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狂女は怪人の夢を見るようです

1 ◆MgfCBKfMmo:2014/03/15(土) 22:16:00 ID:vyLjj43k
ラノベ祭り参加作品

2ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 22:17:49 ID:vyLjj43k
川 ゚ 々゚)「人はいつも何かになろうとしてきたのよ」

ワインの瓶を抱えながら、艶やかに彼女は説明した。

川 ゚ 々゚)「物語も、音楽も、芸術も、現実の自分から離れて別の自分になるためのものなの。
 人類の文化はその願望から発展したわ。そしてその願望の最も純粋な形が演劇だと私は思うのよ。
 だってそうじゃない。演じる人間は何も変わっていないのに、
 少し服装をいじって仕草を変えるだけで別の人間の名前を授けられるのよ。
 繰り返すようだけど、見た目は何も変わってないのよ」

酔いの回った彼女は大袈裟に手を振りかざして自分の言葉を強調した。
そこが彼女の強調したいポイントであることは明白だった。
僕はその様子を静かに見つめていた。

僕は彼女の友人だった。
昔から付き合いがあるだけで、決して恋人関係ではなかった。
それに、彼女には確かに恋人がいた。
その相手は既にこの世にはいなかったのだけど、彼女にとってはそのことは重要ではなかった。

彼女は彼のことを愛していた。

3ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 22:19:45 ID:vyLjj43k
彼女の恋人が唐突に事故死したのはほんの半月前のことだ。
葬式ももう行われて、彼女以外の関係者は日常生活に戻っていた。
彼女だけがあの事故に囚われ続けている。

この日僕の家でお酒を酌み交わすことになったのも、
彼女が突然ワインを抱えて僕の家に乗り込み、話を聞くことを望んだからだ。
僕は拒否することができなかった。

きっと彼女は彼との思い出を語るものだと思ったのだけど、予想は外れた。
彼は自分の仕事の話をした。

彼女は演劇の仕事をしていて、この県の小劇団に所属していた。
例の彼と出会ったのもその劇団で、
付き合い始めてからもお互い一緒の劇団に所属し続けていたと記憶している。
だけど今、彼女の話に彼が出現することはなかった。

4ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 22:20:56 ID:vyLjj43k
気が付くと彼女の語りは止まっていた。
いつの間に話が終わっていたのかわからなかった。
聞き逃したわけじゃないはずだ。
彼女の話を中止したのは彼女自身だった。
トランペットの演奏者がその口を離したときのように、彼女の話は空間に溶けて消えてしまった。

川 - 々-)「夢を見るのよ」

半分瞼を閉じて彼女が新しい話を始めた。
ワインを抱える腕に新たな力がこもった様に見えた。

川 - 々-)「寝ている私の上に誰かが浮かんでいるの。
 ふわふわと黒いマントを棚引かせている。
 私は顔をゆっくり回して彼を見ようとするけれど、
 その人は目だけを隠す形の仮面をかけていて、誰かはわからないの」

川 - 々-)「でも、私にはわかる。仮面に見覚えがあるのよ。
 横長の十字が描かれた仮面。あれをかけているあの人は、きっと――あの人なの。
 あの人が演じた怪人の姿なのよ」

5ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 22:23:37 ID:vyLjj43k
彼女の目が大きく開いた。
柔らかい色合いの蛍光灯の光をより多く反射したけど、
口元に浮かぶ笑みが大きすぎてプラスのイメージを覆してしまっている。
彼女はほぼ端正な顔立ちなのだけれど、口が開いたときだけバランスが崩れる特徴を持っていた。

川 ゚ 々゚)「ねえ、どう思う? どうして彼が私の上に浮かんでいるのかな」

彼女の矛先が僕に向けられて、僕は答えあぐねた。

( "ゞ)「彼は……そうだな。君に会おうとしているのかな」

川 ゚ 々゚)「そう、そうよね。そうなのよ」

彼女は肯定を重ねて一層にんまりする。
きっと彼女の中では答えが決まっていたのだろうと思った。

川 ゚ 々゚)「彼は私の心にいるのね。だから夢に出てくるの。でも彼は死んでしまっている。
 だけどね、私は思うの。彼は死を演じているのかもしれない。だって私の中で彼は生きているのだから」

6ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 22:26:15 ID:vyLjj43k
( "ゞ)「でも」

彼女の話が突飛な方向に行こうとするので、僕は慌てて口を挟んだ。

( "ゞ)「彼は実際死んでいるんだよ。君に会うことはもうない」

川 ゚ 々゚)「わかっているわ。でも信じるのは勝手なの。いいでしょ?」

揚々と言ってのける彼女の瞳に狂気の炎が踊るのを見た気がした。

彼女が帰ったのは深夜だった。
彼女の家は近い。
ふらつく彼女の後を追おうとしたけれど、彼女は首を振って僕を遠ざけた。

彼女は僕を必要としていなかった。



 ★     ★     ★

7ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 22:27:52 ID:vyLjj43k
次に彼女を見かけたのは、帰宅途中のことだった。
疲れを感じつつとぼとぼと歩いていると、道の先から男女の口論が聞こえてきたのだ。
その女性の方は明らかに彼女だった。
僕は嫌な予感がして、足早に道を進んだ。

彼女は公園にいて、相手の男に飛び掛からんばかりの勢いだった。
僕は慌てて彼女に駆け寄り腕を抑えた。
彼女は肩を震わせていた。

ミ,,゚Д゚彡「おい、あんたが保護者か?」

相手の男が僕に追求してきた。
丈の長いコートを着た、短い髪の、全く知らない男だった。

( "ゞ)「友人だけど、似たようなものだよ」

ミ,,゚Д゚彡「それはよかった。早くそのおかしい女を家に閉じ込めてくれよ。
 引っかかれたことはこの際気にしないでおくからさ」

8ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 22:30:20 ID:vyLjj43k
コートの男は吐き捨てるように言って、さっさと公園の出口に行ってしまった。
彼女は興奮しつつも、男を追おうとはしなかった。
あの男自体に興味があるわけではないように思えた。

僕は彼女をベンチに連れて行き、並んで腰かけた。
公園の隅っこに鎮座していた、木製の粗末なベンチだった。

( "ゞ)「飲み物はいるかい?」

川 ゚ 々゚)「いらないわ」

( "ゞ)「ようやく落ち着いたようだね」

川 ゚ 々゚)「最初から落ち着いているわよ」

彼女は憤慨したようで、僕を睨みつけてきた。
僕は身をすくませた。

( "ゞ)「落ち着いている人はむやみに人を襲わないよ」

9ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 22:33:02 ID:vyLjj43k
川 ゚ 々゚)「襲ってなんかいないわ。質問しただけよ。
 後姿が彼に似ていたから、あの人の名前を呼びかけただけ」

( "ゞ)「本当にそれだけ? あの人は引っかかれたって言っていたけど」

川 ゚ 々゚)「それは……不可抗力よ。答えもせずに逃げようとするからよ」

( "ゞ)「なあ、いいか。
 僕の意見だけど、知らない人に突然知らない人の名前で呼ばれたら、
 警戒するのは当然だよ。狂人と思われても仕方ない」

川 ゚ 々゚)「狂人ですって?」

まさか、という様子で彼女は口を大きく開き、息を思いっきり呑んだ。

川 ゚ 々゚)「私が狂っているって言うの?」

10ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 22:36:22 ID:vyLjj43k
( "ゞ)「……なあ、落ち着こう。別に君を貶そうとしているわけじゃない。
 君は冷静になるべきだ。彼はいないんだ。わかっているだろ?」

川 ゚ 々゚)「……わかっているわよ」

小さく、彼女は応えた。
興奮は沈んだかに見えた。

僕は大きく溜息をついた。
いつの間にやら僕自身の鼓動も大きく脈打っていたようだった。

彼女に帰宅を提案しようとしたが、
それが実行される前に、彼女はぽつりと呟いた。

川 ゚ 々゚)「夢を見たの。黒いマントの彼の夢」

11ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 22:38:27 ID:vyLjj43k
彼女の目は下の落ち葉を見つめていた。
昼の間に降り注いだであろう、山のような落ち葉たち。
大勢の人に踏みつぶされてくしゃくしゃになっている。

川 ゚ 々゚)「彼は私に近づいてきたの。
 その懐は煌めいていた。
 何が光っているのか、よく見てみると……ナイフがあったの。彼は私に刃を向けていたの」

( "ゞ)「お祓いでもした方がいいんじゃないか?」

思い詰める彼女を窘めようと、僕はそう言った。
気軽に言ったのだけれど、その雰囲気は彼女の重さによりかき消されてしまった。

川 ゚ 々゚)「彼は私に会いに来ているの。そして私は彼に会いたいの」

12ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 22:39:45 ID:vyLjj43k
( "ゞ)「帰ろう」

僕は彼女の手を引いた。
抵抗は少なかった。
たとえ抵抗されても無理やり連れて行くつもりだった。

( "ゞ)「早く帰って寝よう。なんなら僕の家に泊まってもいいんだぞ」

彼女からの返事はなかった。
彼女はすっかり表情を薄くしてしまっていて、首を横に僅かに振っていた。

僕は彼女を彼女の住むアパートに連れていった。
入口の塀までくると彼女はすっかりおとなしくなって、僕に礼を言って三階にある自分の部屋へと帰っていった。
部屋に入るところまで僕は見つめていたのだけれど、彼女はついに僕を見ることはなかった。



 ★     ★     ★

13ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 22:41:33 ID:vyLjj43k
数日後、僕は彼女の所属する小劇団についてインターネットで調べてみた。
ホームページには過去の公演の写真が並べられていた。
僕は彼女が言う怪人のことを探した。

丈の長い黒いマントに、横長の十字が刻まれた仮面。

ようやく見つかったその写真には五年前の日付がつけられていた。
その下には写真の説明が書かれていて、彼の名前も薄い文字で控えめに書かれていた。
亡くなった人に対する配慮なのだろう。彼は確かに亡くなっていた。

念のために名簿も確認してみた。
やはり彼の名前はない。
画面を閉じようとしたとき、違和感に気づいてもう一度名簿を最初から最後まで眺めてみた。

今度は疑問が確信に変わった。

そこには彼女の名前が無かったのだ。

14ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 22:43:30 ID:vyLjj43k
彼女が所属していなかったわけではない。
僕は以前彼女に誘われてその小劇団の演劇を見たとこがあった。
彼女は最近になってその名前を名簿から削除されてしまったのだろう。

いったいどうしてと考えると、あの公園での彼女の様子が思い浮かんだ。
狂気を纏った彼女の目。
僕は暫く眉根を寄せて考え込んだ。

小劇団に電話をしてみることにした。
電話に出たのは副団長だった。
僕は彼女のことについて電話で質問をしたが、副団長は不自然に口調を濁らせた。

僕は名前を名乗り、彼女との関係を話して副団長の話を促した。
やがて彼は観念したように説明をした。

「彼女は一身上の都合で退団しました。私から言えるのはそこまでです」

強い口調でそう言うと、副団長は電話を切ってしまった。
僕はすぐには通話を切ることができなかった。



 ★     ★     ★

15ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 22:44:57 ID:vyLjj43k
しばらくして、僕はその小劇団の観劇をしに市民文化ホールを訪ねた。
入口で名簿に名前を書くと、しおりを渡され、小ホールに案内された。
赤いシートは見た目通り柔らかくて、座るといい具合に沈み込んだ。
このまま眠るのも悪くない。

演目は彼らのオリジナルのシナリオだった。
簡単な説明がしおりにあったが、うっかり読み忘れたので、僕はなんとか内容に食らいつこうと話に集中した。
妖怪とギリシア神話が交錯する複雑な背景の元、軽妙な会話の交わされる独創的な劇だった。
脚本の甲乙がつけられるほど知識があるわけではないが、人を選ぶ内容なのだろうとは思った。
事実僕は何度となくそのユニークさに突き飛ばされる感覚を味わった。

それでも僕が見ていられたのは、以前彼女から聞いた話を覚えていたからだった。
演劇は純粋に誰かになろうとする文化だということ。

僕は次第に演者に注目するようになった。
彼らはそれぞれ役の中で名前を与えられている。
本当の名前もあるのだけれど、僕はそれを覚えていない。

16ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 22:46:47 ID:vyLjj43k
僕の中で彼らはその役名の人だった。
彼らもまたその役名の人になりきっていた。

不自然なほどに表情をコロコロ変えて、不自然なほどに長いセリフを吐く。
不自然とは言うけれど、それは現実の彼らを想定するからだ。
彼らの演じる役名の人を想定すれば、それはその役にとっての自然だった。

彼らは必死に自然を演じ、役名の人を顕現させようとしていた。
その視点は彼らの熱意を汲み取る助けとなり、僕は劇にのめりこむことができた。

幕が下りたとき、僕は一抹の寂しさを覚えた。
劇は終わってしまった。
僕はさっきまで見ていた人はもういなくなっていた。

唐突な消失は、しかし死の喪失とは違っていた。
キャラクターは消えるべくして消えていた。
あえていうならば、実に爽やかな幕引きだった。

17ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 22:49:38 ID:vyLjj43k
出口に向かう途中、「すいません」と声を掛けられた。
身なりの整った、管理職がよく似合いそうな中年の男だった。
知らない男だと思ったが、その声には妙に聞き覚えがあった。
話してみると副団長だとわかり、納得した。

(‘_L’)「名簿を見ると名前が見えたもので、担当者に聞いてあなたに声を掛けたんです。
 先日は急に電話を切ってしまってすいませんでした」

驚くほどに丁寧に、彼は僕に謝罪した。
僕は面食らって慌ててしまった。

( "ゞ)「謝ることはないですよ。あんなこと突然質問してしまってすいませんでした」

(‘_L’)「それはいいんですよ。
 私どもとしても、彼女が突然辞めてしまったことで忙しくなっていたんです。ナイーブな時期だったんです」

副団長はようやく頭を上げて、僕を見てくれた。僕よりわずかに背が高いようだった。

18ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 22:51:45 ID:vyLjj43k
(‘_L’)「もしも聞き足りないことがあれば私に言ってください。お答えできることがあれば答えます」

(; "ゞ)「急に言われましても」

僕はやや困って頬をかいた。

( "ゞ)「彼女が辞めた理由……わからないんですか?」

( -_L- )「ええ。わかりません。彼女は優秀な演者だったのに」

副団長は目を伏せて悲しげに言ったのち、急に思いついたように僕を見つめた。

(‘_L’)「むしろあなたの方は知らないでしょうか。彼女がどうして辞めたのか」

いきなりの質問だったが、心当たりがないわけではなかった。
僕は彼女が心を病んでいたことを説明した。
夢の中で、黒いマントの男にナイフをかざされていたことも、話した。

19ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 22:53:50 ID:vyLjj43k
(‘_L’)「そのようなことが……」

副団長は眉を吊り上げて呆然としていた。
彼女を狂人と扱わないあたり、彼の彼女に対する信頼の厚さがうかがえた。
その副団長にしたって彼女のことはわかっていないのだから、僕にわかるはずがない。

( "ゞ)「彼女はその人を彼と――恋人だと思っていたんです。きっとだからこそ、囚われてしまったんでしょう」

僕がそう説明を終えると、副団長は重々しく頷いた。
ところが、その動作の途中ではたと止まり、目を瞬いた。

(‘_L’)「どうして彼だと思ったんですか?」

( "ゞ)「え?」

今度は僕が目を瞬く番だった。

20ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 22:55:34 ID:NRqn5Tlc
支援

21ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 22:55:43 ID:vyLjj43k
( "ゞ)「彼がマントの怪人の役だったからだと……違うんですか?」

(‘_L’)「いえ、確かに彼もそうなのですが」

副団長は瞳を上の方に向かわせる。

(‘_L’)「実はあの演劇で、怪人は二人いるのです。本当の怪人と、それに憧れる模倣犯が」

副団長の説明を、僕はゆっくり吟味した。

( "ゞ)「つまり、黒マントの男がいたとしても彼だとは限らない?」

僕が勢いづいて質問すると、副団長は素直にうなずいた。
僕は息まいて言葉をつづけた。

( "ゞ)「それじゃ、いったいそのもう一人の怪人は誰が演じていたんですか」

22ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 22:57:52 ID:vyLjj43k
(‘_L’)「それは――」

副団長は間をおいてから、目を剥いた。
答えを見つけ、それに自分でも驚いている仕草だった。

(‘_L’)「思い出しました。演じていたのは彼女ですよ」





僕の元に警察から連絡が入ったのは、それからさらに数日後のことだった。





 ★     ★     ★

23ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 22:58:54 ID:vyLjj43k
彼女は自殺を図った。

彼女は三階の自室のベランダから飛び降りた。
死ぬつもりで飛び降りたらしいが、途中で二階の住人の洗濯物に腕が引っかかり、壁に身体を打ち付けてから落下した。
衝撃が緩和された結果、彼女は一命を取り留め、今は病院に入院している。
目立った外傷はもう無くなっていたが、未だに目覚めないままでいる。

これらの経緯は警察が僕に話してくれたことだった。

警察はアパートの住民の連絡で事情を調べていたらしく、僕への質問も彼女の素行についての調査だった。
彼女が精神を病んでいたことはすでにほかのアパート住人にも有名であり、僕の説明は大した情報ではなかったようだった。
聞いている警察官の表情がそう物語っていた。

僕の身辺が落ち着いてから、僕は彼女に会いにいった。

24ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 23:00:33 ID:vyLjj43k
彼女は隔離病棟にいた。
部屋に入ると母親が傍に座っていた。
母親は僕と面識があったので、僕に気づくと目に涙を湛えながら深々と頭を下げた。

「申し訳ない」と彼女は声を震わせた。
僕は首を左右に振った。

( "ゞ)「誰も悪くないです。彼女もきっと、ただ彼を想い続けていただけなのです」

無理やり擁護したわけではない。
それが僕の本音だった。

彼女は彼に会いたかっただけなのだろう。

死んで彼に会えると思ったのだろうか。
それは正しいのかもしれないし、大間違いかもしれない。
死後の世界があるかなんて人間にはわからない。
生きている限りは、それがあるという振りをすることしかできない。

25ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 23:02:56 ID:vyLjj43k
彼女の母親をそっとしておき、僕は彼女に目を向けた。
彼女は目を閉じて静かに呼吸をしていた。
身体は横を向いているが、大きく動く気配はない。

もう騒いでもいないし、主張もしない。
引っ掻きもしてこない。
狂気があるかどうかもわからない。
彼女はとても落ち着いている。

ある意味では彼女はこれで幸せなのだろう。
そう思うことにして目を離そうとしたが、奇妙な違和感が僕の思考を掠めた。
僕はもう一度彼女の顔をよく見ることにした。

彼女の目元、口元、鼻へと視線を動かしていって、
やがてその目から頬にかけて一筋の涙の痕があることに気づいた。

26ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 23:05:16 ID:vyLjj43k
彼女は悲しんでいるのだろうか。

どうしてだろう。

僕が思い出したのは、副団長が教えてくれたアイデアだった。


黒マントの怪人は彼女かもしれない。


僕の頭の中に、全く別のストーリーが浮かんだ。

彼女は初めから彼がいないことなど承知でいて、
それにも関わらずあえて自分を騙し、そうして彼がいると夢想する喜びに浸っていたのかもしれない。

さながら狂女を演じるように。

その狂気に対して、ほかでもない彼女自身が、
夢の中で怪人に扮してナイフで襲いかかっていたのではないだろうか。

27ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 23:07:49 ID:vyLjj43k
飛び降りたのは狂気のせいだ。
でもそのあと彼女は洗濯物に腕を打ち付けた。

これが事件の概要だ。
しかし、それは果たして自然の成り行きなのか。
彼女は自ら洗濯物に腕を伸ばしたのではないか。
彼女の中の狂気を食い止めるために。

目の前の彼女はもう口を開かない。
涙の意味は僕にはわからない。
僕は彼女にとって必要ではないから。

僕はただ、彼女が幸せだと信じることしかできない。

窓際のカーテンが風に吹かれ、微かに擦れる音がした。
それが止んでも、仮面の怪人のはためくマントが、ふわりと脳裏に浮かび続けた。



http://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_1500.jpg



〜おわり〜

28ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 23:09:15 ID:vyLjj43k
以上です。

さようなら。

29ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 23:10:50 ID:???


30ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 23:13:22 ID:VjufZVW6
乙乙 かなり好きだ

31ブーン系の名無しさん:2014/03/15(土) 23:50:18 ID:???
乙、好きな雰囲気だ

32ブーン系の名無しさん:2014/03/16(日) 00:23:30 ID:R5OjF8sI
おつ

33ブーン系の名無しさん:2014/03/19(水) 19:51:53 ID:lXp.klkc
おつ

34ブーン系の名無しさん:2014/03/21(金) 16:00:39 ID:???
乙、空しいな

35ブーン系の名無しさん:2014/03/27(木) 13:55:08 ID:???

イラスト使っていただきありがとうございました
http://imepic.jp/20140327/499170


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