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第三外典:無限聖杯戦争『冬木』
1
:
名無しさん
:2018/11/14(水) 22:54:34
人斬り 真柄無双 偽なる聖剣
大逆の魔槍
聖槍
輝ける/狂えるガラティーン
無限聖杯戦争『冬木』
鋼鉄の航海者 オルタナティブ・フィクション
無名
序列五十九番
アーサー・オリジン
2
:
名無しさん
:2018/11/14(水) 22:54:59
そこには幾つもの棺が並び、彼方には既に聖杯の姿が見えていた。
けれども、籠目琉花という少女の身体は既に半身を崩壊させ、最早立ち上がることすら出来ずに、その戦いを虚ろに見上げているのみであった。
セイバーの身体が翻り、その英霊へと立ち向かっていった。幾つもの剣閃が煌めいて、無数の触手が尽く斬り落とされて、サーヴァントへと肉薄する。
その聖剣が振り下ろされるが、純白の槍がそれと打ち合った。幾度も幾度も剣と槍を重ね合わせ、斬り結び、それでもその刃が届くことはなかった。
最後に叩き付けられた穂先がセイバーの腹部を叩き、その身体が叩き付けられる。ヒツギをいくつも破壊しながら、その身体が転がっていき、それでも尚白銀の騎士が立ち上がる。
「……もう、いいんだ、セイバー。十分頑張ったと、思うんだ。私の終わりとしては、十分だから。君は、もう」
既に、敗北と消滅は確定している。ここまで崩壊してしまえば、霊子崩壊は逃れられない。
ここに至るまで、幾つもの命を踏み越えてきた。何度だって覚悟を決めてきた。その喉元に刃を突き立ててきた。その最後が、こうだというのは。
少し寂しく、少し悔しかった。セイバーにも申し訳ないと思っても、その少女に最早歯を食い縛る力すらも残されていないのだから、最早どうしようもない。
セイバーとの繋がりも薄くなっていくのを肌で感じとっている。見上げる先、聖杯の前に立ちはだかる、触手の怪物は……醜く、恐ろしい姿をしていた。
「数える程、六五五三五回目。今回も、ハズレか」
棺の上、そこに胡乱に座り込む神父服の男が、その光景を眺めてそう呟いた。
幾度も、幾度も、幾度も、繰り返された聖杯戦争の最果て。その最果ては、こんなものか――――何のために。何故、こんなことを起こし続けた。
ムーンセルは何時から狂い始めたのか。聖杯戦争はいつからこの形になったのか。この男の目的は……いや、そもそも。本当に、狂っているのか?
思考が結果に結びつきそうな感覚。けれども、どうしても、時間が足りない。最後の最後に至ってまで、自分の至らなさを呪いながら。
「……終わりでもいい、最後でも良い。ルカ。私は、貴女の戦いの証を……せめて、こんな終わりを認めないために!!
――――最後の令呪を。貴女の命を、私にください」
最後に一つ、残された令呪。月の聖杯戦争の生存権。これを失えば、ここに生きることすらも、叶わなくなるが。
このまま沈みゆくばかりなのであれば。彼女の言う通り……欠片ばかりの意味を、残す。そのくらいの我儘は、きっと許される。
それに。セイバーと共に歩んできた、色んな命を踏み躙ってここにいる自分が、最後の最後にすべて投げ出して終わるなんて、そんなことは……確かに、許したくない。
その手を掲げた、今は届かないその中枢へ。その聖杯へ。令呪が紅く光り輝いて、燃えるような感覚が自分を包み込んでいく。
「――――令呪を以て命じる。セイバー。この、聖杯戦争を――――」
この次の、もしかしたら次の次の、いや、次の次の次かもしれない。繰り返される聖杯戦争の最果てに、至ろうとする誰かが。
この世界の理を崩し、この世界の危機を崩し、そしてその聖杯を手に入れることができるように。その願いが、どんなものであれ、戦いの果てに叶えられるように。
霊子が虚数へと分解される。籠目琉花という存在が壊れていく。最後の最後、セイバーのその勇姿を見ることは終ぞ出来なかったけれど。その温かい手が触れていることは分かった。
そうして、自分は月の海へと溶けていく。余りにも広大な、そのリソースの中の一つへと。
3
:
名無しさん
:2018/11/14(水) 22:55:28
■
――――スタート、確認しました。
お帰りなさいませ。
ようこそ。こんにちは。うェるカム。
いつものように、たいへん長らくお待ちしておりました、マスター。
ここは霊子虚構世界 SERIAL PHANTASM――――略称 SE.RA.PHに造られた仮想空間、月海原学園です。
失礼ですが、規則ですので。アナタの価値をスキャンします。
ラベル:編入生
カテゴリ:有・測定拒否権につき免除
クオリティ:E-
確認しました。
それでは、表側の記録を読み込みます。
申し訳ございません。記録の読み込みに失敗しました。
本人確認が必要です。
本人確認が必要です。
本人確認が必要です。
恐縮ですが、もう一度、アナタのお名前と性別、契約サーヴァントを入力してください。
――――確認しました。
お待ちしておりました、■■■■様。
おはようございます。
それでは、行ってらっしゃいませ。
4
:
名無しさん
:2018/11/14(水) 22:56:06
無限聖杯戦争『冬木』
.
5
:
名無しさん
:2018/11/14(水) 22:56:29
■
「斯くして、泥濘の日常が幕を開く」
「その懐に握り締める刃の煌めきをすら忘却すれば、そこに在るのは」
「悪意を忘れ、過去を忘れ、絶望を忘れ、ただ日常の日差しに微睡む、至幸の終点だ」
「だが、忘れるな。君達は――――その生命の輝きを刃として、此処にやって来たのだから」
6
:
名無しさん
:2018/11/26(月) 22:41:22
気持ちよく晴れた朝の通学路。急ぎ足のクラスメート。くだらないお喋りで笑い合う声。
何時も通りの登校風景かと思いきや、生徒たちが呼び止められているらしい。校門を取り巻くように人垣ができている。
何かあったのだろうか。ひょいとその向こう側を覗き込んで見るならば、白い制服を身に纏った背の高い少女が、その中心に立っていた。
「やぁ、火々里ちゃん、おはよう! 今日も気持ちのいい朝だね!!」
中性的な顔立ちを笑みの形に向けながら、こちらへと爽やかに笑いかけて、こちらへと近付いてくる。
「今日も元気いいですね、一之瀬先輩」
見知った顔に、少しだけ皮肉交じりにそう返した。
月海原学園風紀委員会、一之瀬。月海原学園二年生。生徒たちの風紀を守る側の立場でありながら、色々と緩すぎる部分がある先輩だ。
『それはムーンセル・オートマトンが産み出した上級AIの内の一体。聖杯戦争参加者達を取り締まるために設定されたNPC』
『ムーンセルが記録する数多の平行世界の中から再現された、かつて生きていた何者かを基にして作成されている』
……ノイズが奔ったかのように、一瞬だけ眼の前が真っ暗になったような。意識が飛んでいたような。
視界はすぐに取り戻された。目の前には、自身のよく知る先輩の姿が見えている。……やたらと距離が近いのは、彼女に限ってはいつも通り。
「今日は、何かあったんですか?」
「何って、服装検査だよ。服装の乱れは心の乱れ。風紀委員として、きっちりと取り締まっていかないとね。
別に、合法的に女の子をジロジロ見ても何とも思われないから役得だ、とか思ってないよ。あ、火々里ちゃんは合格ね」
相変わらずの発言に、思わずため息を付いてしまう。これでよく風紀委員としての仕事が務まるものだと逆に感心する。
悪い人間ではないし、仕事自体は真っ当にこなしている……のだろうか。兎も角、了承を得たならばわざわざ朝のホームルームに遅れるようなこともない。
「……今の、如月先生に言いつけますよ?」
「えっ……それだけは勘弁! あ、ちょっと、ほんとに勘弁してよ!?」
そろそろ彼女には、いい加減にしてほしい。万感の思いを込めて、チクリと弱点を刺しながら、校門を超えて教室へと向かう。
7
:
名無しさん
:2018/11/26(月) 22:41:46
■
教室に入れば、なんだか今日はいつもより教室が静かな気がした。
周りの学友に軽い挨拶をしながら自身の机に……いつもは女子達が囲んでいて騒がしい後ろの席が、どうにも今日は静かであった。
席の主はそこに不機嫌そうに頬杖をついて座っていた。間桐凱音。途方もない自信家で、少々難のある性格を覆す程度に顔が良い。
個人的にあまり好くタイプの人間ではないのだが、いつの間にやら腐れ縁を築いていた、一応……友人、と言える間柄だろうか。
……基本的に一方的に話しかけられるだけではあるが。
「なんだよ、服装検査ってさぁ! 髪を切れだのボタンを留めろだの、鬱陶しんだよ、なぁ赤霧!」
「ちゃんとしてないほうが悪いと思うけど……ふっ」
確かに彼の姿は、いつも着崩したそれとは違って、きっちりとボタンを留められていた。
捻くれた顔立ちにその姿は何ともアンバランス。無表情に対応しようかと思っていたが、思わず笑いが口の端から漏れ出てしまっていた。
「な、何だよお前まで!! ……ったく、ほんとガキばっかりで嫌になるよ、やっぱりさぁ、乳臭いガキどもじゃなくて如月先生みたいな……」
つらつらと語り出した間桐を尻目に、ぐるりと教室を見渡した。
今日、この教室だけだろうか。校門前はあんなに賑わっていたというのに、空席が目立つようだった。まだ教室にいない生徒もいるだろうが。
それにしたって、おかしい。隣の席には、いつも一緒にいたはずの……友達……ではなくて。
「……あれ、私の隣って、誰だっけ」
「はぁ? お前の隣はずっと空席だったろ」
思わず漏れ出た呟きに、バカを見る瞳で間桐がこちらを見据える。それはいつもことなので、やはりスルーしておくとして。
……そうだっただろうか。言われてみるとそんな気もしてきた。……だが、やはりそこにはどうしても忘れてはいけない何かがあった気がしてならない。
記憶を手繰ろうとするが、ホームルーム開始の時間を告げるチャイムが鳴り響いてそれを遮断した。結構長い間、自分はそうしていたらしい。
「……大丈夫か、お前?」
珍しく、間桐の心配する声が背中からかけられた。
8
:
名無しさん
:2018/11/26(月) 22:42:00
■
「はーい、みんなー。ホームルームの時間よぉー。連絡事項はぁ……」
鳴り響いたチャイムにほんの少しだけ遅れて、教室の扉がガラリと開いた。
何故かメイド服を着用している彼女は、このクラスの担任教師。その美貌と素晴らしいスタイル、色香で学園中の男子を虜にしているのだが。
既にコブ付き、という事実によって幾人が落胆していったことか。
『それはムーンセル・オートマトンが産み出した上級AIの内の一体。聖杯戦争の運営用NPCであり、健康管理を担当する』
『この個体もまた同様に地上に嘗て存在した人物のデータを基に再現されている。ただし、やはりAIに違いはない』
――――まただ。また、“目眩がした”。
今自分が何を考えていたか分からない。すっぽりと抜け落ちている。その瞬間だけ、自分は眠ってでもいたかのように。
……体調が悪いわけではない、というのが少し困る。寝不足だったりするのだろうか。昨日は……自分は、いったい何をしていたっけ。
「はい、じゃあ今日のホームルームは終わるわねぇ。皆から連絡事項はありますか?」
既にホームルームは終わりかけている、時間が消し飛んだようだ。……まあ、周りの生徒達を見れば大したこともなかったのは分かるのだが。
ただ、やはり違和感が凄まじい。モヤモヤとした気持ち、それを八つ当たり……でまあ、いいだろう。担任の問いかけに対して、片手を勢いよく上げる。
「先生、一之瀬先輩が今朝身体検査のフリして私にセクハラしてきました」
「はい、有力な情報をありがとう火々里ちゃん」
この後あの先輩がどうなるか。考えれば、少しだけ愉快な気持ちになった。さぁ、今日も退屈な授業の時間。
9
:
名無しさん
:2018/11/26(月) 22:42:13
■
「1933年、アドルフ・ヒトラーはドイツ国首相に……あっ、もう時間ですね」
自分達と大差ないように見えるほどに幼く見える姿と、常に着けている猫耳猫尻尾が印象的な先生。
新任教師の月代明日架は、鳴り響いたチャイムに顔を上げた後、チョークを置いて生徒たちを見渡した。気付けば既に六限目も終わりだ。
こうなれば後はもう、ホームルームを終えて下校するだけだ……今日も長い一日が終わった。ふわぁ、と欠伸をした。何だか今日は、いつもより退屈だったような。
「最近はとても物騒で……通り魔事件なんてのもありますし。皆は日が暮れる前に、できるだけ早く帰ってくださいね?」
通り魔……そう言えばそんな話もあったなぁ、とぼんやり思い出す。
確か、鎌を凶器にした通り魔事件。生徒が犠牲になったことはないが、既に死人も出ていて、この学校も休校を検討しているという噂がある。
まともに生きている人間からすれば、ひたすらに迷惑極まりない話だ。さっさと犯人が捕まれば良いのに……そう思いながら、立ち上がる。
終礼を終えたのならば、入れ替わりに担任の教師が教室にやってくる。その表情は朝見たときよりも、何処か輝いている気がするのは気の所為だろう。
「それじゃあ、ホームルームを終わりまーす。みんな、気をつけて帰るのよぉ」
先に聞いた言葉のリピートのような連絡事項を聞き流したならば、鞄を片手に立ち上がった。
そうしたところで、片手を叩く感覚……名前を呼ばれて振り返ったのならば、間桐凱音……と、その隣にはもう一人少年が立っている。
薄暗い緑色の頭髪の、何処と無く呆れたような色をその瞳に宿した彼……ルーク・カートライトは、肩を竦めてそこに立っていた。
「おい赤霧、屋上の吸血鬼の噂、知ってるか?」
口を切ったのは間桐の方。ルークとその視線が重なったならば、お互いに抱えている感情は同じようで――――やれやれ、と首を振った。
「……“ナンセンス”だ」
ルークのその呟きは、そこから起きる全てを引っ括めて言い表すのに十二分だった。
10
:
名無しさん
:2018/11/26(月) 22:42:28
第一話 無限聖杯戦争『冬木』 第一節
11
:
名無しさん
:2018/12/17(月) 22:01:21
「これは、『無』だ」
白く。白く広大な空間。その中心には、ピアノが一台立ち竦む。
その鍵盤を叩くのは、或いは一人の少女。或いは一人の少年。或いは一人の老人。或いは一人の女性。或いは一人の獣人。或いは一人の形容し難いなにか。
それは一心不乱にピアノを引き続ける。不協和音は、相変わらずその空間を満たし続けている。
「人理焼却をすら塗り潰す、ただただ只管に絶望的な『無』。
無数の平行世界を観測するムーンセル・オートマトンをすらも『無』に還す。いやはや――――何とも、絶対的な力だ」
見えない椅子に座り込み、足を組んでいるのは一人の神父服の男だった。
その傍らには、右腕と左脚を失った、ヘレネ・ザルヴァートル・ノイスシュタインがなにもない空間に、乱暴に腰を下ろして座り込んでいる。
男の語りを、彼女はつまらなさそうに聞いていた。胡座をかいた足の上に膝を置いて、頬杖を突き、彼の方へと目を向けることすらしなかった。
「そして我らは、言うなれば再生者(リジェネーター)――――この世界を再編する為の"機会"を得た唯一無二の存在。
誰がその力を手にするか。その権利を手にするか。さて……ノイスシュタイン公。君はどうする?」
「……五月蝿ぇ。奴らは必ず私が屈服させる。黙ってろ。"現在"が駄目でも。それ以外なら……きっと……!!!!」
白の回廊より、ヘレネの姿が掻き消えた。その姿を見送ったのであれば、清宮天蓋もまた立ち上がる。
ただただ、只管に狂った音律を演奏し続けるその姿を見下ろしたのであれば……それに背を向けて、彼もまた歩き出す。
「さぁ。ムーンセル・オートマトン――――――――その解答を、私に見せてくれ」
12
:
名無しさん
:2018/12/17(月) 22:01:41
■
「何だよ、ルークのやつ。気取っちゃってさぁ! なぁ、赤霧」
屋上への階段を、間桐凱音と共に歩いていく。
ルーク・カートライトは、用事があると強引に話を切り上げて去っていった。残されたのは二人で、自分もと言い出そうとしたが。
凱音はしっかりと自分の肩を掴んで離さず、有無を言わさず連れて行った。危うくセクハラで訴えるところだったし、実際にその頬には綺麗な紅葉の痕があったが。
「もしかして、あいつ女でも出来たか……? 洒落臭ぇ……」
ショウジキナイワー、とでも言いたくなるくらいの現状。口には出さないまでも、肩を竦めてため息を吐く。
屋上の吸血鬼。夕暮れ時に、沈む太陽に紛れ現れる。金髪灼眼、白いドレスを身に纏い踊る――――アニメや漫画に影響されすぎている。
そも、吸血鬼ならば動くのは夜だろう。何故夕暮れなのか……そう思っている内に、屋上の扉の前へと辿り着いた。
向こう側には、特に気配は感じない。それもそうだろう。殆どの生徒は下校に夢中。わざわざ噂話を尋ねる為に、やってくるような幼稚さを持つのは中々いない。
いるのは、目の前の彼ぐらいか。
「――――じゃ、行くぜ」
目を輝かせながら、扉を開く彼を、呆れ気味に見送る。ガチャリ、と余りに軽快に回ったドアノブ、キィと甲高い音を立てて開く鉄の扉。
冷たい冬の香りとともに、夕焼けに覆われた空が、飛び込んできて――――そこには。
13
:
名無しさん
:2018/12/17(月) 22:02:02
「……嘘、でしょ」
確かに。そこには噂通りの誰かがいた。
金の糸を冬風に揺らし、双眸を薄く細め、その奥には燃え上がるような赤い瞳。その肢体を華美な白いドレスで覆い、片手には杖を握り締める。
宛ら、外国の御伽噺のような光景に、思わずそんなふうに言葉が漏れた。此処にやって来た二人の少年少女に対して、彼女は静かに見据えていた。
ふと、凱音へと視線をやった。その顔貌は、蒼く染め上げられていた。自分で連れてきたくせに、そうまで思考は至ったが、然し、そうではない。
「……嘘だ、嘘だ、お前」
「――――おや、貴方は」
それは、恐怖であることに変わりはない。だが、未知に出会ったそれではない。寧ろその逆、間桐凱音にとって、その出会いは既知であったように見える。
その眼の前にいる彼女が、どれだけ恐ろしく、どれほど強大か、どういう存在か、理解しているようであった。後退りをして、脚をもつれさせて倒れ込んだ彼は。
その瞳を大きく見開いて、目の前の『屋上の吸血鬼』を、弱々しく睨みつけ、その人差し指を上げた。
「なんで、なんでお前がここにいるんだよ! 俺は、俺は月海原学園のただの生徒で、生徒であって、ああ、でも、知ってる、知ってるんだ。
やめろ、やめろ、やめろやめろやめろ、やめてくれ――――違う。違うんだ、俺はただ、桜のが……!!!」
かつり、かつり、という音がする。ハイヒールが鳴り響く音は、ゆっくりと倒れ込む凱音の下へと向かい、そこで立ち止まった。
頭を抱え、爪を立てて掻き毟る彼の姿を見下ろす彼女が、ゆっくりとその右手を差し出した。朱色に染まる屋上に、人差し指の影が映り込んで……凱音を覆う。
遮ろうにも、身体が動かない。宛ら、蛇に睨まれた蛙のように……下手に動けば、きっと容易にこの首が飛ぶ。それは恐怖とはまた別の感情。いわば、本能。
人類種の天敵。例えばそういう物に、相対しているような。
14
:
名無しさん
:2018/12/17(月) 22:02:18
「久しぶりですね、間桐凱音。……こう言ってしまってはなんですが。"また逢えてよかった"」
「ああ、やめろ、やめろ……もういやだ。俺はもう、死にたく――――――――」
やはり二人には面識がある。何故、何の? まともなものであるとは到底思えない。
問い質すよりも前に。急速にそこに、夜の帳が落ちていく……月に光すらも覆い尽くすかのように、そこを闇が覆い隠し、包んでしまったのであれば。
すっかりと、二人の姿もまた夜闇に消えて。脅える声も、遠ざかっていく。
「昔の好です。お手伝いを、してあげましょう」
「やめろ――――やめろやめろやめろやめろやめろォォ――――――――」
――――声が消え失せて、闇が晴れた。その中に、間桐凱音の姿はなく、そこには吸血鬼が唯一人、残されていた。
ぞっとするほどに、紅く燃え盛るその瞳を向けながら、自身へと微笑みかけた。敵意はなくとも、背筋が凍る思いであった……ハイヒールの音が、また響き渡る。
通りすがりざま。耳元で、小さく囁かれる。
「あの子の友達でいてくれて。有難う」
その音が立ち消えた時、ようやく緊張の糸が切れた、ぷつりと解けたそれは、支えるものを失って屋上にへたり込む。
夕焼けの空を見上げる。下校のチャイムが鳴り響くのを彼方に聞き――――意識を手放した。
15
:
名無しさん
:2018/12/17(月) 22:02:29
■
ホームルームのチャイムが鳴り響く。後ろの席は、ぽっかりと空いていた。果たして、ここは――――ここは、誰の席、だっただろう。
16
:
名無しさん
:2018/12/17(月) 22:02:48
第一話 無限聖杯戦争『冬木』 第二節
17
:
名無しさん
:2019/01/21(月) 22:12:51
夕焼け色に染まる街を、ルーク・カートライトは走り続ける。
違う。此処は知っている。だが知らない。この冬木という街を、確かに自分は知っている。当然だ。確かにボクはこの街の住民だ。そういう"役割"だ。
役割とはなんだ。分からない。何が疑問なんだ。分からない。だが、違う。何が違う。分からない。だが、確かにこの現状は違うのだと言い切れる。
叫びたいが、叫んだところでどうにもならないことは分かっている。ならば何故走り続けているのか。それも分からない。ただ、何かを探しているのは分かる。
何処に向かっているのか。分からないが、身体が勝手に動き出している。ただ間違いなく自分が確信しているのは、何かがおかしい、なんていう曖昧な不安と不満だけ。
『そうか、では、行くがいい。数多、夥しいまでの無名と、そしてそのマスター』
頭の中をズタズタに引き裂こうとするかのような、何者かも分からない声が響いている。それこそ内側から、張り裂けそうだった。
聞き覚えはある。だけれどどうしても思い出せない。これは、これは一体、何の声だった。
『俺の死体を踏み越えて、行軍を続ければいい。目の前にある、やるべき事を、無数にこなせ』
これはきっと、俺だけに向けたものじゃない。じゃあ、後は誰のために向けられたものだろう。
これは、これだけは忘れてはいけないことだと本能が叫んでいる。頭が張り裂けたって、指先から自分の体が解けたって、無数のデータに分解されたって。
忘れちゃいけない。いや、最初から忘れていない、のだろうか。
『怨讐に終わりは無い。燃え尽きるまで狂うがいい。何時か――――――"終わりが来るまで"』
それは呪いのように身体の内側に、内側に、浸透していく。一人で抱え切るには、余りにも重圧が過ぎる。
それは確かに自分の記憶の中から湧き出るものだというのに、それが自分を内側から潰そうとしているのがよく分かった、それを振り払う為に走り続けていた。
きっと正しいと、そう思っていた。
18
:
名無しさん
:2019/01/21(月) 22:13:06
『”ああ─────さようなら”』
また、誰かの声が聞こえた。幾つもの声が重なって、それが誰か、と特定することすら出来なかった。
けれど、それは余りにも、誰よりも、力強く、そして綺麗な物だということを、自分だけが知っていた。ルーク・カートライトという自分だけが、理解出来ている。
『そして────────”ありがとう”。』
どれだけの"無名"に塗り潰されたって、その姿を、その名前を、忘れるわけがなかった。そうだ、忘れる筈がないんだ。
この言葉は、きっと呪いなんかじゃない。それは確かに条件であって、泥濘んで引きずり込まんと錯覚するほどだけれど、きっとそんなものじゃない。
『あばよ“ルーク”』『ま、長い人生肩肘張らず“気張って”生きていけや』
それはきっと、こうして重なった――――――――自分が生きた、証明何だと思う。
19
:
名無しさん
:2019/01/21(月) 22:13:24
「――――――――清宮、天蓋ぃッ!!!!!!!」
協会の扉を破るかのように、そこに飛び込んだ。
そこには確かに、見覚えのある神父服の男が立っていた。相変わらずの胡散臭い笑みを浮かべながら、まるで分かっていたかのようにそこに立っている。
もう一度、この男と相対するとは思わなかった。全身の血が熱く滾っていくのを感じる。もう一度この男を打倒しろと、騒いでいるのが手を取るように分かる。
「おめでとう、ルーク・カートライト。予選は突破、聖杯戦争本戦への出場を――――――――祝福しよう」
その姿を見た、神父服の男は、まるで"システムであるかのようにそう告げた"。
パチ、パチ、パチ、と三回。拍手の音が響き渡った。四回目に追いつく前に、瞬きをして――――同じ瞬間に、それが開くことはなかった。
20
:
名無しさん
:2019/01/21(月) 22:13:44
■
夕暮れの帰り道は、真っ赤に染まっていた。
どこか遠くに、チャイムの音が鳴り響いた。それを追い掛けるかのように、少女はゆっくりと顔を上げた。肉を斬り裂いた鎌の刃先から、赤い血潮が滴った。
その音を聞くたびに、少女は焦燥に駆られた。何か自分が置き去りにされてしまう錯覚に絡め取られてしまう。それを紛れさせるために、こうしていた。
「ちひろは、ちひろは――――――――どうしよう」
どうすればいいか分からない。ただ、そうしていると無性に寂しかった。
こうして気を紛らわすための行為すらも虚しく感じられた。寧ろより一層に、寂しさを掻き立てられた。
この世界には、もっと色んな色があった気がするけれど――――――――今はただ、夕焼けの色だけに染め上げられていて。それが、ただ、冷たく感じた。
「――――――――こっちよ、ちひろ」
どこかから、声が響いた。不思議な声だった。幼い声。聞いたことはない――――いや、夢の中で、聞いたことが在るような。
「……だぁれ?」
思わず問いかけた。
疑問はあったが、然し怖くはなかった。そこには何もいなくて、夕焼けすらも塗り潰す黒色が路地裏へと続いていた。
暗闇は恐ろしくなかった、寧ろ慣れ、親しんでいた。そこに足を踏み入れるのに、欠片の躊躇もありはしなかった。
21
:
名無しさん
:2019/01/21(月) 22:14:06
「私はアリス。そう、私は――――ただのアリス。貴女のお友達」
その声に聞き覚えは無かったけれど、ふらりふらりと、吸い寄せられるように、桃色の少女は歩き出していた。きっとこの声は、お迎えなのだと思った。
この夕焼けから、自分を連れ出してくれる……楽しい世界が、きっとそこに在るのだと。焦燥にも似た興奮を、小さな体に抱えながら。
銀や、青や、黄や、紫。色んな色に、きっとそれは連れてってくれるのだろうという確信があった。そこにいるのは――――――――
「さぁ、一緒に遊びましょう」
その手を、暗闇へと伸ばした。そしてその手を握り返すのは、自分の手と大差ない、幼い少女のそれだった。
思えば、自分より大きな掌に包まれたことは何度もあったけれど、自分と同じ小さな手を握ったことは無かった。
自分の手はいつも――――血に、塗れていて。誰かの手を握り返すことなんて出来なかった。けれどその少女の手は、自分と同じくらいに、血に塗れていたから。
「――――――――うん、遊ぼう」
暗闇の中に少女は消えて、後に残された血の色も、全て全て夕焼けに塗り潰されて消えていく。
暗闇はどこかに続いてる。きっとその先には――――苛烈な生存競争が、待っているのだろう。
22
:
名無しさん
:2019/01/21(月) 22:14:17
■
ホームルームのチャイムが鳴り響く。また一つ、席は空いていた。果たして、ここは――――ここは、誰の席、だっただろう。
23
:
名無しさん
:2019/02/04(月) 22:50:52
第一話 無限聖杯戦争『冬木』 第三節
24
:
名無しさん
:2019/02/04(月) 22:51:07
「交差する想い。連鎖する悲劇。舞台にすら立てず、消えていく無数の願い」
「それでも君達は、願いを抱えて此処に居る。全てを踏み躙ってでも、叶えたい願いを持っている」
「だからこそ、此処に選ばれた。幾数年の人類史の中から、選び出されて此処に来た」
「故に、そう、君達は――――途方も無く不幸で、ほんの少しだけ幸運だ」
25
:
名無しさん
:2019/02/04(月) 22:51:23
■
終礼の鐘が鳴り響いて、下校時刻を迎える。
どうやらいつの間にか居眠りをしていたらしい。幕が降りた舞台のように、教室は閑散としていた。その中で一人、赤霧火々里という少女は帰り支度を進めていた。
ノートをまとめ、プリントを整理し、教科書を鞄の中に詰め込んでいく。あまりにも何時も通りの、何気ない光景であった。
茜色に染まる教室。不意に扉が開いた――――そちらへと視線を送れば、見慣れた先輩の姿がそこにある。
「もうそろそろ下校時刻だよ、火々里ちゃん」
「あっ……すみません、先輩。お疲れ様です」
風紀委員の最後の見回りだろう、教室もそろそろ締める頃合いか。ひらひらと片手を緩やかに振りながら此方へと近付いてくる彼女へと合わせて立ち上がる。
一之瀬侑李は、彼女の机へとゆっくりと腰を下ろして火々里へと微笑んだ。その表情が、何処か寂しげに見えたのは……この夕焼けのせいだろうか。
「またサボりですか、一之瀬先輩」
目を細めながら、火々里が咎めるようにそういった。
バツが悪そうに侑李は笑うと、ふと窓の外へと視線を送った。それに釣られて、火々里もそちらへと目を向ける。
夕焼けに染まるグラウンド。静まり返って、今はただ静かに眠るように。
きっと明日も、同じ風景がそこにあるだろう。何度も何度も、この当たり前を繰り返す。それはなんて平凡で、平穏で、平坦で、どこまでも幸福な――――
26
:
名無しさん
:2019/02/04(月) 22:51:47
「続くと思うかい。こんな時間が」
「……え?」
見透かされたような気分だった。質問の意図も意味も分からず、火々里はただ目を丸くしながら彼女を見つめた。
ふっ、と肩を落としながら、侑李は立ち上がる。困惑する火々里へと向けて、答えを出すでもなければ、導くこともなく……きっといつもの遊びなのだろうと思った。
だから明日も、きっと。きっとこんな時間が続くと、信じている。
「なんでもないよ。じゃあ、暗くなる前に帰るんだよ」
教室の扉が閉じる。その姿を見送った。
その問いかけの答えを求めるように、もう一度、窓の外を見た。そこに映るのは、先程と何ら変わることもなく……ゆっくりと、その手を伸ばした。
――――ふと、鏡に何かが映り込んだ気がした。
27
:
名無しさん
:2019/02/04(月) 22:52:01
戻ってきた先輩が、悪戯をしにきたのかと振り向いた――――居た。そこには確かに、"何者か"が立っていた。
息を呑んだ。だってこんな生徒は"知らない"。それはそうだろう、まさか……白銀の鎧と、太陽のように輝く剣を持った、ファンタジーじみた格好の生徒など居るはずもない。
まるで夢でも見ているかのようだ、と思った。それを裏付けるように、その姿には時折"ノイズ"のようなものが乱れた。何度も不安定に乱れて、ズレたり、黒い穴が空いたりをしていた。
だから、これは夢だ。そう断じたかった。
「お初にお目に掛かります。私の名は、"セイバー"、真名を――――――――"ガウェイン"」
その剣先が、此方へと向けられる。
夢だと断じるには、あまりにも明確が過ぎる冷たい刃の感覚。仮に今が夢であるとするならば――――いったい、何時から、夢を見ていたというのだろうか。
それを思考するには、あまりにも遅すぎた――――振り上げられた刃が、陽光に煌めいて、正しく太陽を奪われたかの如く。
「我がマスターのオーダーにより。貴女の命を頂きます、御覚悟を」
振り下ろされた刃が、火々里の身体を斬り裂いた。血飛沫が噴き上がる様を、まるで他人事のように、窓ガラスが映し出していた。
28
:
名無しさん
:2019/02/04(月) 22:52:22
第一話 無限聖杯戦争『冬木』 第四節 終
29
:
名無しさん
:2019/03/12(火) 23:02:45
「ふん、少々浅かったか」
右手に握り締めた輝く剣は、朱く染め抜かれていた。瞬きとともにその光に焼かれて、煙となって消えていった。
その刃を見下ろし、撫でる。
あの男は、自分を仕留め損なったことを確かに認識しているようであった。ならば、この僅かな時間の生存など、誤差でしか無いのだろう。
「如何に私の霊基と、令呪による強制力があれども、ムーンセルの拘束力には抗えない……」
流れ続ける鮮血を抑えながら、ゆっくりと這っていく。伝えないと、助けてもらわないと、近くには先輩がきっといるはずだ。
叫んで助けを求めたいが、そうしたならばきっと倒れ込んでしまうだろう。身体の真正面を、縦断するように刻まれた傷跡は、きっとそれに耐えられない。
這ってでも、廊下に出なければならない。死にたくない、死にたくない。そう思う一心で、教室の扉へと手を伸ばして――――
「――――とは言え、小娘一人を殺すなど訳無いが」
ずく、と。その腹を貫いて、串刺しにする剣。
一際大きく体が震えて、血を吐き出した。意識が遠退いていく。何が何だか分からない。誰も助けてくれる人はいない――――当然か。
いや、なぜ当然だと断言できる。それすらも分からない。記憶は靄のかかったように覆われていて、それすらも血飛沫に塗りつぶされていく。
30
:
名無しさん
:2019/03/12(火) 23:03:05
――――――――ならば、諦めるか?
誰かの声が聞こえてくる。聞いたことのない声だ。男とも、女ともとれない……一つだけ言えるのは、その声が。
嘲笑と、失望に塗れていることであった。明らかにこちらを見下して、馬鹿にして、落胆している。そんな様相のそれだった。
諦めるか……諦めたくない。自分が何者で、自分が何なのか、それすらも分からないけれど、ただ。ただ、赤霧火々里という人間は、未だ。
何も、成し遂げていないじゃないか。
瞬間、その声とともに現れた気配が消え去って。眼の前が光り輝いているように見える。
この世界がどういう風に構成されていて、どういうルールで動いているかなんて、分かったことじゃない。今目の前に在る現実すらも、定かではない。
だけど、もしも、もしも抗える手段があるのならば、抗えるだけの――――ただ、生きたい、というだけの、ちっぽけな願いをすら汲み取ってくれる誰かがいるならば。
「ああ。聞き届けたぞ」
光が瞬いた。それは嘲笑のそれではなく、ただ凛と響く肯定の音だった。
閉ざされようとしている世界が、ゆっくりと開いていくのを感じた。それにただ身を任せるままに、その瞳を開けたのであれば。
31
:
名無しさん
:2019/03/12(火) 23:03:31
■
眼の前に、一人の騎士が立っていた。
美しい金色の長髪、青い瞳に、正しく騎士然とした鎧と、その手に握り締める剣は……たった今、自分を斬り刻んだそれに勝るとも劣らない輝きを放つ。
何よりそこにあるのは、圧倒的な存在感だった――――言うならば、カリスマとも言えるだろう。そこに立つだけで人々を魅了する、その立ち姿。
それを垣間見た、白銀の騎士は――――
「ああ、ああ、そんなまさか。まさか、貴方が、ここに現れようなど」
酷く狼狽していた。歯を食いしばって、表情を歪め。恨みがましいとすら言えるほどの視線を、金髪の騎士へと送っていた。
明確に異常であった。そしてその姿は、その感情に呼応するかのように黒いノイズの領域を増していく。
その視線を受け止めた金髪の騎士は、一度その瞳を伏せたならば……そこに確かな意思を灯して、再度青い瞳を開き、真っ直ぐにその姿を見据えた。
「――――――――騎士王、アーサー・ペンドラゴンの御前である。その剣を振るう無礼に応じる必要はあるか、ガウェイン卿」
それが起点となったのか。一度、見るからに膨れ上がり、そのまま爆ぜるかのごとく見えた、白銀の騎士の表情は。
然しそこで、一度不自然なまでに"凪いだ"。そしてその口元に、僅かに笑みを浮かべたならば、剣を鞘へと納め……そして、その右手が、自身の顔を覆った。
32
:
名無しさん
:2019/03/12(火) 23:05:32
「くく、く、くくく……アーサー・ペンドラゴン」
それは憎悪とも歓喜ともつかない。様々に感情を混ぜ合わせ、ようやく漏れ出た音、であるかのようにすら聞こえるものだった。
歪んでいる、と言っても差し支えないのかもしれない。ただ。こちらもまた、明確に……強固な意思があって、そうしていると理解は出来た。
「私の主は、今は最早、貴方ではない……。主従の関係など、最早過去のもの。
今この場に在るのは、貴方の騎士ではなく。今、この先に横たわるのは――――ただ、苛烈極まりない生存競争。命を対価に、願いを賭ける。
皆、そのためにここに在る。私も、我が主も。これは、そう――――"戦争"だ」
そう告げて。その姿がノイズと掻き消えていく。どうやら、自分の視界が霞み切って、何も見えなくなったというわけではないらしい。
とは言えそれも時間の問題で、ごとりとその意識は完全に手放されようとしていた――――何者かが自身の体を抱き上げる感覚は、あったのだけれども。
恐らくは、先程の騎士のそれだろう。冷たい金属の感触の中、然し手遅れになっていく身体をどうすることも出来ない……今は最早。
「いいや。君は未だ、ここで死ぬべきではない」
声が聞こえる凛と澄み渡る声。威厳と風格に満ちたもの。
今は、それだけを背に――――誰かが看取ってくれる。それだけでも幸運だったのかもしれない。ああ、でも、どうせならば……贅沢な願いかもしれないけれど。
■■に……誰だろう。誰の名を口走ろうとしたのか。その名が自分にとってどんな意味を成すのか。わからないまま。闇の中へと、沈み込んでいく。
33
:
名無しさん
:2019/03/12(火) 23:05:45
■
「……申し訳、ありません。我がマスター」
暗い部屋の中。膝をつく白銀の騎士に背を向けて、何処か感情を欠落させたような……それとも、意図的のそれを圧し殺しているのか。
何処か虚ろな瞳で夕焼けを見上げる。そこに映し出されているのは――――今は何かを落としてしまった、少女の亡骸と言っても良いのだろう。
憤怒するわけでも、失望を見せるでもなかった。ただただ、無感情……事実を、ただ事実として受け止め、そこに何の感情も伴わないよう尽力するばかりであった。
「気にせんでええよ。やっぱりウチが直接殺るのが、筋ってもんなんやろ」
34
:
名無しさん
:2019/03/12(火) 23:06:02
第一話 無限聖杯戦争『冬木』 第五節 終
35
:
名無しさん
:2019/03/18(月) 23:09:15
――――差し込む朝の日差しに、ゆっくりと目を開けた。
ぼやけた視界が、定まっていくにつれて、現実の鮮明さと比べて、思考の不理解は加速していくばかりであった。
高い場所に備えられた窓から入り込んだ光が、その正体だったらしい。校舎ではないことは確かだった。清潔な白い壁に、辺りを……
今、自分が座っているのは長い木製の椅子だ。大勢の人々が、所狭しと椅子に座って……真正面を見ていたり、俯いていたり、何かを待っているようであった。
自分の体を見下ろしてみれば、すっかりと傷は消えていた。学校の制服も元通りになっていて、痛みすら感じることはない……どう考えても、何かがおかしい状況だ。
「あの……」
隣りにいる青年に声を掛けようとする。彼とはあまり関わり合うことはなかったが、然し同じ学校の教壇に立っている先生であることは知っている。
名前を、ケイ・ミルカストラ――――と言ったか。そう話しかけようとしたところで、前方からガチャリと扉が開く音がした。
掛けた声に対する反応は返ってくることはなかった。大勢の視線は、皆そちら側へと向けられている――――壇上の脇より現れたのは。
何人かの役職を持った生徒や教師。自分が知っている――――先輩の一之瀬侑李や、担任の如月陽炎を始めとして……数人ほどが並ぶと、最後に一人。
男が歩み入る。見知らぬ男だった。学校でも見たことがない。カソックを身に纏った……文字通り、キリスト教的な神父と呼んで差し支えないのだろう。
「き、き、"清宮天蓋"ィ!!!!」
後方で大きな声がした。そこに視線を向けたならば、間桐凱音の姿があった。
立ち上がり、指を突きつけて、彼へと向けて……そこには震えをすらも伴って、何かを訴えているようであった。
神父服の男は、それになにか行動を起こすこともなく、片手をゆっくりと持ち上げて、静止のジェスチャーを、余裕を以て成立させるのであった。
36
:
名無しさん
:2019/03/18(月) 23:09:34
「――――静粛に」
よく通る声だった。年齢は高過ぎるということは無いのに、低く伸し掛かるようであった。
背後の……白い制服の風紀委員達が、凱音へと注意を集めた。それも相まって、たじろいだ彼は、なにか言いたげにしながらも、教会の椅子へと座り直す。
"和を乱してはいけない"……彼という存在がこの場における絶対条件なのであろうことは理解できた。
「参加者総勢128名、パーソナルデータは既に確認済みだ。私の姿を知るものもいようが……今ここに居る私は、ムーンセルより役割を与えられた」
「言うなればただのコピー。監督役としての役割のみを持つ、ただ"聖杯戦争"の運営のためのシステムであることは承知願いたい――――」
彼の言う言葉。コピー、システム、そういう言葉をすんなりと受け入れている自分に少々困惑しながらも、注目したい単語がある。
"聖杯戦争"。先にであった、ガウェインと名乗る男も言っていた。"戦争"……と。
嫌な単語だ。それが何を意味するか……少なくとも、先の時点で、自分は思い知らされている。
「――――それでは。ようこそ、選ばれしマスター諸君。幸運なる128名。改めて、自己紹介をさせてもらおう。
ムーンセル・オートマトンより派遣された"月の聖杯戦争"の監督役、清宮天蓋だ。今後私が主だった進行を担当する、宜しく頼もう」
恭しく頭を下げるそれには、機械的でありながら、どことなく白々しさが在る。
その正体が何なのかはわからない。考える余裕すらない、彼の言葉の一つ一つが、赤霧火々里にとって、全くと言っていいほど理解が及ばない。
37
:
名無しさん
:2019/03/18(月) 23:09:45
「さて、此処に居る皆は、記憶を取り戻しているなら、"ルール"については既に聞いているだろうが」
「え、ちょっと……」
正確には、理解できているような気はするのだが。ともあれ、そのまま話を進めるというのならば、何もかも理解できていないこの現状。
そのままそうしてもらう訳にはいかないとして、思わず声を上げかけるが……神父より投げ掛けられた視線に、射止められる気分でそこに竦む。
「再確認は必要か。もう一度、説明させてもらおう」
……ともあれ、何とか胸を撫で下ろす。
そもそもこの現状に対してすら、納得いっていないのが現状だ。よく分からないものに参加させられかけている現状、このまま流される訳にはいかない。
今はとりあえず、大人しく聞いておこう。気になることは山ほどあるが、だからこそ、目の前のことを一つずつ。
「これより行なわれるは、"聖杯戦争"。君たちが"願望機"と見上げる、万能演算装置、"ムーンセル・オートマトン"を巡る戦いである」
「勝者は、この中からただ一人――――生き残るのは、ただ一人。願いを叶えるは、ただ一人」
「――――――――賭けるのは君達の命。"相応しき強者を選別する、生存競争である"」
38
:
名無しさん
:2019/03/18(月) 23:10:02
第二話 EXTRA/over the FULLMOON 一節 終
39
:
名無しさん
:2019/04/22(月) 01:14:06
――――小さくはない動揺が広がっていく。
当然だろう。彼がたった今、言い放ったのは"殺し合い"の宣言だ。
万能の願望機……"聖杯"。手に入れれば、汎ゆる願いが叶うとされる聖なる杯。それを手に入れるたった一人を決めるために行われる生存競争。
即ち、"聖杯戦争"。……理解が及ばないのは、当然のことだと思いたい。この場に広がる動揺こそが、その肯定である……誰かが声を上げる筈だ。そう思った。
「……ふむ、ここまではよいか」
だが、それは起こらなかった。非難の声も、拒絶の声も。
右を見ても、左を見ても、そういう気配はなかった。たった今起きたざわめきは……動揺のそれではなかった、ということになるのであろうか。
それでは、ここに居る人間は、皆――――あの男の言う通りに、全て理解している?
「各々、既に契約している"サーヴァント"――――英雄の影法師、それが君達の剣となり、盾となり、栄光への道を切り拓くものだ。
それを用い、こちら側の用意したルールに則り。勝者を決める」
話は矢継ぎ早に進んでいく。サーヴァント……先の騎士達と同じものだろうか。確か、アーサー・ペンドラゴン、と名乗っていたような。
有名なイギリスの……円卓の騎士、だっただろうか。先のガウェインと名乗った騎士もその一部であったような。
歴史上、或いは伝承上の人物。それを……自分と同様に、ここに居る人々は、ひとつずつ持っている、ということか。
40
:
名無しさん
:2019/04/22(月) 01:14:20
「先ず最初に。対戦カードを発表させてもらう。その3日後。このムーンセルに再現された仮想戦闘空間"冬木"を戦場とし――――」
神父服の男、清宮天蓋が指を鳴らす。
それと同時、何処かの教会に窮屈に納められていたのが、唐突に……その景色が、そして空気感が変わった。
自分は……自分達は、何処かの"大きな寺"の中に立っている。見たことも――――聞いたことも、恐らくは無い、そのはずだ。
「―――――決戦とする。勝者は二回戦、三回戦と上がり……敗者は。当然、"脱落"する」
脱落、その言葉が本当に"死"なのかどうか。直接的な表現を、あの男はしない……が、分かる。
きっと、行われるのはそれに等しいものだ。先ほどの邂逅でそれはよく分かった。
「尚、それまでの私闘には制限が設けている。場合によってはペナルティを科せられることもある。頭に入れておきたまえ。では……」
聖杯戦争の全貌は、何となく分かった。不可解な点も幾つかあるが――――それは今は、どうでも良かった。
問題なのは。これに流されるまま、参加する訳にはいかないということだ。当然だろう、自分は、"殺し合いなんて望んではいない"。
棄権しよう。誰かを踏み躙ってまで手に入れたい願いなんて自分にはない。人の波を掻き分けて、前へ前へと進んでいき、彼らの前に辿り着き。
41
:
名無しさん
:2019/04/22(月) 01:14:41
「あ、あの―――――」
――――――――本当に、それでいいのか。
今正しく、目の前では殺し合いが繰り広げられようとしている。本当に、自分はそれでいいのか。
いや、それでいい。それでいいのだ。自分はただ、日常に帰ればいい。帰るべき場所が、自分にはある――――それは何処に。
それは、どういうものだった。記憶は穴が空いたように抜け落ちたまま。何処に帰ればいいのか。それとも、最初からそんなものは、存在などしていなかったのか。
退路がないのならば、どう在るべきか。
「ふむ……?」
神父服の男が、訝しげに目を細める。
その横で、如月先生が……空中になにか、半透明の、液晶のようなものを展開して、それを指で叩いている。
一之瀬先輩、と呼んでいた少女が、一歩前に踏み出した。自分を牽制するかのように……その様に。何処か、胸が痛むようであった。
彼女を見上げたならば、その瞳はひどく冷たいものであった。そこには、感情など存在していないかのように――――
42
:
名無しさん
:2019/04/22(月) 01:15:02
「……神父。パーソナルデータの照合が……あれ、あれ? ええっと、なんでもないわ、出てきたもの、あれぇ……?」
なんのやり取り家はわからないが、何かの受け渡しがあった、のだろうか。
ほんの僅かな沈黙の後。清宮神父は、自分を見下ろした。不快感が在ったわけではなかった、が。
なにか、好気なものを見ているかのような視線だった。それが少し嫌だった……し、何より、要件を言おうにも、タイミングを外してしまった感覚がある。
何より、胸の中につかえるこの感覚が。一言を、紡がせようとしない。
「霊子構成の乱れによるものだろう。何らかの異常も、恐らくは時間経過が解決するだろう。さて――――」
その言葉は、ほとんど自分を見ていないように思えた。全く事務的なもので、然しそれに自分は流されるままだった。なにか、本能的な物に作用する感覚だった。
清宮神父の視線はすぐに、自分を含めた、参加者達へ向けたものに戻る。
43
:
名無しさん
:2019/04/22(月) 01:15:16
「詳細なルールは各々確認するように。対戦カードは君達のマイルームにて発表させてもらう。
こちらからの説明は以上とする。それでは、皆――――美く戦い給え」
再度、その光景が目まぐるしく変わる――――次に、辿り着いたのは。
夕暮れの教室。そこは静まり返っていて、自分以外に誰一人としていなかった。その沈黙は、異質であれども……実感を伴わせない。
……顔を上げた瞬間、空中に……先程見たように、ARのように画面が展開される。そこに描き出される文字列を見て、ようやく、それを自覚する。
殺し合いが始まる。
44
:
名無しさん
:2019/04/22(月) 01:15:46
NEXT 『間桐 凱音』
.
45
:
名無しさん
:2019/04/22(月) 01:16:16
第二話 EXTRA/over the FULLMOON 二節 終
46
:
名無しさん
:2019/05/06(月) 23:16:11
間桐凱音の一生は、幸運とは懸け離れた位置にあった。
魔術の大家、間桐の家に生まれながら出奔した男。彼の血を引いた凱音は、あろうことか……"いとこ"である娘に恋をした。
怪異に魅入られ、愛される女。ある意味魔性であると言ってもいいだろう――――その少女を助けるために、人生の全てを擲つつもりであった。
幸運なことに、凱音には魔術の才能があった。父の失敗を知った後、より慎重に、自身にそれだけの力があると確信できるまで練り上げ、その上で戦いを仕掛けるつもりだった。
間桐の娘を、その邪悪から救い出すことに、文字通り己の人生の全てを賭した。然しその賢明が、その一生の意味を奪った。
"間桐の娘は、救われた"。
とある神父によって告げられた言葉に、凱音は崩れ落ちた。
彼女には"ヒーロー"がいた。誰のためでもない、彼女のためのヒーローが。それは確かに彼女を闇の中から掬い上げて、そして……間桐凱音には、その資格がなかった。
皆、幸福の道を歩むことになった。彼一人を置き去りにして。それを邪魔する資格など持ち合わせるはずもなく、彼女の幸福のみを願うだけの賢明さもまた持ち合わせていた。
彼は、置き去りにされた間抜けものだ。だからこそ、丁度良かった――――――――聖杯戦争監督役、清宮天蓋は、人形遣い、"九条峰巴"と共謀。
その死骸を絡繰人形として作り変え、徹底的に利用し尽くした。それが、間桐凱音という少年が辿った一生だ。
彼という存在は、全く以て、無意味だった。
47
:
名無しさん
:2019/05/06(月) 23:16:32
■
「……まずは予選突破おめでとう、と言ったところだろうか」
「うわっ!?」
夕暮れの教室。呆けそうになっていたところを、突如背後から掛けられた声に現実に引き戻される。
ばっ、と振り返ったのならば、そこに立っているのは青い鎧の騎士……確か、名前を。
「アーサー、ペンドラゴン……」
恐らくは、多くの人々が一度くらいは耳にしたことがあるだろう。アニメや漫画、ゲームと言ったものに触れる人間ならば、なおさらだ。
アーサー王物語の中心人物。聖剣エクスカリバーを手に、ブリテンと円卓の騎士の頂点に立った……というのが、自分の知識の中のアーサー王だ。
サーヴァント……従者。英雄の影法師と言っただろうか。それが事実であるならば……とんでもない大物を、自分は引き当てたのではないか?
「おっと……今はその名ではなく、"セイバー"と呼んで頂きたい。サーヴァントとは、真名を隠すものでね」
はぁ、と間抜けな返答を返す。
揺れる金髪は陽光の如く、顔立ちは控えめに言って整っている。何とも俗な言い方をすればイケメンなのだろう。……それ以上の感情は特に無し。
それよりも、なぜ、名前を隠すのかどうかが気になる。なにか、聞かれると不都合なことでもあるのだろうか?
「その様子だと、本当に何も分かっていないのか。困ったな……説明とか、苦手なんだがなぁ」
「……スミマセン」
何故か自分が悪い気になる。確かに、この現状で何も分からないというのは致命的なのは分かる。
分かるが、それは自分が悪いことなのか……何となく理不尽を感じる。
48
:
名無しさん
:2019/05/06(月) 23:16:46
「まあ、俺が説明するよりもNPCに聞いたほうが早いか。……図書室にでも行くか」
「……えっ、そ、それは待って!?」
――――ここから一歩でも外に出れば。いや、ここですらも。
安全なのかどうか分からない。下手をすれば、そこですぐに敵と鉢合わせて殺し合い、という可能性すらも……そうなれば、生き残れる自信は欠片もない。
何の用意もなく外に出るのは、少々不安が過ぎる……と。さっさと教室から出ていこうとするセイバーを止める。
「この外には、敵の……マスターとサーヴァント、がいるんでしょう? 何の対策もなく出ていっても、私、戦えないんだけど……!!」
「安心しろ。この教室……マイルームは他のマスターが入ることのできないようにムーンセルが設定しているし、学校の敷地内では戦闘行為は禁止されてる。それにだ」
呆れた様子を見せることもなく、セイバーは振り返った。
ここが安全地帯であることは分かった。外側が戦闘禁止区域であることも。だが、敵がルール違反をしないとも限らない……私は、普通の学生だ。
命の危機にさらされたことなんて無い。それでも、不安は拭えなかったが。
「アーサー・ペンドラゴンの名を戴くこの俺が。そう容易く主君を傷付けさせるものか」
―――――その言葉には、何処か惹かれるものがあった。勿論、人間として……例えば、こういうのを。カリスマ、とでも言うのだろう。
一度立ち止まって、考えた。だが、そうまで言うのならば……どうせ、今後は背中を預けなければいけない仲なのだ、いっそそのまま委ねてしまおうと。
教室の扉へと、歩き出した。
49
:
名無しさん
:2019/05/06(月) 23:17:03
■
「あれ、赤霧じゃん」
――――――――壱歩、教室の外へと出た途端。耳を擽るのは、何処か嘲るかのような声色の男性の声。
これに関しては、聞き覚えがある。少なくとも……少し前までは、"腐れ縁"であった級友のものだ。今はあまり……聞きたくないものではあるが。
それでも、視線を合わせざるを得なかった。どういう相手であれ、この場においては無視することのできない存在だった。
「なんだ、怖気づいて棄権したんじゃないのかよ。わざわざ死にに来るとか、物好きだよねぇ、ほんと」
……間桐凱音。少しばかり……いや、大分、良いとは言えない性格の少年であることは、今正に、彼が言った言葉からも読み取ることが出来るだろう。
彼も記憶を取り戻し、役割から外れて、聖杯戦争の正式な参加者となったのだろう……サーヴァントの姿は見えないが、今セイバーがそうしているように、"霊体化"とやらで消しているか。
ヘラヘラと、意地の悪い笑いを浮かべながら……予選の時と変わらず、あまり好ましい相手とは思えなかった。
「それにしても運が無いよね。一回戦の対戦相手が俺なんてさ。今からでも遅くないし、棄権したら?
俺だって弱いものいじめがしたくて参加してるわけじゃないしさぁ。勝ち、譲れよ、俺に」
徹底的にこちらを見下して、威圧的に接する凱音――――こちらを苛つかせるのが目的なのだろう。それは分かっている、分かっているが。
それでも、こうまでされれば腹が立つ。確かに自分は無力で弱い。未だに何も分かっていないかもしれないし、戦う意味だって見いだせていない、が。
そんな風にまで言われて、浅ましく、情けなく、勝ちを譲るほどに弱いつもりはない。そう在りたくない――――!!!
50
:
名無しさん
:2019/05/06(月) 23:17:19
「結構よ。自信がないのは分かったけれど、それで私に当たるのは止めてくれない?」
「なっ――――!!」
鳩が豆鉄砲を食ったかのような顔。思い切り顔を歪めて、凱音は言葉を詰まらせてこちらを困惑と共に睨みつけた。
してやったり、だ。馬鹿にされっぱなしは勘弁……青筋を立ててこちらをにらみつける凱音へと向けて、ふん、と鼻を鳴らして追い打ちをかけてやる。
「……い、言うじゃん……赤霧のくせに……」
「お生憎、私は言われっぱなしの案山子じゃないのよ。少なくとも、貴方みたいな情けない奴には……」
正しく状況は一触即発。あれだけ恐れていた他のマスターとの戦闘が、恐怖はあれども……そうなれば、やってやる、と思える程度になっているのは。
自分の過去に関係があるものだろうか。暫しの睨み合いの末――――――――先に動いたのは、向こう側だった。
「――――――――いやぁ、これは主殿の負けであろうよ」
突如として、凱音の背後に巨大な人影が出現する。
背丈は二メートルを遥かに超える、ボサボサの髪の大男。その身体は日本の鎧に身を包んで、その背中にはその背丈以上に大きな刀が背負われている。
セイバーのそれとはまた違う、視覚にも分かりやすいくらいのド迫力……これがサーヴァントであることは、素人であろうとも一目で分かる。
彼は凱音の肩に手を置くと、にぃ、とその口元に笑みを浮かべてこちらを見下ろしている―――――流石に恐ろしく思って、後退りする。
51
:
名無しさん
:2019/05/06(月) 23:17:33
「なっ、お前……勝手に出てくるなって言っただろ!?」
「いやいや、主殿が恥を重ねる前に止めるのもまた仕える者の役目であろうよ。全く、仕掛けるのであれば、せめてドンと構えてもらいたいものだ」
セイバーは、その言葉に対して沈黙を貫く。霊体化したまま、出てくる素振りも見せなかった。
凱音と鎧武者のサーヴァントは、何やら言い争っている……とすらもいい難い、一方的に凱音が食って掛かり、それを笑いながら受け流すのを繰り返しているが。
それを暫くした後、鎧武者はその首根っこを引っ掴んで、背を向ける。
「いやはや、失礼をした。娘殿に、そのさぁばんと……聴けば御二人、次の対戦相手と聞く。であれば、未熟者の身ではあるが――――――――
――――――――必ず、戦場で垣間見るであろう。その時は、宜しく頼もうか。では、また」
「おい、勝手に話を進めんなよバカ!! ふざけんな、あっ、ちょ、く、くるし……」
ズルズルと引き摺られる凱音と、引きずっていく鎧武者のサーヴァント……その二人の背中が、廊下の向こう、更に階段へと向かっていき、見えなくなったとき。
ようやく、体が動いた……とは言っても、ただ腰が抜けて、そこにへたりこんでしまっただけなのだが。
「……あれが、サーヴァント」
これから、殺し合うことになる"敵"。果たして、自分は……"生き残れる"のか?
52
:
名無しさん
:2019/05/06(月) 23:17:53
第二話 EXTRA/over the FULLMOON 三節 終
53
:
名無しさん
:2019/05/20(月) 20:16:24
――――――――ともあれ、情報は入手するに越したことはない。
妙な接触はあったものの、とりあえず廊下を歩くことにする。
「聞くならば運営側の上級AIがいい」。セイバーがそう言っていた通りに探す……ぱっと思いつくのは、一之瀬先輩だった。
つい先日まで『先輩と後輩』という関係性……を、与えられていたと言えばいいのだろうか。ならば説明のときの、どこか冷たく感じる感覚は、役目から解き放たれたからこそか。
……正直、あれを思い出すと少々憚られるが、それでも思いつくのは彼女と、もうひとり、担任教師という設定だった如月先生くらいだ。
あの二人ならば、保健室にいると、そこらにいたNPCに聞いて、こうして教室の前にやってきたわけだが……。
「あーーーーーー!! 痛い痛い痛い、違うんです陽炎さん!! 私はただ女の子に紳士的に対応しただけで!」
「うふふふ、それ毎回言ってないかしら? 今日という今日は許しません!」
保健室の扉の奥からは、断末魔とミシミシという妙な音が聞こえてくる。
……上級AIともなると、やはり挙動というのは人間に近くなるのだろうか。ともあれこうなると、どうにもこの扉を開きにくい……運営としてどうなんだ。
赤霧火々里は微妙に元先輩への評価を落としながらも、困った顔をする……どれか他の上級AIに聞くのが得策か。そう考えていたところに。
「ん、なんだ。今は取込中かな?」
背後から掛けられた声に振り向いた。
そこに立っているのは、一人の男だった。黒い髪に、ヘーゼルの瞳を持った……純粋な外国人と言うよりは、亜細亜との混血だろうか。
予選では見たことがないか、覚えがないか……どちらだっただろうか。記憶は混濁しているが、少なくともあまり関わりはなかった、と思う。
54
:
名無しさん
:2019/05/20(月) 20:16:48
「まあいいか。ここは後回しでも……大体のことは把握できた。実地調査は大事だって先生も言ってたし」
……把握できた、ということは、彼もまたここに至るまでの様々な事情を調査していたということだろうか。
そうなれば彼もまた参加者だ。いずれは敵となる相手ではあった。だが――――
「……ち、ちょっと待ってください」
立ち去ろうとするその背に声を掛けると、ぴたりとその足を止める。
振り向いたその表情には、疑問符が浮かんでいた。
「……あれ、君は……NPCじゃないのか?」
「違います、それよりも……」
どうやら彼は、赤霧火々里を"NPC"の一人として認識していたようであった……それに関しては引っかかるものがあったが、今は重要ではない。
彼の前へと一歩、進む。その進路に立ち塞がるようにというべきか、影を踏むように、とでも言うべきか。
「私に、この聖杯戦争について教えてもらえませんか?」
「……は?」
彼は正しく面食らった表情で、赤霧火々里を見下ろした。
「……いや、君、分かってるのかい。これは聖杯戦争で、生き残るのは唯一人。僕とは敵同士なんだけどな」
「いや、まぁ、はい……」
そして紡がれる声色は、呆れたことを隠そうともしていない。
それは分かっている。だが、どうしても情報は必要だ……何より、これは直感ではあるのだが、彼ならば教えてくれる気がするのだ。
本当に何となく、恐らく理由はないのだろうが。腕を組んで、保健室の扉に凭れ掛かりながら、彼は少しの間思考した後。
55
:
名無しさん
:2019/05/20(月) 20:17:10
「このまま君を突き放すのは簡単だけど……何となく、君は放っておけないな。いいよ、分かった」
「……あ、ありがとうございます!」
「その代わり。条件が一つ」
これにて一件落着……と思っていたところに、そう言われる、それはそうだろう。このままでは彼に得がない。
立てられた人差し指を視線が追いかける。
「君のサーヴァントと、そのクラス、そして"真名"を教えてくれ。君の為に時間を割くんだ、これくらいの情報アドバンテージはもらおう」
サーヴァントの姿と、クラス、真名。何れもこの戦いでは貴重な情報であり、特に真名は……あまり言ってはいけないと、セイバーも言っていたが。
「……分かりました」
背に腹は代えられない――――そう頷いた同時に、セイバーが実体化する。
その蒼色の瞳を訝しげに細めながら、彼のことを見据えていた。それから何か言いたげに、こちらへちらりと視線をやったが、やがて堪忍したように。
「サーヴァント、セイバー。真名を、アーサー・ペンドラゴン」
「……アーサー、あの"騎士王"か!? ……とんでもない強運だな、君は」
面食らった様子で、思わずそう声を上げていた。セイバーはやはり不満気に、その人差し指を口元に立てて、声が大きいと示す。
謝罪のジェスチャーと共に、その強運を讃えられる。自分でも知っているくらいに有名な英雄だ、やはりというべきか、当たり、ということで合っているのだろうか。
「僕はケイ・ミルカストラ。一応魔術師だ、君の名は?」
「赤霧火々里です。よろしくお願いします!」
それから、彼、改めケイ・ミルカストラは、廊下を一度きょろきょろと見渡すと、少しだけ考え込むような素振りを見せた後。
「……とりあえず、図書室にでも行こうか。ここじゃ少し落ち着かない」
「ですね」
気づけば扉の向こう側から聞こえてくる声が、性質の違うものに変わっていた。
お互いに顔を見合わせると、どうやらそれに対して抱く感情は同じようで――――肩を落としながら、歩き出した。
56
:
名無しさん
:2019/05/20(月) 20:17:28
■
「――――というわけで、ムーンセルの英霊システムはこんな感じかな」
それからしばらく、赤霧火々里は、図書室にて、ケイ・ミルカストラより……聖杯戦争について、ムーンセルについて、英霊について、というものを学んだ。
なにか本当に教師でもやっていたのか、教え方はとても分かりやすいもので、すらすらと内容が入ってくる。彼からすると、"師の教え"の一部であるそうだが。
……その間。セイバーは、世界史資料の棚を険しい表情で見つめている。何か探しているのだろうか。
「それで、これらは本来、サーヴァントと同様に、ここに来た時点でムーンセルから与えられる情報なわけなんだけど……なんで知らないんだ?」
「さぁ……」
そうは言われても、分からないものは分からない。そのうち戻るという話だから、あまり重要視はしていないが。
ケイは額に手を当てながら、やれやれと首を振った。疲れはないようだが、訳が分からない、ということらしいが……。
「まあいいさ。続けよう。それで、僕達は……ムーンセル・オートマトンに聖杯戦争へ招待されたわけだが……それ以前。
何故、ムーンセルは……"世界線を問わず"、"無理矢理に"、"無差別に"、聖杯戦争の参加者を集めなければならなかったのか」
――――――――そう、問題はそれだ。
何故私達は、この戦いに招聘されたのか。何故、私達は殺し合わなければならないのか……それだけが、未だに濃霧に包まれている。
生唾を飲み込む。緊張が走る。心なしか、彼の表情も強張っているように見えた……少しだけ間を開けてから、ゆっくりと、言葉が開かれていく。
57
:
名無しさん
:2019/05/20(月) 20:17:41
「結論から言おう。"ムーンセルの外側は、既に消滅している"」
……消滅、している?
理解が及ばなかった。崩壊しているとはどういうことか。荒廃しているだとか、崩壊している、とかならばまだ意味も通じやすい。
戦争だとか何だとか、そういうもので壊れる……いや、それですら信じたくはない事実だが、そもそも、消滅している……つまり、消えているとはどういうことか。
「消えているんだ。一切合切、地球どころか、宇宙すら。この、ムーンセルただ一つを残して」
――――――――ならば、この世界の外側には。
「ああ。"何も存在しない"。ムーンセルは、可能な限り生命を"霊子化"・"回収"し、この世界に"保護した"。
この"世界"には。僕達聖杯戦争の参加者と、"冬木"に暮らす一般人。彼ら以外には、存在しない」
58
:
名無しさん
:2019/05/20(月) 20:18:04
第二話 EXTRA/over the FULLMOON 四節 終
59
:
名無しさん
:2019/06/23(日) 23:53:10
夕暮れの冬木を、間桐凱音は身体を引き摺るように歩いていた。
そうしているのは、おそらくはマスターの中でも、彼ばかりではなかった。ルールを知る者たちの大半は、汎ゆる目的を以てこの冬木の街に息を潜めていることだろう。
(……ただ戦いを待つばかりじゃいけない。決戦のためには、冬期の中に隠された"ゲートを探さなければならない")
或いは、凱音と同様に……決戦のための入り口、"ゲート"を探し。或いは……それを探す者達を、刈り取るために。
とは言え、日が昇るうちに激しく動き回る者達は居なかった。冬木に住む人間達を脅かし、或いは殺害したものには、ムーンセルからペナルティが加えられる。
また、設定されるゲートの位置は、あろうことか個々人によってランダムとなる。そのため、誰かのハイエナとなるという手法もまた存在しない。
これを探し出すために必要な技術は、魔力の探知……僅かに、微かに残る痕跡を見つけ出して、そこから場所を特定する。運が良ければ数分だが、運が悪ければ……。
日が沈んでからの行動は自ずと危険になる……が、制限時間は非常に短い。そのために、可能な限り時間を使いこれを探し出さなければならない。
(俺自身が忙しく動き回る必要がないってのはメリットだ。今回ばかりは間桐の魔術に感謝だぜ……)
路地の裏へと足を踏み込む。少しの暗がりに身を潜めたならば、その指先をゆっくりと空へと差し出した。
……巨大な羽音を立てて、一匹の"蟲"がその指先に止まった。これこそが、彼自身が有する魔術……間桐の使い魔、その中でも"視蟲"と呼ばれる、術者と視界を共有する偵察向きの蟲だ。
これによる情報収集は、他の参加者とは違うアドバンテージだった。既に幾つかの目星をつけた凱音は、順調な作業に口元を歪めて。
「――――――――ムーンセルは、破れた世界から他の世界へ接触し、可能な限りの可能性を回収。その後、"月へと閉じこもった"」
――――――――視界の端の影が、蠢いた。
冷たく背筋を這い登る感覚。脳髄を貫いたかのような粘り付く声。一瞬でその身体が強張って、その影から目を放すことができなくなる。
蛇睨み、という言葉があるが、あれは天敵に睨まれた捕食者、と要約できるだろう。であれば、それは正しく……天敵、人間にとっての天敵に他ならない。
人間を食らう、或いは特攻する、生物としての正しく根本的、基本的な摂理として上位に位置する存在――――それがゆっくりと、影の中から這い出てきた。
息を呑むような金髪灼眼の女。白いドレスと、片手に持った杖が叩く音が、しゃなりと、背筋を伸ばし、礼儀正しく立っているのだ。
60
:
名無しさん
:2019/06/23(日) 23:53:27
「彼はあらゆる可能性の中から、最も相応しいものを聖杯戦争によって選び取り、ムーンセルを託すことを決めた。
マキリ・ゾォルケンの遺児である貴方は……それに何を見出しているのかしら」
「レイ・ヘイグ……!」
彼女の顔には見覚えがあった。忌々しい記憶ばかりであったが、確かに。
危害を加える気がないことは分かっていたとしても、嫌悪感と、恐怖心を抑えることが出来なかった。その身体に、本能以上に刻み込まれているのだ。
まるで親しげに。懐かしげにその瞳を細めることすらしている人外が、余りにも恐ろしかった。いっそ白々しく……事実そうなのであろうが、忌々しくて仕方がなかった。
「だ、だから言っただろ! 俺はあの爺さんとは関係ない! 俺は俺だけの力で出来る、証明してやるって何度も!!」
威嚇するように、大きく叫ぶが、やはりそれは彼にとっても、彼女にとっても、威嚇の範疇に収まるものでしか無かった。
レイ・ヘイグは可愛らしいとばかりにその姿に笑えば、一歩ずつ、ゆったりと歩を進めた。ちょうど彼との間を狭める形であった。口元には、小さく笑みを湛えている。
「――――――――本当に?」
射抜くようにそう言った。
強がっていた睨みつける表情が、完全に恐怖心に染まったのがその時だった。恐怖心から汗が噴き出して、身体の末端が勝手に痙攣した。
「その地震がある? 仮にも、数多の世界から選び出された候補者達の中から、勝ち抜いていく実力と……覚悟が、貴方に?」
近付いていく、近付いていく。それが断頭台の階段のようにすら、凱音は思った。
その手が首にかかるか。腹を貫くか。喉元に牙を突き立てるか。一息に、殺せる位置にそれが立った時――――――――エーテルが弾ける音が、そこに響いた。
61
:
名無しさん
:2019/06/23(日) 23:53:42
一つ、遅れてもう一つ。次に続く巨大な衝突音。ビリビリと空気が振動して、両者の肌に錯覚ではなく伝わってくるほど。
現れていたのは、二騎のサーヴァントであった。
一騎は狂戦士。二メートルを超える大柄な身体を東洋の鎧で覆い、更にそれを超える程に巨大な刀を、正しくレイ・ヘイグへと振り下ろし、一刀両断せんとするところであった。
一騎は槍騎士。狂戦士ほどに大柄ではなかったが、西洋の鎧は全身……顔までを覆い、その手に持った純白の槍が巨大且つ剛力極まりないそれと辛うじて拮抗しているようであった。
「救い手は不要。主殿には確かに"戦乱を勝ち抜く器"が在れり――――人外八卦何するものぞ、そんなものは、俺の刀が切り拓く」
「そうか? 俺にはただのヘタレに見えるけど……人は見かけによらないってやつ?」
狂戦士と言うには、余りにも理知的なものであった。然しながらその在り様は確かに狂っているというに相応しい。その武勇は目前の騎士に勝るとも劣らない。
槍騎士から漏れる声は若い男の声であった。その威圧に一歩たりと怯むことなくその拮抗の中で、何度も純白の穂先を突き立てんとし、それが押し返される。
僅かながら、確かな攻防であった。剛力無双たるバーサーカー、だが技量で言えばランサーもまた負けず。
「……そ、そういうことだよ! 俺は必ず勝ち上がって……お前だって倒してやる。見縊るなよ――――畜生、畜生、チクショウ!」
間桐凱音は、捨て去るようにそう叫ぶと、路地裏の入り口へと駆け出した。
賢い選択であるようだった。それに合わせて、バーサーカーが更にその腕に力を込めれば、ランサーも後方へと飛び退らざるを得なかった。
然しそこはまた歴戦の英雄足る彼は、その槍を構え直して、凱音の背中へと穂先を向けて、その背を追いかけようとしたが、更にそれにバーサーカーが大刀を向け。
「――――――――止めなさい、ランサー」
「……はーいよ、マスター」
それは振るわれることはなく、それを見届けたのであれば、バーサーカーは直ぐ様実体化を解き、霊子へと消え失せるのであった。
レイ・ヘイグは微笑ましいかのように彼を見送った。彼女には思惑があったが……その通りに動かなかったことに、少し嘆息した。
「ねぇ、ランサー。今、私、少し怖かったかしら?」
62
:
名無しさん
:2019/06/23(日) 23:53:59
■
「……お前の思い通りになんてなるか。俺は必ず、勝ち残って……桜を……いや……」
再度、間桐凱音は夕暮れの街を歩いていた。表通り、人々は疎らながらに……殆どが帰路に着くのだろう。
きっとこの中にはマスターも存在するに違いない。見分けは、まあ……付くわけがないだろうが、それでも通りすがる人々一人一人に嫌なものを感じてしまう。
それが気のせいであったとしても、だ。
「……校舎に戻るか。下手に外を出回る必要もないしな……」
危険は徹底的に避ける。決戦の時までに脱落するなど、元も子もない。校舎内、それもマイルーム内はムーンセルが設定した絶対安全圏だ。
当日まで生き残るだけならば、あそこに籠もっていればいい……そう思いながら、歩を進めていた。警戒は、確かに全体へと向けていたはずだったのだが。
彼に衝突する者が居た。どん、という衝撃は非常に軽いものであった。衝突自体も、その腹の辺り程度で小さく……一体何なんだ、と視線を下ろしたのであれば。
「……痛い」
少女だった。琥珀色の瞳に、鈍色の髪……背丈は低く、幼く見える。穂群原学園の制服の上にパーカーを羽織っていることから、学生なのだろうが。
そこにどっしりと尻餅をついて、瞳には僅かに涙を溜めていた。その瞳は確かに凱音の方を見上げて、抗議するような視線を確かに上げていた。
ぐっ、と凱音はたじろいだ……予想外の事態であった。目の前の彼女は、まるで脅威には感じられない。こんなところで時間を食いたくはないと、苦々しげに。
63
:
名無しさん
:2019/06/23(日) 23:54:20
「あーあー、はいはい、ゴメンゴメン。じゃ、俺は……」
そう言ってくるりと反転した。さっさとそこから離脱したかった。面倒事は御免だった。
――――そこに居たのは、忌々しい一回戦の対戦相手。赤霧火々里の姿だった。
「……赤霧ぃ……!!」
ここであったのは偶然だが、一つかかせられた恥を明かしてやろうかと思った。少しばかり痛めつけてやろうかと、蟲を使うことも考えていた。
この街中、大きな事はできないが、少しくらいなら……相手もそう考えているだろうと身構えもしていた。だが、彼女は……その手を上げて、人差し指を立て。
こちらを、指差し。
「――――――――イジメ!!!」
「……はぁ?」
訳が分からなかった。先ず人を指差すな、と思った。
然しその指先が、微妙に自分を指差しているもので無いことに気づき、ゆっくりとそれを辿って、視線を下ろした……そこには。
涙を目に溜めながら、自分の服の裾を掴んでいるパーカーの少女の姿があった。
ああ、なるほど。これはイジメだな――――――――間桐凱音は、妙な納得をしてしまった。
第二話 EXTRA/over the FULLMOON 五節 終
64
:
名無しさん
(ワッチョイ b0c1-d5a0)
:2019/08/30(金) 00:07:04 ID:eRHfpl9s00
虚構都市"冬木"
ムーンセル・オートマトンにより再現された、とある地方都市。ここには『複数の生命体』が隔離されて、何も知らされない形で、変わらない日常を送っている。
世界は消滅した。ありとあらゆる平行世界の可能性は一切合切消滅し文字通り消え失せた。このムーンセル・オートマトンという観測者以外は。
ムーンセルは常に観測し、記録し続ける。それ単体では単なる巨大な記録端末でしかない。……だが、それは。"月の聖杯戦争の勝者"によって手綱を取られることになる。
観測できるあらゆる平行世界から、残存した命を回収した後、ムーンセルという存在そのものを世界から隔離。内部に"冬木"を形成し、仮初の日常を手に入れた。
「……全然、実感が無いんだけれど」
それが、赤霧火々里が聞かされたこの世界の真実である。
現在の聖杯戦争は、この状況を打破する人間を選び出すために行われている。ということは、つまり彼女はそれに選ばれたと考えてもいいだろう。喜ばしいかは定かではないが。
しかしそれにしたって、納得ができない――――当然のことで、彼女には記憶がない。記憶がなければ実感は当然湧かない。湧かなければ、現実味がない。
「まぁ、そうだろうな。俺達サーヴァントは、その辺りは理解した状態で召喚されるが……」
この聖杯戦争では、冬木の中に隠された"鍵"を探し出さなければならない。そうしなければ、一先ず生き残る資格すらも得ることが出来ない。
どこまでも理不尽な話に聞こえるが、とにかく死にたくはない。そのためにルールに則って動く……として、冬木の中を歩き回っているのだが、一つの街でよく分からないものを探し回る。
その難易度の高さは、想像するべくもないだろう。何となく歩き回っているのだが、それらしいものは見つからない。
「キーも全然見つからないし……もう帰ろうかな……」
時刻は既に夕暮れ。期間は三日間ある。一日目は様子見として消費してもいいだろう……と思い始めているところだった。
霊体化しているセイバーも、迫る刻限については考えつつ、ある程度は肯定的に考えていた。何せ彼女は素人で、全ての情報を一日で詰め込んだ上で……というのがどれだけ難しいか。
理解しているつもりだった。だからこそ、一旦しっかり休息をとって、後日……という方法でもいいだろうと。
65
:
名無しさん
(ワッチョイ b0c1-d5a0)
:2019/08/30(金) 00:07:24 ID:eRHfpl9s00
「しかし、全くノーヒントというものではないだろう。何か手掛かりがあるとは思うが……」
「そんな事言われても……あ、あれって」
人も疎らになってきている大通りを歩きながら、考える。そう言えば、食料ってどうやって調達するんだろう……そう思いながら歩いていると。
歩道のしばらく向こう側、遠目に見えるのは緑色のワカメ頭。何やら小さな子供を目の前にしている。
彼のイヤナヤツな性格を考えるに。この状況は恐らく……いや、間違いない。つまり、そういうことだろう。
「――――――――イジメ!!!」
「……はぁ?」
心底意味が分からないと言いたげな顔で、こちらへとそう言った間桐凱音であったが、しかしこちらの目はごまかせない。
というよりも、現状証拠でほぼ確定。恨めしげに彼のことを見上げながら、涙を溜めている彼女は……恐らく彼に突き飛ばされたかなにかされたのだろう、間違いない。
彼の性格上、疑う余地もない。ということで、糾弾を開始する。
「はぁ、じゃなくて! 凱音、あなたがその子をいじめたんでしょ! そんな小さな子になんてことを……!!」
「ちょ、んなわけないだろ! おい、このガキ、お前もなんか言えよ! おい!」
凱音は狼狽えた。これで、此処で会ったが百年目だと殺し合いになるのであればまだ理解できる範疇だ。
だが、まさか妙な、その上どうでもいい疑いをかけられ、それでイチャモンを付けられるなどとは全くと言っていいほど想定していなかった。
面倒事はゴメンだと言っているのに、降り掛かってきたのはびっくりするほど面倒事だ。こうなれば当事者に疑念の解決を求めるのが筋であり、鈍色の髪の少女にそれを振るわけだが。
66
:
名無しさん
(ワッチョイ b0c1-d5a0)
:2019/08/30(金) 00:07:44 ID:eRHfpl9s00
「……痛い」
「ほら!」
「だから、違うって言ってるだろ!! ああもう、相手してられるかっての!」
ぷすっと膨れ面で彼を見上げて、お尻を擦りながら痛いと主張する。
これでは疑念は晴れるどころか深まるばかりである。こんなやり取り自体が全くと言っていいほど馬鹿らしい。凱音は、さっと少女の腕を振り払った。
「あ、ちょっと! どこ行くのよ!!」
去ろうとする凱音の前に、立ち塞がって進路を塞ぐ火々里。
凱音の表情は、苛立ちを隠さないものへと変わっていく。無視をするのも面倒になったと凱音は、舌打ちとともに火々里へと右手を伸ばして、その胸倉を引っ掴んだ。
彼女が批難の声を上げるよりも前に、彼は大声でそれをかき消すように捲し立てる。
「お前さ、状況分かってんのか!? 今俺達は殺し合いやってんだよ! それとも何? もしかして予選の学生ごっこを引き摺ってんの!?
お前だけ予選の頃から何も変わんない間抜けの馬鹿だったりすんの? 別にそれでもいいけどさ、死にたいんだったらさっさと勝ち譲ってくれないかな、楽だから!」
そしてそのまま、胸倉を掴んだ右手で火々里を突き飛ばした。それを見た少女が、焦った様子でバタバタと火々里へと駆け寄っていく。
「ち、違う、よ……お姉さん。あの人は、ただ、ぶつかっただけだから……」
「遅いんだよお前、説明が! ほんと、鈍臭くて嫌になるね!!」
言い争いに困惑していたばかりの鈍色の少女が、ようやく火々里へと説明を果たしたならば忌々しげに凱音は彼女のことを罵倒した。
確かに、不注意は悪いことだったかもしれない。だが、それでここまで責められるだけの謂われはない……というのが凱音の認識であった。
そしてそれを聞いた火々里もまた同様であった、彼の性格を知っているとは言え、それだけでああも疑ってかかってしまった……となるとやはり悪いことをしたとなる。
67
:
名無しさん
(ワッチョイ b0c1-d5a0)
:2019/08/30(金) 00:08:00 ID:eRHfpl9s00
「……それは……ごめん……」
気の強い火々里であったが、謝るべきところは分かっているつもりだった。正義のつもりで過剰な糾弾をしてしまったのは宜しくない。それは単なる暴走でしかない。
それを見た凱音は、やはり腹立たしげに表情を歪めながら、舌打ちをする。そもこの素直さ、余計なやり取り事自体が凱音にとっては無駄な時間で鬱陶しいものでしか無かった。
故に、謝罪を食らったとて、なにか状況が好転するわけでもなかった。
「お前さぁ――――――――」
「応、主殿がまた失礼をしたな。いやはや申し訳なし」
清く澄んだ音とともに、それは現れる――――東洋の鎧と、巨大な刀を背負った大男。先にも見たことのあるその姿は、確かに間桐凱音の有しているサーヴァントだった。
そうなれば、火々里の身体も自然と強張ってしまう……相手には、先にあったときと同じように敵意は感じられないが、そこにある絶対的な力だけで震え上がる思いだった。
そんな思いを知ってか知らずか、背後でセイバーも同じく実体化する。
「いや、こちらもマスターが失礼をした。こちらからも重ねて詫びよう」
「おい……お前、勝手に出てくるなって言ったよな!?」
会話を遮られた凱音は、サーヴァントへと恨みがましい視線を向けるが、彼は腕を組むと、そんなものは何処吹く風とばかりに気にしていない様子だった。
「然し……勘違いは兎も角、そこな少女には、主殿にも否がないとは言い難い。なれば、主殿も頭を下げるところであろう。男としてな。ほぅれ」
「がぁぁ……! やめろ、この野郎! 俺は男だからとかそういうのが本当に嫌いなんだよ……!!」
そして、鈍色の髪の少女へと、鎧武者は頭を下げさせようとして、頭の上に手を置くと力を加える。
さすがはサーヴァントの力、凱音は抵抗するも難なく押し潰されるように頭が下がっていく……そんな姿をじっと、少女は観察した後、ゆっくりと首を振って。
68
:
名無しさん
(ワッチョイ b0c1-d5a0)
:2019/08/30(金) 00:08:11 ID:eRHfpl9s00
「謝るのはいい、よ……その代わり、お願いが、あるの」
「応、なんだ。なんでも言ってみるがいい!!」
「おい、だから勝手に話進めるのやめろって! 聞けって! 俺のサーヴァントなんだろ、お前!?」
吠える凱音を全く気にすることなく、鎧武者は話を続ける。
その光景を傍らから見ているセイバーが、「案外、あれで相性がいいのかもしれない」なんて呟いた……火々里にはどうしてもそうは見えず、首を傾げたが。
「私のお友達……セラフィとミラを、探して、ほしい」
彼女から提案されたのは、そんなものだった。些細な提案だった。この聖杯戦争という生存競争の中で、そんな物を忘れさせるくらいには。
「……おい……ふざけんな、そんなお使いを俺にさせる気で……」
「その程度でいいのか! お安い御用よ、期待しているがいい! 失せ物探しなら、我が主は一級品故な!」
「おっ……お前な!!」
迷子の友達探し。聖杯戦争にとって、それがプラスに働くことになるとは到底思えない。
勿論凱音はそんなつもりは到底無かったが、最早会話の主導権は彼にはなかった。それを取り返すだけの力……意志というべきか、そういうものもまた同様に。
火々里は、セイバーと顔を見合わせる。セイバーは少し考える素振りを見せた後、コクリと頷くと、それに応じて少女の方へとゆっくりと向かっていき。
「……私も手伝うよ。あなたの名前は?」
「……ザクロ。霧亡……柘榴」
69
:
名無しさん
(ワッチョイ b0c1-d5a0)
:2019/08/30(金) 00:10:20 ID:eRHfpl9s00
第三話 EXTRA/First Impact 一節 終
70
:
名無しさん
(ワッチョイ c9f2-e961)
:2019/10/08(火) 00:41:31 ID:yGqN71CM00
ナーサリーライムは童歌。トミーサムの可愛い絵本。マザーグースのさいしょのカタチ。
だけどアナタは捻くれ者。「もっとグロテスクに」!。だからワタシは、オルタナティブ・フィクション。
血塗れのアリス。アナタといっしょ。さぁ、いっしょに遊びましょ!
71
:
名無しさん
(ワッチョイ c9f2-e961)
:2019/10/08(火) 00:41:53 ID:yGqN71CM00
■
手を繋いで、少女二人が歩いていた。
幼い見た目の少女達であった。ゴシック・ロリヰタ・ドレスを着た少女は、長い銀髪の上に猫耳のようなリボンを揺らして、不安気に歩いている。
水色の左眼と黄金の右眼のオッドアイの少女は、深紅のトレンチコートを揺らしながら、ゴシック・ロリヰタの少女の手を引いて、慎重に道を歩いている。
暗い街中であった。時間帯を加味しても、それは暗すぎるほどであった。そして街には少女達以外に、誰一人としていなかった。
「……ねぇ、ミラ……なんでここには誰も居ないの……?」
ゴシック・ロリヰタの少女が聞いた。
「ニェット、セラフィに分かんないなら、私にも分からないよ……」
ミラと呼ばれた少女は、縮こまりそうになっている少女の手を引いて歩き続ける。
誰も居ない街を二人は歩き続けていた。いつもならば、未だに人が多く行き交っているはずの街を一人で。
発端と言える発端があったかどうかはわからない。セラフィという少女が、野良猫を追い掛けているのを、一緒になって追い掛けていたらいつの間にかだった。
「……じゃあ、なんで字が読めないにゃー……」
あちらこちらで見る看板の文字は、すっかりと左右が反転していた。
まるで鏡の中世界か何かと思うほどであった。街の構造は全て左右が反転していて、車は全て左ハンドルになっている。変わっていないのは、自分達だけ。
世界が変わったというよりは、そう……まるで、迷い込んでいるような。
72
:
名無しさん
(ワッチョイ c9f2-e961)
:2019/10/08(火) 00:42:09 ID:yGqN71CM00
「とにかく、知ってるところに行こう……。じっとしていても、分かんないから……セラフィ?」
及び腰ならば、それでも歩いていたセラフィの脚が止まった。何事かと振り返ると、彼女は前方にある何かを見上げているようだった。
その表情が尋常ではなかった。顔面は蒼白に、瞳は大きく揺れていて、大量の汗を流している。やがてミラも、そちらを見上げてみたのであれば。
――――正体不明で消息不明。
――――火をふく竜とか雲つく巨人。
――――トリックアートは影絵の魔物。
「……ジャッバウォッ、ク」
――――けだし、大人の話はデマカセだらけ。
――――真相はドジスン教授の頭の中に。
セラフィが溢れるように言葉を漏らす。
返り血に染まったかのような赤色の肉体。天を衝くかと見紛うほどの巨躯。血に染まった瞳。あまりにも巨大なその両手。大気を震わすその息吹。
その手が大きく開かれた。視界を赤色が覆って、一息に少女達を飲み下さんとした。
73
:
名無しさん
(ワッチョイ c9f2-e961)
:2019/10/08(火) 00:42:27 ID:yGqN71CM00
■
「……それで、探すったって、なんにも情報がなかったら、見つかるわけないけど」
「なんだ、意外と乗り気なんじゃない」
「そうじゃない! こんなくだらないことで時間を使いたくないだけだっての!!」
霧亡柘榴という鈍色の少女のお願いを受けた間桐凱音と赤桐火々里、そのうち最初に話を切り出したのは、凱音の方であった。
それに対してからかうように火々里がからかうようにそう言うと、凱音が噛み付きつつもその理由を明かす。
当然ながら、聖杯戦争に於いて、これは完全な寄り道で、時間の無駄でしか無い……故に、凱音はこの捜し物を速攻で終わらせる方を選択したのだ。
「……で、どんな奴らなんだよ。そのセラフィとミラって」
「うん、えっと……」
柘榴へとそう問いかけると、彼女はつらつらと二人の特徴を述べていく。
セラフィは長い銀髪の猫のような少女。ミラは赤いコートの少女。どちらもとても幼く見えるだろう……そうして情報を述べた後。
凱音はパチリと指を鳴らした。それから数秒後、小さな虫がその指先に留まった。
「……虫?」
「ただの使役の魔術だよ、お前だって……いや、どうでもいいか」
そしてそれに口元を寄せ、小さく何かを呟くと、指に留まっている虫を掲げれば、もう一度空へと飛び立っていく。
74
:
名無しさん
(ワッチョイ c9f2-e961)
:2019/10/08(火) 00:42:48 ID:yGqN71CM00
「あとは俺の虫が街中を探してくれる。わざわざ馬鹿みたいに三人で探すよりもずっといいだろ」
「……私、こういう人、なんていうか知ってる」
「え、何?」
柘榴の言葉に、火々里が聞き返すと、柘榴は耳打ちのジェスチャーをする。
それに合わせて、火々里が身を屈めて、耳を貸すと。そこに口を寄せて、柘榴が一言。
「ツンデレ」
「おい!! 聞こえてるぞお前!! ふざっけんなよ、せっかく俺が手伝ってやったってのにお前ら!!」
顔を真赤にしているのは、怒りからか羞恥心からか。
凱音からすれば、念話で聞こえてくるサーヴァントの笑い声も合わせて、とにかく鬱陶しかった……然しながら、同時に凱音は不審感も持っていた。
凱音は既にこの街の隅々まで虫を放っている。同じく虫並みの大きさの生き物を探すならばともかく、人間ならば即座に探し当てられる自信があった。
だというのに、引っかからない。今に至るまで、それらしきものは。
「それで、見つかったの?」
「……いや……」
今度はからかわれることはなかった。火々里と柘榴がその表情に感じるものが、今までのそれとは違うものであったからだった。
しばらく黙った後に、凱音は立ち上がった。少し歩きながら、きょろきょろと街中へと視線を巡らせる。
街中を往来する人々を避けながら、ひとつ、ひとつと……そう。彼女の探し人は見当たらなかった。だが、一つ、不審なものを見つけていた。
カーブミラーの前で立ち止まる。そこに映し出された姿を、じっと見つめる。
「ちょっと、どうしたの? 一体何が……」
「これ、死んだかもな、その二人」
――――凍りつく。
75
:
名無しさん
(ワッチョイ c9f2-e961)
:2019/10/08(火) 00:43:06 ID:yGqN71CM00
「ど、どういうこと」
すかさず、柘榴がそう聞いた。当然だろう、探しているのは彼女の友達だ。
それが、姿を消したと思ったら、いきなり死んだと断言されれば……それも、別れて間もない間に、となれば。当たり前だが、はいそうですかと頷けるはずもない。
「俺の虫は街中にいる。探し人なんて一瞬だ。なのに見つからず……それに合わせるように、この街に固有結界が張られてる。
誰かがサーヴァントに魂食いでもさせてんじゃないの? 残念だけど、多分……」
「け、けっか……たましい……なにそれ、分かんない……なんで、セラフィとミラが……」
それについて、凱音は説明する気はなかった。
そもそも彼女に対してそこまでの義理はないだろう。ここまで探してやっただけでも大サービスだ、その上生存の可能性は極低いとなれば。
ここまでだろう。お人好しにもほどがあった……そう思って、そこで背を向ける。
「ま、諦めなよ。聖杯戦争じゃよくあることだろ、こんなの」
「……待ちなさい。その固有結界っての、どうやったら入れるの?」
その背を、火々里が止める。
嫌々ながら振り返ると、そこには火々里と、その傍らにはサーヴァントが実体化して立っている。
「……正気かお前、固有結界だぞ!? 死にたいのかよ!?」
――――固有結界。個と世界、空想と現実、内と外を入れ替え、現実世界を心の在り方で塗りつぶす魔術の最奥。
即ちそれは、相手の懐に飛び込むということ。それもずらりと銃口が並んでいるそこに。それは……一切の比喩なく自殺行為にしかならない。
さすがの凱音も、それに関しては狼狽えるばかりだった。相手が敵であることも忘れ、引き留めにすらかかっていたのだ。
76
:
名無しさん
(ワッチョイ c9f2-e961)
:2019/10/08(火) 00:43:24 ID:yGqN71CM00
「それがどういうものかはわからない。けど……」
……視線の先。カーブミラーへと、火々里も視線をやった。
そこに映っているのは三人の姿。それがなんであるかなど検討もつかない。そもそも魔術の知識すら無い。そんな状況でも、何故だかは分からないのだが
立ち上がらなければならない気がする。諦めてはいけない気がする……のは、心の奥底から湧いてくる、正体不明のなにか。
「私は行く。ここまでありがとう……ここからは私が行くから、方法だけ、教えて」
凱音は暫く、彼女のことを見下ろした。
確固たる理由も目的もないはずなのに、何故そんなことをしようというのか分からなかった。まったく理解の及ばない場所にある、そんな強い意志だった。
何か言いたげに口を開こうとしたが、
「……魂喰いをするなら穴を開ける。獲物を引き入れるための穴を……そしてその条件を俺は見た。
……鏡に触れた子供が中に吸い込まれるのを。なら……そこのガキみたいなのが触れたのに合わせて、無理矢理入っていけば……」
「それじゃあ……柘榴も一緒に入らなきゃいけないの?」
その問いに、凱音は無言で頷いた。
そして実際に指を伸ばして、鏡に触れた。推測通り、自分のみでは鏡の中へ入ることはなかった……おそらくは、小さな少女が引き金となっているのだろう。
そうなれば、火々里の意思だけでは中に入ることは出来ない……が。
「わ、たしは。大丈夫。だけど、お姉さんが……」
柘榴は、それに対して、一も二もなくそう答える。
ただ、彼女にとって懸念なのは、やはり火々里を巻き込むことだった――――自分の友だちを助けてもらうために、命を張ってもらうことになる。
いや、そもそも……生きているのかすらもわからない。そんな不確定な場所に、連れて行って良いのか。
77
:
名無しさん
(ワッチョイ c9f2-e961)
:2019/10/08(火) 00:43:42 ID:yGqN71CM00
「私は大丈夫。柘榴が良いなら、すぐにいこう……手遅れになる前に」
そう言って、彼女へと手を伸ばす……それから、二人と手を繋ぐと、鏡へと向けて手を伸ばす。
ここから先は、未知の何かへと向けた旅路――――もしかしたら、サーヴァント諸共、帰ってこれなくなるかもしれないが、不思議と火々里に恐怖はなかった。
なにか心のなかで……誰かが、それで正しいのだと、言っているような気がしていた。
「……主殿よ。一つ言っておくぞ」
凱音の背後に、一人の鎧武者が出現する。
大きな太刀を背負った武者は、マスターである凱音へと、今度は……無理強いをするような声色ではなく、ただ告げる形で、語り掛ける。
「おれは、敵陣へ突っ込むのが得意中の得意だ!!」
ぎり、と奥歯を噛み締めて、恨めしげな視線を武者へと送った。
まるで自分の心の中を察するかのような言動が、あまりにも腹が立った。ただそれより何より、図星を指していることが一番苛立った。
またこいつの思い通りになるかと思うと本当に忌々しいが――――――――
「ああ、もう――――――――煩いんだよ!!」
――――――――衝動的に、その手を伸ばした。
78
:
名無しさん
(ワッチョイ c9f2-e961)
:2019/10/08(火) 00:44:05 ID:yGqN71CM00
■
返り血に染まったかのような赤色の肉体。天を衝くかと見紛うほどの巨躯。血に染まった瞳。あまりにも巨大なその両手。大気を震わすその息吹。
その手が大きく開かれた。視界を赤色が覆って、一息に少女達を飲み下さんとした。
反射的に、ミラはその目を閉じた。その先に来る惨劇を目の当たりするのに耐えられなかった。戦うという選択肢すら、とろうという気持ちが起こらない相手だった。
そして、その瞬間は。まるで乾いた砂の塊のように、少女の身体が粉砕されるのは――――――――
「……あれ?」
……終ぞ、起こり得なかった。
「おうおう、愛い愛い奴。それじゃあ、おれと力比べと行こうか」
目を開けると、そこには大きな刀を背負った鎧武者が居た。
セラフィもミラも、その姿はよく知っている。日本のヒーロー、サムライというやつだ。それが、その巨大な怪物と、真正面から力比べをしている。
相手の両手を自信の両手で掴み、その身体を筋肉で膨れ上がらせながら、その口元を思い切り笑いに歪ませながら、鋭い瞳がその姿を捉えている。
「セイバー!」
「任された、マスター! お嬢様方、少し乱暴になりますが、お許しを!!」
「うぇ!? ミラぁ!!」
「だ、だれ!?」
その間に、いつの間にか迫っていた西洋の騎士が二人を抱えて離脱する……その先には、意地の悪そうな少年と、気の強そうな少女が待っていた。
その二人の前で降ろされると、そこに居たのは、鈍色の少女。
79
:
名無しさん
(ワッチョイ c9f2-e961)
:2019/10/08(火) 00:44:16 ID:yGqN71CM00
「セラフィ! ミラ!」
「ザクロ!!!」
お互いのことを確かめ合うかのように、小さな少女達が抱擁を酌み交わす。
そして、少女は……火々里は、その光景に微笑ましさを感じながらも、先ずは目の前の戦場へと目をやった。
「良いか、赤霧!! 長く居たら不利だ!! 固有結界の効果が発動する前に、一瞬で決める!!!」
「分かった、凱音――――――――行くよ、セイバー!!」
凱音の声に火々里が頷き、セイバーへと視線をやった。
その手には既に、刃が握られている――――――――吹き荒れる風と共に、不可視の刃がその刀身を覆い隠す。
――――風王結界(インビジブル・エア)。セイバーが有する宝具の内の一つだった。
「ああとも、我がマスター。この騎士王剣、御覧頂こうか!!」
80
:
名無しさん
(ワッチョイ c9f2-e961)
:2019/10/08(火) 00:44:29 ID:yGqN71CM00
第三話 EXTRA/First Impact 一節 終
81
:
名無しさん
(ワッチョイ ef11-e2ca)
:2020/01/02(木) 22:16:55 ID:TFL.OQBY00
巨躯の怪物が握り締めた拳が、バーサーカーへと叩きつけられようとする。
バーサーカーとて身の丈二メートルを超える、筋骨隆々とした鎧武者であるが、その怪物の両手は一回りほども大きいだろうか。
まるで爆撃でもされたかのような轟音が響き渡る。
「ううむ、見た目に違わぬこの豪腕――――――――戦国無双のこのおれと張り合うか!!」
その怪物は、サーヴァントとしてみても剛力極まりない力を持っている。
それほどまでに強力な存在なのは、やはりここが固有結界の中だからだろうか――――だが、おかしいのは固有結界がこうも当然とばかりに存在していることだ。
サーヴァントには通常の聖杯戦争と同様に、ムーンセルの情報もインストールされている。
狂化のランクが低く抑えられていることも相まって、バーサーカーには戦術的、戦技的思考をすることが出来る……然しながら。
「だが、それだけでは俺には届かんなぁ……!!」
だが、それよりも恐るべきはバーサーカーの膂力であった
取っ組み合いでの力比べ、体躯に勝る怪物――――その足元にぴしりと罅が入っていて、その膝が震えているようにすら見えている。
ごきごき、という音が響いていた。怪物から鳴り響くものであった。見れば取っ組み合っていたその両手が、まるで蛸かなにかのように向こう側を向いている。
幼子の頭を抑えて、無理矢理頭を下げさせるかのような……そんな大人気ない光景にすら見えた。
「俺の刀を使うまでもねえや。そのまま素っ首引っこ抜いてやらぁ。覚悟しろよ……!!!!」
粉砕された両手を離す。そしてその右手を、そのまま相手の頭へと伸ばした。
大きく広げられた手は、大凡悪鬼か何かの類にすら見える。あまりにも容易くその頭を圧し折ることだけは、どんな素人にも予想はつくことだろう。
――――それが今正しく、触れようとした時。
「……おや、しまったな、これは」
その頭が、まるで玩具のように二つに別れた。
その中からびっくり箱のように何かが間抜けに飛び出てきた。それはとても太く長く、鋭い牙の生え揃った、蛇のような姿をしていた。
牙が正にその右腕に食いついた。サーヴァントの肉体に食い付いて、噛み食いちぎろうとした。その一瞬で、己の油断を、バーサーカーは恨んだ。
82
:
名無しさん
(ワッチョイ ef11-e2ca)
:2020/01/02(木) 22:17:08 ID:TFL.OQBY00
「――――退け、バーサーカー」
ズドン、という音と共に、バーサーカーの右腕にかかる負荷が唐突に外れた。
風を纏う不可視の刃が、その太い蛇の首をするりと断ち切った。不気味なほどに声すらなく、その首がゴトリとそこに転がる。
僅かに血を流すその右腕を気にする様子もなく、バーサーカーの瞳が、乱入したセイバーのことを見据えて、表情に笑顔を浮かべている。
「一つ貸しが出来てしまったなぁ、セイバーよ」
「些事だ、バーサーカー。それよりも……」
――――バーサーカーが、その背に帯剣する、巨大な刀へと手をかけた。
セイバーがその剣を構え直す間もなく、バーサーカーが一歩踏み込んだ。まるで獣の如く身のこなしと剛力を持って、振り上げられた大刀は。
その、セイバーの背後にて立ち上がった、巨躯の怪物の身体を、腰元まで両断してようやく止まることとなった。
「セイバー、行け!! まだ終わっとらんぞ!!!」
「分かっている――――!!」
見れば、切り落とした"首"が忽然と消えている、否。
跳ねるように移動している。その先に居るのは――――――――
83
:
名無しさん
(ワッチョイ ef11-e2ca)
:2020/01/02(木) 22:17:30 ID:TFL.OQBY00
■
「おい、ガキども! お前ら遊んでないで早く逃げろって!! 時間無いんだよ!!」
「う"わ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!!!!」
「泣き声が汚えな!! ああもう!!」
後方にて、間桐凱音と赤霧火々里が三人の少女達を連れだって歩いていた。
とは言え、怪物と遭遇した直後に、暴力的な光景と、知らない人間に怒鳴られるという状況には、少女達も中々心休まらない……というより。
この中でも精神的に一際幼いセラフィーナが、号泣し始めてなかなか進まなかった……そして痺れを切らした凱音が、徐に彼女のことを担いで。
「お前も急げ、赤霧!! 全員死にたいのか!?」
「でも、セイバーがまだ……!!」
向かう先は、先程自分達がこちらにやってきたカーブミラーだ。
固有結界自体は強固だが、恐らく行き来の条件付は非常に簡単にできているはずと凱音は踏んでいた。
鏡からやってきたのであれば、同じ鏡から出ていけばいい。辿り着くことができれば、の話ではあるが。
「馬鹿野郎! 俺のバーサーカーが行ってるんだぞ! サーヴァント二人がかりで負けるわけ無いだろうが!!」
「それは……」
火々里としては、戦っている二人置いていくことが、どうにも心残りであった。
未だ、火々里はサーヴァントの強さを正しく認識出来ていない。知識として分かっていても、それがどういうものなのか。あんな化け物を相手に勝てるものなのか。
そも……これは置き去りと変わらないのではないか?
「いいか、赤霧。俺達のうちの誰かがここで死んだら、あいつらの戦いも無駄になるんだよ!」
――――それを察したものか。いいや、偶然だった。
兎に角凱音が彼女を動かそうとした言葉は、火々里の心にすっと落ちていくようであった。凱音にとっては、ただの罵倒にも等しいものであるというのに。
84
:
名無しさん
(ワッチョイ ef11-e2ca)
:2020/01/02(木) 22:17:50 ID:TFL.OQBY00
「……分かった……行こう、皆……!!」
――――心配だ、彼らが心配だ。
けれど自分達が死んでは、それが無駄になってしまう。
だから彼らを信じて、先に行っても良いのだなんて、そんな単純でなんでもないような、ただ合理的なだけの判断を、火々里は学んで、そうして頷くことが出来た。
ミラと柘榴、二人の手を引いて走り出す。歩幅を合わせつつも、できるだけ早く……!!
「うぐぅぅぅ……!!」
「もう、泣くなって言ってるだろ! いいか、俺のバーサーカーは最強なんだ、あんな奴に負けたりなんて……!!」
腕の中で啜り泣く、小さな少女に苛立ち混じりにそう吐いた。
なんでこう、世話のかかる奴らばかり、ここに集まっているんだ――――そう思いながらも、凱音自身も一抹の不安があることは確かだった。
相手は固有結界の主だ。サーヴァントではないのは見るからに明らかだが……果たして本当に勝てるかどうかは、結果が出るまでは分かったことじゃないし。
仮に――――倒せたとしても、それ以外の搦め手が出来るのであれば――――
「――――凱音!!!」
――――その不安は、的中したと言っても過言ではなかった。
火々里の言葉に振り返った時、目前には大口を開ける蛇の口があった。ずらりと並んだ牙は血を滴らせ、こちらを睨み付けている。
抱えていたセラフィーナを掻き抱くように、身を縮こませた。今、この状況を打破することが出来るとするならば、それは……。
蟲を使うか? 恐らく間に合わないだろう。自ら戦うか。結果は火を見るよりも明らかだ。避けられるか。そうするには少々対応が遅すぎた――――分かってる。
自分一人で、何かを成し遂げることが出来ない人間なんて、間桐凱音という存在がどれほどか弱くてか細いものかなんて、自分で分かってるんだ。だから……。
「バーサーカーァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!」
――――剛剣、血風以て輝ける。
巨大な影が、割り込むように躍り出た。
二メートルを優に超える、バーサーカーの体躯をすらも超えるほどの大太刀が、怪物の身体を一息に、真っ二つに叩き割った。
噴き出す血を浴びながら、それが振り返った。正しく戦場の悪鬼とでも言うような、恐ろしい姿をしながらも、そこには無垢すら感じる笑顔があった。
85
:
名無しさん
(ワッチョイ ef11-e2ca)
:2020/01/02(木) 22:18:02 ID:TFL.OQBY00
「すまんな主殿、待たせちまった」
「……遅えんだよ、馬鹿野郎」
「……あれ?」
凱音の悪態と共に、火々里がなにか違和感を感じて、あたりを見渡した。
見れば……すでに、そこは商店街の一角であった。カーブミラーへとやってくるでもなく、既に彼女等は全員固有結界の外へと排出されていた。
「なるほど、あいつと連動してたわけか……はぁ」
「……う、うにゃあ」
大きく溜息をつくと同時に、凱音は抱きかかえていたセラフィを下ろしてやると、恐る恐る、彼女は歩きだして……すぐに柘榴とミラの背後へと回り込む。
二人の陰から、彼のことを覗いていた。なんとなく凱音にとっては落ち着かない状況の中……三人の話し声が、ひそひそと聞こえてくる。
「良かったね、セラフィ。あのお兄さん、優しい人だった」
「ダー。皆でお礼、言わないと」
「んにゃー……」
言葉遣いは三者三様だったが、意思としては、皆がお礼を言わなければならないというところに共通していた。
――――火々里は、その様を微笑ましげに見つめながら、凱音に視線を向けたところで……その姿が、忽然と消えていることに、気がついた。
「それにしても、以外だったな。凱音が――――あれ?」
「お兄ちゃんはどこいったにゃー? お礼も渡さないとって、思ったのに……」
バーサーカーの気配も、凱音の気配もどこにもなかった。
四人でくるくると見渡してもどこにも居ない。あの凱音が、少女達を助けたなどと、まるで本当に嘘であったかのように――――どこにも。
セラフィーナが、リボンを揺らしながら鼻を鳴らしている。その手に握っているのは……二つの、小さな"鍵"の形をしている……。
「……それは?」
「さっきセラフィが、鏡の中で見つけたの! お姉さんたちに、一つずつあげよっかなって思ったんだにゃー」
86
:
名無しさん
(ワッチョイ ef11-e2ca)
:2020/01/02(木) 22:18:17 ID:TFL.OQBY00
■
「礼も聞かずに去っていくとは、主殿も“粋”を覚えたのかな?」
「そんなんじゃねえ……ただ鬱陶しかっただけだ」
間桐凱音は、薄暗い路地裏を二人で歩いていた。
向かう先は月見原学園校舎。全てのマスターのマイルームがある拠点だ―――― 一足先に、抜け出していた。
「時間の……いや全部の無駄だ。リソースも、時間も、体力も……何もかも、無駄にしちまった」
「だが、あの少女達を助けられた」
歩みを止める。
なぜ、自分はあの時動いてしまったのか。なぜあの固有結界の中に飛び込んだのか――――見知らぬ少女なんて、どうでも良かったじゃないか。
それよりも放置をしておけば、赤霧火々里という対戦相手一人を闇に葬ることが出来た。無条件で繰り上がることが出来た。それをしなかったのは。
何が行けなかった? 自分の何が、どうして、そうさせた。今こうして思い返してみても、どうしても、どうしても、分からない。ただ――――
「……聞いたかよ、バーサーカー」
「ん?」
一つだけ、無性におかしいと思うものがある。
思い出せば思い出すほど、笑いが込み上げてくる。おかしくて仕方ない――――何故だろう。これは嘲笑なのだろうか。きっとそうだ。
「ありがとう、だってさ。――――バカみたいだ」
そんな一言に、一体何の意味があるっていうんだ。
87
:
名無しさん
(ワッチョイ 3fd5-f3da)
:2020/04/01(水) 02:23:07 ID:N1M.zHcY00
第三話 EXTRA/First Impact 三節 終
88
:
名無しさん
(ワッチョイ 3fd5-f3da)
:2020/04/01(水) 02:27:03 ID:N1M.zHcY00
――――体は剣で出来ている。
血潮は鉄で心は硝子。
幾たびの戦場を越えて不敗。
ただ一度の敗走もなく、
ただ一度の勝利もなし。
担い手はここに独り。
剣の丘で鉄を鍛つ。
ならば我が生涯に意味は不要ず。
この体は――――――――
――――――――無限の剣で出来ていた。
89
:
名無しさん
(ワッチョイ 3fd5-f3da)
:2020/04/01(水) 02:27:23 ID:N1M.zHcY00
嗚呼、彼処に在るのは。なんて真っ直ぐな想いだろう。なんていう、そう、病的なまでに素晴らしい想いだ。
「俺は桜の為だけの正義の味方になる」
そんな風に、真っ直ぐに宣言されてしまったら。
俺の割り込む隙間なんて、全く、何処にもないじゃないか――――――――
90
:
名無しさん
(ワッチョイ 3fd5-f3da)
:2020/04/01(水) 02:27:40 ID:N1M.zHcY00
■
「居眠りをしていたな、主よ」
「……うるさいな」
……間桐凱音は、図書室に来ていた。
フィールドに出なきゃ行けない理由は存在しない。一人分のキーの回収は終えている。だから後は情報収集するのみだ。
対戦相手は剣の騎士だった。どんな剣を振っているか分からない。見た目だけで言えば西洋人の騎士だが、特定できる要素は少ない。
だが、難しくとも絞り込まなければならない。少しでも、少しでも、少しでも……勝てる確率を上げなければいけない。
「……そうだ、俺なら上手くやれる。もっともっと、上手くやれる」
聖杯を、手に入れなければならない。
桜を救わなければならない。そのためだけに自分は生まれてきた。そのためだけに、自分は全てを捧げてきた。
それが、それがあんなに綺麗に彼女の味方になっていくなんて。そんなのズルいじゃないか。いきなり、自分の横から掻っ攫っていくなんて。
俺のほうが先に好きだったのに。
だから、だから……聖杯を手に入れよう。
そして、もっともっと上手くやろう。それを証明するんだ。俺は、俺ならばもっと、完璧な形でやれるって。
第五次聖杯戦争ではしくじってしまったけど。でも、次はきっと大丈夫。本当なら、俺は優勝していたはずなんだから――――――――
91
:
名無しさん
(ワッチョイ 3fd5-f3da)
:2020/04/01(水) 02:27:55 ID:N1M.zHcY00
■
「……いきなりキーが一つ手に入ったのは、拍子抜けだけれど」
「そのまま2つとも、自分のものにしてしまえばいいだろう、マスター。
元よりあの少年は敵だ。義理を果たす必要はあるまい」
「そういう問題じゃないでしょ、これだからイギリス人は……」
――――赤霧火々里は、図書室の扉を開いた。
あの子供(?)達から渡された2つのキー。そのうちの一つは凱音へと向けて渡されたものだ。
託されたのだから、約束は果たさなければならない。確かに間桐凱音という少年は、随分と嫌な奴で、癪に障る人ではあるけれども。
彼はあの時確かに、固有結界の中に飛び込んで、そして子供達の命を助けてくれた。これは、間違いのない事実なのだから。
彼にも受け取る権利があるし、何より渡してほしいと約束されたのだから。
「あ、いた」
「……なんだよ、お前。喧嘩売りに来たのか?」
凱音は、鬱陶しいという態度を隠さずに火々里のことを見た。だが、それで引くほど気が弱い火々里でもない。
寧ろそんな態度を見れば、ムキになってヅカヅカと踏み込んでいくようなタチだった。
だから、わざとその対面に火々里は座った。そしてその手に持っていたキーを、凱音へと差し出した。
92
:
名無しさん
(ワッチョイ 3fd5-f3da)
:2020/04/01(水) 02:28:10 ID:N1M.zHcY00
「これ。きのうの、柘榴と、セラフィと、ミラから」
「……はぁ?」
「だから、あの娘達がお礼にくれるって言ってたの。だから、ほら」
差し出されるそれに、凱音は困惑の瞳を向けた。
彼女が何を言っているか分からない。あの子供達……が、キーを……何処かで拾ったとでも言うのだろうか。
そして何故、自分がそれを受け取らなければならないのか、思考が全く、上手くまとまらない。
「な……何言ってんだ? あんなの全然大したことないしっ!
それに俺はもうキーを2枚揃えてんだよね、魔術師として、お前とは格が違うっていうの?
だからさ、情けのつもりならやめてくれない? 寧ろ命拾いしたんじゃないの、良かったじゃん、せめて戦いの場に……」
「そういうと思ってた」
「ひぃ!?」
バン、と強く、机の上にキーが叩き付けられる。凱音の身体がびくりと震えた。
他に図書館を利用していた、聖杯戦争の参加者とNPC達がこちらに目を向けて、すぐに各々の作業へと戻っていく。
93
:
名無しさん
(ワッチョイ 3fd5-f3da)
:2020/04/01(水) 02:28:25 ID:N1M.zHcY00
「でも、貴方には受け取る権利がある」
「……!?」
94
:
名無しさん
(ワッチョイ 3fd5-f3da)
:2020/04/01(水) 02:28:51 ID:N1M.zHcY00
これは火々里が凱音に対してかけた情けでもなんでもない。
ただ彼女達の思いをこうして差し出しているだけだ。それを隠してまで、勝ち残りたいとは思わない。
――――――――本当は、恐ろしい。出来ることならば、これを抱えておきたい。
だが、それをしたら勝つよりも大切なものが失われてしまう気がする。だからこれは、彼へと向けて差し出さなければならない。
「……それじゃあ」
これ以上ごちゃごちゃと拒否されても困る。それにこれからもう一つ、キーを探さなければならない。
図書館での情報収集もやってみたいところだが、そちらを優先しなければならないこの状況では好都合だったかもしれない。
それを置いて、背を向けて立ち去ろうとする。これで受け取らざるを得ないはずだ。
「――――ま、待てよ!!」
背中から、凱音の声が掛けられて、火々里は振り向いた。
「……何? 返却は拒否するけど」
「そうじゃない。……いいよ、このキーはもらうよ。ムカつくけどさ。
だから一回、こっち来い。……ああもう、いいよ、俺が行くよ!!」
テーブルの上に置かれたキーをポケットの中に乱暴に突っ込んで、凱音が立ち上がる。
そして苛立ったのを隠さないまま、速歩きで火々里の前へとやってきて、別のポケットから一枚、キーを取り出した。
そして火々里へと向けて、乱暴に放り投げた。
95
:
名無しさん
(ワッチョイ 3fd5-f3da)
:2020/04/01(水) 02:29:04 ID:N1M.zHcY00
「……え?」
「借りを作りたくないんだよね。しかも、お前みたいな弱小魔術師なんかにさ。
だからそれやるよ。貰いっぱなしとかムカつくし、三枚も持ってても、どうせ次は集め直しだから意味ないし」
たしかにそれはキーだ。少なくとも素人目から見れば、何か細工されているようには見えない。
それを見下ろして、それから凱音の方を見た。バツの悪そうな顔をした凱音は、その爪先で火々里の脚を蹴った。
「あ、痛っ! ちょっと……!!」
「分かったらさっさと消えろよ! 俺はお前と仲良しこよしするつもりなんて無いからな!!」
「何すんのよ!!!」
「いっっっっ……たぁ!!!!」
蹴られたままでは癪に障る。思い切り彼の脚へとローキックを叩き込むと、彼はもんどり打ってそこに倒れ込んだ。
そして図書室の扉へと向かう。これで火々里が持つキーは二枚になったとは言え、やるべきことはまだ山ほどある。
特に……火々里は、彼の言うように、弱小魔術師なのだから。
「……でもありがとう、凱音。それじゃ、また」
最後に、お礼だけを言って、図書室の扉を締める。
彼は嫌味な男だけれど、少なくとも、これで助かったことには間違いない。
……いや、もしかしたら嫌味ということですら無いのかもしれない。ただ単に、彼は――――
「図書室では静かに!!!」
後ろで、怒号が聞こえているのを背にして。
96
:
名無しさん
(ワッチョイ 3fd5-f3da)
:2020/04/01(水) 02:29:17 ID:N1M.zHcY00
■
「いってえ……あのゴリラ女……!!」
図書室のテーブルに戻る。蹴られた部分が未だにジンジンと痛んでいた。
こんな痛みを負うのは久し振りだ。屈辱的だ。あんな、魔術師として比べ物にもならないような相手に、こんな風にされるなんて。
何か、妙なことを言っていたが、それでも間桐凱音という人間がやることに変わらない。全ては、ただ一人のために。
「……本当、本当に……馬鹿みたいだ……」
英国史の資料を捲りながら、独り言を呟く。
霊体化したバーサーカーに向けるでもない。ただただ、それは自分の口から漏れ出るものであった。
そもそも、あの少女は馴れ馴れしいのだ。確かに、自分たちは予選の間――――友達同士という、設定ではあったけれども。
「……ありがとう……なんだってんだよ。どいつもこいつも」
そんな一言、気休めにしかならないくせに。皆、立派な意味があるとでも主張するみたいに押し付けてくる。
何の意味も無いのに。そんな言葉を一言付け加えれば、それで全部許された気になってる。
「――――――――ああ、でも」
ページを捲る手が止まった。
もしも、もしも……ありえない話だけれども。自分にとって友達っていうのが出来たとしたらもしかしたら。
こういうことなのかな、なんて。無意識に思っていた。自分の思考を、否定する気力すら湧かなかった。
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