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憂が憂になったわけ
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父「ああっ、唯、それ触っちゃ駄目だっ」
一歳三か月の娘、唯は私の怒鳴り声を受けて大声で泣き出した。
父「よしよし、お父さん言い過ぎたから、いい子だから手を離してくれ…」
私は唯をあやしながら、その手にぎゅっと握られたカッターナイフをもぎ取った。
つくづく子供の手の届く場所には注意しなきゃいけないな、と、カッターを仕舞いに行きながら自戒する。
その時、急に背後から悪臭が漂ってきた。
唯「んー」
真っ赤な顔をした唯を見てすべてを悟る。
父「わああああっ!おむつおむつ、えっとどこにあったっけ…」
…娘の世話はつくづく慣れない。出張にばかり出掛けていて、妻に全面的に唯を任せていた罰だろうか。
だが今は妻はいない。妻は第二子を出産すべく病院にいるのだから。
しかし、妻はこれから年子を育てなければいけないのか…これからもっと協力しなくては。
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父「唯ー、お前もうすぐお姉ちゃんになるんだからな。しっかりしなきゃ駄目だぞ」
おむつを替えた尻をポンポンと叩きながら、唯にそう話しかけた。
唯「おねちゃ?」
父「そう。妹が生まれるんだ。唯はいいお姉ちゃんになれるかな?」
まだ言葉の通じないはずの唯は、しかし「お姉ちゃん」という言葉に誇らしい響きを感じ取ったらしく、嬉しそうに「おねちゃ、ゆいおねちゃ!」と繰り返した。
父「そうそう、唯はお姉ちゃんだ。妹の名前は、お父さんがとっくに決めてある!」
そう言って私はポケットから紙を取り出し、唯の前で広げて見せた。そこには「平沢 優(ゆう)」と大きな字で書かれている。第二子の命名について妻は私に全面的に任せていた。一歳の娘に字なんて読めるはずないのだが、やっと決めた名前をどうしても誰かに自慢したかった。
父「優。いい名前だろ。優しく優秀な子に育ってほしいという思いを込めたんだ。それに唯と一文字違いだ。きっと仲良くなれるよ」
唯「ゆー?」
私は唯の名前を決めた時のことを思い出した。この子の名前は二人で決めたんだったな。唯一の、かけがえのない存在、唯。
突如、電話が鳴った。ただならぬ予感がして、私は紙を放り投げて受話器をとる。
掛かってきたのは病院からで、妻が陣痛で苦しみだした、もうすぐ生まれる、という知らせだった。
こうしちゃいられない。
私は唯を抱きかかえて外へ飛び出した。
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産室に入るとそこには、生まれたばかりの唯そっくりの赤ん坊を抱き抱え、幸せそうに笑った妻がいた。
唯は(一歳児目線では)久しぶりに母親に会えてとても喜んだ。
一方で「妹よ」と赤ん坊を見せられ、戸惑っていた。無理もない。唯にとってはただのしわくちゃの、見慣れない生き物なのだろうから。
だが私にはすでに二人が仲良くなる未来が見えていた。一緒に遊び、一緒に勉強し、一緒に学校に通い。
きっと世界一仲のいい姉妹になれるだろう。
母「あなた、この子の名前決めてくれた?」
妻に言われ、はっと現実に戻る。
そうだ、あの紙を見せて…しまった、家に置いてきてしまった。
仕方なしに口頭で伝えようとした時、唯が何かを握っているのに気付いた。
唯「だー」
赤ん坊の名前を書いたあの紙だ。でかした、唯!私はそれを取り上げ、妻の前に広げて見せた。
父「これだ!」
母「あらあなた…この字は…」
字?私は紙を確かめた。そこにはこう書いてあった。
「平沢 憂」
父(な、なぜ…!)
よく見ると「憂」の横に滲んでぼやけた跡が見える。紙も全体的にベタベタしていた。どうやら唯のよだれで行人偏が消えてしまったらしい。当の唯は何がおかしいのかきゃっきゃと笑っている。
それにしても「憂」とは何とも不吉な名前ではないか。妻も固まっている。私は弁解すべく口を開いた。
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母「平沢憂(うい)…いい名前ね」
父「え…いいのかい?」
だって「憂」は「辛い、苦しい」という意味。どう考えても良いイメージは…。
母「ええ!だって人が隣にいると優しくなれるでしょ」
父「あ…」
母「それに、『ゆい』と『うい』って響きが似ていていいと思うの」
その言葉に唯が突然叫びだした。
唯「うい!うーいー!」
母「そうよ。この子はういちゃん。よろしくね」
唯「うい、うい〜」
楽しげに復唱する唯。その時、赤ん坊が突然目を開け、姉の手を握って笑ったのだ。
まるで、名前を付けてくれてありがとう、と言うように。
私と妻も、顔を見合わせて笑う。
「平沢憂」誕生の瞬間だった。
fin.
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憂ちゃん、ハッピーバースデー!
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うむ、これこそ憂ちゃんの誕生日に相応しいssや
乙乙!それと憂ちゃんおめでとー!(´∀`∩)
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