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尚六幾星霜

224「確信」5:2019/08/18(日) 18:48:11
「––––風漢、夕餉は?何か注文するかい?」
「いや、夕餉は済ませた」
「酒は?」
「いらん」
「……不機嫌そうだね。何かあった?」
「何もないが」
風漢の口調はひどく素っ気ない。
卓上に六太が残していった杯には、まだ半分ほど酒が入っていた。風漢はそれを手に取ると、一気に煽った。空になった酒杯を音を立てて卓に置きながら、彼は低い声を出す。
「利広、お前」
何やら物騒なことを言い出しそうな声音に聞こえ、利広はほんの少し身構える。
「––––何故六太に声を掛けた」
あまりにも意外な質問に、利広は暫くの間まじまじと風漢の顔を見つめてしまった。
「……さっき六太も言ってたろう。騎獣に慣れてそうだったから、いい宿を知らないか訊いただけだよ」
「建前を聞きたいのではない」
「……へえ、建前だって分かるんだ」
茶化すように言ったが、風漢は無言で無表情のままだった。参ったな、と利広は内心で苦笑する。
「何故だろうね。私にも理由は分からないんだけど、なんとなく目を引かれて、思わず呼び止めた。……なんだか素通りできなかったんだ」
あっさり本音を言ってみると、風漢は唇の端を僅かに吊り上げた。一応それは微笑の形ではあるが、笑っている雰囲気は感じられない。
「……ほう」
風漢の声はものすごく冷淡だったが、気づかぬふりで利広は続ける。
「全くの無意識だったけど、直感したのかもしれないな。彼が風漢の––––連れだってね」
半身、という言葉を使うか一瞬だけ迷い、やはりそれはやめておいた。
「なるほどな……」
その言葉とは裏腹に、風漢は全く納得してないように見えた。
利広は少し面白くなってきて、六太の話題を敢えて続ける。
「いい子だね、彼。風漢から紹介してもらいたかったなあ」
「いい子か?あの餓鬼が」
「優しいし、話も面白いし。一緒に飲んでて楽しかったな」
「……ほう。随分と話が弾んでいたようだが、何を話していたんだ」
「色々話したよ。この街の雰囲気とか、今年の穀物の豊作具合とか、民の様子とかね。……最後は、惚気だったかなあ」
「惚気?……なんだそれは」
「詳しいことは言えないよ、約束したからね。本人に訊けばいいだろう?」
「約束だと?」
「そう、約束。––––どんな約束かなんて、もちろん私からは言わないけどね」
口調はあくまでも明るく、だが挑発するように利広はにっこり笑ってみせた。
風漢の目付きは今まで見たこともないほど冷たい。暫く無言で利広を見据えてから、彼は低く呟いた。
「……まあ、いい」
言いながら風漢は椅子から立ち上がる。
「部屋に戻るのかい?」
「ああ。––––だがここの勘定は俺が持つ。何でも注文して構わんぞ」
「そんな義理ないだろう?」
「いや、六太が世話になった礼だ。思う存分飲むがいい」
むしろ世話になったのは私のほうだ、と利広は思ったが、口に出すのはやめておく。きっとそういう理屈の問題ではないのだ。
「風漢」
立ち去ろうとする男に利広は呼びかける。彼は肩越しに振り向いた。
「次に会った時もまた飲もうって、六太に伝えてくれるかな」
「……餓鬼に酒を飲ませる気か?」
「見た目はともかく、六太はもう大人だろう?……で、伝えてくれるのかい?」
「断る」
「どうして?」
「伝える義理などないからな」
「……私もね、建前が聞きたいわけじゃないんだよ、風漢」
本音を言えばいいだろう、と心の中だけで利広は続ける。暫くの間、風漢は黙って利広を見据えていたが、ふと苦笑を漏らした。
「……意味が分からんな」
呟くように言ってから風漢は軽く片手を振ると、踵を返して去って行った。


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