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梓「わがまま」
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同い年なんだから敬語は禁止だって唯先輩が言った。
先々週の事だった。
うわ、ありがちな話だとか、唯先輩なら言うと思ったとか、だったら澪先輩だって同い年なのにって思った。
「はぁ、でもその理屈だと澪先輩だって同い年ですよ」
「ブー!だめだよ敬語禁止だって言ったじゃん。澪ちゃんは尊敬出来る先輩だからって事で敬語でいいいけど、私は違うもん!!」
それ、自分で言うことかなぁ。
「わかりましたわかりました。唯先輩は尊敬出来ない先輩なのでタメ口できいてやりますよ」
「あずにゃん!もうそれが既に敬語だよ!!」
「ぅ…わ、わかったよ…ゆい……」
唯先輩はわがままだ。
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私と唯先輩には1年間近くこの世に生まれた時の差があって、たった1年かもしれないけど私にとってそれは天に届きそうなほど高い高い壁だった。
だからその壁を飛び越えて名前で呼ぶのは特別な事の様な気がしてたのに、いとも容易くそんな事を言う。
「あずにゃんにゆいって呼び捨てにされると、なんだか新婚さんみたいだね。えへへ」
そういって、元々下がり気味な目尻を更に垂らして笑う。
その笑顔とは対照的にくるりと跳ねた長いまつげ。
私は息を飲むばかりで、何も言い返せないでいた。
ほら、唯先輩はすごくわがままだ。
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同い年最後の日に唯先輩の家で遊ぶ事になった。
他の先輩方はって聞いたけどそしたら唯先輩はみんなに内緒で2人きりで会おうよって言った。
別に内緒にする事でもなければそもそも唯先輩の家には憂も居るから2人じゃないんだけどなって思ったけど、私はうんいいよって答えた。
この2週間の間に沢山の出来事があって(特に変わった事じゃなくて日常の些細な出来事なんだけど)
とにかく私は唯先輩…じゃなくてゆいを呼び捨てにする事はもう慣れた事だった。
最初の方はなるべく名前を呼ばなくていい話し方だとかそんな風に上手く立ち回ってたんだけど、先輩たち4人がかりで(部活以外の時間は憂と純まで)どうにか私にゆいの名前を呼ばせようとするもんだから、2日くらいでもう吹っ切れてしまっていた。
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そんな事を考えながら商店街の電柱に寄りかかって唯先輩を待っている。
どうせなら家に行く前に唯先輩への誕生日プレゼントでも買っていこうかななんて思ってたら、唯先輩の方から2人で買い物してからお家で遊ぼうって。それなのに待ち合わせの時間に30分も遅刻してるんだから、やっぱり唯先輩はすごくわがままだ。
結局待ち合わせに45分も遅刻してきた唯先輩は、もう11月だっていうのに額に汗を滲ませていて、それでもおニューだっていうピンクのAラインコートがすごく似合ってる。
私は明日は唯先輩の誕生日だし今日くらい許してあげることにしたって言ったけど本当はその姿を見た途端に45分も待った甲斐があったなって思ったからだった。
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「ねぇあずにゃん、あっちに最近出来た花屋さんがあるよ。入ってみようよ」
そう唯先輩が言ったのは、私がミントとチョコ、唯先輩がチョコといちごの2段アイスを頬張りながら歩いている時だった。
さぶい。
私はアイス屋さんのそばにあるたい焼き屋さんの方に行きたかったんだけど、唯先輩がアイスが食べたいって言ったからそのわがままを聞いてあげた。
なのに3口くらい食べてすぐやっぱりたい焼きの方が良かったねって唇を真っ青にして笑った。
それで私はすごく寒かったから建物の中に入ればすこしはマシだろうと思って、私も花屋さんに寄りたいって言った。
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中には色とりどりの花が飾られていて、私はぼんやりと花屋でナンバーワン地上でナンバーワン最強の男になってやるって歌を思い出す。
「ねぇねぇあずにゃん、この花すごく綺麗だよ、なんていう花だろうね」
赤紫小ぶりな花弁がいくつか連なった、綺麗な花だった。
なんとなく唯先輩に似てる。
「店員さんに聞いてみようよ」
「ゆい、この花ほしいの?」
「ううん、なんて名前だろうなーって。ちょっと呼んでくるね」
そうしたら結局店員さんに乗せられて、唯先輩はそんなに花を飾るってタイプでもないし花の方もさほど珍しいワケでもないのに誕生日プレゼント権を行使してきたから私から唯先輩のプレゼントは赤紫の花が1本だけ刺さった324円の小さな花束になった。
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デンファレ
店員さんがお2人にピッタリなお花ですよって言った。
ピッタリなのは私達じゃなくて唯先輩にじゃないかな。
唯先輩は嬉しそうに小さな花束を抱えて歩いた。
結局来た道を戻って私があんこ、唯先輩がカスタードのたい焼きを買った。わがままな唯先輩は私のたい焼きまで欲しがった。
あんこも美味しいねって唯先輩が言った。
私はカスタードの味がよく分からなかったけど、カスタードも美味しいねって唯先輩の言葉を借りた。噛まずに飲み込んだから胸が焼けるよう熱かった。
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結局憂は帰って来なかった。両親と旅行だって唯先輩は言うけどきっと気を使ったんだと思った。
なんだか申し訳なくて、憂が作ってくれていた夕食が喉を通らなかった。
唯先輩はベッドの横にデンファレを飾った。時刻はもう11時30分を過ぎていた。
ベッド周りに漂うやわらかな香りが私の横に腰掛ける唯先輩のものなのか花瓶から漂うものなのかわからなかった。だからすごくわがままな香りだと思った。
「ねぇあずにゃん」
「ん、」
「もうちょっとで私の誕生日だね、もう大人になるんだね」
「うん、おめでと」
「あずにゃんは明日になっても私をゆいって呼んでくれるかな」
「明日になったらもう年上なんだから唯先輩だよ」
「そっか、それがいいね、この2週間、あずにゃんの唯先輩が恋しかったよ。やっぱりあずにゃんは敬語が可愛いね」
わがままな唯先輩は、私達の壁を壊してはまた高い高い壁を建てる
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「また来年、来年また私の誕生日が来たら同い年になるよ」
「はやく追いついてね、待ってるよ」
追いついても追いついても、すぐに1歩先に行くことをわかってるくせに、そんなことを言う。
「ゆいはすごくわがままだ」
「私、あずにゃんの唯先輩を独り占めしたいから。ゆいって呼ばれるのはもう少し先でいいのかも」
「わけわかんないよ」
「わかるときがくるよ」
そういって唯先輩は、私の頬に手を添える。
「ゆい…」
やわらかい香りが私の中でいっぱいに広がっていく。
あぁ、やっぱりこれはデンファレじゃなくて唯先輩の香りだったんだ。
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「あずにゃん」
「ゆい…ゆい……ゆい…」
時計の針がてっぺんで重なる
「…先輩…お誕生日おめでとうございます」
「これからもよろしくね、あずにゃん」
そういって、元々下がり気味な目尻を更に垂らして笑う。
その笑顔とは対照的にくるりと跳ねた長いまつげ。
私は息を飲むばかりで、何も言い返せないでいた。
ほら、唯先輩はすごくわがままだ。
わがままで、すごく綺麗だった。
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終わりです。
間に合って良かった。やっつけでごめんなさい。
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