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転生したら自分の娘だった〜とにかく胎動が激しい!〜
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――まさか、自分の葬式に出席することになるとはな……
飾られた自分の遺影を見て、オレは複雑な気持ちでいっぱいだった。
いや、正確的には俺は見ていない…のか?見るための目まだないだろうし。
ああどうしてこうなってしまったのか…だめだ、ここはポジティブに考えよう。
今オレがこうして真矢と一緒になれたのはきっと奇跡に違いない、と。
事の発端はこの前の、暖かい冬日和の日曜日朝。
オレが用意した好物の目玉焼きを口にせずに、妻の真矢はもじもじしていた。
わけを聞いたら予想通り「できちゃったかも…」と彼女の両頬は真っ赤になる。
ちゃんと排卵日を計算して励んでいたこともあって、オレたちは素直に喜んだ。
幸せの絶頂にいる時こそ一番運がないというのは、本当のことらしい。
真矢のお腹にオレたちの赤ちゃんが宿った記念で外食しようと、オレが自宅から
バックで車を出そうと鍵を回したら、突然車が暴走して車庫の壁に激突した。
まだベルトをしていないオレは頭を強く打って、助からない傷を負った。
薄れてゆく意識の中、死を自覚したオレはたった一つのことを考えていた。
「ああ神よ。どんな形でもいいから、もう少し真矢と一緒に居たい」と。
そして、どうやら俺の願いは天に届いたらしい。
どういう理屈かは知らないけれど、気が付いたらオレは真矢と一緒にいた。
暖かい彼女の体温に守られ、出来たてほやほやの命綱で彼女と繋がっている。
――オレの魂は、真矢のお腹にいるオレたちの赤ちゃんに転生(?)したのだ。
つづく
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※リレーする上に注意してほしいこと※
「オレ」と「真矢」との両方の視点を切り替えて進行するのを試そうと思う。
書いたレスはオレ視点なのか真矢視点なのかは、レスの最初に記入してほしい。
登場人物設定(随時追加OK)
オレ
妻のお腹にいる自分の遺伝子を半分受け継いだ自分の娘になってしまった男。
真矢にとっては夫の忘れ形見と同時に手を焼くほどに胎動が激しい赤ちゃん。
真矢
大学卒業してすぐ結婚した22歳の新妻で、お葬式の時点では妊娠6週目。
もう一人の主人公であり、物語は彼女の出産をもって一旦おしまいする予定。
なおタイトルの前半はオレ視点で、後半は彼女視点を表している。
視点切り替えによる混乱を防ぐための設定:
『亡くなった夫の魂がお腹の赤ちゃんに宿ったことを、真矢は一切知らない』
『オレがお腹の中で何をしようとしても、真矢には胎動としか認識されない』
『外が見える聞こえるが、オレが認知できる範囲は真矢の視覚聴覚等と同じ』
幽体離脱でも背後霊でもなく「オレ」はただの胎児ですから。
長くなっちゃったけど、よかったらリレーしてください。
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【葬式場 真矢視点】
「どうして…」
私…真矢は夫の遺影を見つめながらそう呟いた。
生理が止まって、検査薬を使って、陽性が出て。
『できちゃったかも…』って伝えた時の夫の嬉しそうな顔が忘れられない。
『産婦人科に行く前に前祝いで外食しよう』なんて話した夫に『まだ気が早いよ』なんて話して。
数日後それでも外食に出かけるって言い張った夫と共にレストランに行く前にふと玄関の鍵をかけたか気になって、
『鍵かけたか見てくるね』って声をかけて『じゃあオレは車を出しとくから』って話した…それが最後の会話。
鍵がかかってるな、と確認すると同時にけたたましいクラクション音。
不安になって車庫に行った私は大破した車を見てその場に崩れ落ちた。
それから先は記憶が朧げだ。
いつの間にか救急車が来ていて、救急車に同乗して頭から血を流す夫に必死に声を掛け…
気が付いたら私は喪服を着て遺影を眺めていた。
周りの言葉は耳に入らないし、喪主としての言葉は何を話したかすら記憶にない。
そういえば食事をしたっけ…?食欲がないからそれすら覚えてないかも。
それがつわりだからなのかショックからなのか…とにかく、私は生きる気力を失いかけている。
「もし、お腹にいるなら…こんなお母さんでごめんね。けど、もし居るのなら頑張って生きていくから」
妊娠しているならこのまま生きよう、していないなら死んでしまって構わない…
私はそう考えながら赤ちゃんがいるかもしれないお腹にそっと手を添えた。
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【葬式からおよそ一周後 役所近くの公園 オレ視点】
「ふぅ…」
ためていた息を大きく吐いて、役所から出た真矢は公園のベンチに腰を下ろした。
オレの死を思い出させる辛い手続きお疲れ様、と彼女の腰までの髪を撫でたかったが、
彼女の夫ではなく胎児の体になってしまった今のオレには、もうそれができない。
胎児になって一週間、真矢との新しい共同生活についていくつか分かった。
歩いていると視覚がそう教えてくれる一方、実際に体を動いているのが真矢だけ。
オレは彼女に運ばれていながらも、視覚は彼女の目が見ているものと連動している。
更に聴覚も繋がっているらしく、胎児として彼女の心音もうっすらと聞こえるが、
真矢の耳が聞こえた外界の音や声のほうが、それよりもハッキリとオレは聞こえる。
……胎児の在り方に慣れるのは、まだ少し時間が必要のようだ。
「あなた…」
憔悴した瞳から涙が零れ落ちながら、バックの中からあるものを取り出す真矢。
『母子健康手帳』と書いてあるそれは、喪服の黒を振り払う希望の色をしていた。
昨日産婦人科で胎嚢…オレが居るのが確認できたから、今日役所からもらったのだ。
「私たち、頑張って生きるから…空の上から見守っていてね」
涙声でそう言って真矢は、すがるように新品の母子手帳を大事に抱きしめた。
やはり感情の起伏もこちらに影響するのか、早くなっていく彼女の心音とともに
オレも自分の新しい体に生えている小さな心臓の脈動が早くなったのを感じた。
頑張って、育っていこう。今度は親子として一緒に幸せになろうね、真矢。
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【四十九日を終えた数日後 真矢視点】
赤ちゃんを残してあなたがそばからいなくなって、もうすぐ二か月……
排卵日から数えたら私は今は妊娠13週目…になっていると思う。
それなりに辛かったつわりが治まり、食欲も少しだけだけど帰ってきてくれた。
やっと心の整理がついた気がする私は、初めての検診を受けることにした。
お義母さんに勧められた産婦人科に入って最初の感想は『空いてるね』だった。
平日だからかな、待合室には小さい子を連れてきた妊婦さん一人しかいない。
見たところ私よりは少し年下な気もする、若くして母親になった子かな…
「佐藤真矢さんですね、どうぞこのまま診察室へ」
「あ、はい…?」
初診の用紙を記入し終えたら、なぜかすぐに私の番が回ってきた。
『あれ、私が先?』と疑問をしたけど、呼ばれたから私は診察室に入る。
お医者さんの言われるがままに健康診断みたいにいろいろ測られ調べられた後、
いよいよエコー検査に。実を言うと私は、これのために検診に来ていたんだ。
「おっ、いい角度で映りましたよ。こっちが頭で、手足もよく見えますね」
「これが、私の赤ちゃん…」
気持ちよさそうに動いている赤ちゃんを初めて見た私は、思わず言葉を失った。
エコーで会えるこの時を期待して『ママだよ』とでも言ってあげたかったのに……
こうして赤ちゃんのかわいい姿を見たら、またあなたのことを思い出して……
天国にいるあなたも、私たちの赤ちゃんがエコーに映ったの見ているのかな?
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【同時刻 オレ視点】
(おおー…すげぇ)
真矢の視覚と連動してエコーを見たオレは思わず感動していた。
何というか…初めて鏡で自分の顔を見た…みたいな?
ちょっと違うかもしれないけど、こうやって改めて自分が胎児になってるのを見るとなかなか面白いと思う。
ただ…正直、真矢の隣で見ていたかった…と思う。
真矢と一緒に苦労しながら育てていく…って未来がなくなったのは悲しい。
複雑な感情になってるうちに、エコー検査や診察が終わっていたのか、真矢が医者にお辞儀して診察室を出ていた。
「診察、どうでしたか?」
診察室を出て会計を待つ真矢に声をかけた女性がいた。
先程見かけた小さい子供を連れた妊婦さんだ。
「えっと…あなたは?」
真矢が警戒するようなトーンで女性に話しかける。
そりゃそうだ。オレだって急に話しかけられたら警戒してたもんな。
「あっ…失礼しました。つい職業病で…
私は原田美羽(はらだみう)…先程あなたが診察を受けた原田医師の妻で、この病院の看護師です。
まあ、今は妊娠中で看護師の仕事はセーブしているのですが」
女性…美羽さんがそう自己紹介をする。
なるほど、確かに診察室の入り口に「原田医師」みたいな名札が掲げてあるのを見たかもしれない。
この病院で看護師の仕事をしているなら休憩とかで子供を連れて会いに来ていても不思議ではないのかも。
「助産経験も多少はありますし、母親教室も行っているのでこれからいろいろ会う機会が増えるかもしれないですね」
そう美羽さんが真矢に声をかけて頭を軽く下げた。
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設定案
原田美羽
真矢の主治医の妻であり助産経験もある看護師。
原田医師が医学部時代に結婚、現在1児の母。
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【同日午後 オレ視点】
「あ、この服かわいい…」
産婦人科を後にしたその足で駅前商店街へ向かった真矢は、ある店の前で足を止めた。
お腹周りがゆったりでかわいらしいマタニティウェアが店頭に飾っている洋服屋さんだ。
真矢の聴覚で聞こえる外の声と重ねて心地よく鳴り響く彼女の心音が早くなった気がする。
動きやすそうなデザインだし、彼女の好みの色をしてるし、だいぶ気に入ったのだろう。
「……やっぱまだ早い、かな」
展示用の妊婦体形マネキンの近くにある鏡に映っている真矢の顔は、微かにはにかんでいた。
実際オレが中にいるからか、今彼女が着ているお腹が目立たない冬用のふんわりワンピースも
なんちゃってマタニティウェアに見えなくもない、と自分の顎に手を当ててオレは思った。
そういえば、エコーで見た胎児のオレはもう手足ところがかなり人間っぽく出来てたんだよな?
確かにここ数日は時々、体のどこかが何か布団みたいなやわらかいものに触れた感じがする。
もしそれが真矢の子宮の内側だとしたら…なんかこう、彼女の夫としてはすごい背徳感が……
いやいや、今のオレは胎児だ、オレと真矢の子供だ。母の胎内に居るのは当たり前ではないか!
「――お買い上げありがとうございました。またのご来店お待ちしております」
あれやこれや悩んでいたら、オレを運んで真矢は軽やかな足取りで洋服屋から出た。
結局買ってしまったのか…もうすぐ2月だし、予定日に至っては夏真っ盛りだぞ?
まあ、そのかわいいマタニティを着こなす真矢もちょっとは見てみたいかも……
そのためにも、流産早産などせずに彼女のお腹の中でちゃんと育っていかないと。
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【妊娠15週目 自宅 真矢視点】
「――送信完了、っと。…ふぅ、一休みしよっか」
パソコンから離れ、すり減った精神をホットミルクで温まろうと台所へ向かう。
検診費用とかこれからの出費を考えてこの間始めた在宅ワークにも慣れてきたし、
きっと私たちはうまくやっていけると心の中で思いつつ、私は冷蔵庫を開けた。
「そういえば、明日は…」
小さい鍋で牛乳を加熱しながら、今は13日の夜だということを思い出した。
……まだ性別はわからないけれど、今年のチョコはお腹の赤ちゃんにあげよう。
つわり対策で箱買いしたチョコを鍋に入れて、温めた牛乳に溶かして…できた。
「ハッピーバレンタイン、私の赤ちゃん」
ホットココアを鍋からマグカップに移して、妊娠前に比べたら確かなふくらみを
感じれるお腹に片手を添えて私は、お腹の赤ちゃんと心安らぐひと時を過ごした。
「……?」
ココアの香りに交じってチクタクと壁掛け時計の音が鳴る中、ふとお腹に違和感が。
なんだろうこの、なんかくすぐったくて、むずむずするような……もしかして!?
「赤ちゃん、なの?…でもまた15週だし…気のせい、よね?」
ハッと一つの可能性を思いついた私は、まだ気が早いよと自分に言い聞かせつつ
お腹に手を当てて、中の赤ちゃんにこの違和感は胎動なのかと問いかけてみた。
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【同時刻 オレ視点】
(まさか胎児になってても、真矢からチョコもらえるとはな…)
へその緒を通じてバレンタインのチョコレートをおいしくいただいた気分になったオレは、
胎児の体の足をいっぱいに伸ばして、問いかけてくれた彼女に答えられるか試してみた。
ほら、胎動と言ったら『赤ちゃんに蹴られた』とかよく言われているものだろ?
しかし、胎児であるオレの成長に合わせて彼女の子宮もその容量を拡張したのか、
微妙に足の先っちょだけがやわらかい何かに触れた、ぐらいしかできなかった。
「なーんちゃって、そんなの答えてくれるはずないもんね…」
オレからの返事をもらえなかったせいか、なんとなく寂しそうな声でそう呟いて、
少し冷めてたホットココアを片手に真矢は腰かけてた椅子からすっと立ち上がる。
そしたら――
(あっ)
立った上半身に引っ張られて座った時よりは少しだけ縦方向に傾いたからか、
あきらめずにバタバタ蹴っているオレの足に彼女の子宮のほうが当たってきた。
(こんなのでありか…?)
子宮に一瞬めり込んで跳ね返された足から力を抜いて、オレは苦笑いした。
胎児のオレには事故じみたこれはまだ『胎動』と呼べるのか判断できないが、
少なくとも今度は真矢もちゃんとくすぐったい以上のものを感じたはず……?
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...とワクワクしたら、真矢はテレビつけてバラエティ見始めて、特に変わった様子はなかった。
(おいおい無視するんかーい!)
とオレはビシッとツッコミを入れるが、足も届くかどうかだから空振りで終わる。
(あー、今のはそっちからぶつけて来たから気付かなかった、か...?)
真矢のやつ昔からそういう鈍感なところあるからな。
まあそこが可愛いんだけど。
それにオレも赤ちゃんとしてはまだ小さいだろうし、リラックスしてる時でないと蹴れたところで気付かれないとかも有り得そうだ。
やれやれ、なんか一人で舞い上がってバカみたいだ。
足バタバタしすぎて疲れたし、蹴ってみるのまた今度にするか。寝よ。
真矢の目と耳との繋がりをいったん閉じてオレは、暖かい彼女の胎内に意識を委ねた。
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【妊娠17週目 産婦人科にで 真矢視点】
ここ数週間ちょくちょくお腹に感じるあの違和感、きっと赤ちゃんに違いない――。
「胎動をもっとうまく感じれるにはどうすればいい、ですか……」
「はい…なんか良い方法があれば教えてください」
お腹の赤ちゃんがこれといった異常もなくすくすく育っているのを確認した二回目の検診の後。
母親教室に案内してもらったついでに、なにかコツはないかと私は美羽さんに聞いてみた。
「うーん、こればかりは人それぞれですし…」
私のよりもだいぶ大きいお腹を撫でながら、美羽さんは困ったように眉を下げた。
そこをなんとかって言いたいけれど、これから教室なんだから困らせるのは不本意だし……
「そう…よね。ごめんなさい、答えにくい質問しちゃって」
「お気になさらないで。私もかっちゃんの時は焦ってたから、気持ちは分かります」
かっちゃんというのは美羽さんの第一子で、教室のある日は姑に預かっているらしい。
「そのうち感じれるようになりますよ、どーんとおおらかに待ちましょう」
あやまる私に理解を示し励ましつつ美羽さんはもう一回、まん丸なお腹をやさしそうに撫でた。
『先輩ママとしての貫禄』って言っていいのか、その一言は私に安心感を与えてくれる。
(私も、ちゃんとこの子のお母さんになれるのかな……ううん、ならなくちゃ!)
頭の中で自分に言い聞かせて私は、美羽さんと一緒に会場の多目的ホールに入った。
この前買ったマタニティ越しではまだそれほど目立ってないお腹を、包むように抱えて。
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【多目的ホール 真矢視点】
多目的ホールに入った私はとりあえず周りを見渡す。
まばらだけど、それなりに妊婦さんらしき人はいる。
お腹が目立たないのは、多分私みたいに中期前の人が多いからだと思う。
1人で来ている人も、旦那さん?事実婚ならパートナーって言うのかな。そう言う人を連れて来てる人もいる。
本当だったら隣に夫が居たはずなので、寂しさと羨ましさを感じる。
「佐藤真矢です。諸事情があって、シングルマザーとしてこの子を育てていきたいと思います。
不安な事も楽しみなこともありますが、話せることは皆さんと相談したり共感できたらいいなと思っています」
初めての母親学級なので自己紹介する機会があって私はそう話した。
「諸事情」「シングルマザー」と言う言葉でなんとなく察したのか、そこには突っ込まれない。
「どこ出身なの」「学校はどこ?」みたいな当たり障りのない質問を答えて自己紹介は終わった。
その後は妊娠中の体型変化とか、気をつける事を美羽さんから教わった。
学生時代に体型変化については習った記憶がうっすらあるけど、改めて図で見るとあるところから一気に変わるなって感心する。
必要な栄養素とか、おすすめの料理とか教わって大体の時間は過ぎた。
一通り勉強して、メモ取ったりして疲れたなぁ…と思ったら美羽さんが私たちを見回して口を開いた。
「ここでお勉強の時間は終わったので、少し時間が余りましたから変わったことをしてみましょうか。
まず目を閉じて、2回くらい深呼吸してください。
お腹に手を当てて、手のひらに意識を集中すると、胎動を感じれる…かも知れないです。
『分からないなあ』って人は、お腹に話しかけるのもいいですね。
今は感じられなくても、もう少ししたらはっきり分かるようになりますから」
美羽さんが言うように、試してみようと私は目を閉じた。
深呼吸して、お腹に当てた手のひらに集中する。
周りの声も聞こえない。ただ手のひらに集中する。
…けれど、あまり動いた…って感じがしない。
(やっぱり、まだ分からないのかな)
そう思ったけれど、私は声をかけた。
「いろいろな事があったけど、今はあなたと会う日が楽しみ。
だから、元気に育って、無事に生まれて来てね」
小さな声でお腹に話しかける。
そうしたら…お腹の中が動いたような感触。
目を開けてすぐお腹に当てていた手に、ぽたりぽたりと涙の雫が落ちていた。
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【その日の深夜 自宅寝室 オレ視点】
「すーすー…えへへ、ママだよぉ…」
寝ながら無意識にお腹を撫でたのか、寝息混じりに子宮の内側は少しオレに近づいた。
(真矢、待ちに待った胎動を感じたのがよっぽど嬉しかったんだね……)
寝てるから視覚働いてないし、そもそも彼女が鏡でも見ないとオレも見えないが、
こうして寝ぼけたように寝言を言う真矢は、いつもかわいいにへら顔になってるんだ。
(……ああ、もう一度あの頃のように抱きしめやりたいよ、真矢)
呟くように口をパクパク動かしたオレは、小さい両腕を伸ばして子宮の内側に触れる。
「んっ……うーん、むにゃむにゃ」
すると真矢の喘ぎ声(?)と共に重力の方向が変わり、子宮はオレの指先から遠のいていく。
…と思ったら、今度はオレの背中にその布団みたいな柔らかい感触が押し付けてきた。
寝付いたら朝アラームが鳴るまでテコでも動かないあの真矢が、寝る姿勢を変えるなんて…
お腹が膨らんだ分体の重心が変わって…いや、オレからの『胎動』を感じたからか!
(もしかして、ある程度こちらから真矢に意思を伝えることができるのか?)
俄然好奇心が湧いてきたオレは、これからもいろいろ意図的に動いてみようと思った。
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【運ばれて移動中 オレ視点】
春分の日を過ぎて、冬の終わりを告げるように今朝のテレビは桜開花を報じていた。
似合うようになってきたマタニティでおめかしして、オレを揺らして今真矢はこの前の母親教室で
知り合ったご近所に住んでいる高橋夫婦が個人経営している隠れ家カフェに向かって歩いている。
(……それにしてもこれ、上下に揺れすぎではないか?)
ついスキップ気味に地面を蹴ってしまう真矢の歩き癖もかわいいが、
羊水に守られてなかったらと思うとちょっとゾッとするな……
(何があってからでは遅い。クレーム入れてくか)
オレの成長に応じて子宮も彼女のお腹がぽっこり出るほど大きくなっていっているが、
こっちはただデカくなっただけじゃなく、前より大ぶりに動けるようになったんだ。
(足を上げて…車のブレーキを踏むように…)
そう思って、次に振り上げられるのに合わせてオレは真矢の子宮にかかとを落とした。
「ひぅっ!?」
そしたらびっくりしたような真矢の声が胎内に響くように聞こえて、揺れが止まった。
繋がっている視覚から見た景色も止まっているし、うまく彼女を立ち止まらせたようだ。
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【同時刻 真矢視点】
「ごめんね、起こしちゃった?」
ママはしゃぎ過ぎちゃったかな、と赤ちゃんに謝って私は近くの塀に背を預ける。
(急にビクッとしたから、つい変な声出ちゃった……誰も聞いてない、よね?)
右を見て左を見て、周りに通行人がいないのを確認。静かな住宅街でよかった……
にしても、中で赤ちゃん動いてるの感じれるようになってから、早くも3週間かぁ……
お腹も心なしか一回り大きくなってきてるし、ぐんと妊婦さんっぽくなってきたかも?
「もうすぐそこだし、カフェついたから座って休もう」
息を整えて、お腹をさすりながら私はもらった名刺を片手に再び歩き出した。
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【数分後 カフェのレジ】
「えっと…カフェインは避けなきゃいけないから…あっ、このレモネードソーダください」
メニューを見て私は独り言を小さく言った後店員さんにそうオーダーした。
ホットミルクと迷ったけど、つわりが酷い時にお世話になってたレモネードがいつの間にか好物になってたからだ。
支払いを済ませ出来上がりを並びながら待つ。
少し時間がかかると思った私は、お腹を撫でながら赤ちゃんに話しかける。
「ひょっとして、歩き方がちょっと軽やか過ぎた?」
さっきの胎動が急に起きたのが、「私がいるから気をつけなよ」って教えてくれたのかと思ってそう声をかけたんだけど…
しっかりと胎動を感じた…「そうだよ!本当に気をつけて!」なんて思ってるのかも。
未熟児で産まれてこないように、今までより気をつけなきゃなあ。
「番号22番でお待ちのお客様ー」
っと、どうやら私の番みたい。
手渡ししてくれた店員さんにお礼を告げてテラス席に座る。
「いただきまーす。あなたも楽しんでね」
お腹に手を当ててそう話して、私はドリンクを飲み始めた。
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【さらに数分後 カフェのテラス席 オレ視点】
「──うちの店、どーですか?」
春を感じる日差しの中、真矢が注文したレモネードだいたい半分になったごろ。
母親教室で彼女と知り合ってこのカフェの名刺をくれた『高橋ミナ』という妊婦は
真矢の視線の外からテーブル反対側の椅子に腰を落としながら話しかけてきた。
「うん、すごくよかったよ!
店の雰囲気とかここから見える景色とか…あ、あとレモネードが美味しいのも!
高橋さん、いいお店ありがとう!」
外人顔を前にテンパっているのか、手振りを交えて投げかけられた質問を答える
真矢の心拍数は一気に100を超えるぐらいに跳ね上がってくる。
ったく、知る人だしとって食われるわけじゃないから落ち着けっつーの。
「真矢ちゃんが気に入られたよーで何よりです。
それに私たちママ友だから、気軽に『ミナちゃん』と呼んでも構いませんよ?」
胎動でやっているオレと同じ高橋さんも真矢を落ち着かせようとしてるらしいけど、
友たちになったからってちゃんづけで呼び合うのが普通なのか?女子って……
その後、すっかり打ち解けた『真矢ちゃん』と『ミナちゃん』は日が傾くまで歓談し、
これまた最高らしい特製タマゴサンドをご馳走してもらって真矢は楽しい一日を過ごした。
(…視覚も聴覚も繋いでくれたじゃん、味覚も彼女と繋げてくれれば良いのに…)
真矢との赤ちゃんに転生させてくれた神さまに愚痴を言いつつオレは、何の落ち度もない
彼女にきつく当たらないように注意して、やわらかい子宮の中で軽く地団駄を踏んだ。
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高橋ミナ
日本で生まれ育った、フランス人ハーフの女性。20代後半の初妊娠。
真矢の自宅から歩いで15分ぐらいの近所で夫と隠れ家カフェを開いている。
予定日は真矢より一か月も後の9月中旬。真矢とはちゃんづけで呼び合う。
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【三回目の妊婦検診 オレ視点】
(おいおいエイプリルフールは昨日なんだぞ?嘘だと言ってくれ、先生…)
真矢の目を通じてエコー画面を見て、耳を通じて原田先生の解説を聞きながら
オレは、手足をガクガクと曲げたり伸ばしたりするほど信じたくなかった。
なぜならオレの新しい体、今現在エコーに映し出されている『真矢の胎内にいる22週目の胎児』は
先生の判断によると『女の子』……つまりオレと真矢の『娘』である可能性が非常に大きいとのことらしい。
そりゃ胎児といっても自分の体なんだし、薄々そうなんじゃないかと思ってはいたが……
こうして現実を目の当たりに すると、やはりショックが…オレが、オレの娘に転生したなんて。
「お疲れさま、赤ちゃんとても順調のようですね。何よりです」
診察室を出て会計を待つ真矢に、お腹をさすりながら美羽さんは声をかけてきた。
自分の顔は見れないように真矢の視覚では彼女の表情は見えないが、きっと赤ちゃんの
性別が判明したことで太陽みたいに燦々とにこにこしてるだろう。簡単に想像できる。
……それにしても美羽さんのお腹、前回母親教室で会った時よりかなり大きくなってないか?
もともと真矢よりも大きいのはわかるけど、美羽さんは今何ヵ月なんだろう…?
(よし、ここは胎動でもして話題作って、聞き出せるように真矢を仕向けてみよう)
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【同時刻 真矢視点】
「あ、美羽さん、今日も来てたんですね」
赤ちゃんの名前何にしようかなぁっと考えてたら、美羽さんに話しかけられた。
せっかくなんだし、参考として美羽さんの意見も聞いちゃおう。
「あのね、今日のエコーでね──」
赤ちゃんは女の子らしいと先生に言われたことを教えようとしたら、
「──いっ?」
まるで「言いふらすのやめて」とでも言いたげに、急に胎動が……
……もしかして赤ちゃん、恥ずかしがってる?
検診の時からエコーのカメラ?に向かってワクワクと手足振ってたのに…
「ほら、言った通り心配いらなかったでしょ?」
言葉を言いかけて飲み込んだ代わりにお腹に手を当てた私を見て全部察したのかな、
美羽さんも彼女の大きなお腹を慣れた手つきで二回ほど撫でて、私に微笑んでくれた。
うぅ、焦ってた昔の自分が恥ずかしいよ……
「み、美羽さんのお腹大きいですねー。そろそろ赤ちゃん生まれそう?」
恥ずかしさのあまりに話題を変えようと、私は慌てて適当に話を振った。
そしたら。
「どうでしょうね…予定日再來週だけど二人目ですし、早ければここ数日、っ、かもしれませんね」
穏やかな口調で答えてくれた美羽さんは、さらに二回ほどお腹を撫でるようにさすった。
(美羽さんの様子がおかしい…?まさか、もう?…でも、お腹痛そうにも見えないし…)
未だに動いてるお腹の赤ちゃんをなだめつつ、いつもとなんか違う美羽さんに、私は────
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【同時刻 真矢視点】
「ひょっとして、陣痛とか起きてるんじゃ…」
気になって美羽さんに聞くと、美羽さんは首を振った。
「うーん、陣痛というよりはまだ強めの張り…くらいかな。
いわゆるおしるしとかもまだだし…でも前駆陣痛にあたるかもしれないから、油断はできないんですけどね」
「そうなんですか…えっと、母親学級とかってどうされるんですか?」
陣痛ではないけれど、出産が近いんだろうなって言うのは分かって、
そこからなんとなく母親学級みたいな美羽さんがやっていた事はどうするのかって気になって尋ねてみる。
「丁度産休から戻る看護師さんが居るので、入れ替わりで産休に入る予定なんです。
『沐浴の手本を実際の赤ちゃんで見せたい!』なんて話してました。
流石に教わる真矢さん達には人形でしてもらうんですけど」
「へぇ…そうなんですね」
納得した私はそう相槌を打つ。
「どんな人なんだろ。会うのが楽しみだよね」
いろんな性格の人を予想しながら、私はお腹に語りかけた。
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【母の日前夜 自宅風呂場 オレ視点】
「〜〜♪」
サラウンドサウンドのような臨場感のある音質で、真矢の鼻歌が子宮の中で心地よく響く。
来週から八ヶ月目いわば妊娠後期となる彼女は、湯舟に浸かっていて気持ちよさそうだ。
そして、温められて少し温度が上がった羊水に浸かっているオレはというと……
「あはっ、動いてる動いてる。この歌はねぇ、天国にいるパパが好きだったのよ?」
オレは真矢の鼻歌に合わせて、子宮壁に向かって手や足で拍子を打っていた。
ついに彼女の子宮容量の拡張速度がオレの成長に追いつけなくなってきたらしく、
最近はどう動いても子宮に当たってしまうから、開き直って自由に動くようにした。
これがまた楽しくてね、昔見たとある映画に出てくる猫バスの中にいるような気分だ。
こうして動いているオレを、彼女はどう思っているのだろう。
やんちゃな娘だな、と思っているのだろうか?
そう考えつつも、オレは真矢の鼻歌に合わせて拍子を打つのを続けた。
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【およそ30分後 自宅居間 真矢視点】
風呂上がりでポカポカになった体にはバスローブなどを羽織り体温を落ち着かせる……と。
買ってきた教科書(?)に書いてある通りの体勢でソファでくつろいで、私は今日はやる気満々だ。
今日こそ、妊娠が分かってからやりたかった『キックゲーム』に挑戦すると私は決めた。
まずは胎動チェック……よし、赤ちゃん今起きているね。パパと似て夜型かも。
えっと、次は一回深呼吸してリラックスして……痛くない程度に加減をして……
「……赤ちゃん、キック!」
手のひらで軽く『ポン』とお腹を叩いて私は、中で動いている赤ちゃんに話しかけた。
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【同時刻 オレ視点】
もぞもぞ動いていたオレは足元あたりに少しだけ刺激を受けた気がした。
「……赤ちゃん、キック!」
…とほぼ同時に真矢が話す。
いわゆるキックゲームってやつか。生きていた時や真矢の目を通して見た育児雑誌で見た気がする。
面白い。やってみよう。
そう考えてオレは刺激を受けた足元へとキックしてみた。
「おおっ!おおおっ!?動いた!!」
真矢が嬉しそうに話す。
再び足元への刺激。
全く…嬉しいのはわかるが、あまりはしゃぐと早産になりかねないぞ?
そう思いながらもオレは真矢の嬉しそうな声を聞きたくて刺激を受けるたびにキックを入れた。
何回かそれを繰り返して、少しお腹がキツくなったのか、眠くなってきたのか、或いは飽きたのかもしれない。
何にせよ足元の刺激はなくなって、真矢はゆっくりとベッドへと向かうようだった。
(おやすみ、真矢…)
オレもどうやら眠くなってきたみたいで、自然と意識は遠のいていくような感覚を覚えていた。
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【母親教室開始前 オレ視点】
「真矢ちゃんどーしたの、なんか悩んでない?」
「うん…赤ちゃん、逆子だって。自然に治る可能性もあるって先生言ってたけど」
28週、妊娠後期の初めての検診を終えた真矢は、オレを運んで母親教室に来た。
カフェで知り合った高橋さんも来ていて、今二人はおしゃべりをしている。
逆子になっていることはキックゲームの時にうすうす気づいていたが、ここまで落ち込むとはな。
オレだって切開で取り出されるの嫌だし、今日から何とか自力で回転してみるか……
……そういや確か新しい講師がくるだっけ?
赤ちゃんをお風呂に入れるやり方を教えてくれるとかなんとか。
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【同時刻 真矢目線】
「えっと、田中綾音(たなかあやね)です。はじめまして…」
いつもは美羽さんがいた位置に立つ赤ちゃんを抱いた女性がそう挨拶をした。
『沐浴の手本を実際の赤ちゃんで見せたい!』って意気込んでたと聞いていた私は、
予想以上に大人しく見える彼女に少し驚いた。
「えっと、その、人見知りなのでうまく話せないですが…
でも、赤ちゃんを産んだお母さんの先輩としてもいろいろアドバイスします。よろしくお願いします!」
ペコ、と頭を下げる綾音さん。
パチパチパチパチと、私やミナちゃん、周りの妊婦さんが拍手を起こしていた。
「それでは、まず沐浴についてお伝えしますね」
そう話す綾音さんがベビーバスの前に立つ。
私たちもメモを持って近くまで進んだ。
(綾音さんに似てずいぶんおとなしい赤ちゃんだなあ)
私の最初の感想はそこだった。
瞬きはするけどジタバタと手や足を動かさないで、なんだろう…どっしりとした感じかな。
私のおてんばな赤ちゃんに比べると随分違うなぁ…なんて思う。
赤ちゃんは足から入れるんだなぁ、とかいろいろ重要そうなところをメモして、人形で実践して沐浴の授業は終わった。
それから、逆子を治す体操とかヨガ、出産の時の呼吸法とかを教えてもらった。
今の私はこっちの方が気になってるかな。
メモを真っ黒にするくらい文字を書いて、その日の妊婦学級は終わりを迎えたのだった。
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【5月最後の日曜日 朝未明 オレ視点】
(いよいよ30週か…オレが逆さまになっているの、直ってたのかな…)
わずかに浮力のある液体に満たされて、さらに柔肉の布団に包まれている子宮の中。
胎児みんなこうなっているのかは知らんが、重力に対する感じ方がおかしくなっている。
真矢の視覚と聴覚などを頼らずに胎児としてのオレが知りえる情報があるとすれば、
胎盤がある方向の子宮壁は今何かの圧迫を受け続けていて平面になっているぐらいだ。
おそらくあれはベッドとの接触面で、今の真矢は横向きで寝ていることがわかる。
うーん、寝るときの真矢の癖だとつまり胎盤ができているのは彼女から見て右側…
んでその胎盤は今オレの左側だから…二通りの可能性があるな、オレの頭の向きは。
もっと判断材料があればいいけど、うかつに動いたら真矢を起こしてしまうよな……
ここ数週間オレが子宮の中で回転しまくったせいでだいぶ困らせただろうし。
考えあぐねたその時。
(うおぉ?なんだなんだ?)
急に真矢が寝返りを打ったのか、子宮全体はググっと持ち上げられてスイングされる。
胎盤がある側と入れ替わって今度はオレから見た右手側の子宮壁がわずかに圧迫された。
これも胎児ならではの反応なのか、突然スイングされてびっくりしたオレは、
反射的に体をこわばらせ、真矢の子宮の中でビクッと大きく跳ねた。
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【そのまま続き オレ視点】
ぶるぶると軽めな地震のように、オレを包んでいる真矢の子宮が震えた。
内容物のオレが大きく跳ねたことで、それなりの衝撃を受けただろう。
「うーん……」
眠りが浅くなったのか、寝言のような真矢の唸り声が子宮に響く。
言っておくが、今の痛かったらオレのせいじゃないからな?
「もぉ、しょうがない子ね……」
至急越しに真矢に背中あたりを撫でられたのと同時に、スマホのロック画面が見えた。
デジタル数字で3時54分…と、目を開いた彼女の視覚情報がこっちに入ってくる。
(起こしてしまったのは不本意だが……こうなったら、検証に付き合ってもらおう。
急に子宮ごとスイングされたんだ、胎児がパニックになっても不自然ではないよね?)
そう思ってオレは意図的に子宮に向かって、30週胎児渾身の蹴りを入れた。
さて、この衝撃はどっちに当たるかな……? 彼女の胃か、それとも膀胱か?
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【前回の最後の1分ほど前から 真矢視点】
「もぉ、しょうがない子ね……」
3時54分と表示しているスマホを枕元に置きなおして、目を閉じて、胎動してるお腹を撫でる。
ママまだ眠いからね、大人しくしてね、と、心の中で赤ちゃんに語りつつ私は眠気に身を任せた。
――そのつもりだった。
「うぷっ!? けほっ、けほっ…!」
何が起きていたのか、気がづいたら私はもう胃の中のものを戻してしまった。
幸い最後の食事からだいぶ時間がたったから、胃酸しか出なかったけど……
「つわりが戻ってきた…じゃないよね?」
激しく咳をしたから少し痛く張ってきたお腹を撫でつつ、水を飲んで私はつぶやく。
そういえば、急に吐いてしまう直前まで確か赤ちゃんがお腹の中で暴れてたっけ。
もしかして急に吐いたのも、赤ちゃんがわざと胃のあたりを蹴ったとか…?
……なーんて、そんなわけないか。
どのみち眠気は完全に飛んだし、朝シャワーでも浴びよう。
いつの間にかまだ胎動し始めた赤ちゃんをなだめつつ、私は風呂場に入った。
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【同時刻 オレ目線】
真矢の聴覚と胎内にいるオレ自身の耳で二重にシャワーの音が聞こえる中、オレは喜んでいた。
羊水のおかげで頭が下向きだという実感がわかないけど、どうやら逆子は治っているらしい。
腹パンみたいなマネをしてごめんな、真矢。これから動くときはもっと気をづけるよ。
と、オレが思ったその時。
ブルルっと、羊水に伝って子宮壁から変な音が聞こえた。
(なんだこの音)
変な音が気になったオレは胎児の手を伸ばして、音が鳴ったあたりを触った。
しかし特に何も変わったことはなく、オレの胎動を感じた真矢が外から触り返しただけだった。
何らかの異常、じゃないのか・・・ならいいけど。
今度真矢が検診を受けに行った時にでも、お医者さんに調べてもらおう。
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【およそ2週間後 いつものカフェのテラス席 真矢視点】
「おー笑った笑った!ふにゃ、赤ちゃんかわいいよー」
「高橋さん、まだ2か月で首がすわっていないから無理に抱かないように」
「もー、綾音ちゃんお堅いなー」
妊娠9か月に入って最初の土曜日。
美羽さんの赤ちゃんのお披露目という名目で、この前の母親学級の後ママ友になった綾音さんと
ミナちゃん含めて私たちは四人は今日、ミナちゃんのカフェに集まっていた。
(んっ…)
ぐぐっと、肋骨が軽く赤ちゃんに踏まれた感触。それほどでもないがわりと痛い。
(ごめんごめん、あなたも人数に入れなきゃね)
あやうくこぼしそうになったレモネードをテーブルに置き、頭の中で赤ちゃんに語り掛ける。
なんというか最近、動くとすごく動いちゃうね……もう、中から押されて私が動かされそう。
美羽さんも綾音さんも、赤ちゃんがお腹の中にいたときこんなに激しく動いてたのかな……
「――少し痛いよね、蹴られるの。赤ちゃんにとってママの中も窮屈になってきてますからね。
でもね、胎動をダイレクトに感じれるので赤ちゃんとの繋がりが一番強い時期でもあります。
産まれるまでの間でしか感じれないからね、どっぷり楽しんだほうが胎教にも良いですよ」
「美羽さん……」
眉をひそめてお腹を撫でている私を見て察したのか、美羽さんが話しかけてきた。
さすがは母親教室の講師をやっているだけあって、彼女の言葉は私を落ち着かせてくれる。
(そう、よね……
せっかくこうして一緒になれたんだもん、今のうちに楽しまなきゃ損だもんね!)
グリグリと力強く動いている赤ちゃんをなだめつつ、気持ちを改めた私は木漏れ日を見上げた。
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【しばらくして オレ視点】
(真矢、ママ友たちと歓談してるね…)
軽い食事をしながら親しく語り合っているのが分かるが、直接胎内に響いてくる真矢の言葉以外
薄いアパートの壁の向こうで誰かが喋ったみたいに、オレはうまく聞き取れなくなっている。
オレが転生した胎児の脳が発達したから、真矢の聴覚との繋がりが弱くなった、と思う。
今のところ視界はまだ変わらず真矢が見たものが見えるのだが、時間の問題だろうな…
(子宮の中にいられるのもあとわずか、ということか)
……死んだオレが真矢に残したオレの娘として第二の人生を始める、か。
オレは娘の存在を知らなくて死んだんだから、名前、決めていなかったな……
ん?聞いてみたら、ちょうど外でみんなの赤ちゃんの名前が話題になっている感じ?
狭い子宮の中で体をねじり、耳を子宮壁にこすりつけてオレは聞くのに集中した。
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【同時刻 真矢視点】
「そういえば、名前はもう決めたんですか?」
ミナちゃんがそう聞いたので、私は赤ちゃんに語りかけるように話した。
「この子の名前は、希望(のぞみ)ちゃん。妊娠初期から決めていたの。
シングルマザーとして生きていくと決めたきっかけだから。
分かるまでは本当に精神的に落ち込んでて…本当に私の希望だったからね」
私の言葉を聞いてすぐ、ミナちゃんは満面の笑みでお腹に語りかけた。
「おーい、聞いていた?キミ、希望(のぞみ)ちゃんだってー」
それを聞いたのか、お腹の赤ちゃんが少し窮屈そうに動いた。
改めてもう少しで会えるんだなと嬉しくなった私は、自分では気づかないけれど幸せそうな顔でお腹を撫でていた。
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【同時刻 オレ視点】
(のぞみ…オレは、真矢の希望…)
名前を付けられたから自我が芽生えたとか、そういうおまじないじみた効果なのか。
それとも胎児が成長するにつれて俺の魂もだんだん「オレの娘」になっていたのか。
不思議にオレは急に、真矢を「オレの嫁」ではなく「おかあさん」だと思った。
この感情は何なのか説明できないが、とにかく今の体勢は辛いので元に戻らないと……
(さっきねじった上半身を…こうして…)
腰のあたりの筋肉に力を入れて、くるりと背中を……あれ、なんかおかしいぞ?
何かに動きを制限されているような気がして、上半身が思うように動けない。
(ちょ、これは…まずくないか?)
そしてオレはすぐにその原因に気づいた。
――へその緒だ。
外の声を聴こうとして体をねじったせいなのか、胎盤と繋がっているへその緒が
胸部から肩あたりに一周して斜めのたすき掛けのように巻き付いてしまったのだ。
キツイ締めているわけではないから命の危険とか苦しさは感じていないが、
このような状態はどう考えでも胎児にはよくないことなんだよね……?
何とかして真矢に教えなきゃ…いや、知らせたところで外からじゃ何もできない。
そうだ、普通の胎児ならはこういうトラブルを自力で処理できないだろうけど、
前世の記憶がハッキリのままオレの娘…「のぞみ」の体に転生したオレなら!
(多少荒いと思うけどごめんね真矢。いや、「おかあさん」)
そうと決まれば、とオレは体に巻き付いていたへその緒を外すように動き出した。
ちょうど真矢がママ友たちとカフェの軽食を囲んで楽しい時を過ごしている最中に。
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【同時刻 真矢視点】
「う…?」
ミナちゃんが希望(のぞみ)ちゃんと呼びかけて、胎動が来た。
けれども、なんだかいつもと違う。
苦しそうというか、もがいているというか…
(どうしよう。なにか、希望に異変が起きてるんじゃ…)
鼓動が高鳴る。呼吸が浅くなる。汗が出てくる…
「真矢さん、どうしたの?まずは深呼吸して。赤ちゃんが苦しくなるかも」
「美羽さん…」
美羽さんの言葉を聞いた後、ゆっくり深呼吸をする私。
そして、いつもと違う胎動が起きて不安ということを伝える。
「…ちょっと、お腹を触ってみますね。今すぐにエコーは出来ないので」
美羽さんがお腹を触り動きを確かめている。
その手が暖かくて、私はようやく落ち着きを取り戻した。
「大丈夫。苦しいからいつもと違うという胎動というじゃないと思うわ。
むしろ、なんというか。表現は難しいけれどもヘソの緒が絡まりそうだから解こうとする…みたいな感じね。
物凄く親思いというか、自分を大事にするというか…賢い子じゃないかしら。」
その言葉に、私は少し驚く。
「とりあえず、近いうちエコーを確認しましょう。赤ちゃんが頑張って上手くいくかは分からないし、上手くいかなかったら私たちがサポートしてあげないと」
美羽さんの言葉に安心と不安を感じながら、お腹をゆっくりと撫でるのだった。
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【夕方 真矢視点】
「ありがとう、家まで送ってもらって…」
大きなお腹を抱え、綾音さんの車から降りて私は彼女に礼を言った。
カフェから歩いて戻れるところだから、本来は歩いて帰りたかったけれど…
「っ…」
家に入って私はそのまま、お腹を抱えてソファに腰を下ろした。
服の上から見ても、お腹が波打つ感じに激しく胎動している。
あれからずっと胎動が続いているし、正直言って、やっぱ少し痛い。
気のせいか、希望が中で苦しそうに身をもがいている気もした。
まさか、このまま早産になったりすることは……ないよね?
まだ32…多く見積もっても33週だし……気のせい、だと良いけれど……
お腹を撫でつつ私は、心を落ちづかせようと何回も深呼吸を繰り返した。
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【同時刻 オレ?視点】
(くっそ…うまくいかないわね…解けてよ…)
だんだんと自我が胎児のものと融合しはじめたのか、ぼんやりとし始めた頭。
ちょっと口の悪い女の子みたいな口調で思考しながら、オレはなんとか臍の緒の絡まりを解こうとする。
けれども、なかなかうまくいかない。
真矢が不安で呼吸が乱れそうになるからか、はたまた臍の緒がなかなか解けないからか、なんだか息苦しい…みたいな感じがする。
(無駄に動かない方がいいかしら。「お母さん」も不安が増すだろうし。
ひょっとしたら、以外と動かない方が解けるかも。
それに、出産の時にサポートしてくれるだろうし)
ある程度解こうと頑張って、もう少しでうまく行きそうかなともがいていたオレはそう考え動きを止めた。
そして、心配しないでという意味を込め優しくお腹の中からキックをするのだった。
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【次の検診の日 真矢視点】
気になる胎動のことを先生に伝えて、エコーでお腹の中の様子を丹念に診てもらった。
結果、たすきのような感じで斜めでへその緒が希望の体に巻き付いている…らしい。
良くあることで早産の心配はないと励ましを受け、安心したところで検診が終わった。
「ふぅ……よかったね、希望」
待合室の椅子に座って、相変わらずお腹の中からキックしてくれる希望をあやす。
不安の種が消えたからか、朝と同じぐらいの激しさなのに今はとても愛らしく感じる。
それにしても、美羽さんの言った通りだったね…『物凄く親思いの賢い子』、かぁ…
「パパと似て頭でっかちにならないでね?なんちゃ、ってぇえ!?」
偶然なのか、冗談言ったら急に肋骨あたりが希望にトトトっと蹴られた。
そこまでは痛くはないけど、急なことなんだから、つい変な声が……
出てくるときママ大変だからね、とほんの冗談のつもりだったのに。
うぅ、周りの視線がつらい……
これ以上恥かからないようさっさと産婦人科から離れよう。
そう思って立ち上ろうとした時、バックから携帯のバイブ音が。
ミナちゃんからの着信だ。こんな時間にどうしたんだろう?
34週目のお腹を抱えて産婦人科を後にしながら、私は電話に出た。
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【同時刻 オレ?私?視点】
「パパと似て頭でっかちにならないでね?なんちゃ、ってぇえ!?」
パパと似て、頭でっかちって単語を聞いてオレ…いや、私は抗議のために肋骨あたりにアタックした。
(全く、レディに頭でっかちって言わないでよ。パパに似てるもパパのこと知らないし。…あれ。オレの事…だよな?)
出産が近づくたびに記憶が焼却され忘却される…みたいなやつかな。
とにかく、今の記憶は7割胎児の思考、3割オレの思考…みたいな感じだ。
ぼんやりと遠くで聞こえるような声で、ママ…真矢と、ミナが
「不安」「怖い」「悲しい」と聞こえるような感覚をしながら、オレは眠りについた。
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【海の日の朝7時ごろ 自宅 真矢視点】
「痛っ、痛たたた……今日は朝から激しいね、希望…」
臨月になってから胎動が減る子もいるらしいけど、希望はそうではなかったみたい。
ママの中が窮屈になって不満になっているのが分かるぐらいに、激しく動いていた。
「いい子いい子、予定日まであと二週間なんだから、もう少し大人しくしてね」
パンパンと硬く張っているお腹を撫でて、中でもぞもぞ動いている希望をなだめる。
もしかして陣痛かも、と少しだけ不安を感じながら私はいつものように一日を始めた。
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【同時刻 私視点】
「いい子いい子、予定日まであと二週間なんだから、もう少し大人しくしてね」
そんな声が聞こえるけど、私は動かずにはいられなかった。
お母さんのお腹が少し前から居心地悪くなってきたからだ。
私も随分大きくなって、前世?の記憶なんてもうほとんどない。
私という人格が形成された…みたいな感じだからかな?
元々の私はお母さんの関係者だった気がするけど、そこも曖昧な記憶しかない。
希望として産まれる準備が出来てきてる…みたいな?
(それにしても…今日のお母さんのお腹、特に居心地が悪い)
私が大きくなったというのもあるけど、なんだか子宮の中が窮屈すぎるというか…気のせいか周りが迫ってくるような…
(ううん、違う。気のせいじゃない。本当に迫ってきてる!
これひょっとして、収縮してるってやつ!?)
子宮が収縮を始める…手っ取り早くいうなら陣痛の初期なんじゃ…
そう考えた私はなんとかお母さんに気づいてもらおうと身体を激しく動かし始めた。
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【朝8時半ごろ リビング 真矢視点】
「ぅ……今日はなかなか手強いね〜ママと遊びたいのかな?」
掃除機のスイッチをいったん切って、胎動するお腹を抱えてソファに座る。
服の上から見てもお腹が波打つ感じに強く動いてくれているから、少しきつい。
えっと、頭は下にあるから…もぞもぞっと動くこの出っ張りは希望の足だね。
「今日はなにして遊ぼうかな?絵本よんであげようっか?」
希望に話しかけながら私はふと、大事に飾っている夫との写真を目にした。
一人で出産に挑むのは怖い、立ち会ってほしかったなどなど、考えてしまう。
なんだか寂しい気持ちもある中、何回も読んだ一冊を私は手に取った。
読み聞かせるとじっと聞き入って胎動が大人しくなる、希望が好きな本だ。
(およそ10分ほど経過)
「――はい、めでたしめでたし」
聞きなれた絵本が効いたのか、それとも動きっぱなしで疲れて寝てたのか。
今朝からあれだけ強かった希望の胎動はだいぶ落ち着いてきた気がする。
さて、途中までやったリビングの掃除機かけを再開しよう。
「……うっ?」
本を置いて、どんとせり出しているお腹を抱えてソファから立ち上がったら、
なぜか下腹部から腰にかけてズーンと重くなったような感じがした。
そういえば、出産が近くなると胎児が下がってくるの先生が言ったっけ。
胎動と比べて痛くないし、まだ全然そんな気配はなさそうだけど……
念のため、昼過ぎたら一度SNSで美羽さんに相談してみよう。
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【昼12時過ぎ 真矢視点】
「『前駆陣痛』か『本陣痛』か話だけではわからないので、13時ごろ様子を見に行きます…かあ」
美羽さんからの返事を見ながら私はそう呟く。
前駆陣痛は不定期に子宮が収縮して、定期的な収縮が本陣痛。
一般的に10分間隔になったら本陣痛かも…だっけな。
時計と睨めっこしながら間隔を見ていたけど不定期…かも?
でも一時間あたりの回数は増えてるし、張りというか痛みも強くなってきた気がする。
どちらにしても、もうすぐ希望と会える…って実感が湧いてきた
「元気に産まれておいでよ、希望。この家のどこかで、お父さんもきっと見てる」
ちょうど張りが強くなって、カチカチのお腹を撫でながら希望に語りかける。
美羽さんや産婦人科の先生と相談して、自宅出産を選んで美羽さんに介助をお願いしてる。
「様子を見に行く」って言うのはそこからだしね。
病院での出産より、夫をどこかに感じられるこの家で産みたい…私の言葉に賛成してくれた美羽さんには頭が下がらないよ。
「さて、と。今のうちにご飯を済ませよう」
まだ違和感が残るお腹を気にしながら、私は座っていたダイニングテーブル近くの椅子から立ち上がると、
目玉焼きとパンのような簡単にできる昼食を作る為コンロ近くまでゆっくりと歩みを進めた。
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【同時刻 胎内 私視点】
「さて、と。今のうちにご飯を済ませよう」
耳に聞こえた声と共に、ぐわっと私の下半身は重力に反して持ち上げられた。
お母さんが外からお腹を気にしながらゆっくりと立ち上がったのが判る。
……まさか、また家事を始めるつもりじゃないよね?
(もう、こっちは少し前からべったりと迫ってくる子宮に押されて動かされるわ、
なんか固いのが頭にかぶさってきてるわ、いろいろ大変なんだから!!)
しつように締め付けられている腹いせもあって、私は子宮を蹴ってやつあたりした。
そしたら急に、今までとは全く違った勢いでお母さんの子宮がぎゅっと収縮してきて――
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【同時刻 真矢視点】
「もう、希望。辛くなって来たんだから暴れな…ッつ!?」
コンロ、というかIHクッキングヒーターにフライパンを置いて卵を破り入れようとすると希望がお腹を蹴ってきた。
苦笑いをしながらお腹を撫で、そう呟いた後撫でていた手でクッキングヒーターのツマミを回そうとした瞬間、
私はお腹に今までとは明らかに違う痛みを感じた。
思わずヒーターに身体を預けるようにしゃがみ込んでしまう。
ズン、と一気に希望が下がったような感覚と、急にお手洗いに行きたくなるような感覚を覚える。
これ、いわゆる「いきみたい」ってやつじゃ…
「ふぅぅ…ふぅぅぅっ…」
だとしたら…まだ破水していないし、いきんだら希望も私も苦しくなる。
うっすらと脂汗が浮かぶ顔をなんとか上げて時計を見ると、12時40分くらい。
もう少ししたら美羽さんが来てくれるはずだよね。
私はそれまでなんとか痛みをやり過ごそうと、必死にうろ覚えの深呼吸を繰り返していた。
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【およそ一分後 真矢視点】
「ふぅぅ……お、収まった…?」
深呼吸を数回繰り返していたら、ついさっきと比べて驚くほどに痛くなくなった。
重いお腹を確かめるように撫で回しながら、体を預けたヒーターを支点に立ち上がる。
「っ…大丈夫よ希望、怖がらないで」
ぐにっぐにっとお腹が変形するくらいに、希望がお腹の中でもがいているのが判る。
心なしかいきみたい感じは強まってきているし、外へと出たがっているのかな……
改めて目玉焼きを作って私は、時計とにらめっこしながら美羽さんが来るのを待つことにした。
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【13時ごろ 真矢視点】
目玉焼きとパンをダイニングテーブルに並べて、モグモグと食べながら私は時計を眺めている。
ササッと焼いたから半熟になってるけど、夫もこれくらいのが好きだったな、なんて懐かしく思う
あれからお腹の痛みは1、2回くらい来たから…本格的に陣痛が始まってると言えるかもしれない。
「いよいよだね、希望。私は準備、いつでも出来たよ」
いよいよ出産が近づいていると感じた私はその覚悟を希望に伝える。
それからどれくらい経っただろう。
食事を済ませてぼぅ、っとしてたらピーンポーンとインターホンが鳴った。
美羽さんが来たのかな?と思った私は立ち上がって玄関に向かおうとする。
「っつ、いったぁ…」
歩いて玄関に向かおうと足を踏みだした瞬間、ズーンとした痛みが私を襲う。
深呼吸を繰り返している間、何回かインターホンが鳴らされる。
ようやく痛みが落ち着いた頃、私はようやく玄関に向かってそこにいた美羽さんをうちに招き入れるのだった。
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【16時ごろ 陣痛間欠中の胎内 私視点】
「すぅぅ〜ふぅぅぅっ〜」
お母さんに撫でられるのを感じながら、へその緒から酸素が体に流れ込んでくる。
私が生まれるのを助けるために美羽さんがうちに来てから、もう二時間ちょい。
陣痛が来たり遠のいたりして、その度にお母さんが痛がって…とにかく大変だ。
「……さん、………のに…………すの上手ね」
「ありがとう、いっぱい練習したからね。この子を――」
片側が平らな子宮の形からして、お母さんはいま横向きで寝そべっているみたいね。
もう自分の耳しか頼れないから外にいる美羽さんの言葉はかろうじてしか聞こえないが、
お母さんは私のことを話しているのと、お母さんの心臓が早くなってきたのが分かる。
「あの人が残してくれた希望を、ちゃんと産んであげたいから」
あの人…天国にいる(とお母さんが教えてくれた)私のお父さんを思っているのね。
今は子宮は大人しくしているし、少しぐらい返事してあげてもいいかな?
そう思って私は、包むを通り越してもはや私に密着している肉壁を蹴ってみた。
……狭くて思うように動けないので、蹴るというより揺するみたいな感じで。
体に巻き付いているへその緒がこの揺すりで少しズレたことを、私は気づかなかった。
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【ほぼ同時刻 陣痛間欠中 真矢視点】
「すぅぅ〜ふぅぅぅっ〜」
陣痛が落ち着いている時間帯に差しかかっていた私は、お腹を撫でながら呼吸を整え赤ちゃんに酸素を送っている。
美羽さんが来て、2時間くらいかな。
痛みが襲うたびにいきみ逃しをしたり、落ちついたときに呼吸を整えているけれど…やっぱり辛い。
でも、希望に会うためだから我慢できる痛みでもある…のかな?
「真矢さん、いきみたいだろうにいきみを逃すの上手ね」
横向きでいきみを逃している私に、腰や背中のコリをほぐすようにマッサージしていた美羽さんが声かけをしてくれる。
「ありがとう、いっぱい練習したからね。この子を」
お腹の子にも語りかけるように美羽さんに話しかける私。
でも、少しずつ痛みが増してきて、心臓が少し早くなる。
「あの人が残してくれた希望を、ちゃんと産んであげたいからッッ!!」
そこまで話して陣痛の波に襲われた私は、必死にいきみを逃すために呼吸を整える。
(辛い、痛い、本当なら逃げ出したい。でも、希望を産まなきゃ。あの人の血を引く赤ちゃん…!)
いろんな事が頭をよぎる中、モゾ…と動いた気がして思わず驚きながらお腹を撫でる。
(希望も辛いだろうに、励ましているみたい。フフッ、私も頑張らないとね)
私はそんな事を考えながら、少しずつ大きくなるいきみの衝動に耐え続けていた。
だから、私はこの胎動?による影響に気付けなかった。
へその緒がズレたことと、頭でっかちと茶化していた父親譲りの頭の大きさ。
その二つの理由により、遷延分娩に近い状態になっていく事に…
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【20時ごろ 胎内 私視点】
「ぃ、痛っ……ぁ、ぅう……」
辛そうなお母さんのうめきと一緒に、柔らかい子宮がぎゅっと絞めてくる。
もうぎゅぎゅされるの嫌…いったいいつになったらここから出してくれるの?
すいぶん前から出口っぽい所に頭をこすりつけて通れるのを待っているのに〜!
お口みたいにパクパクしてるぐらいにはなったけど、こんなの通れそうにないよ…
(…これが普通なの?赤ちゃんはみんな、産まれる時こんなに待たせるの?
そうだ、赤ちゃん二人も産んだ美羽さんなら何とかしてくれるかも……!)
そう思って私は、赤ちゃんならみな持っている唯一の外との通信手段を使った。
――出口開けてくれないから苛立ちも含めて、思いっきり体を動かしてみた。
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【>>48の直後 胎内 私視点】
「ごめんね希望…もう少しの辛抱、っ、だから…やめて…」
当たり前のことだけど、私が動いたことでまずお母さんが話しかけてくれた。
こんな時にまでこんなに動くだなんてまったく悪い子だ、と思われたのかも。
でも、これで助産しに来た美羽さんはお母さんの様子を診てくれるはず……。
「ええ、まだ……陣痛の強さも……はい、おそらく……」
しかし、私の考えと違って美羽さんはお母さんに近寄ってきてはいなかった。
なんか誰かとしゃべってる(電話してるっぽい?)けど、うまく聞き取れない。
もしかして、何かの異常が起きたの? そんな、こっちはもう産まれたいのに!
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【同時刻 真矢視点】
「ぃ、痛っ……ぁ、ぅう」
陣痛に襲われた私は唸りながらお腹を撫でる。
でも…何かおかしい気がする。
なんというか…まだ耐えられる程度の痛みだし、破水もしていないハズ。
かなり長い間陣痛を耐えている気がするけど…こんなに時間がかかるのかな…
「…微弱陣痛は確実として、あとは骨盤不均衡かもしれないわね。あるいは、へその緒が邪魔をしているのかも…
少し夫と相談してくるわね」
不安そうな私を見てか、美羽さんがそう声かけをして少し離れる。
「ごめんね希望…もう少しの辛抱、っ、だから…やめて…」
同時に、希望がぐりぐりと動く。
頭が子宮口あたりにあるからか、いきみたい気持ちはますます強くなる。
(必死にいきみを逃しているけどっ、正直っ、そろそろ無理、かもっ!!)
「ええ、まだ破水は…陣痛の強さも弱くて…はい、おそらく現時点では微弱陣痛かなと…
ええ。真矢さんの意思は尊重しますが、万一に備えて受け入れ準備をお願いします」
美羽さんがそんなことを話しているようだったが、私はいきみ逃しに集中していて耳に入らなかった。
「夫と相談して、万一の時は受け入れてもらうよう伝えました。
ですが、出来る限り希望ちゃんをこの家でお迎えしましょう。
先ずは乳頭刺激で陣痛促進を促してみましょう」
美羽さんの言葉に頷き、私はゆっくりと身体を起こす。
そして美羽さんに身体を預け、その体勢で乳頭刺激を行ってもらうことにした。
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【21時ごろ 真矢視点】
「ぅ…また痛いのがっ…」
乳頭刺激を行ってもらって一時間ぐらい経ったかな。
刺激されると子宮の辺りがギュッと締めるような感じはするけど…
陣痛自体は遠のいてしまったまま、強さもあまり変わってないみたい。
「希望ぃ…苦しっ、でるのね」
強張ってカチコチになっているお腹の中で、グイグイと希望が動いている。
きっと苦しんでいるに違いない…私がもっと、もっと頑張らなきゃ…!
(次に陣痛が強くなってきたら、試しにちょっとだけいきんでみよう)
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【数分後 真矢視点】
「うっ、来たっ、う゛ぅ゛ぅ゛ん…」
お腹が痛くなってきたのを感じた私は思い切っていきみを加える。
いきみたいという気持ちは強まったけど、痛みは強くなっていない気もする。
「…どうしよう」
強まらない陣痛。
波が引き呼吸を整えながら、疲労困憊な私は途方に暮れそう呟いた。
そんな時、私は少し胸の痛みを感じた。
ふと胸を持ち上げてみる。
臨月を過ぎ以前より大きくなった胸。
臨月を迎えた時よりずしりと重みを感じた。どうやら既に希望が飲む為の母乳が作られ始めているらしい。
(これを出したら…陣痛も強くなるかな。胸の痛みも減るし…)
そう考えた私は美羽さんに手伝ってもらいながら溜まり始めている母乳を出してみることにした。
最初はプツプツと白い液体が出るだけだったが、やがてぷしっ、と勢いよく母乳が現れる。
「ひぐッ!?う゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛う!?!?」
容器に溜まり始めた母乳を見ていた私は急な痛みに目を白黒させる。
これまでよりも強い子宮の収縮。
ちょろちょろとシーツを濡らす液体。
(漏らした?ううん、これは…)
破水した。
そう考える暇もなくいきみの衝動も跳ね上がる。
ようやく進んだ事に安心した私は、出来るだけいきみを逃しつつ時折少しだけいきみながら、
美羽さんが「もう強くいきんで大丈夫」という声かけを待ち続けた。
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【破水してからおよそ一時間後 私視点】
「もう大丈夫そうですね、強くいきんでみましょう」
頭上のほうから、美羽さんが何喋ってるのわりと上手く聞き取れた。
お母さんのお腹にとても近いところで喋ったのかな?
それにしてももう大丈夫って…もしかして、出口はもうこれ以上開いてくれないの?
頭でぐりぐりしてやっと少しは拡がってくれたと思ったのに…これ、本当に通れるの?
「は、はいぃ…あっ、あ゛ぁ゛ぁあん!!」
私を押し出そうとする勢いはこれまでよりも強いし、お母さんが苦しそうだし。
さっきから何やらゴボボォと騒音がするし、もうやってみるしかないみたいね……
(ええい、ままよ!)
もうなるようになれと、柔らかそうだけどぜったい狭い出口に私は頭から突っ込んだ。
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【同時刻 真矢視点】
「もう大丈夫そうですね、強くいきんでみましょう」
美羽さんが分娩介助をするために大きく広げた股の辺りでスタンバイしながらそう話しかける。
「は、はいぃ…あっ、あ゛ぁ゛ぁあん!!」
美羽さんに言われて次の陣痛から強くいきもうと考えたタイミングで陣痛に襲われ、
私は声を上げながら強くいきみを加える。
「ひぐっ!?う゛ぅ゛ぅ゛ぁ゛ぁ゛!!!」
いきみを加えるとほぼ同時に、赤ちゃんの頭が産道の入り口に入ったような感覚を覚えた。
骨盤を頭が押し広げるように軋む。
あまりの痛みに思わず叫び声を上げながらシーツを掴んだ。
それから何度か強くいきんだけれど、なかなか希望は現れようとしない。
「少し、中の希望ちゃんの様子を触って確認するわね」
なんだか不安な顔をしていたのか、美羽さんが声をかけてくれた。
安心させるように笑顔を私に見せながら触診していた美羽さんの顔が曇る。
「へその緒が赤ちゃんと産道の隙間に挟まって、引っかかったせいでなかなか出てこれないのかも。
とりあえず私の方で色々試すから、真矢さんはそのままいきんでいて」
コクコクと無言で汗だくの頭を縦に振り、私は必死にいきみを続けている。
ようやく終盤に差し掛かっているのに、まだまだ先が見えないように私は感じていた。
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【54の直後 産道の中 私視点】
「――とりあえず私の方で色々試すから、真矢さんはそのままいきんでいて」
急に頭が何かに触られたと思ったら、それは今まで声でしか知らない美羽さんだったみたいね。
へその緒って私の体に巻き付いているあれのことだよね…? 確かに言われてみたら邪魔だわ。
でもどうしよう、私だけでもこんなキツキツだしきっと美羽さんの手が入りそうにないよ……?
自分の手で外して……は無理ね、周りの壁に挟まれて肩が動けなくなっている……
もう!ここが私が元にいたあの部屋の中なら、また壁が柔らかくて何とかなりそうなのに!
っとあぶない、ここでかっとなって力んでいたら、またお母さん苦しめてしまう。
(どうにか上手く行けるいい方法はないのかな…それにしても、なんだか、眠いわ…)
お母さんからの酸素がじわじわと減っている中、私は産道に挟まれながら悩んでいた。
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【直後 真矢視点】
「真矢さん、一旦いきみを止められる?このままじゃ希望ちゃん、酸欠で苦しいかも。少し深呼吸して、酸素を送りましょう」
「は、はぃぃ…すー…ふぅぅ…すー…ふぅぅ…」
美羽さんの声かけでなんとかいきみ我慢をしようと試みてるけど、やっぱり辛い。ついいきみそうになっちゃう…
美羽さんはといえば、エコーを見ながら指に当たるへその緒を動かしている。
外そうとする美羽さんを邪魔しないよう深呼吸だけ…ってかなり辛い。
「美羽さぁぁん!いきみたいよぉ!!まだぁぁ!!!」
それほど時間がかからず、私はあまりの辛さに呼吸を忘れ思わず叫ぶ。
「もう、少し…よし、ある程度は解けたわ!あとは、もう少し赤ちゃんが出てから様子を見るわね。
それと、万が一があるから赤ちゃんと真矢さんの命を守る為に救急車を呼ぶわね。
ただ、出産まではここで頑張りましょう。
だからいきみを再開して構わないわ」
その返事を聞いて私はすぐさまいきみを加えた。
ず、ずといきむたびに赤ちゃんが先に進む感覚。
ようやく進んだ出産だけど、排臨までいけそう…というところで止まってしまった。
美羽さんが再びへその緒を外している間、私はもう一度激しい陣痛の波に翻弄されながら深呼吸を続けていた。
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【日付が変わる頃 産道の中の私視点】
あれから何回くり返したんだろう……
お母さんがいきんで、頭が外の空気触れたと思ったらまた産道に飲み込まれるの……
外から大きな指が産道に入ってきて、私に巻き付いているへその緒をいじるの……
とてもとても眠い……お母さんのいきみ声も、だんだん聞こえなくなって……
このまま わたし うまれるまえに しんでしまうの?
いやだ…… おかあ さん た す け て……
これこそまさに文字通り『最後の足掻き』、かもしれない。
薄れゆく意識を手放した私は、産道の中でびくびくとひきつけを起こした。
ごめんねお母さん、最後までとにかく胎動が激し子で……
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【日付が変わってすぐ 真矢視点】
「…不味いわね。真矢さん、落ち着いて聞いて。希望ちゃん、苦しんでるみたい。
このままだと希望ちゃんの命が危ないかも…」
「はぁ、ハァ……本当ですか、美羽さん」
いきんでもいきんでもなかなか現れない希望の頭。
そこに、美羽さんから『希望が危ない』と言われて胸が押しつぶされそうになる。
「大丈夫、私に任せて。希望ちゃんの事は決して死なせない。
…だから、美羽さん。少し痛いかもしれないけど我慢してもらえる?」
「…はい」
不安で仕方ないけど、美羽さんに任せるしかない。
私は再び陣痛の波に襲われていきみを再開した。
「んんんんん…っ、つぁっ、ああアアァァァ!!」
いきみを再開してすぐに違和感を覚えた。限界まで広がっている、と感じていた産道が美羽さんの手によってさらに広げられたからだ。
メリメリ、と裂けてしまいそうな感覚。
でも、希望の苦しみに比べたら…と自分に言い聞かせ、萎えそうな気力を振り絞っていきむ。
美羽さんの外へ引っ張るような動きと、私の体力の全てを使い果たすようないきみにより、希望の頭がズン、ズンと降りてくる。
そして。
「んあっ、あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」
「けほっ…ふにゃあ…」
私が今持っている全ての力を出していきんだ叫びと同時に、希望が弱々しく声を上げる。
「はひぃ…はひぃ…はぁ…」
「なんとか頭は出たわ。そのまま力を抜いて…」
美羽さんの言葉に私は呼吸を整える。
美羽さんの力も借りて、少しずつ肩や体が抜けていく。
「んぎゃあ!んぎゃあ!」
疲労困憊の中、力強い泣き声と近づくサイレンの音を聞いたような気がしたが、そのまま私は少しずつ意識を手放していた。
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【13年後 私視点】
私の名前は佐藤希望、外見だけならばどこにでもいる女子中学生だ。
他の女子中学生の子たちと違うところは、主に二つある。
一つは、私はいわゆる「前世の記憶」を子供の時から持っていること。
と言ってもほとんどうろ覚えになっているし、うまく思い出せないけれど。
そしてもう一つは……
「希望ちゃん〜何ボーとしてるの?」
おっと、親友の千夏ちゃんに呼ばれたか。返事をしないとね。
「……何でもない。さあ、行こう」
千夏ちゃんにそう返事して私は再び、通学路を歩き出した。
女の子としての新しい人生だ、女の子らしくいっぱい楽しもう。
転生したら自分の娘だった 完
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