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梓「これがお別れなら、きみは憂」
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あらゆるものは近づき、そして遠ざかる。
別に磁石を例に取らなくても、
二つの物体間には引力と斥力が働いていて、
そのせいで、すべての物体は引き合い、
反発し続けている。
近づき遠ざかり続けることで、物体は静止している。
わたしたちは素粒子間に働くたった4つの力によって
笑ったり、泣いたり、怒ったりする。
これは遠ざかりつづける二人の女の子の愛の物語だ。
だからわたしと唯先輩の話ではない。
わたしは、人に近づかれるのが怖かった。
唯先輩はものすごいはやさで、
わたしの中へ侵入して、
たとえば凍り付いてどこにも行けなくなったわたしを
腕の中で溶かしてくれて、
わたしは唯先輩に引かれて歩き出す。
でも、これはその手のお話ではない。
すでにわたしたちはお互いに引き合っている。
静止するためには反発しなければならないだろうか?
なんてことを言えば、
「知らないよ」
と、憂は怒ったような顔をして言う。
それはいつだって夕暮れの、帰り道のことだったから、
夕日が照らした憂はいつでも真っ赤で、
だから、怒っているように見えたのかもしれない。
あるいは
ドップラー効果が光に示すように
ものすごいはやさで遠ざかる物体は赤く見えるというだけのことかもしれない。
これはわたしと憂の物語で、
遠ざかり続ける二人の女の子の物語だ。
だから、わたしと憂は遠ざかり続けている。
"
"
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* * *
音は波でできている。
波のやってくる間隔が広ければ音は低く響き、
せまければ、音は高く響く。
もし音源が観測者に近づいっていったら、
波の間隔は詰まってせまくなっていく、
ということはわりと感覚的に理解しやすい。
逆に音源が観測者から遠ざかる場合、
波の間隔は広くなる。
救急車のサイレンの音はわたしの前を通り過ぎる瞬間に
響きを変える。
これをドップラー効果というのだそうだ。
宇宙規模の世界では光の場合にも同様の現象が起こり、
遠ざかる天体は赤くシフトし、
近づく天体は青く見える。
憂はそういう類の女の子だ。
それを言ってしまえば、
唯先輩だってまたそんな女の子には違いないのだけど、
接近でのみ存在する女の子というのはわりとふつうで、
遠ざかることで存在する女の子というのは
なんだかよくわからない。
「それは梓ちゃんの
理解不足だよ」
なんて憂は笑い声で言うのだけど、
その顔は怒っているのか笑っているのかちょっとよくわからない。
「そうかなあ」なんてわたしは頭をかいて、
憂を見ていると、
「どうかした?」
と、小首を傾げた。
「いや憂がかわいいから」なんて言ってから、
唯先輩に似てるからだなんて思われるだろうか、
と考えたところに
そっくりそのまま憂は同じことを言う。
「おねーちゃんと
似てるから?」
「まあそうかもね」
なんてわたしは適当に応える。
「梓ちゃんは
いやなやつだ」
と、憂は嬉しそうに言った。
-
わたしたちは夕暮れの帰り道にいて、
今日は部活の後に図書室で
唯先輩の受験勉強に付き合ってあげていたところだった。
帰り道は憂だった。
もう少し正確に言えば、
帰り道の残りの後二つ曲がったらさよなら
のあたりで、
唯先輩は握っていたわたしの手をほどき、
(そうじゃない日もある)
少し遠ざかる。
憂はなぜかいつも最初は不機嫌で、
一歩一歩歩くたび、
というのはわたしから少しずつ遠ざかっていくという意味だけど、
優しくなる。
いつものバス停のところで、
わたしは憂にバイバイをして、
それから小さくなっていく憂のことを見送って、
家に歩きながらも、憂のことを考えている。
唯先輩のことを考えることはできない。
遠ざかっていくものは憂であり、
誰かを思うときわたしたちは大概遠ざかるものを思う。
「本当はずっと
おねーちゃんのことを
考えていたいのに?」
なんてまた憂は嫌みめいたことを言い
「そうだよ、でも本当は憂の手を握ったりもしたい」
と、わたしが言うと、
真っ赤になって、
おこる。
「照れてるの?」
冗談でわたしが聞けば、
「うん」
とか笑ってみせるから、
何がなんだかわたしはわからなくなってしまう。
お別れの前に何か気の利いたことを言わなきゃって
わたしは思うから
(憂ほど特殊でないにしろわたしだって何かの類の女の子ではある。
たとえばロマンチックな言葉を言わなきゃならない瞬間があるって信じてるとか)
こう言った。
「夢で逢おうね」
憂は一瞬きょとんとして、
「梓ちゃんって
ときどき
ばかみたいだ」
って笑うから
きっと逢えるのだろうと思うし
実際夢に出てくるのは憂だった。
わたしは憂が小さくなって点になるまで
バス停の看板に背を預けてそれを見守っているし
憂は憂で、
おそらくはわたしが消えてしまうまで、
後ろ向きで歩いていて
わたしは危ないからやめてほしいと思っているんだけど
憂はわりと自分の心配はしないらしく
それでもときどき手を振ってくれるのが見えるから
手を振り返す。
-
* * *
あらゆる自然言語は二価性を持っている。
それはごく簡単に言えば対義語を持つと言うことだ。
そのことが言語にベクトルを与え、ベクトルは意味を生じさせる。
「悲しい!」がなければ「嬉しい!」って言えないわけじゃないけど、
でも「嬉しくない!」がなければ「嬉しい!」もない。
そして「嬉しくない!」は「嬉しい!」から逆方向に伸びるベクトルにある。
そのことは「悲しい!」が存在しない言語にさえ「嬉しい!」の二価性があることを肯定する。
そして自然言語が人間の単純思考のために生み出されたのだとすれば、
あらゆる自然言語は二価性を持っている。
だからわたしたちは
泣いたり、怒ったり、笑ったりするのだ。
唯先輩も、憂もそうする。
もちろん、わたしもそうする。
ときどきはそれがうまくできなくなっちゃうんじゃないかって怖くなる。
わたしは一価性言語の喋り方を知っているから。
憂が教えてくれた。
放課後、部活後の図書館で。
いつもの唯先輩との勉強の合間に
それが、わたしと憂の出会いだった。
憂にいわせれば、
一価性言語の完全に習得は必ずしも感情の消滅を意味するのではないという。
というのも
わたしたちが二価性言語を使いながらも一価性言語を学ぶこと自体が二価性的であって、
それには二重思考を必要とする。
ということは一価性言語を喋ること自体が二価性言語に許容されているのであって、
たとえるなら二価性言語という容器の中に一価性言語が収納されていて、
わたしは使いたいときにだけ道具的に一価性言語を取り出すことができるのだ。
そんな言葉を憂は喋る。
「おはよう」と「ばいばい」
「はじまり」と「おしまい」
が
同じベクトルを持つ言語。
その言語が描く宇宙は一枚の地図を丸めてひとつなぎにした宇宙。
その宇宙は広がり続ける二価性宇宙に反して
円球のように一巡して
また元のところに戻ってくる。
だからその一価性宇宙の中では遠ざかり続けるわたしと憂でさえ
出会うことができる。
わたしたちは宇宙を一周して、
その端と端、
紙のつなぎ目でまたお互いに再会して、
こう言う。
こう。
「ばいばい!」
図書館の隅っこで
わたしと憂は
そんな未来の昨日のばからしさを
想像しては
笑う。
-
* * *
わたしは唯先輩の腕の中が好きだ。
あたたかくて、そしてなんだか懐かしい。
唯先輩の腕に抱かれると冬場のお風呂をいつも思い出す。
丸型の石油ストーブのあったリビングでは父親がテレビで野球を見てて、
台所で母親が皿洗いをする音が聞こえる。
わたしは凍える廊下を小走りに
脱衣場で一息に衣類からするすると逃げ出し
白い湯気であふれたお風呂場へと飛び込む。
そんな思い出を。
「のぼせちゃった?」
と、唯先輩は言う。
わたしは唯先輩の腕の中にいて、
唯先輩は近所の公園にいる。
「もう、やめてくださいよ」
と、わたしは口で言い、
「えへへ、つかまっちゃった」
と、唯先輩は笑う。
唯先輩がわたしのことを抱きしめているように見えるだけで、
ほんとうは
わたしが唯先輩をつかまえているのだと、
唯先輩はそう言う。
だからつかまるのはいつも唯先輩で。
それから唯先輩はわたしの背中で組まれた指をほどいて、
「あずにゃんが
してほしくないことは
しないことにした」
と、いじわる言いながら
わたしに触れた手を離して、
「ね、梓ちゃん、
また逃げられちゃったね!」
憂はわたしに手を振ってみせる。
逃げ出すのはいつも憂だった。
憂は、
「梓ちゃんは素直じゃない」
って笑う。
「別にそんなことないと思うけど」
わたしは口をとがらせてそう言い、
憂のにのうでの感触のことを思い出す。
わたしが憂にそろりそろりと近づいていくと、
それよりほんの少しだけはやく憂は後ろ向きで歩く。
「梓ちゃん、そんなに
わたしに触れたい?」
憂が突然そんなこと言うからわたしはつい吹き出してしまう。
「そうじゃなくてただ
わたしは、憂から離れたいたいだけだって」
そしてそのふたつは憂の世界ではまったく同じことだ。
「うん、わたしも
はやく梓ちゃんから逃げたいよ」
と言って憂はわたしから遠ざかり、
唯先輩はわたしのことを抱いた。
わたしはまた冬のにおいを思い出した。
"
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* * *
唯先輩のことを思い出すとき、わたしは決まって憂のことを思い出す。
わたしたちは未来に向かって歩みを進めているので
過去は常に現在から遠ざかっている。
そして遠ざかるものは常に憂だ。
わたしはまだ高校の一年生で
新入生歓迎ライブのステージに
憂はいた。
憂はそこにいる誰よりも輝いていて
憂以外のすべてのものについた明かりのスイッチを
ぐーっとひねったみたいだった。
背の低いわたしは全身を思い切り空方向に引っ張って、
なんとかして憂を見ようとした。
憂がなにか歌うたびわたしの心臓がはねた。
わたしは熱狂してた。
そんなふうに熱狂したことは一度もなかったのに。
それからわたしは
憂のいる軽音部に入って、
憂のことをいろいろ知ることになる。
たくさん失望して、
ちょっとだけ感心した。
先輩4人とわたし、いつも帰り道の終わりに
ふたりだけになって、
いろんなことを話した。
学校の先生がどうとか、
お互いのクラスメイトの話とか、
昨日のテレビとか、
もちろん音楽のことも。
そして、お互い愛し合いつつも黙りあうふたりに
おきまりのいくつかの儀式を
通り抜けた後で、
いつしかその帰り道の終わりの終わりに
憂が現れるようになった。
それはいつもちょうど夕暮れの頃で、
憂はいつも夕日の色をしていたから、
それが唯先輩だった憂と憂として現れた憂のわたしなりの区別だった。
もちろんその区分けはかなり雑な分類法で、
唯先輩と憂はしばしば入り交じるけど、
少なくともロマンチックだとわたしは思っていて、
もちろんそんなことを言えば憂は笑うに決まっているのだから、
わたしは黙っている。
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わたしが黙っていると憂は不思議がって
「どうかしたの?」
って聞く。
「なんでもない」
って答えた後、かわりに
もうひとつ黙っていようと思っていたことを
わたしは聞いてみる。
唯先輩にも言えないことを憂に言えるときがあるのは何でだろうか
と、ときどき思うのだけど、
その理由は未だ不明だ。
「あのさ」
「なに?」
「こういうのって続いていくかな?」
「こういうのって?」
「こういうのってこういうのだよ。
その、こういう、いろいろ」
わたしは”いろいろ”をしめすために両手をぶんぶん振る。
「続いてくものもあるし
続かないものあるよ」
あるいは、って憂は笑って
「続いていく、かつ続かない」
と、言う。
それからちょっと考えて、
「梓ちゃん、もしかして
こわがってるの?」
「なんのこと?」
「おねーちゃんたちが卒業して
ひとりになっちゃうことと
それについてまわるいろいろ」
「それもある」
「新しい場所で
おねーちゃんが
梓ちゃんを
忘れちゃうとか?」
「それもある」
「ほかには?」
「たぶんこういうことって
これからもたくさんあるじゃん」
「第一次危機だ」
と憂は笑う。
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「そう、第一次危機」
「それがこれからも続いてくのに
やっていける気がしない?」
「ううん、そうじゃなくてさ、
まあそれもあるかもしれないけど
わたしが思うのは憂のことだ」
「わたし?」
「つまりそんな危機のたびにだよ、
唯先輩がわたしから
遠ざかってしまうかもしれない危機のたびにだよ、
憂のことを思わざるを得ないわけだ。
近づく憂を」
「うん」
「それはなんていうか、その、なぐさめられる」
「それはよかった」
だけどさ、とわたしは言う。
「だけど、ただそれだけのために憂がいるとしたらどうする?」
わたしは言わなきゃよかったなって後で思う。。
思いを喋ることはその考えに明確に意味を与えてしまう。
わたしたちは100パーセント言葉では考えない。
言葉は表明されたとき揺れるベクトルの矢印の先っぽを
一点に向けて伸ばし始める。
少なくともわたしたちの世界の言葉はそうだ。
違う世界の言葉を喋る憂は冗談っぽく笑って言う。
「悲しいし、嬉しい」
へえ、
とわたしは呟き、
それから二人して黙ってしまう。
-
しばらくして憂が言った。
「すっごくおもしろい
ジョークを教えてあげよっか?」
その「おもしろい」は
すごくおもしろくてすごくつまらないという意味のおもしろいなのか、
ただ単に本当におもしろいのか、
わからなかったけど、
とにかく、
ジョークを言う前に
自分でおもしろいなんて
言わない方がいいだろうなとわたしは思った。
天国ではね、
と憂は言う。
「天国ではね、
天使が歌って喋るんだけど、
天使はみんな
ダンプカーみたいな声で歌うから
天国はとてもうるさい」
へえ。
とわたしはまた呟き、
「おわり?」と憂に聞く。
「うん」
と憂が言うので
「あはは」
とわたしも言う。
射しこんだ夕日にいつもどおり憂の顔は真っ赤で、
憂は笑っているけど、
たぶん、
てれてるか、怒ってる。
いつもどおり。
「一価性言語で
歌が歌えると思う?」
と、後に憂が聞くので、
わたしはしばらく考えた後に
「歌えると思う」
と、答えることになる。
それから憂は笑って
「歌、歌ってみようか?」
って聞くだろうから
わたしはもちろん
「うん」
って言うだろう。
そしたら憂はいたずらっぽく笑って
「いやだ」
って答えて、
その理由を問えば、
てれくさそうに
「へたくそだから」
って言うはずだから、
こらえきれずにわたしは吹き出して、
二人で笑うだろう。
さらに後でわたしは、
少なくとも思い出の中の憂は”天使”みたいなきれいな声で歌っているな、
と思うことになる。
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* * *
町外れの丘めがけて思い切りわたしが自転車をこぐとき、
荷台に座ってわたしの腰に手を回す唯先輩はものすごい速度でわたしに近づいていて、
息を切らせながらペダルを回すわたしは憂から遠ざかり続けている。
そんなときは彼女がどっちなのかわたしはわからなくなってしまう。
自転車の前をこぐわたしは
彼女の姿を見ることができないから
そんなとききっと背中の彼女は
わたしの知らない誰かになってしまっているのだと思う。
彼女にわたしの知らない何かがあって
そのなにかのおかげで
わたしの知らないどこかでも
彼女は彼女でいられるのだという考えは、
ちょっとさびしいし、
すごくこわい。
だからそんな考えを振り払うようにわたしは
ペダルをさっきよりもずっと強く踏む。
憂みたいな誰かは
「きゃっ、はやくなった」
と、驚き、
唯先輩みたいに
「あはっ、あははっ」
って笑う。
唯先輩みたいな憂のような誰かはわたしの背中ごしに腕を振り上げて言う。
「いけ、いけー!」
その誰か変なぐちゃぐちゃな女の子の手は
わたしの腰にぴたって手をくっつけてて、
それを強く意識したら汗がにじんだ。
-
丘の上からは街が見える。
ミニチュアみたいに見えるわたしたちの街。
唯先輩はわたしの肩に手を回してた。
「あずにゃん、あずにゃん、
わたしの家ってあの辺かな」
「たぶん」
「じゃあ、じゃあ、
あずにゃんの家ってあの辺?」
「もう少し右の方ですよ、そこ」
「もうじきこの街とお別れだと
思うと寂しいな」
「またいつでも帰ってこれるじゃないですか」
「えへへ、そうだね」
髪をかき上げて目を細めて
遠くを眺める唯先輩は
なんだか大人びていて、、
わたしはちょっと困ってしまう。
わたしから決して遠ざかることない唯先輩は、
いつまでも唯先輩で、
だからこうしてゆっくりと
変わっていくことを思わされるときの唯先輩は
どっちかというと
憂によく似ているとわたしは思うのだけど、
こうして現にここにいる唯先輩は憂ではなくて、
というのは憂の言葉は変わっていくっていうことを
扱うことができなくて
だから変わっていくことこそが
唯先輩が憂でなくて唯先輩であることなんだろうと思うけど、
かわりにわたしから遠ざかっていく憂は
ずっと変わることがなくて、
たぶんそれはわたしも変わっているということによって
生まれる問題なんだろうけど、
そういうことはなんだか変だなって思う。
それはたとえば
電車に乗っている人々は
ほんとうは電車と同じ速度で動いているのに
止まっているように見えて、
逆に景色はずっとそこにいるのに通り過ぎていく
っていったようなことで、
ドップラー効果は音源が動くときに
だけ起こるのではなく、
わたしが動くときにだって
音楽は変わるのだってことを思い浮かべた。
沈黙を破ってわたしは言う。
「好きですよ」
わたしが急に言ったからだろうか、
照れた唯先輩はわたしの肩のにおいた手を大げさに離して
「わたしは大嫌いだもん」
と言う。
「そっか」
ってわたしは笑った。
街の向こうで沈む夕日はとても赤い。
-
* * *
わたしと唯先輩は駅のホームのベンチに座って電車を待ってた。
話飽きてた。
疲れてちょっと眠かった。
近所のファミリーレストランでお昼を食べてあと、
乗るべきはずの電車を五本見過ごして、
「あずにゃんが
ひっついて離れない」
と、唯先輩は冗談を言う。
「じゃあそのままわたしも連れて行ってくださいよ」
わたしは答えた。
「ほんとに?」
わたしは黙っている。
「それはだめだよ」
って、唯先輩は言う。
「なんでですか」
「だってあずにゃん重いもん」
あずにゃんがひっついて離れない、
とまた唯先輩は繰り返す。
立って、わたしのことを持ち上げようとして、
「ほら、重い」
って言った。
離れたわたしは布団みたいにベンチに沈む。
憂が言う。
「あんまりおねーちゃんを
困らせちゃだめだよ」
「別にそんなことしてないって」
あはは、
と憂が笑い、
唯先輩はまたベンチに座った。
「新しい場所で暮らすのってどんな気分がします?」
わたしは聞く。
「不安もあるけど、
みんなもいるし
だからすっごく楽しみだよ!」
「へえ」
がたがたかたかた。
って急行列車が通り過ぎる。
-
あずにゃん以外。
唯先輩はそう呟く。
「へ?」
「もちろん
あずにゃんが
いないならだよ」
「そうですか」
「忘れられてるって
心配しちゃった?」
「別にそんなことは……」
電車がやってきて、
それで今度は止まったのを見て、
わたしはちょっと残念だった。
立ち上がった憂は、
「梓ちゃんは素直じゃないから
すぐにさよならだ」
ほおを膨らませて、
あまりにわざとらしくおこるのだ。
そして憂は消えてしまう。
憂が消えてしまった後で、
わたしは揺れて、
唯先輩のあたたかい腕の中にいて、
それからこの瞬間の唯先輩を
これから何度も思い出すことになるんだろう、と思う。
そのとき、たぶん、憂はそこにいて。
唯先輩はさらに一歩前に出て、
「泣いちゃだめだよ
また会えるんだから」
って、
わたしの目の下に触れた。
憂は一歩下がって、
「すぐにね!」
って笑った。
電車に乗っていった。
-
夕焼けだった。
憂のことをわたしは考えている。
唯先輩がいないときはいつだって憂のことを思っていた。
わたしたちは、と
憂を乗せて遠ざかる電車を見ている
あるいは
電車から遠ざかっていく
わたしは思う。
わたしたちはまだ1度も出会ったことがないのだ。
出会いが向かい合うベクトルの衝突なら、
お互いに逆を向くベクトルが出会いになることはないだろう。
わたしと憂はまだ出会ったことがなく、
そしてこの宇宙が循環しない開いた宇宙である以上、
これから先遠ざかり続ける二人が出会うことはなく、
わたしたちは未だ出会わずそして二度と出会うこともない。
だから憂はわたしのことを大嫌いだと言うのだ。
出会った二人の幸福な結末が大好きなら、
出会うことのないふたりに大嫌いは
ぴったりじゃないだろうか。
だからわたしも憂のことが大嫌いで、はやく唯先輩に会いたいと思う。
唯先輩とわたしが1つにくっつくとき、
わたしと憂は本当にお別れして、
それではじめて手をつなぐことができて、できない。
遠ざかっていくことで愛し合う二人の女の子。
もっとも遠い瞬間にわたしたちはひとつになる。
それはわたしと憂の仕組んだちょっとした冗談。
誰のためでもないわたしたちのためだけの。
そしてその冗談を実行するために憂は存在していて、
だからあるいは、
憂が存在するためだけにそんな冗談を仕組んだ、
なんてことも言えるかもしれない。
あの夕日が真っ赤なのはそれがものすごい早さで遠ざかっているからではなく、
小さな角度にある太陽が昼間のそれより遠くにあって、
波長の長い赤い光だけがここまでやってくるからで、
けど、夕日は赤いからものすごい早さで遠ざかっているのだ、
そんなふうに言ってしまうこともできるわけで、
わたしと憂の物語はたぶん、そういう種類のほら話だ。
だからわたしは憂のことが嫌いだと言い、
わたしがそう言ったなら
顔を真っ赤にして
照れてる憂の顔は容易に想像できて
それはどうしようもなく、
そうだな、
愛おしい、
では絶対になくて
ええと
なんだろ?
-
おわり
フォントの関係で文字がずれて見づらくなることがあると思うので、そのときはごめんなさい!
-
仕様じゃなかったのか
-
乙
どういうことなの
"
"
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