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名家のしきたり
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彼女の家が名家なのは有名な話で、まさかこんな地方の私立高校にその令嬢がいるなど思ってもいなかったもんだから、入学した時は相当驚いた。彼女、浅村さんは物静かな人で、成績もとても良い。しかし、私にはそんなことよりも、彼女のうなじ、尻胸などの要所要所が絶妙なエロスを醸し出していることの方が大事だった。男子高校生とはそういう生き物なのである、仕方ないと思うんだ。
そんなある日、彼女は長期間の休学をすることが伝えられた。神妙な、いや、どこか緊張というか、その裏になんとなく、なにかを恐れる気持ちを隠したような、そんな表情で彼女は私たちに別れを告げた。そして、数ヶ月も経つと彼女のことはもう誰も話さなくなった。
そんなある日のことである。私に1本のメールが送られてきた。タイトルは「依頼」。無論学生故に何かの商売をやっているわけでもない私は、怪しみつつもそのメールを開いた。文面はこんな感じになっている。
当家の娘が最近休学をしたことはそちらもご存知かと思われます。
さて、色々と説明するのが本当はよろしいのでしょうが、今回はざっくりとしたことしか申し上げ兼ねますのでお許しください。
単刀直入に申しますと、我が家には1つ伝統がありまして、その伝統の協力者として、貴方が適任であると判断されたのです。
その伝統とは、娘がこれから跡継ぎを身籠って、その出産までの過程、そして出産を全て、娘の想い人が見守るというものです。何卒どうか、よろしくお願いいたします。
なお、このメールの内容、また、このメールを受け取ったことなどは、一切他言無用でお願いいたします。
怪しすぎる文章の後に、URLが付いていた。怖いもの見たさもあって、私はそれをクリックしてみる。
飛ばされた先には、1本の動画らしきものがあって、好奇心のままに再生ボタンを押してみると、そこには白装束のを着た浅村さんと、1人の女性が木造の部屋で正座をする映像が映し出された。チラリと見える太もも、若干見える胸…ブラが見えないので、恐らく彼女は下着を着用していないという推測ができた。エッロ。
彼女は間もなく横になり、その周りを女性が歩く。何周か歩いたところで、女性が彼女の秘部に向かい合う形で座った。そして、女性が秘部の方へと手を伸ばした。
浅村さんは何かに必死で耐えるような表情をしている。そうしてしばらく経つと、女性が部屋から去った。浅村さんは股を閉じている。恐らく、後継の種が今、浅村さんの子宮で根を張ろうとサバイバルレースを開いてるんだろうなぁ…
そう推測するうちに、動画は終わっていた。というか、私は彼女の想い人だったのか、惜しいことをした…だがいい。どうやらこのメールは本物だし、私は妊娠出産を性癖とする変態なのだ。浅村さんには悪いが、私の全身は、性的な興奮で満たされていた。
主人公(16歳):妊娠出産は性癖だが、その事実は自身しか知らない。
スカトロ、過激な描写はなしで、1週間に一回送られてくる妊娠過程の動画を、主人公が延々と実況します。
直接的な性描写(射精、セックスなど)は控えていただけると幸いです。
彼女以外の妊婦は登場せず、また、登場人物は基本主人公と浅村さんのみです。
また、妊娠の内容は43週目で産気付き、4日間の陣痛を経て出産するのを予定しています。胎児は4600g以上重くせず、多胎もなしです。
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それからの数日、俺はソワソワしながら日々を過ごしていた。
頭に浮かぶのは儀式の浅村さんの姿。そして、疑問。
あの時結んだであろう受精卵の、精子の父親は誰なのかという疑問だ。
あの時映っていたのは、浅村さんと女性だけ。当然映っているはずの男性が居なかったのだ。
行為的にもそう言う性的な映像はなかったし、両性具有…いわゆるふたなりと言う感じも女性からは感じなかった。
その疑問を解決したのは、最初のメールから1週間を過ぎた頃のメール、タイトルは「依頼を受けていただきありがとうございます」だった。
メールのタイトルに書きました通り、依頼を受けていただきありがとうございました。
さて、貴方が疑問に思っているであろう、後継ぎの種についてお話しいたします。
当家の伝統として長らく続いているこの「儀式」ではありますが、以前はいわゆる閉じられた「村」での「祭り」として、当家に生まれた女性は不特定多数の方に抱かれていました。
しかしながら、出産後に精神を病んだ者が何人かいる事、また娘の意思を尊重し、
今回の「儀式」からは想い人の種…つまり貴方の種を使う運びとなりました。
方法としましては高校に頼みまして、全校生徒に精子の検査として採取。
そこで採取した貴方の精子を、我々が責任を持って娘の卵子と人工受精。
それを娘の子宮へと戻した…それが先日の動画でございます。
さて、今回も動画のURLを添付させていただきました。
繰り返しになりますが、メールの内容、またメールを受けとったことは一切他言無用でお願いいたします。
文面を見て、ストンと疑問に思っていたことが納得できた。
彼女が長期的な休みに入った頃、身体検査で何故か精液の提出を求められたことがあった。
なんでそんな検査をする必要があるんだろうと思っていた疑問も一緒に解けた…気がする。
俺はそう思いながらURLをクリックした。
前に見た木造の部屋とはうってかわり、洋式トイレを写すようなアングル。
その部屋に浅村さんが入ってきた。
手には箱…このアングルでは見えにくいが、『妊娠』『薬』と読めることから察するに、『妊娠検査薬』だろう。
その箱から棒状のものを取り出すと、一瞬躊躇うように眺めながらもトイレの中に入れる。
しばらくして取り出したそれを、またじっと眺める浅村さん。
眺めおわったのか、カメラに向けてその検査薬を見せる浅村さん。
その検査薬にクッキリ映る線…おそらく、「陽性」の印。
その奥に映る、不安と希望が混じったような表情。
そこで動画は終わっていた。
それからしばらく、俺は浅村さんが「孕んだ」と言う事実と、動画に映る表情をオカズに自慰をしてしまったのだった。
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(検査薬に反応が出るのは早くて5週目からみたいなのでその体で構成します)
――妊娠6週目。
一週間後、再び動画付きのメールが送られてきた。
動画の内容は下着姿の浅村さんが横を向き、そこにお手伝いさんなのか一人の女性がメージャーを片手に身体のサイスを図っていくというもの。
映像として残されるのが恥ずかしいのか、浅村さんの頬が赤くなっている。
それはそれとして、初めて目にする彼女の下着姿に俺は興奮を隠せなかった。
普段は服というヴェールに覆い隠されいたその身体。
その胎には俺と浅村さんの子供がいるにも関わらうず、まだ青い果実の様に瑞々しくある。
これから徐々に変わっていくであろう浅村さんを思い、俺は自慰の手を止めれなかった。
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そして次の週。
先週と同じような内容の動画が送られてきた。
流石にお腹はまだ出ていない、というか、先週より少し凹んだ気がする。
すると、動画内で初めて、浅村さんがその声を発した。
「最近、悪阻が来てて…全身をホルモンが暴れ散らしているみたいな感覚で…滅多に食べないジャンクとかの匂い以外は、吐き気がすごいです…」
頬の僅かに染まった浅村さんは、よほど恥ずかしいのかそのまま下を向いてしまった。
その視線の先には、Eより少し小さいくらいの、素晴らしいサイズの実りがある。
彼女が学校に来ていた頃に予想していたよりはるかに大きいそれは、彼女が隠れ巨乳?であったことを示していた。
セーラー服の下にそんな爆弾を詰め込んでいた彼女は、今他でもない私の子を妊娠して、悪阻に苦しんでいるのだ。
彼女がモジモジと顔を赤らめて終わった動画を何度も見返し、俺はその事実の背徳感に溺れていくのだった。
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携帯電話を前に俺は今か今かと待ち続けていた。
週一の浅村さんの経過報告。それは浅村さんだけではなく俺もまたそれを心待ちに待つ為に生活習慣が変わっている。
余計な雑事を既に片付けて、テレビを付けているのにちっとも頭に入らない。ソワソワする俺を母は変なのと笑っていた。
――着信音。
来た。見もしないテレビを消して自室へと戻る。
逸る気持ちを抑えて、ゆっくりと息を整えた後に未開封のメールにタップした。
動画の内容はこれまでのモノとは一工夫が施されていた。
女の子らしい淡い色のスウェットを着た浅村さんとサポート役である女性。彼女らが手に持つのは、裸身の浅村さんが映し出されたフリップ。
妊娠2ヶ月が終わるこのタイミングで、何処が変わったでしょうか。というちょっとしたクイズ形式な内容である。が、自身の裸身をネタにしている為に羞恥に頬を赤らめ、目を伏せる浅村さんが初心で可愛い感想しか沸かなかった。
正解は胸部のバストアップと乳首の着色とのこと。
いや、分からない。画面越しだからか。
乳房も乳首も全然変わっているようには見えなかった。それこそ、日々を彼女の傍で過ごさなければ分らないのでは…。
改めて、彼女が俺の手の届かないところにいるのだと少しの寂寥感が襲った。
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そんな俺を現実に戻したのは再びの着信音。
1週間に2回来るのは初めてだ。
最初のメールのURLをクリックするより少し緊張しながらそのメールを見た。
文面を要約すると、浅村さんのつわりが激しく不安だと言うことと、出産時に出来るだけ俺との繋がりを感じたいと言う浅村さんの意見で、
今回のしきたりからは試験的にテレビ通話を導入するとのこと。
浅村さんと俺だけが使えるスマートフォンアプリを開発して、さらにパスワードとIDで他人が使えないようにする…とかいう、流石名家と言った感じの方法らしい。
これまで通りの動画と共に、臨月までは月1回アプリを試験的に不定期で運用。
出産時に本格的に使用…といった感じのようだ。
早速俺はメールに添付されていたアプリをダウンロードして、着信が来ないかソワソワしてしまうのだった。
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独特な通知音が鳴る。
来た。
俺はアプリを起動する。深呼吸をし、高鳴る気持ちを落ち着かせながら。
体重を預ければ、ベットがギシリと軋む。
時計を仰ぐと割と時間が過ぎてることが分かった。
一瞬のことだった。
久々に会話をした浅村さんはやはり、何処か元気がなくて…だけど、俺はそんな彼女に対して本当に向き合えていただろうか。なんて、会話の内容を反芻しながら思う。
確信に触れないように、長い距離が空いてしまった故に他愛のない雑談から探り探り。
そんな俺を見透かされたのか。
通話の終わり際に浅村さんが口にしたありがとうの一言。
どういう心境でそれを言ったのか。俺は不安を抱える彼女の力になれたのか。
ぐるぐるとあてもなく考えが回る。
結局のところ、今の俺に納得のいく落としどころを得ることはないまま。夜は過ぎていくのであった。
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「…結局寝れなかった」
浅村さんと久しぶりに会話して、考えごとをしていたら日が昇っていた。
不幸中の幸いか、今日は休日で良かったと思う。
その考えている時間で俺は心に決めたことがある。
「不安な事や心配な事を出来るだけ聞いて、自分も悩み考えながら出来るだけ気持ちを楽にさせてあげたい」ということ。
妊婦フェチ…というだけじゃない。浅村さんだから、してあげたいと思った。
高嶺の花だと思ってなかなか近付かなかったのに、それでも浅村さんの「想い人」だった…
そんな俺に出来る、せめてものお礼だと思う。
次にアプリの着信があったらそのことを伝えようと、俺は日常でスマホを見る頻度が増えていた。
それから、動画のURLは2回送られてきた。
1回目は、まだ目立ってふくらみはないものの、少し大きくなったという身体測定の動画。
2回目は、隠しカメラのようなアングルから映す食事の様子と、そのあとの嘔吐のようすで、つわりがまだ続いている…と言った内容だった。
つわりが辛そうだな、と思いながら2回目に来た動画を見た数日後の土曜日。
部屋でゴロゴロ過ごしていると、浅村さん専用のテレビ通話アプリの着信音が鳴る。
一瞬緊張したものの、深呼吸をして心を落ち着かせ、俺はその着信を取った。
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「うん……それじゃあ、またね」
名残惜しむ声に尾を引かれる思いが沸き立ちつつも通話を切る。
画面を見れば、過去に例のない通話履歴が残っていた。
「はぁ〜」
ベットに飛び込めば、鈍く軋む音が鳴る。
胸にため込んだ思いを浅村さんにぶつけた。
不安な心境に揺れる彼女に真摯に向き合おうと決意して。
「浅村さん…」
独り言ちた呟きは枕へと沈む。
結果を見ると、俺と浅村さんの距離は大幅に縮まった。
それは胸に秘めた想いを互いに共有するまで。
何時か、再会の機会があれば……。遠い未来を思いつつも、それが叶うか否かは誰にも分らなかった。
翌週、送られてきた画像には表情が柔らかくなった浅村さんがそこに居た。
妊娠三ヶ月も半ば、下後姿でなければ妊婦と分からないくらいに少し突き出たお腹を慈しむように両手で撫でながら。
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(43週目が8月をイメージ)
あれから数回の動画配信があって、週数が進むたびに少しずつ下着姿だとお腹が目立つようになっていた。
今日見ているのは、エコーで赤ちゃんの様子を確認している所。
お腹に器具を当てられている浅村さんは、少し動く赤ちゃんを見ながら笑みを浮かべていた。
…最近、動画を見ていると浅村さんはこんな感じで笑みを浮かべる事が増えた。
先生にも笑みが増えた事を指摘された浅村さんは、
つわりが軽くなったから、とか胎動を感じるようになったから…と言っていたけれど、
俺の気持ちを伝えたからもある…と信じていたい。
インターネットの「週数から予定日を計算出来るサイト」によると、大体7月…あたりなのかな?予定日は。
もちろん早産の可能性も、遅れる可能性もあるけれど。
丁度その頃は夏休みだから、カメラ越しででも浅村さんの出産に立ち会える…はずだ。
浅村さんが陣痛に苦しむ姿を想像しながら、俺は動画をずっと眺めていた。
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(13〜14週目)
今回、送られてきた動画では大きくなり始めた浅村さんの身体に妊娠線ケアのクリームを塗るという内容であった。
妊娠の経過が進むにつれて、いよいよ彼女の身体は妊娠の影響が顕著に現れ始めている。
『貴方には綺麗な私を見てほしいから』と、この間の通話で話したひたむきな浅村さんに顔が火照ってしまったのは記憶に新しい。
だけど、クリームが肌に触れた際に思ったよりも冷たかったのか、眉をひそめた彼女の表情、それでも手を止めることなくクリームを広げ、妊婦な彼女の身体にクリームが延びていく光景は何処か淫靡な神聖さがあって、思わず興奮してしまった。
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「今日は神社にお参りに来ています。」
何回目だろう。多分16回目の配信かな。
珍しく…いや、初めてかもしれない。
浅村さんは外の動画を撮ってもらっているようだ。
「今日は5ヶ月…安定期に入ったので、帯祝いの関係でお参りに来ました」
帯祝い…確か、妊婦さんが5ヶ月の戌の日に腹帯をもらって、その帯を付けて安産祈願をする日だっけか。
「…という訳で、昔からしきたりをしてきた女性が安産祈願をしてきたという、浅村家保有地の神社に来ています。
ここは、浅村家関係の人物しか場所を知りません」
そんな説明をした後、カメラを使用人に渡して、もう1人の使用人が側でサポートしながら、10段ほどの境内へ向かう階段を上がった。
階段の先には朱色の鳥居。そして、古びているが手入れがされた小さな神社。
その神社の階段を上がり、鈴をカランカランと鳴らしお参りをする。
最近見せるようになった笑みではなく、真剣な顔の浅村さん。
隣に居るのが使用人じゃなくて俺だったら、もっと今より俺も浅村さんも幸せだったんだろうな。
そんな事を思いながら、俺は動画の浅村さんの頭とお腹を撫でるようにスマホを指でスワイプしていた。
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場所を移して…おそらく、そのまま社務所の中へ。
折角なので頂いた腹帯をこの場で身に着けてみよう、という事になったみたいだった。
いつもと違う環境下で肌を晒す為か、頬を赤らめる浅村さん。
上着を脱ぎ、下着姿になった彼女の姿はいよいよ妊婦真っ盛りといったところである。
お腹の膨らみの始まりがより一層上に、そこから緩やかな曲線を描いている。
妊娠線ケアの甲斐あってか、綺麗な肌を維持したその膨らみの真ん中を正中線が薄く走り始めている。
可愛いのを選んでるんですよ。と、この前の通話で話した彼女が身に着けているマタニティショーツは淡いピンク色。バストアップした為に下着を共に一新したのか、ブラジャーもまた同様の色合いである。
そのショーツの上にクルクルと腹帯が巻かれていく。
前もって練習していたとも見れるくらいにスムーズに巻かれて、あっという間に浅村さんのお腹は腹帯の内へと隠れてしまった。
動画の最後はもっと可愛いモノ(腹帯・マタニティガードル)を探しますね。と言い残す浅村さんであった。
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次に送られた動画も、帯祝いの動画みたいに外での映像から始まった。
今回はどうやら、並木道みたいなところの入り口で撮影しているようだ。
「ここは、私の家の敷地内にある常緑樹の並木道です。
一年中緑が見れて、とても気持ちがいいです。
周りの家からも見られにくい場所にあるので、最近はここを歩くのが日課になっています」
そう言って浅村さんはカメラを使用人に渡すとゆっくり歩き始めた。
「つわりのピークの時は、外に出るのもキツくて。
でも、つわりが楽になって安定期になってからは、よくここに来ています。
元々好きだったのに加えて、出産に向けての体力作りと、胎教にいいかな…って」
そう言った浅村さんの後ろを映しながら、少しずつそのシーンはフェードアウトしていった。
次のシーンは、マタニティショーツ姿の浅村さん。お腹にはしっかり妊婦帯をつけていた。
「マタニティガードル?妊婦帯?をつける前はちょっと動きにくかったんですけど、
着けてからは動きやすくなりました。お腹は暖かいし、腰も楽になった気がします。
散歩を始めたからかもしれませんが…」
そう話しながら浅村さんは横を向く。
まだ大きく膨らんではいないけど、数週間前までよりは明らかに前に出ている。
「つわりが終わって、食べられるようになってから赤ちゃんの成長が目立つようになった気がします。
今はまだお臍も目立たないですけど、もっと大きくなるとお臍も浅くなったり出たりする…かもって、先生には言われました」
苦笑いみたいだけど、その顔は嬉しそうだ。
「来週か、再来週か…今週かはまだわからないですけど、テレビ通話楽しみにしてますね」
そう話して手を振って、そのまま動画は終わるのだった。
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おぉ…」
送られてきた動画に思わず声が漏れる。
画面に映し出されているのは、プールサイドに立つ水着姿の浅村さん。
今回はマタニティスイムウェアのお披露目みたいだ。
身に着けているのはワンピースタイプの黒いシンプルなモノ。
レースで編みこまれた薄い生地越しに谷間が覗かしているそれは、少しだけ浅村さんの拘りを感じさせる。
それにしても……やはり、絵になる。
名家の令嬢としての雰囲気がシンプルなワンピースと相乗効果を生み出しているに違いない。
浅村さんの魅力を今一度知らしめられ、惚れ直してしまいそうだ。いや、惚れ直した。
プールサイドを歩いたり、水面に足を着けてバシャバシャと、リラックスにして遊ぶ姿から泳ぐことを主目的とはしていなそうだ。
と、思っていたら動画の最後でネタ晴らしがあった。
実はこの撮影のためだけに用意した水着らしく、マタニティスイミングにはセパレートタイプのモノを着用する予定だとか。
少しだけ茶目っ気を出して、セパレートタイプの水着片手に笑う浅村さんにすっかり俺は騙されたーなんて、思いながらもつい釣られて笑ってしまった。
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次に送られた動画は前回の動画の最後に見たセパレートタイプのマタニティスイムウェア。
色は前と同じ黒だけど、白いストライプが何本か入っている。
プールに入って仰向けになって、腕に浮き輪をつけて浮かんでいるのを他の人が撮影してる…って感じだ。
まだそこまでお腹は大きくないけど、明らかに赤ちゃんがお腹にいる、って感じの膨らみ方をしている。
「こうして水に浮かんでると、お腹の赤ちゃんもこんな気持ちなのかな、って考えちゃいますね」
浅村さんはそう呟いて、溺れないよう気を付けながらお腹を撫でた。
「最近胎動かな?って感じることが増えました。貴方みたいに元気いっぱいで…ふふ、ちょっと嬉しいです」
クスリ、と小さな笑みを浮かべる浅村さん。続けてカメラ目線で話す。
「そういえば…貴方を好きになった最初の理由…まだ話してないかもしれませんね」
そう言って浅村さんは昔の話を始めた。
「私の小さい頃…幼稚園くらいかな?
その頃からお父様は『浅村家』の娘だから人を選んで付き合うようにって言われてて。
だから、私は近寄りがたいオーラをその頃から出してたんだと思います。
なのに、そんな私を気にせず話しかけてくれたのが貴方でした。
それからかな?幼稚園の間はずっと貴方を見てて…話して…
「あさむらさんと、けっこんする!」って言われた時も嬉しくて…
でも、小学校中学校は学校が別々で。
そのせいかな?貴方の名前を高校で見た時は…幼稚園の時の気持ちが再燃した感じがして。
だから…私は悩んでいた想い人選びを、その時終わらせたんです。
どうしても貴方の子供が産みたくて、お父様やお祖父様に頼み込んで…
その結果、貴方の子供が出来たんです。」
その顔は、今までにない笑みを浮かべていた。
動画が終わった後。
俺は幼稚園のくだりを聞くために、シークバーを前に戻す。
再生して少しした時、急に専用のテレビ通話アプリの着信が来た。
少し深呼吸をして、俺はそのアプリを開いた。
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画面に淡い色合いのルームウェアを着た浅村さんが映し出される。
数を重ね、お互いにこの環境下の会話に慣れたモノだ。
話題はもちろん、幼稚園時代の馴初めだ。
はっきりと伝えようと思う。--10年以上前の事を……一切合切覚えていないと。
口に出して話した内容に、浅村さんはあっけらかんとした表情で『えぇ知っていました』と返す。
「そもそも、貴方があの頃のことを覚えていないという事は高校でお会いした際に分かってしまいました」
少しだけ残念でした。そのように口にする浅村さんは寂しげな面持ちを見せる。
沸き立つ罪悪感。
それが表情に出てしまったのか。浅村さんはパッとがぶりを振る様に気にしないでください。と何事もなかったかのように返してしまった。
いけない。限られたこの時間を浅村さんを悲しませるために使いたいわけではない。
だからこそ。忘れているのなら、聞くしかないのだ。
浅村さんの胸の内にある幼い頃の思い出を。直接、言葉を交えることが出来るこの場で。
「!? えぇ! えぇ! お話しします! たくさん!」
表情を輝かせ、気炎を上げる浅村さんに俺はあんまりの夜更かしは胎教に悪いからね。と、少しだけ釘を刺した。
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「…ふぅ」
お風呂に入るから、と俺が切り出して浅村さんもお風呂の事を忘れていた、と話して。
通話を終わらせた後俺はため息をついた。
今回も通話が長くなった。
夜ご飯が18時くらいで、かかってきたのが18時30分くらい。
スマホに映るデジタル時計が20時30分だから…2時間近く話していた事になる。
ほとんど浅村さんの話を聞いているだけだったけど…
それでも浅村さんの幼少期から抱いていた俺への想いは伝わってきた。
「あさむらさんと、けっこんする!」というだけでなくて、
「あさむらさんは、ぼくがまもる!」って子供向けのおもちゃを持って特撮ヒーローの変身ポーズを真似ていたとか。
浅村さんは浅村さんで、アニメの魔法少女ヒロインに憧れて、
変身アイテムのおもちゃを手にしながら「じゃあ、わたしもあなたをまもるね」なんて返事をしていたとか。
俺が知らない…いや、覚えていない事を次々に聞かされて俺は恥ずかしさと嬉しさを感じていた。
浅村さんがこれだけ記憶してるのは浅村さんが頭がいいからだけじゃない。
孤独だった小さな頃に、手を差し伸べたのが俺だったから…そう思いたい。
小さい頃の思い出は覚えていない。
けれど、今から思い出は作ることは出来る。
「これからは…浅村さんだけじゃなく、赤ちゃんの笑顔を守らなきゃな。
自分ができる範囲はわからないけれど」
そんな独り言を呟きながら、俺は風呂に入る準備を始めた。
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(20週〜)
時が経つのは早いモノで、浅村さんの妊活は6カ月に突入した。
今回の送られてきた動画内容は経過月の変わり目という事もあり、見慣れた室内での身体測定であった。
ブラを外し、上半身を露わにマタニティショーツをギリギリまで引き下げた浅村さんの半裸身は妊娠の経過が順調に進んでいることを物語っている。
丸く膨れたお腹は少し重そうだ。
それに加えてさらにバストアップした浅村さんの胸がお腹と合わせて三つの球体が隣接している。
色白肌の浅村さんに対して色素が沈殿し褐色した乳首が存在を主張している。
6カ月と言えば、そろそろ胎動を感じることが出来るらしいけど……いま、浅村さんはどうしているのだろうか。
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身体測定の後に、カメラにの正面に座るマタニティドレス姿の浅村さん。
ゆったりとした服の上からでも、明らかに膨らんでるのが見える…気がする。
「最近はあっ、これ胎動だって感じる動きも増えてきました。
少し前までは胎動なのかな?って確信が持てるほどの感じはありませんでしたけど」
そう言ってお腹を撫でる浅村さんは、最初の時より明らかに明るい顔をしている。
「まだ周りの…使用人さんとかには触ってもよくわからないって言われます。
私だけが感じるって、それはそれで楽しいですけれど」
そう言ってすぐ浅村さんは顔をしかめた。
流産!?早産!?…って慌てたけど、そう言うわけじゃないらしい。
「いててて…あっ、これお腹が痛いわけじゃないです。
最近はふくらはぎが張ったり、つったりすることがあって…少し待ってくださいね」
そう言うと浅村さんは画面の下に消えた。
しばらく時間をおいて再びフレームインする浅村さん。
「…ふぅ、治りました。だいぶ慣れてきて、対処法も覚えちゃいました」
そう言って苦笑いした後、「動画が長くなるのでまた今度」と話しながら浅村さんは手を振って動画が終わるのだった。
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翌週、浅村さんのマタニティスイミングの動画が送られてきた。
水着一つ肌身に纏うだけで、下着姿の時とは印象が変わるのが俺の細やかな楽しみの一つでもある。
水も滴る良い女……とは、ちょっと違うのかな。
上手く言葉に表せない。そう伝えた時に浅村さんは綻ばせて、もっと見たいモノはありますか? なんて、茶化してきた。
髪を結って露わになるうなじとか心惹かれるモノはいっぱいあるけど、自分の性癖を開けっ広げに晒すなんて出来るわけない。
自分で蒔いた話題とはいえ苦し気ながらも誤魔化すしかなかった。
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(動画と通話が分かりにくくなったので微修正)
こうして浅村さんと会話しているのはメールにあった文面にこんな感じのものがあったからだ。
「貴方を信用できる人物と判断した当家は、出産時のテレビ通話の試験運用のため、今週から動画を通話アプリでも出来るようにする」
そのメールを見てすぐに、アプリの着信。そして、通話が始まったという感じ。
浅村さんはプールサイドで防水マイクを使っているようで、それなりにクリアに聞こえていた。
浅村さんとの会話を楽しみながら、俺は今後こう言う感じで触れ合うことが増えていくのかな、と期待を膨らませていた。
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翌週、送られてきた動画は部屋着姿の浅村さんがクッションに腰を下ろし、上着の裾を捲り上げてひたすら語り掛けて、反応を探るという内容だった。
動画越しだと、胎動の有無が傍から見てすごく分かり難い。時折、浅村さんが微笑んでお腹を撫でる様子から確かに浅村さんの声が胎児へ届いているのが分かった。
シークバーを戻すのを繰り返して、なんとか胎動の瞬間を大きくなったお腹から見ることが出来ないかと苦心しているところに通話アプリが起動した。
「ほーら、パパですよー」
動画視聴の有無を確認した後、浅村さんは画面越しとはいえ俺にも胎教に参加してみないかと誘ってきた。
いや、画面越しの音声で大丈夫なのか? とは思いつつ、勿論了承の旨を伝える。
大きくなった浅村さんのお腹に収音機が付き、トクントクンと規則正しい鼓動音が携帯のスピーカーから響く。
俺は浅村さんと一緒に赤ちゃんに向かって小一時間語り掛けるのであった。
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しばらく語りかけて、テレビ通話アプリを切ったあと俺はぼうっとしていた。
結論からいうと…胎動の音はわからなかった。
浅村さんは今動いた、今のは違うって言うけど…
正直、触感がないと分かりにくい…と思う。
でも、浅村さんが嬉しそうにしているってのは俺としても嬉しかった。
側にいることが出来ればベストだけど…「儀式」って名目で、しかもここまで浅村さんを感じさせてもらっているんだから俺から言えることはない。
少し寂しさを覚えつつ、俺はベッドに入って寝ていたのだった。
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時が経つのは早いものでアプリの通知音と共に一週間が過ぎたことに気づかされた。
送られ来た動画の内容は裸身の浅村さんが付き人よりマッサージを受けるといったモノであった。
お腹にクッションを引きながら俯けにマッサージを受ける浅村さん。
四肢のむくみを解きほぐされ、時折気持ちよさげに声を漏らすその姿は、動画越しとはいえ股間に悪い。
ただでさえ美しいその裸体が身体に塗られたオイルにより一層艶やかに映えさせる。
最後に仰向けになった浅村さんが大きくなった乳房を自身の手でマッサージする様子は、本人にその気はなくとも自慰行為をしているかのようで気持ちが沸き立って仕方がなかった。
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そしてまた次の週。
もうすぐ7ヶ月を迎えようとする浅村さんは木漏れ日が綺麗な並木道を背中や腰を気にしながら歩いていた。
「大分赤ちゃんも大きくなって、まさに『身重』って感じですね。
重心も少し変わった気がして…腰痛対策や体重管理にも気をつけて。
出来るだけ散歩の時間を増やしています」
苦笑いを向ける浅村さんは、カメラ目線を止め少し汗を煌めかせながら真っ直ぐ歩く。
足元を気にする素振りをしながら、しっかり地に足をつけ浅村さんは歩みを進めていたのだった。
「でも、歩いた後はお腹が空いちゃって。
赤ちゃんの為にも栄養は取らないとなんて思ってはいるんですが、食べ過ぎちゃってないか心配です」
そう呟いて少し後、浅村さんは、並木道途中のベンチに腰掛け休憩を取るのだった。
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『7カ月(24週目)突入』
その日の晩はアプリを使用して浅村さんと添い寝通話をした。
直前に送られてきた月初めの身体測定の動画を話題に時間が過ぎていく。
「……浅村さん?」
無言になった画面の向こう。規則正しい寝息が耳を擽る。
通話アプリを起動した時から今日の彼女は何処か眠たげな雰囲気を見せてはいた。
次第に会話も途切れ途切れのモノになり……そして、今寝落ちしている。
無理に起こすことはしない。今、彼女の胎の中では生まれ落ちたとしても未熟児として生きれるまでに成長した胎児がいる。
既に仰向けで寝ることは出来ず、お腹にクッションを引きながら横向きに眠る彼女は、母親としての日々を一日また一日と刻んでいるのだ。
あと3ヶ月。これからより一層大きくなるであろう負担を身をもって軽減することは叶わずとも、彼女の心に寄り添えたら…と思う。
通話アプリを切らず、永遠と彼女の寝息を聞いていた俺は無論寝坊し翌日の学校に遅刻するとは、夜空に昇る月さえ知らなかっただろう。
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「あっ、今動きました。やっぱりお父さんの声にも反応しますね、『あさちゃん』」
久しぶりに集音機を使って赤ちゃんの音を聞きながらする通話アプリで浅村さんがそう呟く。
前よりも「胎動かな?」と思う音は聞こえるけど…やはり触らないと実感がわかないのかもしれない。
こればかりは仕方ないと思いつつ残念に思いながらそれを隠して笑みを浮かべる。
浅村さんは幸せそうな笑みを浮かべているからいいんだ。
そう思うことにした。
因みに、『あさちゃん』ってのは胎児ネーム…いわゆる生まれる前のあだ名みたいなヤツだ。
「呼びかけるときに赤ちゃんに胎児ネーム付けてください」って浅村さんに言われて、
じゃあ浅村さんだから『あさちゃん』かな?って答えた結果だ。
…自分でも安直だなぁ、とは思うけど。
「あさちゃん!良いですね!
あかちゃんと似た響きだし、なんだか幼稚園の時の私のあだ名みたいですし」
って嬉しそうに話していたから良いんだと思う。
…せっかくだから、何かの機会に浅村さんのことを『あさちゃん』って言ってあげるのも良いかな。
出産で励ます時とか。
そんな事を考えていると、浅村さんが俺に向けて話しかけてきた。
「こんな事を今言うとサプライズプレゼントにならないとは思うんですけど、
臨月になったら見せたいものがあるんです。
楽しみに待っていてくださいね」
サプライズプレゼント?なんだろう。
気にはなったが、俺は深く考えず浅村さんと会話しつつ『あさちゃん』に話しかけていた。
(36〜7週に浅村さんのお腹をメインにしたタイムラプス動画の途中までを見せるイメージ)
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翌週、何時も通り浅村さんは敷地内を散歩するといった内容の動画が送られてきた。
浅村さん本人の性質か、それとも散歩といった運動に並々ならぬ拘りを持っているのか、お腹が大きくなった今でも散歩に行く頻度は落ちるどころかむしろ増えているらしい。
「はぁ…ふぅ…」
ただ、やはり妊娠の経過が進むにつれて身体にかかる負荷は大きくなるみたいでスローペースながらも時折息を整える為に立ち止まって休憩を取る場面がチラホラと見えた。
「…ぁ、ぇ!?」
ゆったりとした歩みを進める浅村さんが不意に立ち止まる。
何処か蒼褪めた様子で辺りを見回している。
「あの、カメラを……とめ、ぅうん!? ぁ、ダメェ!」
ゆったりとしたマタニティウェアのワンピースの上から股座を抑えた彼女は急にしゃがみこんだ。
彼女の手からピチャピチャと音を立てながら滴り落ちる小水。
じわぁとワンピースに染みが広がる。
「……そんな、出る前に済ませておいたのに」
消え入るように呟く彼女の顔は羞恥で真っ赤に染まっていた。
偶然にもマタニティトラブルに立ち会った動画が送られ来たというのは、経過報告の代わりを用意できなかったのか、それとも使用人の故意なのか。
どちらにせよ、新たな浅村さんの一面を見ることができたものの、あまりこの話題には触れてあげない方が良いと俺の良心は訴えかけていた。
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とうとう8ヶ月を間近に迎えた時の動画で浅村さんは変わったポーズを取っていた。
マタニティヨガというやつで、腰痛や息苦しさの対策としてしているようだ。
インストラクターみたいな人が「無理はしないで」とか「赤ちゃんが楽になるように気をつけながら動くと赤ちゃんも喜ぶよ」
…みたいななんだかよくわからないことを話している。
でも、まあ浅村さんが嬉しそうだからいいのかな。
20分ほどヨガをした後、浅村さんは明るい顔をしていた。
「悩まされてた腰痛も、少しは楽になりました。散歩は適度な長さにして、マタニティヨガをするのもいいですね」
…ちょっとは「あの」事を気にしていたのかな。
でも俺はその事には触れずにそれもいいよねと伝えたのだった。
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(妊娠8カ月〜)
いよいよ、いつ生まれてもおかしくない状況に浅村さんの妊活も突入した。
通話中の画面に映る浅村さんは、何処かゲッソリとしていてあまり体調が万全と呼ぶには遠いように見える。
「あさちゃんの胎動が重くて……、最近また戻すようになってきたんです」
俗に言う後期つわりというもの。
大きくなったあさちゃんが浅村さんの胃をタイミング悪く、蹴り上げることがしばしばあるという。
共に寄り添えないことを歯がゆく思いながらも俺はブルーな気持ちに落ち込む浅村さんを励ましにかかる他なかった。
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「最近甘いものが食べたくなって、でもケーキとかは無理なのでご飯をゆっくり噛むようになりました。
胎動で吐いちゃわないように回数を増やして食べているんですが、
食事してる時は素直におとなしくしてくれるんですよね、あさちゃん」
「お腹の張りが増えた気がします。出産に向けて準備してるのかな、なんて思ったりしてます」
…と言う通話をしたけど、正直あまり覚えていない。
笑顔を見せてはいたけれど、どこか寂しそうだったからだ。
その夜俺は、思い切って以前から動画が送られるアドレスへと送信する文面を入力していた。
浅村さんの隣で支えてあげたい。儀式が終わった後、浅村家の使用人としてでも構わない。財産も貰わなくて構わない。
儀式と言われたからには形式を変更することが出来ないにしろ、終わった後なら何か出来ないだろうか。
例え意見が通らなくても、意思を伝えたら何か代案を出してくれるかもしれない。
「かもしれない」だけど、今の自分に出来る精一杯の意思を伝えたいと思っていたからだ。
浅村さんには伝えようか迷ったけれど、結局伝えなかった。
浅村さんにはメールを送った相手から話すだろうし、出来なかった時にがっかりさせる訳にはいかない。
無理な時は浅村さんには伝えないでと言うことも入力した後、俺は送信ボタンを押していた。
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浅村さんの妊娠は、8ヶ月終盤の32週まで来た。
「まだあと2ヶ月もお腹で育つんですよ、もうこんなに大きくなっちゃったのに...」
そう言いながら細い指でそっとお腹を撫でている。
「幸いほら、ここまで手入れしてきたから妊娠線も正中線も出てないの。綺麗なお腹でしょ?ほら。」
そうしてお腹を見せてくれる彼女の表情は、どこか自慢げで、とても可愛いものであった。
「最近、ヨガをしてるときにあさちゃんがお腹の中で伸びをするから、子宮が中からストレッチされてる気分で...そのせいでポーズが崩れちゃうんですけどね」
「そういえば、散歩中にお腹が張ったとき、あさちゃんに内側から張ったお腹をポコポコされて...ポコポコって言っても、これすごく痛いんですよ?私びっくりしちゃいました」
胎児が育つにつれ、こんな感じで浅村さんの負担も日増しに増えていく。それを幸せそうに語る浅村さんは、すっかり優しいお母さんだった。
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「最近息切れしやすくなって…あと、腰も痛くなって…そのせいか、動くのが億劫で。
赤ちゃんの方に栄養が行きやすくなってるのか、もう普通の赤ちゃんの40週ってくらいに大きいらしいです。
なんだか、ちょっと不安ですね」
33週を迎えた浅村さんは少し暗い顔で俺に話してくれる。
「でも、もうすぐ『あさちゃん』に会える感じがして、嬉しさもあるんですよ」
そう話す浅村さんの顔には笑みが浮かんでいた。
それからしばらくたわいもない会話をした後俺は通話アプリを切る。
そして、浅村さんと会話する前に来ていたメールを見た。
『貴方からの娘を支えたいという提案はありがたいです。当家としても娘の為に儀式後の暮らしに関しては調整中です。
ただ、確実な事はまだ言うことが出来ません。
下手に娘に期待を持たせるわけにもいかないので、今しばらく娘にはお話するのは控えていただきたいです』
(…分かっているさ、それくらい)
前に送ったメールの返信。それを見て俺はため息をついた。
分かってはいたが、いざこう文章で返されると厳しいかもしれないと改めて感じる。
(ただ、考えてくれるってのはまだ脈があるかもしれない。
なら、俺はやるだけさ。出産までの浅村さんの支えになるって役割を、な)
今は先のことを考えるよりも、出産に向けて不安そうな浅村さんを支えてあげることを優先すべきだ。
そう決めた俺は、少しでも出産の知識を得ようとネットサーフィンを始めたのだった。
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それから暫くして、俺の元にメールが届いた。
その内容は以下の通り。
『本家の方に、貴方が娘と儀式後に一緒に過ごしたい、
また娘もその希望があると伝えたところ、二人には以下の2つから選ぶよう通達がありました。
1つ目は、娘の出産にはテレビ電話などで双方向に立ち会えるが、その後の子育ては娘と浅村家のみで行う選択肢。
2つ目は、娘には貴方の映像も音声も出産中は一切見せず、貴方には一方的に見守ってもらい、その後に二人で子育てができるという選択肢。
というものになっております。
このような選択肢になった背景としては、この儀式の目的の一つが、母としての強さを得ること、であるからなのでご了承いただけると幸いです。
では、娘にもこのことは伝えておりますので、この後の通話で存分に話し合いください。』
俺は、すぐに浅村さんと通話を繋いだ。
画面に映るのは、沈んだ顔をした浅村さん。
「ごめんね、私の家のせいで、こんな…」
そう言って俯く彼女を慰めながら、俺たちは話し合いを始めた。
と言っても、結論は意外なほど早く出たのだ。
俺が通話を繋いだ時には浅村さんはどうしたいってことが既に決まってたし、俺がその意見に文句を言う道理も筋合いもない。
俺たち二人で出した結論は、二人で子育てをする選択肢。
浅村さんは、産みの苦しみにお腹の子と二人で闘うことを決めたのだった。
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35週目。
出産の予行練習をしよう、という話になってテレビ通話を浅村さんからの一方向でやってみることにした。
俺側のカメラを切って、浅村さん側の音量をミュート。
擬似的に出産時の状況にしてみようという事だ。
浅村さんが部屋をグルグル歩くような仕草。
ベッドや机に寄りかかり楽な姿勢を探すような仕草。
陣痛時にやるであろう仕草を一時間程度やった後浅村さんは俺に向かって小さくこう呟いた。
「…改めて、あなたの存在が偉大と感じました。けれど…なんとか頑張ります」
不安そうな顔。けれどもしっかりとその先を見据えたような顔。
俺はその顔に締め付けられるような感じがして何も言えなくなった。
……大丈夫。例え浅村さんの方から見えていなくても、声が聞こえてなくても、俺はずっと見守るから
なんとか声を絞り出してそう浅村さんに話しかけると、浅村さんは嬉しそうな笑みを浮かべた。
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次の日の通話で、浅村さんは35週目の検診結果を教えてくれた。
まず、浅村さんは幸せそうな顔で、俺にエコーの写真や動画を見せてくれる。
これはいつものことだが、今回はいつもとすこし違った。
エコーの検査を受ける浅村さんの姿が写された動画も送られてきたのだ。
浅村さんに理由を聞いてみると、
「普段受けてる検査がどういう風に進むのか、実際に映像で見てもらいたくって ...ほら、今お腹に塗ったゲル、これ意外とあったかくて気持ち良いんですよ?」
とのこと。せっかくなので一緒に見る。
「ほら、こうやって...今のが赤ちゃんの心音なんです!ちゃんと元気なんですよ、早く会いたいですね」
嬉しそうに語る浅村さんの顔がとてもかわいくて、思わず画面に見入ってしまった俺。
それに気づいた浅村さんは赤面して、なんかちっちゃくうずくまっていた。可愛すぎる。
しかし、そんな彼女の妊娠も、もう35週まで来たのだ。つまりは所謂臨月というところなのである。
本題の検査結果を聞いて、現時点で3400gまで育ったと判明した赤ちゃんは、35週にしては規格外の大きさを誇るし、お腹の中で大きく育つということは、浅村さんの苦しみが増すことに直結する。
声と身振りしか届けられない現状だけれども、出産までの間、浅村さんの心の支えになれるよう頑張らねばという使命感が沸いた。
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あっという間に時は流れ36週目。
臨月に入った浅村さんは毎週検診を受け、経過報告を受け取るらしい。
産院には通えず、介助も出来ない自宅出産をする彼女が、それをどう扱えるかは俺には分らない。
ただ我が子の成長を心から喜ぶ浅村さんを見ていると此方も自然と心が晴れる気がする。
臨月に入った浅村さんとビデオ通話をするにあたって最近気が付いたことがある。
心なしか彼女の顔色が以前よりも良くなっているような気がするのだ。
何気ない話題の一つとして、それをあげてみた。
「はい、そうなんです。あさちゃんが下の方に降りてくれたお陰だと思います。最近になって、食事が楽になりました」
晴れやかな笑顔でそう告げる彼女になるほどなと頷く。
だけど、それに乗っかって――
「もちろん! 羽目を外すなんてことはありませんよ」
釘を刺そうとしたのを予見したのか、被せる様に浅村さんは言葉を紡ぐ。
懸案事項の一つだ。
ただでさえ、大きい赤ちゃんを抱えた浅村さんがこの時期に溢れる食欲に身を任せるのは、危険なことだ。
既に胎児の体重は安全ラインを早々に満たしている。
だからこそ、必要以上に大きくさせない為にも胃を満たしつつも過度に栄養を取り過ぎない食事制限が必要だ。
こう見えて私も勉強しているのですよ。と、胸を張る浅村さんに分かってるなら大丈夫かと俺は安堵の息を漏らした。
まさか、この時は予定日を優に過ぎるなんて想定もしていなかったのだ。
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「あっ、そうだ…前にサプライズプレゼントを見せたいって言いましたよね?…覚えてますか?」
一通り会話を終えて、通話を切ろうとするとそう浅村さんから切り出された。
覚えてるよ、もしかして今見せてくれるのかと尋ねると笑みを浮かべて浅村さんが頷く。
「途中までなんですけど…今再生しますね」
そう言ったあと映像が再生された。
最初はスレンダーな浅村さん。そこから5分くらいかけて、お腹が膨らんで行く…
いわゆるタイムラプス動画というやつだ。
どうやら妊娠初期から撮影をしていたらしい。
「どうですか?出産まで秘密にしようかと思ったんですけど、早く見せたくて。
出産が終わったら2人…いえ、『あさちゃん』もいれて3人でみたいですね」
ニコニコの浅村さんに向けて、俺も頷いて肯定してから名残惜しみながら通話を切るのだった。
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そして、37週目にさしかかった現在。出産に向けて、浅村総本家の方でも準備が進められていた。
今日は出産場所のお披露目だそうで、浅村さんは白装束に身を包み、その場所の下見にむかっている。
無論、それをカメラ越しに見る俺も真剣だった。
たどり着いた場所は、山の奥、森に閉ざされた建物。
その中は、敷布団と毛布、産み綱が垂らされた8畳ほどの和洋室と、台所があるのみだった。
「どうやら私は、ここで赤ちゃんを産むらしいです...ちょっと怖くなっちゃいました。でも、頑張りますからちゃんと見守っててくださいね?」
浅村さんの目に宿っていたのは、不安。ちゃんと見ていてほしいと、すがるように俺の声を求めている。
俺は浅村さんを励ましながら、出産時にここがどういう使われ方をするのかを聞いていた。
まず、浅村さんに陣痛が来る、もしくは40週を過ぎたらここで浅村さんは生活をすること。
この家には一人だけ使用人がいて、浅村さんが医療的介入無くしては絶命する状態に陥らない限り、その人は食事の用意以外でお産に介入しない。
絶命の危機、と聞いて、二人して画面越しに見つめ合ったのはいうまでもない。
彼女の抱えるお腹の大きさなら、そのレベルの難産だって可能性としては十分あることは二人とも分かっていたからだ。
「大丈夫ですよ、私は女性。産む側の性なんですから。それが産むという行為で死ぬわけないです、死ぬわけ...ない、です、、、」
きっと限界だったのだろう、浅村さんは泣き出した。つられて僕も泣いてしまった。
そうして一通り泣ききったあと、ようやく笑顔に戻れた俺たちは通話を切った。
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38週目。
臨月も半ばを通り過ぎ、何時生まれてもおかしくない現状、俺はどきどきしながらも携帯を肌身離さず持ち歩く日々を送っている。
あさちゃんの成長具合から妊娠満期を迎える前に産んだ方が浅村さんにとって良いのでは。と、思うところがあるのだけど……しきたりがある以上、誘発剤を用いるのは好ましくないみたいだ。
そんな渦中の人である浅村さんとのビデオ通話の話題は、足のむくみについて。
出産を間近にして、あさちゃんの位置が下がった為に下半身の血流が滞っていると。
湯たんぽを抱えながら楽になる姿勢を一緒に模索したり、ストレッチをする浅村さんを見ているうちにあっという間に時間が過ぎていくのであった。
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39週目。あさちゃんは依然として浅村さんのお腹でのんびりとしているようだ。
「もう重くって重くって、歩くだけでもかなり腰が痛くなっちゃうんですよ。17歳でもこんなに疲れるのに、もっと上の歳で妊娠するとどうなっちゃうんでしょう…」
そう言っている浅村さんは、現在マタニティ水着を着てプールにいる。
こうすることで、お腹の重さがほんの少しマシになるんだとか。それでもなお辛そうな彼女ではあるけども。
締め付けは緩めで、身体のラインがくっきりだ。胸も心なしか大きくなった気がする。」
「やだ、そんな…うん、まあ、おっきくなったけど…」
「えっうそ声に出てた!?ごめん浅村さん、、っと、その、そうなんだ、お、大きく、ね…お腹の、調子ってどうなの?」
「えっと、ですね…あはは、今ので何話そうとしてたのか、忘れちゃいました…」
冷静になると、胸のサイズ云々だけでお互い静まり返ってしまう俺たちは、まるで付き合って1ヶ月ほどのカップル。
しかし、そんな初な反応をする二人の間には、もう子供がいて、間も無く生まれるのだ。
ほどなくして通話を切った後に、そう思って不思議な気分に浸る俺であった。
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40週目。
いよいよもって浅村さんは妊娠満期を迎えた。
住まいを山奥の離れへと移し、陣痛を待つ。……筈だった。
「あさちゃん、どうしてしまったのでしょうか」
不安に顔を曇らせる彼女がはち切れんばかりに張り出たお腹を撫でる。
マタニティ―ルームウェア―でも覆うのが限界と言わんばかりに張ったお腹。妊婦服の丈を大きく持ち上げているのが画面越しからでも伺える。
既に予定日を迎えた、その翌日浅村さんは縋らんとばかりに俺との繋がりを求めている。
慣れない閉鎖空間。人との接触を極限まで避けられ、出産の重圧がいま彼女を襲っているのだろう。外界の繋がりはいま、俺だけなのだ。
そんな不安に曇る彼女の気持ちを晴らそうと俺は懸命に励ましの言葉と明るい話題を口にするしかない。
どうか、彼女の心が持ち堪えられますように。そう、祈った。
-
そうして、1日1日が重く、のっそりと過ぎていく。
40週でついに4000gまで成長したあさちゃんは、41週目まで目前の今も、浅村さんのお腹でゆっくりと大きく成長している。
「立っているだけで、ちょっと腰が苦しいんです、でも、運動しなきゃあさちゃんは産まれてこないし…」
という浅村さんは、腰に手を当てながらゆっくりと部屋を回っていた。
「うぅ…ふぅ…お腹、張ってきちゃいました…あさちゃんはお腹が張るとこう、うにょうにょっ、て動くんです。この子の動きを感じられるのは嬉しいんですけど、実は苦しかったりもするんですよね…」
そして、俺に伝えてくる言葉にも弱音が増えた。
いつになるかはわからないが、着実に産みの苦しみが迫っているこの現状に相当参ってしまっているようで、俺を画面越しにすがるような目で見る。
そんな彼女を声だけでしか慰められない歯痒さは耐えがたい。なんとかして、彼女の不安を取り除きたい。
それゆえ俺は通話時間を増やしたり、出産に対しての知識を使って安心感を深めようと心がけたりしていた。
しかし、そういう行動をとるたびに、俺のもう一つの側面、妊娠出産への性癖というのが、心の片隅で暴れているのもまた事実だった。
-
陣痛が起きたら通話ができなくなる、と前にメールで来た記憶があるから、もうすぐ出産を見ていることしか出来なくなる。
今のうちに知識を伝えないと、不安にさせないようにしようと…と会話がついつい長くなる。
出産後に3人で暮らすため…とはいえ、本当に正しい選択だったのかはまだ自分としては悩んでいる。
だから…せめて、出産の時に応援できない分の応援を今したい。
そう思いながら、俺は精一杯心の支えになろうと頑張っていた。
-
もう一週間が過ぎてしまった。
あさちゃんは未だに浅村さんのお腹で眠っている。
一日、一日ごとに浅村さんには経過観察が行われ、母子の健康状態を管理されている。
いまのところ、胎盤、羊水共に異常はないみたいだ。
そんな状況下で行われたビデオ通話。あまり先行きが暗い話題を広げるのは浅村さんの胎教に良くないと思い、お産を軽くするには? なんて議題が盛り上がった。
「ふぅ……、っは、ひぃ、ふぅ……」
部屋の柱に手をついてバランスを取りながら、ゆっくりと浅くスクワットをする浅村さん。
ルームウェアから飛び出した大きなお腹を含めて、肌が露出してる部分には球の汗が浮かんでいる。
ウォーキングとインナーマッスルの強化で難産にも耐えられる身体作りをしよう。
そう締めくくりをした会話の後にさっそくといった形で浅村さんは軽い運動に取り組んでいる。
付け焼き刃かもしれない。そう胸中に不安を抱えながらもそのいじらしさに気が付くと俺は通話越しに応援の声を届かせていた。
-
「まだあさちゃん、お腹にいますね…そんなに私のお腹の中が居心地いいんでしょうか」
とうとう43週に入った当日、俺たちはテレビ通話をしていた。
「おしるしがあったので、そろそろかな…とは思うんですが…」
おしるしがあったのが数日前。「いよいよですね」って言っていた浅村さんにはまだ陣痛らしい痛みは来ていないようだ。
けれども頻繁にお腹が張るらしく、通話の時にもお腹を気にするそぶりをしている。
「っあっ…ちょ、ちょっと待ってください…」
会話をしてい浅村さんが急に顔をしかめてお腹を撫で始めた。
「ふぅ……っ、はぁ…、んっ、ふぅぅ…」
苦しそうな息。少し時間をおいて、呼吸は普通な感じになった。
「今までよりきつい痛みが来ました。ようやく出産のスタートラインに立ったのでしょうか…。」
不安そうな浅村さん。陣痛が始まったと浅村さんの家が認定したら、俺はただ見ることしか出来なくなる。
「…不安を減らすためにいつもの運動をしてみます」
浅村さんはゆっくり立ち上がって、部屋の柱に手をついてゆっくりとスクワットをするように腰を動かす。
それはまるで陣痛を楽にするための動き、陣痛を進める動きにも見えてくる。
浅村さんに陣痛が来ていると認定され、こちらからの声と映像が見えなくなると告げられたのはもう少し先の話になるのだった。
-
「っはっ…ひぃ、…っく、ぅ……ぁ、ぅ…ふっ」
浅村さんの口から辛そうな吐息が洩れる。
陣痛。
痛みに顔をしかめ、お腹を撫でる姿を俺は見守ることしかできない。
取り決め通りにしきたりに則り通話が切られ、浅村さんのお産は始まっている。
半日の時間があっという間に過ぎた。
……過ぎたのだが、やはりというか予見されていたように浅村さんの出産は軽いものにならなさそうだ。
等間隔で押し寄せる陣痛の波はその間隔を縮める様子がない。
時計の針を確認しながら焦る気持ちを落ち着かせる。
専門的な知識が聞きかじった程度の俺でも、おそらく現状は芳しくないことが分かる。
微弱陣痛。過産期に入った妊婦の出産において、覚悟しなくてはいけないリスクの一つがいま浅村さんに牙を剥いている。
おそらく、浅村さんもそれを把握しているはずだ。
ここで取れる選択肢は……遅々として進まない潜伏期を体力を温存して過ごす。もしくは、陣痛を早める為に刺激を加えるか。
不安げにため息を漏らす浅村さんを俺は固唾を飲んで見守る。
-
「見てますよね、貴方は。最後まで見届けるって、決めたから…
私は、明日まで寝ようと思います。今のうちに休まないと、長丁場になりそうで。
出来れば陣痛が進めばいいんですが…進まないなら、進めるためのルーティンをやってみようかと思います」
独り言のように呟く浅村さんが真ん中付近の布団に包まる。
梁からは産み綱が下がっていて、出産の時にも横になるであろう布団だ。
浅村さんが横になって寝息を立てたのを確認して、
俺も長丁場になりそうだと休息を取った。
会話ができなくなってから丸一日。
俺は、無事を祈りながら動画を見る。
「ふぅ、ふーっ…ふぅ、ふぅ…」
陣痛が強くならないからか、浅村さんは部屋を歩いたり壁に手をつきスクワットのような動作をし始めた。
時折苦しそうな息をするが、そんなに頻繁にはしていない。
声が届かないとは分かっている。
けれども俺は頑張れ、と何度も声をかけていた。
-
「ぅ、うぐうぅぅっ! …はッ……ぅうぁあ……」
既に半日が過ぎようとしていた。
途中、差し入れられたお粥を口にし、暫し休息を入れた浅村さんはそれからは、陣痛の促進と体力の温存を秤に駆けながら過ごしている。
有効な陣痛の発生から凡そ30時間。
それが資料で調べた遷延分娩のラインだ。
無論、子宮口の拡大をチェック出来る立場にない俺は固唾を飲んで、自身の股座に手を差し入れて進行を確認する浅村さんを見守る。
「……やはり、進みが悪いです」
顔色を曇らせる浅村さんがぽつりと零す。
そして横たえていた身体を起こし、布団の上にぺたりと座り込んだ。
「……乳頭刺激をします」
覚悟を決めた彼女は汗を吸って透けた白装束の前を露わにする。
着物の外からでもその大きさが窺い知れた太鼓腹が顔を見せた。大きい。
伸ばされた皮膚が汗に濡れ、テカテカと光り薄赤く火照っている。
陣痛を迎える彼女のお腹は、いま巌のように硬く張っているのだろう。俺はそれを感じ取ることができない。
その太鼓腹にずっしりとのっかる二つのゴム鞠。お腹どうようパンパンに張った乳房を顔を顰めながら彼女はこねくり回す。
淫靡な光景である。自慰とはかけ離れていようとも切り離すことが出来ず、その光景に魅せられていく自身を自覚する。ズボンの奥で性器がかま首をもたげようとしている。
「苦……し……っ。ぃぐ……ぁ」
褐色に染まった乳輪の真ん中。乳首を摘まんだ彼女の口から悲鳴があがる。
陣痛の波のタイミングが重なったのか。それとも誘発されたのか。
痛みに顔顰め、動きを止めた彼女の指先は乳頭から洩れた黄白色の液体で濡れていた。
-
浅村さんは手を止めた手の片方をお腹にあて撫で続ける。
しばらくして痛みが収まったのか、お腹の方に向けた手はそのままにしながら、
もう片方の手の指先で乳頭を刺激する。
「んんんんっ!…ふぅ、ふぅ、ぅあっ、ぅう」
乳頭を刺激して、痛みがきたら息みを逃して。
まだいきめないと判断したのか、浅村さんはしっかりお腹を見つめながら呟く。
「あさちゃん、頑張ってくださいね。んぁぁ、お母さんも、一生懸命、あさちゃんを産むために頑張ります。
お父さんもっ、一緒にっ、見ています、か、らぁぁぁっ!」
浅村さんが乳首を何回か刺激したからか。
胸からはぽた、ぽたと白黄色の液体が滴るようになり、
浅村さんは乳首を刺激するのを諦めざるを得ないほどお腹を撫でることが増えていた。
「出したいっ、感覚もっ、大きくっなって…んぁぁぁ、きまし、た。
でも、まだ、いきんじゃ、駄目でっ…
んあああ!あなた、声を聴かせて!まだいきんじゃ、ダメだって!
無理なの、あなたの声で安心しないとっ、息んじゃうの!あさちゃんが苦しくなっちゃうの!」
浅村家らしいお嬢様の口調から、年相応の女の子の様な口調になった。
おそらく、すごく仲がいい友人とだけ話していた時の口調なんだろう。
他人がなかなか見れない様子の浅村さんを見ながら、
俺は股間をますます硬くして応援するのだった。
-
「ぃひ……ぁ、は……ぇっ、ぐっ!? うぅ゛……」
うつ伏せの体制のまま、顔を枕に埋めた浅村さんからくぐもった悲鳴が響く。
痛みを紛らわせる為だろうか。高く上げられた臀部がゆらゆらと揺れる。
陣痛の間隔は短くなっている。
五分間隔に訪れる波に浅村さんは翻弄されていた。
まだなのか。まだ息めないのか。
見守る俺も逸る気持ちを抑えきれない。
既に二日目の深夜を迎えた浅村さんの出産は途轍もない長丁場であることを物語っている。
疲労困憊の体で励む彼女を見逃すまいと、用意していた栄養ドリンクに口を付ける。
彼女の口にこれを飲ませれないことを、傍で介助して負担の軽減に尽力出来ないことを悔やむ。
「はぁ……ふぅ……ひぃ……」
身体を起こすことも億劫なのか、布団に沈むように横たわる彼女の様子が痛々しい。
何度も目にするこの光景。遅々として進まない出産に苦しめられる彼女。
いつ終わりが訪れるのだろうか。早く来てくれ。このままでは彼女が持たない。
そう出産の進行を祈る俺の言葉が届いたのか。その瞬間は唐突に訪れた。
「あ゛ッ! ぅぐ、ぐっ……! ぁあ゛あぁぁぁっ!!」
陣痛。
唐突に枕から顔をあげた彼女の身体が上体をあげて反り返る。
大音量に響き渡る悲鳴。強く握りしめられる布団。後方に突き出すように落ちる腰。
陣痛の壮絶さを物語るそれは、先ほどまで耐え忍んでいた光景とは打って変わって動的である。
なにかがあった。そう感じ取った俺に答え合わせをするように状況は変化する。
ポタポタポタと、彼女の股座から溢れるように羊水が滴り落ちた。
決して少なくない量のそれが敷布を濡らし、また震える太ももに線を作りながら伝わり落ちる待ち望んだ光景にモヤモヤとした気持ちが空く。
「ぁ、ふ、……ょ…ぅ、やく、なのですね」
進行した出産に喜びを隠せないのは俺だけではなく、浅村さんもまた待ち望んでいた状況に嬉しそうに微笑んでいた。
-
「っふぅ、…よい、しょ」
映像を見ても疲労困憊な浅村さんが、ゆっくりとした動作で立ち上がる。
産小屋の障子からは3日目の朝日がさしはじめていた。
浅村さんがおもむろに白装束の帯を解く。
厚みを持たせて紐状にした後、舌を噛まないようにか猿轡(さるぐつわ)にして後ろで結んだ。
そして布団の上にある産み綱を握り力士がしゃがむ姿勢…いわゆる蹲踞(そんきょ)の様な姿勢を取る。
はちきれんばかりに膨らむお腹が重そうだが、浅村さんが地球の重力を借りてお産を進めようと考えているように俺からは見えていた。
「んっ、じんつっ、来ました!んんんんん!」
破水して陣痛のインターバルが短くなったのだろう。
猿轡のせいか聞き取りにくい声でそう話すと、浅村さんは顔を赤くしていきみ始めた。
息むたびにパタタ、パタタと滴が布団に落ち、シミを作るが羊水が出る勢いは少ない。
まるで『あさちゃん』の頭が大きく栓をしているからにも俺からは見えていたが、
浅村さんは気にせず陣痛に合わせて息む。
浅村さんがいきみを始めてどれくらいがすぎただろう。
蹲踞の姿勢で息んだり、足が辛くなったら布団に足を投げ出し息んで。
時折膣に指を入れ『あさちゃん』の頭を探るような仕草をして。
『あさちゃん』の頭に触れないからか、頭を横に振っていきみを再開して。
3日目の太陽が高くなり始めても、涼みは鈍いように俺からは見えていた。
だが、それでも進んでいたらしい。
「…ぁっ、これっ…!『あさちゃん』の、頭!」
膣に指を入れ探りを入れていた浅村さんが喜びの声を上げた。
疲労の色は濃くなっているようだったが、浅村さんはそれに励まされたようにいきみを強めていた。
-
「っ、ん゛んぅぅう゛う゛ッ!!」
猿ぐつわによってくぐもった浅村さんの悲鳴が産室に響く。
繰り返される両腕で産み綱を握り、股を突き出すように息む彼女の姿。
破水から暫くの時間が経っている。
遅々としてペースが上がらない出産も一度は終わりの兆しが見えたかのように思えたのだが……そううまく事は運ばないみたいだ。
「はぁ……はぁ……」
陣痛の波が過ぎ、産み綱を離した彼女が布団の上にへたり込む。
肩を上下させながらも倒れこまないのは、復帰するのが容易な程の体力を既に持っていない為なのか。
「……どうしましょう」
困惑に揺れる眼から零れ落ちる雫を見て、俺は胸を締め付けられた。
傍で励ますことが出来れば……叶わぬ望みが思い浮かぶ。
助言は出来ない。にも関わらず、冷静に勤めようと心を落ち着かせ遷延分娩の原因を考える。
いや、考えるまでもない。既に分かっていたことを列挙するだけの作業だった。
浅村さんは初産であり、産道は熟化していない。
これに関しては誰もが通る道だ。仕方がない。問題は次だ。
あさちゃんは過産期に突入した巨大児である。
これが根底の問題である。大きく引き伸ばされた子宮は、十分な収縮を作ることが出来ずに微弱陣痛を引き起こし、結果として分娩に要する時間が大きく伸びた為に浅村さんの体力を奪ってしまった。
第三者による介助があれば……しきたりがある為にそれも望めない。
突破口を見いだせない俺。肝心の浅村さんは覚悟を決めたような表情で行動を起こしていた。
四つ這いの状態から腰を落とし、陣痛に備えている。
大きく張った太鼓腹は浅村さんと布団の間に挟まれて窮屈そうに形を歪ませていた。
クリステレル胎児圧出法。
大きなリスクを伴ってでも、浅村さんはあさちゃんを生み落すつもりであった。
-
「っ!…来ました!」
陣痛が来たのか、そう呟いた浅村さんは腰を落とした四つん這い状態からゆっくりと少しだけ腰を上げる。
そして反対に、手のひらだけで支えていた状態から肘まで地面につき顔を伏せた体制になる。
枕に顔を埋め腰を突き出すような体制…といえばわかりやすいだろうか。
大きく迫り出したお腹が再び少しだけ歪む。
クリステレル胎児圧出法…本来なら助産師が馬乗りになって押し出すような介助法。
けれども浅村さんは1人で産むという選択肢しかない。
そこで取った方法が「お腹を地面に押し付けながら自分の体重を乗せることで無理矢理押し出す」
という方法のようだ。
けれど、俺から見た感じ体重を乗せてるようには現時点では見えない。
それはそうだろう。自分の意思で陣痛が来ているお腹を押さえつける…それはどんな強い女性でも躊躇するはずだ。
それでも浅村さんは意を決したように体重を乗せた。
「 」
声にならない叫び。
一瞬目を見開いたかと思うとすぐに目蓋を閉じ顔を歪める。
プシャ、と羊水が勢いよく吹き出した。
「あぁァァ…!もう、イヤァァァァ!出てよッ!『あさちゃん』!私を苦しませないでェェ!」
ドンドンドン、と右腕で布団を叩く浅村さん。
もはや名家のお嬢様らしく振る舞う余裕もないのだろう。
誰も見ていない…いや、俺だけが見ている産小屋で浅村さんは泣き叫びあばれる。
だが、お腹を地面に押し付けるという動作はそれなりに効果があったらしい。
浅村さんの秘部を正面から捉える映像から、ようやく『あさちゃん』が排臨状態にあるのを俺が確認できるようになっていた。
-
ようやくだ。
浅村さんも俺もこの時を心から待ち望んでいた。
新たな命。俺と浅村さんの間で育まれた大切な宝物。それが間近に感じ取れる。
もうすぐ、もうすぐ会える。
「ん゛!? ぅ゛っぅぅあぅうううう゛!!」
一度行った圧出法に忌避感を覚えたのだろうか。
再び体勢を戻し、産み綱を握る浅村さんだったが……何処か様子がおかしい。
陣痛の度に息む姿はずっと前から目にしている光景である。
だが、圧出法の際に垣間見た悲痛な発狂。それに並ぶかもしれない程に彼女はいま苦しんでいた。猿ぐつわの役目を負う帯がなければ舌を噛んでいたのではないか、それほどまでに痛々しい。
懸命に息む浅村さんの頑張りに反して『あさちゃん』は、排臨状態から中々発露へと至っていない。
――ひょっとして、浅村さんの急変と排臨する『あさちゃん』は関係しているのではないだろうか。
『あさちゃん』はいま、浅村さんの骨盤腔に頭を陥入し押し広げようとしている。
巨大児である『あさちゃん』が、だ。
浅村さんが懸命に息もうとしても、限界以上に押し広げられる骨盤の苦痛に呑まれて上手く息めないのだとしたら……。
立ちはだかる苦難に翻弄される浅村さんの姿を見て、再び俺は頭を抱えるしかなかった。
-
「ふぅ…はひぃ…」
あらゆる痛みを感じているような浅村さんは一旦産み綱を手放した。
ゆっくり壁のほうに歩いたあとお腹を壁に当てた浅村さん。
膣口を広げるように手を当て広げながら、浅村さんは覚悟を決めたようにお腹を壁に押し付けた。
「ひっッ!!?? 」
一瞬の呼吸。再び声にならない咆哮。
陣痛が起きた始めの方はお嬢様の顔だった浅村さんも、もうなりふり構わない鬼のような顔をしている。
『誰か、助けてやれよ…お願いだから』
思わず画面に向かい呟く。励まさない代わりに共に生きる、と決めた道を後悔するほどに浅村さんは苦しんでいる。
「んぁぁぁぁ!!!もう少しで、もう少し、でぇぇ!!」
浅村さんの叫びが少し変わる。
膣口から見える頭が戻らない…いわゆる発露というやつだろうか。
3日目の日が落ち月が昇り始めてようやく、ようやく出産の終わりが始まろうとしていた。
-
「いっ、あぁっ、いだ、あああッ!?」
柱に両手をついて頤を逸らす。
漏れる悲鳴。目を逸らしてしまいたくなる悲痛な咆哮。背筋にぞっと寒気が走る。
「ぁッ」
ふらっと体勢を崩した浅村さんがそのまま布団へと倒れこんだ。
背中から頭をそこに打ち付けるように。
沈黙。
「これは……」
瞼を閉じた浅村さんが画面に映りこんでいる。
気を失ってしまったみたいだった。
-
激しい陣痛の最中、背中から激しく倒れたからだろうか。
頭をぶつけたから、というよりはあまりの痛みで気絶したように俺からは見えていた。
大きく迫り出したお腹が上下に動いているところから呼吸はしている、と判断した。
十数分…いや、たった数分だったかもしれない。
少し時間を開けて浅村さんは目を開けた。
だが…その目は天を見つめ、焦点が定まっていないように見える。
「ぁ…ァァ…」
声を出すのも辛いのか、か細い声でそう唸っているように見える。
それでも本能からだろうか、呼吸をしているように上下に動いていた浅村さんのお腹は、
腹圧を加えるように上下の動きを大きくさせる。
「頑張れ…頑張れ、浅村さん…」
そう呟きながら映像を見つめる俺は、気付かないうちに祈るように手を組んでいた。
-
「ぅ…ぁ、…ぁあ゛ぁーー」
苦しそうに首振った浅村さんが陣痛に合わせていきみをかけた。
カメラを正面に自ら太ももを抱えて突き出した股座が大きく膨らむ。
あさちゃんに限界いっぱいにまで膣口が押し広げられて、周囲が隆起する。
もう少しだ。もう少しで頭が抜けそうだ。
「あ゛ぁぁあああぁあぁーっ…ぅあ゛ぁ!!」
この瞬間に生み落して見せる。
そう意義込むように疲労困憊の身体に鞭を打って浅村さんはよりいっそう強くいきみをける。
ミチミチと音が出そうなほどに癌状に膨らむ股座。
固唾を飲んで見守る。いよいよだ。
俺の期待に応えるかのように浅村さんの絶叫に合わせてあさちゃんの頭は娩出された。
-
「はひぃ…… はひぃ……」
頭が娩出された後、布団に身を委ねる浅村さん。
長時間の出産による疲労からか呼吸も苦しそうに俺からは見えた。
だが、しばらく呼吸を繰り返した後ゆっくりと自らの身体を起き上がらせる。
「あさ、ちゃん…長い間苦しませて、ごめん…ね…。
もう少しだけ、我慢して…ね」
普通ならもういきみを加えなくてもあさちゃんは出てくるはずだ。
だが、これだけ頭を出すのに苦労したのだから、身体もそれだけ大きくなっている…そう浅村さんは考えたのかもしれない。
ようやく現れたあさちゃんの頭をひとなでしたあと首を支えるように手を添えて、
浅村さんは慎重に弱いいきみを加え始めていた。
-
「はぁ、はぁ、はぁ… んう゛ぅぅっ」
息みが弱過ぎるのか、その懸命さにも関わらず肩から先が娩出される気配が無い。
これだと駄目だと悟ったのか、浅村さんはあさちゃんから手を離して立ち上がり、再び産み綱を握り締めると
蹲踞の姿勢を取りながら陣痛に併せて先程より強めに息みを掛ける。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ… んぅあ゛ぁぁぁぁーっ!!」
一頻り息みを終えると立ち上がって休み、陣痛が来たら蹲踞の姿勢で息む。何度か繰り返し、昇った朝日が
四日目の訪れを知らせる頃…
「あ゛ぁぁ… はっ、はっ、はっ、はっ… んあ゛ぁぁっ!」
浅村さんのくぐもった悲鳴と共にあさちゃんの両肩が姿を現す。いよいよだ。
俺は固唾を飲んでその瞬間を見守っていた―――
-
「はっ、はっ、はっ、はっ…」
頭も肩も抜け、これ以上蹲踞の姿勢をするとあさちゃんが危ないと判断したのか、
浅村さんは股を開いた状態で敷布の上に膝立ちになり、産み綱から手を離しあさちゃんの頭と肩を支える。
「はっ、はっ、はっ、はっ…もう、少しです…あさちゃん、頑張って…」
一番大変なところが終わったからか、短い呼吸に合わせて自然とあさちゃんの身体が少しずつ現れる。
そして。
「はっ、はっ、はっ…ンアァァァァ!」
「けふっ、おぎゃあ…おぎゃあ…」
太陽が高くなり始めたころ、短い呼吸をしていた浅村さんが叫び、数秒置いて咳き込むような声と産声。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…ようやく、ようやく会えましたね、『あさちゃん』」
疲労困憊の浅村さんが、敷布の上に生まれ落ちたあさちゃんを抱き抱える。
「フフフ、重い…こんなに重いんだから、お産も辛くなりますよね…」
ちゅう、ちゅうと胸を吸うあさちゃんに、授乳しながら浅村さんはそう呟いた。
「これから…お父さんも一緒に3人で、幸せに暮らしましょうね」
そして、浅村さんはそうあさちゃんに語りかけるのだった。
それから先は、色々慌ただしかった。
頭をぶつけていたことと疲労困憊の様子から浅村さんが病院に運ばれたり。
浅村さんのお見舞いをしながら子育ての為に浅村さんの家に迎えてもらう為の手続きをしたり。
退院が終わる頃には、ようやく浅村家の執事見習いとして正式に認められていた。
「これから…私たちの事、よろしくお願いします」
退院の手続きをして病院の入り口を出てすぐ、浅村さんは俺にそう話しかけてきた。
これから先、俺たちには色々な困難が待っているかもしれない。
けれど、浅村さんとあさちゃんが居てくれれば何とかなる…はずだ。
あさちゃん…「浅村麻美」が成長し、母親と同じく巨大児出産で苦しむ事になるのは、もう少し先の話だ─
名家のしきたり End...?
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