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【TRPG】ブレイブ&モンスターズ!第八章

1 ◆POYO/UwNZg:2021/10/19(火) 01:37:21
――「ブレイブ&モンスターズ!」とは?


遡ること二年前、某大手ゲーム会社からリリースされたスマートフォン向けソーシャルゲーム。
リリース直後から国内外で絶大な支持を集め、その人気は社会現象にまで発展した。

ゲーム内容は、位置情報によって現れる様々なモンスターを捕まえ、育成し、広大な世界を冒険する本格RPGの体を成しながら、
対人戦の要素も取り入れており、その駆け引きの奥深さなどは、まるで戦略ゲームのようだとも言われている。
プレイヤーは「スペルカード」や「ユニットカード」から構成される、20枚のデッキを互いに用意。
それらを自在に駆使して、パートナーモンスターをサポートしながら、熱いアクティブタイムバトルを制するのだ!

世界中に存在する、数多のライバル達と出会い、闘い、進化する――
それこそが、ブレイブ&モンスターズ! 通称「ブレモン」なのである!!


そして、あの日――それは虚構(ゲーム)から、真実(リアル)へと姿を変えた。


========================

ジャンル:スマホゲーム×異世界ファンタジー
コンセプト:スマホゲームの世界に転移して大冒険!
期間(目安):特になし
GM:なし
決定リール:マナーを守った上で可
○日ルール:一週間
版権・越境:なし
敵役参加:あり
避難所の有無:なし

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320崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2022/08/20(土) 16:32:11
全身を眩い白光に包み、周囲に烈風を吹き荒ばせながら、なゆたがゆっくり地面に降り立つ。
サイドテールを纏めていたシュシュが溶けるように消え去り、長い髪が風に躍る。
溢れる光に照らされてまるでシルバーブロンドのように輝いている髪を靡かせながら、
なゆたは鋭い眼差しでオデットを睨みつけると、凛然と対峙した。
外傷もすっかり癒えている。その佇まいはつい先ほどまでオデットに握り締められ苦悶していた半死人と同一とは思えない。

「な……、いったい、何が起こったというの……?」

双眸を驚愕に見開き、ウィズリィが呆然と呟く。

「圧縮ファイルが解凍されたのさ。彼女の中でずっと眠っていたデータが起動したんだ、
 『魔女術の少女族(ガール・ウィッチクラフティ)』……きみのお陰で。
 よかった、安心した。おかえりなさい――」

なゆたを眺めながら、エンデがゆっくり両手を開く。
その表情は穏やかに微笑んでいて、今までの無表情でぼんやりとしていたエンデとは対照的だ。

「――おかえりなさい、マスター」

「マスターじゃと……!?
 御子、そなたは何を言って……」

「エンデ……あなた――」

エカテリーナとアシュトラーセが訝しむ。
なゆたの巻き起こす烈風にフードを飛ばされ、黒髪をバサバサと揺らしながら、エンデは姉弟子たちを見て微かに目を細めた。
しかしそれもほんの僅かな間のこと、すぐになゆたの方へと視線を戻す。

「マスター、スマートフォンを!」

「わかった!」

なゆたが懐から愛用のスマートフォンを取り出す。
兇魔将軍イブリースとの戦いで画面にヒビが入り、動かなくなってしまった“魔法の板”。
だが、その画面に刻まれた大きなヒビが、なゆたの手の中でみるみるうちに修復されてゆく。
次いで製造メーカーのロゴマークが表示され、再起動中を示すプログレスバーが現れる。

「これは……」

なゆたは目を瞠った。
てっきり完全に故障し、永久に喪われてしまったと思ったものが、何事もなかったかのように動いている。
けれど、仮にスマートフォンが直ったとしても――

「ずっと、不思議だったんだ」

エンデが口を開く。

「みんな、しきりにポヨリンは死んだとか、降霊術だとか言っていたけれど――」

再起動を終えたスマートフォンのホーム画面、その左上で、ブレモンの通知アイコンが点滅している。
なゆたは震える手でブレモンを起動した。それからすぐにパートナーモンスターのステータス確認画面をタップする。
そこには――

「あ――――
 あああ、あああああああああ……!!!」

声が、総身が震える。
なゆたはスマートフォンを両手で握り締めると、食い入るようにその画面を凝視した。
ぼろぼろと涙が双眸から溢れ、顎を伝ってガラス面に点々と零れる。
すっかり修復されたスマートフォン、そのステータス確認画面には――

元気なポヨリンが以前と変わらぬ姿でぽよんぽよんと元気に跳ねている様子が表示されていた。

「……どうして、『死んでもいないモンスターを死んだことにしているのかな』って」

不思議そうな表情を浮かべながら、エンデが続ける。
そう。
『ポヨリンは最初から死んでいなかった』。
あの、シルヴェストルの神殿での兇魔将軍イブリースとの戦いの際、
イブリースの最大奥義『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』によってポヨリンは殺害されたと、皆が思っていた。
しかし、実際はそうではなかった。極論すると、イブリースには最初から“ポヨリンを殺す気はなかった”。
イブリースにとって、モンスターはすべて仲間。かけがえのない同胞である。
そこにアルフヘイム産・ニヴルヘイム産の区別はない。
その証拠にイブリースは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に対しては死ね、と殺意を剥き出しにしていたが、
パートナーモンスターに対しては何も言っていない。ポヨリンと対決した際も、

『済まんな、G.O.D.スライム。大義のため、オレはお前を倒さねばならん』

としか言っていない――倒すとは言っても、殺すとは口にしていなかったのだ。
イブリースの必殺剣はG.O.D.スライムの外殻を破壊し、核であるポヨリンのライフをゼロにして、
スマートフォンの中に強制退去させるに留めていた。
それを、なゆたたちはポヨリンが死体も残らず消滅したと勘違いしていただけだったのである。

321崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2022/08/20(土) 16:38:21
「ポヨリン……!!
 あああ……ポヨリン! ポヨリン、ポヨリン……!!
 よかった……ホントに、本当に……よかった……!!!」

ぼろぼろと涙を零し、なゆたはスマートフォン越しにポヨリンに頬擦りした。
死んでしまった。自分の過失で殺してしまった。永久に会えなくなってしまったと思っていた、大切な相棒。
そのポヨリンが、元気な姿を見せてくれている。生きている――
こんなにも嬉しいことはない。
だが、いつまでも再会の喜びにばかり浸ってはいられない。やるべきことはまだ残っている。
ポヨリンと直に抱き締め合うのは、それをすべて終わらせてからだ。
なゆたは改めてオデットと、そしてウィズリィと向き合った。
ウィズリィが唇をわななかせる。

「な、な、な……。
 そんなバカなことが……、どうして!? なぜ!? 理解できない!
 ナユタ、貴方はもう死ななきゃいけないのよ!? これ以上生きているべきじゃない人間なの!
 それなのに……」

「死ななきゃいけないとか、生きてるべきじゃないとか。
 そんなこと、あなたに言われる筋合いはないよ……ウィズ。
 わたしの命の使いどころは、わたしが決める。わたしだけがその行く末を決めていい。
 そして――わたしはまだまだ死なない。この世界を全部、丸ごと救うまでは!!」

「オデ―――――――ット!!!」

ぶぅん! と颶風を撒き、ウィズリィの命令を受けたオデットがなゆためがけて巨腕を振り下ろす。
が、当たらない。なゆたは燐光と共に、ひらりと優雅にオデットの攻撃を避けてみせた。
『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』――スマートフォンの故障と共に喪われたと思われていたスキル。
更になゆたは胸元で手指を絡め合わせて目を閉じ、祈りのポーズを取る。
その身体を彩る輝く白色光が強くなり、フィールド全体を包み込む。

「……『悠久済度(エターナル・サルベーション)』――」

今にもエンバースにとどめを刺そうとしていた穢れ纏いたちが一斉にその場を退き、闇の中に姿を消す。
残っていたアンデッドたちがボロボロと崩れ去る。と同時、光に照らされた『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちの
肉体と精神の両面に穿たれたダメージが回復してゆく。
『悠久済度(エターナル・サルベーション)』。仲間のHP・MPを最大まで回復させ、
なおかつフィールドにいるアンデッドモンスターを強制退去させる、光属性魔法の最高峰である。
が、それは誰にでも使えるというものではない。
1000体を超えるモンスターやキャラクターの存在する『ブレイブ&モンスターズ!』において、
この魔法を使用できるのはただひとり――

『邪魔をするななのです……、シャーロットォォォォォォォォォォォォォォォ――――――――――――――!!!!!!!』

遥か頭上、地下墓所の天井よりも更に上から、何者かの耳を劈く怒号が響き渡る。
ブレモンを一通りクリアしている『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は、“シャーロット”という名を聞いたその瞬間、
天啓のように『それ』を思い出すことだろう。
十二階艇の継承者、第五階梯。
兇魔将軍、幻魔将軍に続く、ニヴルヘイム三魔将最後のひとり『皇魔将軍』。
そして。

一巡目の最後、崩壊してゆく地球で『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』を召喚し、
皆の記憶から消えさった――『救済のシャーロット』を。

「――召喚(サモン)! おいで、ポヨリン!!」

『ぽっよよよよよよぉ〜〜〜〜ん!!』

なゆたがオデットを見据えたまま慣れた手つきでスマホをタップし、ポヨリンを召喚する。
画面が光り輝き、そこからポヨリンがぽよんっと飛び出してくる。
もう、同じ轍は踏まない。どんな強敵が相手でも、絶対に負けたりしない。
二度とあの離別を、苦しみを、悲しみを味わわないために。
第一、今度のなゆたは以前のなゆたとは違う。覚醒し、新たな力を手に入れたなゆたなのだ。
今のなゆたなら、以前よりも一層ポヨリンの実力を引き出して戦うことができるだろう。
更に、次元の違う新たな奥義さえも――。

「今すぐ、あなたをその苦しみから救ってあげるわ……オデット!!」

ウィズリィの『悪魔の種子(デモンズシード)』によって未だ操られたままのオデットを正面に睨みつけ、なゆたが吼える。
その身に纏った魔力の烈風が、シルバーブロンドに輝く髪と衣装を激しく嬲りながら吹き荒れた。


【『超合体(ハイパー・ユナイト』によってマゴットとガザーヴァが合体、幻蝿戦姫ガザ―ヴァへ。
 なゆた覚醒。スマートフォン回復、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の技が再度使用可能に。
 ポヨリン復帰。スマホの中に退去していただけで元々死んではいなかった模様。
 『救済の』シャーロットの情報が解禁。】

322カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2022/08/24(水) 00:59:53
(ごめんなさい……明神さん……)

先ほど明神さんに回復魔法をかけたのは、果たして正しかったのだろうか。
少しでも生存率を上げるという体で、実際には自殺行為に向かって背中を押しただけなのかもしれない。
カザハが似たようなことをしていたさっきは強制的に止めたくせに。
違う――あの時は、ジョン君に任せておけば大丈夫だと思ったから。
でも今は――これでいいんだ仕方がないんだ。
何もしなければ全員死ぬだけで、レイド級を2体も持っている者なんて他にいないから、他の誰も変わってあげることもできない。
じゃあ……もし仮に、私がレイド級をもう一体持っていたら代わってあげられただろうか?
当然、もし使えるなら比較的怪我の少ない者が使う方がいいに決まっている。
だけど……きっと、私には……いえ、やめましょう。
もしもを考えることに意味なんてない、そう自分に言い聞かせて考えるのをやめた。

>「……知ってる。分かってる。俺がお前らと何回一緒に死線潜ったと思ってんだ。
 俺はお前らのことも、自分と同じくらい大事だし、大好きだ」

「……! そういうところですよ、この天然人たらしが……!」

まあ、人じゃなくて馬なんですけど……あ、あれ!?
これじゃあチョロいカザハのみならず私まであっさり陥落してるみたいじゃありません!?
こんな大変な状況で返事が返ってくるなんて思ってなかったのに、
なんでまるで準備してきたようにかっこいい答えがかえってくるんですかね!?
あんまり見境なく人たらしやってるといつか修羅場になっても知りませんからね!?

>「俺が選んだんだ。……こうするってことを」

その言葉に、救われた気がした。
本当は、選択肢なんて存在しなかったのが現実だとしても。
明神さんが自ら選んだ道をほんの少しでも手助けすることが出来た、そう思える。

>「スペルカード『超合体(ハイパー・ユナイト)』――プレイ」

《そうだよカケル。仕方なくなんかじゃない。
我々は、明神さんなら絶対大丈夫だと、信じて背中を押したんだ――》

「カザハ……」

>「う、ぐ、お、おおおおおおおおお!!!!!!」

振り向かずとも気配で、明神さんが物凄い負荷に襲われている様子が伺える。
分かっていた事ではあるのだがめっちゃ壮絶な感じだ……。
……いやいやいや、全然大丈夫じゃなさそうなんですけど!
そりゃあヤバいカード使ったらこんな感じになるんでしょうけど!
ということはやっぱりカザハのアレは説明文の景表法違反だったんじゃないですかね!?
普通に平然と喋ってたし! 歴代風精王達め私の右往左往を返せ!
と、密かに大混乱していると、カザハが確信に満ちた声で明神さんを励ますのが聞こえた。

323カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2022/08/24(水) 01:01:05
《負けないで明神さん、絶対大丈夫だから!! ……って明神さんに伝えて!》

――大丈夫だよ。君なら絶対大丈夫!

何でしょう、既視感が……。
何もしなきゃ死ぬのが確定で、リスクの高い選択を取れば運が良ければ助かるけど高確率ですぐ死ぬ。そして実質選択の余地はない。
世の中そういう時って実は稀によくあって、そういう事態に追い込まれた時、
カザハはいつもいつだって、根拠のない謎の確信をもって私を励ました。
それは、そう思わないとやってられない状況に適応した結果――単なる適応規制に過ぎないなのかもしれない。
たとえそうだとしても……今はカザハに倣ってみよう。

「明神さん、絶対大丈夫ですッ!!」

>「………………い……け……!」

そう言う私もすでにアンデッドでもみくちゃになっているんですが……。
端から見ると、あんまり大丈夫じゃなそうな人が全然大丈夫じゃなさそうな人を応援しているヤケクソのような光景である。
マゴットらしき蠅の大群が乱舞し、ガザーヴァの姿はそれに包まれ見えなくなった。
あの蠅の球体の中で、二人は融合を遂げつつあるのだろう。

>「高濃度魔力検出、準レイド――レイド? いいえ、このレベルは……!?
 そんなことある訳が……!」

>「アニマガーディアン! ジェノサイドスライサー!! あの球を微塵切りにしてやりなさい!」

ウィズリィがアニマガーディアンに融合成立の妨害を命じる。
ここまできて阻まれるなんてあってはならない。
が、私はアンデッド達の露払いで手一杯、エンバースさんはなゆたちゃんの援護に行っているし、
ジョン君は魔剣で瘴気を吸い込んでくれているようだ。

「まずい……! 誰か……」

「させるかぁあああああああ!! 烈風撃《テンペストスマイト》ッ!!」

誰でもいいからどうにかしてくれという私の想いに応えたのだろう、
カザハがスマホから飛び出して、勢いのままにアニマガーディアンの脚部に跳び蹴りを放つ。
しかし精神連結もしていない状態では当然というべきか
像に蚊がぶつかったようなもので、全く気にも止められずに弾き飛ばされた。

「ぐぎゃあ!」

「カザハ……!」

蠅の球体はジェノサイドスライサーに成す術もなく切り刻まれ、大音声と主に爆発した。
全方位からの暴風が全身を打つ。

>「アッハハハハハハッ! どんな奥の手を隠し持っていたのかは知らないけれど、残念だったわね!
 どんな強力なモンスターも、その誕生を邪魔してしまえば無効化できる! ブレイブ&モンスターズ! の基本でしょう?
 とっておきの隠し玉も不発! 貴方たちはどう足掻いても、この地下墓所で骸の仲間入りをするしかないの!」

「明神さん……! ガザーヴァ、マゴット……!」

324カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2022/08/24(水) 01:02:33
>「言ったでしょう? わたしは貴方たちのことをずっとモニターしてきたって!
 それはつまり、何をしたって無駄ということ――! 多少小細工をして裏をかいたところで、
 死の瞬間が多少伸びたに過ぎない!
 無駄なのよ、すべて無駄! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄―――あははははははははははははッ!!」

「そ…んな……ここまで来て……」

私が絶望していると、見るからにフラフラなカザハが片足を引きずりながら歩いてきた。
あの堅そうなアニマガーディアンに蹴り入れたらそうもなりますよね……。

「あいたたたた……。
ところでカケルよ、我が気を失ったと思って誤解を招きかねない発言をしなかったか?
お陰で目が覚めてしまったじゃないか。知っているだろう? 我は命に限らず奪い合いは嫌いだ」

こんな時に何を言っているんでしょうこの人は。
ちなみにその件は途中まで言いかけて誤解を招かない言い方に言い直したので大丈夫です。

>「アッハハハハハハッ! どんな奥の手を隠し持っていたのかは知らないけれど、残念だったわね!
 どんな強力なモンスターも、その誕生を邪魔してしまえば無効化できる! ブレイブ&モンスターズ! の基本でしょう?
 とっておきの隠し玉も不発! 貴方たちはどう足掻いても、この地下墓所で骸の仲間入りをするしかないの!」

カザハは首を傾げている。何か引っかかることがあるようだ。

「妙じゃないか? 二人とも全く姿が見えない……。
曲刀の物理攻撃を受けて爆発して跡形もなく消えるなんて演出になるだろうか……」

「言われてみれば……」

確かに、斬撃系の物理攻撃でやられたのなら、縁起でもないが切り刻まれた死体が転がっていても良さそうなものだ。
でも、それなら二人は一体どこに……。

「それに……明神さんが諦めてないのに諦めたら駄目だろう」

カザハが倒れそうになる明神さんを支えながら言う。明神さんは未だ壮絶な重圧に耐えている様子。
……ん? 今だ重圧に耐えている? ということは……
しかし、相手がその先を考える暇を与えてくれるはずもなく。

>「さあアニマガーディアン、彼らにとどめを!
 そんなに大切なお仲間なら一緒にしてあげましょう、ぐちゃぐちゃの肉片に。
 全員ひとつの肉の塊に混ざり合ってしまえば、寂しくないでしょう?」

ウィズリィは私達を、サイコロステーキ通り越してミンチにするつもりのようだ。
それってテンペストソウル入りの合い挽き肉団子が出来上がるんじゃあ……。

「どうしましょうカザハ!? 死ぬ時は一緒とは言いましたけどちょっと早すぎますよ!?」

「どうしましょうと言われても……!」

万事休すと思われた、その時だった。

325カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2022/08/24(水) 01:04:42
>「ハ! なかなかいい趣味してんじゃねーか魔女子?
 ボクでも考えつかねーよーなエッグい殺し方考えやがって」

「何か言いましたか?」

「いや何も……」

>「だーれが不発だってぇ? ちゃんと確認もしねーでテキトーなコト吹いてんじゃねーぞガリベン!
 ボクは――ボク“ら”はいるぜ、確かにここに!
 今からそいつを見せてやるよ――!!」

「「ガザーヴァ……!」」

驚きと歓喜に顔を見合わせる私達。

>「だーれが不発だってぇ? ちゃんと確認もしねーでテキトーなコト吹いてんじゃねーぞガリベン!
 ボクは――ボク“ら”はいるぜ、確かにここに!
 今からそいつを見せてやるよ――!!」

煙幕のような蠅の大群の中から現れたガザーヴァの姿はなんというかなんということでしょう……!

「良い子は見ちゃいけません!」

と私に言いながら自分はガン見し、率直な感想を述べるカザハ。

「うおおおおおお! レベルたっか……!」

まあ、実際に超レイド級でレベル高いので何も間違ってはいない。

>「……地獄の君主ベルゼビュート。
 レイド級モンスター・ベルゼブブの上位進化版、超レイド級モンスターのうちの一体だ。
 ゲームの中じゃまだ未実装だけどね」

それまで黙っていたエンデが解説モードに突入した。
自分の行動の意図から、ブレイブの力の本質に至るまでを明かすエンデ。
ブレイブの力の本質は勇気で、スマホはその補助器具だという。
アルフヘイムとニヴルヘイムの住人にそれはなく、プログラムに従って動いているだけとのこと。

「……」

カザハが何やら複雑そうな顔をしている。

「……どうかしましたか?」

「……いや、なんでもない」

それにしてもエンデ、普段謎めいた無口キャラなのにいったん解説モードに入るとめっちゃ喋りますね……!
普段なら多少話が長くても何も問題はないのだが。

「あの……あまり長話すると明神さんが……」

エンデはあまり気にしてなさそうだが、明神さんは未だ半死半生で超レイド級の重圧に耐えている状態継続中である。
今の状態では重要な事実を明かされても何も頭に入ってないんじゃないでしょうか……。

326カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2022/08/24(水) 01:06:16
>「やるよ、契約の証だ。どーせ契約すんならそんな蟲笛じゃなくって、エンゲージリングがいーケド。
 そりゃおいおい貰うからいーや!」

明神さんがガザーヴァから蟲笛を受け取ると、超レイド級の重圧から解放されたようで、ひとまず胸をなでおろす。

>「幻蝿戦姫(げんようせんき)ベル=ガザーヴァ、ロールアウト!!
 いっっっっっくぜェェェェェ――――――――ッ!!!」

ガザーヴァは手始めにアンデッド軍団を手中におさめた。

「す、すごい……!」

「驚いてる暇はありませんよ!?」

この場はもうガザーヴァに任せておけば大丈夫だろう。
危うく早々に驚き役になろうとしていたカザハをひっつかみ、宙を飛んでオデット本人に特攻したなゆたちゃんの方に慌てて向かう。
なゆたちゃんはオデットに掴まれ今にも握りつぶされようとしているところだった。

「なゆたちゃん! 早く助けないと……!」

>「わたしは……わたしは!
 みんなの想いに応える!!
 絶対に……みんなで! ひとりだって喪うことなく、全員で!!
 世界を救ってみせる! 三つの世界を……助けて!
 みせるんだァァァァァァァァ――――――――――――――――――ッ!!!!!!!」

なゆたちゃんはエンデの言っていた通り、覚醒を遂げたのだった。
今度こそ驚き役にならざるを得ない私達。

「なっ……!」

「寺生まれの力が覚醒したのか……!?」

カザハが真顔で呟いている。
一見するとふざけているように聞こえるが、なゆたちゃんは生粋の地球人。
覚醒するとしたら強いて言えば寺生まれの謎パワーぐらいしか考えられないのだ。
しかし、シルバーブロンドに輝く髪を靡かせるなゆたちゃんの姿を鑑みると、やはりこちらの世界由来の力のように思える。

>「圧縮ファイルが解凍されたのさ。彼女の中でずっと眠っていたデータが起動したんだ、
 『魔女術の少女族(ガール・ウィッチクラフティ)』……きみのお陰で。
 よかった、安心した。おかえりなさい――」
>「――おかえりなさい、マスター」

生粋のこちらの世界の住人であるエンデがなゆたちゃんにおかえりなさいと告げ、マスターと呼んでいる。
一体どういうことなのでしょう……。
そしてなんと、なゆたちゃんはスマホの中で実は無事だったらしきポヨリンさんと再会したのだった。

>「みんな、しきりにポヨリンは死んだとか、降霊術だとか言っていたけれど――」
>「……どうして、『死んでもいないモンスターを死んだことにしているのかな』って」

「ハハハあやつめ」

「もう笑うしかないですね……!」

327カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2022/08/24(水) 01:07:14
エンデ、一瞬かなり疑いましたが結果オーライでとりあえずやっぱり味方だったようです。
でも重傷の明神さんを試すようなことをしたりポヨリンさんが生きている事を知ってて教えてくれないなんて趣味悪いですね……!
結果オーライだから許しますけど! もしなゆたちゃんや明神さんが死んだりしてたら許しませんでしたからね!?

>「ポヨリン……!!
 あああ……ポヨリン! ポヨリン、ポヨリン……!!
 よかった……ホントに、本当に……よかった……!!!」

「良かったな、なゆ……」

カザハはポヨリンとの再会を喜ぶなゆたちゃんをしみじみと見つめていた。

>「……『悠久済度(エターナル・サルベーション)』――」

覚醒したなゆたちゃんは、大規模な光魔法らしきものを使った。
辺りのアンデッド達が一斉に崩れ去る。
のみならず、フラフラだったカザハは目に見えて元気になり、私の体の至る所に刻まれた噛み傷がたちどころに癒えていく。

>『邪魔をするななのです……、シャーロットォォォォォォォォォォォォォォォ――――――――――――――!!!!!!!』

遥か頭上から、何者かの声が聞こえる。
声の主も気になるが、それ以上に気になることがあった。

「シャーロット……?」

思うところがあったらしいカザハは、音声入力でインベントリから勝手に攻略本を取り出してめくっていた。

328カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2022/08/24(水) 01:09:34
「救済のシャーロット……。十二階艇の継承者第五階梯にして、三魔将の最後の一人……!」

ゲームにも普通に登場していたのだが、どういうわけか皆揃いも揃って存在を忘れていたのだった。
ゲームに登場していたということは当然、攻略本にも普通に記述がある。
今まで消えていたページが現れたのか、それとも元からあったが見た直後に即忘れるようになっていたのかは分からない。

「えーと、じゃあなゆたちゃんはシャーロットの生まれ変わり……!?」

>「今すぐ、あなたをその苦しみから救ってあげるわ……オデット!!」

ポヨリンさんを従えた覚醒なゆたちゃんが、オデットに凛然と対峙する。

「考えるのは後だ! 今はなゆを援護するぞ!」

うっかり思考モードに入ろうとしていた私を、今度はカザハが私を現実に引き戻しました。
私達は本日何度目かの精神連結をし、なゆたちゃんに強化魔法をかける。
今のなゆたちゃんには必要無いかもしれないが、違いは微々たるものでも無いよりはあったほうがいいの精神である。

「「――エコーズオブワーズ!!」」

対象の言霊にエコーをかけることによって魔法強化を行う支援スキル。
更に、以前明神さんに使った際に、レスバトルにも効果があることが立証済みである。

「鳥はともだち《バードアタック》!」

更に、この一連の戦いでまだ残っていたなけなしのカードを切る。在庫処分とか言ってはいけない。
先ほどのなゆたちゃんの魔法で、屈強な前衛の面々、具体的にはエンバースさんやジョン君も全回復していると思われる。
駄目でもともと、少しでも目くらましとして機能してくれれば儲けものだ。

329明神 ◆9EasXbvg42:2022/08/30(火) 22:59:55
心臓が軋む。血管が膨れ上がって、破裂しそうになるのを感じる。
呼吸もままならなくて、俺は身体を折った。
意識を手放せ。そうすれば楽になれる――頭の奥から自分の声が語りかけてくる。

>「明神さん、絶対大丈夫ですッ!!」

天から降ってくる別の声が、既のところで落ち行く意識をつなぎとめた。
カケル君。押し寄せるアンデッドの群れから俺を守るために飛び出しながら、そんな言葉を残していった。

「だい……じょう……ぶ……!!」

一本少なくなっちまった奥歯で、掛けられた声を噛みしめる。
大丈夫。絶対大丈夫だ。根拠なんか……今は要らない。
視界が真っ赤になっても目は見える。耳鳴りがうるさくても耳は聞こえる。
俺の目の前では、地獄を切り抜いたような禍々しい魔法陣が展開されていた。

やがて帳がはじける。
中から姿を現したマゴットが、風化するように大気へと溶けていく。
小さな小さな蝿へと分解され、黒の雲霞が地下墓所を満たす。
次いで浮かび上がるガザーヴァの身体。マゴットが変じた蝿の群れが、血塗れの痩躯を包んでゆく――

>「高濃度魔力検出、準レイド――レイド? いいえ、このレベルは……!?
 そんなことある訳が……!」

ウィズリィちゃんが泡を食ったように瞠目するのが見えた。
何が起こってんのか俺にも全然判断は付かないけど、口端を上げて犬歯を見せる。
いけ好かねえハイバラとかいう元チャンプがそうしていたように――余裕は武器だ。
不敵な微笑みの爆弾で、相手の余裕を吹っ飛ばせ。

>「アニマガーディアン! ジェノサイドスライサー!! あの球を微塵切りにしてやりなさい!」

余裕を喪失したウィズリィちゃんがアニマガーディアンに命令をくだす。
三対の剣が蝿球をずたずたに引き裂いて霧散させる。

>「アッハハハハハハッ! どんな奥の手を隠し持っていたのかは知らないけれど、残念だったわね!
 どんな強力なモンスターも、その誕生を邪魔してしまえば無効化できる! ブレイブ&モンスターズ! の基本でしょう?
 とっておきの隠し玉も不発! 貴方たちはどう足掻いても、この地下墓所で骸の仲間入りをするしかないの!」

「…………ひひっ」

勝ち誇るウィズリィちゃんを目の前にして、俺はかえって冷静になっていた。
頭は未だにグワングワンいってるし、体中が焼け付くように痛んでいるけれど、
その痛みこそが絶望を跳ね除ける布石になると、理解していたからだ。

身体を苛む苦痛は未だに消えていない。
それはつまり、俺を苛んでいる"もの"は、未だ健在だということ――!

>「さあアニマガーディアン、彼らにとどめを!
 そんなに大切なお仲間なら一緒にしてあげましょう、ぐちゃぐちゃの肉片に。
 全員ひとつの肉の塊に混ざり合ってしまえば、寂しくないでしょう?」

俺にできることはこれが全部だ。
後はお前の、お前らのターンだぜ。ガザーヴァ!

>「だーれが不発だってぇ? ちゃんと確認もしねーでテキトーなコト吹いてんじゃねーぞガリベン!
 ボクは――ボク“ら”はいるぜ、確かにここに!
 今からそいつを見せてやるよ――!!」

直上。地下墓所の天井近くに滞留していた黒煙から、ガザーヴァの声がする。
霧が晴れるように割れた黒の向こうから、愛すべき幻魔将軍の姿が現れた。

330明神 ◆9EasXbvg42:2022/08/30(火) 23:00:40
……幻魔将軍すげぇ格好だな!?
墓ってロケーションに最も似つかわしくない黒のビキニ、赤と黒で織られたマント。
これまたギラギラに黒と金の意匠が輝くビキニアーマーに、グローブとブーツ――

悪の組織の女幹部がする格好じゃん。

悪の組織の女幹部だったわコイツ。

>「って、うおおおおお!? なんじゃこりゃーっ!?」

「おまっ……昼間っからなんつー格好……」

自分で着替えたんじゃないんかそれ。えっじゃあマゴットのセンスなの?
とんでもないモラルハザードだよ……。誰に似たんだあいつ誰に!!

>「……地獄の君主ベルゼビュート。
 レイド級モンスター・ベルゼブブの上位進化版、超レイド級モンスターのうちの一体だ。
 ゲームの中じゃまだ未実装だけどね」

「未実装の超レイド……俺が知らねぇわけだぜ……」

超レイド級――タイラントやミドやんと同じ、天災級のモンスター。
そのわりに他の連中みたいな有無を言わせない図体ではない。
身体のデカさは必ずしも戦闘力に直結しないってことなんだろうか。

>「あなたはさっき言ったね、“まるでそれ以外の選択肢がなくなるまで待ってたみたいに”って。
 そうだよ。ぼくは待っていた、あなたたちが窮地に陥るのを。絶体絶命のピンチになるのを。
 切り札は最後に出すもの。最初に出してしまえば、それは切り札でも何でもない。
 出したくても出せなかったんだ、『フラグが立っていなかった』から」

「やっぱお前はバロールの直系だよ……開き直りとはぐらかしがソックリだぜ……」

相変わらずエンデの説明は要領を得ないし言葉も足りてない。
フラグって何だよ。ウィズリィちゃんもリリースがどうのこうの言ってやがった。
まだ明らかになってない世界の真実でもあるってのか?もったいぶりやがって。

>「さっきは命を懸けるか、と言ったけれど。
 正確にはそうじゃない、ぼくが見たかったものは明神――あなたの『勇気』さ。
 あなたの身に刻まれたその負傷は、あなたが自主的に命を懸けると宣言した末の結果とは違う。いわば受動的なものだ。
 事故と同じさ、勇気を示したことにはならない」

明滅する視界の中、訥々と述懐するエンデの声が降ってくる。
自己犠牲はクソくらえだって言ったはずだ。そう反駁してやりたかった。

>「本当に困難な状況に直面したときこそ、その人間の本性が出る。とくに、命の危機は人間の真実を赤裸々に暴き立てる。
 日頃は偉そうなことを言っているのに土壇場で怖気付く者もいれば、普段は物静かなのにここぞというときに力を発揮する者もいる。
 ぼくはそれが見たかった。明神、あなたの心の天秤は真実、どちらに傾いているのか――
 あなたに勇気はあるのかが」

「気に入らねえな……俺を試しやがって。
 それで?……俺の勇気とやらはエンデ君のお眼鏡にかなったかよ」

>「勇気とは? それは困難を困難と知りつつ立ち向かう力。恐怖と対峙しながらも怯まない心。
 大切なものを守るために、己よりも大きな敵と戦う覚悟――
 アルフヘイムとニヴルヘイムの住人にそれはない。彼らはプログラムに従って動いているだけだ。
 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だけが勇気を原動力に戦う。勇気が無限の力を生むんだ。
 あなたたちの勇気が、滅びゆく三つの世界を救う鍵となる。スマートフォンはあくまでその補助器具に過ぎない」

331明神 ◆9EasXbvg42:2022/08/30(火) 23:01:22
エンデは語る。聞いたこともないような長口舌でまだ語る。
こっちの世界の連中がプログラムで動いてんのなら、お前は一体なんなんだよ。
お前もそういうプログラムに沿って狂言回しを気取ってんのか?
侵食を阻止する為に命懸けでオデットと対峙したエカテリーナやアシュトラーセは?
バロールや、イブリースが、それぞれの世界を救うために奔走しているのは?
なにもかもが茶番だったって言うのかよ。

>「あの……あまり長話すると明神さんが……」

>「あれは紛れもなく『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の扱うことが出来る最強のモンスター、そのうちの一騎だよ。
 あなたが助けると言って、死の宿命から救い出した幻魔将軍。
 我が子のように寸暇を惜しんで慈しみ育てた、負界の腐肉喰らい。
 どちらも、あなたがいなければ成し得なかった。これは間違いなく、あなたの成果だ。
 あなたが今まで続けてきた旅の答えなんだ」

負荷で頭がまるで回っちゃいないし、エンデの言うことを1割も理解できたか分からない。
それでも、俺の振る舞いを世界が『勇気』と定義して、力を寄越してくれるのなら。
今はそれで良い。文句垂れんのなんか後だってできる。

エンデの長文を一言で表すなら、こうだ――

>「ははン、そーゆーコトか。つまり――この姿は明神とボクの愛の結晶、ってワケだな!」

「……ひひっ。そういう感じだ」

今北産業より簡潔にまとめてくれたガザーヴァは、俺に目を合わせて犬歯を見せる。

>「……ありがとな、明神。オマエが命を懸けてくれたから、勇気を見せてくれたから、今のボクたちがいる。
 今のボクはガザーヴァでもあり、マゴットでもある存在だ。
 ボクたちはオマエの想いに報いる。ありったけの愛を、命を――明神、オマエに捧げる」

エンデの理屈に、全部納得できたわけじゃないけれど。
ガザーヴァがもう一度俺の隣で笑ってくれるのなら、ひり出した勇気にも意味があったって思える。

>「やるよ、契約の証だ。どーせ契約すんならそんな蟲笛じゃなくって、エンゲージリングがいーケド。
 そりゃおいおい貰うからいーや!」

ガザーヴァは胸元から何かを取り出す。蝿がそれをキャッチして、俺の手元へ届ける。
すると、あれだけしんどかった身体の負荷が煙みたいに霧散していくのを感じた。
これは……笛?なんとなくどういうモノかは理解できる。
超レイド級の召喚負荷を踏み倒す契約アイテム――『人魚の泪』と同じ類のやつだ。
ようやくまともに息を吸えて、頭にかかってたモヤが晴れた。

「……エンチャント付きの良いやつを買ってやるよ。給料30ヶ月分くらいのな」

>「てことで――新しいボクたちの力、ゲップが出るほど見せてやンよ! かかってこいや魔女子ぉ!」

俺の回復を見届けたガザーヴァは振り仰ぎ、再び敵を見据える。
対峙するウィズリィちゃんはヒステリックにその振る舞いを否定する。

>「おもしれー、受けて立つぜ。
 でも、ベルゼビュートなんてダッセー名前で呼ぶなよな。そう、ボクたちは――。
 明神の勇気のチカラで超☆パワーアップした、地獄の君主ベルゼビュート改め!」

ジョリーロジャーめいた髑髏を刻んだ二枚の翅で、翔んだ。

>「幻蝿戦姫(げんようせんき)ベル=ガザーヴァ、ロールアウト!!
 いっっっっっくぜェェェェェ――――――――ッ!!!」

332明神 ◆9EasXbvg42:2022/08/30(火) 23:02:24
そこからの戦いは、俺のこれまでの経験がまるで意味を成さない次元のものだった。
『聖蝿騎士団(フライクルセイダーズ)』。蝿で構成された雲霞が、アンデッドの雑兵どもを食い散らかす。
まるでネクロドミネーションだ。
触れるそばから死体達は糸が切れたように動きを止め、『繋ぎ直された』みたいにオデットへ飛びかかっていく。

アニマガーディアンが6本の剣で切りかかれば、ガザーヴァは身体を無数の蝿に変じてこれを回避。
流水じみた性質は刃を通さない。反撃のように蝿たちが骨の巨人に吶喊し、その身体と剣を砕いていく。

>「いくぜぃ! マゴちん!」
>『グフォォォォォォッ!!!』

一部の蝿が寄り集まり、今度はマゴットの姿をとった。
ベルゼブブとしての能力をそのままに、変幻自在の蝿男が錫杖で仮借のない殴打を敵へ加える。

――俺はその一部始終を、見逃すことなく目に収め、頭に叩き込んだ。
新規実装キャラの性能を検証するように、ベル=ガザーヴァの能力の全てを把握する。
ブレイブとして、俺が何をすべきかは、考えずともはっきりと分かった。

>「テメーの相手すんのも飽きてきたし、そろそろキメてやる!」

ガザーヴァがムーンブルクを呼び出して、その機能を開放する。
青白いエーテル体、威力の結晶が、獲物を求めて胎動している。

>「――マスター! 命令(オーダー)を!」
>「ベルゼビュートのデータはあなたのスマートフォンに転送済みだよ。
 彼女のスキルも、魔法も、何もかも使用することができる」

ガザーヴァが指示を求めると同時、俺はスマホの通知に気付いた。
エンデが解説する通り、『ベルゼビュート』と表示されたそこにはガザーヴァ達のスキルの全てが入ってる。

アニマガーディアンがあぎとを開き、その喉奥で光が瞬く。
必殺ビームの予備動作。致死の一撃の予兆が見えても、ガザーヴァは顔色を変えない。
そこにある絶対の、マスターへの――俺への信頼が、言葉なしに伝わる。

後悔なんかさせねえよ。
攻略法を積み上げるための情報は、十分に揃った。
俺なら――誰よりも上手くお前を使いこなしてみせる。

「『霊視(クオリアビジョン)』――!」

両眼に魔力を集め、魂を観測するネクロマンサーのスキルを発動。
アニマガーディアンは無数のスケルトンが積み重なって生まれた巨大アンデッドモンスターだ。
その本質は群体であるがゆえに、『聖蝿騎士団』でも完全に支配することができない。
蝿が触れられるのは無数に寄せ集まったスケルトンの、見える範囲の表層でしかないからだ。

だが、俺なら霊視でアンデッドの本体を観測できる。
アニマガーディアンを構成するスケルトンの、一体一体を魂として認識できる。

認識できるなら……それをスキルの対象として指定することも可能だ。
スマホを手繰る。

333明神 ◆9EasXbvg42:2022/08/30(火) 23:02:56
「ガザーヴァ、『聖蝿騎士団』」

蝿の黒風がアニマガーディアンの顎へと集まり、大きく開いたその口を閉じさせる。
『白死光』の発射は止まらず、しかし発射口を塞がれて内部で誘爆した。
稲妻みてえに白い光が瞬いて、アニマガーディアンの喉元が爆発する。

エンバースがレプリケイトアニマでこいつと対峙した時は、これだけでアニマガーディアンは崩壊していた。
果たして、今対峙する骨巨人は斃れない。
本職ネクロマンサーのオデットとマルグリットじゃ、使役するアンデッドのレベルも違うってことだろう。

アニマガーディアンは骨を震わせて咆哮しながら、油断なく喉笛を再生する。
三対の腕、握られた剣の切っ先が、今度は俺に向いた。
ガザーヴァに攻撃が通じないならブレイブ本体を狙う腹積もりだ。
そう動くことも、わかってた。

「――『万魔殿来たれり(パンデモニウム・カム)』」

アニマガーディアンが腕を振り上げた瞬間、髑髏のエフェクトがその巨躯を包む。
都合6本の腕のうち、2本が石化。残る4本は慣性を失ったかのように動きが著しく遅滞する。

ベルゼビュートのスキルがひとつ、『万魔殿来たれり(パンデモニウム・カム)』。
対象にディスペル効果と、12の状態異常からランダムで4つを付与する出鱈目なデバフスキルだ。
いくつかはアンデット特有の異常耐性でレジストされたが、石化とスロウが入った。

「……悪かったよ、死者の眠りを妨げちまって。叩き起こしやがったバカはこっちでシメとく。
 安心して二度寝してくれ」

動きを止めたアニマガーディアンの腕に蠅風が集まり、その挙動を支配する。
これから降ってくる止めの一撃を、受け入れるように、身体を開かせた。

「ベル=ガザーヴァの攻撃!――『真・業魔の一刺し(真アウトレイジ・インヴェイダー)』!!」

魔槍ムーンブルクをしがみ付くように掻き抱いたガザーヴァの吶喊が、
アニマガーディアンの直上から足元までを一直線に駆け抜け、貫いた。

 ◆ ◆ ◆

334明神 ◆9EasXbvg42:2022/08/30(火) 23:03:15
アニマガーディアンが崩壊していくのと同時、オデット達の方から目を灼くような光が奔る。
思わず振り仰げば、そこには光を纏った知らない女が居た。
この期に及んで新手――?いや違う、あれはなゆたちゃんだ。
神の色こそいっそ神々しさすら感じるシルバーブロンドだが、顔つきや身に纏う衣装は変わっていない。
そして、それ以外の何もかもが違っていた。

>「圧縮ファイルが解凍されたのさ。彼女の中でずっと眠っていたデータが起動したんだ、
 『魔女術の少女族(ガール・ウィッチクラフティ)』……きみのお陰で。
 よかった、安心した。おかえりなさい――」
>「――おかえりなさい、マスター」

エンデが見たこともないような柔らかい微笑みでそれを迎える。
マスター?違うだろ。なゆたちゃんのパートナーは――居なくなっちまった、あいつだけだ。

>「みんな、しきりにポヨリンは死んだとか、降霊術だとか言っていたけれど――」

そして、スマホを凝視するなゆたちゃんの表情だけで、そこに『何』が居るのかが、わかった。
ポヨリンは――生きてる。

>「……どうして、『死んでもいないモンスターを死んだことにしているのかな』って」

「お前っ……お前、マジ、本当……!そういうとこだっつってんだよ!!」

言えや!言、え、や!!!!
お前マジで大事なこと何一つ言わねえじゃねえか!
この一月、なゆたちゃんがどんな気持ちで――

……やめよう。こんな益体もないことで気持ちを汚したくない。
今はポヨリンが生きてたことだけを喜ぼう。
あいつが生きていて嬉しいのは、なゆたちゃんだけじゃないんだ。

画面バキバキだったなゆたちゃんのスマホがいつの間にか綺麗になってる。
それが故か、回避のスキルも元通りに使えるようになったみたいだ。
そして、それだけじゃない。

>「……『悠久済度(エターナル・サルベーション)』――」

聞いたことのないスキルが発動し、地下墓所をまばゆい光が照らす。
アンデッドたちが溶けるように消え失せると同時、

「足の傷が……治った……?」

大鎌でぶっ刺されて大量出血していた俺の足から痛みがなくなった。
止血帯を外せば、赤黒く濡れていたでかい傷が何事もなかったように塞がっている。
回復スペルだってここまで出鱈目な治癒は出来ない。
こんなスキル、俺は知らない――

>『邪魔をするななのです……、シャーロットォォォォォォォォォォォォォォォ――――――――――――――!!!!!!!』

天から謎の声が降ってきた瞬間、まるで頭の中で栓が抜かれたみたいに、情報が溢れてきた。
そうだ。俺は知ってる。『悠久済度』はユニークスキルだ。
たったひとりの使用者は、十二階梯の継承者にして三魔将が一人――

――『救済のシャーロット』。

335明神 ◆9EasXbvg42:2022/08/30(火) 23:03:32
三魔将は、三人いた。十二階梯は、バロールを含めて十三人だ。
なんで俺は今の今までシャーロットの存在を失念していた?
ストーリーモードの重要NPCだぞ。忘れようと思って忘れられるような存在感じゃない。

>――「そこが、『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』の一番の欠陥なんだ。
 『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』を唱えた者は消滅する。人々の記憶からも。この世界の歴史からも。

キングヒルで聞いたバロールの話が脳裏に蘇る。
そういうことか。そういうことなのか。
この世界にコンティニューをもたらした、デウス・エクス・マキナの詠唱者。
代償として世界から失われた存在こそが、シャーロット――?

「………………」

なんとなく、怖気にも似た居心地の悪さを感じた。
デウス・エクス・マキナの詠唱者は三世界から存在がなかったことになる。バロールはそう言った。
それなら今目の前に居るシャーロットは一体何なんだ。
またぞろバロールの知識が見当外れで、ホントは消えるんじゃなく『隠れてた』だけだったってことかよ。

その隠れ蓑がなゆたちゃんで、エンデはなゆたちゃんの中に眠るシャーロットを復活させるために動いていた。
まんまバロールとカザハ君とガザーヴァの関係みたいじゃねえか。
なゆたちゃんの正体がシャーロットなんだとしたら……なゆたちゃんはどうなる。

地球で真ちゃんと幼馴染やってた、寺の娘の崇月院なゆたは。
俺とレスバを繰り広げた宿敵で、ブレモンの楽しさを思い出させてくれたモンデンキントは。

シャーロットの仮初の依代でしかない存在だってのか?


【アニマガーディアン撃破。シャーロットの存在を思い出し、訝しむ】

336embers ◆5WH73DXszU:2022/09/06(火) 07:01:26
【ダイイング・ライト(Ⅰ)】


もしかしたら、今度こそは本当に終わるかもしれない――なにせこれで三度目の正直だ。
なら、せめてその前に『勇気』の行く末と――ウィズリィの吠え面を見ておきたかった。

『オデット! 何をしているの!
 ナユタを……その女を殺しなさい! 『光子散弾(フォトンレンド)』でも『闇の波動(ダークネスウェーブ)』でもいい!
 死霊に取り憑かせたって……! 何でもいいから殺すのよ!』

なゆたは、オデットの前に辿り着いていた/ウィズリィは――随分とIQの高そうな声を上げていた。

「……クソ、邪魔するなよ。これからが、いいとこだってのに」

穢れ纏いが刃を押し込む力が一層強まる/或いはエンバースの抵抗する力が弱まっている。
どちらにしても、招かれる結果に大差はない/このままではエンバースは死ぬ。
それはもう時間の問題だった――エンバースにはもう、逆転の目はない。

自分が死ぬかもしれない数秒後の未来に対して、エンバースは冷静だった。
一巡目の旅を通して――死はエンバースにとってあまりにも身近な存在になった。
ダイスを振り続ければ、どんなプレイヤーもいずれ敗北を避けられない事をエンバースは知っていた。

聖別された刃がエンバースの胸に触れる/ゆっくりと剣先が沈む――不意に一息に、その中心を貫く。

「ええと……今、何かしたか?」

遺灰の器が崩れ落ちる――穢れ纏いの前方に、人の形をした闇色の炎が立っていた。
遺灰はあくまで器――エンバースの本質は呪われた聖火/それを纏う魂。
要するに"緊急脱出"したのだ――逆転の目などないまま、生き長らえる為に。

装備は全て遺灰に置き去り――辛うじて持ち去れたのは右手の魔剣/左手のスマホのみ。
要するに、ほぼ全裸/素寒貧よりはマシな程度――あまりに無様な負け犬の有様。
穢れ纏いは何の感慨も無さそうに立ち上がる/祭服に付着した遺灰を払う。

「ああ、クソ……これは、間に合わないかもな……」

穢れ纏いがエンバースの間合いへ踏み込む/侮辱すら滲む大胆な足取り。
黒塗りの刃が閃く/エンバースの精妙極まる剣捌きがそれを凌ぎ――切れない。
五つに一つは受け損なう/魂が斬り刻まれていく――器を捨てた影響が予想より大きい。
霊体には質量がない/重力に縛られる事もない――そこから生じる感覚のズレが剣捌きを乱している。

剣戟音/剣戟音/剣戟音――不意に響く、一際大きな金属音。
横薙ぎの一撃をいなし損ねた/ダインスレイヴが手から離れる――宙を舞う。
取り戻す暇はない/上段から振り下ろした刃は下段に変じる――梃子の原理で鋭く跳ね上がる刺突に。

「かはっ……」

エンバースの腹部に刃が突き刺さる/血肉を持たない霊魂は刃をよく通す――そのまま真上に斬り裂かれた。

337embers ◆5WH73DXszU:2022/09/06(火) 07:02:38
【ダイイング・ライト(Ⅱ)】

「……ま、まだだ」

だが――エンバースはまだ死んでいない。腹から顔面まで切り上げられたにしては、不自然なほど傷が浅い。

「へ、へへ……俺の剣を弾き飛ばして、してやったりとでも思ったか?
 馬鹿め。全部俺の手のひらの上だ。丁度、右手を空けたかったのさ」

【死に場所探り ……味方全体に時間経過によって減少していく特殊HPを付与する】
要するに、HP上限を増やす事で擬似的にダメージを軽減する為の防御スペル。
また、辛うじて死なずに済んだ――しかし、これも所詮は悪あがき。

「とは言え……参ったな。流石に、もう……打つ手がないぞ……」

穢れ纏いはまるで動じた様子もなく、再び前へ出る――エンバースが後退りする。
エンバースが引き下がった二倍の距離を、穢れ纏いが早足に詰め寄る。
瞬間、エンバースが前に踏み込む/後の先を制する形。

振り下ろされた短剣に深く飛び込む/剣を操る前腕を左腕刀で弾く――そのまま穢れ纏いの脇をすり抜け、走る。
慣れない霊体で上手く体を動かせず、よろめきながら、穢れ纏いに背を向けて――逃げる。
無様なのは百も承知――だが、これがエンバースに残された最後の手札。

なゆたのいう『目覚め』が一体どんなものなのか、エンバースには分からない。
だが――死者を、魂すら消滅した存在を蘇生出来るようなものではないだろう。

だから――その目覚めを前に、死ぬ訳にはいかない。

自分が死ねば、パーティの火力は大幅に低下する/頭数が減れば個人の負担も増える。
明神はきっと気に病む――それに、この天才との再戦の機会を永久に失った事を悔いる筈だ。
カザハは、暫くは静かになるだろう――軽風のような戯言も、聞けなくなればそれなりに寂しくなる。
ジョンは――予想が出来ない。恐らく悔いて、悲しんではくれる。問題はその後だ。きっと良くない考えに着地する。

なゆたは――どうだろう。分からない――いや、想像したくもない。
自分がなゆたの傷に/負い目になるなんて――そう考えるのは、自惚れだろうか。
仮にそれが自惚れだったとしても、結論は同じだ――なゆたとの約束を、嘘だった事にはしない。

とにかく、死ねない理由なら幾らでもある。

だから、どんなに無様でも生き残らなくては――そんな決意を切り裂くように、剣閃が奔った。
背筋が凍るほど鋭い、たとえエンバースが万全の状態でも防げるか怪しいほどの刺突。
エンバースの前に、エンバースが立っていた――より正確には、遺灰の器が。

遺灰の器が魔霧に支配され、先ほど弾き飛ばされた魔剣を手に、エンバースの胸を貫いていた。

「がっ……く……かえ……せ……」

胸に刺さったダインスレイヴの刃を/遺灰の器の右腕を掴む――だがそれ以上、何も出来ない。
遺灰の器は構わず刃を押し込む/エンバースもろとも魔剣を地面に突き立てる。
遺灰の右腕を掴んでいたエンバースの左手が崩れる――火の粉と化す。

先端を失った左腕が虚空を掻く/その左腕も瞬く間に崩れ――全身が火の粉と散っていく。

338embers ◆5WH73DXszU:2022/09/06(火) 07:03:09
【ダイイング・ライト(Ⅲ)】

そして、後にはほんの小さな闇色の燻りだけが地面に残った。
これがエンバースの最後の手札――端的に表現するなら、死んだふりが。
聖別された刃にとどめを刺されては、出来ない作戦――だから恥も外聞もなく逃げた。

実るか分からない仕込みも用意した――遺灰の器を明け渡し/魔剣も敢えて手放した。
ダインスレイヴに残した、己の炎が由来の刃にとどめを刺される為だ。
即死せずにいられる可能性が、ほんの少しでも増すように。

勝算はあった――ネクロ・ドミネーションは恐らく自動的に発動する筈だった。
今のオデットが何百何千もの死体をいちいち認識して術を行使しているとは思えなかった。
問題は、支配された遺灰の器がダインスレイヴを拾うかどうか――こちらも決して分の悪い賭けではなかった。

オデットに支配されたアンデッドは、しかし戦闘力の面でオデットの恩恵を受ける事はない。
例えばオデットが使用可能な魔法をスケルトンが使用するといった事は起こらない。
オデットが正気ならば可能かもしれないが、この戦場では無意味な仮定だ。

また、撃破された聖罰騎士ゾンビの高性能な武器を、他のスケルトンが使い回すといった事も起きていない。
つまり――ネクロ・ドミネーションを受けたアンデッドの武器や戦術は、器側の経験値にある程度依存する。

だから遺灰の器はダインスレイヴを拾う――エンバースはそう仮定して/試みて/ダイスロールに成功した。

――見たか。この、システムの裏を掻く嗅覚……一流なのは、ハンドスキルだけじゃないんだぜ。
それにこの状況で、針の穴を通す立ち回り……一体どれほどのプレイヤーが真似出来るよ。
本当なら、声を大にして勝ち誇ってやりたいところだけど……それは、後回しだな。

闇色の残り火は、風が吹けば容易く掻き消えてしまいそうなほどに小さい。
その小さな炎が秒刻みで、萎んでいく――正真正銘の死へと近づいていく。

――それに……それに……ああ、クソ。そろそろ……意識がぼやけてきた……。

加えて――その様子を、穢れ纏いは見逃さなかった。
とうに霧散しているべき魂の残滓が、未だに消えず燻っている。
その不審さを、穢れ纏いは見過ごさなかった――足音が、近づいてくる。

――なんだよ……締まらない、終わり方だな……。

穢れ纏いが闇色の燻りの傍で立ち止まる/右足を上げる。そして――

『……『悠久済度(エターナル・サルベーション)』――』

そして、光が満ちた。ただの光ではない――強大な魔力から生じた、癒しと退魔の光が。
穢れ纏い達が瞬く間にその場を脱する/墓所の片隅に残った闇へと紛れる。
今にも消えかけていたエンバースの霊魂が、再び燃え上がる。

「う……た、助かったのか?だが、今のは一体……」

人の形を取り戻したエンバースが周囲を見回す――なゆたを探す。
消滅しかけている間に方向感覚が狂ったのか、その動作はやや緩慢だった。
数秒かけて、まずはやたらと目立つオデットを見つけて――それから、また混乱した。

なゆたがいる筈の場所は一つしかない=オデットのすぐ傍――そして、確かにオデットの正面には一つの人影が見えた。

339embers ◆5WH73DXszU:2022/09/06(火) 07:05:20
【ダイイング・ライト(Ⅳ)】

「……誰だ。アレは……モンデンキント、なのか……?」

全身を包む眩い光/白く幻想的に輝く髪――どちらも、エンバースの知る少女とは無縁のもの。

『邪魔をするななのです……、シャーロットォォォォォォォォォォォォォォォ――――――――――――――!!!!!!!』

「な……今度はなんだ……いや待て、『なのです』だと?覚えてるぞ、その――」

不意に、エンバースを襲う強い目眩/意識の奥底から溢れ返る『忘れていた記憶』。

「う、あ……シャーロット……?待て待て待て、どうなってる……!なんで、アイツが……」

だが、その蘇った記憶がもたらすのは更なる混乱だけ――モンデンキントはどうなったのか。
シャーロットを宿したのか/シャーロットだった事を思い出したのか。
それとも――もっと単純に、シャーロットに戻ったのか。

ハイバラ/エンバース/遺灰の男がそうであったように――その三つの結末は似ているようで、決定的に違う。
どう動けばいい/何を言えばいい――ゲームの最中なら決してあり得ないほど、エンバースは混乱していた。

『――召喚(サモン)! おいで、ポヨリン!!』
『ぽっよよよよよよぉ〜〜〜〜ん!!』

不意に、声が聞こえた――少女が最愛のパートナーを呼ぶ声。
死んでいた筈のポヨリンがいつの間に――なんて事は、思い浮かびもしなかった。
そんな事は些事だった――見知らぬ銀髪の少女の中にまだ、なゆたを見つけられた事に比べれば。

「……しまった。出遅れた」

エンバースが再び周囲を見回す/ただの遺灰の山と化した抜け殻を見つける――そこへ飛び込む。
灰まみれの祭服が独りでに立ち上がる/帽子の位置を整える/右手を掲げる――その様子を確認。
一度、人の形を失ったせいか/或いは効果時間が切れたのか――とにかく【幻影】は解けていた。

〈――あの?体のど真ん中を刃物で貫かれたパートナーを労る気はないのですか?〉

「それを言うなら、もう少しで靴底の裏のガムになるところだったマスターに労いの言葉は?」

地面に縫い付けられたフラウに接近/楔代わりの剣を蹴飛ばす――呼吸一回分ほどの静寂。

「いや……やめとこう。確かに、お互い不甲斐ない戦いぶりだったけど……反省会は後だ」

〈……ですね〉

エンバースが灰を帯びた炎風と化す/フラウが跳ねる――なゆたの後方へ回る。

『今すぐ、あなたをその苦しみから救ってあげるわ……オデット!!』

「威勢がいいのは結構だが……少し脇が甘いんじゃないか?
 エターナル・サルベーションのアンデッド強制退去には効果範囲がある。
 そこそこ出来るヤツらは影響を免れている――それに、追加の召喚を阻害出来る訳でもない」

エンバース=なゆたの背後を守る形――穢れ纏いが再び姿を見せるとすれば、まずここだ。

「……で。それを踏まえた上で、新顔のパートナーに何かオーダーは?」

つまり――リベンジマッチの絶好の舞台。

340ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2022/09/12(月) 14:30:44

ドチャ

生命の輝きが地面に落ちる音がする…体力を吸われすぎた…もう手の感覚がない。
立ち上がる事はおろか…今僕が意識があるのか…それとも夢の世界にいるのか…それさえもわからない。


――疲れた。


>『ギシャオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』

なにかが聞こえる…なんだっけ?思い出そうにもうまく頭が回らない。
もういいよ。十分頑張った…僕が少し眠ったくらいなんてバチが当たったりしないだろう。

なにを頑張ったんだっけ?

今までの人生なにか頑張った事なんかあったっけ…?


僕の欲しい物…一つも手に入ってない…手に入れたのは一生分の後悔だけ…。
どれだけ手を伸ばそうと…頑張っても…結果が無ければ…何もやってないのと同じだ…

イブリースも………オデットも…僕なりに頑張ったんだ…頑張って考えて…仲間を頼って…力を振り絞って…。

でも今の僕の手には…なにも握られていない…。
シェリー…ロイ…二人を失ってもなお……なに一つ成長できてないのか…?僕は…?

もう諦めて手の届く範囲の幸せだけで満足しようかな…。
なゆ達と分かれて…この世界でスローライフ的な生活を送るので十分かもしれない。

僕が…なゆ達と一緒にいれば…なにか変わると思ったのが間違いだったんだ…。

諦めれば…楽になる…諦めれば…。

341ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2022/09/12(月) 14:30:55
その瞬間眩い光が僕を包んだ。

>「……『悠久済度(エターナル・サルベーション)』――」

体が一気に軽くなり…弱気になっていた心に一瞬で火が灯る。体が熱い。
一瞬でも弱気になっていたのがあまりのも馬鹿らしく感じるほど……【希望】が漲ってくる!。

「諦めて…たまるか!」

なんであんな事一瞬でも考えたのだろう?なゆ達の戦いを始めてみたあの日から…僕はなゆ達についていくと決めたのに…!
近くに落ちた生命の輝きの拾い直し…そして立ち上がろうとしたその瞬間。

>『邪魔をするななのです……、シャーロットォォォォォォォォォォォォォォォ――――――――――――――!!!!!!!』

「なっ!・・・なんだこの声!?」

頭を貫くが如く衝撃的な怒号が上空から響き渡る。
声を聴いた一瞬…頭が割れそうに痛くなる……音量が馬鹿でかい事もそうだが…何よりも頭を貫いたのは…シャーロット…その名前だった。

僕は実を言えばブレモンという世界の事を詳しく知る事が少ない…ストーリーを飛ばし気味だったし…興味があるのはPvPコンテンツだった事…
収集系コンテンツを最低限しかやらない事…まあ理由はいくつもあるのだが…とにかく名前を言われて…パッとでてくるキャラクターのほうが少ないのが事実だ。

「シャーロット………」

聞いたことがある…見た事がある…いやそんなものじゃないレベルで…僕は…いや…僕達は…この名前を知っている…!
物凄く…恐らく僕でも理解が…そこそこどころではなくある…!その確信があるのに…思い出そうとすると急激に頭が痛くなってくる…!

>「救済のシャーロット……。十二階艇の継承者第五階梯にして、三魔将の最後の一人……!」

カザハ君が情報を本から探し当てる。それでも…断片的…だめだ…完全に思い出す事ができない…!

体が…脳が拒絶反応を起こしていた…これ以上深く考えるのはやめよう…まだ…僕には…

>「今すぐ、あなたをその苦しみから救ってあげるわ……オデット!!」

僕にはまだやるべき事が残っている…!

342ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2022/09/12(月) 14:31:05
だがしかし…オデットとなゆに近寄る為にはアニマガーディアンを倒さなければいけない。
体力は全開したとはいえ…力を使い果たした生命の輝きだけではアニマガーディアンを倒す事は…できない。

と心配していたのはほんの一瞬で…。

アニマガーディアンの姿はもうどこにもなく…代わりにいたのは破廉恥というか…
ソシャゲ特有の【本当に大事な所だけ怒られるので隠しました】を地でいく…破廉恥姿のガザーヴァの姿があった。

僕の記憶では…ガザーヴァも…かなりピンチだったはず…その彼女が…
今現在明神にべったりな彼女の姿を見て僕は即座に理解した…アニマガーディアンがガザーヴァによって倒されたことそして…

「えー……と………お幸せに?」

二人の世界を邪魔するのも野暮な話…そしてアニマガーディアンがいないなら話は単純だ…!

走って…走って…オデットを射程に捉える。

「右腕があれば…もうちょっと遠くからでも行けたんだが…意外と不便だな…」

左手で生命の輝きを掴み…そして…触手が僕の首筋に突き刺さる。
しかしこれは僕の生命と対価にする為ではなかった。

「オデットと…俺を…繋げ!」

ブウン!

僕は生命の輝きを…思いっきり…オデットに向かて投げた!

「今度は上でやってたような上品な吸い方なんかじゃない…フルパワーで……オデットを操ってる力の源を…強制的に吸い上げて…もう余計な奴に…介入させない…!」

オデットの体に突き刺さった生命の輝きは…オデット血を…肉を…声明を…そして永劫の力を…そしてなにより…オデットを操ってるなにかの力ごと…吸い上げる!
永劫相手にだからできるトンデモな芸当。普通の生物なら操ってる力毎吸い上げられたら一瞬で干からびてしまうだろう…でも永劫相手なら…そんな心配は必要ない!
逆に心配するなら生命の輝きのほうだ…普通の生物なら到達不可能な限界容量を迎えて…それこそこの辺一帯を暴発で吹き飛ばしてしまうかもしれない…

「今回は僕が生命の輝きと直接つながり…生命の輝きを…オデットを…制御する!」

所詮無差別にしか食らいつくせない生命の輝きでは…オデットを操ってるなにかを根本的に解決することはできない。
しかし…ウィズリィとかいう奴の命令を…命令権を一回だけ…いや奪えなくても一瞬だけ遅らせる事さえできれば…もうなゆ…そしてエンバースにとってもうオデットはなんの脅威ですらない。

二人は…『異邦の魔物使い(ブレイブ)』なのだから!

343ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2022/09/12(月) 14:31:21
フルパワーで吸い上げたせいか…生命の輝きと…代償を払うという形ではなく…こちら側から干渉している影響か…体に異変が起き始める。

「腕が…!」

右腕が…まるで木のように生えてきたのだ。
生命の輝きから…流れてくる若干の永劫の力…生命の輝きが受け止めきれずほんの少し…ほんのわずかの永劫の力が…生命の輝きから伸びて僕の首筋に突き刺さっている血管に流れてくる。
その極わずかな力でさえ…人間の腕を再生させるという…驚異のエネルギー…今までの人生で一番体の調子が良くなっている。

これならいける…逆にオデットの力利用すれば…!そう思えたのは一瞬だった。

「う・・・ぐうううううううああああああああああ!」

突然…体全体を苛む激痛。
体全ての血管が浮き上がり…体が膨れ上がるような感覚を覚える。

軽い錯乱状態になり…地面に思いっきり両腕をぶつける。
瓦礫やその他で腕や手から血があふれ出た…のは一瞬ですぐ治癒してしまう。

怪我の治癒を見て…気づいた…永劫から溢れてくるこの力は…人間には明確な害なのだと…
腕が治る程の圧倒的エネルギー量…しかし人間という器には…余りにも過剰過ぎたのだ。

「体が…!体が…破裂しそうだ…!これが…永劫のちか…うぐううううううああああああ…!」

500のペットボトルにそれ以上入らないように…人間の体にもまた…この力を受け入れるだけの余裕は…ない。
このままこの力を…生命の輝きから流れてくるこの力を受け続ければ…生命の輝きよりも先に… 僕が風船のように破裂するかもしれない。だけど…

「なゆ!エンバース!僕の事はどうでもいい!!オデットを…オデットを頼む…!」

たしかにオデットは許されない事をした。世界への裏切り…街の住人の洗脳…その他色々…それでも…
みんなの記憶に怪物として…化け物として覚えられ…死なせてやりたくない…こんな歪な姿に変えられて…その記憶のまま…朽ち果てていく…

「僕達みたいな…力はあっても…生き方がヘタクソな奴らは……強かな奴らに搾取されるしかない…
自分でなにかやったと思っても…結局は掌で踊らされてるだけ………もうそんなのうんざりだ…」

ただ普通に…生物としての終わりを迎えたいだけのオデット…
ただ普通に…人間として誰かに認められたかっただけの僕…

オデットに比べれば僕の悩みなんてちっぽけかもしれないけど…だけど…親近感が沸いたから…なゆと出会う前の僕を見てるような不快感を感じたから…だから…

「普通と違かったら普通に生きちゃいけないのか!?平穏に暮らしちゃいけないっていうのか!?終われないってのか!?ふざけんな!」

力が全身に漲って苦しい…半狂乱のようになり自分が何言ってるかも…思考がまとまらない…

「僕は二度と…やらなかった事で後悔することも…掌から希望を零すような事はしない…!」

だけど…これは間違いなく…僕の魂の叫びだ!

「オデット!戻って来い!…僕が!…この僕がお前の理想を…!望みを叶えてやる!だから…戻れ!」

【オデットの体に生命の輝きを突き刺す】
【暴発を防ぐ為剣とリンクした事による過剰回復によりダメージ】

344崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2022/09/14(水) 06:44:51
>ベル=ガザーヴァの攻撃!――『真・業魔の一刺し(真アウトレイジ・インヴェイダー)』!!

「かしこまりぃ!
 ――ははッ! 来た来た来た来たァ!!」

明神の指示に従い、空中に浮いたままのガザーヴァが全魔力を解放する。
神代遺物、暗月の槍ムーンブルクの中核を構成するエーテル体が蒼く輝き、周囲に烈風を巻き起こす。
そして――
ガザーヴァとアニマガーディアンの周囲の空間が不意にぐにゃりと歪み、
次の瞬間にはエーデルグーテの地下墓所とはまるで違う景色が明神の目の前に広がった。
時折雷鳴を閃かせるぶ厚い黒雲が陰鬱に空を覆う、どこまでもひび割れ枯渇した大地。
流れるは血の大河、揺蕩うは煮え滾った緑青の沼。鋭い鉄針の枝葉を持つ木々が群生し、獄吏が亡者を責め苛む罪科の地平――
そう、其処は地獄だった。

『ギシャオオオオオオオオオッ!!!』

アニマガーディアンが苦し紛れに吼える。が、ガザーヴァがエーデルグーテから変質させた地獄からは逃れられない。
明神の指示でその躯体の表面を構成する死体たちが無理矢理に行動を抑制しているのに加え、
地面から発生した無数の亡者たちがアニマガーディアンにしがみつき、その自由を奪っている。

「終焉の刻は訪れり!
 地獄の君主の名の許に、開けアバドーンの顎(あぎと)!!」

ガザーヴァが空いている方の手を前に突き出すと、無数の蝿たちがまた虚空へ新たに『何か』を形作ってゆく。
其れは、直径が十メートルはありそうな巨大な砲身であった。禍々しく蠢く肉と複眼と翅が滅茶苦茶に混ざり合った、
悍ましい蟲の砲塔。

「て―――――――――――ッ!!」

ギュバッ!!!!

砲口に集まっていた魔力がガザーヴァの号令と共に一気に解き放たれる。先ほどオデット相手に見せた、
『業魔の一刺(アウトレイジ・インヴェイダー)』の閃光もレイド級に相応しい威力を持っていたが、
今度のものは質量が根本から全く違う。レイド級とは比較にならない量の、視界をすべて焼き尽くすほどの黒い魔力の奔流。
アニマガーディアンは成す術もなくその波濤に呑み込まれた。ボロボロと体表が崩壊してゆく。
だが、むろんそれで終わりではない。ガザーヴァは砲塔の放ち続ける無尽蔵のようにも見える魔力の波動に飛び込むと、
神槍を構えたままアニマガーディアンへと一直線に突進した。

「貶め嬲れ、欺き祟れ!
 オド、マナ、エーテル、世の礎の総てを啖い、穿て――」

ゴッ!!!!!!

『ギェェェェェェェェァアアアアァァァァァァァァァァァァッ!!!!』

「――――――真!! アウトレイジ・インヴェイダ―――――――――――ッ!!!」

特攻したガザーヴァが槍と共にアニマガーディアンの胸骨に巨大な穴を開ける。
ゲーム最終盤の難関ダンジョン、螺旋廻天レプリケイトアニマの大ボス・アニマガーディアンは、
真正面から圧倒的な戦力差によって文字通り格の違いを見せつけられ、低く呻くような断末魔をあげながら消えていった。
余剰魔力を身に纏いつつ地面を両脚でしっかりと踏みしめ、
ざざざざざっ! と轍を刻んだガザーヴァが明神からやや離れたところで止まる。

「おっ?」

ガザーヴァの身体がまるで電波状況の悪いテレビのように一瞬ブレたかと思うと、
次の瞬間にはガザーヴァとマゴットのふたりに分かれる。どうやら『超合体(ハイパー・ユナイト)』の効果が切れたらしい。

「みょうじーんっ!」

元のスカウト姿に戻ったガザーヴァは大きく両手を広げると、勢いよく明神に抱きついた。
そのままぐりぐりと顔を明神の胸に押し付け、嬉しそうに笑ってみせる。

「どう? どう? ボクのカッコイイとこ、見てくれた?
 ベルゼビュートだって! 超レイド級だって!!
 すっっっっげぇだろ! ガチでイケてただろーっ!?」

千体を超す『ブレイブ&モンスターズ!』登場モンスターたちの頂点に君臨する、魔物の中の魔物。
そのうちの一体に進化したことを、誇らしげに語る。褒めて、とねだる。
紛れもなくそれはガザーヴァだけが手に入れた個性。他の誰も持ち得ないオンリーワン。
ここに至り、ガザーヴァは真にコンプレックスを克服する力を獲得したのである。
そして、それをガザーヴァに与えたのは間違いなく明神だった。

「ボク、身も心も明神のものになっちゃった……。ふふ」

明神にしがみついたまま、自分が与えた蟲笛を見遣って幸せそうに眼を細める。
今後、明神はガザーヴァとマゴットがいる場所でならいつでも『超合体(ハイパー・ユナイト)』を行使し、
ベルゼビュート――幻蝿戦姫ベル=ガザーヴァを召喚することができる。
明神たちの前に敵はいなくなったものの、まだ戦闘は終わってはいない。まだカザハが、エンバースが、
ジョンが――そしてなゆたがオデットと戦っている。

「……あっちなら心配ねーよ。なんたって、あっちにゃシャーロットがいるんだからな。ボクらの出る幕はもうない。
 ボクも思い出した……なんで今までアイツのこと忘れてたんだろ?
 引っ込み思案で、泣き虫でさ。でも一旦キレるとボクら三魔将の中でも一番ヤバイ、アイツのこと――」

明神の首後ろに両腕を回して抱きつき直したガザーヴァが残りの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちの戦いを見ながら言う。
なゆたを眺めるその眼差しには、同僚の実力への確かな信頼が宿っていた。

345崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2022/09/14(水) 06:47:39
『救済の』シャーロット。
十二階梯の継承者・第五階梯にして、ニヴルヘイム最高戦力『三魔将』のひとり・皇魔将軍。
ブレイブ&モンスターズ! のストーリーでは、魔王バロール率いる魔軍との戦いが顕在化する後半に登場するキーパーソンである。
最初はアコライト外郭の戦いで戦死した同僚・幻魔将軍ガザーヴァの代わりに現れるのだが、
皇魔将軍としてではなく十二階梯の継承者としての参戦であり、プレイヤーにも有効的な態度を示す。
パーティーメンバーとなり、高位の光魔法で『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に手を貸してくれるものの、
実はそれはバロールの命で『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の懐に入り込み、隙を見て暗殺を実行するという計画であった。
ところが元々争いを好まないシャーロットは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を殺すどころか、
共に旅をするうちに『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の志に感化され、
プレイヤーこそが魔王を倒し世界を救う勇者だという確信を抱き、世界の未来を託した。

このように、『救済の』シャーロットはストーリーを進める上では避けては通れないキャラクターなのだ。
だというのに、今の今までエンバースたちは彼女の名も、存在も、何もかも忘却してしまっていた。
それはいったいなぜか?

『ギャオオオオオオ―――――――――ッ!!!!」

「――『聖域の守り(ホーリー・アサイラム)』!!」

ドガガガガッ!!!

オデットが絶叫し、闇色をした無数の魔力弾を放つ。地下墓所全体を対象とした盲撃ちだ。
なゆたが素早く胸の前で聖印を描き、魔術を発動させる。カザハやジョンたち仲間の身体がボウ……と輝きを放ち始める。
最上位光魔法のひとつ、『聖域の守り(ホーリー・アサイラム)』。
光属性の魔力が見えない障壁となって闇属性魔法から味方を守る――これもまたシャーロットのユニークスキルである。
オデットの放った闇の魔力はすべて光の壁によって弾かれ、狙いを大きく逸れた見当はずれの場所で爆発した。

『ギイイイイイイイッ!!!』

魔法が駄目なら直接攻撃だとばかり、オデットが長く巨大な右手をふりかぶる。
シャーロットは後衛キャラだ、その防御力自体は決して高くない。
レイド級モンスターであるオデットの長い爪の直撃を喰らえば、むろん無事では済むまい。
が、当たらない。『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』の効果がまだ続いている。
なゆたは高く跳躍してオデットの攻撃を避けると、空中でくるりと一回転し、

「『天国の階(ヘヴンリー・ステップ)』!!」

と叫んだ。そうして体勢を立て直すと、驚くべきことに『空中に着地する』。
よく見ると、なゆたの足許に波紋のような光の軌跡が輝いているのが分かるだろう。
そのままなゆたは空中を全速力で駆け出した。
なゆたの走るその足許に波紋が広がり、落下を防いでいる。
シルバーブロンドに輝く長い髪を風に靡かせながら、なゆたはオデットの頭上にまで到達すると、
大きく五指を開いた右手を突き出した。

「ポヨリン! 『流星雨スパイラル頭突き』!!」

『ぽよよぉぉぉ〜〜〜〜〜っ!!!』

なゆたに付いてきていたポヨリンがぽよんっと大きく跳ね、次の瞬間には無数の小さなポヨリンへと分裂する。
夥しい数の小さなポヨリンが、文字通り流星群のようにオデットの頭上へ降り注ぐ。
しかもそれは、一粒一粒が普段のポヨリンのスパイラル頭突きと変わらない威力を秘めた必殺の流星なのだ。

ガガガガガガガガッ!!!!

『アァァァアアァァアギギギィィィィィィ……!!』

流星雨によって全身を穴だらけにされたオデットが悲鳴を上げる。
が、すぐに持ち前の超回復能力で穿たれた肉体の損傷をなかったことにしてしまう。
やはり、オデットを倒すには一撃でその膨大なライフのすべてを剥ぎ取るだけの、桁違いの攻撃が必要らしい。

>威勢がいいのは結構だが……少し脇が甘いんじゃないか?
 エターナル・サルベーションのアンデッド強制退去には効果範囲がある。
 そこそこ出来るヤツらは影響を免れている――それに、追加の召喚を阻害出来る訳でもない

「エンバース」

たんッ、と地面に降り立ち、次の手を打とうと顔を上げたそのとき、後ろから声を掛けられた。
軽く振り向くと、そこには学生服姿の少年からいつもの穢れ纏いの祭服を纏ったアンデッドのエンバースが立っている。
ふたりは背中合わせに身構えた。

>……で。それを踏まえた上で、新顔のパートナーに何かオーダーは?

普段通りの軽口。いつも通りの口ぶりに、知らず笑みが浮かぶ。

「わたしがあなたに望むことは、いつだって変わらないよエンバース。
 “わたしを守って”――あなたはわたしを守り、わたしはみんなを守る。
 そうすれば、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は誰にも負けない!」

ざわ、ざわ、と暗がりから穢れ纏いたちが身を起こす。
信奉する教帝と対峙する白金色の髪の魔術師を最大限の脅威と認識し、排除しようとにじり寄ってくる。
それを阻止し、先程さんざん味わわされた屈辱を果たすのが、エンバースの役目だ。

「さあ、オーダーを果たして。エンバース、行くわよ!
 ――――デュエル!!!」

高らかに宣言すると同時、穢れ纏いたちが一斉にエンバースへと襲い掛かってくる。
信頼できる仲間に背中を預けたまま、なゆたはスマホの液晶画面をタップした。

346崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2022/09/14(水) 06:53:09
「『光加速(ホーリー・アクセラレーション)』!」

新たなスペルを発動させると、なゆたの全身が薄緑色に輝き始める。
一見したところそれ以外は表面上なんの変化も見られないが、スマホを確認できる者にはその効果は顕著だろう。
なゆたのATBゲージが、常軌を逸した速度で溜まっている。
『光加速(ホーリー・アクセラレーション)』。ATBゲージに直接働きかけ、自らの行動ターンを実質増加させる魔法である。
これでなゆたはぽよぽよ☆カーニバルコンボなど時間と手間のかかるコンボを短時間で発動させることができるのだ。
だが、なゆたがしようとしているのはゴッドポヨリンの召喚ではなかった。
ゴッドポヨリン――G.O.D.スライムは50体ほどいるレイド級モンスターの中でも上位に食い込む攻撃力の持ち主だが、
オデットのライフを一撃ですべて削ぎ落とすには、まだ一手が足りない。
ゴッドポヨリンよりも上の攻撃力を持つ、絶対の存在。
それを召喚する必要がある。

「『命たゆたう原初の海(オリジン・ビリーフ)』……プレイ!
 『限界突破(オーバードライブ)』……プレイ!
 『分裂(ディヴィジョン・セル)』……プレイ!」

加速によって爆速でチャージされてゆくATBゲージを惜しげもなく使い、スペルカードを切ってゆく。
陰鬱とした地下墓所から一転、ユニットカードの能力で一面の海原に変化したフィールドを見遣り、
なゆたは眉間に皺を寄せ唇を噛んだ。
ゴッドポヨリンをも上回るモンスターの手持ちなど、自分にはひとつしかない。

超レイド級モンスターの一角、『世界蛇』ミドガルズオルム。

世界そのものさえ啖い尽くすと言われるかの大蛇竜の力なら、オデットの体力を根こそぎ奪い取ることも可能だろう。
だが、それを果たして自分が召喚できるのか?
確かに自分はミドガルズオルムの契約アイテム『人魚の泪』を所有している。
しかし、それはリバティウムでマリーディアとライフエイクの絆を取り戻させた後、
なりゆきで手に入れたものに過ぎない。いわば正規の手段以外の方法で入手したものなのだ。
きちんとミドガルズオルムに、マリーディアに認められていない自分の召喚に、
彼女らは正しく応じてくれるものだろうか? そんな懸念が胸の中で渦を巻く。
第一、人魚の泪は平和を愛するマリーディアの心が形になったもの。
そんなアイテムを、目の前の敵を倒すために用いてもいいのだろうかという想いもある。
懐から取り出した澄んだ薄水色の液体を湛えた小さなティアドロップ型のペンダントを握り締め、なゆたは逡巡した。

しかし。

>オデットと…俺を…繋げ!

ぶおッ!!

突如として響くジョンの声に、はっとして顔を上げる。
視界の先には、生命の輝きが鳩尾に突き刺さって苦悶しているオデットの姿があった。

『ギャゴオオオオオオオオオオオオッ!!!!』

「これは……! ジョン!?」

>今度は上でやってたような上品な吸い方なんかじゃない…フルパワーで……
 オデットを操ってる力の源を…強制的に吸い上げて…もう余計な奴に…介入させない…!

オデットの鳩尾に突き刺さった生命の輝きは肉色の触手によってジョンの首筋と繋がっている。
つまり、ジョンは自身を連結することで生命の輝きが有する吸収能力を最大限まで引き上げようとしているのだ。
だが、それは文字通り危険を顧みない自殺行為である。

>今回は僕が生命の輝きと直接つながり…生命の輝きを…オデットを…制御する!

ジョンが確固たる信念のもと叫ぶ。
『永劫』の名を冠する教帝の、闇を統べる“生命無き者の王(ノーライフキング)”の膨大な力が、ジョンの全身を駆け巡る。
その効力は失われた右手首さえも瞬時に復元してしまう程であったが、むろんそれだけで済むはずがない。
人の身には余るその膨大な力に、ジョンは悶絶した。
それだけではない。血のようにくまなく全身へ回った闇の力が、ジョンの姿を徐々に変質させてゆく。
犬歯がメキメキと音を立てて伸び、皮膚に青黒い血管が浮かび上がる。
肩甲骨が変形し、一対の未熟な翼が出現する――。吸血鬼化の兆候だ。
白目に血が溜まって黒く変色してゆき、反対に黒目が金の色味を帯びる。皮膚の色そのものが青紫になってゆく。
しかし、それでもジョンはオデットから力を吸収することをやめない。

>なゆ!エンバース!僕の事はどうでもいい!!オデットを…オデットを頼む…!

「ジョン……でも……!」

>僕達みたいな…力はあっても…生き方がヘタクソな奴らは……強かな奴らに搾取されるしかない…
 自分でなにかやったと思っても…結局は掌で踊らされてるだけ………もうそんなのうんざりだ…
>普通と違かったら普通に生きちゃいけないのか!?平穏に暮らしちゃいけないっていうのか!?
 終われないってのか!?ふざけんな!

今や肉体の半分が吸血鬼に変貌しつつあるジョンが、血を吐きながら絶叫する。

>僕は二度と…やらなかった事で後悔することも…掌から希望を零すような事はしない…!

それは、ジョンの心からの想い。己の信念を貫き通すため、ジョンはまさに命を懸けている。
ブラッドラストに心と身体を支配され、破壊と殺戮に酔い痴れていたかつてのジョンは、もうどこにもいなかった。
そんなジョンが此方を信じ、其処まで全力を振り絞ってくれているというのに、いつまでも躊躇ってはいられない。

「――わかった! ジョン、あなたの心……決して無駄にはしないわ!
 これで……何もかも終わらせる!!」

なゆたは握り締めていた人魚の泪を高々と頭上に掲げた。

347崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2022/09/14(水) 06:59:46
「わたしたちの大切な人たちを守るために。愛する世界を守るために。
 力を貸して、マリーディア!
 ―――大召喚!!!」

右手に持った人魚の泪を頭上へ真っ直ぐに掲げ、なゆたは叫んだ。

カッ!!!

その途端、人魚の泪が眩い蒼色の閃光を発する。フィールド全体が強い光に包まれ、
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちの網膜を灼く。
だが、視界が光で埋め尽くされた次の瞬間、その場にいた全員は目の当たりにするだろう。
満月がほの白くすべてを睥睨する夜の海、見渡す限りどこまでも続く凪いだ水平線――広大な海原の果てで、
月光に魚鱗を煌めかせながら、冠をかぶったひとりの人魚が高くアーチを描いて跳ねるのを。

かつて、リバティウムでミハエル・シュヴァルツァーは強者たちの血を媒介にマリーディアを召喚した。
亡者たちの怨嗟の声が響き渡る中、『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』めいた魔法陣から呼び出されたマリーディアは、
望まぬ召喚に絶望して破滅を願い、憎悪を振り撒き、崩壊の歌を奏でた。
けれど、今は違う。
マリーディアは真になゆたの要求に応えた。ならば、もう恐れるものは何もない。

「其は躍動する蒼き鱗。
 終焉を告げる黄昏の日の尖兵。
 幾百、幾千の暴威を踏み潰す暴威。
 幾万、幾万の悪意を喰らい尽くす悪意――そして、世界の海の守護神!
 今こそ出でよ、伝説の獣! 世界蛇“ミドガルズオルム”!!!!」

『キョオオオオオオオオオオオオオオ――――――――――――ン!!!!!!』

暗い海原の奥底で、太陽と見紛う四対の黄金色の眼が輝く。
耳を劈く甲高い咆哮と共に、深海から巨大な蛇体が浮かび上がってくる。
銛のような、鏃のような鋭い吻部を持った巨大な竜が、ざばぁ……と水を盛り上げながらなゆたの足許で鎌首を擡げる。
空間を歪め概念化・結界化した海フィールドに出現した、超レイド級の世界蛇。
その頭の上で傲然と腕を組み、仁王立ちになったなゆたがオデットを見下ろす。

『ギイイイイイイイイイイッ……!!』

オデットは呻いたが、生命の輝きを媒介にジョンから生命力を吸われているため身動きが取れない。

「そ……、そんなバカな……。
 一生に一度、一柱でも目の当たりに出来るかさえ分からない、神話の獣を……。
 超レイド級モンスターを、二体も……?
 こんなの……こんなの、聞いていないわ……! 大賢者様は一言も……!
 アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に、こんな力があっただなんて……!」

双眸を驚愕に見開き、ウィズリィが呆然とミドガルズオルムを見上げる。
一時期は実在を疑問視さえされていた超レイド級、ミドガルズオルムとベルゼビュート。
その二柱が立て続けに顕現するなど、到底常識と理解の範囲を超えた状況であろう。
モンスターやこの世界の体系について詳しい『魔女術の少女族(ガール・ウィッチクラフティ)』なら猶更だ。
しかし、そんな信じられない光景が実際に目の前で繰り広げられている。

『キョオオオオオオオオオオ―――――――――――ッ!!!』

ミドガルズオルムが吼える。オデットは――動けない。
いや、実際には『動かない』。それがジョンがその肉体を支配する『悪魔の種子(デモンズシード)』の力までも吸い上げ、
一時的にオデットを呪縛から解き放つことに成功したからなのか、それは分からない。
だが、どちらにせよチャンスは今しかない。煌々と白い光を放つ満月を背に、なゆたは今一度右手を頭上へ真っ直ぐに伸ばした。

「ミドガルズオルムの攻撃!
 四海に轟け、ラグナロクの先触れ! ――ファイナルアタック!!」

世界蛇の輝く鱗が月光を吸収し、魔力へと変換する。
大きく開いた口吻に、全身に蓄えられた魔力が収束してゆく。

「ひ……。
 ブック、防御を――」

「遅い!!
 『終焉を告げる角笛(インペリアル・ガンマ・レイ)』!!!」

ギュバッ!!!!!!!

ウィズリィが慌てて身を守ろうとするものの、判断が遅すぎる。
臨界に達した魔力が膨大な破壊の閃光となり、ミドガルズオルムの口吻から光の波濤となって放たれる。
全身から取り入れた光を魔力に変換して口から極太のレーザーとして撃ち放つそれは、
構造としてはG.O.D.スライムの『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』とほぼ同じであったが、出力は桁違いだ。
オデットの巨大な全身はあっという間に『終焉を告げる角笛(インペリアル・ガンマ・レイ)』の光に呑み込まれた。

348崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2022/09/14(水) 07:08:05
圧倒的な光の奔流によって、闇属性であるオデットの肉体がボロボロと崩壊してゆく。
ピキ、という澄んだ音と共に胸の『悪魔の種子(デモンズシード)』にヒビが入ったかと思うと、次の瞬間には粉々に砕け散る。
そこでやっとオデットは種子の支配から解放され、自我を取り戻した。
魔物然としていた『生命無き者の王(ノーライフキング)』の姿が、聖母のそれに戻る。
そして、感じる。
無尽蔵のライフが今まで体験したことのない速度で減少し、剥離し、消滅する感覚。
それは今まで数千年という長い年月を生きてきたオデットにとっても、まったく未知の体験であった。

――ああ……。

身体が言うことを聞かない。自分で自分を律することができない。
己が己でなくなってゆく、肉体と精神とが剥離する、未だかつてない衝撃。

――これが、死なのですね。

事ここに至り、『永劫の』オデットは初めて“死”というものを自覚したのであった。
自らの肉体が手足の末端から朽ち果ててゆくのを感じながら、オデットは愉快そうに口角に微かな笑みを浮かべた。
そして。

「ぅ、うぁぁぁぁぁぁぁ……!
 だ……、大賢者……さま……!!」

ミドガルズオルムの『終焉を告げる角笛(インペリアル・ガンマ・レイ)』に呑み込まれたのはオデットだけではない。
オデットを盾にして高見の見物を決め込んでいたウィズリィもまた、莫大な魔力の閃光に全身を打ちのめされた。
今までは、あれほどの激しい戦いの只中にいてもウィズリィは決して攻撃の対象になったり、
流れ弾を被弾するようなことはなかった。それはひとえに大賢者の加護があったからに相違ない。
ゲーム的な解釈をすれば、“チートで無敵補正が掛かっていた”ということだ。
しかし明神がベルゼビュートを、なゆたがミドガルズオルムを召喚した瞬間に、
ウィズリィを矢玉から匿っていたそれらの祝福は残らず消滅した、つまり。
彼女は見捨てられた。大賢者に用済みと判断されたのだった。

「なぜ……、大賢者様……! 私は、私は……!
 貴方様の、ご命令を―――――――」

ウィズリィの被っていたとんがり帽子が光の波濤によって吹き飛ばされ、前髪が風に煽られて隠れていた額が露になる。
知恵の魔女の白い額の中央には、まるで目玉のような禍々しい球体が鎮座していた。即ち――
『悪魔の種子(デモンズシード)』が。

パキィンッ!!

オデットに寄生していたそれと同じように、莫大な光の魔力に晒された額の種子が砕けて落ちる。

「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!!」

両手で額を押さえたウィズリィは身を仰け反らせて甲高い悲鳴を上げると、ふっと意識を手放す。
そのまま、ブックもろとも『終焉を告げる角笛(インペリアル・ガンマ・レイ)』の奔流に吹き飛ばされていった。

「…………」

まさに超レイド級の称号に相応しい威力の攻撃を炸裂させ、蓄積した魔力のすべてを解き放ち終わると、
ミドガルズオルムは静かに元いた深海へと還っていった。フィールドも広大な海原から本来の地下墓所へ切り替わる。
とん……となゆたが地上へ降り立つ。と同時、シルバーブロンドに輝いていた髪色も黒に戻る。
後に残されたのは生存に必要な最低限のライフ以外すべてを喪い、人間形態に戻って仰向けに横たわる『永劫の』オデット、
そして同じく気を失って倒れているウィズリィとブック。

光溢れる聖祷所前の階段から始まり、一転して闇に支配された地下墓所で継続された『永劫の』オデットとの戦いは、
ここに決着した。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は見事にオデットの要求に応えたのだ。
だが――

「……時間が……もう無い」

勝利に安堵する姉弟子たちの後ろで『黄昏の』エンデだけは険しい表情を浮かべたまま、そう呟くのだった。


【ベルゼビュート、元のガザーヴァとマゴットに分離。
 なゆた、ミドガルズオルムを召喚。オデットとウィズリィを撃破。
 ウィズリィ、オデットと同じく悪魔の種子によって操られていたことが判明。
 戦闘終了。】

349カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2022/09/15(木) 01:23:00
>「――『聖域の守り(ホーリー・アサイラム)』!!」

なゆたちゃんの魔法で障壁が出来、闇魔法があたらなくなる。
これでうっかり流れ弾に当たることもなく、晴れて驚き役に専念できるというものである。
と言ってしまうと不謹慎だが、実際そこからの展開は私達が何もしなくても安泰なのでした。
なゆたちゃんがひとしきり超人バトルを繰り広げたかと思うと、
気付けばジョン君が生命の輝きでオデットと連結し、我が身の危険を顧みずオデットを制御している。

>「――わかった! ジョン、あなたの心……決して無駄にはしないわ!
 これで……何もかも終わらせる!!」
>「わたしたちの大切な人たちを守るために。愛する世界を守るために。
 力を貸して、マリーディア!
 ―――大召喚!!!」

>「ミドガルズオルムの攻撃!
 四海に轟け、ラグナロクの先触れ! ――ファイナルアタック!!」

ミドガルズオルムの圧倒的な一撃に、オデットの肉体が崩れていく。
おそらく胸に埋め込まれたデモンズシードも、破壊されたのであろう。
そして、オデットのみならずついでにウィズリィもそれに飲み込まれたのであった。

>「ひ……。
 ブック、防御を――」
>「遅い!!
 『終焉を告げる角笛(インペリアル・ガンマ・レイ)』!!!」

今まで背景NPC扱いのような感じだったのにここにきてどうしていきなり巻き添え食らってるのでしょうか。
逆に、本来巻き添えを食らうのが普通で、今まで加護か何かがかかっていたのかもしれない。
その説を裏付けるように、ウィズリィが悲痛な叫びをあげる。

>「なぜ……、大賢者様……! 私は、私は……!
 貴方様の、ご命令を―――――――」

今までは大賢者の加護がかかっていたがたった今見捨てられた、ということだろうか……。
ウィズリィのとんがり帽子が飛ばされ、額が露わになる。
なんとそこには、『悪魔の種子(デモンズシード)』が鎮座しており……やはり莫大な光の魔力の前に砕けて散った。
オデットだけではなく、ウィズリィもまたデモンズシードの支配下にあったのだ。
皆が今回の本命であるオデットやまたもや重体になっていそうなジョン君を気に掛ける中、カザハはウィズリィに駆け寄った。
私達はウィズリィとは入れ替わりでパーティに加入しており、
なゆたちゃん達から話は聞いているものの直接の面識は無いのだが……。
何か思うところがあったのだろう。
カザハは片膝をついてウィズリィの上半身を抱き上げ、心配のような憐みのような表情で見つめている。

350カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2022/09/15(木) 01:25:24
「カザハ……」

「エンデが言っていたよな。
アルフヘイムとニヴルヘイムの住人はプログラムに従って動いているだけ……。
こんなに簡単に操られてしまうんだ……。我々もきっと同じ……」

「あ……」

さっき複雑そうな表情をしていたのはそれですか……!
確かに、私達はたまたま事故って一時期地球にいただけで、今のこの姿が示す通りバリバリのアルフヘイムの住人だ。

「き、気にしたら負けです! それ言ったらガザーヴァだって生粋のニヴルヘイムのモンスターですし!」

そう言いながら私も分かっている。今までの経緯を考えれば気にするなという方が無理な話なのだ。
すったもんだの末に、体の乗っ取りを目論んでいたガザーヴァと分離したと思ったら
今度は風精王の手駒だったことが発覚し、やっとの思いでその支配下から脱して……。
それ全部ひっくるめてプログラムに従って動いていただけで、今も何一つ操り糸から逃れられていない、という事実を突きつけられたのだから。

「いっそガザーヴァみたいに純粋なモンスターなら……
たった一人のブレイブにパートナーモンスターとして忠誠を誓うことだって出来る。
そうすればきっとどんな洗脳だって跳ねのけられる。
でも我々はなまじ地球に生きたばっかりに純粋なモンスターでもなくなってしまった……。
この子もきっと似たようなものだ。
地球に行きはしてないにしても、ある種の知恵を身に着けてしまったばっかりに
もう誰かのパートナーモンスターにはなれないんじゃないか……?」

「……!」

ウィズリィは仲間だった時、本人自身がモンスターでありながら
パートナーモンスターを従えスペルカードを操る、ブレイブと類似した戦闘スタイルを取っていたそうです。
現に、この戦いにおいても実際にブックというらしきモンスターを使役していた。
そう、こちらの世界のモンスターでも彼女のようにブレイブと類似した戦闘スタイルを取ることがあるのだ。
ならば逆説、私達は本当に異邦の魔物使い《ブレイブ》扱いなのだろうか。
ブレイブの真似事をしているだけの、ちょっと変わった経歴のモンスター枠でない保証はどこにあるのだろうか。
そして、ブレイブを模した変則的なモンスターであるウィズリィは、なゆたちゃん達と一緒に冒険した仲間でありながら、
デモンズシードの前に成す術もなくあっさり操られてしまった。
カザハはウィズリィを自分達と重ねていたのだ。明日は我が身なのではないかと。

351カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2022/09/15(木) 01:28:28
「カケル、我々にはきっと……我々にはなゆたちゃん達みたいな異邦の魔物使い《ブレイブ》の自由意思は……エンデ君の言うところの”勇気”は無い――
ガザーヴァのようにパートナーモンスターとしてたった一人の相手に忠誠を誓うことも出来ない……。
何もかも中途半端だ……」

あっ、これは毎度お馴染み風物詩の離脱するする詐欺の流れですね……!
と言いたいところですが、今度ばかりはそれが阻止されるビジョンが思いつきません。
もう戦力的にも元からいたブレモン世界トップに加えて、マジもんの聖女の生まれ変わりやら超レイド級やらで
辺境の限界集落の村長さんとそのペットがいてもいなくても変わらないような状態になってますし……。
実は何枚か綴りだったらしい引換券(引換対象:ガザーヴァ、グランダイト(※ストームコーザー付き)、マゴット羽化の最後の一押し)も
もういい加減回数制限が切れてそうですし。
限界集落もとい始原の草原もそろそろまとめ役不在の混乱が起きてそうですし、
それを口実に私達、風の双巫女の後継におさまってしまうのでしょうか。
そんな時、私の馬耳は、馬耳東風の四字熟語に反して地獄耳を発揮し、エンデの呟きを捕らえたのでした。
馬の耳は風に乗ってきた音がよく聞こえると解釈しておきましょう。

>「……時間が……もう無い」

この場合考えられる意味は思いつく限り二つある。
まず、早くしないと世界がヤバイという大局的な意味。
もう一つは、例えばこの場所が崩壊するとか、目前に危険が差し迫っているという意味。
あるいはその両方。
どれにしてもヤバイことには変わりは無いのだが、特に目前に危険が迫っている場合は、早く対処しないと本当にヤバい。

「カザハ、とりあえず話は後です! エンデ君! 時間が無いとは!?
もしここが崩壊するとかだったら勿体ぶってないで早く教えてくださいよ!?」

私はカザハとの会話をいったん中断し、エンデに詰め寄った。
そっちの意味の時間が無いなら流石のエンデでも勿体ぶらずに言うだろうとは思うのだが、
相手はエンデなので用心しておくに越したことはない。

352明神 ◆9EasXbvg42:2022/09/20(火) 07:22:14
シャーロットと化したなゆたちゃんがオデットと対峙する。
復活したポヨリンと共に、文字通り宙を駆け、仮借ない痛撃を加えて行く――
その一部始終を、俺は離れた場所から見守っていた。

身体は動く。シャーロットの回復スキルは傷だけじゃなく俺の活力も癒やしてくれた。
だけど、今からあそこに飛び込んで行ってもうひと暴れ……する気には、ならなかった。

遠からず決着がつく。
そして、オデットとの因縁にケリを付けるのには、きっと俺よりも適任がいる。

>「……で。それを踏まえた上で、新顔のパートナーに何かオーダーは?」

エンバースと――ジョンが、オデットの元へ駆け出すのが見えた。

最後の最後まで、オデットの闇に、その苦悩に寄り添い続けたのはお前だ、ジョン。
ぶちかましてやれ。これまでの全ての旅路で、お前がたどり着いた答えを……叩きつけてやれ。

>「みょうじーんっ!」

「うおぉぉっ!?」

不意に呼ばれて振り返ると、合体を解いたガザーヴァが胸元に飛び込んできた。
実家の犬みたいに頭をぐりぐり押し付けてくる。艶やかな銀髪がぶんぶん揺れる。

「わはは!ステイ、ステイ!土手っ腹にぶち空いた穴も完治って感じだなぁ!」

正罰騎士ゾンビに貫かれた傷も完全に塞がっている。
今はただ、衣装の焼け焦げた穴から垣間見える素肌だけが、負傷の痕跡を物語っていた。

>「どう? どう? ボクのカッコイイとこ、見てくれた?
 ベルゼビュートだって! 超レイド級だって!!
 すっっっっげぇだろ! ガチでイケてただろーっ!?」

「ああ、最高にイカしてたぜ。惚れ直した。スクショ撮っときゃ良かったよ」

>「ボク、身も心も明神のものになっちゃった……。ふふ」

「うん……うん?」

ガザーヴァは俺の胸に頬を押し当てたまま、首からさがる蟲笛を愛おしそうに眺めた。
その眼差しは俺が今まで見たこともないくらい艶やかだ。
この笛ってそういう感じのやつなの?……そういう感じかぁ……。

……いや。
そういう感じでも、良い。
デウスエクスマキナに抗ってでもお前が求めた幸せが、俺の隣にあるのなら――
俺は全身全霊でその幸せを守ろう。セキニンってやつだ。

353明神 ◆9EasXbvg42:2022/09/20(火) 07:22:34
ガザーヴァを抱き留める腕に、力を込める。
危なかった。土壇場でエンデがカードを持ってこなけりゃ、ガザーヴァもマゴットも死んでいた。
それだけは、あのクソガキに感謝しなくちゃなるまい。

そして、ただ降って湧いたウルレアスペルがあったところで、超レイド級の存在はなし得なかったとも感じる。
他ならぬガザーヴァ達が命を諦めなかったから。俺を助けようとしてくれたから。
築き上げてきた俺たちの絆は、ちゃんと力になって俺に応えてくれた。

「……本当に、よく頑張ったな」

本当はもっと色々喋りたかったし、饒舌さには自信があったけど。
それ以外の言葉は、出てこなかった。

「お前もこっち来いよ、なにその図体で隅っこに縮まってんだ」

ひとしきりガザーヴァを抱き締めてから、横合いに声を掛ける。
そこには腕組みして壁に寄りかかっている蠅頭の巨漢がいた。
マゴットもまた、元通りになった五体と翅を休めつつ、なにか言いたげに複眼をこっちに向けていた。

『しかし……今は姉上のターン……!!』

地の底から響くような声で、そんな気弱なことを言う。
……姉上!?お前ガザ公のことそういう認識なの!?
エルリック兄弟みてーなサイズ差じゃん。

「ターン制とかねーから!いいからまとめて掛かってこいよ、姉弟同時に相手してやらぁ!」

マゴットはがばりと壁から身を剥がし、四本腕を広げてドスドス駆け寄ってくる。

『我……頑張った……!!』

俺とガザーヴァは、筋骨隆々の黒光りする巨腕4つに飲み込まれた。
待て!ステイ!視界を遮んのはヤバいって!あっちはまだ戦闘中なんですよ!

マトリョーシカのようにマゴットと俺の腕に二重に包まれたガザーヴァは、
視線だけで俺の意図を察したのか、首元に腕を回しながら言った。

>「……あっちなら心配ねーよ。なんたって、あっちにゃシャーロットがいるんだからな。ボクらの出る幕はもうない。
 ボクも思い出した……なんで今までアイツのこと忘れてたんだろ?
 引っ込み思案で、泣き虫でさ。でも一旦キレるとボクら三魔将の中でも一番ヤバイ、アイツのこと――」

 ◆ ◆ ◆

354明神 ◆9EasXbvg42:2022/09/20(火) 07:22:58
>「オデットと…俺を…繋げ!」

ジョンが魔剣を振りかぶり、オデット目掛けてぶん投げた。
武器を捨てた――違う。柄から生えた触手はジョンの首につながったままだ。
そして魔剣の刃がオデットを貫く。刀身と触手が、オデットとジョンを連結する。

>「今回は僕が生命の輝きと直接つながり…生命の輝きを…オデットを…制御する!」

「そういうことか……!」

魔剣の下敷きになってるのはブラッドラストの呪いだが、ジョンが持つ力はそれだけじゃあない。
あいつの能力、才能の本質。一流のアスリートが備えるそれは、身体を完全に制御する技術!
ブラッドラストを通じてオデットの肉体さえも、その範疇に収めようとしている。

瞬間、ジョンの切断された腕が膨れ上がり、失われたものが生えてきた。
肉体の欠損すら元通りにしてしまう出鱈目な再生能力は、紛れもなくオデットの力。
逆流してるんだ……ひとつになった身体の主導権を、今、ジョンとオデットは取り合っている。

>「う・・・ぐうううううううああああああああああ!」

体表の血管という血管が浮き上がり、脈動する。
苦痛に喘ぎ、獣のように咆哮するジョンの姿を、俺はただ見ていることしか出来なかった。

――もうやめろ、とは言わねえよ。
お前が見つけた答えなら、俺はそいつを全力で肯定する。
ただ一言、声を掛けるとするなら……

「頑張れ、ジョン……!」

もう十分頑張ってる奴に、これ以上頑張れなんて言えるはずがない。
それでも俺の口から出るのは、益体もない根性論を後押しするような、『頑張れ』だった。

>「僕達みたいな…力はあっても…生き方がヘタクソな奴らは……強かな奴らに搾取されるしかない…
 自分でなにかやったと思っても…結局は掌で踊らされてるだけ………もうそんなのうんざりだ…」

吐露する言葉は、こいつがずっと抱えてきたやるせなさの断片。
失敗を重ねてきた。ヒーローだのアイドルだの持て囃されても、本当に大事なものは何も救えなかった。

>「普通と違かったら普通に生きちゃいけないのか!?平穏に暮らしちゃいけないっていうのか!?
  終われないってのか!?ふざけんな!」

そしてだからこそ、オデットの抱える懊悩と、ジョンは常に近いところにあった。
プネウマの聖母を、幾千年の絶望を、誰よりも深く理解していた。

>「僕は二度と…やらなかった事で後悔することも…掌から希望を零すような事はしない…!」
>「オデット!戻って来い!…僕が!…この僕がお前の理想を…!望みを叶えてやる!だから…戻れ!」

ジョンは今、自分を苛むものから、一歩踏み出そうとしている。
絶望を乗り越えたその先に――オデットの手をとって、一緒に。
伸ばした指先が、闇の中の聖母を、手繰り寄せた。

>「わたしたちの大切な人たちを守るために。愛する世界を守るために。
 力を貸して、マリーディア!  ―――大召喚!!!」

なゆたちゃんが人魚の泪を掲げる。
刹那、地下墓所の環境が一変した。眼の前に広がる、どこまでも凪いだ海――
潮騒が聞こえる。磯の匂いまでする。

355明神 ◆9EasXbvg42:2022/09/20(火) 07:23:37
イブリースとの戦いでエンバースがミドやんを喚んだときには、こんな環境の変化は起きなかった。
現界も一瞬で、膨大な魔力の残滓しか残らなかった。
今は違う。リバティウムの時のように、確かな実体が、存在感が出現するのが分かる。

そうか――
マリーディア。あの悲しき人魚の女王が、泪に遺ったその意思が、なゆたちゃんに力を貸しているんだ。
ベルゼビュートの蟲笛のように。契約アイテムとしての本領を、発揮した。

>「其は躍動する蒼き鱗。
 終焉を告げる黄昏の日の尖兵。
 幾百、幾千の暴威を踏み潰す暴威。
 幾万、幾万の悪意を喰らい尽くす悪意――そして、世界の海の守護神!
 今こそ出でよ、伝説の獣! 世界蛇“ミドガルズオルム”!!!!」

凪いでいた海が膨れ上がり、水面を割ってミドガルズオルムが出現する。
鎌首をもたげ、8つの金眼が見据えるのは……ジョンと繋がり、動きを止めたオデット。

>「ミドガルズオルムの攻撃!
 四海に轟け、ラグナロクの先触れ! ――ファイナルアタック!!」

オデットの隣で、ウィズリィちゃんが絞められた小鳥のような声を上げた。

>「ひ……。ブック、防御を――」
>「遅い!! 『終焉を告げる角笛(インペリアル・ガンマ・レイ)』!!!」

鱗という鱗が光輝き、月光を魔力に変換して喉元へ集約する。
吐き出された威力が、大瀑布のようにオデットを叩きつけ、飲み込んだ。

>「ぅ、うぁぁぁぁぁぁぁ……! だ……、大賢者……さま……!!」

ミドガルズオルムの範囲攻撃に巻き込まれてウィズリィちゃんも押し潰される。
攻撃対象にされても彼女は逃げなかった。まるで、『巻き込まれるとは思ってなかった』かのように。
オデットの魔霧を吸っても平気だったカラクリがようやく分かった。
何かしら外付けの防壁みたいなのがあったんだ。

>「なぜ……、大賢者様……! 私は、私は……!貴方様の、ご命令を―――――――」

ウィズリィちゃんの怨嗟にも似た声は、ローウェルに向けたものだった。
おそらく防壁はローウェルが施して、この場におけるウィズリィちゃんの安全を保証するものだったはずだ。
だが今、ミドやんの攻撃はウィズリィちゃんにも直撃している。
ローウェルが防壁を解いた?ウィズリィちゃんを切り捨てたってことか……?

>「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!!」

疑問の答えは、ふっ飛ばされてこっちまで転がってきたウィズリィちゃんの姿ですぐに示された。
三角帽で隠されていた彼女の額。そこにあるのはオデットのものと同じ……『悪魔の種子』。
ウィズリィちゃん自身も種子に支配されていたんだ。
彼女はローウェルの代理人としてここに来たんじゃない。

「初めから……全員あのクソジジイの安い駒だったってことかよ」

カザハ君たちがウィズリィちゃんに駆け寄っていくのを、俺は歯軋りしながら見ていた。

……ふざけやがって。
ウィズリィちゃんを操ってここに送り込んだのは、たまたま手近な誰かを駒にしたからじゃないだろう。
ローウェルにはバロールと違って人望がある。継承者も半分くらいはあのジジイのシンパだ。
それこそエリにゃんみたいに代理人として適任な人材はいくらでもいたはず。

356明神 ◆9EasXbvg42:2022/09/20(火) 07:24:07
敢えて、俺たちと懇意にしていたウィズリィちゃんを選んだ作為。
動揺を誘う為か。あるいは、悪魔の種子っていう個人の尊厳をメタメタに破壊する手札を誇示するためか。
いずれにせよ奴はこう言いたいんだ。『お前達の交友関係も全て分かっているぞ』と――

>「カケル、我々にはきっと……我々にはなゆたちゃん達みたいな異邦の魔物使い《ブレイブ》の自由意思は……
 エンデ君の言うところの”勇気”は無い――
 ガザーヴァのようにパートナーモンスターとしてたった一人の相手に忠誠を誓うことも出来ない……。
 何もかも中途半端だ……」

ウィズリィちゃんを介抱しながら、カザハ君がカケル君と話す声が、聞こえた。
エンデが言った『プログラム』のくだりは、カザハ君にとっても他人事じゃないんだろう。

「カザハ君、お前は――」

お前は違う。大丈夫だ。なんの根拠も持てないままにそう声をかけようとして、

>「……時間が……もう無い」

エンデがぼそっとつぶやいた一言に、全てが遮られた。

>「カザハ、とりあえず話は後です! エンデ君! 時間が無いとは!?
 もしここが崩壊するとかだったら勿体ぶってないで早く教えてくださいよ!?」

同じように耳聡く聞き付けたのか、カケル君がエンデを振り仰ぐ。
そうして、俺がカザハ君に何かを言う機会は失われた。

「エンデ!……説明。」

こいつの言葉足らずにももう慣れた。
この場所でいつまでも感想大会やってる場合じゃないのも確かだし、侵食がやべーのもその通り。
さっさと引き揚げるべきだ。

「地上に戻ろう」

カザハ君と一緒にウィズリィちゃんを抱えて仲間達に駆け寄った。

「ウィズリィちゃんにも『悪魔の種子』が付いてた。操られてたってことだ。
 こいつはかなりのっぴきならねえ。ローウェルは俺たちの人間関係を全部抑えてる。
 俺たちがこれまでの旅で関わってきた全員が危ない――」

悪魔の種子が対象を問答無用で支配するアイテムなら、悪意のある活用方法なんざ百は思いつく。
人質にだってできるし、情報源にもできる。情報操作だってお手のものだろう。
オデットがなすすべなく操られたことから考えて、支配への抵抗は困難なはずだ。

「アコライトのオタク殿たち。マホたん。ポラーレやガンダラのマスター。
 それに……リバティウムのしめじちゃん。あの子が支配されたら……俺は多分、戦えない。
 クソジジイが次の手駒を思いつく前に、クソみてえなこの玩具を取り上げなくちゃならねえ」

それから――
俺は一歩前に出る。目の前には、ミドガルズオルムをアンサモンして降り立ったなゆたちゃん。
既に髪から白銀の輝きは失われて、もとの姿に戻っている……けど。

「こんな時に言うことじゃないって分かってる。でも、はっきりさせておきたい。
 ……お前のことは、なゆたちゃんとシャーロット、どっちで呼べば良い」

ポヨリンと共に戦う姿は紛れもなくモンデンキントだった。
その一方で、俺の知る崇月院なゆたからはかけ離れた力を、目の当たりにしてしまっている。
エンデの言った『マスター』がなゆたちゃん自身にかけられた言葉でないのなら。

お前は一体、何者なんだ?

357明神 ◆9EasXbvg42:2022/09/20(火) 07:25:15
【戦闘終了。なゆたちゃんの正体を問う】

358embers ◆5WH73DXszU:2022/09/22(木) 08:16:21
【セーブ・ロード(Ⅰ)】


エンバース/なゆたが背中合わせに陣を敷く――たった二人と二匹の、だが必要十分の陣。

『わたしがあなたに望むことは、いつだって変わらないよエンバース。
 “わたしを守って”――あなたはわたしを守り、わたしはみんなを守る。
 そうすれば、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は誰にも負けない!』

――ああ、そうだ。その、お前の何の根拠もない……自信満々な作戦が聞きたかったんだ。

エンバースは本来そのような、精神論めいた戦術を好まない。
なゆたと出会ったばかりの頃も、彼女のそうした言動を揶揄した事がある。
だが、いつからだろうか――なゆたの、その無根拠な信頼が心地よく思えるようになった。

とりわけ、今は特に――自分の知るなゆたの名残がまた一つ見つかった事には、安堵を禁じ得ない。

『さあ、オーダーを果たして。エンバース、行くわよ!』

「ああ、背中は任せろ――それと、もし良ければ次のオーダーも考えておいてくれるか?」

墓所の暗闇が澱のように揺らぐ/人影と化す――穢れ纏いが姿を見せる。
エンバースは身構えない=魔剣を軽く肩に担いだだけの、自然体の姿勢。

「なにせ、こっちはすぐに終わっちまうからな」

『――――デュエル!!!」

穢れ纏いが襲い来る=鋭い踏み込み/一心同体の三連撃。

「フラウ」

エンバースが相棒の名を呼ぶ/指示ですらない=指示するまでもない。
フラウが前へ出る――黒塗りの刃/純白の閃光が真正面から激突。
響く、鈍い金属音――穢れ纏いが押し負けた/弾き飛ばされる。

連携の初手となる筈だった一人が崩れた/なし崩しに残る二人も仕掛けるタイミングを失う。
穢れ纏い達にとっては予想外の出来事――眼前の異形は、その矮躯故に膂力に欠ける筈。
事実、たかがスケルトンを押し返すにも全身を捻り、力を溜める動作を見せていた。

どれほど剣技に優れていようと、押した分だけ押し込める/故に守勢に弱い存在――その筈だった。

〈あのですね、何か勘違いをしているようですが――そりゃ確かに、私は非力ですよ?〉

フラウが不遜なほど堂々と一歩、穢れ纏いへ詰め寄る――穢れ纏いは、その場に踏み止まれない。

〈レッドドラゴンや黒曜竜と比べれば、私なんて小人のようなものでしょう〉

己の膝丈ほどの体高もない矮躯の異形――その足取りに、異様なまでの脅威が秘められていた。

〈ですが――〉

攻めなくてはならない――この異形とその主に真っ向から勝利する必要などない。
撹乱し、掻い潜り――その後方にいる少女の無防備な背中を刺せれば、それだけでいい。
そこまで分かっていて、しかし穢れ纏い達は直感していた――前に出れば、間違いなくやられる。

陽動にすらならない――ただ叩き潰されて終わるだけだと。

359embers ◆5WH73DXszU:2022/09/22(木) 08:17:12
【セーブ・ロード(Ⅱ)】

スケルトンの群団にすら手こずっていた筈の存在が何故突然――その答えを、穢れ纏いは知り得ない。
制御不能の執念の炎を宿したエンバースの心臓を、体内に留め置き続けてきたフラウが――
先の『悠久済度』でようやく、その消耗から全回復した事など知る由もない。

〈――こんな姿になっても。私は依然、竜なのですよ〉

瞬間、フラウの全身が急速に捩れる/回転が生じる――触腕が風を裂き、吼える。
直後に響く破砕音――穢れ纏いの一人が、竜に踏み潰されたようにひしゃげた。

そして――残る二人の穢れ纏いは、それと同時にエンバースの懐へと飛び込んでいた。
フラウが自ら打って出てきた事/一人だけを狙った事がきっかけだった。
この瞬間ならば、一時的にフラウをいないものとして扱える。

魔物と、それを従える者――その後者のみを叩く事が出来る。
不利な状況下で、一時的に/局所的な優勢を作り出す――合理的な戦術。
加えてエンバースはまだ構えを取っていない――ただ、魔剣を軽く肩に担いだだけ。

二人の内、一人は斬り伏せられるかもしれない――だが、一人はなゆたに刃を届けられる筈。

「なんだよ、フラウ。二人も譲ってくれるのか?」

だが、そこにもまた誤算があった。

〈靴底のガムのなり損ないよりは、マシなマスターに仕えていたいものですから〉

エンバースは、既に構えを取っているのだ――そして、轟く炸裂音/閃く魔力刃。
刹那の間に、肩に担がれていた筈だった魔剣が下段へと移動していた。
それはつまり――当然、刃は唐竹割りの軌跡を描いたという事。

穢れ纏いがまた一人、己が斬り伏せられた事にすら気づかないまま倒れた。
エンバースが軽く魔剣を掲げる――血振りの要領で鋭く振り下ろす。
瞬間、祭服の袖口から何か――小さな光るものが飛び散った。

ガラス片だ。エンバースがいつも投擲している酒瓶の破片が、袖口から出てきた。
何故か――エンバースが、それを炸薬代わりに使用したからだ。
遺灰の腕の中に酒瓶を仕込み、自らの熱で破裂させる。

そうする事で一切の予備動作なしに、しかし超高速の斬撃を放ったのだ。

「お前らみたいなちょっと腕の立つヤツらには、こういうのが効くんだよな」

穢れ纏い達の誤算は二つあった――まず一つは、エンバースの構えを見抜けなかった事。
そしてもう一つは――伸縮自在の魔剣/目にも留まらぬ剣速/精妙な剣捌きなど、
エンバースにとってはただの手札の一つに過ぎないと見抜けなかった事。

「さて――」

最後に一人残された穢れ纏いへ、エンバースが一歩詰め寄る。

「それじゃ、やろうか。お前は最後に残してやったんだ。さっきは邪魔が入ったからな」

ダインスレイヴを両手で握り締める/肩に担ぐ。
己の剣技など、エンバースにとってはあくまで、ただの手札の一つ。
だが――それはそれとして、負けを負けのまま捨て置けるエンバースでは、ない。

360embers ◆5WH73DXszU:2022/09/22(木) 08:17:24
【セーブ・ロード(Ⅲ)】

「来いよ。来ないなら、こっちから――」

エンバースが半歩踏み出す/瞬間、穢れ纏いの鋭い踏み込み。
前へ足を運び出した一瞬を突く、後の先の動き――狙いは、魂核への刺突。
肩に担いだ直剣は弧を描いて振り下ろされる――より直線的な刺突の方が先に届く。

穢れ纏いの狙いは正しい――間違っていたのは、前提だ。
エンバースは魔剣を振り下ろさなかった/むしろ逆に――手放した。
左手のみを柄から放し、迫り来る短剣――それを握る右手首を的確に打ち据えた。

脆い手首の骨の砕ける音/穢れ纏いは怯まない――更に一歩踏み込み、組み討ちを図る。
エンバースにはそれも想定内/右手の魔剣を振り下ろす――ただし刃ではなく、柄頭を。
穢れ纏いの踏み込みは深い/刃筋を立てるには近すぎる――しかし打撃には最適な距離。

再び、骨の砕ける音/今度は頭蓋が――だが穢れ纏いはまだ動きを止めない。
大きく仰け反りながらも踏み留まり、左手をエンバースへ伸ばす。
そして、剣閃――その左手が腕の先端から消える。

「ナイストライ、おねんねしな」

ダインスレイヴを逆手に持ち替え/魔力刃を収縮――穢れ纏いの胸に突き立てる。
圧縮されたエネルギーが、穢れ纏いの体内で解放/炸裂――炎上。
瞬きほどの間に炎は全身へ巡り、穢れ纏いは消滅した。

〈おめでとうございます。エンバースは靴底のガムのなり損ないから煽りイカに進化しました〉

「……どこから訂正したものか迷うけど、とりあえずナイストライは煽りじゃないからな」

〈では、黒刃(こくじん)様がよくntだとか、ggwpなどと仰っていたのも?〉

「アイツにかかれば、おはようの挨拶だって煽りになるのさ……だが、思い出話はまた後だ」

背後から響くオデットの悲鳴/膨れ上がる瘴気の気配――エンバースが振り返る。
見ればオデットの鳩尾に、生命の輝きが深々と突き刺さっていた。
魔剣からは触手が伸びて、ジョンへと繋がっている。

それだけではない/触手は脈動している――何かを、オデットからジョンへと運び続けている。

『今回は僕が生命の輝きと直接つながり…生命の輝きを…オデットを…制御する!』

「……ああ、そいつはマジでナイストライだ。冗談だろ……出来るのか、そんな事が」

エンバース=呆然/習慣じみた軽口だけが先走る。

『なゆ!エンバース!僕の事はどうでもいい!!オデットを…オデットを頼む…!』

『ジョン……でも……!』

「頼むって……どうしろって言うんだ?一か八か、あの悪魔の種子とやらを引っこ抜くか?」

それで上手くいけば、それでいい――だが確証はない。
例えば――悪魔の種子はあくまで受信器に過ぎないかもしれない。
つまりスタンドアロンの端末にウィルスを送り付ける媒体に過ぎない可能性がある。

361embers ◆5WH73DXszU:2022/09/22(木) 08:17:39
【セーブ・ロード(Ⅳ)】

「無茶をするにしたって、タイミングってものがあるぞ!形勢は逆転しつつあるんだ!
 確実に一つずつ、悪魔の種子を解除する方法を探っていけばいい!
 ウルトをぶっぱするだけが戦いじゃない――」

『僕達みたいな…力はあっても…生き方がヘタクソな奴らは……強かな奴らに搾取されるしかない…
 自分でなにかやったと思っても…結局は掌で踊らされてるだけ………もうそんなのうんざりだ…』

エンバースの制止の声が止まる/ジョンの振り絞ったような言葉には、真に迫る響きがあった。

『普通と違かったら普通に生きちゃいけないのか!?平穏に暮らしちゃいけないっていうのか!?
 終われないってのか!?ふざけんな!』

「ジョン、それは……どうしても、やらなきゃ駄目なのか?下手したら、死んじまうんだぞ!」

聞くまでもないと分かっていても、エンバースは問いかけずにはいられなかった。
――ああ分かった、好きに命を懸けろなどと――そう簡単に言える筈がなかった。

『僕は二度と…やらなかった事で後悔することも…掌から希望を零すような事はしない…!』

『――わかった! ジョン、あなたの心……決して無駄にはしないわ!
 これで……何もかも終わらせる!!』

ジョン/なゆたの返答――エンバースが露骨に項垂れる/頭を抱える。

「なあ、ホントに分かってるのか!?ホントだよな!?……ああ、クソ!いいさ!やれよ!やっちまえ!」

『わたしたちの大切な人たちを守るために。愛する世界を守るために。
 力を貸して、マリーディア!
 ―――大召喚!!!』

眩く閃く人魚の泪――光が満ちる/魔力が満ちる――絶大な水属性の魔力が、周囲に満ちていく。

『其は躍動する蒼き鱗。
 終焉を告げる黄昏の日の尖兵。
 幾百、幾千の暴威を踏み潰す暴威。
 幾万、幾万の悪意を喰らい尽くす悪意――そして、世界の海の守護神!
 今こそ出でよ、伝説の獣! 世界蛇“ミドガルズオルム”!!!!』

超レイド級モンスターは召喚時、フィールドを自身の属性によって支配する。
それはつまり――超レイド級は、極小範囲の世界を改変/再構築する力があるという事
その現象が極限まで高まれば――最早、戦場が地下深くの、岩と根に囲まれた場所だろうと関係ない。

『キョオオオオオオオオオオオオオオ――――――――――――ン!!!!!!』

閃光が収まると、小波の音が聞こえた/周囲は見渡す一面、海原だった。
その奥底で、巨大な影が蠢く/海面が急激に盛り上がる――爆ぜる。
海を引き裂いて――ミドガルズオルムが、その姿を露わにした。

世界蛇の咆哮が轟く――オデットは動けない/或いは、動かない。

『ミドガルズオルムの攻撃!
 四海に轟け、ラグナロクの先触れ! ――ファイナルアタック!!』

一つだけ確かな事は――今がこの戦いを終わらせる最大の好機。

362embers ◆5WH73DXszU:2022/09/22(木) 08:17:54
【セーブ・ロード(Ⅴ)】

『ひ……。
 ブック、防御を――』

『遅い!!
 『終焉を告げる角笛(インペリアル・ガンマ・レイ)』!!!』

そして光の奔流が、オデットを塗り潰す――眩光の奥、微かに見えるシルエットが、急速に崩れ落ちていく。

『ぅ、うぁぁぁぁぁぁぁ……!
 だ……、大賢者……さま……!!』

微かな呻きが聞こえる/身悶えする姿が見える――オデットではない。ウィズリィだ。
彼女は火を見るより明らかなキルゾーンから逃げなかった――正確には、逃げ遅れた。

『なぜ……、大賢者様……! 私は、私は……!
 貴方様の、ご命令を―――――――』

ウィズリィのとんがり帽が吹き飛ぶ/露わになった額に、黒い根を張る球体が見えた。
それはつまり――彼女もまた、悪魔の種子によって支配されていた可能性が生じた。

「アレは……お、おい!あのままじゃマズい事になるぞ!主に後味が――!」

慌てて声を上げるエンバース――後衛職の少女がミドガルズオルムの一撃を耐えられるかは、極めて怪しい。

『ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!!』

「ま……待て!ストップ!ストップだ!もう十分だ!これ以上の分からせは命に関わるぞ!」

光の奔流が薄れていく/細れていく――エンバースの制止の声が届いた、という訳ではないだろうが。
そもそも――ブレイブがブレイブとして振る舞う限り、この世界では何らかの補正が働く。
なゆたが二人を殺すべき相手と認識しない限り、デュエルは支障なく終わる筈だ。

それでも、焦るものは焦る――特に人命が関わる状況に関して、エンバースは極めて敏感だ。

光の奔流が完全に消え去ると、ミドガルズオルムは海の底へと姿を消した。
辺り一面の海原が霞む/周囲の景色が再び岩と根に塗り替わる――なゆたが地面に降り立つ。
オデット/ウィズリィは、どちらも無事なようだった――エンバースはひとまず、深い黒煙混じりの溜息を零した。

『カケル、我々にはきっと……我々にはなゆたちゃん達みたいな異邦の魔物使い《ブレイブ》の自由意思は……
 エンデ君の言うところの”勇気”は無い――』

『カザハ君、お前は――』

「ええと、何の話だ?……ああ、俺が前線で成仏しかけてる間、そっちはパジャマパーティをしてたんだっけ。
 後でどんな楽しいお喋りがあったか教えてくれ……ただ、青春の波動は控えめに頼む。今度こそ成仏しちまう」

『……時間が……もう無い』

「ああ、そうだな。今にも聖罰騎士がここを探り当てて、意識のないオデットを見つけて、俺達をその場で処刑するかも」

投げやりな言動――流石に、今回はエンバースも疲れ果てている。
体力的には問題なくとも、精神の疲労はアンデッドにも避け難い。

363embers ◆5WH73DXszU:2022/09/22(木) 08:19:56
【セーブ・ロード(Ⅵ)】

『カザハ、とりあえず話は後です! エンデ君! 時間が無いとは!?
 もしここが崩壊するとかだったら勿体ぶってないで早く教えてくださいよ!?』

「もう少しボリューム下げてくれ。そのバカでかい声が地盤にトドメを刺しかねない」

『エンデ!……説明。』

「それもいいけど、とりあえず出口を探さないか?オデットは……ガザーヴァ、お前が運べよ。
 ガーゴイルがいるだろ。乗せてやってくれ。嫌なら別にいいけど……俺もジョンも疲れ果ててる。
 断るなら、あのバカでかいおっぱいを王冠代わりに頭に乗せる名誉は――明神さんのものって事になる」

『地上に戻ろう』

「一応、隊列だけはしっかりしとこうぜ。ジョン、先頭と殿、どっちがいい?」

『ウィズリィちゃんにも『悪魔の種子』が付いてた。操られてたってことだ。
 こいつはかなりのっぴきならねえ。ローウェルは俺たちの人間関係を全部抑えてる。
 俺たちがこれまでの旅で関わってきた全員が危ない――』

「……けど、それにしてはやり方が手ぬるい」

『アコライトのオタク殿たち。マホたん。ポラーレやガンダラのマスター。
 それに……リバティウムのしめじちゃん。あの子が支配されたら……俺は多分、戦えない。
 クソジジイが次の手駒を思いつく前に、クソみてえなこの玩具を取り上げなくちゃならねえ』

「人質にすべき対象が分かっているなら、必ずしも悪魔の種子に頼る必要はない。
 ロスタラガムのアホでも差し向けて、ビデオレターでも作ればいい。
 とは言え勿論、楽観視していいような事でもないけど――」

ふと、明神が一歩、なゆたへ歩み寄る。

「……明神さん?」

『こんな時に言うことじゃないって分かってる。でも、はっきりさせておきたい。
 ……お前のことは、なゆたちゃんとシャーロット、どっちで呼べば良い』

真に迫る声音――エンバースが思わず溜息を零す。
はっきりさせるべきだとは分かっている――だが気が進まない。
エンバースにとって、この議題は他人事ではない――つまり、自己の同一性とは何か。

ハイバラはもう死んでいて、この時間軸には別のハイバラがいる。
遺灰の男とエンバースの記憶、より長い時間を帯びているのは当然、後者だ。
けれども――そのエンバースの記憶も、ハイバラだった頃の記憶に比べればずっと短い。

ならばエンバースはハイバラではないのか/遺灰の男はエンバースではないのか。
ハイバラとしての経験を最も長い記憶として保持するアンデッドは、何者なのか。

エンバース自身、それを論理的に言語化する事は出来ない――出来るのは、開き直る事だ。
いつも自分をその名で呼ぶ少女がいるから――いてくれたから自分はエンバースなのだと。

なゆたが与えてくれていたのだ――己を誰と言い切る事も出来ない亡霊に、自分をエンバースと認める道を。

364embers ◆5WH73DXszU:2022/09/22(木) 08:20:31
【セーブ・ロード(Ⅶ)】

「…………あー、ちょっといいか」

なゆたが口を開く前後――どこかのタイミングで、エンバースが口を挟む。

実際の所、なゆたがこの件についてどう考えているのかは分からない。
もしかしたら特に深く悩む事もなく、既に彼女なりの答えが出ているのかもしれない。
それなら、それでいい。だが、もしもそうでなかったとしたら――言っておきたい事が、一つあった。

「こういうデリケートな話にズカズカ踏み込むと……モテないぞ、明神さん」

勿論、これはその"言っておきたい事"ではない。ただの前置きだ。

「それはさておき……なんだ、その……もし言いにくかったらの話なんだが――」

歯切れの悪い滑り出し――自分が今から照れ臭い事を言おうとしている自覚がエンバースにはあった。

「この場合、重要なのは――お前がどっちで呼ばれたいか……だと思う……俺は」

もしかしたら、この言動はただの余計なお世話として終わるかもしれない――それなら、それでいい。
もしそうではなかった時、自分がなゆたから貰ったものを彼女に返す――重要なのは、そこだけだ。

365ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2022/09/22(木) 13:47:32
体が変わっていく…永劫の力が僕を上位の存在に進化させようとしている。永劫の力を受けるにふさわしい体へと…僕を…

いらない…不死なんて…不老なんて…。

激痛に耐えながらのたうち回る。
受け入れればこの激痛は一瞬で終わるという確信があった。だからこそ…必死に激痛を耐えるしかなかった。

不死はともかく…不老は非常に魅力な提案ではあった。僕だって老いるのは怖い…死ぬのだって怖い…
でも僕は罪人だ…誰がなんと言おうと…人を殺した罪は変わらない。

シェリーを殺したのも…ロイをあんな風に大量殺人犯にしてしまったのも…僕が…僕が悪いのだ。
今更自分だけ生き長らえようなどとは…決して思えない。

僕は決してまともな死に方はできないだろう…僕はしてきた事考えれば必ずそうなる。だけど…だからといってふてくされて一生生きているつもりもない…
なゆについていくと決めたあの日から…僕は精一杯今を生きると決めたから。

例え道半ばで倒れる事になったとしても…人間として…なゆについていく…!

>「其は躍動する蒼き鱗。
 終焉を告げる黄昏の日の尖兵。
 幾百、幾千の暴威を踏み潰す暴威。
 幾万、幾万の悪意を喰らい尽くす悪意――そして、世界の海の守護神!
 今こそ出でよ、伝説の獣! 世界蛇“ミドガルズオルム”!!!!」

「はは…見たか…!やっぱり彼女こそが…世界の…僕の希望だった!」

自分より年下の子を旗印にしている時点でオデットの信者となんら変わらないな…そんな事は思いつつ…
この神々しい光の元に…相手も…周りは頭を垂れるしかできないだろう。

それほどまでに圧倒的な神々しさ…力…!

>「遅い!!
 『終焉を告げる角笛(インペリアル・ガンマ・レイ)』!!!」

366ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2022/09/22(木) 13:47:49
その瞬間僕の体の痛みは止まる。
僕の体はオデットとつながっていた…その痛みが無くなったという事は…オデット側が力つきたか…正常に戻ったか…

「…そうか……良かったな」

ウィズリィもまた…なゆの力の前に倒れ伏した。

まだなにか企んでいるかもしれない…彼女がやった事を考えれば即座にトドメを指すべきだ…。

「なんて……よし、さっさと拘束しますか」

なゆ達と付き合ってきて僕も少しは丸くなったのだろうか…
前の僕なら躊躇わず首にナイフを当てていただろうが…さすがにする気にはなれなかった。

>「初めから……全員あのクソジジイの安い駒だったってことかよ」

明神が深刻な顔でそう呟く…そして僕もウィズリィに近寄ってすぐ理解する事になった。

「これは…オデットと同じ…『悪魔の種子』…」

ウィズリィの額にオデットと同じ力を放つ物がついていた。ウィズリィがオデットを操ったように…この子もまた誰かに操られていた…?

「なるほど…なゆ達の知り合いが襲い掛かってきた事の真相ってわけか…」

これから会う人間全部操られている可能性がでてきたわけか…普通に不愉快だが…
実際友人関係にあった明神となゆは…もっと面白くないだろう…

「とはいえ…念の為拘束はさせてもらうよ…」

拘束と言ってもなんもないんで結局他人任せではあるのだが…

「さて…これからどうする?けが人の治療は最優先として――」

>「……時間が……もう無い」

>「カザハ、とりあえず話は後です! エンデ君! 時間が無いとは!?
 もしここが崩壊するとかだったら勿体ぶってないで早く教えてくださいよ!?」

「あ〜〜…この場合はそんな単純な事じゃないんだろうな…」

きっと話を細かく話すことすらできない程時間がないか…
腰を下ろして話す時間くらいはあるけど本当にゲームオーバーになるような案件がすぐそこまでやってきているか…

たぶん後者だと思うんですけど…どっちにしろもう少し…落ち着く時間が欲しいところではる

367ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2022/09/22(木) 13:48:06
>「地上に戻ろう」

「…そうだね。これだけ大事になったんだ…だれか感づいてくるかもしれないし…それに…」

>「ああ、そうだな。今にも聖罰騎士がここを探り当てて、意識のないオデットを見つけて、俺達をその場で処刑するかも」

「…そうゆう事」

正直精神的に疲れてはいるが…肉体的にはオデットのおかげで余裕はある。
神罰騎士が何人こようと大した問題ではないのだが・・・しかし外交的に面倒事になるし、何よりでないはずの被害がでていい事は何もない。

>「一応、隊列だけはしっかりしとこうぜ。ジョン、先頭と殿、どっちがいい?」

「先頭でいくよ…一番余力があるのは間違いなく僕だしね…精神的にはかなりきついけど弱音を吐いてる場合でもない」

>「ウィズリィちゃんにも『悪魔の種子』が付いてた。操られてたってことだ。
 こいつはかなりのっぴきならねえ。ローウェルは俺たちの人間関係を全部抑えてる。
 俺たちがこれまでの旅で関わってきた全員が危ない――」

「なあ明神…知り合いを実際操られて死ぬほどびびってるのは分かってる…でも話し合うのは後、状況的に…分かってるよね?」

>「アコライトのオタク殿たち。マホたん。ポラーレやガンダラのマスター。
 それに……リバティウムのしめじちゃん。あの子が支配されたら……俺は多分、戦えない。
 クソジジイが次の手駒を思いつく前に、クソみてえなこの玩具を取り上げなくちゃならねえ」

>「人質にすべき対象が分かっているなら、必ずしも悪魔の種子に頼る必要はない。
 ロスタラガムのアホでも差し向けて、ビデオレターでも作ればいい。
 とは言え勿論、楽観視していいような事でもないけど――」

「エンバースまで…頼むよ…こんな死臭漂う場所じゃなくてせめて外にでてからにしないか?」

もちろん重要な事ではある。当然だ、僕だって知り合いを操られて…いい気分はしない。
でも…いくらなんでも焦りすぎだ…明神らしくない…それだけ操られたくない人がいるのだろうけど…。
ここで話し合うだけ時間の無駄だ…疲れた頭では最適解はでないし…僕が相手ならもう既に……残念だがそういう事になる確率の方が高い。

それに話を広げるとあの事に触れなきゃいけなくなる――

>「こんな時に言うことじゃないって分かってる。でも、はっきりさせておきたい。
 ……お前のことは、なゆたちゃんとシャーロット、どっちで呼べば良い」

「明神」

これこそ焦って聞くべきじゃない事じゃない。でも…明神は嫌われ役まで買ってまで聞いた…
覚えてるけど…覚えてない…そんな存在を今問いただす事は…僕達にとってもなゆ本人にとってもよくない事だ…けど重要である…けどやっぱり落ち着く時間が必要だと思う。僕達も…なゆも

>「…………あー、ちょっといいか」
>「それはさておき……なんだ、その……もし言いにくかったらの話なんだが――」
>「この場合、重要なのは――お前がどっちで呼ばれたいか……だと思う……俺は」

一旦力ずくで話を止めるべきか…考えていたらエンバースが口を開く

「…エンバースの言う通りだ…僕は別にどっちだって気にしないし…そもそも僕は君に惚れてこのPTに入ってきた。
今更君が何者だろうと…例え君がどんな道を選ぼうと…僕はついていく…無理やりにでもね」

「あ〜…友達がいた時間が短すぎたんでこんな時なんて言えばいいか…うまく言えないんだけど…好きに生きようぜ
誰に言われた〜とか…こうしなきゃいけない〜とかじゃなくてさ…君のやりたい事を…君の行きたい所を…仲間全員でやろうよ。僕達もたまにわがまま言うからさ…おあいこって事で」

明神だって嫌われたくて…嫌な役回りしているわけじゃない…なゆを…仲間を本気で心配しているから出た言葉なのは言わなくたってこの場全員が分かる事だ。

「ああは言ってるけど…まあ明神はつんでれ?だからさ…素直になれないだけなんだ…まあ…みんな分かりきってる事だけど」

気になる事はたくさんある…けど

「とにかくみんなで帰ろう…おいしいごはん作るからさ…右腕もこの通り…無事に治ったしさ!」

実を言うと右腕にオデットとつながった時と同じような力を感じてたりするんだけど…見た目は普通だし…自分の意志ではっきり動かせるし…
青紫とかに変色もしてないし…まあオデットからの授かりものって事で一旦保留しておこう…今は考える事が多すぎるし…

とりあえず今は…今は仲間全員無事であることを喜ぼうと思う。

368崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2022/09/28(水) 05:18:08
「ポヨリン!」

『ぽよっ! ぽよぽよよ、ぽよっ! ぽよよぉぉぉ〜〜〜んっ!!』

なゆたが両手を伸ばす。ポヨリンが助走をつけて勢いよくジャンプし、なゆたの胸に飛び込む。

「よかった……ポヨリン、無事でよかった……!
 ふふっ、くすぐったい! くすぐったいよポヨリン……!」

ポヨリンがぺろぺろとよく懐いた仔犬のように頬を舐めてくる。ポヨリンの柔らかく弾力のある身体を抱き締めながら、
なゆたは擽ったそうに笑った。
死んでしまったと思っていた。助けられなかった、後悔していた。
幾度も夢に見た。慟哭した。絶望した――
けれど。
なゆたとポヨリンはこうして再会を果たし、絆は保たれた。

――イブリースに感謝しなくちゃ。

なゆたは思う。
イブリースはあのとき、いつでもポヨリンを殺すことができた。
あともうほんの少しだけでも『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』の出力を上げていたなら。
手にした刃に力を込めていたなら、本当にポヨリンは死亡していただろう。
ゲームの世界と違い、死亡したモンスターは二度と蘇ることはない。それはガンダラの試掘洞で、
明神が捕獲したばかりのバルログを喪ったことで実証されている。
しかし、イブリースはそれをしなかった。数えきれない仲間たちを手に掛けてきた、恨み骨髄の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
そのパートナーに敢えてとどめを刺さず、ぎりぎりで剣を納めた。
“同胞たるモンスターを救う”――例えそれが敵であったとしても。それがイブリースの信念だった。
その信念は、尊重しなくてはならない。
ゲームの中では徹頭徹尾プレイヤーと敵対する立場であったイブリース。
魔王軍の幹部としてアルフヘイムの崩壊のため行動していたイブリース。
だが、そんな彼も決して邪悪な存在ではなかった。彼は彼なりに仲間を想い、故郷の危機を憂い、
自分に出来ることは何かを模索していただけなのだ。
今となっては、イブリースの考えが手に取るようによく分かる。
シャーロットの記録が蘇った身としては、尚更に。

>カザハ、とりあえず話は後です! エンデ君! 時間が無いとは!?
 もしここが崩壊するとかだったら勿体ぶってないで早く教えてくださいよ!?

エンデの呟いた言葉を耳聡く聞きつけ、カケルが詰め寄る。

>エンデ!……説明。

ガザーヴァとマゴットに抱き締められた状態の明神も説明を要求する。
エンデは指示を仰ぐようになゆたに視線を向けたが、なゆたはポヨリンとの再会を喜んでじゃれ合っている。
は……とひとつ息をつくと、エンデは肩を竦めてかぶりを振った。
マスターと呼んだなゆたの許可がなければ、勝手に喋る訳にはいかないということらしい。
さらに明神はオデットばかりでなくウィズリィの額にも『悪魔の種子(デモンズシード)』が植え付けられていた事実を鑑み、
最悪の事態を想定する。
今までの長い旅で、明神たちアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は多くの人々と交流してきた。
誰も彼も大切な人ばかりだ。そんな人々がもしウィズリィのように操られ、
敵の走狗として自分たちの前に立ちはだかったとしたら――。

>それもいいけど、とりあえず出口を探さないか?オデットは……ガザーヴァ、お前が運べよ。
 ガーゴイルがいるだろ。乗せてやってくれ。嫌なら別にいいけど……俺もジョンも疲れ果ててる。
 断るなら、あのバカでかいおっぱいを王冠代わりに頭に乗せる名誉は――明神さんのものって事になる

「え〜っ!? ガーゴイルの鞍はボクが認めたヤツじゃないと乗せない決まりなのに!
 なんでボクが……ぐぬぬ……。
 あ、魔女っ娘はマゴットが運べよな。明神はボクを運ぶの!」

当然のようにガザーヴァはぶーたれたが、明神に運ばせることを考えると渋々折れた。
ガーゴイルを呼び、その鞍に気を失ったままのオデットを雑に乗せる。
いつまでも地下墓所の中で足踏みしている訳にはいかない。一行は一路地上へと戻ろうとしたが、

>こんな時に言うことじゃないって分かってる。でも、はっきりさせておきたい。
 ……お前のことは、なゆたちゃんとシャーロット、どっちで呼べば良い

不意に、明神がなゆたの方を見てそう言ってきた。
ポヨリンとのじゃれ合いをひとしきり終え、パートナーを抱き締めながら佇むなゆたが目を見開く。
だが、なゆたが返答を口にする前に、エンバースがふたりの間に割り込んできた。

>…………あー、ちょっといいか
 こういうデリケートな話にズカズカ踏み込むと……モテないぞ、明神さん

「ハァー? 明神はボクだけにモテてればいいんですーぅ」

明神の首にしがみついたままのガザーヴァがべーっと舌を出して反論する。

369崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2022/09/28(水) 05:22:27
>それはさておき……なんだ、その……もし言いにくかったらの話なんだが――
 この場合、重要なのは――お前がどっちで呼ばれたいか……だと思う……俺は

「……エンバース」

>…エンバースの言う通りだ…僕は別にどっちだって気にしないし…そもそも僕は君に惚れてこのPTに入ってきた。
 今更君が何者だろうと…例え君がどんな道を選ぼうと…僕はついていく…無理やりにでもね

更に、ジョンもエンバースの言葉に同調する。
なゆたは照れくさそうに右手の人差し指で米神を掻きながら、小さく笑った。

>あ〜…友達がいた時間が短すぎたんでこんな時なんて言えばいいか…うまく言えないんだけど…好きに生きようぜ
 誰に言われた〜とか…こうしなきゃいけない〜とかじゃなくてさ…君のやりたい事を…君の行きたい所を…仲間全員でやろうよ。
 僕達もたまにわがまま言うからさ…おあいこって事で

不器用なジョンの励ましが胸に温かく響く。
今まで自分の生に苦しみ、苦悩してきたジョンだからこその言葉には、確かな重みがあった。
皆の気持ちはそれぞれだ。自らの境遇に思い悩む者、今後の展望に危機感を抱く者。
なゆたの胸中を察し、気持ちに寄り添おうとする者。
皆の視線が集まる中、なゆたはしばらく無言でいたが、

「ジョンも、ありがと。
 今、わたしがなゆただよって、シャーロットですって言うのは簡単なこと。
 でも……それはなんて言うか……するべきじゃないと思う。
 ちゃんとみんなに説明して、納得してもらって……その上でみんなに決めて貰うのが、一番いい方法だって。
 そう感じるんだ」

ポヨリンを床に下ろし、自らの胸に右手を添える。

「覚醒して、今まで見えてなかったいろんなものが見えてきた。分からなかったことも理解した。
 知らなかったことを知った――
 わたしもエンデも、逃げも隠れもしないよ。ちゃんとみんなに説明する。
 それはこの世界の大本に関わる、本当に大事な話。
 だから……」

すぐ傍へ歩いてきたエンデの左肩に手を置き、仲間たちを見回して言う。

>とにかくみんなで帰ろう…おいしいごはん作るからさ…右腕もこの通り…無事に治ったしさ!

ジョンが提案し、すっかり再生した右手を見せる。
オデットと一時的にリンクしたことで、超再生能力の恩恵を受けたということなのだろうが、
トカゲのように手が再生するとは驚くべき状況である。だが、欠損したものが戻ってきたというのは喜ばしい。
部長もジョンの足許で嬉しそうにはっはっと舌を出して主人を見上げている。

「そういうこと!
 オデットをプネウマの神官に引き渡して、宿に戻って。
 オフロに入って、ぐっすり寝て、それからゴハン食べよう!
 心配ご無用、時間がないって言ったって今すぐ世界が滅ぶっていう話じゃないから!
 わたし、汗で全身ベッタベタ! 気持ち悪いよぉ〜一刻も早くオフロに入りたぁ〜いっ!」

いかにも女の子らしい悲鳴を上げる。

「はは……、一時はどうなることかと思うたが、結果オーライといったところかのう?
 それにしても、ミドガルズオルムとベルゼビュート……ミドガルズオルムはリバティウムでも見たが、
 よもや伝説の超レイド級を二体も召喚するとは。まこと成長したものよの、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちよ。
 やれやれ、十二階梯の継承者もいよいよ後進に道を譲る時か」

「アルフヘイムの歴史に残る一大事よ、こんなの。帰ったら早速記録に残さなきゃ。
 それに、不死身と言われた賢姉の撃破も……。本当にお手柄ね、心からお礼を言わせて貰うわ」

なんとか疲労困憊から回復したエカテリーナとアシュトラーセが『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と向き合う。
教帝オデットを倒し、侵食を食い止めるというふたりの計画は成った。クエストは見事クリアーという訳だ。
地下墓所は万象樹の相当下層に位置していたが、よく探せばきちんと地上へ続く広い階段が設置されており、
戻るのは簡単だろう。

ふたたび虚構魔法で門徒の変装を行ない、神門前で祈りを捧げていた信徒たちに気を失ったオデットを引き渡す。
太祖神プロパトールへ祈りを捧げている最中に気を失われてしまったのです――とか何とか、
しどろもどろになって怪しい説明をする此方に対して門徒たちは訝しむこともなく、
すぐさまオデットを行きに使用した御輿ではなく駕籠に乗せると、大急ぎでカテドラル・メガスへ戻っていった。
パレードは中止になり、オデットを一目見ようと目抜き通りで待っていた人々は大いにどよめいたが、
それらの混乱もプネウマ聖教の有能な神官たちによってすぐに鎮静化した。
変装を解き、逗留していた宿に戻って各々疲れを癒す。

そして――地下墓所での戦いから、半日が経過した。


【第八章終了】


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