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【1999年】煌月の鎮魂歌【ユリウス×アルカード】
206
:
煌月の鎮魂歌9後半 21/24
:2016/07/31(日) 20:29:17
そこでは王妃そのひとが、笑顔と、お菓子のたっぷりのった食卓を準備して待っていて
くれた。少年の片方の妹も、ふっくらした頬を上気させて心から崇める貴夫人につき
従っていた。蝶やとんぼの薄い羽根をふるわせる小妖精たちに囲まれて、子供たちは
本当のきょうだいのように食卓を囲んだ。小さな公子は母の胸にもたれ、やさしい笑い
声を聞きながら、蛍のように飛び回る妖精たちの羽根がひく光の筋を見上げた……
アルカードの声は低く、しだいに、その意識の中からユリウスの存在も、現代という
時代も消えていくようだった。空中に向けられた彼の瞳はほのかな金色を帯びていたが、
戦いの時の燃えるようなそれではなく、夕映えの空を映したようなおだやかな光だった。
遠い昔に失われ、永遠に破壊されてしまった幸福な時代を、いまひとたびかつての公子
は生きていた。ユリウスは顔を天井に向け、目を閉じた。心地よい清水のように、アル
カードの声が胸に染み渡る。引き込まれるように、いくつかの場面が脳裏によみがえって
きた……
母が死んでしばらく、頼るもののない自分を世話してくれたのは元どこかの教師だった
とかいうアルコール中毒の老人だった。彼がねぐらにしていた立ち上がれば頭をぶつけそ
うな屋根裏部屋は、床から天井まで古本とごみ屑で埋まっていた。ほとんどは酔って正体
を失っていたが、たまに比較的しらふな時には、教師だったことを思い出すのか、どこか
で雑誌や捨てられた広告を拾ってきて、ユリウスに読み方を教えてくれた。
彼が泥酔してごみためのような寝床でいびきをかいている深夜、空腹で眠れずにいると
き、たったひとつの逃げ道は読むことだった。積み重なった古本や茶色くなった雑誌や写
真の束から手当たりしだいに引っ張り出し、読める単語を拾い読みした。わからない単語
は読み飛ばすか、前後の意味からだいたいあてはめて読んだ。
しゃれたドレスを着てポーズをとった美貌のモデルに、うっすらと昔、こんな人がそば
にいたことを思った。しかしすぐにそれは踊る男と血まみれの肉塊の記憶に覆い隠され、
あわててその写真は棚の奥につっこんだ。
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