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律「餃子が食いてぇ」
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律『人にはそれぞれ“周期”ってものがあって、人はその周期の中で生きている』
律『例えば学校』
律『私達高校生にとって、学校っていうのは毎日行かなきゃならない物』
律『朝早くに起きて、一日の大半を退屈な先生の話で過ごす』
律『毎日それの繰り返し』
律『でも同じことを繰り返す事だけが周期ってわけじゃない』
律『似てるようで違う事を繰り返すのも一つの周期だ』
律『例えば、流行とか』
律『やれ、あの映画がすごいだの、あのアイドルが超推しメンだの』
律『まぁそんな類の物。人々が求めている物事の移り変わり』
律『これって結局、人が持つ…人が生きるその周期の流れの一部でしか無いんだ』
律『何かが起きれば、あれだこれだと人はよく騒ぎ立てるけど…』
律『いつかは自分がそれに関わっていた事すら忘れて、新しい事に夢中になっている』
律『人はそんな振幅に左右されながら、うまい具合にバランスを取って周期の中を繰り返し繰り返し生きている』
律『もちろん私もそんな周期の、いわば曲がりくねったレールの上を進んでいる』
律『そして今、私にはある時期が再び訪れようとしている』
律『いやそれはもう既に来ている』
律『私は今、猛烈に餃子が食べたい』
〜 律「餃子が食いてぇ」 〜
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律『なんだ、そんな事か。って?』
律『バカにすんなよ。誰だってあるだろ?』
律『無性に餃子が食べたくなる時くらい』
律『しっとりジューシー、プリプリのパリパリ。ジュワッと出てくる肉汁』
律『たまんねぇぜ』
律『昨夜も寝床につくと餃子の事だけを考えていた。今寝てるこの布団や枕が餃子になればいいのにって思いながらな』
律『だから今日、私は部活を休んで学校の帰りにスーパーで餃子を山ほど買ってきた』
律『ちょっと高めのやつだ。そこらのチェーン店が躍起になってゴリ押してるお粗末廉価ブランドみたいな代物じゃない』
律『鹿児島産、黒豚餃子。特性タレ付きだぜ。なめんなよ』
律『しかもそれぞれ違うブランドを3種類ほどチョイスしてきた。スーパーも5軒ほどまわった』
律『これを今母さんに渡して、晩飯に作ってくれって頼んでるところだ』
律『でも母さんは面倒臭そうな表情を浮かべながら“面倒くさいから自分で作れ”って言うんだ』
律『自分はそう言いつつも、いざ食卓に並んだら平気で奪っていくくせに』
律『まぁ別にいいさ。自分はせいぜいいつもの晩飯を作ってろ』
律『私は私で、その横でコンロを一口奪って餃子を焼くまでさ。あぁ、やってやるとも』
律『たまに聡が餃子を焼いてる私の脇からつまみ食いしようとしてくるが、なぜ焼いてる途中の餃子を食いたがるんだ。美味しくないだろ』
律『私はそんなアホな弟に育てた覚えは無いぞ』
律『これが、私の場合一週間くらいは続く。最低でも4日』
律『二日目からはいろんなアレンジが入る』
律『焼き、茹で、蒸しなど調理法を変えてみたり、タレをアレンジしてみたりとかな』
律『いろんなタレを作って一度に色々試してみるなんて無粋な真似はしない』
律『その日ごとに違った趣向で料理をし、その日の気分をゆっくり味わうんだ』
律『それが嗜みってモンだろ?』
律『三日目になると家族が“また餃子か”なんて言ってくる』
律『うるせぇな、私が食べたいから焼いてるだけなんだ。てめぇらのために焼いてるつもりは毛頭ない』
律『それでも私の皿から奪っていきやがるんだこいつらは。たくさん焼いてあるからって、ただそれだけの理由でな』
律『まぁいいさ、好きなだけ取っていけよ』
律『だがさっき私を“ギョーザ女”とか小馬鹿にしやがった聡。お前だけは許さねぇ』
律『復讐として、唐辛子をたっぷり混入したギョウザをプレゼントしてやったぜ』
律『ほらみろ、弟の顔が醜く歪んでやがる。ざまぁみろ…』
律『これがりっちゃん流の教育だ』
律『さぞ思い知っただろう』モグモグ
律『………』モグモ…
律『辛ーーーっっ!!!!』
律『人を呪わば穴二つってのはよく言ったもんだ』
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律『そして4日目になると市販のギョウザでは満足できず、各種材料と餃子の皮を買ってくる』
律『母さんは“また面倒な事して”と文句を言いたそうにしているが、私のギョウザによって夕飯のおかずを一品作る手間が省けるのもまた事実』
律『口出しなどできるはずがない』
律『それを尻目に私は黙々と作業を開始する』
律『ギョウザ作りってのはなんといっても具を皮で包む作業。これが重要だ』
律『ギョウザの調理自体はそれほど難しい物ではない。肝心なのは形だ』
律『形一つで焼き加減が随分変わってくる。いびつな形で皮を包めば、それだけ調理しにくい物になってしまう』
律『丁寧に、均等に、フライパンに並べた時の配置をイメージしながら…』
律『っておい、こら聡!!皮を二枚使って円盤型にするんじゃねぇ!食い物で遊ぶな!!』
律『ちなみに今日のギョウザの具にはエビをプラスしてみた。海老餃子ってやつだ』
律『あと、父さんの希望によりチーズ餃子なんて変わり種まで用意してある』
律『これで一家団欒のひと時が一層よりよい物になるのは間違いなしだぜ。覚悟しとけよ』
律『そんなこんなで田井中家餃子週間は5日くらいで幕を閉じた』
律『さすがにみんな餃子には飽きてしまったらしい。私はまだ食べたいのに…』
律『まぁでも、そうまでしてもなお餃子を食べ足りないのだから、今までどおりの事を続けていてもあまり効果は無いのかもしれない』
律『そこで私は外食をする事にした』
律『親には部活で遅くなるとかなんとか言って家の晩飯をキャンセルし、一人で餃子がウマイ店を巡るんだ』
律『こういった餃子専門店のような、餃子が美味しい店に食べに行く事、その見どころって言うのはやはりプロが作った餃子を食べる事ができるって点だ』
律『当たり前のように聞こえるかもしれないが、ここが一番重要』
律『人っていうのは、当たり前だと思っている事に対してありがたみを見出す事がなかなかできない生き物だ』
律『だから私は餃子を食べる時、この餃子一つにいったいどれだけの人が関わってきたのか…』
律『たまにそんな事を考えていたりもする』
律『例えば、この餃子の皮だ』
律『この皮の原料は小麦粉とかそういう物だと思うけど、その小麦粉は誰が作ったのか』
律『小麦粉を作るために用意した小麦は、誰が作ったのか』
律『小麦を栽培するために用意した種子は誰が作ったのか』
律『そもそもそれらを誰が運んできたのか?その前は?そのもっと前は?』
律『皮だけでも考えたらキリがない』
律『とにかくこの餃子一つに少なくとも数十人、数百人のその手のプロが関わっているはずだ』
律『そしてその餃子が最終的に私の目の前まで運ばれてくる』
律『こんなありがたいことって無いんじゃないか?』
律『だから私はそんな事を考えながら、手を合わせて言うんだ』
律『“いただきます”ってな』
律『そんなありがたい事が毎日下校時間になればやってくるのだから人生は捨てたもんじゃないって思う』
律『そして、私はまた1週間ほど餃子の旅を続けたわけだけど…』
律『やっぱり、まだ満たされない』
律『というか、何かが足りない』
律『いくら餃子を食べても、一時的な満足感は得られるものの…』
律『後にはなにも残らないんだ』
律『むしろ食べれば食べるほど、どこか寂しさが、虚しさがこみ上げてくる』
律『そんな時出会ってしまったんだ』
律『と言うか、鉢合わせしてしまった』
律『みんなと』
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澪「あ、律じゃないか」
律「いっ…!?」
唯「あれ、りっちゃん用事があるんじゃなかったの?」
紬「こんなところで何してるの?」
梓「ここって、中華料理屋ですよね…?」
律「いやーあはは…」
澪「今日は早めに帰るって、そういうことだったのか」
紬「りっちゃんったら、正直に話してくれたらよかったのに」
梓「なんだか見てはいけない物を見てしまった気分です」
律「うぅ…」
唯「りっちゃんお腹すいてたんだね〜」
澪「もしかしてここ最近の用事ってはずっとこういう事だったのか?」
律「うん…ご、ごめん」
澪「はぁ…全く」
律「ほんとにごめん…明日からはちゃんと部活行くから…」
律「じゃあ今日は帰るな」
紬「あれ、入らないの?」
律「え、だってさ…部活を途中抜けまでしてたのに。それが…」
唯「違うよりっちゃん!!」
律「え…?」
唯「私達はそういうことを言ってるのではありません!!」
唯「なんで私達を誘ってくれなかったんですか!!?」
律「は、はぁ……?;」
澪「いや、そういうことを言いたいんじゃ…うん、まぁ…」
梓「まぁその思いも少しあったりはしますが…」
紬「そうよ、りっちゃん。私達、仲間でしょ?」
律「み、みんな…」
唯「たとえ部長であっても、抜けがけなんて許しません!」
紬「許しません!」
澪「はぁ、今日はそういう事にしておいてやるか」
律「………」
唯「と、いうことで入ろう!入ろう!」
梓「唯先輩、順番待ちだからまずは名前書かないと」
紬「学校の帰りに皆で夕飯なんて楽しみー!」
澪「いいよな。たまにはこういうのも。ちょうど中華の気分だったし」
律「あ、あはは…」
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律『そんなこんなで、私達は少しお高い中華料理屋で楽しいひと時を過ごした』
律『最初、梓が順番待ちの記入欄にふざけて“鈴木純”と書き、店員に呼ばれた時に誰も反応できなかった所から、次第に空気は変わっていった』
律『いや、私が重く受け止めすぎてたのかも』
律『私達の順番がやってくると、みんなで順番待ちの名前の事で梓をからかいながら店に入り席についた』
律『そして私は餃子を注文した』
律『みんなも餃子の気分だったのか、私につられて餃子を注文していた』
律『そこで私は、今までの事をみんなに打ち明けて、盛大に笑い飛ばされた』
律『でもなぜか心地よかった』
律『そこからはもう、いつもの私達の空間になっていた』
律『で、とにかく餃子を食べまくった』
律『唯と大食い競争のような事もした』
律『ムギは必死で餃子を頬張る私達を応援してくれて』
律『澪は店員の視線を気にしながら他人のふりをしていた』
律『梓は普通にドン引きしていた』
律『でもみんなの顔は笑顔でいっぱいだったし、私も皆と一緒に餃子を食べることができて幸せだった』
律『腹がパンパンになるまで、和やかな時間はずっと続いた』
律『そのころには私が抱いていた寂しさはどこかに消え失せ…』
律『餃子に対する未練も完全に無くなっていた』
律『そこで私は思い知ったんだ』
律『私が求めていたものは餃子じゃなかったんだって』
律『だから私は、その事を教えてくれた食卓へ向かって手を合わせてこう言った』
律『“ごちそうさまでした”って』
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唯「あー、美味しかった!りっちゃんいい店知ってるね!」
律「いや、私も今日初めて来たんだけどな」
梓「でも高校生には少しキツイですね…値段が」
澪「少し贅沢しちゃったな」
紬「またこういうところにみんなで行きたいわね」
唯「賛成!ね、りっちゃん!?」
律「あはは…まぁ、また今度な」
律「もう餃子は懲り懲り…」
律「ん?」
看板『スパイスが奏でるハーモニー!本場のシェフが作る!本格インドカレー!』
律「………」
律「カレー…」
唯「それでさぁ、文恵ちゃんがお弁当の時に…」
澪「あはは、なんでそうなるんだ」
律「なぁみんな!!」
唯澪紬梓「?」
律「来週からは、カレー食いに行こうぜ!!!」
律『私は今、猛烈にカレーが食べたい』
完
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以上です。
ありがとうございました。
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素晴らしいほのぼのをこちらこそありがとう。
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乙
餃子食べたくなってきた
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