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特務刑事マリーゴールド

1舞方雅人 ◆8Yv6k4sIFg:2006/06/30(金) 17:56:20
このスレは舞方雅人作「特務刑事マリーゴールド」を掲示するだけのスレです。
感想やご意見などは「舞方雅人の趣味の世界」スレにお願いいたします。

2舞方雅人 ◆8Yv6k4sIFg:2006/06/30(金) 17:56:52
いずことも知れぬ場所。
暗い闇の中彼女は目が覚めた。
「ここはどこ?」
彼女は首を振り、身を起こして周りを確認しようとした。
だが、その必要は無かった。彼女の躰はすでに立たされていたからだ。
「えっ?」
彼女は次第にはっきりしてくる意識の中で自らがどういう状況に陥っているのかを理解していく。
彼女は十字架のようなものに磔になっているのだ。
両手を左右に開き、直立をしたまま固定されている。その手足はくくりつけられていてびくともしない。
「ど、どういうこと?」
記憶を振り返る彼女。確か残業が長引いて夜道を一人で帰る途中に何か・・・
そこで彼女はそれ以上に重要なことに気が付いた。本来ならもっと前に気が付かなければならないことだったが、今気が付いたのだ。
彼女は全裸だった。
「い、いやぁぁぁぁ・・・」
何とか身をよじり隠すところを隠そうとするが、がっちり固定されていて隠すことができない。
「ど、どうして? どうしてよ?」
彼女は真っ赤になりながら、羞恥に身もだえする。
そのとき彼女の耳にカツコツという足音が聞こえてきた。
「お目覚めかな?」
しわがれた声。
生理的に嫌悪感を覚えて彼女はぞくっと背筋を震わせる。
「ただのOLではないか。こいつが戦士になれるというのか? ええ、髑髏教授よ」
「心配いらん。こいつはこれでなかなか、学生の頃は全国的にも有名な体操選手じゃったわい」
二つの足音が近付いてくる。
姿を現したのは軍帽と軍服に身を包んだいかつい男と、白衣を纏った小柄でやせこけた老人だった。
「だが今はただのOLだ。体だって鍛えてはいない」
「ほっ、お前さんはすぐに訓練だの鍛えるだのという。持って生まれた素質というものもあるんじゃい」
不満そうな軍服の男に白衣の老人が吐き捨てるように言う。
「これを見い。しなやかな体をしておるではないか」
彼女は心臓が止まるかと思った。
老人が彼女の太ももに触れたのである。
「きゃぁぁぁぁ・・・」
あたりに彼女の悲鳴が響いた。
「嫌われておるようだぞ、髑髏教授よ」
手にした乗馬ムチをもてあそびながら軍服の男がにやりと笑う。
「なあに、慣れておるわい。それにこのナノマシンを注入すれば身も心も変化して、わしの物となるのじゃからな」
白衣の老人・・・髑髏教授と呼ばれた老人はそのポケットから蛍光ピンクに光る液体の入った瓶を取り出した。
「貴様のものではない! 我が犯罪結社毒サソリの一員となるのだ」
軍服の男がムチをぴしりと左手の平に打ち付ける。
「わかっておるわい。これだから軍人とやらは始末に負えん」
「何か言ったか?」
「いや、なんでもないわ。それより始めるとしようかの、黒死大佐よ」
髑髏教授が注射器を取り出し、蛍光ピンクの液体を注射器に移していく。
「い、いやっ。何するの?」
羞恥と恐怖で今まで声も出せなかった彼女が首を振る。
「何、心配いらんて。ちょっと時間が掛かるのが難点じゃが、ナノマシンがじっくりとお前さんの心も躰も毒サソリの一員に変えてくれるからの。そうなればお前さんもその喜びに包まれるようになるて」
髑髏教授は彼女の太ももに手を伸ばして優しくさすり、おもむろに注射器を突き立てた。
「きゃあぁぁぁぁぁ・・・」
あたりには三度彼女の悲鳴が響いた。

3舞方雅人 ◆8Yv6k4sIFg:2006/06/30(金) 17:58:11
「おはようございます」
ビルの一階フロアの磨き抜かれた床を歩いていく一人の女性。
すれ違う人々に笑顔で挨拶するその姿は、さながら一枚の絵の如し。
スマートなスタイルをピシッとした紺のスーツに包んだ彼女は若く美しかった。
「おはようございます」
「おはようございます」
彼女とすれ違う人々も次々と挨拶を返してくる。
それはごく普通の会社の朝の日常の光景に見えた。
だが、それは彼女がエレベーターに乗るまでだった。
他のエレベーターとは違う位置にあるもう一台のエレベーター。
彼女はそちらに乗り込むとドアを閉め、一人きりになったところで中央に立つ。
「黒川詩織。認識番号1004856」
彼女がそう言うと周囲から光センサーが彼女の躰を舐めるようにセンシングし、次いでパネルが開くと彼女は右手を押し付け、カメラに向かって目を向ける。
「認証OK。黒川詩織と認識しました。降下開始します」
無機質なアナウンスが流れ、エレベーターは下へ向かって下がっていく。このビルには地下は無いはずなのにである。
やがてエレベーターはかなりの深さまで降下したあと扉を開いた。
そこは別世界だった。
防弾チョッキに身を包みサブマシンガンを構えて立つSATの隊員がエレベーターの両脇を固め、廊下には各種のセンサーや自動攻撃システムが備えられている。
「おはようございます。黒川さん」
エレベーター脇のSAT隊員が黒川詩織に敬礼する。
「おはようございます。ご苦労様」
彼女はそう言って敬礼を返すと、廊下を歩き始めた。
廊下の突き当たりは頑丈な両開きの扉になっており、そこにも先ほどと同じように二人のSAT隊員が立っている。
「おはようございます。黒川詩織警部補まいりました」
「おはようございます。確認いたします」
SAT隊員の一人が差し出した手に詩織はバッジを渡し、設置されているパネルに右手を押し付けカメラを覗き込む。
しばらくすると緑色のランプが灯ってOKの合図をする。
「はい、OKです。どうぞ」
SAT隊員がインターコムに話しかけると、両開きの扉が重々しく開いていく。
静かだった廊下に内部の喧騒が漏れてきた。
まるでSFの世界だわ。
ここへ来るたびに詩織はそう思う。
入り口を入ると、そこは左右に伸びるキャットウォークになっていて、手すりの向こう側はワンフロア分下がったホールになっている。
そのホールは床に大きなスクリーンがあり、周囲を囲むように一段高くオペレーター席が広がっていた。
一番奥にはここの司令官席があり、現在は鷹鳥警視長が席に着いている。太った中年の親父だが、部下の面倒見はいい。
詩織はキャットウォークから続く階段を下り、オペレーター席の後ろを周って、鷹鳥警視長の元へ出頭する。
「おはようございます。黒川詩織、出頭しました」
「ああ、君か。おはよう。結城博士が待っているぞ」
にこやかな表情で鷹鳥警視長が出迎える。
「了解しました。早速参ります」
詩織は敬礼してその場を離れる。栗色の肩までの長さの髪の毛がふわりと舞った。

4舞方雅人 ◆8Yv6k4sIFg:2006/06/30(金) 17:59:21
ここは警視庁異常犯罪特務捜査隊の司令部である。
黒川詩織はこの異常犯罪特務捜査隊の一員であった。
数年前から暗躍し始めた謎の組織犯罪結社毒サソリ。日本を標的とするこの犯罪組織に対抗するために作られたのが、この警視庁異常犯罪特務捜査隊であった。
犯罪結社毒サソリは、特殊なナノマシンにより人間を改造して結社の戦士としてあらゆる犯罪を犯させる。
動物や植物の能力により通常の人間をはるかに超えた戦士(警察では怪人と呼んでいるが)は、普通の警官では歯が立たず、銀行強盗や要人暗殺、毒物の散布などを警察は止めることができなかった。
対処に苦慮した警察は自衛隊とも協力し、SATや機動隊の能力を引き上げて対抗しようとしたものの、毒サソリの怪人の前には焼け石に水で全く歯が立たなかった。
その状態が変わったのが、マリーゴールドの参入だった。
マッドサイエンティストとして一部では名の知られていた黒川博士の発明した戦闘用強化スーツ試作第一号。その名もマリーゴールド。
発明後に黒川博士は資料とともに謎の失踪を遂げたため、残っているのはスーツのみという状態であるが、この強化スーツの力はすばらしく、毒サソリの怪人に真っ向から勝負を挑むことができるのだった。
残念なことにこの強化スーツは黒川博士によって娘である詩織に合わせて調整されたために、詩織以外の人物が身に着けることはできない。
だが、詩織は正義を愛する心の優しい娘であり、強化スーツを身にまとって毒サソリに立ち向かったのだ。
警察は大いに喜び、詩織を警察の一員として迎え入れ、マリーゴールドを中心として異常犯罪特務捜査隊を結成して毒サソリに立ち向かった。
現在毒サソリとの攻防は一進一退であり、毒サソリが絶え間なく送り出す怪人をマリーゴールドが打ち倒すという状況であった。

司令室から続く廊下を歩き、ラボにやってくる詩織。
「さて、行きますか」
何となく緊張した面持ちをする。扉を開ける手にも力がこもる。
「おはようございます」
勢いよく入ってくる詩織に、ラボにいる面々が一斉に振り向く。
「おはよう、詩織ちゃん。スーツのメンテは終わっているわよ」
メガネをかけ、白衣を身に纏った女性がやってくる。彼女も負けず劣らずのすらっとした背の高い美女だ。
「おはようございます、結城博士」
詩織がやってきた女性に挨拶する。
白衣の女性は結城景子。東都城南大学を優秀な成績で卒業し、科学者としての道を歩み、現在は警視庁異常犯罪特務捜査隊の科学主任である。
「ありがとうございます。それで・・・どうなんですか?」
詩織はぺこりと頭を下げ、それから上目遣いに覗き込む。
「ふう・・・だめね。黒川博士がどうやって調節したのかまるでわからないの。今の状況じゃスーツの解明も量産化もできやしないわ」
結城景子が首を振る。
「そうですか・・・父がせめて資料を残して行ってくれたなら」
「そんなわけでまだ当分詩織ちゃんに戦ってもらわなくてはならないわ。ごめんなさい」
詩織は頭を下げる景子にあわてて首を振った。
「そんな、いいんです、私は毒サソリを赦せませんから。私が戦うことで奴らの野望を挫けるのならそれでいいんです」
「詩織ちゃん、もう、正義感強すぎ。きっと今に私がこのスーツ解明して、量産化して毒サソリをやっつけてあげるからね」
自分と同じくらいの背丈の詩織を抱きしめてすりすりする景子。
うわあ・・・これがちょっと苦手なのよね。
詩織は苦笑する。
「ゆ、結城博士。私パトロールがありますから」
「あん、そっか」
しぶしぶ離れる景子。そばには強化スーツの入ったトランクを持ってきた研究員がにこやかにしている。
「はい、黒川さん。頑張ってくださいね」
「ありがとう。それじゃ行ってきます」
詩織はトランクを受け取ると、ラボを後にした。

5舞方雅人 ◆8Yv6k4sIFg:2006/06/30(金) 18:00:03
「黒川さん」
トランクを持ってビルの一階に戻ってきた詩織を一人の青年が出迎える。スーツにネクタイをびしっと締めた感じのいい青年だ。
「あら、荒木君。迎えに来てくれたの?」
詩織もその青年に挨拶する。
「当然じゃないすか。黒川さんがパトロールするのにこの荒木純一が付き合わなくてどうするんですか」
胸を張って黒川からトランクを受け取る荒木。
「別に・・・どうもしないんだけどね」
詩織は苦笑する。荒木が自分に好意を持っていることを詩織は知っていたが、今は毒サソリとの戦いが優先であり、彼と付き合う気にはなれなかったのだ。
「あ・・・ひどいなぁ。これでも俺結構役に立っているつもりなんですが」
荒木はトランクを持ち、詩織を駐車場へ誘う。
彼の言葉は間違いではない。事実彼は詩織のサポートとして彼女の活躍を支えている。
「ふふふ・・・当然でしょ。あなたは私のサポート役なんだから」
「それだけですか?」
「そうよ。それだけ」
荒木ががっくりとうなだれるのを見て詩織はまたも苦笑する。
ごめんね、荒木君。毒サソリとの戦いが終わったら、お付き合い考えてもいいわ。
詩織は心の中でそう言うと荒木の車に乗り込む。
「さ、パトロールに行きましょ。荒木巡査部長殿」
「了解であります。黒川警部補殿」
二人が乗り込んだ車は街の喧騒の中に滑り出していった。
                             
                       ******      
                             
薄暗いホールの中央に二人の人間が立っている。
その前には一人の人間が跪いていた。
いや、それは人間と呼ぶにはあまりにもかけ離れている。
滑らかなラインは女性を思わせるものの、グリーンに染まった皮膚の色や右手に肘から先が鎌の様になっていること、両目が巨大な複眼であることなど人と呼べる代物ではなかった。
「いつもながら時間が掛かったな、髑髏教授よ」
軍服姿の黒死大佐が嫌みっぽく言う。
「ふん、仕方が無いんじゃ。ナノマシンが身も心も変化させるには時間が掛かる。おぬしは悪の秘密結社が、毎週一体しか怪人を送り出せんのを知らんのか?」
髑髏教授は目の前に居る女性戦士に手を伸ばし、その顎を持ち上げる。
「見てみい。この可愛いカマキリ女を。こいつなら見事あのマリーゴールドを打ち倒してくれようて」
「ああ・・・髑髏教授様・・・」
うっとりとしたように甘ったれた声を出すカマキリ女。
「ふん、そうでなくては困る。カマキリ女よ、まずは銀行を襲撃し資金を調達するのだ。邪魔するものは皆殺しにしろ」
「はい、黒死大佐様。私の鎌ならば金庫などたやすく切り裂きます。たくさんの資金を調達してまいりますわ」
すっと立ち上がり一礼するカマキリ女。もはやかつてOLだったことなど忘れ、身も心もカマキリ女として犯罪結社毒サソリのために働くことのみを考えるようになってしまっているのである。
「それでは行ってまいります。吉報をお待ちくださいませ」
すらりとした体を流れるように滑らせてカマキリ女は二人の前を後にした。

6舞方雅人 ◆8Yv6k4sIFg:2006/06/30(金) 18:00:37
                       ******
   
「マリーゴールドキーック!」
戦闘用強化服マリーゴールドを身に纏った黒川詩織、通称特務刑事マリーゴールドのキックが炸裂する。
「グギャァァァァァ・・・」
形よく膨らんだ胸の中心に蹴りを受け、弾き飛ばされていくカマキリ女。あまりの衝撃に生命活動を絶たれたカマキリ女は、暴走したナノマシンによってその身を破壊され塵となって消滅した。
「ふう、これでまた毒サソリの野望は潰えたわ」
ヘルメットを取り一息つく詩織。
だが、毒サソリの野望はまだまだ終わっては居ない。
アジトのスクリーンで監視虫よりの映像を見ていた毒サソリの幹部二人は歯噛みしていた。
「何だ! あのメガネカマキリの不甲斐無さは! どう責任を取るつもりか? 髑髏教授よ」
手にしたムチを振り苛立ちをぶつける黒死大佐。その目がぎろりと教授をにらみつけた。
「ク・・・ククク・・・クックック・・・」
その目を気にした様子も無く白衣の小柄な老人は含み笑いを漏らしていた。
「む? 何がおかしい」
「いやなに、お前さんの一言でひらめいたのじゃよ」
髑髏教授がニヤニヤしながら振り向いた。しわのよった顔に不気味な笑顔が張り付いている。
「どういうことだ」
「現状では一対一ではマリーゴールドに勝てやせん。ならばどうする?」
髑髏教授が何を言いたいのか首をかしげる黒死大佐。
「昔からの名言があるじゃろが。『戦いは数だよ、兄貴。』とな」
「それはわかるが、ではどうする? 貴様のナノマシンでは素体を選び戦士に変化させるまでとなると一週間近く掛かるではないか。数がそろうのには何ヶ月も掛かるわ!」
「それじゃよ。わしらは一体ずつ作ることにこだわりすぎていたのじゃよ」
髑髏教授が首を振る。
「こだわっていたのは貴様だ。クローンではオリジナルより能力が劣るとか何とか・・・」
黒死大佐が怒鳴りつけた。全くこのジジイは癪に障る。
「クローンはその通りじゃわい。そうではなく同時進行で多数の戦士を作り上げるのじゃ」
「む? どういうことだ?」
「メガネじゃよ、メガネ。お前さんは日本人のどれだけがメガネをかけているか知っておるかの?」
「む? 相当な数のはずだが・・・」
「そうじゃよ。中にはメガネっ娘萌えとか言うフェチもおるくらいじゃ」
髑髏教授が得意げに言う。
「それで? メガネが何の関係があるのだ?」
「特別なメガネを用意するんじゃよ。センサーを仕込み、着用者のデータを認識して調整したナノマシンを送り込む特別製のメガネをじゃ」
「む? なるほど」
「そのメガネを視力矯正の道具として素質のある女どもにかけさせるのじゃ。一週間もすれば巷には十数人の毒サソリの戦士が生まれることになるのじゃよ。ヒッヒッヒ・・・」
気味の悪い笑い声を漏らす髑髏教授。
「それは面白い。一度に多数の戦士が現れてはマリーゴールドとはいえ対処しきれぬだろう」
「早速作成に掛かるわい。実行面での手配をよろしくな」
「任せておけ。言われるまでも無いわ」
黒死大佐もにやりと笑みを浮かべた。

                      ******

7舞方雅人 ◆8Yv6k4sIFg:2006/06/30(金) 18:01:13
「おはようございます」
いつものようにラボに顔を出す詩織。
「?」
入ったときに詩織は何か違和感を感じた。
いつもなら真っ先に声を掛けてくるはずの結城博士が居ないのだ。
「あれ? 結城博士は?」
「来ていないの。お休みみたいよ」
助手の一人がそう言って詩織のところへやってくる。白衣の女性だ。
「連絡も無いから変なんだけど、スーツのメンテは終わっているから」
そう言って詩織にトランクを渡す。
「わかりました。パトロールの途中にでも寄ってみますね。おそらく毒サソリは来週まで動きが無いと思いますから」
詩織はトランクを受け取り、ラボを後にしようとした。
「その必要は無いわ」
ラボの扉を開けて結城景子が入ってくる。
いつものように背筋をピンと伸ばし、白衣を着こなした姿は詩織から見てもかっこいい。
だが、今日の景子はいつもとは違っていた。
オレンジ色のサングラスをかけていたのだ。
つるのところが普通のメガネに比べて異様に太く、レンズも大きい。そして何より異様なのはレンズを結ぶブリッジの部分が太く左右に触覚のようなものが突き出ていることだった。
「結城博士・・・そのメガネは?」
詩織が尋ねると景子が振り向いた。
「ああ・・・これ? 素敵なメガネでしょ? これをかけているとなんだかとても気持ちがいいの。生まれ変わるようなのよ」
うっとりとした表情で詩織を見つめる景子。詩織はなんだか胸騒ぎがする。
「結城博士、室内でサングラスは目に・・・」
「何! このメガネをはずせって言うの! 冗談じゃないわ。このメガネは私の一部よ! ほっといて!」
心配した助手の言葉をさえぎり、声を荒げる景子。
「そうだ、詩織ちゃんも一度視力検査してもらいなよ。このメガネは視力矯正用なんだって。きっと詩織ちゃんにも似合うと思うよ」
「あ、私は別に」
詩織は苦笑した。別に視力は悪くないのだ。
「そう? 似合うと思うけど・・・」
景子はそう言うと興味をなくしたように自分の部署に向かう。
取り残された詩織と助手は肩をすくめてその後ろ姿を目で追った。

夕方、荒木とのパトロールを終えて本部に報告を終えた詩織はラボにトランクを返すために向かっていた。
「こんばんは」
ラボの扉を開ける詩織。
「ご苦労様」
いつものように白衣の研究員が出迎えてくれる。
彼女にトランクを渡しながら、詩織はそっと奥の方を覗いた。
そこではいつものように結城景子がスーツの研究に没頭している・・・はずであった。
「あれ?」
そこに景子はいなかった。
「吉村さん、結城博士は?」
「ああ、今日は早退。気分が優れないんだって」
「あ、そうなの・・・」
詩織は首をかしげる。
今朝といいちょっと普段と違っていたのは風邪のせいだったのだろうか?
帰りにちょっと寄ってみようか・・・
今日は特に何も無かったし、毒サソリはいつも次の行動まで時間がある。呼び出される心配は無さそうだった。
「それじゃスーツをお願いします」
「了解です。お疲れ様でした」
吉村に敬礼して詩織はラボを出た。

8舞方雅人 ◆8Yv6k4sIFg:2006/06/30(金) 18:01:45
玄関のベルを押す。
郊外のアパート。ここに結城景子は一人で住んでいた。
「あれ? 留守かな?」
もう一度ベルを押す。
鍵が開く音がしてドアが開き、中から結城景子が顔を出した。
その顔には今朝と同じように大きなオレンジ色のサングラスがかけられ、心なしか詩織をにらんでいるように見える。
「あ、こんばんは。具合どうですか?」
詩織がにこやかに飲み物と食べ物が入ったコンビニの袋を差し出す。
「帰って」
「え?」
景子の言葉に詩織は面食らう。
「帰って。今いいところなの。邪魔されたくないのよ」
「ど、どうしたんですか? 結城博士。今日の報告もあったから」
詩織が驚いて言葉を捜していると、ドアに添えられた景子の右手が見えた。
その手は肘から肩の方に向かって青白く変色しているように見える。
「博士、その腕はいったい?」
「うふふ・・・私今生まれ変わりつつあるのよ・・・だから帰って。邪魔をしないで」
景子はそのまま強引にドアを閉めてしまう。
「あ、博士」
詩織は締め出され、物言わぬ扉の前で立ち尽くしてしまった。
「いったいどうしてしまったの? 博士に何かあったのかしら」
詩織は来た道を戻らざるをえなかった。

翌日、ラボに結城景子の姿は無かった。
吉村も心配し、電話をかけたが繋がらないとのことだった。
詩織は荒木とのパトロール中にアパートに寄ってみたものの、何度ベルを押しても景子が出てくることは無く、留守にしているようだった。
仕方なく詩織は仕事が終わった後に再度訪れることにしたのだった。

「こんばんは〜。結城博士〜。黒川です〜」
仕事を終わらせるのに意外と手間取ってしまい、詩織が景子のアパートに着いたのは夜の八時過ぎだった。
やはりベルを押しても返事は無く、詩織は昼間したように無造作にドアノブを回してみた。
「!」
以外にもドアノブはすっと回り、ドアが開く。
「結城博士? お邪魔しますよ」
玄関も部屋に続く短い廊下も真っ暗である。
具合が悪くて寝ているのかもしれないとは思っていたが、どうやら無人っぽかった。
「博士に何かあったのかしら?」
詩織は玄関で靴を脱ぎ、ストッキングの脚で部屋に向かう。
部屋はどこももぬけの空で、景子の姿は無かった。
「いない・・・どこへ行ったの、結城博士は?」
居間に戻ってきた詩織は何か手掛かりは無いかと探したが、特に目ぼしいものは無い。
ただ、脱ぐときに引き裂いたかのように破れた服がソファに投げ捨てられており、テーブルの上には一枚のチラシが置いてある。
「これは?」
詩織はそのチラシを手に取った。
それはスコルピオクリニックという視力矯正を目的とした医療施設だった。
チラシの表面にはメガネをかけたさえない女性が、メガネが必要なくなり美しい女性となっている写真と並べられ、メガネとさよならしませんかと微笑んでいる。
「博士のメガネはここで手に入れたのかな? だとしたら何かわかるかも」
詩織はチラシを持って、部屋を後にした。

9舞方雅人 ◆8Yv6k4sIFg:2006/06/30(金) 18:02:23
駅前の雑居ビルの一つ。
チラシの住所はそこであった。
人の出入りはあまり見かけない。
「ここなんですか? そのスコルピオクリニックとやらは?」
助手席側の窓を詩織の体に寄りかかるように覗く荒木。
「そうみたいね。ちょっと行ってくるわ」
「気をつけてくださいよ黒川さん。トランクは必要ないですか?」
ドアを開けて車から降りる詩織に荒木は心配そうな視線を向ける。
「大丈夫よ。何かあったらすぐ連絡するし、この近くには居てくれるんでしょ?」
「それはもちろん」
荒木が大きくうなずく。
「結城博士の手掛かりだけでも掴んでくるわ。きっとここが関係していると思うの」
結局結城博士は自宅に戻ってこなかったのだ。
「了解です。結城博士が失踪するなんて考えられないですからね」
荒木の言葉にうなずくと詩織は車から降り立ち、雑居ビルに向かっていった。

雑居ビルの薄暗い階段を上がり、二階のフロアにある一室に向かう。
ガラスの扉の向こうは明るく、白い文字でスコルピオクリニックと書かれていた。
詩織は意を決して扉を開ける。ひんやりした空気が詩織を包み込んだ。
「いらっしゃいませ」
受付らしい白衣の女性が出迎えてくれる。
「あ、あの・・・最近視力が落ちてきたみたいで。これ以上悪くなりたくないから・・・」
「はい、かしこまりました。それではこちらにお名前とご住所の記入をお願いいたします」
白衣の女性が差し出す書類に詩織はいつも使っている偽名を書いて提出する。
別に変な雰囲気は無いわね。
周囲の気配を気にしながら、詩織はそう考えていた。
「ええと・・・葛原恵美さん? ご住所は○△×ですね?」
「はい、そうです」
「それではお呼びいたしますので、そちらでお待ちいただけますか?」
白衣の受付嬢はにっこりと微笑んで一角にあるソファを指し示す。
詩織は言われたとおりにソファに座った。
静かなBGMが流れていて気持ちを落ち着けてくれる。
視力かぁ・・・そういえばしばらく検査したことなんて無かったなぁ・・・
マガジンラックから週刊誌を取り出して読み始める詩織。
その様子を天井の一角から監視虫が記録していた。

「十八人目の素体にメガネをかけさせたところだ。現在のところ順調に計画は推移している」
「それは上々。クックック・・・数日後には皆ハチ女として生まれ変わるわい」
監視虫からの映像をスクリーンで見ている黒死大佐と髑髏教授。
そのときスクリーンが週刊誌を読んでいる女性を映し出す。
「む? こやつは?」
黒死大佐が眉をひそめる。どこかで見たような気がしたのだ。
「第一段階はパスじゃな。いや、それどころか久々のヒットかもしれんて」
スクリーンに映し出される情報を素早く分析する髑髏教授。
それによればハチ女としての素養は充分すぎるほどであった。
「まさしくハチ女となるために生まれてきたような女じゃて」
「思い出したぞ」
黒死大佐が声を上げる。
「な、なんじゃ? 大声を上げて」
髑髏教授が何事かと振り向く。
「こいつはマリーゴールドだ。間違いない。警視庁の黒川詩織だ」
「なんと? 本当か?」
「ああ、ヘルメットをとった姿を隠し撮りしたものがある。映し出すぞ」
黒死大佐がスクリーンを操作すると画面が二つに分かれ、片方にマリーゴールドのヘルメットをはずしたときの黒川詩織が映し出される。
それは紛れも無く同一人物だった。
「うむ、確かに間違いないわい。早速嗅ぎつけてきおったかの」
「どうするのだ、髑髏教授。まだハチ女たちはできておらんのだぞ」
「まあ慌てるでない。この様子ではまだこのクリニックが毒サソリのものだとわかっているわけではないようじゃ」
「しかし、ばれるのは時間の問題だぞ」
「クックック・・・見たまえ黒死大佐、このデータを。彼女にナノマシンを植え付ければすばらしいハチ女になるとは思わんかのぅ」
髑髏教授は不気味に笑みを浮かべた。
「この娘を逃す手はないて。メガネをかけさせればこっちのものじゃわい」
「そう上手くいくかな?」
黒死大佐は苦笑した。

10舞方雅人 ◆8Yv6k4sIFg:2006/06/30(金) 18:04:24
「お大事に」
別室への扉が開き、若い女性が出てくる。スレンダーでモデルのような感じの女性だ。
彼女もうっとりとした表情で結城景子と同じデザインのサングラスをかけている。
「あ、あの・・・ちょっと」
詩織は彼女を呼び止める。
「はい・・・なんでしょうか」
心ここにあらずといった感じで彼女は立ち止まった。何か目がうつろな気がする。
「あなたもそのメガネを?」
「ええ、とても素敵なメガネでしょ? これはもう私の一部。私はこのメガネで生まれ変わるの」
「ど、どういったものなんですか? それは」
何となく不気味さを感じた詩織はそのめがねをじっと観察する。
異様に太いつるからは彼女の耳に向かって何か触手のようなものが伸びていた。
「うふふ・・・あなたもすぐにわかるわ。このメガネのすばらしさが・・・ふふふ・・・」
「それはいったい?」
「葛原さん。葛原恵美さん」
呆けたような表情の女性に詳しく聞こうと思ったところを詩織は受付嬢に呼び出される。
やはりあのメガネは何か変だわ。気をつけないと。
詩織は返事をして診療室に入っていった。

11舞方雅人 ◆8Yv6k4sIFg:2006/06/30(金) 18:04:57
「さあ、こちらに座ってください。これから少し検査をいたします。視力の具合を測るものですからご心配なく」
歯科医が使うようなリクライニングする椅子に座らせられる詩織。
周りには担当の検査技師と思われる白衣の女性と、助手の女性の二人だけ。そのいずれもが耳に銀色のピアスを付けている。
「葛原恵美さんでしたね? 以前計ったときの視力をご存知ですか?」
「ええと、確か右が1.2、左が1.0でした」
それはまぎれも無い事実である。メガネなどは必要無いのだ。
「はい、わかりました。それでは検査させていただきますね」
検査技師は詩織の座っている椅子をリクライニングさせてゆったりとした感じに斜めにする。そして天井からぶら下がっている平板な機械を詩織の前に吊り下げた。
「これは?」
「当クリニックは最新の技術でお客様の視力を体内より改善するため全身の検査が必要なのです。少しじっとしていてくださいね」
検査技師の言葉に従いじっとする詩織。不審な感じは拭えないが、今のところは問題ない。
検査技師はレバーを握って、天井のレールに沿って機械を動かしていく。機械は舐めるように詩織の上を通過していった。
「はい、結構ですよ。それでは次に現在の視力を計りますね」
平板な機械は天井に戻され、リクライニングも起こされた詩織の前に両目で覗き込むような機械が用意される。
「そこのレンズのところを覗いてください。いいですか?」
「あ、はい」
結城博士はあのメガネをかけてから態度がおかしかったわ。ということはメガネを調べるしかないわね。きっと検査が終わったらメガネを渡されるんだわ。その時にかけずに持ち帰ってラボで調べてもらいましょう。
詩織はそう思いつつレンズを覗き込む。
「いいですか。目の前で光がちかちかし始めますからね。じっと見つめてくださいね」
検査技師の言葉にうなずく詩織。そのまま目を凝らして機械の中を見つめていく。
やがて目の前を光が乱舞し始める。
それは最初のうちは何となく不愉快な感じだったが、見続けているうちに体から力が抜けてきてとても気持ちよくなってくるものだった。
「はあ・・・」
知らず知らずため息をつく詩織。
「うふふ・・気持ちよくなってきたでしょう、葛原恵美さん? いいえ、警視庁異常犯罪特務捜査隊の黒川詩織さんね?」
検査技師の声が詩織の頭に響いてくる。
なぜ・・・私のことを知っているのかしら・・・でも・・・答えなきゃ・・・
「はい、その通りです」
詩織の声がうつろに響く。
「うふふ・・・これはちょっとした催眠装置なの。でもこんなものは一時的なもの。ちょっとした暗示を与えることしかできはしないの」
そうなんだ・・・一時的なものなら安心ね・・・
「でもね、黒川さん。あなたにもメガネをあげるわ。髑髏教授様のナノマシンがいっぱい詰まった素敵なメガネ。かければあなたも生まれ変われるの」
メガネ?・・・生まれ変われる?・・・
「さあ、これをかけなさい。今日からこれはあなたの一部よ」
詩織の手に結城も先ほどの女性もかけていたメガネが手渡される。詩織はそれを受け取った。
「はい、検査はお終い。そのメガネをかければ世界は変わるわ。新しい毒サソリの世界にね」
検査技師は機械を遠ざけると詩織を椅子から立たせて手を叩く。
「えっ? あ・・・」
「はい、終了ですよ葛原さん。そのメガネをかければ視力は徐々に回復しますから」
あれ?・・・私眠っていたのかな?
気が付くと詩織は自分の手にメガネを握っていたのだった。
そうだわ、これをかけなくちゃ。
詩織はメガネのつるを広げてそのままかけていく。
視界がオレンジ色に染まると同時に、耳に鋭い痛みが走る。
「あ、痛っ!」
だが、痛みはそこから何かが注入される感じがするとすぐに引いていった。
「どうしました?」
検査技師がにこやかに微笑んでいる。
「あ、いいえ・・・何でもないわ」
そう、本当に何でもなかった。私はただメガネをかけただけ。
それにしてもなんて気持ちがいいんだろう。
メガネをかけることがこんなにも気持ちがいいなんて。
ずっとこのままかけていたいわ。
「出口はそちらですよ。お大事に」
「はい」
詩織はうっとりとした表情で部屋を出た。まるで先ほどの女性と同じように。

12舞方雅人 ◆8Yv6k4sIFg:2006/06/30(金) 18:05:29
「お待たせ、荒木君」
ぽうっとした表情で詩織は荒木の車に戻ってきた。恋する乙女のようなその表情は荒木をどきっとさせたが、薄笑いを浮かべているのを見ると気味悪くもあった。
「黒川さん、どうでした? あれ? そのメガネは?」
荒木が言うまでも無く詩織はスコルピオクリニックで渡されたメガネをかけている。
「え? ああ、これ? 素敵でしょう? かけているととっても気持ちがいいのよ」
そのまま助手席に座り、ぽうっとしたままで窓の外を見ている詩織。
「結城博士のことは何かわかりましたか?」
「え? ああ・・・何にも・・・」
詩織は荒木の問い掛けにも振り向こうとはしない。
「でも、ここが関係しているんじゃ?」
「そんなことはないわ・・・ここは無関係。さあ・・・行きましょ」
正面を向いたまま詩織は荒木を促す。釈然としないものの荒木は車を発進させた。
はあ・・・気持ちいい・・・このメガネは最高だわ・・・
体の中が徐々にほてってくるのを詩織は感じていた。
「黒川さん、黒川さん」
隣の男が何かしゃべっている。
うるさいわ・・・私の邪魔をしないで・・・私は変わるの・・・私は・・・
「黒川さん!」
「あっ、えっ? 何?」
詩織がハッとしたように荒木の方を向く。
「どこへ行きますか? 結城博士の捜索でしょ?」
結城博士?・・・探すって?
「え? ええ、そうね。探さなくっちゃね・・・」
「所轄の連中にも依頼しましたが、結城博士が毒サソリの手に落ちたとなると大変ですからね」
大変?・・・どうして大変なんだろう・・・毒サソリ・・・毒サソリがどうしたというのだろう・・・
「黒川さん。やっぱり変ですよ。メガネはずしてくれませんか?」
はずす?
メガネを?
このメガネをはずす?
このメガネをはずすなんて・・・
そんなことできるはず無いわ!
「ふざけないで! このメガネは私の一部よ! はずすなんてできるものですか!」
詩織の剣幕に荒木はびっくりする。
「黒川さん?」
「うるさい! 私は降りる。お前など知らない!」
詩織は車が赤信号で止まった隙に助手席から飛び出した。
「く、黒川さん!」
荒木の呼ぶ声もむなしく、詩織は走り出して雑踏の中に消えていった。

どこをどう帰ってきたのかわからなかったが、詩織は自宅に戻っていた。
もう異常犯罪特務捜査隊の本部に戻る気など詩織には無かった。
ああ・・・気持ちいい・・・メガネが気持ちいい・・・
詩織はドアの鍵をかけ、ベッドに横になると服の上から体中を愛撫し始める。
はあ・・・体が火照る・・・たまらないわ・・・
耳元からは絶えず何かが注入されている感じがする。それは詩織の体の隅々にまで届いて詩織の躰を気持ちよくさせてくれるのだ。
はあ・・・素敵・・・気持ちいい・・・
詩織の手はやがて自分の胸と股間をまさぐっていき、女の喜びを高めていく。
パンティーとストッキング越しでも詩織のあそこはじっとりと濡れていた。
あん・・・あん・・・あふう・・・
胸をいじる左手と股間をいじる右手の動きがだんだん早くなっていき、彼女を絶頂へと導いていく。
あん・・・いい・・・いいの・・・いく・・・いく・・・
ベッドの上で激しく身もだえする詩織。
やがてその躰がしなり、爪先が丸まってその瞬間を迎える。
はあぁぁぁん・・・いっくぅぅぅ・・・
体中に電気が走ったような感覚に詩織は打ち震えた。

13舞方雅人 ◆8Yv6k4sIFg:2006/06/30(金) 18:06:02
「ん・・・うーん・・・」
ベッドの上で身じろぎする詩織。やがて目が覚めてくる。
私・・・眠っちゃったんだわ。
いつの間にか周囲は真っ暗になっていた。詩織は明かりをつけて自分の姿を確認する。
服を着たまま眠ってしまったのでしわだらけだし、あそこも湿って気持ち悪い。それに何より異様に汗をかいていた。
シャワー浴びなきゃ・・・
ベッドから起き上がりシャワールームに向かう詩織。
しわになったスーツを煩わしそうに脱ぎ捨て、ストッキングを丸めて洗濯籠に放り投げる。
下着を脱いで裸になると友人からうらやましがられる形のいいバストがあらわになった。
ん?
詩織は何となく違和感を感じる。
バストの表面にうっすらと同心円状に模様が入っているのだ。皮膚も何となく青みがかっている。
変だわ・・・私の皮膚ってこんな変な色だったかしら・・・
シャワールームに入りそこの鏡に自分の姿を映し出してみる。
オレンジ色のサングラスがまるで巨大化した目のように彼女の顔を覆っていた。
うふふ・・・素敵だわ・・・私の目。
詩織はゆっくりと自分の裸体を見下ろしていく。
滑らかな躰には処理がわずらわしかった体毛すらなくなっていた。
はあ・・・素敵・・・でも・・・何かが違うような・・・
肌色をしている自分の肌に違和感を詩織は感じていた。
メガネをかけたままシャワーを浴びる。
全身を流れるお湯が少し熱い。いつもぬるめに設定しているはずなのに今日は熱いのだ。
少し水を多めにして調節する。
たっぷりのお湯を詩織は存分に浴びてリフレッシュした。

シャワーから上がった詩織だったが、バスタオルで躰を拭くものの何となく下着を身に付ける気にならなかった。そんなものは必要無く感じたのだ。
トレーナーを着てソファにくつろぐ詩織。何となく甘いものが欲しい。
何かあったかしら・・・
冷蔵庫を開けて中身を見る。料理用に買っておいてあまり使われていない蜂蜜が目に入った。
あ・・・
詩織の中で何かがうごめく。
蜂蜜・・・
蜂蜜・・・欲しい・・・
詩織は蜂蜜のボトルを取り出すとふたを開けて指を浸すとそのまま掬い取り口に運んだ。
蜂蜜の甘さが口中に広がる。
美味しい・・・
甘くてとても美味しいわ・・・
詩織は夢中になって蜂蜜を舐める。幸せな気分が詩織を包み込んでいくようだった。
そのとき隣の部屋で電子音が響いた。
電話?・・・
なぜ電話が?
誰からかしら?
詩織はしつこい電子音をわずらわしく思いながら電話に出る。
「はい・・・」
『あ、黒川さん? 帰っていたんですね? 良かった。大丈夫ですか?』
「大丈夫? 何が?」
電話の相手は荒木だった。
『メガネですよ。俺、もう一度あそこへ行ったんですがもぬけのからでした』
「そう・・・」
あそこの役目は終わったのだ。これからは違う世界が始まる。
『やっぱりあそこは怪しいですよ。今所轄署の連中も使って足取りを追っています。結城博士の失踪もあそこが絡んでいます。間違いありません』
荒木の耳障りな声が詩織に頭痛を起こさせる。
わずらわしい男・・・殺したいわ・・・
「そう・・・わかったわ・・・」
『それで黒川さん、メガネははずしてくれましたか? あのメガネは何かやばいですよ』
メガネ?
メガネがどうしたって言うの?
「メガネなんかかけていないわ・・・」
そう・・・メガネをかけてなどいない。だってこれは私の目なんだもの。
『そうですか・・・良かった。俺、黒川さんまでおかしくなったかと心配でした』
「そう・・・もういいでしょ。私あなたとおしゃべりしたくないの。さよなら」
『えっ? く、黒川さん?』
詩織は電話を切る。これ以上荒木と話していたくなかった。
わずらわしい・・・わずらわしい・・・わずらわしい者は・・・殺す。
うつむいて詩織はそうつぶやいていた。

14舞方雅人 ◆8Yv6k4sIFg:2006/06/30(金) 18:06:44
翌日。
詩織はゆっくりと目覚めた。
ベッドの足元には夕べコンビニで買ってきた蜂蜜のボトルが散乱している。
蜂蜜が欲しくてたまらなくなり、近所のコンビニで棚にあった蜂蜜を根こそぎ買ってきたのだ。
詩織はそれをぺろぺろと舐めているうちにとても気持ちよくなって眠ってしまったのだった。
どうやら裸で眠ってしまったらしく寝巻きも落ちている。
起きなきゃ・・・
詩織は体を起こす。
青みが増して鮮やかになりつつある肌が目に入る。
バストの同心円も黄色と黒に色分けされていた。
ああ・・・素敵だわ・・・私の躰・・・
うっとりとした表情を詩織は浮かべる。
何気なく髪の毛に手をやると、メガネのブリッジ部分から伸びたハチの胴体のようなものが頭頂部にかぶさっており、左右に張り出していた部分はぐっと延びて触角のような形を成している。
これは?
詩織は立ち上がると鏡を覗きに行く。
鏡の中からは大きな複眼のようなメガネと、ブリッジの付け根から伸びている細長い触角。そして額から頭頂部にかけてかぶさっている蜂の胴体のような黄色と黒の飾りが彼女を見つめていた。
顔の皮膚も青白く、首から下はもはや青といってもいいくらいに染まっている。
胸から股間にかけての皮膚はレオタードのようになっていて、大事な部分を覆い隠していた。
「これが私?」
思わず声を出してしまう詩織。
素敵・・・なんてすばらしいのかしら。
うっとりと呆けたように鏡を覗き込んでいる詩織。
この躰をつかって・・・日本中に混乱を・・・
今まで考えたことも無いような考えが芽生える。だが、詩織はそれを変だとは思わない。
「私は・・・ハチ・・・」
ハチ?
何か変だ・・・
私はハチなんかじゃ・・・
それじゃ私は何?
人間・・・
女・・・
ハチ女・・・
私は・・・ハチ女・・・
「うふふ・・・私はハチ・・・ハチ女よ」
詩織の心が変わっていく。
髑髏教授の仕掛けたナノマシンが詩織の身も心も変えていっているのだ。
「ああ・・・私は変わる・・・生まれ変わるんだわ・・・そうよ・・・私はハチ女」
詩織は変化する喜びに包まれていた。

15舞方雅人 ◆8Yv6k4sIFg:2006/06/30(金) 18:07:17
玄関のベルが鳴る。
「?」
詩織はハッとした。
「な・・・何?・・・私はいったい?」
一瞬我を取り戻す詩織。
「こ、これは? この躰はどうして?」
鏡に映っているのは青白い皮膚をした女怪人だ。
「いやぁ・・・いやよぉ・・・こんなのはいやぁ・・・」
両手で顔を覆い鏡から離れる。
その間も玄関のベルは鳴り止まない。
「だ、だめ・・・今はだめよ・・・」
詩織は玄関へ行き、覗き窓から外を見る。
そこにはネクタイを締め、スーツを着こなした青年刑事が立っていた。
「あ、荒木君・・・」
「黒川さん? おはようございます」
思わずつぶやいた詩織の言葉が聞こえたのだろう。荒木の挨拶が扉の向こうから聞こえる。
「お、おはよう・・・ご、ごめんなさい・・・きょ、今日は休みます」
「えっ? 具合悪いんですか? まさかまだメガネを? ちょっと開けてくれませんか?」
「だ、だめ・・・今はだめ・・・帰って・・・帰ってよ!」
扉の向こうにそう言いながらも詩織の心は再び汚染され始める。
何よ・・・何なの・・・何しに来たのよこの男は・・・
「黒川さん。ちょっと開けてくれませんか? 顔を見せてください」
うるさい男・・・殺してしまおうかしら・・・な、何を私は・・・
「帰って! いいから帰って!」
「黒川さん!」
荒木はあきらめない。
警察のくせにどうして・・・どうして私の邪魔をするの?・・・邪魔者は・・・邪魔者は・・・消すわ・・・
うふふ・・・
そうよ・・・
どうして気が付かなかったのかしら・・・
邪魔者は殺す・・・こんな単純なことに・・・
そうよ・・・警察は邪魔者・・・私たちの敵じゃない。
詩織は鍵を開けて扉を開いた。

16舞方雅人 ◆8Yv6k4sIFg:2006/06/30(金) 18:07:49
荒木は胸騒ぎがしていた。
結城博士に続いて黒川詩織もいなくなってしまうのではという思いが彼を彼女のアパートに向かわせたのだった。
あのメガネをかけてからの黒川さんは明らかに挙動不審だった。
だからメガネをはずすように電話したし、黒川さんもメガネはかけていないと言っていた。
あのメガネが毒サソリの仕業だとしたら、結城博士の失踪の原因はそのメガネだろう。
一刻も早くそのメガネを分析して、対策を考えなくてはならない。
「黒川さん! 開けて・・・」
かちゃりと音がして鍵が開く。
ほっとして荒木が扉を開けると、彼は青白い手にいきなり胸倉をつかまれて引きずり込まれた。
「うわあっ!」
もんどりうって荒木はころがる。
何とか柔道の受身を取って態勢を整えようとした荒木の目の前には異形の者が立っていた。
「黒川・・・さん・・・」
それは黒川詩織であったが、黒川詩織ではなかった。
肩までの栗色の髪はまさしく詩織だったが、オレンジ色のサングラスをかけ、そのサングラスのブリッジからは左右に向かって触角のような細長いものが伸びていた。
その上そのブリッジ部分から頭頂部にかけては、黄色と黒の蜂の胴体のような形のものが飾りのように付いており、あまつさえ六本の脚が詩織の頭にしがみついている。
彼女の躰は青白い皮膚で覆われていて、形の良い胸は黄色と黒の同心円状に彩られ誇らしげに上を向いている。
胴体部分はレオタードでも着ているのかそれとも皮膚が変化したのか色違いで覆われており、腰の部分にはアクセントのように黄色いスカーフが巻いてある。
両手と両脚も手袋やブーツを履いたように変化していて、ハイヒールのようになっていた。
「そ、その躰はいったい・・・」
「うふふ・・・うふふふ・・・そうよ・・・簡単じゃないの・・・殺せばいいのよ」
「黒川さん・・・まさか・・・毒サソリに・・・」
メガネの奥の釣りあがった目が荒木を見下ろしている。冷酷な寒気を催す目だ。
「毒サソリ? そう・・・そうだわ・・・私は毒サソリの一員・・・ふふふふ・・・そうよ・・・犯罪こそ我が快楽。私は犯罪結社毒サソリのハチ女だわ。あはははは・・・」
詩織が笑う。
「く、黒川さん・・・」
「ふふふ・・・警視庁の荒木刑事・・・我々の邪魔をするわずらわしい男・・・私が始末してあげるわ」
詩織は両手を荒木のほうに向けてゆっくりと近付いていく。
「く、来るな・・・来るな!」
「さあ、私の胸の中で・・・死になさい。」
詩織は逃げようとする荒木を捕らえ、優しく抱き寄せると耳元でささやいた。
「おやすみ・・・愚かな刑事さん」
次の瞬間詩織の両胸と頭部のハチから針が飛び出し荒木の躰を貫いた。
「ぐぅ・・・」
絶命した荒木を放り出すと詩織は黙って死体を見下ろしていたが、やがて最後の変化が始まった。
「あ・・・ああ・・・き、気持ちいいわ・・・」
彼女の背中から薄く輝く大きな翅が生えてくる。
やがて四枚の翅が生えそろったとき、詩織は身も心もハチ女として生まれ変わっていた。
「あふう・・・うふふふ・・・すばらしい躰・・・最高だわ・・・さあ・・・行かなくちゃ・・・首領様が待っているわ」
詩織は翅を広げて窓の外へ飛び立っていった。

                     ******

17舞方雅人 ◆8Yv6k4sIFg:2006/06/30(金) 18:08:22
毒サソリのアジトで食い入るようにスクリーンを見ているのは黒死大佐と髑髏教授だった。
「まさかこれほど上手く行くとはな」
「どうじゃ。わしの言ったとおりじゃろうて」
髑髏教授がそう言ったのを黒死大佐は聞き流す。
「ふん、たまたま作戦が成功したからといって図に乗るな。だがそれにしてもすごい」
黒死大佐の目の前には監視虫からの映像が送られてきている。
そこには十数人のハチ女たちが、警視庁異常犯罪特務捜査隊の本部を急襲し、破壊し続けている様が映し出されていた。
その中心となっているのはハチ女№20shioriだった。

「ぐわあっ!」
鋭い爪の一撃を受けてSAT隊員が絶命する。
「№14akiko、そちらはどう?」
「はい、№20shiori様、こちらは片付きました」
「そう、男どもは皆殺しにしなさい。若い女は素体になりそうならば麻痺させておくのよ」
「かしこまりました」
ハチ女たちは№20shioriの命令を嬉々として受け入れる。
昆虫の世界と同じように力の強いものが女王となり周りを支配しているのだ。
黒川詩織はハチ女№20shioriとなり、いまやハチ女軍団の女王なのだった。
「№20shiori様。この女はいかがいたしましょうか?」
一人のハチ女があちこち埃まみれの白衣の女性を連れてくる。
「あら・・・№15keiko、もしかして吉村真奈美かしら?」
「はい、かつての私の部下ですわ。№20shiori様」
「う・・・あ・・・ま、まさか・・・あなたたちは・・・」
「うふふ・・・久し振りね、吉村さん」
目の前の異形の者たちがかつての知り合いであったことに驚く吉村。
「黒川さん? それに結城博士?」
「私たちはもうそんな名前じゃないのよ。私はハチ女№15keiko。そしてこのお方は私たちの女王様、ハチ女№20shiori様よ」
吉村を押さえつけながらかつての結城景子はそう言った。
「い、いやあぁぁぁ・・・そんなのはいやよぉ」
「うふふふ・・・安心して・・・すぐにあなたも生まれ変わるわ。このメガネでね」
詩織はポーチからオレンジ色のサングラスを取り出すと、ゆっくりと吉村の顔にメガネをかけてやった。

18舞方雅人 ◆8Yv6k4sIFg:2006/06/30(金) 18:16:04
2004年9月海人屋敷蜂娘祭にて掲載。
関係各位様に改めて感謝を。


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