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澪「キミノウタ」
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灰色の空と、静かに降りしきる雨の下、私は傘もささずに立ち尽くしていた。
熱くも冷たくもない滴は私の髪を伝い、頬を伝い、そして地面へと落ちていく。
なんでそうしているのかは分からない。
ただ、それが何故かたまらなく心地良く、愛おしいことを私は知っている。
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"
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「くすん……ぐすっ……」
雨の音に紛れてどこかからか誰かの泣いている声が聴こえる。
少女の声。
「誰?」
返事はない。
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「どこにいるの?」
辺りを見回し、再び呼びかける。
やはり、返事はない。
「!」
ふと視線を下に落とすと、そこには耳を塞ぎうずくまる少女がいた。
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綺麗な黒髪は濡れて肌に張り付き、身体は小さく震えている。
まるで何かに怯えているようだ。
「どうしたの?」
「……」
気付いてくれたのか、少女は顔を上げる。
少女の瞳はくりくりと輝き、吸い込まれてしまいそうなくらいに大きい。
瞳の奥には鏡のように私の姿が反射していた。
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「おねえちゃんも、ひとりぼっち?」
少女が私に尋ねる。
「わたし、ひとりぼっちなの」
「……どうして?」
「はぐれちゃったから」
そう言うと、少女はまた顔を伏せて泣き声を漏らす。
悲痛に叫ぶわけでもなく、そっと耳を澄まさなければこの雨音にかき消されてしまいそうな、とても小さい声で。
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"
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「おいで」
私は少女の肩を抱きよせる。
浅はかな同情だろうか。
「私もね、はぐれちゃった」
それとも。
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「おねえちゃんは、どこではぐれたの?」
「忘れちゃった」
「それからひとりぼっち?」
「うん。みんな一人ぼっちだ」
「……みんな?」
みんな。
だって、それがルールなんだから。
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「あなたはどうしてはぐれたの?」
「……おともだちとあそんでたら」
「置いてかれちゃった?」
「……ううん。ほんとうはわたしがおいてっちゃったの」
「どうして?」
はっ、と驚いたように少女は目を見開く。
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「……ずっとあそんでたら、おこられちゃう」
「だから、もうあそべないの」
ずきん、と胸が痛む。
「ひとりでがんばらなきゃいけないの」
「…ちゃんも、きっと」
いつの間にか勢いを増した雨音のせいか、少女の声は途切れ途切れにしか聞こえない。
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「辛く、ないの?」
「……」
「つらくないもん」
「だって、たのしかったから」
「いっぱい、いーっぱいあそんだから」
「もうあそばなくてもいいってくらい、あそんだから」
「へいきだよ」
「おねえちゃんも、そうなんでしょ?」
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なら、どうして、
「……そうだな」
「きっとそうだ」
この涙は止まらないのだろう。
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何もかも自分から捨てて、無くしてしまったのに、流れる涙だけは尽きる事が無い。
まるで全てを洗い流そうとしているかのように。
この雨が心地いいのは、私の頬を伝う涙をそれと錯覚してしまえるから?
この雨が愛おしいのはそれに溺れてしまえるから?
空を低く流れる雲だけが、私の視界を埋め尽くした。
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…………………………
……………………
………………
…………
……
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『何してんの』
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またどこからか声が聴こえる。
『一人で勝手に行くなよ、探しちゃったじゃん』
……うるさい。
「だって……しょうがないだろ」
「怖かったんだ」
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ぱしゃ、ぱしゃと、雨を踏む音がする。
『何が?』
「……」
「……大人になることが」
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それがずっと怖かった。
日々を過ぎてゆく度に、自分じゃない自分になってしまうような気に苛まれた。
今だけを見ていたっていいじゃないか。
それが許されないなら、せめて。
『そっか』
ぱしゃ、ぱしゃ。
-
「…は怖くないの?」
『……』
『怖いよ』
だったら、私は、
『なぁ、一人で怖がるより、二人で怖がろうよ』
ぱしゃ、ぱしゃ。
-
『二人で目一杯怖がって、そんでブツかって、ほらホントはなんてことなかったなって笑えばいいじゃん』
『それじゃダメ?』
……無理だ。
私は…がいないと何も出来ないんだ。
きっとそれは迷惑にしかならない。
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「だから……!」
『無理じゃない』
『…は自分が思うよりずっと強い女の子だってことを私は知ってる』
ぱしゃ、ぱしゃ。
-
「そんなことない……」
「だって……」
「ねぇ」
「…ちゃんはどうしてそんなにつよいの?」
私の腕の中で、少女がぼそりと呟いた。
『決まってるだろ』
ぱしゃ、ぱしゃ。ぴた。
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足音が止んだ。
そして、
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『澪が隣にいてくれたからだよ』
『よっ、澪。傘さしに来たぞ。相合傘』
ニッ、と律が笑って立っていた。
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「……」
『……駄目?』
「……ばか律……ふえっ……うえええええ」
『あーあー……ばか澪』
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灰色の空と、静かに降りしきる雨の下、私は小さな傘の中で声を上げて泣いた。
冷たく地を穿つ雨が私を貫くことは二度と無く、私の頬には彼女の胸の温もりだけが残る。
気が付くとさっきまで一緒にいたはずの少女の姿は無い。
だが、不思議と探そうとは思わなかった。
少女はきっとそれを望まない、そんな気がして。
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「なぁ、私達はいつまでこうしているんだろう」
『雨が止むまで、かな』
「じゃあ、雨が止んでしまったら……それで終わり?」
『そうだな……そしたら……』
『今度は手を繋ごうぜ』
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終わり。
王道のお誕生日おめでとう的なSSは他の誰かがやってくれるだろうとタカをくくって捻ったものを書こうとしたら間違えた臭がぷんぷんしました。
ただ、少しでも気持ちが伝わったら嬉しいです。
澪ちゃんお誕生日おめでとうございました。
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