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紬「四月の雨」
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朝。見上げると、空はくすんで薄曇り。
しかたなく、傘を手に取る。
いつのまに降ったのか、アスファルトにはところどころ水たまり。
踏み出した一歩。
飛び散ったしぶきが白いソックスを濡らした。
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咲きかけの桜は週末まで持たずに散ってしまうかもしれない。
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電車の中はいつもよりずっと、湿気で充満している。
ごわついて左右に広がる髪を抑える。直らない。
ガラス窓は白く濁って、外の景色が見えづらい。
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電車を降りて改札を抜ける。
こっちの空は向こうより明るい。
傘を閉じたまま、歩き出す。湿り気は肌に触れない。
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降ってない。雨、降ってない。
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それなのに道行く人はみんな、一様に傘を差している。
同じ電車に乗っていた人もみんな、改札を抜けると傘を広げて歩いていく。
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降ってないのに。雨、降ってないのに。
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「ムギちゃん」
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振り向いた先に、傘を持った唯ちゃんが立っていた。
傘は、閉じられている。
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雨、降ってないよね?ね?降ってないよね。
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唯ちゃんは右や左をきょろきょろ見回すと、
右手に持った傘をばっと広げてにこっと笑った。
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なんで?
雨、降っていないのに。降ってないのに、な。
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もしかして、雨、降ってる?
わたしが気づいてないだけ?
おかしいのかな?わたし。
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右手をかざしてみる。
やっぱり降ってない。降ってないよ、雨。
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「みんな、差してるよ、傘」
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そうだね。みんな、差してるね。わたしだけ差さないの、おかしいね。
わたしは唯ちゃんに笑いかけて傘を開く。
空から光が射して、ふたりの乾いたビニール傘を照らした。
きらきらと射し込む光のなか、町の人たちも唯ちゃんもわたしも、みんな傘を差して歩いた。
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桜の花は、とうの昔に散っている。
おわり。
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