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尚六婚礼SS

1あけおめ、ことよろ:2012/01/01(日) 17:50:28
華燭の典を挙げる、ほのぼのラブラブな雁主従の話。
ただしエロなし。

メインの登場人物はもちろん尚隆と六太。というかほとんど六太視点。
白沢、朱衡、帷湍がおまけで出ています。

宮城内の殿閣の名前とか儀典の内容とか、
例によって捏造がいろいろあるので、その辺を気にしない人向け。
また六太が后なので女装があります。


男同士で婚礼も何もないでしょうが、
昨年は日本中が大変だったし、個人的にもいろいろあったので
今年は少しでも良い年になればいいなという祈りを込めての
めでたい話と思っていただければ。

2尚六婚礼SS(1/12):2012/01/01(日) 17:52:35
「六太を娶りたい。何か問題はあるか」
 主君のあまりにも予想外の下問に、朝議の場で居並ぶ高官はざわめきすらせ
ず固まった。その場に六太がいたなら当人が一笑に付したかもしれないが、あ
いにく勤勉とは言えない雁の宰輔の姿はなかった。
「畏れながら主上。非常に重大な問題がございます」
 白沢がうやうやしく奏上する。さすがは冢宰、どれほど非常識な下問であっ
ても顔色ひとつ変えず、冷静に言うべきことを言うのだと、官らは頼もしげに
見やった。
「男王ならば妻は后、女王ならば夫は大公。しかしながら男王の伴侶たる同性
のお相手を指す称号がございません。新たに語を作るにしても一朝一夕にはま
いらないかと」
「そうか。それは盲点だった」
「早急に検討すべき、重大な問題でございます」
 白沢は難しい表情で答えた。言葉を失った諸官は茫然と立ちつくしたまま、
眼前で展開されるやりとりを声もなく見守るしかなかった。

「まったく。大真面目に議論するような話か。冢宰までがあの昏君におもねっ
てどうする」
 朝議のあと、退出した帷湍は辟易した顔で言い、女官に出してもらった茶を
ぐいと飲み干して何とか気を落ち着けた。
 一方の朱衡は小首を傾げ、少し考えてからこう言った。
「冢宰はあれでかなりの古狸ですから、深謀遠慮があるのではないですか」
「どんな深謀遠慮だ」
 今回のことが、后を押しつけられそうになった主君の逆襲であることは明ら
かだった。下界で女遊びにうつつを抜かす尚隆の行状をあらためるべく、「妻
を持てば少しは改善されるだろう」と一部の官が見合いを画策した直後だった
からだ。同様の事件は過去数百年の間に何度もあったし、尚隆はそのたびに臣
下らが唖然とするような反撃をしてきたものだ。

3尚六婚礼SS(2/12):2012/01/01(日) 17:54:40
 しかしこれまでなら、少なくとも女を推薦した官がそれを引っ込めれば尚隆
も矛を収めていた。翻って「六太を娶る」と言い出した今回は、今のところ撤
回する気はないらしい。もちろん本気であろうはずもないが、あの王のことだ、
単に官のお節介から逃れるためであっても、いざとなれば平気で六太と婚儀を
挙げかねない。名目だけとしても麒麟を伴侶に据えておけば、それを押しのけ
てまで女を押しつけようとする官などいないだろうからだ。
「主上がいったんこうと決めたら、それが翻ることは今までの経験から言って
ありえません。ですから無駄な抵抗はやめ、事態の悪影響を最小限に抑えるた
めに、伴侶としてではなく宰輔として遇するよう進言したのかもしれません」
 朱衡は答えた。尚隆に「男王の同性の伴侶の敬称がない」と奏上したあと、
白沢はさらにこんな問題点も挙げていたのだ。
「王后・大公ならば位は公。宰輔と同格ですから、その点でのご身分の矛盾は
ございません。しかしながら式典その他での台輔のお立場はどのようになるの
かと。主上の伴侶として同席なさるのか、あくまで臣下、宰輔としておそばに
控えるのか。国内で諸侯の訪問を受ける場合はもちろん、他国からの賓客をお
迎えする際も然り。儀典等での席次や儀式の手順にも関わりますので」
「なるほど。おまえたち官僚にとっては重要事だな」
「拙官が愚考いたしますに、公式の行事ではこれまで通り宰輔として臨席なさ
るのが、最も混乱が少ないと存じます」
 茫然としている諸官を尻目に、王と冢宰は大真面目な顔でそんな話を交わし
た。だが帷湍は、ふん、と鼻を鳴らした。
「どうだかな。あれで白沢は尚隆に傾倒しているから、逆に本気で言っていな
いとも限らんぞ」
「何にしても、夕刻までには台輔のお耳にも届くでしょう。そうなれば台輔ご
自身が呆れて、主上に前言撤回をお求めになるはずです」
「まあ、その前に仰天して絶句はするだろうがな……」
 帷湍は言い、深く長い溜息をついた。

4尚六婚礼SS(3/12):2012/01/01(日) 17:56:40

 実際、経緯を知った六太の反応は朱衡らの予想通りだった。近習から事の次
第を報されて絶句し、ついで頭をかかえ、気を取り直して正寝に向かう。とは
いえ官に対する尚隆の反撃に過ぎないことはわかっていたから、少なくともそ
の時点では六太も、ほとぼりが冷めれば尚隆も前言を撤回するだろうと考えて
いた。今回のことはあくまで、お節介が過ぎると何をするかわからないぞ、と
官に釘を刺すのが目的であるはずだ。
「おまえさー。いくら女を押しつけられそうになったからって、騒ぎに俺まで
巻き込むなよな」
 榻でくつろいで酒肴を楽しんでいた尚隆の前に立ち、腕組みをしたまま呆れ
顔で見おろす。尚隆は「なんだ、そのことか」と笑い、続けて文句を言おうと
した六太を遮った。
「まあ、聞け。考えてみれば、これ以上良い手はない。もっと早く思いつくべ
きだった」
「はあ? 何が良い手だよ」
「神獣麒麟にして臣下の筆頭である宰輔を后に据えるのだぞ。さすがに官ども
も、おまえを押しのけてまで俺に女をあてがおうとはしなくなるだろうが」
 称号がないだの立場がどうのと問題点を挙げた白沢と大真面目に話しあった
というのに、尚隆の頭の中では既に「后」で確定しているらしい。六太はがっ
くりと肩を落とし、頭を垂れて、はあー……と溜息をついた。
「あのさ。それならそれで、どっかの公主とかを迎えればいいじゃん。後宮に
飾っとくだけなんだし、各国に当たれば、意外とおまえ好みのいい女がいるか
もしれないぞ」
「断る。どうせなら惚れた相手を娶るほうがいい」
 一瞬、何を言われたのかわからず、六太はぽかんとした。にやりとして自分
を見た尚隆に、ようやく意味を理解して茫然となる。冗談に決まっているが、
何でそんな冗談を――と頭の中がぐるぐると回る中、尚隆は酒杯をあおると事
も無げにこう続けた。
「心配するな、同衾を無理強いするつもりはない。おまえは単に官への牽制と
して伴侶の座にあればいい。婚儀を終えるとともに御座所は後宮に移すが、あ
とはこれまでと同じように好きに過ごしていろ」

5尚六婚礼SS(4/12):2012/01/01(日) 17:59:02
 まったくの予想外の展開に、混乱した六太は何も言えなかった。「話はそれ
だけか?」と問われて「う、うん」とうなずき、逃げるようにその場を辞して
仁重殿に戻った。

 早くも翌日には王から求婚の使者が送られ、仁重殿で納采の儀が行なわれた。
どうやら尚隆は、最初からきちんと手順を踏んで婚礼を挙げる気らしい。昨日
の話のあとでもあり、何より王の正式の求婚を断るわけにはいかない。侍官女
官を従えた六太は使者を引見して口上を聞き、まごまごしながらも種々の礼物
を受け取った。
 仁重殿の女官たちも昨日のうちに今回の経緯を報されていたが、やはり王が
本気なのかどうか計りかねて戸惑っていた。しかしながらしきたりに則って正
式に求婚がなされたこと、それにふさわしい使者の礼装や態度、礼物の数々を
目の当たりにして納得したらしい。いったん納得すると彼女らは気持ちの切り
替えが早かった。主である六太がまごついている傍らで活気を取り戻し、王の
望んだ婚儀の日まで大して日数がないこともあって忙しく立ち働きはじめた。
 驚いたのはその他の官である。
 てっきり六太が撤回させると踏んでいたのにすんなり納采が済み、その後に
続く祭礼も着々と執り行われるうちに、王と宰輔の婚礼を行なうことはもはや
既定の事柄と化してしまっていた。おまけに尚隆の命で、婚儀に合わせて長楽
殿が改装されることになり、猶予は二ヶ月しかないとあって、昼夜の別なく工
人がひっきりなしに行きかうようになった。正寝にある他の殿閣はもちろん、
実際に婚儀を行なう外殿の奉天殿や後宮も玉のように磨きあげられ、吉日に向
けて華やかに飾り立てられていく。尚隆や六太が着る婚礼衣装は、染人やら縫
人やらが総動員されて豪華な物が仕立てられ、そればかりか日頃着る部屋着や
被衫のたぐいまでもがすべて新調されることになった。当然ながら猫の手も借
りたいほどの忙しさだし、こうなると作業の当事者である職人たちは、余計な
ことを考えず精力的に仕事を進めるだけだ。
 これほど大がかりな準備の様子を見てしまえば、誰の目にも婚礼が取りやめ
になるはずのないことは明らかだった。
「台輔。いったいどうなさるおつもりか、お聞きしてもよろしいでしょうか」
 困惑しきりの諸官は六太の元を訪れて尋ねた。六太は肩をすくめ、無頓着な
態度で「だって仕方ねーじゃん」と言った。

6尚六婚礼SS(5/12):2012/01/01(日) 18:03:44
「おまえらがあいつにお節介焼くから、俺まで巻き込まれてこのざまだ。でも
まあ、とりあえず後宮にいるだけでいいらしいし、どうせ二、三ヶ月の辛抱
じゃねーの? それくらい経てば尚隆も気が済むだろうしさ」
「では本気で主上と婚儀を……」
「あー、十二国中の笑い者だろうなぁ。いくら形だけでも男と結婚なんてさ。
あの昏君め、撤回させようとしたら『これ以上良い手はない。もっと早く思い
つくべきだった』なんて悦に入ってたんだぞ。おまえら、遊ばれてんだよ」
「ああ、やっぱり……」
 官たちは疲れたように顔を見合わせると、六太の元をしおしおと退出して
いった。
 しかし彼らを見送った六太のほうは、実際には内心の動揺が続いていた。官
の前では、あくまで「尚隆が官をやりこめるための手段」という態度で平然と
して見せたものの、その実、「どうせなら惚れた相手を娶るほうがいい」との
尚隆の言葉を反芻しっぱなしだったからだ。
 普通に考えれば、あれは婉曲な愛の告白であるはず。しかし何しろ今までそ
んな素振りは毛筋ほどもなかった主だし、六太自身も考えたことはなかった。
だから言われたときはぽかんとしてしまったが、時間が経って何度も反芻して
みると、自分も決して嫌ではないのだ。あのときは思いがけないことで仰天し
ただけで、むしろ……。
 思い出すと顔が熱くなる六太だったが、それとは別に、不安にさいなまれて
もいた。
 尚隆は「同衾を無理強いするつもりはない」と言った。「心配するな」と。
あのときの六太は動揺のあまり何も言えなかったから、自分が嫌がっているこ
とを前提とした尚隆の言葉を否定してみせたわけではない。むしろ肯定したと
も言える。ということは婚儀が終わっても触れてもらえないのではないか、本
当にただのお飾りとして後宮に留められるだけではないのか……。
 実際、尚隆は以前と変わりなく六太に接し、日常を過ごしている。あんな告
白をした割には変わりなさ過ぎるほど。
 でもあのとき何も言わないでいたのに、今さらどう言えばいいのだろう。ま
さか「抱いてくれ」なんて赤裸々に言えるはずもない。

7尚六婚礼SS(6/12):2012/01/01(日) 18:06:08
 悶々とする六太の心中をよそに、仁重殿の女官たちの張り切りぶりは大した
ものだった。婚儀の打ち合わせその他で毎日のように訪れる使者を迎えるため、
仁重殿の殿閣を隅から隅までぴかぴかに磨きあげる。使者が携えてきた贈りも
のの目録を六太の前で読みあげては品物を房室に飾り、婚礼衣装を含めた種々
の装束の仮縫いのため、華やかな布地がふんだんに広げられた広い堂室をひっ
きりなしに行き交う。奄奚までが浮かれているのは、婚礼当日には彼らも新調
した晴れ着を着ることになる上、酒やご馳走はもちろん、ちょっとしたご祝儀
も振る舞われる予定だからだろう。
 否応なく宮城が華やいでいく中で、一般の官の困惑は続いていたが、やはり
王の様子そのものに変化はなかった。彼と毎日接しながら悶々としつづけてい
た六太は、ついに意を決し、朝議に向かう前の控え室でたまたま官が席を外し
た一瞬をとらえて言った。
「あ、あの。あの、さ」
「うん?」
「こ、婚儀のことだけど」
 向き直った尚隆に、六太はうろたえて目をそらし、それでも何とか「お、俺、
別に嫌じゃないから」とぶっきらぼうに告げた。しかし言い終えたとたんにい
たたまれない気持ちになり、官が戻ってくるのを待たずに控え室を飛び出して
議堂に向かってしまった。当然ながらあとで官には叱られたが、六太はそれど
ころではなかった。思い切って言ったものの、あんな言いかたで通じただろう
か、通じなかったかもしれないと、ふたたび悶々としていたからだ。
 実際、それからも尚隆の態度は変わらなかった。挙式が間近に迫っても、別
に六太に近づこうとはせず、たとえば手を握ろうとするわけでもない。
 やっぱりだめだったんだ、と落ちこんだ六太だったが、まさかもう一度しつ
こく言うわけにもいかない。それに今にして思えば、尚隆のあの言葉自体が冗
談だったかもしれないのだ。
 それでも婚儀の日は近づいていき、ついに前日となった。
 むろん諸官はたちの悪い冗談だと思ってはいるが、奄奚にも前祝として既に
酒やご馳走が振舞われていたこともあり、宮城全体に祝賀気分が漂っていた。

8尚六婚礼SS(7/12):2012/01/01(日) 18:09:17
 仁重殿の六太の元にはこれまで以上に大量の贈りものが届き、喜んだ女官た
ちがそれらをひとつひとつ六太に見せながら、訪問客にもよく見えるよう飾り
つけた。いつもより念入りに入浴させられ、大勢でよってたかって体中に良い
香りの香油を塗られながら、六太は「本当に明日なんだろうか?」と夢見心地
でぼうっとしていた。そのまま臥牀に入っても眠れず、ほとんど一睡もしない
状態で朝を迎えた。
「さあ、台輔、お支度をなさいませ」
 女官らは手水と朝餉を済ませた六太に化粧を施し、部屋着を脱がせると張り
きって着つけを始めた。
 到底手先など出ない、着丈と同じくらいの長さのたっぷりとした袖の白い衣
に、これまたたっぷりと裾を引きずる長さの異なる裳を重ねてつける。綸子の
生地は薄手で柔らかいため肌触りが良く、織り込まれた精緻な文様が品の良い
光沢を放っていた。さらに、それよりは多少袖の短い黄櫨染の衣を着せられ、
こちらの織りは大胆な太い格子柄で、下に着た白い綸子の袖や裳と互いに引き
立つ色や文様だった。何枚も重ねた衣の一番上に着るのは、幸運を招く赤を基
調とした色鮮やかな緞子の衣装。表地には飛翔する鳳凰の姿がびっしりと織り
込まれ、袖や裾、肩口には黄金色の刺繍が輝いていた。
 前に長く垂らした前垂れや帯も豪華な織りの赤と黄の二枚重ねで、衣装の肩
口や前垂れの裾には重い房飾りと七色の玉飾りがずらりと並んでいる。仰々し
い幅広の帯の上にさらに宝玉を幾重にも連ねた飾り帯を巻き、胸元にも紅玉や
真珠、黄金の飾りをつける。髪を結いあげこそしないものの、頭を飾るのは職
人が技巧を極めた精緻な金細工の鳳凰冠。この見事な品はさすがに今回大慌て
であつらえたわけではなく、歴代の雁の王后の頭を飾ってきた華やかな御物で
ある。王は竜、后は鳳凰の装いをするのが婚儀のしきたりなのだ。
 冠の周囲には細い金鎖やら玉飾りやらがふんだんにつけられて髪に垂らされ、
鳳凰冠とひとそろいである一対の金の歩揺が左右から頭を飾る。歩揺には小さ
な玉を連ねた短い飾りが幾本も揺らめいているだけでなく、つやつやとした朱
色の絹の房が先端で長く垂れ下がり、それだけで六太の背丈の半分はあったろ
う。

9尚六婚礼SS(8/12):2012/01/01(日) 18:13:12
 最後に端に飾りをつけた鮮やかな緋色の披巾をまとい、花嫁は顔を見せては
いけないとあって、同じく緋色の、刺繍を施した仰々しい被衣をかぶる。これ
で六太は自分の足下しか見えず、女官に手を取られて先導されないと歩けなく
なった。
「重い。暑い。冠が痛い。首がもげそう」
 着つけの最中に早くも音を上げた六太が不満を訴えたが、女官は「ご辛抱な
さいませ」と叱りつけた。
 やがて王の代理である使者が迎えに訪れた。いつもは政務に向かうにも歩い
て仁重殿を出るのに、今日の六太は主殿の中で四方に帳を垂らした輿に乗せら
れ、そのまま建物を出た。輿の前後には盛装した女官らが付き、華やかな行列
となって外殿に向かう。
 婚儀が行なわれる奉天殿に入る前に、控え室である手前の殿舎で同じように
やってきた王の一行と落ちあって休憩する。豪勢で重い衣装に既にうんざりし
ていた六太は、ずっと悶々としていたこともどうでも良くなって尚隆に訴えた。
「重い。疲れた。もう脱ぎたい」
 同じく赤と金を基調とする華麗な婚礼衣装に身を包んでいた尚隆は、苦笑し
て六太の被衣を上げ、顔を覗きこんだ。
「我慢しろ、今日一日の辛抱だ。どっちにしても一生一度だ」
「だってぇ」
「あとで好きなものを食わせてやるから」
 六太はすねたように頬をふくらませ、「おまえ、俺のこと、食いもんで何と
でもなると思ってるだろ」と不平を鳴らした。尚隆はまた苦笑し、子供にする
ように六太の背をぽんぽんと叩いてなだめた。
 おまけに実際の婚儀は、六太はほとんど座っているだけだった。顔に被衣を
垂らしたままなので、周囲を見回して気晴らしになるようなことを見つけるこ
ともできない。臣下らが祝いの口上を述べる間も、ひたすらじっとしているだ
けだ。いちおう目の前の卓にご馳走が並んではいるが、儀式の区切りがつかな
いと食べられないし、何より被衣をかぶったまま、着丈と同じくらい長い袖の
衣装を着ていては指先すら出せない。そもそも重く窮屈な装束のせいで、空腹
感よりも疲労感のほうが大きかった。

10尚六婚礼SS(9/12):2012/01/01(日) 18:17:11
 だから婚儀と祝宴が終わり、諦め顔の官らに見送られてこれから新婚の三晩
を過ごす承禧殿に引き取ったとき、六太はようやく重い衣装を脱ぐことができ
て心底ほっとしたのだった。

「台輔、お疲れさまでした」
 女官たちがねぎらいながら六太を浴堂に案内する。湯浴みをして化粧を落と
したあと、六太は榻に寝転がって体を揉んでもらい、生き返った気分だった。
「腹減ったぁー」
 言うなり腹がぐうと鳴ったので、女官らは笑った。
「お召しもののせいか、ほとんどお食事なさいませんでしたものね。夕餉をご
用意いたしましたので、どうぞこちらの御衣をお召しくださいませ」
 これも真新しく豪華な衣装ではあったが、今度は部屋着のたぐいだから軽く
ゆったりとしている。女官に先導されて案内された房室では既に尚隆がこちら
もくつろいだ格好で待っており、目の前の大卓には酒とご馳走が並んでいた。
「今日はご苦労だったな」
 尚隆はそう言って、隣に座った六太にみずから酒を勧めた。彼が女官たちに
「もう下がって良いぞ」と言ったため、房室は尚隆と六太のふたりきりになっ
た。
 ここに至って緊張で心臓が早鐘を打つのを感じた六太だが、尚隆は上機嫌で
「これでもう官も妻を娶れとは言わなくなるだろう」とおかしそうに笑うばか
りだ。六太に酒や食べものを勧めはするものの、いっさい体に触れようとはし
ないし、当然ながら色めいた振る舞いをするでもない。
 六太は食事をしながら、このまま別々に臥室に引き取ることになったらどう
しようと気を揉んだ。しきたりでは王と后はこの殿閣で三晩を過ごすことに
なっているが、要はここに留まってさえいればいいのであって、一緒に寝る必
要はないのだ。
 やがて、食事を終えても普段より口数が少ない六太をどう思ったのか、尚隆
は「疲れたか? 今日はもう寝よう」と言った。六太は内心で「やっぱりこの
まま放っておかれるんだ」と泣きたい気分だった。

11尚六婚礼SS(10/12):2012/01/01(日) 18:20:47
 だがうつむいていると肩に腕が回されたので、うろたえた六太は傍らの主を
見上げた。視線の先で、尚隆が微笑していた。
「やっと婚儀を済ませたでな」
「え?」
「待ちかねたぞ」
 六太はとたんに、かぁっと顔が熱くなるのを感じた。尚隆がそのまま六太を
抱き寄せ、「嫌ではないと言ったな?」とささやいたので、いっそう動揺した
六太はもう何も考えられなかった。
 それでも、おずおずといった風情で何とかうなずく。ここで否定してはそれ
こそ触れてもらえなくなってしまう。
 尚隆は六太の肩を抱いたまま立ちあがり、隣の房室に通じる扉を開けた。そ
こが臥室になっており、華やかな飾りつけがなされた牀榻の折り戸は開いてい
て、臥牀を隠す深紅の帳が重く垂れていた。六太はつい踏んばって歩みを止め
がちであったが、それを尚隆は「こら」と苦笑しながら強引に連れていった。
 牀榻に足を踏み入れ、帳を開ける。手燭の小さな明かりが中を照らしており、
臥牀の上には枕がふたつ仲良く並んでいた。その光景に目が釘付けになった六
太は、どうしようと狼狽したものの、肩を抱く尚隆の手を振りほどくわけにも
いかない。臥牀に上がり、所在なげに顔を伏せたまま、尚隆と向かいあって座
る。尚隆が手を伸ばしてそっと六太の帯を引っ張ると、それは他愛もなくぱら
りとほどけた。
「あ、あの、さ」
「うん?」
「その……。明かり、消して……」
 手燭の乏しい明かりではあるが、それでも六太は恥ずかしかった。
「だめだ。おまえを見たい」
 尚隆は優しく言い、六太の衣の前をはだけると、ゆっくり抱き寄せた。
「俺が初めてか?」
「あ、当たりめー、じゃん……」
 いつもなら遠慮のない言葉がぽんぽん飛び出すのに、うつむいた六太の声は
尻すぼみになって口の中に消えていった。

12尚六婚礼SS(11/12):2012/01/01(日) 18:23:27
 尚隆は六太を自分に向き直らせ、腕を取ると自分の肩に沿わせるように置い
た。六太がためらいながらもそのまま力を入れて尚隆の首を抱くようにすると、
彼は「そうだ」と嬉しそうに言い、自分も六太の背に腕を回した。そうして六
太の体を褥に横たえると、その上にみずからをそっと重ね、六太の髪を、頬を、
愛でるようになでてから優しく接吻した。六太にとって初めての接吻だった。

 広徳殿の六太の執務室。
 書卓の上で頬杖をついて、にへら、と笑う。どう見ても官の奏上が耳に入っ
ているとは思えないし、事実、玻璃の窓の向こうに目をやりながら、うららか
な日差しをぼうっと眺めているだけの六太だ。
「――台輔。台輔」
 官が先ほどから呼びかけているものの、まったく反応はない。
 婚儀のあとの三日間は尚隆ともども政務がなかったのでともかく、四日目に
ようやく通常の執務に戻ったと思ったらこの有様である。靖州府の官たちは溜
息をつきながらも何とか六太を急かし、必要な書類に靖州侯としての署名と押
印をうながしていった。
 結局、六太の敬称は「台輔」のままであり、したがって政務を終えたあとで
仁重殿ではなく後宮に帰っていくことを除けば、諸官の目に大きな変化は何も
なかった。婚儀については「あれは悪い夢だった」と思って忘れれば済む話で
あり、二度と主君が妙な思いつきを実行に移さないよう、これからはお節介を
焼かなければいいのだ。
 とはいえ六太のこの様子が気にかからないと言ったら嘘になる。王と婚儀を
挙げさせられて辟易しているかと思えばそんなことはなく、さすがに後宮内で
のことは漏れ聞こえてこないが、正寝で王と一緒にいるときは、女官たちによ
ると「たいそう仲睦まじくいらっしゃいます」とのこと。事実、燕朝では尚隆
と連れ立って散策する六太の姿が頻繁に見られるようになり、朝議にも一緒に
向かうようになった。
 しかしこの意味するところを深く考えると冷や汗を禁じえないため、諸官は
あえて見て見ぬふりをしている。

13尚六婚礼SS(12/E):2012/01/01(日) 18:26:15
 何しろ自他ともに女好きを認める主君なのだ、年端も行かない少年である六
太に興味を覚えるはずがないではないか。婚儀はあくまで官をやりこめるため
の手段であり、承禧殿での新婚の三晩も形式だけだったはず。
 そのはずなのだが。
「では台輔の御座所を、後宮の北宮から正寝にお移しになると?」
 朝議の場で白沢が確認のために尋ねると、尚隆はうなずいた。
「后の居宮は北宮が慣例ゆえ、こいつの御座所もとりあえず北宮に定めたが、
やはり正寝と距離があるのは面倒だ。毎晩俺が北宮に渡るよりは、いっそのこ
と六太を正寝に住まわせたほうが面倒がない」
「広徳殿とも近くなるし」と、傍らの六太もにこにこ顔で口を添える。「ほら、
北宮って後宮の一番奥だろ。今のままだと俺も何かと面倒なんだよな」
「は、はあ……」
 冷や汗をかいた太宰が口ごもる。その後ろでうやうやしく頭を垂れている諸
官も、これはいったいどうしたことかと混乱のままに互いの顔をちらちらと見
やった。平然としているのは冢宰白沢のみである。
「仁重殿から持ち込んだ調度類はもちろん、女官侍官、警護の夏官たちも一緒
に移らねばなりませんな。そうなるといろいろ書類上の手続きはございますが、
なるべく早くとの仰せであれば、ひとまず台輔と近習のみ、本日より長楽殿に
お移りになってはいかがでしょう。台輔の警護やお世話をする者たちも、とり
あえずは正寝の者で事足りますし、その他のこまごまとしたことについては近
日中に手配するということで」
「ああ、それでかまわん」
「俺も」
 にこにこと応じた主従に白沢もほほえみ「ではそのように」と答えて太宰に
指示した。そうしてあらためて壇上の主君らに向き直り、深々と拝礼した。
「主上、台輔。めでたく婚儀を挙げられて生涯の伴侶となられたこと、あらた
めてお祝い申しあげます。幾久しく睦まじくあらせられますよう」
「うん。ありがと」
 傍らの尚隆を見上げ、彼に「おまえが答えろ」とでも言うようにうなずかれ
た六太が照れた顔で答える。
 その様子を見て、形式どころか実態も伴った新婚生活であることをようやく
悟った諸官は愕然となった。こうなるとわかっていたら何が何でも婚儀を阻止
したものを――と地団駄を踏んだが、もちろん手遅れだった。

14名無しさん:2012/01/09(月) 21:11:20
かなり遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
新年早々更新されてたなんて!
相変わらず、ろくたん可愛い!
去年は散々こそこそ読みに来て楽しませてもらいました。
今年も期待してます^^

15名無しさん:2012/01/28(土) 14:18:01
今更ですがあけおめ
やっぱり尚六はいいなぁ
婚礼準備楽しそうだ
称号がないワロス
楽しませていただきました
ありがとう

16名無しさん:2013/12/23(月) 04:49:04
このお話スレが独立してあるから読み返ししやすいのもあるんだけど、
時節柄あって今の時期毎年読んで萌え萌えしちゃう。
何度読んでも素敵な話ありがとうございます

17名無しさん:2013/12/23(月) 04:53:35
あれ、専ブラで手が滑ったのか、別スレのお話の感想をごばくしてしまいました><
婚礼話ももちろん読み返し萌え萌え何度もしております。

反省、やはり携帯からはレスつけるのは控えたほうが事故らないですな…

18名無しさん:2021/08/09(月) 11:13:40
とても幸せいっぱいな尚六をありがとうございます!
白沢さんの落ち着いた対応が面白かったー
白沢さんグッジョブでございます
いつまでも仲睦まじい2人ですね!


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