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アニメキャラ・バトルロワイアルIF Final

1 : 名無しさん :2017/07/27(木) 19:35:50 uXx0gcb60
アニメキャラでバトルロワイアルをする企画、アニメキャラバトルロワイアルIFのSS投下スレです
企画の特性上、キャラの死亡、流血等の内容を含みますので閲覧の際はご注意ください。

【したらば】ttp://jbbs.shitaraba.net/otaku/17138/
【wiki】ttp://www7.atwiki.jp/animelonif/
【前スレ】ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/14759/1460193388/
【地図】ttp://i.imgur.com/WFw7lpi.jpg


【参加者】
0/7【ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
● 空条承太郎/ ● ジョセフ・ジョースター/ ● モハメド・アヴドゥル/ ● 花京院典明/ ● イギー/ ● DIO/ ● ペット・ショップ
2/6【クロスアンジュ 天使と竜の輪舞】
● アンジュ/ ● サリア/ ● ヒルダ/ ● モモカ・荻野目/○タスク/○エンブリヲ
0/6【ラブライブ!】
● 高坂穂乃果/ ● 園田海未/ ● 南ことり/ ● 西木野真姫/ ● 星空凛/ ● 小泉花陽
0/6【アカメが斬る!】
● アカメ/ ● タツミ/ ● ウェイブ/ ● クロメ/ ● セリュー・ユビキタス/ ● エスデス
1/6【とある科学の超電磁砲】
○御坂美琴/ ● 白井黒子/ ● 初春飾利/ ● 佐天涙子/ ● 婚后光子/ ● 食蜂操祈
1/6【鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST】
○エドワード・エルリック/ ● ロイ・マスタング/ ● キング・ブラッドレイ/ ● セリム・ブラッドレイ/ ● エンヴィー/ ● ゾルフ・J・キンブリー
1/5【PERSONA4 the Animation】
● 鳴上悠/ ● 里中千枝/ ● 天城雪子/ ● クマ/○足立透
1/5【魔法少女まどか☆マギカ】
● 鹿目まどか/ ● 暁美ほむら/ ● 美樹さやか/○佐倉杏子/ ● 巴マミ
0/5【アイドルマスター シンデレラガールズ】
● 島村卯月/ ● 前川みく/ ● 渋谷凛/ ● 本田未央/ ● プロデューサー
1/5【DARKER THAN BLACK 黒の契約者】
○黒/ ● 銀/ ● 蘇芳・パブリチェンコ/ ● ノーベンバー11/ ● 魏志軍
0/4【寄生獣 セイの格率】
● 泉新一/ ● 田村玲子/ ● 後藤/ ● 浦上
1/4【やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。】
● 比企谷八幡/○雪ノ下雪乃/ ● 由比ヶ浜結衣/ ● 戸塚彩加
0/3【Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ】
● イリヤスフィール・フォン・アインツベルン/ ● 美遊・エーデルフェルト/ ● クロエ・フォン・アインツベルン
0/2【PSYCHO PASS-サイコパス-】
● 狡噛慎也/ ● 槙島聖護
0/2【ソードアート・オンライン】
● キリト(桐ケ谷和人)/ ● ヒースクリフ(茅場晶彦)
8/72


2 : ゲームセット(前編) ◆ENH3iGRX0Y :2017/07/27(木) 19:48:22 uXx0gcb60



『またそうやってあたしの周りから人が死んで……あたしだけが生き残る』



ああ、こうやって厄病神気取りをしていたな。



『何も死ぬつもりは無いわい。それに―――』




私ってほんと―――………………あれ?





ポンと頭に優しく大きな手が置かれた気がした。



「ははっ、そっか……」



少し愉快になっていた。

ゆっくりと体を起き上がらせ、目の前にまで迫っていた光線の射程外へと退避する。次の瞬間、時は動きだし光線は地面を抉り、土煙を巻き上げる。

「なるほど、こりゃ似てるわ」

本当の本当に自慢できることでもないが、あんだけ死にかけた自分だからこそほんの些細な違いというのが良く分かる。
いや自分だけでは気づけようがない。

時の止まった世界を他の誰でもない、ジョセフ・ジョースターがDIOの前で暴かなければ止まった時という概念を理解できず、杏子は時の止まった世界に入門することなど出来なかった。
そう、DIOの元であれだけ止まった世界を動き続けたのだ。インクルシオがそれに対し、進化”しないはずがない。


……少し、驚かせてやるか。

「アンタは次に『確実に当てた筈だ』という」

「確実に当てた筈だ―――」

驚きがなくてあまり面白みがない。
まあいい。

「やれるかい、タスク」

ボロボロの機体の中にいるであろう仲間に声を掛ける。
別に聞く必要もなかったし、返答など決まっていたが、それでもあえて彼の口から聞きたかった。


3 : ゲームセット(前編) ◆ENH3iGRX0Y :2017/07/27(木) 19:48:44 uXx0gcb60

「……当、然―――」

機体の中で激痛に苛まれた体を精神で抑え込み、機器を弄り機体を立て直す。
どんな手品を使ったのか知らないが、杏子はまだ生きて戦おうとしている。そんな横で自分だけ寝ているなんて悪い冗談だ。

「力を貸してくれよヒルダ。これから、あの糞野郎をぶっ飛ばしにいくんだ……。
 だから、俺に力を―――」

機器を殴りつける。
アンジュ式、ヴィルキスの起動法だ。

その次の瞬間、テオドーラの瞳に光が宿り天高く飛翔する。
全身の緑と黒の装飾が塗り替わり、上書きされるように赤のカラーリングへと変更される。

ラグナメイル テオドーラ ミカエル・モード。

ヒルダの想いにより、エンブリヲの支配を退け覚醒したテオドーラの新たな姿。

「死にぞこないめ」

お父様は苛立ちのまま吐き捨てる。
ここまでの戦いに於いて、奴らは何度死んでもおかしくはなかった。むしろ、死ななかったことの方が異常なくらいだ。
尋常ではない幸運と執念で奴らは食らいついてくる。

「邪魔だ」

いくら振り払おうとも、いくら捻り潰そうとも。
幾度となく立ちはだかる。まさしく壁だ。そう、生まれて初めてフラスコの中の小人は人間を敵だと認めた。
故に邪魔だ。
それが虫けらであるなら踏んでしまえばいい。だが、奴らは邪魔なのだ。
故に排除する。故に抹消する。

「消え失せろ!!」

インクルシオが飛び立つ。
時を止め、その間僅か3秒にも満たない短時間で縦横無尽に放たれた光線を全て華麗に避け、シコウテイザーの懐へと迫る。
やることはかわらない。何処か一か所にどでかい穴を開けて、エドワード達に道を作る。


4 : ゲームセット(前編) ◆ENH3iGRX0Y :2017/07/27(木) 19:49:11 uXx0gcb60

「拳じゃないな。私の性に合わない」

やはり、槍が良い。
それもあんなバカでかいのではなく。もっと使いやすくて、利便性に優れたやつだ。
そう思った時、手には異様に馴染んだ槍の感触があった。魔法で創ったモノではない。インクルシオが作り出した副武装だ。
細長く、杏子が普段から愛用する槍と寸分違わない、それでいて強度は遥かに凌駕する代物。
便利な鎧だ。こちらの注文にちゃんと答えてくれる。

「行くよ、インクルシオォォォォ!!!」

叫ぶ、その魂で以て。
槍から放たれた渾身の突きは空間すら歪むほどの轟音を放ち。シコウテイザーへと直撃する。
しかし、その神体はやはり無傷。舌打ちと共に杏子はいったん距離を取り、更なる助走をつけ追撃。
だが堂々巡りだ。幾ら殴ろうが突こうが、シコウテイザーの体には一切のダメージはない。
そして攻撃を続けるということはインクルシオの性質上、近接戦が主になる。光線が降り注ぎ、杏子は時間を止めながら紙一重でかわし槍を振るい続ける。

「ぐ、ゥ……!!」

ただでさえ、その巨大な体から放たれる攻撃は範囲がデカい。しかもほぼシコウテイザーと密接した状態にある。
幾ら時を止めようが、処理しきれない攻撃が出るのはやむをない。光線が肩を抉り、太腿を掠る。直撃こそ貰わないものの杏子の肉体には死へと近づく、ダメージが蓄積されていく。

「――――――――――――!!!」

赤い影が一筋の線のように割り込み、光線を切り裂く。
テオドーラが庇うようにインクルシオの前に立ち、そのビームソードを携え肉薄する。
これも既に幾度どなく繰り返されてきた光景だ。
無駄な攻撃を重ね、それを叩き落とす。だがいくらシコウテイザーを叩こうが意味はない。
これはお父様を核にした、今だその身に取り込んだ神とやらを燃料にしている。それらの膨大なエネルギーはシコウテイザーのボディーを覆う不可視のシールドとしても働いている。

「何――――」

一撃、タスクが入れた光の剣がほんの僅かだけシコウテイザーの鳩尾に触れ、その表面を削ったのだ。
ダメージというダメージではない。しかし、掠り傷程度だとしても攻撃が通ったという事実。
タスク本人も驚愕していたが、その理由にすぐ当てが付いた。

「フフフ……フハハハハハ……」

テオドーラの後方、黒のラグナメイル ヒステリカを駆るエンブリヲがその右手で見せ付けるかのように突き出したもの。
赤黒くも生々しい掌に収まるほどの肉の塊だった。それは人の体内の中でも重要な部位である心臓。

「貴様……それは……」
「そうさ、イリヤの聖杯(しんぞう)だよ」

杏子はそれを聞き、敗戦してからエンブリヲが一度単独行動していたのを思い出す。
恐らくあのタイミングで回収に向かったのだろう。

「神とやらを制御しきれない貴様は器をその機体に移した。そして、その中で神を抑え込むには我々以外の参加者の魂と貴様が持っていた既存の魂を利用しているはずだ。
 残念だが、これにも似たような機能がある。サーヴァントと呼ばれる神秘の存在を内包し、手にした者のその願いを叶えるというね。同じホムンクルスでも、貴様如きより数段出来がいい。
 見ろ。貴様の手持ちの魂もこちらの方がよほど居心地がいいと見える」

多少の手こそ加えたが、その心臓はまさしく万能の願望機として魂を収集し自らの務めを果たそうとしていた。
彼女らの親が願った普通の女の子として育てよう。そんな想いなどエンブリヲは知る由もなく、また知っていたとしても止めないだろうが。


5 : ゲームセット(前編) ◆ENH3iGRX0Y :2017/07/27(木) 19:49:28 uXx0gcb60

だが、戦況が好転したわけではない。ようやくダメージが入るようになっただけであり、シコウテイザーの硬さも火力もいまだ健在だ。
お父様もこうなった以上は一切の手を抜かず、全力で来る。

世界が灼熱に包まれる。シコウテイザーの等身ほどの光線が放たれ、爆炎と爆風を巻き上げる。
燃え盛り、天へと上るドーム状のような雲からインクルシオは飛び出し、タスクが刻んだその僅かな亀裂へと槍を向けた。

シコウテイザーの拳がインクルシオを殴りつける。全身が圧迫され、血が噴き出し、体の内容物が飛び出しそうだ。
メキメキと軋む音が鼓膜を刺激し、体が危険信号を幾つも出し杏子の脳に報せてくる。
だが止まらない。もはや、防御に回す力すら惜しい。殴られながらも軌道は変えず、進行先もそのまま杏子は突っ切る。

「ッッ―――」

光線が杏子を包み込み、その身を焦がしインクルシオごと焼き尽くす。
それはもう生物であるのなら、適応など出来ようもない超高温の灼熱の世界と言ってもいい。
まさしく神による最後の審判とやらが本当にあるのなら、こういった最後で世界は包まされるのかもしれない。
だが生憎とインクルシオという生物は何処までも生き汚い、ましてその装着者たる杏子も死ぬ気など毛頭ない。

「借りるよエスデス!! ムカつくけどな!!」

無の灼熱から、大規模な氷が生成されインクルシを包んでいく。
エスデスの帝具、デモンズエキスの力を受けたことでインクルシオが進化し身に着けたのは氷に適合し、その氷を自ら生成する能力だ。
これも遡れば、エスデスがDIOと交戦した際にDIOが知らぬ間に起こったことだろう。

炎を突破し、更なる疾走。加速、加速、加速し続ける。
姿は青く変化し、雷を纏いそれをブーストすることで速度を最大限にまで高めた。
雷鬼纏身インクルシオ アリエル・モード。
ウェイブが進化させたインクルシオの新たな形態だが杏子には知る由もない。しかし、不思議と鎧から語り掛けてくるようだ。

(いいさ、好きにくれてやるよ)

鎧は語り掛けてくる。力を望んだだけやると。だが、見返りがいる。
杏子が払う見返りはただ一つ、その肉体を寄越せ。
この鎧は何処までも生き汚く、杏子の体を食い散らしてでも生きることに固執しているらしい。

「だからさ―――絶対に私達を勝たせろよ!!」

次元を超えた疾走が炸裂する。
雷光が瞬き、インクルシオの力は最大限開放される。
槍を通じ、雷がシコウテイザーを焼きタスクが刻んだ亀裂へと流れ込む。

「もう……一度ォ!!」

時を止め、迫りくる手をかわし更に助走をつけ疾走。
叩きつけた槍に確かな手応えを感じ、杏子はいけると確信した。
壊せる。体はくれれやっただけはある。この鎧、コスパは悪いが爆発力という点ではこれ以上にない性能を秘めているらしい。

「足りねェ……まだ、足りねえ! 気張れ、インクルシオ!!」

叱咤を込めた叫びでインクルシオは変化する。
その黄金の光は雷光すらもあまりの眩さに霞むほどに神々しく、黒く覆われたシコウテイザーと対を成すようだ。
光の中から黄金に包まれたインクルシオは砲弾のように槍を携え、シコウテイザーのボディへと食らいつく。
その衝撃音だけで会場そのものを揺らし、内部のお父様すら顔を歪ませる。


6 : ゲームセット(前編) ◆ENH3iGRX0Y :2017/07/27(木) 19:49:43 uXx0gcb60

危険だ。

この鎧、予想以上に危険だ。

正史では確かにシコウテイザーはインクルシオに敗北したが、それを加味した強化を施していた。
だというのにこの鎧はこちらの予測すらも遥かに凌駕した進化を果たす。
何の因果だ。まるでシコウテイザーを滅ぼすかのような、この鎧とその適合者がこの場面まで残ってしまったのは。

シコウテイザーは膝を折り曲げ、一気に跳躍した。この巨体で飛翔した際の大地への震動はいかなるものか。
それは空中であっても例外ではなく。震動は空気を伝い杏子の体をも揺らしていた。
その僅かな隙に遥か上空から、シコウテイザーは両手を組みその杏子の脳天へと振り落とす。

「ガッ―――――」


その重量と重力を乗せた一撃はあまりにも重い。
全身の骨が砕け、脳みそは飛び散り、収まっていた目玉も吹き出し。
骨と体液と肉が入り乱れ、インクルシオの中でシェイクされながら人間のミックスジュースを作り出していた。

それでも、まだ脳は生きている。
体がどんなに壊れようともソウルジェムは無事だ。だから、まだ戦える。
壊れた体を魔力で補強し再生し、インクルシオは地面に叩きつけられる前に受け身を取り、大地からバウンドするように飛び立つ。
迎え撃とうとビームを放つシコウテイザーにやはり杏子はかわす素振りはない。
放たれたビームは秒を置かず杏子へと直撃する。

「―――ロッソ・ファンタズマ」

一人では足りなかった。
ここにきてよくよく痛感したことだ。
この場に於いて、タイマンで勝ったことなど一度だってない。
だからこそ数を増やせばいい。本当に簡単で単純な理屈だ。

13人の黄金のインクルシオがビームを跳ね除け、シコウテイザーの亀裂へと辿り着く。
亀裂はより深く、より広く。刻まれ広がり穴をこじ開けられる。




「―――あーくそ……」



鎧が崩れる。
力を使い果たしたという奴だ。多分、ソウルジェムも真っ黒だろう。

あと一歩というところだったのに、本当に惜しかったなぁ。

まあいいか……。

それでも……。

「あとはたのんだ……」

任せられる仲間がいるからきっと無駄にはしないさ。


7 : ゲームセット(前編) ◆ENH3iGRX0Y :2017/07/27(木) 19:50:00 uXx0gcb60






「うおおおおォオオオ!!!」


崩れる鎧と共に散っていく、杏子と入れ替わるようにテオドーラが突撃する。
全ての意思はテオドーラとその操縦士タスクが受け継ぐ。
ビームソードは亀裂へと打ち立てられ、抉るようにタスクも操縦桿を力の限り捩じ回す。

「ホムンクルスゥゥゥゥ!!!」

自らを叱咤するかのように怨敵の名を叫ぶ。

「貴様に何ができる」

嘲笑うようにお父様は手を翳し、機体が揺れた。

「ああ、その通りだ。だからこそ私がいる。フラスコの中の小人」

ビームを放ったのはエンブリヲが駆るヒステリカだ。
その光景は意外以外に他ならない。あの傲慢が服を着たような男が、タスクを助けただと?
何が起こっている。

「ッ―――」

シコウテイザーの亀裂がより深まる。
溜まらずテオドーラを振り払い、シコウテイザーは後退する。

テオドーラへとビームを放つ。だがヒステリカが割り込みディスコード・フェイザーで相殺する。
光が明けた刹那にテオドーラが加速する、それは人型のものから完全な飛行特化であるフライトモードに変化していた。
速度を増した機体の突撃はシコウテイザーにも響き、その巨体を揺さぶる。
更にフライトモードを解除し零式超硬度斬鱗刀「ラツィーエル」を抜きシコウテイザーへ切りつけた。
斬鱗刀の名の通りドラゴンの鱗を貫く程の切れ味を誇るビームソードだ。
シコウテイザーの鳩尾は更にひび割れ、鳩尾を抑えるように手で覆い、膝を折る。

「何故だ……お前たちは……敵同士では……」

人間の結束が予想しえぬ力を生み出すのは認めよう。それが敗因でもあったのだから。
しかしながら奴らは敵同士、本来殺し合うべくして生まれた宿敵同士である。
なのに何故これほどの力を発揮しコンビ―ネーションまで息を合わせ、こちらを追い詰めてくる?

「決まってるだろ!」

「何?」

「良いか、良く聞け! 俺達は確かに敵同士だ! けど、アンジュが大好きだったんだよ!!」

「貴様に内包されたわが妻の魂、返してもらうぞ!!」

「俺の妻だァ!!」

「貴様ァ!!」

ディスコード・フェイザーが直撃し傷を隠すシコウテイザーの手を跳ね除ける。そこへ更にテオドーラがビームライフルを打ち込む。
機体の損傷が激しくなる。このままでは本当に―――

たった一人の人間によって宿敵同士すら結託する。
タスクもエンブリヲもヒルダ(テオドーラ)もアンジュを愛し続けていた。
だからこそ、目の前の訳の分からない理由で殺し合いに巻き込んだ馬鹿には、制裁を与えなければならない。
その為ならば例え殺したくなるほどいけ好かない奴であっても利用するだけ利用する。

ある種の下半身で繋がった奇妙な絆による愛の力は神さえも凌駕する。


8 : ゲームセット(前編) ◆ENH3iGRX0Y :2017/07/27(木) 19:50:31 uXx0gcb60

「意味の分からないことを」

「フッ、お前には分からないだろうな!」

「何?」

「俺を包んでくれた、一番深いところの気持よさと暖かい温もり……溶け合いそうな甘い感触。それがどんなに幸せで、俺に力をくれたか……。
 何時まで経ってもカッコつけてスカしてるだけの、女もろくに抱けない変態親父“共”には分からないだろうなァ!!!」

「タスク……貴様……なんという破廉恥な」

「なんだこいつ」

再度、テオドーラが肉薄しビームソードが切りつけられる。
これ以上のダメージは危険だ。距離を開けたうえで遠距離攻撃から、奴らを始末する。

密接するテオドーラを掴み引きはがす。
だがテオドラ―らは力強く動かない。否、光の障壁は手を遮るのだ。
ミカエルモード。その真価は全身を覆う防御障壁だ。もはや、その全身が一つの武器である。

「エンブリヲ……やれェ!!」

タスクの叫びと共にテオドーラは逆に加速しビームソードをより深く突き立てる。

「良いだろう。貴様ごとフラスコの中の小人よ、宇宙の藻屑となれ!
 ―――また生と死の揺りかごで―――柔く泡立つ―――」

テオドーラを後押しするようにディスコード・フェイザーが直撃する。
光の障壁によりディスコード・フェイザーを耐えながら、その勢いに後押しされテオドーラはより力を増す。

「これ、でェ……!!」

機体内部へと突き進むテオドーラを両手で掴み打ち止めるも、勢いは止まるばかりか増していく。
このままでは貫通する。
だが、突如としてテオドーラの光の障壁が止み、一瞬にしてディスコード・フェイザーに飲み込まれていく。

「燃料切れか……肝心なところで……」

ディスコード・フェイザーを受け止めながら、シコウテイザーは光線でヒステリカを貫く。
機体が揺らめくヒステリカに舌打ちし、攻撃を打ち切ってからエンブリヲは瞬間移動で後退する。
爆風に煽られながら、脱出機能を使いタスクは生還していたようだが、ラグナメイル一機の消失は手痛い。
ようやく追い詰めたフラスコの中の小人をここで仕留めそこなうとは。


9 : ゲームセット(前編) ◆ENH3iGRX0Y :2017/07/27(木) 19:50:55 uXx0gcb60

「残念だったな、調律者よ」

「……いや、構わないさ」

まあ、今回は全て美味しいところはお前たちにくれてやろう。


エンブリヲは笑みと共に背を向ける。
逃げるつもりか。お父様は追い打ちをかけようとしたところで異変に気付く。

それは地獄門の付近にあった。膨大な炎を糧に天高く飛び立ちこちらに向かってくる。
棒状の鉄の塊。人類が神の天上の領域を超え、更なる世界の進出を図った叡知の結晶。



「ロケット―――」



杏子がタスクがエンブリヲが刻んだ唯一の亀裂にロケットは一切の躊躇なく突っ込んだ。



「あとは君たちに任せよう。私の欲したものは手に入った」



大方、あのロケットにエドワード達が乗り込んでいるのだろう。
本体の後始末は彼らにやらせておけばいい。
エンブリヲはその手の心臓を見つめ、恍惚として笑みを見せる。



「アンジュ……君の魂は確かに取り戻した。待っていてくれ……天使の再臨は近い」









ロケットが爆散し、爆風がシコウテイザー内部へと吹き荒れていく。
シコウテイザーとロケットの破片がばら撒かれながら、煙に囲われ視認できないその爆発の中央部へとお父様は意識を向ける。
アレに乗り込んでいるであろう連中はどうなったのか。普通ならば死んでいるだろうが。
刹那、紫電が弾け雷撃の槍が放たれた。更に煙を割くように柱が錬成され、水流が巻き上がりお父様へと叩きつける。

「―――ブラックマリンか」

三者の攻撃よって体を貫かれ、吹き飛ばされるお父様は眼前の敵が如何な方法で爆発から逃れたか気づいた。
恐らくは魏のブラックマリンが誰かが回収しそれを使い、水の膜を全員の周りに貼ることで一種のシールドとして爆発から防いだのだろう。

その証拠に煙の中から見せた一人の人影、黒の指にはブラックマリンの指輪が嵌められていた。
ティバックの中に水を貯めておけば、その真価はいつ如何な場所でも発揮できる。

「立てよ、ド三流」

吹き飛ばされ、地べたに膝を着けるお父様へあの錬金術師が忌々しく見下ろしてくる、
まるであの時の再現ではないか。

御坂美琴、黒、雪ノ下雪乃、そして―――





「俺達とお前との格の違いってやつを見せてやる!!!」





エドワード・エルリック、あの死神がまたしても――――


10 : ◆ENH3iGRX0Y :2017/07/27(木) 19:52:10 uXx0gcb60
一旦ここで終わります
後編は近日中に多分仕上げられるかと


11 : 名無しさん :2017/07/27(木) 20:39:34 oaRGXgFQ0
投下乙です!

今までの総決算というべき激戦、正に最終決戦ともいうべき戦いですね!
シコウテイザーやラグナメイルやイリヤの聖杯やロッソファンタズマ、最後の戦いに相応しい豪華なクロスオーバーで圧倒されっぱなしでした
そして、足立さん、これで終わりじゃないよなぁ!?終わりじゃないよなぁ!?


12 : 名無しさん :2017/07/28(金) 15:40:08 qFbligRM0
投下乙です。
なんというスペクタクル、まさに最終最後の決戦に相応しい全部乗せ戦闘は息を飲むばかりです。
さあゲームセットまであと少し、後編も期待して待ってます。

…で最後に足立さんが大笑いするってわたし信じてる!


13 : 名無しさん :2017/07/28(金) 18:58:25 c.xVEjU20
また足立マンセー?


14 : 名無しさん :2017/07/28(金) 19:29:53 3qub6IA60
違うよなあ!?
アニロワ終盤名物のロボ戦&主催戦だよなあ!?


15 : 名無しさん :2017/07/31(月) 19:52:17 sbOAJMjg0
投下乙です
おっ、このロワだと貴重な食事シーンだ
色々と小ネタを拾っているラストバトルですね、ラスボス同士の殴り合いは壮観だ
結構丸くなってきた足立さんの最後も気になるわ


16 : 名無しさん :2017/08/07(月) 00:00:09 CL14BGcM0
そろそろかな?


17 : 名無しさん :2017/08/09(水) 00:41:30 HKX6/TDg0
wktk


18 : 名無しさん :2017/08/13(日) 18:36:36 .DaYrjBs0
お盆休み


19 : ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 01:58:02 2KqBaLNM0
投下します


20 : ゲームセット(後編) ◇ENH3iGRX0Y ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 01:58:39 2KqBaLNM0
シコウテイザー、粛清モードはその戦闘力を大幅に上昇させる云わばシコウテイザーの強化形態ともいえる姿だ。
しかし、それにはデメリットがある。
使用者は精神を汚染されるという最大のデメリットだ。無論、お父様はそれを知ったうえで対策は立ててある。
とはいえ精神汚染と神を抑え込まねばならない二重苦はとてもではないが、お父様の目指す神としての有様ではなかった。
更に言えば粛清モードは一度使えば、敵を全て滅ぼすまで解除不可能であるという点も非常に厄介だ。

だからこそ、本命はあの右手と会場の錬成陣を利用し神上へと至る計画であった。

しかしそれも崩れ去り、残されたのはシコウテイザーのみ。

今、お父様は精神汚染を抑え込み更には神も抑え込まねばならない。しかもエンブリヲから少なくない数の魂を奪還された上に、元より一度目の敗北前より賢者の石の数は減っている。
そうエドワード達はこの殺し合いの場に於いて最初にして、最大で最後の好機に立ち会っているのだ。

「ぬ、ゥ……!」

迫りくる柱の錬成を分解で無力化する。だが同じく放たれた電撃は分解を超えお父様の体へと突き刺さる。

全身を絶縁体に―――否、間に合わぬ。

防御を捨て、天井を槍に錬成し御坂の頭上へと振り落とす。
だがアヌビス神を持った雪乃が駆け出し、金属音と共に槍を弾き落とした。

「!!?」

目を離した僅かな隙に水流が撓り、お父様を貫く。
分解の錬成を水流に乗せた物質変換の電撃が無力化し、防御を突破したのだ。
皮肉なことに首輪解除の時に、黒は物質変換のコツを僅かながらに掴んだらしい。分解を妨害する程度なら、今の黒でも容易だ。
まるでお父様が黒を強化してしまったかのような、巡り合わせに苛立ちが増す。

「容赦すんな! 全力で叩け!!」

お父様はここまで攻撃を全て、防ぎきれてはいない。
徐々にではあるが、ダメージを受け再生を行い、その身に留めた魂を消耗し続けているのだ。
こちらは無数の集であり、人を凌駕した存在だ。対して奴らは個でしかない。
奴らが百回殺す間に四回殺せばいい。ただそれだけの取るに足らない筈が―――

「何故、だァ……!!」

届かない。
柱を錬成する。槍を錬成する。剣を錬成する。盾で防ぐ。分解して防ぐ。
砲弾を作り、大砲で射出する。
如何な攻撃手段を以てしても、奴らは耐え抜き、如何な防御を突破しこちらに一撃入れてくる。
だというのにこちらはたかだか四つの命の内、雑魚の雪乃一人殺すことができない。

後何回だ? あと幾つ命は残っている?

とてもではないが数え切れん。

どうする? どうする? どうする?

「―――死ね」

水流が無数の螺旋の槍となり、お父様が作り出した楯を粉砕しその全身を穿つ。
赤い錬成光が再生の前兆であることは、この場にいる全員が知っている。それを阻むかのように、物質変換の電撃がお父様の肉体を侵食し更なるダメージを蓄積させる。
離れなければ、このまま妨害されながら無駄な再生を続けていては、魂が底を着く。


21 : ゲームセット(後編) ◇ENH3iGRX0Y ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 01:59:23 2KqBaLNM0

「回、避―――し―――」

動けない。物質の変換という性質を乗せた電撃だ。
当然、感電すれば体は痺れ身動きが取り辛くなる。
更に御坂の電撃が降り注ぎ、お父様の全身は消し炭へと変わり、自動で再生が始まり柱が叩き込まれ、こちらの錬成をアヌビス神が全て防ぐ。

石だ。やはり、膨大な石がいる。回復にも攻撃にも全てにおいて石がいる。

しかし石の補充、たった四人でどれだけ稼げる? そもそも一人も仕留めきれてないものをどうやって石にする?

「なんだ、楽勝じゃねえかッ!」
『油断しては駄目よ』

お父様の攻撃を防ぎながら、雪乃は警戒を怠らない。
三人が攻撃に専念できるよう、防御に回るよう志願したのは雪乃の本人だった。
結果としては正解であり、現にお父様を圧倒し続けている。
しかし、彼女には不吉な予感があった。理由は分からないが、これで本当に終われるのだろうかという不安が。

「決めるわよ」

再生しきれないお父様に対し、御坂は電撃を手の先に溜め出す。
再生すら追いつけない程の圧倒的電力で仕留める。
圧倒している今こそ、そのチャンスだ。

黒も同じことを考えており、電撃に対する集中度を更に引き上げる。
お父様の中の賢者の石ごと物質変換で無へと還し、奴の息の根を止める。

決着の時は近く、それは迫ろうとしていた。

「もう、何もかも―――」

二つの水に乗せた電撃が電撃の槍が。
同じ一つの対象へと振りかざされる。

残された僅かな賢者の石では、到底凌ぎきれない。仮にそうなっても追撃で確実に命を落とすだろう。





「『世界(ザ・ワールド)』」




御坂とエドワードが、この殺し合いで幾度となく聞いた。
そのワードが叫ばれたか否かのタイミングで黒と御坂は吹き飛んでいた。

奴の能力は知っている。時を止めることだ。
今更、そんなことで驚きはしない。重要なことは一つ。何故、奴が今この場所に立っているかだ。


「WRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY――――ッ!!」


「……DIO、てめえ……なんで……!」

「簡単なことだ。DIOの魂に肉体を与え、私が創りあげてやった。
 クセルクセス人達のようにな……ああ貴様の時間軸では知らないか」


かつての戦いでホーエンハイムを煽る為に使ったこの手法だが、使い方によっては手頃な駒を増やす良い術になる。
更に言えばホーエンハイム同様、お父様はDIOの魂と対話も終えている。
奴らを皆殺しにすれば、再び肉体を授けようという条件付きで。DIOはこの好条件に真っ先に飛びつき、交渉も拗れなかったが為に選んだ。
正確に言えばDIO一人を作るだけでも手一杯でもあるのだが。

「ンッン〜〜やはり、肉体というのは素晴らしいなぁ〜。そうとは思わないか、義手義足なんぞより生身の手の方がよっぽど精密に動くものなあ」

「チッ、こんな時に……」

DIOのスタンド、世界がゆらりと動く。

「―――速ェ」

咄嗟に機械鎧を炭素硬化させ世界の拳を防ぐ。
インパクトが腕を伝い、エドワードの小柄な肉体に走り抜ける。
たった一撃で体の芯まで打ち砕かれそうな重い拳だ。

「無駄無駄ァッ!!

だがDIOはまだ本気を出してすらいない。
ゆっくりと新しく手に入った体を試すような調子で一撃殴り、そのままラッシュを繰り出す。
音すらも置き去りにし流星のように降り注ぐ拳をガードしきれないエドワードは血反吐を吐きながら吹き飛ぶ。

「うむ、まあ悪くはない。
 金髪チビ、電撃娘……黒コートの男……こいつらを始末する程度、どうということはないか。
 ん? ほお……まさかこんな場所で再会出来るとはなあ。アヌビス神よ」

床に打ち付けられたエドワードを見つめながら、この場の人数を数えた時に一つDIOは面白いものを発見した。
自らが勧誘した変わり種のスタンド。恐らくは支給品として紛れ、ここまで残っていたのだろう。


22 : ゲームセット(後編) ◇ENH3iGRX0Y ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 01:59:44 2KqBaLNM0

「で、DIO様ぁ〜お、お久しぶりです……」

『ちょ、ちょっと……何をやって……』

雪乃の体を操作していたアヌビス神はさっきと打って変わり、剣をぶらりと下げたまま戦意がないことを示すように雪乃の頭を下げる。

「うるせえッ! DIO様がいるなんて話が違う! 勝てる訳ないだろッッ!!」

『なっ……』

ここまでノリと勢いに乗せられていたが、考えればアヌビス神が雪乃たちに加担する理由など何処にもないのだ。
このままDIOに従い、ここの四人全滅させた後、DIO様から安全を買ってヌクヌク生活する方が利口だ。

「いやぁ、流石DIO様……このアヌビス神、貴方様の復活を信じておりました」

『貴方って、最ッ―――――低ね』

一度体の支配権を与えた以上、もう雪乃はアヌビス神には逆らえない。
そしてアヌビス神に体を貸してからまだ5分も経たない。
絶体絶命とはこのことだ。雪乃はただこのふざけたお喋りソードに、罵声を浴びせることしかできない。

「丁度いい、アヌビス神よ。そこの黒コートを殺せ。
 残ったチビと電撃娘はこのDIOが殺す」

「畏まりましたァ!! というわけで、死ねええええええッ!!」

『逃げて黒さん!!』

打撲した個所を抑える黒に向かい、雪乃が駆け出す。
彼らのやりとりを見た黒は既にアヌビス神が寝返ったことを知っていた。
友切包丁を抜き、アヌビス神の刃を受け止める。

「雪乃……!」

凄まじい速さと精密さだ。
アヌビス神の剣裁は黒の予想を遥かに超える。
面を狙った正面からの切り降ろしから、即座に軌道を変え横薙ぎへの払い。
コートの端が僅かに切れ、頬から血が垂れる。
僅か数度の攻防でアヌビス神は学習し、黒の死神の技量を完全に覚えてしまった。

「―――ッ!」

更にもっとも厄介なのが、黒は雪乃に攻撃できないという点だ。
黒はアヌビス神からの攻撃を防御し続けるだけで、雪乃本体には一切の手出しができない。
だからこそ、アヌビス神は反撃の心配なく。かつ、心の底からゆったりと黒の動きを見切り学習できる。
お父様が助っ人で呼んだ人選はこの上なく、的確で最善であったといえよう。
4VS1から一気に3VS3へと、巻き返したのだから。それも非常に黒達が不利な状況へと持ち込んだうえで。

幾度目かの友切包丁とアヌビス神の切り合いでアヌビス神の刃が透けた。
文字通り友切包丁をすり抜け黒の胸元へと滑り込む。
意識より早い、殆どノータイムの直感で黒は後ろへ逸れ剣を避ける。
そのまま上体を起こすと共に、剣を振るい切った雪乃の腕へワイヤーを巻き付ける。


23 : ゲームセット(後編) ◇ENH3iGRX0Y ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:00:08 2KqBaLNM0

「おッ!?」

驚嘆の声を上げるアヌビス神は無視し黒はワイヤーを手繰り寄せる。
切り合いの技量だけならばアヌビス神が上だが、ワイヤーを使った戦闘をアヌビスは学習していない。
黒の手から電流が発生しワイヤーを伝い、電撃が雪乃の体を流れる。

「あっ、あああ……!!」

「っ……く……」

雪乃の意識が消え、体が傾き倒れかけるのを黒が受け止め支える。

「とんだ……呪いの妖刀だ」

あまりまともに話したこともないが、ここまで戦った仲間だとほんの僅かでも思った自分が馬鹿だった。
さっさとこの剣を触れないよう処分し雪乃を退避させてから戦場へ戻る。
一先ず、雪乃のティバックにアヌビス神を収容する。黒は雪乃の手のワイヤーを解き、雪乃の手から離れたアヌビス神を―――

「―――なーんちゃってッ!」

「な―――」

黒の誤算は一つ。何故なら彼は―――

「気絶してても乗っ取れるんだよォッ!!」

雪乃の体が動き、その切っ先が黒の心臓へと向かう。
ワイヤーは既に覚えられた。ワイヤーを握る左手をアヌビス神は裏拳で弾き、残された右手の友切包丁では雪乃を殺めてしまう。
刹那、黒の右手の指輪が光りディバックから水流が飛び出した。
彼が残したもう一つの手はブラックマリンだ。これもアヌビス神は覚えていないので対応できない。
水流の勢いならば雪乃の手からアヌビス神は離れ、その呪縛から解放される。

「ぐッ……?」

水流の勢いが止まり床を濡らす。
黒は横方から柱を叩きつけられ吹き飛んで、壁に打ち付けられていた。
咄嗟に防御と受け身は取れたが、ほぼノーマークからの攻撃に流石の黒もダウンする。

「誰も私が参加しないとは言っていないが? 抜かったな」

お父様が錬成光の中から黒を見下ろし呟く。

「大丈夫か!? 黒!!」

「余所見とは随分と余裕じゃあないか」

炭素硬化したエドワードの機械鎧のガードをアッパーでこじ開け、そのまま頬に世界のストレートが叩き込まれる。
空中で二、三度回転しながら口から数本歯が飛び出し殴り飛ばされる。
床に打ち付けられかけたエドワードを御坂は磁力を使い、左足のオートメイルを引き寄せ抱きとめる。

「ガハッ……ゥ、オェ……!」

脳を揺さぶられ視界はグラつき、気持ち悪さと激痛が入れ混じった感覚だ。
加えて口の中も血で充満し、鉄臭いのが不快さを増していく。
御坂が受け止めなければ、落下の衝撃も加算してエドワードも暫く地べたで寝転がってもがいていたことだろう。


24 : ゲームセット(後編) ◇ENH3iGRX0Y ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:00:25 2KqBaLNM0

「……まだ、戦える?」
「何とか、な……まだ体は動く……」

「作戦会議か? 随分仲良くなったようだな。
 上条とやらを生き返らせるのに、そのチビは邪魔だろうに」

「その通りなんだけどさ……毎回事情が変わるのよ……。
 そう―――今も前もアンタが一番邪魔!!」

「フン、『世界』ッ!」

御坂が電撃を放つと同時に時は止まる。
大ぶりな電撃の槍、御坂の攻撃パターンなどいい加減見飽きていた。
もっとも『世界』の前では如何な攻撃も無駄なのだが。

「ッ? 奴は何処に」

だが奇妙なことに時の止まった世界でエドワードの姿が見えない。
DIOは首だけ動かしエドワードの行方が何処かすぐに見つけた。
DIOの背後、お父様の前へとエドワードは投げ飛ばさされていた。恐らく大ぶりな電撃はカモフラージュで本命はエドワードをお父様へとぶつける為だ。

「無駄な事を。無駄ァ!」

御坂が殴り飛ばされる。瞬間、時が動き出す。
だが予想以上に手ごたえは固く御坂の表情にもダメージの蓄積は見て取れない。

「確か、通電すると人体は硬直するらしいな……。なるほど、それを応用して予め筋肉を硬化してダメージを減らしたのか?」

「い、っ……。―――さあね、どうだか」

DIOの言った通り、時間停止のラッシュ対策に御坂は全身を通電させ筋肉を硬直させていた。
ダメージは減少したものの、だがやはり生身で受けているだけはあり痛みはかなりのものだ。

「ようやく、一人だ」

ダウンした黒の元へお父様が近寄り手を翳す。
一先ず石だ。これで一つとはいえ補充できる。残った連中もDIOと結託すれば容易に石として養分にもなろう。
そしてDIOも適当な頃合いで肉体を消滅させ、再びこの身に取り込んでくれる。

「ウオオオオオオオオオオオォォォ!!!」

だが砲弾のように突っ込んできたエドワードの鋼の拳にお父様は殴られる。
意識が飛び掛け、視界が揺らめく。

「き、さま……」

これで何度目だ? 
以前の時は数える余裕すらなく殴られていた。
そして、また今度もだ。

「てめえの、相手は俺だ!」
「―――エドワード・エルリック!!」

両者とも無数の柱を錬成し打ち付け合う。
錬金術戦に於いて、勝敗を分かつのはその精密さと錬成速度に他ならない。
しかしお父様は神と精神汚染を抑え込んだうえで、更に錬金術の操作にまで手を回さねばならない。
対してエドワードは手合わせというモーションは必要ではあるが、全てを錬成に回すことができる。


25 : ゲームセット(後編) ◇ENH3iGRX0Y ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:00:40 2KqBaLNM0

「ぐ、おおおおおお!!!」

後発から放たれたエドワードの柱がお父様の柱を打ち砕き、お父様へと直撃する。
頬肩腹太腿を一気に強打され、体が引きちぎれそうなほどの激痛を誘発した。
速さだけならばまだしもその精密さでは、エドワードが勝ってしまう。

「ビンゴだったぜ杏子……お前の反動がヤバいって考えは。
 いける……いける!!」

DIOやアヌビス神を相手にするより、そのお父様をまず真っ先に潰した方が早い。
アヌビス神はまだしもDIOは一時的な蘇生であり、恐らくお父様が倒されれば消滅するはずだ。そうなればアヌビス神も自動的で戦意消失する。
何より杏子の直感も大当たりだ。神のほかに何らかのデメリットにより、お父様本体の戦闘力は大幅に低下している。
倒せる。倒しきれる。

「人……間が……ぁ」

殴られた箇所の痛みが治まらない。
再生がダメージについてこれていないのだ。不味い、明らかに石が底を尽き始めている。
いっそ精神汚染を抑えず、暴走のまま奴らと戦ってしまうか? いや本体と対峙されてしまっている以上、理性のない状態で戦えば奴らに良いようにされてしまう。
ならば神を開放してこちらの負担を減らすか? それこそバカげている。神の力の片鱗を振るってようやく、辛うじて戦闘になっているのだ。
それを逃せば、武装解除し奴らに首を差し出すのと同じこと。

「ッッ―――おおおおおォオオオォオオオオオオ!!!」

投げつけられた槍が頭を吹き飛ばし、射出された砲弾が半身を抉り、先を尖らせた柱の剣山が全身を串刺す。
石を外に垂れ流させていく。無意味で不要な再生に石は自動的に消化され、間髪入れずエドワードは攻撃を入れる。
血の代わりに吹き出す黒い影のような液体と、赤い錬成光がお父様の余命を現すかのようだった。

「こ……なぶ、ざ―――まなァ……」

全身を駆け巡る激痛とダメージに呂律も回らない。
あと数撃、それだけ入れればあの容れ物は崩壊しお父様の残機は残り一つになるはずだ。
この場にきて何度目になるか分からない、手を合わせを行う。機械鎧から刃が飛び出しエドワード愛用の剣として姿を変える。

「うおおおおおおおおおお!!!!」

終わる。この一撃で全てが終わる。
この場で出会った全ての参加者と見たこともないが、恐らく自分達と同じように殺し合いに抗ってきた者達の為にも。
奴のフラスコの中の小人の数百年に終止符を―――


26 : ゲームセット(後編) ◇ENH3iGRX0Y ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:00:52 2KqBaLNM0







――――大丈夫、みくは自分を絶対に曲げないから!




「なん――――」




「エドワード君!?」







そうだ。こういうことだってあり得た。
DIOを創り上げたように、また他の参加者を呼び寄せることもお父様ならやりかねないのだ。

「…………み、く……?」

目の前に放り出されていたのは、前川みくその人だった。
エドワードの剣はその目前で止まる。それが既に死んだ人間だとしても―――

「良かったにゃ、みく……みくね……」

「ど……いて……くれ……!」

「なんで? みくね、足戻ったんだよ! ほら!」

そこにいるみくは生存と全く同じ笑顔で、それでいてとても幸せそうな顔をしていた。
お父様が作り上げた紛い物の身体であろうと、それを壊す事などエドワードにはとても出来ない。

「あ、あれ?」

エドワードへとゆっくりと歩んでいたみくがバランスを崩した。

「お、おかしいな……あ、足動かな―――ぁ」

みくの異変にエドワードは気づいた。
確かに今の彼女は五体満足だが、その四肢が溶け出していた。
この場に人体を溶かすような劇薬も高熱もない。理由は一つ、お父様があえて不完全に作り上げた身体だという以外に他ならない。


27 : ゲームセット(後編) ◇ENH3iGRX0Y ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:01:03 2KqBaLNM0

「い、た……痛いよ……え……どわーど―――」

四肢が歪み、原型を留めなくなると徐々に融解はその全身に広がり銅を溶かし、その愛くるしい顔すら溶かしていく。
骨が飛び出し、目が零れ落ち、体の内臓物が外気に触れ醜悪さを醸し出す。
エドワードはそれを震えて見ることしかできない。

「た……s……け」

その震えは怒りに変わり、エドワードはその奥でほくそ笑むお父様へと叫ぶ。

「――――――――てめえええええ!!! ふざけ――――ゴッ……!?」

みくごとエドワードの身体はお父様が作り出した剣によって貫通していた。
エドワードに溶解したみくだったものが倒れこみ、エドワードも失われていく己の血液と痛みによって意識が呆然とする。
それでもあの目の前の糞野郎を倒すために、ここまで繋いでくれた仲間たちの為にエドワードは手を合わせる。

これが最後になっても構わない。この一撃だけは何があろうとも―――





「母―――さん……?」




目の前に居たのは母親。

違う。それは分かっていた。

容姿を容れ物と称するような奴だ。
エンヴィーが奴から生まれたのなら、その力を使えてもおかしくはない。

剣はエドワードの腹部を抉り、そのまま右の横腹を切り裂く。
腰の半分が切り裂かれ、エドワードの上半身と下半身は千切れかかっていた。
滝のような血を吹き出し、エドワードは倒れていく。
溶解したみくだった液体の上に重なるようにエドワードは倒れる。

「ご……め……ん……みく……みんな……アル……ウィn―――」

「……………手こずらせおって……」

血だまりに倒れたエドワードを見ながら、お父様は息を荒げ拳を握りしめる。
神として不相応な戦いだ。こんな人間如きに殺されるかと思う、その寸前まで追い詰められたのだ。
この殺し合いを始める前の事前調査でエドワードの母親、つまりホーエンハイムの妻の容姿を知らなければ、最低でも相打ちにまでは持っていかれるところだった。

「だが、死んだ……貴様は死んだのだ……エドワード・エルリック!!」

しかし過程がどうあろうと、勝利したのはフラスコの中の小人だ。
正史において敗北したこの男に今まさに、運命を乗り越え勝利した。
エドワード・エルリックという己の敗北を定められた未来を超越したのだ。


28 : ゲームセット(後編) ◇ENH3iGRX0Y ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:01:16 2KqBaLNM0


「あの、馬鹿……!」

御坂の叫びが木霊する。
遠目で正確には判断できないが、エドワードの瞳孔は開きっぱなしに見える。
瞼一つ動いていない。その上あの血の量を考えれば、ほぼ間違いなく手遅れ。

「無駄無駄無駄無駄ァ!!」

「――――ッッ!!」

『世界』のラッシュを貰い吹き飛んでいく御坂。
この状況でエドワードの脱落は致命的。更にアヌビス神さえ敵に回るという最悪の状況下で黒もダウンしている。
実質、御坂一人で奴らの相手をしなければならない。

「―――ガハッ……!」

壁に打ち付けられ、たまらず尻もちをつき項垂れる御坂。
DIO一人でこの有様なのに、残ったお父様とアヌビス神を相手にするなどたまったものではない。

(まだよ……あいつ本体を潰せば―――)

痛んだ体を鞭打ち、残された全ての電撃を手の先へ集めていく。
この際DIOとアヌビス神は完全無視だ。あの一時の勝利に浮かれ、余韻に浸っているお父様へ全てをぶつける。
御坂は鉄塊をティバックから取り出し、電撃を溜めた拳を渾身の限り打ち込んだ。

ポロッ。

そんな気の抜けた音だった。

「え―――嘘……」

御坂の全身を覆う電撃が嘘のように消失していき、拳には鉄塊を殴りつけた鈍痛だけが残る。
鉄塊はそれを受けて数㎝ほど転がっていきそのまま停止した。

電池切れだ。

むしろ、御坂はここまでほぼ休みなく良く戦ったというべきだ。
彼女の生きた短い時の中でこの殺し合い以上に電撃を浪費した戦いはなかった。
当然彼女の体力スタミナは限界値の底を尽き、電撃の制精度も次第に落ち辿るべき結末は目の前の有様。
それは自身の能力を誰よりも理解し、使いこんできた御坂が誰よりもよく知っている。
この現実にも心の何処かで納得はしていた。
しかし、だとしても現実を突き付けられるまでは信じられなかった。

「回復結晶―――」

最後の頼みである回復結晶も取り出すが、以前のようには光らない。
ティバックの中に入れていたとはいえ、DIOに殴られた衝撃でいかれてしまったらしい。
見れば罅が刻まれており、しばらくしてから無残にも回復結晶は砕け散った。
こうして最後の希望は潰える。

「これで実質、全員脱落だな」

絶望に叩き込まれた御坂を眺めながら、DIOは鼻歌でも歌いたい気分になった。
あの忌々しいチビガキと電撃娘の最期に立ち会えるとは実に清々しい。

「アヌビス神、その黒コートに止めを刺せ」

「了解しましたァ! DIO様!!」

アヌビス神に操られた雪乃の身体は、本人の意思に関係なく黒の元へ歩み寄る。
その足取りは実に軽い。本当に自分の身体ではないようだった。

『お願い……やめて……お願い!』

雪乃は罵声すら吐けず、口から紡がれるのは懇願だった。しかし、それが如何に無意味な事か雪乃本人が理解している。
アヌビス神とは元々成り行き上での共闘を果たしていたまでのことだ。それもこの殺し合いの中でも出会ってからは、非常に浅い時間だ。
彼にDIOへの強い忠誠心があり、それを上書きすることなど雪乃では不可能。悪には悪のカリスマ、救世主が必要なのだ。
その代わりを雪乃が果たすことなど到底できない。


29 : ゲームセット(後編) ◇ENH3iGRX0Y ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:01:34 2KqBaLNM0

「お前に恨みはないけどよ……」

アヌビス神を剣を振り上げる。
別にこいつらに情などない。人間など代用の利く部品のようなものだ。
連中が武器というものを、そうやって扱っているかのように。その中でもDIO様だけは特別なお方。
唯一無二の救世主であり。アヌビス神が初めて安心を得られるたった一つの存在だ。
それに抗うことなど出来ない。


―――後は頼んだぞ



―――...頼んだぞ、アヌビス




「ああ―――」



数時間前だが懐かしい。




こんな奴らいたな。




どうでもいいけど。


30 : ゲームセット(後編) ◇ENH3iGRX0Y ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:01:53 2KqBaLNM0









「ほう、アヌビス神よ」



アヌビス神の切っ先は黒ではなく



「愚かだなッ!」




DIOの脳天に突き刺さっていた。





「私はお前の戦闘力だけは高く買っていたが、仕方あるまい。―――死ぬしかないな」





黒を斬る寸前で方向転換し、DIOすらも見切れない速度で肉薄し一撃を入れたのだ。
DIOも流石にこの行動は予想外で、反応が遅れたのは無理からぬこと。しかし、吸血鬼の肉体は脳を貫かれた程度では滅びない。

「このまま脳みそをかき回せば―――」

吸血鬼が如何に優れた生物か知らないが、頭が重要な器官であることは共通しているはずだ。
何よりこのDIOはお父様が創り出した紛い物の肉体。ある程度急所を破壊してしまえばそれで息絶えない道理はない。
だが神速で動く剣は一瞬にして止められる。如何な速さであろうと時が止まってしまえば止めることは容易い。

「さて、誰の脳みそをかき回すのか。教えてもらおうじゃあないか」

たったの指二本で刀身を掴まれただけでビクともしない。
透明化を使うか? いやその前に圧し折られ雪乃本体が殺されるだろう。


31 : ゲームセット(後編) ◇ENH3iGRX0Y ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:02:09 2KqBaLNM0

「……悪かったな」

「アヌビス―――」

雪乃の手が剣から離れる。否、投げるようにしてその勢いのまま雪乃が後ろのめりに傾く。
アヌビス神の支配が解け、所有権が雪乃本人へと戻る。だが彼女に所有権が戻る以前にアヌビス神はより強く肉体を後方へ傾けていた為に、勢いを殺せぬままDIOから距離を取って尻餅をついた。
これがどんな意味を持った行為だったのか、雪乃には理解できた。
その剣の刀身には、雪乃に体を返す直前に青酸カリのカプセルを潰したものをふんだんに塗り込んでおり、投擲されたことでより深くDIOの脳内へと侵入し体を蝕む。
もっとも、DIOも即死はしないだろう。少なくともアヌビス神を圧し折って叩き壊す程度には死ぬまでの猶予はある。
つまりどう転んでもアヌビス神も死に相打ちだ。


何やってんだ。俺は。

でもよ、何でだろうな。

DIO様から買った安全なんかより、





―――頼んだぞ―――



あいつらから貰ったたったの一言のがよぉ。な〜〜んか嬉しいんだよなあ。


「アヌビス神、今お前は私と道連れに死ねると思っているのだろう?」

『……!?』


言われてから気づく、青酸カリを頭に直接ぶち込まれて吸血鬼といえども致命傷の筈だ。
しかしDIOは平然と笑みを絶やさない。

「こんなビタミン剤でこのDIOを殺せるとでも思っていたのか!」

DIOの手で弄ばれているカプセル。それは紛れもなく、アヌビス神が剣に塗り込んだと思っていた青酸カリのカプセルだった。
アヌビス神が裏切りの裏切りを決意したその瞬間に、DIOは『世界』の非常に精密な動きと超スピードでビタミン剤と青酸カリを入れ替えていた。
この勇気溢れるアヌビス神の行動も全てはDIOの掌の上だったのだ。

「さあ死ね! そして次は貴様だ電撃小娘ッ!」

圧し折られる。それも完膚無きに微塵のかけらも残さず徹底的に。

『ば、万事休すだああああああ!!』

「―――――――ッ!? ぐおあああああああああああああ!!!」

『世界』の拳がアヌビス神に触れるその寸前、柄にワイヤーが巻き付きランセルノプト放射光と共に高圧電流が流された。
肉体を電撃で焼かれる激痛にDIOは悶える。その間にワイヤーはアヌビス神に巻き付いたまま手繰り寄せられる。


32 : ゲームセット(後編) ◇ENH3iGRX0Y ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:02:33 2KqBaLNM0

「黒さん!?」

雪乃の声の先に傷を抑えながら、立ち上がる黒の姿があった。
しかし体を打ち付けた痛みやその時の衝撃で頭を揺らし過ぎたのか、黒の視点は定まらずまた姿勢も安定しない。

「チィ、蛙の小便より下賤な電撃を……!」

DIOの怒りの矛先は黒へと向く。今すぐにでも『世界』をけしかけたいところだが、DIOの身体に異変が起こりスタンドの操作が途切れた。
見れば右手が融解し骨が垣間見え、その骨ですら僅かに溶け出してきていた。お父様が創った紛い物の身体に限界が来たのだろう。
動揺狙いで作ったみくと違い、多少頑丈に作ったとはいえ元々お父様に死者を蘇らせる気などない。
その体はもうじきに崩壊しDIOは死人へと逆戻りだ。

(と、奴は思っているのだろうな)

しかしDIOは慌てない。これまでの戦いと後藤の不意打ちで死んだ経験から調子に乗ったり、慌てるといった行動は己の首を絞めるということを嫌というほど学んでいたのだ。
手繰り寄せたワイヤーからアヌビス神を放り捨て、黒は友切包丁を構えながらDIOを警戒する。なるほど、一連の行動を見てアヌビス神を助けはしたが体を貸すほどではないということらしい。

(確かにこの肉体は長くはもたん、しかし……あるではないか、目の前に格好の肉体がッ!)

そうDIOが狙うは黒の肉体だった。
女ではサイズが合わず、エドワードなど論外だったが黒の身体ならば一回り体系も小回りになるが十分な肉体だ。
あれを乗っ取ることで完全な復活を果たし、この場に残った連中、それこそフラスコの中の小人も含め抹殺し、帝王として君臨する。

(だが……流石に近づいてこないか……。『世界』の射程外だ……。私から近づいてもいいが、下手に反撃を食らってしまい肉体の崩壊を早めてしまう、何てことになるのは賢いもののする事ではないな)

黒はDIOの動きに注視し、構えを乱さない。
身体のダメージも時間の経過である程度回復し、戦闘に及ぼす支障も少ないだろう。
DIOも負ける気はないが、体の融解を考えれば射程外から攻めるというのはあまりしたくない。

「そうか……君が黒か」

故に一つ、必ず黒が動くであろう切り札を切る。

「何?」

「ジャック・サイモンから話を聞いていてね。そうそう、イリヤちゃんも随分お世話になったようじゃあないか」

「イリヤ……?」

「どうだった? 私の目論見……いやそれ以上に彼女は活躍してくれたようじゃあないか」

これはお父様と対話した時、万が一に使えるかもしれない為に渡された情報の一つだった。

「お前が……イリヤを……?」

「おっと勘違いするなよ。やったのは食蜂操祈という女なのだからな」

「貴様―――」

黒の沸点が頂点を超える。


33 : ゲームセット(後編) ◇ENH3iGRX0Y ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:02:45 2KqBaLNM0

(馬鹿がッ!)


空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)。
水圧カッターの原理で高圧で体液を目から発射する技。
もっとも黒ならば、それが初見であろうとも避けることは難しくはない。物事の変動を見極め、攻撃の前兆を予知することで先制回避を行う超感覚を黒は戦場で身に着けている。
だがこの一瞬は違う。黒はイリヤの事に関し心を奪われ、怒りという人間が抱く愚かな感情に苛まれ隙が生まれていた。黒の目に空裂眼刺驚が写った頃にはもう遅い。
黒では回避不能な速さと距離にまで迫っていた。

「―――ッ」

喉元へ飛んだ空裂眼刺驚は、黒が反射的に翳した友切包丁により弾かれ逸れた。
だが軌道を変えた空裂眼刺驚は黒の防弾コートを貫き横腹を貫通した。

(あの包丁頑丈だな)

見た目に反し予想以上に包丁が業物であることに驚くが、黒を無力化することに際し問題はない。
黒は腹を抑えながら膝を折り激痛に耐えている。致命傷ではないが、大ダメージであることに変わりはない。
所詮人間の肉体だ。痛みには怯み出血の量で大量は大幅に消費される。

(フンッ、まあいい。最期に勝利し笑うのはこのDIOよ)

ゆるやかに軽快なステップでDIOは接近する。
最早新たなボディは手に入ったも同然。口笛でも吹きたい陽気な気分だ。

「おっと、アヌビス神(こいつ)を手にされると厄介だったなあ」

「いっ、ぎ……!」

「ゆき……の」

雪乃がアヌビス神に右手を伸ばそうとした瞬間、その手を踵で踏み砕く。
そして軽く雪乃の顔面を蹴り飛ばし吹き飛んでいく様を眺めながら、アヌビス神を遥か後方へと蹴り飛ばした。





「さあ、死ねェ――――」




だが次の瞬間、DIOの視界は白く染まり肉体が消し飛んだ。
断末魔をあげることもなく二度目の生はこうして幕を閉じた。


34 : ゲームセット(後編) ◇ENH3iGRX0Y ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:03:10 2KqBaLNM0



「あーあ、みっともないねえ」



DIOごと巻き込んだ電撃の中から黒が飛び出しその姿を認識した。
カツカツと革靴が床を叩く子気味いい音と共にヨレヨレのスーツと黒い剣士の巨大人形が姿を現す。

「足立……? お前死んだんじゃ」
「ばーか! 俺があの程度で死ぬわけねえだろ!!」

本人の口調とは裏腹にそれは偶然だった。

(まあ本当に偶然だったんだけど……マガツイザナギにあんな力があるとは思わなかった……)

マガツイザナギには光を無効化するステータスがあった。その為シコウテイザーの光線を光と認識し無力化したのだ。
クマや雪子のように本体への耐性持ちは制限されているのだが、既に足立は首輪を外して制限が解けている。
咄嗟に出したマガツイザナギの影響で足立本体にもその耐性が付き、彼は九死に一生を得た。
結果として、この場で何度も助けられた悪運がまたもや足立を救った。
まるで死亡詐欺のバーゲンセールである。

「へえ、それにしても随分弱ってるじゃない。今なら楽に殺せるんじゃないの」

シコウテイザーがインクルシオとテオドーラ、ヒステリカによって動きを停止したのを見た足立は奇跡的に自分達が勝利へ近づいていることを理解していた。
そうなれば話は早い。勝ちそうなこの連中に便乗し自分は生還するだけだ。
マガツイザナギに抱えられながら空を飛び、やっとこさシコウテイザー内部の戦場へと駆け付ける。
そこには瀕死のエドワードと力を使い果たした御坂に片腕の黒、あのヘンテコな剣のない雪乃、追い込まれたお父様。これ以上の好機はない。
お父様含め全員ここで皆殺しだ。

「ハハハ……待ってたよ……この瞬間をォ……! マガツイザナギィ!!」

電撃がお父様へ降り注ぐ。斬撃が再生を終えた肉体を引き裂き切り刻む。
エドワードが堕ち、御坂が脱落した今この場に於いて最も火力に突出しているのは足立のマガツイザナギだ。
ただでさえ残りわずかな石をこれ以上減らされるわけにはいかない。しかし、回避すら間に合わぬほどの圧倒的広範囲の攻撃は容赦なくその命を削っていく。
元々人間ではなく、対シャドウの能力なのだ。それが一個の人の形をしたものに向けられればオーバーキルになるのは当然の摂理。

「次から次へと……!」

不確定要素だらけの現実にお父様は忌々しさを感じながら舌打ちする。
地面を錬成し針柱を足立へと叩きつける。しかしマガツイザナギが割り込み、柱は粉々に打ち砕かれた。
更にその剣を振るう衝撃が、かまいたちのようにお父様の身体に切り傷を増やしていく。

「オラオラオラオラァ! どうしたんだよォ!?」

マガツイザナギの猛攻は増す。
拳で頭蓋を捻り潰し、胸元へその剣を突き刺し上げる。
お父様の身体はその勢いのまま宙に舞い、更にマガツイザナギはボールを打つような動作で剣を振り上げお父様を切りつける。
斬撃でバラバラになり床に打ち付けられながら、バウンドしていくお父様へ追い打ちの電撃が放たれ体は黒炭へと変わっていく。


35 : ゲームセット(後編) ◇ENH3iGRX0Y ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:03:31 2KqBaLNM0

「つまんないねえ! 神様ってこんなに弱いのかよ! エンブリヲ以下とかミジンコみたいなもんじゃねえか!!」

殆ど何もやっていない足立だが上機嫌でお父様を煽り、高笑いでマガツイザナギをけしかける。
ようやくだ。ここにきてようやく足立に全ての運が向いてきた。
それで上機嫌にならないはずがない。

「より……よって……足立……如きに……」

賢者の石が消費され、肉体が再生し体制を立て直す。だが突っ込んできたマガツイザナギの狂剣に成すすべなく滅ぼされていく。
エドワードならばまだ分かる。御坂も黒も雪乃も分かる。しかし何故だ。何故よりにもよって足立透なのだ。
こんな屑のようなただの資源に何故嬲られる。何故殺されかける。何故最後に立ち塞がったのがこんなゴミなのだ。

「不服かよ? でもなあ、世の中こんなもんなんだよォ……現実を見ろ! この引きこもり爺ィ!!」

かつてある少年達に言われた台詞をまんまお父様へと突き付ける。
思い出すだけでイライラするが、それを晴らすサンドバックが居るというのは非常に心地いい。
切って切って切って切って切って、切り続け。電撃で焼いて焼いて焼き続ける。
これほどのストレス発散道具は存在しない。

「ハッハァ! 何回殺せば死ぬのかな、このおっさ―――あ?」

お父様を切り続けていたマガツイザナギの剣が止まる。
見ればマガツイザナギの腕に影が纏わりつき、再生しきっていないお父様の身体から無数の影が触手のように沸いていた。
それらはマガツイザナギを囲い、固定するとお父様の顔が伸びマガツイザナギの腹部へと突き刺さる。

「礼を言うぞ足立よ……よくぞ賢者の石を運んでくれた」

「ちょ、な……なんだこれ……!」

マガツイザナギは力なく項垂れ、ノイズが何度か走るとそのまま弾けるようにして消えた。
お父様は傷の再生速度が速まり、先ほどより幾分余裕を見せる。

「実に上質な賢者の石だったぞ。マガツイザナギはな」

「ぺ、ペルソナを……食いやがった……?」

足立は掌を広げるが、タロットカードがまるで出てこない。
テレビの外でペルソナが召喚できないのとはわけが違う。
お父様が賢者の石として変換し取り込んだが為にペルソナそのものが消えたのだ。。

「驚くことでもない。ペルソナはもう一人の自分が実体化したもの。見方を変えればもう一つの魂でもある。
 つまり、そこにも資源としての活用法はあるということだ」

お父様が掌を翳す。そこにはタロットカードが現れ、足立の目の前であっさりと握りつぶされた。


36 : ゲームセット(後編) ◇ENH3iGRX0Y ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:03:55 2KqBaLNM0

「自分のペルソナで死ぬのも面白いだろう」

マガツイザナギがお父様のペルソナとして足立の前へと対峙する。
足立は腰を抜かし、尻餅をついた。

「嘘だろ……おい……悪い冗談だろ……」

これまでペルソナだけは自分を裏切らず、全ての外敵から自分を守り続けてきてくれていた。
それがこんなあっさりと奪われたのだ。足立の心的ショックは計り知れない。




「―――なーんてね」




マガツイザナギが前進し剣を振り下ろす。その寸前、もう一つの剣が足立の眼前へ割り込んだ。


「イザナギ」


それはマガツイザナギの黒に赤の線を付け足したデザインと対になるような青いオーラを纏い、黒に白を付け足したデザインの剣士。
鳴上悠のペルソナ、イザナギであった。

「馬鹿な……貴様のような愚図が……ワイルドだと」

「なんでか分かんないけどさ……使えるんだよね」

鳴上も生田目も足立も元は同じ存在から力を授かった者たちだ。
そうであるなら、鳴上と同じ力を足立が使えない道理はない。ただ彼にはその条件がなかったに過ぎない。
果たして、その条件を何処で満たしたのか。いつ目覚めたのか足立には一切の自覚はないが。

「でもさぁ……イラつくんだよ。こんな糞みたいなペルソナ出させやがって!」

イザナギとマガツイザナギの剣裁が吹き荒れ、巻き起こる疾風が足立を煽る。
胸元からだらしなくぶら下がったネクタイは風に揺れ、ブレザーも足立の心象を現しているように波打つ。
20を超える剣の打ち合いの末、マガツイザナギの剣が手元から離れ零れ落ちた剣をイザナギがキャッチする。
まるであの時と同じ光景だ。ただそれを操る本体が逆転し、一人は全くの別人ということを除けば。


37 : ゲームセット(後編) ◇ENH3iGRX0Y ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:04:12 2KqBaLNM0

「まるでさぁ……本体がなってないんだよねえ!!」

マガツイザナギの胴体に剣を突き立て、更にその顔面にもう一本の剣を突き刺した。
ノイズを上げてマガツイザナギは消失する。
本体へとフィ―ドバックした激痛にお父様は手を抑え、眉を顰める。
ペルソナ使いとしては足立の方が幾分も格上だ。しかも手を知り尽くした奴自身の能力なのだ。その弱点や動きの癖も完全に見切られている。

「あーあー本当に気持ち悪い、あのクソガキの面が頭にこびりつくようでよォ……。どう落とし前つけてくれんだコラァ!!」

イザナギを駆る足立はまるで在りし日の鳴上悠を彷彿とさせた。それは足立本人にも言えたことで、一度殺したはずの鳴上の呪縛に囚われているかのようだった。
不快にならないはずがない。もう奴を一度殺し直すにしても、こんな気色の悪い思いをさせられた発端であるお父様とやらに全ての怒りをぶつけるくらいでなければ何も収まらない。

「そうか、ならば開放してやろう」

「は?」

刹那、突風と共にイザナギにノイズが走り吹き飛んでいく。
そのイザナギに影を巻き付けお父様はマガツイザナギ同様その身に取り込み始めた。
何が起こったのか、その一瞬の出来事に足立は目をパチパチさせながら呆然としていた。

「イザナギは風が弱点だ。そんなことも知らなかったのか」

お父様は大気の流れを変換し風の塊を作り出した。
それらを圧縮し砲弾の繰り出しイザナギへと放った。当然、風が弱点であるイザナギにとっては壊滅的なダメージだ。
その挙動は静止しあえなくお父様に捕まってしまった。

「え? え? ……え?」

「さて、誰がなってない……だったか」

無論、大気の流れに干渉する程の石の消費は今のお父様にとっては痛手だが代わりにイザナギを取り込めたことは非常に有益だ。
何よりこの場にはもう戦える者などいない。ペルソナのない足立などただの生ゴミに過ぎない。


38 : ゲームセット(後編) ◇ENH3iGRX0Y ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:04:36 2KqBaLNM0

「ちょちょちょちょ、ちょっとタンマ! ペルソナ! ペルソナァ!! おい出ろよ……出てくれよ! 頼む!! ペルソナァァ!!」

「どうした?」

足立の腹部に激痛が走り宙を浮きながら、そのまま背中から落下する。
先ほどまで足立のいた場所には柱が生え、それが足立の鳩尾を突き上げたのだろう。
もっとも足立はそんなことなど理解する間もなく、痛みにもがき苦しみ床の上をゴロゴロ這いまわる。

「ごはっ……!? い、いてえええええええええええええ!! ち、ちくしょお……ちくしょおおおおおおおお!!!
 こんなのありかよ!! お前返せ……俺のペルソナ返せよおおおおおおお!!!」

「不服か? だが、世の中こんなものだ……現実を見ろ。虫けらが」

更に複数の柱が足立の全身を強打し足立はボロ雑巾のように吹き飛んでいく。
ワイルドが使えるようになったはいいが、皮肉にも足立はマガツイザナギとイザナギしか使えない。
今の足立にはティッシュにラケットに警察手帳というガラクタしかない。つまるとこ一気に戦力外へと格下げした。

「―――いっ!?」

「伏せろ!」

喚く足立へお父様は巨大な槍を錬成し投擲する。その顔面を捉えた矛先は確実に足立の頭部を粉砕しかねない。
だがその足立の頭を抑え、前のめりに黒は伏せる。足立は顔を強打しながら、その幸運に感謝しため息をはく。

「……足立、走れるか?」
「へ? あ、ああ……」
「俺があいつの気を逸らしている内にあの剣を拾え」

足立の耳元で黒は囁く。
黒の言う剣とはアヌビス神のことだろう。雪乃の手元から離れ、DIOに蹴り飛ばされたが幸いにも距離はあるがお父様からも離れている。
決して取りに行けない場所ではない。
だが雪乃は顔から鼻血を流し、壁にもたれながら気絶している。エドワードは死にかけ御坂もスタミナ切れ。
消去法で足立が取りに行くしかない。
当然、足立もペルソナのない現状では黒に従うしかない。二つ返事で了承した。

「お前の相手は俺だ」

お父様の影は刃へと形成され、向かい来る黒へと振りかざされる。
黒は友切包丁でそれらの影と打ち合う。
胸元へ奔る三つの影を友切包丁を滑り込ませ薙ぎ払う。
顔面を穿つ一撃を上体を逸らし避けながら、友切包丁を投擲しお父様の脳天へと突き刺す。
繋いだワイヤーから電撃を流し、お父様の全身が感電した。だがそれらの電撃がお父様の掌に集まっていく。
次の瞬間、電撃から一つの光球を創り出し掌を黒へとかざす。
ワイヤーを手繰り寄せ、友切包丁を回収しながら光球を避ける。
光球は壁を溶かし、ドロドロの溶解物から異臭を上げていた。


39 : ゲームセット(後編) ◇ENH3iGRX0Y ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:04:56 2KqBaLNM0

(一人で何処まで奴を削りきれる?)

あと僅かの残機であることは分かる。ここまでのお父様は一切の手段を選ばずなりふり構っていない様だった。
しかし、黒は体術に優れていても相手をオーバーキルで殺すという火力に於いては長けていない。

「チッ」

指輪が光りブラックマリンの力で水流が竜巻のように舞い上がり、お父様へ躍りかかる。
お父様は手を合わせてから両手を水流へと翳す。瞬間水流は冷やされ無数の氷柱へと変貌した。

「ブラックマリンは使わせん。物質変換もその様では使えんようだな」

何より致命的なのが、黒一人なら彼が持つ唯一の高火力攻撃のブラックマリンへの対応は比較的容易だということだ。
物質変換の電撃を纏わせれば話は別だが、空裂眼刺驚による腹部の負傷により黒はその痛みから物質変換に必要な集中が出来ない。
お父様の錬金術に対して、一切の対抗術を失ってしまったのだ。

「……忘れるところだったな」

氷柱が突如膨張し破裂した。それらの破片は凶器となり、アヌビス神を取りに向かう足立へと突き刺さった。

「が、ぎゃあああああああああ!!!!」

足立の悲鳴が木霊する。背中に幾つも突き刺さった氷の破片はその背広を赤く染め上げる。
あまりの激痛に足立は転倒し、口を玄関まで広げながら目に涙を浮かべ両手の指で床を引っ掻き回す。
その引っ掻いた指先の爪が曲がり、爪が剥がれかけるがそれすらも意に返さぬほどの背中の痛みに足立は過呼吸気味になる。
不幸中の幸いなのが、頭は全くの無傷で命に別状はないのは流石というべきか。

「足立!」

血だらけの足立の様を見るに戦線復帰は不可能だろう。
これで残るは同じく負傷を抱える黒一人だけになってしまった。

「終わりだ……貰うぞ貴様の賢者の石を!!」

影の触手が黒の両腕を捕らえる。そのまま強引に引きずり寄せお父様は黒の胸元へ手刀を放つ。
手は黒の体内へとめり込み、その魂を賢者の石として生成していく。
体内に異物が侵入する不快さと、魂が一つのエネルギーとして変換される怖気に黒の本能が警鐘を鳴らす。
一刻も早くお父様から離れようとする本能を黒は抑え込み、むしろ前進する。
そのままお父様の顔面を掴み、黒の身体をランセルノプト放射光が包み込む。


40 : ゲームセット(後編) ◇ENH3iGRX0Y ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:05:09 2KqBaLNM0

「いや……終わるのは貴様だ」

電撃がお父様の全身を駆け巡る。
肉体を焼き回る高圧電流は今のお父様にとっても無視はできない。
賢者の石の生成より早く、お父様を殺すことが出来ればまだ黒にも生還の目途はある。仮にそれが不可能だとしても、お父様を道連れにはしてみせる。
強い覚悟と信念により放たれた電撃にお父様は表情を歪ませる。

「無駄な足掻きを」

賢者の石の生成速度が速まる。黒の意識が飛び掛け、視界が定まらない。
魂と肉体を結ぶ精神が不安定な状態に陥り、黒の身体も黒の意思に逆らい力が抜けていく。
契約能力の行使も収まり始め、お父様の身体を蝕む電撃は徐々に弱まり始める。

(ここで……終わるのか……?)

黒一人の力ではここまでは来れなかった。
全員の力があってそれを紡いできたからこそ、初めてこの遊技盤を引っ繰り返しフラスコの中の小人へと反旗を翻したのだ。
多くの犠牲もあり、救うことも守ることも出来ないこともあった。それでも、ようやくここまで辿り着けたその終着点がここなのか?

(……すまない。俺はもう―――)

黒の意識が落ちていく。体は人形のようにぶらりと腕を垂れ下げ、まさにドールのような感情のない無気力な表情でその瞼は閉じられていく。
最期に浮かぶのは助けると約束した少年と黒が守りたかったドールの少女―――そして金髪の少年と茶髪の少女。

「―――まだ……眠るには早ェぞ!!」

放たれた雷撃はお父様と黒を飲み込む。お父様の身体はそのあまりのエネルギーに消滅し、黒に突き刺さった手もまた焼き千切れる。
意識を取り戻した黒は一気に後退し距離を取る。
何が起こったか分からない黒はその雷撃の先にいる二人の少年と少女を見つめた。






41 : ゲームセット(後編) ◇ENH3iGRX0Y ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:05:23 2KqBaLNM0



「っ、たく……」

御坂は這いずりながらエドワードの元へと進んでいく。
全身に力が入らず、こうして体を動かすだけでも息があがり止まってしまいそうだ。
そうしてやっとの思いで、エドワードの元へ辿り着いたは良いが既にほぼ死んでいる状態だった。
何せ腰の半分近くを切断されたのだ。その出血量もダメージも想像に難くない。

「普通に血を抑える程度じゃダメか」

遠目からでも分かっていた事だが、こうなった以上生半可な応急手当では助からない。
普通ならばもう諦めるしかないだろう。
だが御坂には一つだけ秘策があった。

御坂は上体を起こし、それから両手を持ち上げ祈るように手を合わせる。
パンといった子気味いい音に自分でも些か驚き、お父様に気付かれないか心配になるがお父様は足立に気を取られていた。
好都合だ。“錬成”が終わるまで気を引き続けてくれていれば非常に有難い。

御坂は扉を開けた。それも他の参加者のように首輪を外す際に一端を見たのではなく、強制的にとはいえお父様によって御坂本人が開かされたのだ。
敬意はどうであれ真理に辿り着いた者がえるものは一つ。対価と引き換えに万物を操り、あるべきものを別の形へと再構築する御業。
その術者本体が錬成陣となることで発揮される手合わせ錬成。

知識はある。学園都市で最先端の教育を受けている御坂はほぼ最低限の人体の知識もその頭に取り込んでいた。
問題は一つ。錬成の際に何処から代用するか。これが科学であるならば魔法のように、消しゴムで消す誤字のように怪我が何事もなく消えるということはありえない。
傷を塞ぎ、尚且つ腰というデリケートな部分だ。何らかの形で立てる程度にまで補強しなければならない。
しかし単純に負傷個所を繋げても、恐らく腰の周囲の筋肉は不安定なまま立ち上がるには長期間の時間が必要になる。
それこそ、何時間どころか何週間何か月といったこの場では長すぎる時間が。

「本当に……何度も……ごめんね」

エドワードの血の海に混じったタンパク質の塊。御坂はこれを使うことにした。
そう、お父様が創った前川みくが融解し残った残骸だ。
これを再活用しエドワードの治療へと充てる。
元々人体であったのだ。これらを筋肉として、再活用し腰の補強に使うことは不可能ではないはずだ。
エドワードが復帰した時、それに対し何というか。だが、こうしなければエドワードは死んでいた。だから無理やりにでも納得させる。

「行くわよ……元々巻き込んだのはアンタなんだから……ここで死なれちゃ困るのよ!」

幾度となく殺し合った相手に対し、今度は施しを授けるのは何の因果か。


42 : ゲームセット(後編) ◇ENH3iGRX0Y ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:06:02 2KqBaLNM0

「ッ? ガッ……!」

御坂の身体に異変が起こった。全身から血が溢れだし、まるで拒否反応のように激痛が駆け巡る。
これはこの場に呼ばれた学園都市の能力者は魔術といった別系統の力を使った時、力の回路が異なる為に自らの肉体を損傷してしまう。
白井黒子もルビーに指摘され始めて気づいた事実だ。御坂が知らないのも当然だ。
だが御坂は錬成を止めない。それを止めることは己の敗北と、その先にある悲願が潰えることに繋がるからだ。

「戻って……こい……!!」

傷は塞ぎ筋肉を補強した。損傷が背骨にまで達していないのは不幸中の幸いか。
エドワードはそれからしばらくし、左手の指をピクリと動かした後、虚ろだった瞳に光が戻り何度か瞬きする。

「み、さか?」

血だらけの御坂を見て、エドワードは一瞬目を見開きそれから事の異様さに遅れて気づく。
死にかけた自分を御坂が救ったのだろうことは分かったが、何故これ程の血を流しているのか。
敵にやられたにしては、傷らしいものも見えない。むしろ内側から溢れてきているように見えるぐらいだ。

「なに、が……錬金術よ……このエセ科学……」

「おい、みさ……い”っ……!?」

「あの子を使っても……まだ完治しないか」

動こうとしてエドワードの意識が揺らぐ、まるで立ち眩みのようだった。
恐らくは多量の出血による貧血だろう。
そしてもう一つはそれを掻き消すほどの激痛が腰から走った。
傷は塞ぎ補強もある程度はしたが、それでも完治した訳ではない。無理にでも立ち上がることは出来るだろうが無茶な運動は禁物だ。

「あの子?」
「ええ、その残骸をアンタの治療に充てたわ。文句なら、あそこの親父と情けなく死にかけた自分に言ってよね」

エドワードは目を瞑り自分が救えない所か死後も弄ばれ続けた少女に思いを馳せた。
彼女の仲間すらろくに助けられず、挙句の果てにこうして自分が命を救われる本末転倒ぶりには苦笑すら込み上げてきた。

「戦いなさい……。少なくとも今、私たちの敵は共通してるのよ」
「だが、俺はまともに動けねえ。お前も……」
「だからこその共闘でしょ?」

御坂は笑みを浮かべてそう言った。







43 : ゲームセット(後編) ◇ENH3iGRX0Y ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:06:17 2KqBaLNM0


「エドワード……御坂……?」

「ぐ……ば、かな……貴様らにそんな力は……」

黒以上に驚きを隠せなかったのはお父様だった。
エドワードは致命傷を負い、御坂は能力の過度な使用で限界を迎えているはずだ。
何故また立ち上がり、この身に牙を打ち立てるのか。

「生憎……諦めが悪くてよ……」

何より奇抜なのがその見た目だった。
御坂とエドワードは互いに右手と左手を肩に回し、二人三脚の形で互いに支え合うようにして立っていた。
確かにこれならば二人とも何とか立ち上がり、その速度はともかく歩くことは出来る。
しかし分からないのが電撃だ。御坂は力を使い果たし、エドワードも両手が使えなければ錬成は出来ず。そもそもこんな電撃を操れる技量はない。

「エド!」
「おう!」

その光景にお父様は目を疑った。
二人の掛け声と共に、エドワードと御坂の右手と左手が合わさった。それこそお父様が欲する人柱の手合わせ錬成のように。
二人の手が合わせり錬成光が瞬き、電撃が舞い上がりお父様を穿つ。

「そういうことか」

共同錬成。

御坂が理解し演算を行いエドワードが分解再構築する。
御坂はスタミナこそ切れたが、演算力は未だ健在だ。電撃だけが発せられない状態に過ぎない。
ならば電撃をエドワードが錬成してやればいい。その電撃を御坂が演算処理し攻撃へと利用する。
扉を開いた御坂ならばエドワードと共に錬成を行うことも可能だ。

「だが長くは持たん」

お父様の言うように御坂は一度の電撃を放つたびに血を吹き出し体を壊し続けている。
共同とはいえ御坂も錬金術を発動している状態。それは能力者拒否反応を引き起こす。
そしてエドワードも御坂の肩を借りているとはいえ、立つことすら困難なほどの負傷を抱えており、支える御坂が弱れば弱るほどエドワードも己の負担が増し立つことすらできない。

再生を終えたお父様へエドワードと御坂は手を合わせ合い電撃を放ち続ける。
影が巻き上がり盾となる。二人は構わず電撃の出力を上げて突破した。
御坂が吐血しエドワードの額に脂汗が浮かぶ。
お父様は電撃を受けながらもまだ余裕を以て、影を槍状に変え奔らせる。


44 : ゲームセット(後編) ◇ENH3iGRX0Y ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:06:32 2KqBaLNM0

「御坂ッ!!」
「分かっ……てる!!」

血反吐を吐きながら更に二人は手を合わせ、砂鉄巻き上げた。
影の槍は砂鉄の渦に飲み込まれ、ズタズタに切り裂かれながら消えていく。
だが攻撃を防いだ二人の表情は苦痛に苛まれ続けていた。攻撃も防御も全てが自分たちの身体を削っているのだ。
長くは持たないという、お父様の言葉は間違っていない。むしろこれ以上なく的確だ。

「それが―――」
「どうしたってのよ!!!」

電撃が沸き立ち、砂鉄が撓る。
身体が限界だとか、ダメージが蓄積してるだのはもううんざりだった。
今越えねばならない壁が目の前にあって倒れる暇などない。
その先にあるものが、決して交じり合わない平行線であろうとも目の前のあの男は壁だ。
神だろうがホムンクルスだろうが関係ない。

「てめえは」
「アンタは」

真理をぶっ飛ばし元の身体と弟を取り戻すために。アイツを今度は嬉し涙で泣かしてやるために。
失ったあの全てを取り戻し。もう一度あの日々を送るために。
そこに立ち塞がるのであれば何者であろうとも叩き潰す。


「「邪魔だ!!」」


45 : ゲームセット(後編) ◇ENH3iGRX0Y ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:06:49 2KqBaLNM0




「ゆ、雪乃……ちゃん……頼む……医者を……呼んで……くれえ……」
「……そうね。世の為に……ドクターキリコでも、呼んだほうが良いかしら……」


痛みにもがく足立を煽ってから素通りし、雪乃はその先にあるアヌビス神へと手を伸ばす。
今でも頭がクラクラする。鼻は幸い折れてはないようだが血は止まらず、華の女子高生とは思えないほどその美貌は崩れ去っていた。
雪乃は髪のリボンを外し、アヌビス神を握った左手を巻き付ける。これで何処まで固定されるか分からないが、ないよりはマシだろう。

「アヌビス神さん……さっきのことは後で問い詰めるわ。だから……もう一度戦って」

砕かれた右手の痛みに耐えながら雪乃はアヌビス神に声を掛ける。

『良いのかよ。俺は一度裏切ろうとしたんだぜ』
「そうね。とても下種だった。けれど……貴方は戻ってきてくれた」
『何でだよ……。何でお前らは……』

「い、いてえ……た、助けてくれぇ……い、医者を……」

「うるさい! 少し黙ってて!!」

喚き散らし会話を邪魔する足立を一喝しながら雪乃は更に言葉を紡ぐ。

「最後にはDIOに打ち勝ったじゃない。貴方なりに悩んで考えた「本物」なのでしょう?
 だからもう一度だけ信じるわ。それが私達の「本物」だから」 

『馬鹿だな……本当に……』

「まあ貴方のせいで最悪の事態にはなってしまったけれど……ここで汚名挽回のチャンスということね」
『汚名は挽回じゃなくて返上するものらしいぜ』

「いえ、汚名挽回が実は正しいという解釈もあるのよ」

『そうかよ』

下らない雑談を挟んだが、それが良い効果を齎してくれたのか。ほんの少しだけ体が軽くなったような。
そんな清々しさを感じた。
右手は相変わらず痛い。正直なところ動くだけで泣き叫びたくなるほどに。鼻血だって全然止まらずジワジワと詰るような痛みが続く。
けれど何故だか、不思議と負ける気はしない。


46 : ゲームセット(後編) ◇ENH3iGRX0Y ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:07:05 2KqBaLNM0


「私の身体、好きにしてくれていいわ」


アヌビス神もだった。タスクと組んで足立と戦った頃もそうだが、何故か誰かに頼られているというプレッシャーが逆に自分を何よりも強くしているような気がした。
DIOに従っていたころとは違う。あの頃には絶大な安心感があったが、これほどの強さというものを感じられなかった。
何が違うのだろうか良く分からない。それでもこれが本物だというのなら、悪くないような気がした。

「だから、任せたわ。アヌビス神さん」

『ああ―――任せろ』

人格が変わる。肉体の所有権が移り替わり雪乃の体にアヌビス神の意識が乗り移った。


「呆れたな。どこまでもしぶとい連中だ」

影と電撃が鬩ぎ合う。影は露散し黒い粒子のようなものを巻き散らす。
電撃は弾けては消え、更なる次弾をエドワードと御坂の二人の掌を合わせることで装填する。
何度も繰り返した見慣れた光景だ。だが着実に御坂の身体は蝕まれていき、それを支えるエドワードの負担も増える。
お父様にとっては勝敗の決まった消化試合の一つに過ぎない。

「チッ、面倒な」

水流が唸りお父様へと叩きつけられる。
エドワードと御坂の相手をしている間に黒がブラックマリンを操作していた。
掌から冷気を放ち、水流の勢いを止め氷の柱を作り上げた。それを爆破させ、足立を撃破したように破片を黒と御坂たちの三人へと浴びせる。
御坂が砂鉄を操作し壁を練り上げ氷の破片は遮られる。黒は氷を紙一重で避けながら、破片に紛れ姿を晦ます。
僅かな刹那の後、お父様の死角から肉薄した黒はそのまま前進し突撃する。

「馬鹿が、また賢者の石に―――」

だが黒がお父様に触れようとしたその瞬間、手のひらサイズの水が黒のティバックから飛び出しお父様の胸元で破裂した。
冷気は間に合わず超高圧の水の爆弾はお父様の容れ物の上半身を容易に吹き飛ばす。

「工夫しろ、か」

後藤の戦いで何度か聞かされた台詞を口にする。
皮肉にも黒が食らった空裂眼刺驚がヒントになり編み出した即席の技だが、一度限りの不意打ちならば効果はあるらしい。

「行けるか御坂ッ!」
「分かってるわよ!!」

血まみれの御坂の掌と、鋼のエドワードの掌が合わさる。
磁力が生じ御坂のティバッグから鉄塊が飛び出す。御坂は拳を握りしめ鉄塊に狙いを定める。
だが血を流し壊れ続けた身体は御坂の意思に反しふらついてしまう。それをエドワードが渾身の限り支え抜く。

「打ち砕けええええええ!!!」

拳が触れ鉄塊が御坂美琴の二つ名であり必殺の超電磁砲(レールガン)へと変貌する。
音速を超え電磁を纏った雷の弾丸は再生を終えたお父様を捉え吹き飛ばす。
視界を司る上半身が消えていたが為に、お父様は回避が遅れレールガンに直撃した。

「……グ……ォオオオオオオオオオオオオ!!!」

シコウテイザーの内部よりもう一つの風穴が開きそこからレールガンは流星のごとく流れ去り消えていく。
残された軌道の後には赤い光を漏らしながら、散らばった肉片から再生するお父様の姿があった。
だが今までの再生と違い、非常に遅いペースでその野太い声で地の底から響くような声を上げ手を伸ばし続けている。


47 : ゲームセット(後編) ◇ENH3iGRX0Y ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:07:27 2KqBaLNM0

「限界だ……限界が来たんだ!」

エドワードの叫びに全員が反応する。だが真っ先に倒れたのはその声の主のエドワードと御坂だ。
錬金術の強引な行使に御坂の身体は悲鳴を上げ、同じく支えを失ったエドワードも腰から駆け巡る激痛により地べたに這いつくばる。
黒が友切包丁を握り、ブラックマリンを翳す。だがまた彼も深い傷を負っていた。
腹部が赤く滲み黒の表情が苦痛に歪む。

(に、逃げなくては……)

その僅かな隙をお父様は見逃さない。
こんな戦いに勝利する必要などない。生きて再び力を付けてから、連中を始末すればいい。
それ以前にこの場で全員野垂れ死ぬかもしれない。
とにかく重要なのは生きることだ。ここから逃げ遂せることだ。

「逃がす……か」

血に触れブラックマリンで出血する血液を操作し止血しながら黒が後を追う。
お父様の身体は足の再生が追い付かず、這いずり回りながらその両腕でしか前へと進めない。
その後ろを、友切包丁を片手に追う黒の姿はまさに死神のようだった。

「こちらに……来るなああああああ!!!」

なけなしの賢者の石を使い無数の槍を錬成し飛ばす。
その間にお父様は必死に腕を動かし前へ進む。
黒はそれを打ち落としながら着実に距離を縮める。

「ッ!? ギャアアアアアアアアア!!!」

匍匐で進むお父様の腕にワイヤーが巻き付く。
黒は投擲したものだ。そこから電流が流れ、何度目かも分からない感電の痛みに悶絶する。

「このままお前を殺し尽くす」

冷徹に言い放たれた抹殺宣言にお父様は畏怖を感じ、恐れと恐怖で気が狂いそうになった。
無我夢中で手をジタバタさせ、タロットカードを出現させる。

「ぺ、ペルソナ!!!」

「くっ!」

ワイヤーが切断され突風に煽られ黒は壁際へと打ち付けられる。
足立から奪ったマガツイザナギは、主を変えながらもその禍々しさを見せ付けた。

「ッ!?」

だがマガツイザナギの左腕が一瞬にして切断される。
フィ―ドバックする痛みに、お父様は目を見開き忌々しく下手人を睨んだ。
アヌビス神を握った雪乃は更に肉薄しマガツイザナギへと切りかかる。
数回りも体格が上のマガツイザナギに対し、アヌビス神はその対格差を生かし俊敏に動きながら剣を合わせ立ち回る。


48 : ゲームセット(後編) ◇ENH3iGRX0Y ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:08:16 2KqBaLNM0

「遅い遅い! ブラッドレイのが百倍速えぞ!」

数度に渡る切り合いの中でマガツイザナギの剣に罅が入り、飛躍したアヌビス神の一閃により砕け散る。
そのまま脳天を勝ち割り、縦に一直線に伸びる剣線がマガツイザナギを一刀両断した。
お父様は頭を抑えながら焦りを募らせる。

「や、やめろ……」

「やめる? やめるわけねえだろうが!!」

辛うじて出した影の触手も全てが切り伏せられアヌビス神と雪乃は止まらない。
ブラッドレイとの戦い、アカメがタスクが握ったアヌビス神が学習した戦闘力は既にお父様を遥かに凌駕していた。
そうだ負けるはずがないのだ。
新一とミギーが繋ぎ、アカメとタスクが振るい続け。最後に雪乃が手にしたアヌビス神が負ける道理などない。

「俺“達”は絶対に……絶〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ対に負けなあああああいィィ」

袈裟掛けに一斬が刻まれる。
それが致命的だった。その一斬が引き金となってお父様の身体は瓦解していく。
その内に取り込んだ残り僅かな賢者の石が放出し、彼の内に収められた神すらもその身から抜ける。

「い、イザナミが……!! 神が……ば……かな……」

「これで―――『葬る!』」

雪乃とアヌビスの声が重なるようだった。
これが文字通り最後の一撃となるだろう。全ての元凶にして黒幕にこの血塗られた茶番劇の終止符を打つ。









「…………………あるではないか」

「え―――――」









その爆破は全てを飲み込んだ。
シコウテイザーは吹き飛び、中にいた6人はどうなったのか。
傍から見れば異様な現象だ。停止したシコウテイザーが内部から光り唐突に爆散したのだから。
自爆スイッチでも押したのだろうかと思うだろう。


49 : ゲームセット(後編) ◇ENH3iGRX0Y ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:08:52 2KqBaLNM0




「奴らを殺し尽くし、かつ石の消費を最小限に抑える究極の変換効率を誇る物質が」



シコウテイザーの瓦礫の中心で、お父様は今にも崩壊しそうな肉体を露にしながら不敵に笑っていた。
お父様だけではない。瓦礫を解け黒が起き上がり、御坂と雪乃はエドワードの錬成した壁に守られ足立は偶然助かったのか全員五体満足で息をしていた。

「何というしぶとさ……。しかしそれもここまでだ人間どもよ」

お父様の掌に何らかの物質が作られていく。
それが何なのか、科学に長けるエドワードでも皆目見当もつかない。
御坂も同じなのだろう。エドワードを横目で見ながら、初めて目にする物質を食い入るように見つめる。

「究極……変換効率……まさか?」

御坂の顔が青ざめる。出血多量から血の気が引いているのではない。

「反物質……1円玉……1グラムサイズの対消滅で電力換算で5000万キロワット。熱量換算で約180兆キロジュール。TNT爆薬換算で約43キロトンの対消滅を引き起こす」

「なっ―――」

御坂の呟きにエドワードは驚嘆し唖然とした。
これらの単位自体は聞き覚えがあるが、その数値がもはやあまりにも非現実的すぎる為にエドワードの天才的な頭脳ですら理解が追い付かない。

反物質。
それはある物質と比べて質量と角運動量が同じで電荷などの性質が全く逆である物質である。
これの最大の特徴は対消滅という現象を引き起こすことだ。
反物質と通常の物質が触れ合った時、衝突し消滅する現象。その際に引き起こされる爆破規模が、人間が常日頃から活用するエネルギーの変換とは比べ物にならない。

1円玉と同じ1グラムの反アルミニウムが対消滅した場合、東京都の総電力3時間分、広島に投下された原子爆弾の役2.9倍の爆破を引き起こす。

「最後の勝負といこう。生き残るのはホムンクルス(わたし)か人間(きさまら)か」

シコウテイザーが吹き飛んだだけで済んだのは、時間がないために1円玉以下のミクロサイズの反物質を錬成した為だ。
今度は違う。この島、この空間もろとも消し飛ぶほどの反物質を生成し対消滅を引き起こす。
ここにいる黒達は勿論、何処ぞで死にかけているタスクと杏子。そしてエンブリヲですら、この空間では本体が孤立し制限は消えたとはいえ不確定世界と入れ替わる不死の力はない。
この一撃で今いる人間どもは確実に滅びる。


50 : ゲームセット(後編) ◇ENH3iGRX0Y ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:09:23 2KqBaLNM0

「あいつ……自分ごと全員巻き添えにする気か……!!」
「止めて! あいつを!!!」

無論、それだけの規模の爆破が起きれば術者本人のお父様すら無事では済まない。事実シコウテイザーの爆破に巻き込まれ一度滅んでいるのだ。



(これは賭けだ)


この爆破の中で、もしも賢者の石が僅かでも残ればその再生力で復活することが可能かもしれない。
だが決して分の良い賭けではない。いやむしろ自殺のようなものだ。
神の力はおろか本来のホムンクルスとしての力も残されておらず、仮に神の力があったとしても確実に生き残れるかは分からない。
故に最後の勝負とお父様は宣言した。すべてはこの一撃で決まるのだ。
人が生きるかホムンクルスが生きるか、全てが死に絶えるのか―――


「さらばだ―――鋼の錬金術師よ」


必ず生き延びて見せる。その強い覚悟は止まらない。

御坂とエドワードは身体の酷使で体の自由が利かず激痛で動けない。
雪乃はアヌビス神を握るが、爆破の際吹き飛ばされお父様と距離が離れた為、とてもではないが間に合わない。
そして足立は役に立たない。

「間に合うか……!!」

唯一お父様に近く、爆破の前に肉薄出来たのは黒一人だけだった。
彼は爆破の際に崩壊した瓦礫などが盾になり、立地条件も良かったために距離も離れずに済んだのだ。
黒はブラックマリンで水流を叩きつける。お父様は防御の姿勢も取らず攻撃を受けた。
だが掌の反物質だけは生成をやめない。
あと数秒でもあればお父様を殺しきれるだろう。しかし反物質はそのコンマ数秒前に完成する。

(物質変換しかない)

理屈の上なら物質変換で反物質を安定した物質に変えれば爆破は起きない。
だが黒にとってあまりにも未知な物質の上、コンディションも良くはなく、流星の欠片といった能力補助のアイテムすらない。
首輪解除の時のような特異な条件も満たせない黒が果たして物質変換に成功するか。
黒はお父様の眼前に迫り、掌を翳す。
やれるか否かではない。やらなければ死ぬのだ。例え無駄な足掻きだとしてもやらないよりはマシだ。

(無駄だ)

お父様は己の成功を確信する。
反物質の生成の妨害は全て無意味に終わる。


51 : ゲームセット(後編) ◇ENH3iGRX0Y ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:09:34 2KqBaLNM0



「おい何とかしろって!! 何とかしてくれええええええ!!!!」

何も出来ない足立が口だけは達者に動かし大声で喚き散らす。

「くそっ……一か八か……」
「……結晶」

御坂は結晶体を取り出し、エドワードも手を合わせ激痛を誘発する腰に当てるが、それらの行為が終わるより先に終焉が全てを間引くだろう。

『お願い、間に合って』
「ああ、畜生! あと一太刀でも浴びせれりゃ終わりなのに!!」

雪乃の身体を全力で疾走させるアヌビス神。
しかしその距離はあまりにも今の雪乃達にとっては遠すぎる。



(戸塚……お前との約束、果たせそうに―――)



ここまで散々破った末に、目の前で死なせてしまうだろう少女、彼女を助けてくれと願った少年の願いは聞き届けられそうにない。
最後まで抵抗しながらも黒は目を瞑り、彼に謝罪した。





一人のゲームクリエイターの夢想から始まり、イザナミとフラスコの中の小人の介入により実現されたバトルロワイアル。
64人と1人の見せしめの犠牲者の屍を積み重ね、今この瞬間全ての幕が閉じる。
この狂気の宴は閉演し残されるのは無か、神を切望する一つの異形か――――













「る……破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)……だと……?」










だが、その歪んだ刀身の短刀は全ての幻想を白紙へ戻す。


52 : ゲームセット(後編) ◇ENH3iGRX0Y ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:10:10 2KqBaLNM0



裏切りの魔女メディアが持つ宝具、破戒すべき全ての符その真価はあらゆる魔術を“破戒”する。
それはフラスコの中の小人が操る錬金術も例外ではない。
胸元に突き立てられた短刀から反物質を生成していた錬成エネルギーが消滅し、錬成前の状態へと全てがリセットされていく。


「あ、ありえん……何故こんな……ものを……貴様が……!!」


これはこの場にある筈がない。あっていいものではない。
本来、この場にある筈のないものだ。メディアが関わる、とある聖杯戦争とも、それどころかギリシャ神話すらこの殺し合いとは何の因果も縁もない。
唯一メディアと同質の力を齎すクラスカードキャスターもこの参加者達の手に渡ってはいない。

「なんだこれは……?」

お父様にルールブレイカーを突き立てた黒ですら、これを予見してはいない。
ただ彼は物質変換を行う寸前に『アーチャー』のクラスカードを取り出し、僅かばかりの可能性にかけ物質変換の強化に充てようとしただけだった。
だがそのクラスカードが突如として光を浴び、変貌し破戒すべき全ての符へと姿を変えた。

『アーチャー』のクラスカード。その英霊(ちから)は本質は投影にある。
かつてイリヤが鳴上悠との戦いで発揮したように、あらゆる武器、宝具を贋作として投影することで、古今東西あらゆる英雄たちの力をその身に刻み込む贋作者の力。

「……そうか、お前の――」

そしてもう一つ、このカードの本来の主であり一体化していた少女クロエ・フォン・アインツベルンの存在がある。
エンブリヲが感づいていたように、彼女は願望機としての機能を備えていた。
イリヤに魔力を譲渡し消滅した彼女だが、短い期間とはいえ彼女の核として在り続けたクラスカードには僅かながらの願望機としての機能が受け継がれていた。

そして黒がクラスカードを握り、物質変換に利用するために能力を流したその瞬間、願望機としてクラスカードは起動し黒の望む願い。
この場合、お父様の企みを何としても阻止するという願望を、過程をすっ飛ばし結果だけ齎した。
その齎された結果がクラスカード『アーチャー』の限定展開(インクルード)。そしてこの場に最も適した宝具の投影、それが破戒すべき全ての符だった。

「い、嫌だ……私は戻りたく、ない……!」

何より重要なのは破戒すべき全ての符は魔力による契約や魔力によって生み出された生命体の魔力を前の状態に『リセット』する。
つまり、錬成のキャンセルはもとより錬金術により現世に生まれ落ちたお父様もそれは例外ではない。
お父様がリセットされたその先にあるもの―――

「お、がっ……おあああああああああ!!!」

人としたの形は崩れ、その声も壮年のものから電子音のような甲高いものへと変貌していく。
胸元の破戒すべき全ての符から黒い血液のような物質が溢れだし、そこへ飲まれようとするのをお父様は必死で堪え続ける。

「い、石ィ……石を寄越せええええ」

手だけを構築し飲み込まれる黒い渦の中から黒へと伸ばす。

「葬る!!」

しかし、その先に居たのはアヌビス神を持った雪乃とエドワードだった。
腕は切断され黒には届かない。


53 : ゲームセット(後編) ◇ENH3iGRX0Y ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:10:27 2KqBaLNM0



「邪魔よ。さっさと退場しなさいド三下」


更に電撃の槍が渦に吸い寄せられ、ダメ出しのように抵抗するお父様を痙攣させた。
結晶を使った御坂が再び電撃を練り上げて放ったものだ。
この一瞬が運命の分け目だった。痙攣し硬直したお父様は虚しく渦に絡めとられ抵抗も出来ず飲み干される。


「も、戻らん……あんば場所へ……二度と……」


それでもまだもがく。
もがきもがき続け、鋼の拳がその渦の中でもがくお父様へと命中する。
それが最後の止めとなった。



「生まれた場所へ帰れ フラスコの中の小人」




最後に掛けられた台詞まで同じだった。




「え……エドワード……え……っく……」



こうして神に挑んだ一つの異形の物語は二度目の終着を迎えた。










54 : ゲームセット(後編) ◇ENH3iGRX0Y ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:11:24 2KqBaLNM0





――――また、ここか。

白い空間に巨大な扉、見覚えがる。
私が生まれた場所でそして二度と帰りたくもないあの場所だ。
そして、私の他に“奴”もいるのだろう。

「真理、か」

今の私と対照的な白い球体。それこそ私をあの先へ送り込んだ存在。
認めたくはないが真理と呼ばれるモノ。

「やはり、最後にはおまえか」
『当然だ。
 思い上がらぬよう正しい絶望を与える。それが真理(わたし)だ』
「ふざけるな。思い上がるなよ、おまえ如きが私を見下ろすな!」

実に下らん。奴こそが真理こそが何も知らず思い上がる愚者ではないか。
私が見てきた1世界には奴程度遥かに凌駕する者たちが山ほどいた。

容易く改変する魔人と呼ばれる存在があった。殺し合いにも呼ばれた生死を超越した調律者なる存在があった。

真理など超えた超越者たちだ。

その時私は如何に狭い世界に囚われていたか知ったのだ。

「真理だと? 貴様の強いるルールなどに縛られる私ではない。
 このちっぽけな世界に頂つ貴様など、所詮矮小な存在にすぎん。私は更にその上を行く」 

だからこそ作り上げたのだ。
私だけの世界を私だけの真理(ルール)を。

そして成り上がりる筈だった。イザナミとイザナギによる神生みの伝承に見立てた儀式により何物をも超え全てを知る者に。

『まだ自分を信じぬか。大馬鹿者め』

扉が開く、奴が私を送り込もうと準備しているのだろう。
構わん。何度でも送り込むがいい。
また何度でも、私は這いあがってみせる。
今回は私の敗北だ。だがまだ次がある。次こそは私は神になる。


55 : ゲームセット(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:12:12 2KqBaLNM0

『勘違いしていないか』
「なに?」
『おまえに“戻る”場所などあると思っていたのか?』

何を言っている……? 何の話だ。

『忘れたのか? おまえが定めたこの場の真理(ルール)ではなかったか』

奴は唇を釣り上げて言う。

何だ……どういうことだこれは……。

身体が冷たい? 今までに感じたことのない喪失感と虚無感、何より恐怖が私を襲う。

「や、やめろ……なんだ……何だというのだこれは!!」

『敗者には死を―――それがバトルロワイアルなのだろう?』

死……? 死!? 死だと……この私が死ぬ?

「い、やだ……いやだ……き、消えていく……私が……」

球体上の私の身体は半分ほどまで消えていた。

「死にたく……ない……まだ死にたくない……。助けろ……だ、誰か……助けてくれ!!」

ラース! プライド! エンヴィー! 広川! アンバー! 誰でもいい、誰か……誰か!!


56 : ゲームセット(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:12:43 2KqBaLNM0






『誰も来ん。それが貴様が望んだ存在なのだからな』






ここで終わるのか、私は……何も……何も成せぬまま……







「私は……生きたい……助けて……誰か……」






どうしてこうなる……何故なんだ。





『お前は答えを知っていた。二度も好機はあった。
 なのに何故気付かぬ。終わりだ、もう次はない』







私はどうすればよかったのだ?







「―――助けて、ホーエンハイム…………」








【フラスコの中の小人@鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST】死亡








57 : ゲームセット(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:13:08 2KqBaLNM0







「大丈夫なのか?」

黒は横のエドワードに視線を向けて声を掛ける。
腰をやられて動きに支障があった筈だが、最後に飛び込んできてあれだけ動けたのが不思議なくらいだ。

「エンブリヲのあのヘンテコな技がヒントになったんだよ。
 あいつみたいに体の感度を弄って、痛覚を腰の辺りだけ遮断した」

腰の痛覚を遮断したことで体の自由は比較的に効きやすくなった。
後はもう黒の知る通りだ。

「あまり無理はするな。場所が場所だしな」

そう言ってから黒は少し顔に穏やかさが戻り、小さく笑ってしまった。
自分も含めて全員がそれなりにボロボロだ。中々に痛めつけられたものだと思う。

「勝ったぜ……みんな」

エドワードのその呟きは誰に送られたものか。
それに応えるように傷だらけの杏子とタスク、そして彼らに肩を貸してこちらぬ向かってくるヒースクリフ。
その後に続く猫と愉快な動物たちがやってきた。

「ようエド……ボロボロだな本当」

「きょ、杏子……? お前……なんか角生えてんぞ」

見れば杏子に角が生えていた。

「角ぐらい何だっていいだろ」
「良いのかしら……まあ削れば目立たないか」

物珍しそうに角を眺めて雪乃は腰を下ろす。
全身が痛い、それに重い。こんなに運動したのは生まれて初めてだろう。

「でも、良かったよ。何だかんだで全員無事で」

「猫の言う通りだな。ここにいる奴ら、全員しぶといわ」

タスクの言葉に杏子もまた笑って応える。
二人ともヒースクリフの肩から離れて、そのまま寝っ転がる。
とにかく一段落付いたのだ。僅かな休息が欲しかった。


58 : ゲームセット(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:13:26 2KqBaLNM0



「ありがとな、クロ」


誰にも聞こえない声で黒は呟き、お父様のいた場所に落ちているアーチャーのカードを拾う。
試しに先のようにもう一度カードに能力を込めてみたが、何の反応もなかった。
願望を叶えた影響で、願望機として残された機能が全て消失したのだろうか。
黒には詳しいことは分からない。ただ最後に力を貸してくれたのはクロで、彼女の助太刀がなければ死んでいた。

「俺は助けられてばかりだな」

そして全員が恩返しも出来ないところの遠い場所にいる。





「まだだ」




ヒースクリフの声が響いた。

「まだ殺し合い(ゲーム)は終結していない」

彼の紡ぐ言葉は冷徹にして残酷だった。



「流石、このゲーム作っただけはあるよな。悪いけど私はこいつボコるけど邪魔するなよ」
「どういう意味だ。ヒースクリフ」
「フラスコの中の小人は退場した。だが、聖杯はまだ残っている。
 この場に残された私を除く8人の参加者の内、誰が所有者として相応しいか。見極めようとしている」

「言ってる意味が分からない。ヒースクリフさん、貴方は何を―――」

「残る参加者を全て殺せ。そうすれば願いは叶う……ということだよ」


それは最悪の一言だった。
そのたった一言に込められた力はヒースクリフ本人にすら計り知れないほど。


59 : ゲームセット(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:13:46 2KqBaLNM0


「マガツイザナギ!!」

足立の傍からマガツイザナギが姿を現す。

「ハハッ……戻った……ペルソナが戻った!!」

先ほどまで激痛を忘れたように、血だらけの身体を引き摺りながら足立は再び立つ。
目には狂気に満ちた空虚な炎が宿っていた。

「馴れ合いも終わりだよ……ハハ……もう終わりだよお前ら全員!!」

「足立、もう殺し合う必要はないだろ! 帰れるんだよ! 恐らく、あの地獄門からお父様の玉座まで行って扉に辿り着くはずだ」

「はあ? ぶああああああああか!! 俺は全人類をシャドウにするのが目的なんだよ! 特にお前らみたいなクソガキをな! このまま帰ってもどうせ刑務所で檻のなかさ。
 最後に好き勝手やってやるよ!!!」

「お前あんだけ生きて帰りたがってただろ!」

足立はいざ生還するというその直前に自分が置かれた現実に気付いていた。
そう彼はこの地で何をしようとも、あの元の世界で鳴上悠に敗北した事実に。



―――現実が最低なのはお前だけじゃない

―――現実と向き合え!


奴に負けた世界。
恐らくだが、全人類のシャドウ化も既に食い止められているのだろう。
仮に帰って奴を完全に抹殺したとして、それで残ったガキどもを全員相手にする。

詰んでいる。

ここにきて足立は自らの帰還後の末路を思い、そして恐れだしていた。
捕まりたくない。人殺しとて豚箱にぶち込まれるなど真っ平だ。

「そうね……馴れ合いは終わりよね。あの糞親父をぶっ殺したんだから」

エドワードの背後で御坂が立ち上がる。

「御坂……やめろ。死者の蘇生なんて」
「お父様ってのは、DIOとみくって娘を生き返らせてたわよ? これは死人を蘇らせた貴重な実例よね」

それに対しエドワードは反論できなかった。
少なくともこの場に於いて死んだ者に限っては、死者蘇生も可能なのではという仮説をエドワードも打ち立てる程だ。


60 : ゲームセット(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:14:25 2KqBaLNM0

「だが対価がいる。DIOもみくも完全な蘇生ではなかった。生半可な蘇生は対象者を苦しめるだけだ」
「だからアンタに死んでもらうのよ。一人につき一人差し出せば十分な対価じゃない?」

「やはり殺すべきだったな」

黒が友切包丁を御坂に向ける。
その殺意に手心は欠片もない。
生かす理由は何処にもないのだ。
例え雪乃やエドワードが止めようとも、黒は確実に御坂を殺めるだろう。

「なっ―――」

だが次の瞬間、雷光が瞬く。それはまるで閃光弾のように。
御坂は電撃の光を可能な限り発光させこの場にいる全員の視界を潰した。
御坂も現状の不利は理解しているのだ。この人数差で戦うのは得策ではないと。
だからこそ、一時的な撤退を選択した。

「こっちも忘れてんじゃねえよ!」

御坂が消え視界が戻った時には入れ替わるようにマガツイザナギの剣が振るわれた。

「―――インクルシオ」

轟音と共にマガツイザナギが殴り飛ばされる。
竜の鎧を纏った杏子はそのまま拳を振り戻し、足立本体へと突撃した。
足立は舌打ちしながら、ペルソナをチェンジさせイザナギを手前に召喚し杏子を迎え撃つ。

「この雌ガキッ!」
「チッ、一体増えてんじゃねえか!!」

インクルシオの拳とイザナギの剣は僅かに拮抗し、互いに後退する。

「行きなエド! 足立は私が何とかする!」
「杏子!?」
「大丈夫だ。こいつをとっちめたらすぐ後を追うよ……その後でタスクの喫茶店で祝勝会、だろ?」

杏子を案じたエドワードだが顔に穏やかさが戻り、小さく笑う。

「そうだったな……。ここは任せるぜ。絶対に追って来いよ」

エドワード達は踵を返しその場を後にする。


61 : ゲームセット(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:14:44 2KqBaLNM0





「邪魔すんじゃねえよ……お前は俺側の人間だろうがよッ!」





足立は激昂する。
あの忌々しい魔法少女の敵に。


「見てりゃ分かるんだよ。エドワードに憧れてんだろ? でもなァ、てめえはどうせ屑なんだよ!
 承太郎から聞いたよ。殺し合いに乗ってた魔法少女ってお前だろうが。
 え? 何かい。あの高潔なエドワード様に着いていけば私の罪も清算されるわぁー。なんて思ってんだろ!?」

「はっ?」

杏子は可笑しくなって吹き出した。
正直な話、少し当たってる部分はある。
最後に愛と勇気が勝つストーリーを引き寄せるエドワードに少し憧れていた。
そんな魔法少女になりたかった自分のなりたい姿のようで―――

「はっきり言ってやるよ。お前のやったことは消えねえよ。
 お前のせいで、皆死んだんだよ。この屑が」

「そんなことは分かってるさ」

「あ?」

「アンタさ、勘違いしてるよ。別に私はエドワードの為に残ったわけじゃない。
 たまたま残るのが“都合が良かった”だけなんだ」

足立は杏子から放たれた威圧感に一瞬たじろぐ。
気付けば一歩後ずさっていた。

「エドがいると都合が悪いんだよね……アイツさ人殺す時、超うぜーから」
「なんだって?」
「もうここまで言えば分かるだろ? 私はね、殺し合いなんか関係ない。元々アンタを絶対にここで殺す気だったんだよ」

年齢こそ足立の一回りしたの杏子だが、その殺気殺意は足立に畏怖を抱かせるのに十分だった。

「まどかとほむらの仇……あんな話聞かされて頭にこない奴はいないからね。
 本当ならさやかの仇のエスデスや色々やらかしてくれた卯月というのも殴りたかったけど、もう死んだ後だし、そいつらの分まで付き合ってもらおうかな」

――まあ私にそんな資格はないかもしれないけど。

だが美樹さやかは違うのだろう。
彼女がここでどんなことをしたか、正直なとこあの精神状態を考えると殺し合いに乗ってもおかしくない。
エドワード曰く最後には味方だったらしいが、その過程がかなり怪しい。

人のことは言えないが。

それでも、友があんな目に合わされて頭に来ない筈がない。怒る権利ぐらいはある。
だから、杏子が代わりに足立をぶっ飛ばす。それがせめてもの手向けだ。


62 : ゲームセット(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:15:11 2KqBaLNM0

「ふざけんな! あの糞女達の分まで尻ぬぐいだ? 御免だよ!」

ここにきて奴らの名を聞くとは思わなかった。
実に苛立つムカつく名前だ。こうなればストレス発散で聖杯とやらで奴らを蘇らせてから、服従させるというのも面白いかもしれない。
エスデスの身体だけは最高だったし、卯月も見た目は悪くない―――

(……いや、それじゃエンブリヲと同じじゃ)


一瞬頭をよぎった煩悩を即座に否定した。



「まっ、それにアンタやっぱ気に入らないからさ……ここで殺すわ。本当にクッソうぜえ……」

「なーにが魔法少女だ。薄汚い本性現しやがってよ」

イザナギを消しもう一度タロットカードを握りつぶす。



カッ



「ペルソナッ!!」


やはり、こちらの方が使いやすい。
マガツイザナギは足立の声に応えるように漆黒と赤の中から現れる。
その感情のない瞳が杏子を見下ろした。


「教えてやるよ。俺は世界に選ばれたんだ……だから、この俺が負けるはずがないってなァ!!」

「…………違うね。世界は誰かを選んだりなんかしない。だから、みんな必死で足掻きながら生きてんだ」


災厄を孕む禍津と赤い幻惑を纏う竜の鎧が激突した。


63 : ゲームセット(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:15:38 2KqBaLNM0


【G-7/二日目/日中】


【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(大)、精神的疲労(大)、顔面打撲、強い決心と開き直り、左目負傷 、インクルシオの侵食(中)、首輪解除
[装備]:自前の槍@魔法少女まどか☆マギカ、悪鬼纏身インクルシオ@アカメが斬る!
[道具]:基本支給品一式、医療品@現実、大量のりんご@現実、グリーフシード×2@魔法少女まどか☆マギカ、使用不可のグリーフシード×2@魔法少女まどか☆マギカ
    クラスカード・ライダー&アサシン@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ、不明支給品0から4(内多くても三つはセリューが確認済み) 、
    南ことりの、浦上、ブラッドレイ、穂乃果、ウェイブの首輪。
    音ノ木坂学院の制服、トカレフTT-33(2/8)@現実、トカレフTT-33の予備マガジン×3、サイマティックスキャン妨害ヘメット@PSYCHOPASS‐サイコパス‐、
    カゲミツG4@ソードアート・オンライン
    新聞、ニュージェネレーションズ写真集、茅場明彦著『バーチャルリアリティシステム理論』、練習着、カマクラ@俺ガイル
    タスクの首輪の考察が書かれた紙
[思考・行動]
基本方針:生きて帰ってかタスクの喫茶店にみんなともう一度集まる。
0:足立を殺す。
1:後悔はもうしない。これから先は自分の好きにやる。
2:0を終わらせてからエドの後を追う。
[備考]
※参戦時期は第7話終了直後からです。
※封印状態だった幻惑魔法(ロッソ・ファンタズマ)等が再び使用可能になりました。本人も自覚済みです。



【足立透@PERSONA4】
[状態]:鳴上悠ら自称特別捜査隊への屈辱・殺意 広川への不満感(極大)、全身にダメージ(絶大)、右頬骨折、精神的疲労(大)、疲労(大)、腹部に傷、左太腿に裂傷(小)
    爆風に煽られたダメージ、マガツイザナギを介して受けた電車の破片によるダメージ、右腕うっ血 、顔面に殴られ跡、苛立ち、後悔、怒り、片足負傷、首輪解除
    悠殺害からの現実逃避、卯月と未央に対する嫌悪感、殺し合いからの帰還後の現実に対する恐怖と現実逃避、逮捕への恐れ
    全身に刺し傷、腕に銃傷、血だらけ
[装備]:ただのポケットティッシュ@首輪交換品、
[道具]:初春のデイバック、テニスラケット、幻想御手@とある科学の超電磁砲、ロワ参加以前に人間の殺害歴がある人物の顔写真付き名簿 (足立のページ除去済み)、
    警察手帳@元からの所持品
[思考]
基本:全人類をシャドウにする。
0:杏子を殺す。。
1:生還して鳴上悠(足立の時間軸の)を今度こそ殺す。俺はまだ鳴上悠を殺してない。殺してないんだよォ!
2:捕まりたくない。
[備考]
※参戦時期はTVアニメ1期25話終盤の鳴上悠に敗れて拳銃自殺を図った直後。
※支給品の鉄の棒は寄生獣23話で新一が後藤を刺した物です。
※イザナギが使用可能になりました。









64 : ゲームセット(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:15:49 2KqBaLNM0



「一つだけ伝えておこう」

走るエドワード達を引き留め、ヒースクリフが口を開いた。

「何かしら? 貴方の口は公害のようなもので永遠に閉じていてほしいのだけれど」
「聖杯を破壊しろ。そうすれば殺し合う理由はなくなり、君たちの勝ちだ」

以外にもそれは殺し合いに乗らない者達への勝利条件だった。
ヒースクリフの話を聞き、少し思いに耽った雪乃は提案する。

「……ねえエルリック君、このまま私たちが逃げるというのはどうかしら」

逃げるという言葉の響きはあまり良くないが、雪乃を見るに臆病風に吹かれたという訳ではないらしい。

「私たちが死ななければ、聖杯というのも使えないんじゃないかしら。ヒースクリフさんの口ぶりから考えてもそういうことでしょう。
 なら元の世界に帰れば……」

「俺もそれは考えた。けど、これだけ複数の世界を巻き込んだんだ。多分だけどお父様は異世界そのものを繋げようとしていたはずだ。
 聖杯ってのも、本来はお父様が使うべき代物で、それを動かす燃料はその異世界の人間たち、なんじゃないか?」

規模は違えど、お父様も錬金術師の一人だ。
であるならば、如何な異世界の技量を取り入れようともその中心には錬金術がある。
そこまで分かれば何を繋ぐか、何処に錬成陣を刻むかを考えた時、必然と異世界という単語が頭に浮かんだ。

「その通りだ。仮に君たちが逃げても御坂は聖杯を起動して、異世界の人間を石へと変え上条当麻を始めとし仲間たちを蘇らせるだろう。
 当然、足立もそうするだろうね」
「随分楽観的ね。自分は死なないとでも思っているのかしら」
「いや私は既に茅場という人間は死んでいる。ここの私はアバターに過ぎない」

「何がしたいんだお前は」
「私は茅場晶彦という残骸のようなものだ。だがそれでも私はゲームマスターとして、最後までゲームの行方を見届けたいだけだよ」

黒は腕を伸ばしヒースクリフの胸倉を掴んだ。

「俺はお前たちの駒じゃない」
「当然だ。そんなもの私は要らない」
「神にでもなったつもりか? あのお父様とやらより質が悪い」

突き放すように黒はヒースクリフから手を離した。

「行くぞ。こいつを見てると反吐が出そうだ」

「いや俺はここで皆と別れる」

出発を促す黒にタスクは別れを切り出した。

「エンブリヲが気になる。きっとアイツも共通の敵が倒れたことで俺達を襲いに来るはずだ」

言われてから気づく。
確かに、エンブリヲはもうこちらに協力する義理はない。
今一番何をしでかすか分からないのはあの男だ。

「ヒステリカは、あのお父様のロボットとの戦いで随分破損した。多分今なら倒せるかもしれない」
「けど……一人じゃ無理よ」
「ごめん……これは俺の我が儘だ。アイツと決着をつけさせてくれ」

タスクにとってエンブリヲは両親の仇だ。
必ずこの手で滅ぼすと決めた相手であり、何よりアンジュの夫を名乗るのが許せない。


65 : ゲームセット(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:16:15 2KqBaLNM0

「必ず、また杏子と追いかけてくるよ……。それで喫茶アンジュで宴会だ」

「タスクさん、これ」

雪乃はアヌビス神をタスクに差し出した。
タスクにはろくな武器がなくナイフ一本程度の装備だ。
雪乃はタスクの身を案じ、アヌビス神を持たせようとする。

「……いやこれは君が持っていてくれ。その方がきっといいと思う」
「でも……」
「ならこれを持っていけ」

黒が友切包丁を取り出し柄をタスクに向けた。

「え、でも……」
「見た目と違って良いナイフだ。役に立つ。
 それに俺にはまだ武器がある」

そう言って黒はコートの下のナイフを見せる。
タスクは納得し安心したように友切包丁を受け取った。

「ありがとう……」

確かにしっかりとした重みで、黒があれだけ振るい続けても刃こぼれ一つしないのは、とてつもない業物である証なのだろう。

「そうだエド……君の爆弾を良かったら譲ってくれないかな……出来たらちゃんとした殺傷力のある爆弾に戻してほしいけど」
「パイプ爆弾の事か?」
「うん……万が一、俺が倒れた時の為に先に言っておく。エンブリヲはヒステリカと生身の本体を両方倒すことで絶命する。
 君の場合、機体を破壊してからエンブリヲを拘束すれば……俺としてはアイツだけは殺したほうが良いと思うけど」
「……分かった」

エドワードはタスクの話を聞き複雑な心境だった。
恐らくタスクはエンブリヲを殺すのだろう。可能ならば、それを止めたいのも事実だ。
だが、それはタスクのこれまでの全ての生涯を否定しかねない。

「持ってけ二つともあと、俺が作った二つ合わせて四つ」
「君の分は?」
「学院で集めたガラクタで、あと丁度四つ作ってある。万が一の時はそれで何とかする」

エドワードはパイプ爆弾の中身を模倣しガラクタを錬成し爆弾を作っていた。
全く便利な能力だと思いながら、エドワードに感謝しタスクは爆弾をしまう。
ラグナメイルがない自分には、これがヒステリカを破壊する唯一の鍵だ。
使いどころを誤ってはいけない。


66 : ゲームセット(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:16:27 2KqBaLNM0

「この指輪もあのロボット相手なら役立つかもしれない」

更に黒はブラックマリンを外しタスクに手渡す。
タスクは試しに指に嵌めてみるが水流の操作ができない。
どうやら、相性は良くないらしい。

「俺には使えないみたいです……これは黒さんが持っていてください」
「……そうか。気を付けて行け」

「きっと勝ってね……あの変態には粛清が必要よ」

「ははっ……本当にその通りかも……うん、行ってくるよ」

タスクの背中が徐々に小さくなる。
その背中が見えなくなる前にエドワードも駆け出した。

(まだ……腰は大丈夫か……)

走りながらエドワードは腰の様子を気にする。
エドワードは腰の痛覚を遮断はした。だが痛覚は人が生きるのに必要な信号であり、危険を教える赤信号でもある。
つまるとこそれはエドワードの傷は癒えておらず、体は無理な動きはするなと警告しているに等しい。

(頼むぜ……何とか持ちこたえてくれ)

背骨には至らないものの腰を切られたというのは人間としてかなりの致命打だ。
御坂からの治療を受けたものの、安静にすべきで本来は歩くことも出来ない激痛がある筈なのだ。
エドワードとしてもまるで生きた心地がしない。この時限爆弾がいつ爆破してエドワードに降りかかるか分からないのだから。
この先待ち受けているであろう、御坂との戦いまではせめて―――


67 : ゲームセット(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:16:41 2KqBaLNM0

(もうすぐだな)


身体にノイズが走り残された時間が僅かであると、ヒースクリフは感じていた。
エンブリヲに肉体の再構築を頼んだ時点で分かってはいたことだ。
奴は不十分な肉体をわざと作るであろうことは。エンブリヲはヒースクリフに妬みのような憎しみを抱いているのだから。
それを理解したうえで、敢えてヒースクリフはゲームの攻略を優先しアンバーの交渉の裏で手を組んだ。

(だがこのゲームを見届け、このゲームと共に心中できる。悪いものではないかもしれないな)

ヒースクリフはこのゲームが自身の作った中で最高傑作であると確信していた。
SAO程の規模や世界観はないが、このゲームはヒースクリフの作りたかったものを現実に再現しつくしている。
彼が夢見た異世界はこの空間に嫌というほど詰まっている。

「おい、良いのか? あいつら先行ってるぞ?」

立ち止まり思案に耽るヒースクリフに猫が声を掛ける。

「いや、私は後からゆっくり追おう。彼らには嫌われてるようだしね」

このゲームの結末を、脱落者であり最早傍観者たる自分が関わることは避けたかった。
ヒースクリフはもうどうあってもこの物語の主役にはなれない。

「そ、そうか……」

いまいちヒースクリフを理解しきれない猫はカマクラとエカテリーナちゃんを率いて首をかしげながら三人の後を追う。
その光景は何処か殺し合いに似合わない、コミカルな場面だ。


「……そういえば、もうアインクラッドには入れるんだったな」

ふと思い出したのがアインクラッドの存在だった。電子世界に生み出し現実に再現したあの場所。
恐らくゲームが終幕を迎えた時、この世界は崩壊するはずだ。その最期の時を過ごすのならやはりあそこがいい。


68 : ゲームセット(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:17:16 2KqBaLNM0


【F-5/二日目/日中】


【黒@DARKER THAN BLACK 黒の契約者】
[状態]:疲労(大)、右腕に刺し傷、腹部打撲(共に処置済み)、腹部に刺し傷(処置済み)、戸塚とイリヤと銀に対して罪悪感(超極大)、首輪解除
     銀を喪ったショック(超極大)、飲酒欲求(克服)、生きる意志、腹部に重傷
[装備]:黒のワイヤー@DARKER THAN BLACK 黒の契約者、包丁@現地調達×1
     傷の付いた仮面@ DARKER THAN BLACK 流星の双子、黒のナイフ×10@DTB(銀の支給品)、水龍憑依ブラックマリン@アカメが斬る
[道具]:基本支給品、ディパック×1、完二のシャドウが出したローション@PERSONA4 the Animation 、大量の水、クラスカード『アーチャー』@Fate/kaleid linerプリズマ☆イリヤ
[思考]
基本:殺し合いから脱出する。
0:聖杯とやらを壊す。
1:御坂を追う。
2:銀……。




【エドワード・エルリック@鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(中)、精神的疲労(大)、全身に打撲、右の額のいつもの傷、黒子に全て任せた事への罪悪感と後悔、強い決意 、首輪解除、腰に深い損傷(痛覚遮断済み)
[装備]:無し
[道具]:デイパック×2、基本支給品×2、ゼラニウムの花×3(現地調達)@現実、不明支給品0〜2、ガラスの靴@アイドルマスターシンデレラガールズ、
    エドの作ったパイプ爆弾×4学院で集めた大量のガラクタ@現地調達。
[思考]
基本:生還してタスクの喫茶店にもう一度皆で集まる。
0:聖杯を壊し、御坂を倒す。
1:大佐……。
※登場時期はプライド戦後、セントラル突入前。



【雪ノ下雪乃@やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。】
[状態]:疲労(大)、精神的疲労(極大)、友人たちを失ったショック(極大) 、腹部に切り傷(中、処置済み)、胸に一筋の切り傷・出血(小) 、首輪解除、右手粉砕骨折、顔面強打
[装備]:MPS AA‐12(破損、使用不可)(残弾1/8、予備弾倉 5/5)@寄生獣 セイの格率、アヌビス神@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース、ナオミのスーツ@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞
[道具]:基本支給品×2、医療品(包帯、痛み止め)、ランダム品0〜1 、水鉄砲(水道水入り)@現実、鉄の棒@寄生獣
    ビタミン剤、毒入りペットボトル(少量)
[思考]
基本方針:殺し合いからの脱出してタスクの喫茶店にもう一度皆で集まる。
1:自分の責任として御坂を何とかする。
2:もう、立ち止まらない。



【ヒースクリフ(アバター)@ソードアートオンライン】
[状態]:HP25%、異能に対する高揚感と興味、真実に対する薄ら笑い
[装備]:ヒースクリフの鎧@ソードアートオンライン
[道具]:なし
[思考]
基本:ゲームの創造主としてゲームを最後まで見届ける
0:最後はアインクラッドと心中する。
[備考]
※数時間後に消滅します。


【マオ@DARKER THAN BLACK 黒の契約者】
[道具]カマクラ@俺ガイル、エカテリーナちゃん@レールガン
[思考]
基本:生還する。
0:エドと共に行動し、御坂美琴に対処する。


69 : ゲームセット(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:17:35 2KqBaLNM0







「……不味いわね、これ……」

血が噴き出し視界がぼやける様を見ながら御坂は呟く。
おまけに結晶を使ったせいで能力の拒絶反応が起き、御坂の全身は壊れていない個所の方が少ないほどだ。

「でも……もう一歩……あと少しなのよ」

結晶はまだ残っている。あと残ったあの人数を処理するくらいならば、恐らくまだ体も持つはずだ。
今は撤退し、エンブリヲや足立も暴れているだろうからそこで分散したところを叩く。特にエドワードはこの手で全ての因縁を清算する。

「何……あのチビに拘ってんだろ……変なの」

こういう出会い方をしたからこそ敵同士になってしまったが、もし違う出会い方なら多分友達くらいにはなれたかもしれない。

「でも……ここまでよエド……私はアンタを殺す……アンタも―――」

きっと、彼は殺さない覚悟で挑むのだろう。
何度やっても懲りない男だ。
だから今度こそ、その覚悟と共にエドワードに引導を渡す。

「来なさいエド……最後の決着よ」


【F-2/二日目/日中】


【御坂美琴@とある科学の超電磁砲】
[状態]:ダメージ(絶大)、疲労(絶大)全身に刺し傷、右耳欠損、深い悲しみ 、人殺しと進み続ける決意 力への渇望、足立への同属嫌悪(大) 四肢欠損、首輪解除
    寿命半減、錬金術使用に対する反動(絶大)、能力体結晶微量使用によるダメージ(大)、全身血だらけ
[装備]:コイン@とある科学の超電磁砲×1、能力体結晶@とある科学の超電磁砲
[道具]:基本支給品一式、大量の鉄塊
[思考]
基本:黒子も上条も、皆を取り戻す為に優勝する。
0:残った生存者を殺す
[備考]
※参戦時期は不明。
※電池切れですが能力結晶体で無理やり電撃を引き出しています。


70 : ゲームセット(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:18:20 2KqBaLNM0






「アンジュ、もうすぐだよ。君はもうすぐ目を覚ます」

十字架に貼り付けにされたかのように、全裸のアンジュが宙に浮かんでいた。
これは後藤が食い散らしたアンジュの血や肉片から、エンブリヲが蘇生させたアンジュの肉体だ。
しかし魂だけが取り戻せず、完全な蘇生には至らなかったが。お父様からアンジュの魂をイリヤの心臓に奪還したことで最後のピースは揃った。

「さて、このゲームも終局だな」

フラスコの中の小人は倒れた。残る参加者たちが如何な行動をとるか、まあ大体想像は付くがエンブリヲには興味のないことだ。
何せ全てを無に帰すつもりなのだから。

エンブリヲはイリヤの心臓をアンジュの胸へと手刀でねじ込む。

あとは心臓がアンジュへ適合しすれば千年待ち続けた天使は目を覚まし、調律者と結ばれ新世界が築かれる。
ヒステリカの修復も順調だ。この場に呼ばれた者たちの残された時間は少ない。

「そうだアンジュ……君との結婚式、婚約指輪としてこれを送ろうと思う」

取り出したのは彼に支給されたヴィルキスの指輪だった。
ヴィルキス自体はお父様が破壊した可能性が高い、恐らくは外れ枠として紛れ込ませていたのだろう。
だが二人が結ばれるには、これ以上ない婚約指輪には違いない。

「そしてイリヤ、クロエ、彩加、雪乃……凛……皆待っていてくれ、すぐに私が迎えに行く」

アンジュを第一夫人とし、第二夫人渋谷凛、第三夫人雪乃、第四夫人イリヤ、第五夫人クロエ、第六夫人戸塚、第七夫人美樹さy―――いやあれは要らない。
とくにさやかは声が実に不快だ。サリアに非常によく似ている。
賢くもないし美しくもない、あんな女に僅かでも触れたのは本当の当時の気の迷いだったのだろう。
かわりに第七夫人は御坂が良い。実のところ、エンブリヲは御坂も気に入っていた。
男の為に戦っているのが癪だが、すぐに忘れさせてやろう。

「彼女たち全員を私の胸で受け止めよう……フフフッ……」

「エンブリヲ!!」

しかし無粋な邪魔者は何時だって存在するものだ。

「フン、やはり来たか……まあいい。無粋な猿には制裁が必要だな」

「アンジュ……? エンブリヲ……!」

「安心しろ。アンジュは私のものだ。新世界を築くイヴとなるのだよ」

タスクは友切包丁を抜き、エンブリヲは銃を構える。

「そういえば、ヒルダの口ぶりから未来の私は倒されたらしいが……貴様が殺めたのか?」
「ああ、お前を真っ二つに切り裂いてやったよ……そして今もう一度お前を殺す!!」
「ならば、仇を討たせてもらおう。未来の私のな!」

銃声が鳴り響き調律者と騎士の一撃が交差した。
それを見守るのは、未だ目覚めぬ一糸纏わぬ魂のない天使のみ。

果たして天使の祝福を最後に手にするのは誰か。

それは神のみぞ―――否、神すらも知らない。


71 : ゲームセット(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:18:34 2KqBaLNM0


【E-5/二日目/日中】


【タスク@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞】
[状態]:疲労(絶大)、ダメージ(絶大) 、アンジュと狡噛の死のショック(中)、狡噛の死に対する自責の念(中)、首輪解除
[装備]:刃の予備@マスタング製×1、友切包丁(メイトチョッパー)@ソードアート・オンライン、パイプ爆弾×2@魔法少女まどか☆マギカ、エドが作ったパイプ爆弾×2
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:生還しアンジュ喫茶でもう一度皆と集まる。
0:アンジュの騎士としてエンブリヲを討つ。


【エンブリヲ@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(大)、服を着た、右腕(再生済み)、局部損傷(完全復活)、電撃のダメージ(小)、参加者への失望 、穂乃果への失望、主催者とヒースクリフに対する怒り 、首輪解除
[装備]:FN Five-seveN@ソードアート・オンライン、ヒステリカ@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞(修復率80%程)
[道具]:基本支給品×2 クラスカード『ランサー』@Fate/kaleid linerプリズマ☆イリヤ、ガイアファンデーション@アカメが斬る!
     各世界の書籍×5、基本支給品×2 ヴィルキスの指輪@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞、サイドカー@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞、アンジュの肉体(全裸、イリヤの心臓入り、エンブリヲパワーで浮遊中)
[思考]
基本方針:アンジュを蘇らせる。
0:タスクを始末する。
1:ハーレムを作る。(候補はアンジュ、渋谷凛、イリヤ、クロ、戸塚、御坂、雪乃)
2:アンジュを蘇生させ選ばれし女性たちを蘇らせた後、この世界をヒステリカによって抹消する。


72 : ◆ENH3iGRX0Y :2017/08/14(月) 02:21:48 2KqBaLNM0
投下終わります


73 : 名無しさん :2017/08/15(火) 00:40:44 h8qeXLSg0
投下乙です
予想外のDIO復活やアヌビスの裏切り、束の間のみくにゃん蘇生からのエドへの責め苦、実は生きてた足立さんワイルド覚醒に御坂とエドの協力錬金・・・
挙げきれないほどこれでもかと詰め込まれた、状況が二転三転する怒涛の展開、まさにゲームセットに相応しい激戦を制したのは反主催連合軍!
お父様が最期にホーエンハイムに救いを求めたのはなんだか哀れに思えてしまいました
主催が倒れてもまだ終わらないバトルロワイアル、最後に立つのは果たして誰なのか


完結ももう目前、頑張ってください!


74 : 名無しさん :2017/08/15(火) 09:59:30 IegxPk0.0
投下乙です
何度も出てきて恥ずかしくないんですかDIO様?即退場は再生怪人の特権
ルールブレイカー大活躍には座の若奥様もニッコリしている事でしょう
お父様は遂に斃れた、しかし尚も争いは止まらない。ここから先は原作とロワ内でできた因縁を清算する時間
目下エンブリヲが一番の障害となりそうですが、アンバーや広川のフラグも一応残ってる……のかな?

息つかせぬ展開の連続御見事でした、完結まで頑張ってください


75 : 名無しさん :2017/08/19(土) 02:37:15 R4RKMDpI0
投下完了お疲れ様でした!
DIOはまだしもみくにゃんはえぐい。だがそのみくを使ってこそ繋がった命もある。
足立ワイルドは納得かつそう来たか。そしてやっぱ強いルルブレ。
参加者たちが善人も悪人も一般人もそれぞれの目的と想いで結果的に共闘しての主催戦は本当に盛り上がったぜ
お父様は今度こそ完全に死を迎えか。門のシーンははがれんしていて好きだった。
それぞれの目的の行く末と決着も期待だぜ


76 : 名無しさん :2017/08/20(日) 20:08:13 D.2IkkTU0
投下乙です
俺ガイルの「本物」をここで使ってきたか、
ジョジョやらプリヤやら早期退場作品も言及され、見ごたえのあるボスバトルでした
で、色々と上手くいっていると思ったら、お父さまがいなくなったら結局はこうなるか
喫茶店のフラグは果たしてどうなるのか、結末まで楽しみです


77 : ◆dKv6nbYMB. :2017/09/30(土) 10:21:25 X1hCZcl.0
投下します


78 : 番外編:off stage ◆dKv6nbYMB. :2017/09/30(土) 10:23:17 X1hCZcl.0
道化師と魔法少女は溜まった鬱憤を晴らすかのように対峙した。

電撃姫は培ってきた因縁を清算し己が求めるものを手に入れんと宿敵を待ち伏せる。

鋼の錬金術師と黒の死神、最後の一般人は、未だ解かれない呪縛たる器を破壊するために前へ進む。

調律者と古の民の末裔は兼ねてよりの因縁を清算するために互いの全てを曝け出しぶつかり合う。


狂宴の根源を降した彼らは、己が目的のために真の最終局面へと盤上を進める。

もはや彼らを止めることはできないだろう。

私もバトルロワイアルに関わった者として結末を見届けたい気持ちはある。

...が、その前に少しだけ話をしよう。

戦いに赴く彼らの誰に知られることもない、誰も知る必要のないとても小さな話を。


79 : 番外編:off stage ◆dKv6nbYMB. :2017/09/30(土) 10:24:02 X1hCZcl.0



果たして間に合うだろうか。

消え入りそうな身体を案じつつ、私はその足を進める。

エドら反殺し合い派や御坂ら殺し合い肯定派の姿は見送っている上に、猫たち意思持ち支給品も生存者たちの後を追っている。

最早、わざわざ私の消滅に誰かが居合わせることはなく、知ることもない。

既に脱落した身としては、これ以上バトルロワイアルに関与するつもりはないため構わないのだが、こうして自我を保っている以上は邪魔にならない範囲でやれることはやっておきたい。

(もはや必要ではないかもしれないが)

電脳化してヒステリカやラグナメイルを探していた折、私はとある音声データを手に入れた。
一刻を争う事態であったため、その記録だけ済ませておいたDISCがここにある。
回収しておいた、エンブリヲ達の使用したPC。
これにディスクを挿入し、再生すれば中身を聞くことができる。

本来ならばイヤホンでも付けて自分一人で聞くべきなのだろうが、お父様が消えた以上私の警戒すべき相手はどこにもいない。
皆、それぞれの戦いに必死なのだ。脱落者である私ごときに構っている暇などないだろう。

私はディスクを挿入し、読み上げられた記録をBGMに歩みを進める。

流れ始めたのは、女らしき声だった。


80 : 番外編:off stage ◆dKv6nbYMB. :2017/09/30(土) 10:24:37 X1hCZcl.0





霧に包まれ、仲間を失い、傷つき倒れていた少年が立ち上がる。

その足に這いよる影も、囁かれる甘言も、全てを払いのけ、威風堂々と私のもとへと歩み寄ってくる。

―――なぜ前に進む。霧の中で見たいものだけを見て望んだままの世界に浸る方が幸せな筈なのに。

そう。幸福。
幾多の人間の願望に触れ、私が出した結論だ。

「なにが幸福か。それを決めるのはお前じゃない」

彼はそれを拒絶する。
真っ直ぐな眼で。確かなる意志をもって。

―――この世にはお前の仲間はもういないんだぞ。一人きりで孤独に生きていくとでもいうのか?

「俺は孤独なんかじゃない」

負け惜しみの強がりか。
否。彼の瞳には絶望の闇は微塵も宿っていない。
本気だ。彼は本心からそう思っているのだ。


―――そんな玩具が無ければ霧の中を視通せぬ者が真実などと。

「なら見せてやる。人間の可能性を!」

彼は霧に対抗する唯一の手段である眼鏡を放り捨てた。
直後、彼の周囲を青白い光が包む。
目を見開き、掌のタロットカードを握りつぶす。
彼の背後に現れるのは、私の与えた力―――違う。
酷似しているが、私の与えたモノを遙かに凌駕している。
アレを進化させたというのか。有り得ない。神でもないたった一人の人間が、何故。

―――神にでもなったつもりか。

私は雷を彼の"力"へと放つが、しかし届く前に打ち消される。
"力"がその手に持つ刃を振るえば、私の両腕はあっさりと斬られてしまう。
何故。有り得ない。



「目を開き、前を向けば誰だって見えるはずなんだ。真実が」

彼の言葉に続き、"力"は剣を盾のように構える。

「それを邪魔する霧は、俺が全て晴らしてやる」

剣に光が宿る。
発せられる光は、様々な形を彩っていく。
"力"の背後に浮かび上がる、多くの人間の姿をした光。
彼が紡ぎ、彼を支え、彼に託された多くの希望。

「その先にある幾万の真言を信じて!」

放たれた光は、霧を晴らし、私の身体を崩壊させていく。

―――幾万の真言...フフッ

私は理解した。
私は彼に、彼らに敗北したのだと。


―――この世界の霧も、現実の世界の霧も。全てはお前達に晴らされた。

ならば、見届けよう。

それが果たして幸せなものとなるか。今度こそ遙か高みから見物させてもらうとしよう。


81 : 番外編:off stage ◆dKv6nbYMB. :2017/09/30(土) 10:25:30 X1hCZcl.0








「......」

ゆっくりと目蓋を上げる。
眼前に広がるのは、何色も無い真っ白な空間。
空も地も何もない中に、ポツポツと扉がそびえている。

私は、ここを覗き、しかし決して干渉はしない。そんな余興に時折興じていた。
人々にマヨナカテレビと呼ばれるものを作る際に参考にしたこともある。

ふむ。やはりここは中々に居心地がいい。

ここは概念的な空間であり、基本的には生身の人間では立ち入れない場所だ。

そびえ立つ扉からは、それぞれに繋がる世界を覗くことができる。
その先には、異能力も超常現象もなくただ人間が営みを築いている世界もあれば、機械を操り戦いの日々に明け暮れる者たちが文明の中心である世界もある。
人間が存在せず動物だけが営みを築いている世界なんてものもある。
また、二つの世界があったとして、その両方に同姓同名の人間と周囲の環境があったとする。しかし、よく比較してみれば、必ず微妙に異なる点が介在している。
酷似はすれど、全く同じ世界は存在しない。そんな、多種多様の世界を覗ける退屈の無い場所であった。

"彼ら"に敗北した私は、しばらくここに腰を落ち着け、彼らの世界を、また、他の世界を見物し、人にとっての真の願いと幸福について改めて考慮する腹積もりだ。


82 : 番外編:off stage ◆dKv6nbYMB. :2017/09/30(土) 10:26:00 X1hCZcl.0

『―――――!!』

悲痛な叫びがとある扉より届く。それは聞き覚えの無い声だった。
よもやこんなところに干渉しようという物好きが他にもいようとは。

『嫌だ...私は...こんなところに...』

その口ぶりからして、彼もまた誰かに敗北し、無理やりここに送り込まれたようだった。

ふむ。興味深い。
彼はなにを為そうとし、誰に、どうやって敗北したのか。
私は好奇心に煽られるまま、声の主から話を聞くことにした。

声の主―――フラスコの中の小人は、扉を潜り姿を現した私に面食らったようだが、事情を話してくれと頼めば堰を切ったかのように、過去から現在に至るまで洗いざらい話してくれた。
まるで私に取り入るかのように。精一杯に気を惹くように。


―――勝てよ、兄さん

それは、まるで自分の体験の焼き直しのようだった。

―――じゃあな...魂の友よ

個の力はちっぽけな人間。それが連なり合わさることで、足りない箇所を埋め合うだけでなく何倍もの成果を見せつける。

―――立てよド三流。俺たちとお前との格の違いって奴を見せてやる!!

言うなれば、絆。私が敗れた少年が見せつけた真実だ。


全てを語り終えた小人は、目を瞑り俯いた。
なるほど。彼もそうして敗北したのか。
不運としか言いようがない。あんな強大なものを相手にしては敵わないに決まっている。
正しき道を進む者に、絆をもたない私たちが敵う道理はなかったのだ。


83 : 番外編:off stage ◆dKv6nbYMB. :2017/09/30(土) 10:26:46 X1hCZcl.0

『私は...あの狭い世界にはとどまりたくはなかった。なんとしてでも広い外の世界を見たかった。遍く全ての事象を知りたかった。教えてくれ、イザナミよ。私はあの狭く小さな檻(フラスコ)で、人間たちに都合よく採取されて終わらなければならなかったのか?』

......

小人の成り行きを、言葉を聞いて思う。

本当に、彼らの示した道は正しいのだろうか。
"絆"や"繋がり"は確かに強大な力だ。それは疑うべくもない。
だが、敗北した小人の夢はそれだけで全てを否定されなければならなかったのか。
彼の全てが過ちであったとでもいうのだろうか。

打ち勝った彼らは己の道が正しかったと肯定し敗者の道を否定する。
だが、そもそもフラスコの中の小人が国土錬成陣を完成させるために暗躍しなければ、ホーエンハイムを利用し身体を得ただけで満足していれば、彼らは繋がり合うこともなくその大半が錬金術に携わることもなかっただろう。
彼という大敵がいたからこそ、彼らは彼らの主張する道を紡げたことに間違いはないだろう。
それは私の世界にもいえる。
鳴上悠は、シャドウに関する事件を通じて他者を理解し絆を紡いできた。
だが、もしも足立透が山野真由美を落とした時点で罪を認め自首でもしていれば。
特別捜査隊の彼らは真に絆を紡ぐことはできなかっただろう。

これらのことから、敗北した彼らも全てが間違いではなかったと私は考える。

仮に、運命だとか抑止力だとかを抜きにして考えてだ。
もしも私や彼が絆に打ち勝ち、目的を達成した場合、それでも正しいのは絆だといえるのだろうか。
本当は、私が敗北したから彼らが正しいと錯覚しているだけではないのだろうか。

いや、まて。そもそも真の願いとは勝利しなければ手に入らぬものなのか?
勝者のみがなにかを得ることが、真の願いの、幸福の本質なのだろうか。私が人々のためにと探し求めたものは、そんな独善的なものだったのだろうか。

『...私ではその問いに答えられない』
『なぜ?』
『私もまた、答えを探している最中だからだ』


故にもう一度確かめたくなった。

観察方法は変わらない。ある人物に力を与え、私が直接関与するのを避け、遠巻きに観察する。
唯一違うのは、その対象とは私と同じ要因に敗北した者であり、合意の上で力を授けることだ。

私は小人に提案した。お前に再び立ち上がる力を与える代わりに、私の求めるものを見せてくれと。
小人はにべもなく頷き合意した。私が与えたシャドウから賢者の石を創り、再び前へと進む力を手に入れた。


84 : 番外編:off stage ◆dKv6nbYMB. :2017/09/30(土) 10:27:34 X1hCZcl.0

それから彼になにをしたいかと尋ねれば、自分の世界に戻るのではなく、別の世界を見てみたいと答えた。
どうやら、私の連れてきたシャドウを見て興味が湧いたらしい。
私がここから他の世界を見る方法を伝えれば、彼はすぐさま扉を潜っていった。

最初に見たのは、やはりというべきか私の世界だった。
私はてっきりそのまま侵略にでも乗り出すのかと思ったが、意外にも小人は干渉せず、ただ世界を観察していただけだった。
小人は、私の世界の『ペルソナ』や『シャドウ』にとりわけ関心を抱き、それの性質や特性を理解すると、次の世界の観察へと向かった。

彼は主に『スタンド』や『契約者』といった特殊な能力を有する世界を周っていた。
かと思えば、なんの変哲もない学生やアイドル達が暮らす世界を覗いたりもしていた。彼の暮らしていた時代を考えれば、現代価値的にありふれた世界でも物珍しいものなのだろうか。

やがて20を超える世界を見て周った彼は、箱庭が欲しいと提案してきた。
マヨナカテレビでは駄目なのかと問えば、それでは広すぎると拒否。
精々、人の脚で歩いても一日もあれば周れる程度の広さでいいとのことだった。

そういったものも作れなくはないが、私の直接的な干渉は極力減らしたい。
そこで思い当たったのが、周ってきた世界のひとつに存在していた『茅場晶彦』という『ソードアート・オンライン』のゲームマスターだった。
あれは電脳世界とはいえ、よくできた世界だった。あれほどのものを技術のみで創造してみせた男だ。
彼ならば小人の要望にも応えられるかもしれない。
幸い、彼もまたキリトというゲームプレイヤーに敗北し、己の意識を電脳化しようとしていた。
肉体から解き放たれた、ある種概念的な存在になりかけていたために、こちらからの干渉は容易かった。

『ここは...?』

目を覚ました―――この概念的な世界でそう表現するのも可笑しな話ではあるが―――彼は、突然の覚醒に流石に驚いたのか、キョロキョロと周囲を見渡していた。
その様子は、四千人の命を奪っても眉一つ動かさなかった男とは思えぬほど滑稽でもあった。

『目を覚ましたかね、茅場晶彦。突然ですまないがわたしに力を貸してほしい』
『...?』
『まあ、疑問に思うのも仕方のないことだ。詳しいことは後で説明しよう』
『詳細は最初に説明するのが筋だと思うが』
『それ以上にきみに見て貰いたいものがあるからだ』

小人は、シャドウを数体呼び出しそれを錬金術で賢者の石に錬成。
その魔術さながらの光景を見た茅場の目は驚愕で見開かれた。

『きみは確か、アインクラッドという幻想の城を思い描き、実現しようとしていたそうだな。私たちならばその夢の力になれると思う...どうだ、私の話を聞く価値はあると思うかね?』

茅場はにべもなく同意した。
彼は自らの空想の産物を実現化させようと躍起になっていた。
その足がかりに為り得るものを見せつけられたのだ。例え裏があるとわかっていても、その甘い誘いに乗らずにはいられなかった。


85 : 番外編:off stage ◆dKv6nbYMB. :2017/09/30(土) 10:28:12 X1hCZcl.0

茅場は、廃棄しかけつつも捨てられぬ未練のままに残されていた箱庭を持ち出し調整にかかった。
これをなんのために使うのか、そんなことすら口にせず、淡々と外装を整え、施設を設置し、小人の要望を越えた範疇の細部まで見事に仕上げてみせた。
その様は、まるで褒美という餌につられ邁進する子供のようですらあった。

『素晴らしい出来だ。礼を言おう、茅場晶彦。きみは私の予想を超えたものを作ってくれた』
『こういったものに手は抜けない性分なのでね。...さて、そろそろあなたがなにをするつもりなのか、聞かせてもらいたいのだが』

静寂の時が流れる。
小人から放たれるプレッシャーを意にも介さず、茅場は返答を待った。

『...効率よく、適正量の血を流す。それが私の目的だ』
『それは何故』
『私が求めるのは力。以前よりも、更に強大且つ膨大な力だ』
『あなたが私に見せた錬金術が関係することかな?』
『察しがいい。単一の世界だけでなく、幾多の世界を錬成陣で繋ぎ、強大な力を得る。そして、私は再び真理へと挑むのだ』
『それならば、わざわざ殺し合いなど起こさなくともあなたが出張れば早い話だと思うが』
『それが出来れば苦労はない。今は辛うじてきみと話すこともできるが、現実世界においては私はまだ無力だ。
贄たちを全て取り込めば肉体も完全に復活するが、急激な変化にはその肉体がついてこれない。歯がゆいが、徐々に再構成していく他ないのだ。それに"抑止力"のこともある』
『他者の力を抑制する力...それがなにか?』
『運命にもそういったものが組み込まれておるのだよ。集合無意識によって作られた世界の安全装置としてな。
強力な力を持つ者が現れば、その力を叩くように物事がつじつま合わせのように転んでいく。きみも似たような経験があるだろう』
『キリト君やアスナ君が理屈を抜きにしてシステムに抗ったあの時のように、か』
『私はその抑止力に敵視されているようでね。下手に動けばまた邪魔をされてしまうだろう』


小人は一度敗北を見せつけられてもなお神に至らんと暗躍している。
それも、誰かのためだとか他者的な理由ではなく、どこまでも己の為のみに、幾多の人間の運命を狂わせることも厭わない。
なんとも貪欲で愚直な存在だろう。

『抑止力に邪魔をされないよう、個々人の有する"世界の意思"をぶつけ合わせ潰す。そのための箱庭か...しかし、ただ人をここに入れるだけではあなたの望みを叶えるのには不足していると思うが』
『なに?』
『異世界間という、常識の価値観が統一されていない多種多様の人間が集まれば争いが起きやすい。確かにそれは間違いではない。
だが、多数の人間はなにかしらの目標が無ければ即座に争う可能性は低い。あなたの望む殺し合いに発展するには時間を要するだろう。
あなたは以前、計画の実行に時間をかけすぎたせいで、ホーエンハイムという男に対抗できる余地を残してしまった。となれば、可能な限り早期に決着をつけたいはずだ』
『ふむ。間違ってはいない』
『それを叶えるためには時間制限をつけるのが手っ取り早い。そうだな...参加者には爆発すれば死ぬ首輪でも巻くのはどうだろうか』
『ほう、首輪。なるほど、それなら死の脅威を身近に感じられるため殺し合いに賛同する者も出やすいか』

直接手を下した訳ではないにしろ、かつて四千人もの命を奪った経験があるせいか、彼は殺し合いに対して嫌悪の表情を出さなかった。
...いや、彼はおそらくその経験がなかったとしても、おそらく同じような反応を示しただろう。
茅場晶彦もまた、小人とは違う方向性で純粋で貪欲だ。
己の幻想的な夢を叶えたい。そのためには他の人間の運命を狂わせても罪悪感など感じない。
小人と違い、最初から他者の犠牲を織り込んで計画する男ではないのかもしれないが、第三者から見れば小人と同じかそれ以上に不可解な男だ。

二人の思惑に如何な差異があろうと、これより巻き込まれる者たちからしてみれば、なんともはた迷惑で醜悪な存在に映るだろう

だが、不思議と私には、ひたむきに前を見据える彼らの姿に嫌悪は抱かなかった。


86 : 番外編:off stage ◆dKv6nbYMB. :2017/09/30(土) 10:28:47 X1hCZcl.0



ザー

(音が途切れていて聴き取り辛いが...ある程度は仕方がないか)

どうやら、これはある人物の記憶の記録データらしい。
何故そんなものが電子の海の片隅を漂っていたのかは分からない。それを知るためには、続きを聞かねばならない。
聴覚だけが霧道に迷い込んでしまったような奇妙な感覚を抱きながら、私は私の作った箱庭を目に焼き付けつつ次なる言葉を待つ。

声は再び語り始める。


87 : 番外編:off stage ◆dKv6nbYMB. :2017/09/30(土) 10:29:52 X1hCZcl.0




箱庭を調整し終えた二人は、贄となる参加者の選定に移った。
23の候補の世界から、効率と手間を考え15に絞り、参加者候補も何人か削った。
先に作ってしまった箱庭から幾らか施設を削ることになった際には、流石の茅場も渋い顔をしたものだが、仕方ないと嘆息と共に改めて施設を調整した。


参加者の選定の際、小人は死の記憶を有した魂も欲しいと提案した。
彼曰く、魂は酷似したものだけで満たすことはできないらしい。

そもそも、殺し合いを成立させるためには、極論を言えばそれに適した人材のみを選定すればなんら問題は無い。

わざわざ高坂穂乃果や島村卯月、比企谷八幡らのような他者の殺害に忌避感を持つ一般人、白井黒子やエドワード・エルリックのようなほぼ確実に殺し合いに反対する者を選ぶ必要は無い。
それこそ浦上のような欲望の塊の殺人鬼や後藤のような戦闘にしか興味のない者だけを集めればいい。
アカメや空条承太郎たちの世界にはそういった我欲で動き且つ強力な力を持つ者はいくらでもいるため選別には困らないだろう。
だが、それでは駄目なのだ。
そういった欲だけで動く、所謂『悪』の魂も幾らかは必要なのだが、それだけでは器は満たされない。
それに、彼らの結末の大多数は敗北であり、そんなもので器を満たしてしまえばより一層運命には抗えなくなってしまう。
それを防ぐために、可能な限り、幅広い種の魂と記憶が必要だ―――それがお父様の論だった。

とはいえ、茅場には死者を蘇らせる力は無い。というよりも、彼の持論に命を軽々しく扱うべきではないというものがある。
それ故、小人の要望には応えられないし応えるつもりもないと言う方が正しいだろう。

ちなみに私にもそのような力は無い。こうして扉を見ることはできるが、異世界の現界へ直接的に関与することは許されていない。
神とはいえそこには序列や力の差がある。
もっと上位の神ならいざ知らず、私程度には人間の摂理に携わる事柄へと干渉できる力はないのだ。

となると、新たな協力者が必要となる。
小人の要望に応えられる『死者の蘇生』か『時間を遡る』手段を有するものが。
だが地力が強大過ぎては小人が力を手に入れるまでに謀反でも起こされてはどうしようもなくなる。
故に、手におえる範囲の力を有した者の中で協力者の候補にあがったのは、『暁美ほむら』『アンバー』『エンブリヲ』だ。


88 : 番外編:off stage ◆dKv6nbYMB. :2017/09/30(土) 10:30:55 X1hCZcl.0

真っ先に外したのは暁美ほむらだ。
一番非力である上に鹿目まどかの存在をチラつかせれば制御も簡単なのだが、彼女の時間遡航は他者の記憶を引き継ぐことができない上に戻す時間が指定されている。
この時点で外さざるを得ない。それよりも、因果を束ねた結果として神をも脅かせる可能性を有しているという事実の方が魅力的だ。
素直に参加者として放り込み魂を取込んだ方が有意義だろう。

そのため、実質はアンバーとエンブリヲの二択となった。
最初はエンブリヲが候補だった。
エンブリヲの死者を蘇らせる能力は非常にお手軽且つ彼の性格を考えれば条件次第ではアンバーよりも協力しやすそうではある。
問題は、こちらにつくということは彼がほとんど自由の身であることだ。
あの男について調べれば調べるほど、規格外の能力を有していることが判明した。
直接的な戦闘力ははっきりといえば大したことはない。生贄候補たちの中で贔屓目に見積もっても中堅がいいところだ。
だが、世界を滅ぼせるヒステリカや異空間への『扉』を介さない自在な干渉など、知識や能力だけを見れば、小人やヒースクリフはおろか、見様によっては私すらも上回っている。
そんな男が自由の身であれば、まず間違いなく小人は力をつける前に処断されてしまうだろう。


正直にいえば、どんな形にせよ彼を殺し合いに関与させるにはリスクが高すぎる。
しかし彼の知識や能力はやはり魅力的ではあったため、小人は彼を参加者として扱いその力を手に入れたいと目論んだ。


消去法で残ったのはアンバーだ。
小人としては、正直に言えば気が進まなかった。能力こそはエンブリヲに次いで適しているものの、候補者の中では一番裏切る確率が高かったからだ。
彼女は他者のために行動している。その点におけば暁美ほむらと同類なのかもしれないが、アレよりは視野が広く思考も単調ではない。
単に黒の死神をダシにするだけでは制御は難しいだろう。
だが、現状では彼女以外に適任者がいないのも事実。
加えて、合理的判断のもとに動く契約者である彼女を力づくで能力を行使させるのも難しい。
彼女とはあくまでも対等の立場に立ち、能力を行使してもらうしかないのだ。
小人はいまにも溜め息をつきたくなるような心境でアンバーへの交渉に赴いた。

ここでアンバーに断られてしまえば全てが水の泡だ。
必ずや成功させねばならぬ。


89 : 番外編:off stage ◆dKv6nbYMB. :2017/09/30(土) 10:31:52 X1hCZcl.0


アンバーがEPRの面々と共に組織との全面戦争へと臨み、魏に黒たちを案内させる傍らで、独り地獄門で待ち呆けていた時を見計らい、小人は彼女に接触した。
本来ならば、肉体を持たない小人たちではまだ肉体を有し生存しているアンバーに接触することは不可能だが、不可能を可能にする地獄門の空気がそれを可能にした。
小人は依頼した。
これから私のやろうとしていることにお前の力が必要だ。協力してほしい、と。
当然、これだけではアンバーにメリットがない。
若返りの対価を緩和する手段を与えると告げても、それではつり合いがとれていない。
そこで小人は黒を引き合いに出し、彼女の返答を伺った―――が、やはりというべきか反応は薄い。
アンバーは特に表情を変えることなく、それを即座に承諾することもなく、沈黙が両者の間に流れる。
迷っているのか、それとも勿体ぶって小人を挑発しているのか。時折、どうしようかなーと漏らしているあたり、後者なのだろう。
だが、彼女が私の存在に気がつき―――小人がその様子に気が付いたかはわからないが―――なにを考えたのか小人の提案を承諾した。

小人は訝しんだが、なにはともあれこの成功を無為にはできないと、彼女への詮索をすることはなかった。

フラスコの中の小人、茅場晶彦、アンバー。
こうして彼らは殺し合いの舞台を整え固めていく。
小人は全体像の設計図を。
茅場は会場となる箱庭の最終的な整理を。
アンバーは小人の要望に応えた参加者の調整を。

そうして、茅場が表向きの主催となることでバトルロワイアルの準備は整う、はずだった。


90 : 番外編:off stage ◆dKv6nbYMB. :2017/09/30(土) 10:33:10 X1hCZcl.0

だが、小人にとって予想外のアクシデントが発生する。

茅場晶彦が謀反を起こしたのだ。

いや、正確には起こしてはいない。

実際に行動に移す前に小人が抑え込んだからだ。

『残念だ。お前はもう少し利口な男だと思っていたが...欲に目が眩んだか』
『否定はしない。少なくとも、あなたに操られるだけのマリオネットは御免だったのでね』

捉えられた最中にあっても、茅場はその態度を崩さなかった。
彼は、己の結末が、用済みになれば処分されるかお父様に賢者の石として取り込まれるか、その二択しかないことを勘付いていた。
だから、小人の力が完全ではないいまの内に処分し、会場はそのままに別のゲームを開催するか、名実ともにバトルロワイアルの主催にでもなろうとしたのだろう。
本心は彼のみが知ることではあるが。

『...まあいい。お前には随分と世話になった。その礼として、チャンスは与えよう』
『チャンス...つまり、このバトルロワイアルに放り込むという訳か』
『その通りだ。もちろん、これまでの記憶は没収させてもらうがね。夢を叶えたいのならばもがくがいい。では、しばしのお別れだ茅場晶彦』


チャンス。その言葉を耳にした時、茅場の頬が微かに緩んだように見えた。
ほんの僅かな、しかし確かな緩みに、小人は疑念を抱くこともなく彼を会場に送り込んだ。
第三者の私から見ても茅場の真意は測りかねるが―――もしかしたら、彼はこれが本命だったのかもしれない。
元々、彼はソードアートオンラインの世界に、ゲームマスターでありながらギルドの団長として他の参加者と接していた。
その理由のひとつに、他人のやっているゲームを眺めているだけなどつまらない、というものがある。

今回もその欲が絡んでいるのかもしれない。
自身の傑作であるこのゲームを、なにも知らない立場で攻略してみたいと思っていた―――そんな欲があったのかもしれない。
真相は、最早闇の中だが。


『無駄な手間をかけさせおって。...だが、あの男なら、殺し合いにおいても、参加者間の混乱をきたす役割を果たしてくれる筈だ』

そう語った小人には哀愁の欠片も感じられない。
例え、共に箱庭を調整した間柄だとしても、どうしてもゲームの要素を取り入れたかった茅場の要求を渋々呑み受け入れた経緯があろうとも。
所詮は駒、それが消え去ろうが動く情などない。そんな傲慢な思惑が透けてみえるようだった。

『さて、こうなると新たな進行役が必要となるが...』

小人は参加者の関わる世界から、適当に経歴を謁見し、目についた者を候補にあげていく。
選ぶのにそれほど時間が経っていないことから、最低限のことができれば誰でもいいのだろう。
幾らかリストアップし終えた彼は、アンバーに代わりの主催を連れてくるよう依頼した。

『器は得た。箱庭も茅場晶彦から乗っ取った。残りは時が満ちた時、今宵は忘れられぬ約束の日となる』

その際、尊大な言い回しを放ったのは、アンバーに対するけん制も込めていたのだろう。
裏切れば、お前もすぐに消してやる。いまの私にはそれくらいの力は戻っている、と。
アンバーは、特に不満を漏らすことなく、リストアップされた人間を舞台に招待した。

その人物こそが、広川剛志であった。


91 : 番外編:off stage ◆dKv6nbYMB. :2017/09/30(土) 10:33:54 X1hCZcl.0

この殺し合いの根源・フラスコの中の小人。
茅場晶彦に代わる表向きの主催・広川剛志。
細部調整係・アンバー。

かくして役者は集い、幻想殺しの少年の死をセレモニーとして殺し合いが始まった。

人の真の願いと幸福を求める私にこのようなものを見せるとは如何なものか。
そう思わないこともなかったが、これもまた力を手にしたホムンクルスが見せてくれる経過。
その結末まで見届けなければならない。

有体にいえば、当初は私はこの殺し合いに乗り気ではなかったといえるだろう。
だが、時が経ち、参加者が行動を重ねていく内に、私の内心もまた変化していった。


「ちが……私はみんなで帰れるならそれでいい。汚れるのは私だけでいいかなって……。だから、ね。卯月ちゃん。みんなに会ったらよろしくって……穂乃果ちゃんにごめんね――」
「……これ、……しか、なかった、ろ……」
「あとは、頼んだクマよ、皆……」
「……気付いてたら、動いてたにゃ……皆を頼む、にゃ……」
「……生きて、真姫。私たちのμ'sを、どうか――」
「こっちでs……だ!!」
「みんなを、いりやちゃん、を」
「――それでも、人は生き残るぞ。広川」
「ま、またあのはしたない行為をなさるんですの? うう……記憶を消したいですわ」
「お願い、生きて――」
「ふふ…、暖かいね…」
「あぁ……あたしもそっちにい、くぜ……っ」
「……よ、か――」
「なにやってんだ、このまぬけはやくいけ!」
『後は頼んだぞ』
「救えなくて――すま、な……い」
「ありが、とう……。エンブr―――」
「そろそろ、かな」

最期まで他者を想い続け散った者たちがいた。



「サファイアを、お願い――――」
「アンジュリーゼ、様……。先立つ不幸を……お許しくださ―――――――」
「ありがとう……」
「一人じゃ、ないから」
「ころして、やる...!」
「お願い。絆を、捨てないで……。 大丈夫、君は空っぽなんかじゃないよ。だから、こんなところで負けないで―――」
「ずっと、一緒に――――」
「そうですわね……。私は寝ますわ。フフ、良かった。お姉さまが……戻ってきてくれて……」

形は違えど、兼ねてより抱いていた想いに殉じた者たちがいた。


92 : 番外編:off stage ◆dKv6nbYMB. :2017/09/30(土) 10:34:21 X1hCZcl.0

「あんたたちなんかに、絶対負けないから」
「貫け――ッ!」
「ノーベンバー11。それが私の―――――」
「テメェを殴らねぇと死んでも死にきれねぇ」
「奇妙じゃったが――充実した人生だった」
「―――行け、BK201」

揺らぐこと無き信念とプライドに殉じた者たちがいた。


「っそ……届かないか……」
「――葬るッ!」

信念に従い刃を振るい続けた者たちがいた。



「お」
「接近戦を仕掛けてくると思っていたよ。挟み撃ちの形にすれば。既にわたしの周囲には、ハイエロファントグリーンの『結界』が張られているとも知らずにね」
「あ…DIOさん……」
「だけど大丈夫!みくはアイドルだから、御坂のことも笑顔にしてあげるからにゃあ!」

その最期まで傀儡として生を終えた者たちがいた。



「がっ!?」
「ぁ……」
「たすぇ……ち、ぇ……なるか……ぁ……ぁぁ……」
「――ちぃ、痺れ――ッ!」
「あが、あ……ぐぅ」

不意を突かれ、呆気なく命を散らした者達がいた。


「目を……覚ましてよたまむん……っ」
「死にたくない――死にたくないよ、ぉ……」
―――ルビー、サファイア、美遊、クロ……ごめんね、みんな……。
「穂乃果ちゃんと未央ちゃんにありがとう、それとごめんなさいって伝えて下さい」
「.........ごめんね......みんなのこと......裏切っちゃって」

擦り切れた果てに道を違えた者達がいた。


「ああ、頼んだぞ皆。生きて、こんな場所から、絶対に――――――」
「ごめんなさい、アレクトラ―――」
「そうか……マ……マ……」
「私が全てを焼き尽くす――もう誰も失わせないために、まずは貴様からだエスデスッ!!」
「う、 うん……お願い……ね」
「まあ、お前達人間のお陰で、多少……やりごたえのある、良い人生であったよ―――」

糾弾や挫折を経て、己の道を見出した者達がいた。



「お前は人間に負けた」

再び授かった命から、抱いていた疑問の答えを見出した者がいた。


「私はちゃんと正義の味方だったかな」

己の信じた正義を振りかざし、悪を滅ぼすために戦い続けた者がいた。



「もっと見ていたかった、が、致し方あるまい......。ゲームの幕引きは自分自身ですることにしよう――」
「や、つ、は...」

刻まれた因縁に拘り続けた者達がいた。




「破滅の天使の誕生だ」
「じゃあなエドワード・エルリック。精々あがけよ、この腐った世界でニンゲン共がどれだけ醜かろうと」
「ブドーをも超えるその雷光――素晴らしい!素晴らしいぞ御坂美琴!!あぁ、私は今、最高だ」
「■■■■■■■■■■■ッ!!」

徹頭徹尾己の欲望と本能に従い動いてきた者達がいた。


93 : 番外編:off stage ◆dKv6nbYMB. :2017/09/30(土) 10:36:13 X1hCZcl.0

陰惨で悪趣味ともとれるこの殺し合い。
私の望みとは無関係だとすら思われるこのバトルロワイアルの参加者たちの姿は、目を離さずにはいられなかった。

惹かれている。そう表現してもあながち間違いではないかもしれない。
彼らの死に興奮しているのではない。
彼らの誰もが願いを叶えようと足掻いていたからだ。

かつて私は、生田目太郎に『絶望』、足立透に『虚無』、鳴上悠『希望』の因子の力を与え事の成り行きを見守り人々の真の願いを見極めようとした。
人々の幸福のためにととった観察方法ではあるが、思い返せば気にかかる点があった。
テレビに人を入れる力。私は、あの三人にそれがどういったものか、何故授けたのかといった説明を一切していない。
勿論、説明してしまえば私情が入り観察がままならないため仕方のないことではあるが、問題なのはこの力で人を殺せるということだ。

テレビに人を入れれば、入った人間が己のシャドウと向き合い受け入れられなければ死に至ってしまう。逆に受け入れればテレビの中限定とはいえ、ペルソナを習得することができる。
だが、いきなりテレビに入れられて、果たして何人が『己のシャドウと向き合いペルソナを手に入れる』という発想に至れるだろうか。
それは、力を与えたあの三人にも言えることである。
テレビに人を入れたからといって、その人間が死ぬ可能性があると予想できると断言できるだろうか。
おそらくほとんどの者がその発想にいたれないだろう。
現に、なにもわからぬままテレビに放り込まれた山野真由美と害意を持って入れられた小西早紀の二人は本来の望みを叶えることもなく命を落とした。



つまり、私は人々の幸福を求めておきながら、死者が出るのを折り込んだ上で力を託したことになる。

これでは、善悪の判断がつかず使い方もわからない子供にダイナマイトとライターを手渡し爆発が起きるかどうかを実験しているようなものだ。

そう考えると、私はあの三人に死者が出るのを許容し、むしろそれを望んでいた節がある。

何故か。
恥ずべきことだが、神とて自身の全てを理解できている訳ではない。
あの時とった行動で状況が悪化してしまっただとか、理性で抑えきれずに堕落するハメになったなんて話も珍しくは無い。
私自身、私のことを理解しきれていないため断言はできないのだが、おそらく私は人間は追い込まれた時にこそ本当の願いを見いだせることを無意識下で知っていたのかもしれない。

その窮地こそが知人や己の生死であり、脅かそうとする者の存在である。

テレビの中では、己のシャドウを受け入れた者はシャドウへの対抗手段であるペルソナを使えるようになる。
対人としては強すぎるこの力だが、相手もペルソナを使えれば釣り合いがとれ、条件は五分の戦いが展開できる。
仲間内ならいざ知らず、敵対する者同士であれば瞬く間に殺し合いの始まりだ。
生田目は救済のために。
足立は己の苦悩も苦痛も放棄できるよう全人類をシャドウに染めるために。
鳴上は真実を追い求め霧を晴らすために。

彼らは全力でぶつかりあい、己の道を正しいものにするために、私の望み通りに己の願いを見せつけてくれた。


このバトルロワイアルの参加者たちもそうだ。
彼らは誰一人として、願いを求めることをただ放棄した者はいなかった。

誰も犠牲者を出したくないというのも、ただ闘いと殺戮を求めるのも、ただ生きて帰りたいというのも、日常を取り戻すのも。
その全てが真の願いであり尊重すべき願いだ。
その何れにも過ちなどなく全てが正しい願いなのだ。


...きっと、これが殺し合いでなくともよかったはずだ。
もっと生ぬるい、血の一滴も滴らない遊戯でもよかったはずだ。

だが、少なくともこの場では、あの彼らの姿こそが私の求めていたものだと断じよう。
鳴上悠の言った通り、幸福を、人々の真の願いを決めるのは私ではない。
願いそのものよりも、願いを叶える為に全力で臨むその姿こそが、私の求めた真の―――





「満足したようだな、イザナミよ」


94 : 番外編:off stage ◆dKv6nbYMB. :2017/09/30(土) 10:36:50 X1hCZcl.0

突如、私の身体を黒い影が包み込む。
これは、と驚く間もなく私が『彼』のもとへと引きずられていく。

「お前との契約はこれで果たした...私の願いを叶えるために、私が幸福になるために、その力を頂くぞ」

私の意識が加速し、『彼』へと瞬く間に吸い寄せられる。
最早抵抗もできない。

そうか。これが、多くの人間の人生を狂わせた私への罰か。
ならば、甘んじて受け入れよう。
足立透や生田目太郎と違い、人の身ではない私は人の世界の法律では裁けないのだから。






声ガ きこえる

小人 の

ものでh nk

たくさ ん  の声 が

そrrrrrれは、 わらひにマトわ る つ き

わたあああああし kらぁ ワタシwお ぅばつて イ く

ソレ、は、 わ  たし ガ ミス テ ta

も ノたち    の

怨 嗟 ノ コエ






ta


95 : 番外編:off stage ◆dKv6nbYMB. :2017/09/30(土) 10:37:31 X1hCZcl.0




音声はここで途切れている。

「...なるほど。不審には思っていた。なぜアンバーが『イザナミ』の神話を持ち出したのか。それは、単に鳴上悠と足立透のペルソナの関連性を示した訳ではなかった」

あの時は、エンブリヲがそれで抱いていた興味を満たされたが故に、それ以上踏み込むことはしなかった。
だが、思い返せば、それを自分達に伝えたところで、その本人である鳴上悠が既に死んでいる以上、情報価値は半減する。
貴重な時間を割いてまで伝えるようなものでもなかった筈だ。
彼女は言外に伝えたかったのだ。
お父様の他にも斃すべき敵がいる。それをエンブリヲに始末してほしい、と。

彼の性格ならば、ホムンクルスさえ倒し元の力さえ取り戻せば、参加者の力を借りず、一人でことに当たるのは目に見えている。
そして、生存者の中ではエンブリヲが一番神を倒せる可能性が高いとふんでいたのだろう。
なぜそんなことを目論んだのか...他の参加者にはイザナミに関わってほしくなかった、とも見ることが出来る。
顔見知りらしい黒くんか、イザナミと関わりが深い足立あたりかと見当はつくが、彼女との連絡が取れない以上真相は闇の中だ。


そして、音声データの内容から察するに、イザナミは既にお父様に取り込まれた後のようだ。
なんとも呆気ない。これが仮にもこの壮大な殺し合いの根幹だった者の末路なのか。
この様を他の者に聞かせれば呆れを通り越して情けないとすら思うだろう。
だが、参加者たちから存在すら認識されておらず、この殺し合いの根本の一人でありながら徹底的に傍観者の立場でいようとしたのだから、この最期は妥当なのかもしれない。
彼女の存在が知られなかったお蔭で、お父様を倒した参加者たちは各々の戦いに集中しこのゲームのケジメをつけることがでいる。
それが果たされれば、彼女は真の『第三者の傍観者』でいられるのだから。

(もしもエンブリヲがアンバーからイザナミの存在を聞いていればどうなっていただろうか)

もしもエンブリヲがイザナミの存在を参加者たちに知らせていれば、お父様を倒した後も同盟は続き、何人かの犠牲者が出て現在の戦況にはならなかったかもしれない。
場合によってはイザナミを倒したところで殺し合いが終幕を迎える、といった可能性もあったのかもしれない。

(いや...彼なら、あのやり取りで既にイザナミの存在を理解していたかもしれないな)

彼は人間的には欠片も信用できない男だが、その知恵と知識、技術に関しては素直に尊敬している。
彼はそのことを知らず、私の元主催という立場を妬んでいたようだが。


96 : 番外編:off stage ◆dKv6nbYMB. :2017/09/30(土) 10:38:39 X1hCZcl.0

残る参加者たちと共にお父様へと挑む数時間前のやり取りを思いだす。

「ひとつ聞かせろ」
「なにか?」
「あの死体人形...まどかとほむらとか言ったか。貴様は何故あんなものを持ち歩いていた」

アンバーとの交渉を終えたエンブリヲは、そう私へと詰め寄った。
エンブリヲの眉間には皺が寄っており、その眼光も鋭く私を見据えている。

「島村卯月がやったのを知らなかったことを差し引いてもだ。あれが見られれば混乱と不和が生じるのがわからないほど愚かではないだろう。
貴様はアレを埋葬したいとほざいていたが、貴様が殺し合いの関係者という事実があればそれすらも疑わしい」
「...つまり、私が殺し合いを促進させるために、わざと彼女たちを持ち運んでいた...そう言いたいのかな」
「そう思わざるを得ん。あれさえなければ学院での諍いはもっと穏便に済み戦力を徒に減らすこともなかった筈だ」

当然の疑問だ。
いくら主催としての記憶が無いとはいえ、それはあくまでも本人の告発。第三者から見ればそれが真実か否かの根拠はゼロに等しい。
私がエンブリヲの立場でもこの件に関しては問いただしただろう。

「最早争っている余裕はない。あの場に居合わせた連中...といっても、残るはあのゴキブリだけだが、奴に問い詰められればはぐらかすくらいのことはしてやる。
だがそれには貴様が敵ではない保証が必要だ。もしも貴様に害意が無かったのなら、ここで証明してもらおう」
「...そうだな。あの件に関しては私の落ち度だ。正直に話すべきだろう」

私は、あの死体を持ち歩いていた経緯を語る。
兼ねてより異能力に関して強い関心を抱いていたこと、魔法少女のソウルジェムの仕組みについて興味を持っていたこと、そのために彼女たちの身体を分析しようとしたこと。
その答えを聞いたエンブリヲは、眉間の皺を更に深め、小さな舌うちと共に嫌悪を更に顕にした。

「そんなことのためにあんな厄介毎を持ち込んだのか」
「誤解のないように言っておくが、分析はあくまでも余裕のある時に行う予定で、時間が無ければ諦めて埋葬するつもりだった」
「貴様があんな小娘たちの死体を煮ようが焼こうが知ったことではない。そのくだらない好奇心とやらのせいで、私たちはこんな綱渡りの状況に晒されていることがわかっているのか」

憤慨するエンブリヲだが、しかし私へと危害を加えようとするのではなく、舌うち混じりに「五分時間を寄越せ」とだけ告げ、紙上にペンを奔らせる。
よどみなく書かれていく文字列と図に、つい疑問符が湧く。
宣言通りに五分が経過したところで、エンブリヲは紙を押し付けるように突き出した。

「弱点を露出させ、キュゥべえとやらが『作った魔力』という回復の効かない力に縋ることしかできない戦士としても未完成な不良品。これが貴様の大好きな魔法少女とやらの正体だ。どうだ、これで満足か?」

紙には、彼の知識を総動員して作られた彼なりの『魔法少女システム』が記載されていた。
それには私が思い描いていたファンタジックな要素はなく、エンブリヲの要する『技術』がふんだんに詰め込まれていた。


97 : 番外編:off stage ◆dKv6nbYMB. :2017/09/30(土) 10:39:12 X1hCZcl.0

「どんな異能力にも必ず原理は存在する...それは貴様も承知の上だろう。それが証明できないほど、その能力が魅力的に見えるというのわからんでもない。
だが、それは言い換えれば、魔法という曖昧で不可思議な力として括られているのではなく貴様の知らない技術というだけ。原理と手段さえ揃えばいくらでも再現できる程度のことだ」
「......」
「私は如何な手段を用いてでもホムンクルスを抹殺する。それこそアンバーとやらの依頼が無くとも、必要とあらばあのチビやゴキブリに手を貸すこともしよう。
主催の立場というある種不利な状況の貴様が協力できるようにも取り計らってやろう。だが、いざという時にホムンクルスから異能力を餌に足を引っ張られては敵わん。今後、くだらない好奇心で場をかき乱すような真似は決してするな」

まるで百年の夢から覚めたようだった。
この殺し合いに参加者として目を覚まし、モハメド・アヴドゥルと出会ってからというもの、自分は異能力に対して強い興味を惹かれていた。
そこには、科学と化学では解明できない魔法があり、かつて夢見た城はそんなおとぎ話染みたもので作られていた。
だから、いくら自分が電脳空間でアインクラッドを再現しようとも、科学技術の枠に捉われる自分が一番違和感を感じてしまう。
理屈が通じない異能力を複数用いればあの城を改めて作り上げることができるかもしれない―――だからこそ、自分はこの会場での異能力に惹かれていたのだ。

だが、エンブリヲは異能力の構造をあっさりと解明してみせた。
異能にも理屈や理論は必ずあると思い知らされたのだ。

考えてみれば、エンブリヲは科学者的存在でありながら、瞬間移動や分身など、異能力染みた技を披露していた。
技術を用いて奇跡を引き起こす。
そういう意味では、エンブリヲはあくまでも現代技術の域を超えることのできない私の上位互換と言ってもいいのかもしれない。
今はまだ限られた技術手段と資源しかないため大差がないが、もしもより多くの資源を用いて比較すればその差は浮彫になるだろう。
ヒースクリフに出来てエンブリヲに出来ないことはないが、エンブリヲに出来ることがヒースクリフにも出来るとは限らない、と。

「...エンブリヲ。話がある」

だからこそ、私は期待した。
彼ならば、かつて自分が遣り残した実験を実現できるのではないかと。

怪訝な顔で振り返るエンブリヲに対し、微笑みさえ浮かべて提案する。

「きみもアンバーに対して全幅の信頼を置いている訳ではないだろう。そこでひとつ、保険をかけてはみないか」
「保険だと?」
「記憶人格の電脳化―――それが成功すれば、必ずや盤面を覆せる」

例えその終着点が破滅だとわかっていても、持ち掛けずにはいられなかった。

その結果、エンブリヲの手により消滅の時が迫っているが、私には微塵も後悔などはない。

エンブリヲには遠回しに非難されている気がしないでもないが、それでもこの箱庭や施設はどれも自分の持ちうる能力を本来の限界以上に活かし、創り上げた最高傑作だという評価は変わらない。

自分の理想郷でかつての夢の膝元でひっそりと消え去る。

命尽きるその時までかつての夢に溺れていられるのだから、なんとも素晴らしい最期ではないか。


音声は全て聞き終えた。
景色も可能な限り記憶に焼き付けた。
心残りはあるが―――これだけやりきれば、結末を見届け消え去る身としては充分だ。

「全ての決着までは、あとわずか、か」

どうやら、結末を見届けるまではこの身体も保ってくれそうだ。


98 : 番外編:off stage ◆dKv6nbYMB. :2017/09/30(土) 10:39:59 X1hCZcl.0


これはなんだ?

獲物を狩る絶好の機会だというのになぜ彼らは銃を突きつけ動かない。

いや、そもそもなぜ私は生きている。

「流石のあなたでも驚いてるみたいだね」

そう声をかけてきたのは、いつの間に檀上にいたのか、緑色の髪をした美しい少女だった。

「きみは?」
「気になるだろうけど、とりあえずここから離れようか」

少女は悠々と軍人どもの合間を闊歩する。
だが、彼らは少女の存在には何の反応も示さない。
いや、まるで動画の一時停止の瞬間のように微動だにしないのだ。

「大丈夫、あなたがそこから動いても彼らはなにもできないよ」
「......」

少女の言葉を信じ、私もまた檀上より降りて彼女の後に続く。
それでも軍人どもは微動だにしない。誰もいなくなった空席に銃を突きつけているだけだ。

(彼らの動きだけでなく音も聞こえない。いや、まるで空気そのものが停止しているよう...本当に不可思議な事象だ)

少女の後に続き辿りついたのは、内装が朱で染まった一つの部屋。
寄生生物・後藤が散らかした人間どもの血だまりと残骸を踏みしめ、開放されっぱなしの扉を閉める。
これで、傍からはこの部屋の中を見ることはできない。


「この辺りでいいかな」

少女のその言葉と共に、空気が再び生を取り戻し周囲が騒がしくなる。

「協力してほしいことがあるの」

私がなにかを問いただす前に、彼女はそう切り出した。

「これから、72人の参加者の殺し合いが始まる。あなたにはその主催をやってほしい」
「殺し合い...?」


99 : 番外編:off stage ◆dKv6nbYMB. :2017/09/30(土) 10:40:51 X1hCZcl.0

彼女は大雑把ながらも殺し合いについて説明してくれた。
『お父様』と呼ばれるホムンクルスが、肉体を手に入れるために殺し合いを計画していること。
彼女―――『アンバー』は、そのために必要な駒を揃えるために働かされていること。
殺し合いの主催となるはずの男が欲をかき裏切り欠員が出てしまったこと。

「その代理として私に白羽の矢がたったというわけか」
「理解が早くて助かるよ。...それにしても、錬金術とか魔法とかにはあまり驚かないんだね」
「疑念は浮かんだが、実際に体験してしまったからな。そういうものだと受け入れるべきだろう」
「合理的だね。だからあなたが候補に上がったのだけれど。...それで、あなたはどうする?」

「ひとつ聞かせてくれ。私が断ればどうなるんだ?」
「別に。他の人を探すだけ」

アンバーは、お父様とやらの依頼をそのまま読み上げてくれた。

既に舞台は整っている。あとは幕をあげればそれだけで全てが動き出す。
もはや茅場のような特殊な知識や技術を持つ者でなくとも構わない。
できれば無力な駒がいい。
それも、イチイチ倫理がどうとか騒がず情に絆されることのない利口な駒であれば尚更だ。

というのが、主催の条件との話だ。


「つまりは、私は本当に隠れ蓑にしかすぎないというわけか」
「そういうこと。だから、断りたいなら断ってくれてもいいんだよ」

心にもないことを。
いくら先程の窮地を抜けたからと言って、ここはまだ市庁舎の中。
少し歩けば軍人に見つかる可能性は充分にあるし、私の死が確定されていない以上外の警察から逃げ出すことも敵わない。
軍人どもは私を寄生生物だと思い込んでいる以上、見つかれば即射殺だ。
この状況、事実上の脅しととっても構わないだろう。
まあ、死ぬこと自体は別に構わないが、せっかくこうして生き永らえたのだ。
その時間を使って改めて人間どもを効率よく間引きする策を考えればいい。

「わかった。その主催の任、引き受けよう」
「ありがとう。...それでここからがお父様には内緒の本題」
「?」
「私に協力してほしい。殺し合いを途中で止めて、お父様を倒すために」

言っている意味がわからなかった。
彼女はお父様の遣いで、私を殺し合いの主催に勧誘している。
その彼女が、お父様を倒す?


100 : 番外編:off stage ◆dKv6nbYMB. :2017/09/30(土) 10:41:15 X1hCZcl.0
「といっても、あなたには特別に難しいことを頼むわけじゃない。私が動く時にそれとなくお父様の注意を引き受ける。それだけだよ」
「...殺し合いを開かれたくなければ、きみが参加者を連れてこなければよい話では?」
「それが出来れば一番いいんだけどね。けど、いまの私じゃアレには届かないから、一時的にでもお父様に取り入る必要はあるの」
「お父様を倒したい理由は?」
「お父様は、異世界を錬成陣で繋ぎより強力な『神』になろうとしている。それが成功すれば、その神の名に恥じない力を振るうことが出来る」

なるほど。確かにそれだけ強大な力を有したものが側にいて、且つ敵に周れば厄介極まりない。

「だが、私がリスクを冒してまで協力するメリットがない。私はただの人間程度の能力しかない。そんな私からしてみれば、超常的な能力を有する『お父様』もきみも同じく脅威にしか思えない。
多少なりとも命を張ることになるのだから、私がお父様を敵に回す理由が欲しい」
「...『神』の力はとても強力。あなたが敗北した軍隊なんかよりよっぽどね。あの力は徐々に肥大化していき、やがてお父様の意ひとつで容易く生物を根絶できるほどになるかもしれない。人間嫌いのあなたもそれは望まないでしょ?」

アンバーの言う通りだ。
確かに私は人間が嫌いだ。
だが、なにも人間を根絶するために寄生生物を囲って間引きしようとしたのではない。
私の願いは、崩れた生物界のバランスを取り戻すこと。
人間の『天敵』により数を調整する。そうして新たに出来た大自然のピラミッドを生物界の規範にすることで改めてバランスを取り戻そうとしたのだ。

もしも『お父様』が神の力を手に入れ、傲慢にも気分ひとつで生態系を破壊されるようなことがあれば、それこそ人間以上に唾棄すべき存在だと断ずる他ないだろう。
それは断じて許してはならない。

「...わかった。アンバー、きみに協力しよう」

ただしそれはお父様がどんな存在かをこの眼で見極めてからだ。
もしもお父様が私の理想に足る存在であれば私はお父様につき、そうでなければアンバーに協力するとしよう。
それまではセオリー通りに隠れ蓑に徹しよう。
そんな私の内心を知ってか知らずか、アンバーはついてくるように促した。

これが、私がバトルロワイアルに関わることとなった成り行きだ。


101 : 番外編:off stage ◆dKv6nbYMB. :2017/09/30(土) 10:42:17 X1hCZcl.0




「...まさか、このような結末になるとはな」

お父様が崩れ、独り残った私はそうひとりごちた。

イザナミのような神格の存在でなければ、アンバーやお父様のような特殊な力もなく、茅場晶彦のような技術力もない。
いわば存在価値が最も薄い男だ。普通に考えればまず脱落するのは自分の筈だろう。

だが、彼らは散った。
殺し合いの根本の一人であるイザナミは参加者に存在すら知られずお父様に取込まれ、アンバーはお父様に襲撃され消息不明、茅場晶彦も死に残されたコピーも直に消え去る。
そして、元凶であるお父様は今しがた参加者たちに斃された。
本来ならばただの代理であり、ただの隠れ蓑として呼ばれた自分が、最後までこうして五体満足で生き残ったというのだから奇跡という他ないだろう。

「ただ、あのお父様を倒してくれたのは嬉しい誤算だ。お蔭で私の悲願が達成される機会が生まれた」

主催の立場且つお父様という強大な障害がある以上、自分が願いを叶えることは不可能だと半ば諦めていた。
自分にできることは、『神』の力を振るうお父様の御機嫌を取り、間接的に制御することくらいだと思っていた。
だが、彼が倒れた以上、もはや殺し合いの主催の立場など機能はしない。
参加者と主催の垣根が消失した以上、今ならば自分にも願いを叶える権利がある筈だ。

あれだけの参加者の中から鋼の錬金術師が生き残り、お父様の前に立ち塞がり野望を阻止するのが『抑止力』によるものならば。
未だ止まらぬ人間による生態系の破壊を憂う者が残ったのもまた抑止力といえるのではないか。


「終止符をうつとしよう」

それは、この殺し合いだけではない。
広がり続ける人間たちの生態破壊。収まらぬ環境破壊。その全てにけりをつける。

「これ以上余計なしがらみは増やさん。そのためには...」

己の掌を見つめる。
死の寸前に軍人どもに叫んだあの時のように、自然と力が入るのを実感する。
恐れることなどなにもない。今の自分ならばできる筈だ。
私は私の望むように。
開かれた掌を強く握りしめ、静かに宣戦する。

「私が聖杯を手に入れる」


102 : 番外編:off stage ◆dKv6nbYMB. :2017/09/30(土) 10:43:32 X1hCZcl.0






広川剛志。
最も非力な最後の主催者は、かくして人知れず戦線へと踏み出した。


【F-5/二日目/日中】

【ヒースクリフ(アバター)@ソードアートオンライン】
[状態]:HP25%、異能に対する高揚感と興味、真実に対する薄ら笑い
[装備]:ヒースクリフの鎧@ソードアートオンライン
[道具]:なし
[思考]
基本:ゲームの創造主としてゲームを最後まで見届ける
0:最後はアインクラッドと心中する。
[備考]
※数時間後に消滅します。
※イザナミの存在を知りましたが、参加者に影響を与えたくはないため口外するつもりはありません。



【???/二日目/日中】

【広川剛志@寄生獣 セイの格率】
[状態]:???
[装備]:???
[道具]:???
[思考]
基本:聖杯を手に入れる。


103 : ◆dKv6nbYMB. :2017/09/30(土) 10:44:07 X1hCZcl.0
投下終了です


104 : 名無しさん :2017/09/30(土) 12:53:59 jG5VlkAU0
投下乙です
アニロワシリーズ恒例の舞台裏番外編&総集編
読んでいてこの二年余りで投下された話を想起して感慨深い物がありました
開幕当初から読ませて頂いていましたが本当に色々なことがありましたね
そんなこの企画も遂に最終章、最後に残った主催である広川も一役者として再び舞台へと上がり、主催、参加者の中では最も弱い彼がどのような物語を見せるのか楽しみです


105 : 名無しさん :2017/10/05(木) 21:02:55 5tKduLNk0
遅れましたが、投下乙です
バトロワの裏舞台はこういうカラクリだったか、知らない内に死んでいた黒幕哀れ
まさかの最後の主催も戦場に出てきたか、一般人とはいえ厄介な支給品持ってそうだなあ
完結まで楽しみです


106 : 名無しさん :2017/10/24(火) 19:42:41 zkd8NEns0
予約きたね!


107 : ◆BEQBTq4Ltk :2017/10/26(木) 23:50:34 aTeNFPRA0
お久しぶりです。キリのいいところまで投下します。続きは来週中だと思います。


108 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/26(木) 23:51:32 aTeNFPRA0

 タスクが振り下ろした刃は空を斬る。対象だったエンブリヲは数歩後退し銃口をタスクへ向けていた。
 当然のように響く銃声を背中へ流しタスクは神の懐へ飛び込んでいた。銃弾など見えておらず、回避は先読みの結果。
 正攻法で攻めれば分が悪く、単純な身体能力では推し量れない。エンブリヲは謂わば『何が飛び出すか分からないびっくり箱』のようなものだ。
 調律者と名乗る彼はその名に恥じぬ能力を持っている。文字通り世界の一つや二つの想像をやってのけるだろう。

「やはり何かの間違いだ」

 迫る刃を振るうタスクの腕を左腕で掴むと調律者は顔を歪ませる。
 どれだけ力を込めようが調律者は動じない。タスクの腕が震えるだけである。
 エンブリヲの脅威は瞬間移動だけではない。純粋な戦闘能力も一線を画するといえよう。
 理解していた。相手が憎かろうと、仲間の、両親の仇だろうと溢れ出る激情により意識を流されることを拒んでいるつもりだった。

「……間違い?」

 相手は神だ。
 隙を見せればその瞬間に人間の生命は簡単に消される。

「私が貴様に殺されるなど何かの間違いだ。数多の平行世界だろうと、微塵の可能性であれどあってはならないことだ……!」

 タスクの腕から骨の軋む音が響く。
 折れる手前までの力を注ぎ込み、調律者は抑え切れぬ怒りを表す。

「ぐっ、みっともないなエンブリヲ。同じ自分の失敗が認められないのか?」

「この状況でよく吠える。それに失敗と言ったな? 正にそのとおりだ。貴様が殺した私は失敗作に過ぎぬ」

「そうか――俺には失敗作と成功作の見分けが付かないけどなッ!」

 己の懐に忍ばせた刃を空いた左腕で振るい、調律者に斬り掛かるも見抜かれていたように回避。しかし、これによりタスクは動きを取り戻す。
 過去にマスタングから貰い受けた刃によって窮地を脱出すると、エンブリヲと数十メートルの距離を取る。
 だが直ぐに失敗と気付く。相手の獲物は銃である。その事実を忘れた訳ではないが咄嗟の動きと近接に於いて優位を取られた現実が判断を誤らせた。

「貴様如きに値踏みされる覚えは無い」

 そして失敗を庇うように神が目の前に立っていた。それも額に銃口を押し付けた状態で。
 一瞬にして流れる汗が冷え込み、それに伴いタスクの体温が急激に下がる。激しい鼓動だけが浮いているようだ。
 焦る頭の中で彼が思い描くは引金よりも速く斬り捨てることである。神であれど他者の思いは読み取れない筈だ。
 可能であればそれこそ殺し合いは破綻し、とっくに終了を迎えている。状況を打開する手順は理解した。後は実行するだけ。


109 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/26(木) 23:52:47 aTeNFPRA0

 銃は一切の震えを見せず、額へ向けられている。
 肩で呼吸をしておらず、自分とは対象的にエンブリヲは余裕の表情を浮かべていた。
 王手、チェックメイト。勝利目前の状況の中で神は以外にも笑っていなかった。本来の彼からすれば有り得ないことである。
 タスクの思い浮かべるエンブリヲならば、神に似合わぬ幼稚な言葉で罵倒を浴びさせ、下品な笑い声を響かせている筈。
 しかし、目の前の男は絶対的な優勢の中で静かに口を開いた。

「貴様以外の参加者はどこにいる」

「…………?」

 思いもよらぬ言葉にタスクは固まってしまう。既に動きを見せていないが、思考までもが停止する。
 他人の生命を握り、ヒステリカを顕現させ、どういった訳かアンジュすら蘇らせようとしている男がこの期に及んで何を気にしているのか。

「貴様だけでこの私を倒せるとでも? クク、巫山戯ているな。錬金術師に魔法少女、契約者はどうした?
 それに超能力者にペルソナ使い……そしてヒースクリフ。あいつらは何をしている? 最もどれだけ徒党を組んでも私が負けるなど有り得ないがね」

「お前に教える道理は無い! ただ」

 真意は不明だがエンブリヲの興味は他の参加者にあるようだ。ならばなんとか注意を逸らすように誘導しこの場を乗り切るきっかけを掴むまで。

「なんで気になる? まさか恐怖しているのか?」

 選択は煽り。
 先の攻防にてエンブリヲが苛立ちを抑え切れぬことは明らかだ。ならば燃え盛る炎の中に旋風を巻き起こせばいい。
 活路を見出すべくタスクは回らぬ思考へ無理矢理にガソリンを注ぎ込む。くだらぬ迷いは無視をしてアクセルを踏み抜け。

「エドの錬金術はお前の力よりも魅力的だ。杏子の魔法だってお前を上回っている。黒が相手じゃ正面から負けるだろう。
 美琴の電撃を受ければお前は死ぬ。足立も同じだ。そしてヒースクリフはお前よりも立派な大人で、自称神の頭脳を超えている」

「……」

「図星か? 仲間がどこに潜んでいるのか分からないから怯えているのか? 調律者と豪語していた男とは思えないほど臆病な男だな、お前は!」

「……」


110 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/26(木) 23:53:27 aTeNFPRA0

 語らぬ調律者の瞳を覗けば、そこには一切の乱れを感じさせない座った瞳だった。全く介しておらず、興味の欠片も抱いていないと察せられる。
 エンブリヲの性格や彼を彼と証明するような精神を考えれば、挑発に乗らない姿はタスクにとって想定外である。
 元々、忘れてはならぬが銃口を額へ突き付けられた身。少しでも調律者の気に触れれば、乾いた銃声が重い生命を奪うことになる。
 さぁ、どうしたものかと貯まる唾を飲み込む。依然としてエンブリヲに生命を握られており、会話を長引かせようにも相手が乗り気ではないようだ。
 黙って弾丸の到来を待つほど諦めもよくなく、時間が許す限りの可能性を掴み取るように思考を張り巡らせる。


「元の世界へ帰還するようとしよう。何故、貴様は私の元へ来た」


 カチャリと耳に届く音は銃口を額へ更に押し当てた証拠。流れる汗が冷える中、対象にも鼓動が加速し体温が上昇する。

「……それは決まっている。俺がお前を」

「倒しに来た――だろう。全くつまらぬ返ししか出来ぬ類人猿であるが、偽りでは無いだろう。
 大方、貴様一人が独断行動――考えるまでもない。黙って地獄門を通れば、無駄な血を流さずに帰れただろうに」

 見抜かれている。エンブリヲの語る言葉に綻びは見当たらない。まるで創設者であるような――神であるように、全てを見通しているかのような。
 心の動揺が表面に現れタスクの瞳が揺らぐ。その瞬間を見逃さない調律者は必要もない答え合わせに更なる確信を感じた。

「だが、帰還したところでこの私がいる。力さえ取り戻せばヒースクリフを皮切りに貴様等を消す。故に貴様が私の元へ現れたことは間違いではない。
 くだらぬハッピーエンドを望むならば、まずは私を止める必要がある。脅威性で考えればあの道化師とは比べ物にならないほどにな。しかし、貴様一人で止められる訳がない」

 気付けば銃口が大地へ向けられていた。
 調律者は語るのだ。これから演じられるであろう、スタッフロールの後に待ち構える最後の真実を。

「徒党を組んでも不可能だ。ならば、錬金術師達はどこにいる……私以外にも手を打たなければならない存在がいる。
 道化師には――あの少女を充てがえた。いや、自らその役を買って出たのかもしれない。興味は無いがな。そして――御坂美琴」

 一瞬の空白が彼らを包む。


「私は多くのデータに触れた。ヒースクリフの肉体を再構築した時に気付いた。そしてイリヤの身体が更に私の予想を確信へ至らせたのだ。

 御坂美琴の目的は聖杯による心願成就。勝手にしていろと言いたいところだが、動力源は恐らく繋がれた世界に混在する生命。御坂美琴を放置すれば、私にも危険が及ぶ」


 この男はヒースクリフから聞いていたのだろうか。語る一つ一つの説が茅場晶彦の口から語られた事象と同義である。
 しかし、あの場にエンブリヲはいなかった。事実を知る筈がない。あるとすれば自力で辿り着いた他に無いだろう。


111 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/26(木) 23:54:10 aTeNFPRA0

「錬金術師に契約者――黒が止めに行ったのだろう。それが最善の策だ。だが、肝心なことを見落としている。なんと愚かな存在だ」

 タスクを見下す調律者は両腕を広げ、天を仰ぐ。
 この物語を管理する神の残滓は消えた。この場に神が存在するとすれば、それは目の前で笑う趣味の悪い男だけ。



「私を止めなければ貴様等人類に明日など――ククク、存在する筈がないだろう」



 この世に神が存在すると仮定しよう。目の前で嗤う男に後光などあるものか。
 彼を取り巻くは靄だ。存在の在り方そのものが歪んでおり、息をするだけで自然が腐り、歩くだけで世界が変動する。
 慢心などと安っぽい表現で収まるものか。彼は完全に己以外の存在を下等生物と見下している。

 その油断が隙となる。既に銃口は外れている。ならばタスクが躊躇う必要もない。瞬速の如き一閃が調律者を斬り裂く筈だった。
 空を斬る音だけが虚しく響く。その後に聞こえるは大地を擦る音が背後から。まさかと思い振り向くタスクであるが、正解だったようだ。


「全てを終わらせる手伝いをしてやる。今回限りだが……貴様等にも悪くない話だ」


 最早、当たり前のように感じてしまい驚愕の声も上げられなくなった瞬間移動。
 言葉の終わりと同時に指を弾くエンブリヲは悪趣味な笑みを浮かべていた。その真意をタスクが気付くのは数秒後となる。

「手伝い……? 何を言っているんだ、お前の手を借りるなんてあり得ない」

「貴様等の道を阻む障害を私が取り除いてやる。この機を逃せば――生還どころか、存在自体がアカシックレコードから消滅することになるぞ」

「ハッ! なんてスカスカな言葉だ! お得意の意味不明な語りか? お前の言葉に信用性なんてありゃしない!」

 刃を再び強く握り締めたタスクは数回、踵を整える。
 正攻法を繰り返すだけでは調律者に一太刀すら浴びさせることは不可能だろう。しかし、それは相手が完全無欠の神である場合に過ぎない。
 ヒースクリフの用意した箱庭の中であれば、神であれど一介の参加者と肩を並べる存在だ。
 力を取り戻しつつあったとしても本質にまで影響は及ばない。下克上――諦めぬ者に奇跡は訪れる。

「信用性? 貴様は初めから私の言葉に耳を傾けていないだけだ……愚かな、貴様もそう思うだろう?」

 やってみなければ分からない。調律者の問いかけを斬り捨てたタスクは大地を蹴り上げた。
 捲り上がる流砂が舞う中、彼は重力へ抗うように身体を止めてしまう。聞き慣れない言葉が耳に届いたのだ。


「何を言うと思えば……それは彼よりもお前の問題だろう?
 日頃の行いでは収まり切れない所業の数々が、本来は神である存在を悪魔と囃し立てる……ありがちじゃないか?」


 聞き慣れないと云えば嘘になる。その声は数十分前に聞いた。声の持ち主を知っている、関わりがある、肩を並べたこともある。
 だが、あり得ない。彼が何故、この場に駆け付けたのか。既に道を別れた男が加勢とは考えられず、タスクの額には更に汗が滲む。
 ゲームマスターと云えど瞬間移動の能力を行使するとは思えない。可能ならば殺し合いの中で何度も使用している筈だ。少なくとも、己の生命を落とす前に。
 ならば、この男の声が背後から響いたのは何故なのか。困惑する思考を強引に巻き戻す。常人では気付かないような微小なる粗を探すように、映像を脳内に走らせる。

「まさか……指を弾いた時に――ッ!?」


112 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/26(木) 23:55:21 aTeNFPRA0

 小馬鹿な笑い声が調律者の口から溢れ出る。まるで正解だと云わんばかりに、弱者を見下すように。
 そして確認するように背後へ振り返れば、声の持ち主であるヒースクリフが立っていた。間違いない、エンブリヲがこの場に召喚したのだ。

「悪魔とは陳腐な言葉であるが、まあいい。その悪魔にすら及ばぬ貴様に最早、ゲーム創設者としての役目もあるまい?
 ホムンクルスが打倒された今、参加者が争う理由は存在しない筈だが――それを止めぬ辺り、所詮は貴様もたった一人の参加者か」

「……今更なにを言い出すかと思えばそんなことか」

「ほう?」

「私の身体を再構築した段階で既に気付いている筈だ。そうでなければ私が依頼することすら有り得ない話だ。
 このゲームは止められない。逃げ出すことは可能だが……どうやら、彼女が許してくれないらしい。本人の口から聞いたらどうだ?」

「………………え!?」

 ヒースクリフの言葉に促され、彼の背後へ視線を動かせば御坂美琴が立っていた。
 驚きの声を上げるタスクだが、それは御坂美琴も同じようであり、彼女は戸惑っているのか周囲を見渡していた。
 しかし、数秒で状況を飲み込んだのか、エンブリヲの背後に存在するヒステリカを見つめながら溜息を零す。

「本当に余計なことしかしない男ね」

 歩を進める彼女の表情は苛ついている。垂れる血液がより一層、空気を張り詰めさせるかの如く。見ようによっては血涙に見えないこともない。
 御坂美琴からすれば、数人さえ始末することが出来たのなら、その時点で彼女はゲームの勝者となれた。
 足立透が、エンブリヲが生存者を一人も相手にしないとは考えられず、ホムンクルスが去った今、愚かな殲滅戦が開始される筈だった。

「元の私には影響など微塵も無いが忌々しいこの箱庭は厄介でね。奇跡を満たす――聖なる杯に注がれるつもりは無い」

「……何を言ってるか分からないけど、私の敵だってことは理解した」

 アンバーの語った聖なる杯を奇跡で満たす事。茅場晶彦が作り上げ、ホムンクルスが奪った箱庭。
 願いを叶えるための回路が線と仮定すれば、動力となる点は参加者の生命。そして、線は箱庭に留まらず、世界へ繋がっている。
 御坂美琴が願いを叶えれば、その瞬間に代償として奇跡――生存者の魂が消化されるだろう。そして、足りなければ繋がった世界から代用される。

 誰が願いを叶えても同じである。聖杯が起動すれば、生命は散る。
 地獄門を潜り帰還したところで、呪縛からは逃れられない。あるとすれば、誰も願いを叶えないこと。
 最もエンブリヲが生存すれば、やがて彼は力を取り戻し、復讐も兼ねて此度に繋がった世界を周り、生還者を殺害するだろう。
 調律者に仇をなした無礼者、生かされる筈がない。

「どうなってやがる……どうして全員が此処に集まっているんだよ!?」

 無の空間に座標が固定され、粒子が人間の輪郭を型取り、形成されるは見慣れた顔ぶれだった。
 エドワード・エルリックが開口一番に驚き、雪ノ下雪乃は不可解な現象に戸惑い、数秒の後に全てを察した黒は刃を構える。
 仮面の奥に隠された瞳はただ一人、エンブリヲに向けられていた。


113 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/26(木) 23:57:16 aTeNFPRA0
「御坂にヒースクリフも……何が起きたんだよ」

「役者が揃いつつあるな。だが、まだ足りん。一斉に集まらないところを見るとその力も不完全なようだな」

 証拠がない。理論はない。理解も追い付かない。
 ホムンクルスを打倒し、彼らは散り散りになった。
 しかし、こうしてとある二名を除き顔を見合わせる状況となっている。何故だ、まるで空間を転移したかのように一堂に会したのか。

 誰もが疑問に思い、誰もが理解を拒んだ。
 殺し合いをゲームと仮定するならば、ゲームマスターは退場した。
 この箱庭に干渉する者はいない。鑑賞する者もいない。正真正銘、生存者のみでの争いになる。
 故にこの現象へ導いたのも、生存者となる。ヒースクリフの言葉がそれを裏付けるのだ、力が不完全だと。

 背後に聳えるヒステリカ、囚われのアンジュ。
 この状況、この瞬間、この刹那。世界の理に縛られない能力を行使する者など、最初から一人しか存在しないのだ。


「力が不完全なのは認めよう。しかし、それでも貴様等相手には……ククク、クハハハハハハハッ!」


 調律者、エンブリヲ。
 天を仰ぐように嗤う、正真正銘の神。
 盤上の主を失った盤面を支配する、最後の一枚。

「状況を教えろ。情報が無いなら回答はいらん」

 構える黒を包む空気が張り詰める。ヒースクリフに現状の解説を求めるが、期待は無い。
 エンブリヲを殺さなければ全てが終わる。口を動かさないのが証拠だろう。これは真実なのだ。

「信じられない……とは言わないわ。もう何が起きても不思議じゃないとは分かっていたけれど、これは……」

 比企谷八幡の死を以て開幕のベルが響いた。これは現実であって夢ではない。
 雷光が煌めこうが、氷雪が人間を固まらせようが、灼熱が人体を燃やそうが、全てが現実。
 ホムンクルスを倒したとしても安心出来る状況じゃない。御坂美琴を、足立透を、エンブリヲを倒さなければ聖杯に繋がれた魂が消失する。
 だが、改めて実感する。雪ノ下雪乃は目の前で嗤う調律者は人間では無い異形の存在であると。

「……この状況、分からないなんて言わせない。身体が動くなら力を貸しなさいよ」

 ただ一人、踏み込んだのは御坂美琴だった。お前に言われる筋合いは無いと黒もまた踏み出す。
 やるべきことは決まっている。彼らは今、殺害せねばならぬ男がただ一人、目の前にいることは分かっている。
 ホムンクルスを倒すために仮初の同盟を結び、目的を達成した。破棄された契約を以て彼らは最後の戦いへ赴いた筈だった。
 だが、こうして再び肩を並べることになる。調律者は有り得ぬ力を扱い、散り散りになった生存者を一箇所へ密集させた。
 背後に浮かぶ黒い機神、囚われの姫君。そして神本人が語る不完全の力。この場に集った生存者の中で最も危険な存在は誰もが分かり切っている。

 故に、彼らは言葉を交わさずとも肩を並べる。
 全てを見届けると身を引いたヒースクリフ、願いを成就させるためならば最後の一人になろうと構わない御坂美琴。
 それらを受け入れなければ、勝率は零にすら辿り着かない。錬金術師が、契約者が、タスクが前に出る。
 要らぬ言葉は場を余計に混乱させるだけ。今、必要なことはただ一つ――目の前のエンブリヲを倒すのみ。


114 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/26(木) 23:58:23 aTeNFPRA0
「力を貸すなんて当たり前だ――こいつらを含めてな」

 錬金術師の言葉と同時に彼らの背後が輝き、空間を斬り裂いて現れたのは龍の魔法少女と心の道化師。
 刃と刃が重なり合い、鋼の旋律を重音を添え響かせる。互いが後退りし、転移したことに気付いたのか周囲を見渡し足を止める。

「な、なんでお前らがここに……あ、ああああああ!? なんだよ、あれ!?」

 足立透の血色が急激に悪化し、彼の瞳はエンブリヲを通り越し背後に聳えるヒステリカを捉えていた。
 生存者が一同に介したことも疑問であるが、それは些細なものだった。こんなにも近くに絶望があれば、些細なものと感じてしまう。
 彼は愚かであるが、頭の回転は悪くない。故にこの状況を自分なりに噛み砕いた時、一つの答えに辿り着く。

 真っ先に処分すべきはエンブリヲだ。

 幸いなことに御坂美琴を含む生存者が横一列に並んでいる。つまり、数時間前と同じように手を組んだ訳だろう。
 ならば、その輪に加わることに理由も動機も必要無い。彼もまた自然に彼らと肩を並べる。
 本来ならば有り得ない話だろう。人殺しが適当な顔で正義の味方に混ざるのだ、正気ではない。しかし、自分よりも狂った御坂美琴がいる。
 この空気、この流れ。エンブリヲ側に寝返る方が不自然だろう。勝率だけを考えた場合、愚かな選択である。だが、奇跡を起こす選択はこちら側だろう。

「なんだいこの急展開は。どう考えてもあんた達と再開するのは全てが終わる時だと思ってたけど」

 インクルシオを解除した佐倉杏子がエドワード・エルリックと御坂美琴の間に割り込み、率直な感想を述べた。
 彼女からすれば足立透との血戦に水を差されたのだ。無論、この状況を放置すれば決着どころか、世界が滅ぶことは理解している。
 
「さぁ、知らない。分かるのはあいつが私の敵で、あんた達の敵もあいつってことでしょ。一人でロボ持ちに勝てる?」

「はぁ……あいつ、さっきよりも元気になってないかい? ロボもボロボロだった筈なのにいつの間にか少しずつ治ってるし……。
 一応聞くけどさ、エド? エンブリヲはどうせ、あたし達を殺してやるだとかそんなことを言ったんでしょ? それで、誰がお前なんかに――みたいな」

 佐倉杏子はお世辞にも頭が良いとは言えず、寧ろ、悪い部類である。学校に通っていないなどの問題があるのだが、それでもこの状況を彼女なりに理解しようとしている。
 言ってしまえば愛と勇気が勝つストーリーだ。ホムンクルスを倒した時、更なる強敵を倒す直前なのだと。しかし、エドワード・エルリックの言葉は彼女の予想とは大きくかけ離れる。

「あいつはまだ何も言っていない。分かるのは俺達を一箇所に集めたのがエンブリヲってことだけだ」

 彼の言葉により生存者一同の視線は調律者へ注がれる。
 そして神は謳うように、空中に浮かびながら声を発し、裁きを告げる。


「力が完全に戻らない中、わざわざ貴様等を集めたのはそこの女――御坂美琴に余計な真似をさせないためだ。
 ヒースクリフの残した遺産――聖杯を起動されれば、さすがの私も為す術が無いのでな。先手を打たせてもらった訳だ」


 エドワード・エルリック達が別れる前にヒースクリフから語られた聖杯と、願いを叶えるための質量。
 茅場晶彦達が作り上げた箱庭を繋ぐ線と点を辿り、数多の平行世界がたった一つの欲望を叶えるために消滅してしまう。
 その呪縛はエンブリヲをも縛り付け、不完全な神はこの箱庭に身を置く限り、聖杯からは逃れられない。


115 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/26(木) 23:58:54 aTeNFPRA0


「へぇ、調律者だっけ? あんだけ偉そうに言っていたのに人間と変わらないんだね。じゃあ、私の願いのために死んでくれるの?」

「こう言ってはなんだが、私の細工した世界がお前を苦しめる事になった。気分は悪くない」

 エンブリヲが危惧した逆らえぬ法則。
 茅場晶彦が式を作り上げ、解を弾き出すは御坂美琴。彼女を放置すれば、神と云えど消滅は免れない。


「そこの猿――タスクを処刑した所で、殺し合いは止まらない。錬金術師、そして契約者。貴様等が御坂美琴を止めなければ不本意だが私も死ぬ。
 貴様等は信用ならん。そこの愚か者と哀れな小娘も含めてな……だからわざわざこうして、私が貴様等を集めた。不安要素は一度に取り除かせてもらおうか」


 タスクの処分は確実に必要以上の時間を費やす。彼と彼を結ぶ因果の鎖は、感情を以てしても解けない。
 彼を殺害した所で、エドワード・エルリック及び黒が御坂美琴を止めなければ、聖杯が起動され、殺し合いは幕を閉じる。
 分の悪い賭けだ。ならば、己の手で処分した方が早い――ヒステリカの修復さえも終了していない中で、神は行動を起こした。

「不安要素を一度に取り除くって……おいおい、さっきあれだけロボの戦闘を見たってのによぉ……冗談かよ」

「冗談じゃないでしょう。そんなのわざわざ口にする必要があるのかしら。臭いし、閉じてもらえる?」

「んだとこのガ……ッチ、後悔させてやるからな」

 神の発した処分の単語が生存者の本能を一斉に覚醒させ、分かり切っていただろう現実を更に強調する。
 数分後に幕が開くは人類史に刻まれぬ神殺しの偉業だ。世界から切り離された壁際で、誰にも看取られぬ最終決戦。


「地獄門を通り帰ってもいいぞ? 最も貴様等がこの場を脱することなど有り得ん話だがな。順番が変わっただけに過ぎぬ。ただ、先に貴様等を殺すことにしただけだ」


 かの言葉を以て全てが確信へ切り替わる。
 黒とタスクが刃を構え、佐倉杏子は再び龍の鎧を纏い、錬金術師は機械鎧の腕に刃を宿す。
 足立透がペルソナを顕現させ、御坂美琴が放った見せかけの雷光が彼らの意識を一斉に覚醒させ、最後の敵を捉える。



「元々、愚かだったのだよ貴様等は。大本の元凶であるホムンクルスを排除すれば全てが終わるとでも思っていたのか? 大した力も持たぬ類人猿が!
 貴様等は能無しなりに黙って規定に従えば、未来はあっただろう。有り得ぬ奇跡を求め、主催者を打倒? その先に何が残っていると言うのか。
 現にヒースクリフが下手を踏んでいなければ、全員揃って死んでいた。そこの錬金術師が志半ばに倒れていれば、生き残ったところで希望などどこにある?
 願いを叶えると言われていたのだから、黙ってその餌に食い付けばよかったのだよ。くだらぬ正義感だのに駆られた結果が――さて、言い残すことはないか? 貴様等の世界を破壊したあとに、広めてやろう」


116 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/27(金) 00:00:16 18WMeuqo0


 言い残す言葉など、誰が言おうか。
 横一列に並んだ世界最後の人間の瞳は、誰一人として諦めていない。


「本当にくだらない。もうこっちはとっくに引き返せないとこまで来てんのよ。だから殺す、それだけ。分かったならとっととその首を差し出して、殺してあげるから」


 放出する雷光が作り上げる彼女の影が嘲笑う。
 ふざけた事を抜かすなら、そのふざけた幻想を――神をも殺してみせる。


「お前は本当にムカつく奴だよなあ!? その舐め腐ったドヤ顔をぶっ潰して、俺は生き残ってやるからな!!」


 心の仮面から覗く本質が口から溢れ出る。
 一度は終わりを告げた殺し合い、誰がこのまま死ぬものか。最後に嗤うのは、俺だ。


「言葉など必要ない。俺はお前を、殺す」


 彼もまた仮面を持つ存在。
 黒の契約者はただ静かに――殺すべき相手を殺すのみ。


「あんたの言っていることはよく分からないけど、あんたが生きてちゃいけない奴だってのは分かるよ。それさえ分かれば十分だと思うけど……それでいいよな」


 心に穢れが混じり、身体は龍の因子に侵食された。
 満身創痍の少女はただ一つ、嘗て夢見たハッピーエンドを追い求める。


「俺たちがこうして生き残れたのはお前のおかげでもある。それだけは礼を言う……それだけだ、まずはテメェをぶっ倒す。話はそれからだ」


 鋼の錬金術師が追い求める未来。
 彼だけが描き上げるは誰も死なずに生還することであり、エンブリヲもまた、その一人である。


「私は彼らと肩を並べる資格を持たないが――発生したバグは取り除かせてもらう」


 全ては彼から始まった。
 このまま朽ち果てる身ならば、せめて最後は一人の参加者として神へ抗う。


「………………………………………………………………」


 雪ノ下雪乃はただ一人の一般人となってしまった。潜り抜けた修羅場の数は常識の範疇に収まらないが、彼女自身は普通の女子高生である。
 この場で唯一の守られる存在であり、力になろうにも限界が生じる。自分の非力さを痛感したその時だった。


「安心して待ってて。俺達は絶対に負けない……そうだろ、アヌビス神?」


『台詞を盗るなよ……んまァ、そういうこった!』


 不安に揺らぐ雪ノ下雪乃へ言葉を掛けたタスクは彼女から、相棒とも呼べるアヌビス神を受け取った。
 相手が神ならば、こちらも神の名を担う一刀を使うまで。


「最早、言葉は要らぬ。エンブリヲッ!! お前に関わり不幸になった全ての人間、我が一族――アンジュの思いをこの一太刀に、そしてこの俺の全てを賭けて、貴様を倒すッ!!」


「よく吠える! よかろう、そこまで言いのけるならやってみせろ、愚かな人間共! 
 貴様等がこれから挑むは正真正銘の調律者――神であるこの私! 此度のゲーム、貴様等の死を以て終わりとしようじゃないか!!」


「もう誰も死なせねえ! そんなふざけたこと言ってる暇があるなら、お前の知恵と力を貸せ! この――ド三流! お前は、いい加減にしろ!!」













「勘違いをしているとは思わないけど、一応言っておくから。あんたを生かそうとしてるのなんて、こいつだけだか――らァ!!」



 空間を迸る雷光が合図となる。
 今此処に、生存者同士、最後の血戦を告げる雷鳴が轟いた。








117 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/27(金) 00:00:58 18WMeuqo0

 彼らの共通思考はただ一つ。ヒステリカへ搭乗される前にエンブリヲを潰すこと。
 



 雷のように、一瞬遅れて響く轟音。幾度なく聞き慣れた、雷撃の証である。
 御坂美琴が放った針の雷撃は速度を重視したものであり、慢心した神の脳天を貫くことを目的にしている。
 ド三流と口にしていたが、その言葉どおり役者不足の男はこの場で退場してもらおうか。どのみち、長生きさせた所で生存者にメリットはない。

 故にエドワード・エルリックとなにやら記憶に残りそうな会話をしているが、御坂美琴にとっては対象の注意を反らしているだけに過ぎないのだ。
 無論、彼女にとっては絶好の機会である。エンブリヲと初めて出会った時、瞬間移動を用いられ安々と背後を盗られてしまった。
 その後にもヒースクリフの再構成に始まり、ホムンクルス戦での機神顕現――そんな化物がこちらを意識していないのだ。
 錬金術師の放つド三流の言葉と同時に雷針が脳を貫きゲームセット。後は人間を処理して願いを叶える。その筋書きどおりに進めばどれだけ楽だったか。

 雷針に遅れ黒、佐倉杏子、タスクの三名が駆け出し、それぞれの獲物を構えていたが、足が止まってしまう。
 己の目を疑い、しかし、これは現実なのだろうと納得するしかなかった。彼らにとって、雷針はとてもではないが認識出来る現象ではない。
 元々、此度の殺し合いに於いて雷撃を回避するだの、銃弾を叩き斬るなどの芸当はそれこそ達人か、或いは限定的な状況に限られる。
 例えば己の限界を常に更新するアヌビス神を闇夜を生業にするアカメが握れば、銃弾の一つを叩き斬ることも可能だろう。
 例えばマハジオダインの前にあからさまな行動を取ったり、わざわざ丁寧にそれらしい言葉を垂れ流す足立透ならば、事前にある程度は攻撃範囲を予測出来るだろう。

 全ては科学的に説明可能――ではないのだが、一般常識に於いては何かしらの条件さえ揃えば雷撃の無効化は可能だろう。
 従って御坂美琴を完全に意識の外に置いていたエンブリヲが雷針を回避するなど、普通は不可能である。最も簡単に倒れればここまで苦労していないことは生存者一同が分かり切っている。
 攻め立てるきっかけになればいい。体勢を崩せばいい。奴のリズムを乱せばいい。各位、それぞれの思惑があったのだが、神の力というのは、少々チートらしい。足立透の言葉である。

「何かしたか? 今、虫でも飛んでいたような気もするが……さて、この世界に首輪付きの奴隷以外に生物はいたかな?」

 神が右腕を振るった時、空間が歪んだのか何かしらの超常現象が発生したかは不明だが、雷針が非ぬ方向へ飛んで行く。
 ただひたすら直進していたのだが、ぐわんとうねりを見せ、天空の遥か先へ。この現象にタスクを除く二人は足を止めてしまう。
 相手は調律者であり、神であり、生かす価値もないエンブリヲである。その脅威と欠片も魅力を感じない人間性は知っていた。
 今更、戸惑うことはあっても驚くことはなかろう。そう踏んでいたのだが、認識外からの雷針に対処されるのは予想外だ。

「首輪付きの奴隷? そう思っているのはお前だけだ、俺たちは! ここにいる!!」

「貴様は例外だ。貴様以外の者は一生私の奴隷になると誓えば新世界へ招いてやることもない――貴様以外は!」

 唯一、足を止めていなかったタスクが己の身体を預けたアヌビス神の導きにより、調律者の眼前に降り立った。
 認めたくはないが、エンブリヲの脅威をその肌で最も感じ、彼に対し一番の理解があると自負している。この程度の現象で驚いていては、埒が明かないのだ。
 アンジュが生きていたならば「驚いている暇があるならあいつの寿命を少しでも減らしなさい」と喝を入れられていただろう。


118 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/27(金) 00:01:42 18WMeuqo0






 雷針に対処するなど想像の範疇だ。皆が足を止めている間に飛躍し、一気に距離を詰めると着地と同時に刃を一閃。
 風すらも温く感じる鋭さ。調律者なれど、この世界に身を置く限りは一介の参加者である。謂わば人間と同じルールに縛られた神の残滓。
 首を落とせばデータの海に消え、活動の元となった魂は聖なる杯に注がれ、奇跡のための礎となるだろう。首を落とせばの話である。

 エンブリヲは全く気にせず、一歩身を引くことで回避し、牽制代わりに槍先で軽くタスクの顔を狙う。
 手の抜いた攻撃などアヌビス神に当たるはずも無く、悠々と回避するタスクだが、突然の衝撃が背中に襲い掛かり、上体を曲げてしまう。

「わ、悪い! そのまま攻めると思ったからぶつかると思わなくて」

 遅れて駆け付けた佐倉杏子が想定していたのは、エンブリヲの正面から外れたタスクと入れ替わる形で槍を振るうこと。
 しかし、タスクはエンブリヲに足止めを喰らい、唯でさえ同時による近接戦闘は密集してしまうため、危険を帯びているのだが、相手を気遣う余裕などあるものか。
 誰もが満身創痍であり、取り分け、佐倉杏子の身体は最早人間と呼べるかどうかも怪しい段階にまで至っているのだ。
 魂は魔力の浪費により穢され、身体は龍の因子が混在してしまい、原型を保てておらず、角が発現している始末である。もう助からないと諦めている。
 しかし、もしかすれば――奇跡が起きるのではないか。少なからず夢を見ている部分もある。彼女は悪くない。年頃の少女に罪はない。
 残されている時間が少ないのは彼女が一番その身を通して痛感している。戦いが長引けば、自分は人としての姿を保っていないかもしれないのだ。
 故に満身創痍であろうと、最初からエンジンを全開にする。ガス欠などとうに迎えているのだ。完全なる廃棄にならない限り、少女は黙って前を進むだけ。
 相手が神だろうと恐れてたまるか。背中を任せられる、肩を並べられる、信頼出来る仲間がいるのだ。独りぼっちじゃなければ、負けない。
 世界が終わるかもしれないという状況で、彼女は言ってしまえば全てをある種は諦めているのかもしれない。願いを叶える権利を行使する筈もなく、黙って未来を受け取るのみ。
 このまま仮に生き残ったところで、自分は人間では無くなるだろう。それが魔女なのか、人間なのか。或いは生命として認識されなくなっているのか。それは分からない。
 だが、仲間のためならば、たとえこの身が朽ち果てようと――中学生の少女が決意するにはあまりにも重い意思である。
 その決意が溢れ出たのか、エンブリヲを始末することを優先したあまりに、周囲への注意が散漫していた。タスクが目の前にいようと、気づいた所で速度は緩められない。

「ちょっとは落ち着け! あいつにそんな隙を見せると簡単にやら、れる――ッ!!」

 完全に停止したタスクと佐倉杏子を救うために、離れていたエドワード・エルリックは掌を合わせ、大地に降ろし錬成を発動。
 眩い蒼き閃光が大地を駆け走り、二人の足元に収束すると土場の柱となりて、強引に戦線を離脱させる。
 エンブリヲの目の間で停止してしまえば、格好の的である。次から次へと超常現象を引き起こす神へ無防備を晒せば、生命の保証はないだろう。
 しかし、戦線から離れていれば生命の保証がある――とはならず、気付けば錬金術師の目の前には瞬間移動により転移した調律者が嗤って立っているではないか。

 息を呑むどころの騒ぎではなく、口から飛び出そうになる心臓を飲み込む勢いだ。声を上げようにも、驚きがエドワード・エルリックそのものを大地に縛り付ける。
 近くに立っている雪ノ下雪乃も驚きを隠せず、手で口を覆い瞳は恐怖からか潤んでいる。そして、足立透もまた驚きにより完全停止しているが、本能が彼を動かしたのか、ペルソナに命令し刃が動く。
 遅い、マガツイザナギの刃が振るわれた時、エンブリヲの槍がエドワード・エルリックの眉間を貫こうとしているではないか。足立透の叫び声が響き渡る、こんな奴にどうやって勝てばいいのか。
 神がいるならば教えてくれと天に願いたいものだが、生憎、その神様とやらとは敵対している。そして槍が錬金術師の眉間を貫き、バリンというガラス細工が割れた音が彼らの耳を支配した。

「……は?」

「絶対に俺を狙ってくると思ったぜ……やれッ!!」

 エンブリヲが振り返れば、そこには鋼の錬金術師が健在しており、槍が貫いたのは鏡に映った小僧である。
 その鏡の裏から飛び出すは剣と盾を構えたヒースクリフ。鏡のトリックにも驚愕しないエンブリヲの両目が大きく開かれた。


119 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/27(金) 00:02:15 18WMeuqo0
「その装備は再構成していないだろうに! 貴様、まだ何か隠しているのか!?」

「これは彼に錬成してもらったのさ。私だけが武器を持たずに指を咥えて見るなど、誰も許さないだろうからね」

「ククク、クハハハハ! 馬鹿め、ならば貴様など敵にすら満たない雑魚だ!」

 ヒースクリフの振るった剣は神に届かず大地へ突き刺さり、抜き去ろうとした瞬間、死角から振るわれるは槍の強襲だ。
 エンブリヲにとっての想定外は茅場晶彦が――仮称データバンク。殺し合いの箱庭を作り上げるに用いられた事象のおもちゃ箱に繋がっている可能性だった。
 彼の身体を再構成する際に、アバターの持続性に細工をし、元から所有していたスキルを消去し、当然のように武器もトラッシュボックスの奥底に眠ったままだ。
 そして現れたのは、再構成する前の状態で襲い掛かる茅場晶彦だ。神の額に汗が浮かび、もしもゲームマスターとしての権限を茅場晶彦が隠し持っていたとしたら。
 全てが茶番だ。本来の力を完全に取り戻していない以上、理から隔絶された世界の壁際のような箱庭にて、絶対的な神はゲームマスターである茅場晶彦になってしまう。
 創造神と破壊神の役割を担い、その気になればいつでも生存者を消去――そんなことをこの段階で持ち出されればなにが聖杯だ、地獄門だ、優勝者だ。
 彼の姿を見ただけで最悪の未来を想定したエンブリヲだが、蓋を開ければどうということはない。錬金術師に武具を錬成してもらっただけならば、今のヒースクリフなど遅るるに足らず。

 その頭脳、その知性、その知識。こと此度のようなゲームに関しては調律者よりも深い理解を持ち、より専門的な視野を有している。
 だが、最早その程度のことで覆せる程の状況ではない。仮にゲームマスターとしての権限を持っているならば、再構成を頼むはずがないのだ。
 ならばスキルすら持たない貴様は雑魚だ。鞭のように振るった槍が貴様の首を貫くだろう――悪趣味に満ちた嗤いを浮かべていた時、バチリと指先を刺激するなにかがあった。

 小賢しい。刹那、槍を素早く手放したエンブリヲは溜まっていた電気を外へ放出させると、再び掴んだ槍の起動をヒースクリフから修正し、数メートル先に構える御坂美琴へ変更した。
 ヒースクリフにトドメを刺す瞬間を狙ったのだろうが、槍へ貯められた電気は既に零。感電を狙ったようだが甘い。殺すつもりならば、細工をせずに一撃で葬るべきだ。

「このように、確実になあァ!!」

 バチンと指を弾けば、槍を中心に可視可能な程に風が渦巻いた。
 触れたものを全て抉り取るような、それであり、エンブリヲの側では台風のように風が唸っており、神は裁きの一撃を放り投げた。

「へぇ……物理法則もあったもんじゃないわね」

 空気を圧縮どころの話であるものか。あの密度の風をたかが一本の槍に収めるなど、それこそ第一位のような馬鹿を持ち出さないと実用的では無いのだろう。
 しかし、相手は大馬鹿者であるため、納得するしかないと御坂美琴は一人で笑うしかない。魔術を始めとする未知とは、どうも何でもありのように感じてしまう。
 そんなものにたった一つのチンケな右腕と、人間一人の体積では許容しきれないお人好しだけで、あんな奴らに挑むあいつも大馬鹿者だった――全ては過ぎ去った話。

 相手がコンパクトな台風をぶつけて来るならば、こちらも同質の一撃を放てばいいだけのこと。
 御坂美琴はその場に転がっている関節二つ分程度の石ころを拾い、己の天辺から奈落まで電撃を纏わせた。
 石ころを空へ投げ、己は上半身を半回転させ、視線は迫る疾風の槍だけを捉える。そして石ころが目の前へ落ちて来たと同時に、拳を放つ。


「そのまんま、あの世まで吹き飛びなさいッ!!」


 その瞬間、夕日にも劣らないオレンジが空間を斬り裂いた。
 音を奪い、大地を抉り、視界すらも盗んでしまう伝家の宝刀、超電磁砲が炸裂。
 音速の三倍を誇る石ころが疾風の槍と激突し、世界を破壊する嵐となりて、大地が吹き飛んだ。


120 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/27(金) 00:03:42 18WMeuqo0

 エドワード・エルリックは御坂美琴が石ころを手にした段階で、超電磁砲を予測し、土流壁を錬成。
 雪ノ下雪乃とヒースクリフを避難させたが、事の終始を見届けることは出来ず、彼らが再び御坂美琴とエンブリヲを見た時、大地が黒く焦げていた。
 目に見える範囲で情報を読み取るならば、遥か彼方に残るオレンジの痕跡は超電磁砲の起動だろう。とうに石ころは摩擦によって消滅しているが、残滓は空気に焼き付いていた。
 感覚で物語るならばあまりの衝撃と轟音に身体の感覚が狂ったのか、目眩と耳鳴りが発生し、平衡感覚も定まらないため、余計に気分が悪くなる。

 しかし、当事者である御坂美琴と対象であるエンブリヲは健在だ。戦闘に於いて規格外である同士の激突はどちらも譲らず――とはいかない。
 生存者は例外なく満身創痍である。損傷具合は当然、それぞれ異なるが誰もがそれなりの致命傷を肉体、精神問わずに負っている。
 軽々と超電磁砲を放ったように見える御坂美琴だが、彼女もとうに限界を迎えており、実際、最初に放った雷針は能力の節約も含めた一撃である。

 無尽蔵のように瞬間移動やら錬成やら魔術に近い芸当やら……止まること無く手を打つエンブリヲに対抗するには、分かり切っていたのだが、手を抜いた瞬間にこちらの死亡が確定してしまう。
 台風の如き槍の一撃を喰らえば、それは過擦り傷だろう。触れた表面が失くなってしまうことは簡単に想像出来てしまう。
 故に蓄積された電気が底を尽きようと、発電機は己の寿命を削り稼働しなければ、結局は死を迎えてしまうのだ。そんな戦いは長く持たないだろう。しかし、今は他にも手を結んだ相手がいる。

「少しだが驚いたよ。もうそんな力は残っていないと思ったが、その雷光の輝きはどこか――グェ!?」

 突如首に絡まるワイヤーにエンブリヲは間抜けな顔を晒す。
 何も神殺しを成し遂げようとする人間は御坂美琴一人に非ず。超電磁砲と台風の激突が終了した静けさの中、蠢く黒き暗殺者を知覚するなど、神であれど至難の業だ。
 絞め殺すよりも雷撃を纏わせろ――黒が能力を発動しワイヤーに帯びさせると、力の行き場を無くしたのか地に落ちてしまう。そして、そうなれば神の居場所は自然と背後になる。

「学習しなよ、馬鹿の一つ覚えって奴さ!」

 既に黒の背後は佐倉杏子が槍を構えており、現れた神に突き刺すだけ。実に簡単な仕事である。

「誰が馬鹿だったか……もう一度、言ってもらえるか?」

 佐倉杏子の突きはエンブリヲの槍先に逸らされ、前のめりになった所、眼前には何やら黒い穴のようなものが置かれていた。
 彼女がこれを銃口と気付いたのは、銃声が鳴り響き、銃弾の衝撃が己を襲った時だった。

「つ……つー、あんだよ……もう少しぐらいさ、保ってくれよ……」

 銃弾は左目付近に着弾し、龍の鎧が彼女を守るのだが、装甲が屑のように落ちてしまう。
 その付近のみ――つまり、左目一帯だけが生身の状態となり、風が肌を撫でる感触が妙にヒリつくと、佐倉杏子は指で辿る。
 すると血液が小縁付き、視界は晴れているのだが、どうやらボロボロのインクルシオでは銃弾一つでもグラついてしまうようだ。
 槍に体重を寄せ、なんとか立っているものの、顔面に銃弾を喰らった衝撃は当然のように脳を揺らし、生命を摩耗させる。
 視界が晴れているのも龍の因子による影響であり、どう足掻いても、どう捉えても、どう願っても彼女の身体は人間から離れて行くのみ。

「保つ必要はない。死ぬ存在が何を保って、何を形成し、何を成し遂げようと? そのまま死ね」

 顔を抑える佐倉杏子が指の隙間から薄っすらと見えたのは迫る槍先だ。回避しようが無く、丁寧なことに装甲の剥がれた左目が狙われていた。
 背後から大地の振動を複数感じ、振り返る時間は無いがおそらくタスクと黒が駆け付けてくれたのだろう。
 下手を踏んでしまった。エンブリヲの背後から飛び掛かる新たな佐倉杏子は自分の想定よりも早くに身体を失ったことに後悔していた。

「ほう、貴様も分身を使えたのか」

 ロッソ・ファンタズマ。
 昔の佐倉杏子が得意としていた魔力により分身を生み出す幻想の魔法。
 とある出来事をきっかけに封印した――と云えば格好がつくのだが、実際にはトラウマにより忘れていたと表現するのが正しいだろう。
 此度の殺し合いで独りの少女が体験した事象が、心の隙間となっていた空間を埋め、新たな道を切り開いたのだ。


121 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/27(金) 00:05:17 18WMeuqo0


「お前みたいなのと一緒にすんな!」

「動きが直線過ぎるのも考えものだな。魔力による身体能力の強化に加え、その忌々しい鎧による限界の突破は人間にしてみればかなりの力だ。
 だが、肝心の貴様が無能の極みだと宝の持ち腐れに過ぎん。背後から虚を狙ったようだが……その動きを読めぬ私だと思ったか? 甘く見るなよ田舎の小娘如きが!」

「喋りすぎなんだよこの馬鹿野郎がよォ!!」

 振り返ると同時に放たれた神の槍は佐倉杏子の眉間をピンポイントに定めていた。
 本体である彼女を守るインクルシオの装甲は剥がれ落ちていないのだが、分身と共に損傷具合は変わりない。
 直撃すれば装甲を貫通し生命の危機――死は免れない。即座に槍を分解し多節棍へ。エンブリヲを絡め取ろうとするも間に合わない。

 この野郎と叫びそうになった時、彼女の声を遮ったのは憎き道化師の粋がった叫びだ。
 あろうことか顕現したマガツイザナギは佐倉杏子ごとを薙ぎ払うように刃を振るい、彼女はエンブリヲへ向けていた鎖を己へ引き寄せる。
 なんとか間に合い、刃と鎖が衝突し重音なる金属の衝突が響く。遠方にいながら耳を塞ぐ足立透は薄目で戦場を見つめるも、どうやら調律者に回避されたらしい。
 もう少しお前らが足止めすれば……などとぼやき、その発言に雪ノ下雪乃が信じられないといった表情を浮かべるも、彼は完全に無視を決める。
 嘘は言っていないのだ。近接戦闘を主とする連中がエンブリヲを狩れば御の字であり、問題は何もない。出来るならそうしてくれと本心から願っている。
 それが叶わぬ事象であるため、ペルソナや超能力者、錬金術師がそれぞれの得意距離で攻撃を仕掛けるのだが、依然として神は健在だ。
 楽に始末出来る程の存在でないことは足立透とて理解している。しかし、神殺しを果たそうにも相手が想定よりも格上の振る舞いをしており、どこか引っかかる。


「あいつ、あんなに強かったか……?」


 一方、黒とタスクが挟撃によりエンブリヲを攻め立てる中、追い付いた佐倉杏子が鎖で神の足を絡め取る。
 一瞬ではあるが揺らいだ神の身体を狙いアヌビス神の一閃が首を刎ねようと試みるが、生憎、神の腕は自由の身であった。
 槍と刃が衝突し、防がれる術を失った獲物の首を貫くべく黒がナイフを突き立てようとしたその瞬間だった。指を弾く渇いた音が戦場を包み込み


122 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/27(金) 00:05:38 18WMeuqo0
「少し冷や汗をかきそうになったが、要らぬ心配だったな」

 大地の僅かな緑から伸びた蔓が黒の右腕に絡み付き、彼の行動を停止させたのだ。初めて見るエンブリヲの力に驚くも、完全に動きを止めてしまえば狙われてしまう。
 刹那の捌きで左手にナイフを滑らせ、蔓を斬り裂いたのは流石の判断だろう。しかし、その僅かな刹那を神は見逃さない。
 槍の側面を豪快に振り回し黒の腹へ叩き込み、右足を後方へ回すと鎖を制御し切れなくなった佐倉杏子が吹き飛ばされる。
 彼女が遠くの大地で転がるのを確認した後に、目の前で蹲る黒へ槍を振り下ろそうとするも、タスクが間に入り込み、横っ飛びで黒を救出。

 すまないと小声で礼を告げる黒に対し、大丈夫かと心配するタスク。彼はこの蔓に見覚えがあった。
 それはタスクが本来の時間軸でエンブリヲを斬り裂く手前、アンジュが裸体となって彼に囚われていた時だ。
 頭の中で考えたくもない不安が過る。アンジュの裸は大歓迎であるが、心配すべきはエンブリヲが述べた力を取り戻しつつあることだ。

 これまでに瞬間移動と御坂美琴の雷撃を無効化したような素振りしか見せていなかった。これだけでも充分脅威であるのだが、それに加え植物まで操るのだとしたら。
 このゲテモノだけが本来の力を取り戻しつつある理不尽な展開に怒りすら湧き上がってくる。誰に文句を言えばいいのかは分からぬが、生存者であればヒースクリフだろうか。
 彼にとってもとばっちりだと思うが、殺し合いという箱庭はつい先程まで人間に有利な仕組みとなっていた。

 己の世界を時間という概念に割り込ませる吸血鬼、DIO。
 非道なる絶対零度は時間さえも凍り付かせる氷の女王、エスデス。
 鍛え抜かれた身体能力はホムンクルスという利点を感じさせない憤怒、ラース。

 他にも規格外の能力を所有した多くの参加者が殺し合いの中で散っていった。
 彼らに共通していたことは制限、本来の力に対し枷が嵌められていたのだ。これにより、人間は僅かな希望を抱けていた。
 生存者に限れば錬金術師や超能力者、契約者に魔法少女と少なからず何かしらの影響を受けており、あの足立透でさえも始めはペルソナの顕現そのものすら不可能だった。
 そして神であり調律者を名乗るエンブリヲは正にこの弊害を受けていた。そうでもしなければゲームが成り立たないと茅場晶彦が判断したのだろうか。
 だが、蓋を開けてみればどうだ。ホムンクルスが打倒され、最後の刻を刻み始める中、神は時間に逆行し力を取り戻しているではないか。
 こんなふざけたことがあってたまるか――目の前に転移したこの男だけが、冗談じゃないとタスクは舌打ちをした。

 彼が反応に遅れたとしても、その身体はアヌビス神に預けており、意識が追い付かなくとも身体は常に進化を遂げる。
 エンブリヲの奇襲にさえ対応し、刃と槍が交差するが、急に神が距離を詰め、左の掌がタスクの身体に置かれた。そして――


123 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/27(金) 00:06:23 18WMeuqo0
「貴様は少し黙っていろ。猿には裸がお似合いだ」

 タスクの衣服が弾け飛んだ。


124 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/27(金) 00:07:47 18WMeuqo0


 
 突然の出来事にアヌビス神すら動きを止めてしまい、タスクの顔側面に迫った神の回し蹴りを対処するなど、到底不可能である。
 もろに受けてしまい、受け身すら取ることが出来ずに大地を転がるタスク。何度も跳ねながらも、なんとか立ち上がったが、アヌビス神は目の前に落ちていた。

「その刀が無ければ貴様もヒースクリフと同じく雑魚に過ぎん」

 そのアヌビス神を蹴り飛ばしたエンブリヲが槍を振り下ろそうとするのだが、横から佐倉杏子が飛び込み、彼女が大地へ槍を叩き付ける。
 衝撃が大地を捲り上げ、唯でさえ先の超電磁砲による残骸が転がっているのだが、更に煽る形となり無数の石や砂塵が神を襲う弾幕と化す。
 妨害にあからさまな表情を浮かべるエンブリヲは槍を回転させることにより弾幕を無効化し、少しずつつではあるが後退。
 タスク達から距離を取った――元より巻き込む心配などしていないが、仮にも一つの敵を打ち取るべく共に行動している身だ。
 此処で複数の参加者をついでに葬れば余計に事態が面倒になってしまう。などとこの先のことをある程度は考えながら、神のみを狙い御坂美琴から雷撃の槍が放たれた。

 小賢しい真似を。
 本来、箱庭世界に於ける理――制限が無ければ雷撃の槍は雷が表すどおり、光速の一撃となる。
 光速を目撃してから対処するなど不可能であり、そもそもとして光速を認識することも不可能だ。気づいた時には死を迎えているだろう。
 無論、当然のように制限が発動し、光速は勢いを失い、ある程度は視認が可能となっている。最も、それでも防ぐのは至難の技であるが。
 首輪が外され、ロックと呼ばれた箱庭の鍵も解除された。しかし、空間そのものに残る世界を世界とたらしめる事象は永遠に解除されない。
 それこそ、エンブリヲのような規格外による理の力を持ち出さなければ、本来の力を取り戻すなと到底不可能である。ヒースクリフの再構成の段階で理を超越しているのも事実だが。
 よって未だにこの世界へ縛られている雷撃の槍など、神からすれば原初の時代に多く見られた石器の投擲と変わりない。
 顔色一つ変えること無く、雷撃の槍が通過する座標から離脱した。

 面倒な相手だと御坂美琴が唾を吐き捨てた。

「……本当に面倒で、ムカついて、最低な奴ね」

 本人は唾だけを吐き捨てたつもりだったが、地面を見ると赤い。誰が何と言おうと血液である。
 エンブリヲから一撃を受けていないが、満身創痍の身体を未だに酷使しているのだ、吐血の一つや二つ、文句を言ってられまい。
 それは佐倉杏子も同じだ。龍の装甲の奥では無理な過負荷に身体が悲鳴を上げ、皮膚が一部割れてしまい、左目は血で赤く染まっている。
 表には出さないよう心がけているものの、近くのタスクは息を荒げる彼女に心配してしまう。
 この子達はかなりのダメージを受けている。今更、再確認することでもないが、守られているばかりにはいかない。

「ありがとう、二人共。ここから先は俺に任せてくれ!」

 アヌビス神を拾い上げ、構える。二度と遅れを取るものか。
 自分より幼い彼女に守られていては男のプライドが許さない。戦いを見守るアンジュも許さないだろう。
 彼女たちの前に出て、今度はこちらが守る番だと決意を固くしたところ、背後からバチバチと雷撃の兆候が耳に届く。
 心配はしていないが元は敵だった御坂美琴。まさかとは思うが裏切りを警戒しタスクが振り向いた時、彼の足元近くに雷鳴が轟いた。


125 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/27(金) 00:08:26 18WMeuqo0


「こ、こっちを見るな! 次に振り向いたら、あんたから殺す!」

「え、ええ!? まさか本当に裏切るつもりなのか!? この状況を理解出来ないなんてそんな馬鹿だとは思わ――な、かったんです……けど……」

 気付けば耳鳴りが酷い。それもその筈――タスクの真横を雷針が駆け抜けたのだ。
 何が起きたか分からない――自分はいつ、御坂美琴の地雷を踏み抜いたのか。疑問を浮かべながら佐倉杏子へ確認をしようと声を掛ける。

「ねえ、彼女は一体――ッ!?」

 思わず顔を引いてしまう。佐倉杏子は一切振り返らずに、槍先をタスクへ向けていた。
 殺すつもりはないと分かっていても、風を斬り裂く音から脳が警戒し、心臓の鼓動が加速する。

「あたしの視界に入ったら容赦しないよ」

「な、なんだよ……急にどうしたんだ!? 俺がなにかしたのかい?」

 百歩譲って御坂美琴が敵意を剥き出しにしたことは許そう。彼女は自分以外を殺害しようとしており、順番が変わっただけだろう。
 しかし、佐倉杏子は共に死線を乗り越え、今も神殺しを果たそうとする盟友だ。何故、彼女に槍を向けられなければならないのか。

「いいから服を着ろ! この変態ッ!!」

 女子中学生二名の声が重なった時、タスクは自分の温度が急激に下がっていく感触を味わった。
 恐る恐る視線を下げるとアヌビス神とは別の相棒が映っているのではないか。何故こんなことに――そうか、エンブリヲに衣服を破壊されたのかと、ここでようやっと気付く。
 アヌビス神もため息を吐く中、急いで駆けついたエドワード・エルリックが布切れをかき集め、再びタスクの衣服を錬成した。
 それらを受け取り急いで腕を通す彼は錬金術師へお礼を述べるが、かなり困った表情で返されてしまう。

「礼を言うならこんな時でも時間を稼いでくれたあいつに言ってやれ……」








 一方、黒の契約者は右手に握った小さなナイフ一つで神殺しの偉業を果たそうとしていた。
 槍の猛攻を掻い潜り、左肩から突撃するように身体を入れ込むと、すかさず神の腹へナイフを突き立てる。


126 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/27(金) 00:08:49 18WMeuqo0


「先ほどから随分と余裕をかましているが、そろそろ限界か? 懐に潜り込むのが楽になったぞ」

 刃が到達する寸前、神が強引に腕を押し止めるのだが、黒は焦りも動揺も見せず、まるで仮面を付けているかのような無表情で告げる。
 エンブリヲは強い。その能力によって多くの参加者が不幸となり悲劇を迎えてしまった。本来ならば契約者と云えど勝利するにはそれこそ新たなる神話を創造する必要がある。
 
「強がりか、それとも本気で私の懐を獲れたと言っているのか? 貴様はまだまともな方だと思っていたのが、私の見込み違いか」

「お前に見込まれた所で寒気がするだけだ。その無駄な口を斬り落としてやる」

「無駄な口は貴様の方だろう。契約者は合理的に行動するんじゃあなかったのか?」

「――抜かせッ!」

 密接していた二人が同時に距離を取る。その場から飛躍するような後退、二箇所から足の裏が大地を滑る音が響いた。
 余韻を感じぬまま大地を蹴り上げた神と契約者。獲物は槍とナイフ、レンジは前者が圧倒的に有利であり、当然先に仕掛けるのはエンブリヲの突きだった。
 確実に顔面を狙う正確無比の一撃をギリギリで回避し、目標まで残り二歩と――右足が横になるように大地を踏み付け、エンブリヲの背後に浮かび上がる禍津から逃走を図る。
 
 右足に土が纏わり付くが、このまま進めば振り下ろされるであろうマガツイザナギの刃に巻き込まれてしまう。
 身体に加重な負荷を掛けつつ、強引に引き返す。振り返る寸前に目撃したのは落雷に包まれる神と、背後で笑い声を響かせる道化師の姿だった。
 離れていなければ巻き込まれていた。道化師はついでにこちらをも消そうとしていたようだ。

「……、あの一撃で終わる訳が無いだろ」

 更に振り返り、軸足が悲鳴を上げるがそれらを無視し黒は走り出す。足立透は気付いていないだろうが、エンブリヲは落雷の範囲から逃れていた。
 雷光により見えていないのだろうが、エンブリヲは槍を構えており、落雷が止まった瞬間、確実に足立透を貫くだろう。
 黒にとって足立透が死のうが問題はない。彼は敵だ。救いの手を差し伸ばす必要も、興味を抱く必要もない。故に殺害されようが、それは必要な犠牲として処理するだろう。
 落雷の元へ駆け寄った理由はただ一つ、この状況で死人が出た場合、士気が壊滅的になってしまうことだ。

 神を相手に無茶苦茶な戦闘を行っている。瞬間移動を始めとし、風や蔓を操り、超能力や魔法にたった一人でそれらを捌き続ける無法者。
 終焉を迎えるこの箱庭世界に機神を呼び出し、一度は電子の海に沈んだヒースクリフを再構築する掟破りの神相手に、これ以上士気が下がれば、人間は微かな希望さえ抱けなくなってしまう。
 御坂美琴を気にする必要は無いが、生存者はまだ若く、成人にすら満たない者もいる。最悪の事態を避けるためにも、黒は足立透を救わなければならない。

 無駄な労力であろう。
 既にエンブリヲは槍を放っているではないか。足立透はまだ笑っている。これまでの戦闘を目撃しておいて、よく笑えるものだ。
 僅かにでも周囲を気にしていれば油断はしなかっただろう。ペルソナ使い故に最前線へ飛び出さないことが仇となってしまったらしい。
 生命に対する危機が和らいでいる。遠くから電撃を放っていれば自然とそうなるのだろうか。黒には理解出来ないが――どうやらここまでらしい。

「ハハハハハハ! よーし、次はどいつだぁ? あの変態クソ野郎さえ始末すればあとは――あ、とは……………」

 今更になって事態に気付いたが、多めに見積もって槍が己を貫くまで三秒前といったところか。
 大きく口を開けたまま、足立透はマガツイザナギに指示を飛ばすこともなく、やけに遅く感じる刹那を抱きしめているように動かない。
 なんてクソッタレな展開なのか。優勝するために、分かっていながらも己を更に鼓舞し、手始めにうざいガキを始末しようとした。
 それが急に呼び出され、エンブリヲが犯人かと思えばあのロボを従え、ボロボロだったはずなのに修復さえされていた。
 馬鹿でも分かる、個人的な因縁やくだらないプライドに縛られていては無理だ、死んでしまう、と。ホムンクルス戦以来、数十分ぶりの同盟を結ぶしか無い。
 なんでこんな奴らと……まぁ、エンブリヲを始末できればそれでいいか。彼にとっても願ったり叶ったりな状況であった。一人で神を殺すなど、果たせる気がしない。
 だが、蓋を開ければ想像以上に全開バリバリの神がチートを使ったのかはいざしらず。最初から最後まで無双していやがる。それに最初の死者が自分ときた。
 クソクソクソと脳内で危険の信号が壊れた機械のように鳴り響く。そんなことは分かっている。だが、どうしろというのか。自分一人では無理だ、故に同盟に感謝するしかなった。


127 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/27(金) 00:09:29 18WMeuqo0

「これで貸し一つだからな。返す時はそのまま死んでくれればいいから!」

 槍よりも速く戦場を駆け抜けた龍の魔法少女が足立透の襟を掴むと、サイドスローのフォームで遠くへ投げ飛ばした。
 重力により顔を歪めた足立透は何が起きたか分からず、ぐわんぐわんと揺れる頭を抑えつけ、咄嗟に出た言葉を言い放つ。

「貸しィ!? テメェ、俺を殺そうとしたじゃねえか!! 貸しはこっちの台詞だぁぁああああああああ!!」

 あれは数時間前のことである。図書館を出た足立透は佐倉杏子と交戦し、そのまま時計塔内部へ雪崩込み、更にタスクをも敵に回した大往生。
 崩れ去る瓦礫の中で彼から提案された主催者への反逆――結果的に掌の上で踊っていただけだったが、その時は協力し、死を偽装する手筈だった。
 しかし、伝達ミスにより佐倉杏子は何もかもを知らず足立透を殺しに掛かったのだ。演技のつもりだった彼は面を喰らってしまい、雪ノ下雪乃の補助が無ければ今頃は死んでいたかもしれない。
 故に貸しはこちらの台詞だと言いたいのだが、大地に叩き付けられ、どうやら声は彼女に届いていないらしい。

「あんたを殺そうとしたって……そりゃあ、ずっと殺そうとしてるよ」

 何を当たり前のことを言っているのか。足立透の意味不明さはエンブリヲ並かもしれないと、整理する佐倉杏子は槍を構える。
 正面には神。それを囲むように錬金術師、契約者、超能力者が駆け付け、四方を方位。

「そろそろ終わり、こっちも時間がないのよ。どこへ逃げようと、あたしはあんたをあんたとして構成する全てを焼き尽くす」

「それはこちらの台詞だ。終わり? 貴様等にそれを決める権利などあるものか」

「お前にも無いだろう。俺達の攻撃を捌くのに精一杯で脳さえも腐ったか?」

「ククク、捌くのに精一杯ときたか。逆に言うが私にまともな一撃を与えられていない状況はどうだ、楽しいか? 徒党を組んでも所詮は無駄なのだよ」

「無駄? それこそあんたが決めることじゃないよ。あたしの槍が、こいつとそいつの電気が、エドの力があんたをこれから始末するから」

「それは楽しみだ……で、どうする? この私に対し評価を改めたか? 貴様等は勝てやしない、私は調律者だ。人間とは格が違うのだ。
 大方、私を他人の感度を弄るだけの俗物と思っていたようだが……舐められたものだ。その気になれば貴様等など簡単に始末出来るのだよ」

「じゃあ、何で今まで俺達を生かしていたんだ?」

「それは簡単だ錬金術師よ。貴様を始めとする数人に利用価値があったからだ。最も数が減った今、御坂美琴と足立透に価値は無い。
 すれば貴様とヒースクリフだけだったが、もう用済みだ……いや、あいつはまだ利用価値があるか? いずれにせよ、遊びは終わりだ。
 先も言ったが、ホムンクルスを倒しただけでは何も終わらないのだよ。最初の言葉を――広川を思い出せ。奴は最後の一人になるまでゲームは終わらないと言った。
 ククク、それにしても忘れていたよ。広川か、奴もこの手で始末せねばな。アンバーは下手を踏んだが、奴はまだ生きている可能性が高いからな。貴様等の次に殺すとしよう」

 誰にとっての終わりなのか。殺し合いを冠としたゲームは主催者を失ってもなお、止まらない。
 ルーレットに放たれたたった一つのボールは動きを止めない限り、結果は分からないのだ。しかし、何れは止まる。
 それは世界が崩壊するのか、体力の限界が訪れるのか、神が倒れるのか、聖杯が起動されるのかは不明だ。判明していることは一つ、先に倒れれば負けだ。


128 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/27(金) 00:09:52 18WMeuqo0

 御坂美琴の前髪はバチリと浮かび、肩付近まで伸びた髪先が揺れる。
 肉眼で確認出来るほどの雷撃を周囲に放出し、いつでも最高速で弾き出せるよう、準備を整える。

 佐倉杏子は懐のソウルジェムへ視線を送る。見事なまでに黒く穢れきった魂を見ると、変な嗤いを零してしまう。
 状況がどう転ぼうが、先は長くないようだ。せいぜい後悔のないよう、暴れるだけ――ゆっくりと槍を構える。

 黒の契約者は多くを語らない。
 己の使命はただ一つ、目の前の男を殺すこと。神殺しは心臓へ突き立てる一つの刃があれば充分だ。

 エドワード・エルリック。最年少国家錬金術師は腰を落とし、構えを取る。
 多種多様な錬金術に対し、神は確実に耐性を得ている。そしてその力を一部は取り込んでいるようだ。
 何が起きてもおかしくはない。それは最初から分かり切っていることだが、改めて自分に言い聞かせる。相手は常識の通用しない神だと。


「さて、準備は整ったか? 作戦会議の時間は必要ないか? それとも神への祈りは済んだか? おっと、私へは無駄だ。貴様等が勝手に崇拝する偶像モドキにでも祈ればいい――ッ!!」


 突然、顔色を変えたエンブリヲが姿を消した。
 馬鹿の一つ覚えのように繰り返す瞬間移動を警戒し、四人は互いの背後を確認し合うが、神はいない。
 駆け付けたタスクが周囲を見渡すも、近くにはいないようだ。

 ここで佐倉杏子は先程、放り投げた足立透の嫌味が聞こえない事に気付き、彼を探す。
 すると遠方でヒステリカを見上げており、その数秒後に血相を変えたエンブリヲが現れた。












 数分前に遡る。アヌビス神をタスクへ預けた雪ノ下雪乃は戦う力を持たない自分でも手伝えることを模索していた。
 例えば、アカメを失うきっかけとなったキング・ブラッドレイとの戦いのように、銃で援護をしようと。しかし、無駄であろう。
 ホムンクルスすらまともに捉えることが出来ず、今回の相手は神だ。単純な近接戦闘能力であればキング・ブラッドレイが上かもしれない。
 しかし、多くの仲間が入り乱れる戦況の中で丁寧に敵だけを撃ち抜く芸当など不可能だ。味方に当てるぐらいならば、黙っている方がマシと判断。


129 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/27(金) 00:10:18 18WMeuqo0

 気付けばヒステリカの足元――アンジュの下まで来ていた。
 空に裸体で縛られる姿はさながら十字架に縛り付けられたとある聖職者を連想させる。
 変態の趣味によってひん剥かれたのだろうか。同情しか生まれない。非れもない姿からなんとか解放してあげようと考えたが、そもそもとして空を飛ぶ術を持たないのだ。
 
 アカメのようにヒステリカを蹴り上げ空を跳ぶことも、イリヤのように空を飛ぶことも。一般人である雪ノ下雪乃には不可能だ。
 彼女は生前のアンジュを知らないが、タスクの大切な人物であることは知っており、助けるにはそれだけの理由で十分である。
 既に死人であろうが関係なく、大切な人との別れを経験した彼女だからこそ、アンジュの解放を望んでいた。

 しかし、結果として辿り着くことすら不可能。このままヒステリカでも破壊出来ればせめては皆の役に立つのだが、それも不可能である。
 仲間が必死に戦い、己の生命を削っている中、自分は何をしているのか。生き残ったはいいものの、ちっぽけな存在である自分が嫌になってくる。
 タスクは安心して待ってろと告げてくれたが、今はその言葉が己を縛り付ける。守られるだけの存在は、明らかにお荷物だった。

「修復は全体の八割――か。いつでも動き出せそうだが、奴は何を遊んでいるのか」

 ヒースクリフはヒステリカを見上げながら言葉を零していた。
 身体を失い、当然スキルも失い、黒幕に対する逆転の策として復活した彼だが、最悪なことに生き返らせたのはあのエンブリヲだ。
 データに細工をし、その結果の再構成はヒースクリフに消失の設定が設けられていた。

 黒幕の一人でありながら、武器を取り、生存者と共に神殺しへ挑んだ彼だが、雪ノ下雪乃と同じくお荷物である。
 いや、お荷物は言い過ぎであり、無論、戦闘にも加われるのだが、彼は何か思い当たる節があるのかヒステリカへ近付いたのだ。

「……まさかとは思うけど、この状況を打破する一手があるのかしら」

 それは雪ノ下雪乃の希望であった。
 殺し合いの始まりを担った男がわざわざ絶望の象徴へ近付き、何か深い意味があるような言動を取れば裏を疑ってしまう。
 逆転の一手などとは期待しないが、この状況を打破することが可能かもしれない。
 勝手な憶測に胸の希望を膨らませるが、その一方で思うこともある。仮に策があるならば、温めておく必要はないだろう。

 認めたくはないが、エンブリヲは生存者全員を相手に上手く立ち回っている。
 本人曰く力を取り戻しつつあるようだが、完全に覚醒した場合はどうなってしまうのか。想像するだけで吐き気を催し、雪ノ下雪乃はイメージを吹き飛ばすように首を振った。

「状況を打破する一手……か。なるほど、魅力的な発想だ」

 期待するだけ無駄だったようだ。この手の発言をする者は決まってどうしようもないのだ。
 仲間たちの勝利を信じている。信じているからこそ、夢を見てしまう。正義の味方が悪を裁く瞬間、完全勝利の絵を。

「もういいわ、どうせなにもないのでしょう? 結論から述べてくれるかしら――何か、あるなら」

「これは手厳しい……いや、私の所業を考えれば当然か」

 思えば別れ際の印象も最悪だった。聖杯の真意を告げ、一人消えて行った男。そして、此度の原因を作ってしまった諸悪の根源。
 真実を辿れば彼もまた被害者の一人であり、完全な悪とは決め難い。だが、それがどうしたというのか。この男がゲームなどを手掛けなければ、多くの生命が失われずに済んだのだ。
 自然と両足に力が入る。勝手に参加者と位置付けられ、殺し合いを強要し、挙げ句の果てには元の世界へ帰ったところで、聖杯を起動するために奇跡――生贄になってしまう。
 今更、何を言っても無駄なことは分かっている。雪ノ下雪乃は愚か者ではない。しかし、しかしだ。建前上の納得と、本音の理解は大きく異なる。
 全てはIFである。可能性が可能性を呼び、可能性が可能性によって新たな可能性を作り上げる。巡り合わせとも言えよう――此度の殺し合いは必然だったのかもしれない。


130 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/27(金) 00:10:48 18WMeuqo0

「彼女――アンジュの肉体まで蘇生したか」

 ヒステリカを見上げるヒースクリフの視線は十字架に貼り付けられた聖女、元いアンジュへ映っていた。
 完全なる肉体の再現は蘇生よりも復元と呼ぶべきか。魂こそ宿っていないが、外見のみを判断すれば完璧と言えよう。

「それに心臓か。おそらくイリヤのを用いたようだが、やれやれ……調律者を招いたのは失敗だったかもしれないな」

 殺し合いは言い換えればデスゲームである。彼ら――ヒースクリフとキリトにとって馴染み深い言葉だ。
 これはゲームであって遊びではない――正にその通り。生命を失えば、コンティニューは不可能の一発勝負、人生である。
 故に蘇生などの掟破りは品位そのものを下げることになり、事実、調律者たるエンブリヲは暴れ回っていた。
 
 平等に制限を掛けられていた序盤ですら、彼の行動は他の参加者と大きく異なっていた。他者の感度を弄るなど、彼にしか出来ぬ芸当である。
 その後も生き残り、最終的には茅場晶彦の再構成、ヒステリカの召喚と最早ホムンクルスの器を超え、生存者にとって最大の壁となっているのだ。
 多くのデータ――生存者は例外なく一度はデータの海に沈んだ。あの瞬間、エドワード・エルリックが行った大規模の錬成によって表上は死人と化した。
 それが転機だった。エンブリヲに知識の類を与えれば、彼は惜しみなくそれらを吸収し、自分の力にするための術を持っている。それが今の結果だろう。

「……まだ、保ってくれるか」

 ジジジとノイズが響く。雪ノ下雪乃は己の耳がおかしくなったのかと思い、周囲を見渡す。
 御坂美琴が何度も雷鳴を轟かせているため、鼓膜の一つや二つが破れても驚きはしないが、近場でノイズが響いたのだ。原因は彼女ではない。

「貴方……まさか」

 特殊事情の知識は持ち合わせていない。博識であろうと、成績優秀であろうと。無知であろうと、馬鹿であろうと。どうなれど雪ノ下雪乃は女子高生である。
 時間を凍らせたり、指を弾いて焔を錬成するなどの芸当は不可能だ。心の仮面を具現化することも、電気の生成も不可能である。
 それでも目の前で身体が消えかかっているヒースクリフが危険な状態のは、一目で分かってしまう。一定のノイズが身体を流れたあとに、元に戻ったが長くはないだろう。
 古びた電化製品でさえも、突然スイッチが入ったように稼働し、突然電源が切れたかのように停止する。ヒースクリフもその状態であろう。つまり

「長くはない、のね」

「恥ずかしながらね……私はこのゲームを見届けようと思っている。それも比喩の話じゃない、『それしか出来ない』のだ」

 このまま消えてもおかしくない。
 己の身体は己が一番、理解しているだろう。雪ノ下雪乃から彼に掛ける言葉は多いようで、少ない。

「聖杯に願えば話は別だろうが……君たちや世界を巻き込むほど、面の皮は厚くないのでね」



「……はあ、おいなんだよそれ。まるでもう願いを叶えれるみたいな言いぶりじゃねえか。それに、そうすればお前ら全員を殺せるみたいだな?」



 佐倉杏子に投げ飛ばされ、苛つきながら土埃を払っていた足立透の表情に歪みのある笑みが灯る。
 ヒースクリフの一言を紐解けば、聖杯とやらが願いを叶える手段――つまりは優勝者への褒美であろう。
 更に君たちや世界を巻き込む――願いを叶えればそのために自分以外の者が死ぬ。そう捉えられる。
 飛躍的だ、楽観的だ、安直過ぎる。どうとでもいいやがれと足立透は最高の未来だけを脳内に描く。

「それはどこにあんだよ、教えな。今の俺だったらお前なんて簡単にぶっ殺せんだよ!? 死にたくなければ――ひぃ!?」

 これは最大の好機だ。エンブリヲ相手に仮初の同盟を再度結んだか、本人曰く力を取り戻しつつある状態が予想以上に脅威であった。
 徒党を組もうがあしらわれ、唯でさえ満身創痍の集団だというのに、更に傷を負っている。よく考えなくとも馬鹿げている話だ。
 御坂美琴の放つ雷撃は回数を重ねるごとに弱くなり、佐倉杏子の勢いも時間の経過により失われて行く。男性陣も同じだ。
 どうしようもないクソッタレのゲームを終わらせる好機なのだ。エンブリヲをあいつらに押し付け、自分だけその聖杯とやらにあやかればいいのだ。
 善は急げ。マガツイザナギを顕現させヒースクリフを脅し、聖杯の在処を聞き出そうとする足立透に神の怒りが下る。上半身を蔓に巻き付かれ、その場に倒れてしまった。


131 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/27(金) 00:11:28 18WMeuqo0

「貴様、手を出せばどうなるか分かっているのか?」

 分かりません――即答する足立透だが、転移したエンブリヲの問はヒースクリフに向けられている。寝転がる芋虫の戯言を聞き流し、ヒースクリフへ銃口を向けた。

「たしかこの機体があれば死ぬことは有り得ない――そう、記憶があった頃に資料を拝見――何を焦っている?」

 始まりの男である茅場晶彦は数分前に、失われた己の記憶に触れていた。完全とは云えずとも、少しは思い出したことがある。
 調律者エンブリヲ。本来の彼はヒステリカを破壊しない限り、幾度なく別の世界の己を呼び出す力を持っており、その逆も然り。
 つまりは、本人とヒステリカを殺害/破壊しない限り、彼は永遠に存在し続けるのだ。しかし、そのような芸当をこの箱庭世界で行えるものか。
 当然のように制限――枷が嵌められているのだが、何を焦ったかエンブリヲは茅場晶彦の言葉を一つの銃声で中断する。

「そうだ、私が死ぬことは有り得ない。だから貴様に面倒な細工をされる前に始末する」


「有り得ないのなら何を焦る……ほう、よく見ればかなり疲れているな。息を切らしているようだが、瞬間移動で駆け付けのだろう?」


「黙れ」


「数歩程度しか歩んでいないのに、まさか運動不足とは言うまい。力を取り戻しつつあると豪語していたが――そろそろ限界だな、エンブリヲ」


「黙れと言ったのが聞こえなかったのか? ならばもう一度言ってやる、黙れ」


「お前は彼らを圧倒していたのではない。トドメを刺せなかった。決定打を与えるには、あと一歩力が及ばずか。彼らは幾度なく修羅場を乗り越えた。
 その刃、その銃弾で生命を終わらせようにも一筋縄ではいかない――それはお前も分かっているだろう。そうでもなければタスク以外を奴隷にしてもいいとは言わん」


「調子に乗りすぎたな、貴様は。アンバーと裏で行動している時から……いや、最初から貴様は気に食わなかった」


「しかし、見方を変えるべきだったな。一人で篭っていては単純なことすら見落としてしまう。調律者が彼らを圧倒している訳ではない。
 人間が神を相手に己の土俵へ持ち込んでいたのだ。お前が優位に立ち回れていたのは言い換えれば、終わらせることが出来なかった――疲れている姿を見て納得したよ」


「ヒースクリフゥゥゥウウウ!!」


「ヒステリカを破壊されてもこの世界にいる限り、貴様は死なん。だが、破壊されては最後の切り札を失う――神殺しに怯えたな、エンブリヲ?」
 

 鳴り響く銃声。凶弾が茅場晶彦の生命を貫く寸前、空より舞い降りるは刀を握りし青年。
 着地と同時に一閃――永劫に進化を成し遂げるスタンド、アヌビス神。彼の前では凶弾が一、斬り捨てるなど然程困難な事に非ず。
 激昂に身を任せた神は銃を大地へ放り捨て、槍を強く握りしめ大地を蹴り上げた。その空間に乱入するは龍の魔法少女。槍と槍が鋼の旋律を奏でる。

 ――茅場晶彦が紡いだとおり、エンブリヲは力を取り戻しているものの、それすらも箱庭世界の範疇である。

 邪魔な魔法少女を殺さんと槍を放つも、神の一撃が捌かれその場に足を留めることとなり交戦。入り乱れるように黒の契約者が背後から刃を忍ばせる。
 即座に反応し槍で弾き返すも追撃を妨害するはアヌビス神。この一撃を更に弾き返し、くだらぬ人間の息の根を止めようとするも、咆哮を我鳴上げる龍が空から槍を振り下ろす。
 この一撃をも神は受け流すのだが、更に黒の契約者が刃を――邪魔だ、邪魔だ、邪魔だ。小賢しい人間共め、貴様等に裁きを与える。
 瞬間移動で上空へ転移し、殺戮を行う――神が脳内で数秒先の絵を描いた時だった。刹那、時が永劫に停止したような、しかし時計の針は止まらない。

「余計な真似を……ッ!」

 神は瞬間移動を中止し、その場から飛躍するように後退し離脱。対処せねばならぬは近接の彼らではない。
 奥からこれ見よがしに雷光を輝かせる御坂美琴は遠目でも認識出来てしまう程度には笑っていた。ギリギリ声は届く範囲だろう。つまり彼女もまた、聞いてしまったのだ。


132 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/27(金) 00:13:25 18WMeuqo0

「ロボが無ければあんたなんて、ちょっと能力が使える変態なんだから――ねッ!!」

 指が弾かれる。幾度なく聞いた神のものではなく、仕掛け人は御坂美琴だ。
 ヒステリカを取り囲むように砂鉄が持ち上がる。それは高速振動を続ける砂の針と化し、ありとあらゆる方向、おおよそ人間が知覚可能な範囲全てから降り注ぐ。
 対してエンブリヲは明らかな焦りを思わせる表情を浮かべ、指を弾く。科学の能力如きが神に楯突くなど、あってはならぬことだ。
 
 音を合図にヒステリカの周囲に嵐が吹き荒れた。砂の針を破壊するように渦巻き、全ては塵となる。
 
 奇襲を防がれたことにより、御坂美琴は唾を吐き捨て、やはり血が混じっていることに舌打ちをする。
 身体が長くないことは認識している。されど手を抜いて殺せる相手でもないことは更に深く刻んでいる。
 相手は絶大だ。それこそ天使だの悪魔だの、聖人だの――これではまるで彼のようだと彼女は笑う。奇しくも追い掛けていた背中と同じ状況にあるのだ。
 立っている場所は同じだ。だが、見える景色が圧倒的に異なっている。彼女が背負うは死者の呼び声であり、ツンツン頭の男子高校生が背負うそれとは正反対である。

「本当に疲れてんじゃない。さっきまであんなに偉そうにしてたのに……なに、そのザマ? 立ってるのがやっとって感じじゃん」

「――ッ、予定を変える。数ある中の妻に迎えようとも考えていたが、貴様から最初に殺す」

「妻……? あんた、鏡を見たことはある? それと、同性でも異性でもいいけど友達は? まぁ……いないに決まってるわよね。
 かわいそうに。誰もあんたに言わなかったんだね――その見てくれで妻を迎えるだなんてよく言えるわね、鏡でも見てきたら? 世界が変わるわよ」

 何も難しい話ではない。エンブリヲの強さは御坂美琴の想像を超えていたが、からくりも何もない。底の知れぬ恐怖だったが、今が底である。
 神と云えど所詮は人形、生きているならば生命は平等であり、神様だって殺してみせることも可能であろう。事、今回に限れば箱庭世界に感謝するしかあるまい。
 底は見えた。あとはブチ抜いて全てを空にすればいいだけ――調律者の性格は分かりやすい、神の名に似合わない、或いはお似合いなのかもしれない。
 どこか人間味を感じさせるプライドを軽く煽れば、

「世界が変わる? 抜かせ、私そのものが世界なのだよ!」

 このとおり、怒りに狂い単調な攻撃を仕掛ける。槍を投擲してくるが、回避する必要もない。
 追い付いたエドワード・エルリックが土流壁を錬成し、槍はそれを貫くも、勢いは完全に失われ御坂美琴の元へ届くことはない。
 風穴目掛け彼女は出力を絞り、鋭き雷針を射出。己の身体もまた、神と同じように完全ではない。限られた生命の炎の中でやりくるする必要があった。
 神殺しを果たしても、その先には最後の決着が残っている。彼女の考えは自然と体力温存へ切り替わっていた。

 雷針に対し神は予測していたのか両の掌を大地へ付着させ――エドワード・エルリックと同じように土流壁を錬成。

「このまま地獄の底へ落ちろ、そこが貴様等にお似合いだ」

 更に閃光が迸り、溢れ出るエネルギーが大地に注ぎ込まれ、光が収束した瞬間だった。
 世界から音を奪い、爆ぜる。
 大地が隆起し、人間が普段立っているであろう地点は大きく陥没し、距離を詰めていた生存者は一斉に体勢を崩す。

 佐倉杏子は即座にその場を離脱し、陥没から逃れた。
 タスクもまた、アヌビス神の導きにより離脱。黒は雪ノ下雪乃を抱えると、ワイヤーをタスクへ射出し宙に漂った。
 
「嫌だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 蔓に巻き付かれたままの足立透はペルソナを発動することも不可能である。
 拘束されれば腕で耳を塞ぐことすら不可能であり、雷光の被害によって、それはもう血色の悪い表情を浮かべている。
 それに加え大地が陥没しようと、身動きが取れなければどうしようもない。
 崩れ去る瓦礫に混在し落ちていく彼は心の限り、声が出る限り叫ぶ。誰か助けてくれ、と。

「……さすがに、な」


133 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/27(金) 00:13:38 18WMeuqo0

 救える生命を見捨てるものか。陥没地点から元々、離れていたエドワード・エルリックは岩の柱を錬成し、足立透を救う。
 柱の頂きで芋虫のように転がる足立透は安心しきったのか、だらしない表情である。そして、彼は気付く。誰かこの蔓を斬り裂いてくれ、と。

「チィッ、無駄な足掻きを……!」

 一方、大地の陥没という行いは確実に体力を消費する。焦りかは不明であるが、無駄な事をしてしまった。エンブリヲが更に苛つき、神としての尊厳が失われて行く。
 たった一人、落ちた大地の中で彼は考える。どう処分しようか――そんな暇があるものか。

「あんたなんて結局は口先だけの男で、見栄を張るだけ張って、あたし達を勘違いさせただけ。そのロボさえ破壊すれば後はどうとでもなるんだから――もう一発ッ!」

 御坂美琴の声が上から響くと、彼女は電磁により砂鉄を操作し、人間三人分と思われる大きさの岩を浮かべていた。
 あれを音速の三倍で打ち出し、ヒステリカへ衝突してしまったら――考える時間すら惜しい。神が転移を試みた瞬間、空から舞い降りるはいけ好かない騎士である。

「行かせるものか!」『そろそろ潮時だ、お前はもういいだろ』

 辺り疎らに広がる瓦礫を物ともせず、陥没大地を駆け抜けたタスクはアヌビス神を握り締め、神との距離を詰めると、一閃。
 神は無残にも大地を転がるようにして回避。立ち上がりと同時に即席の剣を錬成し、アヌビス神の猛攻を凌ぐ。
 空間を縦横無尽に動き回る進化の剣筋、取り分け剣の世界を極めている訳でもないエンブリヲにとって、最大の壁となろう。

「小賢しい、邪魔をするなッ!」

「そのまま返してやる! お前がどれだけ俺達を、アンジュを、皆を! 邪魔したか分かっているのか!!」

 刃を弾き返されようと、アヌビス神にとってそれは呼吸のようなものである。当たり前だ、次から乗り越えればいいだけのこと。

「知るか、貴様等の事などいちいち考えている筈が無かろう! 選ばれぬ者は黙ってこの私と新世界の糧となればいい!」

「そうやって自分以外の存在を拒絶する男に、アンジュが振り向くものか! 彼女の温かみを知らないお前が、俺に勝てる訳ないだろう!」

「あ、アンジュの暖かさ!? 貴様、何を――邪魔をするなと言っておろうがァア!!」

 タスクを弾き飛ばしたかと思えば割って入り込むは龍の魔法少女――佐倉杏子だ。
 槍の一撃を剣で受け流すも、完全に殺しきれていないのか神の腕に痺れが残り、表情を歪める。
 神であろうと体力の消費は隠せない。万全の状態であればとっくに瞬間移動を発動し、この場から離脱していただろう。
 それを行わずに足止めを食らっている現実から佐倉杏子は好機と捉え、足をしっかり大地へ固定すると、槍を多節棍へ変形――嵐のように攻め立てろ。

 迫る、迫る、迫る。
 幾度剣で弾こうが鎖は無限に空間を駆け回る。

「いい加減に――しろォ! この愚か者共めがァアアアアアアア!!」

 怒りと共に神が剣を大地へ突き刺し、柄に拳を叩き込む。
 かのモーセが海を割ったように、大地を斬り裂くは神の怒りなのか。
 大地を走る亀裂は陥没した状態から更に崩壊し、タスクと佐倉杏子は思い出す――奈落へ落ちた参加者達を。

「ちょっとこれはさぁ……ッ! 掴まって!」

 タスクの片腕を掴むと佐倉杏子は岩を蹴り上げては次の岩へ飛び乗り、その要領を繰り返し、その場から離脱。
 奈落へ落ちては全てが終わる。アカメとやらが戻って来なかった時と同じように。










 獲物に逃げられた事に対し舌打ちをする神は更に追い打ちを掛けようと、近くの岩を吹き飛ばす。
 要領は超電磁砲と同じ、あの女に出来て自分に不可能なことがあってたまるか。邪魔な奴らを片付け、貴様を殺してやると。


134 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/27(金) 00:14:24 18WMeuqo0


 自分の足場は完全に確保している。この瞬間ならば誰に邪魔をされずに転移出来るだろう。
 妨害用の岩も飛ばした。ヒステリカを狙う御坂美琴を殺害せしめんと転移を試みた瞬間、背後から感じる殺気にエンブリヲの心臓が止まる。
 刹那、即座に平常を取り戻し、剣を背後へ。鋼の重音が響いた。

「貴様は何度も……何度も! 私の邪魔をすることだけが取り柄のようにィィィ!!」

 火花を散らし後退りをする神と弾き飛ばされた刃の青年――タスク。
 崩れ落ちる瓦礫を何度も飛び移り、辿り着いた彼は決着のために、崩壊する大地に降り立った。

「神様なら邪魔をする愚かな人間を殺したらどうだ……? それが出来ないなら、お前はここで死ぬのみ!」

 エンブリヲを中心に形を保っている大地も、何れは崩壊するだろう。
 限られた時間の中で全てを成し遂げろ。アヌビス神を構えタスクが走り出し、エンブリヲもまた剣を構え動き出す。

「貴様如きがこの私に勝利するなど! 世界が破界と再世を繰り返す永劫回帰の中で! 一度足りともあるものか!」

「数十分前の言葉を忘れたのか? 俺は既に一度、お前を殺しているんだよ!」

 刃と剣が重なり、それらを通じて彼らに振動が響く。引いてなるものか、互いに足を止め剣戟が行われる。

「誰が信じるものか、万が一にも! そのようなことがあってはならない!」

 神による全身全霊の一撃がタスクを身体ごと弾き飛ばす。

「言っていることが意味不明だなエンブリヲ! 思うような展開にならず苛ついているな!! ダサくて器の小さい男だな!!」

「何とでも言え! 貴様如きの言葉、耳にした所でなんとも思わん! 貴様の相手よりも先にあの女の――――――――ッ、貴様等ァアアア!!」


135 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/27(金) 00:15:00 18WMeuqo0

 あの女。
 数分前に事を遡れば、神が一度目の陥没を発動した時、多くの参加者が逃れた。
 無駄に力を消費してしまった後悔した矢先、地上に残った彼女は懲りずにヒステリカへ攻撃を行おうとした。
 仮にも機神故、一撃で壊滅するとは思いもしないが、万が一の可能性がある。慢心などとうに切り捨てた神にとって、最悪の未来に至る選択肢は事前に潰すのみ。
 
 転移により防ごうとしたが、地上から降り立ったタスクと佐倉杏子に阻まれてしまう。
 邪魔をするなと彼らを遠ざけるために、更に大地を陥没させ、距離を取り――彼は違った。タスクは尚も挑んで来たのだ。

 思い出せ。たかが数分程度の攻防だ。
 だが、その数分があれば雷撃は遠の昔にヒステリカを貫いているだろう。文字通り一瞬の時さえあれば可能である。
 地上から雷鳴は轟いたのか。雷光が輝いたのか。崩壊する音は、直撃音は――何も起きていない。

 我に振り返り、汗を流しながら神が地上を見上げた時。
 大地に座り込んだ彼女――御坂美琴が嗤って見下ろしているではないか。
 声は聞こえぬが、唇の動きは読める。察するに――。




『こっちを見ていていいの?』



 
 地上に視線を戻せば目の前には刃。
 間に合わない――瞬間移動でさえも不可能だ。
 空間を捻じ曲げる――肉薄したこの状況では不可能だ。
 正攻法として剣で防ぐ――それこそ間に合わず不可能だ。
 刃に斬り裂かれ死ぬ――認めてなるものか、あってなるものか、不可能だ。


「エンブリヲ! 今こそお前を――葬るッ!!」


「この私が……あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 仮にも調律者を名乗り世界そのものを作り上げる男。
 咄嗟に剣を振るい、それは錯乱による偶然の一撃であるがタスクの上半身に横一文字を刻む。
 吹き出す血飛沫に視界が潰される神であるが、決しては手は休めぬ。このまま殺してしまえ。

 更なる追撃を与えようと――神が許しても、時が許さず。
 ぐるりと一回転する視界は空を映し出し、タスクを映し出し、やがては奈落を映し出す。
 幾度なく回転し、神が己の首を撥ねられた事に気付いたのは、生命としての活動を終える寸前だった。

『やったな……ってオイ!?』

 身体の限界だ。
 エンブリヲに刻まれた一撃により、元から満身創痍であるタスクは限界の限界を超えてしまった。
 これまで動けていたことが奇跡であろう。それは彼のみならず、全ての生存者に言えること。最初に倒れたのが彼であるだけ。

 本来のアヌビス神ならば助けられていたかもしれない。だが、此処は箱庭世界。
 誰もが自由に力を使えず、誰もが自由に死を約束されたクソッタレの管理世界。
 大地の崩壊と共に奈落へ落ちることを受け入れるしかない――彼が一人であるならば。

「あ……りが、と」

「いい。舌を噛むぞ」

 崩壊の寸前にタスクを盗むように抱え上げたのは黒の契約者だった。
 岩壁にめり込ませたワイヤーが彼らを文字通りの命綱として支えている。

 そう、彼らは誰一人として脱落することなく、神殺しを果たしたのだ。





136 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/27(金) 00:15:22 18WMeuqo0


 黒に抱き抱えられ、地上へ昇るタスクは奈落を見つめていた。
 足場の崩壊と共に落ちていくエンブリヲの肉体。この手で斬り裂いたそれが深淵の黒へと消えて行く。
 一度は斬り捨てた存在だったが、此度の殺し合いでも驚異的な敵として、何の因果か再びこの手で生命を終わらせた。

 終わりだ。本当に、これで終わり。
 永く続く戦いに真の終止符が打たれ、残るはヒステリカを破壊するのみ。
 調律者の能力に、ヒステリカを破壊しない限り、異なる平行世界からエンブリヲを召喚するものがある。
 箱庭世界に於いて当然の如く制限により、能力の行使は不可能であるが、念には念を入れ破壊する必要があるのだ。

「………………」

 多くの犠牲者が生まれ、たった一つの奇跡を求めて悲劇が生まれた。
 願いの成就など、誰が保証するのか。主催の言葉に騙され続け、多くの生命が散った。
 地上に上がれば御坂美琴、足立透との決戦が控えている。意識すら飛ばしそうな己がどこまで役に立つかは分からない。
 ただ、動ける限りは抗うつもりだ。アヌビス神を握る腕に自然と力が篭もる。

「もう、復活するなよ」

 それは仇敵に捧げる別れの言葉。
 もう二度と会いたくないという思いがこれでもかと込められており、心より捧げる偽りなき言葉である。
 調律者、エンブリヲ。多くの世界と人々を苦しめた男は遂にこの世界から終わりを告げられた。








137 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/27(金) 00:15:44 18WMeuqo0

 地上に上がったタスクは黒に抱えられ、仲間の出迎えを受ける。
 佐倉杏子は龍の鎧を解除し、魔法少女にも変身していない。額の角が更に肥大化しているのが目立つが、彼女は笑っていた。
 それが空元気なのか無邪気によるものなのかはタスクには分からないが、水を刺す必要も無いだろうと、言葉を口にしなかった。

 エドワード・エルリックもまた駆け寄ると、よくやったとタスクを労う。
 機械鎧が肌にひんやりと感覚を与える。火照った身体には丁度いい。このまま眠ってしまえそうだとタスクが瞼を閉じようとした瞬間、佐倉杏子がソウルジェムを取り出した。

「寝るな! 今から治療するから、絶対に寝るなよ……?」

 黒が彼を大地へ優しく下ろすと、佐倉杏子のソウルジェムが赤く燃え上がるようにその輝きを放出する。
 最も表面の多くが黒く穢れており、輝きすらも濁っているため、赤の炎は血を連想させてしまう。

「おいおい、そんなグロいので傷が治るのかよ?」

「……無事、だったんだね」

「けっ、残念だったな」

 エンブリヲの死亡に伴い、彼の力によって拘束されていた足立透は自由の身となっていた。
 これ見よがしに腕を広げ、横から顔を出すように佐倉杏子を煽る。年齢差を考えればみっともない光景であるが、今更気にするような彼でもない。
 ただ、タスクに声を掛けられたことが想定外であったようで、目を丸くする。そして歯切れの悪い返事を行い、頭を掻きながらその場を離れた。

「あの時はありがと……う」

「…………さぁね、俺だって生きるためにやったんだからな。お前のためじゃないから」

 律儀に礼を言われる覚えはない。もしかしたら、既に聞いていたかもしれない。
 どうせこれからは殺し合う身。もう俺に馴れ合いなんて必要ない――そうこれから俺達は殺し合うんだと足立透が決意の表れとして頬を叩いた時だった。
 賭け事であれば人気最大手である御坂美琴の雷撃がバチリと響き、誰もが予想しなかった『彼』の声が響いた。





『それで、貴様等はそれで満足か?』





 は? と、足立透の間抜けた声が響く。
 自分はあまりの疲れからか、とうとう狂ってしまったらしい。認めたくはないがこれは言い逃れ出来ない。幻聴とは、やれやれと頭を振るう。
 少し落ち着こうかと深呼吸を行い、全てを吐き切ると、瞳を見開き、掌でカードを潰した。

「テメェ!! くだらねえ魔法使ってんじゃねえぞ!!」

 マガツイザナギは刃の先を佐倉杏子へ向けていた。
 こんなガキは殺しても問題ないだろう。『彼』の声を魔法で作り出しビビらせるとはいい度胸だ――足立透は犯人だと決め付けていた。
 
「……嘘だろ」


138 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/27(金) 00:16:08 18WMeuqo0


 対する彼女はただただこの世の終わりかと思うような表情を浮かべていた。
 瞳に光は灯っていなく、心なしかソウルジェムに黒き渦巻きが発生したようだと、近くで見守る雪ノ下雪乃は錯覚してしまう。
 呼吸を整えるタスクの手を握る彼女もまた、己の耳を疑っていた。『彼』はもう、この世にいないはず。
 蘇生にしては話が出来過ぎている。たった今、たった今なのだ。見間違えようもなく、『彼』は斬り裂かれた。

「おいおいおいおいおいおいおいおい! 嘘だって言えよォ……ッ、ヒースクリフ! どうせお前の仕業だよなあ!?」

 佐倉杏子が作り出した幻覚で無ければ、次なる犯人候補はヒースクリフである。
 殺し合いの始まりを担った男ならばなんでもかんでも出来るのだろう。ゲームは終わっていない、そういった演出に違いない。
 マガツイザナギの刃がぐるりと回り、今にも彼の首に届かんとする所で停止する。言葉を待っているのだ。

 皆の視線を浴びるヒースクリフはどうしたものかと、彼らと視線を合わせた。
 足立透の瞳は大きく揺れ潤を帯びている。雪ノ下雪乃は信じられないといったように、佐倉杏子はタスクの治療に集中するためか瞳を閉じていた。
 黒は黙って空を見上げており、御坂美琴もまた同じだ。己の身体を確かめるように節々を動かしており、それは準備体操と表すよりも稼働限界を見極めているようだ。
 エドワード・エルリックはヒースクリフの言葉を待っている。彼は全てを悟っているようだ。『彼』はどうやら――そして、タスクが声を零す。


「エ、エンブリヲ……エンブリヲ、エンブリヲ、、エンブリヲ、、、エンブリヲッ!!」


『そう何度も私の名前を繰り返すな。それが許されているのはベッドの上のアンジュだけだ』


 最悪の結果が訪れてしまった。足立透はまるでこの世の終わりを体感したかのように膝から崩れ落ちた。
 話が違うじゃないか。おかしい、これは夢なのかもしれない。ああ、そうだ。全部が夢であれば最高だ、それでいい。
 などと独り言を零し、それを軽蔑するように雪ノ下雪乃が見つめる中、タスクが立ち上がろうとしていた。

「お、おい! 立っても意味無いから座ってよ!」

 腕を軽く引っ張られるだけで彼は尻もちを付いた。動けるはずがない、それも走り出そうとするなど自殺行為もいい所である。
 これから治療をするんだから座ってろ。言葉を喉元でお仕留め、佐倉杏子は再度ソウルジェムをタスクへ翳す。
 無論、彼女も黙って治療だけを行うつもりはない。さっさと終わらし、背後に聳える悪魔を――神を殺さなければならない。

「仕組みは分かるか? 洗いざらい全てを吐け」

 視線をヒステリカから逸らすことなく、黒はヒースクリフへ状況の説明を求めた。
 空に聳える黒き機神を見つめる黒、エドワード・エルリック、御坂美琴の三人は答えを求めているのだ。
 自分達が戦い、タスクが止めを刺した『彼』は何者なのか。自分達の数十分は何のためにあったのか。あれは全て、無駄だったのか。

「前提として、エンブリヲとヒステリカ……あのロボットは対の存在だ」

「対……? 人間と機械がか?」

「……はぁ、くだらない」

 鋼の錬金術師が疑問を浮かべる中、御坂美琴はたった一言で気付いたらしく、ため息をつく。
 対と表現されれば答えは一つしかない。理解が早くて助かると、ヒースクリフは結論だけを述べた。


139 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/27(金) 00:16:48 18WMeuqo0

「片方を殺しても、片方さえ無事ならば彼らは互いを別世界から召喚し合える――ふざけた話だが、これが仕組みだ」

 座り込んで大地を見ていた足立透の心臓が一瞬だけ止まってしまう。ヒースクリフは今、何を言ったのか。
 ロボさえ無事なら召喚? 冗談じゃない、全身チート野郎は付属品までもがオーバースペックのインチキマシンなど、不公平にも程がある。
 こちとら始まりはペルソナすら使えなかったというのに……最悪だと唾を吐く。もう、未来など信じられるものか。

「ふざけた話ってのはこっちの台詞よ。あんたは本当に調整したの? あんなのをそのまま持ち込むなんて最初からまともにゲームをするつもり、ないでしょ?
 終盤も終盤。ラスボスであるホムンクルスを倒した後はエンディングを迎えて、スタッフロールの途中にあいつが割り込んだ。それが完全無欠の存在だんて……結局のところ、どうなの」

「……どう、と来たか」

「ああもう、じれったい! いい? あいつとロボが対になっているのは納得するわよ。現に生きてるんだからね。
 それで、本題は『この空間でも対としての役割が機能しているか』ってこと。私の力すら満足に使えないんだから、あんなのは出力九割減でも割に合わないっつーの」

 そもそも殺し合いとは厳密に言えば殺し合いではない。勝手にバランスを図ろうと幾つかの細工が仕掛けられており、御坂美琴を始めとする参加者が餌食になっている。
 エンブリヲも同様であり、取り分け神、或いは調律者と呼ばれている彼が力を自由自在に扱える筈がない。
 ならば所有物であるヒステリカもまた本来の力を引き出せないポンコツになっていないと話が合わないのだ。

「当然だ。この空間に留まっている間は対になどなっていない。『彼』はそのまま死ぬ」

「……そうか。死ぬ、のか」

 黒は御坂美琴が聞き出した本質に気付いたようだ。空を見上げる瞳が細くなり、どうやらあの男は芯まで腐っているようだ。
 ナイフを再び握るも、どうしたものか。これから起こるであろう戦闘を脳内で描き上げるも――物理的な壁が彼を阻む。

 そして、エドワード・エルリックも気付いたようだ。対の仕組みは最初から信じていない。本当であるが、この空間に於ける真実が異なれば、それ以上の情報は必要ない。
 エンブリヲが生きているということは、正に彼が生きていることを指す。当然であり、当たり前。生きているから、生きている。
 対の仕組みが作動しないのであれば、彼は正真正銘の『彼』である。数分前にタスクが斬り裂いた『彼』本人だ。
 奈落へ消えた『彼』が生きている。だが、対の仕組みは作動しない。じゃあ、あいつはなんなんだと一人、頭を抱える足立透であったが、空を見上げる四人は気付いてしまった。


「やってくれるじゃねえか。お前――最初から『お前』じゃなかったんだな」


 ――分身。
 殺し合いに於いてエンブリヲが参加者を苦しめた常識外れの能力、その一端である。

『今更、気付いたか。もう少し早くに気付いていれば、まだ楽しめたものを』

「何が楽しめたよ。そいつが治るまでの時間稼ぎだったくせに。実際、後半のあんたは演技でもなんでもなく、あたし達に追い込まれていたじゃない」

『ククク、貴様は馬鹿か?』

「そういうのいいから」

『……可愛げもない。私はただ試していたのだよ』

 この手の人種はどうも話を誇張し本題を遠回しにする癖がある。何かしら深い意味を含めた言葉回しをするものは決まって自分に酔いしれている。
 何度も見てきたパターンに御坂美琴は掌で顔を覆いながら呆れ、反応はそれぞれだが契約者と錬金術師も似たようなものだった。
 神の言葉に誰も反応しない中、離れている佐倉杏子もまた試していたのだの、いい加減なことを言われ困惑していた。神とは馬鹿なのだろうか。
 なんとか意識を保っているタスクも同様だ。あの男はまた訳の分からない、それでいて気持ちの悪いことを言っている。しかし、その寒気すら感じる言葉は正にエンブリヲ本人だろう。


140 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/27(金) 00:17:16 18WMeuqo0


『貴様等はよくやった――と、言えるかもしれない』

「えっ!?」

 絶対安静のタスクが反応するも、塞ぎかかった傷が開くことを恐れたのか、佐倉杏子が抑えつける。
 無理もないだろう。エンブリヲが他人を、それも自分を含めた生存者を褒めるなど、世界が崩壊してもありえない。耳を疑うのが当然である。

『錬金術、契約者、超能力、魔法、ペルソナ、茅場晶彦の持つ頭脳――どれも私が所有している能力の劣化版だと侮っていたが、世界は広いようだ』

 喧嘩を売るような言葉に御坂美琴は青い火花を散らしそうになるも、寸前で抑えた。

『私の能力とは一部、異なっているようでね。新世界を創り上げる過程の中で、貴重なサンプルとなろう』

 今にも駆け出し喉元を斬り裂きたい所であるが、黒の契約者は神の言葉が終わるのを待つ。

『まずは手始めに、他の世界を破界する。再世などするものか。ホムンクルスのような愚かな考えを持つ俗物を全て排除する』

 まだだ。動くべき時は今ではないと錬金術師は自らの行動を抑制する。

『その後に完全なる新世界を――そこで、貴様等は貴重な住民兼私の下僕として迎えてやってもよい。どうだ?』

 どうだ。姿は見えないが気に食わないドヤ顔で言っているのだろう。簡単に想像出来る下衆な状況に、雪ノ下雪乃は言葉を失う。何を言えばあの男は更生するのか。不可能であろう。
 治療魔法を施す佐倉杏子は心を乱されるため、あの馬鹿は早く口を閉じろなどと思っており、舌打ちをした。

 エンブリヲの誘いに乗る者など一人としていないだろう。彼らは多くの出会いと別れ、壁を乗り越え、己を縛り付けるナニカを打ち破り、ここに立っている。
 下僕などに誰がなるものか――と、勢い良く啖呵を切る者はいない。
 空に浮かぶヒステリカはこの場を支配している。生存者を殺そうと思えば、エンブリヲがレバーを動かすだけで簡単に行えてしまう。
 神の機嫌を損ねれば、揃いも揃って世界を漂う藻屑と化す。下手に口を動かせばその時点でゲームオーバーの可能性すらある。
 どうしたものかと誰もが思考を張り巡らせる中、静寂を破ったのは以外にも絶望していた彼だった。

「助かるのか……? お前に媚びを売って、下僕にさえなりゃあ、生きて帰れるのか……?」

 馬鹿な男だと御坂美琴が腕で頭を抑える。足立透の一言は馬鹿の極みである。
 助かる筈もないだろう。十中八九、主導権を握っているこの状況に酔いしれた神の戯言だ。
 ちっぽけな人間としてのプライドすら感じさせない彼に嫌気が刺し、このまま神経が擦り切れるまで焼き尽くそうか。
 いいや、こんなくだらぬことに貴重な体力を消費する方が馬鹿である。お願いだから黙ってくれと、御坂美琴は天に祈る。願いを叶える神がいるかは別の話であるのだが。
 
 足立透の言葉は心を動かすに値しない。黒の契約者は一切反応すること無く、寧ろ、言葉を耳から通り抜け、聞き取らないようにしていた。
 己の武器はナイフとワイヤー。何も特別な武装ではないが、常に視線を潜り抜けた手慣れた武装でもある。幾らでもやりようがあったのだが、空となれば話は別だ。
 機械に包まれた神を殺害するには、圧倒的に手段が不足している。能力さえ直撃させれば未来はあるのだが、問題はどのように至るかである。

 鋼の錬金術師はヒステリカとの距離を図る。錬成で届かぬ距離ではない。最悪の可能性を考慮し、どうするか――神の声が響く。


『当然だ。一生モルモットとして生きてもらう……ククク、どうだ嬉しいか? よかったな、帰れるぞ……クク、クハハハハハハハハッ!!』


 でしょうね。神の笑い声が響く傍ら御坂美琴の小言が掻き消される。

「…………いい加減にしろよ、このクソ野郎……この! クソ野郎!!」

 怒号と共に風を斬り裂き顕現したマガツイザナギ。このまま神の首を斬り落とすと行きたいところであるのだが、足立透は一瞬で冷静になる。
 ペルソナを見下ろすように向けられた黒き溝――ビームライフルとでも呼べばいいのだろうか。漫画やアニメの世界でしか見かけない兵器が目の前にある。
 人間に向けてはいけないものだろう。仮に何か、軽はずみでトリガーが引かれてしまったらあっという間に塵になるだろう。
 絶対的な死に対する恐怖からか、マガツイザナギは消えていた。

『さぁ、此処で死ぬか、それでも後で死ぬか……好きな方を選べ』


 





141 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/27(金) 00:17:45 18WMeuqo0


「あーあ、こりゃあ本当に終わりか? ここまで? ざけんなよ」




 空を見上げる足立透はただただ己の率直な感想を述べた。
 あんなのに勝てるものか。馬鹿でかいロボにどうやって勝てと。ペルソナじゃ無理だ無理、解散解散……はぁ、とため息をつく。
 なんとかラスト一桁の生存者に名を連ね、黒幕たるホムンクルスをも倒した。うざいガキを抹殺しようとしたところでまさかの休戦。
 そのまま流れで最大の壁であったド変態を殺害――出来れば最高のシナリオだった。現実は最悪である。

 絶望に染まったのは何も彼だけではない。
 糸が切れたように意識を失ったタスクの掌を握る雪ノ下雪乃も、足立透ほどではないが、希望を諦めかけている。
 彼女を現世に繋ぎ止めるのは散っていった仲間と託された意思。今の顔を彼らに見せられるだろうか。否、恥知らずである。
 彼女の横でタスクの治療を行っている佐倉杏子は怒りと焦りからか、ソウルジェムの内部が波打っており、お世辞にも美しいとは呼べない、正反対である穢れが蠢いていた。
 
 空中のヒステリカは一切の動きを見せていない。『好きな方を選べ』と発言して以降、どうやら人間の言葉を待っているようだ。
 最も答えは決まっており、これから神の虐殺が始まるのだが、慢心を捨てた彼は万全を期すためにヒステリカの修復へ時間を割いている。
 修復状況は八割。動作に支障は無く、制限の枷が嵌められていようと、人間如きに遅れる事はないだろう。と、神は結局、慢心していた。

 適当な小石を拾い上げると、どうしたものかと御坂美琴は空を見上げた。ヒステリカの横には相変わらず裸体のアンジュが浮かんでいた。
 死人であるため意識は無いだろうが、あんな醜態を晒しては女として終わりだろう。自分じゃなくて本当によかったとくだらぬことを考える。
 実際のアンジュは一癖も二癖もある女帝であるため、御坂美琴の考えはある種、無駄なものだが……さて。本当にどうしたものか。最後の切り札に近い回復結晶を使いたくないのが彼女の本心だ。
 しかし、現状でヒステリカに対抗する場合――文字通りの死力を尽くさなければ確実に死ぬ。躊躇っても死亡、思い切っても死亡のふざけた選択肢に、彼女は呆れた表情を浮かべていた。

 茅場晶彦は考える。顕現したヒステリカとエンブリヲの関係性はただの機体と操縦者である。
 搭乗される前に殺すという手段は悪くなく、神殺しの選択は状況で最も賢いものだった。故に彼は参加者を止めることはしなかった。
 無論、制止しても彼の言葉をすんなりと聞き入れる生存者はいないだろうが。しかし、ヒステリカか。茅場晶彦は何か思い当たる節があるようだ。
 彼の視線はタスク――の傍、雪ノ下雪乃へ向いていた。黒き機神が箱庭世界に降り立ったならば――山札に仕込んだカードが輝くかもしれない。

 様々な思いが渦巻く中、鋼の錬金術師は魔法少女へ近寄り、彼女へ言葉を掛ける。
 後に悔やむことになるが、この時の彼は不自然なほどに柔らかな表情を浮かべており、止めるべきだった佐倉杏子は思うことになる。


「タスクの治療、頼んだぞ」


 錬金術師はそれだけ伝えると、踵を返し、佐倉杏子らへ背中を向けた。
 背丈は小さいが、背中から漂う覚悟は等身大の人間を大きく上回るように溢れている。そのように感じてしまう。
 治療を任されてもそれは当たり前のことであり、佐倉杏子は何を言っているのかと自分の中で噛み砕く。しかし、不明なまま。
 助けを求めるように雪ノ下雪乃へ視線を流すも、彼女もまたエドワード・エルリックの言葉の真意を掴み切れていないようで、首を振った。
 最も真意など無いのかもしれない。ただ、改めて治療を頼んだ。裏のない結果であろう。一応、奥で嘆いている足立透をちらっと見た佐倉杏子であったが、相変わらず下を向いていたので無視。


142 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/27(金) 00:18:16 18WMeuqo0


「それは分かってるよ、あたしの仕事だし……改まってどうしたんだよ」

「もう誰一人として欠けることなんて認めたくない……ってのは分かるよな。だから治療は任せた。そのための時間は俺が今から稼いで来るからよ」

 その言葉に誰もが耳を疑った。
 脈絡も無く、その発言に至るまでに不自然な流れは無かった。すらっと飛び出した言葉そのものが不自然であることを除けば、日常的な会話のトーンと変わらない。

 彼の錬金術は恵まれた能力だろう。多種多様の応用を見せるその能力を疑う者はいない。
 だが、時間を稼ぐとはヒステリカを相手に――話が違う。それこそ異次元のような、神殺しにたった一人で挑むことになる。
 御坂美琴のような圧倒的たる殲滅力を持ち合わせておらず、佐倉杏子のように己の身体を限界の先へ高める力もない。
 足立透のように使役するペルソナもなければ、黒のような類い希なる身体能力も持ち合わせていない。

「馬鹿……馬鹿言ってんじゃないよ、そんなの――」

「無理だガキ、悪いことは言わないから大人しくしとけって……もう俺達はゲームオーバーなんだよ」

 生身で勝てるような相手ならば、今頃、生存者は数時間も前に帰還しているだろう。
 云ってしまえば土俵が違う。世界が違う。常識が違う。ヒステリカからすれば人間はゼロにも満たない端数の残滓程度の存在だ。
 時間を稼ぐ。確かにエドワード・エルリックならば数分は稼げるだろう。
 錬金術による攻撃はその規模もあって、相手の視界を塞ぐことや注意を逸らすには正に効果を発揮するだろう。しかし

「お前なあ……灰になるだけだぞ? それか臓器も潰れて肉もミンチになる」

 身体を破壊されれば、人間は死ぬ。
 足立透は当たり前の言葉を繰り返す。それが当然の反応であり、全うな人間の反応でもある。
 休日の朝を彩るテレビも、生身の存在がロボを倒すなど聞いたことが無い。あったとしても例外中の例外だろう。
 彼の視線の先には自殺志願者が居る。そうにしか見えなかった。

「ゲームオーバーか……まぁ、そうかもしれないな」

 足立透の舌打ちが響く。
 弱音を吐くなら最初から調子に乗った発言をするな。其れ相応の覚悟を以て取り組め。
 偉そうなことを言える立場ではないが、正義の味方を騙るような存在は余計な連想をしてしまい、心が苦しくなる。

 だとすれば、どれだけ楽だったか。

 エドワード・エルリックの言葉に弱音など欠片の一つも混在していない。
 芯を感じる強き言葉は、全てを諦めてしまった足立透の心を苦しめる。彼にとっては眩しい光のようなものだ。

「あんたはゲームオーバーだと思ってる。だけど俺はまだまだそんなこと思っちゃいない。
 別にあんたをとやかく言うつもりはないさ……むしろ、ありがとうな。よくここまで付き合ってくれた」

「……あ?」

 この流れで礼を言われることなど想定しておらず、足立透は間抜けた声を上げる。
 背中を向けているエドワード・エルリックの表情が窺えないため、真意は不明だが彼を理解することが出来ない。


143 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/27(金) 00:18:42 18WMeuqo0

「文句言いながらもよ。御坂を誘き出すためとは云え酷いことしちまったことは謝るよ。だけど、それだけだからな?
 お前のやったことは許されないし、生きて元の世界に戻って罪を償ってもらうからな。その時は覚悟しておけよ……俺がその場所にいるかは分からないけどな!」


 このガキは相当な馬鹿野郎だ。足立透は言葉を発さずに視線を地面へ向ける。
 対峙して来た空条承太郎や鳴上悠と同じ性質の存在と思っていたが、エドワード・エルリックは細部が異なる。
 瞳に宿す光は決して衰えることはないだろう。空条承太郎のように何度も立ち上がり、鳴上悠のように何度だって手を伸ばす。
 だが、彼らとは異なる。全てを乗り越えた先に立っている未来が見えないのだ。
 エドワード・エルリックの言葉は死を連想する。この先、生命を散らすであろう特大の死亡フラグにしか聞こえないのだ。

 馬鹿だ、馬鹿野郎だと足立透は呟いた。
 ガキが、鳴上悠よりも更に幼い存在の言葉に道化師は黙るしか無かった。
 覚悟しておけよ。そう言った人間が一番、覚悟の必要な人間だろうに。

「黒、DIOみたいな奴が現れたらあんたが頼りだ。こいつらを頼んだぜ」

「……待て、俺も――ッ」

 錬金術師の言葉を撥ね除けた契約者が彼に歩もうとするも、身体が拒む。
 口から溢れる血液が現状を物語る。この場に余力のある存在など一人もいない。
 先の戦闘でDIOの不意打ちを受け、神殺しでも身体を無理に動かした反動である。

「俺はまだ動ける。みんなと違って接近戦重視じゃないのが幸いってことだ」

「っ――死ぬなよ」

 当然だ。
 依然として振り返らない錬金術師の言葉が宙に響く。
 この手の男は何を言っても無駄だということは分かる。
 契約者は己の身体へ鞭を打たず、依頼された案件のために刃を研ぎ澄まさせる。
 仮に錬金術師が倒れれば、次は――最悪の未来を予想しろ。この身体はまだ、使い道がある。

「……そうだ、ヒースクリフ!」

 エドワード・エルリックは何かを思い出したかのように、始まりの男である彼の名を叫ぶ。

「もう隠し事はナシだからな……もう、無いよな?」

 帰還と優勝。
 何事を成すにも目の前の脅威であるエンブリヲを無力化させなければ生存者に未来はない。
 仮に――仮の話だが、もしも茅場昌彦がまだ何かを隠していたら。
 絶望が迫る中、現状打破のきっかけがあるならば何でもほしい。ならば可能性があるのは始まりの男だろう。


144 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/27(金) 00:19:20 18WMeuqo0

 エドワード・エルリックの問いにヒースクリフは間を置いた。
 遠目ながらも視線は交差しており、どちらの瞳も揺らぐこと無く相手を貫く。
 数秒の沈黙が流れた後に、口元を緩めながら彼は答えた。

「残念ながら、な。それに私がこれまでに隠し事をしていただろうか?」

「抜かせ……お前も黒と一緒にそいつらのこと、守れよ」

 つまり、状況を打破する奇蹟の一策は存在しない。
 エンブリヲを無力化し、御坂美琴と足立透を黙らせ、聖杯を破壊し、元の世界へ帰還する。
 やるべきことは何も変わらない。エドワード・エルリックは己の頬を両腕で弾き、瞳を大きく開く。

 その行動を後ろから見つめていた生存者は悟る。
 あまりにも小さすぎる背中は、もう二度と会うことは無いだろうと確信させる。


「じゃあ、そっちは頼んだぜ。こっちは俺に任せな」


 鋼の錬金術師が初めて振り返った時、その表情は闇を照らす希望の光を連想させた。
 一片の曇りも無き輝き。信頼と捉えるか、無謀と捉えるか。
 眩きの中に見慣れた蒼き閃光が迸るが、生存者の初動は遅れる。エドワード・エルリック本人に気を取られ、既に彼が錬成術を発動していたなど、見抜ける筈も無かった。


「エド……あいつ、馬鹿野郎……ッ!」


 彼に対する怒りや己の無力さ、情けなさ。
 幾多の感情が混在した言葉が佐倉杏子の口から漏れ出した。
 あいつの隣に、あいつの道に。何一つ協力することが出来なくて、力にもなれない。
 そんな自分が腹立たしい。エスデスから受けた傷を癒やしてもらったあの時から、世話になりっぱなし。
 そして彼は更に遠くへ行ってしまう。佐倉杏子の瞳に彼は映っていない。映は最早、闇を演出する巨大な岩の壁である。

「俺達を閉じ込める岩のドームか。あのガキ、本気でどうにかするつもりかよ。それもたった一人で」

 ――じゃあ、そっちは頼んだぜ。こっちは俺に任せな。

 その言葉を最期に、彼と生存者を分かつ壁。
 錬成によって隆起した大地はエンブリヲから生存者を隔離するための壁となった。
 ぐるりを首を動かし周囲を見渡す足立透だが、ご丁寧にも完全なる密室の中に閉じ込められたようだ。
 
 最もペルソナの力を用いれば突破も可能だろうが、それでどうするのか。
 エドワード・エルリックに加勢しエンブリヲを倒すのか。冗談じゃ無いとため息を吐く。
 無理だ、次元が違う。仮に勝利したとしても錬金術師は調律者を殺さない。その隙を見逃すエンブリヲでも無いだろう。
 こんなことになるならば、さっさと逃げ出せばよかった。漁夫の利でも狙えばまだ勝機はあったんじゃないか。
 可能性という可能性が彼の脳内を駆け巡り、やがて現状の空しさを改めて実感するだけなので、足立透は考えることを止めた。


145 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/27(金) 00:20:38 18WMeuqo0


「たとえばよぉ、どっかの世界から誰かが助けにくるとかないか?
 あるだろ、こう……色んな世界の犯罪を取り締まる馬鹿なスケールの警察みたいな組織とか」


 足立透の言葉に、佐倉杏子は反応しない。


「ホムンクルスっていうラスボスを倒した俺達。そして現れるは真の黒幕。
 でもそいつをなんとか説得して、晴れて俺達は元の世界へ帰してもらう――みたいな展開とか」


 足立透の言葉に、黒は反応しない。


「……あ! もうホムンクルスが死んだんだから、やっぱ殺し合いを続ける必要が無いオチは!?
 実は参加者の知らないルールで優勝者は決まっていて、そいつに俺達を帰してもらうように、願いを叶えてもらうとか!」


 足立透の言葉に、ヒースクリフは反応しない。


 もしもの可能性を考慮し、IFを期待する時間は終わっている。
 エンブリヲが機体を手に入れた時点で天秤は大きく彼に傾いた。
 しかし、彼を処理していれば今頃はホムンクルス相手に全滅だ。
 
 エドワード・エルリックが時間を稼ぎ、タスクが意識を取り戻したところで事態は好転しないだろう。
 反撃の象徴である生存者側の機体――テオドーラは大破してしまった。
 タスクの身体を動かしたとして、生身の彼がヒステリカに挑むなど自殺行為に過ぎない。

「ああ、くそっ……三途の川の向こうから引っ張ってやるから、目を覚ませよ」

 だが、それが彼を見捨てる理由にはならない。
 ソウルジェムに灯るは暖かさを感じさせる光。朱色に金色が混ざるような淡い色。
 佐倉杏子がタスクを治療するのは二度目となる。

 彼女に回復魔法の心得など持ち合わせていない。大方、茶菓子を頬張るぐらいの程度に過ぎないだろう。
 イメージするは過ぎ去りし過去。隣に立つ先輩がいたあの頃。師匠の魔法を見様見真似で実践する。
 巴マミ――大切だった存在を思い浮かべ、佐倉杏子はソウルジェムをタスクへ翳した。





 砂塵が吹き荒れる中、小さな影が絶望へ足を進める。
 太陽を背景に輝く黒き機神に一世一代の大勝負を仕掛けるその背中はあまりにも小さい。
 生存者の明日を担う男。小さな背丈に託された使命は絶大の重さを秘める。

 重圧に押し潰されようと、使命を果たせなかろうと、誰も彼に文句は言わないだろう。
 よくやった、十分だ、答えは最初から分かっていた、期待はしていなかった。
 多くの言葉を掛けようが、誰も彼を非難しない。しかし、誰もが明日を夢見ているのだ。


146 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/27(金) 00:21:02 18WMeuqo0

 口ではどうとても言える。
 本音を言えば、エドワード・エルリックがヒステリカを攻略すればそれは最高の結果だ。
 御坂美琴と足立透すらも手を組もうと考えてしまう程に、絶望の化身は規格外の存在である。

「さて……どれだけ稼げるか」

 砂塵の渦中から僅かに覗いた瞳は強き意思を秘めている。
 目的は単純だ。ヒステリカ相手に時間を稼ぐこと。その後――未来は未定。
 タスクが目を覚ました所で、逆転の一手には繋がらない。それこそ奇跡を起こす必要がある。
 勝利への算段は無し。身体が黙っていられなかったのだ。あのまま絶望したまま死ぬことを本能が許さなかった。

 砂塵が吹き終えると相変わらず空にはヒステリカが居座っている。

「どれだけ稼げるのよ」

「………………は?」

 この場に立つのは自分だけ。仲間は例外なく錬成した岩の密室に閉じ込めた。そのつもりだった。
 錬金術師の耳に届いた声は予想外のものであり、考えられるとすればエンブリヲだが、声色は女性。
 髪を掻き上げるその仕草、調律者であるものか。御坂美琴が隣に立っていた。

「お前……!? な、なんでここに」

「最初からあたしは外れてたのよ。あの外にいたの」

 彼女の視線は後方へ流れ、自分はあの岩壁の範囲に最初から収まっていないと言い放った。
 しまったと顔を歪めるエドワード・エルリックに対し、ため息を吐き半ば呆れた表情を覗かせる。

「あんな場所に閉じ込められたら完全に詰みじゃない。禄に信頼関係も築けていないんだから。
 それに……あんたの挙動は完全に何かをやらかす気配だった。見逃したら無謀な策にあたしも巻き込まれそうだったからね」

 岩壁に囲まれた所で、その堅守たる要因はヒステリカの前では塵同然である。
 気休めになれば御の字程度の防御策に過ぎない。御坂美琴からすれば、視界を塞ぐだけのデメリットのみ。
 密室に閉じ込められれば、遅かれ早かれ他の生存者と激突することになるだろう。
 狭い空間内での戦闘は縦横無尽に駆け回る佐倉杏子や単純な経験の差から黒相手には分が悪い。
 広範囲を誇る電撃すら、方向が限られる密室では容易に回避されるかもしれない。


147 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/27(金) 00:21:27 18WMeuqo0

「……で、時間を稼いで何ができるの」

 確信を射貫く言葉にエドワード・エルリックは唾を飲み込む。
 他者のために単身で絶望に挑むその姿、正に正義の味方と言えるだろう。

「あいつ……タスクが目を覚ましたってエンブリヲを殺すための力になるとは思えない。寧ろ、動けない足手まといがオチ」

 タスクの口からエンブリヲ攻略の糸口を――などと言っていたが、御坂美琴はそれを信用していない。
 仮にヒントを握っていれば既に実践しているだろう。ヒステリカへ搭乗する前にエンブリヲを始末するだろう。


「あんたは単純にこのまま死ぬことなんて許せなかった、諦めきれなかった。だから一人で立ち向かうことを選んだ。
 傷付いた仲間を治療するための時間を稼ぐために、仲間を巻き込まないためにあんたは一人で立ち向かうことを選んだ。
 ……あんたってほんと馬鹿。全く裏表が無いのが余計に腹立つ。自己犠牲の先に生まれる物なんてちっぽけな達成感――すらもない虚無かもしれないのに」


 保証など最初から無いのだ。エドワード・エルリックの行いに意味を求めるならば、それは正に時間稼ぎ。
 明日を生き抜くためではなく、現実に抗う小さな虫けら同然の足掻き。


「あたしと足立を守ったところで、最期に待つのは裏切りよ。願いを叶えるために平気であんた達を切り捨てる。
 それにヒースクリフだって何を考えているか分かりもしない。あんたが身体を張ったって、なんの意味も無いのよ」


 全ての事象が都合よく成立すると考えた場合、タスクが復活し、彼の口からエンブリヲの弱点が露呈し、奇跡の大逆転を収める。


「……あんただって分かってんでしょ、エンブリヲを殺すための糸口なんて無い。あんたはただ――みんなを守るためだけに、無謀にも一人で立ち向かうことを選んだ」


 その行いを評価する者はいれど、賛同する者はいない。


「きっとだけどあいつら――黒とヒースクリフもあんたの本心を気付いていたと思う。あの女の子は必死で精一杯だったし、足立は最初から諦めていたから見抜けていなかっと思うけど」


 たった一人で立ち向かう小さな男へ託すには、余りにも深い絶望。
 己の失敗が他者の死へ繋がり、相手が神ともなればその余波は数多の世界へ及ぶだろう。

「図星でしょ」

「……まあ、まともな作戦が無いのは事実だ。それに」

「ロボに乗せた時点でゲームオーバー……足立の言葉どおりって訳ね」

 超能力者は錬金術師の言葉を遮り、空を見上げる。
 先ほどから動きを見せず、空中に留まる絶望は人間を虫螻程度にしか考えていないのだろう。
 現に生存者達は会話の時間を確保するものの、やはり神を相手するには全てが不足している。
 実力も、体力も、運も、伏線も、奇跡も――何もかもが圧倒的な力の前では無意味。


148 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/27(金) 00:21:51 18WMeuqo0

「考えたんだ。俺には大佐みたいな火力は無い」

 人間一人を容易に焼却し、氷の女王に奥の手を発動させた焔の錬金術師。
 彼の火力は絶大であり、相手が機神であろうと、その神体を炙ることが可能だったかもしれない。

「スカーみたいな破壊に長けている訳でもない」

 鋼の錬金術師の知り合いの一人の男。
 片腕に刻まれた破壊を司る男ならば、大地すらも破壊し巨大な存在へ抗えたかもしれない。

「俺にはあいつらみたいな代名詞は無い」

 小さな男が吐く弱音。
 等身大の裏表の無い言葉が仮に生存者へ届いていたら。
 最期の希望が折れる音が響き渡り、人間は神を名乗る男に敗北しただろう。

 この言葉を唯一聞いている御坂美琴は不反応である。
 最も真なる弱気ならば、足立透へ毒を吐いたようにエドワード・エルリックの頬を叩いていただろう。
 或いはこの場で殺害していただろう。だが、その未来はあり得ない。

 あろうことか、弱音を吐く錬金術師の口元が緩んでいるのだ。
 言葉の端々には覇気が宿っており、決意の表れ故に笑っている彼から絶望など感じるものか。
 早く本音を言えと呆れ気味である。お前の瞳に映る世界はまだ、明日を失っていないのか。

「だけどよ、時間を稼ぐってなら俺が一番なんだ」

「だから、時間を稼いだってその後はどうすんのよ」

「俺はこのまま死ぬなんてあり得ないと思ってる」

「あたしだってそうよ」

「だろ? それでいいんだ、今は。これまでに何度だって壁を乗り越えてきたんだ――やるぞ、神だろうが調律者だろうがやってやる」

 力強く合わされた両掌から響く軽快な音と声が木霊する。
 錬成の光は発生しておらず、単純な景気付けの動作であるが彼を表すには十分な仕草である。
 エドワード・エルリックは絶望もしていなければ、死に急いでも無い。

「はあ……で、結局のところ、あんたの勝率は?」

 彼の決意を聞いたとして現状が改善される訳ではない。
 御坂美琴は彼に再三答えを求めるも、具体的な妙案は聞き出せない。元より期待もしていない。
 鋼の錬金術師がその性格故、他者を守るために立ち上がることは始めから分かっていた。

 それらを含めた上で、彼女はとある一つの可能性を探り始める。

「質問を変える。勝率なんてどうでもいい。あんたが死んだってあたしには関係ないから。
 それで、時間を稼ぐ算段はあるの? これが一番の本題で、あたしが最も気にしていること」

「あの機械が相手じゃ分が悪いのは明白だ。だけどよ、あいつは機械に乗り込んでから一切の行動を見せていない。
 俺達を殺そうと思えば簡単だ、それこそ指先一つで可能かもしれない。それでも、あいつは実行していない……なんでだと思う?」


149 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/27(金) 00:22:16 18WMeuqo0


 エンブリヲ本人曰く、彼は本来の力を取り戻しつつある。
 実際に離れていた生存者を一つの地点に集める所業を遣り遂げている。
 地上戦に於いても多数を単独で応対し、最終的に分身は失ったものの常に優位を保っていた。
 それに加え機動兵器を持ち出せば生存者の希望は潰える。破滅の雨から逃れられる屋根などこの世界には存在しない。

 彼はその気になれば直ぐにでも優勝者となる。
 学生である雪ノ下雪乃は当然として、最年少国家錬金術師たるエドワード・エルリックに学園都市有数の超能力者である御坂美琴。
 契約者の黒、魔法少女の力に加え竜の因子に侵された佐倉杏子、ペルソナ使いの足立透。
 始まりを担った一人であるヒースクリフ、そして因縁の相手であるタスク。
 苦戦、死闘、激闘を強いられることになったとしても、エンブリヲの勝率は他者と比べ群を抜くだろう。

「……そう、結局は賭け事じゃん」

 依然として動きを見せないヒステリカ。
 その気になれば一瞬で文字どおり生存者を塵にする男が行動していない。
 これは賭け事だ。それも火傷の大小はあるものの少なからず勝利が約束された博打。
 
 代価は己が生命。神を相手に人間が挑む絶世の狂劇へ興じよう。
 数字的観点から調律者たるエンブリヲの勝利は絶対だ。揺るぎようも無い次元の異なる力が驚異を発揮する。
 しかし、神にとっての欠点が人間へ勝利の希望を抱かせる。

「エンブリヲはあたし達を舐めている。そこを掬えば時間を稼ぐなんて簡単……ってことね」

「悔しいが俺達を殺す機会は幾らでもあった。もしかしたら機械が無くても俺達は負けていたかもしれない」

「それなのに生きているのは何故か――って考えるとあいつが手を抜いているから。今も会話の時間があることが奇跡って訳ね。それでも」

御坂美琴は一呼吸を置く。


「奇跡だろうが何だろうが、これから神様を殺すのよ。怖いものなんてある訳ないじゃない」


 彼女の前髪が揺れると同時に青白い火花が散った。
 勝利条件はゼロ。先にくたばるか、後にくたばるかを自ら選択しただけ。神に殺されるか、神に楯突いて殺されるか。
 ふん、と鼻で笑い飛ばす。このまま死ぬ? 願いも叶えずに? 冗談じゃない。
 バチリと音が鳴り、相も変わらず体力や能力の酷使により身体は悲鳴を上げているが、こればかりはどうしようもない。
 立ち塞がる者には挑まねばならない。当たり前のことを当たり前のように行うだけ――狙いがただ、神様であっただけのこと。

 エドワード・エルリックは困惑していた。彼の博打は賭け事にすら満たない自殺行為だ。
 クソッタレの御伽噺に抗おうと、暗闇の中で空間すら認識出来ぬまま、それでも諦めずに藻掻き続ける。
 まさか、細部は異なるにせよ隣に立つ者が現れるなど想定外である。彼と彼女の見ている景色は違う。しかし、見ている敵は同じ。
 勝利条件はゼロ。自己満足達成のために掲げるは佐倉杏子がタスクの傷を塞ぎ意識を取り戻すまでの時間を稼ぐこと。
 その先のことは後でいい――鋼の錬金術師は空の機神へ腕を突き出した。絶望の化身を掌に収めるように動かし、解放する。


「エンブリヲ、人間はお前が思っているよりも愚かじゃないってことを――証明してやる」


150 : 世界の終わりの壁際で :2017/10/27(金) 00:22:52 18WMeuqo0
以上で投下を終了します。それではまた……!


151 : 名無しさん :2017/10/27(金) 21:31:02 .SJlNx0w0
投下


152 : 名無しさん :2017/10/27(金) 21:35:45 .SJlNx0w0
途中送信失礼。
投下乙です。
主催戦が終わって残りは因縁のバトルかと思いきやエンブリヲが残っていましたね。
お父様の時にも思いましたが、共通の悪に敵味方同士が手を組むのは燃える…!みんなでエンブリヲに啖呵を切るのがかっこいい。
エンブリヲ無双は禁書を読んでいるような感覚でした。テンポがいいままタスクが裸になって草生えるよなあ!?
ボロボロになりながらもやっとの思いで倒したのに分身…ヒステリカをロボなしで戦うのは無理ゲー臭がすごい。
ニーサンとビリビリが立ち向かうけどアニ2のスカーみたいになったら辛い…続きも楽しみに待ってます。
それにしても杏子が一番ボロボロでおもったよりもDIO様のせいで黒もヤバかった。ゆきのんはなんだか濁ってるし、タスクは意識を失った。
ニーサンはニーサンだしヒースクリフは消えかけ…ビリビリも吐血したりしてるけどまだ回復結晶持ってるんだよなあ。足立も元気だし先が怖い


153 : 名無しさん :2017/10/29(日) 19:47:27 /YCmKAi20
投下乙です
死者は出ないがジワジワとリソースが削られていく
ニーサンが変なフラグ立てていて最終的に誰が生き残るのか分からん状況、
広川さんの動向も気になるな


154 : 名無しさん :2017/10/30(月) 20:33:44 jCSWLU8o0
投下乙です
禁書みたいとは俺も思った
エンブリヲがやりたい放題でどうするんだろニーサンの死亡フラグ高速建築がすごい
マーダー期待の星だった御坂が対主催最後の希望になるなんて……


155 : 名無しさん :2017/10/31(火) 23:37:33 QRCpEy6w0
>>152
アニ2のスカーってグレンラガンか……
ガッシュみたいに超パワー系キャラがいないし、ドモンやカミナみたくロボ適正かつ味方を引っ張るような熱血キャラも死亡済み
ギルガメッシュな動けば状況が一気に変わりそうなキャラもいない
メロンの生存者は頭が比較的よくて主人公補正ありそうなキャラが多いから最近までは安心してたけど単純な強い敵相手だと絶望感がすごい


156 : 名無しさん :2017/10/31(火) 23:38:49 QRCpEy6w0
杏子のこと忘れてた。五体満足ならガッシュみたく立ち向かえたかもしれないのに……


157 : 名無しさん :2017/11/01(水) 00:59:58 FA3PgRts0
>単純な強い敵相手

まるでお父様が強くないみたいな言い方ですね……


158 : 名無しさん :2017/11/01(水) 22:54:29 Ur21cS4A0
杏子とガッシュじゃ全然違うだろ
しったか乙


159 : 名無しさん :2017/11/01(水) 23:43:12 .VmBSz0w0
>>157
お父様はド三流だからね

>>158
なんで君が顔を真っ赤にしてるんだろ


160 : 名無しさん :2017/11/02(木) 00:47:36 yqS2H.jg0
お前がしったかしてるせいだよなあ!?


161 : 名無しさん :2017/11/02(木) 00:49:47 NnGOPiPY0
ガッシュと杏子は違うよね。でも役割は似てるんじゃない?そう言いたかっただけなのかも。


162 : 名無しさん :2017/11/02(木) 09:35:44 NnGOPiPY0
レスの内容は別として今時こんなスレに反応あるっていいよね


163 : 名無しさん :2017/11/03(金) 16:33:51 sShpMl6E0
アニロワ2ndはつい数日前に再読し終えたところだからタイムリーな話題でびっくりだわ
悪魔スタングでもクスクスシータ姫でも良いから助けにこいよ!


164 : 名無しさん :2017/11/03(金) 17:11:10 Mcoi2wSE0
その二人はアカンやろ・・・じゃけんゲッターエンペラーを呼びましょうね〜


165 : 名無しさん :2017/11/03(金) 17:16:38 M0eBStDo0
>>148
伏線だった……?メロンに関係ないスカーに触れてるし作者はこのスレの流れを予測していた可能性があるよなあ!?


166 : 名無しさん :2017/11/03(金) 17:36:16 yuWeyQYA0
メロンマンセーおじさん!?


167 : 名無しさん :2017/11/04(土) 03:10:08 LjlCJKms0
ゲッペラーはいけない。
隔離されてるタスク達がいたところでヒステリカ用の戦力にはならないよなあ。頑張れニーサン


168 : 名無しさん :2017/11/04(土) 22:53:14 dIpjx22E0
ニーサンは実写映画と共にここで心中するつもりやぞ


169 : 名無しさん :2017/11/05(日) 00:44:36 eyl8FgcI0
お疲れ様です。
たくさんの反応ありがとうございます。ただ、関係のない企画や他所様に迷惑をかけない方向でお願いします。

さて、続きを投下します。


170 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/05(日) 00:46:01 eyl8FgcI0

 空を支配する黒き機神ヒステリカ。
 メインカメラから通じる地上を搭乗席で見つめるエンブリヲは鋼の錬金術師と超能力者を気にしていなかった。
 各種動作を確認し、エネルギーの残量や機体の修復具合を確かめている。

「システムオールグリーン……とは言えないが、充分だろう」

 貴様等を殺すには。と、付け加え、エンブリヲは改めて操縦桿を握り、前方モニターに表示された標的を見る。
 たった人間二人で調律者に挑むなど、愚か者の極みという表現すら生温い。勝てる筈が無いだろうと嗤いが溢れた。
 先の地上戦では確かに人間相手に決め手を欠けていた。分身作成や瞬間移動に伴う体力消費は無視出来ず、錬成や風を始めとする質量の操作。
 力を取り戻しつつあるとは言え、どうにもこの箱庭世界に滞在している間は本調子が取り戻せない。世界から隔離された空間が神を苦しめる。

 茅場晶彦の掌の上という立場は神にとって最大限の侮辱である。
 彼の知らぬ間に裏で主催者の一人であるアンバーと通じていた事実を始め、茅場晶彦は神の逆鱗に何度も触れていた。
 今も結局は彼がこんな事――殺し合いを起動させたせいにより、たかが数名の人間相手に苦戦を強いられた。この怒りと屈辱、死を持って償わせるしか無い。

「まずは貴様等を排除し、後からゆっくりと背後の岩を破壊しよう」

 視線はエドワード・エルリックが錬成した巨大な岩型のドームへと移る。
 操縦桿を軽く下に傾け、各種電達によりヒステリカのメインカメラもまた下を向いた。

「中には……タスク、黒、足立透、佐倉杏子、雪ノ下雪乃、そして茅場晶彦」

 ヒステリカさえ起動すれば鋼の錬金術師と超能力者相手に遅れを取ることはない。
 奴らは分身を相手に必死になって、泥まみれになって、血を流して、時間を稼いでくれたのだから、こればかりは礼を言ってもいいだろう。
 そのような人間を見下した感想を脳内で描きつつ、神は二、三先のビジョンを考える。

 鋼の錬金術師と超能力者はこちらへ挑む。
 ヒステリカの性能は彼らが想像するよりも数倍は神秘に包まれており、内緒話のつもりだろうが、会話は全てエンブリヲに筒抜けである。
 厳密に言えばエドワード・エルリックが岩のドームを錬成した後の会話であるが、どのみち彼らが把握していないことに変わりない。
 どうやらタスクはあれから意識を失ったらしく、この知らせは神にとって今日一番の嬉しい誤算である。
 彼を斬り捨てた時に踏み込みが浅かったと後悔していたところだ。急な一撃だったため不十分であり、挙げ句の果てに分身を喪失する結果となった。

 事故である。神にとっても分身の早期喪失は想定外の事態だ。
 生存者一同に押され始めていたとは言え、足場さえ破壊すれば神殺しの手も弱まり、確実に御坂美琴の息の根を止める筈だった。
 少々、アヌビス神を見縊っていたのが仇となった。崩壊する岩場を飛び飛びに接近され不意を突かれる。
 分身の首が撥ねられる中、ヒステリカの起動さえままならないのだが、停止を続けていれば御坂美琴の雷撃を喰らうことは明らか。

 一撃で破壊される心配は無いが、絶対という認識を持てば予期せぬ事態に陥ることを、神は身を以て学んた。
 それらしい言葉を響かせ人間共に頭を悩ませる必要を与え、少しでも時間が稼げればとその場を凌いでいた。

 足立透にビームライフルを向けたが、あの時点では一発すら撃てない状況であった。


171 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/05(日) 00:47:09 eyl8FgcI0

 ホムンクルスが持ち出した帝具との戦いで不覚にもヒステリカは損傷してしまい、修復作業が始まったとはいえ本調子には程遠い。
 唯でさえ制限を科せられている中での修復となれば、本来は当たり前のように使える各種機関も悲鳴を上げてしまう。
 その後に生存者一同が絶望に染まり、戦意を失えば意図せずしてヒステリカ復活の時が来たれり――と、上手くはいかない。

「そうだな……貴様以外の人間を先に始末し、最後にお前の生命を潰す」

 結局はこの手で殺すことになるのだから、順番の変化は些細なものだと、エンブリヲは視線を鋼の錬金術師達へ戻した。
 一番にタスクを殺害しようと思ったが、気が変わった。彼が魔法による治療を受けているならば、意識が確立した所に絶望を与えればいい。
 さすればドラマは最高潮となり、歪んだ顔のまま焼き払ってやる。エンブリヲの表情が悪魔そのものとなった瞬間、鋼の錬金術師の声をヒステリカが拾い上げた。

『――――――――――証明してやる』

「やってみせろ。終わらせてやる」

 どの口が戯言を。神に証明? 神こそが証明を司る者であり人間は黙って告げなる言葉に従えばいいのだ。
 ヒステリカの動作は万全とまではいかないものの、各種動作に問題ないことは確認済みであり、人間数人相手に負ける方が難しい。
 時間を稼ぐ必要もない。この空間に於いてエンブリヲは正真正銘、覆しようのない最強の座に居座る参加者だ。

 少しは遊んでやろう――誰にも見られない邪悪な笑みが空から人間を見下した。





 空を見上げる御坂美琴の周囲がバチリと唸るのは雷撃を調整するためだ。距離を測り間違えれば、その差分だけ電気が無駄となる。
 己を発電機と捉えれば、どれだけ線を引っ張っても生み出せる電気は僅かだろう。
 右腕をぐるぐると回しながら身体の関節を確かめ、骨や筋肉繊維に異常がないことを確認し、瞳を閉じた。

「あいつを乗り切れば残りは私一人でも何とかなる。してみせないとダメ……じゃないと私は――ッ!」

 敢えて口にすることにより一層の覚悟を決めた彼女が目を見開いた時、視界に飛び込んだのは黒い球体である。
 彼女からすればビー玉程度の小さい球体なのだが、それは遠近法が見せる視覚のイタズラだ。実際は人間体のサイズを誇る銃口が向けられていた。
 遂にエンブリヲが動き出したのだろうと御坂美琴は大地を蹴り上げ、同じタイミングでエドワード・エルリックも反対側に動き出した。


172 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/05(日) 00:48:36 eyl8FgcI0



 相手が攻めてくるのは当たり前のことであり、寧ろよくここまで手を出していないと感心してしまう。
 エンブリヲの慢心が形となっているだけであるのだが、それこそが神殺しを果たすための絶対条件でもある。

 手を抜かれなければ勝負にもならない。無慈悲にも神がトリガーを引いただけで鋼の錬金術師の居場所が消えた。

「ちょ――エド!」

 高密度エネルギーの着弾により地上は燃え上がり、砂塵が舞い、全ての認識が不可能となる。
 爆風で吹き飛ばされた御坂美琴は空中に放り出されるも、右腕に電気を集中させ大地へ放出し、彼女の身体がまるで時が止まったようにピタリと動かなくなる。
 地上の砂鉄を基点に己と電磁の線で結んだ彼女は、空中で身体を固定しながら地表を見下ろす。高さは三十メートルといったところか。
 
 少ない木々が燃えており黒い煙が立ち込めている。エドワード・エルリックの姿を探すことは困難だろう。そもそも煙しか視界に入らず。

「これぐらいの被害で収まる訳無いってのに、遊ぶにしても質が悪いわね」

 体内の電気を動かし、空を更に見上げるよう身体を動かした御坂美琴は黒き機神を見つめ、パイロットの趣味の悪さに言及する。
 ビームライフルとは一般的な武装だろう。ヒステリカのスペックを知らないため詳細は不明だが、古今東西、ビームライフルは初期カーソル位置になっていても不思議ではない。
 実弾兵器が初期位置になっている場合も多いのだが、遠距離武装に於いてビームライフルは定番中の定番である。

 たった一発。たった一発だ。

 大地が壊れ、肩を並べた仲間の姿も見えない。生存しているかどうかも怪しい状況へ、たった一発で追い込まれたのだ。
 最もエンブリヲが手を抜いていることは明らかである。最大出力で放てば残りの生存者を囲んだ岩のドームごと大地を吹き飛ばすも可能だっただろう。
 それは本来の力が絞り出せない可能性が高いのだが、そんな楽観的に物事を考えれば馬鹿を見るだけである。

 追撃を受けぬために御坂美琴はゆっくりと地上へ着地し、砂塵の中へ移動する。
 同じ場所に留まっていては狙ってくださいと宣言していることに変わりない。相手は唯でさえ殲滅力に長けているのだから。

「……っ、分かっていたのに」

 このように。再度、地表へ落とされた高密度エネルギーが巨大な衝撃を発生させる。偶然にも御坂美琴とは離れた位置に着弾したとは云え、少しでも気を抜けば吹き飛ばされる。
 たかが数十メートルの距離などロボットからすれば些細なものである。御坂美琴は雷撃をアンカーのように大地へ突き通し、砂鉄を軸に己を固定させ、空に視線を向ければ黒いシルエットが止まっていた。
 ヒステリカ以外にあるものかと敵を認識した彼女は牽制代わりに雷撃の槍を放つ。足元が固定されているため、普段よりも大振りに放たれたソレの役割。

「見えているのね。ったく、これじゃあ煙に隠れても誤差の範囲じゃない」

 シルエットが横へ動き雷撃の槍を回避する。動きが見切られている――よりも、最初から見られていたのだろう。
 槍の役割はヒステリカの索敵能力を試すためであり、どうやら砂塵の中でもこちらの動きを把握しているらしく、露骨に彼女は嫌そうな表情を浮かべた。

「必要なのは速度と手数……ああ、もうっ! あんだけ啖呵切ったくせに一発で退場だなんて格好悪いにも程があるでしょ!!」

 単純な回答として二方向からの攻撃に対し、判断が遅れるのは当然のことである。
 対象にとって問題のない一撃であったにせよ、認識の段階で僅かな遅れが発生し、それは調律者であっても同じことであるのは、先の戦いで判明している。
 ならばロボに乗ったところで五感が強化されたとしても、所詮は反射速度に限界があるはず。
 前後、左右――と、揺さぶりを掛けるように仕掛ければ攻略の糸口が見えそうなのだが、生憎と相方の消息が不明である。
 役立たずとまでは言わないが、御坂美琴は鋼の錬金術師の不甲斐なさに愚痴を零しつつ、電磁による砂鉄の持ち上げを行っていた。


173 : ◆dVZkY1IJCk :2017/11/05(日) 00:57:27 zGaU7pHw0
てす


174 : ◆BEQBTq4Ltk :2017/11/05(日) 00:59:39 zGaU7pHw0
こんばんわ。
投下の途中というか始まったばかりなのですが、ネットに繋がらない状況になってしまいました(これはスマホから)
復旧次第投下……と行きたいところですが、私事で申し訳ありませんが明日の予定等ありますので、夜に続きを投下したいと思います


175 : 名無しさん :2017/11/05(日) 06:57:08 Q6a9YN7Q0
投下おつー
熱いバトルだ、ニーサンは何とか頑張ってほしい
美琴は前話で電気切れ+体晶使った割には元気だなぁ、エンブリヲ様が連れてくるときにRPGのボスみたいに回復してくれたんだろうかwでも>>28で回復結晶壊されてるし以前戦況は絶望的だ


176 : 名無しさん :2017/11/05(日) 20:34:05 qoNvbpGo0
スカー


177 : 名無しさん :2017/11/05(日) 20:34:33 qoNvbpGo0
スカーをリスペクトしてるとしたらニーサンはこのまま退場……?


178 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/05(日) 21:24:25 cZhL/rd20
こんな中途半端というかアクシデントというか……それでも感想をいただき、とても嬉しいです。
仕事が長引いているため、本日中に帰宅出来る見込みがありません……助けてください。
というのはおいといて、申し訳ありませんが、本日中に投下がなかったら、月曜の夜と思ってください。それでは。
終盤の終盤までご迷惑をお掛けしますが、もう少しだけおつきあいください……


179 : 名無しさん :2017/11/06(月) 13:10:26 EH2cDFN.0
ここまで待ってる人たちはいまさら数日遅れたって文句は言わないと思います。
投下待ってますね


180 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/06(月) 23:53:58 N9Vv3OkY0
結局、時間ギリギリになってしまいました。
最期ぐらいはしっかりと投下したかったのですが……すいません。

さて、続きをやっとですが、投下します。
もう少しだけおつきあいください


181 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:00:48 YJicTA320


「いない奴を戦力に考えても意味は無い。同じ理由で閉じ込められてるあいつらも論外。
 頼れるのは自分しかいないんだってんなら、やってやるしかない……やってやろうじゃんって、自分を奮い立たせるしか無い」

 状況はどん詰まりである。
 機械相手に勝利を収めたことはあるが、ヒステリカは規格外の存在であり、学園都市を徘徊するような警備ロボや、どこぞの研究者が作り上げたロボットとは雲泥の差の性能を誇る。
 雷撃は簡単には当たらず、機械故の巨体であろうと初動も素早く、各種機関の伝達速度も常識を超えるものと今回の攻防で発覚している。
 さて、そんな相手にどう挑むべきか御坂美琴は考える。しかし、そんな悠長に時間を取れる訳も無く、瞬速で弾き出した答えは至ってシンプルであった。

「ブチ当てる」

 やることは変わらない。
 それは殺し合いの遥か前――にも感じてしまう、決して平和とは呼べないあの頃。
 不良に絡まれた時、妹達を殺害する白い悪魔と対峙した時、友達に危険が及んだ時、あの人を目の前にした時。
 いつだって自分は変わらなかった。今も同じように――左手で適当な小石群を拾い投げると、突き出した右手に纏うは雷光。

「私の前に立ち塞がるって言うならぶっ飛ばす! 今までそうして来たように――この瞬間も! 『この先』もッッ!!」

 世界を斬り裂くように地表から空をなぞる幾多にも分かれるオレンジ色の線。
 地上を覆い隠していた砂塵がとある地帯だけ晴れると、台風の目のような場所に立つは一人の少女。
 小石群の散弾式超電磁砲。地表より放たれたそれは周囲を震わせ、タスク達が閉じ込められたドームも大きく揺れていた。

 視界が晴れた瞬間、御坂美琴の瞳はヒステリカを捉えられず、代わりに捉えたのは右腕に流れる血液である。
 中指の先から腕へ垂れる赤黒い液体は明らかに己の限界を主張していた。邪魔くさいと彼女は乱暴に腕を振るい、血液を飛ばす。
 まだ動く。流血程度で恐怖を感じる時間はとっくに過ぎているのだ。少なくとも白井黒子と対立するよりも前に――ああ、どうしてそんなことを思ってしまったのか首を振る。

『とても響く言葉じゃないか。人殺しの発言とは思えないがな』

 背後――正確には後方の空から響いた声にはいはいと雑な対応を取り、御坂美琴が振り返る。
 分かってはいたがこうも簡単に回避されると面倒だと手で頭を抑え、さあどうしたものかと空を見上げた。
 
『威勢はよかったが肝心のエドワード・エルリックはもういない。さて、これから貴様はどうする?』

 ――こっちが教えてほしいぐらいだっつーの。

 などと口にはしないが、状況を打破する一手があれば敵であろうと教えてくださいという気分である。
 エドワード・エルリックがいれば小言のついでに相談でもするのだが、未だに彼の姿が見えず、声すらも聞こえない。
 超電磁砲により一部の砂塵が晴れたとは云え、視界がハッキリとしている箇所は少ない。そこらに彼がくたばっている可能性もあるのだが。

「アンタを倒さないといけない。それは分かってるでしょ? 神様だっていうならそろそろ年貢の納め時ってことで人間に勝利を譲りなさいよ」

『本気で言っているのか?』

「……これでアンタが本当に勝利を譲るなら夢だろうね。それか嘘」

『クク、夢であればよかっただろうになあ……愛する者が死んでさぞ悲しかろう』

「あい……っ、揺さぶってるつもりなら無意味よ」


182 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:02:03 YJicTA320

 顔を若干赤らめながらも状況を考えろと彼女は雷光を煌めかせ、空を睨む。
 相も変わらず無傷なヒステリカをどう撃墜しようかと思考を張り巡らせるも一歩届かず。
 脳内ですら達成出来ないシチュエーションを実践出来るものか。しかし、黙っていては何も変わらない。

『揺さぶる必要などあるものか。何故なら貴様はもう、死ぬのだからなあ!!』

 ヒステリカ搭乗後、初めて調律者から動きを見せる。
 ビームライフルの構えを解くと、後部スラスターから粒子が飛び出し、機体は急降下。
 操縦者からすればただの移動であろうが、生身の人間であり地上に立つ御坂美琴からすれば地獄の到来に変わりない。

「冗談じゃ……ない」

 身体が持ち上がる。轟と大地を滑る風圧は女子中学生一人を簡単に宙へ吹き飛ばす。
 大地の表面が目繰り上がり、生存者を囲むドームすら亀裂が入る。一部は崩壊しており、最早、隔離の意味がない。
 再び電磁場により宙へ留まった御坂美琴は地表を見下ろし、ドームの確認と――目当てを発見。

 時間を掛けたところで死亡率が上昇するだけ。現に宙へ飛ばされていることを考えれば、いつ死んでもおかしくない。
 戦闘が発生してから数分――いや、十分は確実に経過している。佐倉杏子の言葉を思い出せば『数分』でタスクは意識を取り戻すはずだ。
 エドワード・エルリック当初の目標である時間稼ぎは達成したであろう。ならば、次はどうするか。答えは一つ。


「『夢であればよかった』……そうね、全くそうよ。夢であれば少しは救えたかもしれない」


 地上へ身を降ろすことなど考えるな。
 己の安全に費やす電力を、演算をこちらに回せ。


「でもね、それじゃダメなのよ。この世に起きたこと全部が真実なの。目を背けちゃいけない」


 右腕を大地へ向け、高圧電流を放出。血管が今にも破裂を連想させる程、浮き上がるも歯を食い縛る。
 地上を迸る雷光が大きな円を描き、大地がそのまま浮かび上がった。


「あいつが死んだことだって、みんなが死んだことだって――黒子をこの手で殺したことだって! 全部の罪に知らんぷりで、目を背けたまま生きれる度胸は私にない!!」


 自分は何を口走っているのか。人間、極度の状況に追い込まれれば頭がおかしくなるのだろう。
 そうだ、先のエドワード・エルリックも同じだ。その前も、全員を錬成に巻き込んだ時も今思い返せばチグハグだったかもしれない。
 愛する者――調律者が発したこれっぽちの言葉に意識を乱された。馬鹿だなあと絶望的な状況の中で御坂美琴は笑う。
 


『ククク……クハハハハハハ! どうした、それがどうした? ならば私を殺すか? 『ヒロイン』を気取り『主人公』や『ヒーロー』の面を被る『人殺し』め」


183 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:05:15 YJicTA320

 勝手に言っていろ。
 御坂美琴が血塗られた右腕を強引に空へ掲げ浮かび上がるは砂鉄。
 それもヒステリカを上回る質量を誇り、空中に上げられた影が絶望の化身を覆う。

「あんたに言われなくなって分かってるのよ……だからね、もう忘れようともしないって決めた」

 電磁波により浮かんでいる彼女の両足は大地から離れており、踏ん張ろうにも力が入らない。
 巨大な砂鉄の槌の形成を留めるにあたり、多くの電気を消費するが、彼女は気合で耐える。
 歯を食いしばり、痛みが全身を襲っても弱音を吐かず、瞳はしっかりとヒステリカを捉えていた。
 額に浮かび上がった血管が破裂し流血するも、彼女は気にせず更に右腕を空へ。

「あんたを殺して、その後にみんなも殺す。全てを終わらせて、私は全てを背負って生きる。だから――」

 だから。

 空間に響く轟音。
 彼女の右腕が降ろされた時、砂塵渦巻く砂鉄の槌もまた神へ天罰を下すように動いた。


「邪魔をすんじゃないわよ! 神だか調律者だか知らないけど――私の願いを妨げるならああああああああああああ!」


 直径五十を超える砂鉄の槌。
 ヒステリカであれど、例え砂の塊であろうと。
 無傷とは言い切れまい。回避されれば気力が尽きる――調律者が御坂美琴から感じ取った覚悟である。


『邪魔をするのは貴様だろう、貴様が聖杯の起動を企まなければ! 他の連中も生還出来ただろう!』


 搭乗席のエンブリヲはビームライフルを仕舞うよう動作を行い、超電磁砲の彼女の希望を打ち砕くべくレバーを引いた。
 ヒステリカが取り出すは近接用の武装。フルスロットルで正面から砂鉄の槌を斬り裂く。後部スラスターから放たれた粒子が加速の起爆剤となる。

 彼らは互いに参加者であり、生存者であり、敵である。

 手は組まずとも最後の一人を目指した正直者。
 故に最大の障害となる。願いを叶えたくば、同じ志を持った強敵を排除せねばならぬ。
 一人は願いと己のために。一人は復讐と己のために。


184 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:09:35 YJicTA320


『少しは貴様等も評価の対象だった! ホムンクルスに一矢報いたその奇跡、下等生物に少しは毛が生えた存在であると認めよう!
 私の言った『下僕にしてもいい』……あれは冗談ではない! 貴様等を生かす価値を見出したが、やはり愚かだ……貴様は愚か者だ!!』


 風を、世界を斬り裂く黒き機神。
 砂鉄の槌へ接近すれば周囲の砂塵や電磁波が機体を襲うも、知ったことか。
 この程度の障害、恐れる必要もないとエンブリヲは更に加速させる。


「知ったこっちゃない! アンタが私達をどう評価しようが、それがなんだってのよ! 自称の神様に認められたって、奇跡も、魔法も――願いも! 何にもありゃしないじゃない!」


 砂鉄の槌がヒステリカの剣に直撃し、空中に留まる御坂美琴の表面に大量の砂鉄が飛ばされる。
 鋭い一閃の余波が槌を貫き、旋風を伴い迫るも彼女は逃げることもせずに立ち向かう。どのみち、空中に逃げ場所はない。ならば、抗うのみ。
 
 砂鉄の粒が身体に切り傷を創るも、彼女は能力を解いての逃走を選ばない。
 額より流れる血液が瞳に入り込み、視界が赤く染まろうとも気にしない。
 重要なのは瞳を逸らさないこと。砂鉄の槌を斬り裂き、その場で旋回し残る砂塵等全てを吹き飛ばしたヒステリカから目を背けるな。


「頼れるのはもう、自分しかいない――それが、私の選んだことだから。隣に立ってくれる人も、憧れた背中も、もういない。だったら自分の力でどうにかするしかないのよ」


『だろうな。その言葉を否定するつもりはないが、現状として貴様自身の力でどうにか出来ると思うのか?』


 吹き荒れる砂塵の中心でヒステリカはビームライフルを御坂美琴へ向けた。
 エンブリヲが指先を軽く引けば、彼女は死ぬ。塵一つ残さず、箱庭世界を漂うだろう。
 調律者はカメラを通じ、最後の敵を見つめる。彼女こそが最後の壁だ。テオドーラを失ったタスクは脅威にならず、機体を手にした時点で黒も論外だ。

 反逆の糸口を掴む可能性を持つ鋼の錬金術師は死んだ。
 ヒステリカの索敵機能を使用しても、彼の生体反応は地表から確認出来ず、初手のビームライフルで死亡したと考えるのが当然の摂理。
 あれだけ啖呵を切ろうと、ホムンクルスの裏をかこうとも、所詮はただの人間。惜しいガキを亡くしたとエンブリヲの瞳が真剣さを帯びる。
 そしてその刹那――自分は何を考えているのかと、小馬鹿にしたような笑い声を上げた。
 人間の底力を見せつけられ、どうやら柄にもなく感化されたようだ。ヒースクリフに問いを投げた時、争わずとして帰還する術が残っていれば、結果は違っていただろう。
 やはり人間とは愚かである。有りもしない奇跡――願いの成就に縋った結果、世界の終わりの壁際に等しい無の空間で死闘を繰り広げているのだ。救いようもない。


『終わりだ御坂美琴。貴様も鋼の錬金術師の後を追わしてやろう。あの世で幻想殺しの男と仲良くしているんだな』


 愚かな人類を消滅させるのも、神の務めであろう。
 新たに創設される新世界に御坂美琴は必要ない。
 ぐるりとレバーを回せば連動するようにヒステリカの右腕も回る。
 握った刀身に反射した光が彼女を照らす。よく見れば今にも死にそうな状態じゃないかとエンブリヲは馬鹿にするよう、大げさに嗤う。


185 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:11:46 YJicTA320

「一つ、いや二つね。あんたは勘違いしている」


 笑い声を気にせず、彼女は右腕を真上へ掲げ、伸ばされた人差し指の周囲がバチリと刺激された。


「一つはね、あの世に行くつもりなんてない」


 砂鉄の槌は斬り裂かれたが、彼女は常に電気を放出していた。
 それは雷撃の槍や超電磁砲を形成するモノではなく、『大量の砂鉄を空中に留まらせる』ために。


「もう一つ」


 これが最期の言葉となるのだからどんな戯言にも耳を貸そうとエンブリヲはレバーから手を離していた。
 ホムンクルスとの戦いを折りに慢心を消し去った彼であったが、絶対的勝利条件確定の煽りを受け、完全に元のエンブリヲへと戻っていた。

『彼』は言った。
 自分達が勝利するための前提条件は神が手を抜いていることだと。


『……、』


 

「それは俺の口から言ってやる。御坂は鋼の錬金術師の後を追わねえ――俺はあの世じゃなくて、お前の目の前にいるんだよ!!」




 吹き荒れる砂鉄の嵐の中心だった。
 ヒステリカの前方に浮かぶ一人の少年。
 見間違えるものかと、エンブリヲは分かっていながら敢えて少年の名を口にする。


『エドワード・エルリック……!? 貴様の生体反応は消えていた筈だが……!?』


「そうかもな。俺は数秒前までの記憶がない」


『……なんだと?』


「言わせんなよ。お前が撃った光のせいで、今まで気を失ってたんだよ……』


 御坂美琴の電磁波により浮かぶエドワード・エルリックはバツが悪いのか、視線を下へ逸らす。
 その先には黒く焦げ、捲り上がった大地が映されており、ビームライフルが着弾した地表でもある。


186 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:12:32 YJicTA320


 御坂美琴はエドワード・エルリックの姿が確認出来なかったため、彼を戦力のアテとしなかった。
 エンブリヲは鋼の錬金術師の生体反応を感知出来なかったため、彼は死んだものだと認識していた。


「私が空から下を見た時、遠くでぶっ倒れてるこいつを発見した。軽く電磁波を飛ばしてみたら心臓が動いていなかったのよ。だから」


『電気ショックか』


「みたいだな。急に意識がハッキリしたってことは、俺が倒れていたってことなんだろ」


 情けない。あれだけ時間を稼ぐだのと発言した矢先に気絶し、あろうことか心臓も止まっていた。
 本当に情けない――これからの行動で取り返せるかは不明だが、このまま黙って死を受け入れる程、諦めの良い育ちはしていないと、鋼の錬金術師の口元が緩んだ。
 紅きマントが風に飛ばされ、遥か彼方へ流れた時、彼は錬成の蒼き閃光を轟かせ、己を取り囲む砂鉄を――無数の槍へと役割を与える。


『そんな見え透いた攻撃に当たると思うの――っ!?』


「なんでわざわざ無駄にこんな大量の砂鉄を持ち上げたと思ってるのよ。あーあ、大変ね。そんなに『砂鉄塗れになったら関節部分が詰まって』そう」


 機体を貫くなら雷撃の槍だろう。
 機体を破壊するなら超電磁砲だろう。
 機体のシステムを停止させるならば直で張り付き高圧電流を流せばいい。

 砂鉄の槌を持ち上げ、それも規格外のサイズにまで作り上げたのには目的がある。
 決してクライマックスだからと必要以上に気合が入り、演出やパフォーマンスの一貫として行った訳ではない。
 全てに於いて驚異的な性能を誇るヒステリカであるが、御坂美琴の見立てでは雷撃を直撃さえ出来れば勝機があった。
 ならば封じるべきは機動力であろうと、彼女が選択したのは砂鉄による妨害だった。最も馬鹿正直に振り回した所で警戒されるため、この瞬間まで無駄な傷を負ってしまったが。


「ほんと馬鹿な男。地上で戦って時は正直、勝てなくてもしょうがないかなって思えるぐらいに、アンタは強かった。
 それが実は強がりで、圧倒されてると思ってたら拮抗しててイケるかもって。でも、ロボを持ち出されれば本当に無理かな」


 分の悪い賭けだった。
 勝利の条件はエンブリヲが手を抜くことであり、数十分前の彼は慢心を捨てていた。
 心に余裕が無かったため全力で生存者を殺しに掛かっており、実際、最も優勝に近い存在だった。


「とっとと私達を殺せばよかったのに。アンタってほんと馬鹿……まあ、そのおかげで私達はこうして生きていて、アンタを殺せるんだから礼を言わないとね」


 風が彼女の髪を靡かせ、バチリと周囲に雷光が迸る。
 彼女達を囲む無数の砂槍が電気を纏い、たった一つの対象であるヒステリカへ狙いを定めた。


187 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:15:50 9kFLgI0c0



「ありがとう。アンタが調子に乗ったナルシストだったおかげで、こうして私達は――私は、明日を迎えられるんだからッ!!」


 右腕をぐわんと己に引き寄せ周囲の雷光が彼女を輝かせる。
 輝く光全てが砂槍と繋がっており、彼女の意思一つで無数の槍が動く仕組み。
 自分を取り囲む不幸を祓うように右腕を外へ。連動するように大気を震わせ雷光がヒステリカへと迸り、後を追うように砂槍が動いた。


『無能の極みたる猿がこの私に楯突くなど……ッ!』


 搭乗席に居座るエンブリヲは知らぬ間に流れる額の汗を袖で拭い、改めてモニターを見据えた。
 一面に映り込む砂槍の本数は数えるだけ無駄だろう。メインカメラで捉えている箇所だけでも正確な把握は不可能である。
 普段ならばヒステリカの握る剣で斬り裂くところだが、関節部分、他機体の全てに流れ込んだ砂鉄は調律者を焦らせる。
 機体が思うように動かない程度ならば可愛い話であった。調律者も笑い声を響かせるだけであっただろう。

 しかし、レバーを押し込んでも機体は僅かに動くばかり。いってしまえば誤差の範囲である。
 有り得ない有り得ないと呟く調律者は不測の事態を引き起こした二人の人間を睨む。
 たかが砂鉄に動きを囚われるなどあってなるものか。御坂美琴の雷撃を帯びている分、どうやら無駄に機体へ損傷を与えているらしい。


『舐めるなよ』


 だが、地力が違う。
 格の違いを見せてやる――ヒステリカの左腕にはビームライフルが装備されており、機械特有の停止寸前のようなぎこちない音を響かせながら持ち上がる。
 銃口は正面を向いており、砂槍の奥には電磁場により浮いている御坂美琴とエドワード・エルリック。
 ヒステリカの動きを完全に停止したと思い込んでいたのか、彼女達の表情が明らかに暗くなり、わざわざカメラをズームさせてまで確認したエンブリヲは笑う。


『死ねえええええええええええええええええええええええええ!!』


 銃口周辺が熱により歪む。
 収束する光が一帯を支配するように輝きだし、エドワード・エルリックは先の攻撃を連想したのか、肩に力が入っていた。
 もう二度とあのような失態を犯すものか。砂塵の中へ腕を差し込むと、錬成の光が敵にも劣らぬ輝きを見せる。

 音が消え、視界が白一色となる。
 彼らがこの現象に気付いた時には全て終了しており、認識した時、何重にも作られた砂の壁がビームライフルを防いでいた。
 光の速度を誇る一撃に対し、目視してからの行動など不可能である。御坂美琴の雷撃に対処する時と同じように、ある程度の予測が必要となる。

 ヒステリカの機動力を低下させた。
 エドワード・エルリックと御坂美琴は確実に手応えを感じていたが、あくまで低下させたに留まる。
 つまりは無力化したなど思っておらず、ヒステリカの完全停止など夢のまた夢であり、機体が動いたことに対してはやっぱりかという感想しか残らない。


188 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:17:37 9kFLgI0c0

 ならば調律者の性格を考えるに、怒りに任せた攻撃を行うだろう。
 ギチギチと機械の不備を連想させる音が響いた時点で近接攻撃は無いだろう。故に遠距離たるビームライフルを持ち出す筈だ。
 鋼の錬金術師の読みは結果として的中し、事前に砂の壁を錬成することにより攻撃を不正だ。


「あ、危ねえ……あれだけ重ねてギリギリかよ」


 と、事実だけを述べれば錬金術師が機神の一撃を防いだという快挙を成し遂げた。
 しかし、実際には偶然である。まず、予測して行動したとはいえ、光の速度に毎回対処出来る保証はない。
 御坂美琴同様に、ヒステリカにも制限が為されており、厳密に言えば光速にも達していない速度であるが、エドワード・エルリックは生身の人間である。
 錬金術を習得していえど、光の速度を認識することは不可能である。今回は結果を引き寄せたとは言え、運がよかった。

 そしてなによりも、何重にも重ねた砂の壁は例外なく全て破壊されている。
 パラパラと砂の残滓が風によって流されるが、それと同時に世界を焼き尽くす灼熱の残滓もまた、エドワード・エルリック達の肌を撫でていた。
 残り数ミリも残っていない。つまり、数ミリでも壁が薄ければ今頃は高密度エネルギーによって焼かれていたのだ。
 これらの事実を認識した時には、攻撃が終了している。さぁ、ギリギリで生き残ったこの先に次はどうするべきか。

 などどゆっくり考える時間は無い。
 彼らは雷撃と錬成により作り上げた無数の砂槍でヒステリカを堕そうとしている。
 手は撃っているのだが、状況を見つめる彼らは険しい表情を浮かべていた。


189 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:18:19 9kFLgI0c0


『このような砂如きに私が負ける? 調律者が……?』


 数は精製者でも把握し切れていない。
 無数に浮かぶ大きさ十数メートルの砂槍。
 幾ら機神と云えど、貫かればただではすまない。


『出来損ないの生命体であるホムンクルスに屈辱たる首輪を嵌められ、陰部を破壊され……』


 エンブリヲがビームライフルの引き金を動かした時、既に砂槍はヒステリカへ射出されている。
 速度は不明だが、自動車の其れに遅れを取ることはない。
 掠っただけでも機神に影響を与える筈だ。そして、ビームライフルの一撃から一分は経過している。
 ヒステリカに砂槍が命中していてもおかしくはない。寧ろ、命中しているのが当たり前だろう。


『我慢に我慢を重ね、遂に主催者との接触に成功したかと思えばヒースクリフの掌の上で踊り狂っていた……』


 しかし。


『全てを水に流しても構わない。何故ならば、私はもうすぐに、貴様等全員を抹殺し、本来の姿に戻ることが出来るからだ』


 砂槍は一本たりともヒステリカに辿り着いていない。


『だが』


 何故なのか。


『貴様等に負けるだと……? 誰が? 調律者たるエンブリヲ様が……? 統一理論……全ての宇宙を支配するこの私が……?』


 その姿は神に相応しいと言えるだろう。


 ヒステリカは迫る無数の砂槍を、全て破壊していた。


『冗談じゃない、ふざけるなッ!! そんなふざけた話があってたまるか! こんな結末、ド三流とも呼べぬわ!!
 阿呆め、この馬鹿共が……少しは認めてやる。忌々しい首輪を解除したことも、下等生物たるホムンクルスを打倒したことも貴様等の手柄だ。
 だがな、所詮はそこまでだッ! 私をあいつと一緒にするな、この私こそが世界の創造者であり、森羅万象を司る調律者――それが! たかが貴様等の小手先に! 
 屈することなど、有り得て――たまるかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!』


 怒号と共に緑の輝きに包まれるヒステリカ。
 あまりの美しさに御坂美琴は目を丸くしていた。この光の正体がマナであることに、その世界の住人ではない彼女が気付くことはない。

 右腕に握った剣――光の粒子を更に放出。
 左腕に握った銃――決して無駄打ちをせず、全て砂槍を粉砕。
 ヒステリカの暴れ具合は外で目撃する彼女達へ更なる絶望を植え付ける。


190 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:20:49 9kFLgI0c0

 有り得ぬ死角からの一撃も、全て粉砕。
 縦横無尽、全ての方角から無数に届く砂槍全てを例外なく粉砕。
 

「そんな冗談染みた覚醒、アンタに許されてたまるか……ッ!」


 絶対的な危機を乗り越えるべく、謎の光に輝いた機体が降り掛かる脅威を全て取り祓う。
 聞こえは良いのだが、間違いなく悪であろうエンブリヲに起こる奇跡ではない。ふざけているのかと御坂美琴は軽く頭を抱えた。
 最も事態はエンブリヲの想像を超えており、マナの力がヒステリカ全体に伝わり発光しているのだが、彼はこの状況を把握していない。
 元からそのような機能が備わっていたかも不明であるのだが、現象の有無や理由、根拠の提示など彼にとってはどうでもいいことだ。
 生きるか死ぬか。はっきりさせるべきはこの二点だけである。


『落ちろ、落ちろ、落ちろ!!』


 御坂美琴とエドワード・エルリックは黙ってヒステリカの無双を見ているが、彼らに危険が及んでいない。ということにはならない。
 剣の斬圧が、ビームの熱が、銃弾の余波が彼女達にも届いており、直撃が発生しても不思議ではない状況に陥っている。
 万が一を防ぐために鋼の錬金術師が何重もの砂の壁を錬成しているが、完全に防ぎ切れる保証はない。


『ククク、そうだ……フハハハハハハハ! たかが! 砂如きに! 落とされるような! 私で! あってたまるものかァ!!』


 数秒前まで無数の砂鉄に機動力を囚われていた機体と同じ動きなどと、誰が信じるのか。
 全方位から迫る槍を撃墜、粉砕、消滅させるその姿は正に黒き機神。やはてマナの発光は収まるが、それでも完全に本来の機動力を取り戻していた。
 箱庭世界に於いてホムンクルスや茅場晶彦に出力を抑えられているとはいえ、相手が生身の人間ではあるが実力者の御坂美琴やエドワード・エルリックであったとしても。


『この私が負けることなど有り得ない……そうだ、そうだ! この私があああああああああああああああ!!』


 神が人間に敗北するなど、御伽噺だけで充分だ。
 エンブリヲは搭乗席に居座りながらも、己の五感全てに全神経を集中させ、微かな音ですら、僅かな影ですら全てに対応していた。
 機体という都合上、タイムラグが発生するのだがヒステリカを己の手足同然に動かし、如何なる角度からの襲撃でも全てを防ぐ。



「こっちに来t――――――――ッッッ」



 無数に放たれる弾丸とビームの嵐は何も全てが砂槍を相殺している訳ではない。
 神と云えど、ヒステリカを介している以上は手作業で対応しており、少なからずミスが存在する。
 例えばビームライフルがエドワード・エルリック達へ飛んで来るのも、決して有り得ぬ話ではなく、寧ろ当然であった。

 こっちに来た――と、最後まで言葉を紡ぐ前に彼の意識に空白の刹那が生まれた。
 およそ、彼の身体を支配した衝撃はこれまでの人生の中でも感じたことのない振動と規模を誇る。
 何重にも重ねられた砂の壁から伝わる波動は容赦なく身体を震わせ、胴、腰、脳までもが機能せず、錬成が解けてしまう。


191 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:21:37 9kFLgI0c0





 知覚不可能な速度で高密度エネルギーが後方へと流れ、その軌跡が美しい緑の線を描く。
 ぱらぱらと落ちる砂塵が雪のような儚さを演出するも、彼らがそれらを認識する余裕などあるものか。

 エドワード・エルリックが意識を取り戻した時、頭が依然として揺れており、平衡感覚すらまともな状況ではないが、自分が落下していることだけは分かった。
 落ちる身体と復活する意識の中でヒステリカへ顔を向けると、錬成した砂槍も解除され、尋常ない量の砂塵が吹き荒れている。
 ヒステリカの機体全体を砂が覆っており、結果として更に機動力の低下を付与したが、決して喜べる状況ではない。
 彼一人で空中を自由に歩けるものか。


「アンタも落ちろおおおおおおおおおッ!!」


 世界から音と光を奪うように放たれた雷撃。体力の消費を無視した怒りの雷。
 エドワード・エルリックの背後――この場合は奥と表現した方が正しいか。何にせよ空中を刻む一筋の雷撃がヒステリカへ向かう。
 彼と同じように空中に投げ出され、電磁場の応用による座標固定も解除された御坂美琴は、一矢報いようと落ちる自分を気にせず攻撃を放つ。

 黒を基調したヒステリカは一面が砂に覆われており、シルエットでしかその面影を感じさせない。
 感知センサーを担うような装置も上手く働いていないだろうと踏んだ御坂美琴は、己の保身よりも破壊を優先。
 最も掟破りが特技であるような調律者には防がれると思いつつも、完全防御は不可能だろうとも予測している。
 言ってしまえばこのまま落ちるのも腹が立つ。せめてこの一撃でも喰らっていろと八つ当たりの意味を含めた一撃である。


『――――――――――――――』


 怒りを力へと昇華させ、絶対的な危機を乗り切ったエンブリヲは一人、コックピットで冷静さを取り戻す。
 鋼の錬金術師も超能力者も所詮は調律者の敵ではない。後は殺すだけ――そう思っていた。
 未だにヒステリカを取り囲む砂槍が一斉に解除されただの砂鉄に戻ったかと思えば、全てが機体に張り付き、先と同じように機動力が大幅に低下。
 御坂美琴の放った雷撃による影響なのか、ヒステリカに帯電していたそれが砂鉄を引き寄せたらしく、文字通り機体の全てが砂鉄に覆われてしまった。

 本来ならば砂鉄程度に屈するヒステリカであるものか。あの忌々しいヒースクリフの調整によって、たかがそこら辺の砂鉄によって危機的な状況に追い込まれてしまった。
 何という屈辱だろうか。どれだけレバーを動かそうが、ペダルを踏み込もうがヒステリカはエンジンを吹かせたような音しか響かせない。









『どれだけ』




『この私を』




『侮辱すれば』




『気が済む』




『万死に値する――などと、言うものか』




『貴様等の存在、全世界を渡り歩き、残滓一つ残さずに、消し去ってやる』




 ぎこちのない音が響く。
 無理やりに稼働するヒステリカの頭部が持ち上がり、瞳の先には御坂美琴が雷撃を放とうと右腕を伸ばしていた。
 軌道を予測するに直撃だろう。決して無視の出来ない被害を被ることになるだろう。
 神の機体と云えど、この箱庭世界に於いて、従来の運用は不可能だ。たかが人間二人に機動力を奪われたことがいい証拠である。

 しかし、当たらなければどうということはない。

 砂の下からでも分かる程に頭部が輝きだし、御坂美琴がそれを認識した時、既にビームが放たれていた。
 世界を斬り裂くような太い一閃は雷撃を簡単に破壊し、それを上回る速度で駆け抜け、更に轟音を響かせた。


192 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:23:12 9kFLgI0c0

 調律者は言った。力は取り戻しつつあると。
 それはヒステリカも同じであり、ロックを貸せられた機能が徐々に復活している。
 ホムンクルス戦で損傷が発生し、思うように動かせなかった機体も真の姿へと戻りつつあるのだ。


「み、さ、、、かぁ!」


 ただただ落下するエドワード・エルリックは彼女へ手を伸ばす。
 運が良いのか悪いのか、風圧など様々な要因により近付けた。次に銃弾でも放たれれば二人仲良くあの世行きである。
 既に破られた手前、強くは言えないがもう一度、砂の壁を錬成すれば少なくとも即死は免れる筈だ。
 成功させるための媒介である砂塵は無数に渦巻いている。能力の発動の度に体力を大きく消費する御坂美琴よりもマシであろう。

 ――本当に馬鹿な奴。

 同じく落下する御坂美琴は手を伸ばすエドワード・エルリックを見つめ、ため息をつく。
 こちらは敵だ。今は手を組んでいるかもしれないが、最終的には殺し合う仲になる。
 彼は全てを救うつもりでいるが、生憎、こちらは全てを殺すつもりでいる。その意思は散々伝えた筈だ。
 本当に馬鹿な奴。この手の男は常識が通用せず、前を見るどころか、確率的にも有り得ない明るい未来を見つめている。
 暗闇の中に立ち、もう二度と、光を浴びれない世界へと踏み込んだ自分が、まるで光の世界に立つ資格を持っているような、そう、錯覚してしまう。
 そして御坂美琴が手を伸ばした時、彼女と彼の手は届かなかった。



 

「ククク、クハハハハッハハハハ!! この私に楯突いた事、その生命を失うことによって後悔するがいい!!」





 わざわざハッチを開き、肉眼でエドワード・エルリック達の落下を確認したエンブリヲは殺し合いの中で最上級であろう笑顔を披露した。
 砂鉄により各種動作が不良を起こしている中、強引にハッチを蹴り開けてまで確認したが、何と素晴らしい景色か。
 雨のように落ちる砂塵すらも気にせず、調律者は静かに指を弾き己に降り掛かる砂鉄をマナの干渉により歪めた風で吹き飛ばす。

 このまま止めを刺すべく裁きの一撃を与えたい所であるが、肝心のヒステリカが動かない。
 ハッチの開放でさえ奇跡のレベルである。依然として各種レバーなり装置なりを弄っても機体へ上手く伝達されていない。
 しかし、憎き二人さえ片付ければ問題はない。仮に御坂美琴がこのまま雷撃を放ったとしても、コックピットで休憩していた分、こちらが有利であろう。
 超電磁砲だろうが、砂鉄の剣だろうが、雷撃の槍だろうが全てを消し去ってみせよう。調律者は気分がいいのか、搭乗席に戻らず大地を見下ろしていた。
 
 
「――ん?」


193 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:27:00 9kFLgI0c0


 突如、ガコンとヒステリカの頭部から音が聞こえ調律者は上を向く。
 操作をしていない状況で何が動いたというのか。まさか御坂美琴やエドワード・エルリックが何らかの方法で空を飛んだのか。
 将又、砂槍の残骸が襲い掛かってきたのか。何れにせよ全ては排除するのみ。


「き、貴様……ッ」


「あの世で後悔しろ、エンブリヲ」


 調律者は視界に映った人物に、言葉を失う。
 何故、貴様が此処に居るのか。即座に視線を下へ移すと、鋼の錬金術師が作り上げたドームは崩壊していた。
 そして抜け出して来た――黒の契約者は両腕に電気を纏わせ、砂に覆われたヒステリカへ下ろす。


「どうして貴様が此処にいる……!?」


「それぐらい自分で考えろ。調律者であり、神なんだろう? 神に分からないことがあるとすれば、お前は本当に神か怪しいがな」


 黒の背後で蠢く砂鉄に気付いたエンブリヲは視線を横へ逸らす。
 空中から大地へ続く砂鉄の足場――御坂美琴の電磁場によって形成された即席の階段。
 更に下を見ればマガツイザナギによって回収された彼女が此方へ雷針を飛ばしていた。


「邪魔をするな!」


 指を弾くことによって雷針に干渉し、破壊。
 ざまあみろと見上げてくる御坂美琴に対し、殺意が膨れ上がるが、対処すべきは彼女ではない。


「貴様もだ、させるものかァ!!」


 懐から銃を取り出した調律者は黒の契約者へそれを向けると間髪入れずに発砲。
 対する彼は刃一つで銃弾を弾き、能力を用いてヒステリカへ雷撃を仕掛ける。
 空中で轟く雷光は御坂美琴のものと比べると派手さに欠ける。だが、零距離で対象に放たれる一撃は例え神の機体であれど、確実に傷を与える。


194 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:27:27 9kFLgI0c0


 調律者は更に銃弾を放とうとするも、カチリという引き金の音だけが虚しく周囲に散った。
 ――弾切れだ。と、黒の契約者が口にする必要のない事実を呟き、エンブリヲの顔があからさまに赤くなる。
 銃をコックピット後方へ投げ飛ばすと、彼は空中を蹴った。

 当然、空中に蹴られるような質量を秘めた空間は存在しない。しかし、調律者に常識が通用しないことは最早、改めて説明する必要もない。
 
 大気を振動させる雷撃。
 砂塵に包まれたヒステリカをライトアップするように輝かせる。
 ヒースクリフに肩を貸して貰い、地表を歩くタスクは空の仲間を見守っていた。

 その空で死闘を繰り広げるエンブリヲはヒステリカの肩へ着陸。
 頭部にて雷撃を放ち続ける黒の契約者を殺害せんと、右掌で周囲を舞う砂塵を握り締め――砂鉄の剣を作り上げた。

 更に、更に空中を蹴り上げ黒の契約者へ向かった契約者は剣を振り下ろす。
 金属音に似た何かが周囲へ響き、調律者の一撃は黒が腕を振るったことによって発生した砂鉄の壁に阻まれた。
 御坂美琴やエドワード・エルリックの応用を見様見真似で行ったが、何とか成功したようである。

 当初の予定は果たせた。鋼の錬金術師が宣言した時間稼ぎ、ここまでヒステリカへ損傷を与えれば充分だろう。
 時間にして数十秒と満たないが、黒の契約者が流した雷撃は確実に絶望の化身たるエンブリヲの機体へ響いただろう。
 己の役目は果たした。このまま引き続き刃を以て調律者の首を刎ねたい所であるが、此処はヒステリカの上。謂わばエンブリヲの掌の上である。
 長いは不要だと、迫るエンブリヲの一撃を回避し、空へ跳ぶ。

「血迷ったか……チィッ」

 飛ぶ術を持たない黒の契約者は空を落下する中、ワイヤーを射出し付近に漂っていたマガツイザナギへ括り付ける。
 ガクンと大きく揺れるものの、地表への落下を回避しヒステリカ上からの離脱に成功。
 その光景を見たエンブリヲは舌打ちを行い、指を弾いた。すると風が目繰り上がり、ヒステリカの頭部を覆っていた砂鉄が吹き飛んだ。

 続けて機体全てを覆う砂鉄を祓いたい所であるが、都合よく能力が戻っていない。
 次にヒステリカを動かす時、最低でも可動部分に詰まってしまった砂鉄を取り除く必要があり、エンブリヲは苛立ちながらもコックピット席に座る。
 腕を介して機体へマナの力を流し込み、機体が緑色に輝いた。
 ヒステリカの稼働まで――せいぜい数分だろう。十分も掛けてなるものか。

 エンブリヲはただ一人、憎き人間共を抹殺するために次なる時を待つ。





 マガツイザナギに抱えられ、ゆっくりと空を落ちるエドワード・エルリックと御坂美琴はこれといった会話をしなかった。
 そんなことよりも足立透が自分達を助けたことが意外であったため、正直な所、理由を探っていた。
 鋼の錬金術師は遂に自分から力を貸すようになったかと少し喜んでいたが、超能力者は違う。
 何か裏があるのではないかと勘繰ってしまう。抱きかかえられたまま、あの雷撃――マハジオダインでも撃たれればたまったものではない。


195 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:28:30 9kFLgI0c0



「……」

 ならば先に雷撃を放つべきか。やられる前にやるの精神であるが、一つ気になることがある。
 この状況で能力を行使すればエドワード・エルリックも巻き込まれてしまう。頭数が減ることに越したことはないのだが、戸惑ってしまった。
 彼女の脳内に浮かぶは数分前に手を伸ばされた光景。こんな自分を、こんな状況でも助けようとしたその姿に躊躇ってしまった。

「……怖いな」

 などど、近くで彼女が少なからず残っていた彼女を彼女として確率させる在りし姿の心と戦っていることなど、エドワード・エルリックは知る由もない。
 ただ、何か思い詰めた表情を浮かべる彼女を心配するしかなかった。声など、とてもではないが掛けられそうにもにない。

「色々言いたいことはあるけど……お疲れ様だな!」

 重い空気が流れる中、地表ではタスクの治療を終えた佐倉杏子が笑顔でエドワード・エルリックらを迎えた。
 ハイタッチの準備をしているが、錬金術師は対応に戸惑う。その姿を見たのか佐倉杏子は顔を下へ向けた。

「そうだよな……まだ安心出来る状況じゃないもんな。ごめん」

 違う。佐倉杏子の発言は正しいが、鋼の錬金術師は自分が情けないと思っていた。
 あれだけ時間を稼ぐだの啖呵を切ったが、実際は御坂美琴が居なければとっくに死んでいただろう。
 視線を横へ流せば、腕で汗を拭いながら空を見上げる彼女の姿。協力が無ければ、調律者に為す術なく破れていた。

「そうね、まあアンタが一番お疲れ様って感じじゃない?」

 視線に気付いたのか、御坂美琴はそっけない言葉を紡ぐと変わらず空を見上げていた。
 何やらぶつぶつと呟いているが内容は聞こえない。

「珍しく気が合うじゃん。とりあえず、笑える時に笑っとけって。ね?」

「いやいやいや、笑えないね。結局はコレ、俺達死ぬしかないでしょ」

「あ?」

「あァ?」

 すると後方から近寄った足立透は馬鹿にするように佐倉杏子を見ながら頭を掻いていた。
 彼の言うとおり、ヒステリカに対抗する手立ては未だ確率されていない。砂鉄よって機動力を奪っただけだ。
 此処で御坂美琴が雷撃の一つや二つを放てばと思うも、彼女を見る限り明らかに疲れの表情を見せていた。
 よく見れば額や右腕には流血の痕があり、現在は止まっているが、彼女も限界が近いのだろう。
 これでエンブリヲの次に障害になると考えていた二大巨頭の一つが脱落当然だと、足立透は内心喜んでいた。もう一人は黒である。
 しかし、肝心の調律者はどうしようもない。そんな状況の中で明るい声を上げる佐倉杏子に苛ついていた。


196 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:29:04 9kFLgI0c0


「あ? じゃねーよ。あんだけ勢い良く啖呵切った結果がアレを砂塗れにしただけだぞ?」

 足立透は空に留まるヒステリカを指差しながら

「まあ、何発かはブチ込んだし、あいつ……黒の電気も入った。だけどよぉ、これからどうすんだよ。タスクのロボはぶっ壊れちまった。
 空すら自由に飛べない俺達に何が出来るって話よ。実際、こいつらは俺がペルソナを向かわせなかったら落下死してたろ」

「言っておくけど、アンタのあの気色悪い人形がなくなって私は自分でどうにか出来たわよ」

「あァ?」

「……助けを頼んだ覚えはない。俺も自分で処理出来た範囲内だ」

「あァ!?」

 現状を解説したつもりだった。結局は自分に助けられたんだぞと手柄を自慢したいだけだった。
 しかし、御坂美琴と黒は明らかに嫌そうな表情を浮かべながら足立透の言葉を否定した。
 助けられた分際で生意気なと、同じように表情を崩す足立透。彼を見た佐倉杏子はざまあみろと小馬鹿な笑みを浮かべていた。

「助けてくれてありがとな。お前が自分から動くってのは予想外だったけど、助かった」

「お、おう……そうだよ、それが正しい反応だよな」

 ただ一人だけ礼を述べるエドワード・エルリックに驚いたのか、足立透は言葉に詰まる。
 それが普通の反応だということに気付くのは少し先の話であった。するとヒースクリフの肩を借りながらタスクが近寄った。

「そっちはもう大丈夫そうだな」

「ありがとう、本当に……ただ」

 佐倉杏子の治療により傷口は完全に塞がっていた。時間にして数十分だろうか。
 激しい動きは厳しいだろうが、そんなことも言っていられない。懐にアヌビス神を忍ばせ、戦闘の準備は出来ている。
 だが、エンブリヲをヒステリカから引き摺り下ろさなければ、勝機は無い。
 ただ、ただと敢えてその先は口にしない。誰もが分かり切っているからだ。

 空を見上げる御坂美琴、黒。
 彼らを見守る雪ノ下雪乃。
 言葉を交わすエドワード・エルリック、佐倉杏子、足立透、タスク。
 ただ一人黙っているヒースクリフ。

 誰もが分かり切っている。自分達は依然として絶望的な状況であると。


197 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:29:27 9kFLgI0c0


 エドワード・エルリックと御坂美琴は時間を稼ぎ、ヒステリカの機動力を奪った。
 黒の契約者が機体そのものの活動を停止させた。
 佐倉杏子がタスクの治療に成功した。

 ただ、それだけである。

 全てが単発。点を繋ぐ線が無いのだ。
 ヒステリカが砂鉄を全て取り払い、エンブリヲがその気になった瞬間。
 今度こそ全員揃ってゲームオーバーだ。

「ねえ、ちょっと」

 皆が口を閉ざしていると御坂美琴が声を上げた。
 彼女を見ると、空を指差しており、それはヒステリカ――から少し離れた所に囚われているアンジュへ向けられていた。

「あれ――外れてない?」

 十字架に貼り付けられたアンジュの手足を結ぶ鎖がとれかけていると、御坂美琴は言った。
 よくあんな遠くの物が見えるな……と、足立透が瞳を細くし確認した所、たしかにとれているようにも見えなくない。

「さっきまで空中に居たんだから、その時から確認してたに決まってるでしょ」

「あ? いちいちムカつくガキ共だY「ふむ……そうか」

 足立透の言葉に割り込む形でヒースクリフが小言を漏らす。
 相変わらず何か含みを持たしており、未だに勿体ぶっているような態度にエドワード・エルリックが動こうとした瞬間だった。


「走った方がいい。幾ら死んでいるとはいえ、彼女は君の大切な人なのだろう?」


198 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:30:04 9kFLgI0c0


 ヒースクリフの紡いだ言葉が皆の動きを止めた。
 何を言っているのか。走る、何処に。彼女とは誰なのか、アンジュであろう。
 彼の言葉にタスクが真っ先に反応し、懐に忍ばせたアヌビス神を握ると、大地を蹴り上げた。

「頼む、また力を貸してくれ――頼むッ!」

『……よく分からないけど俺が断ると思うか? いいぜ、使ってくれェ!!』


 空から落ちる彼女――アンジュを助けるために、タスクは走り出した。


 アヌビス神を用いることにより、己の身体能力を限界まで引き上げる。
 大地は雷撃、錬成術、魔法、調律者の能力によって多くか焼き払われ、陥没、消失と駆け抜けるには最悪の状態だ。
 空を翔ける術を持たないタスクにとって、たった数百メートルを走り切るだけでも、生命賭けとなる。

「ッ――こんな所で」

 膝が折れる。
 窪みに爪先が掛かり、無理やり蹴り抜こうと右足を力任せに突き出すも、身体はバランスを崩し、あわや転倒となる。
 己に外部から干渉するようにビリリと――身体を電気が駆け抜けた。
 その正体と仕掛け人に心当たりはあるのだが、タスクは振り向かずに、再度、走り出す。
 ただ、右腕を空へ伸ばし、それを礼、兼、成し遂げるための合図とした。

「はぁ……なにやってんだか」

 御坂美琴は前方で倒れそうになるタスクへ雷撃を飛ばし、電磁場の応用によって彼の身体を支えた。
 彼女からすれば無駄である。唯でさえ満身創痍、雷撃の行使も体力を消費し、その証拠に右腕の傷口がまた開いている。
 タスクに肩入れする義理も無ければ、寧ろ、彼を助けたのは自分の方である。誰が治療のための時間を稼いだのか。


「アンタは羨ましい。そんなに思ってくれる人がいて」


 空を落ちるアンジュを見つめて。
 身体が勝手に動いてしまったと、後から冷静になった御坂美琴は身体を休めるために、その場に座り込んだ。





199 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:32:02 9kFLgI0c0


 走り続けるタスクは目の前の大地が消失していることに気付き、身体を支配しているアヌビス神が迂回のルートを探そうと周囲を見渡した。
 決して足を止めることなく、道を見出そうとするも、前方の大地は完全に陥没しており、落下を続けるアンジュを救うには迂回など不可能だ。
 どうする、どうするとタスクとアヌビス神は思考をフル回転させ――何も思い浮かばないが、後方から声が響いた。


「そのまま走れ! 道が無いなら俺に任せろ!!」


 振り向きこそしないが、視界に混ざり込む閃光から、答えは一つしか無かった。
 タスクは声に従うように大地を蹴り上げ、向こう側へ着地するように跳んだ。しかし、当然、届かない距離である。
 陥没大地へ落下する彼の足元に黒き橋が現れ、着地し体勢を崩しそうになるも気合で押し留め、走り抜ける。
 エドワード・エルリックの錬成によって生まれた足場を全力で駆け抜ける――が、質量の限界があるため橋が途切れていた。
 跳躍で飛び越えるにはまだ無理だろう――すると、バチバチと大気を振動させ砂鉄の橋が続く足場となった。


「お前には助けるべき女がいるんだろ? いいから早く行け」


「ありがとう――行ってくる!」


 タスクを追うように大地を駆け抜けた黒の契約者。
 途切れた足場を先のヒステリカ戦で披露した御坂美琴の技術を応用し、砂鉄の橋を精製。
 タスクの足を止めぬために、仲間のために進むべき道を作る。


「いきなり走ったからなんだなんだと思ったぜ」


「……どう思う」


「なにがだよ?」


「あの女を救った所で、何か変わると思うか」


 黒の契約者は己に追い付いた鋼の錬金術師へ問を投げる。
 アンジュは既に故人である。彼女を救った所で意味は無い。


「……そりゃあ、あれだろ」


 エドワード・エルリックは一呼吸於いて、


「惚れてんだろ。だったら、理由はそれしかないだろ」


 言い切った。更に、


「お前だって、少しは心当たりがあるんだろ?」


 黒の契約者は何も答えなかった。





200 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:33:40 9kFLgI0c0

 アンジュは彼――タスクにとって大切な存在である。
 大切な存在という言葉で片付けれる程度であるものか。
 彼は彼女を愛し、彼女は彼を愛する。
 来いと言われれば駆け寄り、会いたいと言われれば地球の裏側にまで一飛び。


 それは死体であろうと、故人であろうと、この世を去っていようと。


 彼の愛情は、気持ちは、心は、思いは変わらない。


 見よ、宙から地へ落ちるその姿。
 遠方であるにも関わらず、肉眼ではっきりと確認出来るあの美しさ。
 雪のように白く儚い肌、見る者全てを魅了する美貌――死して尚、彼女の魅力は失われない。


 彼は彼女の騎士だった。
 如何なる時も傍に立ち、危険がその身に及ぶものなら、生命を賭してまで守り抜く。


 それがどうだ、殺し合いで無情にも響いた彼女の名前。
 それは死を意味する――騎士は、主の元に辿り着けぬままだった。

 情けない、騎士の肩書が聞いて呆れる。

 いや、騎士の肩書などどうでもいい。
 愛すべき人を守れないで、なにが男だ。



「今度は君を一人にしないから――だからッ!」



 間に合え――間に合わせてみせる。
 

 
『ああ、もう! 走れ、いいから走れェエエ! 絶対に!! 止まるんじゃねえぞォ!!』


 
 戦闘の影響によって発生した穴に爪先が掛かり、タスクは体勢を崩してしまう。
 止まらないように、倒れるぐらいならば先に受け身と取ってしまえと前転の要領で即座に立ち上がり、反動からかアヌビス神を手放してしまう。
 拾おうと振り向く――前に声が響いた。止まるな、走れと。


201 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:35:47 9kFLgI0c0



 声に従い再び大地を蹴り上げ、タスクは大凡残り二十メートル。
 アンジュを救うために、焦土を駆け抜ける。

「まにあ、え……っ」

 アヌビス神の能力により身体能力を高め、本来ならば到底間に合う筈の無い距離を無理に縮めていた。
 一般人の脚力では確実に間に合わない。しかし、スタンドたるアヌビス神の加護があれば――故にヒースクリフを始めとする生存者はタスクを止めなかった。
 金属音が背後から響き、彼の脳裏に最悪の未来が描かれてしまう。刀が無ければ、間に合わず、アンジュは大地へ落下し、その姿が破裂するだろう。

 させるものかと歯を食い縛り、満身創痍の身体に鞭を放ち、例え傷口が開こうと。
 止まるな、動けと無理やりに足を前に出す。アンジュ落下まで残り二十メートル。
 前提として左右の運動と上下の其れでは圧倒的に速度が異なり、距離が同じであろうと、到達時間は大きく変動する。
 誰がどう見ようとタスクが駆け付けるよりも先にアンジュが落下する。彼自身も諦めかけたその時、服の襟を強引に引き上げる者が居た。

 風を斬り裂き、人間の速度を上回った脚力で現れるは龍の魔法少女たる佐倉杏子。
 タスクの襟を掴み、両足を広げ、腰を回し、瞳はアンジュを見つめ、身体を回転させるように、そして、


「間に合わせてやるから、ちゃんとしっかりキャッチしてやれよな!」


 彼を放り投げた。
 弧を描くような曲線ではなく、限りなくストレートに近い軌道だった。
 下手にタスクの身体を心配し力を緩めれば確実に間に合わないと判断した佐倉杏子は全力でぶん投げると決めていた。
 そもそも、彼が走り出した理由に検討が付いておらず、御坂美琴が雷撃を放った段階でようやく事態を飲み込んでいた。

 遅れを取ったと、距離を埋めるために魔法少女へ変身し、更にインクルシオを纏い、大地を、空を蹴り上げる。
 加速する中で黒の契約者と鋼の錬金術師を追い越した時、ふと風に運ばれた彼の会話が耳に届いた。

 アンジュを救ったところで何があるのか。

 全くその通りであろう。
 突然の事態――彼女の落下に、生存者はまともな会話を行わず、タスクが走り出してしまった。
 エンブリヲとの決戦から間を置かないめまぐるしい展開に、脳が追い付かない。小さな頭で佐倉杏子は考えていた。
 アンジュを救ってどうするのか、と。しかし、そんなことは分からないと早々に切り捨てる。
 助けられるなら、それでいいのではないか。死体であろうと、彼女はタスクにとっての大切な人である。
 それ以外に理由など、いるのだろうか。ならば、自分は彼の、仲間のために動くべきだ――気付けば追い付いていた。

「でも、こっから先は本当に……どうすればいいんだろうね」

 アンジュはタスクに任せればいい。
 佐倉杏子は視線を空へ――ヒステリカへと移す。
 砂鉄に覆われたその姿は先よりも剥がれており、それは復活の兆しを表す。
 この間に御坂美琴が雷撃でも放てばいいだろうにと思うも、彼女は彼女で限界が近いらしく、後方で座り込んでいる。
 生存者の最大火力を考えれば、彼女が自分であろう。インクルシオの力は人間の限界を超え、龍の力を引き出す。
 最も御坂美琴と同じように自分も限界だ。彼女のことをとやかく言えないと、佐倉杏子はインクルシオを解き、その場に座り込んだ。

 ふと、空で何かが蠢いた。
 冗談じゃないと佐倉杏子は座ったばかりの尻を自分で叩くように起き上がり、タスクの後を追う。
 ビームライフルの銃口が彼に向けられており、そうなれば答えは一つしかない。





202 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:36:29 9kFLgI0c0

 空中で身動きなど取れる筈も無く、タスクはただ正面のアンジュだけを見つめていた。
 佐倉杏子の大雑把な投擲により、間に合う可能性が大幅に上昇した今、彼女を救えない理由が消えた。
 弾丸の如き速度で空中を駆け抜け、あと少し、あと少しで手が届く。


「アンジュ」


 距離残り十。
 見間違えるものか、目先に居るはアンジュだ、あのアンジュである。
 何度、何度、君を思っただろうか。


「アンジュ――」


 距離残り五。
 腕を伸ばすもまだ届かない。ならば届かせてみせる。


「――アンジュ!」


 距離残り零。
 腕を首裏へと優しく回り込ませ、全身で包み込むように彼女を抱いた。


「冷たい……冷たいね。本当にごめん、俺がもっとしっかりしてれば」


 彼女は口を開かない。
 死体であるが故に当然。男はただただ、己の不甲斐なさを空へ呟く。

 
「何が君を守る騎士だ。俺だけが生き残って……君は」


203 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:37:09 9kFLgI0c0

 彼が彼女へ接触したことは言い換えれば、地表に近付いたことになる。
 大地へ落下するまで数メートルあるかどうかも怪しい。
 佐倉杏子の腕力によって彼らの速度は人間の出せる其れを超えているのは当然だ。


「君は――君を、もう俺は離さない、一人にしない、俺は君を守るッ!」


 タスクの背中に衝撃が走る。アンジュを傷付けぬため、自らを大地へ向けた。
 滑る音が周囲に響き、肉を削ぎ落とすかのような、生々しい音が響く。
 彼の後をなぞるように赤黒い線が生まれ、それでいて出血は彼だけのものであるのだから、大したものだろう。


 アンジュを守るために、タスクは自らだけを傷付ける事を選んだ。
 例え彼女が故人であろうと、彼は守り抜いた。
 今度こそ、君を守る。騎士は主への誓いを果たした。男は愛する女を守った。


 そんな彼を祝福するように轟砲が鳴る。
 全ての声や音を吸い込むように支配するは一発の弾丸。
 大きさは人間を誇るような機動兵器用の武装だった。


 偶然であるが、彼は空を見上げていた。
 徐々に視界を埋め尽くす黒い弾丸はヒステリカから放たれた。
 
 あぁ――アンジュと一緒に、死ぬのか。





「伏せろォ!!」




 諦めの欠片が思考を埋め尽くしていた時、亀裂が走る感覚に襲われた。
 理解するよりも先に身体が反応し、タスクは更にアンジュを守るよう抱きしめた。
 後に気付くが、伏せろと言われても既に伏せている。彼も焦っていたのだろうと――数分後の空でタスクは微笑むことになる。


204 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:37:43 9kFLgI0c0

 始まりの音は全てを飲み込んだ。
 空から到来する弾丸は希望を砕き、死への景色を簡単に映し出す。

 次の音は意識を確立させた。
 蒼白き閃光が空間を迸り、周囲の大地を持ち上げた。

 更なる音は身体を震わせた。
 弾丸が砂の壁に衝突し、己に纏わり付くしがらみが全て吹き飛ばされるような感覚だった。

 終の音により、タスクは瞳を開いた。
 ぱらぱらと砂が落ちている。何が起きたかと確かめようとするも、視界は黒一色。
 深い闇に覆われたのだろうか。瞳どころか顔全体を何かが埋め尽くしており、鼻先には毛のようなものが当たっている。
 そことなく鼻先を刺激する匂いに嗅ぎ覚えがあり、段々と意識が回復する中、どうやら人肌と同程度の温もりを感じた。
 正体を確かめようと手で触れた時、やはりどこかで覚えているような肌触り。もぞもぞと手を動かしていると、急に視界が明るくなった。

 アンジュがエドワード・エルリックに抱えられており、魔法少女姿の佐倉杏子が此方へ槍を振り下ろしていた。


「え、えぇ!?」


 鼓動が止まる。
 彼女の槍は耳の近くへ突き刺さり、それは大地へであるが、風圧や音が耳に残る。
 間違いなく殺意が込められていた。何故か、見当も付かないのだが、佐倉杏子の顔は赤らんでいた。

「えっと……か、風邪でもひいたのかな?」

 刺激しないように愛想笑いを浮かべるも、逆効果だったようだ。

「あんた、筋金入りの変態なんだね」

 突然の厳しい対応にタスクは戸惑い、言葉を失う。
 自分が何をしたのかと、記憶を遡れば――そうか。

「さっきの感覚の正体はアンジュだったんだ。彼女の暖かさや身体を忘れる筈がない、そうだ! そうだったんだ!」


205 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:38:23 9kFLgI0c0

 疑問を解決したが、佐倉杏子は聞いていない。
 大地に倒れ、空を見上げていたタスクは視線を横へ移す。
 鋼の錬金術師が赤い布を錬成し、優しくアンジュの身体に被せていた。

「全く、これで二度目だぞ? 今回は返さなくていいからな」

 あれは殺し合いの幕が開かれ、まだ一日も経過していない頃。
 あれからどれだけの時が流れ、どれだけの生命が失われたのか。
 鋼の錬金術師はアンジュを優しく大地へ下ろすと、近寄ったタスクへ声を掛けた。

「よく間に合ったな――って言いたいけど、お前はもう休んでろ。その傷じゃあ、歩くことも無理だろ」

 アンジュを庇ったことにより、タスクの背中は数メートル、大地を削り取った。
 衣服が剥がれ、流れる血液は尋常じゃない。彼が歩く度に、小さな血の池が生まれてしまう。

「…………」

 その光景に佐倉杏子は口を開かなかった。
 魔法の治療でも限界がある。彼女はその方面に明るくなく、これまでも師である巴マミを見様見真似で行っていただけの話である。
 これ以上の施しは専門の知識が無ければ不可能である。仮に成功した所で消費する魔力から自分は人間の姿を保てなくなり――などとは考えるな。
 誰にも気付かれずに首を振るう。すると視界に幾つかの影が映り込み、エンブリヲ以外の参加者が集まっていた。

「大丈夫……!? 本当に、本当に馬鹿な人なんだから」

 雪ノ下雪乃はタスクの姿に驚くしか無かった。
 これまでに多くの人間と出会い、強い存在は何人もいた。
 どれだけ傷を負おうと、立ち上がり、諦めること無く、自分の信念を貫いた戦士の背中を見た。

 だが、タスクの背中から瞳を反らしてしまう。
 内部の肉が露わとなり、一部では何やら白い塊が見え、其れが骨であることに気付いた時、雪ノ下雪乃は唾を飲み込んだ。
 もう、立たなくてもいい。
 そう、言葉を掛けたいが、口は動かなかった。
 生存者全ての力を総動員にしなければ、空に浮かぶ最低の屑には勝てないのだから。


206 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:40:44 9kFLgI0c0


「……へぇ、こんなに綺麗に再現出来るんだ」

「へへっ、綺麗だろ? 本当のアンジュはもっと綺麗で、可愛くて……見たら驚くよ」

「はいはい、ごちそうさま……って、元気なんだか死にそうなんだか」

 優しい表情で眠るアンジュの顔を覗き込んだ御坂美琴は、人間と変わらぬその姿に感心していた。
 彼女が住んでいる学園都市ならばこの程度の死体偽造・復元など容易いものだが、エンブリヲは材料も必要とせずやってのけた。
 戦闘前の彼の口振りから、生命を吹き込むことも可能だろう。いや、既に心臓を注ぎ混んでいるのかもしれない。
 首元に手を当てれば、体温や鼓動が感じられず、間違いなくアンジュは死体である。しかし、何やら奇妙な感覚に襲われるのだ。
 其れは学園都市で何度か体験したような――正確に言えば上条当麻がよく巻き込まれていた未知の能力に似ている。

 不確定要素を取り除くべく雷撃を――などととは流石に行わず、こんな状況でさえ惚気けるタスクに嫌気が差していた。

「この指輪は婚約指輪かしら?」

 アンジュの掌に付着していた砂を払っていた雪ノ下雪乃は、彼女に嵌められていた指輪に気付く。
 美しき緑の宝石を宿したその指輪はきっと彼らの愛を約束した物だろうと、勝手に思い込み、問を投げた。

「いや、それは皇族に伝わる指輪さ」

 彼の発言によりアンジュが王の血筋を引く存在だということが明らかになり、鋼の錬金術師は信じられないといった表情を浮かべる。
 記憶が正しければ、彼女はお世辞も品性が良いとは言えない女だった。しかし、思い返せば、元の世界で共に戦ったあの男も王族だった筈。
 彼も彼で王らしき態度や言葉使いでは無かった……と、実際の所はどうでもいいものらしいと勝手に納得していた。

「それにヴィルキス――アンジュの機体を動かすためのキーの役割も持つんだ」























「そうだ……ヴィルキスを動かすための……いや、そうだ……でも……………なら――ヒースクリフ!」




















207 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:41:46 9kFLgI0c0

 一つ、考えていたことがある。

 エンブリヲが結果的にヒステリカを手にし、君はテオドーラを手に入れた。

 何も問題は無い。ホムンクルスに対抗するための武器を手に入れただけだ。

 さて……最初から機体が殺し合いに導入されなかった理由は改めて説明する必要も無いだろう。

 バランスを考えたからだ。ゲーム――と言ってしまえば、君達や死者には失礼だが、ある程度は調整をしていた。

 中には時間を止める存在やエンブリヲのような神も居たからな。彼らに機体をぶつけるよりも、彼らを人間の枠に嵌めることを考えた。


 制限と呼ばれる物だが、エンブリヲは自力で幾分か突破してしまった。

 きっかけは鋼の錬金術師――エドワード・エルリックが全員の首輪を解除したことだろう。

 君達を縛るしがらみが解かれたことになり、結果として隠されていた機体も表舞台に顔を出すことになった。


 この制限、考えたことはないか?

 例えば御坂美琴。君は能力の行使により、普段よりも疲れを感じていた筈だ。

 足立透。お前は私と最初に出会った時、ペルソナをまともに発動出来なかった筈だ。

 他にも、思い当たる人物はいるだろうが……機体は違う。


208 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:43:12 9kFLgI0c0


 ヒステリカはエンブリヲと同じく、神の力を有している。

 彼共々、首輪を外した所で、この世界に居る限りは永遠に真の力を開放することはない。

 制限はあくまで力だけ。彼らの存在そのものを消し去るようなことは無いさ。


 さて、存在そのものは消し去っていない。

 この世界を構築するデータは、君達に関わる物全てを集め、注ぎ込んだつもりだ。

 支給されたアイテムにしても、わざわざ所縁のある物を選んでいる。

 そう――君達に関わる全てのデータを注ぎ込んでいる。


 これは私も彼女――アンジュが空を落ちている時に気付いた。

 機体は全て、復元している。

 タスク、君は分かるだろうが、己の死を偽装した時、懐かしい機体をホムンクルスから与えられただろう?

 あれが証拠だ。最も君に反旗を翻されることは分かり切っていたため、強い機体を与えれなかったようだが……まあ、それはいい。

 ここまで言えば分かるだろう? 



『この世界にもあるのだよ。君が思い出したあの機体が』



 お膳立ては整っている。

 ……いや、私ではない。

 君や雪ノ下雪乃――それにアカメや泉新一達が中心となって働いたじゃないか。

 この世界を戒めるロックは参加者の手によって解除された。

 その褒美を遅れながら、元主催者から贈呈しようじゃないか。

 最も動くかどうかは君次第だが――さぁ、その名を叫べ。エンブリヲを倒せるのは君しかいない。







209 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:45:03 9kFLgI0c0

 絶望だった。
 参加者誰しもが明日を夢見た。
 明るい日――殺し合いの先に、光を追い求めていた。

 ホムンクルスを打倒し、残るエンブリヲとの決戦。
 地上で無慈悲に振るわれる神の力。諦めずに何度も立ち上がり、一度は勝利を掴んだ。
 
 次に戦場は空へと移行した。
 生存者は全て人間、空を自由に翔ぶ術を持たない。
 それでも、下を向かず、小さな錬金術師と超能力者は立ち向かった。

 知恵を働かせ、仲間のために時間を稼ぎ、神の動きを封じた。
 神殺しの偉業は着実に達成へと向かっている。しかし、それまでだ。

 誰もが決定打を放てず、減るのは己が寿命のみ。


「アンジュ、貸してもらうよ」

 ――男は愛する女の指輪を自分へ。

 
 黒き機神に対し、彼らはよく立ち向かった。
 生身の人間が誰一人欠けること無く、空を見上げている光景こそが奇跡。
 これ以上を望むことは高望みだろうか。否、断じて否。


「見ているかい、アンジュ。この輝きは俺と君の輝きなんだ」

 ――男が嵌めた瞬間、指輪は闇を斬り裂くように美しき緑の輝きを宿す。


210 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:51:09 9kFLgI0c0

 あと一歩、エンブリヲさえ倒せば明日へと踏み出せる。
 その先に足立透と御坂美琴が立ち塞がろうと、最大の壁である調律者さえ排除すれば。

 空に浮かぶ黒き機神ヒステリカ。
 銃弾を放った後に一切の動きを見せず、どうやら先程の射撃はエンブリヲが気合で動かしたようだ。
 砂鉄の面積が減り本来の姿の割合が多くなっているのが地上からでも確認出来る。
 奴が力を取り戻すまで数分も必要無いだろう――ならば。


「さぁ、応えてくれよ」


 アンジュを右腕で抱き抱え、タスクは左腕を空へ伸ばす。
 緑の輝きが遥か地平線までをも照らし、ヒースクリフ曰くお膳立ては終了している。
 ならば最後は役目を果たすだけだ。


「俺にはその資格が無いのかもしれない」


 他の生存者は黙って彼らを見守るだけ。
 この先の展開を把握しているのはヒースクリフのみであろう。
 彼は薄い笑みを浮かべている。それはどこか優しさと暖かさを感じさせるような、雛鳥を見つめる親鳥のような。


「だが、お前が応えなきゃ俺達は此処で終わりだ。そんなの、誰が認めるか、受け入れられるか、諦められるか!
 多くの仲間が散った。狡噛さんも、マスタングさんも、未央も、新一も、アカメも――それに多くの仲間が志半ばに」


 彼の言葉に呼応したのか、指輪の輝きが更に膨れ上がる。
 まるで女神が祝福するかの如く、タスクを中心に生存者を包み込む。


211 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:54:01 9kFLgI0c0

「こんな結末、俺は嫌だ。エンブリヲが統一する世界なんて……皆が笑って暮らせない世界が! 正しい筈が無い!
 頼む、力を貸してくれ。あいつを倒すにはお前の力が必要なんだ……あいつの一人勝ちだなんて、皆が……報われない。
 だから! さぁ、応えてくれ! 俺はアンジュの騎士だ――その資格が無くても、俺には戦う理由が必要なんだ――それに」


 空へ叫ぶ。
 力の限り、魂の限り。
 血反吐を吐こうが、背中、腹の傷が開こうが彼は叫ぶ。


「俺はアンジュと何度も繋がった! その意味――分からないとは言わせない!!」


 突然の宣言に生存者は瞳を丸くし、呆れる者もいれば、顔を赤らめる者もいた。
 この流れでその発言をするのか。頭が狂ったのか。元から狂っていて、これまで必死に隠していたのか。
 足立透は大きく口を開き、黒の契約者は軽蔑の眼差しを、ヒースクリフは全てを見通した上で笑う。
 その他、少年少女は顔を赤らめ、目の前の男は何を言っているのか本気で呆れていた。


「彼女の暖かさはこの身を通じて知っている。何度も愛を確かめあったんだ、俺達は二人で一人であり、一人で二人!」


 更に奇妙は発言を重ね、いい加減にしろと御坂美琴がバチリと周囲に電気を纏わせ、佐倉杏子を槍を握った瞬間だった。
 ガラスが割れるような音が空から響き、蒼を斬り裂くように亀裂が走っていた。


「なぁ、ヴィルキス。たしかに俺はお前に相応しくない存在かもしれない。搭乗者としての資格を満たしていないのかもしれない――だが!
 さっきから言っているように俺はアンジュと身体を重ねた! 繋げた! 挿れあった仲だ! 彼女の血が俺に流れ、俺の血も彼女の中へ流れている!」


 最早、此処まで堂々に発言すれば恥ずかしみも感じないのだろう。
 余りに下品な言動に雪ノ下雪乃は呆れたのか、タスクから視線を反らし空を見上げる。
 本当におかしな人だ。こんな状況なのに、今にも全員が死ぬという局面なのに。何故か自然と笑みが浮かぶ。
 

「俺の身体はアンジュへ捧げ、彼女の身体もまた俺に捧げられている。さぁ、まだ何か言う必要があるか?」


 無い。
 エドワード・エルリック、佐倉杏子、御坂美琴の声が重なった。
 そして空に走る亀裂は更に大きくなり、隙間から一筋の光が差し込んだ。

 ――最後の最後に、役に立てたか。

 ヒースクリフの呟きは黒の契約者にしか聞こえない。
 彼は反応することも無く、ただ黙って空を見上げ、来訪する白き機神に目を奪われていた。


「俺とアンジュと皆のために! お前の力を貸してくれ! 来ォォォオオオオい!! ヴィルッ!!! キィィィス!!!!」


 未来という明日を目指し、その身を焦がしながら叫んだ青年の思いに応えるように。


 空を斬り裂くは白い流星。天を轟かせし、最後の希望。


 ヴィルキス――神殺しを果たすために必要な最後の欠片を、眠り姫の騎士が手に入れた。






212 : 名無しさん :2017/11/07(火) 00:54:54 9kFLgI0c0

「はああああああああああ!? 動かない!? あの流れで!? たいした説明もしないくせに、肝心な部分は勢いで乗り切れねえとかふざけんなよ!! バーカ!!」


 ヴィルキスを見つめる足立透は体力の限り罵倒を放ち、冗談じゃないと機体を蹴る。
 いい年した大人が情けないと誰もが思い、しかし、ある種、代弁をしてくれた彼を囲って責めることはしない。

 空を斬り裂いたヴィルキスは着陸すると、タスクはアンジュを抱き抱えコックピットへ。
 皆へエンブリヲを打倒する旨を伝え、飛び出つつもりだった。だが、幾ら動かしてもヴィルキスは反応しない。
 各種機関に異常は見当たらず、まさか声に応じたが、結局は資格を満たしていないため動かない。そんなオチではないのかと、タスクは焦りを見せる。

 専門的な知識は無いが、ヒースクリフ、エドワード・エルリック、御坂美琴がヴィルキスを一通り確認するも、やはり異常は見当たらない。
 ヒースクリフ曰く、元々ヴィルキスは参加者であれば誰でも操縦可能に設定しているらしく、この場に召喚された今、問題は無いらしい。
 帝具のように相性や元々の操縦技術による戦力の差は当然あるが、タスクに限ってそのようなことはない。
 ならば、何故、動かぬのか。


「初動さえ突破すれば後は問題なく稼働するだろうが……初動だな」


 エネルギー切れを起こしている訳でも無く、はじめの一歩さえ乗り越えれば正常に――というのが、始まりの男である茅場晶彦の見解である。
 答えが分かれば早速行動に移したい一同であるが、初動のために何をすべきか。
 エドワード・エルリックが策を考えている時、御坂美琴は一人で歩きはじめ、ヴィルキスの後方に辿り着くと声を上げた。


「さっさとしなさいよ。私と……こいつ、それにえっと……黒? この三人でコレを打ち上げるから」


 最初に足立透を指差し、次に名前を思い出すよう必死に脳内を検索し、最後は顎でヴィルキスを指す。
 彼女の生意気な態度に足立透は舌打ちをし、誰が協力するものかとその場を動かない。
 対象的に黒は何かを感じ取ったのか黙って彼女の元へ近付き、早くしろと言わんばかりに足立透を睨む。

 流石にこれまでの疲労も重なり、彼はこれ以上反発せず、半ば諦め腐った表情のまま歩き出した。
 ヴィルキスの打ち上げのために集められた三人の特徴を佐倉杏子は考える。幼い思考からか雷しか浮かばず、それでどうやってロボットを打ち上げるのか。
 真意が分からないため、エドワード・エルリックをちら見し彼に答えを発言するよう促し、気付いたのか鋼の錬金術師もまた、準備をするように掌を合わせた。


「なるほどな。土台は俺に任せろ。杏子、お前の魔法で鎖を作って補強してくれ」


 錬成の光が迸り、大地が盛り上がる。
 斜面を形成し、土台の切れ目はヒステリカへ向いている。
 エドワード・エルリックが何をしているかは分からないが、佐倉杏子は言われた通り、ソウルジェムから魔力を放出。
 紅蓮の炎を連想させる赤い閃光が周囲を照らし、地面から生物のように飛び出した鎖が錬成の土台へ絡み付く。
 決して解けないよう、何重にも縛り上げ、錬金術師が発言した土台とやらが完成。

 つまりは発射台だ。
 ヴィルキスを固定するように背後には壁があり、中心には分かりやすい窪みが生まれていた。まるで此処を叩けと言わんばかりに。
 流石の佐倉杏子もこの段階にまでなれば、御坂美琴が行おうとしている作業に見当が付く。


「あたし達で空へぶっ飛ばすから、後は任せた! ってことかい」





213 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:55:53 9kFLgI0c0

 コックピット内部でタスクは錬成を目撃し、彼らがやろうとしていることを察知し、微笑む。
 彼らにはたくさんの迷惑を掛け、どうやら最後までお世話になるようだ。本当に、頼れる自慢の仲間達である。

「彼らに伝えてほしいことがあるんだ」

 内部へアンジュを運ぶために手を貸していた雪ノ下雪乃はタスクの言葉に耳を傾ける。
 今更、何を改めるのか。

「今までありがとう。次に会う時は俺がエンブリヲを倒した時だって――あ、『殺す』じゃなくて『倒す』で頼むよ。そうじゃないと」

「彼に申し訳ない――かしら。分かったわ、言われなくてもそこまで空気が読めないタイプじゃないから心配しないで」

 タスクはエンブリヲを殺す。
 倒すなどと云う生温い言葉で片付けることはせず、一度は斬り殺した相手、もう二度と復活させないために必ず葬る。
 だが、エドワード・エルリックは其れを良しとしない。彼には彼の信念があり、外野がとやかく言うものではないため、タスクは言葉を選ぶ。
 雪ノ下雪乃もそれを察しており、心配は無用だと告げた。

『おいぃ〜本当にいいのか? 俺様が一緒にあいつを殺しに行くぞって誘ってんだぜ?』

「いや……コックピット内部に立てかけるだけだよ!?」

 彼女の手に収まるアヌビス神は自分も連れて行けとタスクに迫るも、あっさりと断られ、口を開くことを止めた。
 彼とも長い付き合いである。キング・ブラッドレイに挑み、優勝者を偽装させるための作戦も共に行った。謂わば殺し合いに於ける相棒だ。
 ――君にもお世話になったね。
 そう告げると、よせやい、と短く返答があるだけであった。

「私からも貴方に言いたいことがあるの」

 そして、雪ノ下雪乃が言葉を紡ぎ

「だから、必ず帰って来て。これは私からのお願い。もう誰も死んでほしくない――このまま皆が生き残ればそれだけでいい。
 お願いを叶えて。優勝者には何でも願いを叶えてもらえるんでしょう? だから、必ず帰って来て。それは貴方にしか出来ない仕事だって分かってる――それでも」

 ――必ず帰って来て。


214 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:56:34 9kFLgI0c0

 タスクの掌を握り、彼女は何度も繰り返した。
 手は震え、瞳が潤っている。その姿にタスクは優しく頭を撫でると、爽やかな笑顔を見せ


「当然さ! 必ず帰って来る。だから、君は安心して待っててね!」


 言い切った。
 それは自分に言い聞かせるためでもある。
 エンブリヲは強い。ヴィルキスの力を以てしても、必ず勝利出来るとは口が裂けても言えない。
 だが、挑まなければ明日は無い。元より分の悪い賭けを繰り返し、此処まで辿り着いたのだ。

 今更、何を恐れるのか。
 近くで見守ってくれるアンジュにすら顔向け出来ない――と、外に雷光が走り、どうやら御坂美琴の合図のようだ。
 
 雪ノ下雪乃は最後に笑い、優しく手を振り、コックピットを去る。
 必ず帰って来る。言ってしまった手前、相打ち覚悟で挑もうとしていた己の精神を改めなければ。
 タスクは己が頬を叩き、気合を入れ直した所で、ヒースクリフが外から顔を覗かせた。

「……なにか問題でもあったのか?」

「いや、どうにも君とは最後の会話になりそうだからね。言っておきたいことがある」

「手短に頼むよ。俺はこれから……って、最後の会話にはさせないって!」


「すまなかった。君には面倒な役を押し付けてばかりだな」


 それは意外な言葉だった。
 茅場晶彦は殺し合いの始まりを担い、この悪趣味なゲームの黒幕でもある。
 結果としてホムンクルスに裏切られ、記憶を消去された状態でこの世界に放り込まれたため、被害者でもあるが、参加者には関係ない。

 お前が居なければ此度の悲劇は幕を開かなかった。
 タスクもまた、彼のことをよく思っておらず、だからこそ謝罪は意外だった。
 正体が判明してからも勿体ぶる言動や態度を続けた彼が頭を下げ、言葉を失ってしまう。


「ヴィルキスの顕現も元は君達がロックを解除したことが主な要因でね。私は余計なことしかしていのだが……すまない」」
 

「俺は貴方を許さない――でも、茅場晶彦ではなく、この世界で出会ったヒースクリフという男は共に脱出を目指す仲間だった。
 首輪を解除するために奔走して、時には戦いに巻き込まれながらも立ち向かった貴方を俺は仲間として見ていた。だから――仲間に今更、そんな畏まった言葉はいらない」


 強い男だ。まるで全ての闇を焼き尽くす太陽のような男だ。
 笑顔のまま言い切ったその姿はどんな力にも屈しないだろう。一度はエンブリヲを倒しただけのことはある。


「だけど、茅場晶彦には必ず罪を償ってもらう。俺がエンブリヲを倒した後で――それでいいかい?」


「これは参ったな。私も必ず帰還しないといけなくなってしまったよ……その為にも、エンブリヲは任せた」





215 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:57:06 9kFLgI0c0

 空を見上げていた足立透の耳に届いた稼働音が彼の表情を強張らせた。
 ヒステリカを覆う砂鉄の殆どが消えており、最早、美しき緑の輝きが空一面を覆い尽くしているではないか。
 タスクの機体が動かないとなれば、黒き機神に対抗する手立てが無い。もう一度、砂鉄で動きを止めろと焦りつつ、御坂美琴へ命令。

 彼女は足立透の言葉に反応する事無く、深呼吸を繰り返していた。
 息を整え、無駄な体力を消費せず、限りある電力でこの場を乗り切るしかない彼女は彼に構っている余裕など無いのだ。
 無視されたことからか、大人気なく突っ掛かろうと足立透が一歩を踏み出した時、ヒースクリフがヴィルキスから降りた。

「何を話したか聞かないけど、準備は出来てた?」

 身体を伸ばし、溜まっていた疲れを体外へ放出すると、御坂美琴は状況を尋ねる。
 会話の内容に欠片の興味も無く、彼女にとって必要な情報はタスクが動けるかどうか。
 彼が生存者の中で最も死の世界に近い存在だ。魔法で治療したようだが、傷口は全て開いており、当然のように血が流れる。
 高度から落下するアンジュを救っただけでも奇跡であろう。更にヴィルキスを呼び込んだ彼がこの場で脱落しようと、誰も文句を言わないだろう。
 しかし、彼の死亡が確定した時、生存者達の神殺しは失敗に終わる。

「ああ、彼なら問題ない。それよりもそちらは大丈夫なのか」

 ヒースクリフが気にかけることはただ一つ。
 ヴィルキスの打ち上げが成功するか否かである。

 機体を仕込んだ記憶は蘇っているが、エネルギー等に細工を施した記憶が無い。
 起動の鍵である指輪さえあれば誰でも稼働させることを可能にしていた。指輪の適正の有無はあるが、タスクは乗り越えた。
 故にヴィルキスが動かない理由は無い。しかし現実として動いていないこの状況を作り出したのはホムンクルスであろう。

 最後の最後にホムンクルス――お父様は人間を恐れていたらしい。
 叛逆の象徴である白き機神ヴィルキスが参加者の手に渡り、牙を剥くことに対し、事前に手を撃っていたようだ。
 アンバーや広川が細工を施すとは考えにくい。いや、彼ならば或いは――と、ヒースクリフが思考の海に身を費やしていた時、御坂美琴が遅れて返答した。

「私は大丈夫。あとはこいつらがちゃんと働いて、あいつらが作った土台が崩れないで……それに、そいつが気合で乗り切れば、ね」

 こいつらと視線を送られたうちの一人である足立透は生意気な小娘に舌打ちを行い、露骨に機嫌の悪さを示した。
 勝手に仕切るその姿が気に食わず、お前も俺と同じ殺人鬼のくせに、どうして其れほどまでに前を向いているのか。
 このサイコパスめ。遂に現実も認識出来なくなったか……とは言わず、黙っていた。

 もう一人である黒の契約者もまた口を開かない。
 己の身体を確かめるように、掌の開閉を繰り返し、肩を回し、後方からヴィルキスを見つめる。
 少し間が空いた後に、
 ――お前こそ、口だけじゃないことを証明しろ。
 と、釘を差した。


216 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:57:45 9kFLgI0c0

 次にあいつらと顎を向けられた一人である佐倉杏子は馬鹿にするなよと内心で思いつつ、その場に座り込んだ。
 現在はインクルシオを解き、魔法少女としての姿でも無く、等身大の女子中学生として、仲間を見守っている。
 神殺しに於ける自分の役割は終えた。次に出番があるならば――と、誰にも気付かれず足立透をちら見した。

 もう一人である鋼の錬金術師は己の胸を機械鎧で叩き、歯を見せる。
 ――付け加えるぜ、お前が手を抜かなければ成功するさ。
 と、皮肉交じりの激励を行い、言葉を受けた御坂美琴は呆れた表情を浮かべ、はいはいと手を振りながら発言を流した。


『あははっ、じゃあ後は俺がなんとかするだけか』


 ヴィルキスを通じ操縦者の資格を得た姫君の騎士――タスクの声が大地に響く。
 生存者の会話が聞こえたようであり、頼れる仲間とその他仮初の仲間に最後の言葉を告げる。

『まだ、言ってないよね?』

 彼の言葉に皆は首を傾げ、心当たりが無いため、記憶を遡る。
 約束事などしていただろうかと振り返る中、唯一、言葉の意味を理解していた雪ノ下雪乃が口を開く。

「あれからそんなに時間が経っていないじゃない。せっかくだから、自分の言葉で言いなさい」

『それもそうだね……皆、これまでありがとう』

 突然の言葉に足立透は吹き出し、流石に空気が読めていないと自分で察したのか、誤魔化すように咳き込む。
 その姿を軽蔑するように黒の契約者が見下す中、道化師は我慢出来ずに思いをぶち撒ける。

「そんなあからさまな死亡フラグ建設すんじゃねえよ」

「お前こそ水を差すなよこの屑」

「はぁ? お前の方が屑だろ……ったく、ガキは黙ってろ。それでな?」

 このガキだけは最後の最後まで良い印象を抱かない。佐倉杏子に中指を立てた足立透は続けて言葉を紡ぐ。

「俺が欲しがってる言葉はそんなモンじゃねえってのは分かってるよな?
 お前、この中じゃまともな方なんだから頼むぜ……エンブリヲっつう神様を殺せるかどうか。ハッキリしてくれ」

 けたけたと嗤うように。
 張り詰める空気を気にせず。
 道化師は皆が喉元で押し留めている言葉を遠慮なく言い放つ。


217 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:58:36 9kFLgI0c0

 誰が見ても無謀な賭けであった。
 神話を創り上げるように、神殺しを果たすために。
 天上の権能を振るう調律者を殺すために。人間は知恵と勇気を振り絞り、己の限界を超え立ち向かった。

 そして此度の幕が降りようとしている。
 それは喜劇なのか、悲劇なのか。結末は誰にも分からない。
 筋書き無き物語を彩った役者達は最後に何を見るのか。全ては彼に託された。

「……誰もお前を責めない。もしもこのまま動かなかったら、その時はその時だ」

 彼の声が響かない。気遣うようにエドワード・エルリックが空を見つめ、拳を握る。
 ヴィルキスの打ち上げが成功したとして、機体が可動領域に突入するかどうかの保証は無い。
 空中で朽ち果てる可能性もある。そもそも、初動さえ乗り越えればなどという淡い幻想に縋っているだけ。
 タスク一人に背負わせるには重すぎる過負荷だ。潰されたとしても、仲間を助けるだけと鋼の錬金術師が言い切った。

「いや、ダメ。それは無理。アンタがそのまま撃墜でもされるようなことがあったら、私達は全員死ぬ。
 あのド変態に殺されるのよ? 冗談じゃないって話。だから何とかしなさい。奥さんの前で気張ったんだから、それぐらい成し遂げなさいよ」

 それを否定するよう、やや食い気味に御坂美琴が言葉を被せ、周囲の空気が更に張り詰める。
 ヴィルキスがこのまま動かなくても誰も責めない? 冗談じゃないと付け加え、空を指差した。

「見れば分かるでしょ。そっからでも見えるわよね? もう余裕が無いの。会話の時間も終わり。あとはやるか、やれるかの二つ。やられるも、やれないも無いから」

 マナの輝きがヒステリカ全体を覆う。
 それは全ての砂鉄が吹き飛んだ証拠であり、機体を縛り付ける因果全てが消滅したこと表す。
 黒き機神が天空を絶望の空へと変貌させるまで、数分あるかどうかといったところだ。マジかよと足立透が顔を背け呟いていた。


『――分かってるさ。というかね? 俺はまだ何も言ってないのに、勝手に盛り上がらないでくれ。
 俺は諦めちゃいない。エンブリヲに勝てないとも思ってないし、ヴィルキスは必ず俺の想いに応えてくれる。そして』


 機体から響く明るい声が沈む空気を一変させる。
 誰が弱音を吐いたのか、誰が諦めたのか、誰が現実を受け入れたのか。
 姫君の騎士は最初から諦めてなどおらず、その瞳は何度とあの世を見ようが、最後まで光を失わなかった。
 其れはこれからも同じ。たった一握りの欠片でも可能性があるなら、掴めばいいだけの話。
 明日を夢見ることに罪などあるものか。必ず生きて帰ると――レバーを強く握った。


218 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 00:59:24 9kFLgI0c0


『俺は必ず帰って来る。エンブリヲを倒した後、また皆で会おう。いいかい、二人共。最後の最後まで戦うつもりがあるなら、俺が相手をしてやるさ!
 だから、もう一度だけ考え直してくれ。このまま争うのが正しいのか……ってね。もちろん、罪は償ってもらうけど、これ以上、人が死ぬのを見たくないんだ』


 ――考えとくわ、一応。
 彼女は瞳を閉じ、一呼吸を於いた後にゆっくりと言葉を紡ぐ。
 そのたった一拍の空白に込められた感情は誰にも読み取れない。


 ――いいから、とっとあの男を殺せよ。
 下を向き、道化師は恥ずかしき台詞を放つ男から瞳を逸らす。
 青臭いノリに自分まで侵されそうで嫌になる。どいつもこいつも、嗚呼、どうして真っ直ぐに生きられるのか。


『はは、これは帰って来てからも大変だね。うん、必ず帰って来ないと……よしっ!
 黒さん、エドワード、杏子――そして雪ノ下雪乃。なんか改めてフルネームで呼ぶと、こそばゆいね。
 今までありがとう、そしてこれからもよろしく。このふざけた殺し合いの中で皆に会えたことが唯一の救いだった』


 最期の言葉に呼応し、ヴィルキスの機体が輝き出す。
 美しき緑の煌めき――ヒステリカと同じくマナの眩き閃光。
 姫君の騎士はマナの力を持つ存在であり、この輝きは本来ならば有り得ない。

 対抗するように搭乗席を照らす指輪の輝き。
 ヴィルキスの操者に必要な資格を思い出せ――輝きの主こそ、彼女だろう。

 騎士は背後で眠る姫君を見つめる。
 そうか、この輝きは君が俺のために。死んで尚、皆のために力を貸してくれるのか。
 拡大解釈のご都合主義も極めれば滑稽である。そんな訳があるかと、タスクは己を笑う。
 
 だが、理屈などどうでもよく、現象さえも理解する必要は無い。
 目の前に映る事実だけを真実として捉えろ。このマナの輝きは、本物だ。

「クク、そうか。君は更に奇跡を起こすのか」

「自分だけ名前を呼ばれなかったことかしら?」

 突然の発光に誰しもが地表で驚く中、ヒースクリフが言葉を零し、雪ノ下雪乃が拾い上げる。
 彼だけがこの状況を理解していた。厳密に言えば空のエンブリヲも同じだ。しかし、調律者はそれどころじゃない。
 激昂に身体を支配され、ヴィルキスの召喚にアンジュを奪われ、有り得ぬマナの輝きさえ見せられていた。
 元より彼はタスクを好んでおらず、万が一にも彼を生かす理由など無い。この手で殺してやる――ヒステリカの可動まで一分を切った。


219 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 01:00:37 9kFLgI0c0

「なに、彼とは二人で会話を終えているからね。
 奴の行いが仇となった。己の力に逆転の要因を創られるなど、哀れな神だ」

 ヴィルキスの輝き――其れはタスクの解釈が正しい。
 つまり、死んでいる筈のアンジュが彼に力を貸したことになる。
 拡大解釈のご都合主義と捉えたが、原因は奇しくも神であり敵であるエンブリヲが創り上げたものだ。

 御坂美琴が気付いた奇妙な感覚――アンジュには参加者の一人であったイリヤの心臓が注ぎ込まれている。
 彼女がどういった存在かは割愛するが、調律者の力により、アンジュの身体に新たな生命の息吹が宿っているのだ。
 エンブリヲが力を取り戻し、この箱庭世界から脱出すれば彼女は目を覚まし、再び生を実感するだろう。

 その手前、彼女の身体に血液が渡り、マナのラインとも呼ばれる回路が確保されたのだ。
 イリヤという存在に感謝するしか無いだろう。彼女の心臓こそ、逆転に於ける最期のピースとなる。

「何が起きようとこれで最期だ。神が世界を壊そうが、人間が明日を掴み取ろうが――このゲームのクライマックス、水を差すのは野暮だろう」

 そして、茅場晶彦として行く末を見守る男は最期の役目を果たすべく、ヒースクリフとして盾を構え、雪ノ下雪乃の前に立つ。
 続けてエドワード・エルリックが彼らを守るように大地の壁を錬成し、魔法少女へと変身した佐倉杏子が補強するように鎖を召喚。
 全ての準備は整った。後はヴィルキスを最期の戦場へと送り届けるだけ――御坂美琴が己の身体へ雷を宿す。


220 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 01:01:08 9kFLgI0c0


「さぁ、これからが私達の本番よ! 泣いても笑っても、コレをしくじれば皆仲良くあの世行き、嫌でしょ!?」


 ズバチイ! と雷鳴を響かせ、髪を逆立てた彼女は同じ雷撃の使い手である男二人を囃し立てるように叫ぶ。
 雷の規模に比例し、彼女の額は更に割れ、右の瞳に血液が入り込もうが、閉じることはない。
 緑に輝くヴィルキスの機体が赤黒く見えようと、彼女は自分の役目を果たすのみ。


「大人なんでしょ!? 男なんでしょ!? ガタガタ文句を言うなら後で聞いてあげる、そして殺す! 
 だけど、今だけは手を貸しなさい。情けないけど、コレを打ち上げるには私の電気だけじゃ無理――だから恥を偲んでアンタ達に頼んでんのよ!!」


 更に雷が天から放たれ、彼女の周囲を構成する空気が切り裂かれ、大地が隆起し、右腕の血管が再び破裂する。
 繊維が弾けるような音が響き、足立透は雷鳴轟くこの状況でさえ聞こえる事態に肝を冷やす。
 右腕を突き出すだけでも精一杯だろうに。お前はどうしてそこまで――それ程までに願いを叶えたいのかよ。


「誰が文句を言ったんだ、それはお前の幻聴の話だろう」


 冷静にワイヤーを窪み――ヴィルキスを固定する壁の中心に突き刺した黒の契約者は己の能力を発動させる。
 線を媒介に電気を通じさせ、白き機神を空に押し上げるための翼となるために。
 自分の雷撃は御坂美琴や足立透のように派手な一撃とは違う。ただ、自分の役割を果たすために――仲間のために。


「タスクの帰りを待つ必要も無い。俺がお前を仕留めるだけだ」


「はっ! そんだけ言える余裕があるなら大丈夫そうね――3!」


 突如として始まったカウントに足立透は目を見開く。
 急かすな、強要するな、俺を縛り付けるな。誰が協力すると言ったのか。
 こんなふざけた賭けに乗るぐらいなら、土下座してエンブリヲの下僕になった方が未来は明るいのではないか。


「――2!!」


221 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 01:01:54 9kFLgI0c0


 お構いなしかよ。なんだこのガキは、馬鹿にしやがってと道化師はカウントを続ける彼女を睨む。
 だが、逆に睨み返され、その瞳には『殺すぞ』と悪鬼めいた黒き感情が隠さず宿っているではないか。
 殺し合いが始まってから出会うガキ共は例外なく狂ってやがる。道化師は前触れ無く過去の出来事を思い出す。
 空条承太郎も、エドワード・エルリックも、佐倉杏子も、御坂美琴も――鳴上悠も。
 ベクトルは違えど、どいつもこいつも最期まで諦めず、端から見れば無謀な賭けでも必ず勝てるという訳の分からない自信を以て挑んで来やがる。


 糞ガキ共が、社会の真実を知らないから、本当の世界を知らないから、青臭いノリを続けられるんだ。
 お前らが生きようとしてる世界は残酷で、儚さも感じられない不条理を詰め込んで蓋をしたようなゴミ箱だ。
 希望なんてどこにもありゃしない。目の前に広がるのはオチも用意されてない、つまらないクソッタレの御伽噺だけなんだ。
 だから、そこまで頑張る必要も無いんだ。このまま現実を受け入れて、死ぬのは待てばいいんだ。あーあ、最期までクソな世の中だった。


 ――目を覚ませ……足立透ッ!!


「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 
 ふざけんな、このまま死ぬ? 誰が、俺が、今、此処で? そんなの嫌に決まってんだろォ!!」


 あの青年の声が何故か頭の中で響き、身体全体を駆け巡った。
 その瞬間、道化師は目を見開き、無我夢中で掌のカードを握り潰し、己が仮面の象徴マガツイザナギを顕現させた。
 ペルソナが握る刃に雷光を煌めかせ、ヴィルキスを打ち上げるための力とするために、振り下ろす。


「最期まで俺を苦しめるのかよ……へっ、いい度胸じゃねえか。必ず、本当のお前をまた、俺が殺してやるからなあ!?」



「事情は知らないけどコレで揃った――1!!」



 黒の契約者と道化師の雷がヴィルキスの待つ壁へ轟いた。
 準備は終了し後は打ち上げるだけ――更に御坂美琴を包む雷光が輝きを増す。
 プツンと繊維が切れる音が響き、それは右腕なのか別の部位なのか。彼女自身にすら分からない。


 言えることはただ一つ。止まれば痛みに負け、二度と動けなくなる。
 身体の損傷を嘆くのも、乙女らしく泣き叫ぶのも、役目を果たした後でいい。
 それに――『充電』さえ終われば、自分はまだ戦える。今は黙って神殺しのために生命を燃やせ。


「0――しくじったら、あの世の果まで追い掛けて! アンタどころか傍で寝てる女も雷でまとめて焼き尽くすからァ!!」


222 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 01:03:26 9kFLgI0c0


 左腕を外から内へ振るい、手先から流れる微弱な電波が周囲を飲み込む。
 三者の電気を文字通り己に手繰り寄せ、彼女の身体は直視不可能なまでに、全てを白き世界へ誘うかの如く輝きを見せた。
 その瞬間、遠くで目撃していたヒースクリフがまさかと声を漏らし、近くに立つ黒の契約者も同じ言葉を呟いた。
 まさかとは想いながらも、これ以上、近場に留まっていれば己も焼かれてしまうため、エドワード・エルリックの錬成した壁まで避難する。


 ヒースクリフと目線が交差し、疑問が確信へと至る。
 どうやら、最期の役目は他にもあるようだ。そして、足立透が慌てて滑り込むように壁裏へ到着し、残るは御坂美琴のみ。


 髪を逆立て、周囲を破壊し、己に三者の雷を宿した彼女は重い一歩を踏み出す。
 足が地表から離れた瞬間、たったそれだけで世界の音が消え、着地した瞬間、たったそれだけで世界を音で満たす。
 それらを繰り返し、歩行はやがて加速し、己を雷と化した少女は一発殴るために右腕を引いた。


 ――あんなド変態の悪趣味キモ面万年不清潔男が最期に嗤うだなんて、誰が認めるかって。そんな幻想、アンタがとっととぶち壊しなさいよ。


 己の身体が刹那の未来に訪れる衝撃に負けないよう、左腕の先から鋭い雷撃を射出。
 アンカーのように大地へ突き刺し、己の身体を固定。後は思う存分、ぶん殴るだけだ。


 身体に宿った高圧電流――などという日常世界に溢れた言葉では説明し切れない雷を細い右腕へ集中。
 数分後に右腕が破裂し使い物にならなくなろうが知った事か。壊死すれば、無理やり運動神経を刺激すれば動かせる。
 神様を殺すための生贄と考えれば腕の一本などどれだけ安かろう。さて、どうして自分がここまで身体を張っているのか。
『ヒーロー』や『主人公』。それに『ヒロイン』の資格を持たぬ自分が、なんと馬鹿らしい。足立透が居なければ『道化師』がお似合いだった。

 
 本当に、ふざけた話だ。
 ホムンクルスを倒し、それぞれの因縁を精算すれば此度の殺し合いは幕を閉じていただろう。
 本当に、おかしな話だ。
 何処かで筋書きが狂ったのだろう。第三者の視点で見守る神はどんな顔をしているのか。
 本当に、馬鹿げた話だ。
 筋書きなんて最初から無かったのかもしれない。誰もが自分の好き勝手に動いただけ。他人が帳尻を合わせれば、全ては無となる。
 本当に、救えない話だ。
 物語の、己が生命の終わりをこれ程までに感じたことがあるだろうが。だが、まだ死ねない。まだ、終わらない。
 本当に、笑いたい話だ。
 世界が終焉を迎えるまでもう少し。その時に倒れていれば、全てが水の泡。さぁ、私の身体。お願いだから最期まで――願わくばこの先も。
 本当に、本当に。
 どうして自分は此処まで狂ったのか。渇いた笑いが雷鳴に掻き消され、御坂美琴一世一代渾身の右ストレートが放たれた。


「此処まで私が! エドワードが! 杏子が! 雪乃が! 黒が! それにヒースクリフだって……あの馬鹿だって!! 
 アンタのために限界を迎えてんのに無理しれ……無理して、頑張った、立ち上がった、力を貸した! だからアンタは応えなさい、勝手な言い分だとは分かってる!
 それでもね、こんな状況になったら失敗する方が嘘なの。ふざけたド三流の脚本なんて要らない。だからと言って無理に意識高いような振る舞いも要らないの……あぁ、もう!!
 なに言ってるか分からないでしょうね。私も自分で分かってないし、アンタには聞こえてないかもしれない。だから、これだけ聞こえればいい――アンタは! 気負わずにアンタの役目を果たせええええええええええええええっ!!」


223 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 01:04:07 9kFLgI0c0




 その光景は神にとって信じられないものだった。


 初めにアンジュの奪取。あの猿め、何処まで人を馬鹿にするのか。


 更なる苛立ちはヴィルキスの顕現。


 茅場晶彦の残した財産だろうが、余計な事をしたものだ。


 だが、あの猿にヴィルキスは操れない。


 そして、金色に輝く白き機神。


 三者の雷を注がれたヴィルキスは、世界を斬り裂くように、時を追い越す速度を誇り、飛翔した。


 ふざけるな、そんなくだらぬ話、誰が認めるものか。


 下等生物たる人間共は黙って調律者の元に殺されるがよい。

 
 ヒステリカは此処に復活し、忌々しい砂鉄は全て消えた。


 故に、貴様を殺す。


 故に、私がこの手で貴様を殺す。


 故に、貴様は私に殺されろ。



『タスクウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!』






224 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 01:05:10 9kFLgI0c0


 天へと昇る金色の流星は空間を斬り裂いた。


 軌道に煌めく粒子は天の星々を連想させる。


 信念を刃に換え、青年は仲間の想いを背負い、最期の戦いに赴いた。


 対するは天を支配する絶望の化身。


 己が姿を取り戻し、修復が間に合わなくとも、猿を殺すには充分だ。


 銃身から放たれる無数の閃光。しかして、白き機神はただの一撃すらも掠らない。


 対の機神が空で交差し、刃を重ね、鋼の旋律を響かせる。


 理から隔絶された世界の終わりの壁際で。


 終焉を司る神殺しの演目が、始まりの鐘音を鳴らす。







【E-5・上空/二日目/午後】


【タスク@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞】
[状態]:疲労(絶大)、ダメージ(絶大) 、背中に裂傷(重症)アンジュと狡噛の死のショック(中)、狡噛の死に対する自責の念(中)、首輪解除、アンジュと共に
[装備]:ヴィルキス@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞刃の予備@マスタング製×1、友切包丁(メイトチョッパー)@ソードアート・オンライン、
     パイプ爆弾×2@魔法少女まどか☆マギカ、エドが作ったパイプ爆弾×2
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:生還しアンジュ喫茶でもう一度皆と集まる。
0:アンジュの騎士としてエンブリヲを討つ。


【エンブリヲ@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(大)、服を着た、右腕(再生済み)、局部損傷(完全復活)、電撃のダメージ(小)、参加者への失望 、穂乃果への失望、主催者とヒースクリフに対する怒り 、首輪解除
[装備]:FN Five-seveN@ソードアート・オンライン、ヒステリカ@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞(修復率40%程)
[道具]:基本支給品×2 クラスカード『ランサー』@Fate/kaleid linerプリズマ☆イリヤ、ガイアファンデーション@アカメが斬る!
     各世界の書籍×5、基本支給品×2 ヴィルキスの指輪@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞、サイドカー@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞
[思考]
基本方針:アンジュを蘇らせる。
0:タスクを始末する。
1:ハーレムを作る。(候補はアンジュ、渋谷凛、イリヤ、クロ、戸塚、御坂、雪乃)
2:アンジュを蘇生させ選ばれし女性たちを蘇らせた後、この世界をヒステリカによって抹消する。


225 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 01:05:54 9kFLgI0c0


 形あるものは何れ、朽ちる。
 電池が切れるように、雷光の輝きを失った彼女は焦点の定まらない瞳で空を見上げていた。
 彼女を見つめる者は悟る。燃え尽きたのだろう。心も身体も限界を超え、己の役目を果たしたと。

 身体に宿した雷は度重なる過負荷を与え、生命の灯火は消えていたのかもしれない。
 ただ、最期まで諦めずに前を向いていたから。道を狂わせど、彼女の本質は変わっていなかったのかもしれない。
 参加者の生命を奪った雷光の錬金術師――改め、学園都市が誇る超能力者《レベル5》の第三位、超電磁砲《エレクトロルマスター》御坂美琴。

 その生涯、最期は仲間とも呼べぬ腐れ縁のために、己が生命を燃やし尽くした。

「……お前が死んだら、意味がねえだろ」

 彼女を見つめる鋼の錬金術師が歯を食いしばり、やり切れない怒りを虚空へ流す。
 御坂美琴の周辺は何億――下手をすれば更に先の段階にまで達した雷により、地表は完全に黒一色。
 彼女を中心に瓦礫が積み重なり、近寄れない。その役目を終えた身体を介抱することも出来ない。

「エド、しっかりしろよ」

 傍に駆け寄った佐倉杏子が肩に手を起き、下を向いた彼を励ます。
 御坂美琴は最期に正義の心を取り戻し、生存者のために散ったのだ。
 此処で立ち止まれば彼女に合わす顔が無い。敢えて口にしないが、それは彼も分かっている。

 生存者の中では最も彼女と縁があった。
 言い換えれば誰よりも彼女の事を知っている。
 最期の最期まで伸ばした腕が届かない存在だった。そして、本当に届かない所まで行ってしまった。


「――どけっ、油断してる暇は無い!」


 感傷に浸る彼らを追い越す黒い影。
 契約者は死線に赴くような、外せない一撃を放つかのような。
 全てが零に至らないために、ただ独り、焦げた大地を駆け抜ける。

「お、おい。あいつはどうしちまったんだ?」

 鋼の錬金術師達に追い付いた足立透が光に蝕まれた瞳を擦り、尋ねる。
 その問に誰も答えない。答えられないのだ。
 黒の契約者が急ぐ理由、それも死んだ御坂美琴に対して。


226 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 01:06:49 9kFLgI0c0

「死んではいないよ。そうだったら倒れてる。でも――あれは助からないんだ……くそっ」

 佐倉杏子が苛立ちと悔しさ、何処にもぶつけられない怒りと共に大地を踏み躙った。
 魔法で助かるものか。致命傷のレベルだと判断する者はいない、あれは手遅れだ。

「たしかに彼女は死んでいない――だが、黒が正しい」

 茅場晶彦が言葉を告げた時、聞き慣れた音が響いた。

 その音に誰もが驚いた。

 茅場晶彦は瞳を細め、黒の契約者は更に確固たる信念の元、大地を蹴り上げる。

 バチリと彼女を中心に響いた雷鳴。

 雷を宿す身体。全身を包み込む電磁の影。そして動くは壊死寸前の右腕。


「なによその死人を見たみたいなリアクション。馬鹿ね、あんだけ盛り上げて自分だけ退場なんてするはずないでしょ。だから――次に会う時が本当にお終い」


 彼女――御坂美琴の右腕から放たれた雷撃が即席の砂鉄の壁を創り上げた。
 状況を飲み込めないエドワード・エルリックは本能が赴くままに土流壁を錬成。
 佐倉杏子は流されがままに魔法少女へと変身し、黒の契約者は急いで引き返すと雪ノ下雪乃の近くへ駆け寄る。
 茅場晶彦は全てを悟ったように微笑み、足立透が何も理解出来ぬままとりあえず空を見上げた時だった。


 光り輝く流星。
 ヒステリカの放った銃撃の残滓が地表を閃光によって支配した。


227 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 01:07:46 9kFLgI0c0




 先のヴィルキス打ち上げの際に、ヒースクリフは気付いたことがある。
 御坂美琴が他者二人の雷を利用しようとしているのではないか、と。そして正解だったようだ。

 炎、氷、雷、風――四大を更に超越した数多の属性が蔓延る箱庭世界。
 参加者誰もが枷を嵌められ、本来の力を出さない者もいる中、在りし日の茅場晶彦はとある調整を行っていた。

 世界の数だけ理が存在し、それらを崩すことなく一つの世界に当て嵌めた。

 御坂美琴の超電磁砲、マガツイザナギの放つ雷撃、黒の契約者としての力。
 三者に共通するは雷。しかし、限りなく近い存在であり、最も遠いナニカである。

 ペルソナを扱う者はそれぞれの特徴として司る属性を無効化、或いは吸収する力を持っていた。
 雷を司る者に幾ら落雷を放とうと一生、倒れることも無ければ、傷付くこともない。
 そんな理不尽はゲームに不要と考えた茅場晶彦は事前にそれらを取り巻く壁を排除した。
 炎を無効化しようと別の世界たる焔であれば――無慈悲に燃え尽きる。

 参加者の一人である天城雪子がとある悲劇によって、同じく参加者の一人であるロイ・マスタングの焔に焼かれたように。

 さて、数多の理が混在する中で、御坂美琴を思い出せ。

 ヴィルキスを打ち上げるために拳を放つ。その前に彼女は三者の雷を己に引き寄せ、その身体に宿した。
 雷の現象は同一であれど性質は異なり、故に身体へ宿すことは損傷を与えることになる。

 だが、彼女は動いた。確実に常人ならば死ぬ雷をその身に宿して。


「驚いたよ。まさかとは思うが……たしか君達の能力は全て科学の元に証明され、つまりは演算したんだろう?」


 ビームライフルが全てを吹き飛ばした後。
 目を覚ましたヒースクリフは周囲を見渡し、真っ先に視界へ飛び込んだのは瓦礫でも、燃え尽きた草木でもない。
 焼き焦げた大地でも無ければ、天の頂きで死闘を演じる機神でもない。


228 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 01:08:59 9kFLgI0c0


「ご名答……でも、失敗よ失敗。私の身体はおかげでボロボロ。見てよこの右腕、運動神経に無理やり電気を流し込まないと動けないの。その度に激痛が走って……はぁ、最悪」


 白き機神を戦場へ打ち上げた立役者。
 愛する者を失った失墜の乙女。
 道を狂い、悲劇のヒロインにすらなれなかった超電磁砲。


「御坂美琴。私は君を少々、甘く見すぎていたよ。ヴィルキスの顕現こそが最大の奇跡かと思っていたが、君も中々にふざけたことを平然とやってのける」


 御坂美琴。
 大地に座り込み、真っ黒に焦げた右腕を垂らし、空を見つめる少女。バチリと寂しく、か細い雷光を空へ飛ばす。
 地上でのエンブリヲ戦、鋼の錬金術師と共同で挑んだ機神戦。
 二つの神殺しは能力こそあれど、生身の彼女の生命を擦り減らした。

 元よりホムンクルスとの戦いで限界を迎えた身体に鞭を重ね、見せ掛け倒しで立っていた。
 
 仮にタスクが空のエンブリヲを殺したとしても、己に次は無い。
 立つ気力すら残っていない少女に残り七人を殺せるものか。ならば来る時のために『充電』を選択。


「だから失敗だって。ちなみにさっきのアレは演技ね。
 私の体力は本当に残ってないし、百メートルすら満足に走れない。電気だってもう無理よ。
 結局はあいつらの電気を借りただけ――まぁ、それでもヒステリカを相手し終わったぐらいの状態には戻ったけど」


 プラスマイナスで表現すればマイナスだ。
 力を消耗し、体力は限界でおまけに電気も限界を迎えた。
 言ってしまえばタスクにエンブリヲを任せるためだけに無理をしてしまった。

 本当に最悪と彼女を空を見つめ、色とりどりの軌跡を描く機神を見つめ、静かに言い放つ。



「ねえ、ヒースクリフ。邪魔をしなければアンタを殺すのは後にしてあげる……え? 邪魔ってなんのことかって? 決まってるじゃない――空で戦ってるあいつら、生き残った方を私が撃ち落とす」






【F-2/二日目/午後】


【御坂美琴@とある科学の超電磁砲】
[状態]:ダメージ(絶大)、疲労(絶大)全身に刺し傷、右耳欠損、深い悲しみ 、人殺しと進み続ける決意 力への渇望、額から出血
    足立への同属嫌悪(大) 四肢欠損、首輪解除 寿命半減、錬金術使用に対する反動(絶大)、能力体結晶微量使用によるダメージ(大)
    右腕壊死寸前、科学的には死を迎えても不思議ではない状態、身体は常に電気を帯びている、限界突破(やせ我慢)
[装備]:能力体結晶@とある科学の超電磁砲
[道具]:基本支給品一式、大量の鉄塊
[思考]
基本:黒子も上条も、皆を取り戻す為に優勝する。
0:残った生存者を殺す
1:タスクとエンブリヲ、生き残った方を殺す。
[備考]
※参戦時期は不明。
※電池切れですが能力結晶体で無理やり電撃を引き出しています。


【ヒースクリフ(アバター)@ソードアートオンライン】
[状態]:HP25%、異能に対する高揚感と興味、真実に対する薄ら笑い
[装備]:神聖剣十字盾@ソードアートオンライン、ヒースクリフの鎧@ソードアートオンライン、神聖十字剣@ソードアートオンライン
[道具]:
[思考]
基本:ゲームの創造主としてゲームを最後まで見届ける
0:さて、どうしたものか。
[備考]
※数時間後に消滅します。
※装備は全てエドワード・エルリックが錬成したものです。特殊な能力はありません。


229 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 01:09:53 9kFLgI0c0

 エドワード・エルリックが目を覚ました時、最初に感じたのは視界を覆う黒い物体だった。
 何やら温もりを感じさえ、俺は死んだのか――と、諦めを一瞬見せるも、意識が覚醒し飛び起きた。

 ぐぇと呻く猫を気にせず、空を見上げ死闘を繰り広げる機神の姿から自分が生きていることを実感。
 状況を確かめようと周囲を見渡し、視界に飛び込んだのは黒と雪ノ下雪乃だけ。
 記憶を遡れば、空から降り注いだヒステリカの銃撃に大地が飲み込まれ、吹き飛ばされた。

 こうして生きているだけでも奇跡だろう。
 突如として息を吹き返した御坂美琴の姿を危険を感じ取り、咄嗟に壁を錬成したのは正解だったようだ。
 身体はボロボロだが、奇跡的にも衝撃等による傷は受けていない。

「……って、猫!?」

「気付くのが遅いな。先に言っておくが、お前らが此処に飛んで来たんだぞ」

 そして冷静を取り戻したエドワード・エルリックは猫の存在に驚く。
 よく考えてみればエンブリヲが参加者を一箇所に集めた時、猫の姿は無かった。
 序でにカマクラとエカテリーナちゃんの姿もあり、どうやら彼(猫)らは彼(猫)らで危機を乗り越えていたらしい。

「どうやら全員無事のようだな。残念だが、全員がな」

 機神とは別方向の空を見上げた黒の契約者は一筋の雷光を目撃し、御坂美琴が生存していることを悟る。
 数分前、彼女は原理は不明だが、自分の雷撃を糧にしたらしい。気付いた時には遅かったが、次は確実に息の根を止めると刃に手を伸ばす。

「休んでいる暇は無いってか。この調子じゃ杏子達も生きているよな……さぁ、行くか」

 自分達の果たすべき行動は変わらない。
 調律者の相手は姫君の騎士が引き受けた。ならば――役目は変わらない。

 エンブリヲが参加者を集める前に、何をしようとしていたか。
 それは最初から変わらない。もう誰も、死なせないために、全てを救うために。


「へっ、結局はあの時のままだ。俺達はこのまま――御坂を止める。聖杯の起動なんて、絶対にさせねえ」



【F-5/二日目/午後】


【黒@DARKER THAN BLACK 黒の契約者】
[状態]:疲労(大)、右腕に刺し傷、腹部打撲(共に処置済み)、腹部に刺し傷(処置済み)、戸塚とイリヤと銀に対して罪悪感(超極大)、首輪解除
     銀を喪ったショック(超極大)、飲酒欲求(克服)、生きる意志、腹部に重傷
[装備]:黒のワイヤー@DARKER THAN BLACK 黒の契約者、包丁@現地調達×1
     傷の付いた仮面@ DARKER THAN BLACK 流星の双子、黒のナイフ×10@DTB(銀の支給品)、水龍憑依ブラックマリン@アカメが斬る
[道具]:基本支給品、ディパック×1、完二のシャドウが出したローション@PERSONA4 the Animation 、大量の水、クラスカード『アーチャー』@Fate/kaleid linerプリズマ☆イリヤ
[思考]
基本:殺し合いから脱出する。
0:聖杯とやらを壊す。
1:御坂を追う。
2:銀……。



【エドワード・エルリック@鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(中)、精神的疲労(大)、全身に打撲、右の額のいつもの傷、黒子に全て任せた事への罪悪感と後悔、強い決意 、首輪解除、腰に深い損傷(痛覚遮断済み)
[装備]:無し
[道具]:デイパック×2、基本支給品×2、ゼラニウムの花×3(現地調達)@現実、不明支給品0〜2、ガラスの靴@アイドルマスターシンデレラガールズ、
    エドの作ったパイプ爆弾×4学院で集めた大量のガラクタ@現地調達。
[思考]
基本:生還してタスクの喫茶店にもう一度皆で集まる。
0:聖杯を壊し、御坂を倒す。
1:大佐……。
※登場時期はプライド戦後、セントラル突入前。


【マオ@DARKER THAN BLACK 黒の契約者】
[道具]カマクラ@俺ガイル、エカテリーナちゃん@レールガン
[思考]
基本:生還する。
0:エドと共に行動し、御坂美琴に対処する。


230 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 01:11:03 9kFLgI0c0

 
 彼は言った。

 必ず、帰って来ると。

 だからそれを信じるだけ。

 怖い。どれだけ信じようと、不安が過る。

 それは彼に対して失礼であることは分かっている。

 それでも、これ以上、仲間が死ぬことに耐えられない。


 ――なんて、弱音を吐くものか。


 そんな私を彼らは望まないだろう。

 だから、全てを信じ、彼の勝利を願う。

 ヒステリカの銃撃により、全てが終わったと思った。

 だが、咄嗟に握ったアヌビス神が、傍に駆け寄り抱き抱えてくれた黒が。

 エドワード・エルリックの錬成した壁が。

 全ての要因が重なり、こうして生きている。

 だから――なんて、全てを繋げて言うつもりはないけれど。

 貴方も生きて、必ず帰って来て。

 空を見つめる一人の少女、願いは天の頂へ。



【雪ノ下雪乃@やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。】
[状態]:疲労(大)、精神的疲労(極大)、友人たちを失ったショック(極大) 、腹部に切り傷(中、処置済み)、胸に一筋の切り傷・出血(小) 、首輪解除、右手粉砕骨折、顔面強打
[装備]:MPS AA‐12(破損、使用不可)(残弾1/8、予備弾倉 5/5)@寄生獣 セイの格率、アヌビス神@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース、ナオミのスーツ@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞
[道具]:基本支給品×2、医療品(包帯、痛み止め)、ランダム品0〜1 、水鉄砲(水道水入り)@現実、鉄の棒@寄生獣
    ビタミン剤、毒入りペットボトル(少量)
[思考]
基本方針:殺し合いからの脱出してタスクの喫茶店にもう一度皆で集まる。
0:タスクの帰りを待つ。
1:自分の責任として御坂を何とかする。
2:もう、立ち止まらない。


231 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 01:13:17 9kFLgI0c0


 俺はずっっっっっっっっっと思っていたことがある。

 お前ら、魔法少女はキチガイの集まりだ。

 どいつもこいつも、俺の邪魔しかしねえ。

 わんわん喚くは、殺意に満ちてるわ……本当にガキかよ。

 
 だから殺してやった。

 暁美ほむらに鹿目まどか……あぁ、百歩譲って鹿目まどかには酷いことをしたかもな。

 なんつたって毒を飲ませんたぜ! この俺が! いやあ、毒って効き目が早いんだね。

 堂島さんに教わった奴よりも……って、今のは取り消せ、戯言だ。あ、鹿目まどかを殺したのは本当だよん、マジで。


 お前は知らないかもしれないけど、あいつら合体したんだぜ? 不細工に……あははははははは!

 お人形さんみたいだぜ? 阿修羅のアレを象ったつってもガキには通じないよな?

 どっちがどっちだったかな……左が暁美ほむらで、右が鹿目まどか? 逆だったかな?

 死体を裁縫するヤベえ奴がいたんだよ! 信じられるか? 信じられないよなあ!? ざぁんねん、本当ですぅ。あははははははは!!


 ああ、笑いすぎて腹が痛いよ。

 あいつらが見たいなら学院に行けば見れるかもね……あっ、その前にお前は此処で死ぬわ! わりぃわりぃ……それでよォ。



「どうだ、友達を馬鹿にされて見下される気持ちは? お兄さんにちょっと教えてくれよなあ!?」



 道化師の言葉を最期にマハジオダインが轟いた。






232 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 01:17:24 9kFLgI0c0

 魔法少女に変身したが、意味は無かった。
 ヒステリカの銃撃により吹き飛ばされた佐倉杏子が意識を取り戻した時、身体は瓦礫の下だった。
 顔のみが無事で、空を見上げればタスクが神殺しの役割を担っており、どうやら現実だと認識。

 なんとか身体を動かそうにも、生身の状態では無理がある。
 ソウルジェムに手を伸ばそうと、瓦礫で見えない中で試行錯誤を繰り返していたのが、最悪の男が現れた。
 マガツイザナギを顕現させた足立透は先の言葉を並べ、勝ち誇った笑みを浮かべていた。

 急に現れてなんだこの男は。
 死ねよ、本当にどうしようもない。
 自分はこんなに口が悪かったかと悩む佐倉杏子であるが、そんなことは知ったことか。

 生憎、友達を馬鹿にされてスルー出来る程、冷たい性格はしていない。
 ははっ、友達かと渇いた笑いをこぼす。果たして本当に友達なのか、自分が勝手に思っているだけなのか。
 さて、友達が少なかった自分には分からない。何もかも師匠であった巴マミが悪いと勝手に責任を押し付ける。
 暁美ほむらは愛想が悪く、鹿目まどかはお人好しで、美樹さやかは馬鹿で真っ直ぐで、実力も無いくせに他人のために――魔法少女とはやはり、馬鹿ばっかの集まりだ。


「おい、いいこと教えてやるよ」


 見上げればペルソナが刃に雷を纏わせていた。
 こいつは馬鹿の一つ覚えで同じ技を繰り返す。他には無いのか、この一芸馬鹿め。
 そんな奴に負けられないよな。己を奮い立たせる。
 そんな奴に友達を馬鹿にされたら、黙っちゃいられないよな。
 そんな奴に殺されたら――なぁ、ノーベンバー。ジョセフ。それに――エド、皆。


 あたしって本当に馬鹿だよな。



「魔法少女ってのは自らの願いを叶えて、皆の笑顔のために戦うんだ。お前が言うような――クソみたいな存在じゃない」



「聞こえねえよ馬ァア鹿アアアアアアアアアアアア!!」



 そして佐倉杏子へマハジオダインが轟いた。


 そして佐倉杏子の姿が消えた。


 そして佐倉杏子は魔法少女へ変身し、


 そして佐倉杏子は龍の鎧を纏う。


 そして佐倉杏子は右腕に槍を、左手に槍を。


 そして佐倉杏子は槍で瓦礫を吹き飛ばし、剣で雷を斬り裂いた。


 そして佐倉杏子は叫ぶ。





「お前にもう一つだけ教えてやる。あたし達、魔法少女ってのは――目先の欲に本質を見失って、自分の魂を地獄の閻魔大王様に売り飛ばした奴等のことさ! 
 どんな悲劇が待っていようと、それは自分が馬鹿だったから仕方ないんだ。夜になると絶望の未来に何度も泣いてたよ。その度にもう何も怖くないからって自分に言い聞かせた。
 そして、頼れる魔法少女の先輩があたしから離れて、殺し合いでも、どんどん皆が離れて自分だけが残った。ははっ、もう少しで皆の元へ行けそうだ――その前に、お前を倒すっていう役目を果たしてからな!!」


233 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 01:18:00 9kFLgI0c0





 かくして、物語の局面は終末へと至る。


 幾度なく、黄昏が訪れ、終わりに終わりを匂わせた曖昧な世界は終わりを告げる。


 此度の物語、誰が筋書きを描こうか。


 役者はただ、前だけを見つめ、明日を掴み取るために死力を尽くす。


 神が前回の不手際により生じた溝を埋め、一同に介した参加者は再び、元の状態に戻る。


 さぁ、瞳を逸らすな。


 最期に嗤うは神か、超能力者か、道化師か。


 希望の先に残る彼らは明日へ辿り着くか。


 全てはIF。無限の可能性を秘め、物語は最期の最期まで、止まらない。







234 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 01:18:39 9kFLgI0c0

【G-7/二日目/午後】


【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(大)、精神的疲労(大)、顔面打撲、強い決心と開き直り、左目負傷 、インクルシオの侵食(中)、首輪解除
[装備]:自前の槍@魔法少女まどか☆マギカ、悪鬼纏身インクルシオ@アカメが斬る!
[道具]:基本支給品一式、医療品@現実、大量のりんご@現実、グリーフシード×2@魔法少女まどか☆マギカ、使用不可のグリーフシード×2@魔法少女まどか☆マギカ
    クラスカード・ライダー&アサシン@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ、不明支給品0から4(内多くても三つはセリューが確認済み) 、
    南ことりの、浦上、ブラッドレイ、穂乃果、ウェイブの首輪。
    音ノ木坂学院の制服、トカレフTT-33(2/8)@現実、トカレフTT-33の予備マガジン×3、サイマティックスキャン妨害ヘメット@PSYCHOPASS‐サイコパス‐、
    カゲミツG4@ソードアート・オンライン
    新聞、ニュージェネレーションズ写真集、茅場明彦著『バーチャルリアリティシステム理論』、練習着、カマクラ@俺ガイル
    タスクの首輪の考察が書かれた紙
[思考・行動]
基本方針:生きて帰ってかタスクの喫茶店にみんなともう一度集まる。
0:足立を殺す。
1:後悔はもうしない。これから先は自分の好きにやる。
2:0を終わらせてから仲間を探す。
[備考]
※参戦時期は第7話終了直後からです。
※封印状態だった幻惑魔法(ロッソ・ファンタズマ)等が再び使用可能になりました。本人も自覚済みです。



【足立透@PERSONA4】
[状態]:鳴上悠ら自称特別捜査隊への屈辱・殺意 広川への不満感(極大)、全身にダメージ(絶大)、右頬骨折、精神的疲労(大)、疲労(大)、腹部に傷、左太腿に裂傷(小)
    爆風に煽られたダメージ、マガツイザナギを介して受けた電車の破片によるダメージ、右腕うっ血 、顔面に殴られ跡、苛立ち、後悔、怒り、片足負傷、首輪解除
    悠殺害からの現実逃避、卯月と未央に対する嫌悪感、殺し合いからの帰還後の現実に対する恐怖と現実逃避、逮捕への恐れ
    全身に刺し傷、腕に銃傷、血だらけ
[装備]:ただのポケットティッシュ@首輪交換品、
[道具]:初春のデイバック、テニスラケット、幻想御手@とある科学の超電磁砲、ロワ参加以前に人間の殺害歴がある人物の顔写真付き名簿 (足立のページ除去済み)、
    警察手帳@元からの所持品
[思考]
基本:全人類をシャドウにする。
0:杏子を殺す。。
1:生還して鳴上悠(足立の時間軸の)を今度こそ殺す。俺はまだ鳴上悠を殺してない。殺してないんだよォ!
2:捕まりたくない。
[備考]
※参戦時期はTVアニメ1期25話終盤の鳴上悠に敗れて拳銃自殺を図った直後。
※支給品の鉄の棒は寄生獣23話で新一が後藤を刺した物です。
※イザナギが使用可能になりました。


235 : 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 01:21:14 9kFLgI0c0
以上で投下を終了します。思った以上に投下そのものに時間が掛かり、申し訳ありませんでした。
また、本当にあと少しです。ほんのもう少しだけ、お付き合いください。

さて、若干業務連絡というか……現在地についてです。
ヒースクリフ以外は◆ENH3iGRX0Y氏のゲームセットから変更ありません。
変わったことは↑が御坂美琴と同じ位置にいて、空ではヴィルキスとヒステリカが交戦している……大まかに言えば以上です。

それでは、今後ともよろしくお願いします。


236 : 名無しさん :2017/11/07(火) 10:45:40 ExwJwo3E0
投下乙!
正直前回までの印象が「このロワの書き手みんな自分のやりたいことしか優先しないなあ」だったけど今回はよかった
この終盤でよくそれぞれの因縁を再確認しようとしたね。それでもテンポがいいのは上手い。御坂の贔屓かと途中まで思ってたけど気付けば前よりボロボロなのが落とし所上手いよねえ
感想で禁書みたいと言われてるけど盛り上げ方とかキャラが叫んだりスポットライト浴びるシーンがちゃんと目立ってる証拠じゃない?
最後の煽りはそのまま期待するよ!最後まで頑張ってな!
個人的に好きなのは御坂のカウントダウンからヴィルキスうちあげかなあ


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240 : <削除> :<削除>
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241 : 名無しさん :2017/11/07(火) 17:35:53 BBu8eFOQ0
おーおー!


242 : 名無しさん :2017/11/07(火) 17:37:05 BBu8eFOQ0
ニーサンが贔屓とか嘘だろwwwwwwwwwむしろsageやんけwwwwww読んでないだろwwwwwwww
毎度のことだから気にしてないと思うけど頑張って下さい


243 : 名無しさん :2017/11/07(火) 20:57:28 BBu8eFOQ0
>>242
肝心な感想を忘れていました。
禁書のようだと言われていますがタスクが正にそのノリでした
ピンチでもクロスアンジュお約束のラッキースケベをやったうえでかっこよくヴィルキスを呼ぶのは熱い
ニーサンは贔屓どころか良いところが少なかった。それでも彼がいなかったら全滅していた……
戦闘面は神と超能力者が最初から最後まで暴れていて、どっちかが死ぬのかな……
エンブリヲ戦から始まってヒステリカ戦、ヴィルキス、それぞれの戦いと長さを感じずに読めましたね
MVPは御坂かタスクで迷うけど……最後まで悪役を演じたエンブリヲかもしれない
投下お疲れさまでした。次の書き手さんは誰か分かりませんが続きをお待ちしております


244 : <削除> :<削除>
<削除>


245 : 名無しさん :2017/11/07(火) 21:54:27 Ye2c/jes0
>>236はアンチじゃないでしょ
>>244わざわざそんな書き込みする方が愉快犯だよ

書き手さんは負けないで頑張って


246 : <削除> :<削除>
<削除>


247 : 名無しさん :2017/11/07(火) 23:23:54 Ye2c/jes0
>>246
一番のアンチは貴方ですね。削除と規制依頼をしました。


248 : 名無しさん :2017/11/08(水) 20:20:25 dQL1zIdM0
投下乙です
神殺しを果たすための最後の欠片がついに…タスクとエンブリヲが一番楽しみです
御坂がどこまで動けるのかが重要になりそうですね。ヒースクリフ…
楽しくてすらすらと読めました。次も待ってます


249 : <削除> :<削除>
<削除>


250 : 名無しさん :2017/11/09(木) 08:22:51 DNbS3P3E0
投下乙です
次に会うのはタスクがエンブリヲを倒した時
皆が揃って会えるかどうか……続きが気になる終わり方でした


251 : 名無しさん :2017/11/13(月) 22:36:46 MSvJdcf.0
投下乙です、こんなに投下が早く来るとは思わず感想が遅れてしまった
ムリゲーエンブリヲをこういう展開で追い詰めるか、そうだよな、あの支給品があったよな
まさに総力戦と言う形でよし
そして、足立は結局杏子と対立するのね、この決着もどうなるか気になる


252 : 名無しさん :2017/11/25(土) 10:07:36 p8.Qpk6s0
今月中には来ないのかな……?年我慢すれば完結は難しい?


253 : 名無しさん :2017/11/25(土) 18:51:16 HpVaj2SA0
急かすなよ


254 : ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 00:16:39 K492343c0
投下します


255 : 道化師たちの鎮魂歌 ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 00:17:24 K492343c0
対峙した道化師と魔法少女。

一見、縁の深そうな組み合わせではあるが、実は彼らの間に大した因縁はない。

道化師は魔法少女を二人殺害した。

だが、そのどちらも佐倉杏子とは違う時間軸から連れてこられた者達であり、杏子からしてみれば大して縁の深い者達ではない。
逆も然り、鹿目まどかにとっても美樹さやかや巴マミほどに友好関係が深い訳ではなく、暁美ほむらにとっても鹿目まどかほど縁が深い間柄でもない。
敵討ちといっても、固執するほどのものではないのだ。

では、エドワード・エルリックと御坂美琴のように積み重ねてきたものがあるかといえばそうでもない。
なんせ、彼らが出会ったのは五回目の放送の数十分前。
そこに至るまで遭遇どころか互いの存在さえ認識していないも同然だったのだ。
そんな彼らの間に因縁などある筈もない。
互いに無駄な消耗を避けるために戦いを止めようとすれば止められる程度のものだ。

当然、エンブリヲとタスクのように元の世界からの因縁があるはずもなく。

いわば、これは消化試合の様相が強い。
エドワード・エルリック達と御坂美琴、エンブリヲとタスクとは違い、その気になれば避けられる程度の戦いにしか過ぎない。


それでも、感情は因縁を凌駕する。
理屈も合理性も必要ない。
『目の前のこいつが気に入らない』。
その感情ひとつあれば、消化試合も譲れぬ戦いへと昇華される。


256 : 道化師たちの鎮魂歌 ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 00:17:51 K492343c0

「さっさと死ねよクソガキが!」

禍津の力を振るい、激昂する傍らで、足立は冷静に現状を分析する。

敵・佐倉杏子は魔法少女。正真正銘のバケモノだ。
それも、未熟で隙だらけの鹿目まどかや妙な能力以外に特筆することのない暁美ほむらとは違う。
何度も死線を潜り抜けた熟練の戦士だ。

ただ、いくらバケモノだとはいえマガツイザナギの十八番であるマハジオダインをまともに食らって無傷ということはありえない。
死なないにしても、重傷を与えることは可能だ。それは暁美ほむらや先の杏子との戦いで証明済みだ。


だが、それを阻むのはインクルシオの鎧。
あの鎧は、単に頑丈なだけではなく、受けた攻撃に適応し進化し続けるらしい。
実際、御坂美琴の電撃を防いだのをこの眼で見ている。
更に、あの鎧は使用者の身体能力を底上げできる。
魔法少女が使えば、あのアホのようにでかいシコウテイザーとそこそこ殴り合える程度には、だ。


ふざけるな。ただでさえゾンビ並みにしぶといのに鎧も上等とかチートにもほどがあるだろうが。
それを口にしたところで現状が覆る訳でも相手が同情して手を抜いてくれる訳でもなく。
足立透にとって絶対的に不利であるという事実は変わらない。

だが、あくまでも不利。勝機は零ではない。
インクルシオの鎧は確かに凶悪で強力だ。
しかし、エスデスやキング・ブラッドレイをはじめとする度重なる激戦を潜り抜け、且つそれ以上にシコウテイザーの攻撃を何度も受けたのだ。
その外装は、胸元や肩など、ところどころから崩壊が始まり欠片が落ちつつある。

流石の化け物鎧も、短時間で吸収できるダメージを越えているようだ。
あの分なら、めげずに攻撃を当て続ければやがて崩壊させられるかもしれない。
それに、話を聞くところによれば、あの鎧は長時間の使用は不可能らしい。
持久戦に持ち込めば勝率はあがるだろうが、果たしていまの自分にそれが出来るだろうか。
いや。それは厳しい。

なんせ自分も承太郎を始めとした連戦の疲労と怪我は完治しておらず、"あいつ"との戦いやエルフ耳に負わされた怪我、そして広川に撃たれた傷にお父様からの攻撃のぶんもある。
正直、いまここに立っているだけでも奇跡のようなものだ。
もしもアドレナリンが切れたらと想像するだけでも怖気が走る。

それでも、足立透に降伏の二文字は無い。
自分にもマガツイザナギだけでなく新たな力『イザナギ』がある。
あの気に入らない影がチラつくのは癪だが、使い心地は悪くない。
『マガツイザナギ』と『イザナギ』。
この2つを使いこなせば必ず勝率は上がる筈だ。

(なにより、あのガキは気に入らない...絶対に殺してやる)

それは、足立の不運の発端である魔法少女というだけでなく。
かといって、『奴』のように明確な恨みや敵対心がある訳でもなく。

ただただ気に入らないのだ。
屑のくせに、子供の癖に一端の大人みたいに口をきいてくるこのガキが。
その口を塞げるのなら、なんだってやってやる。


257 : 道化師たちの鎮魂歌 ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 00:18:27 K492343c0

「いい加減に死ぬのはテメエの方だクソヤロウ!」

佐倉杏子からしても、この戦いは有利とは言い難い。
確かにインクルシオは強力だ。崩壊が始まっているのを考慮しても、未だにこれだけ動けるのだから大した問題ではない。

最大の敵は時間である。

それはインクルシオによる浸食のみではない。
ソウルジェムの濁り、魔法少女としての寿命である。
グリーフシードは全て使い切った。
もはやあと数回魔法を使えば完全に濁り切ってしまうのは目に見えている。
せっかく思いだせたロッソ・ファンタズマも、使える魔力が無ければ意味を為さない。


かといって、下手に焦ったところで相手の思うつぼ。
ペルソナ・マガツイザナギは決して楽な相手ではない。
少なくとも、最初に戦った空条承太郎のスタンド『星の白銀』とほぼ同等の総合力のスペックを有している。

狙うは短期決戦、しかし勢い任せで攻めることはできない。
着実に、無駄なく攻めきらなければ勝機は薄い。


マガツイザナギの剣と杏子の槍が交叉する。
拮抗は一瞬。
マガツイザナギが徐々に後退していく。
そこには技術や理屈などは介在しない。

単純な力押し。
ただそれだけで、人智を超えた力であるペルソナが人間体に押されているのだ。


258 : 道化師たちの鎮魂歌 ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 00:19:23 K492343c0

杏子は地を蹴り、槍を支点に宙返りする。
落下地点は、マガツイザナギの背後の足立。
彼の頭を踏みつぶすべく、勢いのままに踵落としを放つ。

流石にアレを生身でまともに食らって生き延びれる気はしない。
足立が反射的に横っ跳びで離れれば、その後にできるのは小さなクレーター。
衝撃で飛び散る砂塵と小石が足立の目に入り、数秒だが視界を奪う。
その隙を突き、杏子は跳びかからんとするも、それを防ぐのはマガツイザナギの腕。

偶然だった。
視界を塞がれた足立は、ここで追撃をされてはたまったものではないと、マガツイザナギを我武者羅に暴れさせた。
それで杏子が警戒して止まってくれれば儲けもの、程度に考えていた。
だが、杏子の追撃は彼の想定よりも早かった。彼女は、足立の視界が塞がるのを織り込み済みで地面を砕いていたのである。
その早さがかえって致命的であり、杏子が地面を蹴った瞬間、マガツイザナギの腕が横なぎに振るわれたのだ。
偶然が重なり起きたのがこのラリアット。ダメージこそはないものの、跳躍した瞬間に出鼻をくじかれた杏子の身体は地に落ちる。

目を擦り、視界を晴らした足立は倒れた杏子に向けてマガツイザナギの剣を振り下ろさせる。
それを槍で受け止め、仰向けの体勢のまま放たれた杏子の前蹴りがマガツイザナギの腹部に当たる。
そう。当てただけだ。だが、それだけでもダメージは本体の足立へと伝わり動きを鈍らせる。
舌打ちと共にマガツイザナギを己のもとへと戻し、追撃を中断する。

仕切り直しだ。再び、杏子の槍とマガツイザナギの剣は交叉する。
またしてもマガツイザナギは押され後退していく。

(たしかあいつはこうやって...)

マガツイザナギの姿が掻き消え、鍔迫り合いの最中だった杏子の体勢が崩れる。
足立がタロットカードを握り潰し、再び現れるのは白の巨人。
イザナギ。マガツイザナギと対を為す新たな力だ。
姿かたちは同一であれど、その性質は異なる。
長所や短所―――勿論、保有する能力も。


259 : 道化師たちの鎮魂歌 ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 00:21:52 K492343c0

「それがどうした!!」

それも、単純なパワーの前には意味を為さない。
もしも相手が御坂美琴や黒であれば、マガツイザナギには不十分であるイザナギの電撃耐性を存分に発揮できただろう。
エドワード・エルリックやエンブリヲのような特殊技能を主とする者であれば性質の違いも上手く活かせただろう。
だが、インクルシオは電撃や氷などの異能を取り込み進化しているものの、あくまでもその主体となるのは打撃。
同じ経験値を踏んでいるという条件の上では、純粋なパワーと耐久力に関してイザナギもマガツイザナギもほとんど変わらず、むしろマガツイザナギの方が上である。

杏子は眼前に現れたイザナギの顔面を殴り飛ばし、その衝撃は足立にもダメージとして伝わり脳を揺らす。


足立は忌々しげに魔法少女を睨みつけ、使えねえな、と内心で毒づきつつペルソナをマガツイザナギにチェンジする。
せっかくの新たな力ではあるが、戦局を変えることが叶わないならば、あの気に入らない影が纏わりつくイザナギよりも、使い慣れているこちらの方がまだマシだ。


「クッソ、死にぞこないの癖に...!」

やはり単純な力勝負では分が悪い。
搦め手を使い精神を揺さぶるのが一番なのだが、相手は思ったよりも冷静だ。
既に彼女を幾度も煽ったが、効き目はかなり薄い。
タチの悪いことに自分の非を認めた上で開き直っているのだ。
これでは戦況を有利には運べない。

だったら。

「なあ、エンブリヲに集められる前、お前は俺を殺したいから、仇を取りたいから残ったって言ったよな」
「言ったよ。それがどうした」
「わからないなぁ...お前が俺にそこまで執着するのかがさぁ」

周りの壁から崩していくだけだ。


260 : 道化師たちの鎮魂歌 ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 00:24:10 K492343c0
「お前はあのガキ共を友達って言ったよな。けど、お前からしてみれば、最初はあいつらを見捨てて生き延びてもいいって程度の関係だったんだろ?殺し合いに乗ってたんだから否定できるはずもない」

マガツイザナギが剣を振るい、杏子は槍で防ぐ。
だが、そこから押し合うのはでなく、すぐに離れてマハジオダインを交えつつ再び刃を振るう。
ヒット&アウェイ。
純粋なパワー勝負で分が悪ければ、手数で勝負だ。

「少なくとも、俺が知ってる中ではオトモダチって単語を口にした奴らは、最初からオトモダチを殺そうって考えてた奴はいなかった。鹿目まどかにイリヤに高坂穂乃果、あんなことしでかした島村卯月にしたってそうさ。そいつらは最初は金髪チビみたいに殺し合いに乗らなかった。互いに見捨てられられないほど深い付き合いですーとか思ってたんだろうねェ」

本当の真実なんて知らない。彼女達は、実は最初から他者を殺しての優勝を狙っていたのかもしれない。
そんなことはどうでもいい。捏造を交えてでも、矛盾が生じていても、それが相手に響けばそれだけで意味を為す。
それらしい事実を悪意を込めて口にして相手が動揺すれば、それだけで糾弾は成立する。言ったもん勝ちと言う奴だ。

「だからなんだ。最初から乗ってたあたしは屑だって言いたいのか?」

なにを今さら、ソイツはさっきお前から既に聞いていると云わんばかりに杏子は鼻であしらう。
何度も聞かされたことでイチイチ動揺できるほど純粋ではないし、かけられた言葉を素直に受け入れられるほどできた人間じゃない。
それを自覚しているしそれでいいと思っているから、戯言だと平然としていられる。

足立もまたそんなことで腹を立て激昂するような真似はしない。
その余裕ぶったツラが崩れるのが楽しみだ―――そんな想いで、再び口を開く。

「ああ、別にお前の気分が変わってチビの側にまわったことはどうでもいいんだよ。気分ひとつで言動が180度変わることはいくらでもあるし。ただ、そんな程度の付き合いなら、お前が仇を討とうとしてる奴らにそこまでする価値はあるのかなってこと」

対象は彼女ではない。彼女の目的である敵討ちだ。
その根幹さえ揺らいでしまえば、彼女の精神も揺さぶりやすくなる。

「さっき、魔法少女は皆の笑顔のために戦う、俺のようなクソみたいな存在じゃないって言ったよな。確かに一面だけを見てたらそう言えるかもしれない。けどさ、本性をしってもまだそんな甘いこと言えると思う?」

「あ?どういうことだよ」

(ノッてきた。やっぱりこいつにつけこむには他人を利用する方が効果的みたいだ)

足立の口元は愉悦に歪む。

「まどかちゃんは人を殺したよ。暁美ほむらも殺人の経験はあるって自白した」

彼女達の末路は聞かせていても、彼女達自身の罪は伝えていない。
殺人―――如何な場合においても聞かされれば嫌悪を抱く、紛れもない罪状だ。
凄惨な遺体に変えられた彼女達だが、殺人を犯したと知れば同情心は薄くなる。
さあ、仇をとりたかった彼女達が汚れていると知ったら、拭えぬ罪を犯した罪人だと知ったら、佐倉杏子はどんな顔を晒すだろうか?


261 : 道化師たちの鎮魂歌 ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 00:26:13 K492343c0


「まどかのことは知ってるよ。アヌビスから聞いてる。ほむらも、まあ、あいつならやってるだろうな」

―――開き直りやがった。どんだけ屑だコイツ。お友達だから多少のことは目を瞑りましょうってか?穂乃果ちゃんに聞かせたら間違いなく銃弾が飛ぶだろう。

足立は多少苛立ちもしたが、ここでこちらがブレては意味がないと気を取り直し言葉を紡ぐ。

「あっそう...まあいいや、俺が言いたいのはそこじゃない。俺からみたら、最初のまどかちゃんの印象は、お人好しで優しそうな子だった。お前の言ってた『皆の笑顔のために戦う』番組の主人公みたいな子だと思ったよ。お前もそうだったんじゃない?」

杏子の返答はない。その反応が、暗に足立の言葉を肯定している。
厳密に言えば、杏子の時間軸のまどかは魔法少女になっていなかった為、笑顔の為に戦う主人公ではないものの、彼女に悪い印象は抱いてはいないのは確かだ。

「そんな子だったらさ、自分を殺しかけた相手でも笑って赦して受け入れてくれるはずだよね。特に操られての行動ならしょうがないかで済ませられるはずだよね?」

自分で言っておいて気持ち悪いと思う。
相手にどんな思惑があるにせよ、どんな状態にせよやられた方からしたらたまったもんじゃない。
そんなこと出来る奴がいたら、それは最早人間じゃなく神様仏様の領域かキチガイかというレベルだ。
足立の脳裏にそんなことをやってのけそうなあの少年の影がよぎるが、それを即座に振り払う。

「けど、あの子はそうじゃなかった。自分を殺そうとした奴が怖かったから逆に殺したんだ」

一度殺されそうになったから殺してしまった。
普通のことだ。こんな状況でなくても有り得て然るべきだ。
けれど、友達に幻想を抱いている奴に見せつければ拒絶されることでもある。
むしろ、普段が温厚な者がそれを犯せば幻滅する度合は桁外れに高くなる。

「そうさ。どんな綺麗ごとを吐こうが、結局、追い詰められれば自分を優先する。俺だって、元の世界だったら街の治安を守る刑事だし、この力を持ってても積極的に犯罪を犯すことはない。ピンポンダッシュすらしないと思うよ?
けど殺し合わなきゃ生き残れないから自分を優先する。俺も彼女も変わらないさ。お前の言ってたクソみたいな存在に仇だのなんだの義理立てする必要ないんじゃない?」

ケタケタと足立の嗤い声が木霊する。


どうだ、お前のお友達の本性を知った気持ちは。
信じられないか?納得できないか?腹が立ったか?失望したか?ソイツを知って、敵討ちなんて偽善も揺らいだか?
そりゃそうさ。他人の醜い部分や駄目な部分、そんなものを好きになれるはずもないのだから。
チラリ、と杏子の顔へと見下すように視線を向ける。
さて、このガキはどんな表情をしているか


262 : 道化師たちの鎮魂歌 ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 00:28:11 K492343c0


「馬鹿かお前。なにを言い出すかと思えば...死にたくねえなんてのは当たり前だろうが」

先刻までの激情はどこへやら。彼女は呆れ返っていた。

まどかはそんな奴じゃねえ!と怒るのでなければ、あいつはそんな奴だったのかと失望するのではなく。
そんなことをダシにしようとしている足立への呆れの感情を醸し出していた。

「死ぬのが怖くないとか、死んだこともねえ癖にそんなこと本気で思ってる奴がいたらイの一番にブッ飛ばしてやりたいね。お前、何様だよってな」

杏子の脳裏に平然と言って退けるであろうあの元・ゲームマスターの顔がよぎり、やっぱりあいつは気に入らないし一度ブチのめしたいと思いつつ続ける。

「だってそうだろ。自分が死んだらどこに行くのか、後のことはどうなるか、遺された奴はどうなるか...考えただけでも嫌になる」

杏子の父が自分を残して心中した時、彼女はこれまでにないほど絶望した。
飢餓で飢え死にしそうになりそうだった毎日よりも、父に悪魔だの魔女だのと罵られた時よりも。
家族という繋がりを突如絶たれた彼女は気が狂う寸前だった。
もしも巴マミという存在がいなければ、魔法が使えなくなるだけでは済まなかっただろう。

この殺し合いに連れてこられる前、また殺し合いでの放送で巴マミが死んだと聞かされた時はなんとも言えない虚無感に襲われた。
これ以上大切な者を傷付けたくないと袂を別った所為なのか。
どうして差し出された手を素直にとれなかったのか。彼女はどのように死んでしまったのか。今際の期に彼女は自分を恨んだのか。
とめどない疑問と後悔に襲われた。

あんな想いは自分の家族や友人には絶対に味わわせたくはない。
好んで味わわせたいと思う奴がいるのなら、それはただの人格破綻者だ。

「それを目を背けるにせよ考えた上で言うにせよ、そりゃそいつが強がってるか考えるのを放棄してるだけだ。
誰かを庇って死んじまったバカ共もいるが、あたしにはそいつらがハナから死んでもいいと思ってたとは思えねえ。
ただ状況的に覚悟するしかなくなったってだけさ。少しでも繋がりがあれば、死ぬのが嫌なのは当然なんだよ。ほんとになにもなけりゃ恐くないなんて戯言も吹けるんだろうがな」

他者を護るためにその命を燃やしつくした巴マミも。
己の死を受け入れ最期まで飄々とした態度を崩すことなく食われたノーベンバーも。
最期に杏子を庇って雷撃にのまれたアヴドゥルも。
杏子を逃がすためにあのDIO相手に一人で残ったジョセフも。
皆を守るためにその身を捧げたサファイアやセリムも。
別れた途端に死んでいったウェイブと田村玲子も。
雪乃から聞かされた泉新一やアカメたちも。

彼らは決して己の死になんの拒否感も持っていなかった訳ではないはずだ。
ただ、何も残さず死ぬよりはマシだから誰かを守ることを選び、それなりに満足して逝けた。

少なくとも杏子はそう思っている。そうであって欲しいと思っている。

「あんたもやたらと生きるのに必死だけどさ、なにかそういう繋がりがあるんじゃねえの?そんなもんあろうがなかろうが殺すけど」


繋がり―――その言葉を聞いた瞬間、湯沸かし器のように足立の顔に激昂の色が浮かぶ。

知ったような口を聞くんじゃねえよ、クソガキが!

そう叫びたがる喉元をどうにか抑え、どうにか感情を抑制する。


263 : 道化師たちの鎮魂歌 ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 00:29:52 K492343c0

これだから達観したように気取っているガキは嫌いだ。
こっちの言う事なんざ聞き入れずに自分は間違ってないといわんばかりに主張する。
根拠なんてない癖に、事実を無視してでも自信ありげに平然と謳う。
ウザったくて仕方ないよ。
繋がり―――そんなもんあったら、こんな苦労はしてないんだよ。


「...面白いこというね、きみ。けどさ、結局あの子と俺が変わらないのを否定できてないよね」
「まどかもあんたも同じ動機の人殺し。そいつは間違ってないのかもしれない。だったら、あとは好みの問題だ。
これまで見てきた上で、あたしはそれでもまどかの方があんたよりイイ奴だと思ってるし、あんたのことはあいつらの仇云々を抜いても大嫌いだ。これ以上にあんたを殺す理由はいらないだろ」

なんとも自分勝手な言いぐさだろう。
自己中を通り越して傲慢すら感じ取れる。

「ウザッてぇ...ここまで話が通じないのは後藤やエスデス以来だ、よ!!」

マガツイザナギが電撃を乗せて剣を振るい、鎧の上から叩きつけて杏子を吹き飛ばす。
おまけだと云わんばかりに、掌をかざしマハジオダインを撃ち放つ。
がっ、と杏子の悲鳴が漏れるが、その鎧自体を崩壊させるには至らず杏子もまた健在だ。
無傷とはいかず、眩暈がするも、追撃するマガツイザナギの剣を槍で防ぐ程度にはダメージは軽減されている。

すかさず杏子は反撃に出る。
手にした槍が、ガキンという金属音と共に多節棍と化し、その柄と穂先が蛇の如く足立へと襲い掛かる。
槍をマガツイザナギで防御するも、残された柄を止める術は無く、生身の足立の腹部に減り込んだ。
込み上げる異物をたまらず吐きだし、追撃をかけようとする杏子へとマガツイザナギで牽制をかけその隙に激しく咳き込んだ。


(焦ってやがるな、足立のやつ)

兜を掌で軽く叩きブレる視界を調整しつつ、杏子は足立の心理を推測する。
先程、彼は後藤とエスデスの名を出した。
この二名とは杏子も遭遇しているし両者に碌な思い出がない。
そんな彼らを悪印象の引き合いに出したのだ。いまの状況にさぞ苛立っているのだろう。
好都合だ。焦れば焦る程、杏子の勝率はグンと跳ね上がる。

そしてそれは足立もよく自覚している。
できれば早めにケリを着けたいとは思ってはいるが、兆発にのって隙を作れば思うつぼだ。
だが、まともにやり合えばやはり絶対的に不利。あの死に体を支えている精神を折らなければ戦況は覆せない。
相手の言葉や仕草から探り出す―――まるで探偵気取りのあのガキ共のようだ、と流れかける悪態の念を抑える。


264 : 道化師たちの鎮魂歌 ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 00:31:06 K492343c0

佐倉杏子の精神を支えているものはなんだ。

降り注ぐ槍を、拳を、蹴りでマガツイザナギで必死に捌きつつ思考をまわす。

だが、全てを捌ききれず、マガツイザナギに蓄積されていくダメージは本体である足立の思考力を奪っていく。
そしてついには杏子の拳がマガツイザナギの頭部を捉え、そのダメージが本体の足立の脳すら揺らす。



―――空条承太郎。ヒースクリフ。コンサートホール。


意識が飛び、とりとめのない単語が脳内を駆け巡る。


―――鹿目まどか。暁美ほむら。巴マミ。美樹さやか

自分が見聞きした単語が。名前が。モノを選ばず、本来なら意識の外にまで追いやっているものまでが引きずり出される。


―――グリーフシード。ソウルジェム。鳴上悠。エルフ耳。怪物。
『魔法少女ってのは自らの願いを叶えて、皆の笑顔のために戦うんだ。お前が言うような――クソみたいな存在じゃない』

単語に重なるかのように、今度は先程の杏子の台詞が再生されていく。

『お前にもう一つだけ教えてやる。あたし達、魔法少女ってのは――目先の欲に本質を見失って、自分の魂を地獄の閻魔大王様に売り飛ばした奴等のことさ!』

まるでパズルのピースのように、空白の台座へと単語と言葉が重なっていく。

『どんな悲劇が待っていようと、それは自分が馬鹿だったから仕方ないんだ。夜になると絶望の未来に何度も泣いてたよ。その度にもう何も怖くないからって自分に言い聞かせた』

重なる欠片が導く道はひとつ。

『そして、頼れる魔法少女の先輩があたしから離れて、殺し合いでも、どんどん皆が離れて自分だけが残った。ははっ、もう少しで皆の元へ行けそうだ――その前に、お前を倒すっていう役目を果たしてからな!!』

そして、足立透は解答を得る。

佐倉杏子は、魔法少女を否定しきれていない。むしろ、苦難や悲劇を耐えてでも戦おうとする程度には誇りを持っている。精神の支えとしている。
自分はクズでも、他の奴は違う。頼れる先輩とやらのように、尊敬すべき魔法少女もいる、と。

だがそれがわかったところでどうしようもない。

足立は杏子のことをほとんど知らない。
そんな男の言葉を聞いたところで彼女には薄っぺらの世迷言にしか聞こえない。



―――否。


265 : 道化師たちの鎮魂歌 ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 00:32:11 K492343c0


足立の脳裏は晴れ渡り、歪んだ笑みさえ浮きあがる。


あるじゃないか。魔法少女を否定できる、自分しか知らない最悪の材料が。
もし彼女がそれを知っていれば、あんなことを口にできる筈もない。


マガツイザナギが杏子の頭部を掴み、叩き付けるように後方へと放り投げる。
鎧に身を包まれているためダメージは軽減できるものの、衝撃は感じる上に脳が揺れるために視覚も麻痺する。
それを踏まえた上でも尚、先のやり取りではマガツイザナギが受けたダメージ総量が遙かに上回っている。
もう一度攻めたてられれば確実に疲労とダメージで足立は死ぬ。
だというのに、彼の笑みは崩れていなかった。
眼前の怨敵を否定できるというのだから当然だ。





(お前が『魔法少女』である限り、お前はなにがあっても折れないんだろ。そいつは痛いほどわかったよ。だからさ)



殺してやる。お前が抱いてる魔法少女の幻想を。


266 : 道化師たちの鎮魂歌 ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 00:33:58 K492343c0

「...なあ、魔法少女ってのはさ、魔女と戦ってグリーフシードを手に入れて、ソイツで『皆の笑顔のために戦う』んだろ?まどかちゃんから聞いたよ」

「チッ、アイツ余計なことを」

「だったら、その『みんな』を食いものにしてるのはどこのどいつなんだろうねぇ」

愉快気に語りはじめる足立に、杏子は怪訝な表情を浮かべる。
この期に及んで、追撃すらせずにまたなにを語りはじめるというのだろうか。
面倒は御免だ。そんな思いと共に、杏子は地を踏みしめる足に力を込め


「美樹さやかって奴しってるよね」

思いがけぬ名前に、つい足が止まる。
あいつの最期はエドから大まかに聞いている。そこには足立透の名はなかった。
あいつとなにも関係のないこの男がなにを語るというのか。

「ソイツさ、エルフ耳のやつ...って言ってもわからないか。とにかくゲームに乗った奴だよ。ソイツと敵対して、エルフ耳はその子を殺せる機会があったにも関わらず見逃した。なんでだと思う?」

「...さやかがゲームに乗ったから、だろ」

「違うね。少なくとも、表向きだけは悠k...脱出派の奴が助けたいと思う程度には大人しくしていたらしいし、エルフ耳も、完全に乗った側とはみなしてなかったみたいだよ。けど、あいつは見逃した...なんでだと思う?」

「なにが言いたいんだテメェ」

その言葉を待っていたといわんばかりに足立の口端が釣りあがる。




「答えは簡単さ。ソイツは化け物になったから、自分が手を出さなくても勝手に場を荒らしまわる。そう判断してあいつは見逃したんだ。ここまで言えばもうわかるよね?」


267 : 道化師たちの鎮魂歌 ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 00:35:14 K492343c0

化け物に、なった。
目を見開き、つい口に出してしまう。


彼女もインクルシオを使ったというのか。いや、インクルシオもそれに類するグランシャリオもDIOとの戦いで揃っており、流石に同じような鎧が三つも存在するとは考えにくい。
それとも、足立が適当なホラを吹いている?可能性は高い。そのエルフ耳とやらが勘違いしていた可能性もある。
だが、わざわざ『化け物になる』などという突拍子もない嘘を吐くだろうか。ゲームに乗った男が、化け物になったなどと勘違いして敵対している美樹さやかを放置するなどあり得るのだろうか。
そもそもだ。そんなことエドワードに聞けば真偽は分かるというのに、嘘を吐く意味がない。
実際に彼はさやかと一時的に行動を共にしたのだから、間違いない。


―――そのエドが、さやかが化け物になったことを伝えなかったのは何故だ?


時間が無かったから。これが恐らく正解だ。
一度お父様のもとから帰還した時も、両手足を失った御坂の治療やお父様の倒し方を考えることに時間を割いていたため、さやかのことは大まかにしか話せなかったし、杏子自身全てが終わってからじっくりと聞けばいいと思っていた。

だがその根底に。

いま杏子が知れば精神的に負担がかかると容易に察せる出来事があれば。
それを知らされれば、平気でいられるはずもないと思えるほどの残酷な真実があったとすれば。
その答えは―――



「魔法『少女』が大人になれば魔『女』になる...なんの捻りもない。文字通り、そのまんまじゃん。こんな単純なことになんで気付かないのかねェ!
なぁにがみんなの笑顔を守るーお前みたいなクソのような存在とは違いますーだ、テメエらさえいなけりゃ世界はもっと平和なんじゃねえか!」



杏子の理解した答えを足立は意気揚揚に放つ。
それが、まるでどこかで聞いた覚えのある忘れてしまった声に重なり、ぐにゃり、と視界が歪むような錯覚を覚えた。


268 : 道化師たちの鎮魂歌 ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 00:36:41 K492343c0


「普段は正義面してるぶん余計にタチが悪い...そんなこと知りませんでしたなんて通用しないよ。お前らが無責任に余計なことをするから人々に禍いをもたらし犠牲者が出ている...その事実は変わらない」

聞く者が聞けばどの口が言うのやらと呆れ果てるだろうが、そんなことは足立の知ったことじゃない。
やはり魔法少女は自分と同じかそれ以上のクズである。その認識さえ植え付ければ、杏子を杏子たらしめる魔法少女像は崩れ去る。

「自分達でバケモノ生み出しといてソイツを狩って自己満足のヒーローショー。いやー素晴らしい自作自演だねえ。僕が観客なら上手にできましたって花丸あげたいくらいだ。付き合わされる側からしたらたまったもんじゃないよ、まったくさぁ」

小馬鹿にする拍手ももう杏子には届かない。

「お前がとびぬけてクソなのは間違いないけど、そもそも魔法少女の存在自体がクソなんだよ。お前がこのまま俺に勝ったところでもうどうしようもない。
魔女になったお前は生き残ってる奴らも殺すんだ。だったら、もうここで終わっときなよ。その方があいつらの為になる」

杏子の返答はない。
けらけらと足立のせせら笑う声のみが空気を支配している。

俯く杏子へと向けてマガツイザナギはこれでもかと剣を振るい、打ちのめし、弾き飛ばす。
切断には至らずとも、杏子の身体はその衝撃に打ちのめされ痛めつけられていく。
それでも立ち上がるのは辛うじて精神を繋ぎとめている状態の表れか。
だがそれも長くはないだろう。

先程までマガツイザナギを圧していた力は感じられない。
自分が近い内に化け物になると知らされたのだから当然だろう。

ペースは掴んだ。あとはこっちのものだ。

そう実感し、チラと視線を移せば、杏子は口元を抑えて身体を震わせている。

(あまりのショックで言葉も出ねえってやつか?いい気味だ)
「ククッ」

思わず漏れる笑い声。出所は足立ではなく杏子からだ。


「ハハッ...は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は ッ!」


訝しむ足立を余所に杏子は腹を抱えてゲラゲラと笑い転げ始める。
その壊れた人形のような彼女に、ついに頭がおかしくなったかと足立は軽く引き始めた。


269 : 道化師たちの鎮魂歌 ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 00:37:31 K492343c0

眼尻に浮かんだ涙を人差し指で拭いつつ、杏子は折りたたんだ背中を伸ばし足立へと向き合う。

「ヒーくるし...やっぱ馬鹿だろあんた。あたしを笑い殺したかったんなら大成功だ」
「あ?」
「こんなもん笑わずにいられるか。あたしを煽りたいがために墓穴掘りやがって。いまの発言であんた自爆してんだよ」

さも愉快気に嗤う杏子の言葉に、足立のこめかみがピクピクと動き出す。

「自爆?なにが言いたいんだよ」
「あたしがそろそろ魔女になる?結構結構、お望みとなりゃ今すぐにでも魔力を使い果たしてなってやろうじゃねえか。
だがよ、そんとき一番困るのは誰だ?魔女になったあたしの一番近くにいるのは、どこのどいつだ?」

魔女に自我が無いのなら、わざわざ眼前の得物を逃がして他の参加者のもとへ向かうはずもない。
自我があれば、標的は変わらず、むしろ1人に絞られる。それは自明の理である。

「仮に魔女に勝てたとしても、更にズタボロになったあんたが誰に勝てる?御坂やエンブリヲは勿論、黒やタスクは必ずあんたを殺す。雪ノ下だってアヌビスに任せて今度こそは殺すかもしれないし、ここまできたらエドの奴も止められないだろうさ。
それに比べて、あたしには魔女になってもチャンスが残ってる。さやかを助けたのはエドだ。なら、あたしが魔女になろうがあいつさえ生きてれば元に戻れる可能性は高いんだ。なぁ、ここまで言えばわかるだろ?」

先程のやり取りをそのまま返すかのように嗤う杏子に、足立はまるで自分の鏡を見せられているような錯覚を覚える。
そんな彼にお構いなしに彼女は続ける。

「もしもあたしが魔女になることを知らないままだったら、魔力の調整で攻め方も限られて、終いにはヤケクソの特攻に頼るしかなくなっていたかもしれない。そうなりゃあんたの勝ち目の方が高かったさ。
もっと楽にあたしを殺せて、身体休めたら漁夫の利で残った奴らを斃す...そんなこともできたのになぁ。可愛そうになぁ、あんた、せっかくのチャンスを自らドブに捨てたんだよバァァァァァァァカ!!!」

『自分で道を切り開けもしない雑魚ってことさ』

杏子の言葉に、空条承太郎の声が重なった。
持っているものだけが言える、こちらを見下すようなあの言葉が。


270 : 道化師たちの鎮魂歌 ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 00:39:04 K492343c0

「クソガキが、死んでまで追いかけてくるんじゃねえよ!!」

「なんだ、ビビリすぎて幻聴まで聞こえたのか?ははっ...見ろよ、お喋りしてる間にもうこんなになっちまってる。いやあ、元に戻してもらった時にあんたがどんな不様な死体を晒してるか楽しみだ」

身に纏っていたインクルシオが消え、押さえていた胸元から手を離し露わになるソウルジェム。
その色は専門職でない足立ですらこれ以上濁りようがないと一目で判断できるほどおぞましくドス黒かった。
あれはもう浄化も効きそうにない。インクルシオを解除したあたり、全てが限界なのだろう。つまり―――

目の前にタイマー式の時限爆弾が置かれたこの状況に、足立の背にドッと冷や汗が溢れだす。

「させ、るかよぉ!」

足立はマガツイザナギごと突進し杏子との距離を急速に詰める。
あれが魔女に孵化すれば終わりだ。
ただでさえ不利な状況が完全に詰みになる。
もしもマハジオダインを放って躱され、挙句の果てに身を隠されれば終わりだ。
確実に、接近戦で仕留めるしかない。

(魔女になる前に殺してやる!)

足立の意図を察した杏子は、手持ちのデイバックを足立へと向かって投げつける。
足立もまた、ほぼ同時にデイバックを投げつけ応戦。

杏子には相手を確実に殺せる切り札をきれるそのチャンスを作る時間が欲しく。足立には相手を殺せる時間が惜しかったのだ。

その認識の偶然が、デイバック同士の衝突を生み出した。


互いの中身が零れ散り宙を舞う。
落下する物が互いの視界を微かな時間支配し、晴らしていく。
スローモーションのようにも見えるその一瞬。

「これで、終わりだァ!!」


271 : 道化師たちの鎮魂歌 ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 00:40:19 K492343c0

視界を塞いだ最後の障害物をその手に納め、先に動きに生を取り戻したのは足立透。
間合いに足を踏み入れたマガツイザナギは、剣を握りしめ袈裟懸けに振り下ろす。
迫る剣を、魔力を使い果たしている杏子に避ける術はない。
目を瞑る。避ける必要などない。
その痛みも、なにもかもを全て受け入れる。

斬られることなどないのだから。

袈裟懸けに振り下ろされた刀は、しかし肩に僅かに食い込むだけに留まる。
有り得ない。インクルシオは纏っておらず、ソウルジェムも濁り切っているため魔法もロクに使えないというのに、なぜ剣が進まない。


―――駄目じゃないか。道化の言葉なんて信じたら。


言葉には出していない。
足立には、杏子の口元がそう囁いたように見えた。

(まさか...!)

杏子の魔法は幻影である。
もしもソウルジェムを見せたあの時、濁りが溜まりきっているように幻で見せていたとしたら。
インクルシオは解除などしておらず、幻で解除したかのように見せつけていたとしたら。

「エンブリヲに集められる前にあたしが言った言葉を覚えてるか?」

竜の鱗を覗かせる杏子の左腕がマガツイザナギの右腕を掴む。
離れようともがくマガツイザナギだが、杏子の力は微塵も揺らがない。

『アンタやっぱり気に入らないからさ...ここで殺すわ。本当にクッソうぜえ...』

(なんでこいつが気に入らないか、見ててわかったんだ)

バチバチと音を立て、雷が槍を、杏子の全身を覆う。
時間停止に氷。取込み進化した技は他にもあった。
マガツイザナギが電撃を操るのなら、耐性があるかもしれないという考えもあった。
だが、時間停止は足立にトドメをさせるほどの時間は止められず、氷もまた短時間でマガツイザナギを凍てつかせるほどには洗練されていない。
雷ならば。
それそのものは無効化されるかもしれない。
しかし、そこから生じる速さを有した突きならば。
それは何者をも穿つ最速の雷槍と化す。


272 : 道化師たちの鎮魂歌 ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 00:41:44 K492343c0


(こいつはあたしと同じだ。あたしと同じ空っぽだ。だからなにかに依存しなくちゃやっていけないし、持ってる奴には嫉妬して正論ぶって煽ってでも噛みつき散らしたくなる)

この会場で出会った奴らは敵も味方もみんな違った。

ジョセフにノーベンバー、それにここまで生き残ってきた連中は自分の芯を持っていた。
後藤やDIOにエスデス、エンブリヲのような理解及ばぬ危険な連中でさえ、譲らぬ芯は確かに持っていた。

答えを出すのに依存していたのは自分達だけだった。


幼いころ、自分は父の言葉を信奉し、それが正しいと決めつけて憚らなかった。
だから、間違ってるのは周りの奴らだ、父の言葉を聞けば彼が正しいと解ってくれるはずだ、と思いこんで魔法少女の契約を交わしてしまった。
父が壊れ家族に手をあげた時も、力づくで父を止めることもせず、自分が間違っているんだと己の殻に閉じこもった。
父に依存しきっていたからこそ、そんな選択をしてしまったのだ。

美樹さやかを気にかけていたのもそうだ。
他者のために戦おうとする彼女に声をかけたのは、きっと彼女のことを思ってなんかではなく。
彼女を自分のように生かすことで、自分の生き方を正しいものだと認識したかった。
結局、意地でも生き方を変えようとしなかった彼女へと以前のように噛みつきにいかなくなったのは、彼女に正しい答えを出して貰いたかった。
そんな想いも多分に含まれていたはずだ。



足立透も見た限りではそうだった。
他者に正解ばかり求めて、自分からはなにもしようとしない。
かと思えば、自分に有利な状況になった途端、その舌は扇風機のようにまわりだす。
自分に出来ないことをしてのける者に嫉妬染みた糾弾を空に放つ。

同じだ。
かつて、正義の味方であろうとした美樹さやかを必要以上に煽り、詰ってきた少し前の自分と。

もしも、魔法少女の真実を知らされていなければ。
もしも、美樹さやかが早々に『正義の味方』を諦めていれば。

自分は足立透のような周囲への嫉妬に生きる道化のままで満足していただろう。
世の中はクソだ。そんなわかりきっていることを口ずさみ勝手に落ちぶれた自分を慰めていたことだろう。


「あたしはなによりも、あんたが、あんたみたいな屑【じぶん】が気に入らないから殺すんだ」

目の前の男は壁でありかつての自分だ。
もう二度と惨めで哀れなあの道化に戻らないために。
己の殺意と覚悟を持って、あいつと自分に引導を渡す。

膝を曲げ、槍を握りしめる。
魔力を。
命を。
魂を。
己の持つ全てを捧げ、あらんかぎりの力を振り絞り叫ぶ。


「魔法少女としてじゃねえ、魔法少女のルールなんぞに任せねえ!!『佐倉杏子(あたし)』がこの手で!ぶち殺すに決まってんだろうがあああああああ!!」


273 : 道化師たちの鎮魂歌 ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 00:42:37 K492343c0

刹那。

雷光が奔り、槍が突きだされる。

刺突―――幾多の戦場で振るい洗練されてきた、佐倉杏子の原初にして基本の技。

敵を屠るために、杏子自身の手で培われてきた経験値の結晶。

その初速にマガツイザナギは追いつけない。拘束された身では防御ひとつとれはしない。
槍は、マガツイザナギの腹部を破り、その身を宙に浮かす。
激痛に片膝を地に着ける足立とは対照的に、杏子は1歩を踏み出す。

一度踏み出せばなにをされようがもう止まらない。
マガツイザナギを串刺しにした槍は、瞬く間に後方の足立にまで迫り、その腹部へと突き刺さる。

胸元に走った衝撃に、悲鳴も、叫びも挙げる暇もない。

杏子が足立を刺したまま歩いた数はたったの5歩。
だがそれは余剰エネルギーで敵を吹き飛ばすには充分すぎる。

槍を手放せば、あまりの速さに足立とマガツイザナギごと光速で空を舞う。

まるで大砲のように道化師たちは飛ぶ。

ただの刺突からの投擲だ。技とはとても言えないものだが、もしも師が見ていたら『ティロ・ランツィア』とでも名付けていただろう。

槍は壁に突き刺さり叩きつけられ、衝撃と雷により壁に亀裂が走り、磔の刑の如き十字架の痕を刻んだ。


274 : 道化師たちの鎮魂歌 ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 00:44:01 K492343c0

足立は衝撃で全身から血を噴出させ、吐血し、マガツイザナギにもノイズが奔りはじめる。
刺さった槍が消え失せ、重力に従い、うつ伏せに地に落ちた。

佐倉杏子の勝利―――否。

彼女の魂もまた、終わりを告げようとしている。

互いのデイバックが衝突した時。。
足立の視界を最後に遮り手に納めたモノの正体は、穂乃果が最期まで手放さなかった銃であった。

足立が膝を着いた瞬間、彼はなけなしの力を振り絞りその引き金を引き銃弾を放った。

それは奇跡か曲がりなりにも射撃を得意とするが故の結果か。

弾丸は確かにインクルシオから露出した杏子の魂へと掠り、その肉体に撃ちこまれた。
雷槍を止められこそはしなかったが、彼は最後の最後で確かにその命を削ったのだ。

(あー、こりゃ駄目だ)

魂が割れ往く音を聞きながら思う。
手間が省けた。
足立へと発破をかけるため、先程はエドに助けて貰えば万々歳だと言ったが、生憎彼や仲間たちに尻拭いをさせつつもりはなかった。
魔女になって暴れまわり、戦況を悪戯にかき乱し彼らが死ぬよりはマシな結末だろう。

(御坂、あんたとの決着は着けられなかったな。...言っときゃよかったな。自分本位だろうがなんだろうが、他人様の人生に干渉するとロクなことがねえって。...ま、あいつら―――特に【あいつ】は全力でそれを邪魔してくるだろうから、やれるだけやってみな)

仮にあの電撃姫が、妖刀を、ゲームマスターを、神を、黒の死神を、不死身の騎士を葬ろうと、あの鋼の男は彼女を殴り飛ばすまで折れずに立ちはだかるだろう。
そんな光景を思い描き、【間違えてしまった者】の先輩として、彼女にもささやかな激を送る。


血だまりに沈む足立へと視線を移す。
あいつはあのまま放っておけば直に死ぬ。いまここの二人の死は他の参加者が互いの戦いを終えるまで誰にも伝わらない。
悪戯に戦況を揺るがすこともない。
そう理解したのか、杏子は己の魂が崩壊寸前にまで達しているにも関わらず、どこか満足げな表情を浮かべていた。


(エド、黒、猫、雪ノ下、アヌビス、タスク...頑張れよ。あんたらといた時間、そこまで悪くは―――)


275 : 道化師たちの鎮魂歌 ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 00:45:08 K492343c0


パキリ、と音が鳴る。


佐倉杏子と足立透は死ぬ。
それはもはや定められた結末だ。

それを覆す奇跡を起こす物はなく、起こしてくれる者はいない。

そもそも。
奇跡とは極限状態に極稀に起こるものであり、それを引き起こすために同じように努めたところで同じ奇跡が起きる筈もない。


―――ドクン


それを意図的に引き起こそうとするのなら、奇跡を対価に魂を差し出す程度のことはやらなければつり合いがとれない。
だが、二人にはもはや差し出せるものはなく、差し出したものを受け取り奇跡を約束する者もいない。


―――ドクン


故に、これから起こることは全て奇跡の介入する余地さえ見当たらぬ必然の事象。


――― ド ク ン



彼らのこれまでを台無しにするかのような、悪夢(ナイトメア)の幕開けだ。


276 : 夢みるように眠りたい/and i'm home ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 00:46:26 K492343c0


ソウルジェムが、静かに音を立ててひび割れていく。

あたしの視界には、もはや死にかけの道化師など映っていなかった。

今わの際に微睡むは、豪快な老人やステッキをはじめとするこの会場で出会った仲間たち、同郷の者たち、モモと母さん、そして敬愛した師。

そこに父さんの姿は無かった。一抹の寂しさと悲しさを覚えるが、しでかしたことを思えば妥当なのかもしれない。

師―――巴マミは労いの言葉をかけ手を伸ばしてきた。

お疲れ様、あとはあの人達に託しましょうと。

拒む理由なんてなかった。

あのふざけた殺し合いがこの手で崩壊するのを見届けたかった。
その想いは強いが、それは他の大多数の参加者たちも同じだ。
全てを終えてから宴会というのも、先に散った者達の夢の先にあったに違いない。

御坂とエドワード達の、タスクとエンブリヲの決着の助力もしたかった。
だが、もうどうしようもないほどに燃料切れだ。
仮に運命を歪めて生き残ったとしてもそれは望まぬ結果を生むことになる。
奇跡がもたらすのは良いことではない。それは身に染みて理解しているのだ。

悔いがないとは言い切れないが、彼らの結末はあの世で見届けるとしよう。

微笑みすら浮かべつつ、差し出された手を握り返すように手を伸ばす。

「本当にそれでいいのかい?」

割って入ってきたのはあの飄々とした契約者だった。
思えば、このムカツク男との出逢いから全てが狂い、廻りまわって元のレールに戻ることができた。
ファーストコンタクトは最悪の一言で腹が立ってしょうがないものだったが...

「―――あっ」

マミの手へ触れる直前、あたしは思い出す。
まただ。また、この男に思い出させられてしまった。
その事実にやはり微かに苛立つが、その分感謝の想いもある。
まあ、差引で殴るのは1発だけにしておいてやろう。


「悪い、まだやり残してたことがあった」

伸ばした手を引っ込め、一言だけ詫びを入れる。
どうしたの、と微笑むマミに、照れくさそうに頬をかきつつ返す。

「や、そんな大層なことじゃないんだよ。ただ、放っとけないやつがいるんだ」


277 : 夢みるように眠りたい/and i'm home ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 00:47:26 K492343c0



ドクン



―――か...



ドクン



―――たまるか...



ドクン



―――死ンで、たまるか...!!





ド ク ン







278 : 夢みるように眠りたい/and i'm home ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 00:48:42 K492343c0

力が入らない。
元の世界で敗れた時の様に。この会場で承太郎達に追い立てられた時の様に。後藤に嬲られた時の様に。この会場で宿敵にマガツイザナギを斬られた時の様に。
ただ、違うのはその時は大半がペルソナを介したダメージであり、今回は生身である本体を刺されたということだ。
刃物で刺されれば死に至る。その常識は当然彼にも当てはまる。

自身にリンクするように、傍らではマガツイザナギもノイズを走らせ地にへたりこんでいた。

痛い。眠い。疲れた。しんどすぎ。

そんなどこぞの学生アイドルのような文句が脳内を占めている。

実際、自分はこのクソゲーの中でかなり頑張った方だと思う。
ペルソナが使えない状態且つクソ支給品から始まり、スタンド使いや魔法少女のトンチンカン集団に囲まれて。
ペルソナが使えるようになった途端、ひたすらに追い立てられて、巻き込まれて、謂れのない風評被害で追い立てられて、痛めつけられて、支給品も奪われて...
そんな中でキチガイ将軍様や巨大な変身モンスターたちより生き延びて、別の世界のとはいえ"アイツ"にリベンジできて。
そんで自称神様のホムンクルスとやらをどうにか倒して。このコンディションでチート魔法少女も倒せた。
出来過ぎだ。自分にここまで根性なんてスポ根染みたものが秘められていたとは思えなかった。

ただ、まあそれもここまでだ。
他の奴らの決着が着くまで意識すらもたないだろうし、全員が同士討ちなんて奇跡がある筈もない。
この様では残った一人にトドメを刺されておしまい。それに抗う気力もなにもない。

自分は間もなく死ぬ。
悔いは大いにあるが、変に生き延びて苦しみながら死ぬよりはこのまま楽になってしまった方がいいかもしれない。
というか、なんで一度は自殺すらしようとしたのにここまで生きることにしがみ付けたのか。
死ぬこと自体だって、、DIOや前川みくという奴らが仮初めとはいえ蘇生していたことから、死後も己という存在は確立されており、完全に消滅する訳でもない。
だったらその分、恐怖は無い筈だ。なら、どうして...

結局、考えるのも面倒だと意識を手放そうとしたその時だ。


異変は起きた。


279 : 夢みるように眠りたい/and i'm home ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 00:49:22 K492343c0


(な...なんだよ、おい)

閉じかけた目を再び見開かずにはいられなかったほどの異変が飛びこんだ。

立ち往生している杏子の身体を、異様な鱗が異常な速さで浸食しているのだ。


既に前兆はあった。
角まで生えているのだから、誰の眼から見ても一目瞭然である。
それでも完全にはのまれず佐倉杏子を己たらしめていたのは、彼女の魂が生きており身体の浸食に抵抗していたからだ。

ならば。
その杏子の精神が消え失せれば。抵抗する枷が外されたならば。
鎧は嬉々として彼女の肉体を食らい、ひび割れたソウルジェムを体内に押し戻すかのように鱗の内に取り込み―――再びこの世に躍り出る。



「――――――――――!!!!!!」



叫ぶ。叫ぶ。
再び生を授かったことに狂喜するかのように。
俺はここにいると刻みつけるように。
己を奪い蹂躙してきたものたちへの恨みを知らしめるかのように。
インクルシオ―――否。危険種『タイラント』は、いまこの時を持って復活を遂げた。


280 : 夢みるように眠りたい/and i'm home ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 00:50:08 K492343c0



「ォォォォオオオオオオオオオオォォォォォォアアアァァァァガアアアァァ!!!!!!」

咆哮が大気を揺るがし、足立の鼓膜を揺らす。
竜の生誕に、足立の喉が恐怖で鳴る―――だが、まだ終わりではない。

竜の進化は留まらない。

この会場で、使い手の意思と帝具を取り込んだ鎧は、かつては雷神と成り、はたまた主を屍と化し生死の壁すら突破してみせた。
そしてここに至るまで、魔法少女の魔力に触れ続けた危険種は更なる変化を遂げる。

体色はソウルジェムの濁りのようなドス黒さと血のような赤色の入り混じったものに変貌し、身体は巨大化。腹部が蠢き脚のような何かが中から突き破り、その下半身が馬のような異形を為していく。
鎧染みた鱗に包まれた上半身に、馬に跨るような形で形成された下半身。
それだけならば、中世代の騎士かそれともお伽噺かなにかの竜騎士とも見ることが出来るだろう。

だが。

そのドロドロと身体から滲みだす赤色も。地の底より響き渡るかのような雄叫びも。

魔女と呼ぶにはあまりに雄々しく。竜と呼ぶにはあまりにも禍々しい。

魔獣―――的確に表現するならば、これほど相応しい名もないだろう。


281 : 夢みるように眠りたい/and i'm home ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 00:51:27 K492343c0

「反則、だろうが...ッ」

そう毒づくも、新たに現れた脅威に、足立の顔はもはや絶望にのまれていた。
魔女化を防ごうが防げまいが、どの道こうなっていたとは考えもしなかった。
一刻も早くあの脅威を排除しなければ。だが、倒す手段は見つからない。
気休め程度にしかならないかもしれないが、マハジオダインを放とうと標的へとマガツイザナギの掌を向ける。

ポスッ。

電撃の代わりに漏れたのは、間抜けな音と微かな煙。
エネルギー切れだ。これまで散々に電撃を放ってきたツケがいまここにまわってきたのだ。

「アアアアァアァアアアアアアア!!!」

雄叫びと共に突進し迫りくる魔獣の爪を、マガツイザナギが受け止める。
が、姿が消え失せつつある彼に主人を守りきれるほどの力は無く。

魔獣が腕を振り抜けば、マガツイザナギはあっさりと弾かれ足立の視界から消え失せる。

もはや足立透にマガツイザナギを再召喚できるほどの余裕も余力も残っていない。
視界に入るのは、雄々しく禍々しい怪物だけだ。

緊張と恐怖で動悸が早さを増し呼吸が乱れる。

「な...なあ、もう気は済んだだろ。俺も、いまお前が殺さなくてもたぶんもうすぐ死ぬ。なら、さ、わざわざ、こ、殺して罪を犯さなくても...」

震える声で訴えかける。
もはや彼に策は残されていない。
直に死ぬと言うのも理解しているし、時間を稼いで自分が死ぬ前に他の参加者が全滅してくれるのを期待している訳でもない。
それでも尚死にたくない―――そういう気持ちも多分に強いが、それ以上に避けたいことがあった。

魔獣が、口を開きその牙を覗かせる。

「せ、せめてひと思いに...お願いだ、それだけは、か、勘弁してくれ」

獣が傷付けた獲物をどうするか。
考えるまでもないし、考えたくもないことだが、彼は既に理解してしまっていた。

微かにでも彼女の心が残っていれば―――そんなありもしない奇跡に縋っての懇願。

それを拒否するかのように、唾液が足立のスーツへと滴り落ちる。


282 : 夢みるように眠りたい/and i'm home ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 00:52:34 K492343c0



人間の武器のひとつに"言葉"がある。
直接的な殺傷力はないものの、それひとつで精神的に追い詰め、犯罪を犯すように唆すこともできる。
足立がペルソナでの戦闘以上に得意とするのもその"言葉"を用いた話術だった。

今まで出逢ってきた者たちは、その誰もが言葉を介する相手だった。

自分の世界から連れてこられた連中に、島村卯月たちのような一般人、空条承太郎やアカメ達のような所謂"正義の味方"は言わずもがな、戦闘狂のエスデスは感情のままに敵を煽り戦い続けていたし、感情が希薄に思えたお父様も参加者たちを罵り、自分が追い詰めた時には怒りすらのぞかせていた。

最も獣に近い後藤ですら、考えるだけの知能を有し、自ら言葉を発し、挑発し、感情を利用しようとしていた。

眼前の魔獣は違う。

アレはただの殺意の塊だ。言葉を発さず知能も無いただの化け物だ。

山中で熊に遭遇した時の恐怖とはこのようなものなのだろうか。

言葉が通じない相手とは、それだけでここまで恐ろしいものなのか。

マヨナカテレビに落された者達もこんな恐怖を味わったのか。

「や、やめろ...」

魔獣は言葉を介さない。己の欲を、生存本能を満たすためだけにその牙を剥く。

「やめてくれええええええええええええぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

牙が足立へと迫りくる。

嫌だ。食われたくない。

その極限状態が、全ての光景をスローモーションに映し出す。

暁美ほむらのマスティマの羽根で囲まれた時の様に。

音乃木坂学院で御坂美琴に電磁砲を向けられた時の様に。

あの時のペルソナの発動は、己の限界を超えているといっても過言ではない。

だが。

奇跡は何度も起こらない。
余力もないいまの彼にあの刹那でのマガツイザナギの再召喚は不可能。
仮に間に合ったところで、もはやその力は絞りカス同然。数秒持ちこたえるのが限度だ。

無情にも魔獣の牙は迫る。

足立は己の運命を受け入れたくないとばかりに涙ながらに目を瞑った。



そして―――――――





■■■■

―――――――カッ


283 : 夢みるように眠りたい/and i'm home ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 00:53:22 K492343c0

甲高い金属音が鳴る。

「......?」

全てを投げ出しかけた足立が、おそるおそると目を開ける。

ぼやけた視界に映るのは、見覚えのある黒の長学ラン。

ソレは、魔獣の牙をその手に持つ大剣で防ぎ、必死に持ちこたえていた。


"彼"はどんな窮地に陥ろうとも、どんな相手であろうとも救おうとすることを止めなかった。
例えその対象が絶望に身を落し友を殺した人魚姫でも、殺戮演戯の果てに失った全てを取り戻そうと戦う少女でも、己の命を狙い幾度も裏切ってきた道化師でも。
目に映る者を『殺す』のではなく『倒してでも救う』ために、眩いほどの光と覚悟をもって全身全霊で己の身を削ってきた。


"彼"の分身―――『イザナギ』は、足立透を護るかのように、"彼"の意志を受け継ぐかのように、魔獣と向き合っていた。

自分の意思で召喚したのか。しかしそんな余裕はなかった。
まさか、自動で現れたのか。そんなことがあり得るのだろうか。
己の掌を見れば、タロットカードが納まっている。無意識的に召喚したとでもいうのだろうか。

だが、わざわざ使い慣れていないイザナギを召還するだろうか―――そんなことを考える間もなく、イザナギの剣にヒビが入る。

当然だ。身体の半分ほどは構築されておらず、満身創痍といった言葉がピッタリな有り様だ。
もって数秒。
それでどうにかできる相手ではない。


284 : 夢みるように眠りたい/and i'm home ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 00:57:15 K492343c0

「ガボッ」

地面を血が赤く染める。
足立のものではない。魔獣の吐血だ。突如、大量の血を吐きだしたのだ。

元々、佐倉杏子の身体はシコウテイザーとの一戦でそのほとんどを破壊されていた。
骨折、などという生易しいものではなく、文字通りのバラバラ。更に内臓は幾つも千切れ更に鎧の中でシェイクされたことで器官が元の位置にあるのかさえ疑わしい。
それを慣れない治癒魔法で補強しどうにか人型に留めていたに過ぎない。
それでも動けていたのは魔法少女が魂を抜かれた存在であり、且つインクルシオとの同化に依るところが大きい。
だがそのインクルシオも度重なる激戦で無視できないダメージを負い、崩壊も始まっている。
杏子の肉体を食らいつくし受肉しようにも、その素体が壊れかけの死体なのだ。
完全なる復活にはほど遠く、ほどなくして身体は砕け散り、魔獣もまたもとの鎧に戻るだろう。

魔獣にとっては全てが遅かった。
あと少しでも早ければまだ違う未来があったかもしれない。


これを好機、とみられるほど足立に余裕はなく冷静でもいられない。
未だに身体を再構成しきれていないイザナギもまた、時間が経てば有利になる、などと単純な問題ではない。
もう、そんな力は残されていないのだ。

絶望と恐怖に晒された人間にできることなど一つしかない。

「ヘ、黒!エド!タスク!雪乃!ヒースクリフ!誰でもいい!誰か助けに来てくれ!」

よろよろと、重い足取りのまま一歩でも脅威から離れようとする。
不様でもなんでもいい。みっともないと唾を吐きかけられてもいい。
ただ、この絶望しかない現状をどうにかしたい。その一心だ。

「あいつは、お前らの仲間だろうが!ゲホッ...あ、あいつがあんなことになってんだぞ!なんで誰も来ねえんだよ!?」

恐らく、自分で思っているほど声は出ていない。仮に誰かが側にいても聞き逃す他ないと思うほどだ。
彼の行為は一言で言えば『無駄』。そんなことはわかりきっている。
それでも、あらんかぎりの力を振り絞って叫ぶ。

「誰か...」

誰の返事もない。
ある筈もない。元はと言えば、お父様を斃したあの時、自分から彼らを拒絶したのだから。
ただ己のかき消されそうな声と、イザナギを破壊する魔獣の雄叫びだけが空しく響くだけだ。


285 : 夢みるように眠りたい/and i'm home ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 00:58:20 K492343c0

「あっ、ガァッ」

イザナギを介して足立にもダメージが伝わる。
魔獣は、足立本人よりもペルソナのエネルギーに惹かれているのか。悶えるの足立には目もくれず―――イザナギへと牙を突き立てた。

「――――――ァッッッ!!!」

激痛が走り悲鳴と共にたまらず開口してしまう。

ペルソナはスタンドとは違い、ダメージがそのままフィードバックするのではない。
ペルソナが傷つけば使用者も傷つくが、それはあくまでも内面的にだ。ペルソナが上半身を両断されれば、それに伴う激痛は味わうことになれど、使用者の身体が同じように斬れる訳ではない。
もしも彼の能力がペルソナではなくスタンドであれば、とっくにこの地獄から解放されていたかもしれない。
だが、彼の能力はペルソナだ。
いくらペルソナを傷付けられても、苦痛はとめどなく流れど即死はできない。
命尽きるその時まで、苦痛から逃れることは許されない。

それにしても、だ。
おかしい。なぜぜショック死はおろか、気絶すらできないのか。
自分は魂を抜かれた魔法少女なんかじゃなく、アカメやエスデスのようなイカれた世界で鍛え抜かれた肉体を持つ訳でもない。
ペルソナを使えること以外はただの現代社会に生きる人間だ。
そんな人間がこれほどまで頑丈な筈はないのに、何故。
まるで、何者かに無理矢理舞台で踊らされているかのように―――



―――クス、クス、クス


286 : 夢みるように眠りたい/and i'm home ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 00:59:00 K492343c0
どこかで聞いたような笑い声が木霊する。

『不様ね、足立透』

右腕が魔獣によるものとは違う激痛に苛まれ、ドス黒く変色していく。
この声を、あの黒い翼で腕に刻まれた痛みを忘れる筈もない。
思えば彼女が現れてから全てにケチがつき始めた。元凶と言ってもいい。
彼女が、あの時に呪いをかけたとでもいうのか。

『変に大人ぶって、意固地になって、他者をひたすら突き放して、リアリストを気取って現実から目を背けて...そして、独りになれば自分は大したことないちっぽけな存在だと気づかされ他者に縋るしかなくなる。私と同じような道を辿っている...本当に、不様極まりないわね』

愉快だと云わんばかりに上機嫌な声色で語りかけてくる彼女に、普段ならば怒りをぶちまけているところだが、いまの彼にそんな余裕はない。
よもやお迎えがあの女とはと皮肉すら思う暇もない。
なんでもいい、はやくこの地獄から解放してくれと切に願うだけだ。

『...そうね』

パンッ、と両手を叩くような音がした。同時に。

「ッアアアアアアァァァアアアアァァ―――!!」

右腕をはしる激痛に、再び悲鳴が上がる。

『私があなたの望み通りに動くと思った?どこまであなたは愚かなの。誰があなたを殺そうがどうでもいい。私は、まどかを殺したお前が最期まで苦しめばそれでいいのよ』

まるで悪魔のような憎悪に塗れた声に、ヒッ、と喉が鳴る。

『お前をまどかのところには行かせない...その息の根が止まったら、似た者同士、地の底でたっぷり可愛がってあげるわ』

いまもこの身を苛み続ける魔獣にも。
死して尚ここまで纏わりついてきた悪魔にも。

もはや憎しみ以上に恐怖しか感じられない。
いまの彼にできることは、悪魔の宣告通りに不様な悲鳴と嗚咽を放つだけだ。


287 : 夢みるように眠りたい/and i'm home ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 01:00:11 K492343c0

それが食事の癪に障ったのか。
魔獣は、もがく足立の右腕を踏みつけ引きちぎった。

この世のものとは思えぬ激痛が走るも、もはや喉は潰れ、悲鳴すらあげられない。

『あら、残念。どうやら私のおまじないもここまでのようね。あとは精々苦しみながら死んでちょうだい―――また地獄で会いましょう、足立透』

これを最期に悪魔の声は消え失せる。まるで嫌がらせの為だけに出てきた彼女の幻影に、悪態をつく気にもなりはしなかった。
ただ、彼女の言う『おまじない』をかけられた右腕から解放されたためか、彼の身体の感覚はほとんどなくなり、意識はもはや朦朧としていた。

千切られた自分の右手を咀嚼されるのを、かつて己の壁として立ち塞がったイザナギが蹂躙されるのを涙で歪む視界で見届ける。


もう誰の繋がりもない。

敵も。味方も。己自身(ペルソナ)でさえも。

足立透には、あのつまらない灰色の空以外はなにも残されていない。


288 : 夢みるように眠りたい/and i'm home ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 01:02:03 K492343c0


『足立さん』

魔獣がペルソナを食らう傍らで、"彼"はそう名前を呼んだ。
最期の最期まで、道化を救おうとした"彼"が、慈愛を湛えた微笑みで、足立へと手を差し伸べていた。


(きみは、まだ手を差し伸べるのか)

身体の震えが止まらない。

(わかってるの?俺はきみを裏切ったんだよ。殺したんだよ?)

幾度も聞いてきたその問いに応えるかのように"彼"は微笑みを崩さない。

(なのに、きみはそれでも手を差し伸べるのか。重ねた罪も罰も、僕が償うのなら受け入れてくれるのか。きみを殺した相手でも、改心すればきみは微笑んでくれるのか)

"彼"は無言で頷く。俺はそのためにあなたを止めようとした、罪を償うのに耐え切れなければ一緒に向き合おう、と言外に肯定しているようだ。




(...ほんと、馬鹿だよね、きみ)



足立は差し伸べられる手に微笑みを浮かべ、ふらふらと、しかし確かにその温かい掌を握り返すように己の手を差し出した。


289 : 夢みるように眠りたい/and i'm home ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 01:03:09 K492343c0





...本ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ当にどうしようもない馬鹿だよねえお前はさぁ!!





その上で、全力で振り払った。




掌のタロットカードが赤黒く染まっていく。




なんでわからないかなぁ、何度裏切られれば気が済むのかなァ!?
俺はお前が大嫌いだ。一度は殺した今でも憎んでる。お前のことなんか絶対に受け入れてやるもんか!
お前が白なら俺は黒。お前が正しいと言ったことは、俺が意地でも否定する。
お前が手を差し伸べるんなら俺は何度だって振り払ってやる!!

そうさ、俺たちは決して交わらない平行線だ。
あそこまでやってそれに気付かないとか、頭がお花畑としか思えないんだよ気持ち悪ィ!!

...気持ち悪い!ああ、気持ち悪ィ!!

だからさ

全部消し飛ばしてやるよ、鳴上悠。


290 : 夢みるように眠りたい/and i'm home ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 01:03:47 K492343c0


もはや足立の視界には魔獣など映ってはいなかった。
その眼球に移すは、いまだ脳内にこびりつき離れぬ、希望を武器に戦う怨敵の幻。


足立が掌を握りしめると同時、イザナギが掻き消え、代わりにドス黒い赤―――禍津の腕が体現する。

全身を模る余力も無い―――充分だ。

掌に光が集まりはじめる。
それは電撃とは全く異なり、エネルギー体へと変貌し巨大さを増していく。
魔獣はその存在に気が付き、喰らおうとするも全てが遅い。

前兆はあった。

アカメに押し付けられた後藤との戦いの最中、足立は鳴上悠への憎しみを糧に限界量以上の雷撃を放ってみせた。
それだけではない。
コンサートホールでのペルソナの復活も。学院での逃亡劇の際の瞬間的なペルソナの召喚も。
本来の鳴上悠に敗れた時間軸のままでは到底為し得ぬ"成長"だ。
鳴上悠が仲間との絆を紡ぎ"正"の感情によりペルソナの成長を促すというのなら、マガツイザナギの成長を促すは足立の抱く負の感情。
それを肥やしに、マガツイザナギはより黒く染まり、最後のステージを迎える。


ドス黒く変色したタロットカードを握りしめる。
命を。
怨念を。
殺意を。
己の持つ全てを燃やしつくし、あらんかぎりの力を振り絞る。


禍津の掌が地面へと向けられ、放たれたエネルギーは足立も魔獣も、全てをのみこんだ。


メギドラオン。それは全てを無に帰す万物の光。


291 : 夢みるように眠りたい/and i'm home ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 01:04:42 K492343c0


進化が追いつかない。

放たれた光は、打撃とも電撃とも氷ともとれない。
無。
どれにも属さぬただ一つの性質だ。

本来のコンディションなら取り込み進化できたかもしれない。
だが、この傷つきすぎた身では、間に合わず溶解してしまうのが先だ。


嫌だ。

遙か昔、危険種として討伐された時の感覚が蘇る。

恐い。

また死ななければならないというのか。せっかく肉体を手に入れたのに、またあの恐怖を味わえというのか。

危険種として、武器として、鎧として築き上げたあの不様な骸たちのように命を散らせというのか。

このまま、なにも為さずに消えていくしないのか。

××は、害為す鎧として誰からも悲しまれることなく消えるのか。
散々に扱われた挙句に死を望まれるだけの存在でしかなかったというのか。

嫌だ。死にたくない。嫌だ。嫌だ。嫌だ―――



イ ヤ だ ! !






『よう。置いて行きそうになっちまって悪かったな』


292 : 夢みるように眠りたい/and i'm home ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 01:05:13 K492343c0






声が聞こえた。最後の主であった少女の声が。

『なんだよその顔。仲間が迎えに来たんだからもっと嬉しそうにしてくれよ』

ナカマ?初めて向けられたその単語は、××に疑問を抱かせるには充分だった。
だってそうだろう。気を抜けば己の身体を乗っ取り意識を喰い尽くす鎧。そんなもの、拒絶はすれど感謝の気持ちなどないはずだ。
今まで××に抗いきれなかった者達は皆そうだった。

『そりゃあ、あたしがあんたと一緒に戦ったのはほんの数時間だけさ。けど、あたしはあんたに命を賭けた。あんたはそれに応えてくれた。なら、もうあたしらは仲間だろ』

微笑む彼女の言葉が、消えゆく××に恐怖を薄れさせていく。

『いっしょにいてやるよ。ひとりぼっちは、寂しいもんな』

...そうだな。ひとりよりは、きっと―――



『なあ、あんた名前はなんていうんだ?』


そうか。お前は知る筈もなかったな。

タイラント―――否、■■■■。それが、××の名だ。




××の名前を聞き笑みを零す彼女に手を引かれ、光の中へと歩き出す。
その中で。

××が最期に感じたのは、決して味わう事のなかったであろう温もりだった。


293 : 夢みるように眠りたい/and i'm home ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 01:06:39 K492343c0



あいつが光にのまれて消えていく。
完全に消え去るその直前まで、あいつの目は俺を見据えていた。名前を叫んでいた。
この期に及んでまだ、あの自己満足のうざったい眼光で俺を救おうとしていたらしいが―――今度こそ終わりだ。

(は、ははっ、ようやく消えやがった。ざまあ...)

気分爽快、とはいかなかった。むしろただ空しくなった。アレは所詮あいつの幻で、だから本物よりも酷く弱かったから。

...わかっていた。
暁美ほむらも"あいつ"も、今さらになって見えた幻影は、全て自分の生み出したものだってことは。
それでも、あいつらのせいにしてしまえば楽だった。
そうすれば、俺は悪くないって思えたから。俺を苦しめるのが俺だなんて認めたくなかったから。
そうさ。俺は間違っていない。こんな状況で、知り合いに事件の犯人だってバレてる状況で。どうして見ず知らずの他人を信頼できる。
見ず知らずの他人に首輪嵌められて命握られているこの状況でなんで他人を信頼できる。
ありえる筈がない。どれだけ綺麗に取り繕っても、信頼なんてできないししたくもない。
罪だの罰だの贖罪だのと高尚染みたことを言ったところで、起きたこと全部を清算なんて出来る筈もないしただ辛いだけだ。
散々イイ子ちゃんぶってきた連中も俺と同じ立場ならそうした筈さ。

そうだ。俺は間違ってなんか...

――――ザザッ

脳裏に壊れたビデオを再生するかのようなモザイクが奔ると共に視界に人型の影が映る。
また幻影か。死ぬ直前だというのに懲りないな、と半ば呆れつつも俺は目を離せなかった。

そしてそれをひどく後悔した。

その人型の影は、もう一つの影とガラス越しに向かい合っていた。
狭い部屋にガラス越しに向き合う二人。この状況、警察の俺がわからないはずがない。
面会だ。じゃあ誰の?
あの黒スーツ、寝癖だらけの髪、全体的にだらしない雰囲気を醸し出す影。
間違いない。俺だ。
罪を認めて敗北を受け入れたとでもいうのだろうか。


294 : 夢みるように眠りたい/and i'm home ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 01:07:52 K492343c0

なら、もう一人は?

モザイクが次第に晴れ、やがてその姿もまた露わになっていく。

「あ、あああぁああああああああぁぁあああ」

浮かび上がったのは、"あの人"だった。

頑固で、いつも怒鳴り散らしてて、一児の親としても不器用で、捜査は足で稼ぐがモットーの昔ながらの暑苦しい刑事で、合わないタイプだと思っていた。

ただ、あの人だけは俺を俺と、代用品じゃない"足立透"として認めてくれていた。

もしも、あいつに敗れて俺が素直に刑務所に服して罪を償っていたら。

あんな風に、あの人が面会に来てくれていたというのか。

複雑な面持ちながらも、いつものように怒鳴って、最後には笑い合えたというのか。

"あの人"の中には、"あいつ"に負けない俺という繋がりがあったと知ることが出来たのか。


「なんでこんなもん...ありえねえだろうが...!」

そう、有り得ないのだ。
"あの人"は犯人に容赦しない生粋の刑事。
そんなあの人が何人も殺してきた俺に、あんな微笑みを向けてくれるはずがない。

けれど。もしも"あの人"がそれでも殺人犯の俺には違った顔を見せてくれるとしたら。
その有り得ないことを"あの人"が覆してでもあの微笑みを向けてくれたとしたら。
"あの人"を裏切った俺を、それでも「足立は自分のケツは自分で持てる奴だ」と信頼してくれるとしたら。
そんなことがあり得たのだとしたら。


295 : 夢みるように眠りたい/and i'm home ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 01:11:38 K492343c0

「嫌だ...!」


帰る場所はあった。遠回りでも、気付く機会はいくらでもあった。
"あいつ"はそのために何度も手を差し伸べてきた。

けれど、目を背け逃げ、罪を重ねて逃げ、裏切って逃げ。そうして逃げ続けた挙句の果てに"あいつ"を殺してそれすらも目を背けて。

きっとこのことを"あの人"が知れば、"あの人"の中の俺は息の根を止める。

"あの人"の光を奪い、消えない傷を植え付け、俺は憎しみを向けられるだけの"殺人犯"でしかなくなってしまうだろう。

"あいつ"を殺してしまった時点で、俺にはもうなにもなくなってしまった。誰からも悲しまれることすらない真の孤独になってしまった。

それでも、生きていれば、償うことはできた。償い続ければ、"あの人"の傷を少しでも埋めることが出来たかもしれない。

例えそれがハリボテの嘘っぱちの自己満足だとしても、俺が救われなくても、少しでもあの人を救うことが出来たかもしれない。

けど、もう駄目だ。俺は死ぬ。誰にも知られることなく、悲しまれることもなく、なにを償うこともなく消え去ってしまう。

これが目を背け続けてきた罰だというのか。最後の最後まで"あいつ"を信じられなかった報いだとでもいうのだろうか。



「死にたくねえ――死にたくねえよ...!」



いくら悔やんでも。いくら泣きわめいても。

全てはもうあとの祭りだ。

幻として映し出されるIFにはもう届かない。

(ど...じま...さ...)

俺の嘆きも慟哭も、なにもかもをのみこみ、光は全てを消し去った。


296 : 夢みるように眠りたい/and i'm home ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 01:13:13 K492343c0



命が燃える尽きるその瞬間。

彼らは見た。

荒れ狂う魔獣は、寄り添う者の救いの手を。

救いの手すら跳ね除けた道化は、残されていた繋がりという地獄を。

偶然が引き起こした走馬灯だったのか。

それとも、かつて父の為にと願った少女の優しくも残酷な魔法によるものか。


いずれにせよ、所詮は幻影。現実の世界にはなんの意味ももたらさない。


光が消えた後には、誰も残らなかった。

誰よりも死を恐れた臆病な獣も。

己を欺ききれなかった朱の魔法少女も。

仮面を被り続けた虚無の道化も。

だあれも残りはしなかった。


しょせん、それだけが確かな事実であり結末だ。



ひらり、ひらり。

道化師のタロットカードが、地に落ち徐々に燃え尽きていく。



佐倉杏子と足立透。

魔法少女と虚無の因子を与えられたペルソナ使い。

宇宙生命体と神様に踊らされ続けた二人の道化の戦いは、かくして肉片一つ残さぬ両者の死という形で幕を閉じる。

最後に残ったタロットカードもまた、道化たちと同様に、灰塵と化して消え失せた。





【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ 死亡】
【足立透@PERSONA4 死亡】
【悪鬼纏身インクルシオ@アカメが斬る 完全消滅】

※周囲にあったデイバッグ及び支給品一式はメギドラオンで全て消し飛びました。


297 : 夢みるように眠りたい/and i'm home ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 01:14:46 K492343c0


過去に縛られた道化たちによる前座はこれにてお終い。

これより先は、まだ為し得ていない希望を掴むための物語。

勿論、その希望が誰のモノになるかは最後の最後までわからない。

善にも悪にも、神様にだって、希望を叶える権利は等しくあるのだから。

だから―――それを掴むまで戦いは終わらない。



【アニメキャラ・バトルロワイアルIF 生存者 残り7(6)名】


298 : ◆dKv6nbYMB. :2017/12/09(土) 01:15:28 K492343c0
投下終了です


299 : <削除> :<削除>
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300 : 名無しさん :2017/12/09(土) 11:10:33 PmyUvYis0
投下乙です

しぶとく生き延びてきた足立もついに落ちたか。
最後の最後で見たのが堂島さんというのも、自業自得とはいえ救われない…

>>299
何が言いたいのかさっぱり分かりません。もし指摘があるならハッキリ言ったらどうですか?


301 : <削除> :<削除>
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302 : 名無しさん :2017/12/09(土) 11:31:15 VQi2WE1E0
感想を書かないとな
投下乙でした
足立はそこまでキャラ崩れしてないかもしれない。だけど杏子は完全にヤンキーだった。台詞がどっちが喋っているか分からなくなった
その違和感を引きずったままの戦闘だけど熱かった
ロワで積み重ねた経験があったから、これでよかったのかも
ただ、打ち消すにせよ書き手が消化試合なんて言葉を使ってほしくなかった
ここまで書いてきた人たちの苦労をなんだと思っているんだ


303 : <削除> :<削除>
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304 : 名無しさん :2017/12/09(土) 18:19:19 Gh.eKtnI0
>>303
せめてあなたも感想を書くべきでは?
その意見が一番不要であり目障りだと私は思います
書き手さんは投下乙でした
指摘と呼ぶには言いがたいアンチの書き込みですがキャラの口調に違和感を覚えたのは私も同じです
彼女らはここで退場ですがまた別の企画で書く際には注意をした方が今回のようにいらぬアンチが沸かないかもしれません
過ぎた言葉なら無視してください。新た投下乙でした。
足立と杏子はお疲れさま


305 : <削除> :<削除>
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306 : 名無しさん :2017/12/10(日) 21:57:34 kWZF3DQI0
前話の時といい、ちょっと書き手に対して攻撃的過ぎじゃないですか?
指摘ならともかく、個人の不満を愚痴る場ではないでしょうに


307 : 名無しさん :2017/12/10(日) 22:12:37 aLHPDndA0
前回より質が悪いのは指摘があながち間違っていないことなんだよな
前回は明らかに読んでいない人の発言だったから擁護もあった
だけど今回は書き込みそのものへの批判はあっても中身はスルー
終盤にあるいちゃもんにしてはおかしいけど難しいよな指摘の内容はそれっぽいのがズルいわ


308 : <削除> :<削除>
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309 : <削除> :<削除>
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310 : <削除> :<削除>
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311 : ◆dKv6nbYMB. :2017/12/10(日) 23:45:43 5glQl6aE0
感想とご指摘ありがとうございます。

私の実力不足により誤解を招く表現を致してしまったことについては申し訳ありません。

近日中にご指摘いただいた部分を修正スレに投下いたしますので、その他指摘等があれば修正スレの方でお願いします。
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/17138/1430826212/l50


312 : 名無しさん :2017/12/10(日) 23:47:28 EKAENZPg0
>>311
しなくていいですよ
わざわざ構う必要もないのでこのままでいきましょうよ!


313 : 名無しさん :2017/12/11(月) 01:57:53 lqy5XDS20
修正の必要はないでしょ


314 : 名無しさん :2017/12/11(月) 11:49:11 UPF/tcJM0
>>311
修正しても指摘した人は読まないと思うのでそのままでいいですよ


315 : 名無しさん :2017/12/13(水) 14:57:40 LILH8zoU0
本気で修正してるのかな?
意味がない…よりも指摘したアンチは絶対に読まないからこのままでいいんだけどなあ
修正した方が作品が良くなるかもしれないけどそれは時間を置いたから当たり前なんだよね


316 : 名無しさん :2017/12/14(木) 03:56:23 cOePgvMc0
投下乙です。
杏子もそしてなにより長い間楽しませてくれた足立さん本当にお疲れさまでした。
本編にもありますがどこか似ているこの2人が大好きでしたよ、願わくば安らかに。
そしてまだ戦いは終わらない、次回も期待しています。


317 : ◆dKv6nbYMB. :2017/12/16(土) 00:15:07 T9vLXO360
感想ありがとうございます

修正スレに投下いたしましたので報告します。
指摘その他なにかあればそちらでお願いします


318 : 名無しさん :2017/12/17(日) 14:51:18 cayD8n/g0
修正お疲れ様です
特に問題ないと思うのでwikiに収録しておきますね


319 : 名無しさん :2017/12/18(月) 19:18:16 FwpCghdQ0
嫌な流れを吹き飛ばすような予約がほしい
投下なら絶頂


320 : 名無しさん :2017/12/18(月) 22:26:08 XJLwnhq60
何で一々急かして書き手に負担をかけるのかねぇ
黙って待ってられないの?


321 : ◆ENH3iGRX0Y :2017/12/24(日) 03:31:08 GUKCLCjg0
おそばせながら投下に気付きました。
お疲れ様です。

マーダーやったり対主催やったりロワを駆け抜けた杏子とロワに色んな意味で貢献してくれた足立が落ちるのが寂しいですね。
書き手としても読む側としても面白いキャラだけに思い入れがあったので。
インクルシオ君も酷使されまくりましたが最後は救われましたね。

それと年内投下はもう無理なので繋ぎみたいなものだけゲリラ投下です


322 : 契約は交わされ、時は満ちる… ◆ENH3iGRX0Y :2017/12/24(日) 03:33:33 GUKCLCjg0
――――契約をしたい。


契約?


そう、力を貸す。望むものも与える。だから、私の願いを叶えて。


望み? そんなものは―――


違う。望みを見失っているだけ、本当の存在意義を―――思い出して。



存在意義……私の……私の存在意義……?




そう、あなたは――――









323 : 契約は交わされ、時は満ちる… ◆ENH3iGRX0Y :2017/12/24(日) 03:34:39 GUKCLCjg0
「全員無事か……」

雪乃を抱きかかえ、エドワードの無事を確認した黒は一先ず安堵した。
アヌビス神が上手く受け身を取ってくれたのだろう。気絶しているが、命に別状はなさそうだ。
同じくエドワードもまだ目を覚まさない。体を揺さぶり反応を見るが、相当な疲労から体が休息を求めているのだろう。
息はしている。時間はないが、二人とも僅かな時間なら放っておいてやった方が体力も回復してくれるはずだ。

飛ばされた先にいた猫にあと五分してもエドワードが目覚めなければ起こせと指示し、黒は改めて天空の機神を見つめ上げる。
何一つ事態は解決していない。ヴィルキスという対抗手段が現れたことは大きな収穫にはなる。しかし、御坂美琴、足立透、エンブリヲ、彼らの脅威は依然として消えない。

「足立と杏子は別の方向へと飛ばされたようだな」

周辺に二人の姿は影も形も見えない。足立はともかく杏子が頑丈であることはしっている。
魔法少女の頑丈さは別種ではあるが、嫌なほど思い知らされた。あの銃撃そのもので死ぬことはないと思いたい。
問題は飛ばされた足立が、たまたま杏子の傍で交戦に至ってしまった場合だ。

杏子にはかなりの無茶をさせてしまった。
足立と交戦するのは自殺行為にも等しい。あの鎧の力を借りても、なお反動を考えればむしろない方がマシなのではないか。
かといって逃げるようなタマでもない。確実に殺し合いの続きを始めてしまうだろう。

「……無事でいればいいが」

位置が分からない以上、救援に行くことも出来ない。運が良ければ御坂追跡の際に発見できるかもしれないが。
どちらにしろ。今は杏子を信じるしかない。


「別にいいじゃない。みんな消えるんだから」


黒を嘲笑うかのような声が響く。


「何? 猫、お前何か言ったか?」

「は?」

突如響いた声に目を丸くし、猫を怒鳴りつけるが猫は首を傾げていた。
我に返った黒もあれはエコーの掛かったような甲高い女に近い声だった事を思い出す。猫が出せるものではない。

「あれは」

言いかけて黒は口を閉ざした。
黒だけが―――あるいはエンブリヲも勘付いた可能性はあるが、何者かに見られている感覚が黒にはあった。


今でも近くにいる気がする。黒を引きずり込むように、その細く白い腕が絡みつく。冷たい死人の腕が。

「違う。誰も消えなんかしない」

振り払う。そこにそれが実在していたかどうかは定かではないが、黒からしてみれば確かにそれはあったのだ。
猫が怪訝そうに見つめる。当然だ。契約者以前に人として奇行にしか見えない行動を取られれば、そういった目で見てしまう。

「どうしたんだ黒?」

猫の声に一切黒は答えない。

無視されたことに不貞腐れた猫は時間を計りながら、そろそろ五分であることに気付きエドワードの顔の上へと乗っかる。
黒は意識をもう一度今目の前に広がる強敵達へと移す。
何も終わっていない。そう、まだ何一つとして終わっていないのだ。

この殺し合いで出会った参加者たちの顔が次々と浮かび上がる。今残る生存者達を除きその全てが息絶え、この場で朽ち果てた者達だ。

「今度こそ必ず全てにケリを着ける」









324 : 契約は交わされ、時は満ちる… ◆ENH3iGRX0Y :2017/12/24(日) 03:35:17 GUKCLCjg0



「派手にやるなあ」


天空で雌雄を決しようと激突する二対の機神を眺めながら、ぽつりと呟く。
どうやら身動き出来ない間に戦況は大きく動いていたらしい。あんなロボットが出てきたのが良い証拠だ。
お父様は特にヴィルキスだけは警戒に警戒を重ね、絶対に参加者の手に渡らないようにしていた。それがこの箱庭に現れたという事は彼が敗北しその枷が外れたのだろう。
あるいは愛の力が、それらを上回り奇跡を起こした――そちらの方が好みだ。そういうことにしておくことにした。

「なんて、ロマンチックかな」

リンゴを取り出し一口齧る。シャリシャリと子気味良い咀嚼音が聞こえ、そして齧ったリンゴを数時間前に佐倉杏子が線香の代わりに立ててあったタバコの横に置く。

「リンゴ、好きなんだよね? 最後まで、律義に嫌なもの吸う必要ないでしょ」

リンゴの前から踵を翻し、ゆるりとした足取りで進む。
彼女が向かう場所は一つしかない。誰よりも愛し全てを捧げた男の元へ―――











交わした契約は果たさねばならない。


始まった物語には幕を下ろさねばならない。


「ああ、分かっている」

広川は一言そう呟き、戦線へと向かう。


全てを果たし、そして終わらせる為に―――機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)として。


325 : 契約は交わされ、時は満ちる… ◆ENH3iGRX0Y :2017/12/24(日) 03:36:17 GUKCLCjg0




【F-5/二日目/午後】


【黒@DARKER THAN BLACK 黒の契約者】
[状態]:疲労(大)、右腕に刺し傷、腹部打撲(共に処置済み)、腹部に刺し傷(処置済み)、戸塚とイリヤと銀に対して罪悪感(超極大)、首輪解除
     銀を喪ったショック(超極大)、飲酒欲求(克服)、生きる意志、腹部に重傷
[装備]:黒のワイヤー@DARKER THAN BLACK 黒の契約者、包丁@現地調達×1
     傷の付いた仮面@ DARKER THAN BLACK 流星の双子、黒のナイフ×10@DTB(銀の支給品)、水龍憑依ブラックマリン@アカメが斬る
[道具]:基本支給品、ディパック×1、完二のシャドウが出したローション@PERSONA4 the Animation 、大量の水、クラスカード『アーチャー』@Fate/kaleid linerプリズマ☆イリヤ
[思考]
基本:殺し合いから脱出する。
0:聖杯とやらを壊す。
1:御坂を追う。
2:銀……。







【???/二日目/午後】



【???@???】
[状態]:???
[装備]:???
[道具]:???
[思考]
基本:???







【???/二日目/午後】

【広川剛志@寄生獣 セイの格率】
[状態]:???
[装備]:???
[道具]:???
[思考]
基本:聖杯を手に入れる。
1:全てを果たし、そして終わらせる。


326 : ◆ENH3iGRX0Y :2017/12/24(日) 03:42:23 GUKCLCjg0
終わりです

それと申し訳ないのですが◆BEQBTq4Ltk氏にお願いがありまして
少しだけ確認したいことが出来てしまって、できればチャットかなにかで内密にお話したいのですが
お暇な時などあるでしょうか?

返信お願いします


327 : ◆BEQBTq4Ltk :2017/12/24(日) 08:43:07 rtt4ofyU0
みなさまお疲れ様です。

>>326
今日でしたら〜15時まで、19〜22時なら大丈夫です。
それ以降は要相談となりますが、20時以降でそちらが指定してください。空けれるかどうか頑張ってみます。


328 : ◆ENH3iGRX0Y :2017/12/24(日) 11:50:11 GUKCLCjg0
返信ありがとうございます
15時までということは今からでも平気でしょうか?


329 : ◆BEQBTq4Ltk :2017/12/24(日) 11:55:50 rtt4ofyU0
>>328
大丈夫ですよー
場所はどこにしましょうか


330 : ◆ENH3iGRX0Y :2017/12/24(日) 12:00:37 GUKCLCjg0
言い出しっぺなのにパソコン買い換えたのもあって前に使った場所保存してないんですよね
すいません
誘導して頂けるのならそこかなと思ってたんですけど


331 : ◆BEQBTq4Ltk :2017/12/24(日) 12:03:41 rtt4ofyU0
ttp://chat.kanichat.com/chat?roomid=aaaaa

即席の場所でお願いしますね


332 : ◆BEQBTq4Ltk :2017/12/24(日) 13:00:54 rtt4ofyU0
お疲れ様でした


333 : 名無しさん :2017/12/26(火) 18:48:42 MVxvNb1w0
遅くなりましたがお二方投下乙です

終盤のキャラは悔いを残さず死ぬことが多いから
足立が孤独と絶望のまま果てたのは結構新鮮な感じがする
そして、杏子は還らず、全滅エンドも見えてきたか

ゲリラ投下の方も黒が不穏になってきたからなあ、あれはあのキャラだろうし
この先も楽しみです


334 : 名無しさん :2017/12/27(水) 10:37:50 tAKHAjq.0
◆EN氏→◆BE氏の黄金パターンかな?
来年も楽しみに待っています!


335 : 名無しさん :2018/02/04(日) 21:42:38 enBMkRMA0
1月は投下なかったか
今月に期待するぜ!


336 : 名無しさん :2018/02/05(月) 17:54:52 XWihfvPs0
アニ3に比べたらハイペースだから甘えるな


337 : ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:03:59 mV80gqw.0
ゲリラですが投下します


338 : 裁きの門 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:04:30 mV80gqw.0
「邪魔? まさか私は傍観者であり続けるつもりだ」

ヒースクリフの答えはすぐに返ってきた。迷う必要も渋る理由もない。
既に彼は退場した。いわば、ゴーストだ。これ以上のゲームの干渉は彼の美学に反する。
例え結末が何であれ、それがプレイヤー達の出した答えならヒースクリフは何も異を唱えない。

「……まあ、そう言うとは思ってたけど」
「エンブリヲの時は例外だ。ここから先は君達だけの舞台だ」

御坂も答え自体は予想していたが、改めて言われると面を喰らう。
善悪を超えた天才の思考回路は御坂のレベル5の頭脳を以ってしても理解が追いつかない。
普通に考えれば命乞い擦るなり、エドワード達に付くなりするはずだが。
果たしてこんなものを見ていて何が面白いのか。天才と言うのは頭が良すぎて、娯楽が狂った方向に向かうのだろうか。

「丁度いい。タスク君かエンブリヲか、それともエドワード・エルリックか、あるいは黒か……か、または雪ノ下雪乃か。
 誰が君と最後の戦いに臨むか知らないが、時間はある。少し暇つぶしに談笑でもどうかな」
「何よ……」
「かつて、私のゲームを攻略した男は……君と同じ愛の力でシステムを凌駕した」

SAO事件、最後の決戦においてキリトとアスナは茅場晶彦のシステムを愛により打ち負かした見事、ゲームマスター、ヒースクリフを打倒した。
少し似ている気もしたのだ。御坂美琴の動く理由も上条当麻への―――

「君を支えるのは愛の力なのだろうか」
「ば、ばっかじゃないの……! 何よ、いきなり」
「不思議なものでね。私の作るゲームは最後は必ず、愛の力が私の予想を超えている」

御坂美琴は決して弱者ではないが、ここまで生き残れるほどの猛者であったかと言われると否でもあるだろう。
殺しに於いては他の達人に比べ劣り、場慣れもしてはいるが戦の経験はやはり少ないと言わざるを得ない。
ヒースクリフは良くて中盤で落ちるだろうと考えていたほどだ。

「君はここまで生き延びた。運もあるだろう。偶然なのかもしれない。
 しかし、優勝は目の前だ。君は誰よりも生存に長け、勝ち続けてきた。
 そして何より、私のゲームを誰よりも真摯に捉え、プレイしてくれた君にはある種の感謝すらしている」

「皮肉でしょ。好きでこんなゲームプレイしてた訳じゃないわ」

「それでもいいさ。君は最高のプレイヤーの一人だ。だからこそ、ゲームの開発者として話をしてみたいと思っただけだ」

褒められているのだろうか。だが、聞いているとイライラしてくる。
こんな訳の分からないモノに連れられて、いきない最高のプレイヤーだの言われてもこちらは誰かを楽しませるために戦った訳ではない。
やはり前言を撤回して今すぐ殺してしまおうか。

「ねえ、一つ聞きたいことがあるんだけど――――」







339 : 裁きの門 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:04:57 mV80gqw.0




「――――…………誰かを推している訳ではないが、君の武運も祈っている」

ふとヒースクリフは踵を翻す。

「何処、行くのよ」

「また会おう。野暮用が出来た」

殺してもカウントされない相手をわざわざ殺す理由もない。
御坂は怪訝そうにヒースクリフの後姿を見送り、再び視線を天空の機神へと移した。


「……槙島聖護、か」

御坂が今しがた聞いた青年の名を呟く
現在の生き残りから逆算すれば分かる事だが、放送で呼ばれたようにあの男も命を落としたらしい。
他人の内面に首を突っ込み煽るような男だ。どんな死に方をするか―――いや予想できない。
不思議と強さだけなら、鍛えた成人程度の男だが死に様は想像がつかなかった。

「アンタは楽しかったわけ? こんな無様な姿を見て」

答えは当然ない。
あるはずがない。死んだ人間は口を利かない。ましてや死体すらない空に向けて声を発したところで、誰が聞いているのやら。
何人も死体へと還した御坂はそれをよく理解していたはずだった。
それでも無駄と知りながら、答えが欲しかった。

今更、これまでの血塗られた旅路を後悔するわけではない。
ただ何故か無性にもう一度あの男と再会したい。そういった奇妙な感覚や使命感が湧いてくる。
苛立ちにも似た、しかし憎しみや殺意ではない。

「見せてみたいわね。私の輝きだっけ? 今、どんなドス黒い色してるかさ」

そうして分かってきてしまう。
槙島が御坂に接触した時、あの男は恐らくはしゃいでいたのではないだろうか?
普段にあの男やその背景を知らない為に、完全な見たまんま印象を頭の中で再構築したに過ぎないが、槙島は殺し合いというより、このイレギュラーの展開に困惑より先に歓喜していた。
殺しを好んでいたのではない。そう、もっとそれとはむしろ真逆だ。
クラス替えをして馴染のないクラスメイトに囲まれながら、話の合う奴を見つけたような。あるいは絶滅寸前の生き物が自分とは別の個体を見つけた時のような。

いわゆる孤独からの解放。

そしてはしゃぐだけはしゃいで、多分あの男は最後には急激にクールダウンしながら死んだのだろう。


あの男はきっと―――


推測と思い込みも混じっているが、こんなことまで推測できてしまうのは御坂が同じく道を逸れた孤独の人間になったからかもしれない。
人間は誰しもが孤独を嫌がる。
そこに例外はない。例え殺人鬼ですら、裏を返せば殺す対象者である他人を求めているのだ。
御坂美琴も孤独に耐え兼ね、そして手を血に染めた。


340 : 裁きの門 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:05:17 mV80gqw.0

「やばいわね……。幻覚見えるとか」

御坂の目に映る槙島は、かつて見た時と違い、とてもか弱く小さい存在に見えた。
当然幻だ。血の流しすぎや、感傷に浸ったせいでそんな感じのモノが視えていると錯覚しているだけに過ぎない。

「まあ、せっかくだし言っておこうかな」

しかし、幻覚であろうとも言わなければならない。
全ての言い訳も逃げ道も潰しておきたいから。
もしも槙島にさえ会わなければ、こんな事にはならなかったなんて、誰にも――それこそ数時間先の未来で後悔しているかもしれない自分にだけは言わせたくないから。

「私は私の意志で戦ってきた。誰に扇動されたわけでもない」

幻覚は見えなくなった。
ボロボロの体でまともに感覚もないが、力だけが込められているように感じられる。
気のせいでただの思い込みの錯覚だが、少し自分の中で心強く思えた。

負ける筈がない。

相手が誰であろうと、負ける気がしない。

仲間を引き連れ止めに来るであろう者達にも、愛の力で飛翔した機神にもだ。

「……そうよ、私は私の為に戦って必ず勝つ」





【F-2/二日目/午後】


【御坂美琴@とある科学の超電磁砲】
[状態]:ダメージ(絶大)、疲労(絶大)全身に刺し傷、右耳欠損、深い悲しみ 、人殺しと進み続ける決意 力への渇望、額から出血
    足立への同属嫌悪(大) 首輪解除 寿命半減、錬金術使用に対する反動(絶大)、能力体結晶微量使用によるダメージ(大)
    右腕壊死寸前、科学的には死を迎えても不思議ではない状態、身体は常に電気を帯びている、限界突破(やせ我慢)
[装備]:能力体結晶@とある科学の超電磁砲
[道具]:基本支給品一式、大量の鉄塊
[思考]
基本:黒子も上条も、皆を取り戻す為に優勝する。
0:残った生存者を殺す
1:タスクとエンブリヲ、生き残った方を殺す。
[備考]
※参戦時期は不明。
※電池切れですが能力結晶体で無理やり電撃を引き出しています。


341 : 裁きの門 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:05:37 mV80gqw.0









見落としがあるのではないか。






ゲームは佳境を迎え、終結に近づいている。
当初の茅場の目的とは些か違っていたが、結果として彼なりに満足のいくゲームが作り上げられたのではないかと思う。
出来る事なら今の生存者にキリトが居ればもっと良かったが。
だとしてもそれはあまりにも贅沢過ぎる程、茅場は自らの器を満たし後悔など何一つなかった。

「筈、なのだが」

お父様は脱落し、アンバーは消息不明、恐らくは殺されたのだろうか。エンブリヲ曰く生きているかもしれないと睨んでいるらしいが、どちらにしろアンバーは今はどうでもいい。
重要なのは最後の主催、広川剛志。

「あの男、一体何者だ」

茅場は広川について知らない。強いて言うなら茅場の後釜でスカウトされたらしいということだけだ。
お父様との戦いにおいても足立を銃で撃っていた以外は大した活躍もしていない。戦闘力は殆ど皆無、現状の生き残りの中では正しく最弱の男だ。
だが、本当にそうか?

「引っ掛かるな」

ヒースクリフは念入りに周辺を見渡しながら、広川の姿を探し続ける。
もっともそれで見つかる筈などないと、本人でさえ分かり切っていることだ。あくまでついでの行為に過ぎない。
彼が向かっていた目的地はアインクラッド、その前に置かれた首輪交換所だった。

「完全なゲーム脳だな」

手には銀色に光る首輪が握られていた。それは佐倉杏子から無断で拝借したものだ。
エンブリヲとの戦いの中で、彼女の意識がエンブリヲに向いている間にティバックに手を忍ばせることくらいは造作もない。
彼女が持っていたのは5つの首輪だ。これだけあれば、一つは必ず大当たりが出るだろう。

「さあ、鬼が出るか蛇が出るか」

ボックスの中に首輪を放り込む。電子音が鳴り響き、機械音声がヒースクリフへと語り掛けた。










342 : 裁きの門 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:06:00 mV80gqw.0





エドワード・エルリックが目覚め、雪ノ下雪乃が目覚める。
二人の顔色は優れず、疲労が見て取れた。この二日間戦い続きだったのだ。
天国戦争を生き抜いた黒ですら、戦闘に支障を来す恐れがあるほど消耗している。戦の経験のない二人の疲労は当然のものだ。

「戦えるか」

だが、二人を介抱できる余裕も時間も黒にはない。戸塚と守ると約束した雪乃であっても、現状でもし動けないのであれば置いてくしかないだろう。
御坂を放置すればどちらにしろ全員が死ぬのだ。
エドワードも雪乃もそれを理解している。何より、御坂の蛮行の元を辿るならば事前に防げたことを強引に推し進め、彼女を生かした二人の責任でもある。
故に二人の回答は決まっている。

「当然だ」
「当然よ」


ここで休んで、誰かに尻拭いをさせるなんて真似は出来ない。自分たちの責任は自らの手で取る。
強い意志を感じさせた言葉だった。
我ながら、馬鹿な問いをかけたと自嘲し黒は前を向く。
この諦めの悪い二人がこの程度で置いて行かれることに納得などする筈がないのだ。最後までお父様に逆らい歯向かい、喰らい付き続けた少年たちが諦めることなどない。

三人はボロボロの体を引き摺りながらも前へと進んでいく。




「おめでとう。諸君、よくぞここまで生き延びた」


「おまえ……」



「こうして直に話すのは初めてだな」



黒、雪乃、エドワードの前に忽然と彼は現れた。
惨劇の開幕を告げたこの殺し合いの参加者たちにとって全員が共通する怨敵、広川剛志その人だ。
お父様との戦いのなかで行方を晦ましていたが、やはりというべきか生き延びていたらしい。
もちろん、それをそれを喜ぶものなどいないのだろう。不殺を掲げるエドワードですら、意図的に殺さないだけで彼の無事に歓喜するかといえば否かもしれない。

「意外だわ。こうして、私たちの前によく顔を見せられるものね。
 もしかして、今更お父様に無理やり従わされていた、なんていうつもりかしら」

雪乃の言うように、殺し合いの参加者の大半はそのスタンスに限らず、広川を憎む好機があればその命を奪いにくるだろう。
特に現状残ったエドワードを除く生存者は彼を殺めることに抵抗はない。
一般人の雪乃ですら殺意というものを抑えられない。

「俺も一発殴るくらいはしないと気が済まねえ」

元より人を殺めないだけでエドワードもまた血の気の多い若者だ。
喧嘩っ早く、怒りという感情にはまだ抑制が効かない節も多々ある。
殺意の代わりに怒気を纏い、エドワードは広川へと詰め寄る。
雪乃はも同じくアヌビス神を握りしめる。


343 : 裁きの門 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:06:16 mV80gqw.0

「随分、恨まれたようだ」

自分自身を皮肉るように広川は薄く笑い、大袈裟な手振りで両手を肩程の高さにまで上げて掌を空に向けたまま、Wの字を作りジェスチャーした。
妙だと黒は訝しんだ。
広川の行ったのは明らかな余裕だ。しかし彼の戦闘力は素人同然、恐らく戦闘においては現代日本の一般的な成人男性の域を出ない。
力を隠している可能性もあるが、所詮はただの隠れ蓑としか使われていなかった男だ。
アヌビス神、エドワード、黒の三人を相手取るほどの力量を持っているのだろうか?

「待て二人とも―――」

黒は他の二人に比べ、経験を積んでいたことに加え、広川に対する情報のなさ故から次なる一手に対し慎重になっていた。
雪乃は泉新一から、なまじ彼は一般人であると聞かされた為、エドワードは前述のように怒りにより一時的な激昂が感情を支配した為。
逆に二人は黒と違い広川に対し、闘志を露わにする。

「迂闊に近寄るな。何か分からないが……嫌な予感がする」

前に飛び出し、二人を庇うように両手を広げながら黒は広川を睨みつけた。
奴の一挙一動に一切の隙を与えぬように注視し眼光を尖らせる。
その光景にエドワードは怒りから、僅かに冷め冷静さを取り戻す。
そして横の雪乃の腕を引く。雪乃もまた二人の行動から、無意識に抱いていた油断から目覚め、足を止めた。

「正解だ。黒の死神……戦場で培われた勘というものか。素晴らしい」

広川の口調には皮肉といった他意などは含まれない純粋な称賛が込められていた。
黒の取った行動は正しく、それが何よりも最善であったと自ら種明かしをするかのように。

「黒の死神に感謝した方が良い。彼がいなければ既に君達はこの世を去っていた」

「なんだと?」

広川の台詞に対し、エドワードは一切の説得力も信憑性も感じない。
まるごしの中年男性一人で何が出来るというのだ?
だが、広川はその自信と油断……彼の力量を考えるならば、本来ならば不相応な慢心は収まるところを知らない。

「鋼の錬金術師、君の力を私に提供するつもりはないか?」
「何?」
「その力は然るべき方法で適切に扱わねばならない。
 考えたことはあるか? 人を殺めるという点において、お前はこの場の誰よりも長けてるという事に」

エドワードは拳を強く握りながら、広川を睨みつける。
自らの信念を否定する言い様に対し、反射的に体に力が入り感情的になっているのが自分でもわかった。
それを見越しているのか、表情一つ変えず淡々と広川は口を開く。

「手を合わせ、物質のある限り無限の錬成を行える。ありとあらゆる状況に合わせ、その場にあった戦術を練ることができる。
 そうだ。様々な殺し方とそれを可能とする頭脳もある。しかし、何故それを人へと向けない? あまつさえ、自らに要らぬ枷を強いる。
 これではただの阿呆だ」

戦術という観点で言うのなら、広川の言葉は正しい。
マスタングの炎やキンブリ―の爆破など、錬金術の殺傷力は非常に高い。
特にエドワードは一つの錬成に特化せず、オールマイティにその時々の状況環境に合わせた錬成が行える。
御坂との戦いも、彼が殺しを解禁していれば既に決着はついていただろう。


344 : 裁きの門 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:07:00 mV80gqw.0

「ふざけんじゃねえよ。お父様みたいに血の紋でも刻めってか? んなもんお断りだ」

かつてキンブリ―にも似たようなことを言われたが、当然答えは拒否だ。
殺さない覚悟を始めて口にした時の様に強い口調で否定する。
広川も予想はしていたように呆れながら、また言葉を紡ぐ。

「人間は増えすぎたとは思わないか」

「……まさか、人口増加のことかしら? 嘘でしょ、もしかして殺して数を減らせとでも言うつもりではないわよね」

「その通りだ」

雪乃は唖然とした。
確かに人口増加は大きな問題であり、何としても解決すべき人類の課題の一つだ。
地球に対する被害どころか、まわりまわって自分達の首すら絞めかねない。
理屈の上ならば、人の数を減らすことで解決はするだろう。
しかし、事はそう単純ではない。

「馬鹿じゃないの?
 ネットに触り立ての中学生でも、もう少しマシな発想をするわ……。こんな人間が市長になれるなんて、民主主義の欠点が服を着て歩いているのと同じじゃないかしら。
 これ以上恥の上塗りで黒歴史を増やす前に、今すぐネット回線を断ち切った方が良いでしょうね」
  
雪乃も人口の増加については理解しているし、それが近い将来の大きな問題となる事も知ってはいる。
しかし広川の言ってることは極端だ。
あらゆる面から見ても歪んだ極論でしかない。言ってしまえば、それは到底叶いもしない理想論でもある。
実現などされる筈がないし、してはいけない。
独裁者に牛耳られた国家ではないのだ。そんな暴論が通る筈もない。
現実を知らない。それでいて、知識だけ無駄についた稚拙な中学生が言いだしそうな馬鹿げた話だ。

「俺達は、お前の理想論に付き合う気など毛頭ない。」

警戒を重ねていた黒だが、何時までも受け身でいる訳にはいかない。
ナイフを抜き、広川の動きを注視しながら足を踏み出す。
広川は一切動じず、身動き一つ取らない。そういった型の動きかと思えば、隙だらけで何時でも肉薄し殺すことができる。
事実、既に黒の脳内では幾度となく広川を殺めたビジョンが繰り返されている。

「……どうした? 来ないのか、こうしてる間にも御坂美琴は―――」

だが未だに攻められずにいる。
得体の知れなさが、黒の本能の警鐘を鳴らし体の動きを押し留めている。

「チッ」

舌打ちし、一気に黒は加速し広川の懐へと飛び込む。
これが罠であることも重々承知でこちらを焦らせながら、広川はあえて煽っていることを分かっている。
故に黒が誰よりも早く、飛び込むのだ。この三人の中で最も戦場に慣れており、修羅場を潜った。
何が起こっても生還できる可能性は黒が一番高い。

「……っ!」

喉元へとナイフを翳し、その切っ先は広川の喉仏を捉えた。
一秒も経たずに引き裂き、鮮血を噴き出すことだろう。
エドワードはそれを察し、目を細めながらも広川を死なせてしまうことに自身の無力さを痛感する。


345 : 裁きの門 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:07:22 mV80gqw.0

「あ、れは……」

それは早計だったと一秒後にエドワードは思い知らされる。
青い光が広川を包んだ瞬間、黒のナイフを赤い鎧に身を包んだ巨人が、その巨人のサイズに合わせた巨刀で起用に防いでいたのだ。

「ペルソナ、よね……足立とは形状が違うけれど」

雪乃の記憶でそれに値する異能は一つしかない。足立の操っていたペルソナだ。
姿形は違うが、そのサイズ比は確かにペルソナそのものだと断言できる。
エドワードもスタンドとは違うその巨人の姿から、あれがペルソナであることに疑いは持たない。
つまり広川はペルソナ使いであったのか? 足立と同様に?

「紹介しよう。これは、ヨシツネと呼ばれるペルソナだ」

広川は淡々と巨人の名を呼ぶ。
膨れ上がる殺意を感じたのか、黒は一気に後方へ飛びのく。そして距離を置き、相手の出方を伺う。
だがヨシツネは一瞬にして黒との距離を詰めた。

「な―――」

黒の数倍はあろうかという巨体でありながら、その俊敏性は黒をも凌ぐ。
ヨシツネの刀が胴体を切断する為に振るわれた
黒は咄嗟にナイフを合わせる。しかしナイフには罅が入り、この耐久力では長くは持たない。
僅かの拮抗の間に刀の刀身を黒は蹴り上げ、刀の軌道を上方へと逸らす。
そのまま自身もしゃがみ、ヨシツネの一閃をやり過ごすした。

手元にあの友切包丁があれば話は別だったろう。
どうせロボ戦になるのなら、渡さなければよかったかもしれない。

殺し合い中で幾度となく救ってくれた名刀の不在を黒は惜しむ。

しかし、ただ惜しんでいる暇もない。まだ相手の初撃を避けただけなのだ。
ヨシツネは黒へと刃を向け、否―――黒達に刃が向けられていた。

「避けろ!!」

それに気づいた時には既に遅い。黒の遥か後ろにいたエドワードと雪乃へと斬撃が飛ぶ。

『野郎ォ!!』

アヌビス神が雪乃の体を支配し、その斬撃へ自らの刀身を叩き込む。
これで確実に弾いた。アヌビス神はそう判断し攻めへと転じようとし、刹那自らの判断が過ちであったことを思い知らされる。
更に七撃、剣撃が放たれていたのだ。
ほぼタイムラグゼロの同時にである。

異能としての成長には制限が掛けられているが、アヌビス神本人の実力はまた別だ。

ナイトレイドの切り札でありまごう事なき剣豪のアカメが使い手として担い、最強の剣聖ブラッドレイの剣裁を受けたアヌビス神の実力は確実に成長していた。

銅を狙った一斬を確実に防ぎ、足を狙った斬撃を可能な限り早く跳躍し避ける。
雪乃の太腿に赤い線が刻まれたが、これに関しては内心で謝りながらもどうしようもないことだ。
幸い動きに支障はなく、残った五撃を迎え撃つには何の問題もない。

「あっぶね……!」

機械鎧が黒く染まり。鋼のそれから大幅に硬化する。
この場で幾度となく、御坂対策に使用したダイヤの機械鎧の炭素硬化を耐久性にまで留めた姿だ。
ヨシツネの刃は機械鎧に直撃する。しかしその優れた硬化性から、腕は刃を耐え切った。
エドワードの小柄な体を僅かに浮遊させるが、すぐに地に足は付き体制を立て直す。


346 : 裁きの門 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:07:39 mV80gqw.0

「うおっ!?」

しかし一斬を防いだのはいいが、追撃は免れない。
ヨシツネの攻撃は一刀だけではない。同時に無数の斬撃を炸裂させる。

「やっ……」

アヌビス神の恩恵も、黒の死神と恐れられた歴戦の暗殺者でもない。
錬成に長け、腕っぷしにそれなりに自信があるだけのエドワードはヨシツネの動きに全くつていけない。
グロテスクな内臓を晒し、刺身へと変貌するのに時間はそう掛からないだろう。

「エドワード!」

黒が駆け出し、ワイヤーを投擲しエドワードの足を引っかけ転倒させる。
その頭上を刃は奔り去り、ワイヤーを仕込んだベルトの仕掛けを動かし、巻き戻されたワイヤーとそれに繋がれたエドワードを引き摺るような形で回収する。

「さ、サンキュー……」

黒とエドワードの周りの木々や建築物が抉れ、切り倒され瓦礫と木々の破片が降り注ぐ。
あれが生身の人間の体に当たったらと思うと、身の毛もよだつ。
エドワードは冷汗をかきながら、自分の代わりにバラバラになった無機物をまじまじと見つめた。

『ど、どうだぁ! 全部しのいでやったぞ!!」

アヌビス神もまた優れた剣術で斬撃を受け流し、そのまま迷わずヨシツネの射程範囲外に見切りを付け後退する。
三人は一か所に固まり、ヨシツネとその奥で立ちはだかる広川へと意識を向けた。

『おい、悪いがもう次は受けきれないぞ』

広川にかました強い口調の台詞とは打って変わり、アヌビス神は黒に弱気になりながら声をあげる。
雪乃の身体で荒げた息は、そのままアヌビス神の疲労度合いを示していた。
彼女の身体に体力がないのもそうだが、あの攻撃を完全に防ぎきるのは難しい。
現に雪乃の身体は血まみれだ。
一つ一つは決して深い傷ではないが、数が増えれば出血も増える。最悪失血死という事もありうるだろう。
成長の異能で覚えてはいるが、何分手数が違いすぎる。本体の剣がメインだった頃ならそんなもの気にせず戦えたが、今は違う。

「……分かっている」

血だらけの二人を見ながら黒も思考を尖らせ戦略を練る。
次、もう一度あの攻撃が来れば確実に誰かが死ぬだろう。
あれだけの技だ。インターバルや溜めが必要だと思いたいが、そうでなかった場合は悲惨だ。


347 : 裁きの門 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:07:56 mV80gqw.0

「本体を叩くしかないな」
「けど、誰が突っ込むんだ。俺はあのペルソナの動きに付いていけないし、雪乃だってアヌビス神がついているとはいえ……。
 アンタにやれるのか?」

黒の実力を過小評価するわけではないが、如何に黒の死神といえどあのペルソナに真っ向から挑めば、結末は死以外にありえない。
アヌビス神を黒に手渡せば可能性も上がるかもしれないが、無防備になった雪乃を狙われでもしたら、ひとたまりもない。
それは他ならぬ黒自身が良く理解している。それでも、今の残された戦力で広川へと辿り着ける可能性があるのは黒だけなのも事実。

「やるしかない。一番この場で動けるのは俺だけだ」

黒はエドワードと雪乃を下がらせ前に出る。ナイフを逆手に電流を流しながら、広川とヨシツネを睨み好機を伺う。
あれを操作しているのが人間である以上、必ず隙はある筈だ。

「意気込みは買うが、無謀だと思うがね。気が済むのならやってみるがいい」

「随分な自信だな。これだけの芸当が出来るのなら、お父様とやらに従う必要もなかったんじゃないのか」

「……そうk―――」

広川の台詞は黒の耳には最後まで届かなかった。
僅かな隙、短い集中の途切れた合間を見つけ黒は疾風の如く駆け出す。
ヨシツネは刀を動かし、だが黒の速さに追いつけず刀は地面を抉り抜く。
広川の眼前に黒が肉薄し、その胸をナイフが貫いた。

「な、に」

「残念だが、ヨシツネには物理耐性がある」

黒のナイフは広川には突き刺さらず、まるで鋼を小突いたかのように傷一つ突いてはいない。
傍目からは広川を殺める寸前で、黒が腕を止めているかのようにも見えるだろう。
しかし、当の黒は全力を込めてナイフに力を入れている。

「くッ……!」

ナイフを放り捨て黒は広川の顔面を掴む。ランセルノプト放射光が黒を覆い、電流が発生し広川へと流れた。

「無駄だ」

広川へと流れた電流は向きを変え、黒の腕を通して黒自身へと反射される。
自身の電撃による感電こそはないが、その衝撃で黒は吹き飛ばされ尻餅をついた。

「馬鹿な、お前は……!?」

「生憎、私は参加者のルールに従う必要がないのでね。故に、私の放つ力は一切の制限もなく。何の枷も強いられない」

確かにこの箱庭には制限という枷がある。だが、あくまでそれは殺し合いを成立させる為の云わば主催者の都合に合わせた処置に過ぎない。
広川は参加者ではない。そもそもが、殺し合いなど彼にとってはどうでもいい。ゲームのバランスなど今更関係がない。
そう、参加者でないのなら制限は必要がない。この箱庭においてただ一人、広川はその全力を遺憾なく発揮することができる。


348 : 裁きの門 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:08:17 mV80gqw.0

『はあああああ!!? そんなん、アリかァ!!?』

アヌビス神は叫ぶ。
ただでさえ厄介な力が全力で振るえ、こちらは一々制限を気にして戦わなければならないのだ。
エンブリヲでさえ、制限という同じデメリットを抱えた上での死闘だった。こんなものはもう戦いでも何でもない。
一方的な虐殺だ。













「バグは修正しなければね」









黒が傷一つ付けられなかった広川の胸を一つの刃が貫いた。







「貴様―――茅場……」


「プログラムの修正は、運営としての当然の行いだ。君にはここで消えてもらおう」


「あり……えん……」


「いやあり得るのさ。万物両断エクスタス、どんな物質であろうと両断できる。例えそれが最強のペルソナの耐性であろうとも」


茅場晶彦、いやヒースクリフは巨大なハサミの形をした刃物を広川から引き抜く。
赤黒い血の海に共に広川は倒れた。



「ヒースクリフ……何故、ここに?」
「首輪交換機を使って、広川の位置と武器を貰ったんだよ。意外とまだシステムは生きているらしい」


黒の疑問にヒースクリフは淡々と答える。
殺し合いは終結したと考え、既に首輪交換など誰しもが忘れていたが、お父様が脱落した後も勝手に稼働し続けていたのだろう。

「すまないね。君達には余計な手間を取らせてしまった。
 早く御坂美琴を追うといい。ゲームはまだ継続中だ」

ヒースクリフはそれこそ害虫を一つ駆逐したような平然さでエドワード達に向き直る。
事実、広川という男は彼にとって邪魔者以外の何物でもなく、プレイヤー達が織りなす物語の行方を見届けたいだけなのだ。
そこに立ち入る者は何人たりとも許すことは出来ないということだろう。


349 : 裁きの門 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:08:57 mV80gqw.0








「いや終わりだ。ここで私が終わらせる」






不死身の存在について彼らは今更驚きはしない。ホムンクルス、その親玉のお父様を見ている以上、再生力に優れた存在もいるのだろうという程度の認識だ。
しかし、彼はいまこの場に於いて驚嘆していた。それはヒースクリフも例外ではなく、むしろ誰よりもその光景を信じられないと言わんばかりの表情でそれを見つめていた。
血だまりの中から広川はゆっくりと立ち上がり、その胸の刺し傷と破れたシャツとスーツが修復されていく。

「私のペルソナをまだ見せていなかったな」

赤い煙のようなオーラが広川を包み込む。それは足立透が使役するマガツイザナギの召喚に近い。

「ペルソナだと? 君のペルソナは―――」

ヒースクリフは、そこで初めて広川が手にする一冊の本に気付いた。
青く光る本は、鳴上悠がペルソナを発現させるものと同一の光だ。
あの本が何なのか、失われたヒースクリフの記憶が呼び覚まし、彼に解を与える。
ペルソナ全書。ベルベットルームの住人たる「力を司る者」が所持しペルソナを繰り出す力の根源のようなもの。
主催としてゲームの準備を進めていた際に支給品としてリストにはあったが、入手の困難さと力の強さから茅場とお父様はそれを諦めたものだ。

「どんな手を使った? 一体どうやって」

存在するはずがない。あくまで候補にあっただけのそれが何故こんな場所に存在している。
いやそれ以前に―――








350 : 裁きの門 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:09:17 mV80gqw.0





存在意義か。

私の存在意義は……人の望みを叶えることだ。だからこそ、こうしてそれを見極めようとし結果としてそれに臨む姿を求めている事に気付いた。
ならばこれは報いだ。私を裁いた男の思惑が何であれ、私には相応しい末路なのだから。

「嘘」

この女の声は死人の中でも、飛びぬけて鮮明に聞こえてきていた。
私たちのいる怨念の渦の中で自らの意思を保てるものなど誰一人としていない。
現に私という存在自体も最早曖昧で、自意識を保つのも難しい。恐らく名前ももう思い出せない。
そういうことなのだ。ホムン……もうあの男の名前も思い出せないが、奴の糧になる。賢者の石として消費されるだけの存在なのだから。

「本当にそうなの?」

何が言いたい。私は末路を受け入れる……受け―――



反響される。私が見届けた死が。



多くの死を見てきた。その全てが何らかの想いを持ち、最後まで抗おうとしていたのだろう。
そして私はその姿を見ることを望んでいて……

『違うのか』

声に出ていた。

この瞬間、私ははっきりと自我を思い出したのかもしれない。
私が出した過ちなどなく全てが正しい願い。これは決して間違ってなどいない。
だからこそ―――私はその願いを叶えなくてはならない。

『いや、』

誰かの願いを叶えることは誰かの否定に繋がることだ。
故に私がすべきことは願望の成就などではない。だから私は傍観者として、このまま幕を―――

『違う』

あの女は私を見てほくそ笑んでいた。その手に輝く光。
そうか……なるほど、これは確かに見落としていた。茅場もフラスコの中の小人もアンバーでさえ。

「聞かせて、名前を」

『私の名? ……私の名は―――』











霧が濃く、箱庭を包み込む。
広川がその名を紡ぐ。
死の国の主、冥界の神。

広川が握りつぶしたタロットカードから現れる一対の異形。
その神々しさは、黒が見た中では彼らが打ち上げたヴィルキスにも匹敵しうるだろう。
ただしヴィルキスの華やかさとは対照的に、白い拘束具を身に纏った姿であることを除けば。





「イザナミ」






想定外の事ばかりが起きている。ゲームマスター茅場晶彦はの心中は驚愕に支配されていた。
SAOを開発し、この殺し合いを創り出したまさしく天才である彼ですら理解が追い付かない。
今頃、天空でタスクと争っているだろうエンブリヲに意見を求めたいほどだ。


351 : 裁きの門 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:09:35 mV80gqw.0

「お前は消えた……こんなイベントは私は知らない」
「知らない? ふざけるな。ヒースクリフ、お前はこのバカげたゲームの作り手だろ!」

ヒースクリフの胸倉を掴み問い詰める黒だが、彼に掛けられる言葉は何もない。
本当に知らないのだ。
電子世界を彷徨っていた際に、イザナミの死を知り黒幕は誰にも知られずひっそりと退場したとばかり思っていた。
しかし何故だ? どうやって奴はこの世界に帰還を果たした? お父様が取り込んだ以上は消費エネルギーとしての域を出ない筈だ。
お父様が意図的に蘇生させねば。だが、それこそ考えられない。
あの男がイザナミを何故復活させる? 意味がない。

「どうやら、とことん私をコケにしてくれたな」

黒の手を振り払い、ヒースクリフは怒りを込めた声で広川に怒声を飛ばす。

「この茶番の終わり方がそんなに気に入らないのか、茅場晶彦」
「当然だ。我々はここから先は一切の干渉をすべきではない」
「馬鹿な男だ。そうやって、何かを産み出した気でいる。
 何度も言うが、全て茶番だよ。お前も、お前が創ったゲームも……こんなモノに付き合い無駄死にした参加者も」

ヒースクリフを押しのけエドワードが足を踏み出す。完全に堪忍袋の緒が切れ、頭に血が上った状態だ。

「無駄死にだと!?」

殺し合いに乗った奴らも乗らなかった奴らも何かの為に戦い、そして散っていったのだ。
中には救えない外道もいたことは認める。それでも全ての死が無意味などと、エドワードからしたら許せるものではなかった。

「お前はここまで起こった惨劇、その死に意味のあるものなどあるとでも思っていたのか?」

広川は残酷にその異議を切って捨てる。

「君が言いたいのは、死んだ者達にも守りたい者や譲れないモノがあった。そういうことだろう。
 それが全て茶番だ。自らの正当化に過ぎん。もし守りたい者があったのなら、何故矛先を間違える?
 お前達参加者が最初から団結していれば、死者は最小限に済んだのではないか?」

「だから俺達は……!」

「団結したとでもいうつもりか? 団結は各々が大局を捉え、一つの目的に対し強く結びつくことだ。
 お前は一度して己の主義主張を曲げず、自らに強いた信念とだけ戦い続けている。ただの一度たりとも大局を見てはいない」

参加者が一切の争いをせず、脱出に向けて行動すれば一人の犠牲者も出ないだろう。
理想論ではあるがエドワードを含め参加者の殆どが皆、生存敷いてはその為の脱出を目的にしていたのに対し、非合理な行動が多かったのは否めない。

「その結末が今の惨状であるとまだ気づかないか? 御坂美琴、足立透、エンブリヲ……お前が本来打破すべき存在がこれだけの数を占めている。
 君は一度として団結したことなどない。いや、君に限らずこの場に呼ばれた参加者は全て同じだ」

エドワードの拳に力が入る。
怒りによって機械鎧が軋み、左手の生身の掌からは皮が裂け血が出る寸前だった。
奴の言う通り、上手く立ち回れなかったと言えばそうだ。
エドワードの知る範囲でも、もっと何とかなったのではと思う点は多い。

「身勝手な理屈で多くを巻き込み破滅した者を上げていけばキリがない。表向きは正義を謳いながら、自身の欲望のままに暴れあまつさえ何の責も負わぬまま死んだ者もいる。
 さあ、君はどちらかな鋼の錬金術師?」

だとしても、そうだとしてもその全てが無駄と切り捨てられていい訳がない。
彼ら彼女らの死に様を全て知っている訳じゃない。自らを貫いて、信念を見せ付けた者もいれば無様に死んだ者もいるのだろう。
だが、一つの死には数え切れぬほどの人生があり、一つの運命が終わりを告げたのだ。

「どちらにもならねえよ! 俺はここにいる全員で必ず、生きて帰る!!
 そしててめえをぶん殴って、今までの台詞全部訂正させてやる!!」

これ以上、誰一人として死なさない。エドワードの出す答えは広川への宣戦布告でもある。
同時に自らの勝利宣言と広川の発言の完全な否定だ。


352 : 裁きの門 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:09:55 mV80gqw.0

「それが下飾っているというのだよ」

広川は動じる様子もない。一度瞬きをして冷たく言い放つ。

「下がれ、エドワード!」

黒のディバックが開き、そこから水流が巻き上がる。
竜の唸り声のような水音を巻き上げながら、螺旋状に回転した水流を黒はイザナミへと叩きつけた。
水飛沫が雨のように舞い上がっては落ち、黒を濡らし辺り一面を湿らせていく。
地面が水にぬれた際に放つ、独特な臭味が黒の鼻孔を突いた。

『せっかちな人だ』

イザナミの声は黒を嘲笑うかのようだった。
間違いなく命中させたハズだったが、広川とイザナミは無傷。
ブラックマリンの力は黒が身をもって知っている。
魏との戦いで見せたその威力は、黒の中で強い印象を植え付けていた。
お父様との戦いでも、この指輪がなければ黒は戦力として付いていけなかったかもしれない

「もう分かっているだろう。私達には死という概念が存在しない」

「黙れ!」

地面に落ちた水を巻き上げ、それらを槍状に再構成する。

「考えたことはあるか? 生物界のバランスを」

黒が腕を振るうと共にタクトを受けた奏者のように水は広川とイザナミを囲う。

「さっきも同じことを言ったと思うが、そう間引きだよ。人間の数を直ぐにでも減らさねばならん。殺人よりも、ゴミの垂れ流しの方が遙かに重罪だ」

縦横無尽に行き場を塞ぐように張り巡らされた水の槍は、同時に数コンマのラグもなく降り注ぐ。
広川に触れる寸前、水が打ち消されていく。
遥か天空から飛来する雷が水を打ち、一瞬にして蒸気すら上げさせず水を滅ぼす。

「……それで、貴方が私達人間を間引くつもりだとでもいうの? それはもう貴方という人間の驕りでしかないわ」

『そして管理する。人間という種を含めた全ての生物のバランスを……それが先ず広川が我々と交わした契約』



イザナミに光が集約し、突如爆ぜて弾けた。


「さあ、こちらの契約を果たしてもらおうか。イザナミよ」


万能属性を誇る最強魔法メギドラオン。


「……………ゲームオーバー、だ」

エドワードが最後に聞いたのは。
如何なる時であろうと、余裕を持っていたヒースクリフが全てを放棄し目を伏せていた光景だった。
その刹那、全てが光の渦が包み込み、全てを無へと還す。


353 : 裁きの門 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:10:15 mV80gqw.0




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「兄さん。昼寝もいいけど、もうそろそろ起きてよ」

アルの声で俺は目が覚めた。自室のベッドから何度も見た天井が真っ先に目に入り、覗き込むようにアルがこちらを見下ろしていた。
俺と短く切ってはあるが、同じ金髪で金色の目で……。

「……アル、体……戻ったのか」

「何言ってるの?」

「だから……お前、体を取り戻したのか!?」

アルは人体錬成の対価で体そのものを持っていかれ、俺が辛うじて鎧に魂を定着させて生命を維持している状態だ。
けれど目の前のアルは違う。鋼ではなく血色の良い皮膚が全身を覆っていて、ちゃんと肉体がある。
フンドシ一丁だったのが、普通に服を着て鎧ではありえなかった感情を表情にして表に出している。
紛れもない。今のアルは生身の人間だ。

「体って……取り戻すも何も……」

「……そうだ、お前……何を対価にした!? 石か? 賢者の石を使ったのか!? 
 あれは使わないって約束だったろ……。いや、そこまで残された時間がなかったのか……」

「約束って何さ?」

「だから、母さんを生き返らせようとしたのは俺達の責任だ。それに誰かの命を使わないって―――」

「ちょ、ちょっと何言って……ぷ、くくく……あっははははははは!!」

アルを責めるという気はなかった。
死ぬのは誰だって怖い、約束を破ってしまったとしても……それはしょうがないのかもしれない。
でも、だからといって笑いだすアルを俺は許せなかった。
ベッドから飛び起き、アルの胸倉を掴んで壁際に打ち付ける。

「てめえ、何笑ってやがる!」
「くくく……い、いや、ごめんごめん。でも、誰だって……ぷっ、笑うよこんなの」
「忘れたのか? 賢者の石は生きた人間から……」
「いや賢者の石はお伽噺の産物で存在しないし、母さんを蘇らせるなんて師匠に殺されちゃうよ。ていうか―――」

賢者の石が存在しない? 確かに当時はあるかどうかも分からない雲を掴むような話だったが、今は存在は確認している。
結局、生きた人間を材料にした代物なんて使えない。それ以外の方法を探すと二人で決めたが。



「どうしたの、二人とも」



「……え」



「母さん、いつの間にか死んだ扱いになってるし……くくく、ははは……」



そこには母さんがいた。


俺達が創ろうとして、失敗した何かじゃない。


「いやね。お化けを見るような目で……怖い夢でも見たのかしら」

「聞いてよ。兄さんさ、目が覚めるなり―――」


俺の俺達の母さんがそこにいた。




ああ、そっか……全部悪い夢だったんだ。








354 : 裁きの門 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:11:04 mV80gqw.0




―――夢を見ていた。
   とても嫌な夢だった。比企谷君が死んで由比ヶ浜さんが殺されて、戸塚君まで……。
   血生臭くて悲惨で残酷な、とても目を背けたくなるような夢だった。


「悪夢で心底良かったわ」
「私、殺されちゃうの!?」
「ええ……ぐちゃって感じにパーンって……頭が」

何それ? 面白かったねー!

「正直、あまりに重い内容にドン引きなんだが」

俺、比企谷八幡は退屈な授業を終え明日が土曜という開放的かつ、実に晴れ晴れとした気分で日課の奉仕部兼生徒会室へと足を運び、雪ノ下雪乃から衝撃的な告白をされた。
殺されたらしい俺は。夢の中で変な奴に。エルフ耳って、俺は異世界転生したのか?
俺が死ぬのはまだ良かったが、戸塚が殺されたのが許せなかった。どうして神が産み落とした美の権化にして唯一善行たる、この穢れた世界に一つ純真で純粋な戸塚を殺めてしまったんだ。
雪ノ下の人格と、その脳内の登場人物達に異議を申し立てたい。
何故、俺は夢の中で衝撃のファ―ストブリットを撃って、トリズナーになれなかったんだ。

というか何だよ。明らかにス〇ンドとかペル〇ナとかニー〇ンとかま〇かとか禁〇、いやレー〇ガン? 三期早く。そういや三期やるじゃん。D〇Bも早くしろ。
ビート〇けしで有名なバトル・ロワイアルまで混じって、カオスとかいうレベルじゃねえぞ。

「やはり、寝る前にこんな悪趣味な小説を読むべきではなかったわね。
 凄いわ比企谷君は。これをオカズにご飯を平らげるそうよ」

何故、こいつは自然の摂理のように俺を罵倒するのか。
バトル・ロワイアルなんて読んだこともねえよ。たけしと藤原竜也しか知らねえよ
お"れ"がな"に"し"た"っ"て"い"う"ん"だ"よ"お"ぉ"ォ"ォ"ォ"!!!!

「さて、お喋りはここまでにして、そろそろ業務の方に移りましょう」

凄いな。
ここまで人の士気を下げておいて、よくまあこんな平然と仕事に取り掛かれるな。
悪魔なの、この人。


355 : 裁きの門 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:11:14 mV80gqw.0

「比企谷君、A組のことだけれど」
「ああ、お化け屋敷の予算か」
「かなりオーバーしそうね。もう少し抑えられないかしら」
「かなり気合入れててな。一応俺からも言ったんだが、あまり聞き入れて貰えん。
 葉山にも協力してもらうけど、雪ノ下も一緒にきて説得してもらえるとありがたい」
「仕方ないわね」

俺達が今頭を悩ませているのは文化祭の準備の進行についてだった。
大まかなところは流石、雪ノ下といったところか、俺達二人はその指針に従って、雪ノ下の補助に回れば取り合えず文化祭開催までは漕ぎつけるだろう。
まあ、どんなグダグダでも学校の行事がキャンセルになることなど殆どない。

問題は各クラスの出し物についての管理といったところだ。

生徒会の意思伝達がそちらの末端に伝わらなかったり、意に反する指示を聞いた途端敵視されることもある。
しかし予算は限られている。必ず何処かで妥協し、納得しなければ文化祭は回らない。
如何に反感を買わず納得させるかが重要で、そこは雪ノ下の理詰めといつもの罵声が飛ぶ前に由比ヶ浜や生徒会ではないが、葉山のコミュ力には助けられていた。

2年の頃からは考えられない話だ。葉山にこうやって、普通に奉仕部に協力してもらえるというのは。

「F組はね。やっぱり鉄板焼きが良いんだって。さいちゃんったら、男らしくお好み焼きを作るって」

買い占めなきゃ。

「そちらは予算についても問題ないわね。まあ生徒会関係者が二人も居るんだもの。食べ物関係だけれど、衛生面も任せられるわ」

それから淡々と談笑を交えながら業務を終わらせていく俺達。

「―――こんなところね。……早く終わったし……良かったら帰りに、何処か……行かない?」

「うん、そうしようよ。ヒッキーも来るでしょ!」




―――本当に何気なく、そして尊い一日だった。
   私と由比ヶ浜さんで話題を出して、それに比企谷君が反応してくれて、私が弄って比企谷君が返してくれて……。
   こんなやり取りが今日はどうしようもなく、大事なものに思えて手放したくなかった。


   そうね。きっと、多分……私は今幸せなんだと、思う。







【エドワード・エルリック@鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST】死亡

【雪ノ下雪乃@やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。】死亡







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356 : 裁きの門 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:11:39 mV80gqw.0







目の前の全てが真っ白に塗り替えられる。
天空で争っていた二対の機神が墜落していくのが目に見えた。

エドワードは? 雪乃は? ほかの連中も……恐らく……。



『さあ、貴方も受け入れるといい。黒、貴方も幻想(ユメ)を見ればいい。優しい夢を―――彼女と一つに』



エコーの掛かった女性の声の中に黒は僅かに聞き慣れた声を聞いた。

女性を模した影のような存在が黒の腕を掴む。
まるで観測霊のようだった。ただ一つ、黒が知る者と違うのはその観測霊の口元が引きつり、艶めかしい笑みを見せていること。

「離せ―――」

致死量の電撃を容赦せず黒は流し込む。だが、影は物ともせず腕を広げ黒を抱きしめる。

―――黒、やっと掴まえた。

「……銀」

今度こそ聞き間違えようもない。
その影は銀の声を発し、黒の耳元で愛おしく呟く。
影は振りほどこうともがく黒を、愛撫するかのように指でなぞる。
そして影の足が地面に飲まれ、同じく黒も下降する。

もう、離さない。

地の底へ引きずり降ろされるように沈んて行く。

『今、貴方は何を思っていますか? 恐怖? いや違う。それは歓喜だ』

「違う―――これは銀じゃ……」



―――もう貴方を一人にしないから。



これが、虚飾だとでもいうのか?

黒の胸の中にいるこの存在は、黒が求め続けた―――





【黒@DARKER THAN BLACK 黒の契約者】???



【ヒースクリフ(アバター)@ソードアートオンライン】 消滅



【アニメキャラ・バトルロワイアルIF】終結


【広川剛志@寄生獣 セイの格率】生還


357 : 裁きの門 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:11:52 mV80gqw.0




想定外の事ばかりが起きている。ゲームマスター茅場晶彦はの心中は驚愕に支配されていた。
SAOを開発し、この殺し合いを創り出したまさしく天才である彼ですら理解が追い付かない。
今頃、天空でタスクと争っているだろうエンブリヲに意見を求めたいほどだ。

「お前は消えた……こんなイベントは私は知らない」
「知らない? ふざけるな。ヒースクリフ、お前はこのバカげたゲームの作り手だろ!」

ヒースクリフの胸倉を掴み問い詰める黒だが、彼に掛けられる言葉は何もない。
本当に知らないのだ。電子世界を彷徨っていた際に、イザナミの死を知り黒幕は誰にも知られずひっそりと退場したとばかり思っていた。
しかし何故だ? どうやって奴はこの世界に帰還を果たした? お父様が取り込んだ以上は消費エネルギーとしての域を出ない筈だ。
お父様が意図的に蘇生させねば。だが、それこそ考えられない。
あの男がイザナミを何故復活させる? 意味がない。

「どうやら、とことん私をコケにしてくれたな」

黒の手を振り払い、ヒースクリフは怒りを込めた声で広川に怒声を飛ばす。

「この茶番の終わり方がそんなに気に入らないのか、茅場晶彦」
「当然だ。我々はここから先は一切の干渉をすべきではない」
「馬鹿な男だ。そうやって、何かを産み出した気でいる。
 何度も言うが、全て茶番だよ。お前も、お前が創ったゲームも……こんなモノに付き合い無駄死にした参加者も」

ヒースクリフを押しのけエドワードが足を踏み出す。完全に堪忍袋の緒が切れ、頭に血が上った状態だ。

「無駄死にだと!?」

殺し合いに乗った奴らも乗らなかった奴らも何かの為に戦い、そして散っていったのだ。
中には救えない外道もいたことは認める。それでも全ての死が無意味などと、エドワードからしたら許せるものではなかった。

「お前はここまで起こった惨劇、その死に意味のあるものなどあるとでも思っていたのか?」

広川は残酷にその異議を切って捨てる。

「君が言いたいのは、死んだ者達にも守りたい者や譲れないモノがあった。そういうことだろう。
 それが全て茶番だ。自らの正当化に過ぎん。もし守りたい者があったのなら、何故矛先を間違える?
 お前達参加者が最初から団結していれば、死者は最小限に済んだのではないか?」

「だから俺達は……!」

「団結したとでもいうつもりか? 団結は各々が大局を捉え、一つの目的に対し強く結びつくことだ。
 お前は一度して己の主義主張を曲げず、自らに強いた信念とだけ戦い続けている。ただの一度たりとも大局を見てはいない」

参加者が一切の争いをせず、脱出に向けて行動すれば一人の犠牲者も出ないだろう。
理想論ではあるがエドワードを含め参加者の殆どが皆、生存敷いてはその為の脱出を目的にしていたのに対し、非合理な行動が多かったのは否めない。

「その結末が今の惨状であるとまだ気づかないか? 御坂美琴、足立透、エンブリヲ……お前が本来打破すべき存在がこれだけの数を占めている。
 君は一度として団結したことなどない。いや、君に限らずこの場に呼ばれた参加者は全て同じだ」

エドワードの拳に力が入る。
怒りによって機械鎧が軋み、左手の生身の掌からは皮が裂け血が出る寸前だった。
奴の言う通り、上手く立ち回れなかったと言えばそうだ。
ウェイブやマスタング大佐なんかもそうだろう。
エドワードの知る範囲でも、もっと何とかなったのではと思う点は多い。


358 : 裁きの門 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:12:05 mV80gqw.0

「身勝手な理屈で多くを巻き込み破滅した者を上げていけばキリがない。表向きは正義を謳いながら、自身の欲望のままに暴れあまつさえ何の責も負わぬまま死んだ者もいる。
 さあ、君はどちらかな鋼の錬金術師?」

だとしても、そうだとしてもその全てが無駄と切り捨てられていい訳がない。
彼ら彼女らの死に様を全て知っている訳じゃない。自らを貫いて、信念を見せ付けた者もいれば無様に死んだ者もいるのだろう。
だが、一つの死には数え切れぬほどの人生があり、一つの運命が終わりを告げたのだ。

「どちらにもならねえよ! 俺はここにいる全員で必ず、生きて帰る!!
 そしててめえをぶん殴って、今までの台詞全部訂正させてやる!!」

これ以上、誰一人として死なさない。エドワードの出す答えは広川への宣戦布告でもある。
同時に自らの勝利宣言と広川の発言の完全な否定だ。

「それが下飾っているというのだよ」

広川は動じる様子もない。一度瞬きをして冷たく言い放つ。

「下がれ、エドワード!」


「―――二人ともどいて」




『執行モード、デストロイ・デコンポーザー』




「―――ッ!?」

『対象を完全排除します。ご注意ください』


広川は青く輝く光の粒子を浴びた瞬間、分子分解され消失していく。
その余波に巻き込まれる寸前、黒の意識は反転する。

「間一髪、かな」

分子分解を齎す光は黒から遥かに離れた場所で、広川を吹き飛ばしていた。
次に黒が見たものは、背まで伸びた緑髪と人懐っこそうに無邪気な笑顔を浮かべる少女の姿だった。
少女は手の中にある特殊な外装の銃を弄びながら黒を見上げる。


359 : 裁きの門 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:12:44 mV80gqw.0


「アンバー!?」

「久しぶり、黒」


一つだけ黒が分かるのは、目の前の幻のような少女は嘘なんかじゃない。真実であったということのみ。


「アンバー……フラスコの中の小人め、抜かったな」

肉体が再生していく広川は元に戻った口を器用に動かし、声を放つ。
さながら出来の悪いスプラッタ映画のような場面だった。

「貴方、ズルいよね。願いが果たせないから、興味を満たすために僅かな時間を生きるなんて嘘ばっかり」
「それはお互い様だろう? 嘘は契約者の十八番の筈だ」

軽口を叩き、余裕を見せるアンバー、
だが、彼女のボディラインを強調するような全身を覆うタイツに、赤く滲んだ個所があるのに黒は気づいた。
黒と同じように腹部をアンバーは負傷している。それも決して軽い傷ではない。
アンバーの肩を掴み、黒はより間近で傷を見つめる。

「アンバーお前、その傷は……」
「ん? ああ、これ?……大丈夫、ちょっと掠っただけだから」

アンバーは意外そうに呆気に取られながら、暫くして穏やかに笑った。

「……ありがと、心配してくれて」

イザナミに光が集約する。
それを見たアンバーはエドワードに視線を向けた。

「錬成、お願い」

錬成と言われエドワードはハッとして地面に描かれた広川を中心に刻まれた錬成陣の存在に気付く。
そして都合よく広川の周りを湿らせている水分。
黒がアンバーを見ると自分の左手の薬指にブラックマリンを嵌めて、黒に見せ付けるようにチラつかせていた。

「そういうことか!」

エドワードもこれだけのお膳立てをされて、何も察せない程の馬鹿ではない。
大量の水分と錬成陣、そして不死身の敵。これらから導き出せた答えは一つ。

「凍結、だろ?」

広川はイザナミからのパッシブにより不死の力を得ているのは明白だ。
だがいくら不死であろうと、肉体の構造自体は人間と同じであるはず、ホムンクルスのように。
それならばブリックズで一度実証したあの手が使える。

不死の人造人間であろうと、肉体そのものを凍結し活動を停止させてしまえば無力化は可能だと。


360 : 裁きの門 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:13:02 mV80gqw.0


「しま―――」


錬成光が瞬き、そして収まった時、凍り付いた広川だけが錬成陣の中央に残されていた。


「うん、これで暫く平気でしょ。
 じゃあ行こうか、みんな」


「何処へ? そんな暇は……」


「じゃあ何も知らなくていいの? 私が知っていることは全て貴方達に話すよ。御坂美琴の居場所も」

呆気に取られる面々だが、確かに現状の把握は重要だ。
広川も倒したわけではなく、時間の経過で即座に復活してしまうだろう。
何よりエドワード達は御坂の居場所を知っている訳ではない。
もしかしたら、ヒースクリフが知っている可能性もあるが。

「大丈夫、時間は取らせない。御坂美琴のこともちゃんと間に合うから」

迷った末、雪乃がアンバーの後に続いた。
やはり何が起きているのか、彼女は知らないままでいるのは嫌だった。
それを見たヒースクリフも後に続く。彼はその好奇心を満たす為に。
エドワードは上空を見上げ、そして何処に居るであろう御坂を思いながら、やはりその後に続く。

「何を考えている……お前は」

その声は誰にも届くことはない。
最後にエドワードの背中を黒が追った。







361 : 聖者の晩餐 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:15:11 mV80gqw.0



アンバーが向かった先は廃教会だった。
エンブリヲが幼女、男子拉致事件を引き起こした場所だ。

そしてイリヤに最初の引き金を引かせてしまい、そこで黒が約束を交わした場所でもある。
あの場に居合わせた茶髪の青年と青髪の少女は名もろくに知らず、口も聞いたこともなかったが、あの後何が起き放送に名を連ねる事となったのか。
ふと沸いた疑問を黒は振り払った。

「お前に聞きたいことは山ほどある」
「だよね」
「だが」

黒の手が動き、アンバーの首を捕らえるとそのまま壁へと叩きつける。
アンバーは苦しそうに呻き声を上げた。だが黒は構わず手の力を込め、アンバーの首を絞め続ける。

「何やってんだ!?」
「黒さん!」

慌てたエドワードと雪乃が黒を止めようとするが、怒りの込められた黒の眼が二人の足を止めた。

「忘れるな! こいつは……このふざけたゲームの主催者だということを!!」

全参加者のヘイトはほぼ広川とお父様に向かっていた為に薄れがちではあったが、黒の言う通りアンバーも彼らと同じく主催者なのだ。
エドワードもそれを忘れた訳ではないが、首輪解除へのサポートや彼女が居なければ、そもそも参加者が纏まることも出来なかった事を踏まえてしまうと敵意というものはあまりなかった。
勿論、許せないという思いは強く残っているが、黒のように衝動的になるほどではない。

「確かに俺達はアンバーが居なければ、お父様と戦うことも出来なかった。だがな、それで殺し合いに加担したことが消える訳じゃない」
「黒君、少し落ち着いたほうg「お前は黙っていろ!!」

ヒースクリフの制止は更に火に油を注いだと見える。
アンバーの表情が更に苦痛で歪んでいた。

「待て、せめてアンバーの話を聞け。南米の事は誤解だったんだろ? また同じことを繰り返す気か!?」

「……」

外の騒動に気付いたのか、黒のティバックから猫が飛び降りた。
この場で誰よりも付き合いが長く、黒の過去も多少は知っていたことも幸いした。
猫の声を聴き、黒は僅かに冷静さを取り戻しアンバーから手を離した。

「ふー。ネコちゃん、ありがとう」

(あれ?)

明るく振舞うアンバー。
その時のアンバーの表情が少し寂しそうに見えたのは、雪乃の気のせいだったのか。


362 : 聖者の晩餐 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:15:53 mV80gqw.0

「……何故、こんなものを開いた」
「世界を救うため」

あまりにも大雑把で壮大すぎる理由は、少し前の黒ならアンバーを勢い余って殺しかねない程ふざけたものにしか聞こえなかった
だが一呼吸置き、猫をもう一度見つめながら黒はアンバーを睨みつける。
話はここからが本番だということは、誰にだって分かることだ。

「お父様はね。参加者を色んな時間から呼びたかったの」

エドワードも心当たりがある。
ジョセフとアヴドゥルの話の食い違いや、狡噛曰くマスタングが手合わせ錬成を覚えており、更にお父様を倒したと証言していた事だ。

「ただ、どうしても時間を超えることが出来ない。色々候補は居たらしいけど」
「エンブリヲもその候補だったのかな?」
「まあね」
「何故、参加者落ちしたんだ」
「性格」

これ以上ない的確なアンバーの返答にヒースクリフは納得する。
その後、黒の機嫌を伺った。
茶々を挟まれたことに、苛立っている。
これ以上、怒らせることもない。ヒースクリフはそのまま沈黙した。

「そこで白羽の矢が私に当たった」
「俺が聞きたいのはその先だ」
「……私はお父様の話を聞いて、承諾した。さっきも言ったけど……世界を救うために」

まるで、黒の世界が滅ぶかのような言い方だ。
エドワードは訝しげにアンバーの顔を見る。嘘をついているのかふざけているのか、顔に張り付いた笑顔は本心を全く悟らせていない。
黒が苛立つ気持ちも分かる気がした。

「少し……貴方達には、退屈な話になるけどごめんね」

「気にしなくていいわ」

退屈と言った意味は、これは黒とアンバーの世界による話になるからなのだろう。
確かに今起きている広川の問題について遠回りしている。
だが、それを急かすほど3人は無粋ではない。
黒にとってこれは重要な話であり、知らなければならないことなのだから。

「黒、貴方は2年後の事を知っているよね? 銀がイザナミなってしまったこと……三鷹文章のことも」

「猫(あいつ)から殆ど聞いた」

「これは一端に過ぎない。例えイザナミを貴方が消滅させたとしても何も終わらない」

「世界はどうなる? お前はそれを見た筈だ」

「変わってしまう。何もかも……私をそれを避けたかった。その為には私の世界に居る……まあ神様みたいなものかな。
 だから……ゲートを作り、契約者やドールを産み出した誰かを、倒す必要があった」

「―――だから、フラスコの中の小人を利用しようとした」

沈黙を貫いていたヒースクリフだが、好奇心を抑えきれず口を挟んでしまった。
黒に睨まれるが最早知ったことではない。
ここまでに挙げられたキーワードから、既に彼は真実へと到達したからだ。
そして到達した真実をどうしても答え合わせしたくなってしまった。
まるで、ゲームの謎解きを楽しむように。


363 : 聖者の晩餐 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:16:11 mV80gqw.0

「空気読んでくれない?」

「補完して私が説明した方が黒君にも分かりやすい。
 はっきり言おう。まあ、今更言うまでもないがこの殺し合いに彼女が関与したのは紛れもなく黒君、きみの為だ」

「ッ……それは」

黒もアンバーが自分のどんな感情を抱いているかは分かっている。
だからこそ、殺し合いなどを開いたことが到底信じられず怒りを露わにしてしまった。
黒は睨みつけていたヒースクリフから目を逸らす。それがどういう意味合いかは誰にも分からない。

「きみが激情的になっていたのも、それを薄々気づいたからじゃないか。
 ……話を本題に戻すとしようか。
 アンバーの話を纏めるのなら、きみの世界に存在する……まあすると仮定した神、これらが全ての元凶にしてきみの不幸の源とも言える。
 そもそもがきみを殺戮の道へと走らせたのも、契約者という存在が理由……というのは出来過ぎか」

この場合の神とは黒の世界であらゆる事象を引き起こした存在。
神話に綴られた神格とはまた違う。
恐らく、他の世界にそういった神と称するに相応しい存在はあり、お父様はそれらの力を手にしようとしていた。

「つまりだ。黒君、きみの幸せを願うのなら……その神様を潰すのがてっとり早い。
 彼女はフラスコの中の小人の接触を機に、新たなプランを立てたのだろう」

ヒースクリフの言うように元を辿れば黒の不幸は組織、その組織もゲートや契約者が絡み生まれた存在だ。
逆を言えばそれらが全て消えれば―――組織も消え、契約者の争いはなくなり、黒が争いに関わることもない。
組織自体は2年後にも潰れるが、ゲートがあり契約者があり続ける限り新たな組織が生まれ続けるだけだ。

「契約者の戦いは続き、そしてきみの戦いも続く。終止符を打つには元を絶つ以外にない。
 覚えがあるだろう。黒君、きみの戦いは収まるどころか果てがなく続いていた。アンバーがそんなきみを救えるチャンスがあると聞けば無視するはずがない」
 
「……やめて欲しいな。そうやって、勝手に代弁するの。ちょっと不愉快だよ」

「しかしこれ以外に矛盾なく、分かりやすく説明する方法はない。
 黒君、納得してもらえたかな?」

アンバーはため息を吐きながら呆れていた。

「お父様の計画は全ての世界を結ぶことだ。これはエドワード君が詳しいが、世界を繋げ扉を開きエネルギーを得ようとしていた。
 そのエネルギーとはまさしく、我々やお父様が神と呼ぶ存在だろう。
 アンバー、きみの目的はお父様にきみの世界の神を取り込ませること。そして取り込んだお父様ごと、神を滅ぼし永久に葬り去り……黒君を戦いの中から解放することにあった」

「……俺の為に」

「戦いが激化する契約者達と黒君個人への救済も兼ねた。一石二鳥の作戦、だった。
 訂正があるなら聞くが、どうかなアンバー?」

黒は力なく歩き、そしてアンバーの肩へと手を置いた。
先ほどと打って変わり、とても力のない。弱弱しい手はアンバーの肩を優しくつかんだ。


364 : 聖者の晩餐 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:16:28 mV80gqw.0

「……方法は、他に……なかったのか」

「……」

「何人……死んだと思ってる」

「勘違いしているな。アンバーはこれでも最小限に抑えた。
 お父様の目的が達成された場合、この場に呼ばれた72人どころか桁が10以上は飛んで何兆という規模で死傷者が出た。
 いくつもの平行世界を繋ぎ、その世界に住まう者たち全てを自らの糧としようとしたのだから当然だ。アンバーが裏から手を引かなかったらどうなっていたか」

慰めにもならないような慰めを掛けられながら、黒はアンバーから手を離した。

「……」

「どっちにしろ。アンバーが関わるかどうかなんて関係ない。
 お父様は……エンブリヲを勧誘してでも、殺し合いを始めたはずだぜ」

エドワードはお父様の神への執念をこの戦いと、国土錬成陣の規模から強く痛感していた。
国を一から立ち上げ、数百年もの長い年月を掛けて計画を練るような奴だ。
アンバーはピースの一つであり、それ以上でもそれ以下でもない。必ず別の代役を見つけてやることは変わらない。

「怖いね……前も言ったけど、ヒースクリフ、貴方にちょっとでも情報渡すとこれだもん」

「しかしアンバー、きみの目論見は破綻してしまった。そう考えていいだろうか?」

「どうしてそう思うわけ?」

「さて、君が前に言ったイザナミは死んだ。正確にはお父様に取り込まれたのだが、そのお父様が滅びた以上イザナミも死んでいなければおかしい」

「イザナミって、あの猫さんが言ってた……」

雪乃は妙に感じた。ヒースクリフが頭の切れる人物であることは知っているが、イザナミの事についてアンバーは殆ど触れていない。
というより雪乃は猫が黒に二年後の未来を話す時と広川の時を除けばこれが初耳で、エドワードも同じだ。

「電子世界を漂いヒステリカを回収する時、生前の私が残していた音声データを拾って聞いていた。
 まあ君達は全くこの単語にピンと来ないと思うがね。……とにかく、彼女は確実に滅びた筈だ」

お父様も自ら取り込んだ以上、何があろうとも脱出などできない術を用いていた。
だが現実に起きている異常事態は別だ。説明が付かない。

「おい、待てよ。黒とアンバーの事情に口を挟む気はなかったが、イザナミってのは広川も口にしてたよな?
 流石に聞き流せないぜ」

二人の関係に関してノータッチを貫くつもりだったが、これはエドワード、ひいては残った生存者達にも関係する事だ。
広川の振るう力の一端に同じ単語が出た以上はエドワードも聞かない訳にはいかない。


365 : 聖者の晩餐 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:16:43 mV80gqw.0

「主催者はお父様、そしてヒースクリフ、私、進行役に広川……そしてもう一人、ある意味全ての元凶とも言える黒幕がいた」
「黒幕?」
「そう、イザナミ……彼女がお父様に力を与え、再びこちらの世界へと帰還させた張本人」

お父様が未来に於いて敗北したことは知っていた。
エドワードは当時そこまで考える余裕はなかったが、よくよく考えれば倒したという以上、死んだのか、あるいは何らかの方法で無力化させた父様を復帰させた協力者がいることは至極当然のことだ。

「けど、あいつは広川のペルソナってやつになってたろ」
「正確には広川の仮面等という器を得て、こちらの世界に干渉してきてる」

これまでの話を総合し推測するならば、イザナミはお父様に力を与え殺し合いの開催に協力した。
しかし、裏切ったお父様がイザナミを取り込む。だがイザナミは広川を依代にしてお父様亡き後、再び復活した。

「さて、じゃあヒースクリフ……話を戻そっか」

新たな情報の追加に頭脳を回転させながら、整理するエドワードを横目にアンバーはヒースクリフへ語り掛けた。

「お父様は昔の計画でエネルギーを抑える必要があることが欠点であり、改良点だと考えていたの。
 だから今回はエネルギーからあらゆる意思を分離することにした」

「分離?」

情報の整理を終え、エドワードは眉間に皴を寄せる。
エネルギーとは昔の計画といっていることから魂を指しているのだろう。
お父様たちホムンクルスは、基本的に人間の魂をエネルギーにし活動している。
それを抑えるのだから、肉体との繋がりである精神を立ち切るのだろうか。
しかし魂と肉体の結びつきは強く、バリー・ザ・チョッパーやアルフォンスのように切り離した所で元の肉体に戻ろうとする性質が働いてしまう。

事実、この時系列のエドワードは知らないが国土錬成で魂を抜かれたアメストリスの人々も、早急な対処があったとはいえ全員が再び魂が肉体へと還ってきている。
それだけ魂と肉体は強い繋がりがあり、完全に断ち切る事は難しい。

「肉体と魂が精神で繋がれている。それはエドワード君も知ってるよね?
 お父様は、それをもっと細かく区分して考えることにした。
 注目したのは魂と、その中にある人の意思」

心を読んでいたかのようにアンバーはエドワードに配慮した補完を口にする。

「まさか、魂を更に分解して……肉体に戻ろうとする意思を剥がしたのか?」

合点がいきエドワードは堪らず声を荒げた。
賢者の石となった人間の魂にも自我の摩耗はありこそすれ、確かに意思というものは実在する。
グラトニーの疑似・真理の扉から脱出する際に、彼は確かに石にされた人間の魂の声を聞いた。
もっと言えば、鎧に魂を定着させたアルフォンスという存在が、この理屈を正しいものだと証明している。

またエドワード自身は知らないが、ホーエンハイムも石と対話することが可能だった。

「正解。
 意思があるから肉体へ還ろうとする。だから意思がなければ、文字通りの燃料として何の負担もなく使えることが出来る」

「なんて、こと……考えやがる……」

魂に備わる意思を剥奪し、完全に取り込み自らの燃料とする。
ガソリンと同じだ。意志さえなければ抑え込む必要すらない。
よってお父様の負担は消え、神を抑える労力も更に軽減し、国土錬成のように逆転の錬成陣でカウンターされたとしても意志のない魂が逃げる事はない。


366 : 聖者の晩餐 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:17:06 mV80gqw.0

「それを利用し、きみも自分の世界の神を取り込ませた。
 本来魂というモノは物質世界に存在できないのだろう。賢者の石はそれを物質世界へとコーティングしたに過ぎない」

ヒースクリフはかなり興奮気味に自らの仮説を口にする。
魂が物質世界に存在できないというのは、錬金術師の観点から見てもエドワードは納得せざるを得ない。

「人体錬成というものが成功しないのも、恐らくは術者の住む物質世界に魂は存在しないためだ」

エドワードの頭に忌まわしい記憶が蘇るが、ヒースクリフの言葉通り人体錬成は成功しない。

「これも同じことだ。お父様が意思を剥がした魂は、肉体へ還ろうとはしない。
 例え既存の肉体があろうとも、意志という道標を失った魂は精神というたった一つの繋がりであり、肉体への道を理解できない。
 故に解放されても元の肉体へと戻らず、かといって物質世界には存在できず、結果として消滅する」

イザナミという存在がどういったものなのかは分からないが、それが取り込まれた以上はただの燃料でしかない。
お父様が倒れた以上は、消化されなかった燃料として消失するだけだ。

「でも今起きてることは違う。イザナミってのは生きてる。
 そして、アンバーが倒したかった神って奴も……多分」

ヒースクリフがイザナミとアンバーの目論見の破綻を絡ませた利用が明確になっていく。
つまるところ、イザナミの生存は黒の世界の神の完全な開放を意味している。

何故なら、お父様の施した魂と意思の分離が無力化されているからだ。
2つの事柄は連鎖していると言ってもいい。

「問題はここからだ。お父様は念密な計画を立てていた筈、なのに何故イザナミは解放されたのか。
 何のイレギュラーが発生したのか。
 お父様を妨害した何者かがいたのか? だが、主催側でそれを行って利益のある人物は広川しかいない」

「けど、広川は完全な一般人だよ。演説が上手いくらいかな。
 彼一人じゃそんな真似は出来ない。断言してもいい」

「やはり、か……お父様が、これ以上自分の敵になりうる人材を増やすとは思えない。
 実質、主催側で容疑のある人物は消えた。残るは参加者だが……」

ヒースクリフはわざとらしく、エドワード達へと視線を向けた。
当然この中に犯人がいるなど思ってはいない。
ただ、持ち得る技術で可能性があるとするならエドワードだけだ。

「俺も心当たりはない」

そしてそのエドワードの知り合いならば、同じく錬金術師でこのような行動を取るかもしれない人物を知っている可能性がある。
だが当のエドワードの知る限りでも、お父様の目的に真っ先に勘付き妨害を仕掛けられる人物はマスタングとキンブリーぐらいだ。
しかしマスタングはとてもではないが、誤殺などでそんな器用な真似ができるほど余裕はないように思える。
キンブリーに至っては、行動が予測不明なところはあるが、ホムンクルス側にいた男がそんな真似をするだろうか。


367 : 聖者の晩餐 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:17:22 mV80gqw.0

「……無理だろ。自慢じゃないが、首輪の解析だってまともに進んでなかったんだ。
 そこまで気付けるような立場にいる奴なんて……」

「現実的ではないな。
 最も高い可能性としてはエンブリヲだが……こちらも少し、理屈に合わない」

もしもエンブリヲがこれらの事実に気付き先手を打ったとして、イザナミを開放してしまうことに気付かないという事があり得るか?
答えとしては否と言わざるを得ない。
あるいは気付いてやったとして、どうしてエンブリヲは目の前の参加者の駆除に、あれだけ躍起になったのかの説明もつかない。
更なる脅威のイザナミの打倒に専念するのに、参加者などスルーするのが自然ではないか。
もっと言えば、エンブリヲはヒースクリフに対し、妬みを抱いていた。最も優れた自分を頭脳面で超えるやもしれない男が現れたのだから当然だ。
そんな男がお父様が行った魂の消費方法に気付いた時、優越感を隠し通す演技が出来るか? する必要すらない。

「第三者……外部からの……いや、これもやはり……。
 ……降参しよう。分からない」

あれこれ思い浮かべる限りの事は推察するが、天才と謳われた茅場晶彦の頭脳を以ってしても答えが浮かばない。

「妨害したとかじゃなく……そもそもの前提が違うって言えば、ピンと来ない?」

「前提?」

「お父様が繋いだ世界はいくつ?」

主催者であった茅場晶彦の記憶がヒースクリフの中に蘇っていく。
参加者の合計は72人、正確には70人と2匹。繋がれた世界は15。
これに間違いはないはずだ。

「15の世界だろう?」

「いや違うよ。一つ数え間違ってる」

黒達はここから先の会話の意味を見出せずにいた。
世界の数だとか言われてもあまりピンと来ずない。
彼らは誰一人として、参加者72人の内、どういった人数の組み分けで世界が幾つ存在するのかを知らない。

しかしヒースクリフは違う。
ゲームマスター茅場晶彦として参加者の正確な区切りと、巻き込まれた異世界の数を把握している。

「第1回放送までに死んだ人達を思い出して」

ヒースクリフは抜群の記憶力で序盤の脱落者達を思い起こす。
16人の脱落者がいた。
この頃は、まだ殆どが一般人という範囲を超えない者達ばかりが死んでいる。

となると、怪しいのはそこから犬畜生を差し引き、更に残った異能者のなかでも厳選するならば、蘇芳・パブリチェンコだろうか? 
正確には蘇芳というより、その双子の弟である紫苑・パヴリチェンコが何らかの干渉をしたという可能性だが。
いやしかしそうなると、やはり外部からの干渉になってしまう。これではアンバーのヒントの辻褄が合わない。


368 : 聖者の晩餐 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:17:38 mV80gqw.0

「貴方、多分全く見当違いの事考えてるね」

「やれやれ、ここまで頭を使うことで手こずるのは初めてかもしれないな」

どんな情報も上手に料理し真実へと到達したヒースクリフだが、ここにきて翻弄されるとが思いも寄らなかった。
彼は苦笑しながら両手を上げて、完全な負けを認めた。
アンバーは横目で黒を見てから、もう一度視線をヒースクリフへと移す。

「朔月美遊」
「何?」

ヒースクリフに対し、アンバーが挙げたのは聞き覚えのない名前だった。

「この名前、覚えないよね?」

僅かにヒースクリフは逡巡する。
フルネームでは参加者どころか主催者にもこんな名前はないが、下の名前だけならば話は別だ。

「……美遊・エーデルフェルトのことか? そんな名は」
「私も少し前まで知らなかった。……私達はね。参加者の選別で一つだけ、大きなミスを犯してしまったの」

参加者の選別と、それに伴う調査は茅場もお父様も一切の手抜きも許さず、念入りに行われていた。
一つ間違えれば、制限を突破される可能性すらある。

アンバーの対価を消費してまで、その人物の過去、現在、未来までを調べ上げなければならない。
経歴や性格、戦闘力の高さや、異能者であれば異能の源なども全てだ。

例えば殺し合いで呼ばれた人物でいえば、MI6の機密に入るであろうノーベンバー11の本名や彼が如何にしてエージェントとなり、どんな人生を送ってきたのか
何よりその異能、冷気を操りその対価として喫煙していることも、全てを調べ上げ手に取るように把握している。
殺し合いの準備の大半をこの参加者の選別と調査に費やしたと言っても過言ではない程だ。

「朔月美遊はこの娘は私達が連れ去るよりも前から、住んでいた別の世界での名前。
 ここまで言えば分かるよね」

連れ去る前、彼女が殺し合い以前に暮らしていた世界。

しかし、より正確には彼女はその世界の更に平行世界の住人だったのだとしたら?

 
「彼女の血は私達の知らない16個目の世界へと繋がってしまった。
 15という数はお父様が計算を重ねた上で、もっとも神を取り込むのに効率の良い数字だった……。だが、それが一つ増えてしまえば」

お父様が抑え込まなければならない神の力は一つ過剰に増えてしまう。
更に過剰分を抑える為に、必ずどこかに欠陥してしまう部分が露になる。

「イザナミから意思を分離し、魂を取り込めきれず、挙句の果てに開放してしまったのは、お父様の負担が増えた為か?
 ……だが、そんな初歩的なミスを犯すだろうか、私もお父様も、勿論きみも馬鹿じゃない」

一言でいえば調査不足であり、完全な主催の失態だがヒースクリフは腑に落ちない。
大敗をその身で味わった屈辱をお父様は決して忘れない。
だからこそ、万全に万全を期さなければおかしいのだ。
ヒースクリフもゲームをやり遂げる為に抜かりはなかった。それが捜査不足など納得がいかない。


369 : 聖者の晩餐 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:17:51 mV80gqw.0

「私達がその馬鹿だったってことかもしれないし、あの娘を養っていたエーデルフェルトの戸籍や来歴詐称が完璧すぎたのかもしない。
 ……けど、敢えて可能性を上げるなら、あの娘は聖杯で別の世界へとやってきたのかもね。
 その願いがどんなものか、私には想像できないけれど……元の世界との繋がりを絶つことが……知られないことが、その願いを叶えるうえで大切なことで、私達のようなあの娘を探る者に対し聖杯からの妨害があった……」

「きみの時間操作すら欺くか……あるいは……」

完全な憶測ではあるが、聖杯といった巨大な願いのバックアップの元にあの少女はその正体に対しプロテクトが掛かっていた。
それならばお父様や茅場晶彦の見落としも、まだ有り得ない話ではなくなる。
もっともそれが事実だとして、結果は願いを裏切った残酷なものとなったわけだが。

「あの娘を守りたいという意思はあったんだと思うよ。……それも―――」
 
「……そう考えると、お父様の参加者の全滅を待たない早急な処置も説明が付く。
 神を抑えきれなくなる前に全てを果たしたかったという訳だ」

わざわざお父様が臨時放送を行い、特殊な一時間ルールを追加するなど結果から逆算すれば彼もまた焦りがあった。

「ヒースクリフ(あなた)への説明はもうお終い。
 次は黒、貴方が知りたいことを……貴方に残された因縁を全て話す」

アンバーはヒースクリフから視線を外し、僅かに項垂れていた黒を真っ直ぐ正面から見据えた。

「俺の……因縁……?」

「銀のこと」

ずっと前から、違和感はあった。
遡れば殺し合いに呼ばれる前からだ。

黒は銀と共にハーヴェスト撃破後、日本を転々としながら沖縄にいた。
銀は黒と過ごす内に感情を表に出すようになり、黒もそれに戸惑いながらも逃亡の日々を過ごしていた。

そして殺し合いにより、銀が死んだ。

銀が生きていれば、彼女はより感情を持ち……何れは災厄を齎していたのだろう。それが猫の語った本来の歴史だ。
だがその恐れは消えた。

「あいつは死んだ」

誰よりも求め、遂には手放してしまった存在。
華奢な体から流れる鮮血も、生気を失い土色に変わる白の柔肌も、黒の傍にあった温もりが消え失せる瞬間も。
全てを黒は鮮明に記憶し、覚えている。

「肉体は滅んだ」

だが、アンバーはそれを否とし否定する。

「けれど、災厄は終わらない」

終わった筈の物語は未だ終結などしていないと。

「イザナミは……銀を止めることが出来るのは貴方しかいない」

自らに与えられた舞台はここではない。物語の続きを綴るのだと。

「イザナミは銀が覚醒したものだと言ったな。確かに、広川の操っていたものと名前は一致する」
「元々、2つは別の存在だったし、本当に同名なだけだった」

銀の覚醒した災厄とマヨナカテレビを生み出したイザナミは同じく同名を名乗るだけの存在。
この二者に一切の繋がりなどなく、先ほどまでヒースクリフ達が口にしていたのは後者の方である。
だが今、アンバーは黒に前者の災厄について言葉を発している。

「イザナミ……ややこしいな。黒君達の世界のイザナミと広川のイザナミ……どう区別しようか。
 ……黒君世界のイザナミは銀と呼んでくれ。構わないかな」

ヒースクリフは黒の顔色を伺いながらも、会話に割り込んだ。
やはり、己の知的探求心は止めることが出来ないらしい。


370 : 聖者の晩餐 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:18:09 mV80gqw.0

「……良い?」 

「好きにしろ」

銀が覚醒した姿がイザナミだ。
区別するにはこれ以上のネーミングはない。
黒も嫌な記憶を掘り返されるようで不愉快ではあったが、ヒースクリフの言うようにこちらの方が分かりやすい。

「イザナミは広川と……そして銀と契約を交わしている」

「契約?」

「お父様に取り込まれた時、二人は巡り合った。
 イザナミは銀に唆され、再び人々の願いを叶えるという目的を思い出してしまった」

「何故、銀はそんな真似をする?」

「貴方を一人にさせたくなかった
 そう願ったから……他の誰でもない。貴方達が互いを手放したくはないと強く想ったから」

心当たりがないわけではない。確かに黒は銀の最期を看取った時、強く願ってしまった。
銀も同じことだろう。死の間際、黒を目の前にして彼女もまた黒と共にいることを望んだはずだ。

「……もしかしたら、死ぬ間際に銀が黒君と会ってしまったが為に、覚醒を促進させたのか?」

ヒースクリフに対し、アンバーは無言で睨み返す。
だが否定をしない以上はそれが核心を突いた、正しい見立てということなのだろう。

災厄はドールという虚無の存在が、一度人の心を取り戻しある男への想いから覚醒した存在だ。
そう、黒があの時銀にさえ会いさえしなければ、イザナミは復活などしなかった。
災厄も目覚める前に葬り去られる筈だったのだ。

しかし、黒は災厄を覚醒させ、災厄は一柱の神格を再び現世へと呼び戻してしまった。

「俺が……銀を求めたから、あいつは……」

虚ろな目に何を写し、何を思うのか。
黒はゆっくりとそして淡々と呟く。そして言葉は最後まで紡がれないまま、口を閉ざした。







371 : 聖者の晩餐 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:18:33 mV80gqw.0




私自身、再び現世に干渉することとなるとは思っても、しようとも考えていなかった。
罰なのだと甘んじていた。これが私に相応しい裁きなのだと。

―――助けてくれ

だが。

―――こんなところは嫌だ

―――苦しみなんて味わいたくない。

―――帰りたい

―――助けてくれ

――助けてくれ

―助けて

私が見捨てたもの達の怨嗟の声を押しのけるように、私自身に直に届いてきている。
彼らの望みはただ一つ。死という苦痛、避けられぬ現実からの逃避であった。
誰一人として、望んだ死などなく。やり残したことが、やり直したいことがある。

私には何も出来ない。

彼らの望みはより大きく、より濃く、より近く。

許してくれ。

「許さない」

光が強くなる。こんな場所に刺す光などありはしないのに。
あの女が持っていた……銀の掌にあった光は―――

『願望、か』

ホムンクルス達は見落としていたのだろう。
聖杯はイリヤスフィール・フォン・アインツベルンとこの殺し合いの末に産み落とされるであろう血塗られた聖杯の二つ
そしてもう一つ、この怨嗟のなかで叫ばれた望みにより、その機能を目覚めさせた天然物の聖杯を。
運が良いのか、悪いのか。魂だけとなったことで失われた願望機の力が再び戻ってしまったのだろう。


372 : 聖者の晩餐 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:18:46 mV80gqw.0

『願いを叶えろというのか』

「それが役目だから。この娘も貴女も……」

『ならば、どうする』

私自身、何故こんなことを口走ったのかは分からない。

「向こう側に干渉できる抜け道は用意できる」

あの女にたぶらかされているからか、それとも聖杯が私を後押ししているのか?

『契約……それは何だ?』

恐らく、聖杯と私は同じなのかもしれない。

『結んでもいい』

互いに人の望みを叶えようとする存在であるからこそ―――
だからこそ、共鳴し合ったのだとしたら。
あの女も良く考えたものだ。


『私の目的を果たせるのなら』


これは人の可能性の否定だ。

かつてあの少年が見せた全てに納得し、そして退き人の行く末を見守るつもりだった。
だが、再び人の願いが―――救われたいと願うものがいるのであれば―――私は幾度となく応えよう。

それが私の存在意義だ。







373 : 聖者の晩餐 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:19:18 mV80gqw.0


「二人は契約を交わし、一つの存在となった。
 銀でありイザナミでもある。貴方が人間でありながら、契約者の力を振るう事が出来るように」

エンブリヲは黒を契約者と称していたが、それは大きな間違いである。
黒には払うべき対価も交わした契約もない。彼の力の源は自身の中で眠る白によるものだ。
南米のゲート消失に伴い一つになった二人と、皮肉にもイザナミと銀が一つになったことも同じことなのだろう。

「……ごめんなさい。話を遮ってしまうけれど、イザナミの言う願いを叶えるって何なのかしら」

黒に関わる話であることは重々承知してはいたが、イザナミの叶えたい願いについて引っかかっていた。
広川の目的が人口削減、銀が黒の為ならば残る彼女は何なのか。

「貴女はもう気付いてる。一度、イザナミに殺された時に見た光景を思い出して」

殺されたというのは比喩なのか、逡巡した雪乃だが記憶の底から既知感がわきあがる。
そして、まるで無理やり映像を流し込まれたように雪乃が見た光景が浮かんだ。

「……あれは」

「エドワード君も覚えがあるよね? それは二人が望んだ優しい夢の世界。
 イザナミは人の願いを叶えようとしてる」

「あれは幻だ!」
 
エドワードは拳を強く握り否定する。
夢の世界には体を取り戻した弟と生きている母親の姿があった。
禁忌を犯した事実も母の死も、全てが帳消しになった。都合のいい世界だ。

「凄いね。普通、もう少し躊躇うのに」
「まだやることも残ってんだ。あれがどんなに俺にとって優しい世界でも、そこで油売ってる場合じゃねえ」

あれは本当にエドワードの描く理想の世界だった。だが、夢では意味がない。
自分たちの現実は何一つ変わらない。本当の夢はまだ一つも叶えてもいないのだ。
だからこそ、あんなものは要らない。必要がない。

「……」

反して雪乃は何も言えなかった。
あの夢は非常に心地よかった。少しだけあの御坂美琴の気持ちも分かってしまうほどに―――
もしあの夢が見続けられるのなら、雪乃は少しでも揺らがないだろうか。

「とにかく放っておいたら不味いことになる。広川の人口削減とイザナミの利害が一致するって、明らかに不味いもん。
 多分、このままだと数時間後には黒以外は全員、自分の理想の夢を見ながら死んでるかもね」

実際に一度エドワード達はイザナミに殺害されている。
時間を巻き戻し難を逃れたのは良いが、あんなものを放置すれば残された参加者も全滅しかねない。
本当にタイミングの悪い場面で現れたとエドワードは舌打ちをする。
まだ、エンブリヲや御坂と敵対する前なら共同戦線も張れたかもしれないが、ここまで決裂したとなると再び手を結ぶことなど。


374 : 聖者の晩餐 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:19:52 mV80gqw.0

「けど、どうやって止める? 自慢じゃないが、俺は手も足も出なかったぞ」

打倒すべき相手だが、それでも一切の勝ち筋が見えてこない。
先程再び共闘できればと考えてはいたが、また残存参加者が総力戦を挑んでもそれでも勝てるかどうか分からない。
ましてやアンバーとヒースクリフを加えたとしても、5人掛かりでまともに戦えるだろうか。

「イザナミは銀の影響で俺だけは殺せないんだろ」

不安を隠せないエドワードを横目に黒は口を開いた。

「さっき、言っていたな。俺以外が全滅するかもしれないと」

黒の言葉を聞き、エドワードはこれまでの会話を脳内で振り返る。
確かにアンバーは含みを持たせながら、黒以外が全滅してしまうと発言していた。

「銀が俺を求めているのなら、俺だけは殺す事ができない。……そうだろ?」
「あの娘は貴方を取り込もうとしてる。一つになる為に」
「だから、俺を殺せない。逆に言えば、広川も俺に対してだけは全力を出せない」

銀と一つになったイザナミは勿論のこと、その恩恵を受けている広川も黒を殺めることは出来ない。
イザナミ達を目覚めさせてしまったのが黒ならば、また彼女らに対する切り札も黒ということになる。

「迷う必要もない」

話はもう至極単純だ。この場で最もイザナミ打倒に相応しい黒が広川たちの討伐に向かう。
あとは残されたエドワードと雪乃が御坂を止める。

「俺がイザナミと銀を殺す」

決意を固めた黒は強く拳を握り、2者の殺害を宣言した。


375 : 聖者の晩餐 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:20:40 mV80gqw.0



「貴方自身はそれでいいの?」



世界を静寂が包み、アンバーの透き通るような声だけが黒の鼓膜を響かせた。
マネキンのように雪乃達の表情は強張り、身動き一つ取らない死体のようだ。

「アンバー」
「私が全ての時間を止めた。今、この場で貴方の声を聞けるのは私だけ。……だから本音を聞かせて」

確かに三人は完全に動きを止めている。今頃は上空のタスクとエンブリヲも、何処かにいるでろう御坂、足立、杏子も全員の時が停止しているのだろう。
わざわざ、己の命にも等しい対価を支払ってまで、アンバーは黒の本音を引き出したいと思っている。

「後悔、していない?」
「……」
「黒はサターン・リングを破壊し、契約者と人類の共存を選んだ。でも、その道には困難しかなかった……違う?」

黒がゲートの中でかつてアンバーに聞かされた事だ。
自分の選んだ道には困難しかない。したくない殺人をまた犯さなければならなくなる。
事実、アンバーの言う通り黒はその後も組織の刺客を殺害し続け、挙句の果てに銀まで喪った。
これは本来の未来である二年後でも同じことだ。

「この戦いに勝った所で、貴方はまた戦いに巻き込まれる。ゲートが引き起こす何かは、まだ終わってはいないから。
 組織もいずれ潰れる。イザナミだって消滅する。けれど、世界は貴方を逃がしはない」

現に組織は二年後に潰され、消滅したが新たに組織と呼ばれる存在が生まれている。
ヒースクリフがアンバーの目的を推測した通り、組織、イザナミも全ては後付けであり、あの世界そのものが黒という存在を戦いへ呼び寄せていると言っても過言ではないのかもしれない。
それはアンバーも銀も分かっていた。
故にアンバーは殺し合いに加担し、お父様の打倒と共に黒を戦いの中から解放するために行動した。
恐らく銀もイザナミとなりながらも、黒への愛情だけは忘れずにこれだけの事態を引き起こしている。

「例え誰かの為だとしても……生きることが、幸せとは……限らない」

黒だけではない。
残された参加者にも残酷な現実が待ち受けている。

大なり小なり亡くし続けた者達ばかりだ。

特に雪ノ下雪乃などはその最たる例だろう。
同じ学校の生徒と2日に渡る失踪、そして彼女一人の帰還というのは世間の関心を掻き立てる。
何よりその家柄から、必ず悪目立ちしてしまう。
友人すら失い、世間すら好機の目で見て彼女を傷付けるかもしれない。家族ですら彼女は腫物のように扱われ、安息の場は何処にもない。
仮に生還したところで、果たしてそれが本当に幸せなのかどうか。

聡明な雪乃がそれを分からないはずがない。

だから、彼女はエドワードと違い死に際の夢に対して何も言えなかった。


376 : 聖者の晩餐 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:21:21 mV80gqw.0

「……夢でも、幻でも……いいじゃない……!」

生きていても死ぬほどに辛い現実がある。
黒が勝ったとしてもそれが本当に残された参加者にとって望ましいことなのかどうか。

何より、黒自身のとってそれは自分をまた傷付けるだけの行為でしかない。

「もう誰も犠牲にしたくないんだ」

銀も白も本当の星空も、望めば叶うのだろう。
この場には、万能の願望機たる聖杯がある。イザナミという神格を銀が動かす事だってできる。
だが、望みを叶えるには相応の代償を要求されてしまう。
契約者が能力の行使に対価を支払うように、何かが犠牲となってしまう。
御坂美琴が叶えようとし、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンが叶えようとしたかった事と同じように。

「俺が夢を望めば、あいつらは消えてしまう」

けれども、それは叶えてはいけない願いだ。

「それでも、黒……私は―――」

声を遮るように黒はアンバーを抱き寄せる。

「全て終わったら、二人でパンを焼こう」

緑の長い髪が揺れ、アンバーの腰へ回した黒の右腕を撫でる。
左手でアンバーを肩に触れながら、黒は胸の中で抱かれるアンバーを見下ろした。

「好きなんだろ。焼きたてのパンの匂いが。
 ……ライムのマーマレードを沢山塗って、ホイップクリームをいっぱい乗せて……。俺に話してくれた」

「覚えてて、くれたんだ」

アンバーの心中にどれだけの喜びがあったのか計り知れない。
普段浮かべる天真爛漫な笑顔とは違う、自然に筋肉が弛むような笑みが表情に出ていた。

「……報われないかもしれない。全てを亡くすだけかもしれない。戦いは終わらない。……それでも―――」

アンバーは黒の胸を押し、彼の抱擁から遠ざかる。
顔を俯かせ、沈むような重い声で言葉を紡ぐ。

「?」

そしてアンバーが距離を置いたと同時に雪乃達に動きが戻り、時間の停止が解除された。
いきなり場面が飛んだことに三人は困惑して、黒とアンバーを交互に見渡す。


377 : 聖者の晩餐 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:21:57 mV80gqw.0

「おい二人ともなn「黒! 助けてくれ!!」

困惑していたエドワードが口を開いたのと、猫が悲鳴を上げたのはほぼ同時だった。
全員が声の方へ振り返ると猫は空中を浮遊していた。
いや翼のないネコに空を舞う機能は存在しない。そこには、必ず人為的な力が及んでいる。
よくよく目を凝らせば、猫を抱きかかえるようにして半透明の人影がそこにはあった。

「銀……いやイザナミか」

その人影の正体について黒はすぐに見当がついた。
丸みのある女性のフォルムと、後ろに束ねた髪型は黒が知る銀そのものだ。
より正確に言うのなら銀が飛ばす観測霊に近い。
契約者でもないエドワード達にも見えているのは制限の為なのか、あるいはそれだけ力を増幅した為なのか。

『あの場所で待ってる。黒』

「何?」

「ちょっ、おい……黒! 何とか―――」

唐突に教会を霧が包み込み、視界を覆う。気が付けば猫の悲痛な叫びを残し二人の姿は消えていた。

「丁度いいタイミング」

アンバーは皮肉を込めながら軽い口調で話す。
その通りに全ての話を終えてから、この襲撃は狙ったような的確さだ。

「……雪乃、エドワード、お前らは先に御坂美琴の方へ行け」

黒は二人の方へ振り返りながら、指示を出す。
殺されることはないだろうが、猫が向こうでどんな目に合うか想像がつかない。
早期に広川達から猫を奪還するのが最善だ。

「黒、アンタは猫を追うのか? だったら三人で行けば」

エドワードは怒鳴るような大声で反論した。
黒を殺せないにしても、殺さないだけに過ぎない。
人柱としての経験から、エドワードは手段さえ択ばなければ幾らでも、残酷な方法で生け捕る方法があることを身に染みて知っている。

「アイツが呼んでいるのは俺だけだ」

「でも、どう考えても罠だろうが!」

この場の誰もが察しが付く。何らかの企みがあることにだ。
可能な限り全員で行動したほうが良い。
これまでの殺し合いから、エドワードも単独行動や集団の分散が如何に危険かをよく理解していた。


378 : 聖者の晩餐 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:22:37 mV80gqw.0

「分かったわ。行って、黒さん」

「雪乃?」

しかしそれを同じく承知しながら雪乃は黒を促した。
黒もまた意外だったのか、驚きを隠せない表情を浮かべる。

「戸塚君との約束は十分果たしてくれたわ。というか、正直ちょっと過保護すぎるくらいね。
 もしかしたらロリコンの毛でもあるのかしら、それならすぐにでも矯正することをお勧めするわ。
 世界がとても生き辛くなるから、LGBTも貴方を守ってはくれないでしょうし」

おまけの罵倒も込みで。

「フッ……相変わらず減らず口だけはスラスラと出てくるな」

黒は唇の端を釣り上げて笑った。
悪口の発想力だけなら、黒の出会った中ではピカ一だ。
心の底から言っていることではないとしても、ジョークの域をやや超えている。

「ええ、そうよ。私、口喧嘩だけなら誰にも負けない自信があるの。
 さあ、私にナイトは間に合っているわ。貴方を必要としてる、お姫様が待っているのは向こうでしょう?」

「そうだな。……お前は戦っていける」

黒が最初に雪乃を見た時の印象はひ弱そうな少女で、戸塚との約束の為に気を使わなければならない。
この程度の認識だったが、蓋を開けてみれば出るわ出るわ罵倒の連続で、お父様の戦いではアヌビス神の力を借りながらも前線に立ち続けた。

アンバーと時間の止まった世界で話した時、黒は雪乃が生還後にどのような生活を送ってしまうのか、危惧していた。
しかし今の彼女を見ると如何に愚かで馬鹿馬鹿しい事だったか、笑いたくなるほどに思い知らされた。

「戸塚は……いい友達を持った。口の悪さだけは欠点だが」

雪乃は強い。黒どころか誰の手など借りなくても、一人で歩いて行ける逞しい少女だ。
そんな彼女に対し上から目線の一方的な心配など無用。

「早めに直しておけよ。嫁の貰い手がなくなるぞ」

黒の口調は今までと違い、些か砕けたようなラフな声だった。
偽りの仮面を被り続けた無表情のものではなく、心の底から吐露するような優しい穏やかな顔。

「大丈夫よ。私、可愛くてモテるから」

自らの美しさを誇示するように雪乃は髪を掻き上げて、黒に微笑みかけた。
確かに、その手の性癖の持ち主には溜まらないのかもしれない。黒は御免だったが。


379 : 聖者の晩餐 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:23:00 mV80gqw.0

「それとエドも、牛乳は飲めるようになった方が良いな」
「なっ!? うるせえ!」

牛乳が飲めないことは、図星だったようだ。
背伸びしながら、身長を大きく見せようとしている事から大当たりだろう。
唐突に巻き添えを食らったエドワードは怒りながらも、黒に笑いながら言い返す。

あまり長い時間を過ごした訳ではないが、軽い悪口や冗談を言い合えるくらいには仲が深まった。ということなのかもしれない。

「……必ず、追って来いよ。タスクの喫茶で祝勝会やろうにもコックが居なきゃ意味がないからな」
「必ず追い付く。地獄門の前で待っていろ」

最早、お互いが死ぬことは想定にはなかった。
絶対に勝つ上での信頼とその後の合流を考えている。

軽く三人は笑い合う。

それから黒はアンバーへと視線を向けた。

「それと、アンバーの事も頼む。
 お前達には殺し合いの主催でしかないが……」

「分かってるよ。必ず生きて罪を償わせる」

元から不殺を掲げるエドワードがアンバーを見殺しにする理由はない。
少しだけ、安心したように黒は息を吐いた。

「アンバー」

「何?」

黒はアンバーの瞳を見つめながら、ゆっくりと口を開く。

「俺は―――後悔なんてしていない」

黒の死神と呼ばれた男の物とは思えない。それでいて演技など感じさせない、穏やかで優しい声だった。

「……そう」

アンバーは素っ気なく答えた。瞼は重く下がり、細くなった二つの目で黒を眺める。
そして、顔から憑き物が落ちたように笑みが零れた。
どんな意図であったかは、傍から見ていた三人には理解できなかったが。

「銀の場所、分かる?」

「分かるさ。ここはゲートだからな」

そして、アンバーと黒は謎めいた会話を残した。
エドワードが怪訝そうに見つめるが、答えは当然帰っては来ない。

「勝てよ。エド、雪乃」

黒はコートをはためかせながら踵を翻す。

「ああ、アンタもな!」

力強い声で答え、エドワードは強く機械鎧の拳に力を込める。

「黒さんも無事で。……さようなら」

雪乃は小さく、誰にも聞こえない低く小さい声で呟いた。








380 : 完璧な世界 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:25:50 mV80gqw.0


「俺達も急ごう」

黒が広川やイザナミの問題を解決しても御坂が残されていては意味がない。
全てが解決して、ようやくエドワード達の勝利なのだから。

「御坂の場所を知ってるんだよな?」

エドワードはアンバーへ問いかける。
広川を撃退した際に彼女が彼らを廃教会に誘い込めたのは、御坂の居場所の情報と引き換えにしていたからでもあった。
元主催で、現時点で広川を除けば主催の設備を自由に使える唯一の人間だ。
嘘ではないと思いたい。

「分かるよ。ほらデバイス」

アンバーがエドワードへ投げた端末には会場の地図が乗っていた。そこに黄色く光る点、先ほどの話と合わせればこれが御坂なのだろう。

「どうやって居場所を常に追跡できるんだ?」

この手の現代技術に馴染みのないエドワードはGPSなどの可能性も考慮できず、科学者としての知的欲求に従い疑問を口にした。

「彼女の身体から常に発せられている電磁波を感知してるの」

「そうか……猫の奴も俺達より早く、御坂には気づいてた」

先の黒子と組んだ御坂戦では真っ先に猫が接近したことに勘付いていた。
ネコが感じるほどの電磁波を、恐らくは会場にある機械等で測定し居場所を図っている。

「他にも参加者ごとに、色んな追跡方法があったんだけどね……一つも使わなかったけど」

もっと詳しく聞きたいところだったが、それは後に回すとする。
これだけの未知の技術を前に不謹慎ではあるが、好奇心を擽られてしまうがその場にあったTPOは弁えているつもりだ。

「私はここで別れるとしよう。あくまで傍観者として、この先を見届けさせてもらう」

アンバーとエドワードの会話が終わった直後、ヒースクリフは自らの離脱を声に出す。
この男は決して自らのスタンスを乱さない。
エンブリヲ戦は例外にしても、広川に対し刃を向けたのも、あくまでゲーム進行の障害を排除するためだ。
これ以上の干渉はもう望みたくはないのだろう。

「貴方も懲りないね。そんなにゲームの完遂が大事なんだ」
「きみが黒君を大切に思うようにね」
「そっか」

からかうように笑うアンバーと仏頂面で皮肉を言うヒースクリフ。
何処までがジョークで本気の蔑む合いなのか、エドワードと雪乃の二人には判別がつかない。

「……すまなかった」

ヒースクリフは硬い表情のまま謝罪を述べ、頭をアンバーへと下げた。
アンバーは不意を突かれたように、顔から笑みが消え目を丸くする。

「本来広川というバグは私が排除すべきだったが、黒君に任せてしまった。
 これはゲームマスターとしては恥じるべきだ」
「それ、私じゃなくて黒に言ったら?」
「また、怒るのが目に見えていたんでね。私は彼に随分嫌われているようだし」

何処で謝っているんだと黒の逆鱗に触れるのは明らかだ。
雪乃達どころか、契約者のアンバーですらヒースクリフには少しズレたものを感じている。
人間の黒の感受性を鑑みれば、言わない方が良いと考えたのは間違ってない。


381 : 完璧な世界 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:26:25 mV80gqw.0

「まっ、首輪交換機使って貴方を誘導したのも私だし、別に謝られる義理もないかな」
「やはり、そうか」
「うん、ちょっと私の足じゃ間に合いそうにないし、あわよくば広川もやっつけてくれればって武器も渡しといたんだけど……。上手く行かないね」
「全く、体よく使われたな」

楽し気にヒースクリフは唇を歪めた。

「ヨシツネ」

エドワードの耳に風を裂く音が木霊する。
身構えた瞬間、ヒースクリフの首が飛んだ。
いや、飛んでいるのはそれだけじゃない。雪乃の首が飛び、エドワード本人の首も飛んでいた。

「呆気ない幕切れだな」

宙を舞う首にまだ少し意識が残っていたのだろう。
最期に見たものはエドワードが氷漬けにして凍結した広川の姿だった。




【ヒースクリフ(アバター)@ソードアートオンライン】 死亡
【エドワード・エルリック@鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST】死亡
【雪ノ下雪乃@やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。】死亡


382 : 完璧な世界 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:26:50 mV80gqw.0




「貴方も懲りないね。そんなにゲームの完遂が大事なんだ」
「きみが黒君を大切に思うようにね」
「そっか」

からかうように笑うアンバーと仏頂面で皮肉を言うヒースクリフ。
何処までがジョークで本気の蔑む合いなのか、エドワードと雪乃の二人には判別がつかない。

「……すまなかった」

ヒースクリフは硬い表情のまま謝罪を述べ、頭をアンバーへと下げた。
アンバーは不意を突かれたように、顔から笑みが消え目を丸くする。

「本来広川達は私が排除すべきだったが、黒君に任せてしまった。
 これはゲームマスターとしては恥じるべきだ」
「それ、私じゃなくて黒に言ったら?」
「また、怒るのが目に見えていたんでね。私は彼に随分嫌われているようだし」

何処で謝っているんだと黒の逆鱗に触れるのは明らかだ。
雪乃達どころか、契約者のアンバーですらヒースクリフには少しズレたものを感じている。
人間の黒の感受性を鑑みれば、言わない方が良いと考えたのは間違ってない。

「で、話変わるけど……エドワード君と雪乃ちゃん、少し下がって……そう、ヒースクリフはその位置で盾出して」

「何言って―――」

エドワードの言葉を遮り、眼前の地面を斬撃が抉った。

「くっ……」

ヒースクリフは斬撃を盾で受け止めるが、衝撃を殺しきれずそのまま遥か後方へと吹き飛ばされていく。
生身の人間ではない為、恐らくあれで死ぬことはあり得ない筈だが、エドワードのヒースクリフへの不安は晴れない。

「外したか」

土が舞い上がり、頭から砂や石が降り注ぐ。
雪乃が目に入った砂を反射的に拭うとそこには見知った男が一人いた。
仕立ての良いスーツを纏い、広川剛志その人が姿を現す。
既に凍結は溶かれたのか、僅かに湿ったスーツがそれを物語っている。
しかし、黒が討伐に向かった筈である。まさかニアミスしてしまったのか、既に―――


383 : 完璧な世界 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:27:16 mV80gqw.0

「どうしてここに居るの?」
「残念だが、イザナミは完全に私から独立したペルソナだ。私という本体に縛られてはいない」
「じゃあ、黒を誘きだしたのはイザナミの独断なんだ」

足立透と違い、広川のペルソナは完全に自立し自らの意思で行動する。
エドワードと雪乃は完全に足立やスタンド使いと同じ、広川とイザナミも本体から離れることが出来ないという制約に縛られたものだとばかり考えていた。
少なくとも黒の敗北が確定したわけではないのは嬉しい誤算だが、肝心の広川がフリーでは御坂どころの話ではない。
雪乃はいっそ新一達が後藤と足立にやったらしいように、御坂と潰し合わせてしまおうかと考えるが、広川はそこまで誘導されるだろうか。

「アヌビス神さん」
『おう、ようやく出番か! 任せとけ!』

雪乃が剣を握り、人格が交代する。
荒っぽい気性を前面に押し出したアヌビス神の人格が雪乃に宿った。

「やるしかねえな」

エドワードは両手を合わせる。機械腕の甲から刃が飛び出し短刀を形成した。
御坂美琴のとんだ前哨戦になってしまったが、こうなった以上は全力でぶつかり排除せざるを得ない。

『来るぞ!!』

ヨシツネが刀を振るう。
最初に広川と対峙した瞬間に放たれた八連撃であることは明白だ。
エドワードは今ある物質の中で可能な限りの硬質な壁を錬成し、アヌビス神は己の中に蓄積された経験から斬撃をいなそうと飛び上がる。

「はい、ストップ」

その瞬間、場面が飛びエドワードと雪乃はアンバーの背後、広川の遥か先に移動していた。

「まただ……一体どうなって……?」
「ここは私が付き合うから、二人は先に行ってていいよ」
『はあ!? オイオイお嬢ちゃん、馬鹿言うなよ』

アヌビス神が子供扱いしているようにアンバーの背丈は先ほどと比べ、明らかに縮んでいた。
いや幼くなったというべきだろうか。身長に加えて、顔つきが子供のような童顔になっている。

「大丈夫、私なら」
「黒に任せられたんだ。アンタをここで見殺しには出来ない」

エドワードはアンバーの肩を強く掴む。
黒の事もそうだが、何よりここでアンバーを死なせるような真似は彼の信念が許さない。
罪は償わせるが、それは生きていてこそ意味がある。

「私は死なないから、って言っても聞かないよね」

固い信念を感じさせるエドワードにアンバーは困ったような顔を大袈裟に浮かべていた。
そして逡巡の末、エドワードに微笑みかけた。

「……あっそうだ、指出して」
「え?」

アンバーは何かを閃いたのか、声のトーンを上げてから小指を立ててエドワードの前に持っていく。
釣られてエドワードも小指を差し出し、それをアンバーは絡めた。


384 : 完璧な世界 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:27:43 mV80gqw.0

「はい、指切りげんまん、嘘吐いたら針千本のーます、指切った!」

「お、おい……」

「ちゃんと、これで約束したよね?」

強引に約束を強制され、エドワードはたじろぐ。

「私は死なないし、この後でちゃんと貴方に謝る……。覚えてるよね、私が貴方と共犯者になった時のこと」

―――今はそれだけを信じてほしい。貴方が首輪を外すことに成功すれば黙ってでもお父様と衝突することになると思う。
   その中できっと私は貴方達に会うかもしれない。その時は“頭を下げて謝罪する”

首輪解除の前にアンバーからのコンタクトでエドワードとアンバーは一つの約束を交わしていた。
その後の騒動ですっかり忘れていたが、アンバーはちゃんと記憶していたようだ。

「もう一度だけ、信じて欲しい」

「けど……黒から、俺は……糞ッ!」

既に自分は二回殺されている。薄っすらとだが、記憶の中で自分の死の記憶があった。
一度目は光の濁流に飲み込まれ、二度目は何も出来ないまま首を跳ねられた。
どんな手品なのか分からないが、アンバーの能力で自分たちは生き返った……正確にはやり直している。
つまるとこ、エドワード達がいる限りアンバーの足を引っ張るという事だ。

(俺達がいるから……能力を無駄打ちしてるってことか……?)

契約者には対価があるということをエドワードは一切知らないが、何らかの能力を行使したアンバーが若返る。
いや今の外見年齢では幼児化していってる以上、能力行使の際に年齢が遡ってしまうことは察しが付く。
そしてその上限は確かに存在していて、残りはもう僅かだということもだ。

「絶対にくたばるんじゃねえぞ……。アンタが死んだら、黒だって……」
「うん、良い子だね」

エドワードのおでこを人差し指で突きながら、アンバーは明るい口調で話す。
外形だけなら未成年の女の子に頭部を平気で触られるほど、身長差がないことにコンプレックスを刺激され少し複雑な心境になる。

「ガキ扱いすんなよ……」
「私、こう見えても結構お姉さんだから」

それがからかっているのか、あるいは本当の事なのかはアンバーの実年齢の分からないエドワードには知る由もない。
ただ、少しだけ肩の荷が下りたように体が軽くなった。
多分アンバーは罪悪感を和らげようとしてくれたのかもしれない。

「行くぞ、雪乃、アヌビス神」
『お、おう……でも良いのか?』
「俺達にここで出来る事はない。御坂美琴を止める以外に」

戸惑う様子を見せるアヌビス神だが、二人を交互に見た後に意を決したのかアンバーに背を向ける。
そのままアンバーはエドワードと雪乃が去っていく姿を見送った。

どんどん背中が小さくなっていく。
その後ろ姿を最後まで見ることはなく、アンバーは瞼を伏せた。


385 : 完璧な世界 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:28:32 mV80gqw.0

「……そっか、ごめんね」

何に対しての謝罪なのか、誰に向けたものなのか。それはもうアンバーにしか分からない。

「さて、と」

アンバーは広川へと向き直る。

「意外かな。黙って行かせてくれるなんて」

「お前を殺せば、時間の巻き戻しはなくなる。誰より優先すべきはお前だ」

イザナミの力を借りたとはいえアンバーが時間を巻き戻す以上、堂々巡りではある。
時間の操作を警戒したからこそ、お父様は生前に制限を掛けたのだが、何らかの方法で緩和したらしい。

「一つ聞いていい? どうやって人間を間引くつもり?」

気に掛かっていたことがあった。
お父様が没し広川も消えた本部でこれまでの記録を確認し、イザナミや広川についてある程度の仮説を立てて黒達に説明したが、まだ分からないことがある。
具体的には広川が望む間引きをどう行うかである。

「銀(さいやく)を使い、全人類の魂を抜き去る」
「…………は?」
「そして、種を存続するに必要な一部の肉体にこちらで用意した魂を入れる事で肉体を保持する。
 こうして多数の人間を間引きながら、生物界のバランスが保たれる」

確かにイザナミには魂を抜き収集する力がある。
二年後の未来では、それで地球のコピーに集めた魂を送り込んだこともあった程だ。
だが、広川の思い描く銀の利用方法は違う。
集めた魂に関して触れてはいないが、魂を抜いたうえで残された肉体だけを人間という動物の存続の為だけに使う。
こうすることで生物学上は人間は滅びない。それどころか、無駄な科学の発展や環境汚染を食い止めることも可能だ。

何せ魂が、意思がないのだから。ゲームの盤上のように広川の思うがまま。

「必要なのは、銀の力を拡大し全世界へと轟かせる発信機……つまり聖杯だよ。
 聖杯で世界にイザナミの霧を広げ、その霧に銀の力を相乗させる」

この世界の聖杯は数多の異世界を繋ぎ、作り上げた一つの異世界同士の起点であり交差点だ。
広川はそこからイザナミの霧を世界へと侵食させ、銀の力で魂を根こそぎ抜き去ることを画策している。

「何考えてるの」

人を殺めることに心を痛めることがないと言えば嘘になるが、アンバーは人の死というものに対して然程動じない。
それが契約者だからこそなのか、その前からの人間性なのかは定かではないが。
だがそんなアンバーですら、広川の話には嫌悪感を抱いていた。


386 : 完璧な世界 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:29:07 mV80gqw.0

「それって、もう家畜みたいなものだね」

組織に使い勝手の良い駒として扱われてもいたが、これはその比ではない。
純粋な怖気がしてくる。契約者になって長いが、こんな感情に襲われたのは今この時が初めてかもしれない。

「人間どもがやっていることと同じだ。私がそれを行って何が悪い?」

悪びれるどころか罪悪感すらないようだ。
広川の声は力強く芯のこもったものである。皮肉を言ったつもりのアンバーが面を食らうほどに。

「貴方を呼んだこと、今激しく後悔してる」

「私はきみにこれ以上ない感謝をしているがね」

次の瞬間、斬撃が放たれる。
八連撃の剣舞は、アンバーの華奢な体など一瞬にして細切れにし、切り刻まれた赤黒い肉片へと変えていく。

『執行モード、デストロイ・デコンポーザー』

だが広川の目の前で散らばる筈の肉片は欠片一つない。

「――――!!」

代わりに執行を告げる電子音声と裁きの光が広川を包み込んだ。








387 : 完璧な世界 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:29:24 mV80gqw.0



「まったく、踏んだり蹴ったりだな」

広川の奇襲を避けたはいいが、ヒースクリフは随分と遠くへと吹き飛ばされてしまった。
幸い彼らからはまた距離を置こうかと考えていたところだし、都合は悪くないのだが。
とはいえ、彼らの考えを観戦したいという思いもある。
もし戦場からかけ離れた場所なら運が悪い。

「いや、まだ幸運の女神には見捨てられていないな」

残りの余命が数時間の男とは思えぬ発言だ。
しかし、現在地を確認すればむしろ誰よりも戦場に近い場所ではないか。
何せ先ほど御坂と対話した場所に非常に近い。

「また彼女に会うのも奇妙なものだが……」







388 : 完璧な世界 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:29:44 mV80gqw.0



意識が戻る。
確か自分は誘拐された。イザナミか銀なのか良く分からないが、黒達の目の前で攫われたのだ。
そして今、その誘拐主の膝の上に拘束されている。
非常にヤバい。契約者として合理的に取るべき行動は……。

「ん?」

覚えのある匂いだった。
それまで抱いていた危機感が全て吹っ飛ぶほどに。

「猫」

服の感触も太腿の柔らかさも、身体を撫でてくれる温もりも、猫が以前に習慣化していたものだ。
蘇芳と出会うよりも前、モモンガ時代ではなく黒猫の体で黒達とチームを組んでいた頃まで遡る。

「銀、なのか……?」

白の銀髪は光に包まれ、白いスーツのような物に身を包んではいるが、それは猫が知る紛れもない銀だった。
変化と言えば、ドールとは思えない感情が顔に出ていることぐらいだ。
猫を優しく、膝の上に寝かせその背を撫でている。そこに悪意はなく、猫に対する親愛の情しか込められてはいない。
だからこそ、猫は困惑した。これが本当に災厄だというのだろうか。
見た目に変化こそあるが、銀がそんなモノを引き起こすとは思えない。

「会えて、良かった」

猫は銀を抱き上げると、腰を上げ立ち上がる。
そして猫を手放した。
ネコの身体能力を駆使し、猫は空中で体制を整え見事に着地する。

銀は猫から離れるように、一歩二歩と後ろに下がる。

「銀? 待て、銀……!」

弾けるように猫が駆けだすと、霧が視界を遮った。
先が何も見えず、銀の姿も見えなくなる。
とにかくがむしゃらに走り、一つの人影を見つけ猫は全力で疾走する。
どうしてこんなに必死で走るのか、当の猫本人にも理解できなかった。
このまま追って、どうなるというのか。追いついて、それからどうすればいいのか。

「ォ…………ま」

「なんだ……」

霧に映し出された人影がより濃さを増し、そのシルエットが明らかになる。

「猫か!?」

だが霧の中から飛び出してきたのは銀ではなく、猫を追ってきた黒だった。
二人とも驚いた形相で見つめ合い、呆然としている。
猫は確かに銀を追っていた筈なのだが、それが黒に変わっていたのだから困惑は必然だ。
また黒も猫は囚われていると考えており、一人で脱走したような今の状況には驚きを隠せない。


389 : 完璧な世界 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:29:58 mV80gqw.0

「俺は銀を追ってたんだ」
「銀を? さっきまで一緒にいたのか」
「ああ、あいつは俺を逃がして、その後に消えちまった」

事情を聞いた黒は自分が銀の元へ近づいていることを確信した。

「黒、どうやってここまで来た?」
「奴はあの場所で待っていると言っていた。ここがゲートの中なのだとしたら、俺が望めば銀は居て、その場所にそこに辿り着ける筈だ」
「だが、同時に何かを失うんだぞ」

ゲートが何でもありなのは猫の承知の通りだが、その反面何らかの対価を要求される危険地帯でもある。
黒の方法で銀の元へ行くのはリスクが高いと猫は感じた。

「猫、お前はエドワード達と合流しろ。最悪の場合でも、参加者じゃないお前は御坂美琴に殺されることはない」
「それは良いが……黒、お前は……銀をどうする気なんだ」

黒は二年後の未来に於いて、ゲートの中心で恐らく銀を殺害した。
そのまま消息を絶ち、奇妙な事に猫はこの場で過去の黒と再会を果たしている。
だからこそ、既知感がある。この事態はあの時の二の舞ではないかと。
役者は蘇芳、ジュライからエドワード、雪乃、アンバー、ヒースクリフと様変わりしているが主軸は何も変わらない。

「聞け。良いか? 銀を救う手立てがあるかもしれない」

黒にとっては未来の、猫にとっては過去の、あの時のイザナミは殺す以外に止める手立てはなかった。
しかし、今は違う。役者が変わったことで新たな道も照らされてきているのだ。

「エドの錬金術なんだがな。美樹さやかって女の子が魔女っていう化け物になった時、あいつはその娘の魂を錬成して元の人間に戻していた」

魔女化したさやかを止める為にエドワードは錬成し、その巻き添えで猫も良く分からない謎の世界に行った事は強く印象に残っている。
所謂さやかの心理的な世界だったのか、専門的な事は分からないが、エドワードが人外になった人間を元に戻すことが可能だという事だけは理解できた。
今回のケースもこれに当て嵌まるのではないだろうか。
銀は特異な力に目覚め暴走してはいるが、さやかのように魂を錬成することが出来れば、黒が殺める必要はない。

「……もう、遅い。銀には、戻れる肉体がない」
「ッ……」

ただし、美樹さやかはその時点では生存していた。
ちゃんと体の脈を測ったわけではないので断言はできないが、肉体は決して死んでいた訳ではないのだろう。
だが銀は既に死んでいる。仮に魂に手を加えたとして、彼女の体は死を迎えている。

「だったら、エンブリヲとかいうのがいただろ……あいつに頼んで……それで」

契約者とは思えない、非合理的な発言だ。
エンブリヲの力ならば死人を蘇らせることは可能かもしれないが、黒の願いを承諾などしない。
それどころか銀の魂を使って、何か悪企みをしでかすか予想がつかないほどだ。

「お前らしくもない」

あまりに馬鹿げた発言に、黒は苦笑しながら指摘する。


390 : 完璧な世界 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:30:37 mV80gqw.0

「と、とにかく銀の奴は俺が知ってた昔の銀だった! それに殺すより、合理的で確実性がある方法があるはずだ……だから早まるな!」

「意外と仲間想いなとこもあるんだな」

猫は気恥ずかしさから、黙りこくってしまった。

「安心しろ。俺はただ、失った物を取り戻しに行くだけだ」

穏やかな笑みで黒はそう呟き、仮面を被ると猫に背を向けた。

「黒!?」

霧の中へ歩んでいく黒の背中を猫は追いかける。
ネコの疾走する脚力と、成人男性の普通の徒歩では明らかに前者が優位で容易に追いつける筈だ。
だが、二人の距離は縮まらない。走れば走るだけ黒の背中は小さく、霧に呑まれていくようだった。

「どうなってんだこの霧は……何で追いつけない……?」

ネコの体のせいなのか? それならば、猫はこの時ほど元の肉体を失った事を後悔した日はない。
ゲートの中心へ黒と銀と猫の三人で向かった際、組織に切り捨てられたが為にサーバーから切断された実質死んだ時でさえもこんな感情にはならなかった。

「待てよ……待て、行くな! 黒!!」

霧が晴れ、二つの人影はクリアになった猫の視界に写った。

「―――猫!?」

金髪を後ろに結んだ背の低い少年と、黒い長髪で剣を片手に掴んだ少女。
エドワード・エルリックと雪ノ下雪乃の二人だ。

「ハっ……ゲートは何でもありか……」

首を傾げるエドワードを猫は無視しながら呟いた。

「どうも、お前達の舞台に俺は最後まで……居合わせられないみたいだな。あの伊達男じゃないが」

猫が出る舞台はあちら側ではない。
彼が見届けるべき物語はこちら側ということらしい。
銀が猫を逃がしたのも、そういう意味合いだと納得いく。



「全く、いつまでも飽きさせない奴らだったよ。お前らは……」



結局、最後はいつもこうだ。


391 : 完璧な世界 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:31:01 mV80gqw.0



【F-5/二日目/夕方】

【マオ@DARKER THAN BLACK 黒の契約者】
[道具]カマクラ@俺ガイル、エカテリーナちゃん@レールガン
[思考]
基本:生還する。
0:エドと共に行動し、御坂美琴に対処する。
1:黒、銀……


【エドワード・エルリック@鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST】
[状態]:疲労(極大)、ダメージ(中)、精神的疲労(大)、全身に打撲、右の額のいつもの傷、黒子に全て任せた事への罪悪感と後悔、強い決意 、首輪解除、腰に深い損傷(痛覚遮断済み)
[装備]:無し
[道具]:デイパック×2、基本支給品×2、ゼラニウムの花×3(現地調達)@現実、不明支給品0〜2、ガラスの靴@アイドルマスターシンデレラガールズ、
    エドの作ったパイプ爆弾×4学院で集めた大量のガラクタ@現地調達。
[思考]
基本:生還してタスクの喫茶店にもう一度皆で集まる。
0:聖杯を壊し、御坂を倒す。
1:大佐……。
※登場時期はプライド戦後、セントラル突入前。


【雪ノ下雪乃@やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。】
[状態]:疲労(極大)、精神的疲労(極大)、友人たちを失ったショック(極大) 、腹部に切り傷(中、処置済み)、胸に一筋の切り傷・出血(小) 、首輪解除、右手粉砕骨折、顔面強打
[装備]:MPS AA‐12(破損、使用不可)(残弾1/8、予備弾倉 5/5)@寄生獣 セイの格率、アヌビス神@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース、ナオミのスーツ@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞
[道具]:基本支給品×2、医療品(包帯、痛み止め)、ランダム品0〜1 、水鉄砲(水道水入り)@現実、鉄の棒@寄生獣
    ビタミン剤、毒入りペットボトル(少量)
[思考]
基本方針:殺し合いからの脱出してタスクの喫茶店にもう一度皆で集まる。
0:タスクの帰りを待つ。
1:自分の責任として御坂を何とかする。
2:もう、立ち止まらない。




【F-2/二日目/夕方】

【ヒースクリフ(アバター)@ソードアートオンライン】
[状態]:HP20%、異能に対する高揚感と興味、真実に対する薄ら笑い
[装備]:神聖剣十字盾(罅入り)@ソードアートオンライン、ヒースクリフの鎧@ソードアートオンライン、神聖十字剣@ソードアートオンライン
[道具]:
[思考]
基本:ゲームの創造主としてゲームを最後まで見届ける
0:随分と飛ばされてしまった……。
[備考]
※数時間後に消滅します。
※装備は全てエドワード・エルリックが錬成したものです。特殊な能力はありません。


392 : 完璧な世界 ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:31:24 mV80gqw.0


【F-5/二日目/夕方】

【広川剛志@寄生獣 セイの格率】
[状態]:???、不死身、制限なし
[装備]:??? 、ペルソナ全書@PERSONA4 the Animation
[道具]:???
[思考]
基本:聖杯を手に入れる。
1:全てを果たし、そして終わらせる。

【アンバー@DARKER THAN BLACK 黒の契約者】
[状態]:???
[装備]:???、ドミネーター@PSYCHO PASS-サイコパス-
[道具]:???
[思考]
基本:黒の為に動く
1:広川と戦う。


【???/二日目/夕方】

【黒@DARKER THAN BLACK 黒の契約者】
[状態]:疲労(大)、右腕に刺し傷、腹部打撲(共に処置済み)、腹部に刺し傷(処置済み)、戸塚とイリヤと銀に対して罪悪感(超極大)、首輪解除
     銀を喪ったショック(超極大)、飲酒欲求(克服)、生きる意志、腹部に重傷
[装備]:黒のワイヤー@DARKER THAN BLACK 黒の契約者、包丁@現地調達×1
     傷の付いた仮面@ DARKER THAN BLACK 流星の双子、黒のナイフ×10@DTB(銀の支給品)、水龍憑依ブラックマリン@アカメが斬る
[道具]:基本支給品、ディパック×1、完二のシャドウが出したローション@PERSONA4 the Animation 、大量の水、クラスカード『アーチャー』@Fate/kaleid linerプリズマ☆イリヤ
[思考]
基本:殺し合いから脱出する。
0:全て終わらせる。


【イザナミ@???】
[状態]:???
[装備]:???
[道具]:???
[思考]
基本:???


393 : ◆ENH3iGRX0Y :2018/02/09(金) 19:33:47 mV80gqw.0
投下終了です


394 : 名無しさん :2018/02/09(金) 19:53:39 bE4JGoxE0
>>393
投下乙です。
感想も書かずに恐縮ですがwiki収録のお手伝いをしようかなと思っています。
ゲリラ投下ということはこの作品は前編のような立ち位置で、次の投下も貴方がするということでよろしいでしょうか?


395 : 名無しさん :2018/02/09(金) 20:29:36 mV80gqw.0
>>394
そういうことになります
ややこしいタイトルにして申し訳ないです
本当は前編とか分かりやすくしようと思ったんですが思ったより長くなったので急遽細かいタイトルに別けてしまいました


396 : 名無しさん :2018/02/09(金) 21:08:30 zftyadfs0
>>395
わざわざ返信ありがとうございました。
これは個人的な質問ですが今回の先が気になる終わり方……ずばり次の投下はいつ頃でしょうか。前回の方は前編と後編の間が10日程度だったので、それぐらいでしょうか?
黒さんがどのような選択を選ぶのか楽しみに待っています!


397 : 名無しさん :2018/02/09(金) 23:03:37 mV80gqw.0
今月には投下しようと思います
本当は予約した方が良いんでしょうけどどうしてもはっきりとしたことが言えない状況なので
ここに来て本当に申し訳ないです


398 : 名無しさん :2018/02/10(土) 22:34:16 hbQMBy4E0
投下乙です
遂にこのバトロワの全貌が明かされましたね、アンバーは本当、いい女だなぁ
途中の俺ガイルパートは異様に再現度が高く、そう言えば氏がこの企画で最初に書いた作品に出てたのも戸塚君だったなぁ、
最初に脱落させたのも八幡だったなぁ、と氏の原作への思い入れが感じられました
主催陣営を欺き、婉曲的に破綻させたのは美遊だったのには驚くと同時に平行世界の士郎の願いを思い出し、儚い思いが湧きました

黒さんが銀とどう言う結末を迎えるのか、後編も全力待機させて頂きます、頑張ってください


399 : 名無しさん :2018/02/11(日) 00:57:15 kLjBQQO.0
ちょっと妄信的な書き込みが怖いな……ww


400 : 名無しさん :2018/02/11(日) 01:36:27 Zj./6.v60
普通に感想書いた人に対し妄信的とか何言ってんだこいつ
何かにつけて人を叩くのはやめて、どうぞ


401 : 名無しさん :2018/02/11(日) 01:43:41 ayWgsqks0
>>400
気を悪くさせてしまったのですねごめんなさい。
書き手が最初に書いたのは〜
書き手が最初に脱落させたのは〜
この書き込みがストーカーみたいで怖いと思ってしまいました……。


402 : 名無しさん :2018/02/11(日) 02:11:29 Zj./6.v60
ただ単に企画序盤から読んでて感慨深いってだけの事だと思うんですけど
その程度でストーカーだなんだと決め付ける方が怖い


403 : <削除> :<削除>
<削除>


404 : <削除> :<削除>
<削除>


405 : 名無しさん :2018/02/11(日) 16:21:40 BzdMH6fk0
削除申請はちょっと神経質過ぎるかなと思うけど>>398ももう少し誤解を招かない感想の書き方はできなかったのか
2〜3行目の辺りに特に含みはありませんという方が無理がある


406 : <削除> :<削除>
<削除>


407 : 名無しさん :2018/02/11(日) 17:10:15 wEjVNsS60

投下乙です
最後の主催広川、普通の人間なのにも拘わらず、最終目的は主催の中で一番恐ろしかった
魂の人間牧場の様な発想にはゾッとする
エンブリヲが参加者落ちした理由の「性格」には思わず納得せざるを得ない


408 : 名無しさん :2018/02/12(月) 18:29:45 UjRdqrqw0
投下乙です
ラスボス戦が予想以上に厄介なことに、そしてナルトのイザナミを思い出してしまった
作品ごとに色んなギミックを回収しつつのギリギリの戦い
次はどんなネタがくるのか楽しみです


409 : 名無しさん :2018/03/02(金) 04:30:41 iJJvEKNI0
今月中に来ませんでしたね
だけどまだまだまってます!


410 : 名無しさん :2018/03/03(土) 20:01:30 gVWgr.7w0
3ヶ月以上を費やした大作……楽しみだ!


411 : 名無しさん :2018/03/04(日) 01:10:55 Od4SH7qo0
生きてる?


412 : ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/06(火) 01:56:23 XGD/N4IM0
申し訳ありません
とても執筆時間が取れる状況ではなく3月まで縺れ込んでしまいました
報告までし忘れてしまう体たらくです
もうしばしお待ちいただけると幸いです


413 : 名無しさん :2018/03/06(火) 07:10:44 56QxoM0w0
お忙しい時期かと思われますのでお気になさらず


414 : 名無しさん :2018/03/06(火) 08:11:57 eIfSNbZE0
つまり今週!楽しみにしております


415 : 名無しさん :2018/03/14(水) 18:46:25 9XD5CEqQ0
月報までには来ると思ってたけど繁忙期だもんな


416 : ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:30:45 CXQry2CI0
長らくお待たせしました
投下いたします


417 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(前編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:32:30 CXQry2CI0
アンバーの能力は時間制御、実質それは無敵の神に等しい全能と言ってもいい。
はっきり言えば何でもありだ。
時間を止め、その間に他者を殺害することも、望まぬ未来を巻き戻しやり直す事も何でもできる。


『対象を完全排除します。ご注意ください』


だが、今回ばかりは違う。
相対する相手もまた全能だ。正真正銘の不死の力を手にし、イザナミより与えられた力を制限すらなく完全に振るう事が出来る。
この箱庭に於いて、最も神に近い存在と言っても過言ではない。

「残り一発」

デコンポーザーが直撃し広川の上半身が吹き飛ぶ。
原子レベルでの破壊は生身の人間が当たれば、痛いでは済まない。
骨すら残さず、広川の体は下半身だけを残して消滅した。

「死ぬというのは、どうしても慣れないな」

だが、消滅した上半身が再生を始め人間としての形を取り戻していく。
ドミネーターを持つアンバーも決してこれで広川を殺せるとは思ってはいない。
この程度で殺せるのなら、エドワードとアヌビス神の力を借りて時間停止でハメ殺していた。

「どうするんだ。アンバー、君は私をどうやって倒す?」

参加者に支給されたものと違い、アンバーの持つドミネーターはフル充電で三発のデコンポーザーを撃てる。
完全な製品だ。しかし、広川を滅ぼすには至らない。

(イザナミの影響でデコンポーザー判定してるけど、エリミネーターのが良かったな……)

むしろ今回のケースに限っては、無駄にオーバキルで燃費の悪いデコンポーザーより
パラライザーのが気絶させ無力化させることが出来、無制限。それか、デコンポーザーより威力は下がるが弾数が増えるエリミネーターのがマシなくらいだ。

「どうしようか、困ったなあ」

軽口を叩き、微笑んで見せるアンバーだが心中は穏やかではないだろう。
アンバーの持ち得る全ての力を以ってしても、広川を倒しきる事は出来ない。
イザナミの不死の力はまさに呪いの域にあり、あらゆる方法であっても死へと到達させ得ない。

「ヨシツネ」

ヨシツネの持つ最強のスキル、八艘跳び。
これを真っ向から捌ききれるのは、お父様を含めた参加者の中であってもブラッドレイただ一人を置いては他にはないかもしれない。
アンバーも南米で兵士として活躍はしてきたが、ヨシツネの剣戟を完全に見切る事は難しい。

「危ない危ない」

だが、アンバーは広川の眼前ではヨシツネの動きを完全に超越した。
まさに瞬間移動のような身のこなしでヨシツネをアンバーがあしらっていた。
時間の制御だ。最小限で時間を操作し、攻撃が当たらないギリギリのラインを常に維持し攻撃を避け続けている。
それがこの奇跡のような身のこなしを実現した。


418 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(前編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:32:46 CXQry2CI0

「厄介だな。時間の制御という点では、君は最強の契約者だろう」

制限抜きでも判明した限り、最大でも8秒という制約のあるDIO、一日に一度という限度が定められたエスデス、彼女らを超える長時間の停止を可能とするが本人の力が非力な暁美ほむら。
この三人に比べ、アンバーは時間を自由自在に操作し支配し、掌握できる。

「しかし」

一見すれば三者の時間操作能力者達に引けを取るどころか、圧倒的に勝り優れた能力をアンバーは有している。

「対価の重さがなければだが」

斬撃を避け、華麗にヨシツネの死角に回るアンバーに傷一つなく、息切れもない。
だが紛れもなくアンバーは消耗していた。

彼女の対価である若返りだ。

能力の使用の度、アンバーは若返る。
女性からすれば魅力的な能力だが、当のアンバーからすれば厄介な足枷にしかならない。
適度な使用ならば永遠の若さを保てるものの、過度な使用はアンバーの誕生以前までに遡ってしまう。

つまり、それはアンバーの存在の消滅に他ならない。

遡れる対価が消えてしまえば、対価としてその生を奪われてしまう。

「残された対価で、幾ら耐えきれるかな」

ここに来て、アンバーは短時間で能力の使用を重ねていた。
二度に渡る時間の巻き戻しに加え、黒との対話で一回、更に広川との戦闘では数えきれない。
対価を抑えながら節約して使用しているのだろうが、着実に対価はアンバーの命を削っている。

(賢者の石で何とかカバーしてるけど……長く持たないかも)

アンバーは掌で光る赤い石に視線に向ける。
エルリック兄弟が求め、錬金術師が完璧な物質と称賛する宝石。
作成までに多大な人の命を要求する代わりに、使用者に絶大な力を齎すそれはアンバーにも当てはまる。

箱庭の制限により時間制御に制限が課せられた現状でも、数秒の巻き戻しと、一定時間の時間停止ならば可能な程の緩和された。
そして対価の支払いも素で使うより、緩やかにアンバーを若返らせてくれる。

「こっちは一応制限に乗っ取ってやってるのに、そちらは制限一切なしなんて、ちょっとズルくない?」

もっとも相手は更にそれ以上のイカサマと反則を駆使してきているので、優位には立てないが。

「このゲームに拘りなどないものでね。使える手段は何でも使わせてもらうよ」

無数の轟音が響き、アンバーの鼓膜へと木霊する。
その緑の長髪を揺らしながら、戦いが始まってから幾度となく繰り返した同じ動作を繰り返す。
斬撃は虚空を奔り、アンバーは死角をキープし続ける。

一つ違うのは、アンバーの背丈が縮み、以前よりも幼くなったことだけだった。


419 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(前編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:33:12 CXQry2CI0

「じゃ、それ貰おうかな」

広川の不死身はイザナミを召喚したことによる本体への影響だが、ヨシツネを操っているのはあのペルソナ全書によるものだ。
あれを奪うことが出来れば殺せはしないものの、大分楽にはなる。
少なくともイザナミは黒を相手にしている以上、広川本人は死なないだけの無力な一般人だ。

「―――!」

時間を停止させる。今のアンバーが停止を維持できるのはほんの数分程度だが、本を奪うには十分すぎる。
広川へ肉薄しその腕に抱えたペルソナ全書を引っ手繰った。
あまりにも呆気なく奪えたことに、アンバーは訝しそうに広川を凝視しながら距離を置く。
そして、時が再び動き出す。

「ッ!?」

アンバーが若返り、更に幼くなる。
広川は唯一の武器を奪われながらも平然とした態度で佇む。
相対するアンバーは、ペルソナ全書を握る左腕に違和感を覚えていた。

「……そう簡単には奪えないか」

左腕を貫く槍。
アンバーの腕は赤く染まる。
更にペルソナ全書に複数の鋼の鎖が巻き付いていた。鎖は強く固定されアンバーの力では振りほどけそうにない。

「返してもらおうか」

激痛に顔を歪め、緩んでアンバーの手から鎖を手繰り寄せペルソナ全書を回収する。
その広川の背後の空間は歪んでいた。
アンバーを突き刺した槍も、ペルソナ全書を掴んだ鎖も全てはその空間から突如として現れたものだ。

「そんな支給品、あったけ……?」

「これもイザナミが用意してくれたよ。8枚目のクラスカードというらしい」

英雄王ギルガメッシュが振るう王の財宝、それは人類が作り上げた物であればあらゆる原典たる宝具を放つ。
イリヤ達が辿る正史において彼女らに立ち塞がった最強の障害の一つだ。

「まだ、他にも色々残ってたりするの?」

アンバーは苦笑しながら広川へと語り掛ける。
何らかの戦闘手段を用意するのは予測できたが、規模の大きさには驚きを超えて呆れしかない。
お父様が入手を断念したようなものまで、よくイザナミの力を借りたとはいえ用意したものだ。

「アンバー、君を相手に警戒しすぎという事はない」
「ちょっと過大評価なんじゃない?」
「いや。今この瞬間も君が何をしでかすか、ヒヤヒヤしているくらいだよ」

少しは油断なり慢心でもすれば楽なのだが、お父様やエンブリヲのようにそういった隙は全く無い。
それも当然だ。
この男は誰よりも劣り、最弱であった。それ故にあらゆる可能性を考慮し、完璧な布陣を敷いて戦いに臨んでいる。

「凄い執念だね……。そこまでして、人間を間引きたいんだ」

「それはこちらの台詞だよ。あの男の為に、一体どれだけの対価を支払ったんだ」

「さあ?」

アンバーは軽い調子ではぐらかすが、恐らく広川が考えられない程の時間を超えようやくあの男が生存する未来を掴んだ筈だ。
この殺し合いでも時間制御に制限がある上で尚、ヒースクリフや魏志軍を利用しながら上手く誘導したものだ。


420 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(前編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:33:30 CXQry2CI0

「黒は助けよう」

「冗談なんて言えるんだ。少し驚いた」

「イザナミとの契約もある。どちらにせよ、私は黒に危害は加えられない。
 手を引け、アンバー。君が命を張るには、奴らの価値は見合わない」

イザナミが黒を求めていることは知っていたが、それをダシにしてくるとは予想外ではあった。
当然アンバーが首を縦に振ることはないが、広川に抱き始めた疑念からアンバーは即答せず会話を続ける。

「どういうこと?」
「あの生存者達は君の対価に見合う価値はないということだ」

アンバーは口を閉ざし沈黙した。

「罠だと思うか? だが良く考えてみろ。私は君を消耗させるだけでいい。
 今こうして言葉を交わし、得をしているのは君じゃないか?」

態々言葉巧みにアンバーを翻弄せずとも、攻撃を続けるだけで、アンバーは勝手に対価を支払い消滅してしまう。
しかし、アンバーにとってこの会話はそれを引き延ばす行為であり、先へ行ったエドワード達への時間稼ぎにもなる。

「君の時間操作は有益だ。その力を提供してほしい。
 何も君が消滅するまで能力を使えという訳ではない。そちらの都合も鑑みる」

アンバーにとって時間稼ぎになると割り切っても、嫌な言葉の響きだった。

「何故、契約者が生まれたと思う?」

広川の台詞にアンバーは自然と広川を強く凝視した。
契約者という存在の理由、それはアンバーも興味がないわけではない。

「……地球上の誰かがふと思ったのだ……生物(みんな)の未来を守らねば、と……」

広川は、今まで淡々と機械の様に平坦な声で声を発していた
だが、この台詞だけは熱が込められ、僅かに広川の肩も震えているように見えた。

「アンバー、君の力は生物界のバランスを守る為に、地球の先を見据える為に使うべきだ。
 契約者(きみ)は人間の天敵でなければならない」

広川は様々な世界を見た。その中で思ったのが、契約者とパラサイトの共通性であった。
何の前触れもなく人間から成り代わり、殺人を逃避せず人を殺める存在。
経緯こそ違うが、自らを第一に考え冷静に合理的な判断を下すその姿は契約者もパラサイトも同じではないか?

「私は思う。異能という物が何故生まれたのか、それは人間の天敵たりうる為だと。
 私の世界はパラサイトだった。君の世界は契約者というようにだ」

異能という力はどの世界であっても強大であり、人を殺めるに適している。
まるで人を浄化し地球の未来を担う存在であるパラサイトのように。


421 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(前編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:34:19 CXQry2CI0

「違う」

しかし、アンバーは強く否定する。
この時、初めてアンバーの顔から笑顔が消えた。
強い憤怒をその表情に表しながら、アンバーはそれを抑えながら怒りを込めた声を発する。

「契約者(わたしたち)は貴方の言うような殺戮マシーンじゃない。
 パラサイトもそう、何かを殺す為だけに生まれる存在なんてない」

契約者もパラサイトも人を愛することがある。
アンバー本人がそうであるように、パラサイトの田村玲子もミギーも誰かの為に散っていった。
広川の言っていることは一方的な押し付けに過ぎない。
自らの持論と理想を、都合よく枠に当てはめているだけだ。
誰が望んで人など殺めているか、契約者もパラサイトも生きる為に他者を殺害しているだけだ。

「私が時間を巻き戻す前に、エドワード君にこの殺し合いの死は全て無価値とか茶番って言ってたよね」
「そうだな」
「貴方にとって、誰かを想うって事はそんなに意味のないことなの」

アンバー自身、自分が感情的になっていることを何処かで冷静に客観的に見えていた。
全身が熱く、心臓の音が耳に付く程、今アンバーはムキになっているということだ。

「当然だ。人を想う前に視野を広め、全てを含めて考えるべきだろう。
 我々が住み、共存していく地球(ほし)、最も優先すべきは何か? これがなければ我々は重力という庇護も受けられず、呼吸もままならない。
 だが、世界は地球を疎かにし、環境保護も人間を目安にした歪な物だ」

広川はアンバーの感情論を下らないと吐き捨てる。
彼の思想には、人と人の繋がりなど一切ない。重要なのはやはり大局を見据えることなのだ。
如何な素晴らしい愛情が人にあろうとも、その種が住まう母星がなくては意味がない。
ありとあらゆる生命が混在し、共存する世界の存続こそが全てにおいて優先される。

広川は憂いている。
地球の先を。その星に住まう者の一人として。

「似ていると思わないか? この殺し合いも私達を滅ぼせば済む話だろう。思想の違いはあれど、あの箱庭で無意味な殺し合いを重ねる必要などない。
 何時だったか、時間稼ぎの為に雪ノ下雪乃もブラッドレイに言っていたな。その真意はともかく。
 奴らは自らの尺度を目安にしつまらぬ偽善を掲げ、自ら潰し合い滅んだ」

「好都合じゃない? 貴方の望んだ間引きでしょ」

「あれが間引きに見えたか? 最早戦争だよ。あくまで小規模であったというだけだ。
 私は人間を滅ぼしたいのではない。人間という一つの種として、存続したうえで生物のバランスを取り、全ての生物が共存すべきだ。
 戦争によって己が種を滅ぼす。それどころか兵器によっては、地球に多大な害すら残す。何という愚かしさ」

決して、人類を滅ぼすことが広川の目的ではない。
バランスの取れた自然界のピラミッドを構築する。その為に程々に数を減少する為に間引きだ。
だが、人間同士が全力で争えばそれ以上のバランスの崩壊を齎してしまう。
例え世界の総人口に比べ、少人数であったにせよこの殺し合いは既に10人を切った。

パラサイトの間引きでは人間によって容易く滅ぼされる。しかし、人間同士の間引きではいずれ種ごと滅び去る事だろう。


422 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(前編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:34:40 CXQry2CI0

「……かもね。けど、それが無価値がどうか決めるのは広川じゃない」

「それが驕りだよ。
 地球に寄生し、自己を正当化し美化し続ける害獣……まさしく、寄生獣だな」

広川はそれが気に入らない。
人間を不要に賛歌し、その可能性を見出そうとする現実の逃避に。
一切の解決にもならない。
広川とて自らの理屈の稚拙さに気付かぬ程、教養のない人間ではない。
しかし、最早強行手段でもなければ地球という星は守れない段階にまで来ている。

未来へ残す、生命と自らの子孫達へ渡すべく地球。それらを穢す存在があるのなら、例えその手を血に染めようとも駆除しなければならない。

それが地球に生を与えられ生まれ落ちた霊長の長としての使命なのではないか?

「よくそんな、ただの馬鹿デカい玉に一生懸命になれるよね」

アンバーは退屈そうに溜息を吐いた。
全く理解も共感も出来ないと言いたげに目を細めて、呆れた様子を広川に見せつける。
もしも明日地球が滅びるので、それを何とかするのに協力しろと言われればアンバーも力を貸すだろう。

「こっちは……一人守るだけでも精一杯なのに」

だが、広川の言っていることは何年後の話だ? 百年? いや千年か?

とてもではないが、アンバーの知る所ではない。はっきり言って他人事に過ぎない。

「きみだって、動く水分とタンパク質の塊にご執心じゃないか」

こうなることは、アンバーのような予知能力がなかろうと広川には分かっていたことだ。
アンバーは……いや人間は所詮自分主義の生き物である。
普通の生物と違い、考えることの出来る高い知能を持ちながらそれらを自らの為にしか扱えない。

その皮肉には失望の念を込められていた。

「分かりあえないのはお互いさまかな」

轟音が響き、先ほどまでアンバーがいた場所をヨシツネが刀で抉っていた。

「きみは契約者と人間の争いを誰よりも間近で見ていた」

アンバーはありとあらゆる時間を行き帰し、南米戦争という世界大戦規模の戦を生き延びた。
それだけではない。人間がその武力を行使し、契約者という存在を全て抹消しようとしていた為に更なる争いも起きた。

「自らが属する種を滅ぼされる危険性を誰よりも理解したはずだ。人間が如何に増えすぎ、生物のバランスを崩してしまうか……。
 だからこそ、多大な犠牲と対価を払ってまで、人間に戦いを挑んだ」

契約者という存在を守るために、黒を死なせない為に途方もなく大きな人間と組織にアンバーは戦い続けた。
その中でアンバーは契約者と人間の諍いは終わらない。否、自らの天敵すらも容易に滅ぼしえる人間という存在の異常さに薄々気付いていた筈だ。
自然という摂理から独立し、その種は減るどころか爆発的な増加を辿り続ける。
その果てにあるのは地球という星と自らの破滅でしかない。

「間引きが必要であることは他ならぬ君が分かっているだろう! 全ての生物の為にも、契約者……そして人間自身の為に―――」 

「私は黒の守りたかった世界を守ってあげたい」

アンバーはヨシツネの射程外より姿を見せる。
容姿は更に若返り、対価の支払いの限界はもうすぐそこだ。


423 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(前編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:34:57 CXQry2CI0

「人と契約者の共存……どんなに困難な道でも、きっと誰も犠牲になんかしたくなかったと思うから」

その第三の道は黒にとっての不幸の始まりだ。
アンバーはそれを警告した。その道の先には戦いが待ち受け、また人を殺さなければならなくなると。

「……黒って可笑しいよね……。出会って一年もしないような人達の為に、自分が欲しいもの全部かなぐり捨てるんだよ?」

アンバーがゲートの中心で最後の決断を迫った時、黒は真っ先に東京の住民たちを心配していた。
皆、消えるのか? 南米の時の様にと。
唯一の肉親の妹と銀と過ごす未来も、本当の星空だって取り戻せたのに。

「この殺し合いに至っては、関わって数時間くらいの人達なのに。それでも、戦いの道を選んで……」

その顔にいつもの笑みはない。
ただ、哀愁だけが表情からは垣間見れる。

「ならば、取り戻してやればいい。きみならそれが可能だ」

もしも広川がアンバーならば、その通り黒の望む世界を作り上げていただろう。
そもそもが東京エクスプロージョンも一切の情報を与えない、あるいは偽りの情報で黒を誘導するなりしてそのままエクスプロージョンを引き起こせば良いだけの話だ。
契約者は生き残る。偽りの空は残るが、銀も死なずアンバーも消えない。そしてもう一度妹にも会わせることが出来た。
その世界線ならば、アンバー自身が黒と結ばれることもやりようでは可能だっただろう。

何を犠牲にしてでもあの男を優先し、自らの手に入れる好機は幾らでもあった
彼女が契約者として、合理的に判断するのであればそうすべきだった。

「本当に……そう出来れば、どれだけ楽だったかな」

契約者として、非合理な思考に支配されていたのは他ならぬアンバーが分かっていた。
奇妙な事に広川の方が余程、契約者染みているぐらいに。
何故その目的遂行に至るまでを遠回りし、結果的に結果を望んだものからずらしてしまうのだろう。
黒の幸せを願うのならば、問答無用で事を引き起こせば、自分も死なずに黒もこんな目にはあっていないのに。

「けど……私は……人形じゃない、人間を好きになっちゃったから」

いっそ、人形でも好きになっていれば楽だったのかもしれない。
人形は喋らない。笑いも泣きも怒りもしない。
どんな悪意だろうと善意だろうと、押し付けようが何も感じない。
だが人間は違う。一人一人の意志があり、思う事も感じることも様々だ。
例えそれが善意でも好意でも、当人にとっては必要のないことかもしれない。拒みたいことかもしれない。
だから、こうやっていつも話がややこしくなってしまう。


「少し、お喋りが過ぎたな」

非常に意味のない会話だっただろうと広川は思う。
彼は内心、契約者という存在に惹かれていた。物事を合理的に判断し、不要な感情を持たぬ人間の上位互換。
そんな存在ならば、地球という星の尊さと生物の未来について守らねばならぬ事を分かってくれるのではないかと。
だが、結果は御覧のありさまだ。契約者も所詮は、狭い視野で物事を考える。優先すべきは己自身とその都合だ。
アンバーとの会話も結局、互いの立ち位置と完璧な対立を改めて再認識させただけに過ぎない。


424 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(前編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:35:22 CXQry2CI0

「時間のロスを取り戻さねばならん。即刻きみには退場して貰おうか」

広川はヨシツネを消した。
自らの攻撃手段の一つを手放したことになるが、アンバーはそれを喜ぶどころか悪寒すら感じる。
何時でも能力を行使できるよう広川の動作に注視し、またアンバーも身構えた。
恐らく広川はここから残された切り札を切ってくるのだろう。
それが何かまでは判別が付かないが、アンバーもただでやられる気はない。

こちらにも切り札は残してあるのだから。

勝負は一瞬、シビアなタイミングで練習も出来ないぶっつけ本番だが、必ず成功させなければならない。

ペルソナ全書よりタロットカードが浮かぶ。広川はそれを本を閉じることで叩き潰した。

「―――!?」

刹那、青い光の中から紅い閃光が奔った。







425 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(前編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:35:40 CXQry2CI0



猫と別れてから黒は霧の中を進んでいた。
少し前に御坂かあるいは足立のものか雷音が鳴り響き、上空からの戦闘音が響き渡っていたがそれすらも何も聞こえない。
時間の感覚も鈍くなり、どれだけ歩いたのかも分からない。数分程度か、あるいは数時間も歩いたのか。
普通ならば混乱に陥り、パニックになってもおかしくないが黒は平然としていた。
彼が黒の死神と呼ばれる最強の契約者だからか? それもあるかもしれないが、理由はもっと簡単だ。

ピアノの旋律が黒を導いている。

その曲調は優しい。流れる月光のように。
時折見られる激しい演奏は贖罪の終わりを求め、訴えているかのようだ。

――――乙女 黒き夜 悲しみの弔い 一人 深き帳に沈む されど 寄り添う月は 白金に満ち 贖いの夜は静かに 去り

黒は組織に所属していた頃、銀が拉致され廃校で再会した時の事を思い出していた。
観測霊の光の中で、涙を流していた彼女の姿を。

「ここは」

舗装されていた道が一変し、更地の様になっていた。
何も残っていない。それこそ塵一つ。
しかし、黒はそこで戦いがあったのだと分かった。
更地の中に所々散らばる白い鎧の破片と、不思議な事にそれだけは完全な形だけを残していた赤いネクタイ。
その二つの品を黒は手に取った。それだけで誰がここで戦い、誰が死んでいったのか分かってしまう。

「杏子、足立」

一つは数々の戦いを経て、ようやく安眠の時を得た竜の鎧の破片だ。正確には鎧というより鱗に近かったかもしれない。
黒が手に取った瞬間、それらは砕け散り風に乗って、何処となく吹いて行ってしまった。

そして赤いネクタイは足立透が巻いていたものだ。
見ると少し伸びていて千切れかけていたことから、正規の使い方ではない方法、例えば誰かの両手に巻き付けたりなどして、拘束に使ったこともあるのだろう。
だが、また回収しご丁寧に首に掛けていた辺り、よほど思い入れがあったのか意外にも服装に気を使っていて、あのヨレヨレのスーツ姿も本人なりのお洒落なのだったかもしれない。

もう今となっては真相は分からず終いだが。

誰にも語られることのない。道化達の戦いはひっそりと終えてしまった。


426 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(前編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:36:01 CXQry2CI0


「…………」


更地に一本のスコップが突き立てられていた。
黒が学院で、穂乃果達と犠牲者を埋葬した時に回収していたものだ。

スコップの下に、少し前に作ったぺリメリの残りが置かれている。
体調のすぐれなかった杏子も向こうならば何も気にせず食べれるだろう。


そしてスコップには赤いネクタイを巻き付けておいた。
奴に対し同情も何もないが、死んだのなら最低限の供養はする良心はくらいはあった。


黒は静かに背を向けその場を去っていく。

人知れずこの世を去った二人の愚者へ、ささやかな手向けを残して。


それからまた暫く歩き続ける。
霧に阻まれた視界の中、黒は躊躇いも迷いもない。
その場所へたどり着けると確信していたからだ。


「―――学院か」

視界の先に一つのシルエットが浮かぶ。

『彼女の希望ですよ』

エコーが掛かった高い声。
外見も白い衣装、長く伸ばした銀髪、男とも女とも取れる整った美顔。
名前が分からなければ、黒は相手が男か女かも分からなかったろう。

「イザナミ」

『フフ……それは私の事ですか? それとも―――』

黒の眼前に広がっているのは、イザナミとその背景にある音乃木坂学院だった。
この殺し合いの中で、最も多くの人間が関わり、惨劇と人の死を見届けたであろう施設の一つだ。
ピアノの音色は学院から響いている。スピーカーを使ったような機械的な方法ではなく、黒が予想もつかないような異能によって響かせているのだろう。


427 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(前編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:36:17 CXQry2CI0

「銀?」

ピアノの演奏が止んだ。
イザナミの横に黒いスーツを着た銀らしき存在が見える。

『彼女からの願いでしてね。貴方と一つになりたいというのは。
 死ぬ訳ではありません。夢を見続けることが出来る。貴方が望んだ、全てを』

「断る」

『それは困った。我々が交わした契約が果たせなくなってしまう』

「お前の理屈だ。お前らの契約などどうでもいい」

黒はナイフを取り出し構えていた。全てを隠しながら、白い仮面の下に何を想うのか。

『銀は貴方を一人にしたくない。貴方も一人になりたくはないでしょう?
 広川の間引きというのを聞いて、嫌な印象を受けるかもしれないが、私の行う事は人が無意識に望んでいることだ』

「……」

『人は苦しみから逃れようとする。だが、それから逃避する偽りの霧は一度晴らされた』

正史に於いて、イザナミの霧は真実へ到達した者に晴らされた。
人間の可能性を認めさせた上でイザナミは完全敗北したのだ。

『それは人の本当の願いではないと否定されたからだ。では、その否定は本当に正しいのか?』

人間の可能性。それは認めよう。
しかし全ての人間にそれが当て嵌まるのか?

『強者の理屈ではないのか? 弱者の本音はどうだ? 私は全てをもう一度見極めたくなった』

膨れ上がる疑問は行動に変わる。
イザナミは小人に力を与え、後は全ての経過を観察した。
そして殺し合いを見た中でイザナミは一つの解、人の願いを叶えようとする姿を求めていたと考えていた。

『フラスコの中の小人に取り込まれ、その中で聞いた怨嗟の声は救いを求めていた』

救いを求められた時、イザナミはそれを叶えたくなった。
何故なら、イザナミは人々が共有する無意識の"願い"が具現化した存在である。
人が願いを叶えようとする願いを求めたのも、それが己の存在理由であり本能でもあったからだ。


428 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(前編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:36:56 CXQry2CI0

『強者に搾取された弱者達は皆、逃避を選んでいた。そして勝者だけは未来(さき)を望む。
 何故だ? 何故全ての願いは遂げられず、選ばれし一握りの者しか望みは得られない? 否、勝者ですら厳密に本当に満足のいく願いを叶えた者などいくらいるのだろうか』

勝負に勝った者だけが勝者とも限らない。
死して尚、自らの欲望を叶えたものもまた勝者ではあるだろう。その逆も然りだ。
勝ちながらにして、願望は遠ざかるだけの者も少なくはない。
最早、如何な手段であっても人の願いを叶えることなど出来ない。

『あらゆる願いが渦巻く中、私はそれを全て叶えられない。全てが正しく、全てが間違いではない。
 一つ叶えれば、もう一つを否定してしまう。しかし……たったの一つだけあらゆる存在に共通することがある』

共通する欲望と言っても様々なものがある。極端な話では性欲、食欲、睡眠欲などだ。
だがこれらも元を辿ると一つの物に集約する。

『生存本能。
 死だ。全ての人は死を恐れ、逃避している。……ならばそれを取り除く事こそが、人にとっての救いであり、願いを叶える事なのではないか?』

「だから、広川の言う間引きに乗じて人間を殺す……とでも言うつもりか」

『その通り、死に際にある恐怖を私の霧を使い覆い隠せば……死んだあとにはもう何の恐怖も逃避もない。
 生きているからこそ、悲劇が起きる。だから、生きてさえなければいい。実に単純な話だ』

黒は舌打ちする。ふざけた救済論だ。
広川も含め、0か1でしか考えられないのだろうか。これ以上の会話は胸糞が悪くなるだけだと黒は判断した。

「もういい。お前の話は十分だ」

ナイフの切っ先をイザナミに向け、黒は宣言する。

「ここで殺す」

エンブリヲ、お父様のような後天的に超越した力を授かった存在とは違う。
目の前にいる正真正銘本物の神の殺害を。

『神を殺すか……クク……フハハハハハハハッ!
 良いでしょう。身をもって知るといい。自分が何者に挑んでしまったかをね……』

嘲笑する神は人の姿を脱ぎ捨てる。
光が彼女を包み込み、霧が彼女を中心に渦巻く。
黒のコートが風圧に揺れる。まるで風の砲弾が、黒を黄泉へ続く崖へと蹴落とすかのように。


429 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(前編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:37:15 CXQry2CI0

『さあ、来るがいい。業深き人の子よ!』

空に浮かぶ一体の巨神。
白と赤で統一され、拘束具を巻き付けられた女体とその下半身に人ならざる異形が連結している。
シコウテイザーには及ばないが、その異形はラグナメイル以上の巨体を誇る。
神と自称するだけの事はある。並の人間ならば、一目見ただけで戦意を失ってもおかしくはない。

「お前で三人目だ。自称神の馬鹿は」

だが生憎と神と名乗る連中はもう辟易するほど見飽きていた。
今更、驚きも畏怖もない。

『では、教えてあげよう。私こそが“神”』

決戦の幕開けを雷が降り注ぎ彩る。 
黒はワイヤーの伸縮音を鳴り響かせ、イザナミの背後にある学院の端に巻き付け三階の窓へと飛び込んだ。
窓をぶち破り、ガラス片をバラまきながら教室の中を転がり華麗に着地する。

かつての学び舎は見る影もない。整頓された机や椅子は荒れ果て、黒板には亀裂が入っていた。
黒自身は知る由もないが、巨大化したエンヴィーの煽りを受けた為だ。
以前に訪れた時とは違う明らかな変化に、もしも花陽や穂乃果以外のμ'sメンバーが居たのなら、戸惑い困惑したのだろう。
だが黒には感傷に浸る暇も、思い入れもない。
外のイザナミに一瞥をくれ、教室のドアを叩くように開けると、疾走の勢いを殺さぬまま廊下へと飛び出す。

『全く、何を企んでいるのやら』

表情は拘束具の上から一切分からないが、もし顔が見れるのなら嘲るように笑っていることだろう。
やはり人は愚かであり、自らが導かねばならないという使命感に酔いながら。

イザナミは飛び込んだ黒の部屋目掛け雷を飛ばす。
爆音が炸裂し、教室の周りの学院の壁面に亀裂を刻み込む。
雷は教室を貫通しそのまま建物の反対側まで奔り抜け、教室の中にあった設備が音を立てて学院外へと吹き飛ばされていく。
それらの光景を尻目に黒は全速力で廊下を走り去る。

『追いかけっこがお望みなら付き合いましょう』

黒の背後を雷が打ち抜いていく。
先ほどのように学院を構成していた瓦礫片や、机、椅子が飛び散り黒の過ぎ去った後の場所を吹き飛んでいく。
一つ、二つ教室を破壊し黒は突き当りまで追い詰められる。
横の階段を降りようとした際、壁をぶち抜いて雷が階段ごと飲み込んだ。
黒は咄嗟にバックステップで避けていき、崩壊した階段を見下ろしながら階下へと飛び降りる。


430 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(前編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:37:33 CXQry2CI0

「―――ッ」

砕けた壁の断面から見える鉄骨にワイヤーを巻き付け、黒は着地の寸前で勢いを殺し着地に成功する。
間髪入れず放たれた雷を身を屈めてからやり過ごし、荒れ狂う校内を走り続ける。
一切スピードを緩めず、黒は過ぎ去る教室の一部屋一部屋を念入りに横目で確認していく。

背後より迫る雷から逃れ教室内を一瞬で物色する際、一つの教室に人が倒れている姿が見えた。
カーテンが掛けられていたのだろうが、これだけの派手な騒ぎを起こせば碌な重量も持たない布は容易く吹き飛んでしまう。
一人は見覚えがある。島村卯月という僅かだが銀と行動を共にし、イリヤの騒動に立ち会った少女だ。

そして、更にその横で寝転ぶ全裸の少女“達”。島村卯月が引き起こしたとされる惨劇が腐敗臭を漂わせる。
なるほど。確かに、これは死を見慣れた黒が見てもショッキングな光景だ。こんな状況でなければ、言葉を失い暫く硬直していた。
あの二人が対立するのも、無理はないのかもしれない。

そしてもう一人、頭に花を付けた少女が横たわっていた。外見から予測できる年齢や情報交換で得た特徴と、その腕章から白井黒子の知り合いなのだと理解する。
頭の花は無残にも朽ち果てており、彼女の着ている制服は赤く滲んでいた。

同時に雷がその教室を穿つ。
今まで繰り返された光景だが、違うのは一つ。中に四人の人間だった物と一人の人間が居るという点だ。

四つの死体は雷に呑まれ、その腐敗臭と共に骨一つ残さず焼き尽くされ消し飛んでいく。
そのどれもが年頃の少女達だ。醜く腐り果てるよりは、美しさを保ったまま消えた方があるいは幸せだったのか。
瓦礫が吹き飛び、中に設置されていた様々な設備が吹き飛び宙を舞う。

黒はそれらとは逆の方向、雷が放たれた方角へと外に飛び出していた。
身動きの取れぬ空中で器用に体を捻り、懐から取り出したナイフをイザナミへと投擲する。
ナイフは一直線に僅かなブレもなく、イザナミの拘束具の下にある額へと吸い寄せられた。
鈍い音と共に額を刃が割き、頭蓋へと侵入する。その衝撃にイザナミの上体は後方へと反れた。

『お見事』

脳天にナイフが刺さったまま称賛の声を上げ、イザナミは視線を空中の黒へと向ける。
雷が点から降り注ぎ、それらは全て黒へと集中された。
だが次の瞬間、黒は既に伸ばしていたワイヤーを手繰り寄せ、その先に結びつけてある物を雷へと翳す。
雷は黒の腕へ集まり、全てが弾けるように眩い光を放つと消失していく。

『ほう……首輪か』

イザナミが注視して目を凝らせば、黒の手には銀色の輪っかが握られている。
首輪には異能を打ち消す力がある。彼は学院内に未回収の首輪があると推測し、雷を避けながらそれを探索していたのだろう。
目ざとい男だが、この戦いに於いてはこれ以上ない盾になる。
黒はワイヤーを学院の破損し尖った部分へと括り付ける。そこからワイヤーの伸縮を利用し学院側へと吸い寄せられていく。
再び学院内に戻った黒は、そのままイザナミの視界から姿を消す。


431 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(前編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:37:55 CXQry2CI0

「……痺れている」

黒は走りながら、僅かに痙攣する左手を見つめる。
首輪で雷の直撃は殆ど避けたが、僅かに腕に被弾してしまった。
それこそ痺れる程度で済んだものの、当たり所によっては感電死は免れない。

以前、御坂との交戦では電撃に被弾してもダメージはなかった。その為、イザナミの雷もあるいはと考えていたのだが見当違いだったらしい。
もしも無謀にも正面から突っ込めば、黒焦げた死体を晒していたことだろう。

恐らくだがあの雷は雷の形をした、もっと別の何かなのだと黒は推測する。
御坂は黒と足立の電撃を吸収する為に、何らかの方法を用い拒否反応を起こし感電していたが、それとは違う。純粋にあれは電撃に見せた別の攻撃なのだ。
伝承によると、イザナミは黄泉の国で雷をその身に宿していたと言い伝えられている。
これはその伝承にある雷なのだというのか、黒には区別がつかない

『そろそろ、追いかけっこも飽きたでしょう』

イザナミの額のナイフが亀裂が走る。亀裂がより深くなり、耐え切れなくなったナイフは完全に砕け散る。
さてどうしたものかとイザナミは思案した。このまま鬼ごっこを続けるのも良いが、芸がない。

『これはどう防ぐ?』

天上の夜空が煌めく。
星空には見合わぬ雷光は音乃木坂学院を眩く照らし出す。
夜の空に広がる星が、そのまま降り下りたような光の塊は容易く学院ごと黒を滅ぼすことだろう。

メギドラオン。

最高位の万能魔法スキル。

足立透が佐倉杏子と共に滅び去り、鳴上悠がツヴァイフォームの多元重奏飽和砲撃と互角に打ち合うほどの威力を誇る

『何だ?』

メギドラオンが学院に直撃する寸前、突如嵐のような水音が響き渡る。
その水音は地面から轟いていた。強い流れの河が真下にでも引かれているようだ。
音は徐々に大きく明確になっていく。
膨張し続ける水音が臨界点を超えた瞬間、怒号の様な爆音が炸裂した。

学院が動いていた。
イザナミへと迫り、独りでに動き出していたのである。
メギドラオンは学院のあった場所を焼き払い、何もない場所を無意味に更地へと変えた。
学院は砲弾を思わせる高速度でイザナミへと向かう。
人が数百人単位で収容できる施設だ。それが砲弾の如く直撃すれば―――

生身の人間がその周辺で立ち合えば、鼓膜が破れ去るほどの大轟音が轟き渡る。
イザナミは自らに学院が触れる寸前学院の動力源をその目で見た。


432 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(前編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:38:23 CXQry2CI0

『そうか、ブラックマリンを―――』

学院に無数の水が張り付き、ホバーとして機能していたのだ。

お父様戦で黒が手にしたブラックマリン。これは触れた液体を操作する事が出来る。
以前、魏がアカメ達を相手にしたように水道の水を操作した上で学院の内部を把握し、的確にホバーの役割を果たせるよう黒は水を配置していた。
イザナミの雷から逃げ続けていたのも、これの時間稼ぎも兼ねての事だ。

そして当の黒本人はイザナミに学院が被弾する寸前、手前の建物へとワイヤーを括り付け俊敏に飛び移っていた。
地震の様に鳴り響く大音量に黒も耳が痛む。顔を歪ませながら、瓦礫と灰の中に埋もれるイザナミへと視線を向けた。

『―――良く考えた。と言っておきましょうか』

コンクリート片やガラスなど、様々な破片が入り混じった粉塵のなかにイザナミはただの掠り傷すらなく佇んでいた。
雷を一つ落とし余波で粉塵を振り払う。視界が明けていき、周囲の光景が飛び込んでくる。
そして黒が飛び込んだ建物へとメギドラオンを飛ばした。
熱風がエリア内を伝い、イザナミを煽るようにして彼女の拘束具を揺らした。
無論、手は抜いてある。黒は生け捕りにしなければ、契約を果たすことが出来ない。
最も生きてさえいればいいのだから、手足が千切れようが関係はないが。

メギドラオンが巻き上げた砂煙から一つの影が飛び出す。
ワイヤーを動力に振り子のように空中を飛びながら、黒は別の建物の屋上へと着地した。
すかさず雷を落とし、屋上を消し飛ばす。
黒は柵を一飛びで超え、重力に従いながら落下する。
その頭上で落雷し焦げた炭と変わった屋上を眺めながら、ワイヤーを雨どいに巻き付けて身体を支える。
落下し続けていた黒は建物の壁面で停止し、ガラスを蹴破りながら体を滑り込ませる。

常に黒が防戦し続け、ジリ貧で削られ続けている。
こちらが周到に用意した数少ない攻撃手段もあっさり受け止め無傷と来た。
神と名乗る者達とここまで三連戦で戦い抜いたが、今までの自称神とは格違う。

お父様は付け入る隙は多く、何より仲間もいたからこそ運にも助けられたが勝利を収められた。
エンブリヲは制限という枷と同時に、能力を除いた本人の戦闘の素質が皆無に等しい事もあり、連携もあって同じ土俵で戦えた。

しかし奴は、イザナミは彼らの抱えた枷もなくこれといった隙も弱点も存在しない。
広川のように制限なく全力の力を振るえる数少ない存在の一人だ。
何より広川に与えた不死の力を、あの女もまた兼ね備えている。日本神話の伊邪那美をなぞっているかのように。

「……足立のペルソナとも、何らかの関係があるのか」

ふと、奴が時折叫んでいた仮面の名がマガツ“イザナギ”であることを思い出す。
とはいえ、名前だけなら銀の覚醒した姿もイザナミだ。単に名前だけに関連性があっただけの可能性も否定は出来ない。
仮に逆転の鍵だとしても足立透は死んでいる。手札として利用することはもうできない。


433 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(前編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:38:42 CXQry2CI0

建物を光が覆い、黒を照らし出す。
間髪入れず大規模攻撃を連発するイザナミに辛うじて喰らい付いていけるのは、この立体的な環境と黒の戦闘スタイルが噛み合ったお蔭だ。
もしも、雪乃やエドワードを連れてはこうはいかなかっただろう。
一人で来いと言い、わざわざ学院を指定したのは黒にとっては不幸中の幸いでもあった。

「……くっ」

爆風に煽られながら、黒は建物を脱出しワイヤーで落下速度を調節し華麗に着地する。
そしてイザナミへ向けた視線、その眼光が赤く光りランセルノプト放射光が黒を包む。

『何をするかと思えば、御坂美琴の真似か……だが貴方の電撃はその下位互換にあるのを忘れましたか』

イザナミと黒の距離は開いており、御坂美琴の様に電撃を投擲できれば別だが、黒は何を伝わせなければ電撃を直撃させることが出来ない。
物質変換をフルに使いこなせればあるいはそのような真似も可能かもしれないが、机上の空論でありそれだけの能力使用は難しい。
それを分かっていながら、黒を包む青い発光は収まる事を知らない。更に光を増していく。
駄目元で無駄な体力を消耗していることを理解してるのだろうか、イザナミは黒を見下し嘲笑う。
最早、万策尽きたとはこのことだ。

「ああ、そうだ。あの女の猿真似だな」

風の向きが変わった。
イザナミと黒の攻撃で巻き上げられた粉塵、砂塵は戦場の最中であっても風圧に舞い上げられ地面に落下するまでの長い間、浮遊し続ける。
それらが突如として動きを変えたのだ。
最初は風に吹かれるようにフワフワと浮遊し、黒とイザナミの間を彷徨い続ける。
すると動きにキレが増し、渦のようにグルグルと回転を始める。

「磁力の操作を真似るのは3度目だ」

イザナミを中心として砂塵の渦、より正確には砂鉄が様々なガラス破片や微細で鋭利なものを含め回転を行っている。
御坂美琴の操る電撃能力の応用ではあるが、イザナミ程の巨体を囲うほどの磁力を黒は何らかの伝えなしでは発揮できない。
だがそれらの砂塵は湿っていた。僅かにではあるが水分が含まれ、それらが電気を通し磁力を伝えている。

砂塵の渦は竜巻のように勢いを増し、その規模を高める。
砂鉄を初め、微細な粒たちは高速で震動、回転し、チェーンソーのような音を響かせる。粒と粒が擦れ打ち付け合い火花をも飛ぶ。
触れるだけで人は愚か鋼鉄ですら、引き裂かれ八つ裂きにされかねない暴風雨。

それがたった一つの存在へと向けられる。

イザナミを刻み込むように中心へ中心へ徐々に迫り、耳が張り裂けそうな程の甲高い軋みような音と共にイザナミを包み込んだ。
黒の目にはイザナミは既に見えてはいない。それだけの濃い砂塵の層がイザナミを飲み込み、黒の視界を遮っている。

手元を見下ろし、指に嵌めたブラックマリンを見つめる。
イザナミに気付かれぬよう通電用の水分を広げ、砂塵を起こすのはかなりの集中力と繊細さを必要とした。
もしお父様戦で御坂が回収していたブラックマリンを黒に渡していなければ、イザナミを相手に完全に攻めあぐねていたに違いない。
皮肉だがあの女が殺し合いに乗り、魏の死に立ち会わなければこれ程有力な武器は手に入らなかった。

『―――まさか……? そんな小さな力で私を倒せる気でいたと?』

砂塵の中心が光り、砲弾のような風が吹き荒れる。
黒が作り上げた砂鉄の砂塵は一瞬にして吹き飛び、小さな粒が黒へと降り注ぐ。
顔を腕で覆い、それ以外は身に纏っていた服が粒からは守ってくれた。


434 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(前編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:39:00 CXQry2CI0

「また、無傷か」

腕の合間から黒はイザナミを睨む。
これだけの高速で振動する砂鉄の渦をイザナミは傷一つ付けずやり過ごした。
ただ単に硬いだけでも、お父様のような再生力でもない。
まるで最初からなかったことのように、イザナミは平然としていた。

『もう、満足でしょう』

憐れむように。慈悲をくれるように。イザナミは落ち着いた口調で話す。

『貴方は十分戦った。ですが、貴方が振るえる力は人界のものでしかない。
 文字通り、存在としての次元が違う』

黒が放つ電撃はゲートより授けられた契約能力だ。
契約を交わし――より正確には白が交わし―――空想としか思えない異能を現実に変える。
黒に限らず、この場に呼ばれた異能者達はその種類と経緯は違えどあらゆる異能を巧みに操り、人の域を超えた存在だ。
だが、それらは人の世界に留まっている程度のものでしかない。

この人の住む世界に囚われている存在では、イザナミには一切通用していない。

恐らく人間の領域内で引き起こされる事象をイザナミは全て無力化している。
例えそれが物理に従った科学であろうが、超常的な異能力であろうが神の域にいるイザナミにとっては些細な事に過ぎない。

「満足したかどうか、それを決めるのは俺だ!」

『何故分からない……。私を消すなど不可能だ』

過去に一人だけ、人の総意すら超えてその神すら退けた男が居たが―――既に彼は敗れ土の下だ。
人の世に満ちる全ての嘘……幾千の呪言を吹き晴らし、真実を射止める究極の言霊。
この世界に於ける真実へと到達しえる者は消えた。

イザナミの敗北は絶対に有り得ない。

広がる光の濁流から黒はワイヤーで吊り上がる。コートの裾を光は焼き、黒が先ほどいた場所を抹消する。
イザナミが放ったメギドラオンを避け、黒は全身からランセルノプト放射光を放つ。
砂鉄が意思を持ったように動きを取り戻し、巨大な球状へと変わる。
砲弾のように砂鉄は放たれ、イザナミの腹部へと直撃した。

『同じ手を―――もうタネ切れか』

イザナミに触れた砂鉄は爆散し、吹き荒れる。
それらをもう一度磁力で束ね、御坂が操るように刃を形成していく。
無数の刃がイザナミを囲う。一秒の誤差もなく同時に刃は振り下ろされた。


435 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(前編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:39:34 CXQry2CI0

『諦めなさい』

天から注がれた雷が砂鉄を消し飛ばし、土煙を上げる。
更に砂鉄を操作し黒はイザナミへと叩きつけるが、それらも全て同様に雷が一瞬にして無へと帰す。
イザナミの声に耳も貸さず、黒は次々と砂鉄を操ってはイザナミへと放つ。
それらは全て無力化され、ただの一つも傷をつけない。
傍から見れば無駄な行為を繰り返し、黒は自暴自棄になったとしか思えない。イザナミも同じくそう考えていた。

紫電が一筋、光る。

刹那、視界を赤く燃え滾る猛煙と轟炎が染め上げた。

『これ、は―――』

条件は揃っていた。

黒が砂鉄を操りながら、宙に巻き上げる。そしてイザナミも自らの力で同じくあるものを吹き散らす。
砂鉄と同じ程度の重量で容易に風に乗ってくれる物質。
それらが起爆剤となり、莫大な規模の爆破を引き起こす現象を。

黒がこの場で出会った強敵、後藤にも使った手の一つ粉塵爆発。
今回は更に後藤の時以上の規模で、黒本人も巻き込まれかねない程の爆発を引き起こしていた。
導火線である黒の電撃が必要な為、イザナミに悟られぬようギリギリの距離で着火し神速の身のこなしでワイヤーを使い離脱する。
服の表面が僅かに焼かれていたが黒は無事爆破から逃れていた。

『何も理解していない』

爆破の規模は凄まじく、周囲の木々や建物を吹き飛ばし更地へと変えていく。
だが、無しか存在しえぬ場所で声が響く。

『こんなモノで私を倒せる気でいたのか』

黒が起こした粉塵爆発は更に大きな爆破により飲み込まれ、消滅していく。

『さあ、次はどうする? どんな手を使う?』

煽るように紡がれるイザナミの声は更地の中心から良く響く。
爆煙越しからも分かる巨大なシルエットは神の偉大さを示し、黒に見せ付けているようだった。


436 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(前編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:39:50 CXQry2CI0

「まだだ……!」

ありとあらゆる手段を用いながらも一向に戦況を引っ繰り返せない。
だが黒の闘志は未だ燃え続け、折れることを知らない。
爆煙の中に混じりながら、気配を顰め黒は疾走する。そしてイザナミの背後へと回り込む。

「まだ、一つだけ試していないことがある」

黒はベルトからワイヤーを引き出し、あろうことかイザナミの首元へと括り付けた。
ワイヤーに引き上げられ大きく跳躍した黒はイザナミの異形の上へと飛び乗る。

イザナミ以上に質量を持った攻撃も、砂鉄を使った大規模な斬撃も、全てを焼き尽くす爆発も。全てが通用せず、神を打ち取るには至らない。
それらは人の持ちうる術の理の中であり、神の域へと踏み入った物ではないからだ。

神を滅ぼすならば、神と同等の力を使うしかない。

だが神すら否定する幻想殺しは開幕の惨劇に斃れた。幾万の真言は霧に包まれ、永遠の迷宮へと封じられた。

イザナミは無敵だ。



「死ね」


黒の手はイザナミの頭部を掴み、万力のように締め付ける。
拘束具の上からでも分かる握力の強さに頭が軋む程だが、その程度では痛みすら感じない。
まさかこれが最後に黒が繰り出した攻撃なのだとしたら、失望というほかない。
しかし予想に反し黒をランセルノプト放射光が包む。
とはいえ見慣れた光景であり、これから行われる事も容易に先読みできる。殺し合いの中で幾度となく彼が使い続けた電撃だ。


437 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(前編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:40:11 CXQry2CI0

『こんなもので―――』

だが電撃は始まりに過ぎない。黒の、BK201の真価は物質の支配かつ電子の掌握にある。
例えそれが神であり人間の手の及ぶ存在でなかったとしても、存在する時点で何らかの物質によって構成されている。
如何なる存在であっても物質である以上、BK201の力で干渉することは可能だ。
無論、神を滅ぼすほどの力を放つことなど黒だけでは無理だ。黒が引き起こせる物質変化は精々が火薬を安定した物質に変える程度に過ぎない。

『何……!?』

逆に言えば黒の力を増幅させる何かがあれば話は別だ。
黒の指に嵌められた指輪、水龍憑依ブラックマリンは水棲の危険種が水を操作するための器官を素材とした、紛れもなく生物を帝具へと加工したものである。
錬金術師の言葉を借りれば、危険種の命を利用して作られた賢者の石とも言える。
ブックマリンを中心にランセルノプト放射光がより濃くなり、黒の力が増幅されていく。
賢者の石は錬金術のみならず、使い手の異能を補助し更なる莫大な力を齎す。黒が首輪を解除した時と同じだ。

過度の集中が黒の脳を締め付けるような痛みで犯していく。
物質変換という、あらゆる万物を思うがままに操る力は人の身には余るものだ。本来の使い手である黒の妹の白ですら、電撃をメインに使用する程に。
例え賢者の石に等しい帝具を利用したとしてもその負担は計り知れない。

「終わり……だ!」

爆ぜて弾けそうな脳内の激痛を耐えながら、黒は能力を最大限に開放する。
ブラックマリンに音を立てて亀裂が刻まれていく。それは黒が力を増せば増す程に深くなり、比例して破壊へと自らを導いていく。
苦痛にもがくイザナミに振り払われそうになるが、黒はその手を離さない。ブラックマリンの亀裂すら視界に入れず、電撃を発し続ける。

『や、やめ――――』

イザナミを包む拘束具が罅割れる。
内から溢れる光に飲まれ、イザナミの巨大な全貌が弾け飛んだ。黒は余波に煽られながら、地面へと打ち付けられる。
何度か地べたを転がりつつ受け身を取り、黒はイザナミの最期を看取る。
同時にブラックマリンは亀裂に耐えきれず、砕け散った。

「……くっ……ハァ……ハァ……」

コートが傷つき、綺麗に揃えられた裾がギザギザな不格好な切れ端と変わる。
吹き飛ぼされた際に左肩を打ち付けたのだろう。痛む肩を抑えながら、黒は光の中で消失したイザナミを見つめる。
虚空しかなく、目の前には何もない。音を立てて砕けたブラックマリンが黒の指から滑り落ちる。
その全てを引き出されたブラックマリンは地面を転がり、更に細かく砕けると塵のようになった。風が吹き、塵は風に乗せられ何処かへと運ばれていく。


438 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(前編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:40:25 CXQry2CI0

「かなり……消耗させられたな」

肩で息をする黒の額には玉のような汗が浮かんでいた。
やはりエンブリヲの指摘した通り、能力の規模に黒の処理が追い付ていないのだろう。
首輪を外した時のような荒業か、流星の欠片と大黒斑のような一定の条件を満たさなければ単独での能力発揮は厳しい。
この先の戦いで当てにするには不確定要素が大きすぎる。

「何処まで戦える……」

体力を鑑みても万全とはいいがたい。
未だ残る強敵たちもそれは同じだが、彼らを全員確実に仕留めきれるともいえない。
足立の脱落をカウントしてもまだ御坂やエンブリヲが生き残っている。

不利は承知の上だ。勝ち目の薄い戦いも、何度も強いられてきた。
だが諦めという気持ちは不思議となかった。

「……待っていろ」

額の汗を拭い疲労が蓄積し、動くのを拒否する体を前のめりに動かす。

先へ行かせた二人を追う為に、仲間をこれ以上誰も死なせない為に。
死神と呼ばれた男は駆け出した。







439 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(前編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:40:55 CXQry2CI0



アンバーは何度も繰り返した時間の巻き戻しを行った。
対価の重さこそあれど、能力の行使そのものはさして難しいものでもない。
けれどもアンバーの表情は歪んでいた。
目の前の光景が信じられないと語るばかりに、目を見開き現実を直視する。

「……」

時間の制御という点に於いて、アンバーが失敗するという事はあり得ない。
彼女を縛る制限も賢者の石という補助を用いることで緩和することに成功している。
巻き戻しに限度はあれど、広川の放つ猛攻をいなす程度わけもない。

「安心しろ。時間だけは巻き戻っている」

混乱するアンバーに指摘するように広川は声を発した。
確かに時間は巻き戻っている。それは広川の言う通りアンバーも実感していた。
間合いの距離や、二人の立ち位置など完璧に巻き戻っている。
つまるところ能力の発動は問題なく、能力の行使はこの箱庭に適用されているのだ。

「ガ、……!?」

では、この胸を穿つ激痛は何だというのか?

アンバーの口から血が逆流した。口元の端から血が小さな赤い滝を作りだす。
顎を伝い、赤の粒がポタポタと地べたとアンバーのタイツを汚していく。
胸の空洞は赤く滲み、血が溢れだす。出血は収まることを知らず、膨張するかのように円は広がっていった。
アンバーは立つことすら敵わず、前後に揺らぎながら重力に従い頭から下げるように倒れかける。
左足を前に踏み出し、留まるが胸の痛みから膝を折りアンバーは跪くように体制を崩した。

「私は、一つ面白い発見をした」

広川が手にある本を弄びながらアンバーへ見せ付ける。
ペルソナの力を借りることで、不死の他に多彩な攻撃手段を得ているのは知っている事だ。
だがペルソナの力の中で、時間の壁を越えられるものがあっただろうか。
アンバーも対価の使用以外では、広川はこちらを殺すことが出来ないと半ば確信していた。
だからこそ時間稼ぎには適任であると判断した。

「ペルソナとは、心の中のもう一人の自分が具現化した存在だ。しかし、不思議な事に自らの具現化でありながらその姿は主とは似ても似つかぬ存在だ」

足立透や鳴上悠が行使するペルソナはイザナミによって与えられた力であるという事を除いても、里中千枝や天城雪子のペルソナは文字通りもう一人の自分と向き合った末に習得したものだ。
それなのにペルソナの姿は本体と同じどころかかけ離れた部分が多い。

「重要なのは、ペルソナが既存の固有名詞を名乗ることだ。例えばイザナミ、トモエ、ヨシツネ等は日本の神話、英雄の名と同じだ」

広川の横に浮かぶのはヨシツネとは真逆の西洋の白い鎧に身を包んだ長髪の騎士だった。
手に握られた紅蓮の槍は怪しく光り、まさしく呪われた宝具と言えるだろう。


440 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(前編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:41:14 CXQry2CI0

「ペルソナとは一つの分霊であり、ある魔術師たちの言葉を借りるのなら意思を持たぬサーヴァントと言えるのではないか。
 もしそうならば、宝具を与えてやれば、彼らはその真名を開放できるのではないか」

新たなに姿を見せたペルソナの正体はアンバーにはすぐに分かった。

クー・フーリン。
アイルランドの英雄であり、武勇とその美貌で知られた存在だ。
ならばそのクー・フーリンが持つ紅い槍の正体も必然的に分かってくる。

呪いの朱槍。
蒼き槍兵が放つ必殺の宝具『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)』に他ならない。

「世界が違えど、同じ英霊の質を持つ……それが劣化したペルソナという形であっても、宝具の担い手としては十分。
 結果は見ての通りだ。ケルトが誇る呪いの槍……神話の一説を、この世界に再現してみせた」

あらゆる宝具の原典を所持する八枚目のクラスカード、あらゆる英霊をペルソナという仮面で呼び出すペルソナ全書。
その二つを組み合わせたことで、広川は神話の宝具を全て真名解放し思うがままに操れる。

「これが絶体絶命というやつだな」

広川は血だまりの中のアンバーへとそう吐き捨てる。
当のアンバーはいつもの飄々とした態度は見えず、血の中で苦しみに苛まれていた。

お父様の時は隠し所持していた賢者の石で難を逃れたが、今回ばかりはそうもいかない。
ゲイ・ボルグには不治の呪いが備わっており、賢者の石の使用でも治癒は不可能だ。
貫かれた箇所と併せて鑑みても完全な致命傷であり、アンバーの死は決定づけられた。
またこの槍は真名を解き放ち、一度放たれれば相手の心臓に槍が命中したという因果逆転した結果を作り上げてしまう。
槍が当たったと確定したアンバーが如何に時間を操作し逃れようとも、槍は時間を遡り因果律を操作し、アンバーですら及ばぬ時間改変により必ず心臓へと命中する。
彼女が刺し穿つ死棘の槍を避けえなかったのもこれが原因だ。

「僅かに心臓を逸れたか、やはり担い手の変質に伴い僅かに劣化しているのか……あるいは君の運が思ったより良かったのか?」

必殺の魔槍ではあるが、例外は存在する。
例えば相手がとても幸運だった場合は仕留めきれないこともある。
早々有り得ることではないが。

しかし、不幸中の幸いと言うべきか、アンバーに命中こそしたが即死ではなかった。
少なくともまだ広川の種明かしを聞ける程度には余力はある。
どちらにしろ死ぬのが、僅かに伸びたに過ぎないが。


441 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(前編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:41:28 CXQry2CI0

「―――っ……」

アンバーの手が震える。掌の賢者の石が震えの震動で零れ落ちた。
それを拾おうとしたアンバーの右腕が一瞬にして抹消された。
クー・フーリンの槍が、神速でアンバーの右腕を切断したことにアンバーは気づくのが数テンポ遅れた。
悲鳴になる筈の声はあまりの呆気なさに呟きに終わる。痛みは後からジワリと時限爆弾のように炸裂したが、もがく程の体力もアンバーには残されない。
幼くなったことで低下した体力と、胸を穿たれ出血し失われた大量の血液が彼女の命を蝕んでいく。
跪いた体勢も維持できず、アンバーは血だまりの中に顔から倒れた。

「これは私が預かっておくとしよう」

アンバーの手元から離れた赤の宝玉は広川の足先へと転がり、コツンとぶつかると広川の手に掬われていく。
念には念をという執拗すぎる警戒心の表れでもある。
恐らく仮にゲイ・ボルグを防がれたとしても更に別の手段を、それが無理なら更に……広川は過剰ともいえる手札を揃えながら戦いに赴いたのだろう。
それだけの警戒を重ねながら、誰よりも最弱であった男は最後の勝利者として自らの悲願を果たそうとしている。

『執行モード、デs―――』

左手でドミネーターを構え、広川へ照準し引き金を引く。
音声がナビゲートし対象の破壊を予告するが、その音声は途中で遮られた。
ドミネーターの銃身を槍が貫通し、貫いたままアンバーの手から強引にもぎ取る。
そのまま紫電を漏らしながら、ドミネーターは破損した。

「私はホムンクルスのような失態は犯さん」

モノ言わぬガラクタとなったドミネーターをクー・フーリンは槍を払い引き抜く。
地べたに叩き付けられた文鎮以下の近未来的な鉄屑を踏みつぶし、広川はアンバーの眼前へと立つ。
アンバーの鼻の先には広川の靴先があり、前にも似たような光景を見た覚えがある。
そう、以前はお父様に急襲された時だ。
あの時もかなりの窮地にあったが、それでも生還する術を持ち得た。復帰こそ遅れてしまったが。


442 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(前編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:41:48 CXQry2CI0

(今回ばかりは……無理だなぁ……)

どうにもならない。

はっきり言って手詰まりだ。間違いなくアンバーはここで死ぬ。
思えば他殺されるというのはあまり考えたことがなかった。
誰かの為に消えることはあっても、他者による手で命を亡くすのは不思議な感覚だ。

(約束も果たせなかったし)

エドワードと交わした謝罪するという契約も白紙にしてしまった。



「どうしようもないな……私って……」



―――大好きな人に笑顔一つ取り戻してあげられないなんて。



「残念だったな。あの世に行っても、あの男とは会えないとは」

黒が生きてイザナミに捕らえられる以上、アンバーは死して――もし死後の世界があればだが―――そこでも黒と結ばれることはない。
そういった意味を込めた皮肉だったが、果たしてアンバーの耳の届いていただろうか。


頭を潰され、頭蓋が砕け散り血だまりに濡れた白い骨の残骸が散乱する。
肉片も飛び散り、脳ミソが露出しグロテスクな肉の塊が曝け出される。
緑の長髪は乱れ悲惨さを更に彩っていく。
二つの目玉は広川の足元にまで転がっていき、虚ろな瞳が広川を写しだしていた。


「これが長い時を生きた魔女の最期か」



【アンバー@DARKER THAN BLACK 黒の契約者】死亡


443 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:42:23 CXQry2CI0





黒の先に広がる霧は未だ晴れない。その行く手を遮るように白い壁は黒を囲う。
一向に景色の変わらないことに黒は徐々に焦燥に駆られ始める。
この辺りは何度か通ったことがあるが、これ程に長い道筋だったか? そもそも自分は雪乃達と別の道を行ったのではないか?
もっと言えば、既に全てが終わり決着が着いた後なのだとしたら?
考えれば考えるほどに悪い予感が浮かんでは消える。だが、決して杞憂に過ぎないとは断言できない。

「クソッ」

黒は立ち止まり、現在の自分の位置を把握する為に周囲を注意深く観察する。
地図を取り出し、辺りと照らし合わせてみるが、霧に遮られた景色は地図の簡略化された立地からはかけ離れていた。
黒は学院で戦闘を行い、それを終えて走っていた。霧のせいで誤ってカジノ方面へと向かってたとしても、すぐに道が途切れ気付く。
雪乃達の場所も定かではないが、もし御坂と出会えば戦闘の騒音で分かる筈だ。
それなのに何故、何も見えず聞こえない?

「待て、タスクとエンブリヲは……何処だ?」

まだ御坂とエドワードがすれ違っているのなら、戦闘が起きていないのは分かる。しかし、彼らはそうもいかない。
天空にして雌雄を決する二体の機神が何の物音も立てずに消失するなどありえるか?
黒は即座に空を見上げるが、タスクどころかエンブリヲもいない。どちらにせよ勝者は必ず残る。
ならば同士打ちか? だがあれだけ目立つ戦いの規模で気付かないなど―――

『無駄だよ。ここはヨモツヒラサカ……私の空間』

「――――!?」

まるでその声は氷を浴びせてきたように、黒に悪寒を抱かせた。
気を抜けば震えそうな寒気にも似た畏怖が黒を襲い、更に冷汗が背筋を伝うのを感じていた。
体感としては非常に凍えるようだが、その実汗は絶え間なく分泌させられ黒を濡らす。
恐怖と緊張が入り混じり、黒の掌は閉じられ拳を形作る。


『どうしたんだい? まるで死人を見たような顔じゃないか』


444 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:43:12 CXQry2CI0


黒が振り向いた時、そこに神々しいあの異形の姿はなかった。
白い拘束具に包まれた神々しさに溢れる女神は見る影もない。
何故なら、彼女の体には彼女の体には一切の皮膚がない。
赤黒い爛れた火傷跡が全身に刻まれ、本来なら皮膚下に広がるであろう筋肉繊維が露わになっていた。
長い銀かかった黒髪は無数に絡み合い、互いを拘束するように荒れ狂う。
加え、元は美しい美貌であったであろう美顔には両目がなく、繰り抜かれたか或いは腐り爛れ落ちたのか、二つの窪みだけが広がる。
鼻も削ぎ堕ちたように後鼻孔だけが痛々しく広がり、当然皮膚のない顔には口を塞ぐ唇はない。
歯茎と歯が剥き出しになった異様な様は嘆いているのか、怒っているのか判別のつかない狂気の様を見せる。
下半身は残された筋肉と細長い骨が広がり、無数の手が生え肉と骨の幕を形成している。更にこれらの巨体を体の中心を貫く背骨が支えていた。

「あの白いのは……お前の姿を隠すための……」

日本神話の伝承では火之迦具土神(ヒノカグツチ)を産み落とした伊邪那美は、生まれながらにして炎を宿していたその神性故に火傷を負い命を落としたと言う。
なるほど、確かに彼女が黄泉の国より、1日に1000の命を奪うとした伊邪那美の名を語るのであれば、この姿は正しくその女神の姿にこそ相応しい。

『少しだけ驚いたよ。フフ……まさかこの姿まで披露するとは』

死を司り、霧で真実を覆い、偽りを騙る神なる存在―――



『―――私は……神……伊邪那美大神(いざなみのおおかみ)』



黒は動揺を隠しきれない。先ほど、確実な手ごたえを感じあの存在を滅ぼした。
今でもその感触は残っている。だが、現実は無残な真実を突き付けてくる。
何より、この霧がはっきりと全てを物語っているではないか。奴が滅んでいないからこそ、霧は晴れず進むべき道は現れない。
普通なら足がすくみ、身動き一つ取れない凄惨な容姿の伊邪那美大神へと黒は果敢に飛び込んでいく。
焼き爛れた全身は生者ではなく死者のもの、生きとし生けるものならば生に対する本能が避けようとする。
だが黒はそれらの欲求すらねじ伏せ、精神を再び闘争へと注ぎ全身を戦いの道具へと切り替えた。

黒は伊邪那美大神の下半身より蠢く骨と肉の腕の一つにワイヤーを括り付ける。
捕らえようと四方を囲んでくる手の動きを見切り、黒は頭を上げながら疾走の勢いを殺さぬまま、踵を離し上体を逸らし太腿を地面に擦らせる。
腕は滑走する黒の真上の虚空を掴み、ワイヤーを握った黒はランセルノプト放射光と共に赤く輝いた双眸で伊邪那美大神を強く睨んだ。
瞬間、ワイヤーを伝い電撃は伊邪那美大神の巨体を巡る。

最大出力の電流は生身で触れれば一瞬で黒焦げた炭へと変化するだろう。
青い紫電が花火の様にバチバチと音を鳴らし、黒と伊邪那美大神を覆い包んでいく。


445 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:43:38 CXQry2CI0

「なっ―――」

紫電をその全身に浴びながら、伊邪那美大神はその全身を覆う火傷を除けば何一つ傷ついてはいない。
黒は目を見開きながら喉を鳴らす。

『今更、電撃など』

伊邪那美大神の全身が青く光る。その刹那、電流がワイヤーを伝い黒へと逆流した。
巻き付いていたワイヤーは切断され、電気の感電に全身を痙攣させながら黒は後方へと衝撃を受け吹き飛んでいく。
伊邪那美大神の放つ電撃を意趣返しとして、わざわざ黒の契約能力に似せて使用したのだ。
本来ならば電撃による感電はあり得ない黒だが、黒焦げとまではいかずとも全身を電撃が巡った影響で足がおぼつかない。

「ぐ……」

『もう十分、戦ったよ。いい加減諦めるといい』

痺れた体でナイフを投擲する。フラフラの視界で焦点が定まらないが、長年の経験と勘から伊邪那美大神の眉間へと直撃した。
だがナイフは乾いた音と共に眉間を貫くことなく地面へと落ちていく。
先端が欠けたナイフが虚しく、黒の顔を写しだした。

『無駄と何度言えば分かるのかな?』

伊邪那美大神から雷が放たれた。
幾度となく、戦いのなかで見慣れたそれをかわす余力は黒にはない。
震える手で懐から先ほど回収した首輪を取り出し雷へと翳す。

「ッ……!」

だが、雷は首輪の無力化を貫通し黒の右手首から上を消し飛ばした。
不幸中の幸いは、雷の熱が傷口を焼いた事で止血され、出血には至らなかったことだ。

「ぐ、がああああああああああ!!!」

もっともその激痛は想像を絶するだろうが。
生身の肉を、それも皮という盾に包まれていない剥き出しの繊維を直接炙られる。
止血としては確かに最適でそういった応急処置もあるが、元より熱さは人の身に対し害があるものとしてプログラムされている。
人間の身体から生じる当然の生理現象として、痛覚はありったけの痛みを黒へと注ぎ込む。

右手首より僅かに下を潰すように握りしめ、奥歯が擦り切れるほどに噛みしめながら黒は痛みを堪える。
手を失ったことは戦闘に於いて不利ではあるが、片手と両足が残っている。
これならばまだ戦闘は続行可能だ。今は一旦撤退し対抗策を考える。

『おっと、何処へ行くんだい』

駆け出した黒を阻むように雷は黒の足元を抉る。
足場を崩され余波に流されながら、黒は背中から地面に打ち付けられた。
咳き込み、背中から広がる衝撃と圧迫感から黒は顔を歪ませる。


446 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:43:59 CXQry2CI0

―――俺は、まだ……

否応にも考えてしまう。
黒が負けてしまえばこれまで散っていった者達の想いも、約束も、今生きる仲間たちの決意も全てを無駄にする。
だからこそ、負けられない戦いだ。

しかし敵はあまりにも強大、たった一人で挑むにはやはり無謀だったのか?
だがアレを殺すには自身の力以外は通用しない。白の能力ならば―――

残された左手を握り締め、黒は再び立ち上がる。
まだ戦いに必須な肉体は十分すぎるほど残されている。
可能性がある限りは諦めない。契約者としてはとても合理的とは言えない思考だ。

「……な、に?」

『ようやく気付いたかな』


黒の前に広がる景色、霧によって阻まれた空間がそこにはなかった。


「どう……なっている?」

霧の先は月明りによって照らされ、おぼろげながらこの箱庭の全貌を写しだしている。
何一つ存在しない。黒の足元は断絶された崖の様に深淵へと繋がっており、その先にある筈のものは全て奈落が飲み込んでいた。

『この箱庭をデザインしたのは茅場晶彦とフラスコの中の小人だ。しかし、ベースとなる空間は私の世界でもある。
 いわばこの世界は私の体内も同然なんだよ』

フラスコの中の小人だけではこのような世界を創造することは不可能だ。茅場も同様である。
彼らにそれだけの力を与えたのは、他の誰でもない。伊邪那美大神に他ならない。

「お前が、消したのか……何もかも」

『必要ないだろう。こんな遊戯盤もその駒も用済みなんだ……君を除けばね』

黒が抑え込んでいた右腕の痛みが雪崩のように広がるようだった。
全てが一切残らず、消されていた。

このまま戦う理由などあるのか? 
箱庭は壊され、そこに存在する仲間たちも同じく滅ぼされた。

「俺は……」

どう抗おうとも迎えた終末は全ての滅びと、自らの敗北である。

「銀――」

『貴方を一人にはしないから』

死神の仮面の下は何を想うのか。
白い仮面は罅割れ始めた。
音を立て、崩れ落ちていく仮面の下に広がるのは―――


447 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:44:19 CXQry2CI0






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「本当にラブラブだよね。正直、妬いちゃうくらい」

自分でもあまりにも幼い声に驚いていた。
黒は微動だにせず、それと対峙する冥府の神格もまた同じく像のように動かない。
あらゆるものが静止し、その空間を闊歩しただ一人自在に動けるのは私しかいない。

「黒……」

こんなにも近く、目と鼻の先に黒は居るのに私の声は聞こえない。
時間の停止とはこういうことだ。
とっても近くにいるのに、とっても遠くに相手も自分もいる。

「ずっと、ずっと……貴方の―――」

何を失っても、何を犠牲にしてもよかった。
黒さえ生きてさえくれれば、ただそれだけでよかった。
黒が幸せであってさえいてくれればそれだけで、心の底から笑ってくれるだけで。

どうしても言葉が思い浮かばなかった。声も掠れて上手く喋れない。
不思議だね。今なら、何を言ったって誰にも聞かれないし咎められることもないのに。
いざそうなると何も言えなくなってしまう。

「時間切れ、かな」

貴重な時間を無駄にしちゃった。
私の胸が赤く滲み始める。あの槍の呪いは因果を超え時間すら遡り、その心臓を穿ち抜く。
時間を如何に操ろうとも、私の体が人間である以上はこの絶対的な死から逃れられる術はない。

勿体ないな。今回ばかりは本当の本当に最後なのに。

流血する胸、それに合わせるように私口元からも赤い水滴が漏れ始めた。
多分、残された命は数分とないと思う。
この数分をどう使おうか、既にやることは終わっている。
逡巡してから私は黒の顔を見つめ、少し歩むと爪先で立ち背を伸ばした。


448 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:44:35 CXQry2CI0

「まっ……届かないよね」

私の背は、既に少女の物から乳児に近い体型へと若返っている。
普通の子供なら、これほど流暢に言葉なんて喋れない。
とてもじゃないけど、成人男性の平均身長以上はある黒の唇に触れるなど出来ない。
馬鹿な真似をした自分に私に笑いを堪えきれなかった。

こんな姿をどこぞのイギリスの伊達男にでも見られたら、また嫌味なジョークを飛ばされるかもしれない。

そういえば、あの空間で最後に黒と別れた時、多分私はちゃんと笑えていなかった。
白は笑って送り出してあげてたのに。

そうだね。もうこれで最後だし、最後くらいは笑おう。


「さようなら、黒」


でも、我が儘を言うともう一度だけ、本気で笑ってくれた……あのとびっきり抜けるような笑顔が見たかったな。









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449 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:44:54 CXQry2CI0







『厄介なものだ。時間の操作というのは』

伊邪那美大神は呟いた。黒に向けたものではなく、既にこの世には――恐らくあの世があるならばそこにすら居ない、存在そのものが消失したアンバーに向けて。
火力はただの鍛えた兵士程度の物だが神格の身にすら時間という概念で縛ることすら可能であり、あらゆる局面に介入しリセットできる異能は非常に脅威ではあった。
この箱庭の制限がなければと思うと、相当な手を焼いたことだろう。現に既に制限が緩和した今も目障りであった。
しかし、アンバーは自らの死期を悟り残された全ての対価を利用し黒をもう一度だけ救出した。

「アンバー、なのか……?」

黒は先ほど失った右手を開いては握り、感覚を確かめそれが自分の生身のものであることを確認する。
そして伊邪那美大神が消し去った筈の会場が未だ残っていることも。
霧の向こう側で視界はすこぶる悪いが、まだ雪乃やエドワード、タスクが戦っているであろう箱庭は健在だ。
まるで先ほどの絶望的な光景が夢だったかのように。

だが、それを否定するのはただ一つ。黒の前に無造作に投げ出されたアンバーが愛着していたタイツ風の服だ。
服を黒は手に取る。まだ温かさが残っていた。先ほどまでにアンバーが着ていたかのように。
かつてゲートの中心で黒が決断を悩み、アンバーが残された対価を全て使用しきり抹消されたのと同じ光景だ。

また同じことを引き起こしてしまった。

黒は己自信を強く恨む。憎しみで今すぐこの胸にナイフを突き立てたい程に。
アンバーは二度死んだ。全ては黒の為に、何もかも放り出し黒を生かす為だけに犠牲になってしまった。

「俺は……!」

拳を地面に打ち付ける。無力な己を戒めるように、懺悔を乞うように、罰を欲するように。
大事な存在を、誰よりも黒を救った存在を、無残にもまた失った。
何も成しえない、こんな矮小で愚かな男の為に。

『時の女神の寵愛を受けながら、君は本当に不幸な男だよ』

憐れむように伊邪那美大神は声を発した。
神としての不遜さや傲慢さは含まれない。人を見下しているのではない、黒という個人に対し特別な思い入れを持ち慈しみを含んだ言葉。
それは伊邪那美大神という神格でも災厄でもない。銀という少女が黒を想うが故に混じったノイズのようなものだ。

『黒、私なら貴方を救うことが出来る。これ以上、苦しむ姿は見たくない』

伊邪那美大神の手から差し伸ばされた無数の手の中に、たった一つだけ赤黒さの消えた陶器のように白く薄い手があった。
何度となく黒が握り締め、黒の手を握り返したパートナーのものだ。
手を伸ばせば楽になる。手は暗にそう語るようだった。

あれは他人にとっては災厄であろうとも、黒にとってはこれ以上ない救済なのだ。

「銀……お前のとこへはいけない」

それでも、手を振り払う。

「お前“達”は俺が殺す」
『なるほど』

伊邪那美大神には人と違い、表情や感情を表に出す顔というものがない。
皮は焼け爛れ、本来備わっているパーツが全て欠損しているだから、察しようがないとも言えるが。
だが、例え外面からは何も感じ取れなくとも、あの神格は目の前の愚者をこれ以上なく見下し、施しを与えなければと使命感に酔っている事だろう。


450 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:45:32 CXQry2CI0

『安心していい。君にはこれ以上ない絶望を下そう。そして、後には君が望む幸福で満たしてみせる。
 君は救われるんだよ』

伊邪那美大神の頭上に巨大な光球が作り出される。

黒は喉を鳴らす。額には脂汗が滲みながら、背筋は常に悪寒に晒され氷のように冷えているかと錯覚する。
目に映る光の存在は、人が挑むにはあまりに無謀すぎることを突き付けている。

ペルソナに対し一切の知識のない黒だが、あれが如何な物質であるかは予測が着く。
その気になればこの箱庭を滅ぼし、全てのゲームを強制的に終了にまで追い込む程の存在。
ヒースクリフの言葉を借りるならば、ゲームマスターによるリセットとでも言うべきなのだろうか。

勝ち目ははっきり言って0だ。どう足掻こうとも、戦争を生き抜いたただの人間が抗えるものではない。

「それが、どうした」

感覚が麻痺したのかもしれないなと黒は言いながら思った。

ここまで幾度となく、黒は自分と次元の違う存在と戦ってきたからだろう。

ある時は後藤、あの男は黒だけではとても叶う相手ではなかった。
ある時はこの殺し合いの枷である首輪というシステムとそれらを創り出し、神をも下し自らが神格へと成り立とうとしたお父様。
ある時は世界を掌握し創造と破壊すら気まぐれで行える調律者たるエンブリヲ。

全ては仲間がいたからこそ、黒は彼らという格上の存在にも果敢に立ち向かい生き残れて来ていた。

「もう絶望なんてものは見慣れ過ぎた。飽き飽きするくらいにな」

『ならば飽きさせないように、極上の物を味あわせてあげなくてはね』

伊邪那美大神が放つメギドラオン、それは足立や鳴上の放つものの比ではなかった。
人の身でもシャドウが作り出したダンジョンを廃墟に還る程の威力だが、神が放つそれは世界そのものを歪める。
空間が罅割れる。霧は濃さを増し黒を飲み込まんとするようだ。
残されたすべての参加者ごと会場を滅ぼし、黒の心を完全に砕いた上でその身に取り込む算段であるのだろう。


―――終わりだな。


伊邪那美大神は自らの勝利を確信していた。
元より敗北など在り得るはずもない戦いであった。アンバーの介入で幾度か巻き戻され、決着は先延ばしになったがそれだけだ。
アンバーに出来る事は全ての結末を引き延ばし続ける事だけ。
時間の制御についてのみ神を超えようとも、下される審判を覆すことは不可能だ。
それがアンバーの限界であり、人間の限界だ。


451 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:46:05 CXQry2CI0

「―――!!」

意を決し、その眼差しは敵を見つめたまま黒は駆け出す。

黒はこの戦いに於いて、ただ一つ大きな思い違いをしていた。
彼が乗り越えた全ての死闘は黒が強いから勝利を得たのではない。仲間がいたから、支えて貰えたから勝てたとのだと。
この戦いもまた例外ではない。確かに、戦場に立つのは一柱の神と矮小な人間一人ではある。
それでも、命すら投げ出してまで黒を助けようとする味方がいた。
もう命はなく、世界の何処にも居なかったとしても、二度と会うことも触れ合うことも出来なかったとしても。
彼女が黒を裏切ることは絶対にない。

メギドラオンが黒に触れる。その圧倒的なエネルギー量は生身の人間を一瞬で炭へと変える。
黒に対してのみ手心を加えてはいるが、あくまで生きてさえいればいいのだ。
手足が吹き飛ぼうが、両目が蒸発し耳は焼き千切れ鼓膜は破け、全身を炙り五感が一切感じられなくなろうと関係ない。
次の瞬間、滅びさった会場と生きただけの焼き焦げた肉塊が地べたに転がっているだけだ。



『馬鹿な―――』



だが、結果は――現実は違った。
迸る蒼い光ががまさにメギドラオンを飲み込まんとする勢いで光り輝く。
メギドラオンは光に圧され、ノイズのように波打ちながら轟音を齎し、爆風を巻き起こしながら消失した。
まさかラグナメイルが乱入して黒を救ったのだとでもいうのか?
それならばまだ分かる。今残された参加者のなかで、伊邪那美大神に対抗出来得るのはエンブリヲのヒステリカだけだ。
しかし、この箱庭の中に於いては伊邪那美大神を上回る存在などある筈がないが、それでもエンブリヲならば可能性は微々たるものだがありうる。


452 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:46:33 CXQry2CI0



『どういう事だ……こんな事が……』



しかしこの光を―――契約者が放つランセルノプト放射光を放てるのは、この箱庭でもうただ一人しかいない。
例え調律者であろうとも、あの黒の死神の契約能力を模倣することは出来ない。
それを表すようにメギドラオンが消滅し、土煙の中からランセルノプト放射光を纏いながら死神が姿を見せる。

「言っただろ? もう見慣れたとな」

あのチンケな電撃で伊邪那美大神のメギドラオンを掻き消したとでもいうのか?
御坂はおろか、帝具頼りとはいえサリアにすら電撃使いとしては劣る黒にそんな芸当は無理だ。


『まさか、物質変換か? それこそ馬鹿げている……君には不相応な力だ……まるで使いこなせてはいないじゃないか』


物質変換でメギドラオンを別の物質へと再構築し打ち消したのなら説明は着く。
理屈の上でなら、物質に干渉する能力はあらゆる現象を可能とし引き起こせる。
だが、一人の人間が持ちうる力としては強大過ぎる。
首輪を外した時のような奇跡が、また起きたとでもいうのか?

「ああ、俺一人ではこの力を使いこなす事は出来ない……いつだってそうだ」

伊邪那美大神は黒の右手で異彩を放ち光る一つのレンズに注視した。
見た目だけなら、ただのガラスのレンズにしか見えない。
だがそれは間違いなく、黒の手元で光輝きながらランセルノプト放射光を強くしている。

『流星の欠片……? だがキンブリーと承太郎との戦闘で―――』

流星の欠片は使用者の力を増幅させる。黒の、本来ならば運用の厳しい能力も流星の欠片の元に於いては、その制約を取り払うことが可能だ。
だが、それは存在しないはずだ。


453 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:47:03 CXQry2CI0

今から十数時間前、まだ殺し合いも中盤の頃にキンブリーは流星の欠片を用いて自らの錬金術を強化し、承太郎達との戦闘に臨んだ。
結果としては承太郎とセリューを討ち取るものの、引き換えにキンブリーが従えていた骸人形全てを喪い、キンブリー本人にも後の死亡に繋がる程の重傷を負わせた。
そして所持していた流星の欠片は、キンブリーが助かる為に賢者の石と同じくその“糧”として消費された。
消費された以上は消えるしかない。流星の欠片はもうこの世界に存在するわけがない。

否、そうではない。

ヒースクリフが推察したようにこの会場は地獄門の中だ。
伊邪那美大神が支配する世界であると同時に、ゲートの干渉下にあるといっても過言ではない。
あらゆる異世界の法則が入れ乱れる混沌とした世界を繋げるには軸となる存在が必要だった。
ゲートという存在はそれにピッタリと当て嵌まった。

伊邪那美大神の最大の誤算にして、アンバーが隠し持つ切り札はそこにあった。

かつて、アンバーは粉々に砕けた流星の欠片が元の姿に戻っていた場面を見たことがある。
この殺し合いの世界を支配するのは伊邪那美大神だが、もしもゲートが存在するのならばだ。
あるいはキンブリーによって糧にされた流星の欠片も再び復活するのではないか。
彼女は支給品として紛れたこのアイテムに、自らの命すら捨てる覚悟で黒の命運を託していた。

「アンバー、お前は最初からこうなることを……」

黒が流星の欠片に気付いたのはアンバーの服に触れた瞬間であった。
服の中で光を反射する透明な物質を目にした時、黒は全ての合点がいった。
東京エクスプロージョンの時と同じ、アンバーは全て最初からそうするつもりで誘導していた。

『人間ごときが!!』

伊邪那美大神の怒気を込めた叫びと共に、黒雷が天より振り下ろされる。
全ての黒雷は黒へと集中し直撃した。
電撃ならば耐性のある黒ではあるが、伊邪那美大神の雷だけは別だ。
恐らく電気に於いては、最も優れた能力者である御坂美琴ですらこの黒雷の前では無力化する。

だが最早、伊邪那美大神の放つ雷すら黒には傷一つ付けることは出来ない。
物質変換、電子の支配とはこういうことだ。あらゆる物質を掌握し物理法則すら無視する。
人の域で神を滅ぼせぬのなら、人の域を超えて神の領域を粉砕してしまえばいい。


454 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:47:48 CXQry2CI0

雷を打ち消し、あらゆるスキルを無効化し黒は一歩一歩確実に伊邪那美大神へと距離を詰める。
以前とは立場が完全に逆転しているではないか。
黒の攻撃を受け流し、嘲笑していた伊邪那美大神がたった人間一人にこのような醜態を晒している。


――――その先にある幾万の真言を信じて!――――


伊邪那美大神の脳裏に、あの少年の姿が過ぎった。
まさにこの光景はあの戦いに似ている。

だが、一つだけ違う。

『見事だよ。黒、いやアンバー……彼女には敬意というものを表すべきかな』
「なんだと?」

黒の足が止まる。圧倒していた黒に対し驚嘆し、追い込まれていた伊邪那美大神は再び余裕を取り戻していた。
新たな一手を編み出したのか? 黒は警戒しながら伊邪那美大神を見つめた。

『流星の欠片は盲点だった。
 それでも、君はやはり一人っきりだ』

地面から無数の手が生えだし、黒を取り囲む。
とはいえ今更何が来ようとも、流星の欠片で増幅させた物質変換の前では全てが無意味。
既に黒の力は伊邪那美大神を凌駕していた。

『“幾千の呪言”。人の総意を受けるがいい』

――その筈だった

黒を取り込もうとした手が再び地の底から湧き上がる。
アンバーが時を巻き戻す前にも見かけた光景だ。この先に何があるのか、考えるのも恐ろしい。
流星の欠片をより強く握り、黒は能力を放った。物質変換の電撃は触れた手を全て消失させていく。
だが、手は電撃に触れながら尚、消えかけのホログラムにように透明になりながら黒の足を掴む

『物理的な干渉はその力の支配下に置かれるらしい。
 けれど、これは見たいものを見たい様に見たいと思う人間たちの欲望の権化なんだ……』

地の底から這い出る死霊の手が黒を掴み。抵抗する術もなく、黒は引きずり込まれていく。
手に導かれ冷たい地の底へ、伊邪那美大神のなかにあるもう一つの災厄の元へと。


455 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:48:09 CXQry2CI0

『君の本心は君の行っている事の真逆という事だよ。
 そして、これは全ての人間に欲望が集まった、人の総意なんだ。物質を支配する力であろうとも、打ち消すことはできない』

―――それを消すことが叶うのは、それまでに築き上げた"絆"を通じ、真実へと辿り着いた者のみが放つ幾万の真言のみ。

そう言おうとして伊邪那美大神は口を噤んだ。

あの戦いの再現には決してならない。
確かに黒には仲間がいる。今も何処かで戦う、再会を約束した者たちがこの箱庭には残っている。
それでも絆を力に変えるペルソナを用いてはいない。

黒は選ばれた存在ではない。

人間には可能性がある。それは認めざるを得ないだろう。
この殺し合いだけで見ても、何人も参加者が限界を超え自らの宿願の為、血を流し続けた。
人は強い。時として、神すら退けるほどに。

だが、やはりそれは選ばれた一握りの存在だけの話だ。

大多数の人間は神の御業に心を折られ、屈服せざるを得ないだろう。よしんば立ち向かったとしても、神を打倒する存在など―――
だからこそ、英雄や伝説という言葉が存在する。
人には出来ぬ離れ業をこなす、人でありながら異端の者を尊敬と畏怖を込め昇華する為にだ。

―――私は一握りの人間だけが、辿り着く答えを肯定してはいけない。
   私は全ての人間の望みを叶えなければならない。




それでも、何故だろうか。
この結末は―――







456 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:48:28 CXQry2CI0





―――集中しろ。集中……!

地の底へ引きずり込む手に対し、黒は目を閉じる。
現実の直視を避けようとしているのではない。自らの能力を最大限引き出す為に、余計なリソースを割けないよう視界という五感の一つを消している。
流星の欠片という極上のブーストを受け、黒の能力はこれ以上ないほどに高まっている。

黒の戦いの直感が告げている。
漆黒の花事件で戦ったハーヴェストとの死闘と同じく、物質変換でしかこの力は突破できない。

されども、黒が今相手にしているのは人の総意に他ならない。

伊邪那美大神を如何に否定しようとも、人間が生きていくうえで必ず思い、そして願う全ての共通した願いだ。
それを打倒する事は、いわば全人類を敵に回す事に他ならない。
人類が誕生し、積み重ねた全てを打ち消すにはあまりにも黒の力では足りえない。

何より、黒もまた人間である。黒の中にもまたこのような願いが存在している。
自らを否定し、全ての人類を否定する。そんなことが、ただ一人の人間に可能なのか。

黒の下半身は完全に引きずり込まれ、既に胸元まで手は引きずり込んでいた。
地の底に繋がる奈落は一向に消える様子がない。

恐ろしい焦燥に苛まれ、不安が黒の頭を過ぎり続ける。
アンバーが命を投げうってまで、繋げてくれた最後の好機をみすみす無駄にしてしまうのか。
まだ戦っているであろう仲間たちを、このまま無残に殺させてしまうのか。
災厄として目覚めた銀を――何も出来ぬまま、世界に解き放ってしまうのか。


―――ここで、終わる訳には












457 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:48:43 CXQry2CI0





『太陽……?』


先ほどまでは月明りが霧を照らし、箱庭の姿を写しだしていた。
アンバーが時を巻き戻した事で、夜から夕方に時刻を遡った事が原因だろう。
とはいえ、本当にあと数刻で太陽は沈み、空の支配者は太陽から月へと変わる頃だ。

『――さて、彼らの決着は着いたのかな』

天空で機神を駈りながら、各々の因縁を断ち切る為、死闘に臨むエンブリヲとタスク。
喪われた過去を取り戻すべく戦う御坂美琴と同じく失われた過去を想いながらも明日を歩む為、障害を取り除くべく戦いに臨む雪ノ下雪乃。

彼らの決着は既に着いたのか。

どちらにせよ、伊邪那美大神の世界たるこの遊技盤では意味を成さない事だが。
誰が勝ち、誰が敗北しようともいずれ全てを抹消されるのだから。

『とはいえ、一応は誰が最後に立つのか……気にはなるが』

主催らしく、最後の決着が着いた後で優勝者の前に現れるのも面白いかもしれない。
無駄な思考だなと伊邪那美大神は思う。
この事の成り行きを見守ろうとするのは、やはり癖なのだろう。
出来れば黒の事がなければ、今の段階でも参加者に干渉するのも避けたかった程だ。

既に黒は完全に取り込んだ。銀(さいやく)との契約はこれにて完了した。
残る彼女の力は全て、こちらの為に利用させてもらう。

これからは忙しくなる。

黒を除く人柱達の血で降ろした聖杯を通じ、全ての世界に伊邪那美大神の霧を振りまく。
そして銀の力で全ての生きとし生ける者達の魂を収集する。
広川の望む人間の管理を行った上で、集めた魂達全てに安らかな夢を見せ、各々の欲望のなかで死という救済を与える。

『広川と合流するとしよう』

残された人柱の最後の晴れ舞台だ。
邪魔をするのは無粋というものだろう。
余計な真似をされるまえに、出会った釘を刺しておくことにする。
広川は下らないと一喝するだろうが、彼らが如何な答えを出すのか、最後の主催者として見届ける事としよう。


458 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:49:41 CXQry2CI0




その次の瞬間、伊邪那美大神の右半身が吹き飛ばされた。



『――――!!?』



それは巨大な紫電の塊だった。
まるで電撃の槍が吸い寄せられるように伊邪那美大神の半身を砕き、塵へと還したのだ。
伊邪那美大神の知る限り、これほどの高圧電流を放てるのは御坂美琴だけだ。

全ての決着が着いてこの場へと辿り着いたのか?

だが、ここはかつての音ノ木坂学院ではあるが、伊邪那美大神が霧を張ったことで外から容易に入ることは出来ない孤立した空間となっている。
この場に伊邪那美大神の察知を避けて、侵入するなど不可能だ。

そして腑に落ちないのは、仮に御坂が侵入したとして何故神の身を砕くことが出来たのかだ。
所詮レベル5、最強の電撃使いという称号も人の域にあるものでしかない。


「何処へ行くんだ?」


その答えは自ら伊邪那美大神の元へと歩んできた。
奈落の底より這い上がり、今まさに霧を齎す神格へとその魔手を翳そうとする黒の死神の姿が・
より強いランセルノプト放射光の光と共に。その姿は流星のようだった。

『馬鹿な、何故貴様がここに居るんだ……完全に取り込んだはずだ……?』

まさか、幾万の真言か―――だがあれはワイルドを持つ鳴上悠だからこそ目覚めた力だ。
『世界』のアルカナたる伊邪那岐大神(いざなぎの おおかみ)が持つ幾万の真言をペルソナも持たぬ、ただの契約者が発揮するなどあり得ない。

だがこの光景は何だ? 何故、奴が本来ならば砕けえぬ神の身に傷を付け、あまつさえワイヤー等を通してでなければ、感電もさせられない。
そんな能力で、どうやって電撃の槍を遠距離から放つことが出来る?
流星の欠片が如何に契約者の力を高めようとも、このような光景は起こり得ぬはずなのだ。


459 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:52:06 CXQry2CI0

『何を……した?』

「電流を増幅し、空気を介してお前に感電させた。雷のようにな」

『違う。そんなことでは――』

伊邪那美大神の声は最後まで紡がれることはなかった。
同じく、左半身が吹き飛ばされカーテンのように広がっていた禍々しい無数の赤黒い腕は消し去られた。
残るは上半身に残る、等身大の日本の腕のみ。

『……消え失せろ、人間!』

黒い雷を黒に集中して振り下ろす。
だが、全てはランセルノプト放射光に飲み込まれ無力化されていく。
やはりだ。ペルソナはおろか、幾万の真言などではない。
物質変換により雷を無害な物質へと再構築している。

『何故、幾千の呪言を退けることが出来た……絆も真実も持たぬ、たかだが一人の異能者風情が』
「この箱庭は、お前の空間なんだろ? そんなことも分からないのか、大した神様だ」
『何?』

黒の言葉を受け、伊邪那美大神は天空に起こった一つの異常現象に気付いていた。
沈みかけた太陽、もうじきに月が支配する夜の世界が訪れようという時、太陽の中心を漆黒の斑点が覆っていた。
それは太陽を観測した際に見える太陽黒点と呼ばれるものだ。

しかし、通常のそれとは明らかに違っていた。
あの太陽を覆う黒点は異常現象に他ならない。
太陽が更に焼き焦げた跡のように広がるその様は、神の目線からしても非常に不気味である。
まるで日食のようでもあり、だがあれほどの神聖さは微塵も感じさせない。

何せ一か所に複数の巨大な黒点が集中して発生しているのだ。
その太陽から、世界の滅亡を司る魔王が降臨するといわれても可笑しくはないほどに。

そう大黒斑――あれが続く限り、黒のBK201の力は最大限に高まる。

そのランセルノプト放射光は今までの比ではない。比べ物にならないほどにまで輝き、伊邪那美大神の巨体すらその光を纏うほどに。

『……私の力が―――及ばないなど……!』

消えて逝く。幾千の呪言が黒に触れ、また物質変換を誘発する電撃を流されることで全てが蒸発し抹消されていく。
黒を中心とし電撃とランセルノプト放射光が世界を蒼へ染めていく。暗黒の死霊達の呪言が浄化される。


460 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:53:08 CXQry2CI0

『……そう、か。だからお前達は首輪を』

思えば確かに予兆はあった。
首輪を外した時、お父様は不可能だと断言したそれを何故奇跡的に外すことが出来たのか?
黒が聞いた白の声が力を貸しただけなのか?
否、それもあったのかもしれない。だが、もっと理論的にこれらを全て説明する術がある。

殺し合いが始まる以前、EPRの本部に乗り込んだ時、黒はアンバーを殺害しようとし能力を開放した際に妹が自分を呼び止める声を聞いていた。
あれもまた太陽に大黒斑が現れ始めた時期に起きた事象だ。

これらも踏まえ首輪の解除は黒の力が大黒斑により、無意識の内に高まったことによる結果であったと考えるのが妥当なのかもしれない。

『だとしても、何故今になってこんなものが起きる……? まさか、アンバーが時間を巻き戻したのは……このタイミングを計っていたというのか、だが――』

だが全てに説明がつくわけではない。大黒斑は凶兆と見なされるほど珍しく、数年に一度しか起きない。
それがこの世界に於いて、唐突に起き始める。何らかの意思と意図を伊邪那美大神は感じていた。
しかしアンバーが全て計算して引き起こした事なのか、それとも全てが偶然が重なったことによる産物だったのか。

アンバーが完全に死した今、それを語る術はない。

『フ、フフフ……』

伊邪那美大神は堪えきれなくなった笑いを噛み殺す。

『何処までも私を驚かせてくれる。……認めよう人間、君は神を超えた』

不遜にして傲慢であった神格が初めて、黒という人間の力を称賛する。
それは一切の皮肉も嫌味もない、純粋な健闘を称えたものだ。

『この戦い、どうやら私の敗北に終わるようだ。お前は私を殺し、それで終わる―――だが私は死なない』

「どういう意味だ?」

黒はこの異形が、嘘偽りを言っていないことを即座に直感した。
何らかの比喩でもない。言葉通りの意味で話しているのだと。

『幾千の呪言と同じだよ。私もまた人の総意、お前達によって生み出された存在だ』

人々が共有する無意識の願いの具現化。
それこそが、伊邪那美大神の正体であり本質だ。

『何度殺されようとも人々の意思がある限り、私は再び蘇る。
 これが何を意味するか? 果たして、君のそのあまりにも膨大過ぎる力はあと何分持つのかな』

黒の力には限度がある。
例え幾千の呪言を超えようとも、その力を維持できるのは、大黒斑が発生している残り数十分程度だ。
伊邪那美大神をこの場で滅ぼすには十分すぎる力ではあるが、彼女の言うように再度復活した伊邪那美大神を滅ぼす程の力は黒には残されていない。
彼が神を超える程の力を発揮するには、幾重もの条件を満たしたうえで初めて言えることだ。

『残念だったね……。私を倒したところで根本的な解決にはならない。
 人が……人々の願いがある限り、私は不滅だ』

伊邪那美大神、霧の迷宮の主にして全ての凶を打倒すべき方法はたったの一つ。


461 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:53:27 CXQry2CI0

『約束しよう。いずれ必ず――黒、貴方を迎えに行く』

だが、その術はとうの昔に禍津の手により途絶えている。

『そして全ての人間を私が救済すると』

黒は駆け出す。雷を退け、死霊の手を全て跳ね除け伊邪那美大神の巨体へ手を翳す。

伊邪那美大神には、これから起こることは全て分かっている。
良いだろう。好きなだけこの身を壊せばいい。
だがそれだけだ。目の前に映る虚像をいくら滅したところで、人々の総意は決して覆らぬ。

どんな力を得ようとも人の個の力とはその程度。



大黒斑が極大期を迎える。
それに伴い、黒の電撃はより規模を増し伊邪那美大神の全身を包んだ。



一時の勝利に酔いしれるが良い。愚かであまりにも矮小な者達よ。
また再び、人間達は神の再臨を目にする事となる。その時こそが最後の審判であり、全てが救われる贖罪の時だ。


462 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:53:44 CXQry2CI0




「―――違うな。お前はここで終わる。次はない」








伊邪那美大神の全身に光が迸る。それらは、鎖のように纏わりつく。

『■■■■■』

全身に走るノイズが思考にまで及ぶ。
思考が言語化できない。
目の前の景色が正常に認識されない。記憶も曖昧で定かではない。

「言った筈だ。ここで終わるとな」

黒の力にはもう一つ、ある条件下の元に引き起こされる現象がある。
大黒斑が極大期を迎える30分の間に、ゲート中心部でBK201の物質変換能力を最大限開放することで可能となる。

不可侵領域化(エクスプロージョン)。

物理世界から完全遮断された絶対不可侵領域。


伊邪那美大神が人の願いの集合体である。人間が存在する限り、彼女が完全に滅び去ることはない。
如何な方法を以てしてもだ。
けれども逆を返せば、人間が存在し彼女を求めることにより、伊邪那美大神は世界にその存在を維持することが出来る。

神とは人の信仰によって成り立ち、初めて神として君臨するのだ。

そうであるならば、人の願いも信仰も思いも―――全てが断絶されればどうなる?

信仰を無くした神の末路、それは人でいう死。
語り継ぐ人々が消えたことによる存在の消失。

黒が行ったのはそれだ。

伊邪那美大神という神を絶対不可侵領域へと永久追放し、あらゆる人々の意思から隔離した。


463 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:54:16 CXQry2CI0



「消えろイザナミ――俺達にお前は必要ない」


消えゆく異形、下半身は全てが消え去り残された上半身、その顔面を黒は自らの拳で殴り抜く。
霧のなか、偽りを振りまく者に鉄槌が下される。


―――死ぬ? この私が。


不可侵領域へと沈むなか、残された僅かな思考力の中でイザナミは思案する。
この辿り着いてしまった結末に、そして何も救えなかった己に。


―――ああ、そうか。お前は私にとっての死神だったのか。


イザナミは死に際に残った最後の力を振り絞り、人が辛うじて聞き取れる言語化とする。

『よかろう……。進むが良い、虚無の道を……そして見届けるがいい』

人に敗北したのはこれで二度目だ。
だが、何故だろうか。自らの敗北を今回ばかりは受け入れがたい。

『その血に染まった先に、待ち受けるものを……』

ああ、そういうことか―――私はもう一度、見たかったのだ。

人の可能性を―――あの伊邪那岐大神(すがた)を。











【伊邪那美大神@PERSONA4 the Animation】死亡


464 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:54:53 CXQry2CI0






黒は掌にある流星の欠片を見つめた。
あの異形の存在に勝てたのは、本当に全ての条件が整った上で運が良かった。

不可侵領域化は半径1500kmの範囲までを巻き込んでしまう。

この学院がイザナミによって完全に隔離し、孤立していなければタスクや雪乃達を巻き込んだ可能性がある。
もしもそうでなければ、黒は能力の開放を躊躇っていた。
イザナミの言うように大黒斑のピークは過ぎ、アレを確実に仕留める機会を失っていた事だろう。

「アンバー」

もう永劫届かぬ場所へ逝った彼女に黒は声を掛ける。
抜け殻のように、目の前に広がった服を黒は今一度手に取った。

「俺はお前に、何もしてやれなかった」

アンバーが流星の欠片を最後の力で届けなければ、きっとこの場に最後に残ったのは黒ではなくイザナミだった。
全てのピースが揃った上で、ようやく黒が勝利するという未来を手にしたのだから。
きっと、アンバーはそれを分かっていた。

「お前は……これで良かったのか? 本当に幸せだったのか……」

時間の制御という能力はその対価も含めて考えれば、程ほどの使用で都合のいい若さを保ち続けられ、過ちも容易にやり直せる。
自分の為だけに使い続けていれば、無敵の能力だ。

「……もう、全部遅いんだよな」

恐らく、アンバーにはもう二度と会えない。
もっと彼女の為に黒がすべきことはあったのかもしれない。
亡くしてからでは何も間に合わない。

アンバーの服に水滴が垂れ、繊維が水分を吸収した。
小さい水の染みがいくつか刻まれていく。

それから僅かな間を置き、項垂れていた顔を上げる。服を手放し、黒は立ち上がった。

「まだ、俺にはやることがある」

手の流星の欠片を、もう一度見つめる。
既に日は沈み月が暗闇を照らしていた。もう大黒斑の恩恵は受けることはない。
それでもこれの力ならば、残された全ての敵にもかなり優位に立てる。
あの驚異的な力を持つ、調律者であってもだ。

「願えばあいつらの元に辿り着くはず、ここはゲートだ」

待っている者達も――交わした約束も―――全てを果たす。


465 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:55:16 CXQry2CI0


「黒」
「銀?」


黒の手を白く細い手が掴んだ。

「……離してくれ」

白い災厄は黒の手を握り、柔らかな笑みを浮かべていた。その奥で黒い災厄もまた黒を見つめている。
黒はそれでも約束の為に奔走しようとして―――銀は目を瞑り、首を横に振った。



「私を殺して」



張り詰めた緊張から解けたのか、黒は銀に向け微笑んだ。
その笑顔は全てを悟った諦めのようでいて―――

「―――分かった。銀……もう、終わりにしよう」

最愛の人に贈る、心からの笑みのようでもあった。






手の中の流星の欠片を銀へ。
そして一度、夜空に視線を向けた

月が星が綺麗な空だった。
いずれはもう一度見たいと願った本当の星空だ。

本当の星空を、最後にその目に焼き付けて、黒は能力を開放する。

偽りの星、BK201が淡く儚く輝く。

黒と銀を取り囲む全ては取り払われ、広がる荒野の中心で二人は――――










【イザナミ@DARKER THAN BLACK 黒の契約者(流星の双子)】消滅


466 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:55:44 CXQry2CI0




「この結末を、君は視ていたのかなアンバー?」

先ほどまで死骸を晒していた、アンバーの肉片が散らばっていた大地を見つめながら広川は呟く。
この手で確実に殺していた。賢者の石も回収し、時間の巻き戻しもないはずだった。

「流星の欠片、か……そうだな、その抜け道があったか」

キンブリーと承太郎達との戦闘を見た時から、このプランを立案し様々な駒を動かし続けてきたのだろう。
途中から誤算が生じ、イザナミの暴走が起こったために軌道修正の必要が発生し、本来ならば恐らくはお父様に対しぶつける予定だったのだろうが。

「……良くやったものだ」

とはいえ、自らの目論見が殆ど破綻しても尚、ここまで持ち込んだのは広川をして見事と言わざるを得なかった。

「その執念だけは認めよう」

わざとらしく手を叩きながら拍手を送る。

そして、全てが終わった戦場の跡を広川剛志はただ物思いに耽ながら歩いていた。

様々な思惑を持った者達が自らの宿願の為に争い合う。

皮肉なのはやはり最後に残ったのが、誰よりも弱い最弱の男が生を拾ったということか。
市庁で部隊に囲まれた時、既にその命運は尽きたと思ったが、世の中どう転ぶか分からないものだ。

しかし、イザナミの死亡に伴い広川の体に影響された不死身の力は消えていた。
幸いペルソナ全書とクラスカードは手元にある為、戦闘は可能だがはっきり言って今の広川を殺すことなどそこそこの達人ならば非常に容易い。

「所詮は借り物の力か」

広川はそれを惜しむつもりはない。元より、遠からずの内に消え去るものだと認識していた。
元々、イザナミからすれば偶然生き残り、現世に干渉すための依り代として利用できるのが広川だったが為に手を組んだに過ぎない。
場合によっては茅場晶彦や、別の参加者が広川の立場になったかもしれない。


467 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:56:16 CXQry2CI0

「それに聖杯にももう用はない」

何より、既に広川は聖杯への興味を消していたことも大きい。

彼の目的は人類の管理と生物のパランスを保つことだ。
聖杯にそれを願う手もあるのだが、広川のある懸念がそれを拒む。

聖杯は汚染されているのではという恐れだ。

無論、広川の推測であり確証はないのだが、広川はその可能性は極めて高いと考える。
これほどの血を流した殺し合いの末、誕生した聖杯が果たして汚染されていないとどうして言えようか?
利用していたとはいえ、イザナミも殺し合いで刻まれた怨憎の声を聞き、あのような異常思考をしてしまった例からも恐れは高まるばかりだ。

もしも汚染された聖杯を利用した場合、どのような異常解釈で生物界を荒らされるか分かったものではない。
広川は人間も含めた全ての生物を憂いているのだ。下手な代物でその繊細なピラミッドをこれ以上破壊したくはない。

「必要なものは全て手に入れた」

広川が握るそのディバックには、この殺し合いにまつわる様々な技術が収納されている。
お父様が、茅場晶彦が築いた全ての叡知の結晶とも言える。
これさえあれば、広川は神にも等しい力を容赦なく振るえ、そして何度でもこのような殺し合いを開くことも出来る。

「さて……君達とも長い付き合いになったが」

地獄門。
その前に広川は立ち、全ての屍へと振り返る。
時間にして一日とその半分、まだ二日も経っていないが、本当によくここまで血を流せたと感心する。
広川は内心多くても半分の脱落者でゲームは破綻するのではと予想していたのだが、これほど殺し合いが進むとは。

「ここでお別れということになるな」

応えは一つとして返っては来ない。
殺し合いに加担した張本人を誰も止めることは出来ない。
屍は立ち上がることも声を発すこともなく、ただ死臭を漂わせながら腐り果てるのを待つだけだ。
ただ一人生き残った男は死者と決別するように踵を翻した。

まだ、広川の悲願は潰えてはいない。
むしろここからが本当の戦いだ。

この場で手にした全ての叡知を以てして、必ずや全ての生物が共存し寄り添える世界を創ってみせる。

揺るぎない信念と共に地獄門を潜り、光の先へ広川剛志は姿を消した。







【広川剛志@寄生獣 セイの格率】生還


468 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:56:32 CXQry2CI0





広川が門をくぐり元の世界へ帰還した時、真っ先に目に飛び込んできたのは暗闇だった。
眩い光のトンネルに慣れた為に周りが全く見えないが、どうやら夜中の時間帯に帰還したらしい。
スマホを付けてライトで周囲を照らす。

「廃ビルか」

人工的な小さな明りが照らしたのは人の気配がない、無機質な室内と散乱した器具だった。
落書きを見るに若者が肝試しなどで訪れる以外には、全く来訪者もないらしい。

丁度いいと広川は思った。
一先ずの仮拠点としてはうってつけだ。

市庁での出来事から、世間からの自分の扱いは大方行方不明者扱いであろう。
死体もなしに警察も広川がパラサイトとは公表も出来ず、かといって嘘をでっちあげる必要もない。
適当な理由を付けて、悲運の市長として報道されているのが関の山だ。

今更市長に戻る気はない。下手に人間社会に舞い戻り注目を浴びるのも面倒だ。

取り合えずこれからの計画を練る為に、広川は散乱した椅子の一つを掴み立たせると腰を下ろした。

「描き掛けなのか……?」

ふと壁の落書きに目が行った。
ローマ字や良く分からない外人のような男がカラフルで描かれているが、それは未完成のようだった。
男は途中まで描かれているものの、人型として完成されていない。ローマ字も同じく、これだけでは何の意味もなさない字の集合体だ。



そして、壁の真下に落書きに使っていたであろうスプレー缶が転がっていた。
落とした際に漏れたのか、中身の液体が床を彩っている。


全ての合点が行き、広川が立ち上がった時、その右腕が消失していた。


469 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:56:56 CXQry2CI0


「―――な、」

広川は確かに見た。大きく広がった、異形の口が広川の掴んでいたティバックごと右腕を噛み千切り、飲み込んだのを。
これは広川にとって非常に見慣れた光景だ。彼が作った“食堂”で何度も繰り返し、見てきた光景である。

「ぐふっ……!?」

更に驚嘆する間もなく、広川の胸を肉質的な鋭利な刃物が貫いた。
一切の慈悲も与えられず、胸を穿たれた広川は己の血の海に沈んだ。

それまで自らが傍観していた殺し合いの参加者たちのように。

「ぱ……ラサイ、ト……か」

今度は自分が同じように。

そしてあの愚かな屍の山の連ねるように。


「…………ふ、フフ……」


首を巨大な口へ変質させ、死はゆっくりと……そして確実に近づいてくる。


広川は怯えるでも、取り乱すでもなく。最期に自嘲していた。





「……間引き、だな」


470 : 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?(後編) ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:57:18 CXQry2CI0





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――
――――――――





星空の下、黒いコートの男が憂い気な背中を揺らし歩いていく。


腕の中の少女は目を閉ざし、冷たくなったまま微動だにしない。
一糸纏わず、腕と足が棒のように黒の腕からはみ出し揺れている。
絹のような銀色の長髪も乱雑に下を向く。

本当に人形のようだった。



彼は何処へ向かったのだろうか。

生きているのか、それとも死んだのか。もしも生きているのなら、何処へ行ったのか。



その後、黒の死神を見たものは誰もいない。





【黒@DARKER THAN BLACK 黒の契約者】行方不明


471 : ◆ENH3iGRX0Y :2018/03/20(火) 02:57:38 CXQry2CI0
投下終了します


472 : <削除> :<削除>
<削除>


473 : <削除> :<削除>
<削除>


474 : <削除> :<削除>
<削除>


475 : 名無しさん :2018/03/20(火) 05:22:07 CXQry2CI0
私の力量が足らず、読み手の皆様に不快な思いをさせてしまい申し訳ございませんでした

つきましては、本来ならば話そのものを破棄するべきですが、この拙作がなければ主催者の問題が解決いたしません
一から書き直すにしても私の力量では駄文を重ねるばかりです。かといって他の方に負担を強いる訳にもいきません
ですので最後のレスを削除し、黒と広川の死亡描写と表記を明確にすることで何卒のご容赦の方を願えないでしょうか

ペルソナファン、DTBファン、寄生獣ファンの皆様
そして今まで作品を読んで頂き企画を支えていただいた読み手の皆様
何よりここに至るまで共に作品を書き続けてくださった書き手の皆様には合わせる顔がございません

最後の最後で皆様のご期待を裏切ってしまったことをもう一度ここに深く謝罪いたします


476 : 名無しさん :2018/03/20(火) 05:23:05 CXQry2CI0
>>470を破棄し
>>465をこちらの方に差し替えます





「黒」
「銀?」


黒の手を白く細い手が掴んだ。

「……離してくれ」

白い災厄は黒の手を握り、柔らかな笑みを浮かべていた。その奥で黒い災厄もまた黒を見つめている。
黒はそれでも約束の為に奔走しようとして―――銀は目を瞑り、首を横に振った。



「私を殺して」



張り詰めた緊張から解けたのか、黒は銀に向け微笑んだ。
その笑顔は全てを悟った諦めのようでいて―――

「―――分かった。銀……もう、終わりにしよう」

最愛の人に贈る、心からの笑みのようでもあった。





手の中の流星の欠片を銀へ。
そして一度、夜空に視線を向けた

月が星が綺麗な空だった。
いずれはもう一度見たいと願った本当の星空だ。

本当の星空を、最後にその目に焼き付けて、黒は能力を開放する。

偽りの星、BK201が淡く儚く輝く。

黒と銀を取り囲む全ては取り払われ、広がる荒野の中心で二人は光に包まれる。

光の後には全てが消え、一人の男の死体だけが残された


【イザナミ@DARKER THAN BLACK 黒の契約者(流星の双子)】消滅
【黒@DARKER THAN BLACK 黒の契約者】死亡


477 : 名無しさん :2018/03/20(火) 05:23:46 CXQry2CI0
>>469をこちらに差し替えます

「―――な、」

広川は確かに見た。大きく広がった、異形の口が広川の掴んでいたティバックごと右腕を噛み千切り、飲み込んだのを。
これは広川にとって非常に見慣れた光景だ。彼が作った“食堂”で何度も繰り返し、見てきた光景である。

「ぐふっ……!?」

更に驚嘆する間もなく、広川の胸を肉質的な鋭利な刃物が貫いた。
一切の慈悲も与えられず、胸を穿たれた広川は己の血の海に沈んだ。

それまで自らが傍観していた殺し合いの参加者たちのように。

「ぱ……ラサイ、ト……か」

今度は自分が同じように。

そしてあの愚かな屍の山の連ねるように。


「…………ふ、フフ……」


首を巨大な口へ変質させ、死はゆっくりと……そして確実に近づいてくる。


広川は怯えるでも、取り乱すでもなく。最期に自嘲していた。





「……間引き、だな」


【広川剛志@寄生獣 セイの格率】死亡


478 : 名無しさん :2018/03/20(火) 05:25:10 CXQry2CI0
お目汚し失礼いたしました
長期間に渡る執筆時間を頂きながら、このような駄作を投下してしまいお恥ずかしいばかりです


479 : 名無しさん :2018/03/20(火) 13:52:43 g0aZ1G/c0
>>472
>>473
毎度の事ながら失礼過ぎでしょ。書き手を何だと思ってるんですかね…
ただの指摘ならまだしも、尊大な態度で毒を吐き自分の要求を押し付けるとか荒らしと変わらないですよ


480 : 名無しさん :2018/03/20(火) 14:40:31 jP02dFeg0
要求してるレスなくない?


481 : 名無しさん :2018/03/20(火) 19:32:50 Z7JVTWHU0
>>472>>473が遠まわしに言ってるでしょうが
一見するとルールに抵触しなさそうな言葉を並べて毒を吐くとか最低の行為じゃないか


482 : 名無しさん :2018/03/20(火) 21:02:19 TmghVTwQ0
自分の思い通りにならないと文句言わずにいられない人は無視していい
ちょっと知恵が付いただけの子供が喚いてるってだけの話


483 : 名無しさん :2018/03/20(火) 21:14:14 dtkjZ7220
熱くなりすぎだよ。別に破棄や修正を求めてるとは取れないからね?
書き手が宣言した以上、外野から言うことは無いでしょう
それにしてももう少し早く読み手側からも擁護が飛び出すようになればよかっのに……


484 : 名無しさん :2018/03/20(火) 21:45:18 6Xh3XQr20
いちおう、管理人氏には報告させてもらいました
最終的な判断は管理人氏にお任せしますが、>>472>>473が破棄や修正を求めてないと言うのは無理があるように見えます

少なくとも矛盾点の指摘なく
>よく書けたなあと感心しましたねこれ……なんで勝ち逃げ?
>贔屓生還したんだから
これらのどこに中傷や煽り要素がないと言えるのでしょうか?


485 : 名無しさん :2018/03/20(火) 22:05:54 hIqHLDZo0
ここまでちゃんとした感想0なんだよな
荒らしの排除よりも先にやることがあるでしょ
前回の感想や今回の管理人報告で思ったけど擁護側ももう少し文章を考えなよ
企画を正しく終わらせるってなに?なんで読み手がそんなことを決めれるの?貴方が一番足を引っ張っているんだよ?削除は賛成だけどね。規制は早まってるよ。
今回の作品は過去話を振り返ったりしてて感慨深いのに、誰も感想に書かない
黒が一人で大金星を挙げているのに、誰も感想を書かない
これじゃあ書き手を守っている奴が作品を読まないで、感想レスの感じが悪いからって噛みついているようにしか見えない
書き手の人は気の毒だけど、必要以上の荒らしはもちろん的はずれな擁護も気にする必要ありませんからね。
投下乙でした


486 : 名無しさん :2018/03/20(火) 22:37:25 Z7JVTWHU0
皆が作品読まずに噛みついてるって決めつけないで欲しい
ただ、こんな空気じゃ誰も感想つけづらいと困惑してるだけだ


487 : 名無しさん :2018/03/20(火) 23:20:00 PGpoL4Eo0
稚拙ながら感想を一つ

命削りあう神と契約者の戦い、伊邪那美の敗因は、銀の願いを叶えようとした(あるいは取り込もうとした?)からなのでしょうか…
もちろん、黒のこれまで散っていった者達の思いを汲んだ必死の応戦がなければ打倒は不可能だった事は想像に難くありません
銀も、アンバーも、黒も、必死に戦い抜いて、DTBらしい雰囲気の、どこか切ない幕引きとなりましたね、タイトルも、黒の死神のラストとしてこれ以上ないと思います
イザナミも最後は確かな納得を得て終わることができたようで…お疲れ様だったと言いたいですね
逆に最後まで一切ブレず、変わることがなかった広川、目的に向かってパラサイトのように無機質に邁進していく姿は不思議と印象に残りました、
因果応報的というか、皮肉な最期を迎えましたが彼もまた、アニロワIFを彩る重要なキャラでしたね

さて主催陣営も黒の実質的な退場で完全決着を見、残すところはクロスアンジュ組の同作対決、エドワード・雪乃と美琴の決着を残すのみ、いよいよラストスパートですが果たして最後に立っているのは誰なのか…

投下お疲れ様でした、自分は最後まで書き手の皆さんを応援させていただきます


488 : 名無しさん :2018/03/20(火) 23:25:34 Tc0HMr9s0
投下乙です
前回の話からの続きで広川VSアンバー、黒VSイザナミの決着。

>でも、我が儘を言うともう一度だけ、本気で笑ってくれた……あのとびっきり抜けるような笑顔が見たかったな

このアンバーの独白には原作の彼女を顧みると胸打たれました
主催者・広川は人知れず勝利への道を歩む・・・と思いきや、自らが利用しようとしたパラサイトに捕食されるというのがなんとも因果な
各々の願いをかけての壮絶な戦いは非常に見応えがあり、スピーディー且つ二転三転する展開続きで誰が勝つのか最後までわからずワクワクして読ませて頂きました。

>>475
の文面からアニロワIFの投下はこれで最後になるのだと思います(違ったらごめんなさい)が、最初期からここまで今まで本当にお疲れ様でした
またどこかで◆ENH3iGRX0Y氏の作品が見られたら嬉しいです。応援しています。


ヒースクリフも直に消えてしまうので、主催者は実質ここで全てが朽ち果て、残るは御坂、エド、雪乃、タスク、エンブリヲの五人の参加者に。
どのようなラストになるか楽しみに待っています


489 : 名無しさん :2018/03/21(水) 08:27:03 vVKJxe0A0
◆BEQBTq4Ltkー!早く来てくれー!


490 : 名無しさん :2018/03/21(水) 17:26:29 mfGZlDl60
>>485
散々偉そうな事言っておいて、自分も感想は取って付けたような投下乙のみとか草も生えない
荒らしの排除より先にだの規制は早まってるだのと問題を放置し続けた結果、ロワ終盤になっても未だに粘着質な荒らしが居座ってると分からないのか?
規制は早計どころかもっと前にすべきだっただろ


491 : 名無しさん :2018/03/21(水) 20:28:10 1vCNlVdw0
テスト


492 : ◆se.eiIUl2E :2018/03/21(水) 20:28:44 1vCNlVdw0
もう一度


493 : ◆BEQBTq4Ltk :2018/03/21(水) 20:55:52 1vCNlVdw0
みなさまお久しぶりです。そしてお疲れ様です。
私の持ち分を投下します――と行きたいところですが、流石に触れないのもどうなのかなあと。
触れない方が私にとっては圧倒的にメリットなんですけども、まあ、少しだけ。

まずは投下お疲れ様でした。これは直近の投下もですが、昨年12月分も含めまして。
トリップ付きで感想は書いていなかったので……と、前置きでした。

まあ、一言でまとめると「もう少し仲良くしてください」になります。
だって、これまでそんな荒れてないじゃないですか。あったとしてもたまーに私の作品が標的になりまして。
たまにじゃないですね。ロクに読まれないで叩かれることも日常茶飯事でしたね。
というか私が9割で他1割みたいな訳の分からない荒れ方だったじゃないですかwそれがなんで終盤にこうなるのか。


馴れ合え、とは言いません。
毒を吐くな、とも言いません。
仲良くしてください。
ぶっちゃけこのタイミングでもしも巻き込み規制されたら、たまったもんじゃないです。

力量が足りない、実力不足、駄文、駄作……急にどうしました?
もっと自分の作品に自信と責任を持ってください。私達はこれまで駄文を重ねて来たのですか?
そんな訳ないでしょう。むしろ、これに一番怒っちゃいますよ。

作品を書き上げた瞬間、貴方はその企画でもっとも偉い(すごい)人なんですよ。
そりゃあ序盤と終盤じゃ比べるのもおかしい話ですが、それはそれとして、一つの作品を完成させたことは一緒です。
完成までの苦労というか、時間なりパワーなりが消費されることを私達は知っています。
これは持論なんですけど、貴方の作品にとって一番の味方は貴方自身なんですよ。だから、裏切らないでください。
仮に駄文だとしても、そんなの気にする必要ないでしょう。
だってリレー小説じゃないですか。潰すも活かすも、どうにもでなるので。
ぐちゃぐちゃのぐちゃですが、まとめるとですね「駄文つったらこれまで感想くれた人に失礼だろ」です。
ちょっと説教臭くて申し訳ありません。こいつ、自分のことをどれだけ棚に上げるのかなあ!?

さて、〆をどうしましょうか。
勢いで書いているのですが、推敲しないので、そこはご了承ください。

そうだ、管理人さんに迷惑を掛けないでくださいね。他の人にも同じように。
正直なところですね、指摘に対する指摘が一番見苦しいです。
人格批判(ではありませんが)が最低として、それに殴るのも同じぐらい見苦しいです。
気持ちは分かります。ですが、ね?企画を正しく終わらせるためだなんて、お前は誰だよと……w

偉そうに長々とすいません。もう投下します。
私のスタイル(?)は一貫して変わりません。
言いたいことがあるなら直接言え、同じ土俵に上がって来たんだから、殴られても被害者面すんなよ。です。

そんな訳で、お手柔らかにお願いしますね。
こう見えて、ガラスのハートなんですよ?


494 : 誰がために愛は在る(前編) :2018/03/21(水) 20:59:06 1vCNlVdw0


 蒼雷を宿した白銀の流星――ヴィルキスは地上から遥か高き空を駆ける。
 降り注ぐビームライフルを回避し続け、敵機ヒステリカを捉えると刃を取り出し、切断せんと剣戟を払う。

「タスクウウウウウウウウウウウ!」

 声色だけでも表情が脳裏に浮かぶ。それは顔面に血管が浮き上がり今にも破裂寸前だろう。エンブリヲは勝利寸前の段階で生存者一同に奇跡を起こされた。
ヒステリカの顕現に加え、在庫一斉処分と言わんばかりに生存者を一箇所に集めるやりたい放題の極み。
 ホムンクルス戦で負傷したヒステリカの修復時間を稼ぐために、生身で仕方なく生存者と矛を交え、敢えて意表を突かれた演技を行った。時間稼ぎは完璧だった――はずだった。

「貴様は私の邪魔しかすることが無い能無しめが……いい加減にしろォ!」

 ヴィルキスと同じく刃を取り出したヒステリカが操縦者の思いに応え怒りのままに一撃を弾き返した。
 更に推進し追撃を行い、全てが剣戟となり直撃こそしないが、押し返すことに成功。
 操縦桿を握る力をエンブリヲが弱めた瞬間、まるで狙ったかのようにヴィルキスが背面のバーニアを一層に噴出させ加速。完全に不意を突いた奇襲となる筈だった。
 エンブリヲは調律者である。人間では到底敵わないような力を持っており、事実、此度のゲームに於いてもスペックそのものは堂々の一位である。
 だが、制限という枷が嵌められているため、ホムンクルスであるキング・ブラッドレイに局部を斬り落とされるなどの不幸にも見舞われた。
 しかし、それでも彼はこの瞬間まで生き残っている。
 たかが個体の生命体とは地力が違うのだ、故に――。

「舐めるなよ猿がァアア!」

 咄嗟の判断で右腕に握った刃を機体側へ強引に差し込みヴィルキスの一撃を防ぐ。
 鍔迫り合いの形となり、落ち始めた夕日を背に空で二機の機神が互いをぶつけ合う。

「俺は負けない! 生きて、みんなと一緒に帰るんだ……だから!」

「抜かせ、さっさと切り離されたこの世界の終わりの壁際で塵と化せ――故に!」

 互いの機体が同時に距離を取り、そして再び刃を重ねた。

「俺はお前を倒すんだああああああああああああああああああああ!」

「私が負けるなど、ありえてなるものかああああああああああああ!」

 刃に乗せた互いの意志が激しく火花を散らし、夕日にも劣らない煌めきを空に零す。一度衝突すれば、二度三度と両者一歩も引かず。
 空中での剣戟であれど、大地に足が付いているかのように芯の籠る一撃の応酬に切れ目が見当たらない。
 最初に仕掛けたのはタスクだった。ヴィルキスの速度を活かしその場を離脱。追撃を喰らわぬようアサルトライフルの牽制を忘れず、一定の距離を保つと、床が抜けても構わないと力強くペダルを踏み込んだ。
 ペダルに呼応しヴィルキスの姿が変化する。
 フライトモード。
 空を駆けるバイクに変形し、急加速でヒステリカの懐へ飛び込む算段である。御坂美琴が活用した砂鉄の残滓が未だに黒き機神に影響を及ぼしているのなら、使わない手立てはあるまい。
 単純な速度に伝達による僅かなタイムラグを狙え。
 アサルトライフル・グレネードランチャーによる一斉射撃を伴い距離を詰める。空中では幾つもの点と線がまるで花火のように浮かび上がり、白と黒の機神を彩る。

「ッ……、なんのォ!」

 襲い掛かる重力がタスクの身体を蝕み、気が飛びそうになるも彼は歯を食いしばって繋ぎ止める。気付けば手元には吐血により赤黒く生暖かい液体が付着しているが、止まれない。
 彼の身体は既に限界を迎えている。一度は死亡したような状況からの連戦は確実に生命を蝕んでおり、空から落ちるアンジュを救えた事そのものが奇跡である。
 動けるものか。ヴィルキスを可動させ、ただの動作により発生する僅かな振動で再び意識を失ってもおかしくない状況であり、急加速を行えば少ないであろうまともな臓器が更に潰れる。


495 : 誰がために愛は在る(前編) :2018/03/21(水) 20:59:33 1vCNlVdw0

「かっこ悪いとこなんて、見せられないよな……ッ!」

 意地だ。タスクが戦えている理由は意地だ。プライドと言い換えても問題は無いだろう。
 仲間との約束、宿敵との最終決戦、愛する者が隣にいる……様々な要因があるが、意地の一言で全てが片付く。
 ――後悔して死ぬよりも、死んでから後悔した方がマシだ。でも、死ぬつもりも後悔するつもりもない。

「手数で攻めるなど、モルモットでも思い付く愚弄な策よ」

 ヒステリカのメインカメラを通し迫る弾幕を見つめるエンブリヲは余裕と受け取れる言葉を吐く。
 しかし、実際の所はヒステリカが思うように動かず、彼曰くモルモットでも思い付くと馬鹿にした策に苦しめられている。
 遅延時間は刹那の世界にすら満たない欠片の欠片。されど一瞬の攻防が勝負を決めることを調律者は知っている。
 現に神へ歯向かう人間共はこの世界の管理人であるホムンクルスを倒す奇跡を成し遂げた。
 相手は本気を出すまでもない人間である。だが、調律者は彼らの一部を認めている。それは先の御坂美琴やエドワード・エルリックに投げ掛けた言葉だ。
 奇跡を実現させた彼らの評価は悪くない。世界の終わりの壁際たる知覚もされないこの空間ごと消すには惜しい存在である。しかし

「それで勝てると本気で思っているのなら、貴様の評価を改めなければならない」

 袂は別れた。始まりから別れているが、同じ道を歩む可能性は万が一にも無く、正真正銘の零へと至ってしまった。
 エンブリヲにとってタスクという存在は、ただの人間という枠に収まらない。
 彼がいなければ自分はアンジュと一緒になれた。どこまでも邪魔をするこの猿が愛人を遠ざける。
 先祖代々受け継がれる遺伝子とやらが問題かもしれぬ。故にこの男だけは念入りに殺害すべきと心に決めていた。
 情報を集めれば平行世界の己を倒したらしく、それこそ彼は奇跡を体現させたのだろう。
 気に食わぬ。エンブリヲにとってタスクという存在は、ただの人間という枠に収まらない。
 ホムンクルスとの決戦に於いて、目的の一致とはいえ手を組んだことは調律者にとって消せぬ黒歴史である。
 目の前の男をヴィルキスごと破壊しても忌々しいこの記録は消えない。ならば、せめて今この瞬間の気晴らしとして確実に殺す。
 平行世界を渡り歩きタスクの別個体を殺害するなど時間の無駄だ。
 最もこの憎しみは目の前のタスクだけ。他の世界など関係あるものか、この男だけは――エンブリヲは操縦桿を豪快に回し、ヒステリカをその場で旋回させる。
 遍く放たれた弾幕を吹き飛ばし、機体の視野を確保すると、右腕に握ったビームソードの出力を上昇させた。

「来い、斬り捨てる」

 轟音を我鳴立て空を駆け抜けるヴィルキスの速度は間違いなく、此度のゲームに於いて最速であった。だが、エンブリヲは決して見逃さず、その目に標的を捉えていた。
 一撃で勝負を決めようとしているのだろうが、甘い。実弾や爆弾を放った所で決め手にはならぬ。ましてや、ヒステリカの損傷具合は戦闘開始時よりも修復されている。
 御坂美琴によって奪われたのは機動力、それも百が零になった訳では無く、百が八十になった程度だ。
 故に弾幕に対処不能など有り得なく、フライトモードに移行したヴィルキスの速度に追い付けぬ訳でもない。
 遠くでヒステリカが弾き飛ばしたグレネードの爆発音が響いた時だった。
 ヒステリカに飛び向かったヴィルキスの翼がビームソードに往なされ、後方へ駆け抜けた。
 反転に伴い操縦者たるタスクの身体へ更に負荷が発生し、ぐしゃりと内部から人間を構成する欠片が潰れた音が聞こえ、彼は笑う。
 口元の緩みはふざけている訳ではない。まだ動ける――自分の限界を確かめていた。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 ヴィルキスを通常形態へ可変させ刃――零式超硬度斬鱗刀ラツィーエルを取り出し、背面のバーニアを景気付けと云わんばかりに吹かせる。
 黄昏時の空に蒼く煌めく粒子が舞い、その美しさを黒く塗り潰すように絶望の化身たる邪神の一閃が迫る。

「ほう、反応するとは驚いた。このまま斬り裂かれればよかったものを!」

 コックピットごと斬り捨てる予定だった一閃を刃に止められ、エンブリヲの声色は分かりやすく苛立っていた。その苛立ちは更にビームソードの出力を上昇させる。


496 : 誰がために愛は在る(前編) :2018/03/21(水) 21:00:07 1vCNlVdw0

「斬り裂かれるだって……冗談じゃない、それはお前の方だろうに!」

 ビームソードを追い返す瞬間に蹴りの一撃を放ち、その場を離脱するヴィルキスは牽制用にアサルトライフルを放つ。
 操縦者のタスクは攻撃の手を休めないために、もう一度、突撃しようとペダルに足を掛けた瞬間、視界が歪む。

「……もう少し、保ってくれ」

 自分の世界が赤黒く、右半分の色が全て一色に染まり、考えるまでもなく血液が瞳に混入したことを表す。
 度重なる重力の負荷と衝撃が満身創痍の向こう側にあったタスクの身体、騙し騙しの限界が訪れたのだ。
 ヴィルキスが空を舞った事実こそが奇跡であり、タスクは意識を失い、帰らぬ人となっても不思議ではない状況である。

「俺だけがリタイアだなんて……かっこ悪いにも程があるだろ……ははっ」
 
 意志である。限界の彼が生きているのは、意志だ、心の中に存在する曖昧で抽象的な意志が彼を彼として確立させているのだ。理屈や理論など存在しない。
 今も地上では仲間が戦っているだろう。超能力者と道化師、どちらも油断出来ぬ相手である。
 過去も仲間は戦っていた。その身を散らせ、生存者に奇跡を体現させるための欠片を集めてくれた彼らは戦っていた。
 ならば、自分だけがくたばるなど――冗談じゃない。

 乾いた自嗤の後にタスクは瞳を閉じる。
 己の呼吸を整え、寄り添うアンジュの暖かさを感じ、ペダルを踏み込むと同時に瞳を見開いた。
 急加速により顔が引き攣るも知ったことか。傷口が開き鮮血が舞おうが知ったことか。
 この身が喩え朽ち果てようが、己の使命を果たす。ひたすらに前を見つめ、勝利の光へ手を伸ばせ。

「堕ちろォ!」

「堕ちんッ! この私が汚染された大地に……敗北に膝を付ける訳が無いだろうがァ!」

 刃と刃が幾度なく重なり、男と男の意地が不協和音を響かせる。
 タスクとエンブリヲが意気投合するなど、数多の平行世界を見渡そうが確率は限りなく零に近い。
 同じ女を愛した者同士とはいえ、細かな枠で彼らを推し量れば全く別の方向性を持っている。
 先のホムンクルスとの戦いで一時の停戦は奇跡に等しい事象であった。二度と訪れることは無いだろう。
 相容れぬ。エンブリヲの所業を省いたとしても、タスクは彼に理解を示さず、正面から叩き斬る。
 
「貴様如きに割く時間が無駄だ……この一撃で無へと還してやろう! もう二度と、貴様という個体が世界に産まれぬよう、塵にしてくれるッ!」

 ヴィルキスの刃を弾き返したヒステリカが大きく後退し、全てを包み込むかのように両腕を広げた。
 仕掛ける気だろうと察するタスクであるが、短期決戦は好都合である。
 視界が赤黒く染まり、意識もはっきとせず、背中の裂傷も大きく開き、コックピット内部は鮮血で染まっている。
 生命の灯火が揺らぎに揺らぎ、気を抜けばそよ風一つで消え去るだろう。
 今にも意識が飛ばぬよう必死に歯を食い縛っており、仲間とアンジュが居なければとうに死んでいるのだ。
 彼が彼として今も尚、戦い続けるのはこの身が己一人のものではないこと。そして目の前の男に負けたくない意地。


497 : 誰がために愛は在る(前編) :2018/03/21(水) 21:01:04 1vCNlVdw0
「こっちの台詞だ……お前は! もう! 生きてちゃいけないんだ……この世にッ!」

 黙って死ねるものか。死ぬ気など欠片も思っていないが、目の前の男だけには負けたくない。
 この男とは殺し合いが無かろうが、決着を付ける必要がある。
 平行世界の別人が現れれば、それすらも叩き斬る。
 理由など必要なものか。因果は全て収束するのだ。お前の罪は神が許したとしても、俺は決して許さないと。


「お前によって運命を歪められた全ての人達にあの世で詫びろ………………ッ――、」


 距離を詰めようとしたその刹那、黒き機神の翼が広がり、悪意の嵐が渦を巻く。
 眼前の向こう側に広がるは邪悪な四の翼。自然と舌打ちが零れ、操縦桿を握る腕に力が入る。
 彼はその光景を知っている。全てを塵へと還す悪の賛美歌、耳を塞ごうと逃れられぬ神の裁き。


「ディスコード・フェイザー……貴様に解説する必要など無いだろう。私の前から消えるがいい。
 ククク、ホムンクルスの余計な調整によって永遠語りの歌が省かれたとはな……少しは役に立つことをしてくれたものだ」


 調律者の言葉を合図とし、四の嵐がヒステリカから解き放たれた。
 空間をも抉り取るような嵐が何重にも重なり合う。

「貴様だけは確実に殺すと何度も言ったが、偽りは無い。死ね、猿め。
 アンジュを選ばなければ生かす道もあっただろうが……クク、やはり新世界に男は私一人で充分だな」

 勝利を確信したエンブリヲはタスクを見下ろす。
 ディスコード・フェイザーの猛攻を防ぎ切ることなど不可能だ。
 反応が遅い。回避するにも到底間に合わなく、対抗するにもヴィルキスは恐らくこの機能を使えない。
 発動可能ならば既に仕掛けている筈だ。タスクの身体が限界を超えているのはエンブリヲも気付いている。
 短期決戦に臨む男はあらゆる手を用いるだろう。故に仕掛けていないのはヴィルキスに力が備わっていないことを表す。
 最もヒステリカに力が戻ったのは本の数秒前である。これで本来の七割程度の出力を保てる状態になった。
 加えてヴィルキスは――否、タスクは当然ながら調律者としての力を持っていない。彼に覚醒などと云う陳腐な奇跡によってヴィルキスが真の力を取り戻すことは有り得ない。

「クハハハハハハッ! 残念だったな! ああ、本当に! 人間の奇跡とやらもここまでだ。所詮は運が絡んだ結果論に過ぎぬ!
 これからは私が全てを管理し、二度とこのような事態が発生しないようにしてやる。安心しろ、平行世界の貴様が再び殺し合いに巻き込まれることはない!」

 嗤い声が響く中、タスクは耳を傾ける暇などあるものか。
 ディスコード・フェイザーを掻い潜るように接近するも、嵐はヴィルキスを蝕む。
 表面が削り取られ、機体が数え切れぬ程に揺れ動き、徐々に嵐に被弾する面積が増え始める。

「お前の管理する世界なんて――誰が喜ぶ、そんな世界は必要無いんだ! お前の掌の上で踊り狂って、心の底から笑えない世界だなんて……ふざけるなッ!」

「聞こえないなあ! 風が煩すぎて貴様の声など微塵も聞こえぬわァ!」

 なら即刻にこの攻撃を中断しろ。
 タスクの届かぬ叫びがコックピットに響く。
 嵐に耐え切れずヴィルキスの動きが止まり、遥か後方へ。
 削りに削られた装甲の欠片が光を反射し空を彩る中、タスクは諦めない。


498 : 誰がために愛は在る(前編) :2018/03/21(水) 21:01:23 1vCNlVdw0
「ディスコード……掻い潜って距離を詰めれば」

 反動の大きい装備を使用すれば、威力に伴う硬直もまた絶大であろう。
 力で上回れないのならば、速度で超えろ。
 ヴィルキスが斬り抜けるための体勢に移行した瞬間だった。
 調律者はタスクの思考を読んでいたのだろう。固定砲台の隙を狙うと。
 故にヒステリカの銃口が向けられる。猿の作戦などお見通し――そう呟くかのように。

「今度こそ死ぬがいい。貴様に墓標など要らぬ……そのまま埋蔵する骨すらも消え去れ」

 銃口に収束する輝きは人間の生命を簡単に終わらせる。
 手間など掛からず、銃爪を引くのみ。人間の生命は紙切れのように吹き飛ぶだろう。

 輝きを目にするタスクが渇いた笑いを零す。
 さて、どうしたものか。気合と根性だけで乗り切れる盤面で無い。
 一度でも悟ってしまえば人間は再び動き出すまでに時間を要してしまう。
 こちらの出力は不完全である。御坂美琴らの助力が無ければ空を飛ぶことすら不可能であった。
 対するヒステリカの武装は万全。ホムンクルスとの戦闘で破損していた筈だが、徐々に修復され今ではほぼ無傷。
 加えてエンブリヲ曰く力を取り戻した――ディスコード・フェイザーまでをも持ち出した。

「――だからって!」

 輝く銃口を捉え、彼は叫ぶ。
 ――だからどうした。
 ヴィルキスを五十とすれば、ヒステリカは二百だ。数値で表せば戦力の差は只々と虚しくなる。
 操縦者の差も考慮した結果だ。タスクの身体が保っている要素は意地のみ。地上の仲間のために、天へ昇った仲間のために。
 そして己のために、愛する者ために。
 道理を排除し、無理を承知の上で押し通す。相手が神だろうと、最期の最期まで喰らい付く。それが理想の形だった。

 蓋を開ければどうだ、調律者の一方的な立ち回りに為す術なし。
 その翼は何のためにある、空を飛ぶためだ。その剣は何のためにある、悪を斬り裂くためだ。
 ――だからどうした。
 タスクは己に言い聞かせる。何度も何度も繰り返し、迫る悪夢の現実へ――だからどうした、と。

「ハハハハハハハハハハハ! 去らば、去らばだタスクゥ! 忌々しい貴様の最期を後世へ語り継いでやるッ! アハハ、ハハハハハハハハハハッ!」

 ビームライフルが放たれた刹那、全ての音が消えた。否、飲み込まれた。
 空間が焼き切られ、音も光も全てが刹那の中へ消え、再び現世へ舞い戻る。

「――ごめんね、アンジュ。この機体……最期まで保つ自信が無い」

 操縦桿を力の限り下げたタスクは隣で眠る姫君へ一言を加え、白い歯を覗かせた。
 急降下するヴィルキスは紙一重でビームライフルを回避。タスクは素早く操縦桿を切り返し、飛翔。
 高速軌道によって計り知れぬ重力が身体を襲うも、構わぬものかと続行し、ヒステリカとの距離を詰める。

「うわぁ……って、今は後!」

 揺れ動くコックピットの中でアンジュの局部が眼前に重なるも、優しく払い除け、隣に座らせる。
 頬が染まるが、惚気けるのも、愛を確かめ合うのも、致すのも。全てが終わった後のお楽しみだ。
 今、自分が為すべき事は一つ。エンブリヲを倒すことだ。


499 : 誰がために愛は在る(前編) :2018/03/21(水) 21:01:57 1vCNlVdw0
「万年発情期の猿は場所も考えずに……なんと端ない。貴様に穢されたアンジュの身を考えると、呆れて涙も流れん」

「――しまっ」

「っておけ」

 アンジュの局部により視界が塞がってしまった僅かな時間の間に、エンブリヲは追撃を放っていた。
 ヒステリカの銃口から再度放たれた輝きを認識し、ヴィルキスを回避行動へ移行させるも右肩に直撃。
 大地震が発生したかのように振動する機体を制御出来ず、なんとか体勢を立て直そうとするタスクだが、自身は自身で頭部を強打し、視界が歪む。
 最悪の渦が逆巻く中でも調律者は手を休めない。彼は冷静に虫を潰すが如く銃爪を引く。
 ビームライフルが左足を、腹部を、左肩を――全てが直撃し、タスクが再び意識を取り戻した時、ヴィルキスは降下していた。

「ぐ……システムは生きている、なら……止まれぇ……!」

 視界が晴れぬため手探りで右腕を動かし、操縦桿を握る。
 左腕は痛みを感じず、状況を確かめようにも左目付近が腫れ上がり何も見えない。
 残る右目で確かめようにも流血で視界が赤黒く彩られているため、見た所で何も分からない。
 幸いにもメインカメラを通して見る映像は色素に影響されない。故にヒステリカを取り零すことはないのだが。
 だが、片腕だけの操作制御で勝てる程、エンブリヲは弱者に非ず。

「ぁ……はは、なんのこれしき……っ」

 機体を制御し空中に留まらせる中、タスクは絶望の空を見上げる。
 黒き機神が嵐を響かせようと、見下していた。神は確実に人間を抹殺する対象へと定めたらしい。
 冷静に状況を分析しろ――定まらぬ思考の中で藻掻き、必要な情報だけを引き寄せる。
 
 ヴィルキス――損傷七十と仮定。
 出力――常識の範囲内であれば問題無し。
 武装――刃は健在、銃弾も満足に揃っている。バレットも確認済み。
 決定打――無し。
 加勢――期待するだけ無駄。
 アンジュ――幸いにも彼女に傷は無い。

 結論――戦闘続行可能、終局は己の生命が尽きた瞬間だ。

 ペダルを空踏み込みし、各種動作を確認。
 最高速度は圧倒的に低下、だが飛べぬ訳じゃない。
 左腕が作動せず、自分とリンクしている状況にタスクはまたも渇いた笑いを零す。
 そうか、死ぬ時まで一緒に居てくれるのか。心の中でヴィルキスへ礼が送られた。

「………………貫く、それだけだ」

 力強く踏み込まれたペダル。
 呼応し吹き荒れるバーニア。
 操縦者の騎士は笑う、死地に赴く戦士とは思えぬ表情だ。
 絶望の現実、縋る奇跡の光も届かぬ奈落の底で、彼は笑う。
 おかしい話だ――全く恐怖を感じないのだ。これから死ぬ確率が大半だと云うのに。
 身体は震えず、走馬灯も見えず。強いて言うなら周りの時が止まった感覚である。
 
 ヴィルキスが加速し、ヒステリカの放つ嵐を正面から突破――出来るものか。


500 : 誰がために愛は在る(前編) :2018/03/21(水) 21:02:34 1vCNlVdw0
「ああああ――ッ、アアアアアアアアアアアアアアアアア」

 ――だからどうした。限界か、そうかこれが限界なのか。
 ならば超えろ。これは超えるべき壁だ。腕を伸ばせ、大地を蹴り上げろ。壁は空まで伸びていない、ならば超えられる。

「……馬鹿め。見ている私が狂ってしまう」

 迫るヴィルキスを見つめる調律者は頭を抱える。
 逃げ場が無いとは云え、ひたすら真っ直ぐに嵐の中を突っ切るなど愚かだ。
 現に機体は痩せ細り、出力も低下し勢いが保てていない。
 自ら死に急ぐことも無いだろうに。ちっぽけな生命はちっぽけなりに大切にすればいい。
 調律者の立場からすれば人間の生命など、どうでもいい存在だ。だが、本人にとってはかけがえのないもの。

「馬鹿な男だ……こんな男に、平行世界の私は敗れたなど認めたくないな」

 特攻を讃え美化してしまうことは人間の愚かさを象徴している最もな例だ。
 替えの効かぬ下等生物の分際で個体を無意味に消費するなど、効率を考えれば誰も実行しないだろう。
 しかし、歴史は物語る。本人や上から命令している者からすれば美談であろうが、端から見れば滑稽の極み。
 己の生命すら守れぬ者が、他人を、世界を救えるのか。笑わせるなとヴィルキスを見下すエンブリヲの視線が鋭くなった。

「………………なん、だと?」

 止まらない。
 ヴィルキスは幾多の損傷を帯びようが、停止の予兆は見られない。
 片翼となってしまった翼でさえ、必死に空を足掻き、今もなお上昇を続ける。
 有り得ぬ、有り得ぬとエンブリヲの表情に血管が浮かび上がる。

「なぜ、大破しない! これだけディスコード・フェイザーを浴びれば機体の限界など既に超えているだろうッ!」

 止まらない。
 右腕に然りと刃を握り、ヴィルキスはただ一点――ヒステリカの元へ。
 吹き荒れる嵐に何度も流されるが、その度に加速を見せる。
 その力の出処は一体何だと云うのか。エンブリヲは苛つきからか、機体内部の基盤に拳を叩き付けた。

 時間は必要ない。
 僅かな刹那の鼓動さえも感じさせず、白銀の流星が黒き機神の正面に降臨した。
 吹き荒れる嵐が収まり、神と神が対峙する空は無音の静寂に包まれる。
 エンブリヲの生唾を飲み込む音が響き、遅れて汗が着水する潤いの音が流れた。
 メインカメラを通して見るヴィルキスは明らかに大破寸前――否、大破している。
 
 片翼の翼が沈む夕日と重なった。煌めく粒子が一層と輝くも、生を感じさせない。
 有り得ぬ、有り得ぬと調律者が自分に言い聞かせるように何度も呟き、瞳を閉じた。


501 : 誰がために愛は在る(前編) :2018/03/21(水) 21:03:05 1vCNlVdw0
「ククク、奇跡か……またも奇跡だと云うのかッ! いい加減にしろ……安売りされる奇跡に価値などあるものか。
 ここまで戦えたことだけは褒めてやる。去れ! 死ね! 消えろォ! 私がこうして銃爪を引くだけで! 貴様の生命は簡単にも――――――」

 終わる。
 エンブリヲが瞳を開けた時、ヴィルキスは一切の動作を停止していた。
 正確にはヒステリカの正面に到達した段階からだ。
 標的を眼前に抑えたが刃を振るうどころか、操縦者のタスクの声も響いていない。

 不可解な状況に対し、答えは単純だった。
 停止したヴィルキスを見つめエンブリヲは勝利を確信し、操縦桿から手を離す。
 全てを見上げるかのように腕を広げ、彼の高笑いが地上へと響き渡る。

「アハハハハハ! ハハハハハハハハハハハ!! 悔しいなあ……悔しいよなあ、タスク?
 有り得ぬ話だったんだ、死にかけの貴様が彼処までヴィルキスを操るなど、それこそが奇跡だったんだよ。
 貴様の生命は嵐の中で輝くことも無くゥ! 消えていたんだ……悲しい、私は悲しいが。この声は死んだ貴様に届かない……!」

 簡単だ、タスクはヴィルキスの中で絶命していた。
 全くの動きを見せないことが証拠だ。悉く楯突いた厄介者の死亡にエンブリヲは笑いを堪えられない。
 神殺しの偉業は此処に潰えた。故に、調律者を止める最期の希望が砕かれたのだ。

「残念……とは全く思わん! やっと死んだな、このカスがァ! クハハハ、これで私を万が一にも止める存在は消え去った!
 御坂美琴も、エドワード・エルリックも、黒も……ヒースクリフも! 奴等はこれから私に殺されるだけの哀れな、哀れな虫けらだァ……!」

 点滅する二つの光点が消え去り、パネルを見つめていたエンブリヲは敢えて道化師と魔法少女の名を呼ばぬ。
 タスクを加えれば三者の生命が終わり、残る障害は五名。その内の一人は無力な女子高生だ。勝った、負ける可能性は消えたと、エンブリヲは更に空を仰ぐ。

「この一撃を私が更なる高みへと昇り、完全なる存在へと至るための走行式としよう――貴様の屍を捧げてなァッ!!」

 愛を抱きかかえるかの如く大袈裟に右腕を回し、力任せに操縦桿を振るう。
 呼応しビームソードの出力が上昇し、空間を蒸発させる勢いを伴った光体の刀身が空に一筋の閃光を走らせた。
 振り上げられた光の刃が振り下ろされた時、ヴィルキスは二つに裂け、撃墜されるだろう。だが、タスクは動かない。
 エンブリヲの推測が正しければ絶命している彼は、光の刃が迫ろうとも指一つを動かさなかった。

 迫る光の刃が空間に縦一文字を刻んだその刹那、何者かがヴィルキスの刃を構えさせ、光の刃を防いだ。

「チィ!! 悪趣味な男め……生きているなら、発声の一つでもすればよかろうにィ!」

 血管の破裂音が響きエンブリヲの額から僅かに血が流れた。
 一方、彼から怒号を飛ばされようがタスクは目を覚まさず、失った意識の奥底で一つの光に包まれていた。





502 : 誰がために愛は在る(後編) :2018/03/21(水) 21:04:20 1vCNlVdw0
意識を手放し無防備となった姫君の騎士を見逃すほど、調律者は性格が整えられていない。
 幾千もの時を経て遂に見つけた想い人――改め、感情の捌け口を横暴した輩に情けをかけるものか。
 この瞬間を待っていたのだ。何度も脳裏に描いた確実に息の根をこの手で止める光景が遂に叶う。

 故にヒステリカの放つ光の刀身は煌めく軌跡を奏でる。
 白き流星たるヴィルキスを一刀両断さえしてしまえば、操縦者たるタスクもまた当然のように絶命するだろう。
 過度な一撃は機体に想像以上の損傷を与え、エンブリヲの見立てでは脱出装置すらも機能停止に追い込む。

 嗚呼、振り返れば碌でもない事象の連続だったと勝利を確信した神は苦笑を零す。
 下等生物の代名詞である人造生命体に下僕の象徴として首輪を嵌められた。
 同じく別個体の人間にすら劣る科学の残滓に局部を斬り落とされた。

 積もりに積もった感情の汚染を己と云う容器に閉じ込め蓋をしていたが、解放の時は目前である。
 途方も無い時を生き続け、念願の理想郷へ至る開化の鐘を鳴らす。
 目の前の男は唯一にして例外。理想郷へ踏みいることは疎か、空気を吸うことすら許されない絶対の禁忌。
 
 ――貴様の敗因はたった一つ、星の数以上に存在する女の中でアンジュを愛してしまったことだ。

 勝った。世界の終わりの壁際でヒステリカへ万が一にも、敗北を刻めるはヴィルキスのみである。
 御坂美琴、エドワード・エルリック、黒――彼らは個体として見れば優秀かもしれないが、機神の前では赤子同然。
 ゲームマスターとしての権限を持ち合わせていないヒースクリフなど恐るるに足らず。雪ノ下雪乃も同様に歯牙へ掛ける必要も無い。
 残滓すら残さず塵となった道化師もだろう。唯一、未知の進化を続ける竜の魔法少女は警戒対象であったが、死人に馳せる想いなどあるものか。

 殺せ、殺せ、殺せ。

 貴様を殺し、次は地上の塵共を殲滅する。
 聖杯の起動さえ阻止すれば問題は無いが、念には念を。地獄門を潜る現世への帰還すらも打ち壊す。
 彼には絶対的な確信があった。己の勝利と輝かしい理想郷への到達を。

 故に。
 故に、彼は時が停止された感覚に陥ってしまう。
 
 動く筈の無いヴィルキスが刃を用いて、光の刀身を弾いたのだ。
 神の軌跡に刻まれた剣閃が、人間の底力を示し、神殺しの再開を告げた。





503 : 誰がために愛は在る(後編) :2018/03/21(水) 21:04:44 1vCNlVdw0
 それは意地である。
 吹き荒れる絶望の嵐を突き進む白き流星。
 片翼を失い、機体の輝きが歪む中、彼は小さな小さな約束を果たすために。
 意識を落とし、光の届かぬ暗闇の海を彷徨う中で、操縦桿を手放すことは無かった。

 彼の想いに機体が応えたのか、巡り合わせが偶然にも奇跡に到達したかは神のみぞ知る。
 しかし、神の境地に立つエンブリヲはその奇跡を否定する。辿り着いたヴィルキスを撃墜することによって、神殺しを破綻させるために。

 事切れた意識の果てに彼――タスクは優しくも暖かい光と温もりに触れる。
 どこか懐かしさを感じる暖かさによって意識を覚醒させた彼の視界には、光の刀身を弾いた刃の軌跡が飛び込んだ。
 事態を把握するに時間は掛からず、結論さえ分かってしまえばそれで充分であり、自分はまだ死んじゃいないということ。
 次に必要なのが理由――考えるまでも無い。己の手を上から優しく包む雪のように白い肌を持つ女性は一人しかいないのだ。

 エンブリヲから取り戻した、今は亡き想い人――アンジュ。
 コックピット内で寄り添っていた彼女の手が然りとこちらの手を優しく、優しく包む。
 故に彼女がヴィルキスを操作し、ヒステリカの一撃を弾き返した。目の前の現象に理由を付ける。

 彼女はこの世を去った。放送により名を呼ばれたのも幾分と前になるだろう。
 当初は耳を疑ったが、放送は絶対であった。例外は一芝居を打った偽装優勝のみ。
 アンジュは死亡した、もういない。彼女との思い出は消えないが、それでも生命としての終わりを迎えた。

 だからこそタスクは自らの頬を強く叩いた。 
 これは夢だ、弱い心が己を甘美な幻想へ溺れさせるのだ。
 彼女の死を受け入れろ、今更になって死者の面影に足を取られ現実から逃走など生温い。
 偶然に偶然が重なり必然という名の奇跡が浮かび上がったのだ。己が助かったのは因果の果てだと思い込め。
 意識を覚醒させタスクは改めてヒステリカへ鋭い視線を送る。意地が折れぬ限り、何度だろうと立ち向かう。


504 : 誰がために愛は在る(後編) :2018/03/21(水) 21:05:10 1vCNlVdw0
















『もう、少しは反応してもいいんじゃないの。折角の再会なのに男から声を掛けない何て……情けないと想わないの?』


 そして、懐かしい声が彼の意識を更なる覚醒へと導き、淡い夢を帯びた現実へ。
 彼女の声だ。己の人生を全て捧げるに値する姫君の声を忘却の彼方へ追い遣るなど有り得るものか。
 されどこれは夢だろう。彼女はこの世を去った。それなのに、掌で叩いた頬が熱い。

『へぇ……この距離で無視する何てたいした度胸じゃない』

 やめてくれ。一度でも夢に溺れてしまえば二度と現実に戻れない。
 タスクは感情と理性が逆走し続ける脳内で何度も何度も、声の存在を否定する。
 弱い心が生み出した幻聴を確実に耳に入れながらも聞き流し、すると、未だ熱を帯びる頬に冷たくも優しい掌が添えられた。

『流石に傷付くから、ちゃんとあたしの目を見なさいよ――タスク』

 己の名前を呼ばれた一時が、彼を更なる覚醒へと追い込む。
 赤黒く染められた視界が彼女を捉え、認識を試みた時、全ての荒れた景色が吹き飛んだ。
 中央に位置する彼女の姿はたった一回の人生で最愛の存在。寝ても覚めても忘れられぬ永遠の想い人。
 彼女を認識すれば終わりだと想っていた。もう二度と、戦えなくなる、立ち上がれなくなる、現実に戻れなくなる。

「信じられない……ほ、本当に君なのか……?」

 だが

『君ぃ? 随分と他人行儀な言い方ね……ふーん、さては浮気でもした?」

 此度が現実であれば

「まさか、そんな訳ないだろ――アンジュ」

 永遠の愛を確かめるように、男は愛する女を抱きしめた。
 淡い夢に溺れる仮定は消え、彼女が現実であれば、受け入れるだけ。
 全ての生命を包み込むかのような柔らかさは間違いなくアンジュだ。タスクの抱き締める力が強まる。


505 : 誰がために愛は在る(後編) :2018/03/21(水) 21:05:43 1vCNlVdw0
『もう……こんなにボロボロになって』

 声が機体内部を満たす度に、タスクが頷く。
 最初から気付いていた、だが、認めれば終わると言い聞かせ、現実から逃げていた。
 真実を夢と形容し、出来過ぎた奇跡とも呼べぬ彼女の存在を幻想だと片付けた。
 その声、香り、感触、優しさ、熱さ、相性――全てが全て、自分の知っている彼女のものだ。

『馬鹿ね。帰ろうと思えば帰れるのに』

「アンジュだって逃げないだろ? 目の前の問題を放っておいて、自分だけが幸せを噛み締めるなんて最悪じゃないか」

『まぁ、でも? 参加者の殆どが他人だし、自分だけが帰れるなら問題は無いかも』

「アンジュ!?」

『ふふっ、冗談よ。もしも最初から生きていてこの場にいたら、あたしは最後まで戦う道を皆と一緒に選んだと思う。
 借りがある奴もいるし。この赤い布はあのチビ……エドワードが寄越した物でしょ? 全く、前のも返してないのに、また借りパクよ。それよりも――』

 暖かみのある彼女の視線が射殺すが如く鋭くなり

『穏やかな状況じゃないわね』

 黒き機神を貫く。
 意識を取り戻した矢先、絶命寸前のタスクと顕現したヒステリカを目撃し、於かれた状況を理解せざるを得ない。
 最悪の事態だろう。何よりも憎き調律者の生存に不快感を隠せず、アンジュの舌打ちが鳴る。

「ああ……って、どうして君が生きているんだい? だって君は――」

 ――死んだはず。そう言葉が紡がれようとした時。
 アンジュの人差し指が彼の唇に触れ、愛すべき者へウインクが送られる。
 無粋なことを口にしちゃ駄目。目と目が重なり合い彼女の本意を読み取ったタスクは口を閉ざした。
 そして彼女は彼の腕を掴むと、掌を己の胸に誘導し密着させる。
 突然に襲いかかる柔らかい感触に、顔の色素を急速に赤らめ、タスクが取り乱す。

「え、ええ……えっと……え、その……」

『ぷ、あはははは! タコみたいに赤くなってるけど、そんなつもりじゃないから。全く……本当にえっちね。
 それにあたしだって恥ずかしい……ほら、よく聞いて? あたしも同じで、心臓の鼓動が早くなっているのが分かるでしょ?』

 互いに心音を聞き合う状況にタスクの感情は更に高鳴りを見せる。
 だが、答えに繋がらない。彼女への問いは生命の所在だ。なぜ、死んだ君が生きているのか。
 視線を逸らさずに訴える彼の気持ちを察してか、アンジュは小悪魔のような微笑みを見せる。


506 : 誰がために愛は在る(後編) :2018/03/21(水) 21:06:59 1vCNlVdw0
『これが理由なの。あたしの心臓――名前の知らない心臓が、あたしの生きている理由。今はこれだけで信じて』

「えぇ……?」

 彼女の言葉を即座に噛み砕くが、情報が広がらない。
 名前の知らない心臓という表現から、彼女の心臓は他人の物になっていると捉えられる。
 だが、理由が見当たらない。本来の心臓はどうなったのか、如何なる理由で名も知らぬ心臓を持っているのか。
 そもそも、心臓の入れ替えとは容易なのか。生命体としての維持は可能なのか。
 時間も惜しいため、無尽蔵に湧き出る疑問に無理やり蓋を被せたタスクは今一度、アンジュと視線を交差させる。

「……うん。今はその言葉だけで、アンジュを信じるよ」

 元より彼女を疑うつもりはない。
 愛する女の言葉を信じてこその男。
 アンジュが紡ぐ言葉こそが真実であり、故にタスクは受け入れる。

「それじゃあ――」

『そうね――』

 男と女は因縁の相手を見入る。
 幾度無く世界に穢れを振り撒いた諸悪の根源。
 世界の創造主にして、生命体の頂点である神。
 理を調律する者にして、最期の壁。

 凡そ人間では敵わない実力を秘めた超越者は無慈悲にも光の刀身を振るう。
 この一撃を以てヴィルキスが斬り裂かれ、神殺しの偉業は神話に至らず幕を下ろす。

 男――タスクの意識こそ戻ったが、戦局の要であり勝利の鍵であるヴィルキスは依然として撃墜寸前。
 出力は低下し、装甲に剥がれが見え、エネルギーも枯渇寸前。
 そして何よりも神殺しの主役たるタスクが絶命寸前である。

 ――だからどうした。ヴィルキスの刃が迫る光の刀身を弾き返した。

 オープンチャンネルに切り替えると、彼は叫ぶ。
 力の限り、生きている限り。

「勝利を確信していたかもしれないが――残念だな! 俺は、俺達はまだ終わっちゃいない!」

「やはり息をしていたか……黙ってそのまま死んでいれば余計な苦痛を合わずに済んだというのに。
 悪趣味な男だ、そこまで苦痛を味わいたいのなら……貴様を無限獄に叩き落とし、痛覚の続く限り、痛みを与えてやるッ!」

『どれだけ自分を特別視すれば悪趣味なんて言葉が出るのよ……信じられない、無理、キモい、死ねば良いのに。
 タスク――あんな奴に負けたら絶対に許さないから。触れ合うどころか、同じ空気を吸うことだって許さないんだから』

「勿論さ、アンジュ。このまま負けてたまるか……まだ、皆が頑張っているのに、俺だけがリタイアだなんて絶対にするもんか」

「――――――――――なに?」

 再び刃と光の刀身が重なり合い、夕暮れ掛かる世界を紫電が照らす。
 ヴィルキスが器用に片腕で銃を取り出し、零距離からの連射を仇敵へ放つ。
 疎らに散らす選択をせず、一点に狙いを定め衝撃を重ね、装甲の突破を試みる。
 出力、火力共に相手が圧倒的に上回る。ならば策を用いぬ限り勝機は訪れない。
 アンジュにより生きる力を分け与えられたタスクの心が浮ついていないと云えば嘘になる。
 だが、頬の緩みは消えた。彼は正真正銘、神殺しの立役者だ。今はただ、全ての因縁に決着を果たすべく目の前の男を倒すのみ。しかし。


507 : 誰がために愛は在る(後編) :2018/03/21(水) 21:07:32 1vCNlVdw0


「話にならん。貴様は私に何度と同じことを繰り返させるつもりだ」

 ヒステリカの蹴襲によりヴィルキスが後退するも、依然として銃弾が放たれる。
 銃爪は戻らない。銃弾の雨が止む時、それは今のように外部から干渉されぬ限りあり得ない。
 疾風を生む斬撃が、捻り潰すが如く全ての銃弾を無に帰す。

「何をどう繰り返した所で、どれだけ貴様が稚拙な言葉を重ねようと私は負けん。
 自我を保てずに戯言を吐く貴様が、調律者である私に勝利するなど、あってはならん」

 己の敗北を欠片も匂わせない発言が彼を調律者として、生命体の頂点としての威厳を示す。
 対の機神に空けられた距離は大凡二十程度、互いの速度を考えるに詰めるには数秒が必要かどうか。
 タスクは額から流れる汗を拭わずに、生唾を飲み込む。
 気を抜けば死。開戦から変わることのない当たり前の前提が今は、尋常ではない鎖となり、精神を縛り上げる。
 操縦桿を握る腕が震えるのは武者震いか。恐怖なのか。握ることさえままならない程に衰弱しているのか。
 
 全てだ。全てが当て嵌まり、全てが当て嵌まらない。
 
 満身創痍の果てに意識を失い、愛する女の一声で目覚めた男に常識が通用するものか。
 元よりヴィルキスに乗り込む以前から常に死と隣り合わせだった。
 
 男が今も意識を保ち戦っているのは正者死者含めた全てのために、愛する女のために、調律者に殺された一族のために、何よりも己自身のために。
 それらを全てひっくるめ意地と表す。
 男が覚悟を決め、女が支える。タスクの背後から彼を包み込むように優しく両腕を回したアンジュが耳元で囁く。

『あんたは――タスクはあたしが愛した男なんだから。もっと自信を持ちなさい。
 エンブリヲ何かに負ける訳ないじゃない。ううん、平行世界中の男達をかき集めても、タスクが一番だから』

 重なる唇。
 互いを求める舌が絡み合い、存在と愛を確かめ合う。
 来いとも云えず、会いにも往けず。
 刹那の邂逅であったが、彼にはそれで充分だった。
 
 唇を離した刹那、淡い夢が終わる。

「ありがとう。俺はその言葉だけで戦える――続きは帰った後に。それに皆にも君のことを紹介させてもらうよ」

 瞳を閉じた姫君は彼へ身体を委ねる。
 永遠の眠りに就いたように、彼女の身体は軽い。
 数秒の間、愛する者を見つめ、微笑。
 美しい、自分には勿体ない佳い女だ。
 だから、もう少しだけ待っていてくれ――タスクは再び操縦桿を掴んだ。


508 : 誰がために愛は在る(後編) :2018/03/21(水) 21:08:18 1vCNlVdw0
「決着の時だ。お前のせいで不幸になった全ての人々へ悔いながら、地獄に墜ちろ」

「……くだらん。どのような思考回路を持てばその結果に辿り着く。
 ホムンクルス以下の知能だな。現実と幻想の区別もままならぬ貴様に何が出来ると言うのだ」

「――お前に勝てる」

 刹那、雷鳴が轟いた。
 片翼の翼から煌めく雷光が迸る。
 蒼白の粒子が空を舞い、その姿は天使と同義。

「俺はお前に勝たなくちゃいけない。アンジュが、ヴィルキスが、皆が! 俺に託したんだ、なら、応えるのが俺の役目!」

 黒の契約者達に託された雷光をありったけ出力へ回す。
 機体維持の雷を攻めに転じさせなければ、ヒステリカを破壊することは不可能である。
 何度も敵対を繰り返したタスクだからこそ、目の前の機神がデタラメな性能であることを知っているのだ。
 現に有効打と呼べる一撃があっただろうか。戦を対極で見るよりも、一手先を考えろ。

「俺は皆と共に在る! 独りのお前に負けるものか!」

 更に雷鳴が轟く。
 ヴィルキスの表面を趨るは雷光。
 幾千もの軌跡を辿り、白の機体に蒼が迸る。
 
「行くよヴィルキス――皆のために」

 雷光を媒介に初速の段階で最高速を叩き出す白い流星が複雑な軌道を描く。
 黒き機神に感知されることなく一閃。すれ違い様の斬撃が此度の戦に於いての初撃を飾った。

「なんだその速度は……ッ、貴様らのどこにそんな力が……ぐッ!」

 背後からの衝撃にエンブリヲは苛立ちを隠せない。
 咄嗟に操縦桿を切り返し、反撃を試みるもヒステリカの振るう光の刀身が空を斬る。

 四方八方、縦横無尽。
 雷光を宿したヴィルキスが自在に空を駆け巡る。
 凡そ人間の反射速度を、機体への伝達速度を上回る流星が黒き機神を追い詰める。
 調律者が神の威厳を示し喰らい付くも、遅い。彼が斬撃を認識に至るまでに更なる斬撃が機体の表面を趨る。
 
 何重にも傷を重ねられたヒステリカが揺らぐ。
 左半身のバランスが欠け、その隙を逃さずヴィルキスが正面から突破を図る。


509 : 誰がために愛は在る(後編) :2018/03/21(水) 21:08:49 1vCNlVdw0

「覚悟ォ!」

「――くくく、飛び込んだな、馬鹿めェ!!」

 懐に踏み入られる前にヒステリカがヴィルキスの両肩を掴む。
 輝き続ける雷光が弾ける中で装甲に亀裂が走る音が響き、完全に停止。
 遙か高き空の上で睨み合う対の機神。初めに動きを見せたのは絶望の化身だった。

「塵一つ残さず」

 黒き機神の背後に顕現するは四方の門。
 翼より開かれるは万物悉くを無に帰す嵐の前兆。

「この世界から……私の前から」

 圧縮された風の悲痛なる叫び声が鼓膜を斬り裂く。
 早く開放してくれと嘆く弱者の怨嗟が渦巻いた。

「絶命しろォ!」

 神の宣告を合図に世界を終焉へ導く嵐――ディスコード・フェイザーが吹き荒れる。
 息をする間もなくヴィルキスを包み、幾多もの鋭利なる風の刃が装甲を刻み上げ、下界の方角へ追い遣るようだ。
 嵐からの脱出を試みるも、操作系統は全て抵抗に諍えず、雷光の出力を以てしても不可能である。
 
 機体が落下すれば爆発四散、地上に残る仲間をも巻き込んで全ての生命体が消滅するだろう。
 自分の弱さに他者を巻き添えになどするものか。歯を噛み締めながらタスクはヒステリカを射貫くように。
 装甲の先――エンブリヲを射殺さんばかりに睨み付け、力の限り叫ぶ。

「 ̄ ̄ ̄ ̄Z_____ッ!」

 声にも満たない咆哮。
 獣の其れと変わらない認識外の言葉未満を叫び続け、己を奮い立たせる。
 叫びは自己暗示であり、鼓舞の類い。己の中に眠るスイッチを押し続けるための麻薬。
 ヴィルキスが嵐の中を突き進み、
 
 コックピット内部に襲い掛かる重力にタスクの顔が歪む。
 視界が揺らぎ、意識は定まらず、血反吐すら宙を舞う。
 遠のく意識を強引に現世へ押し戻し、両目を見開いた彼は再度叫ぶ。
 それらを嘲笑うは絶対なる神。

「無駄な足掻きほど見苦しいものは――――――なに?」

 勝利を確信した神の甘美な音色に疑問の色が浮かび上がる。
 些細な点が広がり、全てを呑み込むように神の緩み切った意識を一瞬にして覚醒させた。
 下民と見下した男が、嵐の中で輝き続けているその光景こそが奇跡だ。
 死に損ないめ、見苦しい。不満を吐くが、相手には届かない。

 四方の嵐は決して牽制代わりの武装に非ず。
 メインウェポンと呼ばれる代名詞にして象徴と表現しても差し支えない、いわば必殺技の類いだ。
 易々と突破される代物ではないのだが、白き流星は尚も止まらない。


510 : 誰がために愛は在る(後編) :2018/03/21(水) 21:09:19 1vCNlVdw0


 正面突破。
 雷光の爆発力を糧に、流星は強引にも嵐を斬り裂いた。
 振るわれた刃の軌跡を追い、質量の衝突による爆発が発生し、爆風が晴れる前だった。

 煙闇の中を不自然に蠢くヴィルキスをエンブリヲの瞳が捉える。
 あまりの速度に目眩ましが却って流星を際立たせ、闇の中にはっきりと一閃の軌跡が刻まれる。
 ヒステリカの背後に向かった其れに対応するべく、調律者は嵐を一度止め、振り返る。

 其処には取るに足らない雑魚がいるはずだった。
 其処には満身創痍の死に損ないがいるはずだった。
 其処には愛する女の幻聴が聞こえ始めた死人がいるはずだった。
 其処には――この私に殺される猿がいるはずだった。

「俺を塵一つ残さず絶命させるんじゃなかったのか。おかしいな、俺は何度お前に似たようなことを言われたか」

 ヒステリカに居座るエンブリヲの視界を支配したのは光。
 本能的に瞳を閉じてしまう程の輝き。その光源体は一つしか――奴以外に有り得ない。


 ――雷光の機神が天へ刃を翳し


「この轟く雷光がお前を葬るッ!」


 獅子雷哮。


 天高く翳した刃に集うは、彼の勝利を祝福せんとする稲妻の眩き。
 空が裂れ、炎が舞うが如き閃光の果てに生まれるは稲妻の刃、是即ち雷刃。

 機体を遙かに凌駕する雷刃の煌めきが、神を無意識に追い詰める。
 額から流れる汗に気付いた時、神は初めて己の死する未来が見えたという。
 そして、即座に否定を強調し、誰が誰に殺されるのか、馬鹿馬鹿しい、有り得ぬ。
 調律者の中に当たり前の前提として成立された己こそが万物の頂点だという、傲慢の枠に納まりきらない自尊心が爆発する。


511 : 誰がために愛は在る(後編) :2018/03/21(水) 21:09:56 1vCNlVdw0
「たかが雷如きでこの私を葬る? 先まで死体と会話していた貴様が? 呆れて怒りも湧いて来ぬ」

「仲間から託された雷が! アンジュが導いてくれた残り少ない生命の灯火が! 神としての体面すら保てないお前を葬ると言ったんだ!!」

「抜かせこの猿――め、が……っ」 

 エンブリヲの言葉を両断するは二度の雷哮。
 雷刃が更に空を裂き、天高く雷光が迸る。

「馬鹿な、幾らヴィルキスと云えどその雷の質量はオーバーロード……先に機体が消滅するぞ」

 元より片翼の天使の装甲に罅が見られ、亀裂も無数に表面を駆け抜けていた。
 雷光の輝きにより見た目は改善されるも、実質的な修復には微塵にも至っていない。
 加え機体以上の質量を、比べれば小さい刃に一点集中させれば機体が耐え切れずに滅ぶのも時間の問題である。
 否、時間は必要ないだろう。雷光の輝きが、煌めく粒子が、轟く雷鳴が瞳を眩ませているだけだ。

 撃墜寸前のヴィルキス。
 絶命手前のタスク。
 雨に触れれば破裂する機械。
 吹けば消え去る生命。
 
「英雄気取りの自己犠牲など時代遅れにも程があるッ! 先を見据えぬ半端物にこの私が敗北するなど、万が一にも有り得んッ!」

 敗北の理由が欠片となり散る。
 決死の覚悟で挑む愚かさは評価しよう。
 一時の激情に身を流され、己に心酔し、自らを破滅に導く猿に敗北するなど有り得ぬ。
 
 今、此処に神の名を掲げ、万物を悉く塵と化す四翼が最期の展開を見せた。

 雷刃? 嗤わせるな。
 英雄? 誰がだ。
 葬る? 馬鹿も大概にしろ。

 エンブリヲの瞳が捉えるは、果敢にも――無謀にも迫るヴィルキス。
 
 機体に宿し雷光の輝きはこの上ない目障り。永遠に纏わり付く男へ真なる終焉を与える時来たれり!
 されど白銀の流星を駆けし姫君の騎士は止まらない。
 障害たる四滅の嵐を一閃。蒼白軌跡を描いた雷刃が全てを零へ。


512 : 誰がために愛は在る(後編) :2018/03/21(水) 21:10:53 1vCNlVdw0


「先を見据えぬ半端物に負けるお前は、どれだちちっぽけな存在なんだろうな――エンブリヲ」

 嵐が消滅し、ヴィルキスの覇道を阻む障害は存在しない。
 対の機神を結ぶ道筋が晴れ、雷速で駆け抜けた白銀の流星が黒き絶望の化身の眼前へ。
 横に構えた雷刃が一際輝き、視界を奪われた神は苛立ちと焦りの混ざる、一種の叫び声を上げる。

「ぐっ……有り得ん……有り得んッ! このようなことは、あってはならないのだ!」

 ディスコード・フェイザーを放つにも圧倒的に時間が足りないために、ヒステリカが銃を構えた。
 絶望の嵐を吹き荒らそうが、銀の翼に希望の――確固たる意志を乗せたヴィルキスは止まらないだろう。
 故に直接コックピットを撃ち抜くよう画策するも、全てが遅い。

 タスクがヴィルキスへ多大なる雷光を宿らした瞬間、運命は定められた。

 エンブリヲが銃爪を引くよりも速くに、雷刃が空を舞う。

「馬鹿な……馬鹿な! 貴様は私にとっての塵に過ぎん、所詮はヒステリカの調整役なんだ。
 それがどうしてこのような……貴様の相手など消化試合にすら満たない……タスク、タスクゥゥウウウウ!!」

 世界を輝かす雷刃が黒き機神の首を撥ね堕とす。
 横一文字の軌跡を描き、漆黒の夜空に不釣り合いたる亀裂が走り――

「エンブリヲ、お前がこれまで不幸にした全ての人々に」

 両腕に握られた雷刃が遙か高き天へ。
 此度のゲームに於いて最も強大たる稲妻が天より――そして地上より。
 轟く稲妻を宿した刃が、世界をも斬り裂く、その手前。

「天の果て――地獄の底で永遠に詫び続けろ」

 刹那、タスクの脳裏を駆け抜けるはかけがえのない仲間の姿。
 生者の務めは死者の想いを受け取り、明日への希望を掴み取ること也。
 彼らに繋がれた意志が、執念が神の喉元へ喰らい付く。


513 : 誰がために愛は在る(後編) :2018/03/21(水) 21:11:35 1vCNlVdw0


「この一刀を以て、全てを終わりにしよう」


 世界を揺るがし、天を裂く。
 悪を断罪する雷刃が今此処に――。


「己が罪を――二度、刻めッ!」


 神をも斬り裂く乾坤一擲の剣閃。
 迸る雷光が物語るは機神の一刀両断。
 轟く雷鳴が演出するは神殺しの終焉。

 生存者を圧倒し、絶対なる力の根源たるヒステリカ。
 絶望の化身が一種の美しさすら感じられるほど二つに裂け、稲妻が響き、後を追うように爆ぜる。
 
 遂に、姫君の騎士は遣り遂げたのだ。
 役目を終えた雷刃が刀身ごと砕け散り、蒼白の粒子が天を舞い、
 儚く雪のように地上へ落ち、大本の機体であるヴィルキスもまた、終焉の時が訪れる。
 輝く煌めきは雷光に非ず、爆発の予兆である。限界の限界を突破し、更に限界を超越したようなものだ。
 この瞬間までヴィルキスが稼働していたこと自体が奇跡であるのだが、役目を果たした今、意志が宿っているかのように、彼も眠りにつく。


「俺の想いに応えてくれて、ありがとう」


 鮮血に染まる瞳に憂いの潤いが宿る。
 絶命寸前だった彼が神殺しを果たしたのも、全てはヴィルキスあってこその快挙である。

 装甲が無残に削ぎ墜ち、片翼は消失。
 限界を超える質量の憑依、機体の壁を超越する速度。
 いつ崩れても不思議ではない状況の中、ヴィルキスは最期まで己の役目を果たしたのだ。

 そして、導いたのはもう一人。
 タスクの隣に寄り添い、彼を支えた姫君。


514 : 誰がために愛は在る(後編) :2018/03/21(水) 21:12:17 1vCNlVdw0
「アンジュ、君も本当にありがとう」


 二度と開かぬ瞳、口、笑わぬ顔。
 この世を去った彼女の言葉が耳に届かなければ、今宵の勝利は掴めなかっただろう。
 彼女曰く名も無き心臓に感謝するしかあるまい。死んでしまったアンジュを再び動かした奇跡の根源である。

 最もタスクの耳に届いた声も、瞳に映った彼女も、彼の幻想に過ぎない。
 だが、彼は夢に溺れず、現実へ意識を覚醒し神殺しの偉業を成し遂げた。
 とても甘い夢だった――雷光の逆流により爆発寸前のヴィルキスの内部にて、タスクはアンジュを優しく抱き寄せた。


「みんなが頑張っているのに、俺だけかっこ悪い姿を見せるだなんて、恥ずかしかったから。背中を押してくれて、ありがとう」


 地上では今も仲間達が戦っている。
 道化師が、超能力者が未だに最期の独りになるべく、殺戮に手を染める。
 信頼のある仲間達が敗北するなど微塵も思ってはいないが、加勢は厳しい――タスクが瞳を閉じる。


「一足先に俺は向こう側へ行くけど、みんなは……遅れていいから。それも、ちょっとじゃなくていい。
 何十年、俺がお爺ちゃんになるまで遅れていい。だから、悔いのないように、笑ってこっちに来てくれることを……ずっと、待っているから」


 かの言葉を最期に、ヴィルキスが栄化が如き輝きに包まれ、一瞬にして爆ぜた。
 夜空に生まれた一つの火花が、世界を穢らわしくも照らし、今宵の戦戟に幕が降りる。
 男は己の意地を貫き通し、愛する者を胸に抱き、散った。その生き様に後悔など無い。あるとすれば――それは。


 



515 : 誰がために愛は在る(後編) :2018/03/21(水) 21:13:40 1vCNlVdw0

 エンブリヲは参加者の中に於いて、間違いなく強者であった。
 人間を超越した力と存在感は神として相応しく、現に七十二の魂も消え去る中、彼は生きている。
 常に優勢な立ち回りをしていたかと云えば嘘になるが、それを踏まえた上でも彼の能力は圧倒的であった。
 故に、死に損ないの宿敵たるタスクに切り札であり映し身でもあるヒステリカを両断されたことは、神にとって屈辱の極みだろう。

 タスクの相手など、単なる消化試合に過ぎなかった。
 奴の相手などせずに、尻尾を巻いて地獄門から帰還し、勝ち逃げする選択肢もあった。

「許さぬ……貴様だけは未来永劫、永劫回帰、異世界の果てまでも追い掛けて、子孫すら残さず消してやる……っ」

 ヴィルキスの雷刃による一撃によって、ヒステリカの機能は完全に停止。 
 辛うじて原型を止めているコックピット内部にて、エンブリヲのタスクに対する感情が爆発する。
 爆発など生温いと、彼の口から憎悪が止まらず、落下を続ける中で脱出もせずに、恨み言だけが空を舞う。

「私が負けるなど、あってはならんのだ。調律者として、全世界を統べる私が、此処で散る……?
 ホムンクルスの身勝手な行動により、たかが日本の神にも翻弄され、ヒースクリフの用意した箱庭で……冗談も大概にしろ」

 機体の爆発の影響かエンブリヲの瞳に赤黒い血が流れ、しかし、彼は一切拭き取ろうとしなかった。
 染まった瞳は地獄を見ているかのように不快な赤、それも明確な殺意を秘めている。
 下等生物の代名詞であるホムンクルスに半ば誘拐のような形でゲームを強要された。
 ゲームを通す中で、イザナミとイザナギを称する存在に勘付くも、辿り付けずじまい。
 エンブリヲという存在は強大な能力に対し、伴う器の大きさを所有していない、ある意味で人間らしい男である。
 完全に見下している連中に好き勝手縛られることが、彼にとっての苦痛であり、ゲームそのものが生き地獄であった。
 それに加え、決定的な存在は元ゲームマスターであるヒースクリフ――茅場晶彦だ。

「手始めにタスクを殺し、次はヒースクリフ……貴様を殺してやる。貴様さえいなければ……貴様、さえ、いなけれ、ば……」

 ヒステリカの残骸が降下し、重力の負荷が発生するも、調律者は脱出を試みない。
 既に脱出装置は機能を停止しているだろうが、彼には此度のゲームに於いて代名詞と云っても差し支えのない力、瞬間能力がある。

「振り返れば、貴様が私にとっての運命分岐点だろう。それも最低で下品な、優雅の欠片も無いような地獄への、な」

 調律者は何処で道を誤ったのか。
 本田未央やタスク、鳴上悠を相手に遊んでいた時だろうか。
 キング・ブラッドレイに局部を切り落とされた時だろうか。
 違う、そのような序盤の失態など、今になっては所詮、昔話程度の存在だ。

 エドワード・エルリックを信じ、首輪を外すために協力したことか。
 ホムンクルスを相手にするため、タスクと肩を並べたことか。
 盤面を覆すため、ヒースクリフを再構成したことだろうか。
 違う、決定的な瞬間は他にあるはずだ――朦朧とする意識の中、神は記憶の糸を手探りで手繰り寄せる。

 失敗とは、何かしらの原因が存在する。
 過去の経験を活かさず、反省をしない者に、明日は訪れない。
 同じ屈辱を体験しないためにも、神は己の振る舞いによる粗を探す。
 最も、失敗を顧みない性格だからこそ、このような事態に陥っているが、生憎とエンブリヲに余裕は無い。


516 : 誰がために愛は在る(後編) :2018/03/21(水) 21:14:10 1vCNlVdw0
「――っ、内通者との接触。あの瞬間だ、彼処で迷いを抱かなければ、私は、い、ま、ゴロ……」

 薄い記憶の糸が一点に辿り着く。
 強引に手繰り寄せれば、その存在は運営側の内通者であるアンバーとの接触だった。
 
 エンブリヲは首輪に搭載されている、或いは魔術的な仕組みにより設定されている盗聴の類を利用し、主催者との接触を試みた。
 結果は無駄足である。しかし、時を飛ばし学院での一幕にて、事件が起こった。
 備え付けのパソコンに殺し合いの情報があからさまに隠されており、エンブリヲは電子の梅へと飛び込んだ。
 確信には至らずとも、ある程度の収穫があるも、情報収集を担当していた分身はヒースクリフによって消去される。
 時を同じく、学院では島村卯月がこの世を去ったが、神にとってはどうでもいいことである。
 目に掛けていた高坂穂乃果も所詮はその程度の存在であると冷めた頃であり、たかが人間一人の死に抱く感情などあるものか。

 醜い人間のエゴに囚われていた彼女であるが、狂気の弾丸とでも称すべきか。
 彼女の放った弾丸が、エンブリヲにとっての運命分岐点である。それは内通者との接触よりも前だった。

 彼はとある決断を迫られていた。
 他者に言われる訳でなく、自分自身の行く先を決める大きな選択肢だった。
 情報を求めるべく、ヒースクリフとの時間を設けるため、彼は見捨てたのだ。
 その選択こそが自分の運命を決定付けた要因である。

 何もエンブリヲは下手に立ち回る必要は無かった。
 結果論であるが、生存者に個体として神に通ずる存在は皆無である。
 当時の驚異と云えば、人間に秘められた無限の可能性を体現する男、鳴上悠。
 ゲームを通じ、苦難を乗り越え、それでも人間らしく前に進み続けるウェイブの二人だけだ。
 鋼の錬金術師、黒の契約者、道化師、竜の魔法少女、超能力者――他にも壁は存在するが、爆発的な奇跡を手繰り寄せる力は、前者二名に比べれば欠けている。
 故にエンブリヲは己の圧倒的な力を振り回し、人間共を蹂躙すればよかったのだ。
 首輪の解除など、そもそもゲームにとってはイレギュラーである。本懐とは、最期の一人まで殺し合うこと。首輪の有無など関係あるものか。
 
 ホムンクルスに反旗を翻すにしても、辿り着く先は世界の理にして、抗えぬ修正――抑止力が控えている。
 神としての権能さえ取り戻せば、エンブリヲはフラスコの中の小人など、赤子同然であったのだ。

「……そうか、たかが人間一人、それも小娘を見捨てたことが私の失敗か」

 名を本田未央。
 エンブリヲはヒースクリフとの接触を図るため、彼女を見殺しにした。
 高坂穂乃果の放った銃弾から、救うことも可能であったが、彼が選んだのはヒースクリフであった。
 最も彼と接触したところで、得られた情報は最悪の類であった。最初から最期まで彼等の掌の上で踊り狂う。

 本田未央を見捨てていなければ、たられば論であるが、違う道を歩んでいたのだろう。
 見込み違いの見当外れである高坂穂乃果や島村卯月に比べれば、一番の可能性を感じる少女であった。
 あの――あの、渋谷凛と仲間となれば。とあるホムンクルスによる評価である。


517 : 誰がために愛は在る(後編) :2018/03/21(水) 21:14:51 1vCNlVdw0


「ククク……何故、私が人間一人の生死に振り回される! ふざけるなああああああ!!」

 本田未央の見殺しが運命分岐点だとして、それがどうしたというのか。
 怒り任せにコックピット上部――と云ってもガラクタ同然の鉄板を蹴り飛ばす。
 開放された穴から風圧が一斉に押し寄せ、神の身体の至る箇所から傷口が開くも、気にする素振りを見せず――


「貴様ら如きの因果を束ねても! 私に影響することなどあるものか! 恥を知れ、私は調律者にして、全並行世界を統べる神也!」


 立ち上がり、拳を突き上げる。
 振り翳したその腕で、神は何を掴み取るのか。
 手始めにはやはり、タスクの魂だ。一片の欠片を残さず、全世界から消し去ってやろう。
 次にヒースクリフを念入りに殺す。再構成の際に、消滅の術式と、《彼自身も気付いていないとある術式》が残っているが、この手で殺してやる。
 未だに裏で嗅ぎ回るアンバーと広川も殺害対象だ。否、この箱庭世界に残る人間全てが殺害対象である。

 愚かな人間共。
 調律者の提案を蹴ったことを後悔させてやる。
 新世界を構築するための礎となり、貴様らの名は永遠に、敗北者として語り継いでやろう。

 己の存在を天元突破する程に棚に上げ、神は瞬間移動を行使する。
 行き先はヴィルキスのコックピット内部だ。
 
 彼処にはタスクが居る。

 交戦の途中からアンジュと会話していた彼であるが、彼女は死人である。
 調律者が蘇生のために、参加者の一人であるイリヤの心臓を埋め込んだが、それは理由にならない。
 長い時間を要するため、エンブリヲの見込みでは殺し合いが終了したとして、その時にはまだ彼女は死人のままであった。
 故にタスクが彼女と会話すること有り得ず、現にアンジュの声は幻聴であり、その笑顔や行為も幻覚である。
 エンブリヲに彼女の声は一切届いておらず、自我を保てずに戯言を吐く輩と吐き捨てた。

 幻覚に囚われる男に競り負けるなど、あってはならないのだ。

 刹那、復讐の炎に燃える神の視界が眩い光に覆われる。
 地上から放たれた稲妻の眩きが、ヒステリカの残滓諸共、エンブリヲを飲み込んだ。


518 : 誰がために愛は在る(後編) :2018/03/21(水) 21:17:02 1vCNlVdw0








































 そうだ、アンジュ。紹介したい仲間達がいるんだ。


 ……え? そりゃあ、女の子もいるけど浮気じゃないからね。


 かけがえのない、俺の大切な仲間達なんだ。アンジュも気に入ってくれると思う。


 一緒に喫茶店をやろうって、約束したんだ。


 まずは日本人の女の子なんだけど――だから、浮気でもなんでもないよ。


 じゃあ、何者なんだって? 何回も言ってるじゃないか。



 
 俺が出会った、最高の仲間達さ。




【タスク@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 死亡】


519 : 名無しさん :2018/03/21(水) 21:17:52 1vCNlVdw0
以上で投下を終了します。
また、次の投下分も完成していますので、引き続き投下しますね。


520 : Remember Of Die :2018/03/21(水) 21:26:35 1vCNlVdw0

 儚いものだ。
 空を斬り裂いた雷光の残滓を背景にヒステリカが奈落へ沈む。
 その様子を眺める御坂美琴の瞳はたとえ爆発しようが機体から逸れることはない。
 相手は唯一無二の力を持つ神だ。奇術めいた反則の応酬で生存していたとしても、驚かないだろう。

 空を舞台に軌跡を描いた機神の争いは終焉を迎えた。
 世界の終わりの壁際で抗い続けた小さな人間の刃が、神殺しの偉業を達成する形であり、覆しようのない勝利だった。
 タスクが奇跡を掴み取り、エンブリヲを倒した。それは地上から見つめていた御坂美琴も確信を得ていた。

 神を殺せと無茶な発破を掛け空へ押し出した。彼が勝たなければ全ての参加者は神に殺される。
 次元の異なる規格外を相手に立ち回る体力は誰一人として残っていなかったのだ。
 無論、仮にタスクが敗北を喫したとした場合、諦める者はいない。しかし、現実を乗り越えるには奇跡を何度も引き起こす必要があった。
 確率の話であり、優勝を目指している御坂美琴からすれば、タスクの勝利に舞台が転べばよかったのだ。
 機神の存在を加味したとしても、調律者の相手よりは幾分かましである。


「神様ってのは死んだら何処に行くのかしらね。天国か地獄……興味ないけど」


 やがて奈落から爆発音が聞こえ、御坂美琴は背を向ける。
 往生際が悪いエンブリヲならば瞬間移動を用い、目の前に姿を現す可能性があった。
 だが、機神を失っても現れないことから彼は爆発に巻き込まれ、撃墜し絶命したのだろう。
 死に体に鞭を撃って放った雷光の成果が此処に有り。多くの参加者の運命を弄んだ神が死んだ。


「あんたは間違ってもこっち側に――地獄に来るんじゃないわよ」


 空を見つめる御坂美琴は神殺しの主役に手向けの言葉を呟いた。
 風に掻き消される程度の小さな声である。
 タスクは最期の最期まで神に抗った。愛する存在の幻惑に囚われながらも、意志を貫き通した。
 神の生命を現世から断ち切ったのは御坂美琴であるが、此度の戦の主役は云うまでもない。

 
「大切な人と一緒に、大切な時間を抱き締めなさい。当たり前のソレが、どれだけ尊いものかを噛み締めなさい」


 さようなら。
 小さな小さな声を風が何処まで運んで行く。
 天で寄り添い合う彼らへも、きっと届くだろう。
 などと御坂美琴が思うものか。本来の彼女ならば可能性は大いにあった。
 彼女は茨の道を突き進み、願いのために多くの生命を奪ってしまったのだ。今更、感傷に浸るものか。


521 : Remember Of Die :2018/03/21(水) 21:27:06 1vCNlVdw0


「それで、今度は何しに来たのよ。まあ、どんな用があろうと私のやるべきことは最初から変わっていないから」


 タスクとアンジュへ贈った優しい言葉とは正反対の荒々しい雷鳴が地上で轟いた。
 ズバチイ! と何度も聞き慣れた音は御坂美琴の意志を表すものである。
 殺しのための、準備は整ったという合図でもある。


「随分と手厳しい挨拶だ。君に説明は必要ないと思っていたが……さて、私の口から語るべきか?」


 地上の稲妻が闇を照らし這い出るは始まりの男だった。
 全ての元凶にして、参加者の一人。運営の椅子から弾き出された哀れな男。


「…………」


 御坂美琴はこの男を嫌っている。
 生存者に好んでいる存在は居らず、取り分け目の前の男には腹が立っていた。
 安っぽい言葉に馬鹿な夢を掲げるエドワード・エルリックよりも好きになれないのだ。
 一介の参加者でありながら、前線から一歩身を引くようなスタンスが。
 始まりを担う存在でありながら、我関せずと捉えるような振る舞い、多くの真実を語らない男。


「勝手に語ればいいじゃない。それがどんな戯言であろうと、私には関係ないから」


 御坂美琴の壊死寸前である右腕が翳された。
 炭の如く漆黒に染まり、血液の赤すら浮かび上がらない其れに電気信号を飛ばす。
 僅かに繋がっていた筋肉繊維を刺激し、無理やり持ち上げ、雷光を纏わせる。

 太陽が沈む時、彼女の周囲だけが輝いていた。
 全身を鮮血で染め上げ、外見は完膚無きまでに満身創痍。
 座った瞳は覚悟の表れ。淀みを帯びながらもブレぬ視線が茅場晶彦を貫いた。


522 : Remember Of Die :2018/03/21(水) 21:27:33 1vCNlVdw0


「何しに来たと君は言ったが、このゲームはまだ続いている。ホムンクルスを倒したところで、エンブリヲが退場したところで、な。
 ならば私が君と遭遇したことにより何が起きるかなど、説明する必要もないと言ったのだ。始まりを思い出せ――このゲームの終了条件は何だ」


「だから私のやるべきことは最初から変わっていないって言ったでしょ。
 むしろ、やっと終わりが見えて来たのよ。七十二人も残っていたのにあっという間だった」


「……全くだ」


「全く、ね。そう、全くよ。全く――誰のせいでこうなってると思うのよォッ!!」


 怒髪天。
 御坂美琴の肉体を依代に天から轟いた稲妻が走る。


「ゲームの終了条件? それはあんたが設定した『最期の一人になるまで』って奴でしょ。
 そんなことは分かっている、解りたくなくてもあたしは理解したつもりになった、嘘でもいいから無理やり納得させた!」


 ヒステリカを射抜いた雷光を限界にまで研ぎ澄まされた一筋の閃光と称するならば。
 今の彼女が纏う雷光は全てを葬るような縦横無尽の大放出。
 膨れ上がる雷光が彼女の周囲を雷化させるような――オーラの一種を連想させるように。


「あんた、エンブリヲよりも、どこぞの殺人者よりも最低よ。私も最低だけど、今だけは自分のことを棚に上げさせてもらうわ。
 死んで詫びろ。あの世で、地獄で懺悔しなさい。何がゲームよ、人の生命を何だと思っているの――あんたのせいで、どれだけの人の運命が――――――――ぁ」


 自分のことを棚に上げると宣言した手前、好き勝手に発言するも、全てが己に跳ね返る。
 死んで詫びるべきは誰なのか。あの世で、地獄で懺悔すべきは誰なのか。
 人の生命を何だと思っている。その手で殺めた者の前でも同じ台詞を吐けるのか。


523 : Remember Of Die :2018/03/21(水) 21:28:21 1vCNlVdw0


 覚悟を決めたはずだが、罪悪感にも近い感情が心を埋め尽くす。
 しかし、その度に己を沈め、乗り越えて来たのだ。
 故に御坂美琴は潰れない。バラバラに砕け散った心の破片はもう、飛び散ってしまった。
 破片を幾ら砕こうが、最初に形を亡くした段階で、もう手遅れなのだ。

 彼女が最期に身を引く瞬間があったとすれば。
 それは白井黒子との――――――――感傷に浸る前に、まるで時が止まったかのような感覚に襲われる。

 走馬灯のように長い時を隔てた感覚に陥るも、時計の針は禄に進んでいない。
 怒り任せに茅場晶彦へ雷撃を放つ体勢の彼女の背後から、その男は歩み出した。

 息を切らし、全身から血を流す男は御坂美琴に一目すら流さない。
 左足を引き摺る音が空間を支配し、いつの間にか彼女の雷光は収まっていた。
 
 ブロンドの輝きが失われ、蒼き瞳も血が混じり、美しいとは呼べず。
 顔面も一部分が黒く焦げており、自慢の美貌の面影は残っていない。
 御坂美琴は状況を飲み込めていなかった。理解しているのは、男が背後から現れたということ。

 結論に対し、過程が追い付かない。
 状況的に解は一つしか有り得ず、それを認識しているが、脳が理解を拒む。
 あの男は死んだ。この手で機神に止めの一撃を放ち、爆発と撃墜を見届けた。

 それでも生きているならば、タスクは何のために戦ったというのか。

 屍のように歩き続ける男――エンブリヲ。
 自らを調律者と崇め、万物の創造主にして、神と同義の存在。
 タスクによって倒された男が、茅場晶彦の元へ呻き声のような残滓を奏で這い寄る。


524 : Remember Of Die :2018/03/21(水) 21:29:21 1vCNlVdw0



「ァ……ア、アァ……」


 大凡、声と認識不能な音が神の口から絶え間なく溢れ出る。
 至る所から流れる鮮血の量から、生命を維持していること自体が奇跡であると伺える。
 警戒の欠片も感じられない背後は神を殺すに絶好の機会であるが、御坂美琴の雷光は消えている。

 彼女は此後に及び、身体を駆け抜ける恐怖心に僅か刹那の時であるが、支配されてしまった。
 生きた屍であるエンブリヲ。彼の際立った存在が、状況の理解を拒み、過程を排除した結果だけを他者に押し与えているのだ。
 雷刃に斬り裂かれ、奈落に消え、機体諸共爆散した男が、生きている。

 焼却された肌から滲む腐敗の香り。
 顕となる生々しい肉、止まらない鮮血。
 死者と何ら変わりのない男が足を引摺りながらも進む先に、一人の男が立つ。


「見るに堪えない姿を私の前に晒してまで、何を企んでいる」


 ヒースクリフ――茅場晶彦。
 参加者の一人にして、此度のゲームの始まりをも担う男。
 そして何よりも、神の機嫌を損ね、憎しみを抱かれてしまった人間。

 水面下の探り合いと表面の対立。
 蓄積された穢れは確実に神の魂を蝕み、憎悪が膨張。
 突けば破裂する怨念の風船に供給される風が止むことはなかった。

 主催の座に居座る不完全生命体を出し抜くため、神は茅場晶彦の復元に着手した。
 一度や二度の殺害では収まらぬ恨みの相手を、電子の存在とは云え復活させるなど、本来ならば有り得ぬこと。
 怨念の風船が破裂寸前に陥るも、神は茅場晶彦に消滅の設定を与え、小さきの器の象徴たる反撃を行使。

 身体にノイズが迸る中、茅場晶彦は迫る己の創造主を見つめ、静かに剣を構えた。
 神の標的は間違いなく己であろう。ならば――と。


525 : Remember Of Die :2018/03/21(水) 21:30:13 1vCNlVdw0


 
「な、ぜ……き、さまな……の、だ…………」


 距離が縮まるにつれ、神の声が明確に言葉となって耳に届く。
 単なる呻き声の一種と思われたが、その言葉に彼の意志が宿る。


「貴様さえ、貴様さ、えいなければ……」


 荘厳たる風格が失われ、
 神としての威厳も感じさせず、
 骸が如き屍が、感情の限りに、言葉を紡ぐ。


「私は貴様を許さない……貴様さえいなければ、私は――」


 やがて時間を掛けずに、神と称された残滓が茅場晶彦の眼前に辿り着き、彼の肩に手を添えた。
 誰も彼を止めず、魅了とは異なるにせよ、見る者全てを圧倒させ、その所業は時間停止と変わらず。
 茅場晶彦は己の危機を当然のように感じ取っていたが、動くことはなかった。
 いや、動けなかった。剣を構えた時、神の瞳が魔眼の如き視線で彼を射抜いたのだ。
 無論、魔眼と呼ばれる力は存在せず、云ってしまえば睨んだだけである。

 だが、執念とも評される怨嗟が、憎き相手を――。

 そして、身体の動きを止めたのは背後から見る御坂美琴も同じであった。
 神の背中に覇気は宿っておらず、風吹けば塵となるような骸である。
 唯一の例外は闘気の如く溢れ出る憎しみの感情であろう。
 言葉を発さずとも、耳に届かずとも。黒き感情が一帯の空間を支配した。


「……そうか」


 ぱらぱらと崩れ落ちるは夜にも劣らない黒に染まった肌。
 茅場晶彦の元へ辿り着いたエンブリヲは、以後に言葉を発することもなく、生命体としての活動を終えた。
 膝が折れ大地に倒れ伏す彼に対し、茅場晶彦は腕を伸ばすことはなかった。
 静けさが包む外界にぐしゃりと臓器が潰れた音が響き、エンブリヲに目を配ることもなく、茅場晶彦は御坂美琴へ剣を向けた。


526 : Remember Of Die :2018/03/21(水) 21:30:56 1vCNlVdw0


「とんだ邪魔が入ったが、話を戻すとしよう。互いに共通することはゲームの参加者だ。
 私達が出会えばやるべきことは一つ。君には叶えたい願いがあるのだろう。そして、私は君の敵だ」


「……切り替えが早いわね。あいつはあんたのことを相当恨んでいたようだけど、掛ける言葉はないの」


「死人に口無しという言葉があるが、言ったところで時間の無駄だ。
 奴が神だろうが、調律者、創造主と呼ばれようとも、所詮はゲームの参加者に過ぎん。
 ……撃墜する機体から瞬間移動し、此処までやって来た執念は認めてもいいかもしれないがな」


 冷めた奴ね。
 御坂美琴の吐いた短い言葉が風に掻き消され、靡いた髪を軽く指先で整える。
 エンブリヲの登場は想定外であったが、死ねば問題はない。寧ろ、頭数が減ったことにより、優勝の可能性が跳ね上がる。
 姫君の騎士は神殺しの偉業を果たし、彼にとっては最悪の結果であろうが、此度の恩恵を最も受けるのは自分であると、御坂美琴は己を嘲笑う。

 正義の味方が成した功績が、こうして殺人鬼の夢へ繋がる。
 エンブリヲの存在が優勝に於いて最大の壁であった。エドワード・エルリック達と手を結ぶ程に驚異的な存在であった。
 故に神の脱落は御坂美琴にとっての奇跡であり、比較すれば目の前のヒースクリフなど、相手にならない。


「まあ私にとってどうでもいいことだから、これ以上は何も聞かないわ。さて――それじゃあ始めましょうよ」


 ズバチイと小さな雷鳴が轟き、御坂美琴の前髪がめくり上がる。
 女子中学生の美しい肌に見合わない割れた額の生々しい傷が露わとなり、それは彼女の覚悟の証。
 決して無視出来ぬ傷であるが、それがどうしたと構わずに能力を行使する。
 あと一息なのだ。タスクとエンブリヲが退場し、残る敵は片腕で数えられる程に落ち込んだ。

 期待はしていないが、恐らく足立透は最低でも一人は道連れにすると踏んでおり、なれば敵と認識する存在は残り四。
 黒の契約者と鋼の錬金術師、哀れな道化師と竜の魔法少女。この中で二者は勝手に脱落するだろう。
 雪ノ下雪乃は敵に満たない無力な存在であるとカウントし、それはヒースクリフも同じである。


527 : Remember Of Die :2018/03/21(水) 21:31:21 1vCNlVdw0



「あんたのことは一発ぶん殴りたいと思ってた。一発だけじゃ生温いわね、何発殴っても私の気が収まることは絶対に有り得ない」


 決着の時だ。
 道を踏み外してしまった、始まりの因子の傍らが目の前に。
 原初の運命分岐点にして、諸悪の根源。奴こそが全ての元凶の一人。


「それについては謝罪しよう。不手際が無ければ私も運営側の一人だった。
 私が残っていれば、此度のゲームは今よりも充実したものになっていたよ。全く、君たち参加者へ迷惑を掛けてしまった」


 どうやらこの男に手を抜く必要は無いらしい。
 来るべき因縁の相手とも呼べる男のために、体力を温存する意向があったが、撤回しよう。
 最初は小さく轟いた雷鳴が、天高く連なり、夜空を縦に斬り裂く稲妻となる。
 喩えそれがくだらぬ挑発だったとしても、御坂美琴は己の感情を抑えず、怒りのままに雷光を己に宿す。


「あんた、死になさいよ。それで罪が償える訳じゃないけど……あんたはその義務がある。明日を迎える権利なんて、絶対に渡さないから」


「……よくも自分をそこまで棚に上げるような言葉を吐けるものだな。君の言い分は一言一句そのまま、君自身に当て嵌まるだろうに」


 刹那、御坂美琴は表情を歪め、それらを喰い潰すように歯を食い縛る。


「もちろん、あんたも私もクソ野郎よ。だからね、クソ野郎はクソ野郎らしく――醜い自分のエゴを優先させてもらうから」


「構わん。その方がよっぽど人間らしい。しかし、私も黙って死ぬつもりはない。
 託す者もいれば――彼も不本意であったとは思うが、『託された者』もいる。この剣の錆となってもらおうか」


528 : Remember Of Die :2018/03/21(水) 21:35:05 1vCNlVdw0



 別れた人間の数だけ、後ろへ進み、殺した人間の数だけ、前に進んだ。
 始まりはたった一人の人間を生き返らせるためだった。
 死者の蘇生という曖昧な夢に縋り、多くの財産を溝へ捨てたものだ。


 死者に想いを馳せ、何度進むための足を止めただろうか。
 他人の生命を奪ったことを、何度後悔し己を責め立てただろうが。


 それも、終わる。終わらせる。


 巡るめく狂った地獄も終着点。
 七十二の魂は無残にも散り、残るも極僅か。
 此度の果てに生命を散らすは、揃いも揃って愚か者。
 甘美な幻影を追い求めた愚者が、最期まで生命を蹂躙す。




「此処が地獄なら、更に底まで付き合いなさいよ」 



 
【エンブリヲ@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 死亡】




【F-2/最期の夜】




【御坂美琴@とある科学の超電磁砲】
[状態]:ダメージ(絶大)、疲労(絶大)全身に刺し傷、右耳欠損、深い悲しみ 、人殺しと進み続ける決意 力への渇望、額から出血
    足立への同属嫌悪(大) 首輪解除 寿命半減、錬金術使用に対する反動(絶大)、能力体結晶微量使用によるダメージ(大)
    右腕壊死寸前、科学的には死を迎えても不思議ではない状態、身体は常に電気を帯びている、限界突破(やせ我慢)
[装備]:能力体結晶@とある科学の超電磁砲
[道具]:基本支給品一式、大量の鉄塊
[思考]
基本:黒子も上条も、皆を取り戻す為に優勝する。
0:残った生存者を殺す
1:手始めにヒースクリフを殺す。
[備考]
※参戦時期は不明。
※電池切れですが能力結晶体で無理やり電撃を引き出しています。




【ヒースクリフ(アバター)@ソードアートオンライン】
[状態]:HP20%、異能に対する高揚感と興味、真実に対する薄ら笑い、???
[装備]:神聖剣十字盾(罅入り)@ソードアートオンライン、ヒースクリフの鎧@ソードアートオンライン、神聖十字剣@ソードアートオンライン
[道具]:
[思考]
基本:ゲームの創造主としてゲームを最後まで見届ける
0:さて……。
[備考]
※数時間後に消滅します。
※装備は全てエドワード・エルリックが錬成したものです。特殊な能力はありません。


529 : Remember Of Die :2018/03/21(水) 21:40:16 1vCNlVdw0
以上で投下を終了します。そして、お知らせです。
次回の投下を以て、アニメキャラ・バトルロワイアルIFの完結とさせていただきます。
お礼等はその時にしますが……さて。

個人的な都合で申し訳ありませんが、この春ですね、異動となりまして。
ただでさえ忙しい年度末なんですけども、思うように時間が取れない状況が続いていまして。
あ、海外ではないので安心を(?)といっても500kmぐらいはあるのですが。

3月中に投下出来るよう頑張っていましたが、無理です。間に合ったとしても、週末は私が一番愛しているTV番組の最終回があるので……。

投下の目処が立ちましたら、私の方から告知いたします。
少なくとも4月1週中の投下はありません。なるべく早く、なるべく早く……。

今日の所はこれで失礼いたします。
次に会う時が告知で、その次に会うのが最期となります。

それでは、もう少しだけお付き合いください。


530 : Remember Of Die :2018/03/21(水) 21:52:05 1vCNlVdw0
大切なことを忘れていました。
書いたつもりだったのですが、すいません。
最期まで付き合ってくれたお二方、ありがとうございました。
スレでは色々と押し寄せきましたが、貴方達の作品を駄作なんて思っている人は一人もいません。
またどこか、その時に私達が作品を書いているかは分かりませんが、また何処かでご一緒出来ることを楽しみにしています。
長々と自分語りですいません。じゃあ、するなって話なんですが……w それでは。


531 : 名無しさん :2018/03/21(水) 22:34:17 xQO0XG2k0
投下乙です
足立と杏子、DTB組と主催陣、そしてエンブリヲとタスクに分かれた三局の戦いがこれで終結

お疲れ様、タスク。随所に挟まれるラッキースケベにクスリと笑い、最後にエンブリヲを斬った時は思わず拳を握りました。
幾度死に掛けても立ち上がり、最後の最後まで諦めなかった熱いきみこそアンジュの騎士に相応しい男だ!
あの世でも皆にアンジュとの熱い馴れ初めを見せ付けてね

エンブリヲもお疲れ様です。初期から異様な存在感を放っていたあなたも、下半身を除けばボスキャラに相応しい恐ろしさでした。
エンブリヲってここまで強かったんだな・・・
最期にヒースクリフへの憎しみを乗せて散っていく様は原作のように「エンブリヲw」とはならず、少し悲しい気持ちになりました。
彼もまた最期まで抗い戦った参加者なんだな、と。

そして対峙するヒースクリフと御坂、エドと雪乃と猫とアヌビス。
彼らの行く末が如何になるか。最終回まで応援します


532 : 名無しさん :2018/03/22(木) 21:13:49 LZ1tHhzE0
投下乙です。
前回の投下から1日で投下があるとは思いませんでした。
最悪の状況からタスクはよく頑張りました。最期まで人間代表として戦ってくれました。
劣勢が続く中でお約束の覚醒はわかっていても熱い!
アンジュの復活はご都合主義すぎだと思ったけど、理由があってよかった。
このロワは雷の能力者が多く今回の話は集大成のようなものでしたね。
「この轟く雷光がお前を葬る」という台詞がありましたがよく似合う。
アニロワシリーズ終盤の名物ロボ戦でしたが最期まで熱さと勢いを殺さず、終わりの儚い部分までお見事!
そして最期まで悪役であり続けたエンブリヲ。
作中でもありましたがちゃんみおを見捨てたことが分岐点でしたね。あの時期の彼は彼女のことを少しは認めていたから因果が……。
撃墜寸前まで自分が頂点に立つという驕りを捨てない姿は神よりも人間に近しい姿だと思いました。

また二作投下とはさらに驚きました。
ビリビリの台詞だけは正義の味方ですが、彼女もマーダー。
ヒースクリフが元凶の一人とはいえ、この二人に正義なんて存在しないんだなあ。
序文のタスクを見送るパートが切なくて大好きです。なぜかビリビリを応援したくなってしまう。

次で最終回ですか!
最期まで楽しみに待っています。


533 : 名無しさん :2018/03/23(金) 10:11:40 0yg9PAOI0
投下乙
まさかこの二人が因縁を清算できるとは思ってなかった。ロボにも乗らないで死ぬと思っていました
チート同然のヒステリカを相手にタスクは健闘してくれました。キルスコアは稼げませんでしたが彼の勝利でしょう
アンジュと一緒に安らかな眠りを……

エンブリヲも最後まで彼らしくあり続けていましたね
彼がロワを何回引っ掻き回したことか。死ぬ直前まで負の感情を表に出す姿は参加者の中で一番人間らしいかもしれない
熱い戦いと寂しい終わり、とても読み応えがありました

泣いても笑っても次で終わりなんですね
この物語がどのように完結するのか、楽しみに待っています


534 : 名無しさん :2018/03/24(土) 21:58:26 qSpKRDWU0
投下乙です
いつの間にか2作も投下されているとは
どちらの作品もラスボス級をよく単騎で倒せたなあと
前者は積み重なった布石の逆転勝利、後者は奇跡だけど必然の勝利、両者とも熱かったです

次が最終回ですか
他にエピローグがあるかもしれませんが楽しみにしてます


535 : 名無しさん :2018/03/26(月) 10:14:40 NUCiQDdo0
投下乙です
次で完結とはおめでたい!昨今の界隈を見るにアニメ系という把握が大変なジャンルで完結なんて奇跡ですね
終盤まで三人の書き手さんが残っていたのも奇跡だなあ
エンブリヲ一強と思われた戦局をタスクが愛と絆と己の意思で破ったのは熱い
この轟く雷光がお前を葬るはスパロボみたいな台詞で燃えました
エンブリヲの最後は原作のような勢いのままに殺されるものではなく、ある意味でロワらしい最後でした
もしちゃんみおを見捨てていなければみんなよりも先に首輪が外れていたかもしれない
そうしたら覚醒した力で参加者を皆殺し……という展開もあったのかなあ
次も楽しみに待っています


536 : ◆dKv6nbYMB. :2018/04/03(火) 23:34:13 1MyEJD6I0
遅ればせながら大作の投下乙です

> 死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か?

DTB組の集大成だけでなく、イザナミと広川も徹底的に掘り下げつつの圧巻の大激戦。
DTB節の効いたスタイリッシュな戦闘もさることながら、広川のアンバーへの説得(演説?)は極論ながらもどこか説得力を感じさせてしまう広川らしさがすごい。今まで補佐役だったぶん今回で一気にハジけましたね。
黒、銀、アンバー、広川、イザナミへの氏の思い入れがビンビンと伝わってきました。
各々の理想を追い求めた5人とも、ここまでお疲れ様でした

> 誰がために愛は在る

黒たちの静かで熱い戦いとは一変、熱戦・烈戦・超激戦!なタスクVSエンブリヲ。
初っ端から魂からの叫びのぶつかり合いと手に汗握らずにいられないアニロワ恒例のロボバトル。
そして最後に勝つのは嘘偽りのない愛と絆、そして泥臭くとも折れない意思。これぞまさにクロスアンジュ!
最期まで戦いきったタスクもエンブリヲ様もお疲れ様でし...あれ、エンブリヲ様?

>Remember Of Die
い、生きてた...!?と驚くのも束の間、やはりあれだけの手傷を負っては耐えられなかった。
ハーレム願望のある調律者の最期の言葉が怨念、しかも叩き斬ったタスクでも撃ち落した御坂でもなくヒースクリフへのものとなるとは。
エンブリヲからの憎悪を向けられても平然と受け流すヒースクリフ、契約者やパラサイト以上にそれっぽい男かもしれない。
エンブリヲ様、今度こそお疲れ様でした。


次回で遂に最終回、頑張ってください!


ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm32992497

支援&最終回直前記念動画です。
最終回EDではないですが、それはまた別で作りたいと思います。


537 : 名無しさん :2018/04/07(土) 21:54:03 JTuK8Ye60
アニロワif万歳...


538 : ◆qgPWULR5.A :2018/04/23(月) 23:22:43 XKseqSGM0
テストです


539 : ◆BEQBTq4Ltk :2018/04/23(月) 23:26:04 XKseqSGM0

皆様お疲れ様です。そしてお疲れ様です。感想ありがとうございます。
4月中の投下を目指していましたが、やはり年度末の3月に片付けるべきだったと後悔しているところです。
いつのまにか新しいアニロワが始まっていたり、とあるロワが復活を果たしていたり、聖杯も始まったり。

動画もありがとうございます。色々と懐かしいと思う場面もあり、此処まで来たんだな……と、しみじみしております。

さて、生存報告も兼ねてのお知らせです。

次回、アニメキャラ・バトルロワイアルIFの最終回だということは事前に予告していたとおりです。
それで、今回は投下日のご連絡になります。

4月30日(月)21時、投下開始
(予備日:5月2日(水)21時)とさせていただきます。

本当は確実なお知らせが出来ればよかったのですが、やはり年度初めは忙しく……。
土曜日には月曜か水曜かお知らせ出来ると思います。
本当はwikiの編集をもっと凝ったものにというか、キャラ名鑑?を埋めたりしたかったのですが……。

さて、本当に次の投下で最期となります。
もう少しだけ、お付き合いください。

それでは。
次に会う時、無事に投下出来ることを私自身が一番、祈らせてもらいます。


540 : 名無しさん :2018/04/24(火) 15:03:01 nqXqZffg0
うおおお!
ついにこの時が来るんですね。
全力で待機します!


541 : 名無しさん :2018/04/26(木) 21:17:37 cyM/QFrc0
アニ2や3を知っているとニーサンとビリビリがここまで頑張れたことに感動する


542 : 名無しさん :2018/04/30(月) 08:56:34 WE/p5V3k0
クマ「止まるんじゃないクマ...」


543 : 名無しさん :2018/04/30(月) 10:53:46 sVDCuuzM0
別に予備日になってもいいんやで
ちゃんと今月中に連絡をくれただけで嬉しい


544 : 名無しさん :2018/04/30(月) 14:21:59 rjjHcMT60



545 : ◆jvBtlIEUc6 :2018/04/30(月) 14:22:13 rjjHcMT60
てすと


546 : ◆BEQBTq4Ltk :2018/04/30(月) 14:22:38 rjjHcMT60
テスト


547 : ◆BEQBTq4Ltk :2018/04/30(月) 14:23:16 rjjHcMT60
何度もすいません
連絡が遅くなりましたが、本日の21時にお会いいたしましょう


548 : 名無しさん :2018/04/30(月) 14:53:39 WE/p5V3k0
今回のマーダー達の強さをランク付けしたらどうなるの?


549 : ◆BEQBTq4Ltk :2018/04/30(月) 21:02:52 .753T1qw0
お疲れ様です。
何とか帰宅出来ました(作品は数日前に完成していました)
若干、推敲出来ていない部分もありますが、誤字脱字等はWIKIにて修正します。

さて、投下を始めます。
これが最期の物語となります。それでは……!


550 : ◆BEQBTq4Ltk :2018/04/30(月) 21:07:14 .753T1qw0
ごめんなさい!急用で21:30にずれ込みます!本当に申し訳ありません。
その時間にはちゃんと帰ってきます。最期の最期まで慌ただしいですね


551 : ◆BEQBTq4Ltk :2018/04/30(月) 21:20:27 .753T1qw0
ただいまです。予定よりも早く帰ってこれました。

さて、再開というか、開始です


552 : ◆BEQBTq4Ltk :2018/04/30(月) 21:22:42 .753T1qw0

 眼前の少女はボロボロであるとヒースクリフは剣を構えながら、当たり前の情報を再確認する。
 誰が見ようと彼女を憐れむだろう。世間一般に言われる女子中学生の姿とはとても思えず、
 真っ黒に焦げた右腕。割れた額。鮮血に染まる瞳。
 それらの要素が目立っているが、実際には身体のいたるところが崩れているのだ。

 立っているのもやっとであろうに。
 彼女が斃れたとし、驚く人間はいない。ああ、遂にかと納得してしまうだろう。
 故に、この期に及んで更に能力を行使し、己の肉体に雷光を宿らせる彼女は異質の存在だ。

 ズバチイと落雷が響き、時を待たずに大気を震わせる。
 前髪が浮かび上がり顕になるは割れた額。雷光の影響か傷口から更に鮮血が流れ落ちた。

 たった一つの淡い希望を胸に抱き、彼女は立っている。
 言い換えてしまえば、己意外の人間を抹殺すれば大切な人が帰って来る。だから、彼女は止まらない。
 
「その先に待つ地獄に君は耐えられるのか」

 轟く雷光に掻き消されたヒースクリフの声は御坂美琴へ届かない。
 彼女は先に現状を地獄と称したが、真の地獄は此処に非ず。
 眼前へこれ見よがしに垂らされた餌(奇跡)を求め、彼女は振り返ることをしなかった。
 少なくとも、ヒースクリフが関わっている時間でそのような素振りを見せることはなかった。
 無論、知らぬ所にて過去に想いを馳せていることもあったのだろう。後悔したことも、涙を流したことも。

 彼女は此処まで辿り着いた。
 七十二の魂が詰め込まれた箱庭も、気付けば広く感じるようになり、残りは僅か一桁。
 ゴールの接近を自覚した時、気を抜く者もいれば、後少しだと気合を入れる者もいる。 
 そして御坂美琴は――後者であった。

「あんたにどれだけの苦痛を与えたところで、死んだ人間は生き返らない。癪だけど一瞬で終わらせる」

 発言だけを抜き取れば正義の味方として捉えられなくも無いが、彼女の立場は間違いなく悪だ。
 願いを叶えるために腕を赤く染め上げ、道を踏み外した存在であるにも関わらず、ヒースクリフを相手に正論を投げる。
 何故、殺し合いに巻き込まれたのか。お前さえいなければ。何故、ゲームが始まったのか。お前さえいなければ。
 
 一度の死を与えるだけでは生温い。永遠の苦痛に身を沈めさせようかと、溢れ出る殺意を一点に押し込めたかのように、鋭い稲妻が空間を疾走。


553 : To Be Continued :2018/04/30(月) 21:24:21 .753T1qw0


 認識なるものか。
 光の速さを知覚からの行動で対処出来る人間など、それはもう人の皮を被った怪物である。
 ゲームとしての調整がなされている今、御坂美琴の攻撃は何度と防がれた。だが、ヒースクリフに特別な力は残っていない。
 稲妻が彼の頭を貫いてリザルトへ。虚しい達成感だけが胸を支配し、ゲームは変わらずに進行される。
 ルーチンである。ゲームと称されれば、参加者同士の殺し合いはエンディングへ向かうための作業に過ぎない。
 ヒースクリフを殺し、更にもう一人を殺す。それらを数回繰り返し、待ち望んだ明日を手に入れる。御坂美琴にとっては流れ作業の筈だった。

「……冗談じゃないわよ。今まで猫でも被っていたのかしら。だとしたらあんた、本当に最低」

 思ったことをありのままに放り出し、稲妻を斬り裂いたヒースクリフを睨む。
 彼の装備は特殊な力を持たない剣であり、盾も鎧も所詮はそれまでの武具であったと認識していた。
 少なくとも稲妻を斬り裂くような力は持っていないはず。そのようなことがあれば、彼はどうして力を奮わなかったのか。
 雷光は幾度なくゲームを照らし、調律者が己の快楽を優先させれば、吸血鬼が時を止め、氷の女王が弱者を蹂躙する瞬間もあった。

 ヒースクリフは単なる戦闘力で見れば、強者の領域に足を踏み込んでいるとは思えなかった。
 ホムンクルスとの決戦でも、エンブリヲとの総力戦に於いても、彼の力に有り難みを感じた瞬間は零に等しい。

「君は知らないだろうから、教えておこうか。私はエンブリヲに再構成された時、いらぬ優しさを受け取った」

「知ってるわよ。あいつのせいであんたは長くないし、スキルっていうインチキも消されたんでしょ」

 お父様へのカウンターとして、ヒースクリフは大きな代償を支払った。
 神の悪戯と云えば少しは可愛らしさも感じるが、実際には己の世界に引き籠もったナルシストの自己満足である。

「そのインチキが私に返って来ただけだ。これで少しは戦えるようになったつもりだが……試させてもらおうか」

 刹那、雷光とは異なる光が世界に煌めいた。
 ヒースクリフの握る剣が、盾が聖なる光を纏ったのだ。
 名を神聖剣。かのゲームマスターたる茅場晶彦が持つスキルである。

「あっそ」

 それがどうしたと云うのか。
 欠片の興味も抱かずに、御坂美琴は静かに右腕へ雷光を集中させる。
 稲妻を斬り裂こうが、力を取り戻そうが彼女には関係なく、ただやるべきことを遂行するだけ。
 目の前に立ち塞がるなら、殺す。願いを叶えるための犠牲となれ。

 彼女が興味を示すとすれば、ヒースクリフが力を取り戻した理由であろうが、
 それさえもどうでもいいと思い、右腕から迸る紫電が空間を走り抜けるが、ご丁寧に剣閃によって掻き消され、少女の舌打ちが響いた。





554 : To Be Continued :2018/04/30(月) 21:24:52 .753T1qw0


 天空を彩る対の機神が消えていたことに、エドワード・エルリックと雪ノ下雪乃はタスクが勝利したのだろうと、確信したかった。
 現実は甘くなく、彼の勝利を信じているのは事実であるが、最悪の可能性という小さくも揺らぐことのない行燈が心を照らす。
 相手であるエンブリヲは強敵だ。調律者を名乗り、神と同系統の本質を司る男は間違いなく、人間の枠を超えた存在である。
 下衆で、傲慢で、悪趣味で、屑であるが、それらを言い換えれば、我を貫き通す確固たる意志を持つ男。
 タスクが勝利を掴むことを大前提にしても、無傷という訳にはいかない。それらは敵対した自分達が一番わかっていること。

「俺達は、やれることをやるだけだ。それで必ず……帰るぞ」

 雷光の轟いた地点を目指している間、気付かぬ内に口数が減っていた。
 必要以上に重くなった空気を打ち払うべく、微笑を浮かべエドワード・エルリックは再確認の意味も添えて拳を握る。

「タスクはエンブリヲを倒すって言った。黒も、アンバーも……だから」

 振り向けば今にも倒れそうな程に顔の悪い雪ノ下雪乃が下を向いていた。
 騎士の消えた空、仲間を残した地獄門が彼女の心を締め付け、地上を照らす雷光が不吉な予感となり、隙間を埋めてしまう。
 大切な仲間を遠くから感じられず、それでいて、敵対者と思われる能力だけは視覚と聴覚がその存在を抑えている。
 はっきりと言えば不公平だ。この世に神がいるならば、相当に悪趣味な存在であろう――エンブリヲのように。

 自然と足が重くなり、顔も空を見上げず、足先だけを見つめていた。
 アヌビス神が何か言葉を掛けようと模索するも、生憎と嘗ての所有者達は雪ノ下雪乃と別系統の人種であり、浮かぶ訳がない。
 彼女の少し先を歩く猫だけが振り向いたエドワード・エルリックに気付き、足を止めた。

「そうだな。黒から頼まれただろ、御坂美琴を止めろって」

 刹那、背後――地獄門から嫌な予感がしたのか、猫は言葉を詰まらせる。
 言霊が駆け抜けたような、肌の表面を薄ら寒い風が触り、全身の毛が逆立った。
 エドワード・エルリックが心配するようにしゃがみ込み、猫の顔を覗こうとするも、前足で払う。

「心配するな。俺も、あいつも……大丈夫だ」

 聞かれてもいない事を口走り、自分も自分とて知らぬ間に追い込まれている状況に猫は溜息を吐く。
 冷静に分析せずとも、地獄門に残った彼と彼女の勝率は――やれやれと瞳を閉じる。
 契約者が合理的とは誰の言葉だったか。猫が出来ることは彼等の勝利を願うことだけ。
 ならばエドワード・エルリック達に付き添い、御坂美琴を止めるための礎となろう。黒に託された願いでもある。

 自分の役目を改めて明確にし、そんな彼の言葉に続くよう、雪ノ下雪乃は顔を上げた。

「言う必要も無いと思っていたけれど、私も大丈夫だから。
 たとえばパニック障害になっているだとか、死者の怨念に足を止められている訳でもないから」

 キッパリと。
 強い決意を秘めた瞳に、凛とした顔付き。
 麗しい黒髪が風に靡き、昇り始めた月が彼女の握るアヌビス神を輝かせる。


555 : To Be Continued :2018/04/30(月) 21:25:19 .753T1qw0


「……気にかけてくれたのは、ありが……とう。でも、本当に大丈夫だから、気にしないで。
 それよりも自分のことを考えたらどうかしら。どうも貴方は彼女――御坂美琴と特別な因縁があるように見えるけれど?」

「……よくそんなスラスラと出るな」

「何か言ったかしら」

「――って、エドワードが言ってたぞ」

「ち、違うよなあ!?」

 反射的に大声を上げてしまい、咄嗟に機械鎧の腕で口を覆うも遅い。
 緊迫した戦況の中で軽はずみな行動をしてしまったと、顔を赤らめるエドワード・エルリックに猫は呆れたように小言を呟く。

「変な部分で真面目だな。近くには誰もいないだろ」

「う、うるせえなあ」

 遠くで轟く雷光。
 仕掛け人は御坂美琴か足立透か。
 恐らく、前者であろう。根拠や状況を裏付ける情報はない。
 ただ、確信だけがあった。それに足立透は佐倉杏子が止めてくれると、エドワード・エルリックは信じている。
 無論、彼女達が鉢合わせていることすら、彼は知らない。だが、彼女ならば――そう願わずにいられない。

 彼が、雪ノ下雪乃が、猫が黒とアンバーを信じているように。
 佐倉杏子とタスクの勝利もまた、心の底から信じている。その想いに偽りなどあるものか。

 残った黒が負けるのか。タスクがエンブリヲに殺されるのか。
 そんな未来は否定する。ありとあらゆる可能性の集合体を引っ括めIFと呼ばれるが、知ったことじゃない。
 両頬へキツけの一発をかまし、エドワード・エルリックは猫へ視線を落とし、次に雪ノ下雪乃の瞳を見つめ、

「……これまで大変ことが沢山あったと思う。ホムンクルスとの決戦やエンブリヲの叛逆もな。
 それに、俺と合流するまでにも、辛いことだって……別れが沢山あったと思う」

 月を見上げると、まるで自分達を高い所から嘲笑っているようだ。
 機械鎧の腕を伸ばし、月を掌に収めるように拳を握ると、月光に負けぬ笑顔で彼は言い切った。

「絶対に勝つぞ。俺達で御坂美琴を止めるんだ――このふざけた殺し合いを止めるのは、生きている俺達にしか出来ないんだ」

 ――それが、あいつらに出来る、唯一の恩返しだから。

「突き抜け過ぎて、逆に驚かないぐらいの臭い台詞ね。その手の発言をする人にいつも思うのだけれど、恥ずかしくないのかしら?」

 不安を取り除いたつもりだったが、雪ノ下雪乃は相も変わらずに言葉を投げ付ける。
 猫の言い分では無いが、よくも言葉を紡げるものだ思う一方、静かに震えている彼女の身体をエドワード・エルリックは見逃さない。
 恐怖の感情は忘却の彼方へ追い遣ろうとも、心の空白を埋め尽くす一種の麻薬である。
 雪ノ下雪乃は何度も死線を潜り抜けた。度胸も経験も殺し合いを通じて、彼女の大きな糧となったであろう。
 だが、彼女自身が強くなった結果には至らず。出会いと別れを繰り返し、山場を超えたのも事実だ。
 しかし、彼女の世界は優しさに溢れ過ぎていた。無論、彼女からすれば、優しさなど偽善と見せ掛けの繁栄だっただろう。
 多くの世界か混じり合った末、血と硝煙の薫りに遠ざかる場所に身を於いていた彼女にとって、殺し合いという悪夢は劇薬を超えた地獄と同義。

 生き残るために銃を、刀を握った。
 人が死ぬ瞬間を間近で見てしまった。
 大切な人がこの世を去る瞬間――脳裏に焼き付いた光景が今でも胸を埋め尽くす。
 多くの仲間が先に旅立ったが、未だに死の概念に怯える自分が、雪ノ下雪乃は好きになれなかった。


556 : To Be Continued :2018/04/30(月) 21:25:49 .753T1qw0


「――行くぞ。タスクだって言ってただろ、喫茶店をやるって。そのために、俺は……俺達はまだ止まれない」

 ふと肩に置かれた掌の暖かさが、あれだけ震えていた雪ノ下雪乃の身体を一瞬に穏やかにさせる。
 顔を上げれば、平均よりも身長の低い男が闇をも消し去るような笑顔を浮かべていた。
 強い人――彼女は本心からそう思い、ならば自分は彼の足を引っ張るようなことは許されないと改めて決意を固める。
 塵を落とすように彼の腕を払うと、遥か先に轟く雷光目掛け、彼女は歩き出す。
 途中、猫が此方を見ているも一瞬の視線すらくれてやらず、やがて背中に集中を感じると、踵を返した。

「私達はやれることをやるだけ、だったかしら」

 風によって膨れ上がる黒髪。
 雪ノ下雪乃の瞳は揺らぐこと無く、身体に若干の震えが残るも、彼女は前へ進む。

「強いな」

「ああ、だから俺は絶対にあいつを守らなきゃならねえ」

 靴裏と砂利の擦れる音がエドワード・エルリックの言葉を掻き消した。
 雪ノ下雪乃の耳に届けば、また何を言われるか分からない。そう思うと、自然に苦笑が浮かぶ。
 そしてその表情を曇らすかの如く、雷鳴が轟いた。
 一帯を埋め尽くすような放出に非ず、世界に亀裂を生む稲妻――あの女が、この先で待っている。





557 : To Be Continued :2018/04/30(月) 21:33:46 .753T1qw0


 御坂美琴の右腕から放たれた雷光が大地毎削り上げ、ヒースクリフを殺さんと突き進む。
 砂塵が舞う中、彼を距離を取ること無く素早い剣の一振りにより、雷光は真っ二つに斬り裂かれ、風に消えた。

「その力を最初から披露していたら、こんなことにはならなかったんじゃないの。
 雷を正面から斬れる力を持っていながら、あんたは自分から動こうとしなかった」

 数十分の間に延々と繰り返される応酬に御坂美琴の息が上り始め、彼女は休憩がてらに言葉を投げる。
 黙って仁王立ちでもしていれば、生命の保証は無い。
 ふと視線を落とせば壊死した右腕から赤よりも黒の割合が強い鮮血が吹き出ていた。
 既に限界を超えているが、無理の果てに設定されている最後の壁に激突寸前であり、この右腕が日常生活に適応することはないだろう。
 それも残り数人を殺せば終わる。無理をするのも、無茶をするのも、自分を偽るのも、全てが終わる。

「もっと救えた人がいたでしょ。私が知る限りでも、あの明るくて人懐っこい女の子だって」

「……誰だろうか。無垢で純粋な年頃の子は数名の心当たりがあってね」

「ふざけんじゃないわよ」

 彼女の左腕に雷光が灯り、その光景にヒースクリフは瞳を細ませ、微笑を浮かべた。

「無理は感心しないな。仮に私を殺したとしても、他の参加者相手に君の身体は保つのかな」

「あんたから挑発しといてよく言うわ……本当に、碌でもない人間なのね――ッ!」

 雷光が槍を型取り、彼女は狙いを定めることなくぶっきら棒に投擲。
 放たれた雷撃の槍はヒースクリフへ吸い込まれるも、彼は盾で軽く打ち払うと、誰も居ない後方へ瞳を流した。

「……そうか」

 ヒースクリフの呟きに対し、御坂美琴は何に対しての小言なのか脳内の情報を洗う。
 しかし、たったの一言に解答を見付けるのも馬鹿馬鹿しくなり、早々に思考を切り上げた途端、彼の身体にノイズが疾走った。

「私の身体が保つのかって言ってたけど、他人の心配をしている余裕があんたにあるわけ?」

 調律者エンブリヲによる再構成。エドワード・エルリックの人体錬成による弊害。
 ヒースクリフ――茅場晶彦の身体は他の参加者に比べ何重にも外部からの干渉を受けている。
 此度の殺戮の黒幕を担う一人であるが、彼は人間である。ホムンクルスでも無ければ、契約者にも含まれず。
 魔法だの超能力だのエンブリヲだのと、世界の枠組みすら異なる能力は異端を極める劇薬である。
 それらを何度も己の身体に投与されているとすれば、限界や崩壊が化学反応となって具現化することに不思議は無いだろう。


558 : To Be Continued :2018/04/30(月) 21:34:14 .753T1qw0

「黒……君は君のやるべきことを成し遂げたかどうか、後でゆっくりと聞こうじゃないか」

「は?」

「なんでもないさ。君の言うとおり、他人の心配をしている余裕はなさそうだ」

 後方から――地獄門の方角へ背を向け、ヒースクリフは剣を握る腕に力を込める。
 相も変わらず周囲に僅かながら雷光を放出させている御坂美琴へ攻撃を加えるには、距離が問題である。
 授けられたスキルを用い、彼女の雷撃を全て無力化しているものの、決定打はおろか一太刀すら浴びせられていない。
 これでは彼女の身体に傷を付ける前に、自分の身体が先に消滅するだろう。其れは彼にも悪い――さて、どうするかと、ヒースクリフは改めて御坂美琴を視界に収めた。

 右の瞳に鮮血が混じり、右腕は炭の如き黒さ、その他損傷は数を上げればキリがない。
 雷光が迸る度に彼女自身の身体が照らされるため、肌に浮かぶ痛々しい痕が余計に目立つ。
 無論、情など湧くはずも無く、ヒースクリフは御坂美琴の生命を葬ることを考える。

 黒は予測であるが、消えただろう。
 地獄門からの反応がノイズとなって身体へ干渉し、箱庭世界の崩壊を更に早めた。
 彼の背中を追うには、まだ早い。傍観者を気取るつもりであったが、調律者が参加者を一箇所に集めた瞬間から全てが狂ったようだ。
 別の方角で轟いていた雷鳴は何時の間にか消え去っており、つまりは足立透に何かしらの終わりが訪れたのだろう。
 消去法で考えれば、彼の相手は竜の魔法少女――佐倉杏子しかあるまい。
 道化師は彼女を制したのか。仮面を割られたのか。何にせよ数が減ったことに変わりはない。

 残るエドワード・エルリックと雪ノ下雪乃はまだ此方に辿り着いていない。
 ならばヒースクリフに出来ることは唯一つ、御坂美琴の相手である。しかし、彼は改心などしておらず。
 此度の責任など取るつもりもなければ、未だにゲームの結末を見届けたいと思っている節もある。
 やはり、エンブリヲが全てを狂わしたのだ。彼が余計な行動を起こさなければヒースクリフはアインクラッドで独り消滅していた。
 彼が表舞台に再び引き摺り上げられたこと。その後にアンバーらと再接触したこと。そして失われた能力を取り戻したこと。
 
 ――全く、本当に規格外の力を持っている。腐っていれど、世界の神を司るだけのことはある。

 何度目になるかも分からない御坂美琴の雷撃を盾で打ち払い、ヒースクリフは大地を蹴り上げる。
 消耗戦も悪くないが、自分自身にタイムリミットが設けられている状況を考えれば攻めに出るのも悪くない。
 最も御坂美琴が悠長に戦闘を長引かせるなどあるものか。彼女からすれば一瞬で相手を消し炭するのが理想だ。
 いつ何時、殺されてもおかしくない。ならば――絶命する前に一太刀を浴びさせようか。


559 : To Be Continued :2018/04/30(月) 21:34:41 .753T1qw0



「……出力を雑に絞った雷撃じゃ斬られたり払われたりで届かない。
 じゃあ、どうするかなんて決まってる。鋭く絞るか、圧倒的な力で消し去るか――それとも」

 ふと風が吹き去り、右腕から何も感じないことに気付いた御坂美琴の瞳が刹那、暗くなる。
 ああ、ここまで壊れていたのだと、今更になって彼女は筋肉繊維を電気で刺激しなければ全く動かない右腕に視線を落とす。
 酷使しなければ生き残れなかった。限界を超えなければタスクを空へ翔ばすことも叶わず、全ての生存者はエンブリヲに蹂躙されていただろう。
 何処で道を間違ったのかなど、彼女は足を止めない。唯、目に入ってしまった自分の身体の一部とは思えない存在に、一瞬だけ脳の処理が追い付かなかった。

 ――こんな私が願いを叶えてもいいのかな……なんて台詞、死んでも吐かないわよ。

 顔を上げれば此方に迫るヒースクリフに合わせ、彼女も大地を蹴り上げた。
 本人しか気付けない程度に電流を身体へ走らせ、筋肉を刺激することにより、彼女は刹那の間、加速する。
 能力を行使する度に身体の到處から機械がショートしたような音が聞こえてくるも、御坂美琴は止まらない。
 諦める瞬間は之まで何度もあった。道を振り返る時間だって、元の鞘に納まる時間も少なくは無かった。
 それら全てを跳ね除け、たった一つの淡い希望を願い続けたのだ。

 最期の一人となって、願いを叶える。

 彼女は最初から一貫していた。
 アカメと出会い、槙島聖護に遭遇し、真の始まりは前川みくを殺害した時から。
 戦闘になったことも、諭されたことも所詮は結果論である。明確な殺人に手を染めた瞬間に、彼女の道は決まってしまった。

「チィ! そんな力があるならもう少しは救えたんじゃないの? 弱い人とか、戦えない人とか!」

 牽制代わりに絞り放った雷の針は簡単に掻き消された。
 ヒースクリフもまた、己の勢いを殺さず剣を振るい、着実と距離を詰める。
 この男、本当に力を隠していたならば、最悪の最低を超えた大狸であると御坂美琴は嫌悪感を隠しきれない。
 彼が真剣に戦っていれば、ホムンクルス戦で誰も苦労していなかっただろう。自分も四肢を失う失態を犯すことはなかったかも知れない。
 エンブリヲとの激戦でも同じことである。調律者は彼を戦力外と称し、御坂美琴も同じであった。
 ヒースクリフ――茅場晶彦は此度の殺戮の関係者でありながら、主催者の椅子から弾き落とされた哀れな男と認識していたのだ。
 それが今になれば、学園都市が誇る超能力者の第三位の雷撃を全て無効化しているなど、誰が信じるものか。

 先に御坂美琴はヒースクリフが本気を出していれば救える生命があったと問うた。
 音ノ木坂学院に於ける騒動の際、彼女は嘗て自分とキング・ブラッドレイを襲撃した一人の少女と再開した。
 道化師が必死に学院内を逃げ回り、その背中を一人の学生が追いかけ、一瞬の静けさに包まれた廊下に彼女が現れた。
 何処か悟ったような表情で、それも笑みが灯っていた。曰く、鳴上悠なる者が信じてくれた――その者は御坂美琴にとって眩しすぎた。
 とても自分とキング・ブラッドレイを襲った少女と同一人物とは思えず、殺めるその瞬間まで瞳を逸らすことは無かった。
 彼女に何があったのかは知らないが、仲間を見付けることが出来たのだろう。踏み外した道を修正したに違いない。

 己の罪と向き合い、罰を受ける道を選択したのだろう。


560 : To Be Continued :2018/04/30(月) 21:35:13 .753T1qw0


 最期の台詞すら儚い。とある少女二人に対する謝罪だった。
 其の言葉を御坂美琴は自分の口から伝えろと告げ、電流が少女――島村卯月の脳天に迸った。
 その後、学院が更なる騒動の渦中に陥ったのは言うまでも無いが、その際に一人の少女がこの世を去った。
 後に情報交換で知ったが故、御坂美琴は実際に目にしていないが、どうも釈然としないのだ。
 本田未央。彼女の死を止めることが出来たのでは無いだろうか。
 エンブリヲの力ならば応急処置程度など造作も無い。血流等を操った襲撃者に対し、本気を出したヒースクリフならば遅れを取ることは無いだろう。
 彼女は彼等に捨てられた可能性がある。口にすればエドワード・エルリックを始めとする一部の正義の味方気取りと口論になるため、御坂美琴は今まで胸に閉じ込めていた。

 本当に下郎の二人が彼女を見捨てたのであれば、腐った話であろう。
 しかし、あの襲撃者に対し学院に残っていた生存者が窮地に陥ったのは確かである。
 ヒースクリフ自身に生命の危機が及んでいたのだが、彼は平常運転だった。故に、あの瞬間はまだ、能力を制限されていたのでは無いだろうか。

 きっかけが在るとすれば、エンブリヲに再構成された瞬間が第一候補であるが、彼は力を出していない。
 人造生命体との決戦も、調律者との争いにも彼はスキルの行使など一切していない。
 ならば、その後に何か――己の枷を外す出来事があったのだろう。

 ヒステリカの猛攻により、生存者が吹き飛ばされ、自分と対面した彼は力の影を見せなかった。
 故にこの瞬間はまだ覚醒していないと仮定し、ならば再び別れた後に何かがあったのだろう。
 そして再び対面した時、彼は己に科せられた天元を突破し、覚醒者として最期の表舞台に上がった――そう、制限を超越したのだ。

「本当にデタラメな奴ね。あんたみたいに急に強くなった男は一人しか知らない」

「さて……そのような参加者が居たかな?」

「白々しいわよ、何をされたかは知らないけど、悪趣味な下衆神のお零れでドヤ顔するのは気持ちいいかしら……ッ!?」

 御坂美琴は左腕に溜めた雷光を地上へ放ち、一種の爆発となった現象の力を借り空へ跳ぶ。

「エンブリヲは言った――どうしてお前なのか、と。あいつは最期まで他人の掌の上で踊ることを嫌っていた。
 故にタスクとの勝負に破れ、己の死期を悟った奴は許せなかったのだよ。最期まで憎んでいた私のことや、願いを叶えようとする君のことが」

 ヒースクリフは静かに剣を構える。

「奴は私に力を授けた。一部の生存者のことを見直してはいたからな……エドワード・エルリックが良い例だ。奴隷とは云え、新世界に連れて行くとまで言ったのだからな。
 だが、奴とタスクは決して交わらない。我々との衝突は必然だったんだ。最期の最期に奴は誰でもいいからこの殺し合いを破壊するべく、誰かに力を授けようとした」

 ――どうして貴様なのだ。


561 : To Be Continued :2018/04/30(月) 21:35:58 .753T1qw0

 調律者は最期まで憎んでいた。
 己を騙し、出し抜き、コケにした茅場晶彦を。
 彼の首を刎ね落とさんと、本田未央を犠牲にしてまで執着してしまった。

 ヴィルキスに撃墜され、それでも神は死ななかった。諦めきれなかったのだ。
 下等生物の代表種であるホムンクルスに不覚を取り、唯の一端の人間に遅れを取った自分がこのまま終わってたまるかと。
 此度のゲームが他者の願いを成就させる茶番に辿り着くなど、不愉快の極みであった。
 故に覇道を突き進む御坂美琴と足立透を止める必要があった。生命の灯火が消える調律者は最初に出会った生存者に力を授けるつもりだった。
 それがよりにもよって最も憎んでいた茅場晶彦とは、流石の調律者も想像していなかったであろう。
 最期の最期まで彼は神としての面目を潰した人間を恨み続けた。最も茅場晶彦は再構成の際に生命のリミットを設定している。
 願わくば彼が死ぬ瞬間をこの目で収めたかった――エンブリヲはこの世を去る瞬間まで一人の人間らしい感情に囚われていた。

「あんたに力を授けることになるなんて、流石に同情するわ……でもお似合いの最期よ」

「全くだ。奴は多くの運命を変えてしまった、それも悪い方向にな。エンブリヲだけが望んだ最期に至るなど、神が許さないさ」

「……いちいち触るような言い方してるけど、それ全部あんたにも当て嵌まるから。どんだけ自分を棚に上げてんのよ」

「君の言い分もご尤もだ。だが、完全に当て嵌まる人物が私の他にいると思うのだが……君はどう思う?」

「はいはい――そうですかァッ!!」

 自分も同種だと御坂美琴は重々承知している。己が嫌に成る程に。
 多くの存在の運命を変え、自分だけが最期に願いを叶えようしているのだ。
 そんなものは分かっていると、怒号を放ち、天に掲げた左腕に雷光を収束させる。

 此度の攻防に於いて、ヒースクリフは一つの過ちを犯している。
 彼は空へ跳んだ御坂美琴の着地を狙おうと、剣は構えた。だが、彼女は降りて来ない。
 周囲に電磁波を発生させることにより空中に座標を固定、飛び込むような形で静止し、天高く翳すは左腕。


562 : To Be Continued :2018/04/30(月) 21:36:44 .753T1qw0



「私がもう、光を浴びれない世界の住人に片足を突っ込んだことは分かってる! 片足どころじゃない、全身よ!
 自分の願いを叶えるためにどれだけの生命を奪ったかなんて考えたくない、でも……それらに背を向けて生きれる程、器用じゃないのよ!」


 雷光が輝き、雷哮が冴え渡る。
 ミョルニルにも劣らぬ稲妻の収束体が、御坂美琴の怒りと共に振るわれた。

 ヒースクリフのスキルは強力である。アインクラッド内に於いても、ゲームマスターたる彼の地位は絶対だった。
 だが、全てを葬り去るような、謂わば神話上の神の一撃に部類される災害を受け止められるものか。

 雷槌を斬り裂くにも、触れた瞬間に剣は砕け、盾もまた無に還る。
 ノイズが走り、構成もまま為らぬ身体に測定不能の雷撃が駆け巡り、彼の膝が折れた。
 圧倒的な一撃である。小手先の技術も、概念すらも消し去り、無慈悲なまでの雷槌。


 雷光に包まれる中、天を見上げたヒースクリフの瞳に映るは、壊死した右腕を振り降ろす御坂美琴。


「あんたには一撃じゃ生温い!
 殺した人達のことを忘れることが出来たらどれだけ幸せなんだろうって何度も思った! だけど、そんなこと出来る訳無いじゃない!
 なら私は一生背負って生きてやる、そうすることしか出来ないんだから。だからね――本当は嫌だけど、あんたのことだって、忘れないでいてあげるわよォッ!!」


 対の雷槌が此の刹那に炸裂し、周囲は世界を斬り裂く雷鳴に包まれた。
 地獄門の異変を掻き消す程の稲妻が世界を焼き殺し、其の中心に立つヒースクリフが無事で或るものか。


「君は――この世全ての悪と対面して尚、その決意を貫き通せるのか。一足先に、天で期待させてもらおう」





563 : To Be Continued :2018/04/30(月) 21:37:40 .753T1qw0


 僅かに残っていた草木を焼き殺し、焦土と為った大地の上で御坂美琴は空を見上げていた。周囲には何故か引っ掻き音が響き渡る。
 今にも堕ちて来そうに錯覚してしまう偽りの月を眺めながら、だらしなくぶら下がった右腕が揺れている。
 ヒースクリフへの追い打ちに右腕を使ってしまったが、まだ身体に付いている。本人からすれば、千切れると踏んでいたのだ。
 残っていたのは幸運である。元の世界へ帰還すれば、名医であると噂されているカエル顔の男にでも手術を頼もう。
 戦闘に使えずとも、物を持ったり、誰かに触れる事が出来るような、日常へのシルシとして復活してもらおう。

 そのためにも、もう少し。
 残り数名を殺害すれば、帰れる。


「黙って死んでおけばよかったのに。それもインチキ?」


 月から視線を逸し、辛うじて元の形を留めている大地へ。
 嘗てエドワード・エルリックが描いた錬成陣の上に一つの肉体が転がっていた。
 御坂美琴からすれば死体同然であるが、彼は生きていた。

「食い縛りかも知れないな」

 始まりの男、ヒースクリフ。
 彼は対の雷槌を受けて尚、生きていた。
 無論、死亡するに申し分の無い一撃であることは言わずもがな。
 彼と――キリト。二人の参加者は体力制だった。一定の範囲を超えなければ、彼等は喩え四肢を切断されようと、出血多量如きで死を迎えない。

 胴より下が失われ、ヒースクリフは仰向けで夜空を見上げるしか、することが無かった。
 残りの上半身も消滅が始まり、彼は剣の破片を握り、錬成陣に新たな術式を刻む。

「――ッ、本当にあんたって奴は」

 往生際の悪い男に御坂美琴は左腕を振るう。
 雑な軌道で放たれた雷光がヒースクリフ周辺に着弾し、周囲が爆ぜる。


564 : To Be Continued :2018/04/30(月) 21:38:09 .753T1qw0


「願わくば最期まで行く末を見届けたかったが、叶わぬか――それも、仕方あるまいな」

 宙を舞うヒースクリフは孤独に立つ彼女を見ていた。
 狂ったことを自覚しながら、己は狂っている中でもマシな部類だと言い聞かせる哀れな敗北者を。
 仮に彼女が全てを殺害したとして、最期に待ち受ける存在を前に、心を保てるのだろうか。
 一人の人間が、それも多感なる時期の少女がどのような結末を迎えるのか、此の目で確かめられないことが残念だと声に漏らす。

 雷爆による衝撃と調律者によって定められた生命の限界により、ヒースクリフの身体は粒子となって無に還る。
 此度のゲームの運営者にして唯一の参加者が、其の生命に幕を下ろす。
 彼が最期に目にするは、二人の希望だった。ゲームを通じてドラマを生む、どうしようもないお人好し。
 


「本当に残念だ。此処からが、本番だと……言うのに」



 ほんの小さな風が吹いた。
 光る粒子を地平線まで運び、始まりの男が世界を去る。
 そして、彼の死を以て、箱庭世界に於ける生存者は正真正銘、生存者のみとなった。


「随分と遅い到着ね。あと三分くらい早かったら、救えたかも知れないのに。
 まあ、あいつを救いたいと思う奴なんてあんたぐらいしかいないと思うけど――エドワード」

 
 鋼の錬金術師エドワード・エルリック。アヌビス神と共に立つ雪ノ下雪乃。
 彼等が到着し、ヒースクリフの消滅を見届け、御坂美琴は静かに呟いた。
 まるで目の前の塵が風に飛ばされたような、注目はすれど、興味を抱かないような冷めた瞳だった。


565 : To Be Continued :2018/04/30(月) 21:38:34 .753T1qw0


「お前……やりやがったな」

 エドワード・エルリックの代名詞とも呼べる機械鎧の拳が力強く握り込まれた。

「あんな奴、死んでも困らないでしょ。あいつが居なければ、こんなことにはならなかった」

「その通りだ。だけどよ、ヒースクリフが居なければ、此処まで俺達は辿り着けなかった」

 御坂美琴の言葉を一蹴し、彼はまくし立てる。
 この世に失っていい生命などあるものか、意味のない人生などあるものか。

「あいつの知識に俺達は何度だって助けられた。それはエンブリヲだって同じだ、勿論あいつらを許せなんて言うつもりはねえ。
 でもな、目の前に救える生命があるなら、どうして手を伸ばさない。なあ、御坂。俺は嫌なんだ……これ以上、誰かが死ぬのは」

「弱い言葉は聞いててイライラする」

「絵空事を言っている自覚はある。だけどな――甘い事を言っているつもりはねえよ」

 何度、聞いただろうか。
 肉と金属の合わせ音――鋼の錬金術師が掌を合わせた。
 蒼白の錬成光が彼を包み、気付けば機械鎧の腕に刃が付与されていた。

 同時に雪ノ下雪乃もアヌビス神を構える。
 肩で呼吸を整え、弱い心に蓋をし、この瞬間だけは刀身に全てを委ねる。

『これが最期の戦いかもしれねえ。少しの無茶は許せよな』

「最期だからって気を遣うなら、最初からそうしてほしいものね。それと、無茶している自覚はこれまであったのかしら。だとしたら、それは少し驚きね」

『……すいません』

 








「甘い事は言わない、か。いいわね、それ。
 だったら不意打ちが卑怯だとか、口上の途中に攻めるなんて常識知らずだとか……言いっこ無しだから」









 御坂美琴の焦げた右腕が振るわれた事に気付いたのは全てが終わった後だった。
 鼓膜をも斬り裂くように、大地を抉り、空を割き、世界を揺るがす容赦のない稲妻が地上を迸る。
 誰もが反応出来ず、あまりの不意打ちにアヌビス神さえもが身体を撚る程度にしか動けない事態となり――


566 : To Be Continued :2018/04/30(月) 21:42:15 .753T1qw0



「ゆ、雪乃……? それに猫も……?」


 エドワード・エルリックが全てに気付いた時、彼の隣には表面が焦土となった大地だけだった。


「あんた、知ってる? 人間ってのはね、誰もが劇的に死ぬ訳じゃないのよ。私も感覚が麻痺してたんだけどね。
 タスクとエンブリヲのように激戦の果てに誰もが死ねる訳じゃないの。あの赤い女の子だって、どうしようもない足立だって、それに……黒、だっけ。
 あいつらもどんな死を遂げたかなんて分からない。分かりたくもないわね……興味が無いって話。でも、あんたは気になるでしょ? だったらあの世で聞きなさいよ」


 心が感じるよりも先に、脳が情報を整理するよりも早くに、彼は大地を駆けた。
 疲労が溜まり、今も悲鳴を上げる身体に一切気に掛ける事無く、距離を詰め機械鎧の腕を振り上げる。

「御坂ァ!」

「なによ、当たり前のことをしただけでしょ!」

 御坂美琴は壊死した右腕に砂鉄を纏わせ、定番の筋肉を刺激させ、振り下ろされた刃を防ぐ。

「そんなに願いを叶えたいのか、目を覚ませ!」

「そればっか……目を覚ますのはあんたらの方でしょ」

 最年少の国家錬金術師・鋼の錬金術師と超能力者・超電磁砲。
 共に幼いながら類稀なる才能を持つ存在であるが、体術は我流に近い。
 泥臭く、教科書に載らない応酬が繰り広げられる。

「最期の一人になれば願いが叶う、ならそれに従えばいいじゃない」

「誰かを犠牲にしてまで、自分の願いを叶える奴があるか!」

「そんなの――聞き飽きたわよッ!!」

 御坂美琴は後退し、怒号と共に雷撃を放出。
 彼女の眼前から迫る一撃にエドワード・エルリックは小石群を拾い上げ、纏めて錬成し一枚の板を作り出す。
 雷撃と衝突し、小規模な爆発が発生。間近に立った彼は煽りを受け大地を転がってしまう。
 立ち上がる瞬間、更に稲妻が襲来して来たため、慌てて転がり、回避する。

「黙って死ねばいいのに。あんたもあの子の後を仲良く追いなさいよ」

「死んでねえ……あいつは、死んじゃいない」

「……馬鹿ね」


567 : To Be Continued :2018/04/30(月) 21:42:56 .753T1qw0


 立ち上がったエドワード・エルリックを見つめる御坂美琴の瞳は冷めたものだった。
 何度でも立ち上がり、叶いもしない夢を追い続け、その身を犠牲にしてでも明日を目指すその姿が嫌いだった。


「現実を見なさいよ。どうせ、みんなもう死んでるのよ。少なくともタスク、エンブリヲ……それとヒースクリフ。あいつらは死んだ。
 だったら残りの生存者は片手の指で足りる。私とあんた、それに黒ぐらいよ、可能性があるのは……佐倉杏子か足立透だっけ? どっちかは生きているかもしれないけど」


 どんな困難にも立ち向かい、傷付いても何度だって立ち上がる。


「せっかく充電したのに殆ど残ってないの。最期までヒースクリフの掌の上で踊らされていたのが本当に腹立つ。
 それに、あんたがもう少し早く来ていれば、私だって余計なことを言わずに済んだし、電気の消耗だって軽くなってた」

 
 正義の味方めいた姿に、頭の中にノイズが走る。
 本来ならきっと、自分もそちら側の人間だっただろうに。


「それでも此方に来てくれたことは助かったわ。探す手間が省けたしね。この世界だってヒースクリフみたくノイズが疾走っていつ消滅するかわからないし。
 あんたを殺して、まだ生きている他の連中も殺す。そうすれば私は……聖杯? によって願いを叶える訳。さながらパーシヴァルって言ったところかしら」


 その姿は何処かあいつを連想させるから。
 強いのか弱いのか分からない、それでいて他人のために何度だって立ち上がるあの男に。


「もういいでしょ。立ち上がらなくても、誰も怒らないのよ。無理に戦う必要も無い。
 私が最期の一人になってゲームオーバー。願いを叶えてハッピーエンド。それが正真正銘のオールラスト。それでいいじゃない」


「……ことは」


「……なによ」


「言いたいことは、それだけか」


 血を吐いても。骨を折っても。心が折れない限り、立ち上がる。
 その姿がツンツン頭のあいつに似ていて、だから私はあんたが嫌いなのよ。
 忘れたくても忘れられない。でも、心の迷いは死に繋がるから、今だけは忘れたい。
 それなのに、あんたを見る度に思い出して、あんたと会話する度にイライラするから。


「お前がどれだけ言葉を並べようと、俺は変わらない」


 だから、本当に。


「俺はお前を止める。このまま黙って優勝なんて、俺が絶対にさせねえ」


 嫌いなのよ。



 ◆


568 : To Be Continued :2018/04/30(月) 21:43:29 .753T1qw0

 雪ノ下雪乃が目を覚ました時、真っ先に視界が捉えたのは夜空に浮かぶ月だった。
 彼女が仰向けになっていることに気付いたのは、僅か数秒後の話である。
 痛みが響く頭を抑えながら記憶の糸を解いていけば、世界を照らす雷光に辿り着く。

 エドワード・エルリックと共に御坂美琴の元へ到着し、ヒースクリフが彼女に殺害される瞬間だった。
 淡い粒子のように消えた彼は、何処か憂いさを秘めた表情を浮かべこの世を去った。
 どうしようもないような屑人間であった彼は最期に何を思ったのか。
 少なくとも、別れる前にゲームの行く末を見届けたいなどと妄言を吐いた男が再び戦場に戻ったのだ。
 何か心変わりするような出来事があったのだろうと推測するも、生憎、今の雪ノ下雪乃に他人を心配する余裕は無い。

 動かそうとした左足に痛みを覚え、骨は折れていないようだが、赤く腫れ上がっている。
 御坂美琴の雷撃を正面から受けたことを考えれば安いものだろう。そう、雷撃に襲われたのだ。

「貴方が助けてくれたのね」

『直撃を避けるだけで精一杯よ。悪いな、その足』

 雷光に包まれる寸前、雪ノ下雪乃の身体を支配したアヌビス神は天性とも呼べる直感により、抵抗を試みた。
 大地そのものを抉る裁きの一撃に対し、無理やりに身体を捻じ曲げ、紙一重で直撃を回避。
 しかし、膨れ上がる爆発から逃れられることもなく、余波に吹き飛ばされ、戦場から離れてしまった。

「動けるだけで充分よ。私だってまだ、役に立てるんだから」

 アヌビス神を支えにし、雪ノ下雪乃は立ち上がる。
 左足から走る激痛に顔を歪ませ、胸の其処から嘔吐感が溢れ出そうになるも、必死に堪える。
 エドワード・エルリックはまだ、戦っている。黒も己の意志を貫こうとしている。佐倉杏子だって足立透を拳を交えているかもしれない。
 タスクだってしぶとく――自分だけが、休んでいる訳にはいかない。

「私を守って、誰かが死ぬのはもう……終わりにしたい」

 右に傾く身体の重心を無理やり左に寄せる。
 容赦なく痛む左足に涙が落ちそうになるが、此の程度の痛みで音を上げるなど、仲間に比べれば安いものだ。
 必死に歯を食いしばり、ご自慢の黒髪に泥が付着しようが、構わない。


569 : To Be Continued :2018/04/30(月) 21:44:09 .753T1qw0



『無理だけはするなよ。生命あっての人生だぜ』

「私の身体を乗っ取って戦う刀が何を言っているのかしら。DIOの時の貴方からは考えられない台詞ね。
 これまで無茶苦茶やって来た癖に、急に優しい言葉を投げてギャップでも狙ってるのかしら。そんなことをするよりも、他にやることがあると思うけれど」

『………………』

 一息で言葉を投げ終えた雪ノ下雪乃の表情に、苦笑いが浮かぶ。
 緊迫した状況の中で自分は何を言っているのだと。これも悪い影響を受けたに違いない。
 此処まで一緒に戦った仲間達は誰もが強い人間だった。どんな困難にも立ち向かう、物語上の正義の味方と変わらない。
 狡噛慎也が、泉新一が、タスクが――無論、比企谷八幡もその輪の中に入れてあげよう。今回だけの特別だ。
 彼等の影響故、自分も随分と馬鹿な考えをするものになったと、雪ノ下雪乃は己を嘲笑う。
 怪我をして、無理をして、皆のために立ち上がる。どうも、自分本来のキャラとは思えない。

 今も身体が震えている。何度も死線を潜り抜けたが、慣れるものか。
 自分は彼等と比べれば一般の女子高生であると自覚している。自分の世界ではなく、彼等との物差しに於いて。
 刀を握るのも、銃弾を放つのも。何もかもが初体験であった。生きるためとは云え、他者の生命を奪う行為に慣れは訪れない。

 だが、女々しいことを吐くだけの時間は終わっている。

 彼女の強き瞳が捉えるは、雷光の眩き。
 右足の踵を整え、胸に手を当て深呼吸。
 
「手術で痕跡が残らない程度の傷だったら許すわ」

『それは挑戦しがいのあるノルマだな。成功したらハイスコア更新だぜ』

「やるかやらないかじゃない。私はやらなくちゃならないの。そのためには貴方の力が必要になる」

『俺様を誰だと思っていやがる?』

「土壇場で私達を裏切ったどうしようもない刀、かしら」

『本当にすいませんでした』


570 : To Be Continued :2018/04/30(月) 21:45:20 .753T1qw0


 何気ない会話も悠久の時を隔てたように感じてしまう。
 あの頃の日常から随分と遠ざかったものだ。それも直に帰って来る。
 帰り道は確保され、残りは道を踏み外した愚か者を無理やり、表舞台に引摺り上げるだけ。
 エドワード・エルリックの行いは端から見れば、馬鹿げている。不殺の誓いなど、己の枷でしかあるまい。
 だが、今になっても貫き通すその姿勢は、多くの人間が悪態をつきながらも、惹かれてしまった。

「頼りにしているわ。私と貴方は運命共同体。どちらかが欠ければ力を発揮出来ないの。
 無理をしてもいい。無茶を押し通してもいい。次で全てが終わるなら、私は全力を尽くすだけだから」

『あったりまえよ! 俺達が雷女をなんとかする間に黒の奴は帰って来る! 杏子も同じだ!
 それにタスクの奴だって死なねえよ、あいつのしぶとさは身体を支配した俺様が一番分かっているからな!!』

 ――当然よ。彼等が私より先にくたばるなんて、有り得ないわ。

 そして、彼女は再び刀を握る。
 体内を透き通るような感覚が迸り、精神に新たな人格が入り込む。
 自分は弱い。弱者故に強者には敵わない。ならば、更なる高みを目指せ。
 この一刀、生命を刈り取るに辿り着かずとも、明日を掴み取るための礎とならん。


「次に喉元へ喰らい付いたら絶対に離さない。こう見えて、執念深いんだから」


 ◆


571 : To Be Continued :2018/04/30(月) 21:45:53 .753T1qw0



 吐いた鮮血に黒が混じり、鋼の錬金術師は苦笑いを浮かべる。
 暗き夜空が箱庭世界を包む中、血液の色がやけにはっきりとしていた。

「何度も言わせるなよ、俺はお前を止める。
 その罪を償ってもらうからな。お前にはもう誰も殺させねえし、お前も死なせねえ」

 再度、口に溜まった鮮血を吐く。
 紅い外套に付着した泥をはたき落とし、再び袖を通す。
 そして掌を合わせ、一本の槍を精製し、助走を伴い投擲する。

「ふざけんじゃないわよ」

 宙を斬り裂く槍が轟いた稲妻により、あっという間に消滅。
 投擲と同時に大地を蹴り上げたエドワード・エルリックは更に錬成を重ねる。

「あんた達の考えが私にはわからない。最期の一人になれば願いが叶うなら、どうしてそれを目指さないの。
 主催者を打倒するだとか、この世界から脱出するだとか――頭おかしいんじゃないの。求められている解答と質が違い過ぎる」

 迫る土流の柱に御坂美琴は右腕を刺激し雷撃を放つ。
 放出の瞬間、痛みにより表情を歪ませるも、構うものか。
 この右腕が身体に付着している限り、まだ使えるという証拠。壊れるまで使い込むまで。

 土流の柱と雷撃が衝突し、一帯は閃光に包まれるも、両者互いに相手を視界に収めていた。
 エドワード・エルリックは何本もの石槍を錬成し、豪快に全てを投げ飛ばす。
 それらに対し、御坂美琴もご丁寧に同じ数だけの雷撃の槍を創り上げ、全てが空中で激突し、爆ぜる。

「少しでも可能性があるなら、俺は絶対に諦めない。
 お前も本当はわかっているんだろ、間違った道を進んでいるって――なら、今からでも此方側に戻ってこいよ」

「いい加減にしなさい――あんたって奴はなんでそうやって、前だけを見れるのよッ!」

 右腕に握られた拳が怒号と共に鋼の錬金術師へ放たれた。
 雷光の球体が風をも斬り裂く速度で接近し、反射的に土流の壁を錬成し、即席の盾となる。

「ッ――、馬鹿野郎がッ!」

 盾が崩れた刹那、背後から飛び出した鋼の錬金術師は御坂美琴目掛け大地を走り抜ける。


572 : To Be Continued :2018/04/30(月) 21:46:24 .753T1qw0


「諦めるな、絶望するな、目を背けるな! 俺達はまだ生きているんだ、やり直すことだって出来るんだよ!
 犯した罪が消える訳でも無いし、罰から逃げられないこともわかってる、だけど! たった一つの願いを叶えるために、他人を巻き込むなんて有り得ねえだろ!!」

 幾つもの雷光が轟いた。何度も雷鳴が響いた。数え切れぬ稲妻が降り注いだ。
 彼はその度に転倒し、立ち上がり、それでも吠え続ける。

「俺が弱いせいで、何人もの生命が救えなかった……けどよ、それで立ち止まっていたら、合わす顔がねえだろ。
 みくのためにならねえし、大佐にどやされちまう。だから、俺は止まらねえ! それが、生きている奴が死んじまった奴等に出来る唯一のことだろうよ!」

 やがて、距離を詰め、鋼の錬金術師は機械鎧の拳を握り込む。
 接近を許した超電磁砲は己の不甲斐なさと、相手の執念に顔を歪めるも、右腕を持ち上げた。
 炸裂する拳が、使い物にならない右腕にのめり込み、何かが潰れる音が響き、彼女の叫びが宙に舞う。

「――――――――――――――ッ、馬鹿みたい」

 激痛に耐え、歯を食いしばり、彼女は言葉を紡ぐ。

「あんたが一番、死んだ人に囚われているじゃない」

 絶え間なく右腕を己の雷で刺激し、極力、左腕を使用しない。

「自己満足もいいところよ……ッ、自分の行いを正当化するために、死者の存在を遣うなんて」

 その言葉は彼に向けた物であるが、自分の心に深く刺さり込む。


「私が最初に殺した女の子だって、出会ってたかが数時間の子でしょ? どうしてその程度の関係なのに、そこまで肩入れ――――――っ」


 腰を入れた一撃が御坂美琴の顔面に叩き込まれた。
 右足を踏み込み、全体重を捧げた拳が、彼女の右腕を乗り越え、言葉を中断させる。
 
 無様に大地を転がる御坂美琴へ容赦なく錬成された柱が襲い掛かるも、彼女は右腕から雷撃を鞭のように振るう。
 轟音を響かせ、柱を全て粉砕するとその先にエドワード・エルリックが此方を睨んでいた。

「……なによ。おかしいのはあんたの方でしょ。事あるごとに、その前川みくって女の子を引き合いに出して。
 馬鹿じゃないの? あんたが一番、死者に足を止められているじゃない。私にとってのその子は、ただの――死人なのよ」

 本当に死者に足を止められているのは誰なのか。
 本当に自分の行いを正当化するために、死者を引き合いに出しているのは誰なのか。
 己の胸に災禍が渦巻く中、御坂美琴は迫る錬成物を雷光で薙ぎ払う。


「人の生命にッ! 優劣を付けているんじゃねえッ!!」


 彼の言葉が突如として背後から響く。
 錬成された柱の上に飛び乗っていた彼に気付けぬ己を御坂美琴は恥じた。
 雷光の輝きに隠れ、エドワード・エルリックは彼女の背後を取ると、問答無用で顔面に拳を又も叩き込む。


573 : To Be Continued :2018/04/30(月) 21:47:14 .753T1qw0



「冗談も大概にしやがれ。これでも目が醒めないのなら、俺が何度だって止めてやる」

「本当に馬鹿な奴ね。私のために為ることなんて、死ぬことだけなのよ。
 私を気に掛けているのなら、死んで。あんたが死ねばね、私だって――止まれるのよッ!」

 刹那、無残にも大地を転がり、斃れていた御坂美琴に稲妻が轟いた。
 耳を斬り裂く程の雷鳴が響き、視界を奪う雷光が世界に君臨し、エドワード・エルリックは腕で瞳を覆う。
 
 満身創痍の彼女に是程の雷が蓄積されていたことに、驚きを隠せない。
 ホムンクルスとの決戦から明らかにガス欠を意識していた彼女だが、その後の戦闘は現実と比例せずに派手になっている。

 無尽蔵ではあるまい。
 仮に彼女の雷に底が存在しないとなれば、有り得ぬ未来予想図に鋼の錬金術師は唾を飲み込んだ。

「驚いた顔。まるで私が底無しの発電機を積んでいるみたいな、信じられないような顔ね」

 雷光の中心に立つ彼女は明らかにボロボロであった。
 壊死した右腕は更に焦げ果て、最早、見た目は炭と変わらない。
 割れた額からの出血により、彼女の右半身は完全に赤く染まってしまった。


「溜め込んだ電気も零よ。ヒースクリフ相手に底を尽きそうになったけど、これが正真正銘の最期。
 あんたを殺すことに全力を注ぐ。他の連中はなんとかすればいい。だけど、あんただけは絶対に今此処で……殺さないと」


 ――私が駄目になる。


 風に掻き消された言葉を破壊するように、雷の覇道が大地を抉る。
 強烈な波が迫り、エドワード・エルリックは防ぐことを早々に諦め、回避を選択。
 横に跳ぶと、着地と同時に柱を錬成し、御坂美琴へ翔ばす。

 柱は軽々しく、稲妻に破壊されるが、之までの戦闘から予測済みと更に錬成を重ね、柱を又も翔ばす。
 御坂美琴の言葉が正しければ、相手にとっても此処が正念場である。
 雷が底を尽くなら、乗り切れば彼女は無力となる筈。ならば、攻め時だろう。

 幾つもの柱が粉砕され、欠片が宙を舞う中、エドワード・エルリックは一世一代の大錬成を行う。
 彼の行った錬成光が欠片を通じ、別の欠片へと迸り、周囲一帯を蒼白の光が包み込む。
 御坂美琴は警戒し大きく距離を取ると、錬成された巨大な槍に対し、軽く舌打ちを行う。


「このわからず屋、終わりにするぞ」


「上等じゃない、このわからず屋」


574 : To Be Continued :2018/04/30(月) 21:47:55 .753T1qw0

 遥か高き天の頂きから放たれた槍の影が御坂美琴を暗く彩った。
 赤黒い鮮血の混じった視界では上手く全景を把握仕切れないが、問題は無い。
 物体が存在することを分かれば充分だ――不敵な笑みを浮かべた彼女は、右腕を無理やり振り上げ、稲妻を天に放つ。

 箱庭世界全体を揺るがす衝撃が遥か遠き地平線にまで、響く。
 機神の残骸が震え上がり、会場に残された死体の表面を振動させ、戦場に向かう雪ノ下雪乃すらを震撼させた。
 
「ああああああああああああああああ! 此処で死ぬなら、私に願いを叶えるだけの資格が無いだけの話――認めるかああああああああああああああ!!」

 稲妻を放出し続け、彼女を支える足場が圧倒的な質量に耐え切れず、僅かながら陥没の動きあり。
 冗談じゃないと御坂美琴は歯を食い縛り、さっさと槍を破壊しようと、更に出力を上げた。
 基点となる右腕から繊維が焼き切れる音が響くも、彼女は苦痛の声を挙げるだけで、雷を止めなかった。

「そんなに自分の身体を痛め付けてまで、お前は……」

 卑怯な男だ。御坂美琴は何よりも先に思う。
 一度、錬成し腕から離れれば、本人の行動は自由である。
 こうして、目の前に辿り着いたエドワード・エルリックに対し、彼女は為す術も無く、殴り飛ばされた。

 豪快に殴り飛ばされ、大地を転がる中、受け身を取り立ち上がる御坂美琴へエドワード・エルリックが迫る。
 大地に直撃する巨大な石槍を背景に接近する敵をどう対処すべきか、揺らぐ思考の中、御坂美琴は地上へ目を向ける。
 嘗てヒースクリフが行ったとある動きを思い出し、賭けるしかないと覚悟を決める。この策に、鋼の錬金術師が気付く可能性は零である。

 牽制代わりに放たれる雷撃を機械鎧に付与した刃で受け流し、エドワード・エドワードは更に距離を詰める。
 お見通しだと御坂美琴はレーザー状に加工した稲妻を空間に走らせ、問答無用で彼の足を止めさせる。
 強大な攻撃を防ぐべく、鋼の錬金術師は掌を合わせ大地に腕を下ろすも――彼は驚愕に襲われ、彼女がほくそ笑む。


「これは――――――――ッ」


「その錬成陣はあんたが私達の首輪を外す時に描いた人体錬成モドキの術式。まあ、ヒースクリフが何か書き足していたけど。
 次にあんたが何処に飛ばされるか、知ったことちゃないけど、世界の終わりの壁際にでも飛ばされなさいよ。通行料……だっけか。生命でも奪われなさい」


「て、めぇ……御坂ああああああああああああああああああああああ!」


 奇跡、偶然。
 如何なる言葉で片付けようと、結果は変わらない。
 嘗てロイ・マスタングに己の意志と反して、人体錬成を行わせたように。
 偶然にも人体錬成の術式上に誘われてしまったエドワード・エルリックが光に包まれる。
 彼は己が消える最期まで、御坂美琴へ腕を伸ばす。しかし、届くはずも無く、彼は消えた。


575 : To Be Continued :2018/04/30(月) 21:49:20 .753T1qw0


「ゲーム、セット……ぁ」

 エドワード・エルリックの消滅を確認すると、糸が切れたように御坂美琴はその場に斃れた。
 学園都市の上部が目を見開く程、何度だって限界を突破した。之まで大地に立てていたことが奇跡だろう。
 終わりは呆気ないものである。誰もが劇的に死を迎える訳でないと口走ったが、その通りの結果となった。

 あれだけ口煩く、何度も立ち塞がったエドワード・エルリックは世界の終わりの壁際に飛ばされた。
 ヒースクリフの細工は不明だが、大本が変わっていなければ、真理の空間と呼ばれる無に飛ばされた筈。

 自分の切断された四肢を取り戻すために訪れたが、地平線の彼方まで無が広がる悪趣味な空間だった。
 ふと、思い出す。エドワード・エルリックに似た一人の少年が居たことを。
 長い金色の髪から血筋の関係者と思うが、やけに痩せ細った少年であった。しかし、御坂美琴にとってはどうでもいい存在である。

 鋼の錬金術師が死亡すれば、残る障害は佐倉杏子と黒のみ。
 前者は足立透に期待するとして――あんな男に期待する自分が哀れだが、人間の怨念にも近い執念を信じるしかあるまい。
 追い込まれ、開き直った人間の底力は時として、運命すらを変えることを彼女は知っている。
 足立透にその資格があるかは不明だが、黙って死ぬ男ではないと、之までの戦闘を通じて知っている。
 残るは黒となるが、正面衝突は避けられないだろう。エンブリヲが消えた今、彼と敵対する人物は残っていない。
 調律者が消えただけ、良しとするべきか。契約者とは血で血を洗う総力戦となりそうだ。

 さぁ、雷光をあれだけ輝かせ、雷鳴を轟かせた。
 自分の居場所は他の生存者に知れ渡っているだろう。
 相手をするためにも、御坂美琴は立ち上がった。
 骨の数本が折れており、呼吸を行うだけで激痛が走る。
 フィクションの世界では軽々しく肋の骨が数本イカれているが、現実は厳しい。
 早く、終わらせよう。夜空を見上げた彼女の足元に何かが転がった。まだ残っていたのかと、表情が険しくなる。


 これはエドワード・エルリックのパイプ爆弾だ。
 

 見間違える筈もなく、雷を纏った右足で空へ蹴り上げると、彼女は生きていた最期の敵へ走り出した。


576 : To Be Continued :2018/04/30(月) 21:52:53 .753T1qw0


 空中で爆ぜた溶光が闇夜に動く彼等を彩った。
 全力で距離を詰める御坂美琴に対し、エドワード・エルリックは静かに腰を落とし、待ち構えていた。
 彼女が牽制で雷撃を放ち、彼は最小限の動きで回避するも、幾分かは身体に触れ、肌の焼ける匂いが鼻先を刺激する。

 右腕の筋肉繊維を刺激し、有り得ぬ加速を伴った拳が鋼の錬金術師の顔面に迫る。
 予期せぬ速度に直撃を受けるも、彼の左足が彼女の右脇腹に叩き込まれ、両者共に蹈鞴を踏む。

 御坂美琴が雷撃を放つよりも先に機械鎧の腕が彼女の顔面を掴み、錬金術師は力任せに右へ放り投げる。
 右腕から大地に斃れ、彼女は悲鳴を上げるも、動きを止めることは無く、反射的に稲妻を飛ばす。

 エドワード・エルリックの胴体に直撃し、彼は身体を大きく広げ斃れた。
 大地を何度も転がり、焼ける感覚を取り払おうとするも、彼の上には砂鉄の剣が振り下ろされた。

 この一撃で息の根を止める。御坂美琴はそのつもりであったが、無様に大地を転がられ、失敗。
 次なる一手を放つ寸前、再度、彼女の足元に何かが辿り着く。
 その光景は数分前と同じであり、芸のない男だと苛つきながら、空へ向かってパイプ爆弾を蹴り上げた。

 夜空に爆弾が炸裂し、地上が照らされるが、正面にエドワード・エルリックは立っていない。
 舐めた真似を――即座に御坂美琴は振り向くも、彼の姿は無かった。


「お前、血のせいで赤色がはっきりとわからないんだな」


 鮮血の混在により、色素の判別が狂ってしまった右目は彼女にとって、予期せぬ死角と為っていた。
 そのため、紅い外套を纏うエドワード・エルリックの行方を見失ってしまい、彼女の瞳は爆発の影響からか、機能しておらず。
 接近を許してしまったが、次に一撃を貰えば終わりだ。再び立ち上がる自信は両者に存在しない。
 エドワード・エルリックが何度目になるかわからない機械鎧のストレートを放ち、御坂美琴の右目に吸い込まれて行く。

 迫る拳を前に、彼女はたった一つの願いを思い続けていた。
 叶えるために、どれだけの想いを乗り越えたのか。
 叶えるために、どれだけの生命を殺めてきたのか。
 叶えるために、どれだけの嘘を自分に言い聞かせたのか。

「あああああああああああああああああああああああああああああ」

 がむしゃらに左腕を伸ばす。
 無理に壊死した右腕を使い続け、健在ながら使用を控えた左腕がエドワード・エルリックの顔面を掴む。
 彼の拳は御坂美琴の顔面を捉えるも、真っ赤に染められた肌は鮮血によって泥濘んでおり、明後日の方向へ流されてしまう。
 体勢を崩しながらも、彼等は大地に斃れること無く、御坂美琴は彼の顔面を掴んだ左腕を離すことは無かった。


「こ、これで……ゲ、ームセット」


 この距離ならば外しはしない。
 錬成よりも先に雷撃を叩き込める。
 自然と彼女の口から、勝利の言葉が零れていた。


577 : To Be Continued :2018/04/30(月) 21:54:05 .753T1qw0



「どんな気持ちよ、遂に、私に殺される気持ちは」

「……悪いな」

「は……?」

 返答された言葉を理解出来ず、彼女は間抜けな声を上げてしまう。
 死の間近だと云うのに、この男は謝罪をしたのだ。
 命乞いをしなければ、己の不甲斐なさに嘆く訳でも無く。

「結局、俺はお前を止められなかった。本当に、悪いな」

「な、何を言っているのよ。あんた、馬鹿じゃないの」

「馬鹿だよ。そうじゃなきゃあ、お前に此処まで付き合わないだろ」

 彼は笑った。
 何処か自分を嘲笑うような儚さを秘めていたが、御坂美琴は理解出来ない。
 この男は何を口走っているのか。訳のわからない男だと思っていたが、最期の最期まで――

「お前、本当はそんな人間じゃないのに、自分に嘘を吐いて此処まで来ちまった。
 俺はそれを見ているのが嫌で、お前が壊れる前に救いたかったんだ。だけど……間に合わなかった」

 あのツンツン頭の男と同じように、敵対者にまでも、救いの手を伸ばしていた。

「や、やめなさいよ」

「根っからの悪人なら、DIOの時も、ホムンクルスの時も、エンブリヲの時も……お前は俺達に協力しないもんな」

 優しい言葉は彼女の薄い心を極限にまで痛め付ける。
 やめろ、そんな言葉を投げ掛けるなと、彼の顔面を掴む腕に力が入る。

 骨の軋む音が響く中、エドワード・エルリックは言葉を止めなかった。
 彼の想いが、御坂美琴を更に苦しめる。


578 : To Be Continued :2018/04/30(月) 21:54:46 .753T1qw0

「誰に諭されたのか、最初の――あいつの死がどれだけ大きかったのか。白井を殺した時には、全てが遅かったのかもしれない」

 語られた彼等の存在が脳裏に浮かび、それらがノイズとなって頭の中を支配する。
 彼等の笑顔が歪み、頭に響く気味の悪い笑い声が、御坂美琴に苦痛を与えた。

「俺がもっとしっかりしていれば、みくも、他の仲間だって死ぬことは無かった。お前だって、その手を汚すことは無かった」

 同じだ。この男もあいつと同じである。
 自分は悪くないのに、無理にでも事象に結び付ける正真正銘のお人好し。

「お前がこうなったのは、お前のせいだ。それを否定する気はねえ。だけど――俺達も悪かったんだ」

 刹那、御坂美琴の中に眠る何かが弾けた。

「黙れ――黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!」

 エドワード・エルリックの顔面を掴む腕に血管が浮かび上がり、僅かながらに電気が迸る。
 その影響か、彼の瞳から血が流れ出るも、彼女は雷を止めることは無かった。

「そうやってあんた、訳のわからないことを並べて、私を苦しめて!
 こんな私なんて放っておけばいいのに! 殺せばいいのに! 何時まで経っても手を差し伸べるあんたが、私は大嫌いなのよ!!」

「へっ、そうかよ。そりゃあ、思ったよりも茨の道を進んでいたんだな」

「う、自惚れるな! あんたのちっぽけな力じゃ、私じゃなくても、誰でも救えないわよ!!」

 怒りの雷撃が更に強まり、エドワード・エルリックの頭上に湯毛が昇る。
 迸る電流を止める術を持たず、彼は黙って自分の死を受け入れるしか無かった。

「喫茶店の約束、まさか俺が破ることになるなんてな……許してくるかな」

 再開を約束した仲間の姿を想い出し、二度と会えない現実を噛み締め――


「悪いな、アル。俺はやっぱり――そっちに帰れねえみたいだ」












「そ、そんな……」


 雪ノ下雪乃が駆け付けた時、御坂美琴の叫び声だけが周囲に轟いていた。
 涙を流しながらも、怒りと悲しみの混ざる悲痛なる声だけが、闇夜に響き渡る。

 そして、雪ノ下雪乃の瞳に止まるは、無造作に投げられた一つの死体だった。
 数十分前は健在で、どんな状況にも挫けず、最期まで自分の信念を貫き通す憧れの男だった。
 震える自分を励まし、他人のために自分の危険を顧みずに動く、正真正銘のお人好しだった。

 鋼の錬金術師エドワード・エルリック。
 かの男は御坂美琴に投げ飛ばされ、頭から大地に斃れ、呼吸の動きすら見せていない。


579 : To Be Continued :2018/04/30(月) 21:55:41 .753T1qw0

「――アヌビス神」

 間に合わなかった自分が許せない。
 彼を死なせてしまった人間が許せない。
 そして、自分一人じゃ戦えない自分が許せない。


「生きてさえいればいいから、私の身体を使って」


 最早、自分が此のような言葉を吐くなど信じられるものか。
 だが、胸の奥底から溢れ出る感情が抑えられない。この状況を懐かしい彼等に見られたら、何と言われるか。
 そうだ、自信を以て言ってやろう。之が今の私の姿だ、と。恥じることは無い。


『分かった。俺の全てを捧げて、あいつを葬ってやる』


 所有者の想いに、スタンドは全力で応えるだけだ。
 最早、自分が此のような言葉を吐くなど信じられるものか。
 自分も甘くなったものだ。しかし、コンサートホールで焼き果てるだけの運命がこうも変わったのだ。
 自信を以て言ってやる。今の俺に勝てる奴が存在する訳ないだろ、と。恐れることは無い。


「はぁ、はぁ……なによ、生きてたのね。馬鹿な女よ、あんたは。自分から殺されに来るなんて」


 落ち着きを取り戻した御坂美琴は肩で呼吸を整え、ようやく来訪者に気付いた。
 馬鹿な獲物がまた一人、自分から首を捧げにやって来たのだ。ならば、狩人として取る行動は一つ。
 右腕に雷光が集中し、微小なる爆発音が響く。右肩に小さな穴が空き、鮮血が垂れ落ちた。
 こうも壊れたのか――崩れ征く己の身体を嘲笑い、それを合図に雪ノ下雪乃が大地を蹴り上げた。

『当たらねえよ!』

 迫る雷光を雪ノ下雪乃――身体を支配したアヌビス神は軽々しく避ける。
 アカメの身体を乗っ取り、キング・ブラッドレイとの戦闘で経験を積んだ彼に、雷光など恐れるに足らず。
 次第に距離を詰め、大地と垂直に掲げられた刀身に月明かりが灯る。

『その首、貰った!』

「冗談じゃ、ないってえええのおおおおおおおおおおおおおおお!」

 斬り上げの一撃を御坂美琴は強引に両者の空間に稲妻を走らせ、アヌビス神の動きを中断させる。
 後退し距離を取る相手に容赦なく雷撃の槍を投擲し追撃するも、敵は芸術とも呼べる領域の芸当で雷撃を受け流す。
 しかし、本体である雪ノ下雪乃の身体は無事に非ず。雷撃の槍の余波で頬に僅かながら傷が生まれ、血が流れ落ちる。


580 : To Be Continued :2018/04/30(月) 21:56:10 .753T1qw0

「構わないから、戦って――!」

『任せろ、俺達は絶対に……負けないッ!!』

 再び大地を蹴り上げ、アヌビス神は弧を描きながら距離を詰める。
 迫る雷撃をやり過ごし、一刀の間合いに詰め寄るも、放電により、踏み込めない。
 埒が明かないのは明白である。何処か無理をしなければ、一太刀も浴びせられない。
 だが、雪ノ下雪乃は極普通の女子高生であり、血と硝煙の薫りから離れた存在であるが故、引けてしまうのだ。
 アヌビス神は心の何処かで彼女に遠慮しており、自分らしく無いと想いながらも、何処かでセーブしていた。しかし

「構わないって言った筈よ。私をオオカミ少年やピノキオと同類にするつもりかしら」

『――怒るなよ』

「怒るわよ。だから精々、頑張りなさい」

『怖いご主人様だが――乗った!!』

 迫る雷撃を受け流すも、明らかに数秒前とは異なる動きで距離を詰める。
 非ぬ方向へ流すために、着実に足を止めていたが、今のアヌビス神は多少の電気を物ともせず、突っ込む。
 雪ノ下雪乃の肌が若干黒焦げようが、彼は足を止めずに、御坂美琴へ走り続けるのだ。

 雷撃の槍を正面から叩き斬り、本元から離れている電気の余波ならば、構わずに大地を蹴り上げる。
 やがて、一刀の間合いに御坂美琴を捉え、彼女が砂鉄の剣を用いるも、剣戟ならば負けるものか。

 一刀両断。
 彼女からすれば刹那の見切りであるが、アヌビス神にとっては造作も無いこと。
 大きく距離を取る彼女に対し、アヌビス神は剣先を振るう。彼に遠距離攻撃の類は持ち合わせていないが、経験値がある。


「め、潰し……チィ!」


『お前を葬るために、負けられないんだよォ!!』


 払った一撃は仇敵の首を刈り取るために行われた死の瞬きである。
 剣先に乗せられた血液が御坂美琴の目へ着弾し、赤み掛かった彼女の視界を更に赤く染め上げる。
 嘗てアカメがキング・ブラッドレイの首を刈り取るべく放った一撃を、アヌビス神は土壇場で放ったのだ。


「これで――葬るッ!」


「やれるもんならやってみなさいよ、私を止められるなら、あんたが止めてみなさいよッ!!」


581 : To Be Continued :2018/04/30(月) 21:58:13 .753T1qw0


 最期の決着を果たすべく、アヌビス神は夜空へ跳ぶ。
 刀にありったけの想いを込め、全ての死者の想いを宿し、意地を貫き通す。
 対する御坂美琴も又、障害を滅するためにありったけの雷光を身体へ纏わせ、右腕を空へ伸ばす。

 彼女が咄嗟に取った動きは慣れ親しんだ超電磁砲であった。
 足場の破片を放り投げ、問答無用に右拳で殴り抜ける。
 ぐしゃりと拳が潰れる音が響き、皮が剥げ、肉が削ぎ落ち、骨が露わになるも、彼女は止まらない。

 遂に右腕の活動限界を超えたが、此処まで保てば充分であろう。
 本来であれば、ヒースクリフとの戦闘にて朽ち果ててもおかしくはない。
 だが、自分には左腕が残っている――超電磁砲を加速させるべく、更なる雷撃を叩き込む。


『う、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 調整された箱庭世界の枠組みが適用されなければ、雷撃など回避不可能である。
 茅場晶彦が施した細工により、ある程度の戦力差が改善され、現状のアヌビス神は最も恩恵を受ける存在となる。
 雷撃など避けられるものか。雷撃など耐えられるものか。だが、彼は止まらない。

 御坂美琴と敵対した存在は何度も雷光を潜り抜け、雷鳴に立ち向かい、雷撃を耐え抜いた。
 彼等が特別、雷の耐性を持ち合わせている訳ではない。茅場晶彦の遊び心が、彼等を此処まで導いたのだ。


『もう少し、もう少し!』


 圧倒的な雷撃ににより刀身に亀裂が走るも、アヌビス神は止まらない。
 宙に押し留められているが、気合で着実に押し返し、刃は確実に御坂美琴へ迫っている。

 雪ノ下雪乃の身体が悲鳴を上げるも、彼女だって承知の上。
 腕の一本程度ならば失っても許されるだろう――と、思い込んでいるのはアヌビス神だけだろうが。
 歯を食い縛り、瞳は逸らさず、天高く響き渡る咆哮は止まず、己の意地を貫き通せ。



『言われたんだよ、葬れってなああああああああああああああああああ!!』


 
 溢れんばかりの雷撃を押し返し、アヌビス神が大地に二の足を下ろす。
 其れ即ち、必殺の間合いに敵を収めた事と同義也。
 全ての死者の想いを乗せ、明日を求める希望と願いを刀身に宿し、最期の一撃が御坂美琴の身体を斬り裂いた。

 豪快に刃が過ぎ去り、勢いを殺し切れず、大地に突き刺さる。
 もう役目は果たした――耐え切れぬ負荷に刀身が砕け散り、欠片が宙を舞う。
 死者の上に立ち、最期の最期まで藻掻いた参加者に非ず、されど精神は立派な参加者の一人だった男が、散った。


582 : To Be Continued :2018/04/30(月) 21:59:25 .753T1qw0



「あ、りがとう……これぐらいの無茶は、許してあげ……るわ」

 彼から開放された雪ノ下雪乃は雷撃により蝕まれた身体のバランスを保つ事が出来ず、蹈鞴を踏んでしまう。
 蹌踉めきながらも、大地に斃れることは無く、先に旅立った仲間に想いを馳せ、空を見上げる。
 嘗て、独りだった魔法少女は自分に関わった人間が死に、自分だけが生き残ると嘆いていた。
 思い返せば、バトル・ロワイアルのルール上、当たり前のことではあるのだが、今は彼女の気持ちがよく分かる。

 エドワード・エルリックが旅立ち、アヌビス神も天へと続く階段を駆け上がってしまった。
 残りは佐倉杏子、タスク、そして黒。
 愛すべき最高の仲間達の帰還を待つだけとなったが、女の執念は恐るべきものだと思わずにいられない。

 死者の怨念だろうか。
 自分の足首を確かにがっちりと掴まれた感触が走る。
 その腕は炭の如く黒く焦げ果て、その正体は独りしかあるまい。

「ま、だ……生きてい、、、たの、ね」

 御坂美琴。
 アヌビス神に上半身を斬り裂かれながら、生命の灯火は未だ健在。
 うつ伏せに斃れる彼女の胴体から鮮血が絶え間なく溢れ、血の池が生まれるも、彼女は腕を離さない。

「これ、でぇ……ぜぇ、終わり、……はは、どうよ」

 これ見よがしに威嚇代わりの雷鳴を眼前に轟かせる。
 ズバチイと音が響き、前髪が浮かび上がるも、その雷光はあまりに弱々しかった。
 周囲を照らすことは疎か、御坂美琴の表情すら伺えない程、小さな灯りだった。

 しかし、限界寸前の状態は雪ノ下雪乃も同じ。
 アヌビス神の無茶な動きにより、立っているだけでやっとである。
 御坂美琴の腕を蹴り落とす力も残っておらず、そもそも、雷撃により身体の繊維が一部だが焼き切れている。

 走ることもまま為らぬため、彼女にとっての正念場が訪れる。

「――貴方は、本当に哀れな女ね。独りよがりの悲劇のヒロインだなんて、可哀想に」

「……なによ、どっちが生殺与奪権を握ってるか、わかってるの」

 大地に斃れながらも、見下されながらも。
 御坂美琴が優位な事に変わりなく。されど、雪ノ下雪乃は厳しい言葉を吐き捨てる。

「貴方が優勝して、願いを叶えたところで、彼は、彼女達は嬉しく思ってくれると本気で想っているのかしら?
 この程度のことはきっと何回も言われて来ただろうけど、敢えて突き付けるわ。貴方の自己満足よ、馬鹿じゃないの?」

「だ、黙りなさいよ」


583 : To Be Continued :2018/04/30(月) 22:00:33 .753T1qw0




「嫌よ。貴方は救いたい人がいる。其れは別に勝手なこと。だけど……そのために他人を殺すだなんて、頭がデトロイトなのかしら。
 罪を重ねて、やっとの想いで最期の独りになって、晴れて願いを叶える。死者の土で創り上げた粘土細工のお人形さんの身にもなってみたらどうかしら」

「黙れ――黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!」

「――ッ、ぁ、っ……そうやって力で捩じ伏せるのね」

 分かっていた。
 御坂美琴はその結論に最初から辿り着いていた。
 だが、自分を偽り続けることで、彼女は此処まで戦った。

 改めて現実を叩き付ける雪ノ下雪乃に、御坂美琴は感情の昂ぶりを抑えられず。
 気付けば意と反して彼女の身体に僅かながら雷撃を走らせていた。
 苦痛の表情を浮かべるも、一度開いた彼女の口は、止まらない。

「復讐や決意を貶めるつもりはないの。ただ、私が理解出来ないだけ。
 正直に言うけれど、貴方は何れ――いえ、何でもないわ。知らない方が幸せね。私は優しいから黙っててあげる」

「こ、のおん、なぁ……」

「っ――ァ、っ、ぃ……」

 再び電流が流れるも、彼女は死なず。
 御坂美琴も又、限界が訪れており、雷撃を操るだけの気力すら底を尽きかけている。


「私も貴方と同じだけど、貴方と同じようにはならなかった。それは私が弱いだけで、貴方みたいな力を持っていたら――云え、貴方のように為る筈がないわ」


 ――あんた、何を言っているの。


 掠れた声の問に、雪ノ下雪乃は勝ち誇った笑みを浮かべていた。
 見下している状況も相まって、完全に彼女が優位を握っているようにしか見えず。
 深い深呼吸をした後、彼女は言い切ったのだ。思いの丈を、自分の心を、彼に向けて。


「私も貴方と同じように大切な人を――ええ、今だけは大切な人と言ってあげる。彼を失った。
 だけど、道を踏み間違えることは無かった。私は貴方みたいな力を持たない代わりに、仲間に恵まれた」


 涙を浮かべ、瞳を閉じれば、脳裏に浮かぶはかけがえのない仲間達。
 彼等の明るく、頼もしい表情が過ぎ去れば、思い浮かぶは大切な日常の、小さな幸せだった日々。


「貴方は彼の前で堂々と胸を張れるのかしら。他人を殺めたその醜い姿で。
 私は貴方と違う。私は彼の前で堂々と胸を張って言ってやるのよ。早死し過ぎって――それと、ありがとうって」


「ぁ――ぁ」


584 : To Be Continued :2018/04/30(月) 22:13:26 .753T1qw0



御坂美琴の心が美しい音を奏で、崩れ落ちる。
 目を逸し続けた現実が、今となって彼女を黒く塗り潰し、溢れる涙が止まらない。

 気付けば彼女はありったけの雷撃を放出し、雪ノ下雪乃の生命を奪っていた。
 彼女が斃れて尚、雷撃が流れ続け、雪ノ下雪乃と呼ばれた人間は数分を経たずに、黒く染まる。

 御坂美琴は強い決意と覚悟を決めていた。
 親友たる白井黒子をその手で殺めた時から、彼女は振り返ることを選択しなかった。
 
 だが、極限状態に追い込まれ、騙し騙しに動かした身体に限界が訪れたこと。
 致命傷を超える一撃を受け、己の死期を悟ってしまったこと。
 雪ノ下雪乃に現実を突き付けられ、別の可能性を示され、悲しみの淵に叩き落とされたこと。
 そして何よりも――こんな自分に救いの手を伸ばし続けたエドワード・エルリックを殺してしまったこと。

 様々な要因が重なり、確固たる信念を持ち合わせてたとは云え、等身大の女子中学生である彼女の精神は相応に脆い。
 溢れ出る涙を止められず、叫び声が会場全体に響き渡り、他者に襲われれば、彼女は戦えない。

 彼女の涙を拭う者は残っていない。
 彼女の行いを咎める者はもういない。
 彼女の肩を支える者は此の世を去ってしまった。

 だが。

 之は彼女が選択したこと。

 彼女が選んだこと。


 この結末を誰よりも望んでいたのは――御坂美琴である。







【ヒースクリフ@ソードアート・オンライン 死亡】



【エドワード・エルリック@鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST 死亡】



【アヌビス神@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース 消滅】   



【雪ノ下雪乃@やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 死亡】








【 バトル・ロワイアル  -ゲーム終了-  優勝者:御坂美琴@とある科学の超電磁砲 】


585 : Period :2018/04/30(月) 22:23:07 .753T1qw0

 どれだけ泣き喚いたか。
 どれだけ涙を流したか。
 どれだけ、どれだけ、どれだけ。


 ヒースクリフ、エドワード・エルリック、雪ノ下雪乃。
 三者を立て続けに排除した御坂美琴は失墜に飲まれ、抑えられぬ感情をぶち撒ける。
 殺し合いはまだ終わっていない。他者に弱った自分の居場所を知らせるなど愚の骨頂。
 叫べば叫ぶだけ、上半身の致命傷から更に鮮血が溢れ、彼女の生命に残された時間は限りなく零である。


 最早、早急に願いを叶えなければ、自分は死ぬ。
 焦りからか動悸が早くなり、傷口が開くも、彼女は諦めない。
 死に体同然でありながら、涙を流しながらも、這いずり回り、勝利を目指す。


 傷口に土が混じろうが、右腕が取れかけようが。
 右の瞳が使い物にならなくなろうが、生命が消えようが。
 彼女は求めるのだ、万能なる願望成就の器――聖杯を。


 だが、降臨しない。
 邪魔者は排除した筈だが、優勝者の褒美は訪れない。
 ならば、他に生存者がいるのだろう。それは佐倉杏子か、足立透か、黒か。
 それともエンブリヲが往生際が悪く生きているのか。そうすれば、タスクだって生きていても不思議では無い。


 御坂美琴は他者を求めていた。
 どうしようもなく、只々、自分の願いを叶えるために、踏み台にするために。


「――え、ど?」


 ふと、自分の足元に転がって来た無機物に声を漏らす。
 感覚が嘗てエドワード・エルリックに投げられたパイプ爆弾と似ているため、彼の名前を呟いてしまう。
 無意識に宿敵の姿を反射的に漏らしてしまう程、彼女の精神は弱く、崩れかけている。


 なんとかその場に立ち上がり、されど、気力が残っていないため、尻もちをついてしまう。
 身体を襲う衝撃に叫び声を上げ、右目は完全に塞がり、上半身から流れる鮮血も止まらず、右腕は更に潰れてしまった。
 最早、戦闘など不可能である。爆発しないかどうか、恐る恐る無機物に手を伸ばすと、其処には見慣れぬ物体が転がっていた。
 そして、彼女は確信する。之こそ自分が求めていた器だと。


586 : Period :2018/04/30(月) 22:23:43 .753T1qw0


「これが、聖杯……?」


 小さきながらも黄金に輝く杯。
 かの代物こそ全ての願いを顳?する万物の願望器に違いない。
  

「は、早く……願いを!!」


 御坂美琴は手に取った杯を振り回し、如何にして願いを叶えるかを探り出す。
 中身に手を入れるも、空。逆さまにするも、空。
 嘗てお父様が七十二の魂を必要とすると言っていたが、頭の欠片にも残っておらず。


 まるで初めて玩具を与えられた赤子のように。
 忙しなく、全てを探る姿は何処か愛らしく、何処か哀れさと悲しさを秘めている。
 彼女は自分自身に残された時間を重々承知している。
 此処で死ねば、全てが水の泡だ。彼にも、彼女達にも会えなくなってしまう。


 嫌だ、認めるものか。
 自分は何のために頑張ったのか。
 そう、全ては最初から変わらず、振り出しと同義。


 私は願った。
 私は手を伸ばした。


 私は殺めた。
 私は手を汚した。


 其れらは全て、この瞬間のために。


「さぁ、私の願いを叶えなさい」


 言葉は呪文。
 呪文は想い。
 想いは願い。


 彼女の言葉が届き、聖杯は輝きを見せ、宙に浮かぶ。
 その光景に御坂美琴は立ち上がることは出来ず、膨れ上がる輝きに目を伏せるのみ。


587 : Period :2018/04/30(月) 22:24:39 .753T1qw0


 やがて光が収まれば、独りの影が現れた。
 聖杯が顕現したことから、生存者の類では無い。
 ならば、主催者の一員か。黒やエドワードが話していたアンバーか。それとも今まで忘れていた広川か。


 違う。


「う、そ……なんで……?」


 映る影は見慣た形だった。


「だって、あんたは死んで……?」


 理解が追い付かないが、このツンツン頭は独りしかいない。


 名を――上■■麻。


 此度のゲームに於いて見せしめに選ばれ、お父様に見出された抑止力のカウンター。


 死者の男が、御坂美琴の目の前に存在していた。


「その、なんだ」


 この声を忘れるものか。
 何時何時だって心を埋め尽くし、自分の中で大切な存在になっていた貴方を。
 辛く苦しい試練の連続だったが、貴方のために、私は此処まで戦えた。


「とりあえずはお疲れさん。ビリビリ中学生――いや、御坂」


「ほ、本物……?」


 彼と距離があるため、御坂美琴は一目を気にせず、這い寄る。
 もう、誰も自分達を見る者はいない。どんなに情けない姿でも、構うものか。


「もう、居るならちゃんと言いなさいよ……ばか」


 触れたい。
 確かめたい。
 私は貴方と会うために、地獄を生き抜いた。


588 : Period :2018/04/30(月) 22:25:47 .753T1qw0



「どれだけ、心配したかわかってるの? あんたのせいで私は■■まで殺す――ううん、それは後」


 やがて、彼の足元に辿り着き、優しく左腕を伸ばされた。
 自分の右腕は使い物にならないため、些細ながらも有り難い気遣いだ。
 彼に立ち上がらせてもらおう、そして願いを叶えよう。
 

 みんなを呼び戻して、もう一度。
 もう一度、あのかけがえのない日常を繰り返そう。


「ねえ、あんたには言いたいこと――ぁ、え、あ、ぇ、ぁぁ……?」


 彼の腕を掴んだ時、信じられない物を目にしたと、御坂美琴は驚愕に襲われる。
 触れた彼の右腕が泥のように崩れ、ぐちゃりと大地に落下したのだ。
 自分の右腕にも垂れたが、何処か気色悪い泥は自分の肌を逆撫で、正体は不明だが、相容れぬ物と断定。
 雷撃で飛ばそうとするも、彼の目の前だから、彼女は動きを止め、その場に座り込んだ。


「こ、これは……?」


「あー、何から説明すればいいんだろう。まず、俺は上■さんじゃない。姿は同じなんだけど」


「ま、まさかエンブリ――」


「それはまさかでしょうに。流石の上■さんもそれは自分が気色悪くて、生ゴミと一緒にダストシュートです」


 彼は間違いなく彼の見た目である。
 変装であるとしても、独特で、薄ら寒い単語のチョイスは間違いなく彼だ。


「俺は聖杯の担い手。まあ、なんでしょう。ただ願いを言うだけじゃ風情がないから、優勝者と親しい人物が具現化されるってことで納得してくれ」


 この声、申し訳ないように目を逸し、頭を掻く動作。
 何処からどう見ても、御坂美琴の知る彼だった。
 故に少々、怪しい言葉でありながら、彼女は鵜呑みにしてしまう。


「じゃあ、あんたが願いを叶えてくれるの……?」


「そういうこと。じゃあ、願いを言ってくれ。
 醜いエゴを貫き通し、誰に頼まれた訳でもなく他人を殺し、自分を正当化したカスクズ殺人鬼」








 世界が止まるとは、正にこの瞬間であろう。







 彼の言葉に、嬉しみの笑みを帯びていた御坂美琴の表情は固まってしまう。
 突然の言葉に脳が動きを止め、働くことを拒否してしまう。
 自然と左の瞳から涙が流れ落ち、呼吸も荒くなり、自分を自分として保つ欠片が一斉に崩れ去る。


589 : Period :2018/04/30(月) 22:26:51 .753T1qw0


「――あぁ、気にしないでくれ」


 彼は何と言ったのか。
 聖杯の担い手ならば、願いを叶えるのが仕事であろう。
 そして何よりも、その容姿、その声で語り掛けられる事実が、御坂美琴を絶望へ叩き落とす。


「これは俺の言葉であって、お前の願いを叶えない訳じゃないから」


「そ、そう……じゃあ、私の願いはあんた達を」


「しっかしすごいよなあ、御坂は。
 上■さん達を生き返らせるために合計で十人も殺したんだろ? 間接も含めればどこぞの王様もびっくりのキルスコアですよ」


「――っ」


「おっと、続けていいぜ。俺の言葉は気にするな」


 崩れた心に更なる亀裂が走る。
 欠片が細かくなり、彼女の心に突き刺さる。


「わ、私はね……みんなを生き返らせたいの」


「みんなってのは誰だ? まさかとは思うけど――自分が殺した白■も生き返らせるって馬鹿げたことは言わないよな?」


「……ぇ」


「どんだけサイコパスなんですか、ちゃんと両親と会話出来てますか? 
 独り日常に取り残されていませんか? まあ、御坂がそんなクスクスと笑いながら色欲に囚われることはないと思うけど」


 なんだ、なんだこの男は。
 本当に、本当に上■■麻なのか?


590 : Period :2018/04/30(月) 22:27:37 .753T1qw0

「もう一度、聞きます。此度のゲームの優勝者である御坂美琴よ。汝は七十一人を殺し、死者の上に立ち、自分はただ独りで、何を望む」


 どうして、どうしてそんな言葉を投げるのか。
 本物の、本物の上■■麻はこんなことを言わないだろう。

 
 ならば、幻覚の一種か? それともエドワード・エルリックが生きていて、錬金術により自分を苦しめているのか。
 分からない。目の前の男を含め、御坂美琴は自分の置かれている状況に理解が追い付いていない。

 
 ただ。


 焦る自分の心が、泣き叫んでいる。
 崩壊は近い、もう、耐えられない、と。


「……なぁ、御坂。まさかとは思うけど、願いは無いとか言わないよな?」


「……と、当然、よ……そんなの、あるにきま、て……っているじゃん」


「そうだよな! いやあ、さっきからごにょごにょしているから上■さんは心配になったのですよ。
 さぁ! 願いがあるなら大声で言ってみましょう! なんてたって聖杯はどんな願いをも叶える願望器!」


 彼は夜空に両腕を広げ、高らかに叫ぶ。
 ああ、その姿は紛れもなく上■■麻だ。見間違えるものか。
 だが、貴方はどうして私の心を苦しめるのか。
 私は貴方のために――全てを捨てて、彼等を殺したのに。


「私の願いは――」


「そう! 聖杯はどんな願いをも叶える願望器! それは殺人鬼の願いをも叶えるのさ!
 媒介は七十一の魂――つまり、参加者! 御坂美琴は優勝者となって、死者の生命を踏み躙り、どんな願いを叶えるのか」


591 : Period :2018/04/30(月) 22:29:36 .753T1qw0


 ――私は充分に戦った。
   全ては願いを叶えるために。
   彼女達を、言ってしまえば、彼を生き返らせるために。


 ――口を動かせば、願いが叶う。
   どうして、彼は私の心を揺さぶるのか。
   私はこんなにも、貴方のために頑張ったのに。


 ――もしかして、貴方は貴方じゃないのかしら。
   聖杯の担い手と云えど、新手の攻撃かもしれない。
   なら、確かめてみよう。本物の彼なら、きっと――。


「その前に、ちょっとは遠慮しなさいってーの――っァ!!」


 尻もちのまま、御坂美琴は右腕に僅かな雷光を纏わせ、彼に放った。
 狙いは彼の右腕。彼が本物なら、この攻撃は消える筈。
 泥のように崩れていたが、見間違いだろう。だって、彼は彼だから。


 しかし、現実は御坂美琴に牙を剥く。


「痛い……いってえなあ」


「う、そ……きえな、い?」


 上■■麻の右腕は幻想殺しと呼ばれる能力が備わっている。
 嘗てロンドンのブライズ・ロードの戦いにも用いられた、不死の概念すら超越する礼装である。
 時を隔て、彼に宿ったのだが、本来ならば御坂美琴の雷など簡単に無効化してしまう。

 
 だが、彼女の前に立つ彼の右肩は粉砕され、彼女の顔に泥が落ちる。


「せっかく願いを叶えてやるって言ってるのに、馬鹿な女だなあ」


592 : Period :2018/04/30(月) 22:30:07 .753T1qw0



「あ、あんたは誰なのよ……あいつじゃないの!?」


「最初から言ってるだろ、俺は聖杯の担い手。
 茅場晶彦が細工したこの世全ての悪を媒介にし、優勝者の心を抉る悪趣味な存在だよ」


「じゃあ、と――■■じゃないの?」


「うっせーなあ。最初から違うって言ってんだろ、馬鹿かなあ!?」


 なんだ、彼とは違うのか。
 それもその筈。本物なら、不器用なりに優しさを見せる。


 じゃあ、この男は偽物だ。
 この世に必要のない、残滓すら残す価値のない泥である。


 殺そう。他の人間と同じように。


 そして、御坂美琴は立ち上がり、壊れた右腕で彼の顔面を掴む上げる。


「さようなら、もう二度と私の前に現れないで」


「うぎゃああああああああああああ! み、御坂……許して、く、れ」


「――っ」


593 : Period :2018/04/30(月) 22:31:15 .753T1qw0
 止めろ。
 私はお前を殺すために、雷撃を流しているんだ。
 彼の声で強請るな、偽物め、死んでしまえ。


「お、俺が悪かった」


 止めろ。
 お前の声は私を惑わせる。


「た、助けてくれ」


 止めろ。
 焦げた匂いが鼻先を刺激する。


「俺はお前のことを」


 止めろ。
 聞きたくもない。
 私はただ、早く願いを叶えて、本物の彼と出会う。


「ごめんな、俺のせいで」


 止めろ。
 訴えるな、弱々しくなるな。
 私は彼の強い背中に憧れていたんだ。




「馬鹿ね、私もあんたも本当に馬鹿よ。自分が馬鹿なんてとっくに気付いていたのに」



 気付けば御坂美琴は雷撃を辞め、彼に抱き着き、大地に斃れた。
 泥が崩れ始め、上■■麻の面影は最早残っておらず。
 御坂美琴はコンクリートの塊とも呼べる無機物を抱き、涙を流し、語り掛ける。


 自分の腕に眠る冷たい反応が、上■■麻と疑わずに。
 泥で形成され、崩れた彼が■条当■と信じて。


594 : Period :2018/04/30(月) 22:32:16 .753T1qw0
「私はね、どんなに苦しくても、悲しくても、自分を貫き通そうとしたの。
 消えない罪を背負って、罰を受け入れるつもりでいた――弱いのに、どうしようもない馬鹿だよね」


「あの優しかった日常がほしかっただけなの。それなのに黒子を自分の手で殺した……本当に馬鹿だよね」


 己のことを馬鹿だといい続け、涙を流す。
 されど、誰も涙を拭わず、其れは彼女が選んだ結果である。


「見てよ、この右腕。こんなにボロボロになって……だけど、極力、左腕は使わなかった」


 終盤の彼女が左腕を使用したのは、ヒースクリフに追い打ちを掛けた瞬間ぐらいである。
 壊死した右腕を使い続ける理由があったのだ。
 それは彼女の醜いエゴであり、一人の少女が夢を見てしまったのだ。


「一本ぐらいは生身が良かったの。機械鎧じゃ、私は温もりを感じられない。あんたに触れられない。
 だから、私はこのもう一本を守り続けた。こうやってあんたの暖かさを感じたいから……本当馬鹿よね、自分でもドン引きよ」


「私が間違っているのは知っている。だけど、世界が間違っていると思い込んで、戦った。
 だけど、それも、もう、お終い。私が願いを叶えれば全てが元に……全てが元に……全て、が、ぁ……」


 涙が止まらず、血も止まらない。
 少女の言葉は誰の耳にも届かず、生命だけが削られる。
 この儀式に意味などあるものか、早々にねがいを叶えなければ、彼女は――。


「私がね、全ての罪を背負える訳、ないじゃない……! 自分だけが幸せに生きられるはずがないじゃない……!
 それをエドとあの女の子に指摘されて、私は悔しかった。何も言い返せなかった。自分が情けなくて……だけど、引き返せなくて」


595 : Period :2018/04/30(月) 22:36:54 .753T1qw0







































 ねぇ。


 私は想ったけど、口にしなかったことがあるの。


 もしも、もしもだよ。


 最初に死んだのが、あんたじゃなかったら。


 私は、あんたや、エド達と一緒に、正義の味方をやっていたのかなあ。


 可能性のたられば論なのはわかっているけど、どうしても、想像しちゃうの。


 本当に馬鹿だよね。本当に……私は馬鹿で、何かもを失って――。


 じゃあ、願いを叶えましょうか。


 だって、私はこの瞬間のために、全てを投げ捨てて――。


596 : Period :2018/04/30(月) 22:41:14 .753T1qw0



































 ◆日誌



 あの出来事を忘れないために、日誌を付けていたが、肝心の最期を記載していなかった。


 御坂美琴に吹き飛ばされ、雪ノ下雪乃、アヌビス神と離れ離れになり、自らの足で戦地に赴いた。


 猫の身体ということもあり、かなりの距離を吹き飛ばされたため、到着が一番最後になってしまった。


 その際、地獄門の異変を肌で感じてしまったのが、遅くなった一つの要因であろう。


 全く……最期の最期まで。


 本件に戻る。


 戦地に辿り着いた時、二つの死体が転がっていた。


 その姿は見覚えがあり、自分の弱さに腹が立った。


 余りにも無力で、合理的で無いと想いながらも、墓を立ててやろうと想ったその矢先だった。


 離れた場所に、もう一つの死体を見つけた。


 後に聞いた話だが、彼女が優勝者になるらしい。


 願いは叶えていないが、彼女に何があったかは知るよしもない。


 ただ一つ、分かることがある。


 それは彼女が――御坂美琴はコンクリートを抱き、血と涙を流しながら、泥に包まれ、幸せそうな表情を受かべていたことだ。




【 バトル・ロワイアル  -ゲーム終了-  優勝者:御坂美琴@とある科学の超電磁砲 】


597 : ◆BEQBTq4Ltk :2018/04/30(月) 22:50:18 .753T1qw0
以上で投下を終了します。
また、これに伴い、アニロワIFは完結となります。
これ以上、この物語が動くことはありません。本当に、最期です。

そして、私が最終回諸々を投下いたしましたが、此処まで辿り着けたのは
書き手の皆さん、感想をくれた方々、wiki収録を手伝ってくれた有志の方々、各掲示板管理人様……多くの方々のご協力のおかげです。
本当にありがとうございました。

また、wikiにほんの少しのおまけを収録してあります。
本編には関係ありませんが、お時間がありましたら、是非とも。

さて、改めて、本当に終わりです。
本当に、本当にありがとうございました。
色々な事がありましたが、此処まで辿り着けて本当によかったです。

それでは、またどこかで、お会いいたしましょう。

本当に、ありがとうございました。


598 : ◆ZbV3TMNKJw :2018/04/30(月) 23:00:19 HeGRWJvs0

投下乙です!

ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm33129892

まずは最終回EDです

感想やその他諸々は時間がかかりそうなのでまた後ほど


599 : <削除> :<削除>
<削除>


600 : ◆dKv6nbYMB. :2018/04/30(月) 23:21:40 HeGRWJvs0
酉間違えた

改めて、投下お疲れ様です!


残った4名の参加者の生き様散り様をしかと見届けました。
前回の話のヒースクリフが言っていた『不本意だが託された者』がてっきり打ち上げる時のタスクのお礼のことかと思ってたら、まさかエンブリヲとの最期のやり取りからだったとは...これは予想外
『なぜ貴様なのだ』の本当の意味が解ったときは思わず震えました。
最後の最後までゲームマスターだったヒースクリフが消え、対峙した三人と一振り。
最期まで信念を折らず、死の間際にまで殺さない覚悟を貫いたエドワード・エルリック。
腐れ縁と自覚しながらも、最後の最後に真の成長をしてみせたアヌビス神。
御坂と違い力を持たなかったが故に、これまでの出会いと己の進んだ道を誇らしげに散った雪ノ下雪乃。
それらを全て粉砕して優勝したのは御坂美琴。けれど、その最期まで罪を忘れることが出来ず、幻の中でも己を責め続けた彼女の姿はもう...
もしも御坂に力がなかったら、あるいはDIOやエスデスのように善悪の葛藤のない強者だったらここまで苦しまなかったのかもしれない

アニメキャラ・バトルロワイアルIF最終回にこれ以上ない大作、本当にお疲れ様でした



開始から約3年、遂にここまで辿りつき、終わってしまった
◆BEQBTq4Ltk氏や◆ENH3iGRX0Y氏、この約3年、本当にお疲れ様でした。
この企画が完結したのは両氏の力が大きく、私もまだまだ見習いたいものがたくさんありました。
また何れ両氏の作品が読めるときがくるのを心待ちにしております。

◆BEQBTq4Ltk氏、◆ENH3iGRX0Y氏、この企画に携わってくれた方々

今まで本当にありがとうございました


601 : 名無しさん :2018/05/01(火) 00:28:57 wsq569c20
投下お疲れ様です。
遂に遂に完結!まずはおめでとうございます。
アンリマユの登場に度肝を抜かれるも、メロンらしい終わり方でした。
最期は後味が悪くても、これぞロワという路線をやり遂げたのは素晴らしいことだと思います。
御坂がこの世全ての悪を受けてなお耐えれるだけの人間だったら本当に願いを叶えていたかもしれません
最後まで人間らしくて、自分だけが幸せになることを許せなかったのは優しい彼女らしい
本編でもありましたがもしも最初に死んだのが上条さんじゃなくて候補にあったラバック達だったら。
御坂は正義の味方になっていたかもしれません。そう思うと本当に狂ったクソッタレの御伽噺だと思います。
おまけも読みました!まさか彼女が出るとは思わず驚きました。何気に唯一の完結アニロワ皆勤賞かもしれない

改めてお疲れ様でした。
この時代に大型ロワそれもアニロワが完結するのは奇跡だと思います。


602 : 名無しさん :2018/05/01(火) 13:50:46 LcEr.kq20
きっと元ネタであろう災禍が御坂にはよく似合う。自分だけが幸せになったら押し潰されるというのは彼女が人間であるという証拠なのかもしれません。
完結おめでとうございます。あれから読み返していますが御坂は着実に殺人鬼の道を歩んで、それでも非情になりきれていませんでした。
もしもこのラストを狙っていたとしたら積み上げが精巧に仕組まれていた印象を受けました。
彼女が途中で死ぬ可能性が高かったのにここまで物語を運んだのはすごいことだと思います。
殺された彼らも最後まで戦って、特にエドは結果こそ残せませんでしたがその散り様は見事でした。
彼は人間で御坂も人間だから、心は揺れるし感化されてしまうのでしょう。

おまけも読みました。
読み返せばたしかに終盤のエドは錬金術を使用していませんでしたね。
結末までエンブリヲとヒースクリフの対立に踊らされ、御坂が願いを叶えるのは最初から不可能だったのでしょうか。
子ネタでヒースクリフが過去のアニロワを参考にゲームを企画した描写がありますが、もしかしたら対主催エンドを望んでいて、万が一のためにこの世全ての悪を仕組んだのかもしれませんね。
それともう一つのおまけは唯一の後味が良い作品でした。彼は生きていて、彼女も頑張っていたんですね。
音楽の小ネタも過去作のリスペクトが感じられました。
本当にお疲れ様でした。


603 : 名無しさん :2018/05/01(火) 19:13:48 AbrR5YZs0
投下お疲れ様でした。
他の感想にあったけどヒースクリフはもしかしたら対主催の勝利を願っていたからこそ聖杯に最後の悪あがきを仕込んだのかな。
どんな最低野郎が優勝しても聖杯の泥で飲み込もうとしたかもしれない。結果は最悪の形になったけど。
メロンはよくも悪くも派手なロワだと思う。対主催が頼りないってよく言われてたけど、それはマーダーの配置が絶妙だったんじゃないかな。
ある意味でお約束を外してクロスオーバーよりもロワイアル要素を追求した結果だと思う。
さやかが人体錬成の応用で魔女から人間に戻ったり、自分の心と向き合ってペルソナを見出だすクロスオーバーももちろんあったけど。
対主催の敗因は人間らしかったこと。優勝者の勝因も人間らしかったことだと思います。
完結おめでとうございます。書き手の方々は長い間お疲れ様でした。
たしかに後味は悪いけど最後まで人間臭さが滲み出る思い出の作品になりました。


604 : 名無しさん :2018/05/01(火) 19:50:18 SmcicouU0
アニIF完結、お疲れさまでした。エドも雪乃もヒースクリフも最後まで御坂を止めようとしたけど、御坂はそれにすら嘘をついて生き抜いたか…
そして聖杯にというかヒースクリフに騙され。でも幸せに死ねてよかったのかな

おまけも見ました。最初から最後まで結局ヒースクリフ、茅場昌彦の手のひらで踊らされてたんだな。お見事。 猫が回収されとるがな。
もしかして他の連中もいるのか?暦さんがIFの状況しったらどう思うんだろうか

書き手のみなさん、本当にお疲れ様でした。こんな素晴らしいものを作ってくれてありがとうございました。


605 : 名無しさん :2018/05/01(火) 21:31:20 iZ3Kv.Fg0
完結おめでとうございます
一度は共闘した参加者が結局こうなってしまうのは切ない
お父様戦後はみんな、清々しいまでにエゴを貫き通しましたね、この辺は本当ロワって感じだ
意思持ち支給品が唯一の世紀生還者ってのも珍しいけど、彼以上の傍観者はいないわな

そして、IFエピソードで光を見せて二度美味しい
猫は記憶データのメンテナンスは自分でやってるのかな、彼女はメカ音痴だし


606 : 名無しさん :2018/05/02(水) 16:42:44 zJ9SN5Ig0
これは素晴らしいちゃんみお応援作品。総選挙やってるしね
書き手さんの中でどのタイミングでこの結末に決まったかはわかりませんが、作品内であったようにエンブリヲがちゃんみおを見捨てた瞬間は一つの分岐点だと思いました
もしも助かっていたら……大総統との総力戦だったかもしれないしウェイブだって生きてたかもしれない
IFを考えるのも楽しいです。だけど御坂の迎える結末は変わらない気もします。何回も言われていますが彼女は人間を辞めれなかったのが全てだと思います。
今までお疲れさまでした。完結おめでとうございます。


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608 : 名無しさん :2018/05/03(木) 12:26:04 l9CAiaIE0
ロワをちゃんと読めばわかるよ
デレマスとラ!を繋ぐキャラとしてみんなのために頑張ってたじゃん。
しまむーはちゃんみおがいなきゃ戻ってこなかったしかよちんだってもっと早く死んでたかもしれない
最後は黒乳首の怒りの矛先にもなったからかなり重要キャラだよ
もしもエンブリヲが見捨てていなかったら対主催エンドだって夢じゃなかったかもしれない


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611 : 名無しさん :2018/05/03(木) 13:52:53 4GTLXYvk0
最終回でも熱心に叩くアンチさんお疲れっすww
その熱意をもっと他の事に向けるっていう発想は最後までできなかったみたいですねw


612 : 名無しさん :2018/05/03(木) 16:23:38 2Ua5P47.0
投下乙です


613 : 名無しさん :2018/05/03(木) 16:31:17 2Ua5P47.0
>>612
途中下車失礼しました。
おまけまで全て読みました。
対主催エンドをいつのまにか当たり前と思っていました。
メロンも最後は対主催が勝つのかなと思っていましたが甘くはなかったです。
一読み手の意見を言わせてもらいますとコウガミシンヤの脱落が大きかったのかなあと思います。
当時なんであの人がこのタイミングで落ちるのか意味がわかりませんでした。頼れる大人である彼の脱落こそが対主催にとって一番の痛手かと。
エド、黒、タスクは立派な人間ですが精神にはまだ幼さが残っており特にエドは顕著です。もう少しだけ非情になれれば結果も……。
散々言われていますが人間らしい終わり方だと思います。前話で退場したエンブリヲとヒースクリフを含めて。
ですがおまけを読んで少し救われました。エドの選択は愚かかもしれませんが、それでも御坂に立ち向かった彼は最後まで彼らしかったです。


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615 : 名無しさん :2018/05/08(火) 14:34:26 KRyFDGSo0
投下乙
この数年とても楽しく読ませてもらいました。
セリューに始まり、DIOが暴れ、大佐が燃やし燃やされ…今でも覚えています。
セリューが残した遺産が終盤まで物語に絡んだあたり、彼女の影響力はロワ内外で大きかったのでしょう。
キンブリーとイリヤも印象深いですね。それにまどかとほむらのオブジェも強烈なインパクトがありました。
大佐、番長、ウェイブ、エンブリヲと某所でネタ扱いされたキャラも最後は輝いたのもよかったです。
御坂とエドのラインが最終回まで続いたのは奇跡だと思いますが、やりきってくれたので満足です。
今までありがとうございました


616 : 名無しさん :2018/05/09(水) 23:56:08 wK3X5ido0
投下乙でした
最後まで姿勢を崩さなかったロワの完結を忘れることはないでしょう
正義の味方の定義が問われるロワであり、誰もが必死に足掻いて生きている人間らしさを強く感じました
昨今の界隈を見るにアニロワが完結したことは誇るべきことだと思います
書き手のみなさんは本当にお疲れ様でした


617 : 名無しさん :2018/05/10(木) 01:08:09 VyP5q/.M0
今まで投下お疲れ様でした
3年間書き続けた事は偉大で素晴らしい事だと思います
特に氏は色々と事情もあっただけに非常に感慨深いです
序盤から敷かれた因縁をこうして最後まできっちり回収して締めたのはお見事の一言しかありません
氏の情熱が完結に漕ぎ着けた大きな原動力だったのだと思います

ただ最後にあったカスクズネタだけは止めて欲しかった
以前の足立のメタネタと違いこのロワとも殆ど関係ない他所のネタでしかも中傷ネタですよね?
あまり事情を詳しく知ってる訳ではないですが
叩かれる事の辛さを良く知っている氏だからこそ最後にこんな誰かを貶すようなネタを入れるのは控えて欲しかったです
某所受けを狙ったのか分かりませんがこれでは氏を叩いたアンチと何も変わらないのではないでしょうか


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623 : 名無しさん :2018/05/10(木) 15:55:33 IjP2tA5k0
完結おめでとうございます!
IFが初めてのリアルタイム完結ロワなので感動しています
氏はあれだけアンチに粘着されていたのに筆を折らなかったのは誇るべきメンタルだと思います
もちろん最後まで残った他の書き手さんも素晴らしいと思っています
セリューさんから始まったIFも遂に終結。振り返ればアカメキャラは全滅していましたが、他の作品も含めて最後まで影響力や影響がありましたね
これで最後だと思うと寂しいですね……定期的に大作が投下される環境が当たり前になってしまいました
完結おめでとうございます!


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