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鏡の世界の迷子の旅路 無断転載

1 語り(管理人) :2015/05/29(金) 21:47:48
私は小閑者さま本人ではございません。願わくばご本人からのご返事が来ること願います。



・本作は恭也の年齢を変えたDWの再構成に当たります。

 お蔭様で、長らく続いたA's編も無事(?)終了しました。
 これからは拙作、鏡の世界の迷子の旅路の後日談的な続編を書いていく積りですのでよろしければお付き合いください。

 ご意見・ご感想を書いて下さる方は別スレッドへと、お手数ですがそちらへお願いします。

417 小閑者 :2018/04/19(木) 20:44:04
 日頃から練習しているのではないかと疑いたくなる一糸乱れぬその動きに、浮かぶ感想は多くないだろう。

「…息のあった良いクラスですね」
「よく言われる」

 ニヤリと笑ってみせるヒゲ面のナイスミドルに恭也の眉が僅かに動いた。
 性格破綻者かと思いきや、どうやらこのキャラクターは意図的に作られたものの様だ。勿論、何割かは地なのだろうが、少なくとも生徒達から一定の信頼を勝ち得る程度には生徒思いなのだろう。

「ま、それは兎も角、そろそろバニングスの相手をしてやった方がいいぞ?
 流石の俺も、不破が転校初日でケチョンケチョンにされるというのは心が痛む」
「つい先程ケンカをけしかけた本人が言う台詞ではありません。序でに言うなら、ここまで脱線したのは間違いなく先生のお陰ですから、バニングスからの返礼を辞退しきれなかった暁にはきっちりとお裾分けしますよ」
「謹んで受け取り拒否させて貰うが、そろそろ本気で軌道を修正しようじゃないか。バニングスの眉毛が洒落にならない角度になってきた」
「まあ、いいでしょう。
 それで、バニングス、…ああ、何の話だったか…?」
「へぇ?」
「これ以上刺激しないでくれ!このクラスに編入した理由だ!」
「なんで教師がそんなに必死なんですか…。
 3年の複数あるクラスの内、このクラスになった理由なら知らんよ。校長がサイコロを振って決めたのか、どっかの誰かの都合なのか」
「それ、分かっててトボケてんのよね?」
「無論だ。心にゆとりを持つのは大事な事だぞ?
 11歳の俺が5年ではなく3年に編入してきたのは、以前に病気で2年ほど入院していた事があったからだ」
「は?2年間?
 今年の1年分は、転移事故で1・2学期が潰れたからでしょ?」

 恭也の説明と自分達の推論の相違点をアリサが率直に尋ね返した。
 その疑問に対して恭也の動きが止まる。同時に視線を上方へとさ迷わせた教諭がぽつりと呟いた。

「あー、俺、聞かなかった事にした方が良いか?」
「…先生の処世術に照らし合わせるなら、それが妥当な判断かと。いろいろと肩書きを持つ人達が困る事になるでしょうから」
「…?、…あ」

 それだけの遣り取りを聞いて、アリサも事情が理解出来た。
 一般人には魔法関連の事情を伏せるのだから、当然転移事故に関しても話せるはずがない。ならば、本来の『1年間休学していた理由』の方を水増しした方が話が早いし不自然さも少なくて済むという判断なのだろう。
 普段の聡明なアリサなら、まずやらかす事のないミスではある。無視された挙げ句からかわれたため、平常心を失っていたようだ。

「…コホンッ
 病気で入院?あんたが?
 怪我ならまだしも、病気なんて掛かるの?」

 咳払い一つで無かった事にしたアリサが次の疑問点をあげた。話を逸らしている様にも聞こえるが、恭也を知る者であれば自然に浮かぶ疑問でもある。
 それに対して、溜め息を吐きながら肩を竦めるという、典型的な呆れを示すリアクションを取った恭也が口を開いた。

「コメントに何の捻りもないな。
 いいか?バニングス。
 仮に生まれてこの方一度も風邪を引いた事がない理由が知性の不足に起因していたとしても、だ」
「風邪引いた事が無いのは認めるわけね」
「いたとしても、だ。入院が必要になる類の病気に掛からない理由にはならんだろうが。梅毒とか淋病とかな」
「ちょっ!?
 あんた、それセクハラよ!!」

 即座に赤面しつつ柳眉を逆立てるアリサに対しても、恭也は平静を崩す事無く指摘する。

「一般論だ。
 そもそも今の病名がどんな病気か分かるのもどうかと思うぞ?
 赤面してるのはおまえと月村とはやての3人だけだしな」
「ぅ、っく」

 大切な知識なのにテストの点数が良いとからかわれる教科・保健体育。この場合、小学校の授業で習う内容ではない事も羞恥に拍車をかけているだろう。

418 小閑者 :2018/04/19(木) 20:45:59
「う、うっさいわねぇ!
 あんただって分かってるんだから一緒でしょ!?」
「俺は別に、病気の知識を持っている事を恥とは思わん」
「ひ、卑怯な…
 …い、一応、念のために確認しておくけど、アンタほんとにその手の病気になったの?」
「なるか!5歳で感染って、どれだけ経験豊富だ!?考えなくても分かれよ!
 先生、ここは一つ無知なバニングスの為に感染経緯から闘病生活までの経験談をお願いします」
「馬鹿者。俺は妻一筋だ」
「これは失礼」
「だーっ!!
 いい加減にしなさい!この話題は終了!良いわね!」
「まあいいだろう。我が儘な奴め」

 如何にも、願いを聞き入れてやった、という態度の恭也に一泡吹かせようと唸っていたアリサだが、服の裾を引かれて振り返った先に真剣な顔でゆっくりと首を左右に振るなのはを見て矛先を納めることにした。
 気軽に冗談を交えていたように見えたので全く気付かなかったが、恐らく、休学する事になった原因は恭也にとって地雷なのだろう。
 今更になって止めに入ったのは、なのはも気付いていなかった可能性が高い。それでいて、なのはの様子から察するに、地雷の威力は超特大っぽい。

(そんなヤバそうなもの、気軽にチラつかせるんじゃないわよ!)

 そうは思うが、見方を変えればそれほどの大事を周囲に悟らせないというのは凄い事だ。
 強い感情は本人が意図せずとも多くの場合周囲に影響を与えるものだ。一般的には、体面に囚われず自制心の効かない子供は感情を素直に現すため、より顕著になるというのに。
 学校でのアリサも、自他共に認めるほど感情表現が豊か(=我慢強さが全く無い)だ。親の仕事の関係で大人に囲まれる時には自制心を働かせるが、だからこそ日常から当然の様にそれを発揮する恭也の凄さは認めざるを得ない。
 勿論、いくら何でも四六時中悲哀に暮れている訳ではないだろうが、不意打ちに対応出来る程度には気を張っている必要はあるはずだ。少なくとも、その位の事はしていないと簡単にボロが出るだろうし、『うっかりミス』とは縁の遠そうな印象の男だ。
 しかし、それは同時に周囲との関係に壁を作っているということでもある。もともと魔法に関連する事柄を隠さなくてはならないのだが、知識を隠すのと感情を隠すのとでは壁の高さが明らかに違う。
 この学校において、魔法使いであるなのは達3人を除けば、部分的とはいえ恭也の事情を知っている一般人は自分とすずかだけなのだ。恭也が気を許せるようになれる可能性があるとすればこのグループだけだろう。
 この半年ほどで仲良しグループもフェイトが加わり、はやてが増えて、とうとう男子が入ろうとしている。正直言って、変化する事に不安はあるし、性別という要素が絡む事でみんなとの関係が単なる仲良しでは済まなくなる可能性もある。

「まあ、いろいろと思うところはあるだろうが、よろしく頼む」
「…しっかた無いわねぇ」

 それでも、やはり追い払う気にはなれない。
 そう思う程度には恭也の事を気に入ってはいる。それに、偶然が重なったとはいえ、恭也の事情を知る自分達のいるこのクラスに編入してきた幸運をわざわざ不意にすることはないだろう。

 不承不承という態度を作りながら答えたアリサは、自分のお人好し加減に呆れながら席に着く。
 その態度を見つめていた少女達は、嬉しそうに笑みを交わした。




続く

419 小閑者 :2018/05/03(木) 12:10:37
10.寂寥



 恭也が学校に通うようになってから数週間が過ぎたある日の週末。
 アリサに招かれたなのは、フェイト、はやて、すずかは、招待者本人と共にアリサの部屋に3台並べられたキングサイズのベットの上にいた(ちなみに、わざわざ家具を部屋の外に運び出さなくてもベットを追加出来るほどアリサの部屋は広い)。
 時刻は20時にならないところなので小学生とはいえ就寝にはやや早い時間だが、既に全員一緒に入浴を済ませて持参したパジャマに着替え終えている。ただし、傍らに置かれた少々のスナック菓子とジュース類がパジャマ姿と矛盾しているだろうか。
 全員が眠たそうな表情を見せるどころか、ベットの中心で笑顔を突き合わせている事からも分かる通り、これから始まるのは所謂パジャマパーティだ。
 元々、アリサ、すずか、なのはの3人では何度かそれを開いていた。その流れから言えばフェイトが転校してきて仲良しグループに加わった頃に彼女も含めた4人でのお泊まり会を開くはずだったのだが、残念ながらその時期は事件の絡みでなのはもフェイトも余裕がなかったのだ。
 そんな訳で、序でと言っては失礼極まりないが、最近メンバーに参入したはやても一緒になって5人での開催となった。
 ちなみに、恭也は参加していない。
 なのはが提案した恭也の参加にはフェイトが賛成し、はやてが消極的賛成を示したのだが、意外と性道徳的に真面目な恭也本人が辞退した事と、アリサの『この手のイベントは女の子だけでするものよ!』という主張が通ったためだ。
 アリサの主張の理由は、当然、異性が居ては出来ない話をするためなのだが、もう一つ、本人が居ては出来ない話をするためでもある。

「それじゃあ、早速本題からいってみましょうか?」
「本題?
 アリサちゃん、今日はお話する事、決まってるの?」
「別にいつも通り、何話しても構わないわよ。
 ただ、今回は『これだけは外せない』って話題があるだけよ!」
「外せない話題?」

 初参加のフェイトとはやてが多少の緊張から口を開けずにいると、アリサとなのはの遣り取りにすずかが合いの手を入れた。

「多分、フェイトちゃんの事だと思うよ、なのはちゃん」
「え!?私?」

 すずかに呼ばれて静観していたフェイトが声を上げた。
 ただし、本人に心当たりは無いようで、声にも表情にも疑問が浮かんでいた。

「その通り!
 トボケてる積もりは無いんでしょうけど、その程度で矛先を弛めるほど、あたしは甘くないわよ!」
「えと…、お手柔らかに」

 その生き生きとした表情から、何を言っても無駄、と悟ったフェイトは既に笑みが引き攣り気味だ。効果の期待出来ない嘆願が最後の抵抗といったところだろう。
 当事者ではない3人も苦笑するしかない。
 だが、アリサにはこのネタが傍観者3人を仲間に引き込む力を持っている確信があったようで、少々演技がかった口調で手札を切った。

「それじゃあ、早速白状して貰いましょうか!
 愛しの恭也様との甘ぁ〜い同棲生活を!」
「…えええっ!?」

 アリサの台詞を理解するために数瞬の間を要したフェイトは、ワンテンポ遅れて驚愕の声を発した。普段の彼女の話し声からでは想像出来ない、広い部屋を満たして余りある声量が驚きの度合いを示している。

420 小閑者 :2018/05/03(木) 12:12:51
 絶叫自体は即座に収束したが、間近でその声に晒された少女達は、遅蒔きながら両手で耳を塞ぎ、過剰な反応を示したフェイトの様子を恐る恐る窺う。みんなの視線を一身に受け止めるフェイトは、驚きに両目を見開いた顔をほんのりと赤く染めていた。

「つぅ〜
 いくら何でも驚き過ぎでしょ?」
「ア、アリサが急に変な事言うからだよ!」

 普段であれば謝罪の言葉を返すであろうフェイトが、アリサの恨みがましい非難の声に即座に反論する辺り、動揺のほどが窺えると言うものだ。
 尤も、フェイトがアリサの言葉をどこまで理解出来ているかは少々疑問ではあった。普段の言動から性的な知識が身についているとは思えないので、案外『愛しの恭也様』に反応しただけかもしれない。
 とは言え、アリサだってフェイトから『大人の階段を駆け登っちゃった☆』なんて言われたり、あまつさえ、その行為を具体的且つ詳細に語られてもドン引きしただろうから問題は無いのだが。
 そんな内情は兎も角として、動揺する、と言う事は、人には話せないような何かがあったのだ、そう結論する人も決して少なくない訳で、

「私もそのお話、聞きたいなぁ」
「さぁ、サクサク行こかぁ。『微に入り細に入る』言うやつでお願いします」
「即座に敵に!?」

 そこに単なる好奇心以外の成分が含まれれば、採るべきスタンスなど自ずと限定されてくるのは言うまでもないだろう。
 尤も、好奇心だけでも十分な動機ではあるのだから、

「それじゃあ、フェイトちゃん、実例付きでお願いね?」
「すずかまで…」

 コイバナと言う奴に興味を持ち始める年頃である事も考慮すれば、アリサの目論見通り、この場にフェイトの味方は存在しないのだった。
 縋る藁を探す様に部屋中に視線をさ迷わせた後、フェイトは逃げ場が無い事を悟って渋々といった表情で溜め息を吐いた。

「…先に言っておくけど、アリサが期待してるような話は出来ないと思うよ?」
「へ〜、そうなんだ?
 ところで、フェイトはあたしがどんな話を期待してると思ってるの?」
「うっ!?
 …その、今借りてるマンガみたいな、お風呂でバッタリ会うとか、躓いて転びそうになって抱きつくとか」
「あー、その手のハプニングは恭也さんに限っては有り得んやろな。気配とか読めるし、転びそうになるんも事前に察知しそうやし」
「あ、でもお兄ちゃんはフィアッセさんがお風呂に入ろうとして服を脱いでる最中に脱衣所の扉を開けちゃった事があったよ?」
「え、そうなん!?
 高町さんも気配とか読めるやなかったん?」
「え〜と、確かお昼前だったから、お風呂に入ろうとしてるとは思わなかったって言ってたと思う」

 何故フィアッセが風呂に入ろうとしていたかまではなのはも覚えてはいなかったが、『高町家の風呂』に入ろうとしていた理由は、単に彼女が何度も宿泊した事があるほど高町家と親しくしていたからだ。
 そして、一般的な家庭と同じ様に、高町家の風呂の脱衣所が洗面所と兼用になっている事がその事故の原因と言えるだろう。そこにフィアッセがいると分かっていたのが高町恭也でなくとも、時間帯から考えて洗面所を使っていると解釈する方が寧ろ自然だ。どちらかと言えば、服を脱いでいるのに扉に鍵を掛けないフィアッセの危機感の薄さの方が問題ではなかろうか。

421 小閑者 :2018/05/03(木) 12:14:24
「あ、そう言えば、前にお姉ちゃんが『いる事が分かっててもどんな格好してるか分かる訳じゃないから、そこが狙い目だよね』ってノエルと話してた事があったけど…」
「…すずか、今の、あたし聞かなかった事にしとくわ」
「え?…あっ、うん!
 …って、じゃなくって、冗談、きっと冗談だよ!」
「そうね、きっとそうよ」
「アリサちゃん、お願いだから目を逸らしながら言わないで…」

 妙な方向に飛び火した話題を全員が苦労して浮かべた苦笑いで何とか流す。これ以上推測を進めると怖い結論に至るのではないかという恐怖心が幼い彼女達にも漠然と湧いたのだろう。
 勿論、冷静に考えれば、自分達の知る月村忍が相手を陥れてどうこうするはずが無い事には直ぐに気付いただろう。悪戯好きで人をからかって遊ぶ事はあっても、基本的には善人なのだ、月村忍と言う女性は。
 それは兎も角、黙り込んでしまった一同にフェイトがコッソリと内心で安堵していると、残念な事に、奮起したアリサが微妙な空気を振り払うように殊更明るい口調で軌道を修正した。

「え〜と…、そう!
 フェイトのラブラブ体験の話だっわね」
「内容が微妙に変わってるよ!」
「細かい事は気にせず、正直に言っちゃいなさいよ」
「うぅ…」

 流石にこれ以上の脱線は期待出来そうにないようだ。尤も、あれだけ意気込んでいたアリサからそう簡単に逃げ果せるとも思っていなかったのも確かなのだが。

「でも、本当に話せるような事は何にも無いよ?」
「…え、それは、人には話せないような事ならあるとかって言う…?」
「話せないような事って?」
「えっ!?いや、それは、えっと…」

 先程と同系統のアリサの茶々であったが、フェイトには少々難易度が高かったようで、そのまま問い返されてしまった。
 全くと言っても良いほど具体性の無い、漠然としたイメージながらも、少々アダルティな内容を思い浮かべていたアリサはとっさに言葉が返せなかった。
 流石に、今の自分の思考が無垢な乙女としてアウト判定を喰らう自覚はあったようで、何とか話題を逸らそうと頭を捻る。

「ま、まあ、あんまり漠然としてると話し難いかしら。
 だけど、具体的な内容はこっちから指定出来る訳じゃないから…、そうね、『してみようと思ってた事』でどう?
 『恭也と一緒にしたかった事』でも良いし、『恭也にしてあげようと思ってた事』でも良いし、逆に『恭也にしてほしかった事』でも構わないわ。そういうのを実際にやってみた結果とか、やろうとしてどうなったかとか」
「したかった事…」
「そう。1つくらい何かあるでしょ?」

 アリサが話題を逸らしつつ本題を進めると、フェイトも素直に応えた。それは普段から思っていた事なのだろう、改めて考える素振りもなく、促されるままに話し始めた。

「…うん、お話し、したかったんだ」
「…?」

 フェイトがポツリと零した言葉に、少女達は怪訝な顔で互いを見合った。今の言い方ではフェイトが恭也と話せていないように聞こえたのだ。
 だが、フェイトと恭也が会話している場面は誰もが何度も見ていたし、恭也がそれを嫌がる素振りを見せた事もなかったはずだ。

422 小閑者 :2018/05/03(木) 12:15:31
 戸惑うアリサ達とは別の反応を示したのはなのはだった。

「そっか。
 恭也君の事、もっと知って、もっと仲良くなりたいんだね」
「…うん」

 なのはの指摘に頬の赤みを僅かに増したフェイトが、はにかみながらも小さく頷いた。

 なのはとフェイトはPT事件を通して何度もぶつかりながら想いを交わし、なのはが差し出し続けた手を最終的にフェイトが取る形で友達になった。そして、事後処理や裁判の為に一緒にいる事が出来ない代わりに、ビデオレターを通して沢山の言葉を交わして交流を深めた。
 好きな事、嫌いな事、思った事、考えた事。
 他者と関わる事の少ない生活を送ってきたため最初は戸惑っていたフェイトも少しずつ口数も話題も増えていき、その分だけ互いの事を理解して近づく事が出来ていった。
 フェイトが言いたいのはきっとそう言う事なのだろうとはやて達にも察する事が出来た。
(余談だが、思いの外、純朴な答えが返って来た事でアリサが地味にダメージを受けて密かに悶えていた)
 ただ、沈んだ表情で過去形で語ったという事は上手くいっていないのだろう。

「フェイトちゃん、悩み事なら相談乗るよ?
 恭也さんと一緒に生活するんは私の方が先輩やしな」
「大丈夫。みんなで考えればきっと上手くいくと思うの」
「はやて、すずか…」

 優しく声を掛けてくれるはやてとすずか、言葉にせずとも眼差しに想いを込めて励ましてくれるなのはとアリサにフェイトの瞳が感激に潤む。
 その様子にアリサが視線を泳がせつつ先を促した。誰もが、別に照れなくても良いのに、と思いつつも、そこで照れなくちゃアリサちゃんじゃないよね、とも思わせる辺り、絶妙なバランス感覚である。

「えっと、ね、どう言えば良いんだろう…
 別に、みんな揃ってる時は平気なの。私も一緒にお話出来るし、恭也にクロノや私がからかわれてみんなで笑ったり…
 でも、2人っきりになると、なんだか、上手く話せなくって…」
「緊張してまうんかな?
 みんな、言うてたけど、具体的には何人やったら平気なん?少なくなったら緊張してくん?」
「え?…ええと、誰か居れば平気かな?アルフと3人の時には普通に話せてたよ。多くは無いけど、母さんかクロノかエイミィが居ても大丈夫だったと思う」
「う〜ん…
 それじゃあ、一緒にいる人が会話に参加してないシチュエーションはなかった?部屋にはもう1人居るけど他の事してて話をしてるのはフェイトと恭也だけ、とか」
「ちょ、ちょっと待ってね?
 え〜と…、あ、それも平気だ。
 何度か、母さんかエイミィが夕飯を作ってる時にリビングで恭也と話した事があったよ」
「って事は、本当に2人っきりの時だけって事か…」

 はやてとアリサが的確に状況を絞り込んでいく。その結果、浮かび上がったシチュエーションにはやては首を傾げていた。
 フェイトが恭也を意識して緊張するというのは、はやてにも身に覚えがあるため納得出来る。しかし、逆にそうやって緊張に強ばるフェイトに対して恭也が何もフォローを入れないというのは少々違和感があったのだ。

423 小閑者 :2018/05/03(木) 12:18:15
 恭也は乙女心に対して鈍感だ。だが、あれでそれ以外の感情の機微には敏感で、朴念仁を体現している様に見える上に平然と横柄な態度をとって見せるものの、細やかに気を使う面も持っている。
 特に子供に対してはその傾向が顕著になる事を、はやては実体験で知っている。少なくとも日常生活において、対等な大人とは思われていない自分には適用されるのだ。
 出来ることなら一日でも早く異性として、と言うほど贅沢は言わないまでも、せめて女性として認識して貰いたいという個人的な願望は兎も角として、相手が子供であれば恭也は甘やかしこそしないものの、影に日陰にと助力を惜しむ事が無い。滅多に日向に現れないため、直ぐには気付けない事も多いし、もしかすると気付けたものすら氷山の一角に過ぎない可能性もあるだろう。
 はやての見る限り、今のところフェイトも例に漏れず恭也にとって子供でしかない。
 無論、恭也がフェイトの様子に気付いていない可能性も無くはないが、恭也の洞察力を疑うよりは前提が間違っている可能性を先に検討するべきだろう。
 そして、はやて自身の精神衛生上の問題で、まずは恭也内評価におけるフェイトの位置付けが頭一つ抜きんでて『大人』である可能性よりも、フェイトが恭也に話しかけられない要因が緊張以外である可能性から確認することにした。

「なあ、フェイトちゃん?
 上手くしゃべれへん言うとったけど、具体的にはどんな感じなん?」
「具体的?」
「うん。
 例えば、どもってまう、とか、頭の中が真っ白になる、とか」
「何て言えば良いのかな…、
 上手く表現出来ないんだけど、いつの間にか時間がなくなってるんだ」
「?
 それははやての言う真っ白とは違うの?」
「う〜ん、近い気もするけど、ちょっと違ってて…
 集中して勉強してると時間が経つの早いよね?あれに近いと思うんだ」
「集中してるの?恭也君と一緒の時に?他に何かしてる訳じゃないんだよね?」
「そうなんだけど…、でもちゃんと恭也の様子は覚えてるし…
 私だけ、かな…?」

 心細そうにフェイトが全員の顔を窺うが、困惑を隠そうとしたぎこちない笑みが浮かんでいるだけだった。感覚は個人のものだからフェイトがそう感じたと言うならそうなのだろうが、一般的とは言い難いその感覚を理解出来ないはやて達に非があるとも言えないだろう。
 そもそも、この場に居るのは恋愛経験豊富な成熟した女性ではなく、ドラマや漫画で擬似的に体験した事がある程度の、恋に恋する年頃の少女達なのだ。本人達の熱意と好奇心は兎も角、相談相手として適任か否かと問われれば否と返すのが公正な判断だろう。
 とは言え、良くも悪くも、本気で悩む友人に、不得意分野だから他所へ行け、と告げられるほど、少女達は薄情でもドライでもなかった。

「それじゃあ、その時の状況をもう少し詳しく教えてくれるかな?」
「え…、すずか?
 詳しくって、どう言う事?」
「最近恭也君と2人きりになった時の事は覚えてるよね?
 例えば、何曜日の何時頃で、どんな場所で、恭也君が何をしてて、どういう反応をしたか、その時にフェイトちゃんが何を思ってどう行動したのか。
 そういうシチュエーションが分かれば、もしかしたら私達にも何か分かるかもしれないでしょ?」
「さっすが、すずか!確かに客観的な分析は必要よね!
 それじゃあフェイト、覚えてる限り正確にその時の事を話してちょうだい」
「え…、せ、正確に?」
「勿論よ。じゃないとわからないでしょ?」
「うぅ、でも、恥ずかしいよ」
「そんな事言ってたら何時まで経っても解決しないじゃない。
 恭也には内緒にしといてあげるから、赤裸々に語っちゃいなさいよ」
「せ、赤裸々に…」

 何を思い浮かべているのか、頬を染めるフェイトの様子になのは以外の表情が若干不安の色を滲ませる。今までの遣り取りを思い返す限り、流石に、18禁的な行為に及んでいるなんて事はないと思うのだが、いまひとつ推測しきれない。
 そんな微妙な視線が集まる中、フェイトがぽつりぽつりと語り始めた。




* * * * * * * * * *

424 小閑者 :2018/05/03(木) 12:21:57

* * * * * * * * * *




 それは、つい先日の日曜日の出来事だ。

 その日、フェイトがバルディッシュの定期メンテナンスのために出向いたアースラから帰宅すると、夕日に染まり始めたリビングに居たのは恭也だけだった。
 恭也にとって学校が休みとなる土日祝日は恰好の鍛錬日だ。平日であっても、暇を見つけて、どころか積極的に時間を作っては鍛錬に勤しんでいるので、当然、休日は山籠もり同然の鍛錬量で一日中刀を振り回しているだろう、と言うのが誰もが思い浮かべる恭也の休日の過ごし方だった。
 だが、満場一致の推測ですらないその認識は間違っている事が発覚した。勿論、休日を迎える度に恭也が遊び惚けているなどという天変地異レベルの行為に及んでいると言うことではなく、鍛錬内容についてだ。
 意外な事に恭也は食事や睡眠以外にも、ちゃんと休憩を入れているのだ。それも、分単位の短いものではなく、数時間のしっかりした休憩だ。
 たまたま休日に早上がりで帰宅したクロノがリビングでくつろいでいる恭也を見て、驚きのあまり本気で体調不良を心配して尋ねると、デコピン一発を代償に休息を取っている理由を不機嫌そうに答えてくれた。

 動き続ければ疲れるんだ。休憩ぐらいする。

 この恭也の主観に基づき簡潔に纏められた台詞は、クロノが何度か質疑応答を繰り返し一般常識と照らし合わせて翻訳すると以下の様な内容になる。

 みんなが予想した通り、恭也は運動量を抑えれば(と言っても成人男性が3分で音を上げる程度の運動)問題なく一日中動き続けられるらしいのだが、ただ動き続けて疲労を蓄積していれば鍛えられるという段階は当の昔に過ぎているため、効率的な鍛錬にはならないらしい。
 だから、如何に非常識な身体性能と運動技能を併せ持つ恭也であろうとも、肉体的にも精神的にも短時間で適度な過負荷を掛け、その疲労を回復させるためにしっかりと休養を摂る、という常識的なスタイルを採っているんだそうだ。

 クロノに分かり易く翻訳された説明を聞いても恭也を知る誰もが、一般人に見せかけるるための建前か怪我か何かを隠すための嘘(少女達+ヴォルケンズ 談)だ、と即座に否定したのだが、『短時間』と『適度な過負荷』を実際に目の当たりにする事で納得して引き下がっていった。『これが詐欺の手口か…』と零したクロノのセリフがみんなの心情を代弁していた。
 そんな訳で、恭也は大抵の場合、昼食の前後1時間と夕食の2時間くらい前に帰宅して休息を採っている。(因みに鍛錬としては寝起きになのは達を含めて行う『早朝』と朝食後の『午前中』、昼食後の『午後』、気が向いた時に行う夕食後の『夜』と暗闇の中で行う『深夜』に分けられる)だから、恭也がこの時間に家に居ることはフェイトも予想していたし、リンディ達が帰ってくる時間にはまだ早い事も承知していた。
 闇の書事件が終結して一ヶ月以上が経っており、如何に第一級ロストロギア関連事件とは言っても随分前に事後処理も済んでいた。そのため、最近はリンディ達も忙殺される事もなく、休日の昼食と毎度の夕食は自宅に戻る事が出来ていた。これで休日そのものを合わせる事が出来れば言う事はないのだが、空気を読める犯罪者が居ないのが悔やまれるところである。
 だが、本来それだけでは恭也と2人だけという今の状況は生まれないはずだった。このマンションで暮らしているのはリンディ、クロノ、ときどきエイミィ、そして恭也とフェイトの他に彼女の使い魔であるアルフがいるからだ。
 しかし、庭園に居た時もジュエルシードを追っていた時もずっと一緒にいてくれたアルフは、最近では別行動をする事が少しずつ増えてきている。少々寂しくはあるが、アルフには自分自身の命を生きて欲しいと思っているので仕方が無い事なのだろう。
 既に、闇の書事件中は傷心の恭也を心配して寄り添っていたという前例もあるのだ。事件が解決してからは1人で遊びに出かける事も増えている。子犬形態だったり人型形態だったりと、その時々によって違うし、遊びに行く先も変わるようだが、それ自体は喜ぶべきことだろう。
 ただ、気になるのは、そうやって出かけるのは相手が人・動物を問わず誰かしらと遊ぶ為なのだが、恭也だけが家に居る時に外出する場合に限っては大抵が誰とも会う事もなく散歩しているだけの様なのだ。

425 小閑者 :2018/05/03(木) 12:24:21
 その事実に気付いたフェイトは、アルフが恭也を嫌っているのかと心配した事もあったが、彼女の様子を思い出してすぐにその考えは否定した。
 使い魔としてのリンクに頼るまでもなく、感情がストレートに表に現れる彼女の態度には恭也に心を開いている事を疑う余地など無かったからだ。子犬が飼い主に懐いている様にも、仲の良い兄妹の様にも見えるが、何れにせよマイナス方向の印象を持っている事はないだろう。
 尤も、アルフも何時までも子供の様に単純明快な思考回路ではなくなってきているようで、極稀にフェイトですらハッとするほど酷く大人びた眼差しで恭也を見つめている事もあった。もしかしたら、アルフ自身も無自覚に、フェイトにも測りきれない想いがその豊かな胸に生まれているのかもしれない。
 フェイトとしてもアルフのプライバシーは尊重したいのでその辺りの想いを言及するつもりは無かったが、恭也を残して外出する理由だけは聞いてみた。返ってきたのは『その方がフェイトもゆっくり出来るだろ?』という今一つ要領を得ない答え。それに、その回答からするとフェイトが帰宅するタイミングで顔を会わせない様に外出している事になる。
 アルフが居るのを邪魔に思った事など無いと強く反論したが、『分かってるって。それにそういう意味じゃないんだ。フェイトにもそのうち分かるようになるよ』としたり顔で微笑まれてしまった。
 普段、アルフの事を体の大きな妹の様に思っていたのに、その時ばかりは頼れる年上のお姉さんに見えたのが強く印象に残っていた。
 そんな事を思い返してフェイトが僅かの間ぼうっとしていると、リビングのソファーで本を読んでいた恭也が顔を上げた。フェイトの帰宅に気付いていなかったはずはないので、恐らくは入室しても何をすることもなくぼんやりと恭也を眺めながら佇んでいる事に疑問を抱いたのだろう。

「おかえり。
 そんなところでどうした?」
「ただいま、なんでもないよ。
 今日は何を読んでるの?」
「以前と同じだ」
「何処かの、ええっと…お侍さんだっけ?」
「武将の事を言いたいんだろうが、それとは別だな。ミッドの子供向けの物語の方だ」
「あれ?それは読み終わったって言ってなかった?」
「まだ、『文字に慣れる』段階だからな。新しい文章を読むよりも内容を理解している文章を繰り返し読んだ方が良いと思ってな」
「そっか。
 何か手伝える事があったら言ってね?」
「ああ。新しい本を読む時にはまた宜しく頼む」
「うん」

 初めて見るとかなり意外な印象を受ける者が多いが、恭也は結構な読書家だった。美由希のように寝食を忘れるほどの活字中毒ではないが、他に用事が無く鍛錬を始められるほど纏まった時間ではない時には恭也は本を手に取る事が多かった。
 これは先程の“休日の鍛錬方法”に通じるのだが、肉体の鍛錬が『疲労した筋力や骨が回復する時に、その運動に対応するために以前よりも頑強な肉体に作り変える』という生物としてのシステムを利用したものである以上、必ず休息が必要になる。そして、当然のことながら休息中は身体を動かせないのだから他の事をするしかない訳で、その時間をぼうっとして過ごすよりは知識を詰め込んだ方が有意義なのは議論の余地すら無いだろう。
 但し、理屈が通っていようと正論であろうとその通り行動出来るなら苦労は無い。感情の無いロボットでもあるまいし、一般的な人間であれば疲れている時には面倒臭くて本など読めたものではないし、感情を別にしても肉体の疲労を回復するために栄養も酸素もそれらを運ぶ血液も脳には向かい難い状態、つまりは睡魔に襲われている状態なので勉強するには最悪のコンディションだろう。

426 小閑者 :2018/05/03(木) 12:27:37
 それでも恭也は本を読む。それは、フィアッセの事件以降に士郎と静馬が恭也に課した、気配探査や気配のコントロールと同じく、鍛錬漬けになって身体を壊しかねなかった恭也に休息を取らせるための方便だった。勿論、恭也も今では休息の意味も重要性も理解しているのでちゃんと自主的に取っている訳だが、だからと言ってその時間を無為に過ごす必要も無いためそのまま続けている習慣なのだ。
 そういった経緯を知らないフェイトやクロノは、単純に恭也の勤勉さに感心していた。恭也としては誇れるものだとは思っていないだろうが、半端に否定すれば謙遜しているようにしか見えず、詳細に話して聞かせれば心配させると分かっている様で、黙して語らずで通していた。

「えっと、隣に座っても、良い?」
「ん?ああ、構わないが…、また座ってるだけなら自分の部屋の方が寛げるんじゃないのか?
 テレビを見たいなら俺が部屋に戻るが?」

 恭也の提案にフェイトがおもわず笑顔を引き攣らせる。それが意地悪でもからかいでも嫌っているからでもなく、純粋にフェイトへの気遣いから出た言葉だと分かっているから尚更だ。
 過去に三度、今日と同じ様に2人きりになった事があったのだが、話がしたくて対面や隣に座ったはずのフェイトは結局一度としてまともに会話が出来た事がなかったのだ。それどころか、フェイト自身は本を読むでもなくテレビを見るわけでもなく、客観的に見れば心ここに在らずという様子で恭也を眺め続けていた事になるのだ。恭也でなくとも不審を抱くだろう。いや、見ていたのが恭也でなければ特別に自意識過剰な者でなくとも別の意味に捉えていたかもしれない。
 幸いと言えるのか、見つめる視線を形容する言葉が『熱っぽく』とか『求めるような』とかダイレクトに『官能的な』といったものであれば流石の恭也も別の反応(対象が自分と思うかどうかは別)を返していただろうから、はしたない印象を持たれてはいないであろう事がせめてもの救いと言えるだろうか。
 とは言え、今の評価は『様子のおかしい子』なので、フェイト的には全然宜しくない状態だ。まかり間違って、このまま放置して『頭が可哀想な子』にでもグレードアップしては目も当てられない。

「大丈夫だよ、私も本を読もうと思ってたから」
「そうか。まあ、俺は構わないから好きにするといい」

 それだけ答えると、恭也は再び視線を本に落とした。
 本を読むにしても自室の方が集中し易いので、そう勧めてきそうなものだが、それは恭也自身にも言える事であり、そうしない以上は理由がある。
 人恋しくて、などと言う理由は不破恭也には在り得ない。本心はどうあれ恥ずかしがり屋の彼がそんな行動を取れるなら、これほど苦労を背負い込む事も、これほど強く在る事も、これほどアンバランスな精神が出来上がる事もなかっただろう。
 では何故か、といえばハラオウン家のルールだからだ。
 ルールとは言っても特に厳格な取り決めがされている訳ではないし文書化されている訳でもない。そもそも、誰かが思い付いてみんなの賛同が得られれば加えられるような気軽なもので、コンセプトも至ってシンプルに『みんなが気持ち良く過ごせる事』の一点のみ。
 そして、恭也がリビングで読書しているのはいくつかあるそのルールの内の1つ、『不都合が無い限りリビングに居ましょう』に従っているからだ。
 これは家に居る時くらいしか家族として顔を会わせる機会が無いのだから自室に引き篭もっているのは良くない、と言う理由から生まれたルールだ。つまり、リビングに居る以上、読書にせよ事務処理にせよそれらは優先度が低いため会話や手伝いで中断させても問題は無い、という意思表示でもあるのだ。
 このルールは元々このマンションに住む前からの、つまりフェイト達がハラオウン家に入る前からあったものなのだそうだ。わざわざこんなルールが出来る辺り、クロノがどんな子供だったか想像が出来てしまうというものだ。勿論、無ければ無かったで恭也が住むようになってから追加されたであろう事も想像に難くないのだが。
 何れにせよ、この家庭内ルールのお陰で恭也の隣に座る口実に事欠かないのだ。恩恵にあやかる身としては、必要とさせたクロノにも施行したリンディにも感謝の念が絶えない。

427 小閑者 :2018/05/03(木) 12:30:41
 時間を無駄にしないためにも急ぎ足で部屋に向かったフェイトは、この時のために学校の図書館で借りておいた日本の風景を収めた写真集を携えてリビングに戻った。そして、恭也の座る3人掛けのソファーに並んで座る。その際、決して足や腕が触れ合わないように、意識して少し距離を空ける事を忘れない。
 以前に手を握ったり凍えた身体を温めるために身を寄せた時にとても幸せな気持ちになれたので、2回目の2人きりの時に不自然に思われない程度にぎりぎり触れる距離に座ってみたのだ。その結果、身動ぎする度に服越しであるにも拘らず恭也の体温を強く感じて心臓が破裂するかと思うほど速く強く脈打ち、会話どころか呼吸もままならなかったのだ。二の徹を踏む訳にはいかない。
 勿論、恭也に触れられなくなったら寂しいから原因を追究したいところなのだが現在は保留している。

 だって、思い返すだけで凄くドキドキするのに、もう一度同じ事をして今度こそホントに破裂しちゃったら困るもん。

 へんなところで怖がりな子である。
 早朝練習などで殴る蹴る投げる極めるされた時には平気という事実に思い至っていれば真っ当な結論に至れそうなものだが、今時の小学生なら持っていそうな知識を得られない環境で育ったフェイトには少々難易度が高いのだろう。

 実はアリサがマンガを貸しているのはこの辺りに理由があるのだ。
 美少女にとって何かと物騒な世の中にあってフェイトのその無防備さはあまりにも危なっかしく思える。昨今の危険は暴力などと言う分かり易い形を持たない物が多いのだ。
 如何に魔法と言う特技(?)を持つフェイトであろうとも、言葉巧みに甘い恋を演出されたらコロッと騙されて奈落の底まで転げ落ちてしまう可能性がある。少なくとも、アリサの目にはそんなアンバランスさが見え隠れしているように思うのだ。
 だから、分かり易い内容のマンガをチョイスして教材として貸し与えて、まずは恋のイロハから順に、アリサ一推しの男女数人の縺れに縺れたドロドロの愛憎劇を描いた名作までみっちりと教え込んであげなければ。
 すずかには序盤の縺れ始めたところで敬遠されてしまったが、そこから先にこそ本当の面白さがあるのだ。徐々に熱を帯びていく本格的な駆け引きと互いの思惑が絡む事で変化していく心の機微、偶然すら利用する機転と計算されつくした布石を打ち破る純粋な想い。確かに万人向けとは言い難いが、間違いなく10年に一度のこの不朽の名作を早く誰かと熱く語り合いたい!…コホン。
 念のために釈明しておくが、アリサは自分自身で愛憎激を体験したいとは欠片ほども思っていない。ああいうのは傍で見ているからこそ面白がっていられるのであって、少なくとも今集まっているこの5人を男を取り合うために憎んだりするなど絶対にしたくないし、この子達にもして欲しくはない。その辺りも恭也がこのグループに加わった懸念材料だった。
 上手く折り合いを付けてくれると良いのだが、本人達の気性や性格は兎も角としても感情が絡むとどう転がるか推し量れないので、アリサとしては祈るばかりである。

 閑話休題
 腰を落ち着けたフェイトは早速本を開いた。
 繰り返しになるが、フェイトの目的は恭也との会話だ。だから、この写真集自体は恭也に不信感を抱かせずにリビングにいるためのカモフラージュ(なにせ、前回までフェイトは2時間近く何もせずに固まっていた)なのだが、会話のネタとしての役割もあった。日本の各地を廻った事がある恭也になら、その土地、或いは似たような景色の話を振る事が出来るだろう。
 今まで、会話をするのにわざわざ話題を用意しておく必要性など感じた事はなかったのだが、意識する必要もなく成せていた事が出来なくなっているのだから、『今まで』なんて適用出来ない前例に縋っているべきではない、という非常に真っ当な理論展開の末に辿り着いた結論だ。

428 小閑者 :2018/05/03(木) 12:32:35
 座る距離然り、写真集然り、失敗を踏まえてしっかりと前進していると自覚した事で、フェイトの中に小さな自信が生まれた。

 そうだ。
 確かに前回までは上手くいかなかった。
 でも、立ち止まっていた訳じゃない。
 諦めずに頑張ってきたからこそ、今の私があるんだ!

 その成果を噛み締めるように小さく拳を握ったところで、フェイトは結い上げてある髪の一房が引かれる感触に気が付いた。
 日が沈んで急に気温が下がってきたため、いつの間にか自動的にエアコンが作動していたようだ。
 送風自体は特に強くなかったが、髪が靡いた先には読書中の恭也が居るので邪魔してないかな、と視線だけで確かめると、恭也は気にした様子もなく左手で固定した本を読み耽っていた。
 ホッとしつつ手元の本に意識を戻そうとしたフェイトの視界に動くものがあった。読書に集中している恭也の右手が、靡いてきたフェイトの滑らかな髪を指に絡めては軽く引いてサラサラと解いていたのだ。フェイト自身が誤解していた事で分かるように、最高級の絹糸の様に何の抵抗も無く解ける感触がよほど気に入ったのだろう、恭也はその動作を飽きる事無く繰り返していた。



 ああ。さっきのは、かぜになびいたかんしょくじゃ、なかったんだ。







* * * * * * * * * *




「…結局、そのまま恭也の手の動きをずっと眺めてたら母さんが帰ってきちゃって、その日もお話は出来なかったんだ。
 どうしてお話しなかったのかは自分でも良く分からないんだけど、ちゃんと見てたから恭也の手の動きは覚えてるよ?」
「目的忘れて他事してるんなら変わんないわよ」

 だから頭が真っ白になってた訳じゃないんだよ?と言いたいらしく、可愛らしく小さく首を傾けて見せたフェイトを、アリサが間髪入れずに切り捨てた。呆れかえってジト目で睨みつけてくるアリサに怯えたフェイトが助けを求めて視線を彷徨わせるが、返ってくるのは苦笑のみ。
 とは言え、フェイトに自覚が無かったとは言っても、何か非が有ったという訳でもないので、一応は全員で知恵を出し合った結果、『慣れなさい』という簡潔なアドバイスが送られた。

 尤も、アリサ達から何を言われるまでも無く、フェイトは日曜日以降、入浴時間を二割り増しにするという対価を(無自覚に)払い、それまで以上に丁寧にヘアートリートメントを行うようになっていた。根が素直な彼女は経験やアドバイスを元に試行錯誤を繰り返しているのだ。
 情報量の差で遅れをとっているのは事実だが、今、心身ともに猛烈な追い上げを始めたフェイトに少女達がお姉さん風を吹かしていられる時間は決して長くは無いのだった。





続く

429 小閑者 :2018/05/20(日) 13:40:57
11.進路




 5月
 特に進級試験など無い私立聖祥大附属小学校に通う恭也たちは恙無く4年生に進級し、6人全員が同じクラスに振り分けられた幸運を喜び合ってから一月以上が過ぎた。
 有り得ないと言うほどではない事ながら、あまりにも出来過ぎた偶然に、聖祥への最大の寄付金出資者であるバニングス家の一人娘が『パパ…まさかね…』と呟いていたとかいなかったとか。

 一方、小さなお友達からも大きなお友達からも憧れを抱かれる魔法少女としての顔を持つなのは、フェイト、はやての3人は、仮配属期間が終了して晴れて正式に時空管理局に入局を果たした。(勿論、聖祥組ではない守護騎士の4人もはやてと共に入局している)

 そんな彼女達が今、ここ本局にいるのは入局に必要な諸手続きのためなのだが、支給されたばかりの制服に袖を通して浮かれていても不思議がないはずの3人の顔には不満が露わになっていた。
 別に、お披露目を兼ねて着替えたのに意中の相手が不在、と言う訳ではない。何しろ、休憩を兼ねて覗きにきたクロノとエイミィが加わった事で6人になったメンツにはしっかりと恭也が含まれているのだ。

 食堂の片隅にある円卓の席に着いた状態で手元にあるジュースにも手を着けずにムッツリと押し黙っている少女達を見て、エイミィが苦笑を浮かべる。
 3人とも整った愛らしい顔立ちだけに、こうして不満を、あるいは寂寥を浮かべられると直接的に関わっていない自分でさえ居たたまれない心地になる。
 一般的な感性を持った大多数の人間であれば同じ感想を持つだろうという自信がエイミィにはあったが、少女達にそうさせている張本人は平然としていた。感性が特殊なのか少数派に属しているのかどちらなのだろう?いや、まぁ、どちらでも大差は無いんだけれど。
 エイミィとクロノにとって気まずい沈黙を破ったのは、無闇に膨れていても埒があかないと考えるだけの冷静さを最初に取り戻したはやてだった。

「何で恭也さんだけ嘱託のままなん?
 折角、一緒に仕事出来るようになる、思うてたのに…」

 そう、入局したのは3人なのである。そして、その事実を少女達はつい先ほどまで知らされていなかった。
 だから、彼女達は本局に来た時には、真新しい制服を纏うと憧れの局員になれた実感が湧いて制服姿を互いに褒め合う位には浮かれていた。更に、褒め言葉など期待出来ないと思いつつも恭也の反応をチラチラと伺っていた少女達のためにエイミィがつついた形ではあるが、恭也が一言二言感想を述べた事で彼女らのテンションは最高潮に達した。
 そして、その高揚は恭也1人だけが着替えを済ませていない事に疑問を抱いた事で失墜した。
 恭也が着ているべき制服を知らない事にもこの時に漸く気付き、改めて着替えない理由と配属先を尋ねたのだ。そして、何の躊躇いも見せる様子も無い恭也の返答を聞いた結果、現在に至る。

 はやての台詞に呼応するようになのはとフェイトもじっとりとした眼差しを恭也に向ける。
 対するいつも通りの鉄面皮はやっぱりいつも通りでありながら、内面を伺わせないからこそ見ているクロノ達の心情を映す様に後ろめたそうに見えなくもなかった。…勿論、気のせいなのだろうが。
 それでも、何かしら釈明の必要性は感じたのか、溜め息のように鼻を鳴らした後、恭也が口を開いた。

「そうそう特別扱いを受ける訳にはいかないだろうが」
「どう言う事?
 魔導師やなくても局員になるんは別に特別な事やあらへんやろ?」
「武装局員でなければな。
 それでも本来、正規の手順を踏んで、士官を目指すなら士官学校、武装局員であれば訓練校を卒業するのが筋だ」
「それは知ってるよ。
 でも、リンディ母さんが、私達くらいの魔法技能があれば訓練校のカリキュラムはあまり得るものがないから3ヶ月の短期研修にした方が良いって勧めてくれたから…」
「わかっている。
 お前達自身の為にも管理局側の人材の面でもその通りだろう。更に言うなら、そのための制度として短期研修があるんだからお前達なら何の問題もない」
「じゃあ、恭也君だって問題ないじゃない」

 何の問題があるのかと困惑を示すなのはに、何故分からんのだと言いたげに短く溜め息を入れた恭也が言葉を返す。

430 小閑者 :2018/05/20(日) 13:47:20
「あるだろうが。
 特例措置の適用基準は魔導師ランクに依る。当然、魔導師としての評価が底辺の俺では受けられない」
「そんなんおかしいやろ!?
 恭也さんは私よりよっぽど強いやん!」

 間髪入れずに反論したのははやてだった。
 実状を無視した制度など弊害でしかない。はやての言葉は一面としては確かに正しい。
 だが、管理局の制度が致命的な欠陥を抱えていれば、とうの昔に烏合の衆に成り果てていただろう。

「魔法文明の中で発足した管理局が制定した制度である以上、魔法技能が重要視されるのは当然だ。
 魔法自体が個人で行使できる力としては過剰なほどに桁外れに高いからな。
 魔導師ランクの昇格試験の内容も、単純な魔法の行使技術だけでなく状況判断や他者との連携も評価対象になっているという事だから、余程の例外を除けば、魔導師としてのランク評価は九分九厘が本人の戦闘能力のそれと直結している。
 つまり、魔導師ランクを判断基準の要として据える事に、おかしい事など何もない」

 管理局において、魔導師ランクという『物差し』は、疑問を差し挟む必要が無いほど信頼性の高いものだ。少なくとも武力を必要とする武装隊の判断基準としては非常に優秀だった。
 また、極一部の例外の為に一から基準を作り直すなどという無駄な手間を掛ける余力など今の管理局には無い。
 そして、存在しないはずの並行世界からの異邦人がいるように、仮にどれほど優秀な新制度を制定しようと例外は必ず出てくる。
 逆に言えば、現れた例外に対してどのように対応するかが重要になってくるということだ。恭也を論破するにはその点を突くしかない。

「でも、あくまでもそれは魔導師ランクが戦う力と合ってる場合でしょ?大多数の人がそうだから制度として組み込まれてるのは仕方がないけど、例外を認める余地はあるんじゃないの?
 人材不足が深刻な問題になってるってクロノもよく言ってるんだから、恭也が優秀だって示してもダメなの?」

 恭也との問答では煙に巻かれると思ったのか、フェイトが話の後半をクロノに振ってきた。
 クロノとしても、隠す必要のない情報なので躊躇いなく同意した。

「ああ。
 闇の書事件での功績もあるから、恭也の技能なら即日採用にこぎ着く事も出来るだろう」

 期待通りのクロノの回答に少女達の表情が明るくなる。その様子に逆に顔を曇らせたのは、意外な事に恭也ではなくエイミィだった。
 非難するようにエイミィがクロノを睨む。それを受けたクロノが僅かに頬を引き吊らせながら恭也へと視線を移すが、受け止めては貰えなかった。地味な嫌がらせである。
 彼女達を納得させるだけの理由があるのだからさっさと説明しろと言いたかったが、半端な答えを返して期待を持たせた手前、強く言うことも出来ない。期待に満ち溢れた彼女達を悲しませるのは誰だって嫌だろうから、元凶である自分が逃げ出す訳にもいかない、と思ってしまう辺りがクロノの馬鹿正直さである。
 顔を輝かせる少女達に、ややバツが悪そうに頭を掻きながらクロノが再び口を開いた。

「あー、期待しているところ申し訳ないんだが、恭也が入局しない本当の理由は別にあるんだ」
「え?」
「最初から本題を切り出していれば、余計な手間も省けただろうに…
 端的に言ってしまえば、剣術の修行を優先したいからと言うのが主な理由だそうだ」
「え…」

 クロノの言葉になのはが呆然と呟いた。
 それほど意外な理由だっただろうか、とクロノが見つめ返すと我に返ったなのはが慌てた様に言葉を探して問い返した。

「えっと、その、それは海鳴でないとダメなの?訓練施設ならミッドや、それこそ訓練校にもあると思うんだけど…」

 なのはは何かを探るようにちらちらと恭也の様子を窺いながら話すが、恭也には思い当たる節がないのか小さく首を傾げた。

「いや、駄目という事はないと思うんだが…」
「あー、もういい。自分で説明する」

 クロノの歯切れの悪い説明に埒があかない、という態度で、恭也が割って入った。

431 小閑者 :2018/05/20(日) 13:53:01
 不安げななのはを気遣って割り込んだのは明白なのに、クロノの要領が悪いから、というポーズを崩すつもりがないらしく、役立たずめ、と言いたげな冷ややかな視線がクロノに突き刺さる。相変わらず理不尽な男である。

「第一に、出来るだけ剣術を衆目に晒したくない。
 入局すればこれで戦うんだから隠しきれる訳ではないが、特別枠で入れば無用に注目を集める事になる。
 第二に、今の俺に必要な鍛錬は身体性能を向上させる内容だ。実戦経験は魅力的ではあるが、武装隊に入ってからではそちらの規則に縛られて思うような鍛錬内容がこなせない可能性が高い。勿論、正規の手順である訓練校でも同じだ」
「…えっと、剣術そのものじゃなくて身体性能?
 それって、要するにもっと運動出来るようになりたいって事だよね?恭也君は今のままでも十分なんじゃぁ…?」
「たわけ、一般論でくくるな。
 少なくとも、シグナムやリインフォースを相手にした時に出せたあの高速行動を身体強化魔法無しで、ついでに出したい時に出せるくらいの身体性能を身に付けたい。通常の剣術だけではこの先すぐにやっていけなくなるだろうからな」
「高速行動って、あの見えんくなるほど速いやつ!?
 ええ!?
 あれって生身で出来るもんなん!?」

 少なくとも、闇の書事件中にしか見せたことのない神速は身体強化魔法を発動していない時にはまともに動けていないので、はやてが驚くのも無理はないだろう。…いや、生身で出来ると言われれば普通に驚くか。

「恐らくな。
 ハラオウンに見せてもスクライアに見せても、不破に登録されている『身体強化』に筋力増強や加速の術式は含まれていないとの事だ。
 実を言うと、実家の道場で皆伝を受けた人同士の試合を見学していると、希に姿を見失った事があったんだ。
 単に俺の未熟さからくるものかと思っていたんだが、これがそうだったんだろう。
 肉体的なものか精神的なものかは分からんが、条件が揃えられれば俺にも好きな時に使えるようになるかもしれん。
 実際、先の事件の魔法を使えない時分の記録に、乱入してきた不審者を殴り飛ばすために無自覚に高速行動を使っていた場面が残っていたしな」
「なのはを助けた時のやつか…、無自覚?」
「ああ」
「その割には、シグナム戦やリインフォース戦は随分と都合の良いタイミングで加速できていないか?」
「疑い深いと嫌われるぞハラオウン。
 もとい。
 疑い深くなくても嫌われているぞハラオウン」
「無条件で!?しかも進行形!?」
「流石に、自律神経で加速している訳ではないだろうから、普通に考えれば精神力なり集中力なりを高める事は発動条件として必要だろう」

 いつも通りクロノを放置したまま軌道を修正した恭也。
 慣れてきたのかクロノも無言だ。黄昏ているだけかもしれないが。

「必須条件が複数あるのか、集中力の度合いの問題なのか。普段と身体強化中にどういった違いがあるのか分かれば条件が絞れそうだが…、運動量に耐えられる身体が出来上がっていないから無意識に抑制している可能性もあるな」

 それらしい思案気な口調で呟く恭也を前にして、5人は堂々と顔を見合わせる。
 隠す理由など無さそうなものだからあの高速行動は本当に偶然の産物なのかもしれないが、理由など無くとも隠しかねない、と思わせる男でもある。
 そして、恭也は夢の世界で士郎相手に使っていた事でも分かる通り、魔法無しでも任意に神速を発動出来るので彼らの抱いた疑惑は非常に正当なものなのだが、夢中の出来事を知る術のない彼らにはそれを証明する術が無い。
 あくまでも偶発的だと言い通す恭也の面の皮が揺らぐ事が無いのも、それを承知しているからだろう。もっともらしい口調のまま、恭也が話の軌道を修正した。

「言うまでもなく、あれは任意で使えるようになればかなり有用な技能だからな、何とかして身に付けたい」
「いやー、いくらなんでも生身では無理なんとちゃうの?」

 苦笑混じりにはやてが疑問を口にする。『儚い』と知りつつも人は自分の価値観や常識を守るために抵抗するものなのだ。

「御神流は日本で生まれた剣術流派だぞ。
 地球の常識では魔法なんて技術は存在しないという事をもう忘れたのか」
「おお、そう言えば。
 恭也さんの動きはそれ自体が魔法じみとるからすっかり忘れとった」

 はやてのわざとらしい感想に一同の顔に苦笑いが浮かぶ。今更言う必要が無いほど定番のネタだ。

432 小閑者 :2018/05/20(日) 13:55:31
 話題が盛大に逸れている事に気付いたフェイトが、苦笑を収めると修正を兼ねてもう一度恭也に訪ねなおした。

「そのトレーニングは、陸士訓練校の訓練内容じゃダメなの?近代ベルカ式の人達が基礎体力をつけるためのトレーニングは結構ハードだってクロノに聞いたけど」
「カリキュラムは見たが、あれは後衛に陣取るミッド式の連中が攻撃なり補助なりの魔法を使うまでの時間を稼ぐ『壁』を育てるためのものだ。言ってしまえば防御魔法を張り続けるタフさを鍛えるのが目的だ。
 俺ではコンマ1秒と耐えられん。
 結局のところ、俺に必要な鍛錬内容は、俺以外には不要な、俺の戦闘スタイル専用の内容になるだろうから、管理局の既存のトレーニングでは役に立たんよ。
 まぁ、管理局に限ったことではないだろうがな」

 今更言うまでもない事だが、恭也の戦闘方法は剣術が主体だ。魔法も使用するが、それはあくまでも補助でしかない。
 そして、魔導師を育成する学校の訓練メニューは当然、魔法を活用するために有用な内容だ。魔導師とは言え身体が資本である事に代わりはないので肉体を鍛えるための基礎訓練を疎かにしてはいないが、どうしたところで魔法に関連する内容にウェイトが置かれる事になる。
 尤も、それ以前の問題として、現時点で一般的な武装局員と恭也では身体能力に差があり過ぎるというのに、更なる能力向上を目指すなら彼らと同じメニューになどなりようがないのである。

「少なくとも身体が出来上がるまでは自分で組んだ鍛錬メニューで鍛えていく事になるから、当分の間は入局出来ないだろうな」

 朝から晩まで訓練校のメニューをこなした上で独自の鍛錬を行うのは、肉体的・体力的には兎も角、時間的に無理がある。
 ましてや、訓練校を卒業すればそのまま入局することになり、拘束時間も責任の重さも増加することこそあれ減少することはないだろう。
 ならば、恭也の目指す肉体改造にどれほどの期間を要するのかは分からないが、確かにそれを実行するのは訓練校に入校する前にするべきなのだろう。

「そっかぁ…」

 無念さが滲み出た声ではあったが同意を示したフェイトがなのはとはやてに目配せした。
 応じたなのはは説明が始まった時に見せた逡巡を残しながらも即座に、はやては僅かの間、眉間に皺を寄せた後、諦めたように頷いて返した。
 恭也がどれほどストイックに剣術の訓練に打ち込んでいるか知っていれば当然だろう。
 但し、納得して頷いたフェイトと何かを気にしながらも説明に対して疑問を抱いていないなのはに対して、はやてだけは事情が違っていた。恭也の説明の不自然さに気付いたからだ。

 元々、恭也は聖祥に通う事無く、管理局に入局する事を希望していたのだ。肉体改造を目指すのであれば練習メニューはその日その時思いついた内容、などと言う事は有り得ない。必ず長期的な計画になる。
 ならば、訓練校の日程との、更に言えば武装隊の勤務時間・勤務内容との両立に考えが至らなかった、と言う事はないはずだ。そして、他の誰にも真似出来なかったとしても、不破恭也にはその過酷であろう鍛錬メニューがこなせる目処が立っていたはずなのだ。

 また、なのはの兄姉である高町恭也と美由希は中学・高校と通学しながら御神流を学んできたと聞く。彼らの力量は恭也と同等程度、らしい。少なくとも、3人揃ってはやてでは優劣が付けられない次元にいる。
 その兄姉が、文武両道、と言えるほど勉学に勤しんでいたかどうかまでは知らないが、恭也だって小学校に通う以上は、いくら授業を熱心に聞いていなくともそれなりの時間は拘束される。陸士訓練校よりは拘束時間は短いかもしれないが、学校にいる間はほとんど体を動かせない小学校と、必要な自主鍛錬には及ばないながらも戦闘訓練を行える訓練校であれば明確な優劣はつかないのではないだろうか。
 恐らくは、高町兄姉よりも過密な鍛錬を行うため、と言う理由も、聖祥に通っていては成立しないだろう。
 つまり、先程恭也が語ったそれらしい理由は本心を隠すためのブラフである可能性が高いのだ。

 そういった不自然さに気付いていながらはやてが同意したのは、結局のところ恭也への信頼だ。
 恭也が今の時点で入局しない理由はなんなのか?
 そして、その理由を話さないのは、自分達に聞かせるべきではないからなのか?あるいは、単に恭也が隠したいだけなのか?
 気にならない訳ではないが、必要な事であれば恭也はきっと話してくれるだろう、と。
 尤も、はやて自身も意識していなかったが、この結論にはもう一つ心理的な要因が含まれていた。
 そもそも、恭也が穏やかに暮らせる世界にするために世界を平和にする、という目的で入局したはやて達に対して、恭也が管理局に入る積極的な理由は無いはずなのだ。

433 小閑者 :2018/05/20(日) 13:59:04
 その理由について、本人に訊いても適当な事を言って本心は教えてくれないだろう。だが、確認が取れないからこそ自分達を助けようとしてくれているんだろうと自惚れる事にしたはやては、今回に限らず恭也が何かを隠そうとしているのに気付いても、無意識に遠慮して適当なところで追求を控えてしまうのだ。
 因みに、事前に同じ内容の説明を受けていたクロノもはやてと同じ思考を辿り、恭也の提示した理由に疑問を抱いた。はやてとの違いはその疑問点をしっかり恭也に問い質した点だ。
 単純な戦闘能力以外にも、隠密行動や偵察・潜入・尾行といった戦闘以外に活用出来そうなスキルを持つ恭也は得難い人材だったし、何より立場上あやふやにする訳にはいかなかったのだ。
 ただし、クロノ自身もあまり答えを期待してはいなかった。それが必要な事であれば勿論の事、単なる気まぐれであろうと話すつもりの無い事は絶対に話してくれないだろうと思っていたからだ。
 そして、その予想通り、本当の理由は聞き出せなかった。聖祥に通いながらの鍛錬は出来ても、訓練校に通いながらの鍛錬は出来ない、という恭也の主張を覆せなかったからだ。実行者が恭也本人だけなので、本人が無理と言えば周囲の者がどう言ったところで覆す事が出来ないのだ。

 尤も、はやてとクロノがリンディと同じ様に、恭也が聖祥へ通う経緯を知っていれば某かの推測は立てられたかもしれない。

 そもそも恭也が聖祥に通う事になったのは、なのはの父・士郎から勧められたからだ。だが、恭也自身もその必要性を感じていなければ素直に従う事はなかっただろう。そして、実際に通うようになって、やはり必要な事だと結論づけた。
 だからこそ、はやて達と入局時期をずらしてでも学校に通う事を優先したのではないだろうか。
 唯一、事情を知るリンディはそんな推測を立てていた。
 管理局員としては優秀な人材には少しでも早く入局して貰いたいという思いがあるが、子を持つ母としては自分で選んだ道を進んでほしいとも思っている。
 クロノには入局の際に何度も意志を確認したが、彼は迷う事無く最短コースを選んでしまった。リンディ自身も似たようなコースを選んだ過去があるため偉そうな事は言えないのだが、親のエゴだと分かってはいても、もっと別の道も視野に入れて考えて欲しかったと言うのが偽らざる本音である。
 そういう意味では、恭也は寄り道する事を選び、フェイト達は二足の草鞋ではあるもののみんなと学校に通っているのだから、リンディとしては安心すると同時に応援もしているのだ。
 フェイト達に短期研修を勧めたのも、実は少しでも少女達の負担を減らす為、という狙いの方が大きかった。

 それぞれがそれぞれの理由で納得しようとしたところで、先程から何度か逡巡していたなのはが意を決したように恭也を見つめた。

「…あの、恭也君」
「どうした?」

 なのはの様子に鍛錬の話題が始まった時に見せた動揺と関連すると察したであろう恭也も、声色に怪訝な響きを含ませて続きを促す。
 自分から声を掛け、更に恭也に促されても尚なのはは言うべきかどうか悩んだ末に、恐る恐るといった様子で以前から抱いていた疑問を口にした。

「…あの、お兄ちゃん達とは練習しないの?」

 聞いた全員がなのはの逡巡に納得した。
 『人から習う』という方法は剣術に限らず技術を習得しようと考えれば誰もが思いつく事だろう。高町恭也は不破恭也をして、『剣腕は自分よりも上』と言わしめた男なのだ。
 また、数年前の護衛中に負った『日常生活を送れるようになっただけでも奇跡的』と言われたほどの負傷によって、高町士郎は御神流剣士を引退した。だが、皆伝を与えられた剣士としての経験と、師範として後輩を導いた実績が無くなった訳ではない。
 それでも、その考えを無意識の内に避けていたのは、恭也と相手が特殊な関係だからだろう。
 気付いていたなのはも、今日に限らずこれまでに何度か確認しようと思いながら同じ理由で切り出せずにいたのだ。
 予想外の問い掛けだったためか、恭也の表情が僅かに強ばるのを察したなのはが慌てて言葉を足した。

「あっ!嫌なら嫌で全然良いんだよ!?
 ただ、…剣の技はお兄ちゃんの方が上だって、この前言ってたし、上手くなることだけ考えるならやっぱり一緒に練習した方が良いんでしょ?」

 言葉を切ると、恭也の反応を窺う。だが、その頃には恭也も普段通りの雰囲気を取り戻し、静かになのはを見つめ返していた。

434 小閑者 :2018/05/20(日) 14:03:50
 湖面の様な静謐さを讃えた瞳が揺るぎない事を見て取ると、安堵と不安を抱いたなのはは知らず苦い笑みを浮かべながら再び口を開いた。

「あとね、お父さんが『御神流の技を全部修得してる訳じゃないだろうから知りたい事があったらいつでも来ると良い』って言ってたんだけど…」

 なのはは言うべき事を言い終えると、恭也の答えを待った。
 同席している面々も声もなく2人の遣り取りを見守る。
 誰がどう考えたとしても、御神の剣士として上達したいのなら師事を仰ぐべきなのだ。その単純な結論に辿り着くかどうかを黙って見守る理由は、彼が『不破恭也』だからにほかならない。

 世間からは不破恭也と同じ様に、無愛想・無表情と言われている高町恭也。
 だが、恭也は彼が穏やかに笑う事が出来る事を知っている。
 裏切られるリスクを承知の上で、妹の友人というだけで無条件で信用する強さを持っていると知っている。
 高町恭也と向き合えば、重ね合わせれば、そこからはみ出す自分の歪つさを嫌でも意識させられる。

 果てしなく遠い剣士としての、男としての父の背中。
 縮まることのないその距離に絶望しても諦める事が出来ずに追い続けた背中。
 自分を助けるために永遠に失われた背中。
 高町士郎と向き合うと言うことは亡き父と瓜二つだからこそ、同じではないからこそ、無くしたものを、その大きさを見せつけられる。

 そういった恭也の心情は、本人の性格と努力の甲斐もあってなのは達も事細かに理解している訳ではない。
 それでも、恭也が楽しい気持ちでいられないと察する事など造作もないことだ。
 そんななのはが敢えてそれに触れたのは、恭也が遠慮している可能性が高かったからだ。
 不破恭也の境遇は高町家の全員が知っている。どう言ったところで家族・親類を失って半年と経たない少年に気を使わない訳がない。家族を失う悲しみ、苦しみを知っているのだから尚更だろう。
 常人であれば鬱ぎ込んでもなんら不思議のない状況にありながら、良くも悪くもそう出来ないのが不破恭也なのだとなのは達はよく知っている。恭也の行動指針において、本人の感情の占める割合は限りなく小さいのだ。兄や父と顔を合わせたくないから、という感情を優先しているならある意味で喜ぶべきかもしれないとさえ思っている。
 固唾を飲んで見つめてくる一同に恭也は苦笑してみせると呆れたような口調で話し出した。

「信用されていないな…。日頃の行いは良い筈なんだが。
 先に言っておくが、その2人に迷惑を掛ける事について、微塵も遠慮するつもりはない。厄介事ができたら桃子さんや月村さんを悲しませない範囲で積極的に押しつけてやる予定だ」

 なかなかの鬼畜な発言になのはとフェイト、エイミィに引き吊った笑顔が浮かぶ。
 しかし、近い将来、管理局に勤める予定なので、本拠は兎も角、実質的な住居がミッドチルダになる恭也に生じる厄介事は海鳴に住む高町家の面々に押しつけようがない。そこまで承知した上でわざわざこういう言動を取っているのだと即座に気付いたはやてとクロノは呆れ顔だ。
 はやて達の内心にどこまで気付いているかは不明だが、恭也は淡々と説明を続けた。

「俺が1人で鍛錬するのは、単に一緒に鍛錬する事に利点が無いからだ」

 妙な事を言い出した恭也に、今度こそ全員の表情が疑問の色で統一された。
 恭也としてもそれだけでは通じないと承知しているようで一呼吸おいて言葉を足した。

「現状、一般的な魔導師との戦いは至極単純な図式になっている。
 近づければ俺の勝ち。
 近づけなければ俺の負け、までいかなくとも膠着する。
 これは近づく事が勝利条件と言っても良いほど近接戦闘技術に差があるということだ。
 つまり、目下のところ、俺に必要なのは空戦の技術、言ってしまえば距離を置いた敵に接近する技術と言うことになる。そして、御神流では壁や天井を足場にする程度の戦闘パターンは想定しているが、あくまでも『地上を駆ける敵』であって『飛翔する敵』までは想定していない」
「…なるほど」

 これには一堂、納得するしかなかった。
 少なくとも、はやてを除いたこの場にいる3人の魔導師と同等の、つまりはトップレベルの魔導師でなければ10m以内に接近された恭也に対抗する術はない。一度接近されれば距離を取り直す事も許されず、そのまま密着された上で瞬時に無力化されてしまうのだ。
 勿論、ハイランカーと言えどもそれぞれの得意分野で対抗するのであって、肉弾戦に付き合える者は多くない。そして、彼らでさえ、刀の届く距離まで近づかれれば『徹』を込められている事を想定した斬撃を浴びて詰みとなる。身近で例外となれるのは、打ち合えるシグナム、凌げるヴィータ、退避出来るフェイトだ。

435 小閑者 :2018/05/20(日) 14:10:32
 突出して秀でた能力を持たないオーソドックスタイプの魔導師の戦術は、バリアやシールドで敵の攻撃に耐えながら撃ち合う事を前提としている。別に一カ所に留まり続ける訳ではないし、回避行動も取るのだが、誘導弾は何かに着弾しない限り追い続けてくるし、直射型の連弾は躱しきれない範囲をカバーする弾数を備えている。完全に躱しきる事を前提にするのは現実的ではないのだ。
 これは、訓練レベルが低いという訳ではない。極一部のAAAランク以上の魔導師と比較することが間違っているだけだ。
 現代の魔導師戦を端的に表すなら、一対一の戦いにおいてバリアの強度を上回る攻撃力を持つ相手には勝てないと言うことになる。
 それが大抵の魔導師が持つ常識であり、魔導師ランクを覆すのが非常に困難な理由はここにある。
 攻撃力の高い者は防御力も相応に高いので、隙を突いて一発逆転という訳にはいかない。相手の攻撃は防げず、こちらの攻撃は通用しないという図式になるのだから、その結果が常識として定着するのも当然だ。
 そして、恭也はその常識を悉く覆す。

 紙切れ同然の防御力。
 射程こそ短いものの、防御を無効化する攻撃技能。
 躱せるはずのない攻撃を躱す回避能力と、短射程を補う移動技術とスタミナ。

 せめてもの救いは、あくまでも刀での攻撃なのでAランク相当の攻撃魔法よりも破壊力が低い事、と思われがちだがこれは誤認だ。
 刀の斬撃とは『壊す』のではなく『斬り裂く』ものだ。どれほど柔軟な物でも変形させず、どれほど脆弱な物でも欠損させる事無く、刃の触れた箇所を境にして分断する。それが日本刀による斬撃の理想の一つだ。岩を砕きはしないし、斬りつけた相手を吹き飛ばす事もないのは理念の違いなのだ。…勿論、魔法の使えない文明で発展した流派だからこその理念ではあるのだろうが。
 何より勘違いしてはいけないのは、防御を無効化した時点で人体を殺傷するのにそれほど大きな破壊力は必要ないという点だろう。
 シールド越しの『徹』による斬撃は、金属の刃ではない分、骨を断ち切る程の威力はないが、肉を斬り裂く事は出来る。外骨格ではない人体であれば、眼球や頸動脈など即死には至らなくとも極度の戦力低下や重傷を負わせる事は出来るのだ。

「しかし、それなら尚更、魔導師相手の模擬戦が必要になるんじゃないのか?」
「不要と言うつもりはない。単に行動パターンを見直したいんだ。
 折角、任意の空間に必要なタイミングで足場が作れるのに、『地面よりも高い位置に立てる』だけではもったいないからな」
「え?え〜と、それってどう言う…?」
「例えば、垂直に作った足場を蹴れば急激な方向転換にもなるし、上下逆さまになれば自由落下よりも速く下へ移動できる」

 恭也の作る足場は『任意の三次元空間に生成した平面力場』だが、魔法的な要素を上げると『材料が無いのに生成出来る事』と『空間に固定出来る事』の2点だけで、それらを除くとただの平たい円盤だ。『術者を円盤上に固定する』だとか『重力方向を制御して円盤に着地させる』だとかいった便利な機能は組み込まれていない。
 材質としては、形状が変形するほど強く踏み込むと術式が壊れて消滅してしまうので、金属よりはガラスに近いイメージだろう。当然、盾にして後ろに隠れるには不安でいっぱいの代物だ。
 『魔法で作りだした物質』と言うには、有り体に言ってショボイ代物ではあるが、だからこそ扱い初めて1日2日という期間で実戦に使用するなどという暴挙に出てもシグナムを驚かせる程度の結果は示す事が出来たのだ。

 日本の剣術は、基本的に平地で対峙している敵を想定して成り立っている。樹木の生い茂る地域などでは違ってくる可能性はあるが、そういった障害物の多い環境では振り回す事を前提にした刀のような武器を選択しないだろう。
 そういった意味でも、壁や樹木といった障害物を足場にした戦い方まで鍛錬に取り入れている御神流は特殊だ。
 そんな流派を修めた恭也だからこそ、ぶっつけ本番に近いような僅かな期間で三次元的な機動を行い刀を振るうなどという非常識な事が出来たのだろう。
 仮に、恭也の保有魔力と魔法適正に余裕があって『足場の生成』ではなく『飛翔』を選択していたとしたら、シグナム戦ではまともな戦いにはならなかったはずだ。あるいは、それは『人外レベルの運動能力を持つ恭也でさえ』と言うよりは『地を駆ける戦い方を極限まで突き詰めて鍛えた恭也だからこそ』と言うべきなのかもしれないが。
 ただし、そんな流派であり、それで鍛え上げた恭也であってもデバイス『不破』の機能を十全に活かせているとは言えない、と言うのが恭也の弁だ。どこまで使い倒したら納得するのやら。

436 小閑者 :2018/05/20(日) 14:15:08
「無理を通して不破を作ってくれたおやっさんの苦労に報いるためにも半端に済ませる訳にはいかん。
 勿論、剣術に関してもまだまだ未熟だからな。足場の使い方にある程度の目処がたったら手合わせを頼みに高町家に殴り込みに行くさ」
「殴り込みかい!
 でも、やっぱり皆伝を貰えるまで頑張るんやね」

 少しほっとしながらもはやてが予想通りと納得しようとしたが、珍しい事に恭也が視線を逸らし、口籠もるように呟いた。

「…どうかな」
『え?』

 らしくない恭也の様子に異口同音に疑問の声が零れた。
 躊躇う余地など無いだろうに、無いはずなのに、何故、言葉を濁すのか。
 恭也にとって、御神流は、剣術は、単なる戦闘手段では無いはずだ。二度と会えない父親との、親族達とのつながりで、ある種、神聖なものではないのか。
 何を言えばいいのか、問えばいいのか分からず言葉を詰まらせた少女達に代わり声を掛けたのはクロノだった。

「…剣術の訓練は続けるんだろう?
 なら、皆伝を取ることに躊躇する理由があるとは思えないが?」
「…明確な理由がある訳じゃない。いや、自分でも把握出来てない、の方が正しいか。
 敢えて言うなら、…そうだな、空戦は魔法で足場を生成しなくては成り立たない。だから、ここから先は御神流から派生した別の何かになる。それなのに御神流の皆伝を受けるのは違うんじゃないか、と。
 …そんな事を思っている気がする」
「純粋な御神流じゃなくなってしまう、と?」
「…どうだろう。
 元々、他流派の技術を取り入れる事に抵抗のない、いや、寧ろ積極的に取り入れようとして対外試合を繰り返すような流派だ。勿論、継ぎ接ぎだらけにした結果、弱体化しては無意味だから実際に取り入れられる要素なんてほとんどなかった筈なんだ。それでもそうしようとする姿勢を無くすことはなかった。
 だから、どこまでが御神流なのかという明確な線引きはなかった様に思う。
 多分それは、『守るために戦う』流派であり『戦えば勝つ』事を理としていたからだろう。剣技そのものではなく、結果に、勝利する事にこそ意味がある、と。
 ただ、銃器を手にする者はいなかった。
 でも、それは誇りと言うより自負だったんだと思う。銃器を握るよりも鍛え上げた剣術の方が強い、と言う自負だ。
 だから…」

 そこまで口にすると、続く言葉を探すように恭也が視線をさまよわせた。
 だが、結局見つからなかったのか、自嘲するような嘆息を零した。

「何が言いたいんだか。
 …結局、俺自身の意識の問題なのかな。
 そのうち気が変わるかもしれないが、今のところ、俺は今後御神流を名乗るつもりはないし、皆伝を取るつもりもない」

 纏まらない話を終えた恭也がカップを持ち上げ、中身が空なのに気づいて軽く嘆息しながらそのまま下ろした。

 恭也が、不安に揺れている。
 その事実に動揺する内心を少女達は懸命に押し込める。
 以前であれば無理矢理にでも隠し通そうとしていた内面を恭也が見せている。
 それが、元々の恭也の性質で事件中だったために隠していたのか、凍結していた心がクリスマスから少しずつ動き出した結果なのか、以前の恭也を知らないなのは達には分からない。
 もしかしたら、今、不安を顕している事自体、恭也には自覚がないのかもしれない。
 ただ、今なら、迫りくる危険も無く成し遂げるべき使命も無い今なら、胸の内の不安とじっくりと向かい合える。恭也の不安を解消する手助けが出来るならそれに越したことはないが、その糸口が見えない内は、せめて自分達が不安を見せる事で、恭也に不安を抱く事に不安を持たせるのだけは避けたかった。
 誰からともなく浮かべた微笑と優しい眼差しは、小学生とは思えないほど大人びていて、向けられている訳でもないのにクロノをドキリとさせるほどだった。

「事件に巻き込まれてる訳でもないのに、恭也君も色々と悩みが尽きないねぇ。
 でも、慌てる必要は無いんじゃないかな。
 ゆっくり考えて、これからどうしたいか決めていけば良いと思うよ」

 年長者の責務と考えた訳ではないだろうが、エイミィが気軽に聞こえる明るい口調で締めくくると、全員がほっとした様に表情を弛めた。

437 小閑者 :2018/05/20(日) 14:17:59
「それにしても早いもんだね、3人揃って管理局員だなんて。
 なのはちゃん達なら直ぐに『候補生』なんて肩書きもなくなるだろうし、少しは『海』も平和になるのかな」

 続けて話題を切り替えるべく話を振ると、クロノも心得たもので言葉を返した。

「どうかな…、そうなれば嬉しい限りだが。
 まぁ、3人にばかり負担を掛ける訳にもいかないし、先輩として僕等ももっと頑張らないとな」

 クロノらしい堅い内容に、エイミィがあからさまにからかう様な笑みを浮かべた。

「真面目なんだからぁ」
「別に普通だ」
「あはは、クロノ君らしいね」
「でしょ?
 まったく、『正義の味方』を目指すだけあって付いてく方は大変だよ」
「またその話を出す…」

 茶化すエイミィは台詞とは裏腹に嬉しそうだ。クロノも承知しているからこそ、渋面と口調が照れ隠し然としたものなのだろう。

「『正義の味方』?」

 不思議そうに目を瞬かせながら聞き返したのはフェイトだったが、なのはとはやても同じ感想を持っているようで視線がエイミィとクロノの間を行き来している。

「そう!
 それがクロノ君が管理局に入った理由なんだよ。
 事件に巻き込まれて悲しい想いをする人を助けられる正義の味方になりたいんだって言ってた」
「…別に、今でもその想いに変わりはないよ。『こんなはずじゃなかった』事を減らしたいと思いながら働いてる」
『…ップ、クスクス』
「…あれ?」

 話を聞いて揃って噴き出した少女達を見て、冗談めかして口にしたエイミィの方が驚いた。
 エイミィとてその夢が子供じみている事など承知していたから妄りに言い振らした事はなかった。いくら幼稚に聞こえようと、だからこそ、それは純粋で神聖なクロノの想いなのだ。頭ごなしに否定したり馬鹿にするような輩には決して話した事はなかった。
 今回話したのも、純粋さを絵に描いたようなこの子達が笑い出すとは全く考えていなかったからなのだが…。

「…ド阿呆。
 そのタイミングで笑い出すな。馬鹿にしている様にしか見えんぞ」

 笑い続ける少女達を窘めたのは、またしても意外な事に一緒になってからかう側に回るかと思っていた恭也だった。
 いや、意外では無いのかもしれない。照れ屋で無愛想なので誤解され易い男ではあるが、心や想いを大切にする人間だという事はよく分かっている。
 尤も、少女達が笑いだしていなければ、恭也は予想通りからかう側に回っていた様な気もするが。
 クロノとエイミィが目を向けると、手の中で弄んでいた空のコーヒーカップを持った恭也が立ち上がった。追求を避けるために自販機に向かったのか、と一瞬思うが、この場に残っていてもあの鉄面皮に変化がある訳もない事に思い至る。本当にお代りが欲しかっただけなのだろう。
 揃って前に向き直ると、少女達も笑いの衝動が収まってきたようだ。

「ごめ、プクッ、ごめんねクロノ君、別にクロノ君の夢がおかしいとかじゃないの」
「ハァ、堪忍な?
 余りにもタイミングが重なってもうたから思わず笑いだしてまったんよ」
「いや、別に構わないが、何かあったのか?」
「え〜っとね…」

 クロノの問いに答えようとしたフェイトが言葉を切って戻ってきた恭也の様子を窺った。
 それだけで何となく事情を察したクロノとエイミィではあったが、口を挟む事無く待っていると、恭也の無反応を消極的な肯定と受け取ったフェイトが続きを口にした。

438 小閑者 :2018/05/20(日) 14:23:04
「今日、学校で恭也が木から降りられなくなってた子猫を助けたんだけど、それを見てたクラスの子が恭也の事を『正義の味方みたいだ』って言い始めてね」
「恭也君は直ぐに否定したんだけど、変に盛り上がっちゃって、話も大きくなっちゃったから大変だったんだよ?」
「でも、まぁ、流石に話が大きくなり過ぎたから逆に先生等は笑いながら聞き流しとるのが救いやね。
 勿論、実際には魔法無しの純粋な運動能力やから隠さんでも問題無いねんけどな」

 やっぱりか。
 彼の身体技能はそもそも人類の範疇から逸脱しているのだ。本気ではなかったとしても小学生の目から見れば超人に見えても不思議ではないだろう。

「具体的には何をしたんだ?」
「5mくらいの高さの枝にいた子猫が落ちかけたところを空中でキャッチしたんよ」
「三角跳びって言うんだっけ?一度、木の幹に着地してもう一度ジャンプするの。
 みんなの頭の上を飛び越えて、子猫の首の後ろを摘んでフワって着地したんだ」
「猫ちゃんもビックリしてたみたいで、なんだかキョトンとしながら恭也君のこと見上げてたんだよ?」

 エイミィは3人の説明を黙って聞きながら脳裏でそのシーンを思い浮かべてみる。と、その眉間に皺が寄り、細めた視線が天井を見上げる。

「…それは、…既に、魔法抜きでも、隠した方が良いレベル、なんじゃないかな」
「君達、かなり基準がズレてきてるようだから、一度、一般常識を再確認しておいた方が良いと思うぞ?」
『ええっ!?』

 そんな馬鹿な!と顔に大書した少女達が絶句している事にこっそりと溜め息を吐いたクロノは、自分の話題なのに他人事風味にコーヒーを啜る恭也に水を向けた。

「君が人前で目立つ真似をするとは珍しいな。他に手は無かったのか?」
「有ったら採用してる。
 猫の落下地点に子供が集まっていて、割り込んでたら間に合わなかったんだよ」
「なるほど。
 見捨てても寝覚めが悪かった、と?」
「まさか。目立ってまで助ける理由もない。
 だが、生憎その場にはこいつらもいたからな。見捨てればこいつらが手段を問わず助けに入るのは目に見えてた。
 同じ異常事態なら魔法よりは常識の範疇に収まる方がまだマシだと判断しただけだ」
「…言いたい事は分からんでもないが、矛盾してるぞ、その言葉」
「ほっとけ」

 常識の範疇に収まらないから異常事態なのだ。実際、子供達が騒いでいると言う事は、比較的基準の曖昧な彼らにとっても恭也の行動は『凄い事』に該当したのだろう。
 勿論、クロノもそれ以上問い詰めたりはしなかった。それ自体がただの言い訳であり、誰が居なくとも目立つ事を承知で猫を助けただろう事は分かりきっていたからだ。
 エイミィも心得たもので、恥ずかしがり屋から矛先を逸らして少女達に気になっていたところを訪ねた。

「ところで、大きくなった話ってどんな内容なの?」
「あぁ、それは僕も興味があるな。
 小学生の思い描く『正義の味方』となると変身したりするのか?」
「そやねん!
 5人揃うと必殺技が出せて、合体ロボットを操縦して怪獣をやっつけるんやって」
「戦隊モノ!?
 ひょっとして決めポーズとか有ったりするの?」
「クラスみんなで意見を出し合ってるところだよ。
 結構カッコ良かったのもあったよ」
「残りのメンバーははやてちゃん達?」
「ちゃうよ。クラスの男子等が立候補しとった」
「募集中!?『ブラック』がリーダーって斬新じゃないか?
 採用したのか!?」
「するか!
 募集なんぞしとらんし、そもそも俺自身がリーダーどころかメンバーですらない!」
『アハハハハッ!』

 恭也のヤケクソ気味の突っ込みで、どこかに引きずっていた先程までの微妙な雰囲気が漸く一掃された。
 正義感に燃える恭也、という姿が思い浮かびそうで微妙にピン惚けしてしまうのも要因だろうか?

439 小閑者 :2018/05/20(日) 14:27:28
「まあ、恭也は『正義の味方』っていう感じじゃないよね」
「そやな、どちらかって言えば『悪の敵』って感じやろ」
「そうそう。アリサちゃんの持ってるマンガにあったよね?
『俺の気に入らない連中がたまたま悪だっただけだ』だっけ?」
「あったあった。
 うん、そっちの方が恭也にあってるよね」
「ダークヒーロー言う奴やな」

 盛り上がる少女達に苦笑を浮かべたクロノの視界の端に、いつも通りの仏頂面で佇む恭也が映る。
 何がどうしたと言う訳では無い。
 ただ、なんだろうか。何か、言葉に出来ない違いがある気がする。
 だが、その違和感を探るために試しに話を振ってみようかと思ったところで、機先を制するようにエイミィに声を掛けられた。

「さて、と。
 意外と時間も経っちゃったし、私達は仕事に戻ろうか?クロノ君」
「む…、いつの間に。小休止程度のつもりだったんだがな。
 それじゃあ、僕等はこの辺りで。
 恭也、済まないが少し遅れるかもしれないんだが…」

 席を立ちながらそう告げるクロノに視線が集まる。
 恭也がクロノと待ち合わせてどこかに出かける図が今一つ想像出来なかったからだ。
 一緒になってクロノを見上げていたフェイトが、自宅での会話を思い出した。

「そう言えば、恭也、クロノと模擬戦する約束してたっけ」
「まあな。尤も、申し込んできたのは向こうからだが。
 立て込んでるなら延期するか?」
「最悪、そうなるかもしれないが、今後も時間が空く予定が立たないんだ。
 煮詰まりかけてたが、わざわざ休憩まで採ったんだ。何とかするさ」
「時間には融通の利く身分だから構わないが、ただ待たされるというのも面白くないな。
 1分経過毎にハンデ1つで手を打とうか」
「どれだけ暴利だ…。
 そもそも、君は勝敗には拘ってないだろう?」
「勝ち誇ってないだけで、負けるよりは勝つ方が嬉しい。
 何より、お前を小突き回すのはとても楽しい」
「悪趣味な事をサラッとカミングアウトしやがった!」
「とても楽しいんだ」
「2度も言うほど!?」

 小突き回した経験なんて無いくせに堂々と言い切る辺りが尚凄い。
 実は、クロノと恭也は日程が合わなかったため、1月初めの団体戦以降、手合わせをする機会がなかったのだ。小学生は意外と時間的な拘束が多く、執務官は輪を掛けて多忙なので仕方がないことではある。

「まあ、手抜き仕事の片棒を担がされてもたまらんからな。
 適当に辺りをぶらついて時間を潰しておくから、終わったら連絡してくれ」
「一応、心遣いには感謝しておくが、仕事で手を抜いたことなんかないからな。あまり人聞きの悪い事を言わないでくれ。
 それじゃあ、またあとで」

 そう言ってカップを持って席を立ったクロノとエイミィを見送ると、残った者同士で顔を見合わせた。

「お前達も手続きが残っているんだろう?
 いつまでも寄り道してないでさっさと済ませてきたらどうだ」
「でも、恭也独りになっちゃうよ?
 あ、恭也も一緒に来る?」
「事務手続きについていっても暇潰しにならんだろう。
 いいから行ってこい」

 恭也と一緒に居たいからこその提案だったのだが、一顧だにされる事もなく断られてしまった。
 残念ではあるが予想通りの答えでもあるため苦笑で済ませる事に成功した少女達は、模擬戦を始める時に連絡を貰えるように約束を取り付けると、片付けを終えた後にそれぞれ別れの言葉を告げて食堂を出ていった。

 そうして独りになった恭也は、手に持ったカップに残るコーヒーから立ち上る湯気を静かに眺めていた。
 持ち上げているにも関わらずピタリと静止したカップの中身から波紋が消える頃、思い出したようにカップを口元に運びコーヒーを静かに飲み干した。

「上手く行かないものだな…」

 何を指しているのか不明な呟きは、誰の耳にも届く事無く消えていった。

440 小閑者 :2018/06/04(月) 00:21:54
12.牧歌



 直径が100mを越える円状の壁。
 視線が届く範囲を遙かに超えた彼方にある天井。
 住居として考えれば無駄でしかない空間を持つこの建築物は、無重力にすることで壁一面に据え付けられた棚の全てに本を収納する広大な書庫としての機能を果たしていた。

 無限書庫

 如何に広大な空間であろうと、如何に膨大な蔵書量であろうと、『無限』などとは大袈裟な、と言う者はいる。
 そう言う者も実際に目の当たりにすれば、大抵が理屈抜きで『無限』という言葉に納得してくれる。
 古今東西、あらゆる次元世界で発行されたあらゆる分野の書物が全て収められているのではないかと目されている知識の宝庫にして、何の規則性も関連性もなく手当たり次第に棚へと収納されているために単なる紙束の山に成り下がった混沌。
 目の前に広がる光景は満天の星空よりも余程『無限』を実感させてくれるだろう。
 だが、本当のところを言えば、この『無限』とは比喩でも何でもなかった。
 今尚、どのような原理か知る者のない方法で自動的且つ機械的に刻一刻と目の前で増え続ける蔵書は、管理者の泣き言に耳を貸す事もなく、唯一の法則である発刊順に地層を築き続けているのだ。
 本来であれば内部空間の有限性を証明する筈の天井は、収納スペースの減少に合わせて空間を歪める機能が働いているらしく、内と外の境界線としての役割だけに専念している。

 攻撃性こそ皆無であるため、方向を見失っての遭難以外の危険はないものの、言うまでもなく、書庫の役割を果たすこの構造物は遺失文明の残したオーバーテクノロジー、つまりはロストロギアである。

 管理局はこのロストロギアの存在を知ると、すぐさま管理者を名乗り出た。発見された当初、内部調査を始めるとすぐに遺失文明が遺した書物、それもロストロギアに関するそれを発見したため、現代の科学技術を超越した失われた知識を管理局で独占することで世界の秩序を保つ『力』を得られる、と思ったからだ。
 だが、その目論見はすぐに頓挫した。理由は単純明快で、必要な書物が見つけられない、という子供の言い訳のようなものだった。
 多くの場合、技術的な本や論文はそれ一冊では完結しない。必ずそれ以前に公表された理論や実験結果を基にしているため、参照文献が掲載されている。最初の本の内容を理解するにはその参照文献も理解しなくてはならない訳だが、当然そちらも別の書物が参照されている。
 こうして芋蔓式に探さなくてはならない本が増えていく訳だが、相手がオーバーテクノロジーとなると大抵の場合はそれだけでは済まなくなる。
 何故なら、ロストロギアに認定された物の多くは、現代科学の延長では辿り着けない物なのだ。発想や着想が根本から違うということは、つまり、一般常識や思想からして全く違っている可能性が高くなる。
 先端技術であればあるほど書かれた書物は基礎知識があることを前提とした内容となるのは当然なのだが、一般常識まで疑うということは初等部レベルの知識を確認する必要が出てくると言うことだ。その難易度は別次元にまで跳ね上がる。
 現代日本で例えるなら、原子力発電所を建設するために核分裂の本を手に取ったとしよう。しかし、そこからいくら参照文献を辿ったとしても四則演算の掲載されている本には行き当たらない。我々の文明においては四則演算など一般常識であり、それが理解出来ない者が高度な核分裂の演算になど取り組まないからだ。
 そして、教育機関が発達した文明であれば、毎年のように新しい教科書が発行され、利益を求める補助機関(塾や予備校など)や出版会社からも類似の本が出版される。仮に、一つの文明から一分野の専門書だけを集める事に成功したとしても、出版された年代毎に並べただけでは基礎から学ぶのに適した資料にはならないのだ。
 更に言うなら、最先端技術の粋を集めた製品とは一分野の知識だけでは成り立たない。発電所の例で言うなら、建築物の設計と原子炉の設計は全く別物であり、原子炉の設計も核分裂の知識だけでは形にもならない。完成したとしても、運用するためには携わる者達全員に各々の役割に必要な設備の知識を拾得するのは勿論の事、想定され得るトラブルシューティングまで出来なくては回らない。
 もう一つおまけに、一つの文明の出版物だけ集めるのも決して容易な作業とは言えなかった。どの時代を選んだとしても、広大な次元世界には数多くの文明が存在し、そこには数万から数億の住人が居る。それら全ての文明とそれを構成する人々の中で、団体・個人に関係なく本の形態を採ったあらゆる分野の書物が内容を問わずランダムに収納されているのだ。しかも、活版印刷ですらない直筆の日記(業務日誌ですらない個人的なもの)まで発見されてしまった。恐らくは、本そのものを転送して収集している訳ではなく、素材を含めて丸ごと全てコピーしているのだろう。

441 小閑者 :2018/06/04(月) 00:23:26
 収納された本は発行順だけは守られているのだから探せないはずはない、と喚き立てていた上層部も実情を知ると閉口せざるを得なかった。
 管理局としても決して情報を軽んじている訳ではない。知っていれば避けられる危険に正面から挑むなど愚の骨頂、ましてやそれが一つの次元世界を丸ごと飲み込む可能性が常に付きまとうロストロギアとなれば尚更だ。
 だが、実状として人的資材は有限で、ロストロギアの絡まない犯罪グループへの対応(事件の大半はこちらだ)や自然災害に対する救助など、損耗が生じる戦闘要員や救助隊に配属するための新人育成に力を入れるのは必然と言えるだろう。また、管理局への入局を希望する十代の若者達は、どうしたところで花形である前線部隊に憧れる傾向があるため、ある種裏方的な司書を入局当初から希望する者は多くないのだ。

 そういった事情から長きに渡り限りなく放置に近い状態だった無限書庫だが、半年ほど前に入局した一人の少年の功績により、全体量からすればカタツムリの如き微かな、それでも、それまでと比べれば劇的と言える速度で分類が進み始めた。
 それまでの検分は、魔法により文章の吸い出しと同時に翻訳した圧縮データを脳へと転送するという物だった。(勿論、司書の中にはこの魔法の使えない低ランクの者やそもそも魔導師でない者もおり、そういった者達は地道に手にとって自前の知識で翻訳しながら分類するか、分類作業以外の運搬などを行う)
 厚さが5cmはある本を僅か数分で読み解き、内容に合わせたタグを貼り、所定の棚へと移動させるのだから、手にとって読み説くのに比べれば凄まじい処理速度と言えるだろう。
 だが、それだけのスピードを持ってしても配属されている職員の数では、平均して毎分数十冊のペースで増え続ける書物には追いつけなかった。
 ところが、執務官クロノ・ハラオウンに見出されたその少年ユーノ・スクライアが組み上げた検索魔法は、既存のものとは術式の成り立ちが根本から違っていた。単純に性能だけ比較すれば、術式の難度は低く、処理速度は格段に速いという冗談のような代物だったのだ。既存の魔法が起動出来ない低ランクの司書の中にもこちらの魔法なら使える者が何人も出たほどだ。

 人数さえ揃えれば人海戦術で書庫中の全ての本を短期間で分類出来るのではないか?

 魔法によって十数冊の本を自身の周囲に浮かべ(これは無重力だからではなく魔法の機能の一環)、手を使うことなく全ての本を同時にめくり、目を使うことなく文字を読みとるユーノの姿は、危険なロストロギアに携わる局員にそんな希望を抱かせるのに十分だった。
 しかし、世の中はそれほど都合良く出来てない、という事実を突きつけられるのに時間は掛からなかった。
 確かに彼のもたらした検索魔法は既存のそれに比べて圧倒的な性能を誇る物だったが、凶悪な破壊力を持つ攻撃魔法や堅牢な防壁を生成する防御魔法と同様に、その検索魔法も使いこなすには使用者に相応の能力を要求する事に変わりはなかったのである。
 複数の魔法を同時に立ち上げる為に必要なマルチタスクは上位の魔法戦闘における必須技能ではあるが、実際のところ、完璧な並列思考を必要とする時間は多くない。デバイスが魔法処理を補助してくれるというのもあるが、複数の魔法の使用が『同時発動』ではなく『順次発動』である事が大きいだろう。発動直前まで処理した術式を己の内側で圧縮保存しておき必要な場面で解凍するという方法を採る事で、負担を極力減らす事が出来るのだ。
 それに対してこの検索魔法は、魔法そのものの負担は非常に小さいのだが、本の内容を検分する負担が同時処理する本の数だけ倍加ではなく相乗して増えた。全く別の分野の複数の本の内容を同時に把握するために、思考を強制的に分割する術式が含まれているのが原因だ。
 これは欠陥と言うよりは当然の帰結だろう。同時に処理する本の数だけ分割された思考で圧縮された情報を検分するのだから、負担にならない訳がないのだ。
 勿論、攻撃魔法の様に、複数の本の内容を同時に抽出したとしても、順次解凍・検分すれば負担は減るのだが、それでは作業効率上あまり意味がなかった。圧縮されていようとも本の情報量はそれなりの大きさがあるため、一時保存するだけでも脳の容量を圧迫してしまい、検分作業に使用出来る要領が減って作業効率が落ちてしまうのだ。
 同時読み取りによる時間短縮と検分の処理時間のバランスからすればAランク魔導師でも5・6冊くらいが同時処理数の限界だった。
 当然、と言うほど高ランクであるからという理由だけで適正を無視して戦闘部署に放り込んでいる訳ではないのだろうが、司書に配属されている局員にはユーノと比肩するほどの魔導師はいなかった。

442 小閑者 :2018/06/04(月) 00:24:58
 先に述べた通り、ユーノの検索魔法が劇的な加速を促したのは疑問の余地のない事実だ。また、半年の間に何度も見直し改良した結果、更に無駄を省かれ便利な機能を付加されてとバージョンアップを繰り返されてきた。
 だが、それでも漸く書庫の収集速度と拮抗するのが精一杯、一人でも欠員が出来れば追いつけなくなってしまう状態だった。

 終わりの見えない作業は往々にして倦怠感を生む。投げやりな仕事は周囲を巻き込み堕落させる。
 司書達がそういったものに負ける事なくモチベーションを保ち続ける事が出来ているのは、偏に重要な仕事を手がけているというプライドと、司書同士の団結力・仲間意識だろう。それらはとても重要で、良い仕事をする上では不可欠と言っても過言ではない。
 だが、薬も過ぎれば毒となる。
 何事にも加減は必要なのだが、若い者ほどそれが出来ずにワーカーホリックと呼んでも差し支えない状態になる傾向が強かった。
 それにプラスして、自分の仕事量が平均的な能力の司書数人分だと自覚しているユーノは、特に酷い状態だった。

「ふぅ…、漸く終わった。
 …さて、次は」
「精が出るな」
「!?」

 検分を終えた本を所定の棚へと仕舞い終えて、未分類の区画から次の蔵書を取り出そうと振り返ったユーノの眼前には、今この時には見たくない顔が浮いていた。
 思わず引き吊った表情を誤魔化すために、ユーノは敢えてありきたりな苦情を口にした。

「恭也。
 突然現れるな、なんて贅沢は言わない。
 せめて、上下逆さまは止めてよ。心臓に悪い」
「無重力なんだから茶飯事だろう?」
「魔導師じゃない人もいるから確かにそうだけど、普通は近づく前に声を掛けるのが礼儀だよ。そういう人は止まれないしね」
「お前以外にはそうしよう」
「僕にもそうしてよ!」

 50cmと離れていない空間に顔の高さを揃えて上下逆さまに佇むのは、言わずと知れた仏頂面だ。
 ユーノは恭也の足下を見上げ、予想通りに足場しかないことに嘆息した。
 無重力の空間では接地した反動で体が流れてしまうため足だけで着地するのは不可能に近い所行のはずなのだが、自分で生成した何の機能も付加されていない円形の力場に平然と立っている辺り、理不尽さは相変わらずのようだ。
 どうやってここに辿り着いたのか見ていないから、別の力場に手でしがみついて動きを止めてから、さも足だけで着地した様に見せかけている可能性が無いではないが、この男に限ってそういった小細工をするはずがない、と言う奇妙な信頼があった。

「人の顔を見て溜め息を吐くとは失礼極まりないな」
「見たのは足下だよ。
 相変わらず物理法則を無視してるね」
「魔法使いに言われる筋合いは無い。
 いい加減、喋りにくいから外に出るぞ」
「僕、仕事中なんだけど?
 向きを合わせるくらいで勘弁してよ」
「重力の無い空間に長居して筋力が落ちたらどうしてくれる?
 さっさと出るぞ」
「ちょっ、仕事中だってば!
 どうせ用事なんて無いんでしょ!?」
「ある」
「え!?そ、そうなの?」

 ユーノが驚くのは無理もないだろう。こうして仕事中に恭也が乱入して来た事は過去に何度かあったのだが、本当に用事があってやってきた事はなかったのだ。
 更に言うなら、勤務時間中に、しかも忙殺されている人間を連れ出すとなればかなりの大事だろう。
 だが、書庫の内外は空間が歪んでいる関係で念話が通じないが、緊急の用事なら出入り口で機械的な通信が取り継げるようになっているので急を要する内容ということは無いはずだ。
 そもそも地球に住んでいる恭也が、わざわざ無限書庫まで来て直接顔を合わせる必要があるほど重要、それでありながら緊急ではない用事、というのがユーノには思い浮かばない。

「ハラオウンとの模擬戦まで暇を潰す必要がある」
「どんだけ理不尽にしたら気が済むの!?
 わわ、聞く気も無しか!
 ちょっ、誰か助けて!」

 首根っこを捕まれて出入り口に向かって足場を蹴った恭也に誘拐されそうになったユーノは、身近に居た司書に向かって声を張り上げて、はっと息を飲んだ。

443 小閑者 :2018/06/04(月) 00:26:13
 団結力が強いという事は当然互いをよく知っていると言うことだ。ましてや新参者とは言え能力が高く一目も二目も置かれているユーノを知らない者はいない。
 先程思わず飛び出した『助けて』と言う言葉は予想外に切羽詰まった口調になっていた気がする。ひょっとしたら本当に一大事と思って助けようとしてくれるかもしれない。
 無論、ろくな戦闘訓練などしていない司書が総出で立ち向かっても恭也に触れる事すら出来ないだろうし、仲間を想って襲いかかる彼らに恭也が手を出すとも思わない。だが、彼らは恭也を『敵』と認識するだろう。
 色々と理不尽な目には遭わされるが、それでもユーノは恭也を友人だと思っているし、司書達の事は仕事の同僚以上の信頼を置けるようになった大切な仲間だ。
 後で仲間達の誤解を解くにしても完全に蟠りを無くす事は出来ないかもしれない。仲間と友人に無意味な溝が出来る様など見たくない。
 瞬時にしてそこまで思考して、表情を強ばらせたユーノの視線の先で、1人の小柄な少女が振り返った。
 ユーノもよく知るその女の子は、歳が近いためか普段から自分の事をなにかと心配して世話を焼いてくれる少女だった。
 普段であれば穏和で控えめな性格がそのまま顕れているような優しげな瞳が、今は驚きに見開かれていた。
 ユーノが慌てて前言を撤回しようとするが、少女は普段のおっとりした言動が嘘の様な素早さで、声が遠くまで届くように左手を口元に添えて、

「いってらっしゃーい」

にこやかな微笑みと共に、右手を小さく振りながら見送ってくれた。

「うらぎりものぉぉおおぉぉー!!」

 ユーノの悲痛な叫びは、無限の空間に木霊しながらいつまでも響き続けたらしい。






「…で?」

 半眼で睨むユーノに怯むはずもなく、常の通りの眼差しを向けることもなく恭也が聞き返す。

「で、とは?」
「そこでそうして釣り糸を垂らしてるだけなら、僕を連れてくる必要なんてなかったよね?」
「スクライア、自分を卑下するのは良くないな。
 お前は居てくれるだけで十分だ」
「なんか良い事言ってる様に聞こえるけど、騙されないからね!!」
「めんどくさい奴だな。
 これほどの陽気の日に穴蔵に籠もってたらもったいないだろう。連れ出してやったんだから感謝しろ」
「頼んでもなければ喜んでもないからね!
 もう…、勘弁してよ」

 どこからともなく用意した釣り竿を構えて背を向ける恭也に、何を言っても無駄と悟ったユーノは、両腕を大きく上げて伸びをしながら後ろへと寝ころんだ。
 風に揺られて瞬く木漏れ日に目を細めながら見上げた空は青く澄み渡り、吹き抜ける風は程良く涼しい。少々悔しくはあるが、確かに心地よい陽気と言えるだろう。

 2人は無限書庫から徒歩で5分と離れていないところを流れる小川の川辺にいた。
 大した川幅もなく、緩やかな流れで水は綺麗に澄んでいる。堤防代わりの土手は低く、短い下草と適当な間隔で植えられた街路樹が作り出す木陰は、時空管理局の本局の近くだという事を忘れられるほど牧歌的な雰囲気を醸し出していた。
 もしかしたら殺伐とした事件に携わる局員を癒すために作られた人工の川なのかもしれないが、そうであるなら十分に役割を果たせているだろう。
 たまに散歩道として整備された土手の上を管理局の制服を着た者が通り過ぎる。場所が場所だけに私服姿のユーノ達の方が場違いではあるのだろう。
 尤も、人通りの多いエリアに建設された本館側とは違い、無限書庫は本局扱いではあっても一般人どころか局員自体も外からやってくる事がない(用事のある者は転送ポートで直接、書庫の通用施設に入る)ため少々辺鄙な場所にある。つまり、今ここらを歩いているのは、気分転換するだけの余裕がある局員だけで、本当にそれが必要なはずの者達はここにはいないのである。それこそ、仕事を中断させてまで引っ張り出すような、強引な悪友でもいない限りは。

「…言っとくけどね、恭也。
 今日は、ちゃんと宿舎で寝てきたんだからね?定時に出勤したから、まだ6時間くらいしか勤務してないんだよ!」

 諦めたはずなのにユーノの口から不満がこぼれる。

444 小閑者 :2018/06/04(月) 00:27:37
 実力行使は現実的ではないと承知しているために、せめてもの抗議行動と言ったところだろう。本気で抵抗すればいかな傍若無人な恭也であろうと無理強いはしない(はず)だろうが、以前に限りなく不眠不休に近いペースで20日間ほど無限書庫に立て籠もっていた実績があるため、あまり強くも言えないのだ。
 別に、ユーノも好き好んでそんな無茶をした訳ではない。無限書庫が当初の期待通りにデータベースとして機能し始めたと知れ渡りだしたために、書類の検索依頼が殺到したのが原因だ。
 本来、従事する人員のキャパシティをオーバーする仕事量が来た場合にそれを調整するのは上長の仕事だ。だが、これまでまともに機能してこなかったデータベースとしての『無限書庫』という部署は、当然、内部の機構もほとんど機能しなかった。いや、努力はしていた様なのだ。ただ、それまでは期待されていなかったために、依頼自体がほんの僅かしか来ていなかったのだ。当然、交通整理に慣れる機会もなく、突然の依頼殺到に対応できるはずもない。要するに、こちらもキャパオーバーだったのである。
 勿論、何事も出来る事と出来ない事は存在する訳で、ユーノ達も早々にギブアップするべきだったし、実際にそうしようとしていた。だが、そのタイミングで、いつまでも出てこない資料の催促に自ら乗り込んできた高官の不適切な発言に、ユーノがキレた。
 元来、温厚なユーノではあるが、連日の過剰労働で疲労がピークに達しているところへ仲間への暴言が追い打ちとなり、理性が跡形もなく崩壊してしまった。残念な事に彼を止められる者もいなかった。それまで日陰者扱いされていた鬱憤も手伝って、司書一同が一丸となって暴走してしまったのだ。方向性が暴力行為ではなく仕事だったのは不幸中の幸いと言えるだろう。
 因みに、その事態は、どこからともなく現れた黒尽くめがユーノを制止することで収束した。一緒に暴走していた司書達も、先陣を切って突っ走り続けたユーノが不在となったために瓦解した、と聞いている。
 伝聞なのは、ユーノ自身は見ていないからだ。理由は至って単純で、恭也の制止が、物理的な方法だったからだ。問答無用で一撃入れて意識を刈り取り、宿舎に放り込んでいった、らしい。
 正直、疲労困憊だったためユーノの記憶に残っていない、と信じている。…決して、暴徒を鎮圧するための見せしめに、記憶が飛ぶほど凄惨な手段を選んだりはしていないと思う事にしている。
 この辺りの経緯は先程書庫で見送ってくれた少女から、丸2日間死んだように眠った後に聞かされたものだ。自分だって疲れているであろうに看病してくれていたというのだから心優しい少女である。目を覚ましたユーノを見て、『生きてて良かった!』と泣き出した辺りに激しく不安を駆り立てられるのだが、精神衛生上、彼女の心配の原因が、制止方法にあったのか、文字通りに死んでるようにしか見えないような眠り方だったからなのかは聞かない事にしておいた。どちらも大差がないと言われればその通りなのだが。
 あまり思い出したくない出来事を回想していたユーノに、どうでも良さそうなのんびりとした口調の答えが返ってきた。

「お前の仕事ぶりなぞ、知らん。
 1人で釣りをしていて不審者扱いされたら面倒だろ?」
「身元保証用!?危険を犯してまでこんなところで釣りする必要なくない!?」
「馬鹿者、要不要とは関係なくやりたい事を趣味と呼ぶんだ」
「他人の仕事邪魔してまでやらないでよ!」

 確かに、周囲には無限書庫以外に施設どころか民家すらないのだ。釣りをするにしても、職員以外がわざわざ無限書庫の傍まで来るのは不自然ではある。正式に入局したなのは達とは違い、恭也は学校があるため事件の起きていない期間まで常時嘱託扱いされている訳ではないので、その肩書きも使えない。
 実際に職務質問されたとしてもクロノなりリンディなりの名前を出せば、確認して無罪放免にはなるだろうが、居候している身としては家主に余計な手間を掛けさせたくはないのだろう。
 ここで言い負かさなければ逆に自分の負けが確定すると気付いたユーノが畳みかけようと口を開くが、タッチの差で恭也から反撃がきた。

「うるさい奴だな、魚が逃げるだろ。
 そもそも、2日間貫徹した後に2・3時間の仮眠を済ませたらたまたま定時の出勤時間だったからといって自慢になるか」
「ッ!?
 …変な言いがかりはやめて貰いたいな」
「なるほど、3日間だったか」

 エスパーッ!?という叫びは何とか抑える事に成功した。絶句してしまったので図星だとは気付かれたろうが、どのみち隠し通すのは無理だったろう。

445 小閑者 :2018/06/04(月) 00:29:10
 先程の状況を思い出せば、にこやかに見送ってくれた少女が内通者なのではないかという疑惑が浮かびそうなものだが、ユーノには身内を疑うという発想がないらしい。『恭也なら何でもあり』という刷り込みも一役買っているのだろうが、本当に彼女が内通者だったとしても、恐らく、本人が告白するか現場に遭遇するまで気付かないのだろう。
 尤も、超過勤務の後だからと言って自由気ままに休みを取っても良い訳ではないので、ユーノの勤務状況を引き合いに出しても恭也の行動が正当化される訳ではない。単に心配を掛けていると言うユーノの罪悪感と押しの弱さが敗因なのだ。
 とは言え、屁理屈では勝てそうにないと悟ったユーノは、短く嘆息するとそのまま後ろ向きに倒れ込んだ。

 駆け抜ける風が木陰を作ってくれている木の葉を優しく揺らし、木漏れ日が瞬く。
 木の葉のさざめきに、遠くから響く野鳥の鳴き声が重なる。

 頭の後ろで組んだ両手を枕にして草原に寝転がっていると、少々癪ではあるが、牧歌的な周囲の様子に気持ちが落ち着いていくのが分かる。
 あの時ほどではないにせよ、確かにここのところ仕事漬けの日々が続いていたため、精神的に疲労しているのだろう。
 それはそうだろう。
 初心者だったなのはに魔法の手ほどきをしたり、フェイトの裁判の手伝いをしていた半年前とはかけ離れた状況だ。
 一族と共に遺跡調査をしながら、これが生涯をかけた仕事になるのだろうと漠然と考えていた一年前には想像もしていなかった生活だ。

「世の中は『こんなはずじゃなかった』事ばかり、か」

 知らず、口からこぼれた言葉に苦笑が浮かぶ。生活様式が変わった程度で何を言っているのやら。
 抜けるような青空から、泰然とした背中へと視線を移す。同じ年頃の少年とは思えないほど落ち着き払ったその後ろ姿は、並の武装局員を圧倒する実力を備えたなのは達が恭也という存在を心の拠り所にしている理由として上げても、十分な説得力を有しているように見える。
 だから、だろうか。

「僕ね、時々考える事があるよ。
 僕は、なのはの人生を歪めちゃったんじゃないかって」

 そんな、罪の告白めいた事を口にしてしまったのは。

「もしも、この次元世界に来るきっかけになったジュエルシード…ロストロギアを発掘していなかったら、あるいは、それを事故で紛失していなかったら。
 落ちた先が地球じゃなかったら。
 僕に独りで回収出来る実力があったら…
 そのどれか一つでも出来てたら、なのはは普通の女の子でいられたんじゃないかって…」

 風が下草を揺らし、葉擦れの微かな音が耳に届く。
 風が通り過ぎるまで待っても恭也が反応する様子がなかったため、ユーノはもう一度空を見上げた。
 聞こえなかったのだろうか?
 どうにもならない事だと承知の上で口にした愚痴のようなものだから、それならそれで構わないけれど。

「無意味な仮定だな」

 辛うじて聞き取れる程度の呟くような口調で返された言葉に、弾かれた様に身体を起こして恭也を見やる。
 釣り糸を垂らすその後ろ姿には何の変化も無いように見えた。だが、普段の口調が感情を持っていた事に気付かされるほど、いつも以上に抑揚のない平淡な言葉を聞いて、ユーノは漸く自分の過ちに想い至った。
 闇の書事件に関わった者の中で、最も多くのモノを失ったのが誰だったのかなんて、確認するまでもなく分かっている事なのに。
 だが、ユーノが焦りながら掛けるべき言葉を探すのを恭也は待ってくれなかった。

「時間を巻き戻す手段が無い限り、いくら考えたところで何も変わらない。
 だが…、二度とやり直せないからこそ、無駄と知りつつも考えてしまうんだがな。
 取り返しのつかない事であるほど。
 失ったモノが大切であるほど」
「…ゴメン」

 ユーノは脳裏に浮かぶ言い訳じみた言葉の羅列を全て追いやり、シンプルな謝罪の言葉だけを口にした。社交辞令的なやり取りが有ると思っていた訳ではないが、恭也が沈黙した事に少しだけほっとする。その言葉すら受け取って貰えないかもしれないと考えていたが、杞憂に終わったようだ。

446 小閑者 :2018/06/04(月) 00:31:26
 だが、気まずさを誤魔化すために別の話題を探そうとしたユーノは、ふと浮かんだ疑問を確かめるようにもう一度恭也の様子を伺った。
 聞き流せば済んだ話題にわざわざ返事をしたのは、もしかして、そう言う理由なのだろうか?だとしたら、遮るべきではなかったのかもしれない。
 いくらかの迷いを残しながらも、ユーノは今度こそ恭也へ問い掛けた。

「気に障ったら謝るけど…、恭也も考えたこと、あるの?」
「当たり前だ」

 即座に返された言葉をユーノは驚きと納得を等量に感じつつ聞き入れ、そのまま続きを待った。
 それ以上、黙して語るつもりがないならそれでも構わなかった。ただ、先を促す事はせずに、もう一度仰向けに寝転がり身体から力を抜いて揺れる木の葉を眺めた。
 絶える事のない川のささめきが、静寂を優しく満たす。
 逡巡なのか、葛藤なのか、恐怖なのか、苦悩なのか。
 胸に何かが去来していたであろう事がわかる沈黙の後、それが何であったのか推測出来ないくらいに静かな声がユーノに届いた。

「俺が飛ばされた時、元居た世界では親族の結婚式の準備中だった。
 可愛げなんて欠片ほども無い子供にも優しく接してくれるような人達が、漸く結ばれようとしていた大切な日に、事故が起きた。いや、正直、事故と呼んで良いのかどうかも分からない。魔法の範疇にすら含まれないような異質な事態だったように思う。
 なんにせよ、俺など足元にも及ばない様な実力を持つ人達が全員同時に、成す術も無く生命を落とすような異様な現象が起きたんだ」

 思い出すのも辛いのだろう。そこまで話した恭也は、言葉を切ると懺悔でもするように僅かに俯いた。
 それでも、ユーノは口を挟む事無く寝転んだまま黙って空を眺め続けた。

「もしも、あれを未然に防ぐ手段が有ったら。
 その時に戻って危機を知らせるだけでも良い。
 そうすれば、誰も死なずに済んだだろう」

 それは、誰もが考える事だろう。考えてもどうする事も出来ないと知りつつ、考えずにいられない事だろう。
 やり直しの利く事は意外と少ない。いや、実際には事態を修正するのであって、時間を戻せない以上は本当の意味でやり直す事など出来ない。
 それを理解しているであろう恭也に対して、ユーノには掛ける言葉が無い。期待されてもいないだろう事も分かっていたから、ただ黙って聞き続ける。

「だが、そうなっていたら、俺はこの世界に来る事はなかっただろう」

 続く恭也の声音に苦みを感じ、ユーノが僅かに目を見開いた。

「先の事件で、俺は事態に干渉した。
 それにどれほどの意味があったのかは分からない。
 お前も、なのはとフェイトも、ハラオウン達も居た以上、俺がいなくてもあの事態は何かしらの形で終結しただろう。
 もしかしたら、俺が関わらない事で、思いつく限り最良の結末を迎えたかもしれない。
 だが、同時に、想像するのもおぞましい、最悪の結果に至る可能性もある。
 そう考えると、とてもではないが俺にはやり直す気概なんて持てそうにない」

 嬉しい事も悲しい事も辛い事も織り交ぜて、積み重なって、今がある。
 仮に、過去を全てやり直す手段があったしたとして、それが悪い過去であったとしても、変えてしまえば今ではない今になる。

「死んでいったみんなに恨まれたとしても、今の俺には『やり直す』という選択肢を、選ぶ事が出来ない。
 …俺は、やり直す手段なんてものが存在しない事に救われているんだ」

 罪の告白。
 これは、そう言えるのだろうか?
 恭也がそう思っているなら、そうなのだろう。
 でも、ユーノには、恭也が亡くなった人達の死を受け入れた、という事だと思えた。
 シグナムが言っていた。自分や不破恭也は、例え人類全てを敵に回したとしても、守ると決めた人のために戦うのだと。ユーノも、きっとその通りなのだろうと思う。
 自分より強いかどうかとは関係なく、恭也にとって家族は守るべき大切な人達だったのだろう。恐らく、生きていれば、いや、死んだと確信出来ていなければ、管理局がどれほど優遇しようとも元の世界に帰る手段を探し続けていると思う。
 あるいは、世界に『やり直す手段』が存在していたなら、恭也は優先順位を入れ替えたりせずに、はやて達を切り捨てていたのかもしれない。
 でも、現実は、恭也の言葉通りだ。

『そんな仮定に意味はない』

 恭也は、辛く悲しい現実をちゃんと受け入れたのだ。

447 小閑者 :2018/06/04(月) 00:33:26
 そんな彼の抱く罪悪感は、理性に抗う感情の叫びなのだろう。感情を律する事に長けていようとも、その理性を越えて恭也を突き動かす力も感情なのだから。
 そんな内罰的な友人の負担を少しでも軽く出来ないかと思い、ユーノは思考を巡らせた。

「…僕は、君の家族を知ってる訳じゃないけど、君を通してその人達の事を想像する事は出来るよ」

 恭也から制止されない事を肯定と受け取り、言葉を継ぐ。

「確かに、君の言った事は生者の理論だ。『死人に口無し』と同程度の勝手な話だ。
 事故に巻き込まれて死んだ人達だって、死にたくなんてなかったはずだからね。
 多くの人は、やり直す術があるなら、未来がどう変わろうと自分が死なない様にやり直して欲しいと願うと思う。
 でも、きっと君の家族は、例え見え透いたやせ我慢だったとしても、見栄を張って言うと思うよ。『やり直す必要なんて無い。掴み取った結果に胸を張れ』って。
 …君が、言いそうだからね」

 その言葉を最後に、一人は背を向け川面を見つめたまま、一人は寝転び空を仰いだまま、時の流れに身を委ねた。

 恭也からこんな話を聞く事になるとは思ってもいなかった、それがユーノの正直な感想だった。
 自分の中に抱えきれなくなったのか、パンクする前に意識的に他人に話して発散するべきだと判断したのか、弱みを晒すだけの強さが身についたのか。その相手が自分だった理由すら分からない。
 ただ、分からない事だらけではあったけれど、変わった事は、あるいは変わろうと努力している事は恭也にとって良い事だと思えたから、それを指摘して、また同じような状況を迎えた時に話し難くなる様な事はしなかった。




 どれくらいそうしていただろうか。
 ユーノが久しぶりに訪れた何も考えずにボーっとしていられる時間に気が緩んでウトウトし始めた頃。

「そろそろ良い時間か」

 そう言って恭也が釣り竿を仕舞いにかかった。
 ユーノが慌てて身体を起こすと、竿から外した釣り糸を小さく纏めて懐へ仕舞うところだった。
 その余りの手際の良さに浮かんだ疑問を、ユーノはそのまま問い掛けた。

「結局、釣れなかったの?」

 別に揶揄するつもりはなかったが、釣果があれば、当然魚をどうにかする必要があるはずなのにそれらしい素振りは無く、そもそも魚を入れるための容器すら見当たらないのだ。
 釣りの間ほとんど身体を動かしていた記憶がないので、キャッチ&リリースと言う訳でもないはずなのだが。
 その問いに対する恭也の答えは実に簡潔だった。

「ああ、針を付けてないからな」
「…はぁ?」

 理解が追い付くのに一呼吸分の間があったユーノを責める者はきっといないだろう。
 見栄を張って釣れなかった言い訳をするならもう少しましな理由を選びそうなものだ。そういえば、竿から外した糸を速攻で懐へ仕舞う動作には針を取り除く作業が抜けていた気がする。

「針を付けずに釣りになるの?」

 ひょっとして、糸で魚を絡め取るとか?
 まさか。
 いやいや、でも、恭也だよ?

「魚が釣れようがないんだ、釣りとは言わんだろ」

 至極常識的な回答が得られた事に違和感さえ覚えつつも安堵したが、結局最初の疑問に戻ってしまう。

「それじゃ、一体何してたの?」
「川面を眺めてると落ち着くんだ。
 なのに、ただ眺めてたら補導されかけた事があってな。やたらと悩み相談を申し出られて難儀してからは、こうする様にしている」
「あー…」

 健全であれば表情豊かであろうこの年頃の少年が、無表情に川面を眺めていれば心配されるのも無理もないように思う。
 釣る気が無いから竿にも強度は要らない訳で、伸縮型の指示棒の様な物を縮めて懐に仕舞うと恭也が立ち上がった。

448 小閑者 :2018/06/04(月) 00:35:15
「そろそろハラオウンの様子でも見てくるか」
「通信すれば良いんじゃない?」
「急かしたせいで仕事が疎かになったなんてケチを付けられては叶わんからな。終わってなければそのまま帰る」
「どうせする事が無いなら終わるまで待ってあげたら?」
「それも急かしてるのと変わらんだろ」

 そういうものだろうか?
 まあ、分かり難いながら、恭也なりに気を使ってるんだろうと納得してユーノも立ち上がり、大きく伸びをして眠気を払う。と、恭也に見つめられている事に気付いた。

「え、何?」
「お前、最近、模擬戦どころかまともに鍛錬もしてないだろう?少々惜しいと思ってな」
「あー、まぁ、ね?
 でも、攻撃魔法の適正も無いから惜しんで貰うほどの事でもないよ」

 ユーノの作り出す防御壁や結界はデバイスを使用していないのが嘘のように性能が高い。今までにもそれを見た者達の中の何人かには、スクライア一族の1人として考古学の世界に埋もれさせるのを惜しまれた事があった。
 だが、正直に言えば、考古学の仕事が楽しかったユーノはそれを低く見られているようで面白くなかった。当然、そんな連中の誘いに乗る気にはならず、今のと同じ内容の説明で全て断ってきた。
 攻撃魔法を使えないと知った時点で、戦力として期待して誘ってくる大半の連中が興味を無くすため使い回していた言い訳だったのだが、こんなところでも恭也は標準に収まってはくれなかった。

「年明けの模擬戦で俺の攻撃を悉く退けておいて、よくもそう白々しい台詞を吐けるな?」
「え、いや、それは相性の問題でしょ?」
「相性で言うなら、掠るどころか余波に煽られる程度で戦闘不能に追いやられる様な攻撃魔法を連打してくるなのはやフェイトの方が余程悪い。天敵と言っても過言ではないほどだ」
「いや、でも、僕は盾の中に閉じ籠もってた様なものだし」
「ほう。
 つまり、性能の高い盾を持ったくらいで安心してる様な輩を攻めあぐねるほど、俺が温い鍛え方をしてると、そう言いたい訳か?」
「アッ違う、違うから、訂正するから指を構えないで!デコピンはイヤぁーーアガッ!?」

 懇願も虚しく、額を押さえてうずくまるユーノ。
 ユーノを勧誘してきた者にも、少数ではあるが補助魔法の重要性を理解している者もいたが、そういった者たちでも魔法の性能に注目してもその運用に着目する事はなかった。レベルが上がると同じ魔法であっても自分なりにカスタマイズするのが一般的であるため、魔法の威力と運用を総合して『性能』と考える傾向があるのも要因だろう。
 恭也の感想は魔法に慣れ親しんでいないからこそ、とも言えるのかもしれない。
 尤も、これは一概に見る者の着眼点だけの問題とは言えなかった。なんせ、平均的な強度を持った防壁を紙の如く突き破る威力のなのはの砲撃にさえ、耐えてみせる防壁である。攻撃側に余程の技量がなければ、本人の言葉通り、盾の内側に隠れてやり過ごせてしまうのだ。

「別に無理強いして戦場に引きずり出すつもりは無いから無意味な言い訳をするな」
「うぅ…、だからって、これは酷くない?」

 効果が無いと知りつつも恨めしげに睨んでしまう。当然、恭也の表情筋は1mmたりとも動かなかった。
 ユーノは溜め息を吐くと話題を変えることにした。 

「でも、恭也が自分を基準にして評価するなんて珍しいね。『恭也の攻撃を退けたから僕が強い』って事は『恭也が強い』って事が前提でしょ?」
「単に『自分自身』が一番身近で正確な『物差し』だから引き合いに出しただけだ。
 それに、俺を封じたから強いと言った訳でもない。理不尽な攻撃力を持ちながら扱いきれていないなのはやフェイトよりもお前の方が戦い方を知っていると言ったんだ。
 攻撃魔法の活用の仕方で基準にするならハラオウンの方が適任か。
 あいつ等は出力でも魔力容量でもハラオウン以上なんだ、対戦して敗北する度に運用の不味さが浮き彫りになる」

449 小閑者 :2018/06/04(月) 00:35:59
 トップクラスの魔導技能を身に付けたなのはとフェイトをバッサリと切って捨てるのは、彼女達以上のハイランク魔導師以外では恭也くらいのものだろう。最下位ランクでありながら口先だけの評論家ではないという矛盾した事実にどうしても苦笑が浮かぶ。

「そこは、出力が劣るのに優勢を保てるクロノを誉めるところだよ。
 相変わらず恭也はなのは達に厳しいよね」
「…そうかもな」

 尤も、魔法的な劣勢を覆すその最たる者が、最下位の魔導師ランクに位置しながらなのは達をあしらい続けている恭也自身なので、彼の性格的に自画自賛に繋がるような事は口にしないだろう。まあ、劣勢を覆す方法が人外の運動量、及び身体技能なので適していないかもしれないが。

「だが、あの幼さであれだけの力を持てば慢心しかねない。あれだけの才能が潰れてしまうのは惜しいし、…何より、そんな姿は見たくない。
 いつまで出来るかわからんが、天狗にならん様にせいぜい立ちはだかり続けるさ」
「…まったく。君だってたいして歳は変わらないっていうのに。
 あんまり無理しないようにね?
 それに、きっともう必要ないと思うよ。はやても含めて、同い年で同じくらいの実力を持った子が身近にいるし」

 なにより、好意を寄せる相手を失望させたくはないだろうしね。

 胸中だけでそう付け足しておく。
 間違いなく彼女らの想いに気付いていない鈍い友人に対するささやかな報復と、彼女達のために、他人が余計な事を言うべきではないだろう。
 そんなユーノの思考を読みとれるはずもない恭也の関心は、言葉にされた内容に向いた。

「…同等の実力、ではないだろ。少なくとも今の時点では」
「そりゃあ、はやては覚え始めたばかりだから多少見劣りもするだろうけど」
「そうじゃない。気付いてないのか?」
「え?ってことは、なのはとフェイトの事?」
「ああ。
 半年前より改善されてきているが、なのはの戦術は近接メインの万能型、つまり対フェイト用に特化し過ぎている」
「え、そうなの!?
 いや、まあ、そうだと言われればそうなっても仕方ないだけの理由は思い付くけど…」
「まあ、それが目立つ様な相手と戦う機会が少ないから仕方ないか。
 俺も2人が出会った事件の経緯は聞いている。
 勿論、『そのせいだ』という表現は乱暴過ぎるのは承知している。一月半の間にそれまで見たこともない技術を曲がりなりにも形にしたんだ、寧ろ、『そのおかげ』と言うべきだろうな」

 フェイトが数年間かけて培ってきた戦闘技術を一分野に限定したとは言っても短期間で身に付けるのは簡単に出来る事ではない。幸いにも、敵がフェイト一人と決まっていたのだから、応用が利かない事を承知の上で狭く深く学ぶのは間違いではない。
 PT事件以降、他の戦術も身につけてきているはずなのだが、それでも追い付けていないのは戦闘というものの奥深さもさることながら、当時のフェイトを止めたいという必死で真摯な想いがそれだけ強かったという事なのだろう。
 尤も、それでも尚、アースラ所属のランクAの武装局員を圧倒出来る基礎能力の高さは才能としか言いようがないのだが。

「だが、だからこそハラオウンの様なオールレンジタイプの万能型は勿論、シグナムの様な近接メインの特化型にも、俺の様な魔導師以外の特異な型にも弱い」
「いや、奇想天外型の君に強い人なんていないから」
「ヴィータがフェイトと同じタイプだったのは幸運だったな。
 年末の事件で、なのはとフェイトのマッチメイクが逆になっていれば、結果は変わっていただろう」
「スルーですか。いや、良いんだけどね」
「勿論、本人も自覚しているようだし、努力を惜しむ性格でもないから、猛烈な勢いで他の戦術も身に付いてきているがな」

 そう締めくくったところで、恭也の携帯電話が初期設定のままであろう電子音を響かせ着信を知らせた。
 胸ポケットから取り出し、発信者を確認しつつ畳まれていた携帯を開くと、

「俺だ。終わったのか?
 …ああ、10分ほどで戻る」

簡潔な通話を終える。
 どうやら電話での会話が短いのは自分が相手の時だけではない様だとユーノが少々ほっとしつつ、非常に『らしい』やり取りに苦笑が浮かぶ。

「それじゃあ、僕も仕事に戻るよ」
「ああ、仕事にかまけてないでたまには顔を出せよ」
「努力するよ。
 恭也も次に来るときは事前に連絡してよ?」
「襲撃されて慌てふためく様な生活をしている方が悪い」
「う、クッ…
 そ、それでもさぁ――」

 そうして互いに言葉を交わしながら歩く姿は、付き合いの短さとは裏腹にとても馴染んで見えるものだった。

450 小閑者 :2018/07/10(火) 23:12:58
13.木霊



「…ああ、待たせて済まなかった。
 準備が良ければ訓練室まで来てくれ」

 恭也との用件だけの短い音声通話を終えたクロノが、地球の携帯電話が相手では機能しないために真っ暗なままの通信ウィンドウを閉じる。
 溜め息の様に小さく息を吐くクロノを見たエイミィがからかうように声を掛けた。

「緊張してるみたいだねぇ、クロノ君?
 ハンディキャップ無しの一対一じゃあ言い訳も出来ないし、管理局を代表する執務官としてはFランク魔導師の恭也君には負けられないもんねぇ?」

 ニヤニヤと形容出来そうなのに暖かみの溢れるエイミィの笑みに、クロノは迷った挙げ句、結局渋面を浮かべて反論した。

「確かに緊張はしているけど、別に負けるのが怖い訳じゃない」
「負ける訳がないって?」
「そんな訳があるか。
 恭也相手にそんなセリフを吐けるのは、彼の事を管理局基準のプロフィールでしか知らない連中か、身の程知らずの自信家だけだよ」
「じゃあ、負けるの前提なの?」
「それこそ、まさかだ。
 やるからには勝つために最善を尽くすさ。
 ただ、彼に負けるのを恥と思うほど彼の評価が低くないだけだ」

 言葉とともに表情が和らいでいくクロノを見て、エイミィの微笑も純粋なものに変わっていった。

「気遣ってくれて、ありがとう。
 でも、堅くなるほど緊張してるわけじゃないから大丈夫だ」
「え?…あ、や、…あはは、バレバレ?」
「流石にね。
 補佐官殿の恭也評がそれでは僕が困る」

 クロノの能力は極めて高い。
 それは、最年少で執務官に合格した事からも分かる通り、年代別に見てダントツ、とまではいかないまでもトップグループにはいる。年齢を除外して全体から考えても上位に位置する。
 そこには、重大事件の最中であろうとも、どこかに余裕を持てる精神的な強さも含まれているのだ。
 尤も、そんな事はエイミィとて百も承知している。補佐官を嘗めてもらっちゃあ困ります。

「まあ、どちらかと言えばそこまで余裕が無い様に見えた僕の方が問題だな」

 つまりは、そうと承知している彼女の目から見ても、今のクロノに余裕が有るようには見えなかったという訳だ。
 同意する様に苦笑した後で、気持ちを切り替えるために表情を改めたエイミィが素朴な疑問を口にした。

「でも、実際のところ、恭也君の強さってどこにあるんだろうね?
 確かに、魔法抜きで考えれば彼の身体能力はズバ抜けてるけど…」
「ズバ抜けてる、か。
 そんな控えめな表現では収まらないように思うけどな」
「まあねぇ。
 非魔法カテゴリーの超一流のアスリートが人類の最高峰って思ってたのに、次元を超えた上側にいる感じだもんね。身体を鍛え続けたら辿り着ける領域じゃないっていうか。海鳴のマンションでこないだ見たテレビ番組からすると地球のレベルも大体同じくらいだったから、この次元世界の基準がずれてる訳でもないし。
 でも、それでも魔法が使えない人に限定した場合だよね?本来は」
「本来は、ね」

 わざわざ強調するのは恭也の話題ではお約束だ。
 尤も、この場合の『本来』とは、どれほど高度な身体強化を施したところで肉弾戦ではAランクの魔導師にすら対等になれる訳がない、という意味だ。

451 小閑者 :2018/07/10(火) 23:13:35
「覚えてるか?事件中に、ロッテに恭也の戦い方を真似出来るか?って確認した事があっただろ?」
「あぁ、あったね。たしか、身体能力的には恭也くん以上だから再現出来るって言ってたよね?戦い方そのものは無理だとも言ってたけど」
「そうだ。使い魔は魔法生物だからな、言い換えれば通常の運動能力しかない魔導師であっても相応の強化を施せば恭也の運動能力を上回れる事になる」
「…嘘ばっかり」
「…あぁ、気付いてたか」
「気付いてましたぁ。恭也君の動きが使い魔なら誰にでも出来るってレベルじゃない事くらい。
 まぁ、アリアが無理だって言ってたからなんだけどね」
「言ってたのか?」
「言ってたのだよ。改めて強化魔法を掛けなければ自分には出来ないって。
 使い魔としては高位の存在なのに、ロッテには出来てアリアには出来ない。アリアだって身体能力は一般人を大きく上回るのに、パラメータの振り分けを魔導技能に多めに配分しただけで実行出来ないとか、どんだけデタラメなんだか…
 平均的な運動能力の人を恭也君並みに強化するなんて、それこそ高位魔導師の強化魔法じゃないと無理だよ?」
「そうだな。つまり、恭也は身体一つで高位の魔法と張り合える訳だ。
 これで恭也の強さの秘密の一端が分かってもらえたかな?」
「あっ、ずるーい…あれ?」

 軽く言いくるめられる事で納得仕掛けたエイミィだが、それ自体が誘導である事に気付いて辛うじて踏みとどまる。

「それじゃあ、身体能力が高いって話のままじゃん!」
「バレたか」
「バレいでか!」
「まあ、並みの使い魔よりも優れた身体能力というだけでも十分に自慢出来ると思うけどね」

 そう、恭也の戦闘方法の最も不可解な点は、肉弾戦で攻撃魔法を操る魔導師に対抗出来る点に尽きる。
 肉弾戦である以上、武器の届く距離まで接近しなくてはならない。
 そして、格闘をメインとする魔導師は魔法による高速移動で被弾を最小限に抑える努力はするが、どれほど優秀な魔導師であろうと被弾を0にする事は出来ないので、シールドやバリアジャケットといった防御技能が不可欠なのだ。

「あいつ、バリアジャケットはおろか、シールドすら張れないからな。肉体の強度自体は鍛えているとは言っても人類の範疇を出てないし」

 だが、恭也にはその不可欠なはずの防御技能、つまりは耐久力が無い。

「やっぱり、耐久力の無さをカバー出来るあの回避技能が恭也君の戦闘技術の要だよね?」
「そうだと言えばそうだ。
 だけど、ロッテほどのスピードがある訳じゃないのに躱し続けられる理由が説明出来ない事に変わりはないだろう?」
「そうなんだよねぇ。
 ホント、予知能力でもあるんじゃないか?ってほど悉く裏を掻いてくるし、後頭部に目が付いてるんじゃないの?ってほど周囲の状況を把握してるし。
 本人は『技術だ』って言い張ってるけど、体術として括って良いのか議論の余地があるよねぇ?」
「どちらかというと、『体術に含める』という結論の方が少数意見だと思うんだが…
 本当のところ、『ここが優れてるから』と明確に言えないのにこれだけの戦績を叩き出しているからこそ、君も頭を悩ませているんだろ?」
「そうなんだよねぇ」

 より正確な表現をするなら、恭也が意図して『優れた能力』を隠し通しているのだろうとクロノは考えていた。
 いくらなんでも突出した技能・能力もなしにあの強さが成り立つとは思えない。尤も、それが『気配探知』のように未知の技法である可能性は否定しきれないのだが。

452 小閑者 :2018/07/10(火) 23:15:10
「実際のところ、ロッテに限らず使い魔や身体強化に長けた魔導師の中には、単純な筋力やスピードで恭也君を上回れる人がいない訳じゃないんだけど、その人たちでも今のなのはちゃんやフェイトちゃんに勝てる人なんて多くはないだろうしね」
「2人共最近の上達ぶりは半端じゃないからな」

 よほど心身共に充実しているのだろう。それぞれの進路である執務官や武装隊・教導隊からも非常に有望視されているくらいだ。
 ただ、二人が突出しているだけに、同時期に入局した者にはプレッシャーになりかねない。

「はやてちゃんにはちょっと厳しいだろうねぇ。
 恭也君の事もあるし、リハビリで焦らないと良いんだけど…」

 闇の書の侵食から解放され、下半身の麻痺が解けたはやてではあるが、車椅子生活で衰えた足腰の筋肉を取り戻すには時間が掛かる。焦りから無理な運動を行えば、負荷に耐え切れず腱や靭帯、ひいては骨を痛めてしまう事も有り得る。
 そうならないためのリハビリなのだが、見識のある専門家の指示を仰がなければリハビリの運動そのものが害悪になりかねないのだ。

「大丈夫だろう。その恭也が親身になってリハビリに付き添ってるんだ」
「精神安定剤って訳だ。…元凶でもあるけど」
「良くも悪くも影響力は半端無いからな。その割に、相手によっては毒にも薬にもならないし」
「相手?」
「あいつ、学校では普段、気配を消してるらしいんだよ」
「あー、あの存在感の無くなるやつ?なんでまた?」
「え?…あー、流派の理念、と言うのが大きいんだろうな。
 目立てば標的になり易いし、『戦う者』だと知れ渡れば護衛などで警戒される。まあ、こちらは抑止力の意味では有りなんだろうが、護衛が就いていると知っても襲撃してくる連中は護衛の力量を見越して計画を立てて襲ってくる。勿論、十分に勝算があると判断してね。
 そうなると、銃器による武装もなしにあれだけの戦闘力があるんだから、御神流の剣士にはそうと気付かせずに備えさせて有事の制圧要因になって貰った方が効果が大きい。襲撃側の裏をかく意味でもだ。
 あとは単なる習慣だろうね。無意識のレベルで出来てこそ習得したと言えるんだろうし」
「ふ〜ん…
 でも、よくわかったね。恭也君が教えてくれる内容とも思えないんだけど。
 断定口調ってことは推測じゃないんでしょ?」
「未だにこの手の話は秘密主義だからな、あいつ。
 でも、今のは全部僕の推測だよ。なのは経由で士郎さんに裏付けは取ったけど」
「…え?答えてくれたの?どゆこと?『御神流』が秘密主義なんじゃないの?」
「うん、正直良くわからない。
 少し考えれば分かる様な内容だったんだし秘密にしなきゃならない訳でもない気がするから、恭也の線引きが厳しいだけって気もするし」
「あ、それは私も思うことあるよ。
 って言うか、恭也君のは隠す必要があってはぐらかしてるのか、悪戯の延長でからかいに来てるのか判断に迷う事が多いんだけど」
「それは僕も思う。
 ただ、士郎さんもうちの艦長に輪をかけて突き抜けた人だからなぁ。あの人はあの人で決して標準的な『御神流』じゃないんじゃないかなぁ」
「あ、あはは…」

 表面的には性格も言動も180度違ってるのに困ったところだけ『親子』な二人である。いや、クロノが接した限り、高町恭也氏はかなり常識人だったので血縁の問題ではないのだろう。実際、厳密には血縁じゃないんだし。

453 小閑者 :2018/07/10(火) 23:20:05
 そうして、苦笑を浮かべるエイミィを見て、クロノは心の中で安堵した。
 話の流れで思わず恭也が学校で気配を消している事を話してしまったが、なんとか誤魔化せたようだ。
 なんとなくエイミィには、恭也が学校で気配を消しているのが友好関係を広げないためであり、それは守るべき対象が増える事で戦いの最中に迷いが生じる可能性を減らすためだ、などとは知られたくなかったのだ。その考え方は既に短所というより人間性の欠点とか欠陥と呼べるレベルで、人によっては嫌悪してもおかしくはないだろうから。
 そんなクロノの思考が聞こえてでもいたかのように、エイミィが微笑を浮かべて冗談交じりに否定した。

「大丈夫だよ、そんなに警戒しなくても。
 無理矢理聞き出すつもりもないけど、ちょっとやそっとのことじゃ、今更恭也君を怖がったり嫌ったりはしないから。
 それとも、そんなに信用が無いのかな?私は」
「あっ、いやその、…すまない。決して信用してない訳じゃないんだ」
「フフッ
 冗談だってば。心配だったんでしょ、恭也君のこと。
 クロノ君はやさしーねぇ」
「っ!?」

 クロノはクスクスと笑いながら覗き込む様に顔を寄せてくるエイミィの柔らかな表情に心臓が大きく脈を打ったように感じた。
 頬の熱が頭にまで伝わったのか、思考が空回りを始める。役に立たない脳みそは頬が熱いと自覚出来ても反論を並べて話を逸らすこと自体を思いつくことがなく、それでいて恭也の考え方を隠そうとした本当の理由には思い至った。

 そうか。
 僕は、人の欠点に気付いて手のひらを返すように態度を変えるエイミィの姿を見たくなかっただけなのか。

 クロノの意志の強さを示すように、どれほどの困難にも揺らぐ事のない眼差しが常にはない光を湛えて見つめてくる。そう気づいたエイミィも、僅かに驚きに目を見張った一瞬の後にはクロノの熱病が感染したかのようにゆっくりと瞳が潤んでいった。

「邪魔するぞ」
「…え?」

 唐突に部屋に響いた第三者の声が、2人の思考を覆っていた霞を僅かに薄れさせた。
 今の声は、そう、恭也の声だ。
 エイミィも同じ結論に至ったのだろう、屈めていた姿勢を戻しつつ声のした方に身体ごと振り向いた。そして、エイミィが一歩脇に退く事で開けたクロノの視界の先には、扉を開いた姿勢の恭也が

「邪魔したな」

静かにスライドしたドアに遮られて見えなくなった。

「…え?」

 用事があって来たであろう恭也が、何の要件も告げずに退室したため不思議そうに2人で顔を見合わせる。
 頭の中で何かが鳴り響いてる気がする。…これって、ひょっとして警鐘?でも、一体何に対して?
 今一つ通常運転を再開してくれない脳みそを何とか稼働させて、先ほどの恭也の行動を思い出す。

454 小閑者 :2018/07/10(火) 23:20:57
 入室すらしなかったんだから退室じゃないな。じゃなくって、恭也は何をしにこの部屋へ…あ、模擬戦の約束してたんだ。あれ、…じゃあなんでUターンしたんだ?僕が一緒にトレーニングルームに行かなくちゃ始めようがないのに。立ち去ったということは中止と判断したのか?何故?…会話じゃないから…何かを見た?

 刻一刻と音量を増していく警鐘に追い立てられるように、もう一度先程の状況を思い浮かべる。
 恭也がドアを開けて再び閉めるまでの一連の流れを、頭の中で恭也の視点から互の相対位置や動作を正確に再現して、

 クロノの顔から血の気が引いた。

「ちょっ、待っ、きょきょきょきょうや!!待ってくれ!!」

 クロノの取り乱し様に驚き目を丸くするエイミィを置き去りにして、クロノがドアから飛び出したのは、携帯で通話している恭也の横顔が通路の曲がり角に消える瞬間だった。

「…ああ、漸く繋がった。
 いえ、忙しいところすみません、リンディさん」

 静まり返った通路の先から辛うじて聞こえた恭也の言葉に、背筋を冷たい汗が伝う。恭也が『艦長』ではなく『リンディさん』と呼ぶという事は、この会話は個人的な内容なのだ。
 恥も外聞も捨てて大声をあげてでも通話を妨害したいと思う一方で、事故に合うと分かっていても体が硬直して回避出来ないのと同じ様に、何故だか走る足を忍ばせて呼吸さえ止めて耳を澄ましてしまう。

「公務中でしょうから慎むべきかと思ったんですが、手短に要件だけでも伝えておくべきかと思いまして。
 今日の夕食には赤飯をお願いします」

『セキハン』が何かは知らないが嫌な予感しかしない。

「ああ、聞いたことがありませんか。
 日本で古くから、身内での祝い事に振舞われる料理です」

 そんな声に出してもいないクロノの疑問に、恭也が丁寧に答えてくれた。なのに何故だろう。全く嬉しくない。
 早く通話を止めたくて懸命に駆けているはずなのに、全く距離が縮まっている気がしない。実はあいつも走ってるんじゃないのか!?

「詳しい話は帰宅後に。
 先程ハラオウンの執務室で見た事を彩も鮮やかに脚色してお話しますよ」

 脚色すんなよ!!いや、事実だけでも拙いけど!!

「まぁ、端的に言うなら、リンディさんが孫を抱ける日も遠くはないかと」
「飛躍し過ぎだーー!!!」

 クロノの口が紡ぎ出したツッコミはアースラの隅々にまで響き渡ったそうな…








つづく

455 小閑者 :2018/07/14(土) 23:17:17
14.考察



 自分と恭也の強さの違いとは、要するに『パラメータの振り分け方』だとクロノは解釈している。
 ゲームなどで良くある『攻撃力』や『敏捷値』といったパラメータに獲得したポイントを振り分けて自分のキャラクタを作り上げる、というアレだ。
 勿論、現実はゲームの様に簡単に行く訳がない。実際には数値入力ではなく地道な鍛錬が必要だし、想い描いた理想像に近づこうと鍛えたとしても『特徴』だとか『個性』だとか言ったオブラートに包まれた『才能』に阻まれて伸び悩むことも多々あるのだから。
 それは兎も角、魔導師として考えた場合のパラメータは、大きな項目として『攻撃』『防御』『補助』があり、『攻撃』の中でも『砲撃』『射撃』『誘導』…etc、それぞれに『精度』『射程』『威力』『付加』といったものに細分化される。魔導師ランクの評価項目でもあるそれらで恭也の魔導師としての能力をパラメータ化した結果がFランクである事は既に周知の事実だ。同様に、運動能力を主体とする恭也の戦闘能力が、この『魔導師の基準』では評価しきれていない事も彼に関わる全ての人物が認めている事実だ。一般的なアスリートの評価基準の方が、『すさまじく高い能力値』と判定される分だけまだ現実に近いだろう。…いやまぁ、言うまでもないだろうが、2km先にいる人の表情を見分けられる視力を上限である『2.0』に分類しているように、一般人(アスリート含む)の基準では評価しきれる訳がないのだが。
 ただし、それなら単純に評価基準の上限を上げれば済むのかと言えば、やはりそう簡単にはいってくれない。
 恭也は測定させてくれないだろうし、させてくれても全力は見せてくれないだろうが、仮に何かの間違いで恭也の全力を計測したデータを入手できてしまったとする。他の追随を許さないその計測数値は誰がみても『凄い』と思うだろうし、確かに恭也を数字にして表しているだろう。しかし、そのデータだけを見て生身で魔導師と戦えると判断できる者は戦闘解析を専門とする者も含めて管理局にはいない。それは解析班の能力の問題ではなく、如何に緻密で正確だったとしても、比較対象の無いデータそれ自体は所詮数字の羅列でしかないからだ。

 そもそも、魔法的に強化されている使い魔の中には恭也以上のパラメータを誇る者(それでも全てにおいてとなると多くはないのだが)は存在するが、そんな彼らであっても、同様の戦闘スタイル(肉弾戦タイプの使い魔でもシールドなどの防御魔法は使用するので回避技能は高くない、もとい、恭也レベルではない)を採ることが出来ない事は以前にも述べている通りだ。
 言うまでもない事ではあるが、彼らの違いはその高い基礎能力をどの様に活用するかにある。それぞれの基礎能力を高次元で連携させた技能、つまりは戦闘技術こそが恭也の強さの根元なのだ。
 そして、魔導師の魔導技能をパラメータから推測するように恭也の戦闘技術をパラメータから推測するためには、魔導技術のデータベースに相当する物を構築するために恭也と同レベルの戦闘技術を持つ者たちのデータを大量に蓄積する必要がある。一日分の気象データがあったとしても、過去の膨大な観測結果が無ければ天気予報が出来ないのと同じことだ。
 但し、そんな戦闘集団に伝のない管理局(そんな集団が身近に存在するなら、これほど魔導師至上の価値観は浸透しなかっただろう)にとって、そのデータベースの作成は不可能に近い。
 つまり、恭也の基礎能力を数値として知ることが出来ても、それを基にして正しく評価することは出来ないのだ。

456 小閑者 :2018/07/14(土) 23:18:04
 因みに、恭也の身体能力は全ての面で使い魔に勝る訳ではない。単純な筋力の反映される膂力や走力、跳躍力といったものは、余程極端に魔導技能に傾注しない限り使い魔側に軍配が上がる。対して瞬発力や敏捷性など、いわゆるクロスレンジでの戦闘で必要になりそうな肉体能力は半々といったところだろうか。そして、恭也の戦闘技術の根幹とも言える反応速度は、大半の使い魔を凌駕する。
 反応速度、つまり敵の採る攻撃・防御と言った行動に対応するスピードは、思考を介さない行動、つまり反射行動が最短とされている。『見て』『(攻撃手段や位置、フェイントであればその意図を)認識して』『対応を検討して』『行動する』よりも、『見て』『行動する』方が速いのは当然だ。これは戦闘全般、中でもクロスレンジでの戦いにおいて絶大な効力を発揮する。戦闘技能が高度になるほどフェイントの応酬が激化するのは戦闘距離に関わらない事だが、クロスレンジではそれに対応するスピードの重要性が跳ね上がるのは想像に難くないだろう。当然、フェイントにひっかかったり、敵のモーションに対する反射行動が見当外れではいくら対応が早くとも意味がないのは言うまでも無い事だ。そして、洞察力を養い素早く適切な対応を行うためには、地味な反復練習を積み重ねる以外にはない。
 そういった意味では、御神流という下地を元に日夜鍛錬を欠かすことのない恭也の反応速度であれば、使い魔を上回る事にクロノ達も納得していた。いや、正確には恭也の反応速度が使い魔を上回るのは鍛錬に因るものだ、と自分を納得させていた。努力でどうにかなる範囲など遠の昔に通り過ぎている事実から目を逸らして思考を止めているとも言える。
 尤も、そこで目を逸らしているからこそ、恭也の本当に恐ろしい特性が、神速を発動するまでもなく人類の範疇からはみ出しているその思考速度にあると気づけないでいるのだが。

 因みに鍛錬で反射行動を身につける事について、特定の攻撃に対して常に同じリアクションを採れば先読みされてしまう、と思われるかもしれないが、殺し合い、特に近接戦闘において癖に気付かれるほど長期戦になる可能性はそれほど高くない。
 そのため、癖を見抜かれる心配をするよりは反射速度を向上させた方が生存率が高くなるのだ。
 また、流派の特性と同じくらい個人の癖も、広まることで自身の生命を危険に晒すことになるため、剣術に限らず殺人術を職業として身につけた者は、対峙した敵は確実に殺害するし、僅かな手がかりも残さないように敵の死体すら衆目に晒すような示威的な行為に及ぶこともない。その辺りが快楽殺人者との大きな違いだろう。
 勿論、反射的な行動よりも、敵の行動を見て対応手段をしっかり検討してから実行した方が確実性は圧倒的に増すので、思考行動が反射行動に追いつけるのであればそれに越したことはない。更に、反射行動のスピードは思考行動のそれを短縮したものと言えるため、思考速度の上昇は反射速度の底上げとも言える。
 恭也の鍛え上げられた肉体は、確かに人類を超越している。だからこそ、その根幹とも言える思考速度という特性が明るみに出るのは当分先の話だろう。

 閑話休題
 そもそも、恭也の技能は格闘技の延長にある(はず)なのに、単に測定基準の上限とは別に、単純に既存の評価内容が適用出来ない事が問題なのだ。
 魔導師と言えども魔力が尽きれば一般人と変わりがなくなる。それでも尚、戦おうとすれば残るは純然たる肉弾戦しかない訳だが、犯罪者グループに囲まれた状況でその状態に陥る可能性は無視出来ない。故に、執務官の試験項目には魔力が無くなった時の対処方法も含まれている(流石に魔導師ランクの試験項目には含まれていない)。ただし、拳銃などの質量兵器で武装出来ない管理局員の取る対処法とは、徒手空拳での肉弾戦、では、勿論ながら、無い。あくまでも身を隠すなり逃走するなりと言った技能であり、評価対象もそれに準じるものだ。

457 小閑者 :2018/07/14(土) 23:18:52
 当然、複数の犯罪者に立ち向かうなど下策中の下策とされており、更に魔導師の存在が確認されたグループに不用意な行動(たとえ逃走であっても)を行うなど論外、『状況判断能力欠如』として一発退場だ。
 だが、この評価自体は非常に理に適ったものだ。恭也という例外(と言うか規格外)が現れたからと言って軽々しく撤回出来るものではない。理由は至ってシンプルで、『身体を鍛えた程度では、魔導師の打倒どころか数の優位を覆すことも出来ないから』だ。
 犯罪者側も馬鹿ではないので捕まれば刑務所行きと分かっている以上、規模に見合う程度の武装はしているし、組織内でも暴力に酔い易い下っ端ほど生まれつき体格に恵まれている。
 アクション映画のヒーローとは違い、人数差を帳消しに出来るほど圧倒的な性能を誇る武装もなく、敵の戦意を挫けるほど残酷な殺害手段を取る訳にもいかない執務官にとって、『数』とは覆し難い力なのだ。
 また、Aランク以上の魔導師が相手となれば、能動的に展開するシールドどころか恒常的に纏っているバリアジャケットすら簡単には攻略出来ない。
 まず、平均的な魔力量で展開されたバリアジャケットであれば、一般に浸透しているイメージの通り、人体が生み出せる程度の打撃は無効化される。そして、パッシブアーマーとは違い触れることこそ可能だが(追跡されている状況なので警戒している魔導師に触れられるほど接近する事事態が既に高難易度ではあるが)、不意を突いて接近し締め技や間接技をしかけたとしても一定以上の圧力(首筋は特に)や痛覚に反応してバリア機能が作用するため『気付かれる前に制圧する』と言うのも実質的に不可能だからだ。
 問題は攻撃面だけではない。
 隠れるにしても、相手が単なる肉眼であっても数が多くなるだけで難易度が上がるし、探査の魔法が相手となれば魔力が尽きていては対抗できない。敵側に魔法的に覚えられていなければ、魔力探査に引っかからないため簡単に見つからないのがせめてもの救いだろう。
 逃走に関しても、地の利が相手にある(敵の拠点付近であるという前提)ため先回りされるなど人海戦術は非常に厄介だし、攻撃魔法は運に任せた単発の回避なら兎も角、躱し続けられるものではない。
 そして、本来『魔力が切れた魔導師』が『Fランクの魔導師』になった程度では、例え上級の使い魔と同等の身体能力があろうとこの評価内容に変わりはない。それが魔法文明で育った者達の常識だ。
 当然のことながら、『徹』という異能に分類されてもおかしくない攻撃方法どころか、シグナムの騎士甲冑を切り裂いて肌まで刃を届かせた刀による通常の斬撃など考慮されていないし、目の前にいるのに認識できなくなるなんて技術は、その常識には含まれていなければ、夢想すらされていない。
 だからこそ、恭也の身体パラメータから下される評価と本人の実力とが乖離してしまうのだ。

 その辺りの理由を鑑みた結果、クロノが着目したのは『距離』だった。
 魔法も物理も、攻撃も防御も回避も、瞬発力も持久力も、筋力も精神力も関係ない。細分化して定量的に評価するのではなく、ただ、戦闘を行う上での距離にどれだけ重点を置いているかの評価。
 そんなものに何の価値があるのかと一笑に付される事は分かりきっているし、相手が恭也以外の誰かであれば意味がないため、クロノもこの評価基準を誰かに話したことはない。それでもクロノはこの基準で恭也を評価することによって再認識できた事がある。

 恭也の比較対象の基準とするために、まずは全ての技能を均等に鍛えてきた自分をショート(クロス)レンジが100、ミドルレンジが100、ロングレンジが100とした。では、恭也は?
 単純に考えれば、刀を主体とした肉弾戦のみの恭也はクロスレンジの特化型だ。だが、ミドル・ロングレンジの戦闘技能が0であれば、その距離でのエキスパートであるなのはやフェイトは勿論、アースラに所属するAランクの武装局員にすら、ロングレンジでの対峙から始まった試合では恭也が負けることになる。だが、実際にはそうはなっていない。ミドル・ロングからの攻撃を躱す技能を持っているからだ。つまり、こと、回避行動に限定すれば、恭也は中・長距離にもポイントを割り振っているという見方が出来る。

458 小閑者 :2018/07/14(土) 23:19:36
 だが、それでもクロノは、恭也はクロスレンジに持てる全てを割り振ったと考えていた。何故なら、剣術とはクロスレンジを制するための技術だからだ。
 では、中・長距離からの攻撃にどう対処していると考えたかと言えば、『クロスレンジで躱している』だ。
 たとえそれが砲撃であろうと誘導弾であろうと、命中すると言うことは接触すると言うこと。つまり、恭也は自らのテリトリーであるクロスレンジに侵入する攻撃魔法を相手に、近接戦闘の技能を駆使している、クロノはそう考えたのだ。
 それは、クロノがパラメータのそれぞれに100ずつ振ったポイントの総数300を全てクロスレンジに振ったからこそ成し得る事なのだろう。

 限りなく生身に近い状態で魔法戦に参加するリスクを、恭也は正確に理解しているだろう。
 それでも、恭也が刀を手放すことはない。
 勿論、これまでつぎ込んできた時間や労力を考えれば誰だって固執したくなるだろうし、そういった精神的な問題だけでなく、長年掛けて培ってきた剣術に特化した肉体や戦術的な思考回路は簡単に変更が利かないモノだ。だが、恭也の拘りはそう言った実用的な理由とも別のモノのはずだ。
 何故なら、闇の書事件では剣術だけでは対抗しきれないと悟ると魔法に手を出す事に、少なくとも表面的には、躊躇する様子を見せなかったからだ。
 あの時、恭也は魔法での戦闘に剣術を活かせるとは考えていなかっただろう。つまり、それまでの人生の全てを捧げてきたであろう剣術を手放す覚悟を固めていたのだ。剣術を主体とした今の戦闘法に落ち着いたのは、あくまでも高い戦力を獲得する方法を突き詰めた結果でしかない。あるいは、リンディが紹介したデバイスマイスターがあの老人でなければ、違う手法に辿り着いていた可能性も十分にあったはずだ。
 それは、彼にとって剣術が目的を遂げるために必要不可欠であれば捨ててしまえるもの、という証明だ。言い換えれば、『選択の余地がないから縋りついている』訳ではなく、現代におてい拳銃を手に取らなかったのと同じ様に、彼が亡くした一族から受け継いだ剣術に、正しく『拘っている』のだ、命を懸けて。
 そもそも、今の恭也は魔導師と戦うために刀を手にしている訳ではないとクロノは考えていた。恐らく逆なのだ。誤解を承知で敢えて言うなら、剣技が活用できるから、もっと言ってしまうなら剣技を磨く場として管理局への入局の誘いに応じただけだろう。

 剣術で出来ることはするが、それ以上であればしない。

 それが、彼のスタンスなのだ。
 勿論、局での仕事で手を抜くと言う意味ではなく、『目的』>『剣術(自分の生命)』>『局の仕事』、という不等号を明確にしているだけだ。(そして、クロノは「命懸けで管理局に奉仕しろ」と人に強要する気はない)
 剣術を手放す覚悟を決めたあの時と現在の違いは明確だ。はやて達の、そして今ならきっとフェイトやなのはも含まれる、彼女たちの心と身体の安全だ。彼女たちの安全を図ることが出来るなら、今でも恭也は剣術を捨てる事に躊躇を見せないだろう。
 彼女たちに差し迫った危険の無い今の恭也には本当の意味での目的がない。だから、目的を見つけた時にそれを達成するための手段として心置きなく選択出来るように、剣技を磨く場を欲しているのだと思う。…いや、少し違うか。
 前言を翻すことになるが、恭也の覚悟がどうあれ現実的に恭也が剣術以上の技能を獲得できる可能性は無いといっても良いだろう。だが、フェイトたちが管理局に入局した以上、将来発生するであろう彼の目的、つまり彼女たちの危機や彼女たちだけでは解決が困難な場面での助力には、高い確率で魔導師との対峙が付随する。そして、今尚、成長を続ける彼女たちが魔導技能そのもので劣勢に追いやられる可能性は低いし、仮にそうなったとしたら恭也には逆立ちしても魔法の面では状況を覆せない事は分かりきっている。やるとするなら全く別方面からのアプローチが必要になる。恭也は、それを剣術に求めたのだ。それが拘わりと一致していたのは、決して長いとは言えないのに困難の多い彼の人生で、幸運と言える事柄なのではないだろうか。

459 小閑者 :2018/07/14(土) 23:20:08
 『不破恭也』という人物を知らなければ、原始的な武器を振り回してなのは達AAA魔導師が敵わない敵に挑むなど巫山戯ているのかと思う者もいるだろう。
 だが、言うまでもなく、彼は本気だ。
 そして、議論の余地もなく、彼は強い。
 ならば、クロノにも異論などあろうはずもない。広く浅く同じことしか出来ない個人の集まりよりは、狭く深く別のことしか出来ない個人の集まりの方が、連携さえ取れれば大きな力を発揮できるのだから。




 それにしても、とクロノは思う。

 彼は、御神でその教えを説かれていたのだろうか?
 それとも、誰から教わることもなく、その結論に辿り着いたのだろうか?

――― 自分より強い相手に勝つためには、相手より強くなくてはならない ―――

 訓練校を苦もなく卒業出来てしまうほどの若くして高ランクに達した生徒に対して、慢心しない様に敗北の味と共に教官から送られる矛盾を孕んだその言葉。

『総合力で自分より強い相手に勝つためには、得意な分野で相手より強くなくてはならない』

 この言葉をここまで適切に体現して見せる戦闘者を、クロノは他に知らない。
 だが、それでも、負けるつもりはない。

『クロスレンジにおいて圧倒的に強い恭也に勝つには、オールレンジにおいて恭也よりも強くあれば良い』

 フェイトたち、才気溢れる若き後輩たちのために。
 同時に、魔導に特化することになる彼女たちに物理戦闘という幅を持たせるという恭也の選択が決して間違いではないと実証するために。



続く

460 名無しさん :2018/12/09(日) 23:26:16
15.結末(その1)


 訓練室に展開されたレイヤーである高層ビルの屋上を緩やかな風が吹き抜ける。
 模擬戦で加熱した思考と火照った身体を冷ましてくれる風の心地良さにクロノは目を細めて広がる青空を見やった。

 思いの外、短時間での決着だった。
 いや、恭也との戦いであれば勝敗の如何に係わらず短期決戦か、ひたすら索敵と潜伏に終始して時間切れでの引き分けのどちらかしか思い浮かばないからこんなものだろうか?

 空を仰いでいた顔を前方へと戻すと、視線の先、50m四方ほどの屋上の対角にいる恭也の姿が見えた。
 一戦交えた直後とは思えないほど疲労感を滲ませる事の無い超然とした立ち姿を見せられると、直ぐにでも座り込んでしまいたい誘惑に駆られているクロノの心に悔しさが首をもたげてくるが、その姿が弱みを隠すための演技に過ぎないという冷静な判断を下す自らの理性に従い溜め息の様に大きく息を吐きだすことでやり過ごす。そうやって平静を取り戻した後、クロノは改めて恭也の様子を窺った。
 クロノの居るその場所から恭也の表情までは読み取れないが、静かに佇む姿からすると先程の模擬戦を反芻しているのだろうか? 
 そんな事を考えながら歩み寄っていくと、こちらに聞かせるようなタイミングで、しかし実際には恐らく単に聞こえる距離まで近づいた時だっただけという偶然のタイミングで、恭也の口から言葉が零れた。

「・・・ああ、土星の環、か」

 あれ?模擬戦関係なかった?

 それが悪いとまで言うつもりは無かったが、恭也が模擬戦直後に他事を考えていると言うのも考え難いと言うのが正直なクロノの感想だ。となると、戦闘とは無関係そうなその『土星の環』とやらに何か意味があるのだろうか?
 この第97管理外世界である地球に来る際に基礎知識として馬鹿正直に勉強して覚えてきた単語の一つに含まれていることを思い出したクロノは、そのまま関連する知識を引きずり出してみた。

土星
 恒星である太陽とそれを中心に公転する天体で構成される太陽系の惑星の一つ。
土星の環
 土星はたくさんの氷や岩石などを衛星として持っておりそれらがリング状に配置されているため、地球から恒常的な環として観測される。

「・・・恭也。
 さっきの魔法は、構想にかなりの期間を要したし、実用レベルにするためのブラッシュアップにも物凄く労力が掛かってるんだ」
「・・・?
 いきなり苦労話を聞かされても反応に困るんだが。自慢話にでも繋がるのか?」
「違う。
 凄く苦労したんだから、一度見ただけで本質を言い当てるのは止めてくれ、と言ってるんだ」
「知るか。知られたくないなら、模擬戦なんぞで使うんじゃない。
 どんな技だろうが、一度でも見せれば対策を立てられると思っておくのは当然の心構えだろうが。だから、昔の剣術家は戦闘を見られた相手は必ず殺すし、殺せない相手や不特定多数の目がある状況で技を出すことはなかったんだ」
「物騒な事を言うな!」
「地球ではそう言うもんだったんだよ。
 そもそも、俺相手にしか使い道のない魔法など労力を掛けてまで開発するな。暇人かお前は」
「ウッ・・・
 別に、あの魔法は他の相手にだって使えるさ」
「見え透いた嘘を吐くな。あの魔法、魔法抵抗力ゼロだろ」
「・・・な、何を根拠に・・・」
「あそこまで複雑な構造にしておいてあの短い詠唱時間と発動速度を達成するのはいくらお前の魔導技能でも無理がある。それが出来るなら誘導弾の球数か精度か速度がなのはよりも圧倒的に高いはずだからな。となれば、俺を相手にして必要ない機能を削るしかない」
「・・・」
「相手が俺以外の場合、具体的に言えば、Cランク以上の魔導士なら拘束された時に最初にするのは単純な魔力での抵抗か破壊の筈だし、解呪が出来るほどのエキスパートであれば魔法抵抗力ゼロなんてあからさまな弱点は瞬時に見抜けるだろう。魔導士ではない一般人が相手ならそもそもそんな特殊な魔法を使う必要すらない。
 何か反論があるなら聞くが?」
「・・・さて、そろそろ模擬戦の反省会を始めようか」

 あからさまに話題を逸らしに来たクロノに、呆れたように息を吐きだしてから恭也が応える。

461 名無しさん :2018/12/09(日) 23:26:53
「別に無理やり話を逸らさんでもいい。
 そろそろ夕飯だろうから俺は帰るぞ。
 お前も忙しい身だろう。執務に戻るなり、帰宅して休むなりしろ」
「いや、待て待て。
 言い方が悪かったのは謝るが、反省会はしよう。君だって戦闘の展開や僕の魔法について確認したい事はあるだろう?」
「?いや、別に。
 お前が使った魔法、最後のやつ以外はノーマルだったろ?展開も、終わってから振り返れば詰め将棋みたいなものだしな、特に疑問の余地はないだろ?」
「いや・・・、そんなあっさりと。
 僕の方は聞きたい事があるんだが・・・、特に君の取った行動の意図は聞いておきたい事がいくつかあるんだ」
「そうか?
 まあ、良いけどな。どの場面についてだ?」

 疑問符を浮かべつつも、一方的に情報を搾取する気はないのか応じる姿勢を取った恭也に安堵しながらクロノが切り出す。

「じゃあ、最初から順番に・・・」
「え、いくつもあるのか・・・?」

 何言い出すんだこいつ、とでも言いたそうな恭也の表情に心が折れそうになったクロノは、疲れた身体で立ち話もないだろうと恭也を促す事で心を立て直す時間を稼ぐと、二人分のドリンクを用意しつつ休憩室の席に着いてから話を開始した。

「じゃあ、早速始めようか。
 開始直後、見通しの良いビルの屋上に隠れもせずに立ってただろ?初期配置はランダムだから互いの位置が分からないとは言え、正直、完全に隠れてるか、隠れながら僕を探すかと思ってたんだが・・・」
「趣旨と期間の問題だな。
 目的が単に生き残る事なら戦う必要は無いから時間切れになるまで只管潜伏するのも有りだし、何日掛けても良いなら潜伏と索敵で不意打ちを掛けるのも手だったとは思うが、今回は戦闘訓練だからな」
「いや、何日もは大袈裟・・・じゃないか。魔法無しなら数日で済むなら早過ぎるくらいか」
「あの訓練室、10km四方の設定だっただろ。今更言うのもなんだが、個人戦で必要な広さじゃないんじゃないか?
 まあ、兎も角、模擬戦じゃなく現実であれば、その時点での目的も居場所も思考回路も行動原理も趣味嗜好も知らない相手を見つけるのは運以外の何物でもなくなる。あれだけ広い空間に一人しかいないなんて特殊な条件は模擬戦くらいしかまずないから、実際に街中で人を探すなら人混みの中から対象を選別する必要まである。尤も、人が居るなら居るで周囲の住人から情報を集めることで居場所を特定出来る可能性もあるがな。何れにせよ人海戦術か長期間の潜伏が前提になる。
 と、話が逸れたな。
 繰り返しになるが、今回の前提条件と俺の移動速度と索敵距離であれば、制限時間内に探し出せる可能性は運任せになる。つまり、俺には不可能と言って良い」
「だから、僕に探させた、か」
「そうだ。探索魔法は優秀だからな。
 尤も、先制されるリスクを冒してまで楽をするなど実戦であれば有り得ないが・・・」
「まあ、そうだろうなぁ。
 いや、でもあんな目立つところに立ってる必要は無かったんじゃないか?隠れてても良かったんだし」
「近距離での索敵精度なら兎も角、距離があっては探索魔法に対抗出来ない事は既に知っているから、態々今回の模擬戦で試すつもりは無かった。まあ、お前に探させたからその延長と言う面もあったかな。
 今更確認するまでもないだろうが、俺にとっての対魔導士戦は、如何にして敵の懐に潜り込むかだ。無論、気配を消して接近した後の不意打ちは手段の一つだが、折角これだけ広大な空間を使った模擬戦で試すんだから、臨戦態勢の魔導士に正面から接近する方法を試すことにしたんだ」
「実験台か・・・」
「問題があったか?
 戦い方の指定、と言うか制限はなかったんだ、弱点克服の模索や戦術の試行錯誤は当然だろう。
 そもそも模擬戦自体が敵との戦い方を模索するための手段なんだし」
「・・・あれ?勝敗に拘ってなかったのか?」
「・・・何?拘った方が良かったのか?って言うか、お前は拘ってたのか?
 手を抜いたつもりは無いし、当然勝つつもりで戦いはしたが、俺は鍛錬の延長という認識だったんだが」
「ああいや、すまない。そういう訳じゃないんだ。
 ・・・なるほど、通りで思いの外素直な戦い方だという印象を受けた訳だ」
「・・・ふむ。
 何やら期待を外したようだな」
「いや、問題無い。君の言う通り、戦い方を指定した訳じゃないし模索と言うのも正しいスタンスだ。
 何よりこれから先も模擬戦をする機会は幾らでもあるだろうしね」
「今日の調子では次回がいつになるか分からんがな」
「・・・まあ、善処はするよ」
「当てにはするまい」

 そう言ってコーヒーのカップを手に取った恭也に合わせて、クロノも用意した紅茶に口を付けた。

462 名無しさん :2018/12/09(日) 23:27:33
 そうして一息ついたところで、ふと気が付いたという風に恭也が口を開いた。

「ところで、未だに会敵すらしてない段階なんだが、この調子で進めるつもりか?
 一挙手一投足を取り上げていたら、キリが無いぞ。下手したら、今日中に帰れなくなる」
「・・・まあ、出来るだけ手早くいこう」
「期待出来るのか、それ?
 ・・・で、次は?」
「どうして後ろから隠れて近付いた僕に気付いたんだ?500m以上は距離があったから気配での探知とやらの範囲からは外れてると思ったんだが。
 そう言えば、今聞いた話では僕からの先制攻撃を許容する事を前提にして待ってたって事なのに気付いたって事は、何か特殊な探知を行っていたのか?」
「一歩しか進んでねぇ・・・
 モロに顔出した上で思い切り直視したくせに何を言っとるんだお前は。
 先制を許容するとは言ったが手を抜いていないとも言ったろうが。察知したのに行動を見過ごす理由なんぞあるか」
「え?いや、どうやって察知したかが知りたいんだが・・・」
「だから答えただろうが。
 お前だって、街中を歩いていれば視線を感じることくらいあるだろう?」
「そりゃあ、あるけど・・・。え?ちょっと待て。本当に視線なのか!?」
「そう言っている。まあ、あれだけ無遠慮に視線を寄こしたからには、視線で気付かれる可能性は考慮してない事は予想していたがな。
 魔導士に出来ないからと言って一般人に出来ないと考えるのは、流石に傲慢だと思うぞ」
「ああいや、そう言うつもりはなかったんだ。と言うか、さらっと自分を一般人扱いするのは止めてくれ。
 だが、まあ、驚いて良いのか呆れて良いのか。君たちはそんなものまで戦闘に活用してるのか」
「別に、視線を感知するのが有効だから戦闘に取り入れている訳じゃない。索敵のために感覚を研ぎ澄ませた結果、遠距離でも視線を感知出来ることが事が判明しただけだ。
 ついでに言うなら、今回の様に閑散とした状況だったから特に目立ったというのも要因の一つではあっただろう」
「人混みの中なら感知範囲はもっと狭いと?」
「さあな。
 仮に俺の検知範囲の限界がその程度だったとしても、他のやつが一緒だとは限らんだろう。
 何度も言わせるな。『魔導士に出来ないから一般人にも出来ない』などという考え方では遠からず死ぬぞ」
「確かに魔導士ではないけど一般人にも括られないからな、君は。
 まあ、それは兎も角、忠告には感謝するし、これでも承知はしているつもりだ。
 単に、警戒するべき行動が認識出来ていないだけだから、これからも気付いた時には指摘して貰えると助かる」
「手の内を曝せるか。とは流石に言えんか。俺だけ一方的に魔導士の情報を搾取するのは理不尽だと言う自覚はあるし、お前達が死ぬ可能性を看過するのも寝覚めが悪いしな。
 ・・・まあ、尤も、技術体系が違い過ぎて何を知らないのか想像もつかないのは俺も同じだ。フェイトやなのはには模擬戦の時に随時指摘しているから、今まで通りあいつらから情報を汲み上げてくれ」
「う〜ん、実はフェイトも意外とミットの標準から外れているところが多いし、なのはも正規の訓練は受けてないから、案外漏れが多いんだよ」
「そこまでは面倒見切れんぞ。まあ、気付いた事は伝えるからそっちも疑問に思ったら都度聞いてくれ。
 ・・・ん?なのはの訓練はレイジングハートが組んだものだろう?標準的な内容じゃないのか?少なくとも、差異は把握していそうなものだが・・・」
「いやー・・・
 感覚で魔法を組むなのはにベストマッチしているのが関係しているのかどうかは分からないんだけど、これが意外となぁ・・・。高度な自己判断が出来る人工知能ってそういうものなのかなぁ・・・?」
「いきなり年齢の離れた部下との感性の違いに付いていけずにコミュニケーションに苦労している中間管理職みたいな表情をされても困るんだが」
「何その嫌な具体例!?
 ・・・まあいいや、次に進めよう。
 ここからは映像を見ながらにしようか」
「先は長そうだなぁ、おい・・・」

 恭也の相槌を聞こえなかった事にして、空間投影ディスプレイに先程の模擬戦の模様を再生させる作業を行うクロノであった。





続く

463 小閑者 :2019/01/25(金) 22:02:45
15.結末(その2)


「・・・正直、この誘導弾はヒット出来ると思ってたんだ」
「年明けにやった集団戦の回避行動を解析しただろ?」
「あー、うん。やっぱり予想はされてたか・・・」
「で、裏を掻くパターンまで想定した?」
「まあねぇ。
 君自身がさっき『知られたくない技を模擬戦で使うな』と言っていたろ。君が人に見せる技は『見せてもデメリットが発生しない場合』か『隠すまでもない場合』のどちらかだろうとは僕も思っていたんだ。
 回避技能は見られれば対策を立てられるから思いっきりデメリットになるはずだから、それを見せたのは裏を掻く手段があるんだろうと予想した。
 そうして、何パターンかの回避行動とその対応策を想定して挑んだ結果がこれな訳だ」

 そう言って内心を隠す事なく不貞腐れた表情のクロノが睨み付けるモニターには、単発とは思えないほど鋭く複雑な軌道を描くクロノの誘導弾と、一見するとその誘導弾が貫通している様にさえ見えるのに実際には掠りもしていない恭也が縦横無尽に空間を駆け巡る姿が映っていた。
 クロノは映像を一時停止させると、疲れた様に溜め息を吐き出してから続く言葉を口にした。

「まさか『隠すまでもない』方だったとは・・・」
「俺としては『当たり前だ』と言いたいんだがな。そもそも、お前が見たフェイントなんぞ極一部だろ。しかも、プログラムされたゲームの敵キャラじゃないんだから、お前の反応を見て対応を変えるのは当然だろうが。
 序に言うなら、格闘技のフェイントとしてはまだまだ初歩の領域を出てないから、そういう意味でも『隠すまでもない』ぞ」
「・・・そう、なのか?」
「無論だ」
「うわぁ。
 ・・・?いや、でもそれ御神流が基準じゃないのか?」
「それはそうだろうな。俺の中に他の基準は存在せん」
「・・・ふぅ、ちょっと安心した。いや、勿論、油断が拙いのは分かってるぞ?」
「左様で。
 そう言えば、ミッド式の魔導士としてはお前みたいに武術まで習得してる奴は珍しいんだったな」
「皆無とまでは言わないけどね。管理局の局員に限定すると更に割合は小さくなる。尤も、僕の技量が『習得してる』と言える自信はあまり無いよ。近頃はそのなけなしの自信も消失してきたし」
「実力評価は過大でも過小でも意味は無い。過度な自信は身を滅ぼすぞ」
「君はホント容赦無いよな」
「ところで、武術を習得していない大多数の局員は近接戦にもつれ込まれたらどうするんだ?少数とはいえ、犯罪者側にベルカ式の魔導士が居た事だってあるんだろ?」
「近接戦闘を磨くよりは、『接近されないように立ち回る訓練』の方が先だな。
 ただ、武術まで手を出すのは相当先かな。最後まで手を出さずに前線を退く人も少なくない」
「やっぱりその程度か・・・
 逆に聞きたいんだが、魔法文明圏では魔導士と対峙した一般人は格闘家であっても諦めて投降してしまうと聞いたんだが、本当なのか?純粋な体術を研究されていないのは仕方ないんだろうが、流石にそれはどうなんだ?」
「銃火器なんかで武装してない一般人が諦めるのは、流石に責められないぞ。彼我の戦力差を把握せずに突撃するのは蛮勇でしかない。
 ただ、僕は詳しくないけど魔法を組み込んだ格闘技なんかはあったと思うよ。代表的なところだとストライクアーツ、だったかな?」
「さっき言ってた『局員以外の武術を修めた魔導士』か。
 とは言え、防御魔法が使えると、どうしても純粋な回避には力を注げないだろうからな。必要が無い、と言う意味で」
「嘆かわしい、か?」
「・・・いや、そう言いたくはあるがそれが勝手な言い分だという自覚はある。
 俺だって、生まれた時から魔法が使えていれば、それを主体にしない理由はなかっただろうからな」
「理解を示して貰えると・・・あれ?」
「なんだ?」
「いや、地球では質量兵器、えと、銃火器が発達してるだろ?それなのに敢えて剣術で対抗する手段を確立した君の一族なら、仮に魔法文明圏にいたとしてもやっぱり剣術で対抗していたんじゃないかと・・・」
「・・・言われてみれば、そんな気がするな」

 流石に魔法の補助無しに空を飛んだり駆けたりは出来ない筈なのだが、何かしらの手段を編み出しそうな得体の知れなさがあるのがクロノにとっての御神流への、或いは恭也個人への印象だ。尤も、正面からの突破力は御神流の一面でしかない事を考えれば、空を駆ける必要すら無いのかもしれないが。

464 小閑者 :2019/01/25(金) 22:04:02
 詮無い事かと気持ちを切り替えるために制止させていた画像を再生させたところで、素朴な疑問を覚えたクロノはそのまま恭也に問い掛けた。

「これ、僕の目で捉えられる動きって事は、スピードじゃなくって技能で躱してるんだよな?」
「そうなるな」
「フェイント無しでスピードだけで躱す事も出来るのか?」
「今のところ、一対一であれば問題無いだろうな」
「・・・複数人なら被弾する可能性があると?」
「躱す空間が無ければ詰むからな。飽和攻撃と言うか、俺の逃走距離をカバー出来る範囲の『面』を弾丸で作れるだけの人数が居れば被弾する」
「そりゃあそうだろうね。理屈通りだよ。序に言うなら、『面』さえ出来れば人数は関係ないじゃないか。
・・・あれ?こないだフェイトが、フォトンランサー・ファランクスシフトを躱されたって落ち込んでなかったか?」
「・・・ああ、あの時の。
 あれは惜しいところまで行っていたんだが、弾幕にムラがあったんだ。範囲外に逃げられる事を危惧して効果範囲を広げたんだろうが、弾数が変わらんから反比例して密度が下がった。その隙間に滑り込んだだけだ。
 どうせやるなら、躱せない密度にするべきだったな」
「それが出来ないから苦労してるんだと思うんだけど・・・。いや、多少密度が下がっても躱せるものじゃないとツッコむべきか、元々発動してから逃げようとしても範囲外まで逃げられる程に発動速度は遅くない上に範囲も狭くない魔法だった筈だと言うべきか・・・」

 対恭也用に特化させてしまうなら、威力を落として範囲と密度を上げるのが正しいのだろうが、そうしなかったのはフェイトなりのプライドだったのだろう。

「ところで、さっきは複数人が相手でもフェイントだったら対応出来るような言い方だったけど、飽和攻撃が来たらフェイントじゃあ躱せないんじゃないのか?フェイントって、正確には『躱す技術』じゃなくて『的を絞らせないための技術』だろ?」
「そうだな。
 だが、目で追える程度のスピードの相手に飽和攻撃など心理的にそうそう選択しないだろう。特に、魔導士の常識とプライド的に、攻撃魔法も使ってこない上に銃火器ですらない原始的な凶器を振り回しているような相手に全力など出すまい」
「いや、そもそも初遭遇の敵と対峙したら相手の手の内が分からないんだから、魔導士でなくても普通は様子見から始めるだろ」
「それもそうか。
 仮に保有魔力量が豊富であっても有限である事に違いはないから、一人で弾幕を張れる奴でも出合い頭に無駄遣いになる可能性の高い弾幕打ちをしてくる事なんてそうそうはないと」
「だけど、躱され続ければ直ぐに意地になって全力出してくるだろうから本当に最初だけじゃないか?」
「初手から全力で仕掛けてこなければ、距離を詰めるまでの時間は得られるから単独の相手なら問題ない。
 複数だとしても、人数と技量にも因るだろうが、何人か沈めれば弾幕を張ること自体が出来なくなるだろうからそれで十分だろ」
「・・・本当に君は初見殺しとしては凶悪だよな」
「そうでもないだろ。逆に多少人数を減らされても弾幕が張れるほどの人数や技量がある集団が相手なら、逃走せずに対峙した時点でアウトだし」
「それでもだ。
 相手の陣容が分かるほど接近出来る事も、しておいて『逃走』を選択出来る事自体もおかしいからな?」
「後は、俺の戦闘方法が知れ渡っていて最初から弾幕を張ってくるとかな。
 まぁ、これに関しては、広範囲に高威力の攻撃魔法を無差別にばら撒く様な自己顕示欲が肥大した実力者という腹立たしい奴も居るかもしれんから俺の知名度に関係なく油断は出来ないんだが」
「可能性を論じ始めると身動き出来なくなりそうだけどな。それに知名度に関しては難しい所だ。隠蔽にも限界はあるし、知名度そのものは抑止力の効果もあるからね。
 それに、『距離を詰める事』と『制圧する事』がイコールで結べると言い切れるのは君くらいなものだよ。短期決戦になるから後回しにされた者でも戦闘中に君の特性に気付けるかどうかすら怪しいし」

465 小閑者 :2019/01/25(金) 22:04:32
「それも言い過ぎだろ。近接戦闘を鍛えてる者が居れば変わってくるし」
「気軽に言うが、クロスレンジで君を相手に時間を稼げる魔導士が今までに居たか?」
「立ち回りにも因るだろうが、ちゃんと居るぞ。
 今まで会った中で言うなら、アルフ、シャマル以外のヴォルケンズ、あと猫の使い魔のリーゼ・・・格闘の方」
「ロッテな、リーゼロッテ。それにしても一人として人間の魔導士が選ばれないとか。・・・フェイトでもダメなのか?」
「距離を取ることを優先すればいい線行くだろうし、せめて一撃離脱に徹すれば可能性もあると思うんだが、あいつ最近足を止めて打ち合おうとするんだ。
 心意気は買ってるし将来性は十分あるんだが、現時点ではまだ及第点は付けてやれんな」
「・・・そうか、相変わらず厳しいな」
「戦い方の問題だ。
 魔導技術は門外漢だから伸び代までは分からんが、現時点でも十分な技能があるだろう?それを身体能力と合わせて駆使すれば、現時点でも俺を圧倒することは可能なはずだ」
「う〜ん・・・、圧倒は難しいんじゃないかなぁ?
 そう言えば、さっきは聞き流してしまったけれど、一般的に魔導士にとっての『全力』と言えば面制圧より一点集中だって事は分かっているよな?」
「ああ、勿論だ。
 まあ尤も、俺にとってはそれもプラス要因なんだよなぁ。良いのか、こんなに優遇されてて」
「・・・ああ、そうか。さっきの話に戻る訳か。
 でもまあ、それを優遇とは言わないだろ。驚くほど狭いニッチにビックリするくらいジャストフィットしてるとは思うけど。
 威力を落としてまで範囲が広くて密度が高い魔法を用意する物好きはいないだろうしなぁ・・・。可能性としてはその場で魔法を組み上げるくらいか・・・」
「他に用途が無いだろうしな」

 シールドやバリアジャケットを貫通して敵にダメージを与える、そこまでいかなくとも相手の魔力を削るためには、範囲を狭めたり弾数を減らしてでも威力を上げる必要がある。余程の実力差がある場合は例外として、それが魔導士同士の戦闘におけるセオリーであり、魔導士に挑む非魔導士がほとんど居ない現状では魔導士全体の一般論になっている。
 更に、一点に集中させたとしても威力が不足すれば効果が無いから、威力を上げるためにも『溜め』が必要になる。そんなものは恭也どころか一般の魔導士であっても当たってはくれない。となれば高威力魔法を当てるためには、前段階で敵の態勢を崩すための溜めの短さに比例して威力の小さい魔法を駆使する必要がある。例を挙げるならなのはがディバインシューターやアクセルシューターで相手の態勢を崩してからスターライトブレーカーで止めを刺すのと同じだ。
 尤も、それらは『一般的な魔導士なら防御するしかない密度やスピードの攻撃』程度であり、余程上手く運用する方法を確立でもしなければ恭也には効果が無い。なのはがアクセルシューターで恭也を捕らえられず苦労しているのも、まさにこの点である。

466 小閑者 :2019/01/25(金) 22:05:11
 まあ、なのはの魔法は先程の『余程の実力差がある場合』の例外に該当するためディバインバスターどころかアクセルシューターですらも標準的な魔導士ランクの武装局員を制圧出来てしまうのだが。
 因みに、はやてはデアボリック・エミッションをはじめとする広域攻撃魔法を得意とする訳だが、発動までの時間で範囲外まで逃走されるか逆に接近されて制圧されるため、恭也との相性は最悪と言える。少なくとも、誰かの補佐が無ければ模擬戦が成立しない。まあ、はやての場合は相性以前に単独戦闘に致命的に向いていないのだが、それは彼女の魔法の特徴であり用途の差だ。攻城兵器と対人兵器を比較しても優劣など付けられるものではない。

「ところで、まだ続けるのか?映像は決着直前まで来てるぞ」
「おっと、いつの間に」
「って、巻き戻すのかよ」
「『巻き戻す』?・・・ああ、早戻しの事か」
「呼び方なんぞどうでも良い。本気で夕飯に間に合わんな、これは」
「諦めてくれ。長引いてるのは悪いとは思うけど、元々、夕飯はこっちで済ます予定だったろ。こんなに模擬戦が短く済むとは想定してなかったんだし。
 で、話を戻すけど、今回は結局『スピードで躱す』方はやらなかった様だけど、そのスピードで動く場合でもフェイントとか使えるのか?」
「・・・?当たり前だろう?何故、使えない可能性があるんだ?
 アースらの武装局員相手だとフェイントと認識して貰えなかったから、相手は選ぶことにはなるが、『使う』『使わない』は有っても『使えない』では話にならん」
「やっぱりなぁ、恭也に限って仮に使えなかったとしても使えないまま放置、なんてある訳ないか。
 どうしてこんなことを聞いたかと言うと、補助魔法に高速行動を可能にするものがあるんだけど、使った場合に何の妨害も受けてないのに制御しきれずに障害物に激突する事例が多くてね」
「そんなものと比較されてもな。
 まあ、使い勝手を知らんから、音速の10倍のスピードで飛翔する戦闘機でコンクリートジャングルを縫うように飛ぶのと同等の難易度だとか言われれば、一方的に『未熟』と断定するのもどうかとは思う。だが、それなら逆に、制御しきれない魔法を使用する事自体に対して『愚か者』という評価になるな。
 少なくとも、敵前で自身の肉体が制御下に無い状態に自ら陥るなど、正気とは思えない」
「窮地に陥った時に一縷の望みに掛けて、って事が意外とあるんだ」
「それならまあ、分からんでもない。単独行動中であれば、打開策を講じるのも自分自身だからな。『賢人であれば閃く良案』など都合良く出てはこないだろう。
 『博打を打つ前に打つべき手』が尽きれば、方向性こそ違えども次に打つのが博打になるのは俺とて変わらんよ」
「勿論、僕だって変わらないさ。だからこそ、『博打を打つ前に打つべき手』を日頃から少しでも多く用意出来る様に励むのが重要なんだと思ってる。
 っと、画像も合った事だし、次に進もうか」
「やれやれ・・・」




続く


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