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姫子「後片付け」
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姫子「じゃあ店長、あとは軽くモップかけときますね、床」
店長「すまんね、よろしく頼むよ」
姫子「はい」
私、立花姫子は今、労働をしている。
っていうかバイトしている。いつものバイト先のコンビニで。
いつものバイト内容とはちょっと違うけど、バイト代は出すって言われたからこれはバイトだ。
例えそれがいつもの接客業務ではなく、店の後片付けだったとしても。
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姫子「うーん」
いつもと違い、店長と私と名も知らない本部の人しかいない店内は変な感じだ。
いつもと違い商品も一切残っていない店内はとても変な感じだ。
ここは某コンビニの桜が丘駅前店。少し前までは人で賑わい、毎日疲れ果てるほど忙しく騒々しかったはずなのに、今ではそんな面影は全く無い。
必然とはいえ、やっぱり物悲しさを感じる。駅前の再開発の影響とはいえ、物悲しいものはどう取り繕っても物悲しい。
諸行無常。物事は常に移りゆく。時の流れがもたらすものには逆らえず、兵どもが夢のあと。
私を形作る一部だったこの店は、今、静かにその役目を終えようとしていた。
姫子「お疲れ様」
夕陽に照らされる床にモップをかけながら、そう言葉をかけた。
私を働かせてくれたこの店に。
働くのはいい事だ。働く人の苦労を知ることができる。苦労を知りながらお金ももらえる。いい事だ。
化粧したりブリーチしたりネイルしたりしてみて苦労は知れてもお金は出ていく一方だからね。両立できる労働というのはいい事なんだよ。
そんないい事を私にさせてくれたこの店に感謝しないわけにはいかない。
バイト申し込みの電話をした日から。
面接を受けた日も。
新人研修の日も。
バイト初日も。
怒られた日も。
新人が入った日も。
大晦日にその新人が当日になって急に出れないとか言い出してふざけんなと思いつつも店長に説得されて仕方なくバイトに入った日も。
新人がクビになった日も。
店長が働きすぎてハゲてきた日も。
年上の新人が入った日も。
特に何もない日も。
そして、今日という最後の日まで。
私はこの店に感謝している。
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店長「ありがとう立花くん。今日は手伝ってくれて助かったよ」
陽が落ちて薄暗くなってきた空の下、ペットボトルのお茶を差し出しながら店長が言う。
本部の人は手続きが済んだら早々に帰ってしまったようだ。
姫子「たまたま暇でしたし。それに、いい経験です」
お茶を受け取りながら言ったその言葉は、言うまでもなく本心だ。
こんな経験、滅多にできるものじゃない。店の最後の日に立ち会えるなんて。
いい事だ。感謝している。
姫子「でも、何もない店内を外から見るのは寂しいものですね」
そうだな、と言いながら店長は手早く入り口に鍵をかけた。
これでもう、この店に入ることはなくなった。いや、既に店ですらなかった。商品どころか看板すらいつの間にかなくなっていた。
ここはもう、ただの真っ白い建物にすぎない。壊されるのか再利用されるのかはわからないけど、少なくとも私の知ってるコンビニはもうここには無い。
そう思うとやはり寂しい。
しかし、大人というものはそんな感傷に浸っている暇はないようだ。
店長「さて、一からやり直しだ。さっさと帰って今日は身体を休めようかな」
姫子「そうですか。お疲れ様でした」
店長「立花さんは?」
姫子「私はもう少ししてから帰ります」
そうか、とだけ言い、店長は自慢のマイカーに向かって歩き出す。
これで終わり。
これでこの店とは永遠にお別れ。
今までの思い出がまた蘇る。
冷たい風が心の中を吹き抜けていく感じがする。
もうあの日は戻ってこない。
そう思うと。
やっぱり、寂しい。
でもそんな感傷に浸りすぎるのも良くないんだろう。私はまだ大人ではないけど、大人になる努力はしないといけない。
店長と同じく、私にも次がある。新しい場所で、新しい経験があるはずなんだから。
ここで立ち止まっているわけにはいかないから。
だから、私は歩き出す。
この光景だけ目に焼き付けて、ちゃんと次に進むんだ。
そう。
ちゃんと、次に向かって―――
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店長「じゃあ次は明後日の新装開店準備の時だね。またよろしくね」
姫子「はーい」
ま、閉店じゃなくて移転だし、場所も駅前から駅構内に移っただけだから次もなにもあまり変わらないんだけどねー。
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おわる
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現状を示唆してるわけではないんだな。
良かった、めでたしというところ。
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贔屓にしてた店が閉まるだけで物悲しい気分になるのに、自分が働いた店が閉まるなんて殊更だね……
ってただの移転かい!!
乙でした!
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