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ラノロワ仮完結作品投下スレッド
266
:
名も無き黒幕さん
:2014/08/23(土) 23:16:39 ID:f0Abop4o
それでも、その時千絵の胸の内を占めていたのは生命が終わる悲しみではなく、むしろそれとは正反対に位置するものだった。
(やった――)
もう声を出すこともできそうにないが、千絵は胸中で小さく勝鬨をあげた。地面に体を支配している筈の激痛も気にならない。千絵の心は目的を果たせた満足感で満たされている。暴走し、歪んでしまった正義は、それでも目標を達成した。
代償は大きい。意識が消えていく。焼き切れた傷口からは満足に出血もしないが、光の剣は生命を維持するにあたってもっと大切なものを奪っていく。
「……そんな……酷い……酷い……な」
だけど、それは気にならない。
地面に倒れ伏しても、なお臨也の声は背後から聞こえた。消えかけた感覚がそれを捉えた。あの神経を逆なでするような声の調子は失せ果てて、いまの臨也の声は非常に弱く、この現状を悔いているように感じられた。
(やった――!)
表情筋が動けば千絵は満面の笑みを浮かべていただろう。
胸中を満たすのは狂気/狂喜。人生の全てを賭け、使い果たし、欲しかったものを掴めたというかけがえのない誉れ。
折原臨也を止められた。皆の仇を討った。自分は、正義を――
「……本当に……酷い自己満足だよねぇ」
――その達成感が打ち砕かれる。
耳に届いた臨也の囁きに、歓喜の渦中にあった海野千絵の思考は瞬時に停止した。
(何を……言っているの?)
臨也の声は弱々しい。もはや取り繕うこともできないほど――だからこそ、今、彼の口から出る言葉は紛れもない本心で。
その本心が、海野千絵の心に入りこんでいく。
「最後に見せつけられたのがこんな自己満足だなんてさ。ああ、本当についてない。こんなの、ただの自殺に付き合わされただけじゃないか」
(違う――私は、皆の、遺志を)
反論しようにも声はでない。光の剣は彼女の肺を貫いていた。ひゅーひゅーと掠れた息だけが漏れる。だが体格差の関係で、臨也は腹部を抉られただけだ。それでも十分に致命傷だが、彼には言葉が許される。
「あの集団には意志があった。力があった。興味深い人間がたくさんいた――これは……違う。ひどくちっぽけでつまらない、ただのヒステリーだ。大体、ここで死ぬ必要がどこにあった?」
(それは)
「本当に俺が憎いなら、解放された後に襲い掛かればよかったんだ。保胤の残した想いに応えたいんなら、俺のことをなんか無視して脱出の為に力を注げばよかったんだ」
(……それは)
「ああ、分かりきっている。分かりきっているから、つまらないんだ。それでも、こんなことをしたのは――」
臨也にも、自身がここで"終わり"だということは分かっていた。
しかし、『だから最後に、言葉を弄してこの少女の誇りや尊厳といったものをずたずたにしてしまおう』というような意図は全くない。彼はただいつものように、自分のやりたいようにやり、思ったことを口にし続けるだけだ。死の間際でさえも。
「――死にたかったからだよねぇ。償えないって分かっているから、償うことが億劫で、面倒で……だから、てっとり早く死を選んだんだ」
それが折原臨也がその生涯で紡いだ、最後の言葉だった。
光の剣がそのアストラル体を焼きつくし、蛍光灯が途切れるような唐突さで折原臨也の全てが停止する。
だが既に放たれた彼の言葉は、それこそ弾丸のように海野千絵の精神、その最奥に秘められたものを撃ち抜いた。
(――あ……)
言語化されて、それを耳にして。海野千絵はようやく、自分が抱えていた後ろめたさの正体を自覚する。
(……ああ)
B.Bを救おうと屋上から飛び降りたあの行為の意味を、正しく再認識した。
そう、自分はもう、この状況をいち早く終わらせたくて――
(あああああああああああああああああああああああああああ!)
反論は許されない。臨也の言葉は紛れもなく真実であり、そして海野千絵の呼吸機能は断ち切られている。
そして周囲の人間が彼女に触れられる距離に至る前に、彼女の生命は終わっていた。
だから、海野千絵は死んだ。
ただの一欠けらの救いもなく、ほんの僅かな慰めもなく、完全無欠に情け容赦なく――深い深い、二度と浮上できぬ後悔と自己嫌悪の海に没した。
【003 海野千絵 038 折原臨也 死亡】
【残り21名】
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