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アニメキャラ・バトルロワイアル4th part2

1 : 名無しさん :2016/02/12(金) 19:24:17 cZpkR.8k0
ここはアニメキャラクターでバトルロワイアルを行うリレーSS企画です。
企画の性質上、キャラの死亡や流血等、残酷な内容を含みます。閲覧の際には十分ご注意ください。

したらば
ttp://jbbs.shitaraba.net/otaku/17204/

避難所
ttp://jbbs.shitaraba.net/otaku/17220/

地図
ttp://imgur.com/wm3q2BI

【参加者名簿】

3/7【Fate/Zero】
○衛宮切嗣/○セイバー/○言峰綺礼/×ランサー/×雨生龍之介/×キャスター/ ×間桐雁夜
4/7【銀魂】
○坂田銀時/×志村新八/○神楽/×土方十四郎/○桂小太郎/×長谷川泰三/ ○神威
4/6【ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
○空条承太郎/×花京院典明/×ジャン=ピエール・ポルナレフ/○ホル・ホース/ ○ヴァニラ・アイス/○DIO
4/6 【神撃のバハムート GENESIS】
○ファバロ・レオーネ/×カイザル・リドファルド/○リタ/×ジャンヌ・ダルク/○アザゼル/○ラヴァレイ
3/5 【ご注文はうさぎですか?】
×保登心愛/○香風智乃/○天々座理世/○宇治松千夜/×桐間紗路
3/5【デュラララ!!】
○セルティ・ストゥルルソン/×園原杏里/○折原臨也/○平和島静雄/×ヴァローナ
2/5【ラブライブ!】
×高坂穂乃果/×南ことり/×矢澤にこ/ ○絢瀬絵里/○東條希
4/5 【結城友奈は勇者である】
○結城友奈/○東郷美森/○犬吠埼風/×犬吠埼樹/ ○三好夏凜
4/5【キルラキル】
○纏流子/○鬼龍院皐月/×満艦飾マコ/○蟇郡苛/○針目縫
2/4【グラップラー刃牙】
×範馬刃牙/○ジャック・ハンマー/×範馬勇次郎/○本部以蔵
3/4【selector infected WIXOSS】
○小湊るう子/○紅林遊月/×蒼井晶/○浦添伊緒奈
0/3【咲-Saki- 全国編】
×宮永咲/×神代小蒔/×池田華菜
2/3 【魔法少女リリカルなのはViVid】
×高町ヴィヴィオ/○アインハルト・ストラトス/○コロナ・ティミル
2/3 【のんのんびより】
○宮内れんげ/○一条蛍/ ×越谷小鞠
1/2 【グリザイアの果実シリーズ】
○風見雄二/×入巣蒔菜
41/70


2 : 名無しさん :2016/02/12(金) 19:25:21 cZpkR.8k0
前スレ
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/14759/1442319677/

A:基本ルール
 全員で殺し合いをしてもらい、最後まで生き残った一名が優勝者となる。
 優勝者はどんな願いも叶える事ができる。
 参加者間でのやりとりに反則はない。
 ゲーム開始時、参加者は会場内にランダムで配置される。
 プレイヤー全員が死亡した場合、ゲームオーバー(勝者なし)となる。
 ゲーム開始から72時間経過した場合も勝者なしゲームオーバー(参加者全員死亡)となる。


B:スタート時の持ち物について
 全ての参加者には騎士の手甲に似た幅広の腕輪が嵌められている。
 腕輪には特殊な力を持つ白のカード1枚がはめ込まれている。
 それとは別の特殊な力を持つ黒のカードが1〜3枚、赤のカードが1枚、青のカードが1枚支給される。
 他のパロロワでいうところの首輪とデイパックに相当する。

 プレイヤーがあらかじめ所有していた武器、装備品、所持品は大小に関わらず全て没収
 武器にならない衣服、帽子などは持ち込みを許される。
 もし、それらが武器の類なら代わりに同デザインの普通の衣服等を着せられる。支給品扱いではない。

C:【4種類のカード】
白:マスターカード
  腕輪に嵌まっているカード。
  地図ナビ、時計、名簿、脱落者の確認、点灯などいろいろ行えるカード型端末。
  死んだり主催に刃向かったりしたら、このカードの中に魂が封印されて喋ったり動いたりできなくなる。
  基本腕輪から取り外せないが、死んで魂がカードに封じられた後に剥がれ落ちる。
  物理破壊不可。

※基本的に主催は意思持ち支給品の生殺与奪権も参加者同様に握っている。


黒:ランダムカード
  つまりランダム支給品。出したものをカードに収納できる。
  それぞれ武器や道具とかのアイテムが収納されている。
  一回出してからカードに再収納すると効果欄が浮かび上がって詳細が確認可能。

※支給品枠についての注意
【キルラキル】【結城友奈は勇者である】【なのはvivid】【Fate/Zero】の
制服、スマホ、デバイス、宝具の本人支給は可。
ただし、本人に支給する場合はそれだけで支給品枠を全て使うものとする
(デバイス等を本人以外のキャラに支給する場合は、支給品ひと枠分として扱っても可。
 その代わり初登場話で他の参加者から、本人装備を奪う、譲り受けるような展開での入手は禁止)

赤:フードカード 
青:ウォーターカード
 赤は食料、青は飲料。任意のものが出せる。1回につき1人前までで、10回まで。
 一度出したものは元には戻せない。


3 : 名無しさん :2016/02/12(金) 19:25:48 cZpkR.8k0
D:【侵入禁止エリアについて】
放送で主催者が指定したエリアが侵入禁止エリアとなる。
放送度に禁止エリアは計3マス指定される。
参加者が禁止エリアに入って一定以上の時間が経てば、魂が引き剥がされ死亡する。
意思持ち支給品も状況次第で同じように処理される可能性あり。
禁止エリアは最後の1名以下になるまで解除されない


E:放送と時間表記について
0:00、6:00、12:00、18:00
以上の時間に運営者が侵入禁止エリア、死亡者、残り人数の発表を行う。
禁止エリアは放送度に計3マス指定される。

※本編は0:00スタート。


F:状態表
  SSの最後につける状態表は下記の形式で

【(エリア)/(場所や施設の名前)/(日数と時間帯)】
 【(キャラ名)@(作品名)】
 [状態]:
 [服装]:(身に着けている防具や服類、書く必要がない場合はなくてもOK)
 [装備]:(手に持っている武器など)
 [道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
     黒カード:(収納した支給品)
     (黒カードに収納していない初期配布の白、黒、赤、青カード以外の所持品)
 [思考・行動]
基本方針:
   1:
   2:
 [備考]
  ※(状態や思考以外の事項)

・時間帯の表記について
 状態表に書く時間帯は、下記の表から当てはめる。

 深夜:0〜2時 / 黎明:2〜4時 / 早朝:4〜6時 / 朝:6〜8時 / 午前:8〜10時 / 昼:10〜12時
 日中:12〜14時 / 午後:14〜16時 / 夕方:16〜18時 / 夜:18〜20時 / 夜中:20〜22時 / 真夜中:22〜24時


・死亡したキャラが出た場合は以下の通りに表記する
【参加者名@作品名】死亡
残り○○名


4 : 名無しさん :2016/02/12(金) 19:26:04 cZpkR.8k0
G:一律制限案
バランスブレイカーとなる身体能力及び戦闘能力は制限される。
基本はアニロワシリーズ基準で(他のロワも参考にした方がいいかも)。
ギャグ描写の誇大解釈は無しの方向で。細かい所は書き手任せ。
対象:キルキラルのキャラ、結城友奈は勇者であるのキャラ(変身後)
   JOJOのスタンド、Fate/Zeroの英霊達など。


H:〈キャラ個人の特殊能力について〉
バランスブレイカーなるくらい便利すぎるもの、厄介なもの、制限が難しいものは禁止。
蘇生、洗脳、再生、時間操作能力を持った参加者や支給品には何らかの制限を加える。
Fate/Zeroの魔術などは大半は使用できなくなる。物理攻撃不可能な参加者にも攻撃は可能になる。
ただし、能力を削除する事によってキャラの魅力が激減するなら議論。
腕輪や白のカードへの安易な干渉ができる能力などは原則禁止。
細かい所は書き手任せ。


I:{洗脳系能力の扱いについて}
本来の能力と比べて効果を減衰させるか、あるいは2時間単位で解除される仕様にする。
洗脳系アイテムは所持者が同意するか、廃人にならない限りは乗っ取り不可に。
乗っ取っても2時間単位で洗脳は解除されるので、その都度能力を行使する必要あり。
洗脳能力はそれをメインにしているキャラや支給品のみが行使できる(要議論?)。


J:『支給品の制限について』
支給品も参加者と同等にその効力が制限される。
言語能力、一般人と同等以上の戦闘力を持つ意思持ち支給品は、所持者(主)から遠く離れる事ができない。
有用であればあるほど、離れられる距離は短くなる。場合によっては更に制限がつく可能性も。
行動範囲外に入ればどうなるかは議論か書き手任せ。
喋る支給品を支給された参加者には、セットでその支給品の言語能力を封印解除できるスイッチが支給される。

宝具や勇者用スマホなど、一般人が通常なら扱えないアイテムも当ロワでは特に大きなリスク無く大体使用可能。
ただし、その効果は力量にもよるが本来の所有者のと比べ大きく落ちる。細かいところは書き手任せ。
本来の所有者やそれに近い実力者が使えば制限下であるものの充分力を発揮できる。


5 : 名無しさん :2016/02/12(金) 19:26:22 cZpkR.8k0
K:作品別の参加者・支給品の制限

【Fate/Zero】
・マスターの令呪は没収
・サーヴァントの霊体化禁止

【ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
・スタンドは可視化、物理干渉を受ける
・ヴァニラ・アイスの暗黒空間に腕輪を飲み込むことは出来ない

【結城友奈は勇者である】
・精霊の防御能力にはなんらかの制限を加える。
・スマホに精霊を2体以上付けるのは禁止。
 ただし、本人支給をした場合は、そのキャラの参戦時期の時の精霊の数になる。
・NARUKO(勇者専用アプリ)の勇者の位置表示機能は使用不可。

【selector infected WIXOSS】
・ウリスとイオナ(ユキ)は『浦添伊緒奈』の、ユヅキと花代は『紅林遊月』の中身が誰であるか判明するまで支給不可。


※議論及び、話の進行によって、今後各作品の支給品、能力等の問題は当ルールテンプレとは別に『制限まとめ』として今後編集していく予定です。
 詳しくは ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/17220/1435887783/325- で。


6 : 名無しさん :2016/02/12(金) 19:26:58 cZpkR.8k0
L:【予約について】
キャラ被りを避ける、執筆期間を取りたいという場合にはまず予約にて書きたいキャラの予約を行う。
予約はトリップを付け、その作品に登場するキャラの名前を書く。
キャラの名前はフルネームでも苗字だけでも構わない。そのキャラだと分かるように書く。

予約及び本投下条件は、リレーする作品の投下から36時間以上が経過し、尚且つ通しになっていること。
要修正の作品は修正作業が完了し、最初の本投下から36時間以上経過すれば予約できるが、
問題が残っている場合は最悪破棄され予約も無効となるので、リレーする作品は改めてよく確認すること。

自己リレーは絶対という訳ではないが、リレー企画の体裁上は予約する場合は自己リレーと予め言っておく事。
序盤はできるだけ避ける事。

また再予約する際は周囲の、他書き手の同意を得た上で再予約と宣言して予約すること。

※なお、第一放送を迎えるまでの間、ランサーのパートについては予約を凍結とする
詳しくは
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/17204/1434869224/529-539
を参照

M:【予約期間について】
予約をした場合、執筆期間は5日間、3作以上書いた人は最大で7日間。
ただし予約は任意で強制ではない。 延長宣言があれば1日延長可能。
予約が期限切れした場合、無連絡のままオーバーしたら1日待ち
それで投下が無ければその次の日に予約可能。

M-2:【作品修正のルール追記】
期日をオーバーする修正はなるべく避けること。

N:【作品投下のルール】
予約なしで作品を投下する場合、騙り等により起こる混乱等を防ぐためにトリップ推奨。
作品に自信がない場合は仮投下スレで仮投下することも推奨。

N-2:【仮投下のルール】
期限は本投下の予約期間と同じ。
修正も期限などは本投下と同様に2日間。

O:【作品修正のルール】
投下した作品に問題があり、投下から36時間以内に問題点を指摘された場合は修正要求される可能性あり。
期限は修正要求から最大2日間。それまでに間に合わなければ破棄。
投下から36時間以内に指摘がなければ通しになるが、問題点が企画の進行に阻害が出るくらい大きければ、
時間が経っても修正要求される。もし作者が修正に応じなければ審議で今後の対応を決定。


7 : 名無しさん :2016/02/12(金) 19:27:19 cZpkR.8k0
※トリップの付け方
書き込みページの名前欄に#を入れて、#の後に任意の文字を入れて投稿すれば
◆mAuG2RWWgのようにスレッドに表示されます。
#の後に個人情報などリアルに関わる文字を入れるのは止めた方がいいです。
認証後、トリップ被りや成りすましを避けるためにも、事前にテストスレなどを利用して
出たトリップをグーグルなどで検索して確認する事をお勧めします 。
P:書き手の注意点
・荒らし目的の行為、又は通す事によって企画の停滞・崩壊を招きかねない内容の作品の投下は禁止。
 (これまでの話や原典の設定とは大きく矛盾するSS投下や、無理がありすぎる展開の話、
  複数の書き手がリレーを放棄する内容のSS投下など)

・一度死亡が確定したキャラの復活は禁止。
・大勢の参加者の動きを制限し過ぎる話の投下や、新規キャラの途中参加は程度によっては審議の対象。

・時間軸を遡った話の投下の禁止。
 話と話の間にキャラの位置等の状態が突然変わっている等こうした矛盾を解決する為に、
 他人に辻褄合わせとして空白時間の描写を依頼するのは禁止。
 こうした時間軸等の矛盾が発生しないよう初めから注意すること。

・中途半端な書きかけ状態の作品投下は基本禁止。
 但し、長編を期間を置いてに分割して投下する場合はこの限りではない。
・無理して体を壊さない。

・リレー小説である事を念頭に置き、皆で一つの物語を創っていると常に自覚すること。
・ご都合主義過ぎる、または特定のキャラを贔屓しすぎる展開に走らないように注意すること。

・残酷表現及び性的描写に関しては原則的にそれぞれの作者の裁量に委ねる。
 但し後者については行為中の詳細な描写は禁止。

・各作品の末尾には状態表を必ず記載する。
 作品内での死亡キャラの確認表示も忘れずに。


Q:読み手の注意点
・煽り、必要以上の叩きなど荒らしに繋がる行為は厳禁。
・各作品、キャラのファンはスレの雰囲気を読み、言動には常に注意すること。
 不本意な展開になったから暴れるのは駄目。 
・仮投下された作品への指摘は本投下前に行うこと。
・書き手にも生活があるので急かすのは程々に。書き手が書きやすい雰囲気を作るのも大事。


8 : キルラララ!! あの子を愛したケダモノ二匹 ◆eNKD8JkIOw :2016/02/12(金) 19:42:49 cZpkR.8k0

♂♀



「ここは退け、平和島」



飛んできた静雄を受け止めて。
開口一番、蒲郡苛はそう言った。


「ああ?」


全身打撲、出血している場所も、青痣になっている箇所もある。
満身創痍にして絶体絶命。こんな状態でもう一度流子と戦ったら、間違いなく彼は死ぬ。
しかし、そんなことくらいで止まるつもりはない、と言わんばかりに、当たり前のように。
自分が吹き飛んで来た方向に戻り、つまり、戦場へと舞い戻り。
あの程度で死ぬとは思えない、静雄を待ち受けているであろう、あいつを殴りに行こうと。
静雄は再度、あのクソ女をぶち殺しに行こうとしていた。
静雄の中で暴れ千切っている破壊衝動、未だ噴火したりないと吠えている大火山の如き怒り。
彼はそれらを発散しようと、蒲郡に背を向けようとして。


「俺が守っていなければ、一条は既に3度は死んでいた」


目に入ったものがあった。
用意されている、黒塗りの車。助手席に寝かされている、静雄が守るべきか弱い女の子。
それらの周りに、いや、そこ以外のどこかしこにも。
静雄が投げ飛ばした、巨岩があった。流子が蹴り飛ばし返した、大木があった。
静雄が振るった結果、先端が千切れて飛んだ、標識の『止まれ!』が落ちていた。


「貴様と纏の戦いの余波は、ここにまで到来していた」


静雄は、理解する。蒲郡が、飛来物から蛍を庇っていなければ。
俺は、自分ではそうと気付かないまま、ホタルちゃんを殺していた。
静雄の内部で渦巻く、怒りが、熱が。
まるで、絶対零度の氷を、背中に流し込まれたように。
一瞬で、冷えた。凍った。動きを止めた。
はっと、蒲郡を見た。彼は、難しい顔をしていた。


9 : キルラララ!! あの子を愛したケダモノ二匹 ◆eNKD8JkIOw :2016/02/12(金) 19:43:07 cZpkR.8k0


「俺は」


誰かを守るために、力を振るっていたつもりだった。
彼女たちを守るためなら、いくら自分が傷ついても、悪人を傷付けても、暴力を振るうべきだと思っていた。
だけど。
全然、守れていなかったのか。
俺が勝手に、そう思っていただけで。
結局は、いつものように。
周りを、俺の暴力で傷付けていただけだったのか。


「平和島よ」


だから守れないのか。
だから俺は、コマリも守れず、ホタルも危険に晒してしまうのか。
言葉を失い、力なく、放心したように、腕をだらんと垂らした静雄に。
蒲郡は、声をかける。だが、慰めのためではない。



「貴様は――――弱い」



池袋最強は、この地にて最強に非ず。
その事実を示し、静雄への戒めとするためだ。


ガツンと、頭を殴られたようだった。
今まで受けた、どんな打撃よりも。
纏流子のグーパンチよりも、響く言葉だった。
今まで、強い強い強すぎると恐れられ。
それが嫌で嫌でたまらなかった、はずだった。
だけど、実際に。
自分が望んでいたはずの言葉を、もらい。
弱い、と言われ。お前は強くも何ともない、と言われ。
今までのやり方では駄目なのだ、と理解して。
最強として池袋の街で恐れられた男に、去来した想いは。
暴力以外の取り得もなく、それでも、守りたい者がいる男の胸に、残ったものは。
やりきれなさと。
無力感と。
じゃあどうすれば良いんだ、という、迷いだけだ。


蒲郡苛は、彼の心中を察する。
彼は、自分とは真逆の人生を送ってきたのだろう。
優しく、誰かのために戦うことが出来るほどに優しく。
だが、怒りっぽく、自身の力を制御も出来ず、だから失敗する。
守ること、負けないこと、いかなる力にも跪かぬことで、己が覚悟を貫く、蒲郡苛とは違い。
殴ること、勝つこと、いかなる力をも跪かせることで、己が人生を生きてきた平和島静雄は。
此度の戦いで、挫けた。転んだ。いつもどおりでは、どうしようもない壁にぶち当たった。


「貴様の弱さは、腕力やその他の『暴力』によって克服できる類のものではない」


ならば、蒲郡苛は、道を示そう。


10 : キルラララ!! あの子を愛したケダモノ二匹 ◆eNKD8JkIOw :2016/02/12(金) 19:43:26 cZpkR.8k0
かつて、鬼龍院皐月様が蒲郡にそうしたように。
この俺が、生きた盾であるこの俺が、平和島静雄へと道を示そう。
強さとは、己の為したいことを為し得る力のことだ、と蒲郡は語る。
お前が本当にしたいことは、流子のような悪人を殴ることか?と蒲郡は問う。
静雄は、違う、と力なく言った。そうだろう、と蒲郡は同意した。
捨て犬のように、頼りなさげに見つめてくる、蒲郡よりも年上の男に対し。
諦めるな、と盾は言う。だが、茨の道だ、と、かつて力なくして弱者を守り切れなかった男は言う。
誰かを守るという行為は、言うは易し、行うは難し。
一朝一夕で出来得る秘訣もなければ、心得を説けば誰でも出来るというものではない。


「結局、その力は、お前自身にしかどうすることも出来んものだ。
だが、今すぐコントロール出来るようなものならば、貴様はここまで苦しんではおらぬだろう」


時間が必要だ。
平和島静雄が、成長できるだけの時間が。
傷を癒し、十全に力を発揮し、その上で力を、誰かを守るために使うことが出来るようになるだけの時間が。
しかし、蒲郡は皐月様のように、誰かを圧倒的な力や弁舌や光り輝くカリスマ性で導くことが得意ではない。
ならばこそ、俺は俺が得意なことで、貴様に時間を、道を作ってやる、と彼は叫ぶ。
その道が、でこぼこでも、障害物だらけでも、辛いことばかりでも。
もう、ここで終わりでも良いんじゃないか、ここをゴールとして良いんじゃないか、と諦めかけても。
往くのだ。精一杯走り、転んでも立ち上がり、終わりのその先へ、向かうのだ。
生きろ。一条蛍と共に、生きろ。
そのために。


「ここは、俺が引き受けるッッッ!!!」


蒲郡は、静雄の代わりに、一歩を踏み出した。


「おい、ちょっと待てよ」

「なんだ、平和島。伝えたいことは伝えたぞ」

「一緒に、行かないのか」

「纏は飛行能力を持っている。車で逃切れるかも分からぬし、もし追いつかれたら如何する。
俺やお前だけならば何とかなっても、一条を庇いながら、守りながら、カーチェイスを出来るとは思えん。
一条のことを考えるなら、一人がここで纏と戦い、もう一人は一条を連れてこの場を離れるべきだ」

「だったら、どうしてだよ」

「どうして、俺を置いてホタルちゃんと逃げなかったんだよ」


ふん、と蒲郡は、静雄を馬鹿にするように鼻を鳴らした。
なんだよ、と不機嫌になる静雄に、分からぬのか、と、あえて言ってやる。


「信ずる友を見捨てて逃げるほど、この蒲郡苛、腐ってはおらぬ」


11 : キルラララ!! あの子を愛したケダモノ二匹 ◆eNKD8JkIOw :2016/02/12(金) 19:43:45 cZpkR.8k0


最初、静雄は、ぽかん、と口を開けた。
だが、少しして、意味を理解し、唇を震わせて。
瞳を隠すように、サングラスをかけて。
じゃあ、だったら俺だって、と、言いかけて。


「俺はアイツと、纏流子と浅からぬ因縁がある。
ならば、貴様ではなく俺が先、というのが筋というものだ。
それに、今でも貴様は一条を守ることよりも、纏を殺すことを優先する気か」


言い訳を、もらってしまった。
彼と彼女の間に入るのは、無粋であると。
筋を通すという言葉を。
一条蛍を守るという使命を。
立ち止まってしまった静雄をよそに、ずんずん、と蒲郡は進んでいく。
未だこの周辺は生き残っている木々の向こうで、戦争跡の向こう側で待っているだろう、堕ちた本能寺学園生徒へと向かっていく。
彼の体躯が森の合間に見えなくなりそうになり。
自分が蒲郡にしてやれることは本当に何もないのか、焦燥感が募り。
このまま、一方的に借りを作って別れるなんて嫌だ、と、惜別の念が込み上げ。
思わず、静雄は叫ぶ。


「守り方ってやつをよ!」


「……なんだ」



「『今度会ったら』守り方ってやつを、教えてくれねえか」



今度は、蒲郡が口を開ける番だった。
しかし、彼もまた少しして、静雄が何を言いたいのかを悟り。
うむ、と。任せておけ、と。大きく鷹揚に頷き。
静雄を安心させるように、言葉を返す。


「高くつくぞ」


「きっとだぞ」


「ああ」


「絶対だぞ」


「くどい!」



「……またな、蒲郡」


12 : キルラララ!! あの子を愛したケダモノ二匹 ◆eNKD8JkIOw :2016/02/12(金) 19:44:11 cZpkR.8k0


振り切るように蒲郡は、歩みを、進撃を再開する。
敵を討ち、仲間を守らんと、男は男の道を往く。
威風堂々、待ち受ける死神さえも道退く巨神は、死地へと向かう。
最強ではなくなった静雄が、以前よりも小さくなったのかもしれないが。
その背中は、とてつもなく大きかった。
静雄は彼の『強さ』に、純粋に憧れる。
自分も、彼のようになりたいと素直に思えた。
力に溺れず、己を律し、誰かのために自信を持って戦えるように。
自分も、あんなふうに。


「強く、なりてえなあ……」


暴力を何より嫌い、争いを誰より憎む、化け物は。
守るための、強さを望み。
守るために、この場を離れる。
『最強』の守護者を、自身がそうしてもらったように、信じて。
男の勇姿を見送った静雄は、蒲郡が用意してくれた車に乗りこむ。
免許はない。だが、そんなことを言っている場合ではない。
見よう見まねでエンジンをつける。
慣れぬ手つきでレバーをDへと倒し。
左がアクセルだっけか……と少しだけ試運転して、動かし方を確認する。
そして、さあ、発進だ、という前に、未だ目を覚ましていない助手席の蛍を、心配そうに見つめ。
他に何があるか、後ろを振りむき、そこで。
二人の人間が、寝かされているのを見つけた。
きっとどちらも、蒲郡が運び、乗せたのだろう。
男の方を見て、嫌そうな顔も、憤怒の形相もせず。
池袋を騒がせる最強の片割れは、無表情で。


「臨也」


13 : キルラララ!! あの子を愛したケダモノ二匹 ◆eNKD8JkIOw :2016/02/12(金) 19:44:31 cZpkR.8k0


もう片割れからの、返事はなかった。
嫌味も、皮肉も、暴言も、何もなかった。
今まで幾度となく言葉で静雄をキレさせてきた男から、言葉が返って来ることは二度となかった。
折原臨也は、後部座席に安置されていた名前も知らない金髪少女の横で、大人しすぎるほど静かに、眠っていた。
沈黙を保った静雄の耳に届くのは、助手席に乗せた一条蛍1人分の、苦しそうな寝息だけだった。
「シズちゃんと相乗りだなんて、死んでもごめんだね」なんて、いかにもこいつがほざきそうな悪口は、永久に聞けそうにない。
静雄が「ゾンビのように執念深い」と嫌々ながらも評価したノミ虫が、パニック映画のようにいきなりこちらに襲い掛かって来ることもない。
こんなもんか、と思った。
意外と、あっけないもんなんだな、とも。

平和島静雄は、折原臨也を許したわけでは断じてない。
殺す理由は100も思い尽くし、殴る理由は1000にも上る。
この地においてもこいつは、静雄を陥れようとしていたようだし。
先ほど、蛍が死にかける原因を作ったのも、そもそもこの男だ。

だが、それでも。

一条蛍の命を救ったのが、折原臨也だったことは事実だ。
静雄も、蒲郡も、間に合わない距離で。
静雄よりも速く、蒲郡よりも迅速に。
いつも静雄から逃げている時のような、要領の良さで。
いつもからは考えられぬ、似合わないことをして。
臨也は間に合った。静雄は、間に合わなかった。
その事実は、未来永劫書き換わることがない。

だから静雄は、筋は通す。
筋を通さないことよりも嫌いな男は、ここにはいない。
この車から投げ出したりはしないし、これ以上損壊する気もない。
それに、蛍の恩人となってしまったやつに対して、不本意ながら、言葉の一つもかけてやるのが人情というものだろう。
では、なんと言ってやろうか、と少しだけ考えて。
感謝や、謝罪や、敬意や、そういった類の言葉は絶対に言いたくないし。
何より、自分たちには似合わないだろうから。





「あばよ」





せめて、別れの言葉くらいは、口に出してやることにした。


14 : キルラララ!! あの子を愛したケダモノ二匹 ◆eNKD8JkIOw :2016/02/12(金) 19:44:56 cZpkR.8k0



♂♀



「纏よ、一つ聞きたいことがある」



再会を、祝うでもなく。呪うでもなく。
純潔の流子に対しても、既に聞き及んでいた世界移動の話から驚きもなく、ただただ平常に。
蒲郡苛は、巨大な体躯から漏らすように、声をかけた。
今、この質問をすることに、意味はないのかもしれぬ。
だが、纏流子のために。いや、自分のためでもあったかもしれぬ。
無念に死した『彼女』のためでも、あったのかもしれぬ。
どちらにせよ、これだけは、聞いておく必要があった。


「満艦飾マコという少女を、覚えているか」


纏流子の、親友を。
纏流子を神衣純潔から救い出した、小さな英雄を。
止まれと言っても止まらない、あのどうしようもなく突き抜けたバカを。
お前は、覚えているか、と。


「なんで、んなこと聞くんだよ」


流子は、今の空の色を聞かれたように、不機嫌な声で唸った。


「さっき会った。死んでたよ」


流子は、自身の親友のことを、覚えていた。
いつだって、彼女と一緒で。
いつだって、彼女を救って。
いつだって、彼女の原動力だった。
そんな親友の、死を。
満艦飾マコは、死んでいた、と。
あっさりと言いのけた。
こともなげに言った流子の顔に、悲しみはない。


「止まる気は、無いのだな」


流子は、一瞬だけ驚いた顔をした。
まさか、そんなことをこの男から言われるとは、思いもしなかったのだろう。
こいつは人一倍やかましく、ことあるごとに風紀だルールだとうるさく。
流子のような輩には、もっとも容赦のない人種だと思っていたからだ。
あるいは、彼らしからぬ最終通告は。
救われた纏流子という未来を、知っていたから。
満艦飾マコと共にハッピーエンドを目指した纏流子を、知っていたから。
姉妹たる皐月様の傍らに立ち、我ら本能寺学園四天王と肩を並べ。
生命戦維と鬼龍院羅暁を打ち滅ぼさんと立ち上がった流子のことを、知っていたからこその。
変わってしまった流子への、『彼女』の無念を、涙を、代わりに俺が拭えれば、という。
未練、だったのかもしれない。


15 : キルラララ!! あの子を愛したケダモノ二匹 ◆eNKD8JkIOw :2016/02/12(金) 19:45:19 cZpkR.8k0

だが。

驚いただけで。


「……おせえんだよ、お前も」


流子の耳に、二度と讃美歌は届かない。


だから、蒲郡は決断する。
是非もなし、と。





「これ以上、貴様と語らう必要なしッッッ!!!」





三ツ星極制服、縛の装。



最終形態、解放。



煤けた灰の包帯を巻き、ありとあらゆる攻撃を受け止め。
変態ではなく変身し、全身から鞭を繰り出す。
死の恐怖により、他者を縛り。
自らの身体を戒め、他者への戒めとする。
第一の装、縛の装を脱ぎ捨て。



纏流子による戦維喪失より復活し。
神衣鮮血、純潔、更に針目縫の戦闘データを取り込み。
己の拘束を解き、縛りながら死縛を行う。
改の装、四将綺羅飾が一。
第二の装、縛の装改をも超越する。



本能寺四天王が守るべき、侍るべき主より授けられた、究極の戦装束。
神衣さえ切り裂く鬼龍院皐月の刀、縛斬と同等の硬度を持つ、正しく生きた盾。
拳に宿るは、燃える正義を表す炎。口から放つは、正しき意志を表す光。
己の肉体を余すことなく現世に晒し、露(あら)わに出(いで)るは絶対守護神。
其は、我が心を解き放ち、心行くまで蒲郡苛の信念を貫き通すための力。




縛の装・我心解放――――ここに見参!


16 : キルラララ!! あの子を愛したケダモノ二匹 ◆eNKD8JkIOw :2016/02/12(金) 19:45:42 cZpkR.8k0


「この本能寺学園風紀部委員長、蒲郡苛ッッ!
満艦飾のように甘くはないぞッッッ!」




風紀のために。
規律のために。
守るべきものたちのために。
益荒男は、立ち上がる。




「皐月様に仇なす悪鬼羅刹を打ち滅ぼすためッッッ!!
全ての兵(つわもの)を守るためッッッ!!!」




皐月様は、必ずやこの悪趣味愚劣な戦いを止めるために戦っている。
あの方は仲間を集め、情報を集め、先陣を切り、先頭に立ち、必ずや繭の喉元へと刃を突きつける。
彼女の元へ、戦士は集う。彼女の光に、防人が従う。彼女の剣は、服を着た豚を決して許さない。
ならば。
ならば、ならば、ならば!

主催へと刃向かう勇気ある者、全て皐月様の私兵也!

皐月様の私兵を犯す者、全て皐月様への逆徒也!

折原臨也を、一条蛍を、平和島静雄を。
殺し、傷付け、惑わした纏流子こそ。


我らが御旗、鬼龍院皐月様の怨敵也!


だから、鬼龍院皐月様の、生きた盾として。
本能寺学園生徒、纏流子の風紀を取り締まる風紀部委員長として。
倒すべき敵に、万死を与えるため。
守るべき友の、万難を排するため。





「貴様を―――処刑するッッッッ!!!」








蒲郡苛、ここに起つ。


17 : キルラララ!! あの子を愛したケダモノ二匹 ◆eNKD8JkIOw :2016/02/12(金) 19:46:09 cZpkR.8k0





対し、一人の逆賊は。
服を着た豚、一匹は。





「でけえなあ、でけえ、でけえ。
顔もでかけりゃ態度もでけえ。図体もでかけりゃ、夢まででけえってか」





纏流子、怯みを知らず。
神衣純潔、畏れを知らず。
孤服一着、変え着を知らず。
生命戦維の化け物、己が勝利を疑わず。




「全員守る? ふざけるなよ」




流子は、笑った。
肉食獣の笑みを、顔が張り裂けそうになるほど大きく、顔に浮かべた。
張り裂けそうな胸の痛みを笑顔に変えながら、嘲った。




「その全員とやらの中に、あいつは入ってなかったのかよ」




笑顔のまま、怒り狂った。
彼女がこの地に舞い降りてから。
皐月と鮮血にしてやられ、聖女や蟲男に敗北感を味あわされ。
セイバーに負け、高坂穂乃果に負け。
満艦飾マコが死んだと、放送で聞いて。
満艦飾マコの、救いも希望もない死に顔を見て。
今この瞬間に込み上げてきた、今日一番の怒りだった。
マコの死に対する、悲しみは既になくとも。
彼女を守れなかった、蒲郡と、■■に対する。
自分でもワケが分からないほどの、はち切れんばかりの怒りだった。




「マコ一人守れなかった、デクノボーなんぞに」




もしくは。彼女が今からすることは。
それこそ、年相応の少女ならば誰だって見せる。
余人にはどうしようもない、複雑な乙女心が見せる。
ただの、八つ当たりなのかもしれない。




「守らせるもんなんて、これっぽっちもねえんだよ」


18 : 折原臨也と、天国を  ◆eNKD8JkIOw :2016/02/12(金) 19:47:04 cZpkR.8k0



♪ ♪ ♪





君は僕を忘れるから、その頃には 





すぐに君に、会いに行ける





♪ ♪ ♪


19 : 折原臨也と、天国を  ◆eNKD8JkIOw :2016/02/12(金) 19:47:27 cZpkR.8k0



一台の車が、北へ行く。
喪服のように、黒い。
霊柩車のように、黒い。
とある情報屋のように、黒い車だった。
真黒車を駆る運転者は、守りの道を彷徨う元最強。
助手席には、どこにでもいる普通の少女。
二人の関係は、未だ、不明瞭。
見ようによっては、眠り姫と、彼女を守る騎士にも見えるし。
あるいは、姫を誘拐した怪物の逃走途中にも見えるかもしれない。

一条蛍がこれから、どうなるのかは分からない。
目下、越谷小鞠殺人事件の最有力容疑者である、平和島静雄に連れられ。
後部座席に、二人の死体が乗った車に乗り。
放送で、折原臨也の死を知り。
彼女が『光』で在り続けるかどうかは、分からない。

ただ一つ、言えることは。
蛍の持つ、折原臨也のスマートフォンには。
臨也がカードに戻す直前、メモ帳が開かれ。
彼の、彼女への最後の言葉が、記されていたこと。
それは、蛍を逃がすために平和島静雄と戦い、死ぬ覚悟も出来ていた臨也の、遺言だったのかもしれない。
もしくは、まんまと静雄から逃げおおせ、合流した蛍にわざとそれを見せ「折原さんは死ぬ気で私を逃がしてくれたんだ」と、更なる信頼を得るための工作だったのかもしれない。
しかし、どんな意図があったにせよ、臨也の口が永久に閉じてしまった今、真実を知る術はない。

その言葉は、平和島静雄を嵌めるためのものではなかった。
かといって、静雄は犯人ではないという真実を伝えるものでもない。
衛宮切嗣が真犯人だと告げる告白文でもなく。
ただ、臨也から、蛍へと向けた言葉だった。

もしかしたら。

折原臨也は、死ぬかもしれない、と思った時に。
自分の存在が、この世から消えてなくなる可能性がある、と思った時に。
自分が死んだ後に、少しでも、一瞬でも。
平和島静雄でもなく、衛宮切嗣でもなく。
自分を、折原臨也を見て欲しい、と。
ただのワガママで、この言葉をスマートフォンに刻んだのかもしれない。

分校へ向かう間に蛍の願いを聞いた、聞きだした臨也は、蛍の想いを笑わなかった。
例え、この会場で死んだ魂は天に還らずカードに閉じ込められるのだと分かっていても。
例え、もしも主催者たる繭を倒しても、カードの中の魂が解放されるかどうか分からなくとも。
一条蛍の、いつかまた、天国で小鞠先輩に会うんだ、という想いを否定しなかった。
天国を信じる彼女を、小さくても精一杯輝こうとするホタルの光を、曇らせることはしなかった。
代わりに、臨也は蛍に、こう遺したのだ。
蛍に、スマートフォンと共に、この言葉を握らせたのだ。
天国を信じ、求め、夢見る同志として。




『天国で、また会おう』




と。


20 : 折原臨也と、天国を  ◆eNKD8JkIOw :2016/02/12(金) 19:47:47 cZpkR.8k0




だから。
いつか。きっといつか。
全てをやり切った後に。
天寿を全うした後に。
越谷小鞠と再会した後に。
大好きな先輩に、思う存分、土産話をした後に。


その、後に。



折原臨也と、天国を。



【折原臨也@デュラララ!! 死亡】


21 : 折原臨也と、天国を  ◆eNKD8JkIOw :2016/02/12(金) 19:48:13 cZpkR.8k0

【E-4/一日目・昼】

【平和島静雄@デュラララ!!】
[状態]:テレビの男(キャスター)、少女達(東郷美森、浦添伊緒奈)への強い怒り 衛宮切嗣への不信感、全身にダメージ(大) 疲労(大)
[服装]:バーテン服、グラサン
[装備]:コシュタ・バワー@デュラララ!!(蟇郡苛の車の形)
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
    黒カード:ボゼの仮面@咲Saki 全国編
         不明支給品0〜1(本人確認済み)
[思考・行動]
基本方針:あの女(繭)を殺す
  0:誰かを守るために、強くなりたい。
  1:まずは、ホタルちゃんをどうにかしねえと……。
  2: テレビの男(キャスター)とあの女ども(東郷、ウリス)をブチのめす。
  3:犯人と確認できたら衛宮も殺す
[備考]
※桐間紗路の死体はコシュタ・バワーに置かれています。

【一条蛍@のんのんびより】
[状態]:全身にダメージ(小) 気絶
[服装]:普段通り
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(10/10)
    黒カード:フルール・ド・ラパンの制服@ご注文はうさぎですか?、カッターナイフ@グリザイアの果実シリーズ、ジャスタウェイ@銀魂、越谷小鞠の白カード 折原臨也のスマートフォン
[思考・行動]
基本方針:れんちゃんと合流したいです。
   0:????????????
   1:旭丘分校を目指す。
   2:午後6時までにラビットハウスに戻る。
   3:何があっても、誰も殺したくない。
[備考]
※空条承太郎、香風智乃、折原臨也、風見雄二、天々座理世、衛宮切嗣と情報交換しました。
※『越谷小毬殺人事件の真犯人はDIOである』という臨也の推理(大嘘)を聞きました。必要に応じて他の参加者にも伝える可能性があります。
※衛宮切嗣が犯人である可能性に思い至りました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。



【G-4/南部/一日目・昼】


【蟇郡苛@キルラキル】
[状態]:健康、顔に傷(処置済み、軽度)、左顔面に少しの腫れ
[服装]:三ツ星極制服 縛の装・我心開放
[装備]:パニッシャー@魔法少女リリカルなのはvivid
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
   黒カード:三ツ星極制服 縛の装・我心開放@キルラキル、桐間紗路の白カード
[思考・行動]
基本方針:主催打倒。
   0:纏流子を処刑する。
   1:この場にいる仲間と共に、付近の敵を打倒する。
   2:放送局に行き、外道を討ち、満艦飾を弔う。
   3:キャスター討伐後、衛宮切嗣から話を聞く
   4:皐月様との合流を目指す。
   5:針目縫には最大限警戒。
   6:分校にあった死体と桐間の死体はきちんと埋葬したい。
[備考]
※参戦時期は23話終了後からです
※主催者(繭)は異世界を移動する力があると考えています。
※折原臨也、風見雄二、天々座理世から知り合いについて聞きました。


【纏流子@キルラキル】
[状態]:全身にダメージ(中)疲労(中) 超激怒
[服装]:神衣純潔@キルラキル
[装備]:番傘@銀魂
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(19/20)、青カード(19/20) 、黒カード1枚(武器とは判断できない)
    黒カード:不明支給品1枚(回収品)、生命繊維の糸束@キルラキル、遠見の水晶球@Fate/Zero、花京院典明の不明支給品1〜2枚
[思考・行動]
基本方針:全員殺して優勝する。最後には繭も殺す
   0:蒲郡苛を殺す。
   1:次に出会った時、皐月と鮮血、セイバーは必ず殺す。
   2:神威を一時的な協力者として利用する……が、今は会いたくない。
   3:消える奴(ヴァニラ)は手の出しようがないので一旦放置。だが、次に会ったら絶対殺す。
[備考]
※少なくとも、鮮血を着用した皐月と決闘する前からの参戦です。
※DIOおよび各スタンド使いに関する最低限の情報を入手しました。
※満艦飾マコと自分に関する記憶が完全に戻りました。


22 :   ◆eNKD8JkIOw :2016/02/12(金) 19:48:58 cZpkR.8k0
以上で投下を終了します。
矛盾等あれば、指摘をお願いいたします。


23 : 名無しさん :2016/02/12(金) 21:31:24 8bbx7mQYO
投下乙です

確固とした自分を持ちながら、矛盾した行動をとり
自己満足で死んで
自分勝手な希望を遺す
それは紛れもなく人間


24 : 名無しさん :2016/02/12(金) 22:59:46 .gHUD4HA0
大作の投下乙です

>「さよならだ」

>「あばよ」

絶対に相いれなかった『人間』と怪獣は、最後の最後に本人たちも知らないところで挨拶を交わしてるんだなぁ…
本人たちは絶対に会話が成立したとか認めないし、知りたくも無いだろうけど

ひとつ、というかふたつ前編について思ったところが

>にいちゃんは、何でも出来るのになぜか今一つ影が薄い。
たしか小鞠ちゃんは卓のことを「お兄ちゃん」と呼んでいたはず
(夏海は「にいちゃん」と呼んでいましたが)

>坂井雄二は、そもそも一緒にいた時間が短すぎた。
おそらく、風見雄二かと


25 :   ◆eNKD8JkIOw :2016/02/12(金) 23:35:38 cZpkR.8k0
感想、ご指摘、ありがとうございます。励みになります。

ご指摘の通り勘違い、誤字をしていたので、修正スレにて修正いたします


26 : 名無しさん :2016/02/13(土) 00:56:39 ogIrbsfw0
他の板で読み辛いと叩いてるバカ共が居ましたよ


27 : 名無しさん :2016/02/13(土) 01:25:39 IGHLNNb60
投下乙です

これは圧倒される……
静雄と臨也の終着点が、決着ではなく決別というのがなんとも寂寥感がある
臨也の残した影響がほたるんにどう響いていくのか
一方再会・激突するガマ先輩と流子も目が離せない。ガマ先輩イ㌔


28 : 名無しさん :2016/02/13(土) 23:39:54 .7XhiJOU0
投下乙です。
デュラララへの愛が伝わってくる作品でした。
人間を愛した臨也も、一人の人間だったんだなぁ、としみじみさせられます。
他にも静雄と蟇郡先輩との間にある友情にも似た信頼関係とか、流子VS蟇郡先輩の熱い開幕とか、面白かったです。
ほたるんのことを「蛍の光」と称したのは言い得て妙という感じでした。

読んでいて目についてしまったので、誤字を報告します。
全編通して、ガマ先輩の名字である「蟇郡」が「蒲郡」になっています。

改めて、投下乙でした。


29 :   ◆eNKD8JkIOw :2016/02/14(日) 01:43:43 6D/DhPDI0
感想、ご指摘、ありがとうございます。
修正スレにて修正いたしました。
誤字脱字が多くて誠に申し訳ございません。


30 : ◆wIUGXCKSj6 :2016/02/14(日) 22:08:26 9z6pqnPQ0
投下します


31 : 反吐がでるほど青い空 ◆wIUGXCKSj6 :2016/02/14(日) 22:10:12 9z6pqnPQ0


 人間は誰かを守る時、その愛情を知る。

 
 人間は誰かを守れなかった時、その悲しみを覚える。


 失った者も手に入れた者も、その感情は束となって繊維と化す。


 やがて一枚の布となるその繊維――培った感情と経験は何者にも負けない力となる。








 蟇郡が踏み込むと同時に纏は肩に担いだ傘を気だるく下ろし、迫る巨漢に対応すべく払いの構えを取る。
 風を斬るように振るわれた傘と空気さえも砕いてしまえそうな拳が衝突し、彼らの周囲が震え上がる。
 だが当の本人達はどれ程の衝撃が生まれようと、我関せずと謂わんばかりに一切の興味を示していなかった。


「随分と軽い拳だなあ蟇郡、テメェの図体は見せモンか?」

「貴様の一撃の方が軽いぞ纏……それでも貴様は纏流子かッ!!」


 挑発に囚われず蟇郡は拳に力を送り込むと、拮抗していようがそれを覆すように強引に殴り抜ける。
 傘の上を滑るように纏流子へ迫るも、彼女は後方へ跳ぶことによってこの一撃を回避。

「……ひゅー、怒りのゲージが振り切れてんのかよ」

 獲物を失った蟇郡の拳は数秒前まで纏流子が立っていた地点を破壊していた。
 振り下ろされた衝撃は大地に溝をつくり、何者をも砕く強い意思を開示しているようだった。

 
 さて。と、呟いた生命繊維の怪物は肩を回しながら一呼吸。


 うぜえ。うぜえ。うぜえ。


 目の前に立つ邪魔な壁を殺すべく、大地を蹴り飛ばすように駈け出した。
 風よりも速く弾丸のように突っ走ると、蟇郡を射程に収めた所で傘を振り上げる。

「ぶった斬れろォッ!!」

 両腕で振り下ろした一撃は豪快な音を響かせ蟇郡の腕に阻まれる。

「この蟇郡苛――その程度の一撃で沈む程軟弱では無いッ! 伊織が作り上げた三ツ星極制服、侮るで無いッ!!」

 顔の前に突き出された腕は纏流子の一撃を受け止めていながら、傷は無い。
 それどころかあの生命繊維に正面から立ち向かっており、両者は硬直状態に陥っていることになった。


32 : 反吐がでるほど青い空 :2016/02/14(日) 22:10:55 9z6pqnPQ0


 纏流子は知らない。
 極制服が更なる進化を遂げ世界を守るために、未来の己と同じ道を歩んだことを。

「ド変態な服じゃねえと思ったが、それも極制服か……生命繊維に劣るゴミ屑かァ!!」

 知ったこっちゃねえ。
 纏流子は瞬発的に腕へ力を込めると、重なりあった傘と蟇郡の拳を起点に己の身体を空へ跳ばす。
 傘を刀に見立て、取る体勢は全てを貫く突きの構え。
 落下する現象を含め、力の上乗せで蟇郡の極制服を貫かんと急降下を開始する。

「甘いッ! 迎撃で貴様を終わらせるぞ!」

 対する男は当方に迎撃の用意――腰を下ろし拳を突き出す体勢に移り纏流子を迎え撃つ。
 生命繊維を纏った女だろうが、今の男は強い。いや、女が揺らいでいるのか。
 極制服と云えど侮ることなかれ。この男、ちょっとやそっとじゃ崩れ落ちない生きた盾である。


「どっちが――甘いか解らねえなあ、おいぃ?」


 太陽輝く昼夜の激闘であるが、蟇郡の視界が眩み、標的を見失ってしまう。
 正体は傘だ。纏流子は斬るための武器では無く視界を閉ざすための目眩ましと使用。
 己は逸早く大地に着地するとガラ空きの――蟇郡の腹へ豪快な蹴りをかます。


「グッ!?」


 ヤクザキック。
 直立状態から繰り出された蹴りは敵の腹を捉えると、重たいを音を響かせる。
 身体を折り曲げた蟇郡。一瞬ではあるが戦場で止まってしまえばそれは格好の的となる。


「お前本当に弱くなったんじゃねえか? 解散総選挙で戦った時の方が何倍も強かったんじゃ! ねえかァ!!」


 顎を豪快に撃ち抜く拳は天に轟く一撃だ。
 正面から喰らえば意識を失うなど当たり前、それだけで勝負が終結してしまう。

「嬉しいだろ、感じまくって声も出ねえか?」 

 生命繊維を纏った怪物の一撃だ。身体を鍛えた猛者とてその拳に沈むだろう。
 だが、この男は。沈まない。


「ぬ……ッ、フンッッ!!」


 纏流子の一撃を耐え抜いた蟇郡は拳を組むと大槌のように振り下ろす。
 轟と音と共に大気を震わせた一撃。喰らえばひとたまりもないだろう。
 しかし纏流子は油断していた。完全に顎を撃ち抜いたと思い込んでいた彼女は動けない。

 咄嗟の出来事に身体が反応せず、覚悟を持った男の攻撃を受けるしか選択は無かった。

 苦し紛れに両腕を交差させ即席の防御態勢に移るも、槌は全てを粉砕する怒りの鉄砕だ。
 哀れ。
 女であろうと悪の道を歩むなら。昔の仲間であれど牙を剥くならば。

 人間を殺す外道とならば。この蟇郡苛、容赦はせん。


33 : 反吐がでるほど青い空 :2016/02/14(日) 22:12:36 9z6pqnPQ0

 足元に倒れる纏流子に対し蟇郡は手を差し伸ばすことをせずに声を飛ばす。

「纏流子。貴様が何故純潔を着ているかは聞かないでおこう。
 俺はこの会場で学んだことがあった。だから、それは聞かないでおこう」

 蟇郡の知る纏流子は鬼龍院羅暁によって洗脳され世界を包み込むための尖兵になっていた。
 それを開放するべく、世界を終わらせないために鬼龍院皐月や満艦飾マコ、蟇郡苛は戦った。
 死闘の果てに。纏流子を救った彼らは最終決戦のために本能字学園を取り戻すために――これが彼の知る世界の理である。

 衛宮切嗣や折原臨也の邂逅を得て彼はワケの解らない真理を一つ知る。
 世界は一つの布で覆われている訳では無い。自分が住んでいる世界の他にも世界が存在すること。
 映画の中でしか有り得ない現象が現実問題として自分に降りかかっていた。

 折原臨也との会話の中にタイムマシーンの単語も飛び出していた。
 仮に時空を超越する機械が存在しているならば、どんな状況でも受け入れるしかあるまい。
 
 この纏流子は蟇郡の知る彼女であることに違いない。けれど、同じ時間軸の存在では無い。
 

「しかああああああしッ!!」


 腕を組み、修羅の如き形相で叫ぶ。
 溢れ出る闘気は仁王立ちによく似合う。呼応するように大気が震え上がるのだ。
 

「人を殺すとは何事だ……そんなこと、許されるわけも! していい道理も無いッ!!」


 神衣純潔に身体を囚われていようと。
 世界の敵に洗脳されていようと。
 大切な人間が殺されていようと。

 如何なる理由を連ね、己の境遇を嘆き、悲劇の色で着色したとしても。


「目を覚ませなど言わん。俺の手で終わらせることが――死者と生者への手向けとなる」


 今の纏流子を満艦飾マコが知ったらどんな反応を示すか。
 鬼龍院皐月が再び過去に囚われた妹を見たらどんな反応を示すか。

 差異や個々が抱く感情は本人しか解らず、蟇郡に真意を汲むことは難しいだろう。
 しかし。
 一つだけ。たった一つだけ。これだけは、理解出来ると己の心が叫ぶ。


 彼女達を悲しませたくない。


 纏流子を開放するとしたら。
 あの時と全てが同じなら。彼女の心が囚われているならば。


 満艦飾マコが居ない世界で――纏流子が元に戻る確証は無い。


34 : 反吐がでるほど青い空 :2016/02/14(日) 22:13:24 9z6pqnPQ0

 纏流子を純潔から開放した戦いは、人類が生き残るために全てを捧げた総力戦であった。
 装備も整わないまま纏流子の襲撃を受けた蟇郡達は鬼龍院皐月を中心に怪物を迎撃。

 即席の人衣一体を果たし身体に無茶で訳の解らない負担を掛けた鬼龍院皐月と鮮血。
 言葉が通じ合わない壁があるにも関わらず、纏流子にも引けをとらない戦闘を――継続出来る訳が無かった。

 殴られ、蹴られの応酬を見せつけられた蟇郡を始めとする四天王一同は作戦のために動き出す。
 やっとの思いで生命繊維からの開放を試みるも、作戦は失敗してしまった。

 状況を打開する決定的な要因が満艦飾マコと鮮血であった。

 鬼龍院皐月が斬り開いた道という名の隙間に。
 満艦飾マコと鮮血を捻子込み精神世界で、纏流子を説得させる常識無視の荒業。

 その中で何が繰り広げられるかは知らないが、纏流子は純潔を引き剥がした。


 だが、その状況を此処でもう一度、再現出来るだろうか。


 無理に決まっている。


 鍵も頭数も戦力も。
 何もかもがあの時とは違う。そして何よりも。


「折原臨也は貴様に殺される人間では無かった……少なくともこんな所で生命を落とす人間では、な」


 目の前で仲間が殺されて。
 許せる程、蟇郡は聖人ではない。
 一人の人間として。持ち合わせている感情がある。


「……せぇ…………るせぇな」


 む。と。眉をピクリと動かした蟇郡は倒れている纏流子が立ち上がる姿を見る。
 開いた傘を閉じ、杖代わりに己の体重を掛けながら膝を起こし血反吐を吐く。


「お前も鬼龍院皐月と同じで、どいつもこいつも高いところから偉そうに垂れやがってよォ……」


 流石に蟇郡の一撃が効いたのか辛そうな面立ちで睨んでいる。
 しかし戦闘不能や致命傷、瀕死といった状態までは追い込まれていないらしく、戦闘に支障は無い。
 傘を肩に担ぐと、尖らせた口が開き言葉が流れ始める。


「誰が誰を終わらせるって蟇郡ぃ? テメェ、忘れたか。
 お前は一度もあたしに勝ったことが無いだろう……あぁ?」


「ふん。貴様とて他人を見下しているじゃないか。俺が以前の俺と同じに見えるか纏流子」


「服は変わったなあ……それと」


 睨むように。
 口角を上げ、一呼吸置いた後に憎たらしい表情で敵の心を煽る。


「今のお前じゃ鬼龍院皐月とも合流出来てなさそうだしなあ……折原臨也? さっきの男も守れてねえし。
 主人のケツを追っかけることも出来なきゃ、仲間の生命も守れない……やっぱお前、弱くなってんじゃ――おいおい、怒るなって」


 言葉を最期まで言い切る前に、怒りの鉄拳が紡ぎを断ち切った。


35 : 反吐がでるほど青い空 :2016/02/14(日) 22:13:53 9z6pqnPQ0

 迫る拳を小さい動作で躱し、お返しの一撃をぶっ込むべく傘を振ろうとする纏流子だが、これも拳に阻まれる。
 吹き荒れる拳の嵐を回避し、回避し、回避し……回避し続ける。

「当たらなくちゃ意味無えよなあ?」

 薙ぎ払うようなラリアットが迫ればその場で屈むことにより回避する。
 直進的なストレートならば身体を横へ移動させることで回避する。
 接触の危険性があれば流すように攻撃を捌き回避する。

「だからお前はさっきの男の時と同じで……誰も守れずに、全部が遅えんだよ!!」

 右ストレートを上から拳で叩き付け蟇郡の体勢を崩し、前のめりにさせる。
 足が揺らいだ隙を狙い、姿勢を低くし懐へ入り込むと豪快に傘を振るい腹に攻撃を決める。

 場外へ白球を運ぶが如きスイングは巨躯である蟇郡の身体を宙へ浮かせた。
 舞う男を彩る黒赤は流れる血、漏れる血、吹き荒れる鮮血。
 声にならない叫びを上げながら蟇郡は大地へと落下し、今度は纏流子が彼を見下す構図となった。
 三ツ星極制服最終形態と云えど、生命繊維の化身である纏流子の戦闘力は桁が違う。

 
「無様に寝転びやがってよ……ったく」


 近付きながら塵を見るような視線で蟇郡を見下す纏流子は荒れている。
 彼女の中で何かが崩れているから。過去にはあって今にはない大切だったものが、崩れているから。

「守る守る守る……なぁ、蟇郡。誰が誰を守るだって?」

 唾を吐き捨て、怒り混じりに言葉を投げる。
 
「放送聞いてりゃ解かんだろ、守れて無えじゃんかよ」

 殺し合いが始まってから死者は絶え間なく出ている。
 そして彼女はその手を黒い鮮血で染め上げてもいる。

「さっきの金髪野郎に今度会ったら守り方を教えるって……笑わせんじゃねえよ」

 気付けば蟇郡が足元に来る所まで接近していた。
 傘を振り上げ、一つの生命を殺そうと、それを振り下ろす。


 守るべき存在。


 それは嘗て纏流子にも存在していた。
 けれど、消えてしまった。
 遅い。
 けれど、彼女が悪い訳ではない。
 それは仕方のない話でもある。

 
 だけど。
 納得出来るだろうか。それもまだ成人にも満たない少女に。


36 : 反吐がでるほど青い空 :2016/02/14(日) 22:15:07 9z6pqnPQ0

 言葉では表現出来ない。
 笑顔を振り撒く存在で、明るさだけなら超弩級の少女だった。

 悲しんでいる者を自然と笑顔にさせるような、太陽。
 表すならば太陽のような存在だった少女はもういない。

 とても強い少女だった。
 そのくせ、涙も見せる時だってある。等身大の少女だった。
 どんな時でも自分の味方で居てくれたのも、少女だった。

 だけど。


「マコは死んだ――ッ! 
 誰が誰を守るんだよ……守れるんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 斬り裂いてやる。
 振り下ろした傘は、今までのしがらみを断ち切る意味も込める。

 本当に戻れなくなる。
 知り合いを殺せば、もう。




 あの頃には絶対に戻れ「ああ……満艦飾は死んだ」なくなるが、一撃は防がれた。




 腕に装備された布で一撃を殺した蟇郡は、己の身体に鞭を打ち立ち上がらせる。
 数分前に腹に貰った斬撃は鈍い衝撃を伴い彼の身体に大いな影響を与えてしまった。
 紅く染まり、血も流れている。誰がどう見ても致命傷である。


「満艦飾が死んだのは事実だ。それは覆せん。俺が弱かったのも、事実だ」

「そうだよ……マコは死んだ。もう、遅えんだよ」

「遅いか……ならば一生嘆くのか、纏」

「ア?」

「涙を流すこともある。それは俺とて一緒だ。
 だが……何時までも嘆いてその場で腐ることが満艦飾の望むことだと思うか?」

「何が言いたいんだよ、テメェ」

「……そうか。今の貴様にはこんなことも解らんのか」


 解ってはいたが、変わっていた。
 もう目の前に居る存在は知っている纏流子では無い。

 嘗て純潔を纏っていた時でも、一つだけ彼女らしいことが残っていた。
 鬼龍院羅暁の力になろうと、人類に牙を見せようと。

 それでも。


 人間を殺したことは無かった。


 その枷が外された今――目の前の女は人間に対する、全ての参加者にとっての敵。


「何故! 己を奮い立たせないッ! 燻っていれば満艦飾が蘇るのか?
 否、断じて否ッ!! 貴様は生きているのだろう纏流子ォ! ならば前を向け!
 
 満艦飾はそれすら出来ない……抗うことさせ出来んのだぞ!
 生きている俺達が! この手を汚すことで何が解決すると言うのだ!」


 終わらせるのがせめてもの、知っている人間としての優しさ。


37 : 反吐がでるほど青い空 :2016/02/14(日) 22:21:04 9z6pqnPQ0


「前を向いてりゃ……戻んのかよ」



「ぬ?」




 聞こえた声は小さくて、どこか弱さを感じさせる程度には細い。





「マコがまたあたしの前で」
「馬鹿やって」
「意味解かん無えことやって」
「ワケの解ら無えことやってよぉ」








「戻るワケが無えよなぁ……なぁ、蟇郡。あたしは今、最高にブチ切れてんだよ解るよな?
 知ってのとおり……折原臨也? の時みたいに人だって殺してる……次は誰だと思う」








「とても同じ道を歩んだ女とは思えん。
 何が貴様をそうまでさせたかは聞かん。被害が広がる前に――終わらせる!」


38 : 反吐がでるほど青い空 :2016/02/14(日) 22:22:17 9z6pqnPQ0


 首から上を吹き飛ばすために放たれた蹴りとそれを迎え撃つ拳。
 何度目になるか解らない衝突によって、最初から決まってはいたが、道が別れた。

 もう戻れない。いや、戻る気も無いのだ。
 戻った所であの時間は二度と、流れない。過ごせない。体験出来ない。


「お前も殺して! 鬼龍院皐月も殺してやるよ! ああそうだ! 全員、ぶっ殺せばよォ!!」

「そうはさせるか! 貴様の軟弱な手で皐月様に触れられると思うなよ纏!」


 纏流子はその場で回転し蟇郡の胴体を狙うべく傘を一閃する。
 しかし蟇郡は人類の英知であり、最期の希望である三ツ星極制服で覆われた腕でそれを防ぐ。


「軟弱だぁ? あたしに勝てねえ奴が何ほざいてんだよ」

「誇りも信念も持たない一撃など紙切れ同然ッ! 皐月様のお手を煩わせるまでもなくこの俺が相手で充分だ!」

 
 一歩踏み込み、蟇郡の懐へ潜り込むとその場で跳び、頭突きを顎へ喰らわせる。
 脳に走る衝撃。倒れそうになるも踏み留まり、纏流子の身体に拳を叩き込む。


「がぁ……テメェをさっさと殺して皐月も殺してやるよ……あああああああああああああああああ」


 傘は腹を貫く槍となる。
 その一撃を左腕で防ぐと、蟇郡の右腕が纏流子に迫る。


「それは叶わん! 一つに俺は貴様に負けない。この生命はもう俺だけのものではないからな。そして――」


 纏流子は傘を引っ込めると、再度、目の前の敵を殺さんと突きを放つ。
 対する蟇郡は己の右腕に炎を纏わせ。限界の一撃を叩き込まんと拳を振り下ろす。


「皐月様が! 今の貴様に負ける訳無かろうがあああああああああああああああああ!!」




























「この勝負、テメェが敗者で勝者はあたしだ」


39 : 反吐がでるほど青い空 :2016/02/14(日) 22:25:58 9z6pqnPQ0



 鮮血は飛び交わない。
 聞こえるのは燃え盛る紅蓮の炎のみ。





 纏流子が繰り出した突きは蟇郡の顔、その面積左半分を貫いていた。
 傘は突き刺さったままであり、腕を離した流子は纏流子は勝利を確信し、嘲笑っている。



「テメェの生命も守れない奴が……守るって言っても説得力が無いんだよ」



 聞こえているかは解らない。
 けれど、自然と口が動いてしまう。
 何か動きを示さないと落ち着かないのだ。


「じゃあな蟇郡。あの世で仲良くやってろ……会えたらな」


 そしてその場を去る。
 死体に語りかける趣味など持ち合わせていない。
 渦巻く感情に縛られながら、彼女なりに前を見続ける。
 神衣純潔が無かったら。着ていなかったら。
 どんな未来を手繰り寄せることが出来たのだろうか。そんなことを考える思考回路を持ち合わせていない。



「誰があの世に行く……誰がだ」



 風が吹いた錯覚に陥る。
 信じられないと謂わんばかりに振り返ると、あの男が生きていた。


「たかが顔の半分を貫かれた程度で俺が死ぬと思ったのか?」


「はは……あははははははははは!
 そうだった……そうだった! テメェらはワケの解かんねえ連中だったな悪い悪い」


 腹を抱えて嗤う纏流子は何処か嬉しそうだった。
 更なる闘争か、予想を越えて来た生命力に対して、生存に純粋な心で喜んでいるのか。

 真意は本人にしか解らないが、立っているならばやることは一つしか無い。


「黙って倒れていれば死なずに済んだのに馬鹿だよ、本当にお前らば――あ」


 影。
 視界が黒く染まる。
 正体は蟇郡、嘲笑っている間に接近されていたのだ。
 慢心か。それとも身体が止めを拒んだのか。

 何にせよ。


 蟇郡の一撃が纏流子の腹を捉えた。


40 : 反吐がでるほど青い空 :2016/02/14(日) 22:26:38 9z6pqnPQ0


 紅蓮の炎は衝撃と共に消えた。
 纏流子の身体に響いた一撃は生命繊維と云えど骨の数本は破壊しただろう。

 腹を抑え鮮血を吐く女と、悲しげな瞳を持つ男。
 この先の結末はただ一つ。戦いの果てだ、生きるか死ぬかの二択である。


 何も思わない。そんなのは嘘だ。
 けれど。此処で、今、殺さなければ。


 誰のためにもならない。
 そして。死ぬことこそが纏流子にとっての救いでもある。


「俺達もいずれは追い付く。あの時と変わらない笑顔を見せてくれ。あいつの涙はお前が拭け――むッ!!」


 苦しむ纏流子に救済(止め)を刺さんと、鬼を身体に宿らせる蟇郡。
 しかし彼の瞳に映る光景は、その拳を止めるに充分な現象が起きていた。


(神衣純潔が綻びを――引き剥がすことも可能か!?)


41 : 反吐がでるほど青い空 :2016/02/14(日) 22:28:27 9z6pqnPQ0


 神衣純潔と云えど、幾ら生命繊維と云えどこれまでに繰り返された激戦は無視出来ない。
 結果として蟇郡の拳が僅かな綻びを作ることに成功したが、それは彼だけの力ではなく、これまで積み重なった結果である。
 誰一人して纏流子を開放すべく交戦したワケでは無いが――たった一つの淡い希望が灯った。


「俺に出来るかは解らんが貴様から純潔を引き剥がしてやる!」


 鬼龍院皐月も、鮮血も、満艦飾マコも居ない。
 ヌーディスト・ビーチの面々も居なければ、隣に立つ四天王も居ない。
 自分では役不足かもしれない。だが、賭ける価値はあると判断した男は止まらない。

 彼が目指すはただ一つ。
 神衣純潔を纏流子から引き剥がし元の状態に戻すこと。

 無理やり剥がせば生命の危険がある。そんなことは解っている。
 それは纏流子の生命力に、底力に、ワケの解らない力に頼るしかない。


 最も心配するべきは蟇郡自身の生命である。


 極制服に覆われていない腹には横一文字の傷が刻まれており、血が流れ続けている。
 戦闘の中で多数の打撃を浴び、一度は大地に倒れ伏していた。
 そして――顔には未だに傘が突き刺さった状態であり、幾ら本能字学園四天王が一人の男だとしても――それでも彼は止まらない。


 綻びの箇所――纏流子の胸に相当する場所に腕を差し込み、両の足は大地に突き刺す勢いで固定する。
 傍から見れば変態の所業だが、やっていることは一世一代の大勝負だ。
 彼らを知っている人間ならば誰も茶化すことはないだろう。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 渾身の力を込めようと、純潔は引き剥がせない。
 まるで糸で縫われているように頑丈で、纏流子と一心同体になっているようであった。
 人衣一体。
 まさに文字通り。だが、怯むわけにはいかない。

「これでええええええええええ引き剥がれろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――――――ぬ」

 引き剥がすことだけを考えていた男は目の前の神衣純潔にしか視界を定めていなかった。
 これさえ無くせば。この忌々しい生命繊維を引き剥がせば。
 満艦飾マコが求めたあの纏流子が帰ってくると信じていたのだ。

 それは無茶な希望論では無く、本気で彼女を開放しようとしていた。
 現に一度、彼女が己の力で神衣純潔を引き剥がした光景を蟇郡は目撃しているのだ。
 今回に限りそれは不可能。なんてことはあり得ない。

 道理を蹴っ飛ばして無理を押し通す。
 蟇郡がやろうとしていることは――不可能ではない。

 しかし無理を押し通すからにはそれなりの代償が必要となる。
 例えば、だ。

 神衣純潔を引き剥がそうとしているが、纏流子は気絶している訳では無い。
 意識は存在しており、勿論、行動することも可能である。

 つまり、だ。



「テメェの心臓――これで潰したぜ」



 嘗て大阪で纏流子と鬼龍院皐月の姉妹は激闘を繰り広げた。
 その結末は妹が目潰しを活用し姉を追い詰め、姉は神衣純潔の肩をドリルのように伸ばし纏流子の喉元に突き付けた。

 今、纏流子が着ているのは神衣純潔である。
 


「が……ぐ、纏……貴様……ぁ」



 右肩から伸びた絶望の螺旋が蟇郡の心臓を貫いていた。


42 : 反吐がでるほど青い空 :2016/02/14(日) 22:29:48 9z6pqnPQ0


「いきなり他人の服に手を突っ込んだと思えば……テメェは馬鹿だなぁ蟇郡。
 鬼龍院皐月と一緒だ。テメェ自身は絶対だと思い込んで勝手に他者を決め付けて痛い目を見る……あぁ、情けないねえ」


 神衣純潔の螺旋を引き戻した纏流子は嘲笑いと共に目の前の男とその光を愚弄する。
 絶対的な力を持っていても使い手が可怪しければ、真の力は発揮出来ない。

 蟇郡があのまま止めを刺していれば幾ら生命繊維の怪物と云えど本気で死んでいたかもしれない。
 だが、彼は手を差し伸ばした。それが運命の別れ道だ。

 殺す覚悟はあった。
 最初から殺すつもりで戦っていた。
 慢心など無かった。ただ、一筋の希望に全てを捧げただけだ。


「………………俺が死んでも、俺は死なん」


 顔、腹、心臓。
 三箇所から血を流し続ける蟇郡は死んでいても不思議では無い。
 だが、その瞳は死んでおらず、今も口を動かす脅威の生命力を見せ付けている。

「はぁ? 日本語で話せよ」

「皐月様が……仲間達が、俺が死んでもその志が死んだことにはならん」

「テメェが死ねばよ。それで人生は終わりじゃねえか」

「ふ……そうかもな。俺の人生はこれで終わるが、後悔など無い人生だったよ」

「聞いてねえよ」

「皐月様に出会えたことで俺の人生は実りのある人生だった。
 猿投山、蛇崩、犬牟田……同じ四天王の仲間に出会えたこともだ。
 本能字学園に通う生徒全てが俺達の財産であり、思い出だった。違うか」

「勝手に語ってんじゃねえ」


「この会場に来てからも俺が出会った仲間達は……そうだ、俺の人生は無駄なんかじゃ無かった」


「だから勝手に語ってんじゃねえ……!
 さっきまで勢いはどうしたんだよ。急に脈絡も無く語り始めやがって……何なんだよテメェは!」


 勝者は纏流子であり敗者は蟇郡だ。
 傷は両者喰らっているも差は歴然であり、蟇郡は今にも死にそうである。
 だが、生に満ち溢れているのは何故か後者である男だった。


 絶え間なく血は流れ続け、顔の半分が潰れている。
 けれど、瞳は暖かく、とてもこれから死ぬ人間とは思えない。
 彼の口から溢れる言葉は不満や罵倒では無く、思い出や感謝の念が込められている。
 理解出来ない。この男が理解出来ない。
 自分の中で渦巻く感情に処理が追い付かず、纏流子の身体中に不快感が駆け巡る。


「この蟇郡苛、己の生き様に後悔することなど何もない」


43 : 反吐がでるほど青い空 :2016/02/14(日) 22:31:04 9z6pqnPQ0

 仁王立ち。
 その修羅が生命を落とした。
 誰にも看取られない最期ではあるが、何故か。何故か、説明は出来ないが。
 背中や隣に寄り添う仲間達の幻想が纏流子の視界に映った――そんな感覚に陥っていた。


「んだよ……テメェの生命はこんな所で終わる程軽くてチンケなモンなのかよ……おい、おいおいおいおいおいおい」


 苛立ちが止まらない。
 勝ったのは纏流子である。だが、何だこの不快感は。
 爽快感を求めて戦いを広げる狂信者では無い。けれど、なんだこの感情は。



「結局どいつもこいつも――あたしから離れてもう会えない所にまで行っちまう」



 失ってから初めて気付くこともある。
 失うことを経験しなければ得られないこともある。
 だが、失うことを前提で考えるほど、人生を謳歌していない。

「あぁ」

 空を見上げる。
 太陽は変わらず輝き続いている。
 けれど、失ったあの頃(輝き)はもう、戻らない。












「反吐がでるほど青い空だな」





【蟇郡苛@キルラキル 死亡】


44 : 反吐がでるほど青い空 :2016/02/14(日) 22:31:34 9z6pqnPQ0

【G-4/南部/一日目・昼】



【纏流子@キルラキル】
[状態]:全身にダメージ(大)疲労(大) 精神的疲労(極大)数本骨折、説明出来ない感情
[服装]:神衣純潔@キルラキル(僅かな綻びあり)
[装備]:
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(19/20)、青カード(19/20) 、黒カード1枚(武器とは判断できない)
    黒カード:不明支給品1枚(回収品)、生命繊維の糸束@キルラキル、遠見の水晶球@Fate/Zero、花京院典明の不明支給品1〜2枚
[思考・行動]
基本方針:全員殺して優勝する。最後には繭も殺す
   0:この場所から離れる。
   1:次に出会った時、皐月と鮮血、セイバーは必ず殺す。
   2:神威を一時的な協力者として利用する……が、今は会いたくない。
   3:消える奴(ヴァニラ)は手の出しようがないので一旦放置。だが、次に会ったら絶対殺す。
[備考]
※少なくとも、鮮血を着用した皐月と決闘する前からの参戦です。
※DIOおよび各スタンド使いに関する最低限の情報を入手しました。
※満艦飾マコと自分に関する記憶が完全に戻りました。


45 : ◆wIUGXCKSj6 :2016/02/14(日) 22:31:56 9z6pqnPQ0
投下を終了します


46 : 名無しさん :2016/02/14(日) 23:15:13 6D/DhPDI0
投下乙です!
ガマ先輩かっけえええええええええええええ!!!
殺そうとしてた流子を助けるために死んでしまうっていうのがね…最後まで守護者だった
流子はマコちゃんのこともあって、殺した側なのにすごい辛そう…


47 : 名無しさん :2016/02/14(日) 23:46:49 9D4KzOjA0
投下乙
せめて向こうでマコと仲良くやってくれ
流子は…仲間を手にかけて、もう戻れないと言いつつも、これまで戦ってきた相手への感情がぐちゃぐちゃに混ざって迷いが一層大きくなったと見える
純潔と流子の綻びは、今後どうなってゆくのか、楽しみである


48 : 名無しさん :2016/02/16(火) 23:31:46 b1vU/jR60
投下乙
ガマ先輩・・・カッコよすぎる。
顔面に痛烈な一撃を貰ってなお闘おうとするところも、純潔を剥がす可能性に懸けた結果負けるのも、ただただカッコいい。
流子はそろそろ満身創痍で純潔にも綻びが生まれたけど、今後更に暴れるのかなぁ。


49 : ◆X8NDX.mgrA :2016/02/19(金) 23:59:10 EBD6x/Cw0
投下します


50 : ◆X8NDX.mgrA :2016/02/20(土) 00:00:37 /BMaUj4E0

 新たな来訪者から少し時間の経ったラビットハウス。
 店内では、朝食を終えた女子三人が雑談をしていた。
 笑い声こそ起きないが、それでも時折明るい声が響いている。

 唯一の男子である風見雄二は、少し離れた席で、二階から拝借した紙とペンを使いメモを取っていた。
 情報をまとめて整理しておくことは、決して無駄にはならない。
 それに、ただ防衛に徹しているだけではなく、殺し合いを打開する方法を考えたいという気持ちがあった。

「やはり情報が少なすぎる……」

 DIO、針目縫、キャスター……要注意人物。
 平和島静雄、花京院典明、ジャン=ピエール・ポルナレフ……DIOの『肉の芽』に操られている可能性がある人物。
 衛宮切嗣……越谷小鞠殺人事件の容疑者だが、現時点では保留。
 蒼井晶……モデルをしており、かなり性格が悪いらしい。殺し合いに乗っても不思議ではない。

 このように、現段階で判明している危険人物を、危険度の高いと思われる順に並べて書いてみた。
 しかし、疑惑も含めても、その数は八人。第一回放送で呼ばれた死者の数を考えると、殺人者はこれよりも多いはずだ。
 雄二はもう何度目になるか、明らかな情報不足を意識した。
 同時に、足りないのは情報だけではないとも感じていた。
 師匠、日下部麻子の言葉を思い出す。

――とにかく本を読め。そして気になったことは試せ。
――それが生きた知識となって、オマエを生かす糧になる。

 その言葉通り、雄二は大量に本を読み、そして経験を積み、大量の知識を獲得した。
 しかし、今現在その知識を活かせているだろうか。
 遊月の話すカードゲーム『WIXOSS』など、知識のないものについては考えても仕方がない。
 逆に言えば、既に得ている知識をこの場で活かせなければ、それは雄二の落ち度になる。
 雄二は、これまでの人生で手に入れた、生きた知識で雄二自身と、この少女たちを守らなければならないのだ。

「風見さん、ちょっといい?」
「……ん、どうした?」

 気付くと、雄二の周りには遊月たちがいた。
 談笑していたときの雰囲気とは違う、真剣な面持ちだ。
 話を切り出してきたのは、遊月だった。

「ちょっと気になったんだけど。
 警察とか軍隊とか、助けに来てくれないのかな?と思って」
「警察?」

 チノがテーブルに置いたコーヒーカップを手に取りながら、雄二は聞き返した。
 遊月はその反応に勢いづいて、手ぶりを交えて意見を述べ始めた。

「私やチノやリゼさん、風見さんも、突然いなくなったら、親が心配して警察に連絡するよね?
 しかも何十人も一斉に消えてるんだから、神隠しとかってニュースで騒がれそう。
 だから、皆で安全な場所に身を隠していれば、救助隊が来るんじゃないかと思ったんだけど……」

 遊月はそこで言葉を切って、どうだろう、と言いたげな視線を雄二に向けてきた。
 聞いていたリゼとチノも、期待するような視線を向けてきた。
 軍隊に所属していた者としての意見を聞きたいのだろうと、雄二は解釈した。
 外部に救助を頼る。誘拐も同然のこの状況では、誰しも考え付くことだ。
 しばし考え込んでから、雄二はこう答えた。

「現状では来ない可能性が高いな」
「え、どうしてですか?」

 驚きの声を上げたのはチノ。思わず発したのだろう、口もとに手を当てていた。
 雄二は微笑ましく思いながら続けた。

「ここまで大がかりな計画だ。繭も失敗を防ぐための手段は講じているはず。
 そう簡単に、殺し合いの情報が外部に漏れるような愚行を犯すとは思えない」

 ここまではいいか、と目で確認する雄二。
 冷静沈着なその態度に、女子たち全員が頷いた。


51 : Not yet ◆X8NDX.mgrA :2016/02/20(土) 00:05:31 /BMaUj4E0
「――そうだな、いい機会だ。主催者である繭の力を確認しておこう」
「繭の力、って?」
「とりあえず座れ」

 雄二が促すと、遊月たちはいそいそと対面の席に着いた。
 講義を受ける学生のように、やけに真面目な顔つきだ。

「まず、繭の力が途方もないことは全員理解しているだろう」

 雄二の問いに、再び全員が頷いた。
 このバトルロワイアル・ゲームの主催者が持つ力。
 それは、七十人以上の人間(人外の存在もいるらしいが)を誘拐できる組織力。
 また、無人島を所有し、幾つもの施設を造設、あるいは移設することができる財力。
 相手が普通の少女でないことは、容易に想像がつく。

「ただ、それだけならまだ常識の範疇を超えない。
 世間には総資産が数百億を超える人物もいる。彼らの道楽趣味と考えることもできなくはない」

 この悪趣味なゲームに、どこか雄二は既視感があった。
 そして放送の内容を思い出す中で気付いた。これはまるで本で読んだコロッセオだと。
 コロッセオ。ローマ帝政期に建造された円形闘技場。
 コロシアムの語源ともなったそこでは、何人もの剣闘士と何百匹もの猛獣が、血生臭い戦闘を繰り広げた。
 ローマの市民は観客となって、悪趣味とも言える娯楽を楽しんだと伝えられている。
 この状況と似ているではないか。
 繭が観客で、参加者は剣闘士と猛獣。
 殺すか殺されるかの勝負を繰り広げるさまを、繭自身が楽しんでいるとしたら。
 この殺し合いは、繭にとって単なる娯楽に過ぎないのだ。

「……そんなのって」

 不意に遊月が呟いた。そして次の瞬間、テーブルに両手を叩き付けて音を鳴らす。
 身体をびくりと震わせるチノとリゼ。
 間髪容れず、遊月は怒りを隠そうともせずに言った。

「つまり、この殺し合いって、繭が不思議な力を使って開いた道楽ってこと!?」
「落ち着け」

 雄二は咄嗟に立ち上がり、遊月の肩を掴んだ。
 僅かに息が荒くなった遊月に対して、リゼとチノは拳をぎゅっと握りしめながら、悲しむように目を伏せていた。
 三人とも怒りの感情がある。その表し方が少し違うだけだ。

「……現状ではそう判断するのが妥当だと、俺は思う。
 もちろん新しい情報が手に入れば、より詳しい考察もできるだろう。
 ただ、目的もそうだが、重要なのは繭の力が財力や権力に留まらないという点だ」

 繭は、雄二の常識では説明できない力を行使している。
 それも、単なる娯楽にしてはやりすぎ、と言ってもいいほどに。

「例えばこのカード。これは明らかに、単なる道楽の範疇を超えている」

 雄二は腕を遊月たちの前に出して、腕輪にはめ込まれたカードを指した。
 魂を封じることができる、魔術が絡んでいると予測される不可思議なカード。
 加えて、懐から赤と青、そして黒のカードも取り出して、見せた。
 望むだけで食べ物や飲み物、果ては武器まで出てくる、物理法則を一切無視したカード。
 これらの存在からも、主催者が非科学的な、雄二の常識を外れた力を有しているのは確実だ。

「更に言えば、繭は時空すら超える可能性がある」

 しかもその力は、雄二が当初想定していたよりも遥かに大きいのだ。
 ラビットハウスでの情報交換の際に、参加者間での常識の食い違いがあったことを思い出す。

 チノとリゼで連れてこられた時期が違う?
 ――どちらかの記憶違いかもしれない。

 承太郎は一九八七年から呼ばれたらしい?
 ――これも記憶違いだろう。

 ジャンヌ・ダルクやジル・ド・レェといった史実の人物がいる?
 ――同姓同名か、あだ名と考えるのが普通だ。

 世界的な大企業の名前や、世間を騒がせたニュースが浸透していない?
 ――たまたま世情に疎い人間ばかり集まったのだろう。


52 : Not yet ◆X8NDX.mgrA :2016/02/20(土) 00:10:36 /BMaUj4E0
 『記憶違いや偶然』で片付けるには、こうした食い違いが多すぎた。
 折原臨也が提唱した『異なる世界』と『異なる時代』という発想が、これらを解決した。
 オカルトを信じない人物なら一蹴したかもしれないが、雄二は既に魔術の存在を知り、スタンドが顕現するのを目の当たりにしている。
 繭が『異なる世界』『異なる時代』から参加者を集めたという発想は、驚きこそすれ、可能性として考えない理由は皆無だ。
 そして、この発想が正しければ、繭は時空を移動する技術を持つことになる。
 ここまで聞いた遊月は、愕然とした表情をしていた。

「時間や空間を超える、って……そんなの」

 信じられない、と言おうとした遊月だが、その言葉は続かない。
 チノやリゼとの会話で、大人気モデルの浦添伊緒奈や蒼井晶の名前を出したところ、知らないと言われているからだ。
 何も言えず、遊月は押し黙った。

「信じられないのも無理はない。だが、可能性は高い」

 それは形容するならば、人智を超越した、神にも等しい力。
 常識的に考えれば、風見雄二という一個人に太刀打ちできるはずもない。
 ましてや戦闘経験すらない遊月やリゼ、チノといった少女たちは、尚更だ。
 ふと、雄二は疑問に思った。では、少女たちは何のために参加させられたのか。

(参加者選びに繭の意図が介在していることは間違いない。
 ならば、戦闘経験のある人物と、そうでない人物を混ぜる意図とは――)

 雄二の脳裏には、先程のコロッセオの例えが再び浮かぶ。
 DIOや針目縫、キャスターといった殺人に忌避のない者が、誰彼かまわず食い殺す猛獣であるならば。
 空条承太郎や蟇郡苛のような力ある者は、その猛獣と殺し合う剣闘士の役割を期待されているのだろうか。
 となると、弱者に分類されるであろう、少女たちは。

(さしずめ猛獣の餌、か)

 優勝を狙う参加者にとっての格好の標的。
 あるいは殺し合いを加速させるための、単なる数合わせ。
 もしこの想像が正しければ、白羽の矢が立った少女たちは、ただひたすらに不幸だ。
 雄二は歯噛みしたい衝動に駆られた。
 無力な子供を集めて不本意な戦闘を迫り、ときには薬も使い、殺人機械を作り上げる。そんな輩を、雄二は繭以外にも知っている。
 そう、あれは――。

「あの、風見さん?」
「話の続きは?」
「っ……すまない、別のことを考えていた」

 チノたちの呼びかけで、雄二は我に返った。
 思索にふける内に、本題から脇道にそれてしまったことに気付いた。
 少女たちが招かれた理由は、今すぐに考えても意味がない。

「……繭が時空を超越しているという話だったな。
 それについての情報は不足しているから、考えることは保留にする」

 現状を打開するために必要なのは、まず情報。
 時空を超える手段を知ることができれば、そこから現状を打開する術も思いつくかもしれない。
 ただし、その手段がまだ不明である以上は考えても意味がない。

「本題はここからだ。超越した力を持つ繭も、おそらく万能ではない」

 え、と三人が口を揃えて発した。
 ここまで力の大きさを強調されていながら、万能ではないと言われれば、それは驚くだろう。
 順を追って理由を説明するために、雄二は別の観点から話し始めた。


53 : Not yet ◆X8NDX.mgrA :2016/02/20(土) 00:14:50 /BMaUj4E0
「繭は制限時間を七十二時間だと言っていた。つまり三日間だ。
 これはゲーム感覚で、タイムリミットを付けたかっただけかもしれない。
 だが、もしかすると『三日間で殺し合いを終わらせたい』のかもしれない」

 雄二は白のマスターカードに、殺し合いのルールを表示させた。
 ここに設定された多くは、殺し合いを円滑に進めるために必要なルールだ。
 魂を封じるカードによって、殺し合いから逃れられないことを思い知らされる。
 禁止エリアによって、参加者の行動範囲を狭め、また移動ルートの選択肢を減らすことで、参加者同士が出会いやすくなる。

「終わらせたい、って?」
「俺はこう考えている。
 この島には、悪趣味なゲームの存在を外部から感知されないための技術が働いている」

 この殺し合いには、爆弾や銃火器も凶器として支給されている。
 もし、参加者がそれを使った瞬間を、島の外界から認識されてしまえば、間違いなくどこかの機関が捜査を試みるだろう。
 殺し合いの主催者からしてみれば、そうした事態の対処は面倒に違いない。
 となれば、外部から感知されないように手段を講じているはずだ。

「そして、その技術は、およそ七十二時間しか効力を発揮できない」

 三日間という制限時間は、イコール技術の限界だ。
 例えば、島全体を覆い隠すように光学迷彩が展開されていて、そのバッテリーが七十二時間しかもたないとか。
 あるいは、魔術で殺し合いを隠蔽する何らかの偽装工作をしているが、それが三日で解けてしまうとか。
 具体的な手段はさておき、繭が制限時間を設けた理由としては理屈が通る。

「制限時間を設定してから技術を取り入れたのか、その逆か、は不明だが……。
 先にも言った通り、殺し合う様子を見て楽しみたいだけなら、制限時間を設ける必然性は低い。
 おそらく、外部から感知されないための技術が先にあって、それから制限時間を設定したのだろう」

 雄二はそこまで話し終えると、手元のカップの中身を飲み干した。
 チノが作りすぎたミルクココアは、コーヒーに比べると、とても甘い。

「なるほど……」
「分かるような、分からないような……?」
「それが、繭が万能じゃないって話とどう繋がるんですか?」

 納得したように頷くリゼとは対照的に、チノと遊月は首を傾げていた。
 中学生にするには言い回しが難解だったかと反省したが、生憎この話はまだ終わらない。
 雄二は新しいカップに口を付けてから、更に話し続けた。

「繭は、殺し合いを高みから眺めて楽しんでいる。
 しかしその一方で、やたらと殺し合いを加速させるための措置が見られる」

 禁止エリアは言わずもがな。
 見せしめや魂を封じるカードは、早々に覚悟を決めさせるため。
 更には、食べ物や飲み物が出るカードでさえ、疲労を回復する食事に必要以上の時間を割かせないようにするため、と考えられるのだ。
 そして事実、殺し合いはかなりの速さで進行している。

「この事実、おかしいとは思わないか?」
「え?」

 円滑なゲームの進行とは、言い換えれば短期間でのゲームの終結だ。
 これがゲームだというのなら、三日と言わず、何日でも何か月でも続ければいい。
 長く続けば続くほど、いろいろな展開が見られるはずなのに、繭はあえて三日間でゲームオーバーにしようとしている。
 雄二はそこに理由を見出した。

「これが道楽だとしたら、早く終われとは思わないはず、ってことか?」
「そう、その通りだ」

 リゼの言葉に、雄二は頷いた。
 殺し合いの観察を娯楽としている者が、早期決着を望む理由は何か。

「こう考えれば辻褄が合う。
 繭は殺し合いを楽しみたい反面、繭自身に、殺し合いを隠匿する技術、つまり――」

 雄二は言葉を切ると、手元のミルクココアを飲んで喉を潤した。
 そして、疑問符を浮かべている遊月たちに、雄二は自分が出した答えを提示した。


54 : Not yet ◆X8NDX.mgrA :2016/02/20(土) 00:17:49 /BMaUj4E0
「――『三日間以上、殺し合いを進行させる能力がない』のだと」
「あっ……!」

 リゼが気づきの声を上げた。チノも驚いた顔をしている。
 これこそが、雄二が繭は万能でないと考える理由だ。

「俺は、繭が開いたこの殺し合いに、協力者がいると考えている。
 その協力者が、この舞台や、殺し合いを隠蔽する技術を用意した、としたら」

 繭にいくら力があろうと、この殺し合いは一人で作り出すには規模が大きすぎる。
 そう考えた雄二は、協力者の存在を思い浮かべた。
 例えるなら、武器商人のようなものだ。殺し合いを企画した繭に技術を提供して、見返りに金銭を貰いでもしたのかもしれない。
 元軍人であり、特殊工作員も務める雄二は、そうした裏稼業が存在することも承知している。
 このような殺し合いに関与していても、全く不思議ではない。

「繭自身は、その技術を知らない……?」
「知らないか、知っていても繭は使えないか、だな」

 繭による技術ではないとすれば、繭が扱える可能性は低い。
 扱えるなら、その技術を永続的に作用させて、殺し合いをより長期間、継続させることができるのだから。
 それが出来ないからこそ、繭は制限時間を設けた。

「繭は殺し合いを隠匿する技術を持たず、だからこそ三日間の制限を設けた。
 そう考えると、見えてくるのは――」
「もういいよ!」

 雄二が結論を言い終えるよりも速く。
 つい先程と同じように、バシンという音が店内に響いた。
 勢いよく机を叩いた遊月を見ながら、チノとリゼは驚いて言葉を失っている。

「要は繭に圧倒的な力があって、脱出は難しいってことでしょ!?」

 遊月は雄二に強い口調で言い放った。その意見は、単純だが正しい。
 雄二の考えを言い換えるなら、繭には『三日間は殺し合いを進行できる』確信があるということになる。
 認めたくはないが、警察や軍隊が救助に来る可能性は限りなく低い。
 しかし、それよりも気になるのは、遊月がどこか焦っているように見えることだ。

「遊月さん、落ち着いてください」
「チノはどうしてこの状況で落ち着けるの!?」

 その会話で、雄二は遊月が余裕を失っていることに気付いた。
 考えられる要因は一つ。元からの不安に加えて、雄二の考察が不安を煽ったのだ。
 雄二は己の失敗を恥じた。

「万能じゃないとか協力者がいるとか、そんなことより具体的に繭を倒す方法を考えなきゃ意味ないじゃん!」


55 : Not yet ◆X8NDX.mgrA :2016/02/20(土) 00:23:17 /BMaUj4E0
 その通りだ。遊月の言葉は的を射ていた。
 そもそも繭が万能ではないというのも、単なる憶測でしかない。
 可能性と推論を次々と積み上げたところで、どうなるというのか。
 雄二自身、その点を指摘されることは覚悟していた。
 しかし、雄二には決意があった。

「確かにそうだな。繭を倒す方法を考えることは必要だ。
 そして、現状ではそれは難しい。情報不足も甚だしいからな」

 それまでと何ら変わらない、真剣な目つきで。
 遊月を正面に見据えたままで、雄二は己の決意を告げていく。

「だが、ここで折原や誰かが来るのを待って、情報交換をしてから考察を始めるのでは遅すぎる」

 遊月が少したじろぐ様子を見せた。
 チノとリゼは雄二を見つめて、じっと話を聞いている。

「救助が来るまでじっと待つのも選択肢だ。
 ただ、それでは自分自身は何もしていない。受け身のままだ」

 雄二には、救助を待つという方針を否定するつもりはない。
 しかし、例えば地震が起きたとき。火山が噴火したとき。
 そうした緊急時に命を救うのは、まずは本人の行動ではないか。
 急いで高台に登ったことで、津波に飲み込まれる危機を回避した、というような話は誰しも耳にしたことがあるだろう。
 そのとき、危機を回避した人は、少なくとも受け身ではなく行動した。
 行動しても被害に遭遇する人はいるだろうが、何も行動せずに助かる人は少ない。
 行動ありき、なのだ。

「俺の推論は、机上の空論といえばそれまでだ。
 それでも、脱出の糸口を掴むきっかけになるかもしれない。
 『可能性がないかもしれない』からといって足を止めていては、物事は進展しない」

 殺し合いというこの緊急時でも、重要なのは行動することだ。
 雄二は、この場で行動しなかったことを、終わってから後悔したくなかった。
 何も出来ないまま、既に何人も死んでいるという事実が、雄二の中の何かを駆りたてていた。

「何もしないで終わるくらいなら、間違っていたとしても行動を起こした方がマシだと思わないか?」

 それを聞いて、何か感じるところがあったのだろうか。
 遊月は無言のまま、腰を席に下ろした。

「……ごめん」
「俺も徒に不安を煽るべきではなかったと反省している。
 ところで、先程話しそびれた俺の考察を、最後まで聞いてくれるか」

 沈黙を肯定と受け取って、雄二は話し始めた。
 僅かな可能性を試すことが、いずれ実を結ぶことを願いながら。

「殺し合いを隠蔽する装置は、この島のどこかに仕掛けられているかもしれない、という話だ――」






56 : Not yet ◆X8NDX.mgrA :2016/02/20(土) 00:31:44 /BMaUj4E0



 紅林遊月は、同席者に気づかれないように、そっと溜息をついた。
 これでいいのかと、このままでいいのかと自分に問い続ける。
 シャロを探しに行くべきだったのでは?
 頼れる男性に任せるのではなく、自分も動くべきでは?
 そんな自分への問いに、遊月は答えを出せないでいた。

 現在、ラビットハウスには女子三人だけがいた。
 遊月とチノが同じテーブルに座ってコーヒーを飲んでいる。
 リゼは一人、コーヒーカップを洗いに行っていた。
 殺し合いを隠蔽する装置、それがこの島の中にあるという考察を語った雄二は、隣家まで探索をしに行っている。
 既に、ラビットハウス内は全員で調べ尽くしていた。
 何か異変があればすぐに駆けつける。そう言って雄二は店を出た。

 雄二の考察は、遊月に小さくない衝撃を与えた。
 ここが外界から隔離された場所である、という予感はあった。
 『殺し合いに勝ち残らなければ、願いが叶わないんじゃないか』
 ここに来て、そんな嫌な予感を抱いたことを思い出す。その予感は、より悪質なものへと変化した。

 『例え殺し合いに勝ち残らなくても、ここから脱出することはできないんじゃないか』
 雄二の考察は、遊月のそんな不安を大いに煽った。
 もちろん希望も示された。
 殺し合いを隠蔽する装置を破壊することで、外界と連絡が通じるかもしれない、という推測だ。
 それでも、待つばかりでは救助される可能性はないと、ほぼ断言されたようなものだ。
 嫌でも気が滅入る。

 香月と二度と会えないかもしれない。そんなネガティブな思考が、鎌首をもたげてくる。
 それは嫌だ。遊月はずっと、香月と一緒になることを夢見てきた。
 もしかしたら二度と会えなくなるかもしれないなんて、絶対に嫌だ。
 嫌だ、いやだ。会いたい。
 抑えつけていた感情が、考えないようにしていた想いが、噴出しそうになる。

「あの、遊月さん」

 そんなふうに、不安に押し潰されそうになっていたからだろうか。

「遊月さんには、兄弟っていますか?」
「……え?」

 不意の質問に、遊月は返事に詰まった。

「あぁ、うん……いる、けど。それが?」
「私には、本当のお姉さんじゃないけど、姉がいるんです」

 それは、口下手なチノという女の子の、少し婉曲的な話題提起だった。
 そのことは、すぐに頭が理解した。

「この島にいるんです……ココアさん」

 どこか陰のある表情を見て、チノの感情を察することもできた。
 姉と慕う、ココアという女の子が近くにいないことが、寂しいのだ。

「へえ、そうなんだ」

 自分と同じで不安なのだと、そう思った。
 似た気持ちを抱えていた身としては、素直に共感することができた。


57 : Not yet ◆X8NDX.mgrA :2016/02/20(土) 00:33:56 /BMaUj4E0

「どんな人なの?そのココアさんって」

 遊月の質問に、チノは少し恥ずかしそうに答え始めた。
 ラビットハウスに住み込みで働いていること。ウサギが大好きなこと。コーヒーの味が分からないこと。
 ゆっくりと紡がれていく人物像は、明るく自由奔放なトラブルメーカー。
 聞いていた遊月は、自分とは似ても似つかない、と思った。
 ちょっと声が似ていると言われたときは、驚いた。

「いつもココアさんは私のことを妹扱いして……」

 話は次第に、チノとココアの関係に踏み込んでいった。
 偶然の出会いにしては、随分と良好な関係を築いている、と遊月は感じた。
 口調こそココアのことを呆れているように聞こえるが、明らかに喜んでいると分かる声。
 話を聞いているだけでも、仲の良さが感じられた。

「それも親しくなってからじゃなくって、初対面のときからなんですよ」 

 そんな二人を想像して、遊月はつい嫉妬してしまった。
 チノとココアの、仲睦まじい様子が想像できたから。

「ことあるごとに姉アピールしてきますし。
 私がシャロさんみたいな姉が欲しかった、って言っただけでショックを受けたこともありました」

 そして、遊月は少しだけ不満を覚えた。
 本当は嬉しいくせに、そういう態度を取らないチノに。

「ちょっとしつこいくらいですよ」
「ふうん……」

 話を聞く限り、ココアはチノにかなり積極的に好意を向けている。
 チノはその好意に戸惑いながらも、受け止めようとしている。
 もしこれが男女だったなら、と遊月は考えた。
 今までにいくらでもある、甘酸っぱい青春ラブストーリーの出来上がりだ。

(私もそのココアさんみたいに、積極的に行けたら……)

 次に、もし遊月と香月の関係がこうだったなら、と遊月は考えた。
 今よりも積極的に、遊月が好意を伝えていたなら。
 おそらく、遊月が奇跡に願いを託すことはなかっただろう。
 他人の願いを踏みにじることも、願いが反転する恐怖に怯えながらバトルすることも、なかっただろう。

 それに比べれば、チノとココアの二人は、なんて幸せな環境だろうか。
 二人は同じ屋根の下で、少しの不安もなく、仲良く平和に暮らしているのだから。
 きっといつかは絶対、チノはココアの好意を受け止める。
 幸せになることは確定しているようなものだ。

 そう、遊月と香月の関係とは違って――。

(……なに考えてるんだ、私)

 そこまで妄想して、遊月は自己嫌悪に陥った。
 他人が仲良くしているのを羨む、嫉妬深い自分を見てしまったからだ。

(こんなのは止めよう)

 嫉妬に囚われてもいいことなんてない。
 必死に自分の中の情けない部分を消そうと、遊月は頭をぶんぶんと横に振った。
 しかし、結果としてその気持ちは消えなかった。
 チノが遊月の様子に気付かないまま、話し続けたからだ。

「たまに、ちょっとだけうっとうしく感じることもありますし……」

 その言葉に、遊月は一瞬言葉を失った。
 どうして、まっすぐに好意を向けるココアを否定するのか。
 嫌がっている訳ではない。顔を見れば分かる。
 嫌がっているのなら、そんな嬉しそうに顔を赤らめて話すはずがない。

「どうして――?」

 素直に受け入れればいいのに。
 喉の奥から飛び出しかけたその言葉は、リゼの言葉に遮られた。


58 : Not yet ◆X8NDX.mgrA :2016/02/20(土) 00:41:43 /BMaUj4E0

「まぁ、ココアは感情をストレートに伝えすぎだよな」

 いつの間にか食器洗いを終えて、戻ってきていたらしい。
 カウンターの中でコーヒーカップを拭きながら、リゼがやれやれという様子で言った。
 遊月は再び、言葉を失った。
 どうしてそんなに呆れたふうに、人の感情を笑えるのかが分からない。

――遊月はまっすぐすぎる――

 脳裏に甦るのは、想い人の声。
 確か、ウィクロスの対戦をしていたときの声だった。
 これを言われた直後に、遊月は『まっすぐで何が悪い』と強く言い放った。
 まっすぐで、何が悪いのだろうか?
 その答えは未だに出ていない。

「まっすぐすぎるのも困りものです」

 このとき、チノは遊月の地雷を踏んだ。
 逆鱗に触れたと表現してもいい。遊月がピンポイントで悩んでいたことを、そのまま口にしたのだ。
 チノに悪意はない。
 それでも、チノの言葉は、遊月の胸にちくりとトゲを刺した。

「――っ!」

 思うように好意を伝えられない人だっている。
 遊月はまさにそうだ。肉親である香月に好意を伝えれば、世間から白い目で見られることは分かっている。
 それでも遊月は、香月を誰でもない、自分のものにしたいと考えている。
 倫理観と純粋な感情の狭間で、揺れ動いている。

 だから、まっすぐ自分の感情を伝えられるココアが羨ましい。
 そして、そのココアの感情を恥ずかしいという理由で否定してしまうチノが――。

(……まただ。これじゃ、シャロさんのときと同じ)

 遊月は頭を抱えた。
 数時間前にも似たような罪悪感に苛まれたことを思い出す。
 その場の感情に任せて、感情を暴走させていては、また喧嘩別れのような苦い気持ちを味わうだけだ。
 必死に理性で感情を押し込めようとする。
 必死に抑えなければならないほど、今の遊月には余裕がなかった。

「遊月さん、どうしたんですか?」
「……なんでもない!」

 遊月は椅子を倒すくらいの勢いで、席を立った。
 椅子が音を立てたことで、遊月に視線が集まる。

「っ……」

 チノとリゼ、木組みの街に住む少女は、どこまでも穏やかで。
 願いを叶えるために、他人の願いを潰す闘いがあることなんて、想像もしたことがなさそうで。
 そんな二人と話していると、遊月はどうしても、自分の在り方がひどく歪んだように思えてしまう。
 理解していたはずのそんな事実を、改めて突き付けられた気分だった。

「……私は、まっすぐにしか進めないんだと思う」

 ぽつりと呟いて、遊月は店の外へ出ようとした。
 目的があるわけではない。今はこの場所から、少し離れていたかった。
 いたたまれない気持ちが回復するまで。

「遊月さん!?」

 その足取りが、少しふらついたからだろうか、チノが心配したように声を上げた。
 それでも振り向くことはせずに、遊月は扉へと向かう。

「えっ……」

 遊月の手が触れる前に、扉が開いて、小気味よい音が来客を告げた。
 少し驚いて、扉の前から離れる遊月。
 しかし、その顔はすぐに安堵の表情に変わる。
 扉の前には、背の高い学ランの男が立っていたからだ。
 その男は、遊月を見ると、ほんの少しだけ微笑んでこう言った。

「よう、紅林。無事だったか」






59 : Not yet ◆X8NDX.mgrA :2016/02/20(土) 00:59:08 /BMaUj4E0



 針目縫は不愛想な仮面の下で、笑みを隠せない。
 うまくラビットハウスに入ることに成功した。中にいたのは遊月も含めてウサギが三匹。

「承太郎か。どうした?駅に向かったんじゃなかったのか」

 否、四匹だ。縫が到着したすぐ後に、風見雄二という少年が現れて声を掛けてきた。
 どうやら承太郎はこの少年とも接触していたようだ。
 少女たちよりは強いらしいが、所詮は人間。縫の敵ではない。

「その道中で針目縫に襲われた。奴と戦闘したが逃げられてな」

 一人だけで行動している理由は、ちゃんと考えてあった。
 雄二をはじめとするラビットハウスの面々は、あっさりとそれを信じた。

「衛宮はなぜか逃げ出したよ」
「そうか……それで、どうしてここに戻って来た?」
「針目がここに来ていたら不味いと思ってな」

 承太郎の側に立ち、ここに来た理由を捏造する。
 本当の目的は、遊月を血祭りにあげること。そして、承太郎の悪評を広める行為をすること。
 更に、繭の情報があるかどうかも確かめたい、と縫は考えていた。

「なるほど。だがどうやら杞憂らしいぞ。この通り、針目縫はまだ来ていない」

 そう言いながら、雄二は遊月の肩を抱くと、席に連れて行った。
 
「さて、WIXOSSのルールを教えてくれないか。そういう約束だったろう」
「え……そうだっけ?」

 困惑した様子の遊月を無理矢理座らせると、雄二は縫を見た。

「承太郎もどうだ?もしかしたら繭を打倒する切り札になるかもしれない」
「そうかなぁ……?」

 遊月は半信半疑といった様子で、雄二の顔を見る。
 一方の雄二は、とても真剣な眼差しをしている。
 縫は変なやつだと感じながら、承太郎らしくぶっきらぼうに断った。

「いや、俺はいい」

 ピルルクからルールを聞いた限り、WIXOSSというのはただのカードゲームだ。
 現状で覚える必要はないと、縫は判断した。
 返事を受けて雄二は、そうかと答えただけで、再び遊月と向き直った。

「って、そんな真面目な顔されると困るなぁ」
「安心してくれ、こういうゲームは普段やらないが、覚えることは苦手ではない」
「いや、そうじゃなくて……まあ、いっか」

 遊月は雄二にカードゲームを教え始めた。
 カードの現物が無いらしく、遊月は紙に書いてルールを説明している。
 雄二は熱心に頷きながら、同じように紙にメモを取っていた。
 縫はそれを見ながら、大した連中じゃないのかもしれない、と判断を下した。

(もう少し様子を見て、情報がないようなら血祭りかな♪)


60 : Not yet ◆X8NDX.mgrA :2016/02/20(土) 01:09:05 /BMaUj4E0

 物騒なことを考えながら、縫はもう二人のウサギを観察した。
 二人は仲良くカウンターの中にいた。

「じゃあ、私がコーヒー淹れるよ」
「あ、リゼさん、コーヒーなら私が……」
「いいって。それより遊月の説明を聞いた方がいいんじゃないか」

 遊月と雄二のテーブルを指しながら、ちゃかすように言うリゼ。
 少しばかりふて腐れた顔で、チノは席に戻ろうとしない。

「私にやらせて下さい。ラビットハウスの代理マスターですから」

 年齢に不相応なくらい大人びた言葉を受けて、リゼは微笑んだ。

「はは、わかったよ。じゃあ一緒にやろう」

 縫は手近にあった椅子に座りながら、そうした様子を見ていた。
 誰一人として、縫のことを警戒していない。
 狩りを今まさに行おうとしている縫の目の前で、ウサギたちは騒いでいる。
 あまりに馬鹿らしいこの空間をそろそろ壊そうかと、立ち上がりかけたそのとき。

「そうだ遊月、二階にメモを忘れてきたから、取ってきてくれないか」

 雄二のその言葉で、縫は上げた腰を元に戻した。
 メモ。雄二は確かにそう言った。

「承太郎に見せるために書いたものだ。一番奥の部屋にある」
「え、忘れ物?……分かった」

 真面目な表情をして、階上に向かう遊月。
 その様子を不審に思いながらも、縫はこれを絶好の機会と捉えた。
 まず血祭りに上げるのは、生意気にも逃走してみせた遊月。これだけは決めていた。
 座席を立ち、自然な動作で階段へと足を運ぼうとした。
 
(一番奥の部屋に行き、遊月を殺してメモを奪う。それから――)

「承太郎、遊月が戻ってくる前に、見せたいものがある。
 このラビットハウスの裏で、繭に繋がるものを見つけたんだ」

 丁度そのとき、雄二がこう言うと席を立った。
 縫はすぐさま反応した。第一目標はあくまで帰還すること。繭に繋がる手段があるなら、それは知っておくべきだ。
 しかもメモに取れないものとあれば、重要度は上がりそうなものだ。
 はやる気持ちを押さえたまま、店の外へと出た雄二を追いかける。
 雄二が店と隣家の間にある細い道の入口に立ち、承太郎を手招きした。

「こっちだ。少し狭いから、承太郎が先に行ってくれ」
「ああ」

 言われた通りに、縫は細い道に入った。
 この時点で、縫は不審を抱きつつあった。繭に繋がる重要な手がかりがあるなら、どうして最初から見せようとしない?
 もしかして罠。その考えが浮かんですぐに、縫は振り向いた。


61 : Not yet ◆X8NDX.mgrA :2016/02/20(土) 01:14:29 /BMaUj4E0
「っ!」

 しかし、雄二の方がコンマ数秒早かった。
 背後から聞こえた銃声に、縫はその場に膝を着いた。
 着かざるを得なかったのだ。両手両足の感覚が、急に途絶えていた。

「あは……」
「無駄だ、関節を貫いた。すぐには動けない」

 冷徹な声が細い道に響く。雄二は縫を罠に嵌めたのだ。
 強引ではあるが、立派な背後からの奇襲。全てばれていたと知り、縫は今度こそ、笑いを抑えきれなかった。

「あははははは!!!」
「なっ――!?」

 突然響いた声に、雄二は戸惑いの声を上げた。
 可愛らしい女性の声で笑う、学ランの男がそこにいた。

「あははははははははっははははは!!!!!
 このボクが撃たれたくらいで動けなくなるって、本当にそう思ったの?」

 縫はすっくと立ちあがる。そして腕をぐるぐると回した。
 振り向くが、雄二は言葉も出ないようだ。
 数時間前に出会った、西部劇じみたガンマンもそうだった。
 銃撃を胸に食らっても再生する縫のことを見て、驚いていた姿は、中々に滑稽だった。

「だとしたらご愁傷さま☆」

 目の前にいるクールな少年の頬には汗が垂れていた。
 異常な光景を見ながら、その銃口は確かに縫の心臓を狙っている。
 所詮はただの人間。でも、そこだけは評価してあげようと、縫はいつもの笑顔を浮かべながら思った。

「ボクのことは遊月ちゃんから聞いてるんでしょ?」

 縫は、もはや意味を無くした変装を解き、普段通りの少女の姿に戻った。
 そして身の丈ほどもある鋏を懐から取り出して、雄二へと突き付けた。

「キミじゃあボクは――」

 雄二が銃を撃ちながら後退し始める。

「た」

 縫は鋏で弾き、例え食らっても意に介さない。

「お」

 雄二は銃を片手に持ち、空いた手で懐から何かを取り出した。

「せ」

 縫は走り、あと数歩で首を刈れる位置まで迫る。

「な」

 雄二が取り出したものを投げつけてきた。

「い」

 縫は鋏でそれを叩き切ろうとした。

「☆」

 瞬間、オレンジ色の不細工な人形が目に入る。
 それが何かを理解する前に、爆風が縫を飲み込んだ。






62 : Not yet ◆X8NDX.mgrA :2016/02/20(土) 01:41:09 /BMaUj4E0



 ラビットハウス裏の細い道を出たところで、雄二は縫の一撃を食らった。
 大きな鋏を横に一閃。鮮血がシャツを濡らす。

「が、はっ……」

 結論から言えば、ジャスタウェイで縫を倒すことは叶わなかった。
 雄二は右ひざを着いて、斬られた右肩を押さえながら、縫のことを見上げた。
 くるくると余裕の表情で鋏を回す縫に、外傷らしきものは一つとして存在しない。

「びっくりしたぁ。今の爆弾だったんだ。まぁ意味ないんだけどね♪」

 正確には、外傷はつい一分前までは存在していた。
 爆風による火傷と、破片による裂傷。そうした怪我は、雄二の目の前でみるみるうちに治癒していったのだ。
 蟇郡から変身や再生力については聞かされていたが、その異常さに雄二は舌を巻いた。

「目的は、虐殺か?」
「うーんと、情報も欲しかったんだけどね。
 さっきのメモはブラフみたいだし、いーらない♪」

 何がそんなに可笑しいのか、縫は終始ニコニコしながら雄二をいたぶっていた。
 おそらく、少女たちが出てくるのを待っているのだろう。
 爆弾は幸運にもラビットハウスの壁を破壊しなかったが、その音と振動は届いているはず。
 小屋から出てきたウサギを狩るつもり、とでもいうのか。

「趣味が悪いな」
「人を騙すような人間に言われたくないなぁ♪」

 どうにか時間を稼いで妙案を思いつきたかったが、現実は非常である。
 縫の苛烈な攻撃に、雄二はナイフ代わりに使用していたアゾット剣を取り落とした。
 それを見た縫は、アゾット剣を勢いよく蹴り飛ばした。
 あらぬ方向へ飛んでいく剣を、雄二は絶望的な表情で眺めた。

「銃はあっちに転がってるし、もう手はないかな?」
「……現状把握の協力に感謝するっ!」

 しかし、諦めるわけにはいかない。
 雄二はその一心で、もう一つのジャスタウェイを握りしめた。
 使いどころを誤れば、とうとう武器が一つもなくなる。

「じゃあ、死んじゃえー☆」

 鋭く振り下ろされた鋏を間一髪で避けると、雄二は再びジャスタウェイを投げつけた。
 縫は当たり前のように、返す刃で爆弾を真っ二つに斬った。
 爆発はなんらダメージを与えていない。

(万事休すか――?)

 そのとき、銃声が響いて、縫の身体が倒れた。
 雄二ではない、その銃を撃ったのは――リゼ。
 雄二が上を向くと、紫色の髪の毛が窓からちらりと覗いていた。
 ラビットハウスの上階から、縫の頭を狙った狙撃だった。

「…………」

 雄二は倒れた縫を注視しながら、アゾット剣とキャリコを回収した。
 縫を殺せたとは思えないが、倒れたということは、ダメージがあったということ。
 どこに命中したのか、雄二には見えた。

(おそらく瞳――化け物だが、そこを狙えば可能性はあるか?)

 深く考える間もなく、縫は立ち上がった。
 その眼からは血の涙が流れ、顔は笑っていても、瞳の奥は決して笑ってはいない。
 雄二は覚悟する。これまでよりも苛烈な攻めが来ると。
 そして再び、小さな戦端は開かれた。

「あははっはははははは!!!!」






63 : Not yet ◆X8NDX.mgrA :2016/02/20(土) 01:45:35 /BMaUj4E0



 承太郎は腕組みをしながら、戦車に揺られていた。
 運転しているのは、つい数刻前に知り合った神父・言峰綺礼だ。
 目的地はラビットハウス。針目縫が襲撃する可能性がある場所として、承太郎が指定した。
 針目が遊月に変身していたということは、針目は遊月と出会い、情報を引き出したということ。

――でもね。ボク、もっと面白いことを思いついちゃったよ――
 
 承太郎の脳内には、針目の声が再生される。
 針目は遊月から、ラビットハウスに参加者がいたことも聞いているはずだ。承太郎への意趣返しとして、彼らを殺害するかもしれない。
 そう考えたからこそ、承太郎はDIOや衛宮切嗣よりも、針目を優先した。

「衛宮切嗣を追わなくてよかったのか」
「ああ。針目の件が片付いてから、改めて話を訊けばいい。
 ……それとも、あんたには衛宮にこだわる理由でもあるのか?」

 もちろん、承太郎と綺礼は最低限の情報交換はしてある。
 お互いの知る参加者と、今までに交流した参加者の名前を交換し合った。
 綺礼とポルナレフが既にDIOと遭遇、交戦していたことも聞いた。
 衛宮切嗣については、手段を選ばない傭兵であるという以上の情報はなかったが、綺礼の語り口からは、言外に気にしている様子が感じられた。
 承太郎はそのことを追求したのだ。

「……いや。忘れてくれ」

 綺礼は答えず、ただ戦車を走らせ続ける。
 尋ねた承太郎としても、無理に問い詰めるつもりはなかった。
 綺礼は八極拳を習得しており、あのDIOに不意打ちとはいえ一撃を見舞ったと聞いた。通用しなかったらしいが。
 強い上に主催に反抗する意思もある、貴重な仲間だ。
 下手なことを訪ねて関係を悪化させることはしたくなかった。

「もう少しで着く頃合いか?」
「ん……ああ。そろそろだぜ。あの角を曲がれば見える」

 石畳を踏み鳴らしながら、神威の車輪が曲がり角を疾走する。
 すると、承太郎の目に二つの人影が映った。
 一人は学生服の男。そして、もう一人は最悪の可能性。災厄の権化だった。

「針目、縫……!」

 遠目にも銃火が視認できた。戦闘は既に始まっている。
 そして、どうやら雄二が傷を負い劣勢らしいことも判断できた。
 それを確認すると、承太郎はすぐさま運転席の綺礼に向けて叫んだ。

「言峰、ヤツを轢き殺せ」
「了解した」

 綺礼が手綱を操って、戦車のスピードを加速させた。
 その速さはこれまでの比ではない。
 征服王が乗り回した神威の車輪が真価を発揮すれば、十秒も経たない内に、戦闘の起きている地点に到達するだろう。
 ピンク色の化け物を鋭く見つめながら、承太郎は厳しい戦闘の予感に拳を握りしめた。






64 : Not yet ◆X8NDX.mgrA :2016/02/20(土) 01:50:50 /BMaUj4E0



「わぁ、あれで轢かれたら大変!逃げなくっちゃ――」

 遠くから、牛たちが凄まじい勢いで駆けてくるのに、いち早く気づいたのは縫だった。
 目を凝らすと、御者台に承太郎らしき姿が見える。
 このままここにいれば、再戦は確定。疲労も増すだろう。
 内心でイライラを溜め込んでいた縫は、逃げの一手を考えることにした。
 しかし、そうは問屋が卸さなかった。

「――逃がすと思うか!」
「もう、うっとうしいなあ!」

 敵わないと分かっていながら立ち向かってくる雄二に、縫は苛立ちを覚えていた。
 動こうとする方向に銃弾を放ち、行動させまいとしつこい。
 縫は余計な邪魔をされないように、雄二を一刀の下に切り伏せようとした。

「何もできないクセにっ☆」

 このとき、縫は普段よりも冷静さを欠いていた。
 戦車が轢き殺さんと迫っている状況。承太郎の偽物として悪事を働くという目論見の失敗。
 これらが僅かに縫の思考を乱したのだ。
 とりあえず殺そうという雑な気持ちで振り上げた鋏は、雄二の脳天を割るために振り下ろされることはなく。
 次の瞬間、腕を取られた縫は、地面に組み伏せられていた。
 雄二の呟きが頭上から聞こえてくる。

「骨はあるのか……つくづく理解に苦しむ生き物だな」

 生命戦維と融合した人間の特徴は、常人離れした身体能力と、頭部を破壊されても再生するほどの生命力である。
 生命戦維の人工子宮で育った針目縫も当然、そうした特性を持つ。
 この殺し合いでは、制限こそかけられているが、ホル・ホースの銃撃を胸に食らっても回復したことから、その異常性は分かるだろう。
 しかし、決して異常なばかりではない。
 人間と同様に心臓が機能している。血液は体内を巡っている。脳も骨も存在する。
 そうした身体構造が人間と同じなら、『関節技』が通用するのだ。

「っ……」

 鈍い痛みが縫の身体に走った。
 関節を極められていることに気付いたのは、その数秒後。
 今まで縫は、力で抑え込まれることはあっても、技で抑え込まれることはなかった。ゆえに、関節技から逃れる方法を知らなかった。
 無論、縫がその力を発揮すれば、数秒で解ける拘束ではある。

「なに、あの速さなら、ほんの少し押さえていれば充分だ」

 しかし、雄二もそのことは考慮していたらしい。
 戦車が走り来る方向をじっと眺めながら、それでも縫の関節を極めた姿勢を崩さない。
 そして数秒後、縫が力ずくで高速を解くよりも早く、戦車が眼前に迫ったところで、雄二は飛び退いた。

「うわー☆」

 とても轢かれる寸前に上げるとは思えないほど明るい声で、縫は戦車に蹂躙された。






65 : Not yet ◆X8NDX.mgrA :2016/02/20(土) 01:54:04 /BMaUj4E0
時間がかかって申し訳ないです。
ここまでを前半として、後半は本日の夜、投下させて頂きます。


66 : ◆3LWjgcR03U :2016/02/20(土) 02:37:06 poin2KrE0
投下お疲れ様です。私も投下します。


67 : 退行/前進 ◆3LWjgcR03U :2016/02/20(土) 02:37:27 poin2KrE0
――離脱。

白い災厄から逃れようとするヴァニラの頭の中は、その二文字のみが占めていた。

先ほどまでの放送局には、自分を含めて6人もの人間が集っていた。
ここは西の端にぽつんと建っている施設だ。
会場の西部にいる参加者が、これから先もここを目指して集まってくる可能性は高い。
花京院の血を吸ったとはいえ、今のコンディションではあのような多対一の戦いを強いられたら勝てる保証はない。

いずれ、全ての参加者を殺し尽す。
だが、そのために、今はこの場からは撤退する。

逃げるなら、どこか。
主人より得た、吸血鬼の体。
第一の側近として見てきた、DIOの思考と行動のパターンを反芻する。
ほとんど無意識下で考えながら、ヴァニラ・アイスは行動する。
今は昼間。
外の世界は、最大の弱点である日の光が燦燦と降り注いでいる。
この時間に吸血鬼がいるべき場所はどこか。
向う場所は一つしかない。
暗い場所。
光のない場所。
下方。

――地下。


68 : 退行/前進 ◆3LWjgcR03U :2016/02/20(土) 02:37:41 poin2KrE0







数刻後、ヴァニラの姿は地下通路にあった。

大きな建物である放送局とはいえ、地下に部屋があるかは分らない。
居場所があるかどうかは、賭けではあった。
だが、結果としてヴァニラは賭けに勝った。
入口にあった説明を短時間で頭に刻み込むと、速足で階段を降りていく。
そして、放送局からとにかく距離を取ろうと走る。

追ってくる気配はない。
前方の暗闇からも、誰かが来る気配はない。
ヴァニラは敵から逃げおおせたことを確信した。






69 : 退行/前進 ◆3LWjgcR03U :2016/02/20(土) 02:37:56 poin2KrE0



「ふむ」

落ち着いて周りを見渡すと、地下通路の左右にはいくつもの映像が流れていた。
時代錯誤な着物をまとった、東洋人らしき姿をした連中の姿が映し出されている。

空中を浮かぶ戦艦に向っていく姿。
眼帯の男と渡り合っている姿。
温泉宿のような場所を舞台に、幽霊と戦っている姿。

(あの餓鬼……)

その中でも、とりわけヴァニラの気を引いた映像がある。
座敷のような場所で、少女が眼鏡の少年と共に中年男と戦いを繰り広げている。
服装は違うが、間違いはない。
花京院と共に自分と戦った、神楽と呼ばれていた、エセ中国人じみた口調の少女だ。

(なるほどな)

ヴァニラはしばし映像に見入る。
映像の中では、中年男に追いつめられた少女が、その顔つきを変貌させ物凄い力を発揮している。
先ほどの戦闘を振り返る。
見た目はただの子どもだったが、パワーだけなら、あの3人の中でも随一のものがあった。
あるいは、自分と同類に近い、人間ではないモノである可能性もあるだろうか。

(神楽……。警戒しておくに足るか)


70 : 退行/前進 ◆3LWjgcR03U :2016/02/20(土) 02:38:09 poin2KrE0

少女の正体が何なのかは分らない。
だが、自分のような吸血鬼のほかにも、この島には人外の存在が潜んでいる可能性がある。
いずれ、全ての参加者を殺し尽す。
そのために、障害は早めに取り除いておくに限る。

自分の真骨頂は、相手に一瞬の考えさせる隙も与えない暗黒空間からの奇襲にある。
この環境において、より確実に奇襲を成功させる条件とは何か。
自分の能力についての情報を、触れて回されないことだ。
予め対策を取られない早いうちに、参加者どもを飲み込み尽しておかねばならない。
そのためには、何らかの陽射しを避ける手段を手に入れたいところだ。
このまま地下通路を行けば、映画館がある。スクリーンに掛かっている銀幕などは有効かもしれない。

(DIO様。1人でも多くの首を携え、あなたの下に参ります……)






71 : 退行/前進 ◆3LWjgcR03U :2016/02/20(土) 02:38:26 poin2KrE0



――ヴァニラ・アイスは、未だ気付いていない。
元の世界で、ポルナレフに喫した敗北。
この殺し合いの場では、花京院一行、そして纏流子に喫した敗北。
2つの敗北が、自分自身の心中から慢心の二文字を、徐々に消し去りつつあることを。

――ヴァニラ・アイスは、未だ知らない。
狂信を捧げる相手であるDIO。
その彼もまた、この地において敗北を喫したことを。
そして、元の世界で、宿敵に敗北する未来が待っていたという事実から、目を背けたということを。




【E-2/地下通路/一日目・昼】

【ヴァニラ・アイス@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
[状態]:ダメージ(中) 、疲労(中)、左腕に刺傷(回復中)
[服装]:普段通り
[装備]:範馬勇次郎の右腕(腕輪付き)、ブローニングM2キャリバー(68/650)@現実
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
    黒カード:双眼鏡@現実、不明支給品0〜1(確認済、武器ではない)、範馬勇次郎の不明支給品0〜1枚(確認済)、ブローニングM2キャリバー予備弾倉(650/650)
[思考・行動]
基本方針:DIO様以外の参加者を皆殺しにする
   1:このまま映画館へ向かい、日光を避けられる手段を調達したい。
   2:自分の能力を知っている可能性のある者を優先的に排除。
   3:承太郎とポルナレフも見つけ次第排除。特にポルナレフは絶対に逃さない
   4:白い服の餓鬼(纏流子)はいずれ必ず殺す
[備考]
※死亡後からの参戦です
※腕輪を暗黒空間に飲み込めないことに気付きました
※スタンドに制限がかけられていることに気付きました
※第一回放送を聞き流しました
 どの程度情報を得れたかは、後続の書き手さんにお任せします
※暗黒空間内に潜れる制限時間については後の書き手さんにお任せします。








72 : 退行/前進 ◆3LWjgcR03U :2016/02/20(土) 02:38:40 poin2KrE0





――同じ時刻。
地下通路には、もう一体の怪物が徘徊している。

(匂いがするぞ……)

目的の放送局の直下に辿り着き――
が、ラヴァレイは東の方角に広がる暗闇を見て、顔を歪める。
何者かの濃厚な気配が、闇の中から漂っている。

誰なのか。
地下に降りてきたということは、少なくとも何らかの必要性があったということ。
ラヴァレイの脳裏には、DIOのほかにこの島にいるもう一体の吸血鬼の姿が浮かぶ。
映像の中では、銀髪の男ポルナレフらと戦い、最期は間抜けにも最大の弱点である日光を浴びて敗死した男。

『ジョースター一行』とホル・ホースに比べると、ヴァニラ・アイスについて得られた情報はかなり少ない。
だが、映像から察することができた、この男の人物像は――

(狂信者……)

砂を操る犬の作ったDIOの虚像を破壊させられ、猛烈に激怒していた。
その様を言い表すことができるのは、この言葉しかないだろう。


73 : 退行/前進 ◆3LWjgcR03U :2016/02/20(土) 02:39:00 poin2KrE0

(くく)

ラヴァレイは笑う。
ヴァニラ・アイスのような人間は五万と見てきた。
彼ら狂信者たちの妄信する対象は、偶像の神であったり、カリスマ性を持ったリーダーであったりする。
だが、そうした手合いに例外なく待っているのは、たった一つの結末でしかない。

――破滅。

何しろ、狂信を捧げられる相手にとっては、どんな命令でも文句を言わず喜んで実行する手駒なのだ。
これほど都合のよい存在はない。
金銭をむしり取られ、精神と肉体を摩耗させられ、最後には哀れにも放り捨てられる。
それが狂信者の末路だ。

(よりによって、教祖様があのDIOでは浮かばれない)

DIOは力は持っているのかもしれないが、自分の変身も見抜けない程度の男でしかない。
部下の様子がおかしいことを看破できないということは、つまりはそれだけ部下を軽んじているということだ。
もしもの話ではあるが。
ヴァニラ・アイスが、「死んだ後」からここに来ているのならば、彼も少しは学習していてほしいものだ。

(さあ、どうするか)


74 : 退行/前進 ◆3LWjgcR03U :2016/02/20(土) 02:39:16 poin2KrE0

ここは放送局の直下。
本部以蔵は、今ごろここに辿り着いているだろうか。
それに、映像の中の、自分の本名と同じ名を名乗った「キャスター」のことが気にならないと言えば嘘になる。
男と会い名前について問い詰めることも、今後のためには有益だろう。
だが、地下通路にいられる残り時間との相談になるが、予定を変えて気配の主を追ってみるのも面白いかもしれない。

いずれにしても、間もなく2回目の放送が流れる。
本部もそうだが、別れた蒼井晶やカイザルたちの生死もそこで確定する。
元々時間を使いすぎた以上、本部の末路を見届けられるかは五分五分といったところなのだ。
どうするかを決めるのは、食事でも摂った後、それを聞いてからでも遅くはないだろう。

賞金首の選択は――


75 : 退行/前進 ◆3LWjgcR03U :2016/02/20(土) 02:39:34 poin2KrE0
【E-1/地下通路(放送局真下)/一日目・昼・放送間際】

【ラヴァレイ@神撃のバハムートGENESIS】
[状態]:健康
[服装]:普段通り
[装備]:軍刀@現実
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(9/10)
    黒カード:猫車@現実、拡声器@現実
[思考・行動]
基本方針:世界の滅ぶ瞬間を望む。
0:放送を聞いた後、このまま放送局へ上がるか、気配の主を追ってみるか――。
1:本部の末路を見届ける。
2:蒼井晶の『折れる』音を聞きたい。
3:カイザルは当分利用。だが執着はない。
4:DIOの知り合いに会ったら上手く利用する。
5:本性は極力隠しつつ立ち回るが、殺すべき対象には適切に対処する。
[備考]
※参戦時期は11話よりも前です。
※蒼井晶が何かを強く望んでいることを見抜いています。
※繭に協力者が居るのではと考えました。
※空条承太郎、花京院典明、ジャン=ピエール・ポルナレフ、ホル・ホース、ヴァニラ・アイス、DIOの情報を知りました。
ヴァニラ・アイス以外の全員に変身可能です。


76 : ◆3LWjgcR03U :2016/02/20(土) 02:39:48 poin2KrE0
投下を終了します。


77 : ◆3LWjgcR03U :2016/02/20(土) 02:44:59 poin2KrE0
すみません、これを追加します。

【施設情報・地下通路】
「放送局」⇔「映画館」の間、「E-2」〜「F-3」付近には『万事屋の軌跡』があります。
坂田銀時、志村新八、神楽らが遭遇してきた数々の事件にまつわる映像が展示されています。


78 : 名無しさん :2016/02/20(土) 08:19:47 0yVxSPxM0
投下乙
敗北に関する部下と上司の対の構図は面白い
死んだ後から参戦したヴァニラと、死ぬ前かつ自信家のDIOではそりゃあ受け止め方にも差が出ちゃうだろうけど…w

そして、そんなヴァニラを軽んじるラヴァレイ
接触のリスクは恐ろしく高いぞ…


79 : 名無しさん :2016/02/20(土) 23:26:00 0XRpAFjA0
前編投下乙
なんかジャスタウェイが凄いカッコいいアイテムに見えたぞ!
ラヴァレイヴァニラ投下乙
ヴァニラは慢心を完全に捨て去れるのかしら


80 : ◆X8NDX.mgrA :2016/02/21(日) 14:20:36 QDK6XLs20
後編投下します。ヴァニラとラヴァレイの感想は投下後に。


81 : ◆X8NDX.mgrA :2016/02/21(日) 14:22:44 QDK6XLs20
 ラビットハウスのある部屋の窓際。
 そこでリゼは、眼下で行われている戦闘を、固唾を飲んで見守っていた。
 近くにはチノと遊月が、同じように緊張した面持ちでいる。
 雄二から渡されたメモを改めて見ながら、リゼは最終防衛線としての自分の役割を確認した。

「それにしても、あれが針目縫だったとはな……」

 数分前、承太郎がラビットハウスに帰還したとき、リゼはそれが縫の変装だとは想像もしていなかった。
 気付くことができたのは、雄二のおかげだった。
 遊月とWIXOSSの話をしているフリをして、実際には今後の行動について指示していたらしい。
 承太郎と雄二が店を出た直後、遊月がすぐにそのメモを見せてきた。
 内容は大きく分けて三つ。

 《承太郎は縫の変装であること》

 《雄二が縫を誘き寄せて倒すこと》

 《リゼはチノと遊月を守って欲しいこと》

 メモを見た瞬間の、リゼとチノはひどく困惑した。
 遊月との情報交換で、縫が変装できることについては聞いていたものの、実際に変装した承太郎を見たとき、何の疑問も抱かなかったからだ。
 三人の中では最も長く一緒にいたチノは、とりわけ驚いていた。

「どうして風見さんは分かったんでしょう……?」
「うーん……?」
「とりあえず、風見さんを信頼してみよう」

 三人とも、承太郎が縫の偽物だと、にわかには信じられなかったが、冷静沈着な雄二の言葉を信用することにした。
 そして、銃声や爆音が響き、戦闘が始まったことを確認すると、二階へと逃げた。
 窓から様子を見る限り、雄二と縫の実力差は大きかった。

「な……銃撃を食らってピンピンしているぞ!?」
「……化け物ですね」

 リゼもチノも、無意識に声が震えていた。
 縫は大きな鋏のような武器を振り回し、それは雄二の身体に幾つもの傷を付けていた。
 対する雄二はキャリコで応戦するが、たとえ傷を与えてもすぐに回復するため、決定打を与えられなかった。
 いわゆるジリ貧だ。リゼは雄二のために、何かできないかと考えた。

「拳銃はあるけど……」

 呟いて、カードから黒光りする拳銃を取り出した。
 リゼは軍人の娘だ。銃を撃ったこともある。
 同年代では、こうした経験を持つ人は少ないことも理解していた。
 チノや遊月には、縫を狙撃することはできない。この場で拳銃を撃てるのはリゼだけだ。

(自分にしか、できない――)

 そう考えた瞬間、手に持った拳銃が、最初に手に取ったときよりも、更にズシリと重くなったように感じた。
 窓の外では、雄二がシャツの肩の辺りを血に染めて、縫と相対している。
 手からはキャリコがなくなり、代わりにアゾット剣が握られていた。チノから貰っていたジャスタウェイは、一つ使ったため残りは一つ。
 初めて戦闘らしい戦闘を見るリゼでも、雄二が劣勢であることは理解できた。
 援護射撃をしなければ。そんなプレッシャーがリゼを襲う。


82 : Not yet(後編) ◆X8NDX.mgrA :2016/02/21(日) 14:26:38 QDK6XLs20
――自分のためには引き金を引けなくても構わない。だが、他人のためなら迷わず引き金を引ける男になれ。

 そのとき、脳裏に甦ったのは、雄二から言われた言葉だ。
 この言葉があったからこそ、リゼはチノやココアたちといった仲間を守るために、拳銃を撃つ『覚悟』を決めることができた。

「風見さん……」

 今、雄二は武器を駆使しながらも、確実に窮地に追い込まれている。
 雄二はリゼにとって頼れる存在であると同時に、大切な仲間の一人でもある。
 それを助けるために、リゼは銃を撃たなければならないと、自分に言い聞かせた。

「死んじゃえー☆」
「はっ!?」

 窓の外では、笑顔の少女が鋏を振り上げていた。
 あまり長い時間、考えている猶予はない。
 リゼは焦りながら拳銃を構えた。狙いを少女の頭に定めようとする。

「く……動かれると狙いが……」

 ぴょこぴょこと、妙に身軽に動く縫に照準を合わせることは、狙撃用の銃ではないベレッタでは困難だった。
 しかし、雄二の投げたジャスタウェイを両断したとき、縫の動きが一瞬だけ停止した。

(――っ、今だ!)

 もはやリゼに躊躇はなかった。
 銃声と共に飛び出した9mmパラベラム弾が、狂気の笑いを浮かべた縫の瞳を貫いた。
 被弾した勢いで、頭からぐらついた縫は、そのまま地面に倒れた。

「うわっ、と」
「リゼさん!大丈夫ですか」
「当たったの!?」

 反動で倒れそうになるリゼのことを、チノと遊月が支えた。
 ベレッタは反動が比較的少ない銃とリゼは聞いていたが、それでもやはり、少女が撃つには衝撃が強い。
 腰が抜けそうになるのを堪えながら、覚悟を決めた少女は答えた。
 化け物に一撃を加えたことに、少しばかりの誇らしさを覚えて。

「……命中だっ!」
「でも、もう立ち上がってます……!」
「なんだって!?」

 リゼは驚愕を顔に浮かべながら、窓に飛びついた。
 倒れていた化け物は、血の涙を流しながらも笑んでいる。
 狂ったような笑い声を上げながら、鋏を振り上げて雄二へと躍りかかった。

「そんなっ……!」
「風見さんは武器を手にしたみたいですが……」

 不安そうなチノの言葉に、リゼは何も言えなかった。
 そうして、手に汗を握りながら戦闘を眺めて数分が経ったころ。

「あれ……牛です!」
「こっちに向かってる……このままじゃ、二人にぶつかるぞ!」

 焦るリゼたちの目の前で、縫は奇妙に明るい声を上げながら、戦車に轢かれていった。
 三人は口を開け、頬を引きつらせながら、それでも戦場を見守ることにした。






83 : Not yet(後編) ◆X8NDX.mgrA :2016/02/21(日) 14:30:49 QDK6XLs20



 戦車が目の前を駆け抜けた直後、雄二は縫の姿を見失った。
 二匹の神獣『飛蹄雷牛(ゴッド・ブル)』による蹂躙走法は、航空機の爆撃にも匹敵する高火力だ。
 雄二はその事実を知らないが、見ただけでも威力が並外れていることは理解できた。
 挽き肉になったかとも一瞬考えたが、まさか銃で撃たれても回復する化け物が、牛に踏まれた程度で死ぬとは思えない。
 また狂人じみた声で笑いながら、急襲してくるはずだ。

「風見!針目は何処へ行った!?」
「承太郎か。奴は確かに轢かれたはずだが、姿がない」

 周囲を見回していた雄二は、御者台から降りた承太郎たちと合流した。
 承太郎と共に近づいてきた神父は、言峰綺礼と名乗った。
 雄二も同様に名乗り、縫の居場所を捜索することにした。

「逃げるだけの時間はなかったはず……まさか、戦車の下に?」
「Moooooooooooooooooo!!!!!!」
「なっ!?」

 雄二の予感が正解だということは、叫び声によって証明された。
 二頭の神牛の片方、その首が斬り落とされていた。
 相方を殺害されたもう一匹の神牛が、怒りの叫びを上げたのだ。

「もー、うるさいなぁ☆」

 縫は全身に、蹄に蹂躙された跡が残っていた。
 それでも、少しだけ不満げに眉を下げてはいたが、相も変わらぬニコニコ顔だ。
 鋏に付着した血を払う動きからして、身体に支障があるようには見えなかった。

「さっきぶりだね、無能なヤンキーの承太郎くん」
「てめぇ……」
「いやーまさか牛に轢かれるなんて思いもしなかったなー。
 それであんまり痛かったから、つい一匹殺しちゃった!ごめんねー。
 こういうの戦車(チャリオット)って言うんだっけ?
 そういえばさっきのホウキ頭さんも、シルバーチャリオッツ!とか馬鹿みたいに叫んでたよね」

 全く悪びれない様子で、承太郎に向けて挑発する縫。
 雄二には、まるで承太郎の総身からオーラが放たれているように見えた。
 単に危険人物を警戒しているだけではない、怒りのオーラが。

「空条承太郎は、針目に仲間を殺害されている」
「……そうか」

 綺礼の説明に納得しながら、雄二は戦況を確認した。
 手持ちの武器はアゾット剣とキャリコ。キャリコの残弾は半分以下にまで減った。
 三対一で数の上では優位に立っているが、縫の化け物さ加減を考えると、優位と思わない方が良い。
 相手に実力を行使させずに、戦略的に戦うことが必要だ。
 そう考えた雄二は、承太郎と綺礼に話しかけた。

「承太郎、話がある」
「風見。傷は大丈夫なのか」

 雄二の全身、肌が見える部分にはいくつもの切り傷がついていた。
 更に肩口には浅くない傷があった。そこからの出血は止まっていない。
 念のために、早めに処置をした方が良いだろうが、それをしている余裕はなかった。
 雄二は顔色を変えもせずに答えた。

「いたぶられただけだ。行動に支障はない。
 それよりも、奴の弱点は目だ。目を潰せば、数十秒は動きが止まる」

 雄二は思い出す。縫が目を銃弾で貫かれた後、回復するまでの時間は、他の部位――関節や四肢など――を貫かれたときよりも長かった。
 再生能力は脅威だが、急に視力を失えば行動は大幅に制限される。
 その隙を突いて更に攻撃を加えることが可能だと、雄二は淡々と述べた。

「ふむ、どう目を狙うかが問題だな」
「そうだな。下手な攻撃ではすぐに回復される。
 至近距離で目を狙うのがいいだろうが、そう簡単ではない」
「……ならば、私がその役目を負おう」

 雄二と承太郎が話していると、綺礼が唐突に話に入って来た。

「いいのか?奴は相当な化け物だが」
「隙くらいは作れるだろう。その機を逃すな」

 綺礼とつい先程あったばかりの雄二は、綺礼が戦闘するところを見ていない。
 それは承太郎も同じらしく、意外そうな顔をしていた。
 雄二が綺礼の身のこなしを改めて観察すると、僧服の下には確かに鍛えられた筋肉があることが分かった。
 戦闘能力があることは自負しているのだろう。

「ねぇ、作戦会議は終わったのー?」

 縫は強者特有の余裕の表れか、話し終えるのを待っていたらしい。退屈そうに鋏をくるくると弄びながら歩いてくる。
 無言のまま、雄二と承太郎、綺礼はラビットハウスを背にして縫と相対した。
 そして、僧衣に付いている十字架に触れながら、綺礼が縫へと告げた。

「貴様の相手は私が務める」






84 : Not yet(後編) ◆X8NDX.mgrA :2016/02/21(日) 14:33:33 QDK6XLs20


(どうしよっかなー?)

 縫は考えていた。
 神威の車輪で轢かれたダメージは、ほぼ回復した。
 先程まで考えていた通りに逃げの一手を打つか、元々の目的である虐殺を行うか。
 この場の全員を殺すだけの余力はある。
 乱暴なやり方は嫌いではないし、目指しているのは優勝なのだから、殺害を躊躇う理由もない。
 しかし、承太郎を罠に嵌める目論見が外れたことが、少し心残りだった。

(何か鼻を明かせること、したいなぁ)

 縫をコケにした承太郎と遊月は言わずもがな、爆弾を投げてきた雄二や、銃弾を瞳に命中させたリゼ。
 彼らにも報復はしたいところだ。
 気晴らしも兼ねてラビットハウスを襲うつもりが、即座に正体がばれたせいもあって、苛立ちの種は増えるばかりだった。
 誰か、苛立ちをぶつけて発散する相手が欲しかった。

「貴様の相手は私が務める」

 当然、こんな言葉をかけられたら、遊びたくなる。
 何も縫は、正攻法でしか戦えない脳筋ファイターではない。
 必要とあれば、変装もするし操り人形も使う。分身して襲うことも可能だ。
 そんな縫が、綺礼と相対することになって、使うと決めたのは、この島に来て遊月から奪ったカード。

「神父さんってなんだか人殺してそうだよねー」
「針目縫。ジャン・ピエール=ポルナレフを殺害した懺悔ならば、神父として聞こう」

 茶化すような縫に、真顔で返す綺礼。
 その表情に、今まで同行してきたポルナレフを殺害された、怒りや悲しみのような感情は見られない。
 もちろん、例えあったとしても、縫は全く意に介さない。
 そんなことより、ストレス発散がしたいだけなのだ。

「もー、なんかボクの会う男の人は不愛想な人ばっかり!
 懺悔なんてどうでもいいけどー、神父さんの心をちょっと覗かせてよ!」

 そう無邪気に言いながら、縫は青色のカードを取り出し、ルリグ・ピルルクの特殊能力を発動させた。
 相手の願望を覗き見る、ピーピング・アナライズ。
 それは、不愛想な神父の本性を曝け出させてやろうという、縫のちょっとした遊び心だった。






85 : Not yet(後編) ◆X8NDX.mgrA :2016/02/21(日) 14:35:50 QDK6XLs20



 心を覗く。その言葉の意味を、綺礼は即座には理解できなかった。
 そして、頭が意味を理解するよりも早く、綺礼は悪い予感に襲われた。
 縫がかざしたカードから、魔力にも似た力が漂うのを感じ取る。

「ピーピング・アナライズ」

 攻撃の類ではない。となれば幻惑か精神操作か、と考えたが、身体に異変が起こることはなかった。
 不審に思いながらカードを凝視すると、そこには少女が描かれていた。
 おとぎ話に出てくる妖精か何かをモチーフにしたのであろう姿。
 その少女の双眸が、奇妙な光を発しているのだ。

「ほらほら、神父さんの願いはなんなの?言ってよピルルクちゃん!」

 カードに向けて、煽るように話しかける縫。
 ピルルクと呼ばれたカードの中の少女は、淡々と告げた。

「彼の願いは――色々あるわ」
「そうなの?じゃあ、ぜーんぶ言っちゃおっか♪」

 ピルルクはじっと綺礼を見つめながら、言葉を選ぶようにして述べていく。
 少女の表情から感情の機微を察することは難しく、平坦な声は機械のようにも聞こえた。

「――ごく普通の、人並みの幸せを経験すること――」
「なにそれ、割りと普通なんだね」

 綺礼の心臓が、ドクンと不自然に脈打った。
 けらけらと笑う縫を視線で捉えながらも、綺礼はカードの次の言葉に耳を傾けてしまう。
 理性は聞くべきではないと訴えている。本能は聞くことを求めている。

「――自分自身の空虚を埋める方法を探すこと――」
「黙れ……」

 綺礼は心の奥底を覗かれている感覚に、言いしれない嫌悪感を覚えた。
 承太郎や雄二では察することはできない。覗かれている本人だからこそ分かる、気持ち悪さ。
 カードの少女ピルルクは、巷の心理テストや占いのように、おふざけに適当なことを述べているのではない。
 確かに綺礼の根底にある願望を、言い当てているのだ。

「それからそれからー?」

 本当に願望を覗き、それを述べているのであれば、綺礼はそれを看過できない。
 確かに、綺礼は己の空虚を埋めるために試行錯誤してきた。
 いくつもの系統の魔術を学び、ある程度まで修得しては別の系統を学ぶことを繰り返した。
 父に師事を受けた八極拳は、実践の中で独自の人体破壊術にまで昇華させた。
 神への信仰、功徳を積み重ね、それでも埋まらない自身の欠落したモノを、綺礼は知りながらも認めようとはしなかった。

「そして――」

 第四次聖杯戦争において、衛宮切嗣に執着したのは、自身と同じように空虚な存在であった切嗣が、答えを見つけたと考えたからだ。
 そして、その答えは見つけられないまま、この殺し合いに巻き込まれた。

「彼の根源的な願望は――」

 しかし、もし綺礼自身の奥底に眠っている願望を告げられてしまえば。
 綺礼が無意識下で目を背けていた、生来の性質に等しい願望を告げられてしまえば。
 これまでの全ての努力が、空虚を埋めるための試みが水泡に帰す。
 その確信が、綺礼にはあった。

「――極限状態における、人間の本性、魂の輝きを見ること」

 告げられた言葉を、綺礼はもはや聞いていなかった。

「ん〜?それってどういうこと?」

 この願望だけは、認めるわけにはいかない。

「分かりやすく言うなら、他人が苦しんだり、必死になったりしているところを見てよろこ――」

 それは、決して許されない願望なのだから。


86 : Not yet(後編) ◆X8NDX.mgrA :2016/02/21(日) 14:38:31 QDK6XLs20

「黙れッ!!!」

 轟、と大気が唸ったかと思うと、次の瞬間には綺礼の拳が縫の胸部を捉えていた。
 ラビットハウスの女子たちは勿論、承太郎も、雄二も、縫でさえも、綺礼が大地を踏みしめた後の動作を視認することは敵わなかった。
 縫と綺礼との距離は四歩。
 相対するが刀と拳ならば、先に届くは刀が道理。
 しかし、綺礼は震脚からの『活歩』という八極拳の歩法により、氷上を滑走するが如き移動で彼我の間合いを詰めたのだ。
 そうして抉り込むように撃たれ、めり込んだ拳の威力には、それまで余裕を崩さなかった縫も、顔を歪めて吐血した。
 刹那の後に、縫の身体は後方へと吹き飛び、煉瓦造りの家屋へと激突した。

「…………」

 ひらひらと、青いカードが綺礼の足元に落ちた。
 心を乱す原因となったそれを拾おうともせず、攻撃を直撃させた綺礼は、苦々しい顔をしていた。
 先の剛拳は、相手が常人ならば胸を貫いて余りある威力だった。激情に駆られながらも、その技は正確に心臓を打ち据え、肺腑を砕いた。
 だというのに、綺礼には、針目縫を殺害した確信が微塵もなかった。
 今しがた出来た瓦礫の山を、綺礼は注意深く見つめ、そして瞠目した。

「……そんなっ!?」

 背後のラビットハウスから、悲鳴に近い女の声が聞こえる。
 口を開くことこそしないが、綺礼とてその驚愕は同じ。否、我流の殺人拳を見舞った綺礼の方が、より多大な衝撃を受けていた。
 他でもない針目縫が、ふらふらと揺れながら、それでも突き立てた鋏で身体を支えて立っていたのだ。

「……成る程。DIOと比較しても遜色ない。
 承太郎、君があそこまで警戒した理由が理解できた」

 この瞬間、綺礼は縫を最優先で殺すべき相手として理解していた。
 聖堂教会の代行者として、異端を排除する活動をした経験のある綺礼にとっても、縫は異常な存在だった。
 回復力、耐久力、どれをとっても人間の領域外だ。
 縫の次なる動きを警戒していると、隣に承太郎が並んだ。

「言峰。あいつを倒せるか?」
「殺すつもりの一撃だった、と言っておこう」

 厳しい顔で、承太郎の言葉に返答する綺礼。
 言外に倒すのは難しいと述べた綺礼に対して、自身も戦闘を繰り広げた承太郎は何も言わない。
 承太郎自身も、縫の超人的な強さを理解しているからだ。
 二人の元に、銃を構えた雄二が駆け寄った。

「やはり積極的に目を狙おう」
「ああ」
「了解した」

 三人は首肯を交わすと、まず綺礼が前に出た。
 八極拳は超近接格闘。距離の遠い相手には『活歩』のような手段もあるが、まずは近づかなければ技を当てることも叶わない。

「行くぞ」

 再び胸部への打撃が放たれることを警戒して構える縫に、綺礼が選択したのは前方への跳躍。
 ふわりと空中を跳び上がる姿に虚を突かれ、縫は一瞬反応が遅れた。
 そして、達人ならばその一瞬で事足りる。


87 : Not yet(後編) ◆X8NDX.mgrA :2016/02/21(日) 14:41:48 QDK6XLs20
「何処を見ている」

 綺礼は縫のヒラヒラした服の腰の辺りを掴むと、自らが空中前転する勢いで、肩、後頭部と掴んだ手を移動させていき、地面に叩き付けた。
 流れるような投げ技『天頭墜』。
 食らった縫は、叩き付けられたうつ伏せの姿勢そのままで、ポカンと口を開けていた。
 その状態のまま、雄二のキャレコが数発撃ち込まれる。

「……あはっ」

 縫は撃たれた反動でビクン、ビクン、と痙攣しながらも、数十秒後には立ち上がった。
 そこにすかさず綺礼が技を見舞い、これが避けられると、代わりに承太郎のスタンドによる一撃が直撃した。
 また立ち上がる縫。今度は綺礼も承太郎も攻撃を外すが、雄二の銃撃が胸を貫いた。
 隙を生じない三段構えといったところか。
 三人の連携は、驚くほど上手くかみ合っていた。

「あはははっ」

 しかし、そのような戦術を駆使しても、縫は一向に倒れなかった。
 何度となく拳打を食らい、銃弾で貫かれても、その顔から笑顔が消えることはなかった。
 やがて綺礼たちに疲労が出始めたころ、縫はこう呟いた。

「まさか、ただの人間がここまでやるなんて、ちょっとだけ誤算だったかな〜」

 呟きながら、綺礼の打開を跳んで避け、承太郎のスタープラチナを躱し、雄二の銃弾を叩き落とした。
 連携が鈍ったのではない。縫が本気を出したのだ。
 そのことは、実際に相対して戦闘している三人自身が一番よく分かっていた。

「もう出し惜しみはやめるよ」

 そう宣言した縫は、一転して攻勢に回り始めた。
 まず、綺礼の技がほとんど当たらなくなった。どの技をどんなタイミングでかけても、簡単にあしらわれるようになった。
 何度も食らったのはこのためか、と綺礼は唇を噛んだ。

「あははははっ!!!」

 次に、雄二の銃弾も回避されるようになった。
 綺礼はこの短時間の戦闘の中でも、雄二の射撃の腕前を高く評価していた。 
 綺礼や承太郎の動線を阻害することなく、かつ的確に目を狙って撃つというのは、並の腕前ではない。
 その銃撃が回避されるとなれば、一体どのような攻撃なら当たるのか。

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ!!!」

 その答えは、スタープラチナだ。
 一つの拳が避けられようと、別の拳を当てればいいという思考に基づく、単純明快な連打(ラッシュ)が、縫の身体をしばしば捉えていた。
 しかし、それも決定打には至らない。
 吹き飛ばされた縫の姿は、さながら紙でできた人形か何かのようで。
 綺礼は眉をひそめた。何かをしようとしている。

「ボクにここまでのダメージを負わせたお返し、あげるね♪」

 両腕を肩の高さまで上げた姿勢で、ストンと地面に着地した縫。
 その異常性さえなければお姫様にも見えそうな姿を、綺礼はただ見つめ続ける。

「mon mignon prêt-à-porter(モンミニヨン・プレタポルテ)♪」

 可愛らしい声でそう告げた次の瞬間、縫の分身が出現した。
 同じ姿の少女が六人。くるくると回りながら、驚愕する綺礼たちを囲んだ。

「どう?これで数の有利はなくなったよ?」

 ニコニコと。

「さあ、皆でパーティーをしようよ」

 ケタケタと。

「鮮血と臓物に彩られた真っ赤なパーティー」

 楽しそうに。

「場所はラビットハウス」

 愉快そうに。

「主催はボクで、お客さんはここにいる皆!」

 笑う。笑う。笑う。

「まずはお客さんに飾り付けを手伝ってもらわなきゃ――ねっ!」

 声を立てて笑いながら、六体の化け物が一斉に、綺礼たちに襲い掛かった。






88 : Not yet(後編) ◆X8NDX.mgrA :2016/02/21(日) 14:43:40 QDK6XLs20



「オラァッ!!」

 承太郎は一つの分身をスタンドで捕らえると、その身体を力任せに引き千切った。
 ペラペラな身体は、やはり耐久力では本体に劣るらしい。
 本体もこれだけ簡単に引き千切れれば楽なんだがな、と承太郎は考えた。

(だが……何がしたい?)

 分からないのは、縫がこのような時間稼ぎにしかならないことをする理由だ。
 承太郎は、雄二を背後から襲おうとした一体をむんずと掴んで、自分の元へ引き寄せた。
 適当に殴りつけて黙らせてから、鋭い視線を周囲に向ける。

「何が目的だ」

 そして、視線はある一点で止まった。
 承太郎は、再びペラペラの縫を力任せに引き千切りながら、一体だけ何もしていない縫――つまりは本体にそう問いかけた。
 立ったまま何もせずにニコニコと笑う姿は、珍奇な行動が目立つ中でもとりわけ奇妙だった。
 どこか、言いしれぬ不気味さを醸し出していた。

「うーん、それを言ったら面白くないでしょ?」

 まともに答えるつもりはないらしい。そもそも期待していなかったが。
 承太郎は再び周囲を確認した。
 残る三体のペラペラした分身のうち、雄二が一体、綺礼が二体を引き付けている。
 承太郎と本体の縫との間に、邪魔する存在はない。

「……まあいい。どちらにせよ、ブチのめすんだからな!」

 帽子の向きを直した承太郎は、縫を殴るために走り出した。
 背後からの奇襲は考えていない。雄二と綺礼が対処すると信じているからだ。
 事実、綺礼が分身を拳で吹き飛ばす音は、背後から何度も聞こえてきた。
 雄二による銃声も同様に、長い間を置かずに何度も響いていた。
 承太郎のように力で引き千切ることはできなくとも、対処は可能であるということだ。

「すごいすごい!まっすぐボクを目指すなんて、いい度胸だね♪」

 そんな承太郎の行動を、縫は拍手で褒めたたえた。
 明らかに挑発であると理解していた。それでも勢いを止めることはしなかった。
 走ることを止めては、絶対に拳は届かないからだ。

「だけど、まっすぐすぎると――」

 拳が充分に届く、その地点まで到達した承太郎は、すぐさまスタンドを発動させた。

「星の白金(スタープラチナ)ッッ!!」

 ポルナレフを殺された怒りが、心の力までも強くする。
 ブチのめす。その激情を拳に乗せて、承太郎は化け物の顔面を殴らんとした。

「――罠に嵌まっちゃうぞ☆」


89 : Not yet(後編) ◆X8NDX.mgrA :2016/02/21(日) 14:50:47 QDK6XLs20
 その瞬間、承太郎の視界から、縫の姿が掻き消えた。

「承太郎、上だ!」
「オラァッ!!!」

 すぐ背後から聞こえた雄二の声に、承太郎は自分が空を見上げるよりも早く、スタープラチナを放った。
 俺のスタンドが貴様を裁く――そう言わんばかりの勢いだ。

「オラオラオラオラ――っ、いない!?」

 幾人ものDIOの刺客を殴り倒してきたラッシュは、しかし、縫を捉えずに空を切った。
 承太郎は前を向いたが、誰もいない。ならば背後かと考えたそのとき。

「ぐああああっ!?」
「どうした、風見!」

 承太郎が振り向くより早く、雄二が叫び声を上げた。
 といっても猛々しい鬨の声ではない。むしろ苦しげな声だ。それは次第に、凶暴なものへと変化していく。

「じょう、たろ……おおおおおおおおおっ!!!」
「何っ!?」

 完全に振り向いたとき、承太郎は白く染まり凶暴化した、雄二と綺礼の姿を見た。
 二人の背後には、分身が消え去り一人きりとなった縫の笑顔が見えた。
 口に手の平をかざして、アハッと笑っている。

「ゴメンね、この二人、ボクがちょっと洗脳しちゃった☆」
「洗脳だと……!?」

 そんな搦め手まで使えるのかと驚いていると、雄二と綺礼が腕を押さえてきた。
 がっしりした体つきの二人に抑えられ、承太郎もすぐには拘束を解くことができない。
 その間に、縫は悠然と近づいてきて、承太郎の額に手を置いた。

「承太郎クン、また会えるといいね!」

 必死に拘束を解こうともがく承太郎は、頭の中に何かが侵入してくる感覚に襲われた。
 脳に糸が入り込んでいくような、生々しい感覚。
 段々と意識が遠のき、凶暴な衝動に支配されていく。

「じゃあね〜♪」

 縫の軽快な挨拶が聞こえるか聞こえないか、といったところで、承太郎の意識は途絶えた。
 後に残ったのは、凶暴な衝動に支配された三人の男。
 三人に思考する能力は残っていない。
 ただ、精神にある意思を縫い付けられただけ。
 その意思とは――ラビットハウスの破壊だ。






90 : Not yet(後編) ◆X8NDX.mgrA :2016/02/21(日) 14:57:45 QDK6XLs20



 ラビットハウス前での戦闘から離脱した縫は、再び市街地を歩いていた。
 肩を落としながら、よろよろと力なく。それでも口もとには笑顔を忘れずに。

「はぁ〜疲れた〜」

 生命戦維といえども、長時間の戦闘を繰り広げたために、疲労は蓄積されていた。
 支給品の食料カードは、殴られて吹っ飛ばされたときの衝撃で落としてしまったようだ。
 食事は絶対必要なものでもないが、あるに越したことはない。

「まっ、誰かから奪えばいっか☆」

 食事については思考を打ち切り、自らに課せられた制限について考えた。
 元々の身体能力に課せられた制限に加えて、『mon mignon prêt-à-porter』と『精神仮縫い』にも制限が課されていると判明した。
 前者は作れる分身の数。その気になれば十体も二十体も作れるが、それではかかる疲労が乗算的に増していく。
 無理せずに作れる数は五体が限度だと分かった。
 後者は時間制限。十分もすれば洗脳は解け、元の精神に戻ってしまう。

「もー、それにしてもほんっとうにムカつく!!」

 繭による制限は、縫のポテンシャルを封じているも同然だ。
 勝手に呼び出して勝手に制限をかけて殺し合わせて――縫の怒りは更に増したといってよい。
 どこかにぶつけなければ、そろそろ暴発してしまいそうだ。

「遊月も殺せなかったし……」

 『精神仮縫い』で洗脳して、ラビットハウスを破壊させたのは気まぐれだった。
 ウサギがのうのうと暮らしていた場所が壊されていく経過を見るのは、なかなかに愉快なものではあったが。
 逆に言えばそれ以上のことはない。
 当初の目的である遊月すら殺害できなかったことは、後悔していた。
 しかし、悩んでも仕方ない。
 固執しすぎない程度に、遊月の殺害は視野に入れておくことにした。

「これからどうしよっかな〜」

 ラビットハウスから離れたことによって、行動の方針を一旦失った縫。
 当てもなく歩き続ける化け物は、その果てに、何を見るのか。



【G-6/市街地/一日目・昼】
【針目縫@キルラキル】
[状態]:疲労(中)、繭とラビットハウス組への苛立ち
[服装]:普段通り
[装備]:片太刀バサミ@キルラキル
[道具]:腕輪と白カード、黒カード:不明支給品0〜1(紅林遊月が確認済み)
[思考・行動]
基本方針:神羅纐纈を完成させるため、元の世界へ何としても帰還する。その過程(戦闘、殺人など)を楽しむ。
   0:どこへ向かうか考える。
   1:紅林遊月を踏み躙った上で殺害する。 ただ、拘りすぎるつもりはない。
   2:空条承太郎は絶対に許さない。悪行を働く際に姿を借り、徹底的に追い詰めた上で殺す。
   3:腕輪を外して、制限を解きたい。その為に利用できる参加者を探す。
   4:何勝手な真似してくれてるのかなあ、あの女の子(繭)。
   5:流子ちゃんのことは残念だけど、神羅纐纈を完成させられるのはボクだけだもん。仕方ないよね♪
[備考]
※流子が純潔を着用してから、腕を切り落とされるまでの間からの参戦です。
※流子は鮮血ではなく純潔を着用していると思っています。
※再生能力に制限が加えられています。
 傷の治りが全体的に遅くなっており、また、即死するような攻撃を加えられた場合は治癒が追いつかずに死亡します。
※変身能力の使用中は身体能力が低下します。少なくとも、承太郎に不覚を取るほどには弱くなります。
※分身は、疲労せずに作れるのは五体までです。強さは本体より少し弱くなっています。
※『精神仮縫い』は十分程で効果が切れます。本人が抵抗する意思が強い場合、効果時間は更に短くなるかもしれません。
※ピルルクからセレクターバトルに関する最低限の知識を得ました。






91 : Not yet(後編) ◆X8NDX.mgrA :2016/02/21(日) 15:00:51 QDK6XLs20



 遊月はただただ呆然と、ラビットハウスの店内を見つめた。
 生き残ったテーブルは二つ。少ない調度品は殆どが壊された。窓ガラスも割れていない部分の方が少ない始末だ。
 隣にいるチノとリゼを見ると、遊月と同じ気持ちの顔をしていた。

「すまない」
「面目ねぇ」
「申し訳ない」

 深々と頭を下げる雄二。帽子で目元を隠す承太郎。じっと目を閉じる綺礼。
 縫による『精神仮縫い』が解けるまでの、およそ十分間。
 洗脳された三人の男たちは、ラビットハウスの店内を荒らしまわったのだ。
 ちなみに、荒らされたのは店舗部分だけであり、二階のチノやココアの部屋などには被害は及ばなかった。
 当然、二階にいた遊月たちも怪我などしていない。

「仕方ありません、悪意はなかったんですから……」
「チノ……」

 代理マスターは冷静だが、にじみ出る悲壮感は隠せていない。
 カウンターの中で、虚ろな目で壊れたコーヒーミルをずっと回し続けるチノの姿は、どこか哀愁が漂っていた。

「おんぼろ喫茶店がボロボロ喫茶店になっただけです……」
「上手いな」
「風見さん!チノも、反応に困るから!」

 チノの痛々しい自虐と、雄二の空気を読まない賞賛にリゼが突っ込みを入れた。
 暗くなりかけた雰囲気を打ち消すかのように、リゼがフォローに入る。

「ま、まあ全員生き残ってよかった。
 今後どうするかは、そろそろ流れるはずの放送を聴いてから決めないか?」
「そうだな。俺としては情報交換もしたいところだ。
 特に言峰神父。針目と対等に渡り合えていた貴方の話は、是非聞きたい」

 真面目に戻った雄二が、この場の主導権を握ろうとした。
 ごく自然に、情報交換の流れにしようとしている。

「私の話か?」
「そうそう、凄かったよ神父さん。まるで映画の格闘シーンみたいで」

 腕を振って再現しようとした遊月はしかし、目を見開いた綺礼に、腕をぎゅっと掴まれた。
 そして、令呪が刻まれた右手の甲をじっと見つめて、綺礼はこう呟いた。

「……やはり令呪か。こんなものまで支給されていたとはな」
「あの、これが何か……?」

 疑わしげな遊月の言葉に、綺礼はしばし考えてから全員に語りかけた。

「……休憩しながらでも、魔術について、私の知る限りのことを教えよう。
 風見雄二、君の持つアゾット剣についても、その一般的な使用法を教えておく」
「魔術について、か。願ってもない」

 その言葉に誰より驚き、誰より喜んだのは雄二だった。
 表情の変化は乏しいものの、声の調子がやや上向きになっていた。

「私としては、あの青いカードについて訊きたいことがあるのだが……詳細を知る者はいないだろうか」

 遊月の心臓がドキリと跳ねた。
 綺礼に対してピーピング・アナライズを使用したのは縫であり、遊月ではない。
 だから責められることもないと考えていたが、いざ屈強な男性を前にすると、自分から言い出すのは躊躇われた。
 すると、承太郎がカードをかざして見せた。


92 : Not yet(後編) ◆X8NDX.mgrA :2016/02/21(日) 15:04:53 QDK6XLs20
「このカードだろう。あのとき願望がどうのと言っていたのは」
「承太郎。拾っていたのか」
「まあな」

 カードの中には、確かにピルルクがいた。
 能力を使ってすぐだからか、ぐっすり寝ているようだ。
 チノやリゼは可愛いものを見る目で眺めていたが、遊月はそんな気にはなれなかった。
 人の心を覗く、それがどれだけ重い行為か、自身に使われ、また自身でも使った遊月は深く理解していた。
 雄二が承太郎からカードを受け取る。

「これは……遊月の言っていた『WIXOSS』のカードじゃないか?」
「あぁ、うん。そうだよ」
「喋るとは聞いていなかったがな……おい、何か言ったらどうだ、ピルルク」
「…………」

 だんまりか、と雄二は息を吐いた。そして遊月に手渡した。
 遊月はそっとピルルクを手に取ると、ポケットにしまい込んだ。

「これのことは、あとで話すよ」

 問い詰めるような綺礼の視線にそう返すと、綺礼はひとまずは追及を避けてくれた。
 遊月は話を変えようと、雄二に気になっていたことを尋ねてみた。

「そういえば風見さん、どうして針目の変装を見抜けたんだ?」
「ああ、その話か。針目は承太郎が衛宮切嗣を疑っていたことを知らない。聞いていたとしても、その理由までは知らない。そうだろう?」

 遊月は最初にここに来たときの会話を思い返して、首肯した。
 承太郎の衛宮切嗣への不信感は、具体的な説明はされなかった。

「……そういえば、『心を許すな』とは言われたけど、その理由までは聞いてないや」
「承太郎は衛宮切嗣を殺人犯ではないかと疑っていた。
 その彼が逃走したんだ。『なぜか逃げ出した』と言うのはおかしい。
 承太郎が本物なら、少なくとも、「やはり奴が怪しい」くらいのことは言うだろうと思ったんだ」

 よく分かってるぜ、とでも言いたげに頷く承太郎。
 それに、と雄二は付け加えるようにして言った。

「戦闘を繰り広げたにしては、随分と学生服が綺麗だったからな」

 おお、と声を上げるラビットハウスの店員二人。
 そうでなくても、ここにいる全員が、雄二の鋭さに感心していた。
 ただ、話題を振った遊月だけは、どこか陰のある表情を見せていた。

(はぁ……)

 遊月は複雑な心境で、現状を振り返った。
 どこかにあるかもしれない、殺し合いを隠蔽する装置のことも。
 圧倒的な強さを披露して逃げていった、針目縫という凶悪な敵のことも。
 強大な力を持っていることしか分からない、諸悪の根源である繭のことも。

(まだ、なにも解決していない)

 このままで大丈夫なのか。
 この島から生還することができるのか。
 漠然とした不安が、遊月の胸中には暗雲のように立ち込めていた。



【G-7/ラビットハウス/一日目・昼】
【香風智乃@ご注文はうさぎですか?】
[状態]:健康、ショック
[服装]:私服
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(8/10)、青カード(10/10)
   黒カード:果物ナイフ@現実、救急箱(現地調達)、チャンピオンベルト@グラップラー刃牙、グロック17@Fate/Zero
[思考・行動]
基本方針:皆で帰りたい
   0:情報交換を兼ねてラビットハウスで休憩。
   1:ラビットハウスの店番として留守を預かる。
   2:ここでココアさんたちを待つ。探しに行くかは相談。
   3:衛宮さんと折原さんには、一応気をつけておく。針目さんは警戒。
   4:承太郎さんが心配。
   5:お店、どうしよう……。
[備考]
※参戦時期は12羽終了後からです。
※空条承太郎、一条蛍、衛宮切嗣、折原臨也、風見雄二、紅林遊月と情報交換しました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。
※『越谷小毬殺人事件の真犯人はDIOである』という臨也の推理(大嘘)を聞きました。必要に応じて他の参加者にも伝える可能性があります。
※紅林遊月の声が保登心愛に少し似ていると感じました。


93 : Not yet(後編) ◆X8NDX.mgrA :2016/02/21(日) 15:09:40 QDK6XLs20

【天々座理世@ご注文はうさぎですか?】
[状態]:健康、精神的疲労(中)
[服装]:メイド服・暴徒鎮圧用「アサルト」@グリザイアの果実シリーズ
[装備]:ベレッタM92@現実
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(10/10)
    黒カード:不明支給品0枚
[思考・行動]
基本方針:ゲームからの脱出
     0:情報交換を兼ねてラビットハウスで休憩。
     1:ここで友人たちを待つ。
     2:外部との連絡手段と腕輪を外す方法も見つけたい
     3:平和島静雄、キャスター、DIO、花京院典明、ジャン=ピエール・ポルナレフ、針目縫を警戒
[備考]
※参戦時期は10羽以前。
※折原臨也、衛宮切嗣、蟇郡苛、空条承太郎、一条蛍、香風智乃、紅林遊月と情報交換しました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。
※『越谷小毬殺人事件の真犯人はDIOである』という臨也の推理(大嘘)を聞きました。必要に応じて他の参加者にも伝える可能性があります。



【紅林遊月@selector infected WIXOSS】
[状態]:口元に縫い合わされた跡、決意、不安
[服装]:天々座理世の喫茶店の制服(現地調達)
[装備]:令呪(残り3画)@Fate/Zero、超硬化生命繊維の付け爪@キルラキル
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(18/20)、青カード(20/20)
黒カード:ブルーアプリ(ピルルクのカードデッキ)@selector infected WIXOSS
[思考・行動]
基本方針:叶えたい願いはあるけれど、殺し合いはしたくない
   0:情報交換を兼ねてラビットハウスで休憩。特に魔術の話を注意して聞く。それから……。
   1:シャロを探し、謝りたい。
   2:るう子には会いたいけど、友達をやめたこともあるので分からない……。
   3:蒼井晶、衛宮切嗣、折原臨也、針目縫を警戒。
[備考]
※参戦時期は「selector infected WIXOSS」の8話、夢幻少女になる以前です
※香風智乃、風見雄二と情報交換をしました。
※ピルルクの「ピーピング・アナライズ」は(何らかの魔力供給を受けない限り)チャージするのに3時間かかります。



【風見雄二@グリザイアの果実シリーズ】
[状態]:疲労(中)、右肩に切り傷、全身に小さな切り傷
[服装]:美浜学園の制服
[装備]:キャリコM950(残弾半分以下)@Fate/Zero、アゾット剣@Fate/Zero
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(10/10)
   黒カード:マグロマンのぬいぐるみ@グリザイアの果実シリーズ、腕輪発見機@現実、歩狩汗@銀魂×2
[思考・行動]
基本方針:ゲームからの脱出
     0:情報交換を兼ねてラビットハウスで休憩。特に魔術の話を注意して聞く。
     1:天々座理世、香風智乃、紅林遊月を護衛。3人の意思に従う。
     2:入巣蒔菜、桐間紗路、保登心愛、宇治松千夜の保護。こちらから探しに行くかは全員で相談する。
     3:外部と連絡をとるための通信機器と白のカードの封印効果を無効化した上で腕輪を外す方法を探す
     4:非科学能力(魔術など)保有者が腕輪解除の鍵になる可能性があると判断、同時に警戒
     5:ステルスマーダーを警戒
     6:平和島静雄、衛宮切嗣、キャスター、DIO、花京院典明、ジャン=ピエール・ポルナレフ、針目縫を警戒
[備考]
※アニメ版グリザイアの果実終了後からの参戦。
※折原臨也、衛宮切嗣、蟇郡苛、空条承太郎、紅林遊月と情報交換しました。
※キャスターの声がヒース・オスロに似ていると感じました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。
※『越谷小毬殺人事件の真犯人はDIOである』という臨也の推理(大嘘)を聞きました。必要に応じて他の参加者にも伝える可能性があります。
[雄二の考察まとめ]
※繭には、殺し合いを隠蔽する技術を提供した、協力者がいる。
※殺し合いを隠蔽する装置が、この島のどこかにある。それを破壊すれば外部と連絡が取れる。


94 : Not yet(後編) ◆X8NDX.mgrA :2016/02/21(日) 15:11:20 QDK6XLs20

【空条承太郎@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
[状態]:疲労(大)、胸に刀傷(中)、全身に小さな切り傷、針目縫への怒り
[服装]:普段通り
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(10/10)、噛み煙草(現地調達品)
[思考・行動]
基本方針:脱出狙い。DIOも倒す。
   0:体力が回復するまで、情報交換を兼ねてラビットハウスで休憩。
   1:その後、これからの行動を決める。
   2:平和島静雄と会い、直接話をしたい。
   3:静雄が本当に殺し合いに乗っていたなら、その時はきっちりこの手でブチのめす。
[備考]
※少なくともホル・ホースの名前を知った後から参戦。
※折原臨也、一条蛍、香風智乃、衛宮切嗣、天々座理世、風見雄二と情報交換しました(蟇郡苛とはまだ詳しい情報交換をしていません)
※龍(バハムート)を繭のスタンドかもしれないと考えています。
※風見雄二から、歴史上の「ジル・ド・レェ」についての知識を得ました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。



【言峰綺礼@Fate/Zero】
[状態]:疲労(中)、全身に小さな切り傷
[服装]:僧衣
[装備]:神威の車輪(片方の牛が死亡)@Fate/Zero
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(18/20)、青カード(17/20)
黒カード:不明支給品0〜1、各種雑貨(ショッピングモールで調達)、不明支給品0〜3(ポルナレフの分)、スパウザー@銀魂
    不明支給品1枚(希の分)、不明支給品2枚(ことりの分、確認済み)
[思考・行動]
基本方針:早急な脱出を。戦闘は避けるが、仕方が無い場合は排除する。
   0:体力が回復するまで、情報交換を兼ねてラビットハウスで休憩。魔術について教える。
   1:その後、これからの行動を決める。
   2:DIOの言葉への興味&嫌悪。
   3:希への無意識の関心。
   4:私の、願望……。



[全体備考]
※針目縫が落とした持ち物は、風見雄二と紅林遊月が回収しました。
※ポルナレフの遺体は、ラビットハウス二階の部屋に安置されています。
※ポルナレフの支給品及び持ち物は、言峰綺礼が全て回収しました。まだ確認していないものもあります。
※神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)は、二頭のうち片方の牛が死んだことで、若干スピードと火力が下がりました。


95 : ◆X8NDX.mgrA :2016/02/21(日) 15:17:07 QDK6XLs20
投下終了です。誤字脱字・その他指摘があればお願いします。
タイトルは「Not yet(前編)」「Not yet(後編)」で収録して頂きたいです。

>退行/前進
ヴァニラとラヴァレイはニアミスか、別ベクトルで怖い二人だけど、今後どうなるかな。
放送で知り合いが大量に呼ばれるラヴァレイさんは何を思うのか…


96 : 名無しさん :2016/02/21(日) 15:36:27 m7JkIiXM0
投下乙でした。
始終ハラハラさせられる展開、針目縫の猛威に晒されながらも、
雄二の洞察や機転で何とか回避出来たのはよかった。
倒すには神父様か、承太郎が時止めを開花するか、かな。


97 : 名無しさん :2016/02/21(日) 15:58:20 yC1t8KBU0
投下乙です
承太郎ことみーの「轢き殺せ」「了解した」のやりとり良いなあ。
雄二も頭脳派として針目に一泡吹かせたし、CQC(?)という技で針目の力に対抗するところかっこいい!
しかし針目はそれでも勝てないくらい強い…どんだけ強いんだこの子…まだまだ万能マーダーとして暴れ続けそうですね

一つだけ疑問が
針目が三人とも洗脳できたならそのまま皆殺しも出来たんじゃないかなあと
特に遊月は出来る限り惨たらしく殺すって言ってましたし


98 : 名無しさん :2016/02/21(日) 18:39:39 lw7MrmOsO
投下乙です

今回の被害
牛1頭
ウサギ小屋1件


99 : ◆X8NDX.mgrA :2016/02/21(日) 19:51:13 QDK6XLs20
感想ありがとうございます。

>>97
疑問点に関しては、針目の方針を無視した自分のミスです。
後に修正してしたらばの修正スレに投下します。


100 : 名無しさん :2016/02/25(木) 02:09:32 fTdqNYss0
仮投下スレにて第二回放送案を募集中です
詳しくは↓を
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/17204/1438130021/


101 : 名無しさん :2016/03/05(土) 00:20:08 AUHkxMLY0
投票スレにて第二回放送話投票中です
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/17204/1435932321/


102 : ◆DGGi/wycYo :2016/03/06(日) 12:30:19 nfvhbStw0
では第2回放送を投下します


103 : 第二回放送 -カプリスの繭-  ◇DGGi/wycYo :2016/03/06(日) 12:30:56 nfvhbStw0
――白い部屋、大きな窓、繭。

カードに閉じ込められた魂は一度この部屋に送られ、すぐに別の窓へと再び閉じ込められる。
バタンと大きな音を立て、また一つの窓が閉じた。

やがて時を告げる重厚な針が二つ、頂上で重なる。
少女は手近な窓を一つ開け、“向こう側”へと語りかけた。


『――正午。こんにちは、とでも言えばいいかしら。二回目の定時放送の時間よ。
今あなたたちが何をしているかなんて関係ないわ。
大事な放送なんだもの、きちんと繭の話を聞きなさい。聞かない子はどうなっても知らない。
まずは禁止エリアの発表よ。


【B-8】
【D-3】
【F-6】


午後三時になったら、今言った三つの場所は禁止エリアになる。死ぬのがイヤならそこから離れるのをお勧めするわ。
それから、A-4に掛けてあった橋が直ったの。だからここの禁止エリアは解除してあげる。頭の片隅にでも置いておきなさい。

それじゃあ、きっと一番欲しがっているお話、ここまでに死んじゃったみんなの名前を言うわよ。
大事な人が死んだなら……この後の身の振り方は、当然分かっているわよね?


【ランサー】
【保登心愛】
【入巣蒔菜】
【雨生龍之介】
【蒼井晶】
【カイザル・リドファルド】
【範馬刃牙】
【高坂穂乃果】
【桐間紗路】
【花京院典明】
【キャスター】
【ジャン=ピエール・ポルナレフ】
【折原臨也】
【蟇郡苛】


さあこれで全員、14人よ。6時間前の分も合わせたら……残りは39人。
ふふ、まさかたった半日でこんなに死んでいくなんて思わなかったわ。
ここまで残ってきた人はとっても強いのか、誰かに守ってもらったのか、それともとっても運がいいのか、どうかしら。

でもあなたも、あなたも、そしてあなたなんかも。横に居る子に突然裏切られたりしないように気をつけた方がいいわよ。
もしかしたらその子は大切な誰かが死んだことで行動を変えた、なんてことがあるかも知れない。
他人が何を考えているかなんて、分かりっこないんだから。

それじゃあこの放送はここでおしまい。
次はまた6時間後、夕方6時。その頃に繭の声が聞ける子は……何人かしら。
半分? もっと少ない? 期待しているわ』


*   *   *


104 : 第二回放送 -カプリスの繭-  ◇DGGi/wycYo :2016/03/06(日) 12:31:57 nfvhbStw0

放送が終わり、再び部屋は静まり返る。
窓の向こうを幾つか覗いてみるが、繭にとってはなかなか愉快な光景が広がっている。
既に半日が過ぎたのだ。誰もが一人や二人、或いはそれ以上の知人友人等を失っていてもおかしくはない。
現に誰もが驚き、嘆き、涙を流し、放心する。彼も、そして彼女も。


「ふむ……」



繭のすぐ傍で、一つの声がした。

「何を見ているの?」

金髪の“男”はグラスに注いだワインを片手に、沢山の窓の中のある一つをじっと見ていた。
繭に声を掛けられた男は、にこりと微笑み返すだけだ。
ちらりとその窓を覗くと、参加者の一人である青年の姿が映っている。
名前は確か『風見雄二』だったか。

男の傍には、いつからそこに居たのか風見雄二に瓜二つな青年が立っていた。
白髪赤眼の彼もまた、沈黙を崩さない。

「…………」

繭には、彼らが何を考えているかは判らない。
この殺し合いを持ち掛けてきたのは金髪の男であり、ルール調整や舞台となる島の準備等をお膳立てしたのも彼だ。
だが何がそこまで彼、若しくは彼らを駆り立てるのか、どうしても理解することが出来ない。


ヴヴヴ、と何かが振動する音。
その発生源であるスマートフォンをポケットから取り出すと、男は誰かとの会話を始めた。


「ああ、君か――」



少女はただ一言、憎しみの混ざった声色で男の名前を呟いた。



「ヒース・オスロ……」



※A-4の橋が修理され、渡れるようになりました。
それに伴い、A-4の禁止エリア状態が解除されます。


105 : ◆DGGi/wycYo :2016/03/06(日) 12:32:51 nfvhbStw0
すいません まとめてコピペしたのてトリップ失敗していましたが本人です

以上で投下を終了します


106 : 名無しさん :2016/03/06(日) 13:15:29 aqCunIUU0
投下乙です
主催陣にオスロが出てきたか……
繭の不足してる部分をしっかり補ってるキャラだし、更にまだ控えてる奴もいそうで怖いなぁ
オスロがいると分かった時の雄二の反応が楽しみ



あと、明日0時から予約解禁なので一応宣伝


107 : ◆KKELIaaFJU :2016/03/09(水) 00:08:20 b3Pezw9s0
投下します。


108 : 思い出以上になりたくて  ◆KKELIaaFJU :2016/03/09(水) 00:09:09 b3Pezw9s0



 人との出会いは一期一会。



 時期や出会い方が違うだけで……最高にいい出会いもあれば。
 どんな相性のいい相手同士でも――最悪の破滅に導いてしまうこともある。


 だからこそ、彼女は人と人との出会いを大切にしていた。

 
 ――――『ここ』に連れて来られるまでは。



 ◆ ◆ ◆


109 : 思い出以上になりたくて  ◆KKELIaaFJU :2016/03/09(水) 00:09:54 b3Pezw9s0



 あれから、しばらく歩いた。

『あの場から逃げた自分は間違っていない』
 
 そう何度も心の中でいい聴かせながら歩く。
 自分の行為の正当性を肯定するかのように。
 

(近くには人は……いないようやね……)


 地図の示す通りであれば間違いはないはずである。
 希は大きく溜息を吐き、辺りを見渡す。
 ……人の気配は感じられない。

(中に誰かおるんかな……)

 左手で研究所の扉を開ける。
 ゆっくりと……出来る限り気配を消して、音を立てずに。
 左手に縛斬・餓虎を持ち、いつでも護身は出来るように準備はする。

(……ッ!?)

 最初の部屋で希が見たのは破壊された痕跡。   
 思わず、目を瞑りたくなるような光景。
 しかし、希は決して目を逸らしたりはしない。 
 
 あの化け物たちならばこれくらいの惨状を作り出すくらいはできそうだ。
  
 あの守護霊? 幽霊?のようなもので戦っていたポルナレフ。
 そのポルナレフの仲間らしき学ランの男――承太郎。
 その二人相手を手玉に取っていた名前がわからない眼帯の少女。
 そんな奴らの戦いを目の当たりにしたら、そんな考えに至ってしまった。
 
(……そんな人らには学校に近づいて欲しくないわ……)

 国立音ノ木坂学院。
 最初から決めていた絶対に行かないと決めていた場所。
 希は3年間その学校に通っていた。
 一度の転校もせずに、同じ学校に通い続けた。
 そこが自分の『場所』と初めて思える所だった。

 その『場所』で出会えた『奇跡』。

 この殺し合いでその『場所』も『奇跡』を奪われた。

「ホンマ……勘弁してほしいわ……」
 
 思わず、声に出てしまった。

 溜息を吐いて、希は思もう。
 あの少女―――繭と言ったか。
 あの化け物どもばかり集まるここにただの少女達を呼んで彼女は何がしたいのか?
 狩られるための小動物(ターゲット)として呼ばれたのか?
 必死に生きるために戦って死ねとでも言いたいのか? 
 だが今、そんなことを自分が考えても埒が明かない。
 ただ、あの繭という少女が非常にスピリチュアルな雰囲気を醸し出していたのはよく覚えている。


(……絵里ち、穂乃果ちゃん……ウチは『穢れた奇跡』にもう縋るしかないんよ……)


 この汚れてしまった手ではどんなに綺麗な『奇跡』を掴んでも汚れてしまう。
 ましてやこんな殺し合いで叶うような『奇跡』だ。
 
 だが……今はそれでも構わない。


110 : 思い出以上になりたくて  ◆KKELIaaFJU :2016/03/09(水) 00:10:55 b3Pezw9s0
 
 
 一人で研究所の奥をどんどん歩いていく。
 非常に静かな自分の足音だけが反響しているのだけがわかる。
 人の気配どころか、奥はまだ綺麗な状態であった。
 そして、未だにここが何を研究している研究所なのかもわからない。

(…………どういうことやねん)

 思わず声に出してツッコミたくなった。
 そう考えた時、ふと時間が気になった。
 放送の時間が近づいて、もうそろそろのはずだ。
 
 希は一先ず、近くの部屋に入った。
 その部屋にあったのはテーブルと椅子と一台のコンピューターだけであった。
 

(このコンピューター使えるんかな……?)
 

 腰を掛ける前にコンピューター周りを調べてみる。
 コンセントは差さっている。
 しかし、ディスプレイは真っ黒で自分の貌しか映さない。
 電源のスイッチらしきものを押してみるが、壊れているのか全く反応しない。

「………ほんまわけわからんわ……」

 ここに着いて何度目かの溜息が零れそうだった時であった。


  『――正午。こんにちは、とでも言えばいいかしら。二回目の定時放送の時間よ』

 
 ――二回目の放送が始まってしまった。

「…………」

 まずは禁止エリアが発表された。
 この研究所の隣のエリアが指定されていた。
 ここが禁止エリアでない、今はそれだけで十分だった。
  
  
  『それじゃあ、きっと一番欲しがっているお話、ここまでに死んじゃったみんなの名前を言うわよ』

 希は大きく息を呑む。

(絵里ちと穂乃果ちゃんは大丈夫やろうか……)

 会いたくない二人の顔が過る。
 それと同時に別のことを思ってしまった。

(……出来ればあの眼帯の女の子が神父さんや承太郎と呼ばれた人を殺してくれてるとええんやけどね……)

 初めて人の不幸を願ってしまった。
 自分の胸の中で罪悪感に似たようなドス黒い感情が沸き上がっている。  

 固唾を呑み、繭の声に耳を立てる。


111 : 思い出以上になりたくて  ◆KKELIaaFJU :2016/03/09(水) 00:11:38 b3Pezw9s0

『ランサー』

 知らない名前。

『保登心愛』

 知らない名前。

『入巣蒔菜』

 知らない名前。

『雨生龍之介』

 知らない名前。

『カイザル・リドファルド』

 知らない名前。

『範馬刃牙』

 知らない名前。


『高坂穂乃果』


「……………え?」


『桐間紗路』

 ……………。

『花京院典明』

 ……………。

『キャスター』

 ……ことりの仇で自分の右手をこんなにした男。

『ジャン=ピエール・ポルナレフ』

 ……自分が見殺しにした男。

『折原臨也』

 ……………。

『蟇郡苛』

 ……………。

 その名前で死者の発表は終わった。


112 : 思い出以上になりたくて  ◆KKELIaaFJU :2016/03/09(水) 00:12:17 b3Pezw9s0

 もうその声を聴きたくなかった。  

 太陽が沈んだ。
 太陽が無ければ星や月はもう輝くことはできない。
 
 虚ろな目には黒いディスプレイに反射したただただ弱く惨めな自分の顔だけが映る。
 自身の頬に涙が伝っていくのが、はっきりとわかった。


「…………穂乃果ちゃん…………」


 μ'sのリーダー。
 自分の大切な友達。
 
 いつもひたすら真っすぐで皆を引っ張っていた。
 
 彼女には言葉に出来ないほどの感謝している。
 
 あの伸ばした手には皆が救われた。


 絵里もにこもことりも……。


 ここにはいない、海未も花陽も凜も真姫も……。


 自分だって。


 ――――彼女の大切なものはこの理不尽な場所でまた奪われてしまった。


 零れ落ちる涙が止まらない。
 溢れ出る感情を抑えきれない。


 色々な感情がぐちゃぐちゃに混じり合って自分でも分からない。
 
 
 放送が終わって数分経ってもその場を動けなかった。


 ただただその場から動きたくも何もしたくなかった。


「絵里ち……ウチはどうしたらええんや………」


 親友の名前が自然と出てしまった。
 会いたくないはずなのに今は無性に会いたい。
 会って何をしたいのか? 何を話したいのか? 
 それは自分でもわからない。

 

 ―――今は力が欲しかった。


 ―――彼女は自分たちの夢を守る力が欲しかった。


 

【D-4/研究所内/日中】

【東條希@ラブライブ!】
[状態]:精神的疲労(大)、右手首から先を粉砕骨折(応急処置済み)
[服装]:音ノ木坂学院の制服
[装備]:縛斬・餓虎@キルラキル
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(8/10)、ヴィマーナ@Fate/Zero(4時間使用不能)
基本方針:μ's全員を生き返らせるために優勝狙い。
  0:??????
  1:集団に紛れ込み、隙あらば相手を殺害する。
  2:にこと穂乃果を殺した相手に復讐したい。
  3:絵里ちには会いたくない……?
[備考]
※参戦時期は1期終了後。2期開始前。


113 : ◆KKELIaaFJU :2016/03/09(水) 00:12:50 b3Pezw9s0
投下終了です。


114 : 名無しさん :2016/03/12(土) 17:17:09 bj.s8.SM0
投下乙です

他のウリスだとかの一般人マーダーと違って希は精神面も普通の女子高生だからなぁ……
やっぱ放送後は波乱だ


115 : ◆gsq46R5/OE :2016/03/14(月) 02:48:57 FgPGlRfw0
投下します。


116 : killy killy MONSTER ◆gsq46R5/OE :2016/03/14(月) 02:49:25 FgPGlRfw0


  衛宮切嗣が行き先に定めたのは、旭丘分校であった。
  市街地での戦闘からどうにか逃げ果せ、その後足を向ける先の選択肢は二つ。
  北上してみるか、折原臨也との協力関係にあてを絞ってみるべきか。
  結論が出るまでに要した時間は、そう長いものではなかった。
  というのも、何も難しい話ではない。
  単純に分校は切嗣の現在地から近い場所にあり、そこで臨也と再度合流してから今後の指針を定めても問題はないだろうと思った為だ。

  折原臨也は、敏い男だ。
  敵対すれば恐ろしいだろうが、味方である内は使える。
  今後はどうあれ、少なくとも使える内は最大限に利用するべきであろうと、切嗣は踏んでいた。

  状況は決して芳しくない。
  空条承太郎からは不信を買った上、彼に背を向けて自分は逃げ出した。
  仕方のない状況だった、などという言い訳はまさか通らないだろう。
  少なくとも切嗣には、あの少年を納得させられるだけの弁舌を披露できる自信がなかった。
  空条承太郎という人物を直接垣間見たのはわずかな間だったが、切嗣のような人種にとって、彼のような人間は折原臨也以上に「食えない」相手だ。
  臨也の「食えない」が掴み所がないという意味ならば、承太郎の「食えない」は手強すぎて食うことが出来ないという言葉のままの意味になる。
  
  次に自分が彼の前に姿を見せた時、あの少年は本当に一切の容赦を捨て去ってくることだろう。
  その時は、覚悟を決めなければなるまい。
  自分が獅子身中の虫である可能性を、他の対主催派参加者に語られてしまった可能性もある。
  いよいよもって面倒な事になったと、さしもの切嗣もそう思わずにはいられなかった。

  とはいえ如何に承太郎を言いくるめるのが至難の業であっても、周りの人間に対してもそうであるとは限らない。
  それでも、なるべくならば空条承太郎と再会するのは避けた方がいいのは確かな筈だ。
  汚れ仕事に慣れきった魔術師殺しをしても、その尻尾を掴まれかねない――そう思わせる凄味と、高校生とは到底思えない度胸の持ち主。それが衛宮切嗣の垣間見た、空条承太郎という男だった。
  繭を打倒する上では確かに有力な実力者なのだろうが、切嗣にしてみれば都合の悪い相手なのは間違いない。
  幸いにも、まだ時間はある。
  その辺りについては、今後思案を巡らせていく必要があろう。

 「……此処か」

  そうこうしている間に、旭丘分校の校門前へと到着した。
  どこか牧歌的な、田舎の町か村を彷彿とさせる素朴な校舎だ。
  人の声はしない。
  ついでに言うなら、気配らしいものも感じられなかった。
  足音を潜めながら扉を開き、内へ足を踏み入れ――折原臨也達の不在を確信すると共に。


117 : killy killy MONSTER ◆gsq46R5/OE :2016/03/14(月) 02:49:59 FgPGlRfw0
  
 「…………これは…………」

  そこで、驚くべきものを目にした。
  既に大部分が乾いている血溜まりの真ん中で、倒れている端正な顔面の男。
  胴体に深々とした刺し傷がある。恐らく、死因はこれだろう。
  死後数時間は経過しているものだと思われた。
  だが、こんな状況なのだ。死体程度、珍しいものでもない。
  凄惨を極める破壊を施されたわけでもない、死体としては比較的綺麗な部類のそれ。
  魔術師殺しの心を動かすなど不可能であろうその死体が、では何故に衛宮切嗣の驚きを買ったのかといえば。

  一言――その死体が、英霊(サーヴァント)のものだったからに他ならない。

 「ランサー……」

  ランサーのサーヴァント、ディルムッド・オディナ。
  一度だけ対峙したことがあったが、到底人間の身で倒せる相手とは思えなかった。
  フィオナ騎士団の一番槍、輝く貌の名は伊達ではない。
  その彼が、今こうして、物言わぬ屍となって朽ち果てている。
  霊体である筈のサーヴァントが消滅することもなく、生身の死体を晒している。
  
  切嗣は死体に息がないことを確認すると屈み込み、腹の傷を検分する。
  傷口は大きい。
  室内に激しい戦闘の痕跡がないところを見るに、大方彼は不意討ちで殺されたものと推察できる。
  幾ら不意を突いたとはいえ、サーヴァントを殺傷した人間が居るという事実そのものがが驚嘆モノだ。
  繭の企てた殺し合いは、着々と進行しているらしい。
  淡水の中で暮らしてきた魚が海水の環境に適応するように、殺し合いの状況へ既に適合して行動している参加者も、この有様を見るに少なからず存在するのだろう。
  切嗣は取り出した噛み煙草を口へ運び、それで一服としながら折原臨也と一条蛍の到着を待つことにした。
  あと十分ほど待って音沙汰がなければ、既に通り過ぎた可能性も加味し、動き出すとしよう。


  ――そして、時刻は放送を経て、現在へと至る。






  放送を聞き終えた男の表情は、決して良いものではなかった。
  苦虫を噛み潰したような顔で、切嗣は繭の語った内容を反芻していた。
  会場全体で見ても最大級の危険人物であったキャスターが没したのは、予想外ではあったが良しとする。
  だがそれを差し引いても、切嗣にとってこの放送は、決して都合のいいものではなかったのだ。

  折原臨也。
  一条蛍と共に、この分校へ向かう筈だった男。
  苦境に立たされた切嗣が利用を目論んでいたあの男が、死んだという。


118 : killy killy MONSTER ◆gsq46R5/OE :2016/03/14(月) 02:50:36 FgPGlRfw0
  
  確かに、不自然ではあった。
  別れた時間から考えて、そろそろ到着していてもおかしくはない頃合いだ。
  単純に到着が遅れている可能性も、或いは既に何処かへ立ち去ってしまった可能性も簡単に想像できたが。
  ここが殺し合いの会場である以上、当然「そういう」可能性は誰にでも、確実に存在する。
  切嗣の中にあった一抹の不安が、見事的中してしまったことになる。

  折原臨也という貴重な利用先を失ったのは手痛い。
  だが、その損失を引き摺った結果足が止まるのは愚かしいことだ。
  状況はこれで一層悪くなったが、切嗣は当初立てていたもう一つの予定をなぞることに決めた。
  北上し、DIOの打倒に向けて動く。
  当然、単騎での特攻は余りにも無謀が過ぎる。
  最低でもまずは北西方向の島を探索し、人員を募り、それからだ。
  その間に、後々の事を考えて行っておきたい工作もいくつかある。
  ――越谷小鞠の殺害から生じた自身の不利を帳消しにする為の、情報工作だ。

 「…………」

  切嗣は噛み煙草の風味を味わいながら、窓辺へと向かった。
  もはや待ち人は居ないのだから、この場所に長居する意味はない。
  少々普段と違った一服を終えたなら、すぐにでも切嗣はまた、殺し合いの渦中へと戻ることだろう。

  衛宮切嗣。
  魔術師であることに誇りを抱かず、道具として魔術を行使する魔術使い。
  付いた異名は『魔術師殺し』。
  誇り高き魔術師であればあるほど軽蔑の情を寄せずにはいられない、汚れた猟犬。
  
  だが、その胸にある願いは美しかった。
  彼が望むのは、恒久的世界平和。
  争いの根絶された世界。
  元を辿ればその為に、彼は聖杯をめぐる戦いへと足を踏み入れた。
  血と硝煙の香りを常に侍らせて、ここまで歩いてきた。
  彼には、聖杯が必要である。
  その為ならば衛宮切嗣は、どんなことだってできる。

  窓辺に立ち、彼方の空を見て、想うのは置き去りにした家族のことだ。
  最愛の妻、アイリスフィール。
  最愛の娘、イリヤスフィール。
  彼女達の為にも、自分は必ず帰らなければならない。
  生きてもう一度、イリヤスフィールを迎えに行かなければならない。
  
  また一つ、命を摘んだ。
  合理的な判断の下で、小さな命を潰した。
  天秤の守り手となることを誓った日から、一体何人、何十人を殺してきただろうか。
  
 「……待っていてくれ、アイリ、イリヤ」

  煙草を吐き捨て、遠い地の家族へ誓う。
  
 「僕は必ず――」


119 : killy killy MONSTER ◆gsq46R5/OE :2016/03/14(月) 02:51:05 FgPGlRfw0




 「君達の下に、帰るから☆」



.


120 : killy killy MONSTER ◆gsq46R5/OE :2016/03/14(月) 02:51:34 FgPGlRfw0

  その声は、衛宮切嗣のものではなかった。
  ひょいっと窓の上から逆さに現れた少女の顔は、切嗣にとって覚えがあるものだった。
  逃げ切った筈の、片太刀バサミの怪人。
  『針目縫』という名の、化け物であった。




 「――ッ!」

  言峰綺礼より受け取ったコルト・ガバメント自動拳銃を抜き放つなり、一秒の迷いもなく頭部へ発砲する。
  眉間を撃ち抜き、即死させる。
  もしも普通の人間相手であれば、十分にそれが可能な間合いであった。
  射手たる切嗣の経験も申し分ない。
  少女の愛らしい顔が崩れ、汚らしい脳漿が飛散する。
  そんな光景を、針目縫という存在を知らない人間ならば誰もが予想するに違いない。
  少女相手に迷いなく発砲した切嗣を、外道と責めさえするかもしれない。

 「アハハハ☆」

  だが。
  生命戦維の怪物はそんな予想を、笑いながら裏切っていく。
  逆さのまま、飛び降り自殺さながらに落下してきて、弾丸が肌へ触れる寸前に鋏の一振りで叩き落とす。
  跳ね除けられた弾丸が、キィン、と甲高い音を立てて教室内で跳弾した。
  切嗣が二度目の発砲を行うよりも尚速く、針目は窓枠を飛び越え、切嗣の眼前にまで接近する。
  まるでカートゥーンの世界だった。
  そのどこかコミカルな容姿といい言動といい、針目縫という少女はあまりにも現実から乖離していた。
  これで内面さえまともであったなら、彼女はさぞかし皆に愛されたことだろう。

 「久しぶり――って程でもないよね? ボクの前から尻尾巻いて逃げ出した臆病者さん」
 
  そう、内面が問題なのだ。
  化け物じみた力量と体もさることながら、針目縫は残虐性の塊である。
  殺し合いという趣向に何の嫌悪感も感じず。
  笑いながら少女の首を刎ね。
  その死体で遊んでのける。
  もはや、外道の域すら過ぎていた。
  針目縫はまさしく、怪物としか形容のしようがない。

  固有時制御   二倍速
 「Time alter――double accel!」

  体内時間の加速に伴う速度の向上で、切嗣は針目の魔手が追い付くより早く間合いから脱出する。


121 : killy killy MONSTER ◆gsq46R5/OE :2016/03/14(月) 02:52:29 FgPGlRfw0

  少しでも動きを封じるべく、その足を目掛けて発砲するのも忘れない。
  命中したかどうかを確かめるより速く、切嗣は教室を飛び出した。
  固有時制御の解除と共に、体へ強烈な負荷が押し寄せるが、気にしている暇はない。
  今の自分がすべきことは、あれを殺そうと取り合うことではない――
  理解しているからこそ、切嗣の行動は極めて迅速だった。

  まずは適当な教室へ転がり込み、窓を通じて脱出し、身を隠しながら逃げる。
  出来る限り遠くまでだ。
  どれだけ逃げたとしても、針目縫を相手取る上で過剰ということはあるまい。
  手近な扉を、開け放つ。
  
 「やあ、また会ったね☆」

  針目縫が、ピースをしていた。
  飛び退く。
  体内時間の加速を再発動。
  今度は玄関口へと向かう。
  
 「あらら、また会った」

  笑顔の針目縫が、廊下の向こうで通せんぼをしている。
  振り返れば、追いかけてきたらしい針目縫が居て。
  その数メートル後方に、また別の針目縫がニコニコと笑っている。
  計三体の針目縫が、切嗣の視界で笑っていた。

 「――三人だけじゃないよ☆」

  心を読んだように、一番奥の針目縫が笑う。
  
 「学校の外で、もう三人ボクが待機してるんだ。
  キミがどこから逃げ出しても、必ず別なボクが見つけて、先回りしちゃうってワケ☆」
 
  それがハッタリでないことは、校舎の外からも聞こえてくる耳障りな笑い声が証明していた。
  切嗣は心の中で舌打つ。
  針目縫の強さは、つい先ほど目にし、今しがた思い知らされたばかりだ。
  そんな女が六人に増え、しかも揃いも揃って切嗣を殺そうと包囲している。
  絶体絶命――まさにそう形容するしかない状況であったが。
  
 「いいコト教えてあげよっか」

  圧倒的優位に気をよくした彼女は、軽率に自身の弱点を切嗣へ喋り始める。
  
 「実はね、分身のボクはオリジナルのボクよりちょーっと弱いんだ」
 「特に耐久力がね、ダメなの。今なんて制限されて尚更」
 「キミの持ってるこわ〜い武器が当たりでもしたら、ひとたまりもないよぅ」


122 : killy killy MONSTER ◆gsq46R5/OE :2016/03/14(月) 02:52:53 FgPGlRfw0
 
  三人の針目は、それぞれ語る。 
  切嗣は常に彼女達への警戒を解かぬまま、与えられた打開への手がかりを噛み締めていた。
  真偽を疑おうが、切嗣がこの場を潜り抜けるには、分身を撃破して数の優位を解消する以外にない。
  ガバメントを握る右手に力を込める。
  それを見るや否や、進路を遮る二体が一斉に動き出した。
  
 (本体は――)

  間違いない。
  本体は、ただ一人動かない奥の針目縫だ。
  それが分かったとしても、切嗣は決して本来の目的を見失わない。
  あくまで目的は逃走だ。
  針目縫を殺すというジャイアントキリングを狙っていては、命が幾つあっても足りない。
  この状況へ挑まねばならないという現状が既に、どす黒い死線の真っ只中であったが――
  衛宮切嗣は、死ぬわけにはいかないのだ。
  だから彼は、最善を尽くす。

  固有時制御   二倍速
 「Time alter――double accel」

  再度の魔術行使。
  鋏の刀身を潜り、微笑む分身の首に弾丸を撃ち込んだ。
  分身は力なく崩れ落ち、やがて消えていく。
  同時、背後から迫る二体目の分身。
  振り向きざまの一撃で、同じ末路を辿らせんとするが、予想通り。

 「ムダムダムダムダ☆」
 
  針目縫の分身は、二倍速の世界に適合していた。
  切嗣は覚えている、針目と承太郎の戦いを。
  銃弾を超える速度で動き回る針目と、銃弾を指で摘める速度でそれに応対できる承太郎。
  その戦いを見て、切嗣はこう思った。
  自分では、この二人に追い付けない――と。

  切嗣の世界が元に戻る。
  襲う、修正力のもたらす苦痛。
  その瞬間に放たれた攻撃へ、彼が対応するなど無理な話だ。
  片太刀バサミの切っ先が、切嗣の左肩を深く切り裂いた。


123 : killy killy MONSTER ◆gsq46R5/OE :2016/03/14(月) 02:53:17 FgPGlRfw0
 
 「ぐ……」
  
  顔が歪む。
  血が溢れ出す。
  笑いながらやって来る追撃は、一方向からだけではない。
  分身の一体が殺されたことで進路が開けた本体の針目縫が、迫ってくる。
  
  固有時制御
 「Time alter――」

  体へ掛かる負荷は、恐らく甚大だ。
  既に二回、魔術を行使している。
  これ以上連発すれば、よしんば逃げ切れたとしても、その後の行動に関わってくるのは間違いない。
  そうまでしなければ倒せない相手。
  衛宮切嗣が生涯相手取った敵の中で、間違いなく最強――最凶であろう女。
  それが、針目縫だった。

  しかし、固有時制御では針目縫には対処できない。
  それは切嗣も知っている。
  ――では、分身ならばどうか?
  その答えも出ている。
  二倍速の世界は、笑う分身に呆気なく破られた。

  
  ――だが、切嗣の上限はそこではない。


     三倍速
 「――Triple Accel…………!!」

  
  三倍速。
  莫大な負担と引き換えに放つ、更に上の加速。
  案の定、分身の方の針目縫は驚いた顔をして、切嗣を見送った。
  その背を背後から蹴り飛ばす。
  切嗣の背後からは、『本体』の針目縫が迫っている。
  すると、どうなるか?

 「ありゃ」

  分身は、本体の放つ刃で切り裂かれた。
  同時に世界が元に戻る。
  毛細血管が断裂し、目の前が比喩でなく一瞬ブラックアウトした。
  されど体だけは動かす――今の瞬間は二度とないと知っているからだ。


124 : killy killy MONSTER ◆gsq46R5/OE :2016/03/14(月) 02:53:43 FgPGlRfw0

  針目縫は強いし、彼女自身もそれを知っている。
  だからこそ、彼女は時に慢心する。
  先の発言がまさにそれだ。
  あの場で有無を言わさず襲い掛かっていたなら、切嗣は間違いなく、肩を斬られる程度では済まなかった。
  しかし彼女は自ら弱点を口にし、切嗣の心に活路を与えた。
  それと同じだ。
  初見で見せる三倍速――そこに分身をスケープ・ゴートにして切り抜けるという奇策を合わせることで、一度までは針目を嵌められると切嗣は確信した。
  そして実行し、成功を収めた。
  さりとて、二度も同じ轍を踏むような阿呆ではあるまい。

 「キミさぁ、生意気だよねぇ」

  背後からの声は笑っているが、僅かな苛立ちを含んでいるようにも見えた。
  針目縫は非常に高いプライドを持つ。
  他人を小馬鹿にした言動も、根源を辿ればそこから来るものなのかもしれない。
  そんな彼女が、自分を模した分身を、盾代わりに使われるなど我慢できよう筈もなかった。
  自分がやるならまだしも、他人にやられるなど、そのプライドが許さない。
  ――パチン。針目が指を鳴らした途端、切嗣が目指す玄関口の扉が開いた。

 「ちょろちょろ動き回ってさあ。弱くてちっぽけな癖にぃ。うーん、目障り」

  そこから、おどけた笑顔で更に三人の針目縫が入ってくる。
  二度の固有時制御を経て、一発きりの奇策さえ使って、ようやく切嗣は二体を殺した。
  そうして垣間見えた活路も、こうしてあっさり踏み躙られる。
  いつだとて化け物なんて生き物は、そんなものだ。
  かつて死徒という化け物のせいで、故郷を失ったように。母を殺さねばならなくなってしまったように。
  この時も化け物が、衛宮切嗣の希望を閉ざす。

 「だからさあ――」

  にぃぃぃ、と、愛らしい口元を三日月の形に引き裂いて。
  目元はその逆向きの三日月に歪めて。
  親指を立て、それを逆さに振り下ろして。
  

 「ちょっとバラバラになってみてよ、ネズミさん☆」


  『死刑宣告』をした。


125 : killy killy MONSTER ◆gsq46R5/OE :2016/03/14(月) 02:54:13 FgPGlRfw0

  もはやこれは、殺人ですらない。
  人が人を殺すから、殺人というのだ。
  であればそもそも人でない針目縫が人を殺すのに対して、殺人という言葉を使うのは適切ではないだろう。
  では何と称する。
  答えは一つだ。
  四人の、同じ顔をした、少なくとも二倍速の世界に適合できる化物どもの姿を見ていれば、すぐに弾き出せる。
  
  この光景は――『虐殺』だった。
  別解として、『屠殺』とすべきかもしれない。
  生命戦維を尊び、それに抗う人間を侮蔑する針目が手を下すのだから、意味は通る。
  
 「……、」

  切嗣が、銃を握る。
  ゆっくりとその瞼を落とす。
  全てを諦めた動作だった。
  そこに殺到する、針目縫。
  彼は覚悟を決める。
  覚悟を決めるしか、ない。

  固有時制御
 「Time alter」

  何故ならば。

  衛宮切嗣には、諦めてはならない理由があるから。
  命を賭してでも叶えねばならない理想があるから。
  彼は何としても、この傲慢な化け物達に殺される訳にはいかなかった。
  

   四倍速
 「Square Accel」


  四倍加速。
  それは最早、負担が掛かるなどという言葉で片付けてはならない次元の術だ。
  命が惜しければ抜くことは出来ない、そのレベルに達している。
  そのことは、切嗣の全身を苛む、苦痛という言葉すら生易しい地獄の熱が物語っていた。
  血液が沸騰して意識が蒸発する錯覚は、確実に寿命を縮めた実感を与えてくれる。
  だがその恩恵は、確かにあった。
  針目縫の分身が、真横を抜ける切嗣を捉えられない。
  そして何より、最奥の――本体の針目縫が、驚きを浮かべている。
  その動きは――今の切嗣にとって、非常に鈍重なものに見えた。

  四倍速の世界で、初めて衛宮切嗣は針目縫を追い越したのだ。


126 : killy killy MONSTER ◆gsq46R5/OE :2016/03/14(月) 02:54:46 FgPGlRfw0
  
  無論、それは長続きするものではない。
  四倍の加速を連発するのはまず不可能だし、事実、既に切嗣は満身創痍だ。
  平常時でさえ、使おうものならばどんな有様になるか想像出来ないような無茶をした。
  これ以上は無理だ。
  そもそも、針目から逃げ切るだけの体力が残っているかすら疑わしい。
  それほどまでの無茶をして、では衛宮切嗣は何を狙っているのか?

  
  答えは単純である。
  針目縫の殺害。もとい、討伐だ。
  元々切嗣は、針目を殺すつもりなど毛頭なかった。
  それは無謀な勝負だと踏んでいたし、事実今でも無謀だと思っている。
  だが、一応、案自体は最初からあったのだ。
  単に実行すれば後の方針が全てご破算になりかねないのと、あまりに分が悪い賭けだったから、極力その選択肢を選ばねばならない状況は回避するように立ち回っていたというだけの話。
  
  針目は校舎の外へ配備させていた分身まで使い、自分を殺そうとした。
  もしも切嗣を学校から脱出させ、その先で袋叩きにする算段だったなら、この方法は選ばなかったし、何より『選べなかった』。
  しかし針目縫は嗜虐心を出した。
  自分のプライドを損ねられたことに腹を立て、切嗣を虐殺することで鬱憤を晴らそうとした。
  その非合理的行動のせいで、切嗣はこうせざるを得なくなった。

  四倍の世界を駆け抜ける。
  四人の針目縫が追い掛ける。

  彼女達に発砲しつつその傍らで、越谷小鞠の死体から回収した黒カードから、一個の武器を取り出す。

  玄関の扉を乱暴に開け、外へと飛び出す。
  追って殺到し、校舎を出る針目縫。
  そこへ切嗣は『武器』だけを置き去って、四倍加速を維持したまま、校舎の中へと戻り、扉を硬く閉めた。

 
 「――なあああああっ!?」


  針目縫の素っ頓狂な声がして。
  加速が解除されると同時に、くぐもったような爆音が炸裂した。


127 : killy killy MONSTER ◆gsq46R5/OE :2016/03/14(月) 02:55:18 FgPGlRfw0



  切嗣の取った戦略は、難しいものではない。
  越谷小鞠の死体から回収した支給品の一つ――『軍用手榴弾』を使った。それだけの話だ。
  四倍加速により一時的ながら速度で勝った切嗣を殺すべく、押し寄せた四人。
  彼女達だけを外に出し、壁を隔てた上で、至近距離から手榴弾を炸裂させる。
  それが、衛宮切嗣の編み出した、針目縫を殺す手段だった。

 「――……ァ……ッ…………が…………!!」

  しかし、代償は大きい。
  魔術の乱用により体中が激痛に苛まれ、様々な箇所の毛細血管が断裂して内出血を引き起こし、視界は絶えず明滅している有様だ。
  この後自分が生きるのか、それとも死ぬのか、切嗣にすら分からない。
  
  四倍の加速で針目縫に勝てるかどうかは、完全に賭けだった。
  針目がそれにさえ適応できるのであれば、切嗣に打つ手はなかった。
  あの場で分身達に貫かれ、裂かれ、千切られ、宣言通りの惨死体を晒したに違いない。
  
  玄関口の扉は破片の着弾によって貫かれ、罅割れ、硝子部分がすっかり真っ白になってしまっている。
  貫通してきた破片は切嗣の腕や足を傷付けたが、幸いにして、この傷が原因で死ぬということは無さそうだ。
  ずるりと背中を扉に凭れたまま、切嗣は脱力する。
  口からの喀血が服を汚す。
  
 「ハァ……ハァ…………ハ――ッ…………」

  ゆっくりと深呼吸をし、鼓動を整えなければ、本当に心臓が破裂してしまいそうだった。
  意識を失いそうになるのを、どうにかすんでのところで堪え続ける。
  青カードから取り出したスポーツドリンクで喉を潤し、少しでも波が引くのを待つしか彼にはなかった。
  化け物殺しを成した『勝者』の姿にしては、あまりにも泥臭く、人間的なその姿。

 「ッ……あ…………ぐッ――ぅ」

  しかしその姿は、決して間違いではない。
  衛宮切嗣――『魔術師殺し』の戦いは、いつだとて英雄的なものとは無縁であったのだから。
  それに。


128 : killy killy MONSTER ◆gsq46R5/OE :2016/03/14(月) 02:55:42 FgPGlRfw0


 「――が」


  衛宮切嗣は。


 「ざ――――――――んねん、でしたっ☆」


  そもそも、勝っていない。


.


129 : killy killy MONSTER ◆gsq46R5/OE :2016/03/14(月) 02:56:20 FgPGlRfw0





  ――扉を貫いて、切嗣の背を破り、胸板を内側から引き裂いて無骨な片太刀の刃が生えていた。
  止めどなく溢れ出す血が、心臓こそ外せど、もう助からないことを一瞬で証明する。
  口からこれまでで最大の量の血反吐を零し、目を見開いて、切嗣は右手を伸ばし空を掻き毟る。


  まだだ。
  まだ、僕は。
  死ぬわけには、いかない。
  アイリ。
  イリヤ。
  願い。
  世界を。
  込み上げる数多の無念に抱かれながら、されど伸ばした手は何かを掴むことなどついぞなく。


 「――――僕……は………………まだ…………………………」


  無念のままに、魔術師殺しは、死んだ。



【衛宮切嗣@Fate/Zero  死亡】


130 : killy killy MONSTER ◆gsq46R5/OE :2016/03/14(月) 02:56:43 FgPGlRfw0



 「いやー、助かったよ。本当にありがとうね――」

  針目縫は、生きていた。
  その分身は全滅しているし、身体には手榴弾の破片が貫いた痛々しい傷口が幾つも見られる。
  しかし、至近距離で手榴弾の炸裂を受けたにしては破格と言っていい容体だった。 
  本来ならば爆風で全身を焼かれ、破片で頭を砕かれ、美しさの片鱗もない死体を晒していなければ可笑しい。
  では、何故針目は魔術師殺しの殺し手を回避できたのか。
  答えは、こちらも単純である。
  何も難しくない――幸運の女神は、針目縫に微笑んだというだけの話。

 「流子ちゃん☆」
 「……おう」

  切嗣を貫いたまま、傷だらけで片膝を突く針目縫の傍らに立つのは、白い露出の多い衣装を纏った少女だった。
  彼女の名は、纏流子。
  とある女が産み落とした、三人の娘の一人。
  針目縫の姉妹にあたる、もう一人の生命戦維の怪物に他ならない。
  戦いの渦中にあった切嗣も針目も気付けなかったが、流子はこの分校へと接近していた。
  
  蟇郡苛を殺し、止まらない、出処も分からない苛立ちを抱えながら、流子は走った。
  ひとしきり走った後で、あまりの苛立ちに地図を見ることすら忘れたことに気付いた。
  そうして確認してみて、自分が通りすぎたすぐ後ろに、旭丘分校なる施設があることを発見。
  校舎の裏側方面から施設へ近付き、ぐるっと回って玄関口へと接近した。
  切嗣も、針目も流子の接近に気付くことが出来なかったのは、これが理由である。

  さしもの彼女も、これだけの連戦をしてきたのだ。
  疲労とダメージは蓄積しているし、腹立たしいが精神的な理由でも、一度休憩を挟みたかった。
  もし分校に参加者が居たなら、その都度またぶち殺してやればいい。
  その程度の気構えで流子はやって来て、その矢先に、針目縫が殺されかけている瞬間を目にした。

  纏流子にとって、針目縫とは父の仇だ。
  纏一身を殺害し、断ち斬りバサミの片割れを持ち去った仇敵だ。
  しかしながら、今の流子は『着られる』喜びを知り、母に同調した状態にある。
  であれば当然、針目と共鳴こそすれど、敵対する理由はない。
  純潔の力を使い、伸ばした服の一部で爆破寸前の手榴弾を真上へ跳ね除ける。
  これで針目は爆発の直撃を避け、分身によって破片のダメージも最大限軽減され、難を逃れたという訳だ。

 「ところでさあ」
 「……何だよ」
 「流子ちゃん、何かあった?」
 「はあ?」
 「いや、なーんか、流子ちゃん『らしくない』なあと思って☆」


131 : killy killy MONSTER ◆gsq46R5/OE :2016/03/14(月) 02:57:16 FgPGlRfw0

  おどける針目に、流子は舌打ちをする。
  全くその通りだったし、今の流子にとっては、針目は間違いなく同胞だ。
  しかし――彼女にそれを話す気にはならなかった。

 「何でもねえよ。心配されるようなことじゃねえ」
 「そーおー? ……あ、じゃあ休憩がてらさあ。中でちょっとだけお話聞いてくれなーい?」
 「……言っとくが、二人で組んで殺して回ろう、とかってのは御免だぜ」
 「やだなあ、ボク達が固まっちゃったらそれってどう考えてもオーバーキルじゃない。
  効率悪いにも程があるってもんだよ。ボクはただね――」

  針目は、いつも通りにニッコリと笑った。
  
 「これまでのこととか、これからのこととか。とにかく、ちょっとゆっくりお話しよう、ってね☆」

  

【F-5/旭丘分校/一日目・日中】


【針目縫@キルラキル】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(中)、全身に細かい刺し傷複数、繭とラビットハウス組への苛立ち
[服装]:普段通り
[装備]:片太刀バサミ@キルラキル
[道具]:腕輪と白カード、黒カード:不明支給品0〜1(紅林遊月が確認済み)
[思考・行動]
基本方針:神羅纐纈を完成させるため、元の世界へ何としても帰還する。その過程(戦闘、殺人など)を楽しむ。
   0:流子ちゃんとお話したい。
   1:紅林遊月を踏み躙った上で殺害する。 ただ、拘りすぎるつもりはない。
   2:空条承太郎は絶対に許さない。悪行を働く際に姿を借り、徹底的に追い詰めた上で殺す。 ラビットハウス組も同様。
   3:腕輪を外して、制限を解きたい。その為に利用できる参加者を探す。
   4:何勝手な真似してくれてるのかなあ、あの女の子(繭)。
   5:流子ちゃんのことは残念だけど、神羅纐纈を完成させられるのはボクだけだもん。仕方ないよね♪
[備考]
※流子が純潔を着用してから、腕を切り落とされるまでの間からの参戦です。
※流子は鮮血ではなく純潔を着用していると思っています。
※再生能力に制限が加えられています。
傷の治りが全体的に遅くなっており、また、即死するような攻撃を加えられた場合は治癒が追いつかずに死亡します。
※変身能力の使用中は身体能力が低下します。少なくとも、承太郎に不覚を取るほどには弱くなります。
※疲労せずに作れる分身は五体までです。強さは本体より少し弱くなっています。
※『精神仮縫い』は十分程で効果が切れます。本人が抵抗する意思が強い場合、効果時間は更に短くなるかもしれません。
※ピルルクからセレクターバトルに関する最低限の知識を得ました。


【纏流子@キルラキル】
[状態]:全身にダメージ(中)、疲労(大)、精神的疲労(極大)、数本骨折、説明出来ない感情
[服装]:神衣純潔@キルラキル(僅かな綻びあり)
[装備]:
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(19/20)、青カード(19/20) 、黒カード1枚(武器とは判断できない)
    黒カード:不明支給品1枚(回収品)、生命繊維の糸束@キルラキル、遠見の水晶球@Fate/Zero、花京院典明の不明支給品1〜2枚
[思考・行動]
基本方針:全員殺して優勝する。最後には繭も殺す
   0:縫と話す?
   1:次に出会った時、皐月と鮮血、セイバーは必ず殺す。
   2:神威を一時的な協力者として利用する……が、今は会いたくない。
   3:消える奴(ヴァニラ)は手の出しようがないので一旦放置。だが、次に会ったら絶対殺す。
[備考]
※少なくとも、鮮血を着用した皐月と決闘する前からの参戦です。
※DIOおよび各スタンド使いに関する最低限の情報を入手しました。
※満艦飾マコと自分に関する記憶が完全に戻りました。



支給品説明
【コルト・ガバメント@現実】
言峰綺礼に支給。
アメリカ合衆国のコルト・ファイヤーアームズ(コルト)社が開発した軍用自動拳銃。
装弾数七発。

【軍用手榴弾@現実】
越谷小鞠に支給。
爆発による殺傷ではなく、撒き散らす破片による殺傷を目的とした兵器。


132 : ◆gsq46R5/OE :2016/03/14(月) 02:57:30 FgPGlRfw0
投下終了です。何かあればお願いします。


133 : 名無しさん :2016/03/14(月) 04:04:16 VuX4ZPtY0
投下乙です

嫌な予感してたが切嗣は脱落か
っていうかほとんど対主催者の害になることしかやってなかったぞ…


134 : 名無しさん :2016/03/14(月) 07:03:07 lfeLC00I0
投下乙

相手が悪すぎたよ、うん…
怪物2人相手じゃなあ…


135 : 名無しさん :2016/03/14(月) 20:48:22 dggPf7TE0
投下乙
切嗣は頑張ったけど相手が悪すぎたなあ…南無
針目と流子の凶悪コンビはどんな会話を繰り広げるのやら


136 : 名無しさん :2016/03/14(月) 21:01:07 RHGOlsd2O
投下乙です

足手まといを殺し見捨てて独りになった切嗣と、適当に暴れてたら合流した怪物たち
切嗣もセイバーに会えたら何か変わったのかな


137 : 名無しさん :2016/03/15(火) 03:38:37 MyejyNWk0
今期の月報用データです

話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
アニ4 149話(+16) 38/70(- 4) 54.3(-5.7)


138 : ◆DGGi/wycYo :2016/03/16(水) 00:06:03 qJ2BvI3c0
本投下します


139 : 記憶の中の間違った景色 ◆DGGi/wycYo :2016/03/16(水) 00:06:40 qJ2BvI3c0

香風智乃という少女は幼い頃に母を亡くし、父と祖父、そして一匹のウサギと共に育ってきました。
友達と呼べる存在に出会えたのは中学の頃で、やがて自宅兼喫茶店には一人、また一人とバイトの少女がやって来ました。

チノの全てを変えたのは、その二人目のバイト――保登心愛であると言っても過言ではありません。

ココアはあっという間にチノに馴染み、血縁関係でもないのに馴れ馴れしく「姉と呼んでくれ」と頼んできたりもしました。
人懐っこい彼女は次々と友達を増やし、やがてチノを含めて全員の繋がりを作り上げました。

そんな彼女に対し、チノも最初はそっけない態度ばかりを取っていましたが、季節が過ぎ、徐々に心を開き始めていました。
ココアのことを、たった一度だけれど「お姉ちゃん」と呼ぶくらいには、チノ自身も知らず知らずのうちに懐いていたのかも知れません。

そんな矢先のことでした。


保登心愛が、死んだのは。



*    *    *


140 : 記憶の中の間違った景色 ◆DGGi/wycYo :2016/03/16(水) 00:07:12 qJ2BvI3c0

二階にあるチノの部屋に集まった六人は、テーブルを囲むように座った。
行われているのでは合コンなどではない。情報交換だ。

とりわけ言峰綺礼の持っていた情報は、ほとんど市街地の範囲内から動いていない残りの彼らにとって非常に有用なものばかりだった。

一つ、殺し合いが始まって早々、DIOの館にてDIO本人と出会ったというもの。
ゲームセンターで起こった越谷小鞠殺人事件――その容疑者の一人であると折原臨也が示していた男。
ここでポルナレフとも出会い、館を破壊した上での逃走。もう彼は別の拠点に移っているだろうと綺礼は語る。

二つ、綺礼がポルナレフから聞かされていた『敵』の話。
正体不明のスタンド能力を使うDIOと、その配下、ヴァニラ・アイス。
吸血鬼であるDIOの血を分けてもらっていたが故に日の下に出られないが、空間を一瞬で飲み込む凶悪なスタンド使いだと言う。

三つ、逃げられてしまったが、東條希に出会ったこと。
元々はごく普通の学生だったにも関わらず、今は繭の思惑通りに“仕上がってしまい”その手を血に染めた少女。
そして彼女の友人の中には、キャスターの放送で呼ばれた者も居るという。
キャスターのことを知る綺礼が言うには、もう――。

四つ、今なお生き残っていてかつ綺礼の知る者たちに関して。
雨生龍之介とキャスター……残虐な連続殺人鬼。
ランサーにセイバー……誇りを持った騎士たち。
衛宮切嗣……手段を選ばないフリーランスの傭兵であり、平和島静雄とDIOに並ぶ、越谷小鞠殺人事件のもう一人の容疑者。

雄二はそれらをメモに手早く書き出すと、数枚の束になっている、びっしりと書かれたメモを手渡した。

「俺たちが持っている情報や仮説を全て書き記している。役に立つ筈だ」
「すまないな。しかし、これだけのものを書いて肩の傷は大丈夫なのか」
「ほとんど針目縫が来る前に書き終えてある。それに傷の手当はした。さっきのメモ程度ならどうということはない」

ならば良し、と綺礼もメモの束に視線を走らせる。

「そう言えば君の持っていたアゾット剣や紅林の持っていた令呪についての話がまだだったな」

その言葉に誰もが、特に雄二の意識が綺礼の方に向き――


――遮るように、第二回放送が始まった。





「……え」

最初に口を開いたのは、チノだった。
その意味は、この場に居る誰もが理解していた。

「リゼ、さん……」
「チノ……」

勿論リゼもよく分かっている、が。

「縁起でもないようなこと、言わないでください」
「!?」

リゼと遊月が困惑する中、男たちは彼女の言っていることを瞬時に把握した。

確かに“似ている”。
すぐそこに居る天々座理世と先ほど放送を行った繭の声は、どういうわけか少々似通っていた。
そして、チノにとって大切な人が死に……それを、彼女は受け入れられなかった。
だから彼女は――

「あ、おい!」

横に居た遊月を押しのけ、部屋から走り去るチノ。
誰か追えばいいのに、そう思いつつ周りを見るが。
皆が同じだ。リゼは勿論、他の皆もどこか重苦しい雰囲気を漂わせている。

「くそっ」

仕方がない、と遊月はチノの後を追った。
少し遅れて、思い出したようにすっと立ち上がった雄二も部屋を発つ。


141 : 記憶の中の間違った景色 ◆DGGi/wycYo :2016/03/16(水) 00:07:41 qJ2BvI3c0

「……はぁ」

三人が部屋を出た後、リゼは仰向けに寝転がる。
そして目元を隠すように顔に腕を乗せ、誰ともなしに語り始めた。

「ココアは、何というか……ヘンな奴だった」

二人は黙って話を聞いている。

「私も、チノも、シャロも、千夜も、マメの二人も……みんなに分け隔てなく接してさ。
しかも出会ってすぐからそうだ。傍から見れば、馴れ馴れしいもいいところだ。
……私とのファーストコンタクトは、ちょっとアレな形だったけど」

思い出す。あの時は下着姿に拳銃という、あまりにも奇抜すぎる対面の仕方だった。

「でも……あいつが居て、シャロが居て、みんなが居て。
ちょっと平和ボケしてるって言われるかも知れないけど、それが当たり前の日常だった」

図々しいとは分かっていても。

「正直さ、ここでチノがいつものようにコーヒーを淹れていて、最初の放送で誰も呼ばれなかった。
もしかしたらこのまましばらくしたら千夜がシャロを連れて来てさ、ココアはいつもみたいに迷子になりながらもここに来て。
そうしたら、みんなで一緒に帰れるって――」

思っていたのに。言葉の端は、嗚咽で途切れた。

畜生、私はあいつらの中では一番年上なのに。一番しっかりしなくちゃいけない筈なのに。


「……すまない、一人で色々喋ってしまった」

気にするな、と返す承太郎。
彼とて同じだ。

「(ポルナレフ、花京院……それに……)」

承太郎とて仲間を喪うことは初めてではない。けれども、決して慣れているわけでもない。
ただ目を閉じ、奥歯を噛み締め、彼らの顔を思い浮かべた。
目の前で針目縫に殺されたポルナレフ。どこで誰に殺されたのか、肉の芽に操られていたかさえ分からない花京院。それに、蟇郡苛に折原臨也。
……最後の一人は思い浮かべるべきか少し考えたが、気にしないことにする。

泣き叫びはしない。どうして死んでしまったのかなどとは問わない。
ただ、心の中で別れを告げた。今はそれだけだ、と判断した。

目を開けた承太郎は、そのまま綺礼に視線を移す。
ペンを走らせているそのメモは、恐らく魔術についての記述だろう。

「なあ、神父さん――いや、言峰綺礼」
「改まって何だ」

筆を止め、承太郎に顔を向ける。

「この放送で色々気になることはある」

蟇郡苛が死んだ。
折原臨也が死に、一条蛍が生きている。
キャスターも、蒼井晶も。他複数の危険人物が死んだ。
そして、衛宮切嗣や平和島静雄の名前はまだ挙がっていない。

ここに留まるか、それとも動くべきかだとか。
『DIOが平和島静雄を洗脳した』という臨也の推理についてだとか。
臨也が死んだ今、蛍の安否はどうなっただとか。

「だがその話は後でする。……天々座、少し席を外すぞ」
「ああ、分かった」

来い、と綺礼に促し、承太郎は部屋を出た。


「……千夜はどうしてるんだろう」

一人になった部屋で、リゼはボソリと呟いた。
千夜にとって、ココアは親友、シャロに至っては幼馴染だ。

たまにネガティブ思考になる彼女だ。もしかしたら。

「(考えないでおこう)」

今はしばらく、一人で居たい。


*   *   *


142 : 記憶の中の間違った景色 ◆DGGi/wycYo :2016/03/16(水) 00:08:14 qJ2BvI3c0

チノの向かった先は、リゼたちの居る部屋のちょうど真上――ココアの部屋。
息を切らせ、扉を開ける。

「ココア、さん」

誰も居ない。

「居るんですか」

ベッドが膨らんでいる。

「ココアさん、起きてください」

布団を捲る。

「っ……」

うさぎの人形が入っていただけ。

ガチャリ。誰かが入ってきた。

「居た……」

息を切らせて、彼女は入ってきた。
涙でぼやけた視界が、その姿を捉える。

「ココアさん、今までどこに居たんですか!」
「お、おい……」
突然チノに抱きつかれたココア――ではなく紅林遊月は、少し考えて、理解した。

自分が今着ている服は、ラビットハウスの色違いの制服。
バータイムの服を除けばチノの水色、行方不明のココアのピンク、リゼに借りている紫。
更に、自分の声は“保登心愛”と少し似ているとチノは言っていた。
まさか、私を“ココアさん”だと――?

「違う、私は“ココアさん”じゃない」
「今度は何の冗談ですか……私の部屋にリゼさんたちも居ます。早く会ってあげてください」

落ち着け、と言わんばかりにチノの顔を真正面から覗き、手をあてる。
私は紅林遊月だ。決して保登心愛ではない。

「私の顔に、何か付いてますか」
「付いてるも何も、私は……」

「その辺にしておいた方がいい」

開きっぱなしの扉の外から、第三者の声が聞こえた。

「ちょうど良かった。風見さん、チノが……」

焦る遊月を制止するように、雄二は言う。

「チノ、部屋に戻っていてくれ。彼女を連れてすぐに戻る」
「でも、ココアさんが」
「五分だ。五分だけ、時間をくれ」

彼がそう言うとチノは大人しく引き下がり、部屋を出た。
パタンと扉が閉まると、雄二は遊月に向き直った。

「遊月、少しの間でいい。チノに合わせてくれないか」
「……え?」
「何かおかしいところでもあるか」

おかしいも何も。
何故私がそんなことをしなければいけないんだ、というのが本音だった。
チノ自身に僅かな苦手意識を持ってしまっている私が。

「私に、ココアさんの代わりなんて務まらないよ」
「判っている。それでも頼みたいんだ」

冗談だろう、と言いたくなる。
だが、彼の目は冗談を言う人のそれではない。

「……もしかしてだけど風見さん」
「何だ」

今から思い返しても、何故そんな質問が出たかはよく分からない。

「風見さんにも、姉か妹、居たの? それに、入巣蒔菜って確か」

その質問に対し雄二は、ああ、と短く肯定した。


妹、というより娘にあたるのだろうか。
自分のことを『パパ』と呼んでいた蒔菜は、もう居ない。

訓練を受けている彼女は、人並みには強い。
……恐らく、承太郎のスタンドや針目縫のような“常人ならざる力”に遭遇したのだろう。

何が『もう自分は一人前だから十人救う』だ。
蒔菜は死んだ。守ると誓った五人の少女たちも、その二人が命を落とした。

だがまだ自分は生きている。まだ死ぬことを許されていない。
だったらせめて、雄二の傍で“壊れた”少女を救うことくらいは。
それが、風見雄二という人間に科せられた、罰なのだろうか。


紅林遊月の心境は複雑だった。

桐間紗路の名前が呼ばれた。
喧嘩さえなければ、きっと今頃彼女はここに着いていただろう。
彼女が死んだ原因は、元を辿っていけば自分に来る。

そんな自分が、シャロと仲の良かったチノとリゼの居るこの場所に居て、いいのだろうかと。
二人に責められれば、すぐにでもここを出て行こうかと思っていた。
チノを追いかけたのも、そんな思惑があったからかも知れない。

返ってきた言葉は、予想の斜め上を行くものだった。
ココアの幻影扱いされ、しばらく幻影を演じろというもの。

どうしてこんなことになったのか。
およそ半日前の、シャロと喧嘩した時の自分を問いただしても、答えは見つからない。


143 : 記憶の中の間違った景色 ◆DGGi/wycYo :2016/03/16(水) 00:09:49 qJ2BvI3c0


荒れた喫茶店に、二人は立つ。

「わざわざここまで来て、一体何を話すつもりなんだ」
「夜中にDIOと会ったって言ってたよな」

承太郎の鋭い眼光が綺礼を捉える。

「ああ。気になることでもあったか」

――極限状態における、人間の本性、魂の輝きを見ること。
――分かりやすく言うなら、他人が苦しんだり、必死になったりしているところを見てよろこ……。

青いカードの口から飛び出た、彼の“根源的な願望”。

放送が終わって、幾つかのゴタゴタがあった。
その中で彼は、堪えてこそいたが笑っていた。“愉悦”の笑みを浮かべていた。

言峰綺礼は歪みを抱えている。
どうにかそれを断ち切るには、今しかない。

「なあ、言峰綺礼」

かつて、肉の芽を埋められる直前のポルナレフがそうであったように。

「手前はDIOに何を言われたんだ」





ココアの部屋を出たチノは、バルコニーに足を運びました。
下を覗いてみると、先程の戦闘の跡が生々しく残っています。

はぁ、と小さなため息。

彼女は分かっていました。
ココアやシャロは既にどこかで息を引き取っているのだと。
もう、生きている彼女たちには会えないのだと。

でも、それを認めてしまうと、自分が“壊れてしまう”気がして。
だから彼女は、自分から壊れた『演技』をすることにしました。

香風智乃という少女を保つために、わざとココアの幻影を作り上げたのです。
もし紅林遊月が居なかったら、彼女はきっと天々座理世を幻影に仕立てていたことでしょう。

喫茶店を失い、最初に自分を支えてくれた蟇郡苛も喪い、桐間紗路も、大切な義姉さえも喪った彼女には、それしか出来なかったのです。
そのくらいには、今の香風智乃は、脆い存在でした。



「助けてください……お姉ちゃ…………“ココアさん”」



【G-7/ラビットハウス/一日目・日中】
【香風智乃@ご注文はうさぎですか?】
[状態]:健康、現実逃避
[服装]:私服
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(8/10)、青カード(10/10)
   黒カード:果物ナイフ@現実、救急箱(現地調達)、チャンピオンベルト@グラップラー刃牙、グロック17@Fate/Zero
[思考・行動]
基本方針:皆で帰りたい……けど。
   0:……。
[備考]
※参戦時期は12羽終了後からです。
※空条承太郎、一条蛍、衛宮切嗣、折原臨也、風見雄二、紅林遊月、言峰綺礼と情報交換しました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。
※『越谷小毬殺人事件の真犯人はDIOである』という臨也の推理(大嘘)を聞きました。必要に応じて他の参加者にも伝える可能性があります。

※紅林遊月の声が保登心愛に少し似ていると感じました。
※紅林遊月を保登心愛として接しています。



【天々座理世@ご注文はうさぎですか?】
[状態]:健康、精神的疲労(中)
[服装]:メイド服・暴徒鎮圧用「アサルト」@グリザイアの果実シリーズ
[装備]:ベレッタM92@現実
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(10/10)
    黒カード:不明支給品0枚
[思考・行動]
基本方針:ゲームからの脱出
     0:ココア、シャロ……。
     1:ここで千夜を待つ? 探しに行く?
     2:外部との連絡手段と腕輪を外す方法も見つけたい
     3:平和島静雄、DIO、針目縫を警戒
[備考]
※参戦時期は10羽以前。
※折原臨也、衛宮切嗣、蟇郡苛、空条承太郎、一条蛍、香風智乃、紅林遊月、言峰綺礼と情報交換しました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。
※『越谷小毬殺人事件の真犯人はDIOである』という臨也の推理(大嘘)を聞きました。必要に応じて他の参加者にも伝える可能性があります。


144 : 記憶の中の間違った景色 ◆DGGi/wycYo :2016/03/16(水) 00:10:22 qJ2BvI3c0
【紅林遊月@selector infected WIXOSS】
[状態]:口元に縫い合わされた跡、決意、不安
[服装]:天々座理世の喫茶店の制服(現地調達)
[装備]:令呪(残り3画)@Fate/Zero、超硬化生命繊維の付け爪@キルラキル
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(18/20)、青カード(20/20)
黒カード:ブルーアプリ(ピルルクのカードデッキ)@selector infected WIXOSS
[思考・行動]
基本方針:叶えたい願いはあるけれど、殺し合いはしたくない
   0:情報交換を兼ねてラビットハウスで休憩。特に魔術の話を注意して聞く。それから……。
   1:シャロ……。
   2:るう子には会いたいけど、友達をやめたこともあるので分からない……。
   3:衛宮切嗣、針目縫を警戒。
   4:私は、どうしたら……。
   5:“保登心愛”としてチノと接するべきなの……?
[備考]
※参戦時期は「selector infected WIXOSS」の8話、夢幻少女になる以前です
※香風智乃、風見雄二、言峰綺礼と情報交換をしました。
※ピルルクの「ピーピング・アナライズ」は(何らかの魔力供給を受けない限り)チャージするのに3時間かかります。



【風見雄二@グリザイアの果実シリーズ】
[状態]:疲労(小)、右肩に切り傷、全身に小さな切り傷(処置済)
[服装]:美浜学園の制服
[装備]:キャリコM950(残弾半分以下)@Fate/Zero、アゾット剣@Fate/Zero
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(10/10)
   黒カード:マグロマンのぬいぐるみ@グリザイアの果実シリーズ、腕輪発見機@現実、歩狩汗@銀魂×2
[思考・行動]
基本方針:ゲームからの脱出
     0:情報交換を兼ねてラビットハウスで休憩。特に魔術の話を注意して聞く。
     1:天々座理世、香風智乃、紅林遊月を護衛。3人の意思に従う。
     2:宇治松千夜の保護。こちらから探しに行くかは全員で相談する。
     3:外部と連絡をとるための通信機器と白のカードの封印効果を無効化した上で腕輪を外す方法を探す
     4:非科学能力(魔術など)保有者が腕輪解除の鍵になる可能性があると判断、同時に警戒
     5:ステルスマーダーを警戒
     6:平和島静雄、衛宮切嗣、DIO、針目縫を警戒
     7:香風智乃の対処をどうしたものか……。
[備考]
※アニメ版グリザイアの果実終了後からの参戦。
※折原臨也、衛宮切嗣、蟇郡苛、空条承太郎、紅林遊月、言峰綺礼と情報交換しました。
※キャスターの声がヒース・オスロに、繭の声が天々座理世に似ていると感じました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。
※『越谷小毬殺人事件の真犯人はDIOである』という臨也の推理(大嘘)を聞きました。必要に応じて他の参加者にも伝える可能性があります。
[雄二の考察まとめ]
※繭には、殺し合いを隠蔽する技術を提供した、協力者がいる。
※殺し合いを隠蔽する装置が、この島のどこかにある。それを破壊すれば外部と連絡が取れる。



【空条承太郎@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
[状態]:疲労(中)、胸に刀傷(中、処置済)、全身に小さな切り傷、針目縫への怒り
[服装]:普段通り
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(10/10)、噛み煙草(現地調達品)
[思考・行動]
基本方針:脱出狙い。DIOも倒す。
   0:体力が回復するまで、情報交換を兼ねてラビットハウスで休憩。
   1:その後、これからの行動を決める。
   2:平和島静雄と会い、直接話をしたい。
   3:静雄が本当に殺し合いに乗っていたなら、その時はきっちりこの手でブチのめす。
   4:言峰、お前は――
[備考]
※少なくともホル・ホースの名前を知った後から参戦。
※折原臨也、一条蛍、香風智乃、衛宮切嗣、天々座理世、風見雄二、言峰綺礼と情報交換しました(蟇郡苛とはまだ詳しい情報交換をしていません)
※龍(バハムート)を繭のスタンドかもしれないと考えています。
※風見雄二から、歴史上の「ジル・ド・レェ」についての知識を得ました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。


145 : 記憶の中の間違った景色 ◆DGGi/wycYo :2016/03/16(水) 00:10:34 qJ2BvI3c0

【言峰綺礼@Fate/Zero】
[状態]:疲労(中)、全身に小さな切り傷
[服装]:僧衣
[装備]:神威の車輪(片方の牛が死亡)@Fate/Zero
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(18/20)、青カード(17/20)
黒カード:不明支給品0〜1、各種雑貨(ショッピングモールで調達)、不明支給品0〜3(ポルナレフの分)、スパウザー@銀魂
    不明支給品1枚(希の分)、不明支給品2枚(ことりの分、確認済み)、雄二のメモ
[思考・行動]
基本方針:早急な脱出を。戦闘は避けるが、仕方が無い場合は排除する。
   0:体力が回復するまで、情報交換を兼ねてラビットハウスで休憩。魔術について教える。
   1:その後、これからの行動を決める。
   2:DIOの言葉への興味&嫌悪。
   3:希への無意識の関心。
   4:私の、願望……。
   5:空条承太郎と話をする



[全体備考]
※針目縫が落とした持ち物は、風見雄二と紅林遊月が回収しました。
※ポルナレフの遺体は、ラビットハウス二階の部屋に安置されています。
※ポルナレフの支給品及び持ち物は、言峰綺礼が全て回収しました。まだ確認していないものもあります。
※神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)は、二頭のうち片方の牛が死んだことで、若干スピードと火力が下がりました。
※二階のチノの部屋に、言峰綺礼の書きかけの魔術に関するメモがあります。


146 : ◆DGGi/wycYo :2016/03/16(水) 00:10:48 qJ2BvI3c0
本投下を終了します


147 : ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/16(水) 00:15:55 ze2QoZYI0
本投下乙です!
やっぱりチノちゃんのダメージはでかいなあ…今後が不安になるが、ごちうさ組は二人で頑張ってほしいなあ
遊月もそんなチノちゃんの様子に揺れ、雄二もマキナ死亡のダメージはやっぱろでかいか
そして承太郎と言峰…この二人の話し合いはどんな結末になるのだろうか

では、遅れましたが、自分も投下したいと思います


148 : ■■■■ your enemies ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/16(水) 00:18:16 ze2QoZYI0
 


定時放送を聞いて、セルティの心に浮かんだのは、彼女自身にもよく分からない感情だった。
尤も、それを覚えたのは、今更死者の数や橋を直すどうこうについてではなかったのだが。
正真正銘の悪魔だの、勇者に変身する少女だの、果ては喋るTCGのカードだのと、自分以上に常識を超えた存在がいるという事もあるし、実際にそんな超人的な身体能力を以て人を殺すマーダーにも遭遇した。
だから、死者の多さや早すぎる橋の修復などについては、そこまで思い悩むような事柄ではなかった。
彼女が、その心を動かされたのは。

─────折原臨也

(死んだのか、お前)

「やっぱりな」という呆れと、「まさか」という驚きが同時に心に去来する。
臨也という人間の人物像は、正直セルティには完全に掴めてはいなかった。
常に飄々として、目立つ事を恐れずに情報屋なんて職業を生業にし。
趣味の人間観察とやらは大概趣味が悪く、あの男に運ばされたものはたまに思い出したくないようなものもあった。トランクケースに入った女の子とか。
そして、あの静雄と致命的に仲が悪く、常に殺し合い同然の喧嘩を─────少し違うな、命懸けの追いかけっこといった方が近いか─────まあそんな事も繰り返していた。
案外、ここで臨也が殺されたのも、静雄が何らかの原因なのかもしれない。
というか、そうでなければ、あの男が死ぬ様なんてあまり思い浮かばない。
杏里の死を知った時とはまた違う、名状しがたい感情に包まれていたセルティ。
だが、思考が現実に引き戻されるのは早かった。

「………シャロ」

その夏凜の一言で、臨也への感情は一先ず置いて現実に意識を向けた。
シャロ………桐間紗路。確か、夏凜やアインハルトと共に行動し、第一回放送の時にいざこざで別れ、その後は。

「確か、小湊るう子と共にいた筈の少女だったな」

そう。
現状主催に対抗する為のキーパーソンであると思われる、小湊るう子と一緒にいるはずの少女だ。
その少女が呼ばれたとなれば、冷静な計算という点から考えても心を乱さずにはいられない─────長く彼女達といた夏凜にとっては、それ以上に平静ではいられないだろう。

「考えられるのは……大まかに分ければ二つか。
まず、小湊るう子が桐間紗路を殺害したとい━━━━━」

そこで、アザゼルは言葉を止めた。
何も敵を察知したとか、そういう訳ではない。
夏凜が纏う空気が変わり、剣呑とした視線がアザゼルに向けられているだけだ。
というか、この悪魔は多分それを狙って今の言葉を口にし、そしてあえて途中で切ったのだろう。

この二人、決して相容れないという事はないだろうが、かといって簡単に分かり合えるような間柄でもない。
積極的にアザゼルが夏凜を煽るような言動を繰り返せば、夏凜も彼に対しての態度は逆戻りだ。
何か起こればすぐに止められるよう影を控えさせながら、一先ずは目の前の流れを観察する。

「………るう子がシャロを殺す必要なんて、どこにもないじゃない」
「どうかな?」

案の定、夏凜が叫び、アザゼルは飄々とした笑いでそれを受け止める。
今のところは論争だが、気は抜けない。何処かでこの空気を断ち切らなければ、いつまでも二人の間には不穏な空気が残りかねない。

「数時間を共にしただけで相手が無害だと判断するのは不可能だ。無論万が一といったレベルだが、警戒しておくに越した事はないだろう?」

その発言は、確かに一理ある。
本性を隠しているような人間が存在しないとは言い切れないし、それが夏凜とアインハルト二人の評価だけ、という以上、100%信用という訳にはいかない、というのは確かに一理あるのだ。
一理ある、が、わざわざ仲間となった人物の目の前でそれを言う、しかも今のような場で問題として取り上げるのは亀裂の種となるのは当たり前で。


149 : ■■■■ your enemies ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/16(水) 00:19:06 ze2QoZYI0

「或いは、逆もあるな。桐間が小湊を何らかの理由で殺害を試み、小湊が応戦して返り討ちにした。
こういう筋書きなら、小湊自身は信頼に足る人物であると考えられるだろうな」

尚も流れるように語るアザゼルに対し、夏凜の渋面は晴れることはない。
いや、寧ろ紗路の方から襲い掛かったという話が始まった辺りから、明らかにその表情は悪化している。
当たり前だ、と思う。
先程の理論だけでも一般人はそこまで考えを巡らせないだろうが、悪魔であるこの男が語る「可能性」はその本質に相応に悪辣なものばかりを提示してくる。
自分ならする、という事だろうか─────そう思い至り、気分がより悪くなる。
と、彼女達の感情を漸く察したのか、アザゼルはやれやれといった表情で首を振る。

「あくまで可能性、だ。
それに、言わずもがなもう一つの可能性の方が起こり得る可能性としては高い」
『何者かの襲撃、だな』

ここぞ、とばかりに二人に割り込み、話題を逸らしに動く。
咄嗟に打ち込んだ、セルティのPDAの画面に表示された文字列に、アザゼルは見透かしたような笑顔を浮かべながら頷く。
その笑顔に心中を覗かれるような感覚を覚えつつも、負けじと見返すような仕草を見せておいた。

「小湊は何らかの形で殺されるのを免れた、と見るべきだろうな、この場合」
『ああ。というかそれ以外だと、放送を丁度跨ぐように殺される事になる。そんな事をする理由がわからない』
「案外こうして、不安を煽る事が目的かもしれんぞ?」

何処か愉しげにそう言うアザゼルに、セルティも無い顔を顰めた。
本当に、頭が良いだけに悪知恵も随分と働いている。性格の悪さなら、まだ善意になる可能性が(本当に僅かだが)存在する臨也より酷いかもしれない。

「今は運良く逃亡………運が悪ければ拷問や人質といったところか
可能性は薄いだろうが、俺達と同じく小湊の─────セレクターとしての適正に価値を見出したという可能性もある」

だが、その一方でこうして真面目な考察や冷静な立案を忘れないというのは非常に頼りになる点だ。
この悪魔一人だけで、下手すれば脱出の手筈まで整えてもおかしくない手際の良さを見せているのは確かなのだ。
慢心しながらも抜け目なく、見下しながらも適切な対応を選択する。

─────敵にならなかったのは、本当にラッキーだったな。

心の中でそう呟く。
もしも敵として戦う事になっていれば、と思うとぞっとしない。
先程の温泉での交戦や先程の夏凜との戦いを見た、その僅かな時間だけでこの悪魔の力量が桁違いだととことん思い知らされた。
単純に、強い。
その上にこの悪巧みなのだから、悪辣と言う他ないだろう。
そんな彼がこちらの味方になってくれている、という事には、少なからず安心感がある。

兎も角。
これで定時放送についての話が終わった、となれば、次の行動は決まっている。

「さて、そろそろこちらも動くべきだろう。
三好、頼むぞ。ああ、もう蒼井についての話をする必要はないだろうな」
「…………ええ、分かってるわよ」

尚も暗い顔をしたままの夏凜が立ち上がり、階段へと足を進めていく。
向かう先は、この施設が放送局たる所以─────つまり、放送室。
その背中に、セルティは心配を募らせ、アザゼルはただ薄く笑っていた。


150 : ■■■■ your enemies ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/16(水) 00:20:29 ze2QoZYI0

放送局から放送するにあたって、その人選は必然だった。
アザゼルは、元の世界で悪魔として行動し、今生き残っている知り合いには顔が割れている。
その上、角や背中など、初対面の相手にも怪しまれること請け合いな恰好。
現状パワーバランスでは一番であり、何を言いだしても止められない、という要素も手伝い、彼の登用にはセルティが頑として首を横に振っていた。
続いてセルティだが、こちらは性格面はともかく見た目がアザゼル以上に問題。
あくまで信頼という点から考えれば、彼女の友人である平和島静雄、それに先程名前を呼ばれた折原臨也からの情報で信用を集められる─────尤も、この二人の方が信頼されるかという問題はあるらしいが。
しかし、 それ以上に「話せない」「顔を見せられない」という、放送においては致命的に向いていない。
デュラハン─────首無しという存在の放送など、信用してくれる人間はたかが知れている。

だからこそ、三好夏凜に絞られる。
元の世界での友人同士での信頼は強い─────既に殺人者となった、或いは殺人を犯しているかもしれない二人も、決して仲間を売れるような人物ではないと夏凜は主張した。
見た目も、三人の中では唯一一般的な人間のもの。
しかし、考察までこなした事を言ってしまうと、所詮子供の言う事かと軽んじられる可能性もある。そこまで考えた上で、改めて放送で話す事は絞られる事となった。

結局、放送で話す内容は単純に「小湊るう子、紅林遊月、浦添伊緒奈への呼びかけ」となっていた。
タマの存在、いや、そもそもルリグがどうこうという話は、こんなところで公に呼びかけるのは危険性が高い。
こうやって放送させ、根拠のない希望のみを伝播させること、それ自体が主催の罠と考えることも出来る。
そんな状態で無闇にこの情報を広めるのは下策。 重大な手掛かりだからこそ、慎重に扱わなければならない―――――という議論の結果、こうなった。

改めて放送室に入ると、そこには多くの機材が揃っていた。
とはいえ、放送局についてから定時放送まではそれなりに時間が余っており、その間にどこをどうすれば録画やその映像の発信が出来るかは確認済みだった。
実際に放送するのを定時放送の後に回したのは、より注目が集まりやすく、更に万が一が起こる可能性が放送前より低いという理由から。

夏凜はカメラの電源を入れると、マイクと一枚のメモを握りしめて顔を上げた。







『─────あ、ええっと……これでいいのかしら?
いきなりでごめんなさい、放送局から放送しているわ。
私の名前は三好夏凜。この島の中で、人を探しているの。

るう子…小湊るう子、紅林遊月、それに浦添伊緒奈。

この三人に、聞きたい事があるわ。
他にも、『セレクター』と聞いて分かる人がいたら教えて欲しい。

ええっと、見えるかしら?これが私の端末のアドレスよ。
さっきの放送で、メールが使えるようになったみたい。
もし遠くにいても、もし施設の中にパソコンや端末があればそれで連絡も取れると思う。

最後に―――――東郷、それに風。あんまりバカなことはやめなさい。
友奈、私はちょっとここから動くかもしれない。また連絡するわ。

それじゃあ、また』


151 : ■■■■ your enemies ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/16(水) 00:22:23 ze2QoZYI0






カメラの録画停止ボタンを押し、定期的に流すための配信システムをオンにする。
ふう、と大きく息をした。
場所のせいもあって、思ったより緊張してしまった。殺し合いの場で今更何を、と思われるかもしれないが、それとはまた別の緊張に身を包まれた。
友奈、風、東郷について話すことは、アザゼル達には言っていなかった。が、このくらいは問題ないだろう。
友奈が放送局に来ているというのはあるが、チャットルームより秘匿性が高いメールで簡単に連絡が取れるようになったし、ずっとここで待っているというのも夏凜の性分には合わない。
それならば、こちらからも目的の人物を探しつつ連絡を取り合って合流を目指す方がやりやすい。
最後に、ちゃんと放送されたかどうかをもう一度確認し、部屋を出て階下に降りる。

「終わったわよ」
「遅い」

その一言に少なからずむっとするが、しかし表情を見て困惑に変わる。
アザゼルが顔に浮かべている薄笑いが、自分に向けるような、嘲笑うようなものでは無く、まるで何かを掴んだかのように勝ち誇った笑いであり。
それに、セルティの様子も、先程までとは別種の緊張に包まれているように見えた。

「聞きたい事がある。あれは、小湊るう子で合っているか?」

その声と同時に指差された方向を向くと、そこには一人の少女が立っていた。
黒髪にシュシュ、そしてあの服は―――――

「夏凜ちゃん!?」
「るう子!」

そこに居たのは、紛れもなく小湊るう子。
声も聞こえたが、間違いなく先程まで聞いていたあの声だ。
確認してこい、というアザゼルの言葉を聞くまでもなく、るう子の下へと駆け出していた。
再会できた、と。
心から、夏凜は喜んでいた。
だからこそ、駆け寄った時―――――最初に抱いたのは、疑問だった。
なぜ、るう子の表情はこんなにも、まるで何かに怯えているように暗いのか、と。

「…夏凜、さん」

そして、その答えは―――――るう子自身が、持っていた。
彼女が、ポケットから取り出した紙を、近づいてきた夏凜へと見せる。

『今、小湊るう子には銃口を向けている』

顔が驚愕に歪むのが、自分でもわかった。
るう子を見るが、彼女も半分泣きそうな顔で俯いている。

『悪魔の男を、るう子の背後に移動させろ。
そうすれば、るう子は殺さない』

そこで、文面は終わっていた。
短いが、夏凜を揺さぶるには十分だった。
何を意味しているかなど、火を見るより明らかなのだから。

どうにかして。
どうにかして、回避の方法は無いかを探る。
この場で、二人を殺さずに済む方法を、頭の中で必死に探し。


―――――答えは、案外早く見つかった。


152 : ■■■■ your enemies ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/16(水) 00:23:08 ze2QoZYI0


「―――――アザゼル」
「どうした?」

夏凜の声に、アザゼルは立ち上がる。

「外に、見せたいものがあるみたい。ちょっと来てくれる?」

一瞬眉を顰めるが、特に疑問もなく歩んでくる。
俯いている夏凜の表情は、不安そうにこちらを覗きこんでくるるう子には見えていないだろう。
だが、その表情は決して折れてはいない。


そうして。
アザゼルの身体が、るう子の背後へと移動した瞬間。

「―――――今よ、伏せて!」

夏凜は、アザゼルを突き飛ばすように手を伸ばしながら、その背後へと飛び出した。
同時に、東の方角から蒼い弾丸が飛来する。
射線上には夏凜だけが残り。
精霊の守りがあるとはいえ、生き残れるかは五分五分。
けれど、これが多分、一番いい賭けの筈だと。
そう信じて、夏凜は静かに目を瞑った。



東郷。
あんたがどうしてそんなことをしてるのか、私はわからない。
だけど、友奈はまだ生きてる。ちゃんと話し合いさえすれば、あんたの味方になってくれる筈。
だから、もうこんなことは―――――止めてほしい。



風。
樹が死んだって聞いたあんたが何をしてるかは、正直あまり考えたくない。
だけど、一つだけ言っておくなら…樹は、どんなことになってもあんたに着いていく筈よ。
だから、あんまり自分を粗末にするんじゃないわよ。



………友奈。
私が死んだって聞いたら、多分あんたは泣いてくれるんでしょうね。
でも、まだあんたには仲間がいる。
東郷だって風だって、まだあんたの味方になってくれる筈よ。
だから―――――できれば、泣かないで。
友奈の泣き顔なんて、見たくないから。







そうして。
地面が爆ぜるような、巨大な破壊音が響いた。


153 : ■■■■ your enemies ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/16(水) 00:23:59 ze2QoZYI0







「殊勝な心掛けだな、三好」

気付いた時には、首根っこを掴まれて宙ぶらりんになっていた。

「身を挺して俺を庇ってくれるとは、中々」

まるで余裕綽々、といった雰囲気をこれでもかと滲ませながら、アザゼルが笑っている。
反対の手では庇うようにるう子を守り、それでいて弾丸は掠ってすらいない。
まるで奇襲が来ることが分かっていたかのような、流れるような動き―――――いや、実際気付いていたのか。
いつから、という言葉が漏れかけて、それを飲み込む。
コイツの事だ、多分呼ばれた時から不意打ちに注意していたのだろう。
いつでも反応できるようにしておいたし、ならば私は相当な無様を見せたことになる。
そのことに顔を赤くしつつも、もっと優先すべきことを思い出す。

―――――ともかく、今は。

「―――――先行ってて!」
「言われなくても」

そのまま私を放り投げ、アザゼルは翼を広げる。―――――放り投げ?
直後に浮遊感、そして地面に叩きつけられる感触。無駄に痛い。

「か、夏凜さん…」
「大丈夫よ」

身体は大丈夫だ、動く。
とにかく、今は一刻も早くアザゼルを追わないと。
アザゼルの事を知っている相手なら、あいつの力は多分身を以て知っている。
だからこそ、油断を誘った上での遠距離からの狙撃という手段を選んだ。
となれば、敵が―――――東郷が選ぶのはおそらく逃亡だ。

そう、東郷。
あの弾丸は、間違いなく東郷の勇者の力だった。
ならば、自分も倒れている暇はない。
今すぐ行って、話し合わなければならない。
どうして、あんなことをしているのか。
本当に、樹を殺したのか。
色んなことを聞いて、その上で、あいつを絶対に止めなければならない。
それが出来るのは、今この場では夏凜だけなのだから。







「―――――えっ?」


そして。
ほどなくして、彼女の目に、それが飛び込んできた。
まず、勝敗は決していたと言えるだろう。
余裕綽々といった雰囲気を漂わせながら立っているアザゼルは、間違いなく勝者。
そして、そんな彼に踏みつけられている少女―――――驚いた事に勇者の装束を纏いながら、それでも地に臥している少女が、敗者。
そして。

「うそ、でしょ?」

敗者は、もう一人。
アザゼルが、何でもないかのようにその腹部を握った鋏で刺し貫いている少女。

やめて、と切に願う。
その顔を、こっちに向けないで。
そうしなければ、まだ希望が持てる。
ただのよく似た別人だって、そう思っていられるから―――――

その思考は、とても勇者のそれとは言い難かった。
自分の都合の良いだけの現実を望む思考は、勇者のそれとは程遠い。
けれど。
勇者である以前に、ただの女子中学生である彼女に、今なおその精神を保てというのも、酷な話だっただろう。

ゆっくりと、壊れた人形のように少女が振り向く。
腹から飛び散った自身の血が僅かにかかる、その顔は。

「かりん、ちゃん………?」
「………………とう、ごう?」

東郷美森の、顔をしていた。


154 : ■■■■ your enemies ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/16(水) 00:25:34 ze2QoZYI0



「……ほう」

放送が終わり、ラヴァレイは僅かに眉を顰めていた。
カイザル、晶、高坂穂乃果─────彼がここに来てから出会った内の実に三人が、僅かなこの六時間の内に命を落としている。
更に、ジャン・ピエール=ポルナレフと花京院典明の名前も呼ばれていた。
これは痛いな、と一人呟く。
知り合いの死亡は、そのまま変身のレパートリーの減少となる。
出来るなら、特に蒼井晶あたりにはもう少し生き延びて欲しかったところだが。
それに対して、本部以蔵─────彼が知る中でも屈指の道化がそれでも生存しているというのも、中々に笑える話ではある。

さて。
改めて己の現状を把握しつつ、今後の行動方針を立て直す。

ひとまずは、この出口から放送局へと上がる事にした。
ヴァニラ・アイスとの接触は惜しいが、もし今のあの男が『クリーム』というスタンドの中に入り移動しているとすれば。
それなりの速さを持つあのスタンドに追いつけるか怪しい上に、逃げ場が少ないこの通路では下手に近付けば話も出来ず削り取られる可能性すらある。
それでも時間があれば何らかの策を講じたかもしれないが、放送が終わったという事は今に地下通路そのものから弾き出される。そうなっては完全に骨折り損だ。

次に悩むべくは、どの姿で出ていくか。
これには、少し悩んだ結果「ラヴァレイ」のままで出る事を決めた。

今の放送局には、本部以蔵がまだ残っている可能性がある。
完全に四面楚歌という程に追い詰められていたらその時は見限り見捨てればよし、ある程度信頼を得ているなら信用されている自分は簡単に潜り込める。

放送局の地下への入り口では、多くの奇怪な箱がぼんやりと発光しながら擦れ合うような音を出していた。
カリカリと鳴り響くその音に顔を顰めつつ近くに寄って詳しく見てみると、文字列が並びかなりの速さで下から上へとスクロールしている。
それが放送を島中へと届ける為のコンピューターという機械だ、と知る事は、機械文明が未だ発達の兆しすら見せていない世界に住むラヴァレイには分かるわけもなく。

「扱える代物ではなさそうだな」

ラヴァレイはそう判断を下し、改めて道なりに進んでいく。
ドアを開けて外の様子を伺いながら、慎重に地上階へと足を進めていくラヴァレイの耳に、ふと謎の音が届く。
何か、砲弾のようなものが着弾した、と思われるその音。

(外で、戦いでもやっているか)

本部以蔵ということも考えられる。慎重に外へ出て、戦局を正しく見極める必要がありそうだ。
頭の中で一分を数え、改めて歩を進める。
最後の扉を開いて、廊下を外に続くと思われる方向に進んだ時。

「─────誰だ」


155 : ■■■■ your enemies ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/16(水) 00:26:21 ze2QoZYI0

廊下の突き当たりから、二人の人影が出てきた。
一人は特に変わったところのない少女、もう一人は全身が黒く、その頭部に被り物をした女。
突然現れた男に動揺を隠せない、といった様子の少女とは対照的に、女は冷静にこちらへと近寄ってくる。
返事も無しに迫ってくる、という状況に、ラヴァレイは警戒心を更に高め軍刀の柄へと手を掛ける。
互いの距離が、残り数歩ほどとなった時─────女が、不意によく分からない何かを懐から取り出し、指でそれを叩き始めた。
何をしているのか、と訝しみ、口を開こうとしたその前に、彼女から突きつけられたのは。

『すまない、あなたは誰だ?』

ふむ、と思考を巡らせる。
最初にすまないという接頭語がある、そしてその態度も僅かにこちらに警戒している程度であるのを見るに、どうやらそこまで敵意はないらしい。
それに、彼女の隣にいる少女とて、この女に心を許しているという様子は見えない。未だに警戒しているところを見ると、こちらの二人も出会って間もないようだ。
となれば、思わぬ情報交換が出来るかもしれない。
一先ず明確な敵意を解き、交流を図ったほうが良いだろう。

「すまないな。私はラヴァレイという者だ」
『私はセルティ・ストゥルルソン。訳あって話す事が出来ないので、こういう会話方法をとらせてもらっている』
「あ……あの、小湊るう子です」

そこで、最後の少女の自己紹介に、つい目をそちらへ向けてしまう。
いきなり目を向けられたことに驚いたのか、僅かに身動ぎした彼女を見ながら、一人思考を巡らせる。

(成程、彼女が小湊るう子か)

蒼井晶から聞いた人物像とは一致しないが、あの少女の心の内に隠れていたものを考えれば妥当といったところだろう。
だが、それを差し置いても、この少女から感じるものは―――――いや、後にするべきか、と一人考えを改める。
考える事なら後でいい上、まだ確証もない。まずは、この二人と話をするのが先決か。

「…まあ、細かい話は後でしようと思うのだが、どうだ?」
『そうだな。るう子ちゃんとも落ち着いて話がしたい。一旦、落ち着ける場所に移動しないか』


156 : ■■■■ your enemies ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/16(水) 00:26:58 ze2QoZYI0



夏凜が、信じられない物を見る目でこっちを見ている。
当然だろう。自分の友人が、目の前で腹を貫かれているのだから。
痛みは、何故か感じない。
かといって何も感じていない訳じゃなくて、腹部の辺りには痺れるような感覚だけはあった。

ずるり。

体がゆっくりと悪魔から離れていき、それと同時に悪魔が握る鋏が私の腹から這い出てくる。
血に塗れる前から赤に染まっていた鋏が抜け落ちたと同時に、微妙な浮遊感が体を襲った。
倒れている、と視界では感じながら、しかし足から地面の感触は伝わってこなくて、何となく浮いている気分になる。
一番最初に地べたに着いた右腕が、漸く倒れた事を体が認識できた。
背中も地面に着きそうだ、と思っていたところで、誰かに背中を支えられる感触。
見上げて―――――予想はしていたが、それが夏凜だと改めて分かった。

「か、り」
「………ここは、受け止めてやる場面らしいわよ」
「……えっ?」

何で、ここで友奈ちゃんの名前が出てくるのだろうか。
回らない頭で考えてみても、彼女には思い浮かばない。

「友奈が言っていたのよ。こういう時は、駆け寄って受け止めてやるんだって」

いつかを思い出すように、夏凜は言葉を紡いでいく。
なんで今そんなことを、と考えている一方で、夏凜は尚も口を止めない。

「風の奴は、」

勇者部の、思い出。
それを、噛み締めるように彼女は呟いていく。
何でもないような日常から、ちょっとしたお祭り騒ぎ。
そんな、いくつかの思い出を。

「私に、そういうのを教えてくれたのは、あんた達だったじゃない」

そう、彼女は締めくくった。
それで、彼女の言葉の意味を理解する。
彼女は、信じているのだと。
最期まで、何があろうと、勇者部を―――――東郷美森の事を信じているのだと、そう伝えたいのだ。

「……ねえ、東郷。
樹を殺したのは、あんたなの?」

何を言わんとしているかは、分かった。
あのチャットだ。
ふる、ふると首を振る。
樹ちゃんを殺したのは、私ではない―――――これは、事実だ。

「……そう、よね」
「で、も」
「良いわよ」

懺悔のように、紡がれようとする東郷の声。
その言葉を遮るように、夏凜が口を開く。
抱きしめる力が強くなり、彼女の温かいぬくもりが冷たくなっていく体を包む。


157 : ■■■■ your enemies ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/16(水) 00:27:50 ze2QoZYI0

「あんたが、自分の為だけに人殺しなんてする訳ない。だったら、その責任は私達にもあるでしょ?」

―――――その言葉で、東郷は気付く。
―――――それは、違う。
それでも、それは違う、と東郷は思う。
そんな理屈は、通っていいはずはない。
だって、本当は。

―――――そうじゃないんだから。

―――――そうだ。
救う為だと、言っていた。

だけど。
だけど、こんなにも。

「かりん、ちゃん」

死が、怖いのは。

それは、結局、私が。
私自身が、皆から離れたくなかっただけだったんだ。
散華して、ぼろぼろになって、過ごした記憶さえ失って。
それが嫌だったから、覚えているうちに消そうとした。

…だから、これは我儘で。
だから、夏凜ちゃん。
あなたが気に病む必要なんて、ない。

それを言おうとして、けれどもう声は出ない。
まるでそれが、東郷美森の罪を三好夏凜に背負わせることが、東郷美森への罪なのだと言わんばかりに。

「―――――大丈夫。いつか私達も、あんたのところに行ってやる。
だから、樹と一緒に待ってなさい」

告げられない。
届かない。
それは、皮肉だった。
仲間の為、と己を偽って。
その為に、真に仲間の為と思った事を成せず。

「だから―――――」

そうして、夏凜が微笑んで。
ふと、既視感を感じた。
赤い衣装を纏った少女の、その笑顔を見ながら堕ちていく。
そんな経験が、何時か何処かであった気がして。


「またね」


どこまでも見覚えがあったはずの、その笑顔の持ち主を。
『東郷美森』が思い出すことは、ついぞ無かった。
それが、何よりも哀しかった。







【東郷美森@結城友奈は勇者である 死亡】


158 : ■■■■ your enemies ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/16(水) 00:28:22 ze2QoZYI0












「――――――――――――――ッああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっ!!!!!!!」



絶叫が、響いた。
紅色の花弁が、夏凜の激情を顕すかの如く舞い上がる。
その顔面に浮かぶのは、ただ憤怒の一色のみ。
両の手に握った双剣を渾身の力で振り下ろさんと、アザゼルへと迫り。

「まあ、落ち着け」

カウンターの形で繰り出された拳が、夏凜の腹に突き刺さった。
ちょうど彼女の小さな体を吹き飛ばすギリギリの強さでのそれによって、勇者の体は簡単に宙を舞った。
が、それに折れることなく、尚も雄叫びを上げながら夏凜は駆ける。
更なる刃を構えて飛びかかり、今度は蹴りによって空へと打ち上げられる。
空中でも姿勢を変え、着地と同時に走り出し、しかし
激情のままに放たれる刃は、アザゼルに届くはずもなく。
そうして、数十の手合いが過ぎて―――――遂に、勇者が立ち止まる。
その目からぼろぼろと涙を流し、ゆっくりと少女は頽れて。
そうして、僅かな静寂が流れた。

「どうして」

静寂を破ったのは、絞り出すような夏凜の声だった。
言葉の節々から抑えきれず滲みだすのは、困惑、悲哀、そして―――――怒り。
混ざり合ったそれらを絞り出すかのように、言葉が漏れ出ていた。

「随分と大層なお涙頂戴の感動物語だったじゃないか。もう終わっ―――――」
「どうして!?」

アザゼルの言葉を意に介さないかのように、夏凜が叫ぶ。
抑えていた感情を爆発させ、夏凜はアザゼルへと詰め寄った。

「どうして東郷を殺したのよ!何で――――――」
「殺し合いに乗った参加者の一人を返り討ちにしたまでだ」

余りにも、単純に。
その一言で、彼女の嘆きも怒りも切り捨てる。
さも当然であるかのように―――――いや、「あるかのように」ですらない。
これが、当然なのだ。

「他人を殺すような輩を、態々生かしてやる必要があったか?」

―――――こちらを殺しにかかってくる相手は、殺しても問題は無いと。
アザゼルの言っていることは、尤もではある。
確かに、殺されそうになりながら、その相手を生かしておけ、というのは我儘なのかもしれない。

「でも、それでも…話を聞くくらいは、」
「話を聞く、か。
だが、もしも相手が巧みな話術の持ち手だったら?或いは、少し時間を稼げれば何らかの切り札が使えるような相手だったら?」

正論。
アザゼルの言葉は、殺し合いにおける考え方ではあくまで正論だ。
それでも、三好夏凜には納得できない。
生まれながらにして道徳教育を施された少女が、悪魔の正論と一致する筈もない。

「それに―――――それなら、貴様は俺を送り出さなければよかった」

そして。
そんな彼女へと、尚アザゼルは言葉を投げる。

「俺が躊躇なく人を殺せる人間だと、貴様は分かっていた筈なのに、送り出してしまった」

夏凜の傷へと、塩を塗りこんでいく。


159 : ■■■■ your enemies ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/16(水) 00:28:59 ze2QoZYI0
責任の一端が、「アザゼルを送り出した夏凜」にある、と。
そう、彼女へと囁きかける。

その言葉に、明確な理屈は存在しない。
少なくともこの場で起こったことについて、夏凜に責任を問うのは明確な筋違いだ。
だからこそ、アザゼルのその言葉の真意は別にある。
―――――ならば、何が悪いのか、と。
先んじて禍になるかもしれない芽を摘んだアザゼルは、果たして悪いのか、と。
少なくとも、この場で最も『悪い』のは―――――殺し合いに乗り、殺人を犯した、東郷美森であるのだと。
そう、言外に含んでの言葉を、夏凜へと囁きかけていく。

夏凜が、その手を出せない理由。
アザゼルにその力量が未だ及ばず、勝利するとしても満開を使う他ないこと。
仮に勝利したとしても、ここで彼を失うのは大きな損害であること。
そして、東郷美森が咎人であることが、疑いようのない事実であること。

本来ならば、それらを承知した上で尚、彼女はその感情を溢れるままにしただろう。
けれど。
未だ生きてこの場所にいる、結城友奈と犬吠埼風の存在が。
ついさっき、最期に手向けた言葉が。
未だ彼女に、無駄死にも暴走も許さない。
今ここで、思いのままに荒れ狂うという選択肢を、辛うじて押し留めていた。

けれど、そこに渦巻く感情は、晴れることは決してない。
そこにある、友を殺されたという怒りが、そう簡単に晴れることは無く。
今にも爆発しそうなその感情は、噴火口という行きどころを求めるマグマのように彼女を巡っていた。


そして、だからこそ彼女は。


「…なら、そいつは?」


―――――その言葉を。
ある意味での、彼の肯定を、口にする。


「東郷を殺したって言うんなら、どうしてあんたはそいつを殺してないの?」

その言葉に、アザゼルの口角は釣り上がる。
何か、とんでもなく愉快なものを見たようなその笑顔を止めることもなく、だが敢えてその理由を言葉にはせずにアザゼルは言葉を続ける。

「先程こいつらを抑え込んだ時に知ったが、こいつの名前は浦添伊緒奈、もとい『ウリス』だそうだ。
万が一小湊に何かあった保険として、殺さず手元に置いておく」
「そんな―――――」
「なら、どうする?
―――――なんなら今ここで、貴様がこの女を殺すか?」

その一言に、夏凜の言葉が止まる。
絶句した、のではない。
その一言に、―――――考えてしまった。
今、この悪魔が言ったことについて―――――それを選択肢として選んでしまった。
その事実が、三好夏凜の足を射竦めるように止めていた。

「まあ、スマホだとかいったか。これは回収させてもらうとしよう。
こいつに持たせておくには危険かもしれんし、別の利用価値もあるからな。―――――まあ、一先ずは貴様に渡しておいてやろう。誰に渡すかは任せる」

気絶していたウリスから奪い取ったスマホを、夏凜へと投げ渡す。
投げた悪魔のその顔は、まさしく―――――悪魔の、表情。

「そら、遺品だ。丁重に持っていてやれよ?」


160 : ■■■■ your enemies ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/16(水) 00:29:43 ze2QoZYI0



「……とまあ、こちらはそんな感じだ。まさか、君がアキラが言っていたるう子だとはな」

一先ず、情報交換を終えて。
ラヴァレイの思考に残ったのは、おおまかに分けて

一つ。
本部以蔵が、いまだにこの放送局に到達した様子がない、ということ。
あの時間に駅を出れば、まず間違いなく先程の定時放送までには放送局に到着している筈。
そして、到着しているなら、紅桜による切り傷の跡などが残っている可能性が高かった。
だが、そんな男は見ていない、放送局に残った戦闘痕にも刀傷はなかった、という、セルティと名乗った女。
彼等が到着したのは放送の約一時間も前だということから察するに、まだ到着していない可能性はそれなりに高い。
何処かで寄り道でもしているのか、なんて想像もしたが、一先ずは保留とした。

もう一つは、小湊るう子が共にいたという『ウリス』―――――浦添伊緒奈だ。
蒼井晶が言っていた、彼女が絶大な信頼を向けていた相手。
彼女は今、先程の悪魔―――――アザゼル、そして三好夏凜という少女が追っており、恐らくはどうにかして連れてきてくれるだろう、との事。
これはいい、と一人
あの蒼井晶が、あそこまで信頼―――――もはや崇拝とでも言うべきレベルで―――――していた相手。
果たしてどんな相手なのか、と気にはなっていたが、こうも簡単に出会えるとは。
小湊るう子にも遭遇出来た事も合わせて、非常に運が良いと言えるだろう。

そして、あらかた主要な情報交換が終わった頃。

『すまない、少し二人で話がしたい』

セルティから、そんな文面を見せられた。
少し考えるが、ここで出来ない話、ということは小湊るう子に聞かせられないような話ということだろうか。
内容に心当たりはないが、一先ず頷きでそれに答える。
るう子にその旨を伝えた後、二人で少し奥まった場所へと移動する。

「どうした、セルティ殿」
『いや─────その、なんだ。貴方、もしかして普通の人じゃ無いんじゃないかと思ってな』

開口一番。
いきなり突きつけられたその言葉に、少なからず動揺する。
何か話の中で失敗をしていたか―――――即座にトレースしつつも、表情の変化は僅かな驚きに留めておく。
ある程度の余裕を孕ませた顔を向けつつ、ゆっくりと口を開く。

「ほう。見破るとは、中々良い目をしているな。何故わかった?」
『私も、そうだからな』

そう言いながら、被っていたヘルメットを外す。
その下にあったものを見て、彼はほう、と声を漏らす。
本来有るべき顔はそこにはなく、代わりに首の断面から漏れるのは漆黒の靄。

「デュラハン、か」

頷くような仕草を見せ、それに続いて、敵意は無い事、出来るなら何事もなく脱出したい事を主張する。
魔に属する筈の存在がこうも平和な思考を持っている事に興味を抱きつつ、だが気は許さない。
今のところ、自分が悪魔だという事を知っているのはこのデュラハンのみ。
どう扱ったものか―――――と思考を巡らせていたところに、セルティから更にPDAの画面を差し出された。

『アザゼル、という悪魔を知っているか?』

特に嘘をつく理由もなく、「ああ」と答えながら頷く。
ラヴァレイとしてもマルチネとしても、少なくない関わりを持つ相手だ。─────尤も、向こうがラヴァレイとしての自分を覚えているかどうかは怪しいところだが。

『奴は今、私たちに協力するつもりのようだ』
「何だと………?」

驚きの顔を見せつつも、内心ではそこまで驚いてはいない。
あのプライドが高い悪魔のことだ、少女に言われただけでわざわざ殺し合いに乗るよりも、主催への反抗心を向ける方が確かに奴らしい。
その為の協力者を求めている、というのが意外と言えば意外だが、どうせ心からの信用などしていまい。都合が悪くなれば切り捨てる、或いは体のいい戦力程度にしか見ていないだろう。


161 : ■■■■ your enemies ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/16(水) 00:30:38 ze2QoZYI0

『どうにかしなきゃあいけない相手なのは分かっている。だが、少なくとも今の私達で勝てる相手でもないんだ。下手に不和を増やす事は、避けてくれるとありがたい』
「…それなら、一つ頼みがある」
『どうした?』

「私が人外―――――もとい、悪魔だという事は、伏せておいてもらいたい」

その一言に、セルティはぴくりと体を震わせた。
警戒か、納得か、はたまたその他の何かか―――――彼女と会ったばかりの彼にそれを推し量るのは難しかった。
数秒の後、言葉を選ぶようにゆっくりと打ち込んでいたセルティのPDAに表示されたのは、疑問の言葉だった。

『何故だ?』
「私は、奴と同じ悪魔でありながら逆賊のような存在なのだ。正体がもしあの悪魔に看破されることがあれば、私はきっと処分されるだろう」

嘘は言っていない。
人間・ラヴァレイが悪魔・マルチネであることがアザゼルに知られれば、アザゼルの警戒心は段違いに跳ね上がるだろう。
慢心しているならともかく、警戒を怠っていないアザゼルに対して裏を掻くのは決して簡単な事ではない。
なるべくなら、上手く警戒をすり抜けた上で『処理』しておきたいところだ。
どうやらセルティも納得したようで、頷きながらPDAを見せてきた。

『分かった。皆には伏せておこう』
「すまない、ありがとう」

―――――上手く、いったか。
心の中で、ラヴァレイは小さくほくそ笑んだ。
ともあれ、集団に潜り込むことには成功した。
ここから、如何にしてこの集団を掻き乱していくか―――――それに考えを巡らせようとした、その時。

「あ、あのっ……」

外に待機していたるう子が、二人のいる部屋へと駆け込んできた。
その様子は、酷く慌て―――――いや、半分錯乱しかけているようにも見えた。
近寄り、肩を叩きながら『落ち着け、何があった?』との文面を見せるセルティに、上手く舌が回らない様子ながらも口を開いた。

「今、夏凜さん達が帰ってきたんですけど……」
「ここに居たか。ふん、見覚えのある顔も増えているな」



ラヴァレイと名乗る男との情報交換が済んだのも束の間。
部屋に入ってきたのがアザゼルと夏凜だと分かったセルティは、つい安堵してしまった。
るう子は夏凜の言により信用は出来るが、かといって戦力としては心許なく。
まだ出会ったばかりのラヴァレイも、戦力は未知数な上に信用できるかどうかはまだ分からない。
超人的なフィジカルを持つ参加者を既に何人か見ている今となっては、下手な襲撃を受ければ、最悪彼女一人で何とかしなければならなかった状況は、それなりに不安ではあった。
だからこそ、単純に仲間が帰ってきたということに加え、そういった意味での安心も加わり、彼女の心は確かな安堵に包まれた。

そして、だからこそ。
彼女は、数瞬遅れて気付く。
アザゼルと夏凜が、共に少女の身体を担ぎ、或いは背負っている事に。

『待て』

一人は、まだ顔色もそこまで悪くない。ただ気絶しているだけだろう。
だが、もう一人は。
腹部から流した血が夏凜の背中から垂れ落ちている少女は、どう見ても生きてはいない。
そして、その少女が夏凜やるう子の言っていた東郷美森と特徴が一致していることに気付いた瞬間には、影の鎌を生み出し突きつけていた。

『それは、何だ』
「三好」

セルティの言葉に答えず、アザゼルは夏凜へと声をかける。
びくり、と肩を震わす夏凜に、アザゼルは笑いながら言いつける。
その表情は、セルティには理解し難い程に歪んだ笑みで彩られ。

「説明してやれ」

その一言に、夏凜がアザゼルを睨む目付きが一層歪む。
だが、すぐにその顔を俯け、言いにくそうに歯を食いしばり。
その表情で

「………………東郷は、」

そこまで口を開いたところで、まるで猿轡のように影が夏凜の口に絡みつく。
驚きが隠せない様子の夏凜の肩を叩きながら、アザゼルの方へ向き直るセルティ。
尚も鎌を構えつつ、PDAを突きつける。

『私は、お前に聞いたんだ』
「やれやれ、注文の多いデュラハンだ」

呆れたように肩を竦め、僅かに夏凜を一瞥する。
黙りこくってしまった彼女を、見世物でも見るかのように愉快そうな表情で眺めた後、改めて彼が口を開いた。


162 : ■■■■ your enemies ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/16(水) 00:31:14 ze2QoZYI0

「こいつはゲームに乗っていた。
こちらはセレクター…浦添伊緒奈だったから確保したが、そうでもないのに殺し合いに乗った参加者を生かしておく理由があるか?」
『あったな』

影でPDAに打ち込みながら、アザゼルへと更に詰め寄る。
数十センチの近さまで間を詰め、再びPDAを突き付ける。

『少なくとも、お前の悪評は広まらなかった』
「そうら、やはり俺の口から出た言葉は聞かないだろう?」

分かり切っていたことを、と付け加え、彼は静かに笑う。
その言葉に、続く言葉が遮られてしまう。
確かに、今ここでアザゼルから何を聞いたところで、彼の言葉を完全に信用する気にはなれない。
口を出そうとするラヴァレイやるう子を手で制し、セルティは小さく覚悟を決める。

(どうなるかは分からないが―――――これ以上、るう子ちゃんや夏凜ちゃんを変な目には遭わせられない)

アザゼルの思い通りに、彼女たちを彼の玩具にさせることだけは、何としても阻止して見せる、と。
首無しライダーは、そう腹を括った。



―――――つくづく、面白い奴等だ。

アザゼルの内心は、悦びに満ちていた。
セルティ・ストゥルルソンの行動や、東郷美森の無惨な末路もそうだが。
とりわけ、彼の心を揺さぶったのは―――――やはり、三好夏凜。
友を目の前で殺され、なまじ事情が事情であるだけにそれを認めるしか無かった少女。
無念、屈辱、怒り―――――それらを滾らせながら、しかし矛を収めるしかなかった少女。

―――――東郷を殺したって言うんなら、どうしてあんたはそいつを殺してないの?

あの発言をした時の彼女の目に宿っていたのは、違うこと無き『殺意』だった。
面白い。
今後、彼女はどんな道へ進むのだろうか。
恨みを募らせ、どこかでアザゼルに牙を剥くのか。
それとも、覚悟を決め、脱出の為にと言い聞かせながら着いてくるのか。
それを思い浮かべるだけで、彼の口元には自然に笑みが浮かぶ。

それに、だ。
今回の一件で、小湊るう子とウリスという二人の有力なセレクターが手に入ったのは、大きなプラスだ。
主催を打ち砕く策謀を巡らせるだけの材料は、着々と揃ってきている。

自分をはじめとした、中々の戦力が手駒となり。
鍵となりうるセレクターとルリグ、その符号も一致した。
此方を憎んでいるだろうウリスやラヴァレイなどの陰謀は渦巻けど、その芽もいずれ摘んでしまえば問題あるまい。

―――――繭とかいったか。笑っていられるのも、今の内だ。
―――――貴様の泣き喚く声、耳にするのが楽しみだ。

悪魔は笑う。
今自分を嘲笑っている者共を、自分が嘲笑う側となるその未来に。




賞金首はほくそ笑み。
首無しライダーは決意する。
悪魔は更なる悪巧みを巡らせ。
外道は尚も痛ましい崩壊をこそ望む。
心優しき少女はその心を痛ませ。
勇者の少女は行く先に惑う。





「さあ―――――面白くなってきたじゃあないか」


163 : ■■■■ your enemies ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/16(水) 00:31:46 ze2QoZYI0





【E-1/放送局/一日目・日中】

【浦添伊緒奈(ウリス)@selector infected WIXOSS】  
[状態]:全身にダメージ(大)、疲労(中)、気絶
[服装]:いつもの黒スーツ
[装備]:ナイフ(現地調達)、スタングローブ@デュラララ!!
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(19/20)、青カード(18/20)、小湊るう子宛の手紙    
    黒カード:うさぎになったバリスタ@ご注文はうさぎですか?
     ボールペン@selector infected WIXOSS
     レーザーポインター@現実
     スクーター@現実
     宮永咲の不明支給品0〜1(確認済)
[思考・行動]
基本方針:参加者たちの心を壊して勝ち残る。
     0:………………………
     1:使える手札を集める。様子を見て壊す。
     2:"負の感情”を持った者は優先的に壊す。
     3:使えないと判断した手札は殺すのも止む無し。    
     4:蒼井晶たちがどうなろうと知ったことではない。
     5:出来れば力を使いこなせるようにしておきたい。
     6:それまでは出来る限り、弱者相手の戦闘か狙撃による殺害を心がける
[備考]
※東郷美森が犬吠埼樹を殺したという嘘をチャットに流しました。
※変身した際はルリグの姿になります。その際、東郷のスマホに依存してカラーリングが青みがかっています。
※チャットの書き込み(3件目まで)を把握しました。
赤カード(17/20)、青カード(17/20)、
    


【小湊るう子@selector infected WIXOSS】
[状態]:全身にダメージ(小)、左腕にヒビ、微熱(服薬済み)、魔力消費(微?)、体力消費(中)
[服装]:中学校の制服、チタン鉱製の腹巻
[装備]:黒のヘルメット着用
[道具]:腕輪と白カード
    黒カード:チタン鉱製の腹巻@キルラキル
     宮永咲の白カード
 [思考・行動]
基本方針:誰かを犠牲にして願いを叶えたくない。繭の思惑が知りたい。
   0:ええっと、どうしよう…
   1:シャロさん、東郷さん………
   2:夏凜さん、大丈夫かな……
   3:遊月のことが気がかり。
   4:魂のカードを見つけたら回収する。出来れば解放もしたい。
   5:セルティ…さん?優しいのかな…?


【アザゼル@神撃のバハムート GENESIS】
[状態]:ダメージ(中)、疲労(小)、脇腹にダメージ(中)
[服装]:包帯ぐるぐる巻
[装備]:ホワイトホープ(タマのカードデッキ)@selector infected WIXOSS、市販のカードデッキ@selector infected WIXOSS
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
    黒カード:不明支給品0〜1枚(確認済)、片太刀バサミ@キルラキル、イングラムM10(32/32)@現実、ヘルゲイザー@魔法少女リリカルなのはVivid、弓矢(現地調達)
[思考・行動]
基本方針:繭及びその背後にいるかもしれない者たちに借りを返す
0:いい手駒が揃ったな。さて、どうするかな?
1:三好…面白い奴だ。
2:借りを返すための準備をする。手段は選ばない
3:ファバロ、リタと今すぐ事を構える気はない。
4:繭らへ借りを返すために、邪魔となる殺し合いに乗った参加者を殺す。
5:繭の脅威を認識。
6:先の死体(新八、にこ)どもが撃ち落とされた可能性を考慮するならば、あまり上空への飛行は控えるべきか。
7:『東郷美森は犬吠埼樹を殺害した』……面白いことになりそうだ。
8:デュラハン(セルティ)への興味。
[備考]
※10話終了後。そのため、制限されているかは不明だが、元からの怪我や魔力の消費で現状本来よりは弱っている。
※繭の裏にベルゼビュート@神撃のバハムート GENESISがいると睨んでいますが、そうでない可能性も視野に入れました。
※繭とセレクターについて、タマから話を聞きました。
 何処まで聞いたかは後の話に準拠しますが、少なくとも夢限少女の真実については知っています。
※繭を倒す上で、ウィクロスによるバトルが重要なのではないか、との仮説を立てました。
※東郷美森が犬吠埼樹を殺したという情報(大嘘)を知りました。


164 : ■■■■ your enemies ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/16(水) 00:32:22 ze2QoZYI0

【三好夏凜@結城友奈は勇者である】
[状態]:疲労(大)、精神的ダメージ(極大)、顔にダメージ(中)、左顔面が腫れている、胴体にダメージ(小)、満開ゲージ:最大
[服装]:普段通り
[装備]:にぼし(ひと袋)、夏凜のスマートフォン@結城友奈は勇者である
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(26/30)、青カード(26/30)
     黒カード:東郷美森のスマートフォン@結城友奈は勇者である、定春@銀魂、不明支給品0〜1(確認済み)、風邪薬(2錠消費)@ご注文はうさぎですか?、ノートパソコン(セットアップ完了、バッテリー残量少し)、東郷美森の白カード
[思考・行動]
基本方針:繭を倒して、元の世界に帰る。
   0: 東郷……私は……
   1: アザゼル……
   2:風を止める。
[備考]
※参戦時期は9話終了時からです。
※夢限少女になれる条件を満たしたセレクターには、何らかの適性があるのではないかとの考えてを強めています。
※夏凛の勇者スマホは他の勇者スマホとの通信機能が全て使えなくなっています。
 ただし他の電話やパソコンなどの通信機器に関しては制限されていません。
※東郷美森が犬吠埼樹を殺したという情報(大嘘)を知りました。
※小湊るう子と繭について、アザゼルの仮説を聞きました。
※セルティ・ストゥルルソン、ホル・ホース、アザゼルと情報交換しました。

【セルティ・ストゥルルソン@デュラララ!!】
[状態]:疲労(小)
[服装]:普段通り
[装備]:VMAX@Fate/Zero ヘルメット@現地調達
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)、
    黒カード:PDA@デュラララ!! 、宮内ひかげの携帯電話@のんのんびより
[思考・行動]
基本方針:殺し合いからの脱出を狙う
0:大変なことになってきたな、全く。
1:アザゼル……どうしたものか。
2:静雄との合流。
3:縫い目(針目縫)はいずれどうにかする
4:旦那、か……まあそうだよな……。
[備考]
※制限により、スーツの耐久力が微量ではありますが低下しています。
 少なくとも、弾丸程度では大きなダメージにはなりません。
※小湊るう子と繭について、アザゼルの仮説を聞きました。
※三好夏凜、アインハルト・ストラトスと情報交換しました。


【ラヴァレイ@神撃のバハムートGENESIS】
[状態]:健康
[服装]:普段通り
[装備]:軍刀@現実
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(9/10)
    黒カード:猫車@現実、拡声器@現実
[思考・行動]
基本方針:世界の滅ぶ瞬間を望む。
0:随分と面白いことになっているじゃあないか。
1:小湊るう子、ウリス、三好夏凜。『折れる』音が楽しみだ。
2:アザゼルにはそれなりに気を付けつつ、隙を見て排除したい。
3:セルティ・ストゥルルソンか…一応警戒しておこう。
4:DIOの知り合いに会ったら上手く利用する。
5:本性は極力隠しつつ立ち回るが、殺すべき対象には適切に対処する。
[備考]
※参戦時期は11話よりも前です。
※蒼井晶が何かを強く望んでいることを見抜いています。
※繭に協力者が居るのではと考えました。
※空条承太郎、花京院典明、ジャン=ピエール・ポルナレフ、ホル・ホース、ヴァニラ・アイス、DIOの情報を知りました。
ヴァニラ・アイス以外の全員に変身可能です。


165 : ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/16(水) 00:33:18 ze2QoZYI0
投下終了です。


166 : 名無しさん :2016/03/16(水) 18:48:06 MsqZknJE0
投下乙です
アザゼルさんが対主催者なのにゲス過ぎて草


167 : 名無しさん :2016/03/16(水) 21:25:35 3NbeqrpM0
お二方投下乙です

>記憶の中の間違った景色
やっぱりみんな精神ダメージ(大)だよなあ…そんな中で笑ってたことみーマジ愉悦部
全裸ネキはネキとしてチノちゃんのお姉ちゃんになれるのか

>■■■■ your enemies
東郷さん、詰んでた状況だったけどまさかこうもあっさりと殺されるとは、アザゼル許せん!
にぼっしーとるう子には強く生きて欲しい


168 : 名無しさん :2016/03/16(水) 23:20:00 oQdgN6UI0
ショーン・マクアードル川上
xtw.me/Xw0Ew1h


169 : ◆gsq46R5/OE :2016/03/17(木) 04:26:46 qb6LDUw.0
投下します。


170 : たどりついたらいつも雨ふり ◆gsq46R5/OE :2016/03/17(木) 04:27:49 qb6LDUw.0


  慣れない車の運転をしながらでも、放送を聞くことは出来た。
  静雄は安全運転で走らせていた車を道路脇へと停車させる。
  心臓の鼓動が早まるのを感じていた。
  その名前が読みあげられないことを心の底から祈りながら、しかし心の片隅には、既に何かを悟ってしまっている自分がいて、静雄はそんな弱気な自分を殺してやりたいと思った。
  瞼を閉じれば、今もあの後ろ姿が脳裏に蘇ってくる。
  平和島静雄という男がこれまで見てきたどんな後ろ姿よりも大きく、強い背中だった。
  破壊しか能のない静雄の戦いとは真逆の、大切なものを守る戦い方を知っていた男。
  再会の暁には、その『守る』ということのやり方を教えて貰うと約束して別れた男。
  平和島静雄という人間に、もっとも似合わない言葉を突きつけた男。

  平和島よ。
  貴様は、弱い。
  望んでいた筈の言葉で、この世のどんな拳よりも強く、静雄を殴り飛ばした男。

 「……蟇郡」

  蟇郡苛。
  彼の名が読み上げられるとすれば、きっと最後の方だ。
  放送は確か、参加者が死亡した時系列に沿って行われる筈だったと記憶している。
  だから静雄は、ぐっと唇を噛み締めたまま、たとえ耳元で爆弾が炸裂しても放送を聞き逃すまいと全神経を集中させていた。その形相は、ひどく切羽の詰まった、必死なものであった。
  

  ――折原臨也。

  後部座席で音もなく眠っている、宿敵の名前が読み上げられる。
  どの名前が読み上げられても一定の怒りが心の中に沸き起こってくる静雄であったが、こと臨也の名前の時に限っては、そんな感情は覚えなかった。
  当然だ。
  静雄は今でも臨也の事を不倶戴天の敵だと思っているし、彼を許すことは今後も未来永劫絶対にないと神に誓って言うことが出来る。
  それでも、ざまあみろと思うことはしなかった。
  彼が最後に守ったものは今、静雄の隣でくうくうと寝息を立てている。
  喜びはしないし、怒りもしない。
  ただ、無感情だった。
  だから静雄は、これ以上その名前に対して何かを考えたり、思ったりすることはせず。


171 : たどりついたらいつも雨ふり ◆gsq46R5/OE :2016/03/17(木) 04:28:26 qb6LDUw.0

 
  ――蟇郡苛。
  
  その名前が読み上げられるのを聞いて、反射的に傍らの硝子窓へ拳を叩き込んだ。
  壊そうと思って殴ったわけではない。
  それでも硝子窓は真っ白に罅割れてしまっている。
  にも関わらず静雄の手からは血の一滴も流れていない辺り、流石の池袋最強というべきか。

 「……高くつくんじゃなかったのかよ」

  繭が嘘を吐いているかもしれない、などと静雄は考えない。
  彼は大人だ。
  都合のいい現実逃避が何も生まないことは知っているし、繭がそんなことをするメリットがないと、客観的に否定する論拠だって備えている。
  それに、これで死を受け入れられずに塞ぎ込んでみたり、衝動のままに暴れたりしてみろ。
  それこそ、蟇郡の残した言葉は、彼の死は全くの無駄になってしまう。
  そんなことをしていては、静雄はずっと弱いままだ。

  一度はPの位置へ戻したレバーを再度Dへと倒し、静雄は再び車を発進させる。
  ついつい壊してしまった硝子窓が罅のせいで真っ白に染まり、全く右側が見えなかったので、やむなく静雄は窓ガラスを完全に破壊して強引に視界を作った。
  少し肌寒くはなったが、これで安全運転が出来る。
  もっと言うなら助手席の蛍には悪いが、少し寒い空気にあたりたい気分だった。

 「後は任せな、蟇郡」

  長い弔いの言葉を用意できるほど、語彙が豊富なわけではない。
  だから静雄は、再会を果たす前にこの世を去ってしまった蟇郡へとそんな言葉をかけた。
  願わくば、次にその巨体にお目にかかる時には貰った評価を覆せる自分であればいいなと思いながら。
  二人の屍と、一人の少女と、一つの暴力装置を乗せた車は、暫しの間エンジン音を会場へと響かせた。


  やがて彼が車を停めたのは、俗にD-4と呼称される区域。
  より正しくは、その一角にぽつりと佇む施設の前であった。
  研究所、とだけ地図には明記されているが、何を研究しているのか、何が出来るのかは残念ながらどこにも書かれていない。どうせなら病院でも増やせばいいのにと、静雄は思った。
  とにかく、今はこの施設を休息に利用しよう。
  静雄自身、流子との戦闘で相当なダメージを負い、疲労も無視できないレベルに達しつつある。
  無差別な破壊を行うのは慎むにしても、乗った相手と戦うのは、時に静雄にしか出来ないことでもあるのだ。
  気乗りはしないがその為にも、休めるだけ体を休めておくのは重要な事に思えた。


172 : たどりついたらいつも雨ふり ◆gsq46R5/OE :2016/03/17(木) 04:30:11 qb6LDUw.0
  
  もっとも、理由はそれだけではない。
  これは蛍のための配慮でもある。
  心に深い傷を負った幼い子どもが、起きがけに後部座席の死体を目にしたならどう思うか。
  まず間違いなく、悪いことにしかならないはずだ。出来るなら臨也と少女の死体を研究所内のどこかに移すなりして、蛍の目から遠ざけてやりたいと静雄は考えた。
  ただ、それで変な誤解を買っては大変だ。
  その辺りは、不器用なりにうまくやる必要があるだろう。
  蛍にあったことを包み隠さず伝えつつ、彼女に信用してもらえるように、振る舞わなければならない。
  
  過度な長居も無用だ。
  何故ならこの研究所があるD-4エリアは、二方向を禁止エリアに囲まれ、一方を海に遮られている。
  南下すれば元の道を引き返すことになり、最悪、蟇郡を殺した女と再度遭遇することにもなりかねない。
  遅くとも午後二時三十分になる前には研究所を出て、禁止エリア化する前のD-3を通過して、自由に行動できる範囲を広げるのが賢明である。

 「よっと――」

  まずは臨也と紗路の死体を、研究所の中へと運んでいく。
  人間二人分の重さとはいえ、静雄の力にかかれば軽い。
  二人を目に付いた適当な部屋に安置し、それからもう一度車に戻って、静雄は蛍を背負う。
  研究所の中から、そんな自分の姿を見ている者があったことに――彼が気付くことはなかった。





  東條希が、死体を担いだバーテンダーの接近に気付いたのは偶然だった。
  部屋に備わっていた窓から、たまたまちらりと見えた外の景色。
  その中に、希はそんなおぞましい光景を見た。
  殺し合いが始まってから何度目かも分からない血の気が引く感覚を、覚えずにはいられなかった。

 「なんでや……」

  逃げ切ったと思った。
  ジャン=ピエール・ポルナレフを見殺しにして、一先ず死を先延ばしに出来たと思った。
  なのに、これだ。
  どう見ても殺し合いに乗っているとしか思えないバーテン服の男が、希の居る施設へとやって来た。
  
 「なんで――なんで、こうなるんや!」

  叫ぶ。
  慌てて口を抑えたが、もう遅い。
  叩きつけるように吐いた言葉は、静寂に包まれた研究所へと大きく響いてしまった。
  希はスクールアイドルだ。
  アイドルの声は、当然マイク越しであろうとも、よく通らなければならない。
  それがこの時ばかりは災いした。


173 : たどりついたらいつも雨ふり ◆gsq46R5/OE :2016/03/17(木) 04:30:47 qb6LDUw.0
  
  「誰か居るのか?」
  低い男の声が、しっかりと希の耳に届いた。
  
  ――テーブルの下に隠れて椅子をなるべく自分の方へと引き、子どもの隠れんぼ遊びか、学校の避難訓練を思わせる姿勢で蹲り、希は震えを押し殺すように自分の体を抱き締める。
  大丈夫。
  聞き間違いと勝手に納得してくれる。
  そうでなくても部屋は何もここだけじゃない。
  見つからないで済む。
  きっと。

 「アホか……!」

  涙を流して、希は自分を叱咤した。
  そんな都合のいい話があるわけがない。
  きっと、あのバーテン服は自分を見つけ出すだろう。
  そして、殺すに違いない。
  生かしておく理由なんて、それこそ一つたりともないのだから。

  ……天罰。
  脳裏に過ぎった単語は、ずぶりと鋭く彼女の心に沈み込んだ。
  ずぶずぶと入り込んでいく冷たい響き。
  その不快感は否応なしに、希がこれまでに犯してきた罪を想起させる。
  神代小蒔。――自分が殺した相手。
  ポルナレフ。――見殺しにした相手。
  どんなに都合のいい理論武装をしたって、自分の心に嘘はつけない。
  それに、小蒔の方は嘘のつきようもない。
  彼女は確かに、希がその手で、殺したのだから。

 「うっ……くっ……えぐっ…………」

  漏れる嗚咽が堪えられない。
  一度決壊した防波堤は、もう本来の役目を果たすことはない。
  希は自分が隠れていることも忘れて、泣いた。
  ただの女子高生が背負うにしては、彼女の現状はあまりにも重すぎた。
  
 「……ここか……?」
  
 
  その声は、部屋の外、扉の向こうから聞こえた。
  ドアノブがぐるりと回され、扉が耳障りな音を鳴らして開く。


174 : たどりついたらいつも雨ふり ◆gsq46R5/OE :2016/03/17(木) 04:31:16 qb6LDUw.0

  ――殺される。
  誇張抜きにそう思った。
  やられる前にやらなければと、刃を握る。
  殺人者としては立派な心構えだったが、泣き腫らして視界はままならず、片手がこんな有様では心許ないにもほどがある。痛みは処置のおかげで楽になっているし、傷も良くはなっているが、万全にはまだ程遠い。
  それに窓から見えた一瞬でも、男の体格が自分より遥かに大柄なことが分かった。

  成人男性と女子高生。
  体格の違い。
  不完全な片手。
  勝てる要素が、どこにある?
    
  希は、絶望した。
  心の底から、自分の不運を呪った。
  やがてその泣き腫らした視界に、バーテン服の男が写った。
  けれど。彼が今背負っているのは、死体ではなく。
 
 「……落ち着いてくれ。俺は、殺し合いに乗っちゃいねえ」

  寝息を立てる女性だった。
  バーテン服の彼は片手だけでその体を抑えながら、もう片方の手は空へ掲げ、戦意がないことを示している。
  希は、全身の力が抜けるのを感じた。
  
  よかった、と。
  思わずそう呟いてしまったことを、誰も責められはしないだろう。
  東條希は女子高生だ。
  まともな人生を送ってきた女子高生が死体を担いだ男を見て、死を覚悟し――それが誤解だったと分かれば、生の実感に脱力してそんな言葉を漏らすのはごく当然の流れである。
  
  されど――東條希は殺人者だ。
  彼女はもう、まともな女子高生などではない。
  
 (都合がええなあ、ウチは……)

  自嘲するような心の声は、泥のような自己嫌悪に満ちていた。


175 : たどりついたらいつも雨ふり ◆gsq46R5/OE :2016/03/17(木) 04:31:42 qb6LDUw.0



 「小学生……!?」
 「まあ……そりゃ驚くわな」

  自分から、その素性を明かしていく殺人者はいない。
  例に漏れず希も自分が人殺しだということは隠して、平和島静雄という男へ接していた。
  殺し合いに抗おうとする人間が複数集まって最初にすることは、情報交換と相場が決まっている。
  静雄はこれまでの事と知り合いの話をし、希も彼が語った内容と大体同じことについてを話した。
  勿論、都合の悪い部分は全て脚色してある。
  神代小蒔のことは話していない。
  キャスターに襲われたことは話した。
  ポルナレフ達に保護されたことも話した。
  彼らが激しい戦いに巻き込まれたことは話したが、自分が生存を優先して離脱したことはうまく誤魔化した。
  
  静雄もここに来る前、激しい戦いに遭ったらしい。
  彼が担いでいた死体は、その一連の騒動の中で出てしまった犠牲者だという。
  希は彼の話を聞いて納得しつつ、南部の島でそんな事件があった事実を確りと記憶する。
  別に、犠牲となった者達に哀悼の意を感じているわけではない。
  単に静雄の語った危険な女とやらに出くわしては敵わないと、そう思っただけのことだ。
  静雄が背負ってきて、今も寝息を立てている少女は、なんと小学生であるという。
  そのことに希は、思わず素の驚きを見せてしまった。
  どう見ても少女の身長は160を超えている。中学生はおろか、成人女性でも十分通用する背丈だ。
  最近の子どもは発育がええんやなあ、と、ズレた感想を希は抱く。

 「ところで――その手、大丈夫なのか?」
 「あんまり自由に動かすのは無理やけどね……応急処置はしてもらったから、大分楽にはなったわ」
 「ならいいけどよ……って、いや、よくねえな

  希は若干ながらまだ痛む右手をひらひらと振ってみせる。
  応急処置はしてもらったから、と言った所で、否応なしに脳裏を過るのはあの二人の姿だった。
  言峰綺礼と、ポルナレフ。
  二人を自分は裏切った。
  その結果として、ポルナレフは死んだ。
  自分のせいではないとどれだけ言い聞かせても、やはり限度はある。
  心にどろどろとしたものが込み上げてくるのを必死に堪えていると、不意に静雄が立ち上がった。


176 : たどりついたらいつも雨ふり ◆gsq46R5/OE :2016/03/17(木) 04:32:56 qb6LDUw.0

 「静雄はん?」
 「少し見回りをしてくる。他に誰か居ないとも限らねえからな……
  多分すぐ戻るけど、それまでの間ホタルちゃんを見ててやってくれ」
 

  希は一瞬だけ固まった。
  それからすぐに頷き、去っていく静雄を見送る。
  扉が閉まり、足音が遠退いていくのを確認してから、希はまず窓を見た。
  小さいが、人一人が出入りするくらいなら問題ない大きさだ。
  高さも受け身を余程失敗しない限り、怪我をするということはないように思われる。

  一度は仕舞った刃。
  縛斬・餓虎を取り出し、自由に動かせる左手で握る。
  視線はそれから、一条蛍へと向いた。
  夢見が良くないのかその表情は若干優れないが、起きる気配は見られない。

  平和島静雄に、東條希を疑っている様子はなかった。
  その証拠に彼は自分へ蛍を任せて、席を外したのだ。


  集団に紛れ込み、隙を見て殺害を重ねていく――それが東條希のこの場における「戦い方」であったが、一介の女子高生に一つの集団を壊滅させるような芸当が出来る筈もない。
  その方法を取るのであれば、やはり最適解は殺し、逃げることだと希は考える。
  一振りの刀を携えて放浪しても次の朝は迎えられまいと、かつて言峰綺礼は言った。
  だがそれは、ただ闇雲に殺すことへ固執した場合の話だ。
  頭を使えば、次の朝は迎えられる。
  時と場合を間違えなければ、それをやれる自信もある。
  後に自分の首を絞めると言われれば返す言葉はないが、そんなことを理由に尻込みしていては、それこそ最後の最後まで何も出来ぬままで終わりかねない。
  行動を起こすことは、絶対に必要なのだ。
  そしてその時は、まさに今。

  静雄はいない。
  逃げ道はある。
  目の前には無防備に眠りこける少女。
  手には優れた刃。
  首を一刺しでもすれば、すぐに終わるだろう。
  静雄が戻ってくるまで、どう考えても五分前後は掛かる筈だ。
  それまでに蛍を殺し、窓から逃げ、室内から見られないようにここを離れて逃走する。

  希はまだ、何もしたくなかった。
  けれどしなければならない。
  そうでなければ、何も変わらない。
  自分たちの夢を守るなんて、出来っこない。


177 : たどりついたらいつも雨ふり ◆gsq46R5/OE :2016/03/17(木) 04:34:28 qb6LDUw.0
  

  ……生唾を飲み込んで、縛斬の柄を握る。
  ゆっくりと振り上げ、眠る少女の首筋に切っ先を向ける。
  
  小学生。
  
  そんなワードが、頭を過ぎった。
  一条蛍はまだ、小学生だ。
  年齢の差で命の価値が変わるわけはないが、それでも同い年の人間を殺すのと、ずっと年下の子どもを殺すのとでは心持ちはやはり変わってくる。
  
 「何しとんねん、ウチは」

  希は苦笑した。
  泣き笑いのような顔をしていた。
  今更善人ぶっても仕方がないだろうと自嘲し、呼吸を整え、刃を振り上げる。
  この子を殺したら窓から逃げて、暫くは茂みかどこかに隠れていよう。
  それから禁止エリアに注意しつつここを離れ、またどこかで上手くやろう。
  ――絢瀬絵里という名前について考えることは、あえてせずに。

 「堪忍な……蛍ちゃん」

  最初の殺人と同じ台詞を零しながら、深呼吸と同時に唇を噛み締め、目を見開いて。
  縛斬を握った腕をいざ振り下ろさんとした時――





 「おい」




  扉が開いて。
  平和島静雄が、そこにいた。
  葛藤に没入するあまり、気付けなかった――引き返してくる足音を、見落としていた。


178 : たどりついたらいつも雨ふり ◆gsq46R5/OE :2016/03/17(木) 04:35:14 qb6LDUw.0
  


  心臓が鼓動を止めるのは、人間が死ぬ時だけであって。
  小説などでよく使われる、一瞬心臓が止まった、なんて言い回しは全て比喩だと思っていた。
  しかしそれは違うのだと、希はこの瞬間、身を以って知る羽目になった。
  サングラスの底から覗く目と目が合った瞬間――希の体は心臓だけと言わず、全ての機能を一瞬完全にやめた。
  少なくとも希本人は、本当にそう思った。
  思考が目の前の状況にようやっと追い付いて、希は自分が今どれほどの窮地にあるのかを正しく認識する。

  認識したからといって、どうなるというものでもない。
  言葉で取り繕うなど不可能だ。
  いくら静雄が騙しの効く相手だとしても、この状況を見てもまだ騙されてくれるような阿呆では絶対にない。
  窓の逃げ道を使う。馬鹿を言え、静雄が希の背中を掴む方が絶対に速い。
  一条蛍を殺す。ああ、それならやれるかもしれない。だが、その後は確実に詰む。
  
 「う――」

  となると、取れる選択肢など一つしかないわけで。
  
 「あああああああああああっ!!」

  握った縛斬で、静雄を殺すという行動に出た。
  確かにこの場においては、間違いなく最適解の行動だ。
  縛斬という刃は規格外の代物である。
  この世で最も靭やかなメスという刃物を弾く静雄の身体も、縛斬にかかれば串刺しは免れないだろう。
  彼も人間なのだから、心臓をそれで貫けば、死ぬ。
  ただ、勿論これは、とある大前提を完全に無視した場合の話。

 「――あ……」

  平和島静雄もまた、規格外の怪物である。
  別に彼でなくとも、乱心した少女の猛攻くらいなら対処するのは難しくない。
  だが相手が静雄という状況が、希の打開の可能性を極限まで狭めたのは確かだった。
  希の左手首はあっさり片手で止められ、縛斬をもう片方の手でこれまたあっさり奪われる。
  東條希はこうして武器を失った。もう、取れる選択肢すら、ない。

 「怪我人と子どもだけ残して何かあったらやっぱり危ねえと思ったから、戻ってきたんだよ。
  そしたらまさか、こんなことになってるたぁな…………」
 
  静雄が怒っているのが、希にはひしひしと伝わってきた。
  まるで噴火直前の火山のように、感情が沸騰しているのが分かる。
  キャスター、ジャック・ハンマー、針目縫。
  数々の脅威に遭遇して、負傷こそすれどもそれを乗り越えてきた希だったが、今度ばかりはもうどうすることも出来なかった。百人が見たなら百人が無言で首を横に振る状況が、ここにある。


179 : たどりついたらいつも雨ふり ◆gsq46R5/OE :2016/03/17(木) 04:35:47 qb6LDUw.0
  
 「や――嫌……嫌やぁ!」

  希はへたり込み、叫んだ。
  それでどうなるわけでもないと分かっていても、そうせずにはいられなかった。
  我が身が可愛いというのも、確かにある。
  けれどそれ以上に、希にはやらねばならないことがあるのだ。
  守らなければならないものがあるのだ。
  だから死ねない――死ねるわけがない!

 「……ホタルちゃんは、ただの女の子なんだぞ」
 
  静雄の声は、激情を宿している。
  希の哀願になど耳を傾けずに、彼は語る。
 
 「その『ただの女の子』が何だって、こんな場所で死ななきゃならねえ。
  何だって、手前の目的なんざの為に好き勝手できる輩に殺されなきゃならねえんだ?
  そういう奴ってのはよ――」

  みしり。
  静雄が片手を突いていた壁が、悲鳴をあげた。
  壁面を、鷲掴みしている。
  鉄筋の壁に彼の五指が沈み込み、ひび割れを生んでいる。
  希はそんな彼の姿に心からの戦慄を覚えたが、しかし。


 「――殺されても、文句は言えねえんだぞ」


  平和島静雄という生き物を知る者がこの光景を目にしたなら、拍子抜けすらすることだろう。
  平和島静雄が怒っている。
  平和島静雄を怒らせた人物が眼前にいる。
  なのに、彼が暴れ出す気配がない。
  静雄の脳裏にあるのは、自分を弱いと喝破した男の巨体だった。
  ここで暴れれば、間違いなく蛍が傷つく。
  だから静雄は、彼を知る者にとっては信じられないことに、己の怒りをセーブした。
  この状況で、荒れ狂う平和島の火山を――不格好ながらも、制御してみせたのだ。

 「こいつは返さねえ。とっとと消えるなり何なりしな。
  このままここに留まるってんなら、好きにすればいい」

  縛斬が収納される。
  静雄は東條希と情報交換をする中で、彼女の友人が三人も殺された話を聞いた。
  蛍を殺そうとしたことは許せない。自分を騙そうとしていたこともやはりむかっ腹が立つ。
  だがあの時希の瞳に浮かんだ涙は、少なくとも嘘ではなかった筈だ。
  これがもしキャスターのような真性の悪党であったなら、静雄は暴れはせずとも、部屋から引きずり出してきっちり撃破するくらいのことはしただろう。
  東條希という少女の境遇もまた、変わりゆく平和島の噴火を抑える一因にはなったのかもしれない。 
  もっとも結局のところ、それを知るのは静雄当人しかいないのだが。


180 : たどりついたらいつも雨ふり ◆gsq46R5/OE :2016/03/17(木) 04:37:18 qb6LDUw.0

 「ただ――絶対に次はねえ。この意味は分かるな。
  分かったんなら、二度とホタルちゃんに手を出すな」

  希はもう、ただ頷くしかなかった。
  




  色んなものがはち切れそうだった。
  第二回目の放送が終わってからまだ精々三十分程しか経っていないというのに、色々なことがありすぎた。
  穂乃果の死を知り、殺すことに失敗し、挙句武器さえ奪われた。
  殺し合いが始まってからの半日間で、希は様々な恐怖を知ったし、実際に痛い目にも遭ってきたが。
  今の瞬間ほどの恐怖はなかった。今度は手だけでは済まないと、命は絶対に助からないと本気でそう思った。
  
 「じゃあ――」
  
  八つ当たりのように、希は口を開く。
  
 「ウチは、どうしたらええねん…………」

  大粒の涙を流しながら、蹲って嗚咽する。
  東條希にはそれしか出来なかった。
  彼女はただの女の子で、ただのスクールアイドルでしかなかったから。
  それ以外に出来ることなんて、何もなかった。
 


【D-4/研究所内/一日目・日中】

【平和島静雄@デュラララ!!】
[状態]:東條希への苛立ち、全身にダメージ(大)、疲労(大)
[服装]:バーテン服、グラサン
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
    黒カード:ボゼの仮面@咲Saki 全国編
         縛斬・餓虎@キルラキル
         不明支給品0〜1(本人確認済み)
[思考・行動]
基本方針:あの女(繭)を殺す
  0:誰かを守るために、強くなりたい。
  1:休む。
  2:テレビの男(キャスター)とあの女ども(東郷、ウリス)をブチのめす。
  3:犯人と確認できたら衛宮も殺す
  4:希を殺すつもりはない。だが、蛍に危害を加えることは絶対にさせない。

【一条蛍@のんのんびより】
[状態]:全身にダメージ(小)、気絶
[服装]:普段通り
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(10/10)
    黒カード:フルール・ド・ラパンの制服@ご注文はうさぎですか?、カッターナイフ@グリザイアの果実シリーズ、ジャスタウェイ@銀魂、越谷小鞠の白カード 折原臨也のスマートフォン
[思考・行動]
基本方針:れんちゃんと合流したいです。
   0:????????????
   1:旭丘分校を目指す。
   2:午後6時までにラビットハウスに戻る。
   3:何があっても、誰も殺したくない。
[備考]
※空条承太郎、香風智乃、折原臨也、風見雄二、天々座理世、衛宮切嗣と情報交換しました。
※『越谷小毬殺人事件の真犯人はDIOである』という臨也の推理(大嘘)を聞きました。必要に応じて他の参加者にも伝える可能性があります。
※衛宮切嗣が犯人である可能性に思い至りました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。

【東條希@ラブライブ!】
[状態]:精神的疲労(極大)、右手首から先を粉砕骨折(応急処置済み)、感情爆発、平和島静雄への恐怖
[服装]:音ノ木坂学院の制服
[装備]:
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(8/10)、ヴィマーナ@Fate/Zero(4時間使用不能)
基本方針:μ's全員を生き返らせるために優勝狙い。
  0:??????
  1:この場に残る? それとも?
  2:集団に紛れ込み、隙あらば相手を殺害する。
  3:にこと穂乃果を殺した相手に復讐したい。
  4:絵里ちのことは――今は、考えたくない。今は、まだ。
  5:蛍を殺すつもりはない。静雄が怖い。
[備考]
※参戦時期は1期終了後。2期開始前。


※コシュタ・バワー@デュラララ!!(蟇郡苛の車の形)は、研究所の傍らに停めてあります。
※桐間紗路、折原臨也の死体は研究所の一室に安置されています。


181 : ◆gsq46R5/OE :2016/03/17(木) 04:37:39 qb6LDUw.0
投下終了です。何かあったらお願いします。


182 : 名無しさん :2016/03/17(木) 20:32:39 UuWh/m6M0
投下乙です

希はメンタルボロボロだなぁ。武器も失くしてこれからどうなるんだろう
静雄もガマ先輩との再会は果たせなかったけど頑張って欲しい


183 : ◆X8NDX.mgrA :2016/03/18(金) 00:31:15 4NKQUM2o0
皆さん投下乙です。自分も投下します。


184 : 時は来たれり ◆X8NDX.mgrA :2016/03/18(金) 00:32:46 4NKQUM2o0
 魔王ゴールデンウィンドは、セイバーとの同盟を受けることにした。
 悩みこそしたが、自身の力不足を補うための手段と考えれば、断る理由などない。
 しかし、一時間ぶりに対面したセイバーから掛けられた言葉は、予想外のものだった。

「そうか、同盟を組むか。……ならば今から、ショッピングモールへ行け」
「えっ?」

 一緒に行動する内に戦闘の技術を盗むつもりでいたのに、まさか単独行動を命じられるとは。
 困惑するゴールデンウィンドに対して、セイバーは淡々と言葉を続ける。

「男が一人、女が三人。女の二人は幼い。
 徒党を組んだ参加者たちが、その辺りにいるはずだ。
 首級を挙げろ、などとは言わない。奴らの実力が知りたい」

 ゴールデンウィンドは、セイバーの言う四人に心当たりがあった。
 セーラー服の女と、侍の格好をしたヅラみたいな男、それと二人の女の子。
 一度は襲撃をしようとした参加者たち。彼らを襲撃していたらどうなっていただろうか。
 それはそうと、実力を知りたいも何も、セイバーなら大抵の参加者は相手にならないだろう、と思いながら、皮肉気味に問いかけた。

「それって、さっきあんたが見逃した相手?」
「知っているなら話は早い。私も遅れて向かい、貴様の戦闘の様子を見てやる」

 同盟関係とはいえ、セイバーは上からの姿勢を崩さない。
 力量差は歴然、同盟もあくまでセイバーが妥協した形となれば、それも当然か。
 早く行けと言わんばかりの視線を向けて、ゴールデンウィンドはセイバーに背を向けた。
 跳び出そうとするが、ふと思い止まり背後に尋ねた。

「もし居なかったらどうするの?」
「そのときは合流して、南の市街地に向かう」
「了解っと!」

 ゴールデンウィンドはスマホを取り出して変身した。
 そして、膝を曲げた反動で空中に跳び上がると、ショッピングモールを目指して屋根伝いに北上し始めた。







 鬼龍院皐月を先頭に、コロナたち四人はC-6を南下していた。
 C-7にはDIOの館が存在したが、現状で訪れる意義はないというのが桂の判断だった。
 DIOが危険極まりない存在だということは、全員が理解していた。
 放置すれば、無残にも殺された園原杏里のように、多くの犠牲者が出る。
 本能字学園で戦闘を繰り広げ、圧倒的な力を見せつけられたコロナは、とりわけその脅威を深く感じていた。
 そう感じていたからこそ、確実に打倒できるまでは手を出すべきではないと説く桂の言葉にも素直に頷いた。

「今は万事屋に行き、仲間と合流するのが最優先だろう」
「学校にもいくのん!」
「そうですね!」


185 : 時は来たれり ◆X8NDX.mgrA :2016/03/18(金) 00:37:33 4NKQUM2o0

 今はただ、一人でも多くの、信頼できる仲間と合流する。
 意見が一致した四人は、更に南下していき、やがてショッピングモールへと到達した。
 雑貨店、書店、寝具店など、通路の両側に店が立ち並んでいる。
 大勢の顧客を集めるための商業施設であるが、人の気配は微塵もない。

「人気がないですね」
「怯え隠れている可能性はあるが、虱潰しに探すのは骨が折れそうだ」
「皐月殿、時間も惜しいことだ。二人ずつに分かれて探索するのはどうだろうか」
「……うむ、それが良いだろう」

 四人は二組に分かれて、それぞれ探索を始めた。
 桂とコロナの二人は、フードコート、つまり飲食店が中心のエリアへと足を踏み入れた。
 きょろきょろと店を見渡しながら、コロナは桂に話しかける。

「そういえば、探索らしい探索はしていませんでしたね」
「確かにそうだな」

 数時間前に二人が出会ったのも、このショッピングモールだ。
 とはいえ、その頃は深夜で暗かったこともあり、ここでは桂がトイレに行き、次の目的地を決定しただけで、探索などはしていなかった。
 コロナは思う。空が明るくなると、場所の印象も些か変わるものだと。

「…………」
「桂さん、どうしたんですか?急に立ち止まって」

 桂が立ち止まり見つめている方向に、コロナも視線を向けた。
 「ら〜めん」の暖簾に、その両脇の赤い提灯。やや上には『北斗心軒』と書かれた看板。
 年若いコロナでも、その場所が何かくらいは分かった。

「ラーメン屋さん、ですよね?」
「ああ」

 桂は短く返事をすると、ガラガラと引き戸を開けて店内に入っていった。
 その動きはあまりに自然で、迷いがない。
 突然の行動に意表を突かれたコロナは、少し焦りながら、ひょいと首だけで覗いた。店内の様子は、普通の飲食店と変わりない。
 しかし、カウンター席に座る桂の表情は見えなかった。

「あの、ここに何か?」
「……いや、なんでもない。時間を取らせてすまない」

 桂は振り向きながら席を立った。
 そのときコロナは、桂が居た場所にそばが置いてあるのを見た。
 赤カードで出したもののようだが、手を付けた様子はない。
 意図を尋ねようとしたものの、真剣な桂の表情に、開けようとした口を閉じた。

(なにか、思い入れがあるお店なのかな……?)

 次の瞬間、ガラスが割れるような音が、コロナの耳に響いた。
 それを皮切りに、次々と物が破壊される音が聞こえてくる。

「桂さんっ!」
「ああ、皐月殿とれんげ殿がいる方角だ」

 コロナは桂と顔を見合わせた。
 皐月もれんげも、意味もなく物を破壊するような人間ではない。何者かに襲われたと考えるのが自然だった。
 二人は頷き合うと、皐月たちと別れた方へと走り出した。
 放送まで、そう時間はない。






186 : 時は来たれり ◆X8NDX.mgrA :2016/03/18(金) 00:38:11 4NKQUM2o0




 勇者の身体能力を以てすれば、一キロ程度の距離は疲労せずに駆け抜けられる。
 ゴールデンウィンドが問題の四人を発見したのは、十数分後だった。

「さて、どうするか……」

 高所から四人を監視するゴールデンウィンド。
 標的は捉えたが、すぐには手を出せない。
 セイバーが実力を懸念する相手ともなれば、数の差がある状態で挑むのは無謀。
 欲を言えば全員バラバラに、せめて二人ずつに別れてからでないと、襲撃も難しい。

「って、ホントに別れた!?」

 四人の動向を追って数分、実に都合のいいタイミングで、二人ずつに別れた。
 ゴールデンウィンドは一時間ほど前に嵌められていることもあり罠を疑ったが、どうやら探索のために別れただけらしい。
 この機を逃す手はない。

「狙うのは、女二人!」

 即断即決も女子として大事な要素だ。
 ゴールデンウィンドは勢いよく飛び降りると、セーラー服の女に大剣で斬りかかった。
 しかし、俊敏な動きで回避された。やはり常人ではない、とこの時点で察した。

「殺気は感じていたが、まさか少女とはな。
 しかし、殺し合いに乗ったとなれば、容赦するわけには行かんな――」

 鋭い眼差しを向けられながら、ゴールデンウィンドは相手の一挙手一投足に注目する。
 相手の動きを見切る。簡単な話ではないが、それができれば強くなれる。
 人間相手の闘いを覚えなければ、優勝は難しいと理解したが故の行動だった。
 セーラー服の女は自身の背中に少女を隠すと、左手で握りこぶしを作り、右手を左手首に近づけていく。

「――ゆくぞ、鮮血!」
「応ッ!」

 叫んだ女に応えて、セーラー服が声を上げた。
 思わぬ事態に混乱していると、女が光に包まれ、次の瞬間には痴女もかくやという衣装に変身していた。
 その過剰な露出度もさることながら、身に纏うオーラが強大なものへと変化している。

(まさか、相手も『勇者』みたいな存在?)

 心中で冷や汗をかきながら、それでも相手からは目を逸らさない。
 ひしひしと感じる闘気に負けまいと、ゴールデンウィンドもまた大剣を構え直した。






187 : 時は来たれり ◆X8NDX.mgrA :2016/03/18(金) 00:39:57 4NKQUM2o0



 放送を前に、結城友奈は全力で駆けていた。
 犬吠埼風の居所が分からないままでいることに、尋常ではない程の焦りを感じながら。
 今までになく激しい動悸に襲われながら、友奈は辺りを見回した。

(風先輩、どこに……)

 そう問いかけても、街並みは何も答えてくれない。
 道中DIOの館にも立ち寄ったものの、既に崩壊した館に人影は存在しなかった。
 友奈はショッピングモールの入口をくぐりながら、もしこの場所にも風がいなかったら、と軽い恐慌に襲われた。
 その不安は、剣戟の音が吹き飛ばした。

「この音って……!」

 勇者の強化された聴力は、普段なら聞き逃す音も漏らさない。
 戦闘が行われていることを確信した友奈は、急いで音のする場所へと走り出した。
 角を曲がった瞬間、目の前に飛び込んできたのは、同じ勇者の姿。



「――風先輩!」



 コンマ数秒、思考を停止させた後で、友奈は大きく叫んだ。
 その声に反応して、戦闘が止まる。戦っていたのは、桂小太郎と鬼龍院皐月、そして声に振り向いた、勇者の姿である風。
 かたや数時間前までの同行者、かたや勇者部の先輩。
 どちらが仕掛けたのか、それは友奈の持つ情報を考慮すれば明白なのだが、しかし友奈にとっては信じたくない事実だった。

(まさか、本当に――)

 二人の参加者を殺害したのは、部活の先輩なのか。
 既に理性は事実を弾き出していたが、それでも疑問に思わずにはいられない。
 何かの間違いであるならば、それに越したことはないのだから。

「ゆうなん!」
「友奈さん!どうしてここに!?」

 コロナとれんげが、友奈の名を呼んだ。
 その問いに冷静に答えることが出来ないまま、友奈は風に近づいた。
 誰もが黙ったまま、ただ一つの足音だけが響く。
 そして数秒後、友奈と風が対面した。

「風先輩……っ!」
「……」

 風は口を開かない。眼帯で塞がれていない方の眼は、正面を見ていなかった。
 皐月も桂も、警戒態勢ではあるが、相手が大剣を降ろしている今は戦うつもりはないようだ。
 友奈は気づかいに感謝しながら、更に風へと問いかけた。 

「どうしてですか……?」

 返答は言葉ではなく、振るわれた大剣だった。
 周囲の空間が唸りを上げた。

「くっ……!」

 友奈は腕を重ねて防御する。
 互いに変身した状態であるため、一方的に吹き飛ばされることはない。
 しかしそれでも、気迫や圧力という要素は侮れないのか。
 力で押し切られた友奈は、後ろに数歩よろめいた。

(っ、やられる!!)

 誰が見ても明らかなその隙を、風も逃しはしなかった。
 大剣を振りかぶり、気合と共に薙ぎ払う。当たれば胴体が持って行かれることは明白。
 精霊による防御は間に合うだろうか。それとも死ぬ気で回避をするべきか。
 そうした刹那の逡巡は、またも予想外な出来事で無為になる。

『――正午。こんにちは、とでも言えばいいかしら』

 二回目の定時放送。
 誰が死亡して、誰が生存しているのかを知る機会。
 殺し合いに乗った――もはや確定事項だろう――風も放送は確認したいのか、ピタリと攻撃が停止した。
 そして、踵を返して跳躍すると、屋根伝いに逃走していった。

「っ……私、追います!!」

 友奈は焦燥を隠そうともせず、皐月たちに宣言した。
 風に話を聞くために、ここまでひたすら駆けてきたのだ。
 一度や二度、逃げられたくらいで諦めるのは違う。それは勇者ではない。

「……ああ」

 皐月の了承を受けるが早いか、友奈も跳躍した。
 自分が説得をすれば、元の先輩に戻ってくれると信じて。






188 : 時は来たれり ◆X8NDX.mgrA :2016/03/18(金) 00:41:22 4NKQUM2o0



『まずは禁止エリアの発表よ』
「風……犬吠埼、風か」

 放送が現在進行形で続いている。
 そんな中、鬼龍院皐月は重々しい声色で呟いた。
 皐月は友奈のことを、幼いながらも立派な勇者であると認めていた。
 また、その友奈から聞かされた、勇者部のメンバー全員が、友奈と同じような強さの持ち主だと考えていた。
 物理的な強さだけではない、精神的な強さも含めてだ。
 しかし、そうした勇者も殺し合いに乗っているという事実は、対主催者のスタンスを取る皐月としては心苦しいものだった。


――願いに釣られ己の欲を駆り立てられた人間は何処かで道を踏み外す。


 雁夜への宣言を思い出す。
 風という勇者もまた、願いに釣られて道を踏み外した人間ということになる。
 勇者ですらも、と言うべきか。
 神樹様とやらに選ばれ、世界の敵となるバーテックスと必死に戦う、勇者ですらも。
 繭の思惑通りに、殺し合いに乗ってしまうのだ。
 人の弱さを否定することはできない。
 犬吠埼風が優勝を目指す理由を、皐月は察していた。

『それじゃあ、きっと一番欲しがっているお話、ここまでに死んじゃったみんなの名前を言うわよ』

 もったいぶる繭の口調に、皐月は眉を顰めた。
 六時間前の放送で呼ばれた名前に、犬吠埼樹があった。
 友奈からも詳細は聞いていた――犬吠埼風と犬吠埼樹は、とても仲のいい姉妹だと。

「喪った親族を生き返らせたい、というわけか」

 隣では桂小太郎が、真面目な口調で呟いた。
 皐月は歯噛みする。仮初めの幸福を享受する、服を着た豚になるなと皐月は説いてきた。
 であればこそ、真実の幸福を奪われた者の怒りを、嘆きを、悲しみを、どうして否定することができようか。

「もはや外道の所業と言えるな」
「ああ……繭、そしてその裏に居るだろう黒幕よ。
 貴様たちの邪知暴虐は、例え天が赦そうとも、この私が許さない……!」

 そう呟く皐月の瞳には、静かな炎が燃えていた。


『蟇郡苛』


 その名前が呼ばれた瞬間、僅かに揺らぎはした。
 腹心たる蟇郡を喪ったことに、満艦飾マコの名前を聞いたときよりも遙かに大きな重みが圧し掛かってきた。
 剛毅で頑健な男。
 些か不器用が過ぎる男。
 あの強い男が、無為に死ぬ筈はないと思えた。
 ましてや、無念の内に死ぬ筈がないと確信していた。
 絶大な信頼を置く四天王の中でも、特に忠臣として仕えた男の顔を浮かべながら。

(さらばだ、蟇郡)

 鬼龍院皐月は、そうして言葉少なに追想を終えた。


『半分? もっと少ない? 期待しているわ』
「……十四人。また多くの命が失われたな」


 そして放送が終わる頃には、普段通りの態度で話すことができた。
 振り返ると、桂やコロナが神妙な顔つきでいた。
 コロナは悲しげな眼をして、拳をきつく握りしめていた。

「もう半分近くの人が、亡くなったんですね……」

 友人を喪いこそしていないが、れんげも暗い顔を隠していない。
 皐月は主催者への怒りを、改めて強くした。

「皐月殿、我々は一旦別れた方がいいのではないか。
 コロナ殿が言うように、参加者の減り方は驚異的だ。また禁止エリアのこともある」

 飄々としながらも、冷静に物事を考える桂。
 皐月は仲間という存在の重要性を、改めて感じた。
 そして、桂に頷いて先を促した。

「橋を渡り、分校を目指す組と万事屋を目指す組に別れて――」
「危ないのん!」

 桂が地図で説明しようとすると。
 突然、れんげが皐月のことを突き飛ばした。
 体格差のある皐月にとっては、それは抱き着きと変わらない威力ではあったが。
 それでも後ろに十数センチは移動した。
 するとその直後、皐月の眼前の地面に、何かが突き刺さった。

「これは……」

 風たちが走り去った方向から飛んできたらしいそれは、日本刀だった。
 見上げても二人の姿はないが、常人の身体能力を上回るという勇者の力であれば、遠くまで投げ飛ばすだけのことはできるのだろうと納得する。
 友奈たち勇者の支給品はスマホだけのはず。
 つまりこの刀は、風がどこかで拾うか他人から略奪するかした、ということになる。

「む、その刀は確か――」

 後ろで桂が、何かを思い出したように呟く。
 その言葉を最後まで聞く前に、皐月は立ち上がると、つかつかと歩み寄り、その刀を――


189 : 時は来たれり ◆X8NDX.mgrA :2016/03/18(金) 00:44:19 4NKQUM2o0
【D-6/ショッピングモール/一日目・日中】
【鬼龍院皐月@キルラキル】
[状態]:疲労(中)、全身にダメージ(中)、こめかみに擦り傷
[服装]:神衣鮮血@キルラキル
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(10/10)、 黒カード:神衣鮮血@キルラキル
[思考・行動]
基本方針:纏流子を取り戻し殺し合いを破壊し、鬼龍院羅暁の元へ戻り殺す。
0:この刀は――?
1:万事屋へと向かう。
2:ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲を調べてみたい。
3:鮮血たちと共に殺し合いを破壊する仲間を集める。
4:襲ってくる相手や殺し合いを加速させる人物は倒す。
5:纏流子を取り戻し、純潔から解放させる。その為に、強くなる。
6:神威、DIOには最大限に警戒。また、金髪の女(セイバー)へ警戒
7:刀剣類の確保。
[備考]
※纏流子裸の太陽丸襲撃直後から参加。
※そのため纏流子が神衣純潔を着ていると思い込んでいます。
※【銀魂】【ラブライブ!】【魔法少女リリカルなのはVivid】【のんのんびより】【結城友奈は勇者である】の世界観について知りました。
※ジャンヌの知り合いの名前とアザゼルが危険なことを覚えました。
※金髪の女(セイバー)とDIOが同盟を結んだ可能性について考察しました。


【桂小太郎@銀魂】
[状態]:疲労(中)、胴体にダメージ(中)
[服装]:いつも通りの袴姿
[装備]:晴嵐@魔法少女リリカルなのはVivid
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(10/10)
     黒カード:鎖分銅@ラブライブ!、鎮痛剤(錠剤。残り10分の9)、抗生物質(軟膏。残り10分の9)
[思考・行動]
基本方針:繭を倒し、殺し合いを終結させる
0:その刀は――
1:万事屋へと向かう。
2:コロナと行動。まずは彼女の友人を探し、できれば神楽と合流したい。
3:神威、並びに殺し合いに乗った参加者へはその都度適切な対処をしていく
4:金髪の女(セイバー)、犬吠埼風へ警戒
5:皐月に別れて行動することを進言する。
[備考]
※【キルラキル】【ラブライブ!】【魔法少女リリカルなのはVivid】【のんのんびより】【結城友奈は勇者である】の世界観について知りました
※友奈が左目の視力を失っている事に気がついていますが、神威との戦闘のせいだと勘違いしています。
※ジャンヌの知り合いの名前とアザゼルが危険なことを覚えました。
※金髪の女(セイバー)とDIOが同盟を結んだ可能性について考察しました。


【コロナ・ティミル@魔法少女リリカルなのはVivid】
[状態]:疲労(小)、胴体にダメージ(中)
[服装]:制服
[装備]:ブランゼル@魔法少女リリカルなのはVivid
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(8/10)、青カード(10/10)
     黒カード:トランシーバー(B)@現実
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを終わらせたい。
0:危なかった……。
1:みんなの知り合いの話をしたい。
2:桂さんたちと行動。アインハルトさんを探す
3:金髪の女の人(セイバー)、犬吠埼風へ警戒
[備考]
※参戦時期は少なくともアインハルト戦終了以後です。
※【キルラキル】【ラブライブ!】【魔法少女リリカルなのはVivid】【のんのんびより】【結城友奈は勇者である】の世界観について知りました
※ジャンヌの知り合いの名前とアザゼルが危険なことを覚えました。
※金髪の女(セイバー)とDIOが同盟を結んだ可能性について考察しました。


【宮内れんげ@のんのんびより】
[状態]:疲労(小)、魔力消費(小)
[服装]:普段通り、絵里のリボン
[装備]:アスクレピオス@魔法少女リリカルなのはVivid
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(10/10)
     黒カード:満艦飾家のコロッケ(残り四個)@キルラキル、バタフライナイフ@デュラララ!!
[思考・行動]
基本方針:うち、学校いくん!
0:危なかったのん……。
1:うちも、みんなを助けるのん。強くなるのん。
2:ほたるん、待ってるのん。
3:あんりん……。
4:きんぱつさんが二人、どっちも危ないのん?
[備考]
※杏里と情報交換しましたが、セルティという人物がいるとしか知らされていません。
 また、セルティが首なしだとは知らされていません。
※魔導師としての適性は高いようです。
※【キルラキル】【ラブライブ!】【魔法少女リリカルなのはVivid】【銀魂】【結城友奈は勇者である】の世界観について知りました
※ジャンヌの知り合いの名前とアザゼルが危険なことを覚えました。
※金髪の女(セイバー)とDIOが同盟を結んだ可能性について考察しました。


190 : 時は来たれり ◆X8NDX.mgrA :2016/03/18(金) 00:45:39 4NKQUM2o0

[備考]
※罪歌@デュラララ!!が皐月たちの目の前にあります。



 セイバーは嘆息した。ランサーもキャスターも、この地で二度目の死を迎えた。
 放送によれば、参加者の残りは半分近くになっている。
 DIOや神威、纏流子といった実力者は流石に脱落していないが、それでも先行きは暗くない。
 魔力も僅かながら回復したこともあり、セイバーは幾分か調子を回復していた。

「WIXOSSについては大体把握できた」
「物覚えが良いのね」

 風を待つ時間で、WIXOSSという遊戯についてもルールを理解しつつあった。
 セイバーは花代の言うセレクターでこそないが、万能の願望機と同等の価値がある遊戯ともなれば、ルールを覚えるのも無駄ではあるまい。
 そうした考えが後に何を生むのか、セイバーも花代もまだ知らない。

「そういえば、蒼井晶はセレクターだったな?」
「ええ。性格は良くなかったわ……実力はまあまあね」
「ふむ……」

 セレクターは無力な少女だと聞いている。
 この島に呼ばれたセレクターは、花代が知る限り四名。
 それにもかかわらず、六時間を過ぎて死んだのは一名だけ。
 単に運が良いからと取るか、それとも、セレクターに選ばれるに足る理由がそこにあるのか。
 セイバーは未だ見ぬセレクターに、少しばかり興味が湧いていた。

「さて、フウをどうするか……」
「逃げ出したみたいね」
「ああ。おそらく元の仲間なのだろうが、戦闘を中断して逃げるとは。
 だいぶ動揺しているようだ。後を追うのは容易だが、そこまでする理由があるか――」

 同盟を結んだとはいえ、あくまでセイバーの目的は優勝。
 あちらから単独行動を選んだ風に、固執するだけの理由はない。
 南下して市街地に行くことを伝えてある以上、先に進んでも問題はないのだ。

 それに、欲しかった情報は得られた。
 鬼龍院皐月。四人組のリーダーらしき彼女は、やはり纏流子と同様の力を持つ強者。
 真っ向から相手取るのは、少々面倒だと判断した。
 となれば、DIOが手を出すなと命じた二人も合わせて考えれば、セイバーが四人組を急襲する理由は限りなく低い。

「悩みどころね」

 ルリグ・花代は何も提案しない。
 犬吠埼風たちを追うか。
 鬼龍院皐月たちを追うか。
 どちらも無視して南下するか。
 それとも?
 次の行動を選ぶのは、セイバー自身だ。



【セイバー@Fate/Zero】
[状態]:魔力消費(大)、左肩に治癒不可能な傷
[服装]:鎧
[装備]:約束された勝利の剣@Fate/Zero、蟇郡苛の車@キルラキル
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
    黒カード:レッドアンビジョン(花代のカードデッキ)@selector infected WIXOSS、キュプリオトの剣@Fate/zero
[思考・行動]
基本方針:優勝し、願いを叶える
 0:今後の動向について考える。風については……?
 1:島を時計回りに巡り参加者を殺して回る。
 2:時間のロスにならない程度に、橋や施設を破壊しておく。
 3:戦闘能力の低い者は無理には追わない。
 4:自分以外のサーヴァントと衛宮切嗣、ジョースター一行には警戒。
 5:銀時、桂、コロナ、神威と会った場合、状況判断だが積極的に手出しはしない。
 6:銀時から『無毀なる湖光(アロンダイト)』を回収したい。
 7:ヴァニラ・アイスとホル・ホースに会った時、DIOの伝言を伝えるか、それともDIOの戦力を削いでおくか……
 8:いずれ神威と再び出会い、『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』を破壊しなければならない。
 9:WIXOSS、及びセレクターに興味。
[備考]
 ※参戦時期はアニメ終了後です。
 ※自己治癒能力は低下していますが、それでも常人以上ではあるようです。
 ※時間経過のみで魔力を回復する場合、宝具の真名解放は12時間に一度が目安。(システム的な制限ではなく自主的なペース配分)
 ※セイバー以外が使用した場合の消耗の度合いは不明です。
 ※DIOとの同盟は生存者が残り十名を切るまで続けるつもりです。
 ※魔力で車をコーティングすることで強度を上げることができます。
 ※左肩の傷は、必滅の黄薔薇@Fate/Zeroが壊れることによって治癒が可能になります。
 ※花代からセレクターバトルについて聞きました。WIXOSSについて大体覚えました。


191 : 時は来たれり ◆X8NDX.mgrA :2016/03/18(金) 00:51:38 4NKQUM2o0

 放送などまるで意に介さず、二人の少女は駆けていた。
 バランスの悪い屋根を伝いながら、友奈が叫んだ。

「風先輩!どうして逃げるんですか!」

 風は頑なに返答をしようとしない。
 それどころか、振り向くことすら考えていないようだ。
 明確な拒絶を感じながらも、友奈は再び声をかけた。

「みんなのためになることを勇んでやる、それが勇者部の活動ですよね!?先輩!」

 しかし、その言葉は流される。
 友奈の言葉がどれだけ正しいものだろうと、風の胸には届かない。
 優勝するという魔王の決意は、もはや勇者の呼びかけでは揺らがない。

「っ!」

 キン、と甲高い音がした。
 友奈の拳が、前方から飛来した刀を打ち払ったのだ。刀はあらぬ方向へと、勢いよく飛んで行った。
 言葉を発しない拒絶の次は、攻撃を加えるという拒絶。
 それらは重苦しい衝撃となって、友奈の心を痛め付けた。

「先輩……!」

 挫けそうな表情を一瞬浮かべたものの、それでも友奈は諦めない。
 ひときわ強く屋根瓦を踏みしめて、前に向けて跳躍した。

「はあああああぁぁぁぁっっっ!!!」

 もはや実力行使しかない。
 力で倒してでも、話をしてもらうしかない。
 拳を腰の位置に引き、突きを放つ姿勢を作る。

「うおおおおおぉぉぉぉっっっ!!!」

 そして、風もまたそのことを理解したのだろう。
 しつこい勇者を倒すには、やはり撃破するしかないのだ、と。
 振り向きざまに、大剣を切り払う動きを見せる。



「「――――――――――――!!!!!」」



 強大な力同士が激突して、二人を中心に空気が震撼した。
 ここに、勇者と魔王が激突したのである。



【C-6/一日目・日中】
【結城友奈@結城友奈は勇者である】
[状態]:疲労(小)、味覚・左目が『散華』、前歯欠損、顔が腫れ上がっている、満開ゲージ:5
[服装]:讃州中学の制服
[装備]:友奈のスマートフォン@結城友奈は勇者である
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(8/10)、青カード(10/10)、黒カード:なし
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを止め、主催者を打倒する。
0:風先輩を、止める。
1:勇者部のみんなと合流したい。
2:早急に東郷さんに会いたい。
[備考]
※参戦時期は9話終了時点です。
※ジャンヌの知り合いの名前とアザゼルが危険なことを覚えました。
※【銀魂】【キルラキル】【ラブライブ!】【魔法少女リリカルなのはVivid】【のんのんびより】の世界観について知りました。


【犬吠埼風@結城友奈は勇者である】
[状態]:健康、優勝する覚悟、魔王であるという自己暗示
[服装]:普段通り
[装備]:風のスマートフォン@結城友奈は勇者である
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(39/40)、青カード(39/40)
    黒カード:樹のスマートフォン@結城友奈は勇者である、IDカード、村麻紗@銀魂、不明支給品0〜2 枚
    犬吠埼樹の魂カード
[思考・行動]
基本方針:樹の望む世界を作るために優勝する。
 0:魔王ゴールデンウィンドとして、勇者を倒す。
 1:南下しながら参加者を殺害していく。戦う手法は状況次第で判断。
 2:市街地で東郷と会ったら問い詰める。
 3:一時間後、セイバーの元へ向かうか、あるいは……。
[備考]
 ※大赦への反乱を企て、友奈たちに止められるまでの間からの参戦です。
 ※優勝するためには勇者部の面々を殺さなくてはならない、という現実に向き合い、覚悟を決めました。
 ※東郷が世界を正しい形に変えたいという理由で殺し合いに乗ったと勘違いしています。
 ※村麻紗と罪歌の呪いは、現時点では精霊によって防がれているようです。
 ※村麻紗の呪いは精霊によって防がれるようです。
 ※罪歌はただの日本刀だと考え、黒カードにして詳細を確認せずしまい込んでいるようです。
 ※東郷美森が犬吠埼樹を殺したという情報(大嘘)を知りました。


192 : ◆X8NDX.mgrA :2016/03/18(金) 01:01:35 4NKQUM2o0
以上で投下終了です。仮投下から少し文章を足しました。
誤字脱字、その他指摘などあればお願いします。

セイバーの状態表の前に
【D-6/ショッピングモール付近/一日目・日中】
を追加、セイバーの状態表の4を

4:自分以外のサーヴァントと衛宮切嗣、ジョースター一行には警戒。
から
4:衛宮切嗣、空条承太郎、鬼龍院皐月には警戒。
に変更します。

あと、>>186の最初の■は重複するので削除します。


193 : ◆KKELIaaFJU :2016/03/20(日) 00:01:00 .kAR10fA0
投下します。


194 : 孤独なHeaven  ◆KKELIaaFJU :2016/03/20(日) 00:01:58 .kAR10fA0

 日も差さないホテル内。
 その帝王DIOはそのホテルで優雅に休息を取ろうとしていた。

 カツーン、カツーンとホテルの廊下にDIOの足音だけが廊下に響く。

 ホテルの案内図通りに進んでいく。

「ここか……」

 辿り着いたのはシャワールーム。
 一先ず、シャワーで汗を流そうとする。

 着ていた衣服を脱衣場にあった洗濯機にぶち込み。
 適量の洗剤、柔軟剤、その他諸々を入れて、洗濯機のスイッチをDIOは押した。
 洗濯機が音を立てて勢いよく回り始めたのを見て、DIOは関心した。

「ほう、随分と便利な時代になったものだな」

 100年前にはなかった未来の技術。
 DIOが関心するのも全くもって無理はない。
 近くにあった洗濯機の説明書きで理解はした。

 脱衣所を抜け、DIOは浴場に向かう。
 浴場の扉を開け、辺りを見渡す。
 浴槽やシャワーにも特に変わった様子もない。

 蛇口を捻るとシャワーから湯は出る。
 飲めるような代物ではないが湯は出る。
 いいお湯加減である。

「ほう、ちょうどいい湯が出るな」

 傷は既に塞がっている。
 湯が身体に染み、傷が痛むことはない。
 ジョナサンの肉体だったが、今は自分のものである。
 幼少期はボクシング、大学時代ラグビーで鍛えられた肉体はいい身体である。
 それにDIOの持つ妙な色気が加わり、何とも言えないセクシー感が鏡に映る。
 

 ……ほら、貴重なサービスシーンだぞ?


 ◆ ◆ ◆


195 : 孤独なHeaven  ◆KKELIaaFJU :2016/03/20(日) 00:03:23 .kAR10fA0


「―――14人か」

 
 DIOが浴場から出て、乾燥機で衣服を乾かしている最中にに第二回放送が流れた。
 第一回放送に比べて呼ばれた人数は減ったが……

「フフフ……フハハハハ!!!!」

 DIOは勝利を確信したように高笑いをする。

「花京院もポルナレフはここで死に『未来』は確実に変わったッ!!
 つまりだ、このDIOがあのような結末を迎えることなどないッ!!!」

 あの時のポルナレフを様子を見た限り、『世界』の能力を知らない様子であった。
 花京院も恐らくは『世界』の能力は知らないであろう。
 
 例えその二人が他の参加者に自身のことを話していたとしても……
 いや、承太郎を通じて他の参加者が能力を知っていたとしても……
 能力に対処できなければ全く問題はない。
 これの戦闘におけるアドバンテージは果てしなく大きい。
 
「しかし……」
 
 第一回放送でもそうだったが……
 この放送で呼ばれる死者の名前の順番……決して、名簿の順番ではなさそうだ。
 
「ランダムか……もしくは死者が出た順番か……」

 確証は持てない。
 だが、そんなことは帝王であるDIOにとっては大したことではなかった。
 残りは自身を含めて39人なっただけなのだから。
 その時である。


「乾いたな」


 丁度、乾燥機が止まった。
 そして、DIOは乾燥機から衣服を取り出す。
 まるで新品のように綺麗になった衣服を颯爽と着こなす。
 
「行くか」

 浴場からホカホカになったDIOが出てきた。
 まだ日は出ているので外に出ることは文字通り自殺行為。
 ので、しばらくホテル内を散策する。

 ◆ ◆ ◆


196 : 孤独なHeaven  ◆KKELIaaFJU :2016/03/20(日) 00:04:34 .kAR10fA0


「遊戯場か……」


 遊技場と書かれた部屋があった。
 時間潰しには持ってこいの場所である。
 まず目に入った先にはダーツ台があった。
 しかし、一人ダーツで時間つぶしが出来るほど限度がある。
 一先ずダーツはスルーする。

 次に目に入ったのは四角いテーブルと何やらそれを取り囲むように座る三つの人形。
 座ってくださいよ言わんばかりに置かれた椅子。
 そして、近くにはそのゲームのルールブックらしきものが置かれていた。
 DIOはそのルールブックを一通り目を通してみる。
 これならば少しは時間が潰せそうだとDIOは思った。
 

「フン、このDIOにとって人形相手で……

 
 
 この遊戯――――『麻雀』においても負けはないッ!」


 ―――麻雀ッ!

 ―――それは中国を起源とし、世界中で親しまれている4人用の牌を使ったテーブルゲームであるッ!

 ―――とある世界の21世紀では麻雀の競技人口は100.000.000人の大台を突破した国民的ゲームであるッ!

 麻雀のルールブックを読み終わったDIOは無造作に床にそれを投げ捨てて全自動卓に座る。
 それと同時に三台の人形が動き始めて、賽が投げられた。
 
 ルールは一般的な半荘一本勝負。


 ―――そして、DIOのはじめての闘牌は始まった。


197 : 孤独なHeaven  ◆KKELIaaFJU :2016/03/20(日) 00:05:41 .kAR10fA0

 【東一局】

(ふむ、配牌は悪くはない……いや、これが良型というものか!)
 
 まずまずの配牌。
 ビギナーズラックというものであろうか?
 しかし……

『立直だじぇ!』
(なっ、親のWリーだとォ!?)

 容赦ない麻雀CPUの闘牌がDIOの初麻雀を襲う。

(……くっ、手を崩すことになるが、ここは現物だッ!)
『自摸だじぇ!』
「は?」

 思わず、声に出してしまった。

『Wリー一発三色タンヤオで6000オール』 

 最初に言っておこう、麻雀は■■■■である。
 楽しい時もある。しかし、それ以外の時の方が多々ある。


198 : 孤独なHeaven  ◆KKELIaaFJU :2016/03/20(日) 00:06:25 .kAR10fA0


【色々あって約一時間後の南四局】


(ば…馬鹿なッ! ……こ…このDIOが…………箱点寸前だとぉ〜〜〜〜〜〜ッ!?)


 ボロボロだった。
 DIOは自分の親のオーラスまでようやく辿り着いた。
 DIOが立直をしても簡単に躱される。
 放銃はないものの、他家の自摸和了で点棒はどんどん減っていく。
 CPUは超デジタル麻雀で手堅い時もあれば……。
 まるで一巡先が読めているかのような打ち方する。
 ここまでDIOが飛ばないのが逆に不自然であるが……。
 
 だが、それが逆にDIOの逆鱗に触れたッ!

(く…屈辱だ、このDIOが、ここまで一度も和了できないなんて……ッ!)

 このままだとクズ手で早和了で半荘が終わる。
 無論、DIOはこのままぶっちぎりで最下位である。
 そんなことをこの男のプライドが許すであろうか?
 
 否、そんなことをDIOが許すはずはない!
 
(仕掛けるならば、ここだッ!!)

 ドラ表示牌は『中』。
 手牌にはドラの『白』が暗刻で来ている。
 まだ運は残っている。


「槓ッ!」

 
 上家の捨て牌の『白』を鳴く、自身の親の連荘は考えない。
 この局で全員を飛ばして勝利する。DIOにはその事しか眼中になかった。

 ドラである『白』を大明槓するこれでドラ4.
 槓ドラで『中』でDIOの持つドラは8になった。

「もいっこ槓ッ!」

 さらに手持ちの『白(?)』を暗槓する。
 次なる槓ドラは『中』でドラがさらに増える。


「もいっこ槓ッ!」


 再び手持ちの『白(??)』を暗槓する。
 次なる槓ドラはまた『中』でドラがさらに増える。


「駄目押しで槓ッ!」


 三度手持ちの『白(???)』を暗槓する。
 次なる槓ドラはまたまた『中』でDIOの手役はドラの爆弾と化すッ!


「嶺上……自摸ッ!!」


199 : 孤独なHeaven  ◆KKELIaaFJU :2016/03/20(日) 00:07:18 .kAR10fA0


 そのDIOの手牌はまさに異様であったッ!
 
 全て『白』のみで構成されたその手ッ!
 
 この真っ黒な邪悪の化身のこの男に全く以て似合わない手であるッ!

「字一色三暗刻四槓子嶺上開花ドラ72で……140符105飜……
 貴様ら全員箱点だぁ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」

 その手で飛ばない他家など存在しないッ!
 DIOは自分以外の三家を同時に飛ばしたのだッ!
 嶺上開花の責任払い? そんなルールは一般的な半荘には適用されない。

 あまりの想定外の事態にCPUは完全にショートして動かなくなってしまった。

「フハハハハハハ! やはり、最後に勝つのはこのDIOだッ!!
 無論、この殺し合いもそうだッ!!」

 一人だけの遊技場で一人高笑いする。
 そのまま、日が当たらない部屋に戻る。


 帝王は未だに―――己の自信は揺らぐことはないと信じて疑わない。

  
 さて、ここでDIOが最後の局にやった行為について解説しよう!

 所謂『イカサマ』であるが、それをこの男でしか出来ない方法でやってのけたのだ!

 まずは『世界』で時を止めてドラ表示牌の『中』の横の牌。
 つまり、槓によって表示される新たなドラを手持ちの暗刻にあった『中』とすり替えていたのだ。
 それと同時にその入れ替えた牌の表面を『世界』の指先で削り取り『白』を作ったのだッ!
 そして、予め自分の牌の表面をも『白』に作り替えていたのだッ!
 極稀にあるのだ、牌に不良品が混じっていることが!
 そう、DIOは己の力のみでその状況を作り出したのだッ!!
 つまり、DIOは『轟盲牌』という方法を知って知らずか使ったのだッ!
 『バレなきゃイカサマじゃない』
 どこかの誰かさんの言っていたが、その通りであるッ!!
 

 こうして帝王DIOは麻雀に勝利した。


200 : 孤独なHeaven  ◆KKELIaaFJU :2016/03/20(日) 00:08:04 .kAR10fA0


【B-7/ホテル内地下遊技場/一日目・日中】
【DIO@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
[状態]:健康、麻雀に勝ってテンションが高い
[服装]:いつもの帝王の格好
[装備]:サバイバルナイフ@Fate/Zero
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(9/10)
[思考・行動]
基本方針:主催者を殺す。そのために手っ取り早く他参加者を始末する。
0:空条承太郎、恐るるに足らず!
1:夕刻までホテルで体を休める。その後、DIOの館でセイバーと合流。
2:ヴァニラ・アイスと連絡を取りたい。
3:銀髪の侍(銀時)、長髪の侍(桂)、格闘家の娘コロナ、三つ編みの男(神威)は絶対に殺す。優先順位は銀時=コロナ=桂>神威。
4:先ほどのホル・ホースの様子、少しおかしかったが……?
5:衛宮切嗣を警戒。
6:言峰綺礼への興味。
7:承太郎を殺して血を吸いたい。
8:一条蛍なる女に警戒。セイバーやヴァニラ・アイスと合流した時にはその旨も一応伝えてやるか。
[備考]
※参戦時期は、少なくとも花京院の肉の芽が取り除かれた後のようです。
※時止めはいつもより疲労が増加しています。一呼吸だけではなく、数呼吸間隔を開けなければ時止め出来ません。
※車の運転を覚えました。
※時間停止中に肉の芽は使えません。無理に使おうとすれば時間停止が解けます。
※セイバーとの同盟は生存者が残り十名を切るまで続けるつもりです。
※ホル・ホース(ラヴァレイ)の様子がおかしかったことには気付いていますが、偽物という確信はありません。
※ラヴァレイから嘘の情報を教えられました。内容を要約すると以下の通りです。
 ・『ホル・ホース』は犬吠埼樹、志村新八の二名を殺害した
 ・その後、対主催の集団に潜伏しているところを一条蛍に襲撃され、集団は散開。
 ・蛍から逃れる最中で地下通路を発見した。
※麻雀のルールを覚えました。


201 : ◆KKELIaaFJU :2016/03/20(日) 00:08:49 .kAR10fA0
以上で投下終了です。


202 : 名無しさん :2016/03/20(日) 00:54:06 jGxSDCL.0
投下乙です
この黄色いおじさんは一体何をやってるんですかねぇ…(呆れ)


203 : 名無しさん :2016/03/20(日) 09:42:35 ET4nMVyY0
CPUとは言え華菜ディアンマンつよい
DIO様は楽しそうでいいと思います、ハイ


204 : 名無しさん :2016/03/20(日) 15:30:00 feEaVJ4U0
投下乙です
駄目だこの帝王()………早くなんとかしないと………


205 : ◆45MxoM2216 :2016/03/22(火) 18:34:07 3d7aHods0
投下します


206 : EXiSTENCE ◆45MxoM2216 :2016/03/22(火) 18:34:57 3d7aHods0
「ったく、マジか……勘弁してくれよ」
鼻の良い者ならば潮の香も嗅げるであろう海辺近くの道。
そこに、少女を背負って進むアフロの青年―――ファバロ・レオーネがいた。

「気絶して重くなったガキ背負って情婦みてぇな格好の化け物女から必死に逃げて、やっと一息付けそうな場所が見えてきたってのによ……。
禁止エリアだぁ?そういう重要なことは最初に言えってんだよ」
ひとまず基地で腰を落ち着けようとしていたファバロだったが、放送にて禁止エリアという聞きなれない言葉を聞いて腕輪で調べたところ、なんでも放送の度に禁止エリアが増えていき、参加者が禁止エリアに入ると魂が引き剥がされ死亡するそうだ。

そして運悪く、ファバロの目的地だった基地は禁止エリアに選ばれてしまった。
基地でゆっくり今後のあれこれを考えようとしていたファバロの見通しは狂ってしまったことになる。
せめてファバロ一人ならば放送前に基地に着いたかもしれないが、気絶した人間一人背負っての移動は思いの外時間がかかってしまった。

「いつの間にか聖女さんも死んじまってるしよぉ……。
さっきの化け物女といい、どんだけ化け物が溢れてるんだっての」
悪魔ともサシでやりあえるような聖女、ジャンヌ・ダルクも死んでしまった。
先ほどの放送で呼ばれなかったにも関わらずマスターカードの情報では死亡扱いになっていることから、自分が聞き逃した一回目の放送の時点で死んでいたということになる。

「だからよ……俺らみたいな真っ当な人間は、いつくたばっても不思議じゃねぇよな」
アザゼルのような悪魔や、アーミラのような半神半魔に比べれば、普通の人間の力は取るに足らない小石のようなものだ。
一応自分達はかつてそのアザゼルに勝利したが、その勝利も神から賜った武器を使う聖女の力あってこその勝利だ。

「そういやさ……お前も成長したよな。
視野が狭くて後ろの橋にも気づかなかったようなお前がよ、あの時は後ろから聖女さんが来てるのに気付いたんだろ?
大したもんだよ」
あの時は自分たちの武器が全く有効打にならず、ジリ貧状態だった。
正直もうダメかと覚悟したが、まさか頭の固いあの男が機転を利かして戦うとは夢にも思わなかった。


「なぁ、カイザル……!」
いくら前より成長しても、馬鹿正直な本質は変わらない。
どこぞの悪人にいいようにあしらわれたのかもしれないし、化け物に敵わずに殺されたのかもしれない。
どちらにせよ、こういう悪意の溢れる場で長生きできるタイプの人間ではなかった。

そもそも、賞金稼ぎに身を窶した時点で、いつ死んでもおかしくなかったのだ。
そしてカイザルが賞金稼ぎになったのは……ファバロの父親のせいだ。
裏で悪魔が絡んでいようと、ファバロの父がカイザルの父を襲ったという事実は変わらない。
そのせいでリドファルド家が没落したという事実は変わらない。

「ちくしょう……!」
陰鬱な気持ちを抱えながら、ファバロは北へと進む。
基地が禁止エリアになった以上、来た道を戻るか北上するしかないが、まだ先ほどの女が近くにいるかもしれないのに来た道を戻るなど自殺行為だ。
とにかく進むしかない……のだが、その足取りは遅い。
基地以外に近場で休めそうな場所といえばガソリンスタンドだが、残念なことにファバロはガソリンスタンドがどんなものか知らない。
ならば少し遠くまで足を伸ばすかと言えば、長々と少女を背負って行動すれば、その分危険も増す。

「ああ、重いなちくしょう……いっそ捨てちまうか?」
そもそも、こんな小娘一人のために自分が苦労する必要などないはずだ。
確かに戦力として見れば有用だが、逆に言えばそれだけだ。
労力に対しての見返りが小さすぎる。
そもそもこの娘がアーミラのようなナイスバディでもないのに重すぎるのだ。
まぁ、重いと言っても比較対象がそのアーミラと―――

「お前しかいないわけだがな、リタ!」
「……何の話よ?」
「こっちの話だ」



(まったく、運が良いのか悪いのか……)
殺し合いに乗って早々に知り合いと遭遇してしまったリタは、舌打ちの一つでもしたい気分になった。

リタは殺し合いに乗っているとはいえ、表立って動く気はなかったのだ。
本当に繭に願いを叶えるような力はあるのか。
囚われたカイザルの魂を救い出すことはできるのか。
その確証が持てるまでは、行動は下準備に留めるつもりだった。


207 : EXiSTENCE ◆45MxoM2216 :2016/03/22(火) 18:35:29 3d7aHods0
というのも、もし繭の言っていることがハッタリだった場合には、繭を打倒しようとする者たちに混ざるつもりだからだ。
あまり派手に暴れまわると、いざ他の参加者と合流しようとした時に不利益が起こることは確実だ。

あくまで下準備。
確実に殺せると判断した相手にしか手を出さない。

では、この男―――ファバロ・レオーネとその男に担がれている少女は確実に殺せるだろうか?

まずは担がれている少女。
重傷を負っている上に気絶しているので、その気になればココアでも殺せるくらいの存在だ。
計算に入れる必要すらない。

しかし、ファバロはそうもいかない。
この男は歴戦の賞金稼ぎであり、カイザルとアーミラもいたとはいえ自分のけしかけたゾンビを危なげなく殲滅したこともある。
決して勝ち目がないわけではないが、確実に殺せるかと言われれば疑問が残る。
疑問が残るのだが……。

「リタ、お前―――やる気か?」

気付く頃にはもうyou're in a coffin
it's too late if you want to do something




ファバロがリタが殺し合いに乗っていることに気付けたのは何故か?
リタのカイザルへの入れ込み具合を元々知っていたこともある。
アーミラとカイザルがアザゼルに攫われた時には一も二もなく助けだそうとしたし、アザゼルとの会話から一時休戦の取引を持ち掛けてまで自分たちの身を守ろうとしたらしい。
そんなリタがカイザルの死を知って、外道へと堕ちるのを想像するのは容易だった。

だが、一番の要因は……目だ。
かつてアーミラに散々自分の目が嘘を付いている人間の目かと嘯いてきたが、実際良からぬことを企んでいる人間というのは目に移る。
今まで賞金稼ぎとしてたくさんの人間のクズの目を見てきたファバロは、リタの瞳に卑しい光が宿っている事を見逃さなかった。

「ええ、そのつもりよ」
ばれた以上、下手に取り繕う必要もない。
リタはあっさりとその事実を認めた。
分かってる。
こんな馬鹿げた殺し合いに乗るなど、鬼畜にも劣る所業だ。
今ならまだ引き返せる。
まだ誰も傷つけていない今なら。

「悪いけど……カイザルの魂を救うことにしたの」
だけど、それはできない。
村が魔獣に襲われ、自分一人だけ生き残った。
それを認められなくて、死人に鞭打ってまでくだらない家族ごっこを続けた。

「けっ、所詮賞金首だったってことかよ」
今引き返したら、自分はもう進めない。
二百年も引きこもっていた自分と―――カイザルに救われる前の自分と同じになってしまう。
そんなのは御免だ。

ファバロは背負っている少女に何か話しかけながら慎重な手つきで地面に降ろした。
その間も、決してリタから目を離さない。
ファバロはああ見えて意外とお人よしな所もある。
気絶して足手纏いになった少女も、なんだかんだ言いながら見捨てるようなことはしないのだろう。


208 : EXiSTENCE ◆45MxoM2216 :2016/03/22(火) 18:36:40 3d7aHods0
(アスティオンは戦闘には使わない方が懸命ね……
機械のくせに意思があるみたいだし、最悪手を貸してくれなくなるかもしれないわ)
アスティオンは支給品だが、人殺しをする時に使われて良い気分はしないだろう。
いざという時に飼い犬(猫だけど)に手を噛まれたら目も当てられない。
バトルロワイヤルという長期戦において、一時的なハイリターンと恒久的なローリターンのどちらが重要かは言うまでもないことだ。
白のマスターカードによればアスティオンは攻撃補助をしないが、ダメージ緩和と回復補助能力に特化しているらしい。

これでもし戦闘に特化していたらもっと迷ったかもしれないが、戦闘で使用する際の利益と戦闘以外で使用する利益はトントン。
ただ戦うだけなら相手を無力化した後にカードに戻してから殺せば済む話だが、今回は相手が悪い。
気絶した少女を庇う男と戦っていれば、どう取り繕ってもこちらが悪玉だとバレてしまう。
とりあえず今回は、戦闘後の回復に使うに留めなければならない。
と、なれば……

「……ファバロ、手を組むつもりはないかしら?」
「なにぃ?」
「私だって、できればあんたを殺したくはないもの。
あんただって、カイザルとアーミラを助けたいでしょ?」
リタが行ったのは、勧誘。
勝てるかどうか五分五分の上、心情的にも戦いたくない相手に対する行動てしては妥当な所だろう。

「へっ、俺が?あいつらを助けたいだって?
俺に呪いをかけやがった悪魔の女と、年中俺の命を狙ってる商売敵をか?」
「前もそんなこと言ってたけど、結局賞金稼ぎの腕輪を壊してまで助けにいったじゃない」
彼はお人好しだ。
憎まれ口を叩いたり、良からぬことを企んだりはしても、根っこの所は善人なのだ。
だから―――

「はっ、お断りだ」
こう言われることは、心のどこかで分かっていたかもしれない。


「俺は俺のために生きる」
この殺し合いが始まってすぐ、ファバロはアザゼルと遭遇し、少し話をした。
その時の葛藤を思い出す。
復讐に縛られた生き方なんざ真平ゴメン。
ならば、生かすための生き方はどうか?
アザゼルには教えてやらなかったが……リタには少しだけ胸の内を明かしてもいいかもしれない。

「他人を蹴落としてまで誰かを助けるような生き方ができるんだったら、俺はとっくに親父の後を継いで義賊にでもなってるっての」
結局、ファバロ・レオーネとはこういう男だ。
他人を頼りにしない、他人に寄生しない。
自分を守れるのは自分だけ。
だから、自分らしく生きられる。
友の死に悲しみはしても、畜生にも劣るような所業に手を染めてまで助けたいとは思わない。

「じゃあ、優勝する気……はないわよね、わざわざそんなお子ちゃま背負ってたくらいだし」
「別に義理人情だけで助けたわけじゃねぇよ……ま、殺し合いに乗らない程度の義理人情はあるつもりだけどな」
軽口を叩くファバロだが、その殺し合いに乗っているリタからすれば笑えない話だ。
ここまでくれば、流石にリタも腹をくくる。
リタとファバロは戦うしかないのだ。
しかし、悲壮感はない。賞金首と賞金稼ぎが結局、戻る所に戻っただけ。

「仕方ないわね……!恨むんじゃないわよ!」
カイザルの剣を構えて突っ込む。
彼我の距離は20メートル足らず。
剣を持ちながらでも、全力で走れば数秒で詰められる距離だ。
自分は訓練など受けていないし、型もまるでなっていないデタラメな斬りつけ方しかできない。
それでも、杖でスケルトンをバラバラにできる程の力によってそこそこの脅威となる。
ゾンビとはいえ、銃撃をモロに喰らえば無事ではすまない。
剣を両手で水平に構えて防御の構えを取りつつ、横に平行移動して可能な限り銃弾を避ける。


209 : EXiSTENCE ◆45MxoM2216 :2016/03/22(火) 18:37:11 3d7aHods0
(やはり、簡単にはいかないわね……
でも、あの妙な武器、火力自体はそれほどでもないみたいね)
見たこともない武器だが、戦闘の後にアスティオンで回復できることも考えれば多少の無茶は聞く。
自分の獲物が剣である以上、近づかなくては始まらない。
腕を飛ばせば一応遠距離攻撃も可能だが、飛ばした後にしばらく片腕で戦わなければならなくなるので却下。
多少のダメージは覚悟して突き進もうとするリタ。
しかし―――

「おらよっと!」
戦闘においては、ファバロが一枚上手だった。
なんとファバロは、自分からリタとの距離を詰め、水平になった剣の切っ先側に身を晒したのである。

「!」
慌てて切っ先を突き付けるが、ファバロの予想外の行動に意表を突かれ、動きが僅かに鈍る。
さらに言えば、突きというのは難しい技だ。
右手に少しでも力を入れてしまうと、太刀筋が簡単にぶれてしまう。
動きも鈍く、太刀筋もぶれた突きを躱すことなど、ファバロにとって朝飯前だった。

斜めに袈裟切りするならば剣の腕が悪くても腕力さえあればかなりの脅威となったであろう。
ゾンビであるリタならば真横、それも切っ先側に回り込まれてしまっても人体の構造を無視して腰を曲げ、袈裟切りを放つことだってその気になれば可能だった。
しかし咄嗟の行動故に、袈裟切りではなく出の早い突きを放ってしまった。

どこまで計算していたかは分からないが、自分は突きを放って腕が伸びきってしまって隙だらけなのに対し、ファバロは身を捻って剣を躱したことで、完璧な体重移動をしている。
そのまま身体のバネをフルに使って繰り出してきた蹴りを、リタは躱すことができなかった。

「ガハッ!」
元々、ファバロとリタにはかなりの体格差がある。
蹴りの一発だって脅威だ。
踏ん張りきれずに後ろへと吹っ飛んでいくリタ。
ファバロは糸巻き型の手榴弾のピンを抜き、容赦のない追い打ちをかける。

「く……!少しは死人を労わりなさいよ。これだから若造は」
軽口を叩きつつバックステップで手榴弾を躱すも、爆風に煽られて身体が熱い。
ゾンビは炎に弱いというのが通説だというのに容赦のないことだ。

(まずいわね……結局、気絶してるお子様とも大分離されたわ。
利用できるかと思ったのだけど、上手くいかないものね)
この攻防によって自分は後退せざるを得なくなり、気絶している少女との距離も離されてしまった。
ファバロにとっては一石二鳥の攻防だったが、自分にとっては骨折り損のくたびれ儲けだ。

と、爆発による煙の中からファバロが突っ込んでくる。
横薙ぎに剣を振るうも、ファバロはナイフで剣をいなしながら懐に潜りこんできた。
近付かれすぎるとナイフの方が強い。
慌てて距離を取ろうとするも、ファバロに右手を掴まれる……と思ったら、次の瞬間には視界が反転し、背中に強い衝撃が走る。


210 : EXiSTENCE ◆45MxoM2216 :2016/03/22(火) 18:37:52 3d7aHods0
背負い投げ……というには少々大味すぎるが、ファバロが行ったのは確かに背負い投げだった。
掴んだ右腕を振り上げ、そのまま反対側の地面に叩きつける。
普通は右腕だけ掴んで背負い投げなどできない……が、リタは普通ではない。
かつてアザゼルに捕まったアーミラとカイザルを助けようと、アザゼルの空飛ぶ城グレゴールに突入したことがある。
その時にリタを背負ったことがあるファバロは、リタの体重が異常なまでに軽いことを知っていた。
故にファバロは大味な背負い投げを行う大胆な行動に移れたのである。

「ぐぁ……!」
それでも、リタはカイザルの剣を決して手放さない。
必ず返すと誓った、この剣だけは!

起き上がりざまに剣を振るうも、ファバロは飛び退って簡単に避ける。
そのまま剣を支えに起き上がり、ファバロを睨み付ける。

「おー、怖い怖い。でもな、一つ忠告してやる。お前の欠点はカイザルと同じだ。とにかく視野が狭い。
もっと周りに目を向けないとな」
「……?何を言っているのかしら?」
「俺がなんでわざわざお前に背負い投げしたんだと思う?」
急に語りかけてきたファバロに対して訝し気な表情を作るリタ。
ファバロは勝ち誇ったようなムカつく顔をしたかと思うと―――


「今だ緑子ぉおおおお!!」
「う、うわあああああ!」

「な!?」
しばらくは気絶したまま動かないと思っていた少女の方向から、突如鬨の声が響く。
まずい。
今自分は少女にガラ空きの背中を晒している。
咄嗟に後ろを振り返るが―――そこには誰もいない。
否、厳密に言えば離れた場所に少女がいるのだが、その少女は依然として気絶したままである。
そして鬨の声は、少女の近くに置いてあるカードから響いている。

「かかったなアホが!」
罠だ、と気付いた時にはもう遅い。
既にファバロは光る剣―――ビームサーベルを取り出して目前に迫っている。
咄嗟に剣で防御するが、ビームサーベルはまるでバターを切るかのように剣をスライスする。

(カイザルの剣が……!)
必ずカイザルに返すと誓った剣が、あっさりと両断された。
そのことにショックを受ける暇もない。
返す刀でリタを両断しようと迫るビームサーベルをなんとか避ける。
しかし、その避け方は先ほどファバロがしたような次に繫げる避け方ではない。
足さばきも体重移動もめちゃくちゃな、避けた後に隙だらけになるような避け方だ。

「まさか、『あの時』に……!」
絶体絶命のピンチの中、先ほどの罠のからくりに気付くリタ。
後から思い返せば、とても単純なことだった。

「察しが良いな、そう、『あの時』だよ」
背負った少女を地面に降ろした時、ファバロは何か呟いていた。
てっきりその少女に語りかけていると思ったのだが……
実はその時にリタからは見えないように緑子のカードを取り出し、合図をしたら鬨の声をあげるように指示していたのである。
やけに慎重な手つきで地面に降ろしたのも、多少説明に時間がかかっても不信感を与えないため。
リタは最初から、ファバロの術中にはまっていたことになる。

「ま、今さら気付いたって遅いけどなぁ!」
無理な避け方をして体制の崩れたリタにトドメを刺すべく、ファバロはビームサーベルを振るう。
剣をバターのようにスライスするあの光の剣に貫かれれば、いくらゾンビとはいえ致命傷だ。
元々二百年前に潰えるはずだった命だ。今さら死ぬのは怖くない。
だが、今ここで自分が死んだら、カイザルはどうなる。
自分は二百年もの間、寂しさに耐えられずにたった一人でくだらないおままごとを続けた。
それでも嫌になるくらい苦しかったというのに、カイザルは寂しさを紛らわすおままごとすらできずに、永遠に―――

「う、」
そんなことはさせない。
繭に本当に願いを叶える力はあるのか、それはまだ分からない。
それでも、この男は今殺さなければならない。
殺し合いに乗っていることがばれた上、自分の情報をばら撒かれたりしたら、せっかくの幼い見た目とゾンビの特殊性の利点が薄くなってしまう。

「うああああああああああああああああ!!!」
そして何より、何より自分自身にけじめを付けたい!
最初にファバロを殺せれば、自分はもう絶対に迷わない。
残った知り合いは敵のアザゼルと胡散臭いラヴァレイのみ。
腐った行動を心情的に阻害するものはなくなる。
我ながら似合わない叫び声をあげながら、最後の意地で左腕をビームサーベルへ突き出す。


211 : EXiSTENCE ◆45MxoM2216 :2016/03/22(火) 18:38:48 3d7aHods0


ビチャリ、という嫌な音が聞こえた。
リタの左腕が切断された音……ではない。
切断されたリタの左腕から飛び出た液体が、ファバロの顔面にかかった音だ。

「んな!?」
流石のファバロもこれは予想外だったらしく、ビームサーベルを振りぬこうとしていた動きが一瞬止まった。
その一瞬の隙を逃さず、リタは右腕の腕輪でビームサーベルを抑えにかかる。
SFチックな音を立てながらも、ビームサーベルは腕輪を切断できずに大きく弾かれた。
ファバロの攻撃を防ぎつつ、隙を作る。
ゾンビの左腕一本にしては十分すぎる成果だ。

リタの左腕から飛び出した液体とは、ガソリンである。
そう、リタはカイザルの遺体を見つけてから、すぐには南下せずに近くのガソリンスタンドへと立ち寄ったのだ。
ガソリンスタンドにて発火性も強く、燃料としても非常に優秀な液体を見つけたリタはなんとかその液体を持ち運ぼうとするも容れ物を持っていなかった。
そこで彼女が選んだのは、自分の体内にガソリンを入れるというゾンビならではの行動だった。

自分の左腕を外し、ホースでガソリンを注入。
右腕も外そうとしたが、こちらは何故か外れなかった。
おそらく、右腕を腕輪ごと簡単に取り外せるリタに対しての繭の制限だと当たりを付けたのだが、そこまでするということは当然腕輪自体にも細工を施しているだろう。
軽い耐久テストをした結果、腕輪はかなり頑丈な素材で作られていることが判明した。
そう、いざという時の盾にもできるくらい頑丈な素材で。

ここに来て、放送までの空き時間を有効に使ったリタと無為に使ったファバロの差が如実に現れた。
殺し合いに乗り、一人で行動したが故に気軽に探索へ動きだせたリタ。
殺し合いに乗らず、気絶した少女を背負ったが故に行動範囲が狭まったファバロ。
道徳的にはファバロが善でリタが悪だろうが、お生憎様リタはゾンビだから道徳など気にかけない。
おそらくリタにとって最大かつ最後であろうチャンスが生まれたことの方が重要だ。

懐に隠し持っていた元々は龍之介の支給品だったブレスレットを取り出す。

龍之介本人の腕輪ではなかったせいか曖昧な情報しか記されていなかったが、白のマスターカードによれば強力なマジックアイテムらしい。
こんな曖昧で不確かな手段に頼るなんて、自分も焼きが回ったものだ。


焼きが回ったついでに、もう一つ柄でもないことをやってみよう。
この男との決着に相応しい台詞がある。
それをカイザルへの手向けとしよう。
気の利いた台詞の一つも出てこないが、そんなものは必要ない。
さぁ、叫ぼう―――あの騎士のように。


「ファバロォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」



(のりピー……!)
神楽が目を覚まして最初に思い浮かべたのは、あの白い女にその身を貫かれた花京院のことだった。
しかし、周囲の光景は先程までの放送局ではなく、野外だった。
近くにはファバロが突っ立っている。気絶した自分を助けてくれた後、上手くあの女から逃げられたようだ。
そのことには素直に感謝するが、やはり花京院は助からなかったらしい。
自分があの女に勝てていれば、花京院を早いうちに手当できたかもしれない。
花京院は死なずにすんだかもしれない。

『てめえ、弱すぎんだよ。
何もかも、兄貴の劣化でしかねえ』

『夜兎の本能を抑えようとするあまり、拳が俺に届く前に死んじまってんだよォ!』

あの白い女の言葉と、かつてとある夜兎に言われた言葉が自分の中で重なる。
結局、自分は誰かを傷つけるのが怖い臆病者だ。
血と戦うと言えば聞こえは良いが、いざという時に本気を出せずにむざむざ仲間を殺させてしまった。

(強くなりたいアル……!)
今まで幾度となく思ってきたことだが、今はひと際強くそう思う。
夜兎の血に頼らずとも、みんなを守れるくらい強くなりたい。
あの白い女にも、馬鹿兄貴にも負けないくらいに……強く。


212 : EXiSTENCE ◆45MxoM2216 :2016/03/22(火) 18:39:50 3d7aHods0

「ファバロ!」
急に耳元で響いた声にハッと我に帰る。
何故か自分のすぐそばに遊○王みたいなカードが置いてあり、その中で緑子がファバロの名を叫んでいる。

(そもそも、あのハナ○ソ頭はさっきから突っ立って何をやってるアル……え?)
突っ立ったまま動こうとしないファバロに痺れを切らして首を伸ばしてファバロの方を覗き込んだ神楽は、絶句する。
夜兎である自分すらも霞む程異常なまでに青白い肌をした少女が、短剣をファバロに突き刺していた。


ドクン、と心臓が波打ち、血が滾る。

「やめろ……」
ファバロは動かない。
ただ、少女にされるがままになっている。
何をやってるのだと緑子が叫ぶも、ファバロはまるで動かない。

「やめろ……!」
神楽は動けない。
白い女にやられた傷のせいだ。
何をやってるのだと自問するも、身体はまるで動かない。

『どいつもこいつも、やれ意地だ、救いだと。
地獄でやってろ』

『人を傷つけたくない、人を殺したくない、大層立派な考えだ。
このぬるま湯地球ではな』


『言ったはずだ……弱い奴に、用はないって』


「やめろぉおおおおおおおおおおおおお!!」



グシャリ、という嫌な音がした。
リタが折れたカイザルの剣でファバロを突き刺した音……ではない。
気絶していた少女が突如起き上がり、リタを殴り飛ばした音だ。

その人ならざる腕力によってありえない程吹き飛ばされたリタは、何が起こったのか理解できなかった。
それはそうだろう。
重傷を負っていた少女が急に起き上がるなど予想できるはずもない。
起き上がった少女が常識外れの腕力を発揮してくるなど予想できるはずもない。

(一体……何が……)
なんとか状況を把握するため起き上がろうとするも―――
次の瞬間、肩を踏みつぶされた。

思わず悲鳴をあげるリタだが、目の前の獣は止まらない。
執拗なまでに何度も何度も、リタの肩を、足を、腕を、腹を踏みつけ続ける。

(見誤ったわね……!ファバロは後回しにして、どうにかして先にこのお子様に対処しておくべきだったわ)
どうせ気絶しているから計算に入れる必要もないと侮っていた少女は、手負いの獣だった。
情け容赦ない、夜の兎が解き放たれた。

こうなっては四の五の言っていられない。
虎の子のアスティオンを使おうと黒カードを取り出そうとして―――腕を蹴り飛ばされた。
嫌な音を立てながら千切れた右腕があらぬ方向へと飛んでいく。
左腕は先ほどのファバロとの戦闘で使い物にならなくなった。

両腕を失い、目の前には獣……いや、化け物がそびえ立つ。
ああ、自分は死ぬんだな、と他人事のように思う。
カイザルの魂を救うこともできずに、ただ無為に死ぬ。
結局、外道は何をしても失敗するようだ。

そう、自分はただの外道だ。
ネクロマンサーとして、ゾンビとして、人殺しに乗った危険人物として。
真っ当な人間というには、余りにも道を踏み外しすぎた。
それでも、ネクロマンサーとしての、ゾンビとしての、危険人物としての生き方は―――全部ひっくるめて自分の性。

(腕輪ごと腕が飛ばされたから捕まらない……なんてお気楽なことにはならないわよね)
これから殺されるというのに、妙に晴れやかな気分だ。
誰も手にかけないうちに死ねるのは、それはそれで悪くないようにも思う。
カイザルの魂を救えずに死ぬのは心残りだが、逆に言えばそれぐらいしか無念はない。
自分は長く生きすぎた。
そろそろ年貢の納め時だろう。


(カイザル、魂が囚われた先で―――私はあんたに呼びかけ続けるわ。
向こうで喋れるかは分からないし、喋れても届かないかもしれない。
それでも、ずっとずっと、呼びかけ続けるわ。
だから、もし私の声が聞こえたら―――ちゃんと返事してよね)

化け物の足が振り上げられる。
狙いはリタの首だ。

(向こうに行ったら、ちょっと今までとは違う私になってるかもね。だって―――)

足で首を撥ねられた。
死ぬのは二度目だが、どうにも慣れないものだ。

(死んだらもう、私はゾンビじゃないから)

【リタ@神撃のバハムートGENESIS 死亡】


213 : EXiSTENCE ◆45MxoM2216 :2016/03/22(火) 18:40:38 3d7aHods0


我に帰ったファバロの目に移ったのは、立ち尽くす神楽と変わり果てたリタの姿だった。
別にリタが死んでるのはいい。
思う所がないと言えば嘘になるが、リタは殺し合いに乗っていた。
普段より生き死にをドライに捉えている今のファバロにとってみれば、死んでも仕方ない存在だと割り切れる。

「おい、神楽……」
だが、神楽の様子がおかしい。
思わず声をかけたファバロは、ゆっくりと振り返った神楽の目を見て絶句する。
目が完全にイッている。

思わずファバロが後ずさった時―――
神楽は声にならない叫びをあげ、北へと走って行ってしまう。

「ちょ、おい……!いってぇ……!」
反射的に呼び止めようとしたファバロだったが、急に腹部が痛み出してきた。
痛みの原因を確かめようと腹部を見れば、いつの間にか血が滲んでいた。

「リタの奴、また妙なマジックアイテム使いやがったな。
……なぁカイザル、お前が助けてくれたのか?」
リタのブレスレットによって意識が飛び、抵抗もできずに刺されたファバロが何故こうも元気なのか?
それは、リタがカイザルの剣を使ってファバロにトドメを刺すことにこだわったからである。
ビームサーベルによって壊されたカイザルの剣は、殺傷力が著しく低下していた。
騎士として剣でファバロと決着を付けようとし続けたカイザル。
その姿を知っているが故に、リタは壊れていてもカイザルの剣でファバロを殺すことにこだわった。
つまり、カイザルに助けられたと言っても過言ではない。

「ねぇファバロ、神楽を追いかけないと!」
「あー?」
後ろから響いてきた声に振り向けば、カードの中の少女が必死な様子で叫んでいる。
すっかり忘れてたが、近くには緑子がいたのだった。

「あんな目がイッてる女、わざわざ追いかけてどうすんだよ」
「ファバロ!神楽は君を助けるためにああなったんだよ!」
確かに、リタに殺されかけた自分を助けたのは神楽だ。
だが、明らかにあの神楽はまともではない。
下手に刺激してなにかの拍子にこっちにまで被害が飛び火しないとも限らない。
限らないのだが―――

「ねぇ、ファバロ!」
「だぁもう分かったよ、追いかけりゃいいんだろ追いかければ!」
結局、ファバロ・レオーネとはこういう男だ。
なんだかんだ言いつつ根っこの所はお人よしなのだ。

「そこらへんにちょうどリタが持ってた医療道具があることだし、ちょっくら応急処置したら神楽を追いかけるか」
腹部を押さえつつ近くに散らばったリタの持ち物を回収しながら、ファバロは思う。
これでよかったのかと。
本気で説得すれば、リタは殺し合いに乗るのを止めてくれたかもしれない。
そうすれば死なずにすんだかもしれない。

そんなたらればを考えながら、リタの遺品を回収し続ける。
一瞬、リタの死に顔でも見てみようと思ったが……やっぱり止めた。

明日へとそよぐ風の中、心の中には、ぽっかりと穴が空いたようだった。

【C-2とC-3の境目/一日目・日中】

【ファバロ・レオーネ@神撃のバハムート GENESIS】
[状態]:疲労(大)、腹部にダメージ(小)、精神的疲労(中)
[服装]:私服の下に黄長瀬紬の装備を仕込んでいる
[装備]:ミシンガン@キルラキル グリーンワナ(緑子のカードデッキ)@selector infected WIXOSS
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(8/10)
    黒カード:黄長瀬紬の装備セット、狸の着ぐるみ@のんのんびより、小型テレビ@現実、、カードキー(詳細不明)、ビームサーベル@銀魂
[思考・行動]
基本方針:俺は俺のために生きる。殺し合いに乗る気はねぇ。
   0:リタの遺品を回収し、傷の応急処置をする。
   1:神楽を追う。
   2:カイザル……リタ……。
   3:『スタンド』ってなんだ?    
   4:寝たい。
 [備考]
※参戦時期は9話のエンシェントフォレストドラゴンの領域から抜け出た時点かもしれません。
 アーミラの言動が自分の知るものとずれていることに疑問を持っています。
※繭の能力に当たりをつけ、その力で神の鍵をアーミラから奪い取ったのではと推測しています。
 またバハムートを操っている以上、魔の鍵を彼女に渡した存在がいるのではと勘ぐっています。
 バハムートに関しても、夢で見たサイズより小さかったのではと疑問を持っています。
※今のところ、スタンドを召喚魔法の一種だと考えています
※白のマスターカードによって第一回放送の情報を得ました。
※C-2とC-3の境目にリタの持ち物が散乱しています。


214 : EXiSTENCE ◆45MxoM2216 :2016/03/22(火) 18:41:12 3d7aHods0


鎖が外れ、夜兎の本能に呑まれた神楽。
ファバロの怯えたような目を見た瞬間、本能はファバロから逃げるかのように身体を北へと動かした。
彼女は知らない。
本能に呑まれた自分をかつて止めてくれた少年は、もうこの世にいないことを。
彼女は知らない。
自らの進む先に、大切な仲間の侍や相容れない兄がいることを。

彼女は考えられない。
理性と知性の吹っ飛んだ神楽には、この先に何が待っているかなど―――想像すらできない。

【C-2/一日目・日中】

【神楽@銀魂】
[状態]:暴走、疲労(中)、頭にダメージ(大)、胴にダメージ(大)、右足・両腕・左足の甲に刺傷(行動に支障なし)
[服装]:チャイナ服
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)、黒カード:不明支給品0〜2枚
[思考・行動]
基本方針:殺し合いには乗らないアル
   1:………………(ひとまず北上する)。
   2:神威を探し出し、なんとしてでも止めるネ。けど、殺さなきゃならないってんなら、私がやるヨ。
   3:銀ちゃん、新八、マヨ、ヅラ、マダオと合流したいヨ
[備考]
※花京院から範馬勇次郎、『姿の見えないスタンド使い』についての情報を得ました。
※第一回放送を聞き流しました
どの程度情報を得れたかは、後続の書き手さんにお任せします


215 : ◆45MxoM2216 :2016/03/22(火) 18:42:38 3d7aHods0
投下終了です


216 : 名無しさん :2016/03/22(火) 20:34:39 4MyOQiMgO
乙です
さらばリタ……対主催の誰かを殺る前に退場させられたのがせめてもの救いと思いたい
そう思わずにいられない話でした
さあ神楽は誰と遭遇するやら


217 : ◆3LWjgcR03U :2016/03/23(水) 00:41:48 MIXigq7U0
投下します。


218 : 万事を護る者 ◆3LWjgcR03U :2016/03/23(水) 00:42:17 MIXigq7U0
北西の島。その南に存在する基地。
1人の少女が、シャワーを浴びていた。

海水に濡れた服を乾かし、道着を羽織った少女――宇治松千夜。
道着の主――本部以蔵を待つ間、半裸を晒し続けているのも落ち着かず、基地の中を少しだけ探ってみることにした。
軍人の父を持つリゼならともかく、千夜にはあまりにも無縁な場所ではあったが、程なくしてこのシャワールームを見つけた。

――熱い湯が体を流れていく。
シャワーのノズルを、海水に浸かった髪に当てる。
湯ともに、様々な思いもまた、千夜の頭の中から流れ出ていくような気がした。

もうすぐ半日あまりだろうか。
あまりにも色々なことがありすぎた。
濃密な生と死が、少女の周囲を交錯した。

やってしまったことへの後悔も、これからしなければならないことも、千夜にはたくさんあった。
けれど、今だけは。
ただ流れる湯の気持ちよさに、身をゆだねたかった。











『――正午。こんにちは、とでも言えばいいかしら。二回目の定時放送の時間よ。』

放送が流れたのは、千夜がシャワールームから上がり、体を拭いている最中だった。

「――っ」

怖かった。
放送は、自分の犯した罪を、殺し合いの現実を、容赦なく突きつけてくる。
覚悟を決める間もないまま、死者の名は告げられた。


219 : 万事を護る者 ◆3LWjgcR03U :2016/03/23(水) 00:42:38 MIXigq7U0
――【ランサー】

西で起きた光の正体を確かめにいったまま、戻らなかった彼。

――【保登心愛】

「あ……」

世界が反転したような感覚が千夜を襲った。
その死は、知っていたはずだった。
彼女の■をこの目ではっきりと見たのは、他ならぬ自分だったのだから。
だけど、心のどこかで、目をそらし続けていたのかもしれない。

――【雨生龍之介】
――【蒼井晶】
――【カイザル・リドファルド】
――【範馬刃牙】
――【高坂穂乃果】

知っている名前が、立て続けに読み上げられた。
悪い人もいた。ココアを殺したり、自分を弄ぼうとしたり。
けれど。


――『うそ……そんな……』

――『親父に近づくために何より必要な覚悟を」』
――『アンタを殺して手に入れる……!』


対峙した、二人の少年少女。
彼らは、どんな人だったのだろうか。あれほど濃密な時間だったように感じられるのに、結局、何も分らない。


――【桐間紗路】


「――っ!」

それ以上、多くの死者たちのことを考える余裕もなく。
大切な友人の名前が、読み上げられた。

「しゃろ、ちゃ……」


220 : 万事を護る者 ◆3LWjgcR03U :2016/03/23(水) 00:42:58 MIXigq7U0
放送は、それ以上は聞いていられなかった。
バスタオルに身を包んだまま、その場にへたり込む。

ただ一人の、大切な幼馴染だった。
ココアたちさえ知らなかった秘密を、共有していたほどの。

彼女には、もう会えない。

ちょっといかがわしい制服を着て、フルール・ド・ラパンをぱたぱたと忙しく動き回る姿も。
あんこに追い回されてきゃあきゃあと騒ぐ姿も。
コーヒーで酔っ払ってあらぬことを口走る姿も。

自分が帰る日常には、もうあの姿がないのだと思うと、たまらなく寂しくて心細かった。
きっとこの先自分が長生きして、おばあちゃんと同じくらいの歳になっても、あんな友達は二度と現れてはくれないのだろう。

「ごめんね……」

無防備な半裸を晒すのにもかまわず、顔を覆う。
最初からもっとしっかり現実を見て、みんなを探していたら。
あの時ああしていたら、自分がちゃんとしていたら……。
とめどない後悔が、千夜を襲う。

「ごめんなさい」

けれど、千夜はやがて、ゆっくりと向き直る。
高町ヴィヴィオをはじめとする、自分に関わった人間たちの次々の死。
ココアとシャロ、二人の親友の死。
今の千夜は、悲しみ混乱しながらもその全てを受け入れていた。――受け入れてしまっていた、ともいえる。
現実から目を背けていた、殺し合いに参加した当初の千夜だったら、放送も受け入れられず泣きわめいていたかもしれない。
純粋無垢な女の子でいるには、あまりに多くのことを経験しすぎた。


221 : 万事を護る者 ◆3LWjgcR03U :2016/03/23(水) 00:43:13 MIXigq7U0
「いかなきゃ」

立ち上がる。
青のカードからハーブティーを出して、口を付ける。
その味が、彼女を勇気づけてくれた。
チノとリゼは、まだ生きている。この会場のどこかにいる。
ならば、前に進まなければいけない。

宇治松千夜はもう、うさぎに囲まれたお姫様ではいられないから。







「――上ったか」

シャワーを浴びる前に見つけた女性用の軍服と、飾り気のないスポーツ用の下着。
こういうのは自分じゃなくてリゼに似合うんだけどな、と思いながらも、多少の未練はあったが、汚れた制服よりはずっとましだと思い、身につける。
建物から出ると、一人の男が千夜を待っていた。

「俺の知り合いにも軍人はいるが――中々様になってるぜ、嬢ちゃん」

男――本部以蔵の軽い冗談に、千夜はわずかに微笑んでみせる。
本部もそれを見て少しだけ安心したような表情を見せる。

「――嬢ちゃんは、どこへ行きてえ」

本部さんも少し休んで――と言いかけた千夜を制し、彼女の希望を聞く。
本当ならばこの後は、放送局へキャスターを倒しに行かねばならなかった。
だが、盟約の相手であるランサーは、光の原因を探りに行ったまま果てた。
倒すべきキャスターも死に絶え、説得すべき相手だった高坂穂乃果もまた、何処とも知れぬ場所で命を散らした。


222 : 万事を護る者 ◆3LWjgcR03U :2016/03/23(水) 00:43:29 MIXigq7U0
今の本部以蔵には、目的が何もなかった。
まやかしの目的に踊らされる道化でしかない。
――だが道化にも、果たさなならないことはある。
目の前の少女。
ランサー。カイザル・リドファルド。2人の騎士が護ろうとして、果たせなかった存在。
その意思を、自分が継がねばならない。
道化衣装を纏ったままだとしても、騎士の役目を、自分がやらなければならない。

「わたしは……」

少し考え込んだ後、千夜は口を開いた。

「わたしは、ラビットハウスに行きたいです」

あまりに多くの命が散った。けれど、リゼとチノは生きている。
日常の象徴。2人は必ず、あの場所へ向かうはずだ。
いずれにせよ、自分たちがいる場所は、禁止エリアに指定された。目指す場所がどこであろうと、ここで待っているわけにはいかない。
駅から電車に乗って向かう中途で、高町ヴィヴィオ、雨生龍之介、そしてココア。3人のことも、きちんと弔いたい。

本部が無言で頷くと、2人はゆっくりと歩き始めた。











少しづつ会話をしながら、2人は歩く。
千夜は、話していく。
学校でのこと、友達たちのこと、自分の実家の甘味処のこと。
今はもういないシャロとココアのことも。
親子ほど年の離れた二人に、共通の話題などはあるはずもない。
だから会話は、一方的に話し続ける千夜に、本部がわずかに相槌を打つ事で進んでいく。
そのうち、曇っていた千夜の顔に、少しずつ笑顔が見え始める。
それを見て、本部の顔にも安堵感が浮かび始める。


223 : 万事を護る者 ◆3LWjgcR03U :2016/03/23(水) 00:43:41 MIXigq7U0
そして、「C-3」エリアをもうすぐ抜けようかというところで。

「やあ、お二人さん」

奇妙に重々しい印象の傘をさした、一人の青年が目の前に現れた。











「本部以蔵さんに、そっちのお嬢さんは宇治松千夜ちゃん、だね」

「……ああ」

3人になった集団が、ぽつぽつと会話をしながら北へ向かっている。
自分について来るように言ったのは、神威だった。
一目会った瞬間から、本部はこの一見飄々とした青年の、その内に秘められた尋常ではない闘気を感じていた。
彼の言葉に逆らうような真似をすれば、間違いなく自分は千夜もろとも粉微塵にされるだろう。
それゆえに、千夜も本部に促され、2人は黙って付いていくしかなかった。

どれほど歩いただろうか。
とある施設の前で、神威の足は止る。

「何でぇ、ここは……」

本部は思わずごちる。

「知ってるんだ」

神威の言葉に、本部が頷く。
知っているも何もない。
地下闘技場。本部の、いわばホームグラウンドであった。

「さてと。そっちの千夜ちゃんは、ここまでにしたほうがいいかな」


224 : 万事を護る者 ◆3LWjgcR03U :2016/03/23(水) 00:43:59 MIXigq7U0
「――え」

ウォーミングアップのような動作をしながら、神威が何気なく千夜に呼びかける。

「いっ――嫌です!」

思わず、そう返していた。
だって、戦いなんてしたことのない千夜でも分る。ここで2人が戦えば、確実に死人が出てしまう。
もう目の前で、誰かが死んでいくのを見るのは――嫌だ。

「俺は、君のためを思って言ってあげたんだけどなあ」

神威は頭を掻く。

「言いつけを守れない悪い子は――殺しちゃうぞ」

その瞬間、神威から放たれる殺気の質と量が、明らかに変化した。

「――っ!?」

千夜は思わず気圧される。
ここに来てから様々な経験を重ねた千夜であったが、その敵意は、高坂穂乃果のものとも、雨生龍之介のものとも、蒼井晶のものとも、範馬刃牙のものとも違っていた。

「行きな、嬢ちゃん」

本部が、千夜の肩に手を掛ける。

「ここは、俺に任せて嬢ちゃんは逃げろ。俺よりも頼りになる奴見つけて、仲間ァ探してやれ」

これ以上ないほど真剣な目で、千夜を見据える。

「――頼む」

その視線に、肩を強張らせながら――

「っ」

何かを振り切るように、千夜はその場から駈けだした。











「かつて水戸黄門――徳川光圀が各地を廻って武芸者を一所に集め、競わせたといわれる」


225 : 万事を護る者 ◆3LWjgcR03U :2016/03/23(水) 00:44:16 MIXigq7U0
ライトに照らされた、観客のいない闘技場。
本部の声が響き渡る。

「それから300年――存在は秘密にされているが、今なお闘士(グラップラー)共が集まってきやがる。それがこの地下闘技場だ」

橋が直るなり一直線にここに向ったが、地下通路を見つけたものの結局望んでいた相手は現れず、腰を上げて南へ向った神威。
望む相手は地下(アンダーグラウンド)ではなく、光差す地上にいたようだ。

「へえ。幕府(おかみ)の持ち物だったんだ、これ」

意外な話にも、神威はあくまで飄々としている。
どうも自分の知る幕府とはずれているような気もするが、纏流子と話して気付いた世界のズレの一つなのだろうと考え、大して気にも留めない。

「何だか本部さんの話を聞いてると、その徳川光成さん? っていうおじいちゃん」

笑顔を崩さず、話しかける。

「最大トーナメント? だっけ。なんかこの殺し合いに似てる気がするんだけど。
 ――ひょっとして、繭ちゃんの味方についてたりして」

「――さあ、どうだかな」

光成の顔を思い浮かべながら、本部は言う。

「大して交流があるわけじゃねえが……まあ、あの爺さんは俺に言わせりゃ、本質的には甘ちゃんだ。
 こんな大それた催しを開くタマじゃあねえさ」

「ふーん」

世界が違っても、ふぬけた幕府の末裔ならそんなものか、と思い。
神威は、それ以上の興味を捨てた。

「さて、そろそろ始めようか」


226 : 万事を護る者 ◆3LWjgcR03U :2016/03/23(水) 00:44:44 MIXigq7U0
傘を構えながらのその言葉に、本部も身構える。

「一つだけ、聞いてもいいかな。俺は純粋にやり合いたいだけだけど――
 本部さんは、何のために戦うんだい」

「守護るためだ」

本部は、即答した。

「嬢ちゃんたち、生きてこの場にいる連中の命も」

「無念のうちに、死んでいった連中の誇りも」

「俺自身でさえも」

「全てを守護るために、俺ぁ戦う」


「ひゅう、大きく出たねえ」

言い切った本部に、神威はからかうように言葉を浴びせる。

「あんただってそうだろう、神威さんよ」

本部は、そんな神威に臆さない。

「あんたにだって、守護りたいもんの一つや二つ――あるんじゃねえのか」

その言葉に、神威がわずかに――揺らいだ。


――『強くなれ』


「ないよ」

一瞬の動揺を再び笑みで覆い隠し、言い放つ。

「そんなもの、とっくの昔に捨てたさ」

「嘘だな」

ずいと一歩踏み出し、本部は神威に迫る。


227 : 万事を護る者 ◆3LWjgcR03U :2016/03/23(水) 00:45:01 MIXigq7U0
「兄ちゃん。俺ぁお前さんがどんな奴かは知っちゃいねえけどな」

「しょせん俺たちゃ、一度守護りてえと思ったもんを簡単に捨てられるようには、出来ちゃいねえのさ」

本部が、言い終わるか言い終わらないかのうちに。
ドン、という音が闘技場に鳴り響いた。

「……少々、おしゃべりが過ぎたかな」

音は、神威が鉄傘で地面を叩いた音だった。
砂に、小規模なクレーターができあがる。

「本部さんも、ペラペラしゃべってる暇はないんじゃないかな。
 そんな代物を使ってちゃ――死ぬよ」

「死なねえ」

神威の目は、本部が持つ剣に注がれていた。
剣の柄から、触手のようなものがのび、持つ手に這いあがっている。

「言い忘れてたが、闘技場(ここ)は本当なら武器は御法度でなぁ。
 ――だがうるせえ爺さんもいねえ以上、心ゆくまで使わせてもらうぜぇ」

意識を誰かに乗っ取られるような感覚には、この剣を手に取った時に既に気付いていた。
ラヴァレイが何を思ってこれを渡したのかは、分からない。そこに悪意があったのかさえも。
大事なのは、刃牙との戦いで大きなダメージを負った体で目の前のこの化け物に勝利するには、宝具を2つ抱えていてすら、全く足りないということだった。
ならば、この妖刀に可能性を託すしか、道は残されてはいなかった。

「武芸百般――。こいつも使いこないしてみせるぜぇ」

「やってみなよ、武道家さん」

その時、闘技場を照らすライトが、僅かに揺らめいた。


228 : 万事を護る者 ◆3LWjgcR03U :2016/03/23(水) 00:45:19 MIXigq7U0
それが合図だった。

神威が傘を振りかざし、本部に跳びかかった。

本部は紅桜を振りかざし、迎え撃った。











――かつてあった温かい家族を捨て、全てを破壊せんとする狂戦士。

――全ての脅威から、参加者たちを守護らんとする武道家。


狂兎と守護者。

舞台は地下闘技場。

見守る者は一人としてないまま、2つの意思が衝突した。





【B-3/地下闘技場/一日目・午後に近い日中】

【神威@銀魂】
[状態]:健康、高揚感
[服装]:普段通り
[装備]:日傘(弾倉切れ)@銀魂
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(26/30)、青カード(26/30)、電子辞書@現実
    黒カード:必滅の黄薔薇@Fate/Zero、不明支給品0〜2枚(初期支給)、不明支給品1枚(回収品)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを楽しむ。
0:本部以蔵との戦いを楽しむ。
1:本物の纏流子と戦いたい。
2:勇者の子(結城友奈)は面白い。
3:纏流子が警戒する少女(鬼龍院皐月)とも戦いたい。
4:DIO、セイバーとも次に出会ったら決着を着けたい。
[備考]
※DIOおよび各スタンド使いに関する最低限の情報を入手しました。
※「DIOとセイバーは日が暮れてからDIOの館で待ち合わせている」ことを知りました。


【本部以蔵@グラップラー刃牙】
[状態]:全てを守護る強い決意、背中に刀傷(処置済み)、ダメージ(大)、「紅桜」侵食中
[服装]:道着
[装備]:黒カード:王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)@Fate/Zero、乖離剣エア@Fate/Zero、紅桜@銀魂
[道具]:腕輪と白カード、範馬刃牙の白カード、赤カード(19/20)、青カード(17/20)
    黒カード:こまぐるみ(お正月ver)@のんのんびより、麻雀牌セット@咲Saki 全国編
    カイザル・リドファルドの不明支給品1〜2枚(カイザルが確認済、武器となりそうな物はなし)
[思考・行動]
基本方針:全ての参加者を守護(まも)る。
0:――守護る。
1:騎士王及び殺戮者達の魔手から参加者を守護(まも)る。
2:騎士王を警戒。
[備考]
※参戦時期は最大トーナメント終了後。


229 : 万事を護る者 ◆3LWjgcR03U :2016/03/23(水) 00:45:36 MIXigq7U0










「はぁ、はぁ……!」

同じ時刻。
宇治松千夜は、走っていた。

「本部、さん……!」

本部以蔵とは、出会ってから一日も経っていない。
助ける義理なんてものは、本来ならばないのかもしれない。
けれど、あまりにも多くの人が自分の周りで死んでいった。
だから、もう嫌だった。
誰かが傷付くのを見るのは。
誰かが死んでいくのは。
そうしなければ、死んでいった人たちも、穂乃果と向き合った時の自分の決意も、何もかもが無駄になってしまう。

「――っ!」

誰でもいい。誰か、助けになってくれる人がいれば。
その思いを抱え、千夜は走る。

「――」

小さなうさぎが一羽、その傍をついていった。
うさぎが何か言葉を発することはない。
だがその姿はどこか、彼女を守護っているように見えた。




【北西の島のどこか/一日目・午後に近い日中】

【宇治松千夜@ご注文はうさぎですか?】
[状態]:健康、精神的疲労(中)、決意
[服装]:軍服(女性用)
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(8/10)
    黒カード:セイクリッド・ハート@魔法少女リリカルなのはVivid、不明支給品0〜1枚
    黒カード:ベレッタ92及び予備弾倉@現実、盗聴器@現実、不明支給品1〜2枚(うち最低1枚は武器)
[思考・行動]
基本方針:人間の心を……。
0:助けを呼ぶ。
[備考]
※現在は黒子の呪いは解けています。
※セイクリッド・ハートは所有者であるヴィヴィオが死んだことで、ヴィヴィオの近くから離れられないという制限が解除されました。千夜が現在の所有者だと主催に認識されているかどうかは、次以降の書き手に任せます。


230 : ◆3LWjgcR03U :2016/03/23(水) 00:46:11 MIXigq7U0
投下を終了します。


231 : ◆3LWjgcR03U :2016/03/23(水) 01:21:49 MIXigq7U0
すみません、神威の状態表の備考欄に以下を加えます。

※参戦時期が高杉と出会った後かどうか、彼から紅桜のことを聞いているかどうかは、次以降の書き手に任せます。


232 : 名無しさん :2016/03/23(水) 09:11:01 r0YbZoEM0
投下乙です
地味に月曜判明したばっかのジャンプ本誌での神威の回想ネタも早速ぶちこんであってニヤニヤしました


233 : ◆Oe2sr89X.U :2016/03/23(水) 18:18:37 e2DQOST20
纏流子、針目縫 投下します。


234 : インタビュー・ウィズ・纏流子 ◆Oe2sr89X.U :2016/03/23(水) 18:19:39 e2DQOST20
 流子が縫と共謀して戦うことを予め拒否したのは、別に彼女のことが気に入らないからというわけではない。
 かつての流子ならばまだしも、今の彼女は生命戦維を尊重し、自分の神衣を心から愛しているのだ。
 当然、母なる鬼龍院羅暁への叛意など欠片ほどすら抱いていない。
 父の仇を許さないという怒りはすっかり薄れ消え、相棒だった神衣鮮血を紛い物と痛烈に罵倒する。
 そんな纏流子にとって、針目縫とは同じ母と同じ理想を愛する同胞であり、啀み合う理由はどこにもない。
 
 流子は事ここに至るまでの間、数々の敵と戦ってきた。
 簡単に殺せた敵も居れば、殺せなかった相手、逆に殺されかけた相手も認めたくないが、居る。
 その代表はやはりセイバー……堕落した騎士王だろう。
 もう一度戦えば前のようにいかない自信はあるが、縫と二人がかりならばまず負けることはないとすら思える。
 単純に効率的な意味合いでも、縫と組んだ方が殺し合いは遥かに手っ取り早く推し進められる筈。
 縫の言う通り、戦力としてはややオーバーキル気味であるのは確かだったが、釘を刺すような形で組まないことを伝えなければならないほどのことではない。
 では何故、纏流子は針目縫に拒絶的とすらいえる態度を取ったのか。
 ……正直なところその答えは、当の流子自身、よく理解していなかった。

「此処でいいかな」

 今しがた殺した男――衛宮切嗣と針目縫が邂逅した、槍兵の屍が転がる教室。
 数の少ない席の一つに彼女は腰掛けて、対面の席に流子も座るよう示した。
 
「けったいな場所だな」
「まあ、室内だってのにぱんぱか銃を乱射してくれちゃったからねぇ。お行儀悪いの何の」
「ハッ」

 室内でハサミを振り回す奴が言えたことかよ。
 呆れたように愚痴る針目の台詞を、流子は鼻で笑い飛ばす。
 五人の子ども達が毎日足繁く通う片田舎の学舎は、今や血腥い悪臭で満たされていた。
 常人が踏み入ったならば、あまりの臭気に嘔吐さえしよう。
 そんな地獄絵図の中、顔色一つ変えずに軽口を叩き合う彼女達はやはり怪物なのだと言わざるを得ない。

「それで? 話ってのは何だよ」
「つれないなあ。せっかく可愛い姉妹と涙の再会を果たしたっていうのにさ」

 およよ、と縫は泣き真似をしてみせる。
 
「何もねえってんなら帰るぜ」
「まあまあ。とりあえず今後の為にも、お互い此処に来るまで何があったかだけは話しておこうよ。
 えーと、なんだっけ? 虫ケラみたいな子たちが必死な顔でやってるやつ。――ああ、情報交換だ!」


235 : インタビュー・ウィズ・纏流子 ◆Oe2sr89X.U :2016/03/23(水) 18:20:20 e2DQOST20
 此処に来るまで、何があったか。
 情報交換をしようと切り出された流子の顔は、得も言われぬ苛立ちの色を帯び始めた。
 縫はそれに気付いているのかいないのか、ペラペラと聞いてもいない"情報"を語り出す。
 ガンマンと首のない化け物と戦い、糸使いの少女を殺したこと。
 紅林遊月なる娘を利用して立ち回ろうとしたが失敗、大きな戦いに巻き込まれたこと。
 空条承太郎という男が非常に腹立たしく、醜く汚らわしい人格の持ち主だったこと――等々。
 承太郎の下りは多少の私怨が入っていることが流子にも分かったが、縫は概ね順調に進んで来れたらしい。
 とはいえ、彼女の戦闘能力を加味すれば意外に思えるほどのダメージを、見てくれだけは可愛らしいボディの節々に刻まれてもいた。
 恐らく市街地での戦いでは、相応に痛い目を見たのだろうと流子は推察する。

「あ〜。流子ちゃん、今失礼なこと考えてるでしょ」
「……別に」
「ウッソだぁ。こいつ大したことないなー、とか考えてたよ、絶対っ」

 ぷんぷん。そんなわざとらしい擬音を口にして怒りを表す姿には流石にうんざりとする。
 姉妹を名乗るなら少しはそれらしく振る舞えばいいのに、彼女は初対面時から一度も変わらずこの調子だ。
 復讐に燃えていた頃どうだったかは忘れてしまったが、彼女に対して冷静に接せるようになった今は、針目縫という怪物の本性にも察しを付けられるようになっていた。
 針目縫は猫を被っている。というよりは、化けの皮を被っている。
 何らかの原因でそれが剥がされれば、此奴は途端に醜い本性を晒して怒り狂うのだろう。
 そう考えると空条承太郎は、限りなくその領域まで近付いた、ということか。

「でもね、否定はしないよ。ボクもあんな虫ケラどもや、さっきのネズミなんかに此処までされたのはちょっとショックなんだ。普段のボクなら仮に傷を付けられても、今頃には綺麗さっぱり消えちゃってるハズなのに」
「はん」

 皆まで言う前に、流子は彼女の言わんとすることを理解した。
 纏流子は針目縫の怪物ぶりを知っている。
 彼女の強さを知っている。
 だから、分かるのだ。
 針目縫がこんな有様になっていることの異常さが。

「制限か」
「そういうこと」

 縫は今、その反則的なまでの肉体性能に大きな制限を施されている。
 再生能力は普段の何十分の一レベルまで衰え、精神仮縫いのような小技まで徹底的に縛られていた。
 幸いそういう状況にはまだ出会していないが、即死級のダメージ――例えば、頭を木端微塵に吹き飛ばされるようなことがあれば。再生が始まる前に死んでしまう可能性さえ、今の針目にはある。それほどの弱体化を受けていたからこそ、針目縫は先程衛宮切嗣にあと一歩のところまで追い詰められてしまったのだ。

「実はさ、最初――ホントの最初の頃は、羅暁さまが一枚噛んでると思ってたんだ」
「……お母様が、か」
「うん、だってボクや流子ちゃんをこうやって駒みたいに扱える人なんて、普通に考えたら羅暁さまだけだもん。あの繭とかいう根の暗そうな女の子も、あの人が看板役に起用しただけかなーってね。
 そう思ってたんだ……本当に少しの間だけは」

 鬼龍院羅暁……纏流子、針目縫、そして鬼龍院皐月をこの世に生み出した偉大な母。
 大いなる野望を世に広め、世界を正しい方向へ導かんとする母には、流子も縫も心から心酔していた。
 羅暁ほどの人物であれば、これだけの規模の殺し合いを主催していたとしても何ら不思議はない。
 流子は当初から繭の一枚岩だろうと適当にも程がある思考で動いていたが、言われてみれば納得のいく話だ。

「けど、すぐに違うと分かったよ。
 もし本当にあの人が黒幕なら、ボクに――いや。生命戦維をこんな風に扱うわけがない」


236 : インタビュー・ウィズ・纏流子 ◆Oe2sr89X.U :2016/03/23(水) 18:21:39 e2DQOST20
 縫の声には少しずつ、だが確かな怒気が宿り始めていた。
 当然だ。彼女は羅暁だけでなく、生命戦維に対しても愛慕を寄せている。
 母に仕えるグランクチュリエ、最後の神衣を縫い上げるこの両手に細工を施す存在など、断じて許せる筈がない。
 
「回りくどいのはなしにしようぜ。要はてめえも、あのクソ女をぶち殺してえってことだろ」
「まあ、簡単に言っちゃうとそういうことだねっ。ボクらや羅暁さまに歯向かった罪の重さを、この世に生まれてきたことを後悔したくなるような拷問の中でしーーっかり分からせてあげないと☆」
「悪趣味だが、殺してえってのには同意だよ。あいつが何か喋る度に全身の血が沸騰しそうになる」

 本心だった。
 流子は縫ほどの高いプライドを持たない。
 制限で体を縛られることに苛立ちこそ覚えても、縫ほどの殺意を滾らせることはない。
 彼女はただ彼女の物言いと、趣向と、声と、姿と――あらゆるものに対して怒りを燃やしている。
 最初は繭に対してだけだった。しかし今、流子の怒りの対象は目に入る全てだ。全てが、苛立ちの材料に見える。

「さてと。ボクの話はこれでおしまいっ。次は流子ちゃんのお話を聞かせてほしいな〜?」
「……」

 交差させて組み、机の上へと行儀悪く上げた両足が一瞬強張った。
 それから数秒の間があったが、縫は急かすような真似はしない。
 ニコニコ微笑みながら、流子が話し始めるのを待っている。
 ぎり、と変な音が鳴った。
 それが、自分の強く噛み締めた奥歯が鳴らした音だとついぞ気付かないまま、ポツリと流子は口を開く。

「……皐月の野郎に会ったよ」
「へぇ?」
「虫を飛ばす男を殺した。
 ワケの分からねえことを喋る女を殺した。
 勝てもしねえ勝負を挑んだバカを殺した。
 ムカつく面の優男を殺した。
 それで、蟇郡を殺した」
「皐月ちゃんは殺せなかったの? 流子ちゃんらしくないなあ」
「……」

 呆気なく殺されながらも、皐月曰く自分へ勝って死んでいった男。
 皐月とその仲間を逃がして一人残り、結果として殺された女。
 勝ち目など一パーセントもない戦いを挑んで、虫ケラのように潰された女。
 ワケの分からないことを喋りながら、満足したように死んでいった生きた盾。
 ――――足下に転がった、もう喋らず、微笑まない、虚ろな瞳で流子を見つめる、砕かれた顔。

「イラつくんだよ」
「え?」

 気付けば、意味不明な言葉が漏れていた。
 縫は虚を突かれたような顔で首を傾げている。
 どうでもいい。顧みることもなく、流子は言葉を続ける。


237 : インタビュー・ウィズ・纏流子 ◆Oe2sr89X.U :2016/03/23(水) 18:22:34 e2DQOST20
「皐月も、知ったような口を叩いて死にやがった女も、ニヤニヤ笑って知ったような口を叩くジャンキーも、
 救いようのねえ馬鹿女も、蟇郡のデカブツも、――どいつもこいつもよぉ、何だってこんなに人様の神経を逆撫でしやがるんだ?」
「えーと、流子ちゃん?」
「教えてくれよ、針目縫。私はあと何人にこれだけイラつけばいい? 全員殺すのと、私の頭の血管がブチ切れるのはどっちが早いんだ?」

 纏流子は心から思う。
 どいつもこいつも死ねばいいと。
 死なないというなら、この手で一人残らず黙らせてやると。
 そうでもしなければ、こちらの方が憤死しそうな思いだった。
 
「なるほどね。分かったよ、流子ちゃん」

 縫は一瞬だけ驚いたような顔をしたが、その表情はすぐににこやかな笑顔に戻った。
 いつもの、針目縫の顔だ。
 記憶にある、いつもへらへらと誰かを嘲笑っている顔だ。
 
「流子ちゃんも、おかしくなってるんだね。繭って子の細工のせいで」
「……私が? 馬鹿も休み休み言いやがれ」
「ううん、流子ちゃんはおかしくなってるよ。だって、そうじゃないならさ」

 その顔は、断じて――姉妹に向けるものじゃ、ない。


「さっきから、どうしてボクをそんな目で見ているの?」

 
 そしてそれは、纏流子も同じだった。
 針目縫の対面に座り、彼女と語らうその目は。
 縫の記憶にある、煮えた熱湯のような殺意を宿した、あの頃の纏流子の目だ。


 衛宮切嗣の奇策から、流子は縫を助けた。
 彼女はそれで命を救われ、哀れな魔術師殺しは害獣として殺された。
 助けられた礼を述べる縫の姿を見て、流子はこう思った。
 鬼龍院羅暁の子として道を共にする筈の少女へ、理屈に合わない感情を抱いてしまったのだ。
 何故、助けてしまったのだろう――と。
 一度その感情を自覚してからは、もう止めようもなかった。
 縫が微笑み、語り、動く度に、形容しがたい感情が胸の奥からじわじわと染み出してくる。
 笑うな。喋るな。動くな。
 目障りだし、耳障りだ。
 その感情はこれまで嫌というほど味わってきた苛立ちの味とは明確に異なる情。
 繭へ抱くものと同種の感情……すなわち、ごく分かりやすい嫌悪感だった。


238 : インタビュー・ウィズ・纏流子 ◆Oe2sr89X.U :2016/03/23(水) 18:23:18 e2DQOST20
「……」

 口角が釣り上がる。
 縫も鏡のように、口を釣り上げて笑みを作った。
 この光景を前にして、まさか仲睦まじいなどという感想を抱く者は居まい。
 笑顔とは、何も友好の証としてのみ用いられる表情ではない。
 怒りや殺意、敵意。そういったものを表現する際にも、人はしばしば笑ってみせる。

「ありがとよ、"針目縫"」

 神衣純潔が、生物的な挙動を見せた。
 その意味は一つ。
 
「てめえのお陰で……真っ先に殺さなきゃならねえ奴のことを思い出せた」

 伸びた純潔の魔の手が、対面に座る縫の席を文字通りぐしゃぐしゃに押し潰した。
 しかし、そこに縫の姿はない。咄嗟の動作で飛び退いて、流子の攻撃を回避してのけたのだ。
 纏流子を突き動かす殺意が弱まったわけではない。だが、此処に来て経験した――本来纏流子が経験するはずのなかった数々の死と"わけのわからないもの"が、そこに一筋の綻びを産んだ。
 纏流子が針目縫という存在に抱いていた感情が、そっくりそのまま帰ってきた。
 となれば、どうなるかは自明だ。

「どういたしまして。でも、残念だなあ。流子ちゃんは本当に壊れちゃったんだね……そんな子を羅暁さまのところに帰すわけにはいかないから、ボクが流子ちゃんの家族として、責任持って始末してあげる☆」
「家族じゃねえよ――虫唾の走るコトをべらべら喋ってんじゃねえぞォッ!」

 純潔の猛威が教室内に、まさしく暴風のような勢いで吹き荒れる。
 だが、少し考えれば分かることだ。生命戦維を切り裂くことを可能とする片太刀バサミを振るう縫にしてみれば、如何に純潔といえども相性のいい敵の域を出ない。
 縫にとって、流子が"おかしくなった"のは残念なことだが、羅暁に逆らう時点で論外だ。
 元々いずれは殺すつもりだったが――これで何の心配もなく、彼女を殺すことが出来る。

「遅い遅いよっ☆」

 純潔の隙間を縫って肉薄する縫。
 片太刀バサミの刀身が、流子の額を貫かんと突き出される。
 ……しかしそれは、流子がカードから抜き放った長刀の一撃を以って打ち払われた。
 縫の顔が驚愕に染まる。その刃は皮肉にも、この場にはいない"三人目の家族"が振るっていたものだった。
 縛斬・蛟竜。折れた縛斬の片割れにして、超硬化生命戦維で作られた刀身を持つ業物。
 生命戦維さえ切り裂く切れ味は、片太刀バサミと打ち合うことさえ容易に可能とする。

「遅ぇのはどっちだよ、えぇ?」
「そりゃあ勿論、流子ちゃんしかありえないッ☆」
「ほざいてろ!」

 純潔と縛斬、二つの武器が災害としか思えない猛威で縫を襲う。
 縫が生み出す分身は、成立した瞬間に純潔で粉々に吹き飛ばされた。
 精神仮縫いのような細工を仕掛ける暇さえない。
 それだけの攻撃を前にしておきながら、致命傷を避けて立ち回り続けている縫も十分に脅威であるのだが。


239 : インタビュー・ウィズ・纏流子 ◆Oe2sr89X.U :2016/03/23(水) 18:23:51 e2DQOST20
「イラつくんだよなぁ、本当によ」
「アハハ、それさっきも聞いた〜。流子ちゃんは頭の出来まで制限されちゃったのかな?」
「どいつもこいつもわけのわからねえことばかり言うし、わけのわからねえことばかりしやがる。
 何もかも取り返しが付かねえくらい遅すぎるってのに、それを知った上でもあいつらはペラペラ喋るのをやめねえ。てめえなんかよりよっぽどイカれてると思うぜ、針目縫ちゃんよぉ」
「知ったことじゃないなぁ」

 教室の中は最早、筆舌に尽くしがたい有様となっていた。
 槍兵の死体が弾け飛んだ。
 机がひしゃげて、ロッカーが潰れる。
 壁には互いの剣筋が刻み込まれ、黒板は所々が抉られて本来の役目を果たさない。
 それでもなお、流子に対して縫は互角以上に渡り合っている。
 動きが派手だから流子が優っているように見えるが、見てくれが地味でも縫の立ち回りはごく堅実なのだ。
 それだけに、後先を考えない乱発を繰り返す流子に比べて消耗の度合いは小さい。

 ちょろい。

 縫はそう思うと同時に、一歩飛び退いて縛斬の袈裟懸けに放たれる斬撃を回避。
 次の瞬間で一歩踏み込み、流子の腹を串刺しにするところまでビジョンが見えた。
 ぐぐっ、と足に力を込める――しかし。

「へ?」

 そこで、バキィ、という嫌な音を聞いた。
 瞬間体を襲うのは浮遊感。その意味を理解して縫は飛び上がり、激戦の余波を受けて抜けた老朽化した床の上から退くものの、その隙を見逃す流子ではない。
 
「オラァァァァァ!!」
「へぶっ――!?」

 ハンマーを思わせる形に変形して伸びた純潔の一撃が、縫の腹部に猛烈な勢いで叩き付けられた。
 縫の華奢な体がくの字に折れ曲がり、黒板を突き抜けて隣の教室までノーバウンドで吹っ飛んでいく。
 だがそれでは終わらせない。縫の腹部に触れたままの生命戦維がその体へと巻き付いて、ハンマー投げの要領でその体を振り回し始めた。
 校舎を破砕させながら、縫の体がダイナミックに叩き付けられ、痛め付けられる。柱をぶち抜き、ガラスを破り、床を更に砕いて、青空さえ拝んで。
 どうにか機を窺って片太刀バサミを振るい、自分に結び付けられた生命戦維を切断する縫。
 床へと膝を突く彼女の表情は相変わらずにやけていたが、そこにはこれまでにはなかった焦りの色が浮いていた。

「はぁッ……はぁ……はぁ……調子、乗ってくれちゃってさぁ……ッ!」

 自分の手で開通させた教室間の穴を潜り抜けて、縛斬を携えた純潔の魔人が歩んでくる。
 普段の縫ならば苦もなく倒せる相手のはずなのに、今、彼女は誰の目から見ても明らかな窮地にあった。
 劣化した体には承太郎たちとの戦いで負った疲労が蓄積され、切嗣の手榴弾の破片によって受けた傷が残り、そこにダメ押しのように今の猛攻を叩き込まれた。
 この状況においては、纏流子は針目縫の上を行っている――その屈辱的な事実が、縫の心にのしかかる。

「どうしたよ、針目縫」

 がしゃがしゃと瓦礫を踏み締めながら歩いてくるその顔には、表情と呼べるものがなかった。
 
「お母様のために、私を殺すんじゃなかったのか」

 羅暁への忠誠心はまだ残っている。
 少なくとも、今のところは。だがそれも、いつ揺らぐか分かったものではない。
 現に針目縫に対しての嫌悪と敵対心が蘇った流子はこうして、彼女に引導を渡そうとしている。
 縫は立ち上がり、片太刀バサミを構えた。
 怒りに満ちた表情で地を蹴り駆け出し、一瞬の内に流子の懐まで肉薄。
 プランも何もない我武者羅な突進だ。当然、そんなものに不覚を取る纏流子ではない。
 がしり。針目縫の頭を、鷲掴みにする。
 そのまま力を込めると、流子は彼女の頭を果実か何かのように握り潰した。


240 : インタビュー・ウィズ・纏流子 ◆Oe2sr89X.U :2016/03/23(水) 18:24:55 e2DQOST20
「――――あぁ?」

 だが、砕いた頭は軽い音と共に消え、頭蓋を失った胴体も同じように失せてしまう。
 一瞬だけ思考を空白に染められた流子だが、その意味を理解するなり、チッと舌打ちをした。
 相手は針目縫だ。彼女は神衣を纏えないが、その代わりにとにかく器用な戦いをする。
 その一環が分身能力。この戦いでは生み出す度に潰していたそれを使う隙が、一瞬だけあった。縫が流子の拘束を斬り解いてから、流子が穴を通してやって来るまでの僅かな間。
 そこで縫は分身を生み出し、それを校舎内に残しつつ、自分は割れた窓から逃走した……そんなところだろう。

 殺し損ねた。その事実がまた、流子の苛立ちを別ベクトルから刺激する。
 針目縫を殺すことが出来れば少しは気も晴れると思ったが、分身を殺しても何も感じない。
 また、思い通りにいかなかった。此処に来てからというもの、思い通りにいかないことだらけだ。

「――チッ」

 まだ無事な壁に凭れて床に座り、大きく一息をつく。自分でも分かるくらいの疲労が溜まっていた。この辺りで一度身を休めておかなければ、要らない所で不覚を取ってしまいかねない。
 流子は目を瞑り、束の間の睡眠に入る。
 その頭の中に、彼女なりのわけのわからないものを渦巻かせながら……怪物の片割れは、疲弊した身を休ませる。


【F-4/旭丘分校/一日目・日中】

【纏流子@キルラキル】
[状態]:全身にダメージ(中)、疲労(大)、精神的疲労(極大)、数本骨折、説明出来ない感情、睡眠
[服装]:神衣純潔@キルラキル(僅かな綻びあり)、縛斬・蛟竜@キルラキル
[装備]:
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(19/20)、青カード(19/20) 、黒カード1枚(武器とは判断できない)
    黒カード:不明支給品1枚(回収品)、生命繊維の糸束@キルラキル、遠見の水晶球@Fate/Zero、花京院典明の不明支給品0〜1枚
[思考・行動]
基本方針:全員殺して優勝する。最後には繭も殺す
   0:休む。
   1:次に出会った時、皐月と鮮血、セイバーは必ず殺す。
   2:神威を一時的な協力者として利用する……が、今は会いたくない。
   3:消える奴(ヴァニラ)は手の出しようがないので一旦放置。だが、次に会ったら絶対殺す。
   4:針目縫は殺す
[備考]
※少なくとも、鮮血を着用した皐月と決闘する前からの参戦です。
※DIOおよび各スタンド使いに関する最低限の情報を入手しました。
※満艦飾マコと自分に関する記憶が完全に戻りました。
※針目縫に対する嫌悪感と敵対心が戻りました。羅暁への忠誠心はまだ残っています。


※旭丘分校の一角が流子が暴れたことで半壊状態です。倒壊の心配は今のところありません。


支給品説明
【縛斬・蛟竜@キルラキル】
花京院典明に支給。
二つに折れた鬼龍院皐月の愛刀『縛斬』から作られた二振りの刀の一本。長い方。
縛斬同様、刃が超鋼化生命戦維で作られており、とてつもない硬度と切れ味を誇る。
皐月が不在の間は生徒会四天王によって用いられていたあたり、これ自体は使用に特別な資質を必要としないもよう。


241 : インタビュー・ウィズ・纏流子 ◆Oe2sr89X.U :2016/03/23(水) 18:25:26 e2DQOST20
 旭丘分校から逃れ、自然の道を歩む縫の体はボロボロだった。
 そもそも生きていること自体が不思議なほどの攻撃を加えられても、普段の縫ならば平然と回復し、次の戦いへ向かうなり何なりしただろうが、今の縫は制限という枷で身を戒められている状態だ。
 傷の治りは襲いし、体に蓄積された疲労も同じ。
 屈辱的なことに、今の有様で普段の感覚で殺し合いをしたなら下手をすれば殺されかねないという程に、現在の縫は疲弊し、弱体化を喫していた。
 
「許さないよ、流子ちゃん……」

 自分にこれほどの傷を刻んだ流子へと、縫はもう隠そうともせずに殺意を剥き出す。
 空条承太郎に抱く怒りにさえ優るほどの殺意を滲ませたその形相は、まさに鬼のようであった。
 縫は決めた。纏流子は必ず殺す。神羅纐纈を完成させるために欠かすことの出来ない自分の両手を脅かす、故障した神衣使いなど生かしておく理由は欠片もない。
 母なる羅暁のために、そして針目縫(じぶん)のプライドのために、流子は絶対に殺すと縫は決めた。

「絶対、ズタズタのバラバラにしてあげるんだから……☆」

 そのためには、まずは体を癒やしておかなければならない。
 のんびり休むなどは論外だが、少しペースを考えて軽い殺し程度に止めておく必要があるだろう。
 地図を確認し、縫は宿泊施設なる場所へと目を付ける。
 そんな場所に滞在している人物があるとすれば、施設の用途からして身を休ませている可能性が高い。そこを突いて遊び感覚で殺すのも楽しそうだし、効率的だろう。
 仮に当てが外れたなら、そこからまたゆっくり北上なり何なりすればいい。
 そうと決まれば善は急げだ。縫はゆっくり、ゆっくりと歩いて行く。
 余裕の崩れた顔に、再び可憐な微笑みを浮かべて。


【F-4/森林/一日目・日中】

【針目縫@キルラキル】
[状態]:疲労(極大)、ダメージ(大)、全身に細かい刺し傷複数、繭とラビットハウス組への苛立ち、纏流子への強い殺意
[服装]:普段通り
[装備]:片太刀バサミ@キルラキル
[道具]:腕輪と白カード、黒カード:不明支給品0〜1(紅林遊月が確認済み)
[思考・行動]
基本方針:神羅纐纈を完成させるため、元の世界へ何としても帰還する。その過程(戦闘、殺人など)を楽しむ。
   0:宿泊施設へ向かう。
   1:紅林遊月を踏み躙った上で殺害する。 ただ、拘りすぎるつもりはない。
   2:空条承太郎は絶対に許さない。悪行を働く際に姿を借り、徹底的に追い詰めた上で殺す。 ラビットハウス組も同様。
   3:腕輪を外して、制限を解きたい。その為に利用できる参加者を探す。
   4:何勝手な真似してくれてるのかなあ、あの女の子(繭)。
   5:神羅纐纈を完成させられるのはボクだけ。流子ちゃんは必ず、可能な限り無残に殺す。
[備考]
※流子が純潔を着用してから、腕を切り落とされるまでの間からの参戦です。
※流子は鮮血ではなく純潔を着用していると思っています。
※再生能力に制限が加えられています。
傷の治りが全体的に遅くなっており、また、即死するような攻撃を加えられた場合は治癒が追いつかずに死亡します。
※変身能力の使用中は身体能力が低下します。少なくとも、承太郎に不覚を取るほどには弱くなります。
※疲労せずに作れる分身は五体までです。強さは本体より少し弱くなっています。
※『精神仮縫い』は十分程で効果が切れます。本人が抵抗する意思が強い場合、効果時間は更に短くなるかもしれません。
※ピルルクからセレクターバトルに関する最低限の知識を得ました。


242 : ◆Oe2sr89X.U :2016/03/23(水) 18:25:44 e2DQOST20
投下終了です


243 : 名無しさん :2016/03/23(水) 20:41:24 JjU51mys0
お二方投下乙です

>万事を護る者
本部はフル装備で神威に挑むか、それでも勝てるか分からないから夜兎は恐い
千夜ちゃんはどうか頼りになる人に助けてもらってくれ…

>インタビュー・ウィズ・纏流子
流子ちゃん暴れすぎぃ!ついに針目にまで勝利してしまった
キルラキルマーダーたちはどっちもボロボロだけどそれでも死ぬ気が全然しないから困る


244 : ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/27(日) 13:23:29 c1hgQeuE0
少々遅くなりましたが、投下します。


245 : 咲からば、さあ――― ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/27(日) 13:24:41 c1hgQeuE0
 








A story of the girls who must face their destiny crueler than death.
It's a fable of self sacrifice , deep bonds that tie the friends together and the only egoism.
No matter how punishing it gets the girls won't quit fighting.
They believe that the Flower of Hope will bloom one day ; that's what gets them going.


246 : 咲からば、さあ――― ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/27(日) 13:25:20 c1hgQeuE0
 




 
最初の一撃は、互いに様子見だった。
軽く、しかし一切の油断は無くぶつかりあった両者の初撃は、弾き合い、不安定な民家の屋上から大地の上へと場所を移した。

続いて、そこから繋がるように混じり合う第二の激突。
大剣のロングレンジと、それ故に生まれる遠心力を存分に活かし、大振りながらも重く速い連撃が幾重にも放たれた。
それら一つ一つを受け流し、痺れが走る両手を握り締めて防戦に徹する友奈。
油断すれば手痛い一撃として刻まれるだろう攻撃を、捌き、捌き、捌き─────特に大きく弾いた瞬間に、ここだ、とばかりに足を進める。
間合いを詰められたじろいだ風は、しかしだからと言って簡単に友奈に肉薄はさせない。
自分も下がりながら、追い縋ってくる友奈を振り払うように横薙ぎの攻撃。刃ではなく、大剣の面で殴りつける荒技。
勢いの乗った打撃に対しては片手で受け流し切る事が出来ず、もう片方の手が間に合わずに吹っ飛ぶ友奈の身体。
一息ついて安堵したのも束の間、すぐさま立ち上がってきた勇者の姿に剣の柄を握り直す。
立ち上がった友奈も同様に拳を握り直し、互いが全力で振り被る。

─────そうして。
拳と剣が、真っ向から衝突した。
互いに強い意志を持って激突した両者が、初めて正面から向き合った。

「風先輩…………っ!」

結城友奈は、どうして、と
理由があるとすれば、それは明白だ。
誰よりも頼りになる先輩が、人を殺す理由なんて─────ただ一つ、犬吠埼樹の蘇生をおいて他にあるわけがない。
あるわけがないと思いながら、しかしそれでも、友奈には分からない。
それでも、犬吠埼風が殺し合いに乗っているという事実を、簡単には認められない。
だからこそ、彼女はどうしてと問う。
風が人を殺すという、その行為自体に対して。

「友奈……………」

犬吠埼風は、歯噛みする。
決して折れないであろう相手と、未だ迷う自分自身に。
友奈との激突は、いつか起こり得るだろうとは思っていた。思っていた上で、倒さなければいけないという覚悟を決めていた。
だが、いざその瞬間が目の前に来てみればどうだ。邂逅して既に数分は経ったというのに未だ動悸が治まらないのは、全力で走り攻撃しただけが理由ではない筈だ。
だが、それでも。
風はその表情を修羅のそれと変え、真っ向から友奈を見据える。
樹を生き返らせる為に、手段は選ばないと誓った筈じゃないかと己を叱咤して。

友奈の拳が、真っ向からの力比べから打ち下ろしへと変化する。
弾かれ、剣先が下を向き、風は思わず舌打ちを一つ。
剣に足を掛け、詰め寄ろうとする友奈に対し、一か八かと風は大剣を跳ね上げた。
足場がふわりと浮き、友奈の顔に焦りが浮かぶ。
すかさず懐から取り出すのは、鎌鼬の精霊の力を宿す短刀。
三本まで召喚できるうちの一本を取り出し、友奈の眼前へと投擲する。
刹那の間に現れた兇刃の猛進に、しかし友奈も猛然と輝く拳で答える。
すぐ目の前へと迫っていたそれを横殴りにすると、そのまま身体を捻りつつ両腕で逆立ちのままに着地する。
背中から倒れ込み、その勢いで立ち上がりながら拳を振るう。
逆立ちに対し、格好の的だと跳ね上げた大剣をそのまま振り下ろした風が、しまった、と顔を歪めた。
すぐさま友奈の狙いを見定め、目標─────風が持つ大剣の、その柄を隠す為に両腕を退く。
勇者の腕力を以てしても片手で扱うには余りある大剣を持つ手からそこまでの近距離に拳が入れば、まず間違い無く取り落とす。
結果的に剣の側面を叩く事になった友奈の足が、束の間停止する。
チャンス、と見た風の行動は速かった。
叩かれた勢いを利用して、独楽のように一回転しながら大剣で薙ぎ払う。
背後から迫る刃に遅れて気付いた友奈が、しかしそのまま餌食となる筈も無い。
身体を捻りつつ倒れ込み、水平となっている大剣の側面を蹴り飛ばす。
軌道を逸らされた大剣は友奈を捉える事はなく、友奈もまた倒れ込んで隙を見せる事なく立ち上がる。


247 : 咲からば、さあ――― ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/27(日) 13:28:44 c1hgQeuE0
 
はあ、と互いに息を吐く。
こうした攻防に、二人は決して慣れている訳ではない。
今なら攻められる、今この状況は不味い、と判断する事は出来ても、こうして一度距離を置けば安心だと思ってしまう程には。
人類史に残る英霊たるサーヴァントや、鉄火場にその命をおく侍に賞金首などといった戦闘の達人から見れば隙だらけだと分かるその瞬間も、勇者としての力を除けばただの女子中学生と変わらない少女達にとっては必要な間隙だった。

「どうしてですか、風先輩」

─────だからこそ、そこで二人の会話が生まれたのも、必要なことだったのかもしれない。
先に口を開いたのは、その表情を悲しげに歪めた友奈。
そして、口にした言葉もまた、今の二人にとっては避けては通れぬ命題。
同時に、二人ともその真実を痛いほど知っている問いだった。

「私がこう言うのは卑怯だけど─────友奈だって、分かってるでしょ?」

友奈が、その一言に悲痛な表情を隠さず俯く。
当然だ。
先も言った通り、風がゲームに乗るとしたらその理由は一つしかない。
死んでしまった彼女の妹、樹を蘇らせるというそれをおいて他にある訳がない。
それをおいて、彼女が人を殺す理由など―――――人を殺せるようになる理由など、ない。

「樹。…私の、誰よりも大切な家族。樹を生き返らせる為なら、私は何だってするわ」

噛みしめるように、言い聞かせるように。
一言一言、ゆっくりと、しかし力強い声音で風は言い放つ。
大剣の重みがよりずっしりと両腕にかかり、その負担に負けぬように両腕に力を込め直した。

「その為なら、友奈─────あんただって、私は殺してみせる」

唯一開いた右目で、しっかりと見据えて。
自らの明確な「殺意」を、友奈へと見せつける。
折れることはない、止まることはない、という思いを乗せた視線を、友奈へと叩きつける。
その目に、友奈は僅かに揺らぎ―――――しかし、すぐに見つめ返してくる。
そうはさせない、絶対に止めてみせる、という意思を、同じように乗せて。

「夏凜ちゃんだって、……東郷さんだっています。
二人だって、きっと止める筈です」

そこで。
東郷の名前を出した時、友奈の表情が僅かに曇った。
その明らかな挙動不審に疑問を覚え、すぐにそうか、と原因に心当たりがあることに気付く。
友奈も、確かにあのチャットを見ていたかもしれない。
彼女にとっては、受け入れがたいはずの真実。
それならば。



「東郷も、殺し合いに乗っているわ」

いっそ、その真実を突き付けてやるのもいいだろう。
友奈の口が、半開きの状態で止まる。
彼女の絶句する姿は、そういえば初めて見たな、とふと思う。

「だから、そのチャットの言葉は真実かもしれない。出来れば東郷ともう一度話を─────」
「違う!」

そこで、友奈が否定の叫びを上げた。

「東郷さんが、そんなことするはず─────っ!」
「友奈。あんたは本当の話を直接聞いたんだし、東郷のあれも見たでしょ?」

その言葉に、友奈は更に一歩退いた。
乃木園子。
戦い続け、満開し、散華して、見るも無惨な姿でベッドに横たわっていた少女。
勇者として戦い、そのせいで大切なものを失う、そんな人身御供を捧げて、それで漸く平和を保っている世界。
そんな世界に生きている価値など無く、数十人の犠牲と引き換えに、「私達が傷付かない」世界を願ったとしたら。
そんな現実を、友奈は唐突に突き付けられた。

「………それなら、もう一回東郷さんに直接聞けばいい!
それで、もう止めるように説得します!」

だが、だからといって友奈が折れるのかと言えば、そんな筈は無い。
少なくとも風には、友奈が折れる様など思い浮かばない。
それでこそ結城友奈だという思いも、確かに存在していた。
そして、そんな姿を見て、一つ得心がいったかのように頷く。

「………そうね。友奈の言葉なら、或いは東郷は止めるかもしれない」

そうだ、その通りだ。
友奈と東郷は、本当に仲が良い二人だった。
入学して、最初に勇者部に勧誘しようとした時も、二人は楽しげに話していた。
あんまり仲が良いものだから、天然で誰にでも優しい友奈はともかく、東郷は所謂「そっち」なのかもしれない、なんて疑った事もある程だ。
それだけ仲が良い二人が腹を割って話し合ったなら、或いは平和的に解決の目を見るかもしれない。


248 : 咲からば、さあ――― ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/27(日) 13:29:53 c1hgQeuE0
 
けれど。

「だけど、友奈」

犬吠埼風にとってのその誰かは、結城友奈ではない。
犬吠埼風にとってのその誰かは、何処にあるとも知れない頭部以外は、あの林の中で静かに眠っている。
犬吠埼風にとってのその誰かは、もう風を止める言葉も、それどころか彼女がやっと見つけた夢をつなげる為の歌さえ紡げない。

「あんたの言葉じゃあ、東郷は止められても─────私は止まらない」

自棄と自己嫌悪の為だけに動いていたのなら、私はきっとそうではなかった。
友奈の言葉に武器を降ろすことも、有り得たかもしれない。
けれど、既にそうではない。
風は、冷静に、風自身の確固たる意志で殺人を犯す。
あの子以外の誰に何と言われようと、それは絶対に揺らぎはしない。

「私を止めたいのなら─────樹を、ここに連れてきてみなさい!!」

叫ぶと同時に、また地を蹴る。
風が言い放った最後の言葉に、今にも泣きそうな悲痛な顔を見せた友奈は、振り上げられた大剣を見て何とかそれを回避する。
そのまま一際強く跳び、近くにある民家の屋根の上へと退避するが、風もまたそれに追い縋る。
短刀三本が続けざまに放たれ、どうにか弾き飛ばした友奈へと大剣を構え直した風が再び薙ぎ払うようにそれを振るった。
弾いた影響に加え、咄嗟に登った屋根の上という不安定な足場が災いし、態勢を崩しつつも何とか大剣を殴り返した友奈。
何とかなった、とほっとした表情が、次の刹那には異常に張り詰める。
尻餅をつきかけた彼女に対し構えられるのは、しなやかな曲線美を見せる第三の刃。
妖刀・村麻紗の一閃は、大剣以上の鋭さを持ちながら、しかしそれより遥かに軽く、疾い。
辛うじて出てきた牛鬼が精霊の護りでそれを受け、その隙に何とか立ち上がる。
その時には既に、日本刀を黒カードに戻した風が、真横に突き刺していた大剣で屋根ごと友奈を切り裂かんと迫っていた。
咄嗟に先程と同じように防御しようとした友奈は、実際に攻撃が襲い掛かった瞬間に変化に気付く。
クロスさせた彼女の両手をすり抜けて飛んでくるのは、コンクリートで作られた屋根瓦。
大剣は屋根に刺さっていた訳では無く、屋根瓦の隙間に突き立てておいただけ。
屋根ごと斬り払おうとした風の攻撃は、結果としてその周辺の瓦を友奈への飛び道具として機能させた。
風にとってもこのような攻撃になるのは想定外だったが、ここを攻めどきと判断するまでにそう時間はかからない。
追撃として放つのは、やはり牽制の短剣。
鎌鼬の精霊の力によって生み出したこれは、一度に三本までという元々の制限はあるが、実際の威力や連射性能が低いぶん追加の制限は用意されていなかった。
実際に使用したのは一度きりで、開戦と同時に咄嗟に使って漸くその存在を思い出したのだが、使い勝手の良い飛び道具として非常に重宝する。
あの罪歌とかいう妖刀を投げた意味が無かったな、と余計な事に僅かに思考を裂きながらも、友奈へと三本を一気に投擲した。

しかし、その僅かなノイズと小さな不運が、反対に風を追い詰めた。

屋根瓦、大剣、短刀と次々と襲い来る攻撃に、友奈は必死に食らいつく。
対応しきれず、ルールによって制限された精霊の護りを潜り抜けた短刀が、一本友奈の肩口へと吸い込まれた。
走る激痛に顔を顰めた友奈が、それでも残る二本を無力化しようと半ば無理矢理拳を振り回す。
思考のブレから狙いに若干のズレが生じた最後の短刀が、我武者羅に放たれた友奈の拳に跳ね返り─────回転しながら過ぎるのは、大剣によって重い一撃を放とうと迫っていた、風の進行方向上。
突然の出来事に驚愕し、顔面に当たりそうだというのを直感で感じる。
瞬時に顔を逸らし、間一髪で命中を免れた刃は、しかしその顔を掠めて赤い一文字を刻んだ。


249 : 咲からば、さあ――― ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/27(日) 13:30:49 c1hgQeuE0
 
「─────っ、くっ………!」

セイバーに切られる事なく残っていたもう一方のお下げ髪がはらりと落ちる。
顔面へのダメージに怯み、僅かに数歩後退しつつ友奈を捕捉し直そうとする。、
─────失策だった事に気付いたのは、浮遊感を感じた時だった。
な、と思った時にはもう遅い。
足を踏み外したという事実は、落ちながら認識することとなった。

─────不味…………っ!

思考を巡らせるには些か時間が足りず、屋根から滑り落ちる。
精霊の護りと記憶のどこかから引っ張り出した即席の受け身によって辛うじて墜落による衝撃を和らげるが、尚も焦りは引かない。
素人目であっても明確にそうと分かる、大きな隙。
下手をすればそのまま敗北にも直結しかねない程に致命的な数秒で、せめてどうにか傷を少なくしようと図る。

追撃は、来ない。
どころか、聞こえてきたのは飛び降りながら「大丈夫ですか!?」と叫ぶ声。

心配するように近寄ってくる友奈
その姿を見て、咄嗟に地を蹴り、ほんの僅かばかりだが距離を取る。
距離を、取ってしまった。
そう自覚した瞬間、嫌になった。
不意を突かれて、その隙を突かれてはいけないと、他でもない結城友奈に対してそう思ってしまったことが。

「…友奈」

けれど。
今、風が隙を晒したというのは事実。
その間に、無理やり取り押さえるでもなんでも、力で押さえつけることはできた筈。
それは、本当に確かな事実だった。
けれど、彼女は第一に風の身を案じ、一切の曇りのない心配を向けた。
それが、今の今まで殺し合っていた相手にも関わらず。

「どうして、今私を取り押さえたり、攻撃したりしなかったの?
今なら、それが出来た筈なのに」

或いは、それを聞いたのは。
改めて、結城友奈というその人物、その精神に触れ直したかった。
勇者、結城友奈を、もう一度しっかりと見ておきたかったのかもしれない。
自らが倒さねばならない勇者を、見極めたかったのかもしれない。

「そんな事、考えてる暇もありませんでした」

その一言で、ああ、と納得できた。
当たり前だ。
最初から、風にだって分かっていたはずだったんだ。
友奈が拳を振るわなかった、その訳を。

「─────風先輩を止められるとしても、そんなことは出来ませんよ」

彼女は、結城友奈は。
最初から、犬吠埼風に攻撃をするつもりなど無い。
思い返せば、彼女が狙っていたのは武器を持つ両手や武器そのもの、或いは動きを止める為の牽制だけだった。
自分が幾ら傷付こうと、相手を傷付ける事はなく。
あくまで、風がその刃を収めるまで、防御と説得に全力を費やすつもりなのだ。

「………友奈らしいわね」

呟く。
この言葉を以前言ったのは、そう、夏の旅行の時だったか。
味覚が無くなっていたにも関わらず、積極的に夕飯を盛り上げようとしていた姿が目に浮かんだ。
仲間を気遣い、傷付けず、その為ならば自分がどうなろうと構わない。
例えそこが針の筵だろうと、友の為なら笑って居座る事ができる少女。

「当たり前ですよ」

変わらない。
友奈は、決して変わる事なく、変わってしまった先輩を止める為に全力を尽くそうとしている。
普通なら、人を殺した人間を先輩と認め、公正に接するなんてことは出来ない。忌避感、そうでなくとも多少の躊躇いを持つ。
けれど、彼女は決してそうしない。
そうであっても、友奈は自らの知る風をどこまでも信じ続けている。
何故なら。

「だって私は、勇者だから」

そう。
彼女は、勇者だ。
臆することなく、立ち止まることなく。
何時だって己の信ずるままに、誰かの為に力を使う。使うことが、出来る、
それこそが勇者のあるべき姿であり、結城友奈の在り方である。

そして、その姿を見て、風もまた得心する。

─────ああ、そうか。
─────私は、変わっちゃったんだな。


そうだ。
多分、本当なら私はこうはならなかったのだろう。
激情のままに大赦を潰そうとしていた私は、間に合っていたなら、人殺しになどなってはいなかったのだろう。
友奈に、負けないで下さい、と励まされ。
東郷に、大丈夫ですよ、と目が届かないところで支えられ。
夏凜に、馬鹿じゃないの、なんて言われて怒られて。
そして、誰よりも。
樹が、どんな声よりも私に響く言葉で、私を止めてくれていたのだろう。
だって、自分の妹なのだから。
それくらい信用しても、バチは当たらないでしょ、樹。

「友奈」






─────そして。
それはもう、起こり得ない未来だ。


250 : 咲からば、さあ――― ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/27(日) 13:31:54 c1hgQeuE0
 
誰よりも犬吠埼風の事を想い、慕ってくれていたあの子は、もう私の背中に抱きついてくる事もない。
私の耳に、彼女の声が、詩が届く事は永遠に無いのだ。

「それでも、私は曲げないわ」

そう、永遠に、だ。
例え犬吠埼樹をこの手で生き返らせたとしても、私は二度と彼女の詩を聴けはしない。
私が殺した人々の怨嗟の声を、私はきっと聴き続ける。
そんな穢れた耳で、彼女の綺麗な歌声を聴くなんて、赦されていいわけがない。

「樹を生き返らせる為なら、このくらい」

それでも、私は樹を生き返らせる。
そこまでして、何故だと言われる事もあるだろう。
たったそれだけ、犬吠埼樹という一個人がただ生を受ける為だけに、六十八人もの命を捧げるのかと。
お前自身には何の益も無いはずなのに、そこまでの暴虐を何故行えるのかと。
そして、そんな事が出来てしまう理由は、きっと。

「だって私は、魔王だもの」

そうだ。
今の私は、魔王だ。
たった一人の為に他の全てを踏み躙る、どこまでも身勝手な存在だ。
他の誰に否定されても─────例えそれが、生き返らせた一人に突きつけられた否定であったとしても。
いや、生き返らせた彼女には、確実に否定されるだろう。
こんな事をした自分を、姉だとは絶対に言わないだろう。

それでも、彼女はこの道を選ぶ。
それで樹がいずれ幸せになってくれるなら、私は彼女から忘れられても構いはしない。

お姉ちゃん、と私を呼んでくれたあの子はもういない。
怖かった、と私に抱きついてくるあの子はもういない。
いつか教えるね、と私に微笑んだあの子は、もういないんだ。

それでいい。

犬吠埼風の知る犬吠埼樹は、もう死んだ。
それで、いいんだ。

だって、犬吠埼風の知る犬吠埼樹の傍らには、犬吠埼風がいたんだから。
いつも、彼女を守る為に奮闘していた、お姉ちゃんがいたんだから。
それがいない犬吠埼樹は、きっと私が知る犬吠埼樹じゃない。

だけど、決して他人じゃあない。
樹にとっての私が他人でも、私にとっての『樹』が掛け替えのない人間であってくれれば、それでいい。
どこまでもエゴイズムに溢れるこの願いを、私もひたすらに貫こう。

「だから、友奈」

だから。
犬吠埼風は、止まれない。
犬吠埼風の想いを乗せた『魔王』は、再びここに顕現する。

「私を─────『我を止めたくば、その力を以て我を倒せ』」

ちょうど、御誂え向きだ。
魔王が魔王足りうる為には、やはり勇者との相対こそが似合う。
古今東西、大体三百年前くらいには既に、勇者は魔王と戦うものと相場が決まっていた。

「『そうで無ければ』」

そこで、ふと風は微笑む。
今自分が言い放とうとしている台詞を捻り出した、記憶の出処。
四人でやった何時かの劇を、思い出して。



あの時みたいに、笑いながら。
あの時とは違い、頼んでも流されはしない歌に涙を流しながら。








「『ここが、貴様の墓場だ』」







『魔王・ゴールデンウィンド』は、そう言った。


251 : 咲からば、さあ――― ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/27(日) 13:32:35 c1hgQeuE0
 





二輪の華が、咲き誇る。


薄桃に彩られるのは、ヤマザクラ。


黄金に飾られるのは、オキザリス。



二色が混じり合い、艶やかな花吹雪が途切れることなく舞い散らされる。



振り上げられるのは桜色の巨腕。
進む拳は、全てを突き壊す結城友奈の勇気の象徴。
友奈の満開武装は、折れぬ彼女を体現するかのように真っ直ぐな「拳」。
根性と勇気でその手に希望を勝ち取る、勇者の証明。
黄金の花を見据えて歯を食いしばり、キッと睨みつけて右腕を引き。
─────次の瞬間、引き絞ったその拳を、弾丸のように一直線に撃ち放つ。
大砲にも匹敵するだろう剛の槍が、刺し貫かんと突き進み。

その拳が、止まる。

犬吠埼風の満開。
五つの星座が組み合わされ、最強を誇る獅子の名を冠したバーテックスであるレオ・スタークラスターの巨体さえ、一度のそれで倒れる事を余儀なくされる体当たり。
天空にまで届いたその御霊を両の拳で殴り壊した友奈の満開ですら、押し勝つ事が叶わぬ堅牢さ。
或いは、勇者部の仲間を守るというその為に発現し、そして実際に勇者部を守りきった彼女の満開は、防護に適しているとも考えられ。
そして今、その力は勇者部の仲間を屠る為に。
彼女が最も守るべきで、そして守ることが出来なかった一人の少女の為に振るわれていた。

次いで生み出されるのは、鈍い灰色に金色の線があしらわれた大剣。
満開により強化されたその大剣は、風の意志に応じて際限無くその刃を伸ばし、大きくする。
そして、今彼女が出したその剣のサイズは、最早剣と呼ぶ事を躊躇われる程に巨大。
相対する友奈が武装である豪腕を広げたとしても届くかどうか、といった半ば冗談染みたサイズ。
単純に考えれば、こんなものを振るえる人間がいる筈も無い。
ましてやまだ十五の少女が握るなど、普通の人間なら想像する様すら思い浮かばない。
だが、風は。
勇者の力を用いて、魔王として戦わんとする、少女は。

「『はぁぁぁぁぁっっっっ!!』」

その巨大さからくる重量や空気圧すら苦にもせずに、まるで重めのバール程度のものを振り回すように薙ぎ払った。
その速度もさることながら、その大きさからくる質量が齎す力量は計り知れない。
バーテックスを容易に斬り払う鋭利な刃に乗せられた
豪腕を交差させ正面から受け止めた友奈が、武装ごと後方へと吹き飛ばされる。
地面に打ちつけられた彼女はそのまま転がり、ガリガリと地面を削りながら転がっていく。

「まだ、まだぁっっ!」

当然だ。
どれ程の逆境に置かれようと、彼女はなるべく諦めない。
何故ならそれが、彼女達を結び付ける一つ。
勇者部五箇条、その一つなのだから。

拳と大剣が、今度は正面からぶつかり合う。
舞い散る花弁がその凄まじい衝撃に煽られ、周囲にある建物の硝子がビリビリと震える。
拮抗する二者の衝突は、しかし数秒の拮抗を経て段々と風の優勢へ傾いていく。
鋼の拳に一筋の傷が刻まれ、友奈は一旦その拳を退く。
無論、それを逃す程『魔王』は甘くない。
横薙ぎに面を叩きつけるという追撃が後退する友奈に命中し、ふらついた彼女へと尚風は休むことなく畳み掛けるように攻め込もうとする。
薄桃色の花弁が幾度も飛び散り、反対に黄金の花吹雪は荒れ狂うようにその勢いを増していく。

明らかに、勇者が劣勢を強いられていた。
魔王の攻撃を凌ぎ、耐えるのが限界となっていた。
その理由は、未だ友奈が振り切れていないから。
今の風を止めるには、最早その全力を出し切らなければならないと分かってはいる。
けれど、できない。
明確に、風へと拳を向けるのは。
全力で彼女を倒すというのは、心優しき彼女にとっては、どうしても葛藤が邪魔をする。
魔王と断じ、今の犬吠埼風を倒すのには―――――彼女には、受け入れる時間が少なすぎた。


252 : 咲からば、さあ――― ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/27(日) 13:33:38 c1hgQeuE0
 
「『ふははははははは!その程度か!』」

巨大な刃が、友奈を両断せんと迫る。
すぐさま身体を逸らそうとするが、余りにも気付くのが遅すぎた。
左のアームの付け根を捉え、衝撃とダメージで痺れが友奈自身にも伝わってくる。
揺らぐ態勢と止まりかける思考を根性で繋ぎ、再び拳を握り直して、

「『―――――どうした、遅いぞ!』」

眼前へと、風が迫っていた。
新たな武器を取り出すこともせず、しかしそうでなくとも彼女には有用な武器がある。
友奈に身構える暇も与えず、風はただ一直線に突進する。
渾身の体当たり─────愚直で単純な一撃なれど、満開した風が放つその威力は、先にも語った通り。
ダンプカーもかくや、と言わんばかりの衝撃が、友奈の身体を包み込む。
精霊によって直撃こそ免れたものの、宙に留まることも出来ずに再び地面に落とされる。
地面への直撃を防ぐ為に伸ばした左腕は辛うじてその役目を果たしたが、その代償として凄まじいダメージを被る。
再び飛び上がろうとしたところに、風がその大剣を振り上げながら迫る。
突き出した右腕で何とかそれを逸らし、向き直って左腕を振り被ったところで、友奈は自らに起こった異変に気付く。
左腕の動きが、重くぎくしゃくしたものになっている。
原因は深く考えずとも分かった。先の大剣のクリーンヒットと、着地の衝撃をもろに受け切ったせいだ。
だが、分かったところでどうしようもない。遅れた左腕を悠々と躱し、右の拳を構え直させるかとばかりに風の追撃が迫る。
先の一撃に攻撃方法を見直したのか、その手には先程とは違い大剣は無く、飛び回りながら突進を仕掛けてくるスタイルへと大きく変化している。
殺傷能力は落ちるが、回避も防御もされにくく重い一撃を放てるこのスタイルは、片腕が実質的に使い物にならなくなった今の友奈には厄介なことこの上ない。
どうにかひらりひらりと攻撃から逃げ回るが、攻勢に回る隙が存在せずに歯噛みする。
どこに当たろうと知ったことではないとばかりに遠慮無く拳を振るえたならばまだ分からなかったかもしれないが、未だ先輩を傷付ける事に躊躇いが残る友奈にはそれすら出来ない。
その間にも風は止まる事はない。
宙返り、錐揉みなどといった彼女でも知っているような飛行行動を実践に移すことで、友奈へとダメージを蓄積させていく。
黄金のひとひらを振りまきながら飛ぶ姿は、魔王と言うよりは妖精に見えるかもしれない。
疲弊する友奈に対し、風は未だその力を存分に振るい―――――だからこそ、その瞬間は案外早くやってきた。

「―――――あっ」

間の抜けた声が、思わず口を突いて出る。
防御に回した左腕を身を潜らせて突破され、後退を図ったその瞬間にやっと、自らの背後にあるマンションの外壁に気付く。
違う方向は、と反射的に視線を巡らせて、回避ではなく防御に回るしかないと思い直す。
その思考のタイムラグが、命取りとなった。
正面からもろに突進を受け、満開武装そのものごとコンクリートへと沈む。
抜け出そうとするも瞬時には抜けず、そして─────目の前にあったのは、その手に大剣を握り直した風の姿だった。


或いは、これがよくできたお芝居ならば。
勇者を追い詰めた魔王は、勇者を応援する人々の声援によってその力を弱め。
勇者は支えられていることに気付き、その力を振り絞って魔王と和解する。
そんな筋書が罷り通って、それで許されていたことだろう。


だが、これは芝居ではない。
呪いを募らせる魔王と、そんな魔王を救う勇者二人の、確固たる意志がぶつかりあう現実。
そこには、声援は決して響かない。
勇気を分け与えてくれる子供達からも。
勇気を共にする仲間からも。


独り戦う勇者の下へ、声援を送る事が出来る人はいない。


たった一人でも、勇者が諦めはしない。
けれど。
幾ら勇者が孤独に抗おうと、魔王は決して倒れない。
何故なら、魔王は初めから孤独に戦っているから。
あった筈の希望も友も何もかもを捨て、たった一つの、身勝手な自分の願いの為に戦っているから。
魔王を弱らせる、思いとどまらせるような声援は、決して届かない。


253 : 咲からば、さあ――― ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/27(日) 13:34:59 c1hgQeuE0
 




 
「友奈」






―――――そんな、中で。
風を切る音しか聞こえない筈の、空の中で。






「ごめんね」




─────それでも、『魔王』は勇者を殺せなかった。

勇者を殺すのは、『魔王』ではいけないのだ。

勇者を、殺すのに。
仲間を、殺すのに。

犬吠埼風は、犬吠埼風でなければいけなかった。
『魔王ゴールデンウィンド』のまま、蹂躙するままに結城友奈を殺すことだけは、彼女にはできなかった。
それは、どうしようもないとしか言いようのない彼女の感情。



犬吠埼風は、結城友奈を殺すことが出来るか?─────是。
犬吠埼樹の為なら、彼女は誰でも殺してみせるだろうと、それだけの覚悟は持っている。

けれど。
犬吠埼風は、結城友奈を殺したいのか?─────否。
犬吠埼風は、昨日まで共に笑い合っていた仲間を、何の感情も無く、役柄のままに殺せるような少女ではない。

『ゴールデンウィンド』などという、巫山戯ているようにすら見えるその仮面を被ったままに知己を殺せるほど、彼女は強い人間ではない。
殺すとしたらそれは、それでも犬吠埼樹を生き返らせたいという彼女の根本の想いを以てして、ようやく乗り越えることが出来る壁。
巻き込んでしまったという責任や、仲が良かった思い出全てを切り捨てて、そこまでして初めて風が到達出来る場所。



──────まだだ。

「風先輩……………………」

まだだ。
まだ倒れない。
勇者は絶対に諦めない。

まだ、まだ。
だって、見ているだけとはいかないじゃないか。

目の前で、今も傷付いて、泣いている存在を―――――仲間を見捨てるなんて。

声援なら、すぐそこで聞こえた。
何で気付かなかった。
目の前の一人の、自分の先輩が、すぐそこで泣いているじゃあないか。

それなのに。
勇者がそれを前にして、ただ諦めるのか?

「そうだ」

断じて、否。
折れず、屈せず、立ち向かう─────それが出来るからこそ、彼女は勇者なのだから。

「こんなところで諦めるなんて、勇者じゃない」

どんなに辛かろうと、苦しかろうと、彼女は決して挫けない。
誰かがそんな思いをするくらいならば─────自分が、頑張る。降りかかる全てから、守ってみせる。

「先輩を─────仲間を見捨てて倒れるなんて」

だから。
だから、今、その心を痛ませ、その目に涙を浮かべた目の前の風を救う事が、勇者たる彼女のすべきこと。
そんな事も出来ぬならば、そんなのは─────






「そんなのは、勇者じゃないっっっっ!!!!!」


254 : 咲からば、さあ――― ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/27(日) 13:36:03 c1hgQeuE0
  

 
勇者へと襲い掛かる、鈍色の剣。
しかと目を見開きそれを見つめ、同時に埋まっている鋼の両腕へと命令を叩き込む。
ボロボロの左腕が、辛うじて反応し。
未だに健在である右腕と共に、襲い来る剣へと向かう。
ただ弾くだけでは状況は変わらず、しかし間に合わなければ死あるのみだ。
─────轟音。

真剣白刃取り。
土壇場における逆境と勇者に届いた声援が、そんな非現実的な離れ業を友奈にやってのけさせた。

無理矢理動かした左腕が、それを最後にだらんと垂れ下がる。
既に動かないそちらを使う選択肢を棄て、右腕が動いた。
止まったままの剣を思い切り殴りつけ、その反動で密着していたコンクリートが破壊される。
マンションの外壁から離脱すると同時に旋回し、再び天へと飛び上がる。

「風先輩………………!!!!!」

思いの限り叫びながら、友奈はその右腕を振り上げる。
本当なら、まだ平和的な解決が出来たんじゃないかとそんな気がした。
けれど、少なくとも今風の心を開くには、これしかない。
実力で勝利しなければ、今の『魔王』には届かない。
但し、その為に握る拳はただの拳ではない。
勇気を、思いを、とことん込めた一撃だ。
この思いを伝える為に、私はこの拳を届けよう。
だから、そのまま彼女は─────一直線に、オキザリスへと拳を叩きこまんと突撃した。





躊躇った。
躊躇って、しまった。
他でもない犬吠埼風自身が、それを何より自覚していた。
何気無い日常が、勇者部の活動が、共に戦った日々が、最後の最後で邪魔をした。
多分それは、彼女を殺そうとする度に現れる。

時間が、必要だ。
友奈を殺す為に、それを遮ろうと泣き叫ぶ犬吠埼風を乗り越える、その時間が。
たった数秒間だけ、それさえあれば、私はきっと殺せる。
それだけの覚悟は、とうに済ませている。
けれど、『魔王』には、その数秒を稼ぐ事は出来ない。
その数秒さえあれば、勇者は決して諦めないその根性を以てして、絶対に状況をひっくり返す。
それを阻止する事は、『魔王ゴールデンウィンド』には不可能だ。


─────だから。

「『いいだろう、勇者よ!今ここに、我の隠された力を見せてやる!』」

だから、犬吠埼風は禁忌を犯す。
邪智暴虐の魔王であるからこその、冒涜を犯す。
そう、冒涜だ。
今からやる事は、何よりも恥ずべき、死者への冒涜に他ならない。
けれど、それを出来る、出来てしまうのが、今の魔王で。
同時に、それをする責任があるのは、犬吠埼風しかいなかった。

─────彼女に勇者という責任を押し付けてしまった、風にしか。
犬吠埼樹の勇者の力を使う資格は、ありはしない。

黄金の装束が、脱ぎ捨てられる。
代償─────散華として、世界の音が遠くなっていく。
同時に疲労で吹き飛んでしまいそうな意識を繋ぎ止めようと、必死で歯を食いしばる。



左手に取り出したスマートフォンに描かれた種のボタンを─────押した。





そうして。

第三の花、白亜のナルコユリが開花する。

嘗て彼女の妹が着ていた、その装束に身を包んだ魔王の姿は。

その髪が乱雑ながらも短く切り揃えられた事で、奇しくもその妹のものと酷似していた。


255 : 咲からば、さあ――― ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/27(日) 13:36:48 c1hgQeuE0
 

 
魔王が右手を翳すと共に、四本のワイヤーが宙を駆け巡る。
一瞬犬吠埼樹と見間違えかけ、次の一瞬にそのカラクリに気付いて、しかしさらにその次の一瞬には止まる事なくその拳を掲げ突き進む。
如何に纏う力が変わろうと、その実は犬吠埼風だ。
樹がそれで蘇ったわけでもないし、それで風が救われるわけでもない─────いや寧ろ、それを使っている彼女の心中は想像も出来ない。
そして、そんな彼女に対して自分が出来る事は一つ、彼女を止めてあげる事だけだ。
その為ならば、迷っている暇はない。
その巨腕へと、ワイヤーが絡み付かんと四方から迫る。
だが、先の風を真似るような動きによって、友奈はその拘束を回避した。
僅かに数箇所を掠めるだけに終わり、風の表情が揺らぐ。
追尾能力を持ち、通常時なら避け切る事さえ出来ない火球を、長時間に渡って躱し続ける事が出来る程に、満開時の機動力は上昇する。
そんな状態である友奈を捉えるには、僅か四本のワイヤーでは少なすぎた。
だが、そのワイヤーの本数を能動的に増やすというのも出来ない。

「─────えっ!?」


─────同じく、満開をしなければ。

一瞬にして、目の前に真白の花が咲き誇る。
見間違える筈もない、犬吠埼樹の満開―――――ナルコユリの花。
短時間での満開に、友奈は驚きを隠せない。

そもそも満開ゲージが溜まる条件とは、勇気溢れる心を以て行動することである。
逆に言うならば、満ち溢れんばかりの勇気を持っての行動ならば、一撃のみで再び満開する条件を満たす事すら出来る。
本来あるべき世界においても、真紅の勇者が四連の満開を以て五体ものバーテックスを撃破する筈だった。

では、今の犬吠埼風の心には、勇気は溢れていると言えるのか。
人を殺し、血に塗れたその心には、勇気と称する事が出来る感情は存在するのか。
─────確かに、友奈と同じような高潔な感情を、『魔王』は持ち合わせてはいない。
彼女が貫く、どこまでも正しくて気高い、『黄金の精神』と呼ばれるその魂、それを、今の彼女は失くしてしまった。
その為、今となっては既に、友奈と同一の勇気を持つことはできない。

けれど。
自らの進む道を悪と知り、その上でそれを踏み越えていく『覚悟』。
それを勇気と断ずることは、果たして勇気と呼べないものであるだろうか。
答えは、否。そこにある志もまた、邪悪ながらも決して折れぬ心。
そこから生まれるものもまた、紛れもない勇気の筈だ。

『漆黒の意志』。
ある世界では、そう呼ばれる精神。
『黄金の精神』とは対極にして、それに負けず劣らず燦然と輝く気高き精神。
そこから生まれる勇気は、決して『黄金の精神』から生まれるそれに劣らぬ事は無い。
勇者の証たる満開をするのに、決して不十分なものでは─────無い。

「くっ………」

ワイヤーの頑強さについては、友奈も十分知っている。
大気圏外から落下してきた自分と東郷を安全に着地させる立役者となっていたのは、衝撃を減衰させる為に糸を張り巡らせていた樹のおかげだった。
つまりは、それだけこの糸の強度は高い。
一度絡め取られたならば、力尽くで捻り切る事は同じ満開を以てしても簡単ではないだろう。
迫る翠のラインを必死に掻い潜ろうとし、それでも最速のバーテックスを捉えた糸の反応速度を振り切る事は不可能。
唯一の希望は、樹と比較すれば使い慣れていないと分かる風の操作。
瞬時に両腕が囚われるという事だけは免れ、何本かに絡み取られつつも無理矢理押し通る。
あと少し─────そう思ったのと、彼女をがくん、と後ろに引かれる感覚が襲ったのはほぼ同時だった。
振り上げた右腕も垂れ下がった左腕も、既に何本ものワイヤーに掴まっていた。
尚も進もうとするが、掴まってしまった巨腕は僅か数十センチも進む事が出来ない。
例え友奈の満開であっても、無理矢理引き千切ることが叶わぬ糸。
それが、同じく満開して咲き誇った樹の力。
今、『魔王』が振るう、その力だ。


256 : 咲からば、さあ――― ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/27(日) 13:37:37 c1hgQeuE0
  
「まだ、まだぁ!」

満開武装との合体を解くと同時に、武装そのものを蹴って風へと突撃する。
想像もしていなかった突然の行動に、風が目を見開いた。
友奈の満開は、東郷のものと同じく本人の意思とは無関係に巨大な武装が出現するタイプ。
だからこそ、糸を操るのが初めてである風でも狙いやすい格好の的とばかりにアーム部分だけを狙っていたのだが─────まさか、それが裏目に出るとは思わない。
急いで余った糸を引き戻し、単身突撃する友奈へと展開する。
何重にも張り巡らされたそれを、掴み、足掛かりにし、何本かに捕まっても尚勇者は突き進む。
引っかかった髪が数本まとめて引き抜かれ、糸に打ち据えられた部分は服が千切れ、身体は切り裂かれたかのような痛みを訴える。
しかし、今更。
そんなもので、勇者が折れるはずもない。

『魔王』とて、それにやすやすと屈する訳がない。
全力で、力の限り、勇者を止める為に糸を伸ばす。
短髪となったせいでより面影が似た、誰よりも大切な妹の力であるその糸を。

交錯する二人の距離は、詰まり─────僅か、数十センチ。

それが、勇者の拳と、『魔王』の顔面の距離だった。
あと一秒でも遅ければ、風のその顔には拳が届いていた筈だ。
止まったその直後に数歩下がって距離を取り、更にもう一つの精霊である雲外鏡の力で精霊の護りに似た防壁を作り出す。

「…………友奈」

こうして改めて顔を見ると、やはり余計な事ばかりが去来する。
勇者部の活動としてのごみ拾いや、一緒に祝った夏凜の誕生日のこと。
とある旅館で演劇を披露した時には、演劇に感動したお爺さん達からもらった郷土料理を二人で食べたり、すぐにでも海に遊びにいこうとした友奈を止めたり。
彼女の凄まじい技術のマッサージに、魂まで解されるかと思った、そんな事もあった。

どれも、これも。
大切な、思い出だった。

そして、私は─────それを、壊すのだ。
その事実が、重く重く、その両手に圧し掛かる。
手が震える。
友奈へと向き直り、伸ばした一本の糸の先が、まるで誰かが首を振るかのように揺れ動く。
哀しげな顔の友奈を、もう一度だけ見て。
愛おしい彼女の笑顔を、比較するように思い浮かべて。

―――――ああ。
―――――でも、それでも。

(私は、壊せるんだ)

糸が、ピン、と伸びた。
友奈の心臓へと、迷いなく真っ直ぐに。




絶体絶命とはこのことか。
両の手足を封じられ、命を奪う死の線が迫る。
身動き一つとれない中で、明確な終わりだけがそこにある。

だが、勿論彼女がそれしきで諦めている筈もない。
勇者部五箇条、なるべく諦めない。
それを頭の中で何度も叫び、必死に希望を追い求める。
何処だ。
突破口は、何処にある。
辺りを見渡すも、今ここに居るのは二人だけ。
他に誰がいることもなく、周囲に目立つものもない。
今ここにいるのは、二人と、それと―――――


257 : 咲からば、さあ――― ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/27(日) 13:38:14 c1hgQeuE0
 
―――――いた。
人ではないけれど、確かにそこには彼等がいた。
神樹が遣わし給うた、精霊が。
ある勇者の死をきっかけにつくられた、勇者を死の運命から護る為に生まれた彼等が。
勇者になってからずっと慣れ親しんでいる牛鬼は、しかし今はダメだ。拳を封じられている今、両手に宿るその力は発揮できない。
ならば―――――

「火車─────っっ!!!」

─────或る兎に曰く、殺す拳と殺さぬ拳ならば─────その二つよりも、殺す蹴りの一撃が勝る。
ならば、殺さぬ拳と殺さぬ蹴りならばどちらが勝つか、その正解が「殺さぬ蹴り」であることは疑い難い。

まして、彼女がその脚に宿すのは、火焔を灯す精霊たる火車。
糸が火に弱いのは道理であり、たとえ神樹の力からなる木霊の糸だろうと、同じ神樹の力からなる火車の炎にならば燃やされる可能性は十二分にあり。

更に言うならば、そもそも『火車』とは、墓場や葬式から死者を奪い去る伝承を遺す妖怪。
弔いの為に戦う魔王から、死した犬吠埼樹の力を奪い取るという構図には、奇しくも悉く一致する。

右脚を炎に包ませ、糸を焼き切りながら振り上げる。
剣のように友奈の右足が聳り立ち、
そのまま、その足を─────風を護る、精霊の作り出す壁へと、叩き込む!!

「勇者ぁぁぁぁぁぁ、キィィィィッッッックッッッ!!」

豪炎を纏った一撃が、雲外鏡の作り出す壁を貫く。
尚も突き進む槍のような蹴りが、木霊の護りすら焼き尽くす。
二段の護りをぶち抜いた代償として、彼女の右足が悲鳴を上げる。
だが─────そんな事を意に介している時間は無い。
だからどうした。
勇者が、こんなところで立ち止まれるか。
勇者が諦めてなるものか。
勇者が希望を捨ててなるものか。

未だ──────華は咲いている。

「──────────うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっっっっっっっ!!!」

ギリギリまで伸ばした足が、空を切る。
友奈の突然の一撃に思わず飛び退いた風に、その蹴りは当たらず。
ならば、今度は地に足をつけ、もう一度拳を放つのみ。
空中で足を振り回し、体に纏わりつく糸を断ち切ろうとして、しかし両腕をしっかりと縛られている為に届かない。

どうする。
頭をフル回転させ、次の一手を考える。
ここから抜け出すには、どうしたらいい。
邪魔になっているのは、腕に絡みついた糸。
この糸がなくなれば最高だが、それが出来ないから困っている。

ならば、そのより大本は。
糸が絡みついている、その腕そのものは、どうか。
この糸の強度はよく知っている。―――――何かを斬ることも出来るほどに、しなやかで強い。
今の現状、どちらか片方の腕が解放されれば動くことができる。―――――ならば、もう片方の腕は必要か?

上等だ。
その程度で手が届くのならば、腕の一本惜しくはない。
どうせ散華で動かなくなる可能性があるのだ、今更気にしたところでどうということもない。
全身で勢いをつけ、そのまま左腕を振り下ろすように力を加える。
一瞬の身を貫くような激痛の跡に、喪失感と浮遊感が訪れる。
痛みを乗り越えてその身を捻り、体を縛る全ての糸を焼き尽くす。
既に魔王は数歩引き、もう一度糸を結集させんとしている。
だが、まだ完全ではない。
友奈の行動に驚き、ほんの僅かに動きが止まっていた。
叩き込むのなら、ここしかない。

「勇、者っっっっっ……………………」

魔王を打ち砕くだけの力が残っているかどうか、正直友奈にも分からない。
けれど。
彼女の、勇者の信条には、あの言葉がまだ残っている。


勇者部五箇条が最後、「なせば大抵なんとかなる」の言葉が。


「パァァァァァァァァァァァァァァァンチッッッッッッッッッッッッ!!!」


声を枯らせんばかりに、叫ぶ。
全身に血が滾り、裂かれたばかりの左腕の断面から鮮血が飛び散る。

限界を訴える身体を認識して尚、その拳を前へと向けて。


春色の拳が流星と化し、翠と白の壁へと衝突した。


258 : 咲からば、さあ――― ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/27(日) 13:40:35 c1hgQeuE0
 




ぐったりと、横たわっていた。
何が起きたかを思い出したのは意識を取り戻してからおよそ数秒後で、自分が何も聞こえない事を思い出したのはそれから更に数秒後。
そして。

「■■■■………」

自分に覆い被さっている友奈に気付いたのは、それからすぐの事だった。
私が目覚めた事を知った彼女は、ひどく喜んだ様子で私の事を抱き締めた。声が聞こえないので様子としか判断出来ないが、表情や動きからして大体間違っていない、と思う。
身体の各所が痛む今、ただ抱き締められるだけでも割と痛いのだが、気にする様子は無い。
ぱしぱし、と感極まった友奈のハグに包まれながら、ぼうっと考えに耽る。

─────負けた。
負けて、しまった。
間違い無く、先程の戦いは犬吠埼風が敗者であり、結城友奈が勝者だった。
彼女の満開武装での一撃を受けて、私はその後暫く目覚める事はなかった。
もしもこれが友奈でなければ、なんて夢想は意味が無い。
相手が結城友奈だからこそ、『魔王』として戦い切らなければ、決着を着けなければならない存在だからこそ、持てる手札を全て使い切ってでも勝たなければいけなかった。
そうでなければ、私がこの後誰を殺そうと、結局は勇者部の他のメンバーと戦う時に殺せる筈がないのだから。

そうして、全力を尽くして。
それでも、負けた。
犬吠埼風は、『魔王ゴールデンウィンド』は、ここに敗北を喫した。
結城友奈という一人の勇者に、斃された。
それを、理解して。

(─────何でよ)

込み上げてきた感情は、どれも一口で言い切れるものではなかった。
勝てなかった悔しさも、

その中で、一際強く燻っている想いは。

(─────嫌だ。これで終わりなんて、絶対に嫌だ)

こびりつく、執念。
まだだ、まだ立ち止まる事なんて出来ない、と。
首を擡げる執念は、彼女の中で猛り始める。

終われるか。
こんなところで、負けて、それで終わりで、そんな事が許される訳があるか。
私が此処で終わって、それでどうなる。
きっと友奈は許すだろう。友奈が言えば夏凜もその仲間に加わるだろうし、そうやってきっと二人は犬吠埼風を受け入れてくれる場所を作ってくれるのだろう。
―――――居場所。
思い浮かんだその言葉が、より一層風の心を打ちのめした。

「─────■、■■!?」

友奈が何かを言っている。
だが、聞こえない。
理由は分かっている。華が咲いた代償─────散華。
樹の声と同じように、私の耳はもう何も通さないのだろう。

ああ、もう、聞こえない。
どう足掻いて、彼女が生き返ったとしても、それでも彼女の詩(うた)はもう聞こえない。

─────嫌だ。

心の声が、叫んだ。

─────嫌だ。そんなのは、嫌だ。
─────樹の声を、樹の歌を、樹がいつか教えると言ってくれた夢を、私はまだ聞いてない。

(我儘だな、私)

とうに諦めた筈の言葉を、詩を、まだ諦め切れていない。
そんな自分は、どこまでも自分勝手だ。

(だけど、まあ、そうか。
完全に諦めるなんて、出来る訳がなかったのかもね)

けれど、そう冷静に呟きもする。
そういえば、魔王は確かに、こうしたかったと恨み辛みを言い残して消えていた気もする。
やっぱり魔王でも、どうしようもない事は辛いのかな。

それなら、それでいい。
逆に、潔く踏ん切りもついた。
ここまで失くして失くして失くして、残った物に手を伸ばすこともできないというのならば。




なってしまおう。
本物の、魔王に。


259 : 咲からば、さあ――― ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/27(日) 13:41:16 c1hgQeuE0
 

 
最後に残った一枚の黒カードに、こっそりと手を伸ばす。
眉唾物だなあ、と正直思っていた。
見るからに怪しいそれを、使う理由も無ければ、わざわざ他人に見せる必要もなかった。
そもそも武器でも何でもないわけだし、「まあ捨てるのも勿体無いから持っておこう」程度の認識だったと自覚している。
だけど、こうなってしまったからには、使ってみてもいいだろう。
「犬吠埼風」をやめて、それで友奈も東郷も夏凜も殺せるようになって、そうして最後に樹と出会えるというのであれば。
それもいいかな、なんて思ってしまう。

「友、奈」

多分、もう、戻れない。
戻れなくて、いい。
彼女のいない世界にこのまま生きるくらいなら、全てを憎悪に任せてしまおう。
最後の、魔王の、犬吠埼風の我儘だ。
                                 私
この願いというバトンを、私ではない、ゴールテープを切ってくれる『誰か』に託そう。

心の中で、様々なものが叫んでいる。
心苦しくて、痛くて、悲しくて、堪らない。
けれど、いや、だからこそ全てを捨てていける。
だってその苦しみは全部樹がいないせいで、私が私をやめればその樹は蘇るのだから。

犬吠埼樹がいない世界を、私は許容しない。
けれど、現実にこの世界にはもう犬吠埼樹はいなくて、私ではそれを取り返す事すら出来ない。
ならば。
ならばもう、私そのものが必要無い。
私がいなくなる程度で彼女が帰ってくるのなら、幾らでも捧げよう。

だから。

「さよなら」






簡単な事だった。
たかが15歳の、それも、人助けの為の部活を作り、世界の為に戦える程に人を想える少女が、魔王になんてなれる筈が無かったのだ。
魔王になりたいというのならば、まず彼女自身が変わらなければならなかった。
人を殺して、何も思わぬ外道に。

そして、それは成功─────していた。

躊躇なく人の命を奪う外道に、彼女はなれていた。
もし、もう少し相対するのが遅く、人を殺すのに慣れてしまえば。
或いは、勇者さえも簡単に切り捨てる事が出来たかもしれない程に。

けれど。
『勇者』と相対した、してしまった、その瞬間に。
勇者でありながら魔王の道を選んでしまった少女が、その在り方から定められているかの如く『勇者』である知己の少女とした、その瞬間に。
魔王は、「勇者」と相対出来る魔王ではなくなってしまった。
胸を張り、自らが魔王であると言い切るには、その相手がどこまでも『勇者』でありすぎて、魔王は未だに『魔王』になりきれていなかった。
心優しい勇者の存在が、魔王を魔王ではなく、ただの少女に、勇者の志を持っていた筈の少女に戻してしまった。
だから、負けた。
全てを殺す覚悟は鈍り、その刃は勇者に突き立つ事は無かった。



結局。
魔王は、ほんの僅かだけ魔王になりきれなかった。
勇者が魔王になるには、勇者はあまりにも優しかった。
そんな彼女が魔王になることなんて、結局のところ出来なかったのだ。



だから、それが、その瞬間こそが。



眼帯が吹き飛び、その下の黄金の眼が紅蓮に染まって、瞳孔に重なるように奇妙な紋様が刻まれたその瞬間が。

身を包んでいた神々しい衣装が、蝕まれるかの如く漆黒に塗り替えられていくその瞬間が。


舞い散る花弁が、蒼き地獄の炎に燃えされ、人魂のようにふわりふわりと宙を漂ったその瞬間こそが。



悪魔にして魔王─────ゴールデンウィンドの、真なる誕生の刻だった。




・支給品説明
【悪魔化の薬@神撃のバハムート GENESIS】
ラヴァレイ=マルチネが開発した薬。魂を邪悪に染め上げる事によって、人間を悪魔へと変化させる。
悪魔となったジャンヌ・ダルクは翼を持つ魔獣を召喚出来たが、それはこの会場内では使用不可とする。
主に精神に作用し、天使への憎悪を募らせていたのなら天使を憎み殺し回る存在に、自らの利を追求しているのなら強欲にして卑怯な存在に、といった風に、人としての理性を消して欲望を強める効果を持つ。


260 : 咲からば、さあ――― ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/27(日) 13:42:31 c1hgQeuE0
容量のため、ここまでを前篇とさせていただきます。
続いて、後篇を投下します。


261 : 咲からば、さあ――― ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/27(日) 13:43:26 c1hgQeuE0
 



蒼い光に吹き飛ばされ、ごろごろと地面を転がった。
何が起こったのか、全く以て分からなかった。
さっきまで、私は風先輩と話していた筈だ。
そして、風先輩が、「さよなら」と言って何かを呑んで─────

「─────■■………!!」

そこで、思考は一度遮られる。
未だに燃え盛る炎の中から、三本の短刀が放たれたのだ。
後方へ跳んで何とか回避し、ふと違和感を覚える。
風の精霊、鎌鼬の力として使える短刀は、白を基調として黒と黄色の模様が描かれている。
だが、今こちらに向けて投げられたこれは、それとは形こそ似通えど非常に異なっていた。
刃や持ち手は白から黒に、黒く塗られていた部分は真赤に変わり、唯一変化していない黄色の部分とその形状だけが同一のものと主張していた。
そして、何よりも。
発するその邪悪な気配が、犬吠埼風の使っていたそれとの決定的な違いだった。

その身を包む焔は、最後に一際強く燃え上がったかと思うと、辺りへと飛び散って消え去り。
そこにいたのは、もう『犬吠埼風』では無かった。

魔王。
そう形容するに相応しい禍々しさを漂わせ、傲然と構える少女の悪魔がそこにいた。


「…………我が名は、ゴールデンウィンド」


何を以て、彼女はそう名乗ったのだろうか。
或いは。
或いは、犬吠埼風の残り滓が、せめてそうあってくれと願ったのだろうか。
黄金の風を自称する、魔王であれと。
勇者を斃し、「彼女」を生き返らせる為の、魔王たる存在であれ、と。


今となっては、知る由も無い。


「─────ゥォォオオオオオオオオオオオッッッッ!!!」

高らかに咆哮を上げて、魔王が一直線に友奈へと向かう。
彼女が誇っていた大剣もまた、その彩を邪悪に変化させている。

一切の躊躇無く振り下ろされた剣を、渾身の力で踏み止まって受ける。
が、先の攻防でとうに限界を迎えていた身体は思うようには動かない。

一撃目、辛うじて踏みとどまり、防ぎ切る。
二撃目、先程より更に重い一撃によってバランスが崩れ。
三撃目、それでも何とか刃から身を守り─────吹き飛ばされた。
ボロ屑のようになって叩きつけられる少女へと、魔王は一歩一歩ゆっくりと歩いていく。
片腕で何とか立ち上がり、どうして、の形に口が動く。
しかし、魔王が耳を傾ける筈もない。
当然だ、魔王に勇者の言葉へ傾ける耳もない。
それに。

「■■■■■■■、■■■…………」

─────勇者も、最早言葉を持ってはいない。
彼女が散らしたのは、勇気に溢れていたその声。
犬吠埼風に何より伝えたかった、その声は、散った。
そこは奇しくも、犬吠埼樹と同じ場所で。

それを、或いは察したのか。
友奈が口を開いた様を見ていた魔王は、何かに苛立つかのように雄叫びを上げる。
最早人間から発せられるかどうかも怪しまれるような声を出して、大剣を一際大きく振り被る。
それを見て、友奈は何とか足に力を込める。
全力で地を蹴り、一先ず距離を取った友奈は、その跡を見て目を見開いた。
コンクリートの地面に、大きなヒビが走っている。
それまでの風とは比べ物にならない、躊躇いの一切ない全力の一撃。
その威力に驚愕し、束の間動きを止める友奈。
僅かなその一瞬は、しかし迷い無く殺意を向ける今の魔王には十分過ぎた。
一気に間を詰められ、慌ててもう一度跳ぶも既に遅い。
至近距離で追い縋り、身体を捻る魔王に、不味い、と思う暇もなく。
精霊の壁を隔てても尚強力な痛打が、友奈を先程開いたマンションの穴へと吹き飛ばした。
─────まだ、死んではいない。
そう判断したのか、魔王は穴の空いたマンションへと歩みを進める。
その一足一足に、燃え盛る花弁が湧き上がる。


262 : 咲からば、さあ――― ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/27(日) 13:45:27 c1hgQeuE0
魔王の一挙一動に、総て青白い炎が付いて回っていた。
それは、カタバミの花弁が燃える様。
その姿は、正しく魔王に相応しき禍々しさを振り撒いていた。

悪魔となり、魔王となったゴールデンウィンドは止まらない。
その身が如何に疲労困憊を呈していようと、止まることなく勇者を殺さんとする。
立ち塞がった勇者を殺す、その為に勇者の姿を探して歩みを進める。
その理由は、恐らくは─────やはり、世界への、神樹への、そして自分への怒り。

樹がもういない世界に憤り。
樹から声を奪った神樹に怒り狂い。
そして、樹を巻き込み、皆を巻き込んだ自らへと、更に呪いを募らせて。
言わずもがな、それはとことんまで身勝手で自己中心的な思考に他ならない。
何せ自らを呪うその為だけに、自らを慕う人間を殺すのだから。
願いに最悪の形で応える、まさしく悪魔の所業。
そして、それを成すのもまた、悪魔となった彼女自身だったというのは、つまりそういう運命だったのかもしれない。


地上から大きくジャンプし、マンションの壁の残骸に足を乗せる。
吹き飛ばされた友奈と思しき血痕が残り、続く先にある窓のところでそれは途切れている。

穴の内側を見ると、そこはちょうど居住スペースの一室だった。
友奈の姿が見えないと判断し、ゆっくりとその中へ足を踏み入れる。
見逃さぬように油断無く目を配りながら、間も無く魔王は通路に続くドアが開いていることを認識し。
外へと踏み出してそう時間が経つことなく、その目に蹲る少女の姿が映った。
尚も座り込み、変身も解除されている。
前のめりに、何かを食い入るように見ているのか、しかし変身する気はないのか。
そんな思考のみが頭に浮かび、結果的に選択されたのはこのまま暗殺を仕掛けるというもの。
感傷など、悪魔と化した真なる魔王に残っている筈が無い。
ただ欲望の為に必要なことだけを遂行する、無情で合理的な思考のみが残っていた。
だから、何の躊躇いも無く。
音を立てず、狙いを定め、剣を振り上げ。
そのまま、勇者に変身してすらいない無防備な背中へと振り下ろして。


刃が、止まった。





倒れ伏した友奈の変身は、解けていた。
気絶していたのはほんの僅かな時間だと分かったのは、すぐそこにあった端末のおかげ。
何らかの拍子にスイッチが押されたらしく、ホーム画面のみが表示されていた。

──────まだだ。

端末に手を伸ばし、しっかりと握りしめる。
まだ倒れる訳にはいかない。
ボロボロの身体を引き摺るように立ち上がろうとして、左手が無く上手く立てない事に気付く。

─────まだ。
─────まだ、倒れる訳には、いかないのに!

まだ、すぐその辺りには風がいる筈だ。
止めなければ、そして、いつもの風先輩に戻ってもらわなければ。

『─────あ、ええっと……これでいいのかしら?
いきなりでごめんなさい、放送局から放送しているわ』

そこに映った夏凜の姿に、呆気にとられた。
何でこんな、と驚きながら、一分かそこらの放送に見入る。
暫く続いたその放送は、ある特定の誰かを呼び掛ける目的だったようだけれど。

『最後に―――――東郷、それに風。あんまりバカなことはやめなさい。
友奈、私はちょっとここから動くかもしれない。また連絡するわ。
それじゃあ、また』

最後の、その一言に。
彼女の身体に、温かい力が生まれたような気がした。

─────うん、そうだ。
夏凜ちゃんだって、頑張っている。

背中を、押されたような気がした。
今そこにいる犬吠埼風を、何としてでも救え、と。

言われた通り使えるようになっていたメール機能を使い、床に置いて右手だけで何とか打ち込んでいく。

『坂田銀時っていう着物を着た人と、絢瀬絵里っていう名前の金髪の人は信用出来る人。
私は行けなくなったけど、その二人が向かってるよ!
今、風先輩を頑張って説得してるから…だから、絶対にそっちに連れていくよ!
だから、待っててね!』

メールを送り、目を瞑る。
勇気が湧いてくる、そんな気がした。
今も、夏凜が、仲間がついていてくれている─────そんな感情が、湧き上がってくる。

さあ、行こう。
勇者は諦めない。
諦めて、たまるか。
殴ってでも、何をしてでも、私は──────



風先輩を、止めるっ!
「■■■■、■■■■!」


263 : 咲からば、さあ――― ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/27(日) 13:46:17 c1hgQeuE0
 
 
 
何故かと思考を巡らせるよりも、現実を認識する方が早い。
目の前に迫る、ただの女子中学生の右脚。
軽く受け流そうとして左手を伸ばし、触れ合って─────手が、吹き飛ばされる。
魔王の左手を弾き飛ばしたのは、一瞬前まで存在したローファーではなく、勇者がその身に纏う春色の具足。
更に身体を捻り、立ち上がりながら再び右拳を構える勇者の姿に、魔王は一度距離を取る。
拳が空を切り、大気が振動する。
地面を踏み締めた左足と、いつでも放てるように構えられた右拳に、武装が次々と装着されていく。
一箇所一箇所に身に纏う度、桜の花弁が吹き荒れる。

地を蹴った。
真っ直ぐに飛ぶ彼女の髪が、その色彩を変えていく。
塗り替えられるその色は、春を彩るに相応しき花の色。
「貴方に微笑む」、その花の色。
桜色。

分かっている。
今の自分には言葉が無く、今の風は聴く耳を持たない。
ならば、この声を、この想いを届けるにはどうすればいいのか。
─────この拳に乗せて、直接叩き込む。
単純明快、分かりやすい。
それに、今の風を、魔王を見るたびに、思う。
どんな姿になろうとも、どんな意志を持とうとも。
犬吠埼風は、犬吠埼風でしかないのだ。
その本質は、彼女の本当に本当のところは、変わっていない筈だ。
そうで、なければ。
魔王が、残滓の涙など、流す筈もないのだから。

拳を振り上げると同時に、華々しき衣装がその身を包む。
髪留めが光に包まれ、純白の桜の花弁を象ったそれへと変わる。
そうして、彼女はゆっくりと─────『勇者に成る』。
さあ、する事は簡単だ。
真正面から、想いを込めて。


――――――――――ぶん殴れ。


勇者、パァァァァァンチッッッ!」
「■■、■■■■■■■■■■■!」

精霊ガードごと、魔王の身体が後方へ吹き飛ばされる。
そのまま壁に打ち付けられ、それでもゆっくりと立ち上がる魔王の、その視線の先に。

勇者は、ただ凛として立っていた。


壁から抜け、魔王が再び飛びかかる。
手に持つのは、この狭い場所では振るい難い大剣ではなく、鋭い日本刀。
片腕を構え、友奈もそれを真っ向から迎え撃つ。
─────響く、甲高い音。
勇者の拳が切り捨てられる事は無く、僅かに魔王の刀が欠ける。
何とか打ち返したその隙を突くように、友奈の蹴りが風に届く。
再び吹き飛んだ風は、しかし先と同じように壁に叩きつけられはしない。
短刀を突き立て、それに掴まりながら壁を蹴る事で、
並外れた身体能力で、無理矢理技術を補った形になる跳躍。
それを繰り広げながら、魔王は屋外へ─────自分の得物である大剣が使いやすい場所へと場所を移す。
それは、魔王の直感か、或いは友奈の性格を知っている風の残滓の一端か。
ともあれ、そのまま見逃す事なく、友奈が追ってきたのは確かだった。
マンションの屋上から尚も飛び降り、その目の前の道路へと降り立つ。
勿論、友奈もそれに続いて飛び降りる。
壁を蹴って更に勢いをつけ、一直線に風へと拳を振り下ろす。
着地後に一歩退いた風の懐へとここぞとばかりに潜り込み、更なる拳を顔面へと放つ。
入った、という感触。
一瞬弛緩した身体は、しかし否応無く緊張状態へと逆戻りした。
拳が進んでいない。見上げてみれば、拳を射殺さんばかりに見つめ、全力でその場に踏み止まっている風の姿。
その目線が自分へと向けられた瞬間、直感のみで危険を感知する。


264 : 咲からば、さあ――― ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/27(日) 13:47:35 c1hgQeuE0
すぐに飛び退けば、風の腹部から─────正確には腹部に備えてあったらしき黒カードから、いつの間にやらカードに戻してあったらしい日本刀が一本突き出している。
僅か一秒でも回避が遅れれば、そこにあったのは串刺しにされた己の頭部。
危なかった─────その安心が、命取りとなった。
そのまま溢れ落ちる日本刀を、魔王は友奈へと蹴り飛ばした。
ほんの僅かとはいえ警戒を解いていた友奈の回避は間に合わず、また勇者の脚力で蹴られた刀のスピードに弱体化させられた精霊が間に合う訳もない。
胴体へと突き刺さり、重要な臓器を貫いて止まった日本刀を、しかし意に介している暇さえない。
元々の得物、大剣を振り翳すゴールデンウィンドの姿を確認し、激痛に構わず地を蹴った。
そのまま放った後ろ蹴りで追撃を弾き飛ばし、僅かに距離が取れたと見るや否やすぐに腹部に生えた剣の柄を握る。

「■■……■■■■■■■■■■■■■■!!!!」

もしも彼女が声を失っていなければ、何処まで届いたか検討もつかない絶叫が響き渡る。
痛い、痛い、痛い、でも─────風先輩も樹ちゃんも、もっと痛い。
全力で己を鼓舞し、前を向いて。
すぐ目の前に迫る魔王に、抜いたばかりの日本刀を突きつける。
万が一そのまま突っ込んで来ても刺さりはしなかったろうが、僅かな逡巡の後に姿勢を逸らして攻撃方法を変えた。
日本刀をそのまま放り投げ、魔王の迷いと行動の変化から出来た隙を活かす。
本来なら、武術の訓練をしている友奈と言えどそう簡単に突ける隙ではない─────しかし、相対する魔王の戦闘経験はどうか。
大赦の勇者として選ばれたとはいえ、妹の世話や一家の家事をこなし、訓練すら大して受けていない風の戦闘経験だけをとってみれば、友奈以上にたかが知れている。
魔王となって彼女が変化した点と言えば、明確な殺意をこちらに向けるようになった、ただそれだけだ。これまで出来なかった異常な技術や、思いも寄らぬ機転を次々と生み出す頭脳が追加されている訳ではない。
更に言えば、聴覚という、戦闘で言うならば視覚に次いで重要な部位を散華している魔王に比べ、友奈の散華箇所は声─────直接的に戦闘に関与する訳ではない場所。
だからこそ、風を殴り倒してでも元に戻すという信念を宿した友奈が食らいつく余地はある。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

尚も雄雄しく雄叫びを上げるように口を開き、次なる攻撃を仕掛けようとする。
放つのは、近寄ってからのシンプルな拳一発。

ぐらり。
身が、入らない。
どうしてだ、と考えて、原因にもすぐに辿り着く。
身体のバランスが、全く違う。
左腕を失ったせいか、大きく感覚が変わっている。
僅かに狙いがずれ、魔王の一撃が真っ直ぐにこちらを捉えようとする。

だが。
分かりきった問いだ。
ここまできた勇者が、たかがその程度で諦めるだろうか。

「■■■■■…………、■■■■■■■■■■!!」

当然、否。

気合いと根性と精神力を振り絞って、その拳を振り上げる。
奇しくも、攻撃を仕掛けようとしていた魔王の隙を突く天然のカウンター。
不意を突いたその一撃に、魔王は数歩後ずさり、しかし命中の未来が変わる事は無く。

しかし、それは思いも寄らぬ方向へと進む為の、もしかしたら最後の分水嶺だった。

その拳が、風の鳩尾を捉えた。
数歩よろめくと同時に、風の変身が解除された。

―――――しまった。

狙いが、上手く定まらなかった。
想像もしない強い一撃が入ってしまった事に、友奈は焦りが先に来た。
大丈夫か。
そう思って、友奈は駆け寄った。

或いは、先のやり取りから、友奈が僅かにでも冷静な観点を持ち合わせるようになっていたら。
慎重になりながら、風を一旦捕らえる事に主眼を置いていれば。
最後の分岐点に、なっていたかもしれなくて。

けれど。
彼女にとっては、結局のところ魔王の姿をしただけの、大切な先輩で。
それを傷付けてしまう事を恐れてしまうくらいに、大切に彼女を想える勇者だった。


265 : 咲からば、さあ――― ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/27(日) 13:49:14 c1hgQeuE0


 


勇者は、駆け寄ったそこで。
魔王の、歪んだ笑みを見た。



─────何。



それで一歩、たたらを踏んで。



─────何を。



近付いてくるこちらの腹部に手を伸ばす風に、疑問を抱いて。



―――――まさか。



とっさに導き出した答えに戦慄して。



─────まずい。



踏み込んだその足で逆に地面を蹴り、距離を置こうとして。





それでも、魔王からは逃げられなかった。


魔王が友奈へと肉薄し、その腹へと片手を押し付ける。
それと同時に、隠し持っていたスマートフォンが輝いた。


ズブリ。


嫌な音が、聞こえた。


266 : 咲からば、さあ――― ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/27(日) 13:50:12 c1hgQeuE0
 
目線を落とすと、そこにあったのは─────左肩の付け根から右の腹部まである刃渡りの刃が、自分の身体を貫いている姿。
身体が半分にならなかったのは殆ど奇跡といってもいい。あとほんの少しでも大剣が水平に近かったならば、間違いなく彼女の身体は泣き別れになっていただろう。
しかし、そうでなくともその傷はどこからどう見ても致命傷で、百人医者がいても匙を投げ、助からないと太鼓判を押すだろうもの。
─────肉薄してからの変身、そして武器の召喚。
制限のせいで体内にまで及びようがない精霊の護りを、効率的に突破できる糸口。
魔王の選択したその行動は、油断を誘って隙を突くという、彼女にとっては非常に幸運にも、性善を信じる結城友奈にとっては効果が絶大である手段だった。
そのまま両断しようとする大剣をなけなしの力を振り絞って食い止め、そのまま地を蹴って、何とか身体から刃を抜き出し。
迫る、
最早防御が間に合う筈も無く、辛うじて精霊だけが立ち塞がり。
それでも、勢いが殺しきれる事はなく─────人体から出るものとはおよそ思えない異音を立てて、勇者は大地を転がった。









─────勇者は傷付いても傷付いても、決して諦めませんでした。


─────諦めてしまったら、本当に彼女の心が闇に閉ざされてしまうからです。

─────だから勇者は、決して諦めませんでした。


─────魔王に相対している勇者は、一人ぼっちでした。


─────勇者が一人ぼっちであることを、誰も知りませんでした。


─────一人ぼっちで戦って、それでも勇者は、戦う事を諦めませんでした。


─────諦めない限り、希望が終わる事は無いからです。


─────全てを失っても、それでも。


─────それでも勇者は、一番大切な友達を、一番大切な仲間を、失いたくありませんでした。


─────だから。


─────だから、一人ぼっちの勇者に教えてあげよう。


─────一人じゃないと、彼女と同じ拳を掲げて、応援の声を届けよう。




─────頑張れ、頑張れ、と。


267 : 咲からば、さあ――― ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/27(日) 13:51:06 c1hgQeuE0
 
辛うじて即死は免れていたらしい、だが─────このまま放っておけば死ぬ。
誰の目にも、歴然としていた。
下手な動きをすれば、そのまま千切れ飛ぶようなその身体を、魔王は既に見ていない。
見て、いなかった。
犬吠埼風ならば、見ていた筈だ。
彼女が演じる『魔王』ならば、それでも目を離す事はしなかった筈だ。
彼女達は、目を背けないだろう。
結城友奈の死に、悩み、苦しみ、そのどうしようもなく己の中で巻き起こる罪悪感を、それでも犬吠埼樹の為だという志を貫くことで、乗り越えて先に進んだ筈だ。

けれど、いまここにいる彼女は、そのどちらでもない、魔王。
魂を闇に染まらせきった、勇者部部長の姿を完全に捨て去った、魔王。
一切の余念を捨てた彼女には、そうやっていとも簡単に、あっさりと友奈の死を受け入れる。
そこに抱くべき感傷も罪悪感も、悪魔であるゴールデンウィンドが最早感じるわけがなかった。

だからこそ、彼女は見なかった。
結城友奈が、その身体を半ば千切れさせながらも、その拳を掲げて跳ぶ姿を。
音も聞こえず、鼻も利かず、唯一残った視覚を背けていたゴールデンウィンドが、ギリギリまでそれに気付く事はなかった。
傷跡から鮮血や、漏れてはいけないものすら僅かに溢れ、それでも雄雄しく叫ぶように口を開いて拳を振り上げる友奈の姿。
迫る裂帛の気合いを背筋で察して振り返り、その姿を見て驚いたように目を見開く魔王。
その一瞬が、魔王の命運を決めていた。
大剣が取り出されるよりも、短刀が投げられるよりも速く、友奈の拳は風の顔面に突き刺さった。


私、は
「■、■」

言葉と共に、血反吐を吐く。
一撃一撃ごとに、身体のいたるところから音がする。
ぶちりぶちりという、血管や筋肉や神経が千切れ飛ぶ音が。
今すぐにでも息を引き取ってしまいそうな様相を呈して、それでも勇者は撃ち放つことを止めない。

この分からず屋の先輩に、拳を届ける為に。
二発でダメなら、三発で。
三発でもダメなら、五発で。
十発で、百発で、千発だってぶつけてやろう。

讃州中学、勇者部………っ!
「■■■■、■■■………■!」

魔王と共に、勇者は真っ直ぐに突き進む。
魔王が撒き散らす、星のように輝く火の粉すら霞むように、山桜の花弁が吹き荒れる。
傷だらけになりながら尚、友が為に無限に湧いてくる根性を、満ち溢れる力へと変えて。
牛歩の歩みだった一足一足を、やがて光を纏う走りへと変えて。



─────勇者!!結城、友奈だああああぁぁぁぁっっ!!!
「─────■■!!■■、■■■■■■■■■■■■■!!」



足は進む。
腕も動く。
動かない、わけがない。
何故なら、
友を想う心が、信じられる仲間を想う心が、彼女の心に無限の根性を生み出す。
だから、勇者は決して負ける事なく突き進む。


だから。
この拳よ。
この思いよ。
この願いよ。


─────この、声よ。


───────────届けえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!
「───────────■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」





─────やがて。
鮮血と灯火と花弁からなる鮮やかなグラデーションに彩られながら向かう二人の先にあったのは─────小さな、公園と言うのも憚られる程に小さな、原っぱ。
緑色の絨毯に紅いラインを引きながら、その中心で。
友奈が、最後の拳を振り抜いて、そうしてようやく二人は力尽きた。


268 : 咲からば、さあ――― ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/27(日) 13:52:07 c1hgQeuE0
   



いつしか、自分が生きているということに気付いた。
多分、あれからまだそう時間は経ってはいまい。
何と言っても、これだけの重症を受けた自分がこうやって生きているのだ。
如何に根性があっても、死んだ人間は生き返らない。

ああ、私は─────死ぬんだろうな。

そう思う。
当たり前だ。
こんな身体にまでなって、意識を取り戻せたこと自体が殆ど奇跡に近い。
本当なら、あそこで貫かれた時点で死んでいなければおかしい。

ならば。
生きている自分が、結城友奈が、最期に出来る事は何か。

変わらない。
目の前の先輩を、救う事だ。
まだ、生きている筈。
殺すつもりで殴ってはいないし、精霊の護りの事も考えれば生きている筈だ。
血に濡れた、半分だけの視界で。
紅でぼやけたその視界で、何とか前を見ようとして。

犬吠埼風の笑顔を、そこで見た。

……………風、先輩。

なあんだ、と笑う。
もう見えない左目と、血で塗れた右目じゃあ、上手く見えないけれど。
その表情を見て、友奈は笑った。
犬吠埼風の、犬吠埼風としての笑顔を見て、彼女は嬉しくて、笑った。

─────さあ、行って下さい。
東郷さんも夏凜ちゃんも、待ってますよ。

手を伸ばして。
笑顔を見せて。
しっかりと、その背中を叩き、最期に自分の勇気を託そうとして。
何かを言おうとした口から、これまでとは比べ物にならない程の鮮血が漏れて。
それでも、その笑顔だけは崩さないまま。
最期に、燃えるような熱さが、一瞬だけ身体の中心を貫いた気がした。




………それが、本当に最後の最後だった。


そうやって、勇者・結城友奈は、勇気に溢れた勇敢なる勇者は、死んだ。


269 : 咲からば、さあ――― ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/27(日) 13:52:45 c1hgQeuE0
 


 
─────まだだ。

拳を受け続ける魔王の中で、何かが叫んだ。

まだ、終われない。
だって、あの子をまだ救えていない。

やがて、身体が後ろへと傾き、何が起こったと思った時には既に倒れていた。
最後の勇者の拳に、自然と限界に達した身体が動きを停止させていた。
それでも、執念は止まる事はない。
友奈は死んだ、或いはもうすぐ死ぬ筈だ。
ならばそれでいい。ほんの少しだけ体を休めるのも、魔王には必要だ。
悪魔としてのそう告げる本能に身を任せ、ゆっくりと意識が溶けていく。

そして。
次に、意識が戻ったその瞬間に。

─────もう、いいんだよ、お姉ちゃん。

聞こえる筈のない声が、聞こえた。
もう何も聞こえない筈の耳に、何よりも聴きたかった声が、届いた。
何処にいるかは分からないような空間にいて、聞こえるのは樹の声だけ。
そんな不思議な世界で、風はただ、その言葉を聞いていた。
本当に久し振りに聞く、本当の樹の声を。

─────お姉ちゃんが、これ以上戦う必要なんて、ない。

違う。
それじゃあ、駄目なんだ。
ゴールデンウィンドは吼える。
魔王が望むのは樹がいる世界で、その為に壊すのは樹がいない世界。
そうでなければ、ならない─────

─────ううん、違うよ。

そこで、声が途切れて。
ふと、懐が熱くなった。
何だろうとただ疑問に思い、熱を発するそれを取り出して。
そこに入っていた、犬吠埼樹の魂が閉じ込められた、白いカードを見つけて。
魔王には、そこに描かれた彼女の顔が、微笑んだ気がした。

─────歌手にも確かになりたかったけど、それよりも、私は。

─────勇者部の皆がいてくれたら。お姉ちゃんが、いてくれたら。

─────私は、それだけで幸せだよ。

―――――だから、お姉ちゃん。



─────だからもう、お姉ちゃん自身を許してあげて。




結局のところ。
犬吠埼風は、ただその責任が辛かっただけなのだ。
誰よりも大切な犬吠埼樹の声を奪った、その責任が。
それを覆す為に、自らが巻き込んだに等しい東郷や夏凜、そして友奈を殺すという責任。
何もかもが自分のせいで、その為に全てを壊さないといけないというマッチポンプ。
それが何より重くて、逃げたくて、でも逃げられない。
彼女がどうあったところで、世界は彼女に責任を強いていた。
それが、原点。
歪みきってしまった魔王の、『魔王』の、それが原点だった。


270 : 咲からば、さあ――― ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/27(日) 13:54:13 c1hgQeuE0
 

 
「なあんだ」



魔王・ゴールデンウィンドは─────違う。
『魔王・ゴールデンウィンド』は─────それも、違う。

犬吠埼風は、最後に届いたその言葉を、最期に届いたその声を聞いて、だから心の底から笑った。
多分一番聞きたくて、だからこそ聞くわけにはいかないと思っていた言葉を聞いて、涙をぼろぼろ流して泣きながら、ゆるゆるになって溶けてしまうような笑顔で、笑った。

なんだ。
それで、良いんだ。
たったそれだけで樹が笑ってくれるのだとしたら、悩む必要なんて一切なかったじゃないか。
何十の屍を積み上げること無く、ただ─────私がいなくなる程度で彼女が帰ってくるのなら。
私が樹にした、してしまった事を償うのに、たったそれだけで良いのなら。

「ありがとう─────今行くよ、樹」

そこにいるのなら、私がそっちに行く方が、早いわね。

そうして魔王は、右手に再び刃を生み出した。
ゼロ距離で生み出されたそれは、精霊の護りを通す事なく、その身体を、胸元の白いカードごと貫いて。


魔王、或いは『魔王』、或いは─────犬吠埼風は、そうやって死んだ。



それは、或いはただの幻聴だったかもしれない。
或いは、散華した箇所の『魂』が、先にカードに入り、そしてそれか何らかの誤作動で、同じく持っていた白カード─────犬吠埼樹の白カードへと誤って吸い込まれていたのかもしれない。
或いは、これもまた誤作動で、犬吠埼風自身の魂が犬吠埼樹の白カードへと混入してしまったのかもしれない。

その真実は、散ってしまった花以外に知るものは無かった。







―――――一つだけ
一つだけ、ただ事実のみを書き記すのであれば。

二人が倒れたその叢には、花が咲いていた。
クローバーが一面に絨毯のように敷かれた小さな広場の、一本の桜の大樹が堂々と構えるその袂に。
真っ白な、一輪のナルコユリが。

そして、やがて風が吹いた。
ほんの僅かなそよ風は、小さなカードを吹き飛ばすには十分過ぎて。
もはや力が入っていない彼女の手からふわりと浮いたカードと、彼女自身の腕輪から外れてやはり同じように風に吹かれたカード。
その二枚が、二枚ともそのナルコユリの近くへと飛ばされて。
偶然か必然か、丁度絵柄の面どうしが被さるように、重なったということ。

それだけは、誰が何と言おうと決して揺らぎようがない、事実。

ご都合主義だとしか思えない、奇跡だけがそこにはあって。
けれど、勇者と魔王の御伽噺には、そんなご都合主義があふれていて。
だからそれは、きっと、導かれた必然でもあったはずだ。


271 : 咲からば、さあ――― ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/27(日) 13:55:49 c1hgQeuE0
 





 
これは、一人の勇者と一人の魔王の物語。







運命に翻弄されてしまった、少女たちのおとぎ話。







いつだって、魔王と戦うのは勇者であり、勇者と戦うのは魔王である。







そして、多くの場合、その結末は──────







【結城友奈@結城友奈は勇者である 死亡】
【犬吠埼風@結城友奈は勇者である 死亡】



※村麻紗@銀魂がC-6のとあるマンション前に落ちています。
※結城友奈と犬吠埼風の死体、二人と犬吠埼樹の魂カード、二人の持っていた赤カード、青カード、及び友奈と風の所持品である友奈のスマートフォン@結城友奈は勇者である、風のスマートフォン@結城友奈は勇者である、樹のスマートフォン@結城友奈は勇者である、IDカードはC-6のどこかにある広場に落ちています。
※犬吠埼樹の魂カードには、大きく切れ込みが入っています。


272 : 咲からば、さあ――― ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/27(日) 13:58:56 c1hgQeuE0
投下を終了します。
前篇のタイトルは「咲からば、さあ―――『あの■■が無ければ、変わる事も無かっただろうさ』」
後篇のタイトルは「咲からば、さあ―――『この■が届くまで』」
とさせていただきます。


273 : 名無しさん :2016/03/27(日) 14:22:47 FC8gQSWk0
乙です
魔王化というシチュをこういう風に回すとは見事です
とても味わい深い勇者と魔王の決闘劇でした


274 : 名無しさん :2016/03/27(日) 17:52:35 z1DT2uMo0
投下乙です
凄まじい死闘だった
ほぼ同時刻に勇者が3人逝ったわけか
残されたにぼっしーはどうなる


275 : 名無しさん :2016/03/27(日) 22:47:56 HYiQNHBo0
それはありふれた物語。
勇者が魔王を倒し、仲間の勇者を救い、仲間の勇者は囚われていたお姫様と再会できる。
そんな、演劇。

投下乙です
風先輩が『 』付ける前のセリフから、これあの時の劇っぽいなと思ったら本当に重ねてきて切なかった。
まさかの幕切れ。自決を選ぶか……。
勇者→満開1→満開2→魔王と、満開2の時点でそこで使うかと思ったらさらにその先の悪魔化があってびびった。
この形態変化っぷりは魔王だわ。青白い炎を纏った満開は思わず想像しちまって不覚にもかっこよかった。
友奈ちゃんにはお疲れ様を。にぼっしーにはメール届いているだろうけどどうなるか


276 : 名無しさん :2016/03/27(日) 22:57:40 cgfmNza.0
投下乙です
風先輩は最後に犬吠埼風として死ぬことを選べたんだな…死んじゃったのは悲しいけど、良かった
魔王からの樹ちゃんモード満開、そして悪魔化までしちゃってから最後に樹ちゃんの声が届いたのは本当に嬉しいことだ…
友奈ちゃんも本当に頑張った、にぼっしーの放送聞いて奮起するところはアニメ最終盤を思い出しました


277 : ◆NiwQmtZOLQ :2016/03/28(月) 21:20:28 OHcjKvbM0
すいません、数箇所抜けを見つけたので修正させていただきます。

>>251の、

>その巨大さからくる重量や空気圧すら苦にもせずに、まるで重めのバール程度のものを振り回すように薙ぎ払った。
>その速度もさることながら、その大きさからくる質量が齎す力量は計り知れない。
>バーテックスを容易に斬り払う鋭利な刃に乗せられた

ここで切れている一文を、

>バーテックスを容易に斬り払う鋭利な刃に乗せられたのは、彼女が固く誓った願いの重さ。

に。
また、>>262の、

>まだ、すぐその辺りには風がいる筈だ。
>止めなければ、そして、いつもの風先輩に戻ってもらわなければ。


と、


>『─────あ、ええっと……これでいいのかしら?
いきなりでごめんなさい、放送局から放送しているわ』


の間に、


その想いをただひたすらに掲げ、
ほんの少しずつ身体を動かすも、その動きは本当にほんの僅か。
絶大な疲労とダメージに軋み、力を込めた事で左腕のあった場所からは血が一層強く溢れ出す。
それでも何とか上体を起こし、スマホを掴み─────震える手でつい操作に失敗する。
代わりにその画面に現れたのは、いつの間にか受信していたらしき映像。
こんなものがあったんだ、と、その画面を覗き込んで。


を。
そして、>>264の、


>尚も雄雄しく雄叫びを上げるように口を開き、次なる攻撃を仕掛けようとする。
>放つのは、近寄ってからのシンプルな拳一発。


と、


>ぐらり。
>身が、入らない。
>どうしてだ、と考えて、原因にもすぐに辿り着く。


の間に、


彼女の誇る最強の武器に、風を想う心の底からの想いを込めた一撃を撃ち放とうとして。


を挿入させていただきます。


278 : ◆NiwQmtZOLQ :2016/04/01(金) 12:01:56 Q0mucPPE0
投下します。


279 : fool ◆NiwQmtZOLQ :2016/04/01(金) 12:03:23 Q0mucPPE0

C-6、ホテル。
そこに目を向ける人間は、その段階では誰一人いなかった。
そもそも、目立つ位置にあるのならともかく、会場の片隅にポツリと点在しているだけの宿泊施設は、わざわざ目を向けるような場所ではない。
そして、地下通路の出口という現状でこの施設が大きく注目される唯一の理由も、地下通路を知っている人々が悉く遠くにいたり地上に上がっていたりと、ホテルから目を離す一方。
そのホテルがあるC-6の周辺のエリア、という観点で見ても、そこには生存している参加者の影も形も見えぬ有様だった。

─────唯一、その男を除いては。

あれから。
DIOは、とことん上機嫌だった。
娯楽室にある様々な遊び道具、その全てで快勝に次ぐ快勝を繰り返したのだ。
ダーツやビリヤードでは、精密性に長ける『世界』によってブルズアイを連発し高得点の球を次々の沈め。
NPCと戦うレースゲームでは、道無き道を踏破し堂々の一位。
ゾンビを射撃するゲームに至っては、その程度の恐怖を全く怖れる筈のない帝王にとってはただの的当てゲームに変わりない。
そうして、ただひたすらに遊び尽くすこと、実に三時間。
午後四時を告げた時計を一瞥し、次にこの四時間に歩き回り続けた娯楽室を見渡す。

「………ククク………」

帝王の口からは、自然に笑いが漏れる。
まるで、何かに圧倒的な勝利を収めた後のように。

「アーッハッハッハッハッ!!」

漏れた笑いは、数秒後には高笑いに変わる。
その表情は、その声音は、DIOの圧倒的な自信に裏打ちされたそれ。
暫くその笑いが続いた後、勝ち誇った表情を浮かべ、DIOは高らかに言い放った。



「遂に、このDIOがッ!この部屋のゲーム全てを制覇したッ!」



─────そう。
苦節四時間、遂にやり遂げたのだ。
このホテルの娯楽室に備え付けられた全ての遊具において、DIOは頂点を手にしていた。
ランキングがあるものは全て一位にDIOの名前があり、どれも二位以下とは圧倒的な差を着けている。
スコアも考えられる限りほぼ最高で、恐らくはかなりのゲームの達人でもなければ抜かす事は出来ないだろう。
クレーンゲームの中は伽藍の堂と化し、エアホッケーでは有り得ない点数差がでかでかと表示されている。
対戦できるAIはどれも故障し、唯一DIOの席に圧倒的勝利の痕跡が残っているだけ。

まさに、完全制覇。
帝王の力をまざまざと見せつけるに足りるだけの光景が、そこには広がっていた。

満足そうな表情で頷いていたDIOは、しかしその次の瞬間己の頬を伝う汗に気付く。
思えば、散々にヒートアップしてしまった。
汗を掻く程に盛況していたとは思わなかった。
折角すっきりした体も、再び汗によってところどころベタついている。

「ふう…しかし、ここまでこのDIOを梃子摺らせるとはな。汗もそれなりに掻いた…丁度いい、もう一度風呂にでも入るとしよう」


─────DIOがこんなにも疲れているのには、勿論理由がある。
そして、勿論それはAIの故障ともつながっている。

簡単に言えば、『世界』での時間停止を用いたイカサマをやりまくったのだ。
ゾンビに不意を突かれれば時を止め。
スロットで目押しをする為に時を止め。
モグラ叩きで取り逃がしそうになれば時を止め。

その他にも100人が見れば100人がイカサマだというだろう手段を一切惜しみ無く使って、DIOはこの遊戯場を完全に制覇するに至ったのだった。
その代償が、遊戯を楽しんだだけとは思えない疲労感。


もし『世界』がなければ、DIOがここまで制覇する事が出来たかは─────誰も知る由もない。


280 : fool ◆NiwQmtZOLQ :2016/04/01(金) 12:05:12 Q0mucPPE0



風呂から上がったDIOが次にした事は、厨房を漁る事だった。
尤も、廃棄された食料を漁るようなそこら辺のマダオと同じ真似をする帝王ではない。
あくまで上品に、100年前のジョースター家に居た頃のような振る舞いで、大型の冷蔵庫の中を覗く。

取り出したのは、所謂つまみ─────その中でも超高級なものだけ。
その内の一つである生ハムを一つ口にしながら、帝王は上機嫌な様子で厨房を出た。

ホテル全体の案内図を見て、どこが適切かを考える。



やって来たのは、バルコニー。
しっかりと天井が設置されており、日光に晒される事は無い。
差し込む陽光も計算し、直射日光が当たる余地がないであろう場所にDIOは陣取った。
テーブルにつまみを置き、優雅に足を組んで悠然と備え付けの椅子に座る。
ホテルの質が高いからか、それなりに良い椅子の座り心地に癒されながら、DIOは笑う。

「ンッンー……実に!スガスガしい気分だ!歌の一つでも歌いたいくらいにハイな気分だァ〜〜ッッ!」

改めて現状を鑑みれば、その感想が出て来たのは必然だった。
ポルナレフと花京院は死んだ。
残る憎き敵は承太郎と、ここには呼ばれていないジョセフとアヴドゥル。後はイギーとかいう犬コロだけだ。
更に、こちらにはまだヴァニラ・アイスという最強の狂信者、そしてしっかりと為すべき事を為す事が出来る男、ホル・ホースがついている。
花京院とポルナレフが死んだ今、承太郎は孤独。それに対して、未だ欠けていないこちらの勢力。
更には、こちらは「未来」を知っているというアドバンテージまで持っている。
仮に空条承太郎のスタープラチナが本来の歴史と同じように「時の止まった世界」に入門したとしても、不意を突かれるなどありはしない。
そして、不意を突かれなければ、本来の時間停止の使い手であるこのDIOと『世界』が承太郎の『スタープラチナ』如きに負けるはずがない。
どちらが有利か、どちらが勝利を収めることが出来るのか─────最早、決まったようなものだ。

「ここまで優位に立ってしまうと、ついつい承太郎に同情の一つでもしたくなってくるというものだなァ〜?」

そう呟きながら、懐から青いカードを取り出す。
その中から取り出したのは、血のように真っ赤な赤ワイン。

─────酒、飲まずにはいられないッ!
こんな時に好きなだけ飲まずして、いつ飲むと言うのだッ!

それは、吸血鬼となる前のあの時とは違う。
圧倒的な優越感、そして帝王の余裕からなる美酒を愛でる時間だ。
あの愚かで惨めな、父親とは認めたくもない存在とは大きく違う─────それが今の自分、帝王となったDIO。

「やはり、このDIOにはこのような最高級のワインが似合うとは思わんか?」

誰に言うでも無くそう零しながら、厨房から持ってきていたワイングラスへとワインを注ぎ、一息に呷る。
人間の血とはまた違った風味に満足感を抱き、更にもう一杯グラスに注いだ。
つまみも幾つか同時に口に放り込み、ジョースター家での豪勢な食事を思い出して、僅かな懐かしみと今はそれより上にいるという優越感が更に増長させた旨味に舌鼓をうつ。
それを何度か繰り返し、やがてボトルは空っぽになった。

「フム…………これだけでは足りんなぁ?」

更に青カードを振り、ボトル数本を取り出しておく。
それをひたすら飲み、たまにつまみの補充をする為に席を立つ。
そうやって、ひたすらに悦に入る行為を繰り返しているうちに─────時間は進み、段々と日が傾いてきていた。


281 : fool ◆NiwQmtZOLQ :2016/04/01(金) 12:06:31 Q0mucPPE0



─────そう、西日が差し込みつつあったのだ。
既に時刻は午後五時を回り、既に太陽は沈みかけ。

そして。
DIOがいた場所が、彼が選択した場所がそこでさえなければ、彼は辛うじて事なきを得ていたことだろう。
確かに、DIOが選んだその場所は直射日光が当たるとは思えないような場所。
その判断は全く間違っていなかったのだが─────一つだけ、彼が考慮しなかった事実がある。
それは、そのバルコニーが、併設されたプールを一望できるという構造になっており、手すりがガラス張りになっていたこと。
そして、これまでは上から差し込んでいた光が、よりその入射角を拡げてプールの水面に反射する。
すると、どうなるか。

─────当然、反射した光が、バルコニーにも届くようになる。

それまでは上手く日陰の部分になっていたそこに、唐突に反射した日光が差し込み出す事となったのだ。

気付いたのは、何となく立ち上がったその瞬間。
奇妙な感覚が不意に体を襲ったと思うと、DIOはその場に崩れ落ちていた。

「な…………!?」

倒れこむ事で、辛うじてそのままダルマ落としのように溶かされていくのは免れた。
だが、何よりも彼が驚いたのは突然の日光。
出処はどこだ、隠れなければ、そんな思考がぐるぐると渦巻く。

もし彼が酒を飲まず、アルコールが回っていなければ、より冷静に復帰の方法を考えることができたかもしれない。
しかし、判断能力が鈍っていたDIOが選択した行動は、床を壊して隠れるという安易なもの。
勿論、この時点で彼の脳内から「現在地はバルコニーである」という事実は微塵も残っていない。

「何ィィィィィ!?」

次にその事実を思い出したのは、壊し抜けた床のその下を見た時だった。
このまま落ちれば、太陽が直にこの身に当たる事となる。
そうなれば、吸血鬼たるDIOの身体は粉微塵となって消え去る定め。
どうにかならないか、と必死にアルコールで鈍りに鈍った頭脳を巡らせて。



─────けれど、全ては遅かった。



えんりょなく迫る日向が、すぐ目前に迫り。
いちも二も無く身を引くも、もう遅い。
プールに反射した日光によって、彼の体の様々な部分がボロボロと崩れていく。
リンゴ─────上階に備え付けられていたフルーツの一つ─────も落下し、共に落ち行くそれに更なる危機感を覚え、それでも辛うじて掴まる事に成功し。
るり色の美しい彫刻は脆く、焦った世界の力加減によって無残にも砕け散った。
ふ、と吐いた息が、は、と有り得ない物を見たという驚愕の息に変わる。
ウソだ、まさか、と言葉を零し。
るり色の破片が、最後に日光を浴びて一際強く輝いた。





「バカな…このDIOが…このDIOがぁ〜〜〜〜!!」





そうやって。
邪悪の化身DIOは、あまりにも呆気なく。
自らの慢心に呑まれ、その身体を灰燼に帰した。



【DIO@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース 死亡】


282 : ◆NiwQmtZOLQ :2016/04/01(金) 12:07:55 Q0mucPPE0
以上で投下を終了します。
勿論ですが、エイプリルフールという事での嘘投下です。
本編はまた別途に期限中に投下します。


283 : 名無しさん :2016/04/01(金) 12:10:59 9D.St8Nk0
は?


284 : 名無しさん :2016/04/01(金) 12:45:06 c2vMtSss0
これはクッソワロタwww
さりげなく核最終回を彷彿とさせる縦読みも仕込まれていて芸が細かい…www


285 : 名無しさん :2016/04/01(金) 12:59:23 5WKZPWKQO
wwwwwwwwww
エイプリルフールネタ乙でした!


286 : 名無しさん :2016/04/01(金) 23:49:50 6.kqTxME0
これは面白い
どういう展開になるんだと引き込まれてるうちにエイプリルフールネタに気付かず「えっ、DIO様死んじゃった…」とポカンとしてしまいました
手が込んでいて気付かせないクオリティに仕上げているのが何とも賢しいですw


287 : 名無しさん :2016/04/02(土) 10:41:09 KMz3siSsO
ヴァニラさんがかわいそすぎます!><


288 : ◆Oe2sr89X.U :2016/04/05(火) 15:43:14 YoXcbOwA0
アインハルト、ホル・ホース、ジャック 投下します。


289 : Vivid Survivors ◆Oe2sr89X.U :2016/04/05(火) 15:44:02 YoXcbOwA0


 ホル・ホースは喜ばしい気分であった。理由など、改めて語るまでもないだろう。定時放送で呼ばれた二人の忌まわしい名前が、彼を喜ばせていた。
 花京院典明、ジャン=ピエール・ポルナレフ。
 自分にとって目の上の瘤であるジョースター一行の人間が、二人も脱落してくれたのだ。
 承太郎やDIOといった面倒な人間はまだ残っているものの、この分では彼らも案外適当な所で野垂れ死んでくれるかもしれない。
 手を組みたいと考えていた範馬刃牙や、悪魔が次善の策に上げた蒼井晶の死は想定外だったが、それでも特に致命的な事項というわけではない。
 
「……ッ」

 だが、アインハルトはホル・ホースとは違った。
 彼女は人の死を喜ぶような人間では決してないし、それ以前に、彼女にとっては見逃すことのできない名前が一つ読み上げられたのだ。
 ――桐間紗路。
 ラビットハウスを目指す理由だった少女の一人。喧嘩別れのような形になってしまい、結局謝ることさえ出来なかった。紗路はアインハルトの目が届かない所で、死んでしまった。
 ホル・ホースもすぐにそのことへ気付き、少なくとも表面上は死を悼んでいるような顔をする。心の奥底まではどうにもならないが、それでもせめて表だけは合わせてやるのは、ホル・ホースが心得る女人への礼儀の一つだった。
 
「しかし、参ったなあ。るう子の嬢ちゃんは今のところ死んではいないようだけどよ……」
「……るう子さんを探しましょう。もしかしたらるう子さんも、危ない目に遭っているかもしれません」

 もっともな意見だ。小湊るう子は桐間紗路を連れていたのだから、紗路に何かがあったということは即ち、るう子にも危険が及んだ可能性は非常に高いと言える。
 アインハルトは現実を受け止められないほど、幼い子供ではなかった。
 紗路が死んだという事実を冷静に受け止め、ショックを受けつつも、今自分にできる最善を尽くすべきだと彼女は考えたのだ。アザゼルが言っていたように、小湊るう子という存在は重大な意味を持つ。
 このままるう子まで殺されてしまう訳にはいかない。どうにかして、彼女を見つけ出さなければ。

 ホル・ホースとアインハルトが移動のために使用していたのは、彼女の支給品にあった高級車――メルセデス・ベンツと呼ばれる品だ。
 アインハルトは当然車を運転することは出来ない……大人モードの状態であればどうにかぶっつけ本番で運転することも可能なのかもしれないが、適任なのはやはり年の功があるホル・ホースであろう。
 彼の運転で今、二人はラビットハウスを目指しているのだったが、放送の時間が近付いてきたのを見て今は路傍に停車、放送内容を確認次第場合によっては今後の移動経路を調整する算段であった。
 が……今後は何はともあれ、るう子の捜索が先決だろう。

「嬢ちゃん、もう出発して大丈夫かい?」
「はい。……大丈夫です、私は」
「それならいいんだけどよ…………ん?」

 アクセルを踏み込みかけたホル・ホースが、訝しげに眉を顰めてブレーキを踏み、発進を中断した。
 どうしたんですか、と問うアインハルトに彼は前方を指差し、人がいるみたいだ、と言う。
 見れば確かに人間が居た。相手もこちらの存在に気付いているようで、こちらへ走って接近してきている。その顔を見たアインハルトの顔色が、見る見るうちに青ざめていくのがホル・ホースには分かった。
 次にどうしたんだと聞くのはホル・ホースの方だ。しかし返ってきたのは返事ではなく、彼女の怒鳴り声だった。

「早く車を出てください! 早く!!」

 その言葉の意味を即座に察したホル・ホースの行動は迅速だ。蹴り開ける勢いでベンツのドアを開き、地面に転がることも厭わず外へ飛び出す。
 アインハルトも同じだ。そしてそれから一秒と間が空かぬ内に、ベンツのフロントガラスを男の飛び蹴りが粉砕していた。能面のような無表情がよく似合う、機械のような冷たさを感じさせる男。
 アインハルト・ストラトスは、その男を知っていた。拳を構え、ゴングも名乗りもなく、リミッターの外れた超人と覇王流の第二戦が幕を開けた――


290 : Vivid Survivors(前編) ◆Oe2sr89X.U :2016/04/05(火) 15:45:02 YoXcbOwA0
   ◆  ◆


 範馬刃牙。
 放送で読み上げられたその名を聞いた時、ジャック・ハンマーは心に釘を突き立てられたような痛みを覚えた。
 同じ鬼の血を引いて生まれた兄弟の死に何も思わないほど、彼は心からの冷血漢ではなかったのだ。
 しかしそれでも、彼は止まることなく歩み続ける。見つけた敵を殺すべく、走り始める。


   ◆  ◆


 アインハルト・ストラトスの脳裏に去来するのは半日前、この殺し合いで最初に遭遇した悲劇の記憶であった。
 池田華菜という罪も力もない、只不運だっただけの少女。その最後の言葉と死に顔がブロックノイズのように頭を過り、その度に覇王の集中力をミリ単位ほどの小ささではあるが抉り取っていく。
 内に潜む罪悪感という名の敵は、今ばかりは無視だ。それ以上に倒すべき敵が眼前で、あの時と同じ能面のような仏頂面をして待ち構えている。
 故に今、茫漠と広がる脳髄の大海より拾い上げるべき記憶は被害者ではなく加害者、死者ではなく生者のもの。
 試合と呼ぶには短すぎるが殺し合いと呼ぶには十分であろうごく僅かな時間。アインハルトが、この恐ろしきファイターの底知れない実力を垣間見た十数秒の記憶だ。

 互いの生涯総てを懸けた果たし合いに臨まんとする剣豪が如く、アインハルトもジャックも、不動を貫いている。
 彼であれ自分であれ、どちらかが動いたならその時点で悠長に思考している余裕は消えるだろうとアインハルトは直感的に理解(わか)った。
 一口にファイターと言っても、そこには様々な人種が混在している。無論此処で言う所の意味は国籍や肌、宗教の違いに依るものではない。
 お互いの強さを讃え合いながら磨き上げた技を曲芸のように駆使し、コミュニケーションを取るかのような『魅せる』試合をする者も居れば、逆に多くを語らず、只貪欲に勝利のみを追求する者も居る。
 ジャック・ハンマーは明確に後者だ。その事は先程、迷うことなく不意の一撃に及んだ辺りからも読み取れる。
 池田華菜もそうやって殺したのだろう。現にホル・ホースは彼の行動を全く知覚できていない様子であった。
 そんな彼を相手に、『競技』としての戦いを挑むのは自殺行為だ。殺す殺さないは別としても、殺す気でかからないことには勝負の土俵にすら上がれまい。

 インターミドル・チャンピオンシップの試合は熾烈を極めた。
 かの大会は言わずもがな殺し合いではなく、『競技』の枠組みで行われていた。
 だから戦いの中で思考し、活路を見出し、それを実践して敵を打破するという事が可能だった。
 だが今回はそうは行かない。全く思考するのが不可能と言うのが言い過ぎだったとしても、許される時間が格段に短くなるのは確実だろう。
 今しかないのだ。頭を回し、過去の不覚から敗因を分析できる時間は。
 アインハルトは敵手を睥睨する双眸の光をより鋭く、精一杯の剣呑さで満ちさせ、ジャックに踏み込むことを躊躇させようと慣れない心理作戦に打って出る。

 覇王の名を継ぐ者として褒められた戦法かどうかは別として、最善手なのは間違いない。
 ジャック・ハンマーにもし一瞬でも開戦を躊躇させることが出来れば、歴戦のファイターであるアインハルトはその一瞬の中で常人を遥かに凌駕した思考が出来る。
 其処から戦い方の基礎を編み出し、実践することで切り抜けんと考えた彼女の発想はファイターとしては満点だ。
 だが『殺人者』の思考としては、赤点の誹りを免れまい。

「――シッ」

 誤答であったぞと、伝える言葉の代わりに放たれたのは鋭い踏み込みから放たれる槍のような一撃だった。
 速度で言うなら、決して見切れないものではない。成人さえしていない子供同士の戦いとはいえ、魔法という概念が介入した戦いはジャックの世界で知られる格闘技の平均実力水準を完全に超している。
 そんな中で戦い、身を鍛え上げてきたのだから、アインハルトが弱い筈がない。
 事実彼女はジャックの鋭拳を手慣れた動きで弾き、追撃の膝蹴りも靴底での迎撃で捌き切っている。


291 : Vivid Survivors(前編) ◆Oe2sr89X.U :2016/04/05(火) 15:45:39 YoXcbOwA0
「はッ!」

 防御に問題はない。実際、表情にこそ出しはしないものの、ジャックから見てもアインハルトのそれは素晴らしい動きと腕前と言う他なかった。
 にも関わらず、ジャック・ハンマーの余裕はまるで崩れていない。それどころか格下を相手にする時のような軽々しささえ、その動作には同居している。
 何が足りないのか、アインハルトは疑問に思うまでもなく、それを理解していた。

「言ったろう、"遊戯"の域を出ていないと」
「ッ……」

 拳が通らない。何の比喩でもなく、通用していない。要は防ぐことは出来るが、逆に攻めることが出来ていない。
 戦闘とは、攻めと守りの関係を相互に交代しながら繰り返すことで初めて成立するものだ。
 であればアインハルトとジャックのこれは、そもそも戦闘にすらなっていないと言うべき有様だった。
 アインハルトが幾ら守れているとはいえ、肉体を使って防御しているのだから、無限の耐久力など有り得ない。
 一度や二度、十度に届くまでは確かに余裕かもしれない。だがそれが百度、千度と繰り返されれば分からない。
 無論、それはジャックにとっても同じことが言える筈だが――彼はそういう希望を微塵たりとも抱かせない。手強さを通り越して不気味さすら感じさせる拳士(グラップラー)に、アインハルトは早くも押され始めていた。

(受け流されているワケじゃない……ただ単純に、体の強度が堅すぎる……!)

 女性と男性の体格差、筋力差を考慮しても尚異常と呼べるほどの、並外れた強靭さ。
 常人であれば一撃で昏倒させることだって造作もない、魔力の籠もった正拳を通さない程の筋肉の鎧。
 それこそがアインハルト・ストラトスとジャック・ハンマーの間に存在する壁の一つだ。
 そして質の悪いことにこの『壁』は、一朝一夕ではどうすることも出来ない領分の問題でもある。

 となると、アインハルトに残された選択肢は早くも一つに思える。
 最初にやったように、速度に任せての逃亡を試みること。同じ手段が二度通じるとは考えにくいが、それでもやってやれないことはないだろう。
 尤もジャックも、今度はそう易々と逃がすはしないだろうが……しかし生憎と、それは無用な心配だ。
 普通の格闘技の常識で考えれば勝率皆無と匙を投げるより他ない苦境であろうと、アインハルトにはその差を詰めることの出来る便利な力がある。
 ジャックが如何に優れたファイターであろうと、産まれた世界の差という解決し難い問題に阻まれ、決して所有し得ない異能の力――即ち『魔力』。

「覇王――」

 練り上げられた力は拳に伝わり、人間の打力を超えた剛力を其処に宿らせる。
 ……覇王流の奥義の一つであるこの技は、バインドによる拘束を物ともせずに相手を倒せる程の威力を誇る。半日前の邂逅においても初撃で使用し、彼を吹き飛ばしかけるという戦果を生んだ一撃だ。
 
「断」
「……悪いが」

 攻め手としては文句の付けようもない、洗練され抜いた強烈な一打。
 只一つ其処に問題が有るとすれば、それは。

「空――ごッ!」
「その技は『知っている』」

 ジャック・ハンマーという戦士にとって、この拳技を見るのは二度目であるという事だけ。その問題は唯一の綻びであり、同時に最大の綻びでもあった。


292 : Vivid Survivors(前編) ◆Oe2sr89X.U :2016/04/05(火) 15:46:36 YoXcbOwA0
 拳を放たんとした右腕を下からの蹴り上げで逸らし、彼女がそれを"修正しなければ"と考えた一瞬、思考の空白を縫ってその腹腔を打ち抜く。
 胃液混じりの涎を吐き出すアインハルトの首筋を、ジャックの巌のように鍛え上げられた豪腕が掴み上げる。
 みしみしと骨の軋む嫌な音が聞こえ出すにつれてアインハルトの表情は苦悶に染まり、気道を封じられて声をあげることも出来ず、それでも果敢に彼女はジャックを睨んでいた。
 敵意という感情を極限まで込めた、死の淵に瀕した者にしか出来ない、命の輝きをこれでもかと燃やした眼光。それに正面から相対してなお、ジャックの力が緩む気配はまるでない。

「『覇王』か……」

 しかし彼もその心中では、アインハルト・ストラトスという少女が決して只者ではないのだと改めて実感していた。
 単に戦いを重ねただけでは手に入れることの出来ない――歴史の重みとでも呼ぶべきだろうか――、熱さと冷たさを同居させた威嚇の視線。
 覇王の名を冠した技を奮うに足る覇者の気質を、本能的な領域でジャックは感じ取る。

「確かに、間違いではないのかもしれないな」
「がっ、ぐ……うぅ、ぐ……!!」
「――だが、終わりだ」

 惜しいと思ったのは、殺人鬼ではなくファイターであった頃の名残だろうか。もしもアインハルトがもっと老成し、脂の乗ったグラップラーだったなら、きっとその強さは父を超える良き踏み台になったに違いないだろうに。
 だがそれも所詮ありえもしないイフの話だ。アインハルトは此処で殺され、超えるべき父はもう居ない。自分の戦う理由など、父を殺す為に生き返らせるという、子供にも分かる矛盾に満ちている。
 魔力を扱えようが扱えまいが、頚椎を砕けば人は死ぬ。下手に殴り殺すよりも、この局面ならば確実だ。
 敵意の視線を浴びながら、されど微塵も怖じることなく凶行へ及ぶジャック・ハンマー。

 ――瞬間だった。ジャックが瞬時に何かを察知し、アインハルトの首を掴んだままで背後へ飛び退いた。
 同時に響く甲高い音。細い首に込めた力が緩んで、今にも尽きかけていた覇王の命が少しだけ伸び、その証拠に塞がれていた気道が僅かに緩む。不明な展開ではあったが、好都合なことに違いはない。
 そう思っていたアインハルトは、しかし事の次第を理解した途端に瞠目した。
 ジャックの視線が向いている先では西部劇を思わせるダンディな風貌のガンマン――同行者、ホル・ホースが銃を構え、その先端からは一筋煙が昇っている。発砲した証だ。
 弾丸がどこへ消えたのかは、当のジャックが無傷で居ることから推して知るべしであろう。

「銃手(ガンナー)か。良い不意討ちだったが、考えが浅い」

 ジャック・ハンマーに遊びはない。西部劇めいた問答などする間もなく駆け出し、空いている片手の力のみで哀れなガンマンを扼殺、撲殺すべく殺意を迸らせる。
 その傍ら。小物か何かのように片腕で振り回されるアインハルトだけが、正しく事態を認識していた。
 
「……そいつは手厳しい! けどよ、おれに言わせりゃ『浅い』のはどっちかって話だぜ」

 乱射。ホル・ホースの様子を形容するなら、まさしくその言葉が最も正しい。
 アインハルトの身など顧みず放たれているそれは、ジャックの体はおろか、雑に扱われているアインハルトにも当たることはなく空を滑るばかりだ。
 おかしい。ジャックがその表情に、一抹の翳りを帯びさせる。
 それを確認した瞬間、笑みの浮いていたガンマンの顔面は――これ以上ない満点の喜色に満たされた!

「――何ッ!」

 そこでジャックも気付く。アインハルトが最初から気付いていたその異常に、漸く思い当たった。
 その遅れはひとえに、彼が能力の存在しない世界の住人であったからだろう。日頃からそういったものと関わる機会の多かったアインハルトに比べ、ジャックが異能に対して無知、鈍感であるのは致し方のないことだ。
 銃弾が、明らかに風の動きとは無関係な軌道補正を受け、意図的に自分と覇王を外している。
 全力で疾駆することで風圧を感じ、空気に対する認識が疎かになっていたことも災いし、まんまとジャック・ハンマーはホル・ホースの不意討ちに嵌ってしまった。そう、嵌められたのだ。

「――弾道を操る能力。そこはあんたも気付いてんだろ?」

 ホル・ホースの銃口がジャック・ハンマーへ合わせられる。彼は引き金をまた、乱雑な動作で幾度か引いた。


293 : Vivid Survivors(前編) ◆Oe2sr89X.U :2016/04/05(火) 15:48:14 YoXcbOwA0
「オイオイ、見苦しい真似は男らしくないぜぇ?」

 ジャックは片手に掴んだアインハルトを盾にする事でそれを防ごうと考え、実行へと移す。
 それと同時に自身は脇へと飛び退き、撃ち終えた後の間隙を縫ってホル・ホースを殺す。そういう算段だ。だがそれは、『プロ』であるホル・ホースに言わせれば最も分り易い、予想のし易い行動でしかない。
 その程度のことも読めないような阿呆では、先ずこの時間帯まで生き残ることさえ叶わなかったろう。

「――あばよッ! ぶち抜きやがれ、『皇帝(エンペラー)』ッ!!」

 だから予定をなぞるように余裕綽々と彼は弾道を変え、アインハルトのみを綺麗に躱させた。
 三発、四発、五発。降り注いだスタンドの鉛弾がジャックの両手を、右耳を、左の爪先を、止めとばかりにその左目を、血の飛沫する壮絶な音と共に穿っていく。
 撃たれた部位が跳ね上がり、奇妙なダンスにも似た滑稽な動きをする彼の手。そこに籠もる力が緩んだのを見計らい、アインハルトは全力で拘束を振り解いた。
 脱出序でに、ジャックの胴を全力の断空拳で打ち抜き、吹き飛ばすのも忘れない。
 本来であれば彼女はこういった真似をするような人格ではないが、そうせざるを得ないと気高き覇王に思わせる程、ジャック・ハンマーという戦士は恐ろしい相手であったのだ。
 こうでもしなければ何食わぬ顔で追撃し、背を抉られそうだと――本気でそう思った。

 ジャックの体は錐揉み回転をしながら吹き飛び、八メートルは優に離れているだろう向こう側へと落下する。
 その体は動かない――起き上がってくる様子もない。殺した。そんな言葉が浮かび、アインハルトの胸中にどこか暗澹とした気持ちが湧き出てくる。
 
「全弾命中……いくら腕が立とうと所詮、只の人間ってな。このホル・ホース様が本気になりゃこんなもんよ――って、……あ、ああ、すまねえ。アインハルトの嬢ちゃん、大丈夫かい?」
「……はい。まだ少し酸素が足りない感覚はありますが、動けない程ではありません」
「お、おう。それなら良いんだけどよ、はははは」

 ホル・ホースの目から見て分かるほど、アインハルトは消沈した顔をしていた。
 一対一の戦いに横槍を入れられて拗ねているわけでは勿論ない。あのまま戦えば、アインハルトは確実に殺されていた。それをホル・ホースが助けるのは自然な流れだし、寧ろ感謝すべきことである。
 そう分かっていても、間接的に、或いは直接、人を殺したという事実は十代そこそこの少女には重いものだった。
 彼処で倒れているあの男にも家族や、自分で言う所のヴィヴィオのような友人が居たのかもしれないと要らぬことを考え、胸が締め付けられるような思いに苛まれる。
 そんな心境を察したからこそ、ホル・ホースもばつが悪そうに目を逸らしている。

 彼は世間一般で言う所の汚れ仕事を請け負う人間だし、その生き汚さは人によっては邪悪と断じる程見苦しく、悪い意味で人間的である。
 だが、同時に彼は世界一女性に優しい男を自称してもいる。
 針目のような化け物でない限り女は撃たないし、女性の感情の機微も分からないほど落ちぶれたつもりもない。
 あの場面は確実に、殺さなければならなかった場面だ。それでも小さなアインハルトにはさぞかし衝撃だったろうと考え、彼女に可哀想なことをしたかなと思うくらいの良心は残っている。
 かと言って、殺したことを後悔するような女々しさの持ち主では決してないし、もう一度先の流れを繰り返すことになったとしても、彼は毛ほども躊躇わず引き金を引いただろうが。

「あー、……アレだ。ヘヘ。少し離れた所で休んでからにしようぜ、ラビットハウスへ向かうのはよ」
「いえ。乗っている内にクールダウン出来そうなので、ホル・ホースさんがよろしければ、このまま進みましょう」
「そ、そうかい?」

 アインハルトの首には、ジャックの手形がくっきりと残っている。痛々しいほどだ。
 もし自分があんな風にされていたなら、死にはしなくても確実に意識は飛んでいただろう。
 化け物などという形容はしないにしても、やはり随分と常識離れした少女らしい――ホル・ホースはこの若き同行者の評価をそう改めた。
 ――さて、いざ向かうはラビットハウス。兎の巣だ。余計な邪魔は入ったが、これでしばらくは安全に進めるだろう。そうでないと困るぜオイオイと、心の中で祈りながら歩き出すホル・ホースとアインハルト。
 
 その時だった。先頭を歩いているアインハルトがカッと目を見開いて、ホル・ホースの方を、より正しくはその遥か後ろの方へと振り返る。


294 : Vivid Survivors(前編) ◆Oe2sr89X.U :2016/04/05(火) 15:50:17 YoXcbOwA0
 そこに宿っているのは殺した相手への感傷ではない。純粋な戦慄が、その表情には満ちていた。
 ホル・ホースは頭の良い男だった。アインハルトの表情から、今自分の背後で何が起きているのかを容易く理解してしまえるくらいには、察しも良い男だった。
 だから気付いてしまう、その戦慄の意味に。
 誰もが目を逸らし、必死になって別な理由付けを考えるだろう驚愕の事態に思い当たってしまう。

「じょ……冗談だろ?」

 ホル・ホースが振り返ったその先に、倒れ臥している筈のジャックの姿はどこにもなかった。

「――ホル・ホースさんッ!」
「?」

 アインハルトが眼と口を見開いて手を伸ばしていた。
 その意味を理解するよりも前に、自分の懐に何か大きなものが前傾姿勢で飛び込んできているのが分かり、慌てて『皇帝』の銃身を顕現させようとした時には、全てがもう遅い。
 ドゴォ、と、強烈な衝撃音が響く。ホル・ホースの体がくの字に折れ曲がり、吹き飛んだ。彼の体は近くの木へと叩き付けられ、がっくりと脱力する。
 
「貴方は……!」

 そこに佇む男の姿は、先程打ち合っていた戦士のものとは既にかけ離れていた。
 両手の指数がそれぞれ一本ずつ欠け、右の耳が痛々しく吹き飛んでいる。片方の爪先が抉れて血を垂れ流している。
 能面のような顔は血で彩られ――右目は潰れ、ゼリー状の物体すら溢れ出している。アインハルトはそのグロテスクな光景に、嘔吐さえしそうになった。
 彼こそは紛れもなくジャック・ハンマー。右目を撃ち抜かれ、それでも死することなく立ち上がってきた不屈の殺人鬼(グラップラー)である。

「指が欠けても拳は握れる。耳も片方残っている。足先が飛んだが、立てるのならば何も問題ない。臓物も破れていないし――」

 潰れた流動体を流し続ける右目に、ジャックは自らの人差し指を躊躇いもなく捩じ込んだ。
 そのまま中で蟠っている目玉の残骸を穿り出し、奥に突き刺さっていた銃弾も摘出する。外科手術の『外』を外法の『外』と勘違いしているのではないかと言う程の常識離れした手術。
 発狂するほどの痛みがあって然るべきであろうに、その顔は笑みすら浮かべていた。
 アインハルトは初めて、こう思う。――怖い。この男があまりにも恐ろしいと、そう感じた。

「視界の半分など、瑣末だ」

 恐怖は人を俊敏にするが、その逆も然りだ。
 この時アインハルトは抱いた恐怖心に足を引かれ、動きを一瞬鈍らせた。反応が遅れてしまったのだ。
 それを逃さず、強烈なフックの一撃がアインハルトの顔面を容赦なく右から殴り飛ばす。宙を舞う体。ボロボロになっている歯が、更に何本か折れて飛ぶ。受け身を取ったアインハルトが最初に思ったのは、威力が明らかに上がっているということだった。
 そのきっかけは彼女には見出せないが、ジャック・ハンマーは理解していた。
 喧嘩部特化型二つ星極制服。彼のような巨漢が学ランなんてものを纏っているのは非常に滑稽な姿であったが、この服こそがジャックを今後押しし、更なる高みへ押し上げようとしているのだ。

 極制服に施された悪燃費という欠点。
 肉体の度重なる酷使によって悲鳴を上げていたのはジャックの体だけではなく、この極制服もまた同じだった。
 彼の極制服はそのオーバーワークに伴って、一時的な活動不能状態に陥っていた。ジャック・ハンマーのストイックなスタイルに彼は耐えられても、服は耐えられなかったのだ。
 平和島静雄との再戦から暫しの時を経て、今、漸くその休眠が解けたのである。
 極制服はジャックに惜しみなくその膨大なパワーを与える――彼の体のことなど考えもせずに。だが、最早それも今更の話だろう。こんな有様で動けるような人間に無理をするなと宣うことの、何と無意味なことか。


295 : Vivid Survivors(前編) ◆Oe2sr89X.U :2016/04/05(火) 15:51:57 YoXcbOwA0
「ぐッ」

 ジャックの放つ連撃をいなすアインハルトの動作には、先程までの流れるようなキレがない。
 彼女は疲弊したのではなく、ジャックのパフォーマンスの上昇に伴い、受け切れなくなりつつあるのだ。
 速く、重く、鋭く、容赦のない拳の嵐は少女の肉体を少しずつ、然し確実に壊していく。
 
(ならば……ッ)

 アインハルトはジャックの拳をわざと受け、最大限に威力を殺して距離を取るためのブースター代わりとした。
 代償が全く無いというわけでは勿論ないが、それでも彼の動きを一瞬でも止めつつ距離を確保できるのは破格だ。
 そのままアインハルトは地へと、自らの鍛え上げられた拳を突き付ける。
 着弾の瞬間、激しい衝撃波が生じ、それは地面を伝わって物理的損害を伴った地震と化しジャックを襲う。

「破城槌ッ!」

 だがそれも、十全以上の力を発揮して突撃してくるジャック・ハンマーの足取りを止めるには役者不足と言う他なかった。腕をX字にクロスして衝撃を受け止めつつ吶喊するジャック。
 その攻撃を止めるためにアインハルトが用いた構えは防御主体の姿勢、『牙山』と呼ばれるものだった。
 ただ、正確には違う。牙山は肘で相手の攻撃を受けつつ、相手にもダメージを与える防御の構えであるが、今のジャックを相手に肘という重要な部位を晒す真似をするのが得策とはアインハルトには到底思えなかった。 
 だから受ける位置を少し変え、安全性を確保する代わりに追加効果を無為にした。
 無論、彼女もそれだけでは終わらない。

「しゃああああッ!!!!」

 鉄槌を思わせる重い拳で、ジャックの胸板を打つ。
 ジャックは一瞬だけ動きを止め、口から微量ではあるが血を吐いた。その手応えに喜ぶ間もなく、アインハルトの細腕――より正しくは手甲の先から露出した指先に異変が起こる。
 女性らしいピンク色をして肉に張り付いていた爪が剥がれ、血を滲ませていたのだ。大きなダメージではないが、これまでの戦いには見られなかった謎の事態に思考が僅かに動転する。
 その隙を逃さずジャックが、今度はアインハルトの腹を蹴り上げた。

 そこで、すっかり聞き慣れた破裂音が響き、ジャックの失われた片耳の辺りを銃弾が通り抜けていく。
 見れば樹の根元に寄りかかったままのホル・ホースは意識までは失っていなかったのか、銃を震える手で構え、ジャックへと向けていた。
 だがそれも、強化されたジャック・ハンマーにとっては単に小煩く邪魔なだけの小細工でしかない。
 受け身を取らんとするアインハルトの側頭部を蹴り付け、その肉体を無様に地面へと転がらせる。彼女が起き上がるまでの隙を利用し、ジャックは踵を返した。
 どこへ向かうのか。言うまでもない。戦いを邪魔立てする、小狡い銃手(ガンマン)の殺害である。

「ちッ……『皇(エン)……  帝(ペラ―)……』!!」

 ホル・ホースは逃げようにも、それが出来ない状態にあった。
 吹き飛ばされた際に腹を強く打たれたこともそうだが、樹へと頭からぶつかってしまったのが拙かった。
 脳震盪でも起こしているのか平衡感覚が異常を訴えており、立ち上がることさえ果たして満足に出来るか怪しい有様。ジャックほどの相手から逃れる逃げ足など、発揮できよう筈もなかった。
 ではこの哀れなガンマンは虫ケラのように殺されてしまうのかと言えば、そうもならない。
 俊敏にダウンから復帰したアインハルトが全力でそれを阻止するべく走り、二人の間に割って入って迎撃の拳を放った。拳と拳がぶつかり合い、びりびりと衝撃波が巻き起こる。


296 : Vivid Survivors(前編) ◆Oe2sr89X.U :2016/04/05(火) 15:52:33 YoXcbOwA0
 果たして打ち負けたのは、ジャック・ハンマーの方であった。拳が後ろに跳ね、これまでで最も大きな隙を晒して硬直する。アインハルトは勿論、ホル・ホースにもはっきりと分かる攻め時だった。
 アインハルトの握った拳が顔面目掛け繰り出される。それは奥義の域にこそ届いていないが、それでも匹敵するだけの、乾坤一擲の一撃だ。
 如何に本来の実力に加えて極制服のアシストまで受けていようとも、無傷で凌げる一撃ではなかった。
 ――が、それは裏を返せば、凌ごうと思わなければどうとでも出来るということである。ジャックは頬骨の辺りでアインハルトの拳を受け止め、骨に罅が入るのを感じながら、しかし強靭な脚力を武器に踏み止まった。
 
 ならば、もう一撃とアインハルトが拳を引こうとするが、それは叶わない。
 彼女の拳はがっちりと固定され、所謂大人モードの腕力をしてもびくともさせることができなくなっていた。
 では何が、アインハルトの拳を掴んで離さないのかと言えば――ジャックの上下の歯、である。

「ぅあ…………!」

 ジャック・ハンマーが晒した隙はあまりにも大きく、ファイターであれば誰もが迷わず突く大きな空白時間だった。
 現にアインハルトはそこで踏み込んだが、その結果としてこのように、彼の両顎に硬く捕らえられてしまった。
 予期するというのがまず不可能。アインハルトが今まで相手をしたこともない奇策めいた戦法、あろうことかそれがジャック・ハンマーというグラップラーの『得意技(フェイバリット)』であるなどと。
 噛み付き攻撃(バイティング)。非常に原始的かつ、一歩間違えれば顎や歯を砕かれるリスクを孕んだ攻撃だが、ジャックのそれは並のファイターが繰り出すそれを遥かに上回って余りある。
 
「……ッ〜〜〜〜〜〜――――!!」

 ましてそこに極制服の上乗せが施されればどうなるか、語るまでもない。
 ジャックの牙はバリアジャケットを食い破り、アインハルトの肌に達し、その左手首から先を三日月状に食い千切った。溢れ出す鮮血、部位の喪失という精神的ショック、それらが一斉にアインハルトに襲いかかり――

「――――あああぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁあああああ゛あああぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁあああああッッ!!!!」


297 : Vivid Survivors(後編) ◆Oe2sr89X.U :2016/04/05(火) 15:53:17 YoXcbOwA0
 痛ましい、絶叫だった。少女として生まれ、数多くの戦いとドラマを経験した彼女が、その人生で間違いなく最大の声量での絶叫をあげた瞬間だった。
 無理もない。純粋な痛みもさることながら、彼女が今受けた傷はファイターとして致命的すぎるものだ。
 アインハルトはもう、左の拳を握れない。片手落ちの戦士がどれだけの不利を被ることになるか、想像するだけで背筋が凍る。彼女は今、まさにそうなってしまった。
 だがジャック・ハンマーは止まらない。人間だった頃ならいざ知らず、只の殺戮者と成り果てた今ならば、彼の親孝行を止めることが出来る悲鳴など、この世のどこにも存在はすまい。

「てめぇッ!!」

 発砲したのはホル・ホースだ。至近距離であるにも関わらず、誤射の可能性を完全に排して銃撃が行えるのは彼のスタンド特有の強みである。
 ジャックの潰れた右視界を切りながら進む弾丸は、見事意表を突くことに成功した。
 一瞬ジャックが怯んだ瞬間を、激痛とショックに支配されていても尚見逃すこと無く俊敏に動き、アインハルトはホル・ホースを背負うようにしてその場から離脱を図った。 
 しかしそれは逃走する、という意味ではない。袋小路を遠ざける程度の効き目だ。
 
 ジャックが、追い掛けてくる。
 その速度は今や、アインハルトよりも速い。
 ホル・ホースはこの時ほど、自分の『皇帝』に装弾数の概念がないことに感謝したことはなかった。
 もしも弾切れなどを引き起こし、一瞬でも手を止めていたならば、その瞬間にジャック・ハンマーは自分達を殺すことが出来る。この男は、それだけ強い。
 DIOとは違う意味での強さだった。ホル・ホースの脳内には今も、DIOの暗殺に失敗した時の記憶と恐怖が染み付いている。彼の強さが底の知れない強さなら、此奴の強さは理解の出来ない強さと言うべきか。
 眼球は絶対に鍛えることのできない部位で、尚且つ脳髄にまで直結している。
 そこを撃ち抜かれて死なない人間など百人に一人居るかどうかといったレベルの確率であろうし、よしんば助かったとしても、その後すぐにこんな速度と猛威で追い立ててくることなど絶対に不可能だ。
 尋常ではないタフネス。人間を超えているスペック。これでは、もはや――人間を『やめている』。

「ちくしょうがッ! 何だってんだ、てめぇはよォ〜ッ!!」
「ジャック・ハンマー。今は何者でもない」
「知るかタコッ!!」

 叫ぶと同時、眉間に向けて発砲。撃ってすぐにホル・ホースは、しまった、と思った。
 そして予想は的中する。あまりにも分り易いその狙いを読んだジャックは頭を大きく横へ逸らすことで弾丸を回避し、軌道変更のそれも回避。体勢を立て直そうとするアインハルトへ追い縋り、その足を勢いよく払った。
 
 小さなうめき声とともに、アインハルトの体が揺らぐ。
 ホル・ホースは宙へ投げ出され、地面により痛む体に鞭打つ勢いで衝撃を与えられた。
 しかしこの瞬間、彼が案じたのは自分の身ではない。今狙われるのは、どう考えてもアインハルトの方だ。そして彼女を殺されれば、自分が生き延びられる可能性も完全に潰える――それに子供とはいえ、女性をこれ以上嬲らせ、ボロ雑巾のようにされるのはむかっ腹が立つというのもあった。
 
「貴様は後だ」

 銃口をどうにか向けた時、もうそこにジャックの姿はない。
 いつの間にか自分の傍らへ移動していたその爪先が脇腹を抉り、骨の一本が折れた感触と痛みが伝わってくる。
 そこへホル・ホースを守るべく果敢に跳びかかったアインハルトの拳は片手落ち。迎え撃つなど、ジャックにしてみれば造作もない話であった。
 拳と拳の衝突。力比べの趨勢が決する前に、ジャックが彼女の右手を掴み取る。
 咄嗟に左手でそれを払おうとする彼女だが、手首から先が食い千切られて指の一本さえ残っていない身でやれることには限度がある。そのまま彼女は腕を起点に、勢いよく地面へ投げ付けられた。
 
 肺に溜め込んだ空気が、一気に逆流していくのを感じる。ジャック・ハンマーは柔道家ではないが、逆に言えば専門でないからこそその投げは容赦も型もなく、剣呑さと粗暴さが同居したアウトローなものに仕上がっていた。
 起き上がろうとするアインハルトを、ジャックは躊躇なく踏み潰す。
 肩がごりりと嫌な音を立て、アバラはぼりぼりと砕け、バリアジャケットの下の白い皮膚には内出血の跡が所々滲み始める。アインハルトの悲鳴は、最早戦いではなく、虐待か何かを連想させるものへ変わりつつあった。
 女性に優しい男を自負するホル・ホースでなくとも、こんなものを見せられて怒りを抱かない人間は異端だろう。


298 : Vivid Survivors(後編) ◆Oe2sr89X.U :2016/04/05(火) 15:54:14 YoXcbOwA0
「いい……加減にしろ、ってんだ……この仏頂面野郎ッ!」
「後だ、と言ったはずだが」
「がッ!?」

 ジャックの爪先が、ホル・ホースの左目に突き刺さった。
 眼球が一撃で潰れ、尋常ならざる激痛が襲いかかってくる。
 堪えずことも出来ずに声をあげて悶絶する彼を尻目に、ジャックは再びアインハルトを破壊していく。
 踏み付けられ続け、体の各所を破壊されていった彼女の抵抗はもう弱々しい物になりつつある。永くはないだろうとジャックは認識。止めを刺す為に、その体へ馬乗りの姿勢を取る。
 こうなれば、もう努力ではどうにもならない。格闘技でマウントを取られることの意味は、絶対的な不利を意味する。満艦飾マコという少女――ジャックが今纏っている極制服の本来の持ち主であった少女のように。
 後はただ、潰されるだけだ。

(ちくしょうちくしょうちくしょうッ!! まさかあのクソ悪魔の居る方へ行った方がマシだったなんて思わなかったぜッ!! こんなイカレ野郎がいると分かってりゃ、絶対に来なかったのによぉ〜〜ッ!!!!)

 ホル・ホースは心の中で、あらん限りの後悔を吐き出していた。
 鏡がないので傷口がどうなっているかは分からないが、まず間違いなく目は元に戻らないだろう。こんな筈ではなかった。もっと上手く立ち回って、もっと賢く生き残る筈だったのだ。
 それがこのザマ。この化け物みたいな格闘家のせいで、何もかもが台無しになろうとしている。
 
 アインハルト・ストラトスは殺されるだろう。
 可哀想だとは思うが、ああなってしまっては、もう絶対に生き延びることは不可能だ。
 相手に遊びがあるならばともかく、あれほど無感動な顔で殺しに来れる相手なら、完全に詰んでいると言っていい。
 そしてその後はまず間違いなく自分だ。先の脳震盪の影響も、腹を蹴られたダメージも、目の痛みも全部残っているのだから、逃げきれるとは到底思えない。
 彼女も自分も、詰んでいる。高い所から誤って落ちた時の感覚に似ていたが、先に待つのは底の知れない死という奈落だ。挙句ホル・ホースは、自分は天国に行けるとそう思えるような人生を送って来なかった。

「クソ、ッ……死にたくねえ……死にたくねえぜ、おれはよ……!」

 這ってでも生きてやる。こんな所でくたばるなんて、めっぽう御免だ!
 痛む体に鞭打って動き出そうとし、そこで一度だけ振り返った。
 そこにあったのは、あまりにも無残な――アインハルト・ストラトスの姿であった。

 清潔感のあるバリアジャケットの白が土埃でどろどろに汚れ、手から流れた血で地面を真っ赤に染め上げながら、しこたま殴られた顔面は無残な有様になっていた。
 折れていた鼻が醜く潰れ、頬骨が陥没し、歯など一本も残っていないだろう。
 その姿を見た瞬間、ホル・ホースは思った。ああ、これが『絶望』というやつなのかと、心の底からそう思った。
 返り血と自らの血で真っ赤に染まったジャック・ハンマーの姿は、まるで地獄の鬼(オーガ)か何かのようだった。
 その背中に鬼の貌は浮かんでいなかったが、血に染まった凄絶な彼の姿を前にして、ジャック・ハンマーが鬼の血を薄くしか引いていないなどと言える人間は、当の範馬勇次郎以外には間違いなく一人も居ないだろう。
 ジャック・ハンマーは、鬼(オーガ)だ。範馬勇次郎という存在の死で完成した、一体の鬼。

「………フー」

 彼の拳が、振り上げられる。
 目が見えているのかどうかも怪しいアインハルトを確実に仕留める、最大の力が籠もった拳だ。これを叩き付ければ少女の頭など、軽々粉砕してしまえるだろう。
 ホル・ホースはもう、銃口を向ける気にもならなかった。
 寧ろアインハルト・ストラトスという少女にとっては、殺された方が幸せだろうと、そう思えたから。どの道死ぬのなら苦しみは短い方がいいだろうと、その行く末を哀れんだゆえだった。

「さらばだ、覇王流とやら」

 断頭台から落ちてくるギロチンのような無情さで、王の命を潰す鉄拳が――落ちた。


299 : Vivid Survivors(後編) ◆Oe2sr89X.U :2016/04/05(火) 15:54:52 YoXcbOwA0
   ◆  ◆


 諦めていたのは、ホル・ホースだけではなく、当のアインハルトもまた同じであった。
 只の逆境で膝を屈するほど、アインハルトは弱くない。だが今の彼女はホル・ホースが称した通り、死に体の状態だ。人間としても、ファイターとしても。再起不能レベルの傷を負って、朽ち果てかけている。
 体に付いた傷など改めて語るまでもない。しかしその中でも、食い千切られた左の手だけは話が別だった。
 失うだなんてことを考えもしなかった自分の拳が、もう二度と戻らない。それを自覚した瞬間、アインハルトの中の何かがぷっつりと切れた。
 彼女は覇王の記憶を継ぐ者だが、それはそれとして、一人の歳相応の少女である。
 十代半ばにも届かない年齢の少女にとって、身体部位の欠損というのがどれほど大きなショックか。まして彼女はファイターなのだから、ショックの度合いは更に跳ね上がる。
 もう拳は握れない。覇王流の技にも、二度とは繰り出せないものが出てくるだろう。
 それどころか戦いを続けられるかも分からない。それ以前に、この男には勝てない。この場を生き延びて、ミッドチルダの大地を踏むことは二度とないのだ。
 アインハルトは優れたファイターであったから、余計に強くそのことを理解してしまった。
 結果、心が砕けた。人より強かった心はグシャグシャにされ、踏み潰され、絶望の底に沈んでいた。

 コロナや、この会場で出会った仲間にもう一度会えないのは悲しい。それを思うとやり切れない気持ちになる。
 特にコロナはヴィヴィオを失い、自分が死んでしまったなら、元の世界からの知り合いはもう誰もいなくなってしまう。どうか彼女には最後まで立ち続け、生きて帰って欲しいと心からそう思う。
 
(ヴィヴィオさん……)

 独りぼっちで戦い続けるしか出来なかった自分は、いつの間にか沢山の仲間に囲まれていた。 
 皆でトレーニングをしたり、合宿をしたりして過ごす日々はとても楽しく、満ち足りた時間だった。
 だからこそ心のどこかで思ってしまっていたのだ。汗を流し、夜が来て、寝て起きれば。当たり前のように愛すべき日常が広がっていて、そこから誰かが欠けることは決してありえないと。
 日常は壊された。繭という少女の道楽で、アインハルトは友人を失った。
 そして今――アインハルト・ストラトスは自分の使命さえも失い、静かに朽ち果てようとしている。

 ただ。これでいいのかもしれないとも、アインハルトは思っていた。
 高町ヴィヴィオは、聖女オリヴィエの記憶を継ぐ少女はもうどこにもいない。繭の思惑の前に、無情に消えた。もう彼女と会うことも、友誼を育むこともなければ、再度拳を合わせることもない。
 ――もしも。死んだ先にもしも続きのようなものがあるのなら、今度こそ彼女とずっと一緒にいたいと思う。
 
 理不尽な何かに引き裂かれることもなく、ずっと。アインハルト・ストラトスが愛した日常を繰り返しながら、他の皆がやって来るのをずっと待っていられたなら。
 それに優る幸せはきっと、ない。そう思ったから、アインハルトは諦めることを受け入れた。
 
 ――――アインハルトさん!

 だが、それを許さないぞと脳裏に響く声がある。それは愛らしい少女のもので、アインハルトが今一番聞きたいと思っていた好敵手の声でもあった。

 ――――これで、いいんですか? あなたは……本当に、これでいいんですか!!

 高町ヴィヴィオ。
 その声が、頭の中でうるさいほど大きく響いている。
 頭の中のヴィヴィオは怒気すら含んだ大声で、今まさに全てを諦め、死という未来に身を委ねようとしているアインハルトを一喝していた。
 薄れかけた意識が鮮明さを取り戻すくらいに、彼女の声はアインハルトの頭の中に深く、深く響いてくる。


300 : Vivid Survivors(後編) ◆Oe2sr89X.U :2016/04/05(火) 15:55:41 YoXcbOwA0
 ――――違うはずです。私が好きだったアインハルトさんは、こんな所で諦めたりなんてしないッ!!

 ハッと、アインハルトは腫れた瞼を見開いた。
 ヴィヴィオが好きだった、アインハルト。それはきっとインターミドルに備え、毎日のように鍛錬を共にしていた頃の自分のことだろう。
 間違っても戦いの勝利を諦め、楽な方向へと逃避しようとしている情けない少女のことではない筈だ。
 ヴィヴィオだけではない。頭の中には、皆がいた。リオが、コロナが、ヴィヴィオが、ナカジマ家の皆が、なのはが、フェイトが、皆まっすぐにボロボロのアインハルトを見つめ、小さく頷いてみせた。
 
(でも……でも! 私は、もう……!!)

 ――――大丈夫。私が、皆が、アインハルトさんには付いてます!!

 頭の中に居た皆が、アインハルトを応援していた。諦めないで、立って、生きてと、皆思い思いの言葉をぶつけてくる。そして先頭に立つヴィヴィオも、まっすぐに自分の目を見据えていた。
 その姿を視界でなく、心で認識した途端、アインハルトの目から一筋の涙がこぼれ落ちた。
 頭の中で手を差し伸べる美しい瞳の彼女の姿は、まさに記憶に残る、聖女オリヴィエの勇姿そのもので……

(そうだ……わた、しは…………)

 振り落とされる拳が見える。それに向けて、隻腕も同然になった腕を動かす。体勢は馬乗り。体はボロボロで、頭がふらつくどころか噛み締める歯の一本も残っていない。
 そんな有様になっても、いや、だからこそか。アインハルトは諦めるという選択肢を、自然に思考の内から外していた。残った拳を握る――使えなくなった左手は盾で、こちらが剣だ。
 ああ、と思う。役割が明確に分かっているなら、やりようなんてものは幾らでもあったのだ。

「ヴぁ、おう、ひゅうッ――」

 覇、王、流。呂律の回らず、ただ空気が抜けていくだけの口で、それでも名乗り上げる。

「――アインハルト・ストラトスッ!!」

 ハイディ・E・S・イングヴァルトとしてではなく、彼女たちとともに戦った一人の戦士として。
 左手で落ちてくる拳を止め、骨がバリアジャケット越しに砕ける激痛など意にも介さず、ジャック・ハンマーの顔面を真正面から右拳で殴り抜いた。
 破裂音にも似た音を鳴らして炸裂した拳は、だが威力で言えば然程でもなかった。
 死に体同然の少女が、魔力もろくに込めず放った一撃なのだ。極制服の強化を受けて魔人になったジャックを仕留めるには力不足も甚だしいと言わざるを得ない。
 しかし、アインハルトの拳を受けたジャックは大きく仰け反り、彼女が馬乗りの体勢を脱せるほどの大きな隙を作る結果に至ってしまった。
 何故、この屈強なるファイターが、たかが気力だけの拳を前にこれだけの有様を晒したのか? その答えは、まさしく彼の超人性を後押ししていた極制服にこそあった。

(くッ……!)

 喧嘩部特化型二つ星極制服――生命戦維で編まれた、本能字学園の技術の結晶。特にこの喧嘩部特化型極制服はジャックによく合った性能を持っていたが、その分燃費がひどく悪い欠点を制限により加えられてもいる。
 それこそ戦闘を不用意に続ければ、限界点がものの数分でやって来てしまうほどに。

(此処で、かッッッッ!!)

 アインハルトの猛攻もさることながら、ホル・ホースの『皇帝』が大きかった。放たれる弾丸を時に避け時に叩き落としとする中で、極制服の消耗は着々と進んでいたのだ。
 そしてちょうど今、極制服がもたらすアシストが完全に尽きた。そう、完全にだ。極制服は再度、休眠する。
 残るのは極制服が与えた疲労。それはジャックのパフォーマンスを目に見えて劣化させ、その瞬間を偶然にも縫って炸裂した拳が、予想以上の戦果を挙げた。
 更に言えば、ジャックの切り札……マックシングの発生にも期待できない。
 半日間以上のステロイド非摂取、殺し合いに運ばれる前の時間から合わせれば非摂取時間は更に伸びる。もしもこの会場で、彼が薬物ドーピングを行う機会があれば別だったろうが、生憎とそれはなかった。


301 : Vivid Survivors(後編) ◆Oe2sr89X.U :2016/04/05(火) 15:56:39 YoXcbOwA0
 だが、それまでだ。片手の消えたファイターなど、極制服の力なくしても押し切ることは難しくない。
 アインハルトの姿は生きているのが不思議なほどだ。もはや油断だとかそういう次元でもなく、頑然たる事実として楽勝と認識してしまうのが普通だろう。
 それどころかジャックには、立ち上がってきたのが理解できない程だった。しかしそこは、彼もファイター。そして強い信念の下に動く身だ。
 すぐに悟った――この少女も、朽ちる訳には行かなかったのだ。
 
 ならば潰そう。その意気も諸共に叩き潰し、勇次郎を甦らせるための糧としよう。
 ジャックは待ちの体勢を取るアインハルトに勢い良く踏み込み、強烈なボディーブローの一撃を叩き込んだ。
 抵抗も出来ず、ボディに拳が吸い込まれた。……かのように思われたが、実際には、アインハルトの左肘を前に攻撃は止められていた。
 それと同時に拳へ走る鈍痛。防御主体の鋼性の構え、『牙山』だ。手がなくとも腕だけで繰り出せる技として駆使されたこれは、十分にその役割を果たす。
 
 ――小癪な真似を――
  
 ジャックは再び強く拳を握り、アインハルトの残り少ない体力を削り切るべく猛攻を仕掛けにかかった。
 しかし吹き飛ばされたのは彼の方だった。痛烈なアッパーカットを受け、両の足を地から放し、口から血さえ吐き出しながら宙を舞っていた。
 カウンターのように放たれた一撃が、彼の顎を抉ったのだ。何もそれは、大それた技ではない。

「ヴぁ、おう、ひゅぅ」

 繰り出されるは覇王流が奥義、覇王空破断。拳撃と共に衝撃波が飛び、空中のジャックを強く打ち据えた。
 されどジャックも強者だ。そこは吹き飛ばされながらも脚力で耐え切り、それ以上の後退と痛手を避ける。
 だがそれも、明らかに以前に比べて衰えが見えている。極制服の使用で溜まりに溜まった疲弊が、ジャック・ハンマーが誇る鋼の肉体に綻びを生んでいる。
 次いで、足取りも覚束ずに、アインハルトが迫ってくるのが見えた。
 繰り出す技は読める。覇王断空拳――彼女が誇る、絶大な威力を持った拳撃だ。以前ならば受け止めることも容易だったが、今の状態でそれをすることが良いとはとても思えない。
 
 ならば先手を取る。
 技が出る前に潰せば、脅威は存在しない。
 ジャックの算盤が弾き出した最適解は、確かに的を射ていたと言えるだろう。
 繰り出される技が本当に断空拳であったなら、だが、それが一番手早い解決法であった筈だ。
 しかし繰り出されたのは、あろうことかまたもカウンターだった。ジャックの拳を逆に打つべく放たれた、多量の魔力を帯びた一撃。衝突の瞬間、ジャックは思わず拳を引いた。魔力の多分に込められたそれと真正面から張り合えば自分の拳が無事では済まないと、そう感じ取ったからだ。
 
 ジャック・ハンマーは知る由もないことだが、この技はアインハルトが誇る覇王流の技ではない。
 技の名は、アクセル・スマッシュ――かつて高町ヴィヴィオという少女が必殺技として用いていた、守りさえも攻撃に回す一閃必中の技であった。
 無論アインハルトはこの技を会得するために訓練したわけではないのだから、ヴィヴィオのものに比べれば細部は大きく異なっている。
 だがアインハルト・ストラトスが記憶の中で垣間見た、好敵手にして友であるヴィヴィオの一撃を思い返し、その極意を借り受けたのには違いない。
 今、アインハルトは一人で戦っているのではなかった。記憶の中の皆と、共に戦っているのだ。

 ジャックの拳が、アインハルトの顎を跳ね上げる。
 ぐらりと揺らいだ隙に、その顔面に右フックを打ち込むジャックだが、彼女がそのまま屈み込むと同時に繰り出された奥義・破城槌が生んだ衝撃で逆に体勢を崩される。
 復帰したアインハルトの、今度はれっきとした覇王断空拳の一打。
 受け止めるジャックは、しかしその顔に紛れもない焦燥の色を浮かべ始めていた。


302 : Vivid Survivors(後編) ◆Oe2sr89X.U :2016/04/05(火) 15:57:28 YoXcbOwA0
「ヴ、おおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉッッ!!!!」

 猛進してくるアインハルトの体力は、可視化したならもう1ミリ程度しか残っていないほどに減退しているはず。
 なのに、どういうわけだか彼女を攻め切れない。ほんの少しが削れない。そしてもう一つの不可思議として、アインハルトのパフォーマンスが徐々に向上しているような気さえする。
 今のアインハルトはまさに、最後の力を燃焼させている状態だった。
 その身に培った経験、残されたセンス、全てを全力で発揮し、文字通りの全身全霊でジャックに向き合っている。

 アインハルトが、ジャックの懐まで飛び込んだ。
 ボディーブローを受けた彼は吹き飛びこそせず持ち堪えたが、流石にダメージを受けるのは避けられない。しかしジャックは至近距離、絶対に外さない間合いでアインハルトへ文字通り牙を剥く。
 勝負を決めるための手段として、ジャック・ハンマーが用いたのはあろうことかまたもバイティングだった。
 最大の得意技にして、最も凶悪な攻撃。それをもって覇王の生涯に幕を引かんとしている。アインハルトも即座にそれを察知して拳を振り上げた。こうなると、もう勝敗を決める要素は一つしかない。
 バイティングを切り札とするジャック・ハンマーの驚異的な顎の力を打ち砕き、へし折るほどの力がアインハルトにあるかどうか。それだけが、勝負の分かれ目だ。
 しかし、しかしだ。此処で悪辣な運命は、今度はアインハルトに矛先を向けた。

 ――振り上げた拳が、接触を待たずに脱力する。
 出血多量、脳震盪、顎へのダメージ、崩壊した顔面、全てがアインハルトの生命力を現在進行形で蝕んでいた。それが限度まで達し、アインハルトは今この瞬間、まさしく『死にかけた』のだ。
 ジャックの歯が、アインハルトの首に突き刺さらんと迫る。少女の細い首など、ジャックにかかれば簡単だ。骨を噛み砕くような真似は不可能でも、頸動脈を切り裂けば出血多量気味の人間は数秒足らずで死ぬ。
 届かないのか。あと一歩で、届かないのか――アインハルトの胸に満ちる焦り、失意。しかし運命は彼女の敵に回ったが……



   ――――メギャンッ!! メギャンッ!! メギャンッッ!!!




 『皇帝』は、変わらず彼女の味方だった。
 不規則な軌道で誰にも気付かれずに飛来した銃弾がジャックの口に炸裂し、その前歯をへし折り喉を貫く。
 ぐおんと跳ね上がる顎。その瞬間はまさに、千載一遇の好機であった。アインハルトは最後の力を振り絞り、握り締めた拳を――ジャック・ハンマーの腹筋に、全ての力と思い出を込めて、叩き込んだ!!
 くの字に曲がる体、吐き出される胃液。あと一撃だ。それさえあれば、事足りる。

「な、め、……」

 だが。


「ナメルナヨッッッッ!!!!」


 全身全霊、命全てを燃やして戦っているのは、ジャック・ハンマーも同じなのだ。

 ジャックの拳が、アインハルトより一瞬速く、彼女の顔面を貫いていた。顔を破り、頭蓋に届くまで深く突き刺さった拳。それを受けたアインハルトの腕が、だらりと、今度こそ完全に脱力する。
 
「が……ががががが、がが」

 ガクガクと痙攣さえしながら、動く拳。
 それはジャックの体へ一度だけ、ぽこ、と軽い音でぶつかり……


303 : Vivid Survivors(後編) ◆Oe2sr89X.U :2016/04/05(火) 15:59:06 YoXcbOwA0
「……終わりだ」
「がぁ……がガガ……がががががぁぁぁぁぁ…………が、ガヘッッ!!」

 少女は、完全に動かなくなった。手を喰われ、体中を砕かれ、顔を潰されても戦い続けた勇敢な子は、死んだ。
 勝ったのは、鬼(オーガ)だった。拳を顔から引き抜くと、アインハルトの体は完全に力を失い、地面へ俯せに倒れ臥す。それからジャックは、自分の血に汚れた手を見ながら、今の戦いを回想する。
 覇王流という技術体系は、遊戯の域を出ていない。自分は確かに、そう言った。その認識は今も変わっていない。
 だが、アインハルト・ストラトスというファイターに対しては評価を改めねばならないと、彼は今そう思っていた。平和島静雄のような化け物じみた強さがあるわけでは決してないが、それでも、弱くはなかった。
 強かったと、そう評してもいい。最後の猛攻は、ジャックをして焦りを禁じ得ないほどのものだった。

「おめでとよ、兄ちゃんの勝ちみてぇだぜ」

 そしてファイター二人の戦いを締め括るゴングの代わりに鳴り響いたのは、冷たく弾ける銃声。
 極制服の酷使による疲弊、度重なる連戦で蓄積されたダメージ、それらが一斉に伸し掛かっているジャックにそれを回避する術は何一つとしてない。
 軌道の変更すらされないまま突き進んだ銃弾は、ジャック・ハンマーの眉間へ突き刺さり、その脳を撃ち抜いて向こう側へと貫通していった。
 
(勇次郎よ……俺は………)

 蘇る、地獄のような鍛錬の光景。殺人の記憶。
 それだけしても、自分は範馬勇次郎を越せなかった。
 目的の一つも果たせなかったのだから、父の域に至れている筈もない。
 
(俺は……ッッッッ)

 最後にあったのは、底のない無念。まだ生きたい。やはり死ぬ訳にはいかない。勇次郎を生き返らせねばならないのだ。そして勇次郎を越さなければ、生きていた意味がない。
 だから動け俺の身体と、ジャックは自らを鼓舞する。
 
(動け)

(動け)

(動け)

(動け)

(動け)

(動け)

(動け)

(動け)

 それでも、彼の体は微動だにすることなく。

「俺はッッッッッッッッ、まだ死ねんッッッッッッッッ!!!!」
 
 絶叫の中、止めの弾丸でこめかみを撃ち抜かれ、ジャック・ハンマーは完全に沈黙した。無念の形相を浮かべたまま死に果てた男へと、未だ硝煙の立ち上る銃を持ったガンマン――ホル・ホースは冷たく言い放つ。
 
「だが最後に勝つのは、おれだったな」


304 : Vivid Survivors(後編) ◆Oe2sr89X.U :2016/04/05(火) 15:59:50 YoXcbOwA0
 フッと微笑んで決め台詞を言い終えるなり、ホル・ホースはその場に仰向けに倒れた。
 体の節々が痛む。中でもやはり潰された目が訴えかけてくる激痛は凄まじい物があり、今や意識を維持しているだけも相当な負担になっている。
 出来ればどこか屋内で休むべきなのだろうが、生憎と、もう一歩だって歩ける気がしなかった。
 凄腕の格闘家にボコボコに殴られ、痛め付けられて、今まで気絶せずにいるだけでもホル・ホースにしてみれば勲章ものの奮闘という話だ。
 薄れゆく意識の中、過剰なほどに眩い日差しに照らされながら、ホル・ホースはらしくない真似をしたもんだと呆れたように述懐した。したが、しかしすぐに「いいや、おれらしい行動だったか」と彼はへらへら笑う。
 なんてったってホル・ホースは、世界で一番女に優しい男なのだから。

 ホル・ホースは諦めていた。自分もアインハルトも此処で殺されるのだと決めつけ、それは彼女も同じだと勝手に納得していた。だが、違ったのだ。アインハルトは諦めてなどいなかった。
 ボロ雑巾のように痛め付けられ、生きているのが不思議なほどの状態になりながらも拳を振るい、果敢に戦った。
 結果彼女は勝てなかったが、本来なら、ああやって戦うことすら不可能だった筈。
 奇跡のような善戦で命を繋ぎ、その生き様を拳で語った彼女の精神は、気高い黄金色に輝いていたように思う。

「嬢ちゃんよ…………さすがのおれも……『敬意』ってやつを評するぜ。後は精々、ゆっくり休みな……おれもちょっとばかし疲れたからよぉ、少し、眠る…………ぜ………………」

 アインハルト・ストラトスという少女が今際の際に見た友人たちの姿は、身も蓋もないことを言ってしまえば単なる走馬灯の亜種、幻影に過ぎなかったのだろう。
 それでも彼女の中では、あの時見た皆の姿と言葉はまごうことなき真実だった。
 走り続けた覇王は眠りに就いた。聖女も去り、覇王も去り。彼女たちが戦う勇姿を見ることはもう二度とないだろうが、その鮮烈(Vivid)な生き様は、人々の記憶の中に永遠に残り続ける。

 不屈の夢の彼方まで羽ばたき続けた二人の少女に、どうか安らかな眠りがあらんことを。
 


【アインハルト・ストラトス@魔法少女リリカルなのはVivid  死亡】
【ジャック・ハンマー@グラップラー刃牙  死亡】




【G-2/一日目・日中】

【ホル・ホース@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
[状態]:疲労(大)、肋骨数本骨折、左目失明、気絶
[服装]:普段通り
[装備]:デリンジャー(1/2)@現実
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10) 黒カード:不明支給品0〜2、タブレットPC@現実
[思考・行動]
基本方針:生存優先。女は殺さない……つもり。
1:休む。つーか休まないと死ぬ
2:ジョースター一行やDIOには絶対に会いたくない。出来れば会う前に野垂れ死んでいてほしい。
3:アインハルトの生き様に、強い『敬意』。
4:夏凜にちょっぴりの『敬意』。
5:どうするかねえ、これから
[備考]
※参戦時期は少なくともDIOの暗殺に失敗した以降です
※犬吠崎樹の首は山の斜面にある民家の庭に埋められました。
※小湊るう子と繭について、アザゼルの仮説を聞きました。
※三好夏凜、アインハルト・ストラトスと情報交換しました。


支給品説明
【メルセデス・ベンツ@Fate/Zero】
アインハルト・ストラトスに支給。
エンジンは排気量2966cc、直列六気筒SOHCのM198エンジン。最高時速は260キロ。ガルウィングのドアが特徴的。
第四次聖杯戦争時に切嗣が、アイリスフィールとセイバーの冬木における足として運び込んでおいた物。元々は本国のアインツベルン城にあった、アイリスフィール曰く「切嗣が持ち込んできてくれた玩具」のひとつ。


305 : ◆Oe2sr89X.U :2016/04/05(火) 16:02:14 YoXcbOwA0
投下終了です。
タイトルはそれぞれ、
Vivid Survivors(前編) 引き合うように重なる拳
Vivid Survivors(後編) 不屈の夢の彼方まで
でお願いします。


306 : 名無しさん :2016/04/05(火) 16:35:11 MoRxyjQAO
投下乙です!
力強さと躍動感に溢れ、まさに格闘家のバトルといった熱さが伝わってくるバトルでした!
ジャックも殺人者ではなくファイターとしてアインハルトを認めるのはいいなあ
そしてホルホースは要所要所でいい仕事、トドメのシーンや最後の思考も彼ならではの味が出ていて格好良かったです


307 : 名無しさん :2016/04/05(火) 17:27:47 7bUhJC.M0
投下乙です
ホルホースもやはりプロ。なんだかんだで強くてかっこいいな
大暴れし続けたジャックもついに落ちたか。外付け装備のリスクでやられるのはまあ因果だよな
アインハルトはお疲れ様だ


308 : 名無しさん :2016/04/05(火) 17:35:51 AgPJ308IO
投下乙です

いい思い出は勇気をくれる


309 : ◆gsq46R5/OE :2016/04/07(木) 01:46:57 8QNE3lAg0
投下乙です!
ジャックはやはり強かったが、アインハルトの意地も強かった。
最後はアインハルトは敗れてしまいましたが、それで終わらせないホル・ホースは格好いいなあ。

投下します。


310 : 夢の跡、帰れない思い出の城 ◆gsq46R5/OE :2016/04/07(木) 01:49:43 8QNE3lAg0


  人の苦しむ姿や足掻く様を見て喜ぶ人種とは、何もフィクションの世界だけに見られる異常者ではない。
  他人の不幸は蜜の味という諺がある。
  誰かが失敗して滑稽な様を晒せば、それに後ろ指を指して下卑た笑いを浮かべる。
  誰かが恥をかけば、鬼の首を取ったように皆でそれを共有して話の種にする。
  不幸に遭った人間にしてみれば堪ったものではないが、その人にとっての他人からすれば単なる対岸の火事だ。
  不幸を笑い、吹聴して楽しむ。
  まさに人間だけが持つ、生来の悪徳というべきだろう。
  しかし逆によほどの聖人君子でもない限り、誰でも生まれながらに持ち合わせている性質なのだから、別にそれ自体は責め立てられるようなことでもない。

  だがそれを根源的な願望として持つ人間が居るというのなら、その者は間違いなく異常者の類だ。
  人の苦しみを観測(み)て悦に浸り、自分の心的欲望を満たすという願いは言うまでもなく歪んでいる。
  危険人種と呼んでも、決して誤りではあるまい。
  一体いつ能動的に他人の苦しみを蒐集し始めるかも分からない、そんな人間を傍らに置きながら戦うことの何と恐ろしく、綱渡りなことか。

  されど承太郎は、別に言峰のことを集団から追放しようなどとは考えていない。
  万一彼が進んで蛮行を働き出したなら、その時は無論適切に対処するつもりだが、少なくとも今の彼は無害だ。
  実力的な意味でも、亡き友人の同行者という意味でも、言峰はキープしておきたい人材だった。
  ただ、はっきりさせておかねばならないことは確かにある。
  今後のためにも、彼のためにもだ。
  
 「答えろ、言峰」

  言峰綺礼は、かの忌むべき邪悪の化身に『何か』を吹き込まれている。
  承太郎は奴のやり口を知っていた。
  実際に自分がされたわけではないが、DIOという男が人間の心に取り入る舌と、不思議な魅力を持っているというのはもはや疑いようもない話。
  そしてDIOの毒牙に掛かれば、時に人は変わってしまう。
  放送後のごたつきの中で悦楽の笑みを浮かべていた、言峰。
  彼に発露した歪みをもし此処で見過ごせば、きっと良からぬことになる。
  DIOの誘惑を一度跳ね除けたからといって、それで彼が解き放たれたとは限らない。
  
  例えるなら、それは蜂の毒だ。
  一度目に刺されて助かったならば、二度目に刺された時は一度目以上の地獄が襲う。
  それと同じだ。
  奴の言葉は一度拒絶しても鼓膜の奥にじとりと残留し、事ある毎に染み出して、また昏い誘惑を重ねてくる。
  だから、此処で抜いておく必要がある。
  心に穿たれた、肉の芽などよりずっと悪辣な奴の言葉を。


311 : 夢の跡、帰れない思い出の城 ◆gsq46R5/OE :2016/04/07(木) 01:50:25 8QNE3lAg0

 「DIOの野郎に、何を吹き込まれた」
 「…………」

  言峰は、決して感情表現が豊かな部類の人間ではない。
  むしろ寡黙、それを通り越して空虚なほどの静けさを纏った男だ。
  その彼が答えに窮し、躊躇っているのが、承太郎には手に取るように分かった。
  空条承太郎という男が元々鋭い人間であることを抜きにしても、言峰らしからぬ有様だ。
  彼が動揺しているのが分かる。自分の判断は間違いではなかったと、改めてそう確信する。
  
 「承太郎。君の目に、私はどう写る」

  結局彼がしたことは、質問に質問を返すという行動だった。
  断っておくと、何も言峰は打算で答えを渋っているわけではない。
  彼は未だ、その深層にある願望を――自分の根源にあるものを知覚していないのだ。
  答えに窮するのは彼自身の理解が追い付いていないからで、そこに悪意は介在しない。

 「……さあな。自分のことが知りてえってんなら、姓名判断師にでも聞けばいいんじゃねえか。……だが」

  承太郎の眼差しが、鋭くなる。
  相対した人間の心を射竦めるような『凄味』を、言峰はそこから感じ取った。

 「てめえは笑っていたぜ」
 「……!」
 「……やれやれ。その様子だと、気付いてもなかったみてーだな……覚えてるか? 放送が鳴り止んでから、香風や天々座がゴタゴタやっていたのを」
 「……ああ」
 「その時、てめえは笑っていた……まるで心底楽しいものでも見るかのように、ニヤニヤとな」

  言峰は、気付かなかった。
  自分が笑っていたことに、本当に気付いていなかった。
  そのことに愕然とする彼であったが、承太郎はそこに一縷の望みを見出す。
  少なくとも言峰綺礼という男は、自覚して悦に浸っているわけではなかったのだ。
  仮に彼の本性が『そういうもの』だったとしても……それならまだやりようは、ある。

 「性根の腐った野郎ってのはすぐに分かる……その点、言峰。お前はまだ『邪悪』には見えねえ」
 「当たり前だ、私は――」
 「だが、これからどうなるかまでは分からねえ」


312 : 夢の跡、帰れない思い出の城 ◆gsq46R5/OE :2016/04/07(木) 01:51:11 8QNE3lAg0

  だから聞かせな。
  承太郎は言う。
  何という因果だろうか、これは。
  ある意味では、彼らの血筋の因縁が見せた一形態とでも言うべきなのかもしれない。
  言峰綺礼を本性の道へと誘ったDIO。そして、それを引き戻そうとする空条承太郎。
  百年以上の因縁が小競り合いを引き起こす瞬間に立ち会い、しかしそれを自覚することなく、言峰は唾を飲む。
 
 「……奴は、私が心より望むものを見せると言った。自分に正直に生きろ、ともな」
 「……それは」
 「恐らく、そういうことなのだろうな」

  野郎。
  承太郎は小さく舌打ちをする。
  肉の芽を打ち込まれていないだけ、まだ幸運とすべきだろうか。
  言峰の話を聞き終えた彼は普段の感覚で煙草を取り出そうとし、無いことに気付いて嘆息する。
  噛み煙草は確かに手元にあるが、やはり棒状の煙草の方が一服しているという気分になれる。
  煙も出ず、ただ味がするだけの煙草はあまり承太郎の趣味には合わなかった。

  未だ見ぬDIOの下卑た笑顔を想像すると、それだけで胸糞の悪いものを感じる。
  必ずその顔面に拳を叩き込んでやると心の中でもう一度宣戦布告をし、視線を再度目の前の言峰に向けた。
  DIOが言い、針目の連れていた女も言った。
  もはや、言峰綺礼という男が歪んだ本性を持っていることは間違いない。
  そしてそれは、決してこれから気を付けろと忠告だけして見逃せるような問題ではないのだ。
  
  承太郎達のチームには、チノやリゼ、遊月のような、言っては悪いが無力な人間が多い。
  言峰がもしも何らかの変化を遂げて覚醒し、彼女達に直接的で無かれど危害を加えようとしたなら一大事だ。
  手を打つ必要はある――だから承太郎は毅然と神父の目を見据え、言った。

 「言峰。お前は――」

  




 「言峰、お前は――俺と風見で監視させて貰う」

  言峰の前には今、承太郎と雄二が居た。
  目覚めかけの歪みを宿した神父への対処として彼が打ち出したのは、監視し、これ以上の悪化を招かないこと。
  話を聞かされた雄二は驚いた様子を見せていたが、すぐに事を理解し、頷いてくれた。
  
 「チノ達への他言は無用ということでいいな、二人共」
 「ああ」
 「そうした方が、いいだろうな」

  雄二の提案に、二人は頷く。
  傷心のチノとリゼは勿論、遊月にも決して漏らしてはならない話だ。
  要らぬ混乱を招かないためにも、本来承太郎はこのことを一人で抱えるつもりだった。
  だが、風見雄二は優秀な男だ。
  彼ならば余計な事態を招くということもなく、逆に上手く気を利かせて立ち回ってくれるだろうと、承太郎は短い時間の中で既に彼を信頼しつつあった。

 「言峰」

  承太郎が、言う。
  言峰をまっすぐに見据えた上で言うその言葉には、強い力があった。
  空条承太郎という男だからこそ持つ、DIOの誘惑さえ物ともしない強い意志が籠っている。
  
 「あとは、お前次第だぜ」

  彼は多くを語る男ではない。
  それに、多くを語ることが意味を持つとも思えなかった。
  それを聞いた言峰は、静かに自分の唇を噛み。
  一つ、確かに頷いた。


313 : 夢の跡、帰れない思い出の城 ◆gsq46R5/OE :2016/04/07(木) 01:51:59 8QNE3lAg0



 「ココアさん、本当に心配したんですよ」
 「……う、うん」

  幻影を演じるのは、難しいことではなかった。
  もっと言えば、簡単も難しいもない。
  遊月はココアのことを風評でしか知らないし、姿はおろか口調さえ全く知らないのだ。
  それで完璧に演じることまで要求されていたら、きっと遊月は癇癪を起こして雄二に食ってかかっていた。
  文句を言いたい気持ちが大半だ。
  ただ、これ以上波風を立てるのもどうかと思う気持ちがあったのも確かである。
  
  紅林遊月は、良くも悪くも普通の少女だ。
  歳相応に常識を弁え、歳相応の感情を持った少女。
  だから衝動的に癇癪を起こすこともあるし、それを思い返して後ろめたい気持ちになることもある。
  決して自分のやらかしたことを正当化し、悲しみに沈む少女へ怒りをぶつけるような屑ではない。
  それに遊月はこれまで自分が、沢山やらかしてしまったという自覚を持ってもいた。

  桐間紗路は……シャロは、死んだ。
  もし彼女に対し自分が出過ぎた真似をしなかったなら、彼女が死ぬことはなかったかもしれない。
  雄二にチノのことを頼まれ、心の中に納得の行かないものを抱えながら彼女のもとへ向かう中、一人になった途端に胸の中へどんよりとした罪悪感が込み上げてきた。
  何も、ずっと姉のふりをしろというわけじゃない。
  一時的な精神的ショックで壊れてしまったのなら、思い出すこともあるだろう。
  それまで、少し慣れない真似をするだけだ。
  シャロの友人だというチノのために行動することが、少しでも償いになればそれでいい。
  そんな思いで遊月は再びチノを探し、今に至る。

 「……ココア、さん」
 「なに?」
 
  バルコニーに立ち、外を眺めていたチノが振り返った。
  雲間から覗く太陽に照らされた彼女の姿は儚く、元々の愛らしい顔立ちも相俟って非常に絵になる。
  その表情を見た時、遊月は「あっ」と思った。

 「――絶対、ぜったいですよ。ぜったい、一緒に帰りましょうね」

  未来への意気込みと決意に溢れているべき台詞は、泣きながら口にする言葉のように掠れていた。
  途切れ途切れの、聞き取りにくい声には希望的な感情など、全く宿っていない。
  そこにあるのは、諦めだった。それは絶望し、諦めきった人間の声だった。

 「…………ココアお姉ちゃんっ」

  多分、チノは普段ココアをそうは呼んでいなかったのだと思う。
  からかうとは少し違うが、近いもののある、あえて呼び方を変えたような言い方。
  お姉ちゃんと、チノは言った。
  ココアとチノは血は繋がっていないのだろうが、姉妹分に近い関係だったのだろう。
  男と女、女と女の違いはあれど、遊月にとって『きょうだい』というのは特別な意味を持つ言葉だ。


314 : 夢の跡、帰れない思い出の城 ◆gsq46R5/OE :2016/04/07(木) 01:52:37 8QNE3lAg0
  
  チノは姉を失った。
  自分がもし、兄を失ったら。
  ……考えただけで背筋が凍る。絶望し、叫び出したくもなる。
  目の前の少女はこんなにも小さな体と幼い心で、あまりに大きな絶望と悲しみを受け止めるしかなかったのだ。
  
  ココアお姉ちゃんと遊月を呼んで、太陽を背に振り返ったチノの顔は微笑んでいた。
  瞳に涙を滲ませて、諦めきった声色で、彼女は壊れた演技に殉じている。
  どんなバカでも一発で分かるだろう下手な取り繕い方は、まるでツギハギだらけの人形だ。
  壊れたくても壊れられず、そうするしかなかったのだろうと遊月はその時、心で理解した。
  
 「……ああ」

  もしも、もしもだ。
  チノが失ったのが、ただの友人だったなら。
  遊月は彼女に対して、ずっと苦手意識を抱いたままだったことだろう。
  彼女は綺麗な人間ではない、ないのだ。
  哀れな少女と自分にあった、『きょうだい』という共通点に胸を打たれ、少しだけ心が動いただけの話。
  
 「帰ろう、チノ」

  だから遊月はそっと、優しい嘘をついた。
  それがいいことであるか、悪いことかはさておいて。
  傷だらけの少女にとっては、あまりにも優しい嘘だった。

  それはまるで甘いココアのように、兎小屋は優しさに満ちていた。





  一人、天々座理世もまた、空を見ていた。
  あの空の先に広がる世界のどこかに、本物のラビットハウスがあるのだろうか。
  それこそ毎日のように通っていた喫茶店が、今はとても恋しい。
  
  ここには、うさぎがいない。
  うさぎだらけのあの町に、帰りたい。
  
 「はぁ」

  こんなんじゃダメだと、リゼは自分の顔をぱしんと叩いた。
  シャロは死んだ。
  ココアも、死んだ。
  死んだ人間がもう戻ってこないことなんて、子どもだって知っている。
  今のリゼが彼女達に出来ることは、その冥福を祈ることくらいだ。

 
  みんな、みんな、いなくなっていく。
  ご注文の品は、依然届かないまま。



【G-7/ラビットハウス/一日目・日中】
【香風智乃@ご注文はうさぎですか?】
[状態]:健康、現実逃避
[服装]:私服
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(8/10)、青カード(10/10)
   黒カード:果物ナイフ@現実、救急箱(現地調達)、チャンピオンベルト@グラップラー刃牙、グロック17@Fate/Zero
[思考・行動]
基本方針:皆で帰りたい……けど。
   0:……。
[備考]
※参戦時期は12羽終了後からです。
※空条承太郎、一条蛍、衛宮切嗣、折原臨也、風見雄二、紅林遊月、言峰綺礼と情報交換しました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。
※『越谷小毬殺人事件の真犯人はDIOである』という臨也の推理(大嘘)を聞きました。必要に応じて他の参加者にも伝える可能性があります。

※紅林遊月の声が保登心愛に少し似ていると感じました。
※紅林遊月を保登心愛として接しています。



【天々座理世@ご注文はうさぎですか?】
[状態]:健康、精神的疲労(中)
[服装]:メイド服・暴徒鎮圧用「アサルト」@グリザイアの果実シリーズ
[装備]:ベレッタM92@現実
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(10/10)
    黒カード:不明支給品0枚
[思考・行動]
基本方針:ゲームからの脱出
     0:……しっかりしないと。
     1:ここで千夜を待つ? 探しに行く?
     2:外部との連絡手段と腕輪を外す方法も見つけたい
     3:平和島静雄、DIO、針目縫を警戒
[備考]
※参戦時期は10羽以前。
※折原臨也、衛宮切嗣、蟇郡苛、空条承太郎、一条蛍、香風智乃、紅林遊月、言峰綺礼と情報交換しました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。
※『越谷小毬殺人事件の真犯人はDIOである』という臨也の推理(大嘘)を聞きました。必要に応じて他の参加者にも伝える可能性があります。


315 : 夢の跡、帰れない思い出の城 ◆gsq46R5/OE :2016/04/07(木) 01:53:27 8QNE3lAg0

【紅林遊月@selector infected WIXOSS】
[状態]:口元に縫い合わされた跡、決意、不安、チノへのシンパシー
[服装]:天々座理世の喫茶店の制服(現地調達)
[装備]:令呪(残り3画)@Fate/Zero、超硬化生命繊維の付け爪@キルラキル
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(18/20)、青カード(20/20)
黒カード:ブルーアプリ(ピルルクのカードデッキ)@selector infected WIXOSS
[思考・行動]
基本方針:叶えたい願いはあるけれど、殺し合いはしたくない
   0:情報交換を兼ねてラビットハウスで休憩。特に魔術の話を注意して聞く。それから……。
   1:シャロ……。
   2:るう子には会いたいけど、友達をやめたこともあるので分からない……。
   3:衛宮切嗣、針目縫を警戒。
   4:私は、どうしたら……。
   5:“保登心愛”としてチノと接する。今は、まだ。
[備考]
※参戦時期は「selector infected WIXOSS」の8話、夢幻少女になる以前です
※香風智乃、風見雄二、言峰綺礼と情報交換をしました。
※ピルルクの「ピーピング・アナライズ」は(何らかの魔力供給を受けない限り)チャージするのに3時間かかります。

※チノの『演技』に気付きましたが、誰にも話すつもりはありません。


【風見雄二@グリザイアの果実シリーズ】
[状態]:右肩に切り傷、全身に小さな切り傷(処置済)
[服装]:美浜学園の制服
[装備]:キャリコM950(残弾半分以下)@Fate/Zero、アゾット剣@Fate/Zero
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(10/10)
   黒カード:マグロマンのぬいぐるみ@グリザイアの果実シリーズ、腕輪発見機@現実、歩狩汗@銀魂×2
[思考・行動]
基本方針:ゲームからの脱出
     0:情報交換を兼ねてラビットハウスで休憩。特に魔術の話を注意して聞く。
     1:天々座理世、香風智乃、紅林遊月を護衛。3人の意思に従う。
     2:宇治松千夜の保護。こちらから探しに行くかは全員で相談する。
     3:外部と連絡をとるための通信機器と白のカードの封印効果を無効化した上で腕輪を外す方法を探す
     4:非科学能力(魔術など)保有者が腕輪解除の鍵になる可能性があると判断、同時に警戒
     5:ステルスマーダーを警戒
     6:平和島静雄、衛宮切嗣、DIO、針目縫を警戒
     7:香風智乃の対処をどうしたものか……。
     8:言峰には注意をする
[備考]
※アニメ版グリザイアの果実終了後からの参戦。
※折原臨也、衛宮切嗣、蟇郡苛、空条承太郎、紅林遊月、言峰綺礼と情報交換しました。
※キャスターの声がヒース・オスロに、繭の声が天々座理世に似ていると感じました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。
※『越谷小毬殺人事件の真犯人はDIOである』という臨也の推理(大嘘)を聞きました。必要に応じて他の参加者にも伝える可能性があります。
[雄二の考察まとめ]
※繭には、殺し合いを隠蔽する技術を提供した、協力者がいる。
※殺し合いを隠蔽する装置が、この島のどこかにある。それを破壊すれば外部と連絡が取れる。


316 : 夢の跡、帰れない思い出の城 ◆gsq46R5/OE :2016/04/07(木) 01:53:38 8QNE3lAg0


【空条承太郎@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
[状態]:疲労(小)、胸に刀傷(中、処置済)、全身に小さな切り傷、針目縫への怒り
[服装]:普段通り
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(10/10)、噛み煙草(現地調達品)
[思考・行動]
基本方針:脱出狙い。DIOも倒す。
   0:体力が回復するまで、情報交換を兼ねてラビットハウスで休憩。
   1:その後、これからの行動を決める。
   2:平和島静雄と会い、直接話をしたい。
   3:静雄が本当に殺し合いに乗っていたなら、その時はきっちりこの手でブチのめす。
   4:言峰には注意をする。だが、追い出したりするつもりはない
[備考]
※少なくともホル・ホースの名前を知った後から参戦。
※折原臨也、一条蛍、香風智乃、衛宮切嗣、天々座理世、風見雄二、言峰綺礼と情報交換しました(蟇郡苛とはまだ詳しい情報交換をしていません)
※龍(バハムート)を繭のスタンドかもしれないと考えています。
※風見雄二から、歴史上の「ジル・ド・レェ」についての知識を得ました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。



【言峰綺礼@Fate/Zero】
[状態]:疲労(小)、全身に小さな切り傷
[服装]:僧衣
[装備]:神威の車輪(片方の牛が死亡)@Fate/Zero
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(18/20)、青カード(17/20)
黒カード:不明支給品0〜1、各種雑貨(ショッピングモールで調達)、不明支給品0〜3(ポルナレフの分)、スパウザー@銀魂
    不明支給品1枚(希の分)、不明支給品2枚(ことりの分、確認済み)、雄二のメモ
[思考・行動]
基本方針:早急な脱出を。戦闘は避けるが、仕方が無い場合は排除する。
   0:体力が回復するまで、情報交換を兼ねてラビットハウスで休憩。魔術について教える。
   1:その後、これからの行動を決める。
   2:DIOの言葉への興味&嫌悪。
   3:希への無意識の関心。
   4:私の、願望……。
   5:自分の処遇は承太郎と雄二に任せる。集団を追い出されるならば、それもやむなしか。
   6:私は……
   

[全体備考]
※針目縫が落とした持ち物は、風見雄二と紅林遊月が回収しました。
※ポルナレフの遺体は、ラビットハウス二階の部屋に安置されています。
※ポルナレフの支給品及び持ち物は、言峰綺礼が全て回収しました。まだ確認していないものもあります。
※神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)は、二頭のうち片方の牛が死んだことで、若干スピードと火力が下がりました。
※二階のチノの部屋に、言峰綺礼の書きかけの魔術に関するメモがあります。


317 : ◆gsq46R5/OE :2016/04/07(木) 01:54:13 8QNE3lAg0
投下終了です。何かあればお願いします。


318 : 名無しさん :2016/04/07(木) 09:08:02 AR1vQnG.0
投下乙です!

ここは戦力的には盤石ながら不穏なものがありますね
メンタルボロボロのチノちゃんにはちょっと興奮しました…(小声)
言峰はどうなるかなぁ、現状愉悦を除けば普通にぐう聖なのが話をややこしくしていますが…

細かいことになってしまいますが、遊月が姉で香月が弟です


319 : ◆gsq46R5/OE :2016/04/07(木) 17:10:46 8QNE3lAg0
>>318
該当箇所が一箇所だけだったので、wikiの方で直接修正させていただきます


320 : ◆KKELIaaFJU :2016/04/09(土) 02:00:06 Fph2ZcDA0
投下します


321 : 錯覚CROSSROADS  ◆KKELIaaFJU :2016/04/09(土) 02:01:21 Fph2ZcDA0

「………………銀さん?」

 心配そうな声で絵里は銀時に声をかける。

「絵里、―――――――――――――」  

 何か銀時が言いかけた。
 その言葉を遮るように、絵里は先に言葉を口に出す。


「銀さん、まさか……


 ……………………電車酔い?」


「ちげぇよ!!!」
「だって、ほらさっきから顔すっごく青いし……」
「元々だよ!」
「いやいや、銀さんそんな顔色じゃなかったわよね!?」 

 明らかに様子がおかしい。
 絵里は黒カードから鞘を取り出して構える。
 問い正すように銀時に鞘を向ける。
  
「ねぇ、銀さん本当は何を見たの……!」
「おい、そんなもん、ここで振り回したら危ねぇって!!」
「答えてよ!」

 その時、大きく車体が揺れて―――

 電車は止まった。
 電車が駅に着いたのだ。


「えっ………」


 それと同時に絵里の小さな悲鳴が響いた―――


 止まった時の慣性の法則で――――  


 絵里のバランスが大きく崩れて―――


思いっきり、後方に―――――

 

 ――――――――――すっ転んだ。
 


「オイィィィィィィ!?」

 

 後頭部を座席に思い切り打ち付けるような形で―――――

 ――――――――――すっ転んだ。

 絵里が最後に見えたのは銀時の足。
 
「……絵里、おい、しっかりしろ……絵里……」

 どんどんと絵里の意識が遠のいていく。
 そのまま安らかな顔で眠るように……眠った。

「どうすんだよ、これ……」

 とりあえず、銀時は絵里を抱きかかえて電車を降りた。
 そのまま駅構内で休めそうな場所を探した。

「仮眠室か……」
  
 駅に大抵設置してある仮眠室。
 銀時はそこに入り布団を敷き、絵里を静かに寝かせる。
 後頭部を強打したので出来るだけ静かに寝かせた。

「どうすっかな……」

 一先ず、絵里が起きたらどうするか……。
 見たことを言ってしまったら
 
 銀時はその間に桂たちにトランシーバーで連絡を取ろうとした。
 が、また電波が悪いのか、電池切れなのか分からないが繋がらなかった。

 そこで銀時はまたトランシーバーの電池を掌でコロコロし始めた。


322 : 錯覚CROSSROADS  ◆KKELIaaFJU :2016/04/09(土) 02:02:39 Fph2ZcDA0


 ◆ ◆ ◆


 ……う〜ん、ここはどこ? どこだっけ?
 視界がぼやけてるが、見知らぬ街角がそこにあった。

 ……夢ね。
 早く起きないと。
 銀さんに心配かけちゃう……。
 いや、そんなことよりもちゃんと銀さんに聞かないと……!

『おーい、絵里ちゃん』
 
 え、穂乃果?
 なんでここに……?
 
『そんな細かいことはいいの!
 じゃ、行こっか、絵里ちゃん』

 行くって? どこへ……?
 穂乃果が私の手を引っ張ろうとする。

『? いやいや、そりゃあ帰るんだよ』

 帰る?
 帰るにしても【皆】で行かないと……

『ねぇ、絵里ちゃんの言う【皆】って? その中に穂乃果達も入ってるよね?』
 
 ……当然よ!
 だって、そのために……。

『そのために絵里ちゃんは何をしてきたの?』 

 ……穂乃果、そんなこと言われても……

 ―――――言い返せない。

 ……銀さんたちに守られてばかりで……
 ……私、何もしてないじゃないの……

 思い返せば、μ'sが始まってから……
 思いもよらぬ出来事や想像もしていなかった展開に振り回されて……
 皆は気がつけばいつも猪突猛進に走っていた……。

 細かいことは気にしないでいつも目の前のことのことにひたすらに――――
 がむしゃらに走り続けた穂乃果に引っ張られて……
 走り続けてたのは―――きっと、ことりもにこも……
 海未も凛も花陽も真姫も……そして、希も……

 細かいことは気にしないでひたすら前に前に……

 先回りや見通しや悲観的な考えなんて―――

 何もかも吹き飛ばしていつもμ'sは進んでいく。


 だから―――私は不安になる。

 
 そんなメンバーに囲まれて私は―――同じように走れてた?


323 : 錯覚CROSSROADS  ◆KKELIaaFJU :2016/04/09(土) 02:03:21 Fph2ZcDA0


 それは今の状況になんだか似ている気がした。

 銀さんや桂さんや鬼龍院さん、友奈ちゃんのように戦えない。
 コロナちゃんやれんげちゃんのように魔法も使えない。
 
 そんな私に一体……何が出来る?

『うーん、それじゃあ絵里ちゃんはこれからどうするの?』

 まだ……わからない。  
 私に出来ることは……本当にあるのかしら……?

『別にいいんじゃないかな?
 今すぐに答えなんか出さなくても!』

 ……え?

『だって絵里ちゃんは絵里ちゃんだもの。
 ……絵里ちゃんは絵里ちゃん以外の他の誰にもなれないんだよ?
 自分らしく、自分のペースで行けば!』

 穂乃果……そんな簡単に言うけど……。
 私は私にしかなれない、か……。
 それもそうよね……。



『ちょっと穂乃果、絵里をいつまでも困らせるんじゃないわよ!』
『穂乃果ちゃん、そろそろ……行かないと』
『ごめんごめん、にこちゃん、ことりちゃん今からそっちに行くね』

 えっ、ことり、にこ……?
 まさか……これって……?
 穂乃果……まさか、貴女……?
 嫌な予感しかしなかった。

『ごめんね……絵里ちゃん、私もう行かなくちゃなんだ……』

 ………穂乃果。

『絵里、最後まで諦めるんじゃないんわよ!』
 
 ……にこ。

『じゃあね、絵里ちゃん……』

 ……ことり。


『絵里ちゃん、ファイトだよっ!!』


 遠くなっていく三人の背中。
 目の前にいても私からはもう遠い人たちに。

 追いかけてはいけない気がした。
 追いかけても、決して手が届かない。

 ……ああ、私は立ち止まれないんだ。

 私も行かなくちゃ……
 穂乃果、にこ、ことり……ありがとう。




 ―――до свидания.(さようなら)




 ◆ ◆ ◆


324 : 錯覚CROSSROADS  ◆KKELIaaFJU :2016/04/09(土) 02:04:08 Fph2ZcDA0


「………目、覚めたか?」
「私……どれくらい倒れてたの……?」
「大体、1時間か……それくらいだ」
「……そんなに?」
「お前寝てなかったしな」

 ふかふかとはとても言えないが、それなりの布団の上。 
 絵里は目を擦り、こぼれそうな涙を拭う。

「銀さん……放送は……?」
「……………いや、まだだ」

 近くにあった時計を見る。
 もうすぐ放送開始間際だった。
 喉が渇いたので青カードからスポーツドリンクを飲む。

「銀さん、私……今、泣いてた?」
「……ああ」
「見てた?」
「…………ああ」
「……………………そう、また出発が遅れちゃったわね……」
「あんま気にすんじゃねーよ、仕方ねぇって」


 時計の秒針が静かに時を刻む音だけが響く。
 あと何分かで放送が始まる。


『――正午。こんにちは、とでも言えばいいかしら。二回目の定時放送の時間よ』


 その声で二人の身体がぴくりとなる。

 誰も呼ばれないで欲しい。
 そう、願った。
 だが、その声は淡々と試写の名前を読み上げていった。

 そして―――

『高坂穂乃果』

 その名前が呼ばれた時……
 絵里の胸の奥底から苦しくなった。
 再び涙を流した。
 泣き虫だと言われてもいい。
 そんなに強くないと自分でもわかっている。

 銀時はそんな彼女を見て、掛ける言葉を必死に考えた。
 抱きしめてあげたかったが、そんなことをしてどうなるか?
 相手は年頃の女の子だよ? 男として当然だよ。 
 
 放送が終わってもしばらく二人はそのままだった。
 また時計の秒針が静かに時を刻む音だけが響く。
 
 そんな時であった。
 つけっぱなしで砂嵐しか映らなかったテレビに女の子の映像が映った。

『─────あ、ええっと……これでいいのかしら?
 いきなりでごめんなさい、放送局から放送しているわ』
「銀さん、この娘って……」
「ああ、そうだな、にぼっしーちゃんだ」
「……三好夏凜ちゃんでしょ」

 絵里は袖で涙を拭って、銀時と共に画面を凝視する。
 赤い髪に友奈と同じ制服。
 友奈が言っていた特徴と一致している。
 二人は『三好夏凜』当人であると間違いないと確信する。 

『最後に―――――東郷、それに風。あんまりバカなことはやめなさい。
 友奈、私はちょっとここから動くかもしれない。また連絡するわ。

 それじゃあ、また』
 
「バカなこと……ねぇ、それってまさか?」
「………………多分、絵里が思っていることで合ってると思うぜ」

 それ以上言葉はいらない。
 しかし、今、その風という少女に友奈が接触しているかもしれない。
 二人は友奈を信じる。きっとまた会える、と。


325 : 錯覚CROSSROADS  ◆KKELIaaFJU :2016/04/09(土) 02:04:45 Fph2ZcDA0


「じゃあ、放送局に行かなきゃね、今までの遅れを取り戻さなきゃ……」
「………学校には行かなくていいのか?」

 ここから北に行けば最初の目的地『音ノ木坂学院』がある。
 しかし、絵里は首を横に振る。

「ええ……今は放送局に向かいましょう……
 みんなとの『約束』だから、ね……
 それにね、銀さん、ちょっと『アレ』貸して」
「『アレ』か……あいよー」

 銀時は一枚の黒カードを絵里に投げ渡す。
 黒カードから出てきたのはまたしてもカード。
 だが、ただのカードではないタロットカードであった。
 よく希が占いで使っていたのを思い出す。
 絵柄を見ずに無造作に一枚を引く。

「占いなんてやったことあるのか?」
「やった無いけど……親友の……希の真似事よ」

 引いたカードに描かれていたのは『星』。

「『星の正位置』の意味は確か『希望』『ひらめき』……『願いが叶う』だったかしら」
「随分といい引きだな」
「カードにもこう出てるしね」

 絵里はドヤ顔でカードを見せつける。
 その顔は少し笑顔を見せたような気がした。

「……それと放送局に着いたら希に呼びかけようと思うの……
 『私はここにいるわ』ってね、その時は銀さん手伝ってくれる?」
「いいぜ、けどそんときゃ追加料金もらうぜ?」
「銀さん、意外にケチね」
「商売上手といいな」
「……またパフェでいい?」
「……ああ、それで十分だ」
「…ハラショー」

 二人は南に向かって歩いていく。
 その先に何があるか分からない。
 それでも、二人は進むしかなないのだから……。



「……にしても、何かお前怪我の治り早くね?」
「そうかしら?」

 先程まで絵里の後頭部には大きなコブがあった。
 しかし、今はそんな形跡すら残っていない。
 銀時は『若いっていいなー』程度にしか思わなかった。
 絵里は『えっ、私怪我なんてしたの』程度にしか思わなかった。

 『全て遠き理想郷』

 二人はまだその鞘の効力に気づいていない。


326 : 錯覚CROSSROADS  ◆KKELIaaFJU :2016/04/09(土) 02:05:26 Fph2ZcDA0
【B-2/駅近く/日中】

【坂田銀時@銀魂】
[状態]:疲労(小)、全身にダメージ(中)
[服装]:いつもの格好
[装備]:無毀なる湖光@Fate/Zero
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(8/10)、青カード(10/10)
    黒カード:トランシーバー(A)@現実、黒カード:不明支給品0〜1枚(本人確認済み)、包帯とガーゼ(残り10分の7)、担架
[思考・行動]
基本方針: ゲームからの脱出
1:放送局に向かう
2:神楽と合流したい
3:神威、流子、DIOは警戒
 [備考]
※【キルラキル】【ラブライブ!】【魔法少女リリカルなのはVivid】【のんのんびより】【結城友奈は勇者である】の世界観について知りました
※友奈が左目の視力を失っている事に気がついていますが、神威との戦闘のせいだと勘違いしています。
※ジャンヌの知り合いの名前とアザゼルが危険なことを覚えました。

【絢瀬絵里@ラブライブ!】
[状態]:精神的疲労(中)、髪下し状態
[服装]:音ノ木坂学院の制服
[装備]:アヴァロン@Fate/Zero
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(8/10)、青カード(8/10)、最高級うどん玉
    黒カード:エリザベス変身セット@銀魂、タロットカード@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース
[思考・行動]
基本方針:皆で脱出。
0:自分に何が出来るか分からないが、前に進む。
1:銀さん達を信じる。
2:希に会いたい。
3:多元世界か……
 [備考]
※参戦時期は2期1話の第二回ラブライブ開催を知る前。
※【キルラキル】【銀魂】【魔法少女リリカルなのはVivid】【のんのんびより】【結城友奈は勇者である】の世界観について知りました
※ジャンヌの知り合いの名前とアザゼルが危険なことを覚えました。
※多元世界についてなんとなくですが、理解しました。
※全て遠き理想郷(アヴァロン)の効果が微弱ながら発揮されましたが、本人は気づいていません。


【タロットカード@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
坂田銀時に支給。
モハメド・アヴドゥルが使っていたタロットカード。


327 : ◆KKELIaaFJU :2016/04/09(土) 02:05:59 Fph2ZcDA0
投下終了です。


328 : ◆NiwQmtZOLQ :2016/04/10(日) 13:03:57 jAuXnfX20
本投下します。


329 : ◆NiwQmtZOLQ :2016/04/10(日) 13:04:19 jAuXnfX20

B-7にあるホテル、その一室。
東側に窓があるその部屋は既に日光が差し込む危険もなく、カーテンが閉められている。
かといって室内の照明器具が点いている訳では無く、結果として部屋の中は、普通の人間が辛うじて活字を読めるか程度の明るさで満たされていた。
薄暗闇に包まれたそんな部屋の中で、唯一ひっそりと自ずから光を放っているものが一つ。
ありふれたサイズの液晶画面であるそこに反射する姿は、先程のシャワーのお蔭で殺し合いの場であるにも関わらず清潔感に溢れる一人の男。

帝王DIO、その人だった。





あれから。
麻雀に快勝し気分を良くしたDIOは、尚も他の娯楽で暇を潰そうとして、娯楽場の案内図を見に行こうとした。
しかし、実際に案内図を見て―――――正確にはその横にあるホテルの案内図を見て、より有意義な時間の過ごし方を発見した。

―――――ホテル内の、綿密な探索。
もしも敵が強襲してきた時、そしてその敵が万が一にでも日光というDIOの弱点を把握し、外に面する場所へ誘導するなどといった姑息な手を使ってきた場合。
こちらも流石にホテルの中を、単に地図で掴んだ概要以上にしっかり把握しておかなければいけない。
吸血鬼としての身体に『世界』という最強のスタンドを持つ自分だが、あのクソッタレの侍共のように、必死に小さい頭を捻って考え付いたなけなしの策が、「偶然」このDIOの域に達することが「万が一にでも」存在するかもしれない。
だが、帝王が完全に地の利を理解しているのであれば、そんなちっぽけな偶然すらも水泡と帰す。
そう、これはこのDIOの勝利をより盤石にし、虫ケラごときがあろうことか二度も勝利するような、間違ってもあってはならない事態を防ぐもの。

DIOの持論の一つに、「恐怖を克服する為に生きる」というものがある。
名声、支配、金、友人―――――それらのものは全て人間が生きている上で安心するために手に入れようとする、という論。
DIOが今しているのは、まさに今「万全を期す」という形で安心を得るという行為だった。

「ふむ、ここは…」

DIOが開いた扉は、そのほかの部屋のような豪奢さがなく、シンプルにデザインされた机が並ぶ事務室。
整理整頓がきちんとなされている―――――というより、机の奇妙なまでの小奇麗さや、ペン立てに入った使用した形跡がほとんどないように見えるペンを見るに、実際には一回も使用されていないのだろう。

「つまりは、このDIOが初めに使うことができるということか」

東向きの窓に念入りにブラインドとカーテンを掛け、部屋を物色しようとして、少し奇妙な事に気付く。
どの机にも、テレビに似た画面が嵌め込まれた、見慣れないものが並んでいる。
しかし、DIOが知るテレビはこんなに薄くないし、そもそも一つあれば十分といった代物の筈だ。
それがいちいち個人の為に用意されているというのは奇妙だし、そもそも娯楽である筈のテレビがこんなに遊びが無いように見える場所に大量に設置されているというのもおかしな話だ。

「面白そうだな…調べてみるとするか」

そう言って机に近寄り、慎重にディスプレイを調べてみる。
間もなく裏面にあるコードが、下にある何やら大きな箱のようなものとつながっていることがわかり、興味の対象はそちらに移る。
手で触ること数十秒、そちらにランプが併設された小さなボタンがあることを知り、迷いなくそのボタンを押しこむ。

―――――途端、先程まで暗転していた液晶が輝きだした。

やはりテレビのようなものだったのか、と思うDIOの前に現れたのは、しかし彼の興味を引くには十分な一文。




『殺し合いサポート専用パーソナルコンピュータ システム起動』




という、そんな一文だった。


330 : 悪意の種、密やかに割れて ◆NiwQmtZOLQ :2016/04/10(日) 13:06:12 jAuXnfX20

「ほう……?」

疑問符と好奇心が同時に顔を擡げる。
薄暗闇の中にぼんやりと浮かぶディスプレイを愉快そうに眺める。
恐らくはテレンスがやっているゲームを司るという、『コンピュータ』というものだろう。
触れた事はなかったが、幸いにもこういった物を扱った事が無い参加者への気遣いか、取り扱いを説明するマニュアルが立ち上がるようになっていた。
もちろんスキップも可能となっており、分かる人間も気分を悪くしない仕様だ。

「随分と親切だな」

小さく呟き、一人になると口が軽くなっていけないなとふと思う。
そして同時に、口元に僅かな笑いが浮かんだ。
無条件な親切―――――そんなものを、こんなに悪趣味な殺し合いを開いた者共に求めるなどもっての外だ。
わざわざ殺し合いのサポートとまで書かれているのだ。殺し合いを促進させるためのものだとは容易に想像がつく。
となると、あるのもホテルだけではないだろう。ここ以外の施設にも、恐らくは設置されている筈。
或いは、脱出の為に活用できないかと考える輩もいるだろうが―――――無駄。
もしここに穴があるのならば、主催は態々自分達から弱点を晒しているという事になる。
よっぽどの馬鹿か、或いは何か理由がない限りは、そんなことをやるとは思えない。

そうこうしているうちにパソコン操作のノウハウもその大部分の説明を終え、マニュアルが表示されていたウィンドウが閉じる。
整理されたレイアウトや専門用語を用いない解説からなる説明はそれなりに分かりやすく、全くパソコンを弄ったことのないDIOも流し見で充分内容を理解できた。
そうして彼にも一通りこのパソコンの扱い方が分かったところで、それまで白塗りだった画面に一文が現れた。
それは、これまでの解説のようなポップな自体ではなく、最初に殺し合いサポート云々と書かれていたものと同じような印象を受けるようなもの。

「『白カードを提示してください……』か」

白カード、というのは、この忌々しい腕輪に取り付けられたこれの事だろう。
てっきりただの首輪代わりかと思ったが、なるほど本人認証にも使えるとは面白い。
どこに見せればいいのかと机を見ると、妙なオブジェのようなものが楕円形の光を出していた。
その中心にカードのような四角が描かれているのを見て、ひとまずそこに腕輪に嵌った白カードを翳してみる。
画面に一本のゲージが現れ、数秒でそれが満たされた後、画面にウィンドウが改めて開かれた。

『認証終了 参加者・DIO』

そんな文字列が浮かび上がり、またその数秒後には通常のデスクトップ画面へと変わる。
表示されていたのは、幾つかのアイコン。
『チャットルーム』、『メール機能』、そして『DIO・個人ファイル』と書かれた一つのフォルダ─────合計三つのアイコンが、画面上に表示されていた。

「個人ファイル………なるほど」

その内容は、少し考えれば一瞬で分かる。
恐らくは、DIOのこれまでの行動やらなにやらが記録されているのだろう。
このカードにそれだけの機能があるのかは不思議だが、よく考えてみればその記録が腕輪に残っているという可能性もあったと思い直す。
ともあれ、ここに入っているのは一人の参加者がここまでどうやって過ごしてきたのか、というもの。


331 : 悪意の種、密やかに割れて ◆NiwQmtZOLQ :2016/04/10(日) 13:07:49 jAuXnfX20

「見る必要は無いな」

だが、ここにあるものはDIO自身のもの。
如何に時間があるとはいえ、わざわざ見る必要のないものに割く時間はない。
というよりむしろ、そんなに大した事に使えるような情報もないだろう。
その内心は、或いは先の戦闘で慢心により敗北した、そして地下通路で自分の末路を見てしまったという、苦々しい事実を改めて見ることをよしとしなかったというのもあったのかもしれないが─────。

「それより、本題はこっちか」

そんなことを自覚している様子は一切なく、DIOは残る二つのアイコンに交互にカーソルを合わせる。
現在解放されていると思しき二つの機能。
メールはともかく、この『チャット』なるものが何かは全く分からない。
恐らくは海の底で眠っている間に出来た文化の一つだろう。
外界のことについては書籍やエンヤ婆による伝聞だけなので、自分で仕入れた情報といえば深夜にカイロを出歩いた時に目にしたものくらいだ。
ともあれ、チャットというらしきこれの利用価値を確かめないことには話にならない。
二連続でマウスを押す、ダブルクリックというらしい技術を駆使して、『チャットルーム』を開いてみる。
途端に先程と同じようなウィンドウが立ち上がるが、その背景は打って変わって黒塗りのそれ。




M:『東郷美森は犬吠埼樹を殺害した』

Y:『私、結城友奈は放送局に向かっています!』

R:『義輝と覇王へ。フルール・ド・ラパンとタマはティッピーの小屋へ』

K:『友奈?友奈なの?私よ、にぼっしーよ』




「………ふむ」

そこにあったのは、アルファベット一文字に続く文字列。
結城友奈や東郷美森、犬吠埼樹は確か名簿にもあった名前だが、果たしてこれはなんだと首をかしげる。
幸いすぐにヘルプがあることに気付き、チャットの仕組みも先と同じように簡単な解説を受けて内容を理解した。
要するに、匿名で情報を流す為のツールという事だ。
余談だが、これはDIO自身には気付きようがないことだが、これはDIO用にカスタマイズされたアカウントの為名簿などと同じようにDIOにも読めるように翻訳もされている。

「情報、か………ホル・ホースが寄越したものがあったな」

危険人物・一条蛍の存在。
それと反対の事を伝えて混乱させるか、と思い立ったが、しかしそれは違うなと首を振る。
対主催を掲げる集団をバラバラにしているのだから、嘘を吐いて信用を上げてやっても自分からそれを壊していく野蛮なタイプなのだろう。
そんな人間の為に態々このDIOが手を煩わせてやる必要性はほんの少しも感じない。

それに、少し気になっている事がある。
このMという人物の書き込み─────『東郷美森は犬吠埼樹を殺害した』。
先程出会ったホル・ホースは、これまでに二人の参加者を殺害したと言っていた。
その二人とは、志村新八と、そして犬吠埼樹。
だが、ここに書き込まれている情報はそれとは食い違うもの。
犬吠埼樹という人物を殺した犯人は、果たしてどちらか。
―――――実際にはこの二人のどちらでもないのだが、それはDIOが知る由もない事実だった。


332 : 悪意の種、密やかに割れて ◆NiwQmtZOLQ :2016/04/10(日) 13:10:17 jAuXnfX20

「ホル・ホースとここの情報、か…」

このチャットルームの情報は、お世辞にも簡単に信じられるとは言えない。
何処の誰とも知らぬ人間が書いたものを容易に信じるなど、不用心にも程がある。
しかし、ならばホル・ホースは完全に信用出来る人間かと言われると、こちらもそう簡単に肯定出来はしない。
あの男は良くも悪くも人間的だ。常に強い方に味方し、殺し屋という職業に就きながら己の命に拘る。
その熟練度も並大抵のものではなく、自分を暗殺しようとした時も、常人なら殺気どころかその一挙一動にすら気付かないだろうと言うほどに見事な手際だった。
そんな男が、この殺し合いを生き抜く為に必死で考えを絞らせている―――――そんな時に、帝王と出会ってしまったとするなら。
狡猾な思考を持つ彼は、口から出任せでもどうにか「貢献している」というアピールをこちらに見せつけ、未だに忠誠を誓っているように思わせることで、無事に切り抜けようとしてもおかしくない。
仮にも暗殺者としては逸材だ、このDIOに嘘を吐き信じ込ませるというのもやってのけられないとは言い切れない。
どこか挙動不審な態度も、そう考えれば一応は納得がいく。

「ふむ」

ならば、どうするべきか。
既に先の邂逅から時間は経ちすぎており、ホル・ホースも地下通路からは脱出して地上にいることだろう。
未だに日が沈むには早い時間であり、外に出る事が叶わない身としては追って問い詰めることも出来ない。
一見、この件でDIOが打てる手は存在しないようにも見える。

だが、目の前にあるチャットでならどうか。
これを用いれば、出来ないことは決して皆無ではない。
しかし、かといって不用意な発言をすると、取り消しのできないこのチャットは反対に命取りになりかねない。
慎重に考える事数分、DIOは一つの短い文を流れるように打ち込んだ。


『犬吠埼樹を殺したのはホル・ホース』


思考の末、DIOが最善手として選んだのはその文章だった。
この一文、単純なように見えて面白い効果を齎す可能性があると彼は睨んだのだ。

先程の説明で、イニシャルが表示されることは既に分かっている。
しかし、DIOと同じ「D」を持つ参加者はもとより参加すらしていない。
となると、承太郎や先程出会った侍たち、更には死亡した花京院やポルナレフからDIOについての情報を得た者達は、当然このイニシャルには警戒する筈だ。
例えば、『ホル・ホースは信用できる』という一文なら、きっとホル・ホースに対する警戒は高まるだろう。
だが、その内容がこれならばどうか。
ホル・ホースについての人物評は、恐らくはDIOと同じく伝わっている事だろう。
そして、それならば「わざわざ手下が信用ならないという情報を流すのか」という疑心暗鬼に勝手に陥ってくれる可能性が高いと言える。
承太郎などは、「ホル・ホースがDIOを怒らせた」なんて風に受け取ってくれる可能性すらある。
無論、承太郎たちと何の関わりもない人間にはホル・ホースは警戒の対象として見られるだろう。
だが、それはそれでただ単に根も葉もない噂にしかなり得ない。
東郷美森というもう一人の容疑者が同時に開示されているのだ。暗殺のプロである彼ならば、その程度の疑念があろうと潜り込むのは決して不可能にはなり得ない。
総じて、彼が集団に潜り込もうとすれば、恐らくは「信用しきってはいけないが、かといって無条件で追い払うにも証拠が足りない」程度の信用に落ち着くはず。
その程度の状況ならば、暗殺者である彼は手慣れている筈だ。
もしも彼が未だに忠実な僕であるならば、このDIOの為に人を殺すチャンスはきっと見誤るまい。


333 : 悪意の種、密やかに割れて ◆NiwQmtZOLQ :2016/04/10(日) 13:12:07 jAuXnfX20


仮に、の話だが。
もしも、あの男が本当に虚偽の報告をし、帝王を騙そうとしたのならば。
その時は─────惜しい人材だが、次にこのDIOの目の前に現れた時が、奴の命運が尽きる時だ。
せめてもの餞に、もう一度『世界』の能力を見せて葬ってやるのも悪くないか。
そう考えながら、邪悪の化身はにやりと口角を吊り上げた。





─────これは、DIOが気付かなかった、気付きようがなかった事実。
尤も、気付いてもどうしようもなかった事でもある、事実だが。

白カード。
パソコンが個人認証の為に求めたのは、あくまで白カードだけ。
別に、そこにいる人間の白カードを使わなければならないという制約はない。
尤も、カードは基本的に腕輪に嵌め込まれたまま。
遠くにいる人間の白カードを使う事は、基本的には出来ない事だろう。

─────その腕輪を持つ人間が、命を落としていなければ。

つまり、それは。
死者の白カードも、使用が可能だという事だ。

例えば誰かの白カードを持っている、というのならともかく、ホル・ホースへの疑念でテンションが下がる前、麻雀に勝って浮かれていた彼が気付く筈もなかった。
一見利用価値が少ないようにも見える個人ファイルの存在は、この為。
その中に隠されているものが何かは─────未だに明かされず。
パンドラの匣になり得る何十枚ものカードは、開示される時を待っている。



ともあれ。
ラヴァレイという男が蒔いた種は、こうしてゆっくりと育ち始めた。
結実の時は、そう遠くない。




【B-7/ホテル/一日目・日中】
【DIO@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
[状態]:健康、麻雀に勝ってテンションが高い
[服装]:いつもの帝王の格好
[装備]:サバイバルナイフ@Fate/Zero
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(9/10)
[思考・行動]
基本方針:主催者を殺す。そのために手っ取り早く他参加者を始末する。
0:さて、この後はどうするかな。
1:夕刻までホテルで体を休める。その後、DIOの館でセイバーと合流。
2:ヴァニラ・アイスと連絡を取りたい。
3:銀髪の侍(銀時)、長髪の侍(桂)、格闘家の娘コロナ、三つ編みの男(神威)は絶対に殺す。優先順位は銀時=コロナ=桂>神威。
4:先ほどのホル・ホース、やはり信用する訳にはいかないかもしれんな。
5:衛宮切嗣を警戒。
6:言峰綺礼への興味。
7:承太郎を殺して血を吸いたい。
8:一条蛍なる女に警戒。セイバーやヴァニラ・アイスと合流した時にはその旨も一応伝えてやるか。
[備考]
※参戦時期は、少なくとも花京院の肉の芽が取り除かれた後のようです。
※時止めはいつもより疲労が増加しています。一呼吸だけではなく、数呼吸間隔を開けなければ時止め出来ません。
※車の運転を覚えました。
※時間停止中に肉の芽は使えません。無理に使おうとすれば時間停止が解けます。
※セイバーとの同盟は生存者が残り十名を切るまで続けるつもりです。
※ホル・ホース(ラヴァレイ)の様子がおかしかったことには気付いていますが、偽物という確信はありません。
※ラヴァレイから嘘の情報を教えられました。内容を要約すると以下の通りです。
 ・『ホル・ホース』は犬吠埼樹、志村新八の二名を殺害した
 ・その後、対主催の集団に潜伏しているところを一条蛍に襲撃され、集団は散開。
 ・蛍から逃れる最中で地下通路を発見した。
※麻雀のルールを覚えました。
※パソコンの使い方を覚えました。
※チャットルームの書き込みを見ました。
※ホル・ホースの様子がおかしかった理由について、自分に嘘を吐いている可能性を考慮に入れました。



・施設備え付けのパソコンについて
スキップ可能のマニュアルが起動時に立ち上がります。その後、白カードをスキャンする事でパソコンの使用が出来るようになります。白カードについては本人のものでなく、死者のものも使用できます。
使用出来るのは携帯電話やスマートフォンと同じチャット機能・メール、及び個人ファイルの閲覧です。
個人ファイルの細かい内容については後の書き手さんにお任せします。


334 : ◆NiwQmtZOLQ :2016/04/10(日) 13:12:44 jAuXnfX20
本投下を終了します。


335 : 名無しさん :2016/04/10(日) 18:43:55 1jtnxNcsO
投下乙です

死者のカードでログインすれば、誰々に殺されたとかも分かるかな?


336 : 名無しさん :2016/04/10(日) 19:09:22 OZVZdW020
乙です。

個人ファイルはどこまでの情報が記載されているのでしょうか?
例えばDIOならラヴァレイ(ホルホース)と接触、会話したなど分かれば色々と便利な点もありますし


337 : ◆gsq46R5/OE :2016/04/11(月) 01:17:13 GyGvuRL.0
投下します。


338 : わたしにできること ◆gsq46R5/OE :2016/04/11(月) 01:18:24 GyGvuRL.0


  宇治松千夜は、運動が苦手だ。
  運動音痴、とも言い換えられる。
  バレーボールのトスさえ満足に出来ず、三半規管の貧弱さも人並み外れている。
  強いて得意と呼べる競技があるとすれば、せいぜいドッジボール。
  それも、生まれ持った危険回避能力を活かし、自分に向け投げられた球をほぼ無意識で回避できるからだ。
  別に縦横無尽に動き回り、獅子奮迅の活躍をしてチームを勝利へ導くわけではない。
  
  そんな虚弱な彼女が、自分のペースも考えないで走り回ればどうなるか。
  答えは火を見るより明らかだ。
  目的を果たすよりも先に体の限界が来て、結果、歩いて移動した場合よりもペースを落とすことになる。
  現に千夜は今、電柱に片腕を突いて喘鳴にも似た痛々しい呼吸をあげ、その歩みを完全に止めてしまっていた。

 「はぁ……はぁ……っ、はぁ……」

  足が棒になったといっては大袈裟だが、千夜にしてみればそれだけの疲労感だった。
  ――人間いざとなれば火事場の馬鹿力が働いて、本来の力を大幅に超えた芸当が可能になる。
  使い尽くされた謳い文句は、あながち馬鹿にできたものでもない。
  窮鼠が猫を噛むように、千夜の奮闘が奇跡的な大成功を呼ぶ可能性だって全く否定は出来まい。
  だが悲しきかな。千夜にとっての「いざ」は、どうやら今ではなかったらしい。
  今やどれだけ踏ん張って足を動かしても、走り始めた当初のような好ペースには戻せなくなっていた。

  足が痛いし息も苦しい、だがそれ以上に喉が痛い。
  走りながら吸い込んだ空気が喉を乾燥させ、切れたような痛みを生んでいるのだ。
  本来鼻呼吸を意識して行うだけで抑えることの可能な症状であるが、千夜はそんなことは知らなかったし、だいたい知っていたとしても、それを意識して行えたかは怪しい物があった。
  実際に体験してみれば早いが、この痛みは疲労による息切れと同時に押し寄せると苦痛の度合いが更に増す。
  
  未だ整わない呼気を強引に抑え、再び一歩を踏み出した。
  自分がどこを彷徨っているのかさえろくに分かっていない有様で進む足取りは、もはや闇雲の域だ。
  普段の彼女ならば、きっと地図を確認した上で一体どこなら人が居る可能性が高いか当たりを付けたろう。
  生まれ持った落ち着きさえかなぐり捨てて助けを求める姿は、蜘蛛の糸を上る罪人にも似ていた。
  それも、仕方のないことなのだ。何故なら宇治松千夜は、決して大人物などではないのだから。
  
  木組みの家が建ち並び、石畳の道が敷かれたのどかな街に暮らしている、喫茶店の看板娘。
  大和撫子めいた出で立ちと淑やかさの影に、芸人気質とちょっとばかしのサディズムを持つ。
  楽しいことが大好きだからイタズラもするが、皆の面倒を常日頃から見て回るほどの心配性。
  仲間外れにされることを嫌う、人よりちょっと打たれ弱いだけの、ただの高校生。


339 : わたしにできること ◆gsq46R5/OE :2016/04/11(月) 01:18:51 GyGvuRL.0
  
  そう、ただの高校生。
  本来なら今頃は眠気を堪えながら授業を受けていて然るべき、大人の階段をようやく半ばほどまで上り詰めたばかりの、少し大きくなった子どもでしかない。
  銃や剣を振り回して敵と打ち合う機会などきっと一生ないし、人間が誰かの手で殺される瞬間を見ることだってなかったろう、平和な世界の住人。それが、宇治松千夜なのだ。
  
  この『箱庭』に並んだ駒の一つ。
  そういう役割を与えられてから早半日弱も経過するが、これまで様々なことがあった。
  人の醜さと凄惨さと、たくさんの血を見た十二時間だった。
  一生分泣いた気がするし、一生分絶望した気がする。
  ようやっと前に進めるかと思った矢先に恩人は戦闘狂に捕まり、自分はこうしてまたひとりきりだ。
  
  足を止めるわけにはいかない。
  無理をしてまで走り続けようとする理由は一つ。
  今度ばかりは、もう死なせられない。そう思ったからだ。
  命を焼き落とす誘蛾灯のように死を引き寄せ続けた彼女だからこそ、誰よりも強く願う。
  本部以蔵を助けられる、強く果敢な誰かの存在を。
  ただの高校生でしかない自分にはどうにも出来ないから、戦える誰かを求めて、走るしかない。
  
  もしも踵を返して闘技場に戻り、自分にやれること全てを尽くしたとしても、あの戦闘狂には敵わないだろう。
  本部の戦いを見守ることが彼の勇気を呼び起こすなどと、そんなファンタジックな話なんて論外だ。
  弱くちっぽけな子どもでも出来、本部を支えられる最大限の行動――となれば、後は他力本願以外にない。
  誰かを頼る。誰かに頼む。自分の手を汚しても意味がないから、顔も知らない誰かに懸ける。
  
  せめてそれだけは、やり遂げなければならない。
  だってそれも出来なかったなら、自分は本当にただの足手まといだ。
  それでは何も変われない。
  うさぎに囲まれてのほほんと笑っているお姫様のまま、また誰かを死なせてしまう。
  勇気はある。前に進む気概も、逃げないで現実を見つめる強さも、今の千夜には備わっている。
  なら後足りないものといえば、それは結果だけ。
  自分は変わった変われたと思っているだけではダメだから、彼女は走るのだ。
  できること全てを尽くして、命の恩人を助けるために。
  慣れないスプリンターの真似事なんかして、汗だくになりながら、繭の箱庭を駆けていく。
  
 「ぁ――」

  すてん。
  そんな間抜けな擬音が聞こえてきそうなくらい見事に、千夜はすっ転んだ。
  幸い擦り剥いたりはしていない。
  足も疲労はあるが鈍痛はないから、きっと大丈夫。
  んっ、と力を入れて立ち上がろうとした。


340 : わたしにできること ◆gsq46R5/OE :2016/04/11(月) 01:19:37 GyGvuRL.0
 「え?」

  その時、千夜を止めたのは、彼女の後について回っていたうさぎのぬいぐるみだった。
  うさぎは物をしゃべらない。
  千夜を強引に止めるようなことも、していない。
  しかし千夜は、今自分は止められているのだと分かった。
  それは果たして、幼い頃からうさぎに囲まれて育ってきた彼女だからこそ、なのだろうか。
  セイクリッド・ハートという変わったうさぎは、ある少女のパートナーとして日々を過ごしてきた過去を持つ。
  そんな彼、あるいは彼女だから、動作だけで感情を伝えるのは難しくないことだったのだろう。
  うさぎに情緒が深い千夜と、人と接し続けたクリスだからこそ、成った意思疎通なのかもしれない。

 「止まって、って、言ってるの?」

  収まらない息切れに顔を顰めながら、千夜は問う。
  クリスはそれに、頷くような動作を返した。
  そんなこと、できるわけない。
  思わず呟きそうになった千夜は、だがその言葉を喉元近くで飲み込んだ。
 
  気付いたからだ。さっき息を整えた電柱から今の自分がいる地点まで、十メートルも離れていない。
  ……あれほど必死になっていたのに、これでは歩いて移動するのと大して変わらない距離だ。
  冷静さを欠いている千夜は、このことに気付けなかった。
  このクリスといううさぎはふよふよとその後を付いて行っているだけのように見えて、誰よりも冷静に千夜のことを見ていたのだ。
  千夜はそのことに一瞬目を見開いて――それから苦しそうな息遣いと共に、少しだけ微笑んだ。

 「……そうね……」

  新調した服が汚れるのも厭わずに、千夜はへたり込むような勢いで地べたに腰を下ろした。

 「少しだけ休んで、それからまた進みましょうか」

  それから青カードを取り出し、さて何を飲もうかと考え始める。
  悠長にしている時間がないのは相変わらずだが、切れかけの体力で歩き回ってもどうにもならない。
  本部を助けたい気持ちは変わっていない。それでも、やはり頭を使うのは大事なことだ。
  乾燥で痛みを訴える喉を潤してから、また進もう。
  時間にして数秒ほど考えた後に、千夜が出した飲み物はアイスコーヒーだった。
  できればホットを飲みたかったが、流石にこれからまた歩かねばならない時、熱いものを飲む気にはなれない。
  それなら最初からスポーツドリンクなり、場面に適したものを飲めという話でもある。
  しかし千夜はどうしても、今はコーヒーが飲みたかった。
  コーヒーという飲み物は、大好きだった日々を象徴するものだから。


341 : わたしにできること ◆gsq46R5/OE :2016/04/11(月) 01:20:01 GyGvuRL.0

  こくりとそれを嚥下する。
  分かっちゃいたけれど、やっぱり運動向けの飲み物ではとてもない。
  運動後に適度な糖分を補給するのはよいことだが、それでもコーヒーの効率などたかが知れている。
  理屈じゃない。そう、理屈じゃないのだ。
  千夜にとってのベストはコーヒーで、その苦味とわずかな甘味のバランスこそが、千夜に大きな勇気をくれる。

 「……よし」

  冷たく飲みやすいコーヒーは、疲弊を抱いた体の隅々まで染み渡って瞬く間にその残量を消した。
  あとは今まで通りだ。
  本部以蔵を助けるため、全力を尽くす。
  ただし今度は、少しでも頭を使って。
  また後ろのうさぎにストップされることがないようにしようと思い、千夜はある場所を目指すことにした。

  今から別な島に渡るのは現実的じゃない。
  となるとこの島の中で、最も人と出会える可能性が高い場所を目指すべきだ。
  では、それはどこか。決まっている。
  電車が到着し、移動の起点となり得る駅。
  そこを目指して、千夜とセイクリッド・ハートは歩む。
  ただの子どもには出来ないことを成し遂げてくれる、誰かの助けを乞うために。


【A-3/一日目・午後に近い日中】

【宇治松千夜@ご注文はうさぎですか?】
[状態]:疲労(大)、精神的疲労(中)、決意
[服装]:軍服(女性用)
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(7/10)
    黒カード:セイクリッド・ハート@魔法少女リリカルなのはVivid、不明支給品0〜1枚
    黒カード:ベレッタ92及び予備弾倉@現実、盗聴器@現実、不明支給品1〜2枚(うち最低1枚は武器)
[思考・行動]
基本方針:人間の心を……。
0:助けを呼ぶ。
1:駅を目指す
[備考]
※現在は黒子の呪いは解けています。
※セイクリッド・ハートは所有者であるヴィヴィオが死んだことで、ヴィヴィオの近くから離れられないという制限が解除されました。千夜が現在の所有者だと主催に認識されているかどうかは、次以降の書き手に任せます。


342 : ◆gsq46R5/OE :2016/04/11(月) 01:20:28 GyGvuRL.0
以上で投下を終了します。
何かあればお願いします


343 : 名無しさん :2016/04/14(木) 23:38:14 tNUPZ7iY0
投下乙です
近くに居る銀さんに助けを求めるのかな?


344 : ◆Oe2sr89X.U :2016/04/15(金) 01:12:48 vBk9/RNU0
ラビットハウス組 投下します。


345 : 足りない箇所をただ埋め合うように ◆Oe2sr89X.U :2016/04/15(金) 01:13:34 vBk9/RNU0

 ――二階より所変わって、ラビットハウス、一階。

「安全地帯だな、まるで」

 各々が恐怖と不安の中で迎えた殺し合いの始まりから、既に半日以上の時間が経過していた。
 先行きの暗さを暗示するような夜闇はとうに晴れ、今や時計の針は二時の時字を指している。
 針目縫の襲撃以来ラビットハウスの扉は他の誰にも開かれることなく、珈琲の香りがする店内では、殺し合いの舞台の一箇所であるなどと到底信じられないような安穏とした時間が流れている。
 木組みの家が立ち並ぶ街から抜き出された喫茶店なだけはあり、人の心を安らげることについてで言えば、このラビットハウスに優る建物は会場に存在しないだろう。
 多くの参加者が目指しては夢半ばに力尽きた兎の巣を拠点とした六人の平和が脅かされる気配は、未だない。
 数分前に午後二時を告げる時計の音色を聞いた風見雄二など、思わずこのようにこぼしてしまった程だ。
 
「……今のところは、だがな。針目の野郎にはこの場所は割れているだろうし、他の危ねえ奴らが此処を目指さないとも限らねえ。何せご丁寧に、地図には『ラビットハウス』とキッチリ書いてあるんだからよ」
「そうだな。それに安全だってことは、裏を返せば進みも戻りもしていないってことだ」

 不良らしく足を組んで椅子へ豪快に凭れた承太郎は、その体格と強面のお陰でちっとも若気の至りを感じさせない。
 まるで同じ机を囲って向き合っている雄二が恐喝を受けているような、そういう風にも受け取れる絵面であった。
 彼らから少し離れた場所では僧衣の偉丈夫、言峰綺礼が佇んでいた。承太郎達は各々青カードから取り出した飲み物を呑んでいたが、言峰は何も飲食していない。
 不幸な遭遇が重なり、自覚させられるに至った自身の"性(サガ)"。
 敬虔な聖職者のつもりだったろう彼にしてみれば、それは大きな衝撃だったことだろう。言うべきことは既に言ってあるから、二人共今の言峰に要らない声をかけるような真似はせずにいた。
 雄二はそれから目線を動かし、今度は向い合って談笑している少女達の方を見る。その時彼の表情がやや翳りを帯びたのは、気のせいではない。

 香風智乃と向き合って談笑している紅林遊月は、"ココアさん"と呼ばれていた。
 くればやし、という苗字も、ゆづき、という名前も、どこをどう捻っても"ココア"にならないのは明白だ。
 最初に事態に気付いた雄二は既にこの状況に順応していたが、予想外なのは当の遊月がいつの間にか乗り気になってしまっていることだった。
 雄二が智乃を任せた時、明らかに遊月は難色を示していた。智乃へ苦手意識を持ってすらいた筈だ。
 だが今はどうだ。遊月は智乃に話を合わせてやるどころか、自分から話題を振って『保登心愛』の人となりを出来る限り理解しようとしているようにさえ見える。
 
「……風見」
「すまない。それについて触れるのは、まだ控えてやってくれ」
「…………」

 これは雄二にしても全く不明な事態だった。こう言っては失礼だが、遊月は智乃を突き放すかもしれないとすら、雄二は先程まで思っていたのだ。
 言峰と同じように一人で居る理世も、見れば明らかに動揺を示している。
 幸いなのは、最もこの手の事態に年頃らしい反応を返してしまうであろう遊月が今回は当の本人であることだろうか――それでも、良い兆候とは決して言えないだろうことは確かだ。
 強いショックが人の精神を破壊し、重篤な精神異常を引き起こしたという例は確かに存在する。
 だがそれはあくまでもレアケース。大概の場合、この手の症状は認識の改善で晴れる一時的な現実逃避の一形態でしかない。そして智乃のものも恐らくそれだろうと雄二は踏んでいた。いや、今もそう思っている。
 だから遊月には少しの間だけ智乃を任せ、症状が晴れるまで待とうと考えた訳だったが……その結果がこれだ。
 香風智乃の現実逃避が生み出した、『保登心愛』という今となってはありえざる存在が、紅林遊月の同調によって明確に形を結び始めている。これは、良くない兆候だ。


346 : 足りない箇所をただ埋め合うように ◆Oe2sr89X.U :2016/04/15(金) 01:14:38 vBk9/RNU0
「……だったらてめーが面倒を見ておくんだな。俺がうっかり怒鳴り付けたりしないようによ」
「分かっている。お前の療治が荒いのは、此処まで過ごしてよく理解しているからな」

 承太郎は何も、傷付いた少女に八つ当たりのような形で鞭を打ちたい訳ではない。
 訳ではないが、現状を憂えばこそ、激情を露わにして智乃と遊月に接してしまう懸念があった。
 彼がもう十年も人生経験を重ねていたならば、思うところはあれども合わせられたろう。しかし空条承太郎は、こんな成りをしていても高校生だ。まだ子供と呼んで差し支えのない年齢なのだ。
 要は承太郎は、この手のことに関しては不器用な男なのである。
 神父である言峰があの様子なのだし、尚更自分がこの五人を纏め上げねばならないな――そんな風に風見は強く思った。彼ら、彼女らの命運を握っているのは自分だと言っても、全くの誤りではないだろう。

「話を戻す。此処は確かに快適な場所だが、俺達にはやらねばならないことがまだ山積みだ。探さねばならない人間も居る。それに承太郎と言峰の体力も、もう大分充足しているだろう。
 ――言峰、チノ、遊月、リゼもだ。全員聞いてくれ。そろそろ、此処を出ようと思う」

 ラビットハウスに辿り着くまでの間に起こった戦いで、雄二以上の戦闘要員である二人は少なくない疲弊を負った。
 こうして長い休憩を取っていたのは、元々彼らの体力を回復させるためだったのだ。
 そしてその目的は既に果たされた。軽微な疲労は残っているかもしれないが、後は歩いているだけでも十分クールダウンできる程度のものだろう。
 そう来ればいよいよ、動かねばならない時が来たと言わざるを得ない。ラビットハウスという安全地帯を捨て、再び心休まることのない殺し合いの舞台へと上らねばならない。
 暖かくて落ち着く兎の巣から巣立たなければならない。

「それは……全員で、ってことでいいんだよな?」

 理世がそう問いかけてから、一瞬だけ智乃達の方へとその視線を向けたのを、雄二は見逃さなかった。
 
「そうなる。戦力を分散して何人かは残り、何人かを外に出すことも考えたが、少なくとも針目縫という危険人物にはこの場所は割れているんだ。奴が戻ってこないとも限らないからな」
「……なるほどな」

 ラビットハウスに色濃く残された破壊の跡を見て、その方針に異を唱えられる人間はいなかった。
 承太郎、言峰、雄二の三人がかりでさえしてやられた針目縫。彼女や、そうでなくとも殺し合いに乗った人間が一人やって来るだけでも、非戦闘員だけ残したのでは十分全滅に繋がる。
 犠牲など、一人も出さないに越したことはないのだ。その点で一番理に適っているのは、やはり全員で行動することだと雄二は考える。
 
「目下の目標はリゼとチノの友人、宇治松千夜の保護。それと並行して、対主催派だと分かっている参加者にも積極的に接触、あるいは再会していきたいところだな」

 千夜、という名前が出た時に理世と智乃はやはり反応した。
 智乃は心配そうにしていたが、理世の顔には安堵の色が浮いている。彼女がずっと、今となっては唯一安否の知れない友人である千夜に会いたいと望んでいたのは伝わっていた。
 いつ一人でもいいから探しに行くなどと言い出さないか、内心冷や冷やしていたほどだ。

「言峰も、それでいいか」
「ああ。私は構わない」

 そう言って、歪みを抱えた神父は頷く。
 彼の内心が複雑に怪奇しているだろうことは察せられたが、それでも種子が芽吹くより先に手を打てたのは不幸中の幸いだったと、そう言う他ない。
 言峰ほどの実力者がその願望を実現させるべく蛮行に出たならと考えると、流石に背筋の冷えるものがある。
 彼はこのメンバーの中では、承太郎と並ぶかその上を行く程の重要な戦力なのだ。闇の誘惑を跳ね除け、迷いを晴らし、敬虔な聖職者として力を貸してくれたならこれ以上心強いものもない。
 承太郎は何も口にしていないが、異論を今まで口にしていないということは、賛成と言うことで間違いあるまい。
 第一彼は、此処で分散をしたいなどと言い出す人物ではないとも思えた。だから後は、二人だ。


347 : 足りない箇所をただ埋め合うように ◆Oe2sr89X.U :2016/04/15(金) 01:15:53 vBk9/RNU0
「……遊月とチノはどうだ?」

 理世が緊張しているのが分かる。彼女はこの場の誰よりも、智乃にとってラビットハウスが大切な場所かを理解していた。生まれ育った家であり、後には継ぐことになるかもしれない喫茶店。
 殺し合いが始まってからもずっと包み込んでくれていた優しい巣から、出る覚悟があるかどうか。
 こればかりは、彼女が自ら答えを口にしてくれないことには分からない。

「……私も、それでいいです」
「そうか。それなら……」

 しかし意外にも、智乃はすぐに頷いた。
 自分の生まれ育った店を離れるのに不安はあるようだったが、彼女も雄二の言っている意図はしっかり理解しているのだろう。
 それに千夜を探し、合流したいというのは彼女も同じだ。
 香風智乃にとって大切な人とは、何も保登心愛だけではない。此処に居る天々座理世もそうであるし、宇治松千夜だって言うまでもなく大切な友人である。
 不安ではあるし怖くもあるが、それは自己保身を優先して、友人を見捨てる理由にはならない。そう分かっているからこそ、智乃も"巣立ち"に同意した。
 遊月の方も、特に異論はないようだ。それなら早速荷物を纏め、この場所を出よう。雄二は皆にそう呼びかけたが、そこで遠慮がちに智乃が手を上げた。

「あの……最後に、一つだけ……やっておきたいことがあるんですけど、いいでしょうか」

 
    ◇    ◇


 智乃のやっておきたいこととは、別に我が儘と呼べるようなものでもなかった。
 荒れ果て、壊され、滅茶苦茶になった店内を少しでいいので片付けてから行きたい。遠慮がちに、申し訳なさそうに俯きながら言う智乃の表情には明らかな疲れが見て取れた。
 元々このラビットハウスは、智乃のものと言ってもいい店だ。
 彼女が少しでも店を片付け、見栄えよくしてから発ちたいと言うのだから、それに異を唱えるものはいなかった。
 壊れたテーブルや調度品を脇に寄せ、重い物は男衆が担当する。何も本格的に大掃除をやろうと言うわけではないのだから、然程時間を食われる作業ではない。
 承太郎と言峰の体力も十分に癒えていたため、むしろ準備運動のような効果を生んでくれた。
 時間にして十分前後かけて行った片付けは早くも終盤に差し掛かり、後は小物や飛び出た食器を片付ける作業のみになっていた。こちらは力が要らないので、女衆が担当している。

「言峰。此処を出る前に、途中だった魔術についての話を聞かせてもらってもいいか」
「構わない」

 雄二が言峰へ示したのは、智乃の部屋に放置されていた書きかけの魔術に関するメモだ。
 本当はもっと早く済ませてしまうつもりだったのだが、色々なことが重なった結果、結局今の今までズルズルと先延ばしにされてしまっていたのだ。
 言峰にも心境を整理する時間が必要だろうと思い、雄二は今まで話を振らずにいた。
 全て解決されたとはとても思えないが、歩きながら話すのと止まって話すのではやはり頭への入り方が違う。
 
 語り始める言峰の声へ耳を傾け、魔術という未知についての知識を吸収しながら、ふと雄二は辺りに承太郎の姿がないことに気が付いた。
 ……何処へ向かったのかは、察しがつく。彼なりに、最後の別れを済ませるつもりなのだろう。
 そうと分かれば思考を切り替え、言峰の話を聞くことに全神経を集中させる。風見雄二は混迷化を極めつつある殺し合いの中においても、変わることなく優秀であった。


348 : 足りない箇所をただ埋め合うように ◆Oe2sr89X.U :2016/04/15(金) 01:16:17 vBk9/RNU0
    ◇


 ラビットハウス、二階。その部屋には安らかな、二度と覚めることのない眠りに就いている騎士の姿があった。
 ジャン=ピエール・ポルナレフ。かつて志を同じくし、エジプトで待つ邪悪を討つべく旅を共にした仲間だ。
 あの愉快な人となりや馬鹿な発言も、勇猛な戦いぶりも、もう二度と目にすることは出来ないだろう。
 体に痛々しく残された深い傷跡が、ポルナレフの命がその体から抜け出てしまっていることを如実に物語っていた。
 承太郎は既に死後硬直が起こって固まっている友の亡骸を見下ろし、無表情でその姿を目に焼き付ける。
 涙を流して死を惜しむことはしない。それを非情と謗る者があったなら、それは空条承太郎という人間のことを何も知らない人物だ。
 彼は表にこそそれを出さないが、その胸に熱いものを抱えている。祖父のジョセフや、因縁の始まりを担ったジョナサンのような気高く燃える精神は今も翳ることなく健在だ。

 ポルナレフは大切な妹を、一人の悪鬼に奪われた過去を持つ。妹を殺した野郎に報いを与えなければ気が済まないと憤っていた彼の思いが天に届いたのか、彼の刃は仇を地獄へと叩き落とした。
 最大の目的を果たした彼には今後、様々な人生が、未来が約束されていた筈なのだ。
 仇を取って終わりでもなければDIOを倒して終わりでもなく、その先にこそジャン=ピエール・ポルナレフという一個人の人生が待っている筈だった。
 しかしポルナレフは、殺された。道化師のようなおどけた顔で笑う殺人鬼の凶器に貫かれ、命を落とした。
 
 彼だけではない。この十四時間の間で、何十人もの未来と命が奪われた。
 繭という自分勝手な人間の道楽のために、彼らは悲劇と惨劇を演じねばならなかった。
 そして、これからも。そう考えただけで胸糞が悪くなり、承太郎の顔付きは自然と険しくなっていく。
 
「……ゆっくり休みな」

 最後にそうとだけ言い残せば帽子を深くかぶり直し、承太郎は踵を返した。それ以上語ることはない。いちいち言葉に出さずとも、承太郎は自分のやるべきことをちゃんと理解している。
 DIOを倒す。針目も倒す。そして、繭を完膚なきまでにぶちのめす。
 いつだって悪行には然るべき報いが用意されているものだ。そして奴らのような悪人がそれを受けずに勝ち逃げすることなど、承太郎は許さない。
 決意新たに、星の白金(スタープラチナ)の少年は出発の準備を真の意味で完了させた。


349 : 足りない箇所をただ埋め合うように ◆Oe2sr89X.U :2016/04/15(金) 01:16:45 vBk9/RNU0
    ◆    ◆    ◇


 荒れ果て、壊され、変わり果てた姿を晒していたラビットハウスの店内はかなり殺風景になってしまった。
 壊れた机や椅子、調度品の類を片っ端から片付けたのだから無理もない。少なくともこれで喫茶店を名乗るのはかなり厳しいものがあるだろう。
 それでも、片付ける前のラビットハウスにあった生々しい無残さはかなり軽減されたように思えた。
 割れた窓ガラスまではどうしようもないが、散らばったガラス片を隅に退けただけでもこれほど印象が変わる。掃除するという行為の効果は、衛生面でなく見た目を通じて住まう者の精神面にも作用するのだ。
 出来ればもっと腰を入れて片付けたいところだったが、流石にそこまでの我が儘を言う訳にはいかない。
 十数分の短い時間で、出来る限りのことをした。……これからしばらくのお別れになる。次に来た時にも、ラビットハウスは変わらない香りで智乃を出迎えてくれるだろうか。

「こんなもんかな、チノ?」
「はい、ありがとうございます、ココアさんにリゼさん。私の我が儘に付き合わせてしまってすみません」
「いや……問題ないさ。私もこの店の従業員だからな。店の掃除は基本だ」

 細かなものの片付けを手伝ってくれた理世と遊月に智乃が小さく頭を下げる。ただでさえ小さな智乃が申し訳なさそうにしていると、余計に小さな子供に見えてくる。
 理世としても、ラビットハウスをあの状態で後にするのは居心地の悪さがあった。
 智乃と心愛のように住み込んでいる訳でこそないが、あの喫茶店があったからこそ皆で集まったり遊んだり出来た。ラビットハウスのない生活など、今となっては考えられないほどだ。
 もし智乃が提案しなかったら、理世がしていたかもしれない。ラビットハウスを片付けよう、と。

 言峰と雄二は目立った仕事を終えるなり何やら話し込んでいたが、それももう終わりへ差し掛かっているようだ。
 一時は姿が見えなくなっていた承太郎も戻ってきて、いよいよ巣立ちの時は秒読み段階にまで迫っている。
 智乃も理世も名残惜しく思う気持ちはあったが、この場所を今は離れなければならないのだと理解していた。
 だから、一旦はさよならだ。次に戻ってこれるのがいつかは分からないが、皆で戻ってこよう。もう誰も欠けることのないようにと、理世は強く、強く祈る。
 もうあの日常から、二人も人が消えてしまった。心愛と紗路が死んで、その喪失感は今も穴のようになって胸に残っている。これ以上、誰も失いたくはない。
 
「最後に、忘れ物がないか見てきます」
「……あ、待って。私も行くよ」

 歩き出した智乃の後を追って、遊月も二階へと付いて行く。それを見送って、理世は一人溜息をついた。
 遊月は智乃に合わせてくれている。智乃もきっと、いつまでもあのままではないだろう。 
 香風智乃という少女は、ああ見えてしっかり者の強い子だ。やがては心愛の死を正しく理解して現実と向き合い、ちゃんと乗り越えられる――"はずだ"。
 そう分かっているのに、不安が拭えないのは何故だろう。原因が何かは、考えるまでもなかった。
 遊月。内心理世は、彼女が智乃と不和を起こすのではないかと心配さえしていた。だが今の二人はまるで姉妹のように仲良くしており、遊月の態度も嫌々といった様子には見えない。

「なるようになれば、いいんだけどな……」

 理世はただ祈ることしかできない。通い慣れたラビットハウスの木壁を撫でて、今後の幸運を祈るしかできない。


350 : 足りない箇所をただ埋め合うように ◆Oe2sr89X.U :2016/04/15(金) 01:17:17 vBk9/RNU0
    ◆    ◆


「よし、忘れ物は特にないみたいだね」

 部屋の最終確認を終えて、智乃と遊月の二人も出発準備をすっかり整え終えていた。
 もしも支給品やカードを置き忘れていたら一大事だったが、特にそういったハプニングもなく。下階に戻って雄二たちに出発しても大丈夫な旨を伝えればすぐにでも出発できる状態だ。
 予感で今後の命運を感じ取る、そんな漫画のような力を遊月は持っていない。
 雄二は頼れるし、承太郎と言峰は百人力と言ってもいいほど強い人達だ。彼らが三人揃って敵わない相手など、普通はまずいないに違いない。
 しかし、この会場にはそういう存在が居る。あの針目縫のような化け物じみた参加者が、まだ他にもうろついている可能性だってあるのだ。
 殺し合いをどうにかするには必ず、そいつらへ対処しなければならない時が来る。勝手に潰し合って野垂れ死んでくれでもしない限りは、必ず。

「……戻って、来られるでしょうか。皆で、この場所に」

 状況は一人だけだった頃よりも、確かに幾らか好転した。ただ、やはり根本的な部分は何も変わっちゃいない。
 繭のことも、乗った連中のことも、今のままでどうにかできるかと言われれば怪しいものがある。遊月の不安は未だに晴れないまま、どんよりとした暗雲のように立ち込め続けていた。
 ――ただ。そんな彼女にも一つだけ変わったことがある。不安げに生まれ育った家を、部屋を、店を見つめる少女の弱さから学んだことがある。
 
「大丈夫だよ。……って言っても、確証なんてないけどさ。それでもきっと、私達は此処に帰ってこれる」

 辛いのは、自分だけではないのだ。
 誰もが不安と恐怖を抱えて、感情を爆発させそうになりながら生きている。もっと早くそのことに気付けたなら、この会場で起こしたトラブルは未然に防げたのではないかと、遊月はそう思う。
 今からでも、決して遅くはない。せめて任されたことだけは全うしようと、心に強く誓った。
 自分は保登心愛を演じる。事情を知った者には茶番と呼ばれて然るべきだろう偽りの関係を続ける。
 そうしている間は、いつもより強い自分になれる気がしたから。

「――いっしょに、帰るんでしょ?」

 あるいは。

 ――――紅林遊月もまた、香風智乃という偽りの妹を、拠り所とし始めているのかもしれなかった。


    ◆    ◆    ◇    ◇    ◇    ◇


 そうして彼らは巣立っていく。
 兎の巣を出て、優しさのない大地に。
 また必ず帰ってこようとそう誓い、歩いて行く。


    ◆    ◆    ◇    ◇    ◇    ◇


351 : 足りない箇所をただ埋め合うように ◆Oe2sr89X.U :2016/04/15(金) 01:18:02 vBk9/RNU0

【G-7/ラビットハウス/一日目・午後】
【香風智乃@ご注文はうさぎですか?】
[状態]:健康、現実逃避、遊月への依存
[服装]:私服
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(8/10)、青カード(9/10)
   黒カード:果物ナイフ@現実、救急箱(現地調達)、チャンピオンベルト@グラップラー刃牙、グロック17@Fate/Zero
[思考・行動]
基本方針:皆で帰りたい……けど。
   0:千夜さんに会いたい
   1:"ココアさん"と……
[備考]
※参戦時期は12羽終了後からです。
※空条承太郎、一条蛍、衛宮切嗣、折原臨也、風見雄二、紅林遊月、言峰綺礼と情報交換しました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。
※『越谷小毬殺人事件の真犯人はDIOである』という臨也の推理(大嘘)を聞きました。必要に応じて他の参加者にも伝える可能性があります。

※紅林遊月の声が保登心愛に少し似ていると感じました。
※紅林遊月を保登心愛として接しています。



【天々座理世@ご注文はうさぎですか?】
[状態]:健康、精神的疲労(中)
[服装]:メイド服・暴徒鎮圧用「アサルト」@グリザイアの果実シリーズ
[装備]:ベレッタM92@現実
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(10/10)
    黒カード:不明支給品0枚
[思考・行動]
基本方針:ゲームからの脱出
     0:……しっかりしないと。
     1:ここで千夜を待つ? 探しに行く?
     2:外部との連絡手段と腕輪を外す方法も見つけたい
     3:平和島静雄、DIO、針目縫を警戒
     4:チノと遊月が心配
[備考]
※参戦時期は10羽以前。
※折原臨也、衛宮切嗣、蟇郡苛、空条承太郎、一条蛍、香風智乃、紅林遊月、言峰綺礼と情報交換しました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。
※『越谷小毬殺人事件の真犯人はDIOである』という臨也の推理(大嘘)を聞きました。必要に応じて他の参加者にも伝える可能性があります。


【紅林遊月@selector infected WIXOSS】
[状態]:口元に縫い合わされた跡、決意、強い不安、チノへのシンパシーと軽度の依存心
[服装]:天々座理世の喫茶店の制服(現地調達)
[装備]:令呪(残り3画)@Fate/Zero、超硬化生命繊維の付け爪@キルラキル
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(18/20)、青カード(19/20)
黒カード:ブルーアプリ(ピルルクのカードデッキ)@selector infected WIXOSS
[思考・行動]
基本方針:叶えたい願いはあるけれど、殺し合いはしたくない
   0:ラビットハウスを出る
   1:シャロ……。
   2:るう子には会いたいけど、友達をやめたこともあるので分からない……。
   3:衛宮切嗣、針目縫を警戒。
   4:私は、どうしたら……。
   5:“保登心愛”としてチノと接する。今は、まだ。
[備考]
※参戦時期は「selector infected WIXOSS」の8話、夢幻少女になる以前です
※香風智乃、風見雄二、言峰綺礼と情報交換をしました。
※ピルルクの「ピーピング・アナライズ」は(何らかの魔力供給を受けない限り)チャージするのに3時間かかります。

※チノの『演技』に気付きましたが、誰にも話すつもりはありません。
※チノへの好感情、依存心は徐々に強まりつつあります


352 : 足りない箇所をただ埋め合うように ◆Oe2sr89X.U :2016/04/15(金) 01:18:26 vBk9/RNU0

【風見雄二@グリザイアの果実シリーズ】
[状態]:右肩に切り傷、全身に小さな切り傷(処置済)
[服装]:美浜学園の制服
[装備]:キャリコM950(残弾半分以下)@Fate/Zero、アゾット剣@Fate/Zero
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(9/10)
   黒カード:マグロマンのぬいぐるみ@グリザイアの果実シリーズ、腕輪発見機@現実、歩狩汗@銀魂×2
[思考・行動]
基本方針:ゲームからの脱出
     0:ラビットハウスを出、動く
     1:天々座理世、香風智乃、紅林遊月を護衛。3人の意思に従う。
     2:宇治松千夜の保護。
     3:外部と連絡をとるための通信機器と白のカードの封印効果を無効化した上で腕輪を外す方法を探す
     4:非科学能力(魔術など)保有者が腕輪解除の鍵になる可能性があると判断、同時に警戒
     5:ステルスマーダーを警戒
     6:平和島静雄、衛宮切嗣、DIO、針目縫を警戒
     7:香風と遊月は――
     8:言峰には注意をする
[備考]
※アニメ版グリザイアの果実終了後からの参戦。
※折原臨也、衛宮切嗣、蟇郡苛、空条承太郎、紅林遊月、言峰綺礼と情報交換しました。
※キャスターの声がヒース・オスロに、繭の声が天々座理世に似ていると感じました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。
※『越谷小毬殺人事件の真犯人はDIOである』という臨也の推理(大嘘)を聞きました。必要に応じて他の参加者にも伝える可能性があります。
※言峰から魔術についてのおおまかな概要を聞きました
[雄二の考察まとめ]
※繭には、殺し合いを隠蔽する技術を提供した、協力者がいる。
※殺し合いを隠蔽する装置が、この島のどこかにある。それを破壊すれば外部と連絡が取れる。


【空条承太郎@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
[状態]:健康、胸に刀傷(中、処置済)、全身に小さな切り傷
[服装]:普段通り
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(9/10)、噛み煙草(現地調達品)
[思考・行動]
基本方針:脱出狙い。DIOも倒す。
   1:動く。
   2:平和島静雄と会い、直接話をしたい。
   3:静雄が本当に殺し合いに乗っていたなら、その時はきっちりこの手でブチのめす。
   4:言峰には注意をする。だが、追い出したりするつもりはない
[備考]
※少なくともホル・ホースの名前を知った後から参戦。
※折原臨也、一条蛍、香風智乃、衛宮切嗣、天々座理世、風見雄二、言峰綺礼と情報交換しました(蟇郡苛とはまだ詳しい情報交換をしていません)
※龍(バハムート)を繭のスタンドかもしれないと考えています。
※風見雄二から、歴史上の「ジル・ド・レェ」についての知識を得ました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。



【言峰綺礼@Fate/Zero】
[状態]:健康、全身に小さな切り傷
[服装]:僧衣
[装備]:神威の車輪(片方の牛が死亡)@Fate/Zero
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(18/20)、青カード(17/20)
黒カード:不明支給品0〜1、各種雑貨(ショッピングモールで調達)、不明支給品0〜3(ポルナレフの分)、スパウザー@銀魂
    不明支給品1枚(希の分)、不明支給品2枚(ことりの分、確認済み)、雄二のメモ
[思考・行動]
基本方針:早急な脱出を。戦闘は避けるが、仕方が無い場合は排除する。
   1:雄二の方針に従って動く。
   2:DIOの言葉への興味&嫌悪。
   3:希への無意識の関心。
   4:私の、願望……。
   5:自分の処遇は承太郎と雄二に任せる。集団を追い出されるならば、それもやむなしか。
   6:私は……


[全体備考]
※針目縫が落とした持ち物は、風見雄二と紅林遊月が回収しました。
※ポルナレフの遺体は、ラビットハウス二階の部屋に安置されています。
※ポルナレフの支給品及び持ち物は、言峰綺礼が全て回収しました。まだ確認していないものもあります。
※神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)は、二頭のうち片方の牛が死んだことで、若干スピードと火力が下がりました。
※ラビットハウスの内装は軽くではありますが、掃除されて綺麗になりました。


353 : ◆Oe2sr89X.U :2016/04/15(金) 01:18:41 vBk9/RNU0
投下終了です。


354 : 名無しさん :2016/04/15(金) 01:49:44 FJsVd3Z60
投下乙です

ラビットハウス組は移動開始か
戦闘力は申し分無いけど、言峰といい遊月とチノの歪な関係といい不安要素も多いなぁ
一体どの方角に行くのかも気になるけど、西に行けば流子針目、北に行けばセイバーだから険しい道のりになりそうか……

一点だけ質問ですが、承太郎達は夏凛の放送には気づいていないのでしょうか?
キャスターの放送時は、放送開始と同時に勝手にテレビが付くみたいな感じでしたが…


355 : ◆Oe2sr89X.U :2016/04/15(金) 14:50:21 vBk9/RNU0
>>354
言われてみればそうですね 修正版をしたらばに投下しておきます


356 : 名無しさん :2016/04/15(金) 19:36:09 /bi6oYSU0
投下おつです
偽りの姉妹ごっこはどういう方向に傾くか

一つ、重箱の隅をつつくようで失礼ですが
承太郎は第二回放送で臨也の名前が呼ばれ蛍が呼ばれていないということを気にしていたので、保護対象に蛍も入るのではないでしょうか


357 : ◆Oe2sr89X.U :2016/04/15(金) 20:54:09 vBk9/RNU0
>>356
修正箇所が小さいのでwiki収録後に直接修正させていただきます


358 : ◆eNKD8JkIOw :2016/04/16(土) 11:10:16 9U6j.fcE0
投下します


359 : 地獄が噴き出る時を待つ ◆eNKD8JkIOw :2016/04/16(土) 11:10:52 9U6j.fcE0

底は、地獄だった。

地の底、とでもいうべき世界だ。
天へと上ろうと羽ばたきながらも、白い少女の魔手により紙切れ一枚の中へと叩き落とされる『救われぬ魂』なき空間。
地上のそこかしこで頻発し、時には他者を巻き込み、時には周り一体を吹き飛ばすような『死』なる現象とは無縁の場所。
人の気配のない、自分を殺そうとする人殺しの気配のない、彼一人だけの世界だった。

だが、平和とは言い難い。
良い場所とは、とても言えない。

ヒトの血を求め人の嘆きを欲する鬼たちが闊歩するこの地は、この地下は、余人にはとても天国には見えまい。
怨嗟の声が木霊し、欺瞞の囁きが耳を腐し、狂信の贄を探す眼が光るこの地下通路は、誰が見ても楽園とは呼べまい。

だから。

地上と比較し死より遠く、危機より離れ、クリームのように甘っちょろい、殺し合いからもっとも程遠きこの隔地は。
しかして、地上でのうのうと生きる生者の足の下を這いずり、彼らを呑み込めぬことを歯ぎしりしながら耐えることしかできぬこの暗黒空間は。
言うならば。
地獄、と呼ぶべきだろう。


其処は、地獄だった。


「ド畜生がァッ!!!」


地獄で、鬼が、鳴いていた。


360 : 地獄が噴き出る時を待つ ◆eNKD8JkIOw :2016/04/16(土) 11:11:26 9U6j.fcE0
むんぎゅと握りしめ、思いっきり壁に叩きつける。

『これが若さか……』

それだけでは飽き足らず、踏みつける。蹴りつける。何度も、何度も。

『わしがあられもない姿に!?』

ふんッと気合を入れ、サッカーボールのように全力でシュート。
ひゅーんと飛んで行ったソレは地下通路の出口、登り階段の入り口にまでコロコロコロと転がっていった。

『こんな店二度と近づかん!』

「はぁ、はぁ、はぁ……」

そこでようやく一息を付き落ち着いたヴァニラ・アイスは、忌々し気に、自分が蹴り飛ばした『饅頭のようにまるっこいウサギ(?)のぬいぐるみ』を睨みつけた。
頭かどこやらかにスイッチがあったらしく、衝撃を与えるたびにわけのわからんセリフを並べ立てていたことさえも苛立たしい。
いや、そいつだけにではない。
彼はすべてに怒っていた。
彼はこの、およそ2エリア分の地下通路を渡って存在している『モンスター博物館』という見世物に激怒していた。

ああ、忌々しい。

忌々しい忌々しい忌々しい!

彼はこれまでの道程にて展示されていたモノたちを思い出し、ビキリと青筋を立てる。

喋る兎?
悪魔?
使役竜?
夜兎?
デュラハン?
海魔?
バーテックス?
バハムート?

なぜこんな下 等 生 物 どもと、我が主が。


DIO様がッ、同列にッ、扱われているッ!


数分、呼吸を落ち着かせる。
そこでようやく「はっ」と己の失態を自覚し、彼は慌てて佇まいを直した。
狂信者が目を向けるのは、一つの展示物。
先ほどまでの、獄炎が噴き出るのではないかと言わんばかりの赤黒い視線とは打って変わって、どこまでも、気持ちの悪いほど純粋な澄んだ瞳で。
ただ一つ信じるべき存在の生き写しを前にして。
『吸血鬼』
そう書かれた看板の後方にて自信満々に神々しい笑みを浮かべている『DIO様の等身大像』を崇めるように、膝をつく。

「大変、お見苦しいところをお見せいたしました……」


361 : 地獄が噴き出る時を待つ ◆eNKD8JkIOw :2016/04/16(土) 11:11:51 9U6j.fcE0

まるで本物に語りかけているようだった。
いや、彼にとっては、例え本物でなくとも、この像は尊ばれるべきものだった。
かつて、イギーとかいうクソ犬に「砂で作ったDIO様」を破壊させられたことを思い出す。
あの時の怒りは本物であり、すなわち例えDIO様ご本人にはあらずとも、この像は今ここに存在してるだけで、敬意を向けるべき存在。
例え、このヴァニラ・アイスを脳髄から蕩けさせるようなお言葉をかけてくださらなくとも。
例え、このヴァニラ・アイスの血と肉を沸き立たせる、素晴らしいご命令をしてくださらぬとも。
それでも、この世界に散らばっている恥知らずの虫どもよりも、いや、この自分よりも、当然のように『上』にあるものだった。
いわば、神を信じる者にとってのご神体のようなものだ。

だからこそ、許せない。
知性の欠片も感じさせない化け物どもと、DIO様が『まるで同列であるかのように飾られていること』が許せない。
いっそ、クリームでDIO様以外の全てを消滅させてやろうかとすら考えてしまう。
この通路にはモンスターを紹介するために手を変え品を変え色々なものが展示されていたが、DIO様に比べればゴミも同然だ。
ぬいぐるみも、写真も、絵も、落書きも、TVも、牙も、鱗も、爪も、棘も、首も、傘も、腕輪も、魔具も、剥製も、全てこの場には必要ない。

しかし、ヴァニラ・アイスは冷静だった。

我が愛しきDIO様のこととなれば一瞬でプッツンしてしまう性格ではあるが、それ以外に置いてこの男の冷静さ、冷徹さは、それこそ氷のごとしである。

「あまりやりすぎると、上に響く可能性がある」

流石に、今先ほどの『ちょっとした』制裁は大丈夫だろうが、これ以上の破壊は、それこそDIO様のためにはなるまい。
このヴァニラ・アイスがDIO様のために為せる最大の献身は、この地における他の参加者どもを駆逐しつくすこと。
そのためには、全てを捨てる。
己の怒りも、慢心も、全てこの胸の内に秘め、クレバーに動く必要がある。
クリームは強いが、無敵ではない。この地にはヴァニラ・アイスに土を付けられるやつらが何人もいるのだ。
そのためには、まず相手に存在を知られてはならぬ。
姿を隠し、最高の瞬間を見計らって一方的に相手を消滅させることこそが我が闘法。
考える時間は与えない。抵抗する時間など与えない。一切の慈悲なく暗黒空間に引きずり込む。

クリームの内部に入り、足音さえも立てずに空中を移動しながらそっと上階、映画館へと向かう。
地図に記載されているということは、それだけ参加者の目を引くということだ。
何者かがいる可能性は十分にある。
いや、それどころか、DIO様に逆らう愚か者どもの『拠点』となっている可能性さえあるのだ。
もしもそうなっていた場合、慎重にこの映画館の構造を把握し、万全の状態で殺し尽くす。
場合によっては地下に展示されていたものも使えるだろう。使えるものは何であろうと使う。


362 : 地獄が噴き出る時を待つ ◆eNKD8JkIOw :2016/04/16(土) 11:12:14 9U6j.fcE0

もしも、誰もいなかったら。
その時は、地下の滞在時間をリセットするために1時間の休憩をとった後、地下通路を使いホテルへと向かうことも検討にいれる。
この通路をまっすぐ歩き、施設→施設間を移動するのに必要な時間は凡そ2時間。
現在時刻は14時。1時間の休憩を取り、更に2時間歩き続ければ日が暮れる17時頃にはホテルに着ける計算だ。
映画館と同じく、ホテルも有象無象の雑魚どもが群れる可能性が十分にある建物である。
隠れる場所には事欠かぬだろうし、休憩に適したベッドやシャワールームもあるだろう。
また、こういったランドマークには人が集まりやすい。
殺し合いに乗らぬ者の人数が増えれば増えるほど、向こうが出来ることは増え、逆にこちらは手は出しにくくなる。
こういった施設を放置し、気付かぬうちに堅牢な『要塞』と化していた場合が一番厄介だ。
ヴァニラ・アイスの『クリーム』ならば、いかなる陣を敷いていても突破自体は出来るだろう。
しかし、広いということは、すなわち的が絞りづらいということ。
出来ればこちらの能力を知られる前に敵対者を一網打尽にしておきたい身としては、相手がどこにでも逃げられる大きな施設は、あまり好ましくはない。
2人の内1人を殺している間に、別方向に逃げた1人によってこちらの情報が他の参加者全員に伝わってしまっては、面倒なことになる。

それに、このゲームに反抗するものたちが『拠点』を作っている可能性を考えていくと、更に一つ、懸念事項が頭に浮かぶ。

「DIO様の館」

もしもかの地が、DIO様以外の何物かによって好き勝手に、我が物顔に『拠点』として弄繰り回されているとしたら。
断じて許せぬ。あれはDIO様の物。他の者が住み着くなど、吐き気がする。
だからこそホテルへ向かい、日が暮れたら近くにあるDIO様の館にも視察に赴き、出会った全ての参加者を殺し尽くす。
これが、ヴァニラ・アイスが地下通路を歩きながら建てた計画だった。

銀幕を身体に巻き、日が暮れる前に外に出ることも可能かもしれないが、この案は少しばかりリスクが大きい。
クリームの中に隠れ、外の様子を窺う際に銀幕で光を防ぐと、こちらの視界も制限されてしまうし。
もしも外に出て戦わざるを得なくなった場合には、銀幕を体に巻き付け戦うことはかなり動きが制限されてしまう。
更に、そんな恰好で戦っていては「銀幕を破られては困る事情がありますよ」と相手に教えてしまっているようなものだ。
吸血鬼であるという情報は、なるべく知られない方が都合がいい。
相手を知り、こちらを知らせず、一方的に殺すことを心掛ける必要がある。

だが、こちらが教えずとも、相手が既に自分のことを知っている可能性も考慮に入れて動く必要もある。


363 : 地獄が噴き出る時を待つ ◆eNKD8JkIOw :2016/04/16(土) 11:13:02 9U6j.fcE0

「先ほどの放送により、ポルナレフは間違いなく死んだ」

あの、DIO様へと叛意を向け自分を一度殺しさえした憎き男スタンド使いは、死んだ。
ざまあみろ、だ。花京院もこのヴァニラ・アイスの手で抹殺できたことだし、残るは空条承太郎のみ。
清々しい気分に浸っていた2時間前を思い出し、少し良い気分にもなる。

「が」

ポルナレフは第二回放送で死が伝えられた。
それは裏を返せば、こちらの情報をすべて持っているだろう憎き仇が、少なくとも「午前6時までは」間違いなく生き残っていたことを意味する。
その間に、ゴミどもとつるんでヴァニラ・アイスと『クリーム』の情報を拡散している可能性は高い。
また、放送局での戦いを生き延びたチャイナ服の女と爆発頭の男、このヴァニラ・アイスを虚仮にした白服の女も、既にこちらのスタンドの性能を知っている。
これまで以上に、万全を期して動く必要がある。

「……もしも映画館に誰もいない場合、休憩中に『クリーム』の制限を知っておくべきか」

虫どもを抹殺することは当然大切だが、こちらにかけられた枷を知ることも、DIO様のために動くためには必要だ。
いざという時に自分の思い通りに動けず、DIO様のお手を煩わせることになっては目も当てられぬ。


「さて……」


男は様々な思惑を抱えながら、上階へと向かっていく。
今は派手には動かない。殺せる時には殺すが、無理に地上を出歩くことはしない。

しかし。しかし、だ。
残り数時間で日は暮れ、夕焼けが光り、その後には闇が世界を覆うだろう。
太陽は去り、月明りがか細くヒトを見守るだろう。

そうして。


「ポルナレフよ、貴様は私が死ぬ直前に『地獄でやってろ』と抜かしたな」


夜が来る。


「ああ、やってやるとも」


吸血鬼たちの時間が来る。


「ただし、貴様ら全員、道連れだ」


地獄が噴き出る、時が迫る。


「DIO様のために尽く地獄へ落ちろ、塵芥共」



【G-6/映画館地下/一日目・日中】

【ヴァニラ・アイス@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
[状態]:ダメージ(小) 、疲労(小)
[服装]:普段通り
[装備]:範馬勇次郎の右腕(腕輪付き)、ブローニングM2キャリバー(68/650)@現実
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
    黒カード:双眼鏡@現実、不明支給品0〜1(確認済、武器ではない)、範馬勇次郎の不明支給品0〜1枚(確認済)、ブローニングM2キャリバー予備弾倉(650/650)
[思考・行動]
基本方針:DIO様以外の参加者を皆殺しにする
   1:映画館内部を探索。誰かいれば殺す。いなければ一時間の休憩と制限の確認。
   2:その後はホテルへ向かい、DIO様の館にも赴く。
3:日差しを避ける方法も出来れば探りたいが、日中に無理に外は出歩かない。
4:自分の能力を知っている可能性のある者を優先的に排除。
   5:承太郎は見つけ次第排除。
   6:白い服の餓鬼(纏流子)はいずれ必ず殺す
[備考]
※死亡後からの参戦です
※腕輪を暗黒空間に飲み込めないことに気付きました
※スタンドに制限がかけられていることに気付きました
※第一回放送を聞き流しました
 どの程度情報を得れたかは、後続の書き手さんにお任せします
※暗黒空間内に潜れる制限時間については後の書き手さんにお任せします。



【施設情報・地下通路】
「放送局」⇔「映画館」の間、「F-5」〜「G-6」付近には『モンスター博物館』があります。
参戦作品における人外の様々な展示物が置かれています。


364 : ◆eNKD8JkIOw :2016/04/16(土) 11:13:36 9U6j.fcE0
投下終了します


365 : 名無しさん :2016/04/17(日) 10:23:48 s4dqucSg0
投下乙です

清々しい程の狂信っぷりだなぁヴァニラは……
そして着実とDIO様との合流が近づいていってるのがなんとも……日没までの遊び相手が増えるよ!やったねDIO様!


366 : ◆3LWjgcR03U :2016/04/17(日) 21:52:50 uAefpcEY0
仮投下していたSSを本投下します。


367 : 飼い犬に手を噛まれる ◆3LWjgcR03U :2016/04/17(日) 21:53:24 uAefpcEY0
放送局の一室。
勇者、セレクター、騎士団長、デュラハン、そして悪魔。
年齢も性別も、種族さえ違う5人が、食事を摂り、顔を突き合わせて話し合っている。
ちなみにフードカードを奪われていたるう子は、多く持っている夏凛から10枚ほど分けてもらっている。
それは奇妙な光景だった――この場が、幾多の世界から集められた人々が殺し合う舞台だということを知らなければ、だが。

話し合いは意外にも円滑に進んでいった。
少なくとも、未だ倒れているウリス――浦添伊緒奈を除けば、この場にいる者は全員、今すぐ事を荒立てるような意図はない。

(ふむ――杞憂だったか)

ラヴァレイは内心で一人ごちる。
賞金首が考えた最悪の可能性は、アザゼルが何らかの形で自分の真の正体を看破しているケースだった。
「見知った顔がいる」と言われたときは少しヒヤリとしたが、副騎士団長「ラヴァレイ」と悪魔「マルチネ」と賞金首「ジル・ド・レェ」が同一人物であることは知らないようだ。
また、今の自分は悪魔と敵対していた「ラヴァレイ」の顔であることからして、揉め事に発展する可能性も考慮していた。
が、多少の挑発的な言葉はあったものの、今の状況では戦意はないことと、大人しく恭順する意思を示すと、アザゼルもそれ以上やり合うことはなく引き下がった。
敵対する勢力の一員であったとはいえ、直接交戦したことはなかったことも幸いしたのだろう。

5人のうち三好夏凛、セルティ・ストゥルルソン、アザゼルは元から行動していたこともあり、情報交換は手短に終っていく。
ラヴァレイは己の行動を少しずつ伏せながら語った。
具体的に隠した部分は、本部以蔵との顛末、DIOとの邂逅、そして地下通路で見た「ジョースターの系譜」。
どれも、単独で行動していた時の出来事であり、迂闊に話せば自分に不利をもたらしかねないことだからだ。
6時間以上前に別れた本部が未だ生きているのにも関わらずここにおらず、戦闘の痕跡もないということは、途中で何らかの戦闘に巻き込まれた可能性がある。
もしも今さらのこのことこの場に登場してきて、紅桜のことを責められたときは、「そんなに危ない代物だとは思わなかった」、「本部なら扱えると思った」と言えばよい。
事実として、黒のカードには「妖刀」としか書かれておらず、意識を乗っ取るような感覚にはラヴァレイ自身手にしてみるまで気付かなかったのだから。
また、後に地下通路から映像が見つかり、なぜ話さなかったのかと咎められた場合は、「その時はまだ灯りがともっておらず、映像も流れていなかった」とでも話せばよい。


368 : 飼い犬に手を噛まれる ◆3LWjgcR03U :2016/04/17(日) 21:53:40 uAefpcEY0
小湊るう子が、三好夏凛、アインハルト・ストラトス、桐間紗路と散りぢりになった後のことを話し終える。
すると次にアザゼルが興味を示したのは、車椅子の少女――東郷美森が持っていた、今は夏凛が持っている白い犬の姿が描かれたカードだった。

「出してみろ」

アザゼルに促された夏凛が黒いカードをかざすと、巨大犬・定春が姿を現した。
どうやらカードの中で寝ていたところを起されたらしく、寝ぼけつつもかなり不機嫌な様子を見せている。
2人の少女が慌ててなだめに走り、ふわふわした毛を撫でてやる。

「ほう、ケルベロスの一種ですかな」

動物の登場にラヴァレイでさえも、纏う雰囲気をわずかに弛める。

(かわいい……!)

口にこそ出さない、いや出せないが、セルティも定春の愛らしさに一瞬で魅了されてしまった。
セルティは可愛いものがわりと好きだ。少なくとも、普段から使用するヘルメットに、猫耳のついたデザインを選ぶくらいには。
少しくらいは触ってみても大丈夫だろう、と思い、2人の少女に混ざろうとして。

「面白い。余興に芸の一つでも見せてみろ、犬」

そんな和みかけた空気を見事にぶち壊したのは、またもこの悪魔だった。
定春は飛びのき、歯をむき出しにしうなり声を上げて露骨に警戒心をあらわにする。

(――まったく)

この悪魔は、動物とすらまともにコミュニケーションというものが取れないのか。
もう何度目か分らない呆れを感じながら仲裁に入ろうとして。

事件は起こった。

アザゼルが、ほれほれ、とばかりに不用意に定春に手を伸ばし。
鋭い鳴き声と共に、定春はその手を噛んだ。


場の空気が凍り付いた。


「――ふむ」

アザゼルは、呆けたような顔で手から流れる血と定春を見比べた後。


369 : 飼い犬に手を噛まれる ◆3LWjgcR03U :2016/04/17(日) 21:53:59 uAefpcEY0
「主人に刃向かう犬は要らん」

おもむろに、片太刀バサミを振り上げた。


「「――!」」


夏凛が、セルティが、悪魔を止めるべく動き――しかし。


「やめて!!」


悪魔を止めたのは、予想外の人物だった。

「やめて下さい!――お願い!」

少女――小湊るう子が、振り上げかかったアザゼルの腕に全身で飛びついていた。

「ええい、離せ!」

左手に走る痛みにも構わず、るう子は悪魔の腕にしがみついて離れない。
これには予想外だったのか、アザゼルは犬の存在も、手の怪我も忘れたかのようにるう子を振りほどく。

「軽い冗談だ――いちいち本気にするな。
 小湊! その犬は貴様が躾けておけ!」

噛み痕から流れる血を拭いながら、ややきまり悪げにアザゼルがぼやく。

「ごめんね、怖い思いさせて――もう大丈夫だよ」

るう子は定春のもとに駆け寄り、その首筋に抱きついてなだめながら、黒のカードに戻す。
一連の光景に、セルティは肩を落とし、ため息をつきながら(実際には息はしていないのだが)。

『笑えない冗談だ』

心底からの言葉をPDAに打ち込み、悪魔に突きつける。

「ふん」

悪魔は憎々しげに横を向いた。





『――それで。この後はどうするんだ? 全員揃ってここで人を待つのか?』

そんな騒動があった後。
主導権を握られるのは危険と判断したセルティは、多少強引にでも会話を進めていく。

「うむ――当然、考えている」


370 : 飼い犬に手を噛まれる ◆3LWjgcR03U :2016/04/17(日) 21:54:13 uAefpcEY0
その文面に、アザゼルは倒れているウリスを含む5人をじろりと見渡す。

「この俺と小湊、そして浦添はここに残り、3人は残るセレクターの紅林遊月。
 他にも、特に腕輪の解除に役に立ちそうな者や情報を捜索してもらおう。
 それからセレクターバトルとやらには、ルリグとやらがもう一枚必要なようだからな。喋るカードを見つけたら見逃すな。
 連絡の手段も、移動の手段も豊富な現状だ。これだけの戦力、6人そろって待ちぼうけているのは意味が薄い。
 そう思うだろう、なあ三好?」

突然名を呼ばれ、夏凛の頬がピクリと動く。

「……なんで私を呼ぶのよ。私は別に、待っていてもいいけど」

「とぼけるなよ。お前の仲間――おおかた先ほどの放送で俺に断りもなくここに呼んだのだろうが、探しに行きたくて仕方ないという顔をしているぞ」

図星を突かれ、夏凛に再び動揺が走る。

「まあ、今さら探しに行っても無駄かもしれんがな」

「……どういう意味よ。友奈は――」

「結城友奈、だったか」

悪魔の顔に、またしても愉悦の笑みが浮かぶ。

「そいつがチャットとやらに言葉を残してから、今の今までいったい何時間が経ったかな?」

ただでさえ疲労の色が濃い夏凛の顔が、一層青ざめる。

「それに返答をして、さらに放送で呼びかけ――ここに現れるどころか、まともな返事の一つすらよこさないではないか。
 つまり考えられるのは、最初に言葉を残した輩が偽物だったか、連絡の手段を失ったか、あるいは既に」

『やめろ』、何度目かすら分らない苛立ちを覚えながらセルティがそうPDAに打ち込み、割って入ろうとして――

「いいの」

夏凛は、それを制する。

「分ってるわよ、そんなことは……! でも、だけどね」

そしてアザゼルに向き合い、言い放つ。

「勇者部にはね、こんな掟があるの。
 『なるべく諦めない』ってね……!」


371 : 飼い犬に手を噛まれる ◆3LWjgcR03U :2016/04/17(日) 21:54:31 uAefpcEY0
「ほう」

青ざめた顔の中でも、その目に宿る炎。

「……好きにするがいい」

それを品定めするように見ると、アザゼルはそれ以上の興味を失ったかのように顔をそらす。

「それでは、別れると仰りましたが、道はどういたしますかな。私はお嬢さんのお傍に付きましょうか」

夏凛の傍らに、ラヴァレイが立つ。

「うむ、三好は2人で先ほど別れたホル・ホースどもに追い付き合流し、そのまま東の市街地を探索し、遅くとも次の次の放送までには戻ってこい。
 デュラハンは同様に北の島を探索。蒼井晶の死体と白カードも回収してこい。
 全員、有事の際はこのPCに連絡をしろ。
 ――小湊! そいつをいつまでも寝かせておくな。そろそろ水でも掛けて起こせ」

「は、はい」

アザゼルが青のカードから出した水瓶を受取ったるう子が、伊緒奈さんごめんなさい……と謝りながら水を掛けて起こす。

「う……」

冷たい感触に目覚めたウリスが、頭を抱えながら周囲を見渡す。

「ここは、――っ!」

アザゼルの存在を視界に認め、憎々しげな表情を露わにする。

「ようやくお目覚めだな、女」

アザゼルがウリスを見下す。

「この悪魔……!」

睨み付け、くってかかろうとし――そこで、自分の腕が黒い影に拘束されていることに気付く。
それだけではない。5人もの男女が、自分を取り囲んでいる。
再び周囲を見渡し、諦めたようにうつむく。
ウリスは、異常者ではあっても馬鹿ではない。
今の状況で下手にあがけば、即、死に繋がることくらいは十二分に理解できる。

「……何だか分らないけれど、大人しくしてればいいんでしょ」

「うむ、阿呆は物分りが肝心だ」

『それじゃあ、そろそろ行くぞ。
 それから、ここにあった遺体を2つともを埋葬しておきたいが、構わないか』

「……私も、東郷をちゃんと弔ってあげたいんだけど。いいかしら」

「好きにしろ。小湊、忘れずにホル・ホース共に連絡を入れておけ」

命令を受けたるう子が、ノートPCを立ち上げてメールを送る。
文面はこうだった。「夏凛さんたちがそっちに行きます。合流したら、詳しい話を聞いてください」


372 : 飼い犬に手を噛まれる ◆3LWjgcR03U :2016/04/17(日) 21:54:45 uAefpcEY0
――こうして、紆余曲折を経て。
放送局に集った6名は分れ、しばし別の道を行く。



【E-1/放送局/一日目・午後】

【アザゼル@神撃のバハムート GENESIS】
[状態]:ダメージ(中)、脇腹にダメージ(中)
[服装]:包帯ぐるぐる巻
[装備]:市販のカードデッキの片割れ@selector infected WIXOSS
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(9/10)
    黒カード:不明支給品0〜1枚(確認済)、片太刀バサミ@キルラキル、弓矢(現地調達)
         東郷美森のスマートフォン@結城友奈は勇者である、ホワイトホープ(タマのカードデッキ)@selector infected WIXOSS、市販のカードデッキ@selector infected WIXOSS
[思考・行動]
基本方針:繭及びその背後にいるかもしれない者たちに借りを返す。
0:さて、セレクターどもをどうするか。戦わせてみるか?
1:三好…面白い奴だ。
2:借りを返すための準備をする。手段は選ばない
3:ファバロ、リタと今すぐ事を構える気はない。
4:繭らへ借りを返すために、邪魔となる殺し合いに乗った参加者を殺す。
5:繭の脅威を認識。
6:先の死体(新八、にこ)どもが撃ち落とされた可能性を考慮するならば、あまり上空への飛行は控えるべきか。
7:『東郷美森は犬吠埼樹を殺害した』……面白いことになりそうだ。
8:デュラハン(セルティ)への興味。
[備考]
※10話終了後。そのため、制限されているかは不明だが、元からの怪我や魔力の消費で現状本来よりは弱っている。
※繭の裏にベルゼビュート@神撃のバハムート GENESISがいると睨んでいますが、そうでない可能性も視野に入れました。
※繭とセレクターについて、タマから話を聞きました。
 何処まで聞いたかは後の話に準拠しますが、少なくとも夢限少女の真実については知っています。
※繭を倒す上で、ウィクロスによるバトルが重要なのではないか、との仮説を立てました。
※東郷美森が犬吠埼樹を殺したという情報(大嘘)を知りました。


【小湊るう子@selector infected WIXOSS】
[状態]:全身にダメージ(小)、左腕にヒビ、微熱(服薬済み)、魔力消費(微?)、体力消費(中)
[服装]:中学校の制服、チタン鉱製の腹巻 @キルラキル、
[装備]:定春@銀魂
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(9/10)
    黒カード:黒のヘルメット、宮永咲の白カード、キャスターの白カード、花京院典明の白カード
         風邪薬(2錠消費)@ご注文はうさぎですか?、ノートパソコン(セットアップ完了、バッテリー残量少し)
[思考・行動]
基本方針:誰かを犠牲にして願いを叶えたくない。繭の思惑が知りたい。
0:どうしよう。
1:シャロさん、東郷さん………
2:夏凜さん、大丈夫かな……
3:遊月のことが気がかり。
4:魂のカードを見つけたら回収する。出来れば解放もしたい。
[備考]
※チャットの新たな書き込み(発言者:D)にはまだ気付いていません。


【浦添伊緒奈(ウリス)@selector infected WIXOSS】  
[状態]:全身にダメージ(大)、疲労(中)
[服装]:いつもの黒スーツ
[装備]:ナイフ(現地調達)、スタングローブ@デュラララ!!
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(18/20)、青カード(17/20)、小湊るう子宛の手紙
    黒カード:うさぎになったバリスタ@ご注文はうさぎですか?、ボールペン@selector infected WIXOSS、レーザーポインター@現実
         宮永咲の不明支給品0〜1(確認済)
[思考・行動]
基本方針:参加者たちの心を壊して勝ち残る。
0:今は従うふりをする。
1:使える手札を集める。様子を見て壊す。
2:"負の感情”を持った者は優先的に壊す。
3:使えないと判断した手札は殺すのも止む無し。    
4:可能ならばスマホを奪い返し、力を使いこなせるようにしておきたい。
5:それまでは出来る限り、弱者相手の戦闘か狙撃による殺害を心がける
[備考]
※東郷美森が犬吠埼樹を殺したという嘘をチャットに流しました。
※変身した際はルリグの姿になります。その際、東郷のスマホに依存してカラーリングが青みがかっています。
※チャットの書き込み(3件目まで)を把握しました。


373 : 飼い犬に手を噛まれる ◆3LWjgcR03U :2016/04/17(日) 21:55:01 uAefpcEY0





2つの遺体を埋葬し、白のカードは集めているという小湊るう子に託した後。
首なしライダーは、海の上の道を走っていた。

(――やれやれ)

内心で、またしてもため息をつく。
アザゼルの支配下から一時だけでも逃れたのは僥倖だが、彼に比べたらいくぶん御しやすいとはいえ、新たに火種を抱え込んだ。
悪魔と共に残してきてしまった小湊るう子については――もちろん心配ではあるが、実を言えばそれほど不安ではない。
彼にとっては少なくとも、るう子は待ち望んでいた保護する対象であり、必要もなく追いつめる意図はないということが、会話の端々から理解できたからだ。
巨犬を斬り捨てようとした所を止められた際に、彼女が傷付かないように振り払ったことを見ても分る。
ついでに言えば、自分には扱いづらいと言って自分に銃を渡しもした。
むしろ、不安なのは。

(夏凛ちゃん)

騎士とともに、東の市街地に向った勇者の少女。
出会った時からずっと、彼女が無理をしていることは明らかだった。
そして、仲間だという結城友奈。これも、正直に言ってアザゼルの言う通り、生存の望みは正直いって薄いと感じた。
今の彼女は、僅かな希望にすがりついていることで何とか自分を保っているような状態だ。
……そして、悪魔と同類だというあの騎士。
出会った直後から紳士然とした態度を貫いていたが、彼は本当に信頼のできる人物だったのか。
そもそも、どんな理由があろうと、この殺し合いの場で正体を隠していること自体が、疑わしいといえば疑わしい。
アザゼルの手前、余計な不和は避けるためにあえて何も言いはしなかったが、考え出すと疑念は湧く。

(今さら考えても仕方ないが、それに……)

小湊るう子の話していた、会場のちょうど中央付近で見かけたというバーテン服の男。
特徴からいって、間違いなく平和島静雄だろう。
だがあろうことか、彼はその場にいたもう一人の巨漢と何やらプレイに興じていたらしい。
直情的な男だが馬鹿ではない。静雄のことはそう思っていたが、一体何をやっているのだろうか。

(……まあいい、できればあまり面倒事を起さないでくれよ……)

手の届く場所にいる人々を守るために、そして愛する人の元へ戻るために。
不安を抱えながらも、首なしライダーは進んでいく。



【E-1/橋上/一日目・午後】


【セルティ・ストゥルルソン@デュラララ!!】
[状態]:健康
[服装]:普段通り
[装備]:VMAX@Fate/Zero ヘルメット@現地調達
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
    黒カード:PDA@デュラララ!! 、宮内ひかげの携帯電話@のんのんびより、イングラムM10(32/32)@現実
[思考・行動]
基本方針:殺し合いからの脱出を狙う
0:北の島に向かい、紅林遊月、ルリグおよび役に立ちそうな人・物・情報を探索。蒼井晶の遺体も回収する。
1:アザゼル……どうしたものか。
2:静雄との合流。
3:縫い目(針目縫)はいずれどうにかする。
4:旦那、か……まあそうだよな……。
5:ラヴァレイに若干の不安。
6:静雄、一体何をやっているんだ……?
[備考]
※制限により、スーツの耐久力が微量ではありますが低下しています。
 少なくとも、弾丸程度では大きなダメージにはなりません。
※小湊るう子と繭について、アザゼルの仮説を聞きました。
※三好夏凜、アインハルト・ストラトスと情報交換しました。
※チャットの新たな書き込み(発言者:D)にはまだ気付いていません。


374 : 飼い犬に手を噛まれる ◆3LWjgcR03U :2016/04/17(日) 21:55:35 uAefpcEY0
放送局のすぐ南の道。
穴を掘っている2人の姿があった。

「東郷……」

勇者の力を借りることで、埋葬するための穴を掘ることはあっという間に終わった。
腹部の血も渇き始めた東郷美森の遺体をそこに横たえる。

「あんたが乗った理由は知らないし、知りたくもないわ」

ゆっくりと土をかけていく。

「仇を取る、なんて今はまだ言えない」

友奈と戯れる姿、勇者として敵に立ち向かう姿。
今まで過ごした日々が、夏凛の胸をよぎって止まらない。

「でも、今はゆっくり寝ていてね」

土をかけ終え、手を合わせる。傍らではラヴァレイも同じ動作を見せている。
数十秒ほど、手を合わせ続け――

「……行きましょう」

セルティの話によると、旭丘分校で戦って死んだという少女が、樹の特徴に一致する。
付近に埋葬してきたらしいが、できることなら東郷と同じように自分も弔ってあげたい。

「承知いたしました」

2人は空飛ぶ箒――ヘルゲイザーに乗り込んだ。
この箒は、放送局を出る際にアザゼルから渡されたものだ。
スクーターとどちらを選ぶかと言われ、こちらを選んだ。
前に乗って操作する役はラヴァレイが買って出た。空飛ぶ箒は珍品ではあったが、操作感は馬とさほど変わらなかった。
そのまま、周囲の木々とすれ違う程度の高さを保ちながら飛行する。
この箒の元の所持者は、「撃ち落とされた」という。
位置関係から見て、その犯人は東郷である可能性が高いのだが――夏凛はそのことはなるべく考えないようにする。

(三好夏凛――勇者、か)

おくびにも出さないが、賞金首が夏凛との同行を申し出たのは、騎士道などという理由などではない。


『勇者部にはね、こんな掟があるの。
 『なるべく諦めない』ってね……!』


彼女が悪魔に言い放った言葉を思い返す。
仲間を失った、孤独な勇者。
結城友奈とやらも、詳細は知らないが、アザゼルの話を聞く限りではもはや生きてはいないだろう。

ほとんど消えかけている僅かな希望に必死にすがり、ぎりぎりの線で自我を保つ少女。
三好夏凛の「折れる」音は――蒼井晶とは比較にならないほど、心地よいものだろう。

(友奈……風……!)

少女は、一心に仲間を思い続ける。
騎士の歪んだ笑みになど、気付くことはなく。


375 : 飼い犬に手を噛まれる ◆3LWjgcR03U :2016/04/17(日) 21:55:48 uAefpcEY0

【E-1/放送局外/一日目・午後】

【三好夏凜@結城友奈は勇者である】
[状態]:疲労(大)、精神的ダメージ(極大)、顔にダメージ(中)、左顔面が腫れている、胴体にダメージ(小)、満開ゲージ:最大、低空飛行中
[服装]:普段通り
[装備]:にぼし(ひと袋)、夏凜のスマートフォン@結城友奈は勇者である
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(16/20)、青カード(15/20)
    黒カード:不明支給品0〜1(確認済み)、東郷美森の白カード
[思考・行動]
基本方針:繭を倒して、元の世界に帰る。
0:南回りで東の市街地に向かい、ホル・ホースらと合流し紅林遊月らを探索する。
1:友奈を探したい。
2:樹のことも弔いたい。
3:アザゼル……
4:風を止める。
[備考]
※参戦時期は9話終了時からです。
※夢限少女になれる条件を満たしたセレクターには、何らかの適性があるのではないかとの考えてを強めています。
※夏凛の勇者スマホは他の勇者スマホとの通信機能が全て使えなくなっています。
 ただし他の電話やパソコンなどの通信機器に関しては制限されていません。
※東郷美森が犬吠埼樹を殺したという情報(大嘘)を知りました。
※小湊るう子と繭について、アザゼルの仮説を聞きました。
※セルティ・ストゥルルソン、ホル・ホース、アザゼルと情報交換しました。
※チャットの新たな書き込み(発言者:D)にはまだ気付いていません。


【ラヴァレイ@神撃のバハムートGENESIS】
[状態]:健康、低空飛行中
[服装]:普段通り
[装備]:軍刀@現実、、ヘルゲイザー@魔法少女リリカルなのはVivid
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(9/10)
    黒カード:猫車@現実、拡声器@現実
[思考・行動]
基本方針:世界の滅ぶ瞬間を望む。
0:三好夏凜の『折れる』音を聞きたい。
1:東の市街地に向かう。ホル・ホースについてはできれば遭遇したくはないが。
2:アザゼルにはそれなりに気を付けつつ、隙を見て排除したい。
3:セルティ・ストゥルルソンか……一応警戒しておこう。
4:DIOの知り合いに会ったら上手く利用する。
5:本性は極力隠しつつ立ち回るが、殺すべき対象には適切に対処する。
[備考]
※参戦時期は11話よりも前です。
※蒼井晶が何かを強く望んでいることを見抜いていました。
※繭に協力者が居るのではと考えました。
※空条承太郎、花京院典明、ジャン=ピエール・ポルナレフ、ホル・ホース、ヴァニラ・アイス、DIOの情報を知りました。 ヴァニラ・アイス以外の全員に変身可能です。


※キャスター、花京院典明、東郷美森の遺体が放送局付近に埋められました。


376 : 飼い犬に手を噛まれる ◆3LWjgcR03U :2016/04/17(日) 21:58:00 uAefpcEY0
投下を終了します。
仮投下時との相違点としては、伊緒奈はセルティに同行せず放送局に残るに変更、るう子とアザゼルが対戦する下りを削除。
その他、若干の加筆も加えています。


377 : 名無しさん :2016/04/18(月) 16:12:51 16vNDMQg0
投下乙です アザゼルの言うとおり友奈たち死んじゃってるからなあ 次の放送が心配

少し疑問なのですが、
ウリスからスマホを奪ったのに他の所持品についてはノータッチなのでしょうか
スタングローブはただのグローブだと思っていたにせよナイフとかは・・・


378 : ◆3LWjgcR03U :2016/04/18(月) 21:19:37 1EsKc4ZY0
>>377
ご指摘ありがとうございます。明日夜までに修正いたします。
そこ以外ですが、読み返すとヴァローナほかの遺体が無視されているのも少々おかしいと感じるため、合せて修正いたします。


379 : 名無しさん :2016/04/18(月) 23:50:39 9lT9d5mA0
投下乙です!
対主催四人にマーダー二人の大集合は一旦解散。戦力的には問題ないですが、確執が致命的な破綻を招かないかが怖いですね
ラヴァレイウリスのマーダー二人もどんな動きで引っ掻き回してくるのやら

今更ながらちょっと気になった点を
前回のいざこざがあったのに、東郷さんのスマホをアザゼルが持っているのに描写が無いのは少し気になりました
あと、スクーターが持ち物に記載されていないようなので、修正時に誰かに持たせてあげた方が良いかと


380 : ◆3LWjgcR03U :2016/04/19(火) 22:45:51 Rkc86ixM0
>>379
ご指摘ありがとうございます。新たに修正を修正スレに投下しました。

それと遅くなりましたが、Wikiにチャット関連のまとめページを作成しましたので、一応報告いたします。


381 : 名無しさん :2016/04/22(金) 21:23:17 hLxszfPc0
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382 : ◆X8NDX.mgrA :2016/04/23(土) 17:06:08 wouaYhus0
投下します。


383 : リボルバーにくちづけを ◆X8NDX.mgrA :2016/04/23(土) 17:06:45 N82b4wpM0

 傷付いたガンマンを気絶から回復させたのは、頬を撫ぜる風だった。
 このときホル・ホースには、単なる自然現象に過ぎない風が、やけに優しく柔らかに感じられた。
 まるで純粋な愛情を向けてくる女の、滑らかな肌のような感触。全ての女を敬愛する男にとって、これほど心地いい感覚はない。
 しばらくの間、ホル・ホースは風が流れるのを楽しんだ。

 そうして目を開けたものの、視界が明瞭でない。それは疲労や消耗だけが原因ではないと直感的に理解して、同時にホル・ホースは嘆息した。
 先程の戦闘は、どうあがいても夢ではなく現実。
 ガンマンにとっての生命線の一つである“目”の片方を失ったのだと。

(妙な気分だな、コリャ……)

 片目の視力がない状態は、戦闘では大きなディスアドバンテージだ。
 相手との間合いが測りにくくなる上に、死角が増える。
 地下闘技場のチャンピオン・範馬刃牙と、鎬流空手の使い手・鎬昂昇の勝負が好例だ。
 相手の神経を直接切る技、『紐切り』により視力を奪われた刃牙は、昂昇との間合いを測ることが困難になり、苦戦を強いられた。
 範馬の血を引く天才の刃牙は、それでも対処して見せたのだが。
 スタンド以外に天性の才能を持たないホル・ホースに、チャンピオンと同じことをしろというのは無茶だろう。
 これから先、戦闘には細心の注意が必要になる。

(俺の『皇帝(エンペラー)』が実力を発揮できなくなるのは、ちとショックだぜ)

 声には出さずにぼやくホル・ホース。
 とはいえ、盲目のスタンド使いも存在はする。
 エジプト9栄神が一柱、『ゲブ神』のスタンド使い・ンドゥールは、砂漠で音や感覚を頼りにジョースター一行を急襲した。
 常人と比べて大きなハンデを抱えているが、その強さは確たるものだ。

 そんな彼らとホル・ホースは根本的に違う。
 ンドゥールは、視覚の代わりに鋭敏な聴覚と感覚を得ている。
 対するホル・ホースには、先にも述べた通り、天性の才能や鋭敏な感覚機能はない。『皇帝』のスタンド一つで暗殺稼業を続けてきた。
 しかし、そもそもホル・ホースは、己に才能がないことを後悔していない。
 自分が誰より上手い鉄砲を撃つガンマンだと自負しているのだから。

(なにせ、俺のハジキの腕前はグンバツだったからな)

 ホル・ホースが暗殺者を続けてこられたのは、『皇帝』が暗殺に非常に適したスタンドだったからという点も大きい。
 一般人には見えない銃。本人の目に映る範囲なら、自由に軌道を変化させられる弾丸。
 狙撃手の存在を知らぬ間に、眉間を撃ち抜かれて死んだ人間が、果たしてどれほどいるだろうか。
 強いて言うなら、そのようなスタンドを発現させたこと自体が才能か。

(まあ、ここじゃあスタンドもパンピーに見えちまってるんだけどな……)

 それがこの島では一般人に可視化され、更には左目を失う始末。
 とはいえ、可視化という措置でスタンドが制限されていることは、既に理解していたことだ。
 失明については、何もホル・ホース自身が不覚をとったことばかりが原因ではなく、凶悪な相手と遭遇してしまった不運もその一因だ。
 己の不運を恨むのも、もう何度目になるだろうか。

(まぁ、クヨクヨ悩んでも仕方ねぇ。
 いつまでも無防備にはいられねぇし、起きてどこか、安全な場所へ……)

 考えをまとめながら周囲を見回す。他の参加者の姿は見えない。
 危険な参加者がいる以上、安全な場所などありえないのだが、それはそれ。このまま動かずにいる方が危険だと、ホル・ホースは判断した。
 上半身を起こそうとしたが、折れた肋骨が邪魔をする。


384 : リボルバーにくちづけを ◆X8NDX.mgrA :2016/04/23(土) 17:07:50 ElR.4wWI0
「イテテテ……」

 ホル・ホースは戦闘スタイルが拳銃なだけに、特性上こうした物理的な痛みを受けることはあまりない。
 これが本当の骨折り損か、などと留まることのない愚痴や後悔を垂れながら、どうにか立ち上がる。
 体を少し曲げて楽な姿勢を取ることで、呼吸を楽にする。

「あー……まずは水だな」

 そうして落ち着いてから、ホル・ホースは、懐から取り出した青いカードでペットボトルの飲料水を出した。
 喉がはり付くように渇いていたのだ。
 キャップを無造作に開けてその辺りに投げ捨てると、ぐびぐびと一息に飲み干す。
 続けてもう一本。今度は瓶のビールをぐいぐいと飲む。これは流石にイッキとはいかなかったが、それでも時間を空けずに飲み干した。

「かぁ〜っ!美味い!」

 美酒に酔い痴れながら叫んだホル・ホースは、ついでとばかりに赤いカードを使用した。
 取り出したのはハンバーガー。原型はアメリカで誕生したとされ、アメリカ合衆国を代表する国民食と表現されることもあるファストフードである。
 ちなみに、原型が誕生していた時期については諸説あるが、少なくとも二十世紀の初頭には既に生まれていたと考えられている。
 ホル・ホースの着ている衣装からすると、微妙に時期がずれているが、そこはご愛嬌。
 見た目はガンマンでも、一九八七年を生きる男なのだ。

(カードから出た食いもんなんて、怪しすぎるがよぉ……)

 アツアツのハンバーガーをまじまじと見つめるホル・ホース。
 カードから武器が出ることもそうだが、食べ物が出ることはそれ以上の衝撃だ。
 好きな食べ物を、それが美味しく食べられる状態で出現させる。回数制限こそあれ、便利すぎる道具だ。
 スタンド使いの能力でも絡んでいるのかと、半ば本気で考えた。
 本当に食えるのかどうか、そんな不確かな物を食べていいのか、少しばかり逡巡したが、美味しそうな食欲に勝てるはずもなく。

「ええい、ままよ!」
「それでも、食わずにはいられないッ!そんな心情だぜ!」

 食前酒とばかりにビールを口にしてから、フワフワのトーストバンズをガブリとかじった。
 バンズの間に挟まれたシャキシャキのレタスとビーフパティが、口内で絶妙な食感を演出する。
 トマトケチャップの酸味がアクセントになり、口を動かす勢いは更に増す。
 鼻を突き抜けるツンとすました辛味は、マスタード。
 そうかと思えば、香り高いバターも存在を主張してくる。
 口いっぱいに広がる食材の旋律は、食べるそばから涎が溢れて来るほど調和している。
 ゴクリと飲み込めば、ガツンと胃に落ちる感覚。ボリュームもバツグンだ。

「んぐ……、んぐ……」

 その様子、まさしく無我夢中ッ!
 これまで食事をせずに来た反動だろうか、しばしの間、無言でハンバーガーを咀嚼する。
 グルメ番組では、食べてすぐ「おいしい!」「ウマイ!」とコメントが飛ぶが、空腹な人間が美味な食べ物を食べたとき、言葉は失われる。
 極度の緊張から逃れた安堵感も手伝い、ホル・ホースは続けざまにハンバーガーを食べていく。
 まるで、この機を逃せばもう食事をする機会がないと考えているかのように。

 ちなみに、骨折した際には、骨の形成を促すカルシウムやタンパク質を摂取することも重要ではあるが、全体でバランスの取れた食事が一番良いとされる。
 つまりホル・ホースがハンバーガーを選んだのは失敗というほかないが、本人がそれを知ることはないだろう。






385 : リボルバーにくちづけを ◆X8NDX.mgrA :2016/04/23(土) 17:08:14 urV9ixaY0


 ここで場面は入れ替わる。

 旭丘分校から飛び出した針目縫は、ゆっくりと歩いて温泉へと到着した。
 悠々と旅館内を歩き回り、誰か獲物がいないかと探し回るも、ほとんど無為に終わる。完全にあてが外れた形だ。
 さてどうしようかと考えて、何の気なしに部屋のテレビをつけると。

『私の名前は三好夏凜。この島の中で、人を探しているの』

 格好の餌がぶら下がっていた。
 少女は緊張した面持ちで、メモを見ながら話している。

『るう子…小湊るう子、紅林遊月、それに浦添伊緒奈』

 縫の耳がピクリと反応する。
 自分の拘束から抜け出した裸の猿。
 確実に殺害しておけば、今のような苦渋を味わうこともなかったかもしれない。
 笑顔を浮かべながら、内心で殺意を滾らせる。

『この三人に、聞きたい事があるわ。
 他にも、『セレクター』と聞いて分かる人がいたら教えて欲しい』

 しかし単純な殺意の他にも、縫の関心を惹く言葉が、画面の中から発される。
 セレクター。選択する者。
 映画館で紅林遊月が話していた、カードゲームに関連する用語だ。

『ええっと、見えるかしら?これが私の端末のアドレスよ。
 さっきの放送で、メールが使えるようになったみたい。
 もし遠くにいても、もし施設の中にパソコンや端末があればそれで連絡も取れると思う』

 放送は続いたが、縫はセレクターへの呼びかけが気になり、これ以降の話は頭に入らなかった。
 遊月から聞いた話はうろ覚えだが、それでも重要な部分は覚えている。
 ウィクロス――夢限少女へと至るためのバトル。

「ルリグに選ばれた少女たちが戦い、三回勝利すれば願いが叶う……」

 そして、三回敗北すれば、願いは反転して叶わなくなる。
 まるでおとぎ話に出てくるような、信じがたい内容だ。
 しかし、生命戦維という超常の存在から生まれた縫が、いまさらその程度の不可思議を認められないはずもない。
 むしろ、繭が「魂」をカードに閉じ込めることができるのは、そうした不可思議な力を応用しているからではないか、とさえ考えていた。

(もしかしてこの放送、かなり重要かもね♪)

 殺し合いは半日が過ぎ、およそ半分の参加者が死亡した。
 残っているのは、縫や流子のように強い力を持つ人物が大半だろう。
 この状況で、島の全域に届く放送を行なうのは危険極まりない。しかし、彼らはそんな危険を冒してでも、セレクターを集める必要があるということだ。
 つまり、セレクターは繭へと繋がる鍵。
 縫は直感的にそう判断すると、目的地を定めた。

「放送局……そこにセレクターが集まるんだね!」

 意気揚々と外に出た縫が目にしたのは、風に吹かれて転がる学生服だった。






386 : リボルバーにくちづけを ◆X8NDX.mgrA :2016/04/23(土) 17:08:47 ElR.4wWI0



 場面は再びホル・ホースに転換する。

「さぁーて、次はどうするかね……とと、そうだそうだ」

 赤カードを四回使い、ハンバーガーを食べに食べたガンマンは、腹を撫でてから呟いた。
 特に健啖家なわけでもないのに、食べる勢いと量は普段の倍以上だったことから、空腹の度合いが分かるだろう。
 そんなホル・ホースも、ようやく自分がするべきことを思い出した。

「あぶねぇあぶねぇ。忘れるところだったぜ」

 ホル・ホースはアザゼルから渡されたタブレットPCを取り出した。
 小湊るう子か紅林遊月、あるいは浦添伊緒奈のうち、どれか一人でも発見したら連絡を入れろと言われていたそれ。
 近代人ではないホル・ホースは、今の今まで存在を忘れていた。
 セルティに教わった操作を反復して、どうにかメールの画面を出す。

『夏凛さんたちがそっちに行きます。合流したら、詳しい話を聞いてください』

 出てきたのは、こんな内容のメールだった。
 内容はごくごく自然な連絡。しかし、見た瞬間にホル・ホースは首を傾げた。

「ん……?このメール、誰からだぁ?」

 メールの文面は、ですます調の敬語が使用されている。
 放送局で別れた三人の内、誰がこのような文章を書くか。
 アザゼルは敬語を使う性格ではない。
 セルティは敬語も使いそうだが、今までホル・ホースに対しては使用していない。
 残るは夏凜だが、本人が書いた文章にしては違和感がある。

「するってーと、誰かが放送局に来たってことか」

 となれば考えられるのは、第三者による文章である。
 ホル・ホースたちが別れた後で、何者かが放送局を訪れ、アザゼルたちに協力することになった。
 このメールは、その何者かが送ったものだと考えれば辻褄は合う。

「……ふむ、合流するときたか。
 だったら動かないのも手だけどよ……こっちから向かうのもアリだよなぁ」

 ホル・ホースは考える。
 本来なら今頃は、ラビットハウスへ向かっているはずだった。
 しかし、襲撃され同行者は死亡。この状態で、単騎で進むのでは心もとない。
 夏凜たちが来るまで待つのもいいが、こちらからも放送局方面に向かい、合流して話を聞いてから次の目標を定める方が安全だ。
 誰かと組んで真価を発揮するホル・ホースだからこその臆病さである。

 そうしてホル・ホースは、近くのメルセデス・ベンツを見やった。
 近づいて確認すると、フロントガラスは割れているものの、それ以外の場所、エンジンなどに損傷はないようだ。
 少し寒くなるが、ドライブも可能だろう。

「さて、と」

 移動手段は確保できた。あとは来た道を戻るだけ。
 その段階に至り、今まで意図して視界から避けていたものを、ホル・ホースは今再び直視した。
 アインハルト・ストラトスにジャック・ハンマー。凄絶な戦闘を終えた二人の格闘家は、改めて確認するまでもなく絶命していた。
 プロレスの流血試合の後のような、顔面から服に至るまで血みどろになった姿。
 身体のあちこちが傷付き、欠損した状態の二人を見て、ホル・ホースは顔をしかめた。
 特にアインハルトは、元の顔が整っていただけに痛々しさも倍増だ。

「ったく……佳人薄命たぁよく言うぜ」

 美人になるはずの少女もまた、薄命なのだろうか。そんなポエムめいた皮肉を思いつく。
 ホル・ホースは自称『世界で最も女に優しい男』である。
 冗談めかして語るその言葉を抜きにしても、実際にホル・ホースはアインハルトの生き様には強い敬意を抱いていた。
 凶悪な狂人と対峙する勇気。
 不屈の闘志とでも呼ぶべき根性。
 このような場所で、このような若さで死なせるのはあまりに惜しい。

「……ま、ゆっくり休むんだな」

 そうした少女の強さに、今のホル・ホースは生かされているも同然。
 女は尊敬していても、利用することは躊躇わないホル・ホース。しかしこのときばかりは、真顔で黙祷を捧げた。
 再び顔を上げて、次に見たのは筋骨隆々の男の死体。
 こちらには敬意も好感もなく、ただ哀れみの視線のみを向けた。


387 : リボルバーにくちづけを ◆X8NDX.mgrA :2016/04/23(土) 17:09:29 urV9ixaY0
「テメーも哀れよのぉ……こんな場に呼ばれなければ、格闘技大会で有名になれたかもしれんのに」

 投げかけるのは、憐憫を含んだ言葉。
 殺されかけた恨みを抜きに考えれば、その鍛え上げられた肉体は賞賛に値する。
 確かにバトルロワイアルに招かれなければ、ジャックは地下闘技場で恐るべきファイターとして名を上げていただろう。
 しかし、それはまた、別の話。
 ホル・ホースがそのIF(もしも)を知ることは、おそらくありえない。

「そういや、コイツの着ていた変な学生服……」

 死体をじろじろと見ていたホル・ホースは、あることに気がつく。
 ジャック・ハンマーの着ていた、顔に似合わない学生服。
 空条承太郎が着ているような服が、近くには見当たらないのだ。
 誰かが持ち去りでもしたかと考えたが、それではホル・ホースや他の支給品に目もくれていない理由が判然としない。

「まぁ、俺には関係ねぇか」

 学生服が飛ばされていたところで、ホル・ホースには大した影響は無い。
 おおかた風で飛ばされたのだろうと結論付けた。
 そうして、いよいよこの場を離れようとした、その矢先である。

「やあ☆」

 背後から、可愛らしい声がした。







 声をかけて数秒後。
 油をさしていないブリキの人形のように、小刻みな挙動で振り向いたガンマンを見て、縫はにっこりと笑んだ。

「久しぶりだね、ガンマンさん!」
「あ、あ……」

 かろうじて返事をしたホル・ホースだが、その表情は硬いなんてものではない。
 恐怖。絶望。諦観。そうした感情が渦巻いているのが、傍目からでもよく分かる。
 極制服が飛んできた方角に来てみて正解だった。

「首の無いお仲間さんはどうしたの?」
「……」

 歩み寄りながら問いかけると、無言のまま後ずさりされる。
 いくらなんでも恐れすぎじゃないかと、縫としては不満も出てくる対応だったが、我慢して話しかける。
 見ればホル・ホースも相当の怪我をしているらしい。
 周りにある死体と、戦闘をくり広げてでもいたのだろう。
 手負いで仲間も近くにいない。フラストレーションを発散するにはこれ以上ない相手だ。

「ちょっと遊んでよ♪」
「……はは、お嬢ちゃん。冗談はよくないぜ」

 乾いた声で答えたホル・ホースに、縫は片太刀バサミをくるくると回して見せた。
 縫も傷付いて万全ではないが、元々の身体能力では遥かに上回っているのだ。負ける道理はない。
 さらににじり寄ると、ホル・ホースが声を上げた。

「……提案がある」
「聞いてあげるよ!答えるとは限らないけど☆」

 真面目に返すつもりがないことがバレバレな返事。
 縫は武器を下ろさぬまま、さらに近づいていく。
 それでも、ホル・ホースは真面目な顔で言葉を続けた。


388 : リボルバーにくちづけを ◆X8NDX.mgrA :2016/04/23(土) 17:10:03 wouaYhus0

「俺も縫い目の嬢ちゃんも、究極的には目標は同じ。
 このくだらねぇ殺し合いから脱出すること――違うか?」

 縫はこれを否定しない。いや、否定できない。
 ホル・ホースの言葉に間違いはないからだ。
 縫には鬼龍院羅暁のために、神羅纐纈を完成させるという使命がある。
 務めを果たすためにも、元の世界に帰らなければならない。
 ただし、縫が目指すのはあくまで優勝。
 無粋な制限をかけた繭には怒りをぶつけたいが、それ以外の参加者は、利用できるなら利用して、できないなら殺すだけだ。

「だったら、まずはこれを見な」

 そう言いながらホル・ホースが渡してきたのは、タブレットPC。
 画面にはメールの文面が表示されていた。

「そのメールを見れば分かるだろーが、俺は三好夏凜と繋がりがある」
「ふ〜ん。で?それが何だっていうの?」

 ホル・ホースが三好某と関係があろうがなかろうが、些細なことだ。
 しかし、その次に出てきた言葉で、縫の意識は転換する。

「この島から、殺し合いから、脱出できるかもしれねぇ」







 ロシアンルーレットというゲームがある。
 リボルバーの弾を一発だけ装填し、何発目に飛び出すか分からない状態にして、二人で自分の頭に向けて引き金を引くゲームだ。
 負ければ即刻死が確定する、狂気のゲーム。
 ホル・ホースは今、それに挑んでいるような感覚だった。

「脱出できる?」
「あぁそうさ。この邪魔な腕輪も外せて、無事にトンズラこける方法があるのよ!」

 生き延びるためには、多少の嘘はご愛嬌だ。
 縫も興味はあるらしく、問答無用で殺そうとはしてこない。
 ホル・ホースはその猶予を逃さずに、質問を投げかける。

「放送は見たか?」
「放送?……それがどうかしたの?」

 ホル・ホースはその反応から、既にアザゼルの指示のもと、放送が行なわれたことを察した。
 なので、それを前提として話を進めていく。
 脳内では、放送局でアザゼルや三好夏凜たちと交わした情報を必死で思い出しながら。

「あれを流したやつは、俺やセルティの旦那とも組んでいる。
 放送の中身を覚えてるか?
 小湊るう子、紅林遊月、浦添伊緒奈。俺たちはこの三人を集めようとしているんだ」

――ならば俺と三好、そしてセルティで放送局に向かい、セレクター達に繭打倒を呼びかける。

 アザゼルはこう言っていた。
 となれば、第二回目の放送で呼ばれた蒼井晶を除く三人のセレクターへと、放送で呼びかけているはず。
 縫もそれを否定しない以上、当たらずとも遠からずといったところだろう。

「なんでそんなことをするか?
 答えは決まってるぜ。セレクターが繭に対抗するキーパーソンだからだ」

 横目でちらりと縫を見る。
 口を挟んでくる様子がない以上、同じ予測をしていたと考えられる。
 それならば、とホル・ホースは縫の思考に先んじた。


389 : リボルバーにくちづけを ◆X8NDX.mgrA :2016/04/23(土) 17:10:43 N82b4wpM0
「おーっと、縫い目よ。テメーは今、こう考えただろ?」
 『その三人が関係しているというのなら、目の前の男は殺しても構わない』ってな」

 考えを言い当てられたからか、縫は手を止めた。
 二人の距離は、さほど遠くない。
 縫が手にした片太刀バサミを一振りすれば、ホル・ホースは即座に殺される位置だ。

「だが、そうは問屋が卸さないぜ?
 放送局には嬢ちゃんに匹敵する相手が三人以上いる。
 そして俺は、情報を交換したときに、そいつらに嬢ちゃんの危険性を伝えてある」

 その言葉に、縫は怪訝そうな顔つきをした。
 ホル・ホースは顔を上向きにして、得意げな顔で続きを言う。

「縫い目の女は危険すぎる。見つけたら即刻殺すべきだ、ってな」

 これは完全なハッタリである。
 縫の情報こそ共有しているものの、即刻殺すことまでは決定していない。
 無論、縫がアザゼルと対峙すれば戦闘は必至なので、完全な嘘というわけでもないが。

「だが俺がいれば、放送局にいるメンバーにも話がつけられる。
 今の縫い目は殺し合いに反対する立場だから、殺さなくていい、ってなァー」

 我ながらチャレンジャーだと、ホル・ホースは自嘲した。
 彼我の実力差を弁えないホル・ホースではない。
 縫なら自分のことを一瞬で料理できるというのは、最初に分校で戦闘したときから理解していたことだ。
 それでも、嘘とハッタリで生き延びようとしている。
 生きる道を見つけようとしている。

「つまり、提案って……」
「そう、一時休戦と行こうじゃねぇか。
 放送局で情報を共有して、この島から脱出するためにセレクターを集める。
 お互い殺し合わずに済む道があるってんなら、それに越したことはねぇだろ?」

 これは賭けだった。
 文字通り命を賭けた勝負だ。負ければ即死。
 勝てたとしても、放送局に危険人物を招くことになるが、そのときはアザゼルにでも任せればいい。
 縫とアザゼルの勝負がどうなるかは分からないものの、このまま無惨に殺されるよりはよほど生き延びる可能性がある。

「……話にならないや。ボクを舐めてるの?」

 しかし、相手は規格外の化け物。
 常識の範疇では予測できない行動をする相手だ。

「ガンマンさんがいなくったって、セレクター以外皆殺しにしちゃえばいいのに」

 ニコニコと浮かべる笑みの下。
 そこにある本心を、ホル・ホースは知ることができない。

「なんでボクが指図を受けないといけないのかな?」

 自由奔放な少女は、束縛されるのが極端に嫌いらしい。
 とんだじゃじゃ馬娘を相手にしたものだと、ホル・ホースは唇を噛んだ。

「っ……舐めてなんかいねぇさ、むしろ俺は嬢ちゃんを恐れてるんだぜ?
 だからこそ、俺は俺自身ができるだけ長生きする道を選ぼうとしているだけさ」

 これは間違いなく本心だ。
 バトルロワイアルの中でも、セルティや刃牙を利用しようと試みたのは、生き延びる確率を上げるためだ。
 自身の命を最優先に。これもまた、人生哲学。

「いーよ、もう。とりあえず斬らせてよ!」
「ま、待て――!」

 しかし、それが通じる相手ばかりではない。
 とうとう片太刀バサミの刃を閃かせた縫を見て、さしものホル・ホースも焦りを隠せない。
 これ以上の猶予はない。選択を誤れば死へ直行だ。


390 : リボルバーにくちづけを ◆X8NDX.mgrA :2016/04/23(土) 17:11:40 wouaYhus0
「く――分かった!嬢ちゃんの下につく!」

 その言葉に、再び縫の動きが止まった。
 呆けたような顔――というより、信じられない馬鹿を見るような目でホル・ホースを見てくる。
 どうやら予想斜め上の返事だったようだ。

「脱出するまでは、俺を利用してくれて構わない!
 いや、むしろ利用しろ!
 たったそれだけで命が助かるってんなら、安いもんだぜ!」

 なりふり構わずに、ホル・ホースは魂の叫びを上げた。
 自分を殺害しようとした相手の下につく。つまりは隷属する宣言だ。
 生きることへの強い執着心が、とうとうその言葉までも口にさせた。

「へえ」

 そして、その言葉が縫の嗜虐心を刺激したらしく。
 口を半月の形に開くと、いかにも楽しそうな声でこう言った。

「じゃあ、ちょっと実験させてよ!」

 そうして気持ち悪いくらいに可愛い笑顔で、ホル・ホースの近くに歩み寄る。

「な、おい、なんだってんだ!?」

 縫に頭を掴まれた、次の瞬間。
 ホル・ホースは、生命戦維を脳内の奥深くまで侵入させられた。
 『精神仮縫い』とはまた異なる、異物を脳に入れられたことにより走る激痛。

「ぐあああああああああっっっ!!?」

 ホル・ホース自身、どういう状況なのか理解できていないだろう。
 未知の痛みに耐えかねて、両手で頭を押さえたまま、その場に倒れこんだ。

「ぐ、テメー……」
「あーあ、実験失敗かな?残念無念☆」

 少しも残念そうではない声を、朦朧とする意識の中で聞きながら。
 ホル・ホースは、縫のお遊びで殺される自分の不甲斐なさを、痛感していた。

(すまねぇな、アインハルトの嬢ちゃん……)

 悔恨の言葉を思い浮かべた瞬間。
 このまま死んで、諦められるのか。
 そんな、よくある自分への問いかけが聞こえた気がした。


391 : リボルバーにくちづけを ◆X8NDX.mgrA :2016/04/23(土) 17:11:51 ElR.4wWI0




 そのとき、不思議なことが起こった!!


 スタンド(幽波紋)とは、生命エネルギーが作り出す像(ヴィジョン)!


 通常『魂』や『精神』と称される、程度の差はあれ、人間なら誰でも持つエネルギーが具現化した存在だ!


 全てのスタンド使いは、エネルギーを自らの意志で使役することができるのだ!


 対する生命戦維とは、文字通り生命を有する戦う繊維!


 太古の昔、宇宙から地球へと飛来した、生物の神経電流を主食とする地球外生命体である!


 縫はその生命戦維を、直接ホル・ホースの脳内へと侵入させたのだ!


 そしてホル・ホースの脳内、更には神経へと、生命戦維が到達した瞬間である!


 生命戦維が持つ強力な生体エネルギーと、スタンド使いが持つ生命エネルギーが共鳴した!

 寄生して生きるという生命の本能!絶対に生き延びるという強い信念!

 はたして、それらの奇妙な出会いの先に待つのは――!?






392 : リボルバーにくちづけを ◆X8NDX.mgrA :2016/04/23(土) 17:13:08 ElR.4wWI0
>>391 をこのレスと差し替えます。





 そのとき、不思議なことが起こった!!


 スタンド(幽波紋)とは、生命エネルギーが作り出す像(ヴィジョン)!


 通常『魂』や『精神』と称される、程度の差はあれ、人間なら誰でも持つエネルギーが具現化した存在だ!


 全てのスタンド使いは、エネルギーを自らの意志で使役することができるのだ!


 対する生命戦維とは、文字通り生命を有する戦う繊維!


 太古の昔、宇宙から地球へと飛来した、生物の神経電流を主食とする地球外生命体である!


 縫はその生命戦維を、直接ホル・ホースの脳内へと侵入させたのだ!


 そしてホル・ホースの脳内、更には神経へと、生命戦維が到達した瞬間である!


 生命戦維が持つ強力な生体エネルギーと、スタンド使いが持つ生命エネルギーが共鳴した!


 寄生して生きるという生命の本能!絶対に生き延びるという強い信念!


 はたして、それらの奇妙な出会いの先に待つのは――!?






393 : リボルバーにくちづけを ◆X8NDX.mgrA :2016/04/23(土) 17:13:36 urV9ixaY0

 生命戦維と人間の融合。
 自身も生命戦維でできた子宮で育ち、人間以上の存在となった縫だが、しかし目の前でそうした光景を見るのは初めてだった。
 赤白く光る繊維と、黄金に輝くスタンドのパワー。
 それらが混ざり合うことで発される煌きは、縫の視線を釘付けにした。

「すっごーい!」

 縫はホル・ホースが生命戦維と融合することを期待していたわけではない。
 単純に、相手がもだえ苦しんで死ぬ方法として選んだに過ぎない。
 期待を裏切られた形になるが、それでも縫の表情は満面の笑みだった。

「どうなるのかなぁ、楽しみ!」


【G-2/一日目・午後】
【ホル・ホース@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
[状態]:疲労(大)、肋骨数本骨折、左目失明、生命戦維との融合の途中
[服装]:普段通り
[装備]:デリンジャー(1/2)@現実
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(6/10)、青カード(6/10) 黒カード:不明支給品0〜2、タブレットPC@現実
[思考・行動]
基本方針:生存優先。女は殺さない……つもり。
0:???
[備考]
※参戦時期は少なくともDIOの暗殺に失敗した以降です
※犬吠崎樹の首は山の斜面にある民家の庭に埋められました。
※小湊るう子と繭について、アザゼルの仮説を聞きました。
※三好夏凜、アインハルト・ストラトスと情報交換しました。
※生命戦維との融合を開始しました。今後、どのような状態になるかは後の書き手にお任せします。


【針目縫@キルラキル】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(大)、全身に細かい刺し傷複数、繭とラビットハウス組への苛立ち、纏流子への強い殺意
[服装]:普段通り
[装備]:片太刀バサミ@キルラキル
[道具]:腕輪と白カード、黒カード:不明支給品0〜1(紅林遊月が確認済み)、喧嘩部特化型二つ星極制服@キルラキル
[思考・行動]
基本方針:神羅纐纈を完成させるため、元の世界へ何としても帰還する。その過程(戦闘、殺人など)を楽しむ。
   0:ホル・ホースの結末を見届けてから、放送局へ向かう。
   1:紅林遊月を踏み躙った上で殺害する。 ただ、拘りすぎるつもりはない。
   2:空条承太郎は絶対に許さない。悪行を働く際に姿を借り、徹底的に追い詰めた上で殺す。 ラビットハウス組も同様。
   3:腕輪を外して、制限を解きたい。その為に利用できる参加者を探す。
   4:何勝手な真似してくれてるのかなあ、あの女の子(繭)。
   5:神羅纐纈を完成させられるのはボクだけ。流子ちゃんは必ず、可能な限り無残に殺す。
[備考]
※流子が純潔を着用してから、腕を切り落とされるまでの間からの参戦です。
※流子は鮮血ではなく純潔を着用していると思っています。
※再生能力に制限が加えられています。
傷の治りが全体的に遅くなっており、また、即死するような攻撃を加えられた場合は治癒が追いつかずに死亡します。
※変身能力の使用中は身体能力が低下します。少なくとも、承太郎に不覚を取るほどには弱くなります。
※疲労せずに作れる分身は五体までです。強さは本体より少し弱くなっています。
※『精神仮縫い』は十分程で効果が切れます。本人が抵抗する意思が強い場合、効果時間は更に短くなるかもしれません。
※ピルルクからセレクターバトルに関する最低限の知識を得ました。


394 : リボルバーにくちづけを ◆X8NDX.mgrA :2016/04/23(土) 17:13:50 N82b4wpM0
投下終了です。


395 : 名無しさん :2016/04/23(土) 17:32:39 JYYPG5Kg0
投下乙
このクロスオーバー展開は…一体どうなるんだ?
流子と近い存在になるのか、ストーン・フリーみたいに糸を操る能力でも追加されるのか、それとも神衣を着こなせるようになってセーラー服ホル・ホースフラグが立つのか(誰得)、さっぱり分からんぞ!


396 : 名無しさん :2016/04/24(日) 06:38:40 Feem6.ZsO
投下乙です

ヤバい糸がIN!


397 : 名無しさん :2016/04/24(日) 23:38:27 bB63WgFY0
投下乙です
こっからホルホルくんがどうなるか読めない


398 : ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 22:42:54 kpO8rlDk0
遅れましたが、投下します。


399 : 妹(前編) ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 22:43:26 kpO8rlDk0
夢。


夢を見ている。











どこからか、虫が飛んできた。

纏流子は、不快げにそれを握りつぶす。

「その服を脱ぎ去る時は近い」

気が付くと、傍らには女騎士が立ち、語りかけていた。

「私の告げたことは、きっと成就されるだろう」

「だまれ」

一閃。
番傘が胴を抉り、騎士の姿はかき消える。
勝ち誇り――どこからか、視線を感じる。

「よう、久しぶりだな」

「……」

茶髪に黄色いリボンの少女が、流子をじっと見つめている。

「望み通り、暴れてやったぜ」


400 : 妹(前編) ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 22:43:43 kpO8rlDk0

「……」

少女は流子の言葉にも、何の表情の変化も示さない。
虚ろな目で、ただじっと見つめ続ける。

「あんだよ、私の仕事が気に入らねえのか?」

「……」

「っ、舐めんじゃねえぞクソガキ!」

逆上して殴りかかり――

「やあ。忠告に来てあげたよ、化け物さん」

それを庇うように、黒いコートの男が現れる。

「――暴れ回るのはいいけど、人間をあんまり舐めない方がいいよ。
 人間は、俺の愛した人たちは、そう簡単には折れたりはしない」

「はっ、人間は生命戦維に着られるために生まれてきたんだ。雑魚が何匹集まろうと意味はねえんだよ」

「そうかい。まあ、くれぐれも気をつけることだね。古今東西、化け物を倒すのはいつだって『人間』なんだからさ」

「その通りだ、纏流子」

コートの男を叩き潰そうとした流子の体が、背後からむんずと掴まれる。


401 : 妹(前編) ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 22:44:33 kpO8rlDk0

「この蟇郡苛が果たせずとも、何度倒されようとも、必ず誰かがやってくる。貴様の神衣を脱がすためにな!」

「暑苦しいんだよ、この変態野郎が!」

苛立たしげに拘束を振りほどく。
見ると、流子の前には彼女が殺した者たちの姿が並んでいる。

「へっ、死人どもが雁首揃えて、お説教でもしにきたってわけかよ?
 もう一度死なねえと分らねえようだな――純潔の前じゃ、お前らなんざカスってことがな」

「違いない、妹よ」

彼らを押しのけて、セーラー服の少女がずいと前に出てきた。

「どうした、皐月ちゃんよ。死人の頭でも気取りだしたか?」

皐月は、挑発を受け流す。

「死人であるこの者たちは、貴様に傷を付けるどころか触れることすらできん。
 カスと侮るそんな彼らが、なぜ幻影となって貴様の前に現れたか――分るか」

ビシィと右手の指先を突きつけ、言い放つ。

「分らんなら言ってやる。お前は、心の奥底では彼らを恐れているからだ」

「はぁ?」


402 : 妹(前編) ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 22:45:38 kpO8rlDk0

呆れたように、流子は肩をすくめる。

「こいつは驚いたぜ、よりにもよってこの私が死人ごときにビビってるだと?」

「分らんなら何度でも言ってやる。幾億の死体を積み上げようと、貴様が彼らを恐れる限り幻影は無限に現れ続けるだろう」

「……はっ」

唾を吐き捨てる。

「上等だ、死人の幻なんざ所詮幻に過ぎねえ。……だからマコだって、戻ってはこねえ。
 ――そいつらがいつまでも湧いて出てくるっていうなら」

番傘を振りかぶり。

「その度にぶち消してやりゃ、いいだけの話だろうがァァァァァァァァァ!!!!!」





そこで、夢は潰えた。












「っ……」

旭丘分校。
濃厚な死臭が立ち込め、破壊の痕跡が明らかに残るそこで、纏流子は目を覚ました。

「寝覚めが悪ぃ」

ひどい夢を見ていた気がする。
大きく伸びをする。
休息は取ったとはいえ、戦いの連続で受けた傷は癒えきってはいない。
純潔に生じた綻びも、修繕はできていない。


403 : 妹(前編) ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 22:46:16 kpO8rlDk0

「世話の焼ける連中だぜ」

放送によれば、生きているのはまだ30人以上。
太陽は、すでに西に傾いている。

あと何人殺せば、この正体の分らない苛立ちは消えるのかは分らない。
分らなくても、その苛立ちを消すために。

纏流子はまた、誰かを殺すために発つ。











時刻はそれより遡る。
空条承太郎たち一行の姿は、ゲームセンターの中にあった。

ゲームセンターに来た目的は通信機器を探すことだったが、承太郎にはもう一つの目的があった。
それは、『殺人事件』の被害者――越谷小鞠の遺体の確認。
取り逃がしはしたが、『容疑者』の筆頭である衛宮切嗣をはじめ、今はもういない折原臨也、そして平和島静雄に対する疑念は、未だ全く解消などされてはいない。
その疑念を少しでも取り払う助けとするために、現場を見ておく必要がどうしてもあった。
下階の捜索は風見雄二たちに任せ、遺体があるというフロアに向う。

(なるほど)

フロアに入ったとたん、少女の遺体が目に飛び込んできた。
ゲームの筐体で頭部を潰され、背後の壁はあたかも誰かがそこから飛び出したかのように割れている。
確かに、間違いはない。衛宮切嗣が言った通りの状況だ。


404 : 妹(前編) ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 22:46:28 kpO8rlDk0

(……?)

しかし、何かがおかしい。
その正体は何なのか。

「……街が」

思考を制すように声をかけたのは、言峰だった。

「外の状況に比して、この遺体は……」

「……ああ」

ほどなくして、承太郎も気付く。
ゲームセンターの周囲は、風見雄二の言った通り、銃火器などの使用の形跡がないのも関わらず、めちゃめちゃに破壊されていた。
生身での近代的な都市の破壊。
聖杯戦争のクラスの一つ、バーサーカーならば、そうした行為もなしえるのかもしれない。
だが、乱雑を極めるゲームセンターの外の破壊痕と比べて、この遺体はあまりにも。

「綺麗すぎるぜ」

そうなのだ。
街の破壊を行った者と、越谷小鞠を殺害した者が同一人物だとする。
だが、これは明らかにおかしい。
なぜなら、本当にこれが同一人物ならば、小鞠の遺体はもっと正視に堪えないほどぐちゃぐちゃにされていなければならないはずだ。
傷痕などがないことから、小鞠は恐らく抵抗できないままに眠らされたか気絶させられ、その上に筐体を倒れさせられたと思われる。
バーサーカーは、大幅に力が上る代償として、多大な魔力を要求し、理性を失うサーヴァント。
理性を失った者に、そのような器用な真似ができるはずもない。


405 : 妹(前編) ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 22:46:41 kpO8rlDk0

これは、どういうことか。
分るのは、小鞠を殺害した人物と街の破壊を行った人物は、恐らくは間違いなく別人であるということだ。

(……)

風見雄二に教えられた、自分にはあえて話さなかったという折原臨也の『推理』が頭をよぎる。
DIOに肉の芽を埋め込まれた平和島静雄が、小鞠を殺害したという説。
非常に納得のいく説だが、それでも破壊された街の説明がつかない。
小鞠を殺すまではいい。だが、その後に『街を破壊しろ』という命令を下すのは不自然だ。
なぜなら、この殺し合いで街を破壊する意味は限りなく薄いからだ。
破壊された街が参加者に与える害は、せいぜい歩きにくくなったりする程度。現にここまでやって来るのに使った牛車の障害になってはいない。
同じ破壊をさせるならば、参加者が集まる先ほどのラビットハウスのようなランドマークや、島同士を繋ぐ橋のほうが遥かに有益なはずだ。
承太郎は、DIOと直接対面したことはない。
だが、言峰との邂逅の話を聞くだけでも、その狡猾さ、危険性は十分すぎるほどに理解できた。
そんな男が、無意味な命令を下すはずもないというとも、また理解できる。

「……そろそろ、行くぜ」

承太郎は言峰を促す。
こうして現場にやって来たが、結局のところ『殺人事件』の解明どころか、大きな手がかりを掴むこともできなかった。
だが、承太郎は決して、それで落胆するような男ではない。
別にある目下の目標に向かい、2人は歩んでいく。










階下のコーナーでは、場違いにも思える矯正が響いていた。

「チノ、もっと上だ!」


406 : 妹(前編) ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 22:47:11 kpO8rlDk0

「え、ええと、こうでしょうか」

「あっあっ、違う違う」

チノ、リゼ、遊月の女子3人、そして雄二の4人が、真剣な表情でUFOキャッチャーに向き合っている。
やっていることは遊びにしか見えないが、4人はそんな気は全くない。

殺し合いの最中、なぜそんなことをやっているのか。
話は、6人が通信機器を求めて来たことに遡る。
牛車で到着してすぐ、ゲームセンター内を探し始め――機器は、意外な場所にあった。
薄暗い建物の中で、まばゆい光を放っているUFOキャッチャー。
その中に、携帯ゲーム機やゲームソフトに交じって、箱に入った旧式で大型の携帯電話が一つ、無造作に置かれていたのだ。
裏方の事務室のような場所を捜索する予定だったが、そこにあるならば、それを取らない手はない。

「!」

「やった!」

始めてから10分ほどだろうか。
クレーンが携帯の入った箱を掴む。そして、取り出し口から転がり出てきた。

「でかしたぞ、チノ!」

遊月が、携帯を掴んだチノに抱きつく。

「わっ、も、もう。やめてください、ココアさん」


407 : 妹(前編) ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 22:47:29 kpO8rlDk0

口では嫌がりながらも、チノは振りほどこうとはしない。
乱暴に髪を撫でられるに任せている。

(……)

そんな2人の微笑ましい様子を見守る雄二の顔は、どこか浮かない。
そもそも、UFOキャッチャーの中の携帯電話は、発見した時点では雄二は、拳銃なり周囲にある重みのある道具なりを使って、ガラスを破って取るつもりでいた。
だが、『私が取ってみせます』とチノは言い、それに遊月も同調した。
そんな2人を押しのけて乱暴な手段を使うことは、雄二にはできなかった。

「風見さん……」

2人からそっと離れたリゼが、不安げに雄二に問いかける。

「……今は、何も言うな」

2人には、分かりすぎるほど分かっている。
遊月を『ココア』として認識してしまったチノと、それに乗ってしまった遊月。
その関係は束の間のごっこ遊びに過ぎず、すぐに瓦解する脆いものでしかないことが。

「……2人だって、ずっとあれを続けることができるはずがないことは、理解しているはずだ。
 そのことは、君が一番よく分かっているだろう」

リゼはわずかに頷いてみせる。――が、不安は消えない。
その頃の彼女と実際に交流があったわけではないが、リゼは知っている。
自分が来て、そしてココアが来る前のチノは今よりもずっと内気で、たった一人の親である店長とも疎遠だったということを。

そんなチノがはっきりと変わっていったのは、ココアが来てからだ。
笑顔を見せてくれるようになった。ココアや自分だけでなく、ほかの友人たちともよく遊ぶようになった。


408 : 妹(前編) ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 22:47:43 kpO8rlDk0

付き合いの長さだけなら、自分のほうが上だ。
けれど、チノの心を解きほぐすことは自分にはできなかった。

――自分は、もういないココアの代わりになることはできない。

だから、脆いものだとしても。


「チノはすごいな! 私はこういうの、あんまり得意じゃないや」

「え、えへへ。それほどでもないです。ココアさん」


偽りの姉妹の間の絆を壊すことは、できない。











「……よう」

階上から承太郎と言峰が姿を見せた。

「電話はどうだ」

「……取れたが、今はダメだな。この通り、通話機能しか付いていない」


409 : 妹(前編) ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 22:47:54 kpO8rlDk0

言峰の問いかけに、雄二が答える。
箱にあった写真の通り、携帯電話は折原臨也の持っていたスマートフォンと比べれば玩具のような旧式のものだった。
通話機能も、午後6時までは使用できない。

「手に入っただけでも僥倖だぜ。……そろそろ行くか」

促す承太郎に、雄二と言峰が頷き、一泊遅れて女子3人も頷く。
通信機器が手に入らなければ、この後は南にある「万事屋銀ちゃん」なる店も調べてみるつもりだったが、こうして手に入った以上は用はない。

6人はぞろぞろと牛車に乗り込んでいく。
人数が増え、2頭の牛の片方が殺されてしまったため、最初に言峰とポルナレフと希が乗っていた時のようなスピードは望むべくもないが、それでも歩くよりは遥かに速いスピードが出る。
ちなみに、窮屈さを和らげるために、今の牛車には元々はポルナレフの支給品だったリヤカーを、これも元は希の支給品だったロープで繋ぎ、そこに承太郎と雄二が乗りこんでいる。

6人が目指すのは、島の南端を走っている道路。
通信機器を手に入れ、次の目的は仲間たちの捜索だ。
特に、リゼとチノの友人の宇治松千夜、遊月の友人で「セレクター」の小湊るう子。
そして、朝に折原臨也とともに旭丘分校に向かい、そのまま行方が分からなくなっている一条蛍。
放送を信じるならば、臨也は死に、戦う力を持たない彼女が生き残っている。
これはどういう状況なのか。
考えられるなら、何者かに襲撃され臨也は死亡、蛍は逃げのびた、あるいは襲撃者に誘拐された、といった可能性。
いずれにせよ、今なお危険に晒されている確率が高く、かつある程度の居場所が分かっている彼女が、まずは危急の捜索対象だった。











さらに時間は遡る。


410 : 妹(前編) ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 22:48:05 kpO8rlDk0

騎士王アルトリア・ペンドラゴン――セイバーは、犬吠埼風たち、そして4人の集団との接触を避け、車で南下していた。
単独行動を選んだ風。DIOから手を出すなと命令された2人。どちらに固執する理由も、今のセイバーにはない。
それならば、まだ行っていない南に向かうことがずっと有益に思えたのだった。
途中、「万事屋銀ちゃん」なる店に少しだけ寄ってみたが、一階にあったバーでも、2階の「万事屋」でも、大した成果は挙げられなかった。
武器の類を期待したが、見当外れだったようだ。
次に向かったのは、現代の遊技場、ゲームセンター。
ここでは、頭を潰された少女の遺体を見つけた。だが、それ以上の収穫は得られない。
ウィクロスという『遊戯』がこの殺し合いの鍵になっている可能性があることからして、ここにあるゲームが重要かもしれない、ということも考えられるが。
あいにく聖杯から与えられた知識は、ここにあるゲーム1つ1つを簡単に攻略できるほど詳細ではないし、第一時間が惜しい。
あの橋のように全てを破壊する余裕はないが、手がかりを渡すのは惜しい。
そう思った彼女は、目に付いたいくつかの筐体を倒し、誰かが訪れても簡単には遊べないようにしておいた。

さらに車を走らせる。
そしてゲームセンターをやや離れたあたりで、スピードがふと緩んだ。

(これは)

ゆっくりと車を止め、市街地の舗装されていない部分を調べる。
そこには、牛のものらしき蹄と、複数の車輪の後が刻まれていた。
誰かが、牛車を使用して移動したものらしい。

(しかも、僅かだが魔力も感じる……)

思い起されるのは、第四次聖杯戦争にてライダーのサーヴァントが操っていた宝具。
間違いはない。この車輪の痕跡を付けた主は、あの宝具を使用している。

(名簿には、ライダーの名前はない)


411 : 妹(前編) ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 22:48:20 kpO8rlDk0

だが、どうやらこの殺し合いにおいては、各参加者にゆかりのあるアイテムが無作為に黒のカードとなって配布されているようだ。
この車輪も、その一例なのだろう。

追うべきか、ほかの場所を探索すべきか。セイバーは少しだけ迷う。
だが、彼女の頭には気にかかっていることがあった。

――この殺し合いが始まってより、もうすぐ半日。
始めに侍を討ち取って以降、誰の首級も挙げられていない。
得られたものは、聖杯と似た効果をもたらすこのカードデッキが関の山。
DIOともう一度会った時のためにも、この辺りで誰かを討った実績を作っておく必要がある。
あるいは、先ほどの少女のような戦えない者を手にかけてでも――。

(――)

その考えを頭の隅に追いやり、決意を固める。

(追う価値は――ある)

車輪の痕跡の風化の具合から見て、これを操っている者たちがまださほど遠くには行っていない。
ならば、車に纏わせる魔力を全開にせずとも、騎乗スキルの力のみでも追いつけるはず。

逡巡の後、セイバーは車輪の後を追い始めた。











「誰かいるぜ」


412 : 妹(前編) ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 22:48:35 kpO8rlDk0

首輪探知機をちらちらと見ていた承太郎が、その数の増加に気付き、手綱を操る言峰に鋭く声をかける。

「複数人か」

「いや、一人だ。
 ――待て。気配がどんどん近づいてやがるぜ」

スピードは緩めないまま、2人は会話を交わす。
新たな人物の接近に、6人は一様に緊張感に包まれる。

「振り切るか」

「いや――無駄だな」

手綱を握る手に力を込めた言峰を制したのは、雄二だった。

「もうそこまで来ている」

夕日を浴びながら、巨大な若葉マークのついた奇抜な車がすぐそばに迫っていた。
敵か味方か。考えるまでもなく、それはすぐに牛車に追い付く。
そして、運転席からは金髪の少女が降り立った。

(6人か)

後部に繋いだリヤカーを含め、止まった車輪に乗っているのは6人。
身を寄せ合っている3人の少女は、戦力外だろう。戦えるのはリヤカーに乗った2人、そして。

「言峰、綺礼――」

その男の存在に、セイバーの瞳がわずかに驚愕に見開かれる。
衛宮切嗣が最も警戒していた男。
殺し合いに乗っているのではないか、とも考えただけに、こうして女子供も含んだ大集団の中に混じっているのはやや意外だった。


413 : 妹(前編) ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 22:49:04 kpO8rlDk0

(サーヴァント……)

降り立った言峰が、セイバーに相対する。
衛宮切嗣の言った通り、原理は分らないがこの場ではマスターとサーヴァントは切り離されている。
ならば、あの魔術師殺しとは違う行動原理で動く彼女ならば、仲間に引き込むことも不可能ではない――そう一瞬、考えたが。

「悪いが、今は貴殿らとは敵のようだ」

だが、言葉を発する前に。

「戦えない者は、下がれ」

不可視の剣が、首をもたげた。

「――ち、風見、女どもを頼む!」

承太郎が雄二に言い放つ。雄二はすぐさま御者台に飛び乗り、牛車の方向を転換させる。

「……人の身が、サーヴァントにどれほど通用するかは分からぬが」

高潔な騎士であったはずの彼女が、なぜ殺し合いに乗っているのか。

「この言峰綺礼、全力でお相手する」

疑問は尽きないが、今はこの状況を何とかするのが先決だった。
傍らの承太郎も、既に水色のスタンドを現出させ、臨戦態勢に入っている。




その時だった。


414 : 妹(後編) ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 22:49:33 kpO8rlDk0




まず、キインという音が空から響いた。

――飛行機?

そんな疑問が、セイバーを含む全員の頭をよぎった次の瞬間。
徐々に遠ざかっていく牛車の方向で、何かが墜落したような轟音が響いた。

「きゃあ!」

「うあっ!」

「く――っ!」

衝撃が牛車に伝わる。
牛が悲鳴を上げる。
半ば投げ出されながらも、雄二は何とか少女たちをかばう。

「っ、何が――」

走り出したばかりでほとんどスピードが出ていななかったことが幸いし、4人にほとんど怪我はなかった。
それを確認すると、雄二は何かが落ちてきた方向に目を向ける。





土埃が晴れていく。

そこには、少女が立っていた。

少女は、白い衣装を纏っていた。

僅かに綻んだ、その花嫁衣装。

災厄をもたらす、白い弾丸――

『純潔』。


415 : 妹(後編) ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 22:49:53 kpO8rlDk0





「あ、あのっ」

沈黙が支配する場の中、最初に声をかけたのは水色の髪の少女だった。

「さつき、さん……?」

恐る恐る、少女は起き上がり、花嫁に向かって歩んでいく。

「鬼龍院、皐月、さん、ですか?」

――その言葉が、纏流子の逆鱗に触れるとは、夢にも思わず。

「待っ――」

「死ね」

「え」

雄二の言葉を待たず、刀が突き出された。











あまりに同じだった。

纏流子が、戦いの場に乱入したことも。
最初に少女が、流子を皐月と勘違いして話しかけたことも。
この状況は、先ほど折原臨也がその命を散らした時と、あまりに似通っていた。


416 : 妹(後編) ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 22:50:10 kpO8rlDk0

違うことがあるとすれば。

――雄二たちは、鬼龍院皐月の見た目を蟇郡苛からの伝聞でしか知らない。
彼から聞いた特徴は、「花嫁衣装のような服を着ている」ということだった。
故に、その衣装――純潔を、今は皐月ではなく流子が着用していることなど。
ましてや、蟇郡の盟友である彼女が、殺し合いに乗っていることなど。
神ならぬ雄二たちは、知るはずもない。

だから、彼女が現れたとき、彼らはわずかに思ってしまった。「味方が来てくれた」と。
それに、雄二は庇っているリゼと遊月に意識を傾けていたし、承太郎と言峰は相対するセイバーに集中していた上、距離が遠すぎた。
加えて纏流子も、少しばかりの遊びのあった前回とは違い、今度ばかりは容赦するつもりはなかった。

そうした個々の事象が重なり合い。

結果、当然の帰結として。


香風智乃の胴体を、縛斬・蛟竜の切先が深々と貫いた。


417 : 妹(後編) ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 22:50:44 kpO8rlDk0





















――どうして、こんなことになったんだろう。


痛みを感じるよりも前に、香風智乃は後悔を感じていた。


ただ、帰りたかった。

ラビットハウス。
父親とティッピーとリゼ、最近は夜のバータイムで働きだした小説家さん。
先輩にあたるシャロや千夜とも、最近は仲良くなれたりした。
学校には、クラスメイトのマヤとメグ。
ちょっと変だけど、ちょっとずつ楽しくなっていった毎日。


418 : 妹(後編) ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 22:50:57 kpO8rlDk0

こんなに好きなことは、簡単には教えられないけど。
内緒だけど。

あの日常が、とても大事だったんだ。

戻りたい。
帰りたい。
こんなわけのわからない殺し合いなんて、いやだ。

あれ?

でも、ちょっと待って。
帰りたいはずの日常の中に、誰かが、足りていない気がする。

誰なんだろう。
そもそも、日常が、自分が変わっていったのも。
その人がやってきたのが、きっかけだった気がする。
そんな大切な人なのに、どうしても顔と名前が、思い出せない。

と、そこで。

霞んでいく視界の中で、自分を見つめている顔が目に入った。


419 : 妹(後編) ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 22:51:09 kpO8rlDk0


「――さん」


ああ、そうだ。――さんだ。

――さんがうちに来て。
いっしょに働いて。
いっしょに遊んで。
いっしょにお風呂に入ったりして。
いっしょに眠ったりして。

最初はなれなれしくて、うっとうしく思ったこともあった。
カフェの仕事ではドジばかりしていて、いつまでたってもコーヒーの種類も覚えられなくて。
年上なのにしかたのない人だと何度も思った。

けれど、あの人がいたから、いつもの日常が変わっていったんだ。
あの人がいなかったら、シャロさんや千夜さんとも仲よくなれなかった。
温水プールに行ったり、クリスマスパーティーをしたりして、大切な思い出をつくることもできなかった。
あの人が扉を開いて、新しい世界を見せてくれたんだ。

帰りたい。
まだ、自分は何も言えてない。
ありがとう、これからもずっとよろしくと、伝えたい。
かえらなきゃ。


420 : 妹(後編) ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 22:51:20 kpO8rlDk0

ああ、でも、どうしてだろう。
落として割れたカップから――がこぼれるみたいに、体からなにかが流れでて止まらない。
体が、動かない。



――さん。

どうして、きてくれないんですか。

風邪をひいて寝こんだとき、――さん、わたしがもし風邪をひいたら、ずっと看病するって言ってくれました。

あのとき私は、リゼさんにきたえられてるから大丈夫だって言いました。

ごめんなさい。あれは嘘だったみたいです。

わたしは、だれかにそばにいてもらわなくちゃ立っていられない、弱い子でした。

蟇郡さんも、折原さんも、シャロさんも、おじいちゃんも、お母さんも、みんなわたしを置いていっちゃいました。

だから、どうか今すぐここにきてください。

いつもみたいに笑って、わたしのことも笑顔にしてください。

ティッピーのこと、ずっともふもふさせてあげますから。

――――って、ずっと呼ばせてあげますから。

一生に一度だけの、とっておきのおねがいです。

……

……

……


421 : 妹(後編) ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 22:51:37 kpO8rlDk0

なんで。

どうして。

――さんのうそつき。

きらい。

だいきらい。

うそつき……

……

……

……

いたい。

くるしい。

こわいよ。

……

……

……



「――――――――――」













422 : 妹(後編) ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 22:52:01 kpO8rlDk0











混乱する状況の中。

紅林遊月の耳には、死にゆく香風智乃の最後の言葉が、確かに聞こえていた。

それが果たして『紅林遊月』に向けられたものだったのかは、定かではないが。

彼女は、こう言っていた。



「おねえちゃん、たすけて」、と。













423 : 妹(後編) ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 22:52:19 kpO8rlDk0
「うわああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」

リゼが流子に目がけ、めちゃくちゃに拳銃を乱射する。

「さがれえええええええええええ!!!!!!!」

雄二が、呆然とする遊月と一緒に、リゼを全力で強引に下がらせる。



「……」

流子は、まるで蚊か何かを追い払うかのように銃弾をはたき落とす。

だが、その心中は冷静などではなかった。


――『おねえちゃん、たすけて』


血と共に、か細い声で吐き出されたその言葉は。

(……けっ)

纏流子の耳にも、確かに届いていた。

あろうことか、またしても皐月に間違えられた。
それがムカついたから、今度は邪魔されないように確実に殺した。
それだけのはずなのに。


424 : 妹(後編) ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 22:52:31 kpO8rlDk0

(……何だよ)

苛立ちは収まるどころか、倍増している。

なぜだ。
なぜ、最後の最後に助けを求める奴がそいつなんだ。
親父でもお袋でも兄貴でも、ジジイでもババアでも犬でも猫でも、何だっていいじゃないか。
何で、どうして、よりによって『おねえちゃん』なんだ。

偉そうなことばかり言って誰一人守れない、使えない『姉』のことを、思い出しちまったじゃねえか。

苛つく。
敵と味方の区別も付かないような、ストレスを片付けるためだけに蹂躙されて殺されるしか能のない、間抜けで愚図でか弱い子兎の分際で。

誰の許しがあって、私の心に踏み込んできやがる。
何の権利があって、私の心を揺さぶってきやがる。



「よう、騎士王さんよ」

未だ己のうちに反響する少女の言葉を振り払うかのように、流子は離れた場所に立つセイバーに声をかける。

「何をまごついてやがる。さっさと全員ぶち殺せばいいじゃねえかよ。私を吹っ飛ばしたときみたいによお」

「……」

「おいおい、この後に及んで、戦えねえ奴は殺さねえ――なんて言う気か?」

その言葉に、セイバーの表情が僅かに歪む。


425 : 妹(後編) ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 22:52:44 kpO8rlDk0

「――ハッ、図星かよ、しゃーねえな」

流子は跳躍し、セイバーの傍らに立つ。

「手伝ってやるよ」

「何を――っ」

狼狽えを見せるセイバーの肩を、まるで朋友に対するように叩く。

「聞こえねえのか。こいつらをぶち殺すのを、手伝ってやるっつってんだよ」

「な――」

「破格の条件だぜ――ただし、ぶち殺し終えたらそこでおしまいだ。その時点で即刻、お前も殺してやる」





セイバーは僅かに思考に捕らわれる。
青髪の少女が目の前で突き刺された時、己は何を思ったのだろうか。

――そんな前置きなどしても、ごまかしているだけだ。
認めよう。

「助けたい」と。
自分は、そう思ってしまったのだ。
70余人を殺戮し、万能の願望器を手にするという目的と矛盾することを、頭によぎらせてしまったのだ。


――曇っているんだよ。


三つ編みの青年に言われたことが甦る。


426 : 妹(後編) ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 22:52:59 kpO8rlDk0
ああ、そうだ。
今の自分は曇っている。
殺し尽すことを決意しながら、都合よく騎士王であろうとしている。

中途半端な者は何も掴めない。
ならば。

曇りを振り払い、矛盾を踏み越えていく好機は、今しかないのだ。










「おう、やる気になったかよ」

「……」

不可視の剣を振りかぶったセイバーを、流子は満足気に見る。

「やり合う前に一つ聞いておくぜ。空条承太郎ってのはそこの学ランで間違いねえな」

水色の人形を傍らに携えた不良に、番傘を突きつける。

「手前は妹が世話になったみてえだからなあ……? おい、私の獲物でいいよな」

「構わん」


427 : 妹(後編) ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 22:53:18 kpO8rlDk0

流子は改めて、5人を見渡す。
時代錯誤な学ランの空条承太郎に、神父、スカした男、くだばった子兎と同じような小娘、極めつけはふざけたコスプレメイド。

たわい無い面子だ。
こんな連中に、縫の野郎は不覚を取ったのか。
仕方ない。出来の悪い妹に代わって、自分が狩り尽してやる。

「いくぜ、騎士王さんよ」

「――ああ」




「「皆殺しだ」」


428 : 妹(後編) ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 22:54:23 kpO8rlDk0
【H-5/路上/1日目・夕方(放送直前)】

【天々座理世@ご注文はうさぎですか?】
[状態]:健康、?
[服装]:メイド服・暴徒鎮圧用「アサルト」@グリザイアの果実シリーズ
[装備]:ベレッタM92@現実(残弾少し)
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(10/10)
    黒カード:不明支給品0枚
[思考・行動]
基本方針:ゲームからの脱出
   0:――っ!
[備考]
※参戦時期は10羽以前。
※折原臨也、衛宮切嗣、蟇郡苛、空条承太郎、一条蛍、香風智乃、紅林遊月、言峰綺礼と情報交換しました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。
※『越谷小毬殺人事件の真犯人はDIOである』という臨也の推理(大嘘)を聞きました。必要に応じて他の参加者にも伝える可能性があります。


【紅林遊月@selector infected WIXOSS】
[状態]:口元に縫い合わされた跡、?
[服装]:天々座理世の喫茶店の制服(現地調達)
[装備]:令呪(残り3画)@Fate/Zero、超硬化生命繊維の付け爪@キルラキル
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(18/20)、青カード(19/20)
黒カード:ブルーアプリ(ピルルクのカードデッキ)@selector infected WIXOSS
[思考・行動]
基本方針:叶えたい願いはあるけれど、殺し合いはしたくない
   0:――っ!
[備考]
※参戦時期は「selector infected WIXOSS」の8話、夢幻少女になる以前です
※香風智乃、風見雄二、言峰綺礼と情報交換をしました。
※ピルルクの「ピーピング・アナライズ」は(何らかの魔力供給を受けない限り)チャージするのに3時間かかります。
※チノの『演技』に気付きましたが、誰にも話すつもりはありません。
※チノへの好感情、依存心は徐々に強まりつつあります


429 : 妹(後編) ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 22:54:39 kpO8rlDk0


【風見雄二@グリザイアの果実シリーズ】
[状態]:右肩に切り傷、全身に小さな切り傷(処置済)、?
[服装]:美浜学園の制服
[装備]:キャリコM950(残弾半分以下)@Fate/Zero、アゾット剣@Fate/Zero、神威の車輪(片方の牛が死亡、後部にリヤカー付き)@Fate/Zero
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(9/10)
   黒カード:マグロマンのぬいぐるみ@グリザイアの果実シリーズ、腕輪発見機@現実、歩狩汗@銀魂×2
[思考・行動]
基本方針:ゲームからの脱出
   0:――っ!
[備考]
※アニメ版グリザイアの果実終了後からの参戦。
※折原臨也、衛宮切嗣、蟇郡苛、空条承太郎、紅林遊月、言峰綺礼と情報交換しました。
※キャスターの声がヒース・オスロに、繭の声が天々座理世に似ていると感じました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。
※『越谷小毬殺人事件の真犯人はDIOである』という臨也の推理(大嘘)を聞きました。必要に応じて他の参加者にも伝える可能性があります。
※言峰から魔術についてのおおまかな概要を聞きました
[雄二の考察まとめ]
※繭には、殺し合いを隠蔽する技術を提供した、協力者がいる。
※殺し合いを隠蔽する装置が、この島のどこかにある。それを破壊すれば外部と連絡が取れる。


【空条承太郎@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
[状態]:健康、胸に刀傷(中、処置済)、全身に小さな切り傷、?
[服装]:普段通り
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(9/10)、噛み煙草(現地調達品)
[思考・行動]
基本方針:脱出狙い。DIOも倒す。
   0:――っ!
[備考]
※少なくともホル・ホースの名前を知った後から参戦。
※折原臨也、一条蛍、香風智乃、衛宮切嗣、天々座理世、風見雄二、言峰綺礼と情報交換しました(蟇郡苛とはまだ詳しい情報交換をしていません)
※龍(バハムート)を繭のスタンドかもしれないと考えています。
※風見雄二から、歴史上の「ジル・ド・レェ」についての知識を得ました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。
※越谷小鞠を殺害した人物と、ゲームセンター付近を破壊した人物は別人であるという仮説を立てました。


430 : 妹(後編) ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 22:54:52 kpO8rlDk0


【言峰綺礼@Fate/Zero】
[状態]:健康、全身に小さな切り傷、?
[服装]:僧衣
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(18/20)、青カード(17/20)
黒カード:不明支給品0〜1、各種雑貨(ショッピングモールで調達)、不明支給品0〜2(ポルナレフの分)、スパウザー@銀魂
     不明支給品2枚(ことりの分、確認済み)、雄二のメモ
[思考・行動]
基本方針:早急な脱出を。戦闘は避けるが、仕方が無い場合は排除する。
   0:――っ!


【セイバー@Fate/Zero】
[状態]:魔力消費(中)、左肩に治癒不可能な傷?
[服装]:鎧
[装備]:約束された勝利の剣@Fate/Zero、蟇郡苛の車@キルラキル
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
    黒カード:レッドアンビジョン(花代のカードデッキ)@selector infected WIXOSS、キュプリオトの剣@Fate/zero
[思考・行動]
基本方針:優勝し、願いを叶える
 0:皆殺し。
 1:島を時計回りに巡り参加者を殺して回る。
 2:時間のロスにならない程度に、橋や施設を破壊しておく。
 3:衛宮切嗣、空条承太郎、鬼龍院皐月には警戒。
 4:銀時、桂、コロナ、神威と会った場合、状況判断だが積極的に手出しはしない。
 5:銀時から『無毀なる湖光(アロンダイト)』を回収したい。
 6:ヴァニラ・アイスとホル・ホースに会った時、DIOの伝言を伝えるか、それともDIOの戦力を削いでおくか……
 7:いずれ神威と再び出会い、『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』を破壊しなければならない。
 8:WIXOSS、及びセレクターに興味。
[備考]
 ※参戦時期はアニメ終了後です。
 ※自己治癒能力は低下していますが、それでも常人以上ではあるようです。
 ※時間経過のみで魔力を回復する場合、宝具の真名解放は12時間に一度が目安。(システム的な制限ではなく自主的なペース配分)
 ※セイバー以外が使用した場合の消耗の度合いは不明です。
 ※DIOとの同盟は生存者が残り十名を切るまで続けるつもりです。
 ※魔力で車をコーティングすることで強度を上げることができます。
 ※左肩の傷は、必滅の黄薔薇@Fate/Zeroが壊れることによって治癒が可能になります。
 ※花代からセレクターバトルについて聞きました。WIXOSSについて大体覚えました。


431 : 妹(後編) ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 22:55:06 kpO8rlDk0


【纏流子@キルラキル】
[状態]:全身にダメージ(中)、疲労(中)、精神的疲労(極大)、数本骨折、説明出来ない感情、苛立ち
[服装]:神衣純潔@キルラキル(僅かな綻びあり)
[装備]:縛斬・蛟竜@キルラキル
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(19/20)、青カード(19/20) 、黒カード1枚(武器とは判断できない)
    黒カード:不明支給品1枚(回収品)、生命繊維の糸束@キルラキル、遠見の水晶球@Fate/Zero、花京院典明の不明支給品0〜1枚
[思考・行動]
基本方針:全員殺して優勝する。最後には繭も殺す
   0:空条承太郎から順番に皆殺し。最後にセイバーも殺す。
   1:次に出会った時、皐月と鮮血は必ず殺す。
   2:神威を一時的な協力者として利用する……が、今は会いたくない。
   3:消える奴(ヴァニラ)は手の出しようがないので一旦放置。だが、次に会ったら絶対殺す。
   4:針目縫は殺す。
[備考]
※少なくとも、鮮血を着用した皐月と決闘する前からの参戦です。
※DIOおよび各スタンド使いに関する最低限の情報を入手しました。
※満艦飾マコと自分に関する記憶が完全に戻りました。
※針目縫に対する嫌悪感と敵対心が戻りました。羅暁への忠誠心はまだ残っています。




※ゲームセンター内の筐体のいくつかがセイバーによって倒され、すぐにはプレイできない状態になっています。


〔支給品説明〕

【リヤカー@現実】
ジャン=ピエール・ポルナレフに支給。
荷物の運搬などに使われるリヤカー。広さには人間が3人ほど乗っても余裕がある。

【ロープ@現実】
東條希に支給。
消防士が訓練に使用する本格的な品物で、ちょっとやそっとの力では切れない。


432 : ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 22:56:03 kpO8rlDk0
投下を終了します。期限超過失礼いたしました。


433 : ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 23:03:36 kpO8rlDk0
すみません、雄二の持ち物にゲームセンターで手に入れた携帯電話が入っていなかったので後ほど修正いたします。
それから他に少々確認事項がありますので、議論スレのほうをご覧いただけたら幸いです。


434 : ◆3LWjgcR03U :2016/05/03(火) 23:06:07 kpO8rlDk0
たびたびすみません、死亡表記も抜けていたのでこちらも修正いたします。。。


435 : 名無しさん :2016/05/03(火) 23:16:14 PGWRIyDU0
投下乙です
チノちゃんんんんんんんんん!? あまりにも、あまりにも呆気ねえ……最後に本物のココア思い出したのもやるせねえ……
流子は死者を振り切って自分と同じ妹も殺しちゃったか、承太郎にオラオラして欲しいがつええからどうなるか
セイバーは弱者だろうと殺す覚悟を決めてリゼちゃん遊月ちゃん逃げてー!?
ことみー雄二は一般人二人を守りながらどこまで戦えるか…ヤバそう

一つだけ指摘を
臨也の推理だと街が壊されたのはDIOと戦う時、小鞠ちゃんを殺す前なので承太郎の違和感部分に矛盾が出るかな、と
合流した言峰がゲーム開始直後にDIOに会っている=静雄がDIOとゲーム開始直後に会うことは不可能なので、少なくともDIO真犯人説は崩れることを代わりに盛り込んでいただければそれらしくはなると思います


436 : 名無しさん :2016/05/04(水) 04:27:57 Eo0gwYkg0
投下乙です
なんという絶望
最強格のマーダー二人が組んだら被害は免れないな…
そしてやっぱり流子はここでも揺さぶられるのだな
純潔を脱ぐのはいつになるのか…

一つだけ細かい部分で気になった点を指摘させてもらいますね
セイバーと流子のやりとりで、「あそこの5人を殺したら最後はお前(セイバー)を殺す」と明言してるので、その部分のセイバーの心境描写と状態表を加えてほしいです
仲良く「「皆殺しだ」」なんて言っててもその後殺し合うことを考えると疲労もダメージも相当なものになりますし、それに対してセイバーがどう対処するのか(切り抜けるのか)知りたいですね


437 : ◆3LWjgcR03U :2016/05/04(水) 19:50:19 CNQZljD.0
ご指摘ありがとうございました。合わせて期限内に修正いたします。


438 : 名無しさん :2016/05/04(水) 19:54:17 qNn9FatE0
お疲れ様です
そして投下乙です
何だこのコンビ、勝てる気が全くしない
このままだと全滅必至だけど誰か救援に来れないものか…


439 : <削除> :<削除>
<削除>


440 : ◆3LWjgcR03U :2016/05/17(火) 23:23:16 DjF/E6wk0
したらばの議論スレにて、現行の予約期限に関する提案をいたしました。
各位ご確認頂ければ幸いです。


441 : ◆3LWjgcR03U :2016/06/08(水) 00:15:55 p0IZLTJY0
投下します


442 : もしもからきっと ◆3LWjgcR03U :2016/06/08(水) 00:16:57 p0IZLTJY0
――絶望的。

少女――東條希の置かれた現状は、まさにそれだった。

彼女の最初の殺人――最初で最後の殺人になるかもしれないが――から振り返ってみよう。
相手が自分と同じような戦う力を持たない少女であったこと。
ゲーム開始直後の、どこか現実離れした浮ついた雰囲気。
ビームサーベルという、一見しておもちゃのようにも見える武器。
ふざけて胸を揉むふりをするというある種稚拙ともいえる作戦でありながら殺人を成功させた要因は、こうした状況が揃っていたことにある。
要するに、彼女はラッキーガール。幸運だったのだ。

だが、殺し合いが加速するに従い、一度きりの幸運の女神は嫌が応にもその脆さをさらけ出す。
カエルの如き目をした奇人――キャスターとの遭遇。
身体能力においては聖杯戦争では最弱のクラスといえども、彼はサーヴァント。人の身でその体に触れることなど出来はしない。
片手を壊されたこの時点で、彼女の殺人者としての素質(ポテンシャル)は7割は減ったといってもよいだろう。
その直後、μ'sの仲間、南ことりとの再会を果たすも――

――『さ、逃げるんよことりちゃん!』
――『駄目だよ希ちゃん! マコちゃんを置いていけない!』


443 : もしもからきっと ◆3LWjgcR03U :2016/06/08(水) 00:17:17 p0IZLTJY0
東條希は殺人者、南ことりは未だ無垢な少女。
μ'sを守るという意志は共通していても、2人の道は既にその時点で大きく違ってしまっていた。
――あるいはもしもこの時。
2人にもっとゆっくりと話すだけの時間があれば、その道は再び一つになったのかもしれない。

『迷える子羊を速やかに主の御下へと送り届けるその敬虔さを、私は賞賛いたしますよ』
『死にたくなければ、黒いカードを出せ』

だが、その場にいた2匹の悪鬼――キャスター、そしてジャック・ハンマーの2人が、それを許しはしなかった。
キャスターは殺人という罪を喜々として冷酷に突き付け、ジャック・ハンマーはカードを奪うべく、生きた処刑台のごとく迫る。
2体の人外を前にして、少女にできることはもはや逃げることのみだった。

逃げた先にいたのは、神父と騎士。

――『何が悪いんや! こんな場所に連れて来られて! 殺さなきゃ帰れんなんて言われて……誰でもそうするに決まってる!
   殺すのだっておかしくない! 見捨てるのだってそうや! ウチは……ウチは間違ってなんか、ない!』
――『ああ、その通りだ』


444 : もしもからきっと ◆3LWjgcR03U :2016/06/08(水) 00:18:04 p0IZLTJY0
彼らは、彼女を、彼女の行為を否定しなかった。
だが彼女は、彼らと共に安住することはできなかった。
殺した少女――神代小蒔への罪悪感が、消えないμ'sへの未練が、それを許してはくれなかった。

――(悪いけどおさらばやで、神父はん、ポルナレフはん!)

だから彼女は、また逃げ出した。
牛車の行きつく先で待っていた、魔術師殺し、不良、そして生命戦維の怪物の作り出した混沌の戦場から。
騎士が信頼の証として再び己に預けた黄金の飛行機に乗って。
その時のわずかな隙が騎士の命を散らしたという結果から、目を背けて。

――『――殺されても、文句は言えねえんだぞ』

だが、再び逃げた先に待っていたのは、やはり苛烈な現実でしかなかった。
大人びた少女、一条蛍。
その胸に突き立てられようとした刀の切先は、またも現れた規格外の怪物、平和島静雄によって止められた。



殺し合いが始まって12時間あまり。
片手は依然として壊れたまま。武器はその手になく、なけなしの覚悟すらも断ち折られた。
状況に、強者に、なすがままに翻弄されつづけた殺人者(マーダー)は、ここにいたって完全に詰んだ。


445 : もしもからきっと ◆3LWjgcR03U :2016/06/08(水) 00:18:17 p0IZLTJY0
「うう……ああ……っ!」

後に残されたのはただ一人、泣きじゃくる少女だけだった。











「……人殺しの理由なんざ、俺は知りたくねえけどよ」


――だが、彼女に光を差し込んできたのは、予想外の方向からだった。


「手前は、元からそこまでの悪人だとはどうしても思えねえ」


顔を覆っていた手を下ろす。


「……家族とか友達とか、学校だとかによ。
 そんなんになっちまう前に、相談したりできる奴は……どっかにいなかったのかよ」


言葉は、目の前の金髪の男から発せられていた。


446 : もしもからきっと ◆3LWjgcR03U :2016/06/08(水) 00:18:44 p0IZLTJY0


「とも、だち……」


その言葉に、希ははっとする。

今や自分以外に、この場にいるただ一人のμ's。
顔を合わせたくないのに、どうしても無性に会いたい相手。
もしかしたら『友達』以上かもしれない、大切な人。


――『絵里ち……ウチはどうしたらええんや………』


「絵里……絵里ち……っ」

あとはもう、止まらなかった。

「会いたい……」

彼女の顔が脳裏を埋め尽くす。
感情が溢れ出して、止まらない。

「あいたいよぉ……絵里ち……うわああああ!!」


447 : もしもからきっと ◆3LWjgcR03U :2016/06/08(水) 00:19:01 p0IZLTJY0
(……)

平和島静雄は、そんな彼女を一瞥し。

「……じゃあな」

それだけ言い残すと、未だ眠る蛍をそっと抱き、部屋から出ていった。











「クソっ……」

研究所からかなり離れ、橋の近くに停まった車の中で、水を飲みながら平和島静雄は呟く。
静雄は冷血漢ではない。
むしろ、常に優しく紳士的にあろうとする人間である。
消えてくれとは言ったが、蛍を手にかけようとした相手とはいえ、泣きじゃくる少女をそのまま放置することはできなかった。
だから、思いつくままに、
だが、彼にはそれ以上のことはできない。
新羅や門田にセルティ。サイモン、幽、トム。静雄の脳裏に、あの場面で少女を説得して、改心させることができそうな知己の顔が次々に浮かぶ。
だが、彼らはここにはいない。

――『……またな、蟇郡』


448 : もしもからきっと ◆3LWjgcR03U :2016/06/08(水) 00:19:15 p0IZLTJY0
そして、彼らと同じくらいか、それよりもずっとそういうことが得意そうな、守り方を教えてくれると約束した男も、もういない。

「強く、なりてえなあ……」

無意識に、その男と別れた直後に言った台詞をまた呟く。
隣でいまだ目を覚まさない少女に目をやりながら。

「……ホタル、ちゃん」

守れなかった1人の少女。
その後輩よりもずっと大人びた少女。

叶うならば、全てを守りたい。けれど、それは到底できない。
だからせめて、この女の子だけは命に代えても守りたいと、平和島静雄は心から願った。



……図らずも、それは臨也の最後の意思を、よりによって自分が受け継ぐことになってしまうと気付いて――
少しだけ、いやとても、ものすごく嫌だったけれど……あまり深くは考えないことにした。


449 : もしもからきっと ◆3LWjgcR03U :2016/06/08(水) 00:19:28 p0IZLTJY0
【D-4/南部の海岸付近/一日目・午後】

【平和島静雄@デュラララ!!】
[状態]:東條希への苛立ち、全身にダメージ(中)、疲労(中)
[服装]:バーテン服、グラサン
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(8/10)
    黒カード:ボゼの仮面@咲Saki 全国編
         縛斬・餓虎@キルラキル
         不明支給品0〜1(本人確認済み)
[思考・行動]
基本方針:あの女(繭)を殺す
  0:蛍を守りたい。強くなりたい。
  1:蛍が目覚め次第、次の行動を決める。分校に戻る?
  2:テレビの男(キャスター)とあの女ども(東郷、ウリス)をブチのめす。
  3:犯人と確認できたら衛宮も殺す
  
【一条蛍@のんのんびより】
[状態]:全身にダメージ(小)、気絶、あと10分ほどで目覚めそう
[服装]:普段通り
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(10/10)
    黒カード:フルール・ド・ラパンの制服@ご注文はうさぎですか?、カッターナイフ@グリザイアの果実シリーズ、ジャスタウェイ@銀魂、越谷小鞠の白カード 折原臨也のスマートフォン
[思考・行動]
基本方針:れんちゃんと合流したいです。
   0:????????????
   1:旭丘分校を目指す。
   2:午後6時までにラビットハウスに戻る。
   3:何があっても、誰も殺したくない。
[備考]
※空条承太郎、香風智乃、折原臨也、風見雄二、天々座理世、衛宮切嗣と情報交換しました。
※『越谷小毬殺人事件の真犯人はDIOである』という臨也の推理(大嘘)を聞きました。必要に応じて他の参加者にも伝える可能性があります。
※衛宮切嗣が犯人である可能性に思い至りました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。


450 : もしもからきっと ◆3LWjgcR03U :2016/06/08(水) 00:19:44 p0IZLTJY0






同じころ、東條希の姿は同じD-4エリアの正反対の方向にあった。
地図でいえば、左角の部分にあたる。

しばらく躊躇していたかと思うと、おもむろに息を思い切り吸い込み――

「っ!!!」

立ち幅跳びの要領で、踏み切ってジャンプした。

親友、絢瀬絵里との再会を果たすべく彼女が目指すのは、北西にある音ノ木坂学院。
確証があるわけではないが、2人だけになったμ'sならば、そこにいるかもしれないという希望に縋りたかった。
そして、そこに至るまでの道のりは禁止エリアによって阻まれている。
――が、その2つの禁止エリアは、よく見るとか細い接点で繋がっている。
この間なら、もしかしたら抜けることができるのではないか。

これもまた、確証はない。
たとえ僅かな隙間であっても、踏み込んだ瞬間に魂を抜き取られ、カードの中に閉じ込められるのかもしれない。
けれども、今の彼女には悠長に大回りをしている時間はなかった。
可能性があるならば、一刻も早く会いたかった。

(どうやら、無事みたいやね……)


451 : もしもからきっと ◆3LWjgcR03U :2016/06/08(水) 00:20:31 p0IZLTJY0
地面にへたり込み、荒い息をつく。
これだけでも、どっと疲れた。心臓はまだバクバクと打っているし、片手は相変わらず鈍く痛む。
けれども、生きている。
カードから水を取り出して飲み込む。
死んでいった者たちは、ことりは、にこは、穂乃果は、ポルナレフは、そして自分が手にかけたあの少女は、もう心臓の鼓動も、痛みも苦しみも、水の味も、二度と感じることはない。

(絵里ち……)

会いたい。
会って、何もかもぶちまけたい。
それは、こんな汚れた自分の罪を、彼女に押し付けることになるのかもしれない。
全てを知られたら、きっと軽蔑される。絶交される。2度と顔を合わせてもらえなくなる。

――それでもいい。

絢瀬絵里に、会いたい。

今の東條希にとっては、それが全てだった。

(待ってて、くれな)


452 : もしもからきっと ◆3LWjgcR03U :2016/06/08(水) 00:21:21 p0IZLTJY0
【C-3/南東の端/一日目・午後】

【東條希@ラブライブ!】
[状態]:精神的疲労(極大)、右手首から先を粉砕骨折(応急処置済み)、絢瀬絵里に会いたい思い
[服装]:音ノ木坂学院の制服
[装備]:
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(8/10)、ヴィマーナ@Fate/Zero(4時間使用不能)
基本方針:μ's全員を生き返らせるために優勝狙い?
  1:絵里に会いたい。
[備考]
※参戦時期は1期終了後。2期開始前。


※禁止エリア同士の斜めの繋ぎ目は通り抜けが可能なようです。


453 : ◆3LWjgcR03U :2016/06/08(水) 00:21:36 p0IZLTJY0
投下を終了します


454 : ◆3LWjgcR03U :2016/06/08(水) 00:24:46 p0IZLTJY0
すみません、以下修正します

>>447
だから、思いつくままに、

だから、彼の頭で思いつくままに、一応の説得らしき言葉をかけた。


455 : 名無しさん :2016/06/08(水) 07:57:04 wm5qbj0U0
投下乙です
踏んだり蹴ったりだった希に最後の転機が
絵里ちは絵里ちで修羅場ど真ん中に予約入ってるけど、果たして再会はできるのか…

気になったのですが、エリアの境界線って別に土地の上に目に見えるラインが引かれてるわけではありませんよね。
MAPを見てちょうど境界線上にいることを確認した等、『どうやってその場所をエリアのつなぎ目だと判断したのか』はあった方がいいかと思います


456 : 名無しさん :2016/06/08(水) 21:15:07 uOqkv85.0
投下乙です

のぞみん遂に音ノ木坂へ……だけどそこは今の会場じゃトップクラスに危険な場所なんだよなぁ…
絵里との再会も気になるけど他の参加者と遭遇したらどうなるか……

そして蛍の目覚めはもうすぐだけどこっちも色々悲惨な目にあってるからなぁ…守護者としての静雄も成長にも期待


457 : ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 21:53:43 5pZHswHs0
投下します


458 : 憧憬ライアニズム Tonitrus ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 21:54:33 5pZHswHs0


  一切の予兆もなく、本部以蔵の喉笛を刺し貫くべく、日傘の一突きが放たれた。
  顔に貼り付けた笑顔とは裏腹に、神威の攻め手には一切の容赦だとか様子見だとか、そういう概念が存在せず、貫徹した氷の殺意のみがあった。
  本部以蔵は、彼が春雨という、まさに泣く子も黙る破竹の勢いを帯びた宇宙海賊の一員であるということは当然知らない。
  まして、その中でも最強と恐れられる最強部隊、第七師団の団長――『雷槍』であることなど。
  如何に本部以蔵という男が博識であろうとも、神威の住まう世界とは根本的に辿った歴史が異なるのだから、知っている訳がない。
  しかしそれでも、本部はその一瞬で確信した。
  自分の彼に対する見立てが、化け物、というそれですらまだ甘かったことを。甘すぎた、といってもいい。
  文字通り格が違う。将棋に例えるならば、自分とこの男の差は香車と成った飛車ほどもある。
  ともすれば、あの範馬勇次郎にすら匹敵するのではないだろうか。それほどの力と、彼が踏んできたのであろう場数を、本部は一瞬で看破した。
  だが本部も、何の心構えも無しに決闘へ及んだ訳ではない。
  妖刀の力に手を染めでもしなければ倒せない相手だと、最初から承知はしていた。見極めに誤差こそあったものの、まだ許容範囲内だ。

  紅桜の間合いに神威の日傘が到達したと同時、本部は紅桜の一閃を振り抜いた。
  空を切り裂いて迸る斬撃は彼の並々ならぬ剛力で放たれた突きを見事に鍔迫り合いの状況まで持ち込み、妖刀の実力を雄弁に物語る。
  「へえ」と感心したように呟いた神威は、瞬きの速度よりも捷く日傘を引き、真横からの薙ぎ払いで本部への追撃を試みた。
  本部が武道の達人であるとはいえ、まともに受ければ背骨が確実に粉砕されるだろう一発。
  どうにか本部は紅桜の刀身でそれを受けるが、その時本部は誇張抜きに、自分は大型トラックにでも激突したのではないかと錯覚した。

  人間の力ではない。若き怪物の笑顔に、鬼(オーガ)の獰猛な微笑みが重なって見えた。
  驚愕が生んだコンマ一秒にも満たないであろう隙を、神威の桁が外れた観察力は見逃さない。
  日傘を持っていない左手を手刀の形にして、本部の腹部へ突き出した。本部は紅桜を両手で構えている。受け止めるのは不可能だ。
  ならばと彼は体をくの字に折り曲げるようにして、勢いよく後ろに飛び退く。日傘から解放された紅桜を、これで迎撃に出すことが出来る。
  狂気の刀匠・村田鉄矢が心血注いで鍛えた妖刀と、春雨が誇る微笑みの雷槍。
  かち合えばどちらが勝つのか。好き者ならば金を払ってでも見たがった局面だろうが、生憎その結果が明らかとなることはなかった。

  神威の方が退いたのだ。迎撃に急ぐ紅桜を避けるように拳を逸らし、日傘で刀を受け流しながら、一気に本部への間合いを詰める。
  彼としてもそそる勝負ではあったが、面白い物見たさで戦い自体を棒に振ってはお笑いだ。
  神威も妖刀紅桜がかつて齎した騒動については知っている。実際に相手取るのは初めてだったが、その危険度が頭抜けていることは承知の上だ。
  対艦兵器とまで謳われた妖刀の一撃をまともに受ければ、さしもの夜兎でも無事では済むまい。
  幸いなのは、未だ本部以蔵と紅桜は、完全には適合を果たしていないらしいことだろうか。

  そのことには、紅桜に現在進行形で身を冒されている本部も気付いていた。
  使ってみてよく分かる。この紅桜は、刀というよりも悍ましい生体兵器と呼んだ方が余程的を射ているような、そんな代物だ。
  武器を用いての戦いを十八番とする本部でも、これを武器とはとても捉えられない。
  明らかにこれは兵器だった。それも、その力を借りようとした者の体を容赦なく蝕み、辻斬りじみた挙動へと誘う悪夢じみた殺人兵器だ。とんでもねェもんを渡してくれたな、ラヴァレイさんよ――と、そんな呟きが譫言のように漏れ出す。

  何より質が悪いのは、この紅桜は、どうやら侵食が進めば進むだけ強くなる性質を持っているらしいことだった。
  超実戦柔術の使い手である本部ですらもが、扱いこなせないと思う。この紅桜が持つ旺盛な食欲ばかりはどうしようもできないと。
  それでも、今の本部には紅桜しかない。他の宝具では、恐らく神威には届かないからだ。
  世の中には頑然たる実力差というものが、確かに存在する。
  そして大抵そういう時に、小細工とは踏み躙られるものだ。
  蟻の大群が全力で酸を吐いたとしても、列車の進行を止められないように。


459 : 憧憬ライアニズム Tonitrus ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 21:55:36 5pZHswHs0

  日傘と紅桜にそれぞれ力を込め、本部は魂までも込め、衝撃波すら散らして競り合う両者。
  力を増しつつある紅桜が、まだその力勝負ですら打ち勝てていない。
  ニコニコと人の良さそうな笑顔を浮かべているのとは裏腹に、神威の繰り出す攻撃はその全てがとんでもない重量と密度を持っている。
  この男は、恐らく人間ではない。真の意味で、人とは違う種族だ。
  戦いの中で本部は、早くもそのことに気が付き始めていた。
  足払いを繰り出して膠着を解き、逆袈裟懸けに斬撃を放つ本部。神威の衣服を掠めはしたが、肝心の彼自身には傷一つ与えられていない。
  そして次の瞬間、お返しだとばかりに鋭い蹴りが、紅桜に侵食された右腕を打った。
  本部ほどの体格の持ち主が、鍛錬を積んだ格闘家が、持ち堪えることも出来ずにノーバウンドで宙を舞う。
  闘技場の壁に激突してようやく止まった彼は、かはっと僅かに血を吐き出した。

 「面白いねぇ、それ」

  そんな本部へ一歩また一歩と歩を進めながら、神威は彼を、正しくはその刀を賞賛した。
  こっちを褒められても嬉しくないぜと悪態を返しながら、本部は刀を杖代わりにして立ち上がる。
  それを確認するや否や、地面に小さなクレーターを作りながら、弾丸のような勢いで神威が本部に突貫を仕掛けた。
  日傘か――いや、徒手だ。
  狙いを見抜くなり本部は紅桜を構え、速度勝負では勝てない為にただ彼の到達を待つ。
  そして実際に到達した時、彼は何を考えてのことか、紅桜を振るおうとはしなかった。
  頬に一筋の赤い線を作りながらも拳を躱して神威の懐へ飛び込み、試みるのはそう、柔術だ。
  現状こちらが一方的に不利を強いられる長物同士の対決を捨てて、一撃で勝負を決められる可能性に賭けた。しかし、その判断は甘過ぎた。

 「ぬ……ッ!?」

  胸倉を掴まれ、そのまま本部の体は宙を舞う。
  投げ技のプロセスというものをなぞる暇さえない、一瞬の出来事だった。
  プロの武道家である本部が、投げられてからやっと自分が打ち負けたということに気付くほどの、まさに瞬間の妙技であった。
  空中に足場はない。
  よって無防備を強いられる――その時本部を救ったのは、彼を喰らって強くなる紅桜だ。
  ほとんど自動動作のような俊敏さで神威が繰り出す日傘を迎撃、腕と同化した異形の触手が侵食を早め、その重みで落下速度が増す。
  
 「次はこっちの番だぜぇッッ」

  神威よりも速く落ちていることを利用して、本部はまさしく神速の勢いを帯びた一閃を放つ。
  決定打にこそ至りはしなかったが、神威の首筋に小さな切り傷が走り、一滴の赤い雫が垂れる。
  届いた。最初に比べて明らかに、実力の差が縮まっているのを感じる。
  これが妖刀紅桜。なるほど狂気の沙汰だと、本部をして認めざるを得ない。
  神威ほどの男がそれを使っていれば死ぬぞと忠告しただけのことは、確かにある。
  だがこれだけが、今の本部に勝利を手繰り寄せるもはや唯一の鍵だった。
  全てを守護る為。それだけを行動原理として、修羅道に入った赤鬼は紅に染まる。喰われる。


460 : 憧憬ライアニズム Tonitrus ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 21:56:25 5pZHswHs0

  神威のドロップキックを、本部は紅桜で受け止めた。
  ミサイル弾もかくやの威力を孕んだ一撃に、最初ほどの脅威は感じない。
  自然と心に余裕のようなものが生まれてくるのを、本部以蔵は感じていた。
  いや、それだけではない。
  彼ほど冷静な男であれば日頃まず覚えることのない、『力に酔う』という感覚すら、心なしか身の内に沸き起こっているのが分かる。

 (いつまで正気でいられるか、分からねェな……こりゃ、予想以上だぜ)

  自分の中に生まれた狂気の種が瞬く間に発芽して、こうしている今も着々と育っている。
  短期決戦で幕を引かなければ、最悪、敗北よりも回避せねばならない未来が待っている。
  そのことを本能的に悟った本部は、紅桜の力に任せて神威を空中へと跳ね飛ばす。
  忍者のように天井へ足を突き、落下エネルギーの庇護を受けながら、日傘で本部の頭を狙う彼。
  それが読めたから、本部は勝負を避けて回避に徹した。

 「……見えてきたぜ。あんたの『底』が」
 
  着地の瞬間を狙い、本部は攻める。
  裂帛の気合を込めて振り抜く刀を止めた日傘諸共、神威が地面を靴底で擦って後退させられる。
  次は相手の得意技、突きだ。紅桜の先端が神威の喉笛を狙って、常人では目視も難しい速度で放たれた。
  神威はそれを、刀身を真下から蹴り上げることで対処した。大きく当たりがずれ、空振った隙を利用して、掌底の一撃を叩き込む。
  ……だが本部は吹き飛ばされない。その場で持ち堪え、返しの斬撃で神威の胸板を切り裂く。
  浅い。それでも、確かに入った。
  もう数センチ深ければ、彼にも無視できない傷になっていた筈だ。

 「……驚いたな。本部さん、武道家なんてやめて、剣術家にでもなったらいいんじゃない?」
 「皮肉は結構だぜ。――来な。ちぃと気が早ぇが、次で決めさせてもらう」
 
  紅桜を水平に構え、本部はそう断言する。
  鬼となった守護者は、もはや人間とも言えないような姿に変貌していた。
  虫とも海洋生物ともつかない触手に侵されたその姿は、まさに妖怪、化け物の類そのものだ。
  
 「ははっ、好き勝手言ってくれちゃって」
  
  神威は語気を荒げるでも殺気を強めるでもなく、今まで通りの口調と笑顔で肩を竦めた。
  宇宙最強の第七師団を統べる『春雨の雷槍』を相手に、こうも大きく出てくる輩はそう居ない。
  事実彼も、春雨に入団してからはめっきり誰かに舐められたり、侮られたりする機会は減ったものであった。
  こうして実際に拳や剣を交わして語り合ったのなら、尚更。
  本部以蔵は、理解していない。春雨の雷槍という称号の強大さを、夜兎という戦闘民族の底がどれだけ深いのかを、理解していない。
  彼にらしくもない早合点をさせたのは、ひとえに、刀の魔力なのだろう。持つ者を狂わせ凶事に導く、紅桜が持つ危険な魅力の仕業だ。


461 : 憧憬ライアニズム Tonitrus ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 21:57:26 5pZHswHs0

 「せっかちなオッサンは嫌われるぞ?」
 
  ゾッと、背に冷たいものが走る感覚を、本部は覚えた。
  本能が警鐘を鳴らす。紅桜に侵されてなお健在な彼の聡明な部分が、正気に戻れと血相を変えて叫んでいるのが分かる。
  それを認識した頃には、もう遅かった。本部の背後に、一瞬で神威が移動していたからだ。
  振り返りざまの剣戟を見舞おうとするが、間に合わない。その前に本部の首元の布地が掴み取られ、柔道家として慣れたものである、『投げられた』時の浮遊感が彼を襲う。それから解放されるのは、高所からの落下でももう少しマシだろうというほどの激しすぎる衝撃だった。

 「ぐ……ごは……!!」

  込み上げてくる喀血。衝撃で声帯が麻痺し、声も碌に出せない。
  そんな中でも努めて平静を維持して、本部は己の肉体を踏み潰さんとする神威の足を、どうにか紅桜で止めることに成功した。
  しかし位置関係は上と下。おまけに本部の体勢は地に倒れており、ダメージも小さくない。
  ぐぐぐぐ、と、段々刀身が迫ってくる。このまま行けば刀はいずれ自分の顔面にめり込み、結局最後には頭を潰されてしまうだろう。
  これを本部は、意を決して紅桜を足から離し、首を全力で横へ反らすことで避けようとした。

 「づ……っ」

  その代償に、左の耳が痛ましく踏み潰される。
  それだけで鼓膜が死ぬことはなかったが、副産物の衝撃波が、忘れずに彼の聴覚の片方を奪い去っていった。
  片耳の方はキンキンと甲高い音を鳴らしているが、どうやら無事のようだった。
  これだけでも、僥倖というべきだろう。本部は身を跳ね起こして紅桜で神威へ突進、何度目かの鍔迫り合いへと持ち込んでいく。
  力勝負でなら、勝てる。しかし戦闘センスの領分では、逆立ちしても本部は神威に勝てない。
  戦闘民族と地球人の間にある種族の格差を度外視しても、神威のそれは天才的なものがあった。
  彼がもしも格闘家だったなら、世辞でも何でもなく、範馬勇次郎と双璧を成す若きグラップラーとして大成していたことだろうと本部は思う。

  だが、それを惜しいと悔やんでいる猶予すら、今の本部には与えられなかった。
  郷愁に浸っていては、そのまま郷愁の世界に――範馬勇次郎や範馬刃牙が向かった死という結末へと、この怪物に送られてしまう。
  互いに全く同じタイミングで、二人は己の得物を相手の武器から離した。
  本部が高速で刀を振るう。一見闇雲に振るっているように見える攻撃には、その実一発として狙いを外したものがない。
  それに全て対処し、傘と肉体を駆使して被弾を避け、笑顔を保っていられる神威はやはり異常なのだろう。
  紅桜の桜色と真っ赤な火花が目まぐるしく散る光景には、線香花火でもしているかのような、不思議な趣すらあった。

  げに恐ろしきは、夜兎の戦闘能力。
  本部以蔵には、もはや額に浮いて流れ落ちる汗を手で拭う暇すらない。
  攻撃の手が少しでも緩めば、この神威は待ってましたとばかりに形勢をひっくり返してくるからだ。
  技術以上に力。そう、ただ力。それだけのことで、本部は今圧倒されている。
  紅桜ほどの刀を持っても詰められている気がしないというのは、冗談のような状況だった。
  仮にマシンガンやグレネード弾、対人地雷、まきびしやチェーンのような武器を全て持ってきても、この男には碌に通用しないに違いない。
  もっとも紅桜に侵食される本部には、そういった手段に訴えることすら、今や叶わないのだが。
  右腕に視線を移せば、触手が包んでいる範囲は、明らかに広がっているようであった。


462 : 憧憬ライアニズム Tonitrus ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 21:58:14 5pZHswHs0

 (備えあれば憂いなしってのは確かにそうだが、これじゃあ意味がねェな……)

  本部は紅桜の他に、かの英雄王が誇る二大宝具と、少なくない小道具を所持している。
  だがその全てが、今やまともに使えない状態だ。
  乖離剣は戦闘開始早々に不要と判断して地へ転がし、王の財宝についても、開帳の機会は恐らくないだろうと踏んでいる。
  その理由は単純にして明快だ。
  他の武器まで利用して、あれこれと策を巡らせる戦い方では、紅桜を抑えきれない。理性を失い、真の意味で人間の心を失った剣鬼と成り果てないためには、本部は紅桜という一つの武器だけに集中する必要があった。
  そんな状況でもまるで不自由を感じさせない――それどころか快適ですらあるのは、やはり妖刀の魔的な魅力に取り憑かれている故なのか。
 
  本部が地を蹴るべく一際強く踏みしめたのと、神威が同じ理由で地を蹴り飛ばしたのは全く同時のことだ。
  一瞬ほどの時間とはいえ、本部は出遅れた。このことがツケとなって、彼を苛むことになる。
  神威の日傘と本部の紅桜が火花を散らす。
  もう何度となく繰り返した武器同士の対話だが、今回は話が違った。
  神威が鍔迫り合いの状態から地を蹴って更に加速し、本部を強引な力押しで打ち破ったのだ。
  
 「そういや、俺の底が見えたって話はどうなったのかな? 俺としては、本部さんの底が見えてきたって感じなんだけど――」
 
  紅桜を振り下ろせば、神威の身体を一刀両断できる。
  それほどの間合いだったが、日傘が触手の内にある腕を刺し貫いており、動かせない。
  その状況で神威が振るった鉄拳が、本部以蔵の顔面を打ち据えた。

 「ぐはああッッ!!」

  鼻が砕け、血を噴き出しながら本部がもんどり打って転がる。
  顔の骨にも罅が入ったのが、医学的知識がなくても分かる痛烈な一撃だった。
  しかし悶絶している暇はない。早く立ち上がらなければと足に力を込めた本部は、再び血を吐きながら吹き飛ばされることになる。
  サッカーボールでも蹴り飛ばすように、神威が彼の頭を横から蹴りつけたからだ。

  戦闘を始めた神威は止まらないし、止められない。
  紅桜とあれほど打ち合っておきながら、未だに壊れる気配のない日傘を振り上げる。
  用途も意図も、今更語ることでもない。
  それを察知した本部は堪らず紅桜を動かし、辛うじて迎撃。
  出来た隙で、今度は脇腹を蹴り飛ばされ、もう聞き慣れた骨の砕ける音が鳴る。
  このまま押し切られ、殺されてしまうのではないかというほどの激しさがあった。
  暴風雨に晒されたボロ屋のように、後は敢えなく潰されるのを待つのみ。そう思われた本部だったが、彼だけは、諦めていなかった。

  紅桜が、妖刀の触手が、本部の胴の半分ほどまで一気に侵食していく。
  一瞬本部の目が紅い光を帯びたのは、錯覚ではないだろう。
  彼は今、紅桜に精神を呑まれかけた。どうにか引き戻すことには成功したが、危ない橋を渡ったのは間違いない。
  そして危険を冒してまで手に入れた強き力は、彼に大きな恩恵を与えた。


463 : 憧憬ライアニズム Tonitrus ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 21:59:02 5pZHswHs0

 「おおおおおッッ!!」
 「ッ――」

  空気が震えるような一喝と共に振るわれた、紅桜の一閃。
  それは今までのものとさして変わらない動きだったが、生んだ破壊はまさに桁が違った。
  爆弾でも投下されたかのように床面が衝撃だけでめくれ上がり、鍔迫り合いにすらさせず、神威を吹き飛ばしたのだ。
  これにはさしもの神威も、一瞬ではあるが、確かな驚きの表情を浮かべた。
  対艦兵器と謳われた所以が今まさに、神威の目の前で披露された。
  それでもなお、その笑顔は消えない。だが彼でも、これによる斬撃を直接浴びたなら只では済まないのは明らかだ。
  そうなったなら確実に、神威は真っ二つにされた死体を晒すことになる。

 「……見誤ったのは、俺の方も同じか」

  まさに剣鬼といった姿になった本部を見ながら、神威は苦笑交じりにそんな言葉を零す。
  体の半分ほどを蠢く触手と同化させたその姿は、明らかに神威よりもずっと悪役じみたものだ。
  誰が見ても、今の本部以蔵を正常な対主催派の人間とは思うまい。
  ましてや、彼が全てを守護るなどと口にしたところで――その言葉を信じる人間など、この会場に何人居るか分かったものではない筈だ。

 「来ねぇのかい、神威さん」
 「言われなくても、行くさ。けどその前に一つだけ、聞かせてもらってもいいかい?」
 「…………」

  本部は答えない。
  それは好きにしろ、という意味合いの沈黙だと解釈して、神威は問う。
  挑発でもなんでもない、心からの疑問だった。

 「そんなザマになって、一体何を守るっていうんだい?
  化け物みたいな姿になって、自分さえ見失いかけながら、それで誰かを守護れるとか、まさか本気で言ってるわけじゃないよね?」
 
  たとえやむを得ない理由であろうとも、妖刀の力に手を染めた代償は軽くない。
  侵食は激戦の中で加速度的に進んでいき、同時進行で理性は狂気に挿げ替えられつつある。
  紅桜に内蔵された人工知能『電魄』。それが、彼を冒しているものの正体だ。
  今でこそそれに耐えられているが、それも長くは続くまい。
  この戦闘中耐え切れれば拍手喝采、しかしもう何時間、あるいは何十分かする頃には、彼は力に溺れた剣鬼羅刹と化している筈だ。
  当然、誰かを守護るだけの理性など……残っている訳がない。

 「……確かにあんたの言うことはもっともだ。俺は遠からぬ内に、ツケを支払わされるだろうぜ」
 
  本部もまた、自分の体を襲うものについては認識している。
  これが時間経過とともに、より激しさを増して自分を鬼に変えていくだろうことも。
  全て承知の上で彼は今、こうして夜兎族の戦鬼・神威と交戦している。
  ――そう、承知の上だ。どんな姿になろうと、どんな代償を背負おうと、全て承知の上。


464 : 憧憬ライアニズム Tonitrus ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 21:59:49 5pZHswHs0

 「…………それでも、守護るんだ」
 「意味分かって言ってる?」
 「おうさ」

  理屈が通らない。
  百も承知だ。

  矛盾している。
  知っていると言っている。 

  未来はない。
  だからどうした、関係あるか。

 「――それでも、守護る。たとえどんな姿になろうが、気が狂おうが、俺は全てを守護るのさ」

  本部は、そう断言した。
  紅桜にこうしている今も冒され、蝕まれ、その重大さを誰より知っている男が、理屈にならない馬鹿の理屈で吠える。
  守護る、と。
  それでも守護ってみせる、と。

 「……さあ、問答はもういいだろう。さっさとかかって来な。それとも、俺の紅桜(コイツ)に臆しちまったってことでいいのかい」

  話にならないね、と神威は困った風に笑う。
  しかしそこには、単なる享楽とは違う、苛立ちのようなものが垣間見えた。
  気のせいかもしれないが、本部には確かに、そう見えた。
  やはりこの男にも、何か事情がある――それを確信したからといって、話し合いの通じる相手でもないが。
  激しい戦いの中で所々が破けた日傘を構え、神威は再び飛び出す前に、本部へ言った。

 「あんたみたいタイプの馬鹿は、あんまり好きじゃないや」

  自然と、紅桜の柄を握る手に力が入る。
  紅桜の力は遂に、脅威的な程の領域へと突入した。
  だが、それで神威が弱くなった訳ではない。彼は相も変わらず強いだろうし、気を抜けば呆気なく殺されてしまうだろうことは明らかだ。
  地下闘技場で、二人の戦士の視線が交錯する。


  本部が神威の圧倒的な姿に、範馬勇次郎の面影を見たように。
  神威も本部の理解し難い馬鹿げた姿に、ある人物の面影を見た。
  ――頭髪の禿げた、一人の男だった。


 「それじゃ、俺もこっからは出し惜しみ無しだ」

  貼り付けた笑顔の底に、底冷えするような戦意を渦巻かせて、神威が日傘を構えた。
  本部は既に構え終えている。にも関わらず先手を取らないのは、今の神威を前に、迂闊に踏み込みたくないがためだった。
  出し惜しみはしない。その言葉はきっと、ハッタリではない。
  此処から先が、彼の本気なのだ。

 「守護るってんなら、やってみなよ。無理だと思うけどね」

  そいつは、やってみなきゃ分からねえぜ。
  本部はいつものように挑発を繰り出すが、その表情に余裕らしいものは皆無だ。
  ずっと戦っていて、一時は凌駕したと舞い上がりかけもした男が、違う生き物に見える。
  これが、神威の全力――……本部以蔵ですらも見たことのない、夜兎という名の先天的グラップラーが、春雨の雷槍が、遂に牙を剥く。

  衝撃波で地面を凹ませながら飛び出した神威は、目にも留まらぬ速度で本部の動体視力の遙か先を行く。
  本部は速度で勝つのは不可能と見るやいなや迎撃に徹し、威力を増した紅桜の一閃を一撃でもいいから当てることに腐心すると決めた。
  まだ、彼らの戦いは続く。どちらかが倒れるまで、終わらない。

  紅桜が。
  日傘が。
  虚空で交差して、あまりの衝撃波に天井のライトが幾つか粉砕される。
  降り注ぐ硝子の雨を演出効果として、二人のグラップラーが再び舞い始めた。


465 : 憧憬ライアニズム Tonitrus ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:00:31 5pZHswHs0

  たかだか硝子の破片と侮れば、死を見ることになる。
  空中から降ってくる無数の刃に等しいそれが血管を切って、人を死に至らしめるというのは、何も珍しい話ではない。
  だがそれはあくまでも、人間の尺度に合わせた脅威だ。
  元より宇宙最強の兎である神威と、人間を半分ほどはやめている本部には、それこそただの騒がしい演出程度のものでしかない。

  紅桜が虚空を薙ぐ。
  降り注ぐ硝子の、精々大きくても五センチ前後である破片が更に細かく切り裂かれて、透明な砂粒のようになった。
  本命の神威はその斬撃を潜り抜け、日傘で本部の眉間を貫かんとする。
  本部は読んでいたかのようにこれへ問題なく反応し、神威が以前やってみせたように、素手の拳を使って軌道を反らすことで完全回避した。
  此処までは双方、読み通り。
  回避を読んでいた神威は野生動物顔負けの瞬発力で本部の腹へ蹴りを見舞い、その体勢を崩す。
  そこに日傘を振り下ろすが、猛烈な反応速度で迎撃に出た紅桜がトドメとはさせなかった。

  紅桜が力を増している以上、激突となれば不利を被るのは神威の方である。
  神威もそれを察しているため、当然、接触時間は最小限に留めようとする。
  それでもなお、大きな衝撃が彼の体を襲った。
  襲った、程度で済んでいるのは、彼が規格外の実力者であるからだ。そうでなければ武器の日傘m諸共に、ひしゃげた死体が出来上がっている。

  対戦艦用機械機動兵器、紅桜。
  妖刀などというのは便宜上の呼び名に過ぎず、この仰々しい名前こそが正式名称だ。
  機動兵器の名に違わない破壊力を有しているだけあり、神威も考え無しには打ち勝てない。
  ある意味では、対価に見合うだけの力を齎す刀だ――驚くべきは、これほどの代物を鍛えた刀匠(おとこ)の執念である。

  距離にして数メートルほどを、神威は後退させられた。
  彼の間合いへ踏み込むのは、生半可な覚悟で出来る行いではない。
  それでも本部はこの隙を見計らい、攻めに出た。強気の姿勢でなければ、所詮はジリ貧だ。 
  紅桜を縦に振るうと床がそれだけで地割れのように裂け、神威は当然、それから逃れるために側方へと跳んで逃れる。
  襲い掛かって視界を潰す大小様々な瓦礫を日傘の一振りで払い除け、空へ跳躍する。
  次の瞬間、紅桜の刀身が、神威の存在していた場所を横薙ぎに通りすぎていた。
  もはや浴びれば死ぬと言っても差し支えのない一撃を、しかし神威は危なげなく躱していく。

  それでも、彼に防戦を強いているというだけで、当初の一方的な戦況に比べれば大きな進歩だ。
  今の本部以蔵は、間違いなく神威に喰らいつけている。
  夜兎族と地球人の間に存在する覆し難い種族の壁を、紅桜の圧倒的な力で詰めている。
  こうまで来れば、神威も本部を厄介な敵と見做し始めていた。彼も、いよいよ本気だ。
  尋常ならざる速度で放たれる本部の剣戟を、神威も同じく、尋常ではない反射神経で回避。
  空中を蹴るという埒外の離れ業でもって肉薄する神威の笑顔は、どんな獣の威嚇より恐ろしい。
  互いに、攻撃と回避の応酬だ。だが被弾数が多いのは、明らかに本部の方であった。
  息は喘鳴のように荒くなり、咳には血反吐が混ざっている。臓器を傷付けられているらしい。

 「これはどうかな?」

  曲芸のような宙返りから繰り出される蹴り上げ。
  本部の体が少し掠っただけで宙に浮く。
  そこを突くのは、ごく短い飛翔距離からのドロップキックという人外技だ。
  しかし本部以蔵も武闘家である。
  いくら超人芸とはいえ、動作を読むこと自体は容易い。
  それに紅桜を合わせることで、辛うじて攻撃を防御。文字通りの返す刀で、神威を弾き返した。


466 : 憧憬ライアニズム Tonitrus ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:01:08 5pZHswHs0

 「……甘ぇよ。年季が違うぜぇ」
 「ひゅー、かぁっこいい」

  その台詞が、殆ど虚勢と言ってもいいものであることは、当の本部が一番よく理解していた。
  経験した場数の差は戦況を分ける。ただ、どんな戦いにも質というものはあるのだ。
  質の低い戦いを千重ねても、質の高い戦いを百重ねた経験に届かないことも、ある。
  この神威という男は、まさに怪物。本部の戦ってきた相手よりも、彼の戦ってきた相手は水準が上なのだ、恐らく。

  振るわれた紅桜を、神威が自分の得物で止めないようになった。
  これ以上の接触は、武器ごと体を切り裂かれる可能性がある。
  武器が壊れたなら取り替えればいいという話ではなく、そのまま押し切られる可能性が出てくる以上は、競り合えば競り合うだけ不利になる。

  本部は自分の意図していた所を見破られたことに気付き、静かに歯噛みする。
  彼はまさに、武器ごと神威を撃破することで押し破る算段を立てていたのだ。
  速度で神威が本部に勝っている以上、自分が勝てる力勝負へと誘導したかったが、そんな簡単な手に掛かってくれる相手ではなかった。
  飛び回って本部を翻弄する神威の姿は、野山を駆け回る兎によく似ていた。
  しかし兎は兎でも、彼は夜兎。宇宙にその名を轟かす、猛禽さえ食い殺す肉食だ。

 「む……ッ」

  紅桜が巻き上げた粉塵を目眩ましに舞い上げて、神威は本部の刀を持つ腕を蹴り抜く。
  骨が折れなかったのは、紅桜から伸びた触手が、本部の腕を覆ってくれているおかげだった。
  何とも不本意な鎧だが、これがなければ本部はもう刀すら握れないだろう。
  増強された腕力で強引に紅桜を引き戻し、どうにか胴を抉られるのは免れた。
  続く日傘の突きも、紅桜で弾く。火花が散って、小気味いい音が奏でられる。
  寄ってくる羽虫を払うがごとく紅桜を振るえば、神威は面白いほど簡単に吹き飛んだ。
  力が明らかに増している。
  本部以蔵が担った紅桜は、かの人斬り似蔵が担ったのと同じか、それ以上の力を発揮していた。
  本部が武器というものを扱うのに長けている以上に、環境が良すぎる、というのが理由だろう。

  相手は夜兎、それも、その中でも限りなく最強に近いだろう戦闘の鬼だ。
  彼に付いて行くには、生半可な力ではいけない。
  如何に対戦艦を謳う兵器であろうと、半端では逆にへし折られる。
  信じ難いが、これが現実なのだ。春雨の雷槍は、妖刀よりも遥かに強い。
  熱を増し、加速する戦場に適合するために、紅桜は更に更にと力を増し、成長していく。
  ……代わりに、本部以蔵の精神を、通常の数倍の速度で蝕みながら。
  正しくこれは、捨て身の奥義に違いなかった。
  本部の了解など得ず、ただ力だけを供給し続ける――怪物。寄生生物。

  それでもなお圧倒されていない神威は、もはや規格外の言葉ですら生温い。
  紅桜の攻撃は速度も威力も増している。通常の侍ならば、一太刀すら見切れないほどにだ。
  では何故神威が反応できているのかといえば、並外れた動体視力。
  そして、本能的な反射神経の最大活用であった。
  敵の攻撃を見極めるよりも速く動き、動いてから見極めて避ける。謂わば、必ず先手を取る。
  語る分には簡単だが、実践できる者など殆ど居ないであろうそれを見事、確実にこなしている。
  それが、神威の強さの秘密であり、この戦いの正体とでも呼ぶべきものだ。


467 : 憧憬ライアニズム Tonitrus ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:01:52 5pZHswHs0

  地下闘技場の内部は、もはや爆発事故でも起きたのかという有様になっていた。
  観客席もリングも関係なく繰り広げられる戦いで、場内は大破状態。
  これでもなお戦いの勢いとしては途上だというのだから恐ろしい。
  少なくとも紅桜の、巨大な戦艦すら文字通り両断してしまえるだけの力が十全に発揮されれば、間違いなくこれだけでは済まないだろう。
  当然神威もそれに合わせて戦闘範囲を広げるため、この闘技場に倒壊以外の未来はない。

  神威が飛んで、本部が追う。
  空中で火花を散らす両者の戦いは、もはやグラップラーとすら言い難い。
  限度を知らず過熱していく殺し合いの中で、神威も、幾つかの小さな傷を負いつつあった。
  ……この期に及んでやっと、小さな傷を、である。

 (ちったぁ、限度ってもんを知ってくれよ……ッ)

  本部がそう思ってしまったのも、無理のないことだろう。
  既にどれだけの時間戦っているのかすら分からない。
  体力は幸いまだ有り余っているが、肉体の、謂わば耐久値とでも呼ぶべきものはそうではない。

  神威は本部の一刀で吹き飛ばされたかと思いきや、その先にあった壁を蹴ることで再び追い付いてきた。
  これにはさしも本部も瞠目し、対応が遅れる。
  痛烈な蹴り上げが彼の体を折り曲げ、天井に衝突させる――寸前、紅桜を振るって天井を破壊し、背中に受けるダメージはどうにか無効化した。
  その時の斬撃が地上にまで届き、上階部の屋根まで突き抜けたのを、本部は知らない。
  神威のように、天井や壁を足場にして戦うような超人芸は出来ない。
  本来であれば、こうして空中戦紛いの真似をすることさえ、本部には不可能だったろう。
  それを可能としているのは、紅桜というただ一本の刀だ。
  これがなければ本部は、これまでの時点でも既に少なく見積もって三回は死んでいる。

  もはや落下することに躊躇ってはいられない。
  変わらない笑顔で迎え撃たんとする神威に一撃当てること、それだけを考え腐心する。
  落下の衝撃を紅桜の刀身を突き立てることで緩和、地面に神威よろしくクレーターを作りながら、ぶおんと盛大な音を伴って刀を振るった。
  神威の腕に、余波のみで裂傷が走る。
  だが傷の対価として、神威は本部への接近を果たすことに成功していた。
  ぎゅおおんという、およそ人体からは決して鳴らないような音と共に放たれた回し蹴り。

 「おっ」

  驚きの声をあげたのは、神威の方だった。
  人体を軽々吹き飛ばす威力を秘めた蹴りを、本部は紅桜の刀身を盾代わりにして衝撃を殺しつつ、右腕を覆う触手で受け止めてみせたのだ。
  無論彼に通ったダメージも少なくないが、このくらいは必要経費というもの。
  それから神威の胸倉を掴めば、本部は今度こそ、柔術の要領で彼を地面へと叩き付けた。
  渾身の入りだ。神威の額から、一筋の血が流れ落ちる。

  しかして、神威も只ではやられない。
  胸倉を掴まれた時点でこれからどうなるのかは読んでいたために、対処は容易であった。
  受け身も取れず硬い床に叩き付けられたのだから無傷では済まないが、此処での対処とは、そこからの立て直し方の話だ。
  投げ終え、本部が自身の衣服から手を離した直後に、その腕を掴み返す。
  柔術家として経験したことのある場面ではあったものの、相手が相手だ。これまでのセオリーなど、通じる方が珍しい。


468 : 憧憬ライアニズム Tonitrus ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:02:15 5pZHswHs0

 「ぐううッッ……!!」

  本部の内臓の幾つかを間違いなく潰したのは、神威の強烈な膝蹴り。
  本部以蔵ほどの男をして、内容物を全て吐き出し、その場へ蹲りたくなるほどの衝撃だった。
  今頃体内では内出血が起き、本当ならすぐにでも病院へ搬送しなければならない有様が展開されているだろうことは想像に難くない。
  されど、と、本部は膝を突きながらも倒れることだけは堪えた。
  吐血の量はこれまで以上に増えていたが、自分の体のことを案じている暇すら、もはやない。
  追撃の日傘が振り下ろされる。紅桜で止めるには間に合わないと判断し、転がっての回避。
  その時、腹に響いた鋭い激痛に、本部は皺の目立つ顔をぐしゃりと歪める。
  明らかに、内臓が危険信号を訴えている痛みだった。

 (……こいつぁ、ちと急がなきゃあならねェかもしれんな)

  本部のそんな思考を読み取り、呼応するように。
  右腕から胴の半分ほどまでを呑み込んだ紅桜が、怪しく蠢いた。


469 : 憧憬ライアニズム Daydream ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:03:10 5pZHswHs0



  坂田銀時。
  絢瀬絵里。
  二人は、会場を南下し、放送局へ向かおうとしていた。
  放送局に着いたなら、やるべきこと、やってみたいことは沢山ある。
  何しろ会場で恐らく唯一の、広域に放送を行うことが出来る施設なのだ。
  これを有効活用しない手はない――尤も、聞く相手を選べないという欠点も存在するのだが。
  放送を聞き付けた良からぬ者が、放送局の地を舌舐めずりしながらやって来ない保証はない。
  その辺りは気を付けなければな、と、銀時は歩きながらそう思っていた。

  一方の絵里は、地図を表示して放送局までの道のりをもう一度確認する。
  そう複雑なマップではないが、こういう時こそ念には念を入れなければならない。
  何せ、時間は無限ではないのだ。
  ほんの些細なミスが致命的な出遅れに繋がることもままあるのが、このデスゲームである。
  ……とはいったものの、流石にそれは警戒しすぎというもの。
  目指す放送局はこのままずっと道を進んで行き、橋を通り過ぎてすぐの場所。
  どんな方向音痴な人物でも、この道を間違えはしないだろう。……多分。

  会話がある内はいいが、会話が途切れてくると、途端に要らない感情が湧き上がってくる。
  意図しないとはいえ、睡眠を取ったことで精神状態がある程度回復した絵里。
  仲間の死を受け入れられていない、というようなことは、少なくとももうない。
  彼女が心配に思うのは、別れて久しい、あの少女のことだった。

  結城友奈。
  夏凛の放送を聞くに、恐らく、犬吠埼風は『クロ』だ。
  勇者の力を持った者同士がぶつかり合えば、まず間違いなく、剣呑な事態は避けられない。
  友奈を信じると決めてはいても、やはり、心配をするなというのは無理な話。
  彼女の安否を知る手段が現状次の放送を待つ以外にないのが、絵里には皮肉に感じられた。
  
 「……銀さん?」

  思考が悪循環に陥りかけた時、それを止めたのは銀時だ。
  二人はこれまでずっと並んで歩いていたのだが、ふと気が付くと、銀時が後ろの方で足を止めてしまっているのだ。
  絵里が訝しげに振り向くと、銀時は自分の顔の前で人差し指を一本立てる。
  静かにしろの合図だと、子供でも分かる。

 「どうしたの?」
 「何か、聞こえねえか。足音……にしちゃあかなり速え。誰かが走ってるような音だ」

  言われた通りに耳を澄ませてみると――確かに聞こえる。
  ような、ではなく、実際にこれは誰かが走っているのだろう。
  それもかなり急いで。全力疾走と呼んでいいペースで、爆走しているらしい。
  音は次第に遠ざかって行く。銀時と絵里は、そこでお互いに顔を見合わせた。


470 : 憧憬ライアニズム Daydream ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:04:12 5pZHswHs0
  
 「……どうする?」
 「誰かおっかねえ奴に追い回されてんのか、それとも急ぎの用事でもあるのか……けどま、追い付くのはちと厳しそうだねえ」
  
  後者ならばともかく、前者なら事態は一刻を争う。
  とはいえ今の銀時達には、放送局へ向かうという目的があるのだ。
  『かもしれない』という可能性だけを頼りに行動し、時間を悪戯に浪費するのは、あまり賢い立ち回り方とは言えまい。
  追うか、それとも追うまいか。
  悩みどころではあったが、二人は結局追わないことを選択した。
  足音の主の無事を祈りながら、再び目的地へと歩を進め始めようとした、まさにその時だ。

  目立つ明るい色をした、アフロ頭の青年が息を切らして走ってきたのは。

 「ちっくしょう、あの女、どっち行きやがった……!」

  どうやら彼は、誰かを探しているらしかった。
  誰かを、と言っても、この場合候補は一人に絞られる。
  銀時と絵里が聞いた足音。
  大層急いでいる様子であった、あの足音の主を、このアフロ頭は追っているようであった。

 「……なんだか愉快な頭した奴がやって来たな」
 「しっ、失礼よ銀さん。それに銀さんの天パ頭だって、見ようによっては相当」
 「いやいや、あれと一緒にされるのは流石に銀さん心外だよ〜絵里さん。いや絵里ザベスさん」
 「だから誰が絵里ザベスよ! 変な呼び方しないで!!」

  漫才じみたやり取りを交わす二人を、この状況で見つけるなという方が無理な話だ。
  駆け寄ってくるファバロを指差、「ほら来ちゃったじゃん。アフロくんお怒りだよ〜絵里ちゃん。銀さん知らないからね」とヒソヒソする銀時。

 「アフロアフロうるせえぇ! そっちの嬢ちゃんの言う通りな、アンタの天パも相当……って、こんな話してる場合じゃないんだよ!!」
 「こんな話って言った? 今人の髪型をバカにしかけてこんな話って言ったよね君?」
 「話が進まないわ、黙ってて銀さん」
 「あぁぁッ、もうッ!!」

  何だこいつら! と言わんばかりに頭をワシャワシャ掻いて、ファバロは口を開く。
  銀時と絵里が呑気なやり取りを交わしていられたのは、この時までだ。
  彼の口から飛び出した台詞を耳に入れた瞬間、普段通りのムードは一瞬で凍り付く。

 「神楽っていう、片言喋りの変な女! 今だけに限りゃあ目がイッちゃってる奴! アンタら見てねえか!?」
 「……えっ」

  絵里は思わず、銀時の顔を見る。
  彼は普段通りの表情のままだったが、目の色は、明らかに先程までと違っていた。
  このどこか気の抜けたような侍が時折見せる、真剣な目。今の彼は、その目をしていた。
  ボリボリと天然パーマの頭を掻きながら、銀時は欠伸を一つ、する。


471 : 憧憬ライアニズム Daydream ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:04:56 5pZHswHs0
  
 「……ウチの神楽ちゃんがどうかしたのかい」
 「おたくの知り合いか、なら話は早え。さっき、殺し合いに乗った奴と一悶着あってな……揉めてる内に急に人が変わったようになって、北の方向に一人で突っ走って行きやがったんだよ!
  リ……その乗った奴も、暴走した神楽に殺されちまった。今のあいつを放っといたら、どうなるか分かったもんじゃねえぞ!!」
 
  銀時はそれを聞くと、はあ、と溜息を一つついた。
  それから彼の目は、海の向こうに広がる空へと向かう。
  ファバロは何してんだ、と急かしていたが、その言葉も彼の耳には入っていなかった。
  神楽の暴走。
  殺し合いに乗っている相手とはいえ、青年の言によれば、彼女は此処で人を殺したらしい。
  おまけに、今はその暴走状態で会場内を駆け回っているという。
  これを聞いて溜息の一つもつくなという方が、無理な話であった。

 「なぁにやってんだか、あの子は……」

  アフロ頭の青年――ファバロ・レオーネよりも、銀時の方が当然神楽のことをよく知っている。
  制御の効かなくなった彼女(夜兎)が、どれほど恐ろしい存在であるかも当然、知っている。
  今度ばかりは、あいつを信じている、で済む問題ではない。
  銀時は振り返って、絵里に視線を合わせた。

 「悪いな絵里、俺ぁちと野暮用が――」
 「私も行く」

  最後まで言い終わるのを待たずに、絵里は食い気味にそう言った。
  以心伝心というほどの間柄でなくたって、彼が言おうとしたことは分かる。
  俺は野暮用が出来たから、先に放送局へ行って待っていてくれ。
  彼はきっとそう言おうとしたのだろうと絵里は思ったし、事実、その通りだった。
  銀時は参ったね、と目を閉じ苦笑い。頭をもう一度掻いて、口を開く。

 「……そうかい。なら、好きにしな」

  こういう相手は、言い出したら聞かないと銀時は知っている。
  だから彼は敢えて、好きにしろと言った。
  人間は時々、理屈を外れた行動や言動をする生き物だ。
  この時の絵里が、まさにそれだ。
  彼女は最適解よりも、明らかに無茶をしようとしているこの同行者をどうにか手助けしたいと、そう思い、行動することにした。

 「神楽が行ったのは、多分あっちの方だ。あいつは体力馬鹿だから、急がないと間に合わねえ」
   
  そうしてファバロ、絵里、万事屋銀ちゃんが店主、坂田銀時は、神楽を追って北上する。
  ファバロがジャンヌの知り合いの一人だということは、自己紹介をした時に銀時たちを結構驚かせた。

  一人は、助けられた恩に(一応)報いるために。
  一人は、ずっと行動を共にしてきた彼を見守るために。
  そして最後の一人は――家族も同然の馬鹿娘に、ゲンコツを入れるために。


472 : 憧憬ライアニズム Daydream ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:05:49 5pZHswHs0



  チャイナ服に可愛らしいお団子頭の少女が、全身傷だらけで爆走していた。
  その目は完全に正気を失っており、今の彼女は、まさしく夜兎の本能のみで行動している。
  本能に基づいて、などという高尚なものではない。
  彼女は今、自らの本能に呑まれているのだ。
  戦闘民族、宇宙最強の兎達の持つ野生とも呼ぶべき、原初の本能に。
  声にならない叫びをあげながら、彼女は疾走する。

  ファバロから逃げるように。
  目的もなく、獣のように闇雲に。
  自分の大事な仲間である、銀髪の侍がすぐ側に居たことになど気付く筈もなく、ただ走る。
 
  夜兎の本能が何を求めているのか。
  言うまでもない。
  戦いだ。
  血の抑制が効かなくなった兎は、獰猛に戦いを欲して歩き回る。
  その様は、まさに狂気としか言い表しようのないものであった。
  神楽を見たファバロは怯えた目をしたが、そう、その反応こそが最も正しい。

  夜兎はそのあまりの強さ故に、常に怯えられ、恐れられてきた種族だ。
  強すぎるがために多くの夜兎が命を落とし、今では種族そのものが絶滅の危機に瀕している。
  神楽は声にならない叫びをあげて、ただ会場を北上していく。
  途中、一人の無力な少女とすれ違ったことすら気付かずに、ただ北へ。北へ。
  そうして進んでいて、ある建物の真横を通り過ぎようとした時だ。
  彼女は見た。建物の屋根が、建物内からの攻撃によって轟音とともに割れる瞬間を。

  途端、北へ北へと進んでいた足が止まり。
  その爪先が、件の建物へと向かう。
  扉など使わない。
  壁ごと蹴破って中へ踏み入ると、内部では常に激しい戦闘音が響き続けていた。
  音のする方へと足を進めていくと、程なくして、地下へと降りる道を発見する。
  にぃぃ、と、彼女の唇が引き裂くように吊り上がった。
  再びの爆走。戦闘の下へと、我を失った夜兎が駆ける。

  ――そうして駆け付けた先では、見覚えのある刀を振るう爺と、見覚えのある髪色とアホ毛、そして笑顔の青年が戦っていた。

  重ねて言うが、今の神楽は暴走状態にある。
  理性など無いに等しく、自分の本能だけを寄る辺に戦っている状態だ。
  にも関わらず。
  神楽はその青年を見た瞬間、時が止まったように動かなくなった。
  何秒、そうしていただろうか。
  やがて足は動き出す――刀の爺には目もくれず、覚えのある、忘れることなど絶対に出来ない男の方へと。


  目と目が合った。
  それが、合図だった。
  神楽はその本能を全開に発露させ――――兄・神威へと突撃する。


473 : 憧憬ライアニズム Daydream ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:07:05 5pZHswHs0




 「な、何だッ」

  本部にしてみれば、本当に唐突で、意味の分からない出来事だった。
  地下闘技場の壁を突き破るようにして現れた、神威と同じ色の髪を持ったチャイナ服の少女。
  見た目こそ可愛らしいものだが、本部には分かる。この少女は、正気を失っていると。
  幸いなのは、どういうわけかその矛先が、神威のみに向けられていることだ。

 「これだけ派手にやってれば、血気盛んな奴の一人や二人は来ると思ってたけど……まさかお前とはね、神楽」

  その言葉を聞いた時、本部は二人の関係を理解したが、それに感想を抱く暇はなかった。
  何の装備も持たない徒手空拳で神威へと飛び掛かるや否や、破城槌もかくやといった勢いで鉄拳を振り落としたからだ。
  神威はそれを己の掌で受け止めるが、それがどうしたとばかりに神楽は拳撃を連打していく。
  地球に住んでいる限りまず見られないだろう、自然災害がせめぎ合っているような光景だった。
  仮にただの人間をあの応酬の間に放り込んだなら、二秒と待たずに悲惨な挽肉が出来上がろう。
  神楽の一際力の籠もった拳が、兄の鼻先を掠める。
  その返礼に、神威の重い拳が、妹の頬を思い切り横殴りにした。
  折れた歯が口から飛び出、錐揉み回転しながら崩れた床に神楽の体が墜落する。
  しかしそれで死ぬなら夜兎ではない。ぐぐ、と起き上がり、神楽は神威を睥睨した。

 「出来の悪い妹だとは常々思ってたけど、まさかこんな所で会うことになるとはね。
  ――ま、これも腐れ縁……血の鎖ってやつだろう」

  意味を成さない叫びをあげ、神楽は再度跳躍、神威へと突貫した。
  再び同じ流れが繰り返される。妹の拳を兄は防ぎ、目にも留まらぬ拳と拳の肉体会話。
  人型をした生物の肉体同士が火花を散らすというのは、何とも異様な光景だ。
  神威の日傘が神楽を横薙ぎに吹き飛ばし、そこで彼は僅かな驚きを見せる。

 「卑怯とは言うんじゃねェぞ」

  蚊帳の外に置かれていた本部以蔵。
  紅桜を宿した守護者が、神楽の姿が神威の眼前から消えるのとほぼ同時に姿を現したからだ。
  何とも彼らしい、戦場にあるあらゆる要素を用いた戦い方だった。当然神威も、それを卑怯と謗るような真似はしない。
  バック宙を決めて後退しつつ紅桜の斬撃を回避、それから日傘を槍代わりにしての接近。
  フェンシングの達人が泣いて逃げ出すような速度の連打で、本部を一転防御へ徹させる。
  彼を救ったのは、狂える妹の夜兎だった。
  鋭く重い蹴りの一撃でもって、本部に日傘の石突が到達する直前に、神威を大きく蹌踉めかせたのだ。

 「うるさい奴だ」

  二対一の状況で、明らかな不利を被っている筈の神威。
  だというのに、彼の堂々たる戦いぶりはまるでそんな不利を感じさせない。
  体勢を立て直すついでに神楽と本部の双方にいっぺんに足払いを掛け、立ち上がるのと同時に二人を地面へ頭から叩き付ける。
  本部の脇腹を日傘が貫き、神威の腹を爪先が打ち据えた。
  二人がそれぞれ真逆の方向に転がっていく姿は、どこか喜劇じみてすらいる。

  痛みなどないと言わんばかりに、神楽は口許から血を流しながらも再度神威へ肉薄する。
  その頭を神威は軽々と鷲掴みにし、日傘を空へ放り投げ、空いた拳で腹を打ち抜く。
  神楽の悶絶を確認してからひょいと飛び上がり、傘を回収して本部の攻撃へと対処。
  鮮やか過ぎる手際に息を呑む本部を軽くあしらい、再び彼を防戦一方にまで追い込んだ。
  だが本部もやられてばかりの雑魚ではない。
  敢えて紅桜を地面に向けて振るうことで足元を破壊し、神威の姿勢を崩させることで、強引にその状況を打破してみせた。


474 : 憧憬ライアニズム Daydream ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:08:06 5pZHswHs0

  そしてこうなれば、不利に立たされるのは神威だ。
  至近距離からの紅桜の一閃を已む無く日傘で防御するが、あまりの威力に彼は遠く離れた壁にまで、一直線に宙を舞うこととなった。
  得物は幸い壊れてはいなかったものの、やはり軋む音はした。
  何度も今のようなことを繰り返すのは、間違いなく危険だ。

 「少しはマシになったかと思ったら、何だよ、そのザマはさ」

  愚直に向かってくる神楽の表情は、歪な笑顔を浮かべている。
  どんな豪傑でも尻尾を巻いて逃げ出すようなその狂気に、しかし神威は呆れたように笑うだけ。
  夜兎の本能を解放し、余計な感情の縛りから解き放たれている神楽。
  なのに、神威はそんな彼女を完全に圧倒していた。
  兄妹の事情を知る由もない本部ですら、分かる。この勝負、どちらが勝つかは明白だ。

 「どけよ、馬鹿」

  路傍に転がる空き缶でも蹴り飛ばすような気軽さで、神楽の顔面を蹴り飛ばす。
  倒れずに持ち堪えて神楽は兄の顔面へ一撃入れるが、口の中を少し切る程度の痛手しか与えることが出来なかった。
  その首が、掴まれる。ひょいと空中へ擲てば、彼女の腹を、日傘の一撃が穿っていた。
  貫通にこそ至らなかったものの、神楽は盛大に喀血して天井まで飛ばされ、鈍い音を立てて激突する。

 「悪いね、俺の身内が煩くて。
  でも見ての通り、別に支障はないからさ。遠慮なく来てくれていいよ」
 「……成程な」

  制御を失った列車のように暴れ狂う神楽を一蹴し、苦もなく言ってのける神威は流石というべきだったが、本部はまた別の事に気付いていた。
  本部と戦っている時に神威が見せる戦い方は、正真正銘、戦いに狂ったジャンキーのものだ。
  次元違いの戦闘センスを遺憾なく発揮して敵を叩き潰す、世にも恐ろしき、過激なものだ。
  だが一方で、あの神楽という少女に対して繰り出す拳や足には、私情が混じっている。
  形容しがたい感情の渦が貼り付けた笑顔の裏にあるのを、本部は見逃さなかった。

  神威にとっての神楽とは、何なのか。
  兄にとっての妹は、どんな意味を持つのか。

 「あの子が、あんたの守護るべき家族かい。神威さんよ」
 「…………」

  空気が凍るような、しんとした静寂が満ちる。
  直に神楽も、戦線へ復帰するだろう。
  こうして言葉を交わしていられる時間も、恐らく長くはない筈だ。

 「興醒めだな。そんな風に年季を重ねると、戯言ばかり上手くなるのかい?」
 「あの子と戦う時だけは、あんたの拳には感情が宿る。喜び以外の感情が、だ。この本部の目は誤魔化せねェ」

  本部の言葉に対して神威が見せたのは、激怒や苛立ちではない。
  彼は、失笑した。
  本部以蔵の吐いた言葉を戯言と侮蔑し、滑稽なものだと嘲笑っていた。
  本部はそうされてもなお表情を動かすことなく、かと言って、何かを語ろうともしない。
  神威の言葉を待っているかのようであった。
  紅桜に体も心も蝕まれ、今も理性を喪失する瀬戸際を歩いている者とは思えない、堂々たる立ち姿で。
  それに呆れたように、神威はようやく口を開く。


475 : 憧憬ライアニズム Daydream ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:09:25 5pZHswHs0

 「違うよ」

  そう言うと同時に、本部の頭上を飛び越えるようにして、復帰した神楽が現れる。

  両の掌を組み合わせ振り下ろす打撃は、単純だがそれだけに高い威力を秘めたものだ。
  それすらも神威は、己の肉体で軽々と受け止めてしまう。
  神楽は文字通り全霊の力でそれを押し破ろうとするが、その試みは無駄に終わっていた。
  握り締めた彼女の腕から、軋むような音がする。
  神威の手は、彼らしくもなく、血管が浮き出るほど強く力を込めていた。

 「仮にこの俺が、家族なんてものに情緒を感じるような腑抜けだったとしようか」

  やめろと叫んで斬りかかる本部の一刀は、咄嗟のものだったために容易に避けられた。
  掴まれたままの神楽の両腕が、血液が集中したために赤くなっていく。
  漏れ出す嫌な音は次第に大きくなり始めていた。
  それでも、神威は止めない。
  止める理由がないのだ、彼には。
  
 「だとしたら、これはその家族とやらの枠組みには入らないな。自分の血に呑まれて我を失い、ただ暴れるだけの夜兎(ケモノ)なんかはさ」

  次の瞬間神威は、掴んだ神楽の両腕を、握り潰した。
  肉ごと骨を断たれた神楽はそれでも、その狂気に満ちた顔をやめない。
  肘先の半分ほどから先を失って、壊れたスプリンクラーのように血液を撒き散らしているにも関わらず、気にも留めていないかのよう。
  神威に同調する訳ではないが、本部も、獣というワードが脳裏を過ぎった。
  この少女は、本能のみで戦っている。
  もとい、本能に支配されてしまっている。
  それでも兄以外は眼中にも入れていない辺り、大元となる意思自体は残っているのだろうが。

 「それと、本部さん。アンタも余所見してる暇なんてないんじゃないかな?」
 
  神楽の様子にばかり注目していた本部は、その言葉にハッとなる。
  彼が行動を起こすよりも先に、その太腿を投擲された日傘が貫いていた。
  大腿骨を貫いて向こう側まで突き抜けている――恐らく一生後遺症が残るだろう、大怪我だ。
  傘が抜かれると猛烈な激痛が襲うが、紅桜は彼の意思に反して動く。
  神威の首を刎ねんとした一撃は皮一枚を切り裂くに留まり、離脱がてらの蹴撃で、本部は肋骨を数本粉砕された。

 「せっかく二人がかりなんだ。もっと本気でかかって来てくれなくちゃ、張り合いがない」

  神威の挑発じみた台詞に反応するように、紅桜が強く、本部以蔵の体を突き動かす。
  もはや紅桜の支配は、彼の意志力を持ってしても抗いがたい程のものとなっていた。
  その分発揮できる力も増していくが、それを喜ばしいこととは言えないだろう。


476 : 憧憬ライアニズム Daydream ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:10:07 5pZHswHs0

 「うおおぉぉぉぉぉッッッッ!?」

  体が勝手に動く。
  目を飛び出さんばかりに見開いて、本部は神威に斬りかかった。
  一度刀を振るうごとに、見慣れた闘技場の景色が変貌していく。
  神威の髪の毛が数本、千切れて宙に舞った。
  左の耳たぶが切り裂かれて地面に落ちる。
  お返しとばかりに見舞う打撃は、一発一発が慣れるということのできない衝撃を帯びていた。

 (こりゃ、いよいよ永くはないかな……) 

  そんな本部の様子を観察しながら、神威は彼の有様をそう評した。
  さぞかし意思の強い優秀なファイターだったのだろうが、禁断の力に手を出したのが運の尽き。
  紅桜を握ったからにはもう、その末路は決まっている。

 「しょうがない。せめて、その前に殺してあげよう」

  ザッと一歩を踏み出した神威だったが、彼は本部以蔵へ追撃することは出来なかった。
  背後から、両腕を失ってもなお、果敢に突撃してくる存在があったからだ。
  笑顔のまま振り返り、体当たりをいなして、背中の真ん中を踏み付け地面に縫い止める。
  そのまま足を振り上げては下ろす。下ろす。下ろす。下ろす。踏み潰す。
  神楽の骨が砕け、大量の血を吐いた。
  本部の横槍によって止められはしたが、如何に夜兎とはいえ、動くこともままならない傷を負ったことには違いない。

 「ああぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!」

  それでも神楽は、血だらけになりながら立ち上がって、また神威へ喰らい付こうとする。
  今度は相手にもされず躱され、その体は盛大に転倒、破壊されて凸凹になった床を転がった。

 「――――――――!!!!」

  声にならない咆哮と共に斬りかかるは、七割ほどは剣鬼と化した本部以蔵だ。
  紅桜を装備した今、全参加者の中でも有数の戦闘能力を有している筈の彼はしかし、力の増幅に比例してその狂気をも増幅させていた。
  今でこそ彼は神威のみを狙っているが、その見境が消えるまでは、そう遠くないだろう。
  驚くべきはこれだけのことをしてもまだ、神威に届かないということである。

  理性というものを殆どかなぐり捨てた二人を、笑顔のままで相手取る美青年。
  さながらこれは、人間を牛に見立てた闘牛場のようだった。
  赤い布の代わりに日傘を携えた闘牛士が、二匹の獣を翻弄し、疲弊させていく。
  神威に全く疲弊の色が見えない理由は、やはり夜兎族の生まれが原因だ。
  夜兎は戦闘民族。最強の戦鬼達を相手に、粘り勝ちするなど逆立ちしても不可能である。

  刀が振るわれる。
  突進からの蹴撃が、神威を見舞う。
  それらを軽々避けながら、負傷は僅かに留め、それでいてきっちりお返しはしていく。
 
 「頑張るねえ」

  神楽の表情から、笑顔が消えたのは何時からだったろう。
  神威も本部も、当の彼女自身も、きっと意識していなかったに違いない。
  地下闘技場建設以来、間違いなく最高峰の乱戦。
  もうそろそろ誰かが脱落してもおかしくない戦いぶりだったが、未だ戦士たちは健在だ。
  しかし、この中で誰が最も早く落ちるかといえば、その答えは明らかであった。
  いつしか地下闘技場には、真夏のような熱気が立ち込め始めていた。


477 : 憧憬ライアニズム Daydream ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:11:13 5pZHswHs0

 「やっぱり馬鹿な妹だよ、お前は」
 「……馬鹿なのは、お前の方アル……!!」

  神威の顔から、笑顔が消えた。
  それは、驚きのためだった。
  夜兎の血に呑まれ、完全に暴走していた筈の神楽。
  その彼女が、突如として、意味の通る言葉を口にした。
  血の支配を自力で破り、全身を苛む激痛も全て無視して、彼女は神威へ迫る。
  らしくもない一瞬の遅れが、いけなかった。
  拳骨に似た痛烈な一打を振り下ろし、それは神楽の髪飾りを破壊しながら頭蓋を打ち据えたが、それで彼女は止まらない。
  鬼のような形相をしながら、神威の懐へ到達する。

 「お前は、本当に……ッ」

  殴る腕はない。
  足では、足りない。
  この思いの丈をぶつけるのに、明らかに役者不足だ。
  だから神楽は思い切り上半身を後ろに反らし、そのまま、勢いよく跳ね起こした。

 「――どうしようもねえ、バカ兄貴ネ!!」

  神楽の額が、神威の額に吸い込まれるように激突し、彼の体を地面へ転がらせる。
  初めて入った、痛手らしい痛手だった。
  神楽の思いの丈を全て込めた一撃なのだ。
  如何に神威といえども、痛くないはずがない。
  いや――或いは。彼だからこそ、痛いのか。

 「ぐっ、この……」

  落ちてくる靴底を手で掴み取り、そのまま力任せに彼女をスイング。
  天井のライト目掛け思い切り投げ付け、再び硝子のシャワーを場内に降り注がせた。
  神楽の背中は当然、硝子片の洗礼によってズタズタになるが、彼女は気にも留めない。
  落下しながら繰り出すのは、奇しくも兄の彼も先程使用した、突き穿つようなドロップキック。

 「神威ィィィィィィ!!!」

  それを迎撃するのは、対空砲の如き鋭さと勢いで放たれる、神威の拳だ。
  ビリビリとした衝撃波が靴底と拳の衝突点を起点に生じ、その勢いだけで粉塵が巻き上がる。
  決着は痛み分けだ。神威も神楽も後ろに吹き飛び、神威には紅桜が襲い掛かる。
  しかし、本部以蔵は強烈な突進を横っ腹に浴びたことで、何度目かの転倒をする羽目になった。
  攻撃の主は、神楽。本来彼と味方である筈の、夜兎の少女だ。

 「邪魔すんなァァァァァ!!!」

  咆哮しながら、神楽は兄の顔面目掛けて足を振るう。
  回避されても諦めずに、当たるまで、何度も何度も同じことをする。
  神楽の足技が命中するよりも早く、日傘がその靴ごと、彼女の足を貫いた。
  纏流子に貫かれた傷を丁度広げるように刺されたものだから、その激痛は非常に大きい。
  それでも、まだ神楽は止まらない。突進で神威の体を揺るがし、腹に膝を入れる。
  ――が。


478 : 憧憬ライアニズム Daydream ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:12:13 5pZHswHs0

 「甘いよ」
 
  それは読んでいたとばかりに、神威は引き裂くように笑った。
  膝先に感触がない。彼は衝突の瞬間に体を引き、接触そのものを避けたのだ。
  攻撃した側の神楽ですら、当たったと勘違いしてしまうほどの正確な動作で、彼女を騙した!
  神威の振るう拳が、神楽の顔を真正面から打つ。
  鼻血と口からの出血が更に激しくなる。脳震盪も、当然生じる。

 「こんな、もんかヨ」

  それでも、神楽は倒れない。
  血だるまのような有様になっても、倒れない。
  ――何故なら決めていたからだ。
  殺し合いに乗っているであろうこのバカ兄貴を、自分が何としても止めてやると。

 「こんな、モンで――」

  その形相は鬼を通り越し、修羅の域にさえ足を踏み入れていた。
  大気を震わす怒声が、彼女の思いの大きさを物語る。

 「こんなモンで、倒れるかァァァァァァァ!!!!」
 
  血と唾液の混じった糸を口端から垂らしながら、神楽は吠える。
  魂を燃やして原動力に変えていると説明しても誰も笑わないほど、その姿は鮮烈であった。
  鮮血に塗れて、烈(はげ)しく吠える。
  夜兎といえど無視できないような傷を幾つも負いながら、その全てに毛ほども頓着していない。
  兄妹の戦いを、理性の侵食に耐えながら観測する本部には分かる。
  彼女を突き動かしているのは理屈でも、ましてや血塗れの本能でもない。
  ――全て、沸騰するように熱い、彼女自身の意思だ。
  意思の力だけで、彼女は行動している。
  たとえ味方であろうが邪魔だと断じ、自分の手で、神威を止めようと燃え上がっている。

  実際に、神楽の出血は危険域に達しつつあった。
  腹に穴を穿たれ、両腕を潰され、纏流子との戦闘で流した分の血もある。
  いつ倒れてもおかしくない瀬戸際で、奇跡のような力を発揮して、彼女は戦っていた。
  全ては、そう。あの日分かたれた家族の絆を、もう一度取り戻すために。


  あの雨の日に落としたものを、大きくなったこの手で、拾い上げるために!


479 : 憧憬ライアニズム Daydream ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:12:53 5pZHswHs0


 「神威ィィィィィ!!!!」

  目視することが困難なほどの攻防の繰り返しは、まさしく人外同士の決戦と言う他ない。
  夜兎の兄妹。
  宇宙最強の掃除屋と恐れられる男と、その彼にさえ、本能的な恐怖を覚えさせたという女傑の血を引く二人が、拳を足を肉体を次々交錯させる。

  それでも実力の差は歴然だった。
  戦えば戦うほど、神楽の傷ばかりが増えていく。
  神威の方は、明らかに神楽に比べて傷の量が少ない。
  どちらが優勢かなど、疑うべくもないほどにだ。
  そしてとうとう、神楽の奮戦を終わらせるような、重い一撃が飛んだ。

 「ごは……ッ」

  喉笛を潰す勢いで着弾した、首への打撃。
  神楽は激しく吐血し、猫背になった所を、神威の蹴り上げで追い打たれた。
  仰向けに倒れ伏した体は、もうぴくりとも動かない。
  視界すら霞み始めている。
  もし目を閉じれば意識がすぐにでも落ちるのだろうが、それが気絶なのか永遠の眠りなのか、神楽にはちょっと判別が付かない。

  そのことが、彼女を動かした。消えた筈の灯火を、再点火した。
  熱を通り越して寒さすら感じながら、神楽はまた立ち上がる。
  肩どころか全身で息をするような有様は、見ている側が気の毒になってくる程だった。
  ――それでも、それでも。神楽は死なない。神楽は倒れない。負けない、諦めない!!

 「そんな顔、してんじゃねーヨ。似合わねーぞ、バカ兄貴……」

  そう言われた時――初めて、神威は自分の顔からも笑顔が消えていることに気付いた。
  湧き上がる感情はいつしかなくなっている。喜びも怒りも悲しみも、何もない。
  ただ、目を逸らせなかった。血袋同然の姿になりながら、立つことを止めない妹の姿から。

 「……鬱陶しいな、お前は」

  神威が口にした言葉は、それだけだった。
  神楽も、それでよかった。
  多く語らって、説教じみた真似をするのは、自分には似合わないと分かっている。
  
 「お前は、私が止める」
 「やってみなよ」
 「言われなくても……」

  カッ、と、神楽が目を見開いた。
  充血して真っ赤になった双眼を見開いた。
  それが、最後の合図だ。

 「――やってやる、アル!!」


480 : 憧憬ライアニズム Daydream ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:13:43 5pZHswHs0

  神楽が、地面を蹴った。
  彼女は、思い出す。
  あの日から今日の日に至るまでにあった色んなこと。
  嬉しかったこと、腹が立ったこと、悲しかったこと、楽しかったこと、全て。
  これからバカ兄貴に叩き込む一発に込めてやるために、あらゆる感情を、思いを呼び起こす。
  
  神威は一歩も動かずに、それを見ていた。
  余裕のつもりかと、神楽は心中で唾を吐き捨てる。
  けれどそのくらいでいいとも思った。
  こいつには、そういうのが似合う。
  どうしようもないバカなら、最後までバカらしくしてればいいと、神楽はそう自分を納得させることにした。
  
  神威を連れ戻したら、やることは山積みだ。
  リベンジしたい相手もいる。
  繭の奴は、絶対に倒す。
  では帰ったら、どうしようか。
  戻ってこないものが無数にある。
  それでも、守れたものを大事にしよう。
  大事に抱いて、生きていこう。

  込めた思いは幾星霜。
  夢に見るのは憧憬。
  そして憧れは、真実から最も遠い羽化登仙。


 「……なんだよ」


  神楽の足取りは、ふらふらとしたものだった。
  走ってすらいない。
  転びそうになりながら、神威へ近付いて。
  全身で繰り出す、タックルのつもりだったのだろうか。
  ぽふんと、そんな擬音とともに、兄の体へ体重を委ねた。
  それだけ、だった。

 
 「……」
 「これで、私の、勝ちアル。バカ、兄貴」
 「………」


  熱を失う、その体を。
  

 「これで私達、また、ただの家族に――」
 「いや」


  ――『バカ兄貴』は。


 「それは無理だよ。本当にお前は、出来の悪い妹だ」


  ――その手で貫いた。



 【神楽@銀魂  死亡】


481 : 憧憬ライアニズム Daydream ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:14:26 5pZHswHs0



  宇治松千夜は茫然と、少女らしき人影の走っていった方向を見つめていた。
  あの子は、誰なんだろう。
  あの子は、どうしてあんなに急いでいたんだろう。
  そんな諸々が気にならなくなるくらいに――いや。
  気にすることもできないくらいに、千夜は、その少女の顔に恐怖していた。
  カタカタと、硬いものがぶつかり合う音が聞こえる。
  それが自分の歯が奏でる音だと、気付くには時間がかかった。

  少女は、笑っていた。
  焦点の定まらない瞳で、口を歪めて笑っていた。
  ほんの一瞬すれ違っただけで、相手は千夜の存在にすら気付いていたか怪しいほどだったが、千夜の心には強い印象が残った。
  それだけではない。
  問題は、彼女が向かった方向にもあった。

 「あっちは……」
  
  千夜が見据える方角には、地下闘技場がある筈だ。
  彼女は彼処から出てきて、少し迷走してから、今は駅を目指している。
  何故か。それは、助けを呼ぶためだ。
  あの闘技場で今も戦っているだろう本部以蔵を助けてくれる、誰かを探すためだ。
  
  千夜には当然、格闘技の経験などはない。
  経験はおろか、それを見たことすら殆どない。
  そんな彼女でも、本部と戦っている、あの青年が強いということは分かった。
  完全に自分とは生きる世界の違う、『超人』なのだと、月並みだがそんな感想を抱いた。
  だから千夜は急いでいる。
  あの青年と戦えば、如何に本部でも、きっと無事では済まない。
  そういう確信があるから、こうして駅を目指しているのだったが。

 「だとしたら、大変……!」

  きっと激しい戦いになっているだろうあの場所に、更に脅威が増えてしまったなら、どうなってしまうかはもう想像もつかない。
  ただ一つ分かるのは、決して生易しい結果にはならないだろう、ということ。
  どちらが勝つにしろ、被害は出る。
  体に負った傷ならば、まだいい。
  取り返しの付かない、命が失われてしまうことさえ、あるかもしれないのだ。

  この時ほど自分の貧弱さを恨めしいと思ったことはない。
  此処から駅まで、もうあと僅か。
  それでも千夜は、人の倍ほどの時間がかかってしまう。
  それが情けなくて仕方ない彼女だったが、不運続きの少女にも、ようやく幸運の女神が微笑んだのか。


482 : 憧憬ライアニズム Daydream ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:15:31 5pZHswHs0
  
 「! 銀さん、あそこに女の子が……!」

  欲していた『助け』は、向こうからやって来てくれた。

 「あ、あのっ、そのっ」

  人数は三人。
  天パ頭の銀髪。
  明るいオレンジ色の、アフロ頭。
  金髪の、この中では最もまともそうな見た目の少女。
  一見すると愉快なナリをした面子だったが、彼らも目的があって動いているらしく、その表情は真剣そのものだった。
  けれど、千夜も怖気付いてはいられない。
  事態は一刻を争うのだ。
  早くしなければ、本部以蔵まで命を落としてしまうかもしれない。

 「――た。助けてください!」
 「えっ……ちょっと、落ち着いて? 助けてって、私たちに、どうしてほしいの?」

 「あの、えぇと、あっちに闘技場があるんですけど、そこで私と一緒に行動してくれてた人が戦ってるんです!
  それに、さっき危なそうな女の子も闘技場の方に走って行っちゃって……!!」

 

  危なそうな女の子。
  その言葉を出した途端、三人の顔色が変わった。
  千夜は知らないが、まさにこの彼らは、その『危なそうな女の子』を追っていたのだ。
  
 「あなた、名前は?」
 「宇治松千夜です!」
 「そう……なら千夜ちゃん、いきなりで悪いんだけど、その闘技場に案内してくれるかしら?」

  闘技場の戦い。
  そして、千夜が見たという神楽の行き先。
  湧き上がった嫌な予感を払拭するのは、もはや困難だった。
  四人は急ぐ。
  行き先は、地下闘技場。
  かつて数多のファイター達がその肉体を、技をぶつけ合った小さな戦場。
  だが今、そこではルールの存在しない、本当の戦場が繰り広げられているに違いない。

  
  実際に、その通りだった。
  そして彼らは、彼女らは、遅すぎた。


483 : 憧憬ライアニズム Daydream ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:16:03 5pZHswHs0





 「――神楽ァァァァ!!」

  
  扉が、蹴り開けられる。
  

  そこに居たのは、三人。
  銀時には見覚えのある悍ましい触手と体を一体化させた、千夜の同行者であった老武闘家。
  宇宙最強の戦闘民族、夜兎の生まれにして、宇宙海賊の第七師団を率いる男。
  そして、彼らがまさに追っていた少女。夜兎の妹。
  だが銀時達がそこに踏み込んだまさにその時、三人は、二人になった。


 「やあ、遅かったね」


  妹の体から腕を引き抜いて、笑顔を消した夜兎が、銀時を見た。
  べちゃりと水っぽい音を立てて床に沈む、その妹。
  全身が傷だらけで、胸には大穴が空いていた。
  心臓を確実に潰しているだろうその穴は、彼女が死んでいることを如実に物語っていて――


 「……殺したのか」
 「ああ。殺したよ」
 「そうかい」

  
  次の瞬間。


 「――――神威ィィィィィィィィィ!!!!」


  白夜叉の怒りが――爆発した。


484 : 憧憬ライアニズム Adenium ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:17:19 5pZHswHs0



  ――――男の話をしよう。一人修羅の道を邁進し、最強の座に限りなく近付いた男の話を。


  彼は雄々しく戦った。
  ほんのちっぽけな餓鬼だった少年は、いつしか宇宙でも有数の実力者にまで上り詰めていた。
  敵を蹴散らし、貪欲に強さを喰らい、底(げんかい)など知らぬとばかりに成長する。
  己の信条に基づいて、貼り付けたような柔和な笑顔を常に浮かべながら。
  その姿は荒唐無稽じみてすらいたが、それだけに、その背中は人を惹き付けた。
  いつの間にか先人を抜き去って先に立ち、どんな時でも不敵に笑い突き進むその姿。
  どんなに歪でも空っぽでも、最強を求めてどこまでも駆け抜けていく。常に、彼はそうしてきた。
  
  しかし。
  
  今の彼の顔に、笑顔はない。
  いつから消えていたのだろうか。
  きっとそれは、ある確信を抱いた時からだろう。
  
  袂を分かって久しい、だが完全に縁の切れることはついぞなかった馬鹿な妹。
  今は地球で万事屋なる職務にうつつを抜かしているらしい、神楽。
  殺し合いの場で彼女と再会し、その有様と、その顔を見て、神威は確信してしまったのだ。
  ――こいつは、此処で死ぬ、と。

  年少者が年長者に勝てないなんて図式は、所詮こじつけだ。
  だが、神威ほどの男を、まだ未熟さの目立つ神楽が単身撃破出来るかといえば、それは殆ど不可能と言っていい。
  ましてや体中に傷を負い、抗っていたとはいえ血に呑まれた状態では。
  妹が兄に勝つことなど、出来やしない。
  そしてその通りになった。
  馬鹿な妹の思いは届かず、家族の契りは永遠に失われた。
  他ならぬ兄自身の手によって、いつかの星に置いてきた思い出は、完全に砕かれたのだ。

  もしも、イフの世界があったとしたなら、神威は神楽を貫く前に、拳を止めたのかもしれない。
  バトルロワイアルなんてものが起こらなかった未来では、そういう優しい結末もあったのかもしれない。
  この世界では、そうはならなかった。
  ボロ雑巾のようになりながらも気合いだけで猛進し続けた神楽。
  その思いが何も成さなかった時、神威の中で、何か致命的なものが切れた。
  
  それは、彼の中に残っていたもう一人。
  きっと『バカ兄貴』の心臓が止まる音。
  『バカ兄貴』ですらなくなった彼は、もう、妹のことを考える必要なんてない。

  
  ――――さよならだ。

  
  神楽が息絶える瞬間。
  銀時が踏み入る寸前。
  神威がそう呟いたのを、聞き取った者はいない。


485 : 憧憬ライアニズム Adenium ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:19:19 5pZHswHs0



 「銀さん!」

  絵里の叫びは、虚しく崩壊した闘技場の騒音と粉塵の中に反響して消えた。
  銀髪の侍は、一陣の風が如き速さで地面を蹴れば、一直線に神威の下へと突っ走っていく。
  その速さたるや、本能字学園でDIOを相手に戦っていた時よりも遥かに上だ。
  両手で握った刃は愛用の木刀ではない。
  湖の騎士サー・ランスロットが実際に振るった逸品である。

  無毀なる湖光(アロンダイト)。
  かの騎士王が保有する最強の聖剣とすら互角に打ち合える強度を秘めた、神造兵装。
  神威がどれだけ強かろうと、彼ではこの宝剣を破壊することは叶わないだろう。
  それどころか、この会場の誰にも不可能な筈だ。更に無毀なる湖光は、所有者に力を齎す。

 「――」
 
  至近距離で振り抜かれた神速の一太刀を苦もなく躱す辺りは流石というべきだが、神威の肩には、目測を誤ったかのように線が走っている。
  人間の身から繰り出されたとはとても思えない、凄まじい速度であった。
  紅桜を装備して強引に力の供給を得ている本部以蔵とはまた違う部類の強さ。
  少なくともこの坂田銀時は、武器の力に呑まれてはいない。 
  魔剣の側面こそ持つものの、所有者の精神を蝕むことのない無毀なる湖光は、かつて白夜叉と呼ばれた男へ完全に適合していた。
  人間と夜兎との間に存在する力の差は、これで幾らか埋められたことになる。

  だが、それでも勝てるという希望を抱かせないのが、この男だ。
  二度目はないとばかりに銀時の間合いを把握、その速度にもある程度の当たりを付ける。
  すると、どうだ。次に銀時が放った剣戟は、彼にあっさりと躱されてしまう。
  今度は掠り傷すら神威は負っていない。

 「……遅いね。それとも怒りで手でも鈍ったのかな? 侍ってのは、こんなものじゃないだろ?」

  普段通りの口調で挑発する神威だったが、その顔にもう笑顔はない。
  神威が見せる笑顔は、彼なりの殺しの作法だ。
  これから殺す相手を笑顔で見送るために、彼は笑いながら殺意を露わにする。
  その彼から笑顔が消えたということは、つまり、此処から先の戦いには美学も作法も存在しないということに他ならない。
  
  銀時は沸騰しそうなほどの怒りで脳を焦がしていたが、思考までもを炎上させてはいなかった。
  あくまで心は冷静に。ヤケクソになってしまえば最後、この男には正面からでは太刀打ち出来ないと、銀時は知っている。
  今は本能字学園の時とは違う。いや、同じだったとしても、実力の差は歴然だ。
  何せ、神威は神楽の兄。
  春雨などという恐ろしげな集団の中で、他に輪をかけて恐れられている第七師団を統率する、誇張抜きに全宇宙でも有数の実力者なのだ。
  夜兎を相手に、知性を欠いた獣が勝てるはずがない。
  戦うということにかけて地球人は、夜兎という種族に遥か劣る。
  銀時はそれをよく理解していた。何故なら彼は、夜兎をずっと側で見てきたから。


486 : 憧憬ライアニズム Adenium ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:20:13 5pZHswHs0

  熱気に満たされていた闘技場の温度が急激に下がっていく錯覚を、全員が感じていた。
  笑顔を捨て、作法なき殺しの領域へと入った神威。
  その存在があまりにも大きすぎる。彼はこの期に及んでまだ、この戦場を支配している。
  これまでの連戦が苦ではなかったかのように二本の足で立ち、平然と戦い続けている。
  荒事慣れしていない千夜と絵里は、その表情に深い戦慄を浮かべていた。
  光の側に立って生きてきた少女達には、少々刺激の強すぎる光景であった。
 
  銀時は、視線を静かに動かす。
  その方向では、明らかに自我の侵食と戦っている様子の、見覚えのある刀を担う小汚い老人。

 「……どういうことだ、神威くんよ。何だってあんなけったいなモンが此処にある」
 「俺に聞かれても知らないよ。大方、あの繭って子が復元でもしたんじゃない?」

  紅桜。過去には人斬り似蔵という男が取り憑かれ、大きな騒動を引き起こした凶悪兵器。
  文字通り死ぬ思いをして破壊したはずの紅桜が、どういう原理か復元されている。
  ……悪夢のような話だった。神威一人で明らかに手一杯なのに、脇にはあのおっかない刀が控えている。

 「……ま、ちがう、な……」

  声の主は、紅桜に取り憑かれた男だった。
  体の半分ほどをおぞましい触手と同化させながらも、どうにかまだ自我は保っているらしい。

 「俺は……アンタの、敵じゃ、ねェ…………まだ、な……」
 「本部さん……!!」

  千夜の口にした『本部』という苗字に、銀時は覚えがあった。
  チャットの一件について話した際、危険人物の候補として名の挙がっていた男だ。
  しかしこの言動と千夜の様子を見る限りでは、どうやらその推測は的を外していたらしい。
  少なくとも銀時の直感は、本部以蔵を悪人だと言ってはいなかった。
  ただ、彼は自分は敵ではないと言うのと同時に、『まだ』とも言っている。
  その意味は、一度紅桜と刃を交えた銀時にはよく分かる。
  紅桜は人を蝕む妖刀兵器だ。あれを使って、平常な人間のままでいられる輩はいない。

  本部は一度深呼吸をしてから目を見開き、神威を目掛けて大きく猛る紅桜を振り下ろす。
  戦艦さえ斬るその馬鹿力は、もう十全に発揮されているようだった。
  流石に受けるのは不可能だと判断した神威は素早く飛び退いて、砕け散った天井の瓦礫を無造作に掴み取り、本部へと投擲する。
  ただ物を投げるだけならば猿でも出来るが、生憎神威の場合は、籠もる力が桁違いだ。
  砲弾顔負けの破壊力を帯びたそれは本部の頭へと凄まじい速さで肉薄する。
  それを、本部は眉一つ動かさずに紅桜を振るうことで、一太刀の下に両断した。
  大した力を込めた様子も、そこにはない。
  今の彼に、もとい紅桜にしてみれば、これしきのことは朝飯前だ。
  雷槍の二つ名に相応しい、傘を通り越し槍にさえ見える鋭い刺突を、刀身で全て防御。
  本部の反撃は躱されたが、神威も、本部にダメージを与えられていない。


487 : 憧憬ライアニズム Adenium ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:21:10 5pZHswHs0
  
  紅桜の力が極まるところまで極まった証だった。
  こうなれば、如何に最強の夜兎にさえ匹敵する力を持つ神威ですらも一筋縄では行かない。
  加えて、彼が相手をしなければならない敵はやはり一人ではないのだ。
  神楽が消えて、銀時が増えた。
  神造剣の斬り上げを強靭な日傘の柄で止め、紅桜の猛攻は華麗なステップでいなす。
  明らかに不利な状況だが防戦一方というわけでは決してなく、武器が弾かれたり、攻撃後に僅かな隙を見せたりする瞬間を、神威は逃さず攻撃の機として活用していた。目にも留まらぬ鋭い足技や突きが、二人の剣士に生傷を増やしていく。

  銀時の両目の寸前を、日傘の石突が通り過ぎた。
  本部の喉仏を、回し蹴りが掠めた。
  九死に一生レベルの出来事が、この僅かな時間の間に何度も繰り返されている。
  神威を相手取るのが常人だったなら、そこで死んでさえいただろう。

 「……!」

  しかし、暴れる神威の表情が変わる。
  彼の足の甲に、鋭いものが突き刺さっていた。
  咄嗟に振り返り、日傘で追撃を打ち払うも、予想外の事態を前に晒した隙は大きい。

 「ちっ――!」

  踏み入った本部の紅桜が、防御のために構えた日傘ごと神威を大きく吹き飛ばす。
  こうまで来ると、もはや刀どころか鈍器のような側面さえ持っているように思える。
  無防備に宙を舞う神威を追うのは銀時だ。
  さしもの彼とて反撃には出られない空中で、得意の剣戟を幾度となく繰り出し戦いの流れを瞬時に掌握する。
  何とかして反撃の好機を見出さんとする神威の背に、複数の激痛が走った。先程足を貫いたものと、全く同じ感触だ。

  神威に対し的確なタイミングで攻撃を加えることで、一気に劣勢の流れを覆すに至らせたのは、ファバロ・レオーネその人だ。
  いつの間にか千夜達の下から離れていた彼の手にある武器は、ミシンガン。
  ビームサーベルの方が当然殺傷力は高いだろうが、ファバロは分を弁えた人間である。
  以前痛い目を見せられた悪魔が裸足で逃げ出すような化け物ぶりを発揮しているあの神威という男に、接近戦を挑むのは阿呆らしい。
  まず勝ち目などないし、自殺に赴くようなもの。
  だから彼はこうして、安全圏からの補助に徹することにしたのだが。

  ――本当は、逃げ出すつもりだった。神楽が死んだ以上、此処に留まる理由はない。
  戦いを銀時達に任せてほっぽり出し、今度は別な島にでも渡ってみようかと思っていた。
  そうしなかった理由は、一つ。……敵が、あまりにも化け物過ぎたことである。

 (アザゼルもあいつも、身なりだけはこぞって人間様のフリしやがって……!
  お前らみたいな人間が居るかってんだ! 居てたまるかよ、こんちくしょう!!)

  神威を此処で仕留めてもらわないことには、安心できない。
  ファバロ個人の見立てだが、神威の強さはアザゼル以上。
  となれば当然、この会場でも最強クラスの実力者である可能性がある。
  放送局で見た化け物女や、『姿の見えないスタンド使い』でもなければ、相手にすらなるまい。


488 : 憧憬ライアニズム Adenium ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:22:28 5pZHswHs0

 (俺は賢い男なんだよ……仕留められる敵は、仕留められる時に討ち取る。
  だから頼むぜ、銀髪のオッサンに化け物のオッサン。あんたらが負けたら俺までおしまいなんだからよッ)

  銀時と本部。
  二人がかりでならば、勝機はあるとファバロは判断した。
  だから此処で、彼らには神威を倒して貰わねばならない。
  そしてその為に、自分はできる範囲で援護をする。
  首尾よく倒すことが出来たなら、儲け物だ。

  そう、だからこれはいつも通りの、お得意の打算だ。
  ファバロ・レオーネの得意技。
  頭を使って、賢く生きる。
  その一環に過ぎないのだと、彼は自分によく言い聞かせる。
  自分を守って暴走し、その末に死んだ神楽のことなど、関係ない。
  ミシンガンを握る手に力が籠もるのは緊張しているからだと、言い聞かせる。
  生唾を飲み込んで戦いの趨勢を見守りながら、動く時にはきっちり動く。
  超人同士の戦いと呼んで差し支えのない激戦を睥睨しながら、ファバロは溜息を吐いた。

  ……ついてねえ一日だと、ヤケクソ気味にそう呟いた。



 「本部のオッサン、気をしっかり保てよ! アンタがこっちにまでそのおっかねえもん向け始めたらと思うと、ゾッとしねえからな!」
 「おうよ……やれるだけ、やるぜ」

  二人の剣が、神威の日傘と鬩ぎ合う。
  それでもなお形を保っている辺りは流石だが、しかし彼の得物も決して無事ではなかった。
  紙張りはあまりの衝撃に所々が破れ、骨組みが見えている。
  中棒も随分前から悲鳴をあげており、先が永くないことを物語っていた。
  まだ健在なことが、そもそもおかしいのだ。
  神造兵装と天下の妖刀、その双方を相手にしているというのに。

 「シャアアアアアアッ!!」
 「はあああああああッ!!」
 
  紅桜と白夜叉が共闘するという、ありえなかったはずの光景が広がっている。
  神威という共通の敵を前にして、かつて砕き砕かれの関係を演じた者達が力を合わせている。
  担う者が違えど、その力は同じ。……それどころか、以前の担い手より上ですらあるだろう。
  趨勢は此処に来て、ようやく傾きつつあった。

  それでも神威は折れても、諦めてもいない。
  直接の破壊力で劣る銀時の刀を日傘で止めながら、全体重を込めた突進で彼を押し切り、紅桜の一撃を強引に回避。
  銀時の首根っこを掴めば大きく宙へと投げ飛ばし、追撃をさせぬとそれを見た本部が躍り出てくる、此処まで予想通り。
  紅桜と日傘で打ち合うと見せかけて必要最低限の接触に止め、再度突進。
  間合いへ踏み入れば対処する間も与えずに、本部の顔面を渾身の拳で殴り飛ばす。

  ただの一撃で、紅桜に支配されていても関係なく、意識が飛びかける。
  どうにかそれを堪えられたのは奇跡と言っていいだろう。
  復帰した銀時の刃が迸り、本部を狙った神威の拳と正面からぶつかり合う。
  神威の手の甲に裂傷が走った。夜兎の拳でも、聖剣に並ぶ誉れ高き剣を砕くのは不可能だ。
  ぐおんと大きく頭を反らして斬撃を躱す神威は、次に眼球を狙ったファバロの狙撃を掴み取る。
  怪物じみた動体視力が可能とした、まさに驚異の一言に尽きる高速対応だった。
  復帰した本部の突撃は、短くない時間戦っている相手だから尚更読みやすい。
  人間であれば確実に不可能な体勢からの跳躍で空に逃れ、落下の勢いを乗せて、石突を振り下ろす。
  狙われたのは本部ではなく銀時だ。紅桜ほど反則的な供給をもたらす宝具ではないために、流石に力で神威を圧することは出来ない。


489 : 憧憬ライアニズム Adenium ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:23:24 5pZHswHs0

  空中に留まる神威を薙ぎ払うように振るわれる紅桜。当然、神威は避ける。
  本部はそのことに苦い顔をしながら、自分の侵食された身体に視線をやった。
  こうしなければ恐らく勝負にすらならない相手と、分かってはいる。
  だがやはり、これは本部が真に得意とする戦い方ではない。
  搦め手や技の繊細さといったものが、時間経過と共にどんどん抜け落ちている自覚がある。
  この何が拙いかというと、敵である神威は、本部が力を手にするために削ぎ落としたものを平然と保有していることだった。
  つまり、釈迦の掌で躍る孫悟空のような無様を晒しかねない――
  あまり時間は残されていないというのに、自分の刀はもう二度と、彼に届かない可能性すらある。

 「その通りだよ、本部さん」

  そんな本部の考えを読んだかのように、神威は語る。
  
 「あんたの刀は確かに馬鹿みたいに強いが、それだけだ。それじゃあ俺には勝てないよ」

  黙れという言葉の代わりに振るった刃が空を切る。
  やはり、当たらない。
  完全に読まれている――その事実に、しかし本部は落胆しない。
  そこまでは、既に自分でも分かっている。
  そして自分は、一人で戦っているわけではない。
  彼の言いたいことを代弁するように神威へ切り込んだのは、銀時だ。

 「……手前が人のことを言えた義理かよ、バカ兄貴が」
 「何を言うかと思えば。――いいよ、なら教えてあげよう」

  銀時の接近を認識した神威の行動は、極めて迅速だった。
  彼が刃を振りかぶるよりも速く日傘を振るい、未然の迎撃で攻撃の発生そのものを無効化する。
  刀が押し返され、大きく仰け反った銀時の懐に潜り込む。此処までで、一秒かかっていない。
  ――巨大な衝撃波を伴った鋭く鈍く、何より重い鉄拳を、侍の腹の真ん中へ叩き込む。
  
 「そんなバカは、もうどこにもいないんだ。俺が殺したからね」

  銀時が、真後ろへと跳ね飛んだ。
  壁を凹ませる勢いで激突し、その口から赤いものが溢れる。
  肺の空気が一気に逆流し、がはっ、と思わず声が出た。
  銀さん! と叫ぶ同行者の悲痛な声も耳に入らないほどの、痛烈な一撃であった。
  
  神威が走る。
  追うのは本部だが、速度勝負では相手にもならない。
  神威の助走を乗せた破壊の鉄拳が、身動きの利かない銀時の頭を叩き潰す。
  ……そんな未来を紙一重で回避する往生際の悪さは、流石に白夜叉と呼ばれた武士(もののふ)。
  際どいタイミングではあったが、左に倒すことで潰れたトマトのような死体を晒すことだけはどうにか避けることが出来た。
  しかし、苛立ちを孕んだ蹴りの一発までは避けきれない。
  再びその体が滑稽に折れ曲がり、衝撃で壁の形が歪んでいく。


490 : 憧憬ライアニズム Adenium ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:24:26 5pZHswHs0

  更なる事態の悪化を防いだのは、またしてもファバロ・レオーネだ。
  半ば駄目元で撃ったミシンガンの鏃が、振り下ろされる途中の神威の腕に突き刺さったのだ。
  それしきでは夜兎の身体を不自由には出来ないものの、攻撃の軌道をずらすことは出来る。
  その隙に銀時は一度は取り落とした無毀なる湖光を素早く拾い、袋小路を脱する。
  ――ごぉんと、大きな音が響いた。それは、まごうことなき破砕音だった。

  神威の拳が命中したのは、銀時が背にしていた、この地下闘技場の柱の一本であった。
  それが神威の化け物じみた膂力で繰り出された拳によって、今まさに砕かれたのだ。
  すると、どうなるか。
  本部と神威の激戦で崩壊した天井から、巨大な瓦礫が降ってくる。
  一度に全部でこそないものの、銀時や本部ですら、直撃すればひとたまりもないようなサイズの石塊が、崩落してくる状況が出来上がる。

 「あらら」
  
  肩を竦めるのは、神威。
  彼としても、これは予期せぬ事態であったらしい。
  考えれば分かるような単純な理屈だが、それを戦いとなれば忘れるのが戦士だ。
  地下闘技場は、直に崩落する。
  数多のグラップラーが鎬を削った戦いの舞台は、土中に消える。
  それまでにあと何分、何十分必要かは定かではないが……兎角、時間制限が生まれたことは確かだ。
 
  当然、神威に退くつもりは微塵もない。
  銀時や本部が逃げようとすれば、彼は容赦なくその背を殴り抜くだろう。
  せめて千夜達に逃げろと振り返る本部――しかし。

 (駄目だ……腰を抜かしている)

  殺意のぶつけ合いを知らない少女達は、その顔にありありと恐怖と動揺を貼り付けていた。
  体は哀れに震えており、千夜に至っては、失禁すらしていた。
  あの有様で無理に歩かせれば、警戒を怠って瓦礫の下敷きになる可能性さえある。
  博識の本部にはそのことがよく理解できたから、逃げろと指示することは出来なかった。
  となれば動けるファバロが二人を担ぐなり肩を貸すなりして誘導するのが最も理に適っている。
  だが、それもどうやら見込めそうになかった。
  神威は、彼の方も見ていたからだ。
  ……この戦いに参戦している、戦士を見る目で。

 「興醒めはさせないでくれよ。君は覚悟があって、その銃を取ったんだろう?」
 「……クソ」

  欲をかきすぎたと、ファバロは思わず頭を抱える。
  こんな化け物は放置して、さっさと逃げておくべきだったのだ。
  いけるかもしれないと、そんなことを一瞬でも思ってしまった自分を叱責する。
  決断さえ早ければ、あの化け物に見初められることもなかったろうに。
  そしてこうなったからには、もう覚悟を決めるしかない。
  それは無論、死ぬための覚悟ではない。生きるための覚悟だ。


491 : 憧憬ライアニズム Adenium ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:25:23 5pZHswHs0

 「……哀れだな、お前」

  ただ一人、冷静にそう評するのは、白い侍。坂田銀時。
  この状況で何故そんな言葉が出てくるのかと、ファバロなどは真剣に問い質したくすらなったが、その目に諦めの色は微塵もない。
  言わずもがな、後がなくなってやけっぱちになっている訳でも、ない。
  そのことを最も強く理解していたのは、皮肉にも敵であるところの神威だった。
  彼は、こういう目を知っている。侍という生き物の奇怪さを、この場では唯一知っている。

 「手前の特別を手前の手でぶっ壊して、得意のニヤけ面まで放り捨てて、一体何がしたい」
 「……、俺が求めるのは――」
 「そういう話じゃ、ねえ」

  口から垂れる血を白い袖で拭いながら、侍は神威の眼を強く見据える。
  彼だけが、この男をただの敵とは見ていない。
  その内にある、彼は到底知り得ない事情すらも、見透かすように。
  数多の悲劇と鉄火場を知る夜叉の瞳は、ただ、見据える。
  神威の中に、一瞬、形容しがたい感情が生まれた。
  それを怯えということを、彼は知らない。知る由もない。

 「今のお前は、空っぽですらねえ。注いだ端から酒のこぼれ落ちる、不良品の茶碗だよ」

  来な、と、本来夜兎に敵うはずのない地球人がそんなことを言う。
  春雨の雷槍・神威に。
  いや。
  その中にある、今となってはもう息も絶え絶えの『バカ兄貴』に。

 「神楽(アイツ)の伝えたかったこと、全部テメーに叩き込んでやる」


 
  
  ――なんだ、この男は。

  彼と短いながらも行動を共にした纏流子が見たのなら、きっと笑ったことだろう。
  お前は、そんな顔もできるのかよ、と。
  いけ好かねえ笑顔よりずっと愉快なツラだよ、と。
  それほどまでに、神威は今、彼らしくない顔をしていた。
  侍という連中が、常識では測りきれない生き物だということは知っていた。
  知っていた、筈だった。
  しかし、神威の知識すらも超えるものが、銀時の目には宿っていた。

  知的生命体が自分の理解が及ばない事象に出会した時、取る行動は大きく分けて二つだ。

  それを恐れるか、好奇心を向けるか。
  神威は普段、もっぱら後者の人物だった。
  強い敵には心が躍る。
  未知とは挑み、踏破すべきもの。
  そうしてこそ、自分が求めた場所(最強)に近付ける。

  だが、今回に限っては話が違う。
  神威は確かに、坂田銀時という男に恐れを抱いた。
  理解の出来ないことを喋り、理解の出来ない目をしたこの男を、確かに恐れたのだ。

  神威は、修羅の世界を知っている男だ。
  それだけに、恐れは屈服に直結しない。
  拳は力強く握られ、地を踏む足はさながら鋼鉄か何かを思わせる。
  体には多くの傷が見られこそするものの、その全てが、彼の行動に支障を出していない。
  傷を与えた側が手緩いのではない。夜兎の体が頑強すぎるのだ。
  彼が銀時と本部に与えた深手に比べ、相対的に見て、彼の傷は明らかに程度が低い。
  故に戦いはまだ続く。止む兆しなど、一向にない。


492 : 憧憬ライアニズム Adenium ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:26:17 5pZHswHs0
  ――それでも。

  自ら叩き壊した『弱さ』のせいで穴が空き、中身が駄々漏れになっているその心に、一本の楔が打ち込まれたこと。
  そしてその楔は、じくじくと、だが確実に、雷槍と呼ばれた男の胸に沈み込んでいること。
  それだけは、確かだった。


 (……あと、どれくらい保つ……)

  一方の本部以蔵は、咳と同時に血を吐きながら、苦々しげに心中そう呟いた。
  彼にはもう、神威や銀時に何か気の利いた言葉を放つ余力すらもない。
  弱音を吐くことが許されるなら、今すぐにでもこの戦いを終わらせたい。
  口ではああ言ったが、彼はもう殆ど限界の状態にあった。
  伊達に守護者を自称してはいない。
  そうでなくとも格闘家という生き物は、大概が強い精神力を持っているものだ。
  本部も勇次郎のような怪物にこそ劣れど、そういうものを有していた。
  だから、まだ耐えられている。

 「……いいや……俺は、守護らなきゃならねェ……」

  どれくらい保つ、なんてことを一度でも考えた己を、本部は恥じる。
  此処で終わるなど、論外だ。
  何故なら俺は、全てを守護らねばならぬ。
  この会場に残された全ての守護るべきものを守護るために、戦わねばならぬのだ。
  断じて、こんな場所で、こんな刀にその使命を譲ってやるつもりはない。
  破壊しか出来ない兵器などに、守護者たる己の体を渡すなど、断固御免だ。

 「早くやろうぜ、神威さん……」

  紅桜を構え、苦し紛れに笑顔を作る。
  不敵な顔で笑えているか自信はなかったが、外から見れば、ちゃんとそう見えていた。
  二重の意味で時間がない。
  紅桜の侵食の件を除いても、神威が行った破壊の為、この闘技場そのものがもう保たないところまで来てしまっている。

 「俺が全てを守護るためには……此処であんたを、超越(こ)えにゃあならねェみてえだからな」

  数多のものを失ってきた男、本部以蔵。
  本部は、気付いていない。
  その刀を渡した男が、己を内心ではどう評していたのかすら、彼は知らない。
  道化と、ラヴァレイもとい、悪魔マルチネはそう評したのだ。
  そのことに気付かないまま、彼は紅桜を使うしかない。
  そう、使うしかないのだ。

  魂が尽きるまで。
  肉が消ゆるまで。
  滑稽に、踊り続けるしかない。
  悪魔を笑わせるために。


493 : 憧憬ライアニズム Adenium ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:26:59 5pZHswHs0


 「じゃあ、始めようか」

  仕切り直して、第二ラウンド。
  その開戦の火蓋を切って落としたのは、神威であった。
  遅れて大きく一歩を踏み込んだ本部の下まで疾駆、日傘の刺突で胸を抉る。
  寸前で受け止めるは、やはり紅桜の刀身だ。
  こうなると、神威は力負けするしかない。
  それを嫌というほど思い知っている彼は、故に此処から体術に切り替える――

  ……のを読んでいたファバロのミシンガンが、神威の顔面に容赦ない射撃を加える。
  夜兎にかかれば素手で払い除けられる程度のものでしかないが、それでも十分だ。
  飛び込むようにして現れた銀時の刺突を、彼は紅桜の下から引いた日傘で防がねばならない。
  日傘を構成する骨の一本が折れ、形が歪にゆがむ。
  鍔迫り合いの末に両者が飛び退くや否や、攻撃される側だった本部が仕掛けた。
  地面を巻き込んだ斬り上げにより、瓦礫や粉塵を巻き上げたのだ。
  視覚を潰して強引に隙を作り出す術は、神威にも勿論有効だった。
  ミシンガンによる射撃が肉を貫く。
  それに思わず意識が向いた瞬間、頭上からは紅桜の強烈な一撃が訪れていた。

 「ちっ」

  側方倒立回転を瞬時に決めることで逃れ、追っての一振りもこれまた見事に回避。
  後退の次は俊敏に壁に取り付いての跳躍を決め、超人的なロケットスタートで銀時に突貫する。
  無毀なる湖光でこれを受け止めた銀時だが、さしもの彼も力では敵わず大きく体勢を崩した。
  その顔面を殴り付ける、神威の拳。
  地面を転がるかとおもいきや――

 「……効くねえ。こいつは、ほんのお返しだぜ」

  ――耐えた。その場で踏み止まった。
  神威の目が、驚きに動く。
  返しで振るわれたのは刀ではない。
  拳だ。拳の一撃で、銀時は神威を同じように殴り飛ばしたのだ。

  当然、夜兎が繰り出す拳と地球人が繰り出す拳の威力は比べ物にもならない。
  まして、銀時はあくまでも侍だ。決して、戦闘民族(グラップラー)ではない。
  本来、立ち上がれるはずがないのだ。
  吹き飛ばされもせずにその場で持ち堪えるなど、道理が通っていない。
  道理の通らないことをもう一つ挙げるなら、殴られた神威の方は、それに大きく仰け反った。
  地球人の拳など、大概は夜兎にとって子供に殴られた程度のダメージでしかないにも関わらず。
  同族に殴られた時のように大きく、神威は仰け反った。


494 : 憧憬ライアニズム Adenium ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:27:50 5pZHswHs0

 「らしくねえじゃねえか。いつもなら、涼しい顔して殴り返すトコだろ」

  銀時は笑みさえ浮かべながら、無毀なる湖光を袈裟懸けに振り下ろす。
  それは神威の肌にごく浅い傷を刻んだが、致命には至っていない。

  神威が振るう日傘を防御するために、銀時は無毀なる湖光を顔の前で構えた。
  結果は、予想通り。神威の乱舞と呼ぶに相応しい突きの連打が、一転銀時を窮地へと追いやる。  こればかりは、どうすることも出来ない。
  生まれ持ったスペックの差は、戦場に付き物だ。
  大半の世界からは鼻で笑われるだろう宇宙人、もとい天人という存在が当たり前のように罷り通る彼らの世界では、尚更のこと。
  銀時の肩口に日傘の石突がめり込み、勢いよく血が噴出する。

 「アンタには、関係のない話さ」

  流れは神威から、それに抗う三人へと移りつつある。
  だがそれでも、白夜叉と紅桜、更に妨害役の射手を同時に相手取ってまだ互角を保っている神威のことは、やはり怪物という他にない。
  紅桜の一閃を目視もせずに軽いステップで回避し、本部の斬撃を銀時に向けさせる。
  暴走の兆候が見えている彼への対処としては、最も有効な手段だ。

 「――関係なら、ある」

  勢いを止め切れず、紅桜は銀時を斬らんと迸ったが、それを止めるは神造剣の刀身。
  紅桜ほどの兵器をしても刃毀れ一つさせることの出来ない尊き幻想(ノウブル・ファンタズム)。
  歯を剥いて、全身の力を集中させて紅桜を止めながら、彼は言う。

 「お前は……神楽を殺した」

  本部が刃を引いたことで自由を取り戻した銀時が、浴衣に付着した塵を払いながら立ち上がる。
  彼がその脳裏に思い描くのは、思い出だ。
  あのちっぽけな建物の中で育んだ、従業員達との思い出。
  チャイナ服を着た大食い少女の笑顔を、思い浮かべる。もう戻ることのないその顔を。

 「同じ屋根の下で同じ釜の飯食って……
  同じもんで笑って怒って泣いてきた……ウチの従業員を殺した」

  銀時の声は、怒りに震えてはいない。 
  しかし当然、彼は怒っている。
  坂田銀時という男は、銀髪の侍は、情に厚い男なのだ。
  その彼が仲間を殺されて、平静を保っていられる訳がない。

 「―――戦う理由としちゃ、十分すぎんだろ」
 「……そうかい」

  ならお生憎だね、と神威は言う。
  
 「悪いけど俺は、こんな所で斬られちゃやれない。
  本当は、楽しむだけ楽しんで帰れればいいな、くらいに思ってたけど、事情が変わった」
 
  此処に、殺し合いを楽しむ神威はいない。
  彼は自分で、自分を壊してしまったのだ。
  『彼女』さえ殺さなければ、笑いながら目一杯楽しみ抜いていたかもしれない。
  傷だらけの妹を貫いた時。
  そこから、全てが狂った。
  笑ってはいられなくなった。


495 : 憧憬ライアニズム Adenium ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:28:34 5pZHswHs0

 「俺は、殺すよ。殺して帰る。そして、決着を着けに行く」
 「何のだ」
 「すべてだ」

  神威の脳裏に浮かんでいるだろう人物の顔を、銀時は容易に思い浮かべることが出来た。 
  愉快な頭をした、宇宙最強なんて仰々しい二つ名を持つ掃除屋。
  神威と神楽、二人の夜兎の胤を作った男。

 「あの日から始まった何もかも、すべての決着を」

  お喋りは終わりだとばかりに、神威の靭やかな蹴りが銀時を横殴りにして吹き飛ばす。
  それだけではない。
  紅桜を携え、鬼の形相で迫る本部以蔵への対処も、彼は同時に完了させていた。
  日傘をその眉間へ投擲。
  紅桜はそれを迎撃する――日傘が更に大きく損傷して吹き飛ぶが、知ったことではないとばかりに飛び込んだ神威が、本部の脇腹を抉った。
  
  それは、正拳突きだ。
  ごくごく小さな動作から繰り出され、それでいてコンクリートの壁や柱さえ容易に粉砕する威力を秘めた最速の凶器。
  本部の脇腹が歪に抉れ、そこから赤い血潮が噴き出す。

  にも関わらず紅桜は、傷を気にするよりも先に怨敵の首を刎ねんと動いた。
  神威はヒットアンドアウェイの要領で既に本部の間合いから抜けており、日傘を回収。
  ファバロの撃っていたミシンガンの鏃を全てそれで打ち払い、猛追する本部を臨むところだと迎え撃つ。
 
  神威の膝が腹に炸裂した。
  本部は刀を振るい、その右腕に刃を滑らせる。
  生まれた裂傷から血を噴きながら、神威は本部の顎をフックで殴打。
  ぐらりと重心が揺らいだ柔道家の腹を至近距離から、五度、六度、七度と打ち抜いた。
  とどめの回し蹴りで鼻っ柱をへし折って、向こうの壁まで吹き飛ばす。
  本部以蔵と神威の戦いのみに限ったなら、完全に、これが決着と言っていい鮮やかさだった。
  
 「――も。本部さん!!」

  千夜の悲痛な声も虚しく。
  本部はもう、びくともしない。
  
 「お……起きてください、本部さん……!!」

  駆け寄りたかったが、千夜の腰は動いてくれなかった。
  腰が抜けているというのもある。
  失禁をしたせいで、その布地はぐっしょりと濡れている。
  だがそれ以上に、隣の絵里が、ぐっと彼女を掴んで止めていた。
  行っちゃダメ、と彼女は言う。
  千夜だって、そんなことは分かっている。
  分かっていても、彼女は死んでほしくなかった。
  本部以蔵という恩人に、生きていてほしかった。


496 : 憧憬ライアニズム Adenium ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:29:23 5pZHswHs0

 「本部さん……!!」

  ―――その悲痛な願いに応えるように。
  沈黙していたはずの本部以蔵が、ゆらりと起き上がる。
  胸は規則的に上下し、荒いものの、呼吸の音もきちんと聞こえる。
  千夜の顔に安堵の色が生まれ。
  対照的に、絵里は怪訝な顔をした。
  彼女は気付いていたのだ、この場で、誰よりも早く。
  本部以蔵の様子が、神威の猛攻を受ける前とは明らかに異なっていることに。

 
「……おいおい」

  銀時の漏らした声は、乾いていた。
  冗談だろ、とでも言いたげな声色だった。
  それに本部は言葉の一つも返さない。
  大丈夫だ、の代わりは、剣豪も顔負けの踏み込みから銀時へ放たれる、重厚な一閃だ。
 
 「ぐお……ッ」

  重い。
  先程受け止めた時よりも、明らかに重量が増している。
  耐えかねてその場を飛び退き、後退する一瞬、銀時は確かに本部の顔を見た。
  そこには、「俺はアンタの敵じゃねえ」と答えた時の苦しげな表情すら、浮かんでいない。
  折れた鼻から滴る血、殴られて浮かび上がった青痣。
  脇腹の出血や体中の傷、幾つ正常に動いているのかすら分からない内臓の有様すら、無様を通り越して一つの悍ましさに昇華していた。


 「守護、る……」


  ――古い書に曰く。


 「俺は…………」


  妖刀の力に手を染めた者の末路は、いつだとて一つだという。


 「すべてを……!!」


  彼こそは修羅道に踏み入った守護者

  全身を出血と内出血で染め上げ、妖しく輝く刃を携える姿はまさしく『赤鬼』
  刀匠の狂気にも等しい情念が鍛えた妖刀に蝕まれたその半身、正しく『怪物』
  強靭な理性力の全てを呑まれ、変わり果てても尚剣を振るう姿、さながら『人斬り』


  本部以蔵――――これより、修羅道を抜け。    『羅刹』と相成る。


497 : 憧憬ライアニズム Epigram ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:30:21 5pZHswHs0


  守護る、という台詞とは裏腹の行動だった。
  何故なら彼の剣の矛先は、もはや神威にすら向いていない。
  裂帛の気合を以って振り上げた刀身で、銀髪の侍を両断しにかかる。
  無論、一度は紅桜と打ち合い、勝利したことのある銀時だ。
  たったの一撃で戦闘不能ということはなく、彼もまた、自らの剣でそれを受け止めてみせる。
  しかしその顔に、苦いものが浮いているのもまた確かであった。

 「相っ変わらず、食欲旺盛なことで……!」

  悪態をつきながら、銀時が無毀なる湖光を大きく振るった。
  こうなっては、もう自力で正気を取り戻すのは難しい。
  紅桜を早急に破壊し、本部の体に根付いた電魄の影響を取り払う必要がある。
  ただし、それで本部以蔵の命が助かるかと言われれば、銀時には断言できない。
  彼は医者ではないのだから当たり前という話ではなく、傍目から見ても本部の状態は酷いのだ。
  このまま戦い続けようが、紅桜を破壊して正気に戻そうが、未来は同じなのではないか。
  そんな不吉な想像が頭を過ぎったとして、誰に責められようか。

  彼の脇腹は歪に抉られて常に血を零しており、顔は鼻が折られ、出血で真っ赤に染まっている。
  顔面への打撃で顔の骨や、下手をすれば額の骨にまで亀裂や損壊が及んでいてもおかしくない。
  見えている肌の部分は内出血している箇所が多く、ドス黒く変色している場所まである。
  服の上からでは確認できないが、内臓もそれは酷い有様だった。
  潰れていないものの方が少ないような、知識のある人物が見たなら思わず顔を背けたくなるような状態が広がっている。

 「ほら、言わんこっちゃない」

  失笑して、本部を嘲るのは神威だ。
  彼は言った。そんな妖刀(もの)に頼れば死ぬぞ、と。
  本部は言った。気が狂っても、俺は全てを守護る、と。
  
  その結果がこれだ。
  本部以蔵は紅桜を結局は制御しきれず、搭載された人工知能によって自我を崩壊させた。
  守護る、と言いながら、本来守護るべき対象であるはずの侍に刃を向ける姿は滑稽でさえある。
  彼がどう足掻こうと、永くは保たない。理性の次は、命が、だ。
  しかし、それは当然の結果だったのかもしれない。
  彼が力を授かった相手は、人にあって人にあらぬ魔元帥ジル・ド・レイ。
  悪魔マルチネというもう一つの顔を持つ、悪意の化身。

  悪魔と取引をした人間が、その生涯を幸福に終えた試しはない。

 「オオオオオオオオッッ」

  斬撃を振り落とし、なおも銀時を潰さんとする本部。
  ただ、彼の標的は、銀時一人に絞られた訳でもないようだった。
  銀時が紅桜の重い剣戟を止めるや否や、本部は突然身を翻し、後ろの神威を薙ぎ払う。
  それをガードした日傘の中棒に、遂に一筋の亀裂が入った。
  威力が、また上がっている。今はもう、人斬り似蔵が振るった時のそれを完全に超えていた。


498 : 憧憬ライアニズム Epigram ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:31:35 5pZHswHs0

 「っと」

  只でさえ回避に慎重にならねばならなかった紅桜の攻撃が、より苛烈化している。
  少なくとも乱戦の中で相手取りたくはない、ハリケーンか何かを思わせる猛威だった。
  
 「も、本部、さん」

  宇治松千夜。
  本部がかつて、人の心を無くすなとそう言った少女の声は、羅刹と化した本部には届かない。
  譫言のように守護る、守護ると口走りながら、妖しく光る刀を振り回すばかりだ。

 「……どいつもこいつも、好き放題暴れやがって……」

  呆れたように口にしつつ本部と剣閃を交わし合う銀時だったが、その背筋には冷や汗が流れていた。
  端的に言って、状況が悪すぎる。
  以前紅桜を破壊した時には、周りに仲間が居た。
  仲間の助力があってこそ、自分は窮地を脱することが出来、紅桜の破壊に至ったのだ。
  今、銀時が頼れるのはファバロのみ。 
  そのファバロだが、彼に接近戦へ混ざれというのは死ねと言っているのと同じようなものだ。
  ビームサーベルを保有している話は聞いていたが、余程優れた実力者でもない限り、この乱戦に飛び込むのは無謀と言う他ない。
  かと言ってミシンガンの銃撃も、理性を完全に飛ばしている本部には殆ど意味を成していないのが現状であった。

  そして、何よりも都合が悪いのは……

 「づ、ぐぉ――……ッ」

  神威という、特大クラスの厄ネタがそこに混ざっていることだ。
  本部との打ち合いの隙を縫って得物の間合いまで侵入を果たした神威が、銀時の腹のど真ん中に得物の強烈な刺突を喰らわせる。
  本部の暴走という突然の事態すら、この男はまるで意に介している様子がない。
  単なる享楽ではなく確固たる目的を見据え行動し始めた彼に、遊びと呼べるものは皆無。
  ――だが、彼の目下再優先の獲物と認定されているのはどうやら、銀時の方であるらしい。
  
  神威は、警戒しているのだ。
  銀時の中に垣間見えた、理解し難いものの存在を。
  侍という不確定要素に溢れ過ぎた相手から先に排除して、事を有利に運ぼうとしている。
  つまり時にこの戦場は、乱戦の体さえ崩壊させるのだ。
  時に坂田銀時、本部以蔵、神威の戦いから、坂田銀時と本部以蔵、神威の戦いへと変わる。
  それがあくまでも人間の体しか持たない銀時にとっては、最悪レベルに都合が悪い。

 「俺が――守護らねばならんッッッ!!!」

  口角泡を飛ばして叫び散らしながら、本部は狂ったように、いや真実狂って銀時に猛攻を仕掛ける。
  受け止める腕がビリビリと、嫌な痺れを訴え始めているのが分かった。
  神造兵装・無毀なる湖光は確かに紅桜以上の業物だが、武器が壊れないからと言って、永遠に防御を続けられる訳じゃない。
  担い手の体が先に音を上げれば、どんなに優れた剣も刀もただの棒きれだ。
  銀時は力強く無毀なる湖光の柄を握り締め、死ぬ気で妖刀の剣戟と相対し、僅かな隙を見つけて攻勢に移り――

 「守護(まも)るなんて大層なこと抜かすなら、まずは手前の脳味噌守って見せろォォォォ!!!!」

  力強く、雄々しく吼えた。
  一際激しく火花が散り、銀髪の侍は突き進む。
  羅刹さながらの鬼気迫る様相を呈し戦う本部に対し、その姿はさながら、白き夜叉のようだった。


499 : 憧憬ライアニズム Epigram ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:32:38 5pZHswHs0




  ゆるやかに崩壊の進んでいく闘技場の中、少女達は動けずにいた。
  
  絢瀬絵里も、宇治松千夜も、概ね平穏と言っていい日々を送ってきた人間である。
  千夜の方は、特にそうだ。
  絵里はスクールアイドルの活動をしてこそいたが、あくまでもそれは暴力の絡まない範疇での非日常だった。
  煙草や酒をやらず、ドラッグなど以ての外の健全な身体と精神。
  日だまりの中を生きる少女達にとって、目の前で繰り広げられる戦いは、あまりにも刺激が強すぎた。

  ――単にそう言うと、語弊がある。

  少なくとも絵里は一度、本能字学園で似たような激戦を目にしたことがあった。
  その場には神威も居り、彼がどのような戦いをするのかは、ある程度知っていた。
  千夜だって、周りで大勢の人間が死んでいくのを間近で見せられ続けてきた身だ。
  いいことでは間違いなくないだろうが、常人に比べて、こういった光景への耐性は付いていても何ら不思議ではない。
  ならば自分達の置かれた状況の危険さをいち早く理解し、後のことを託して脱出しようと考えるのが普通だ。
  なのに彼女達がそれを出来なかったのには、理由がある。

  神威。
  自分の妹をその手で貫き殺した、殺戮者。
  彼が発露させ、今も全方位に放っている濃厚過ぎる殺意。
  本能字学園の一件で見せていた、笑顔に乗せたものとはまた違う――覚悟を決めた者の殺意。
  二人は、それにあてられてしまったのだ。
  神威は宇宙海賊の一員であり、銀時と同等、下手をすればそれ以上の数の死線を潜っている。
  殺した人数、倒した敵ならば、確実に彼よりも多い。
  いわば、殺しと破壊のプロとでも言うべき男だ。

  その彼が、本気で見せた殺意。
  それは、少女達を恐怖で動けなくさせるには十分過ぎた。
  千夜に至っては失禁までさせるほどの、効果があった。
  
  神威は、女子供を殺さないという美学を持つ。
  しかし今の彼に、そういうものは期待できないだろう。
  仮に彼が銀時と本部を殺して生き残ったなら、その手は間違いなく、絵里と千夜に及ぶ。
  漠然としたものではなく、確たる目的を得た殺しに、美学は要らない。
  だから逃げなければと思っているのに、足が動かない。腰が抜けている。
  
 (……情けない)

  ぎり、と奥歯を軋ませたのは絵里だ。
  自分は、また何も出来ずにいる。
  この場を離れるという最善手すら、選べずにいる。
  そんな自分の弱さが情けなくて情けなくて、絵里の中に自己嫌悪の情が吹き上がってくる。
  今、自分に出来ることは――祈ること。
  銀時の勝利を祈る以外に、何も出来ない。


500 : 憧憬ライアニズム Epigram ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:33:42 5pZHswHs0

  ふと、隣の千夜に視線を向ける。
  彼女も、同じような顔をしていた。
  まるで自分を鏡に写したようだと、妙なことさえ思ってしまう。
  
 「本部さん……どうして……」

  本部以蔵。
  絵里達は可能性の段階とはいえ、彼を危険人物なのではないかと疑った。
  千夜の言動と、銀時と協力して戦う姿を見てすぐに勘違いだったと分かったが、今の本部はまさに、危険人物としか言いようのない有様だ。
  不気味に触手を蠢かせて、何やら叫びながら刀を暴力的に振るっている。
  ――あの刀が、どうやら彼を変えてしまった元凶らしい。
  俗に言うところの、妖刀というやつなのだろう。
  漫画や映画、出来の悪い怪談以外でそんな言葉を使う時が来るとは思っていなかったが。

 「……悲観しちゃダメよ、千夜ちゃん」
 「でも……!」
 「大丈夫。……銀さんを、信じよう」

  坂田銀時は強い。
  普段は頼りないが、やる時はやってくれる人だ。
  彼ならば、この絶望的な状況をどうにか出来るかもしれない。
  絵里達には信じられないような"もしも"を、実現させてくれるかもしれない。
  今は、そう信じることしか出来なかった。
 
 「絵里さん……っ!?」
 
  突然のことだった。
  千夜が目を見開いて、何かを言おうとした。
  どうしたの、と続けたかった言葉は、声にならなかった。

 「よけて――!!」

  ぐぎっ。
  鈍い音が、した。




 「あッ……ぐ……ぅぅう…………ッ」

  千夜の目の前で、絵里は肩を抑えて蹲る。
  その傍らには、今しがた降り注いだ、瓦礫の塊が転がっていた。
  崩落の始まった闘技場の中、今も緩やかにではあるが、天井だったものが落ちてきている。
  絵里は運悪く、その一個に直撃してしまったのだ。
  肩に命中した瓦礫は、彼女の命を奪いこそしなかったが、その華奢な肩を砕くには十分な重さを孕んでいた。
  もしも頭や首に当たっていたなら、間違いなく絵里は死んでいただろう。


501 : 憧憬ライアニズム Epigram ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:34:28 5pZHswHs0

 「えっ、絵里さん! 大丈夫ですか、すぐに手当てを……!!」
  
  手当てを、と口で言うのは簡単だが、肩口の骨折は処置が難しい。
  これが腕ならば、千夜も本や日常生活で得た知識でどうにか出来たろう。
  しかし肩の骨折となると、不幸にも千夜には知識がなかった。
  
 (ど、どうしよう……とりあえず患部を見て――)
 「…………あれ……?」

  意外にも。
  その時、怪訝な声を出したのは、絵里の方だった。
  
 「もしかして他にどこか……!?」
 「ううん……違うわ。痛みが……少しずつだけど、和らいでいくような」

  不思議に思った絵里は自分の制服を捲り、患部と布地が擦れる痛みに顔を顰めながら、自分の痛めた傷を確認する。
  すると確かに痛ましく内出血しており、肌の表面は衝撃で皮が剥けていた。
  しかしその皮が、よく見ると少しずつ、少しずつ再生している。
  少しずつと言っても、自然回復のそれに比べれば何倍、下手をすれば何十倍の速度だ。
  絵里はそんな特異体質になった覚えはなかったが、思えば、心当たりはある。

  思い返すのは、此処に来る間のことだ。
  電車の中で盛大にすっ転び、頭にたんこぶを作ってしまった自分。
  なのにそのたんこぶは気付くと既に消えており、形跡すら残ってはいなかった。
  銀時に言われなければ、そもそも怪我をしたことにすら気付かなかったろう。
  この現象に、関係がないとは思えない。
  絵里は慌てて自分の所持している黄金の鞘を、地面に置いてみる。

  すると途端に、傷口の治癒は止まった。
  再び手に取ると、また回復が始まる。
  
 「すごい……」

  千夜が月並みな感想しか吐けなかったのも、無理はない。
  この調子で回復が進んでいけば、恐らく完全治癒に十分と要すまい。
  ……これがあれば、きっと助けられる命がある。
  絵里は、そう確信した。
  この戦いで銀時がどれだけ負傷して戻ってきても、これさえあれば、彼を癒やすことが出来る。

  自分にも、できることが、ある!

 
  果てがないように見えた絶望の中で、拾い上げた一抹の希望。
  絵里はそれを抱いて、再び戦場に目を移す。
  

  表情が凍った。
  離れた戦場ではなく、すぐ近くに。
  絵里と千夜の正面、二メートルもないような間合いに。
  
  妖刀を携えた、羅刹が立っていた。


502 : 憧憬ライアニズム Epigram ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:35:44 5pZHswHs0




  只でさえ廃墟じみた有様を晒している闘技場は、本部の狂乱以降更にその度合を増した。
  どこがリングでどこが観客席なのか分からなくなったのは早い内で、今となってはだだっ広いホールのような外観になりつつある。
  事情を知らない者が見たなら、何をどうしたら二本の剣と一個の生身でこんな惨状を作り出せるのかと、首を傾げたくもなるだろう。
  一人の酔狂な男が作り上げた戦いの殿堂は変わり果て、そこに立つ者もグラップラーではない。
  武器の使用が平然と横行したこの戦いをかの徳川老人が見たなら、どんな顔をしただろうか。
  或いは唯一徒手で戦い続ける神威の勇猛ぶりに、惚れ込みでもしたかもしれない。

  銀時、本部、神威が交わした攻め手の数は既に二百を超えていた。
  そんな激戦の中ですら、致命傷を見事に躱しつつ立ち回る侍と夜兎は流石。
  いつ朽ち果ててもおかしくない容体に更に傷を重ねて、それでも倒れることなく刃を振るい続ける守護者の様は狂気を感じさせる。
  本部の戦い方は、銀時に言わせれば壮大な自滅だ。
  暴れれば暴れるほど傷が開き、生命力が減っていくにつれて彼を蝕む電魄は猛る。
  事実彼の衣服は血の池で泳いできたのかというほど赤く染まり、元の色が判別できないほどになっていた。
  正気の彼が見せていた余裕や風格は、今やどこにもない。
  その姿はやはり、坂田銀時がかつて戦った紅桜の使い手――岡田似蔵の暴走した姿に酷似していた。今の本部は、あの時の似蔵と同じ顔をしている。
  彼に紅桜を渡した張本人がこの場に居たなら、大笑さえしたかもしれない。
  自分の磨き上げた技は全て使えなくなり、守護者の意思すらも失い。
  妖刀に搭載された仮初の知能に体を掌握されて、彼が嫌悪しただろう、守護者の対極の姿を晒すことを余儀なくされている。

 「アンタ、それでいいのか……!」

  銀時の説得など、届いている筈がない。
  銀時は知っているのだ。この妖刀の恐ろしさを、一度は経験している。
  非情に聞こえるかもしれないが、本部はもう駄目だろう。
  紅桜を破壊したとして、この体で長生き出来るとはとても思えない――詰み、だ。

  老いた体から放たれるとは思えない剛力を受け止めると、腕が比喩でも何でもなく軋む。
  あまり長く競り合えば、剣越しに腕を圧し折られるのではないか。
  冗談のような話。悪夢のような、話だった。

  鍔迫り合いを続ける二人の隙を貰ったとばかりに、神威の凶手が双方を抉らんとする。
  それはラリアットのような姿勢で叩き込むすれ違いざまの一撃だったが、大の男二人を紙風船のように吹き飛ばす打力を宿していた。
  柔道家らしい見事な受け身から速やかに復帰した本部は、止めを刺さんと走り迫る神威に咆哮しながら刀を振り抜く。
  その衝撃のみで神威の歩みは一瞬止まり、そこを見逃さぬと踏み込んだ銀時が一閃。
  防御することまで織り込み済みの攻撃は、それを証明するように、止められた瞬間に神威の下顎を蹴り上げ、彼を吹き飛ばした。
  標的を失った本部以蔵は銀時に対し突進――するが、その左目に、人体には不似合いなものが生えた。

 「やっと当たりやがった……!!」

  ――それは、ファバロ・レオーネの放ったミシン針だった。
  さしもの本部も、目を潰されるほどの痛みを与えられれば、理性がないとはいえ身動ぎの一つもする。
  銀時は心の中でファバロに礼を述べながら、お得意の刺突を本部の右腕に叩き込むべく突き出す。
  反応の追い付いた本部は紅桜で防ぐが大きく後退を強いられ、地面をその靴底で擦りながら数メートルほど逆戻りをする羽目となった。
  今のは絶好の好機だった。にも関わらず狙いを外した自分に、銀時は苛立ちを禁じ得ない。


503 : 憧憬ライアニズム Epigram ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:36:48 5pZHswHs0

  その苛立ちに冷水をぶっかけたのは、弾丸のような速度で空中からやって来た神威。
  それに気付いて振り返った時には、紅桜のような反則技に頼っていない銀時では遅すぎた。
  拙い、認識した刹那、アッパーカットの要領で着弾した拳が侍の体躯を大きく吹き飛ばした。

 「――――ッッッ」

  呻き声すら出てこない、強烈な衝撃だった。
  神威とこうして本格的に矛を交えるのは始めてだったが、本部があれほどの重傷を負うのも頷ける。
  たった一撃でこれなのだ。連打(ラッシュ)などされた日には、人間の貧弱な肉体程度、あっという間にボロ屑と化す。
  それを避けるべく、ほぼ反射的に無毀なる湖光を頭の上へと構える銀時。
  動作を完了するのと全く同じタイミングで、神威の踵が刀身を打ち据えていた。
  神威が足を離すのを確認して再度剣を構えて、彼が打つ全ての拳を、足技を、壊れるということを知らない名剣で悉く凌いでいく。

 「な……!?」

  神威だけに気を取られている訳にもいかない。
  視線を本部に一瞬移した瞬間、銀時は自分の目を疑った。
  ――本部以蔵が、宇治松千夜と絢瀬絵里の前に、立っているのだ。
  あれほど自分達を斬ることに執着していたあの男が、今は此方に目もくれていない。
  予想外の事態に直ぐに飛び出そうとする銀時だったが、それは失敗だった。
  
 「余裕だね、この状況でよそ見なんて」

  ガードの緩んだ隙間を的確に通過して、拳が銀時の頭を殴った。
  瞼の裏に色とりどりの火花が散って、瓦礫で凸凹になった闘技場の床をごろごろと転がる。
  その無様な姿ごと踏み潰さんと落ちてくる靴裏を刀身で止めることが出来たのは、殆ど偶然の産物と言っていい。
  どうにか力づくでそれを押し返し、二、三度打ち合ってから、銀時は脇目も振らずに絵里達の方へと急ぐ。
  
  坂田銀時は本部以蔵という男の人となりを、僅かな風聞でしか知らない。
  実際に会うまでは危険人物の可能性すら抱いていたのだから、当然だろう。
  彼の殺し合いにおける行動方針は、全ての参加者の守護。
  挫折し、失敗し、土に塗れながらも、その根幹だけは変わっていない。
  紅桜に飲まれた彼の中に残留したのは、よりにもよってその『平等性』だった。
  守護るという概念すら理解できているか怪しい有様で、全ての守護を謳いながら全てを斬る。
  かの人斬りよりも、余程辻斬りらしい在りようとなっているのは、この上ない皮肉であった。

 「止まれ……!!」

  本部が、ゆっくりとその刀を持ち上げる。
  銀時の脳裏に、蘇る光景がある。
  それはかつて、恩師をその手で斬った記憶。
  あの時の自分の姿を、第三者の視点から見ているような錯覚が彼を支配する。
  背後から追うのは、神威。
  殺意に満ちた日傘が、烈しく大気を震わせながら押し迫る。
  銀時は振り返りざまに、それを迎え撃つしかない。
  無視するには、彼の攻撃はあまりにも剣呑過ぎるからだ。

 「邪魔、すんじゃ……ねェェェェェェ!!!!」

  しかし幸運の女神は、此処に来て銀時へ微笑んだ。
  これまで酷使され続けてきた日傘の方に、遂に限界が訪れたのだ。
  みしぃという音が聞こえた次の瞬間、強靭さを売りとする夜兎の日傘が、その半ばほどからへし折れて宙を舞う。
  千載一遇の機を、銀時は今度は逃さなかった。


504 : 憧憬ライアニズム Epigram ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:37:15 5pZHswHs0




  逆袈裟に振り上げた一閃で、神威の胴を斬る。
  渾身の、入りだった。
  目を見開いて、神威が仰向けに倒れ込む。
  ……倒した。そう言っていいと、銀時は判断する。


505 : 憧憬ライアニズム Epigram ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:38:08 5pZHswHs0


  そして再び足を動かして、火急の現場へと全力で、走る。

  既に、刃は上がっていた。
  死神の鎌首は、擡げられていた。

 「止め――」





  幽鬼のような顔色で、本部以蔵はそこにいた。
  素人目にも分かる、ボロボロの状態。
  小汚い男などと、今の彼に悪罵を叩く者はもはや誰も居まい。
  狂気に取り憑かれ、妖刀を携え。
  かつて守護ると誓ったものに刃を振り上げるその姿は、まさに異様なものだった。
  こんな光景を笑い飛ばせる者が居るとしたら、そいつはきっと悪魔に違いない。
  
  ざっ、と更に一歩を踏み出す。
  既に刀を振り上げているのに、そんな行動を取る理由は一つだ。
  すなわち、確実に仕留めるため。
  絶対に紅桜の刃を通し、目の前の二人を斬(まも)るため。
  一念鬼神に通ずの諺ではないが、まさしく彼は今、自分の掲げた信念に基づき狂していた。

  絢瀬絵里も、宇治松千夜も。
  どちらも、正真正銘ただのか弱い少女だ。
  全て遠き理想郷、聖剣の鞘という反則級の物品を持っているとはいえ、首を刎ねられればそれまで。
  狂気の妖刀、紅桜に取り憑かれた男が、この間合いで仕留め損ねるとは考え難い。
  頼みの綱の銀時は、……まだ、遠い。

  そして窮鼠が猫を噛む可能性も、ゼロだ。
  絵里と千夜が全力でその体に縋り付いても、恐らくは無駄。
  武道家として鍛え上げられた体を持つ本部にしてみれば、まさしく子鼠の抵抗に等しい。
  軽々と振り払い、彼はそれからひとりずつ斬り伏せるだろう。
  死の時間が数秒延びるだけでしかない。
  千夜が所持しているベレッタ拳銃を抜き、それで本部の頭を撃ち抜きでもすれば話は違うかもしれないが、彼女にそれを要求するのは酷というもの。ただ一度、間接的に人の命を奪ったことがあるだけの少女に、恩人を平静を保って射殺するなど出来る訳がない。
  あれこれ躊躇っている隙に、本部はやはり、二人を斬る筈だ。

 「守護る……! 俺は……! すべてを……!!」

  絵里は、千夜を引っ張ってどうにか逃げようとする。
  それが叶っていないのは、本部に彼女達が恐怖しているからではない。
  千夜が、動こうとしないからだ。
  彼女はただ刀を振り上げ、狂った譫言を漏らす本部を涙すら流しながら見つめているだけ。
  その理由は、絵里には分からない。
  分かるはずもないのだ、本部と共に過ごした訳でもない彼女には。


506 : 憧憬ライアニズム Epigram ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:38:57 5pZHswHs0

  千夜と本部は、長い時間共に行動してきた。
  悲劇を共にし、挙句の果てには命すらも彼に救われた。
  共通の話題などあるはずもない自分の話を黙って聞いてくれた、そのだけで、千夜は安心することが出来た。
  随分久しぶりに、その心をリラックスさせることが出来たのだ。

 「……もう、やめて」

  絞り出すような言葉が、彼女の小さな口から漏れる。
  
 「もう、やめてください。……これ以上、そんな姿で戦わないで」

  これまでの戦いでボロボロになった、その体のことを言っているのではない。
  自分の信念すらも忘れて、化け物のように刀を振るう、今の本部以蔵の姿のことを、千夜は指していた。
  それはある意味で、彼に最も相応しい姿。
  命の取捨選択をして人道を踏み外し、修羅道に入った鬼の成れの果てとして、おあつらえ向きの姿だった。
  千夜も、彼が鬼になったことを知っている。何故なら本部が自分でそう言っていた。

  
  俺の、鬼となった人間の、たった一つの望みだ。
  

  その言葉を、千夜は忘れていない。
  これはきっと、報いなのだろう。
  人に生まれておきながら鬼になる禁忌を犯した守護者への、当然の報いなのだろう。
  それでも、千夜は今の彼の姿を見たくなかった。
  こんな顔をして、こんな姿で戦う本部以蔵を、見たくなかった。

 「やめてよ、本部さん……もう、これ以上……!」

  ぐおん。
  本部は大きく紅桜を振りかぶる。
  絵里は、もう駄目だと確信した。
  思わず、反射的に体が目を瞑ってしまう。
  目を開いた時にはきっと、千夜は本部に叩き切られている。
  その姿を幻視して、絵里は震えた。
  歯の根が合わない音を鳴らしながら、涙を流した。

  千夜も、目を瞑る。
  元々此処ぞという時には臆病な彼女だ。
  格好良く目を開けたまま、啖呵を切るなんて出来やしない。
  しかし千夜は、その口を動かしていた。
  伝えるべきことがあると思ったから。
  恩人に、仲間に、伝えねばならない『お願い』があると思ったから、彼女は止まらない。

 
 「――――人間(ひと)の心を、失くさないで!!」


507 : 憧憬ライアニズム Epigram ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:39:55 5pZHswHs0


  その言葉を聞いた途端。
  振り下ろされていた刀身が、千夜の頭の数ミリメートル手前で停止した。
  一瞬、闘技場の中に流れる時間が止まった。
  えっ、と千夜、そして絵里の瞳が驚きに見開かれる。
  妖刀に侵食され、自我を殆ど失っていた本部以蔵。
  その彼が、千夜の頭を叩き斬る本当の寸前で、自ら刃を止めたのだ。
  千夜は本部の顔を見る。彼は、苦しんだ顔をしていた。
  自らの体を操らんとする意思と戦っているようにも見える。  

  
  本部以蔵は、命を選別した。
  範馬刃牙という男を相手に、やってはならないことをした。
  そうして鬼となった彼は、だからこそ、千夜には自分のようになるなと言ったつもりだった。
  しかし当の千夜は、彼のことを鬼だなんて、思ってはいなかったのだ。
  刃牙を殺した当初であれば、いざ知らず。
  短いながらも暖かな時間を共にした今では、そんなことは露ほども思っていない。
  
  鬼が、人を安心させるだろうか。
  度重なる悲劇で摩耗していた心に、暖かさをくれるだろうか。
  誰が何と言おうとそれは否だと、千夜はそう断言できる。
  宇治松千夜の中では、本部以蔵は鬼でも羅刹でもない。
  
  『人間(ひと)』だ。彼は、ひとなのだ。千夜の中では、今も。

  そして少女の作った隙は、間に合うはずのなかった奇跡を、間に合わせる。
  端からは銀色の軌跡が煌めいた程度の認識しか出来ないような、神速の斬撃。
  銀髪の侍が、か弱い二人のもとへ到達していた。
  
 「……ガキに此処まで言われてんだぞ、このクソホームレス野郎」

  一撃目で、紅桜の刀身を上へ弾き上げる。
  間髪入れず放つ二撃目が狙うのは、本部の首でも心臓でもない。
  その身体に巣食う妖刀――『紅桜』そのもの!

 「男なら……とっとと目ェ覚ませ」

  再び、銀色が煌めいた。
  一閃――紅桜の刀身に、亀裂が走る。

  本部が目を見開いた。
  銀時は歯を食い縛り、紅桜をそのまま砕かんと力を込める。
  一秒に遠く満たない時間で行われる攻防は、しかし悪夢の終わりには成り得ない。


508 : 憧憬ライアニズム Epigram ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:41:02 5pZHswHs0

 「ま……だ、だッッ!!」

  本部の右腕と同化した異形の触手が、銀時の身体を絡め取ったのだ。
  何としてでも刃を砕かせまいと、電魄の猛攻が彼を締め上げる。
  骨の軋む感覚に銀時は呻くが、それでも彼の思考は一つ。
  紅桜を砕くこと。
  本部以蔵を、狂気から解放すること。
  それだけのために、侍は全霊を尽くす。
  だが、やはり足りない。
  締め上げられ、拘束されている身では、如何に白夜叉といえどもやれることに限界がある。
  
 「う……ぐ、ぐおおおおおおおおッッッ――!!!!」

  咆哮するは、本部。
  痛め付けている側の彼が、誰より大きく絶叫している。
  亀裂を刻まれた紅桜が、その意思をこれまでにないほど大きく動かしている証拠だ。
  しかし同時にその姿は、本部以蔵という人間の個我が、紅桜の狂気に抗っているようでもある。

 「ち、が……う……!!」

  そして事実、その通りだった。
  羅刹の顔に、『鬼』が――いや。
  『人間(もとべいぞう)』が、戻ってくる。
  今まさに彼の中では、意思の鬩ぎ合いが起こっている真っ只中なのだろう。

 「おれ、は……まも、る…………! 全ての、参加者を……!!」
 「本部さん!!」
 「この、もと、べの、守護は……こんな、ことじゃ、ねェ……!!」

  本部は、打ち克ちつつある。
  しかし悲しきかな、銀時を戒める触手の力が緩む気配はない。
  どれだけ強い鋼の意志で戦おうが、身体の自由を奪い返せなくては意味がない。
  このまま銀時が圧死すれば、神威が倒れている今、本部を止める者は何処にもいない。
  そのことは、自我を取り戻しつつある本部にも分かった。
  だから、なのか。
  彼は一転、苦しみの感情を顔から消して、深く息を吐き、もう一度吸い込む。

  そして、顔だけを千夜の方に向けた。

 「……嬢ちゃん。嬢ちゃんは確か、ベレッタを持っていたな」


509 : 憧憬ライアニズム Epigram ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:42:13 5pZHswHs0

  えっ。そんな気の抜けた声を千夜はこぼす。
  確かに、千夜は支給品としてベレッタ92という銃を所持していた。
  予備弾倉も残っている為、取り出しさえすればいつでも使うことが出来る状態だ。
  だが、何故この状況で本部はそんなことを言うのだろう。
  ……とぼけることは、もはや出来なかった。千夜はそこまで、察しの悪い少女ではなかった。
  理解してしまう。彼の言わんとすることを。
  直感してしまう。自分のせねばならないことを。

 「で、でもっ」
 「一度しか言わねぇ……いや、言えねぇだろう。だから、よく聞いてくれ」
 「もとべさ――」

  千夜の悲痛な声を遮って、本部以蔵は言う。


 「そいつで、俺を撃ってくれ」


  出来ませんと、千夜は叫んだ。
  泣きながらの、ほとんど吼えた、と言ってもいいような叫び。
  だが本部は、自分の口にした懇願を撤回しない。
  彼は頭の冴えた男だ。
  だから最適解がすぐに分かった。
  この場で、千夜と絵里と、銀時が生存する手段は一つ。
  
  紅桜と一体化している本部以蔵自身を殺害する。

  それ以外に、ない。

 「心配しなくてもいい。俺ぁ、死ぬのは怖くねぇ……
  それよりも俺が俺でなくなり、守護るべきものをぶった斬っちまう方がずっと怖ぇのさ」

 「でも――」

 「頼む。やってくれ、千夜の嬢ちゃん」

  本部が死を怖くないと言ったのは、虚勢でも何でもない。
  誰も彼もを守護り、生かそうと願った男にしてみれば、自分が自分でなくなり、無差別殺人を犯す辻斬りと化す方が余程恐ろしかった。
  無念はある。悔恨もある。
  それでも、此処を生き延びて更に醜態を晒すよりは、ずっと幸福な最期だ。
  無念も悔恨も、少なくて済む。
  だからやってくれと、本部は言う。
  酷な頼みだと理解はしている。その上で、本部以蔵は少女に頼んでいる。


510 : 憧憬ライアニズム Epigram ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:43:00 5pZHswHs0

 「う、あ、ううう」

  泣きながら、千夜は自分の黒カードから、ベレッタ92を取り出した。
  かつて人を撃った時の感覚が、嫌でも蘇ってくる。
  無我夢中だったあの時よりも、ずっと銃は重い。
  引き金は不動にすら思える。
  これを引けと、本部は言う。
  そして自分を撃てと、彼は言うのだ。
  宇治松千夜に、願うのだ。
  それ以外、この場を収める術はない。

 「……やっぱり、わたし――!!」
 「千夜ちゃん……!!」

  その肩に手を置いたのは、絵里だ。
  絵里は本部と千夜のことを、何も知らない。
  正真正銘部外者と言っていい人物だが、それでも、分かることはある。
  本部以蔵という男にとって一番幸福な終わりが、宇治松千夜に殺されることなのだ。
  守護る、守護ると彼は狂いながらも口にしていた。
  彼はきっと、守護者のまま死にたいはずだ。
  
  千夜に、代わってとは言えなかった。
  本部は、彼女に頼んだのだから。
  ならばその生命を終わらせていいのは、千夜しかいない。

 「……名前も知らねぇ嬢ちゃん。千夜のことは、頼んだぜ」
 

  引き金に、指が掛かる。
  息は荒く、視界は明滅を繰り返している。
  震える肩を、絵里が抑えた。
  狙いを定める。
  ――頭に。
  漫画や小説の知識で、銃で狙うなら頭だということは知っていた。


 「……ありがとよ」


  引き金が、そうして引き切られる。
  守護者は、守った者に。
  鬼が助けた人の子に、撃ち殺されて生涯を終える。
  発射された弾丸が本部以蔵の眉間を撃ち抜く最後の一瞬、本部以蔵が発した言葉。


511 : 憧憬ライアニズム Epigram ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:44:26 5pZHswHs0


 「俺を人間と言ってくれて、ありがとう」


  それは確かに、千夜の耳に届いた。
  絵里の耳にも、銀時の耳にも。
  笑顔を浮かべたまま、本部以蔵の脳漿が飛び散った。
  紅桜の触手が緩み、銀時が解放される。
  彼は裂帛の気合を込めた叫びをあげながら、紅桜を文字通り、叩き折った。

  ……彼の生き様は、確かに道化だったかもしれない。
  しかしそれでも、本部以蔵が笑わせたのは悪魔だけじゃない。
  宇治松千夜という一人の少女に、ほんの束の間でも笑顔を与えた。
  それだけで、彼という道化が生きていたことには、きっと意味がある。

 
  妖刀・紅桜――もとい。
  対戦艦用機械機動兵器・紅桜――完全破壊。


  『守護者』本部以蔵――――殉死。


 
 【本部以蔵@グラップラー刃牙  死亡】


512 : 憧憬ライアニズム Epigram ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:45:09 5pZHswHs0


 
 「よっし……!」

  響いた銃声。
  ファバロ・レオーネもまた、その光景を見ていた。 
  宇治松千夜が持つ銃の口から黒いものが吐き出され、本部以蔵の頭から赤いものが散った。
  銀時や神威の口ぶりから察するに、あの老人を凶行に駆り立てていたのは彼が振るっていた刀。
  それが砕け散る瞬間も、ファバロはしかとその目で見た。
  殆ど見ず知らずの他人である本部の死に様に、ファバロの心は大して動かない。
  
  それ以上に、理性なく暴れ回る本部の脱落がありがたかった。
  ファバロはお人好しだが、博愛主義者ではない。
  彼にとって本部以蔵は妖刀に取り憑かれた狂戦士であり、それ以上でも以下でもないのだ。
  当然そんなことを声高に宣おうものなら彼女らとの対立は避けられないだろうし、その辺りの分別は彼もしっかりつけているのだったが。
  ファバロの場合、本部から特に離れた場所へ陣取っていたのが幸いした。
  ミシンガン程度の威力では、ああやって目にでも当てない限り動きを止められない相手。
  もしも突撃されていたら、間違いなく只では済まなかった筈だ。

  そんな事情もあって、ファバロのこの戦いにおける位置は殆ど蚊帳の外と言っていい。
  
  だが、それでいいのだ。
  少なくともファバロはそう思っている。
  これは別に、彼が自分の命が惜しいから、というわけではない。
  ……半分くらいは、確かにそういう理由もあるかもしれないが。

 (マジに化け物同士の戦いだぜ、こんなのよ……
  余計な出しゃばりで首突っ込んでおっ死ぬよりかは、こういう方が俺には合ってんだ)

  ファバロが常日頃より行っている賞金稼ぎとは訳が違う。
  彼の戦ってきた賞金首の中には厄介な力なり何なりを持つ者も当然居たが、強いとは言っても、所詮はたかが知れている。
  一介の賞金稼ぎ風情が狩れた程度の相手だ、当然である。
  神威のような本物の超人を相手取った経験はないし、悪魔と戦った時にだって、正攻法では結局勝利できなかった。
  ファバロ・レオーネという男は、つまり賢いのだ。
  良くも悪くも、割り切っている。

 「――ま、あの神威とかいう化け物も倒したんだ。とりあえずこれで――」


513 : 憧憬ライアニズム Epigram ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:45:57 5pZHswHs0

 「――ま、あの神威とかいう化け物も倒したんだ。とりあえずこれで――」

  或いは。

 「あ?」

  それが、いけなかったのかもしれない。
  彼は、賢すぎた。
  だから見つかってしまう。蚊帳の外とは言い換えれば、最も分かりやすい場所。
  事態の渦中にこそないものの、逆に言えば、同じように事態の渦中にいない者からすれば、これほど目立つ者もない。


 「ふざけッ――」


  彼が『そのこと』に気付いた時、既に神威(バケモノ)は立ち上がり、蚊帳の外の賞金稼ぎを見つめていた。
  剛、という音を聞く。
  それが、ファバロの知覚した、最後の感覚だった。

  緑子が、叫んでいる。
  ファバロの名前を呼んでいる。
  ファバロは、答えない。
  その首は、あらぬ方向に曲がっていた。
  
  灯火の消えたその瞳に写るは――『あの時』の神楽と同じ目をした、彼女の兄の笑顔。


 【ファバロ・レオーネ@神撃のバハムート GENESIS  死亡】


514 : 憧憬ライアニズム Sprinter ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:46:46 5pZHswHs0



  胴の傷から漏れる血の熱を肌で感じながら、男は一人、考えていた。
  何故、自分は今、こうして天を見ているのだろう。
  本部以蔵という男を中心に起こる最期の攻防すら、神威の耳には入らない。
  
  彼の脳裏にあるのは、懐かしい景色だった。
  家族四人で暮らしていた頃の、穏やかな時間。
  今のように刺激に溢れた毎日では決してなかったが、それでも毎日が楽しかった。
  
  懐かしい景色。
  温かかった時間。
  もう戻ることのない、平穏。

  あの男と袂を分かった日から、ずっと強さばかりを追い求めてきた。
  雷槍なんて大層な名前で呼ばれるようにもなったし、自分を慕う部下も出来た。
  最強の称号を器に収めるために自分の中身を空にする、そんな覚悟はとうの昔に完了している。
  
  そういう風に、今日この時まで生きてきた。
  
  なのにどうして、自分は今、天を仰いでいる。
  地に寝転んで、そんなものを眺めている。
  体に走っている、この傷は何だ。
  ……ちっぽけな、ちっぽけな傷。夜兎を力尽きさせるには余りに足りない、刀傷。
  傷の程度など、問題ではないのだ。
  何故この自分が、そんなものを刻まれてしまったのか。
  地球人と夜兎が戦って、敗れることなどあるはずもないというのに。

  頭の中に、あの瞬間が蘇る。
  兄貴であろうと誓ったはずの少女を、この手で貫いた瞬間が。
  本人が認めるかどうかは別として神威の中には、妹を想う『バカ兄貴』の部分があった。
  確かにそういう側面は、彼の中にあったのだ。
  
  ボロボロになって朧気な足取りで近付き、自分を抱くように止まってしまった神楽。あの時、神威の中にあった最後の『弱さ』が消えた。
  妹を貫く拳は、止まらなかった。
  もしも神威が何もなくさずにいたなら、神楽を殺すことだけはなかったのかもしれない。
  しかし全ては、もう終わった話。
  神楽は死んだ。神威が殺した。そしてその神威も、今は地に倒れて天を仰いでいる。
  
 「まだ……」

  天に向けて、右手を伸ばす。
  誰のものかも分からない血に塗れた手から、一滴が滴り落ちて神威の頬を濡らした。
  丁度、本部以蔵が宇治松千夜に自分を撃てと言った、その瞬間のことだった。
  白い侍に切り伏せられ、蚊帳の外に追い出された兎は滴る血の雫で顔を汚しながら、呟く。

 「まだ、残っていたのか」

  最後の一線という血管を引き千切られて、死んでいった筈の『バカ兄貴』が、まだ自分の中には生き残っていたのか。
  そうでなければ、あり得ない。
  空っぽにもなれないような半端者の剣に、最強(つよさ)を求め続けて生きてきたこの自分が負けるなど、あり得ないことだ。
  もう、神威の器に底(げんかい)はない。
  弱さを象徴する名前は、捨て去った。
  まだ残っているものがあるとすれば、それは『バカ兄貴』の腐乱死体だ。

 「いるか……そんなもの」

  そんなものが残っているから、負けるんだ。
  ならば此処で、全て消そう。
  妹も親父も、自分(おまえ)だったものも、全て。

 「俺が」

  さあ。

 「消してあげるよ」

  ――終わりにしよう。


515 : 憧憬ライアニズム Sprinter ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:47:33 5pZHswHs0



  立ち上がった夜兎の眼は、正気のそれではなかった。
  音もなく復帰した彼の存在を、最初に認識したのはファバロ・レオーネ。
  そして夜兎がその眼で最初に注視したのもまた、ファバロ・レオーネであった。
  地面を素早く蹴り飛ばせば、距離を吹き飛ばしたのかというほどの速さで接敵する。
  ファバロが何かをする暇すら与えずに、彼は男の首を圧し折った。
  ゴールへボールをシュートするような何気なさで振り抜かれた足は、地球人の頚椎を破壊し、即死に至らしめることすら造作もない。
  次に夜兎の見据えたのは、涙を流している少女、それを慰めている少女、此方に気付いた侍、地に臥せってピクリとも動かない武闘家の四人。
  死体を破壊するような趣味は、夜兎にはない。
  ならば、最も優先して壊すべき相手は――

 「……あの野郎」

  坂田銀時。
  聖剣に並ぶ一振りを有した、銀髪の侍だ。
  小蝿のように五月蝿く、此方を邪魔立てする射撃役は落とした。
  後は彼だけ。
  彼さえ叩いて壊せば、残るのは無力な草食獣のみ。

 「飲まれちまった」

  そこから先の言葉を、銀時が発することは不可能だった。
  黒カードに眠る必滅の黄槍などには目もくれず、神威は狂嬉に染まった表情で、己の拳のみを武器に銀時の心臓を貫かんとする。
  今の彼はまさに、先程までの神楽と全く同じ状態にあった。
  理性をなくし、自分の名前も他人の名前も忘却して、それでも戦うことを止めない狂戦士。
  ――全てのリミッターが外れ、解き放たれた一匹の夜兎(ケモノ)だ。
  こうなった彼らを止めることは、極めて困難。
  ましてや彼は最強の男と、最強の母から生まれ落ちた天性の戦闘者なのだ。

  爆弾でも至近距離で爆発させたような風圧を伴って迫る拳を、湖光の刀身で受け流す銀時。
  だが今の神威は、先程まで彼と打ち合っていた男とは次元が違う。
  銀時の体はあまりの衝撃に耐え切れず、体勢を崩して大きく後退させられる。
  守りが薄れると同時に、超重量のハンマーが如き踵の一撃が空から彼を襲う。
  回避するのは困難と判断した銀時は馬鹿の一つ覚えのように、剣を構えて防ぐしかない。
  踏みしめた地面が音を立てて凄惨に砕け、二人を中心に小規模のクレーターが広がっていく。

 「一人でドラゴンボールしてんじゃねェぞ、このすっとこどっこい……!!」

  僅かに身を引いて衝撃を逃し、実質的な力比べという明らかに不利な態勢を打破。
  そこまでを完了するや否や、銀時は剣豪と呼ぶに相応しい超速で宝剣を振るった。
  使い慣れている洞爺湖に比べてやはり違和感はあるが、基本性能は段違いの逸品だ。
  銀時の力も、宝具の効能によって普段より向上している。神威に全く通用しないということは、決してない筈だ。


516 : 憧憬ライアニズム Sprinter ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:48:24 5pZHswHs0

  一発目を躱されても退くことなく、銀時は再び神威に逆袈裟懸けの閃撃を繰り出す。
  しかし彼が渾身の力を込めて放った初撃が回避された時点で、銀時はもっと警戒すべきだった。
  神威はその場で真上へ跳躍することで剣の軌道を逃れ、着地を待たずに放つ回し蹴りで彼の横っ腹を捉え、そのまま蹴り抜く。
  歯を食い縛りながら、何とか倒れずには済んだ銀時に、神威は一切の容赦なく襲い掛かる。
  単調な拳や足による打撃の連打は、いつしかラッシュと呼んでいいペースに変容していた。
  しかも只の一発として、そこに軽い一撃というものが存在しないのだから質が悪い。
  今の神威は理性を飛ばしている。だがそれだけに、普段よりもずっと野性的な、夜兎本来の戦い方を駆使してくる状態だ。
  下手な鉄砲数撃ちゃ当たるの理屈で、銀時はどんどん追い詰められていく。
  
  対応しきれなかった拳が肩を掠めて、皮膚が捲れて火傷のような痛みを訴えてくる。
  それに彼が顔を顰めるのを見計らったように、神威は一際大振りのストレートを打った。
  頭を真横に反らすことで命中は免れたものの、もし直撃していたなら、確実に銀時の頭は粉々に砕け散っていたことだろう。
  銀時の立ち位置からは、ファバロの生死は確認できない。
  だが絶望的だろうと、彼は踏んでいた。
  只でさえ冗談のような身体能力を発揮してくる夜兎族が、あらゆる枷や箍を外して襲い掛かってくるのだ。
  単純な強さで言えば、それこそこうなる以前の彼とは比べ物になるまい。
  恐らく無防備な状況を、殆ど不意打ちのような形で攻撃されたのだから、ファバロにそれを受けたり回避する備えはなかったに違いない。
  そして彼の予想通り。
  ファバロ・レオーネは、一瞬の内に死を遂げていた。

  無論ファバロよりも場慣れしているからといって、それは神威と戦い、生き残れる理由にはならない。
  彼は銀時以上に修羅場を潜った怪物さえも相手取り、その上を踏み越えてきた化物だ。
  そもそも地球人という身体の基礎能力で劣った種族に生まれている時点で、銀時の抱えているハンデは相当なものである。
  今でこそどうにか防御だけは出来ているが、いつこれが崩され、地球育ちの惰弱な体を粉砕されるか分かったものではない。
  それを承知していながら、銀時の表情は――笑っていた。
  彼我の実力差を正しく理解しているのなら決して浮かべることの出来ない顔で、坂田銀時は狂える神威に向き合っていた。


  どうしてそんな顔をしているの、と絵里は思わず呟いた。
  その足下では、千夜が泣きじゃくっている。
  黄金の鞘を本部の体に密着させても、彼の傷が癒えることも、再び彼の固い胸板が上下し始めることもなかった。
  死者を蘇らせる力なんてものは、此処にはない。
  仮に全て遠き理想郷(アヴァロン)の効能をも超えた、死人の魂をも呼び戻す道具があったとして、繭はそんな物を参加者に配りはしないだろう。
  バトルロワイアルは殺し合いだ。千夜や絵里のように、馴れ合っている方が本来異端なのだ。
  
  鞘の力では、死んだ人間は生き返らせることが出来ない。
  本部以蔵は死んだ。
  先程までは援護のために度々顔を出したり引っ込めたりしていた、ファバロの姿も見えない。
  絵里は薄々だが、彼は死んでしまったのだろうと悟っていた。
  もう、この闘技場で三人が命を落としている。
  そして次に命を落とす者が居るとしたら――それは彼らのどちらか以外、あり得ない。

  そんな状況なのに、坂田銀時は笑っている。
  攻撃をされれば歯を食いしばりながら受け止め、殴られれば血を吐いて顔を歪める。
  それでもすぐに彼の口許は横に伸ばされ、吊り上がるのだ。
  どうしてそんな顔が出来るのか、絢瀬絵里には理解できない。
  ただ一つ分かるのは、銀時は神威を、決して『只の敵』として倒そうとしてはいないこと。
  彼は仲間の仇であり、最大の脅威である所の神威に、何かを望んでいることだった。


517 : 憧憬ライアニズム Sprinter ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:49:10 5pZHswHs0

  銀時は不敵に笑む。笑顔を作って、神威と相対している。

 「何だ、そのザマは」

  神威は確かに、格段に強くなっている。
  暴走状態に入った夜兎の力に敵う者など、この会場中を探しても居るかどうか分からない。
  しかし銀時にしてみれば、こうなる前の、団長と呼ばれていた頃の神威の方が遥かに手強い難敵に感じられた。
  今のこいつは、大したことない。
  銀時は暗に、神威をそう評しているのだ。
  戦いとは、喧嘩の勝ち負けとは、只の力比べで決まるものじゃない。
  どれだけ力が強くても、今の神威は、銀時に言わせれば弱い。

  ただの、程度を知らないクソガキだ。

 「勝てねェと見るや夜兎(おや)を呼んで、手前は引っ込んでだんまりか」
 「天下の春雨ってのは、随分腑抜けたガキを使ってるんだな」

  知った事かと切り捨てる代わりに、銀時を地に臥させんと腕を伸ばす神威。
  その右腕からは――いや、右腕のみと言わず左腕、両足に至るまで、至る所からぷしゅっ、ぷしゅっと血が噴出し始めていた。
  リミッターというものは、必要だから存在しているのだ。
  生物が限界を無視して行動すれば確かに最良以上の結果を得られるが、限界を超過した反動でその体はボロボロに壊れていく。
  それを防ぐために、どんな生き物も無意識下に自分へリミッターを施している。
  神威は今、それを外している。夜兎の身で限界を超えた挙動を行えば、その代償は地球人のものよりもずっと大きい。

 「微温いんだよ、今の手前は」
 
  だが、神威は……彼を突き動かす夜兎の血は、そこに一切頓着していない。
  力の出し過ぎで四肢や体が壊れようと、それこそ知った事ではないと言わんばかり。
  武器すら使っていないにも関わらず、破壊の規模と度合いが増しているのはどういうわけか。
  火力を最重視した、何もかもを壊し、消し去らんとする破壊の極致。
  獰猛性と指向性を獲得した自然災害と呼べば、丁度いいだろうか。
  しかしそれは、あくまでも彼の力ではない。
  夜兎の血に飲み込まれたことで、狂ったような顔で繰り出す、他人様の拳だ。

  銀時が無毀なる湖光で刺突を放ち、神威の拳と激突させた。
  拳と剣、普通に考えればどちらが勝つかなど分かり切っているのに、二つは拮抗している。
  その末にどちらが勝つということもなく二人は息を合わせたように同時に離れ、銀時が大きく踏み込んで剣を振った。
  対する神威は自分の靴を盾の代わりとすることでそれを弾き、防ぐ。
  銀時が刃を引いた一瞬、神威は体を捻らせて彼の間合いへと潜り込んだ。
  無防備を晒している侍の体を打ち上げるようにして、銀時の腹部を重く強打する。
  彼の吐いた血潮が、神威の髪を汚した。
  次に右フックが銀時の頬を捉え、まともに喰らった彼は折れた歯を舞わせながら吹き飛んでいく。
  追いかける神威だが、今度は銀時の方が一瞬速かった。

  突き出した宝具の鋒が、神威の太腿にずぶりと突き刺さる。


518 : 憧憬ライアニズム Sprinter ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:49:50 5pZHswHs0

 「今の手前は……ガキだ」

  空いた方の足が、銀時の頭を潰さんと横薙ぎに振るわれる。
  辛うじて回避しつつ突き刺した剣を抜き、態勢を立て直して突撃。
  見惚れるほど美しい刀身を、またしても目にも留まらぬ速さで振り抜いた。
  神威はそれを、白刃取りのように片手で掴み取る。掌から血が滲むのも、気にすらしていない。

 「神楽(いもうと)を殺して、一歩進んだつもりか」
 「決着を着けに行くと格好つけて、強くなったつもりか」
 「だとしたらお笑いだぜ、神威」

  銀時が力づくで宝具を引き戻す。
  その口元はやはり何か悟ったように笑っていて、それと相対する神威もやはり笑っていた。
  しかし神威の浮かべる笑顔も、本来の彼が浮かべるものとは全く違う。
  美学や作法なんて上等なものじゃない、ただ本能で浮かべるだけの笑顔。
  今の神威は、笑っていない。顔は笑っていても、心からは笑っていない。
  どんな死地でも笑いながら切り込んでいった益荒男の姿は……此処にはない。

 「お前は最強なんて大層な名前も、地球のバカ兄貴なんて貧相な名前も持っちゃいねェ」
 「鼻提灯膨らませて、間抜け面でベソかいてるだけの――」

  神威と銀時が戦ったなら、銀時が孤軍で勝てる可能性は限りなく低い。
  神威は、日々目まぐるしい勢いで強くなっている。
  かつては敵わなかった夜王鳳仙ですらも、いずれは追い抜くことだろう。
  仲間の助けがあればいざ知らず、一人で戦うような相手じゃない。
  坂田銀時は冷静に、そう分析する。だが今、自分の前に立つ男は、神威ではない。
  たった一つ残った名前まで失くして、自分で拳を振るうことも出来なくなった、哀れな兎。
  地球でも、宇宙のどこででも、この手の輩はこう呼ばれる。

 「――つける薬のねぇ、クソガキだァァァァァ!!!!」

  またしても、銀時の一撃が神威を吹き飛ばした。
  信じ難いことに、戦えば戦うほど、銀時が神威に喰らいつき始めている。
  彼が正気だった頃よりも、今の方が戦えていると言っても過言ではない勢いだった。
  既にその体は度重なる殴打で消耗しており、立つのも苦痛な有様だが、そんな事は関係ない。
  神威と同じように、彼もまた、自分の中のリミッターを外しているのかもしれなかった。
  されど、そのやる気のなさそうな双眼に宿る意思の光は、衰えるどころか激しくなるばかりであったが。

 「■■■■ゥゥゥゥゥ!!!!」

  意味の取れない咆哮をあげ、神威もまた更に激しく燃え盛る。
  直感的な動作で刺突を避けたかと思えば、それと同時としか思えない速度で銀時の胸板に拳打を浴びせた。
  肋骨の砕ける音が耳障りだ。それを掻き消さんばかりに、銀時も負けじと剣を振る。
  至近距離での打ち合いとなると、嫌でも両者の力の差が浮き彫りとなるが、銀時はそのことに堪えた様子の一つも見せちゃいない。
  しぶとく雄々しく喰らいつき、神威の顔面を力強い膝蹴りで打ち据えてみせたほどだ。


519 : 憧憬ライアニズム Sprinter ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:50:44 5pZHswHs0

 「――名前を失くした気分はどうだ」

 「ぐ――お、ッ……」

 「それが、失くしちゃならねえものを失うってことだ」

  鼻から血を流しながら、顔を上げた神威の頭突きが銀時の顎を打つ。
  ぐらりと襲う脳震盪を気合で耐え、銀時は剣を片手持ちに切り替え、拳骨を作った。
  それを思い切り振り下ろし、先の意趣返しさながらに、彼の頬を殴り抜く。

 「本当は、殺したくなかったんだろう」
 「あいつの兄貴で、ありたかったんだろう」
 「それを殺しちまったもんだから、そんなに弱くなっちまってるんだろう」

  この男は何を言っているのだと、それを聞いた大半の人間は思うだろう。
  確かに銀時は、種族の差など知らぬとばかりに神威へ果敢に喰らいついている。
  だがそれでも、決して優勢ではない。
  その場で拳を耐え抜いた神威のカウンターが、銀時の顔をまた殴り飛ばす。
  彼は耐え切れずに地面へ倒れ、血混じりの痰を吐き捨てながらゆらりと立ち上がった。
  銀時は二撃、神威は一撃。
  与えた攻撃の数では銀時に分がある筈なのに、受けているダメージの量は神威の方が少ない。
  それなのに、銀時は恐れることなど何もないと、立ち上がって言葉を紡ぐ。
  舞い上がって視覚を潰す粉塵に顔を顰めながら、半ば闇雲に振るった剣が空を切った。
  神威の蹴りがその腹に入る。意識がぐるりと回転し、平衡感覚が狂乱する。
  今のは、強烈だった。
  意識が飛ぶどころかそのまま死んでしまってもおかしくないような……人間一人を殺すには十分過ぎる程の威力が籠っていた。

 「……お前の中に燻った全部、此処で出しな」
 
  銀時は口から溢れてくる血の雫を片手で拭い、神威にその剣の鋒を向けた。
  侍でも、騎士でも、剣を使う者ならば共通して用いる宣戦の合図。
  本当の戦いはこれからだと、戦場を知る男の瞳がそう告げていた。
  絵里の予想は当たっている。銀時は神楽を殺した神威に、もう怒っても、憎んでもいない。
  では何故、この男は彼と戦うのか。何の為に説教を垂れ、剣を振るうのか。

 「俺がこの場で、その全部をぶっ壊してやる」
 「底の抜けた手前の器(ガラクタ)ごと」
 「木端微塵に叩き割ってやるよ」

  神威は何も言わない。
  何も言わずに、自分の全てを壊すと豪語した男に向かって一歩を踏み出す。
  
 「そんでもって――」

  二歩目で、彼は駆けた。
  銀時もそれを見て、修羅の形相で駆け出した。
  剣と拳。本来釣り合うはずのない二つの得物が、再び火花を散らす。

 「――お前の『バカ兄貴』を、取り戻してやる」


520 : 憧憬ライアニズム Sprinter ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:51:30 5pZHswHs0

 

  それからの戦いは、華やかさとは無縁の、泥臭いものだった。
  血風と粉塵を舞わせながら、男と男が互いの闘志をぶつけ合うだけの戦い。
  ……いや。それは何も、今に始まったことじゃない。
  本部以蔵や神楽が生きていた時も、この闘技場で行われていた戦いは全て、泥臭いぶつかり合いであった。
  譲れない何かを抱えた者同士がぶつかれば、それが男であれ女であれ、戦いの行方を左右するのはそいつの強さではない。
  それを譲れないと思う、感情の強さだ。
  人は不条理を可能にする生き物である。
  理屈じゃ説明の付かない、奇跡を起こせる生き物だ。
  
  本部以蔵が、きっかけがあったとはいえ土壇場で紅桜から自分の意志を奪い返してみせたように。
  坂田銀時が、自分の底(げんかい)をも悠々踏み越えて、勝てるはずのない相手にこれだけの善戦をしているように。
  思いの強さは、力を生む。乱戦の最後に残った彼ら二人の戦いも、結局はそういうものだ。
  神威が殴る。銀時が吹き飛んでは、立ち上がって逆襲する。
  銀時が斬る。神威は血を流しながら、驚異的な力とタフネスで食い縋る。
  命中の成否を度外視するなら、二人が放った攻撃の数は合計で四百を超えていた。
  あの『仕切り直し』からほんの数分しか経過していないというのに、だ。

 「おい、どうした」

  銀時が、彼の拳を己の掌で受け止めて笑う。
  あまりの威力に腕は悲鳴を上げ、骨に罅が入るが、気にも留めていない。

 「お前のおっかねえ夜兎(おや)は、引っ込んだのかい」
 「……自分の喧嘩くらい、自分でやりたかった。それだけさ」
 
  神威の顔から、また笑顔が消えた。

  暴走した夜兎が浮かべる狂った表情は、今の彼にはない。
  神楽がそうしてみせたように、彼もまた、暴走状態を自分の意思で抑え込んだのだ。
  引っ込んでいろと、自分の中で猛り狂う夜兎の血を蹴り飛ばした。
  アンタはそれでこそだと、腐れ縁の仲間の声が聞こえたような気がした。

 「俺は、止まらないよ」
 「何故だ」
 「あいつを殺したからさ」

  神威が浮かべた表情は、泣き笑いのようなものだった。
  ギャラリーと言えば冷たいが、戦えないため、やむなく観戦のみに徹している千夜と絵里にも、分かることがあった。
  神威は、神楽を殺したくなどなかったのだ。
  それが、彼の最大の失敗。あの時拳を止めなかったことが、完璧に動作していた神威という存在を壊してしまった。

 「生き返らせるだとか、そういうことはしないよ。そういう問題じゃないのは、俺にも分かる。
  ただ――星海坊主。俺と神楽の父親であるあの男の前に、俺は立たなきゃならない。
  いつかじゃなくて、今すぐにでも。その為なら俺は、誰でも殺すよ」
 「勝てると思うのか」
 「勝つさ」

  神威は断言する。


521 : 憧憬ライアニズム Sprinter ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:51:58 5pZHswHs0

 「俺は勝つ。その為に、俺は――」
 「くだらねえ」

  一方で銀時は、それをにべもなく切って捨てた。

 「何を勝った気になってる」
 「言ったろ、全部ぶっ壊してやるって」
 「手前はこの万事屋銀ちゃん様にボコボコにされて、只の貧相で弱っちい、最強なんざとはかけ離れた『バカ兄貴』に戻るのさ」
 「スルーしてんじゃねえよ、目の前のイケメンを」

 「……ああ」
 「そういえば、そんなことも言ってたね」
 「やれるもんならやってみろよ、白夜叉。俺がこの手で殺し、踏み潰したものを取り戻すというなら、やってみろ」
 「そんな名前は俺にはもう不要なんだってことを、教えてやる」

  相も変わらず互いの得物を叩き付け合う二人。
  それが、示し合わせたように同じタイミングで、双方ともに後退した。
  その意味は、言葉にせずとも相手へ伝わる。
  最後にしようと、銀時/神威は、そう言っているのだ。
  この馬鹿げた、格好の付かない戦いをそろそろ終わりにしようじゃないかと、互いに誘っている。

 
  ……いつの間にか、天井の崩落が止まっていた。
  柱を一本破壊されただけでは、完全な崩壊には至らなかったらしい。
  理由を質せばそれだけのことなのだが、それはさも、二人の決着を邪魔立てしない為に、世界が静寂を用意したかのようであった。
  
 「……ないで」

  身を乗り出したのは、絵里だ。
  
 「―――負けないで! 銀さん!!」

  声も高らかに、絵里は叫ぶ。
  彼女だけではない。隣で泣きじゃくっていた千夜も、銀時に応援の声をあげていた。
  場末のヒーローショーかよと、銀時がそれを耳にし苦笑する。
  しかし剣を握る手に籠もる力は、より一層強まった。
  後は、非力な少女達には祈ることしか出来ない。やはり、信じることしか出来ない。
  坂田銀時がその言葉通りに勝利して、この長い戦いに終止符を打つことを。
  信じることしか出来ないから……彼女達はその目に、目の前の景色を焼き付ける。
  どちらが勝とうと、この光景を絶対に、忘れないように。


522 : 憧憬ライアニズム Sprinter ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:52:21 5pZHswHs0


 「行くよ」
 「来な」

  ただ、それだけだった。
  それだけの言葉を合図として、神威が走り、銀時も走る。
  咆哮に込められた気合の桁は計り知れない域にあり、双方、既に限界を超越している。
  どちらが勝ってもおかしくはないし、どちらが負けてもおかしくない。
  まさに、今の二人は互角の状況。勝負は、一瞬で決まる。


  拳と刃が交錯する。
  その一瞬、二人だけが先んじて、勝敗を見た。
  勝者は笑い、敗者は息を呑む。
  どうそれを悔いても、結果は動かない。


 「……壁が一枚、残っていたね」


  笑みを浮かべてそう言い放ったのは、夜兎の少年――神威。
  彼の放った乾坤一擲の鉄拳は、坂田銀時の胸板を突き破り、その心臓を一撃の下に粉砕した。


  銀時が、これまでとは比べ物にならない量の血を吐き出す。
  事の経緯を知った絵里が、甲高い悲鳴をあげた。
  銀時は此処に至るまでにも何発も、何十発も攻撃を浴びているが、今受けたのはそれら全てを引っくるめても尚上回る明らかな致命傷だ。
  地球人の急所として、最もポピュラーな部位。
  生命の鼓動を毎秒刻み続ける、まさに命の根源たる臓器、心臓。
  そこを、銀時は砕かれたのだ。
  夜兎の拳に殴られて、デリケートな人間の臓器が耐えられる訳がない。
  彼の心臓は接触と共に破裂し、その活動を完全に停止した。
  銀時の顔に、無念の情が浮かぶ。
  それでも、神威は彼を雑魚とは思わない。
  地球人が夜兎にこれだけ食い付けた時点で、異常と言ってもいい戦果なのだ。 
  最後の最後に残っていた壁一枚を、銀時は越えられなかった。
  だから彼は、負けて死ぬ。――ただ、それだけのこと。


523 : 憧憬ライアニズム Sprinter ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:52:46 5pZHswHs0


  その、筈だった。


524 : 憧憬ライアニズム Sprinter ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:53:21 5pZHswHs0


  心臓を砕かれて、生き永らえる人間など居るはずがない。
  夜兎ですら、そんな真似が出来るかは疑わしい。
  そんなことが出来るとすればそれはもう、人間ではない。
  怪物と、言うべきだ。

 「……俺の……」

  坂田銀時は、まさにその怪物だった。
  彼は、言葉を紡いだのだ。
  心臓を潰されて、致死量をとっくに超えた血液を胸の穴と口から同時に噴き出しながら、言葉を発しているのだ。
  神威の心に、何度目かの戦慄が走る。
  馬鹿な――あり得ない。そんなことが、あるわけがない。
  彼は忘れている。
  青い惑星に住む侍という生き物を相手取るにあたって、その考えは禁物であることを。
  一瞬でも忘却してしまったから、戦いの行く末は見えた。
  
  そう。
  両者が交錯した一瞬、勝利を見たのは神威ではなかったのだ。
  彼は、見たつもりになっていただけ。
  侍の、人間の底(げんかい)を見くびっていた――そんな男に、勝利が微笑む理由はない。

 「……いや……」

  銀時は脱力し、その手から湖光の剣を取り落とす。
  しかし。
  彼の生命力は最後に、最大の激しさで燃え盛った。
  消えゆく蝋燭の火が、最後の瞬間に一瞬強まるように!

 「――――俺たちの、勝ちだ」

  そこで坂田銀時の生命活動は、完全に停止する。
  時間にして数秒の、あり得ざる人生の延長戦が終わった。
  死の激痛と苦悶に満ちている筈の其処で、彼は全力を込め、最後に最大の武器を振るっていた。
  悪餓鬼を懲らしめるのに、剣だの刀だの、そんな大層な代物は要らない。
  そんなものを使わなくても、これが一番効く。
  そのことを、銀時は知っていた。

 「……そうか」

  命を失った体が、意思なく続行する攻撃動作。
  勢いのついた『それ』は、止まらない。
  止まることなく突き進み。

 「俺は、負けたのか」

  神威の顔面を、真正面から殴り飛ばした。

  大人の鉄拳(ゲンコツ)に勝るお灸は、この世にない。


 【坂田銀時@銀魂  死亡】


525 : 憧憬ライアニズム Sprinter ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:54:14 5pZHswHs0


  
  何分か飛んでいた意識が、帰ってくる。

  闘技場の、ボロボロになった壁に凭れて、神威はまた、天を仰いでいた。

  ――てっきり、全部壊れるとばかり思ってたんだけどな……
 
  彼の呟きは空に溶ける。口から出ていたのかどうかすら、ちょっと自信がない。
  もしかしたら十分後、数十分後に思い出したように崩れ始めるのかもしれないし、それとも所詮柱一本、物好きな徳川の人間が建造した施設は、その程度では揺るがないような頑強さを持っているのかもしれなかった。
  ただし、中身の原型はほぼ皆無だ。
  主に神威が破壊の限りを尽くしたために、闘技場として此処を利用するのは、もう誰の目から見ても不可能な有様になっている。
  件の徳川老人が見たなら、きっと絶句したことだろう。

 「ズルいなあ、アンタ」

  この手で殺した坂田銀時という男に、彼は言う。
  神威が思うに、あの最後の激突で、銀時は最初から神威を斬るつもりはなかったのだろう。
  死ぬつもりで捨て身の特攻をしていた訳ではない筈だが、彼は自分を斬るのではなく、端から殴り飛ばそうとしていたように思う。
  だとしたら、本当にズルい。
  自分は最初から殺す気だったのに対して、あちらは殺そうとすらしていなかった。
  ……それであちらを殺して、死んだのだからお前の負け、俺の勝ちだと、幼稚な理屈を並べることは神威には出来ない。

  つまり、神威は最初から負けていたのだ。
  神威が勝負をしている気になっていた時から、既に。
  最後のはもう、勝負ですらなかったのだ。

  体中が痛む。
  これほど手痛くやられたのは、一体いつ以来だろうか。
  死んでもおかしくないような有様だが、どうやら死神はそっぽを向いているようだった。
  自分は、生きている。
  そしてこのままじっとしていても、新たなきっかけがない限り、多分死ぬことはない。

 「……心配しなくてもいいよ。俺は別に、君達を殺したりはしない」

  不意に視線を感じ、神威はそれにこう返す。
  神楽は殺した。
  本部も死んだ。
  ファバロを殺した。
  銀時は、ついさっき殺した。
  戦える人間は自分以外いなくなったが、戦えない人間ならまだ残っている。
  彼女達にしてみれば、自分は危険過ぎる存在だ。
  事実、この状態でも彼女達二人くらいなら、多分簡単に縊り殺せる。

  それでも、神威はそうする気はなかった。
  と言うより、そうする気になれなかった。
  銀時は神威に、名前を取り戻させると言っていたが、そこに限っては、彼は失敗したまま死んでいった。
  神威はまだ、底の抜けた空っぽの器だ。
  それどころか、先の敗北でその器自体が、粉々に砕け散ってしまった。
  
 「……貴方は、どうするの」

  声が枯れている。
  きっと神威が気絶している間、銀時に縋って泣きじゃくった名残だろう。
  その声からは、未だ神威への怒りが拭えていない。
  
 「さあね」

  神威はにべもなく、そう答えた。


526 : 憧憬ライアニズム Sprinter ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:55:09 5pZHswHs0

 「でも君達の友達や仲間を、これ以上俺が殺すってことは……多分、ないよ」
 
  それは、偽りのない事実だった。
  少なくとも、今のところは。
  あれほど楽しんでいた殺し合いという趣向にすら、何も感じられない。
  飽きた、とは多分違う。
  目的を失くしたからというのが、多分正しい。
  親殺しに失敗して、長い旅路へと踏み出した。
  妹殺しを犯して、戻れなくなった。
  そしてその全部を砕き壊されて、……何もなくなった。本当に、何も。

  そこで、ふと、神威の視界に黒いものが入った。
  千夜の持っている、ベレッタ92だ。
  夜兎を殺すには力不足もいいところの凶器だが、今の神威ならば、仕留められるかもしれない。

 「撃ってもいいよ。多分、今なら俺を殺せるはずだ」

  神威は、彼女達にとっての怨敵だ。
  本部以蔵は、彼が戦いを挑まなければ紅桜を抜かなかった。
  ファバロ・レオーネは、この戦いに混ざらなければ死ななかった。
  坂田銀時も、彼と戦わなければきっと生き残り、彼女達を守るためにその剣を振るったことだろう。
  だから彼女達には、自分を殺す権利がある。
  そう思って神威は言ったのだったが、それに対する反応は、予想だにしないものだった。

 「……ふざけないで!!」

  ぱんっ。
  乾いた音。
  それは勿論、ベレッタが火を噴いた音ではない。
  絢瀬絵里の平手が、神威の腫れた頬を打った音だった。
  痛みは夜兎には微々たるもの。それでも、無いわけじゃない。

 「貴方がそんなんだったら……銀さん達は何のために死んだのよ!!」

  銀時が神威のために――もとい、彼ら兄妹の為に命を散らしたのは間違いない。
  だからと言って絵里は、仕方ないと割り切ることは出来ない。
  彼女はまだ、十代の子供だ。
  多感な時期を生きる、本当なら青春を目一杯楽しんでいる年頃の少女なのだ。
  そんな子供が、自分の仲間を殺されて、はいそうですかと許せる訳がない。
  しかし絵里は、坂田銀時が戦った理由を知っていた。聞いていた。
  彼が神威に放った言葉を、覚えていた。

 「そんな諦めたような顔して、あっさり殺されて終わりなんて……絶対に許さない」

  本部やファバロがどうだったかは、絵里には分からない。
  それでも少なくとも銀時は、あの白い侍は、彼のために戦っていた。
  だから絵里は、彼を殺さない。彼が死んで終わることを……銀時の生き様を無為にすることを、絶対に許さないと糾弾する。

 「絶対……全部、償わせてやるんだから!」
 「……」

  そう来たか、と神威は思った。
  死んでからも、侍とはつくづく厄介な生き物だと痛感する。


527 : 憧憬ライアニズム Sprinter ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:55:57 5pZHswHs0
  
  絵里が強く神威を非難する一方で、千夜もまた、彼女に同調していた。
  本部以蔵は、宇治松千夜の恩人だ。
  彼女も当然、怒ってはいる。
  千夜がもしも、もうちょっと感情的な性格をしていたら、絵里の判断など無視してベレッタを撃っていたかもしれない。
  しかし千夜は、もう誰も殺したくなかった。
  二人の命を奪ったその手を、もう二度と汚したくなかった。
  それにきっと――怒りに任せて誰かを殺すのは、人間のやることじゃない。
  そんなことをしたら千夜は、人間の心を失くしてしまう。本部との約束を、破ることになる。

  千夜の傍らで、白いうさぎが頷いた。
  そういう風に見えただけだとしても、千夜は肯定の動作だったと信じたい。
  悲劇の果てに受け継いだ、少女の友達のことを――信じたい。

  それから絵里は、銀時やファバロに当てても何の効果も示さなかった黄金の鞘を、神威の体に押し付けるようにして渡した。
  彼の困憊だった体が、癒えていく。
  即座に全快とは行かずとも、そう長くない時間で、彼は快癒するだろう。
  それは危険な夜兎を全快させ、再び戦場に解き放つことになるが……それも覚悟の上の独断で、絵里はこの男を癒すことにした。
  神威が呆れてしまうのも、無理はないと言えよう。
  
 「……好きにしなよ」

  別に、それを咎める理由もない。
  神威は壁に体重を委ねたまま、疲れ果てたようにその目を閉じた。
  ――とても、疲れていた。走り続けてきた強さの追求者(スプリンター)が、ようやく休んだ。


【B-3/地下闘技場/一日目・夕方に近い午後】

【神威@銀魂】
[状態]:睡眠中、空虚感(極大)、疲労(極大)、全身にダメージ(大)、胴に複数箇所裂傷、右太腿に貫通傷、頭部にダメージ(中)、身体的外傷と疲労は全て回復中
[服装]:普段通り
[装備]:全て遠き理想郷@Fate/Zero
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(26/30)、青カード(26/30)、電子辞書@現実
    黒カード:必滅の黄薔薇@Fate/Zero、不明支給品0〜2枚(初期支給)、不明支給品1枚(回収品)
[思考・行動]
基本方針:俺の名前は――
0:…………
[備考]
※DIOおよび各スタンド使いに関する最低限の情報を入手しました。
※「DIOとセイバーは日が暮れてからDIOの館で待ち合わせている」ことを知りました。
※参戦時期が高杉と出会った後で、紅桜のことについても聞いています。


528 : 憧憬ライアニズム Sprinter ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:57:04 5pZHswHs0


【宇治松千夜@ご注文はうさぎですか?】
[状態]:疲労(中)、精神的疲労(中)、強い決意
[服装]:軍服(女性用)
[装備]:ベレッタ92@現実
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(8/10)
    黒カード:セイクリッド・ハート@魔法少女リリカルなのはVivid、不明支給品0〜1枚
    黒カード:ベレッタ92予備弾倉@現実、盗聴器@現実、不明支給品1〜2枚(うち最低1枚は武器)
[思考・行動]
基本方針:人間の心を……。
0:本部さん……
[備考]
※現在は黒子の呪いは解けています。
※セイクリッド・ハートは所有者であるヴィヴィオが死んだことで、ヴィヴィオの近くから離れられないという制限が解除されました。千夜が現在の所有者だと主催に認識されているかどうかは、次以降の書き手に任せます。


【絢瀬絵里@ラブライブ!】
[状態]:精神的疲労(中)、疲労(小)左肩に鈍痛、髪下し状態、決意
[服装]:音ノ木坂学院の制服
[装備]:無毀なる湖光@Fate/Zero
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(8/10)、青カード(8/10)、最高級うどん玉
    黒カード:エリザベス変身セット@銀魂、タロットカード@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース
[思考・行動]
基本方針:皆で脱出。
0:自分に何が出来るか分からないが、前に進む。
1:神威は許せない。皆を殺したことは絶対に償ってもらう。
2:希に会いたい。
3:多元世界か……
4:色々済んだら、今度こそ放送局に向かう。
5:銀さん、本部さん、ファバロさん……
 [備考]
※参戦時期は2期1話の第二回ラブライブ開催を知る前。
※【キルラキル】【銀魂】【魔法少女リリカルなのはVivid】【のんのんびより】【結城友奈は勇者である】の世界観について知りました
※ジャンヌの知り合いの名前とアザゼルが危険なことを覚えました。
※多元世界についてなんとなくですが、理解しました。
※全て遠き理想郷(アヴァロン)の効果に気付きました。
※左肩の怪我は骨は既に治癒しており、今は若干痛い程度になっています。行動に支障はありません。


※地下闘技場・場内は激しく破壊されていますが、今のところ自然崩壊の心配はないようです。
※ファバロや銀時、本部の残った支給品回収は、この話の直後に行われます。


529 : ◆gsq46R5/OE :2016/06/08(水) 22:57:30 5pZHswHs0
投下を終了します。長々とお付き合いありがとうございました。
何かあればお願いします。


530 : 名無しさん :2016/06/09(木) 00:28:28 Cny4Sk520
投下おつ!
やばいな、最後の決着げんこつシーンは完全に脳内で原作銀魂絵で再生されたわ
兄妹喧嘩とか殉死とかファバロおお! とか叫びたいのはやまやまだが
それらの衝撃をもってして尚圧倒的すぎる最後の一瞬のけっちゃくにもってかれた
これは銀魂だわ


531 : 名無しさん :2016/06/09(木) 13:28:23 iWKhz52Y0
投下乙です!

ううん、ちょっと言葉にしがたい満足感でいっぱいだなぁ…
全編にわたって緻密に構築されたバトルシーン、神楽や銀時そして神威がこれでもかと彼ららしさを発揮して最初から最後まで一切減速しない
本部も道化と蔑まれながら妖刀の侵食に抗い、最後は守護った千夜に救われ鬼や羅刹ではなく守護者として死ねる。
結果として命を落としたとしても、それでも最後には救われたんだ
銀魂決戦の結末はまさかの展開だったけど、ただ神威を殺して終わりにするのではなく。
名前を取り戻させる、ひいては神楽の想いを遂げさせてやった銀さんは間違いなく神威に勝ったんだと
本部、神楽、そして銀時の終着点としてこれ以上ないと思える最高のお話でした。再度、乙です!


532 : 名無しさん :2016/06/09(木) 14:01:23 5y1ySQZg0
投下乙です あっという間に首コキャされたファバロに草


533 : 名無しさん :2016/06/09(木) 22:10:41 UVObtZ8gO
投下乙です あれだけOPから目立ってきたのにこんな所でファバロは脱落か


534 : 名無しさん :2016/06/09(木) 22:44:55 k6Ct/TTw0
投下乙です
銀魂最終回、濃厚ッ!
鬼から人間に戻った本部も良い味出してた
生き残った子たちには頑張ってほしいなあ


535 : 名無しさん :2016/06/09(木) 22:53:08 RoIjsGwMO
投下乙です

人を呪わば穴二つというか、知り合いの子を殺して助けた子に殺してもらうとは、何とも因果な


536 : ◆X8NDX.mgrA :2016/06/12(日) 23:58:20 ktqBbq9A0
投下乙です。
本部と神威の決戦、正直本部が勝つビジョンが見えずにいたのですが、紅桜の力もあり思わぬ熱戦でした。
それでも本部は勝てず、やがて妖刀に呑まれてしまいますが、最後には人間として千夜に看取られるというのがまた感動する。
そして銀魂対決、神楽も神威も、家族に執着し続けていたことがよく分かる描写が相まって心に来ました。
全体的な戦闘シーン、そしてラストの銀さんのゲンコツには、実に銀魂らしい!と思わされました。
既に神威たちは予約されていますが、今後どうなるのか、予測もつきません。
あ、あとファバロオオオオオ!!!あっけない!!!
改めて、力作の投下乙でした。

それでは遅くなりましたが投下します


537 : ◆X8NDX.mgrA :2016/06/12(日) 23:59:48 ktqBbq9A0

「小湊、俺とウィクロスで勝負してみろ」

 きっかけはその言葉だった。
 夏凜とラヴァレイ、それにセルティが放送局を出て数分後。
 何もしないまま過ごすのは無為に等しいからと、アザゼル自らが提案したのだ。

「え、でも、こんなときに……」

 るう子は困惑した様子で眉を曇らせた。
 セレクターバトルは繭と関係がある事柄とはいえ、することはカードゲームの延長。
 殺し合いの最中に、ゲームに興じるのは不謹慎ではないか、と目が訴えていた。
 その感情を察したアザゼルは、言葉を付け加えていく。

「なに、どうせ片手間だ。そう時間をかけるつもりもない。
 いずれ繭と戦うときのための、デモンストレーションだと思えばいい」
「デモンストレーション……」
「ハッ」

 同じ部屋にいたウリスから、小馬鹿にしたような笑いが飛ぶ。
 アザゼルはじろりと視線を向けた。
 ウリスは両手足をロープで縛られてソファに座らされた状態で、顔だけを動かして悪魔を睨んでいた。
 ちなみに、床からソファに待遇が変化したのは、るう子が配慮を求めたからだ。

「何か言いたそうだな」
「ええ。あなたたち、繭に逆らおうとしているんでしょう?
 くだらない。そんなことをしたって、繭が殺し合いを止める筈がないわ」

 殺気を放つ悪魔に全く臆することなく、ウリスはそう一蹴した。
 どこか真実味を帯びた、ある種の確信すら感じられる口調に、アザゼルは耳ざとく反応した。

「ほう?まるで繭の性格を知るかのような口ぶりだな」
「当然よ。私はルリグになったとき、アイツに会っているもの。
 それにウィクロスのシステムを知ったのなら、その製作者の性格は予想がつくでしょう?」
「ふん……」

 ウリスの問いかけに口角を上げるアザゼル。
 るう子がウィクロスに関することについての詳細を話したのは、セルティや夏凜が放送局を出る少し前。
 それにより、アザゼルはタマに聞いていた話の再確認ができた。

「夢限少女になるためのバトルに三度敗北すれば、願いが反転する。
 例え勝利しても、セレクターの願いを叶えるのは、入れ替わったルリグ……だったな」
「そうよ。よく勉強しているじゃない。
 そして、セレクター本人はルリグとして新たなセレクターの元へ訪れることになる」

 アザゼルは、目の前の少女は名簿上では「浦添伊緒奈」だが、実際は元ルリグの「ウリス」だということも、るう子から聞いていた。
 つまり、ウリスはカードの中と外を行き来した人間だということだ。
 基本的に人間を天高くから見下しており、好意的とは到底言えないアザゼルだが、それでも気まぐれを起こすことはある。
 銃を向けてきたウリスを殺さずに、空中から落とすだけに留めたのがいい例だ。

「貴様はルリグになりたがっていると聞いたが?」

 そんな気まぐれを、今アザゼルは質問という形で表出させた。
 もとより殺し合いの場でカードゲームに興じるほど、好奇心が強いアザゼルのこと。
 ルリグ――カードに閉じ込められた存在――を自ら願望する少女の存在は、悪魔の旺盛な好奇心をそそらせるには充分であった。
 そして、その高圧的な問いに、しかしウリスは心底愉快そうに笑みを浮かべた。


538 : ◆X8NDX.mgrA :2016/06/13(月) 00:00:52 jCuWTdyk0
「ええ、その通りよ。
 自由に他人を傷つけて、踏みにじれる世界に私は居たい。
 人間の欲望や希望、そして憎悪が、混ざり合ってぐちゃぐちゃになる最高の舞台に居たいの」
「っ……」
「……」

 ソファに寝かされている状態で、淡々と語るウリス。
 その語調は静かだが、誰が聞いてもそれと分かる狂気を振りまいている。
 るう子は怯えたように声を漏らし、アザゼルはニヤついたままで腕を組んだ。

「似ていると思わない?このバトルロワイアルに。
 大人も法律も、世間一般の常識も関係のない世界。
 他人が死ぬ瞬間を見せつけられて、他人を殺すことを強制されて、実際に他人を殺して。
 どれだけの人の心が壊れたか。生憎と目の当たりにはできていないけど……想像しただけでも心が高ぶってくる!」

 沈黙をよそに語り続けるウリス。
 本当に想像を繰り広げているらしい、その声と身体を興奮に震わせながら、その饒舌な視線をるう子に向けた。
 るう子は身体を強張らせた。
 誰しも、狂人と知れた人間に見つめられれば、動揺を隠せないだろう。
 アザゼルは警戒をしながらも、ウリスの次の言葉を聞き逃すまいとしていた。

「るう、あなたも考えたんじゃない?
 繭はセレクターバトルじゃ飽き足らず、実際に命のやり取りをする光景を求めたって」

 アザゼルは、話しかけられたるう子をちらりと見た。
 硬く緊張した表情は、図星を指されたことを示していた。
 ウリスもまたそれを察してか、口の端を曲げて言葉を続けた。

「でしょう?それなら尚更のことよ。
 繭の元へ行けたとしても、心を変えることはできないわ。
 私が言えた話ではないかもしれないけど、あの子の心は相当に壊れている」

 これにはアザゼルも心中で頷いた。
 多くの人間を集めて問答無用で殺し合わせるというのは、まさしく『悪魔の所業』だ。
 それに加えて繭は、首輪やバハムートのように抗いようのない力を以て、殺し合いを強制している。
 るう子の言葉によれば、元は独りの少女だったというが――その少女がここまでの事態を引き起こしたのだとすれば。
 もし彼女にまだ人の心があるなら、それは壊れ物だろう。

「それにあの子は、ゲームが自分の思い通りに進まないと、癇癪を起すタイプよ。
 だから無駄よ、諦めたほうがいいわ。どんな抵抗をしようと、殺し合いは止まらない」

 繭と対面したことがあるウリスならではの挑発。
 それを簡単にスルーして、いずれ倒すべき敵の情報として処理するアザゼル。
 しかし、諦めろとまで言われたせいか、るう子は挑発を無視できなかったらしく、どこかムキになった様子で反駁した。

「で、でも!ウリスだって殺し合いを止めて、元の……」
「元の世界に戻りたいでしょう、とでも訊きたいのかしら?」

 るう子の言葉を途中で継いだウリスの口調には、軽蔑の色がにじみ出ていた。

「前に話さなかったかしら?現実の世界なんてクソッタレよ。
 こんなに愉しい場所から帰るために行動するなんて、考えられないわ」
「そんな……」

 真っ向から否定されて、それ以上反論ができないるう子。
 困り顔の少女を助けようともせず、アザゼルはウリスをじろじろと眺めた。
 少女の瞳には、邪悪な意志が見え隠れしていた。






539 : ◆X8NDX.mgrA :2016/06/13(月) 00:02:23 jCuWTdyk0



 小湊るう子の様子がおかしい。
 多くの少女の心を破壊してきたウリスは、目の前にいる少女を観察して、そう感じた。
 殺す技術に長けた者が、同じ理由で殺さない技術にも長けているように。
 壊す技術に長けた者は、相手の心がどれほど壊れているかを見極めることも容易だ。
 より単純に言うならば、相手の心を推察することにウリスは長けていた。

(前に見たときよりも、眼から強い意志が感じられない)

 蒼井晶が植村一衣を誘拐し、るう子を学校に呼び出した際のことを思いだす。
 間抜けなことをしでかした晶には失望を禁じ得なかったが、それでもるう子とのバトルができたのは僥倖だった。
 あのときのるう子の眼を、ウリスは克明に覚えている。
 友達を助けたい一心で忌避していたバトルに挑む、強い意志を感じる瞳。
 それを見て、ウリスの壊したいという感情もこの上なく昂った。
 しかし、今のるう子の眼からは、そのような意志が感じられない。
 それは何故か?

(間違いないわ。精神がやられている)

 原因はバトルロワイアル。
 この異常な空間にいることで、精神が摩耗しているのだ。
 どこかで危険人物に襲われたか、惨たらしく放置された死体でも見つけたか。
 あるいは、目の前で殺された金髪の少女のことが、未だに尾を引いているのか。
 捕縛した際には気づかなかったが、これまでにも何かしらの兆候はあったのかもしれない。

 ――ウリスは知らないことだが、るう子はこの場所に来てから微熱を出している。

 セレクターとしては無類の強さを誇るが、その他は一介の少女に過ぎないるう子。
 死と退廃が充満する殺し合いに放り込まれて、心が傷つかないはずもない。
 そこに些かの落胆はあれども、裏を返せば、今のるう子は非常に「壊れやすい」ということでもある。

(これはチャンスかもしれない)

 壊れやすいものは、壊しやすいのは当然だ。
 自身と並ぶ強さのセレクターが壊れる瞬間を見たい、そんな衝動がウリスを襲う。
 ウリスは蛇が舌なめずりをするように、るう子の心を壊す準備にかかった。

「そうね……今までの放送で、知り合いは何人呼ばれたの?」
「えっ?」

 突然話を変えたことで、虚を突かれたるう子。
 反応が遅れた、その隙にウリスは新たな問いかけをする。

「あの金髪の子は、ここに来てから知り合った人かしら?それ以外にも呼ばれた人はいるの?」
「なんでそんなこと……!」

 スクーターで駆けていたるう子と金髪の少女が、友好的な間柄であったことは確実。
 少女の死をあえて思い出させる発言をすれば、激昂とまでは行かずとも、怒りが湧くのは間違いない。
 そう考えて発した問いで、狙い通りるう子は声を上げた。
 にやりと笑い、ウリスは更なる質問をする。

「そうね、なら聞きたいのだけど。
 金髪の子の死と、そうでない人の死。
 放送を聞いて、この二つを同等に悲しんだかしら?」

 訪れる沈黙。
 るう子はウリスの意図を理解するまでに少しの時間を要したらしい。
 問いに数拍遅れて答えようとするも、それは具体的な言葉にならないまま終わる。

「そんなのっ……」
「答えられないってことは、そういうことよ。
 いくら善人ぶったところで、無関係な人の死はどうでもいいと考えているの」

 ウリスは畳みかけるように喋り続けた。
 答えを深く考えさせる暇を、口を挟ませる余裕を、与えてはいけない。
 ウリスの言葉が詭弁であることを相手が理解するより早く、より深い傷を与えるのだ。

「でもそれは、人として当然の思考。誰も否定しないわ」

 話しながら、効果的と思われる言葉を選択していく。
 小湊るう子という少女は、どう責められればより傷つくのか。
 少なくとも、晶のように単純極まる相手ではないのは確実だ。

「ただ、これだけは理解しておきなさい」



 だからこそ冷徹に。
 ゆっくりと、決定的な言葉を紡ぐ。



「自分さえ助かればいい、その考えがある限り――」



 まるで罪に対する罰を宣告するかのように。



「――あなたも私も、同じ穴の狢。“最低の人間”よ」



 悪意の権化たる少女は、純真無垢な少女を傷つけた。


540 : ◆X8NDX.mgrA :2016/06/13(月) 00:03:24 jCuWTdyk0

「そこまでにしておけ」

 るう子を言葉で責めていたウリスは、突如として強い圧迫感を覚えた。
 タオルのように柔らかい感触ではない。むしろ生きているかのように、脈動しているそれは、アザゼルの操る影に違いなかった。
 前にもされた拘束の仕方だ。
 置かれた状況を認識したところで、宙に浮く感覚を覚えた。

「俺は貴様のセレクターとしての能力の高さを利用するだけだ。
 そこに貴様の意志や欲求が介在することはない。意味は分かるな?」

 締め上げられた状態で耳に届いたのは、悪魔の冷徹な言葉。
 やりすぎた、と即座に思う。挑発のしすぎか、小湊るう子を責めすぎたか。
 どちらにしても、アザゼルがウリスの行動を目に余るものとして対処したのは確実。

「……力づくでも従わせる、ってことね」

 状況を理解すると共に態度を変えて、神妙な口調で呟いた。
 一度ならず二度までも数手で負けた相手に脅されては、いつまでも挑発的な態度を続けてはいられない。
 理解が早くて何よりだ、と嘲るように言いながら、アザゼルはウリスを落とした。
 床でなく、柔らかいソファに落とされたことを安堵する。

「小湊、この部屋から一旦出て、ノートパソコンを確認しておけ」

 完全に沈黙していたるう子に、アザゼルはそう命じた。
 るう子は俯いていたが、命令に対して咄嗟に顔を上げて返事をした。

「は、はい!……え、でも」
「案ずるな。こいつは必要になるまで、そこの小部屋に閉じ込める」

 アザゼルが顎で指したのは、この部屋の入口と正反対の場所にある扉。
 扉の脇に『物置』という表示が小さく掲げられている。

「鍵はついていないが、窓もない。出入りする場所は一か所だけだ。
 俺はこの部屋に居座り続ける。そうすればその扉からも無事に出ることはできん」

 淡々と話し続けるアザゼル。
 るう子に、というよりはウリスに対して、アザゼルは説明をしているようだった。
 どうあがいても逃げることは叶わないのだから、諦めて従順に閉じ込められていろ。
 そうした脅迫を言外に感じ取ったため、次の問いにも素直に頷いておいた。

「貴様も無駄なことは考えずに、大人しくしていろ」

 そう言いながら、もう一度、アザゼルは影でウリスを持ち上げた。
 同様に影を操り倉庫の扉を開けると、ウリスの身体を放り込んだ。

「痛っ……くっ」
「ではな。必要になるまでそこに居ろ」

 傲岸な態度で言うと、アザゼルは倉庫の扉に手をかけた。
 舌打ちの一つもしたい気持ちになりながら、これ以上不用意なことはしないほうがいいと思い、ウリスは黙り込んだ。
 やがて扉が閉じられ、静寂と暗闇が残された。
 ウリスは当然、ここで大人しくしているつもりはない。まだ、るう子の心も完全に壊していないのだ。
 すぐにでも、脱出するための手段を講じなければならない。
 ただ、何故か喜色満面なアザゼルの顔だけが、気にかかった。






541 : ◆X8NDX.mgrA :2016/06/13(月) 00:05:34 jCuWTdyk0


 悪魔と二人きりで同じ部屋にいる少女。
 この状況、普通の少女なら恐怖に怯えているところだが、るう子はそうではなかった。
 つい先ほどの、ウリスの言葉が脳裏に響いていたからだ。

(最低の人間――そう、なのかな……?)

 答えの見つからない自問自答。
 パソコンを立ち上げたにも関わらず、ろくに操作をしないまま数分が経過。
 結果、スリープモードになり、再度ボタンを押す羽目になる。
 これを三度繰り返してから、るう子はあることを思いつく。

「あの、アザゼルさん」
「どうした」
「ウリスの……さっきの言葉、どう思いますか?」

 自分で答えが見つからないから、他人に尋ねる。
 単純で短絡的とも言える判断だが、るう子はこれ以外に手段が思いつかなかった。
 問いに対して、アザゼルは少しも考え込まずに言い放った。

「気にするな。戯言と思え」
「……え」
「なんだ、まだ言葉が足りないか?
 最低の人間がどうのと、言われたくらいで気にするな。
 自分だけ助かればいい、利己的な精神も大いに結構。当然のことだ」

 あまりに簡単に言い切ったアザゼル。
 そういえば、とるう子はセルティに言われたことを思い出す。
 曰く、『アザゼルは悪魔だから、必要以上に近づかないほうがいい』とのこと。
 どこか心中で納得する。
 悪魔ともなれば、人間が悩むようなことでは、もはや悩むことなどないのかもしれない。
 しかし、それはつまり、あまり参考にならないということだ。

「ちょっと、トイレに行ってきます」
「……まさか、逃げようとは考えていないな?」

 じろりと睨まれて、るう子は身を竦ませた。
 悪魔の視線に耐えられるほど、豪胆な少女ではない。るう子は即座に否定した。

「そ、そんなことしないです!」
「……そうか。PCは俺が確認しておく」

 そう言うと、アザゼルはるう子に代わってパソコンを操作し始めた。
 悪魔らしくないと思えるほど、その操作は慣れていた。
 ウィクロスのルールも覚えたと話していたし、かなり賢いのかもしれない。
 画面を見つめるアザゼルを眺めていると、呆れたような声が飛んだ。

「行かなくていいのか」
「あ、ありがとうございます……」


542 : ◆X8NDX.mgrA :2016/06/13(月) 00:06:58 jCuWTdyk0
 緊張しながら部屋を出て、すぐ近くのトイレへと向かう。
 実際には、一人で落ち着ける場所ならどこでもよかった。
 しかし放送局は破壊の跡が凄まじく、また殺し合いの場ということもあり、あまり遠くへ離れるのは危険だ。
 そういう理由で、近場で個室があるトイレを選んだのだ。

 個室に入ると、念のため鍵をかけてから、扉にもたれる。
 そして、ポケットの黒カードから、慣れ親しんだデッキを取り出した。
 アザゼルの支給品だったというそれを、るう子はついさっき渡された。
 デッキ名・ホワイトホープ。兄からのプレゼントだ。
 その中の一枚、ルリグと呼ばれるウィクロスの核を手に取る。

「ねえ、タマ」
「るうー!」

 いつもと変わらない元気な声で、タマはるう子に笑顔を振りまいた。
 今までタマはしまわれていたので、ウリスとのやり取りを知らない。
 ただ、るう子の顔を見て心配そうな表情をした。

「どうしたの?」
「……うぅん。なんでもないよ。
 ただ、繭を説得できるのか、不安になっただけ」

 そんな顔を見て、本当のことを言えるはずがない。
 タマにはいつでも元気でいて欲しい。
 るう子が最低の人間かどうか、なんて質問をして、困らせるようなことはしたくない。

「るうなら、きっと、だいじょうぶ!!」

 手をぐっと握りしめて、タマは元気づける言葉をくれた。
 るう子はそんなタマの姿を見て、少しだけ、泣きそうになった。

「そうだ、定春に餌をあげないと」

 ただ、そんな姿を見せないようにと、るう子は急いで話を変えた。
 トイレを出て、廊下で別の黒いカードを取り出す。
 出てきたのは定春。アザゼルに躾をしておけと頼まれた、大きな宇宙犬だ。
 定春は、るう子がアザゼルから庇ったことを覚えているらしく、言うことを素直に聞いてくれた。

「なにこれー!?」
「あはは。タマ、これは定春っていうの。仲良くしてね」

 動物園で未知の動物を見た子供のように、定春を目にしたタマははしゃいでいた。
 その様子を見て、るう子は思わず微笑みを浮かべた。
 赤カードから適当なドッグフード、青カードからとりあえず水を出す。
 そうして定春の前に置くと、定春はそれらを大人しく食べ始めた。

「よしよし、良い子だね……」
「いい子だねーさだはる!」

 宇宙犬だから食べ物も違ったら困るな、などと考えたが、心配はなかったらしい。
 餌を食べる定春を、るう子は優しい手つきで撫でた。
 これからどうなるのだろうと、漠然と考えながら。






543 : ◆X8NDX.mgrA :2016/06/13(月) 00:08:55 jCuWTdyk0


 ウリスが倉庫に閉じ込められ、るう子が犬に癒されていたころ。
 アザゼルはパソコンの前に座り、チャットを眺めながら考えていた。
 小湊るう子に浦添伊緒奈。二人のセレクターは、やはり普通の少女と一線を画す部分がある。
 特に、後者との会話はアザゼルにとっても興味深い点が多かった。

(クク、浦添伊緒奈……いや、ウリス。なんたる道化よ!)

 バトルロワイアルを心から愉しんでいるらしい少女。
 人の身でありながら、あれだけ悪意に満ちた表情ができるものかと、アザゼルは感心していた。
 同じ悪意を放つものだが、繭とは違い圧倒的な力がないぶん、可愛げがあるというもの。
 アザゼルも『暇潰しの戯れ』に人間を用いた経験がある。
 その愉快さは悪魔並みに理解しているつもりだ。

 面白いのは、人間が人間を傷つけ、愉しんでいるという事実。
 繭の知り合いでもあるウリスは、繭にそうした役割を期待されているのだろう。
 おそらくウリス自身も、そのことを理解しているはずだ。
 理解してなお、人を傷つける役割に甘んじている。
 それは素晴らしい道化ではないか。

(そして、小湊るう子……)

 もう一人の少女は、これまた異質だ。
 人間より優れた存在である悪魔のアザゼルでも、小湊の心情を推し量ることはできていない。
 元より上から目線の理解しかしていないアザゼルだが、それでも心が読めない相手は気になるというもの。

(よく分からない、その一言に尽きるな)

 一見すると幼気な少女のようで、しかし定春を助けた際のように、悪魔の行動を止めさせようとする強気な面もある。
 また、るう子自身は謙遜していたが、タマによればウィクロスの腕は随一らしい。
 ただ、ウィクロスの実力如何だけがるう子の要素とは考えにくい。
 セレクターになれた要因が、どこかにあるはずだ。
 ウリスが特別な性格を見込まれてセレクターに選ばれたのだとすれば、るう子にも同様の何かがあるのではないか。

 こうして、もはや邪推と呼べるまでの考察を、アザゼルはしていた。
 しかし、セレクターの情報が少ない以上、答えが出ないことも仕方ない。
 アザゼルは別のことについて考えを巡らせることにした。


544 : ◆X8NDX.mgrA :2016/06/13(月) 00:10:44 jCuWTdyk0
「『ホル・ホースは犬吠埼樹を殺害した』か……」

 二時間ほど前にチャットに流された一文。
 これについて、アザゼルは既知の情報を元に判断していく。

 ホル・ホースは殺し合いの開始直後にセルティと遭遇したと話していた。
 また、犬吠埼樹は第一回放送で呼ばれている。
 チャットの情報が真だとすると、二人が出会う前にホル・ホースは樹を殺したことになり、時間的にかなり厳しい。
 二人がかりで樹を殺した可能性もあるが、魔物でありながら優しさを見せる、あのセルティが人を殺すとも考えにくい。
 もちろん可能性が消えたわけではない。しかし、手持ちの情報からすると、かなり疑わしい。

 つまり「この情報が正しい可能性は、限りなくゼロに近い」という判断だ。

「……となると、誤情報を流した者が気になるな」

 この発言が誰によるものか、それはこれまでのチャットを分析すれば自明だ。
 発言の前に表示されるアルファベット一文字。
 小湊るう子の発言はR、三好夏凜の発言がKということは、このアルファベットは名字ではなく名前のイニシャルだと分かる。
 そして、名前のイニシャルがDの参加者は一名だけ。

「DIO……か」

 DIOに関しての情報は、ホル・ホースから得ている。
 悪のカリスマと呼ぶべき存在で、ホル・ホースの『皇帝』のような、スタンドという能力を得ているらしい。
 スタンド能力を抜きにしても強く、かつ必ず殺し合いに乗る手合いなので、最優先で殺すべき。
 ホル・ホースは実に憎々しげにそう語っていた。

「搦め手も使える相手だったか」

 力で押すだけの相手であれば、悪魔の相手ではないと判断していた。
 しかし、こうしてホル・ホースの評判を下げる書き込みをしているあたり、頭も多少は回ることが分かる。
 対主催者や弱者は、まず安全策として徒党を組む。
 DIOはホル・ホースがそうした集団にいることを見越して、集団内での混乱を招くように仕向けたのだと予想できる。

「フフ、楽しみだ」

 参加者の数は減りつつある。
 DIOが強者で、殺し合いに乗っているというのなら、会いまみえるときも来るに違いない。
 そして、もし出会ったならば、激突は必至。
 それまでに、チャット上とはいえ接触をしておくのも悪くないか。

「チャットに反応するか否か……時間はまだあるな」

 アザゼルは、まだ見ぬ好敵手の姿を、チャットの文言の裏に想像した。
 そうして、何度目かになる愉悦の笑みを、その口に浮かべた。






545 : ◆X8NDX.mgrA :2016/06/13(月) 00:12:47 jCuWTdyk0


 倉庫は窓がないためか、想像以上に暗い。
 これだけ暗ければ電灯は確実にあるだろうが、スイッチの場所も判然としない。
 そんな闇の中で、ウリスは身体をもぞもぞと動かしていた。

(それにしても、あの悪魔も詰めが甘いわね。
 支給品を全部没収されたらどうしようかと思っていたけれど、安心したわ)

 ウリスは、上着のポケットに入れていたカードを落とすことに成功した。
 それは、殺し合いの参加者に等しく配られた赤カード。
 縛られている後ろ手にカードを掴んだウリスは、脳内でステーキを思い浮かべた。
 出てきたのは鉄板に乗ったステーキと、食べるために必要なフォークとナイフ。
 熱された鉄板を触らないように気をつけながら、ナイフを手にする。

(さて、これでロープは切れるだろうけど……その後はどうしようかしら)

 支給品は戦闘には役に立たないものばかり、そもそもウリスではアザゼルに勝ち目はない。
 逆に考えれば、ここにいればアザゼルを倒せる敵でもいない限り安全だ。
 ゆっくりと逃げる算段を立てることができる。
 暗い倉庫の中、悪意は更に膨らんでいく。



【E-1/放送局/一日目・午後】

【アザゼル@神撃のバハムート GENESIS】
[状態]:ダメージ(中)、脇腹にダメージ(中)
[服装]:包帯ぐるぐる巻
[装備]:市販のカードデッキの片割れ@selector infected WIXOSS、ノートパソコン(セットアップ完了、バッテリー残量少し)
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(9/10)
    黒カード:不明支給品0〜1枚(確認済)、片太刀バサミ@キルラキル、弓矢(現地調達)
         市販のカードデッキ@selector infected WIXOSS、ナイフ(現地調達)、スタングローブ@デュラララ!!、スクーター@現実
[思考・行動]
基本方針:繭及びその背後にいるかもしれない者たちに借りを返す。
0:チャットのD(DIOと推測)に反応するか、否か。
1:三好…面白い奴だ。
2:借りを返すための準備をする。手段は選ばない
3:ファバロ、リタと今すぐ事を構える気はない。
4:繭らへ借りを返すために、邪魔となる殺し合いに乗った参加者を殺す。
5:繭の脅威を認識。
6:先の死体(新八、にこ)どもが撃ち落とされた可能性を考慮するならば、あまり上空への飛行は控えるべきか。
7:『東郷美森は犬吠埼樹を殺害した』……面白いことになりそうだ。
8:デュラハン(セルティ)への興味。
[備考]
※10話終了後。そのため、制限されているかは不明だが、元からの怪我や魔力の消費で現状本来よりは弱っている。
※繭の裏にベルゼビュート@神撃のバハムート GENESISがいると睨んでいますが、そうでない可能性も視野に入れました。
※繭とセレクターについて、タマとから話を聞きました。
 何処まで聞いたかは後の話に準拠しますが、少なくとも夢限少女の真実については知っています。
※繭を倒す上で、ウィクロスによるバトルが重要なのではないか、との仮説を立てました。
※東郷美森が犬吠埼樹を殺したという情報(大嘘)を知りました。
※チャットの書き込みを(発言者:D)まで確認しました。


546 : ◆X8NDX.mgrA :2016/06/13(月) 00:14:40 jCuWTdyk0


【小湊るう子@selector infected WIXOSS】
[状態]:全身にダメージ(小)、左腕にヒビ、微熱(服薬済み)、魔力消費(微?)、体力消費(中)
[服装]:中学校の制服、チタン鉱製の腹巻 @キルラキル
[装備]:定春@銀魂、ホワイトホープ(タマのカードデッキ)@selector infected WIXOSS
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(8/10)、青カード(8/10)
    黒カード:黒のヘルメット、宮永咲の白カード、キャスターの白カード、花京院典明の白カード、ヴァローナの白カード
          風邪薬(2錠消費)@ご注文はうさぎですか?
[思考・行動]
基本方針:誰かを犠牲にして願いを叶えたくない。繭の思惑が知りたい。
0:この先、どうなるんだろう。
1:シャロさん、東郷さん………
2:夏凜さん、大丈夫かな……
3:遊月のことが気がかり。
4:魂のカードを見つけたら回収する。出来れば解放もしたい。
5:私は最低な人間……?
[備考]
※チャットの新たな書き込み(発言者:D)にはまだ気付いていません。



【浦添伊緒奈(ウリス)@selector infected WIXOSS】
[状態]:全身にダメージ(大)、疲労(中)、両手と両足を拘束中
[服装]:いつもの黒スーツ
[装備]:ナイフ@現実
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(17/20)、青カード(17/20)、小湊るう子宛の手紙
    黒カード:うさぎになったバリスタ@ご注文はうさぎですか?、ボールペン@selector infected WIXOSS、レーザーポインター@現実
         宮永咲の不明支給品0〜1(確認済、武器ではない)
[思考・行動]
基本方針:参加者たちの心を壊して勝ち残る。
0:今後の行動を考える。
1:使える手札を集める。様子を見て壊す。
2:"負の感情”を持った者は優先的に壊す。
3:使えないと判断した手札は殺すのも止む無し。
4:可能ならばスマホを奪い返し、力を使いこなせるようにしておきたい。
5:それまでは出来る限り、弱者相手の戦闘か狙撃による殺害を心がける
[備考]
※東郷美森が犬吠埼樹を殺したという嘘をチャットに流しました。
※変身した際はルリグの姿になります。その際、東郷のスマホに依存してカラーリングが青みがかっています。
※チャットの書き込み(3件目まで)を把握しました。


547 : ◆X8NDX.mgrA :2016/06/13(月) 00:19:20 jCuWTdyk0
投下終了です。タイトルは 同じ穴の狢 です。

また、早速ですがアザゼルの備考欄の

※繭とセレクターについて、タマとから話を聞きました。
 何処まで聞いたかは後の話に準拠しますが、少なくとも夢限少女の真実については知っています。



※繭とセレクターについて、タマとるう子から話を聞きました。
 何処まで聞いたかは後の話に準拠しますが、少なくとも夢限少女の真実については知っています。

に修正します。


548 : 名無しさん :2016/06/13(月) 21:09:59 Sc0gdYvw0
投下乙です
ウリスもアザゼルもるう子の心をどんどん壊していく……タマがいて良かったなあ
チャットでなんかやらかしそうなアザゼルも密かに脱出の機会を窺うウリスも不穏すぎる


549 : ◆45MxoM2216 :2016/06/18(土) 00:36:14 HZMx/E/A0
投下します


550 : Ice Ice Vampire ◆45MxoM2216 :2016/06/18(土) 00:37:16 HZMx/E/A0
「ふむ、5分少々……といったところか」

G-6に位置する映画館。
しかしそこはすでに映画館としての機能を失っていた。
カウンターの奥、ストア商品棚の下、コンセッション周り、休憩室、劇場。
そういった人が隠れられそうな所はことごとく破壊され、劇場に至っては壁に大きな穴が空いている。
映画館内に人っ子一人いないことを確認したヴァニラ・アイスは、休憩がてら自らに課せられた制限を確認する際、意識して映画館を破壊しながら制限を確認したのだ。

敬愛し忠誠を誓うDIOに関すること以外には氷のごとし冷静さをもつ彼がなぜそんなことをしたかというと――――


「これで劇場に隠れ続けるような手は使えんな」

彼は映画館に参加者が殺し合いもせずに立て籠もることを警戒したのである。
ホテル程の設備はないとはいえ、映画館というものは存外入り組んだ構造をしている。
さらに劇場の中では多少騒ごうが外に音が漏れることはない。
もし映画館に殺し合いに乗った強者と乗っていない弱者の双方がいても、運が良ければ鉢合わせることなくニアミスすることもあり得る。
3日間という時間制限がある以上、戦いもせずに逃げ回るネズミは害悪でしかない。
直接的な脅威になりうる堅牢な『要塞』にはならなくとも、こういった施設を破壊することは後々必ずプラスに働くと踏んだ彼は、制限の確認と施設の破壊を併行して進めることにしたのだ。

「妙な感覚だな、慣れ親しんだスタンドの使い心地が変わるのは」

そして彼はクリームにかけられた制限を概ね理解した。
5分少々暗黒空間に入り続けていると、何の前振りもなく唐突にクリームが解除される。

強制的に解除されたすぐ後にもう一度スタンドを発現させようとしても、数瞬のインターバルを置かなければ暗黒空間には入れない。
逆に5分少々の時間制限が訪れる前にスタンドを解除すれば普段通りの使い心地というわけだ。
先ほどクリームの優位性にものを言わせたがむしゃらな攻撃で同盟相手を失ったばかりなことだし、インターバルを挟みながら周りを確認しつつスタンドを使うこと自体はやぶさかでもない。
やぶさかでもないが……。



「あのド畜生女がぁあああああああああああああああ!!!!」



近くに転がっていたゴミ箱を蹴り飛ばす。
中のゴミをまき散らしながら壁に激突しこぎみよい音を立てて砕け散るプラスチック製のゴミ箱。
その光景を見てもはらわたが煮えたくるような激情は鎮まらない。
ヴァニラ・アイス本人にとってやぶさかではなかろうと、彼にとって自分のことなど二の次にすぎない。
それより問題なのは――――。


「手をかけたな……!DIO様のスタンドに!DIO様の『世界』に!!」


クリームに制限がかけられている以上、DIO様のスタンドにもくだらん制限がかけられていることは想像に難くない。
その可能性を自らの制限を確認することで改めて認識したヴァニラ・アイスは激怒した。
自分のスタンドに手をかけられるのは構わない。
だが、DIO様のスタンドにコソ泥以下のこすっからい細工を施すなど到底許されることではない。
もし、もしも『世界』にかけたくだらん制限のせいで、自分も知らないその能力を他の参加者が暴くようなことがあれば――――

「ゆ、許さん……!DIO様は全ての頂点に君臨するお方!そのDIO様の能力を知る人間など存在してはならない!」


551 : Ice Ice Vampire ◆45MxoM2216 :2016/06/18(土) 00:38:27 HZMx/E/A0

もちろん、能力を知られただけでDIO様が不覚をとることなど万に一つもあり得ない。
しかし、DIO様の神聖なるスタンドの秘密をゴミカス共が知ってしまうかもしれない……。
それだけでヴァニラ・アイスが激昂するには十分すぎる理由だった。

「どれだけDIO様を馬鹿にすれば気がすむのだ!あのドグサレがぁあああああああ!!!!」

例え劇場の壁が壊れていなくとも外に聞こえるのではないかと思える程の叫び声。
下等生物とDIO様を同等に扱うあの忌々しい地下通路といい、くだらん制限といい、腹立たしいことこの上ない!

「ハァ――――!ハァ――――!」

だが、ヴァニラ・アイスは逆上しても心の奥底の冷静さを見失わなかった。
制限も確認し、最低限の休養も取った以上、これ以上ここに留まる理由はない。
日中は自由に動けないからこそ、その時間を無駄に過ごすようなことは愚策だ。
日が沈むまでにやれることはやっておかなければならない。

さっさと地下通路を通り、展示物を確認しつつホテルへと向かう――――

「それにしても……」

――――前に、ふと劇場のスクリーンに目を向ける。

『21世紀、世界の麻雀競技人口は1億人の大台を突破ーー』

「なぜ麻雀の映画が?」

そこには数時間前にとある少女が訪れた時と同じように、学生服を着た少女たちが卓を囲んでいる姿が映し出されていた。




「なんだこれは?CDディスク……ではないようだが」

映画館とホテルを繋ぐ地下通路。
そこには『第四次聖杯戦争の様子』『ジョースター一行の旅の風景』『本能寺学園の歴史』といった題名の付けられたDVDが等間隔で並べられ、その下にはタッチパネルが設置されていた。
DVDは透明なケースに入れられており、そのケースを同じく透明な箱に入れるという中々に厳重な保管をされている。

1980年代の人物であるヴァニラ・アイスは当然DVDのことなど存在すら知らないし、タッチパネルも馴染みの薄い代物だった。
僅かな間困惑したが、近くに案内板のようなものを見つけたので確認する。

『参加者と関係のある映像をDVDにして集めました。
DVDの下のタッチパネルに腕輪をタッチさせればDVDを持っていくことができます。
ただし、持っていけるDVDは腕輪一つにつき一枚なのでご利用は計画的に』

「ふむ、DVD……それに、タッチパネルというのか」

案内板にはDVDの利用法について懇切丁寧な説明が載っていた。
これだけ丁寧に説明されれば、DVDの存在はおろか電化製品そのものに馴染みのないような人間でも理解できるだろう。

「なるほど、どこぞの馬鹿がテレビを破壊でもしていない限り、どちらから地下通路を通っても映像を見れるようになっているというわけか」

映画館にあった映像を閲覧できる機材は壊していないし、ホテルならばテレビの1つや2つあって当然だ。
このままホテルへ向かっても日が沈むまでには少し間がある。
ホテルに誰もいなかった場合はこのDVDを見て他の参加者の情報を集めるのも面白い。
幸い自分は範馬勇次郎の腕輪も持っていることからDVDを2枚持っていける。

クリームで箱を破壊して無理矢理すべてのDVDを持っていくことも考えたが、すぐにその考えを頭から振り払う。
あの淫売が用意した腕輪を呑み込めない以上、同じくあの雌豚が用意したこの箱にもクリームは通用しないと考えるべきだ。
忌々しいが、現状自分はあのクサレ脳ミソの掌の上にいることは認めざるをえない。


552 : Ice Ice Vampire ◆45MxoM2216 :2016/06/18(土) 00:40:14 HZMx/E/A0

「だが、覚悟しているがいい。
DIO様が優勝なされた暁には、貴様のようなアバズレをあの方は見逃しはしない」

自らの命すら供物として割り切る狂信者。
どのDVDを持っていくか物色しながら、彼は歩き出す。
狂気の忠誠を誓う帝王の元へと少しずつ少しずつ近いづいていることにも気付かずに――――。

【E-6/地下通路/一日目・午後】


【ヴァニラ・アイス@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
[状態]:ダメージ(小)
[服装]:普段通り
[装備]:範馬勇次郎の右腕(腕輪付き)、ブローニングM2キャリバー(68/650)@現実
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
    黒カード:双眼鏡@現実、不明支給品0〜1(確認済、武器ではない)、範馬勇次郎の不明支給品0〜1枚(確認済)、ブローニングM2キャリバー予備弾倉(650/650)
[思考・行動]
基本方針:DIO様以外の参加者を皆殺しにする
   1:さて、どのDVDを持っていくか。
   2:ホテルへ向かい、DIO様の館にも赴く。
3:日差しを避ける方法も出来れば探りたいが、日中に無理に外は出歩かない。
4:自分の能力を知っている可能性のある者を優先的に排除。
   5:承太郎は見つけ次第排除。
   6:白い服の餓鬼(纏流子)はいずれ必ず殺す
[備考]
※死亡後からの参戦です
※腕輪を暗黒空間に飲み込めないことに気付きました
※スタンドに制限がかけられていることに気付きました
※第一回放送を聞き流しました
 どの程度情報を得れたかは、後続の書き手さんにお任せします
※クリームは5分少々使い続けると強制的に解除されます。
強制的に解除された後、続けて使うには数瞬のインターバルが必要です。

※映画館の内部は破壊されましたが、倒壊などの危険はありません。

【施設情報・地下通路】
『映画館』⇔『ホテル』間には『映像資料集』が展示されています。
参加者と関わりのある映像をDVDにして展示しています。
DVDを持っていくには下のタッチパネルに腕輪をかざす必要がありますが、一度腕輪をかざすと次からはその腕輪は反応しなくなります。
当然他の腕輪を使えばさらにDVDを持っていくことも可能です。
また、かなり丁寧な説明が案内板に書かれているため、機械に疎い人物でもDVDの仕様を理解できると思われます。


553 : ◆45MxoM2216 :2016/06/18(土) 00:40:42 HZMx/E/A0
投下終了です


554 : 名無しさん :2016/06/18(土) 16:25:01 6I1zrea60
投下乙です

相変わらずプッツンしつつも着々と情報収集したり施設破壊してたりヴァニラの有能っぷりが際立ってるなぁ……肝心の主が麻雀やってたりチャットに部下のガセ情報流してたりだから尚更
次話でDIO様とは合流できそうだけど、ヴァニラは一体どのDVD持っていくのか……どのDVDだろうが吸血鬼二人が仲良く鑑賞してるサマを想像すると笑える


555 : 名無しさん :2016/06/18(土) 19:58:38 4FtUt9MU0
投下乙です。

ヴァニラさん、またプッツンしてるwwらしくていいなぁ。
そしてDVDとはまた貴重な情報源が。
これで皐月様たちとの遭遇は回避されたかな?
しかしDIOと合流してしまうと、これは完全に兇悪な主従が完成してしまう。


556 : ◆DGGi/wycYo :2016/06/19(日) 13:09:41 QVq8f6yA0
投下乙です
テレビを破壊したどこぞの馬鹿、それあなたの主人なんですよ・・・

こちらも投下します


557 : ◆DGGi/wycYo :2016/06/19(日) 13:10:26 QVq8f6yA0
犬吠崎風が射出し、結城友奈によって弾かれ、地に突き刺さった一本の刀。


「む、その刀は確か――」
その言葉を最後まで聞く前に、皐月は立ち上がると、つかつかと歩み寄り、その刀を――――

「! 皐月殿、それに触れては――」

――――思い出した桂の言葉が鼓膜に届くより、早く。


558 : ◆DGGi/wycYo :2016/06/19(日) 13:11:10 QVq8f6yA0
♂♀


妖刀、罪歌。
端的に語るとするならば、“あらゆる人間を愛する人格を持った刀”。

人間同士が愛し合うと、やがてその証として“子”を欲しがるケースは少なくない。
では罪歌の場合はどうだろう。

厄介なことに彼ら、或いは彼女らも子を増やすのだ。
けれども罪歌は、人を愛するための身体を持ち合わせていない。
結果、愛を表現する形として『斬る』という選択肢を取った。

罪歌に斬られた者は、恐怖と痛みを媒介として呪いに侵され、罪歌の子供と化す。
子供が更に孫を欲し、その孫も更に、と倍々ゲームの要領で感染を拡げることだって可能である。

しかしごく稀に、支配から逃れる例外が存在する。

例えば、かつて池袋で愛のパンデミックを引き起こした贄川春奈の場合。
罪歌の大元に斬られたものの、彼女はその支配に必死で『抵抗』し、打ち勝った。
例えば、池袋の裏で暗躍する鯨木かさねの場合。
怪物の血を引く彼女は、その圧倒的な力で罪歌を『屈服』させた。
例えば、既にこの殺し合いの地で生命を終えた園原杏里の場合。
彼女は罪歌に支配されるでもなく逆に支配するでもなく、『共存』という道を取っていた。

彼女たちのように強靭な精神を持っていれば、罪歌に魂を乗っ取られることはない。
では、鬼龍院皐月の場合は。


【愛してる愛愛愛してる愛愛愛愛愛してる愛愛愛してる愛愛愛―――】
「な」

刀を掴んだ瞬間。
耳障りな声が幾重にも皐月の身体に響き、彼女の心を縛りはじめた。

【愛愛愛愛愛あなたは愛愛愛愛愛愛愛とっても愛愛愛愛愛強そうな愛愛愛愛愛人間愛愛愛】
【愛してる愛してる気に入った愛してる愛してる愛してるあなたを愛しましょう愛してる愛してる愛してる】

いびつに、畳み掛けるように、愛の言葉を染み込ませる。


「皐月、さん……?」
「待て」

皐月は此方を向かないが、誰の目から見ても様子がおかしい。
駆け寄ろうとするコロナとれんげを、桂は左右両方の手で制止する。

彼の脳裏に浮かぶのは、邪悪と対峙したあの夜の光景。
DIO、神威と死闘を繰り広げた時、あの場には彼女もいた。

(杏里殿の妖刀――!)

思い出す。
彼女はその銀色を振るい、DIOの“認識できない攻撃”以外を次から次へと防いでいたことを。
神威の策で銀時が妖刀の毒牙に掛かりそうになった、あの出来事を。
妖刀というものは、大抵碌な結果を招かないのだと。


【愛愛愛愛後ろに愛愛愛いる子たちも愛愛愛愛みんな愛愛愛愛愛斬っちゃいましょう愛愛愛愛愛】
『おい皐月、大丈夫か!』

俯いたまま目を開かない皐月を訝しみ、鮮血も彼女に呼びかける。
けれども当の本人は、罪歌と鮮血、そのどちらにも言葉を返さない。

【愛愛愛あなたの着てる服愛愛愛愛喋るのね愛愛愛】
【愛愛愛愛こいつは愛愛愛愛人間じゃない愛愛愛愛】
【愛愛愛愛愛喋る服に愛愛愛愛愛用はないわ愛愛愛】

【さあ】
【鬼龍院皐月】
【みんなを斬り(あいし)ましょう?】

皐月の手に力が篭もり、さながら伝説上の勇者が扱う剣の如く、罪歌が抜き取られる。

【そう、そのまま】
『皐月! 何があった!』

皐月は顔を上げ、おもむろに妖刀を構える。
その動作を見、桂はコロナたちを下がらせた。
いつ皐月が飛び掛ってきても対処できるよう、その手を晴嵐にかける。

【愛の言葉に身を委ねて】
「ああ――」

そして、鬼龍院皐月は口を開き。

【まずはあなたの後ろにいる子たちを】


559 : ◆DGGi/wycYo :2016/06/19(日) 13:12:22 QVq8f6yA0


「黙れ」


振り返ることなく、空を斬る。
カッと見開かれた彼女の両目は、紅く染まってなどいなかった。



【どうなっているの】

罪歌が感じていたのは、一抹の焦りだった。
斬られた『子』が支配を逃れるケースは知っている。
しかし、鬼龍院皐月は罪歌の本体、『母』に触れたというのに。

園原杏里のように寄生されているわけではない。
まして、皐月は純然たる人間だ。

それなのに、何故彼女は愛を受け入れようとしない。

喋る服が何か細工を施した?
彼女は実は人間ではない?

「違うな」

思考を読んでいたかのように、皐月は答えを示す。

「生憎と私には先約がある。たかが妖刀ごときに縛られている暇など持ち合わせていない。洗脳など、当に見飽きた」

罪歌の焦りは、恐怖へと変わる。
心に入り込んだ愛を真っ向から跳ね除ける……いや、ねじ伏せるなど。

やがて妖刀は悟った。
この女を“愛することができない”と。


「……下らん茶番に付き合わせたな」

刀を手に持ったまま、皐月は桂たちの方を向く。
観念したらしい罪歌は彼女の掌に吸い込まれてゆき、うんともすんとも言わなくなった。

「皐月殿、本当に大丈夫なのだな」
『私も焦ったぞ、皐月』
「問題ない。洗脳されていたら、どうやって纏流子の前に立てる」

冷や汗を流す面々をたしなめ、改めて今後の行動方針を固める。

「桂さん。先程、二手に分かれるべきだと言っていたな」

促され、改めて桂は地図を取り出す。
E-6の橋を抜けた後、東の万事屋へ向かうか、西の旭丘分校へ向かうか。
ちょうど午後3時から禁止エリアになるF-6手前で別れる形になる。

「どう分かれるはグッパーで決める……わけにも行くまいな」

そもそもこの提案自体、桂は万事屋、れんげは分校へ向かいたいという方針のもとによる。
それを子供の戯れ事のように決めてしまうのは、あまりにも無神経だ。

「あの、すいません」

おずおずと話題を振るコロナ。
ひとまず三人(+一着)は、彼女の話に耳を傾けた。


*   *   *


兵どもが夢の跡、という句がある。
一向が目の当たりにしたのは、まさしく生者必滅の理だった。


「…………」

重苦しい雰囲気の中、皐月と桂は戦場跡地に佇む。
少し離れた場所でれんげたちには昼食を取らせていたので惨状を見ることはないが、後できちんと話をする。

彼らがいるのはC-6、つい先刻まで勇者と魔王がぶつかり合った場所。
何故ここにいるかといえば、誰かが戦闘をしている轟音が聞こえたからという至極単純なもの。
しかし、音を発しているのが誰なのかは、容易に検討がついていた。

到着した時には――既に、場は決していた。


「相打ち、か」

二人の墓標は血生臭さにまみれている筈なのに。
彼女たちの周囲だけが、やけに和やかな雰囲気を放っていた。

「……友奈殿、犬吠崎殿」
「安らかに眠れ」

多くは語らない。介入するのは野暮というものだ。
手を合わせ、それぞれ赤と青のカードを一枚ずつ取り出し、供える。
具現化させるでもなく、あくまでカードのままで。

「皐月殿、我々も昼食にするか」
「そうしよう」


560 : ◆DGGi/wycYo :2016/06/19(日) 13:13:02 QVq8f6yA0


食事を終えて、今度こそ組分けを決める。

「さっつん、うちといっしょに来てほしいん」
「構わないが……改まってどうした」
「さっきの、あんりんの持ってた剣なん!」
「成る程」

宮内れんげにも、ある一つの約束があった。
園原杏里と一緒に旭丘分校へ行く。
杏里は本能字学園で命を散らせてしまったが、罪歌はまだ生きて(?)いる。
それを彼女の遺志だと考えたのだろう、と皐月は結論付けた。

結果、桂はコロナを連れて万事屋へ、れんげは皐月同伴のもと分校へ向かうという形になった。

「この地で再び会おう」
「ああ、約束する」
『達者でな』
「コロナん、うち、がんばるん!」
「うん、私も頑張るよ。約束!」

「もし学校に友がいなかったらどうする」
「きっとほたるんはいるはずなん。でも、いなかった時はまわりをさがすん」

問答を交わし、れんげをおぶる皐月。神衣鮮血に人衣一体すると、鮮血疾風を発動させた。

『皐月にもれんげにも負荷が掛からないくらいのスピードだ』
「おお! うち、空をとぶん!?」
「振り落とされないようしっかり捕まっていろよ。行くぞ鮮血!」


ぶっうぉうぉ〜ん! と離れてゆくれんげの声を聞き届け、桂とコロナも出発の支度を始める。

「今まで行ったり来たりで、これからようやく他の島に渡るんですね」
「だが俺たちの原点に戻って来たと言えよう。俺とコロナ殿が最初に出会った場所だからな」
「……それ、ショッピングモールで言うべきことだったような気がします」

コロナの微妙に冷ややかなツッコミを受け、彼らも再び進軍を開始した。


【C-6/広場付近/一日目・午後】
【鬼龍院皐月@キルラキル】
[状態]:疲労(小)、全身にダメージ(小)、こめかみに擦り傷、れんげを背負っている
[服装]:神衣鮮血@キルラキル
[装備]:体内に罪歌
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(7/10)、青カード(9/10)、 黒カード:神衣鮮血@キルラキル
[思考・行動]
基本方針:纏流子を取り戻し殺し合いを破壊し、鬼龍院羅暁の元へ戻り殺す。
1:宮内れんげと共に旭丘分校へ向かう。
2:ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲を調べてみたい。
3:鮮血たちと共に殺し合いを破壊する仲間を集める。
4:襲ってくる相手や殺し合いを加速させる人物は倒す。
5:纏流子を取り戻し、純潔から解放させる。その為に、強くなる。
6:神威、DIOには最大限に警戒。また、金髪の女(セイバー)へ警戒
[備考]
※纏流子裸の太陽丸襲撃直後から参加。
※そのため纏流子が神衣純潔を着ていると思い込んでいます。
※【銀魂】【ラブライブ!】【魔法少女リリカルなのはVivid】【のんのんびより】【結城友奈は勇者である】の世界観について知りました。
※ジャンヌの知り合いの名前とアザゼルが危険なことを覚えました。
※金髪の女(セイバー)とDIOが同盟を結んだ可能性について考察しました。
※罪歌を支配しました。どの程度まで操れるかは次以降の書き手に任せます。

【宮内れんげ@のんのんびより】
[状態]:魔力消費(小)、皐月に背負われている
[服装]:普段通り、絵里のリボン
[装備]:アスクレピオス@魔法少女リリカルなのはVivid
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(8/10)、青カード(9/10)
    黒カード:満艦飾家のコロッケ(残り四個)@キルラキル、バタフライナイフ@デュラララ!!
[思考・行動]
基本方針:うち、学校いくん!
0:ぶっうぉうぉ〜ん!
1:うちも、みんなを助けるのん。強くなるのん。
2:ほたるん、待ってるのん。
3:あんりん……ゆうなん……。
4:きんぱつさん、危ないのん?
[備考]
※杏里と情報交換しましたが、セルティという人物がいるとしか知らされていません。
 また、セルティが首なしだとは知らされていません。
※魔導師としての適性は高いようです。
※【キルラキル】【ラブライブ!】【魔法少女リリカルなのはVivid】【銀魂】【結城友奈は勇者である】の世界観について知りました
※ジャンヌの知り合いの名前とアザゼルが危険なことを覚えました。
※金髪の女(セイバー)とDIOが同盟を結んだ可能性について考察しました。


561 : ◆DGGi/wycYo :2016/06/19(日) 13:13:19 QVq8f6yA0
【桂小太郎@銀魂】
[状態]:疲労(小)、胴体にダメージ(小)
[服装]:いつも通りの袴姿
[装備]:晴嵐@魔法少女リリカルなのはVivid
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(7/10)、青カード(9/10)
     黒カード:鎖分銅@ラブライブ!、鎮痛剤(錠剤。残り10分の9)、抗生物質(軟膏。残り10分の9)
[思考・行動]
基本方針:繭を倒し、殺し合いを終結させる
1:万事屋へと向かう。
2:コロナと行動。まずは彼女の友人を探し、できれば神楽と合流したい。
3:神威、並びに殺し合いに乗った参加者へはその都度適切な対処をしていく
4:金髪の女(セイバー)に警戒
[備考]
※【キルラキル】【ラブライブ!】【魔法少女リリカルなのはVivid】【のんのんびより】【結城友奈は勇者である】の世界観について知りました
※友奈が左目の視力を失っている事に気がついていますが、神威との戦闘のせいだと勘違いしています。
※ジャンヌの知り合いの名前とアザゼルが危険なことを覚えました。
※金髪の女(セイバー)とDIOが同盟を結んだ可能性について考察しました。


【コロナ・ティミル@魔法少女リリカルなのはVivid】
[状態]:胴体にダメージ(小)
[服装]:制服
[装備]:ブランゼル@魔法少女リリカルなのはVivid
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(7/10)、青カード(9/10)
     黒カード:トランシーバー(B)@現実
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを終わらせたい。
0:友奈さん……。
1:みんなの知り合いの話をしたい。
2:桂さんと行動。アインハルトさんを探す
3:金髪の女の人(セイバー)、犬吠埼風へ警戒
[備考]
※参戦時期は少なくともアインハルト戦終了以後です。
※【キルラキル】【ラブライブ!】【魔法少女リリカルなのはVivid】【のんのんびより】【結城友奈は勇者である】の世界観について知りました
※ジャンヌの知り合いの名前とアザゼルが危険なことを覚えました。
※金髪の女(セイバー)とDIOが同盟を結んだ可能性について考察しました。


[全体備考]
※結城友奈、犬吠崎風の死体の周辺に散らばっていた黒カードは回収されました。
誰にどのように分配されたかは次以降の書き手に任せます。


562 : ◆DGGi/wycYo :2016/06/19(日) 13:14:07 QVq8f6yA0
投下終了します タイトルは「彼ら、彼女らの約束」です


563 : 名無しさん :2016/06/19(日) 23:50:08 wYs2bWmw0
投下乙です!
罪歌を簡単にねじふせる皐月様の精神力!そこに痺れるあこがれるぅ!
これ、鯨木さんみたいに操れたりするのかな?どうだろう。


564 : 名無しさん :2016/06/20(月) 02:26:23 w3X2GhMAC
投下乙です
勇者スマホが3つ、ウリスみたいに誰かが使うかな?


565 : ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/23(木) 20:40:07 VYu3kdwM0
遅れて申し訳ありません。
宣言通り、まずは前編を投下させていただきます。


566 : 虚ろなる生者の嘆き:End in…? ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/23(木) 20:41:29 VYu3kdwM0




肌に絡みつくような風の感触が、いやに気になる。
流れるように過ぎていく景色に、それでも遅いと叫びたくなる。
鼓膜を震わす風の音とゆっくりと西へ傾き始めた太陽の光に、無性に腹が立つ。
息を吸って吐いてと繰り返しても、頭の中は煩く確定しない未来を映しだそうとする。

それが焦りという感情だと自覚し、夏凜の中の焦燥は更に掻き立てられる。
低空を滑るように飛ぶ箒は、勇者の脚力以上に安定した速度を保って南東方面へと向かっている。
するべき事は単純。ホル・ホースとアインハルトをこの先で回収し、再び放送局に戻る、ただそれだけ。
それだけであることが、しかし今の夏凜にはもどかしくて堪らない。

(友奈、風……)

思い浮かべる、二人の姿。
五人いた筈なのに、今はもう三人になってしまった、勇者部の仲間たち。
けれど、彼女たちもまた、その安否や心境に不安が残る状況だ。

チャットルームに一度だけ訪れて以来、こちらに対する返信はおろかただの一つの音沙汰もない友奈。
ただでさえ精神が不安定であったようなのに、樹の訃報を耳にしてしまっているであろう風。

違う、と心の中で叫ぶ。
私が聞いた情報が、暗いものであるだけだ。
まだ、生きてくれている。
まだ、踏み止まってくれている。
そう言い聞かせるように拳を握り、何処とも知れない心を睨む。

しかし。
不安によって蝕まれたその中に浮かぶのは、どれも希望の光見えぬ最悪の妄想。

─────瞼の裏をスクリーンに、焼け付くような空想が目の前に広がる。
血だまりの中で冷たくなった、無惨な『勇者だったもの』。
罪なき者たちを両断する、修羅と化した勇者の成れの果て。

幾ら現実を否定せんとしても、鮮血の妄想はどろどろと噴出し続ける。
その証拠となるように去来するのは、喪われていく腕の中の体温。
瞳から輝きが消えていく様がありありと分かってしまった、あの時。
自分の紅蓮の勇者の衣装をより朱く朱く染め上げて、魂と共にその熱さを蒸発させた液体の、忘れられようもない感覚。

東郷美森が死んだ、あの瞬間の記憶。

(─────ダメよ、考えちゃ!)


溢れ出しそうになった憎悪と哀しみの奔流を辛うじて飲み込み、唇を噛み締める。
それは、ダメだと。
それを今、ここで─────いや、どんな場所であろうと。
決して浚う事の出来ぬ、あの時のドス黒い澱のような激情を。
嗤う悪魔へと向けてしまった、悍ましくすらある衝動を。
開放する事は、あってはならない。
それは、誰かを幸せにする訳でもなく、誰かを喜ばせる訳でもない。
東郷は、あの優しかった筈の少女は、それでもきっと彼女にそんなことを望んではいない。
最期の表情に書いてあったのは、そんな憎しみではなくて。
ただ、後悔しているようにも見える哀しみのだったのだから。

だから。
これを冒す事は、裏切るという事なのだ。
東郷美森が望むべくもなく、他のみんなもきっと望まない。
ならば、超えてはいけないのだ。

勇者として。
誰かの為に戦う者として。
その感情に流されるのは、きっと─────

(…キリが無いわね、全く)

息を大きく吐き出し、煮詰まったものを体から出来る限り絞り出す。
こんな気分でいては、アインハルトに出会った時に何と言われるか分かったものではない。
数時間前の、自棄になったような彼女を止めたのは自分だ。そんな自分がうだうだと悩んでいては、見せられる顔があったものではない。
考えることを切り替えようと、端末を空中から取り出す。
小湊るう子、そして浦添伊緒奈は思いがけず早めの合流が出来たが、最後のセレクターであり、るう子の友人である紅林遊月の行方はまだ分かっていない。
しかし、あの放送を見ていたなら、提示した夏凜自身の端末のメールアドレスに連絡を入れてきている筈。
これまで開いていたチャットの画面を、閉じようとして。


567 : 虚ろなる生者の嘆き:End in…? ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/23(木) 20:43:02 VYu3kdwM0



『犬吠埼樹を殺したのはホル・ホース』

「─────、!?」

目を、疑った。

跳ね上がった心臓に反して、しかし上がりかけた叫びはなんとか堪える。

(これ…!?)

無論、嘘の可能性のほうが遥かに高い。

しかし。
その可能性があるのも、否定は出来なかった。

セルティ・ストゥルルソン、そしてホル・ホースという二人組。
アザゼルと出会う前は彼等だけで行動しており、それ以前の詳しい情報はない。
無論、そんな実証しようのないアリバイを元に、このチャットの文言を信じるという訳ではない。
しかし、犬吠埼樹について、少なくともその外見的特徴を知っていたのは紛れもない事実だ。
セルティ曰く、端末に残った彼女の写真を見たところ間違いないということなので、彼女本人であるという可能性はかなり高い。
そんな彼女の言葉を信じるなら、彼女たちが言っていた「縫い目の女」が下手人である、ということになるが。

─────反対に、言うなら。
犬吠埼樹の外見を、それだけ早い段階から知っていた、ということになる。
樹と出会った人数は、正味これより更に少なくなるだろう。
無論この殺し合いの初期配置がある程度均等ならの話だが、バイクを持っていたとはいえ、ずっと移動していたわけでもなければあの二人と自分では初期位置も遠くないだろうから、そう変わらないはず。
勿論一人二人の誤差こそあれど、そんな二人が徒党を組んでいるならば─────?

(─────ああ、もう!うるさいっての!)

頭の中で大声を出し、無理矢理思考を切り替える。
あくまで、これは推理。
このチャットが真実であるというとても不確かな仮定が、僅かに可能性だけは存在しているというだけ。
しかもその可能性自体、無理矢理な解釈によって半ばこじつけられたようなものだった。

(大丈夫、大丈夫な─────はず)

しかし。
それでも、僅かに思考には淀みが残る。
気にし始めると止まらなくなる不安感が、少しずつ夏凜を蝕んでいく。

(ああ、もう……どうしてこんな、悪い考えばっか浮かぶのよ)

自分へのイライラが募り、より一層夏凜の神経はざわついていく。
荒れた海のような様相を呈してきた自分の心を自覚し、パチリ、と自らの両の頬を張った。
こんなのではいけないと、さっきも思ったばかりだろう。
それよりも大事なこと、すなわちメールの確認を忘れているぞ、と己に言い聞かせ。
騒ぐ心の声を無視してチャットルームをようやく閉ざし、代わりにメールアプリを立ち上げて。


そして。
今度こそ、夏凜は声を張り上げた。

「えっ……!?」

彼女へと、届いたのは。
悲劇の種としかなり得ない、それでも今の彼女には必要過ぎた言葉。


「友、奈……!!」


彼女の端末に届いていた、一つの新着メール。
既にその命を燃やし尽くした勇者からの、それが最期と知る由もないメッセージだった。


568 : 虚ろなる生者の嘆き:End in…? ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/23(木) 20:43:59 VYu3kdwM0

「どうした、夏凜殿?」

箒の前に乗り、空中での操作を担当するラヴァレイが、突然の大声に驚いたように反応し振り返る。
それでも急ブレーキをかけず飛び続けるのは、騎乗に慣れた彼の技量故か。
速度を僅かに落とし、風の音に遮られず互いの声がクリアに聞こえる程度の速度。

「ご、ごめんなさい」

謝りつつも、夏凜の心臓は弾けるかのようにドクリドクリと脈動する。

あまりに思わぬ方向からの、しかし喜ばしい連絡だ。
つい先程のアザゼルと会話している自分に、このメールを見せて安心させてやりたいとまで思ってしまうほどに。
とはいっても、文面そのものはやはり剣呑。手放しには喜べないこともある。
落ち着こうと呼吸を繰り返しながら、メールの文面を改めて見返す。

『坂田銀時っていう着物を着た人と、絢瀬絵里っていう名前の金髪の人は信用出来る人。
私は行けなくなったけど、その二人が向かってるよ!
今、風先輩を頑張って説得してるから…だから、絶対にそっちに連れていくよ!
だから、待っててね!』

─────風先輩を頑張って説得している

(風、友奈…!!)

遭遇、しているのだ。
そしてまさに、戦っていたのだ。
友奈は、文面の通り風を止めるために。
そして、風は─────最早、考えるべくもない。
犬吠埼樹の為に、全てを殺す覚悟を決めたのだ。
さもなくば、彼女が友奈へとその剣を向けることなどあり得ない。

起こってしまった、激突。
その光景が脳裏に浮かびかけ、今度は脳裏に浮かんだという事実そのものに嫌悪感が巻き起こる。
二人が殺し合っている姿など、想像もしたくない。
私が最初に風を止められていれば、という考えすら浮かんでしまう。

そんな内心の葛藤こそありつつも、ひとまずラヴァレイにメールの内容を話す。
聞き終えたラヴァレイは、少し悩むように顔を俯け─────そう時間を開けず、彼女へと返答した。

「…なるほど。ひとまず、そのサカタという男、アヤセという少女についてを伝えておくのはいかがかな?」

そのラヴァレイの言葉に、焦りが先走っていた夏凜は冷や水を浴びたかのようにその動きを止める。
そうだ。
自分のこと、友奈と風のことばかりではなく、それもまた重要な情報のひとつ。
放送局にいるアザゼルにこれを伝えれば、少なくとも疑心暗鬼でいさかいになることはないだろう。
できれば、あの悪魔がまた面倒を起こさないでくれればいいのだが。

ともあれ、放送局のPCにメールを送ろうとした─────その時。

「…三好殿」

再び前を向き、箒の操作へと意識を向けていたラヴァレイが、冷静な言葉を夏凜へと告げる。
いや、冷静な、とは言いづらいか。
その声は緊迫と焦燥に張り詰め、見据える先に何かがあることを物語っている。
それでも、夏凜は迷うことなくその背後から先を覗き込み。

そこにあった姿に、強く歯を食い縛った。

広がっていた光景。
ただの道路の端にすぎないそこに、まるで地獄のように広がっているのは。
傍らに倒れ伏す白人と共に無惨な死体に成り果てたアインハルトと、悶え苦しみ唸り声を上げるホル・ホースの姿。
そして。

「ほう…テメーら、コイツらに用があるみてーだな?」

黒い学ランに身を包んだ、大男の姿。


569 : 虚ろなる生者の嘆き:End in…? ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/23(木) 20:44:57 VYu3kdwM0



放送局、内部。
PCの画面を一人睨み、アザゼルは考えを巡らせる。
その対象は、勿論チャットルームの向こう側にいると思わしき男・DIO。
この相手と、コンタクトしてみるか、否か、だ。

ホル・ホースの情報によって一応相手の概要を掴んでいるが、それによってこのDIOという相手がアザゼルの邪魔になりかねない人物だというのは十分理解できた。
悪の帝王にして、邪悪なるカリスマをその妖しき瞳に乗せる、そんな現代に蘇りし吸血鬼。
前置きとして語られた能書きはともかくとしても、真に気になるのはその実力。
一瞬にして、辺りに張り巡らされた蜘蛛の巣を一切壊すことなく、いつのまにか背後を取られていた─────とは、実際に相対したホル・ホースの弁。
アザゼルも、人間程度には認識する間もない程の速度での移動など容易いが─────それ以上の「何か」を、具体的には『世界(ザ・ワールド)』と呼ばれるスタンドに秘められた極めて特殊な能力を持っている、その可能性は決して少なくない確率で存在する。
既に死した聖女、或いはホル・ホースたちが相対したという縫い目の女といった、この悪魔を以てしても一筋縄ではいかないやも知れぬ相手。
その存在自体は居ても何らおかしくはないと想像していたが、いざこうして明確に存在を意識すると鬱陶しく映るものだ。

さておき。
そんなDIOに対して、ではこれから実際にチャット上での接触を試みてみるのか。
もしも接触するのならば、果たしてどんな形での会話が正しい選択肢なのであろうか。

そんな二者択一を考えつつ、同時にアザゼルはもう一つの懸案事項へと思考を働かせる。

この殺し合いから脱出するための、考察。
何よりも大事なそれを、現状ろくに行動に移せていないことだ。

小湊るう子、そして浦添伊緒奈というセレクター。
それに加え、タマという重要性で言えば最高レベルのルリグ。
ここにあと一枚のルリグカードが揃えば、それで繭への足掛かりが掴める。
そこまでは、いいのだが。

(浦添の非協力態度、そして脱出そのものに対する主催の備え…特にバハムートの存在か)

そう。
揃ったとしても、それですぐに脱出という訳にはいかないのだ。

まず、第一関門。
浦添伊緒奈を、どうやってその気にさせるか、だ。
先程彼女自身が明らかにした彼女の性質は悪魔としては面白いと感じるが、あれの他者に対するそれが自己も含んだ上での破滅願望だとすると今は話が別になる。
ああいうのは、自分が納得さえ出来るならば自分自身ですら躊躇なく切り捨てていけるタイプという可能性がある。
そしてこういうタイプは、指を折った程度ではそこまで苦にしないという性質も往々にして持っている─────そこまで歪んでいるかは分からないが、拗らせた奴ならば己の生そのものにすら頓着しない程に。
もともとこのバトルロワイアルを楽しんでいる様子であり、そこに生半可な脅しも効かないとなれば、扱いはトップレベルの難易度を誇る。
とはいえ、やり過ぎて精神崩壊まで追い込んでしまえば、今度は脱出要員としての利用が難しくなる。
ここにはいない最後のセレクター、紅林遊月が生きてここまで辿り着いてくれれば話は楽なのだが─────甘過ぎる見込みは身を滅ぼす。

そして、それをどうにかしたとしても、肝心の主催陣営がいる。
正直こちらは未知数だ。どこまでこちらの動向を把握しているのか、そしてどこまで対策を施しているのかも明らかにはなっていない。
知りようがない情報については置いておくとしても、それに対抗するだけ備えは万全にしたい。
少なくとも「バハムートがいる」というその事実だけで、難易度は跳ね上がっているのだ。どうあっても、戦力が過剰ということはない─────それは確か。
手駒は掻き集められるだけ集めておきたいところだが、そろそろ参加者の総数も少なくなって来る頃だ。
最悪の場合、もう一度放送をして呼びかけ直すことも視野に入れる必要もあるかもしれない。

(未だに懸念事項は多い、か)

ため息を一つ。
PCの画面を眺めながら、悪魔は尚も思考を続けていた。


570 : 虚ろなる生者の嘆き:End in…? ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/23(木) 20:45:45 VYu3kdwM0



「ラヴァレイさん…」
「分かっている」

ゆっくりと高度を落とし、二人の男の近くへと着地。
既に変身している夏凜と軍刀を構え直したラヴァレイに対し、男は不敵な笑みを浮かべて崩さない。
風にざわめく木々の音が、耳障りなほどに響いて静寂を作らない。
まるで、今まさに広がる緊張状態を暗示しているように。

「…あんたの、名前は?」

最初に口を開いたのは、夏凜。
最年少ながらも真っ先に口を開いたのは、勇者たる彼女の性質故か。
果たして、笑いをより深くしながら男は答える。

「空条承太郎だ」

その名前は、夏凜の知るところでもあった。
ホル・ホース曰く、少なくともこの殺し合いの中では信用出来る相手─────彼は、確かにそう言っていたはず。
しかし、今目の前にいる男は。
たった一言、名前しか口にせず、しかしその一言に込められた感情に夏凜は歯を食い縛る。
気味が悪いほどに底知れぬものを感じさせる言霊に、しかし彼女でも分かるほどに込められているのは─────愉悦。
この状況を、ホル・ホースが苦しみ、アインハルトや名も知らぬ大男が地に倒れ、二人と相対している状況を─────愉しむように。
どこか気取っている風にも聞こえ、それでいて生理的嫌悪感すらも感じさせる声。
肌を撫ぜる、緊張感と奇妙さがないまぜになった生暖かい空気と共にそれを浴び、夏凜の神経は尖っていく。

(でも、どういうことなの…)

空条承太郎という男については、ホル・ホースからの話で聞いていた。
クールで無愛想にこそ見えるものの、その実は正義に燃える熱血漢。
この殺し合いにも反抗する気である筈だし、ホル・ホース自体の信用は薄くとも協力出来るだろう、と。
しかし、目の前と男から感じる気配はむしろ真逆。
熱血漢どころか、氷─────それも、塩を混ぜた寒剤のような不自然さを感じさせる薄ら寒さだ。
言葉の節々から漏れる狂気が、それをより真実だと思わせる。

(まさか、ホル・ホースさんが本当に…?)

そんな考えが、頭を過る。
ホル・ホースが、自分達を騙っている可能性。

それを思い付いてしまったのは、偏に先のチャットを見てしまったせい。
ただの他人なら勇者である彼女にはそこまで疑わせることはなかっただろうが、犬吠埼樹─────彼女のかけがえのない仲間が関連していることが、勇者以前にただの少女である三好夏凜を惑わせていた。

「空条殿。この状況を作り出したのは、貴方かな?」

次いで、ラヴァレイが質問。
落ち着き払った声での言葉は、この緊張状態ではよりその頼もしさを増している。
だが、それにも何一つ表情を変えず─────その立ち居振舞いはまさに化け物というべきか。
笑みを張り付けたままの承太郎は、何一つ動揺せず言葉を返す。

「そこの二人は俺じゃねーぜ。傷を見た感じでは、顔面ボコボコになってる女がそこの筋肉野郎に殺られて、そこの筋肉野郎はコイツに殺されたってところだと思うぜ」
「…ふむ」

冷静に答える承太郎に、ラヴァレイは死体へと目を向ける。
無論目の前の男への警戒は解かぬまま、しかし僅かに注意の比重を死体の側へと傾けた。
なるほど、確かに少女─────彼女がアインハルトなのだろう─────の顔面は最早原型を留めぬ程に破壊されている。そして、その返り血と思われる血は大男の拳に残っている。承太郎の拳は綺麗なものだし、それを疑う余地は少ない。
そして大男の死因は、主に顔面のこめかみから流れ出る血。ホル・ホースという男の持つ特殊能力は、銃といういわばボウガンの変種のようなものらしい。こちらも特に矛盾は見られない。
総じて、少なくとも彼の言葉に嘘はない。

「では、その当のホル・ホース殿がそうなっているのは…貴公のせいかな?」

しかし、それならば。
そのホル・ホースが、地面に突っ伏して今も唸っているのは。
最後に残っている、この場で唯一の健常者─────空条承太郎が原因だと、少なくとも現段階ではそう判断するしかない。
まともな返答をするかどうかは怪しいが、ひとまずはそれを聞くしかない。


571 : 虚ろなる生者の嘆き:End in…? ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/23(木) 20:46:36 VYu3kdwM0



「ああ、そうだ」

そして。
なんとも、呆気なく。
空条承太郎は、その罪を認めた。

「─────な」

あまりに呆気ない自白に、夏凜の思考は追い付かなくなる。
本当に、いとも簡単に。
まるで日付を聞かれたのと同じように、あっさりとした返答だった。
呆然とする夏凜が可笑しいのか、より一層冷笑を深くしながら承太郎が口を開く。

「何を驚いてんだ。こいつはそういうゲームだぜ」
「ならばなぜ、貴様はまだその男を生かしている?」

すかさずラヴァレイが、これまでに増して鋭い声で言い咎める。
剣呑さを表すように、呼称も貴様へと変わっている。
しかし、それでも尚承太郎の笑顔は崩れない。
奇妙だという言葉では最早生温い程の表情は、一種の狂気すら感じさせる。

「コイツには聞きてー事が一つあってよ─────ああ、大した事じゃねー。てめーらには関係の無い事だ。
それを聞きたいから生かしてる─────それじゃ不満か?」

ラヴァレイが、く、と引き下がる。
確かに筋こそ通っている。仮に嘘だとしても、深く追求しても、恐らくははぐらかされ無駄な問答になるだろうと察する事も出来る。
そうして再び静寂が訪れようとし─────しかし、それを壊すのはやはり承太郎。

「とはいえ、このままてめーらと一緒に居たんじゃあ、それも出来ねーからな」

そう、呟いて。
徐に学ランの右ポケットに手を突っ込んだ男に、二人が警戒を向け。

「悪いが、逃げさせてもらうぜ」

その一言と同時に、承太郎が何かを放り投げる。
外見が何らかの金属から出来ているそれは、ラヴァレイにも夏凜にも簡単にその正体を予想出来た。
思わず伏せた二人の上空で、それは甲高い音を鳴らし─────案の定、小規模な爆発を巻き起こした。
広がる爆風や炎に背を向け、ホル・ホースを片脇に抱えた承太郎が、その隙にと背後を振り向く。
煙と爆発音によって、それを見咎める人物も聞き咎める人物も存在を許されず。
そうして、悠々と逃げ去ろうとした承太郎。

「させないわ」

しかし。
投げられた短刀の爆発が、その動きを止める。
承太郎が振り向けば、少女─────夏凜が、強くこちらを睨みつけていた。
何故正確に、彼を止めるように刀を投げられたのかと言うならば、それは気配。
訓練された勇者が、例え目や耳が役に立たずとも戦う為に身につけたスキル。

「勇者として、私は─────あんたみたいな奴を見逃せない!」

毅然と。
決して空気に呑まれることなく、夏凜はそう言い放つ。
凛とした声と、それに呼応したように出てきた精霊の「諸行無常」という声は、ざわめく木々の音を掻き消して辺りに響く。
その姿は─────確かに、勇気を持つ勇者のそれだった。

「ああ」

しかし、それで。
「空条承太郎」は、思い出した。

当初から、旅館のテレビで姿を見た時から感じていたのだ。
三好夏凜に対しての、どこかで見たことがあるという違和感を。
初対面であるはずの少女だというのに、単なる見覚えとはまた違う感覚。
強いて言い表すなら、雰囲気─────いや、醸し出される気高さといったところか。
「彼」にとってはヘドが出そうな感情だったが、どうにも出所が思い出せない。
実際に対面しても、それは解決することなく凝りとして思考の中に残り続けた。

しかし、分かった。
彼女に感じた既視感の、その正体。
それを思い出させたのは、たった今この場所に響いた言葉。
今の今まで記憶からほぼ消えかけてすらいた、「あの少女」が言っていたのと、全く同一の言葉。
それは─────


572 : 虚ろなる生者の嘆き:End in…? ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/23(木) 20:48:44 VYu3kdwM0



くつくつと、目の前の男が笑い出した。

「なるほどな」
「何が、よ」

より剣呑さを増したと、自分でも感じる声。
じっとりとした汗がゆっくりと滴り、不快感と嫌な予感が膨れ上がる。

「そのチンケな人形にも、道理で見覚えがあると思ったぜ」

その言葉に、夏凜は一瞬疑問符を浮かべ─────次の瞬間、目を見開く。
うそ、という形に口元が歪み、すぐにそれは憤怒の意を示す形へと変わった。
そして、言葉としてそれを吐き出そうとしたその瞬間をまるで見計らったかのように、承太郎の口が新たな、そして決定的な言葉を告げた。

「テメー…あの緑色のガキの仲間だろ?」

その、一言で。
完全に、夏凜と承太郎の間の空気が凍りついた。
打ち震える彼女の姿に対して何か面白いものでも見るかのように笑いながら、尚も承太郎は口を止めず。

「ああ」

肯定の、意を。
彼女が思い浮かべている最悪の想像を、その通りだと。
あまりに簡単に、呆気なく許容する。

「あの生意気なガキをブチ殺したのは─────」
「嘘よ!」

叫ぶ。
言葉を自分の中で消化するよりも早く、否定する。
だって、そうしなければ。
彼女の、限界に達しつつある何かが、その箍を破壊してしまいそうだったから。

しかし。

「違う?何でそう言える」

それでも、気味の悪い笑いを崩さないまま。
はた、と思い当たったかのように、今度はホル・ホースの方へ目を向けながら。

「ああ、もしかしてコイツか、あの首無しにでも聞いてたか?
殺したのは、女のガキだったとかなんとか」

やはり、何が面白いのか。
くつくつと笑いながら、

「悪いな、それは─────」

その瞬間に。
赤い糸が、男の姿を取り囲み。
作られた赤い繭は、数秒としない内に破られて。
その直後─────内側から、一人の少女が現れた。

「こういうこと、だよ☆」

それは、あたかも「空条承太郎が少女の姿へと形を変えた」ようで。
そして、言葉を失った彼女へと。
「まるで本来の姿に戻ったかのように」再び姿を戻して。

「何なら、他の質問に答えてやってもいいぜ。糸を使っていたかとか、花びら振り撒きながら戦っていたとか」

そして。
「空条承太郎」は、トドメを刺した。


「俺がぶった切ってやった、首の話とかよ」


─────そうして。
溜まりに溜まった疑念という動力炉へと、赤熱した火種が投じられ。
急速に胎動した三好夏凜の中の何かが、彼女の理性を食い破った。


「──────────ア」

それは、他人を助ける勇者が忌避すべき感情。
誰かをどうあっても護り抜く勇気とは正反対の、誰かを徹底的に終わらせる為の感情。
そして、何処までも純粋な。



「殺意」。


573 : 虚ろなる生者の嘆き:End in…? ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/23(木) 20:50:27 VYu3kdwM0



まるで、爆炎が巻き起こったかのようだった。
ごう、と大気を揺らす風圧が、
神々しくある筈の華の光は、何処か昏き翳りを宿す。
そして、噴火した火山に眠っていた溶岩の如く、その紅色を天へと向ける花弁の渦。

その中心に、阿修羅がいた。

四本の巨大な腕に、其々一振りの太刀を握り。
勇者である事も何もかもを忘れ、ただ天を衝く激情を全身に滾らせ。

そんな阿修羅が、そこにいた。

「─」

そして。
臨界点を一瞬で突破した激情の渦が、彼女の体を飲み込み。
煮えたぎる血流が憤怒の波となり、全身へと殺意の炎を行き渡らせて。


「─────────────────────ァァァァァッッッッ!!!」


阿修羅が、吼えた。
同時に、ギラリと太刀が煌めく。
鈍く揺らいだ刀身が、その切っ先を男へと向け。

─────数瞬の後。
朱槍と化した阿修羅が、轟音と共に突貫した。

地面が抉れ、草木は吹き飛び─────けれどそこに、挽き肉になった男はいない。
見れば、ガンマンをその右脇に抱えて、森の木々の中へと逃げ込もうとする影がひとつ。
視界から消えそうになったその最後の瞬間─────またも煽るように、にやりと男が薄ら笑いを浮かべ。

それは、最早理性すら半ば飛びかけている阿修羅を誘うには十分過ぎた。

「──────────────!」

唸るような。
呪うような。
悲しむような。
そんな声を上げながら、修羅が二度目の豪進を開始する。
振るわれた腕が、木々など邪魔だとばかりに薙ぎ倒す。
しかし、森を掻き分けて逃げ去っていくその速度は、地形によって見通しが悪く夏凜が追いにくいことを差し引いても異常。
無論、その程度で暴走を始めた少女が止まるはずもない。
障害となる森を文字通り吹き飛ばしながら、それでも後方─────アインハルトの死体やラヴァレイの元に残骸を飛ばさないのはほぼ無意識の内か。
大樹が根元から倒れ、小さな崖が衝撃で崩れ落ち、小高い丘の広場は掘り返されたかのように。
そんな爪痕を残しながら前に進む夏凜が、しかしそれでも数刻と経たず影を見失う。
まるで獣のように辺りを見回し、何処にいるか探し当てようとして。

そこで、声が響く。
彼女が追い求めていた、憎き男の声が。


574 : 虚ろなる生者の嘆き:End in…? ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/23(木) 20:51:24 VYu3kdwM0

「教えてやるよ、あのガキがどうやって死んだのか」

響く。

「弱くて手も足も出ねえ癖に、威勢だけは一丁前で」

響く。

「首を飛ばしてやったら、何が起こったのかわかんねーってツラしてたぜ」

響く。

「全く、傑作だったぜ─────何も出来ず死んでいく様はよ」

響く─────

「………──────────ッッ!!!」

絶叫と共に、その声がした場所が吹き飛ぶ。
夏凜が放った衝撃波は、元々の満開時に放てるそれからは幾らか弱体化しているものの、数十メートルを吹き飛ばすには容易い威力。


だが。
更に、異なる方向から。

「テメーも、同じところに行かせてやろうか?」

響く。

「揃って首だけになるってーのも、悪くないと思うぜ?」

響く。

「何なら、テメーの仲間だって一緒でもいい」

響く。

「まとめてあの世に逝くっつーのも、悪くないかもしれねーぜ?」

響く。

「テメーも」
「テメーの仲間も」
「揃って殺してやるぜ」
「そこで待ってな、勇者サマよ」

響く、響く響く響く響く響く響く響く響く響く響く響く響く響く─────

「、ッッ──────────────!!!」

それを、声の限り掻き消すように。
止まらない修羅の慟哭が、破壊音と共に反響した。


575 : 虚ろなる生者の嘆き:End in…? ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/23(木) 20:53:08 VYu3kdwM0


「ふー、面白かった☆」

黒い学ランが、筋骨粒々の男の体が、全て赤い糸へと還っていく。
その中心で、『空条承太郎』─────もとい、針目縫は笑いながらそう呟いた。

最初は、単に承太郎の悪評を振りまくというそれだけの理由だった。
ホル・ホースが苦しむ姿の傍らにいれば、どうあっても悪者はこの男という事になる。
覗き見しただけの相手でも十分効果的だし、
もしも相手が承太郎の性格を知っていたとしても、そこから変身を思い浮かべる人間は少数派の筈だ。伝聞だけなら、それこそ情報源を疑うという線もある。

ホル・ホースをすぐに殺さなかったのは、単純に面白くなりそうだったからというごく単純な理由。
とはいえ、未だに呻いているだけだとそろそろ荷物としても邪魔だ─────そろそろ処理しようかな、という考えを一瞬脳裏に浮かべる。

そして、夏凜に対しての『自白』。
あれをしたのも、所詮は先のホル・ホースと同じく、面白そうだったからというそれだけの理由だ。
事実、全く同じ動機で、父親と仲間という差異こそあれどほぼ同じ事を纏流子へとあっさり自白したように。

それに、あの様子ならば、承太郎と思しき人物を発見したその直後には襲いかかるだろう。
そういう意味では、承太郎の悪評に拍車がかかったとも言っていい。

更に言うなら、あの夏凜という少女に対しては上手く取り入りたいという考えがある。
針目の目標はあくまで脱出だ。それも、これが(少なくとも彼女の分析による仮説の中では)彼女の主である鬼龍院羅暁が執り行ったゲームではないと思われる以上は、あの繭という少女には相応の報いを受けさせてから、という条件付きで。
その為に、先の会場全体への放送で脱出の鍵について何かを掴んでいるらしき彼女からは、是非とも情報を上手く聞き出したい。
しかし、ホル・ホースと出会っている時点で自分の悪評は聞いているだろうし、下手に出ていけばそれこそ彼女の友人殺しの真犯人が自分だとバレるだろう。
だからこそ、一度徹底的に「折る」方が良いだろう─────そう思っての、判断だ。

けれど。

「まあ、今はそれより先にっと」

針目が今走っているのは、別の理由があった。
向かっているのは、先程自分が耳にしたあり得ない筈の声。
即ち。

「ホンモノじゃないだろうし…ね?」

─────もう一つの、「空条承太郎の声」の主。
自分が言った訳でもないのに、つい数分前まであり得ない筈のその声を発していた男。
無論、本人である可能性はないだろう。憎らしくも自らの意志だけで精神仮縫いを打ち破ったあの男が自分からゲームに乗る事はあり得ないだろうし、洗脳能力の使い手が別にいたとしてもそれこそ縫と同じように自力で跳ね除けかねない。

そう。
能力の使い手が、別にいる。
その可能性があるならば、即ち、ここで聞いた空条承太郎の声の正体とは─────

「御機嫌よう、麗しいお嬢さん。この度は私の意図に気付いていただき恐悦至極でございます」

それに思い当たるとほぼ同時に、彼女の耳に声が届く。
振り向けば、そこに居たのは─────白い顔をした、奇妙な男で。

「私の名は『この姿では』マルチネ。名簿にはラヴァレイという名前で記載されております」

その言葉で、縫も確信を得る。
彼は、自分と同じ─────変身能力の使い手だと。

「いきなりで本当に申し訳ないのですが─────僭越ながら、貴女に一つ協力していただきたい事がありまして」

そうして。
その針目の表情の機微を感じ取り、しかし尚もその姿勢は崩さぬまま。
ゆっくりと、悪魔が嗤った。



「放送局にいる、私と対立している悪魔─────アザゼルの処理の手伝いを、お願いしたいのですよ」


576 : 虚ろなる生者の嘆き:End in…? ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/23(木) 20:54:27 VYu3kdwM0


「─────すまない、アザゼル!少々いいか!?」

──────唐突に放送局に大きく声が響いた。
その声を聞き、呼ばれた当人であるアザゼルは一旦思考を切り上げた。
来客─────しかし、聞き覚えがある声。
しかも声音から言えば、これは。

「小湊!」
「は、はい!」

上階にいるるう子を呼び寄せ、何故呼ばれた、という表情をした彼女へと言い放つ。

「こいつの見張りを頼む。何かあればすぐに呼べ」

顎で倉庫を示してそれだけ伝えたが、十分に意図は伝わったらしい。
怪訝かつ不安そうな顔をしつつも倉庫の前に陣取ったのを確認し、入り口─────とはいっても、僅かに倉庫の入り口が見えなくはない程度の近さなのだが─────へと向かう。

「貴様か。奴等と合流出来なかった様子なのはわかるが…三好はどうした?」
「…それについて、話したいことがある。というより、頼みたいことだ」

果たして、そこにいたのは先にこの場所を出発したラヴァレイ。
ヘルゲイザーは持っているようだが、同行していた筈の勇者の少女の姿もなければ、探してこいと命じた紅林やホル・ホース、アインハルトの姿もない。
明らかな異常事態なのは見て取れたが、しかし一体何が起こったのか。
ひとまず冷静になったラヴァレイが、漸く口を開く。

「アインハルト嬢が死んでいたのを発見し、同時にそこにおりホル・ホースを拷問していた空条承太郎という男に襲われた。夏凜殿がひとまず応戦しているが、どうなるか分からない状態だ」

簡潔にまとまった状況説明に、アザゼルはふむ、と顎に手を遣る。

「あいつに任せて、貴様はぬけぬけと戻ってきた、と?」
「…実は、夏凜殿もほぼ暴走状態でな。どうやら、誰かの仇だったらしい」
「ほう?」

それは、少なからず興味はある。興味はあるが、しかしそれだけだ。その為だけにどうこうするという程でもない。
むしろ、今の時点で気になったのは。

「それはそれとしても、ホル・ホースの情報ではその男は協力できるという話だったが?」
「まさか。話が通じる相手だとは思えなかったぞ」

その返答に、アザゼルも少しばかり眉を顰める。
ホル・ホースという男が、自分達に虚偽の情報を流した、ということか。
或いは、彼が承太郎の本性を見抜いていなかっただけか。
他にも、洗脳などの線は考えられなくもないが─────こればかりは、実際に会ってみないと判別のしようがないか。

「ともあれ、俺にその男の討伐を手伝え、と」
「そういう事だ」

それだけ言った後、頼み込むように頭を下げるラヴァレイ。
苦渋というのをこれでもかとぶちまけたような表情での懇願に対し、アザゼルは愉快そうに答える。

「まあ、いいだろう。貴様の実力が足りない尻拭いなんぞ面倒だが、かといってのさばらせておくのも厄介だろうからな」

煽るような言葉は勿論故意。
尚も頭を下げ続ける彼の真横を通り過ぎて翼を広げ、振り返ってニヤリと笑い捨て台詞とばかりに言い残す。

「さて、ここから南東だったな。小娘達のお守りくらいはちゃんとこなせよ?」


577 : 虚ろなる生者の嘆き:End in…? ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/23(木) 20:55:31 VYu3kdwM0





そうして、飛び立とうとしたアザゼルに対し。

「─────うんっ、じゃ、バイバイ☆」

─────「針目縫」は、そう言って。
アザゼルの背面へと、紅い刃を滑らせた。




「─────少しは殺気を隠せ、小娘」

そして。
アザゼルとて、それを察して何もせぬ馬鹿ではない。
自らも、奇しくも彼女と同じ武器をカードから取り出し、振り向きざまに弾き飛ばす。
超硬質生命繊維によって作られた、元は一つの片太刀バサミ。
それらが交差し、火花が散らされる。

「あっれー、気付いてたんだ。だったら早く言ってくれればいいのに、いっけずー」
「喧しい。きゃんきゃん啼く声なら後でゆっくり聞いてやろう」

互いに軽い挑発を飛ばしながらも、ハサミを交え続ける手は緩まない。
凡そ会話をしながらとは思えぬ程の速度で幾重にも重なる閃光は、常人には最早捉えられないレベルの交錯。
奇しくもこの殺し合いでは初の邂逅となった両の片断ちバサミが、歓喜に打ち震えるように甲高い音を鳴らす。

「どこから気づいてたの?」
「あの男のようなタイプは、自分の実力については弁えている奴が多いからな。悪魔に頭を下げる事自体への葛藤こそあれ、貴様のようにプライドを剥き出しにするような輩ではない」

連続で交差する赤と紫のツートンカラーが、入り口では狭いとその内側へ舞台を移し混じり合う。
再び数度の火花が散らされるが、その速度は僅かながら片方に軍牌が上がっている。

「自尊心が豊かなことで結構だが─────過ぎた自信は、身を滅ぼすぞ?」

幾度の交差の後、鍔迫り合いへと縺れ込む。
しかし、それは徐々にアザゼルの優勢へと傾いていく。
互いに実力こそ同等、しかしその体に残る痛手と疲労は明確な差を生んでいた。
ゆっくりと押し込まれる刃を苛立ちと共に弾き飛ばし、そのまま首を飛ばさんと赤い光が閃く。
それを僅かに体を仰け反らせて回避し、そのまま宙返りしつつアザゼルが後退。
追い縋るように追撃を加えんとする針目が地を蹴り、真上から降り注ぐ雨のように連撃を加えようとする。
しかし、それが失策と悟った時にはもう遅い。
空中で身体を逸らした時に眼前30センチほどまで迫っていたのは、牽制代わりとばかりに投げたナイフ。
それ自体はただのナイフにすぎないが、悪魔が投げれば凶器には十二分だ。
それでも普段の針目縫なら、その程度は無視して突っ込んだだろう。
しかし、正確に頭部を狙った一撃は、制限がある今の彼女には少なくないダメージを与えかねない。
故に、更に身体を逸らして何とか回避し─────そこへ、待ってましたとばかりにアザゼルのハサミが落ちる。
跳ね上げた紫の一閃がそれを退け、そのままあり得ないような軌道を描いて再びアザゼルの身体を捉えんとする。
容易く弾き、同時に両者の間がほんの少しばかり開く。
ここぞ、とばかりに、両者が踏み込んで。

─────尚も、激突。それに次ぐ、激突。
狭い放送局の中で、豪速の戦闘が繰り広げられた。

数分にも満たぬ交差。
その中で得た、アザゼルの針目に対する評価は、「侮れない相手でこそあるものの自分の敵ではない」というもの。
やたらと自信過剰なのは本来の実力があるのだろうが、それを万全の環境で活かせていない相手だ。
─────押し切れる、な。
そう判断したアザゼルは、一気にブーストをかける。
より勢いを増した片のハサミが、もう片方を凄まじい勢いで打ち据えていく。
防戦一方だけでも人間業を超越するだろうそれは、反撃に回ろうとすればすぐに仕留められるだろうもの。
そしてアザゼルは、敢えてそこにほんの僅かな隙を作る。
無論、あからさまに誘っているとわかるような隙ではない。しかし、食らいついたが最後、即座に反撃を食らわせる用意は完全に出来ている─────そんな隙を。


578 : 虚ろなる生者の嘆き:End in…? ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/23(木) 20:56:31 VYu3kdwM0

しかし。

─────来ない、だと?

直情型の、扱いやすい性格。
その判断が誤っていたとは思わないが─────ならば、何故こうも凌ぐ事を目的としているのか。
それを疑問と思うと同時に、ふと、視界の中で何かが動いた。
戦闘に支障が出ない程度を見計らい、一瞬だけそちらへと意識を向け─────そこで、己の目を疑った。

「─────な」

倉庫の扉。
ここから既に20メートル程開いた、通路の一室。
その扉が、今まさに開こうとしていた。
もちろん、外側から扉を開ける事が出来るような人物の存在を彼は知らない。
それに、二人以外の侵入者がいたとして、それまで自分が気付かぬ訳がない。
いや、そもそもるう子も扉には触れていないようなのに、彼女以外に外側から開くことができる人物の姿が無いのだから、この考えはあり得ない。
となれば、残るのは─────いや、最初から。
倉庫の扉が、内側から開かれているという可能性しかない。
そして、それが出来る人物にもまた、一人しか心当たりは─────

「─────浦添ッッ!!」

怒声を飛ばすと同時に、倉庫から彼女の姿が飛び出る。
るう子をショルダータックルで弾き飛ばし、そのままこちらとは正反対の方向へと駆けて行く。
どうやって拘束を解いたのかは分からないが、それよりも今は単純に逃げ出されるというそれ自体が最大の問題だ。
逃げられては、折角手に入れたセレクターとの繋がりが無くなる。
それは、疑いようもなく脱出からの大きな後退だ。参加者数が減ってきた今ここで失うには、惜しいにも程がある。

だから。
アザゼルは、この一瞬。
完全に、戦闘を放棄してしまった。

もちろん、彼の力が強大な事に一切変わりはない。
凡夫どころか熟練の達人であろうと、悪魔である彼がたかが一瞬気を抜いたところでその隙を突くのは不可能といってもいい。
或いはだからこそ、それに慣れていたからこそ、彼は一瞬という時間を無為にしてしまったのかもしれない。

「─────まーったく、皆よそ見が大好きなんだね?」

ともあれ。
それは。

「ちゃーんと、こっちを見てね!」

如何に疲労を残していると言えど。
如何に身体に傷を残していると言えど。
生命繊維の化け物にとっては、それでも十分過ぎる隙だった。

気付いた時には、もう遅い。
振り下ろされたハサミをなんとか防ぐも、そこからは完全に後手後手の戦い。
針目が攻め、アザゼルが守る。
一度のミスが招いたその失敗は、刃に対応する為に本来あったはずの集中力をゴリゴリと削いでいく。

「くっ…!」

不味い。
一度の致命的なミスは、疲労によって少しずつ広がっていた両者の差を一気にひっくり返した。
このままでは不味い─────しかし、

「小湊、何をしている!あいつを追え!」

その言葉に、るう子がハッと顔を上げた。
放心していた様子だが、すぐに身を起こしてウリスが逃亡した方向へと駆けていく。
よし、と心の中でひとまずは考える。
最悪定晴を使いでもすれば、るう子にも簡単にウリスに追い付くことができるはず。
どうにかなるか、と思ったその瞬間に。

「まったく、学習しないんだから─────っと!」

これまでの中でも最速と言っていい針目の一閃が重なった。

ガン、と。
アザゼルのハサミが打ち上げられ、無防備な腹部が露わになる。
不味い、とそう考える暇すらもなく、切っ先は胴体を寸断すべく迫り。
ほぼ脊髄反射で腕を引き戻そうとすれど、それが間に合う筈も無く。



悪魔の目の前を、鮮血が過った。


579 : 虚ろなる生者の嘆き:End in…? ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/23(木) 20:57:53 VYu3kdwM0


修羅が駆ける。
花も草も薙ぎ倒し、大地を引き剥がして、ただ暴走するままに目に映るものを壊す。
その姿に、勇者の面影は最早希薄─────いや、もう見ることすら出来ない。
激情、激情、激情。
体を突き動かす感情の荒波が、今の彼女の全てだった。
追い求めるのは、彼女の目の前で最悪の事実を言い放った男。
黒い学ランに身を包んだ、悪意そのもののようなそれ。
ただそれを滅ぼすことだけが。
今は亡き後輩の、その仇を討つことだけが。
復讐の鬼と化した彼女の、唯一の行動原理だった。

だから。
きっと、それは。
黒い学生服を、木々の隙間に垣間見てしまった時に。
まるで動けぬ獲物を見つけた猛獣のように、襲い掛かってしまった事は。
例え、それで片付けてはいけない事だとしても。
きっと、仕方のない事だったのだろう。

「─────あ」

柔肌を、ゆっくりと刺し貫く感覚。
ズブリ、と。
やけに単純なまでに手に馴染むその感触。
触覚という、生物としてもっとも原始的な認識方法の一つであるそれが、ありのままの生々しい感覚を夏凜自身の精神へと刻み込む。

そして。

「あ、え?」

突き立った刃の、その場所が。
先程までとは僅かに異なる、何処か輝いているような光沢を放つ学ランだと気付き。
それから、また数秒して。
先程見た空条承太郎のものよりも、一回りというほどではないにしろ小さいと明らかに分かる背丈を認識し。

それから、もう数秒とかかることすらなく。
剥がれ落ちた学ラン─────正確には「喧嘩部特化型二ツ星極制服」の下から、その男の顔が現れる。

即席のスケープゴートだとよく見れば簡単に分かるそれも、判断力を著しく失っていた彼女を騙すには十分過ぎて。

阿修羅に捧げられた哀れな生贄羊─────ホル・ホースの苦悶の表情が、目の前に現れた、その時に。
人間に致命傷を与えたという現実を理解し、正気を取り戻した三好夏凜は、ちょうどそれを見てしまって。



そうして、今度こそ彼女の精神は─────


580 : ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/23(木) 20:58:48 VYu3kdwM0
前編の投下を終了します。
後編も今週末までには投下いたします。


581 : ◆gsq46R5/OE :2016/06/25(土) 22:00:02 aHe5hREc0
投下お疲れ様です。
マーダー達が悪辣すぎる……これは対主催組が総じて危なそうだ。
アザゼルやホル・ホースの安否だったりと、後編が非常に気になる内容でした。

自分も投下します。


582 : チェンジ・ザ・ワールド ◆gsq46R5/OE :2016/06/25(土) 22:01:24 aHe5hREc0


  時刻は、午後四時を半ばほどまで回った頃であった。
  此処はB-7、高層ホテルの内部。
  会場の中には既に派手な崩落劇を披露した施設もあるというのに、この宿泊所は未だにその上品な外観を保っていた。
  その一室に陣取って、戯れに取り出したワインを傾ける男の名は、DIO。
  かつて人間だった頃には、ディオ・ブランドーという名前であった――しかし今は人間を辞めて久しい、人類の超越者である。
  彼は、吸血鬼だ。
  とある恐ろしき一族が開発した血の遺産、『石仮面』をもって変貌した、最強のヴァンパイア。
  彼の天敵であったその一族も、彼が海底で長い時間を過ごしている間に滅亡した。
  今や、一つの世界における最強生命体と呼んでも過言ではない。
  そんな彼に勝つことの出来る存在など、たとえ数多の世界が入り混じったこの箱庭であろうとも、そうそう居る筈がない。
  ならばDIOはその圧倒的な力で立ち塞ぐ敵を叩きのめし、数え切れないほどの屍を積み重ねた末に、この辺境の城へと立ち寄ったのか。

  ――その答えは、『否』である。立ち寄った、どころではない。彼は時間にしてほとんど半日間、このホテルという城に籠っていた。

 「……フム」

  吸血鬼は、あらゆる面で人間に優った生物だ。
  肉体のスペック、再生能力、無限の寿命。
  まさに人間であることを辞めた者だけが行き着ける、生命の究極系。
  だが彼らは一つ、無視するにはあまりに大きすぎる弱点を抱えている。
  世界中のあらゆる物語で共通している、吸血鬼の弱点。
  即ち――日光。吸血鬼の王であるDIOも、決して例外ではない。
  今日はいい天気だから、外で体でも動かそうだとか、そんな考えを行動に移した日には、彼の屈強なボディもその能力も、一瞬で灰と消える。

  DIOほどの聡明な男に限ってそんなことはある筈もないが、彼がバルコニーで寛いでいたとして、傍にあるプールの光が反射して照り付けたとしても、まず間違いなくDIOは死ぬ。それほどに、吸血鬼にとっての日光とは致命的なものなのだ。

 「日没までは、長く見積もって一時間前後……といったところか」

  彼には知る由もないことだが、幸か不幸か、このホテル周辺は現在陸の孤島も同然に閑散としている。
  これに理由付けをするのなら、参加者達にとって縁の深い施設は、軒並み他の島に分散しているのだ。
  DIOの館は言わずもがな彼自身の家だし、精々これに引き寄せられるのは亡き花京院やポルナレフ、忌まわしき空条承太郎。後はヴァニラ・アイスくらいのもの。
  本能字学園の縁者は早朝に学園で戦闘を行い、見事に分散。
  満艦飾マコと蟇郡苛は、既にこの世を去っている。
  つまり、これと言って「この場所を目指したい!」と参加者に思わせる、魅力的な施設がほとんどないのだ、この島には。
  ショッピングモールはホテルから遠いし、病院に至っては、何と崩壊している。
  この有様では、DIOが長い退屈を味わされるのも無理のない話だ。


583 : チェンジ・ザ・ワールド ◆gsq46R5/OE :2016/06/25(土) 22:02:52 aHe5hREc0

 「しかし……良いものだな、ホテルというものは。このDIOの生まれた時代にあったものとは比べ物にならない、贅の極みのような宿屋だ」

  優勝し、元の世界に凱旋を果たしたなら、居をこういった場所に移すのも手かもしれない。
  どうせその頃には、己の野望を阻む承太郎は死んでいる。
  後はジョセフの老いぼれさえ排除すれば、ジョースターの血筋は完全に途絶え、その瞬間に己を真の意味で脅かし得る者は全滅するだろう。
  それからは失った戦力を補填しながら、世界をゆっくりと支配していけばいい。
  それにこの場所、帝王となり、全ての上に立つ己には、成程実に相応しい施設だ。
  現代の王城と呼んでも、言い過ぎではあるまい。
  DIOは半日間を過ごしたこの巨大な宿屋を、実に高く評価していた。

 「さあ、もうすぐだ。もうすぐだぞ、承太郎……そして、このわたしに楯突いた愚かな虫けらども」 
  長い間、待たされた。
  怒りは喜びで上塗りされて影を潜めているが、決して消えた訳ではない。
  今もあの時の屈辱は、DIOの自尊心を焦がし続けている――狼藉を働いた者達の顔は、瞼の裏に未だくっきりと焼き付いている。
  奴らさえ居なければ、下等な人間如きに背を向けておめおめと逃げ帰る無様を晒すことは決してなかった。DIOは、自分に恥を与えた者を決して許さない。

  それに、彼を突き動かすのは何も殺意だけではない。
  この目で確かめたいことも、無数にある。
  自分が引っ込んでいた間に、会場の景色はどの程度変貌したのか。
  先程自分が電子の海に放流した悪意の種は、どういった形で芽吹いているのか。
  協力者との盟約もある。二度目の朝が来るまでにやるべきことは、こうして挙げていくときりがない。

  彼は、あとほんの僅かな時間の後に解き放たれる。
  沈みかけの太陽が完全に消えた時が、平穏の終わりだ。
  ホテルという名の洞穴から這い出た鬼が、君臨し、蹂躙するだろう。
  二度目の朝が来るまでに、という表現を先程使ったが、DIOは再び日光に怯え逃げ帰るような無様を晒すつもりは毛頭なかった。
  日が沈んでいる間に、殺し合いを終わらせる。
  長い休息時間で充填された体力を、遺憾なく使って。
  それが終わったなら、今度は繭だ。
  今もどこかで薄笑いを浮かべているのだろうあの少女を殺し、願いを叶える力とやらが本当に存在するなら奪い取る。
  もしも繭の台詞が嘘でなければ、自分は『世界』すらも超えた力を手に入れられるかもしれない。
  そう考えると、やはり心が躍る。
  このバトルロワイアルに巻き込まれたことを、DIOは最早幸運だったとすら思い始めていた。

 「とは言っても、まだ幾らか時間はあるか――フフ、大きな楽しみがすぐ傍にある時に限って、時間の流れが嫌に遅く感じるのは……人間も吸血鬼も共通らしい。
  もう一度眠りに入って、より具合を万全にしておくのも手だが……最後にもう一度、あのチャットとやらを確認しておくか。
  何か更新されているかもしれん」

  現地調達した上物のワインを一息に飲み干して、DIOは寛いでいたスイートルームを後にする。
  情報戦などという姑息な手段に頼らなくとも、『世界』と吸血鬼の肉体(ボディ)さえあれば、殺し合いを制するのは簡単だ。
  しかし、ちっぽけな人間達が必死こいてチャットを打ち込んでいる様を想像すると、なんとも言えず愉快な気分になる。
  そしてそこに自分が一石を投じることで、またちっぽけな誰かがその情報に慌てふためくのだ。

  どうせ、他にやることもない。時間潰しには最適だろう。
  もう一度遊技場に行ってもいいが、麻雀の機械は既にDIOが壊してしまった。
  他にも探せば卓があるかもしれないが――あのゲーム、やってみて分かったことだが、思っていたよりもかなり神経を使う。
  自分が勝利するのは当然のこととして、それはさておきあんな物を面白がる奴の気が知れない。
  DIOはそんなことを考えながら、再び事務室へと足を運ぶのだった。


584 : チェンジ・ザ・ワールド ◆gsq46R5/OE :2016/06/25(土) 22:04:00 aHe5hREc0



  一方、その頃。
  地下通路を抜けて、帝王の城の内へと足を踏み入れる男の姿があった。
  しかしこの男は、帝王たるあの男の敵ではない。
  むしろその真逆。
  帝王に仇成す全ての敵を誅戮する、姿なきキリングマシーン。
  名を、ヴァニラ・アイス。
  『クリーム』のスタンド能力を持ち、既に四人を殺めているDIOの忠臣だ。

 「さて……まずは探索からだな」

  あくまでも、優先順位は情報収集よりも殺戮だ。
  生き残るべき参加者はDIOのみ。
  それ以外は、たとえ女子供であろうと関係なく、皆殺しにする。
  このホテルの外観を見た訳ではないが、装飾の豪華さからして、それなりの階数がある筈だ。
  臆病な参加者がどこかの部屋に籠り、縮こまって時が経つのを待っている可能性は十分にある。
  体力は十分に回復しているが、念の為、血を吸ってから殺すべきだろう。
  その為にも、出来れば『戦えない』参加者であると都合が良いのだが。

 「――フ」

  数分間歩き回った所で、ヴァニラは口元を吊り上げた。
  
 「やはり、いるな……」

  内部の所々に、人が物色したり、歩き回った形跡がある。
  間違いなく、どこかに参加者が潜んでいると、ヴァニラはそう踏んだ。
  一応武器も構えながら、足音を敢えて隠さずに進む。
  それで怯えて行動を起こしてくれれば、息を潜めてちまちま進むよりもずっと手早く事が済むからだ。
  そうして――更に七分ほど、ホテル内を徘徊した頃のことだった。

  ヴァニラの鼓膜が、何者かの足音を捉える。
  どうやら此方には気付いていないのか、特に音を殺している様子はない。
  だが、彼は表情を顰めた。
  居場所を探す手間が省けるというのに、何故彼はそんな表情をしたのか?

 「勘付かれている」

  自分の、存在に。
  勘付きながら、敢えて音を出しているのだ。
  その思考回路は、奇しくも自分と全く同じもの。


585 : チェンジ・ザ・ワールド ◆gsq46R5/OE :2016/06/25(土) 22:04:47 aHe5hREc0
  これだけでヴァニラは、足音の主が『自分はこれから殺される』とは微塵も思っていない、かなりの自信家であることを見抜いた。
  それが虚勢ならば、いい。
  もしもそれが確固たる実力から来る、『当然の反応』だったなら――

  ヴァニラ・アイスの脳裏に浮かんだのは、あの白服の女。
  次に浮かぶのは、自分が最初に不意討ちで殺害した範馬勇次郎。
  彼らのような怪物が相手ならば、少しばかり雲行きは怪しくなってくる。
  ブローニングの柄を握る手に力を込め、ヴァニラは考える。
  ――進むか、戻るか。……問うまでもない。答えはすぐに出た。

 「『臆病』は罪だ……あのお方に仕えるこのわたしに限って、『臆病』は許されない」

  ただ、殺すのみ。
  ヴァニラはそのままずかずかと前進し、廊下の突き当りから、標的の姿を確認する。

  ……その手に握られていた銃器が、ゴトン、と音を立てて豪奢なカーペットの上に落ちた。

 
 「――やはり、おまえだったか。我が忠臣、ヴァニラ・アイスよ」


  眩いばかりの艶やかな金髪に、巌を思わせる頑強なボディ。
  愛などという領域を飛び越え、人を信仰の道へ導く妖艶な魅力漂う顔。
  忘れるはずもない。
  この麗しい姿を見間違おうものなら、ヴァニラは自分の心臓に向けて、足下のブローニングを躊躇なく撃ち込んだことだろう。
  いや、既にヴァニラは、自分の首を手刀で切り落としたい気分で一杯だった。
  音でしか判断する術がなかったとはいえ、自分は彼を、倒すべき敵だと勘違いしていたのだ。
  自然に、体が跪く。傅く体勢を取り、深く頭を垂れた。

 「申し訳ありません、DIO様……貴方の足音を取るに足らない餌風情のものと誤認するなど、このヴァニラ・アイス、自身への怒りで身が焦げる思いです」
 「確かに、おまえらしくはない早とちりだな、ヴァニラ・アイス。
  だが、その理由は分かる……おまえほどの男を疑心暗鬼にさせるほどの人物が居たのだろう」
 
  DIOは、自分の辿ってきた戦いを語らない。
  思い出したくもないからだ。
  しかし、苦汁を舐めたからこそ、ヴァニラを早まらせた要因にはすぐに想像が付いた。

 「……まあ、積もる話は部屋で聞こう。わたしも、おまえに聞きたいことがあるからな」
 
  聞きたいこと。
  それはつまり、殺すべき者達のことだ。
  侍と格闘家の餓鬼、そして三つ編みの男。
  あれらについてヴァニラが何かを知っているのなら、是非とも聞いておきたい。
  だがその前に、まずは事務室に向かおう。
  そう言い出さんとするDIOだったが、その直前に、ヴァニラが口を開いた。


586 : チェンジ・ザ・ワールド ◆gsq46R5/OE :2016/06/25(土) 22:06:11 aHe5hREc0

 「失礼ながら、DIO様。この場所からも伸びている、『地下通路』についてはご存知でしょうか」
 「? ああ、知っているが」
 「こちらは、映画館付近の地下で発見した物です。
  参加者と関係のある映像が収められた、『DVD』なる代物のようでして」
 「ほう……良い手土産じゃないか、ヴァニラ・アイス」
 「恐縮でございます」

  映像が何分あるのかまでは、ヴァニラも調べていない。
  もし数時間単位で収められているのなら面食らうが、未だ見ぬ参加者の下調べをするという意味合いでも、これを確認しない手はあるまい。
  DIOも、そこについては同感だった。
  チャットの様子を窺うだけならば、いつでも出来る。
  優先順位は、此方の方が確実に上だ。
 
 「腕輪一つにつき一枚しか映像を持ち出せないらしく、二枚しか持ってくることは叶いませんでしたが……」
 「一つにつき一枚……ということは、ヴァニラ。おまえは他の腕輪を持っているのか」
 「はい。範馬勇次郎という男のものを、今も武器として携帯しています。
  他にも金髪の女と、異様な顔立ちの男――そして花京院典明をこの手で屠りましたが、腕輪を奪い取ったのは勇次郎だけになります」
 「おまえが、花京院を殺したのか……フフ、よくやってくれた。やはり、おまえは優秀な男だ」

  DIOは恭しく頭を下げるヴァニラから、ディスクの収まったケースを二つ受け取る。
  タイトルは『第四次聖杯戦争の様子』と、『日本某村の記録』。
  目に付いたものには『ジョースター一行の旅の風景』『本能字学園の歴史』というものもあったが、これらについては思考の末に切り捨てた。
  ジョースター一行の旅など見ても仕方がないし、同じ理由で、学園の歴史を見ることにさほど意味はないだろうと判断したためだ。
  逆に、『第四次聖杯戦争』なるものについてを観測した映像は、参加者の能力や人格により密接に迫れる可能性が高いと踏んだ。
  『日本某村の記録』については……正直なところ、半ば勘だ。
  第四次聖杯戦争のようなわかりやすく重要性の伝わるタイトルがなく、それならばと、一番抽象的なものを選んだ。
  
 「では早速、君の手土産を検めていくとしよう。
  こんなものがあると知っていれば、苛立ちに任せてテレビを叩き壊すような真似はしなかったのだがな……」
 「……えっ」
 「どうかしたか、ヴァニラ・アイス?」
 「……いえ、何でもございません」


587 : チェンジ・ザ・ワールド ◆gsq46R5/OE :2016/06/25(土) 22:07:19 aHe5hREc0



  ――第三の令呪を以って、重ねて命ず――


 「――――やめろぉぉぉぉォォッ!!」


  ――セイバー、聖杯を破壊しろ!――


  少女の悲痛な叫びとともに、振り下ろされる黄金の剣。
  その刀身から放たれた黄金の光は、皮肉なほどに美しく輝いていた。
  ジル・ド・レェ伯の大海魔を一撃の下に葬り去った至高の光は、黄金の願望器を飲み込んでいく。
  未来への希望を思わせる眩い波濤はしかしながら、次なる絶望の呼び水でしかなかった。
  聖剣は聖杯諸共に建物までもを貫通し、結果、内に溜まっていた黒い濁流を街へと流れ出させる地獄のような結果を生んだ。
  ……これが、第四次聖杯戦争の終幕。
  全ての願いは、一つたりとも満たされることなく、大いなる悪に塗り潰された。
  舞台となった冬木市に住まう人々の絶望を表現するかのように、エンドロールもなく、画面は暗転。映像が終わったことを示す。

 「如何でしたか、DIO様」
 「喜劇としては、なかなか上等だった」

  DIOの下にこの映像を持ってきたヴァニラの判断は、結果から言うと大正解であった。
  この映像に記録されている中で、殺し合いに巻き込まれているのは全部で七名。
  少なくとも内四名は既に死亡しており、生存者の中の二名は、DIOと関係のある人間だ。
  言峰綺礼。アサシンのマスター。DIOが、最初に遭遇した男。
  心の中に、底なしの闇を抱えた聖職者。
  彼の本来辿るはずだった未来、覚醒は、見ていて実に愉快なものだった。
  あの黄金のサーヴァントが、喜々としてちょっかいを出していたのも頷ける。

  一方で――

 「ヴァニラ・アイスよ。わたしは、あのセイバーという小娘と同盟を結んでいる」

  セイバー。黄金の剣を振るう、ブリテンの騎士王。
  彼女から聞いた聖杯戦争関係者の評は、大体的を射ていた。
  強いて言うなら、衛宮切嗣の策については、DIOは少々過小評価をしていたくらいだ。
  あれほど派手で手段を選ばない男とは、正直なところ思わなかった。
  あれならまともに相対するべきではないというより、近寄らせないのが最善だろう。
  仮にこのホテルを、彼がランサーのマスターにしたように爆破されようものなら、さしものDIOでも多少の傷を負うのは免れまい。
  警戒しておくに越したことはない。或いは、既に殺されているかもしれないが。


588 : チェンジ・ザ・ワールド ◆gsq46R5/OE :2016/06/25(土) 22:08:17 aHe5hREc0

 「失望を恐れずに言うが……彼女の真の力は、このDIOの予想を超えていた」

  約束された勝利の剣。
  エクスカリバー。
  黄金の光。
  彼女は慎重を期す為か、あの場では聖剣を解放しなかったが……映像で見たあれは、明らかに一人の参加者が持っていい火力の限度を超えていた。
  『世界』が、彼女の力に劣っているとは全く思わない。
  だがそれはそれとして、あの火力は『世界』には出すことの出来ないものだ。
  
 「君はどう思う、ヴァニラ・アイス」
 「――DIO様があのような小娘に遅れを取るとは、わたしにはとても思えません。
  ですが、万に一つの可能性を憂慮するのであれば……長くのさばらせておくのは、聊か危険に思えます。この殺し合いには、『支給品』という概念もある。聖剣以外の、高い制圧力を誇る兵器などを手にしている可能性も否定できません」
 
  DIOは夕刻に、彼女と自分の館で落ち合う約束を取り付けている。
  彼女はあの時、『一人では手に負えないような強敵』がいれば共同で排除する、と言ったが、それはまさに彼女自身のことであった。
  セイバーは、時間停止のカラクリを知らない。
  だが先の映像を見るに、彼女は――どうやら、並外れた直感力を持っている。
  サーヴァントのシステムについて、DIOは知らない。
  だから、セイバーが『直感』というスキルを保持していることは、こうして推察するしか出来ない。
  厭な危うさを、感じずにはいられなかった。

 「……あれほどの剣士だ。垣間見た殺意は、確かに本物だった。
  彼女ならばきっとこの半日間で、多くのスコアを挙げていることだろう」
 「つまり――」
 「そう。用済み、だな」

  排除。
  それが、DIOの弾き出した結論だった。
  騎士王との盟約を反故にし、次で彼女を殺す。
  
 「ヴァニラ、おまえも私に同行しろ。騎士王の聖剣は、解き放たれる前に封殺するのが最も確実だ。
  おまえの『クリーム』とわたしの『世界』が手を組めば、たかだか勘頼みの戦闘など容易に崩壊させることが可能だろう」
 「了解致しました、DIO様」


 「仕留めたなら、あの剣を奪ってやるのもいい。
  かのアーサー王とこのわたし、どちらがより上手く聖剣を使えるか……なかなかおもしろい命題じゃあないか……
  ――では、次に行こう。次の映像は……『日本某村の記録』だったな」


589 : チェンジ・ザ・ワールド ◆gsq46R5/OE :2016/06/25(土) 22:09:09 aHe5hREc0




 \あっ、あれってハクビシン?/


 \タヌキなのん!/


 \アライグマでしょ?/


 \イタチですよ/


590 : チェンジ・ザ・ワールド ◆gsq46R5/OE :2016/06/25(土) 22:09:38 aHe5hREc0
 「どうでもいいわァ――ッ!!!!」

  テレビを殴り砕く勢いで椅子を立ち上がったのは、ヴァニラ・アイスだ。
  彼が精一杯考えを凝らしてきたこの映像は、しかし蓋を開けてみれば、見事なまでの分かり易い外れだったのだ。
  オープニングの音楽が流れてから、約二十分ほどの、タイトル通り、日本のどこかの村の暮らしを記録した映像が流された。
  ――そう。それだけだ。スタンドも吸血鬼も、サーヴァントも出てこない。それどころか、血の一滴も流れていない。
  実に平凡で牧歌的で、こんなに悩みなく暮らせたら幸せだろうなあと見る者が自然と満たされるような、殺し合いとはまるで関係のない映像。
  それを見終え、エンディングで少女達の掛け合いが流れ始めた所で、もう限界だった。
  ハクビシンだろうがタヌキだろうがアライグマだろうが心底どうでもいいし、それがイタチだったから何だというのだ。
  貴重な時間を三十分近くも無駄にしてしまったヴァニラの怒りは、DIOへの申し訳無さも相俟って猛烈な勢いで燃え上がった。

  だが、ふとDIOを見た時、ヴァニラの表情が凍る。
  退屈で牧歌的な風景を長々眺めさせられたのだから、DIOが浮かべるべき表情は当然『憤怒』。
  しかし、彼の顔を見よ。


 「フフフ……」

  意外ッ! それは『笑顔(SMILE)』!!

  DIOは笑っていた! 少女達の日常を見終えて、満足気に笑っていたッ!!


 「ディ、DIO様!? まさか……気に入られたのですか……?」
 「まさか。そうではない……ただ、見覚えのある顔と名前が混じっていたものでね」

  ヴァニラ・アイスは、この映像に映っていた少女達に覚えはなかった。
  宮内れんげ、一条蛍、越谷小鞠。
  日本人ではないヴァニラには、取り立てて記憶に残る名前でもなかった。
  DIOは違う。越谷小鞠以外の二人について、彼は知識を持っている。

 「宮内れんげ……これは、本能字学園なる場所でわたしが戦った時にその場に居合わせた少女の名前だ。
  直接的な戦闘能力には乏しいようだったが……グラウンドの端で、何やら光を扱っていた記憶がある。何かしらの異能を持っている可能性は高い」
 「……! それでは、この映像はブラフ……!?」
 「そしてこの一条蛍という女……どう見ても小学生には見えないが……此奴に関しては、ホル・ホースから情報を得ていてな。
  集団に潜り込む狡猾さと、その総戦力を圧倒して散開に追い込むほどの力があるらしい」

  ヴァニラは、その情報は確かなのかと問いたくなった。
  あの映像を見る限り、一条蛍は体型以外はどこにでも居るような、大人しい性格の少女だった。
  あの大人しそうな顔と言動の下に、DIOにホル・ホースが伝えたという内容通りの狡猾さが潜んでいるとしたら、相当な大人物だ。
  
 「ホル・ホースは、DIO様への忠誠が低い男です。
  もしかするとDIO様の部下への信頼に付け込んで、誤情報を教えた可能性も」
 「確かに、それもあるとは思う。奴は一度、このわたしに銃を向けたことがあるからな……だが、もしも一条蛍が奴の報告通りの人間だったなら。
  承太郎の『スタープラチナ』以上の打撃力を持つ悪魔のような女なのだとしたら」


591 : チェンジ・ザ・ワールド ◆gsq46R5/OE :2016/06/25(土) 22:11:35 aHe5hREc0

  ヴァニラは何も言えない。
  彼も、スタープラチナの強さは知っている。
  ごくシンプルな近距離パワー型でありながら、あの拳はDIOの差し向けた刺客をことごとく破ってきた。
  あれに匹敵となれば、確かに侮れない。

 「それに、映像の中で……一条蛍は、越谷夏海なる小娘との『腕相撲』で、夏海を瞬殺していた。
  根拠としてはやや甘いが、この映像に写っている少女達は全員、何らかの異能を隠し持っているのかもしれない。
  憶測だが、おまえも警戒だけはしておくといい、ヴァニラ・アイス。
  認めたくはないが、此処にはわたしやおまえですら対処に手を焼く参加者が確かに存在する」

  ヴァニラ・アイスは、DIOの言葉の中からあることを読み取った。
  それは、鎮火こそしているものの、未だに消えてはいない怒りの感情。
  口に出すのも憚られるが、彼はこの会場で、他の参加者に痛手を負わされたらしい。
  恐らくこのホテルに踏み入ったのは、日光を避けるだけでなく療養の意味もあったのだろう。
  表情に出して、そのプライドを踏み躙ることがないよう必死に堪えながら――

 (……許さん……)

  ヴァニラ・アイスは、彼以上に激昂していた。
  この殺し合いは、どこまで彼を愚弄すれば気が済むのか。
  『世界』の秘密を勝手に解き、挙句偉大なるDIO様に、傷を付けただと?
  ――許せない。許せるわけがない。必ず、その輩は殺さなければならない。

 (許さんぞッ!! よくも貴様ら如きのゲスな両手で、DIO様のお身体に触れたなッ!!!)

  殺意を、より硬く硬く固めるヴァニラ。
  そんな彼を尻目に、DIOは静かに席を立った。
  
 「次はわたしの発見を教える番だ。
  此処の事務室にある奇妙な機械を通じて、参加者同士が情報の交換を行っている『チャットルーム』を見ることが出来るようでね。
  話すよりも、実際に見た方が速いだろう。
  では、行こうか…………む。いや、待て」
 
  DIOが確認したのは、壁時計だった。
  聖杯戦争についてを描いた映像が、思いの外長かったからか。
  既に時刻は、六時寸前となっていた。
  ――日は既に、落ちている。


592 : チェンジ・ザ・ワールド ◆gsq46R5/OE :2016/06/25(土) 22:12:34 aHe5hREc0

【B-7/ホテル/一日目・夕方(放送直前)】
【DIO@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
[状態]:健康、機嫌がいい
[服装]:いつもの帝王の格好
[装備]:サバイバルナイフ@Fate/Zero
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(9/10)
[思考・行動]
基本方針:主催者を殺す。そのために手っ取り早く他参加者を始末する。
0:放送を聞いてから事務室でチャットの内容を確認し、再び動き出す
1:セイバーの聖剣に強い警戒。ヴァニラ・アイスと共に、まずは彼女を殺す。
2:銀髪の侍(銀時)、長髪の侍(桂)、格闘家の娘コロナ、三つ編みの男(神威)は絶対に殺す。優先順位は銀時=コロナ=桂>神威。
3:先ほどのホル・ホース、やはり信用する訳にはいかないかもしれんな。
4:衛宮切嗣を警戒。
5:言峰綺礼への興味。
6:承太郎を殺して血を吸いたい。
7:一条蛍なる女に警戒。やはり危ないんじゃあないか、この女?
[備考]
※参戦時期は、少なくとも花京院の肉の芽が取り除かれた後のようです。
※時止めはいつもより疲労が増加しています。一呼吸だけではなく、数呼吸間隔を開けなければ時止め出来ません。
※車の運転を覚えました。
※時間停止中に肉の芽は使えません。無理に使おうとすれば時間停止が解けます。
※セイバーとの同盟は生存者が残り十名を切るまで続けるつもりです。
※ホル・ホース(ラヴァレイ)の様子がおかしかったことには気付いていますが、偽物という確信はありません。
※ラヴァレイから嘘の情報を教えられました。内容を要約すると以下の通りです。
 ・『ホル・ホース』は犬吠埼樹、志村新八の二名を殺害した
 ・その後、対主催の集団に潜伏しているところを一条蛍に襲撃され、集団は散開。
 ・蛍から逃れる最中で地下通路を発見した。
※麻雀のルールを覚えました。
※パソコンの使い方を覚えました。
※チャットルームの書き込みを見ました。
※ホル・ホースの様子がおかしかった理由について、自分に嘘を吐いている可能性を考慮に入れました。


【ヴァニラ・アイス@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
[状態]:健康、怒り
[服装]:普段通り
[装備]:範馬勇次郎の右腕(腕輪付き)、ブローニングM2キャリバー(68/650)@現実
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
    黒カード:双眼鏡@現実、不明支給品0〜1(確認済、武器ではない)、範馬勇次郎の不明支給品0〜1枚(確認済)、ブローニングM2キャリバー予備弾倉(650/650)
[思考・行動]
基本方針:DIO様以外の参加者を皆殺しにする
1:DIO様に土を付けた参加者は絶対に殺す
2:セイバーの聖剣に強い警戒。可能な限り優先して排除する
3:日差しを避ける方法も出来れば探りたいが、日中に無理に外は出歩かない。
4:自分の能力を知っている可能性のある者を優先的に排除。
5:承太郎は見つけ次第排除。
6:白い服の餓鬼(纏流子)はいずれ必ず殺す
[備考]
※死亡後からの参戦です
※腕輪を暗黒空間に飲み込めないことに気付きました
※スタンドに制限がかけられていることに気付きました
※第一回放送を聞き流しました
 どの程度情報を得れたかは、後続の書き手さんにお任せします
※クリームは5分少々使い続けると強制的に解除されます。
強制的に解除された後、続けて使うには数瞬のインターバルが必要です。


【DVDについて】
『第四次聖杯戦争の様子』
……第四次聖杯戦争のダイジェストです。
  聖杯を破壊したことで聖杯の泥が溢れ出した所まで記録されています。
  言峰綺礼の変化などについても描かれているようですが、端折られている箇所も当然あるかと思います。

『日本某村の記録』
……ざっくり言うと、のんのんびより本編です。


593 : ◆gsq46R5/OE :2016/06/25(土) 22:13:00 aHe5hREc0
以上で投下を終了します。
何かあればお願いします。


594 : 名無しさん :2016/06/25(土) 23:21:23 RyuTbDp60
投下乙です

のんのんびよりのパートは消した方が良いのでは?
ちょっとDIOが変なおじさん化しすぎてるような……


595 : 名無しさん :2016/06/25(土) 23:28:20 pSRP7jUM0
投下乙です
このDIO様とヴァニラさん面白すぎるwwwwwwww
しかしいくつもの情報入手、信頼できるチームを組む、とこの二人はかなり強力なマーダーですね…承太郎ー!なんとかしてくれー!
のんのんびよりに関しては、DIOの反応も(ギャグではなく真面目な意味で)きちんとそうなる理由が説明されていましたし、問題はないかと思います


596 : ◆gsq46R5/OE :2016/06/25(土) 23:31:26 aHe5hREc0
自分なりに考えて少し思うところがあったので、エイプリルフールネタの下りは収録の際に削除しようと思います
のんのんびよりの下りについては、DIOが蛍を危険人物だと誤認していること、またそう至るまでの理由付けも >>595 さんが仰っているとおりにしてありますので、今のところ修正する予定はございません


597 : 名無しさん :2016/06/25(土) 23:49:08 aTtlcPpI0

もはやこのアニロワにおける癒しパート担当と化したDIO様
他の参加者がおもいっきりシリアスやってる中この主従は仲良くアニメ鑑賞とかシュールすぎる
そして待ちに待った日没
時間停止と防御力無視の吸血鬼タッグとかホント恐ろしい
大暴れに期待


598 : 名無しさん :2016/06/26(日) 00:57:37 zdM/.8Bw0
投下乙です こいつらホントにマーダーなんだよな・・・?

例のDVDに関してなんですが、
>……ざっくり言うと、のんのんびより本編です。

流石にこれは不味いと感じました。
アニメ本編をそのままDVDとしてロワ会場に仕入れているということは今後の展開(主に主催陣営)に縛りが入りかねないかと
こちらもFate同様ダイジェストという形にしてみては如何でしょうか


599 : ◆gsq46R5/OE :2016/06/26(日) 01:08:54 fHT0XPMA0
>>598
書き方がまずかったですね。
本当にアニメのDVDを支給したという訳ではありません。
れんげたちの日常の一日(というか分校に泊まる回ですね)を写したものであって、本編というのは言葉の綾ですね。そちらの方も収録時に修正しておこうと思います
エンディングテーマの存在がまずければ、そちらも理由付けを追記しておきます


600 : 名無しさん :2016/06/26(日) 19:52:50 B5t1HtgQO
投下乙です

これだけ色んなキャラがいれば、見た目が小学生だったり小学生離れしてたりってだけの一般人とは思いませんよね


601 : 名無しさん :2016/06/26(日) 20:15:58 vD9IDWDk0
まあDIOさまJSに不覚とったしな、そりゃ警戒もする


602 : ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/29(水) 23:56:46 jW0UawJY0
「虚ろなる生者の嘆き:End in…?」の後半を投下させていただきます。


603 : 皇帝特権:Emperor Xenotranspranted ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/30(木) 00:00:10 TQxdcFzc0


ホル・ホースという男の実態を詳しく語れるような者は、唯一彼自身を除いて存在しないだろう。
そもそも、彼という人物像は明らかになって然るべきものではない。
暗殺者である彼の身元など、知っていた人間の大部分は闇に葬られているだろうし、未だ生きているものも好んで語りたがるとは思えない。

そして、これからする話に於いて、重要なのもそこではない。
この話で重要なのは、それを通じて培われた彼の力と、何よりもその人生観。

『皇帝』というスタンド、そして「No. 1よりNo.2」という彼の信念とも呼べる精神だ。

事実として、彼の貫くその精神は間違ってはいないと言える。
彼の能力は、如何なるスタンド能力─────いや、如何なる力と組み合わせようと、そのサポートを完璧にこなして見せるだろう。

衛宮切嗣と組んだならば、彼の徹底的に合理的、そして非情なる策をも、眉一つ動かさず成し遂げるだろう。
坂田銀時と組んだならば、侍の強力な一撃と一撃の間に存在する間合いを読み切り、最高のタイミングで引き金を引くだろう。
空条承太郎と組んだならば、スタープラチナが唯一秀でない射程距離外での戦闘を敬遠し、最強のスタンドに最適の距離を提供するだろう。
ファバロ・レオーネと組んだならば、二人の抜け目ない頭脳を以てして非の打ち所がないような良策を導き出すだろう。
鬼龍院皐月と組んだならば、彼女の類稀なる的確なセンスで見抜かれた戦闘の間隙を、100%の精度で撃ち抜くだろう。
結城友奈と組んだならば、力こそあれど戦闘経験は豊富とは言い難い彼女が生んだ隙を埋めるように熟練の業を披露するだろう。
範馬刃牙と組んだならば、彼の格闘術に順応しつつ、拳では難しい銃弾という形のパワーとスピードを活かして立ち回るだろう。
高町ヴィヴィオと組んだならば、彼女のストライクアーツに順応しつつも銃弾という明確な武力でのサポートで殺し合いという環境の中での彼女を支えるだろう。
風見雄二と組んだならば、超高精度の狙撃と弾丸を自在に動かせる拳銃の二重奏で、生半可な相手には近寄る事を許さないだろう。

つまり、彼の『皇帝』という能力は、そしてそれを完璧に使いこなすホル・ホースという男は。
No.2に徹する事で、如何なる相手をもNo.1に仕立て上げる事が出来る─────そういう技能を、持っている。

そして、一方で。

ホル・ホースの持つ『皇帝』というスタンドは、個人ではどう足掻いても人外の域を突破し得ない。

戦闘民族・夜兎にかかれば、銃弾がその身を貫くより早く彼の身体が挽肉になるだけだろうし。
英霊の座から召喚されたサーヴァントになど、逆立ちしても勝てる訳が無く。
『世界』を統べる邪悪の化身などには、暗殺すらも及ばず力の差を見せつけられるだけ。
銃弾を見切る程の上位の悪魔には、事実せいぜいいいように弄ばれるだけだった。
生命繊維の化け物共には、ただただ純粋で圧倒的な力の差で蹂躙され。
修羅と化した勇者となれば、精霊の守護の突破も叶わず朽ち果てる筈。
地上最強を目指し、時に銃弾の痛みすら凌駕する『鬼(オーガ)』に及ぶべくもない。

彼一人だけでは、ヒトを超えた存在や他の超常に対抗し得る手段を持ちはしない。
だからこそ、彼は誰かと手を組む事を良しとする。

己の最大の弱点を露呈させるに等しいスタンドの公開をして、自らの相棒の能力も頭に叩き込んで、そんな相手に最大限の信頼を寄せて。

しかし、それでも敵に対しての警戒は怠らないし、裏切りによってヘタをうつようなマネをしない為に疑心は僅かに残しておく。

それがホル・ホースのやり方であり、彼の信条である「No.2」の概念だ。

それは、まさしく『皇帝』の在り方。

共に在る人間の真価を引き出し、己を守護らせて万全を築く。
しかし、その牙城が崩れ去り丸裸となれば、そこにいるのは哀れなただの人間。
臣下がいなくなった哀れな皇帝は、暴虐の戦士から身を守る術など持たない。
最期の最期まで足掻き通し、頭脳を回転させ、生き残る為のありとあらゆる手を尽くしたとしても。
彼の肉体は、人体が生命活動を不可能とするラインを超えたというたったのそれだけで音を上げる、脆弱な一般人のそれに過ぎないのだから。
彼の力は、無力な人間を葬るには容易く、しかし人間の限界を踏み超えた化け物に立ち向かうにはあまりにも弱過ぎるのだから。

ならば。
ならば、もし。
ホル・ホースという一個人が、その『力』を得るに足る条件を持ったとしたら。
彼一人でも化け物をどうにかできるような、そんな力を手に入れる条件が整ったとしたら。

彼は、その力をどのように活かすのだろうか─────


604 : 皇帝特権:Emperor Xenotranspranted ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/30(木) 00:01:52 TQxdcFzc0


振り抜かれた紫閃が、悪魔の胸に真一文字を刻み込む。
化け物が浮かべるのは、獲物を捉えた肉食獣の笑み。

「─────舐めるなよ、小娘が…!」

しかし、悪魔─────アザゼルとて、そのままやすやすと殺されるほど生易しくはない。
跳ね上がった彼のハサミが、追撃を全て弾き返す。
更に返す刀で針目へと刺突を放ち、無理矢理に距離をこじ開けた。
数メートルの距離を開けて両者がにらみ合い、一度両者が停止した。

致命傷、ではない。
しかし、無視も出来ない重症。
それが、アザゼルが一瞬の内に下した自己判断だった。
斬られたのは、右の肩口から左腹部まで。
そこまで深くはないが、ほんの僅かに動かすだけで傷が開いていく。
痛みという神経信号が存在すること、そしてそれが脳が命じる無理な動作に対して自動的にストップをかけることは人間も悪魔も変わりない。

「ズイブンと顔色悪そうだけど、大丈夫〜?」

そこで、眼前の少女がやたらと耳障りな声で話しかけてくる。
こちらに手傷を与えたことがそこまで嬉しいのか、或いは元々がそういう性質なのか─────にんまりと笑うその顔に、生理的に虫酸が走った。

「随分と、舐めた口を利いてくれるなっ!!」

その一声と同時に、両者が同時に床を蹴り。
第二ラウンドが、開始する。
しかし、その戦闘は開始からそう間を開けずして、大きく異なる戦局を見せ始めていた。

アザゼルが、押されている─────それどころではない。
行動に想像以上の支障が出ている。具体的には、相手の行動に反応、理解が追い付こうと、それに身体が着いていくのに一瞬のラグがあるのだ。
そして、弾丸をも容易く弾き飛ばす両者の戦いは、その一瞬のラグが一つ一つそのまま致命的な隙となりうる。

「あっれれー、どうしたの悪魔さん?随分と元気がないみたいだね?」
「っく─────ほざけ!」

あからさまな挑発には乗らず、冷静に迫る剣撃を捌く。
制限、そして針目の疲労により、速度は動体視力がいい一般人なら辛うじて軌跡を捉えられるかもしれないと言えるほどには速度が落ちている。
しかし、今のアザゼルにとっては、その程度の速度でも追い付くことが精一杯になりつつあった。
もはや慢心は捨て、来る斬撃一つ一つに細心の注意を払い、集中して叩き落とし続けていく。
絶対的なハンデでありながら、しかし他の化け物とは一線を画する悪魔の徹底防衛に、流石の針目も容易に攻め落とすことを諦める。
一層大きく振りかぶられた紫のハサミが、段違いの衝撃と速度でアザゼルに迫る。
体を捻って自らの持つ刃でそれを受け流し、隙ができたその一瞬を見計らってそのまま水平にハサミを走らせる。
しかし、赤光が閃くその軌跡の内には針目の姿はとうにない。
なに、と言葉を失ったアザゼルは、ほぼ直感で真下へと目を向け─────化け物の歪んだ笑顔を眼中に捉えた。
降り下ろすと同時にしゃがみこんでいた彼女の身体が、まるで縮んだバネがもとに戻るかのように飛び出した。
追撃とばかりに、狙われるのは先程刻まれた赤の一筋。
その狙いに気づき、アザゼルとてそのまま貫かれる弱者ではなく。
今度は剣身で受け止め、針目の身体が延びきる前にそのまま鍔迫り合いへと持ち込んだ。
更に翼を広げて宙に浮き、全体重を以て一気に押さえ込まんとハサミに力を込める。
マウントを取ったアザゼルは、ここぞとばかりに畳み掛けにかかる。
翼によるバランス調整を欠かさぬまま、舞うように連撃を降らせてくるアザゼルに─────しかし針目は、余裕な表情を崩しはしない。
さながら花畑で遊ぶ少女のように、されど一切の余念がない流麗な動きで回避と防御を繰り返し、まるでアザゼルを嘲笑うかのように悉く攻撃を無力化していく。
一つ一つは0.1秒にも満たぬ交錯が幾度となく繰り返され、数秒、数十秒、そして遂に数分すら突破した頃。


605 : 皇帝特権:Emperor Xenotranspranted ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/30(木) 00:02:59 TQxdcFzc0

「あはっ、攻撃はもう終わり?」

上下の関係にあった二人は、今や完全に並び立って刃を交えていた。
それも、段々と針目が優勢になりつつある。
アザゼルは既にその軽口に答える余裕もなく、ただ一心にハサミでの攻撃と迎撃に終始していた。
当然だ。悪魔や化け物と言えど、生きとし生けるものである限りそのスタミナは無尽蔵とはなり得ない。
それでも人間と比較すれば桁違いの耐久力を持つ彼等だが、たとえば「もし体力がなにもしなくとも削られていくような状況下で、全力での運動を繰り返した」なら、如何に埒外な体力もいとも容易く底を見せる。
先程アザゼルが負った怪我が、ここにきて決定的な差を作り始めていた。
それでも、止まればそこでゲームセット。死神の鎌がこれでもかと振り回されている目の前で一瞬でも気を抜けば、たちまちその魂は刈り取られ永遠の牢獄に囚われるのだから。
故に、アザゼルは止まれない。
このままではやがて死に追い付かれると自覚しながらも、ゴールの見えぬ生のマラソンを全力疾走し続けることを強いられる。

「くっ……!」

受け止める。
傷が疼き、反射的に身体を引いてしまう。

「あはっ☆」

受け流す。
襲い来る刃を辛うじて面で受け、そのまま後方へと押しやらんとする。

「ざーんねん」
「っ………!!」

取り落とす。
うねる刃が絡み付くようにハサミに肉薄したかと思うと、鋭い音と共に手から弾き飛ばす。
飛んだハサミが、くるくると回転して宙を舞い。

「ばいば─────」
「舐めるなと言っているんだ、小娘ッッ!」

噴出する。
影から生まれた蛇のような魔物が、迫る刃をその持ち手ごと絡め取らんと空を駆ける。

「ざーんねん♪」

払われる。
あまりにも苦し紛れの一手だった漆黒の蛇は、全て一薙ぎで霧消していった。

─────そして。

「────これで、おーしまい」

これで、詰み。
悪魔の眼前へと、化け物が到達し。
細身の身体は無防備に晒されて、既に何一つ打てる手を持たず。
ハサミが床に落ちる音が、やけに甲高く響いたかと思うと。
風を切る音よりも早く、鈍い色の光が悪魔の首へと落とされた。


606 : 皇帝特権:Emperor Xenotranspranted ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/30(木) 00:05:13 TQxdcFzc0



─────メギャンッッッッ!!!!



けれど。
それは、ギロチンの刃とはなり得ずに。
針目縫の腕に、一筋の銃創が走っていた。
掠り傷にすぎないそれは、針目に対して何ら致命的なダメージを与えるものではなかった。
というより、そもそもハサミの進路を遮るように放たれていたと感じられるような軌道とみることができる、そんな弾丸だった。

けれど。
それでも針目縫は、止めとなりかけたアザゼルから距離を取ることを選択した。
何故か。

それは。
「針目縫ともあろうものが、その弾丸を無様に受けてしまった」から。

本来の彼女ならば、銃撃の弾丸などそれこそ目を瞑っていても余裕で回避することができる。
今はセルティへと託されたマシンガンでさえ、制限がなければ彼女に傷を負わせることは不可能に近いだろう。

しかし、いや、そもそも。
針目縫の体には確かに疲労が溜まっているとはいえ、だ。

たかが。
たかが銃撃を、だ。
針目縫という、生命繊維の化け物が。
「全く認識できずにその腕に受ける」などと。
そんなことが、果たして現実に起こり得るのだろうか。

憤怒に染まった表情で、銃撃者へと向き直る縫。

「よお、縫い目の嬢ちゃん」

そこに、いたのは。
その右手に、一発のリボルバー銃を構え。
顔面には、うっすらとニヤケ笑いを浮かべ。
西部劇風のガンマン姿から、帽子だけを無くした。

「銃は剣よりも─────ハサミよりも強し。ンッン〜……名言だな、こりゃ」

    エンペラー
名を、『皇帝』。


607 : 皇帝特権:Emperor Xenotranspranted ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/30(木) 00:10:01 TQxdcFzc0




─────死ぬのか。



そんな諦念に、包まれていた。
職業柄、どうせろくな死に方をしないとは思っていたが、こうも呆気ないものなのか。
腹部から伝わる熱を奪われていく感覚は、初めて体感するにも関わらず刻々と生の終わりが迫っていると如実に実感させる。
どうしてこうなってしまったのか、なんて後悔も、こうなってくるとそう浮かばない。
それよりも、ただ、目の前に迫ってくる死という事実そのものが、墨汁のように意識を塗り潰していく。
漆黒に染まる自己の感覚が、全ての光を飲み込まんとする。

─────でも、よ。

けれど。
その中で燻る、炎があった。
小さく、今にも消えそうなその炎の存在を、しっかりと彼は自覚していた。

─────まだ、生きてえな。

気付いてみれば、単純だった。
たったそれだけの、単純で純粋で当然の感情が、ホル・ホースにもまだ残っていた。
アインハルトが身を呈して繋いでくれたこの命を、無駄に散らすのは、一人の女として敬愛した彼女に申し訳が立たないだとか。
思い当たれば、まだまだここで死ぬわけにはいかない理由が、湯水のように湧いて出てくる。

─────ああ、そうだ、まだ『生きてえ』。

そうだ、当たり前だ。
なら、足りない。
これっぽっちの思いでは、まだ足りない。
もっとだ。
もっと強く想え。
その精神を振り絞り、あらん限りの叫びを上げろ。
その魂そのものが、震えるように。

─────『生きて、やる』ッッ!!

そう、叫んだかと思えば。
その時にはもう、目の前には現実の森が広がっていた。

「……ッ!?」

目を開いたとき、その唐突な景色の変化にホル・ホースは驚愕した。
気付いたら、ここにいた。
前後の記憶が曖昧─────たしか、自分はアインハルトと共に戦ったあの場所で、あの縫い目の女に見つかって、それから。

「……チクショー、そこまで思い出せねえ」

頭を抱えつつ記憶を辿るが、意識が朦朧となっていた時にあったことはほぼ思い出せない。
うっすらと覚えているのは、抱えられて移動させられたこと、そこであの縫い目と何やら男が会話していたこと、そして─────

「………とりあえず、元の場所に戻らねーとなあ………」

そう呟いて地図を開き、方角を確認してふと気付く。
目の前に広がる破壊痕が
もしやと思い辿ってみると、すぐに先程の場所には辿り着いた。
アインハルトの遺体を車に載せ─────流石にジャックは彼一人では限界があった─────一息をつき、すぐに運転席へと乗り込む。
これで、いつでも発車できる。
あとは向かう先さえ決めれば、この車はすぐに動いてくれるだろう。
それだけを確認し、ホル・ホースは一つため息を吐く。

逃げることは、できる。
向かう先を先程までと同じように東に向ければ、少なくとも今すぐに死地に赴くようなことはない。
しかし、だ。

「あの男の話じゃあ、もうセレクターは揃ってるらしいじゃねーか………ったくよォ〜」

アザゼルを見捨て、針目とあの男に脱出の鍵であるセレクターを奪われる。
それは、生還を志す彼にとっては大きな痛手。
少なくとも、あの縫い目がセレクター二人を手中に収めれば、彼女が脱出した後の二人の身分など保証できたものではない。
かといって、DIOや承太郎がいる現状で優勝を狙うなどほぼ不可能に近い。
ならば、どうするか。


608 : 皇帝特権:Emperor Xenotranspranted ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/30(木) 00:13:00 TQxdcFzc0

「『虎穴に入らずんば虎児を得ず』ったあ、よく言ったモンだぜッッ………!」

─────危険は重々承知している。
それでも、行くしかないだろう。
ここで逃せば、生還が果てしなく遠退くことは間違いないのだから。
それに、だ。
今なら、あそこには最高の『No.1』─────アザゼルがいる。
ある意味では、これはあの縫い目の少女を殺すチャンスでもある。
それをみすみす逃すのは、彼の殺し屋としての本能も否定していた。

正直に言えば、逃げたい。
ここから逃げれば、少なくとも今は生還出来る。
しかし、彼は懸命だ。
その先に生き残れるかどうか、を考えれば─────今薄氷を踏まなければ、自分がいずれ血の湖に沈むことも、分かる。
だから、彼は戦う。
感情的ではなくあくまで打算的に、自らの生をほんの少しでも長く続ける為に、戦う覚悟を持っている。
そんな『皇帝』だからこそ、彼は─────

「─────そんじゃ、まあ行ってみるとすっかッ!」



「………あはっ、生きてたんだ」

貼り付けたような笑いが、針目の顔面に浮かび上がった。

肉食獣の威嚇のようにも見えるその表情は、明確な殺意を視線の先─────ホル・ホースへと向ける。
何故かと言われれば、簡単だ。
己が身体─────生命繊維によって織り成された完璧な身体を、たかが弾丸如きがいとも容易く傷付けたという事実。
しかもそれを放ったのは、自分に蹂躙されるしかなかった卑小でちっぽけな、路傍の石のような存在であるという事実。
その二つの事実が、実力によって裏打ちされた針目縫のプライドをいたく傷付けたという、ただそれだけ。

「てっきりあの女の子に殺されちゃったかと思ったよ☆」

煽るように言葉を投げかけながら、軽快にガンマンへと歩み寄る。
もちろん、背後にいるアザゼルへの警戒も怠っていない。
片断ちバサミは、制限を加えられたこの身体には流石に痛手になり得る。
背後からの不意打ちなんてものは流石に遠慮したいところだ

─────まあ、そんなバカな「余所見」はしないけどね。

心の中で皮肉を呟きながら、尚も針目とホル・ホースの距離は詰まっていく。
しかし、それでもガンマンの気取った笑いは崩れない。
まるで己の勝利を確信しているかのような、余裕綽々、といった表情を見て。

「それじゃ、じゃあね☆」

針目縫は、内心のイライラのままにハサミを振るった。

狙いは正確、速さも十分。
男の首筋を狙い放たれた神速の死神の鎌が、0.1秒も経たず振り抜かれた。




「そりゃあないぜ、嬢ちゃん」

しかし。

死神の鎌は、獲り損なう。

「まだまだ、テメーと話したいことはあるんだからよ」

ボールのように転がる筈だった頭部は、尚も彼の身体の上にある。
それが何故かと言えば、針目縫の振るった刃が彼の首を捉えなかったから。
しかし、ホル・ホースが高速で移動した訳ではない。それどころか、彼自身は全く動いてはいない。

即ち。
針目のハサミが、異なる場所を狙って振るわれたということ。
では、何を狙ったのか─────その、答えは。
その答えに辿り着く前に発砲音が響き、一瞬ながらガンマンに背を向けた針目へと迫る。
気を取られていた針目の脳は防衛本能に従って後退を命じ、再び両者の間にかなりの距離が空いた。
僅かに互いが押し黙る時間が続き、その中で針目は自分が見たものを思い出す。

後方からやって来た、先程と同一の弾丸だった。
舞い戻った小さな流線型が、応対しなければ彼女の後頭部を貫くであろう軌道を描いて迫っていた。
もしもホル・ホースを殺すことのみに気を取られていたなら、首が宙を舞うよりも早く脳漿が床を覆っていただろう。
そして、その出所は。
最初に見たときは何かと思ったが─────よくよく考えれば、答えは自ずから導かれるものだった。


609 : 皇帝特権:Emperor Xenotranspranted ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/30(木) 00:15:00 TQxdcFzc0

ホル・ホースのスタンド能力、『皇帝』。
その真骨頂は、弾丸も含めてスタンドであることによる弾丸の軌道の操作。
しかし、と、彼女はこの殺し合いでの初戦を思い出す。
本来ならば先に撃った弾丸がここまで持続することは無いはずだった。
持続力をランク付けするならばC─────あくまで「普通」の域を出ない筈の彼のスタンド能力による弾丸ならば、もっと早くに消えていて然るべきだ。
しかし、事実としてその弾丸はこうして残り、彼のスタンド能力によって後方からの奇襲と化した。
パワー、スピードと同時に、その持続力すらも上昇した『皇帝』のスタンド。

それは、一体何故なのか。

(どうなってんだ、こりゃあよお〜〜ッッ!?)

─────しかしそれは、ホル・ホース当人にも、まるで理解できていなかった。
確かに、身体に溢れんばかりのパワーが漲っているのは、彼とて自覚していた。
しかし、ここまでスタンドパワーが上昇しているとは嬉しい誤算。
あの縫い目でさえ防御が間に合わぬほどの弾丸─────これは、これまでの『皇帝』からすれば異常なまでの強化だった。
そして、その出所はといえば。

(思い当たるフシ…っつったら、『コレ』しかねーけどよ……)

自分の背中、己の傷跡と癒着した、今は服の裏に隠した極制服の裏地。
それも、どうやらただの癒着ではなく、まるで同化するように身体に馴染もうとしている。
何処か薄気味悪いものを感じつつも、表面上の余裕そうな表情は崩さない。
アザゼルがほぼやられかけていた事から考えて、今針目を牽制出来るのは自分でもよく分かっていない強化を施された『皇帝』だけだ。
どうやら、ここは─────どちらにしろ、修羅場だったらしい。

(………けど、まあ…今更、逃げられねえよなァ〜)

それくらいの覚悟は、とうに済ませてある。
となれば、考えるべきことは一つだけだ。
何としても、この場から生還する。
ホル・ホースが貫くべきそのスタンスを、貫き通す。
今出来るのは、それだけだった。


「あは、そんなにボクとお話がしたかったの?」

軽い挑発代わりの言葉で言い放った言葉に、針目が意外にも食らいつく。
しかし、ホル・ホースの脳内のアラートは、それに含まれた決して小さくない怒りの感情に警鐘を喧しく響かせている。

「でも、ボクから話したいことは特にないんだ。だから─────」

その言葉が終わった刹那、警鐘が音量を最大まで跳ね上がらせる。
それだけではない、ホル・ホースの全身に走った鳥肌も何もかもが、危険域への侵入を告知していた。
思わず唾を呑もうとしてそれを止め、代わりとばかりに残った右の目をこれでもかと見開いて。

「死んでいいよ☆」

瞬時に、両者が動いた。
一瞬にして弾丸を三発放ち、そのまま後方へと駆け出すホル・ホース。
先陣を切るは一直線の弾、これは引き金を引くとほぼ同時に動いていた針目によって弾かれる。
その弾いた隙を縫うように迫るのは第二の弾丸。頭を撃ち抜くコースを寸分の狂いなくなぞり穴を穿たんとするも、今度はハサミの面を盾にすることで対応される。
ならばとそれを迂回するコースを命じると共に、その正反対の方向から第三の弾丸がキラリと光る。
どう足掻いても回避不可能─────普通ならそう認識されるような状況だが、残念ながらここは普通の戦場ではない。
バレエを踊るように滑らかかつ繊細な動きで、それを全て紙一重で回避した彼女は、今度は一切の余念がないトップスピードの踏み込みで刃を閃かせる。
彼が逃げ込んだ廊下へと顔を見せた彼女の眼前には、再び三方向から迫る弾丸。
ワンパターンだと言いたげに再びハサミを振るいながら直進し、しかしその後ろから迫る第四の弾がその足を止める。
一瞬の判断でそれを潜り抜け、しかし今度は先程回避した三発が再び舞い戻り牙を剥く。
苛立たしげにハサミを振り抜き、軽快なステップと共に四つの弾丸と踊ることを余儀なくされる。
それを通路の奥から眺めながら、ホル・ホースもまた、一切の油断なく弾丸を操作し続けていた。


610 : 皇帝特権:Emperor Xenotranspranted ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/30(木) 00:17:13 TQxdcFzc0

この戦いに於いて、ホル・ホースが勝利する条件。
それは「針目縫を封殺し切る」という、たった一つの条件だけだった。
しかし、反対にそれが出来なくなれば─────「肉体的にはただの人間である」ホル・ホースが化け物に勝利する可能性はほぼゼロに等しくなる。
いわば、自陣の王の直線上に飛車が配置され、盾に出来る駒もない、そんな状況での詰将棋。常に王手をかけていなければ、死という名の敗北が事実上決する、そんな場面。
だからこそ、慎重に。
針の穴に糸を通すような心持ちで、ホル・ホースは尚も右手を下ろさぬまま銃弾の軌道を操作する。
今や完全にその心は静に保たれ、額に汗一つ浮かんではいない。
暗殺者としてのホル・ホースとして、持てる限りのポテンシャルを尽くしている証左。

弾丸が、ハサミを握る右手を抉った。
僅かに握りが緩んだその瞬間を見計らって襲い掛かった残りの弾丸に、彼女の右腕が連続して貫かれる。
それでも辛うじて、致命傷となりうる顔面狙いの一撃を防ぎきったのは流石の化け物。
まだ、足りないか。
しかし、次ならば
瞬時に『皇帝』を連発し、針目を貫いた分の弾丸を補充する。
暇を与える事なく、再び彼女を取り囲むように銃弾が展開し─────

「─────な」

しかし。

「あっはは、おっそーい♪」

ホル・ホースの眼前に、その時既に
何故、こんなに早い─────ホル・ホースの思考は、追いつかない。
タネを明かせば、簡単なこと。
針目は、ホル・ホースの弾丸が未だ軌道変化の影響を受ける前に、最低限の損傷で済む場所を見計らって突っ込んで来たに過ぎない。
ダメージ覚悟の荒技─────しかし、彼女にとってはそこまで苦になる事でもない。
自身の生命繊維の身体に絶対の自信を持っているからこその、荒技。
その結果として─────この戦いは、針目縫の勝利に終わり。
ホル・ホースは、結局無残にも敗者となって、この戦いは幕を下ろす。

そう。
元より、ホル・ホースのみでの勝利など出来る訳がない。
幾ら能力が強化されたと言えど、逆に言えばそれだけなのだ。
この殺し合いの中でも屈指の実力者に対して、付け焼き刃の特化能力が通用するには限度がある。
そして、何より、彼の能力の性質が問題だったろう。
一番手になるには、あと一歩及びようがない能力なのだから。


改めて、言おう。

ホル・ホースは、事実、二番手として優れた男である。

だから。


611 : 皇帝特権:Emperor Xenotranspranted ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/30(木) 00:19:33 TQxdcFzc0



「余所見とは、随分と余裕ではないか」


だから。
もしもホル・ホースという男が、悪魔・アザゼルと手を組んだならば。


「此方を見ていなければ、痛い目に遭うぞ─────なあ、小娘?」


きっと、相手が勝利の確信を得たその瞬間に、それこそ悪魔の如く地獄へと引き摺り込まんとするだろう。


針目のハサミがホル・ホースを捉えるより、機を伺っていたアザゼルの方が一手早く。
瞬時に防御に回った彼女が何とかその一撃を防いだ瞬間には、彼女の後頭部にはひやりとした感覚があった。
突きつけられたのは、勿論のこと『皇帝』の発射口。
的確に脳幹を狙っているその拳銃の引き金に、既に指は掛けられており─────


「あっはは、ビックリした?」

けれど、銃声が鳴ることはなく。
その代わりとばかりに、風を切る音だけが空気を揺らしていた。
辛うじてアザゼルが気付き身体を引き寄せなければ、ホル・ホースの身体はその音と同時に泣き別れになっていただろう。

そこにいたのは、「もう一人の針目縫」。

「本当はこれを見せるつもりは無かったんだけど、いい加減しつこいから─────」

そして、その数が─────増える。
とっておきのダメ押しとでも言うかのように、その数は増えていく。
10人程になったところで、ようやくその増殖を止めたが─────アザゼルはともかくとしても、ホル・ホースの心中に浮かぶのは、絶望と呼んで差し支えのないだろう感情。

(………こいつぁー、もう駄目かもな)

規格外の化け物が、増えた。
一人でも自分には抑え込む事が精一杯だというのに、この数。


それでも。
それでも、何か無いか。
折角ここまで来たのに、諦めていいのか。
ホル・ホースの内側から溢れてくるその生への渇望に、彼自身少し驚く。
自分がここまで生き汚かったとは思わなんだが─────しかし、流石にこれは無理というものだろう。
この状況を打開出来る材料など、何処にある。


「…………あ?」

そして。
それを、見た。

かなり滅茶苦茶で、危険な手。
だが、試してみる価値は少なくない。
少なくとも、生き残る為に今取れる行動としては、悪くない選択肢の筈だ。

「…旦那」

すぐさま、横に立つ悪魔へと声を掛ける。
こちらの反応を楽しんでいる針目がまだ襲ってこない内に、要点を伝えなければならない。
目を向けるという形で反応を返したアザゼルに、要点と幾つかの質問をする。
ほんの僅かな言葉だが策の内容は伝わったらしく、すぐさま答え、そしてそれに必要な行動を伝えてくる。

「─────ああ」

頷く。
内容に同意し、改めて前を見る。
正直、分が悪い賭けではある。一発でおじゃんになる不確定要素もあれば、結果として成功するかも分からない。
だが─────賭ける以外に、道も無かった。


612 : 皇帝特権:Emperor Xenotranspranted ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/30(木) 00:21:16 TQxdcFzc0



「うんうん、無駄な作戦会議も終わったみたいだね?」

決然とした表情に切り替わったホル・ホース。
そして、その隣でなお表情を崩さないアザゼル。
何やら話し合いをしていたようだが、もはや構うことはないだろう。
制限させられているとはいえ、分身も決して弱くはない上に数も多い。
弱った人間と悪魔を仕留めるには、十分だろう。

だから、針目縫もまた、あっさりと。
面倒事の最後の後処理を、開始する。

「それじゃ─────さようなら☆」

それと同時に、全ての分身が地を蹴った。
勿論、相対する二人とて止まってはいない。
倉庫がある廊下へと駆けながら、分身達へとそれぞれの手を翳す。

廊下の入り口から、取り囲むように分身が配備される。
だが、それを読んでいたかのようにアザゼルが両手から光を放つ。
接近戦主体だった為にこの戦いで見せることのなかった攻撃に、不意を突かれた分身が呑み込まれた。
更に、ホル・ホースの連射によってその周辺の個体が糸に還り、包囲網に僅かに穴が出来る。
ここぞとばかりに飛び込み、しかし針目も止まらない。
三人の姿は、薄暗い廊下へと消えていった。

そこからは、僅か一分程度の、しかし濃密な追いかけっこだった。
迫る複数の縫と、それを敬遠し只管前へと進むアザゼルとホル・ホース。
高速での移動が出来ないホル・ホースに対しての苛烈な攻撃を、二人が何とかやり過ごし。
トラップのように弾丸と光線を張り巡らせる二人を嘲笑うかのように、その悉くをすり抜けて追随する縫。
三人の決死の交錯が、狭い廊下に響き渡り続け。

そうして、走り続けて。
彼等の目に、光が見えた。

比喩ではない。
暗い廊下を走っていた彼等にとっての、文字通りの光源。

─────あの倉庫があった場所から、戦闘が行われていた正面玄関が無かったとした時の唯一の出口。
その扉は、開いていた。
誰が出ていったか─────決まっている、先程

つまり。
現在この放送局にいるのは、今まさにここにいる三人だけ。
それが確認出来た時点で、アザゼルとホル・ホースは向き直る。
不確定要素は、確認出来た。
となれば、残るはたった一つだけ。

「とっととやれ、ホル・ホースッ!」
「言われなくても…やってやるぜッッッッ!」

「『皇帝』ッッ!!!!」

咆哮と共に、六発もの弾丸が飛び立った。
それが向かうのは、自分たちに迫る分身─────だけでは、ない。
向かうのは、天井や柱。
それも、放送局の間取りを知ったアザゼルが推定した、放送局を支える支柱へと、だ。

─────ヴァニラ・アイスの『クリーム』によって散々削り取られ、更に纏流子が蹂躙し、そして今回のアザゼルと針目の戦いの衝撃波、ホル・ホースのパワーアップした『皇帝』の流れ弾に晒された放送局。
無論、それでも何もしなければ、きっとその建物は無事を保てた筈。
しかし、ここまでの逃走の道中において、アザゼルが多用した光線とホル・ホースの弾丸が。
単に分身を削る為ではなく、「支柱となっているだろう柱や、各所の天井など」を破壊し、放送局の老朽を加速させていたのならば。
崩落するまでの時間は、健在である建物よりは、格段に短い。
だからこそ、ここまで全力で駆けた。
アザゼルが先程見た、逃げ出した二人のセレクター─────彼女達が外へ向かったかどうか、確認する為に。


「─────ブッ潰れ、やがれェーーーーッッ!」

バキリ。
建造物として致命的な、あまりにも巨大な音が、放送局内に響き渡った。
それと同時に、通路の奥から聞こえてくる凄まじい音量の崩落音。
どうやら、奥一帯は一瞬にしてまるまる潰れたらしい。
その後もかなりの勢いで響き続ける音が、どんどんこちら側へと迫ってくる。
無論、それは想定済み。
既に背を向け、二人は出口へと駆け出している。
もう外はすぐそこに見える位置にあるのだ、迷う道理も遅れる道理もない。


613 : 皇帝特権:Emperor Xenotranspranted ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/30(木) 00:22:45 TQxdcFzc0

だが。
そんな二人の足を、何かがガチリと掴み取る。
いや、何かというのは正しくない表現だ。
こんな状況で自分たちを逃がさんとするのは、あの化け物しかいないのだから。

「言ったでしょ、逃がさないって☆」

浮かべる笑顔、そしてその所業─────まさしく、死神。
生ける者を死に送らんとする、化け物。

「う、オオオオオオオーーーッッッッ!」

『皇帝』を乱射し、撃ち抜かれた分身が今度こそ赤い糸に戻り消滅する。
瞬時に背後を向き、全力で地面を蹴る。
しかし、既に肩にかかる瓦礫のサイズはかなり大きい。
バキリ、という音が頭上から響き、最早一刻の猶予も無いことを知らせていた。

「う、おおおおおおおおおおーーーーーッッッッッッッッッッ!!!」

走る。
走る。
ただ一心不乱に、すぐそこに見える生への光へと。
その直後に、頭上の死の音もタイムリミットを迎えたことを知らせ。


そして。
轟音と共に、放送局が崩落した。


614 : 皇帝特権:Emperor Xenotranspranted ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/30(木) 00:26:35 TQxdcFzc0



「ってて…旦那、生きてるか?」
「誰に口を利いている。俺に言わせれば、ただの人間である貴様が良く生きていたと聞きたいところだ」

相変わらず一言多いのは変わらないな、と苦笑し、ホル・ホースは辺りを見回す。
二人がいるのは、放送局だった瓦礫の山の中─────正確には、その山の裾野。
崩落にギリギリのところで捉えられた二人が一か八かと選択した、頭上の瓦礫を破壊しながらの逃走。
アザゼルの地力とホル・ホースの進化した『皇帝』によって、本来なら潰されていた筈の二人は何とかコンクリートの破片等が少なくなる辺りまで逃走を成功させていた。
まさに九死に一生。
対応が遅れていれば、きっと命は無かった。
しかし、結局は『生き残れた』。
死の運命から、逃げ切ったのだ。
それだけが、ホル・ホースにとっては何よりの事実だった。

「………御託は良い。とっとと此処から出るぞ」
「アイ・アイ・サー」

どこまでも飄々とした調子のそんなホル・ホースに、アザゼルは溜め息をついた。
こんな男に自分は助けられたのか─────改めて思い返すと、その事実に少なからず腹が立った。
そもそもを言えば自分のミスが原因で逆転されたのは事実だし、それを助けてもらったというのも否定しようがないこと。
しかし、悪魔としてのプライドは、ホル・ホースへの感謝よりも「そもそもそんな状況を作り出してしまった自分」への苛立ちに終始していた。
しかし、それも過信という訳ではない。
事実、伊緒奈が逃げ出すことさえなければ、多少時間がかかっても針目を倒すことは達成できた可能性が大きい。



だから。

「おい、どうした。上がってこないのか?」

ホル・ホースが、自分に続いて瓦礫から出てこようとしないことに気付いた時も、彼の身を案じてはいなかったし。
何かあったのか、と思った時も、何らかの異常か危険が存在しているかどうかを確認したいというたったそれだけの理由からだったし。

そして、そこで─────最後の石に手を掛けて、それを最後に動かなくなったホル・ホースの姿を見ても。
彼は、ああ、少しは戦力の足しになるかもしれなかったのだがな─────としか思わず。
そのまま、彼の遺体からカードだけを剥ぎ取って、目障りだからついでにと足元の瓦礫で乱雑に埋めて。
そして、最早何もなかったかのように、いまだ近場にいるだろう二人の少女の姿を探し始めた。


615 : 皇帝特権:Emperor Xenotranspranted ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/30(木) 00:29:40 TQxdcFzc0


そもそも。
人間に寄生する形で生きる生命繊維が、何故服として着られるようになったのか。
何故、より安全性が高いであろう体内ではなく、体外に接するだけという形で人間との共生を図っているのか。

簡単だ。
人間の体内に入った生命繊維は、その力故に宿主の神経を焼き切ってしまうからである。

そして。
ホル・ホースは、それを体内へと吸収させられたのだ。
その時点で、既に逃れられない運命は牙を剥いていたのだろう。

けれど、ホル・ホースという男は。
それでも、生を掴まんとした。
その為の、力。
持ち得たのは、スタンド。
それ即ち、精神の有り様。
それが、生命繊維の宿主の危機に活発化するという特性を呼び起こし。
一時的に、奇跡的にも適合を果たした─────それが、進化した『皇帝』の真実。

だが。
スタンドという魂、すなわち精神、そしてそれを繋ぐ神経電流。
その神経電流をオーバーロードさせた代用が、スタンドの超強化だというならば。

その後に待っているものは、当然ズタズタになった神経だけ。

だから。
最初から、決まっていたのだ。
ホル・ホースの命運が、今この時尽きる事は。

けれど。
それでも。
生きる為に戦った、孤高にして「二番目」である男が戦った事で、守れた命も確かにあった。
彼に言わせれば、「てめーの命があってナンボだっつーのに、俺が死んじまったら意味ねーだろーが!」と、苦言の一つでも呈するのだろう。
けれど。
歴史に語られる皇帝など、結局はそんなもの。
当人が何を考えていようと、後世に語り継がれるのはその所業のみ。

だからこそ。

彼こそは、『皇帝』の名に恥じぬ男。
己の信条を貫き、あくまでその結果として何かを遺せしもの。

決して諦めず、忌の際まで生きようとした。
その魂を、最期まで貫き通し。
偉大なる『皇帝』は、その生涯を閉じた。


【ホル・ホース@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース 死亡】


616 : 戦のあとには悪魔が嗤う ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/30(木) 00:33:00 TQxdcFzc0


時は、少し遡る。
小湊るう子と浦添伊緒奈は、既に放送局の外へと出て走っていた。
二人とも、共に年頃の少女として持ちうる体力にそう大きな差が有るわけではない。
しかし、どちらかといえばどんくさい方にカテゴライズされるるう子では、そう簡単には追い付くことが出来ない。
そのため、二人の間は徐々に開いていく一方。

(この、まま、じゃ………!)

るう子の胸に、焦りが去来する。
伊緒奈に逃げられれば、単に脱出が遠退くだけではない。
ゲームに乗っている側である彼女が自由になれば、最悪の場合被害者が出る可能性が出てくる。
焦る頭の中で、その考えは咄嗟に浮かんだ。

「定春、お願い!」

叫びながら、黒いカードを眼前に掲げる。
飛び出てきた白い犬は、一声鳴いて周囲を見渡したかと思うと、自分が呼ばれた目的を理解したかのようにウリスへと駆け出した。

「くっ…!」

人間の背丈を上回る大きさの獣に襲われれば、肉体的には一般人である伊緒奈に出来ることはない。
すぐさま定春に追いつかれ、覆いかぶさるように飛びかかってきたその犬に対して
どうやら、上手く取り押さえられたらしい。
怪我をしていなければいいけど、と思いつつも、息を切らせて彼女に近寄る。

「っ、ふふふっ……」

しかし。
そこで伊緒奈が浮かべていた表情は、笑顔だった。
え、とるう子が行動を停止させたのを見て、更にその笑いを深くしながら伊緒奈が口を開く。

「こんなものまでけしかけられるようになったなんて…やっぱり貴方、変わったわね」

どういう意味か、分からない。
ますます疑問符が頭に浮かび、それが表情にも出ていたのかこちらを見ながらより一層愉快そうに笑いながらウリスは言葉を続ける。

「あの悪魔に言われるがまま、とりあえず私を捉えて………しかも、こんなに乱暴に。
そこまで落ち着きのない性格だったかしら、あなた」

その言葉に、酸欠になって回らない頭は混乱を増す。
確かに、定春に頼ったのは早計だったかもしれない。
しかし彼に頼らなければ、伊緒奈に追い付く事が出来なかったのも事実だ。


伊緒奈からすれば、意外だったのは本当だ。
あの犬があることは知らなかったが、それをけしかけるという行為が本当に意外だった。
先にも言ったように、疲弊したような目をしながら─────それでも、これだけの事を何の違和感も抱いていない様子でやってのけた。

言うなれば、遠慮が無くなった、か。
自分がまだルリグだった頃に見た、ウィクロスでのバトルを楽しんでいた時と、僅かに似ているだろうか。
自分のやっている事に認識が追い付いていない、というのが近いかもしれない。
弱り切った目で、しかし

理由が何かと言えば、もちろんこの殺し合いで、幾つか修羅場を潜ってきたという事もあるだろう。
ならば、その中で。
彼女の中にあった暴力の箍が、僅かに剥がれたとするなら。
即ち、この殺し合いで少なからず「暴力に慣れた」、或いは「暴力を使っても良い場面」を知ったと言って差し支えないだろうという感情を、彼女が心の何処かで抱いていると。
だからこそ、彼女もまたこうやって、自覚しないままに暴力的になっている、と。


617 : 戦のあとには悪魔が嗤う ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/30(木) 00:34:29 TQxdcFzc0

そして、そう捉えた伊緒奈は。
るう子の心へと、深く強く楔を打ち込んだ。
晒され続けて磨耗し、小さな疵が生まれた心の表面に。
壊れるきっかけとなり得る、罅を入れた。


「貴方自身─────このゲームの中で、何か大事なものを失くしてはいないかしらね?」


「っ─────!?」

唐突な、発言。
しかしるう子は─────言葉に、詰まる。
違うと言い返そうとしても、そこから上手く繋がる言葉が出てこない。
落ち着いて、と自分に言い聞かせる。

そうして、とりあえずでも何かを言おうとして。


そこで。
パシリ、と。
るう子の首筋に、何かが叩き込まれる感触があった。


─────え?

振り返ろうとするよりも、遅く。
るう子の意識は、そのまま闇に落ちた。



「─────何のつもり?」

伊緒奈が、鋭く言葉を飛ばす。
それは当然の反応だった。
何故なら、目の前にいる少女を気絶させ、今目の前に立っているのは─────放送局の内側にいた、ラヴァレイという男だったから。
噛みつこうとする定春を即座にカードに戻し、男は見下ろしたまま口を開いた。

「アキラ殿から、君の話は聞いていた。だからこそ、言わせてもらおう」

晶─────蒼井晶。
自らが籠絡し、此処で既に生命を落とした、憐れな少女。
しかし、彼女に私の話を聞いていたからといって何だというのか。

「─────何かを望む心は、人を強くする」

その言葉に、頭に浮かぶのは疑問符と苛立ち。
いきなり何を言っているのか。
晶云々とも関係無さげに思えるその台詞に、一体何の意味があるのか。
それを問い詰めようと、口を開きかけたところで。

「─────そしてその強い心が折れる音は」

悪魔の唇が、歪み。

「何よりも、心地好い─────そうは思わないか、『ウリス』殿」

にやり、と笑った。
その表情が、きっとその言葉を聞いて自分の浮かべたものと同一のそれと自覚して。
ウリスもまた、己の顔がより歪む事を感じた。、


「これから、どうするの?」

未だに戦場となっている放送局のその中。
向こうが戦闘に気を取られている内に潜入した二人は、そのまま地下通路へと潜り込んでいた。
ウリスの問いかけに、ラヴァレイは薄ら笑いを浮かべたまま言葉を続ける。

「まずは、ここから北に行こうと考えている。こちらの知り合いがまだ数人残っている可能性があるからな」

そうは言いつつも、アテになるのは実質本部以蔵だけだ。
元の世界の住人はアザゼルと既に死んだカイザル以外は何処にいるか未だ不明。殺し合いの中で出会った参加者に関しても、駅で出会った人間は本部以外は全滅している。
或いは、高町ヴィヴィオを殺したという宇治松千夜という少女と接触出来るかもしれないが、それも希望的観測だ。
しかし、セルティが先行しているということもある。
自分を疑っている節もあったが、それをわざわざ言いふらして不和を起こすタイプでも無さそうな彼女ならば、変装こそ効果はないが取り入る隙はありそうだ。
それに、自分と同じ変装能力を持つあの少女と結んだ契約もある。どちらにしろ、最適解は北のはずだ。
そう思いながら歩き出そうとして─────背後から、ウリスが言葉をかけた。

「…それで?
それで終わりじゃ無いんでしょう?わざわざ私に本性を明かしたんだもの」

振り返り、微笑むウリスの表情を見て。
ラヴァレイはそうだな、と顎に手を当て。

「あの悪魔と、勇者を名乗る少女。二人の悪評をばらまき、孤立させた上で処理する─────それでどうかな?」

事も無げに。
まるで、取るに足らない事を語るかのように。
あっさりと、それを言ってのけた。

行動を起こした時点で、自分がアザゼルに強く疑われるだろうことはわかっている。
だからこそ、対立した際の味方を増やす。
変身による様々な身体を駆使して、彼等の信用を抹殺する。
ウリスはともかくるう子も生かしているのは、彼等が下手な事を出来なくなる為の保険でもある。

「悪く、ないわね」

返ってきた答えは、それに返すに相応しくない明るい声音。
何を想像したのか、如何にも愉しげに口元を歪めたウリスが、そう言ってラヴァレイを一瞥し。
その返答に、ラヴァレイもまた改めて満足したように微笑んだ。


618 : 戦のあとには悪魔が嗤う ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/30(木) 00:41:12 TQxdcFzc0


【E-1/地下通路/一日目・午後と夕方の合間】

【ラヴァレイ@神撃のバハムートGENESIS】
[状態]:健康
[服装]:普段通り
[装備]:軍刀@現実
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(9/10)
    黒カード:猫車@現実、拡声器@現実
[思考・行動]
基本方針:世界の滅ぶ瞬間を望む。
0:三好夏凜の『折れる』音を聞きたい。
1:一旦は北へ。
2:アザゼルは悪評を広めて孤立させつつ、セレクター二人を切り札として処理したい。
3:セルティ・ストゥルルソンか……一応警戒しておこう。
4:DIOの知り合いに会ったら上手く利用する。
5:本性は極力隠しつつ立ち回るが、殺すべき対象には適切に対処する。
[備考]
※参戦時期は11話よりも前です。
※蒼井晶が何かを強く望んでいることを見抜いていました。
※繭に協力者が居るのではと考えました。
※空条承太郎、花京院典明、ジャン=ピエール・ポルナレフ、ホル・ホース、ヴァニラ・アイス、DIOの情報を知りました。 ヴァニラ・アイス以外の全員に変身可能です。

【小湊るう子@selector infected WIXOSS】
[状態]:全身にダメージ(小)、左腕にヒビ、微熱(服薬済み)、魔力消費(微?)、体力消費(中)、気絶
[服装]:中学校の制服、チタン鉱製の腹巻 @キルラキル
[装備]:定春@銀魂、ホワイトホープ(タマのカードデッキ)@selector infected WIXOSS
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(8/10)、青カード(8/10)
    黒カード:黒のヘルメット、宮永咲の白カード、キャスターの白カード、花京院典明の白カード、ヴァローナの白カード
          風邪薬(2錠消費)@ご注文はうさぎですか?
[思考・行動]
基本方針:誰かを犠牲にして願いを叶えたくない。繭の思惑が知りたい。
0:…………………
1:シャロさん、東郷さん………
2:夏凜さん、大丈夫かな……
3:遊月のことが気がかり。
4:魂のカードを見つけたら回収する。出来れば解放もしたい。
5:私は最低な人間……?
[備考]
※チャットの新たな書き込み(発言者:D)にはまだ気付いていません。

【浦添伊緒奈(ウリス)@selector infected WIXOSS】
[状態]:全身にダメージ(大)、疲労(中)、両手と両足を拘束中
[服装]:いつもの黒スーツ
[装備]:ナイフ@現実
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(17/20)、青カード(17/20)、小湊るう子宛の手紙
    黒カード:うさぎになったバリスタ@ご注文はうさぎですか?、ボールペン@selector infected WIXOSS、レーザーポインター@現実
         宮永咲の不明支給品0〜1(確認済、武器ではない)
[思考・行動]
基本方針:参加者たちの心を壊して勝ち残る。
0:ひとまずはラヴァレイと同行。るう子は様子を見つつ壊したい。
1:使える手札を集める。様子を見て壊す。
2:"負の感情”を持った者は優先的に壊す。
3:使えないと判断した手札は殺すのも止む無し。
4:可能ならばスマホを奪い返し、力を使いこなせるようにしておきたい。
5:それまでは出来る限り、弱者相手の戦闘か狙撃による殺害を心がける
[備考]
※東郷美森が犬吠埼樹を殺したという嘘をチャットに流しました。
※変身した際はルリグの姿になります。その際、東郷のスマホに依存してカラーリングが青みがかっています。
※チャットの書き込み(3件目まで)を把握しました。






「あーあ、つまんないの」

ヘルゲイザーに搭乗した針目は、一人上空でそう呟いた。
彼女の体内にある生命繊維からなるエネルギーが魔力の代用としてデバイスを起動させているために、これならかなりの時間飛んでいられそうだな、などと思いつつ。
その言葉に込められているのは、少なくない苛立ち。
そしてその矛先が誰かと言えば、もちろんホル・ホースとアザゼルに、だ。


619 : 戦のあとには悪魔が嗤う ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/30(木) 00:43:14 TQxdcFzc0

そもそも、ラヴァレイとの契約は、「アザゼルの気を引き付けると同時に彼の体力を削り、その間にラヴァレイが小湊るう子、浦添伊緒奈という二人のセレクターを彼の元から奪い取る」ということだった。
無論、矢面に立つ針目の危険は少なくない。しかし、その代償としてセレクターの身柄をこちらに渡してくれるという条件を提示された以上は、針目としても賛成せざるを得ない。

しかし、その計画は完璧な成功とまではいかなかった。
本当ならば、既にこの時点で二人の身柄はこちらへと引き渡されているはずだったのだから。

ホル・ホース─────彼の乱入で、僅かばかり歯車が狂った。

「ほんっと、生意気なんだから」

心の底からの苛立ちを、遠慮することなく吐き捨てる。
生命繊維を体内に吸収させたのは確かに自分だし、トドメを刺さなかったのも自分の落ち度。
それに、あの力も生命繊維によるものだ。自分が気紛れであの余興をやっていなければ、きっとあの男も無惨に死んだに違いない。
そう自分を納得させなければ、きっと彼女は正しく怒り狂っていたことだろう。
なにせ、その肉体─────生命繊維で出来た肉体が、幾度となく傷つけられたのだから。
それも、もとは自分に蹂躙されるしかなかった無力な人間ごときが、だ。
その事実が、とにかく針目を苛立たせていた。
もしも時間などに猶予があれば、その体を粉微塵になるまで切り刻んでやりたいところだったが─────まあ、死亡を確認できただけでよしとしよう。

苛立っていることはもう一つある。
無論、自分に楯突いたもう一人の悪魔─────アザゼルだ。
ホル・ホースとは違い、こちらはあれで潰されたとも考え辛い。まだ生きている可能性は少なくないだろう。
しかし、こちらについては、苛立ちと同時にもう一つ、沸き上がっている感情があった。

それは、愉悦。
もちろん、かの悪魔が何か針目を惹き付けるものを持っていた訳ではない。むしろ、何から何まで嫌悪しているほどだ。
それでも、彼女は今確かに、彼─────正確には彼の行く末を、非常に心待ちにしていた。
何故なら。


「──────精々首を洗って待っていろ、といったところか」



もし生きているのなら、あの男の悪評を、こうして振り撒いてやるのだから。

ラヴァレイとの、もう一つの協定内容。
アザゼルの悪評を互いに広め合うというそれを初めて聞いた時は、正直なぜそんなことをしなければならないのかと不服に思ったものだ。
しかし、今になってみれば、これを受けて良かったと思えるのだから分からない。

定時放送で彼の名が呼ばれる事がなければ、広めるだけ広めてやるとしよう。
広める先は、いくつか考えたが─────やはり、ラビットハウスがいいだろうか。
このイライラをぶつける上でも、そしてわざわざ拡散した承太郎の悪評と合わせて自滅を誘う上でも。
あの兎小屋は、絶好の場所だった。

まずは、自分の顔面に傷をつけてくれたあの娘あたりをこの姿で仕留めるのがいいだろう。
遊月は出来れば生け捕りにしたいか。ちょうどセレクターという事でも用がある彼女には、死んでもらうのとは別にんこのイライラをとことんぶつけるサンドバッグになってもらう必要がある。
男共、特に承太郎については、変身したままだとさすがに劣勢になるかもしれない。しかし、今回のように逃げ回るだけならなんとかなるだろう。
アザゼルと承太郎、それぞれを筆頭とするグループが互いに嫌悪し、怒りをぶつけ合う─────考えただけで、ざまあみろという感情と共に胸がすくような感覚を覚えた。

さあ、となれば向かうのはまた市街地だ。
禁止エリアを南から迂回し、城がある山は─────このまま飛び越えるか、或いはこちらも南側から迂回するか。
箒を駆りながら、化け物の顔に張り付いていたのは─────やはり変わることの無い、どこか軽薄な笑顔だった。


620 : 戦のあとには悪魔が嗤う ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/30(木) 00:48:25 TQxdcFzc0

【F-2/上空/一日目・夕方】

【針目縫@キルラキル】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(大)、全身に細かい刺し傷複数、繭とラビットハウス組への苛立ち、纏流子への強い殺意
[服装]:普段通り
[装備]:片太刀バサミ@キルラキル、ヘルゲイザー@魔法少女リリカルなのはVivid
[道具]:腕輪と白カード、黒カード:なし
[思考・行動]
基本方針:神羅纐纈を完成させるため、元の世界へ何としても帰還する。その過程(戦闘、殺人など)を楽しむ。
   0:アザゼルの悪評を承太郎たちに広め、互いに殺し合わせる。
   1:紅林遊月を踏み躙った上で殺害する。
   2:空条承太郎は絶対に許さない。悪行を働く際に姿を借り、徹底的に追い詰めた上で殺す。 ラビットハウス組も同様。
   3:腕輪を外して、制限を解きたい。その為に利用できる参加者を探す。
   4:何勝手な真似してくれてるのかなあ、あの女の子(繭)。
   5:神羅纐纈を完成させられるのはボクだけ。流子ちゃんは必ず、可能な限り無残に殺す。
[備考]
※流子が純潔を着用してから、腕を切り落とされるまでの間からの参戦です。
※流子は鮮血ではなく純潔を着用していると思っています。
※再生能力に制限が加えられています。
 傷の治りが全体的に遅くなっており、また、即死するような攻撃を加えられた場合は治癒が追いつかずに死亡します。
※変身能力の使用中は身体能力が低下します。少なくとも、承太郎に不覚を取るほどには弱くなります。
※疲労せずに作れる分身は五体までです。強さは本体より少し弱くなっています。
※『精神仮縫い』は十分程で効果が切れます。本人が抵抗する意思が強い場合、効果時間は更に短くなるかもしれません。
※ピルルクからセレクターバトルに関する最低限の知識を得ました。




放送局崩落から、しばらくして。
その跡地に立つアザゼルが、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「………なるほど、な」

忌々しげに呟き、周囲を改めて見回す。
既に飛行でも確認したが、それでも或いはと確認せずにはいられない。
取り乱してこそいないものの、アザゼルの中の焦りはほとんど最高潮に達していた。

小湊るう子、そして浦添伊緒奈。
彼女たちの姿が、周囲のどこにも見当たらない。

単純な問題だが、しかし深刻度はどこまでも重大だ。
この殺し合いから脱出する最大の鍵を持っていた二人を、みすみす逃してしまった。
恐らくは、自分があの戦闘に気を取られているタイミングで拐われたのだろう。
今なら、序盤でやたら防戦を意識していたかのようなあの小娘の行動原理もわかる。
つまるところ、自分を釘付けにしておきたかったということだ。
更なる協力者

(………待てよ?)

そこで、ふと思い当たる。
ラヴァレイに変装した針目縫が、ヘルゲイザーを所持していたこと。
無論、殺された、或いは支給品を犠牲にその生を掴みとったのかもしれない。
だが、そう考えれば全ての辻褄が合うのも事実。
そしてラヴァレイなら、ここに二人がいるのも当然理解の上だ。
セレクターを奪う、即ちここにセレクターがいるという前提が確実であるからこそであるようにも思われるこの襲撃において、一枚噛んでいる可能性はかなり高い。

(どうやら、死にたいらしいな)

何を考えているのかは分からない。
自分だけの脱出を試みようとする外道なのか、はたまた自分に囚われている少女たちに何か用でもあったのか。
ともあれ、だ。
セレクターの不在は、ほぼ最悪の事態と言って差し支えない。
すぐにでも捜索しなければ、万が一ということすら有り得る。
そうなれば、脱出への道が限りなく遠くなる。
ラヴァレイ─────二人以外にも、現状ではかなり怪しいあの男の情報を手に入れたい。
せめてまだ何か手掛かりが見つからないものか─────そう思いながら、翼を広げようとする。


621 : 戦のあとには悪魔が嗤う ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/30(木) 00:50:17 TQxdcFzc0

だが。

「がっ…………!」

そこで、膝をつく。
身体に残った大小様々な傷が、既に限界を訴えていた。
このまま行動すれば、先程の針目のような強者にはほぼ間違いなく負ける。
夏凜程度の相手ならなんとかなるだろうが、ただでさえ負傷している身体にかかる負担は跳ね上がるだろう。

「く、そ……」

ここまで追い詰められた自分、ここまで自分を追い詰めたあの小娘への怒りで、わなわなと肩を震わせる
しかし、少なくとも今は休まなければならない。
現時点の火急の問題であるセレクターの不在は決して甘く見ていい問題ではないが、それでもだ。
もしもこれが原因で致命傷を負いでもすれば、根本的にそんなことを言っている余裕は無くなるのだから。
腹立たしい思いに包まれながらも、悪魔は束の間の休息に身を預けようとして。


「ほう」


目を閉じかけた、その瞬間に─────ようやく、それに気付いた。



あまりにも、簡単だった。
燃える様な思いのままに、勢いのままに振り下ろした刃は、あっさりとそこにあった人間を切り裂いた。

その感触は、彼女が初めて体験したものだった。
バーテックスを斬った時、練習用の藁人形を斬った時とは、あまりにも違いすぎる感触。
或いは、数年前に体験した調理実習が、彼女の経験の中では最も近かったかもしれない。
肉。
皮、脂肪、筋肉、そして骨。
それらから構成される身体を、切り裂くということ。

そして。
それを更に印象付けるように、べたりと何かが身体を汚す。
見れば、赤い液体が、身体の各所に着いていた。
腥さと生暖かさが、それが血だという事を主張して。
温度は、東郷美森のそれを如実に思い出させた。

死の、感覚。
それも、先のものとはあまりにも違う。
自分自身の手で死を与える、感覚。

それは。
既に爆ぜる一歩手前だった三好夏凜の許容範囲の限界を、いとも容易く超えるものだった。

だから、彼女は逃げ出した。
何処へ行くとも知れず、ホル・ホースも置いて。
いつの間にか解けた満開も、それによって失われた何かも気にせずに。
そうして、逃げて、逃げて、逃げて─────不意に、何かが崩落するような音が耳に届いた。
それはちょうど、放送局─────彼女の仲間もいる筈の場所がある方角から、聞こえてきて。
行かなければ、と、壊れかけた神経でそれでも彼女はそう思った。
そこには、まだ仲間がいるのだから。
未だ残っていた勇者としての感情が、そうやって彼女を駆り立てて。
崩れかけの彼女の心に、ほんの小さな火を灯して。

「………あ」

─────そうして、その想いの火も、今吹かれて消えていった。

「あざ、ぜる」

その声は、震えていたと思う。
断言出来ないのは、彼女自身の耳に、朧げにしか届いていないから。

「るうこ、は?」
「知らん、俺が聞きたいくらいだ。少なくともこの下敷きにはなっていない筈だがな」

その言葉が、聞こえているのか否か。
夏凜の手は瓦礫へと伸び、何かを探すように掻き分けていく。
自分が何をやっているかさえ分からぬまま、ただ目の前のそれに手を伸ばす。
そのまま、少しずつ瓦礫の山を崩そうとして─────彼女の首筋に、軽い衝撃が走った。

「お前の話も、聞きたいところだが─────生憎と、俺も休みたくてな。今は貴様もゆっくり眠っていろ」

優しさからくる発言─────では、もちろんない。
彼女自身の話、そしてラヴァレイの話。聞きたいことはあるが、かといって自分が目を離している隙に何処かに行かれても面倒だ─────たったそれだけの理由。
それだけの理由で放たれた手刀が、夏凜の意識を闇へと溶かしていった。

「……さて、俺も少し休むとするか」

そう呟き、アザゼルもその目を閉じる。
苛立ちは未だ収まってはいないが、少なくとも目覚めた時の楽しみは一つ増えたな、と嗤いながら。
無論無意識レベルの警戒は怠らず、しかしアザゼルもまた休息の微睡みへと包まれた。


622 : 戦のあとには悪魔が嗤う ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/30(木) 00:52:07 TQxdcFzc0


【E-1/放送局跡/一日目・夕方】

【アザゼル@神撃のバハムート GENESIS】
[状態]:ダメージ(大)、脇腹にダメージ(中)、疲労(大)、胸部に切り傷(大、応急処置済み)、睡眠
[服装]:包帯ぐるぐる巻
[装備]:市販のカードデッキの片割れ@selector infected WIXOSS、ノートパソコン(セットアップ完了、バッテリー残量少し)
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(16/20)、青カード(15/20)
    黒カード:不明支給品0〜1枚(確認済)、片太刀バサミ@キルラキル、弓矢(現地調達)
         市販のカードデッキ@selector infected WIXOSS、ナイフ(現地調達)、スタングローブ@デュラララ!!、スクーター@現実、不明支給品0〜2、タブレットPC@現実、デリンジャー(1/2)@現実
[思考・行動]
基本方針:繭及びその背後にいるかもしれない者たちに借りを返す。
0:ひとまず休む。ラヴァレイに対しては警戒。
1:三好…面白い奴だ。
2:借りを返すための準備をする。手段は選ばない
3:ファバロ、リタと今すぐ事を構える気はない。
4:繭らへ借りを返すために、邪魔となる殺し合いに乗った参加者を殺す。
5:繭の脅威を認識。
6:先の死体(新八、にこ)どもが撃ち落とされた可能性を考慮するならば、あまり上空への飛行は控えるべきか。
7:『東郷美森は犬吠埼樹を殺害した』……面白いことになりそうだ。
8:デュラハン(セルティ)への興味。
[備考]
※10話終了後。そのため、制限されているかは不明だが、元からの怪我や魔力の消費で現状本来よりは弱っている。
※繭の裏にベルゼビュート@神撃のバハムート GENESISがいると睨んでいますが、そうでない可能性も視野に入れました。
※繭とセレクターについて、タマとるう子から話を聞きました。
 何処まで聞いたかは後の話に準拠しますが、少なくとも夢限少女の真実については知っています。
※繭を倒す上で、ウィクロスによるバトルが重要なのではないか、との仮説を立てました。
※東郷美森が犬吠埼樹を殺したという情報(大嘘)を知りました。
※チャットの書き込みを(発言者:D)まで確認しました。


【三好夏凜@結城友奈は勇者である】
[状態]:疲労(極大)、精神的ダメージ(ほぼ極限状態)、顔にダメージ(中)、左顔面が腫れている、胴体にダメージ(小)、満開ゲージ:0、身体機能のいずれかを『散華』(少なくとも声、視覚全て、聴覚全て、両足のいずれかではない)、気絶
[服装]:普段通り
[装備]:にぼし(ひと袋)、夏凜のスマートフォン@結城友奈は勇者である
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(16/20)、青カード(15/20)
    黒カード:不明支給品0〜1(確認済み)、東郷美森の白カード、東郷美森のスマートフォン@結城友奈は勇者である
[思考・行動]
基本方針:繭を倒して、元の世界に帰る。
0:………………………
1:????????????
2:友奈と風を探したい。
3:樹のことも弔いたい。
4:アザゼル……
[備考]
※参戦時期は9話終了時からです。
※夢限少女になれる条件を満たしたセレクターには、何らかの適性があるのではないかとの考えてを強めています。
※夏凛の勇者スマホは他の勇者スマホとの通信機能が全て使えなくなっています。
 ただし他の電話やパソコンなどの通信機器に関しては制限されていません。
※東郷美森が犬吠埼樹を殺したという情報(大嘘)を知りました。
※小湊るう子と繭について、アザゼルの仮説を聞きました。
※セルティ・ストゥルルソン、ホル・ホース、アザゼルと情報交換しました。
※チャットの新たな書き込み(発言者:D)、友奈からのメールに気づきました。

※本人の魂カードを含めたアインハルトの所持品及び遺体は放送局近辺のメルセデス・ベンツ@Fate/Zeroに載せられています。
※ホル・ホースの腕輪と白カード、遺体は放送局跡に埋まっています。


623 : ◆NiwQmtZOLQ :2016/06/30(木) 00:54:23 TQxdcFzc0
投下を終了します。変則的な投下となり、まことに申し訳ありませんでした。
また、この場を借りて、予約スレでの私の言動に他の書き手様方の事を深く考えていない発言をしてしまったことをお詫び申し上げます。


624 : 名無しさん :2016/06/30(木) 02:26:05 4nwBfW9Y0
投下乙!
これが皇帝の生き様か……。
スタンドは精神の力で、ホル・ホースは確かに自分のあり方どんな時でも徹底していたものな
ウリスてめえとなりつつも、ホル・ホースの死へのアザゼルの反応がすごい好き
>そして、そこで─────最後の石に手を掛けて、それを最後に動かなくなったホル・ホースの姿を見ても。
からの四行がなんかすごく味がある


625 : 名無しさん :2016/06/30(木) 02:52:13 fvdY47t60
投下乙です!
ホル・ホースの「誰かと組んで真価を発揮する」性質であり魅力を充分に描いていたと思う。
アザゼルは縫にしてやられて、人間に助けられたけど、考え方が何か変わるかな?w
夏凜は樹を殺されたことで煽られて逆上。助けられた勇者部のメンツをバカにされたら堪らないよな。
ウリスとラヴァレイが徒党を組み、縫はまだまだ波乱を招きそうで。
話も全体を通して面白く、今後の展開にもつながるいい作品だった!

ただ、文が途中で切れている部分などが幾つかあったことを指摘させていただきます。
直せばより良い作品になるかと。


626 : 名無しさん :2016/06/30(木) 19:53:22 JBGRAbHkO
投下乙です

マーダーにしてやられた感じ
それでも、自分の生き方を貫いてアザゼルを助けたホル・ホースはかっこよかった


627 : 名無しさん :2016/07/02(土) 20:33:27 jtmpmaBQ0
投下乙です
ホルホル、あの針目相手に頑張った!
アザゼル夏凛は彼の遺志を継いで頑張ってほしい


628 : ◆NiwQmtZOLQ :2016/07/04(月) 19:52:10 0SXik3Q6O
皆様、ご感想ありがとうございます。
後れ馳せながら>>625氏の指摘についてですが、抜けについては完全に私の落ち度ですので、近日中に修成したものをWikiに収録したいと思います


629 : ◆WqZH3L6gH6 :2016/07/16(土) 14:51:05 CjQsnuXY0
投下します。


630 : 夜へ急ぐ ◆WqZH3L6gH6 :2016/07/16(土) 14:52:01 CjQsnuXY0
自動車の形に変化したコシュタ・パワーの運転に大分慣れてきたなと長身の男はふと思った。
人智を超える力と強靭を併せ持つ指先が硬い地面をえぐり続け大きな穴を形成していく。
地面を掘る長身の男は平和島静雄、その傍らには小柄な少女の壊れた人形のような遺体があった。
静雄は埋葬作業による疲労からではない溜息をつくや、今も車の中で眠り続ける少女の事を思う。

一条蛍。
相容れない敵である折原臨也と同行した、最初の仲間であった越谷小鞠の大切な後輩。
纏流子の強襲で傷浅くも倒れ未だ目覚めぬ少女。
小柄な少女の、蒼井晶の遺体を見つけたのはたまたま。
過去いくつもの死体を見てきた静雄でも無残な遺体をそのままにするのは気が咎め、蛍が眠っていることもあり、
簡単にだが弔うことに決めた。


土を被せ、瞑目する静雄。
流子との戦闘の合間に言われた蟇郡の警告が脳内に響く。


――俺が守っていなければ、一条は既に3度は死んでいた


口元を引き締める。
蛍を守れるのか、いやそれ以前に鬼のような自分を見て恐慌してしまわないだろうか……。
怒りに流されて害を撒き散らせてしまわないだろうか……。
不安に胸を押されるようだ。苦悩から汗が一滴流れる。だけどこれ以上喪わない為に折れる訳にはいかない。

「セルティ……」

数少ない友人の名を思わず呟く。彼女は放送では呼ばれていない。
でも縋るつもりはなかった。
彼女は彼女で苦難にぶちあたっている可能性があると思い至ったから。
同時に彼はここに来て漠然とだが仲間が必要だと思った。
せめて自分が戦っている間に同行者を避難させてくれる人を……。


「は……」


漏れた声に含まれるは自嘲。
殺意が渦巻くこの地でそれは贅沢とも言える望みかも知れないと思ったから。


「……!」


何かを叩く小さな音がした。音の発生源は少し離れた所。
停めてある車のドアからだ。
こんこん、とまた音がした。
駆けつけたい衝動を抑え静雄は振り向く。
車の方から軽い緊張が感じられた。静雄は僅かに身をこわばらせ向こうの反応を待つ。


631 : 夜へ急ぐ ◆WqZH3L6gH6 :2016/07/16(土) 14:52:24 CjQsnuXY0

「……」
「……」



音なくドアがゆっくり開けられる。
車内にいた長身の少女は背を屈め、ドアを盾にするようにゆっくりと静雄を見ようとする。
怯えている。小鞠とは反応の差はあれどこちらを警戒しているのは静雄の眼に明らかだった。
静雄は土をかぶせた遺体を意識する。
予想はしていたもののこのタイミングで見られたのはまずいと彼は内心慌てた。
説得する為の言葉が思いつかない。
小鞠を宥めた時に使ったボゼの仮面を出そうと思ったが、余計不審がられるとその考えは却下。
見た目にも静雄は慌てていた。


「……」


少女、一条蛍は姿勢をそのままに目をぱちくりさせ、息を強く吸うと顔を出した。


「平和島、静雄さん……ですね?」
「…………ああ」


蛍の視線は静雄の傍らの土の盛り上がりに移った。


「……」
「見ていました」


覗きこむような視線。怯えが少々感じられるものの明確な拒絶は感じられない。
互いにすぐに言葉を発せられず、気まずい生暖かい風のような沈黙が訪れる。
質問と視線に対し静雄の眼差しはすべてを受け止めるかのように真剣だった。


「あの……」
「……」


呼びかけに対し、更なる問を促すように静雄は頷いた。


「その人は平和島さんの知ってる人だったんですか?」
「……いいや知らない子だ」


蛍は視線を落とした。
目をつむり、しばし何かを考えた後、静雄の全身を観察する。
静雄自身あまり意識はしていないが、服はあちこち破れ土砂や自らの乾いた血で汚れている。


632 : 夜へ急ぐ ◆WqZH3L6gH6 :2016/07/16(土) 14:52:47 CjQsnuXY0


「……っ」


蛍の瞳孔が開き、右手で胸を押さえた。
気絶する前の状況を思い出したのだろう、静雄にはそう判断できた。
間近にならない程度まで慌てて近づいた。


「蛍ちゃん……」
「……大丈夫、大丈夫です…………」


荒い呼吸を繰返しながら、汗をかきながら何かに耐えるかの様にドアにもたれ掛かる。
静雄は蛍の手を背に当てながらいいかと訊いた。
蛍は顔を向けないまま頷いた。

-----------------------------------------------------------------------------------------


停まった車の中。



「平和島さん、ごめんなさい……」
「謝らなくてもいいよ、責められるのは俺の方だよ」


一瞬、否定するような表情を蛍は向けるが、後悔の混じった静雄の表情から心中を察し、黙った。
実は蛍は蒼井晶の遺体を発見する数分前から意識を回復させていた。
ショックからか流子に強襲される前の記憶が曖昧だった事からか、ゆっくりと走行する車内にいたからか
蛍は静雄をある程度見続ける余裕ができていた。


「……ディオって人とは遭っていないんですよね」


蛍の何度目かの問いに静雄はただただ頷く。
良かったと蛍は思い涙を一滴こぼした。今度こそ言葉でなく心で実感できたから。
もともと蛍は静雄と臨也との諍いの最中でも、静雄が加害者である断定はできず揺れていたのだ。
その上負傷した身体を押して蛍を保護し、見知らぬ少女まで弔う静雄を敵意を持ったまま接し続けられる訳がない。
それに耐えられそうに無いくらいに疲れていた。
――今でも折原臨也への親しみを失った訳でも、彼から教えられた疑惑を全て払拭出来たわけでは無い。
だが消せないそれを抱えていて尚、静雄との和解を前提とした対話を彼女は求めたのだ。

「……」
「……」
「蟇郡さん……達は?」


静雄が明らかに嫌悪していた臨也の名は蛍は出さなかった。
彼の表情が苦痛に彩られる。


「蒲郡とあいつは放送で呼ばれたよ、れんげちゃんは呼ばれていない」
「そうですか……」


"あいつ"が臨也であるのはすぐに解った。
嫌でも認識させられる喪失へのショックと、宮内れんげが存命である安堵が心中で交じり合い苦い気持ちをこみ上げさせる。
蛍は続いてラビットハウスにいる仲間達の事の行方を尋ねた。
放送で呼ばれていないのを知りもっと安心した。思わず安堵の息を吐いた。


633 : 夜へ急ぐ ◆WqZH3L6gH6 :2016/07/16(土) 14:53:20 CjQsnuXY0

情報交換を兼ねた談話の締めくくりは以下のやり取りだった。


「分校行きたいです」
「解った」


運転に集中する静雄を他所に蛍は車外を時折見回していた。
警戒していると言ってもいい。
臨也を殺害し、蛍に一生消えないだろうトラウマを植えつけた纏流子は死んでいないと推測していたから。
そんな彼女へ、若干不安そうに静雄は顔を向けずに言った。


「……あいつに会わなくていいのか?」


研究所に安置されている折原臨也の事であった。


「気にならないと言っちゃうと嘘になりますけど……い」


今はと言いかけて、それを押し留めた。
あの時の臨也の言動と行動は明らかに静雄を破滅に導こうとしていたと、今の蛍に判断できるもの。
押しとどめなければ。混沌とした感情に任せてふたりの関係を強く訊いてしまいそうだった。
折原臨也が一条蛍の命の恩人である事は変わりはない。
それだけに必要も無しに臨也への悪感情を抱いてしまいそうな質問は、今は止めた方がいいと考えた。


「…………悪い、巻き込んじまって」


それを知ってか知らずかの静雄は乾いた声で言った。横顔を見ると渋い表情。
色んな感情をこり固めたかのようなその一声で、蛍はもうこの場で二人の関係を知ろうとする気は失せてしまった。


「……」
「……」


気まずい沈黙を抱えながら車は分校へ向かう。
程なくして旭丘分校の正門前へ到着した。


車から降りた二人は正門へ向かおうとした。


「あの平和島さん?」
「車をカードに戻したほうがよくありませんか?」
「……そういや、そうだな」

盗まれる可能性を思い至った事もあって、静雄は車に手を触れると漠然と戻れと念じた。
車は一瞬で縮小し、1枚の黒いカードへと変化していく。
静雄は珍しく気味悪そうに手にしたカードを見つめた。


「どうしたんです?」
「これ知り合いの持ち物なんだけどな……」


静雄の表情がどこか途方に暮れたように変化する。
蛍は曖昧に笑った。静雄は蛍の方へ顔を向けた。
恐怖の色はほぼ消えていたが、視線はやや彼の顔から外れていた。
仕方がないなと彼は思った。


634 : 夜へ急ぐ ◆WqZH3L6gH6 :2016/07/16(土) 14:53:50 CjQsnuXY0
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二人は校門をくぐり、しばし歩みを進める。
先に分校内の惨状に気づいたのは静雄だった。
察知したのは焼き焦げた僅かな匂いと血臭。
そして程なくして蛍が分校の破壊跡を発見する。
分校に危険が及んでいると判断した静雄は蛍を遠ざけようと声をかける。


「蛍ちゃんはここで……」
「……」


拒否。一人校内に行こうとする静雄を、蛍は服を掴んで止める。
静雄はここで二人しかいない事を改めて気付かされる。


「きっと死体があるぞ」
「……が、ガマンします」
「殺人鬼がいるかも知れねえぞ」
「…………その時は」

咎めるような静雄の忠告に蛍はたどたどしく返答する。
大きく息を吸う音がした。


「いっしょに逃げて下さい!」


蛍の必死と取れるの願いに我ながら不謹慎にもあのなあと静雄は思ってしまった。
二人は表情を変えずにしばし黙った。
ままだったが、やがて渋面ながらも静雄を黒いカードを1枚取り出し。
蛍に渡した。


「これは?」
「どこかの国の土産のトーテムポールのような仮面だよ」
「?」
「死体を直にみるのはきつからよ、迂闊に見ないように気をつけてくれ」
「なんで……」
「それ、小鞠ちゃんも気に入ってたと思うから……やるよ」


静雄の返答が淀んだのは、誰かの所有物の可能性に気づいたから。
蛍はというと元の形に戻した仮面に怯えることもなく、しげしげと見つめ
やがて抱きしめるかのように両手で抱え、そのまま静雄に付いて行った。


635 : 夜へ急ぐ ◆WqZH3L6gH6 :2016/07/16(土) 14:54:33 CjQsnuXY0
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空は既に夕暮れ。
校舎内の探索を終えた二人は途方にくれた顔で手頃なサイズの岩に腰掛けていた。


「……」


蛍は赤カードから出した蜜柑の皮の匂いを嗅ぎながら、蜜柑の実を口に放り込む。
彼女が校舎内の惨状でかろうじて嘔吐せずに済んだのは、
注意を払っていたのと同時に匂いのきつい果物をカードから現出させたからだ。
静雄は青カードから缶コーヒーを出すや、勢い良く中身を飲み干した。
彼は疲れと怒りが入り混じった渋い顔をしていた。


「私はここでれんちゃんを待った方がいいのでしょうか?」


蛍は静雄ほど虚無感はなかった。
静雄は空き缶を片手で握りつぶし、更に変形させていく。
やがて、ほぼ球状になったそれを適当に放り投げる。
返答はしなかった。そして何枚かの黒カードが擦れる音がした。


「何なんだったんだ、あいつはよ……!」


静雄はようやく声を上げた。さっき見つけたのだ。
許せない敵と認識し、探そうとしていた衛宮切嗣の死体と彼の遺品とおもしき黒カードを。

小鞠殺しに関してある程度は心に整理つけていた蛍と違って、静雄は切嗣に対する敵意は以前強いままだった。
見つけ次第、締めあげて小鞠殺しの真相を明らかにさせて、ぶちのめすつもりだった。

なのに何者かに惨殺されていたのだ。静雄は目標の一つを予期せぬ形で失って途方に暮れた。


「クソっ」


やり場のない感情を建物に対しぶつけようと静雄は立ち上がった。


「平和島さん!!」


だが、それを察した蛍は大声で止める。
バツの悪い顔し、静雄は無言で座り込んだ。


「…………平和島さん、そろそろいいですか?」


手持ちぶたさにいじっていたカードを静雄に見せる蛍。
支給品の確認作業だ。
彼女がカードを発見し、回収するだけ気を回せたのは頭が冷えたから。
さっきと同じように校内で暴れようとする静雄を止めたのが切っ掛けだった。



「ああ、頼む」
「えい」


蛍が念じるとカードは1羽の蝙蝠へと変わった。
羽根をパタ付かせて低く飛空するとすぐに蛍の横に止まって大人しくなった。
その様子に二人は和んだ。表情を和らげてもう1枚のカードに注目した。


「えい」
「……?!」


次に出たのは同じくカード。
ただそれは1枚のカードではない。
数十枚ものカードのセット、いわばデッキ。
所謂、トレーディングカードという名称のそれは種別こそ特定できないものの二人とも知っている玩具であった。


蛍は首をかしげながらも蝙蝠に手を伸ばしてカードに戻した。
カードの裏面を見て、効果を確認する。


636 : 夜へ急ぐ ◆WqZH3L6gH6 :2016/07/16(土) 14:54:58 CjQsnuXY0

「……」


彼女は次にカードデッキを黒カードに戻し、裏面を見た。


「……ルリグ?」


裏面には"詳細はルリグカードから訊くこと"との文面があった。
蛍は戸惑った、それを察した静雄が近づく。
少し迷いながらも蛍はデッキを静雄に渡した。
デッキの箱には"ブルーリクエスト"とルビが振ってあった。
静雄はわりと慣れた手つきでカードを検分していく。
イラストが少女である以外はありがちとも言えるカードゲームであるのが二人には見て取れた。
やがて静雄はデッキの底に近い位置にあった、
仰向けに寝た猫耳をつけたドクロを彷彿とさせる帽子を被った少女のイラストのカードを発見した。
そのカードはあきらかに他のカードと雰囲気が違っていた。
静雄は小声で寝ているカードの少女に呼びかける。
カードの中の少女は身を捩らせつつ、眼をこすりながら目の前の青年に声をかけた。


「切嗣さん……アンタは……」
「?!」


2人の息を呑む音がした。
カードの少女は寝ぼけていた表情をやがて困惑のそれへと変える。

「……切嗣さんじゃ……ないですよねー」

緊張を感じ取ってか、ルリグ――エルドラは困ったように頭をかいた。
場の空気が明らかに一変した。


637 : 夜へ急ぐ ◆WqZH3L6gH6 :2016/07/16(土) 14:55:29 CjQsnuXY0
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「あの人は上手く行ったら私らルリグに悪いようにしないって言ったんですよ」
「……参加者にはどうこうするとは」
「言ってなかったですね」


静雄はしばしば頭に血管を浮かばせながらもエルドラの情報交換を割合上手に進めていた。
蛍は今は2人の会話を聞きつつ、校内の回収品を用い手紙を書いている。
少し前、静雄は怒りを紛らわせるべく会話を中断し、蛍とエルドラと共にまだ立ち入っていない場所を調べていた。
その途中、エルドラが何かの力を感じたのを同行者に伝え、ランサーのバラバラ死体を発見した。
静雄は頭部のみが瑞々しいそれを不気味に思いつつ人目のつかない場所に移動させた。
埋葬しなかったのは、拒否感があった……からでなくエルドラが切嗣の死体からも力みたいなのを感じると発言したからであった。
切嗣ともども後で調査してから弔うに事に決めた。
更に魂が封じられたカードからも微小だが力が感じるとエルドラが発言。
こちらは回収する事にした。その際、エルドラはルリグの気配を察知できる事も伝えた。


当初エルドラは飄々とした感じで会話を進めようとした節があった。
だが2人の真剣さを察してか途中から真面目に対応している。
作業を終えた蛍も対話に復帰していた。


「衛宮さんは誰に殺されたのかも」
「解らないですね、私嫌われたのかカードから出してもらえなかったですし」
「……どうしてでしょうか?」
「冗談めかしてですが、一度正義の味方みたいですね、て言ったのがどうもまずかったのかなっと……」
「何だよ……それ!」


静雄の怒りに任せた足踏みが地面をたたき、陥没させた。


638 : 夜へ急ぐ ◆WqZH3L6gH6 :2016/07/16(土) 14:56:00 CjQsnuXY0

「……」
「」
「……悪ぃ、続けてくれ」



若干の怯えが交じる2人の顔を見て、静雄はバツが悪そうに片手で頭を抱えた。



「マジで殺し合いが行われてるんですね?」


外見に似合わないくらいの真剣なエルドラの問いかけに蛍は強く頷いた。
静雄はこの殺し合いの今後に思いを馳せ、上空を見上げた、陽はさらに沈んでいる。
つられて蛍も夕空を見上げた。
静雄は呻くようにエルドラへ言う。


「お前最初はこの殺し合いはセレクターバトルと同じようなものだと言ってたよな」
「ええ」
「違ってるて言うのかよ」
「今回、私は繭から一方的に言われただけですからね」
「……」
「セレクターバトルとそう変わらないわ、と」



蛍は首を下げ、意を決したかのように口元を引き締め、腕輪を起動させた。
腕輪に参加者名簿が浮かび上がる。


「エルドラさん、この中であなたの知り合いはいますか?」
「どれどれ、70人も……よくもまあこれだけ」
「……拉致って殺しあわせるのは初めてって事か?」
「私の知る限りではですが、ん……!」
「どうした」
「いやあ……もう、ますますわけが解りませんねえ……」


639 : 夜へ急ぐ ◆WqZH3L6gH6 :2016/07/16(土) 15:00:27 CjQsnuXY0
----------------------------------------------------------------------------------------


静雄と出会う前、蛍は旭丘分校でれんげを長時間待ち続ける事も考えていた。
しかし仲間の事がどうしても気にかかり、ラビットハウスに戻ることにした。


「平和島さん、ラビットハウスへお願いします」
「おう」
「近くにルリグがいたら知らせるっすよ」
「運転乱暴になるから気を付けてな」


夕日は一時間もしない内に沈むだろう。
次の放送までには間に合わないのは確実。
だがそれを承知の上で3人は向かう事にした。
蛍は仲間との約束を果たそうとし、合流するために。
れんげが分校に来る可能性を考え、その為の書き置きは校舎に残してある。
うまく伝わるといいのだが、それも蛍の気がかりの一つだった。

(蟇郡……お前に会うのは、後な)

道中、蟇郡と流子がの戦場の近くを通過するだろう。
だが弔いは後回しにする。今は生者の事を優先したかったから。
小湊るう子。参加者内のセレクターでもっとも協力しやすい人物だとエルドラから聞いている。
手がかりはないものの放送で呼ばれていない以上、目前で悪党2人に攫われた彼女を救出する必要がある。
蟇郡が果たせなかった目的を果たすためにも。

そして空条承太郎。蛍いわく小鞠殺害事件関し怒り、真剣に取り込もうとしていた仲間。
静雄は彼に会いたいと思う。真相解明は望めなくとも得られるものはあるかもしれないから。

「……」

そしてエルドラも目的ができた。
小湊るう子、紅林遊月からある確認をとるための。

静雄は運転席に乗り込んだ。
蛍もそれに続こうとする。
静雄は車に乗り込もうとする蛍の顔を見た、蛍は僅かに視線を逸らした。
2人はそれに内心少し後悔した。


640 : 夜へ急ぐ ◆WqZH3L6gH6 :2016/07/16(土) 15:01:29 CjQsnuXY0


【F-4/旭丘分校付近/一日目・夕方】

【平和島静雄@デュラララ!!】
[状態]:東條希への苛立ち、全身にダメージ(中)、疲労(小) 、やり場のない怒り(小)
[服装]:バーテン服、グラサン
[装備]:コシュタ・バワー@デュラララ!!(蟇郡苛の車の形)
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(7/10)
    衛宮切嗣とランサーの白カード
    黒カード:縛斬・餓虎@キルラキル
         不明支給品0〜1(本人確認済み)
[思考・行動]
基本方針:あの女(繭)を殺す
  0:蛍を守りたい。強くなりたい。
  1:急いで南下し、ラビットハウスに向かう。
  2:小湊るう子と紅林遊月を保護する。
  3:テレビの男(キャスター)とあの女ども(東郷、ウリス)をブチのめす。
  4:1と2を解決できたら蟇郡を弔う。
  5:余裕があれば衛宮切嗣とランサーの遺体、東條希の事を協力者に伝える。

[備考]
※一条蛍、越谷小鞠と情報交換しました。
※エルドラから小湊るう子、紅林遊月、蒼井晶、浦添伊緒奈、繭、セレクターバトルについての情報を得ました。
※東條希の事を一条蛍にはまだ話していません。
※D-4沿岸で蒼井晶の遺体を簡単にですが埋葬しました。
※衛宮切嗣、ランサーの遺体を校舎近くの草むらに安置しました。
 影響はありませんが両者の遺体からは差異はあれど魔力が残留しています。

【一条蛍@のんのんびより】
[状態]:全身にダメージ(小)、精神的疲労(中)、静雄に対する負い目と恐怖(微)
[服装]:普段通り
[装備]:ブルーリクエスト(エルドラのデッキ)@selector infected WIXOSS
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(7/10)、青カード(10/10)
    黒カード:フルール・ド・ラパンの制服@ご注文はうさぎですか?、カッターナイフ@グリザイアの果実シリーズ、ジャスタウェイ@銀魂、越谷小鞠の白カード 折原臨也のスマートフォン
    蝙蝠の使い魔@Fate/Zero、ボゼの仮面咲-Saki- 全国編、筆記具と紙数枚+裁縫道具@現地調達品
[思考・行動]
基本方針:れんちゃんと合流したいです。
   1:ラビットハウスに向かって、承太郎らと合流する
   2:何があっても、誰も殺したくない。
   3:余裕ができたら旭丘分校へ行き、れんちゃんを待つ
[備考]
※旭丘分校のどこかに蛍がれんげにあてた手紙があります。内容は後続の書き手さんにお任せします。
※セレクターバトルに関する情報を得ました。
※空条承太郎、香風智乃、折原臨也、風見雄二、天々座理世、衛宮切嗣、平和島静雄、エルドラと情報交換しました。
※『越谷小毬殺人事件の真犯人はDIOである』という臨也の推理(大嘘)を聞きました。現状他の参加者に伝える気はありません。
※衛宮切嗣が犯人である可能性に思い至りました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。

※エルドラの参加時期は二期でちよりと別れる少し前です。平和島静雄、一条蛍と情報交換しました。
 ルリグの気配以外にも、魔力や微弱ながらも魂入りの白カードを察知できるようです。
 黒カード状態のルリグを察知できるかどうかは不明です。


641 : ◆WqZH3L6gH6 :2016/07/16(土) 15:01:59 CjQsnuXY0
投下終了です。


642 : 名無しさん :2016/07/17(日) 21:36:31 VlFeBZOE0
投下乙です
静雄と蛍、一応和解はしたけどまだまだ円満とは言い難いなあ、難しい
切嗣やランサーの死体は魔力の残滓があるっていうのはいつかなんかで利用されるんだろうか


643 : ◆WqZH3L6gH6 :2016/07/18(月) 01:43:08 8e6vIYCc0
議論スレで指摘を受けたので、先ほど修正スレに修正稿を投下しました。

>>642
感想ありがとうございます。


644 : ◆DGGi/wycYo :2016/07/18(月) 21:35:50 S9m.L3vQ0
投下します


645 : サカサマオツキサマ  ◆DGGi/wycYo :2016/07/18(月) 21:38:11 S9m.L3vQ0

♪  ♪  ♪


そう…あの日 おなじ夢を描いたんだ


輝く瞳は ■■を信じてた


 ♪  ♪


646 : サカサマオツキサマ ◆DGGi/wycYo :2016/07/18(月) 21:39:09 S9m.L3vQ0


東條希は荒野を走っていた。
目的地に向けて、ただひたすらに。

ここに来てから半日以上、色々なことがあった。ありすぎた。
散々な目に遭った彼女の胸中のほとんどを占めるのは、この地でただ一人生き残っている、大切な親友。

「絵里ち……」

時折呟かれる名前は、荒い呼吸となって溶けてゆく。
一般人なら既に音を上げそうなほどの距離を移動したが、そこはスクールアイドル“だった”身。
体力や運動神経は人並み以上だと自負しているつもりだ。

けれども、音ノ木坂学院までの道は遠い。
ヴィマーナは再使用までに時間が掛かる。今の希にそれを待つという選択肢はない。
自転車か何かがあればとも考えた。右手を負傷している現状、危険極まりない。
結局、走ることしかできないのだ。

荒れ地を抜けて、建物――ガソリンスタンドに差し掛かった頃。
漆黒の弾丸が、高速でこちらへ向かって来ていることに気が付いた。
影を纏いながら嘶くバイク。乗っている主は……ヘルメットを被っていて、素性が解せない。

乗せてもらおうか。そんな選択肢が浮かぶ、が。

もしヘルメットの内が自分の右腕をこんなにしたような奴の同類だったり、ことりの首を絞めた筋肉男だったり。
或いは神父、その同行者の仲間、彼に一太刀浴びせた化け物――果ては、バーテン服の男だったりしたら。
結果、彼女の取った一手は逃走だった。

「あ、れ?」

だが、正体不明への恐怖に足が竦む。
動けない希の十メートルほど先でバイクが止まり、ヘルメットの……男? 女?が降りてくる。

九メートル、八メートル。徐々に彼我の距離が詰まってゆく。
やがてライダースーツの膨らみから女だと分かったが、そんなことを考えている場合ではない。
突き刺さったコンパスのような足を強引に動かし、希は脱兎と化す。

少女は走り、影はそれを追う。
二人のチェイス……いや、鬼ごっこにもならないそれは、ものの一分足らずで終わりを告げた。

「嫌や、離して!」
「……」

振りほどこうにも片手ではどうすることも出来ず、希はじたばたもがく。
何とか剥がそうとして蹴りを入れるが、まるで手ごたえが感じられない。
その上、幾ら喚いたところで相手が無言を貫き通すものだから、恐怖は余計に増す一方だった。

こんなところで殺されてしまうのか。と、ある種諦めのような気持ちが心中に芽生える。
希の予想に反して、しかし影は暴行を働くでもなく、ただ液晶画面を見せた。


『大丈夫なのか、その右手』
「……え?」

涙目で振り返る希。女は、PDAに新たな文字を綴った。


647 : サカサマオツキサマ ◆DGGi/wycYo :2016/07/18(月) 21:40:27 S9m.L3vQ0
『私はセルティ・ストゥルルソン。安心しろ、危害を加えるつもりはない』
「……ホントに?」
『本当だ』
「ホントにウチに何もしないんよね?」
『本当に何もしない。何処かに行きたいなら乗せて行ってやる』
「ホントにホントなんよね?」
『くどい』

良かった……。
へなへなと倒れ込む希を支え、セルティはバイクへと戻る。
いつも(シューター)なら向こうから来てくれるのに、と僅かな不便さを感じながら。


『それで、何処に行きたいんだ』

V-MAXに跨ったセルティが問うと、後部座席からの返事は“音ノ木坂学院”。

「きっと、音ノ木坂やったら絵里ちもおる筈。せやからそこに行けば――」
『そこなら会えるかも知れない、というわけか』

こくり、と頷く希。
確認したセルティは『しっかり掴まっていろよ』と画面に指を滑らせ、バイクを走らせる。


無口な妖精の背後で、希はセルティに対して多少の不信感を抱いていた。
彼女はどうして、ここまで自分に優しく接してくれるのだろう。
もしかしたら表向きは親切を装って、人気の無いところで希を殺すかも知れない。
そもそも何故筆談なのか、右手を怪我している理由に触れようとしないのか、ヘルメットを外さないのだって怪しさ満点。

セルティの人となり、もといデュラハンとなりを知っている人間ならば、その心配は杞憂だと笑い飛ばしただろう。
生憎と希は闇医者でもなければ、情報屋でも喧嘩屋でも、まして製薬会社の者でもない。
池袋とは離れていないようで少し離れた、秋葉原に住む、普通の少女。
この島で彼女が心を許せる人間は、もはや絢瀬絵里以外には残っていないのだ。

それでも、救いの手を差し伸べてくれるなら。
親友に再び会うための手助けをしてくれるのなら。
藁か茨か分からないものにでも縋ってやるという思いで、振り落とされないようセルティの肩をぎゅっと掴む。


一方のセルティは、悩んでいた。
未だ名前すら聞けていない少女に対し、どう接したものか。

邂逅した時点での直感だが、応急処置こそされているものの、少女の右手は間違いなく粉砕骨折している。
何より、身体より心の方が酷く疲弊しているようだった。
曲がりなりにも医者(非合法だが)と同棲しているのだから、そのくらいは自然と理解出来る。

何があったか問いただすべきなのだろうが、彼女の怯えようからして、簡単に口を割ってはくれないだろう。
大体、セルティ自身の外見が外見だ。ヘルメットの下を晒すわけにはいかないが、怪しいと言われる材料としては十分。
先程希を捕まえた時だって、なるべく怖がられないよう影を使わなかった。
結局あまり信用してくれている風には見えないが、下手に刺激してしまうのは少女のためにならない。

それでも首無しライダーは、こんなところを一人で行動している非力な一般人を放っておけなかった。
見たところ少女の着ている服は、来良とは違うがどこかの学生服のようだ。目的地が音ノ木坂学院だから、恐らくは。
ならば彼女の捜し求める人も、同じ服を着ている可能性は高いと踏む。

(せめて、彼女の友達が無事だったらいいが)

二人の思惑を知ってか知らずか。
夕焼けに照らされた道を、マシンは歌うように叫ぶ。






648 : サカサマオツキサマ ◆DGGi/wycYo :2016/07/18(月) 21:41:12 S9m.L3vQ0

倒壊しないのが不思議な闘技場に、二人と一人。
闘い、怒り、悲しみの後に残されたのは、空しさ。

神威は安息に耽り、宇治松千夜は無言で俯いている。
短時間で四人もの魂が散った。哀しい出来事が、津波の如く押し寄せた。
その中でも絢瀬絵里は、つとめて気丈に振舞った。


『そんな諦めたような顔して、あっさり殺されて終わりなんて……絶対に許さない』
『絶対……全部、償わせてやるんだから!』


惨事を引き起こし、三人の命を奪った元凶にあんな啖呵を切った手前、というのも理由の一つ。
ただの意地と言ってしまえばそこまでだが、本当の理由はそこではない。

「ゆっくり、休んでください」

本部の亡骸の手を合わせ、ちら、と千夜の方を見る。


『……名前も知らねぇ嬢ちゃん。千夜のことは、頼んだぜ』


もう一つは、抜け殻のような彼女を支えてやるため。
それが本部以蔵から託された、絵里へのメッセージだったから。

羅刹と化す以前の武闘家と、悲業を背負う前の高校生。
二人がどういう形で出会い、どんな道を歩んで来たのかは判らない。
絵里は二人の決着に寄り添い、守護者は満足に逝った。
千夜がそれで満足か、と言われれば……きっと違うのだろう。

絵里だってこの結末を良しとは思わない。
しかし、泣き叫んだところで銀時たちは帰ってこないのだ。

最後に、眠る白夜叉に手を合わせる。
ゲームが始まり、一昔前のコントのような出会い方をしてから、彼とはずっと一緒に行動してきた。
彼の死は……きっと、無駄ではない。

せめて自分だけでもしっかりしなければ。パシンと頬を軽く叩く。
勇者も、侍も。涙を見せられる相手は、ここにはいないから。
それが出来るとすれば、親友に会ってからだ。


しんみりとした雰囲気が辺りを包み込み――

――それは、思いもよらぬ形で破られた。

「……あ」

全てが終わって安心しきったのだろう。
絵里の腹の虫が、この場に似つかわしくないような、それでいてよく響く音を立てた。
よくよく考えてみれば、第一回放送手前を最後に食事を摂っていない。

連鎖したかのように、千夜の身体も空腹のサインを鳴らす。
彼女に至っては、精々羊羹を口に入れた程度だ。

少女たちは決して食いしん坊なわけではないが、人並みに生き、人並みに食べ、人並みに睡眠を取る。
ならば三大欲求のいずれかでも満たされていなければ、身体が合図を送るのは当然の摂理。
思わず顔を見合わせた二人は、ふふ、と笑ってしまった。

「何か食べなくていいのかい。活力にもなるし、地球のご飯は美味しいんだ。食べなきゃ損だよ」

寝ているんだか起きているんだか、目を閉じたまま神威が問いかける。
しばしの沈黙の後、あまりにも遅すぎる昼食の時間となった。


649 : サカサマオツキサマ ◆DGGi/wycYo :2016/07/18(月) 21:41:56 S9m.L3vQ0

千夜が取り出したのは、いつか新しく甘兎庵で出すつもりだった一品。
戦場をイメージした、旗の刺さっているジャンボサイズのフルーツ特盛白玉餡蜜。(まさか構想通りのものが出るとは思っていなかったが)
まだ誰にも試食してもらっていない、名前すら決めていないそれを、千夜は初めて食した。

季節のフルーツと特製の蜜、小豆などが絡み合い、口の中で踊りだす。
しかし味の感想としては、少々物足りない……かも知れない。

「凄い量だけど、食べきれるの?」
「分からないわ。お店で出すメニューの試作段階だから……っ!?」

突然、千夜が緑色の眼を真ん丸くした。
どうしたの、と絵里が尋ねるも、何でもないと誤魔化す。

「お店かあ。穂乃果の家も、和菓子屋だったのよね」
「ホノカ……」

声の震えを必死で隠す千夜を他所に、絵里は語り始めた。

「私たち、μ'sっていってね、スクールアイドルをしてるの。あの子が、穂乃果がみんなや私を誘ってくれてね……」

懐かしむような絵里の独白は、初めて耳にする内容。
時々壁にぶち当たりながら、それでも皆で夢を叶えようとする、物語。
どうやって穂乃果と出会い、どんな道のりを歩んで来たのか。
スクールアイドルという言葉自体聞いたことのないものだった上、穂乃果が友達想いのいい人だということも知った。
一度でも穂乃果と会話を成立させた記憶のない千夜にとって、彼女がどんな人間かを理解する、またとない機会だった。


「……って、何で私、こんなこと喋ってるのかしら。ごめんね」
「い、いえ、そんなことは」

ぎこちない相槌をうつ千夜の視線の先は、どこか遠くを眺める絵里の顔ではなかった。
彼女の着ている『制服』と、手に持つ『サンドイッチ』。


同じ制服。
サンドイッチ。
高坂穂乃果。
拳銃。
高町ヴィヴィオ。


あの光景が、トラウマとなって脳裏に蘇った。
自分の運命を大きく変えた、辛く苦い出来事。

“駅に戻って、自分がヴィヴィオにしたことを全部話して、逃げずに生きる”。

続いて思い出すのは、あの宣言。
真相を話すことのないまま、悪戯に時間だけが過ぎた。
覚えている限り当事者は皆死に絶え、ヴィヴィオの友人が誰かも判らない。
ただ、穂乃果の友人が目の前に居る――知ってしまった事実が、千夜の心に重石をかけた。

ヴィヴィオより早くサンドイッチに手を付けていれば、自分が死んでいた。
穂乃果は千夜たちに、確かな殺意を持っていた。
でなければ、誰かに騙されでもしない限り、笑顔で差し入れなんてする筈が無い。


――その笑顔の裏側にあったものは、何なのだろう。


少なくとも、大事な友達が放送で呼ばれて茫然自失とするくらいには、穂乃果は“人間の心”を持っていた。
絵里の評判通りなら、高坂穂乃果は笑顔で人を殺せるような外道ではない。
対する自分は――どうだろう。

思い込みの強い性格を持った少女、宇治松千夜。
幼馴染がちょっと変わった喫茶店でバイトを始めたからといって、ロクに調べもせずいかがわしい店だと騒ぎ立てたことがある。
ジグソーパズルを皆で組み立てる際、敷き紙を忘れていることを言及しなかっただけで、全て自分が悪いとネガティブになりもした。



―――支えを次から次へと喪った今、その性分は、着実に。


650 : サカサマオツキサマ ◆DGGi/wycYo :2016/07/18(月) 21:43:24 S9m.L3vQ0

何枚かの黒カードを適当に渡した神威を放置して、食事を終えた二人は外に出る。
闘技場に入ってから半日どころか六時間も経っていないのに、やけに地上の空気が懐かしく感じられた。

絵里は親友に呼びかけるため放送局に向かうらしい。
どうしようか少し考えたが、千夜も同行した。
単独行動は危険だし、友人を探したいのは千夜も同意見だ。

島を結ぶ鉄道の高架下を通ったあたりで、何処からか音が響いてくる。
最初は列車の音かと思ったが、常用車の音に近い。
黙って付き添いをするクリスが、前方から何かが来る、とジェスチャー。
二人が目を凝らすと、一台のバイクに影が二つ。あれは――

「希!」

見間違える筈がない。言うが早いか、絵里が駆ける。
停止したV-MAXからもまた、後部に座っていた影が運転手より先に飛び出した。

「絵里ち! 良かったぁ……やっと、やっと会えた……」
「ちょっと、希ったら……もう」

感極まって飛び付く東條希を、苦笑いをしつつ受け止める。
運転手はきょとんとした雰囲気で、クリスは少し嬉しそうな無表情で。
そして千夜はまるで幽霊か何かを見たような顔で、二人の再会を見ていた。


数分後。そこには運転手――セルティに深々と頭を下げる絵里の姿があった。

『会えたんだから、私にお礼なんていいのに』
「でも希、こんな大怪我して……セルティさんが一緒じゃなかったら」
「いいんよ絵里ち。でもほんまおおきに、セルティさん」

「あの……」

肩を指で叩かれた絵里に、千夜は一つの提案を促した。

「さっき、あの人に渡した鞘なら、もしかしたら」

絵里の頭上に、電球が点るビジョンが映った。
“全て遠き理想郷”、瓦礫で痛めた肩をすぐに治すほどの代物だ。
あれを使えば、希の怪我も治るかも知れない。

「セルティさん、絵里ちゃんと一緒に行ってあげてください。バイクなら地下闘技場まですぐですから」
『しかし、それでは君たちが』
「大丈夫」

何かあったら、クリスが教えてくれるから。
小さなウサギは、任せてくれ、とサムズアップのつもりで右手を突き出す。
いまいち事情の飲み込めないセルティだったが、バイクを動かせるのが自分しか居ないということもあり、仕方なく承諾した。

『……分かった。ここから動くなよ』
「希、すぐ戻るから待ってて」

「あ、ウチも」
『流石に三人乗りは無理だ』

希は尚も渋るが、絵里の説得で折れた。
やがてセルティはV-MAXを再び走らせる。

「東條希ちゃん、よね」

バイクの音を背中で聞きながら、千夜は呼びかける。
二人は、高架の柱に身体を預けて腰掛けた。

絵里とセルティは居なくなった。
二人だけの場は用意出来た。
……あまり時間はないだろう。

千夜の頬を、冷や汗が伝う。
これからすることは、傍から見れば理屈の通らない自己満足。

本当にいいのか。
僅かな時間で幾度も繰り返した自問自答を、唾と一緒に飲み込む。
ほんのり小豆の味がした。


「―――――――」


651 : サカサマオツキサマ ◆DGGi/wycYo :2016/07/18(月) 21:45:33 S9m.L3vQ0



――彼は、今後どうするか決めあぐねていた。
今さら善人ヅラなんて到底不可能だし、だからといって今後も殺す側でいる気は無い。

二つの足音が、此方に向かっている。

「まだ何かあるのかい……おや」

絵里たちだろうと当たりをつけたが、半分ハズレ。
絵里と一緒にいたのは、ヘルメットを被った見知らぬ誰かだった。

絵里が敵討ちのために連れてきた、なんて話だとしたらとんだ茶番だ。
訝しむが、どうやら敵意はないらしい。

『絵里ちゃん、これは……』

セルティは、惨状を初めて目にする。
ここから見えるだけでも三人の死体。どれも酷く血を流していて、眼前の青年の両手には乾いた血がついている。
されど、青年から殺気は微塵も感じられない。
ただ力なく、ひらひらと手を振っていた。

「大丈夫です。あの人は私たちに手を出さないと言いました」
『いや、しかし……これ全部、彼が?』

壁、柱、電球、天井に至るまで、破壊の限りを尽くされた空間。
あの平和島静雄ですらここまで出来るだろうか、と疑ってしまう。
そこに死体が折り重なっているのだから、神威を危険視するのも無理はない。
彼もまた、静雄同様に“見た目だけでいえば好青年”なのだから。


「その子の言う通りさ。俺はもう、空っぽなんだよ」

神威はにっこり笑ってみせたが、いつものようにはいかない。
本当に全て失ってしまったんだな、と改めて実感する。

「何しに来たの?」
「色々あって、その鞘を返して欲しいの」
『私は宇治松千夜に彼女の護衛を頼まれた』

宇治松千夜……ああ、黒髪の子か。
何だか分からないが、確かにアヴァロンはもう用済みだ。
傷は少々残るが、疲労はすっかり取れた。

そうだね、と顎に手を置き、考える。
そして、彼女たちに一つの問いを突きつけた。

「君は俺に、償わせてやるって言ったよね。丁度いいや、俺はどうすればいいと思う?」

突然のクエスチョンに、二人は困惑する。

「どうすれば、って……」
「これを返して欲しいんだろう? だったら交換といこうじゃないか」

図々しいのは百も承知。
けれども、絵里が前に進むためにアヴァロンを欲するように。
神威もまた、前に進むための何かを必要としていた。

『私たちに共に来てくれないか。こちらは脱出の方法を探っている』
「それはお断りだ」

ずい、と前に出たセルティを一蹴する。

『何故だ?』
「その子や千夜ちゃんの恩人を、俺は殺したんだ」

そんな自分と一緒にいて、あまり気分のいいものではないだろう。
だから、セルティの相談には乗ることが出来ない。

『では、これならどうだ。“ゲームに乗っている悪い奴を止めろ”」
「別に構わないけれど……止めるべき悪い奴って、例えば?」

新たな問いに、またしても詰まる。
真っ先にセルティの頭に浮かんだのは、何故かアザゼルだった。
確かに彼は危険だが、ゲームを打開せんとする一応の仲間だ。

「――DIO」

すると、神威の待ち望んだ絵里の声。

「本能字学園に、あなたも居たわよね」

予想外の答えに思わず、わお、と呟きが漏れる。

「そういうことか。髪を下ろしているから気付かなかったよ」

あの時学園で見かけた金髪少女は、絵里だったのか。

自分よりずっと小さな子供の後ろに隠れ、怯えることしか出来なかった。
神威は絵里のことを、そう記憶している。
そんな彼女が自分に平手打ちを浴びせ、食って掛かり、挙句吸血鬼退治を依頼するまでなったか。

つくづく人間という生き物に驚かされつつ、あの男の名前を反芻する。

「よし、引き受けた。彼はいつか倒そうと思っていたからね」
『……何なら手伝うが』

綴られた文字に、やはり彼はNOの返事。

「これは俺個人の問題なんだ。それより君たちも、自分の問題を解決した方が良さそうだ」


652 : サカサマオツキサマ ◆DGGi/wycYo :2016/07/18(月) 21:47:17 S9m.L3vQ0
どういう意味だ、と打ち込むセルティの後ろで、絵里は何かに袖を引っ張られていた。
振り向くと居ない筈のクリスがそこに居て、早く来て、と慌てている様子。


……手の先にほんの少しだけ付着している、その紅いシミは?


希たちの身に何かあったのだ、と瞬時に悟り、絵里は血相を変えて疾駆する。

「待ちなよ」

続くセルティの前方に向けて跳躍した神威は、持っていたアヴァロンを放り投げる。

「気が早いねえ彼女。まだ受け取ってないのに」
『……すまない』
「何に対しての謝罪なのさ。急ぎなよ、護衛なんだろう? 優しい首無しさん」

見抜かれていたことに若干驚きつつ、彼女は先ほどの問いにもう一つの答えを出した。

『そうだ。縫い目の女……奴もゲームに乗っている。気をつけろ』
「覚えておくよ」

アヴァロンを受け取ったセルティは一礼、闘技場から姿を消す。
後には、答えの欠片を見つけた強者が一人。


DIOの館に残されていた手記によれば、彼は吸血鬼。自分と同じで、日の下を歩けない存在。
ならば昼間は屋内に留まらざるを得ないわけで、必然とその場所は絞られる。
その上、セイバーと館で落ち合う約束までしているそうじゃないか。

阿伏兎あたりが聞いたら鼻で笑われそうな、何より絵里には申し訳ない話だが、DIOに勝てるかどうか分からない。
奇怪な能力を行使する彼に対し、明確な攻略法は見つかっていないのだ。

それでも、夜兎は再び立ち上がる。
残された力の使い道を見つけた彼の表情は、ようやくいつもの笑顔を取り戻して。


【B-3/地下闘技場/一日目・夕方】

【神威@銀魂】
[状態]:全身にダメージ(小)、頭部にダメージ(小)
[服装]:普段通り
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(26/30)、青カード(26/30)、電子辞書@現実
    黒カード:必滅の黄薔薇@Fate/Zero、不明支給品0〜2枚(初期支給)、不明支給品1枚(回収品)
    黒カード(絵里から渡されたもの)
[思考・行動]
基本方針:俺の名前は――
0:DIO、か。
[備考]
※DIOおよび各スタンド使いに関する最低限の情報を入手しました。
※「DIOとセイバーは日が暮れてからDIOの館で待ち合わせている」ことを知りました。
※参戦時期が高杉と出会った後で、紅桜のことについても聞いています。




地上に出たセルティは、ある異常を理解する。

(……ない!?)

ここまで二人を乗せて来たマシンが消え失せ、タイヤの跡がうっすら。
絵里の姿も見当たらない。導き出される答えは……ただ一つ。





少し、時間を遡る。


653 : サカサマオツキサマ ◆DGGi/wycYo :2016/07/18(月) 21:48:37 S9m.L3vQ0


「私はね、人を殺したの」
「……っ」

先制パンチをもろに受け、希は返す言葉に困った。
場が場なら思わず噴き出してしまうような、冗談だろうと言いたくなる内容。
しかしここでは、冗談では無くなる要素が十分に存在している。
現に希自身がそうなのだから、何一つ笑えない話だ。

殺した数は一人二人じゃない。
初対面の相手に、千夜は己の罪を告白する。


――親友の生首を持ち歩き、あまつさえ彼女の生を侮辱した青年を殺害した。

ここだけを聞くと、同じ“人殺し”とはいえ、希は千夜にシンパシーを感じ、同情の念すら抱いた。
親友を弄ばれたのは、希も同じ。
今だってキャスターのことを憎んでいる自分が、心のどこかで行き場のない爪を研いでいる。


――恩人が格闘家に殺されそうになり、錯乱してその格闘家に致命傷を与えた。
――怪物に取り憑かれてしまった恩人に、終止符を打った。

その同情は、少しばかりの羨み、或いは妬みを孕む。

恩人。そう呼べるような人が、この島でμ's以外にいただろうか。
無論、言峰やポルナレフに受けた恩、平和島静雄から助言を授かったことを忘れるほど希は阿呆ではない。
けれども、言峰たちは見殺しにした。静雄に関しても……今は当分、会いたくない。

目の前の少女は自分より多くの人を殺しているのに、誰かに守って貰えた。
自分は覚悟を決めて、それでも一人しか殺せず、守ってくれた人にも後ろめたさばかり。
この違いは何だ。
不謹慎だと分かっているが、濁った想いの膨張は止まらない。


「私ね、高坂穂乃果ちゃんと一緒にいたの」

突然、千夜の声色が変わった。
同時に希の中で、幾多の疑問と最悪の可能性が浮上する。

どうしてここで、穂乃果の名前が登場する。
必要以上に鼓動する心臓が、けたたましく警鐘を鳴らす。
まさか。まさか彼女が。

「ここから西にある駅に、みんなで居てね。朝食にしようって穂乃果ちゃんが誘ってくれて……彼女にサンドイッチを貰ったの」
「穂乃果ちゃん、らしいなあ」

隙あらばパンを食べている穂乃果なら、自由な食事、となれば必ずそれを選ぶだろう。
赤カードは全員に配られているのに自分のを皆に分け与える……絵面が容易に想像出来る。
彼女が平常運転だったらしいことに安堵しつつも、相変わらず拍動が五月蝿い。


――少女は、己の“罪”を包み隠さず告白する。


当時、第一回放送を控えたホームには、千夜、穂乃果以外に、ヴィヴィオという少女が居た。
千夜は色々あってサンドイッチに手を付けられず、最初に食べたヴィヴィオが急に血を吐き、苦しみだした。
それに恐怖を感じた千夜は、思わず手元の銃で撃ち殺してしまった――
少女の語った話は、およそまとめればこんなところ。


――同時に、自然と高坂穂乃果の“罪”を明るみに晒した。


酷く目を泳がせる希を他所に、少女は尚も言葉を紡ぐ。


654 : サカサマオツキサマ ◆DGGi/wycYo :2016/07/18(月) 21:50:15 S9m.L3vQ0
「一歩間違えたら、私が先に死んでいた。けれども、私は穂乃果ちゃんのことを恨んでない」

最早希は、千夜の顔など見ていなかった。

「さっき絵里ちゃんから、穂乃果ちゃんの事について色々聞いた。アイドルをいちから……いいえ、ゼロから作り上げるなんて、凄いことだと思う」

「サンドイッチをくれた時、穂乃果ちゃんは笑顔だった。でも、後でもう一度会った時、彼女は笑っていなかった」

自分が銃を持っていたことが判明したのだから当然なのだが、それだけではない。

「穂乃果ちゃんは何を考えていたんだろうって、ずっと考えてた。だって、笑顔で人を殺すなんて普通は出来ないもの」

ヴィヴィオを撃った時も、龍之介を殺した時も、刃牙も、本部も。
誰を殺した時だって、千夜は笑ってなどいない。
ただ、“望まぬ殺人”に、心を締め付けられるばかりだった。

「私と違って、穂乃果ちゃんは覚悟してたんだと思う。お友達のために、自分が優勝して、例えば――みんなを生き返らせたい、って願ったんじゃないかって」

宇治松千夜はもう、何も願わない。
もしココアたちを生き返して木組みの街に戻っても。
きっと、自分から逃げてしまうだろう。

「笑顔の裏で、何度も葛藤したんだと思う。自分が人殺しになることに、凄く抵抗があったと思う。
でも、そこまでしてみんなを守りたいって意思を持てるなんて、私には真似出来ないわ」

だから、穂乃果を恨む資格など、千夜にはない。


「なあ」

乾いた舌を動かし、希が口を開く。

「絵里ちにはまだ、話してないん?」

「……まだ。まだ、言い出せなくて」

「…………」

希は、これ以上受け答えをしなかった。

代わりに、赤いカードを握り締め、

ポルナレフにしたことと、同じように。


高架の上を、電車が通り、耳障りな音を響かせた。






宇治松千夜の語らいには、一つ根本的な勘違いが存在する。

そもそも高坂穂乃果が“優勝を目指す”という考えに至った経緯には、どこにも『μ's』の文字はない。
ただ、ランサー:ディルムッド・オディナによって植えつけられた偽りの愛情が暴走した結果の産物に過ぎないのだ。

とはいえ千夜は、穂乃果のことを“μ'sのためを思って覚悟を決めた”と評した。
己の身にも降りかかった呪いに関しても、一切言及しなかった。
理由は単純、何も聞かされていないから、に尽きる。

もう一つ、大きな不運があったとするなら――





慣れない、まして免許も持っていないバイクを必死の思いで扱い、

セイクリッド・ハートに導かれるままに戻って来た絢瀬絵里が見たものは


「嘘……でしょ…………?」


腹部を突き刺さった肉用ナイフで紅く染めあげ、血まみれで倒れている宇治松千夜と



左手でベレッタを握り、引き金にその指を掛けている、東條希の姿だった。


655 : サカサマオツキサマ ◆DGGi/wycYo :2016/07/18(月) 21:51:19 S9m.L3vQ0

「どうして……?」

理解が追いつかない。何故。
何故、こんなことになっている?


「――――」

希は答えない。
しかし絵里には、『来ないで』と言ったように思えた。


半分ほど、千夜へと意識を傾ける。
クリスが心配そうな無表情で、彼女の周りを浮遊している。
出血量は多いが急所は外れており、アヴァロンを使えばまだ間に合う。

……ここに来てようやく、希たちを心配するあまり神威から鞘を受け取りそびれていたことに気付いた。
きっとセルティが持って帰って来る、そう信じ、絵里は成すべきことを果たそうとする。


「どうして、こんなことをするの」

「っ……」

絵里が一歩踏み出せば、希は一歩後退する。
二歩踏み出せば、二歩後退する。
銃口は、千夜に向けられたまま。

「千夜ちゃんは何も悪いことをしてない。なのに、どうして」

「したんよ」

ドス黒い溶岩の中から、冷めた声を絞り出す。

「この子はな、穂乃果ちゃんを――」


……言葉の続きが、どうしても浮かばない。

穂乃果ちゃんを、どうしたというのだ。
穂乃果は千夜を殺そうとした。しかし、千夜は穂乃果を恨みなどせず、むしろ羨んでいるようにすら思えた。
彼女が穂乃果を殺したのだとしたら、あんな回りくどい物言いはしない。
他の三人のように言い切り、謝ってしまえば後は希次第。

理由を必死で探す。
喉元まで出掛かっているのに、それがどうしても見つからない。

千夜を刺し、邪魔なウサギを跳ね除け、絵里たちの方へ向かったそれが帰って来るまでに、拳銃のカードを奪った。
発砲すればそれで終わりなのに、希はそれが出来なかった。
『殺さなきゃ』と『分からない』の狭間で、引き金を引けずに居た。

何か。何かある筈だ。
自分をここまで駆り立ててしまったものが。



「穂乃果がどうしたっていうのよ……。彼女が穂乃果を殺したとでも言うの?」
「違う! 違うんや……。けど」

否定もむなしく、いつの間にか絵里が懐まで入り込む。

「降ろしてよ」

そっと包み込むように、希の左手に両手を添えた。

「セルティさんが戻ってくれば、千夜ちゃんも、希の右手も治る。
今ならきっと許してくれる。私だって許す。そうしたら、ゆっくり話し合おう?
だから……こんなことはやめてよ」

説得を試みる。

「絵里ち」
「どうしたの?」

絵里の背後で、何かを吐く音と、不思議な音が聞こえる。
千夜が吐血し、クリスがセイクリッドディフェンダーを展開させたのだ。
元の主人の二の舞にはしない、と、クリスはこちらを見つめている。
それは、希の視界にはしっかりと映っていた。

「ウチはな、もう、人を殺してるんよ」

今度こそ千夜を仕留めるため、絵里の手を振りほどこうとする。
しかし、明らかに動揺している筈なのに、絵里はその手に力を込めて、離さない。

「μ'sのためや。ウチにとって、μ'sは」
「大切なのは私だって、穂乃果たちだって同じよ!」

ベレッタを手から引き剥がさんと、絵里は力の込め方を変える。
声からも、必死だということが嫌というほどに分かってしまう。
もはや取っ組み合いの態を成しつつ、二人は叫ぶ。

「こんな方法しかなかったの!?」
「あらへんやろ! 死んでもうた人は戻って来ない。何とかするには優勝するしかない思うた。
ウチはμ'sのために、汚れ役を買って出た! だから――」

だから――


656 : サカサマオツキサマ ◆DGGi/wycYo :2016/07/18(月) 21:52:48 S9m.L3vQ0

ああ、そうだったんや。
やっと、千夜ちゃんに怒った理由が分かった。
認められなかっただけなのか。

みんなには綺麗なままでいて欲しい。
その手を血で染めるのは、ウチだけでいい。

ただ、穂乃果ちゃんが人殺しだと、
ウチ以外のμ'sが人の道を外れているということが、
認められなかったんや。


理由は見つかった。

―――取っ組み合いの末に、偶然。

しかし、

―――絵里の指が引き金にかかり。

それに気付いた時には、

―――多くの命を奪ったベレッタが、再度火を噴く。

あまりにも、

―――銃口は、希に向けられていた。

遅すぎた。


657 : サカサマオツキサマ ◆DGGi/wycYo :2016/07/18(月) 21:56:07 S9m.L3vQ0



セルティが戻って来たのは、銃声の鳴った直後。

神経をすり減らした顔でアヴァロンを引っ手繰った絵里は、
希と千夜を近くに並べ、二人同時にその長い鞘を押し当てる。





焼けるようにおなかが熱い。
許してもらえなかったのだな、とすぐに悟った。

希たちには悪いことをした、と思っている。
けれども、最後の罪を清算するには、これしかないと思っていた。

掠れた視界に、慌しく動くウサギの姿が見える。
そういえば、あんこの世話はお婆ちゃんがすることになるのだろうか。
今はまだまだ元気だけれど、迷惑をかけるのだな、と申し訳ない気持ちになる。

この身体はもう動きそうにない。やり残したことは沢山ある。
チノにも、リゼにも、どこかで眠る幼馴染にも、……親友の胴体にも、会えていない。
私が死んだら、みんなはどう思うだろうか。
こんな人殺し(わたし)でも、悲しんでくれるだろうか。

返ってきた答えは、聞き覚えのある二人の男の声だった。
それを聞いて、宇治松千夜は満足したかのように。

最後に、誰へ向けてか、何に対してさえ分からない「ごめんね」を残して。





動いて。動いてや、ウチの身体。

まだ死にたくはない。
人殺しなのに、随分と身勝手な願いなのは分かっている。
正しく死ねないのも、分かっている。

でも。
こんな死に方は嫌だ。

動いてくれ。
動いてくれれば、絵里ちの言ってたセルティさんが治してくれる。
絵里ちは人殺しにならないで済む。

汚れ役はウチだけでいい。
絵里ちが人殺しの烙印を押される理由なんてない。

だから、まだ、こんなところで、東條希は。

…………ウチはただ、μ'sのために。



―――緑色の満月と、菫色の三日月。

満月は数多くの人を殺し、それでも真正面から向き合った。
三日月は一人を殺し、逃げ続け、やがて満月を殺した。

周囲に守られ、“人間の心”のままでいようとした満月。
守られず、或いは突っぱね、友人たちが“人間の心”のままであることを願った三日月。


どこまでもサカサマな二つの月は、

片や、満ち足りた顔で。片や、満ち足りぬ顔で。

二度目の夜を待たずして、墜ちた。




【宇治松千夜@ご注文はうさぎですか? 死亡】
【東條希@ラブライブ! 死亡】




結論から言うと、アヴァロンをあてられた時点で、二人共息絶えていた。
宇治松千夜は、腹部に刺さったナイフが原因による失血死。
東條希は、その心臓を銃弾に貫かれていた。

それでもクォーターの少女は、鞘を押し当て、呼びかけていた。

お願いだから目を開けて、と。
もう一度声を聞かせて、と。

傍らでは、デュラハンとウサギが、語る口を持てずに立ち尽くす。



 ♪   ♪



とまらない悲しみ とまらない今は


波のように今を 流して――


   ♪


658 : サカサマオツキサマ ◆DGGi/wycYo :2016/07/18(月) 21:57:02 S9m.L3vQ0
【C-3/高架下/一日目・午後】

【絢瀬絵里@ラブライブ!】
[状態]:精神的疲労(極大)、疲労(小)、左肩に鈍痛、髪下し状態、決意
[服装]:音ノ木坂学院の制服
[装備]:無毀なる湖光@Fate/Zero
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(8/10)、青カード(8/10)、最高級うどん玉
    黒カード:エリザベス変身セット@銀魂、タロットカード@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース
    
[思考・行動]
基本方針:皆で脱出。
0:嘘でしょ……なんで…………?

 [備考]
※参戦時期は2期1話の第二回ラブライブ開催を知る前。
※【キルラキル】【銀魂】【魔法少女リリカルなのはVivid】【のんのんびより】【結城友奈は勇者である】の世界観について知りました
※ジャンヌの知り合いの名前とアザゼルが危険なことを覚えました。
※多元世界についてなんとなくですが、理解しました。
※全て遠き理想郷(アヴァロン)の効果に気付きました。
※左肩の怪我は骨は既に治癒しており、今は若干痛い程度になっています。行動に支障はありません。

【セルティ・ストゥルルソン@デュラララ!!】
[状態]:健康、申し訳ない気持ち
[服装]:普段通り
[装備]:ヘルメット@現地調達
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
    黒カード:PDA@デュラララ!! 、宮内ひかげの携帯電話@のんのんびより、イングラムM10(32/32)@現実
[思考・行動]
基本方針:殺し合いからの脱出を狙う
0:北の島に向かい、紅林遊月、ルリグおよび役に立ちそうな人・物・情報を探索。蒼井晶の遺体も回収する。
1:アザゼル……どうしたものか。
2:静雄との合流。
3:縫い目(針目縫)はいずれどうにかする。
4:旦那、か……まあそうだよな……。
5:ラヴァレイに若干の不安。
6:静雄、一体何をやっているんだ……?
7:これは……。
[備考]
※制限により、スーツの耐久力が微量ではありますが低下しています。
 少なくとも、弾丸程度では大きなダメージにはなりません。
※小湊るう子と繭について、アザゼルの仮説を聞きました。
※三好夏凜、アインハルト・ストラトスと情報交換しました。
※チャットの新たな書き込み(発言者:D)にはまだ気付いていません。


[全体備考]
※絵里たちの近くに、V‐MAX@Fate/Zeroが放置されています。
※絵里たちの近くに、セイクリッド・ハート@魔法少女リリカルなのはVividがカードから出た状態でいます。
※銀時、本部、ファバロの残った支給品は、千夜と絵里、神威にそれぞれ分配されています。誰にどのカードが渡っているかは次以降の書き手に任せます。


659 : ◆DGGi/wycYo :2016/07/18(月) 21:57:27 S9m.L3vQ0
投下を終了します


660 : 名無しさん :2016/07/19(火) 00:34:56 zonzwGA60
投下乙です。
神威がDIO討伐に向かうと聞いて。当座の目的を得た夜兎はどうなる?
のんたんと千夜、これまでに通ってきた道が過酷すぎた者同士の邂逅は、絆や決意や覚悟が原因でこういう結果に。
二人を月に例えるあたりが好き。


661 : ◆DGGi/wycYo :2016/07/19(火) 19:41:59 YfBRhaMc0
申し訳ありません 状態表にミスがありました

>>658
【C-3/高架下/一日目・午後】 を
【C-3/高架下/一日目・夕方】 に修正します


662 : 名無しさん :2016/07/25(月) 02:07:41 TghO81lcC
遅くなりましたが投下乙です
同じ友達思いなのにどうしてこうなってしまったのか
残された絵里は辛いだろうけど頑張ってほしい…


663 : ◆WqZH3L6gH6 :2016/08/01(月) 07:30:41 MmT357VwO
仮投下しました。
専用掲示板で確認をお願いします。


664 : ◆WqZH3L6gH6 :2016/08/01(月) 23:24:56 Dr0R5Lzk0
投下します。


665 : ろうたけたるおもい ◆WqZH3L6gH6 :2016/08/01(月) 23:25:43 Dr0R5Lzk0
拾い上げると、それはサングラスをかけた中年男の魂が封じられた白カードであった。


「……桂さん」
「ああ……」


足早に南方を目指していた桂小太郎とコロナ・ティミルが橋を渡ろうとした際。
水面に浮かぶ光るものを発見したのはつい先程。
それは長谷川泰三の白カード。
桂と親交があり、コロナも桂から話に聞いた男。
1回目の放送に名を呼ばれ彼の死を受け入れているが、
いざ死の事実を目の当たりにすると、度合いは異なれど2人ともやるせない気分に陥らざるを得ない。



「どうしますか?」


コロナの問いを聴きながら、桂は周囲を見渡す。
だが長谷川の遺体は容易に見つけられそうにない。


「先を急ごう」


桂は一先ず遺体の捜索を諦めると、カードを懐に仕舞いコロナを促した。
淀んだ気持ちを少しずつ吐き出すかのように、両者は南西の島へ繋がる橋へと走って向かった。



「……カードの絵って固定されているんですかね?」
「……証明写真のように至極普通に写っているから、そうだろう」


白カードは死亡者それぞれの感情をまったく写さない。
参加者の誰々が死んだという証にしかなり得ないように思えた。
実際は各地に点在するパソコンを使えば情報を得られるが2人には知る由もない。


「友奈さんと犬吠埼さんのカードも拾えばよかったですかね……」
「……」

結城友奈と犬吠埼姉妹のカードはそれぞれの遺体の下に置いてきている。
2人は無言になり、並走を続け橋を渡る。
空は赤く染まり始めていた。


666 : ろうたけたるおもい ◆WqZH3L6gH6 :2016/08/01(月) 23:26:14 Dr0R5Lzk0


「どうしたんですか桂さん」

コロナは息を切らせながら問いかけた。
桂は黒カードを変化させたスマートフォン素早く効率よく操作している。
それは斃れた勇者の遺品であるスマートフォンだった。
いま2人がいる場はE-7南西のある民家。
桂の提案で休息を取る事にコロナも異論はなかった。
放送ギリギリで目的地に着くのは避けたかったから。
好奇心もあり彼女は桂が操作するスマートフォンを覗き込た。
彼の慣れた手つきに軽く感動を覚えながら、コロナはある一文を見て声を上げる。


M:『東郷美森は犬吠埼樹を殺害した』


「それは……」
「……騙りかも知れん」


友奈を単独行動へと駆り立てたチャットの一文。
桂も樹の事は聞いているが、あえてそれのみに囚われず、他の記録をチェックしていく。


D:『犬吠埼樹を殺したのはホル・ホース』


「あれ?」
「順番通りならMの後に送信された文だが……」


桂は表情を変えず思考する。


「今は置いておこう。コロナ殿、三番目の文に心当たりはないか?」


R:『義輝と覇王へ。フルール・ド・ラパンとタマはティッピーの小屋へ』


「……はい。覇王はアインハルトさんだと思います」
「単純に捉えるとRはアインハルト殿の協力者と言う事になるな」
「せめて発信者が誰か解ればいいんですが」
「姓か名の頭文字か、あるいは本名か……うむ」
「?」

桂はコロナに顔を向け、スマホを手渡した。


「コロナ殿、発信して確認を取ってくれ」
「え、桂さんの方が」
「いや、もし俺の名からだと確認が取りづらい。下手すれば二つ名でさえ同じになってしまう」
「……解りました、やってみますね」


667 : ろうたけたるおもい ◆WqZH3L6gH6 :2016/08/01(月) 23:27:13 Dr0R5Lzk0
----------------------------------------------------------------------------------------

チャットに書き込みして30分が経った。
新しい書き込みはまだない。


「コロナ殿、このゲームに見覚えは無いか?」
「ウィクロスっていうんですか。ないです」

コロナはスマホの画面に映るカードゲームを見て答える。
まったく心当たりがない。


「そうか……どうしたものか」
「そのゲームが何か?」
「ゲームはこれだけなんだ」
「?。桂さん、遊びたい訳じゃないですよね?」
「……まあそうだが。ゲームを入れるにしてももっと知名度の高いのを入れるべきではと思うのだが」
「……現実逃避でゲームにする人はいてもおかしくないとは思いますが……。そう言えば」

疑問に思うコロナ。
桂はスマホを操作しWIXOSSのゲームの説明を読み、プレイ画面へと進める。
そしてゲームスタートとは別の項目をクリックした。

「ん。ランキングがあるだと?」
「え」

ランキングは得点が表示されるものではなく、どれだけ運営が用意した対戦相手を倒せたかが表示されるものだった。


「……7人か」
「プレイする人が本当にいるなんて」
「プレイヤー名は名無しか……特定できんな」


桂は先のゲームプレイヤーの推理を諦めつつも更に操作を続ける。
やがて画面にプレイヤーキャラにあたるルリグの姿が現れた。
桂は質問するかのように顔をコロナへ向けたが、彼女も首を振って否定。
ルリグの姿は頭にターバンを巻いた、肌の色がダークグレーの、白のレオタードのような衣装を着た少女だった。
それは桂達は知る由もないが、数時間前勇者の力を行使したウリスによく似ている。ルリグはクロという名だった。

「この子はクロ……」
「……何かあるな」
「参加者でこの子を……このゲームを知ってる人はいるんでしょうか……」
「うーむ、いたら手がかりになりそうではあるが」


もし2人が勇者の姿を見ていなければ、注目まではしなかっただろう。
興味を引いた理由の1つはクロの雰囲気が勇者か、あるいは少々繭に通じる幻想的なものがあったからだ。
桂の指が震えた。


668 : ろうたけたるおもい ◆WqZH3L6gH6 :2016/08/01(月) 23:28:21 Dr0R5Lzk0

「…………」
「桂さん」


コロナはプレイをさせないように咎めるように言った。
だがその口調はゲームセンター行きを止めた時のように強くない。


「このゲームは我々参加者への挑戦状だろう」
「……」
「クリアした場合、そのプレイヤーに何が起こるかは解らんが。
 少なくとも殺し合い障害にならない範囲で利益を得られる事はあり得ると思う」
「でも、わたし達は……」

桂は頷く。

「……戦えるだけに我々は戦に集中しなければならん。ゲームに集中できる時間は残念だが今はない」
「……」


戦闘者の役割を忘れていない桂の姿を見て、コロナは思わず視線を落とした。
時間にして18時間未満経過。DIOらとの戦いに敗走を余儀なくされた上に、これまで協力者や仲間も少なからず喪っている。
にも関わらず主催打倒に繋がる情報は現状何一つ得られていない。
今のままではゲームに翻弄され、流されているだけだとコロナは実感していた。
桂は続ける。


「ないが……。例えば戦う事ができない参加者がいたらどうだろう?」
「……!」
「そう、その参加者にゲームクリアを手伝ってもらう。
 我々がクリア報酬を手にできなくてもいい。
 もしあればだが、どのように報酬がプレイヤーに譲渡されるかが大事なんだ。
 上手く行けば、それらを通じて主催の出方や殺し合いを始めた真の目的が見えてくるかも知れん」


669 : ろうたけたるおもい ◆WqZH3L6gH6 :2016/08/01(月) 23:28:56 Dr0R5Lzk0

コロナは桂の説を聴きながら天井を仰ぎ見た。


『――単なる殺し合いが目的では無く、その過程か何かに狙いがあるとそう言いたいのだな?』


そして数時間前の7人いた時の桂達の推理を思い出し、ゲームの事を考える。
アプリWIXOSS。クリアしても直接殺し合いの打開には繋がらないだろう。
だけどコロナ自身も少々なり興味を出せるものをここに来て発見したとなれば。


「わかりました桂さん。もう止めません」
「そうか」


桂は柔らかさを感じる声を上げ、画面を切り替えた。
コロナはそのままプレイをすると思っていただけに少々呆気にとられた。
けど続ける。


「桂さん」
「?」
「後で皐月さん達にそのこと伝えましょうね。他の人にもですけど」
「む」
「こんな状況でゲームを勧めるなんて、普通は不真面目に見られちゃいますから」


----------------------------------------------------------------------------------------

放送まで1時間を切った。
2人はスマホの機能は大体チェックした。
もっとも肝心な機能のも、今。
実体を伴わない花弁が舞う。
緑色の桜の花びらと、どの花とも判別できぬものと。


勇者スマホの力を行使した桂は羽織を着用していた。
その羽織は勇者の戦闘服に酷似している。
それ以外は先程までの服装と容姿のまま。


勇者スマホの力を行使したコロナは、友奈の勇者服と同じデザインのものを着用していた。
ただその色彩はコロナのバトルジャケットと同じ紺色を中心としたものだった。
容姿は髪の色以外に違いはない。その色はアインハルト・ストラトスと同じ緑がかったもの。



「友奈さんの口ぶりだと他の人は変身できなさそうだったのに……」
「……」


戸惑うコロナと若干厳し目の表情をする桂。
黒カードの裏の説明文を見て、疑問に思った2人が試しにと使ってみた結果がこれだ。
コロナは掌を開いては握りを繰りかえす。
2人の感想は多少の違いはあれど共通していた。
未知の力が自らの肉体を増強させていると。


「…………桂さん」
「どうした」

「ちょっと手合わせ願えませんか?」


670 : ろうたけたるおもい ◆WqZH3L6gH6 :2016/08/01(月) 23:29:19 Dr0R5Lzk0

2人は走る。先程と比べ明確に早い速度で。


「魔法は強化されない?」
「ええ、他の能力はかなり強化されてはいるんですが……」


申し訳無さそうにコロナ。
桂はコロナのいう魔法や魔力をあまり理解はできないというか、しきる事はできない。
だが彼女が得意とする技術は勇者の力と同時に扱うのは困難なのは手合わせしたからか理解はできた。


「DIOのような相手と戦っても単独では……」
「僅かな隙を狙われては、か」
「……アインハルトさんならもっと上手く扱えると思うんですが」
「強いんだな」
「……はいっ」


桂のその言葉は自分とアインハルトに向けられたもののように聞こえた。


「……ところで桂さん、神威と針目縫と、あとアザゼルって人と交渉するって本気ですか?」
「奴も、皐月殿から聞いた針目縫も、多分アザゼルという男も性格的に主催に反感を持つのは予想できる
 最悪でも情報交換くらいは可能だろう」
「だけど……」
「可能なら奴らの矛先を主催に向けさせる。それ以上、殺し合いを加速させるつもりはない」
「それは分かるんですけど」


コロナからしてもこれだけゲームが進行しているだけに足止めの意味でも、
対主催戦の準備という意味でも、あえて敵対戦力と部分的に協力するという行動は否定できない。
だが、神威とアザゼルはまだしも針目縫と交渉となると不安が強かった。
コロナも皐月から針目縫に関しての情報を聞いている。
会話は可能だが、交渉は無理な性分だと。
アザゼルに至ってはもっと情報が少なく、どう対応していいかまるで解らない。

勇者の力はコロナ同様に桂の身体能力も強化できている。
だが、その強化はコロナのと比べて明らかに見劣りするもの。
コロナから見て単独で神威やDIOと戦っても勝ち目はないと思えたし、桂も否定はしていない。
彼女の心は不安で占められていた。


「……なに。直接面前に出て会話しようとは思わん」
「え?それなら、いいんですが……」
「それも皐月殿と、放送後になんとか連絡を取ってからするつもりだ」
「解りました」


一先ずコロナは安心した。



「まあこの力、充分使いこなせなくとも移動には便利だろう」
「……ですね」

たなびく桂の長髪を見ながら、ようやくコロナは笑った。


671 : ろうたけたるおもい ◆WqZH3L6gH6 :2016/08/01(月) 23:30:56 Dr0R5Lzk0
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【F-7/万事屋銀ちゃん付近/一日目・夕方】

【桂小太郎@銀魂】
[状態]:胴体にダメージ(小) 、勇者に変身して移動中
[服装]:いつも通りの袴姿
[装備]:風or樹のスマートフォン@結城友奈は勇者である
    晴嵐@魔法少女リリカルなのはVivid
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(17/20)、青カード(17/20)
    黒カード:鎖分銅@ラブライブ!、鎮痛剤(錠剤。残り10分の9)、抗生物質(軟膏。残り10分の9)
    長谷川泰三の白カード
[思考・行動]
基本方針:繭を倒し、殺し合いを終結させる
1:万事屋へと向かう。
2:コロナと行動。まずは彼女の友人を探し、できれば神楽と合流したい。
3:神威、並びに殺し合いに乗った参加者や危険人物へはその都度適切な対処をしていく。
  殺し合いの進行がなされないと判断できれば交渉も視野に入れる。用心はする。
4:スマホアプリWIXOSSのゲームをクリアできる人材、及びWIXOSSについての(主にクロ)情報を入手したい。
5:金髪の女(セイバー)に警戒
[備考]
※【キルラキル】【ラブライブ!】【魔法少女リリカルなのはVivid】【のんのんびより】【結城友奈は勇者である】の世界観について知りました
※ジャンヌの知り合いの名前とアザゼルが危険なことを覚えました。
※金髪の女(セイバー)とDIOが同盟を結んだ可能性について考察しました。
※勇者に変身した場合は風か樹の勇者服を模した羽織を着用します。他に外見に変化はありません。
 変身の際の花弁は不定形です。強化の度合いはコロナと比べ低めです。


【コロナ・ティミル@魔法少女リリカルなのはVivid】
[状態]:胴体にダメージ(小) 、勇者に変身して移動中
[服装]:制服
[装備]:友奈のスマートフォン@結城友奈は勇者である
    ブランゼル@魔法少女リリカルなのはVivid 、
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(16/20)、青カード(17/20)
     黒カード:トランシーバー(B)@現実
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを終わらせたい。
1:みんなの知り合いの話をしたい。
2:桂さんと行動。アインハルトさんを探す
3:桂さんのフォローをする
4:金髪の女の人(セイバー)へ警戒
[備考]
※参戦時期は少なくともアインハルト戦終了以後です。
※【キルラキル】【ラブライブ!】【魔法少女リリカルなのはVivid】【のんのんびより】【結城友奈は勇者である】の世界観について知りました
※ジャンヌの知り合いの名前とアザゼルが危険なことを覚えました。
※金髪の女(セイバー)とDIOが同盟を結んだ可能性について考察しました。
※勇者に変身した場合は友奈の勇者服が紺色に変化したものを着用します。
 髪の色と変身の際の桜の花弁が薄緑に変化します。魔力と魔法技術は強化されません。


[全体備考]
※結城友奈、犬吠崎風の死体の周辺に散らばっていた黒カードは回収されました。
桂及び皐月・れんげの所持するスマホが風か樹のどちらであるかは次以降の書き手に任せます。
※勇者スマホにアプリゲームWIXOSSがインストールされています。内容は折原臨也のスマホのと同一です。
※桂とコロナが少しばかり模擬戦をしました。
※友奈か風か樹のスマホでチャットに書き込みをしました。
 内容は次回以降の書き手さんにお任せします。


672 : ◆WqZH3L6gH6 :2016/08/01(月) 23:31:37 Dr0R5Lzk0
投下終了です。


673 : 名無しさん :2016/08/05(金) 00:09:00 JnUNdcRY0
仮投下スレで第三回放送案を募集中です。
詳しくはこちらを
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/17204/1436887323/736-


674 : 名無しさん :2016/08/20(土) 20:36:15 w0ir4/eY0
明日の0時から予約解禁予定です
予約は予約スレから
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/17204/1438091062/


675 : 名無しさん :2016/08/20(土) 21:10:37 w0ir4/eY0
>>674
明後日(22日)の00:00予約解禁に変更になりました


676 : ◆WqZH3L6gH6 :2016/08/21(日) 10:10:33 CwE4toXI0
今から第三回放送を投下します。


677 : 第三回放送 -あの思いは漂着- ◆WqZH3L6gH6 :2016/08/21(日) 10:11:51 CwE4toXI0
朧気な少女――繭は素足のまま白き砦の中を歩き、時折口元に笑みを浮かべながら思い出し考える。
彼女の殺し合いの第一回放送より少し前、第二回放送より少し前と同じく死んでいった参加者の事を考える。


魔術師殺しは愚かだった。
参加者の中でも最強格の怪物相手にあれだけ渡り合える底力がありながら、
自らの悪謀に足元を掬われ、情けない痕跡を残すのみの最期を遂げたのだから。
その上、優秀な支給品に分類されるWIXOSSルリグデッキ『ブルーリクエスト』を
自らの好悪から持て余してしまうとは。
ルリグに与えた力に興味を持ち、どう立ち回るか少々注目していただけに拍子抜けだ。
正義の暗示を持つルリグを引き当てておいてあの様だとは。あの願いを持っていて……嗤う。


車椅子の勇者は油断が過ぎた。
想定した通りの動きを見せ、途中までプレイヤーとして期待以上の働きを見せていたのにも関わらず
一度の油断から力を奪われ、強奪者に対しまともな抵抗もできないまま、セレクターに引き摺られ、
呆気ない最期を向かえたのだから。
もし優勝に積極的なプレイヤーらしく、黒カードをよく確認しカード裏の説明の意味を理解できていれば、
もう少し有利に動けただろうに。
とはいえ彼女はよかった。特に力を奪われてからの焦りはこちらにも伝わり、心地よく心に響いた。
今際に銀の勇者に対し何も言い残さなかったのはちょっと不満だったけれど。


ゾンビの魔法少女は不運だった。
同行者に恵まれず、同行者を全て喪った後に親愛の情を抱いていた騎士の躯を見つけてしまったのだから。
彼女も焦りに支配されず所持カードを念入りに調べていれば、あの最期は回避できていたに違いない。
とはいえ、どこか達観していてつまらなそうだった彼女が必死になる様はそれはそれで良かった。
それに彼女の体質は一参加者として見たら懸念があっただけに、不具合が生じ参加者にそれを見られる事がなかったのは
こちらにとって少しばかり幸いだった。


桃色の勇者は無力なはずだった。
彼女は優秀なプレイヤーとなった二勇者とは逆の、無能なゲーム破壊希望者として想定していた通りの動きを見せ、
こちらはおろか、プレイヤーに対してもほとんどダメージを与えることなく、何も成せずに死んだと思えた。
なのにどういう訳か、優秀なプレイヤーのひとりを自死に追いやる程の影響を与えていた。
彼女の本意ではないにしろ、残った黒カードの行方を考えればこちらにとっては望まない結末だった。
それにあの戦いはどこか違和感を感じた。調べる必要があるかも知れない。


元隻眼の勇者、魔王ゴールデンウインドはサプライズの塊だった。
彼女は車椅子の勇者と違って、当初は積極的なプレイヤーになるのは期待していなかった。
だけどいざ蓋を開けてみれば、プレイヤーになってからの働きはこちらの予想をはるかに超えたもの。
彼女の妹の死の影響は実にこちらに有利に働いていてくれている。
悪魔化の薬を使った事も含め、大半の参加者とは別の意味で有意義な存在であった。
もっとも桃色の勇者を殺した直後自ら命を絶った事を除いてだが。


覇王はちょっと力の強い反ゲーム派の一人として、ただ殺されて終わると思っていた。
武術家にも関わらず彼女の嘆き、苦悩は大半のセレクターと同質のもの。
意外ではあったが、それだけに嫌いでは決してなかった。
最初の放送で暴走したのもプラス材料。いいカードになっているだろう。


678 : 第三回放送 -あの思いは漂着- ◆WqZH3L6gH6 :2016/08/21(日) 10:13:04 CwE4toXI0
ピットファイターも不運であった。
支給品に恵まれず、目標を早々に喪った影響が、彼にとってマイナスに働いていたのは間違いないだろう。
にも関わらず彼はゲーム進行によく貢献してくれた。彼もまた良かった。


夜兎の少女は面白くない意味で滑稽だった。
兄と和解できたと勘違いして満足気に逝ったのだから。
友人の死を知る事がなかった事もあり、面白みのある参加者ではなかった。


柔術家は最後まで道化だった。
修業によって付いたらしい過剰な自信が徐々に確実に突き崩され、否定される様は
セレクターの苦悩を見ているのと同様こちらから見て痛快そのもの。
ただ、予想外の動きをした時は面白くなく、素直に良いと思える参加者ではなかった。


アフロ男は拙速に過ぎた。
あの緑のルリグの急かしに完全に流されなければ、あんな最期は避けられたのに。
追跡するにしてもゾンビの少女の遺品くらいは回収すると思っていたのに。
賢い男だと思えていたけれど、結局は初見通りのばかだったのだろう。


白夜叉と皇帝のスタンド使いは力尽き、斃れただけ。
彼らの行動と感情は最初から最後まで、出した結果を含めてもこちらを楽しませる類のものでは決してなかった。
殺し合いではなく、ただの人間観察として見れば人によっては面白かっただろうけど。
どの道死んだ以上、これ以上思い馳せることはない。できれば忘れていたい男達。


甘味屋の弱い方は命を無駄に捨てた。
あれだけ柔術家が身も心も削って守ろうとしていたのに関わらず。
でもあそこで死んでくれたのはこちらにとって好都合。
反ゲーム派の回復役が一人いなくなってくれたのだから。
イレギュラーのセイクリッド・ハートに対し調査できる余地も生まれた。


あのアイドル巫女も不運だった。死ななかったら反ゲーム派内に混乱が広がっていたのに。
彼女は非力だったけど、こちらにとって非常に都合のいいプレイヤーだった。最後の最後まで。
友達を見捨てた時、開き直れば良かったのに。実に残念。


「ふふ」


死んだ参加者を一通りに思い出した繭は上機嫌で目的の部屋に向かう。


「……」


今、繭の心に湧き出る感情は他者の不幸を喜ぶ愉悦ばかりではない。
愉悦とは真逆の特定の参加者に対する不快な感情も
そして彼女もよく分からない得体の知れない感情もあった。
だが、それらは繭の喜びを上回るものではない。
故に繭はこのゲームを止めるつもりはない。
憂さ晴らしをし、生を謳歌できるようにする為に。


679 : 第三回放送 -あの思いは漂着- ◆WqZH3L6gH6 :2016/08/21(日) 10:14:10 CwE4toXI0
繭は顔を少し上げた。視線の先は開いた窓一つ。
彼女は立ち止まる。ゲームの一場面を鑑賞する為に。



「あら?」


その声は驚きと興味に彩られていて。
-------------------------------------------------------------------------------------------------


白い部屋と多数の大きな窓に覆われた部屋。
朧気な少女――繭は頭上に浮かぶ巨大な時計を見上げていた。
午後5時59分。舞台となる会場の上空の陽は殆ど落ちており、夕日は端っこで消えかけの炎のようになっている。
陽光に弱い人外どももこれなら外出が可能だろう。
そして繭が主軸となり回っているゲームはいよいよ佳境に入った。
今しがた一人が命を落とし、場合によっては5名以上の死者を出すであろう集団戦が舞台の南方で起ころうとしている。
楽しみだ。懸念は定時放送中に決着が着いてしまう場合くらいであろう。
繭の口端がわずかにつり上がっていた。


「……」


うさぎ小屋の少女は迂闊だった。
もっともあの場で殺されなくても、あの不安定な状態だとそう遠くない時期に命を落としていただろう。
協力者いわく元より最弱クラスの参加者。生きていても大して影響はなかったと思える。
毒にも薬にもなれなかった、そんなちょっと面白い程度の参加者だったと繭は位置づけた。


繭は放送を開始した。


『今晩は。三回目の定時放送の時間よ
 忙しい子もいるでしょうけど、最低でも名簿と禁止エリアの確認はしておいた方がいいわよ。
 繭、つまらない結末は見たくはないもの。
 まずは禁止エリアの発表よ』


【B-7】
【C-3】
【G-7】


『午後9時になったら、今言ったエリアは禁止エリアになるわ。
 エリア内に留まっている子は時間までに離れなさい。
 それから、自分の支給品確認はきちんとやっておいた方がいいわよ。
 あと時間が来るまでに禁止エリア予定地を調べてみるのもいいかもね。
 思わぬ所で得るものがあるかも知れないのだから。
 これは繭からのアドバイスよ。
 次は死んでしまった参加者の発表を始めるわよ』

749 :第三回放送 -あの思いは漂着- ◆WqZH3L6gH6:2016/08/20(土) 17:28:29 ID:TNaq16Tg0
【衛宮切嗣】
【東郷美森】
【リタ】
【結城友奈】
【犬吠埼風】
【アインハルト・ストラトス】
【ジャック・ハンマー】
【神楽】
【本部以蔵】
【ファバロ・レオーネ】
【坂田銀時】
【ホル・ホース】
【宇治松千夜】
【東條希】
【香風智乃】


『全部で15人よ、15人。残り24人。
 ふふ……ここまでやる気があるなんて驚いたわ。今夜中にも決着がつきそうよね。
 でもね、もし長引いて決着がタイムリミット寸前になったとしても、
 優勝した子にはちゃんとご褒美を上げるから心配しないで。
 次は正子――午前0時に放送を始めるわ。また放送が聞けるといいわね』




放送が終わった。


「……」


繭は一息をつくと、椅子状になった窪みに腰を下ろし考える。
放送一時間前に協力者の一人から提案された繭自らによる黒カードの確認と白カードの確認。
繭は遅くとも優勝者が決まる瞬間までに、カードに封じられた参加者の魂を手元に集めなければならない。
でなければゲーム終了後、予定していた取っておきの遊びができなくなる。それではつまらない。

黒カードに関しては自分の力がちゃんと支給品に影響を及ぼしているかの確認である。
黒カードは参加者への枷である腕輪と白カードと比べて、仕様上及んでいる力は少ない。
だが、それでも強弱に関係なく意思持ち支給品の自由を奪う事には成功している。
ただひとつ、高町ヴィヴィオの支給品でパートナーであったセイクリッド・ハートを除いて。

繭は参加者の意思と力が及ばない範囲での支給品の自律行動はできないようにしている。
なのにあのデバイスは単独で助けを呼び、つかの間だが宇治松千夜の救命に成功していた。
千夜がどう転ぶか解らなかった事もあり、これまであえて介入はしなかったが。
さらに枷を外す意思持ち支給品が出てくるか解らない今、参加者への干渉を極力避けつつ
何とか原因を調査する必要があるだろう。
自意識はなくとも、能力制限が解除されると厄介な支給品もある。


そして腕輪と白カード。
腕輪については第一回放送前にある懸念が生じたが、今は放置していいだろう。
あれから何の変化もない。


680 : 第三回放送 -あの思いは漂着- ◆WqZH3L6gH6 :2016/08/21(日) 10:16:07 CwE4toXI0

白カードについて気がかりが2つある。
1つは開始時に見せしめとしたアーミラの白カードが、会場のどこかに落ちて行方が解らなくなっている事。
もう1つは魂喰いとやらを行ったキャスターの白カードの詳細。

アーミラの白カードは今は無くても、今後特に大きな影響はないが、こちらにあって困るものでもない。
形式上非参加者である彼女の白カードは回収するに躊躇する理由はない。捜索は協力者に頼むか。

そしてキャスターの魂喰い。協力者の一人からどういうものか聞いている。
そうなってしまったものだったら諦めるしかないが、キャスターが死んだ後も聞いた通りのままだと困る。
死んだ参加者は生前の強弱経歴に関わらず、等しく非力な魂になって封印されなければいけないから。
よって同化とやらをされた魂2つの有無と、自らの能力の欠点を知る為にもできるだけ早く調べておきたい。
だが、当のカードは参加者の一人が所持している。
よりにもよってこちらの秘密の幾つかを知る、反ゲーム派のセレクター 小湊るう子が。


繭は少々のイレギュラーは覚悟していたが、シロが支給品にされたことも含め、
これだけ積み重なると何もせず放置する訳にも行かない。
密かに手を打つか、臨時放送でもするか。もしくは……。


「……まあ、9時を回ってからでいいわよね」


3つの区域が禁止エリアとなり、南方での大戦の決着が付いていると想定される時間帯。
強豪を含め消耗した参加者が多数になった状況なら、隙がある。


「……」



繭は歩く。協力者たち、ヒース・オスロらの元へ。



「……クロの」


それはシロと対になる原初のルリグの名前。
繭は自らの長髪を手で撫で、髪の色を見た。


「……クロがそののままで、シロもシロのままでいてくれればよかったのだけど……」


髪の色は昔と違って薄緑。足取りは重い。
寝たきりだった頃よりはずっとましだけれど、身体はまた健全とまではいかないようだ。
能力とバハムート無しで敵対者と遭ったらと思うと寒気がしてしまう。


「早く健康になりたいのに、あの人は……。あんなことを……!」


681 : 第三回放送 -あの思いは漂着- ◆WqZH3L6gH6 :2016/08/21(日) 10:17:10 CwE4toXI0
やや強く踏みしめる。
ほとんど力が入ってないはずなのに地面が一部陥没した。それは繭の異能がなせる現象。
そしてこれは協力者に対する不満の表れ。でも強く叩くようなことは考えていない。

繭の今の身体と増強された異能はヒース・オスロの協力があってこそのもの。
恩義もあるが、生き続ける為にも彼の存在は必要。
このまま時間が経ち、健康になるまでは。
そう奮い立たせ、繭は不満と未練を打ち切り、さらにそれを強調するかのように呟く。


「あのシロはタマ、クロはユキ……。
 わたしの分身で大事で必要な子達だけど、わたしの知るシロとクロじゃないもの」


ヒース・オスロと会ってから、しばらくして繭の知るシロとクロは消えてしまった。
繭は最初こそ小さい喪失感を覚えるのみだったが、日に日にその思いは強くなり、
やがて行動に支障が出るほどの大きなものとなった。
それは協力者の一人の提案が実行されるまで続いた。


「でもいいの。わたしの目に届く所で居続けてくれれば、それで」


その提案は別のシロとクロを攫ってくる事。
繭はそれで自らの欠落を埋められるか不安だったが、杞憂だったようだ。
ここに原初のルリグがこの世界に連れられた時、繭の欠落感はほぼ消えていた。
それどころか2人のルリグの記憶も一部流れ込んできたくらいだ。
もっともそれは現状ゲーム開催への少々の助力にしかなっていないが。


「ねえ……もうひとりの繭……。あなたはいまどうしてるの?」


その呟きは別の繭に問たものではなく、行方を知ろうとするものでもなく。
自虐を込めた、別の自分への哀れみの言葉。
繭は1枚のカードを出す。ドラゴンの寝顔を写している、バハムートのカードを。
繭がカードを凝視する。ドラゴンの両眼が開き、繭は黒い巨大な物体に包まれる。
それは実体を伴わないドラゴンの肉体。
しかしそれは幻影ではない。もし仮にここに繭以外の誰かがいれば感じ取れるだろう。
トップクラスのプレイヤーからも絶大と認識されるだろう、力を。


「いい子ね……。もう少ししたら出られるからね。それまで辛抱よ……」


繭は実体の無いドラゴンの体を撫でた。
バハムートはどこか満足気に顔を歪ませるとカードへと戻った。
万が一、敵対者がここに入り込んでもこれなら……。
繭は薄く笑う。

「わたしはね、呪いながらしあわせになるの。
 むかしのシロとクロが消えてしまった代わりに動けるようになった、このわたしで。
 バハムートといっしょにねえ」

そして――


682 : ◆WqZH3L6gH6 :2016/08/21(日) 10:20:53 CwE4toXI0
投下終了です。
>>679の749 :〜の行はコピペミスですので収録の際は消して下さい。


683 : 名無しさん :2016/08/22(月) 12:52:11 GEp7EHzIO
投下乙
死んでいった参加者がこういう形で触れられたのが何かうれしい
まさか銀さんとホル・ホースが並び立つとは
そして禁止エリア化で追い立てられるエリチカセルティ、DIOヴァニラがんばれ


684 : ◆KKELIaaFJU :2016/08/24(水) 23:39:28 W1kOow5o0
投下します。


685 : LONELIEST BABY  ◆KKELIaaFJU :2016/08/24(水) 23:40:00 W1kOow5o0



『ねぇ、絵里ち、知っとる? 『夢』っちゅうのは『呪い』と同じ……らしいんやて』



『? どういうこと?』
『その『呪い』を解くには『夢』を叶えなきゃならないねんって……
 で、途中で諦めた人は、ずーーっと呪われたままなんやって』

 いつだっただろうか。
 いつかの帰り道。
 練習帰りにみんなで帰った帰り道。
 そんな他愛の無い会話をした気がする。

『……ねえ、希、私が昔バレエを諦めたって知ってるわよね?』
『はは、ごめんな……でも、今は新しい夢見つかったやろ?』
『まあね……で、そんなことを言うんだったら、希にもあるんでしょ、夢が教えなさいよ』
『それは……』
『それは?』


『な・い・しょ・やで』
『なによ、それ……』

 いつもの冗談のように2人笑っていた。
 その先には7人の少女たちがいた。
 1人は振り返り、こっちに向かって手を振っている。
 ふと、空を見上げる。
 その先には光る一番星。
 2人は同じ星を見ていた。
 
『……いつか、いつか叶うといいわね、希の夢』
『叶うよ、だってこの『9人』が『ここ』にこうしておるんやから』

 そう、この9人だったら……
 きっとどこまでだって行ける。
 どこへでだって行ける。

 そう、信じて疑わなかった。

 そんな日々にはもう戻れない。



 もし『夢』を持つこと自体が『呪い』だと言うならば……

 

 きっと――彼女は呪われてしまったのだろう。
 


 ◆  ◆  ◆


686 : LONELIEST BABY  ◆KKELIaaFJU :2016/08/24(水) 23:40:55 W1kOow5o0



 動かなくなった少女が二人。
 鞘を持って、それを必死に押し当てる少女が一人。
 その横をウサギが右往左往し続ける。

(……どう接したらいい……)

 セルティは悩む。
 今のこの状況を受け入れようとすればするほど……。
 思考はどんどん底が見えない深みにハマっていく。

 絵里に外傷は全くない。
 先程までの細かな傷も治っている。
 だが、それ以上に心に負ってしまったはあまりにも深い。
 身体の傷は癒せても、心の傷までは癒してはくれない。
 その心の傷はあまりにも深く簡単には癒えそうにない。

(しかし、それ以上に……)

 先程から絵里の表情が全く見えない。
 
「……本当、自分のことばかりで周りが見えてなくて……」

 声が震えている。

「……不器用なのはわかってる……」

 声が掠れている。

「……けど! こんなの……」

 掠れている声を更に荒げる。
 だが、返事は誰からも帰ってこない。
 
「……こんなのあんまりじゃない……!」

 もう感情でしか喋っていない。
 そこに賢さもなにもない。
 ただ少女がその思いの丈をぶちまけているだけだ。
 
「お願いだから……目を覚ましてよ……希……」

 だが、もう何も戻ってこない。
 思えば、あの時もそうだったかもしれない。

「……この鞘に癒す力があると分かってたら……きっと園原さんだって……!」
(!?)


687 : LONELIEST BABY  ◆KKELIaaFJU :2016/08/24(水) 23:42:12 W1kOow5o0

 セルティにとって思いがけない名前が絵里の口から聞こえた。
 絵里から話を聞こうにも、今のこの状況では……
 手持ちのPDAを見せても恐らくは絵里の目には写らないかもしれない。
 
 しかし、先ほど何故絵里が『DIO』の名前を出したのか、なんとなく察した。 
 ホル・ホースから聞いたホル・ホースの知り合いに絵里の名前は出なかった。
 だが、絵里は『DIO』を知っている。
 つまり…… 

 『園原杏里はDIOに殺された』

 そう、セルティはそう結論付けた。
 が、あくまでもセルティの推測であり、真相かどうかは今は絵里しかわからない。
 それを聞こうにも今、絵里は近くにいるセルティも、自分の近くのクリスも見ていない。
 絵里が見ているのは動かない少女、二人だけ。

(辺りが暗くなってきたな)
 
 気付けば陽が西に沈み、夕方は終わっていた。
 周辺はすでに薄暗くなっており、セルティはPDAの時計を見る。
 もうすぐ三回目のあの声が聞こえてくる。


『今晩は。三回目の定時放送の時間よ』


 定刻通りにあの少女の―――繭の声が聞こえてきた。
 1秒単位の誤差なく時間、文字通り時間通りに。
 その声を聞き、絵里の手が止まる。

 二人と一匹が静かに放送を聴く。
 発表された禁止エリアに含まれていた。
 移動を余儀無くされたという結果を突きつけられた。

『次は死んでしまった参加者の発表を始めるわよ』


688 : LONELIEST BABY  ◆KKELIaaFJU :2016/08/24(水) 23:42:59 W1kOow5o0

 ビクン、と大きく絵里の身体が揺れた。
 そんなものを聞きたくはなかった。
 聞いてしまえば……きっと。
 
『【東郷美森】』

 既に知っていたセルティ。
 しかし、絵里の顔色が若干変わった。
 彼女のことは友奈から聞いていた。
 友奈の仲間で、友奈の大切な―――

『【結城友奈】
 【犬吠埼風】』

「え…………?」

 絵里の消えそうな声が木霊したような気がした。
 それをセルティは聞き逃さなかった。
 また会えると信じていたその勇者はもう二度と会えない。
 しかし、少女によって呼ばれる名前は増え続ける。

『【神楽】
 【本部以蔵】
 【ファバロ・レオーネ】
 【坂田銀時】』

 呼ばれると分かっていた。
 だが、いざ突きつけられると……。
 手で心臓を握りつぶされるような痛みが胸にこみ上げた。
 また涙がこみ上げそうになる……。
 
『【アインハルト・ストラトス】』

 その名前に二人と一匹が三者三様の反応を示す。
 一人、ここで出会った少女。
 一人、出会った仲間に聞いていた信頼できる子
 一匹、元のマスターの親友。

『【ホル・ホース】』

(……ホル・ホース……)
 
 最初にセルティと出会ったあの男。
 セルティを旦那と慕ったあのどこか憎めないカウボーイ。
 セルティは静かにその死を悲しんだ。 

 そして……

『【宇治松千夜】
 【東條希】』

 ポトリ、と手に持った鞘(アヴァロン)を落とした。
 救えたかもしれない二つの命が、また絵里の目の前でこぼれ落ちた。

 放送が終わり。
 呼ばれた名前は全部で15。
 今までと合わせて46。
 残りの参加者は24。


689 : LONELIEST BABY  ◆KKELIaaFJU :2016/08/24(水) 23:43:49 W1kOow5o0

 放送を聞いた直後から絵里はその場で動けなかった。

 たった17年の人生でここまで思いは味わったことはない。
 挫折したことは何度かあった。
 それでも、また立ち上がって前に進んでいった。
 共に一緒に進んでいく人達がいたから。 

 
 だが、今は何もかもが違う。


 視界が霞む。
 嗚咽感がする。
 ここで倒れて楽になってしまいたい。
 だが、絶対に倒れてはならない。
 理性と感情が噛み合わない。
 頭の中がぐるぐると目まぐるしいまでに回り続ける。
 精神が焼き切れそうなくらいに擦り切れそうになる。
 
 泣きたかった。
 泣きたくて。
 泣きたくて……
 
 しかし、もう涙は流れなかった。

「……セルティさん、ここが禁止エリアになったのね……」
『そうだ』
「……いかない、と……」
(?)

 絵里の手には二人の白カードが握られている。
 それだけではない。
 坂田銀時の……。
 本部以蔵の……。
 ファバロ・リオーネの……。
 白カードもあった。
 絵里は闘技場でこっそり回収していたのだ。
 
「私が……背負っていかないと……
 友奈ちゃんの分も……
 ファバロさんの分も……
 本部さんの分も……
 銀さんの分も……
 宇治松さんの分も……
 穂乃果の、にこの、ことりの分も……
 希の分だって……私が皆の『全部』を背負って前に進んでいかないと……」

 『めげたい。投げたい。つらいつらい』
 そう、口に出して楽になってしまいたい。
 そのことを言ってしまえば、自分を何も保てなくなる。
 
 『思い』が『呪い』に変わった時。
 少女の目には碧い目に灯ったのは今にも消えそうな光。
 その決意は少女一人が背負うにはあまりにも大きく重もすぎる。
 それは『責任感』があるという言葉で簡単には言い表せない。

「だから、今、私は止まっちゃダメなの……!
 思考まで止めてしまったら……それでこそ私はただの人だから……」

 少女は止まらない。
 胸のブレーキはもういらない。
 どこまでいけるのか分からない。
 もう前に進んで行くしかない。

「……放送局へ、早く行かないと……。
 鬼龍院さんやれんげちゃん、コロナちゃん、桂さんが待ってるかもしれないから……」
『絵里ちゃん、その人たちは一体……?』
「信頼できる人達よ……もしかしたら放送局に着いたかもしれないから……」

 彼女たち四人は放送で呼ばれなかった。
 もしかしたら、すでに待っているかもしれない。
 絵里は一縷の望みを託して、放送局に向かおうとする。


690 : LONELIEST BABY  ◆KKELIaaFJU :2016/08/24(水) 23:44:18 W1kOow5o0

『待つんだ、絵里ちゃん。私も放送局に行く』

 アフロの男――ファバロ・リオーネが持っていた黒カード。
 そこにウィクロスのデッキがあったのが幸いだった。
 放送局に戻る口実は十分に足りる……かもしれない。

(アザゼルがいるからな、今の絵里ちゃんを一人で行かせるわけにいかんだろう)

 そちらの方がどちらかといえば重要である。
 
「そうですか……よろしくお願いします、セルティさん」

 絵里は二つ返事だった。
 出発の準備を進めていく。
 二人が持っていたカードを全部回収していく。 
 出来れば二人の遺体をちゃんと埋葬してあげたかった。
 
 そこで絵里は黒カードからタロットカードを取り出す。
 それをもう動かない希の体の傍に供える。
 彼女が好きだった占いの道具『タロットカード』を。

(ここなら二人の身体は……これ以上酷いことにならないわよね……
 ごめんね、希……どんなに謝ってももう戻ってこないのは分かっているわ……
 けれども、貴女が犯した罪も貴女を殺してしまった罪も私が全部背負っていくから)

 それを決して言葉にはしない。

 そして、二人を乗せたマシン(V‐MAX)は風を切り出発した。

 …

 ……

 ………

 一陣の風が吹いた。

 少女に供えられたタロットカードが飛んだ。

 宙に舞うタロットカード22枚のカード。

 風が止み、表になったカードはそのうちのたった二枚だった。
 それ以外は全部裏返し。

 表になったカード、一枚は『月』が描かれたカード。
 
 もう一枚には――『死神』が描かれていた。

 

 ◆  ◆  ◆


691 : LONELIEST BABY  ◆KKELIaaFJU :2016/08/24(水) 23:44:47 W1kOow5o0
 

 運転するセルティはヘルメットを付ける。
 後部座席に座る絵里はヘルメットを付けていない、
 風に絵里の金色の髪が靡き続けている。
 

 黄金疾走……ではない、決して。
 

 そして、ちょうどC-2とC-3の境目に差し掛かった時であった。
 運転していたセルティは何かを発見した。

 倒れているのは少女。
 その近くには千切れた右腕。
 
 これはあまりにも凄惨な死体は絵里には見せられない。
 そう判断したのでアクセルを爆速で回す。

 
 だが、その移動中、絵里は少し別のことを考えていた。

(なんでセルティさんはヘルメットをずっと付けたままのだろうか?)
 
 怪しい。
 優しい人であるがちょっと怪しい。
 PDAを使って意思疎通は出来ている。
 
 放送局に着いたら、ちゃんと聞く。
 どんな答えが返ってこようとちゃんと聞く。
 それが例え彼女が苦手な―――のようなものあっても。

【C-2//一日目・夜】

【絢瀬絵里@ラブライブ!】
[状態]:精神的疲労(超極大)、髪下し状態、決意
[服装]:音ノ木坂学院の制服
[装備]:アヴァロン@Fate/Zero 、無毀なる湖光@Fate/Zero、
    セイクリッド・ハート@魔法少女リリカルなのはVivid    
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(24/30)、青カード(21/30)、最高級うどん玉
    黒カード:エリザベス変身セット@銀魂、ベレッタM92&ベレッタ92予備弾倉@現実、
         盗聴器@現実、ヴィマーナ@Fate/Zero(使用可能)、不明支給品1〜2枚(うち最低1枚は武器)
         その他不明(坂田銀時、本部以蔵、ファバロ・リオーネの持っていた赤カード、青カード黒カードの内神威に渡したもの以外全て)
    白カード:坂田銀時、本部以蔵、ファバロ・リオーネ、東條希、宇治松千夜
    その他不明
[思考・行動]
基本方針:皆で脱出。
0:全てを背負って前に進む
1:放送局に向かう
 [備考]
※参戦時期は2期1話の第二回ラブライブ開催を知る前。
※【キルラキル】【銀魂】【魔法少女リリカルなのはVivid】【のんのんびより】【結城友奈は勇者である】の世界観について知りました
※ジャンヌの知り合いの名前とアザゼルが危険なことを覚えました。
※多元世界についてなんとなくですが、理解しました。
※全て遠き理想郷(アヴァロン)の効果に気付きました。
※左肩の怪我は骨は既に治癒しており、今は若干痛い程度になっています。行動に支障はありません。
※セルティがデュラハンであることに気づいていません。


【セルティ・ストゥルルソン@デュラララ!!】
[状態]:健康、申し訳ない気持ち
[服装]:普段通り
[装備]:V‐MAX@Fate/Zero、ヘルメット@現地調達
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
    黒カード:PDA@デュラララ!! 、宮内ひかげの携帯電話@のんのんびより、イングラムM10(32/32)@現実
         グリーンワナ(緑子のカードデッキ)@selector infected WIXOSS
[思考・行動]
基本方針:殺し合いからの脱出を狙う
0:絵里と放送局に向かう
1:アザゼル……どうしたものか。
2:静雄との合流。
3:縫い目(針目縫)はいずれどうにかする。
4:旦那、か……まあそうだよな……。
5:ラヴァレイに若干の不安。
6:静雄、一体何をやっているんだ……?
7:杏里ちゃんを殺したのはDIO……? (絵里ちゃんが落ち着いたら話をしたいが今は……)
[備考]
※制限により、スーツの耐久力が微量ではありますが低下しています。
 少なくとも、弾丸程度では大きなダメージにはなりません。
※小湊るう子と繭について、アザゼルの仮説を聞きました。
※三好夏凜、アインハルト・ストラトスと情報交換しました。
※チャットの新たな書き込み(発言者:D)にはまだ気付いていません。


692 : ◆KKELIaaFJU :2016/08/24(水) 23:45:34 W1kOow5o0
投下終了です。


693 : 名無しさん :2016/08/24(水) 23:55:10 GE4CBs5c0
投下乙です
ああ、エリチカがだんだん重くなっていく……しかもセルティとちょっと嫌なフラグ立ってるし
もう簡単に壊れられないくらい強くなってるのがかえって辛い
タロットカードが何とも皮肉。リタの亡骸を見つけた2人の今後の展開は如何に?


694 : 名無しさん :2016/08/25(木) 10:31:47 dTvBbJVA0
投下乙です


695 : 名無しさん :2016/08/26(金) 23:53:01 Bv5Gl4KE0
投下乙です


696 : 名無しさん :2016/08/27(土) 04:52:57 RvzDPNLs0
投下乙


697 : 名無しさん :2016/08/27(土) 14:45:50 r3iK9KIw0
とうかおう


698 : 名無しさん :2016/08/27(土) 14:50:13 r3iK9KIw0
ごめん、投下乙の打ち間違い


699 : 名無しさん :2016/08/30(火) 14:30:29 8c1gwdRQ0
投下乙しか言えない語彙力ガバガバ連中ひでより嫌い


700 : ◆WqZH3L6gH6 :2016/09/05(月) 05:28:52 uptOYBs20
専用スレで仮投下しました。
確認等をお願いします。


701 : ◆WqZH3L6gH6 :2016/09/06(火) 07:30:26 3BqaIMOQ0
投下します。


702 : distract ◆WqZH3L6gH6 :2016/09/06(火) 07:31:50 3BqaIMOQ0
――の命が尽きてからも彼女は■■を叩いていた。

-------------------------------------------------------------------------------------------------

ラヴァレイは黒カードを猫車に戻すと、担いでいた少女 小湊るう子をそのままそっと乗せた。
るう子は未だ気絶しており目覚める気配はない。
それに対し、今しがた協力者となった浦添伊緒奈――ウリスは疑念を含んだ眼差しを彼に向けた。


「さっさと起こせばいいじゃない」
「……加減を間違えたようだ。しばらくはそのままにしておいた方がいいだろう」
「はあ?貴方がやった癖によく言うわね」
「いやまったくだ」


嫌味を簡単に流すラヴァレイに、ウリスは不満気だったが気持ちを切り替え一旦黙る。
今のるう子の状態は良くない。何より治りかけた風邪も再発し発熱もしている。
放置してもすぐ死ぬことはないだろうが、尋問するにしても思考が纏まらない状態では情報を聞き出しにくいだろうし、
いざ人質として使う時に不便が生じかねない。だが、この状況は一方で好都合でもあった。

ラヴァレイがるう子を起こさないのは人質として気遣っただけではない。
彼がウリスを協力者として誘ったのは嗜好が共通する同類の匂いを嗅ぎとったのもあるが、主因ではない。
一番の理由はゲームの主催 繭と何かしら関係があり、なおかつ殺し合いに乗った者である人物であった事。
ウリスが自分にとってどれだけ有益であるか観察する為だ。
可能であれば一対一で対話。それが彼の目的である。


「で、北に行くって言ってたけど、何処に出入り口があるのかしら?」
「地下闘技場だ」
「ふぅん、人はあまりいなさそうね」



ウリスは皮肉げに顔を歪ませた。彼には彼女も体調は思わしくないように思えた。
これまでアザゼルの攻撃を受け続けたダメージが見て取れたから。
ただ、るう子と違うのは痛みに意を介してないように振舞っている事。
所々不満を滲ませながらも、何だかんだで楽しくて楽しくてしょうがないという様子。

ラヴァレイは戦力としては期待できないなと分析し、せめて足手まといにならぬようどうしようかと思った。
ウリスは彼の胸中を他所に軽い口調で続ける。


「ねえ、南東に向かうってのはどうかしら」
「……市街地に出るとしても距離がありすぎる、あまり意味は無いな」
「でも、私の知り合いがいる可能性が高いわよ」
「……紅林遊月か」


アザゼルが繭打倒の手札として注目しているセレクターで、ラヴァレイの協力者である針目縫も少なからず執着している少女。
ウリスもるう子を尋問した際に行き先はラビットハウスだろうと見当をつけている。
ウリスにとって遊月は興味のない対象だが、それでもおおまかな性格は把握していた。
迷惑をかける方向性でのまっすぐな性格。
遭遇したとされる桐間紗路亡き後も、罪悪からかよほどの事が無ければあの家に留まっているだろうと想像できた。
だが、ラヴァレイの方針は変わらなかった。


703 : distract ◆WqZH3L6gH6 :2016/09/06(火) 07:32:28 3BqaIMOQ0
「やはり止めておこう」
「チッ」


今のウリスの提案はあくまで軽口、ゆえに彼女も未練はない。
だが、そのままウリスを伴って北へ向かおうとしたラヴァレイは、それがきっかけである可能性に気づいた。
彼は猫車を操作し逆方向へ向いた。


「あら、止めるんじゃなかったの?」
「気にかかることがあってな」


彼は黙ったまま南へ移動を始め、ウリスも追った。


「気にかかる事って?」
「……闘技場の近くの通路に特別な施設がある。放送局の近辺にも可能性はあるだろう」
「へえ、どういう施設よ」
「見れば解る」


ゲームの脱落者の情報が提示されている施設『死の瞬間を捉えた道』をウリスに伝えるのは抵抗があった。
しかし有能ではないにしろ折角できた協力者、ある程度でも足並みを揃える必要ありと判断し遠回しに告げた。
どの道、単独行動を取らせる気はないし邪魔になったら処理する腹づもりではあるからこその選択。
そして放送局近辺に施設があると思ったもう1つの理由は北東にある『ジョースターの軌跡』の存在。
施設が2カ所確認できていたからこそ向かう。

当初の方針ではゆっくりと北に向かい、放送直後に『死の瞬間を捉えた道』での更新情報を集め。
地下闘技場でしばし休憩しながら駅に向かうつもりであった。
3人は南東へと進む。
しばらくして遠くから何かが崩れる音がした。

-------------------------------------------------------------------------------------------------


3人の男女が無言で地下通路を進んでいる。るう子はまだ目覚めていない。
通路の左右の壁には映像。六時間ほど前ヴァニラ・アイスが通過していた通路。
『万事屋の軌跡』という映像が設置されている場所。
映像を鑑賞したウリスが嫌味たらしく呟く。


「邦画にしては良くできてるわねえ」
「……君の提案を聞いた甲斐があったな」
「嫌味のつもり?」
「まさか」


先へ進み続け、やがて映像は途切れた。
ラヴァレイは気を良くした様子で猫車を転換させ、ウリスも従う。
思った以上の収穫があった。るう子から強奪した定春は万事屋メンバーと親しい仲。
いざという時の取り引きにも使えるだろう。
彼等が次の放送まで生きてるかはまだ不明だが、死んでいたとしても無駄ではない。
それに神威という男。単純な戦闘力ではアザゼルをも上回るかも知れない彼の存在を知れたのが大きい。
ラヴァレイのような謀略を得意とする者にとっては、もっとも苦手なタイプ戦闘狂。
事前に情報を入手しなければ、仮に遭遇した場合に見かけに惑わされ後手に回っていた可能性が高かった。
今は少なくとも警戒が可能になった。


704 : distract ◆WqZH3L6gH6 :2016/09/06(火) 07:32:56 3BqaIMOQ0

「ところでこれから何処に向かうのかしら?」
「……」


腕輪を操作し歩きながらウリスはラヴァレイに問う。
白カードには地下通路についての最新情報が記されている。
崩れる音がして数分後。ウリスがライト代わりに腕輪を操作した際、発見したのはたまたま。
放送局にあった地下通路出入り口が使用不可となったとの通知。
更に放送後に放送局に代わる出入り口が開通されるとの通知もあったのだ。
南東は遠方により選択肢にない。

あるのは地下闘技場と代わりの出入り口。
放送局の代わりなら、元の出入り口とはそう離れていない場所にあるだろう。
場所が放送局と同エリアなら、まだアザゼルがいる可能性が高く、地上に出ようとは思わない。
だが、もし別エリアに開通するのなら、あえて地上に出るのも選択に入れようかと彼は思う。
知り合った参加者の大半が死に、物資も心許ない状況。
放送局へ向かっている参加者との接触や、脱落者の遺品を入手する機会が生まれるかも知れないのだから。


「着いたわね」

そこは放送局の地下にある出入り口だった場所。
ラヴァレイは五感を研ぎすませながら慎重に階段を登る。
ドアに手を当てる。動かない。いつのか定かではないがそこに書かれた文章を彼は確認する。


『この出入り口は使用不可となりました。放送後またの確認をお願いします』

-------------------------------------------------------------------------------------------------

彼女達が斃れていく光景が繰り返される。
それを見るに連れ、自らの至らなさを痛感させられる。
最低。
その言葉よりも下回るものがあると夢の中で、現実の中であるのを少女は悟った

-------------------------------------------------------------------------------------------------

ここは地下通路C-2とD-2の境目。
ラヴァレイとウリスはここで休憩を取っていた。

「つまりアザゼルの、セレクターバトルを利用しての策は無意味と言いたいのかね」
「ええ、繭単独だろうが協力者がいようがそれに変わりはない。
 夢幻少女になっても繭に支配されるルリグになるだけだし、
 仮に逆らえてもあの竜や協力者をどうこうできるとは思えないしね」
「しかしアザゼルはタマというルリグを利用すれば突破口を開けるみたいな事を言ってたが」


ラヴァレイの疑問にウリスは嘲りの色を見せ答える。
手にはるう子から奪った黒カード。それを元の形に戻し見下しつつ。


「ぷっ、ハハハハハハ。繭は何やら執着していたみたいだけど、コイツにルリグ以上の力も度胸もないわ。
 だってあたしが使っていて観察していたから間違いない。ねぇ、クソッタレさん」


705 : distract ◆WqZH3L6gH6 :2016/09/06(火) 07:33:18 3BqaIMOQ0
「……っ」


ウリスの嘲笑に対しカードの中のルリグ タマは泣き出しそうな顔で頭を下げ何も言えなかった。


「第一、他にルリグデッキが支給されているかも解らないしね」
「……あの竜、バハムートについて何か知らないかね?」
「知らないわ。ああいうのって神話や創作では珍しくないみたいだけど」
「……」

ラヴァレイはその神話についても聞き出そうと考えたが、その辺に詳しく無さそうと察し止めた。

「るぅ……」

タマが見つめる先は未だ意識を回復しないパートナー るう子。


「薄情なヤツね、るうは」
「……ウリス!」


タマは泣き叫ぶ一歩手前まで声を荒げる。
ウリスはそれに怯むどころか愉しげに顔を歪めながら悪意を向け続ける。

「だって、あの子あれほどあんたを取り戻したいって言ってた割には、あたし達に捕まった時戸惑って何もできないでいたわ」
「そんなのっ」
「嘘じゃない。それにあんたの事頭にないって感じでもあったわ」
「……!」

タマはウリスを睨みつける。だがそれ以上アクションを取ろうとはせず黙る。
ウリスは畳み掛けようとするが、それはラヴァレイに止められた。


「まだ私の質問が終わっていないぞ、ウリス君」
「……はいはい。あんたも楽しんでいた癖に」
「……」

ウリスは弾を黒カードに戻し悪態を付き、ラヴァレイは彼女の肩に置いた手を引っ込めた。
彼の目は笑っている。
苦笑しながらウリスが黒カードを仕舞おうとしたその時だった。


「!」


突如起き上がったるう子の両手がウリスの右腕を掴んでいた。


706 : distract ◆WqZH3L6gH6 :2016/09/06(火) 07:33:52 3BqaIMOQ0
「こ、こいつ」


ウリスはとっさに引き剥がそうとするが動けない。


「タマを、タマを返して……!」
「何今更、いい子ぶってるの?」

るう子はさっきの2人の会話を聞いていた。
ウリスは殴りつけ離そうとするができない、ダメージもあり逆に押し倒される。
堪りかねたラヴァレイが事態の収拾に当たろうとする。

その時、放送が始まった。

-------------------------------------------------------------------------------------------------

 次は正子――午前0時に放送を始めるわ。また放送が聞けるといいわね』

放送が終わった。
るう子は黒カードをしっかり手にしながらも項垂れていた。


――アインハルト・ストラトス


桐間紗路に続き、仲間がまた逝った事による衝撃は大きい。
その上、結城友奈や宇治松千夜といった仲間の大切な人が次々と亡くなっている。
紗路の死の辛さも合わさり、るう子の両眼からは涙がポロポロと落ちた。


「――!!――――!」


ウリスは狂喜に顔を歪めつつ、こちらを罵倒しているが、まともに聞こえない。
るう子は顔を上げる。一瞬、ウリスは怒りを滲ませたが、すぐに嘲るような笑顔でこちらに対する中傷を再開した。
しかし、るう子の心には大して響かなかった。発熱していることも原因だった。
ふともう一人の同行者へ顔を向ける。
髭面のドレッドヘアーの騎士風の男は、気味の悪い視線をこちらに向けながらも、忌々しげに口を歪めている。

「ねぇ!こいつからカード取り上げないの?!」
「……」

るう子はすべての所持品を没収された訳ではなかった。
ラヴァレイはウリスの疑問に構わず、今後の計画に思いを馳せる。
るう子の放送への反応は見ものではあったが、同時に放送の内容は彼にとっても不都合であった。
ファバロ・レオーネ、リタ、本部以蔵、坂田銀時、宇治松千夜らの死。
そしてアザゼル、三好夏凛、神威の健在。
前の放送で告げられた遭遇者の大量死の時は、こういう事もあると自らを納得させていた。
だが、ここまで変身対象やコネが絶たれてくると、決して楽観視できる状況ではない。
それに脱落者の出るペースが未だに早い。
こうなると情報操作の効果も存分に発揮できなくなってくる。
一刻も早く未知の参加者の情報を収集し、物資も集めなければ。生存できる選択肢がなくなってしまう。
ラヴァレイはそう決断するや、ゆっくりと2人の少女へ顔を向けるや少女達にとって思いがけない事を言った。


「今は彼女に持たせておこう」
「はあっ?!何言ってんの?」


707 : distract ◆WqZH3L6gH6 :2016/09/06(火) 07:35:29 3BqaIMOQ0
「タマ君が何もできないと言ったのは君だ。ただしこれ以上返すものは無いがね」
「……ラヴァレイ……さん、あなたがるうを……!」
「悪いが、私にも立場というものがある」


咳き込みながら彼を糾弾するるう子に対し、彼は悪びれない態度で返す。
手には犬の絵が書かれたカードがあった。人質みたいなものかとるう子は思った。


「……君の持ち物を全て没収しなかった理由が解るかね?」
「……」

るう子は睨みつけたまま黙る。カードを握っているのは両手だが痛みに意を返さない。
大人しくすれば悪く扱わないということだろう。るう子はそう推測した。
ウリスは不満タラタラで2人を交互に見つめる。

「君には人質としても、情報源としても我々に協力してもらう」
「……!」
「見返りとしては悪くはないだろう」


ルリグカードだけでなく腹巻きも、白カードも没収されていない。
ウリスは裏切られたかのように顔を歪ませ、叫んだ。

「アンタ、優勝を目指すんじゃなかったの?!」
「……」

確かにラヴァレイはウリスに対し『強い心が折れる音は何よりも、心地好い』と同意を求め、協力を求めた。
しかし優勝を目指すから協力しろとは言っていない。参加者の情報が不十分である今、自らのスタンスをおおっぴらに広げるつもりは毛頭ない。
ウリスの叫びにラヴァレイは虚勢からの笑みを浮かべた。
もし繭に対し、ゲームのルールに対し、何ら手がかりや抜け道が見当たらなければ、僅かな可能性にかけてでもそのスタンスを取り続けていただろう。
しかし事態は彼の予想を大きく超えて終息に向かい、優勝も不確実なものに思えてきた。

今のアザゼルや針目、DIOには勝機は見当たれれど、神威が健在だった場合遭遇すれば勝ち目はほぼ無い。
機会を失う前に賭けに出る必要が出てきた。だから問う、もう一人のセレクターに。


「アザゼルのセレクターバトルを利用しての策は無意味なのかね?」
「…………」


るう子は即答できなかった。
東郷美森から救出されてからのるう子はアザゼルの策に対し、微かな希望を持った。
だが同時に漠然とした不安も抱き、捕らえられるまでその不安は成功の是非から来るものだとばかり思っていた。
しかし先ほどのタマの悲痛な声とウリスの中傷を聞き、それは違うのではと思った。
先程まで抱いた微かな希望は、今は桜色の甘い夢の様な罠に思える。
だから今それを振り切る。


「すぐに答えられないなら、ホワイトホープは……」
「そのままでは意味はないと思います」
「ほう?」
「るう達セレクターは肉体的には普通の人間。
 だからそのまま繭、もしくは別の犯人の所に行っても倒すとかはできないです」
「セレクターは特別な存在だと聞いたのだが」
「何十人もいるゲームができる、ただの人間です」
「……!!」

るう子のその言葉にウリスが強い怒りを滲ませ口を挟みかけるが、ラヴァレイが手を振るとウリスは気絶し沈黙した。

「……」

るう子は今起こったそれに怖気が走ったが、負けずに続ける。
何もしなければ人質として誰かの足を引っ張り続け、用が済めばたぶん殺されるだろう。
アザゼルさん達の救助が来るかもしれないけど確実じゃない。ならいっそ、先にこっちが。


「だけど話し合いはできると思います。ゲームをやめさせるとかじゃなく、多分クリア条件の一つとして」


708 : distract ◆WqZH3L6gH6 :2016/09/06(火) 07:35:57 3BqaIMOQ0

あの時のアザゼル達に言えなかった、るう子の心の奥に秘めたカードゲームユーザーとしての推理。


「つまりセレクターバトルは主催のルールの範疇だと」
「そうだと思います。るうが知る限り繭はゲーム崩壊に繋がることは簡単に許容したりしませんから」


ラヴァレイは得心した。
少なくとも闇雲に優勝を目指すよりは生還できる可能性が見えてきたから。
ルリグデッキを二人分集め、セレクターバトルをし勝てば主催の元へ行ける。
ゲームの範疇ならばここで主催の誰かと交渉できるに違いない。
そうなれば取れる選択はいくつも増える。
少なくとも僅かな可能性に賭けて優勝を目指すよりはリスクが軽減されるだろう。
ラヴァレイは密かに歓喜した。
ただそれは皆殺し行為への回避から来る安堵ではなく、こちらが有利になりえる状況からの喜びに過ぎないが。


るう子は黒カードをホワイトホープに戻すと、ルリグカードを取り除き、デッキを彼に向けた。
吐く息はこれまで以上に荒い。


「何かね?」
「ラヴァレイ……さんの目的、あなたも含めた全参加者の……破滅なんですか」


ラヴァレイは一瞬、何世迷い言を言ってるのだと思ったが、彼女の視線が倒れたウリス方を向いてるのに気づき問いの意味を察した。


「いや、私は元の居場所に戻れればそれで構わない」


嘘は言っていない。だが真実をすべて伝えきってもいない。
彼は元の世界の帰還が目的であるが、可能であればバハムートを得たいと考えている。
もし仮にこの舞台でバハムートの力を得られれば間違いなく殺戮を行うだろう。そんな男だ。


「……」
「もし、余裕ができれば君達の目的を手伝うのも吝かではないが」


るう子はラヴァレイが悪党だと思っている。
しかし自己を含めた全ての破滅が目的なウリスと違い、自らの保身が優先なプレイヤーなら話が通じると思った。

るう子は命惜しさにゲームに乗った人がいても、それは仕方がないと思っている。
自分はそんな選択は選べないし、いざ襲われれば抵抗するが、そう選ばざるを得なかった人すべて否定する気にはなれない。
それは今も。だから今は協力要請を受託する。
タマの救助も踏み切った理由でもある。そして何よりこれ以上、翻弄され何もできないでいる自分が嫌だった。
るう子は黙って頷いた。言葉には出さない。

「次の質問はいいかね?」
「はい」
「セレクターは誰にでもなれるものかね?」
「ルールを覚えればなれます。夢幻……少女になれるかは人それぞれですけど」
「他のゲームでは代用はできないのか」
「るぅが知るかぎりでは無理ですけど、ここではどうだろ?」


ラヴァレイはタマ除くルリグデッキをるう子から回収する。
そして、先程気絶させたウリスを猫車に乗せた。


「ウリス君の事聞いていいかね」
「……いいですけど」


709 : distract ◆WqZH3L6gH6 :2016/09/06(火) 07:37:05 3BqaIMOQ0

気が進まない。るう子が知るウリスの経歴はお世辞にも他者に好印象を与えられるものではない。
この場においては善悪問わずだろう。今のウリスは心はともかく、肉体はるう子が好感を抱いた浦添伊緒奈本人のもの。
例えるう子と話しした彼女とは別の時間軸の存在だったとしても、見捨てる気には到底なれない。
それにいくらウリスが悪者とはいえ、むざむざ命を奪わせさせるような行為も許容したくなかった。

「何、悪いようにはならないと思うよ、ウリス君も賢いからね」
「……」


殺されないようにせめてまともな返答はしてほしいと、るう子は思った。
るう子は思うままを説明する。
ラヴァレイはるう子のウリス評を聞き、やはりそのままでは使えないなと思った。
3人は向かう、ある地点へ。


「繭が出したあの竜について心当たりはないかね?ああ、別に似ているものでもいいんだ」
「……ドラゴンならウィクロスにもいますし、
 るぅが知るだけでもあれだけ不思議な現象があったなら、現実のどこかで同じような存在はいてもおかしくない、かな?」
「……時空を超える力は存在するのか?」
「ウィクロスの、たぶん創作ですけどそう取れる表現はあったかな。現実はどうだろう……」
「……伝承だが、私のいた世界のバハムートは時空を超える力があるのだよ」
「えっ」
「恐らく繭はその力を使って我々を拉致したと思われる」
「……何で知ってるんですか?」
「私というか我々はバハムート対策が任務だったからね。ある程度知っていてもおかしくはないだろう」

嘘は言っていない。真実も伝えきってはいないが。
るう子も鵜呑みにはしていないが、頭には入れた。

「そうですか……」
「セレクターバトルはいつから始まったか解るかね」
「何年も前から行われています……ごほっ……」
「……るう子君、水でも飲んではどうかね。このままでは見ていられん」
「……はい」

るう子は足を止め、青カードと黒カードを使い風邪薬を服用する。


「君の思惑が叶うといいな」

一息ついた彼女に掛けられたのは優しい言葉。
ただしそれは見透かそうとする悪意も込められたもの。
その幾つかを察したるう子はそれにしぶしぶ頷くと、これまで忘れていた参加者の事を思い出す。

池田華菜と神代小蒔。
宮永咲いわく友人の一人と、直接試合しなかった対戦チームの一人。
池田はまだしも、小蒔については咲さんからどうこうしたいとは言われていなかった。
だが、おおまかな特徴は伝えられていたし、咲さんを喪った直後はなんとか合流し協力しあいたいと思っていた。

なのにるう子はついさっきまで彼女達の事を忘れていた。
タマの事にしても、元いた世界での目標 全ルリグの救出にしてもそう。
るう子の願いすべてがここでは薄っぺらな物になりかけていた。
ウリスを見る。
今のるう子にしてみれば確かに最低と言われても仕方のないたいらく。
だから忘れない。虐められたタマを前にようやく湧き上がった思いを。
こちらが悪く思われてもいい。これ以上できるのに何もしない選択を選ばないためにも。
他者の悪意を抑える為にも。たとえ不可能に思えても。


710 : distract ◆WqZH3L6gH6 :2016/09/06(火) 07:37:52 3BqaIMOQ0

るう子はウリスの腕輪を見た。傷一つ無いように見える。
ラヴァレイの腕輪を見た。こちらも傷一つ無いように見える。
最後に自分の腕輪を見る。こちらも傷一つ無い。
思えば壊そうとした咲さんの腕輪はよく確認していなかったと思いだす。
咲さんが亡くなった後も、意地になって自分の腕輪の先端で何度か叩いていたんだっけ?
そういや石で壊そうとした時とどこか違っていたような……。


「ラヴァレイさん」
「?」
「タマが見えるんですよね」
「……普段は見えないのか?」
「はい」
「セレクターバトルもセレクターとルリグ以外は感知できない」
「……」


ラヴァレイは興味深げに見るが、るう子にこれ以上の反応はなく。
様子から推理に行き詰まったと判断し、興味を失い視線を逸らす。
目的地までもうすぐ。
先は『死の瞬間を捉えた道』か未知なる出入口か。



半ば朦朧とした意識の中、彼女は考えた。
白カードは無効化できないけど、腕輪は強力な力で別の腕輪をぶつければ壊せるんじゃないかと。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



【D-2/地下通路/一日目・夜】

【ラヴァレイ@神撃のバハムートGENESIS】
[状態]:健康 、上機嫌、セレクターバトルに興味、主催への好奇心
[服装]:普段通り
[装備]:軍刀@現実、定春(犬質)@銀魂、ホワイトホープ(タマ除くカードデッキ)@selector infected WIXOSS
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(9/10)
    黒カード:猫車@現実、拡声器@現実
[思考・行動]
基本方針:手段を選ばず生還し、可能ならバハムートの力を得る。
0:地下闘技場に向かうか、新しい地下通路出入り口に向かうか。
1:るう子を利用し勝者になるべく立ちまわる。 まずはルリグデッキを探す。それらが無理なら優勝狙い。
2:ウリスが目覚めれば質問をし、その時の反応で今後の扱いを決定する。
3:アザゼルと夏凜と神威は殺したいが無理はしない。
4:本性はるう子とウリス以外には極力隠しつつ立ち回るが、殺すべき対象には適切に対処する。
5:機会があれば別の参加者の『折れる』音を聞きたい。
6:モトベの最期を見れなかったのは残念だった。
[備考]
※参戦時期は11話よりも前です。
※蒼井晶が何かを強く望んでいることを見抜いていました。
※繭に協力者が居るのではと考えました。
※空条承太郎、花京院典明、ジャン=ピエール・ポルナレフ、ホル・ホース、ヴァニラ・アイス、DIOの情報を知りました。 ヴァニラ・アイス以外の全員に変身可能です。
※坂田銀時ら銀魂勢の情報を得ました。桂小太郎、神威らの変身が可能です。
※参加者はバハムートの力を使って召喚されたと思っています。
※ルリグが2人いれば、別のゲームでも工夫次第でセレクターバトルの代用は可能ではと推測してます。


711 : distract ◆WqZH3L6gH6 :2016/09/06(火) 07:39:34 3BqaIMOQ0
【小湊るう子@selector infected WIXOSS】
[状態]:全身にダメージ(小)、左腕にヒビ、風邪気味(服薬済み)、体力消費(中)、精神的疲労(小)
[服装]:中学校の制服、チタン鉱製の腹巻 @キルラキル 、タマのルリグカード@selector infected WIXOSS
[装備]:
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(8/10)、青カード(7/10)
    黒カード:黒のヘルメット、宮永咲の白カード、キャスターの白カード、花京院典明の白カード、ヴァローナの白カード
          風邪薬(4錠消費)@ご注文はうさぎですか?
[思考・行動]
基本方針:自分は悪く思われてもいいから、これ以上被害を出したくない。繭の思惑が知りたい。
0:どこに向かっているんだろう?
1:悪事を働かない分にはラヴァレイに協力する。有害な参加者による被害拡大を防ぎたい。
2:ゲームの打開方法を模索する。まずは腕輪破壊が可能かどうかを検証する?
3:白カードを集めたい。
4:遊月と夏凛さんが心配。あとアザゼルさんも。
5:死んでしまった人の事は忘れない。
6:左腕の治療をしたい。
[備考]
※チャットの新たな書き込み(発言者:D)にはまだ気付いていません。
※セレクターバトルは主催のゲームの一部と推測しました。
※半信半疑ながら参加者はバハムートの力を使って召喚されたと思っています。


【浦添伊緒奈(ウリス)@selector infected WIXOSS】
[状態]:全身にダメージ(大)、疲労(中)、気絶、ラヴァレイに対する不満(大)、猫車に乗車中
[服装]:いつもの黒スーツ
[装備]:ナイフ@現実
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(17/20)、青カード(17/20)、小湊るう子宛の手紙
    黒カード:うさぎになったバリスタ@ご注文はうさぎですか?、ボールペン@selector infected WIXOSS、レーザーポインター@現実
         宮永咲の不明支給品0〜1(確認済、武器ではない)
[思考・行動]
基本方針:参加者たちの心を壊して勝ち残る。
0:…………………
1:使える手札を集める。様子を見て壊す。
2:"負の感情”を持った者は優先的に壊す。
3:使えないと判断した手札は殺すのも止む無し。
4:可能ならばスマホを奪い返し、力を使いこなせるようにしておきたい。
5:それまでは出来る限り、弱者相手の戦闘か狙撃による殺害を心がける
[備考]
※東郷美森が犬吠埼樹を殺したという嘘をチャットに流しました。
※変身した際はルリグの姿になります。その際、東郷のスマホに依存してカラーリングが青みがかっています。
※チャットの書き込み(3件目まで)を把握しました。
※坂田銀時ら銀魂勢の情報を得ました。

※放送局にある地下通路出入口は封鎖されました。仮に放送局の瓦礫を撤去しても利用できません。
※第三回放送直後にE-1、もしくはそう離れていないエリアに新たな地下通路出入口が開通しました。
 場所とラヴァレイ達の行き先は後続の書き手さんにお任せします。
※現在、放送局とホテルの地下通路出入口の封鎖告知と、代わりの出入口の位置情報が
 地下通路を利用中のすべての参加者の腕輪に伝えられています。


712 : ◆WqZH3L6gH6 :2016/09/06(火) 07:40:31 3BqaIMOQ0
投下終了です。


713 : 名無しさん :2016/09/07(水) 00:36:10 k81odjVU0
一言でいいので反応がほしいです……


714 : 名無しさん :2016/09/07(水) 07:17:31 7wsQo9Ag0
投下乙
ラヴァレイは単純な優勝じゃなくて生存優先ルートになったか
るう子や他の対主催と協力出来なくもなさそうだけど肝心のアザゼルさんと相容れないのがなあ…
あ、ウリスさんはノルマの気絶お疲れ様です


715 : 名無しさん :2016/09/07(水) 20:20:46 B69rXO0E0
投下乙。
ウリスさんがもう完全にネタキャラになっている件。
ラヴァレイが生存優先となったのは、吉と出るかどうか。


716 : 名無しさん :2016/09/07(水) 23:52:07 iXo9hMWY0
投下乙です!
あれ?ウリスどっから気絶したのかな…と思って読み返したら一行であっさりなのは笑えました。
それはそうと、参加者の減るペースが速いのはラヴァレイにとっても予想外だったようで。
さしもの悪魔もちょいイライラしてるのが面白いです。
情報を得たラヴァレイと、悲しみながらも思案するるう子。どう動くかは見ものですね。


717 : Nothing But a Dreamer ◆X8NDX.mgrA :2016/09/09(金) 22:25:59 DA5QH8UE0
投下します


718 : Nothing But a Dreamer ◆X8NDX.mgrA :2016/09/09(金) 22:28:39 DA5QH8UE0

 瀟洒な印象の部屋がある。
 入り口から見て正面奥に位置する大きな机、それと同じデザインの椅子に、その男は腰掛けていた。
 男は左腕にした時計をちらりと見やると、わずかに目を細めた。

「ふむ、そろそろゲームの開始から十八時間か。
 駒の数も随分と寂しくなったものだ……そう思わないか、ユウジ?」
「……」

 ワイングラスを傾けて、ヒース・オスロは傍らの青年に訊ねた。
 日本人離れした銀色の髪と赤色の瞳が目立つ青年は、表情を変えず無言のまま。
 そのことに気を悪くした様子もなく、オスロは言葉を続ける。

「彼女……繭の知り合いは、まだ三人もいるらしい。
 よほど幸運なのか、はたまた手心を加えているのか……まあ、知ったことではないがね」

 オスロはある目的の元で、このバトルロワイアルをお膳立てした。
 しかし、繭とオスロの目的は同一ではない。
 そもそも、オスロにとって繭は一つの道具に過ぎない。
 異なる世界線から招かれた参加者たちで、開かれるバトルロワイアル。
 そんな、言わば「お遊戯会」の主催者に相応しい者として、繭が選ばれたというだけの話。

「この盤上から、どうゲームが展開していくか……。
 『彼』は生き残ることができるかな?どう思う、ユウジ。はははっ」
「……」

 愉快そうに笑う主人と、能面を崩さない従者。
 ゲームの進捗状況を肴に、オスロはつらつらと話し続けるだろう。
 バトルロワイアルが終局に至るまで、このやり取りは続くに違いない。

「……談笑とは余裕ですな」

 ――第三者がここに訪れない限りは。





719 : Nothing But a Dreamer ◆X8NDX.mgrA :2016/09/09(金) 22:29:40 DA5QH8UE0

「おや、ミスター時臣。お勤めご苦労様」

 男性はドアから悠然と歩き、オスロのデスクへと近づいた。
 その立ち居振る舞いは、誰が見ても紳士であるその男性――魔術師・遠坂時臣は、渋い顔でこう告げた。

「なぜ私に連絡を取らないのです?」
「連絡とは?」

 とぼけた返答をするオスロに、時臣は渋い顔のまま返した。

「この島を隠匿する結界についてです。
 結界の基盤は既に二か所が破壊されています。すぐにでも修復作業に取り掛かりたい」
「ああ、そのことか……」

 面倒くさそうに視線を逸らすオスロ。
 その姿を見て、時臣は更に眉間に皺を寄せたが、何かの言葉をかけるよりも速く、オスロが弁解を始めた。

「連絡をしなかった理由は、その必要がないと判断したからだよ。
 結界は四つの基盤から成り立つのだから、一つや二つ壊れたところで、完全に崩壊するわけではない。
 それにまさか、簡単に崩壊しかねない程度の結界を構築されたわけでもないだろう?
 由緒ある魔術師一族の当主様ともあろうものが」

 あからさまな嘲りを入れるオスロに、時臣は厳しい視線を向けた。
 年齢は四十近いと推察される目の前の男と、時臣が出会ったのはつい数日前のこと。
 数週間前、遠坂家と古くから交友のある、言峰璃正から連絡が来たのだ。



『急にお呼びだてして申し訳ありません』
『いえ、構いませんよ。それで、用件というのは』

 遠坂の私邸にて、時臣と璃正の二人は監視や盗聴にも配慮した上で会談を開いた。

『まず、この件に聖堂教会は関与どころか、認知すらしていない。
 あくまでも、言峰璃正という個人からの頼みだと理解して頂きたいのです』
『承知しました。……わざわざ人払いまでする内容なのですか?』
『ふむ、どう話したものか……』

 いかにも話しにくそうに、老神父は頭をひとつ掻いてから、意を決したように口を開いた。

『数年後の聖杯戦争に際して、準備を進めておられることでしょう。
 その目的は無論、根源への到達を成すこと――だが、もしもの話。
 “聖杯の力を得ずとも根源に到達できる”と聞いたなら、どう思われますかな?』
『な、それは――』

 時臣は瞠目した。
 根源。およそ全ての魔術師の悲願であるはずのもの。
 万物の起源にして終焉、この世の全てを記録し、この世の全てを創造できる座標だ。
 始まりの御三家とされる遠坂、マキリ、アインツベルンは、聖杯を再現することでその奇跡を成そうとしていた。
 時代は流れ、今や根源への到達を真摯に求めるのは、遠坂家だけとなってしまったが。
 その手段の話となれば、どうしても無視はできない。

『私の古い知人に、とある依頼をされたのです。優秀な魔術師を紹介してほしいとね。
 依頼自体は一端の魔術師なら簡単にこなせるものです。ただ、根源への到達の手段を示唆していた辺り……』
『神父が遠坂家と懇意にしていると、知った上でしょうね』

 根源への到達というエサをちらつかせて、璃正神父に遠坂時臣へと話を持ち掛けさせる。
 璃正神父の知人が、時臣が依頼を受けることを望んでいるのは間違いなかった。
 聖杯も無しに根源への到達を成せるなど、眉唾物の話ではあるが。

『……いいでしょう。話の真偽を確かめたい。
 璃正神父、話を通しておいてもらえますかな』
『ではそう伝えておきましょう。くれぐれもお気をつけて。依頼主の名前は――』


720 : Nothing But a Dreamer ◆X8NDX.mgrA :2016/09/09(金) 22:34:34 DA5QH8UE0
(ヒース・オスロ……。魔術結界を張ることを依頼してきたのは其方だというのに、どういうつもりだ?)

 その後、オスロと出会い依頼内容を確認した時臣は、その容易さに拍子抜けした。
 依頼とは、殺し合いを隠蔽するための装置、すなわち結界を張るだけだったのだ。
 それ自体は当然だろう、と時臣は感じた。
 魔術は秘匿されるべきもの。魔術師の鉄則を厳格に守る身としても、遊戯の隠蔽自体はなんら疑問ではない。
 しかし、その結界を張り終え、殺し合いが本格始動してからが問題だ。

(セイバーの『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』により病院は倒壊。
 それに、度重なる戦闘の結果として放送局は崩落。
 結界の基盤とした四か所のうち二か所が、既に修復が必要な状態だというのに……)

 確かにオスロの言う通り、結界は基盤の全てが壊されるまで効力を持ち続けるが、それでも限度がある。
 危うい状態で放置するのは、隠蔽という本来の意図を外れている。
 時臣は目の前で悠然と構える男を観察した。
 魔術回路の脈動を感じることはない――つまりは、魔術的素養を全く持ち合わせていない。
 油断のない物腰から、完全なる一般人ではないと見受けられるが、それでも魔術とは無縁の生き方をしてきたに違いない。

(……この男は魔術を軽んじているのだろう。
 大方、結界の重要性もそれほど考えていないに違いない)

 魔術のいろはも知らずに、上からの命令を聞いているだけ。
 結界の修復は頼まれていないからする必要がない――時臣には、オスロがこう考えている怠慢な人間に見えた。

(となると、根源への到達もいよいよ信憑性が薄くなる)

 オスロ自身が殺し合いの主催者に利用されるだけの存在ならば、その口から出た根源への到達はおそらく虚言。
 全ては時臣を釣るための文句だったと考えられる。

「そう睨まないで欲しいな、ミスター時臣」
「これは失敬。しかし、私は魔術師として不十分な結界を放置するというのは看過できない。
 依頼された仕事であれば猶更のこと。それは理解して頂けるでしょう?」

 時臣は半ば高圧的に、結界の修復作業を認可させようとしていた。
 オスロに説いた意図も確かにあるが、それ以上に時臣自身の矜持が、おめおめと退室することを拒んだのだ。
 すると、ため息をついて、オスロは椅子に深くかけた。

「……少し話し合おうじゃないか。今後のことも含めて」
「ありがとうございます」

 時臣はオスロに促されて、机の前にあるソファに腰掛けた。
 オスロが傍に立つ青年に「お飲み物を差し上げなさい」と命じると、青年は時臣に一礼し、足音も立てずにドアから出て行った。
 まるで御三家の一角、アインツベルンのホムンクルスを思わせるアルビノ。
 オスロと同じく魔術の脈動は感じないものの、何か妙な雰囲気を漂わせている。
 時臣の直感は、青年は単なる執事役ではないと告げていたが、今は指摘する理由も必要もない。
 そうこう考える内に、オスロが改めて話を切り出した。

「さて、ご協力には感謝しているよ、ミスター時臣。
 この殺し合いには魔術に関わる参加者もいる以上、君のように優秀な魔術師の存在は不可欠だった。
 とはいえ結界を張り終えた時点で、君から得たい力添えは充分。
 あとは結果を待つだけだ。君の求めるものが、いずれ掌中に収まるときが訪れるだろう」

 暗に結界の修復作業は不要だと告げたオスロ。
 話をはぐらかして終わらせるつもりだと時臣は察知して、別の問いをぶつけた。

「ところで、そもそもこの殺し合いは何が目的なのでしょう。
 集めて殺し合わせるという形態は蟲毒のようにも思えますが、それにしては実力差に幅がありすぎる」


721 : Nothing But a Dreamer ◆X8NDX.mgrA :2016/09/09(金) 22:35:49 DA5QH8UE0
 殺し合いの情景は、時臣も“窓”から観察していた。
 無垢な女子高生から『セイバー』のような英霊まで、多種多様な人選には些か驚いたものだが、殊更それを嫌悪することはなかった。
 魔術や呪術といった世界に足を踏み入れていれば、外の世界から見て残酷に思われる儀式も多く存在する。
 根源への到達の手段としては疑わしいが、この殺し合いも何らかの儀式の側面があると時臣は考えていた。
 ただし、それにしては力の優劣があまりに大きすぎるとも感じていた。

「フ、フフ……」

 問われたオスロはニヤニヤと笑う。
 何を馬鹿なことを質問するのだとでも言うように。

「どれだけ実力に差があろうとも、殺さなければ殺される状況下なら、人は誰でも殺せるさ」

 言われて時臣は、今までに見た死者の姿を思い出した。
 スクールアイドルが麻雀少女を殺した。
 神樹に選ばれた勇者が槍の英霊を殺した。
 喫茶店の店員が快楽殺人鬼(シリアルキラー)を殺した。
 この殺し合いにおける死者は、必ずしも強者に蹂躙された弱者ばかりではない。

「極限状態の中で殺し殺される、その過程に意味がある。
 なぜなら、この殺し合い自体が、根源へと至るための手段なのだから」
「根源へと至るための手段……?」

 唐突に出た核心の言葉に、時臣は疑念を隠せなかった。
 結界の重要性を無視するような無知な男を信用していいのか、と。
 虚言や妄言の類ならば即座に一蹴するつもりで、オスロが続きを語るのを待った。

「不思議に思わなかったかい?参加者が一様に嵌めた“腕輪”を。
 理不尽な殺し合いに従わせる抑止力としてなら、毒物や爆弾でも事足りる。
 それなのに、用意する時間も手間もかかる“魂を吸い取る腕輪”を使う理由はなんだ?」

 一呼吸置いて、オスロは天気について話すかのような気軽さで言った。

「答えは簡単。魂を封じ込めたカードが、根源へと至る鍵となるからだ」

 根源へと至る鍵。
 時臣はオスロの言葉を反芻する。
 遠坂家が追求してきた願望の手がかりが、そこにあると感じて。

「魂とは意志。死ぬ間際のそれはとても強く光り輝いている。
 その強い意志のエネルギーをカードに封じ込める。ここまでは分かるかい?」
「……えぇ」

 この説明を、時臣は簡単に理解することができた。
 魔術師の備える魔術回路は、通常時は普通の人間と同様の神経として存在しており、精神面のスイッチにより反転して機能する。
 つまり、精神と魔力の間には関係性があるのだ。
 わざわざ殺し合わせる理由も、精神を平常時と異なる状態で封じ込めるためだと言われれば納得できた。

「そうして出来た参加者のカードが重要な鍵となり、根源への道筋は開かれる。
 もちろん、その鍵を使用できる者は選ばれている。少なくとも優勝者は確実だろうね」
「……その鍵の使用には資格がいるという訳ですか」

 時臣は冷静に相槌を打ちながら、心中では油断なく思考を巡らせていた。
 必要な資格と、それを得る方法を暗に聞き出せれば、根源への到達ができるのか、と。

「時に、ミスター時臣。WIXOSSという遊戯を知っているかな?」

 とはいえ、全ての思惑が上手くいくとは限らない。
 オスロの唐突な話題転換により、それ以上の追及は難しくなった。

「ウィクロス?いえ、世俗の遊戯には疎いものでして」
「ならば、教えてあげよう――」

 そして、オスロが時臣へと告げたのは、世間の大半が三流芝居と酷評するだろう物語。
 たった一人の少女が、新たな世界を創造して、現実世界にその原理(ルール)を持ち込むなどと。
 しかし、今しがた殺し合いの意味を聞いた時臣は一笑に付すことができない。


722 : Nothing But a Dreamer ◆X8NDX.mgrA :2016/09/09(金) 22:37:50 DA5QH8UE0

「……俄かには信じがたいですな」
「しかし事実なのだよ。信じるか信じないかは別にして、ね」

 オスロは口元に笑みを浮かべている。
 話は一応理屈が通っているので、虚言や妄言と一蹴できないのがもどかしい。
 まさしく「信じるか信じないか」は時臣に委ねられているというわけだ。
 結局、時臣は適当な相槌を打ちながら話を聞くしかなかった。

「そして、その遊戯を創造した少女というのが――おや、ようやくお茶が来たようだ」

 いよいよ核心に迫るタイミングで、話の腰を折るようにオスロは時臣から目を逸らした。
 時臣が反応するよりも早く、銀髪の青年はソファの横に居た。
 気付けなかったのは、魔術師としてオスロの話の続きに興味を引かれていたからだ。

「……おっと、ミスター時臣。ここは一旦退室願おう」

 しかし、青年にティーカップを配ろうとする様子はない。
 オスロの言葉で、時臣は第三者が訪問してきたことを察した。
 改めて振り向けば、やはりドアのそばには幼気な少女が立っている。
 薄緑の色の髪をした少女――オスロが「繭」と呼んでいるその娘の詳細を、時臣はまだ知らされていない。

(あるいは、この少女が?……まさかな)

 この薄幸な雰囲気の少女が、根源へ至る資格を持つのだろうか。
 否定しつつも断定はできない状況に、時臣は再びもどかしさを覚えた。

「やあ、繭。放送は無事に終わったかい?」
「ええ……それより、いくつか相談があるの。
 まずはアーミラの魂が封じられたカードのこと……」

 少女には似合わない事務的な会話に後ろ髪を引かれながら、時臣は部屋を去る。
 最終的に結界の修復は許可されなかったが、それはもはや二の次だ。
 根源への到達、その手段が未だ抽象的であるにせよ明かされた。
 自らの手で悲願を達成するためにも、時臣はその手段をどうにかして知らなければならない。

(白いカードが鍵となる、か……)

 しばしの黙考の後、魔術師が向かった場所は――。





「ふう、繭のお陰で助かったよ」

「なんのこと?」

「此方の話さ。気にしなくてもいい」

「……まあいいけど。とにかく、よろしく頼むわよ」

「もちろん、協力は惜しまないさ」

「それならいいの。それじゃ」

「一ついいかな、繭」

「なに?」

「このゲーム、楽しんでいるかい?」

「――ええ、とても」



※島には結界が張られており、結界の基点が四つ、どこかに存在します。
 既に病院と放送局の二つの基点が破壊されています。


723 : ◆X8NDX.mgrA :2016/09/09(金) 22:39:20 DA5QH8UE0
投下終了です。


724 : 名無しさん :2016/09/10(土) 07:34:58 OtADo0y.0
投下乙です
時臣を抱え込むとは明日を捨てたか繭


725 : 名無しさん :2016/09/10(土) 15:01:25 oJ9GWNk.0
投下乙です。
このロワイヤル、主催陣営の勝利だ!


726 : 名無しさん :2016/09/11(日) 21:03:18 342bhl0E0
投下乙です

時臣師が主催者側とは…
主催うっかり自滅エンドかな?(錯乱)


727 : 名無しさん :2016/09/11(日) 22:21:06 u2gvgcIM0
投下乙。

時臣師が主催者側に入ったというだけで、この安心感。
勝ったな(主催者側とはいっていない)


728 : ◆WqZH3L6gH6 :2016/09/15(木) 08:15:11 Kecri7Yc0
専用スレで仮投下を行いました。
確認等をお願いします。


729 : ◆WqZH3L6gH6 :2016/09/17(土) 00:03:27 3/Cke/gI0
遅れましたが本投下します。


730 : 追う兎 ◆WqZH3L6gH6 :2016/09/17(土) 00:04:17 3/Cke/gI0

チャイナ服を着た少女が支給された2枚の黒カードを手に何かを念じると、内1枚のカードは馴染みのある番傘に変わった。

「おーすげー」

彼女は番傘を両手で握りしめる。
もう1枚の黒カードはカードの束に変わっていて、そのまま地面に水たまりに落ちた。
ぽちゃ……

「…………ん!?」

気づいた少女は慌ててカードデッキを拾い上げる。
ただの遊具にしか見えないそれは大部分が泥で汚れていた。微かだが風が吹いた気がした。

「……」

少女はデッキを黒カードに戻した。
黒カードは濡れておらず、新品そのものに見える。気味の悪さを感じつつ少女は黒カードを仕舞った。
そして何事もなかったかのようにゲームの主催に対し宣戦布告をした。

「あのモジャモジャ女ァ!!ふざんじゃないヨ!!私が夜兎族だからって殺し合いに乗ると思っ

それはD-4南方で起こった真夜中の出来事。
-------------------------------------------------------------------------------------------------

ここはC-6 駅。
神威は電車から降りた後、駅構内のベンチに腰掛けていた。
手元には絢瀬絵里に渡された黒カードが数枚。
彼は黒カードを順に元の形に戻し、DIO討伐の前準備を進めていく。

1半日ほど前、セイバーからDIOは日没後にDIOの館と落ち合う約束をしていると聞いた
DIOとセイバーが約束を守るなら、セイバーは神威にとって邪魔者になる可能性が高い。
数刻前の彼ならセイバーと再会後すぐに必滅の黄薔薇を折って呪縛を解放していたに違いない。
DIOと彼女との2対1の戦闘に持ち込まれる可能性が見えたとしても。
だが、今の彼にとってDIO討伐は最優先事項であるからして、セイバーとの戦闘は今は望んでいない。
ゆえにどうやってセイバーに対処しようかと考えたが答えは出そうもなく、
黒カードに対多人数向けの武器が確認できたもあって、その時になってから考えようという
いつもの彼らしくもある結論を出し、その考えを打ち切った。

ある1枚の黒カードを戻すとそれは数冊の本に変わる。
本にはいずれもウィクロスカード大全と記されていた。全5冊。そのウィクロスという単語には見覚えがあった。
セイバーと取引した際に譲渡したカードの束、ウィクロス ルリグデッキ『レッドアンビジョン』。
神威は最初の支給品確認の際、ひと目見て己に有益とは思えなかったから詳しく確認せずにいた。
ウィクロスデッキの内1枚のカードの宿る 知的生命体ルリグ。
そういう存在がいるなら会話くらいしておくんだったなと彼は惜しんだ。

何気なく初巻を手に取り流し読みしていく。
ざっと内容をみるとカードのイラストと内容が書かれている簡素なものだった。
内容がただそれだけなら、神威は飽きて次の黒カードの点検に移っていただろう。
だが巻末に近いページでのある項目を見つけた時、それは彼の興味を引いた。


『参加者様に支給されたルリグカードについて その1』


731 : 追う兎 ◆WqZH3L6gH6 :2016/09/17(土) 00:04:34 3/Cke/gI0

それには4ページに渡り、『花代』というルリグの利用方法について書かれていた。
花代というルリグに関連するカードについては別の項目でも扱われていたが、
今読んでいるページはそれまでの遊戯のルールのとは違い、今ここで行われている殺し合いについてのもの。


「スペルは本ゲームでは扱えませんが、形だけならほぼ再現する事は可能です……か」


ルリグの必殺技扱いであるアーツと異なる補助カード スペル。
漠然としか把握していないものの、スペルはカードゲームの範疇にしかない記号と判断しそれ以上考えるのをやめる。
問題はアーツの方。他の巻も開き、読むと花代とは別の支給ルリグの説明があった。
彼女らのアーツは神威から見て、どれも参加者が殺し合いを勝ち抜くのに有益なものと判断できた。


「……って、あの時の友奈ちゃんのと同じ技なのかなぁ?」


本能字の乱戦時、押されていたのにも関わらずいきなり強くなって少なからず神威にダメージを与えた少女 結城友奈。
花代のアーツにはあの時の彼女の変容を髣髴とさせるような説明があった。
セイバーは殺し合いに乗った参加者。余程の事がなければ先程別れた絢瀬絵里らの脅威であり続ける。
意図せずとしてセイバーに切り札を与えてしまった神威はしばし考えこんだ。


「……」


先の事は解らない。情報も少ないこともあって切りがないと結論付け読書を再開する。
乗っていない参加者と会ったらセイバーの事伝えようかなと思いながら。


「……ルリグって沢山いるんだなあ」


その数は軽く50を超えていた。カードゲームの形式上プレイヤーの分身の役割を持つルリグは多種でない方が商品としてもゲームツールとしても扱い易い。
なのにその数は多く、専用カードのないルリグも珍しくなく、その全容はアンバランスそのものに思える。
ゲーム自体ほとんど興味のない神威から見てもそれは異常に見えた。
彼はある事に思い至り、ルリグ達の名称を確認しつつ腕輪を作動させる。
白カードに参加者名簿が映し出された。


「……紅林 遊月と浦添 伊緒奈(イオナ)かあ」


ルリグ一覧で確認できた名前2つ。そして参加者名簿にも確認できる名前2つ。
支給ルリグの中には確認できないが、もし他の参加者が大全を読めば主催絡みで2人に興味を抱く事はほぼ間違いないと思える。
神威は絵里から離れる前に黒カードを一通り確認すればよかったかなと思った。
聡明そうな彼女になら面白い感じに推理をしてくれそうと期待できたから。

彼は本を閉じ黒カードに戻し、次のカードを検分する。程なくして渡された黒カードは最後の1枚になった。


(これは)


732 : 追う兎 ◆WqZH3L6gH6 :2016/09/17(土) 00:05:08 3/Cke/gI0

絵里が強調しながら渡していたから覚えがある。
妹 神楽の支給品で遺品となった彼女自身の血痕が多く付着した黒カード。
空っぽに限りなく近いはずの自分に何かが流れるのを感じる。
彼は素早くその黒カードを元の形に戻した。

-------------------------------------------------------------------------------------------------

駅から出て、すぐ近くにベンチがいくつかあった。
神威は真夜中にそこで眠り続ける栗色髪の短めのツインテールの少女がいたのを覚えている。
自分や纏流子といった危険人物が近くで戦っていたのに関わらず、動じなかった少女に神威は少なからず興味を抱いた。
彼は意識してそちらに足を運ぶ。あの少女の姿はなかった。
だが少女がどうなったかは両断された一つのベンチに残された大量の血痕が答えを出していた。


「あのまま殺されるとはね」


最後に見た時は路上で眠る姿。
血痕の位置から察するに一度目覚めて他のベンチに移動したか、あるいは他の参加者に気遣われて運ばれたかしたのだろう。
もう少し先の方にも大量の血痕が確認でき、壁に落書きのような跡もあった。
どちらにせよ眠り姫は抵抗すること無くあのまま殺されたのだろう事は見て取れる。
信じがたいが最初から生を放棄していたとも取れる有様であった。

「はぁ……」

神威の口からため息が漏れる。落胆からかそのまま去って目的地へ行こうと思った。
しかし先ほどの黒カードの検分の際、己と妹の不足を認識させられたこともありもう少し調べる事にする。



調べれば発見した大量の血痕の周囲には目立たないが、移動跡と見れる少量の血痕が見つかった。
それを辿ることにする。


「見つけた」


駅前の掲示板の影にそれらは隠されるように安置されていた。
眠り姫の両断死体とやや小柄な少女の首なし死体が一つ。
そしてそれぞれの遺体の脇に置かれた2枚の白カードと1枚の黒カード。
遺体を移動させた者の意図は人道的なものであるのは神威にも理解はできた。


「……」


次に彼が興味を持ったのは白カード。それぞれには死亡者の顔が映し出されている。
穏当な理由ではないにしろ一度は纏流子の魔の手から助けた少女。
眠り姫の無残な死体に対し哀れみや憤り、嘲りなど自分を揺るがすほどの情は湧かない。
ただどういう人物だったのかというちょっとした好奇心は湧いて来た。
最初から生を諦めていたという、彼にしてみれば下らない理由で落命したとは思いたくないから。
それは妹へのささやかでひねくれた対抗心から来たもの。


神威は番傘とは別の支給品を神楽が一度目に止めていたのは知っている。


733 : 追う兎 ◆WqZH3L6gH6 :2016/09/17(土) 00:05:50 3/Cke/gI0


軽く調べただけで遊具品と判断し、それ以降使おうとしなかったのも。
彼はそれを推測できたからこそ、そっち方面では一歩先を行ってやろうかとぼんやりとでも思った。
骨組みか、殻のみになったバカ兄貴の意地にかけて。


神威は白カードを2枚拾い上げ、黒カードにも手を伸ばす。
黒カードを元に戻すとそれは動物を模したポーチだった。彼はそれは置いていく事にした。
もう1枚はついでだが、眠り姫の白カードがあれば他の参加者から情報を聞き出すには充分かと思ったから。
知り合いが1人も参加していないわけではあるまい。


「そう言えば」


参加者の事を知っているのは何も他参加者や主催のみとは限らない。
人並みの知能を持った支給品なら知っていてもおかしくはないはず。
神威は遺体から離れると神楽の形見の黒カードを変化させる。
その黒カードにもう血は付いていなかった。

-------------------------------------------------------------------------------------------------

「あっ待って。そこに誰かいるみたいだよ」

DIOの館へと走る神威は神楽の支給品であった青の髪とドレスを着た容姿のルリグ――ミルルンに呼び止められた。
彼は速度を落とすと、指さされた方向へと向かう。
横切る風景は超常の力を用いた戦闘痕が散見される。ミルルンは驚嘆の声を小さくあげた。


「墓標か……」




神威の目前には墓が2つあった。墓前には赤カードと青カードがそれぞれ1枚ずつ備えられている。


「藪蛇かなあ……」


ミルルンのバツの悪そうな声を聴きながら、彼は一方の墓が誰なのかを確かめる。
周囲の破壊のいくつかは半日以上前に戦った桃色髪の少女の力によるものと推測できるもだった。


「友奈ちゃんか」


ミルルンは、声のトーンをさっきと比べ落としたまま神威に告げる。


「さっきと比べて強い気配が3つある」


白カードの事かと神威は判断した。
ルリグには同属以外にも魂が封じられた白カードを朧気ながらも察知できる力がある。
先ほど回収した2枚のより強い力があるということなのだろう。


734 : 追う兎 ◆WqZH3L6gH6 :2016/09/17(土) 00:06:14 3/Cke/gI0


どうしたものか。白カードは地中に埋められた状態のようである。
それを掘り起こすのはマズいのではという迷いが少々ながらもあった。それはミルルンの表情にも表れている。
神威は素面で繭のゲーム開始前の説明を思い出していた。


(死んだ人の魂は白いカードに閉じ込められ、永久の孤独を強いられる、か……)


墓とは死んだ人を弔うのに必要なもの。
しかし真の安らぎとやらを与えるには白カードから魂を解放せねばならない。それはついさっきも思ったこと。
となると墓が本来の効用を発揮するには、魂の解放が不可欠となってくる。
ミルルンの方を向く、彼女はどちらの選択を強いることもなく神妙な顔で墓を見つめている。

神威は墓前の青と赤のカードを丁重に脇に退け、スコップを出して発掘を始めた。
ミルルンから驚きの声が上がるが、非難はない。


「……」


実の所を言うと今の神威に主催から死者を救いあげたいという明確な意思はない。
しかし支給品からの提案とはいえ、取るに足る行動理由を与えられれば何もしないと言う訳には行かなかった。
ルリグはそっぽを向いた。神威はあっという間に2人の少女の遺体と3枚の白カードを発掘する。


「おや?」


白カードの1枚。3人の中で一際幼い少女の顔写真にある異変を神威は発見する。
切れ込みが入ったままの白カードを。
彼は白カードを仕舞い、簡単に遺体の検死を済ませると再び遺体を素早く埋葬した。
ミルルンから感嘆の声が上がった。


-------------------------------------------------------------------------------------------------

ここはC-7 DIOの館玄関前。
神威は保登心愛の白カードを宙に浮かせると、その端を指で弾く。
カードの端が破れ散った。だが次の瞬間に破損した箇所が音もなく元に戻った。
彼はなおも2度指でカードを弾いた。またもカードを大きく破損させるがまた元に戻る。
神威が彼女のカードを選んだのは5枚の白カードの中で一番重要度が低かったから。他意はない。
彼は次にカードを片手に取り、中心部分を指で弾いた。
音を立ててカードに大穴が空いた。だがそれも同じように復元された。
彼はルリグカードに視線を移した、やろうとする事を察したミルルンはノーセンキューのゼスチャーをし拒否。
神威は手を止める。不死身ではないようだ。


「はー。どーいうことなんだろうね?」
「俺はDIOを倒せればそれでよかった筈なんだけどな」
「その割にはけっこう気回してるじゃない」
「ほんと、何やってるんだろうな俺は」


彼は笑えなかった。
黒カード確認からここまで神威がやった事と言えばアイテム集めとその考察。


735 : 追う兎 ◆WqZH3L6gH6 :2016/09/17(土) 00:06:47 3/Cke/gI0

柄にもないと彼は思った。現実から目を背き続け、迷いに迷ったあげく妹を殺してしまった男が。

「……」

ミルルンは言葉を続けない。今の神威の本質を理解し始めたからこそ。
地下闘技場での一戦が無ければウィクロスカード大全に対し、今と同じくらい注目はしなかっただろう。
もし坂田銀時らによってわずかでも自分を取り戻せなければ、神楽の支給品の価値に気づく事はなかっただろうし、
妹への細やかな対抗心からくる探究心も目覚めなかっただろう。
もし探究心が芽生えなえれば結城友奈ら勇者たちの白カードの異変を発見できなかっただろう。
かつて神威は最終的に主催を屠るつもりで行動していた。その為、参加者で唯一破壊された橋の修復現場にも立ち会えている。
客観的に見ずとも今の神威は対主催に関しかなりの有力者になっていると言える。しかし。


「ねー、だったら」
「先約があるんだ。まずはそっちを守らなきゃね」
「うーん。そこまでなら仕方ないかな」



それらの事実は空虚を埋めずに適わず、彼の長所を多く含める残った部分も絢瀬絵里ら対主催サイドとの共闘を拒んだ。

気が付けば日が暮れようとしている。セイバーやDIOがやって来る気配はない。
神威は玄関の方へ向くと館内部に入っていった。
休憩と情報整理がてらにミルルンにウィクロスカード大全を読ませる為に。


-------------------------------------------------------------------------------------------------

神威は館の最深部、DIOの部屋にてミルルンと繭についての情報交換をしていた。


「灰色の服なんて着て、イメチェンしたのかなあ?」
「ひょっとして俺が見た彼女とは雰囲気が違うのかな?」
「幻想的で幼気なとっても大きいカリフラワーみたいな髪をした女の子でしょ。その辺は共通してるけど何か違うんだよねー」
「君はルリグになる前に繭ちゃんとあった事はあるのかな?」
「……遭ったことはないけど、その辺は聞かないでほしいな。言うなと言われたの」


「……それはこのゲームでの事かな」
「その前から」
「解ったもう詮索はしないよ。君の正体は俺が思っている通りで間違いは無さそうだし」
「……」


ミルルンは神妙に頷き、神威も納得したように話題を変える。
ウィクロス大全のルリグリストからして彼女も元人間なのだろうと神威は結論づけた。
ルリグ達の名前には和名をカタカナ読みに変えただけのものがいくつもある。
ミルルンの価値観からしても比較的平和な境遇で過ごしていたと推測できた。
こちらの問いや大全への反応からしてそういう事なんだろう。


「繭ちゃんの違うって言うのは姿じゃないんだろ」
「うん。前は詐欺同然なゲームで女の子を引っ掛けて、それを眺めて楽しんでるって感じだったけど、
 話聞く分だと他の人も加担して色々やっちゃってるって感じ。同じ子が1人で計画したとは思えないの」


736 : 追う兎 ◆WqZH3L6gH6 :2016/09/17(土) 00:07:18 3/Cke/gI0

「俺はウィクロスを作った組織が今回のゲームを始めたと思えてきたんだけど」
「それ私も考えた事があるけど違うと思う。セレクターバトルが始まる前からウィクロスはあったみたいだし。
 むしろ繭ぴーが会社を乗っ取ったってパターンが自然かなあ」
「セレクターバトルって麻雀も含まれるのかい?」
「へっ?」
「支給品に麻雀牌がこれだけあったんだ」

神威は黒カード2枚を戻す。そこには幾つもの麻雀牌があった。

「ウィクロスだけだよ」
「じゃあ、参加者のただの持ち物だったのかな」
「そうだと思うよ。ウィクロスは麻雀とのコラボはしてなかったはずだから」
「……」
「……」
「…………彼女の協力者については手がかりなしか。
 君が初めて繭ちゃんに出会った時と、最後に出会った時と違いは無かったかい?」
「う〜ん。髪の色がちょっと濃くなったかもってくらい、かなあ?」
「元は何色だった?」
「白に近い緑だったよ」


別人という線は無さそうだねと神威は推測した。
神威が繭の容姿について尋ねたのはゲーム説明を受けた時は繭から大分離れた位置にいたから。
そのせいか、彼女の顔や髪の色にいたるまで光源の具合によって不鮮明だったからだ。
カードから出てきた竜についてもよく解らないでいた。



「次はこっちからいいかな?」
「……質問内容にもよるよ」
「私が指差している所に何があるか確かめてほしいの?」


部屋には照明などは機能しておらず。光源は腕輪から。
ミルルンが指差した先は神威が座っている寝台よりかなり高い位置にあった。
お安い御用とばかり神威は指の力だけで張り付いたように壁を登っていく。
指したその箇所には棒状の様なものの置き場所、更に上の方にもそれらは確認できた。
かつては棒状のような物を飾っていたように見える。


「既に持ち去られた後みたいだね」
「えー残念」
「……」



館の探索は神威と流子が半日前にすでに済ませてあった。
よってもし調達するに値する物品があればとうに回収しているはず。
だからミルルンが発見した置き場には元から何も置かれていない。それが事実。
神威とミルルンは興味をなくし、今後について話をしようとする。
どんな物が置かれていたとか、支給品になっている可能性とか、どこかにあるとかいう可能性は考えずに。


737 : 追う兎 ◆WqZH3L6gH6 :2016/09/17(土) 00:08:19 3/Cke/gI0
『今晩は。三回目の定時放送の時間よ』

「!」
「……!」


放送が始まった。

-------------------------------------------------------------------------------------------------

放送から30分を大きく過ぎた、館外には未だにDIOの姿もセイバーの姿も見えない。


「まいっちゃうね」
「ああ」


日は完全に落ちた。


「そろそろ俺は北に行こうと思うんだけど異論はないかい?」
「ここまで待たせる方が悪いと思うしぃ、いいんじゃない」


ミルルンは異論があっても変える気はないのに?っていうからかうような小言を発するが、
神威はごく自然にスルーすると黒カードの2枚を武器に変えた。
大きな鍵のような鈍器と、金色のローラーのような武器。


「DIOの館で待ち合わせって言ってたけど、外か館内かはまでは聞いてないんだよね」
「……待ち伏せしてそ」
「時間が経てばいるかもしれないけど、中にいられると面倒だよな」


神威は武器を手に館の方を差すと言った。


「この建物壊そうと思うんだけど、いいかな」
「さんせー」


両者の声には苛立ちがあった。
待たされた事もあるが、神威にとって一番腹立たしいのはそれではない。


――宇治松千夜。

先ほどの放送で呼ばれた黒髪ロングの和風色の強い少女。本部以蔵に保護されていた無力な参加者。
千夜の人物像に関して言えば、彼女は神威にとって心打つ存在では決してない。
恩人を救うべく助けを呼びに行く選択も、神威から見てそう珍しいものでもない。性格的にも相容れないだろう。
だが、彼女は神威が知るだけでも多くの人の命によって生かされ、生き続けなければならないはずの少女だった。


738 : 追う兎 ◆WqZH3L6gH6 :2016/09/17(土) 00:09:18 3/Cke/gI0

千夜が周辺に救助を呼びかけたのも、元はといえば彼女を助けた本部以蔵を助けるためであったし、
それらに応えた銀時、神楽、ファバロも自分という障害を廃除、あるいは無力化するために全身全霊で挑んでいた。
にも関わらず二時間も経たないうちに千夜は命を落とした。
あれだけの犠牲を出し、力も出しきった後がこれか?とやり場のない強い感情の波が神威の全身を駆け巡った。

神威は早足に館へ向かう。館を最後に一目見渡した。
DIOの威圧がなければ贔屓目に見てもリアルお化け屋敷。
悪く見れば猟奇要素のある娼館辺りにしか見えない。それは彼と彼女の共通認識。
半壊したDIOの館に神威の攻撃が繰り出される。
非力な少女でも持てば超人を殺し得る強力な武器を携えた神威に対し、館が長く持ちこたえられる道理は無く。
2分もしない内にDIOの館は倒壊した。

-------------------------------------------------------------------------------------------------

「アーツは使える、それで間違いはないね」
「だいじょうぶ」
「そう」
「……」

神威が向いた先にあるはB-7にあるホテル。
彼が日中推測した通りならあそこにDIOがいるはずだ。
遭遇できるかどうかは自信はない。時間を大幅にロスしてしまったから。


「……休んでいい?」
「……」


神威はミルルンの要求に黙って頷く。
彼女の表情は沈痛の色が見て取れた。
彼の手にはカードデッキ。一部分が神楽のミスで汚れたもの。

「カード大全続き読ませてね」

ミルルンの言葉とともに神威はルリグデッキを黒カードに戻す。

「ばいばいるーん」
「……」


うるさい子だと神威は思う。けれど嫌いにはなれない。
軽薄で煩わしく見えたがそれは演技ではなく素なのだろう。
彼に対し悪意のようなものも向けられなかったのも悪印象を抱かなかった一因。
彼は知る由もないが、地下闘技場での一戦で彼が変心しなければ友好関係は築けなかっただろう。
邪念がほぼ失せた現状で対面できたのもお互いにとって幸いだった。


「異能は事前に察知できるか……」


ミルルンはアーツ アンチスペルの能力の一部で発動直前の異能を一つのみ察知できるという。
それに加え アンチスペルは大全の説明通りならどんな異能も一度は無効化できるとの事。
DIOとの戦いの際、彼女のアーツは彼の異能に対するカウンターになり得る。
しかしもしその機会で撃ち漏らしてしまうと、今度はミルルンが標的になる可能性が高い。
なので自分ではなく違う複数人で行動する参加者に持たせるべきと思うが、あいにく他の参加者は見当たらない。
どこまでもままならないなと彼は思った。


739 : 追う兎 ◆WqZH3L6gH6 :2016/09/17(土) 00:09:42 3/Cke/gI0
「……」

放送後、神威はミルルンに参加者名簿を見せゲームについても教えた。
その結果、パートナーの死を知ってしまい少なからずショックを与えてしまったのだ。
参加者名簿を見せた際にはパートナーである蒼井晶に対して悪態をいくつか付いていたが、
嫌い抜いていた訳ではなかったようだ。


神威はさっきのカードデッキの形と元の所持者の事を思い出す。
ミルルンいわく一度元に戻された直後、水たまりに落とされ、即拾い上げられたもののすぐに黒カードに戻されたという。
神威によって戻されるまでそれっきりだった。

「……」

もし仮に神楽がルリグカードの効力に気づいていれば、もっと上手く事を運べただろうか?
自分が妹を殺す羽目にならなくてすんだだろうか?答えはない。
せめて妹と同じミスをしないと心がけようと思った。


「まったくしょうがない奴だなあ……」


汚れたカードデッキを思い浮かべ、神威は泣き笑いに似た笑顔でそう呟いた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【C-7/一日目・夜】

【神威@銀魂】
[状態]:全身にダメージ(小)、頭部にダメージ(小) 、宇治松千夜の死に対する苛立ち(小)
    よく分からない感情(微)
[服装]:普段通り
[装備]:王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)、ブルーデマンド(ミルルンのカードデッキ、半分以上泥で汚れている)
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(24/30)、青カード(24/30)、電子辞書@現実
    黒カード:必滅の黄薔薇@Fate/Zero、不明支給品0〜2枚(初期支給)、不明支給品1枚(回収品、雁夜)
    黒カード(絵里から渡されたもの) :麻雀牌セット(二セット分)、麻雀牌セット(ルールブック付き)、不明支給品(銀時に支給、武器)
                      ウィクロスカード大全5冊セット、アスティオン、シャベル、携帯ラジオ、乖離剣エア
    白カード:蒔菜、ココア、友奈、風、樹(切れ込みあり)
[思考・行動]
基本方針:俺の名前は――
0:DIO討伐の為、ホテルへ向かう。
1:見どころのある対主催に情報や一部支給品を渡したい。
2:眠り姫(入巣蒔菜)について素性を知りたい。ただしあまり執着はない。
[備考]
※DIOおよび各スタンド使いに関する最低限の情報を入手しました。
※「DIOとセイバーは日が暮れてからDIOの館で待ち合わせている」ことを知りました。
※DIOの館は完全に倒壊させました。
※ホテルにDIOは潜伏していると思っています。
※大まかですがウィクロスのルールを覚えました。
※ルリグは人間の成れの果てだと推測しました。入れ替わりやセレクターバトルの事はまだ知りません。
※樹の白カードに切れ込みがあるのを疑問に思っています。

※白カードは通常は損壊、破壊する事は不可能です。すぐ復元されます。
 (ジョジョ6部の各種DISCみたいな感じ)
※友奈、風、樹のカードは他参加の白カードより強い力を発しているようです。


740 : 追う兎 ◆WqZH3L6gH6 :2016/09/17(土) 00:10:12 3/Cke/gI0
・支給品説明
【ブルーデマンド(ミルルンのカードデッキ)@selector infected WIXOSS】
神楽に支給。
蒼井晶の二代目ルリグ、ミルルンが収納されたカードデッキ。
ロワに関する説明はあまり受けていないが、アーツについては聞かされている。
外見は黒猫と星を模した髪飾りを付けた団子状の髪型をした、ノースリーブの水色ドレスを着た青髪の少女。
性格は気ままで明るい性格でマイペース。物怖じしない。口癖は語尾にるん。
蒼井晶との関係は一見険悪だったが、実のところ悪態をつきつつもそれなりに気にかけていた。
参戦時期は2期でウリスがルリグに戻る前。


※アーツ『アンチ・スペル』について。
ゲームにおいてはコストを2払う事によって発動する。
スペルならどんなに強力でも効果を打ち消す事ができる。アーツに対しては無力。

当ロワに置いては最小コスト2払う事によってアーツ以外の異能を事前に打ち消すことができる。
ただし異能のレベルが高いと払うコストが増大していく(最大6)。
エナコストは一時間休憩すると1回復する。
コストが支払えないと消費はせずに住むが、効果も発揮しない。
完全に(累積6)消耗すると、以後六時間は使用できない。
エナが万全(6)ならどんな異能も一度は打ち消すことができる。
ミルルンは使用アーツの特性上、ある程度異能を事前に察知することができる。



【麻雀牌セット(ルールブック付き)@咲-Saki- 全国編】
カイザル・リドファルドに支給。
本部以蔵に支給された麻雀牌セットとは別物。
違いは麻雀について詳細かつ解りやすい良質のルールブックが付属されている。



【ウィクロスカード大全5冊@selector infected WIXOSS】
リタに支給。
初出はinfected3話より。書籍は実在しており旧シリーズ5巻まで発売されている。
ただしこれはアニメ世界でのカード大全で、しかも当ロワ仕様に変更されている。
内容はspread終盤でユキが登場する直前までのウィクロスのカードのデータが収録。
市販のカードのみならず人間が変じたルリグまで記録されている。
一冊ごとに当ロワで支給されたルリグ一体(?)の詳細(正体以外)が書かれてもおり、
アーツの効果やルリグを活用する上でのヒントが書かれている。
現在は花代、緑子、ピルルク、エルドラ、ミルルンの詳細が確認されている。
支給ルリグ タマヨリヒメやセレクターバトル、夢幻少女、原初ルリグに関する情報は記載されていない。


※レッドアンビジョン(花代のカードデッキ) アーツ『背炎の陣』について
ゲームにおいては手札を三枚捨てることにより、敵味方すべてのシグニを消し去ることができる。
使い方次第ではエナを貯める事ができる強力なアーツ。

当ロワにおいては花代がコストを3消費し、使用者が行動後に身体機能か感覚の一つを失う事により発動させることができる。
いわゆる勇者の満開を再現させるアーツ。効果の詳細は使用キャラによって異なる。
消費したコストは1時間休憩する事により1回復する。再使用には6時間経過が条件。


※エルドラのデッキ(ブルーリクエスト 補足)アーツ『ハンマー・チャンス』について
ゲームにおいてはライフクロスがゼロになった時のみ使用できるアーツ。
1レベルにグロウするだけで使用可、コストなしでライフクロスをに2回復させる効果がある。


エルドラが手にしたピコピコハンマーで叩けば発動。
当ロワにおいては致命傷以上のダメージを受けた存在に対してのみ効果を発揮する。
エナコストはなし。一度使用した対象には二度と使用できない。一度使用する12時間使用不可になる制限が課せられている。
回復はダメージ(大)までが限界だが、対象がどんな状態であろうと生きていれば確実に戦闘可能状態にまで救命・回復させる事ができる。
使用条件はルリグに解るようになっているので、エルドラはある程度生物のダメージの度合いが解るようになっている。


※支給ルリグ共通
花代、緑子、ピルルク、エルドラ、ミルルンには繭から新しい力を与えられている。
その為アーツ(最低一種使用可能)が単独で使用可能となっている。他にも未発動の力があり?


741 : ◆WqZH3L6gH6 :2016/09/17(土) 00:11:08 3/Cke/gI0
投下終了です。


742 : 名無しさん :2016/09/18(日) 18:36:27 gCU3WIjQ0
投下乙です!
DIO討伐に向けて準備する神威、エアとバビロンの両刀はヤバそうwww
ミルルンの力もあれば『世界』も打ち消せるのか・・?
ホテルに向かうということだけど、禁止エリアのことは分かってるのかしら。
まあDIOたちがどう動くかもわからない現状、どうなるかは後の話し次第か。
あと、兄貴として妹を意識してるのがちょっと切ない。

ちょっとした指摘です
>>730
「あのモジャモジャ女ァ!!ふざんじゃないヨ!!私が夜兎族だからって殺し合いに乗ると思っ
ここ、途切れてると思うのですがどうでしょう?


743 : ◆WqZH3L6gH6 :2016/09/18(日) 19:43:03 Kq9Wvf3oO
>>742
感想とご意見ありがとうございます。
台詞の途切れたのはあえてそうしました。
まずかったら修正します。


744 : 名無しさん :2016/09/18(日) 19:57:30 gCU3WIjQ0
>>743
これは野暮なことを訊いてしまったようで、失礼しました。
修正は必要ではないと思います


745 : 名無しさん :2016/09/20(火) 19:09:55 xTnnnz6A0
投下乙です
すごく読み応えありました!

そういえば関係ないけど今更に2ndのファンアートがpixivにあがってて懐かしすぎてなんか泣けた


746 : ◆X8NDX.mgrA :2016/09/26(月) 23:46:06 YIuXOc5c0
投下します


747 : 前だけを見て進め ◆X8NDX.mgrA :2016/09/26(月) 23:48:10 YIuXOc5c0
 数度の激戦を経て瓦礫の山と化した放送局。
 そこでは勇者と悪魔が、つかの間の休息をしていた。
 両者は共に疲労困憊、満身創痍。回復するには時が要る。
 とりわけ勇者は身体(からだ)よりも精神(こころ)に重篤な傷を負わされた。
 化け物相手に華を散らして奮戦した少女は、目覚めて何を想うのか。








――人にはそれぞれ生まれた意味、背負った役割がある。



――聖女、ジャンヌ・ダルクがあるとき口にしていた言葉だ。



――これは夏凜殿にも通じるのではないかな?



――聖女と勇者は、どちらも国のため、世界のために生きる者。



――己の役割を考えれば、前向きに行動できるのではないかな?








 辺り一面、瓦礫しかないその場所で、地面にあぐらをかいて座り込む影がひとつ。
 悪魔・アザゼルはじっと目を瞑り、悪魔の如き少女・繭の声に耳を傾けていた。
 生意気な声で告げられていく、禁止エリアに死者の名前。
 沸き立つ苛立ちをどうにか抑えて、内容に集中する。


『また放送が聞けるといいわね』


 こうして第三回放送を聞き終えたアザゼルは、改めて怒りと焦燥を覚えていた。
 重要視したのは、アインハルト・ストラトスとホル・ホース両名の死亡。
 そして、名前が呼ばれないことから逆説的に判明する、ラヴァレイの生存。
 手にしていた駒のうち二つが永久に使えなくなり、疑惑を向けていた騎士の謀反がより濃厚になった。


(参加者が減る速度が速すぎるのも考え物だな)


 今後利用することも視野に入れていた賞金首の男やゾンビ娘を含めて、死亡者は十五人。
 第一回の放送から、参加者の死ぬペースが殆ど変化していない。
 人間風情がいくら死のうが悲しみはないが、有用な参加者が減るのは問題だ。
 参加者の残り人数を数えると、なんと二十四人。
 DIOや縫い目の女のような『乗っている』者、あるいは『力のない』者もいると考えれば、利用できる人数は更に減る。
 繭に一泡吹かせる目的が、より困難になるかもしれない。


(セレクターが死んでいないだけでも僥倖、か?)


 この殺し合いを打開する鍵となるだろう少女たち。
 三名のセレクター、小湊るう子と浦添伊緒奈、そして紅林遊月は未だ生存している。
 倒壊した放送局に戻ってこないのは、何者かに捕らわれたか、動けない事情があるか。
 すぐにでも探しに行きたいが、それには人員が足りない。
 この場所にはアザゼルと、傷ついた少女が一人しかいないのだ。
 せめてセルティがいれば。そう考えながら、すぐ隣で仰向けに横たわる少女――三好夏凜を見る。
 すると、タイミングよく夏凜が目を開けた。


748 : 前だけを見て進め ◆X8NDX.mgrA :2016/09/26(月) 23:49:36 YIuXOc5c0


「目覚めたか」
「……放送は?」
「なぜ俺が説明する必要がある。自分の眼で確認するがいい」


 アザゼルは夏凜に優しくする気など皆無だ。
 夏凜は利用するに足りる参加者であり、観察して面白い素材ではあるが、温情をかけるつもりはない。
 そもそも悪魔は温情など持ち合わせていないが。


「……そうね」


 対する夏凜の動きは緩慢であり、アザゼルの不遜な物言いに反論する気力もない様子だ。
 寝心地の良くないだろう地面から動く体力も、まだ回復しきっていないらしい。
 仰向けの姿勢のままで腕輪を操作していき、やがて顔を曇らせた。
 観察していたアザゼルは、そのタイミングを狙って話しかける。


「どうだ?望んだ情報は得られたか?」


 酒の肴を楽しむかのように、若き勇者の反応を愉しんできた悪魔は問う。
 当然のことながら、望まぬ情報ばかりであったことは承知の上だ。
 アザゼル自身の溜飲を下げる目的の、悪意しかない問いかけである。


「そう……」


 それに対して、ぼそっと呟く夏凜。
 アザゼルは期待通りの反応を予感して、何度目になるか、愉悦の笑みを浮かべる。
 絶望に染まる顔、不安を隠せない声、必死に強がる言葉。
 勇者を自称する少女が、勇気ある者らしからぬ表情を見せてくれるのは、愉快痛快この上ない。
 しかし、そんなアザゼルの期待を裏切るかのように。
 夏凜は上体を起こすと、はっきりと宣言した。


「……東郷、それに友奈と風のことは、もちろん残念よ。
 この島にいる勇者は、もう私だけ……だから、アイツらの分まで、私は頑張るわ」
「なに?」


 流石の悪魔も、これには怪訝な表情をした。
 東郷美森という友人を目の前で殺害され、剣呑な殺意を放つ夏凜の姿を、アザゼルは記憶している。
 そのときと比べて、立ち直りがあまりにも早すぎる。
 放送によれば、勇者の知人は全て死亡したことになる。
 結城友奈――チャットの文面を受けて、ひどく心配していた相手もいたはずだ。
 ここで嘲笑すれば激情に牙を向けてくると考えていたアザゼルは、反応を奇妙に思いながらも、考えていた言葉を口にした。


「しかし、『なるべく諦めない』……だったか?その結果がこれとは、お笑い草だな」


 的確に傷を抉るアザゼル。
 夏凜は僅かに声を詰まらせながらも、決然たる態度で言い放つ。


「ええ。私が風を無理にでも止めれば、こんな結末にはならなかったでしょうね。
 でも、クヨクヨしていても仕方ないわ。アインハルトにも同じようなことを言ったけど、私のすべきことをしないとね」


 そこにアザゼルが期待したような、陰鬱な表情はない。
 言葉はどこまでも前向きで、気高く勇ましいものだ。
 まさしく語り継がれる勇者の在り様に違いない。


「アザゼル、チャットを見た?新しい書き込みが――」
「……フン」


 悩むのは終わりとばかりにアザゼルに向き直り、話題を変えた夏凜。
 スマホの画面を見せながら、どうこうと考察している。
 その姿に、アザゼルはイラついたように鼻を鳴らした。







 なぜ、三好夏凜はここまで前向きにいられるのか?
 身体的にも精神的にも傷ついているはずなのに、まるで痛みを感じていないようではないか?
 否、痛みを感じていないわけがない。むしろ感じているからこその態度なのだ。


749 : 前だけを見て進め ◆X8NDX.mgrA :2016/09/26(月) 23:52:34 YIuXOc5c0


 そもそも、夏凜が勇者であろうとしたのはいつからか。
 勇者に相応しい強さを身に付けるために、夏凜は多くの訓練を積んできた。
 素振りやランニングといった鍛錬を日課とし、栄養はサプリメントで合理的に摂取する生活。
 そうした弛まぬ努力の結果として、夏凜は確実に同年代の女子よりも優れた身体能力を有していた。
 しかし、「普通」の女子中学生と比較すると、その生活は酷く孤独なもの。
 本人にしてみれば孤独ではなく孤高であったかもしれない。
 とはいえ、愛と正義だけが友達――そんな冗談も笑い飛ばせない状態だ。
 加えて、少女は周囲と比べてその在り様が歪んでいると、理解できないほど愚かでもなかった。
 耐えることができたのは、才能が開花したという自負と、勇者になるという断固たる意志を堅持していたからだ。
 「勇者として四国を守る」――それは、夏凜にとっては当然の行為だった。
 夏凜は少女である前に勇者であろうとしていた。


 しかし、夏凜は任務の中で讃州中学勇者部に入部した。
 そしてそこからは、少女らしい――年相応というべき、初めての経験の連続だった。
 勇者部の仲間に自分の誕生日を祝われたこと。
 仲間と楽しく奉仕活動をしたり、海で遊んだりしたこと。
 子供たちと触れ合い、ぎこちないながらもコミュニケーションをしたこと。
 積み重なる思い出の数々は、少女に新たな意志を抱かせた。


「この暮らしを、この生活を失いたくない」
「勇者部の仲間たちを失いたくない」
「三好夏凜として皆を守りたい」


 これらの動機は、夏凜が独りで訓練している際には生まれ得ないものだろう。
 勇者としての動機以上に、少女としての動機が大きいのだ。
 おそらく本人も気づかない内に、夏凜の行動原理は変化していた。
 いや、最初から存在するべき純粋な行動原理を、勇者部と出会って得たというべきか。
 それによって、歪んだ在り様はいくらか矯正されたのかもしれない。
 義務感からではない純粋な動機は、それまで以上に夏凜を強く支えた。
 そう考えるならば、勇者であり、同時に少女でもある夏凜は、二重の強さを手にしていたと言える。
 自信を失い倒れそうなときに、支えてくれる支えという強さ。
 夏凜はこれまで、その強さに何度も支えられてきた。


 夏凜は殺し合いの中でも、支えを胸に行動してきた。
 しかし、無限に押し寄せてくる不安や焦り、悲しみや怒りという感情で、夏凜の精神は摩耗していった。
 それが限界に達したのが、先刻の針目との戦闘である。
 激情に任せて行動した結果としてホル・ホースを斬り殺してしまった、という思い込み。
 加えて放送で呼ばれた名前が追い討ちをかけた。
 仲間である少女たちの喪失と、助けられたかもしれない、という深い後悔。
 もともと夏凜は殺し合いに乗った風、殺された樹、チャットに乗った東郷の情報、友奈の安否と、限りない不安を覚えていたのだ。
 許容範囲を超えたショックを受けて、千々に乱れていた心はいよいよ分裂した。


 勇者としての夏凜を奮い立たせていた矜持を失い。
 少女としての夏凜を支えてくれていた仲間を喪い。
 安定するために、安心するために、夏凜は支えを求めた。
 その結果「少女」を放棄して「勇者」であろうとする「三好夏凜」がいた。


 何度も何度も傷つけられて、その度に立ち上がれるのは、夏凜が勇者だから。
 アザゼルに死者を侮辱されて、力量差を見せつけられても反抗できたのは、勇者の正義感によるものだ。
 真の正義とか難しいことまでは、夏凜は考えていないだろう。
 ただ、皆が憧れる「勇者」だという事実が与えてくれる勇気の力を以て、夏凜は正義を貫いている。


 もちろん、前向きな感情だけではない。
 もし、夏凜がかつてのまま「勇者」であり続けたなら、仲間を喪い多大なショックを受けることはなかっただろう。
 逆に言えば、多大なショックを受けたのは夏凜が変化したからだ。
 勇者であり少女でもある――その道を進んだせいで、仲間を喪うという悲劇に見舞われたのだと。
 そう深層心理で考えてしまったのだ。


750 : 前だけを見て進め ◆X8NDX.mgrA :2016/09/26(月) 23:54:13 YIuXOc5c0

 この悲しみ、痛みから逃れるにはどうすればよいのか?
 端的に言えば――痛みを感じすぎた夏凜は、このとき「三好夏凜という少女」であることを放棄した。
 それが自分の感じる痛みを最小限に留める唯一の手段だと考えたのだ。
 そうしなければ、無限に湧き出る怨嗟と憎悪の坩堝に、なすすべもなく吞み込まれてしまうから。
 だから、夏凜は少女であることを辞め、純粋な勇者であろうとしている。
 後ろを振り向くことを止め、前だけを見て進もうとしている。
 これは、ある種の自己防衛といえるだろう。







『この書き込みは犬吠埼風さんのスマホからです。
 スマホは風さんが亡くなっていた場所から拝借しました。
 狂乱の貴公子とブランゼルは、万事屋から南東の市街地を探索します』


「書き込みをしたのは“F”。内容から見て風のスマホで間違いないわ。
 たぶん、るう子の書き込みを真似たんでしょうね……どちらも名簿にはないし、あだ名なんじゃないかしら」


 夏凜は自身で確かめるように、チャットの新しい書き込みを読み上げた。
 既にチャットを見たアザゼルにとっては無意味である。
 しかし、アザゼルは考察を話す夏凜をじっと見つめてから、唐突にこう指摘した。


「狂乱の貴公子は分からないけど、ブランゼルは確かアインハルトがそんなことを――」
「三好……貴様、左目の視力が落ちているな?」


 話を遮られた夏凜は、数拍置いて頷くと、左目に手をかざした。
 隣で見ていただけのアザゼルでも気づいたのだ、自覚がない筈もない。
 自らそのことに触れずにいたのは、心配をかけまいとでもしたのか。
 アザゼルはそう考えて少し苛立ちを覚えた。


「片目を失ったのは、風のことを受け止めてやれなかった罰ね」


 しかし、どうやら苛立ちは増していきそうだ。
 夏凜は敵を恨むでもなく、自ら必要のない責任を負い、そして前へ進もうとしている。
 悲嘆に暮れているようでは前進できないと、心の奥底で理解しているからだろう。


「……」


 悪魔はそれが気に食わない。
 人間は、ひたすら己の無力さに打ちひしがれていれば、それだけで娯楽としては上々。
 苦悶の声を上げさせるなり、絶望に命を捨てさせるなり、楽しむ方法はいくらでもある。
 それなのに、己の弱さを認めてなお立ち上がるなど、まるであの――


(――聖女のことを思い出している、というのか?この俺が)


 アナティ城を襲撃した際に眼にした、強く気高き乙女ジャンヌ・ダルクの姿は、鮮烈にアザゼルの脳裏に焼き付いていた。
 そして悪魔は無意識に、しかし確実に、その仇敵の姿を三好夏凜に重ねていた。
 勇者と聖女。「勇気」あるいは「信仰」を拠り所として生きる人間として、類似した部分がある二つの存在。
 健気にも前を向き続ける女勇者に聖女を重ねるのは、全く不自然なことではない。


「チッ」


 ただし悪魔が勇者や聖女に対して向ける感情は、好意や憧れとは対極に位置するもの。
 当然、無意識に聖女を思い浮かべたことを自覚して生まれる感情は、嫌悪のみ。


「それで、話の続きだけれど」


 アザゼルは、もはや夏凜を弄ぶことで悦に至ろうとは考えなくなっていた。
 どこがどうとは上手く説明できないが、とても面白くない。
 悪魔の心はそう告げていた。
 それから興が冷めたと言わんばかりに溜息をついて、アザゼルは今後のことを考えることにした。







 三好夏凜は「勇者」であり、「勇者」以外のなにものでもない。


751 : 前だけを見て進め ◆X8NDX.mgrA :2016/09/26(月) 23:55:32 YIuXOc5c0
【E-1/放送局跡/一日目・夜】

【アザゼル@神撃のバハムート GENESIS】
[状態]:ダメージ(大)、脇腹にダメージ(中)、疲労(中)、胸部に切り傷(大)、応急処置済み)
[服装]:包帯ぐるぐる巻
[装備]:市販のカードデッキの片割れ@selector infected WIXOSS、ノートパソコン(セットアップ完了、バッテリー残量少し)
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(16/20)、青カード(15/20)
    黒カード:不明支給品0〜1枚(確認済)、片太刀バサミ@キルラキル、弓矢(現地調達)
         市販のカードデッキ@selector infected WIXOSS、ナイフ(現地調達)、スタングローブ@デュラララ!!、スクーター@現実、不明支給品0〜2、タブレットPC@現実、デリンジャー(1/2)@現実
[思考・行動]
基本方針:繭及びその背後にいるかもしれない者たちに借りを返す。
0:今後の行動を考える。ラヴァレイの処遇も決める。
1:三好……面白くもない。
2:借りを返すための準備をする。手段は選ばない
3:繭らへ借りを返すために、邪魔となる殺し合いに乗った参加者を殺す。
4:繭の脅威を認識。
5:先の死体(新八、にこ)どもが撃ち落とされた可能性を考慮するならば、あまり上空への飛行は控えるべきか。
6:デュラハン(セルティ)への興味。
[備考]
※10話終了後。そのため、制限されているかは不明だが、元からの怪我や魔力の消費で現状本来よりは弱っている。
※繭の裏にベルゼビュート@神撃のバハムート GENESISがいると睨んでいますが、そうでない可能性も視野に入れました。
※繭とセレクターについて、タマとるう子から話を聞きました。
 何処まで聞いたかは後の話に準拠しますが、少なくとも夢限少女の真実については知っています。
※繭を倒す上で、ウィクロスによるバトルが重要なのではないか、との仮説を立てました。
※東郷美森が犬吠埼樹を殺したという情報(大嘘)を知りました。
※チャットの書き込みを(発言者:F)まで確認しました。



【三好夏凜@結城友奈は勇者である】
[状態]:疲労(中)、顔にダメージ(中)、左顔面が腫れている、胴体にダメージ(小)、満開ゲージ:0、左目の視力を『散華』、「勇者」であろうとする強い意志
[服装]:普段通り
[装備]:にぼし(ひと袋)、夏凜のスマートフォン@結城友奈は勇者である
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(16/20)、青カード(15/20)
    黒カード:不明支給品0〜1(確認済み)、東郷美森の白カード、東郷美森のスマートフォン@結城友奈は勇者である
[思考・行動]
基本方針:繭を倒して、元の世界に帰る。
1:勇者として行動する。
2:仲間たちのことも弔いたい。
3:アザゼルと今後の行動を話し合う。
[備考]
※参戦時期は9話終了時からです。
※夢限少女になれる条件を満たしたセレクターには、何らかの適性があるのではないかとの考えてを強めています。
※夏凛の勇者スマホは他の勇者スマホとの通信機能が全て使えなくなっています。
 ただし他の電話やパソコンなどの通信機器に関しては制限されていません。
※東郷美森が犬吠埼樹を殺したという情報(大嘘)を知りました。
※小湊るう子と繭について、アザゼルの仮説を聞きました。
※セルティ・ストゥルルソン、ホル・ホース、アザゼルと情報交換しました。
※チャットの新たな書き込み(発言者:F)、友奈からのメールに気づきました。


752 : ◆X8NDX.mgrA :2016/09/26(月) 23:56:12 YIuXOc5c0
投下終了です。
指摘等あればよろしくお願いします。


753 : 名無しさん :2016/09/27(火) 01:15:22 Ig1dam5.0
投下お疲れさまでした。
個人的にはにぼっしーの前回の精神状態と比較して、今回は極端に回復しすぎかな、と。
友奈と風先輩が死んだことも加えて、寧ろマイナス方向へ加速するのがリレーの流れかと思いましたので、少し気になりコメントしました。


754 : 名無しさん :2016/09/27(火) 05:22:10 a1q6HewQ0
投下乙
確かにちょっと回復がいきなりすぎるかなとは思いました
特にホルホースを殺したという事実(思い込みですが)をあまりにも軽く見ているというか
仲間殺しをしておいて簡単に勇者として行動を再開出来るほどにぼっしーは強くないような


755 : ◆X8NDX.mgrA :2016/09/28(水) 01:59:51 MtVX.pPM0
ご指摘ありがとうございます。
まずは、自分の解釈を上手く文章で読み手の方々に伝えられなかったことをお詫びします。
その上で、個人的な解釈として「夏凜は回復したのではなく、現実を見ないようにしている=勇者であることに逃避している」
というものがあったことをお伝えします。

そして、今からしたらばの修正スレに上記のことが伝わるような修正を投下します。
もちろん、それでも納得できない場合はそちらにご指摘をください。


756 : ◆WqZH3L6gH6 :2016/10/05(水) 02:29:58 rkH2YjaM0
本投下します。


757 : ヤツの時間がきた ◆WqZH3L6gH6 :2016/10/05(水) 02:31:22 rkH2YjaM0
『今晩は。三回目の定時放送の時間よ』


三回目の放送が始まった。
ホテルにいる吸血鬼主従 DIOとヴァニラ・アイスにもそれは告げられる。


『繭、つまらない結末は見たくはないもの』


日光を弱点とする我々に対する当て付けか?とDIOは内心毒を吐いた。


『まずは禁止エリアの発表よ』


今いるエリアのB-7が選ばれる事はあるまいとDIOは高をくくる。
地下通路への出入口があり、殺し合いに乗り気である2人がいる施設。殺し合いの進行の加速を願う主催者がここを塞ぐ筈がないと。


【B-7】
【C-3】
【G-7】


「……!?」

何ィ!?
DIOの胸中がざわめく。隣にいるヴァニラ・アイスからも僅かながら動揺が感じられた。


『それから、自分の支給品確認はきちんとやっておいた方がいいわよ。
 あと時間が来るまでに禁止エリア予定地を調べてみるのもいいかもね。
 思わぬ所で得るものがあるかも知れないのだから
 これは繭からのアドバイスよ』


既にホテルの探索は充分にしてある。まだ何かあるというのか?


『次は死んでしまった参加者の発表を始めるわよ』
「……」


脱落者の発表は情報不足な事もあり、今のDIOにとって内容よりも数の多さが重要である。


【衛宮切嗣】


……死んだか。先程視聴したDVDからして予想しにくい悪辣な策を用いる男で、まともに相手にしたくない類の相手であったが
個人としての戦闘力はそれほどでもなかった事から脱落自体は驚くほどではない。むしろ僥倖。


【東郷美森】
【リタ】
【結城友奈】
【犬吠埼風】
【アインハルト・ストラトス】
【ジャック・ハンマー】


758 : ヤツの時間がきた ◆WqZH3L6gH6 :2016/10/05(水) 02:31:53 rkH2YjaM0

読み上げられていく脱落者の多さにDIOの気が少々晴れていく。


【神楽】
【本部以蔵】
【ファバロ・レオーネ】
【坂田銀時】



一方で従者であるヴァニラ・アイスは神妙な面持ちで放送を聞いている。



【ホル・ホース】


「……」


奴も死んだか。一度不審な行動こそあったが、このゲームにおいても上手く立ち回っていたと取れる優秀な部下だった。
死んでしまったのは仕方がない。今後の計画にも組み込まれていなかった駒……未練はない。


【宇治松千夜】
【東條希】
【香風智乃】


『全部で15人よ、15人。残り24人。
 ふふ……ここまでやる気があるなんて驚いたわ。今夜中にも決着がつきそうよね』


DIOとしても夜明け前にこのゲームの決着を付けるつもりだった。
ヴァニラ・アイスの命は惜しいが、最悪優勝すれば主催と接触する機会がある。
能力制限を受けている身とはいえ、主催の繭とか言うあの小娘の裏を掻く自身がDIOにはあった。


『でもね、もし長引いて決着がタイムリミット寸前になったとしても、
 優勝した子にはちゃんとご褒美を上げるから心配しないで』


「…………」


DIOの困惑は強くなる。
もし追加の禁止エリアにホテルが含まれていなければ戯言と一蹴しただろうが。
おかしい。
そもそも禁止エリアがあるのは、殺し合いの進行を滞らせない為にあるのではなかったのか。
参加者を移動させざるを得ない状況に追い込み、参加者同士を接触させてゲームを加速させる。
なのに最後の繭の発言は殺し合いの早期終結を否定していた。
虚言の可能性も浮かんだが、そうする理由も見当たらない。どういう事だ。



『次は正子――午前0時に放送を始めるわ。また放送が聞けるといいわね』


放送が終わった。
DIOとヴァニラ・アイスは言葉を発さず、沈黙を続ける。


759 : ヤツの時間がきた ◆WqZH3L6gH6 :2016/10/05(水) 02:32:32 rkH2YjaM0

「……」


自尊と好奇と殺意に彩られていたDIOの心に疑問という感情が広がっていく。
今回の放送以前に感じられたゲーム推進という主催のスタンスを否定する放送をしたのは何故か。
DIOは『シャイン』という名のこのホテルに愛着を持っている。まさか嫌がらせの為だけにB-7を禁止エリアに指定したのか?
我らを追い立てる以外に理由があるというのか?
ホテルへの被害はエレベーター一台、テレビ一台とやけに凝った麻雀ゲーム機一台程度。
とても運営の支障がきたすほどの被害とは思えない。

地下通路の『ジョースターの軌跡』の内容からして主催がDIOを舐めているのは否定できない。
一例をとっても非参加者のジョセフ・ジョースターのコーナー内の、柱の男の紹介文からして嫌味ったらしく
吸血鬼の上位種族と強調していた位だ。嫌がらせ以外にそうする意味があるのか。
しかしそれでもだ、ゲームに忠実で優秀な我々をゲームの進行を無視してまで不利にする事にメリットはあるのか?
しかもこのホテルは夜明けまでに決着がつかない場合、引続き拠点として使える施設であるにも関わらず。

訳が解らない。
DIOは目標はそのままに今後の計画の見直しをせざるを得なかった。
主催がこちらに更なる害意を持っているのなら、これまで通り単純に動くのはまずいと思ったから。
優勝したところでまともに相手にされず適当に遊ばれ処分されて終わりでは洒落にならない。その恐れが出てきた。




「…………」


DIOは熟考の末、傍らの部下の方を振り向く。
ヴァニラ・アイスは顔を少し上げ、主の命令を待った。


「執務室に行こうか。ああそれと、君の身にこれまで起こった出来事も詳しく話してくれないか?」


そう言うDIOの声は少しばかり掠れていた。

-------------------------------------------------------------------------------------------------




D:『すまないが故あって例の場所に行けなくなった。
   契約は続行するので、可能ならまたこちらから連絡する』

同盟者のセイバーがチャットを見れるかどうかは知らないが、とりあえず通知文書は書いておく。
先ほど自分が書き込んだのも含めたチャットの文章を確認しながら、DIOは部下から提供された情報……事実を噛みしめる。


――坂田銀時


己に多大な屈辱を与えた本能字学園での3人の内1人。
名は地下施設『万事屋の軌跡』を確認したヴァニラ・アイスによって知らされた。
奴の関係者である他6人の参加者についても。
そしてホテルから南にある『モンスター博物館』の情報をも。
坂田銀時……先程の放送で死が判明した、銀髪の寝ぼけ眼の口減らずな侍。


「……」


760 : ヤツの時間がきた ◆WqZH3L6gH6 :2016/10/05(水) 02:33:24 rkH2YjaM0

あの実力から脱落はしないと思っていたが、それでも命を落とした。
予想外。想定できなかった自分に対しても得体の知れない悪感情が湧いてくるのをDIOは悟る。
彼に報復する事はもうできない。その事実からDIOの唇が怒りに歪んだ。
行き場のない怒りはどこに向ければいいのか。


「戻りました」
「! ……セイバーはこちらに来ていないようだな」


素面に戻ったDIOの問いに、ホテルの外を確認してきたヴァニラが頷く。
DIOが席を外すと、ヴァニラ・アイス主に二言声をかけるやパソコンに向かい文章を打ち込んだ。


I:『一番目のMと、五番目のD。今夜、地下闘技場で話がある』


それはヴァニラ・アイスの策。主の許可は取ってある。
そうした理由はこれから自分らが向かう方角に参加者を集める為のと、チャットでの頭文字を確認の為の。
DIOはその文章を見て満足そうに口元を歪ませた。
頭文字Dを持つ参加者は現状DIOのみ。そしてDIOを警戒する参加者が多くいるだろう事は当人にも予測はできる。
自らの危険性と、携帯型情報端末を持つと思われる『にぼっしー』や『犬吠埼風』らの仲間意識を逆手に取った策。
ホテルに代わる拠点は北西の駅が第一候補。充分な日光対策の可否を確認した後、駅か闘技場の周辺で標的を探すのもいいだろう。


「行こうか」
「はっ」


放送前、DIOはチャットを確認してから自らの館に向かい、そこで待っているだろうセイバーを殺害するつもりだった。
しかし放送をきっかけに、冷静さと用心深さを強くしたDIOはその選択を少々の逡巡の後切り捨てた。
セイバーにも制限が掛けられている可能性にも気づいたし、
神威のようなセイバーと同等の危険性を持ち得る未知の参加者がいる可能性にも思い至ったから。
地下施設『モンスター博物館』でヴァニラ・アイスが人外の情報を得たのもその理由。


2人は地下を降りていく。
行き先は地下通路 地下闘技場方面。
4箇所あると思われる地下施設の、唯一未確認の施設を確認する為に。
仮に優勝を目指すにしても情報を多く得る事は有益に違いない。
放送前のDIOなら部下に『ジョースターの軌跡』を見せるのに躊躇したが、今はもう構わない。


「アイスよ、君が範馬勇次郎の腕輪を回収したのは、腕輪を解除する術を探る為だろう?」
「その通りです……。恥ずかしながら解除の目処は立っておりませんが……」
「恥じずともいい。これから参加者から情報を集めればいいじゃあないか」
「では……これからは一部の参加者はあえて生かすと?」
「生かすのは比較的弱い相手からだな。此方の命が危うくなれば話は別だが。
 それに負傷し行動不能になった相手でも、最悪廃人でもいい」
「肉の芽を利用されるのですね」
「使わずに協力してくれる者がいれば、それはそれでいいんだが。
 あ、桂小太郎やコロナは当然始末するぞ」 



どうしても始末せねばならぬ邪魔者を始末した後は、タイムリミットまで主催対策を取る積もりでいる。
残すのは我らを含めて10名以下にするのが無難か。主催を斃す頃には5名以下になってそうだが。
可能なら主催についての情報を持つものがいればいいが、そこまでは期待してない。
異能や技術の情報を主に集め、主催の裏をかく方法を探る。
まずは此方の能力を制限していると思われる腕輪の解除を目指すか。


761 : ヤツの時間がきた ◆WqZH3L6gH6 :2016/10/05(水) 02:35:21 rkH2YjaM0
「DIO様……」


ヴァニラ・アイスは自らの2枚の黒カードを取り出す。
DIOは視線のみ動かし、支給品の受取を拒否した。


「君が持っていろ。わたしは他の参加者から必要なものを奪う」
「…………感謝いたします」
「……」


ヴァニラ・アイスとの緻密な情報交換の結果、得られたものは非常に大きい。
更なる地下施設の存在やヴァニラ・アイスのスタンドの制限なども。
主催に対する警戒心も。DIOは途中鏡に映った己の姿を横目で見てふと思った。

飢えた狼のような雰囲気を持つ自らの顔を見るのは百何年ぶりだろうかと。
前にそうなったのは自らを吸血鬼へと変えた石仮面を入手する前後か、それより前のジョナサン・ジョースターと出会う前かも知れない。
そういう表情になっている理由は今なら解る。

主催者。
宿敵の一族をも含めた自らの経歴を調べあげ晒し物にし、能力を制限させた上で殺し合いに放り込み見世物へと貶しめた大敵。
いいだろう……。DIOは今、貴様等に敗北し地の底に落とされているという事にしてやろうではないか。
大きな屈辱だが、種類は違えど自らの負の感情に悩ませられる事はこれが初めてではない。
ジョースター家の存在を知る前、海底で封じられた期間を思えばどうってことはない。
過程と方法はどうあれ勝利し支配し、なおも高みを目指す。ディオ・ブランドーという男はそれでいい。



程なくして地下通路出入り口に着いた。
扉にはこう書かれていた。


『一日目 午後9時にここは通行禁止になります
 新しい出入口は本能字学園 本校舎内地下になります』


最初に見た時なかった文章に2人は書き込んだ第三者の存在を警戒したが。
痕跡は見当たらない。元から遠くから書けるような細工がしてあったのだろうか。
そう言えば、昼12時には橋の修理が行われているとの通達があった。
運営の誰がどういう方法で工作を行っているのか。どこまでもコケにしやがって。
ああ、そうだ坂田銀時へ向けるはずだった怒りは主催に向けよう。それで丁度いい。

2人は眉間に皺を寄せながら扉をくぐった。

-------------------------------------------------------------------------------------------------

放送から一時間を過ぎ2人が本能字学園近辺の地下道にいた頃。
ホテルの地下道出入り口に白と黒の蝶が数匹どこからともなく現れた。


762 : ヤツの時間がきた ◆WqZH3L6gH6 :2016/10/05(水) 02:36:02 rkH2YjaM0
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【B-6/地下通路/一日目・夜】
【DIO@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
[状態]:健康、桂、コロナと主催への屈辱と怒り(大)
[服装]:いつもの帝王の格好
[装備]:サバイバルナイフ@Fate/Zero
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(9/10)
[思考・行動]
基本方針:とりあえず邪魔者を中心に他参加者を9人以下になるまで始末する。それと並行して主催殺害への準備を進める。
0:地下通路で地下闘技場方面に向かい、その近辺にあると思われる施設を確認し、それから今後の進路を決定する。
1:長髪の侍(桂)、格闘家の娘コロナ、三つ編みの男(神威)は絶対に殺す。優先順位はコロナ=桂>神威。
2:セイバーの聖剣に強い警戒。もし遭遇すればヴァニラ・アイスと共に彼女を殺す。 捜索はしない。
3:情報収集をする。
4:言峰綺礼への興味。
5:承太郎を殺して血を吸いたい。
6:一条蛍なる女に警戒。
[備考]
※参戦時期は、少なくとも花京院の肉の芽が取り除かれた後のようです。
※時止めはいつもより疲労が増加しています。一呼吸だけではなく、数呼吸間隔を開けなければ時止め出来ません。
※車の運転を覚えました。
※時間停止中に肉の芽は使えません。無理に使おうとすれば時間停止が解けます。
※セイバーとの同盟は生存者が残り十名を切るまで続けるつもりです。
※ホル・ホース(ラヴァレイ)の様子がおかしかったことには気付いていますが、偽物という確信はありません。
※ラヴァレイから嘘の情報を教えられました。内容を要約すると以下の通りです。
 ・『ホル・ホース』は犬吠埼樹、志村新八の二名を殺害した
 ・その後、対主催の集団に潜伏しているところを一条蛍に襲撃され、集団は散開。
 ・蛍から逃れる最中で地下通路を発見した。
※麻雀のルールを覚えました。
※パソコンの使い方を覚えました。
※チャットルームの書き込みを見ました。
※ホル・ホースの様子がおかしかった理由について、自分に嘘を吐いている可能性を考慮に入れました。
※顔が少し若返っているように見えます。


【ヴァニラ・アイス@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
[状態]:健康、怒り
[服装]:普段通り
[装備]:範馬勇次郎の右腕(腕輪付き)、ブローニングM2キャリバー(650/650)@現実
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
    黒カード:双眼鏡@現実、不明支給品(確認済、武器ではない)、勇次郎の不明支給品(確認済)、ブローニングM2キャリバー予備弾倉(68/650)
[思考・行動]
基本方針:DIO様の命令に従う。
1:DIO様に土を付けた参加者は絶対に殺す
2:腕輪を解除する方法を探す。
3:セイバーの聖剣に強い警戒。可能な限り優先して排除する
4:日差しを避ける方法も出来れば探りたいが、日中に無理に外は出歩かない。
5:自分の能力を知っている可能性のある者を優先的に排除。
6:承太郎は見つけ次第排除。
7:白い服の餓鬼(纏流子)はいずれ必ず殺す
[備考]
※死亡後からの参戦です
※腕輪を暗黒空間に飲み込めないことに気付きました
※スタンドに制限がかけられていることに気付きました
※第一回放送を聞き流しました
 どの程度情報を得れたかは、後続の書き手さんにお任せします
※クリームは5分少々使い続けると強制的に解除されます。
 強制的に解除された後、続けて使うには数瞬のインターバルが必要です。


763 : ◆WqZH3L6gH6 :2016/10/05(水) 02:38:28 rkH2YjaM0
投下終了です。


764 : 名無しさん :2016/10/07(金) 01:26:34 Ku6BtBq20
投下乙です

なるほどDIO達は北西に行ったか……
情報交換も視野に入れだしたようだしラヴァレイ達との邂逅が楽しみだなぁ
ヴァニラのチャットの件もあるし地下闘技場がまた戦場になりそう


765 : 名無しさん :2016/10/08(土) 21:39:36 ncLYR0bU0
投下乙です
ラヴァレイるう子ウリスの三人組は、この主従と邂逅したらまず勝てんなw
DIO様は勝利に貪欲な雰囲気と、カリスマを取り戻しつつあるようで何より。


766 : ◆wIUGXCKSj6 :2016/10/15(土) 21:08:44 OAJGGjrg0
遅れて申し訳ありません投下します


767 : 戦風の中に立つ :2016/10/15(土) 21:27:31 OAJGGjrg0

 彼らを取り巻く風が一瞬にして全てを斬り裂く鋭利な旋毛と化した。
 二人の女傑――いや、碌でもない人間達による襲撃により唯でさえ飲み込めない事態が劇的に加速する。

 最初に行動したのは風見雄二だ。錯乱により後方から放たれている銃を取り上げると、牽制代わりに足元へ弾丸を放つ。
 対する纏流子はまるで最初から弾丸の描く軌道を見抜いてるかのように軽々しく跳躍し回避、着地と共に風見雄二目掛け走り出す。
 幼児か見れば泣き出してしまうような悪役紛いの笑みを浮かべ、殺し合いの頂点を勝ち取るべく邪悪なる刃を振るう。

 言峰綺礼が体勢を整え、空条承太郎がスタンドを出すよりも先に動いた風見雄二は拳銃片手に迫る纏流子との距離を詰め、彼女の間合いに突入した。
 眉間に狙いを定めて発砲。弾丸は彼女に吸い込まれるも刀で叩き落とし、力強く大地を蹴り上げることで一気に風見雄二を射程範囲に捉える。
「テメェ、邪魔すんなよ……まぁいい、まずは一人ッ!」
「鏡を見たことはあるか? 俺はあるが……どうやらお前は無いらしい」
 刀を豪快に振り降ろす纏流子は一つの確信を持っていた。揺るぎ無き殺害、この一撃こそ標的を斬り裂く一刀也。
 その余裕に満たされた彼女の表情が一瞬にして苦い屈辱でも浴びたように歪む。気付けば風見雄二は一歩引いた状態で軽々しく攻撃を回避していた。
 既に銃を構えていた彼は臆すること無く引き金に掛けた指を動かすのだが、銃弾はまたしても標的を射抜くことは無い。
 剣は銃よりも強いのだろうか。刀身の見えない剣が銃弾を弾き飛ばし、持ち主たる騎士王は彼に狙いを定めていた。
「礼は言わねえからな」
「……構いません」
 纏流子を追い越した騎士王は短い言葉を交わすと剣を対角線上に振り上げ、風見雄二を斬り裂くべく伝説の剣を振り下ろす。
 魔力によってその刀身を隠されてはいるが、世界に名を刻むその剣を生身で受け止めれば無事では済まされない。
「オラァ!」
 初動が遅れた空条承太郎のスタンド――スタープラチナが風見雄二と騎士王の間に現れ拳を放つ。
 騎士王の手元に直撃すると剣の軌道を力で強引に変化させ、大地に深く突き刺さる形となり、騎士王の動きが止まる。
 その僅かな隙を逃す彼らでは無い。自由の身であった言峰綺礼が距離を詰め終えた段階で鍛え抜かれた拳の一撃を騎士王の腹に叩き込む。
「ぐ……っ」
 瞬間的に身体を震わせた一撃に口から透明な液を飛ばす騎士王だが、行動に何一つ支障は生まれず剣を引き抜き――周囲を屈折させる。
 まるで幻想的な空間が現れたようだと、状況を飲み込めていない天々座理世と紅林遊月は遠目から感じていた。香風智乃が殺害されてから、何が起きているのか。
 目の前で潰された生命の余韻や事実を噛みしめる前に、襲撃者は全く止まらずに、時間を与えずに暴れ回っている。
 思考が追い付かない中で動き続ける状況。そして彼女達の目の前には騎士王を中心に世界が歪んでいた。
「これは――まさか」
「説明せずとも分かるでしょう。サーヴァントのマスターを努めた貴方ならば」
 言峰綺礼は思考で案ずるよりも早く直感に近い本能の叫びに従い自らが置かれている危険を察知する。
 最優のサーヴァントを冠するセイバーが放出するは英霊の枠に嵌められ現世に呼び出された規格外の超現象である。
 蜃気楼のように周囲を歪ませる魔力は魔術師としての面を持つ言峰綺礼からすれば、爆発寸前の兵器と何ら変わらない。
 危険だ――言葉を発する前に彼らはその場から退避していた。魔術師としての素質を持っていない空条承太郎と風見雄二ですら騎士王の危険を感じ取り本能で動いている。
 剣で斬り裂くことによって人間は簡単に生命を失うだろう。それに加え魔力による破壊が重なった一撃を生身で耐えられる筈が無い。
 彼らの行動は正しい。騎士王の魔力放出により強化された英霊の一撃を貰えば、死んでしまっても何ら不思議では無いのだ。
「よォ」
 騎士王の周囲から消えたのは彼らだけじゃあない。男達が相手にしている女はもう一人、生命繊維の化身が、怪物が。
「あたしを視界から外したなテメェ……承太郎よォォ!!」
 決して彼女の存在を失念していた訳では無い。騎士王が放つ圧倒的死気から解脱するための僅か意識の空白を纏流子が駆け抜けただけだ。
 全神経が騎士王に集中した一瞬。その刹那の中で纏流子は空条承太郎の死角に回り込み、左方から飛び掛かる。
「テメェ……!」
 彼女が攻めへ転向する前に発した短い言葉に反応した空条承太郎は身体へ脳からの信号が行き渡る前に、強引に後退する。
 しかし完全なる回避には程遠く、左腕に浅めの裂傷が生まれ、彼は表情を崩さないが口元は歪んでおり、頬を伝う汗は確かに流れていた。


768 : 名無しさん :2016/10/15(土) 21:31:53 OAJGGjrg0

 反撃の狼煙はスタープラチナの拳だ。
 纏流子の右頬を捉えるべく放たれた一撃を彼女は首を捻ることにより回避し、上体を大きく下げ顔がスタンドの腹に当たる部分まで移行する。
 刀の持ち手を空いている掌で押し込むことにより突きを放つが、スタンドの腕が彼女の腕を掴む。刀は直撃する前に止められ両者が膠着状態に陥った。
 仲間が攻め込む絶好の機会ではあるのだが、言峰綺礼及び風見雄二は騎士王との戦闘により空条承太郎へ腕を伸ばす余裕はこの瞬間には無いようだ。
 空条承太郎が僅かに見えた彼らの戦闘は騎士王の剣を言峰綺礼が身体に辿り着く限界の瞬間に回避し続けるものの、攻め手に転向出来ていない。
 余裕があるのか騎士王は時折放たれる銃弾の雨を不可視の剣ではたき落とし、時には最初から銃弾が飛んでくる空間を把握しているような動きで回避し続けているのだ。
 埒が明かない。襲撃者のペースに乗せられている彼らは本来の力――最大の力を発揮するには適応する時間が必要である。
 逆に纏流子と騎士王――セイバーは目の前の存在を殺すだけで全てが終わる。ならば行動は迷うことも、戸惑うことも無い。
「少しはマシになる、使え」
 砂利を掴み取った風見雄二は風の流れに乗っ取りそれらをばら撒く。運ばれた砂利は騎士王に辿り着き、子供騙しではあるが彼女の動きを停止させる。
 その隙に懐から取り出した刃物を言峰綺礼へ投げると、彼はそれを握り取り、騎士王が振るう剣を受け流した。
「これは――アゾット剣か」
 柄に宝玉を輝かせた剣――と称されても刃渡りは大きくなく、ナイフより一回りある程度のそれ。
 一般的には刀剣の類よりも魔術礼装として扱われる代物であるが、騎士王相手に生身で挑むよりも勝率は格段に上昇する。最も。
「それがどうと言うのか、たかが一振りを防いだ程度で何を騒ぐと言うのですか」
 次に振るわれた騎士王の一撃を受け流すために構えた言峰綺礼であったが、規格外の衝撃が身体に響き足が止まってしまう。
 
口から自然と漏れる呻きの声。殺し合いの会場には不明であるが特殊な魔術的な施しがあっても可怪しくはない。聖杯戦争を取り巻く彼らが存在している時点で輪廻から外されている。
 仮にサーヴァントへ枷が嵌められているならば、勝機はあるのかもしれない。それは淡い希望だった。
「お前の相手は俺がする」
 言峰綺礼がアゾット剣を再び動かす時に、既に騎士王は次なる一撃を放つ体勢へ移行済みだ。両者だけの剣戟ならば騎士王の勝利だろう。
 しかしこの場に抗う男は一人じゃあない。ベレッタに持ち替えた風見雄二が言峰綺礼の背後に回り、襟元を掴むと彼を後方へ飛ばす。
 入れ替わりで騎士王と相対し、挨拶代わりに銃弾を放つも当然のように不可視の剣で弾かれてしまう。
(刃渡りは馬鹿みたいに長い訳では無いようだな)
 剣が振るわれてから銃弾と衝突するまでの一瞬と、空中に現れた火花から相手の獲物をある程度ではあるが、把握した風見雄二は距離を詰める。
 自殺行為とも思われる行動に騎士王は戸惑いを見せるが、その光景は何度も見て来た。己の覇を轟かすために突撃する雑兵と変わらない。
 身の程を知らない人間には限界が、相応しい顛末が訪れるのは過去未来とて変動する訳も無い。
「零距離ならその剣の得意とする距離じゃ無いだろう」
 騎士王の剣が振るわれるよりも早く、膝蹴りを放つ風見雄二。騎士王の動きが止まると更に追加で拳を右から流れるように放ち顎元を貫く。
 突然の衝撃に身体が震える騎士王だが、後方へ跳ぶことにより状況を仕切り直し、口元から溢れる血液を拭う。
 その瞳は多少の驚きを現しているようだが、些細な物であり、動揺にまでは発展していないようだ。


769 : 名無しさん :2016/10/15(土) 21:32:49 OAJGGjrg0

(あいつの動きは迷いを振り切ったようで、何処か綻びが見える)
 本来の戦闘ならば世界の英雄を現代の枠に当て嵌め召喚されたサーヴァントに人間は負ける。抗うことの出来ない圧倒的な力の差が存在するのだ。
 数多の世界が絡み合ったこの空間に置いて騎士王は一つの迷いを抱いていた。過去の世界から続く、永劫に彼女を縛り付ける負の鎖。
(俺の知ったことでは無い)
 殺気が込められた剣は本物である。けれど、説明は不可能であり心境も理解出来ないが、騎士王には僅かに反撃の隙があるようだ。
 相手の、それも殺しに掛かる存在の心など知ったことでは無い。しかし風見雄二達にとっては好機だ、これ以上と無い奇跡の巡り合わせである。
 唯でさえ勝機の少ない戦闘に転がった小光を拾い上げろ、生き抜くことを考えろ。
(どの道長引かせた所で俺にメリットは生まれないからな)
 気付けば頬を伝う血液が大地に付着しており、騎士王との近接戦闘において完全に攻撃を回避しきれていない。
 相手の動きに鈍りがあろうと、英霊の格が人間にまで下がることには至らず、依然として騎士王が優勢である。
 

『また放送が聞けるといいわね』


「う、ああああああああああああああああああああ!!」


 二つの衝撃が戦場を駆け抜ける。
 一つは放送。彼らは何一つ耳を傾けておらず、気付けば終わりの言葉だけが空間を支配していた。
 そしてもう一つは――大地を蹂躙する略奪の足が、複雑な想いを乗せて、走り出していた。


770 : 名無しさん :2016/10/15(土) 21:36:01 XEAvtRe.0
回線が不調のため長さに見会わず時間がかかりそうです。申し訳ありません


771 : 名無しさん :2016/10/15(土) 21:38:08 OAJGGjrg0

 時は数十秒遡る。
 紅林遊月の思考回路に一つの繋がりが復旧したのは放送が途切れた瞬間である。
 恥ずかしい話しながら嵐のように吹き荒れる戦場の速度に理解が追い付かず、銃声が響こうが、剣が火花を散らしようが耳には届かない。
 そんな彼女を現実へ呼び戻した音こそが放送である。最も終了の瞬間に意識を目の前に集中させただけであり、内容など記憶していない。
 周りを見渡せば風見雄二と言峰綺礼が、空条承太郎が襲撃者と戦闘を行っていた。そして自分の近くには倒れている天々座理世の姿。
 何故彼女が倒れているのか。記憶を辿ると――そうだ、風見雄二が銃を取り上げると同時に気絶させていた。それもフィクションで見るような手刀だ。
 錯乱状態から放たれる銃弾を阻止するためだろう。彼の冷静な対応により余計な悲劇が生まれることは無くなった。しかし。
 天々座理世は何故、錯乱状態に陥っていたことを考えた場合に出てくるは香風智乃の存在だ。意識が急激に目覚め始め、視界が最悪の結末へ移ってしまう。
 襲撃者の白い女――纏流子により殺害された香風智乃の姿が紅林遊月の瞳を奪ってしまうのだ。逸したくとも、本能が収束している。
 死体の傍に溜まる血の池が戦場を悲劇へ彩るアクセントとなっており、見る者全てを死の印象へ誘う。
「――――――――っ」
 紅林遊月は言葉を発するよりも、思考を案ずるよりも、天々座理世の身体を担ぎ上げれば絵的にも映えるだろうが腕力には限界がある。
 上体を持ち上げ天々座理世の足を若干引き摺りながらも目指す先は待機している神威の車輪だ。この場に留まれば誰かが死ぬと本能が叫んでいるのだ。
 風見雄二も、言峰綺礼も、空条承太郎も。彼らの負ける姿など、斬り捨てられる姿など想像するつもりも無いが、死んでしまった香風智乃の姿が脳裏に焼き付いてしまった。
 最悪の未来は一度感じ取ってしまえば、永劫に身体を支配してしまう。悪夢を見れば人間は例え白昼であろうと思考の影に潜むそれに悩まされることと同義だ。
 纏流子とセイバーに気付かれないようにリヤカーへ天々座理世を寝かせ置くと、紅林遊月は手綱を握り、征服の王たる宝具を発進させる。
 乗り手の緊迫感が伝わったのか雄牛は一切の雄叫びを上げること無く、ただ静かに速度を徐々に加速させ、向かう先は戦乱の地だ。
 この動きに逸早く気付いたのは空条承太郎である。視界の隅に動いていた影――紅林遊月を見逃さなかったのだが、生憎、纏流子の相手で手一杯である。
 こっちに来るな。強い視線を飛ばすことにより進路先を強引に変え、男はただ目の前の相手へ拳を振るい続ける。
 空条承太郎の方角へ向かわないならば、次の候補は必然的に風見雄二及び言峰綺礼の地点となる。先に気付いたのは後者だ。
 風見雄二が騎士王の相手をしているため、呼吸を整えた言峰綺礼は迫る雄牛の頭に掌を置くと、その場で跳躍し基点である腕に力を込める。
 宙に浮いた身体を丁度よく雄牛の背中に落ちるように力加減を調整すると、紅林遊月から手綱を貰い受け、進む先は風見雄二と騎士王の中心であった。

 近接戦闘にハンドガンを用いた戦闘方により風見雄二は騎士王と相対し、主導権を握ろうとするが、今一つ攻め切れていない。
 剣を扱う相手は零距離戦闘を難なく熟し、少しでも隙を見せれば銃を使用している此方が殺されてしまうだろう。放つ意思は本物だ。
 ベレッタを握った右腕を突き出し、騎士王は首を捻って回避。ならばと風見雄二は銃口を肩先に向け発砲するも標的は既にアウトレンジへ移行済み。
 銃弾を放つ僅かな硬直に狙いを定め人間離れした脚力で一瞬に距離を詰める騎士王は、不可視の剣を振り下ろす。
 一刀両断。正面から一撃を身に受ければ人間は簡単に絶命するだろう。風見雄二は最小限のバックステップで回避するも剣先の風圧から瞳を閉じてしまう。
「右……左かッ!?」
 視界を失われたとしても熱源体の感覚から騎士王が右へ移動したことを察知し、銃弾を放つも乾いた音だけが戦場に響く。
「残念ですが貴方は魔術についての知識が無い――故に」
 標的であった騎士王は逆サイドである左側へ移動しており、剣を切り上げる体勢で風見雄二に声を漏らす。
 彼が感じ取った騎士王の居場所は魔力放出による熱源体であり、謂わば騎士王のフェイクにまんまと捕まってしまった訳だ。
「お終いです」
 たった一振りでこの果し合いが終結する訳だが、どうにも運命とやらは騎士王を除く彼らに微笑んだらしい。
 その宝具を忘れることなど無い。かの征服王が駆ける神威の車輪が自らを目掛け接近していることに気付き、このままでは直撃である。


772 : 名無しさん :2016/10/15(土) 21:38:38 OAJGGjrg0

風見雄二に振るう剣を押し止めると、横へ跳ぶことにより車線上から離脱した騎士王は再度、大地を蹴り上げた。
 跳ぶ先には言峰綺礼が雄牛の上から風見雄二へ腕を伸ばしているが、無駄な行いである。
「貴方達には見合わない。その宝具は貴方達が軽々しく触れるべき存在では……ない」
 神威の車輪の側面へ跳ぶ騎士王の両足が着地し音を響かせる中で、もう一つワンテンポ遅れた落下音が轟いた。
 風見雄二達がその落下物の正体に気付いた時、激しい振動が襲い掛かり、脳内から余計な情報が全て吹き飛ぶ。
「征服王ならばこのような事態には陥らない、恥を知れ」
 言峰綺礼は背後に座る紅林遊月へ振り向くと彼女を抱え、その後に後部から天々座理世をも抱え、雄牛の上から跳び、受け身を取りつつ立ち上がる。
 突然の出来事であったが、最小限の損傷で済んだ現実に感謝すべきか。紅林遊月の安全を確認すると彼女を降ろし、背中に付着した土埃を払った。
 雄牛が首を斬り落とされ、神威の車輪は明後日の方向へ走り出し、生命活動の停止と共に動きを止める。
 この一連の動作で一切の傷を負っていないが、移動手段を失った損傷は大きい。何せこの場から逃走する屈強な突撃戦車を失ってしまったのだ。
 強引に戦場を駆け巡り、乗せる主の覇道を切り開く伝説の戦車が消える。そして、伝説の剣を携える騎士王は未だ健在だ。
 最も――彼らの視界の先に小さく映る新たな【足】に目星は付いているのだが。


773 : 名無しさん :2016/10/15(土) 21:40:20 OAJGGjrg0

 神威の車輪が通り過ぎ去ったからといって騎士王の動きか止まることには繋がらない。彼女は近くに立つ風見雄二へ駆け出した。
 香風智乃を抱えたまま戦闘を行えない風見雄二は彼女を優しく大地へ降ろすと、再び懐からベレッタを取り出し騎士王へ歩み寄る。
 剣のレンジへ差し掛かる寸前で歩く足を加速させ相手の調子を崩しに掛かるが、この程度の子供遊びに釣られるような相手ではないことは承知している。
 ベレッタで剣の一撃を受け止めてしまえば簡単に銃身が斬り落とされ使い物に為らなくってしまう。後方へ受け流すように自らの身体も騎士王の正面には立たないように調整を行う。
 残弾は不明だが多く見積もって残り三発程度と推定しており、現時点で装填する弾丸も無いため、不要な発砲は己の首を締めることとなる。
 風見雄二はキャリコも所持しているが、騎士王を退けた所でこの会場には多くの快楽殺人鬼や頭の狂った人間が存在しているのだ。武装が潤沢なことに意味はある。
 しかし物資の損失を極限にまで絞って勝てる相手は目の前にいない。居るのは総力を持っても人間を超えた存在であるサーヴァント一人。
 剣を受け流したかと思えば、気付けば右腕に僅かなかすり傷が生じており、どうやら目測を誤ったか騎士王が予想を超える剣撃を放ったらしい。
 血液を左指で辿り付着したそれを騎士王の瞳目掛け振るうが見透かされていたのか、既に頭を下げられていたため、不意打ちは失敗となった。
 懐に入られ距離を取るために後方へ下がる風見雄二ではあるが、騎士王は距離を詰め続け、彼にプレッシャーを与え続ける。
 必死に後退し続ける風見雄二と、彼を逃さないために距離を詰め続け隙を見ては剣を振るい生命を奪おうとする騎士王。気付けばこの戦闘から言峰綺礼は離脱していた。

 空条承太郎と交戦する纏流子は刀を仕舞い込み、代わりに取り出したのは番傘である。
 豪快にスイングを行いスタープラチナの頭部を遥か彼方のバックスクリーンへ叩き込むような勢いであるが、両腕を交差させ防御される。
 鈍い音と衝撃がスタンドを伝い能力発現者である空条承太郎にフィードバックされ、彼の額に汗が浮かぶ。
 その瞬間を捉えていた纏流子の口角が不敵に釣り上がると、水を得た魚のように何度も何度も傘を振り回しスタンドへ猛攻を仕掛けた。
 スタープラチナはその場から離脱せずに迫る傘に合わし拳を放ち、拳を放ち、拳を放ち――ラッシュが吹き荒れる。
 空条承太郎の声が纏流子の耳に届くが、うるせえと言わんばかりに気怠い表情を浮かべ傘を振るい続けていた。弾かれようが関係ない。
 縦に振るい、横に払い、斜めに降ろし、首元を抉るように薙ぐ。
 空間を動き回り筋を空条承太郎に悟られないよう縦横無尽の動きを見せるが、相手は冷静に一つずつ拳を放ち、確実にスタミナを削りに来ていた。
 無論、彼の体力もそれに伴い消耗を続けるが、有り余るスタンドパワーが纏流子の足場を停止さえ、その場に封じ込めている。
 空条承太郎と風見雄二が劣勢ながらも騎士王と纏流子を拘束している間に言峰綺礼達は一つの移動手段を手に入れていた。


774 : 名無しさん :2016/10/15(土) 21:40:48 OAJGGjrg0

「しまっ――」
 響くエンジン音に振り向く騎士王は一つ、戦闘に集中していたためか失念事が生まれていた。
 瞳の先には言峰綺礼がキーを回し、己の足として使用していた乗用車を発進させようとする瞬間だ。
 風見雄二に気を取られていたことにより、想像以上に時間を稼がれてしまったため、獲物を逃がすことになってしまう。
 遅かれ早かれ願いのためには全ての参加者を殺すため、順番が後に回るだけだ。しかし、一度に殺せるならばまとめた方が体力の消費が少なく済むのも事実だ。
 車との距離は数十メートルであり、今から大地を駆ければ充分に間に合う距離であろう。ならばと剣を強めに握り込み風見雄二へ向けるのだが、視界が黒に染まる。
「死体が苦手なのか、冗談はよせ」
 挑発の寸前につま先で雄牛の生首を軽く蹴り上げ、騎士王の眼前に到達させると、動きを止めた彼女の顔面目掛け左足を死角から蹴り放つ。
 上段回し蹴りの形となり直撃を受けた騎士王は身体を宙に浮かせ、大地へ無残に落下するも即座に受け身を取り体勢を立て直した。
 風見雄二は不意打ちが成功したことに若干の疑問を抱く。相手は今更、雄牛の生首を見た所で怯む相手なのか。他人を殺害する人間が動物の死体で動きを躊躇うことなど無いだろう。
「そうか……ごみのように扱うか」
 眼前に転がる神威の車輪の残骸を見つめる騎士王が零した言葉は風見雄二の耳に届かない。その代わりに届いたのが、爆発的な加速を見せた接近だ。
 まるでドーピングにより体内の細胞や血液を活発させた実験動物のように、騎士王は風見雄二の懐へ潜り込むと、剣を振るうよりも早くみぞおちに拳をめり込ませていた。
 彼の口から体液が零れ落ち、上体へ手を添えながら動きを止めるが、数秒前のお返しなのか騎士王の上段回し蹴りが頬を捉え、大きく吹き飛ばされる。
 此方も受け身を取り、騎士王を視界から見失うことは無かったが、どうやら何かしらの地雷を踏んだようである。ベレッタの残り装弾数推定三発。風見雄二にとっての正念場だ。

 逃走者の存在を感知した纏流子は大きく左足を踏み込ませ、腰から豪快に上半身を回し傘をスタープラチナへ振るう。
 比較的弱めのラッシュから間を置かずに放たれた強烈な一撃により、スタンドを通じて更に痛みを感じた空条承太郎の動きか僅かに止まる。
 その瞬間に纏流子は刀を投擲し――乗用車の左後部車輪へ直撃させパンクさせる。するとどうなるかなど、説明する必要も無いだろう。
 急な異常事態によりハンドルからの制御を無視する乗用車に言峰綺礼は焦るも、状況は後方を見れば一瞬で理解出来る程度には刀が目立っていた。
 対処法さえしくじらなければ大きな事故には繋がらない。同乗する紅林遊月に大丈夫だと告げると、彼女は寝かされている天々座理世を庇うように覆い被さる。
 言峰綺礼は無理にアクセルを踏まず、ただ冷静にハンドルを握り、ブレーキを踏むことで事態の収束を図り、無事に乗用車は停止した。
 ギャリギャリと大地に擦れる音が響き、くっきりと痕跡が残っているが、土地の所有者とやらを気にする必要も無かった。
 現在地点と襲撃者、気絶した天々座理世と交戦中の風見雄二及び空条承太郎。これらの要素を繋ぎ合わせた結果、言峰綺礼は紅林遊月へ声を掛け彼女を誘う。
「一度この場から離れるぞ。その後に私は彼らの援護に向かう」


775 : 名無しさん :2016/10/15(土) 21:43:18 OAJGGjrg0

 乗用車を停止させたことに手応えを遠目ながら感じる纏流子であったが、何一つの事故が発生せずに舌打ちを行う。
 つまらねえと言いたげな表情であるが、彼女を飽きさせないため――では無いが、スタープラチナの拳が襲い掛かる。
 番傘で乱暴ながらも確実に裁き続ける中で、彼女は一つ、気になることがあった。それは些細なことでありどうでもいいことであるのだが。
「随分と無口じゃねえか」
 戦闘が始まってから空条承太郎はあまり言葉を発していない。彼が本来から口数が少ない人間の可能性もあるが、やけに静かである。
 まるで機械のように――眼の前の敵である自分を倒すために動いているようにも感じ取っているが、本当に些細なことでありどうでもいいことである。
「返答なしかよ……ったく、まぁあたしには関係無いけど……よォ!!」
 
 言峰綺礼達が乗用車を停止させる中、風見雄二と騎士王は視線を向けること無く互いの生命を潰さんと交戦を続ける。
 最も依然として圧倒的有利に立つのは後者であり、前者は攻撃を受け流すことに集中しなければ、簡単に人生の幕を降ろされてしまうだろう。
 騎士王の放つ一撃は当然ながら獲物が剣である。扱い人に知識が無かろうと脳天や首を斬り裂かれれば人間は絶命する。
 それに加え歴史に名を刻む英霊級の手練となれば、近所に落ちているような木の枝でも脅威となってしまう。それらを踏まえた上で、風見雄二の勝率は僅かにしか存在しない。
 しかし、彼は最初から勝利を目標しているかと云えば――難しい話である。
「貴方は十分に私の時間を奪った。もう、動く必要はありません」
「ならば終わらせてみろ。お前の手で俺に休暇を与えるまでくだらん戯言を吐くな」
 近接戦闘に置いて相手の息遣いさえ耳に残る距離ならば、小言は脳内にまで瞬時に轟くだろう。騎士王なりに死に行く人間に言葉を贈ったつもりだが、風見雄二は一蹴する。
 相手を挑発した上で銃口をチラつかせ、お前を何時でも殺せる強調しつつ肉弾戦を織り交ぜ騎士王を追い詰めようとするも、現実は甘くない。
 実際に追い込まれているのは風見雄二であり、彼の足は徐々に後退しており、攻め手に移る回数も減っている。
 自らが放つ衝撃と騎士王が繰り出す斬撃。前者は有限でり後者は無限。更に後者は一撃で済み、前者は一撃かどうか怪しいまであるのだ。
 機会すらも騎士王が優位の状態、風見雄二が活路を切り開くには異能に対抗する超常現象を担う能力があれば楽になるだろう。
 しかし彼はあくまで人間だ。人間の中でも上位に名を連ねる存在であり、言ってしまえば人間の中で強いに留まっている。
 彼が勝てない。などと言い張る人間もいるだろうが、現実は違う。けれども圧倒的不利な状況に差異は無い。
 さて――どうにか心臓或いは脳天に鉛玉をぶち込めないかと思案しながら攻撃を受け流し続ける風見雄二であるが、気付けば頬には更に切り傷が増えている。
 捌くにも限度があり、ここで騎士王を倒すなど思わずに適当な段階で見切りを付け、離脱することを第一に。それが一番の効力がある生存方法だろう。
 最も簡単に逃げ切れる相手でも無ければ、空条承太郎は纏流子と交戦を続けている。逃走をするにも、隙を生み出さなければ無理だろう。
 言峰綺礼達を逃がすことには成功したが、全くの運と言っていい。たまたま乗用車があったから遠くへ彼らは移動することに成功した。それだけである。
 仮に風見雄二と言峰綺礼の立ち位置が逆だったならば、前者が乗用車に乗り込み、後者が時間を稼いでいただろう。
 何にせよ、彼に残された時間は多くないようだ。長引けば長引くほど、絶命の可能性が跳ね上がる。後方に追いやられながら、風見雄二は思考をフル回転させ策を練っていた。


776 : 名無しさん :2016/10/15(土) 21:46:59 OAJGGjrg0

 タイヤをパンクさせたことに若干の満足感を抱く纏流子だが、手放しで褒められることでは無い。
 悪趣味とも思える桃色の車体は見覚えがある――蟇郡苛の愛車と瓜二つだった。いや、全く同一の物だろう。
 彼女の脳内にフラッシュバックのように浮かび上がる彼の姿は、どうにも苦く、後ろめたさを感じ取ってしまう。
 死者に用事などあるものか。番傘を再び構えた纏流子は迫り来るスタープラチナを、空条承太郎を殺すべく、接近戦の嵐が巻き起こる。
「テメェも殺してやるよ……承太郎」
「そうか……で、なんだって?」
「うっぜええええええええええなァ、おい!」
 右に触れば左の拳が、左に触れば右の拳が傘の進路を阻み互いの一撃は相手に届かず、激しい応酬が繰り広げられる。
 刃物があれば数分前の戦闘時と同じように優位に進められる風見雄二のだが、乗用車を停止させるために使用してしまったことを後悔する纏流子。
 肉弾戦も臨む所であるのが、リーチを活かすためにも手数で負けるならば一撃毎の重みを増せ。均衡をこじ開けろ。
 徐々にスタープラチナを後退させ、自然とスタンドの発現者である空条承太郎も足を後ろに進めざるを得ない状況になっていた。
「テメェが諦めるキャラじゃねえのは分かってる、けどよぉいい加減に殺されろよ。粘ったってほんの少しだけ生きてるだけだ。
 さっきの小娘のように、無残に死んでいったカス共と同じ場所に送ってやるよ。どうせ死んでるんだろ? お・と・も・だ・ち……の一人ぐらい」

「不可視の剣をよくぞ……見切れてはいないようですが、見事です」
「賛辞のつもりだろうが、俺には嫌味にしか聞こえんな」
 風見雄二が扱う武器は銃火器の類である。本来ならば誰しも弾丸を放てば簡単に空いての生命を奪うことが可能だ。
 一般人を超えた先に君臨する彼が扱えば、それこそ簡単に。障害など発生することも無く、対象を殺害出来るだろう。
 しかし、不運にも相手は一般人を超えた更にその向こう側――人間とは構造の時点で異なる超常現象だ。元は人間だろうが、驚異的な存在である。
 剣一振りで銃火器に対抗し、自らを優勢に戦闘を進め、まるで剣は銃よりも強しを実践するような勢いがある。冗談じゃないと風見雄二は銃口を眉間へ合わせるが――。
「捉えられないことは貴方が一番理解しているでしょうに」
 風圧だ。騎士王の握る剣から溢れ出る風が銃を握る腕を振動させ、照準が定まらずに引き金に掛かる指に緊張が走る。
 発砲されないならば脅し程度の武器に対し騎士王は剣を振り上げ、彼を切断しようと試みるが、黙って攻撃を受ける風見雄二でもあるまい。
 上げられる腕に合わせるように左足の裏を叩き付け、騎士王の身体を吹き飛ばす勢いで蹴り付ける。
「…………………」
 騎士王は顔色一つ変えること無く、蹴られた腕の方向を変え再度、彼を斬るために剣を振るう。
 僅かに生まれた時間を有効に活用し、風見雄二は大きく後退することによって距離を稼ぐ。この距離ならば騎士王からの攻めは無いだろう。
 最も斬撃を飛ばす――ファンタジー寄りな攻撃を騎士王が隠していれば、最早打つ手立ては無くなってしまうが。
(――城、か?)
 腕輪探知機に一瞬ではあるが目を向けてみると、どうやら言峰綺礼達はこの地点より北、西寄りに進んだらしい。
 彼のことだ。紅林遊月達の安全が確保されれば加勢しようと、足を運んでくるだろう。さて、どうしたものかと風見雄二は走り来る騎士王を見た。
「残弾は残り三発。キャリコは今後も考えると温存するべきだが、そんな余裕は無いな。俺の相手はどうやら――任せたぞ、承太郎」

纏流子はまるで底なしのように湧いてくるスタミナを活かし、傘を振るい続け空条承太郎に猛攻を仕掛けていた。スタミナは無限じゃない。気力だけだ。


777 : 名無しさん :2016/10/15(土) 21:48:34 OAJGGjrg0

 スタンドの拳で直撃こそしないが捌き続け、けれども反撃の狼煙を上げることが出来ずに、気負され後退するばかりである。
「とっとと死ね……とっとと死ね……とっとと死ねよォ!!」
 同じ攻撃を何度も繰り返すだけの機械ならば簡単に打ち破ることが可能だ。空条承太郎ならば可能だ。けれども纏流子は一発一発に力加減を調整し、相手にラッシュの縺れを見せないのだ。
 角度、威力、速度、軌道。全てを相手に見抜かれないように。外から見ると暴れ狂う攻撃だ。しかし、この女は口こそ汚いが頭まで腐っている訳では無い。
 面倒な相手だ。言葉にはしないが空条承太郎の表情は明らかにそのような言葉を言いたげそうに。
 しかしよく喋る女だと彼は内心にて思っていた。先程から挑発のつもりなのか、それとも、単純に話したいだけなのか纏流子はよく喋る。
 彼女の素性に興味など欠片も存在しないが、元からそんな女なのか。空条承太郎からしてみれば状況に感化され、強いと思い込んでいる自分に酔っているようにか見えない。
 見方を変えれば何かから逃避しているようにも見えるが、考えすぎだろう。どんな理由が仮に存在しようと、目の前の敵は所詮、敵である。
 向かってくるならば倒すしかあるまいと、スタンドの拳を振るい続ける。傘を弾く度に揺れる、相手の綻びが気になるが、集中しなくては、首を討ち取られるのは自分になる。 
 ジャリジャリと足裏が砂を擦る音が響く。迫る纏流子のレンジに自分が入らないように調整するが、その度に後退を続け、大分、靴底がすり減っただろう。

「――任せたぞ、承太郎」

 風に流れるように言葉が耳元を通り過ぎ去ったかと思えば、視界には風見雄二が映り、発砲音が響く。
「ぐっ……ぁ、テメェ!!」
 スタンドの隙間を縫うように弾丸は纏流子の左太ももに吸い込まれ、鮮血を散らしながら彼女は犯人である風見雄二へ怒号を飛ばす。
「左肩に無視出来ないような傷がある。俺はまだ一度も狙っていない、場面を選べ」
「あの女はお喋りが好きらしい……うぜえ女だ」
 短い言葉を交わすと彼らはそれぞれの相手をスイッチさせ、大地を一斉に蹴り上げた。

「次の相手は貴方ですか――っ!」
 騎士王は風見雄二から空条承太郎に変わったことに言葉を少々であるが述べようと口を開くも、直ぐに閉じることとなった。
 発現されたスタンドの拳が嵐のように自らの眼前へ放たれる。不可視の剣を振り上げ、横に構えることによって即席の盾とする。
「誰でも俺は構わねえが、テメェみたいな奴に容赦も情けも……必要ないだろ」
 刃渡りが全く見えない剣を、スタンドの拳から通じる感覚によって空条承太郎は把握を試みる。どうやら、明らかに短小でも無ければ、馬鹿みたいに長い訳でもないようだ。
 西洋の剣と考えるべきだろう。東洋の刀を比べると鋭くは無いが、厚い刀身は一時には防具としても扱える。目の前の敵がそうするように。
 気付けば騎士王は守りに手一杯で後退するばかりだった。剣と拳では速度が違う。一発一発を細かく放つのは後者だ。
 風見雄二は戦闘の流れで体術を騎士王に叩き込むには、剣のレンジに食い込む必要があった。しかし、半ば不意打ちのようにラッシュを始めた空条承太郎ならば、途切れるまでは優勢である。
 纏流子と風見雄二の影が遠くなる。もう、先程のように互いの戦闘が交差することも無いだろう。そして。
「――壁が」

 時間に表わして数分、いや、数十分は空条承太郎のスタンドによるラッシュを騎士王が捌いただろう。
 鎧が何かに衝突したかと思えば、背中には城が存在しており、エリアを跨ぎっていたらしい。
「オラァ!」
 生まれた僅かな隙に狙いを付け、空条承太郎は渾身の一撃を右拳に乗せ放つ。ガラガラと壁が崩れる音が響き、騎士王の声がやけに耳へと残る。
「どうやら大分時間を費やしてしまったようだ――終わりにしましょう、この一撃で」
 スタンドの拳は誰も捉えること無く、城の壁を破壊した。対象たる騎士王は背後に移動しており、空条承太郎は下に視線を向けた。
 そこには大地が何かを引き摺った痕跡が見られ、騎士王は瞬間移動を行った訳ではなく、自分の目の前から移動したらしい。
 魔力放出。彼は知ることも無いが、魔力による一時的なブーストにより大地を駆けた騎士王は空条承太郎の背後に移動し、剣を振り下ろす。
 空条承太郎が振り向いた時、既に遅い。彼の左肩に深々と不可視の剣が、鮮血と共に、空間を斬り裂いた。


778 : 名無しさん :2016/10/15(土) 21:50:36 OAJGGjrg0

 空条承太郎と騎士王の戦闘が終わりを見せたその数十分前には風見雄二と纏流子が互いに距離を詰めながら、汗と血を流す。
 纏流子の左太ももに埋め込まれた鉛玉によって彼女の行動は制限される。少なくとも空条承太郎と戦闘していたように、縦横無尽に大地を駆け巡ることは無い。
 ならば、威力よりも速度に重点を置き、相手の意識を奪う一撃を急所に叩き込めばいい。そう思う風見雄二であるが、そうであればどれほどよかっただろうか。
「テメェだけは今この場でぶっ殺してやる」
 銃声は嘘だったのだろうか。懐に潜り込んだ風見雄二の腹を左膝で捉えた纏流子は、怒りの声と共に傘を彼へ向ける。
 距離を取られたならば詰めればいいと、大地を蹴り、一瞬で相手を視界に収めると、獲物を振り下ろす。
(あれだけ頑丈ならば銃弾も弾くだろうな)
 大地に亀裂が走り土煙が舞う。空条承太郎のスタンドであるスタープラチナと正面でやりあったのだ、鉄塊よりも脅威だろう。
「ちょこまかと動き回ってんじゃねえよ、こちとらテメェに撃ち抜かれて痛いってのに」
「その痛みで昇天すればいいだろう。黙って死ね」
「――殺す、っ!」
 文句を放つ纏流子に対し風見雄二は彼女の足が損傷していることを上手く利用すべく、手数で攻めるために零距離で陣取る。
 番傘を振るわせなければ攻撃されることも無い。空間をあらゆる角度から拳、蹴りと様々な体術を組み合わせ、相手に反撃の隙を与えない。
 流れるような連撃は徐々に纏流子を追い込み、彼女は後退せざるを得ない。そう、空条承太郎との時とは逆だ。手負いの怪物が、後退りしている。
「調子に乗んなよテメェ!」
「ぐ……貴様」
 風見雄二が放った右拳を引くと同時に纏流子は頭突きを繰り出す。彼の額に吸い込まれて行き、鈍い音と濁った血液が宙を舞う。
 してやったりと笑みを浮かべた彼女は番傘をキューのように見立て、風を斬り裂くような突きを放った。
 脳が振動し視界が覚束ない風見雄二であるが、目の前の凶器を何とか見切り、首を捻ることで回避し、右拳を放つ。
「当たらねえぞ」
「当てるつもりは無い。馬鹿め」
 纏流子も首を捻り回避するのだが、風見雄二の狙いは次にある。右手には拳銃を逆手に握っているのだ。
 その事実に彼女が気付いたのは既に鉛玉が自らの左肩に叩き込まれた時だ。耳元で響いた銃声により、周囲から音も消えた。
 呻き声を轟かし、風見雄二に対する怒りが此処に来て爆発するのだが、相手は銃をそのまま右肩に振り下ろした。
 更に激痛が体内を駆け巡る。殺してやる、殺してやると殺意だけが上昇し、瞳は赤く染まる。今度は何だ、まだ、怒らせるのか。


779 : 名無しさん :2016/10/15(土) 21:51:56 OAJGGjrg0

 風見雄二は右腕を引く際に纏流子の左肩を通過させ、単純に痛みを与えると同時に、血液を纏わせた。
 引いた腕が彼女の肩から離れた瞬間に左右へ振らす。それにより纏った血液が彼女の瞳目掛け飛び散り、視界を赤く染めたのだ。
 ベレッタの銃弾は残り一発。この場で終わらせると眼前へ照準を合わせたが、不運なことに手負いの獣が放った一撃は状況を一変させる。
「調子によぉ……舐めんじゃ、ねえぞォ!!」
 風見雄二の側面から襲い掛かったのは纏流子がデタラメに――いや、本能に従って放った渾身の一撃だ。
 番傘は彼の身体全てを抉るように衝撃を轟かせ、人間だろうとお構いなしにまるで球体のように、彼の身体は大地を転がる。
 受け身を取ろうにもあまりの衝撃と速度により、彼は為す術もなく、ただ、大地を転がるだけであった。そして獣は雄叫びを響かせた。
「ッしゃああああ! 散々手間を掛けちまったが終わりだなあ。テメェを殺して空条承太郎もぶっ殺す。
 逃げてった男とガキもぶっ殺す。さっき殺したガキとおんなじようにな。だからまずはテメェを、殺してやる」
 腕で瞳を拭うと、未だに視界には異物が混入しているかのような、気色悪い感じになっている。苛立ち混じりの唾を彼女は吐いた。
 遠くで倒れている風見雄二をどうやって殺すか――と、考えた所で彼女は新たな笑みを浮かべる。勿論、悪役に似合うどす黒い笑みだ。
 不本意ながらも纏流子は一対一の戦いに於いて、近接戦闘に銃撃を織り交ぜた風見雄二の攻撃を捌ききれていなかった。
 その証拠が左肩に埋め込まれた銃弾。そして、後退させられ、乗用車の傍まで移動していたことだ。気付けば、遠くにまで追い込まれたものだ。
 互いに決定打を与えていなく、銃弾を叩き込まれようが優勢は纏流子であった。手数だけならば相手が優勢だが、重みが違う。
「綺麗さっぱり終わらせてやる……有難く思えよ」
 刀を拾い上げると、刃毀れが発生していないか目視で確認――問題は無いようだ。流石、対生命繊維用だと褒めるべきか。
 走る乗用車のタイヤに突き刺しても、刃毀れどころか折れることすらしないのは、名刀の証だろう。最も、彼女が住まう世界がおかしいだけではあるが。
 逃走した言峰綺礼や憎き空条承太郎の殺害もまだ終えていない。風見雄二一人に時間を費やし過ぎた。挽回とは云わないが、刀の一撃にて一瞬で精算を。
「おいおい……テメェからわざわざ近付いて来るなんてなあ、よっぽどの死に急ぎ野郎かぁ?」
 口元を拭う風見雄二は衝撃から立ち上がり、まだ意識もはっきりしていないだろう。その証拠に震える右腕に左腕を添え、ベレッタを構えている。
 ブレブレな銃口に纏流子は笑いを堪え切れず、ケタケタと大声を上げるが、決して腹を抱えたりなどしない。瞳は一切笑っておらず、風見雄二を捉えていた。
 ただの人間でありながら、おそらく鍛え上げられたと思われる肉体的能力だけでよくも此処まで粘ったものだ。敵ながらに、出会いが違えば賞賛していただろう。
 故に最後まで油断はしない。最高の賛辞だろう、自分が確実に殺害可能な状況を作るまでは、隙を見せるな。
「よく動く口だな……寂しいのか?」
「テメェらが無口なだけなんだよ根暗インキャボーイズ」
 空条承太郎との戦闘時にも言えることだが、纏流子が一方的に声を荒らげるだけであり、会話には繋がらない。
 風見雄二はまだ、反応し、時には自ら口を動かすこともあったが、空条承太郎は皆無に等しい。無論、話さないことに苛立ちを覚える纏流子でも無い。
 張り合いのない――行き場の無い怒りや感情を抱いている彼女にとって、相手の言葉は様々な意味を含めて必要である。人間が人間であるために。
 敵対側からすれば知る必要も術も無い事柄である。現に風見雄二は空条承太郎から聞いていたとおりのよく喋る女、それが纏流子に対する印象だった。
 けれども、本当によく喋る女だなとも思う。此処まで上手く誘導出来るなど、流石に風見雄二と云えど想定外であったのだから。


780 : 名無しさん :2016/10/15(土) 21:54:00 OAJGGjrg0

「……おいおいおいおいおい、ちゃんと狙えよ」
 乾いた銃声が響いた後に金属音が耳に届く。風見雄二の放った弾丸は逸れてしまった。
 纏流子は挑発を言うも、相手が照準を定める体力すら残っていないのかと勝手に幻滅したりもするが、しょうがないと溜息を吐く。
 これでもう終わらせてやると、歩み始めようとした所で、鼻先を刺激する匂いに気付き足を止めた。
 嗅ぎ続ければ気分を害するような重たい匂いの元は乗用車から。風の流れを読み取るに風見雄二の弾丸が着弾した付近からだ。
 視線を動かし乗用車を見ると、鉛玉は給油口に直撃しており、風穴が空いていた。どうやら匂いの正体はガソリンらしく、纏流子は固まった。
「――ッ!? テメェエエエエエエエエ!!」
「俺のことか? 名は風見雄二だが……名乗るのは初めてか? まぁ、どうでもいい」
 ガソリンに弾丸。映画で何度も使い古しされるパターンだ。日本を飛び出した各諸国で見られるような、全米が好むようなワンシーンを思い出す。
 纏流子は最悪の状況を避けようと、少ない時間で自分の身体に基本支給品である水をぶっ掛け、番傘を開き乗用車と自分の間に割り込ませる。
 些細な、本当に些細な抵抗だろうが、少しでも衝撃を和らげ、生き残るための手段だ。他人から見れば滑稽だろうが勝手に笑え。そして殺す。
 生き残った者が勝者だ。ならば爆発を凌いだ後に風見雄二を殺害すればいい。彼は逃走しているようだが、手負いの身だ。追い付ける可能性は十分にある。
 どう殺してやろうか。刺殺か斬殺か……どうでもいい。過程に浪漫など求める質では無く、結果させ残せれば問題は無いのだ。

「……風見雄二、テメェは本当にムカつく野郎だ」
 結論を述べよう。乗用車に銃弾を叩き込んだ所で映画のように爆発する可能性は低い。事前にガソリンを浸しておけば話しは別になるが。
 着弾した給油口を中心に炎が伸び始め、車体と纏流子を中心に炎上するだけで留まり、爆破など勝手に彼女が思い込んでしまった未来となった。
 炎に囲まれた纏流子は車体を蹴る。ボンネットに叩き込まれた踵落としは車体を大きく凹ませていた。
 策に嵌った。手玉に取られた。裏をかかれた。相手が一枚上手だった。
 風見雄二の逃走を許し、騎士王と一瞬ながら手を結び襲撃を仕掛けたが、殺害数はたったの一人だ。
 生命こそ失っていないが、負けである。完全に、纏流子は負けた。
 炎を巻き上げる風が肌を撫で、どうも鬱陶しく感じてしまう。生きている限り戦うだけだ、その標的に新しく一人の男が刻まれた、ただそれだけ。


781 : 名無しさん :2016/10/15(土) 21:54:49 OAJGGjrg0

【H-5/路上/夜】


【風見雄二@グリザイアの果実シリーズ】
[状態]:ダメージ(中)疲労(小)右肩に切り傷、全身に切り傷
[服装]:美浜学園の制服
[装備]:キャリコM950(残弾半分以下)@Fate/Zero、ベレッタM92@現実(残弾0)
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(9/10)
   黒カード:マグロマンのぬいぐるみ@グリザイアの果実シリーズ、腕輪発見機@現実、歩狩汗@銀魂×2、旧式の携帯電話(ゲームセンターで入手、通話機能のみ)
[思考・行動]
基本方針:ゲームからの脱出
   0:言峰綺礼達との合流
[備考]
※アニメ版グリザイアの果実終了後からの参戦。
※折原臨也、衛宮切嗣、蟇郡苛、空条承太郎、紅林遊月、言峰綺礼と情報交換しました。
※キャスターの声がヒース・オスロに、繭の声が天々座理世に似ていると感じました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。
※『越谷小毬殺人事件の真犯人はDIOである』という臨也の推理(大嘘)を聞きました。必要に応じて他の参加者にも伝える可能性があります。
※言峰から魔術についてのおおまかな概要を聞きました
[雄二の考察まとめ]
※繭には、殺し合いを隠蔽する技術を提供した、協力者がいる。
※殺し合いを隠蔽する装置が、この島のどこかにある。それを破壊すれば外部と連絡が取れる。
※第三放送を聞いていません。


【纏流子@キルラキル】
[状態]:全身にダメージ(中)、左肩・左太ももに銃創、疲労(大)、精神的疲労(極大)、数本骨折、説明出来ない感情、苛立ち、水でビシャビシャ
[服装]:神衣純潔@キルラキル(僅かな綻びあり)
[装備]:縛斬・蛟竜@キルラキル
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(19/20)、青カード(19/20) 、黒カード1枚(武器とは判断できない)
    黒カード:不明支給品1枚(回収品)、生命繊維の糸束@キルラキル、遠見の水晶球@Fate/Zero、花京院典明の不明支給品0〜1枚
[思考・行動]
基本方針:全員殺して優勝する。最後には繭も殺す
   0:炎を何とかし、風見雄二を探して殺す。
   1:次に出会った時、皐月と鮮血は必ず殺す。
   2:神威を一時的な協力者として利用する……が、今は会いたくない。
   3:消える奴(ヴァニラ)は手の出しようがないので一旦放置。だが、次に会ったら絶対殺す。
   4:針目縫は殺す。
[備考]
※少なくとも、鮮血を着用した皐月と決闘する前からの参戦です。
※DIOおよび各スタンド使いに関する最低限の情報を入手しました。
※満艦飾マコと自分に関する記憶が完全に戻りました。
※針目縫に対する嫌悪感と敵対心が戻りました。羅暁への忠誠心はまだ残っています。
※第三放送を聞いていません。


782 : 名無しさん :2016/10/15(土) 21:56:18 OAJGGjrg0

 どれほど走っただろうか。呼吸を整える紅林遊月は地図上にて城と記載された施設で一瞬の安らぎを得ていた。
 安らぎと言ってしまえば語弊があろうに。天々座理世は未だ気絶から回復せず、共に居るのは言峰綺礼だけだ。
 風見雄二と空条承太郎、それに香風智乃は居ない。そう、減ってしまった。特に香風智乃とはもう、会うことも無いだろう。
 死体との対面など誰が臨むものか、誰が彼女して扱うものか。
 そもそも、自分の気持ちに整理を付けられない状況で、そんなことなど想像出来る余裕が無い。
 香風智乃――チノが死んだ。死んでしまった、あの世へ行ってしまった、土へと還った。
 ぐちゃぐちゃな心の中を整理するには時間と静かな場所で、一人になりたい。けれども、誰もがそんな状況になることに協力はしないだろう。
 現に騎士王と纏流子が襲撃した際には言峰綺礼達が対応したため、紅林遊月自身には時間が生まれていた。けれど、考え事など出来るものか。
 視界に入り込む剣やスタンド、銃声に車、殺されてしまった神威の車輪など、情報量が多過ぎる。 
 ならば比較的落ち着いた今ならば整理――などど上手く話が進むだろうか。まずは走り終えた呼吸や身体を整えるのに手一杯だ。
 次に案ずるは戦う仲間達のこと。襲撃者は強い、戦闘を見ていた限りではどちらも素人で無いことは簡単に理解出来た。
 風見雄二達が負けるなどと思うつもりは無いが、心配なものは心配であり、人間の心は常に最悪の未来を弾き出してしまう。
 もし放送で彼らの名前が読み上げられてしまったら。実際に発生しないと想像は発想されないが、無心でやり過ごせる可能性は限りなく零である。
 この段階にて放送を聞きそびれていたことに気付くなど、やはり数分前の状況は嵐のようだったと再認識してしまう。詳しく云えば放送の終了と共に意識を確立したのだ。
 神威の車輪を自らの意思で動かし、天々座理世を拾いその流れで言峰綺礼も乗牛させ風見雄二の番が回った所で――安らぐ暇など存在しなかった。

 やっとの思いで離脱したものの、外からは金属音や怒号が聞こえ始め、男性の声色は空条承太郎のものだ。
 気付けばどれだけの時間が経過しただろうか。己が放心している間に言峰綺礼は城の内部から外を見ていたが、会話は無かった。
 故に時間の進み具合を確かめる指針は無い。何にせよ空条承太郎と誰かが近くに来たことだけが事実としてしっかりと認識出来る。
 誰か――残念ながら風見雄二は確認出来ない。目視した訳では無いが、おそろくもう一人は襲撃者の片方だろう。
 戦闘がこの場まで続いている。互いに一歩も引かず、素人には世界に入り込むことさえ許されない緊迫の一戦なのは分かっている。
 自分に出来ることは何も無い。戦闘において出しゃばった所で味方の邪魔をするだけであろう。肉弾戦では足手まといだ。

 戦闘音が聞こえ始め、言峰綺礼が紅林遊月へ振り返る。
 口は動かされていないものの、想像は容易に出来る。大方、戦場へ赴くためだ。
 外で戦う空条承太郎へ加勢するのは当然だが、言峰綺礼が居なくなれば紅林遊月と気絶状態である天々座理世を守る存在が消えてしまう。
 城の内部を散策していないために、暗殺者が潜んでいる可能性を否定しきれず、そんな状況に少女達を残せるだろうか。
 騎士王は強い。その事実は言峰綺礼の身体が、記憶が、本能が知っている。空条承太郎と云えど苦戦は間違いなく、現に押されている。
 
「行って……ください」

 小さき紅林遊月の声が静かな空間を支配するように隅々にまで響く。
 自分の気持ちすら整理出来ずに、体内から溢れ出そうになる感情を抑えるだけで手一杯だ。本音を言えば言峰綺礼には傍にいてほしい。
 けれど、彼を必要としているのは空条承太郎だ。自分よりも危険なのは外で戦っている勇敢な戦士である。
 自分の情けない部分で言峰綺礼を拘束してしまい、それが原因で空条承太郎が死ぬ最悪の未来は見たくない。


783 : 名無しさん :2016/10/15(土) 21:58:24 OAJGGjrg0

 頑張っているのだ。外で戦う空条承太郎や風見雄二は頑張っている。幼稚な言葉であるが嘘じゃあない。
 彼らに手を貸せるのは言峰綺礼だけである。外部からの戦力などアテに出来るはずもなく、確実なのは彼だけだ。
 近くで呼んでいる声が轟くのならばその腕を差し伸ばせ。紅林遊月と天々座理世の護衛はその後で果たせばいいだけのこと。

「……あっ」

 自分にも何か出来ることは無いか。言峰綺礼を見つめながら思案すると、とある出来事を思い出す。
 空条承太郎と初めて遭遇した時のことだ。あの状況で紅林遊月は彼から何かを貰い受けた。
 支給品の類であろうが、受け渡された時に身体へ走る熱のような痛みしか記憶していないが、もしかしたら。
 もしかしたらの話だ。もしも、この状況に対し少しでも力を貢献することが出来るとしたら――神頼みである。
「……私も力に、なれますか」
 言峰綺礼の瞳が大きく開かれた。どうやら神へ紅林遊月の叫びは届いたらしい。



 空条承太郎の左肩へ斬り込まれた不可視の剣は風を纏っているため、永劫に傷口を抉り続ける。
 刺激を発生させる風の旋毛は微々たるものでありながらも魔力として成立しているため、無視出来る損傷を超えている。
 切断されていないことを喜ぶべきだろう。漫画のように左肩が斬り落とされていれば空条承太郎は確実に絶命していたに違いない。
「俺と同じくらい苦しそうな顔をしているが、何か辛い過去でも思い出したのか……?」
 そもそも何故、剣は肩へのめり込んだままなのか。そのまま斬り抜けば空条承太郎の左肩は切断される。
 勢いが足りずとも一度引き抜き再度、攻撃を加えれば既に致命傷を与えているのだから、殺害へ大きく近付くことが可能である。
「う、うるさい……っ」
 風見雄二が空条承太郎と別れる寸前に残した言葉がある。左肩だ。
 騎士王の左肩には治療を施されていないような傷があり、時折だが気にしている様子もあった。無視出来ない痛みが発生しているのだろう。
 応急処置程度ならば済ましているかのようにも思えたが、まるで一種の呪術のように消えない傷が騎士王に刻み込まれているのだ。
 空条承太郎は不可視の剣を振り下ろされる寸前にスタンドで拳を左肩へ叩き込み、痛み分けとなってしまったが効果はあったようだ。
 現に騎士王は痛みに表情を歪ませており、不可視の剣を引き抜くことすら出来ていない。最もスタンドで掴んでいる力加減もあるが。


784 : 名無しさん :2016/10/15(土) 22:06:18 OAJGGjrg0

 しかし、何時までもこの状態を続ければ苦しいのは明らかに空条承太郎だ。何せ剣が刺さったままだ、無視出来るはずも無い。
 スタンドで殴り付けように騎士王の動きが予測出来ない分、密接した距離でもあるため迂闊に行動し、見切られれば、殺される。
 何か状況を好転させる外部因子を求めてみるが、神様とやらが存在するならばこの瞬間だけは空条承太郎に微笑んだようだ。
 背面に聳え立つ城の内部から跳び出した言峰綺礼が騎士王へアゾット剣を古井、空条承太郎への加勢となって現れた。
「ぐーーッ!!」
 襲撃者に対応するため騎士王は痛む左肩を気にしながらも空条承太郎の左肩から不可視の剣を引き抜いた。
 衝撃に伴い、耳には彼の声が聞こえるも今対処すべき相手は目の前の言峰綺礼だ。
「!?」
 アゾット剣を弾き返したつもりだが力を押し返すことが出来ずに鍔迫り合いが発生し、騎士王の表情に驚きが見られた。
 ただの人間ならば簡単に屈せる程度の一撃を放った筈だが、敵は押し返し、更に刃を滑らせ懐に潜り込んだ。
 呼吸だ。言峰綺礼の呼吸音が聞こえたかと思えば次には腹を中心に衝撃が発生し、騎士王は唾の混じった血液を口から吐いた。
 状況が飲み込めずに焦りを覚える騎士王が顔を上げた瞬間、彼女の瞳には直撃寸前である言峰綺礼の拳が迫っていた。
 対処することも不可能だ。振り切られた拳の先には宙を浮く鎧の騎士が一人、金属音を響かせ大地へ落下する。
「通用するものだな……この会場に招かれて初めて思うが、良い事もあるようだ」
 
 騎士王が立ち上がった段階で既に言峰綺礼は接近を終えており、蹴りを放っていた。
 不可視の剣を横に構え置くこと防いだものの、伝わる衝撃は空条承太郎のスタンドが放つ拳を超えていた。
 一撃の重さはまるで同じサーヴァントとしての枠を以って現代に召喚された英霊に迫る勢いだ。おかしい、この男は一介のマスターだ。
 聖杯戦争中にこの男が規格外の強さを発揮した記憶は騎士王の脳内に残っていない。仇も衛宮切嗣と密接に情報を交わす間柄だったならば事前に見抜けていたかもしれないが。
「……!? 何故、まさか聖杯戦争は続いていると言うのですか!?」
「さあな。私にも終了しているのか続行しているかは分からぬ」
 言峰綺礼の手の甲に走る入れ墨に騎士王は既視感を抱く。そんな筈は無い、あれが存在するならば自分は一体なんだと言うのか。
 この会場には衛宮切嗣も招かれている。ならば自分達は再度の契約が結ばれた――違う、誓いの証は存在しない。
 ならば何故、言峰綺礼は持っているのか。彼が監視側の人間だからだろうか。これも違う、ならば対等の立場として殺し合いに参加するものか。
 理解が追い付かない。けれども、目の前に君臨する敵が脅威になったことだけは、理解出来てしまった。
「呆気ないものだな。セイバーよ、お前は強い。流石はサーヴァントだ、私のような人間が敵うなど、馬鹿の見る夢だろう」
 彼の発する言葉が挑発に聞こえてしまう。剣を深く持ち直し騎士王は目の前の敵に対する評価を改める。
 残るは二画だ。一画の効力も消えてない中、どうやら戦闘を長引かせれば不利になるのは己らしい。
「しかしだな。所詮はお前も私達と同じ人間として生まれたのだろう――人間同士の争いならば、行く末は見ものだな」
 
 赤き令呪を発動し、言峰綺礼が騎士王に挑む。
 元の彼らを知る人間がこのことを知ってしまえば、笑うことになるだろう。
 戦闘とは程遠い催し物で、例えば夕食を賭けて戦うなどと云う砕けた争いを想像するだろう。
 けれど、違う。背負う物は互いに存在し、引けぬ戦いだ。賭ける物は己だ。意思も、夢も、生命も全て。

 アゾット剣と不可視の剣――約束された勝利の剣が衝突し、鋼の旋律を響かせる。
 曲は既に奏でられた。奏者たる二人が止まらない限り――片方の生命が消えるまで、止まらない。


785 : 名無しさん :2016/10/15(土) 22:07:23 OAJGGjrg0


【G-4城周辺/路上/夜】


【天々座理世@ご注文はうさぎですか?】
[状態]:気絶、状況をまだ飲み込めていない可能性あり、疲労(大)、精神的疲労(大)
[服装]:メイド服・暴徒鎮圧用「アサルト」@グリザイアの果実シリーズ
[装備]:
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(10/10)
    黒カード:不明支給品0枚
[思考・行動]
基本方針:ゲームからの脱出
   0:気絶
[備考]
※参戦時期は10羽以前。
※折原臨也、衛宮切嗣、蟇郡苛、空条承太郎、一条蛍、香風智乃、紅林遊月、言峰綺礼と情報交換しました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。
※『越谷小毬殺人事件の真犯人はDIOである』という臨也の推理(大嘘)を聞きました。必要に応じて他の参加者にも伝える可能性があります。
※第三放送を聞いていません。


【紅林遊月@selector infected WIXOSS】
[状態]:口元に縫い合わされた跡、疲労(中)、精神的疲労(大)
[服装]:天々座理世の喫茶店の制服(現地調達)
[装備]:超硬化生命繊維の付け爪@キルラキル
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(18/20)、青カード(19/20)
黒カード:ブルーアプリ(ピルルクのカードデッキ)@selector infected WIXOSS
[思考・行動]
基本方針:叶えたい願いはあるけれど、殺し合いはしたくない
   0:冷静になる。心を落ち着かせる。気持ちを整理する。
[備考]
※参戦時期は「selector infected WIXOSS」の8話、夢幻少女になる以前です
※香風智乃、風見雄二、言峰綺礼と情報交換をしました。
※ピルルクの「ピーピング・アナライズ」は(何らかの魔力供給を受けない限り)チャージするのに3時間かかります。
※チノの『演技』に気付きましたが、誰にも話すつもりはありません。
※チノへの好感情、依存心は徐々に強まりつつあります
※第三放送を聞いていません.


786 : 名無しさん :2016/10/15(土) 22:12:23 OAJGGjrg0

【空条承太郎@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
[状態]:ダメージ(大)、疲労(中)、精神的疲労(中)胸に刀傷(中、処置済)、全身に小さな切り傷、左肩に裂傷、出血(大)
[服装]:普段通り
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(9/10)、噛み煙草(現地調達品)
[思考・行動]
基本方針:脱出狙い。DIOも倒す。
   0:目の前の相手をぶっ飛ばす。
[備考]
※少なくともホル・ホースの名前を知った後から参戦。
※折原臨也、一条蛍、香風智乃、衛宮切嗣、天々座理世、風見雄二、言峰綺礼と情報交換しました(蟇郡苛とはまだ詳しい情報交換をしていません)
※龍(バハムート)を繭のスタンドかもしれないと考えています。
※風見雄二から、歴史上の「ジル・ド・レェ」についての知識を得ました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。
※越谷小鞠を殺害した人物と、ゲームセンター付近を破壊した人物は別人であるという仮説を立てました。また、少なくともDIOは真犯人でないと確信しました。
※第三放送を聞いていません。


【言峰綺礼@Fate/Zero】
[状態]:疲労(中)、精神的疲労(中)全身に小さな切り傷、令呪1画消費によるブースト
[服装]:僧衣
[装備]:アゾット剣@Fate/Zero、令呪(残り2画)@Fate/Zero、
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(18/20)、青カード(17/20)
黒カード:不明支給品0〜1、各種雑貨(ショッピングモールで調達)、不明支給品0〜2(ポルナレフの分)、スパウザー@銀魂
     不明支給品2枚(ことりの分、確認済み)、雄二のメモ
[思考・行動]
基本方針:早急な脱出を。戦闘は避けるが、仕方が無い場合は排除する。
   0:セイバーを倒……せるのか?
※第三放送を聞いていません。


【セイバー@Fate/Zero】
[状態]:ダメージ(中)、疲労(中)、精神的疲労(小)魔力消費(中)、左肩に激痛、左肩に治癒不可能な傷?
[服装]:鎧
[装備]:約束された勝利の剣@Fate/Zero
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
    黒カード:レッドアンビジョン(花代のカードデッキ)@selector infected WIXOSS、キュプリオトの剣@Fate/zero
[思考・行動]
基本方針:優勝し、願いを叶える
 0:皆殺し。
 1:島を時計回りに巡り参加者を殺して回る。
 2:時間のロスにならない程度に、橋や施設を破壊しておく。
 3:衛宮切嗣、空条承太郎、鬼龍院皐月には警戒。
 4:銀時、桂、コロナ、神威と会った場合、状況判断だが積極的に手出しはしない。
 5:銀時から『無毀なる湖光(アロンダイト)』を回収したい。
 6:ヴァニラ・アイスとホル・ホースに会った時、DIOの伝言を伝えるか、それともDIOの戦力を削いでおくか……
 7:いずれ神威と再び出会い、『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』を破壊しなければならない。
 8:WIXOSS、及びセレクターに興味。
[備考]
 ※参戦時期はアニメ終了後です。
 ※自己治癒能力は低下していますが、それでも常人以上ではあるようです。
 ※時間経過のみで魔力を回復する場合、宝具の真名解放は12時間に一度が目安。(システム的な制限ではなく自主的なペース配分)
 ※セイバー以外が使用した場合の消耗の度合いは不明です。
 ※DIOとの同盟は生存者が残り十名を切るまで続けるつもりです。
 ※魔力で車をコーティングすることで強度を上げることができます。
 ※左肩の傷は、必滅の黄薔薇@Fate/Zeroが壊れることによって治癒が可能になります。
 ※花代からセレクターバトルについて聞きました。WIXOSSについて大体覚えました。
 ※第三放送を聞いていません。


787 : 名無しさん :2016/10/15(土) 22:12:49 XEAvtRe.0
終了です。手間取らせてしまい申し訳ありませんでした


788 : 名無しさん :2016/10/16(日) 18:52:21 kdVBRbrM0
投下乙
圧倒的な強さを誇るセイバーと流子相手に、恐れずに立ち回る雄二が格好いい。
エクスカリバーの刀身の長さを推測したり、流子の生命戦維のほころびを発見したりと、彼の戦闘慣れしている面がふんだんに発揮されていたように思える。
個人的に好きなのは、逆手持ちした銃で流子に銃弾を食らわせたシーン。
承太郎と言峰も実力を充分に発揮していた。令呪消費によるブーストでセイバーと渡り合う展開には、なるほどと膝を打った。
リゼは気絶し通し、遊月は頑張ろうとしているが、戦闘はまだまだ続く。決して安心できない終わり方なので続きが楽しみ。


789 : 名無しさん :2016/10/19(水) 01:03:18 zCHanTFA0
投下乙でした。
このメンバーだと流石に一方的かと思ったのですが、
セイバーや流子が相手でも、経験と技能で凌ぐ雄二にとにかく痺れました。
ついに銃弾も無くなったけど、何とかしてくれそうですごく頼もしい。

承太郎や言峰も何とか乗り切ってほしいな。


790 : ◆wIUGXCKSj6 :2016/10/29(土) 15:58:47 l.ae21q20
感想ありがとうございます!!
投下します


791 : ロクデナシの空に ◆wIUGXCKSj6 :2016/10/29(土) 15:59:31 l.ae21q20

繊維を纏いし戦士が上空を翔る。風を切り裂く姿は赤黒き流星と見間違える程に夜空に一筋の線を描いていた。
鬼龍院皐月と鮮血による人衣一体の形態変化によって飛行能力を得たわけであるが、元より不完全な状態である。
彼女と衣服の相性は悪くないだろう。しかし、本来のパートナーとは異なり、謂わばオーダーメイドに近い鮮血を他者が着こなす方がふざけた話である。
紛い物の人衣一体であるが、それでも形状を維持し戦力として扱えるのは鬼龍院皐月の精神力と意地があってこその結果には違いない。
身体に掛かる負荷は従来を超える重さであり、殺し合いの会場において戦闘態勢に移行するだけで疲労を伴う枷を鬼龍院皐月は背負っている。
それに加え現在は空を翔ているのだ、通常よりも更に身体を蝕むだろう。けれども、彼女は顔色一つ変えず、疲れを見せるどころか速度を上昇させる。

「お……おー!」

呼吸もままならぬ程の衝撃が走り、理解が追い付く前に状況が変化する殺し合いの中で宮内れんげに対する一種の癒やし。
発せられた声に悲劇の着色は無く、単純に空を飛んでいる己に対する喜びの声色が鬼龍院皐月の耳に届いていた。

『無理をし過ぎじゃないか?』
「耳に届かないことを考えればマシだ。私もこの程度、どうと言うことは無い」

風の流れに逆らうように鬼龍院皐月と神衣――意思を持ったセーラー服の鮮血の声が飛び交う。
彼女が速度を引き上げた理由は会場に響く放送を宮内れんげに聞かせないためである。情報を与えぬ訳では無い。
応急処置だ。その対応は少女に対する精一杯の優しさだ。突き放したところで、立ち上がるまでに成長していない少女に対する優しさである。
親しき者の死を無理に告げる必要は無い。決して逃げの選択では無く、今はまだ、宮内れんげが現実と直面すべき時では無いのだ。
結果として同郷の名前は読み上げられておらず。けれども、殺し合いの中で交友や知った名前が呼ばれぬ訳では無い。
時が来れば鬼龍院皐月自らの口で説明する――それが彼女の取った選択。

「……そうか」

鬼龍院皐月は言ってしまえば人間の皮を被った怪物――のような能力を持ち得た存在である。
宮内れんげが飛行による感情の躍動と風さえ切り裂くような速度に気を取られ放送を聞いていないが、鬼龍院皐月はしっかりと聞き取っていた。
戦況を把握するに当たって纏流子と針目縫の名前は呼ばれていない。前者は色々と様々な要素が絡むとは言え、後者である針目縫が生きていることに喜びは感じない。
穢れきったあの存在、斬り裂くべきあの存在。忌々しいあの女、生命を断つべきあの女は生きている。
他にも反応すべき参加者の名前が告げられているのだが、目の前に現れた存在に全ての神経が集中してしまった。
想いを馳せるのもいいだろう。数時間程度とは言え殺し合いの中で別れと出会いを繰り返している。何も感情を抱かないと言えば嘘になる。
けれども。本来、余程のことが無い限り他者と接触することは無いだろうと思われる空中にて、敵が目の前に、視界に入り込む。

「止まったのん……どうしたの?」
「心配するな。ちょっとした休憩だ」
「わかった! 無理はしないでね」

「勿論だ――是非ともそうしたいところだが、私自身がそうするつもりはない」

運命に意図があるならばなんとも分かりやすい。これでは規格外の虚け者ですら理解する。
糸でも繋がっているのだろうか。引き合わせられた存在に鬼龍院皐月は決して笑みを浮かべない。
会いたいなどと誰が思うものか。相手に抱く感情は好意を一切含まず、地の果てにて野垂れ死んでいても悲しみは生まれない。
目付きが鋭くなり、呼応するように鮮血も状況を飲み込み、これから立ち会いするであろう相手を見つめていた。

『下は海か……出来る限り引き付けるか?』
「宮内れんげを降ろすためにも、奴を地上へ誘き出し引導を渡す」

多くの世界から招かれた、招集された、拉致された参加者であるがやはり運命は形となって現れるのか。


792 : ロクデナシの空に ◆wIUGXCKSj6 :2016/10/29(土) 16:00:28 l.ae21q20

箱庭の世界において出会う確立。思えば纏流子とも遭遇していたことを考えると誰かが仕組んでいるとも勘ぐってしまう。

「聞き忘れていたが刃物の類いは支給されているか」
「んーと……これ?」
「十分だ、少しだけ貸してもらおう」

宮内れんげは鬼龍院皐月及び鮮血にしがみつきながら器用に支給品を取り出すと、何の躊躇いも無く譲渡した。
バタフライナイフ。手に取った鬼龍院皐月は一流の手品師のように空中で何度も回転させては掴み取る。
刃渡りは当然のように短い。ブレードを展開させるも高く見積もり拳二つ分が精一杯の表現だろう。
最も本来彼女が得意としていた獲物を考えるにどのような刃であれ、ナイフの時点でノルマは達成出来ない。
言ってしまえば保険である。短いなれど刃の一つが存在するだけで、武器が一つ増える訳になる。扱う者が強者であればナイフと云えど銘刀の如き他者の血を吸うかもしれぬ。

「あれれ〜? あれれれ〜?」

戯けた声は神経を逆撫でするように空中を拡散し遙か彼方まで響き続ける。
ただ見たならば可愛らしい笑顔。しかし奥底に眠る魂は異常な程までに穢れた女。

「見て見て皐月様ぁ」
「黙れ」
「この箒」
「くだらん」
「リトルな」
「知らぬ」
「ウィッチみたいで」
「去れ」
「可愛くなーい?」
「消えろ」

針目縫だ。鬼龍院皐月からすれば殺し合いの状況が発生せずともその生命を終わらせる対象が何の因果か空中にて鉢合わせる。
幼き少年少女が憧れを抱き、夢や希望を振りまく魔法使いを思わせる箒に跨がる女が可愛らしげに頭を捻る。
くるっと一回転、普段よりも相手に媚びるようなワントーン高い声色で自分を演出するも鬼龍院皐月は雑に彼女の言葉を捨てた。

「貴様の見てくれなど欠片の興味も持たん。この鬼龍院皐月の目の前に立ったのならば、最早交わす言葉もあるまい」
「どうしたのん?」

静かながらも言葉に並ならぬ凄味が掛かる鬼龍院皐月を気にする宮内れんげは前方がみえておらず、遭遇者である針目縫すら見えていない。
「何でもないさ。それよりもこれからは少しだけ目を閉じてくれないか」
「何があるのん?」
「ジェットコースターのような楽しい世界へ行ってみないか?」
「うん!」
「それでいい。次に目を開けた時には邪魔な存在が映らないように……行くぞ」
普段の彼女とは思えない。神々たる後光も無ければ険しい目付きでも無く、年頃な女性らしさを残す優しい声色。
宮内れんげに心配を与えぬよう優しい言葉で彼女に告げると――鬼龍院皐月と鮮血は眼前の標的に向かう。

「まだぜーんぜんお話していのにせっかちだなあ皐月様は……もうちょっと可愛くても良いと思うのにねえ皐月ちゃん」

箒に跨がりその場で数度回転する針目縫から恐怖心を抱いているような印象は受けない。
それどころか鬼龍院皐月を挑発するような言動が発せられ、彼女は萎縮するどころか普段の己を崩してすらいない。
今までにその手で殺めた存在と変わらない――片太刀バサミを取り出すと、迫る相手に合わせ加速する。
「そんなので戦うつもりぃ? ばっかみたいだねえ!!」
相手が取り出すバタフライナイフに甲高い声が轟く。そんなチンケな武器で歯向かうつもりなど誰が考えるものか。
あれだけの威勢を示しておきながら、結局はただの強がりなどお笑い話もいいところだろう。
弱い己を見せない志は流石あの鬼龍院皐月と言うべきか。しかし本末転倒である。所詮は弱者の遠吠えに過ぎないのだから。


793 : ロクデナシの空に ◆wIUGXCKSj6 :2016/10/29(土) 16:00:55 l.ae21q20

『来るぞ皐月』
「長引かせるつもりは無い。先に言ったとおり……長引けば地上に引き摺り降ろす」

先手は針目縫が振るうハサミの攻撃だ。片割れを無くし刃物と化した獲物は剥き出しの刀身で風ごと鬼龍院皐月を斬り殺すつもりらしい。
右から逆下方へ振り下ろされる一撃を驚くことに鬼龍院皐月はバタフライナイフの短い刃を滑らせ受け流す。
「さっすがあ!」
これには針目縫も驚きの声を上げる。依然として新たな武器を取り出さない状況からバタフライナイフで立ち向かうとは予想出来る。
その愚かな行為をやってのける技量と度胸は認めざるを得ないだろう。しかし。
「でも次は成功するかなあ……かなあ!」
降ろした刃を振り上げる行為は自然なことだろう。流れる動き――連撃を考えるならば当然だ。
一度目の奇跡のように鬼龍院皐月がナイフでどう捌くか見物だな、と針目縫が楽しみを覚え始めた頃に異変が起きる。
笑っているのだ。鬼龍院皐月は口角を上げており、腹を抱える笑いとは異なる。それは弱者を見下すような、家畜を眺める圧制者のような鋭く冷たい瞳だった。
状況を理解出来ていないのかと勘ぐる針目縫であるが鬼龍院皐月に限ってそんなことは有り得ない。この女を甘く見れば足下を掬われる可能性は十分にある。
たかが鮮血を羽織ったところで何を強くなったつもりでいるのか。まもなく斬り殺されるのは己であろう。たかが鮮血を、鮮血を、鮮血を――!

「あっぶないなあ……本当にムカつく★」

殺すための刃を強引に引き戻し、守るための剣と化す。
針目縫の視界の隅に映り込んだ黒い影。鬼龍院皐月の左腕と一体化したようなソレは一つの剣だ。
人衣一体を成し遂げた存在だからこそ公使する力に対し、針目縫は舌打ちを行いながらも臨機応変にハサミを動かした。
神衣を侮ること無かれ。滅ぼすならば徹底的に繊維一本残さず切断するまで手を抜く必要は無い。
箒を後退させ距離を取ると針目縫は今一度、目の前の敵が強者であり殺すべき対象であると己の脳に刷り込ませた。

「大阪を思い出すな」

確かな手応えを感じながら鬼龍院皐月は呟く。
纏流子と対峙した大阪での戦闘にて、彼女にやられた戦法を自ら行う。刃が無ければ己が刃になればいいだけの話である。
ナイフのみにしか目が届いていない針目縫に対する奇襲と為ったが、刃が肉を斬り裂くことは無い。
「距離を取るぞ。一撃で葬れないのならば、地上で終わらせる」
『了解だ。追い付かれたら頼むぞ皐月』
「当然だ……だが、引き離しても構わないぞ?」
『言ってくれる……!』
脚部分からブーストのように推進力と思われるなんだかよく分からない、言ってしまえ説明不能な訳の分からない加速だ。
加速している事実から推進力的な物によることは間違い無いのだが、説明しろ言われれば適当な言葉は誰も持ち合わせていない。
極論を言ってしまえば事は「何故衣服が言葉を発しているのか」まで遡ってしまう。この状況では些細な事に過ぎないのだが。


794 : ロクデナシの空に ◆wIUGXCKSj6 :2016/10/29(土) 16:01:20 l.ae21q20

「追いかけっこ? そんなことをする余裕があるなんて流石皐月ちゃん!
 腰巾着の部下……あっごめーん、四天王だってとっくに死んでいるのにねえ」

戦場から去ろうとする相手の先を見ると地上が視界に飛び込む。つまりは空中戦を切り上げたいのだろう。
背負う少女に配慮した結果なのは簡単に予想出来る。片太刀バサミの一撃を馬鹿正直に正面から受け止めれば当然のように衝撃が身体に走る。
それらを排除したとしても、重りを背負っていれば単純に戦闘能力の低下が発生する。最も鬼龍院皐月は少女の身を案じているのだろう。
「地上に行きたいとかまるで地下に追い遣られた人間みたーい★」
相手の思うどおりに事が進むのは気が進まない。ならば邪魔をしようじゃないか。針目縫もまた全速力で鬼龍院皐月を追い掛ける。
『流石に追い付かれるか……!』
宮内れんげに気を遣う鮮血と全力全開で空を駆ける針目縫では圧倒的な速度差が生じてしまい、背後からのプレッシャーに鮮血が苦い声を漏らす。
「地上まで分も掛からないが……仕方あるまい」

「目標をセンターに入れるよりも早く抜かしちゃえば問題ないよね! さぁゴミ共は銀河のバックスクリーンまで――」
「――ッ!」
『正面に回られて……来るぞ!』

針目縫は鮮血に追い付くどころか正面に回り込んでおり、箒に跨がりながらも片太刀バサミをバットに見立て構えている。
進路方向を変えようと試みるも速度も相まって間に合わない。鮮血は苦し紛れに鬼龍院皐月へ警告するも意味を持たないだろう。
脚部分のブースターを進路方向へ向けることによって速度に負荷を掛けるも、行く先が変わることは無く、針目縫へ吸い込まれて行く。

「飛んで行けえええええええええええええええええええええええええええ!!」

ド正面・ド真ん中・ド直球。
打者にとって最高の条件が揃った白球《鮮血》が飛んで来たならば後はバットを全力で振るうだけ。
「絶対に離すな!」
背中にしがみ付く宮内れんげに叫ぶと鬼龍院皐月は鮮血と一体化している左腕を正面に構え片太刀バサミの衝撃に備える。
見なくとも、聞かずとも解る。この攻防に於いて絶対的優位は針目縫だ。小手先の技術だけじゃ戦況はひっくり返せない。
奥歯を噛み締める鬼龍院皐月の表情は宜しくない。結末は分かり切っているのだ、正念場を超えた正念場である。

「ぬ――ぬううううううううううう!」
『しま――皐月ィ!!』
「落ちちゃえ……落ちちゃえ!!」
「このままでは……くっ!」

針目縫の一撃は盾代わりである鬼龍院皐月の左腕を後方へかちあげると、斬撃の余波が鮮血の左肩部分を斬り裂いた。
繊維を斬られた神衣に僅かな綻びが生まれてしまい、衝撃も重なったため人衣一体状態が強制的に解除されてしまったのだ。
場は空中だ。飛行能力を失った鬼龍院皐月達は落下する以外に選択肢は無く、下を見れば橋が見える。そう、橋があるのだ。
このまま落下すれば彼女達の身体は橋に叩き付けられてしまう。幾ら鬼龍院皐月といえど絶命は免れず、宮内れんげも同様である。


795 : ロクデナシの空に ◆wIUGXCKSj6 :2016/10/29(土) 16:02:36 l.ae21q20

背中にしがみ付く宮内れんげを左腕で抱える鬼龍院皐月だが、彼女の視界には悪魔の形相で迫る針目縫が映っている。
「橋に衝突する前に殺してあげるよ、優しいから……ねッ!!」
すれ違い様に斬り殺すつもりなのだろう。片太刀バサミの刀身が月を反射し今宵は美しい夜だ。状況以外に文句のつけようが無い。
月を背に迫る針目縫が問答無用で片太刀バサミを振り下ろす。人衣一体が解除され武器はバタフライナイフのみ。おまけに足場の無い空中である。
最悪に最悪を加え最悪の最終補正。どうしようもない鬼龍院皐月が取る行動は誰も予想出来ないだろう。常人なら諦める。斬り殺されるか、激突死するかの二択だ。

「………………あんたって本当に大嫌い。死ねばいいと思う」

針目縫の瞳に映る一筋の光。その光景を見た率直な感想が口から零れ落ちる。バタフライナイフ?なんだそれは、ふざけているのか。
ああ、この女はふざけている。気に食わない、舐めやがって。本能字学園でお山の大将を気取っていた時と同じだ、どこまでも他人を見下す。
刀身に反射する光が増幅し後光のように輝いているではないか。死ね、死ねばいいと思う。この女は本当にムカつく女だと針目縫の表情は壊れたように歪んでいる。

「最初から本気を……出せよオオオオオオオオオオオオオオ!!」

「勘違いするな。今も本気など欠片も出していない。まさかこの程度が鬼龍院皐月の本気と思うならば――恥を知れ、針目縫」

何時からだ。何時からその刀をお前は所持していたのか。
最初から持っていたのならば、何故使わない。バタフライナイフよりも、鮮血との一体化よりも己に見合った武器だろう。
舐めているのか。やはりこの女は舐めている。他人の神経に土足で踏み入り地雷を踏んだとしても爆発させて無傷で帰るような女だ。
動揺する針目縫の片太刀バサミを後方へ吹き飛ばす。しっかりと握っているため彼女の腕から離れてはいないが、次の行動には間に合わないだろう。

「地獄へ堕ちろ……そして、死ね」

振り上げた――罪歌を振り下ろし針目縫が跨る箒を何事も無いように一刀両断。夜空に浮かぶ月をも斬り裂くような一撃だった。
斬。音を響かせ崩れ落ちた金属片と共に針目縫は水中へ落下していく。その顔は大きく歪んでおり、嫉妬に包まれていた。
「ば、ば、ば、馬鹿にして……許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」
壊れたぜんまい仕掛けの玩具のように何度も同じ言動を繰り返す。風によって遮られるまで鬼龍院皐月の耳に響いていた。

「鮮血ッ!」

落下するのは針目縫だけでは無い。鬼龍院皐月自身も落下の最中であり、対処しなければ橋に激突してしまう。
右腕に掴んだ一筋の糸は――空中に漂う鮮血へと繋がっている。鞭のように腕を撓らせ豪快に下方へ振るう。
針目縫の落下速度をも凌駕した鮮血は短い腕を必死に伸ばし、何とか橋へ絡み付くと鬼龍院皐月へ合図を送るように小さい身体を跳ねらせた。


796 : ロクデナシの空に ◆wIUGXCKSj6 :2016/10/29(土) 16:03:08 l.ae21q20

「よくやった」
鬼龍院皐月賛辞を送ると繊維が引き千切れない限界までに掴み込むと、己に引き寄せ落下に備える。
逆バンジーのような状態となっており、彼女達の身体に重力の負荷が掛かるものの、水面に落下すること無く宙にぶら下がる。
幾ら水面と云えど叩き付けられた衝撃は最悪の場合、人体に死をも与えてしまう。考えられる手段の中では最善の形となった。
鬼龍院皐月が抱き締める宮内れんげは興奮しているのか「お……おー!」などと、まるで遊園地へ行ったような状態だ。
幸運なことだろう。予め鬼龍院皐月に瞳を閉じろと言われジェットコースターと説明されていたのだ。目の前に下衆な悪魔である針目縫が居ようとアトラクション感覚で済んだのだ。
少女を見つめる鬼龍院皐月の表情に笑みが生まれていた。このような笑顔を守るために、取り戻すために戦っていると言っても過言では無い。
今一度守るべき存在を確認した所で、鮮血が彼女達を引き上げ、橋に到着した時点で神衣を羽織る。流石に裸のままで行動する訳にも行かないだろう。
最も裸体を気にするような女では無い。いや、気にはする。しかし、殺し合いに巻き込まれる前でも、巻き込まれた後でも鬼龍院皐月という本質は変わらない。
羞恥で怯む軟弱な思想や精神は持ち合わせていない。どんな状況であろうと、信念を折るなど彼女には有り得ない話だろう。
故に戦闘が続いているのならば、気を緩ませること無く戦い続ける。再び宮内れんげを背負い込み、北へと走り抜ける。

「鬼が交代だね……今度はあたしが地獄へ誘ってあげるよ」

全身を濡らした悪魔が奥で嗤っていた。死神の鎌代わりにハサミを担いだ悪魔が嗤っていた。
海中から這い上がった悪魔は殺すべき対象を見逃すことは無く、橋を駆ける、駆ける、駆ける。

「予定に変更が生じてしまったが許してくれるか?」
「……うん」
「良い子だ。鬼ごっこが終わったら直ぐに知り合いに会わせてあげるから――我慢の約束だ」

旭丘分校とは逆方向へ走る事になるが仕方あるまい。針目縫相手に宮内れんげを巻き込む訳にはいかないのだ。
橋を北へ走り抜け、彼女を降ろした瞬間こそが因縁たる相手との決着だ。橋に放置してしまえば最悪の未来だって生まれてしまう。
戦うならばある程度自由の効く開けた空間だ。タイマンならば橋でも問題ないが、贅沢は言ってられない。

地獄の鬼ごっこが再び始まる。
追うは鬼、逃げるも鬼。地獄の釜へ落ちるのはどちらも鬼だろう。
乱入者が現れない限り、互いの命を握り潰すまで鬼たちは、現し世を駆け巡る。


797 : ロクデナシの空に ◆wIUGXCKSj6 :2016/10/29(土) 16:05:26 l.ae21q20


【D-4/橋(北側)/一日目・夜】


【針目縫@キルラキル】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(大)、全身に細かい刺し傷複数、繭とラビットハウス組への苛立ち、纏流子と鬼龍院皐月への強い殺意、びしょ濡れ
[服装]:普段通り
[装備]:片太刀バサミ@キルラキル
[道具]:腕輪と白カード、黒カード:なし
[思考・行動]
基本方針:神羅纐纈を完成させるため、元の世界へ何としても帰還する。その過程(戦闘、殺人など)を楽しむ。
   0:鬼龍院皐月を殺す。
   1:アザゼルの悪評を承太郎たちに広め、互いに殺し合わせる。
   2:紅林遊月を踏み躙った上で殺害する。
   3:空条承太郎は絶対に許さない。悪行を働く際に姿を借り、徹底的に追い詰めた上で殺す。 ラビットハウス組も同様。
   4:腕輪を外して、制限を解きたい。その為に利用できる参加者を探す。
   5:何勝手な真似してくれてるのかなあ、あの女の子(繭)。
   6:神羅纐纈を完成させられるのはボクだけ。流子ちゃんは必ず、可能な限り無残に殺す。
[備考]
※流子が純潔を着用してから、腕を切り落とされるまでの間からの参戦です。
※流子は鮮血ではなく純潔を着用していると思っています。
※再生能力に制限が加えられています。
 傷の治りが全体的に遅くなっており、また、即死するような攻撃を加えられた場合は治癒が追いつかずに死亡します。
※変身能力の使用中は身体能力が低下します。少なくとも、承太郎に不覚を取るほどには弱くなります。
※疲労せずに作れる分身は五体までです。強さは本体より少し弱くなっています。
※『精神仮縫い』は十分程で効果が切れます。本人が抵抗する意思が強い場合、効果時間は更に短くなるかもしれません。
※ピルルクからセレクターバトルに関する最低限の知識を得ました。
※放送は聞いています。描写は後続の書き手さんにお任せします。


【鬼龍院皐月@キルラキル】
[状態]:疲労(中)、全身にダメージ(小)、こめかみに擦り傷、れんげを背負っている
[服装]:神衣鮮血@キルラキル(ダメージ小)
[装備]:体内に罪歌、バタフライナイフ@デュラララ!!
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(7/10)、青カード(9/10)
[思考・行動]
基本方針:纏流子を取り戻し殺し合いを破壊し、鬼龍院羅暁の元へ戻り殺す。
0:北へ逃走し宮内れんげを降ろす。その後に針目縫を殺す。
1:宮内れんげと共に旭丘分校へ向かう。
2:ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲を調べてみたい。
3:鮮血たちと共に殺し合いを破壊する仲間を集める。
4:襲ってくる相手や殺し合いを加速させる人物は倒す。
5:纏流子を取り戻し、純潔から解放させる。その為に、強くなる。
6:神威、DIOには最大限に警戒。また、金髪の女(セイバー)へ警戒
[備考]
※纏流子裸の太陽丸襲撃直後から参加。
※そのため纏流子が神衣純潔を着ていると思い込んでいます。
※【銀魂】【ラブライブ!】【魔法少女リリカルなのはVivid】【のんのんびより】【結城友奈は勇者である】の世界観について知りました。
※ジャンヌの知り合いの名前とアザゼルが危険なことを覚えました。
※金髪の女(セイバー)とDIOが同盟を結んだ可能性について考察しました。
※罪歌を支配しました。どの程度まで操れるかは次以降の書き手に任せます。


【宮内れんげ@のんのんびより】
[状態]:魔力消費(小)、皐月に背負われている、興奮(小)
[服装]:普段通り、絵里のリボン
[装備]:アスクレピオス@魔法少女リリカルなのはVivid
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(8/10)、青カード(9/10)
    黒カード:満艦飾家のコロッケ(残り四個)@キルラキル
[思考・行動]
基本方針:うち、学校いくん!
0:目を開けない!
1:うちも、みんなを助けるのん。強くなるのん。
2:ほたるん、待ってるのん。
3:あんりん……ゆうなん……。
4:きんぱつさん、危ないのん?
[備考]
※杏里と情報交換しましたが、セルティという人物がいるとしか知らされていません。
 また、セルティが首なしだとは知らされていません。
※魔導師としての適性は高いようです。
※【キルラキル】【ラブライブ!】【魔法少女リリカルなのはVivid】【銀魂】【結城友奈は勇者である】の世界観について知りました
※ジャンヌの知り合いの名前とアザゼルが危険なことを覚えました。
※金髪の女(セイバー)とDIOが同盟を結んだ可能性について考察しました。
※放送を聞いていません。


798 : 名無しさん :2016/10/29(土) 16:32:56 l.ae21q20
投下終了宣言を忘れていました、すいませゆ


799 : 名無しさん :2016/10/29(土) 23:07:59 ffXkXfY6O
投下乙です
北上するか、周囲に誰もいないし真っ向からタイマンになりそう
皐月様たち二人にはここが一つの正念場かな


800 : ◆gsq46R5/OE :2016/10/31(月) 18:35:19 rxfaUPRk0
投下お疲れ様です。
皐月様が強い、そして格好良い……!
縫の本性を引き出しながらも余裕を保っているのは流石鬼龍院皐月、としか言いようがありません。
長きに渡って会場を混乱させてきた縫と、対主催をずっと貫いてきた皐月様。
決着の時はどうやら近そうで、本当にワクワクします。

遅れてしまい申し訳ありません。投下します。


801 : GRAND BATTLE ◆gsq46R5/OE :2016/10/31(月) 18:36:32 rxfaUPRk0

 響くは鋼の旋律、散るは鮮やかなる火花。
 サーヴァントと人間が刃を打ち合わすという、本来あり得ざる光景が城下の地にて繰り広げられていた。
 攻めるは僧衣の神父――その内に冒涜の本性を秘めたままの求道者。
 唯でさえ人間離れした身体能力を強引に増強したことで、今の彼は怪物めいたポテンシャルを発揮している。
 対し、それを迎え撃つのは誉れも高き騎士王アーサー……もといアルトリア・ペンドラゴン。
 堕ちた騎士の聖剣は未だ全霊を発揮できずにいるが、それでも彼我の戦力差は圧倒的なものがあった。

 今の綺礼は、彼らしからぬ勢いでセイバーに対し攻め手を連打している。
 それは考え無しの行動ではなく、彼が義憤の念に突き動かされているという訳でもない。
 宝具、神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)。
 片割れを失い、駆り手たる征服王を失っていることを加味しても近代兵器級の破壊力を持つ宝具である猛牛を、先刻この騎士王は事も無げに斬首してのけた。
 負傷など一切ナシに、だ。
 そんな相手を攻める側に回すような恐ろしい賭けを、綺礼はしたいとは思わない。
 ではどうするか。答えは、攻めに回る隙を与えないという単純明快な結論へと帰結する。

 綺礼の僧衣は銃弾程度であれば易々止める戦闘服も同然の強度を持つが、騎士王の一刀の前にはまず間違いなく無力だろう。
 あちらにしてみれば人間の拳など、一撃二撃貰った程度はどうということもないのだろうが、あくまで神秘の通わない人間である綺礼はその逆だ。
 ただの一撃、下手をすればかすり傷でさえ致命傷になり得る。サーヴァントと人間の間に存在する力の格差は、それほどまでに広く絶望的なものなのである。
 攻撃を加え続け、相手を防御に徹させる。とはいえ綺礼の鍛え抜かれた拳は、今のセイバーにとっても無視できる威力ではない。
 この島で行われているのは殺し合い(バトル・ロワイアル)であって、聖杯戦争ではない。
 その事実こそが皮肉にも、今の綺礼にとって最大の追い風として機能していた。

 神秘の通わない攻撃は、サーヴァントに通じない。
 聖杯戦争についての知識を少しでも持つ者なら誰もが知っている常識だ。
 この性質があるからサーヴァントには近代兵器の飽和火力攻撃は通じないし、徒手空拳など本来以ての外。
 
 しかしこれでは、当然殺し合いのゲームとしてはアンフェアが過ぎる。
 力の持たない一般人がサーヴァントを倒したければ、どうにかしてサーヴァント同士を潰し合わせるしかないというのだ。これではあんまりな話だろう。
 そこに配慮してか、この殺し合いにおいては如何なる理屈を用いたのか知らないが、サーヴァントの霊的防御と呼ぶべき機能がほとんど完全に取り払われていた。
 目の前の騎士王は確かにセイバーのサーヴァントだが、今の彼女は銃でも殺せる、爆弾でも殺せる。極論を言えば、錆びて使い物にならないナイフでも、突き立てることさえ出来れば殺害することが可能だ。

 とはいえ、だからといって彼らが弱者の側に立たされたのかというと決してそんなことはない。
 人外の膂力や恐るべき肉体性能、宝具の脅威も健在だ。攻撃が通じるようになったからといって、やはり普通の人間が相手取るには些か手に余る。
 そのことは、言峰綺礼ほどの男をしてほとんど死線ギリギリの戦いを強いられていることから窺い知れよう。
 ただ、それでも勝機はゼロではない。
 綺礼の振るうアゾット剣が、肉体に染み込ませてきた功夫(クンフー)のスキルが、双方共に騎士王を殺害できる可能性を有している。……後は如何にして、『詰め』の段階にまで導くか。それが出来なければ、綺礼は予定調和のように不可視の聖剣に斬り伏せられてお終いだ。

 アゾット剣を袈裟懸けに振るう綺礼に、セイバーは眉一つ動かさずに剣を合わせて対処する。
 これは、綺礼にとって完全に予想通りの流れだった。
 セイバーも持ち前の直感力でそれを察知し、速やかにその敏捷性を最大限発揮した回避へと移行する。
 次の瞬間、轟然と振り上げられた綺礼の左端脚が、コンマ数秒前までセイバーの頭があった場所を砲弾の如く通過した。
 英霊の彼女をして息を呑むほどの一撃。現代に生きる格闘家の中でも、綺礼の技は破格の域だ。
 霊的防御の活きている状態ならばともかく、矮化した状態のサーヴァントであれば、直撃は十分痛打になり得る。
 セイバーはバックステップで距離を取る。それを追うように、綺礼が今度は反対の脚で回し蹴りを放った。


802 : GRAND BATTLE ◆gsq46R5/OE :2016/10/31(月) 18:37:20 rxfaUPRk0

 次に驚かされるのは綺礼の番だ。
 後退動作の終了とほぼ同時に着弾する筈の蹴撃が、さも当然のように頭を僅かに反らすだけの動作で回避される。
 デタラメとしか言いようのない反射神経に、さしもの綺礼も舌を巻いた。

 そして、その驚嘆は攻めに徹していた綺礼にとって致命的ともいえる隙に繋がる。
 セイバーは最高峰の拳士にすら優るだろう瞬速で綺礼の下へと吶喊し、見えざる剣を振り被った。
 どうにか防御だけは取れたものの、受け止めたアゾット剣越しに腕が軋むほどの威力だ。
 それどころか、アゾット剣自体がミシミシと嫌な音を立ててすらいる。
 このまま圧し切られる事態だけは避けたい綺礼は、先のセイバーの動きを真似るかのように後退を図った。

 だが。

「――ッ」

 綺礼が逃げる側に立たされた以上、必然、追う側は恐るべき騎士王以外に有り得ない。
 そして流石の綺礼でも、あの超人的な動作を真似て完全に彼女の攻撃を回避するというのは不可能だった。
 意識が、紅林遊月から受け継いだ令呪へと注がれる。これを使い、瞬間的なブーストを行うのが最善手なのは明白だ。
 されど、これは綺礼にとっての虎の子――文字通りの切り札である。そう易々切るのは避けたい。
 しかし、躊躇っていれば此処で命そのものが尽きてしまう。致し方ないか、と綺礼が令呪を発動させかけた、その時。

「盛り上がってるとこ悪いが……てめーの相手はそいつだけじゃあねえぜ」

 真横から、超高速の拳がセイバーを襲った。
 咄嗟に彼女は足を止め、剣をそちらへと向けることで対処に成功したが、その顔には苦渋の色が滲んでいる。

「傷は大丈夫なのか」
「これが大丈夫に見えるか、言峰」
「……愚問だったな」
「そういうことだ。だから、とっととこの女をブチのめすぞ」

 乱入者――空条承太郎の肩の裂傷は止血されておらず、時間経過と共に彼を消耗させていく。
 普通なら綺礼に任せて退くべき場面だが、そうするつもりはないと彼の力強い眼差しが告げていた。
 綺礼と承太郎はまだ一日も共に過ごしていない間柄だ。
 それでも綺礼は、この空条承太郎という男がこういう場面で退かない人物だと強く理解していた。
 彼がその気ならば、止める理由はない。綺礼はすぐに会話を打ち切り、眼前のサーヴァントへと意識を再度向ける。
 あの奇襲ですら、彼女は不覚を取らなかった。やはり手強い――彼女はこの会場で、間違いなく最強クラスの脅威だ。

「何人増えようと――」

 セイバーが動いた瞬間に、承太郎のスタープラチナが「オラァ!」という威勢の良い雄叫びと共に拳を打ち込む。
 それは彼女の肩を僅かに掠めたが、直撃には至らなかった。
 そして次の瞬間には、セイバーは綺礼を狙って刃を振るっている。
 速度では承太郎が一番厄介だが、攻撃の威力ならば綺礼だ。
 サーヴァントの性質が弱体化している以上、最も火力の高い敵から斃していくべきだと彼女は判断した。


803 : GRAND BATTLE ◆gsq46R5/OE :2016/10/31(月) 18:38:42 rxfaUPRk0

「――同じことです」

 サーヴァントとしての基礎性能の高さが、今のセイバーを支える最大の強みだった。
 何しろ彼女の弱体化は、非神秘攻撃への防御を失っただけには留まらない。
 今も左肩を苛み続ける癒えない刺傷――かつて『輝く貌』と呼ばれる騎士が振るっていた、呪いの黄槍による外傷。
 かの黄槍が健在である限り癒えを知らないこの傷がある限り、セイバーは切り札たる聖剣の真名解放を使えない。
 故に、今の彼女はサーヴァントとしての性能、膨大な戦闘経験に裏打ちされた騎士としての強さで目の前の二人に対処することを余儀なくされていた。
 ……そんな有様でもこの強さというのは、流石に最優の英霊というべきであろう。

 避けたと確信していた綺礼に、駄目押しの『もう一歩』で強引に剣閃を命中させる。
 しかし入りが浅い。与えられた損害は胸板を僅かに切り裂いただけに留まり、致命傷には程遠かった。
 ぐ、と小さく呻く綺礼は、切り裂かれて血の滲み出る僧衣を抑えるような隙は晒さない。
 返す刀で再び破滅的な威力の蹴り上げを放ち、アゾット剣の刺突で以って着実に傷を与えにかかる。
 それすらも余裕を持って避けてのけるセイバーだが、何も綺礼は無策で手足を振るっていた訳ではない。

「な……」

 セイバーが確保した筈の距離。拳士相手なら十分に安全圏である筈のそれが、一瞬にして脅かされた。
 予備動作も何もなしに、綺礼は殆ど地面を滑るような動きで取られた距離を奪い返したのである。
 八極拳において『活歩』と呼ばれる技術。
 ただし決して容易く会得できるそれではなく、拳の世界でも秘門と称される離れ業だ。

(……拙いッ!)

 この後に起こる事態を、セイバーは瞬時に予見して行動に打って出た。
 それは一見すると闇雲に剣を前方へ振るっただけに見えるが、れっきとした彼女の講じられる最善策に他ならない。
 事実綺礼は、その牽制によって動作の停滞を余儀なくされた。彼はこれからセイバーの懐まで潜り込み、最適の間合いから必殺の一撃を放つ算段だったのだ。
 普通の人間や魔術師が相手なら綺礼は防御しながらでも強行突破を図ったろうが、宝具を握ったサーヴァントが相手となるとそれは途端に自殺行為に早変りする。
 落下してくるギロチンを素手で受け止めるようなものだ。あまりにもリスクが高すぎる。
 無論、綺礼も只では起きない。
 結果がどうあれ、セイバーが今の一手に対して多かれ少なかれ動揺したのは事実なのだ。
 勝負を決めることは出来ずとも、この好機は逃せない。勝利を望むならば、絶対に。
 不可視の剣が通り抜けたのを空気を通じて伝わってくる圧から感じ取り、やや遠い位置からの正拳突きを放つ。
 
 ――それは見事にセイバーの胸へと吸い込まれ、彼女の鎧を凹ませ、内の肉体に少なくないダメージを与えた。
 スタープラチナの拳を受けた時以上の衝撃に、セイバーは目を見開いて胃液を吐き出しその場を飛び退く。
 そこに間髪入れず押し寄せるのが、今比較対象としたスタープラチナの猛打だった。
 受け止める分には容易いが、必然として隙を生んでしまうのが厄介過ぎる。
 承太郎の加勢で形勢は逆転し、セイバーが押され始めていた。

「だが……甘すぎる!」
「なに……!?」

 それでも、これだけのことで人間が押し切れるようであれば、彼女は最優の英霊などと呼ばれてはいない。
 風王結界(インビジブル・エア)――聖剣の刀身を隠す風の鞘が、その波長を大きく変容させていく。
 その末に振り下ろされる衝撃から、ほぼ同時に追撃を選択したスタープラチナと綺礼は逃れられなかった。

「爆ぜよ、『風王鉄槌(ストライク・エア)』ッ!!」


804 : GRAND BATTLE ◆gsq46R5/OE :2016/10/31(月) 18:39:25 rxfaUPRk0
 纏わせた風の鞘を解放するや否や、荒れ狂う暴風が解き放たれる。
 それを一度きりの飛び道具として利用することこそ、宝具『風王結界』の応用系、『風王鉄槌』だ。
 聖剣を隠す鞘に収束していた風の量は相当なもので、たかが風と馬鹿にできる域を過ぎている。
 風の炸裂と同時に、スタープラチナも綺礼も、ほぼノーバウンドに近い猛烈な勢いで吹き飛ばされた。

「が……ッ!」
「……チッ」

 スタンドの受けたダメージは、本体に例外なくフィードバックする。
 スタープラチナの本体である承太郎も衝撃に晒されるのを免れず、痛む体に更に鞭を打たれた。
 綺礼はその場に踏み止まって耐えようとしたが、彼ですら一秒耐久するのが限界だった。
 若き日の言峰綺礼の超人ぶりを知る者であれば、この時点で風王鉄槌の凄まじさを正しく理解出来よう。
 そして風の直撃は、被弾者に攻めも守りも放棄させる。
 セイバーが軽やかに地面を蹴り、向かうのはやはり綺礼の下だ。

「させねえッ!!」

 何としてでも足を止めさせようと奮闘する承太郎だが、セイバーは何と走りながらスタープラチナの拳に対処している。
 露わになった黄金の刀身を必要最小限の動作だけ動かして、数多くのスタンド使いを叩きのめしてきたスタンドのラッシュを事も無げに捌いている。
 承太郎をして、恐ろしい女だと痛感させられた。これでも力をかなり削がれた状態だなんて、悪い冗談にしか思えない。

 一方のセイバーも、しかし易々と承太郎のスタープラチナへ対処しているというわけではなかった。
 普段の彼女ならばいざ知らず、今のセイバーは左肩に大きな傷を負っている。
 少し動かしただけで激痛が走り、動作を阻害してくるこれに配慮しつつスタープラチナの超高速に対応するのは、如何に伝説の騎士王でも並大抵のことではない。
 彼女の持つ『直感』スキルをフルに活用して、それでどうにか食い繋ぎながら進撃出来ている。

「言峰ッ!!」

 自分では止め切れないと判断した承太郎は、綺礼へと声を張り上げる。
 綺礼はそれに頷きを一つだけ返すと、先の『活歩』を応用。
 後方へと高速で移動し、セイバーとの距離を確保する。

 だがそれも、セイバーにしてみれば取るに足らない小癪な逃げ策でしかない。
 スタープラチナの拳を力づくで振り払い、拳の乱打が緩んだ瞬間に加速を開始。
 綺礼への距離を一気に詰めつつ、彼に一閃を打ち込まんとする。
 綺礼はそんなセイバーを見て、最初こそ苦い顔をしていたが――息を一度吐いてから、何と彼は地面を蹴った。
 それは前方への加速を意味する。もはや誰の目から見ても明らかな自殺行為だが、しかし綺礼にはある勝算があった。

 空を切り裂いて振るわれる黄金の剣。
 それを受けた瞬間、綺礼をこれまで支えていたアゾット剣が遂に限界を迎えて砕け散る。
 最初に短剣が軋んだ瞬間、僅かに身を後ろへ移動させていた綺礼の判断は正しかった。
 彼がそうしていなければ、今頃はアゾット剣諸共斬り伏せられていた筈だ。

 自身の生存を確定させた綺礼は急に足を組み替え、そのまま騎士王の脚部へと絡めるように潜り込ませた。
 内側から絡み付くそれは『鎖歩』と呼ばれる足さばきだ。足払いと一言で表現するのは簡単だが、極致に達した拳士が繰り出すとなればその効果は絶大になる。
 セイバーは転倒にこそ至らなかったものの、それでも確実に保っていたバランス感覚を乱された。
 立て直す間も与えず繰り出される綺礼の正拳が、吸い込まれるようにしてセイバーの腹部を抉る。


805 : GRAND BATTLE ◆gsq46R5/OE :2016/10/31(月) 18:40:20 rxfaUPRk0
 
「……承太郎!」
「ああ」

 数メートルの不本意な移動を余儀なくされたセイバーに、追い討ちのように拳を放つのはスタープラチナだ。
 一撃一撃では綺礼のそれに及ばないが、それでも無視できる威力ではなく、何より速さでは綺礼すら追随出来ない。
 万全の状態のセイバーには動体視力と直感で凌がれるだろうが、ならばそれが機能しない場面を選ぶのみ。それが、空条承太郎の回答だった。
 そして事実、その戦法は一定の成果を上げていた。
 セイバーの鎧は所々が凹み、衝撃が内部にまで伝わったのか彼女は口元から一滴の血を零している。
 風王鉄槌は既に切れ、再使用が可能となるまでにはまだまだ風を集める必要がある。つまり、この戦闘中にもう一度あの暴風を吹かせるのは難しい。
 人間二人と英霊一騎。
 そこに圧倒的な戦力差が存在することを鑑みれば、承太郎と綺礼の戦線は、極めて優れていると言わざるを得まい。

 他ならぬセイバーも、彼らの優秀さを認めていた。
 戦場を知る者だからこそ分かる、見事としか言いようのない連携。
 綺礼の判断力と技巧は驚嘆に値するし、承太郎の観察眼は侮れないものがある。
 負わされたダメージの量も決して少なくはない――おまけに黄槍の呪いだ。
 分はやや悪い。だが、それでも、セイバーはまだ倒れない。倒れるには程遠いだけの体力・余力を残している。

 体勢を立て直した彼女の翡翠の瞳が、承太郎と綺礼を交互に一瞥した。
 それから彼女は静かに、大きく息を吸い込むと、……吐く動作と共に、再び攻撃へと移ってくる。

 ――今度の一歩は、先程見せたそれよりも更に力強く、俊敏なものだった。
 なまじセイバーの見目が麗しい為か、傍目から見ればどちらが善でどちらが悪か分かったものではない。
 綺礼はアゾット剣を失ったことで、もう彼女の聖剣を止める道具を有してすらいない。
 徒手空拳を主要な武器とする彼にとって剣として見た場合のアゾット剣の喪失は然程痛くなかったが、盾として見た場合、アゾット剣を失うのは痛すぎた。
 何しろセイバーの剣を止める手段がないのだから、これから綺礼は彼女の攻撃をほぼ全て回避しなければならない。
 受け止めて、そこから返し手を打つという安定した流れに頼ることが不可能になってしまった。
 先の攻防は綺礼と承太郎が勝利を収めたように見えたが、そういう意味ではセイバーも只で押し負けた訳ではないと言えよう。後々の戦いに響く度合いであれば、彼女の方が大きなアドバンテージを稼いだとすらいえるかもしれない。
 鎖歩による足場崩しも、二度は通じまい。どう対処するか――黙考の末に綺礼の出した結論は、仲間の援護を貰うことであった。

 綺礼と承太郎の視線が重なる。
 それで言わんとすることを理解した承太郎は、スタープラチナを二人の間に割って入らせた。
 
「オラオラオラオラオラ――グッ!?」

 同じ手は二度食わんと、怜悧に告げられた気分だった。
 セイバーはスタープラチナが放つ初撃の拳を直感で見切り、歩幅を右にずらして回避。
 そのまますれ違いざまにスタープラチナの左腕に聖剣の切っ先を這わせながら、悠々と突破してのけたのだ。
 承太郎の左腕に、一筋の裂傷が生まれる。走る鋭い激痛を噛み潰し、承太郎は自身のスタンドにセイバーの背中を追わせた。

 迫る高速の拳を、しかし察知できないセイバーではない。
 綺礼に接近するなり今度は迂回するように彼を避け、その背後へと回り込む。
 スタープラチナが追い付いてくるまでの時間はあって数秒だが、それだけでも彼女にしてみれば十分だ。
 振り返りざまに手元を狂わさんと綺礼が繰り出す小技を難なく刀身で対処し、超至近距離からの刺突で彼の脇腹を刺し貫く。急所を外したのは、セイバーが手温かった訳でも何でもなく、純粋に綺礼の手際だ。ダメージを受けるのは不可避と判断するや否や、どうすれば最低限に止められるかを考え、行動した結果である。
 結果として綺礼は命までは奪われなかったが、セイバーがごく近くに居ることには未だ変わりない。
 彼女は仕留め損ねたと判断するなり刃を引き、今度は綺礼の首を刎ねるべく喉元へと乾坤一擲の勢いで突き出した。


806 : GRAND BATTLE ◆gsq46R5/OE :2016/10/31(月) 18:41:00 rxfaUPRk0

 対処不能。即座に、綺礼はそう判断する。
 瞬間、彼の右腕に刻まれた――譲り受けた令呪が真っ赤に感光した。
 反射神経強化、脚力増加、瞬発力の向上――刹那の一瞬で綺礼の力が人間以上の域へとブーストされる。
 セイバーの突きを、強化された動体視力は確かに捉えていた。後はそれから逃れるように動くまでだ。
 
「……二画目ですね」

 最初は驚いたが、二度目ともなれば驚きはしない。
 むしろセイバーは、綺礼に残された打開策の残数を把握し、戦況を詰めの方へ運ばんとすらしていた。
 
 言峰綺礼はそもそも正当な魔術師ではなく、故に魔術回路の開発を十分とは言い難い。
 そこで普段は付け焼き刃の魔術を行使する為に、父の言峰璃正から賜った予備令呪を転用することで魔力源としている。
 だが、今の綺礼に予備令呪なんてものはない。
 令呪が支給品となっている時点で推して知れる話だが、繭によって没収されていた。
 もしも万全な備えがあったなら、戦況はもっと好調なものになっていたことだろう。

 これまで、既に二画の令呪を切らされた。
 残りの令呪は一画。そしてブーストをした身体能力でも、セイバーの方がまだ上を行っている。
 そして最後の令呪も、この調子ではそう長く温存は出来ない筈だと綺礼は踏んでいた。
 どのくらいで切らされるかは分からないが、少なくとも全部残してセイバーを打破できる可能性は絶無だ。
 全力を費やし、使える全てを使い、それでも倒せるかどうか。
 サーヴァントと人間が戦うということの意味を、綺礼は腹の疼くような痛みに講義されている気分だった。

「オラァ!」
「ちッ――」

 助け舟のように、スタープラチナの拳がセイバーの追撃を阻害する。
 
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ」

 鍔迫り合いと呼んでいいのかは微妙な所だが、セイバーの状況次第では、やはりスタープラチナの手数は有用だ。
 銃弾ですら見てから掴み取ることの出来る反射神経、対応速度を持つ拳。
 仮にセイバーが直感という厄介なスキルを持っていなかったなら、これで押し切ることさえ出来たかもしれない。
 拳を止めながらセイバーは苦い顔をする。しかしそれは、承太郎も同じだ。

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ」

 これだけの勢いでスタープラチナを打ち込んでいるというのに、刀身が軋む気配すらない。
 一体何で出来てやがるんだと、毒の一つも吐きたくなる思いだった。


807 : GRAND BATTLE ◆gsq46R5/OE :2016/10/31(月) 18:41:43 rxfaUPRk0

 それもその筈、サーヴァントの宝具とは尊き幻想(ノウブル・ファンタズム)……固有化した神秘の具現。
 最強クラスの近距離火力を持つスタープラチナとはいえ、そう易々と破壊できるものでは断じてないのだ。
 まして、今承太郎が相手にしているのは騎士王の聖剣――世界で最も有名と言っても過言ではない刀剣、『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』と来ている。
 スタープラチナがどれだけ激しく拳を打ち込もうが、この聖剣を破壊することはまず不可能に違いない。
 承太郎も早い内にそれを悟ったのか、武器を破壊しようとはもはや考えず、防御の隙間を縫ってセイバー本人を狙う方針へとシフトしていた。
 セイバーはそれに対応できてはいるが、流石に全てを余すところなく迎撃できている訳ではなかった。
 その端正な顔にはかすり傷が幾つか走っているし、鎧にも擦れ、摩耗したような傷痕がかなりの数生まれている。
 それでも、承太郎とスタープラチナを相手にこれだけの損害に止めているのは十分異常と言うべきだろう。

 されど、そこに令呪で強化を掛け直した綺礼が参入するとなれば流石のセイバーも危機感を覚える。
 意趣返しのように彼が背後へ回り込むのを確認するや否や、セイバーはあろうことかその場で跳躍を試みた。
 予期せぬ行動に、承太郎も綺礼も完全に虚を突かれる。
 攻撃の手が緩んだのを見計らい、セイバーはスタープラチナの腕を踏み台に更に跳躍。挟撃の状況を打破する。

「……デタラメだな」
「それがサーヴァントだ。あれでも見たところ、今のセイバーは力を半分は削がれている」

 宝具の真名解放に左肩の傷、風王結界の解放を終えたことによる間合いの可視化。当然、風王鉄槌は使用不能。
 神秘を宿さない攻撃をシャットアウトする機能も失っているのだから、五割の力を削がれているという綺礼の弁はそれなりに的を射ている。
 恐るべきは、そんな状態でもこの強さということ。
 彼女がもしも肩を潰されていない、健康体で現れていたらと考えると承太郎でさえゾッとするものがあった。
 
「構えな、言峰。奴さんの狙いはてめーみてえだからよ」
「分かっている」

 セイバーの狙いは終始一貫して言峰だ。あくまで戦力の要を先に落とす。その方針は此処に至るまで一切ブレていない。
 そこもまた厄介な点の一つだった。もしもセイバーが承太郎の方に目移りしてくれるなら、その分決め手となる綺礼の攻撃がヒットさせやすくなる。
 延々綺礼だけを集中的に狙われては、戦線が崩壊に近付いていくだけだ。事実彼女に狙われ続けた結果、彼の奥の手は既にあと一回しか使えない有様である。
 令呪によるブーストは、先の一瞬を見れば解るように、完全に"詰んだ"状況でさえ覆すことが出来る反則技だ。
 謂わば身の丈に合わない戦いをする上での保険のようなもの。
 だが、これを回避手段として使っているようでは、セイバーを討つことは難しいと言峰は考えていた。
 戦闘手段として使う上での令呪は、言ってしまえばジェットエンジンのようなものだ。ジェット加速した乗り物を壁にぶつければ多大な破壊力を生むように、令呪で身体能力を強化した攻撃を打ち込むことさえ出来たなら、あのセイバーにとて戦闘不能級のダメージを与えることは可能だろう。
 そして決め手とするに相応しい技にも、綺礼は覚えがある。少なくとも対人戦であれば、確実に相手を昇天させることが出来るレベルの大技だ。
 後は、それを如何にして決めるか。如何にして、決められるだけの隙を作り出すかだ。

「――来るぞ!」

 承太郎が叫ぶ。
 既に構えは終えている。綺礼は努めて冷静に、迫る騎士王を睥睨する。
 振るわれる一閃を、どこぞのSF映画のような超人的な動きで身を反らせて回避。
 セイバーが振り抜いたのを確信して、体勢を強引に引き戻し、蹴り上げを彼女の胸元に打ち込んで後退させる。
 虚無的な求道者である綺礼の肉体スペックをもってすれば、型のほぼ取れていない攻撃でも、十分に脅威的な威力を叩き出すことが可能だ。
 現に受けたセイバーは顔を顰めながら、足だけでは衝撃を殺し切れずにたたらを踏んだ。


808 : GRAND BATTLE ◆gsq46R5/OE :2016/10/31(月) 18:42:29 rxfaUPRk0

「ふ……ッ!」
「く……!」

 すかさず一歩を詰め、拳での攻撃へ移る綺礼。
 砲弾めいた拳をセイバーは刀身で防ぎ、彼の拳からは血が滴るが、それしきの痛みで止まるほど軟な男ではない。
 防御した隙を見逃さず、一度は見切られた筈の足払いを放つ。
 セイバーほどの剣士であろうと、タイミングさえ熟慮すれば、一度見せた不意討ちは十分に機能してくれる。
 仮に直感のスキルで察知されようが、反応することそのものが命取りになる状況を作ってやればいいのだ。
 例えば今などは、足元の攻撃に対処して飛び退こうものなら、確実にその一瞬を狙った承太郎の乱打を受ける事になる。
 結果としてセイバーは、足元を黙って崩されるという最善手を甘受するしかない。

 言うまでもなく、それはセイバーを有利にはしない。
 崩れた体勢諸共地面にセイバーを縫い止めんと、綺礼の脚が落ちてくる。
 まるで断頭台のようだと、彼女がそんな感想を抱いたのも無理のないことだろう。
 しかしセイバーも負けてはいない。頭だけを横へ倒すことで損害を髪の数本に留め、一気に姿勢を元へ戻していく。
 
「……だが、まだだ」

 彼女が攻撃に移る前に、綺礼の鉄拳がその胴を直撃する。
 この戦いが始まってから、最も良い入りであった。
 もしも使い手が綺礼でなかったなら、思わず自賛してしまいかねないほどのクリーンヒットだ。
 
「オラオラオラオラ!!」

 その好機を、空条承太郎は見逃さない。
 出現したスタンドが、真横からセイバーにラッシュを叩き付ける。
 セイバーの顔に赤いアザが生まれ、その口元から一筋の血が滴り落ちた。
 
「承太郎、退かせろッ!」
「……分かってるぜ」

 スタープラチナが撤退を選んだ瞬間、スタンドの首筋があった場所を、騎士王の凶刃が通り過ぎていた。
 セイバーは苦渋の表情を浮かべながら舌打ちをし、口の中に溜まった血混じりの唾を吐き出す。
 今の連携が彼女に無視できない量のダメージを与えたのは、その様子を見るだけでも明白であった。

 されど、もはやセイバーは後退を選ばない。
 彼女が後ろに下がることは、基本性能の差で遅れを取る綺礼と承太郎にも例外なく立て直しの暇を与えるということだ。
 戦況を転ばせたいセイバーよりも、転ばされる側である筈の綺礼達の方がその行動から被る恩恵が大きい。そう判断しての、戦闘スタイルの変更だった。
 そしてこれは、綺礼達にとって非常に都合が悪い。
 毎度少し戦っては仕切り直しを繰り返すのであれば、その都度戦況を事実上リセットして戦いに臨むことが出来る。
 だが一切の撤退なく延々と攻めの間合いに居座られては、立て直しに掛かるのは困難だ。サーヴァントであるセイバーが戦場から離脱するのと、腐っても人間である綺礼達が戦場から離脱するのとでは難易度が違いすぎる。まず、殺す気の騎士王から逃げ切るのは不可能である。
 

 セイバーが再度踏み込んでから、間もなく危惧は現実のものとなった。


809 : GRAND BATTLE ◆gsq46R5/OE :2016/10/31(月) 18:43:15 rxfaUPRk0


 セイバーが攻める。
 綺礼はそれを可能な限り躱すか掠り傷に留めつつ、合間を縫って攻撃を仕掛けていく。
 それでも騎士王は退かない。どっしりと構えて綺礼の反撃にも対処しつつ、少しずつ流れを自分のものにしていく。
 一度は先の一撃にも匹敵する当たりを生んだが、騎士王は顔を歪めただけで、やはり不動のままだった。
 見かねた承太郎がスタープラチナで援護を試みるも、それにすら並行して対応して来るのだから性質が悪い。
 化け物め、と承太郎は思わず奥歯を噛み締める。これまで目にしたどんなスタンドよりも、目の前のサーヴァントという敵対者は恐るべき強敵だ。
 普通の人間ならば、とっくに心が折れている。承太郎と綺礼だから、挫けずに勝機を探り続けることが出来ているのだ。
 それでも戦況は依然、絶望的――細やかな当たりを入れることは出来ても、決定打が生み出せない。その時点で、セイバーの打倒は非常に遠い話だった。


「……づ」

 綺礼が、苦悶の呻きを漏らす。
 見れば先程セイバーに貫かれた脇腹から、どくどくと血が溢れ出していた。
 当初は大した傷ではないと思っていたし、事実そうであったのだろうが、激しい戦闘を続けている中で傷が広げられ、無視できない負傷に変わってしまったのだ。
 無論、そんな事情を斟酌するセイバーではない。
 手負いの人間相手だからと刃を鈍らせる甘さが彼女に残っていたなら、この期に及んで尚も殺戮者の立場に立っていること自体そもそもあり得まい。
 一瞬傷口に意識を向けた綺礼に、その無沙汰を指摘するようにセイバーの剣戟が飛んだ。対応自体は出来たものの、彼の胴に袈裟懸けの裂傷が生まれる。
 傷自体は浅い。それでも、ダメージは決して皆無じゃない。日常を生きている一般人にしてみれば、十分大きな傷と呼べる痛手だ。言峰綺礼が如何に超人であれど、元を辿れば心臓一つの人間一人。一つ一つの傷は、確実に彼という一個の生命に罅を入れ、それを広げていっている。

 スタープラチナの鋭拳が、セイバーの頭部を横殴りにする。
 ぐらりという意識の蹌踉めきは彼女を苛み、その頭から出血すらさせたが、翡翠の眼光に緩みはない。
 スタープラチナの追撃を一発残さず阻み、巧みな足さばきで位置を調整しスタンドのラッシュに対処。
 優先して落とすと決めた言峰綺礼をあと一歩追い詰め、詰ませることだけに意識を集中させる。
 こうなっては、如何に承太郎といえども苦しいものがあった。メインの戦力として活躍している綺礼に戦いの趨勢を委ねねばならないことに彼は苦渋の念を抱く。


 ――サーヴァントと人間が戦うとは、つまりこういうことだ。
 前提からして性能が違う。それを数と連携で埋めた所で、無双の英霊達はそれを力尽くで覆すことが出来る。
 半分ほどの力と利を削がれていても、だ。世界に召し上げられた英霊は、決して生易しい存在ではない。
 まして彼女は最優の英霊。かの円卓の騎士を統率した、聖剣の騎士王なのだから。
 こういう戦況になることは、至極当然のことであると言えよう。ヒトと英霊の力関係はいつだって変わらない。
 
 そしてそれを証明するように、決定的な瞬間はやって来る。
 
 言峰綺礼。
 空条承太郎。
 双方が同時に、不味い、と察知した。
 
 セイバー、アルトリア・ペンドラゴン。
 彼女は対照的に、獲った、と冷淡に認識した。


810 : GRAND BATTLE ◆gsq46R5/OE :2016/10/31(月) 18:44:15 rxfaUPRk0

 手負いの身でセイバーの斬撃を捌いていく綺礼の動きが、一瞬狂う。
 一度は貫かれた脇の傷が、出血とは別に、強烈な激痛を訴えかけてきたのだ。
 戦いの世界において、痛みというのは決して無視できるものではない。
 どんな武道の達人であれ、僅かな痛みで技の精度が狂い、敗北に追い込まれるという例はごまんとある。
 ましてそれが、決して過つことの出来ない緊張した場面であれば尚更だ。
 不意の痛みは容易に体勢を狂わせ、致命的な隙を生み、拳士を絶望の底へと引きずり落とす。

 回避動作の完了がほんの僅か遅れた。
 たったそれだけのアクシデントでも、相手が武芸に秀でた英霊ともなれば立派な敗因に変わる。
 綺礼はそう理解していたし、この瞬間、それを身を以て思い知らされることになった。

「――終わりです」

 超至近距離から振るわれる、鞘の戒めを解いた黄金の聖剣。
 勝利の光を放たずとも、その斬れ味が超絶のものであることは語るに及ばない。
 担い手は世界最高峰の騎士。綺礼は確信する、これは詰みだ。将棋で言えば、王の全方位を金が囲んでいるようなもの。
 
「言峰!!」

 承太郎の声が、どこか遠く聞こえる。
 言峰綺礼の全神経が今、この状況を打破することに全霊を注いでいた。
 しかし、対処の手段など考えるまでもない。一つを除いて、綺礼が生存できる目は存在しない。
 即ち、最後の令呪による瞬間加速だ。それを使えば、理論上はセイバーの一閃を躱し、反撃することが出来るだろう。
 だが――……綺礼は、今死線に立たされている者のそれとは思えないほど静かな瞳で、一瞬考える。
 実際の時間に換算すれば一秒にも満たない、生存手段の模索。その末に、彼は言葉もなく結論を下した。

 紅林遊月から受け取った令呪、その最後の一画が感光する。 
 奇しくも宿敵、衛宮切嗣が得意としていた魔術のように、使用と同時に世界が変わる錯覚をすら綺礼は覚えた。
 これも、もう慣れた感覚だ。三度目ともなれば、新鮮さも失せる。
 強化された肉体を、脳の血管が切れるのではないかと思うほどの集中状態で駆動させ、強引に騎士王の攻撃を避ける。
 しかし反撃に打って出るよりも早く、騎士王の口元が動いた。

 笑みは浮かべない。会心の笑みなど、この誉れなき戦いには似合わないからだ。
 ただ、円卓の主は静かに呟く。
 綺礼の予想通りの言葉を。令呪を切る前の一瞬の時間で、綺礼が思い浮かべた最悪の事態を、容易く引き起こしてくる。

「甘い」

 令呪による瞬間強化は、人間の綺礼にしてみれば切り札に等しい反則手だ。
 されどそれは、あくまで人間の視点で考えた場合の話。
 三騎士クラスの優れたサーヴァントにしてみれば、驚きこそすれど、決して対処不能な反則技ではない。
 綺礼が令呪による強化に慣れたように、それを二度と見てきたセイバーも、何ら驚きはしなかった。
 それどころか、読んですらいた。こう追い詰めれば必ず令呪を使ってくると、そう踏んだ上で彼女は斬り込んだのだ。
 そこで、相手は予想通りの行動をしてきた。そうなれば、セイバーに取っては最早好都合。


811 : GRAND BATTLE ◆gsq46R5/OE :2016/10/31(月) 18:45:05 rxfaUPRk0



 令呪による回避という反則を前提にした返し手で、綺礼がやっとの思いで確保した間合いを一瞬で詰める。
 持てる敏捷性の優位を最大限に活かしたそれにも、綺礼は果敢に対抗せんとした。
 だが、悲しきかな。それすらもセイバーにしてみれば、止まって見える程に緩慢な動作である。

 一閃。
 勝負を決めるには、ただそれだけで十分だった。
 黄金の残像が虚空に走り、空気は切り裂かれたように鋭い音を鳴らす。
 ごとりと、何か重いものが地面に落ちる音がした。
 それは、僧衣を纏っていた。赤色に染まっていた。

 ――紛れもなく、言峰綺礼の左腕だった。

「――オォォォラァアァァァァァ!!!!」

 激昂した承太郎の声。
 セイバーはそちらの方へと意識を向ける。
 言峰綺礼は、ただ静かな目で、何かを悟ったように目の前の光景を見ていた。
 ……その拳が静かに、握り締められたことに――セイバーは気付かない。


 言峰綺礼は、空(Zero)に限りなく近い男である。
 万人が「美しい」と感じるものを美しいと思えない、破綻者である。
 未来の彼は黄金の英霊との出会いを機に振り切れ、悟りと余裕を得るものの、この頃の彼にそれはない。
 他者の苦痛に愉悦を覚える性を受け入れられぬまま、深く自身の在り方に懊悩する求道者。
 とはいえ、虚無的な側面があることは否めまい。
 不完全な自身を痛め付ける為に信仰し、技を極めた青年神父。
 そんな彼だからか、自分がどうやら詰んでいるらしいことを理解するのは速かった。

 
 令呪を切る寸前だ。
 綺礼はあの段階で、騎士王が自分の行動を読んでいることを察していた。
 彼女ほどの騎士が、その程度のことも分からない筈がない。
 何度も何度も不意を討たれて好機を逃す、そんな有様では、最優の英霊などとは到底呼ばれないだろう。
 そうある種彼女の力量を信用した上で、彼の頭の算盤は至極冷静に、自分に先がないという事実を弾き出した。

 そして、その通りになった。

 セイバーの斬撃は、構えた左腕ごと、綺礼の胴を深く一閃していた。
 腕を切り落とされたこともそうだし、胴の傷も完全に致死のそれである。
 よしんばこの戦場を生き永らえたとしても、参加者に与えられている医療手段では延命は不可能。
 そう判断した彼の思考は――焦りも嘆きも恐れもせず、一層静かに冴え渡った。


812 : GRAND BATTLE ◆gsq46R5/OE :2016/10/31(月) 18:46:02 rxfaUPRk0




 令呪の力はまだ生きている。
 体も動かすことは出来る、伊達に鍛えてはいない。
 腕は損失した――然し損失は軽微。痛手ではあるが、牙を完全に抜かれた訳ではない。
 
(ならば……)

 急な失血で靄がかかったように眩む視界を、半ば自身の集中力だけで活性化させ、明瞭なものへと変える。
 承太郎の方へと意識を向けているセイバー。此方の方へ意識を引き戻したとして、確実に無駄な時間はそこに生じる。
 戦いの中で何度も猛威を奮った超直感。厄介だが、此処は承太郎次第だ。
 承太郎のスタープラチナの援護次第で、直感による対処は十分潰すことが出来る。
 そして、相手は騎士。拳士ではない。よって、己の考えている一手を完全には把握していないと分析。
 以上のことから、言峰綺礼は『決行可能』と判断する。
 未だ傷を負っていない剛脚に力を込めるや否や、彼はバネに弾かれるように、間近のセイバーへと突撃した。

「なッ――!?」

 セイバーが驚愕するのも無理はない。
 先程彼女の決めた斬撃は、心臓こそ外していたものの、綺礼の体を厚さの八割ほどは引き裂いていた。
 即死でも不思議ではないし、そうでなくとも出血が招くショックで動作が停滞するのが普通というもの。
 そう、これは油断だった。彼女らしからぬ、油断。相手は人間であるから、これで足りるという慢心。
 確かに、言峰綺礼は人間だ。しかし、求道の彼は常人ではない。
 セイバーは、それを見誤った。超人と認識はしていても、最後の最後でその限界を見誤った。

「オラァァ!」

 剣を握りかけたセイバーの腕を、スタープラチナが見逃さずに鋭く殴打する。
 鎧もある以上、さしたる痛手ではない。だがそれでも、僅かな痛手にはなった。
 鉄火場においてほんの僅かな要素が致命となることは、セイバーもよく知っている。
 彼女は先程、それを利用したのだから。――知らないはずがない。

 地面を慣れ親しんだ道場の床と見立て、地鳴りが起こるほどの剛力で蹴る。
 一瞬にして長距離を駆け抜ける箭疾歩は、この間合いではほぼタックルのようなものだ。
 セイバーを押し倒す勢いでその矮躯に衝突すれば、綺礼は渾身の震脚で大地を揺るがした。
 野外である以上幾許か効果は減少するが、重ねて言うが今の間合いは超至近。
 効果がない筈がない。並の武道家ならばまだしも、達人である綺礼の渾身ともなれば。


813 : GRAND BATTLE ◆gsq46R5/OE :2016/10/31(月) 18:46:25 rxfaUPRk0




 ――思考はクリアだ。
 この時ばかりは、傷が深いことが幸いした。
 ――痛みは麻痺し、言峰綺礼を阻む物は何もない。
 左腕はない。この時点で、十全のパフォーマンスを決めることは不可能。
 ――無問題。片手落ちであろうと、超絶の威力は叩き出せる。平常体ならばまだしも、令呪で底上げされた地力ならば。


814 : GRAND BATTLE ◆gsq46R5/OE :2016/10/31(月) 18:47:21 rxfaUPRk0


 空条承太郎も、この一瞬に全てを懸ける。
 彼は敏い少年だ。辛い現実から目を背けることをしない、強い少年でもある。
 その彼だから、言峰綺礼がもう助からないということは理解していた。
 理解しているからこそ、綺礼が最後に見せんとしている底力に胸が熱くなるのを堪えられない。
 承太郎がクールで冷徹な人間だと勘違いしている者が居るのなら、それは間違いだ。
 彼は、激情家である。理不尽や非道に怒りを燃やし、仲間の意志を我が事のように重く受け止める熱き戦士。
 綺礼が命を捨ててまで作り出した好機を、決して逃しはしない。無駄にはさせない。
 その意志で放つスタープラチナの拳は単なる妨害手段であるというのに、これまでよりも明らかに鋭く、疾く、重い。
 スタンドパワーが彼の意志に応じて向上しているかの如く、唸る拳は猛り吼える。


 セイバーもまた、必死だった。
 その心に強い願いを抱くからこそ、彼女も諦めない。
 繭の下に魂を幽閉されれば、もう二度と、聖杯の輝きを手にすることは出来ないだろう。
 ――それだけは。それだけは、絶対にあってはならない。そう思えばこそ、剣を握る力は強くなる。
 それでも。彼女は、二人の人間が繰り出す猛攻から脱せずにいた。
 

 綺礼の拳が空を裂く。
 迸るは渾身の一打。
 言峰綺礼という男が、セイバーを討てるとすればこの技だろうと最初から視野に入れていた奥義。
 

 即ち、八大招・立地通天炮。


 セイバーの鎧による防御を無視し、顎下から剥き出しの頭を破壊する必殺の拳。
 それはまさしく、綺礼の命を燃やすかのように彼自身の飛沫をあげながら猛進し――……


「……が、――――ッ!!」

 
 誉れも高き騎士王の顎下を打ち抜き、その矮躯を天高く舞わせた。


815 : GRAND BATTLE ◆gsq46R5/OE :2016/10/31(月) 18:48:01 rxfaUPRk0



 脳裏に過るものがある。
 それは、在りし日の記憶。
 かのブリテンで、円卓の騎士が隆盛を極めていた頃の景色。
 ――アルトリア・ペンドラゴンは選定の剣を抜き、この時代を作り上げた。
 騎士道が花と散った時代に、ブリテンに平穏と繁栄を齎したのだ。……そう、最後の繁栄を。

「ま――だ、だ…………」

 それを思えばこそ、アルトリアは止まれない。
 立ち上がるということがあり得ない負傷を負っておきながら、彼女はなおも二本の脚で大地に立つ。
 言峰綺礼が隻腕で放った攻撃は依然として必殺のそれであったが、しかし威力が幾らか減退していたのも確か。
 それが、騎士王を滅ぼしきれない理由となった。重傷を負ってはいても、未だその生命も闘志も健在。
 打たれた顎は砕け、口元は止めどなく血を流している。両の眼からは血涙が溢れ、髪は土埃に塗れてすらいた。
 脳はほぼシェイクされたも同然。意識は常に朦朧とし、気を抜けば命ごと意識を取り零しそうだ。
 にも関わらず。アルトリアは剣を取り落とすことなく、立つ。――まるでいつかのように、ただ一人、孤独の王として。

 王には、人の心が分からない――

 かつて城を去った騎士、トリスタンの声が脳裏に蘇る。
 神秘を失くして滅びに向かうブリテンの地。聖杯探索を経ても、伝説の終焉は止められなかった。
 カムランの丘で討ち倒したモードレッドの姿を、今も鮮明に覚えている。
 膝を折り、傷から血が流れ出ていく感覚すらも、鮮明に。

 ――止まれはしない。これしきの傷で、足を止めることがどうして出来ようか。

 見れば、自分に致命を打ち込んだ神父は既に倒れ臥していた。
 その真下には、真っ赤な血溜まりが止めどなく流れ出している。
 文字通り、あの一撃で余力を使い果たしたのだろう。
 堕ちて尚、アルトリアは彼の生き様を見事と思う。
 後、何人斬ればいい。そう思うことは、敢えてしないようにしていた。
 只、最後まで。止まらないと覚悟した時から、それだけを見据えて駆け抜けてきた。

 故に彼女は立つ。
 血に濡れた聖剣を手に、罪を重ねる。
 端から見れば泥酔しているかのように覚束ない足取りで、それでも勝利を求めるのだ。

「待ちな」

 そんな彼女を、呼び止める声がある。
 視線の先に立つのは、左の肩から血を流す学生服の少年だった。
 ――空条承太郎。スタープラチナのスタンド使いは、仲間を失って尚絶望することなく、騎士王を見据えていた。


816 : GRAND BATTLE ◆gsq46R5/OE :2016/10/31(月) 18:48:41 rxfaUPRk0




 その顔に、敵が立ち上がったことへの動揺はない。
 綺礼の一撃では不足と、軽んじていたわけではない。
 綺礼も承太郎も、あの瞬間に命を懸けていた。
 その彼がどうして、仲間が仕損じるのではと疑って掛かる道理があろうか。
 
「てめーを先には進ませねえ」
「……ならば」

 承太郎は立ち上がったアルトリアを見て、ただ冷静にこう思った。
 進ませはしない。言峰綺礼が死んだからといって、やることは当初から何も変わっていない。
 殺し合いに乗ったこのサーヴァントを、此処で倒す。ぶっ飛ばす。
 ただそれだけの理由で、空条承太郎は立っている。

 アルトリアもまた、それを瞬時に理解したからこそ無駄な問答は交わさない。
 聖剣を握り、勢いよく踏み出した。この困憊具合で尚も俊敏さを発揮する姿の、何と異様なことだろうか。
 迅雷が如く振り抜く聖剣を、迎え撃つのは星の白金(スタープラチナ)の鉄拳だ。
 綺礼のものよりも速く鋭い拳。だが、威力では彼の拳士に幾らか劣る。
 アルトリアもそのことについては織り込み済みだったが、今の彼女にとっては、むしろ威力重視の方が御し易かった。
 脳に叩き込まれたダメージ。それは今も、絶えることなく彼女を苛み続けている。
 スタープラチナの速度に合わせることは、満身創痍のアルトリアにとって決して小さくない負担であった。
 
 そう。既に、勝負は見えている。

 アルトリア・ペンドラゴンは、あの一撃を受けた時点で敗北していた。
 神秘以外への防御を失い、聖剣の光を放つことも不能になった騎士王にとって、あれは完全に決まり手だった。
 最優と謳われる戦闘能力、反射速度、敏捷性さえ削がれた彼女が打ち倒すには、空条承太郎は難敵過ぎる。


817 : GRAND BATTLE ◆gsq46R5/OE :2016/10/31(月) 18:49:41 rxfaUPRk0



「てめーが何処の誰で」

 スタープラチナの拳が、セイバーの腹を打ち抜いた。
 それが、終わりの始まりだった。

「何がしたくて」

 二撃、三撃と。
 鎧を抉る拳は猛く、重く響く。

「このくそったれなゲームに乗ったのかは知らねえ」

 承太郎はアーサー王伝説や円卓の騎士という名前に聞き覚えはあっても、その詳細を知っている訳ではなかった。
 だから彼女の願いなどに心当たりは全くないし、そこにどれほどの思いがあったのかも知らない、分からない。
 その彼が、彼女が殺すことを選んだのに対してとやかく言う筋合いはないだろう。承太郎自身、そう思っている。

「だから――俺は俺の理由で、てめーを……『裁く』ッ!!」

 そこに、彼女を糾弾する意味合いはない。
 あるのはただ、空条承太郎個人の怒りだけだ。
 仲間を殺した女への怒りだけを武器に、スタープラチナは拳を振るう。
 怒髪天を衝いた承太郎は大きく息を吸い込めば、そのまま声を張り上げる。

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ」

 打ち込む拳が、騎士の鎧をひしゃげさせていく。
 凹みを生み出し、有無を言わさず、連打する打撃。
 止まらない。止まりはしない。仲間を失った承太郎は、今"怒っている"のだから。

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ」

 アルトリア――いや。
 セイバーの体に限界が訪れるのは、程なくしてのことだった。

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ」

 元より、無理矢理に延命しているだけだった体。
 殺し合いの参加者となるに辺り、数段の劣化を掛けられた性能。
 打ち込まれた言峰綺礼の乾坤一擲で死に体に限りなく近付いた彼女に、スタープラチナの連撃は余りに強烈過ぎる。
 そう、勝負は着いた。――最優のサーヴァントを二人の人間が討つという番狂わせで、この死合は幕を閉じるのだ。


818 : GRAND BATTLE ◆gsq46R5/OE :2016/10/31(月) 18:50:34 rxfaUPRk0





「――――オラァァァァァアアアアアアアアアッ!!!!」

 魔力で編まれた鎧を、力尽くの連打で部分的に破砕させ。 
 針の穴に金属バットを通すような無理矢理さで、スタープラチナの全力を叩き込んだ。
 それはセイバーの胸を破り、霊核を粉砕し、その体を貫通する。
 ……戦場は、哀しいほどに静かだった。ただ、承太郎とセイバーの吐息の音だけが聞こえていた。

「……俺はただ、あいつの『やり残し』をぶちかましただけだぜ、サーヴァント」

 スタープラチナの拳を引き抜き、承太郎は帽子を深く被り直す。
 そしてただ一言だけ告げる。言葉は不要と分かっているから、彼は多くを語らない。語る気もない。
 
「てめーを倒したのは言峰だ。俺じゃ、とてもじゃあねえが勝てなかった……てめーは、あいつに負けたんだ」

 それだけを告げて、承太郎は静かに踵を返した。もう、セイバーは立ち上がらない。


 
 消え行く意識の中、セイバーは少年の声を反芻していた。
 自分は敗北した。もう体に感覚らしいものは殆どなく、力を入れることすら出来ない。
 英霊としての死とはまた違う、生命としての死が、今まさに自分を連れ去ろうとしているのが解る。
 ――……結局、全ては叶わなかった。ただ罪を重ね、迷走し、その末に因果応報の結末を迎えただけ。

 空は昏い。
 雲間から、昏い空が覗いている。
 それを見上げながら、風の冷たさすら感じられなくなった体で、セイバーは思うのだ。
 
 そうだ。きっと、自分は最初の一歩から踏み間違えていた。
 王の選定をやり直すという形で祖国に報いんとする余り、魂を幽閉されるという可能性の途絶を恐れた。
 もしも。
 もしも自分が、騎士の矜持を捨てることなく、繭へ毅然と立ち向かっていたなら――何かを変えられたのだろうか。
 全ては、闇の中だ。もう二度と、騎士王アルトリアが何かを変えられることはない。

(……私は)

 ああ。
 もう。

(私は……一体……――――)

 あの空に、手を延ばすことすら、出来ない。


【セイバー@Fate/Zero  死亡】


819 : GRAND BATTLE ◆gsq46R5/OE :2016/10/31(月) 18:51:40 rxfaUPRk0



「言峰」
「…………セイバーは、倒したのか」
「ああ。倒したぜ」
「ならば、私の持ち物を持っていけ。セイバーのものもだ。死人が持っていても、最早何の役にも立つまいよ」

 言峰綺礼は、まだ生きていた。
 とはいえ、もう彼を救うことは出来ない。
 当初からして即死級の傷だったのだ。この時点でまだ生きていることが、そもそも異常事態である。
 左腕の切断面は未だに止めどなく血を流しており、胴の傷は言わずもがなだ。
 これが勝利の代償。大金星の対価に、言峰綺礼は此処で死ぬ。
 その結末を変える選択は、もう誰にも打てない。

「……お前の手で掴んだ勝ちだぜ。ちったあ嬉しそうにしたらどうだ」
「さて、な……生憎と、そういう感情の機微は乏しい身だ」

 承太郎は、そんな彼の傍らに立っていた。
 あくせくと、何か打てる手はないかと焦ったりはしない。
 どうしようもないことを悟っているからこそ、静かに綺礼を看取らんとしている。
 
「私はあの男に……DIOに、言われたよ。自分に正直に生きることだ、と」

 DIOに綺礼が揺さぶりをかけられたことは、承太郎も知っている。
 彼が万一暴走する可能性も常に視野に入れつつ、承太郎は行動していた。
 結果として綺礼は最後まで彼の言葉に惑うことなく、自分を殺したまま生涯を終えることになったが。

「私はそんなことはあり得ないと断じたが……今際の今はこう思う。奴は間違いなく、この私の本質を見抜いていたのだ」

 もしも、仮にこの殺し合いがなかったなら――或いは。
 このまま言峰綺礼が生存し続けていたなら、彼の本性はいつか萠芽の時を迎えていただろう。
 他人の不幸は蜜の味を地で行く悪人。非道ではなく外道を進む破綻者として、大成していたに違いない。
 どれだけストッパーを用意していたとしても、人間の内なる本性を完全に抑圧し、消し去ることなど不可能だ。
 その本性が表に出るのを防いだのが、彼を死に至らしめた騎士王だというのは、なんとも皮肉な話だったが。

「そうかもしれねえな」

 承太郎はただ、冷静に言う。


820 : GRAND BATTLE ◆gsq46R5/OE :2016/10/31(月) 18:52:39 rxfaUPRk0




「だが、言峰。俺は、てめーが居なけりゃ此処で死んでいた」
「……そうか」
「てめーがどんなシュミの持ち主かは知らねえし、今後分かることもねえ。
 ……風見や天々座、紅林も同じだ。てめーは、間違いなく最後まで俺達の仲間で、味方だった」
「………」
「それでいいじゃあねえか。それでよ……」

 きっと、言峰綺礼の真実が明かされることはもうない。
 あったとしても、当の綺礼はもう死んでいるのだ。
 誰にもその真偽を確かめる術はない――愉悦を愛する破滅の神父は、誕生しない。
 承太郎やその仲間達の記憶に残る『言峰綺礼』は、最後まで勇敢に戦って死んだ、一人の仲間で終わる。
 
「……は、ははははは」

 それは、何と滑稽なことだろうか。
 何と滑稽な、終わりだろうか。
 綺礼はこの殺し合いに招かれてから、初めて笑った。いや、嗤った。自分の最期を、嗤わずにはいられなかった。
 そして彼は瞼を落とす。風だけが吹く戦場だった場所に、求道者の意識が落ちていく。



「ああ……それも、悪くは、ないのかもしれん――」



【言峰綺礼@Fate/Zero  死亡】
【Fate/Zero――Down to Zero we Go】


.


821 : GRAND BATTLE ◆gsq46R5/OE :2016/10/31(月) 18:53:09 rxfaUPRk0



「言峰は、死んだ」

 遊月と未だ気絶したままのリゼの前に戻ってきた承太郎は、静かにそう言った。
 がくりと、思わず遊月は膝からその場に崩れ落ちてしまう。
 彼を戦場に行かせたのは、紛れもない遊月自身だ。
 令呪を託し、その背中を見送った。
 ――その結果がこれだ。言峰綺礼は帰ってこない。死んでしまった。また、仲間が死んでしまった。

「……紅林。悪いが、ちと傷を負いすぎた。止血を手伝ってくれ、自分だとどうにもやりにくくて敵わねえ」
 
 以前までの遊月なら、それを冷徹と糾弾していたかもしれない。
 仲間が死んだというのに、どうしてこの人はこんなに冷静でいられるんだと。
 止血の為に学ランの布を使おうとしているその巨体に、罵倒の声を掛けていてもおかしくない。
 そうしなかったのは、ひとえに彼女なりに学習した結果だ。

 この会場に来てから、遊月は何度も感情を暴走させた。
 殺し合いはしないと決めたのに、仲間に迷惑をかけてしまった。
 そして、目の前で仲間を殺されて。自分が送り出した仲間も殺されて――
 授業料としてはあまりに高すぎる心の痛みを代償に、遊月は少しだけ前に進むことが出来たのだ。
 ……尤も、理由はそれだけではない。承太郎の目を見たなら、彼を冷徹だなんて誰も言うことは出来ないだろう。

 殺し合いへの怒りと、強い意志が宿った双眼。
 彼は怒っている。遊月よりもずっと強く、怒っている。
 彼らの戦いを、遊月は見なかった。
 ただ、祈っていただけだ。
 どうか、もう誰も死なないようにと。
 もしも彼らの戦いを見ていて、承太郎と綺礼のどちらかが死ぬことになったなら、自分はきっと耐えられない。そう思ったから。
 眠っている理世の体を強く抱き締めながら、ただ祈っていた。
 結果としてその祈りは裏切られたが――綺礼の死は、無駄ではなかったらしい。
 承太郎が生きて戻ってきたということは、つまりそういうことなのだろうと、遊月は無言の内に解釈する。

 長く、辛い戦いだ。本当に。
 承太郎の止血を手伝いながら、遊月は唇を噛み締める。
 いつになったら、終わりが来るのだろう。
 答えてくれる者は、どこにもいない。


822 : GRAND BATTLE ◆gsq46R5/OE :2016/10/31(月) 18:53:49 rxfaUPRk0

【G-4城周辺/路上/夜】

【空条承太郎@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
[状態]:ダメージ(大)、疲労(大)、精神的疲労(小)、胸に刀傷(中、処置済)、全身に小さな切り傷、左腕・左肩に裂傷(処置中)、出血(大)、強い決意
[服装]:普段通り
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(37/38)、青カード(36/37)、噛み煙草(現地調達品)、不明支給品0〜1(言峰の分)、各種雑貨(ショッピングモールで調達)、不明支給品0〜2(ポルナレフの分)、スパウザー@銀魂、不明支給品2枚(ことりの分、確認済み)、雄二のメモ、約束された勝利の剣@Fate/Zero、レッドアンビジョン(花代のカードデッキ)@selector infected WIXOSS、キュプリオトの剣@Fate/zero
[思考・行動]
基本方針:脱出狙い。DIOも倒す。
   0:傷を処置した後、風見の下へ向かう
   1:回収した支給品の配分は、諸々の戦闘が片付いてから考える
[備考]
※少なくともホル・ホースの名前を知った後から参戦。
※折原臨也、一条蛍、香風智乃、衛宮切嗣、天々座理世、風見雄二、言峰綺礼と情報交換しました(蟇郡苛とはまだ詳しい情報交換をしていません)
※龍(バハムート)を繭のスタンドかもしれないと考えています。
※風見雄二から、歴史上の「ジル・ド・レェ」についての知識を得ました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。
※越谷小鞠を殺害した人物と、ゲームセンター付近を破壊した人物は別人であるという仮説を立てました。また、少なくともDIOは真犯人でないと確信しました。
※第三放送を聞いていません。


【天々座理世@ご注文はうさぎですか?】
[状態]:気絶、状況をまだ飲み込めていない可能性あり、疲労(大)、精神的疲労(大)
[服装]:メイド服・暴徒鎮圧用「アサルト」@グリザイアの果実シリーズ
[装備]:
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(10/10)
    黒カード:不明支給品0枚
[思考・行動]
基本方針:ゲームからの脱出
   0:気絶
[備考]
※参戦時期は10羽以前。
※折原臨也、衛宮切嗣、蟇郡苛、空条承太郎、一条蛍、香風智乃、紅林遊月、言峰綺礼と情報交換しました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。
※『越谷小毬殺人事件の真犯人はDIOである』という臨也の推理(大嘘)を聞きました。必要に応じて他の参加者にも伝える可能性があります。
※第三放送を聞いていません。


【紅林遊月@selector infected WIXOSS】
[状態]:口元に縫い合わされた跡、疲労(中)、精神的疲労(大)
[服装]:天々座理世の喫茶店の制服(現地調達)
[装備]:超硬化生命繊維の付け爪@キルラキル
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(18/20)、青カード(19/20)
黒カード:ブルーアプリ(ピルルクのカードデッキ)@selector infected WIXOSS
[思考・行動]
基本方針:叶えたい願いはあるけれど、殺し合いはしたくない
   0:冷静になる。心を落ち着かせる。気持ちを整理する。
   1:言峰さん……
[備考]
※参戦時期は「selector infected WIXOSS」の8話、夢幻少女になる以前です
※香風智乃、風見雄二、言峰綺礼と情報交換をしました。
※ピルルクの「ピーピング・アナライズ」は(何らかの魔力供給を受けない限り)チャージするのに3時間かかります。
※チノの『演技』に気付きましたが、誰にも話すつもりはありません。
※チノへの好感情、依存心は徐々に強まりつつあります
※第三放送を聞いていません.


※アゾット剣@Fate/Zeroは破壊されました。


823 : ◆gsq46R5/OE :2016/10/31(月) 18:54:50 rxfaUPRk0
投下を終了します。何かあればお願いします。

また、今回は延長期間までフルで使っておきながら、私事で投下を遅らせてしまったことを心から謝罪します。申し訳ございませんでした。


824 : 名無しさん :2016/10/31(月) 19:40:25 hzqxs.3I0
投下乙です!
セイバーつええええええ!あれだけのハンデ負っても承太郎と令呪言峰相手にここまでやるか!
スタープラチナの拳戟をついでみたいに捌くところとか絶望しかねえ
そんな最優のサーヴァント相手に言峰はよく頑張った…ずっと悩んでたけど、最後に仲間だったって言われるのは嬉しかったろうなあ…
承太郎はなんとか生き残ったけど満身創痍だし、遊月理世の面倒も見なきゃだしでまだまだ彼らの受難は続きそうだけど、死んだ仲間達の分まで頑張って欲しい


825 : 名無しさん :2016/10/31(月) 20:35:08 WGHy3OR60
投下乙です
細かな心情描写と濃密な戦闘シーン。fate勢の最期に相応しい激闘でした
本編におけるセイバーと綺礼の立場が逆転していたのがどこか皮肉ですね


826 : 名無しさん :2016/10/31(月) 22:13:50 ZlCXfZ4o0
投下乙です
他のロワでは非道な神父が多かったですが、このロワでは他では見られない彼が見れて楽しめました、良い生き様でした…!
承太郎も熱かった!
本当に良い回でした


827 : 名無しさん :2016/11/01(火) 00:09:33 .hkUxVaQ0
両作品共に、投下乙でした。

皐月様の戦いはこれからで、承太郎達の戦いはひとまず終焉。
fate勢の最期に相応しい激闘で熱かったですが、
救われていない面もあって寂寥感のある最後でした。

言峰神父は虚無感こそ消えることはなかっただろうけど、救いはあったと思いたい。


828 : ◆NiwQmtZOLQ :2016/11/06(日) 21:30:36 d5nLqNfA0
大幅に期限を超過してしまい申し訳ありません。
投下をさせていただきます。


829 : 何の為にこの手は ◆D9ykZl2/rg :2016/11/06(日) 21:36:51 d5nLqNfA0
 


─────痛かった。


その感覚を言葉で表すのならば、きっとそれが的確だった。


でもそれは、例えばトレーニングを終えた後の何処か清々しいとまで感じられる筋肉痛や、試合や練習で誰かの拳を受けた時のそれとは違って。
多分どうあっても消える事が無いのではないかと感じる程に、心をただ純粋に、かつ執拗に傷付け、痛めつける─────そんな、痛みだった。


830 : 何の為にこの手は ◆D9ykZl2/rg :2016/11/06(日) 21:38:05 d5nLqNfA0




─────第三回放送が、終わった。
時刻が午後六時を回り、既に陽は沈んで、市街地の電灯にはどこから電気を引いてきたのやら明かりがぽつぽつと点り始める。
どこか無機質な光がまだ少しだけ差している朱色と混ざり、通りはどこか違和感のある光に照らされていた。
その通りには、ほんの僅かながら残る血痕、煤けている壁や地面、そしてコンクリートには似合わぬ武骨な車輪の痕が残り、一層その風景を奇妙に彩っていて。

そして、そこにあるのは──────ラビットハウスという、珈琲屋。
尤も、既にそこを店と呼ぶには些か問題も多いのだが。
針目縫の襲撃と彼女によって操られた男たちにより破壊された内装は、ほぼ撤去され。
結果として、そこには既に開店と同時に歴史を刻んだ椅子も机も無いただの開けた空き家に等しい。

そして、その中に。
桂小太郎とコロナ・ティミルの両者は、静かに佇んでいた。


両者の間には、先程から──────放送が終わった時から、静寂が漂っている。
渦巻くものは多々あれど、事実だけを述べるなら──────確かに先の放送は、二人に大きく影響を及ぼすようなものだったといえるだろう。

まず、ここは禁止エリアとして指定された場所。
長く滞在できないことも去ることながら、チャットの内容からここで会えるかもしれなかった相手と出会える可能性が小さくなったのは痛い。
─────そのうち一人は、いや、二人には知る由もないが正確には二人は、永遠にまた笑い合えることもなくなったのだけれど。

東郷美森、東條希。
両者共に、二人の仲間だった少女たちが友達と称していた人間だ。
特に東郷美森に関しては純粋に戦闘力もそれなりに期待出来ただけに、─────チャットの件の真偽は今となっては闇の中だろうが────惜しく、そして悲しいと言えるだろう。

結城友奈と、犬吠埼風。
二人も見届けた、勇者たちの姿。
彼女たちの中では何らかの決着がついていたのだろうが─────それでも、それで終わってしまっていいわけがなかったのに。

そして。
神楽、坂田銀時、─────アインハルト・ストラトス。
コロナの友人にして、覇王の生まれ変わりである少女。
戦闘民族・夜兎でありながら、一応は人助けの稼業を営んでいた少女。
そして、その夜兎の少女の上司にして、桂との幼少からの付き合いである、この殺し合いでも二人と共に歩いた侍。

その三人の名前が、呼ばれていた。

そんな、事実は様々あれど。
二人が未だに、静寂を保っていたままだという事実も、また事実として変わりないものだった。

けれど、それも何時迄も続くものではなく。
静寂が途切れたきっかけは、コロナの一言。

「…行きましょう、桂さん。はやく、皐月さんたちや他の生きている人たちと合流しないと」

そんな、先程までの彼女とは別人のような声。
何処かまだ残っていたはずの明るささえ何処にやら、今はただ感情を押し殺さんとして絞り出たに等しい声音。
聞くに耐えない─────桂が真っ先に思ったのは、ある意味当然の心理だった。
仲間を失った少女の声そのものであると理解できるからこそ、その痛々しさはとても放置できるようなものではないのだから。

「コロナ殿」

ならばこそ。
どんな形であれ、それを如何なるものか見極めるのは、大人である己の仕事だと、そう桂は受け取った。
アインハルトや銀時の死で、彼女がその心に大きな傷を負った事は間違い無い。それは推理するまでもなく分かるし、分かるからこそそれがどうしようもないというのもまた然りだ。


831 : 何の為にこの手は ◆NiwQmtZOLQ :2016/11/06(日) 21:39:00 d5nLqNfA0




─────第三回放送が、終わった。
時刻が午後六時を回り、既に陽は沈んで、市街地の電灯にはどこから電気を引いてきたのやら明かりがぽつぽつと点り始める。
どこか無機質な光がまだ少しだけ差している朱色と混ざり、通りはどこか違和感のある光に照らされていた。
その通りには、ほんの僅かながら残る血痕、煤けている壁や地面、そしてコンクリートには似合わぬ武骨な車輪の痕が残り、一層その風景を奇妙に彩っていて。

そして、そこにあるのは──────ラビットハウスという、珈琲屋。
尤も、既にそこを店と呼ぶには些か問題も多いのだが。
針目縫の襲撃と彼女によって操られた男たちにより破壊された内装は、ほぼ撤去され。
結果として、そこには既に開店と同時に歴史を刻んだ椅子も机も無いただの開けた空き家に等しい。

そして、その中に。
桂小太郎とコロナ・ティミルの両者は、静かに佇んでいた。


両者の間には、先程から──────放送が終わった時から、静寂が漂っている。
渦巻くものは多々あれど、事実だけを述べるなら──────確かに先の放送は、二人に大きく影響を及ぼすようなものだったといえるだろう。

まず、ここは禁止エリアとして指定された場所。
長く滞在できないことも去ることながら、チャットの内容からここで会えるかもしれなかった相手と出会える可能性が小さくなったのは痛い。
─────そのうち一人は、いや、二人には知る由もないが正確には二人は、永遠にまた笑い合えることもなくなったのだけれど。

東郷美森、東條希。
両者共に、二人の仲間だった少女たちが友達と称していた人間だ。
特に東郷美森に関しては純粋に戦闘力もそれなりに期待出来ただけに、─────チャットの件の真偽は今となっては闇の中だろうが────惜しく、そして悲しいと言えるだろう。

結城友奈と、犬吠埼風。
二人も見届けた、勇者たちの姿。
彼女たちの中では何らかの決着がついていたのだろうが─────それでも、それで終わってしまっていいわけがなかったのに。

そして。
神楽、坂田銀時、─────アインハルト・ストラトス。
コロナの友人にして、覇王の生まれ変わりである少女。
戦闘民族・夜兎でありながら、一応は人助けの稼業を営んでいた少女。
そして、その夜兎の少女の上司にして、桂との幼少からの付き合いである、この殺し合いでも二人と共に歩いた侍。

その三人の名前が、呼ばれていた。

そんな、事実は様々あれど。
二人が未だに、静寂を保っていたままだという事実も、また事実として変わりないものだった。

けれど、それも何時迄も続くものではなく。
静寂が途切れたきっかけは、コロナの一言。

「…行きましょう、桂さん。はやく、皐月さんたちや他の生きている人たちと合流しないと」

そんな、先程までの彼女とは別人のような声。
何処かまだ残っていたはずの明るささえ何処にやら、今はただ感情を押し殺さんとして絞り出たに等しい声音。
聞くに耐えない─────桂が真っ先に思ったのは、ある意味当然の心理だった。
仲間を失った少女の声そのものであると理解できるからこそ、その痛々しさはとても放置できるようなものではないのだから。

「コロナ殿」

ならばこそ。
どんな形であれ、それを如何なるものか見極めるのは、大人である己の仕事だと、そう桂は受け取った。
アインハルトや銀時の死で、彼女がその心に大きな傷を負った事は間違い無い。それは推理するまでもなく分かるし、分かるからこそそれがどうしようもないというのもまた然りだ。


832 : 何の為にこの手は ◆NiwQmtZOLQ :2016/11/06(日) 21:40:18 d5nLqNfA0
けれど。

「逸る気持ちも分かるが、それでもだ。まだ此処を調べ終わってもいないし、

けれど、まず今此処でそれを理由に流されて終わる訳にはいかない。
ラビットハウスの探索はまだ事実上始まったばかり。これから上階に入ろうという時に放送が鳴りはじめたこともあり、今はまだそこで止まっている。
禁止エリアになろうとも、ここにいた誰かの情報が残っていることは十分に考えられる。その中に知り合いが含まれていれば僥倖、含まれておらずとも生き残っている誰かからの助言は役に立たないということはないだろう。

「でも、桂さん」

そんな桂に対し、コロナは振り向かずにゆっくりと答える。

「…私たちは、まだ、何も出来ていません」

コロナのその言葉に、桂は僅かに押し黙る。
確かに、この六時間で出来た事はそうは多くない。
勇者二人や長谷川泰三の埋葬、万事屋やゲームセンターの確認、スマートフォンのアプリの確認─────その何れも、決してとても芳しいといえるようなものではない。

「また誰かが死んじゃう前に、早く─────早く、いかなきゃ」

そう呟くコロナの目は、目に見えて分かるほどに陰りを宿し。
その目に、桂は危機感にも似た焦りを感じる。
コロナの目に宿るのは、おそらくはショックからくる焦燥に見える。

少なくとも。
今の彼女の焦りのままに行動させる事は、あまりにも危険だ。
そう判断した桂が、嗜めるように、せめてと何かを言おうとした─────瞬間。

「─────!」

コロナが、唐突にラビットハウスから飛び出した。
勇者に変身し何処かへと飛び去らんとする彼女を前に、桂は一瞬驚愕に動きを止め─────しかし、迷う事なくそれに追い縋らんと己も変身してそれを追う。
西の方向にひた走る姿をすぐに見つけ、桂も全力で走るが、勇者の力が同条件である以上ただ間を詰めるのには時間がかかる。

─────少々、手荒だが……!

瞬時に桂が取り出したのは、勇者の力によって生み出された短刀。
それを、仮に当たっても大した怪我にならぬよう細心の注意を払って投擲する。
迫るそれに気付いたコロナが、反射的に対応しようとスピードを落とし─────その一瞬を狙い澄まし、桂が一層強く地を蹴った。
短刀を弾いたコロナの前に、一気に桂が詰め寄り。

「…ッ!」

少々乱暴に、しかしそれでも出来る限り配慮を凝らして、桂はコロナのその身体を引き寄せる。
路傍で互いに息を荒げる二人だったが、しかし本来の体力の差か、桂はすぐにその息を整える。
─────だが、急にコロナが走り出したこと、そして桂自身が抱いていた精神の痛みのせいか。
その精神までは、如何に彼と言えどもまだ落ち着いておらず。

「落ち着け、コロナ殿!」

兎にも角にも、と。
咄嗟に桂の口から飛び出した、─────その、言葉で。





「─────落ち着いていられるわけ、無いじゃないですか!」

─────コロナ・ティミルは、爆発した。


833 : 何の為にこの手は ◆NiwQmtZOLQ :2016/11/06(日) 21:41:30 d5nLqNfA0
静かな通りに響き渡ったその声は、想像以上に大きく。
桂は勿論、コロナ自身でさえも、その声に驚きを隠せなくて。

けれど、コロナの言葉は止まらない。

「こんなことをしている間に、今度は皐月さんやれんげちゃんが危ない目に遭って─────それで、また死んじゃったら、同じじゃないですか!」

─────そもそも、何故コロナ・ティミルが、ここまでずっと歩めてきたのか。
それはきっと、彼女の行動が何らかの結果を及ぼすに至っていたからだ。
本能字での戦いで、実際に誰かを守ることができて。

─────けれど。
以前の放送から今回の放送に至るまで、桂とコロナは何が出来たか。
何もしていない、と言えば語弊があるだろうが、ならば何かを為せたかという問いにも答えることが出来るかどうかは決して文句なしにイエスと言えるようなことはない。

彼女にとってきっと何よりも重たかったのは、そんな「なにかが出来たはずなのに届かなかった」ことだ。
もしも手が届く位置にいて、彼女が全力を振り絞ることが出来たなら。
どんな結果になろうとも、彼女がその後立ち上がるにはきっと十分だっただろう。
もしも手がどうあっても届かない場所にいて、そこに辿り着くまでには自分がまた別の何かを捨てなければならなかったとしたら。
その事実が無意識にでもストッパーになり、感情の触れ幅を少しは押さえられたはずだった。

けれど。
この六時間、二人はその多くの時間をほぼ二人のみで過ごして。
進む道の上に如何に誰もいなかったとはいえど、スマートフォンのチャットやメールなど、もっと出来ること自体はあったはずだ。
けれど、それは成されることなく、時間はただ六時間が無情に過ぎ去り。
今、誰もいない場所を必死に探し回っている間に、大切な人を喪うことになって。
それで、年端もいかぬ少女である彼女が仕方ないと納得することは、きっと不可能だった。

「銀さんも友奈さんも、私たちがどうにかしていれば助かっていたかもしれないのに、…私たちは、何も出来なかった」

それは、あり得るはずのないたらればだ。
けれど、今の彼女にとって、そのたらればは単なる空想ではない。
「きっとありえた、実現し得た」はずの世界だと、コロナにはそう思えていた。
それは、彼女が子供だから思えるだろう、甘い幻想であり。
そして何より、それに見合うだけのことを、彼等が達成できていないことからくる、焦り。
徒労に終わっていたその時間をその可能性に懸けて、何か行動を起こしていれば、彼等は死ななかったかもしれなくて。
それにも関わらず、その可能性を見捨ててなお何も出来ていない無力さが、今の彼女を責め立てる最大の要因だった。

「…コロナ、殿」

桂にて、それは脳裏にちらついていなかったといえば嘘になるのだから。
けれど、かといってこうして各所を回ることが完全に無駄であるかどうかでいうならば、それは先には分かりようもないこと。
「誰かに遭遇する可能性」も、「何かを発見できた可能性」も、「誰かを助けることが出来た可能性」も。
それを選択する前から分かっていれば、世の中はもっと楽に回っている。
多分、コロナ自身もきっとそれは分かっている。分かっていなければ、もっと無理にでも急いで先に進もうとするはずだ。
あくまで桂の返答も含め待っているという点を鑑みれば、そこに残った彼女なりの冷静さは感じ取れた。

(…だが、どう言葉をかければ良いのだろうな)

しかし、それ故に桂も迷う。
向こうが分かっているのならば、それを繰り返し言うことは
それに、
自らが戦地に身を置くからこそ、傷心の少女へとかける言葉には桂の言葉はどうあってもなり得ない。

(─────いや、違うな)

だから。
それまで巡らせていた思考を消し、一つの結論を打ち出して。
桂は、ゆっくりとコロナへと歩み寄った。
充血した目で、それでもこちらを見据え続けているコロナに対し、ただ純粋に歩み寄るだけ。

そして。
ぽすり、と。
コロナの頭が、桂の胸に収まった。

「これくらいしか、俺には出来ん。だが、これくらいはしてやれる」

ゆっくりと。
桂は、胸の暖かい感覚へと語りかける。
それは、ただ。
どんな都合があろうとも、それで彼女が心を痛ませているのならば、それはあってはならないことだろう、という。
単純な、心配というただそれだけの感情だった。

「我慢をするな。吐き出したい事は全て吐き出せばいい。それで、コロナ殿が最も楽になる手段を考えてくれれば良い」

それは、単純に。
コロナが抱えていた「それ」を呼び覚ますことには、十分に優しくて。

「─────」


─────それで。
コロナ・ティミルの、我慢していた最後の鍵が、外れた。


834 : 何の為にこの手は ◆NiwQmtZOLQ :2016/11/06(日) 21:42:35 d5nLqNfA0
  




「…どう、」

─────きっとそれは、この場に招かれた多くの人間が思ったこと。

「どう、して」

そして、彼女も例外なく抱いた、それは。
その悔恨の、その無力さの根本にある、それは。

「─────どうして、私たちがこんな目に遭わなきゃいけないんですか!」

─────つまるところ、彼女が放ったその言葉に、集約されていたのだろう。
何故、殺し合わなければならないのか。
何故、戦わなければならないのか。
何故、─────失わなければならないのか。
ある意味では、本当にそれは当然の思考で。
桂たちはともかくとしても、何か罪を重ねた訳ではないコロナたちがこんな催しに招かれる理由など、本来は無いに等しいはずなのだ。
だから、やはりコロナの心の何処かにも、ずっとこの思考は隠れ潜んでいて。

「だって、まだ、まだアインハルトさんともヴィヴィオさんとも、話したいことはいっぱいあるのに」

コロナ自身、分かってはいるのだ。
それは、言ってもどうしようもないことだと。
たった今目の前にある現実は、そんな理由など意にも介さず過ぎ去っていくのだから。
彼女の中での時間軸では、まだヴィヴィオともアインハルトとも、「昨日」会ったばかりで。
友奈に関しては、別れたのはほんの四半日にも過ぎなくて。
それだけの間に、少し自分が目を離している間に、命が零れ落ちただなんて─────そんなことが、でも実際にはあり得ているのだから。
そして、その中で。
仮に、己がなにかをしていれば、取り零さずにいられたかもしれないようなことがあったから。

判断力とそのメンタリティに関して言うならば、確かにコロナは強い部類だったろう。
けれど、それでもそれは、あくまで同年代であるアインハルトやヴィヴィオと比べた時の評価に過ぎない。
それでもここまで、ずっと文句を言うことは無かった─────それだけで、きっと彼女は十分に強かった。
そして今、いつか来るはずだった限界を迎えた─────きっと、それだけだった。
とりわけ。
ゴーレムマイスターという特技を磨き始めたきっかけであり、本来あるべき将来ではマネージャーもつとめるようになっていたように。
「自分に出来ること」に対して強い感情を抱く彼女だったからこそ─────今この瞬間は、限界を踏み出すに値することだったのだろう。

何も出来なかった歯痒さが。
友を失ってしまった哀しみが。
そんなコロナの理性的な心情のヴェールを、奪い去っていった時。
あくまでただの少女に過ぎない彼女がうちひしがれるには、あまりにも─────ただそこにある現実そのものが、十分に重すぎた。

コロナが、ゆっくりとくず折れる。
桂がゆっくりと、彼女の小さな手が袴にしがみ付く。
震えるその手をゆっくりと握り締め、改めてその手の小ささを桂は実感する。

「嫌だ」

そう、小さな手だ。
いくらそれを成しうるとしても、本来化け物や生命を脅かす敵を殴るはずでは無い手。
きっとこの手は、もっと何も知らない純粋なままで大きくなるはずだったのに。

「桂、さん」

─────本当に。
どうして彼女が、巻き込まれねばならなかったのか。
その答えは繭しか知らないと分かってはいるけれど、それでも桂も思わずにはいられなくなって。

「お願いします─────そばにいて、ください」

すがるような声が紡ぐのは、そんな彼女のワガママ。
それをこれまで言ってこなかったことが、むしろおかしいともほどに、当たり前で純粋な。

「桂さんは、しなないで、ください」

そんな、少女の切なる願いを聞いて。
桂は、ただその小さな身体を自ずから抱き寄せることで、返した。
─────それしか、出来なくて。
─────それ以上に、彼自身の生の証を届ける方法も、無かった。


835 : 何の為にこの手は ◆NiwQmtZOLQ :2016/11/06(日) 21:48:09 d5nLqNfA0

 


…陽の紅さは、もう沈みきっていた。
次の陽光が差し込むまでに、その実時間は、過ぎ去る日々よりは遥かに短いけれど。

それでも、彼女たちにとって─────きっとこの夜は、長い。

【G-7/ラビットハウス周辺/夜】

【桂小太郎@銀魂】
[状態]:胴体にダメージ(小) 、勇者に変身中
[服装]:いつも通りの袴姿
[装備]:風or樹のスマートフォン@結城友奈は勇者である
    晴嵐@魔法少女リリカルなのはVivid
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(17/20)、青カード(17/20)
    黒カード:鎖分銅@ラブライブ!、鎮痛剤(錠剤。残り10分の9)、抗生物質(軟膏。残り10分の9)
    長谷川泰三の白カード
[思考・行動]
基本方針:繭を倒し、殺し合いを終結させる
1:…コロナ、殿。
2:コロナと行動。
3:神威、並びに殺し合いに乗った参加者や危険人物へはその都度適切な対処をしていく。
  殺し合いの進行がなされないと判断できれば交渉も視野に入れる。用心はする。
4:スマホアプリWIXOSSのゲームをクリアできる人材、及びWIXOSSについての(主にクロ)情報を入手したい。
5:金髪の女(セイバー)に警戒
[備考]
※【キルラキル】【ラブライブ!】【魔法少女リリカルなのはVivid】【のんのんびより】【結城友奈は勇者である】の世界観について知りました
※ジャンヌの知り合いの名前とアザゼルが危険なことを覚えました。
※金髪の女(セイバー)とDIOが同盟を結んだ可能性について考察しました。
※勇者に変身した場合は風か樹の勇者服を模した羽織を着用します。他に外見に変化はありません。
 変身の際の花弁は不定形です。強化の度合いはコロナと比べ低めです。


【コロナ・ティミル@魔法少女リリカルなのはVivid】
[状態]:胴体にダメージ(小) 、勇者に変身中、悲しみ
[服装]:制服
[装備]:友奈のスマートフォン@結城友奈は勇者である
    ブランゼル@魔法少女リリカルなのはVivid 、
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(16/20)、青カード(17/20)
     黒カード:トランシーバー(B)@現実
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを終わらせたい。
1:─────……………
2:桂さんと行動。
3:桂さんのフォローをする
4:金髪の女の人(セイバー)へ警戒
[備考]
※参戦時期は少なくともアインハルト戦終了以後です。
※【キルラキル】【ラブライブ!】【魔法少女リリカルなのはVivid】【のんのんびより】【結城友奈は勇者である】の世界観について知りました
※ジャンヌの知り合いの名前とアザゼルが危険なことを覚えました。
※金髪の女(セイバー)とDIOが同盟を結んだ可能性について考察しました。
※勇者に変身した場合は友奈の勇者服が紺色に変化したものを着用します。
 髪の色と変身の際の桜の花弁が薄緑に変化します。魔力と魔法技術は強化されません


836 : ◆NiwQmtZOLQ :2016/11/06(日) 21:49:18 d5nLqNfA0
投下を終了します。


837 : 名無しさん :2016/11/07(月) 04:52:42 WXLxb71w0

投下乙です

>GRAND BATTLE
人の本性は変わらない、いずれは至ったであろう悪の道。
それが未来とともに閉ざされたが故に。
かつて藻掻き望み、それでも得られなかった人並みの幸せを感じられる人間としての自分を、
他人の心に残す、感じさせることで、また自分も悪くないかもしれないと感じれたのは確かに一つの救いだったか。
セイバーは強かった。どこまでも強かった。
だからこそ「待ちな」からの承太郎はどこまでも熱くかっこよかった


>何の為にこの手は
コロナちゃんも十分やれることはやってるんだけど
それでも全部ぜんぶどこまでもとやってきた彼女には何もできなかったことは辛いよな
ヅラが大人だけどこいつもそれこそやれるだけやってそれでも失ってそれでもやってきた人間だもんな


838 : serious and normal girls ◆3LWjgcR03U :2016/11/22(火) 00:24:35 zWakFckU0
投下します


839 : serious and normal girls ◆3LWjgcR03U :2016/11/22(火) 00:24:57 zWakFckU0
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





それは、ふわふわとした夢のような、夢というよりは単なる記憶のようなものだったのかもしれない。

場所はいつものラビットハウス。

チノがいて、ココアがいて、千夜とシャロがやってきて……自分がカウンターの奥からそれを見ている。

何十回も繰り返された、いつのものかもはっきりしない光景。

天々座理世は、そんな記憶の中を漂っていた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





「……」

ぼんやりと目が覚めると、土の匂いが鼻についた。
ここはどこなのだろう。自分たちは確か、旭丘分校に向かっていたはずなのではなかっただろうか。
そうだ、思い出してきた。6人で牛車に乗っていたら、途中で金髪の剣士みたいな人が襲ってきて、それで逃げようとしたら、空から――

「――っ!!」

「リゼさん!」

飛び起きた理世に、遊月が駆け寄ってきた。


840 : serious and normal girls ◆3LWjgcR03U :2016/11/22(火) 00:25:46 zWakFckU0
「大丈夫ですか? これ、飲んでください」

遊月は青のカードから缶入りの紅茶を取り出し、プルタブを開けて渡す。言われるままに口を付けると、少し濃い砂糖の味が広がっていく。
自分が気絶した前後の記憶は今一つ思い出せないが、少なくとも今の意識ははっきりしている。表面上は落ち着いた態度を見せている理世に、二人は安堵した。

「なるべく早くここを出るぞ」

自らも空き缶を握り潰しながら、承太郎が遊月に目配せする。放送は聞き逃したが、脱落者と禁止エリアの確認は既に済んでいる。
多大な犠牲を払いながらも襲撃者のうち一人、セイバーを倒した。だが、状況は油断できるものでは全くない。
ラビットハウスを出たときには6人の大所帯だった集団。それが今や2人を失い、3人と1人に分断された上、多大な疲労と手傷を負っている。
襲撃者の片割れ、纏流子は生き残っている。風見雄二が足止めに成功したものの、彼は生身の人間だ。1対1の戦闘では持ちこたえられず、早晩その骸を晒すこととなるだろう。
さらにDIOも針目縫も未だ生き残っている。この島には依然として安全地帯はなく、一人片付けたからといって安心ののできる状況ではないのだ。

「――うん」

それを理解しているからこそ、遊月も頷く。
風見雄二を放ってはおけない。最初の襲撃があった場所に一刻も早く戻り、彼を助けなければいけない。
何とか格好つけてはいるが、内心はぐちゃぐちゃだ。血を流して倒れる智乃の姿は今でも目から離れないし、るう子のことだって気にかかって仕方がない。
それでも、今すべきこと、しなければいけないことは理解していた。
所詮、数時間を過ごした程度の仲だ。雄二がどんな人間なのかは、遊月には分かろうはずもない。けれど、彼女はもう目の前で命を失いたくなかった。
自ら戦場に行かせた言峰綺礼の命が果てた。彼が逝ったときの、胸に大きな穴が空くような感覚が忘れられない。
ただの善人ではないように思えた。けれど、彼にだって大切なな人間がいたはずだ――自分にとっての香月のような。
纏流子は怖い。けれど、智乃や言峰のような犠牲が出ることのほうがもっと怖い。だから、ぐちゃぐちゃな心を押さえつけて、立つ。

こうして、せわしなく出立の時が近付く。





だが、気ぜわしくも鋭い緊張感を孕んだ二人の間の空気を、



「――ちょっと、待ってよ」



かすかに震えた、底冷えのするような声が切り裂いた。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


841 : serious and normal girls ◆3LWjgcR03U :2016/11/22(火) 00:26:20 zWakFckU0





天々座理世は、普通の少女だ。

もっとも、彼女を普通と称するのはやや語弊があるかもしれない。
モデルを依頼されたこともあるほどのプロポーション、長身、艶やかな黒髪。そうしたことを一切鼻にかけないさっぱりとした男勝りな性格と、それとは対照的なお嬢様育ち。
通う女子校ではとても人気があるし、今はもういないシャロは事実、彼女に対して恋慕に近いであろう感情を抱いていた。そうした者はほかにもいたかもしれない。
彼女を目当てにラビットハウスに訪れる客だって男女を問わず少なくないはずだ。彼女自身ががそうしたことに自覚があるかは少々怪しいものがあるが。
こうした側面を切り取ってみれば、天々座理世は普通ではない、非凡な容姿と能力を持った少女といえるだろう。

だが、一人の少女としての非凡さは、このバトル・ロワイヤルという究極の非日常に対する順応性があることを意味するわけではない。

確かに、射撃を趣味としモデルガンをいつも持ち歩き、自分専用のガンルームまで構えている点は普通とはいえないだろう。
だがそうしたことの根底にあるのは、あくまでも軍人である父親に対する尊敬と思慕の念だ。
少女は年頃になれば、父親に対しては反発することが多いという。が、反対に幼少期からの父親に対する思慕が残り続け、むしろ成長に従って強くなることもある。
理世もきっとそんな一人だったのだろう。だからこそ幼いころから今まで父親の後について、時には過激なほどの教えを受けながら射撃を身に付けてきたし、高価なワインを割ってしまったときには特別にアルバイトをして返そうとまでした。
射撃を趣味とし、たびたび軍隊のようなノリでの発言をすることもあるが、それは悪く言えばお遊びであり、事実として彼女自身もあくまでごく一般的な女の子になりたがっている。
もちろん銃を本当に人に向けることなど考えられないし、考えたくなかったはずだ。もしも彼女が同じように軍人になりたいと言い出したら、父はきっと諭すだろう。人の命を容易く奪う道具を持つことの意味を。


842 : serious and normal girls ◆3LWjgcR03U :2016/11/22(火) 00:26:55 zWakFckU0
彼女は死を自分の間近に感じたことなんてない。
スタンド使いやバーテックスや天人や賞金首や生命戦維やテロリストやグラップラーと戦ったことなどあるわけがないし、カラーギャングがうごめく夜の街に出ることなど想像の埒外だ。それどころか、スクールアイドルや麻雀や格闘技の大会を目指したりするような、些細な非日常に飛び出したこともない。
大それた望みなんて何もない。あるとすればただ、ラビットハウスでの日常だけを守りたかった。
いわば、この会場に集められた70余人。理世たちは、真の意味で非日常と縁の遠い参加者の一人だったといえるのかもしれない。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





「――ちょっと、待ってよ」



そして場面は戻る。



「どうした、天々座」

「チノは!? チノはどうしたんだ!?」

承太郎の訝しげな問いかけが終わるか終わらないかのうちに、理世が勢い込んで聞き返す。

「……」


843 : serious and normal girls ◆3LWjgcR03U :2016/11/22(火) 00:27:38 zWakFckU0
それに承太郎は一瞬顔をしかめたが、

「香風は死んだ」

しっかりと理世の目を見据えて、言い放った。

「――っ!!」

息を飲む。体の震えが止まらない。
唇を血がにじむほどに噛みしめ、メイド服の白いエプロンの裾を破れそうなほどにぎゅっと握りしめる。

そのまま沈黙が数十秒続いただろうか。
うつむいていた理世が、はっとしたように顔を上げる。

「じゃ、じゃあ、チノのした……、チノは今どこにいるんだよ?」

死体、という言葉が出かけたものの、理世は再び勢いこんで問いかける。
2人は再び目配せしあい、今度は遊月が細い声で答えた。

「チノさんは…………置いてきた。……ごめん。……4人でここまで来るのに精一杯だった……」

遊月は消え入りそうな声で、最後に再び、ごめん、と言った。

「――そんな……」

その言葉に理世は、一歩、二歩、後退する。
そのまま数秒が経過し――突然、駆けだそうとした。遊月は慌てて彼女の袖を掴む。

「待て、天々座!」


844 : serious and normal girls ◆3LWjgcR03U :2016/11/22(火) 00:28:18 zWakFckU0
「リゼさん、待ってください! まだ敵が、危な――」



「なんでそんなに冷静なんだよっ!!!」



二人の言葉を遮り、怒声が響き渡った。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





繰り返すが、天々座理世は普通の少女である。

表面には出したがらないけれどかわいらしいものが大好きで、部屋にはうさぎのぬいぐるみが飾ってあるし、普段はボーイッシュな服装ばかりしていても内心では女の子らしい服に興味津々で、今着ているメイド服を雄二から渡された時も実は心が躍っていたりしたし、
歯医者が苦手だったりするし、プールで遊んだりするときは柄にもなくテンションが上がってはしゃいだりするし、かわいい後輩たちが自分を慕ってくれたり、ラビットハウスの客が自分のことを噂していたりしたら、決して満更でもなかったりするし、
きわどい衣装を着れば顔を真っ赤にするし、部屋に黒い害虫が出てくれば大騒ぎするし、褒められれば目に見えて嬉しがるし、馴染みの小説家が仕事をやめたいと言い出したらちょっと本気で怒ったりするのが天々座理世だ。
どんなに美少女で、美人で、格好よくて、頭がよくて、優秀で、気品があって、エキセントリックで、浮世離れしていて、どんな事態にも慌てずに対処してくれそうだと思われていたとしても、
彼女は等身大の一人の女の子なのだ。


845 : serious and normal girls ◆3LWjgcR03U :2016/11/22(火) 00:28:56 zWakFckU0
バトル・ロワイヤルが始まってからもうすぐ1日。
そんな天々座理世は、必死に戦い続けてきたといっていい。
特に針目縫との戦いにおいては、銃弾を眼に的中させるという離れ業を演じてのけてもいる。たとえ訓練されたプロであっても、実戦経験が皆無であれば標的に銃弾を当てることは容易ではないのだ。
普通の少女である理世に、どうしてそのようなことができたのか。

その答えは決まっている。香風智乃をはじめとしたラビットハウスに集まる面々を守りたいという思いがあったからだ。
マスターや小説家を覗けば、理世はおなじみの面々の中では最も年長だ。もちろん射撃の腕前のこともあるし、長年の鍛錬で体力そのものも間違いなくダントツだ。
だから、こうした凄惨な場におかれたら、みんなを守りたいと思うのはごく自然なことといえるだろう。特に智乃と再開を果たしてからは、そうした思いは一層強くなったといっていい。

加えて、理世はこのバトル・ロワイヤルの参加者たちの中で、最も「守られて」いたといっていい。
開始直後に出会った風見雄二。彼は超人的な異能こそないものの、戦闘や射撃、隠密行動の経験が豊富な頼れる男であった。
その後に特に長く行動していた折原臨也と衛宮切嗣……はともかく、言峰綺礼と空条承太郎の二人も同様に頼れる男だったし、実際に恐ろしい敵を撃退してもいる。
これだけ力だがれば。ひょっとしたら、みんな守れるのではないか。そんな希望を抱いてしまったとしても、責められる者がいるだろうか。

しかし現実は甘くはない。
心愛が、紗路が、彼女の手の届かないどこかで命を落とした。
二回目の放送で彼女たちの名前が呼ばれた瞬間、理世は比喩ではなく心臓が凍り付くかと思った。怖かった。自分もあと何分か後には彼女たちと同じように、死んでしまうかもしれないということが。
なんで。どうして。本当はそう喚いて泣き叫びたかった。

けれど、懸命に耐えた。目の前に智乃がいたから。
心愛の死を知った智乃は、目に見えて力を失い、現実をしっかりと見ることができないほどに弱々しくなっていった。
彼女の前でそんな自分の怯える姿を見せたら、ますます不安にさせ、怯えさせてしまうだろうから。
……偽りの『姉』である彼女に、少しだけ嫉妬を覚えなかったといえば嘘になるだろうけれど。

いわば、特に第二回放送からあとの理世は、智乃を守ることで自分自身を守っていたともいえるだろう。
それは決して欺瞞でも偽善でもない。普通の少女である理世が極限状態で自分を保つためには、必要不可欠といってもいい行為だった。


846 : serious and normal girls ◆3LWjgcR03U :2016/11/22(火) 00:29:28 zWakFckU0
こうしたことを振り返ってみると。

天々座理世の中にある、最後の一線を保っていたものが壊れてしまったのは。
目の前で香風智乃が命を落とした、あの瞬間だったのだろう。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





「天々座!」

「リゼさん! お願いです! 落ち着いてください!」

「離せっ! 落ち着いてられるか、こんなのっ!」

空条承太郎はもちろん、戦いの中を生きる男だ。あらゆる点で覚悟ができている。
そして紅林遊月もこれまで、セレクターバトルという一種の非日常の中を生きてきたといっていい。それに加えて、彼女はこの殺し合いに放り込まれて以降、幾多の危険をやり過ごしてきた。
針目縫による監禁を抜け出した。
ジャック・ハンマーとの遭遇を回避した。
再度の針目縫による襲来を退けた。
そして、絶体絶命に思えたセイバーと纏流子による襲来をも犠牲を出しながらも退け、こうして生きながらえている。
元の世界での経験に加えてこの短時間でこれだけの経験を積めば、本人が意識せずとも異常事態への耐性が身に付いていくのは必然であった。
それに加えて、今に至るまでるう子が生きているというのも大きいだろう。

「おかしいだろ!? みんなが、チノが死んだんだぞ!」

それゆえに、噛み合わない。
激昂する理世と、落ち着かせようとする遊月と承太郎。その間に、何か取り返しのつかない、致命的な食い違いが生じつつあった。

「何でそんなに澄ました顔してるんだよっ! 泣いたって喚いたっていいだろ! 当たり前だろっ! ふざけるなよっ!」

視界がぼやけていく。理世自身、悲しみだとか、怒りだとか、何もできなかった自分に対する苛立ちだとかが入り混じって、もう自分が何を言ってるかがよく分からない。


847 : serious and normal girls ◆3LWjgcR03U :2016/11/22(火) 00:29:57 zWakFckU0
「リゼさん! チノさんだってこんなことはきっと望んでないです! だから、どうか今は――」

「うるさい! ココアの代わりのくせにチノを守れなかった人なんかに、そんなこと言われたくないっ!!」

「――っ!!!」

今度は、遊月の息が止まる番だった。

「あ、あ、わたし、その」

「その辺にしておけ」

呆然とし二の句が継げない遊月をかばうように、承太郎がなお荒い息をつく理世に話しかける。

「悪ぃが、俺たちには余裕も時間も残ってねえんだ。
 ……あんまり、手をかけさせないでくれねえか」



それが、最後の引き金だった。



「……あ」

乾いた声が響く。

「そう、なんだ。二人とも、わたしが、邪魔、なんだな」

「おい天々座、そんな――」

「もういい! 勝手にしろよっ!」

理世はそう叫ぶと、未だ混乱がおさまらない遊月に何かを投げつけた。

「きゃっ!?」

「天々座ッ!」

そして2人がはっとした時にはすでに遅く、理世の姿は2人の予想をずっと超える速さで夜の闇に消えた。

「紅林っ!」

見えなくなってしまった理世の姿に舌打ちしながら、承太郎は頬を抑えて呆然とする遊月の元に駆け寄る。


848 : serious and normal girls ◆3LWjgcR03U :2016/11/22(火) 00:30:39 zWakFckU0
「リゼさん……リゼさんが……」

譫言のように繰り返す遊月の傍らには、先ほどまで理世が持っていた紅茶の空き缶が落ちている。
まだ中身の入っていたこれを投げつけたのだ。大事がないのを確認すると、理世を追いかけようとし――しかし、低い声を上げて立ち止まってしまう。

「承太郎さん!」

悲痛な声を上げながら、今度は先ほどとは逆に遊月が承太郎に駆け寄る番だった。
今は強敵を退けたあとのいわば小休止の時間。それから準備もなく急に全力で追いかけようとしたのが災いし、傷が少し開いてしまったのだ。

「クソっ……」

毒付き、手近にあった城の壁を殴りつける承太郎。

「承太郎さん……」

遊月はそんな承太郎にかける言葉もなく、見守ることしかできなかった。



空条承太郎は、強い男だ。

それは最強のスタンドともよばれるスタープラチナを持っているという意味だけではなく、真の意味で強い男だ。
常に最適な解を選び出し、敵の隙を突く判断力。どんな絶望的な状況に置かれても屈しない精神力。後には海洋学者として活躍するほどの頭脳。
しかしそんな承太郎といえども決して完全無欠ではなく、短所といえるものは存在する。

空条承太郎は、ウットーしい女が苦手だ。

断っておくが、彼は女にもてないないわけではない。むしろ独特のいかつい風貌に惹かれる女性は数えきれないほどで、、街を歩けば彼の姿にひそかに声を立てる女性も多い。
だが異性に好かれることは、必ずしも異性の扱いが上手なことを意味しない。
例えば今こんな風に、目の前で取り乱されたり泣かれたり、あるいは現実から目を背けた言動をされたりすると、どうしてもその場で苛立ってしまう。
自分の隣に立つ女は、自分のペースに、強さに文句を言わずついてこれるような女であってほしい。

そういう意味では、天々座理世は図らずも承太郎の求めるものに合った少女であったといえるだろう。
実際、ともに過ごした時間は短いとはいえ、彼女は戦闘も含む承太郎のペースによく付いてきた。
簡単には折れない強い女。それが無意識に感じていた、天々座理世という少女に対する承太郎の印象だったといえる。傍目には信じがたいが同年代の二人でもあり、こんな状況でなかったらより強固な絆を築けていたのかもしれない。
それに加えて、一条蛍が同様に近しい者の死から立ち直ることのできたのを見ていたことも、この場では良くない方向に作用してしまったのかもしれない。
理世よりも幼い彼女が立ち直れたのだから、理世だってきっと大丈夫。そんな思い込みがあったのは、否定することはできないだろう。
だからこそ、彼女が先ほどのように取り乱し、あまつさえ逃げ去ったことは、承太郎にとっては少なくない動揺を与えていた。かけるべき言葉を失した。


849 : serious and normal girls ◆3LWjgcR03U :2016/11/22(火) 00:31:13 zWakFckU0
もしも彼らの仲間がここにいれば。
ジョセフ・ジョースターならば、その経験と知恵で彼女を立ち直らせてみせただろう。
花京院典明やジャン・ピエール・ポルナレフならば、傷付き迷う彼女をエスコートしてみせただろう。
アヴドゥルならば、タロットカードなどを取り出しつつ占い師として彼女を導いてみせただろう。
イギーならば、飛びかかって彼女が笑い出すまで顔を舐めまわし、暗く重い雰囲気をぶち壊してみせただろう。
しかし、彼らはここにはいない。
三人の間の致命的な食い違いが招いたこの状況は、自分の力で何とかしなければならない。



遊月は声を押し殺して泣いていた。
チノが死んだ。言峰が死んだ。信じられると思っていたリゼまで行ってしまった。
ついさっきまで自分の周りには5人もの仲間がいてくれたのに、ここにいるのはぼろぼろになった二人だけ。
どうして、こんなことになってしまったのだろう。大切な人を、大切なものを守りたいという思いは同じだったはずなのに、どうしてこんなにも食い違ってしまったのだろう。

『ココアの代わりのくせにチノを守れなかった人なんかに、そんなこと言われたくないっ!!』

頭の中では、リゼの言葉が渦巻いていた。
チノの姉のふりをしながら、自分はいったい何をやっていたのだろう。
あのとき自分が前に出てかばっていれば。そもそも自分が知りもしないココアのふりなどしていなければ……
今の自分をるう子が、一衣が、香月が見たら、どう思うのだろう。とめどない後悔が頭の中で渦巻き、どこまでも消えてくれない。現実逃避の代償はあまりにも重く冷たく、容赦がなかった。

涙が止まらない遊月の頭に、不意に大きな手が乗せられた。

「紅林、お前は天々座を追ってくれ」

「え……」

「俺は風見に加勢しに行く。全部終わったらまたこの城に来てくれ。……今の俺じゃ天々座を説得なんてできねえし、何よりもう時間がねえ」

その言葉に遊月は、迷った。理世がああなってしまったのは、自分のせいだ。だからもう一度謝って、説得して、戻ってきたい。
けれど、今の承太郎を再び一人で戦場に立たせるのも、同じくらい怖かった。傷を負いすぎているし、何より今まで感じられなかった、焦りのような感情が浮かんできているのがはっきりとわかる。

「頼む。……このままじゃ、言峰の死が無駄になっちまう」

怖かった。
二人の命を左右しかねない重大な決断が、まだ中学生に過ぎない自分の肩に乗せられている。紅林遊月はそれがどうしようもなく怖かった。
しかし、ここは一秒でも早く決断を下さなければいけない場面だった。


「――……あ、私、は――」


850 : serious and normal girls ◆3LWjgcR03U :2016/11/22(火) 00:31:56 zWakFckU0




【G-4城周辺/路上/夜中】

【空条承太郎@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
[状態]:ダメージ(大)、疲労(大)、精神的疲労(小)、胸に刀傷(中、処置済)、全身に小さな切り傷、左腕・左肩に裂傷(処置済み)、出血(大)、強い決意、焦り(中)
[服装]:普段通り
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(37/38)、青カード(35/37)、噛み煙草(現地調達品)、不明支給品0〜1(言峰の分)、各種雑貨(ショッピングモールで調達)、不明支給品0〜2(ポルナレフの分)、スパウザー@銀魂、不明支給品2枚(ことりの分、確認済み)、雄二のメモ、約束された勝利の剣@Fate/Zero、レッドアンビジョン(花代のカードデッキ)@selector infected WIXOSS、キュプリオトの剣@Fate/zero
[思考・行動]
基本方針:脱出狙い。DIOも倒す。
   0:理世はいったん遊月に任せ、風見の下へ向かいたいが……
   1:回収した支給品の配分は、諸々の戦闘が片付いてから考える。
[備考]
※少なくともホル・ホースの名前を知った後から参戦。
※折原臨也、一条蛍、香風智乃、衛宮切嗣、天々座理世、風見雄二、言峰綺礼と情報交換しました(蟇郡苛とはまだ詳しい情報交換をしていません)
※龍(バハムート)を繭のスタンドかもしれないと考えています。
※風見雄二から、歴史上の「ジル・ド・レェ」についての知識を得ました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。
※越谷小鞠を殺害した人物と、ゲームセンター付近を破壊した人物は別人であるという仮説を立てました。また、少なくともDIOは真犯人でないと確信しました。
※第三放送を聞いていませんが、脱落者と禁止エリアは確認しています。


【紅林遊月@selector infected WIXOSS】
[状態]:口元に縫い合わされた跡、疲労(中)、精神的疲労(大)、リゼの言葉に対する動揺(大)
[服装]:天々座理世の喫茶店の制服(現地調達)
[装備]:超硬化生命繊維の付け爪@キルラキル
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(18/20)、青カード(17/20)
黒カード:ブルーアプリ(ピルルクのカードデッキ)@selector infected WIXOSS
[思考・行動]
基本方針:叶えたい願いはあるけれど、殺し合いはしたくない
   0:冷静にならなきゃ……!
   1:どうしよう、どうしよう、どうしよう……!
[備考]
※参戦時期は「selector infected WIXOSS」の8話、夢幻少女になる以前です
※香風智乃、風見雄二、言峰綺礼と情報交換をしました。
※ピルルクの「ピーピング・アナライズ」は(何らかの魔力供給を受けない限り)チャージするのに3時間かかります。
※チノの『演技』に気付きましたが、誰にも話すつもりはありません。
※チノへの好感情、依存心は徐々に強まりつつあります
※第三放送を聞いていませんが、脱落者と禁止エリアは確認しています。


851 : serious and normal girls ◆3LWjgcR03U :2016/11/22(火) 00:32:31 zWakFckU0






時間は遡る。コシュタ・バワーを操り、ラビットハウスを目指す平和島静雄の姿が路上にあった。

彼は慣れ始めたと思ったはずの運転に苦戦していた。
これは当然といえる。今は夕方に近づきはじめた時間帯だ。薄暮の時間帯は最も注意力が散漫になり、事故が増えるという。運転に慣れたドライバーであっても、注意しなければいけない時間だ。
まして、静雄はペーパードライバーですらなく、ハンドルをまともに握ったことすらない全くの素人だ。闇が濃くなっていくにつれ、徐々にその走りはのろのろと遅くなっていく。
加えて、これはコシュタ・バワーに特有のことだが――この車にはライトがないのだ。おまけに、主催者の嫌がらせのように街灯もまばらときている。
こんな代物蟇郡はどうやって運転していたんだ、こりゃあもう車を使わずに歩いちまった方がいいか――苛立ちつつもそんなことを考え始めていた。

助手席の少女、一条蛍は、必死に運転に集中する静雄を気遣いながら、夕暮れに染まっていく空を時折見上げていた。
雲の上に、月が見え始めている。あそこで輝いているのは学校で習った一番星、金星なのだろうか。
それは綺麗だった。殺し合いの最中だというのに、吸い込まれるような錯覚を覚えた。――まるで自分の帰る場所の空のようだと、蛍は思った。



『今晩は。三回目の定時放送の時間よ』



びくりと体が跳ねる。まさにそう思った時、放送が始まったのだ。

「平和島さん……!」

「ああ」

二人は目配せしあう。やがてブレーキがかかり、車がゆっくりと止まる。
完全に止まる頃には、放送はすでに死者の発表に入っていた。

【衛宮切嗣】

二人の知る名前、今は分校で骸を晒している男の名前が読み上げられた。
エルドラの話では、正義の味方と呼ばれたことに怒りを覚えていたという彼。疑念だけを汚れのように残し、一人で勝手に逝った彼。

(……結局あんたは、何がしたかったってんだよ……?)

【東條希】


852 : serious and normal girls ◆3LWjgcR03U :2016/11/22(火) 00:33:53 zWakFckU0
だが、それを考える間もなく、次なる知る名前が読み上げられる。
彼女がどこでどのような結末を向けたのか……それには、静雄はあまり興味は持てなかった。ただ、彼女が自身を殺そうとしたことを、蛍が知らずにいればそれでいい。
そして、最後にある一つの名前が読み上げられる。

【香風智乃】

「えっ……」

読み上げられた瞬間、蛍の体が硬直した。

「うそ……」

チノが死んだ。
安心できる相手だった。元の世界に帰ることを誓い合って、一緒に眠った彼女が死んだ。
本当なら今頃、あのラビットハウスで一緒にココアを飲んでいるはずだった彼女が死んだ。

「あ、あ、わたし……」

「ホタルちゃん!」

静雄は身を挺し、震える彼女をかばう。彼には香風智乃がどんな少女だったのかは分からないし、蛍との仲など知らない。
けれども、静雄はこうしてショックを受けている少女を見放しておけるような男では断じてない。

どれほどそうしていただろうか。

「大丈夫、です……」

震えが収まり、そっと静雄の肩に掌を押し付ける。

「行きましょう、平和島さん」

そのころにはもう、周囲はさらに暗さが増していた。
記憶が確かならば、彼女の傍には風見雄二と、天々座理世がついていたはずだ。彼らに何があったのだろう。とても心配だった。

「ごめんなさい……」

必死に平静を保っていたが、蛍の心中はぐちゃぐちゃだ。顔の何筋もの涙の後を、もう濡れてしまった袖でぬぐう。

「わたし、間に合わなかった……っ、間に合わなくて、ごめんなさい、チノさん」

蛍は顔を上げる。その悲痛な様子に、静雄の苛立ちはますます強くなった。

(クソッ……)


853 : serious and normal girls ◆3LWjgcR03U :2016/11/22(火) 00:34:36 zWakFckU0

怒りと、繭への殺意を必死に押し隠しながら、ごまかすようにため息をつく。
思えばこの殺し合いが始まってこのかた、小鞠といいあの金髪の少女といい、犠牲になるのは幼い少女ばかりだ。殺し合いなんていうのは、自分やあのノミ蟲のようなクズだけでやりあっていればいい。
なぜ何の罪もない子供たちが死ななければいけないのか。そんな思いを何とか押さえつけて、エンジンを踏み込もうとし――

「……暗いな」

周囲がすでに真っ暗といえるほどの暗さになっていることに、静雄は初めて気が付いた。

「なあ、ホタルちゃん」

二人の視線が合う。

「……歩くか」





*





どれほど歩いたのだろう。季節はなぜかよく分からないが、蛍には夜の風は嫌に冷たく感じられた。青のカードから出した温かい飲み物で、二人は時折体を温める。
二人の間には相変わらず、ろくな会話もない。先ほどかばってくれたことからも分かるように、一応の信頼関係のようなものはできているものの、共通の話題のとっかかりが見つからないのだ。
ふと、小鞠との思い出――大切な思い出のことが頭をよぎった。あの時もこんなふうに、星空の下を二人で歩いた。その記憶が、チノを失った悲しみが未だ癒えない自分の心を少しだけ慰めてくれている気がした。

「あの〜お二人さん、ちょっといいですかね〜……?」

急に響いた二人のどちらのものでもない声に、蛍の体が再び跳ねた。

「……何だよ」

「あっちの方角から、かなり濃い魔力を感じまして、一応教えておこうかと」

声の主はブルーリクエストのデッキ――エルドラのものであった。彼女は言った通り、周囲からルリグの魔力の探索を行っていたのだ。

「あっちって、一体どっちだよそりゃ」

「ええと、ちょうど進行方向の……たぶん、東の山のほうですね」

「……ルリグ? だったか、そいつの気配なのか」

「うーん、ルリグの気配はよくわからないですね……ただ膨大な魔力が弾けてるっていうか、そういうのを感じます」

その言葉に二人のの視線が合う。
ラビットハウスは9時からの禁止エリアに指定された。そこにいた面々は移動するはず。その時彼らが向かう候補は、蛍と臨也が向かった分校が真っ先に上がるだろう。
だから、こちらもラビットハウスを目指して自然と鉢合わせの形になるだろう。今の二人はそういう考えで動いていた。
二人には魔力云々というのは分からないが、とにかくそこが危険ということは分かる。

「気をつけようか、ホタルちゃん」

二人は再び歩き出す。



そのまま、地図上では「H-4」の路上に入ったころだろうか。何かの気配を感じ、二人の間にはまたしても緊張が走った。
気配はちょうど、問題の城の方角から漂ってきた。しかし、敵意は感じられない。むしろ怯えているような、焦っているような気配が伝わってくる。

「……おい」


854 : serious and normal girls ◆3LWjgcR03U :2016/11/22(火) 00:35:12 zWakFckU0

軽く静雄がそちらに向かって声をかけると、ガサリという音とともに気配の主の姿が一瞬見えた。

「えっ……リゼさん!?」

かすかに見えたその姿に、驚いたことに蛍の反応があった。自分と同じくらいの長身にメイド服。共に過ごした時間はわずかだったが、その姿は見間違えるはずがなく、ラビットハウスであった少女――天々座理世のものであった。

「待ってください、リゼさん!」

声をかけるも、あっという間に走り去ってしまった。ちょうど山沿いに、自分たちの進行方向と同じくラビットハウスのほうを目指しているようだ。

「知り合いかよ!?」

「はい、リゼさん……ラビットハウスで会った人です」

どうすべきか。彼女を追うべきか。それとも、問題の城の方へ向かうべきか。
ラビットハウスで待っていると言ったはずの彼女が、どうして一人でこんな場所にいるのか。やはり何かがあったのか。
それに加えて。静雄は自分がこれから進む方向だったはずの、「H-5」方面の路上を見やる。
蛍はまだ気付いていないが、不自然に明るい光が、いびつな形に点滅していた。それはバンの四人組の一人が使う炎を連想するまでもなく、明らかに火事だった。

どうすべきか。敵が待つかもしれない城へ向かえばいいのか、それとも理世を追って話を聞くべきか。しかし、そちらにも敵は待ち構えているかもしれないのだ。



二人は同じような胸騒ぎがした。嫌な予感に包まれていた。どちらに進んでも悲劇が待っているような、そんな予感が。



【G-4とH-4の境界付近/夜中】


【平和島静雄@デュラララ!!】
[状態]:東條希への苛立ち、全身にダメージ(中)、疲労(小) 、やり場のない怒り(小)
[服装]:バーテン服、グラサン
[装備]:
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(6/10)
    衛宮切嗣とランサーの白カード
    黒カード:縛斬・餓虎@キルラキル、 コルト・ガバメント@現実、軍用手榴弾×2@現実、コシュタ・バワー@デュラララ!!、不明支給品0〜1(本人確認済み)
[思考・行動]
基本方針:あの女(繭)を殺す
  0:蛍を守りたい。強くなりたい。
  1:理世が出てきた方向(城)へ向かうか、このまま理世を追いながらラビットハウス方面へ向かうか?
  2:小湊るう子と紅林遊月を保護する。
  3:テレビの男(キャスター)とあの女ども(東郷、ウリス)をブチのめす。
  4:1と2を解決できたら蟇郡を弔う。
  5:余裕があれば衛宮切嗣とランサーの遺体、東條希の事を協力者に伝える。

[備考]
※一条蛍、越谷小鞠と情報交換しました。
※エルドラから小湊るう子、紅林遊月、蒼井晶、浦添伊緒奈、繭、セレクターバトルについての情報を得ました。
※東條希の事を一条蛍にはまだ話していません。
※D-4沿岸で蒼井晶の遺体を簡単にですが埋葬しました。
※D-4の研究室内で折原臨也の死体との近くに彼の不明支給品0〜1枚が放置されています。
※衛宮切嗣、ランサーの遺体を校舎近くの草むらに安置しました。
 影響はありませんが両者の遺体からは差異はあれど魔力が残留しています。
※校庭に土方十四郎の遺体を埋葬しました。
※H-4での火災に気付いています。


855 : serious and normal girls ◆3LWjgcR03U :2016/11/22(火) 00:35:49 zWakFckU0


【一条蛍@のんのんびより】
[状態]:全身にダメージ(小)、精神的疲労(中)、静雄に対する負い目と恐怖(微)
[服装]:普段通り
[装備]:ブルーリクエスト(エルドラのデッキ)@selector infected WIXOSS
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(7/10)、青カード(9/10)
    黒カード:フルール・ド・ラパンの制服@ご注文はうさぎですか?、カッターナイフ@グリザイアの果実シリーズ、
    ジャスタウェイ@銀魂、越谷小鞠の白カード 折原臨也のスマートフォン
    蝙蝠の使い魔@Fate/Zero、ボゼの仮面咲-Saki- 全国編、赤マルジャンプ@銀魂、ジャスタウェイ×1@銀魂、
    越谷小鞠の不明支給品(刀剣や銃の類ではない)、筆記具と紙数枚+裁縫道具@現地調達品
[思考・行動]
基本方針:れんちゃんと合流したいです。
   1:リゼさん……何があったんだろう。
   2:何があっても、誰も殺したくない。
   3:余裕ができたら旭丘分校へ行き、れんちゃんを待つ
[備考]
※旭丘分校のどこかに蛍がれんげにあてた手紙があります。内容は後続の書き手さんにお任せします。
※セレクターバトルに関する情報を得ました。ゲームのルールを覚えている最中です。
※空条承太郎、香風智乃、折原臨也、風見雄二、天々座理世、衛宮切嗣、平和島静雄、エルドラと情報交換しました。
※『越谷小毬殺人事件の真犯人はDIOである』という臨也の推理(大嘘)を聞きました。現状他の参加者に伝える気はありません。
※衛宮切嗣が犯人である可能性に思い至りました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。

※エルドラの参加時期は二期でちよりと別れる少し前です。平和島静雄、一条蛍と情報交換しました。
 ルリグの気配以外にも、魔力や微弱ながらも魂入りの白カードを察知できるようです。
 黒カード状態のルリグを察知できるかどうかは不明です。





「はぁ、はぁ……」

少女は走っていた。何かから、自分の罪から逃れるかのように走っていた。

(蛍、ちゃん……)

一瞬だったが、見覚えがある顔だった。というより、当初は彼女を救出するために分校に向かっていたはずではなかったのか。そんなことがもう、遥か遠い昔に思える。
ただ怖かった。彼女と会ったら、何があったのか全部話さなければいけない。それは事実も自分の無力さも、何もかも直視し、認めることに他ならないから。

(帰り、たい……)

ラビットハウス。日常の象徴。みんなの、自分の宝物。ふわふわとした夢に浸っていられる場所。今はただ、そこに帰りたい。
そこがもはや禁止エリアと化したことにも気付かず、彼女が思うのはただそれだけだった。



【G-5/夜中】

【天々座理世@ご注文はうさぎですか?】
[状態]:現実逃避、疲労(極大)、精神的疲労(極大)
[服装]:メイド服・暴徒鎮圧用「アサルト」@グリザイアの果実シリーズ
[装備]:
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(10/10)
    黒カード:不明支給品0枚
[思考・行動]
基本方針:ゲームからの脱出
   0:ラビットハウスに帰りたい。
[備考]
※参戦時期は10羽以前。
※折原臨也、衛宮切嗣、蟇郡苛、空条承太郎、一条蛍、香風智乃、紅林遊月、言峰綺礼と情報交換しました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。
※『越谷小毬殺人事件の真犯人はDIOである』という臨也の推理(大嘘)を聞きました。必要に応じて他の参加者にも伝える可能性があります。
※第三放送を聞いていません。


856 : serious and normal girls ◆3LWjgcR03U :2016/11/22(火) 00:36:13 zWakFckU0
投下終わります


857 : ◆3LWjgcR03U :2016/11/22(火) 01:26:11 zWakFckU0
すみません、遊月と承太郎の放送確認に対する反応が抜けていたので後ほど加筆して修正スレに書き込みます


858 : 名無しさん :2016/11/22(火) 18:44:25 tMeugi3g0



859 : 名無しさん :2016/11/23(水) 12:47:18 WRQwPUGE0
投下乙です
そりゃリゼちゃんは爆発するよなー・・・雄二あたりのフォロー役が居てくれればどうにかなったんだろうけど
しかしラビットハウスが禁止エリアになってることも千夜が既に死んで独りになってることもまだ知らないってのが


860 : ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 15:14:38 hP.CBQc60
遊月、リゼ、静雄、蛍、投下します


861 : 少女/芝居と師弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 15:15:07 hP.CBQc60


どこから、変わったの?

信じてたもの、迷子になった。


🐇  🐇  🐇


闇の中でウサギを追いかける、アリスのように。
紅林遊月は、山の中で息をきらせていた。
草いきれが足を擦るのも構わず、駆け下りていた。
白カードの点灯だけを頼りに、天々座理世を探し求めて走っていた。

「まっすぐ、まっすぐ……」

己に言い聞かせるように繰り返しながら、斜面に時折足を取られながらも、走っていた。
まっすぐ追いつけ、まっすぐ急げ、と。
ときどき、白カードの機能をライトからマップへと切り替えて、ラビットハウスに『まっすぐ』進めているかを確認する。
リゼが向かうとしたら、動転したまま戻りたくなるとしたら、あるいはそこではないかと直感しているがゆえに。
そして本当にそうだった場合、ラビットハウスのあるG-7が禁止エリアになる前に、理世を連れ戻すために。
そして、余計な事を考えるとわいてくる、不安や恐怖を振り払うために。

「あぶっ」

まっすぐを続けていれば、いずれはぶつかる。
通せんぼするように伸びていた木の枝のせいで、顔に木の葉がたくさんついてしまった。苦い。
流石に止まる。口のあたりに付いた葉をぺっと吐きだし、顔をぬぐう。
効率が悪そうなことをしている気がする。これで理世が見つからなかったらどうしよう、と思う。

――まっすぐすぎるのも困りものです。

チノの呆れたようなため息を、思い出した。
心臓のあたりがズキリと傷んだ。

どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
なんでこんなことをやってるんだろう。
なんで、自信なんか無いのに、できるかも分からないことをやろうとしてるんだろう。

「……でも、今はこれしかできないから」

ラビットハウスの方角。
禁止エリアぎりぎりまでそこを探してみて空振りだったならば、他にアテなんて残っていない。
すごすごと城に引き返して、何もできなかったと承太郎に報告する羽目になるか、

もしかしたら、最悪は承太郎と雄二までもが戻ってこないなんてことも――
――その可能性は、考えないことにした。

そうならないために、少しでも承太郎の負担を減らして、風見雄二を助けられるようにするために。
その為にも、まっすぐ走ってきたのだから。
承太郎に向かって『私がリゼさんを連れ戻す』と大見得をきるような返事をしてみせた理由には、それもあったはずなのだから。

左手の白カードから、地図をよくよく確認する。
右手の方に持っていた二枚の黒カードを、ぎゅっと強く握りしめる。
それは、承太郎と別れる際に、『そう言えばお前は丸腰だったな』と手渡されたものだった。
時間の余裕がない中で、せめてもの激励代わりという意味もあったのかもしれない。
黒カードから表示される説明書きもあらかじめ読まされている。


862 : 少女/芝居と師弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 15:16:13 hP.CBQc60

一つは、遊月の片手にも収まってしまう大きさの、黒い円筒形の筒。
M84スタングレネード。
映画やドラマでも、同じようなものを見たことがある。
ようするに、危険人物の前に放り投げて、眼が眩むほどの閃光と轟音で行動不能になったところを取り押さえるなり逃げるなりするための、人が死なない爆弾だ。
針目縫や纏流子のような遊月では戦おうとするだけ自殺行為になるようなバケモノもいることを考えると、ほとんど後者の為だけに使った方がいいだろう。
――銃弾を撃たれてもすぐに回復するようなバケモノに、スタングレネードがどこまで通用するかは別としても。
もう一つは、『なるべくなら使わねぇ方がいい』と言い渡されて預かった武器だ。
そう、使いようによっては人を殺せる『武器』だ。
走り出す前に一度カードから取り出してみたが、手にずっすりとした重みが伝わる黒くて分かりやすいフォルムは、れっきとした実銃のそれだった。
トンプソン・コンテンダーと呼ばれるその銃器は、連射が効かない代わりに、威嚇の拳銃弾から狙撃のライフル弾まで、口径を嵌めなおすことでたいていの弾丸を撃つことができるという変わりモノの銃らしい。
とはいえ、連射が効く方が実戦の使用に堪えることは間違いなく、その上に弾丸にもよるだろうが、反動はたいそうキツイ。
『それでも』と渡したのは、承太郎の手元にあったカードの中で一般人でも使える武器がその二品しかなかったこと、
そして、天々座理世と再会した後を見越してのことだろう。
『基本的には使うな、重いお守りだと思っておけ』、
『天々座が落ち着いてふたりで城に戻ったら、天々座に渡しておけ』、
『ただし、天々座が落ち着いたと確信できるまでは、決して使わせるな』と。

たしかに、どうにかリゼを落ち着かせたとして、その後にふたりきりで無事に城まで戻って、承太郎たちの帰還まで留守を守らねばならないのに、
二人とも武器らしい武器無しのままでいるのは、『誰か悪意をもった奴に鉢合わせしたら、そのまま殺されろ』と言うようなものだ。
むしろずっと武器らしい武器を持たずに(ルリグカードで人の秘密を暴いたり、爪に仕込まれた刃物で拘束を解いたりはしたが)、一日を生き延びてきた今までの方がおかしかったのだ。
よく生き延びてこれたなぁ私、と。
喜んだり呆れたりするよりも、とにかく驚いた。
悪運だけはあったことを自覚させてくれた承太郎に、ひそかに感謝した。

とはいえ、『そんな遊月に、なぜ承太郎が今さらのように(チノや蛍たちには爆弾を与えたりしたのに)武器を与えたのか』は遊月自身も知らない話になる。
そして、だいぶ以前まで時間をさかのぼって、少し長々と説明しなければならない。

まず、この二つの武器は空条承太郎に支給されたアイテムではない。
元は、J・P・ポルナレフの支給品だったものだ。
ポルナレフはもとより銃火器よりスタンドの方によほど武器としての信頼を置いていたし、第一放送前から東條希を監視下においていた都合があった。
殺し合いに乗っていた希の目の前で、拳銃や榴弾のように見えるものをチラつかせて『あれを盗めばまた不意打ちができるかもしれない』と思われるのも不都合だったので、それらは黒カードに死蔵されたままになっており、承太郎の手に渡ることになったのだ。
そして、本来の承太郎に支給された道具は三種類あった。

第一放送前に紅林遊月に譲渡され、最終的には言峰綺礼によって使い切られた『令呪三画』。
そして、香風智乃と一条蛍の目の前で『支給品を確認しておきたい』と言いながら確認してみせた『フルール・ド・ラパンの制服』と『ジャスタウェイ(爆弾)』。

しかし、問題となるのはこの三つの支給品を確認した時点のことだ。
この時、承太郎は判断ミスと思われても仕方ないかのようなふるまいをしている。
彼は遊月に自らの令呪を譲渡した『後で』、チノと蛍にも呼び掛けて支給品の確認をしているのだ。
この時に、一見すると人形のようにしか見えないジャスタウェイをチノと蛍が勘違いから捨てようとして、承太郎が爆弾であることをスタープラチナで確かめる一幕もある。
つまり、承太郎は三種類全てを確かめることなく、一つ目の黒カードから出てきた支給品をそのまま遊月に渡してしまったことになるのだ。
結果的に、その令呪は『遊月の姿に化けて現れた針目縫にカマをかけて、偽物だとボロを出させる』という役立ち方をしたのだが、いつも冷静な承太郎にしては雑な行動だ。
未だ確認していない残り二つの支給品が、令呪よりもよほど使い勝手が良く、かつ遊月の身を守るのに適したアイテムだったかもしれないのに。
(事実、承太郎はジャスタウェイのことを確かめるや、チノと蛍の二人には『身を守る役に立つだろう』と言ってそれらを渡している)


863 : 少女/芝居と師弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 15:17:33 hP.CBQc60

なぜ、このようなことをしたのか。
その理由は、たった一つ、とてもシンプルだ。
彼は、実のところチノと蛍に呼びかけるよりもずっと以前、それこそ最初に折原臨也と一条蛍に出会う直前に、とっくに支給品の確認を終えていたのだ。
ジャスタウェイに対して、『まるで初めてそれが爆弾だと気づいたかのようなふるまい』をしたのは、ちょっとしたパフォーマンスである。
いくら『殺人事件』を経て『この会場には殺人者がいる』という危機感を持っているとはいえ、女子小学生や女子中学生に、扱いを間違えれば自爆しかねない爆弾を持たせておくのはあまりにも危なっかしい。
『これはふざけたデザインの人形にしか見えないが、爆弾だから扱いには気を付けろ』と言い聞かせて持たせておくよりも、
『ややっ、調べてみたらコイツは爆弾じゃないか!』という風に披露した方が、蛍たちには『気を付けろ』と伝わると狙ってのことだ。
承太郎は女の子と会話することが苦手だが、同時にふざけ心も持ち合わせた男子高校生でもある。
旅の仲間たちの前で、『火のついたタバコを五本口の中に入れて、中の火を消さずにジュースを飲んでみせるかくし芸』を披露するぐらいには悪ふざけもするのだ。
つまり、幼い少女達を茶番劇で慌てさせたに過ぎなかった。

そして、遊月に対してはジャスタウェイではなく令呪の方を渡すべきだと判断したから、そうした。
最初に紅林遊月と出会った時点では、敢えて武器を渡さなかった。
すでに『殺人事件』を経て大切な人を失っていた一条蛍や、悲しむ一条蛍を目の当たりにしたことでそれなりの危機感を持っていた香風智乃とは違って、
その時点の紅林遊月は、まだ考えが浅いように見えた。
友好的な振りをして襲ってくるかもしれない参加者がいると頭では分かっていても、
『そんな相手に遭遇したら、自分に何ができるのか』というレベルにまでは、考えがおよんでいないように見えた。
そうでなくとも分かりやすく直情径行型である遊月に爆弾を手渡したりすれば、下手に『こちらには爆弾があるんだ』と選択肢を増やしてしまったことで、却って身を危うくする結果になるかもしれないと、そう配慮した。
その点、令呪ならば『魔力によって身体能力を強化して逃走』という選択肢を選ぶこともできる。
結果的には、黒カードに書かれていた効果の説明がやや分かりにくかったこともあり使用する機会に恵まれてこなかったのだが、しかしそのおかげでセイバーを打倒する一助にはなった――話を戻す。

かつては渡さなかった『使わない方がいい自衛の手段』を譲ってまで遊月を一人きり送り出したのは、それだけ承太郎にとっても苦渋の頼みだったことを意味していた。
彼がそんな風に、裏であれこれと考えていたことを遊月はもちろん知らない。

知らないけれど。
針目縫やセイバー、『きりゅういんさつきさん』と呼ばれていた白服の少女のような人外達と、言峰達が交戦するのをずっと見てきたなりに。
承太郎という男が、言いようは冷淡だけれど決して冷徹では無いことを察してきたなりに。
拳銃という武器を渡された重みを、ここに至っても理解できないほど、バカなままでは無いつもりだった。


864 : 少女/芝居と師弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 15:19:29 hP.CBQc60

「リゼさんは要らなくなんか無いよ……」

少なくともリゼは、あの針目縫に対してこの武器を撃ってみせたのだ。
どんな言葉をかければいいのかはまだ分からないけれど、それだけは確信していた。
だから彼女は、すぐに走り出す。
まっすぐ、まっすぐ。


🐇  🐇  🐇


ぴょこぴょこと、森の中の根っこや植物をウサギが跳ねるように飛び越えて、進んでいた。
猟犬から逃げるウサギのように、意地になって逃げていた。
きっと悪いのは自分で、正論を言ったのは承太郎と遊月の方なのだろうとは、たぶん分かっていた。
傷つけてしまったという、後悔もあった。

――ココアの代わりのくせにチノを守れなかった人なんかに、そんなこと言われたくないっ!!

そんなこと言う権利なんかないのは、自分の方だ。
ずっとラビットハウスで一緒にいたのに、ココアの代わりができなかったのは自分なのに。
遊月にココアの代わりをさせていたのは、風見雄二と――天々座理世自身も、お願いしてのことなのに。

「リゼさん!!」

そのまっすぐな、硬い声に。
だから、呼び止められたくなかった。
なんで今さら、と言いたくなったし。
ごめんなさい、とも言わなきゃいけなかった。
すぐに、足を速めて離れようとした。
今はとにかく、目指すのはラビットハウスだった。
そこに行けば――少なくともラビットハウスというお店は、まだ失われていない。
まだ失っていないものがあれば、私は、

「行っちゃだめだリゼさん! そっちは――ラビットハウスの周りは、禁止エリアになったんだよ!」

さっきよりも近くから、声が聞こえてきた。

ラビットハウスが禁止エリアになった――本当?
最後の逃げ場までも封じるかのような新情報に、ぞくりとした。
そんなの嫌だ、さっき旅立ったばかりの店なのに、もう戻れないなんてずるいじゃないか。
――もしかしたら、リゼを止まらせるための嘘かもしれない。
なにせ、さっきは『あんまり、手をかけさせないでくれねえか』とか言ってたぐらいだ。
手っ取り早く言うことを聞かせるためなら、それぐらいの嘘も方便にするかもしれない。
それに本当だったとしても、あれだけ酷い決別をしてしまった以上、お城には戻れないし。ラビットハウス以外に今のリゼがいられる場所なんて無いのだし。
そう、それに千夜だって、到着がずっと遅れていただけで、もしかすると合流するために店を目指していて、近くまで来ていたかもしれないし。
もし本当に千夜に会えたら『チノを守れなかった』ことを告白しなければならないけど――今、それは考えたくない。
そんな風に『ラビットハウスに戻る理由をこじつけて探している』ことを自覚しないまま、リゼはまたも声の主を避けることにした。
声は背中から呼び止めるのではなく、進行方向に回り込むように――横手の斜面になっている上の方から聞こえてきた。
だから自分も西では無く南へ、斜面をすべり降りるように進路を変えようとして、


865 : 少女/芝居と師弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 15:21:02 hP.CBQc60

「風見さんが、まだ戦ってるかもしれないんだよ!
 リゼさんが死んだら、風見さんや言峰さんが戦ったのが無駄になる!」

三度目の声はもっと大きく、きっと振り向いてライトを剥ければ見える距離から聞こえた。

足が、止まった。
一瞬、まだ戦ってる、どうして、みんな城にいたのに、と思った。

声の主――紅林遊月は息せき切って駆け下りてくる。
右手にはライト代わりの白カード。
左手には、武器のように、お守りのように握りしめた、黒カード二枚。

険しい顔で捕まえようと迫って来る少女の手に、黒カードが二枚。
びくりと体を硬直させ、カードを凝視するリゼの姿に、遊月もいちどその足を止めた。

「いや、これは違うから……護身用だから」

しばらく迷った素振りを見せたあと、ゆっくりと黒カード二枚を地面に置く。
護身用の武器を捨てたりして、それをリゼに奪われたりしたらどうするつもりなのか。
それとも紅茶を投げつけられた時のように攻撃される意思はないと、リゼのとっさの怯えようを見てそう判断したのかもしれない。
そんな分析が終わった後になって、遊月が叫んだ言葉の意味が、改めて頭に入ってきた。

風見さん――そうだ、あのお城で目覚めた時、チノはいなかったし、承太郎と遊月はいたけれど――風見雄二も、いなかった。そして、言峰綺礼も、いなかった。

風見雄二――この殺し合いが始まった直後からずっと行動を共にしている、心愛や智乃たちをのぞけば、付き合いが一番長いパートナー。
『自分のためには引き金を引けなくても構わない。だが、他人のためなら迷わず引き金を引けるようになれ』と、言ってくれた人。
言峰綺礼――言葉は少なく、人となりを知るには取っつきにくい人だったけれど、ラビットハウスや自分達を守るために、針目縫や金髪の剣士と戦ってくれた、間違いなく恩人にあたる人。

そう、二人は、『チノと同じように、あの場にいなかった』のだ。
それが意味するのは、つまり、

「まだ戦ってるって、どういうことだ? なんで――」

その先は聞けなかった。
なんで――なんで二人は、さっき、いなかったんだ。
そう問いかけても、『別行動しているけど、二人とも無事だから安心して』なんて答えてもらえるはずなかったから。
そして、結果はやはり。


866 : 少女/芝居と師弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 15:23:10 hP.CBQc60
「承太郎さんと三人で、あのバケモノ女二人を相手にして。
金髪の女の人は、言峰さんと承太郎さんの二人がかりで倒した……って承太郎さんが言ってたけど、言峰さんは帰って来なかった」

死んだ、という言い方を遊月はしなかった。おそらく、少しでも言葉を選ぼうとしたのだろう。
さっきチノの死を告げられた自分は、そのせいで逆ギレしたのだから。
でも、まぎれもなく『死んだ』という意味であることは、声音と表情から分かった。

「風見さんは、白い服を着た女の方と、戦いながら逃げてて。
今、承太郎さんが助けに行ってる。だから私達、お城で2人を待ってなきゃ駄目なんだよ」

じゃあ、私たちは風見さんを置いて逃げたのか――そう声を荒げるところだった。
さすがに、それだけは堪えた。
なぜ遊月たちが、風見雄二ただ一人に戦わせて逃げるような真似をしたのか――おそらく天々座理世という気絶したお荷物がいたせいだと、察せないほど愚かではない(気絶させたのは当の雄二ではあるのだが)。

「だから……だからさ、リゼさんが禁止エリアに戻ったりしたら、皆ががんばったのが無駄になっちゃうよ」

自分を助けるためにがんばった――だったら自分達を助けるために、あと何人死ねばいいのだろう。
次は、風見さんまで死んでしまうかもしれない。
それが怖かった。助けに行きたかった。
でも、行ったところでお荷物になるだけというのも、嫌というほど分かっていた。
チノ一人でさえ守れなかったのに――と考えそうになって、また考えそうになるのを止めた。

「戻ってきた風見さんに『リゼさんは自分から禁止エリアに戻りました』なんて、絶対に言えないよ。だからさ……」
「戻って、こられるのか? 言峰さんは帰ってこなかったのに……」
「……分からないよ。でも、戻ってくると思って、できることするしかないじゃん。それしかできないじゃん!」

しゃべるにつれて、遊月が声を荒げていった。
泣きそうにも、怒っているようにも、どちらにも見える顔だった。
そんな、必死なことだけは伝わる顔が、目の前まで迫っていて。
ぐい、と引っ張り連れて行くように手首をつかまれた。

「だからさ、なんでそんなに冷静なんだよ……お前、チノと同い年だろ」

引っ張り返す腕の力と、足の力を使って踏ん張り、意地のようにそこに留まる。
どうやら力ではリゼの方が勝っていたようで――日頃の運動量がずっと多いのだから当たり前だが――遊月にはびくとも動かせなかった。
もはやラビットハウスに戻るべき理由は粉砕されてしまったけれど。
また城に戻ったとしても、他の皆について行ける気がしなかった。
皆のように、現実を見据えられる気がしなかった。また戦おうという気になれるはずがなかった。
周りの皆がおかしくなって、自分だけが普通であるような感覚を、また味わうのだろう。
承太郎だって、きっと戻ってきたリゼを見たら呆れた顔をする。
『さんざん人を煩わせたお荷物がまた戻って来やがった』という目で見られるだろう。


867 : 少女/芝居と師弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 15:25:49 hP.CBQc60

そんな、リゼのワガママでまた誰かの手を煩わせているこの状況が、たまらなく嫌だった。
そして、こんな風にまだ現実を見据えた上で正論が言える――状況を見て、他の人達のことを考えられる遊月のことが、すごすぎて、合理的すぎて、もっと嫌だった。
承太郎は、まだ『自分たちとは違う世界で戦ってきた人だから』と思えば理解できる。
人の死とか、犠牲の上に進むとか、そういうモノを経験しているのだろう、と。
だけど、遊月は違うはずだ。
私と同じ、一般人の女の子なのに。
ついさっきまで、同じようにラビットハウスでチノの面倒を見ていたのに。
同じように、たとえ『姉の振りをしたお芝居』でも、チノを可愛がっていたのに。

同じように――チノが、串刺しにされるところを、見ていたはずなのに。

「チノを失くして辛いのは分かるよ。謝らなきゃいけない事もいっぱいある。
 でも、まずは城に戻ってから――」



『番傘が身体を貫通して、絶望しながら死んでいくチノ』を見ていたのに!!



「っ分からないよ! 分かるはずないだろ!」

ぶん、と右腕を振り払って遊月の手をふりほどいた。

「お前、チノのことが本当に大事だったのか!?
 ずっと『お姉ちゃん』やってたのは、ただのお芝居だったのか!?」

だから、後悔すると分かっていても、非は己にあると感じていても、そう叫ぶ。
遊月の表情が、凍り付いた。

ここに至っても、二人にははっきりと認識の壁があった。
遊月にとってのリゼは『戦いや蹴落とし合いなんて経験したことのない、邪な恋情に悩まされたりもしていない、自分とはぜんぜん違う世界にいる女の子』だったのかもしれないが。
そのせいで、チノとココアの関係を羨んだり、嫉妬に悩まされたりもしたのだが。
その一方で、リゼにとっての遊月は、『自分と同じ普通の女の子』だったのだ。

「そうでなきゃ、そんなにしっかりしてられるはず無いだろ!
 チノと会って、まだ一日しか経ってないんだから!
 私達は、ずっとチノと、ココアと、みんな一緒だったんだ!」

確かに、ラビットハウスで情報交換を行った際に、『遊月のいた世界には、ウィクロスという魔法めいたカードゲームがある』という話は聞いた。
遊月がそのカードゲームに関わる『セレクター』の一人であり、そのゲームで三回負けてしまうと『願い事が反転する』という恐ろしいペナルティがあるらしい、とは聞いた。
けれど、知識として聞いただけだ。
そのゲームにおける遊月の振る舞いや、彼女のプライベートに関することまでは語られていない。遊月としては、語ることもできなかった。

「なんで、遊月なんだよ! 私じゃ駄目だったのか?
 声ぐらいしか、ココアと似てないじゃないか!
 その声だって、声色がそれっぽいだけで、声の出し方とか、口調とか、ぜんぜん違うじゃないか!」

だからリゼは、遊月が『実弟と恋人になりたい』という、世間的にはとても歪んだ願いを叶えるために戦ってきたことを知りようもない。
『三回負ければ恋心を永遠に失うことになり、バトルを続けるために友達のるう子とも決別する道を選んだ』というリスクを背負ってきたことを知らない。
そして何より、『願いを叶えるために、これまでに何人ものセレクターを蹴落とし、時には泣かせてきた』道の上に立ってにいると、知らない。
遊月は決して、リゼたちのような優しい日常にいたのでは無いのだと、分からない。


868 : 少女/芝居と師弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 15:27:52 hP.CBQc60
「あんな『お姉ちゃんごっこ』が嫌だったんなら、正直にそう言えよ!
 お芝居が始まる前から――針目が来てた頃から、遊月はチノに苛ついてるみたいだったじゃないか!」

何かあれば自分たちと同じように承太郎や雄二たちに守られるしかできない、普通の女の子のはずなのに、と思っている。
これまで銃器を持ったこともなく、雄二とリゼが軍に関する話をしていても付いていけなかった事もあり、むしろリゼ自身よりもずっと普通の女の子だとさえ認識していたかもしれない。
だから、普通ならこうだろう、という言葉で攻撃することしかできない。

「チノは――遊月から見たら、不愛想で、ツンツンして、壊れておかしくなった子かもしれないけど、本当にいい子だったんだ!!」

だから、



「私だって、嫌じゃなかったよ!!」



負けないぐらいの、魂からの叫びが放たれるなんて、思わかった。
細い糸のような二条の涙をつっと流す、そんな泣き顔を見るなんて、予想できなかった。


🐇  🐇  🐇


「嫌じゃなかった! 最初はできないと思ったけど、迷惑だと思ったけど、だんだん嫌じゃなくなった!」

誰が来ないとも限らない山の中で怒鳴り合うなんて、リスクをはらんだ行為だと、頭では分かっている。
だけれど、リゼが分かっていても叫ばずにはいられなかったように、
遊月にだって、譲れない感情はある。
私だって、香風智乃が死んでしまってショックだったのだと、そう言い返す。

「ウソ……だって、ココアの代わり扱いされて、困ってた」
「困るよ。だって私、チノの姉さんじゃないから! 紅林香月の姉さんだから!」

初めてだ。初めて、このゲームで出会った人の前で、香月の名前をだした。
リゼが「え」と、驚いたような一声を出す。

「私……元の世界では、弟と上手くやれてなかった。
 仲が悪かったわけじゃないけど、色々あって最近ぎくしゃくしてた。
 香月のことを嫌いなわけじゃない……好き、なんだよ。
だから、『ココアお姉ちゃんになれ』って言われて、最初はすごく困った。
『ココアさん』とか『お姉ちゃん』とか呼ばれるたびに、重しを乗せられてる気分だった」

それが、最も話しにくい、隠しておきたいことだろうとも。
香月のことを、恋愛感情だと言わないまでも『好き』と口にすることで、死ぬほど恥ずかしかろうとも。
感情の赴くまま振る舞ったから、桐間紗路を傷つけた。チノにも苛立ちを見せてしまった。
すべては、この我が身の感情のせいだというのなら。


869 : 少女/芝居と師弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 15:29:38 hP.CBQc60
「ココアさんとチノは普通に仲が良くて……『中学生にもなって弟べったりで気持ち悪い』とか、言われたことぜんぜん無さそうで、羨ましかった。
お芝居始めた時は無理だと思った。『勝手な役割押し付けるな』って、正直思った。
『そんなにお姉ちゃんが好きなら、どうして生きてる間に伝えてやらなかったんだ』とか、勝手に腹立てたりも、ぶっちゃけ、あった」
「…………生きてる間に言えなかったから、後悔して、ああなったんだよ」
「それも、今なら分かる。自分が実は嫌じゃなかったんだってのも、後から気づいた」
「なんで、そんだけ抵抗あったのに……」

信用を得るために、それを語ることが必要だというのなら。
なんでも吐露する唯一の機会が、ここなのだとしたら。
遊月にはやはり、まっすぐぶつかることしかできない。
まっすぐ、まっすぐ。

「『ココアお姉ちゃん』は、すごくいいお姉さんだったんだって、話を聞いてて分かった。
 ココアさんなら、きっと妹とか弟が思春期で色々変わっちゃっても、変わらずに接することができて。
 きっと、弟から『姉離れしなきゃ』って言われても、しっかり受け止められるんだろうなって」
「そんなこと、無いぞ……アイツ、構ってほしがりだし。
自分が知らない間にチノが友達を呼んでたら嫉妬してたし。それにドジだしよく思い込みで勘違いするし。
むしろ、皆、ココアには呆れてたことの方が多いし」
「ドジで失敗しちゃうのか……そこだけ、私と同じかも」
「…………なんで、嫌じゃなかったんだ?」

『ココアの代わり』を承諾した理由ならば、意識してのことから無意識のものまでたくさんある。
自分がシャロとケンカしたことで、彼女が死んでしまう遠因を作ってしまった、その罪滅ぼしがしたかったこととか。
『きょうだい』というキーワードが、遊月にとっては特別なものだったから、とか。
ココアとチノは殺し合いに巻き込まれ死別してしまったけれど、遊月の思い人である香月は殺し合いに参加しておらず安全が保証されていることへの、後ろめたさまであった。

だけれど、姉妹ごっこを始めた理由、ではなく、姉妹ごっこをやめられなかった理由ならば、他にもあって。

「『ココアお姉ちゃん』をやってる間は、私も『いいお姉ちゃん』になれた気がしたから」

理由はシンプルで、身勝手なもので。
けれど、たしかに『ココアお姉ちゃん』としてチノと笑い合っていた、あの笑顔は偽りでは無かったことと、断言できるもので。

「現実逃避かもしれなかったけど、『普通のいいお姉ちゃん』も悪くないって……チノのおかげで初めてそう思えたから」


870 : 少女/芝居と師弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 15:31:31 hP.CBQc60
遊月は、『香月のいいお姉ちゃん』になることなんか望んではいなかった。
でも、『香月と恋人になりたい』という感情が、香月からしてみれば重すぎる感情であって、世間的には白い目で見られるもので、
そして香月の前では素直になれずに取り繕ってばかりいたことに、罪悪感を感じていた。
香月にとっての『いいお姉ちゃん』ではなかったことに、罪の意識を持っていた遊月だったから。
チノにとっては『妹が望むお姉ちゃん』でいられたことに、救われていた。

そんな告白に、リゼはただ、涙の跡が残る眼をまんまるに見開いていた。

「だから……チノが死んで、私も悲しい。
 リゼさんにはどう見えてるとしても。でも」

遊月の方が、リゼよりもまっすぐに、折れずに立っているとしたら。
その理由は、住んでいた世界の違いだとか、遊月のいちばん大切な人である香月が参加者になっていないとか、たくさん考えられるけれど。

「私は、こんなこと言ってチノを守れなかったから。
 別に、これが罪滅ぼしになるとか思わないけど。
 でも、自分のせいなのに『チノが死んでどうしたらいいかわからない』って言うのは違うかなと思って。
だから、リゼさんには戻って来てほしくて……」

きっと、これまでに遊月の方が『罪』を重ねてきたぶん、それと直面することに慣れてしまったのだ。
セレクターバトルをしていた時からも、そしてバトルロワイアルの中でも。
だから、まずは言っておかなければいけないことがあったと思い出す。

「ごめんなさい。謝って済むことじゃないけど、チノを守れなくて、本当に、ごめんなさい!」

腰から90曲げるように、深々と頭を下げる。
遊月の長い髪がばさりと耳の横から真下に垂れ落ち、そのまま幾ばくかの時間が経った。

「チノは……遊月にとって、いい子だった?」

とても静かに、か細い声でリゼにそう問われた。

「いい子だった。もっと素直になればいいのにと思ってたけど……『お姉ちゃん』って呼んでくれるとこっちも嬉しくなって。
ココアさんが妹にしたくなったのも、分かる気がした」
「うん……私達にも、いい子だった。
 あの歳で、おじいちゃんから継いだお店を切り盛りして。
 滅多に笑わないけど、いつもラビットハウスを盛り上げること、考えてて……」

リゼの声が、しゃくり声のように割れた。
顔をあげると、くしゃりと歪んだ顔が眼に入ってきた。

「私のせいだ………チノのせいでも遊月のせいでもないっ。
 私が、銃を持ってたのに、何もできなかったからっ」

ここに風見雄二がいれば、リゼのせいではないということを簡潔だが優しい言葉で説いてくれたのかもしれない。
けれど、先ほど自分も『私のせいだ』と言ったばかりの遊月では、それを言うことはできなかった。

「チノは、何にも悪い事してなかった。
 ちょっと弱かったかもしれないし、素直になれない子だったけど、
 だからって、ココアとあんな別れ方しなくても、良かったはずだっ……」


871 : 少女/芝居と師弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 15:34:03 hP.CBQc60
きっと、リゼはどうにかこうにか認めたのだ。
チノがもう帰ってこないことを。
それならば遊月は、少なくともココアが死んだと知らされたチノの時の二の舞は避けられたということだ。
少なくとも遊月は今、理世の『泣いたって喚いたっていいだろ』を聞かせてもらえる立場にいる。
そう言えば、『リゼさん』と一対一で話すのもこれが初めてだったのだと気が付いた。
いつも、間にチノがいたから。

「シャロがいかがわしいお店で働いてるって事件になった時も、ぜんぜんそんなこと、無かったし。
 マヤとメグが遊びに来てココアがモヤモヤした時も、『チノを取られるのは寂しいな』って言うだけで終わったし。
 危ない大事件なんて、何にも起こらなかった……」

リゼは、彼女の視点での、ラビットハウスの喪われた人たちのことを語っていた。
さっきは『私ではココアの代わりはダメだったのか』と言ったけれど、彼女も間違いなくチノたちの『輪』の中にいた人だったのだと、遊月もそう納得して――

「ジグソーパズルのことでチノたちが喧嘩した時も、たいした喧嘩にはならなかったし。
シャロの家がばれた時も、知られたくない秘密ぐらい誰にでもあるって、五人で笑って終わったんだ――」



――え?



リゼも、乗り越えたわけではないにせよ、どうにか落ち着いて、止まった。
そんな風に、真剣に話を聞きながらも、『承太郎さんから託されたことは、果たせたのかな』と安堵しようとしていた遊月は。
そこで、ある『新事実』を知ってしまった。


🐇  🐇  🐇


「承太郎さんに報告したら……最後の最後でツメが甘いって言われるかも……」

結論から言えば、天々座理世を止めることには成功した。
彼女は、『もうチノの身体を探しに戻ったりしない』と、『もうラビットハウスに戻るようなバカはしない』と、遊月に約束してくれた。

けれど、『だからさっさと来た道を戻りましょう』ということにもならなかった。
『ほんの少し、思い出とお別れする時間が欲しい』と、だから少しだけ一人で座らせていて欲しいというのが、リゼの望みだった。
彼女はそれまで『ラビットハウスに戻りたい』という欲求に従うことで、逃避していたのだ。
第三者のいないところで、現実に向き合うための時間が少し欲しいんだと言われれば、無碍にはしづらい。

けれども、本来の遊月なら、それはそれだと割り切って『一人になりたいなら、せめて城に戻ってからそうしましょう』とやや強引に連れて行くぐらいのことはしたはずだ。
リゼの心情は分かるとしても、この会場で一人きりにさせてしまうリスクを遊月は嫌と言うほど知っている。
承太郎だって、そこまでやって欲しいと期待して、遊月に任せたのかもしれない。

心ここにあらずに、リゼのお願いに『分かりました』と同意して、
黒カード二枚を、リゼの元に残してきてしまったことを、立ち去った後で気づき、
『今のリゼさんならだいぶ落ち着いていたし、銃器を扱えない私が持ったままにするよりは安全だろう』と判断して、
そのまま来た道を戻るような、そんな凡ミスをしたのは、成長した遊月にしてはらしくないことだった。

その理由もまた、ただ一つだけ。
成長した紅林遊月を、それでもなお怯ませ、ついリゼの言う通りに従ってしまうほどの新事実を、彼女が知ったことにあった。
いつもみたいに慌てたり、激情に負けたりして失敗せずにやり遂げようと決めていた紅林遊月を、それでも動揺させるような過去からの刃があったのだ。
彼女にとっても不確定要素であり、不意打ちだったのは。


872 : 少女/芝居と師弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 15:35:27 hP.CBQc60

リゼの『五人で』桐間紗路の秘密を知った、という言葉だった。

桐間紗路は、かつて言っていた。
『好きな人』に、自分の家の秘密を知られて、嫌われたかもしれないとショックを受けたのだと。
そのことに激昂した遊月は、『ラビットハウスに共に向かおうとしていたシャロさんを、別行動させて死なせてしまう』という失敗をした。
けれど、ついさっき気が付いたことは、それとはまた角度の違う、別の真実だ。

――けど私達はみんな、がっかりなんてしてません。嫌いにもなりません。シャロさんはシャロさんです

チノは、遊月が懺悔した時に『私達』という表現をした。
遊月も、その『私達』の内訳までは聞かなかったし、その時からしばらくは『シャロさんをラビットハウスに来られなくしてしまった』という後悔の方が大きかった。

――そしたら、そのウソが友達と好きな先輩にばれた

ピルルクは、シャロの願いをそう言っていた。
この会場にいるシャロの友人は、全員が女の子だと聞いていたし、
遊月はばくぜんと『いつもの友人+好きな男の子』に秘密がばれたような、そういうイメージを抱いていた。
世の中には実弟を好きになる女の子がいるように、女の子を好きになる女の子がいたって何もおかしくないのに。

リゼは言った。
『友達五人』でいる時に、シャロの家のことを知ったのだと。
シャロやチノが言っていた『ここにいる五人』の中に『先輩』――シャロより年上の存在は、一人しかいない。
それは、つまり。
遊月のように『他の誰にも渡したくない』と拗らせるほど、歪んだ恋情では無かったかもしれないにせよ、
もしかしたら、ガチの恋愛ではなく『憧れ』とか『親愛』に近いベクトルだったかもしれないにせよ、

天々座理世は、桐間紗路の『好きな人』だった。
シャロにとってのリゼとは、遊月にとっての香月だったのだ。


873 : 少女/芝居と師弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 15:37:45 hP.CBQc60
だから遊月は想像した。嫌でも想像した。
もし、香月がこんなバトルロワイアルに参加させられていたら。
自分が、香月とちょっとした喧嘩をしてしまった直後の時点から参加して、『香月に嫌われた』と思い込んだまま、彼とバラバラになってしまったら。
そのまま、『香月もこの殺し合いのどこかにいるのに』と絶望したまま、死んでいくことになったとしたら。
遊月のしたことは、シャロが死ぬ遠因を作ってしまったことだけではない。
桐間紗路を、『大好きなリゼ先輩』に嫌われたと思ったまま、独りぼっちで死なせてしまったのだ。
『そんな小さな願いに誘惑されるなんて』などと考えていた当時の自分を、気が済むまで引っ叩いてやりたかった。

リゼにその事を告げてまた謝ろうなんて自己満足は、当然にできるはずがなかった。
遊月にも好きな人がいるから分かる。
自分が死んだ後で、『実はシャロさんはあなたのことが好きだったんです』とその想い人に打ち明けてしまうなんて、自分が桐間紗路だったならば恥ずかしくて耐えられないだろう。

『ココアお姉ちゃん』はもういない。お芝居は、お仕舞い。
幾つもの罪を、遊月は、『ココアお姉ちゃん』の仮面なしに背負わなければならない。

友達だったるう子と再会して、最愛の弟の元へと、生きて帰るために。

【G-5/夜中】

【紅林遊月@selector infected WIXOSS】
[状態]:口元に縫い合わされた跡、疲労(大)、精神的疲労(大)、リゼの言葉に対する動揺(中)
[服装]:天々座理世の喫茶店の制服(現地調達)
[装備]:超硬化生命繊維の付け爪@キルラキル
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(18/20)、青カード(17/20)
黒カード:ブルーアプリ(ピルルクのカードデッキ)@selector infected WIXOSS
[思考・行動]
基本方針:叶えたい願いはあるけれど、殺し合いはしたくない
   0:リゼさんを呼び止めることはできたけど、これからどうしたらいいんだろう……
   1:城に戻り、承太郎たちの帰還を待つ。
[備考]
※参戦時期は「selector infected WIXOSS」の8話、夢幻少女になる以前です
※香風智乃、風見雄二、言峰綺礼と情報交換をしました。
※ピルルクの「ピーピング・アナライズ」は(何らかの魔力供給を受けない限り)チャージするのに3時間かかります。
※チノの『演技』に気付きましたが、誰にも話すつもりはありません。
※チノへの好感情、依存心は徐々に強まりつつあります
※第三放送を聞いていませんが、脱落者と禁止エリアは確認しています。


874 : 少女/芝居と師弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 15:38:17 hP.CBQc60
「トンプソン・コンテンダーだな……」

遊月が残して行った黒カードの中には、リゼにも知っている銃器が入っていた。
実銃を撃ったことは初めてであって、リゼは自室に専用のガンルームを持っているくらいなのだ。
銃器の種類と特徴に関する知識ならば、人一倍に多い。
黒カードからは銃そのものだけでなく、いろいろな種類の弾丸が納められたケースまで一緒に出てきた。
そうだ、これって何種類もの弾丸を使い分けられるやつだっけな、とモデルガンから学んだことを思い出す。
ご丁寧にもその銃身と銃床は、もっとも破壊力の大きいだろう弾丸を撃つ時のそれ――ライフル弾を撃てる30-06スプリングフィールドでセットされていた。

バケモノを一撃で仕留める用、ってことなのかな。
感傷にひたっている間にも、胸がからっぽでも、そんな分析だけはぱっと思いついて。

バケモノ――という言葉から、チノを刺し殺した『花嫁衣裳の女』を思い出してしまった。

「――――っ」

遊月にはああ言ったけれども、時間が経てば前に進めるのかと言えば、まったくそんなことはなかった。
彼女を支えていた『チノたちを守る』という芯は、あのひと刺しで折れてしまったのだから。
それを失った彼女は、このゲームが始まった直後に『わたしがみんなを守らなければ』と誓った以前の彼女にさえも劣る。
雄二に庇われてばかりで、『他人のためなら迷わず引き金を引け』という教えさえも守れなかった。

雄二は今でも、仲間たちを守る為に『迷わず引き金を引いて』、あの白衣の女と命懸けで戦っているのだろうか。
承太郎は、雄二を助けて戻って来ることができるのだろうか。

城のある山の麓近くを移動していた一条蛍は、もしかしてその戦闘に巻き込まれたりは――

「――――あ!」

その時になって、思い出した。
今さら思い出すという、大ポカをした。

――そう言えば、蛍ちゃんを見かけたことを、遊月に伝え忘れていた。

私はバカか、バカだ。
先に遊月にそのことを伝えていれば、『蛍が雄二たちの戦闘に巻き込まれる可能性もあるから、見つけて引き止めよう』となっていたかもしれないのに。
せっかく、蛍の方から声をかけてもらえたのに。
座りこんでいる暇はなかった。
たとえ傷心の真っ最中だろうとも、小学五年生の女の子を――それも、チノと仲が良さそうにしていた子をそのまま振り切ってきたのは、いくらなんでも危険すぎる。
だから遊月は、即座に遊月に伝えようと立ち上がった。

ちょうど、そのタイミングだった。



白いカードの灯りが、木々の奥から点灯しているのが見えた。


875 : 少女/芝居と師弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 15:40:37 hP.CBQc60
両手にコンテンダーを持った中腰のまま、リゼの身体は緊張に包まれた。

まず最初に一瞬で、蛍が理世を探しにここまで追ってきたのかと思った。
蛍ならば、遊月と違って『森の中を突っ切るルートでラビットハウスに向かったのだろうか』などと察するのは難しい。
森の中をあてもなく探すうちに、今になってやってきたとしてもおかしくはない。

しかし、白カードのライトが掲げられたその高さから、『蛍かもしれない』という予測は否定された。
蛍の身長がかなり高かったことを踏まえても、その腕の位置よりも高い。おそらく、あの灯りを持っているのは承太郎と同じぐらいには背の高い男性だ。

それに、よく見れば灯りの数は一つではなかった
最初に見えた灯りよりもやや低い位置に、白カードの灯りがもう一つ。
それに、やや明るい色をした、白カードとは別のライトを点けているようにもいる。

幾つもの灯りは、葉擦れの音とともに近づいてくる。

二人以上、いる。
その事実に、バクバクと高鳴っていた鼓動がさらに大きくなった。

そう言えば、一条蛍の傍には別の人影があったような気もする。
だとすれば、あれはやっぱり、蛍とその同行者の人なのかもしれない。
だったら安心する。それならばいい。そうであってほしい。だけど、

幾つもの灯りは、葉擦れの音とともに近づいてくる。もう十メートルぐらいの距離にいる。

だけど、もし、『危険人物の二人組』だとしたら……?
さっきの金髪剣士と『チノの仇』のように、二対一で、問答無用で殺そうとするような輩にばったりと会敵してしまったら?
雄二も遊月も、たった1人しかいない場所で、リゼの力だけで対処しなければならないとしたら?

どうすればいい?
心臓の動悸ははげしくて、頭にはぐるぐると血が上っているはずなのに、立っている足元はおぼつかなくて目まいがする。
今まで仲間とともに、頼れる指導者たちと共にいた彼女は、一人で何とかするというプレッシャーを知らなかった。
それ以前に、庇ってくれる者もいない場所で、自分ひとりが標的にされるという恐怖も、初めて味わった。

幾つもの灯りは、葉擦れの音とともに近づいてくる。もう五メートルぐらいの距離にいる。
姿は木々に隠れていても、先頭の人物の体格が、視認できる距離にいる。やはり、大人の男のそれだった。
守ろうとしてきたチノはもういないのに、前に進む理由はないはずなのに。
命を奪われるかもしれないとなれば、すぐそこにいる驚異がただ怖くてたまらない。
チノも、こんな怖い思いをしたのだろうか。

――違う。チノと違って、今の理世には、少なくとも『武器』という選択肢だけはある。

幾つもの灯りは、葉擦れの音とともに近づいてくる。

フラッシュバンは、もう使えない。
人の気配におびえて凍り付いているうちに、人影はもうすぐそこまで――近すぎて使えない距離にまで来てしまったから。
ならば、もしもの時は、コンテンダーを使うのか。今のリゼに、使えるのか。
仲間を守るために引き金を引くことはできた。
ならば、自分を守るために撃つのだって――雄二は撃たなくてもいいとは言ったけれど、撃つという選択肢は、もしかしたらアリなのかもしれない。

ほんの短い時間のあいだにぐるぐると悩んで、振り子のようにぶれて。
リゼの思考は『いざとなったら』という方向に傾いていく。

少なくとも『針目縫たちのような危険人物だったならば、撃ってもいい』と、焦りながらもリゼは認識していた。
だって、あいつらは、『チノを殺したバケモノである、きりゅういんさつきと呼ばれた少女』の同類なんだから。
たとえば『チノの仇』がすぐ近くにいるとしたら、リゼは我が身の安全などと関係なく撃つだろう。
それに、それに、まだ遊月に謝ってない。
ここで死んだら、最低限、謝ることさえもできなくなる。
『ココアの代わりなんて言ってごめん』って。
『チノを笑顔にしてくれてありがとう』って、言えてないのに。


876 : 少女/芝居と師弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 15:41:58 hP.CBQc60
だとしたら、本当に、いざという時は。
このコンテンダーを、一発。

幾つもの灯りが、近――

逃げたいと思った。
言峰神父がいつだったか、『同行していた少女に、黄金の飛行機のような乗り物であっというまに逃げられた』という話をしていたのを思い出した。
自分にも、一瞬で遠くに逃げられる飛行機が支給されていれば良かったのに。
そんな埒もあかないことを、少しの間だけ考えて。

――灯りの主が、リゼの目の前で、最後の影になっていた木の下からぬっと出てくるように、姿を見せた。

「おっ――」

現れたのは、金髪にバーテン服の。

(あ――――――――撃たなきゃ)

つまり、リゼもいつか聞いたことのある『平和島静雄とかいう危険なバケモノ』だった。


🐇  🐇  🐇


平和島静雄と、一条蛍の不運は、周囲をいっそう警戒しながら進まなければならなかったことだ。
すっかり日も暮れ、まして山の中であり、数メートル先もおぼつかない景色。
それまでの進行方向に危険があったことを知らせる、戦闘の余波やもしれぬ火災。
風見雄二に守られていたはずが、ひとりぼっちになっていたリゼ。
しかも山の中を進むにつれて、エルドラが魔力の気配だけでなく、ルリグの気配まで感知するようになったのだ。
つまり、静雄は蛍を庇いながら、自分が先行する形で山の中を探していた。
分校を二人で探索した時もそうしていたように、静雄が前にでて、蛍を守る盾のようになって進んでいた。
『火事』を引き起こした危険人物が、近くをうろついていることも警戒しながら、進んでいた。
白カードの灯りと、折原臨也が蛍へと残したスマートフォンのライトを使って、照らしながら進んでいた。

天々座理世の顔を知っているのは蛍だったのだけれど、そうせざるを得なかった。
もっと言えば、蛍はばくぜんと『もしかして静雄さんだと、他の人から警戒されるんじゃないだろうか』と感じていたのだけれど、
「蟇郡だって、ここいにたら蛍ちゃんに先を歩かせるような真似しなかったはずだ」と死んだ人の名前まで使って説かれたら、納得するしかなかった。

ここで大前提として蛍のことを擁護するならば、彼女も、忘れていなかったわけではない。
『平和島静雄は、“越谷小鞠殺人事件”の容疑者の一人として、事件の前後に喫茶店にいた人々には少しどころでなく警戒されている』ことを、忘れていなかったわけではない。


877 : 少女/芝居と師弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 15:43:01 hP.CBQc60
忘れてはいなかったのだが、彼女はまだ、考えが浅かった。
誰が小鞠先輩を殺したのかを一番に知りたがっていた自分や、同じく喫茶店にいた蟇郡さんも一度会っただけで平和島さんを信じたのだから、
小学生の私よりずっと大人である皆さんならば、きっと平和島さんが危ない人ではないと分かってくれる、と考えていた。
「自分が割ってはいり、平和島さんは無実だと説明すれば、分かってもらえる」と。

ただし、蛍は知らなかった。
天々座理世はついさっき、妹のように可愛がっていた少女を目の前で『人間離れしたバケモノ』に殺されており、
それ故に『危険なバケモノ』への敵愾心を、極めて最大限に引き上げていることを。

そして、蛍は失念していた。
蟇郡苛には、平和島静雄が暴走しても止められるだけの力があり、
一条蛍には、蟇郡苛と折原臨也という、立場は違えども『仮に静雄が蛍に危害を加えようとしたら止めてくれる』者が二人もいた安全圏で、静雄と対話することができたが、
今の天々座理世に、それは無いということを。

さらに、蛍には視点が欠けていた。
天々座理世には、殺された越谷小鞠との接点も無ければ、『殺人犯』への恨みも無かったからこそ、
『殺人事件の犯人捜し』に、これまで直接には関わってこなかったからこそ、
ゲームセンターの現場検証をしたとか、言峰の証言からDIOにアリバイが成立したとか、容疑者の筆頭が衛宮切嗣になったとか、そんな推理を承太郎や雄二のように自力で考える立場ではなく、受け身で聞かされる立場にいたからこそ、

「――平和島、静雄っ!!」

ほとんど、反射的に。
論理的な答えをすっ飛ばして。

『金髪でバーテン服の男は危険人物だと、そう聴いた覚えがある』という記憶だけを、真っ先に思い出して。
その次に、『ゲームセンターで見た、幼い少女の頭部をつぶされた凄惨な死体』のことを思い出して。
その死体を見て、トイレに駆け込んで吐いたことや、ゲームセンターの周りが『人ならぬバケモノが暴れたかのように』荒らされていたことを、ぶり返して。
あの時、自分は確かに『チノやシャロ達がこんな風にされたら耐えられない』と、『殺人事件の犯人(バケモノ)』に恐怖したのだと、その感情までもが蘇って。

ほんの一瞬の間に、そんなことを次々と連想して。

こいつは、あんな酷いことをした『犯人』の、その『容疑者』に挙がったほどの危険人物なんだと認識して。


878 : 少女/芝居と師弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 15:44:30 hP.CBQc60

――撃たなきゃ。

殺される。

モデルガンの時のように「動くな! 怪しい奴め」なんて言う余裕はなかった。
引き金に指をかけたまま、腕を持ち上げた。
コンテンダーの機構は単純だ。弾倉も遊底もない。撃鉄のセレクターをいじって、引き金を引くだけで撃てる。
その巨大な銃を水平に維持し、平和島静雄の胴体に向け、すぐに構えた。
弾丸は黒カードを調べた時に、『もしもの時のために』と銃身に合ったものを装填している。
バケモノが、襲ってきたときのために。

しかし。
いきなり銃口を向けられ、平和島が驚いたように目を丸くする。
獲物を見つけたという風ではなく、これはどういうことだという風に。

撃つはずだった人間と、眼が合ってしまった。



――本当に、撃つのか?



それが、迷いになった。

針目縫や『きりゅういんさつき』を撃った時は、相手が問答無用で仲間を殺そうとする者達だったし、
何よりも『風見さんを助けたい』とか『よくもチノを』といった思いが最優先で、『こいつは危険人物だから排除しておこう』なんて割り切ったものではなかった。
だから、躊躇する。
見た目は明らかに人間である、平和島静雄を撃つことに、普通の女の子として、ためらってしまう。

いや、それ以前に、こいつは本当に『殺人事件』の犯人だったのかと、理性が待ったをかける。

一瞬の『危ない奴なら、撃たなきゃ』というパニックから醒めれば、別のことも思い出す。
ゲームセンターを出た時、風見さんは『平和島静雄が犯人とは限らない、証言が嘘かもしれない』とか言ってなかったっけ?
承太郎さんは、一番怪しいのは『衛宮切嗣』の方だとか、そんなことを言ってなかったっけ?
とっさに頭の中を整理できない。

そもそも、二回目の放送が流れてからずっと、リゼはおかしくなってしまったチノの方を気に掛けることで精いっぱいだった。
ゲームセンターの二度目の現場検証でも、承太郎たちにまかせっきりでチノたちとゲームに興じていた。
だから、風見雄二や空条承太郎のように『怪しくないわけではないが、ひとまず容疑者の筆頭から外していい』という冷静な判断を持てなかった。

だから。
銃口を向けたポーズのまま、じっと硬直するという結果になった。
そのまま、実際の時間にして三秒ほど、状況が止まった。

「おい……」

しかし。

「何やってんだ」

静かだったが、重く、低く、何よりも噴火前のような怒りに満ちた声が、状況を動かす。
仁王立ちをする平和島静雄の、唸り声じみた問いかけが。

ここに、決して混同してはならない、取り違えてはならないことがある。
平和島静雄は、成長して怒りをセーブできるようになりつつあるだけで、
決して激しい怒りの感情を失ったわけではないのだ。


879 : 少女/芝居と師弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 15:46:14 hP.CBQc60
東條希に一条蛍を殺されかけた時にも、手出しこそしなかったものの『守るべき存在である蛍ちゃんを殺しかけた』という時点で逆鱗には触れていたし、
それに対して希が『殺されるのではないか』と予感するほどの激情は披露してみせた。

そして、静雄の筋で言えば、『刃物や銃口を向けた時点で、そいつは万死』であることには変わりないし、
リゼのしたことを、静雄視点で受け止めれば、
『蛍ちゃんはリゼを心配して追いかけたのに』
『蛍ちゃんと自分が一緒にいるところを見ていたはずなのに』
『拳銃なんかで人を撃ったら、弾が貫通した場合に後ろにいる蛍ちゃんも怪我をするか最悪死んでしまうことぐらい、予想できるはずなのに』
銃口を向けたことになる。

「……ッオイ、テメェ、その銃口はどういうことだ」

一条蛍を連れている以上、不用意に手出しはしない。
しかし、その声が怒気をおびるのは、仕方がない。
一度は、東條希にあと一歩で蛍を殺されていたということもあり、『この子もその類なのか』と疑いの眼が向いたせいもある。
それでも、池袋での静雄を知っている人々ならば『静雄にしてはずいぶんと大人しい』と驚いたことだろう。
静雄を少しでも知る人間ならば、『恫喝』ではなく『説得』のニュアンスさえ嗅ぎ取れる、その程度には抑えられていた。

しかし、天々座理世と静雄はまったくの初対面だ。
しかも、リゼは針目縫という『バケモノ』に拘束された遊月や、折原臨也という『理解不能』と会話をして耐性を付けていた蛍と違って、
『怪しい人物と、一対一で対峙する』という経験さえ持たなかった、普通の女の子なのだ。

――殺される。

そう直感した。

普通の女の子であるリゼにとっては、『“きりゅういんさつき”の殺意に満ちた凶暴な声』も、『平和島静雄の、静かだが迫力ある怒声』も、その違いを判別することなどできはしない。
どちらも等しく恐ろしく、生命の危機を感じるだけのものがあった。
これは、本当に『暴力』だけで生きている存在の声だ、と。

「そんなモンを人に向けたら、どうなるか分かってんのか」

銃口を向けた自分の方が先に仕掛けた立場であり、少なくともその点で非がこちらにあることは、百も承知で、それでも。

――やっぱりこの人は、危ない奴なのか。

そんな疑問を、言葉にすることもできずに。

「あ、あ……」

どういうことだ、という質問にも答えられず、
かといって、東條希がそうしたように、『もうイヤだ』と開き直って降参することもできず、
引き金にかけた指が、不安定に震えはじめて、
危なっかしくそこに力が入りかけて、



「ま、待ってくださいリゼさん!!」



静雄の背後から飛び出し、並び立つように、少女の姿が現れた。

その声は、チノとよく一緒にいた二人組の一人――メグを思わせる、やわらかい声で。
小学五年生にしては大きな体躯から、両腕をばっと真横にのばし、静雄の前に細い腕を割りこませるようにして。


880 : 少女/芝居と師弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 15:47:42 hP.CBQc60
「違うんです! 静雄さんは、誰も殺してないんです!」

「蛍、ちゃん?」

第一放送後に少し会話をしただけの関係だが、気立てが良さそうな子だった。
『殺人事件』で殺されていた女の子と友達だったのだと聞いて、それでも気丈にしているのがすごいなと思った。
チノと、仲が良さそうにしていた。
さっき、声をかけられた。

その蛍が、リゼと平和島静雄の間に入っている。

「誤解なんです! 私、平和島さんとちゃんとお話しして、小鞠先輩を殺してないって分かったんです!
 ここに来るまでも、ずっと平和島さんが私について、守ってもらったんです!」

さて、ここには、一条蛍の言う通り。
わるいひとなどひとりもいないすばらしき場所だ。

だから、睨み合う二人の間に割り込んできた、真摯な少女の声に、どちらも耳を傾けないはずがない。

平和島静雄は、少女が改めて見せた芯の強さに呆けたような顔で、怒りをいったん忘れて。

天々座理世は、『やっぱりこの人は違うんじゃないか?』という躊躇に、後押しをされたような心持ちになって。

「そう、なのか?」

銃口の向きを斜めにして、少なくとも蛍からはやや逸れるように角度を変えて、そう訊ねた。

「そうなんです」

蛍は、真剣な顔で頷いた。
それは見た目よりも幼い口調で、年相応の、小学五年生の少女らしい純真さがあった。
それはマヤとメグの二人に(声のせいでどちらかといえばメグに)、憧れに満ちた目で見つめられた時のように、照れくさい気持ちにさせる表情だった

「先輩を殺した犯人は分からないけど、それは絶対に静雄さんじゃないんです。
蟇郡さんもそう言ってました。静雄さんはいい人だって
――あ、リゼさんは蟇郡さんに会ったことないかもしれないですけど。
でも、チノさんや承太郎さんも信用されてた方なんです」

その声は、静雄のこともリゼのことも、まっすぐに信じ切っていて、
二人ともいい人なんだから、誤解さえ解ければ何事もなく平和になると期待していて、
この少女の信頼を得るだけのことを、平和島静雄がしたのだろうと、察してしまうほどのもので、





――だからこそ、それが恐ろしかった。





「どうして、なんだ?」

蛍のおかげで、落ち着いた。
リゼはさっき、静雄から蛍に庇ってもらった。
彼女は、最初に出会った印象どおりの『良い子』だった。

だけど。
だからこそ。

「『犯人』でも、そうじゃなくても。そいつが、『バケモノ』なことは変わりないのに」

そんな平和島静雄のことを、どうしてそんなに純粋無垢に信じているの、それが恐ろしい。

問われた蛍と平和島静雄は、何を言われたのか分からないという顔をした。


881 : 少女/芝居と師弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 15:49:51 hP.CBQc60

🐇  🐇  🐇


天々座理世は、普通の女の子だが、頭は悪くない。
むしろ、記憶力も、頭の回転も、呑み込みの速さも、人よりずっと優れている方だ。
だから、冷静になれば正確に思い出せる。
小学生の少女が間に入って両者が止まり、当面の危機感はひとまず去ったタイミングならば、必死に考えて、記憶の蓋を開けることはできる。

もう、十二時間以上も前のことだったけど。
その間にチノに関して色々ありすぎたから、顧みるのに時間がかかったけれど。
それでも、落ち着いてラビットハウスでのことを振り返れば、たしかに覚えていた。
承太郎たちは、第二放送直前の情報交換で『やはり逃げた衛宮切嗣が容疑者としては一番怪しい』とか何とか話していた。
それは、たしかに覚えていた。だから、『殺人事件』の犯人が平和島静雄じゃないというのは、そうなのかもしれない。

しかし。

承太郎も雄二も、「平和島静雄は『殺人事件』の犯人ではないかもしれない」という擁護はしたが、
「平和島静雄は危険人物ではないかもしれない」とは擁護しなかった。
もっとも彼等の立場からすれば、それは当然のことだった。
二人はこれまでに、当の平和島静雄と一度も面識がないのだから。
憶測で、「平和島静雄は越谷小鞠を殺していないようだから、イコール平和島静雄は危険人物ではないだろう!」と口にできるはずもない。

だから、リゼにとっての平和島静雄とは。
未だに折原臨也が語ったこと、全くそのままなのだ。

平和島静雄とは、
『良い奴では断じてない』
『肉の芽があろうとなかろうと、そもそもが超危険人物』
『誰にでも喜び勇んで暴力を奮う悪い奴』
『池袋でもことあるごとに暴力を奮っている』
『もしも出会ったならば、即殺しにかかった方が君と君の仲間たちのため』
そんな、人物像のままなのだ。

そう、ラビットハウスで暴れ回った針目縫や、慈悲も何もなく凶暴にチノを殺してみせた『きりゅういんさつき』のような『バケモノ』達と、どこも違わないのだ。
しかも銃口を向ければ、およそ常人がするものではないような迫力ある威嚇の声をあげてきたのだから、これはもうリゼの中では完全に『敵に回せば恐ろしい奴』というイメージで合致した。

だからこそ、『平和島静雄は、怒りさえしなければ気の良い人物であり、ゲームセンターの周りで暴れ回ったのも小鞠を死なせてしまった怒りと悲しみのせいだった』なんて、想像することもできない。
その発想に至るには、折原臨也が大嘘をついたという前提が必要になる。

しかし、折原臨也が嘘をつくべき理由も蓋然性も、リゼの中にはない。
接していたのはゲームセンターで出会った時と、ラビットハウスで最初の情報交換をした時だけだったが、臨也への印象は決して悪いものではなかった。
ゲームセンターで小鞠の死体を見て恐怖と不安の中に突き落とされ、その上で蟇郡に声をかけられて萎縮していたところを、優しく落ち着かせてくれた。
チノのことが心配で仕方がないリゼに、『早くラビットハウスに向かうといいよ』と気持ちを察してくれたし、雄二を同行させるようにも促してくれた。
ともすると軽薄そうにも見えたが、『女の子は大事なんだから』と戦えないチノや蛍たちのこと身を何よりも案じて、蛍の『分校へ行きたい』という意思も尊重してくれていた。
ちょっと真剣に記憶を漁るだけでも、これだけ臨也への『良かった印象』をあげられる。


882 : 少女/芝居と師弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 15:51:04 hP.CBQc60
実際は、喫茶店にいた人々も、リゼ以外はそこまで折原臨也のことをあっさりと信頼していたわけでは無い。
しかし、リゼはそのことを知らない。
何故なら、承太郎たちが『折原臨也も怪しい』という疑惑を口に出したとき、いつもリゼはその場にいなかったからだ。

第一放送前にチノに『もしもの時の保険』として『衛宮切嗣と折原臨也が利用し合っている可能性』を伝えた時も、
同じく放送前に遊月に『衛宮切嗣と折原臨也には心を許すな』と伝えた時も、リゼはまだラビットハウスに到着していなかった。
ゲームセンターを出た時に雄二から『平和島静雄が殺したという証言が全てウソという可能性もある』とは聞いたけれど、それは直接に『折原臨也の語る平和島静雄像までもが嘘だ』と指弾するものでは無かった。
何よりもそれを言った雄二が、第一放送後に承太郎ともども『折原臨也が、無力な少女である一条蛍と二人きりで行動する』ことを黙認していることが大きかった。
実際は承太郎たちも『より怪しい人物』である衛宮切嗣を折原から引き離すために、やむなく折原の自由にさせていたに過ぎないのだが。
リゼの視点では、折原臨也が本当に怪しい人間なら、蛍ちゃんと二人きりにさせてもらえるはずがない、という風に印象づけられた。

そしてその後は、容疑者の筆頭は衛宮切嗣となり、もしくは折原の唱えたDIO真犯人説も一考しようという形で考察が進んだため、折原臨也だって怪しいと蒸し返す者はいなかった。
当然だ。もし承太郎あたりが『俺は折原を容疑者から外しはしたが、信用したわけじゃあ無いぜ』などとでも口にしようものなら
『えっ、じゃあ何で信用できない人を無力な蛍ちゃんと一緒にしたんですか』と、逆に承太郎の方が反感を買うことになってしまっただろう。

だから、リゼにとっての折原臨也とは、『あの風見さんや承太郎さんも信用していた(ように見えた)人で、確かな筋からの情報源』であり、
リゼにとっての平和島静雄とは、冷静に顧みれば、『たとえ『犯人』ではなかろうとも、同じように幼い子どもの頭部を潰すような残酷さで殺してしまう危険性があると、折原さんから保証されたモンスター』なのだ。

そんな恐ろしい平和島静雄が、チノよりも年下の少女を引き連れて歩いていて。
その少女は、平和島のことを保護者でも見るような目で『いい人』と呼んでいるのだ。
『折原さんの情報は嘘だったのか』と疑うよりもまず、恐怖心が先行する。

「だって、平和島さんは危ないって話を、蛍ちゃんも聞いてたじゃないか。
 何があって、その平和島さんが『いい人』になったんだよ」

だから、口調もつい、詰問するようなものに変わる。

なまじ、『きりゅういんさつきさん』というバケモノを『味方』だと信じてしまったために、
チノを不用心に近づかせて死なせてしまった、その直後だったからこそ。
一条蛍に対して、大人びた外見だけどチノより幼い小学生なのだという先入観があったからこそ。

『平和島静雄が、本当にいい人だった』という可能性よりも、
『極悪人の平和島静雄に、蛍が騙されて連れ回されている』という危険性の方を、恐れてしまう。
だから、リゼは。

「一緒にいたはずの折原さんは、どうしたんだよ。
 折原さんに何があったんだ?
 蛍ちゃんだって、折原さんのことは信頼してたはずじゃないか。
 折原さんも、『平和島静雄はやっぱりいい人だ』って言ってくれたのか?」

畳みかけるように、そう言ってしまった。
静雄と蛍の二人の間で、話題にすることが半ばタブー視されていた『その名前』を言ってしまった。

「ッオイこら!! よくもそれを、蛍ちゃんの前でっ――!」

それは、平和島静雄から見れば。
リゼの後ろに寄り添うように、折原臨也の冷たい嘲笑が見える。そんな錯覚すら覚えた。

今回は、東條希の時と違って、相手はやけに大きな銃を持っている。
そして蛍の目の前でリゼを死なせるわけにもいかない以上、どうにか実力行使ではなく言葉でもって収めるしかない。
だから、彼女に手出しをすることはできない。相手が銃を取り落とすか、銃口を完全に降ろすまでは。
しかしそれはそれとして、その名前を出されることは気に入らない。
石油のようにドロドロとした怒りの燃料の上で、火の点いたマッチが揺らめいているような心境だ。
死んでしまったとはいえ『折原臨也』の名前を出されるだけで、静雄にとっては胸糞の悪さしか覚えないというのに。
その名前を、またもや『平和島静雄ではなく折原臨也を信じろ』という出汁に使われているのだ。
怒りで飛び出さなかったのは、ひとえに蟇郡に諭された時と、同じ失敗を犯さないように――が怒りにまかせて飛び出し、その拍子になされた発砲で蛍の命が奪われるようなことがあってはならないと――学習したためだ。


883 : 少女/芝居と師弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 15:52:31 hP.CBQc60
しかし、静雄の心に去来したのは、怒りだけではなかった。

「あ…………折原、さんは…………」

そんな質問をされたら、ホタルちゃんが『臨也が死んだときのこと』を思い出してしまう。
幼い少女にとってトラウマになったことは間違いない、そんな記憶をぶり返してしまう。

だから平和島静雄は、天々座理世にも完全に予想外となる行動をした。

ギラついた視線をふっと緩めて、蛍の顔色を気づかわしげに、困ったような顔で、のぞきこんで。
そして腕を蛍の前に出し、立ちふさがるようにして少女をまた下がらせたのだ。

――――あれ?

それが、リゼにとっても違和感になる。

聞いていた話と違うぞ、と。

その人は――平和島静雄は、折原さんの話では、もっと凶暴性剥き出しの怪獣ではなかったか?
少なくとも、傷心の少女から信頼を勝ち得て、今だってこうして庇ってみせるような、そんなことを、演技でもやってみせるような人だなんて聞いてない。
それに、こうやって蛍ちゃんと会話をしていても、襲ってくる様子はない。
リゼが銃を構えて脅しているから、迂闊に襲いかかれないせいなのだろうか。

それとも。

もしかして……本当にもしかすると。
蛍ちゃんが言っていた「守ってもらった」という言葉も、本当?

そんな迷いが、小さな泡のようにぶくぶくと湧き出てきた。

どっちだろう。
聞いた情報と、目の前の印象と、どっちを信じればいいのだろう。

しかし。
蛍がゆっくりと、たどたどしく語り始めた。

「お、折原さんと平和島さんは………最後まで違うことを言ってて。
 蟇郡さんとも三人でずっと話してたのに、意見が合わなくて、殺し合いになって」

自分でもよく分かっていないかのように、困った顔で。

「折原さんは、それから私を守って戦ってくれて、庇って。そのせいで、白い服の人に」

『白い服』という言葉を聞いて、リゼの眉がひそめられる。

「それって……チノを……」
「でも、違うんです。それは平和島さんのせいじゃないんです。
 平和島さんは、いい人なんです」

それで、リゼも少しだけ事情を察した。
しかし、余計に分からなくなった。

「ごめん……蛍ちゃんに、すごくイヤなこと思い出させたみたいで」
「い、いえっ。言わなきゃいけない事だったから、いいんです」

察したこと。
折原臨也は、おそらく一条蛍を庇って死んだのだろうということ。
それをリゼは、まだ小学生の少女に自分の口から言わせてしまったのだということ。
殺されるかもしれないという緊張の中であっても、幼い少女にそんなことを言わせてしまった罪悪感がこみあげてくる。
謝ると言えば、平和島ごと銃口を向けている行為こそ謝ってしかるべきなのかもしれないが。
しかしリゼの中では、最悪の可能性――『本当に平和島が撃たなきゃいけない存在だったら』という疑いがまだ抜けていないのだ。

それに、蛍の言葉で、また分からなくなった。

「でも……蛍ちゃんは、折原さんより、平和島さんを信じたってことなの?」
「え……」

問いかけてから、ひどく意地悪な聞きようになったと気づいて、また自己嫌悪がわいた。
しかしそれ以外の言葉で、問いかけようもなかった。

蛍の話は、折原臨也に関する辻褄がどうしたって合わない。

「だって、蛍ちゃんの話だと、折原さんもすごく誠実な人に聞こえるけど……」

そう、仮にだが。
折原臨也の方が間違った情報を広めていたとして。
例えば、平和島静雄のことを憎んでいて、他の参加者を利用して殺そうとしたとか。
例えば、平和島静雄を殺人事件の犯人にしたてあげて楽しみたかった、最低の愉快犯だったとか。
どんな理由であれ、『殺人事件』が起こる前から『平和島静雄を殺してしまおう』と皆を騙していた大噓つきなのだとしたら。


884 : 少女/芝居と師弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 15:53:18 hP.CBQc60
そんな詐欺師が、身体を張ってまで、そして『平和島静雄を殺す計画』を投げ捨ててまで、
一条蛍という少女を守る為に戦い、庇って散っていったというのは、第三者視点であまりにも腑に落ちない。
誰しも、『蛍ちゃんを庇って死ぬような“良い人”が、蛍ちゃんをそんな酷い嘘で騙していたのか?』と思うところだ。
土壇場でいわゆる良心に目覚め、少女を助けようと体が勝手に動いたのだとしても疑問が残る。
皆が生き残ろうと必死になっている場所で『平和島静雄は本当は良い奴だけど、危険人物だと思いこませてやろう』なんてはた迷惑なウソをついて被害を拡大させ、
大切な友達を殺された少女に『友達の仇は平和島静雄だよ』などと嘘を教えこみ、
少女に『小鞠先輩の仇だ』と静雄を殺しに向かわせることが目的なのだとしたら。
蛍という少女が、正当防衛で静雄に殺されてしまう可能性だって十分あることも分かっていたはず。
普通の女子高生であるリゼにとっては、『そんなおぞましい計画を立てるような人間の屑がいて、しかし土壇場でなぜか蛍ちゃんの命だけは守ったのだ』という方向に考えるよりも、
『やはり折原臨也さんは誠実な人で、我が身を犠牲にしてまで蛍ちゃんを平和島および白い服のバケモノから守ろうとしたのだ』ということにしておく方が、よほど想像しやすいし、優しい真実だ。

普通の人間には、『蛍ちゃん個人が死んでしまうのは別に構わなかったけれど、自分の計画ミスでバケモノが人間を殺してしまうことには耐えられないから庇いました』なんていう真実の動機など、想像がつくはずがない。

「命を懸けてまで、『平和島さんは危ない』って伝えようとしてくれたんじゃないか?
蛍ちゃんは、それが違うと思ってるの?」
「それはあのノミ蟲が――」

平和島静雄が吼えるように何かを言いかけ、しかし言葉に迷ったかのように呼吸を一瞬止めて
しかし。

「感謝、してますよ」

言葉を継いだのは、静かな声だった。

「折原さんは、やっぱり私の恩人ですから」

小さいけれど、ホタルの光のように染み入るような声だったから、きれいに届いた。



「私は今でも、折原さんにすっごく感謝してます!」



誰にも邪魔されず、一条蛍はそう言い放っていた。


🐇  🐇  🐇


平和島静雄は、折原臨也の本性を知っている。

だからこそ、『蛍ちゃんを命懸けで助けるような人が、そんな酷い嘘をつくはずがない』という言い分を感情に任せて否定することは簡単だった。
あのノミ蟲はそんなんじゃない。
臨也は平気で人を騙すし、破滅させるヤツなんだ。
池袋でもさんざん前科を積んできた屑野郎だ。
ホタルちゃんを助けたのだって、何か普通ならば想像もつかないようなアイツだけの企みがあったに決まってる。

それこそ、いくらでも臨也のしてきたことをあげつらうことはできただろう。
それでも言葉に迷ってしまったのは、やはり一条蛍の存在があったからだ。
他の人間にとってはどれほど悪魔だろうと、一条蛍にとっての折原臨也は、すでに『命の恩人』に据えられてしまったからだ。
その本性が極悪人だと知れば、傷つかないはずがない。
そこで躊躇することができたのは、静雄が怒りを抑えられるように成長したからというだけではない。
リゼの言葉が、『折原臨也の死を、一条蛍はどう思っているのか』と問い詰めるものでもあったせいだ。
その『折原臨也の死』を招いた責任の一端は、間違いなく平和島静雄にもあったから、そこで動揺した。

コシュタ・バワーを運転して移動している時から、静雄は漫然といろいろなことを考えていた。
蛍は当初気絶していたし、目覚めてからも会話は少なかったから、その分だけ一人で思うところに浸っていた。
あまり複雑なことを考えるのは得意ではない静雄なりに、それでも時折、こういう考えが頭をよぎっていた。
『蛍ちゃんは、折原臨也が死ぬ原因を作った平和島静雄のことを、心のどこかで恨んでいたりはしないだろうか』と。
目覚めて早々、彼女は向こうから謝ってきた。
小鞠が言っていたとおり、本当に優しい良い子だと思う。


885 : 少女/芝居と師弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 15:54:14 hP.CBQc60
しかし、優しい子だからこそ、わだかまりを堪えて、無理して許してくれたのではないかと勘ぐってしまう。
原因がどうあれ、静雄があの場で怒りを爆発させて「殺す!!!!」と大上段に宣言して暴れはじめたせいで、
蛍は怯えてしまってあの場から逃げ出し、
そのせいで纏という女(蟇郡はそう呼んでいた)に襲われて殺されかけるような目に遭わせてしまい、
それを自分は助けるのが間に合わず、間に合ったのがノミ蟲だったのだ。
蛍からすれば、静雄は『自分を死なせかけた挙句に、恩人である折原臨也を死なせた大戦犯』と言っていい。

そもそも、静雄には知らないことが多すぎるのだ。
まず、女心というものが難しくて複雑怪奇だし、それがまだ年若い少女ともなればなおさらだ。
そして折原臨也と一条蛍がどういう関係で、どういう遣り取りがあったのか分からないし、
気丈に振る舞っているけれども、小鞠を失い、悪人とはいえ臨也を死なせてしまって、
その心中にどういうものがあるのか、これから何を望んでいるのかも分からない。
蛍を傷つけてしまうかもしれないと、ろくな会話もできずに、踏み込むことができずにいた。
だから。



「私は今でも、折原さんにすっごく感謝してます!」



その心中は複雑だろうなと思っていたけれど、改めてそう断言されたのは、さすがに驚いた。


🐇  🐇  🐇


一条蛍にとって、折原臨也とはどんな人だったのか。

分校でも、車の中でも、蛍はひそかに考えてきた。
車の中だと、考え事をする時間はそれなりにあったので、じっくりと、こっそりと考えてきた。
エルドラを相手に、これまでのことを色々話したりしながらも、考えて、考えて、考えてきた。
自分の気持ちなのに、ちっとも分からなかった。

折原さんのことをよく知っているらしい平和島静雄さんに聞いて、確かめることはできなかった。
実は悪い人でした……という真相を知るのが怖かった気持ちもあるけれど、二人とも仲が悪いのを通り越して憎み合うような関係にあると分かったからだ。
せっかく平和島さんと和解することができたのに、嫌いな人のことを質問して不愉快な気持ちにさせてしまうかもしれない。
そんな遠慮をして、踏み込むことができずに、蛍は一人で考えてきた。

本当の折原臨也さんは悪い人だった……のかもしれないが、そうと断言することは蛍には難しい。
折原という男は、いつも蛍には優しくしてくれたし、蛍の立場を慮ってあれこれ考えてくれたし、あの人がいたおかげで心の支えになったことが何度もあったからだ。

人にナイフを振りかざしてみせたり、承太郎さんも蟇郡さんも平和島さんも出会う男の人が折原さんを相手にすると喧嘩腰になったりして、怖く感じたりはしたけれど、
意地悪な質問をされたりして、恨みがましい気持ちになったことはあったけれど、

『折原さんがいたおかげで、私は絶対に人を殺さないと決められました。ありがとうございます』と言った気持ちには、少しの嘘もなかった。
『折原さんは良い人です。意地悪なことも言うけど、私のことを本当に考えてくれてる、良い人です』と打ち明けたのは、本音だった。
死んでほしくなかった。
追いて行かないでほしかった。

平和島さんからは悪党呼ばわりされていたけれど、実感だってわかなかった。
なぜなら、折原さんの言うことは、いつもいちいち筋が通っていたかのように聞こえたからだ。
それでも実際に会ってみた平和島静雄さんは、すぐに怒る人だったけれど、悪い人には見えなかった。
それなのに、折原さんの話を聞いていると、平和島さんを怪しむべき理由があるようにも思えてくる。
だから、今になって天々座理世からも『折原さんは命懸けで蛍ちゃんを助けてくれたのに、その折原さんを信じないのか』と痛い所をつかれたようで、自分の方が悪い事をしたような気持ちになった。


886 : 少女/芝居と師弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 15:55:09 hP.CBQc60
でも、本当の平和島さんが『喜び勇んで暴力を奮う悪い人』で『肉の芽を植えられて悪魔になった人』なんかでは無かった以上、
折原さんは、蛍や仲間たちの皆を騙していたのが真相になる。
平和島静雄という人を、陥れて殺してしまうために。
そういうことに、なってしまうのだった。

じゃあ私は、折原さんに怒ればいいの?
それとも、私にずっと優しくしてた人だから、平和島さんを信用するけど折原さんも庇い続けるべきなの?

そういったことも、考えてきたけれど。
実は。
一番に悩んだのも、考えたのも、苦しいのも悲しいのも、その事ではなかった。



「折原さんは、嘘ついてたんだと思います。それは、きっと間違いないです」



感謝している、と言い切った続く言葉で、蛍はそう言った。
リゼも、オウム返しに「嘘?」と尋ねる。

「はい…………だって、折原さんの言ってた平和島さんと、実際に話してみた平和島さんはぜんぜん違ってましたから。
 私は子どもだし、皆さんみたいに頭は良くないですけど、『平和島さんがいい人』だってことは、つまり折原さんが嘘つきだってことになりますから」

まるで皆の前で作文を読み上げるかのような、そんな硬い声だった。
それこそ、ずっと用意して、練ってきた原稿を読み上げるように、何かを切り替えたような話し方だった。

「折原さんも優しかったですけど、平和島さんのことは、悪い人だと思わせようとしてるみたいに見えたのも、本当ですから。
どうして折原さんが私を助けてくれたのかは分からないけど、折原さんと平和島さんだと、平和島さんの方がいい人だと思うんです」

その切り替えに、リゼもただ面食らうしかない。
明らかに事情を分からないまま流されている風だった少女が、実は真理を体得していたかのように語り始めたのだから。
しかも、そうやって言い切られた『平和島静雄を信じられる理由』も突き詰めてしまえば、
『実際に接してみたから』という、良く言えばシンプルであり、悪く言えば第三者には曖昧なものなのだ。
しかも『感謝してる』と言った後に、同じ人物のことを『嘘つき』と評した。

「感謝、してるのに?」
「感謝、してます」

そこで、まるで重大な告白をするかのように、息を吸ってから吐いて。



「だって折原さん、『妹さんが二人いる』って言ってたのに、私のせいで死んじゃったから」



実は。
一条蛍が一番に悩んだのも、考えたのも、苦しかったも悲しかったのも、折原臨也の人となりとはまったく別のところにあった。
蛍の犯してしまった、罪についてだった。

つまり、折原臨也が何者であれ、一条蛍を助けるために、死んでしまったのだということだ。
小学五年生の女の子にとって『自分の命を救うために、悪人(かもしれない)とはいえ人ひとり死んだ』という事実が重くないわけがない。
ましてや蛍は、折原臨也にも家族がいることを知っていた。

――ちょっと変わった子たちだけど、2人とも俺のことをとっても大切に思ってくれてるんだよね。
――もし俺がこんなとこで死んじゃったら、きっと泣くよ。それどころか、もう立ち直れなくなっちゃうと思うんだ。


887 : 少女/芝居と師弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 15:56:02 hP.CBQc60
もし、『クルリちゃん』と『マイルちゃん』が絶望して立ち直れなくなったら、それは一条蛍のせいだ。
どうしても妹二人のところに帰りたいと言っていたのに、その命を一条蛍のために捨てさせてしまった。
たとえどんなに悪い人だったとしても、家族がいる。
だから蛍は、『たとえ小鞠先輩の仇が相手でも、殺してはいけない』と、そう決めたばかりだったのに。

……もっとも、一条蛍がその懊悩を平和島静雄に打ち明けていれば、違った意見も聞けただろう。
平和島静雄は、折原の妹二人ともよく見知った仲でもあるし、妹達があっさり兄を静雄に売ろうとしたことがあるのも知っている。
少なくとも静雄は、過去に臨也を殺そうとしていた時に、『殺してしまえば折原妹達は悲しむだろうか』などと配慮をしたことはない。
流石にそこまでぶっちゃけた事は蛍に言わなかったとしても、『そんなことで立ち直れなくなるほどあのガキどもはヤワじゃない』ぐらいの保証と慰めはしただろう。

しかし、ともかく。
きっかけは、折原臨也の双子の妹達だった。
あの時、折原臨也と二人きりで話した時に。
誰であろうと絶対に殺さないという覚悟に辿り着いた時のように、そうだった。

「折原さん、私に手紙を残してくれてたんです。『天国で、また会おう』って」

気が付いたのは、森の中を進むために、スマホを取り出した時だった。
白いカードの灯りだけでは心もとなく思って。

以前にも、夜道をこんな風に、懐中電灯が電池切れで歩いたことがあって。
『あの人』と真っ暗だと怖がりながら歩いたな、と懐かしくなって。
そうだ、スマホならば懐中電灯が付いているはずだと、気が付いて。
それが折原臨也の遺品だということを、取り出してから思い出して。

そこで、元からメモ帳のアプリが開きっぱなしになっていたのを見つけた。

メモは幾つもあったけれど。
ちょうど開かれていたのは、たった一言だけ書かれていたファイルだった。



――天国で、また会おう。



『また明日ね』と手を振ってくれた。
夏色の風景にいた、あの人のように。

その一言だけで、泣きそうになったから。
白状すると、少し泣いていたから。
前を歩く静雄に気付かれないようにするので必死だったから、他のメモは見ていないけれど。

「私が一言も言ってないのに、私の言って欲しいことを分かってくれてたんです、『また会おう』って」

師匠(せんせい)、とは少し違うと思う。折原さんはいつだって、蛍にああした方がいいと物を教えたわけではなかったから。
たとえるなら、『こんな未来も有り得るかもしれないよ』と、神様の言葉を教えてくれる預言者、だろうか。
折原臨也が、どんなに凶悪な詐欺師だろうとも、それは変わらないことだ。

そう、折原臨也がどんな悪人だろうと、残された妹達が悲しむことは変わらない。
つまり、折原臨也がどんな悪人だろうとも、一条蛍という命を残してくれたことは変わらない。
理解して、救ってくれたことも変わらない。

「だから、折原さんが本当に悪い人だったなら、天国でまた会えた時に怒ります。
よくも騙したなって、怒って、暴力はやったことないけど、叩くかもしれないです」


888 : 少女/芝居と師弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 15:56:54 hP.CBQc60
一条蛍は、あくまで『良い子』なのであって『聖女』ではない。
『折原さんは平和島さんを追い詰めるためだけに私の大切な先輩を利用して、その上間違った犯人を私に唆してたくさん騙したけれど、命の恩人だから気にしてません、許します』なんて、人間離れした寛大さは持ち合わせていないのだ。
たとえ折原さんでも、どんな理由があっても、怒るし、恨むし、もしかしたら罵るかもしれない、だから。
また会いたいですと恋しがりつつ、また会う時は覚悟しててくださいね、その時は怒りますからと拳を固める。
でも、その前に。
そんな日が来る前に、ここを生還したらマイルちゃんとクルリちゃんに、お兄さんを死なせてしまってごめんなさいと謝らなければならない。
赦してもらえないかもしれないけれど、静雄さんが自分に謝ってくれたように、頭を下げよう。
いつか臨也さんに向かって怒りをぶつけるその時が来るまでは、感謝しながら、謝りながら生きていく。

「だから、折原さんのことが信じられないのかって聞かれたら、『はい』しか言えないです」

そんな結論で、『作文』は結ばれた。
ずっと聞き役だったリゼも、蛍が相当の試練を歩いてきたと察したのか、静雄の後ろにいる少女にあぜんとしている。

「ま、そりゃそうだ」

そして平和島静雄も、そんな言葉で認めた。
もともと、『蛍の恩人だから』という理由で、折原臨也の遺体を運び、埋葬までしてやったぐらいには筋を通す男である。
だから、たとえ大、大、大嫌いな折原臨也を肯定して褒めたたえる発言だろうとも、
蛍なりの筋を通した結果の結論ならば否定しないし、『臨也なら地獄行きだろ』などと空気を読まない発言もしない。
そもそも静雄は、強い人間のことが好きなのだった。
己の感情を制御して、他人に迷惑はかけず、しかし芯は守り通す、そういう強さを持った人間には、敬意を払っている。

折原さんの話をしたのに平和島さんが喜んでくれた、という事実を見て、蛍はさらなる勇気にかられたらしい。

「だから、リゼさんもその銃をおろしてください。
平和島さんにもしものことがあったら、平和島さんの家族だって悲しい思いをします」
「家族……?」

平和島静雄に庇われながら、ではあったけれど。
課題の『作文』を終えて、『説得』のための言葉を自発的に語り始めた。

「そうです。もしどうしても平和島さんが信じられないなら、その時は撃つよりも、逃げてください。
 私を置いていくことになるとか、考えなくていいですから。そっちの方が、リゼさんも人殺しにならなくて済むし、絶対いいですよ」
「いや、そういうわけには……それは蛍ちゃんが」
「私だったら大丈夫ですから」
「全然大丈夫じゃないぞ! 言っておくけど私の方が蛍ちゃんよりはまだ全然強いからな!?」

もはや、誰にもはばかることなく。



「私は、何があっても絶対に人殺しはしないから、大丈夫です」



一条蛍という少女の『光』は、ここに輝く。



「失礼なたとえですけど、平和島さんが本当に人殺しだったとしても、私は殺すより殺される方を選びます。
 平和島さんがいい人に見えるからじゃないです。
相手が、本当に小鞠先輩を殺した『犯人』でも、折原さんを殺した白い服の人だったとしても、殺さないです。
蟇郡さんは、確か、その人にはお姉さんか妹さんがいるって言ってました。
だったらやっぱり、殺すのはいけないと思います」

強者のように不敵に笑うでもなく、
弱者のように小さな声で、必至そうな顔で。
それでも、ただひたすらに眩しい姿で。


889 : 少女/芝居と師弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 15:57:39 hP.CBQc60



「どんなに悪い人でも、殺しちゃったら、哀しい思いをする人がいますから」



そして。



「チノさんだって、リゼさんに人殺しになって欲しくないと思います」



ある者によっては、見ようによっては、不気味な姿で。


🐇  🐇  🐇


あらかじめ言っておくと、天々座理世はごく善良な少女であった。
さっきからずっとリゼは平和島静雄と、それに伴う一条蛍の証言を疑い続けてきたけれど、
何もそれは彼女がことさらに人を信じられない性質だとか、考え過ぎる性格をしているからというわけではない。

むしろ、木組みの街からきた他の少女たちもそうであるように、70人の参加者の中でもお人好しで、人を陥れたり嵌めるような悪意とは無縁の暮らしをしてきた少女だ。
では、なぜこんなにも無辜の無実を訴える二人を疑いの眼で見ているのか。
一言で言ってしまえば、『この世界に来てから、あまりにもおかしな現象を見続けてきたから』ということになる。

例えば、針目縫と交戦した時の経験がそれだ。
リゼがしっかりと狙い定めて右目に銃弾を撃ち込んだはずなのに、針目縫は即座に立ち上がり、なんとその負傷を短時間で自然治癒させてみせた。
人間ならば片目を撃ちぬかれた時点で死んでしまうし、実際にリゼはその覚悟をもって撃ったにも関わらず、だった。
そして、折原臨也も言っていた。
平和島静雄は、自動販売機を持ち上げてボールのように投げつける怪力と、銃弾さえ筋肉で止まってしまう強靭さを兼ね備えていると。
平和島は針目と違って種族としては人類にカテゴライズされるらしいが、『銃が効かない』と聞いてまず思い浮かぶのは針目縫のことだ。
少なくとも拳銃弾は、怯ませる程度にしかならなかった。
ならば、このコンテンダーのライフル弾ならば効くのか、それともバズーカ砲でも用意しなければならないのか、リゼは折原からそこまで細かく聞いていない。
(ちなみに銃弾も効かないという風評にはやや言葉のあやがあり、実際はいくら静雄でも拳銃で撃たれたらダラダラと血を流しながら闇医者に通う)
だから。
『自分が無抵抗の青年と少女に銃口を向けていて、青年は少女の前に立ちふさがって少女を庇っている』という状況を、
格好としてはどう見ても自分の方が悪役であり、
善良な少女を騙している狡猾な男ならばここまで身体を張った真似ができるだろうかと、普通なら疑問を抱くはずの光景を、
ちっとも額面通りに受け取れない。
なぜなら、『平和島静雄には、銃弾が効かない』のだから。
『出会ったら撃ち殺すのをお勧めする』と警告された以上、針目縫よりも通用すると踏んでいるけれど、
それでも『本心から庇っている』のか、『銃が効きにくいからリスクを承知で庇える』のかを見分ける常識が、摩耗して、麻痺している。

例えば――こちらの方がより大きい理由だが――例えば、もう一つ。
針目縫が、空条承太郎そっくりに変身してラビットハウスに現れた時にその演技をまったく見破れなかった、という経験を経ていたことだ。
承太郎を演じていた間の針目縫と、本性を現してからの針目縫は何から何までが別人の演技力を持っていた。
『あの場に演技を見破る眼を持っている風見雄二がいなければ』、誰もが狡猾なバケモノの演技を見破れないまま、本物の承太郎が帰って来てくれるのを待たずして皆殺しにされていただろう。
そして、『この場に演技を見破る眼を持っている風見雄二はいない』のだ。
真の悪党であるならば、正義感ある人間になりきることぐらいは容易にできること。
そしてリゼ自身には、あいにくとその演技の違いを見破る眼は無いこと。
針目縫によってリゼはこの二つを、しっかりと学習してしまった。

だからリゼは、『もしかすると平和島静雄は良い人なのかもしれない』という自分の感想を、全く信用することができないでいる。
そうやって迷わせ、信じさせることこそが相手の狙いではないかと、メトロノームのようにぶれている。

でも、それは同時に。
天々座理世は、普通の女の子だけれど、普通の女の子なりに、バトルロワイアルという環境に順応していることを意味する。
『普通の女の子』であることは変わらないなりに、『自分がされたらいやなことを人にしてはいけません』とか『ましてや銃口を向けたり、撃ったりしてはいけません』とか、
そんな人としては当たり前の光からは、遠ざかりつつあることを意味する。


890 : 少女/芝居と師弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 15:58:26 hP.CBQc60
『自分のためには引き金を引けなくても構わない。だが、他人のためなら迷わず引き金を引ける男になれ』



リゼは、それを己に言い聞かせ続けてきた。
チノやシャロ、皆を守りたいという思いを形にするために。
実際にそこまで覚悟が決まっていたかともかく、意識の上ではそうあろうとしてきた。
そこには、軍人の父親を持ち、日ごろからミリタリー趣味にはまり、また最初に出会ったパートナーである風見雄二も軍属の人間だったという背景もあっただろう。
メンタルは普通の少女だったとしても、知識の上では『世の中には、必要ならば人を殺すことを任務とする人間もいる』ことを理解していたし、敬意を持っていた。
蛍のように『絶対にしてはいけないことをしている人殺し』などとは間違っても思わないし、抵抗なく受け入れる土壌があった。

そんな、リゼに。
そこまでして守りたかったシャロやココアを手が届かないところで失い、
手の届くところにいたはずのチノを、目の前で失った今になって。

「相手が、本当に小鞠先輩を殺した『犯人』でも、折原さんを殺した白い服の人だったとしても、殺さないです」

その少女は、小さくも眩しい、美しすぎる光だった。

――なんで?

その言葉を聞いた瞬間に、そんな疑問が抑えられなかった。

少女が、そんな結論を出すに至った背景は聞いている。
ついさっき、作文の朗読のように一生懸命に『折原さんの妹達を悲しませてしまった』と懺悔するのを、聞いたばかりだ。
だから文脈としては分かる。

だけど、だからって。
『相手があの白い服の化け物や、“殺人事件”の犯人だろうとも殺さないし、殺すぐらいなら殺される』なんて、そんな考えに至ることは無いじゃないか。



――有り得ないよ。



それはまるで、爆弾を落とされ焼き尽くされているような災害跡地の真ん中で。
一匹のホタルが、何事もなくきれいな光のまま、ふわふわと飛んでいるようなものだ。
美しさに見惚れるよりも先に、本当にホタルなのかと疑ってしまう。

「蟇郡さんは、確か、その人にはお姉さんか妹さんがいるって言ってました。
だったらやっぱり、殺すのはいけないと思います」

同じように、大切な人を失ったはずなのに。
大切な友達だったはずの越谷小鞠を、まったく他人のリゼでさえ見た直後に嘔吐してしまうような、そんな酷い有り様で殺されたのに。
同じように、『白い服のバケモノ』に、大切な人を目の前で殺されるという経験をしたはずなのに。
この子だって、あの心が壊れそうな思いを経験して。
『自分のせいで死なせてしまった』という後悔を、
『自分が何とかできれば死なせなかった』という慙愧を、味わってきたはずなのに。


891 : 少女/芝居と師弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 15:59:07 hP.CBQc60
放っておけばこれからも人を殺し続けるような人外に、そんなことを言ってのけた。
まるで、放射熱戦を吐いて街を破壊する怪獣を見ても、『あの怪獣にだって大切な家族がいるかもしれないのだから、殺すのは可哀想だ』と言われたかのようなカルチャーショックだった。
言わんとする論理は理解できても、そんなことを言える神経が理解できない。

――もっとも、リゼは一つだけ『勘違い』をしている。

蛍は必ずしも、リゼと同じようなものを見たわけでは無い。
というより、実のところ蛍は殺し合いの中で、一度もまともに『人間をはるかに超えた怪物の脅威』だとか『怪物に殺された犠牲者』を目撃していない。
もっとも衝撃的だった越谷小鞠の死も、承太郎の口から『殺された』と告げられただけだ。
破壊しつくされたゲームセンター周辺を目にしていないし、小鞠の遺体がどんな有り様だったかも知らない。
その後に彼女を交えて行われた情報交換でも、皆がまだ小学生の蛍に配慮をして、『犯行はかなりの力技であり、犯人は相当の怪力の持ち主だ』というように遠回しな表現を使った。
(蛍がこれまで『先輩の命を奪われた』ことには怒りを露わにしても、『先輩の頭を見る影もないほど潰された』ことに反応してこなかったのは、それを知らなかったからだ)
そして、放送後に平和島静雄と折原臨也の殺し合いが始まりかけた時も、いちはやく逃がされた為にほとんど現場を見なかった。
纏流子に目の前で折原臨也を殺された時も、臨也の背中に隠れて『殺害現場』と呼べるものはほとんど目撃しなかった上に、その直後に気を失って記憶もあやふやになっている
衛宮切嗣の死体も、平和島静雄が配慮をしてくれたおかげで、凝視せずに済んだ。
だから蛍は、『殺人犯』や『白い服の女』のことも、『怪物』ではなく、あくまで『悪い人』として見ていた。
悪い『人』であっても、私は殺さないのだと、そう言ったつもりだった。

「どんなに悪い人でも、殺しちゃったら、哀しい思いをする人がいますから」

相手が『殺人犯』だろうと、平和島静雄だろうと、『白い服の女』だろうと、『白い服』と組んでいた金髪の剣士だろうと、あのDIOだろうと。

――できっこない。

怪物たちの殺し合いを目の当たりにして、怪物に大切な人を奪われた少女はそう思う。


これは、ホタルの光だ。



普通の女の子らしい考え方のはずなのに、リゼからしたら普通じゃない。
普通の女の子なのに、リゼも蛍も、普通の女の子だったはずなのに、どうしてこんなに違うのか。

だから。



――この子は、本当に、私の知っている蛍ちゃんなのか?



そんな疑問が、本音として口から出そうになり。
その一瞬で、天啓のようにリゼは閃いた。



ああ、そうか。
『私の知っている蛍ちゃんじゃない』としたら。



噛み合った。

確かに、聞いていたじゃないか。
平和島静雄は『DIOに操られて、猛獣から悪魔にランクアップしてる可能性がある』と。
『善良な集団の中に紛れ込む悪知恵まで身に付けてるかもしれない』のだと。

そして、空条承太郎さんから、DIOという吸血鬼の脅威を説明された時にも聞いていた。
『どんな正義感あふれる人間でさえも洗脳し、DIOに忠誠を誓ってしまう』
『どんな優しい人間でさえも悪の心に染め、狡猾な策を用いるようになる』
そんな、肉の芽という恐ろしい道具は。
『複数』作り出せるのだと。


892 : 少女/芝居と師弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 15:59:54 hP.CBQc60



「チノさんだって、リゼさんに人殺しになって欲しくないと思います」



その少女が、安心させようと作り出した精いっぱいの小さな笑みは。
リゼの眼には、いびつな作り笑いに見えて。
そして何よりも。



――おねえちゃん、たすけて。



彼女の最後の言葉を、表情を、真っ黒く塗りつぶすものに思えて。



「違う。チノはあの時、『たすけて』って言ったんだ。目が死にたくないって言ってたんだ」



そんな反論をスイッチとして、リゼのメトロノームからぶれが消えた。
カチリと、一方向に傾いて止まった。



「チノは私達の目の前で殺された。白い服の『きりゅういんさつき』に。私はそいつを許さない」



平坦な声で反論を続けながら、リゼの中で答えは組みあがっていく。
それならば、不自然だった状況の、つじつまが合うのだ。

『折原臨也のことを信頼していた、一条蛍が』
『第二放送を迎える前に、折原臨也と死別し』
『しかし、彼女だけは折原に庇われた後も、なお生かされ続け』
『再会した時には、折原臨也の敵であり、折原がもっとも警戒していた平和島静雄と二人でいて』
『こうして携帯電話を持っているのに、保護者である折原臨也が死亡して喫茶店の人々が心配する中で、チャットに連絡ひとつも寄越すことなく』
『しかも、折原の死が告げられた放送から9時間が経過しているのに、保護者である平和島静雄さえもが、携帯電話で無事を連絡してあげようと提案することもなく』
『肉の芽を埋められた疑惑がある平和島静雄と、二人でいて』
『以前の一条蛍と、どこかが違っていた様子』
だったのだ。

これで、聡明なリゼに、『一条蛍が、静雄から洗脳ないし思考誘導されている可能性』を疑うなという方が難しい。
なまじ、数時間前に『他の対主催派と連絡を取るために』ゲームセンターで携帯電話を手に入れようと奮闘していたこともあり、携帯電話を持っていたのならなぜ連絡を寄越さなかった』という点も違和感のもとになる。
『小学生の蛍に、自分達の位置を特定されないような形でチャットに書き込むのはハードルが高かった』ことや、
『平和島静雄は、雄二や承太郎や言峰たちと違って、そういった事に気が付く目ざとさを持っていない』ことまではとっさに想像がつかない。



「私が風見さんに庇われてないでちゃんと撃ってたら、チノは死ななかった。
それを、撃たなくて良かったみたいに言ってほしくない」


893 : 少女/芝居と師弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 16:00:34 hP.CBQc60



しかし、DIOには『アリバイ』がある。
平和島静雄がゲームセンター周辺にいたのと同じ時間帯に、DIOの館で言峰神父と遭遇している。
だから承太郎と風見雄二は、『真犯人DIO説は崩れる』と結論づけた。
そんな論証も、今や機能していない。

リゼ自身も、ついさっき思ったことではないか。
言峰神父が語っていたような『一瞬で離れた場所に離脱できる飛行機』が、ここにあれば逃げられたのに、と。
一瞬で別の場所に移動する手段があってもおかしくないと分かった以上、『だいたい同じ時間帯に、別の場所で見かけましたよ』という現場不在証明は、何の意味もなさなくなる。



「私は『他人のためなら引き金を引け』って教わったんだ。
 それが間違ってるわけない!
 なんで、あんな簡単に人を殺せるような連中の家族にまで、気を使わないといけないんだよ」



考えて、考え続けて、本当にこの答えでいいのだろうかと、疲れ切った心に浮かんできたのは、風見雄二の言葉だった

『ネガティブなイメージが沸くのは、危機管理が出来ている証拠だ』

だったらこのネガティブな敵意は、リゼがちゃんとしている証拠なのだろうか。
そう考えると、少し安心した。
こんな殺し合いの場所で、最初のありようを示してくれた。
彼の姉や養母が、彼にとっての師匠だったように。
リゼにとっての彼もまた、師のような存在だった。

『そのままでいてくれ』

だから、天々座理世は、彼女らしくいるため、どうしても譲れない一線に、すがりつくために。
チノを守れずに、折れてしまった心を、これ以上、踏み躙られないために。
『そもそも誰かを殺してチノたちを守ろうという考えが間違っていたんだ』なんてことにだけは、しない為に。



「きりゅういんさつきは、針目のことを妹って呼んだんだぞ。
 妹とも殺し合おうとしてるのに、なんで家族に配慮してやる必要があるんだ!」



最後の判断で、銃口は蛍に当たらないよう、平和島の頭につけた。
『肉の芽』は戦闘力までもを向上させるわけではないと承太郎は言っていたはずだし、それならば平和島だけを怯ませるなり撃ち殺すなりするだけで良いはずだと思えたし、何より、
――リゼだって、好きこのんで一条蛍の家族や友人を悲しませる役目を、担いたいはずがなかったから。



ああ、それとも。
家族を悲しませないであげてほしい、という大義さえあれば、
その大義を優先してもらえるというのなら。



「…………私だって、ココアやチノの『お姉ちゃん』になりたかった」



発砲音が一つ。
そして、リゼの身体を強烈な反動が後方へと吹き飛ばし。
同時に、命を奪う30-06スプリングフィールド弾が、銃口から解き放たれた。


894 : 少女/芝居と師弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 16:01:59 hP.CBQc60

🐇  🐇  🐇


その時、その瞬間。
平和島静雄と、一条蛍の間にもまた。
ひとつのすれ違いが、生じつつあった。

二人の会話で、チノという少女の名前が出てから。
リゼの反論がだんだんと熱を帯びてくるのを見てとり、平和島静雄は判断をした。

ダメだ、このままでは、コイツは撃つと。
どこがどう地雷になったのかは知らないが、蛍の言葉でどうにかなるものではなかったと。
となれば、次に起こす行動は一つだ。

発砲される前にリゼを取り押さえる、では、無く。
まず、一条蛍を射線から――己のすぐ後ろから、避難させる。

それまでは、蛍のリゼに呼びかけたいという思いを尊重する形で庇いながらも後ろにおいていたけれど、荒事で抑え込むとなれば別だ。
東條希のナイフとは違って、拳銃には常に『暴発』というリスクがある。
守りながらの戦いをまだよく知らない自分では、射線がどうなるかという計算などできない。
感情に任せて対処すれば、纏流子との攻防で一条蛍を殺しかけた時の二の舞になるかもしれないと。
だから静雄は、蛍を押し出そうとした。
くしくも、かつて折原臨也がそうしたように、蛍の方を向いて、軽く背中を押し、「ここは俺に任せて逃げろ!」と指示しようとしたのだ


しかし、静雄は知らなかった。
これまで、一条蛍と、分校でも車中でも、気まずい空気のまま訥々としか会話をしてこなかったから、蛍のことをよく知らなかった。
さっきの蛍の長広舌を聞くまで、『自分はもしかしたら蛍ちゃんから恨まれているのではないか』と見当違いの懸念を抱いていたぐらいには、知らなかった。
『折原臨也』というタブーの話題があったとはいえ、あまりに一条蛍の知る人物の死に関わりすぎて、どう接していいか分からず、距離を縮めることを恐れていたせいだ。

だから、静雄は知らない。
蛍が先ほど言った『絶対に人を殺しません』という決意は、
『もし宮内れんげちゃんが殺人者に殺されそうになっていたら、殺人者を殺すよりも、私が身代わりを申し出て死にます』と言ってしまうほどに、重たいものであることを。
越谷小鞠を失った時に、一条蛍がどれほど打ちひしがれ、泣いたのかも。
そこから立ち直るために、『良い子』として生きていくためなら、自己犠牲も厭わないようになっていることを、知らない。

一方で、蛍もまた静雄のことを知らなかった。
ゲームセンターで静雄と小鞠がすっかり仲良くなっており、『小鞠が静雄に自分の話をした』ことを知らなかった。
『蛍はとても良い子なのだ』と、自分のことを好意的に紹介して、静雄からも好感をもたれていることを知らなかった。
だから、『静雄にとって一条蛍とは、出会う前からとっくに守るべき存在になっている』ことを知らない。
『親身になって一緒にいてくれるいい人だな』とは思っていても、蛍を命に替えても守ろうとしている思い入れの深さを、知らない。

だから、両者の思惑はきれいにすれ違う。
互いに、互いの思いを裏切るような行動を取る。

静雄が『これは撃つ』と思ったのと同時に、蛍もまた同じ予感を抱いていた。
自分の言葉が、リゼの逆鱗に触れてしまったことにショックを受けながらも、何とかしなければと思っていた。

私がリゼさんを怒らせたせいで、平和島さんが撃たれてはいけないと。
私を庇って静雄さんに何かあったのでは、折原さんに庇われた時の二の舞になると。

だから、同時に行動を起こしていた。
頭を下げて姿勢を低くし、静雄の脇をすりぬける格好で飛び出したのだ。

蛍は小学五年生にしてはかなりの大柄だが、静雄にしても成人男性の中では高身長な方だ。
だから二人の間には、はっきりと身長差がある。蛍がしゃがめば、よりいっそう差が開く。
だから、タイミングが一致したという問題でもあった。
静雄が蛍を軽く押し出すために――蛍の肩のあたりを薙ぎ払うようにして振るった腕は――回り込むために走り出した蛍の頭より、少し上の位置をきれいに『空振り』した。


895 : 少女/芝居と師弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 16:02:45 hP.CBQc60

「――――あ?」

動揺から、静雄の思考がその数瞬、止まる。
軽く動かした腕とはいえ、ただの女の子に『躱された』という動揺と。
蛍が理解できない行動をしたという、不可解で。

そして、蛍が静雄の前に飛び出したことで、
動揺から、リゼの引き金にかかった指も、タイミングが狂う。
本来なら、数秒かもう少し後に、もっとよく狙いをつけられて撃たれていた弾丸が、早いタイミングで発射される。

そして、二人には別の不幸な偶然がある。
天々座理世の発砲したトンプソン・コンテンダーの重量は約1.5キロ。
ライフル弾を撃てる銃器としてはかなりの小ささと軽さではあるが、拳銃としては充分以上に重い方なのだ。
天々座理世は、バトミントンのサーブ練習で羽根が木の幹にめり込むほどの腕力を持っているけれど、
重い銃をずっと構えたまま『保持し続ける腕力』は、とっさに発揮する腕力とはまた違う筋力を――普段は使わない筋力を必要とする。

結果として。
平和島静雄の頭部を狙うためにつけた狙いは、会話をしながらもだんだんと下にずり落ちるように下がっていた。
実際の弾丸は、それよりもずっと下の位置へと放たれていた。



それは、一条蛍の心臓をめがけて、過たず撃ち放たれた。



そして、そんな不幸な偶然など知らないけれど。
それまで平和島静雄の背中に半ば遮られていた、視界がぱっと開けた時。
蛍は、リゼの顔を正面から正視した。
その時のリゼの表情を、蛍はきっと、一生忘れないだろう。
その『一生』を、まさに己の手で終わらせようとしているのだけれど。

チノさん。

最後に、水色をした喫茶店の制服を着た、小さな少女のことを思った。

チノさんと、『帰ったらラビットハウスにご招待します』という約束を、していたのに。
チノさんとベッドの中でお喋りをして、ココアさん、リゼさん、シャロさん、千夜さんのお話も聞いていたのに。

『チノさんだって、リゼさんに人殺しになって欲しくないと思います』

だから、チノさんは絶対にリゼさんを責めたりしないって、言ってあげたかったのに。
言ってはいけないことを、言ってしまった。

ごめんなさい。チノさん。
せっかくチノさんと友達になれたと思ったのに、リゼさんにあんな顔をさせてしまって、すごく怒られるかもしれません。



鳴り響く銃声と同時に蛍の身体は倒れ、強い力で地面へと打ち付けられていた。


896 : Lostorage/記憶の中の間違ってない景色 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 16:04:09 hP.CBQc60








『紅林遊月』は、とっくにその場を去っていた。
しかし。


897 : Lostorage/記憶の中の間違ってない景色 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 16:05:10 hP.CBQc60


















――おねえちゃん、たすけて


898 : Lostorage/記憶の中の間違ってない景色 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 16:05:57 hP.CBQc60


















『ココアおねえちゃん』は、助けにきた。


899 : Lostorage/記憶の中の間違ってない景色 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 16:06:47 hP.CBQc60

















蛍の身体を押し倒したのは、銃弾では無かった。

チノのことを、思い出した直後。
蛍が静雄の真正面に回り込むことに間に合ったのと、ちょうど同時だった。

蛍の回り込みをちょうど真横から妨害するように、横合いの木陰から飛び出してきた人影に、突き飛ばされたのだ。
人影は、蛍にも見覚えのある――チノの部屋でベッドインする前に見せてもらった、ラビットハウスの制服を着ていて。
急激に傾いていく視界の中で、丈の長いスカートが衝撃で翻って。

そして、蛍の眼には。
飛び出した時にも持ち続けていた両手の灯りが、そのまま少女の背格好を照らしていて。

だから、本来はもっと暗い色をしていたのだろうその制服は、

真っ暗に近い森の中で、白カードの光と、それよりは明るい色をしたスマートフォンからのライトに、集中的に煌々と照らされて、蛍の眼には、もっと鮮やかな色に見えて。

――そう、『桜色の、ラビットハウスの制服を着た少女』が割り込んできたように、彼女の眼には見えた。

そして。

「オー――!」

少女が、どこか聞き覚えのある声で何かを叫ぼうとして。

蛍の見上げた少女の身体に、血しぶきが爆ぜた。


900 : 姉/姉妹と姉弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 16:08:16 hP.CBQc60

私を組み立てる記憶。
叫んでいるわ、頭の中。


🐇  🐇  🐇


きっかけは、くしくもシャロの時と同じだった。

シャロの心をのぞいて、『好きな人のこと』を暴いてしまった最初の罪。
それを誰にも相談できなかった彼女は、一枚の『共犯者』をカードから取り出したのだ。

名前を、ピルルク。
針目縫の手をへて、彼女の手に戻ってきたルリグカードだ。
何を言うために取り出したわけでもない、しいて言えば、今の自分が傍目にはどんな顔をしているのか、それを知りたくなったのだ。

しかしピルルクは、開口一番に告げた。
そう遠くない場所に、別のルリグがいると。
しかも位置を聞いてみれば、さっきまでいた近辺――リゼの近くだというのだ。
リゼさんに危ない人が近づいているかもしれない。そう危惧して忍び戻れば、すごいことになっていた。

「だから、リゼさんもその銃をおろしてください。
平和島さんにもしものことがあったら、平和島さんの家族だって悲しい思いをします」

その光景を見て、彼女が平和島静雄のことを『あっ危ない人だ』とリゼのようにすぐ反応しなかったのは、ゲームセンターで『殺人事件』の死体を見ておらず、リゼのほどの強い印象が無かったこともあるだろう。
しかし、何よりも『あのリゼが、見たところ危害を加えていない二人組に、剣呑な態度で銃口を向けている』という光景を客観的に見て、驚いたことの方が大きい。
とにかく、リゼさんを何とかしなければと思った。

少女二人の会話を聞いて、『リゼが平和島静雄を疑っているせいでこうなっている』ことは察した。
同時に、背の高い少女の名前が『蛍ちゃん』だということも知った。

下手に『リゼさん!』と呼び掛けることはためらわれた。
映画館の近くで針目縫に声をかけられた経験から、『いきなり予期せぬ方向から声をかけられたら、心臓が飛び跳ねるほど驚く』ことを思い出したからだ。
銃の引き金を引きそうな相手にそうするのは、少し怖い。

だから彼女は、考えて、考えて、考えて、

「ピルルク、あの男の人に『ピーピング・アナライズ』を、使って」

再び彼女に、そう命令した。
今度は、躊躇いがなかった。

「いいの? 以前に失敗したのでは――」
「知ってる。だから『どんな願いを持ってるか』とか、プライベートまで教えてくれなくていい。
 ただ『DIO』に関する願い事を持ってないか、リゼさんも傷つけるような願いを持ってないか、
『殺したい』とか『人を襲いたい』みたいな危ないことを考えてないかどうか、イエスかノーで教えてくれたらそれでいい」

以前に、失敗していたからこそ。
シャロにどれほど酷い事をしたのか、リゼとの会話で改めて思い知ったからこそ。
そのせいで、自失して『銃をリゼの前に置いたまま一人で放置する』という失敗をしたせいで、こうなっているからこそ。

失敗からは、学習する。
人を傷つけないやり方で、力を使うことを考える。
ピルルクにプライベートを覗かせてしまう行為には違いないけれど、『リゼに撃たせる危険』と取捨して、選び取る。
選択者(セレクター)として。

「――平和島静雄は、参加者を害する願いを持っていない」

答えは、得られた。


901 : 姉/姉妹と姉弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 16:09:03 hP.CBQc60

しかし。

「きりゅういんさつきは、針目のことを妹って呼んだんだぞ。
 妹とも殺し合おうとしてるのに、なんで家族に配慮してやる必要があるんだ!」

同時進行で、リゼの猶予もなくなりつつあった。



「…………私だって、ココアやチノの『お姉ちゃん』になりたかった」



自分は、その『お姉ちゃん』だった。
リゼの頬をつたう涙を見て、それを思い出して。
しかし、その感情のエネルギーの強さは、もはや声をかけた程度では止まりそうになくて。

彼女に、取れる行動の数は、ほとんどなかった。
そう、ほとんどは。


🐇  🐇  🐇


彼女――遊月が、自らの危険を顧みずに、場を収めようと飛び出した理由ならば、たくさんあった。

どうにか無事で済むかもしれないという、遊月視点での公算も大きかったことが一つ。
まず、リゼの方でも撃つタイミングが早まってしまったように、遊月の方でも『撃つタイミングだけならもう少し先だ』という風に見えたこと。
だから本来ならば、静雄の前に両手を広げて飛び出し、『早まるな』と待ったをかけるつもりだった。
針目縫や『映画館の侵入者』からも生き延びてきたというこれまでの幸運もあり、『今回も何とかなるかもしれない』という期待をかけてしまったのもある。

言峰神父は私達を助けるために戦ってくれたのに、自分は何をしているのだと、神父から助けられた命で何かを成したかった気持ちもある。
リゼをこんな風に放置してしまったのが自分のせいだと思っていたこと、だからこそ自分が事を収めなければと、焦っていたこともある。
リゼから『ココアの代わりのくせにチノを守れなかった人なんかに』と言われて、今度はちゃんと動けるようになりたいと、思いつめていたことも大きい。

けれど、それらは『リゼの凶行を止めようとした理由』ではあっても、『蛍たちを庇おうとした理由』とは違う。

紅林遊月は、一番好きな人とまた会うためにも生きて帰らなければと決意している、そんな少女なのだ。
初対面の少女を助けるために、自分の命にまでもリスクに賭けて飛び出すには、正義感や義務感だけではなく、『あの子を助けたい』という意思が必要になる。

実は。
紅林遊月は、一条蛍を知っていた。
一度も会ったことはないけれど、知っていた。

なぜなら、『ココアお姉ちゃん』をしていたからだ。
ココアを演じていた都合上、遊月はチノと、リゼを抜きにして一対一で話す時間も多かった。
その間に、二人はいろいろな話をした。


902 : 姉/姉妹と姉弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 16:09:55 hP.CBQc60
ココアのことをよく知って、よりよく演じるために、ラビットハウスでの話もよく聞いた。
けれど、『ココアお姉ちゃん』とはそもそも、『殺し合いの中で無事に再会できた保登心愛』という設定なのだ。
ココア自身のことを話すだけでなく、チノが『今までに会ったことを聞いてもらいたい』と、いう振りをして殺し合いの中で起こったことを語ることも多かった。
とはいっても、怖い思いをしたような話や、悲しい話ばかりでは現実のことを思い出してしまう。
だからチノは、数少ない『殺し合いで経験した、良かった事』の話をした。
蟇郡苛の名前は、放送で呼ばれてしまったから、話せば悲しくなってしまう。
だから彼女は、まだ放送で呼ばれていない人――こんな場所でも、新しくできた友達の話をした。

一条蛍さんは。
小学生なのに、私よりずっと背が高くて。
でも、ラビットハウスの席に座りながら寝ちゃうような、子どもっぽいところもあって。

小鞠さんを亡くした時はたくさん悲しんでいたけれど。
私がキャラメル入りのコーヒーを持って行ったら、泣きながらおいしく飲んでくれて。

全てが終わったら、蛍さんをラビットハウスに招待しますから、『ココアお姉ちゃんも歓迎してあげてくださいね』と言われた。

殺し合いの中で、大切な人を失い続けてきたチノにとって。
過ごした時間こそ長くなかったけれど、蛍は例外的にも『新しくできた友達』だったのだと、遊月にもよく理解できた。

だから遊月は、『ホタルの光』など関係ない、『チノと友達になった、1人の少女』として、蛍のことを知っていた。

そして、遊月は気が付いたのだ。
チノの『良いお姉ちゃん』を演じていたことで、己も救われていたことに。

自弟――香月に女友達ができるかもしれないと気づいた時に、遊月は強い嫉妬にかられた。
香月が、姉離れしていくのが嫌だった。
それは、香月から一人の女として見てもらえないことだけが理由では無かったと思う。
もしも香月が、自分を恋愛対象足りえるかどうか考えて、その上で自分ではなく別の女の子を選んだとしても、やっぱり嫉妬していたと思う。
香月を自分だけのものにしたい。それが偽らざる本音だった。

一人の恋する少女としては仕方のないことで、姉としては失格だった。
だから。

遊月は、弟が誰かとともにいることを、喜べない姉だった。
だから、せめて、『妹』に友達ができたことは、本当に喜べる姉でいたかった。

一条蛍ちゃんを、助けたい。

初対面の少女を助けようと飛び出す理由の、それが原動力になった。


903 : 姉/姉妹と姉弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 16:10:30 hP.CBQc60
蛍たちとリゼの前に割って入ることには失敗したけれど、
ちょうど蛍が静雄を庇おうと飛び出したのを、阻止することには成功した。

実は、もう一つだけ、『最期の手段』も用意していた。

ピルルクは、二人のうちのどちらかが『ルリグ』を持っていると言ったから。
姿は見えないけれど、少なくとも黒いカードに仕舞われている感じはしないと言ったから。
二人ともセレクターではないようだったけれど――ましてや一人は男性だけれど――針目縫や風見雄二も言っていた。
この会場では、セレクターにしかできないバトルでさえ、誰にでもルリグが見えるように可能かもしれないと。

だから、もしかしたら、ルリグが二人いる以上は。
あの『バトルフィールド』を作り出して地形を変えてしまえば、リゼの弾丸も外れるのではないかと、ピルルクを手に持ったまま、叫びながら飛び出した。
もう一人のバトル参加の同意は無いけれども『もしかしたら』という、最後の予防線として。

「オー――!」

しかし、間に合わず。

蛍の左胸を撃ち貫くはずだった弾丸は、遊月の左肩に着弾し、血しぶきをあげ、
そしてその着弾によって弾道を逸らされ、平和島静雄には命中せず、流れ弾となって消えた。


🐇  🐇  🐇


ここに、因果な事情が一つある。

コンテンダーに付属されていた各種弾丸一式の中に入っていたのは、通常兵器としての弾丸だけではなかった。
特殊な弾丸も、混じっていた。
リゼがとっさに選択して装填した30-06スプリングフィールド弾には、別の名がついていた。

起源弾。

魔術師殺し、衛宮切嗣の切り札。

仮に魔術を用いて防御しようとした場合に、その力を成さしめている魔術回路に切嗣の起源――『切って』『継ぐ』が作用する。
つまり、全身の魔術回路をズタズタに切り刻まれて、めちゃめちゃに繋ぎなおされる。そういう現象が発生する。

かといって、魔術師ではない一般人が撃たれても無害、というわけでも決してない。

起源弾はその性質上、魔力のない一般人に当たっても傷口は『切合』され、古傷のようになって残る。
しかし、30-06スプリングフィールド弾自体は自動車の外板を貫通するほどの威力を持っている上に、撃たれた部位も『元通りに戻る』だけではなく『ただ繋ぎ合わされる』だけなのだ。
撃たれた身体の部位の機能は、失われる。
言峰綺礼のように鍛え上げられた肉体を持っているわけでもない普通の小学生が心臓付近に着弾してしまえば、充分にショック死に至るだけの破壊力を持っている。

だから、遊月の身体を張った行為が全て杞憂だったわけではない。

ないのだが。


904 : 姉/姉妹と姉弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 16:11:20 hP.CBQc60
逆に言えば、庇う方も『魔術めいた力を行使している最中』だった場合、ただでは済まない。

紅林遊月は、夢幻少女になるための条件を満たし、あと一戦で新たな夢幻少女となり得る存在である。
その素質は、この会場においては魔術師や勇者の素質と似通ったものでもあることは、『勇者』への変身を果たしたウリスや、三好夏凜もかつて考察していたところである。
そして彼女は、万が一の銃撃に対処するために、セレクターとしてバトルフィールドを開こうとしていた。
相手方の同意のない一方的なもので、『オープン!』とも叫び終えていなかったけれど。
彼女の中では、ちょうどセレクターとしての力が――それも夢幻少女への転身を果たすまで、あと一歩となるだけの力が――練られているところだった。

もしも、
香風智乃の『お姉ちゃん』でなければ、彼女は蛍を庇おうとはしなかっただろう。
もしも、
紅林香月の『姉』でなければ、彼女は願いを叶えるために、夢幻少女に近づいたりしなかっただろう。

ましてや、庇ったのが他の人間だったならば、即死さえしていなければ、その場にいたエルドラの能力、『ハンマー・チャンス』による治癒能力が作用して、死ぬことだけは絶対になかっただろう。
しかし、起源弾による体内魔力の暴走は、同じく魔術めいた力によって修復することはできない。
電流が流れているところに水を一滴おとしてショートさせている現場を、同じ電流でどうにかすることができないように。

しかし彼女は、香風智乃の、そして紅林香月の、『姉』だったので。

しばしば、起こり得ることでもあるが。
このバトルロワイアルでも、ある『魔王』がそうあったように。
もしくは、白衣の少女と、黒衣の少女、そして生命繊維の怪物の少女三人の間に、この場でも因縁があったりするように。
たとえ、これまでどんなに悪運の強かった少女だろうとも。
『姉』の歩みを止めるのは、『妹/弟(姉たらしめる者)』だったりするもので。

着弾した次の刹那に。
紅林遊月は、大量の血を吐きだして苦しみ倒れた。


🐇  🐇  🐇


905 : 姉/姉妹と姉弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 16:12:10 hP.CBQc60


「ぐあっ――!」

リゼの身体を襲ったのは、針目縫を撃った時とは比較にならないほどの反動だった。
直接的に後ろに飛ばされ、だいぶ離れた場所へと尻餅をつき、木の幹へと激突する。
それでも腕を脱臼するような後に残る外傷がなかったのは、何度かベレッタを撃っていたために反動が装丁できたことと、日ごろからそれなりに身体を鍛えていたことがあったのだろう。

だから、そんな反動よりも。
顔を上げ、立ち上がりかけた時に見たモノの方が、よほど衝撃は大きかった。

「え―――――――?」

紅林遊月が。
さっき、『謝りたい』と思っていたはずの相手が。
自身の身体よりも面積が広い、血の海の中で倒れている。

割り込んできた時にふわりと翻っていたラビットハウスの制服のスカートも、べっしょりと血の海で濡れそぼっている。
もともとは天々座理世の服だった、それが。

「あ――――」

殺すつもりのなかった相手に、しかも仲間と呼べる人に、致命傷を与えてしまった。

人を殺してしまった。
しかも仲間に当たる人を、そうしてしまった。
チノの『お姉ちゃん』を、撃ち殺してしまった。

「どうして…………?」

殺し合いなんてものをやっている中では、よくある悲劇かもしれない。
しかし、天々座理世にとっては、決してよくある事ではなく、それ以上に、特殊な事情がある。

彼女には、現実逃避をする場所がもうないのだ。
ラビットハウスに立ち入ることはできなくなり、
例えば『勇者』だとか、例えば『これからどこそこの施設に行って、対主催として何かをしよう』といったアテのように、
ただの少女を、『今はそんなことを考えている場合ではない』と逃避させてくれる目的も何もなくなった。
彼女の戦う目的だったはずの『妹』は、ついさっき、あっけなく失われている。

そして彼女には、己の罪を暴き立てる存在もいる
そばには『お笑い草だな』と嘲笑する悪魔のような者こそいないけれど、
彼女の脳裏には、『まだ生きている友人』である宇治松千夜の嘆く顔が想像できるのだ。
あの優しかったリゼちゃんが人殺しをするなんて、そんなの嘘でしょう、と。
実際の宇治松千夜は、もう生きてはいないしリゼ以上に手を汚していることなど、知る由もない。
承太郎と遊月が気を使って、教えなかったからだ。

そして、何より。

「風見さんの言う通りに…………撃とうとしたのに!!」

彼女に、『人を撃つ』ことを教え、見守り続けてきた、風見雄二は、今もどこかで戦っている。

こうして。
もう少し先の未来に、春になったら。
チノやココアと共に、『ラビットハウスの三姉妹』と評されるはずだった少女は。


906 : 姉/姉妹と姉弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 16:12:45 hP.CBQc60
今度こそ本当に、寄る辺を見失って。
ただその場から、脱兎のように逃げ出した。

【G-4とH-4の境界付近/夜中】

【天々座理世@ご注文はうさぎですか?】
[状態]:混乱、疲労(極大)、精神的疲労(極大)
[服装]:メイド服・暴徒鎮圧用「アサルト」@グリザイアの果実シリーズ
[装備]: トンプソン・コンテンダーと弾丸各種(残りの弾丸の種類と数は後続の書き手に任せます)@FATE/zero
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(9/10)
    黒カード:不明支給品0枚
[思考・行動]
基本方針:風見さんに会いたい
0:風見さん……私は、間違ってたのか……?
1:チノを殺した白い服の女は許さない
[備考]
※参戦時期は10羽以前。
※折原臨也、衛宮切嗣、蟇郡苛、空条承太郎、一条蛍、香風智乃、紅林遊月、言峰綺礼と情報交換しました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。
※『越谷小毬殺人事件の真犯人はDIOである』という臨也の推理(大嘘)を聞きました。必要に応じて他の参加者にも伝える可能性があります。
※第三放送を聞いていません。ラビットハウス周辺が禁止エリアになったことは知りました


🐇  🐇  🐇


蛍は、飛び込んできた彼女の名前を知らない。
ただ、わずかに聞き取れた声には、どこか懐かしい響きがした。
あの分校にいた三人の先輩の中でも、一番年下の人。
越谷夏海を思わせる声だった。それ以外は分からない。

だから彼女は。

「目を開けてください、お姉さん!!」

血にぬれた喫茶店店員の少女を揺さぶり、抱え起こそうとしながら。
紅林遊月の名前を知らない蛍は、そうやって彼女を呼んだ。
しかし、その名前は、彼女の琴線に触れるものでもあった。
だから。

「香月……」

ほとんど、走馬灯のような夢のような境界にいた瀕死の少女は。
お姉ちゃん、起きてとゆり起こされるような、
そんな、微睡から少しだけ戻ってくるようなぼんやりした意識で、弟の名前を呼んだ。

それから、そうではないのだと、ここに弟はいないけれど、
友人ならいるのだっけと、そんなことを寝ぼけるような感覚で思い出して。

「るう子……」

結局、その友達とは会えないままだった。
あの子のことだから、自分がいなくなったら『遊月と仲直りできないまま死んでしまった』と泣くかもしれない。

ああ、でもいつかの情報交換で言われてたっけ。
友達同士でも、お互いに違う時点から来て記憶が噛み合わなかったりするのだと。
だったらるう子は、自分と仲良くなる前から来てたりしたらいいな、と勝手に思った。

そう言えば…………友達と言えば、もう一人。

「花代さん……」


907 : 姉/姉妹と姉弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 16:13:23 hP.CBQc60
彼女のことを連想して、意識が未練へと傾いていく。
意識が朦朧としていたはずなのに、ここに彼女がいないと自覚しただけで、初めてここがいけない場所みたいになった。

ピルルクとは、少し打ち解けたけれど。
私のパートナーは、やっぱり彼女しかいないはずで。

彼女がいちばん、私のことを分かってくれているはずなのに、どうしてここにいないんだっけ。

「私の………願い、まだ」

叶ってなかったのに。

花代さんは嘘つきだけど、叶えてくれるはずだったのに――

「――叶ったっスよ」

そう言葉を引き取ったのは、どこかで聞き覚えのある声だった。

「――――誰?」

その時、遊月の瞳が、呼びかけた者を探すように揺れ動いた。

どうにか肩から上を抱き起した蛍は、その仕草を見て悟る。
この人はもう、眼さえ見えていないのだと。

語りかけたのは、エルドラだった。
遊月を抱き起す前に、『そう言えばエルドラさんは不思議な力があったとか言っていなかったっけ』と蛍が取り出したものだ。
蛍は二つのライトを持つことで両手がふさがっていたし、静雄も片手に白カードのライト、もう片方の手がいざという時に塞がるのも不味いということで、
静雄のバーテン服のポケットの中に、デッキの他のカードと共に突っ込まれていたのだ。
だから、ピルルクの接近を感知しても、蛍やリゼがかなりの大声で言い争っていたことと、デッキのカード束や静雄の衣服に声が遮られて、上手く伝えられなかったのだが。

接近したルリグの持ち主が紅林遊月であることを、彼女は顔を見て初めて知った。
そして、自分の能力では治癒できない、何かが働いていることも。
そして、もう一つ察した。

――エルドラさんの探してる人も、もしかしたらエルドラさんのことを知らないかもしれないんです。

一条蛍と、雑談を交わす中で、エルドラも『参加者同士の時間軸の食い違い』は耳にしている。
そして、探していたうちの一人――紅林遊月は『花代さん』と言い、『願いが、まだ』叶っていないと言った。
つまり彼女は、夢幻少女になる前の、ルリグと入れ替わる前の、紅林遊月だったのだ。

だから彼女には、聞きたいことも、話してみたいことも、無くはなかったのだけど。
「誰?」と聞かれたら、伝えてやることが別にある。

「あたしゃただのルリグで――まぁ、風の噂で、アンタが夢幻少女になって、ちゃんと願いを叶えたってことを聞いたんスよ。どんな願いかは知りませんけど」


908 : 姉/姉妹と姉弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 16:14:19 hP.CBQc60
そんな風に、伝えた。

願いを叶えた後の――ルリグとしての彼女(ユヅキ)に、エルドラは出会っている。

ふたせ文緒の自宅をちよりやるう子たちと共に訪問した時にも、『人間に成り代わったルリグも、願いを叶え続けるために大変な苦悩をした』という話を聞いている。
その時にルリグとなった遊月もその場にいて、『願いはかなうけど、かなわないよ』と、思う所あるように言っていた。
つまり、遊月の身体を手に入れた花代は、遊月の願いを叶えることに成功していたのだろうとエルドラには推測できる。
だからエルドラの言葉は、全てが真実ではないけれど、嘘を教えているわけでもない。
自分が話したかったことよりも、彼女の知りたかったであろう事を教えてあげる方が大事だと、そう判断するだけの情けが、そのルリグにはあった。

教えられた言葉を、呑み込んで。
茫洋としていた遊月の眼が、はっきりと見開かれる。

「……そう、なんだ」

やっと、だった。

やっと遊月は、答えに辿り着いた。
この殺し合いに呼ばれる前から、ずっと求めていた答えに。
弟と恋人になれない世界を、反転させることはできるのかという問いかけの。

なぁんだ。
花代さんは嘘つきだったけど、間違いなく私の願いを叶えてくれたのか。

「花代さん……………ありがっ…………」

そんな結果を知ることができたのが、ご褒美なら。
そんな未来を見るこもなくなったのは、罰なのだろうか。

お礼の言葉を、ちゃんと言い切れたかどうか自信がない。
エルドラもルリグなら、いつかどこかで花代さんに出会った時に、伝えてほしいものだけど。

そう思い、眼を閉じた時だった。
ふわりと、血の匂いではない別の匂いが、真っ暗になった視界をとりまいた。



『コーヒーの匂いは好きです。でも、他にも、いちばん安心する匂いがあります』


909 : 姉/姉妹と姉弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 16:14:39 hP.CBQc60
それは、血だまりの外から、薫って来る匂いだった。
もしかしたらここに来る前――リゼあたりが、さっきここでアレを飲んでいた時間もあったのかもしれない。その残り香だろうか。

この匂いより、安心する匂いって何?
そう聴いたら、チノは顔を少しだけ赤くさせて、答えた。



『内緒です』



匂いと言えば。
いつだったか、花代さんがこんな風に言ってたっけ。



『運命の相手はね、いい匂いがするんだって』



それは、甘くて苦い、コーヒーの匂いだった。
とても、いい匂いだった。

そんな風に、一人のセレクターであった少女は死んだ。

【紅林遊月/姉 @selector infected WIXOSS  死亡】



🐇  🐇  🐇


910 : 姉/姉妹と姉弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 16:15:07 hP.CBQc60

少女を一人、何もできずに死なせて。
平和島静雄には、懺悔する機会も、地団太を踏む暇も、与えられなかった。

「そこの貴方」

赤く染まった喫茶店の服を着た少女の手元から、一枚のカードに話しかけられたからだ。

「一つ、言っておく。
 私は貴方が、『繭を殺す』という願いを持っていることを、知っている」

何だお前、とガンを付ける暇もなく。
青いカードの少女――ピルルクは次の言葉を繰り出した。

「そこにいる子は、『何があっても絶対に報復しない』とか言っていたけれど、
 あなたが『繭を殺す』つもりでいることを知っているの?」
「それは――」

そう、静雄の眼前で呆然としている少女――一条蛍には、『殺人犯』が誰だろうと、報復するつもりはない。
しかし彼女が、本気でこの殺し合いを生き残りたいと望むならば、いずれは対峙しなければならないのだ。
そもそも、越谷小鞠が死んでしまうような催しを開催した、真犯人とはまた別の『首謀者』――殺し合いの主催者を、打倒しなければならないのだ。

「殺し合いに放り込んだ首謀者に報復して終わらせるつもりなら、
 隣にいる女の子にそれを黙っているのは欺瞞だわ。一つ言いたかったのは、それだけ」

ピルルクは、心を凍らせたルリグだ。
本来ならば、参加者の行動方針にちょっかいを出したりはしない。

それでもそう言い切ったのは、彼女にも思うところが無くは無かったからだ。
『自分でも好きではなかった自分の力』を、反省して正しく使おうとした少女――遊月に対して。
彼女がピルルクに『心を読め』と命令したことを、無意味にしないだけの義理は果たしてもいいと、そんな気まぐれを起こした。

それに、青年の心を読んで分かったことだが。
平和島静雄には『蛍を守る為にも、本当の強さを手に入れたい』という願いがあり、同時にまた『この殺し合いを開いた存在を殺してやりたい』という願望があった。

まるで姫と騎士。
なのにその二人は、逆のことを考えている。
殺さず終わらせようとする者と、殺してやりたくて仕方がない者。
互いに本音をぶつけず、すれ違っている。
それがピルルクには、無性に腹の立つことだった。
『復讐心をうちに秘めている』のに、『その復讐心を平素は見せず、表向きは善良な少女に協力する振りをしている』のも、
我が身と大差ない振る舞いのようで、苛々したのだった。

「俺の弱さなんて……………俺が、一番分かってんだよ」

そして、静雄にも言いたいことを言って眠りに落ちたピルルクへのいら立ちはあったけれど、それは痛いところをついていたし、
何より、静雄よりも危うい心を抱えた少女が、眼の前にいるのだ。
自分を庇って倒れた少女の血で、衣服を濡らしたまま。

「蛍ちゃん、立てるか……?」

そろそろと声をかけ、手を差し伸べる。
あいにくと、ここで座らせておくわけにもいかない。
これ以上、血に濡れさせておくわけにもいかない上に、先刻の銃声が、危険な者を呼び寄せてしまう可能性もあるのだ。

そう、ここはまだ、天国ではない。
越谷小鞠に『がんばったね』と言ってもらうよりも、折原臨也にお礼を言うのよりも、
その前に、一条蛍は、直面しなければならない。


平和島静雄と、現実を。


【G-4とH-4の境界付近/夜中】


911 : 姉/姉妹と姉弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 16:15:34 hP.CBQc60
【平和島静雄@デュラララ!!】
[状態]:こんな状況を招いた自分への怒り(大)、全身にダメージ(中)、疲労(小) 、ピルルクの言葉に動揺
[服装]:バーテン服、グラサン
[装備]: ブルーアプリ(ピルルクのカードデッキ)@selector infected WIXOSS
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(6/10)
    衛宮切嗣とランサーの白カード
    黒カード:縛斬・餓虎@キルラキル、 コルト・ガバメント@現実、軍用手榴弾×2@現実、コシュタ・バワー@デュラララ!!、不明支給品0〜1(本人確認済み)
[思考・行動]
基本方針:あの女(繭)を殺す
  0:蛍を守りたい。強くなりたい。
  1:銃声が鳴ってしまったし、まずはこの場から離れて蛍の様子を見る。
2:理世を追う為に南下するか、蛍を休ませるためにいったん城へと向かうか?
  3:移動を終えたら、蛍ちゃんと、しっかり話をする。主催者をどうしたいかということも含めて。
  4:小湊るう子を保護する。
  5:1と2を解決できたら蟇郡を弔う。
  6:余裕があれば衛宮切嗣とランサーの遺体、東條希の事を協力者に伝える。

[備考]
※一条蛍、越谷小鞠と情報交換しました。
※エルドラから小湊るう子、紅林遊月、蒼井晶、浦添伊緒奈、繭、セレクターバトルについての情報を得ました。
※東條希の事を一条蛍にはまだ話していません。
※D-4沿岸で蒼井晶の遺体を簡単にですが埋葬しました。
※D-4の研究室内で折原臨也の死体との近くに彼の不明支給品0〜1枚が放置されています。
※衛宮切嗣、ランサーの遺体を校舎近くの草むらに安置しました。
 影響はありませんが両者の遺体からは差異はあれど魔力が残留しています。
※校庭に土方十四郎の遺体を埋葬しました。
※H-4での火災に気付いています。
※ピルルクの「ピーピング・アナライズ」は(何らかの魔力供給を受けない限り)チャージするのに3時間かかります。
【一条蛍@のんのんびより】
[状態]:全身にダメージ(小)、精神的疲労(中)
[服装]:普段通り 、服が遊月の血で濡れている。
[装備]:ブルーリクエスト(エルドラのデッキ)@selector infected WIXOSS
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(7/10)、青カード(9/10)
    黒カード:フルール・ド・ラパンの制服@ご注文はうさぎですか?、カッターナイフ@グリザイアの果実シリーズ、
    ジャスタウェイ@銀魂、越谷小鞠の白カード 折原臨也のスマートフォン(考察メモ付き)
    蝙蝠の使い魔@Fate/Zero、ボゼの仮面咲-Saki- 全国編、赤マルジャンプ@銀魂、ジャスタウェイ×1@銀魂、
    越谷小鞠の不明支給品(刀剣や銃の類ではない)、筆記具と紙数枚+裁縫道具@現地調達品
[思考・行動]
基本方針:誰も殺さずに、帰りたかったんですが……
   1:リゼさん……お姉さん………ごめんなさい……ごめんなさい……。
2:折原さんがどんなに悪い人だったとしても、折原さんがしてくれたことは忘れない
   3:何があっても、誰も殺したくない。
4:れんちゃんと合流したいです…。
[備考]
※旭丘分校のどこかに蛍がれんげにあてた手紙があります。内容は後続の書き手さんにお任せします。
※セレクターバトルに関する情報を得ました。ゲームのルールを覚えている最中です。
※空条承太郎、香風智乃、折原臨也、風見雄二、天々座理世、衛宮切嗣、平和島静雄、エルドラと情報交換しました。
※『越谷小毬殺人事件の真犯人はDIOである』という臨也の推理(大嘘)を聞きました。現状他の参加者に伝える気はありません。
※衛宮切嗣が犯人である可能性に思い至りました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。

※折原臨也のスマートフォンにメモがいくつか残されていることに気付きました。 現状、『天国で、また会おう』というメモしか確認していません。
 他のメモについては『「犯人」に罪状が追加されました』『キルラララララ!!』をご参照ください。また、臨也の手に入れた情報の範囲で、他にも考察が書かれている可能性があります。

※エルドラの参加時期は二期でちよりと別れる少し前です。平和島静雄、一条蛍と情報交換しました。
 ルリグの気配以外にも、魔力や微弱ながらも魂入りの白カードを察知できるようです。
 黒カード状態のルリグを察知できるかどうかは不明です。

※紅林遊月の持っていた装備一式、およびM84スタングレネード@現実は、まだ回収されていません。


912 : 姉/姉妹と姉弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 16:15:55 hP.CBQc60

🐇  🐇  🐇




それは、ある日の昼下がり。
うたたねをする、君の寝顔。
小さな声で、もっと頑張らなきゃと、そういう意味の寝言が聴こえたから。

君の耳元で、そっと囁いた。



『お姉ちゃんに、任せなさい』


913 : 姉/姉妹と姉弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 16:16:35 hP.CBQc60
【M84スタングレネード@現実】
ジャン・ピエール・ポルナレフに支給。
花京院典明に支給されたものとは別型だが、スタングレネードである。


【トンプソン・コンテンダーと弾丸各種@FATE/zero】
ジャン・ピエール・ポルナレフに支給。
衛宮切嗣の切り札である弾丸『起源弾』を含む各種弾丸一式もセットで支給。
仮に魔術を用いて防御しようとした場合に、その力を成さしめている魔術回路に切嗣の起源――『切って』『継ぐ』が作用する。
つまり、全身の魔術回路をズタズタに切り刻まれて、めちゃめちゃに繋ぎなおされる。
『魔術を持って防ごうとした場合』に発動する初見殺し。
その他にも拳銃弾などコンテンダーで撃てるタイプの弾丸は、様々な種類が入っている模様。


914 : 姉/姉妹と姉弟 ◆7fqukHNUPM :2017/01/14(土) 16:17:56 hP.CBQc60
投下終了です

なお、今回、話に未登場である空条承太郎の支給品を操作してしまいました。
後続の承太郎を描く書き手さんには、承太郎の状態表からポルナレフの不明支給品×2の削除をお願いいたします


915 : 名無しさん :2017/01/14(土) 19:57:29 7q/p0hbcO
投下乙です

殺されようとしたら、他の人が殺されてしまったほたるん
折原も天国で笑っていることでしょう


916 : 名無しさん :2017/01/14(土) 23:06:05 8z.J15Mo0
投下乙です!
集大成といわんばかりにこれまでのSSネタや原作ネタが拾われまくってて圧巻の一言
そうして状況が二転三転する中、こういう結末とは全くの予想外。確かに、『ココアお姉ちゃん』は助けに来たんだ。
不運に不運が重なった結果だったけど、遊月は最後に救われたんだな……ありがとうエルドラ……
しかしリゼは完全に暴走してるし蛍ちゃんと静雄は現実見ないといけないし、問題は山積みだぁ…これからどうなるのか


917 : ◆NiwQmtZOLQ :2017/01/15(日) 06:50:05 3GYCCr4c0
投下します。


918 : 運命のイトとヒトの布 ◆NiwQmtZOLQ :2017/01/15(日) 06:53:53 3GYCCr4c0





─────運命の糸を断ち切った、その先に。




☆☆*


919 : 運命のイトとヒトの布 ◆NiwQmtZOLQ :2017/01/15(日) 06:54:47 3GYCCr4c0


徐々に冷え込んできそうだと、頬を撫でる風でふと思う。
ここが川に近い橋の上だからか、それとも高速で走っているからか。どちらにしろ、冥府に近い戦場において寒気がするなど縁起が悪いな、とふと思う。
本当なら、悪くはない景観でも眺めながらゆっくりと渡りたいとも思える橋だが、残念ながら今その上を駆ける皐月にそんな余裕は毛頭無い。
なんせ、背後から迫り来る化物にそんなことを説いたところで、理解を示す訳が無いのだから。

「──────来たか」
『ああ。仕掛けてくるぞ』

漸く対岸が見えてきたところで─────背後の空気に、糸のようにか細く、しかし強固な殺意が織り混ざる。
化物─────針目縫が、この瞬間を狙い澄ませ急速に速度を上げた証。
風すら置き去りにするという言葉が正しく相応しい針目の突進は、本来ならただの人間には視界に残像を映す事さえ叶わない。
繭によって制限がかけられた今でさえ、その動きを追うことは相当の手練で無ければ不可能だ。
─────ならば今、針目が狙うその女は手練と言うに価するか。
答えは、否だ。

「行くぞ、鮮血ッ!」

手練という言葉など生温い。そんな形容は、鬼龍院皐月には愚弄にすらなり得る。
生物学上ではあくまで人間でありながら、その天性の肉体と才能は化物に生身で比類する。
僅かに顔を傾けながら踵を返す。
頬の薄皮一枚のみを犠牲に全くの無駄が無い動作で振り向き、放つのは左手に握る鈍い銀色の閃き。
カウンターの形で振り抜かれた三日月が、闇に閉ざされつつある辺りを眩く照らす。

その光と並行に姿勢を曲げながら、尚も針目は速度を保ったままだ。
凡そ常識では考えられないような動作を続けながら、正気とは到底思えぬ鬼気迫る笑みを浮かべる様は、どこをとっても化物としか呼べぬ代物。
そんな化物の爪、妖しく鈍い紫光を纏う鋏が再び動く。
一の太刀、二の太刀、三の太刀。並みの剣ならそれだけで叩き折れそうなものだが、そこは迎え撃つ業物─────妖刀『罪歌』、そして何より使い手たる皐月の技量が光る。
物理法則を何処かで間違えたのではと思えるほどの斬撃をいとも容易く受け流し、勢いを利用して更に橋の先へと向かう速度に拍車をかける。
振り切れるか、そう思考するも即断で不可と判断する。単なる直感ではない、事実として。
そう、事実として針目縫が「そこにいた」。

「─────ッッ!」

それでも勢いは殺せない、いや殺さない。立ち塞がるようにそこにいるのならば、そのまま斬り殺せばいいことだ。
遠慮無く突っ込んだ皐月に対し、針目はニヤリと笑うと同時に身体を皐月に向ける。
一歩踏み込み、同時に奇妙に身体を捻らせ─────吸い付くように皐月に取りついた。
恐怖すら感じられるその行動と共に、既にハサミは振り抜かれ、的確に皐月の喉を掻き斬る道筋を描いている。
コンマ数秒後には決着が着いているだろう局面、皐月でさえもその運命を覆すことが出来ない明確な死の線。

『甘いぞ─────鮮血閃刃!!』

だが、生憎と皐月は一人では無い。
二人でこそ無いものの、そこには其処らの人間より余程頼りになる服が一着。
本来飛び散る筈のそれではない、『鮮血』の赤が処刑を阻む。
刃の鎧染みた風貌は、見た目に違うこと無く堅牢。
必殺を阻んだ鎧に対し、化け物は舌打ちと同時に凶悪な笑み、そして追撃─────針目の左足が風を裂いて迫る。
本来の針目縫なら忌避しそうな下品な行為ではあるが、最早外面など気にしない化物は此処まで溜め込んできた苛立ちを喰らい躊躇無くそれを放つ。
元からあった傷に重ねるように側頭部へ叩き込まれたそれは、ガードを通し衝撃そのものは吸収された。
しかしそれでも、今の皐月の動きをほんの少しだけ止めるには十分。
ふらつきこそしなかったものの僅かによろめく彼女へと、針目はここぞとばかりに刃を振り下ろす。
一呼吸の間に放たれた百はあろうかという斬撃を、遅れながらも展開した閃刃で受け流す─────が。


920 : 運命のイトとヒトの布 ◆NiwQmtZOLQ :2017/01/15(日) 06:58:17 3GYCCr4c0

『流石に、手強いか…ッッ!!』

赤の刃が僅かに削げ、鮮血が小さく呻く。
神衣を織り成す生命繊維を即席で硬化させた鮮血閃刃と、その硬化に特化させた超硬化生命繊維を用いて作られた片太刀バサミ。
その差は一度の激突で揺らぐものでこそないが、刹那に複数の銀光が踊るこの戦場、針目縫を相手取ったこの戦闘に限っては大差を生み出す。
故に、皐月も即座に状況の変化を選択。
絶え間なく降り注ぐ刃の雨に対し、怯む事無く針目へと一歩踏み込んだ。
僅かに飛び散る鮮血が、針目の驚愕に歪む顔を彩る。
斬撃が舞うには到底足りない超至近距離へと接近した皐月は、針目の土手っ腹へと蹴りを突き出す。
それは再び針目を後方へ吹き飛ばし、突き放すには足る威力。
それこそ布であるかのように飛ばされる針目を尚も警戒しつつ、皐月の足は止まる事がなく。



─────タッチダウン。
辿り着いてもすぐには止まらず、更に数歩踏み込んだところで、皐月は背負っていた少女をそっと下ろす。
少女、宮内れんげも此処までのことがあれば大体の事は察している。その表情にはどうしようもない不安と恐怖が。
─────そして、その中でも確かにしかと輝く勇気が灯っている。

「…やはり、強いな。しあし、目を閉じていろといった筈だ」
「いやなのん」

少女のその目は、何か出来ないかと訴える目。
ここまでの殺意と恐怖に充てられながら、それでも尚彼女は前を向く事を肯定している。
それ自体は、称賛すべき事実に他ならない。
まさしく勇気と呼ぶに相応しきそれを、無意味と言うことは出来やしない。

「むり、なん?」

─────だが、今は。
「だから」、という訳にもいかなかった。

「…迷惑とは言わない。だが、そもそも土台が違う。アレは勇気だけあればどうにかなってくれるような容易いものではない」

恐らくそれは、これから始まる戦いを見れば否が応でも理解するだろう。
勇気は確かに貴く、されどその勇だけで現実を貫けるかと言えば答えは否だ。
己の力を己に見合うだけのそれに仕上げた皐月だからこそ、己の力量に見合わぬそれを、蛮勇とは呼ばずとも無条件での肯定は出来なかった。

「…この戦いが終わった時、この身体を癒してくれ。その為の力があるのだから。
だから、その為の力を蓄えておいてくれ」

…その代わり。
そう言って、皐月はそっと頭を撫でる。
れんげが、しっかりと首を縦に振る。
それを確認し、彼女は橋へと向き直る。
視線の先に立つのは、未だ健在、つい今し方吹き飛ばして尚ひと時も気を抜けない距離で嗤う化け物─────針目縫。
彼女に、見て取れるような異常は無かった。
僅かな傷も既に回復が始まり、前哨戦程度とはいえ刃を交えた直後とは到底思えぬ綺麗な姿のまま。
少女趣味の服装も、人形のような顔形も、何一つ変化した訳ではない。

─────だが、しかし。
『それ』を可愛らしいと言うものは、最早何処にもいないだろう。
幾ら絢爛な服装で誤魔化そうと、幾ら粧し込んで取り繕おうと、その本性が一度目を覚ませばそんな虚飾はあってないようなもの。
少女の殻を破り、針目はその本性─────『化け物』と呼ぶに相応しい殺意を一直線に皐月へと向けた。

「あくまでも、庇いながら戦う─────…なんて、バッカらしい。ボクもかなり舐められてるみたいだね」

れんげを庇うように立つ皐月に対し、浮かべるのは嘲るような笑み。
そんなモノを護りながら、自分と戦うというのか。
足手纏いにしかならないというのに、それで勝手に足を引っ張られて死んでくれるのなら大変結構だ。
但し、その場合は只では死なせない。
この生命繊維からなる最高の身体を以て、とことん蹂躙された後─────針目縫を『舐めた』代償を死ぬ直前まで味わって逝け。

「アンタみたいな、そういうことする醜いブタは─────とっととランウェイからいなくなりなさいッッ!!」

怒号一発─────最高速、閃光と化した針目の突貫が、第二ラウンドの幕開けを上げるゴングだった。


921 : 運命のイトとヒトの布 ◆NiwQmtZOLQ :2017/01/15(日) 06:59:44 3GYCCr4c0



一瞬にして縮まる両者の距離、数コンマ後に迫る激突。
初手から急所を狙う的確な一撃を構えた針目だが、それに一手を先んじたのは鬼龍院皐月の方だった。
紅い棘、鮮血閃刃を纏いつつ、その中の二本を瞬時に伸ばし地を穿たせる。
針目自身を狙ったものではないそれに僅かに疑問を抱いた次の瞬間、視界に一つの違和感を覚える。
映る皐月の姿がやけに大きい、そう思えたのは一瞬だ。
それがスリングショットの弾丸と同じ原理で『射出』されたと気付いた次の瞬間には、既に紫刃が跳ね上がっていた。
間に合うかどうかというタイミングで振り上げられたハサミが、紅の顎を辛うじて受ける。
安心も束の間、針目は間髪入れずに両足に力を込める、否、込めざるを得ない。
それ自身が一つの砲弾である皐月と鮮血による突貫は、真っ向から受けるにはそも重過ぎる。
大質量でこそ無いものの、鬼龍院皐月という人間の身体に眠る力とそれを更に何倍にも増強する神衣が組み合わさっているのだ。鉛玉などとは比べ物にならないそれは、まさしく大砲の一撃に等しい。
踏み堪え、滑り、吹き飛び─────しかし、刹那の時間を挟む事なく化け物は活動を続ける。
宙を舞う最中でありながらハサミを突き立て、それを支点に華麗な一回転。
飛ばされた勢いそのままに反撃へと移った針目に、今度は皐月が意表を突かれた。

「閃刃、疾風ッッ!!」

掛け声からほぼ同時に、鮮血の脚部が変形する。
空を駆ける神衣の形態、鮮血疾風。閃く刃を纏いながらのそれは、まさしく空中に浮かぶ剣、いや、鋸か。
勢いを殺すどころか尚も突撃、真っ向から針目を迎え撃つ皐月に対し、針目が選択するのは小振りの連撃。
「挽き裂く」神衣の牙そのものを砕き、血色の結晶が飛び散っては糸に還り霧散する。
破砕された牙を即座に修復しつつも、皐月が僅かに攻めあぐねる。
二手目に刹那の迷い、しかし鬼龍院皐月とあろうものがそれを付け入らせる隙にする筈もない。
好機と睨んだ針目の刺突が激しくなる中、揃えていた両足を大きく開く。
直進ではなく横方向に向けられた噴射が生むものは、バランスを崩した皐月の墜落─────ではなく。
それを継続することで生まれる、超高速回転。
これを見れば、鋸という形容はなるほど正しい。今の彼女が彷彿とさせるのは、電動丸鋸の駆動そのものだ。
耳障りな鋼が擦れる音が二人の辺りに響き渡り、傍観者たるれんげが思わず耳を塞ぐ。
回転によってより破壊力を増した皐月の絶え間無い攻撃に対して、同様の戦法は通じない。そう悟った針目もまた即時にスタイルを切り替える。
ハサミに傾斜をつけて勢いを散らすと同時に、先の空中戦のように皐月というボールを打ち返すバッターの構え。
しかし、これもまた先とは細かな差異がある。
それは、その動作が「打ち返す」事に加え、「叩き斬る」ことまで見据えている事。
本来の野球なら凡打に過ぎないゴロを撃つようなそのフォームは、しかし殺し合いにおいては十二分に脅威。
地面に打ち据えられ隙を作ったところに致命打─────など、考えたくもない話だ。
無論、むざむざとそれを許す皐月ではない。
渾身の力を以て構え直している針目を無理矢理弾き飛ばし、尚も己は回転しながら空を舞う。
吹き飛んで尚獰猛に周囲を見回す針目の目に映るのは、ブーメランの如く再び突撃を仕掛けてくる赤い車輪。
辛うじてハサミを構え受け流すも、その程度で止まる事などあり得ない。
十数メートルの距離まで離されつつも旋回、三度目の突撃を回避されれば更に旋回し四度。
針目を中心に無秩序なヨーヨーめいた動きを見せながら己が身体を叩きつける皐月に対し、遂に針目が僅かに揺らぐ。
最早何度目になろうかという激突で、踏ん張りがきかなくなった地面が音をあげた。
ふらついた針目のチャンスを見逃すような皐月ではなく、瞬時に心臓を刺し貫かんと罪歌を顕現させる。
だが、そこで容易く討ち取られるには、針目縫という化け物は役不足だ。
足からハサミ、そして地面についた手へと重心をズラし、紙一重でその一撃を避けると、一歩踏み込み皐月へのカウンターを仕掛けた。
タイミングは完璧、本来なら必殺のそのカウンターは、しかしそれでも針目の勝利を引き寄せてはくれない。
胸に生み出した罪歌の刃が最小限の被害─────それでも左胸を浅く捉えはしたのだが─────に抑え、そして残るのは牙をもて余す化け物と、


922 : 運命のイトとヒトの布 ◆NiwQmtZOLQ :2017/01/15(日) 07:02:10 3GYCCr4c0


「─────貰った」


─────その化け物に牙を突き立てんとする、人間を越えた人間の一つの極致点。
鬼龍院皐月の名を冠するそれが、白銀の刃をするりと閃かせ。
次の瞬間、針目の背から鮮血が沸いた。

「ガッ…!」

化け物の口から、呻きが漏れる。
走った痛み、身体へのダメージによる負担、戦闘続行の是非─────それらが一瞬にして針目の頭脳を駆け巡った。
しかし、その解答を導き出すよりも先に、怪物はその闘争本能を以てそれらを切り捨てる。
彼女の脳裏で沸き立つのは、より濃く粘ついた、灼けた飴の如き怒り。
人間如きが、神衣「もどき」如きが。
この紛い物の屑共が、己が完璧な身体をこうも傷付けた。
─────ふざけるな。

「ふざ、ける、なァァァァァァァァァァ!!」

猛獣さえも震え上がる雄叫びで空気を震わせ、化け物は更に加速する。

その咆哮に、しかし怯む事なく傑物は向き直る。
まだ戦闘が終わっていないことは、化け物の猛りを聴くまでもなく他でもない皐月が理解していた。
本来なら心臓まで刈り取らんとした一撃は、しかし致命傷には至っていない。
げに恐ろしきはその速度。単純な力比べや戦闘技術ならまだしも、瞬間移動とさえ思わせる動きをひらひらと舞うように披露し此方の攻撃を掻い潜る様はこと仕留めるには面倒な代物だ。
だが、今の一撃は彼女の戦いにおいてその解れを導くものとなり得る。そうであるならば─────まだ、兆しはある。
言葉少なく、されどそこに微塵の油断も揺らぎもなく。
皐月と鮮血は、再び駆けんと地を蹴った。

三度目の激突は、やはりと言うべきか皐月が一歩疾い。
数十歩の距離を踏み込み、貫く。ごく単純な動作に過ぎず、そしてその単純故の鋭さが何よりの武器。
一瞬にして間合いを詰めた針目に、槍にも等しい一撃が突き刺さらんとする。
対し、針目は動じない。たったの数センチその身をズラし、それだけで回避を完了する。
鉄の塊が撫ぜるように身体を掠め、しかしそこに跡が残る事はなく。まさに紙一重と言うに相応しい回避と共に、針目は肉薄を果たす。
狙うは首─────と見せかけて、頭部の泣き別れを恐れた皐月の逃げた時点での心臓。この状況から反撃は出来ず、逃げ道も数えるほどしかないならば、誘導から返す刀で本命を奪うことなど彼女には造作もない。
しかし、その思考は前提から間違っている。
振り向きつつ、心臓を護るために右腕を高く掲げる。
そのまま貰い受けてくれるとばかりに刃を振るう手を止めぬ針目がそれに気付くには、ほんの僅かに遅かった。
彼女の掲げられた右腕に走る銀の光。疑いようもなく、それは罪歌の刀身だ。
文字通りの手刀。小振りながら体重を込めて放たれた斬撃が、針目の一撃を真っ向から弾き返す。
間髪入れずに二の太刀を放つ皐月に、針目は僅かに逡巡する。
最適な応対は何か─────コンマ一秒のその遅れが、どうしようもない隙となる。
辛うじて「押し返す」という手段を選び取り、ハサミを掲げ、しかしそのガードの完成より一歩早く銀の光が着弾する。
鍔迫り合い、押し合い、拮抗─────否、やはり皐月が有利。傷が響いたか甘いその踏み込みは皐月に迎え撃つには些か足りない。
咄嗟に数歩引いて僅かな時間で凌がんとする、しかし針目の体には浅く切り傷が尾を引いて伸びた。
舌打ちや怒りが飛ぶか、いや、飛ぶ暇すら許さず皐月が即断で鮮血に命令を下す。

「閃刃、頼むぞ!」

その言葉が終わるか終わらぬかの内に、赤の棘は瞬時に針目の逃げ道を潰す。
選択肢を絞られ、しかしむしろ迷うこと無しと虎穴に笑顔で飛び込む化け物。それを真っ向から迎え撃つ皐月の斬撃。
─────鋼の音、数十の手合いが刹那を縫って織り成される。
音の響き、残心の煌めき、牢のように囲む閃刃が欠片となって散る。
光が乱舞するその中で、一手早いのは─────やはり、皐月。
一振りと一振りの間隙、空白が生まれたその刹那へと的確に刃が吸い込まれ、ハサミが一際強く弾かれる。


923 : 運命のイトとヒトの布 ◆NiwQmtZOLQ :2017/01/15(日) 07:04:05 3GYCCr4c0
一歩引いた針目の爪先に、杭として縛り付けんとせり出した赤棘が突き刺さる。
動きが止まったその一瞬に皐月は白刃を差し込み、尚も紙一重で避ける化け物に更なる閃刃が追い縋る。
爪先を引きちぎり後退しつつ迫るそれを弾き、そこで既に皐月は次なる一閃を構えた。
その肉体を両断せんと煌めいた刃は、受け止めたハサミを衝撃に叩き落とす。
元より下がっていた身体を更に数歩押し込まれ、バランスが崩れた身体を、それでも華麗とすら思わせる動きでカバーする針目。
だがそれは、やはり皐月を前にしては悠長という他ない。
小さく、だが決して浅くはない刺突の跡が、右肩に赤い花を咲かせ。
同時に、その勢いで針目の身体が数メートル吹き飛んでいった。
急所を外そうと、的確かつ即座に「獲れる」場所を判断した思考が成功だったこと、は既に眼中になく。

(─────いける、か)

ここまで蓄積したダメージから言って、次で仕留められる可能性は大きい。
最後の刺突は単に痛みでフィードバックされるだけの傷ではなく、腕の動きを鈍らせガードの速度と強度を落とすには十分のはず。
生命繊維の自己修復がどこまで効果を残しているかは知らないが、先の傷にこれで相当に有利な条件が揃っている、今という畳み掛けられる好機を逃す訳にはいかない。

─────だが、ここで。

「─────!!!!」

一歩進もうとしたその瞬間に、ドクリと心臓が高鳴った。
同時に皐月に襲い掛かるのは、常人ならば立っているのも難しいであろう疲労感。
一瞬にして鉛、いや、玉鋼もかくやとばかりの重量になった肉体を、それでもしかと両足で倒れることなく踏み止まる。
ほぼ動悸に近いそれは、揺り戻しとしてこのタイミングで一気に表面化した。

『皐月!!』

鮮血の声に、ほぼほぼ反射で地を蹴る。
反動で一瞬、身が軋むような痛み。既に慣れつつも、しかし顔をしかめずにはいられない。
元いた場所に刃が突き立てられ、その上にそっと化け物が降り立つ。

「ハハッ」

突き立ったハサミの上で、針目が嗤う。

「身の丈に合わない服を着てるから、そうなるんだよ」

その笑いは、愚弄で、嘲りで、そして優越の象徴だ。
己が身体も無視できぬ傷はあれど、この僅かな時間でも修復は始まっている。
先程の右肩の傷も、既にハサミを振るうのに支障はない。
事実として、生命繊維で構成された肉体の治癒力は大きく優れて。
そして何より、ただの人間風情が己が優れている訳がなかったのだという、プライドの高い彼女ならではの思考。
皐月は既に見下ろす強者と断ずることは出来ない─────今まさに、こうやって見下ろされているのだから。



「─────それがどうした」

だが。
そんなことは、どうでもいい。

「ああ、確かにこの身にはこの服を完全に着こなせてはいない」

事実、今表面化したように負担は大きい。
人衣一体に用する血液は、少なくはあれど前の飛行時間も含めればそれなりの量に達し。
そもそも、人間の身で発揮するにはオーバースペックの能力を引き出す着ている時点でそもそも身体をじりじりと蝕んでいるに等しい。

「しかし、それでもこの姿、恥じることは一切存在しない。この鬼龍院皐月、この程度で限界を迎える程の体たらくを見せる事などありはしない」

だが、それでも。
それでも、鬼龍院皐月は先を向く。
力に制限は無く、活力に限界は無く、精神に臨界は無く。
ただ、凛として。目の前の敵を討つのみと。
決然とした不動の心─────此処に至りて、未だ破れることなく此処に在りと。
そう、告げていた。

「─────いいから」

─────心底、苛立った。
諦めない、折れない。ご立派なことだ。
それは確かに輝かしいと、人間は愚かにも称えるのだろう、
ヘドが出る。
見苦しい姿を見せびらかし、晒しながら生き、あまつさえそれを尊い?─────何処までも醜く、理解出来ない。
だから、嗚呼─────心の底から、腹が立つ。

「─────いいから、そのムカつく姿を見せんなって言ってんだよ─────!!」


924 : 運命のイトとヒトの布 ◆NiwQmtZOLQ :2017/01/15(日) 07:06:14 3GYCCr4c0





「鮮血」

その声に、視線で神衣は答える。
音もないその反応に、皐月はそちらを向くことはしない。
だが、知っている。
「あの纏流子と共に在り、己と戦ってきたのであろう鮮血が、此方の話を聞き漏らす訳がない」と。

「この鬼龍院皐月と神衣鮮血の人衣一体、同一の個にはなれんとしても、だ」

ならば。
ならば、鮮血はどうだ。
この鬼龍院皐月とも戦火を交えた、神衣の一着は。

『─────ああ。極限までその差異を埋めよう。それでも埋まらぬモノは』

果たして、言葉が返る。
一言一句では無く、されどその、その答えは。
「鬼龍院皐月が思い浮かべた鮮血の答え」に、ほぼ一致する。
─────いや。
鮮血が、「鬼龍院皐月が予想した鮮血の答えを予想した」とするならば。

「─────信じるぞ」
『ああ、信じられた』

─────詰まる所。
鬼龍院皐月は知っている。
纏流子の戦いを、そしてその相棒の存在を。
神衣鮮血は知っている。
鬼龍院皐月の才能を、曇ること無きその闘志を。
ならばこそ、今は「それ」を信じる。
共に戦った経験ではなく、我等が剣を交えた時の、敵として認めた驚異たるモノを。
下手な信頼よりも、口約束よりも余程分かりやすい。
仲間であるという信頼とはまた違う、ある意味では敵意、しかしそこに害意は無い。

「─────訳が分からんな」

一人呟いたそれに、何が可笑しいのか鮮血が含み笑いと同時に『だろう?』と返す。
何が可笑しいか分からず、それで皐月も何故か笑いが漏れた。
そして、次の瞬間。


─────紅と銀が、爆ぜた。


925 : 運命のイトとヒトの布 ◆NiwQmtZOLQ :2017/01/15(日) 07:08:47 3GYCCr4c0



鮮血疾風、そして罪歌の同時展開。
それ自体は、針目縫にとっても予想出来た代物だ。
その程度はやってのけるだろう。低能の癖して頭だけが回る猿にはお似合いだ。
─────だが、それが「突進と同時に展開してくる」という、不完全か合理的か、はたまた気が狂ったかのようなそんな動作で突っ込んできた時には、流石に少し予想を外れていた。
暴走か、それならもうオシマイだな─────そう笑い、銀の光をハサミで容易く受け流す。
─────瞬間、異変。
迫る煌めく紅が視界に躍り、一瞬で針目の脳内に危険信号が響き渡る。
どうにか回避を選択し、その回避先に存在するのは「今まさに身体から生まれんとしている罪歌の刃」。

「──────は」

なんだ、これは。
流石に理解が追い付かぬまま、それでもどうにか身体を捻り─────ツインテールの片側がばっさりと切り捨てられ、深紅の糸となって霧散する。
しかし、そんなことよりも─────そう、そんなことよりも。あれは、あの動きはなんだ。
命令をしてから動く─────違う、その筈だがそうではない、明らかにそれでは説明のつかない速度だ。
心の中で通じ合っている─────馬鹿馬鹿しいがやたら人間どもが言い張るそれ、否、「それですらない」。
馬鹿げた、本当に馬鹿げたとしか思えない理屈だが─────理屈に合うのは、一つだけ。
「相手がどう動くかを予想し、ならばそこで己が何をするべきかまでを計算する」というふざけた行為。
         ・・・・
「─────それで人衣一体なんて─────!!」

馬鹿げている。理屈も言葉も何もかも。
ある意味、心を完全に閉ざしたともいえるそれは、確かに人衣一体というには些かズレがある。
だが、しかし、それは決して劣っているということも、況してや信用の否定にもなりはしない。
                       ・・・・・・・・・・・・・
何故ならば今、二人はこれ以上ない程に─────互いを信用しているのだから─────!!

着地した針目に尚も襲いかかるは、杭のように飛ぶ閃刃の輝き。
ステップで避わす針目へと、刃を紐代わりにバンジーの要領で追い縋る皐月。
それ自体は針目にも予想は出来た─────しかし、突っ込んでくるのは文字通りの剣山。
罪歌を構えるではなく生やしながら突貫するそれをいなそうとして、ハサミを滑らせ─────一つの星が、皐月の体表で煌く。
一本、先に突出した鋭い槍がごとき閃刃が、迎撃の刃を逸らしあらぬ方向へと向かせる。
数秒もせぬうちに剣山が着弾。辛うじてそれを避け、しかしてその目の前に─────スケートのように足を滑らせ、渾身の蹴りを見舞わんとする皐月の姿。
だが、ここで。

「─────違った、か」

展開が一瞬早かった、否、皐月の蹴りが一瞬遅かった。
その一瞬のズレが、辛うじて針目を弾き飛ばすに止まる。
─────無論、それは万能にはなり得ない。
読み違え。
ほんの僅かだが、まだ互いを読みきれてはいない。
だが、舌打ちも苛立ちも漏れぬ。両者が思うのはただ一つ。
まだだ、まだ足りない。もっと、もっとだ、もっと─────!!

「無理しない方が良いって─────似合ってないって、言ってるのに、何でわからないのかなああああああ!!!」

─────無論、化け物にそんな心中を察するような心もない。
その隙を突いて、針目が皐月の背後へと回り込んだ。
閃く紫の閃光は、到底人間には到達し得ぬ速度。上回るとすれば、それこそ更に上を行くだけの超越に至らねば不可能。
仮に鮮血を纏っているのが纏流子であったならば、その域に達していた可能性は十二分にあったろうが、それを埋めるだけの化け物としての力を皐月は持ち得ない。

「『お、お、オオオオオオオオオオオッッッッッッ!!!!!』」

─────だが、だからどうした。
鬼龍院皐月と鮮血が、たとえ人衣一体の境地に達してこそいなくとも、それが何の障害となるか。
それを示さんばかりに、彼女は─────「言葉無しで閃刃疾風を展開した右足を」「疾風の噴射の勢いで跳ね上げ」「無理矢理繰り出した後ろ蹴りで迎撃した」。
無論、急な身体の捻りに加え、唐突に可動域ギリギリまでの運動を強いられた股関節の悲鳴が皐月へと襲い掛かる。


926 : 運命のイトとヒトの布 ◆NiwQmtZOLQ :2017/01/15(日) 07:13:54 3GYCCr4c0
だが、無視。
一切に構う事なく、そのままの勢いで振り下ろした踵の一撃に、針目の右手が強かに打ち据えられた。
へし折れる事は免れたものの、既に肩の不調で動きが鈍くなっていたところへのこれは、武器を振るうには余りにも致命的。
一瞬遅れた返す刀で皐月を振り払うものの、針目の表情はより険しさを増した。
憤怒に加え僅かに青みが混ざったその顔は、激情の中でも明らかに劣勢の雰囲気を感じ取っていると分かるそれ。

「─────さあ、どうした針目縫。これで終わりか!」

それは既に、問いかけにも煽りにも非ず。
決然と、燃ゆる闘志のままに猛る覇王の鬨の声。
貴様には負けぬ。その感情、不屈の闘志が言霊と化した覇気の響き。

「─────ホンッッッッット、生意気」

そして、その響き、煽りはもう針目にはほぼ届いていまい。
何故なら、彼女は既に噴火した火山に等しい。油を注いだところで、火焔が膨れ上がるようなものでは最早無い。
無い、が、それでも。その油は、火を導く導火線にはなったようで。

「良いよ、それなら………「「「「お望み通り切り刻んでやる」」」」」

─────分身。此処に来て尚、純粋に面倒な数の暴力。
本体を含めて五人。本来なら出し惜しみせず大量に出現させられるそれの量を止めるのは恐らく制限故か。
そんな考えをふと浮かべ─────次の瞬間、増殖した化け物の始動と同時にそれらを置き去りにして、皐月も再び雄叫びを上げた。

初手、正面から首を伐たんと襲い来る二体と、撹乱の為に跳ね回りつつ今にも牙を剥かんと一瞬で襲い得る距離までを詰める三体。
対する皐月の銀の刃は、まず目の前に迫る二つの影へと迎え撃たれる。
するりと風音と共に振り抜かれた閃光はしかし、片側がもう一方を突き放すことで裂くのは一方に止まる。
同時に外郭の一体が小さく震えたかと思うと、逃した側を追った皐月の真裏に回り込む。
誘い込んだとばかりに獰猛な笑顔と共に振り向いた最初の分身の片割れと共に、振り抜かれるのは挟撃の二裂き。
必殺と思われたそれは、しかし本来の化け物からは劣化したモノが数あるだけに過ぎない。
模造品もいいところの、そんな攻撃で皐月という人間を切り崩せるはずがない。
瞬時に三体が霧散し、その中で残る本体ともう一体は─────此方を無視し、平原の向こうにある小さな人影を目指している─────!

『皐月、れんげだ!』
「─────狙いは、やはりそちらか!」

可能性は、最初から高いと踏んでいた。
鬼龍院皐月にとってはとるに足らない模造品でも、それが戦闘経験など皆無の幼き少女に向けられれば命を奪うのは容易い。
たった一度刃が閃くだけで、いとも簡単に首を落とされるだろうが─────しかし、狙いがわかっているならば!

「行くぞ─────」

叫ぶと同時に、既に変形が開始。飛翔開始まで、一秒の暇も作らない。
足からのジェット噴射と共に大きくその背を反らし、仰向けの状態で飛び上がる。
同時に罪歌の刃を伸ばし、延長出来る限界─────即ちほぼ刀そのものの具現をし、しかと握ってそれを振るう。
射程内、捉えた。
驚愕に歪む幻影に対し、一切の容赦無く一刀を振るう。
果たして、それは霧散。これで分身は終わり、残るは再び本体のみ─────
そうして向き直ろうとした皐月は、目の端でそれを捉える。
消えかかった針目の人形が、口を吊り上げる様─────

─────違う。
これで、終わりじゃない─────

「もう一体、隠していたか…!!」

飛び出すのは、最後の伏兵。
最後を倒したその瞬間に、気配がもう一つ増え、そして飛び出していた。
恐らくは、分身の制限、ストックを残していたか。なるほど、一度使えば警戒されるがその一度目を見抜くのはほぼ不可能に近い。

「間に合『言われなくても、任せておけ!』─────ああ!」

食い気味に返答する鮮血に任せ、皐月も「飛ぶ」ということ、「進む」ということに意識を落とし込む。
れんげがいる場所、飛び出した針目、
間に合うかどうかは、五分五分、四分六分、いや、三分七分かそれより下か。
しかし、どれだけ不利であろうと、間に合わないなんてことにさせてたまるか─────!

「あはっ、させるわけ…無いでしょォォォッッッ!!!」

だが、そこで化け物が牙を剥く。
「本物」が、皐月のすぐそこまで迫ろうとしていた。

「くっ………お、おおおおおおおおおっっっっ!!!」


927 : 運命のイトとヒトの布 ◆NiwQmtZOLQ :2017/01/15(日) 07:21:27 3GYCCr4c0

「くっ………お、おおおおおおおおおっっっっ!!!」

皐月とて、鮮血とて全力。
だが、同様に針目も全力疾走で皐月に追い縋る。
此処に来て、針目のスピードが最大のアドバンテージ─────先を行く分身がれんげへと到達するか、己が皐月を食い止めるか、それだけで己の勝利だ。
護ろうとしていた命をむざむざ散らす事になれば、皐月とてただ何も思わぬ訳があるまい。
激昂でも何でもいい、一瞬の隙─────それさえ晒してくれれば、後はどうにでもなる。特に、この距離ならば。
全速力を以て、両者が駆ける。


─────そして。
間に合ったのは─────他でもない。


宮内れんげのその横に、そっと音もなく滑り込み。
ハサミを掲げ─────針目縫の幻影が、狂喜の笑いと共に降り立った。
皐月も近い。あと数瞬の後には、既に此処に辿り着いているだろう。

─────だが、遅い。
あまりにも、それは、遅すぎる。

針目縫の振るうギロチンは、ほんの一瞬の内に─────落ちた。


928 : 運命のイトとヒトの布 ◆NiwQmtZOLQ :2017/01/15(日) 07:23:11 3GYCCr4c0



─────宮内れんげは聡い少女である。
だから、自分がこの戦闘において何も出来ない事を知っていた。
自分が何かをする事は、きっと皐月の妨げになるだろうこと。
自分を庇うように戦うことになれば、きっと皐月は
なまじ、本能字の戦いにて「戦闘領域から隔離された」経験から、彼女はそれを十二分に理解出来ていた。
─────いや、そもそも。
化け物たる針目縫と傑物たる鬼龍院皐月の戦闘を見て、己が入り込める余地がある筈だと思える一般人がいるならば、それは勇者でも賢者でも何でもない、己の力量を理性でも本能でも理解せぬただの愚か者だ。
だから、彼女は割り切っていた。
己がすることは、全て終わった後で、この手袋を使って皐月を癒すことだと。

─────けれど、理解はできても納得が出来ないこともある。
自分は戦えない、分かっている。
足手纏いにしかならない、分かっている。
戦闘の後でこそやるべきことがある、分かっているのだ。
されど、「何もしない」でこのまま過ごすには、強くなることを覚悟した

何か。
何か、ないのか。
何か、自分に出来ることは。
何か、自分がやれるものは。
何か、─────自分が戦う為の、力は。

「なにも、ないのん…?」

─────心の中で幾ら叫んでも、答える声はありはしない。
想う心に応えるものは、いつだって自分の中にあるものでは無いのだから。
ならば、それは何処にある。
少女の想いに応え、少女に手繰るべき運命の糸を垂らすそれは。

─────答えは、小さな緑の精霊が知っていた。

「それ」は、少女の事が好きだった。
少女がようやく見つけた夢が、少女の夢たる歌声が、大好きだった。
だから、
それを、絶望に縛るものと、疑念の中でそう呼んだ少女がいた。
けれど、そうではない。
それは、ある少女の死から生まれた、正真正銘の勇者の護り手。
そして、彼等もまた、護るべき少女を慕っていた。
桃色の勇者と共にあった、主人と同じように食を楽しんでいた鬼の精霊のように。
青色の勇者と共にあった、規律を重んじ主に心から仕えた三体の精霊のように。
金色の勇者と共にあった、己を大切にして食も分けてくれた少女に懐いた獣の精霊のように。
紅色の勇者と共にある、何処か悟ったような言葉で彼女を送り出した武者の精霊のように。
緑色の勇者と共にあったそれは、今此処にその想いを以てその「戦う意志」に応える。

その時、少女にも分かることがあった。
化け物が此方を見ていると理解出来た時、明確に感じ取れた。
それは、死の予感。
このままだと、死ぬ。或いは、何か他の、ひどいことが起きる。
危険を訴える心臓が、事実を見据える脳味噌が、やめろ、逃げろと全力で叫ぶ。
いや、それをしても─────きっと、無駄だろう。
それまでの戦いを見ていた彼女の中で、そう呟いたものがあった。
何をしても無駄だろう、「アレ」をどうにかする術は自分には無い。皐月が間に合わなければ、自分は容易く死ぬだろう、と。
願うしか、ないか。
鬼龍院皐月が辛うじて間に合うことをただ祈り、それで自分が助かることを祈り。

「─────いやなのん」

─────そんな事は嫌だと、駄々をこねた。
ああ、そうだ。
何もせぬまま、このままただ死を待つのは、嫌だ。
例え死なずとも、それだけじゃない。ただ足を引っ張ってしまうのも、それが敗因となって皐月が負けてしまうのも、れんげにはとても嫌だった。
善も悪もなく、ただ純粋に、「嫌だ」と。

だから─────

「─────だから─────!」

少女が叫ぶ。
精霊が応える。
そうして、此処に─────一人の、小さな勇者が誕生した。


929 : 運命のイトとヒトの布 ◆NiwQmtZOLQ :2017/01/15(日) 07:27:50 3GYCCr4c0
─────運命の糸を、握り締めて。
一人の勇者が、立っていた。



何故だ。
「お前」は、殺した。
ここで、最初に、気紛れで殺した。
勇者などという馬鹿げた妄言を、この高次縫製師の前でよりにもよって糸を以て戦わんとした愚行を、必死に捻り出した笑ってしまうような勇気とやらを、その滑稽さに見合うだけの無様な死に方で手向けてやったはずだ。
そんな、愚かしいだけの存在が─────

「あんたら、みたいな」

目の前に立つのは、緑のきらびやかな衣装を纏った一人の少女。
その手を覆うように咲く鳴子百合からしなだれる糸も、己の刃を防いだ緑の球状の生き物も、どちらも間違いなく見覚えがあるものだ。
そして、己が葬り去った。
葬り去ったのに、わざわざしゃしゃり出て、己の邪魔をしてきている。

「あんたらみたいな見るに堪えないバカが─────どいつもこいつも、邪魔しやがってェェェェ!!!!」

─────この期に及んで、まだ、自分を阻まんと立ち上がる。
無様、無様、無様。見苦しいにも程がある。
虫けらごときが、どうしてこうも、立ち塞がって醜い姿を晒し続ける!

「こんの、不良品どもがァァァァッッッ!!!」

激昂と共に、二度目の斬撃が放たれる。
どうにか迎撃をせんとれんげが立ち向かうも、彼女には両手の糸を使うというそれ自体があまり理解出来ていない。
そして、精霊も既に針目縫には抜かれたという事実がある。模造品の此方ならばまだ分からないかもしれないが、それでも分の悪い賭けだ。
結局のところ、それで稼げたのはほんの僅かな時間。

─────けれど。

「─────その勇姿、見届けた」

その一瞬で、すべては事足りた。
未曾有の英傑たる鬼龍院皐月にとっては、それで十分に過ぎた。
有り得ない事実に此方も目を剥く本物の針目を全力で叩き落とし、最後の幻影を両断する。
れんげへと振り返り微笑むと、ほっとしたようにれんげも息を吐いていた。
無事だ。目立った外傷も、しようもなかった。
いや、むしろ変身した事でその姿はより輝いているようにも思える。

「─────全く。天晴れとでもいうべきか」

その言葉に、意味がわかっていないれんげ本人が「あっぱれなのん!」と声を上げる。
それを聴きつつ、改めて皐月は向き直って高らかに言い放つ。

「─────他人を理解しようとしない化け物たる貴様に、理解できる訳があるまい」

─────実のところ。
彼女がそれを理解したのも、恥ずかしながら最近のことだ。
全てを己が力に変える彼女の戦いは、実際のところやっていたことは変わるまい。
僅かな例外を除いて信用を預けず、只管にただ勝利だけを求め、その過程において全てを邪魔だと切り捨てた。
その結果として、あの敗北があった。
それでも、戦う意志を絶やさぬまま、しかし根本は変質せず。ただ己の内に、己の下に力を蓄える事を未だに考えた。

「─────我等は不完全な切れ端だ。己が色も紋様も、決して単体で人々を魅了などしない」

ああ、そうだ。
己が正しいと一片の疑いもないと言わんばかりの口を利いて、目の前の敵を粉砕する。
それが、それこそが─────鬼龍院皐月の在り方だった。

「だが、縫い合わさり仕立てられたその服は、無限に成りうる。私と鮮血の
ように、そして─────れんげのように」

そして。
それ自体は変わることがなく、けれどそこに僅かな変質を。
鬼龍院皐月は思う。
それを説くのは、きっと己ではないのだろうと。
まだこの言葉は、分かったような口ぶりで言い放つこの言葉は、実のところ己が理解しきれていると言うには不十分なものだと。
だが、だけれども。
少なくとも今この時、鬼龍院皐月はその一片を掴んだ。
宮内れんげの、ひたすらに己にできることを追い求める様。
そして、鮮血との人衣一体ならぬ人衣一体から生まれたナニか。
ならば追おう。この言葉を我が言霊で世界に表し、それを現実の己のモノとしてみせよう。
その在り方そのものは嘗てと同じ、そしてそれを変えるためのこの言葉なのだから。

「─────我等は、運命の糸で縫い合わされた一枚の布。重ね合うことでより美しくならんとする、未来の服にならんとする布。それが我等人間の輝き、我等の美しさの一端だ」


930 : 運命のイトとヒトの布 ◆NiwQmtZOLQ :2017/01/15(日) 07:29:47 3GYCCr4c0

そして。

「だから、それが」

その言霊を、化け物はどこまでも理解し得ない。
彼女にとって、完璧なのは己と仕えるべき主人、そしてその悲願だけだ。それ以外のモノは、悉く意味も価値も尊さも存在しない。
それが彼女の、針目縫という存在にとっての世界の真理である。
正しさも間違いも関係なく、彼女が生命繊維の子宮の中で産み落とされた時から、きっと彼女という存在が消え去るまで続くだろう認識。

「ソレが、どうしようもなく醜いんだよ─────それがどうして、分からないんだよ!!」

何故ならそれは、彼女にとってはまさしく定められた運命。
そのために彼女が産み出され、そしてその為に生きるという、まさに運命そのものの体現。
そこから来る思想であればこそ、彼女の思考回路は不変である。
たった一つの糸に沿った、一枚の布になるべき世界に至る思いが変質することは有り得ない。

「さあ、針目縫─────これで最後だ。行くぞ」

故に、此処から始まるのはその糸と布のコンテスト。
美しさを、気高さを競い合い、その先を勝ち取る戦。
服飾の世界に相応しい決戦が、此処に始まる。


931 : 運命のイトとヒトの布 ◆NiwQmtZOLQ :2017/01/15(日) 07:32:08 3GYCCr4c0







「─────だと思った?」

─────のでは、ない。
針目が浮かべたのは、どこまでも獰猛な憤怒に混じって窺える─────喜悦と嘲りの笑い。
一目見た皐月は、その表情に急激に寒気を走らせた。
その顔が意味するものは、恐らくは仕組んだ策の成功。
此方を嵌めて、勝利を確信したもの─────だが、何処だ。
それだけの策は、ならば何処に仕込まれていた?
少なくとも、自分が追いついてからの彼女がしていたのは激昂のみだ。策を講じられるような精神状態では無かった。
となれば、仕組んだのは分身か─────しかし、あの糸人形に何が出来た。それこそ糸屑のように、とまではいかずとも、皐月の対処ならば容易に蹴散らせた。

その答えに辿り着くよりも先に─────彼女へと、『策』は襲い掛かる。
即ち、それは。

「─────これは」

絡みつく、輝く緑の糸。
大きく予想を外れた、いや、方向すら予期出来なかった攻撃に、皐月の反応が完全に後手に回る。
そして、その一手は、勇者の糸を相手取るには致命的。

「この糸─────まさか、れんげ─────!!」

精神仮縫い。
最初から分身は切り捨てられると分かっていたからこそ、それを目くらましにした上での彼女の現状の切り札。
元々は少女が自殺するよう仕向けるつもりだったが、皐月に如何なる切り札があるか針目には分からない。
ならばこそ、一瞬─────動揺、そしてどうしようもなく反応し迎撃を図らねばならない此方の方が分があった。

「ハ─────」

此処に来て、差を招いたのはその能力への知識の差。
鬼龍院皐月は、初めて見る故にその真の能力を知る由はなく。
針目縫は、最初に見ていたからこそその能力を知っていた。
高次縫製師にとって、糸を操るなど、操り人形を介してさえも容易く精密に出来る行為。
まさしく、針目にとっても─────これは、運命の糸だった。

「く─────」

瞬時に絡め取られる身体から、閃刃と罪歌が吹き出す。
だが、その隙間を縫うように糸が巡り─────一瞬。ほんの一瞬だけ、皐月の動きが停止する。
そして、それだけあれば─────十分だった。

「─────死ね」

袈裟懸けに、一裂き。
縫い目に沿って、破れかけの布を引き裂くように。
鬼龍院皐月の体が、大きく深く切り裂かれる。
どこからどう見ようと─────致命傷だった。

最後の、最後で。
一枚の布は、不純物を、一点の染みを跳ね飛ばし。
運命の糸を操ったのは、針目縫。


932 : 運命のイトとヒトの布 ◆NiwQmtZOLQ :2017/01/15(日) 07:37:19 3GYCCr4c0





─────否。

その事実を明確に告げたのは、針目にとっては感覚の消失だった。
一瞬で、まるで元から無かったかのように錯覚する程に。

「う、で?」

─────彼女の腕が、在るべき場所から消え去った。

「うで、腕、腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕ぇぇぇぇーーーーーっっっっ!!!!」

何故だ。
誰だ。
この自分の手を斬り落とすなど、己の怒りをどれだけ買ったか分かっているのか。
腕の喪失という事実すら忘れそうな怒りの中で、針目は振り向き─────そこに、下手人はいた。

「─────いきなり心臓、というのは無理があったか」

無論、そんな芸当を瞬時にやってのけるような人間は、この場に一人しか存在しない。
黒髪をたなびかせ、まるで何事も無かったかのようにそこに一人凛と仁王立ちの様を見せるのは。

「─────鬼龍院、皐月ィィィィィィィィ!!」

絶叫。
疑惑、困惑、否定─────それら全てが起爆剤となり、憤怒に満ちた怒りが爆ぜる。
鬼の形相の彼女を前にして、しかし今更─────本当に今更、その程度で眉の一つも動かす事はない。

「何で、何で生きてる!アンタは今、ボクが殺した筈なのに─────」

そこで、針目縫は気付く。
皐月の身体、己が斬りつけたその痕をなぞるように走る、緑色のライン。
よく見ればそれは、見たことがある、否、見慣れている模様に他ならない。
高次縫製師たる己にとって、何十度も見たそれは─────確かに、『縫合の跡』だった。

「まさか─────その、『糸』は」
「ああ。『縫合』させてもらった、この糸を使ってな─────!!」

糸を切り刻んでは脱出は不可能。それを悟って尚、すぐに諦めるような人間ではない。
瞬時に策を練らんとしたところで、蘇ったのはつい今し方の己の言葉。
迷う時間などなく、故に即断。
斬撃を受けた瞬間から、皐月はそれを開始していた。
一本の糸をどうにか断ち、それを傷を負った場所で次々と縫っていく。
縫製に欠かせぬ「針」は、今も彼女の体内に潜む妖刀、『罪歌』。
彼女自身の意志を以てそれを征服した今、彼女の身体の内にそれは眠っていて─────そして屈服した罪歌は、その形すらも所有者が変化させる事ができる。
糸を通し、つなぎ、そして縫う為の針。それによって彼女の身体は致命の深手を負う事を免れた。

ふわふわと、今は操られた少女の横で緑の精霊は浮遊する。
或いは、それは「ソレ」の願い。
巡り巡ってやってきたこの時に、きっとあの少女の仇を討たんと。
その思いが、ほんの僅かでも糸を通して伝わったのであれば。
やはり、その糸は運命の意図と呼ぶに相応しい巡り合わせで。
運命の糸を味方にしたのは─────鬼龍院皐月だった。


「─────ふざけるな」

万策尽きた。
両腕が落ち、策は無く、目の前に立つ人間如きにここまで追い詰められた。
こんな事は有り得ない、あってたまるか。
現実を理解して尚、化け物はその真実にすら否定の牙を突き付ける。

「─────皐月ィィィィィィィィィィィィ!!!!!!」

叫ぶ。
ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。
貴様等のような下等生物如きが、勇気だの運命だのという馬鹿げたわけのわからない事を言いふらして憚らないゴミどもが、この高次縫製師を追い詰めるなど、存在してたまるものか─────!!!

「─────鮮血ッッッッッッッッ!!!!!!」
『応ッッッッッッッッッ!!!!!!』

ならばこそ。
ならばこそ、化け物は人間に敵わない。
その化け物にあったのは、何処までもそのプライドだ。
一点の滲みもない、その一枚の布は。
如何にその布が完璧であろうと、それだけだ。美しく清らかで滑らかで、それだけだ。それは確かに一つの芸術品だが、しかしそれ故にそれを超えない。
そして、運命の糸で縫い合わされた、様々な布が描く柄は。
それ自体を芸術と呼ぶことは叶わないかもしれない、とんでもなく食い合わせが悪いかもしれない、されどそれ故に無限の柄が生まれ得る。

そして、今此度に於いて。
一つの芸術品のみに固執した者は、一つの美しさにのみ固執した者は、それ以外を認めなかった者は─────

「『─────閃刃、疾風ッッッッッッッッ!!!!!!』」

此処でその布を断たれ、さりとてその完璧さ故に縫うことすらも出来ず。
ただ、其処で、切り捨てられて、それで全てが終わりだった。


933 : 運命のイトとヒトの布 ◆NiwQmtZOLQ :2017/01/15(日) 07:40:13 3GYCCr4c0



─────ふと気付くと、全てが終わっていた。
既にそこには殺気も何も無く、ただ頬を撫でる冷たい風と訪れつつある夜の闇だけが残っていた。
記憶の僅かな欠落に疑問を浮かべると同時に、その声は上から降ってきた。

「大丈夫か、れんげ」

顔を上げると、皐月がいた。
黒のセーラー服に戻った鮮血を着て凛々しく笑う彼女の姿に、れんげはふと疑問に思う。
袈裟懸け、という言葉を彼女は知らないが、兎も角そのように走る赤の線と緑の点。
その赤が血の赤と匂いで漸く気付き、れんげはすぐに己のやるべきことに気付く。

「まってるのん、いま、なおすのんな!」

手袋を取り出して嵌め、そこで自分の衣装に気付く。
そういえばこれはもう着ている必要は無いか。そう思って脱ごうと思ったところで、皐月がそれを止める。
何でも、傷と共にある緑の点はこの力の糸で縫い止めているらしい。…どういうことかしっかりとは理解出来なかったが、変身を解除してはいけない事だけは確からしいとは気づいていた。
ともかく、変身を解かず、少女は手袋を身につけて回復を始める。
本来なら致命傷だった皐月の傷も、ほぼ応急処置と言えるそれがあってからの治癒だ。時間こそかかるものの、戦場に再び立つことは十分に可能だろう。
尤も、治療している本人にはそんな考えは全く無く、ただ治癒に魔力を注ぎ込むだけだが。

「れんげ」

そんなれんげへと、皐月が声をかける。

「なんですか」

特に集中している訳では無いが、しかし何の話なのだろう。
何か言われる心当たりはあるかと考えてみても、思い当たる節はない。
疑問符を浮かべてじっと皐月を見るれんげの、その頭にぽん、と手が置かれる。
そのまま、本能字学園の時と同じように撫でながら、皐月は微笑んで口を開く。

「よくやった。そして、ありがとう」

その、言葉に。
宮内れんげは、当然のように。
まるで、己が褒められるのは当然かのように。
まるで、鬼龍院皐月の賛辞が良くあることかのように。

「どういたしまして、なん!」

本当に嬉しそうに、そう言った。



時間を見ると、意外にもまだ七時すら回っていなかった。
己の治癒、そしてれんげの魔力の都合もあり、それなりの休憩は必要だが、それでもそもそもこれが本来の目的とは正反対であることも鑑みれば七時半を回らずに此処を発ちたいところだ。
と、今後の算段を脳内で組み立てつつ、皐月はふと己の横にいる少女に目を向ける。
─────どうやら、自分の発言はやたらとお気に召したらしい。
自分を癒すれんげの表情は、誇らしげで可愛らしく目を輝かせ、年相応の感情を漏らしている。
先程の子供とは思えぬ勇気の発露も、そして今も。全ては子供故の純粋さ、そして強さなのだらう─────鬼龍院皐月はそう思う。
彼女は、強い。
間違いなくその心は強く、けれどそれでも子供は子供である、それは彼女の持つ両面性だ。
一枚の布にも表裏があるように、或いは縫い合わさった布同士が鮮やかな柄となって見るものを魅了するように。一つの言葉では語れないその彼女の強さは、それが源泉なのだろうか。

『皐月、少しいいか』

ふと聞こえた鮮血の声に、考え込んでいた意識を現実へと戻す。

「どうした?」
『先程の戦い…ヤツに背後を取られた時だ』

それを聞いて、皐月も思い出す。
無駄な思考の猶予を入れることは叶わず、常に瞬時の判断を続けて潜り抜けた先の死線。
その中でも、あそこは別だ。ほぼ直感、思考よりも早く感覚に行動がついていった。
根拠など皆無、勿論鮮血がどうにかしてくれると思ったわけでもない。
それでも、「幸運なことに」迎撃と相成り、先に続ける事が出来た。

『あの時、閃刃疾風を私が使ったのはほぼ直感だ。迎撃、回避に一番向いている…なんて思いが浮かぶ事は無かった』
「…奇遇だな、私もだ」

なるほど─────そう考えてみれば、あの局面だけは。
己が鮮血に形態変化を託し、己の行動を全て託されてしたといても、少しおかしい。
完全に別の思考、直感を捉えた二者が、同一の意志を以て盤面を覆した。
その実は、なんだ─────?

「…ああ」

そこまで考えて、皐月はふと考えを戻す。
縫い合わされた布。
決して一枚にはならず、画一性など保証されぬ、よくわからない何かになって、されど柄として美しくあらんとするもの─────

「これも、『そういうこと』なのかもしれないな」
『は…?』

何処か理解出来ていないような鮮血に、皐月はれんげに対して感じた思いを話し始める。


934 : 運命のイトとヒトの布 ◆NiwQmtZOLQ :2017/01/15(日) 07:41:57 3GYCCr4c0
☆*

彼女の傷が治癒するまでの束の間の時間─────一枚の、折り重なって生まれる物語のほんの幕間、破れた布を埋め合わせるアッブリケ。
彼女達という未来の一着の服の中に縫い込まれたそれは、一つの柄となるか、それともただの穴埋めか。
それが分かるのは何時になるか知れないけれど、きっともしどちらでも─────これを尊くないものとは、きっと呼べないのだろう。

【針目縫@キルラキル 死亡】

【D-4/橋近く/夜】
【鬼龍院皐月@キルラキル】
[状態]:疲労(大)、全身にダメージ(中)、こめかみに擦り傷、袈裟懸けに斬撃(回復中)
[服装]:神衣鮮血@キルラキル(ダメージ小)
[装備]:体内に罪歌、バタフライナイフ@デュラララ!!
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(7/10)、青カード(9/10)
[思考・行動]
基本方針:纏流子を取り戻し殺し合いを破壊し、鬼龍院羅暁の元へ戻り殺す。
0:人衣一体、神衣、そして「縫い合わせる」、か…
1:宮内れんげと共に旭丘分校へ向かう。
2:ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲を調べてみたい。
3:鮮血たちと共に殺し合いを破壊する仲間を集める。
4:襲ってくる相手や殺し合いを加速させる人物は倒す。
5:纏流子を取り戻し、純潔から解放させる。その為に、強くなる。
6:神威、DIOには最大限に警戒。また、金髪の女(セイバー)へ警戒
[備考]
※纏流子裸の太陽丸襲撃直後から参加。
※そのため纏流子が神衣純潔を着ていると思い込んでいます。
※【銀魂】【ラブライブ!】【魔法少女リリカルなのはVivid】【のんのんびより】【結城友奈は勇者である】の世界観について知りました。
※ジャンヌの知り合いの名前とアザゼルが危険なことを覚えました。
※金髪の女(セイバー)とDIOが同盟を結んだ可能性について考察しました。
※罪歌を支配しました。支配した場合の変形は身体から実際の刀身以上までの範囲内でなら自由です。


【宮内れんげ@のんのんびより】
[状態]:魔力消費(中)、興奮
[服装]:普段通り、絵里のリボン
[装備]:アスクレピオス@魔法少女リリカルなのはVivid
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(8/10)、青カード(9/10)
    黒カード:満艦飾家のコロッケ(残り四個)@キルラキル、犬吠埼樹のスマートフォン@結城友奈は勇者である
[思考・行動]
基本方針:うち、学校いくん!
0:ほめられたのん!
1:うちも、みんなを助けるのん。強くなるのん。
2:ほたるん、待ってるのん。
3:あんりん……ゆうなん……。
4:きんぱつさん、危ないのん?
[備考]
※杏里と情報交換しましたが、セルティという人物がいるとしか知らされていません。
 また、セルティが首なしだとは知らされていません。
※魔導師としての適性は高いようです。
※【キルラキル】【ラブライブ!】【魔法少女リリカルなのはVivid】【銀魂】【結城友奈は勇者である】の世界観について知りました
※ジャンヌの知り合いの名前とアザゼルが危険なことを覚えました。
※金髪の女(セイバー)とDIOが同盟を結んだ可能性について考察しました。
※放送を聞いていません。


935 : ◆NiwQmtZOLQ :2017/01/15(日) 07:42:45 3GYCCr4c0
投下を終了します


936 : 名無しさん :2017/01/15(日) 12:07:43 RlPaiMwY0
投下おつー

針目、ついに堕つ。
逆転に次ぐ逆転でヒヤヒヤしたけど、ゆゆゆな糸も含めて糸や布ですごいキルラキルしていた
相手の糸や罪歌さえ利用しての縫合して勝つとかすごい発想だ
皐月様はやっぱかっこいいな。


937 : 名無しさん :2017/01/15(日) 19:07:36 RA6suJ1o0
投下乙でした。

針目もようやく堕ちたか。
皐月様もレンゲも、とにかくかっこよかった。


938 : 名無しさん :2017/01/15(日) 20:32:58 Ltg1c3CY0
>姉/姉妹と姉弟
各人のロワに入ってからの積み重ね・出会い・発言諸々が収束して起きてしまった感じがしてすごくのめり込んでしまいました
ほたるんは美しくも歪?な形に変化してしまって…ノミ蟲ぃぃぃ


939 : 名無しさん :2017/01/21(土) 12:13:25 nAB3lEho0
投下乙


940 : 名無しさん :2017/01/22(日) 10:35:13 qRSOC3gg0
投下乙
皐月様がすごく主人公してる
針目も強かったけど最後に最初に殺した相手のアイテムに足元を掬われるとはインガオホー


941 : ◆WqZH3L6gH6 :2017/01/31(火) 04:22:27 wcK2gSCs0
投下します。


942 : 【紡ぐ者】 ◆WqZH3L6gH6 :2017/01/31(火) 04:23:06 wcK2gSCs0

――第四次聖杯戦争と繭のセレクターバトル
  どちらも各々の願いの為に行われた大規模かつ、それでいて世間からほぼ秘匿された闘争劇
  いずれも願いを叶える資格があるは参加者のみ
  その二つの要素を含めたゲームに置いてもそれは――

-------------------------------------------------------------------------------------------------


何年も前のある日。その日は晴れ。
ある広い古びた館に何人もの大人が慌ただしく作業をしていた。
そこは廃屋。大人達――白衣を着用し顔を隠した何人もの男女とは対象的に、
喧騒の中心にいる点滴を打っている灰色髪のパジャマ姿の少女は
落ち着いた様子で金髪の男と作業をしていない白衣の1人と対面している。
金髪の男が作業中の白衣の男を一瞥した。それに気づいた男は他の白衣達に声をかける。
短いやり取りの後、少しして彼を含めた男女は俊敏かつ丁寧に作業を中断し居た部屋を去っていった。

残されたのは灰色の少女と金髪の男と性別の解らぬ白衣ひとり。
退屈げな表情をしていた少女は辺りをきょときょとと見回し、眉をひそめる。
そして苦笑しつつも何かを肯定するような感想を漏らした。

金髪の男は満足気にそれに返答し、懐から冊子を取り出す。
少女は落ち着いた様子で冊子を受けとり読んだ。
金髪の男は期待混じりの声で少女に問いかける。
冊子に書かれていた事は実現できるのか?と。


少女は灰色の長髪を揺らしつつ顔を上げ思い巡らせる。
目の前の2人は自分の恩人の様なものだから、手伝ってやっても良いかも知れないと。
沈黙が訪れた。他2人も黙ったまま解答を待つ。その最中、電話が鳴った。
白衣の顔が金髪の男へ向く。金髪の男は自らの電話を取り、向こうの相手と会話しながら苦笑浮かべた。
彼は多少の未練を残しながら少女に挨拶をしその場を去った。


そして、金髪の男が去ってしばらくして少女の思考は纏まり、残ったひとりに告げる。
それを聞き白衣は初めて口を開く。喜びとそれが入り交じった問いが少女へと飛んだ。

少女は釣られたような病からの咳をしながらも、脇に置かれた遊具を手に取る。
白衣はそれに見覚えがあった。少女の異能の発生源でもあるカードゲーム ウィクロスのカードデッキ。
少女はそのデッキを手渡そうと寄って来た。
速やかな返答を期待していた白衣はその反応に当惑し、少女に疑問を投げかける。
少女は心外といった表情をし立ち止まり、挑発の混じった笑みを浮かべ言った。


「説明するより、手に取って考えた方が簡単よ」


白衣は口を噤み、多少迷いを見せつつも少女の手からカードデッキを受け取る。
ふと見ると少女の肩から小さな人の顔が見えた様な気がした。


――灰色の少女にとってもその無人だった館は薄気味悪い事この上なかった。
後で調べてみるとそこは有名な怪奇スポットだったという。
その所為かあの白衣達の何人かは後日病にかかったらしい。初めここに長く居たくはなかった。
でも白窓の部屋を彷彿とさせる神秘的な所でもあったので暫くここに居るのも悪くないと思った。


943 : 【紡ぐ者】 ◆WqZH3L6gH6 :2017/01/31(火) 04:26:15 wcK2gSCs0
-------------------------------------------------------------------------------------------------

セイバーの胴がスタンド 星の白金の拳に貫かれる。
少しして空条承太郎は今倒したサーヴァントへ何かを言い捨て、この場を去った。


「……」

ヒース・オスロは相変わらず貼り付けた様な笑顔を崩さなかったが、両眉は困ったかの様に一瞬歪んだ。
繭はそれに気づいた様子だったがあえて何も言わなかった。

放送直前に行われたエリアH-5の大戦。
それは放送直後、風見雄二と纏流子の追走劇と、空条承太郎と言峰綺礼対セイバーの2つの戦に分かれた。
運営基地のある一室でそれらを観察するは繭とヒース・オスロとその従者 テュポーン。
三者の居る場はヒース・オスロの部屋。
遠坂時臣が一先ず去った後、繭はオスロからゲームの感想を求められ返答した直後にある懸念に気づき、
会話を延長して今度はそれについての対策を求めようとしていた。
だが、遠見の窓に承太郎らとセイバーの戦闘が白熱しつつあったのを認め、観戦に徹する事に決めて中断していた。


「……南ことりと満艦飾マコの白カードの事なのだけれど」


繭は他の生存者が映し出された窓を一通り見渡すと、オスロが言い出す前に新たな問題を伝えようとする。



「アザゼル達の様子からして彼女達の白カードには異変は無かったようだが?」


参加者の魂が封じられたカードについてはオスロも注意を払っている。


「白カードが剥がれた後と誤認したのでしょ解りにくいものね。
 本当は腕輪にくっついたままなのに」


その声にはさっきまでの会話で自分の要望がほぼ却下された不満の色が明らかに含まれていた。
オスロは顎を手に当てると低い声で呟く。


「しかし腕輪の破壊方法に気づき得る参加者は現時点では……」
「窓はすべてを把握できる訳じゃないわ。研究所の一部や、変な仕掛けをしている四つの施設の一部。
 地下道に至っては音声をほとんど拾えない上に映像も不鮮明な事が多いのよ。あの時注意を払えって言っていたのは貴方じゃない?」


繭の態度から来る不機嫌からかテュポーンの眉間に皺が寄る、オスロは苦笑しつつ片手で従者を宥めると真剣な面持ちになった。

「埋葬されているが、気づかれると拙いか……」
「私でも参加者と繋がっていない白カードはコントロールできないわ。
 それに腕輪の破壊は生存者のより簡単よ。早く何とかした方が良いと思うわ」
「……」
「禁止エリア侵入以外の理由で私が参加者を殺す訳にはいかないんでしょう?」

オスロの目つきが一瞬鋭くなるが、すぐ元に戻った。


944 : 【紡ぐ者】 ◆WqZH3L6gH6 :2017/01/31(火) 04:27:38 wcK2gSCs0
繭は気づいてるのか気づいてないのか曖昧な様子で喋り続ける。

「私、ルール違反以外でお仕置きはしたくないのよ。何とかして」


すうっとオスロが深く息を吸った。


「次放送でE-1を禁止エリアにするよう向こうに伝えて置こう」
「あら?それだけで間に合うかしら」
「……」
「起こる筈の無い事は、ここでも何度か起こっているのに」
「……?」
「そう例えば、宮永咲っていう熟練のセレクターと良く似た雰囲気の麻雀使いたでしょ。
 このゲームに参加させたあの娘の知り合いって本当は違う子が選出される手筈だったんじゃない」
「……何故そう思うのかね?「早期の全滅はともかく、選出に不備はあったとは……」
「嘘。だって他のコミュニティと比べてあまりにも関係が希薄じゃない。ミスしたとしか思えないわ。
 私だってゲーム開始前に幾つかの世界は見てきてるのよ、あの娘の人間関係把握してるのよ」
「ぶっ?!」


オスロは思わず吹き出した。
窓の向こうに映るセイバーが後悔の念を顔に表しながら息を引き取り
腕輪からの青白い光が彼女の魂を絡め取りカードに封印したのはその時だった。

-------------------------------------------------------------------------------------------------


大きな窓と百近い小さな窓が果てしない高所にあり、人の手で容易に届く位置にある小窓が五十以上ある大部屋。
中心には針時計が備えられてる柱が一つ。
大窓から今しがた死んだ騎士王と呼ばれた英雄の魂が大部屋に入り込んだ。
その魂はこれまで小窓に封じられた他の魂の中でも大きい。
けれどこれまでのと同様に区別なく吸い寄せられるように抵抗なく小窓に引き寄せられ閉じ込められる。
閉じた窓の向こうから女の苦痛の呻きが漏れる。

それとほぼ同時に今度は生来の歪みを抱えた神父の魂が大部屋へと入り込んだ。
大きさは騎士王と比べ一回り小さい。だがその輝きは多少の凶々しさを放つものの騎士王のそれと比べ鮮やかだった。
そして彼の魂も小窓に封じられる。声はなかった。
今閉じた小窓は2つ。柱から微かに鈴の様な音が鳴る。
部屋の主たる繭は今ここにはいない。


-------------------------------------------------------------------------------------------------



繭には聖杯戦争関連を含め自分達に不都合な情報は伝えない様にしている。
宮永咲を含めた一部の参加者間の関係もその一部であった。
途中、言峰綺礼の今際の会話に気づいた繭は窓を見ている。
言峰の最期を確認し、オスロは繭との会話を再開した。

「知っていたのか……伝えてくれないとは人が悪い」
「伝える必要がある程の事かしら。白窓の部屋の性質の事、前に訊いてなかったの?」

繭が顔を向ける。


945 : 【紡ぐ者】 ◆WqZH3L6gH6 :2017/01/31(火) 04:29:34 wcK2gSCs0
「聞いてはいたが、実感がね……」


オスロに白窓の部屋について教えてくれたのは彼にとっての主だったが、なるべく関わりたく無い類の人物だった。
それに加え教えられた時期が超常に慣れていなかった頃だったからか、頭に入り切らなかったようだ。
白窓の部屋は稀に時空を超えた映像や音声が発生すると伝えられている。
だからこそ時間が掛かったものの白窓の部屋と同様の機能を持ち、より強大な超常の力を持ったを運営基地を利用できているのだ。


「……さっき言った事、まともに聞いていないみたいだし。そんな運営で貴方達の目的が達成できるかしら?」
「悪い、解ったよ繭。今すぐには無理だが君もよく知るあの人と相談した上で放送前に対策を取ろう」
「……」


オスロは繭に気を使って接していた。だがそれは長く共にいた事と同様ではない。
テロリストという立場に加え、異世界に関わってからは強大な敵が増え、構ってやる事ができなくなっていたのだ。
加えて繭自身はオスロの嗜好から程遠い人物で、便利な道具としてしか見れなかった。
本来あるべき道を歩んだヒース・オスロ同様に参加者ではない方の風見雄二に傾倒していたのも大きい。
彼にしてみれば融和より、警戒の方へ舵切るのは仕方のない面があった。
かと言って繭を必要以上に軽く扱う事はできない。不用意に危害を加える事は自分の利益にも反し、他の協力者の反発も必至だから。


「あの人ねぇ」


微かな抵抗が感じられる繭の声。
オスロもあれを人と呼ぶのは抵抗があった。


「人手がいればすぐに対策はできるのだが」
「あの2人じゃいけないのね」


オスロは2人は正確では無いなと胸中で呟く。

主催には名目上は管理者である繭を除けば、いくつもの立場の者で分けられている。
オスロや『あの人』など身内で凌ぎを削って、願いを叶える手段を勝ち得た権利者。
運営内の人間関係は別にして、願いの権利を巡る権力闘争に関わらなかったが故に権利を得られず、中には権利そのものさえ知らぬ者さえいる遠坂時臣などの外様。
運営によって選ばれ拉致されてきたものの、ゲームに参加できなかった等の理由で幽閉されている捕虜。
そして一部運営に必要とされ選ばれたがゲームの性質上、最低限の役割と能力しか与えられていない制約の厳しい駒同様な裏方がいる。
いずれの立場の者は各数名しかいないがこれが運営の陣容である。


あの2人とはいわば裏方。
これまでは地下通路の更に隠された通路と繭のサポートで、橋の修復や地下通路の新たな出入り口の開通の作業をこなしていた。
しかし既に埋葬された腕輪の発掘回収やタマヨリヒメ回収になってくると無理があった。
裏方は参加者への攻撃はおろか直の接触さえも禁止されている。
仮に参加者ならばそこそこの力を持っていただけにあの2人を使えないのをオスロは惜しんだ。
挑発するかのように繭は甘い声で囁く。


「他に方法はなかったの?」
「……」

無い。


946 : 【紡ぐ者】 ◆WqZH3L6gH6 :2017/01/31(火) 04:31:25 wcK2gSCs0
身内が繭を発見できなければ願いを叶える力なんて間違いなく発見できなかった。
白窓の部屋を別にすれば、代替になるものはこれまで発見した十を超える異世界を見渡しても聖杯しかない。
最低でも白窓の部屋に連なる力と聖杯システム両方がなければゲーム開催など不可能だ。


「!」
「……あらあら、また始まったわよ」


戦況の変化にいち早く気づいたはテュポーン。
少し遅れてほぼ同時にオスロと繭。
3人の上方の窓に映るは鬼龍院皐月と宮内れんげ、そして針目縫。
運営の3者は会話をまたも中断し、彼女達の戦いを観戦する。

-------------------------------------------------------------------------------------------------


「……っ」


針目縫脱落というの結末に、表情こそ変えなかったがテュポーンの声が漏れる。
繭は薄ら笑いをしつつ身をかがめてオスロを覗き込んだ。


「タマを支給品にしなければ私の協力が得られたのにね」
「……」
「……」


繭の嫌味にオスロと従者は表情を変えずただ沈黙を続ける。
その様子に繭は不満げに口を尖らせた。
この主従、表面こそ平静を保っているが心中は穏やかではない。

テュポーンは主を侮辱する繭に対し怒りを抱いていたし、
オスロは危機感を否応なしに自覚させられていた。
繭の怒りと不信は未だ治まっておらず、現状ままだとこちらへの協力が望めないという事実に。

彼が知る限り、ゲームに乗り気である参加者は現時点で多く見積もって残り5名程度。
その中の3名のDIO、ヴァニラ・アイス、ラヴァレイは窓からの様子からしてスタンスを変えた可能性が感じ取れる。
オスロして見ればラヴァレイと平常時のDIOは彼等の経歴を知っている事もあり最も油断ならない部類の参加者。
前者は立ち回りが非常に上手く、後者は行動が読みにくい。ヴァニラ・アイスは主に従うだろう。
よってその3名はそれぞれの敵対者以外の参加者減らしに期待できる人材と見れなくなった。
残る現・浦添伊緒奈ことウリスは参加者の中では非力で不用心な傾向が強くもっと当てにできない。
となると有望な参加者は纏流子のみとなるが、こちらは少なからず消耗し、いつ脱落しても不思議でない状態。
このまま行けばゲーム進行が停滞する可能性が高い。この状況で繭の協力が得られなくなるのはオスロにとって非常に拙かった。
白カードの問題もある。


「……」


繭は無表情で呆れたような視線を2人に向けた。
もしこの場にオスロの部下が多数いればこれ以上大人しくしようとは思わなかっただろう。
それだけにゲームの制限により部下の殆どを連れて来られない現状はむしろ幸いだとオスロは思った。
精神を乱される事無くオスロは現状の最適解を考え、顔を僅かに伏せ表情は少しばかり悲痛に歪ませ口を開く。


947 : 【紡ぐ者】 ◆WqZH3L6gH6 :2017/01/31(火) 04:32:33 wcK2gSCs0


「タマヨリヒメを保護できれば、私を許してくれるか」
「!?」
「…………ええ、そうよ話が早いじゃない」


オスロの明らかに遜った態度にテュポーンは身を震わせ、繭は戸惑いつつも喜色を浮かべる。


「私はどうすればいい……」
「……」


繭は態度を変えたオスロを気味悪そうに見つめつつ問いた。


「何でタマを支給品の中に混ぜたの?」
「……」


その質問が来るのは予想していた。先程は適当に言葉を濁したが、次そんな態度を取ればもう協力は望めない。
セイバー、針目縫といった優秀な殺戮者が脱落した今、繭にも言っていない願いを叶える方法のノルマが達成できない可能性が高くなっていた。
繭いわく協力者であるあの人がまだここにいない以上、ゲームの盤面に介入できうる切り札はまだ切れない。
もし厳しいこの状況を打開できうる手段を繭が持っているなら、何としてもそれを使わせる。
よってあの人……いや『奴』との協力関係はこの際破棄する事をオスロは決めた。


「君も知るあの人から頼まれたのだよ」


「……っ」
「理由はタマヨリヒメを詳しく知らない私には大凡しか見当がつかないがね」


オスロがタマヨリヒメについて詳しく知らないのは事実である。
白窓は全てを見れるものではない。見れる情景には個人差と運が絡む。
オスロはセレクターやルリグの過去は見れず、逆に『奴』は多くを知れた。
違う時系列の原初のルリグを繭の元に連れてくる提案をしたのも『奴』だった。
それが大きな違い


「何で断らなかったの?」
「断ったら、タマヨリヒメに直に危害を加える可能性があると思ったからだ
 君もあの人の経歴……危険性は知っているだろう?」
「……」


危害云々は嘘である。オスロがホワイトホープを支給品の山に加えたのは、仮に繭がこちらに刃を向けた場合、
有力な参加者にタマヨリヒメの力を抑止力して発揮させてもらう狙いがあったからだ。
そうした理由の一つとして繭の不安定さに危惧を抱いていたというのがある。
オスロは繭に対してゲーム開始前までは関係悪化をしないよう振る舞って来たが、安全に確証を持てる程の材料が無かった為、
ここにはいない『奴』と共同で防護策を練っていたのだ。繭を警戒している点では『奴』とオスロの思惑は一致していた。
繭は収まらぬ怒りを含めた眼差しで彼を睨み冷たく言い放つ。


948 : 【紡ぐ者】 ◆WqZH3L6gH6 :2017/01/31(火) 04:38:58 wcK2gSCs0

「貴方怖いから、あの人に従ったんでしょ」
「……」
「……!」


真っ向からの侮辱に部屋に痛い程の沈黙が訪れる。
部屋にいる3人は能面のような表情で立ち尽くした。


「…………まぁ良いわ、タマのついてはあの人が悪かった事にしてあげる」
「……助かるよ」


繭は後ろを向き部屋から立ち去ろうとする。
テュポーンはその動作に微かに殺気を発するが、これもオスロが宥めた。
繭は振り向かない。


「タマを保護するわよ」
「自ら出向いて保護するのかね?さっきも言ったが、参加者の所持品を運営が没収するのはバランス的に良くないのではないか?」
「もしタマと接触できそうだったら別のルリグカードと交換するよう説得させるわ」


繭はどこからともなくカードの束を取り出した。
カードを持った手の甲には黒い塵のようなものがいくつか付着している。


「説得させる?君ではなく、裏方を使うのか?」


そう言うオスロを他所にカード束を2つに分け机に置く。
黒い塵は数を急激に増し手に持った束を包み込む。


「ええ。方法があるの」


掴んだ束は2枚の黒カードへと変わり、内1枚を机上のカード束に落とす。


「どういう……」
「見れば解るわ」


カード束は黒カードに吸い込まれるかのように消えた。


「それは君のデッキじゃないのか?」


机上の黒カードを見るオスロ。繭は机上のカードを摘む。


「……これでバトルする機会があると思ったけれど、しばらく無さそうだし違うカードを用意しようと思うの」


949 : 【紡ぐ者】 ◆WqZH3L6gH6 :2017/01/31(火) 04:40:59 wcK2gSCs0

「レベル5が存在するルリグを」
「……説得できる目処はあるのかね?」
「使えないタマよりも、ここで与えられた能力を持つルリグの方が役に立つわ」
「利用できるできないで交換に応じる相手ではないと思うが」


繭は黒カードから元の形に戻したデッキをシャッフルしながら宙を仰ぎ見る。


「……難しいのはそこなのよね。知り合いなのは他の子だし。」
「?」
「まあ裏方さんと相談しながらやってみるわ」


そう言いつつ繭はカードデッキを黒カードに戻す。机の上にあるのは1枚の無地のカード。


「他の参加者は……」
「その辺も私が上手くコントロールしてみせるわ」
「――」


紙が破ける音がした。


「もう邪魔しないでよね」



繭のその一言にオスロは落胆した。繭への抑止力の一つを失ってしまう事に。
机の上の紙は破れ、黒い煙のようなものが微かに発生していた。繭は本気だとオスロは悟った。
彼はゲームでのタマヨリヒメの所持者であったアザゼルの顔を思い浮かべた。
繭とタマヨリヒメと小湊るう子の関係を自らの推理で言い当てた高位の悪魔。
彼と遭った対主催傾向の参加者はその高い頭脳と実力に彼に期待をしたが、オスロはそれに値する人物ではないと思った。
アザゼルの残忍な行動はるう子とタマヨリヒメを萎縮させ、三好夏凛に多大な負担を強いたからである。
肝心要のタマヨリヒメ――全ルリグもそうだが力を発揮させるためには精神的な成長が必要であると『奴』から聞いている。
進化がどうこう言ってた割に目立つ行動は自衛以外は基本他者への嫌がらせ。結局、何も成せなかったなとオスロは心中で悪魔を嘲った。
机の上の白カードを見た。


「アーミラのカードは?」
「しばらく様子を見るわ。吸血鬼コンビが拾いそうだし」
「……」


マイナス2か。オスロは沈痛さを表に出さずまたも落胆する。
バハムートへの抑止力が高い確率で此方に強い敵意を抱いているだろう凶暴な吸血鬼に渡るのだ。
施設で嫌がらせなどさせなければと彼は後悔する。気落ちしないほうが無理があった。
ファバロ・レオーネがアーミラの白カードを回収していたのは繭より先に知っていた。
オスロが知る限り、アーミラから神の鍵を分断させたとかいう話は聞かない。
これまでアーミラのカードを放置したのは白のルリグデッキと同様の理由だった。

「じゃ行くわね」
「何処へ?」
「大部屋に」
「……解った」


950 : 【紡ぐ者】 ◆WqZH3L6gH6 :2017/01/31(火) 04:42:23 wcK2gSCs0

ゲームのシステムについて独自に調査するつもりなのだろう。
繭が暴走した場合取れる手段が更に限られるという意味ではこちらにとって不都合な流れだった。
だがゲームが破綻するよりはと自らを納得させそのまま見送ろうとする。


「ことりとマコが埋められたのは放送局の外だったわよね」


背を向け去っていく繭から声がかかる。


「安心して貴方の悪いようにはしないから」


遠ざかっていく繭を見送りつつ、オスロは安堵の溜息をついた。
繭が視界から消えるとオスロは従者に命令を下した。他の運営者の様子を見てきなさいと。
テュポーンは頷くと、そのまま主の元を離れる。

「……」

従者の姿が見えなくなるや、オスロは青カードを取り出しそれをワインへと変化させた。
彼はソファへ深く座り込み深く息を着いた。疲労が一気に押し寄せて来て思わず顔をしかめた。

-------------------------------------------------------------------------------------------------


「……」


遠坂時臣は運営基地の外にいた。
場所は海辺。時臣が基地に出向いた時は乗船員が乗る船があったはずだった。
待機を命じたにも関わらず、船と乗員は姿を消していたのだ。
時臣自身、目的を果たすまでは帰還するつもりはなく、一旦外出したのも船を帰す為であったが。
かといって無断でやられると面白くない。
渋面で慣れない手つきで通信機を操作し雇った乗員と連絡を取ろうとする。

連絡はすぐ取れた。勝手に出航した乗員へ叱責をする。
向こうは要領を得ない様子で気がついたら出航していたと言った。
まるで意思操作の魔術に掛かったかのようだ。
人払いは済ませてあるというのに、これは。
時臣は再度こちらに来るよう伝えようと考えたが、今度は行方不明になる可能性に気づき一旦帰還するよう向こうに伝えた。

時臣は船着き場に足を運び、魔術が使われた痕跡がないか調べる。
基地全体および島から妙な力が働いているのは確認できたが、魔力の残渣のようなものはなかった。
少なくともあの乗員は自分が知る魔の力によって惑わされたのでは無いという事か。


「……成る程、結界の破壊を危惧しなかったのはこれが理由か」


この島には結界とは別に、固有結界……あるいは空想具現化に似た力が働いている可能性があると時臣は推測する。
己の心象をそのまま異界として発現操作するという、どちらも人の範疇を大きく超えた高位の吸血鬼や英霊のような存在しか扱えないような力。
これだけの事ができるなら自動で人の認識を術者の望む方向で惑わさせる現象を作り出すのは容易だろうと時臣は納得し口を歪めた。
とは言え、人工衛星など超長距離からの監視には対応できるかは疑問である。


951 : 【紡ぐ者】 ◆WqZH3L6gH6 :2017/01/31(火) 04:44:38 wcK2gSCs0


こちらに結界を張るのを依頼したのはカバーできない部分を補う為だと時臣は判断した。

関わった事態の大きさからの重圧から来る冷や汗が全身から滲み出るのを感じつつ、時臣は運営基地の門を見据える。


「……」


数時間前、白窓から観察したあの吸血鬼達が見たあの聖杯戦争の映像からして冬木の聖杯は使えない。
つまり遠坂家の悲願である根源への到達はこのままでは実質不可能という事だ。
あの映像が虚偽の可能性も浮かんだが、ゲーム内の間桐雁夜の様子からして恐らく真実だろう。
なら目的を成すには今行われているゲームに賭けるしかない。

「……」

時臣は基地に出る直前に観たある死闘を思い出し眼を瞑り、拳を強く握りしめた。
瞼に浮かぶは親交ある神父の息子で、本来なら聖杯戦争の共闘者になっていた筈の若き屈強なる神父の姿。
未来の自分を裏切り殺めた言峰綺礼。先程死んだ彼との親交はここの時臣にはない。
よって何もと言う程でもないが彼個人への感傷や憎悪の念はない。未来の己への間抜けさから来る自己嫌悪はあったが。
別個体とは言え、息子を喪い生来からの苦しみを理解してやれなかった父である言峰璃正の心境を思うと気の毒になってくる。
今はそれが一番の気がかりだった。

時臣は門へ向かった。
悲願を達成する第一歩として、言峰璃正と最近知り合ったここに来ているだろう運営の一人と会い、今後の為の作戦を練る為に。

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大窓からついさっき死んだセレクターの魂が大部屋に入り込んだ。
その魂はジャケットを着たポニーテールの少女の形をしていた。
空いた窓の一つから発せられるは強力な引力。
魂はそれに抵抗を試みる。他の魂よりは粘れたが、すぐ疲労した。
もう逆らえそうもない。
封印を悟った魂は覚悟を決め自嘲の笑みを浮かべ顔を下げた。


「!?」


その時、視界に入ったのは勘違いではあるが少女の魂を驚かせるもので。

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紅林遊月の脱落と封魂を確認した繭は大部屋をウロウロ歩きながら不思議に思った。
封印される直前何に驚いていたのだろうと、こちらを見た訳ではないのに。
繭は手にしたカードの絵を見た。疑問は程なくして解けた。
多分マフラーを巻いたあの娘にそっくりだったから勘違いしたのだろうと。
得心した繭はカードから目を離した。高所にある無数の窓を見上げる。

犬吠埼姉妹、南ことり、満艦飾マコ、キャスターの魂を封じた筈の窓。
今からこれらをじっくり調べ上げなければならない。
繭はカードを投げ、そちらに向かって何やら指示を出すと、
今度は竜の絵が描かれたカードを取り出す。
巨大な竜の身体が一瞬で現出し、繭の身体を天井近くまで押し上げた。


952 : 【紡ぐ者】 ◆WqZH3L6gH6 :2017/01/31(火) 04:46:12 wcK2gSCs0

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――彼の人生は最初から定められていた。
『あの方』の理想を粗方だが実現させるだけの能力と身分が生まれた時から彼に与えられていた。
その生き方に疑問を持っていたかどうかまではもう覚えていない。
彼はその理想に一定の共感を覚えながらも、『あの方』の理想の範疇を逸脱しない程度に好き勝手に悪どく生きている。
彼の名はヒース・オスロ。
一説によればそれは彼の所属する組織、ひいては彼を生み出した『あの方』の名前でもあったという――

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オスロはスマホで地下通路にいる裏方達に指示を出すと、壁に立てかけてあった武器を手に取った
剃刀のような剣の手入れをしながら、彼はワインボトルを眺める。
青カードか変じたもの。赤カード同様に聖杯と同質の力によって生み出された奇跡の産物。
真価を発揮する前でこれだけの事ができるカードを何十枚も作れるのだ。

彼はスマホが振動しているのに気づき画面を見る。紅林遊月の脱落の情報が載っていた。


(思うように行かないものだ)


スマホアプリウィクロスは、原初のルリグたるユキを参加者に協力させる足がかりにさせるつもりで導入したツールだ。

紅林遊月がゲームに気づく前に退場しては、クリアできるものが誰もいなくなるではないかと肩を落とす。
ユキ(名前は植村一衣に仮に付けてもらったらしいが)には繭の異能に抗する力がある。
それはこのゲームにおいてもそれは健在で、黒カードの呪縛程度なら解呪できるくらいの力を持っていた


(また新しい策を考えなければならないのか)


「……」


(『あの方』の命で自分を繭と認識しているあの娘を救出をしてもう何年にもなる。
  あの館のある町で発生した怪奇現象の発生源でもあった彼女は救助されしばらくしてからお礼がしたいと言ってきた。
  それは白窓の部屋にあった未知なる力。彼女はそれを用いて礼をしたいと言ってきたのだ。
  セレクターバトルの実在を確認していたからか『あの方』を含め、その力には期待を持った者は多かった。
  我々はまず意識を別のものに移すシステムを望んだ。その願いはすぐさま叶えられ、我等は大いに喜んだ。
  欲に駆られた一部の連中は更なる願いを求めて彼女に頼み込んだ、だがそれは叶えられかった)


オスロはグラスにワインを注ぎ香りを嗅いだ。


(力を使い果たしたからだ。我々はその力に頼るのを止め。彼女の力と当初の研究に注力した)


グラスの柄を強く握った。まるで苛立ちを表すように。


(……我々は正確ではないな。私はあの日を境に彼女とは疎遠になっていったのだから)


953 : 【紡ぐ者】 ◆WqZH3L6gH6 :2017/01/31(火) 04:48:10 wcK2gSCs0

ドンッとグラスの柄が強く机を叩く。

(思えばあの時からだった『奴』のような規格外といえる連中がどこからともなく集まってきたのは。
 セレクターバトルが拡大するにつれ彼女を取り巻く怪異も頻度を増していった。
 同時に白窓の部屋の未知の力が蓄え始められ、なぜかそれに比例するかのように彼女の容態は悪化していった)

オスロはワインを一口口に含んだ。美味いはずのワインは苦く感じた。

(我々と『奴』は彼女の延命を試みると同時に、蓄えられた未知の力を有効活用する術を考えた)

ワインを更に二口飲む。

(結果的に『あの方』のお陰もあってか彼女は死なずに済んだ。
 おそらくは二度目の願いを無理に叶えたのが原因で、叶える力は使えなくなってしまったが……)


オスロは空になったグラスを宙にかざす。


(我々は願いを叶える力を扱える代わりの技術を発見し、彼女にそれを実現させるように頼みこんだ)

819: 【紡ぐ者】 ◆WqZH3L6gH6 :2017/01/29(日) 13:10:41 ID:u./WxJ8Y0
グラスを指で弾いた綺麗な音がした。


(願望機 聖杯の再現)


グラスにまた液体が注がれる。今度は水だった。
オスロは苦々しい顔で過去を思い出す。


(聖杯は出現したものの我々の思っていたのと異なり、起動させるのが困難だった。
 なのにそれをあの連中が強く欲し、それがきっかけで内紛が始まった)



オスロは左足で右足を踏み、苛々するかのようにその動作を繰り返した。


(……危なかった。回復後の繭がバハムートのカードを得ていたのが幸いだった。
 ……まぁ『奴』が味方にいたのも大きかったがね)


今度は右足で左足を踏む。


(『奴』主導で異世界における白窓の部屋の増築と拡大が行われ。
  私は敵対勢力への繭の隠匿及び、聖堂教会や大赦といった異世界のも含めた有力組織との交渉を担当した)


オスロは2つの窓を見る。
地下道を行くDIOとヴァニラ・アイス、ラヴァレイと小湊るう子とウリスの姿が映し出された。


954 : 【紡ぐ者】 ◆WqZH3L6gH6 :2017/01/31(火) 04:51:34 wcK2gSCs0

(結果。『あの方』や神樹の一部を取り込んだ『システム』のお陰で私はこうして生きている)


右足を左足から離す。
オスロの顔には歪んだ笑みが浮かんでいた。


(『奴』を含めた邪魔者の力と組織が制限されたお陰でな)


オスロは水を飲み干した。
彼の笑みは余裕のあるものに既に変わっている。


(とはいえ、このままでは私の組織も動けずいずれ朽ちてしまう。
 何としてもこのゲームは完遂させなければ)

オスロは2グループの様子を眺めた。
主従は急いだ様子もなく神妙な面持ちで何やら会話をし、もう一方ラヴァレイとるう子も真剣に会話をしている。
放送前とは明らかに様子が違う。


(セレクターは解らないが、他の3人は本来なら英雄クラスのポテンシャルの持ち主。
 こういう姿勢が自然だろう)



従来の聖杯は魔術師を呼び水に英霊を呼び込むものだ。
だが情念と因縁渦巻く白窓の部屋の力を無理やり聖杯の形にした『システム』は求めるものが違う。


『システム』が求める参加者という生贄を選出する方法は三種類ある。
一つ目は『システム』が身近にいるコミュニティを指定して選ぶ、オスロや『奴』のようなケース。
二つ目は繋がった世界の中から参加者となりうる人物を『システム』が探しそれに関わる者に知らせるケース。
三つ目は一つ目と二つ目での選出者がある程度増えた場合に可能となる方法で、既存の参加者と縁のある者を繋がった世界から無理やり召喚するケースである。


(三番目のシステムは実に奇妙だった。ない知識や力を持った者や不自然に弱くなった者がいたし、選出も一部異常だった。
 入巣蒔菜のようにどの時期に呼ばれたのか『システム』でも把握できない奴もいたくらいだ)


本来ならオスロを含めた権利者はゲームに参加しなければ願いを叶えることができない。
しかしオスロら権利者はその資格を持っている。
その理由は『システム』起動を軸に始まった内戦を生き残った彼らをが『システム』勝者と見なしたから。
しかしその時の『システム』は願望機として作動することはなかった。
理由は範囲と参加人数を設定せずに始めた為力を集めることができなかったからだ。


内戦が終わっても権利とそれに伴う呪いなような制限を失わなかった彼らは、今度は設定をきちんとした上でゲームを開催すると決めた。
四次聖杯戦争やDIOとジョースター家の争いの歴史も参考になった。

「……」

オスロはスマホを取り出し操作した。映った画面にオスロは安堵と苦悩の入り混じった妙な表情を形作る。


955 : 【紡ぐ者】 ◆WqZH3L6gH6 :2017/01/31(火) 04:53:16 wcK2gSCs0

(蓄えられた力は予想より随分多い。しかし現状だと願望機能発動させる最低限の力が収集できるか不透明だ)

 
権利者が望む形で願望機を起動させる方法は2つ。願望機に力を充分蓄えさせた上で参加者が残り1人になる事。
その方法でゲームが終わった場合、権利者全員が願いを叶えることができる。
本当の勝者の数は優勝者と権利者の数。それは権利者にとってのベストケース。

もう1つは願望機を起動させるのに最低限の力を蓄えさせた上で、システムが設定した管理者を倒す事。
それによって叶えられる願いは2つ。これはオスロが許容できるベターパターン。


「……」


そろそろテュポーンが戻ってくるだろう。
腕輪の製作者である酒の神の元から。
仮に介入が実現できたとしても、展開次第では戦力的に不安が残る。
外様の中には戦闘に秀で状況次第では神威や皐月を倒しうる実力者がいる。
そして直接の戦闘では及ばずとも異能で強者相手に賢しく立ち回れる者もいる。
だが外様を全員投入できるほど札は多くない。


(選別は慎重にか)

オスロは顔を上げた。視線の先に映るは天々座理世の姿。
あるいはあえて非戦闘者を投入するのも効果的かもしれない。
非力さと無知さを抱えた一般人は下手な敵よりも危険だ。


その時、オスロのスマホが振動した。

「……」

オスロは応対すべくスマホを取った。
-------------------------------------------------------------------------------------------------


「……」

一通り小窓の点検を終えた繭の表情は若干険しかった。
南ことりと満艦飾マコの小窓に魂は入っていない。
犬吠埼風の魂は封印済。
キャスターの窓は何かが封印されているのは確認できたが正体不明。
窓から聞こえる声はなく、キャスターとしての自我は残っていないと推定できる。
そして犬吠埼樹の窓は壊されていた。

破壊された窓に手を触れるが亀裂の中に手を突っ込む事はできない。
これ以上調べるには白カードを調べる必要があった。


(魂のエネルギーは少しだけど感じ取れる。そうなると魂はカードの外側に居る?)


繭自身、結城友奈と犬吠埼風の戦闘後に犬吠埼樹の白カードは窓を通じて存在を確認していた。


956 : 【紡ぐ者】 ◆WqZH3L6gH6 :2017/01/31(火) 04:54:33 wcK2gSCs0

生前の樹同様の姿が再現された一枚絵。
つまり樹の魂はカードから脱出できるにも関わらず留まっている事になる。

「……変なの」

繭はどうすることもできない状況とあってか、あえて放置する事にした。
島を包む力故に霊魂が島を脱出する事も成仏する事もない。
むしろカードにしがみついてるのなら好都合。いざという時探す手間が省ける。
リタのように霊との交信が可能な参加者がいれば協力は可能だっただろうが脱落済み。
当面は放置しても問題ないと繭は思った。


「一番の問題は2枚の白カードよね」


白カードは参加者と腕輪が揃って初めてその強制力を発揮できる。
白カードのみが参加者の手に渡るのは拙い。
白カードは白窓への大部屋へと通じる通路そのものでもある。
無論そのままでは入り込む事などできはしない。
だが白カードの原理とセキュリティは腕輪や黒カードと比べて単純で。
仮に魔術の知識を持つ者に渡れば短時間で解析されてしまう恐れがある。
桂小太郎やDIOといった柔軟な思考の持ち主に渡るのも危険だ。


「そういえばオスロって腕輪を欲しがっていたわよね
 埋められたあの二着を渡したら喜ぶかもしれないわよね」



淡々と繭はとぼけたような口調で呟きながら柱に右掌を当てた。
そして言峰綺礼の最期の戦いを思い浮かべる。
繭の右手が柱に吸い込まれていく。
腕に小さな痛みを幾つか感じるや、ゆっくりと繭は腕を引き抜いた。
腕には切り傷のような入れ墨が6つ刻まれていた。それは令呪だった。


「…………短い間だけど参加者と同じように動かせなくは無いわね」


腕にみなぎる力とその効果を理解した繭は不敵な笑みを浮かべる。
これなら例え裏方が参加者を殺害してしまっても、他参加者が斃したのと同一の結果を出せるだろうと確信する。
裏方の本来の力量を考慮すれば、腕輪の回収とタマの回収くらいなら十分やってのけるだろう。

繭は裏方が待機する場所をイメージした。彼女の身体から白と黒の幻想的な蝶が何羽も現れる。
そして一枚のカードを翳すと赤光で縁取られた次元の穴が開く。繭はカードを仕舞った。
それに伴い次元の穴はゆっくりと閉じ始める。無数の白と黒の蝶の中にいつしか真紅の蝶が現れ、舞う。
繭は眞紅の蝶の放つ高熱による大気の歪みを纏いながら次元の穴へ歩いた。

-------------------------------------------------------------------------------------------------

通話は終わった。
ヒース・オスロの側には腕輪を数着包んだ袋を持ったテュポーンがいる。
これまでの通話相手は『奴』の息がかかった運営者。
オスロはソファに腰掛け手を組んだまま考え込んでいた


957 : 【紡ぐ者】 ◆WqZH3L6gH6 :2017/01/31(火) 04:56:40 wcK2gSCs0


あくまで介入の許可を取るに留める積もりだった。
繭への嫌がらせをネタに交渉を有利に進めようとした矢先、
『奴』は電話をかわり、はっきりとオスロに伝えた。


――第四回放送前に運営全員で基地に落ち合い、話し合おうと


(覚悟はしていた。だがいざ『奴』がここに来るとなると平静を保つことすら難しい)


オスロの自尊心は一度完膚無きまでに叩き潰されている。天導衆と鬼龍院財閥の抗争の中で。
『システム』によって能力に制限が掛けられていたのに『奴』は恐ろしすぎた。


「……」


オスロの手を組む力が自然と強くなる。彼は繭以外の警戒対象にも用心を重ね対策を取っている。
テュポーンに願いの権利を持たせているのもその一環だったし、例えば邪魔者に繭をぶつける作戦をも構想してある。

現ヒース・オスロはテロリストだ。ある程度の品位こそ持ち合わせているが、将としても、兵としての矜持も何もない悪趣味な犯罪者。
あの時、強さを示し続けられなければただの屑に過ぎないと抗争のさなかに彼は思い知った。だが


(いいだろう)


オスロは氷を数個口に運ぶ。冷たさを意に返さないように。


(決着を付けてやる)


氷を噛み砕く。痛いほどの冷たさを意に返さないように。


(来い)


『奴』の姿を思い浮かべながら、殺意をみなぎらせる。
今は亡き開祖の理想を自分なりに実現し続け、ヒース・オスロであり続けるが為に策を巡らせる。
ゲームを利用し人の形をした大敵を葬り去る為に。


(バケモノ……!)


958 : 【紡ぐ者】 ◆WqZH3L6gH6 :2017/01/31(火) 05:00:15 wcK2gSCs0
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【追記】

※時間軸は1日目/夜中/191話:姉/姉妹と姉弟の後です

※地下には一部参加者が使用している地下通路とは別に、まだ発見されていない秘密通路があります。

※秘密通路には現在2名の裏方がいます。裏方は施設の修復作業や作動が主な仕事です。
 重制限により運営者から何らかのバックアップがなければ戦闘行為はできません。参加者との直の接触も禁止されています。
 内1名は地図の南西で待機しています。もう1名も南西に向かっております(位置不明)

※繭が南西で待機している裏方の元に向かいました。
 令呪を6画所持しております。1画使用する事により一定時間裏方の重制限の解除等が可能になります
 (効果の度合いは後続の書き手さんにお任せします)。
 ルリグデッキを所持しています。他にも所持品があります。

※繭の現時点の目的は放送局に埋められた南ことりと満艦飾マコの白カードと腕輪の回収と
 るう子が所持しているタマヨリヒメを交渉によって自分の所持ルリグと交換を裏方にさせることです。
 キャスターの白カードやクリス等をどうするかはまだ不明。


959 : ◆WqZH3L6gH6 :2017/01/31(火) 05:01:05 wcK2gSCs0
投下終了です。


960 : 名無しさん :2017/02/04(土) 12:43:50 mq6s.C1IO
遅れましたが投下乙です
主催とまだ見ぬラスボス候補達のシンパシー見えまくりの興味深い面白い話でした


961 : 名無しさん :2017/02/06(月) 12:28:40 x8yb0W1Q0
投下乙です
どちらが来ても絶望しかない黒幕やべえ
まさかオスロを応援する日がやって来るとは


962 : ◆WqZH3L6gH6 :2017/02/22(水) 00:29:36 nkVZ1xE.0
本投下を始めます。


963 : New Game ◆WqZH3L6gH6 :2017/02/22(水) 00:30:10 nkVZ1xE.0

大型二輪のバイク V-MAXが放送局を目指して疾走る。しかし速度はやや遅めだった。
運転手のセルティはついさっき気がかりがふたつでき、速度を落とさざるを得なかった。
その理由の一つは後部座席に同乗する少女の事が心配だったから。


――良くないな。


セルティは同乗者―絢瀬絵里と、しがみついている小さなうさぎ―クリスを意識せざるを得なかった。
先の放送前、何人もの同行者の死と友人の誤殺という悲劇に見舞われた少女。
絵里は自らの悲哀を押し殺し、前に進もうと放送局への出立を意思表示した。
だがセルティには、それは強がりにしか思えない。息遣いが荒く、短い悲鳴のような声が時折漏れている。
ヘルメットも着用していない。それに既に遠方に見えてくるはずの放送局がまだ見えてこない。
一旦休ませる必要があると判断し、セルティは更に速度を落としつつ墓場の塀の近くにバイクを留めた。

「……セルティさん?」

ややよろけながらも絵里はバイクから降り、セルティに近づく。
セルティは既にPDAに打ち込んだ文を絵里に見せた。

『放送局が見えない』

絵里はきょとんとした表情で、状況をなんとか理解しようと務める。

「……放送局に何かあったって事ですか」

仲間を案じているだろう少女のどきりとした声に、セルティはすかさず次の文章を見せる。

『多分。だから今からこちらから連絡を入れてみる』

セルティはV-MAXの座席に手を触れ黒カードに仕舞うと、次に落ち着ける場所を探そうとあたまをきょときょとと動かす。
それはどこかもたついた動作。絵里はその様子に困惑し、塀の方を向き数秒考えるや提案した。

――これは。


セルティは地面に落ちていたカードを見つけ拾う。
絵里はそれに気づきカードを見る。
巫女服を着用したおっとりとした少女の絵があった。
絵里は迷うこと無く受け取り、絵を見て表情を曇らせる。

セルティにはその理由がわかった。
絵里が誤って殺した友人の事を思い出したからだろう。
少々だが似ている、間が悪いとセルティは思った。
気を取り直した絵里は視認に注力し、その甲斐あってか目当てに近い場所を発見する。


「あの、そちらに良さそうな場所がありますよ」
『そうかありがとう』

セルティはその案に乗り、絵里もそれに続いた。
直接休憩を提案しても不安を与えてしまうと判断したセルティの演技。

「?!」


964 : New Game ◆WqZH3L6gH6 :2017/02/22(水) 00:31:11 nkVZ1xE.0
乗ってしまった絵里はここがどこか知り思わず顔をひきつらせる。
セルティはここが墓場だと言うのに気づき、掌をヘルメットの目元に当て面目無く思った。


『駄目なら別の場所に移動するけど?』
「……い、いえ私が決めた事だし、そのまま」
『そう、じゃあ私の後ろに付いて来てくれ。それと良いと言うまで横は見ない方がいい』
「?」
『多分墓荒らされているから』


セルティは放送局内での遺体の埋葬作業の事を思い出す。
腕輪を着用した5人もの無残な遺体と腕輪の無い3体もの半ば腐乱した遺体があった事を。
あの惨状がどういう経緯でそれに至ったか、協力者の1人アザゼルの推理からおおよそ見当がついている。
参加者の遺体を、あるいは墓場から遺体を掘り起こし支給品か死霊術を用いてゾンビとして使役していたのだろうと。
墓場も荒らされ、死体があちこちに転がっていてもおかしくないとセルティを推測した。
損壊が激しく解りにくかったが絵里と同じ制服を着た遺体もあったような気がする。
あとで伝えたほうが良いだろう。
絵里は「ちょっと待っててください」と言い黒カードを2枚取り出す。
眉間に皺を寄せながら考え込む仕草を数秒した後、1枚を元の形に戻した。


「?!」


セルティはあっと思った。
イエローカラーで猫耳のような一対の突起が付いたヘルメットを被る絵里を見て。

『それ私の……』
「え……」

謝ろうとする絵里を、『いや、いい。私も支給品の中に混ざっていたとは思わなかったから』とセルティはあわてて制止する。
ふよふよ浮いているうさぎ クリスは見守るように2人を見下ろしていた。


「っ……」


いくつも転がる死体からの臭気にもう1枚の支給品 エリザベス変身セットをハンカチ代わりに使い絵里は耐えつつ進む。
セルティは墓場の居心地の悪さといま絵里の羽織っている物体への突っ込みの衝動に耐えつつ、なるべく遠くから遺体を認めつつ落ち着ける場所を探す。
斬撃によって損壊した死体が何体か確認できた。剣の破片も見つかったことからここで戦闘が行われたと判断する。
――絵里ちゃんに死体を見せないために先を急いだのに……と葛藤しながら。

「仕方ないですよ。開けた場所で休憩するわけにも行かないから」

罪悪感に悩まされるセルティの心理を察したのか絵里の気遣いがかかる。
セルティは更に申し訳ない気持ちになりつつも奮起しようと静かに気合を入れようとした。

――あれは

セルティの前方の木々の間に石碑と思しき建造物が見える。
絵里はまだ前方のそれに気づかず、猫耳ヘルメットを着用し、某有名仮想オバケとアヒルをミックスさせたような物体をコート代わりに羽織って、腕輪の明かりをちらせかせつつ付いていっている。
寒気に耐えているような素振りを見せながら。

――寒くは無い筈だが……


965 : New Game ◆WqZH3L6gH6 :2017/02/22(水) 00:32:12 nkVZ1xE.0
セルティの体感的に人間が凍えるような気候ではない。
なのに絵里の様子は……とセルティは少女の心身を案じ、自らの疑問を伝えようとする。
絵里はいち早く気づき、苦笑いを見せた。


「……変ですか?」
「……」

セルティは明らかに変な支給品にはあえて突っ込まず、頭部?を動かして、先の光景を知らせた。
一行は既に数メートル先に進んでいる。

「あれは、家?」

石碑より更に先にあるのは一階建ての現代風の小屋であった。明かりは付いていない。
更に周辺には遺体も転がっていなかった。

『あそこで休憩しよう』

セルティは素早く文字を打ち込むと疲れたように肩をすくめた。
絵里は一瞬躊躇したが、肩を上げ下げする彼女を見て仕方ないかあという感じで口元に笑みを浮かべてセルティの前を行こうとする。
セルティは用心させるように絵里の身体を軽く掴んだ。
絵里はどきりとし歩みを止め、苦笑しつつ軽く頭を下げ、ゆっくりと先に進む。

「……」

掴んだ布はとても頑丈そうで、布越しからは明らかに震えがあった。

石碑は小屋より高く立っている。セルティはつい数時間前に墓場の側を通過していた。
通過した際に気づいてもおかしくない程。セルティは石碑に書かれた文字をちらりと確認する。

「?」
『後で話す』

今は絵里を休ませ、アザゼルに連絡を取るのが先決とセルティは決断する。
遠方で暗闇にも関わらず石碑の文字を確認できた彼女に対しての絵里の驚嘆の眼差しを感じつつ、セルティはドアに手を伸ばす。
そして絵里に見えないよう影をドアの隙間に侵入させ罠が仕掛けられてないか確認し終えると、ドアを開け中に入った。

照明のスイッチを入れると絵里にも部屋の全容が見えた。
食糧を除けば標準の生活が何日もできるだけの設備と物資があった。


セルティはシーツを探し出すと、先に腰掛けた絵里に手渡。
そして何気なしに訪ねてみる。

『絵里さんは参加者のカードを拾ったが、それで何かするつもりはあるのか?』
「え?私はただ……」

絵里が白カードに気を止めるようになったのはついさっきのこと。
カードを同行する発想など湧くはずもない。セルティだってそうだった。
――そうだろうなと納得し、落ち込む前に明るい材料を提示した。
『囚われた魂、解放してやりたくはないか?』
「え……」

絵里は慌てたような声を出す。


966 : New Game ◆WqZH3L6gH6 :2017/02/22(水) 00:33:17 nkVZ1xE.0
『私の仲間に1人それを望む子がいる
 もし良かったら協力してやってくれないか?』
「……ええ、はい」

その子は既に仲間を1人喪っている。友好的とまでは行かないもの支えになってくれればとセルティは思った。
彼女は自らの携帯電話を取り出す。

絵里は前かがみで顔を伏せ何度も瞬きしていた。
額には汗が浮かび、苦々しい表情を浮かべている。
ガタリとセルティは絵里に駆け寄る、『私、何か言ってはいけないことを言ったか?』

絵里ははっと顔をあげるとどうにか笑みを浮かべた。

「私がその、勝手に思い出して」
『そうか』


セルティは自分を落ち着けつつ片手で器用に文字を打ち込みながら、絵里が顔を上げたと同時にPDAを見せた。

『アザゼルという男を知っているか?』
「……!」

何事かと戸惑った絵里の目が見開かれ、少々だが警戒の色を見せる。
一応その名に覚えがあったと判断したセルティはすかさず入力を続けた。

『その様子だと良くない意味で知っていたか』

それは絵里のかつての同行者である結城友奈へジャンヌ・ダルクから伝えられた殺し合いに乗った可能性が高い悪魔の名。

『実はな、あいつは殺し合いに乗っていないんだ』
「……?」

訝しげな絵里を安心させるべく、言葉を選んで入力してゆく。

『この殺し合いを打破できる方法を探し、実行するために私達は彼に協力している』

思わぬ情報に絵里の表情が僅かに明るくなる。

『成功すれば繭の能力を無力化でき、カードから魂だけでなく、私達参加者を腕輪から解放させる事もできるはずだ』

「ハラショー」

絵里は感動した。
彼女を含む、本能字の乱戦の生き残りの何人かもは催打倒のためにそれなりに明確な目標を立てている。
主催の居場所の特定と、枷である腕輪の解除、殺し合いに乗った参加者の無力化および懐柔を。
にも関わらずここまで進展がなく、焦りをひしひしと感じつつあったところでこの情報。嬉しくない訳がない。
セルティは微塵の気楽さが感じられない様子で警告文を入力する。
『アザゼル、ただあいつは性格に難がある』
「……」
『連絡を入れるつもりだが、その前に私の話を見てそれで彼に会うかどうか決めてほしい』
「……」

セルティの切羽詰まった様子に絵里は思わず押し黙る。
考え込む絵里を他所にクリスはセルティの肩をぽんぽんと叩く仕草をした。


967 : New Game ◆WqZH3L6gH6 :2017/02/22(水) 00:34:19 nkVZ1xE.0
十回くらい叩かれた後、クリスの意図を察したセルティは黒カードを1枚取り出し、絵里に告げた。

『さっき言ったように私達は殺し合いの打破において有効な手段を見つけ出した筈なんだが、実のところ迷っている部分もあるんだ』
「……どうしてでしょうか?」
『その手段というのは主催者が最初から対策を取っていて、実行に移しても失敗に終わりそうに思えるんだ。
 だからこそ頼れる人達に会い、関わってきたあなたからも意見を聞きたい』
「…………はい!」

絵里の神妙な面持ちにセルティは軽く頷いて返した。

「あのセルティさん……」
「?」
「食われた魂を何とか助ける方法に心当たりないでしょうか?」

なるほどとセルティは悟った。絵里は第一回放送時に魂を喰われた通告された2人の内の1人と関係がある参加者であることに。

『悪い』
「そうですか、ごめんなさい」
「……」

『話の前にだけど絵里さん、薬を持っていないか?』
「え?」
『私が服用したい訳じゃないんだが、仲間に1人必要になる子がいるかも知れないんだ』
「……」

絵里は10枚を超える黒カードを点検すると、1枚を引き原型に戻す。

「!?」

絵里の目前に幾つもの薬品と本が入ったビニール袋が3袋出現し、重い音を立てて床に落ちる。
高度が低く、中身が破損する事は無かった。
カードの裏に書かれていたのは『ジャック・ハンマー御用達薬品セット』。
セルティが断りを入れて袋を開け、中の本を読む。それには薬物の効用と調合のレシピが丁寧に書かれている。
幸い目当ての薬も少量だがあるようだった。
セルティは絵里に僅かでも休息を取らせようと説得を試みる。
少々渋ったが、絵里本人も精神衰弱から来る不調を実感していたため、了承。
必要な薬品のみをテーブルに並べた後、セルティは1枚の黒カードを解放した。
グリーンワナ―緑子のルリグデッキを。


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三好夏凜が目覚め、アザゼルの悪意を一蹴した後。

「という訳で、車を見つけた時に眼帯をした人間離れした女と、学ランと学帽をした大男に襲われたのよ」
「……眼帯女は俺の方にも仕掛けてきた。お前と同行したラヴァレイに預けたヘルゲイザーを持ってな」

夏凜は眼帯女のいう単語に犬吠埼風を思い出し、眉をひそめるが気にしないと決め話を続ける。
2人は放送局跡の南方へ歩く。身体中に支給品である包帯などが巻かれた痛々しい姿で。

「あの人はいつの間にかいなくなっていた……。私がアイツに攻撃を仕掛けていた最中に」
「命惜しさに眼帯女に協力したか、あるいは端からゲームに乗っていたか……」
「学ランの大男は……」
「ホル・ホースの言だと空条承太郎らしいが……洗脳でもされたか、あるいは偽者か」


968 : New Game ◆WqZH3L6gH6 :2017/02/22(水) 00:35:22 nkVZ1xE.0
「……本人が乗ってるって事はないの」

夏凜はるう子や紗路でさえ疑ったアザゼルの推測に違和感を感じた。

「ホル・ホースの人物評からしてお前と似たタイプの人間らしいからな。
 本物で正気なら眼帯女と組む事自体あり得ん」

アザゼルは手当の最中に回収したホル・ホースの白カードを取り出し断定口調で言う。
夏凜は不意を突かれたかのように身じろぎし反論しようとするが二の句を継げない。



アザゼルは皮肉げに呟くと夏凜から顔を背けた。
先ほどとは違う冷たさも感じる彼の挙動に夏凜は何が何だか解らぬ様子で少々戸惑う。

「支給品を回収し終えたらセルティと合流し小湊達を捜索するぞ」

アザゼルの方針表明は強い意志はあったものの、どこか独り言に近い響きが混じっていた。
夏凜はその発言で放送局で何が起こったか悟り、奥歯を噛み締める。
あの眼帯女を取り逃がさなければ、今となっては唯一安心できる仲間のるう子がいなくなったりはしなかったのに……。

「っ」

けれど、煮えたぎるような激情は何故か湧かなかった。
夏凜はそれがおかしいと思った。

「……」

アザゼルはやや不機嫌な表情で参加者を捜索し、夏凜はきつい眼差しで時折「るう子」と呼びかけるように呟きながら
かつての同行者を探しつつ自らが重傷を負わせたホル・ホースの乗車していた車を探していた。。
彼女の右目に光はあれどそれは弱く、疲労からか視界が狭くなったからか頼りない足取り進んでいる。

「これか」

アザゼルは当面の目標の対象を発見し呟く。
窓ガラスが破損した車―メルセデス・ベンツ。今は亡きアインハルトの支給品。
夏凜は強く息を吐くとすぐさまドアに手を掛けようとするが、アザゼルに遮られ尻餅をつきそうになる。
彼女は抗議をしようとしたが、声を発する事も動く事もできない。

「?」
動けぬ自分に困惑する夏凜を無視し、アザゼルは車内を漁ろうとする。
すぐにアインハルトの遺体を見つけた彼は軽く舌打ちをし、車内の布を引っぺはがす。
アザゼルの身体の隙間から仲間の身体の一部が見えた。
夏凜は駆け寄ろうとするが、アザゼルが邪魔だと言わんばかりに手で軽く振り払われた。
遺体に布を掛け終えたアザゼルは回収した黒と白のカードを仕舞うと、視線をそらしたまま夏凜に質問する。

「そう言えばアインハルトは池田とかいう奴の魂カードを回収すると言ってたはずだが何か知らないか?」
「……放送聞いてそれどころじゃなかったんでしょ」
「……桐間紗路か」

アザゼルはその返答に納得はしたのか、遺体をシーツにくるんだまま草むらに安置し、ベンツを黒カードに収納する。
そして折れた樹に近づくと触手で切り株の面を平坦にしそこに座った。ノートパソコンを取り出す。
夏凜はその行動を、自分でも何でこうなのか解らないまま半ば呆然と見ていた。

「どうした?アインハルトをそのままにしておくのか」


969 : New Game ◆WqZH3L6gH6 :2017/02/22(水) 00:36:46 nkVZ1xE.0
「……」

アザゼルの思わぬ問いに夏凜は包まれた遺体へ駆け寄る。頼りない足取りで。
悪魔の吐き捨てるかのような嘲りの吐息を聞き、少女は自分を情けなく思った。

-------------------------------------------------------------------------------------------------

「あの人はヴァローナって名乗ってたんだよ」
『解った。ありがとう』

髪の毛を逆立てたスレンダーなルリグ―緑子はこれまでの経緯を説明した。
最初の所持者であるセルティとも交戦経験のあった、白いライダースーツの女 ヴァローナのこと。
そして絵里も数瞬しか邂逅しなかったファバロ・レオーネや神楽。そしてDIOと敵対していたスタンド使い 花京院典明のことも知った。

「……」

支給品から精神安定剤を選別し服用した絵里は、額にタオルを当てながら横になっている。
彼女も顔を緑子の方を向けていた。その表情は感謝と気遣いの色が含まれていた。

照れたような仕草をする緑子を見てセルティは安心する。
元の形に戻した時、緑子はファバロを死なせた重責で落ち込んでいたから。
けれどセルティからゲーム打破の手がかりと、絵里から桂や皐月といった有力な対主催の情報を伝えられると
何とか奮起できるだけの元気を取り戻し協力してくれる事になった。
彼女もタマヨリヒメ同様、るう子と縁のあるルリグだったから。


絵里もこれまで出会った参加者の事を伝え、セルティもだいたい伝えていた。
反ゲームの協力者がまだまだいることに安心し、空気が和やかになる。
だがセルティは遠慮がちに現実を彼女らに伝える。

『アザゼルからメールが来た』

セルティはPDAの文章を絵里、緑子、クリスの3者に見せる。軽い緊張が走った。

『アザゼルと夏凜ちゃんは一応無事。だけどるう子ちゃんは行方知れず。
 多分同じく行方知れずのラヴァレイ、浦添伊緒奈。あるいは第三者の危険人物に拐われたと見て間違い無さそうだ』

セルティはPDAを持たぬ手を強く握りしめる。ラヴァレイを警戒していれば!と後悔する。
絵里からは「そんな……」と嘆きが漏れる。
緑子はぽかんとした顔でPDAを見続け、そして声を荒げた。

「なんで、保護されていたんじゃなかったの?」

セルティは緑子から顔を背けず、断りを入れる仕草をしながら携帯電話のメールに返答し、返事を待つ。
彼女らの発言がされる前に着信音が鳴り響いた。
一同はメールに注目し集まる。今度はみんなにメールの方を見せた。

『一刻を争う。早く此方に来い』

セルティは危険人物アザゼルの要請に更なる緊張に包まれた一同を見回し、絵里と緑子に尋ねる。

『命を狙われる事はないだろうが、嫌がらせはしてくるかも知れない』
「「……」」

2人は強く瞬きをしながら黙る。


970 : New Game ◆WqZH3L6gH6 :2017/02/22(水) 00:38:35 nkVZ1xE.0
『でも、あなた達の協力も必要なんだ』

セルティも命は惜しい。何でも犠牲にできるという訳でもないが執着があり愛情もある
そしてその場においてアザゼルを強く支持はできないが頼れる存在であってほしいという願望もあった。
だからセルティは2人に懇願し、頭を下げた。

「……セルティさん、私行きます」

絵里はセルティの手を強く握りしめて、ヘルメットの方を見つめながら決断を伝えた。

『いいのか』
「この状況でこうしてくれるだけでもとても嬉しいです」
「そう、だよね」
「……」
「っ」

絵里の身体の中で暴れる吹雪のような罪悪感は薬のおかげもあってかさっきほどではないが、なおも絵里を痛めつける。
東條希のも含め罪を背負っていくという決意はしたが、それで痛みがなくなるはずもない。
銀さんやセルティと遭わなければ、ここまで自分がこうして生き残れたとは思えない。
だからこそ乗り越える必要があるものに対して恐れず前に進みたかった。止まると押しつぶされそうだったから。

「……」

緑子は疑いの混ざった眼差しを向けていたものの、纏う空気は拒絶する類のとは別のもの。
「よろしく」と小さく呟いて絵里と今後の相談を始めた。
クリスは聞くまでもないという感じでぷかぷか浮いている。

『もし、あいつがあなた達に害を及ぼそうとするなら私が止めるから』

セルティは3者に強い感謝をしつつ、アザゼルへメールを送った。
-------------------------------------------------------------------------------------------------


三好夏凜は体育座りで蹲っていた。
アザゼルは彼女を無視し、セルティらの到着を待つ。
一人でるう子を探そうとしたが止められ、それっきり。

「……」
世界がどこかガラスで遮られたような感じがする。
夏凜はそう自覚し、途方に暮れる。
原因は解っていた。
仲間であるホル・ホースに重傷を負わせたにも関わらず、覚醒した直後彼にやった事に対して何の痛痺も感じなかったこと。
樹を侮辱され激昂するあまり、倒せるかもしれない大敵に良いように弄ばれたこと。
そしてどこか気の合う、こういう状況においてかけがえのない存在である筈の仲間のアインハルトと
るう子に対してあるべき対応ができなかったこと。

夏凜は溜息を付いた。泣きたかったけど泣けない。代わりに唾液が口からこぼれていく。
そんな状態にも関わらず勇者としての闘争心みたいなものは自分の足を動かそうとする。
辛いことを忘れきれれば元気に走り回れそうだと錯覚してしまうほどに。

「……」

罪悪感で狂い悶える事を回避できた代わりに、自分の心のどこかが壊れてしまったのだろう。
夏凜は一枚のカードを元に戻す。東郷美森の勇者スマホ。アインハルトに渡すはずだったもの。
夏凜は東郷のスマホを眺めつつ、仲間のことを考える。顔の痛みが増す。


971 : New Game ◆WqZH3L6gH6 :2017/02/22(水) 00:39:45 nkVZ1xE.0
るう子はアザゼルと共にいて何をし、何を掴んでいたのだろうか?現実味がない。
4人いた時、ゲーム打破のための議論や支給品のチェックをしていたことが今となっては夢の様だ。

「!」

近くからエンジン音が聞こえる。
アザゼルが動き、夏凜もそれに続く。
ここに来たのはセルティと金髪の少女 絵里。
そしてルリグ―緑子とうさぎ―クリスの4者だった。緑子の事は既にメールで通達済みだ。
アザゼルが皮肉げな笑みを浮かべセルティに近づく。だがセルティは手を上げ押しとどめた。

「?」

セルティの背後では絵里と緑子が何か話し合っている。どこか慌ただしい様子。
セルティは夏凜の方を見た。驚いたように身体が震えた。

アザゼルは「やはりな」と自嘲に似た笑みを浮かべてそして嗤った。
セルティは強く足を踏みしめつつ、アザゼルへと詰め寄る。

『夏凛ちゃんに何をした?』
「俺は何もしていない、あいつが……」

アザゼルの反論は夏凜には全部聞こえないでいた、全て訊いたセルティの右腕が何かを叩きつけるかのように空振る。
絵里と緑子はアザゼルの方を向いて非難が混じった眼差しを向ける。
アザゼルはこれまでとは違い勘弁してくれと言う仕草で渋面をした。

夏凜は彼女らの様子を見て自分がどう見られているか強く自覚する。
絶望というものがどこか新鮮に思えた。

-------------------------------------------------------------------------------------------------

『結構やられたな』
「フン、貴様も蒼井晶の死体の回収が出来なかったではないか」
『お互い様とでも言いたいの?』
「いや、此方の方が無様だ」
アザゼルの身体を診察したセルティは互いに悪態を交えつつ情報交換を進める。

「……」

彼より前に診察を受けた夏凜は仰向けに寝転がっていた。
額には小屋で回収したタオルが当てられている。抵抗はなかった。
看病するかのように絵里が側に付いている。彼女の顔も辛そうに変化していた。

クリスは緑子のカードを持ってアザゼルとセルティの近くで浮いている。
セルティは絵里に合図を送った。少女の手には綺麗な鞘がある。
アザゼルはそれに目を奪われる。セルティは前進し動きを遮る。
彼の顔が不満に彩られる前にセルティは切り出した。

『お前にどうこう危害を加える訳じゃない』
「ほぅ」

脅しに近い発言に、彼の声に怒気が篭もるが怯まず彼女は続ける。

『ただ殺し合い打破の為、今ここで真剣に話をしたい』
「……」


972 : New Game ◆WqZH3L6gH6 :2017/02/22(水) 00:41:32 nkVZ1xE.0

セルティは黙ってもう1枚の黒カードを出す。そして言う。

『もし絵里ちゃんや緑子ちゃん、そして夏凜ちゃんにそれ以上危害を加えないと約束できるなら、ここでその怪我を治させる』
「……力づくという手段では俺に損が多いか」

セルティの影が周囲に広がり立体化し宙を漂う。
影の脚の一つには黒カードが挟まっているのが確認できた。
向こうで光が発生した。光の発生源、夏凜が悪魔を横目で見ている、その姿は既に勇者へと変じていた。
絵里と緑子が驚いている。夏凜の気狂いも同然に見られながらも目に篭もる闘気は以前衰えていない。
相手の手の内と狙いが見えない以上、仮にここで鏖殺できたとして得るものは少ないと悪魔は考える。
強硬に近い態度に出たのは尋問よりも集団の安全と計画の確認を意識してのものだろうと彼は判断した。

「いいだろう」

アザゼルの了解に、絵里は鞘をセルティに渡す。

『後で返せよ』

念を押しつつ鞘をアザゼルに渡す。同時に夏凜の変身も解かれた。
鞘を傷に当てると徐々に確実にアザゼルの傷が癒え始める。

「……!」

宝具の力に感嘆しながらアザゼルはセルティ達の言葉を待つ。
その時、割り込むように絵里はアザゼルに訪ねた。

「アザゼルさん。第一回放送の内容覚えていませんか?」
「覚えているが」
「……食われた魂を助けることはできるんでしょうか?」
「………………わからんな」
「!?」
「魂喰いとでもいうのか、俺が知る限りあの手の能力には個人差があって可能性はそれぞれだ」
「じゃあ……」
「だが今確認する事は無理だな」

アザゼルが腕輪をこつこつと叩きながら冷徹に告げる。

「カードから魂を解放する術を得ない限りはな。ああいったケースの場合、喰った奴の魂を解放し拘束してからが本番だ」

セルティは絵里を気遣いながらアザゼルに質問をぶつける。

『腕輪を解析するの事は可能なのか?』
「無理だ。何の力も感じ取れんし、こちらの力も通らない」
「つまり」
「生者も死者も区別なく腕輪の防御機能は同等としか取れん」
『だからセレクターバトルに注目したのか……』

フンっとアザゼルが鼻で笑った。
絵里は心非ずといった感で何かに気づきうわ言のように呟く。

「つまりアザゼルさんはまだ魂が入っていない、死者の腕輪を手にしていない……」
「絵里さん!」

その言を意味することに気づいた緑子が思わず叫んだ。


973 : New Game ◆WqZH3L6gH6 :2017/02/22(水) 00:44:19 nkVZ1xE.0

「ほぅ」

アザゼルが喜色の混ざった歓声を上げる。

「成る程な、確かに俺はそういった腕輪をまだ手にしていない」

セルティはゆっくりとした動作で絵里の方へ向いた。

『私達は埋葬を手伝ったけど、腕輪に変化は無かったように思えた。徒労に終わるかもしれない』
「……」
『でも、それでも腕輪を調べたいなら、あなたの友達の腕を』
「……お願いします」

しばしの沈黙。

『悔しいんだな絵里さん』

絵里ははっきりと頷く。
熱気を帯びた瞳はちょっと綺麗で泣いたように歪んで見えた。
セルティにはその瞳の中に執念のようなものを感じ取った。

「ふっ、そう言えば南の温泉宿の近くに絢瀬と同じ服を着た黒髪の女の死体があったな」
「!」
『アザゼル!』

「カードを回収していないし、余裕があったら行ってみたらどうだ?」
「……」

絵里は愉しげなアザゼルを淡々と横目で見ていたが、頭を小さく下げ、夏凛の側に戻った。

セルティは肩を竦めながら疲労を感じつつもアザゼルに本題を切り出す。

『何でセレクターを集めるって言い出したんだ?』

アザゼルは鼻で笑い切り返す。

「腕の立つセレクターのみが繭の元へ行けると言う話ではないのか?」

それはセルティにも聞かされたこと。だが緑子は静かに反論する。

「正確には3回勝って、尚且つセレクターそれぞれの条件を達成して初めて夢幻少女になれるんだよ」
「?!」
「それと何でセレクターを……」
「待て、俺の推測の多くが外れているとでも言いたいのか……」

事態を察したアザゼルが声を荒げる。
緑子は悲しげに首を縦に振り肯定する。

「っ……」
「タマが特別なルリグかどうかは僕には解らなかったけど、ただセレクターが所持するだけでは駄目なんだよ。
 上手く進化させられないと繭には到底届かないと思う」
「セレクターを2人以上集めるのは……」
「セレクター1人と素人1人の組み合わせでも、バトル自体は突入できるんだ。るう子はそうだったと聞いたしね」


974 : New Game ◆WqZH3L6gH6 :2017/02/22(水) 00:45:22 nkVZ1xE.0
アザゼルは先程自らを出し抜いた浦添伊緒奈―ウリスの顔を思い浮かべて顔をひきつらせる。
ウリスはただ脱出しようと動いただけ。

「タマヨリヒメはそんな事を言わなかったぞ」
「? 僕の知ってるタマは好戦的でニャアとしか喋れなかった前ならいざしらず、今なら率先して教えてくれそうだけど」

アザゼルは思い出した。ファバロとのやり取りで知った主催の罠―時間軸の違いを。
タマヨリヒメは自分を騙していたのか?とアザゼルは混乱から呻いた。

――そう言えば

セルティはるう子とタマの再会時を思い出す。
嬉しがるタマに戸惑ったように何とか笑顔を浮かべるるう子。
それは2人が別々の時間から来たからこその混乱ではなかっただろうか。

「……るう子が言っていたわ、もし繭の元に行けるなら会いたい友達がいるって」


夏凜は口元を拭いながら絞り出すように言った。アザゼルは更に大きくうめいた。
緑子は成り行きを見て別の事にも気づいたのか深く考え込む。

「……あのアザゼルさん?」
「……」

座った目で絵里をアザゼルは見る。
殺気よりも疲労が色濃い。恐怖を押さえ込み少女は中断せず続ける。

「ええと、ルリグとセレクターの捜索ってセルティさんに依頼したんですよね」
「……」

アザゼルは無言で肯定する。絵里には今のアザゼルが十年以上年取ったように見える。

「るう子ちゃん、それ知ってました?」
「あいつの前でセレクターと情報の捜索を頼んだが……」
「タマと一緒に探そうとしなかったの?」

緑子が口を挟んだ。

「どういう意味だ?」
「ルリグって他のルリグの存在を察知できるんだけど……」
「なんだと!」
「……るう子ちゃんが知らなかったって事はない、よね?」

緑子が頷く。アザゼルは困惑と苛立ちを隠さず吐き捨てる。

「小湊は知ってて黙っていたのか!」
「……るう子が友達を見殺しにする様な真似をするとは思えないけど……」
「では俺の言う事が理解できないくらい阿呆だったとでもいうのか」
『そんな風には見えなかったが』
「あんたが信用できなかったから何も言えなかったんじゃないの」

冷たい声だった。

「三好……」


975 : New Game ◆WqZH3L6gH6 :2017/02/22(水) 00:48:27 nkVZ1xE.0
「……あんな事に何度も巻き込まれて、冷静な判断ができなくても不思議じゃないわ」

夏凛が燃えるような目をして身を起こした。

「あんた……前にあの娘の前で犬殺そうとしたでしょ」
「……」
「その前だって……」

夏凛は続きを言おうとしたが振り払うように頭を振る。

「アザゼル、そんな乱暴な態度であの子にいい印象持たれると思ってんの?」
「きさま……」

絵里が身震いをし、セルティがいつでも止められるよう位置をキープした。

「この状況で何もしないできないというのが、命取りに繋がるのが解らぬのか」
「……るう子は何もしなかった訳じゃないわ、自分からやろうとしていた、私達が全員いた時はまだ」
「……俺といた時は何もしようとしなかったがな」

アザゼルはそう力なく呟くと近くの岩に腰掛けた。溜息が漏れる。


『なあ、アザゼル』

セルティがアザゼルへ近づく。

「……」
『私達が出ていった後、るう子ちゃんとはどう接したんだ?まさか乱暴はしていないよな』
「……ああ」

乱暴はしていないことは肯定すると、アザゼルはどこか観念したかのように大きく息を吐いて語り始めた。

「……」
『そんな環境に置いていたのか。まともな協力なんか望めないだろ』
「……軟弱者が」

忌々しげな声だった。
少女の拳がアザゼルの顔面へと飛ぶ。アザゼルは軽く手を振りガードした。
パンチを放ったのは激高した夏凜だった。

『夏凛ちゃんよすんだ!』

言葉にならない声を上げながら何度も何度もアザゼルへ攻撃を加える。
それらを苦も感じさせない様子でアザゼルは片手で攻撃を容易くあしらい続ける。

「やめろ」

鬱陶しそうに両目を瞑りアザゼルは吐き捨てる。反撃する気も起きないという風に。
夏凛の声が一層高くなる、地に水滴が落ちた。口からでなく目からの。
セルティが『影』を使い夏凛の動きを止める、悪魔以外の他の三者も間に入り事態を収めようとする。
少しして夏凛は攻撃を諦め、片掌を顔に当てたまま震えながら地面に座り込んだ。

アザゼルは好きにしろっていった様子でセルティ達の発言を待つかのように黙ったまま。
アザゼルの様子を見てセルティは何とか落ち着けられそうだと少しばかり安堵した。
更なる火種になりうる支給品―カードキーを意識しながら。


976 : New Game ◆WqZH3L6gH6 :2017/02/22(水) 00:51:51 nkVZ1xE.0
-------------------------------------------------------------------------------------------------

「……」


アザゼルはぼんやりとした様子でかつてヴァローナが所持していたカードキーを眺めている。
時は既に第三回放送後、解禁された効果欄にはこう書いてあった。

『研究室のシロという名称のモニターに、このカードとルリグカード1枚をかざすべし。
 その際使用したルリグカードは運営に回収されるので注意されたし。
 条件を達成すればこの場における夢幻少女と同様の特典が得られる。ただし行った先での戦闘行為は禁止。ゲームのみ。
 一度このシロを利用した場合6時間は使用不可となる。新たなカードキーは会場のどこかに再発行される
 このシステムの存在は一度使用した後に腕輪等を通じて全参加者に通知される』

無理にセレクターとルリグを揃える必要がなくなったのだ。
そしてそれは例えセレクターバトルを実行できたとして、主催の掌の上に過ぎないという事実の表れとも取れる。

セルティは全てが徒労かと空を仰ぎ見るが、実の所希望が残り収穫もあった。
タマヨリヒメの特異性が消えたわけではないから。
アザゼルはタマからるう子も知らない真実を一つ教えられている。
それはるう子が夢幻少女になるのに失敗したセレクターバトルで、繭が直にタマと精神的接触を行った事。
通常の夢幻少女は繭の元に行った所でルリグへ変えられるだけ。
だがその時の繭は夢幻少女の誕生を阻止しようと動いていた。

そして緑子から知ったタマヨリヒメと緑子の大きな違い。
それは緑子達ルリグにはアーツという異能を主催から与えられているが、
タマヨリヒメには与えられていない事。
その事実を踏まえれば、タマヨリヒメが繭に対するワイルドカードに近い存在であるのは間違いないと推測できた。
カードキーを使うにしても、セレクターバトルを実行するにしてもタマがいなければ意味が無いのは一同の共通認識だった。

「セルティ」

アザゼルは何とか立ち直ったのかセルティに宝具を返し、自らの黒カードを何枚か渡した。
これからの予定を告げる。

「これから俺は小湊とタマヨリヒメを探す」

向いた先は北方。

「南西以外は電車とやらで長距離を行き来できると聞いた。
 ラヴァレイやウリスが俺達から逃げるなら北の方に行く可能性が高いと見ている」
『2人をどうするつもりなんだ』
「ラヴァレイは俺が始末をつける。ウリスは可能なら捕獲する」
『どうしてだ?』
「一方的な思い込みの可能もあるが、ウリスは繭に親しみを持っている風だった。
 情報を聞き出したい。無駄なら始末をつける」



しばしの沈黙は無言の肯定だった。
無理にセレクターバトルをしなくていい状況が明らかになった今、
ゲームの打破を目標としたセレクター以外のセレクターには大した価値はない。
セレクターバトルを通じ繭の元に行かせるセレクターは対主催スタンスであるのが前提だから。
対主催である可能性が高い遊月を発見、目論見通り行けばセレクターバトルのルートはほぼ万全となるが、
ウリスは夢幻少女への踏み台として見るなら、実力がありすぎ、スタンスも不穏と保護までする利点がない。


977 : New Game ◆WqZH3L6gH6 :2017/02/22(水) 00:53:26 nkVZ1xE.0
るう子の相手になるセレクター以外の優秀なゲームプレイヤーを探した方がまだ建設的だ。

『そう』
「……」
『何人で行くつもりだ』
「1人だ」

一同はチャットでの最新のDIO達の書き込みを確認している。
闘技場方面に行けば挑発に応じたDIOがいる可能性が高いと推測できた。

『緑子ちゃん抜きでか?』
「俺を嫌っているみたいだからな、腹は立つが仕方がない」
『危険すぎる』

放送局を荒らし回ったマッチョマンや纏流子。
変身能力を持つ縫い目こと眼帯女など強大な敵はまだ何人もいるが、
DIOに関して言えば攻撃方法に謎が多く、交戦するにはリスクが最も高い相手。
アザゼルの戦闘力は貴重な程高く、性格の問題点を考慮しても喪うには惜しい人材だ。

「誰が馬鹿正直に戦うと言った」

アザゼルはそう言い、黒カードからやけに古びた弓矢を取り出した。

『それは』
「どうやら奴にとって大切な物らしい」

セルティはアザゼルの狙いを悟った。その弓矢をネタに交渉でもするつもりか。
セルティの空気の変化を読み取ったアザゼルはそれ見ろと言わんばかりに笑う。

「だから俺一人の方が好都合なのさ
 お前らでは戦闘でも交渉でも奴相手では不向きだからな」

絵里は遠くからではあるがDIOに顔を見られている。
夏凛はただでさえ情緒不安定な上に、交渉等は向いていない。
セルティは杏里の仇であり、利用、協力する気を持てない。

「ヤツが小湊を発見する可能性もある、倒せずとも動きをコントロールできればやりやすかろう」
『わかった』
「じゃあな」

振り向かずにアザゼルは別れを告げようとする。
彼―悪魔達に人の気持ちは解らない。
だが恥という概念はあり、無能者を嫌う傾向も強い。
だからこそ所持品の幾つかをセルティらに譲渡したのだ。
失敗を重ねた自分自身をぬるま湯に浸からせたままにしておけなかったから。

アザゼルの態度にけじめのようなものを感じたセルティは黒カードを1枚投げた。
支給品の整理をしたいと絵里からセルティに手渡された黒カード。
彼はそれをキャッチし、解放する。現れたのは不気味な魔導書だった。
それは螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)。キャスターの宝具。
少し動かしただけで効果が分かったのか、口を歪ませながらカードに戻した。
その時、アザゼルに向かって機器が飛んだ、アザゼルは鬱陶しげにそれもキャッチする。
それは東郷美森の勇者スマホだった。

「三好」


978 : New Game ◆WqZH3L6gH6 :2017/02/22(水) 00:54:58 nkVZ1xE.0
「……」

顔を涙で濡らし、それを拭った少女。顔から狂気は薄れている。

「私達もるう子達を探すから、連絡にはそれを使いなさいよ」

一同は墓場に地下道の入口があるのをセルティから聞いていた。
アザゼルは自らが殺めた勇者の所持品を嘲るように見る。

「まだ狂っているのか?俺は……」
「それセルティの携帯の番号を記録したから」
『夏凜ちゃん』
「私にも責任あるから……」

夏凜は悲しげに絵里達がいる方へ顔を向けた。仲間が殺した2人の男女を思い出したのだろう。

アザゼルとの対決の結果、アザゼルがるう子に危害を加えず、死者を冒涜しなくなったのは事実である。
だが、かと言ってるう子を丁重に扱ったかというとそうではない。
言わなかったからと手の怪我を知りつつ放置し、ゲームに乗ったウリスの近くに配置し。
命の恩人である宮永咲の支給品を返却させず、ろくすっぽコミュニケーションを取らず、居心地の悪い場所で飼い殺しも同然にしたのも事実。
出発前夏凜に余裕がなかったのは確かだが、るう子も余裕なんて無かったはずだ。

気の迷いでゲームに乗ったに過ぎないと判断するくらい夏凜に勇者部部員の事を熱く語られたから。
そんな対象―東郷美森から命を狙われ、目の前で殺されるなんて負担にならないはずがないと夏凜は思う。
東郷に責任を取ってもらいたいという気持ちがあっての勇者スマホの譲渡であった。

『地下と地上、両方で緑子の力を借りて探索だな』
「……フン、勝手にしろ」
「アザゼル!」
「……」

アザゼルは応えず、低空飛行でこの場を去った。
セルティは夏凜の肩に手を置くと、絵里達の方へ促す。
責任を感じているのはセルティも同じだ。
よくアザゼルを観察していればこんな事にとセルティは悔いた。

「……」

ちょっと遠くでは絵里達が携帯電話を手に他参加者の連絡を取ろうとしながらこちらを待っている。
セルティは夏凜とともに協力者達の元へ急いだ。
早く腕輪を回収し、るう子ちゃんたちを救出しなきゃと決意しながら。


979 : New Game ◆WqZH3L6gH6 :2017/02/22(水) 00:56:35 nkVZ1xE.0
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【D-1/橋/一日目・夜中】

【アザゼル@神撃のバハムート GENESIS】
[状態]:ダメージ(小)、脇腹にダメージ(小)、疲労(小)、胸部に切り傷(小) 、虚無感(中)、低空飛行中
[服装]:包帯ぐるぐる巻
[装備]:片太刀バサミ@キルラキル、東郷美森のスマートフォン@結城友奈は勇者である
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(32/40)、青カード(31/40)
    黒カード:ノートパソコン(セットアップ完了、バッテリー残量少し)、デリンジャー(1/2)@現実、スタングローブ@デュラララ!!、
         市販のカードデッキ@selector infected WIXOSS、ナイフ(現地調達)
         不明支給品:0〜1(確認済、初期支給)、 不明支給品0〜1枚(確認済、ホル・ホース)
         螺湮城教本@Fate/Zero、弓と矢@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース
    白カード:ホル・ホース
[思考・行動]
基本方針:繭及びその背後にいるかもしれない者たちに借りを返す。
0: 墓場に行き北方の地下道か、地上で必要な人材と道具を(主にるう子とタマヨリヒメ)を捜索する。
   優先順位はタマヨリヒメ>るう子>他ルリグ=遊月>優秀なカードゲームプレイヤー=ウリス
1:時間が経てばセルティ達に連絡をする
2:借りを返すための準備をする。手段は選ばない。DIOと遭遇すれば交渉を試みる?
3:繭らへ借りを返すために、邪魔となる殺し合いに乗った参加者(ラヴァレイを含む)を殺す。
4:繭の脅威を認識。
5:デュラハン(セルティ)、絢瀬絵里への興味。
[備考]
※10話終了後。そのため、制限されているかは不明だが、元からの怪我や魔力の消費で現状本来よりは弱っている。
※繭の裏にベルゼビュート@神撃のバハムート GENESISがいると睨んでいますが、そうでない可能性も視野に入れました。
※繭とセレクターについて、タマとるう子から話を聞きましたが、上手くコミュニケーションが取れていなかったため間違いがある可能性があります。
 何処まで聞いたかは後の話に準拠しますが、少なくとも夢限少女の真実については知っています。
※繭を倒す上で、タマヨリヒメが重要なのではないか、と思いました。
※東郷美森が犬吠埼樹を殺したという情報(大嘘)を知りました。
※セルティからラヴァレイの事をどれだけ聞いたかは後続の方にお任せします。
※アヴァロンで大体回復しました。



【D-1/放送局跡付近/一日目・夜中】

【セルティ・ストゥルルソン@デュラララ!!】
[状態]:健康、精神的疲労(小)、罪悪感(中)
[服装]:普段通り
[装備]:V‐MAX@Fate/Zero、ヘルメット@現地調達 、PDA@デュラララ!! 、宮内ひかげの携帯電話@のんのんびより
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
    黒カード:カードキー(使用可)、イングラムM10(32/32)@現実
         ジャック・ハンマー御用達薬品セット(精神安定剤抜き)、精神安定剤2回分     
[思考・行動]
基本方針:殺し合いからの脱出を狙う
0: 南ことりの腕輪を回収後、アザゼルと連絡を取りつつ北方でるう子達を捜索する。
1: 絵里、夏凜をサポートする。
2:静雄との合流。
4:縫い目(針目縫)はいずれどうにかする。
5:杏里ちゃんを殺したのはDIO……
6:静雄、一体何をやっているんだ……?

[備考]
※制限により、スーツの耐久力が微量ではありますが低下しています。
 少なくとも、弾丸程度では大きなダメージにはなりません。
※三好夏凜、アインハルト・ストラトス、アザゼル、絢瀬絵里と情報交換しました。


980 : New Game ◆WqZH3L6gH6 :2017/02/22(水) 00:58:28 nkVZ1xE.0
【絢瀬絵里@ラブライブ!】
[状態]:精神的疲労(大、精神安定剤服用)、髪下し状態、精神的ショックからの寒気(小)
[服装]:音ノ木坂学院の制服
[装備]:無毀なる湖光@Fate/Zero、 グリーンワナ(緑子のカードデッキ)@selector infected WIXOSS
    セイクリッド・ハート@魔法少女リリカルなのはVivid    
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(70/85)、青カード(66/85)、最高級うどん玉
    黒カード:エリザベス変身セット@銀魂、ベレッタM92&ベレッタ92予備弾倉@現実、 タブレットPC@現実、トランシーバーA@現実
         盗聴器@現実、ヴィマーナ@Fate/Zero(使用可能)、セルティのヘルメット@デュラララ、メルセデス・ベンツ@現実                   
         具@のんのんびより、こまぐるみ(お正月バージョン)@のんのんびより、ブレスレット@Fate/Zero、
         黄長瀬紬の装備セット@キルラキル、狸の着ぐるみ@のんのんびより、小型テレビ@現実
         カイザルの剣@神撃のバハムート GENESIS、ライターー@現実、ビームサーベル@銀魂
         不明支給品:0〜1(千夜)、0〜1(晶)
    白カード:坂田銀時、本部以蔵、ファバロ・リオーネ、東條希、宇治松千夜、神代小蒔
[思考・行動]
基本方針:皆で脱出。
0:ことりの墓を見舞った後(腕輪の回収)でセルティらのサポートに務める。
1:皐月、桂、神威と連絡を取る。
2:余裕ができたら温泉街に行って矢澤にこを弔いたい。
3:自分の手持ちのカードの分配を考える。
 [備考]
※参戦時期は2期1話の第二回ラブライブ開催を知る前。
※アザゼル、、セルティ、三好夏凜、緑子と情報交換しました。
※多元世界についてなんとなくですが、理解しました。
※左肩の怪我は骨は既に治癒しており、今は若干痛い程度になっています。行動に支障はありません。
※セルティがデュラハンであることに気づいていませんが、人外らしいのには気づきました。

【三好夏凜@結城友奈は勇者である】
[状態]: 精神的疲労(大、精神安定剤服用)疲労(中)、顔にダメージ(中)、左顔面が腫れている、胴体にダメージ(小)、罪悪感(大)
    満開ゲージ:0、左目の視力を『散華』、「勇者」であろうとする意志(半ば現実逃避)、肉体的ダメージはアヴァロンで回復中
    多少落ち着いた、顔に泣きはらした跡
[服装]:普段通り
[装備]:にぼし(ひと袋)、夏凜のスマートフォン@結城友奈は勇者である、アヴァロン@Fate/Zero     
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(26/30)、青カード(25/30)
    黒カード:不明支給品0〜1(紗路、確認済み)、不明支給品1〜2(アインハルト)、スクーター@現実、

    白カード:東郷美森、アインハルト・ストラトス
[思考・行動]
基本方針:繭を倒して、元の世界に帰る。
0:るう子を救助する。
1:『勇者として』行動する?
2:セルティらのサポートをする。
3:ダメージから回復したらアヴァロンを返却する。
[備考]
※参戦時期は9話終了時からです。
※夢限少女になれる条件を満たしたセレクターには、何らかの適性があるのではないかとの考えてを強めています。
※夏凛の勇者スマホは他の勇者スマホとの通信機能が全て使えなくなっています。
 ただし他の電話やパソコンなどの通信機器に関しては制限されていません。
※東郷美森が犬吠埼樹を殺したという情報(大嘘)を知りました。
※セルティ、ホル・ホース、アザゼル、絢瀬絵里、緑子と情報交換しました。


981 : New Game ◆WqZH3L6gH6 :2017/02/22(水) 00:58:53 nkVZ1xE.0


【アザゼル、セルティ、絵里、夏凜補足】
※小湊るう子と繭、セレクターバトルについて、緑子とアザゼル(タマ)を通じて結構な情報を得ました。
※大まかにですが【キルラキル】【銀魂】【魔法少女リリカルなのはVivid】【のんのんびより】
【結城友奈は勇者である】【ラブライブ!】【selector infected WIXOSS】の世界観について知りました
※チャットの書き込み(発言者:D、Iまで)に気づきました。
※墓場に地下道出入口が開通したことを知りました。
※三好夏凛のスマートフォン、東郷美森のスマートフォン、宮内ひかげの携帯電話にそれぞれの電話番号が登録されています。

・支給品説明

【螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)@Fate/Zero】
蒼井晶に支給。
人間の皮で装帳されたキャスターの魔道書の宝具。
この本自体が魔力炉となっており、所有者の魔力と技量に関係なしに深海の水魔の類を召喚し使役できる。
ただ召喚数は制限されており、それほど巨大なサイズの海魔も通常では召喚できない。細かいところは書き手様任せ。
以上の能力に加え海魔を召喚、使役していなければ少々の治癒能力を発揮できる。
効力は当ロワ内の言峰綺礼の治癒術と同程度で、回復速度は遅め。

【弓と矢@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
ホル・ホースに支給。
DIOの宝物。アニメでは42話に登場。鏃そのもの成分が一種の隕石で遅行性の毒(ウイルス)がある。
ジョジョの奇妙な冒険出典以外のキャラに使用しても基本的にスタンド能力は発現しない。
外見はひどく古びた弓矢。


【ジャック・ハンマー御用達薬品セット@グラップラー刃牙】
カイザル・リドファルドに支給。
ジャックのドーピング薬セット。大きな袋3袋分。
薬品についての取扱が記された本も付属している。
強めだが様々な種類の薬品がある。


【セルティのヘルメット@デュラララ】
神楽に支給。
セルティが愛用しているイエローカラーのヘルメット。ネコ耳付き。


※【カードキーについて補足】
第2回放送後にカードキーの使用が可能となる。
研究所のある場所にあるシロという名称のモニターに当カードとルリグカード1枚をかざせば
主催者の元に行くことができ、そこでゲーム(ウィクロイスや麻雀)をする事ができる。戦闘行為は禁止。
ゲームの成績によって特典がもらえる。交渉も可能。ただしゲーム破壊や参加者殺害、優勝者と同等かそれ以上の権利を得る事などは不可。
その際使用したルリグカードは運営に回収される。
一度このシロを利用した場合6時間は使用不可となる。新たなカードキーは会場のどこかに再発行される
このシステムの存在は一度使用した後に腕輪等を通じて全参加者に通知される。


【施設情報・地下通路(墓場)】
第三回放送後、墓場の小屋の近辺に通過した放送局地下に代わる地下通路出入口。
出入口近くには石碑があり、そこに地下通路と地下施設の情報が記されている。
墓場周辺地下に施設があるかどうかなのと、石碑の情報の詳細は後続の書き手様にお任せ。


982 : ◆WqZH3L6gH6 :2017/02/22(水) 01:01:18 nkVZ1xE.0
投下終了です。


983 : <削除> :<削除>
<削除>


984 : <削除> :<削除>
<削除>


985 : ◆WqZH3L6gH6 :2017/03/02(木) 15:40:49 JRgKZP4I0
今から投下を始めます。


986 : 運命の廻り道 ◆WqZH3L6gH6 :2017/03/02(木) 15:42:21 JRgKZP4I0
――点滴までは望めないか。
赤カードは参加者が手に持ち念じればイメージした食事をそのまま具現させる事ができる。
浦添伊緒奈――ウリスがやったように食器もろとも。だが点滴を具現させることは無理だったようだ。
内臓のダメージを用心しての判断だったが仕方がない。
鬼龍院皐月は赤カードからのど飴を現出させ、一口舐めた。

「……」

唾液に混じった飴成分が喉を通し胃に落ちたが痛みはない。
安心した皐月は残った飴をれんげに渡した。

針目縫との決戦の後、宮内れんげの治療を受け休憩を取っていた。

そして一息つけた皐月達はやがて針目の遺品の回収を始める事にする。
皐月とれんげ、そして皐月の衣服――神衣鮮血と、れんげの守護精霊――木霊の4者は
針目が斃れた場所へ進み、目的のものを早々に見つけ出した。

紫色の刃――片太刀バサミ
他に支給品は落ちてないようだ。

皐月の亡父、纏一身こと鬼龍院装一郎が開発した対生命戦維用武器 断ち切りバサミの片割れ。
針目に強奪され、この場に置いても悪用されていた紫色の片刃を皐月は拾い上げるべく手を伸ばす。
元は赤色だった片刃が未だ紫色である事に、針目の影響を危惧し微かな警戒を抱きながら、皐月が柄の部分を掴んだ。

「!」

片刃は瞬く間に元の赤色へと変化した。
れんげが「おお、色が変わったん!」と感嘆に近い声を上げる。
鮮血はそれを感慨深げに見つめた。

「……」

皐月は強度では罪歌に勝る可能性が高い片刃をどう扱うかしばし思考していたが、
汎用性に勝る罪歌をメインに使用すると判断し黒カードへと変化させた。
やや強い風が吹き、荒れ地の砂を少量ながらも巻き上げる。
皐月のダメージもある程度は癒え、全力には遠いが戦闘行為も可能にはなっている。
先の戦闘で中断されたれんげとの約束、旭丘分校行きの件がある。
――行こうかと判断しようとする直前、風に煽られた銀色の物体がコロコロと転がる音を耳にした。

「……腕輪なん?」

それは目ざとく針目縫の腕輪を発見したれんげの呟きだった。

「……」

皐月は転がる腕輪を拾い上げる。見た腕輪の内側には何の汚れもなく綺麗だ。
まるで誰も身に着けていなかったように。針目縫の遺体は無い。
断たれた両腕も、両断された残った身体も大量の血しぶきを上げた後、ばらけた赤い糸と化し
血液と共に空気に溶けたかのように消えた。

化物の奇怪な最期にれんげは怪訝な面持ちで辺りをきょときょとと見回す。
皐月は腕輪を自らの神衣 鮮血に渡す。腕輪の状態を見て好都合だなと皐月は思う。
参加者への枷である腕輪を解析し易いと考えたから。死した参加者の腕を切り落とすリスクを背負うよりはと。

「さっつん、さっつん向こうにカードと髪の毛が落ちてるん」
「ん」


987 : 運命の廻り道 ◆WqZH3L6gH6 :2017/03/02(木) 15:43:07 JRgKZP4I0
れんげが軽く皐月の腕を掴み、東の角を指差す。
4者は指された方へ向かい、盛り上がった土と数本の髪の毛、そして参加者の白カードを発見する。
髪の毛はウェーブがかかった栗色の長髪で目立ち、カードは月光を微かに反射に目に付きやすかった。
白カードを見る。彼女らはそこは死した参加者が埋葬された場だと理解した。
皐月はまたも白カードを見る。映し出された少女の顔は喜怒哀楽をほぼ出していない普通の表情をしていた。
そこからは人間性や最期の感情を読み取ることはできない。

皐月はふと針目が斃れた方へ向いた。そのまま無言でそっちへ向かう。
眉をちょっとしかめながら。

「…………」

先程の戦いをする前なら、気にも留めなかっただろう。
彼女はこれまで死した参加者の白カードを何枚も見てきている。
それらはどれも同じ表情をしていた。
皐月の直感と経験が針目縫の白カードを拾わせるべく脚を動かさせる。
そして拾った。

「……それがお前の本当の貌か?」

その呟きには納得の色が含まられていた。
対外的には針目はほとんどを笑顔で過ごしていた。口調も戦闘時以外は陽気そのものので。
しかし白カードに映し出せれている表情はそれとは全然違うものであった。

痩せ衰えた狂犬のような、余裕のかけらもない愛らしさとは無縁の表情。
目元に隈があると錯覚してしまいそうなギョロっとした両眼。
開くとすれば歯よりも牙が似合うであろう口元。眼帯が無い以外は髪型等に変化はない。
だが皐月にはそれは私情を抜きにして、無理やり着飾られた頭のネジが飛んだ肉食獣に見えた。

れんげがすたすたとこちらに近づいて来るのが解る。
皐月はカードを見られる前にそれを破り捨てる。見ていて気分の良いものでは決してないから。

カードの欠片が地面に届く直前、破片が音も無く集まり真新しいカードへ復元した。

「「「!」」」

4者は差異はあれど目の前の現象に驚愕する。
皐月はとっさに復元したカードを拾い、端っこを千切った、破片は摘んだままで。
摘んだ破片は消え、また復元する。皐月はその現象に針目の執念のようなものを感じ危機感を募らせる。
れんげがそれを察したのか、足早に盛り土の近くのカードを拾い皐月に渡した。
皐月は蒼井晶のカードの上部分を千切る。それもさっきと同様復元された。

「……参加者のカードはどれも復元されるか」
「なるほど」

皐月達は落ちた髪の毛と晶のカードを埋め黙祷した。
そしてまた地面に座り、れんげもそれに続いた。
休憩の合間にどう分校に向かうかを話し合い、10分近く過ぎた後4者は一先ず分校に向かう事にした。
付近の研究所や、道中のネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲に興味はあったが後回し。
れんげは木霊から生成した糸を針目の腕輪を括り付けている作業をしながら言う。

「それ持っていくん?」
「ああ……」

皐月の手には針目の白カードがある。

埋めようかと思ったが、魂のみでも災いを起こす可能性があると見て持ち歩く事にしたのだ。


988 : 運命の廻り道 ◆WqZH3L6gH6 :2017/03/02(木) 15:44:43 JRgKZP4I0
「電話は通じないのか」
「ああ。チャットは可能なんだが、他の電話を確保しなければな」

鮮血の問いに皐月は軽く緊張感の含んだ声で返す。
勇者スマホ同士での通話ができないのは元からであり、皐月達もそれは存じていた。

「心配か?」

皐月は黙って頷く。
――絢瀬絵里
ここで出会った志を同じくとした皐月と同年代の仲間。
彼女は先の放送で名を呼ばれ無かったが、同行者の坂田銀時は呼ばれていた。
絢瀬の現況は不明だが、善意の参加者に保護されているなんて楽観ができる状況でもない。
一般人である彼女をそのままにしておくのは拙い。
仲間との連絡がまともに取れない以上、皐月は分校に到着次第放送局に向かいたい心境だ。
だが皐月は焦る気持ちを己を縛る前に心の何処かに置き、れんげの横に並んだ。

「ほんとにいいん?」
「疲れたら休むさ」

皐月は笑った。
旭丘分校までは少々遠く、遮蔽物がない道も通る。
時間が惜しく、ゲームに乗った者の情報も多くない現状、早々に向かう必要がある。
れんげは走る。勇者の力を得て常人離れをしたスピードで。
皐月も走る、れんげと同じ速度で。
走りながら皐月はちらりと針目の腕輪を見た。

「……」

母であり、人類の大敵である生命戦維の地球上の実質的な首魁である鬼龍院羅暁の3人目の子供――針目縫。
死した今でも長姉の皐月は彼女に対する愛情は持ち合せてなどいない。
初めて会ってから今に至るまで、針目に良感情を抱く出来事など無かったのだから。
強靭な精神を持つ皐月でさえ親族という認識を抱く余地さえないくらいに。

羅暁に育てられたという偽の記憶を植え付けられた2人目の子供――纏流子を見れば、
母の価値観によって歪められたから外道になったと推測ができる。だが皐月はあえてそう考えない。
自分の知るだけの範囲でも針目の悪行は目に余っていたのだから。

母や生命戦維に対し愛情はあったかも知れない、だが信用はしていなかったと皐月は今でも思う。
針目との決戦を経て、共感できない何か以外を否定する情念をこれまで以上に感じ取った今より強く。

皐月は溜息をついた。彼女にしてはらしくもなく。
昔からの敵を駆逐しただけ。流子ならともかく、自分が針目を仇敵などと位置付けるなどおこがましい。
纏一身を父と解らなかった自分が。
空を見ると雲が増えてきたのがわかった。明日の日中は雨が降るだろうか?

――お前が見た世界は我々のとは違うものが見えていたんだろうな

自身が持つカードを意識して皐月は決心する。
これから針目縫の魂がどうなるにしろ、最後を向かえるまでは責任を持って対処しようと。

-------------------------------------------------------------------------------------------------

出立から一時間も経たない内に4者は旭丘分校の前に着いた。
少々息を切らしながられんげは目の前の光景に唖然とする。
皐月と鮮血は気まずそうに眉間に皺をよせた。


989 : 運命の廻り道 ◆WqZH3L6gH6 :2017/03/02(木) 15:45:34 JRgKZP4I0
2人とも何事もなくそのままでいると考えていた訳ではない。
ある程度の惨状は覚悟していたが、それはあんまりな光景だった。

建物は半壊状態で、血のようなものが分かりやすく飛び散っている。
死者が埋められたと思しき2つ隆起がある。
そして極めつけは遠くから見ても解る草むらに隠れている何か。
それらの異常が合わさり、夜というのを差し引いてさえなお、
旭丘分校はれんげが知る学び舎とは程遠い雰囲気の戦場跡となっていたのだ。

れんげは両手を頭に当て、あーあーと途方に暮れたように呻いた。
皐月は注意をはらいながら草むらに隠れている何かへと近づく。
その行動にれんげは我に返り、少し離れて皐月の後に続いた。

何かは一人の成人男性の死体と、顔立ちが整った生首だった。
皐月は手で、精霊はれんげの目の前に塞がることで直視させないように動いた。

「……」

致命傷と思しき刺傷と無数の傷を負った死体――衛宮切嗣。
皐月は彼の遺体を調べる。
最初に遭った仲間、間桐雁夜に僅かに似ていると皐月は思った。
格好からして堅気でもなく、肉体の造りと人相からして善良とは程遠い人物と推測できる。
れんげが両目を指で隠しながらじりじりと近寄ってくるのがわかった。
息を呑む声がする。皐月はなぜか違和感を感じたがそれに作業を中断させず次を行く。
皐月は生首――ランサー ディルムッドを両手で抱えた。

「…………」

ここで皐月は何故れんげが息を呑んだか理解した。
れんげが言った。

「さっつんその人達生きてるのん?」
「……」

死後どれほど時間が経ったかは解らないが、どちらの遺体も状態がいい。
皐月は生首を観察する。端正で少々の猛々しさを感じさせる顔立ち。
そして不気味なのは状態だけでなく右目元にある物体だった。
赤黒く干しぶどうに似た腫瘍。脈打ってるようにそれは存在をアピールしているようだ。

「そ、その2人から何か力を感じるん?特にさっつんが持ってる方のん」
「……」

皐月は次に首の断面を見ようと角度と、自分の首を動かした。
もし断面から糸を出されても回避できるように。見るとただの断面だった。

「……。新種の生命戦維の仕業では無さそうだな」
「? 生命戦維ってなんなのん?」
「……地球侵略を目論むインベーダーみたいなものだ」
「うちゅうじんと違うん?」
「あいつとは別のものだ」

神威の事を指しているのだろうと皐月は判断する。
どういう意図があって遺体を埋葬しなかったのか推測しながら。

「わかったん。それでその人達どうするん?」

遺体は一向に動き出す気配はなく、これ以上調査できる人材もいない。


990 : 運命の廻り道 ◆WqZH3L6gH6 :2017/03/02(木) 15:46:44 JRgKZP4I0
なら自分にできる事は何か……。

「……埋めるか」

れんげ達は即座に同意した。

-------------------------------------------------------------------------------------------------

切嗣とランサーの遺体を弔った後、2人はスマホと建物の周囲を一通りチェックし休憩している。
そして今、2人はチャットに書き込みをしていた。

I:『犬吠埼樹さんのスマホから書き込んでいます。
   鮮血とアスクレピオスは目的地に到着しました。
   途中針目縫と交戦し倒しました』

――次の連絡待ちか

皐月は他のチャット文を見ながら緊張した面持ちで息を吐いた。
れんげも少々だが顔色を悪くしている。

『一番目のMと、五番目のD。今夜、地下闘技場で話がある』

頭文字Dは強敵DIOしか該当する者はおらず、書き込んだ参加者も死去した樹を別にすれば遭遇さえしていない。
拙いのは場所、ルートからして絢瀬は地下闘技場付近にいるかも知れないから。
DIOの言動から察するに誘いに乗る可能性も高いと推測できた。
銀時の死を知らぬれんげからしても悠長に構えていられる状況ではない。
だがれんげは蛍とまだ再会していない。そのジレンマがれんげの元気を徐々に奪ってゆく。

「行こう」

後は校舎の探索だけだ。4者は気を取り直して中に入った。

「「「……」」」

校舎の内部も酷い有様だった。
流子と針目の戦闘による破壊痕は廊下と教室の大半を破壊し、無事である教室が少ないほど。
一行はれんげの案内に従って、慎重に進みながら彼女が授業を受けている教室へ向かう。
探し人、一条蛍の行方の手がかりを求めて。

「……」
「……」
「なあ……ここはれんげの通う学校だったのか?」
「……よく似ているけど、違うん」

何も彼女らはこの島にある母校が本物だとは思っていない。
愛着はあれど待ち合わせの場所として利用しているに過ぎない。
しかし不自然なほどに似すぎていた。落書きやかすり傷さえ再現しているのだ。
皐月は赤カードと青カードの事を思い出す。
間桐雁夜との情報交換の際、彼は赤カードから流動食を出していた。
その時、流動食のパックに書かれた文字に目を奪われた。
皐月の知らない病院名が日付ごと書かれているもの。
それを察した雁夜は苦笑しつつ言った「昔の物も再現できるんだぜ、これ」。

本能字学園もこの分校も赤と青と同質の力でコピーされたものだろうかと皐月は考えを巡らせた。

「お」

いつの間にか目的の教室の前に着いたようだ。
教室の扉の脇に1枚の白い封筒が落ちている。


991 : 運命の廻り道 ◆WqZH3L6gH6 :2017/03/02(木) 15:47:18 JRgKZP4I0
れんげはそれを拾って白カードを利用して読むと、いつものポーカフェイスながら喜色の含んだ声を上げた。

「ほたるん無事なん。無事なん!」

手紙を読みながら皐月は柔らかく微笑み頷いた。

-------------------------------------------------------------------------------------------------

『れんちゃん無事ですか?お元気ですか?
 私は承太郎さんや平和島さん達のおかげで何とかがんばっています。
 これから私達はラビットハウスに向かいます。
 もし禁止エリア指定などで行けなくなった場合は放送局に行こうと思います。
 あとここに使っている電話の番号を書きましたので
 できれば連絡をしてくれるとうれしいです。待ってます
   
                           ほたるんより』



職員室に電話はなく、所持しているスマホも通話はできなかった。
れんげは教室の中に入っている。電灯はどの教室も点けられない。
友奈達のスマホ以外の電話での通話はれんげが変身を解けば使えるかも知れないが、完全に癒えていない以上それは未だできなかった。
皐月は拾った鉛筆2本を仕舞い、今後どうするか思考する。
とにかく絵里や一条蛍と連絡を取れる機器が必要だ。
だがその機器がありそうな施設は近くにない。
皐月がれんげに声をかけようとした瞬間、教室に青白い光が溢れた。

「「れんげ?!」」

すぐさま皐月は教室へ駆ける。そこには青白い光の帯があった。
帯から手紙を持ったれんげの右手が突き出ている。
皐月は迷わず光の帯へ飛び込む。手紙がはらりと地面に落ちた。
2人とも光の帯の内側にいる。れんげは驚きにへたり込んでいたが無事だ。
外に突き出ていた腕は怪我もなくするりと帯の内側に戻されている。
皐月は少々安堵しながらも、異変から脱出すべく蹴りを光の帯に叩き込んだ。
びくともしない。光は増していく。皐月は一瞬で単純な攻撃は通じないと判断する。
そして今度は床を蹴りつける。床に亀裂が入り光が若干弱まる。

「!」

床を破壊すべく強く息を吸う。その時、地響きがした。
校舎全体が揺れているかのように。
そして光の帯の発光が再び強まった。
地響きに注意を払った皐月をあざ笑うかのように。
そして旭丘分校のある一室から4者の姿は消えた。
破壊された教室前の壁に転送装置の説明文が書かれていた事を知らないまま。

-------------------------------------------------------------------------------------------------

光が収まれば其処は見覚えのある場所だった。
最初の戦闘の場、本能字学園の校庭。
一行は誰も欠けていないのを確認するや、すぐさま行動に移す。
精霊以外の3者の思考は僅かな時間で一致した。
――駅へ


992 : 運命の廻り道 ◆WqZH3L6gH6 :2017/03/02(木) 15:48:46 JRgKZP4I0
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【B-2/本能字学園・校庭/夜中】
【鬼龍院皐月@キルラキル】
[状態]:疲労(小)、全身にダメージ(中)、袈裟懸けに斬撃(回復中)
[服装]:神衣鮮血@キルラキル(ダメージ小)
[装備]:体内に罪歌、バタフライナイフ@デュラララ!!
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(5/10)、青カード(8/10)
    黒カード:片太刀バサミ@キルラキル
    白カード:針目縫
    針目縫の腕輪、鉛筆2本
[思考・行動]
基本方針:纏流子を取り戻し殺し合いを破壊し、鬼龍院羅暁の元へ戻り殺す。
0:宮内れんげと共に駅へ向かう。 北西か南どちらに向かうか。
1:絢瀬絵里が心配。
2:ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲を調べてみたい。
3:鮮血たちと共に殺し合いを破壊する仲間を集める。
4:襲ってくる相手や殺し合いを加速させる人物は倒す。
5:纏流子を取り戻し、純潔から解放させる。その為に、強くなる。
6:神威、DIOには最大限に警戒。また、金髪の女(セイバー)へ警戒
7:針目縫の魂(白カード)を最後を迎えるまで監視する。
[備考]
※纏流子裸の太陽丸襲撃直後から参加。
※【銀魂】【ラブライブ!】【魔法少女リリカルなのはVivid】【のんのんびより】【結城友奈は勇者である】の世界観について知りました。
※ジャンヌの知り合いの名前とアザゼルが危険なことを覚えました。
※金髪の女(セイバー)とDIOが同盟を結んだ可能性について考察しました。
※罪歌を支配しました。支配した場合の変形は身体から実際の刀身以上までの範囲内でなら自由です。
※ヴァニラ・アイス(I)の書き込みまでチャットを確認し、自身も書き込みました。

【宮内れんげ@のんのんびより】
[状態]:魔力消費(中)
[服装]:普段通り、絵里のリボン
[装備]:犬吠埼樹のスマートフォン@結城友奈は勇者である、アスクレピオス@魔法少女リリカルなのはVivid
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(8/10)、青カード(9/10)
    黒カード:満艦飾家のコロッケ(残り三個)@キルラキル
[思考・行動]
基本方針:うち、駅に向かうん!
1:うちも、みんなを助けるのん。強くなるのん。
2:ほたるん、待ってるのん。
3:えりりん心配のん。
4:あんりん……ゆうなん……。
5:きんぱつさん、危ないのん?
[備考]
※杏里と情報交換しましたが、セルティという人物がいるとしか知らされていません。
 また、セルティが首なしだとは知らされていません。
※魔導師としての適性は高いようです。
※【キルラキル】【ラブライブ!】【魔法少女リリカルなのはVivid】【銀魂】【結城友奈は勇者である】の世界観について知りました
※ジャンヌの知り合いの名前とアザゼルが危険なことを覚えました。
※金髪の女(セイバー)とDIOが同盟を結んだ可能性について考察しました。
※放送を聞いていません。

【追記】
※旭丘分校のれんげ達の教室内に一条蛍の手紙が落ちています。
※蛍の手紙には臨也のスマホの電話番号が書かれています。
※分校のワープ装置が使用されました。6時間は使用不可です。使用の際、地面が揺れるようです。
※光の帯の内側を破壊すればワープを阻止できる可能性があります。
※樹のスマホの通話機能は現在使用できないようです。れんげが変身しているからかも知れません。
※衛宮切嗣、ランサーの首は埋葬されました。


993 : ◆WqZH3L6gH6 :2017/03/02(木) 15:49:16 JRgKZP4I0
投下終了です。


994 : 名無しさん :2017/03/03(金) 03:40:59 s.wf/WVw0
投下乙です
ケリィ、自分が殺した女の子の友達に埋葬されるとは…


995 : 名無しさん :2017/03/03(金) 15:47:48 1Ysu.Tmw0
投下乙です
まさか、このタイミングでワープさせられることになるとは。
思い通りに行かないのが運命ってことなんだろうか。
駅に行くと言ってるけど、もう一回鮮血で飛ぶこともできるよなぁ、なんて思ったり。
書き込みや電話番号も得た二人が、どう動くかで戦況もだいぶ変わる…のかな?

一つ指摘ですが、これまでの話で鮮血のセリフは二重のカギかっこ→『』で書かれていたと思うので、そこは統一したほうが、分かりやすいのではないかと思います。


996 : 名無しさん :2017/03/03(金) 16:29:49 ajOxa4roO
投下乙です
まさかのワープ…しかも周囲にはほぼ誰もいない場所という
このロスが致命的にならなければいいが

一つ気になったのですが、勇者スマホでもあくまで基本の機能のうち通話機能にだけ使用に支障がある、というのはどうかと
絵理に連絡が通じなかったことに関しては、そもそも絵理自身は携帯を持っていないので連絡のしようがない、というのもありますし、わざわざ制限する必要は無いように感じました


997 : ◆WqZH3L6gH6 :2017/03/04(土) 03:18:03 FMVNFCuk0
感想とご指摘ありがとうございます。
問題の部分は今日に修正スレで訂正させていただきます。


998 : ◆WqZH3L6gH6 :2017/03/04(土) 15:29:56 FMVNFCuk0
『運命の廻り道』修正版を修正スレに投下しました。
ご確認をお願いします。
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/17204/1438784746/300-306


999 : 名無しさん :2017/03/04(土) 18:08:08 Le1vg/x60
修正乙です
そろそろ次スレ建てた方がいいか


1000 : 名無しさん :2017/03/04(土) 18:43:40 bGKTzbW.0
うめ


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