落すという発想を得るだけの時間は、もはや
存在しなかった。
「5、4、3、2、着弾……、今!」
 エルザが最後の言葉を口にした時、宙を舞っていた樽はエルザが操る先住の魔法で導かれる
ままに目標としていたアルビオン軍の後方、煌びやかな装飾に身を包んだ馬上の男の顔面に直
撃し、馬ごと大地に押し潰していた。
 飛び散る樽の破片と、血の飛沫。
 それは、敵の指揮官を仕留めた証明であった。
「当たった!当たったわよ!アニエスちゃーん、特別報酬お願いねー!」
「そ、そんな無茶なやり方で大将を落とすな!!」
「目的は達したんだから、過程や方法なんてどうでもいいじゃない。いかにも偉いですって格
好で目立ってる奴が悪いのよ」
 アハハハハ、なんて呑気に笑ったエルザに、アニエスは戦争とはこういうものではないはず
だと、崩されそうな常識を保つ為に頭に手を置いて苦しげに眉根を寄せる。
 だがしかし、敵の大将を崩した事実は大きい。不意打ち臭いが、勝てば官軍というのはどの
世界も同じなのだ。
 空飛ぶ樽の存在が余程目立ったのだろう。樽の行方を注視していた人々の多くがアルビオン
軍の中核に致命的な一撃が入ったことを理解し、一方では士気を上げ、もう一方には激しい混
乱が襲い掛かった。
 元々、数と地の利で差が有った戦いだ。優勢のトリステインがアルビオン軍の将を討ち取る
なんてことになれば、それはもう勝敗の決定打となり得る。実際、交戦して間もないというの
に、アルビオン軍の中からは逃走を始めている者の姿があった。
 早くも戦いが終わりそうな雰囲気が戦場に漂い始めていた。
「樽なんて、魔法一つで弾くなり破壊するなり、なんとでもなったはずだろう!?そ、それが
なんて間抜けな……、こんなバカらしい戦争があるかぁ!!」

475銃は杖よりも強いと言い張る人:2009/12/01(火) 12:46:11 ID:JIXCa1Wo
 人生の目標のために命がけで戦争に赴いているというのに、その覚悟の全てが根底から否定
されている気分になる。
 思わず叫んだアニエスに、ミシェルや他の銃士隊の面々も複雑そうな表情で頷いて同意を示
していた。
「叫んだって現実は変わんないわよ。ほら、第二投目、行くわよ!」
 ほぼ決着が付いたとはいえ、まだ戦いは終わっていない。
 しぶとく維持されるアルビオン軍の士気を挫くべく、勢いを増したトリステイン軍の猛攻は
着実に戦線を押し上げ、戦場に死体の山を築いていく。傭兵として雇われたエルザ達も、これ
で終わられては褒賞が少なくなってしまうと、容赦のない攻撃を続けていた。
「樽爆弾、もう一発!」
 地下水が操るミノタウロスが、新たな樽を持ち上げて構えている。既に目標地点はエルザの
目測で決定されており、地下水は大体の方向だけを合わせて投げるだけになっていた。
「あっちにも偉そうな奴が居るから、思いっきりぶっ飛ばすわよ!」
「行くぜオラァ!!」
 最初の一撃が成功したことで調子に乗っているのか、地下水が勇ましい声を上げて樽を放り
投げる。
 再び戦場の空に現れた樽。
 思い出される一撃はトリステインの兵士達は希望を、アルビオンの兵士達は絶望を与える。
 だが、都合の良い展開は二度も続かなかった。
 アルビオン軍の後方から伸びた光が、吸い込まれるようにして空にある樽を撃つ。
 木と鉄で組まれただけの樽にそれを耐え凌ぐだけの耐久力は無く、無残に砕け、四散した。
「あら?」
 一度目の成果が二度目の成功さえも当然のものだと錯覚させていたのだろう。粉々になった
樽の姿にぽかんと口を開けたエルザは、しばしの硬直の後にミノタウロスの頭の毛を力任せに
毟り取った。
「えー!なんでー!?そんなの卑怯よ!!」
「奇策が二度も通じるほど、戦場は甘くなんて無いってことだ!下らんやり方してないで、堅
実に攻めることだな」
 やり場のない怒りをぶつけるように、ブチブチとミノタウロスの頭の毛を毟るエルザに、ア
ニエスは弾込めの済んだ銃を構えて冷たく言い放つ。
「これ以外にわたしの出番ないんだから、止めたりなんてしないわ!撃ち落されるなら、撃ち
落される以上の数をブン投げるだけよ!地下水、気合入れなさい!」
「ということらしい。姐さん、樽の準備頼むぜ」
 ムキになっているエルザを窘めることなく、地下水は自分の後ろに隠れるように立つマチル
ダに視線を送る。
 数体のゴーレムが戦場の後方から持ってくる樽に杖を振るって、マチルダが、ふん、と鼻を
鳴らしてニヤリと笑った。
「こっちの準備は出来てるよ。じゃんじゃん投げて、じゃんじゃん撃ち落されな。その内、派
手な花火の一つも上がるだろうさ」

476銃は杖よりも強し さん:2009/12/01(火) 12:47:27 ID:JIXCa1Wo
「派手な花火……?ああ、真っ赤な花のように散るアレか。確かに樽に押し潰されればそうな
るかもしれねえけど、表現がちょっとグロいぜ、姐さん」
 ふん、とまた鼻を鳴らしたマチルダを横目に、地下水は用意された樽を掴み、ミノタウロス
の体に捻りを加えた。
「次はどこを狙う?」
「左前方、さっき樽を撃ち落したメイジに制裁を加えてやるわ!」
 訊ねた地下水にエルザは即座に答え、目標とする位置を指差した。
 地下水には分からないが、エルザには当のメイジの姿がはっきりと見えるのだろう。人の海
の中で、指は妙に正確な位置を指したまま維持されている。
 そして、その正確さを証明するかのように、エルザの指差す方向から魔法の光が飛び込んで
きたのだった。
「うっひゃあぁ!」
 指差して意識を向けていたお陰か、高速で飛んできた冷たい色をエルザは仰け反るようにし
て回避する。その勢いで跳ね上がった足を振って空中でクルリと一回転すると、地面に着地す
るや、エルザは股先から首元まで一直線に裂けた服を見下ろして顔色を青く変えた。
 ぞわり、と背筋に冷たいものが走った。
「ひゃあぁぁ……、反応があとちょっと遅かったら、胴に大穴が空いてたわね」
 そう言って、エルザは破れた服を摘んでヒラヒラと動かす。
 破れた生地の縁に霜のようなものが引っ付いているところを見ると、どうやら、樽を砕いた
のは水系統を使えるメイジらしい。エルザを狙った魔法も樽を砕いた魔法も、恐らくはトライ
アングル以上の魔法に違いない。狙撃出来るだけの魔力は、ドットやラインクラスのメイジに
は難しいレベルであるからだ。
 先程、エルザは敵の将校に対して目立つ方が悪いと言ったが、エルザ自身もミノタウロスと
いう巨体の上に乗って目立っているのだから、人のことを笑っていられない立場である。優秀
なメイジは味方にしかいない、なんて幻想を無意識の内に定めていたのかもしれない。
 向こうにしてみれば、良い的だったことだろう。
「こ、こら!前を隠せ、前を!!」
 悪い意味で胸をドキドキとさせていたエルザに、慌てた様子のアニエスが駆け寄ってきた。
 前、と言われて改めて自分の体を見下ろしたエルザは、前面が真っ二つになった衣服とその
下に見える白い肌を見て、ああ、と声を零した。
「下着はつけてるわよ?」
「そんなものは下着とは言わん!ベルトをやるから、とにかく前を何とかしろ!」
 腰に巻いていた革のベルトを押し付けるようにアニエスから渡されたエルザは、二つに裂け
た服を引っ張って体の正面で重ね、その状態で留めるようにしてベルトを固定する。
 それでとりあえず、素肌が透けて見える薄い下着は見えなくなった。
「そんな怒鳴らなくてもいいじゃない。こんな貧相な子供の体に欲情する奴なんて、特殊な趣
味の奴以外にはいないわよ。……いないわよ!!」
「お前は良くても隊の風紀に響く!というか、貴様はここが戦場だって事を忘れてるだろ!」
「良くはないんだけど……、あーはいはい。分かったわよもう」
 しつこいアニエスの怒鳴り声に対して、エルザはうんざりした様子で肩を竦めると、マチル
ダが放り出した銃を拾い上げて肩に担いだ。

477銃は杖よりも強し さん:2009/12/01(火) 12:48:00 ID:JIXCa1Wo
 どこからか、また魔法が飛び込んでくる。
 大凡の位置を掴まれたのだろう。エルザの姿が見えなくても、ミノタウロスの巨体が目印と
なって攻撃されているようだ。
 直線で当たらないならと面での制圧を狙ったのか、無数の氷の矢が雨のように振ってくる。
 シャルロットも得意としている、ウィンディ・アイシクルの魔法だ。
「ウェールズ!カステルモール!」
「分かっている!」
 使い慣れない銃で戦っていた男二人に呼びかけると、二人は待っていたかのように杖を取り
出し、風の障壁を周囲に張り巡らせた。
 魔法によって生み出された乱気流は、氷の矢の勢いを乱し、あらぬ方向へと弾き飛ばす。一
度弾かれた氷の矢はもはや石ころと大きな違いは無い。味方の被害は微少で済むだろう。
 一瞬だけだが魔法で攻撃されたことに体を硬直させていた銃士隊は、パラパラと落ちてくる
氷の破片を呆然と見上げ、ワッと沸き立つようにしてウェールズとカステルモールに賛美の声
を送った。
「この馬鹿者ども!戦いは終わっていないんだぞ!?銃を構えないか!!」
 ミシェルの叱咤によって、攻撃の手を止めていた銃士隊は我を取り戻す。
 戦いは、確かに終わっていない。
 エルザと地下水の樽攻撃によって敵の指揮官の一人が倒れたが、たった一人倒しただけで戦
いが終わるほど、戦争と言うものは甘くない。組織は数だ。頭が潰れても、代わりの頭が用意
されているのは当然のこと。
 崩れかけていたアルビオン軍の士気は別の人間の手によって立ち直り、怯んだ分を取り戻そ
うと怒涛の攻めを見せている。その勢いは凄まじく、前衛に立ち塞がる部隊を押し潰すのも時
間の問題に思えるほどだった。
「前衛の援護を続けるぞ!隊列変更、二列横隊!中央にミノタウロスと男二人を挟め!前列の
一斉射撃と交代して後列が前に、下がった者は銃の弾込めだ!男二人は魔法で敵の攻撃から味
方を守れ!!」
 エルザとのやり取りも一段落して気を取り直したらしいアニエスは、部下に強い口調で指示
を下すと、その返事を聞くことなくエルザに近寄り、その肩に手を置いた。
「暇そうだな」
「指示があれば戦うわよ?コレは鈍器になるけど」
 言って、エルザは担いだ銃の表面を指先で二度叩く。
 引き金に指が届かないのだから、自動的にそうなると言っているのだろう。同時に、自分が
戦えないという主張でもある。銃を鈍器にするということは、隊から離れて前に出るというこ
とだ。しかし、隊から離れればエルザは迷子の子供にしか見えない。敵味方を戸惑わせるだけ
の厄介者だろう。
 エルザ自身はそれでも良いが、だからと言ってアニエスがそれを許可するとは思えなかった。
「その銃は置いていけ。代わりに、これを貸してやる」
「あら?それって……」
 エルザの視線が、アニエスの手元に伸びる。

478銃は杖よりも強し さん:2009/12/01(火) 12:48:36 ID:JIXCa1Wo
 そこにあるのは、銃身の短い短銃であった。銃士隊が使っている長身のマスケット銃よりも
小さい、片手用の武器だ。
 以前、エルザがワルド相手に使って思いっきり外したものと同系統のそれは、なんとかエル
ザの手でも扱える暗殺用の隠し武器でもあった。
「私の予備だ。貴様の手の大きさのことを忘れていたからな……、特別だ。後で返せよ」
「確かにこれなら使えるけど……、こいつの命中率は怒鳴り散らしたくなるほどクソよ?」
「無いよりマシだろう?諦めて使え。貴様の隊列は私の後ろ。弾の補充は自分でやれ」
 それだけ言って、アニエスはミシェルの合図で一斉射撃を行っている部下達の端に並ぶ。
 ほぼ同時に響く射撃音に空気が揺れて、命が散っていく。それでも、アルビオンの攻勢は止
まらない。立ち塞がるトリステイン軍の前衛部隊も数を減らしていて、一部では崩れた防衛線
から突入してきたアルビオンの部隊と混戦状態になっている場所もあった。
 地下水の投げる樽の数は十を数えようとしているが、あれから一度も人を殺すことなく破壊
され、その破片を散らせている。アニエス率いる銃士隊への攻撃は苛烈になる一方で、ウェー
ルズやカステルモールの守りも永遠のものとはなりそうになかった。
 戦いが中盤に差し掛かろうとしている中、アニエスから渡された銃を見詰めたエルザは、く
にゃりと首を傾ける。
「短銃……、銃?なにか、忘れてるような……」
「おおい、お嬢!そろそろ危ねえぞ!戦えるなら、こっち来て援護してくれ!」
 崩れ始めた前衛の様子に、地下水が白兵戦が近いことを覚悟して可能な限り敵兵の数を減ら
せるようにとエルザを呼ぶ。しかし、エルザはその声に応えることなく短銃を右手に握って引
き金の位置に指を引っ掛けると、それを手元でクルクルと回した。
 右手から左手に銃を移して、回転を維持したまま腕を背中に回し、タイミング良く引っ掛け
た指を放す。すると、短銃は回転しながら高く放られてエルザの頭上を越え、そのまま胸の前
に持ってきていたエルザの手元に落下した。
 さらに一回転させて、エルザは両手で銃を握って照準から前方を睨む。
「こーゆー動きをどこかで見た気がするのよねえ……?」
「なんか知らんが、早く援護してくれよ!そろそろ、前の連中がヤバイ!!」
 悲鳴のような声で訴える地下水の言葉が届いたのか、エルザは勢い良く振り返り、次にアル
ビオン軍の方を見た。
 アニエス達銃士隊の前方を守っていた重装甲の兵士達が、獣のように突っ込んでくるアルビ
オンの兵士に馬乗りにされて頭を叩き割られる姿が見える。一人が倒れると、そこを狙って突
入してきた敵兵に並んでいた兵士が倒され、穴が広げられた。
 堤防が崩れるようにして敵が雪崩れ込んでくる。
 慌ててエルザも隊列に入り、アニエスの背後に隠れるように立った。
「銃捨て、抜刀!銃士隊が銃だけに頼る軟弱者でない事を示すぞ!!」
 もう悠長に銃を撃っていられないと判断したアニエスが、銃士隊の象徴である銃を投げ捨て
て腰に下げた剣を抜く。
 金属の擦れる音が響いて、二列に並んだ銃士隊の全員が剣を構えた。
「樽投げは終わりだな?だったら、後は思いっきり暴れるぞ!」
 地下水もまた、どこからか巨大な戦斧を持ち出して敵の接近に備える。

479銃は杖よりも強し さん:2009/12/01(火) 12:49:12 ID:JIXCa1Wo
 太鼓をゆっくりと、強く叩くように心臓の鼓動が打ち鳴らされる。直接的な戦いは、銃によ
る援護よりもずっと死傷率が高い。その事実が、銃士隊を緊張に飲み込んでいた。
 あと少し。もう少しで、敵が自分たちの攻撃範囲に入る。
 だが、その前にゆっくりとした足取りでマチルダが現れて、銃士隊の眼前を錬金の魔法で作
り出した壁で遮った。
「残念だけど、花火を上げるのを忘れてるよ。直接ぶつかるのは、それからにすることだね」
「なにを……?」
 前を塞がられたことで困惑の表情を浮かべたアニエスは、マチルダの妙な行動の真意を問い
質そうとして、突如耳に入った詠唱に伸ばしかけた手を止めた。
 土のメイジが、何故?とは思わない。アニエスには魔法の知識がないため、それがどんな魔
法なのかの詳細までは分からないからだ。ただ、それは珍しい魔法ではなく、メイジの殆どが
日常的に使うものの一つだという認識くらいはあった。
 だから、それが起こした現象に、絶句する。
 それはそういう魔法じゃなかったはずだったから。
「ウル・カーノ」
 その一言が、戦場に大きな花火を咲かせたのだった。


「な、ん、で、オレが!こんなところで!こんなことを!しなくちゃなんねえんだッ!?」
 体を貫くような衝撃に言葉を途切れさせながらそう叫んだのは、地面に立てた巨大な盾を必
死に支えたホル・ホースであった。
 傷だらけの重厚な金属の鎧に身を包み、時折盾を回り込んで襲い掛かってくる剣や槍に肝を
冷やしながら、それでも死にたくない一心で盾が潰されないようにとつっかえ棒のように全身
を固めている。両隣も更に隣も、同じようにして盾を構えた男達が並び、彼ら全員が同じよう
な体勢で盾を支えていた。
 ハンマーで打ちつけるような衝撃が、盾の向こうから伝わってくる。
 盾の向こうにいるのは、突撃を仕掛けてきているアルビオンの軍勢だ。トリステインの最前
列に並んでいた槍兵や小型のゴーレムの小隊は既に押し潰された後で、ここを突破されれば前
衛の支援攻撃を行っていた部隊が白兵戦へと引き込まれることになる。そうなれば、もはや乱
戦となり、陣形の意味が薄れていくことになるだろう。
 それは単純な突撃であったが、トリステイン側の有利を少しでも崩そうという、数に差のあ
るアルビオン側の少ない戦略でもあった。
「気張れ、若造!!あと少し辛抱すりゃあ、味方が突っ込んでくる馬鹿どもを一掃してくれる
はずだ!」
「言われなくても十分必死だよ!ああクソッ!ホントに、なんでオレがこんなことを……!」
 隣で大量に汗を垂らすオッサンに言葉を返しながら、泣けてくるぜ、と呟いたホル・ホース
は、ここに至る経緯を思い出す。
 自分の人生に疑問を感じている間に居なくなったアニエス。そして、いつの間にか雄叫びを
上げて走り出すトリステインの軍勢。その中で、一人ぽつんと立っていたホル・ホースは、自
分の所属する位置を見失った迷子の傭兵にでも間違われたのだろう。駆け抜ける人の波の中の
誰かが自分の持っていた盾をホル・ホースに渡し、問答無用で首根っこを掴んで最前線へと引
きずり込んだのだ。

480銃は杖よりも強し さん:2009/12/01(火) 12:49:46 ID:JIXCa1Wo
 その、誰か、も流れてきた矢に頭を射抜かれて死に、いつの間にか前衛の部隊に紛れ込んで
いたホル・ホースは、身を守るために死体から鎧を引っぺがして着込んだのである。何度か鎧
と盾に命を守られている内に、最初に敵兵とぶつかった部隊が全滅。押し上げてくる敵軍に接
触したため、慌てて周囲の人間の真似をして盾の壁を作ったのだ。
 状況に見事に流されているホル・ホースであった。
「ふんぎいいいぃぃぃぃぃっ!!」
「歯を食い縛るにしても、その声は止めろ!こっちの気が抜けるだろうがッ!!」
 人のことを若造、なんて呼んでくれたオッサンの奇声に抗議しつつ、ホル・ホースは現状の
不味さを実感する。
 このオッサンは味方が敵を一掃してくれる、なんて言っていたが、今のところそんな様子は
無い。それどころか、自分達と同じように盾を構えた陣列が崩されては足に潰され、命を落と
す様子ばかりが見えている。
 味方の援護とやらは、多分、盾に突撃を仕掛けている敵よりも後方の、足止めされて密集し
ている部分に集中しているのだろう。その方が効率が良いし、敵の長射程の武器を削る効果も
得られる。そうすれば自分達の元に流れ矢が飛び込んでくる心配もないのだから、前衛の補助
なんて後回しにするのは当然だ。
 壁が崩れれば、今目の前にいる敵が自分の所にやってくるなんて、あまり考えていないのだ
ろう。そういう視野の狭いものの見方を矯正するのが指揮官の役割なのだが、少なくとも自分
達を援護するはずの部隊の指揮官は、そのあたりの能力が欠けているらしい。
「どうすっかなあ……」
 このままでは、力尽きた時点で押し潰されるだろう。誰も、潰れたカエルのようになりたく
は無い。
 しかし、構えた盾を動かすことさえままならない今、対処法さえないのが実情であった。
「こういう時のために連れて歩いてるはずだぜ、エルザも、地下水も。なのに、なんだって大
事なときに姿が見えねえ!どこ行きやがったんだアイツらはよぉ……、んあ?」
 不意に、頬に冷たい滴が落ちた。
 見上げれば、厚い雲の広がる空が見える。朝からずっとそこにある重みのある黒い雲は、間
違いなく雨雲だ。
 いよいよ雨が降ってきたのか。
 そう思ったホル・ホースは、しかし、別のものが顔に当たったことで結論を変えた。
「いてっ……、なんだこれ。木の破片か?」
 足元に落ちたそれに視線を落とせば、親指の先ほどの欠片が何かに濡れて転がっているのが
見える。濡れているのは、先程頬に当たった滴の元に触れていたからだろう。
 手に取ってみればもう少し詳しいことが分かるかもしれないが、生憎と現在のホル・ホース
にそんな余裕は無い。
 ただ、どこかで嗅いだことのある臭いがしたような、そんな気がしていた。
 最近嗅いだことのある、馴染みのあるなにかの臭い。だが、答えは出てこない。
 いったい、なんだっただろうか。そんな風に悩んでいる間に、ホル・ホースの意識は頭蓋と
共に激しく揺さ振られたのだった。

481銃は杖よりも強し さん:2009/12/01(火) 12:50:25 ID:JIXCa1Wo
「ッ!!」
 ガツン、という擬音が聞こえるかのような痛み。
 声を上げる暇もない。
 突然、視界が黄金色の光に包まれたかと思えば、頭の天辺から足の爪先にまで走る爆音が体
を揺らし、貫くような衝撃波が構えていた盾を吹き飛ばした。
 続いて現れたのは、燃え盛る炎である。
 吹き飛ばされたホル・ホースは、自分と同じように吹き飛ばされてきた人間に体を押し潰さ
れながら異様に明るい光に目を向けて、大勢の人間が天を突くように上る炎に包まれる姿を見
た。
「おいおいおいぃ……、どうなってんだこれはよォ!どっかのバカがガスタンクでも吹き飛ば
しやがったのか!?」
 ハルケギニアにガスタンクなんてものが無いことは分かっているが、目にしている光景はそ
うとしか思えないものだ。
 強力な爆風に薙ぎ倒された人間の体に火が付き、熱さから逃れようとのた打ち回る人間が数
え切れないくらいに居る。アメリカ映画の銃撃シーンで銃弾がクルマを打ち抜いたとき、派手
に爆発して炎上する場面があるが、そこに逃げ遅れた人間を沢山配置すれば、ちょうど今のよ
うな姿になるに違いない。
 そう思えるほど、ホル・ホースの見ている光景は現実離れ、いや、TVや映画に慣れた人間
に錯覚を起こさせる状態になっていた。
 耳を劈くような悲鳴が上がる中、想定していなかった事態にパニックを引き起こした人間の
怒声が混じる。戦いを放棄して消火作業に回る者、これを機に突撃を仕掛ける者、トリステイ
ンとアルビオンのどちらが起こしたことなのか判別がつかず、様子を見る者。
 対応はそれぞれであったが、ホル・ホースは自分で行動を選ぶ前に、強制的に被害者の立場
に置かれていた。
「あっちいいいいいぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」
 火が何かの形で飛び火したらしい。巻き起こる炎から逃れようと、自分の上に乗った名も知
らない誰かを転がして立ち上がったホル・ホースの尻の部分が、狙ったかのように飛び込んで
きた火の粉に引火して炎上を始めたのだ。
 地獄の釜が開いたかのような惨状の中、ケツを燃やして走り回る男の姿はコメディ映画やア
ニメでも中々見られない光景である。消火しようと水を用意している者も、助けることを忘れ
て唖然としている始末であった。
「さっきからなんだってんだ!オレがなにか悪いことしたか!?」
 ハルケギニアに来てからだけでも、両手の指に余るほどの人間を殺しているのだから、悪い
に決まっている。しかし、都合の悪いことは殆ど忘れるホル・ホースに悪気は無い。
 ケツを燃やされる程度なら、積み重ねてきた悪事にしては軽い方だろう。因果応報に正しく
従っていたならば、火に飲まれてのたうつ人間と同じことになっても不思議ではないのだ。
 仮に神様が居たとしたら、神様に好かれている、とは一概に言い難いが、少なくとも嫌われ
てはいないであろう程度の優遇は受けているのかもしれない。遊ばれているだけ、という可能
性もあるが。

482銃は杖よりも強し さん:2009/12/01(火) 12:51:18 ID:JIXCa1Wo
「そこのお前、ちょっと止まれ!いま火を消してやる!」
「止まれといって止まれるかバカヤロウ!あちっ、あちちっ、あっつ!!」
 救いの無い火達磨よりも尻を燃やしているだけのホル・ホースを優先的に助けようとしてく
れたらしい誰かの声に怒声で返しつつ、ホル・ホースはとりあえず声の方向へと走り寄る。
 そこに待っていたのは、水の入った桶を構えた若いのか年を取っているのか分かり辛い外見
年齢のおっさんであった。
 ホル・ホースの進行方向が反転する。
「男に助けられる趣味はねえ!」
「バカ言ってねえで、ケツを出せ!!」
「男にケツを出す趣味もねえぞ!!」
「そういう意味じゃねえよ!」
 変なところで意地を張るホル・ホースに、もう面倒なやり取りなんてしていられないと、男
はホル・ホースの足首を蹴って転ばせ、倒れたホル・ホースに持っていた水をぶっ掛けた。
 弾ける水に火は吸い込まれるようにして消え、後には焼け焦げて穴の開いたズボンの残骸だ
けが残る。幸いにして、根性で形を保っていた下着のお陰で尻の割れ目を晒すことにはならな
かったようだ。
「ったく、この忙しいときにバカなことやってんじゃねえ、若造が!」
「いてぇっ!」
 日焼けした顔を怒りで更に黒くさせた男は、倒れ伏したホル・ホースの脇腹を蹴って唾を吐
き飛ばす。
 乱暴な行いに怒りを覚えつつ、ホル・ホースはそのまま痛む脇腹を押さえて咳き込み、痛み
が鈍くなるのを待ってから立ち上がる。
「この野郎、人を蹴っ飛ばしておいて、ただで済むと……、なんだおい?」
「いいから持て。ピンピンしてる奴を遊ばしておく余裕なんて、これっぽっちもねえんだ。死
なないためにも、金の為にも、しっかり戦え」
 不穏な空気を漂わせるホル・ホースに、男は何事も無かったように薪割りに使われるような
斧を渡して、自分は剣を握っていた。
 わぁ、と声を上げて男とホル・ホースの横を人が駆け抜け、アルビオン軍に突撃を仕掛けて
いる。未だ立ち上る炎も見えていないかのような勢いだ。
「……突撃しろってか?」
「当たり前だろ。それが俺たち、傭兵の仕事だ」
 正規兵に見えないホル・ホースを同業者と思ったのか、男はニッと愛嬌の滲む笑みを浮かべ
てホル・ホースの肩を叩く。そして、信じられないほど強い力で押した。
「よっし、行くぞ。若いの」
「え、ちょ、オレはこういうのは……、うお、うおおおぉぉわあぁぁぁぁぁっ!」
 決して貧弱などではないホル・ホースがまるで抵抗できない力の差でもって、男は炎の中に
ホル・ホースを投げ込む。足が地面について慌てて振り返っても、もうそこに自分を投げ込ん
だ男の姿は無く、後から後から駆け込んでくる傭兵達に背中を押されるばかり。もはや、後退
は出来そうになかった。
 黒く焦げた体を晒す死体の絨毯をふらつきながら走り、追い抜いていく傭兵の姿を目で追い
かける。肌に触れる火で汗が浮かんでも、それを拭うだけの気力は無い。

483銃は杖よりも強し さん:2009/12/01(火) 12:51:59 ID:JIXCa1Wo
 それでも、ホル・ホースは炎と煙の壁の向こうに火を恐れて立ち止まるアルビオンの兵士を
見つけると、それ自体の重み以上に重さを感じる斧を振り上げた。
「チクショオオオォォォォッ!ヤられる前にヤったらあああぁぁぁあぁ!!」
 そんな鉄砲玉のチンピラ臭い台詞を発して、ホル・ホースは戦場を駆け回るのだった。


 ホル・ホースが生きるか死ぬかの戦いを繰り広げている一方で、アニエスら銃士隊やエルザ
達もまた戦いの渦中に飲み込まれていた。
 トリステインの一部が混乱の中で敵陣に深く進攻するのと同じように、アルビオンの軍勢も
トリステイン軍の混乱を機に弓から放たれた矢の如く陣中に戦力を食い込ませようとしている。
 そして、その先端の一つとなる地点に居るのが、ちょうどアニエス達の居場所であった。
「ひとーつ!ふたーつ!みーっつ!!」
「数えるのは良いから、こっち来ないようにすることだけ集中しなさい!何匹が零れて来てる
じゃないのよ!」
 剣を抜いた銃士隊を守るように両刃の戦斧を握った地下水が、近付くアルビオンの兵士達を
次々と薙ぎ払っていく。だが、それで全ての敵兵を止めることが出来るはずも無く、ミノタウ
ロスと直接戦うことの愚を察した幾人かが脇を抜けてエルザや銃士隊に向かっていた。
 とはいえ、たった数人に対して銃士隊四十名が打ち倒される、なんて奇跡は起きない。盾も
鎧も関係なく人体を両断するミノタウロスの戦斧を潜り抜けた者は、漏れなく待ち構えていた
銃士隊の剣の錆へと変わっていた。
「数人くらいは我慢してくれよ。こっちも必死なんだぜ?それに、問題行動を起こしてるのは
オレじゃなくて、あっちの二人だろ」
 叫びながら突進してきたアルビオン兵の一人を胴から真っ二つにしながら、地下水は銃士隊
の後ろで言い合いを続けている二人に注意を向けた。
「こういう危険なことをするなら、あらかじめ知らせておけと言っているのだ!樽に細工をし
たことまでケチをつけているわけではない!!」
「うるさいねえ!結果的に敵を吹っ飛ばせたんだから良いじゃないさ!あたしだって、コレが
こんなに燃えるものだって知らなかったんだよ!!文句があるなら、きちんと説明しなかった
スケベバカとバカ禿げに言いな!!」
「液体の性質がどうとかじゃなく、なにかするなら言えと言ってるんだ!それで問題が起きた
ら、責任を取るのは私なんだぞ!!」
「言ってる暇がなかったんだよ!そもそもだね、あんたがチンタラしてんのがいけないんじゃ
ないさ!優秀な副官が居るみたいだけど、その優秀さに甘えて自分のやること見失ってんじゃ
ないのかい?自分を棚に上げんじゃないよ!」
 二人とも、鼻先が触れそうになるほど顔を近づけて睨み合い、耳が痛くなるような声を響か
せている。
 戦場だ、真面目にやれ、などと言っていたアニエスがこうして怒鳴り散らしているのは、マ
チルダの手の中にある小さな瓶が原因であった。
 極少量の液体が詰められたこの小瓶は、タルブの村に安置されていた零戦のタンクに残って
いたガソリンである。マチルダは、地下水が投げていた樽の中に、このガソリンを大量に錬金
していたのだ。

484銃は杖よりも強し さん:2009/12/01(火) 12:52:43 ID:JIXCa1Wo
 樽が一つ壊される度、空中で100リットル近い量のガソリンが戦場にばら撒かれ、空気と
交じり合っていたのである。その危険性は、多少なりとも想像できるだろう。
 マチルダがやったのは、そこに火種を一つ放り込んだだけ。別のメイジが火の魔法をガソリ
ンのばら撒かれた場所に放っていても、同じことが起きたに違いない。
 つまり、ホル・ホースが吹き飛ばされた上にケツまで燃やしたのは、マチルダが原因なのだ。
 アニエスが怒っているのは、そういう小細工をするなら味方に被害が及ばないように事前に
報せておけという、至極真っ当な意見からであった。状況を忘れて怒鳴り合っているのも、素
直に謝らないマチルダのせいで少々ヒートアップしているだけである。
 しかし、気の強い女性二人が放つ気迫は、ホイホイと止めに入れるものではない。二人の相
性の問題もあるのか、片方が熱を上げるともう片方も感情を昂らせて、終わりの無い感情のぶ
つけ合いに発展するようである。
 上手く噛み合えば無二の親友となれそうな気もするが、今の調子では殺し合いが始まっても
仲直りという方向には向きそうになかった。
「……どうすんだ?」
「そうねえ……」
 戦いを続けながら、地下水がアニエスとマチルダを眺めるエルザに声をかける。
 流石のエルザも、二人の間に入って仲裁をする、なんて命知らずなことは出来ない。迂闊に
懐に飛び込めば、その瞬間に剣やら魔法やらで串刺しにされそうなのだ。命は惜しい。
 だからといって放っておくわけにもいかない。いや、放っておいてもいいのだが、それはそ
れで後で煩いことになる。そうなるのも、出来れば回避したい。
 なら、直接的に止めるのではなく、遠回しに、しかし二人の反応を得られる方法が望ましい
だろう。
 そういう分野なら、エルザの得意な所であった。
「じゃあ……」
 少し考える仕草をすると、エルザは少しだけ大き目の声を地下水に向けて発した。
「愛し合う二人の邪魔をしちゃいけないわ。わたし達は二人の将来を祈って、生暖かくそっと
見守りましょう」
「誰が愛し合ってるか!!」
「捻り潰されたいのかい、このクソガキ!!」
 分かり易い引っ掻けは、二人の地獄耳に見事入り込んで反応を得たのであった。
「ほら釣れた」
 悪戯に成功した子供のように破顔して、エルザはちろりと舌を出す。
 あまりに予想通りの反応に、地下水は呆れて斧を取り落とした。
「姐さん、本当にそんな単純でいいのか……?」
「……っ!あ、こっ、この、やかましいよ!!」
 引っ掛けられたことに気付いたマチルダは顔を真っ赤に染める。隣でアニエスも同じ反応を
返してしまったことに気付いて、自分の単細胞っぷりに頭を抱えていた。
「うわあぁ、どうしてこんなことに反応を……!というか、戦争中に私はいったい何をしてい
るんだ!?こんな、なんで……、うわあああぁぁぁぁっ!違う、違うんだああぁぁぁ!!」

485銃は杖よりも強し さん:2009/12/01(火) 12:53:26 ID:JIXCa1Wo
 冷たく突き刺さる部下の視線に本当に我を忘れて弁解するアニエスの姿は、大粒の宝石以上
に貴重に違いない。
 だが、今はそんなことを言っている場合ではなかった。
 士気の崩れそうな部下を叱咤して、真面目に戦いを継続しようとしているミシェルが声を張
り上げる。
「隊長!後悔するのは戦いが終わってからにしてください!こっちに来る敵の数が……!」
 斧を取り落とした地下水に、攻めあぐねていたアルビオンの兵士達は絶好のチャンスと見た
のだろう。理由は不明でも、敵が油断をしていたらそこを付くのが戦術だ。気が逸れた一瞬を
狙って、ミノタウロスの足元を突き崩すように突撃を仕掛けてきていた。
「マズイぜ、コレはッ!」
 強靭なミノタウロスの毛皮でも、絶対ではない。
 複数人が体重をかけて刃物を突き立てれば、毛は千切れ、肌は貫かれる。地下水に操られる
前のミノタウロスなら血流の操作をして皮膚の強度を高められるのだろうが、今の地下水にそ
の技術は無いのだ。
 足元に迫った敵兵に向けて慌てて腕を振るったものの、吹き飛ばした後には既に槍の一つが
足に深々と突き刺さっていて、少なくない血が流れていた。
「ウェールズ、カステルモール!なにやってんの!ちゃんと援護しなさいよ!!」
 自分の所にまで近付いてきていたアルビオン兵の頭に、アニエスから渡された銃を突きつけ
てゼロ距離で引き金を引くと、エルザは銃士隊の後ろに立って杖を構えている二人に荒々しく
声をぶつけた。
「こっちも忙しいんだ!敵の火砲が増えてきている!」
「他の部隊はきちんと戦っているのか!?敵の攻撃が一向に止まないぞ!!」
「この状況で……、なんで!押してるのはトリステイン側でしょ!?」
 ウェールズもカステルモールも遊んでいるわけではない。銃士隊の盾となっている地下水や
銃士隊そのものを大砲や魔法から守るため、風の魔法で防護膜を張っているのである。しかし、
その風の壁にぶつかる大砲と魔法の数は戦いの当初から減る様子が無く、むしろ他の部隊の敗
走などで敵が集中することで、勢いを増しているようだった。
「この状況で……、なんで!押してるのはトリステイン側でしょ!?」
 エルザの叫び通り、数の優位と地の利、その二つが揃っている以上、トリステインに負けは
ないし、押しもしている。
 それでも敵の攻撃が止まらないのは、偏に敵兵の中に仕組まれた異物にあった。
 空から見下ろせば簡単に気付ける異変だが、それに気付いているのは、たった一人。
 要塞の上階に立って戦場を見下ろす、マザリーニだけだった。


 どういうことだ。とは口にはしない。
 小さな窓枠から一歩引いた位置で戦いの行く末を見守っていたマザリーニは、自軍の陣形が
分刻みで崩されていく様に顔を顰めるだけで、息を潜めるように佇んでいた。
 前衛部隊が崩されたまではいい。それに、謎の爆発や大規模な火災も、敵軍の被害の方が大
きいのだから、原因の究明は後回しで良いだろう。しかし、敵軍の先陣がどこまでいっても止
まらないのは理解も納得も出来ない。

486銃は杖よりも強し さん:2009/12/01(火) 12:54:02 ID:JIXCa1Wo
 針のように細く、鋭く攻め入る敵の攻勢は、広く布陣するトリステイン軍の中に深く入り込
んで来ている。それは逆に考えれば、敵にとっては味方がついてきている背後以外は敵だらけ
なのだから、包囲されているようなもの。叩くのは容易なはずだった。
 なのに、止まらない。
 幾つもの針がトリステインの軍勢の中に突き刺され、その内のいくつかは優秀な兵士達の獅
子奮迅活躍で止まってはいるものの、残る数本が全軍の指揮を担当する将軍の下へと一直線に
向かっている。
 ここまで聞こえてくる将軍の声からして、状況がわかっていて対処をしようとしているよう
だが、それも敵が仕掛けた種を明かさなければどうにもならないだろう。
 天の目、なんて大層なものではないが、高い位置から見ることで見えてくるものもある。
 その位置にあるマザリーニの目には、確かにアルビオンの異常性が映っていた。
「一度倒れた兵が、再び立ち上がってきている……?」
 死んだ人間が生き返るなどという夢物語を信じるマザリーニではない。熱心な宗教信徒では
あるが、奇跡なんてものは聖書の中にだけあれば良いと言い切れる人間だ。偶然や必然を未知
の何かに結び付けるほど、耄碌してはいない。
 だが、現実に人間が生き返ってきている。
 見下ろした戦場では、飢えた獣のように暴れまわる男達が串刺しにされて人の波に飲まれた
かと思うと、少しの時間を置いてまた暴れ始める姿があった。
 殺した相手の顔までしっかりと見ている者もいないのだろう。死んだはずの人間が再び暴れ
ているのだと気付いている者は数える程度で、その気付いている者達も自分の目を疑っている
ようだった。
「これは……、確かめねばならんか」
 石の床を踵で叩いて、マザリーニは窓際から離れた。
 広くない廊下をゆっくりと歩き、途中で数人の衛兵と擦れ違いながら必要と思うものを一つ
一つ指示していく。目に映る人間全てにそうやって指示を与えて遠ざけると、途端に足を早め
て、要塞の各所にある階段を下り始めた。
 貴族とは、堂々と振る舞い、胸を張って歩かなければならない。廊下を靴を鳴らして歩くの
もまた、自身の存在を周知させる作法である。
 そうアンリエッタに教えていたマザリーニは、今は足音を消して階段を駆け下りていた。
 二階に。一階に。そして、地下へ。
 足場が暗くなっても明かりを灯すことなく下り続けたマザリーニは、階段の終わりに差し掛
かると、そこで篝火を隣にして重厚な扉の前に立っている衛兵に目を向けた。
「合言葉を」
 杖を右手に構えた衛兵の言葉に頷くと、マザリーニは篝火に体を向けて、何も握っていない
両手の平を合わせ、放し、奇妙な形に組んだ。
 衛兵が頷き、懐から鍵束を取り出す。
 合言葉とは万が一に対する偽装で、実際にはこの手の動作こそが衛兵への暗号であった。
「生きているかね?」

487銃は杖よりも強し さん:2009/12/01(火) 12:54:38 ID:JIXCa1Wo
「……ええ。衰弱が進んでおりますが」
 主語を用いないマザリーニの問いかけに衛兵は無愛想に答えて、扉を開く。そして、束に括
られた鍵の一つを渡して、小さく敬礼をした。
「何があっても開くな」
「はっ。承知しております」
 昔からの忠実な部下の言葉に、マザリーニは皺だらけの顔に笑みを浮かべた。
 蝶番の軋む音を耳の奥に響かせて、扉が閉まる。そして、鍵が重くかけられた。
 扉を越えたマザリーニは、湿っぽい空気と汚臭に鼻を押さえると、杖を手にして“明かり”
の魔法を唱える。
 杖の先に、光が灯った。
 石の天井と床が、明かりに照らされて白く濁った。
「……ひどいな」
 そう呟かずにはいられないほど、マザリーニの居る場所は汚らしかった。
 足下にはゴキブリが這い回り、見たことの無い虫がそれを捕食しようと飛び回っている。色
の付いた液体が床を濡らし、部屋の隅にある小さな排水溝へと吸い込まれていた。
 正確には部屋ではない。広く、長く伸びた廊下だ。道の左右には鉄格子の嵌った部屋が並ん
でいて、そこからは生き物の気配が漂っている。
 明かりを放つ杖を掲げてみれば、格子の向こうに居る生き物の姿が見えた。
「……見るに耐えんな」
 一番近い牢屋の中に入っていたのは、肌を腐敗させた亜人だ。崩れた肉からは骨が見えてい
て、もはや生きていないことを伝えている。
 トロールと呼ばれる種で人間よりも遥かに強力な生命体でも、こうなってはただの肉の塊に
過ぎない。虫に群がられて、いずれ土に帰るのだろう。
 ラ・ロシェールの近くに突然現れたというこの個体は、要塞を築くに当たって密かに邪魔に
なっていた。そのため、手の空いている魔法衛士隊が排除しようとしたのだが、何故か付けた
傷が次から次へと復元してしまうため、手に負えなくなっていたのである。
 とりあえず、頑丈な縄や鎖で動きを止めて、本来作る予定の無かったこの地下牢に閉じ込め
たのだが、いつの間にか抵抗を止めていたどころか、死んでいたのだった。
 もしかしたら、これがアルビオン軍の死者が蘇生するという謎の現象を解明する鍵を握って
いたのかもしれないが、今となってはそれを調べる手立ても無い。戦争が終わってアカデミー
に送り込む頃には、体の殆どが骨になっているに違いないだろう。
 漂う腐臭から身を守るために袖で鼻を覆ったマザリーニは、トロールの屍骸から目を離して
廊下の先を見詰めると、そっと歩みを進めた。
 トロールの入っていた牢屋のように、他の牢も良い状態とはいえない。
 アルビオン軍のスパイと思われる人間が隅に蹲ってブツブツと何事かを呟いていたり、壁に
頭を打ち付けたりしている。近づいて来た虫を貪ったりするのはまだ良い方で、用意された便
器に頭を突っ込んで何かを舐めている人間も居た。
 吐き気を催す光景ばかりが目に付く中、拷問一つしていないのに、どうしてこんなことにな
っているのかと、マザリーニは廊下の一番奥にある牢の前で一人の男を見下ろした。
「説明して貰いたい。いったい、アルビオンは何を考えている?」

488銃は杖よりも強し さん:2009/12/01(火) 12:55:17 ID:JIXCa1Wo
 他の牢と変わらない造りなのに、何故か清潔な印象を受ける牢屋の奥。白いベッドの上に横
たわって目を閉じていた男が、瞼の下の錆びた瞳をマザリーニに向けた。
「人にものを訊ねるなら、挨拶くらいあってもいいのではないかな。枢機卿」
 気だるげに体を起こした男は、ベッドに座って大きな欠伸をする。
 漂う臭いを気にした様子も無い。いや、ずっと臭いに包まれていたために、もう鼻が利かな
いのだろう。
「生憎とそのような暇は無いのだ、子爵。質問に答えてもらおう」
 感情の見えない声色で本題だけを告げるマザリーニに、男は立派な髭を撫で付けて、不敵に
笑った。
「まだ爵位が残っていたのか。では、俺は今でもド・ワルドの名を使ってもいいのかな?」
 そう言って、ワルドは無くなった左腕の付け根を押さえるのだった。

489銃は杖よりも強いと言い張る人:2009/12/01(火) 13:13:38 ID:JIXCa1Wo
以上、投下終了。また途中までタイトル変えるの忘れてたぜー。

11月中と言っておきながら、12月に入ってしまった。待っていた方には申し訳ない。
でも、予定は未定なので!そういうことにして勘弁してください!

なんとか二話書いて三部を終えたら、新年から第四部に入りたいと思います。
部と原作巻数はおおよそ連動しているのですが、ここから先は微妙に食い違いが出てくるかもしれません。
しかし、原作の面白イベントは出来るだけ出していきたいので、増えはしても内容が少なくなったりはしないかな。
三部自体、予定より数話オーバーしてるし、容量増えそう……。果たして、この調子で続けられるのか!?

490名無しさん:2009/12/01(火) 16:30:36 ID:Qn8gp8LU
乙でした!ホルホルがその他大勢な扱いになってるw
仲間は活躍中、一応主人公なのに酷い扱いだw

自分のペースで頑張って下さい。楽しみにして待ってますよ!

491名無しさん:2009/12/01(火) 21:22:31 ID:c.m9X4Dg
乙っす。今回で「12 間抜けの居る戦場」前後編完了ですか?
一度、樽投げを防いだところで、炎に焼かれる。盗賊流はすべてにおいて隙のない二段構え…
主人公目立ってねえとかおっぱい子爵にまだ出番があったとか感想が書ききれねえw
>便器に頭を突っ込んで何かを舐めている人間
ミョズニトニルンは正義のスタンド使いとな?
執筆ペースについては、我々は待つのも考えるのも止めないんです><って事だけ覚えておいてくれればいいっす

492銃は杖よりも強いと言い張る人:2009/12/01(火) 21:37:51 ID:JIXCa1Wo
あ、題名忘れてた。忘れまくりだ……ちくしょう。
今回の題名は、13 奇策と秘策 です。題名を別に置いて書いてるから、つい入れ忘れる。

執筆ペースは速くしていきますよ〜。お待たせしまくってるので、早く出来るなら可能な限り早くしていきます。
とはいえ、場合によってはまた期間が開くかもしれませんが……。
予定通りに書ききるってのは、中々難しい。定期連載してる人って、凄い!

493名無しさん:2009/12/01(火) 22:33:53 ID:W7hNNI3Y
うひょー、更新キター。
無理に更新早くしなくてもいいから、モチベが続くようにしてくれればそれが一番なんだぜ。

494名無しさん:2009/12/02(水) 09:58:51 ID:9WDOd.fs
>5、4、3、2、着弾……、今!
サンダーヘッドw

495名無しさん:2009/12/06(日) 00:21:01 ID:ueCRNiYY
銃杖さん更新乙!待ってましたよ
ホルホースのスタンド能力は戻るんだろうか・・・?
しかも扱いが、その他キャラレベルwww

無理しないで、モチベーション保ってください!

496名無しさん:2009/12/18(金) 01:46:41 ID:GRoj6n5w
銃杖さん、ペースが上がってきて俺はうれしいぜ!!
続きが気になってしまうww
ホルホル君に代わってエルザが主役でも、俺は一向に構わん!!

497名無しさん:2010/04/08(木) 02:02:57 ID:ERI5O7TU
銃杖さんマ━(゚∀゚)━( ゚∀)━( ゚)━( )━(゚ )━(∀゚ )━(゚∀゚)━ダ????

498名無しさん:2010/06/24(木) 02:26:38 ID:SO6fOwW6
銃杖さんの続きが気になり
もだえ続けて早半年

499名無しさん:2010/07/13(火) 22:01:23 ID:jNn3N1ss
銃杖様はまだ来ぬか…。

500名無しさん:2011/08/01(月) 19:33:29 ID:lSZrooYU
一年半か

501名無しさん:2011/08/04(木) 02:14:04 ID:NGAHQa9g
もうそんなにか

502名無しさん:2012/01/06(金) 23:08:44 ID:2xz5qTX.
年が明けても鉄杖さんを静かに待つぜ

503名無しさん:2012/07/21(土) 05:12:42 ID:e.V0ze.Q
銃杖さんそろそろきそうな気がする

504名無しさん:2012/07/29(日) 13:37:25 ID:4gowYOEs
銃杖の続きはまだ来ないか
これからも待ってみよう

505名無しさん:2012/08/14(火) 00:07:37 ID:Obnop8rA
まとめからきたけどやっぱスレでも更新も報告も無いか
面白いだけになぁ・・

506名無しさん:2021/04/04(日) 22:36:10 ID:Ui6Lb9PI
銃杖の続きが気になる・・・・
更新止まって10年余り・・・( ;∀;)
良い所で止まってしまって気になってます、生存報告だけでも無いでしょうか・・・m(__)m

507名無しさん:2021/12/04(土) 17:29:55 ID:RvECGRPI
待ってるぜ……


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