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第二次二次キャラ聖杯戦争 part3

1 : 名無しさん :2015/01/11(日) 03:53:37 MASwPKVk0
ここは様々な作品のキャラクターをマスター及びサーヴァントとして聖杯戦争に参加させるリレー小説企画です。
本編には殺人、流血、暴力、性的表現といった過激な描写や鬱展開が含まれています。閲覧の際は十分にご注意ください。

まとめwiki
ttp://www63.atwiki.jp/2jiseihaisennsou2nd/

したらば
ttp://jbbs.shitaraba.net/otaku/16771/

前スレ
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/14759/1406730151/


【参加者名簿】

No.01:言峰綺礼@Fate/zero&セイバー:オルステッド@LIVE A LIVE
No.02:真玉橋孝一@健全ロボ ダイミダラー&セイバー:神裂火織@とある魔術の禁書目録
No.03:聖白蓮@東方Project&セイバー:勇者ロト@DRAGON QUEST�〜そして伝説へ〜
No.04:シャア・アズナブル@機動戦士ガンダム 逆襲のシャア&アーチャー:雷@艦これ〜艦隊これくしょん
No.05:東風谷早苗@東方Project&アーチャー:アシタカ@もののけ姫
No.06:シオン・エルトナム・アトラシア@MELTY BLOOD&アーチャー:ジョセフ・ジョースター@ジョジョの奇妙な冒険
No.07:ジョンス・リー@エアマスター&アーチャー:アーカード@HELLSING
No.08:衛宮切嗣@Fate/zero&アーチャー:エミヤシロウ@Fate/stay night
No.09:アレクサンド・アンデルセン@HELLSING&ランサー:ヴラド三世@Fate/apocrypha
No.10:岸波白野@Fate/extra CCC&ランサー:エリザベート・バートリー@Fate/extra CCC
No.11:遠坂凛@Fate/zero&ランサー:クー・フーリン@Fate/stay night
No.12:ミカサ・アッカーマン@進撃の巨人&ランサー:セルベリア・ブレス@戦場のヴァルキュリア
No.13:寒河江春紀@悪魔のリドル&ランサー:佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ
No.14:ホシノ・ルリ@劇場版 機動戦艦ナデシコ-The prince of darkness-&ライダー:キリコ・キュービィー@装甲騎兵ボトムズ
No.15:本多・正純@境界線上のホライゾン&ライダー:少佐@HELLSING
No.16:狭間偉出夫@真・女神転生if...&ライダー:鏡子@戦闘破壊学園ダンゲロス
No.17:暁美ほむら@魔法少女まどか☆マギカ&キャスター:暁美ほむら(叛逆の物語)@漫画版魔法少女まどか☆マギカ-叛逆の物語-
No.18:間桐桜@Fate/stay night&キャスター:シアン・シンジョーネ@パワプロクンポケット12
No.19:ケイネス・エルメロイ・アーチボルト@Fate/zero&キャスター:ヴォルデモート@ハリーポッターシリーズ
No.20:足立透@ペルソナ4&キャスター:大魔王バーン@ダイの大冒険
No.21:野原しんのすけ@クレヨンしんちゃん&アサシン:ニンジャスレイヤー@ニンジャスレイヤー
No.22:宮内れんげ@のんのんびより&アサシン:ベルク・カッツェ@ガッチャマンクラウズ
No.23:ジナコ・カリギリ@Fate/extra CCC&アサシン:ゴルゴ13@ゴルゴ13
No.24:電人HAL@魔人探偵脳噛ネウロ&アサシン:甲賀弦之介@バジリスク〜甲賀忍法帖〜
No.25:武智乙哉@悪魔のリドル&アサシン:吉良吉影@ジョジョの奇妙な冒険
No.26:美遊・エーデルフェルト@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ&バーサーカー:黒崎一護@BLEACH
No.27:ウェイバー・ベルベット@Fate/zero&バーサーカー:デッドプール@X-MEN
No.28:テンカワ・アキト@劇場版 機動戦艦ナデシコ-The prince of darkness-&バーサーカー:ガッツ@ベルセルク


2 : 名無しさん :2015/01/11(日) 03:54:10 MASwPKVk0
【ゲームルール】

舞台はムーンセル・オートマトン@Fate/EXTRAに寄り添う『方舟』内部に再現された空間です。
方舟はムーンセルを外部演算装置とすることで稼働しているため、基本的なルールは月の聖杯戦争に準じます。

『方舟』が外部においてどういう風に観測されたかは世界ごとに変ります。
ある世界では聖遺物として観測・解釈されていますし、ある世界ではムーンセルの子機のような扱いです。
内部がある種仮想空間になっていることは共通しています。

参加者は自発的に参加する場合もあれば、勝手に呼ばれる場合もあります。
方舟の遺物『ゴフェルの木片』を入手していることが条件ですが、入手の方法、またその他の条件は問いません。
キャラクターの所持品が実は木片が加工されたものだったとして設定しても構いません。書き手の想像力の可能性に委ねます。
またある世界では木片はデジタルデータで、しかも名前が違っているかもしれません。
その為、何が『ゴフェルの木片』であったかを登場話で明示する必要はないでしょう。

ある解釈では舞台は方舟ですが、マスターとサーヴァントが男女のつがいとなる組み合わせである必要はありません。
性別を問わず、生き残りが二人になった時点で聖杯戦争は終了します。

マスターの所持品や武器・礼装の持ち込みは可能です。

全てのマスターは最初記憶を封印されており、その違和感に気付き記憶を取り戻すまでが予選になります。(Fate/EXTRA準拠)
記憶を取り戻すと同時に令呪を入手、サーヴァントの契約に移ります。
取り戻す記憶には聖杯戦争のルール等も含まれます。
 
用意された土地は様々な作品世界の混成です。少なくとも型月世界観の土地(久遠寺邸@魔法使いの夜 等)は含まれています。
またNPC(モブキャラ)が存在しており日常生活を送っています。
具体的には、現代の市街を中心として参加マスターの原作の土地が混ざり合った状態となります。

令呪に関して、三画全て失ったとしてもサーヴァントとの契約が維持できる場合は消去されることもありません。
逆にサーヴァントとの契約を失った時点で消去がはじまります。

監督役のルーラーは原作通り各サーヴァントへ命令可能な令呪を持っており、二回ずつ使用することができます。
基本的に彼らは中立ですが「無差別に一般NPCを大量に襲う」「ルーラー自身を狙う」「冬木の街の日常を著しく脅かす」等を行った主従にはペナルティを課します。


3 : 名無しさん :2015/01/11(日) 03:54:47 MASwPKVk0
【書き手ルール】

≪予約ルール≫
予約についてはしたらばの予約スレにて行う。
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/16771/1406639857/

●予約期限は一週間です。ただし五話以上書いている方は予約期限を三日間延長できます。

●予約ができるようになるタイミングは以下の通りです。
・投下完了宣言から24時間後以降の翌日0時に予約解禁
(7/27 03:00に投下完了→24時間後の7/28 03:00の翌0時→7/29 0:00予約解禁)

・予約破棄宣言後の再予約は24時間後以降の翌日0時に予約解禁
(7/27 20:00に予約破棄→24時間後の7/28 20:00の翌0時→7/29 0:00に予約解禁)

・予約破棄宣言の無い予約期限切れの場合、24時間後以降の翌日0時に予約解禁
(7/27 23:00に予約→1週間後の8/3 23:00に締切時間、連絡なし→24時間後の8/4 23:00の翌0時→8/5 0:00に予約解禁)


≪会場ルール≫
・所持金はNPC時代の金銭引き継ぎ、通貨単位はpt、価値は日本円と同等。
 一話目書き手が状態表におおまかな感じで書く(いっぱい、とか極貧など)

・一日一回昼12時にルーラーから各マスター、サーヴァントへ残人数を告知する。

・検索施設はMAP内に三か所(月海原学園、図書館、病院)
 情報の絞り込みができればパラメータとスキル、生前の伝承が分かる(宝具は分からない)
 また正午の時点での残り人数も確認できる

≪時間について≫
時間の区切りは4時間単位。

■時間表記
未明(0〜4)
早朝(4〜8)
午前(8〜12)
午後(12〜16)
夕方(16〜20)
夜間(20〜24)


≪状態票テンプレ≫

【X-0/場所名/○日目 時間帯】

【名前@出典】
[状態]
[令呪]残り◯画
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:
1.
2.
[備考]

【クラス(真名)@出典】
[状態]
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:
1.
2.
[備考]


4 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/01/11(日) 05:59:05 uNrRkvkA0
スレ立て乙です

真玉橋孝一&神裂火織
ゴルゴ13

予約延長分投下します


5 : 俺とお前はよく似てる/少年よ我に帰れ  ◆EAUCq9p8Q. :2015/01/11(日) 06:00:35 uNrRkvkA0
「今すぐ乳を揉ませろ!!!!! セイバァァァァ――――――!!!!!」


  夕闇に染まっていく街に、そんな声が木霊した。
  B-5地区、賃貸マンションの上で遠く、B-4地区高級マンションのある辺り眺めていた男も勿論、その声を聞いた。
  そして、不安にかられて一気に飛び退る。
  階段と自身の間に割りこませないよう、自身の背中を取られぬよう。

  一気に逃げられればどれだけ良かったか。男は少し歯噛みした。
  退路を潰されなかっただけ、運がよしと取るべきだろうか。

  逃げるよりも早く、『それ』は現れた。
  ピンク色のオーラを身にまとい、怒気を感じさせる表情をした青年。

  ヤクザことアサシン、ゴルゴ13は初めて自身のマスター以外のマスターと敵対する。
  青年、真玉橋孝一は初めて自身のサーヴァント以外のサーヴァントと相対する。


「おい、アンタ……今、何見てた?」


  その声は、つい今しがたヤクザが聞いた声と相違ない。
  『セイバー』と叫んだ青年。
  NPCに擬態していたヤクザの正体を見抜き、一気に距離を詰めてきたことからも明らかだ。
  この青年は、月を望む聖杯戦争の参加者だ。


「何見てたか、って聞いてんだよ!!!」


  そう判断したヤクザの反応は早かった。
  ポケットに隠してあったリボルバーを取り出し、飛び込んできた青年の眉間に向けて構える。
  一秒にも満たない、人間の反応速度を上回った速さ。
  そして放たれる弾丸。
  銃声が、闇に染まりゆく空を切り裂き、俺とお前の目を覚ます。


6 : 俺とお前はよく似てる/少年よ我に帰れ  ◆EAUCq9p8Q. :2015/01/11(日) 06:01:42 uNrRkvkA0
  ◎     ◎


「……ニューハーフ……そうか、ニューハーフだな!!」


  男でも女でもないものとは何なのか。
  真玉橋孝一にとってそれは、なんとも難しい問題だった。
  男が居る。女が居る。
  だが、男でも女でもないものが居る!? 居るのか!?
  それは女と扱っていいのか、それとも男と扱うべきなのか!?

  そればっかりだった。

  セイバー・神裂火織の進言など、最早どこにも残っていないようだ。

『……ニューハーフも、もともとは性別があるのでは』

「なにぃ!? じゃ、じゃあ違う、のか……いや、でも……だとしたら……
 ああああああぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

  足りない頭を必死に回して考える。
  まるでネズミ滑車がからから回る音が聞こえてくるようだ。
  頭をかきむしり、唸り声を上げながら天を仰ぐ。
  天から答えが降ってくるのを、待つように。

「……あいつ、何やってんだ?」

  ふと、自身の拠点のあるマンションの屋上を眺めながら孝一が呟いた。
  セイバーも意識をそちらに向けると、屋上には一人のNPCが立っていた。
  どことなく物騒な見た目をしているようだが、魔力は感じられない。NPCと判断して問題ないだろう。
  しかし、孝一はそれ以外の何かを受け取ったらしい。

「セイバー、実体化だ」

「はい?」

「……いいか、セイバー。あいつは、おそらく、俺の知らない、超・重要な情報を持ってる!!
 ここで見逃せば、俺はその情報を手にすることができなくなる!!」

  意味がわからない。
  あのNPCがどんな情報を持つというのか。

「くっ、仕方ねぇ!!」

  セイバーが沈黙で答えると、孝一はおもむろに右手を突き出した。
  その所作は間違いなく。
  開始前に見たあれと同じ。

「令呪を持って命じる!!」

  孝一の魔力が右腕へと流れこむ。
  まずい、これはまずい。
  こんな下らないことでまた一画消費するのか。
  それだけは避けなければ。
  そう思い、セイバーが慌てて実体化したのを見計らって。
  不敵な笑み、飛び出す命令。

「今すぐ乳を揉ませろ!!!!! セイバァァァァ――――――!!!!!」

  孝一は、世にも下らない令呪を、もう一度口にした。

  こうして、話は冒頭へとつながる。


7 : 俺とお前はよく似てる/少年よ我に帰れ  ◆EAUCq9p8Q. :2015/01/11(日) 06:03:10 uNrRkvkA0
  ◎  ◎  ◎

  弾丸が真玉橋孝一の眉間へと迫る。
  常人ならまず対応できない速度。
  寸分の狂いもなく、全くブレのない。確実に、命を奪える一撃。
  しかし、弾丸は空を切る。
  ピンクのオーラが巻き上がり、掻き消える。
  
  孝一は既にそこには居ない。
  気づけば、人間離れした速度で数m横に避けていた。
  ヤクザの眉間に、かすかにシワが寄る。


―――説明せねばなるまい。真玉橋孝一がなぜ屋上に飛び込み、銃弾を避けることが出来たのかを。
    Hi-Ero粒子は、とても不思議なエネルギーだ。
    種の存続に必要なエネルギーであり、なくなれば人間がペンギンになる。
    これだけでも十分不思議であるが、特に真玉橋孝一の放つHi-Ero粒子は異質だった。
    生まれながらに身につけていた高濃度のHi-Ero因子。
    他者にエロいことで干渉をした時に発現する他者を圧倒するほどのエネルギー。
    そのエネルギーの恩恵はダイミダラーの操縦、セイバーへの魔力供給にとどまらない。
    落ちてきた十数本の鉄骨を片手で受け止めるほどの膂力を与える。
    助走なしで数mの高さがある塀を飛び越える脚力与える。
    小学生を下回るとされているペンギンコマンドにすら負ける真玉橋孝一の身体能力を、爆発的に向上させる。

    それは最早単なるエネルギーの発生ではなく、自身に作用する身体強化魔術の域と言っても過言ではない。
    方舟は真玉橋孝一を再現し、更に彼の持つHi-Ero粒子を完璧に再現した再現した。
    即ち、この方舟においては。
    自身とそのサーヴァントに作用する強化礼装として、Hi-Ero粒子は存在する。


             >CodeCast[Hi-Ero Particle Full Burst]


    孝一はHi-Ero粒子の力で大きく飛び上がり、ベランダを掴んでまた飛び上がり、と屋上までただよじ登った。
    孝一はHi-Ero粒子の力でただ初期動作を見切り、がむしゃらに横に避けた。
    ただそれだけ、ただそれだけを実際やるから、この青年は実に厄介なのだ―――


8 : 俺とお前はよく似てる/少年よ我に帰れ  ◆EAUCq9p8Q. :2015/01/11(日) 06:04:17 uNrRkvkA0
「お、おい、いきなり何を」

  言葉を遮り、再び銃声が掻き消す。
  超速移動、再び立ち止まり、何故か青年・孝一のほうが驚愕の表情を浮かべる。
  なぜそんなことをするのかが本当に分からない、というように。

  回避行動が単調。歴戦の雄であるヤクザでなくとも、ある程度の腕前があれば『観測射撃』を行えるほどに。
  避けるスピードはもう覚えた。
  一回の可動範囲ももう覚えた。
  動き出しの動作ももう覚えた。
  そして、回避方向ももう覚えた。
  拳銃を構え、引き金に力をかける。
  それを確認した瞬間孝一の目がカッと開き、足に力が籠もる。

  孝一の影が消えた。
  ヤクザの動きを射撃の初期動作と見て走りだしたのだ。
  方向は、ヤクザの予想通り。
  すぐさま銃口を数センチずらし、引き金を絞る。

  銃声。着弾。
  間一髪、孝一はヤクザの異変を見抜き、最後の一歩をなんとか半歩で踏みとどまれていた。
  右頬に焼けるような熱を感じ、その後痛みがやってくる。
  異能の世界でロボットに乗って命のやりとりをしていた孝一にとって、初めての『生身同士での直撃』だった。

「ッぶねぇッ!!! テメェ、なんでさっきから」

  孝一の体勢は立て直っていない。
  その瞬間をヤクザは見逃さない。
  熱の抜けきらぬ弾倉が60度回転する。
  爆裂、発射。
  立て続けの二つの衝撃。
  再び弾丸が孝一の眉間を狙う。


9 : 俺とお前はよく似てる/少年よ我に帰れ  ◆EAUCq9p8Q. :2015/01/11(日) 06:05:59 uNrRkvkA0
  ◎  ◎  ◎

「手荒い真似、許してください」

  真玉橋孝一は、まだ生きている。
  少し離れたところに突き飛ばされ、尻もちを付いているが、まだ生きている。
  助けに来たのは当然、セイバー。
  『乳を揉ませろ』という命令が恙無く執行され、少しの間を置いて拘束が解除されたのだ。
  そして、彼女もその身体能力で孝一を追い、間一髪のところで彼を押し倒した。

「成程、これが貴方の言っていた『重要な情報を持つ人物』ですか」

  セイバーは考える。
  目の前の、銃を構えた男をどうするべきか。
  そこは考えるまでもない。
  マスターかサーヴァントかは分からないが、敵意があるのは間違いない。迎撃の必要がある。
  しかし、と。
  心のなかで引っかかる。
  彼と戦い彼を殺すということは、『マスターを殺すことになる』という事実が、心にかかる。

  そのしこりを、無理やりぐっと飲み込む。
  まずは無力化する。
  それだけならば問題はない。それで情報を渡すようならば、
  もし、それでも戦うと言うならば……致し方ない、と。そう割り切るしかない。

  じり、じりとヤクザが後退る。
  しかし、セイバーはその撤退を許さない。

「……『七閃』」

  2mはあろうかという刀の鍔を弾き、収める。
  常人には抜いたとも悟らせない程の速さ。
  しかし、その精度は間違いなく無比。
  数瞬もおかず、ヤクザの全身に傷が刻まれた。


10 : 俺とお前はよく似てる/少年よ我に帰れ  ◆EAUCq9p8Q. :2015/01/11(日) 06:07:24 uNrRkvkA0
「……何かを見ていたようですが、それが何か、教えてくれませんか」

  威圧的な声。
  その声に込められているのは当然『敵意』。
  断れば傷が増え、最悪死ぬことになるというニュアンスを声だけで伝えている。

  ヤクザはその鋭い瞳で自身の体と周囲を見つめ、考える。
  解放された宝具『七閃』。それによって刻まれた幾つもの傷。その軌道と数。
  すべての傷が等しい深さで、肉体の端から端までに走った。
  ならばこの攻撃は斬撃ではなくもっと広範囲。かつもっと……あの長刀よりも更に長く細い『何か』で斬りつけられた
  そして、目を凝らす。
  鍛えあげられた暗殺者の目が、培われた直感が見抜く。自身の血の伝う『何か』を。
  鉄線か、ワイヤーか、テグスか。それとも別の何かか、魔力を込めた紐を張り巡らせた『紐の結界』。
  そう考えるのが妥当だ。

  そして、今もその結界は展開してある。
  鉄線がヤクザを取り囲むように幾重にも配置してある。
  もし、退こうとすればヤクザを斬撃が襲う。
  もし、前進しようとすればヤクザを斬撃が襲う。
  もし、マスターを殺そうとすればヤクザが死ぬ。

  身じろぎ一つ許されない状態。
  唯一自由にできるのは、孝一に向けて撃ったまま未だ下げられていない銃。
  銃口の少し横に、今度はセイバーを捉えられる位置にあるリボルバー。
  スミス&ウェッソンの銃口数センチ程度が、ヤクザに残された『悪あがきの範囲』。

「撤退が出来るとでも?」

  分かりきったことを問いかけるセイバー。

「……どうかな」

  重い一言。
  初めてヤクザが口を開く。
  たった四文字に込められた意志はいかほどか。
  七天七刀の柄を握るセイバーの手に力が籠もる。
  一言で分かった。
  まず、撃つ。ヤクザは必ず引き金を引く。

  だが、何を撃つか。
  銃口はセイバーの方を向いている。ならばセイバーを撃つか。
  その程度のサーヴァントならば恐るるに足らない。
  セイバーとヤクザの間には、数本の鉄線が走っている。
  位置をずらすまでもなくセイバーへ向かう弾丸は鉄線で弾かれ、届かない。
  そして、その銃口からは一切の『敵意』を感じない。
  まるで水面に移る月に石を投げ込むときのように、平静そのもの。

  ならばその間にある鉄線を見越した上での狙撃か。
  これならば、敵意がないのも頷ける。
  しかし、『その程度』でこの鉄線が切れると思っているなら大間違いだ。
  仮にも宝具、魔力のこもった弾丸の一発や二発で打ち抜けるものではない。


  ヤクザのカミソリのような眉が横に滑る。
  深い、深い、呼吸音。
  それはまるで、体の中にある『何か』を全て吐き出すように。
  銃口は動かない。
  敵意は感じない。
  

  そして。


  ――― 一瞬の殺意。


  銃声が響き、セイバーが駆ける。


11 : 俺とお前はよく似てる/少年よ我に帰れ  ◆EAUCq9p8Q. :2015/01/11(日) 06:07:56 uNrRkvkA0
  ヤクザの弾丸が放たれる。
  発射の瞬間、銃口は本の0.数ミリだけずれた。
  その0.数ミリでは、弾丸は鉄線を射線に捉えたまま。

  しかしそれこそがヤクザの狙い。
  銃弾が鉄線に直撃して跳弾する。
  銃弾が別の鉄線を掠めてもう一度進路を変える。

  セイバーが気づいた時にはもう遅い、弾丸はすでに『七閃』の結界を掻い潜っている。
  その進路の先にいるのは。

「……ッ、マスター!!!」

  セイバーのマスター、真玉橋孝一。
  尻餅をついたままの、Hi-Ero粒子による身体能力ブーストの切れた彼の眉間に向かって、まるで吸い込まれるように弾丸は飛んでいった。

  セイバーがその超人的な身体能力で駆け、初めて七天七刀の刃を見せる。
  鞘から抜かれた1m程抜かれた刃が、孝一に当たる寸前で弾丸を切り分けた。

  狙ったというのか、今の跳弾すら。
  宝具の類ではない。魔力の流れは感じなかった。
  ただの技術でそれが狙ってできるというのだとすれば、最早人間技を超えている。
  しかし、予想外の出来事は続く。


  セイバーが再びヤクザの方へ意識を向けた時、ヤクザの『逃走』は完了していたのだ。

  
  ヤクザが先ほど見抜いていた『紐の結界』の仕掛けはもうひとつ合った。
  『紐の結界』はセイバーによって操られていた。つまり、セイバーの手元に紐の根本は集まっている。
  もっと言えば、抜刀の所作で紐が位置をずれて攻撃に転ずる、つまり紐の根本は右手もしくは刀の柄部分に集まっているということ。
  ならば、セイバーが数m移動すれば、移動した分だけ紐がずれてたわむ。
  ヤクザの銃弾が狙ったのは、セイバーではなく、鉄線の切断でもなく、真玉橋孝一でもなく。
  真玉橋孝一を狙うことでセイバーが銃弾を迎撃する、それを利用した『紐の結界』の無力化。

  紐の結界がたわんだその瞬間をヤクザは見逃さない。
  身動きに問題がなくなったのを確認した瞬間、ヤクザは懐から『それ』を取り出しピンを抜いて空中に放り投げ、即座に身を翻し、駆け出した。
  セイバーが体勢を立て直すよりも早く逃げ切るために。


12 : 俺とお前はよく似てる/少年よ我に帰れ  ◆EAUCq9p8Q. :2015/01/11(日) 06:09:01 uNrRkvkA0
  セイバーは舌打ち混じりで七閃を再び放とうとして。

「上だ、セイバー!!」

  主の声に釣られて上を見上げる。
  そこには、まさに今、自由落下に切り替わろうとしている手榴弾が飛んでいた。
  どうやらこれがあの男の置き土産らしい。
  たかが手榴弾程度、セイバー一人なら難なくいなせるだろう。
  しかし、同時にマスターを守りきれるかと言えば話は別だ。

  もし、これが炸裂すればマスターはただじゃすまない。
  もし、自分があれを迎撃すれば、自身と七天七刀がその衝撃をもろに受けることになる。
  迷うことはない、そんなの『自分を犠牲にする』のが最善だ。

  そう思い、セイバーが飛び上がろうとした瞬間。

「これだああああああああああああああああああ!!!!」

  孝一が叫び、彼の右手が唸る。
  右手の先にあるのは当然―――

  もにゅん。

  もにゅん、もにゅん。

                  ―――当然、セイバーのおっぱいである。

「……こ、この非常時に……貴方は何を!」

「こんな時だからこそ、だ!!! ああ、すげぇ……やっぱりお前のおっぱいは……」

  こんな時に、いや、こんな時だからこそ乳を揉む。
  それは真玉橋孝一にとっては至極当然のことであり、彼の思いついた唯一の『打開策』。
  眦が裂けんばかりに目を見開き、思いの丈を声に込めて高々と叫ぶ。

「最ッ高だぁぁぁぁぁああああああああああああ!!」

  唸るリビドーが燃料となり、常人をはるかに上回るHi-Ero粒子に火をつける。
  彼の体内に眠るHi-Ero粒子が輝きを放ち、その超常的な身体強化を再び解き放つ。
  ピンクのオーラ、滾る勇気、目に宿るのは不屈の炎。体の底から湧き上がる力。

  ファクターたる真玉橋孝一の潜在能力、覚醒。
  真玉橋孝一、再度Hi-Ero粒子フルバースト。

  孝一はすかさずセイバーの体を抱き上げ、そのまま空中へと飛び上がった。
  1m、2m、高く、まだ高く。上空にあったはずの手榴弾を飛び越えて、まだ、まだ、まだ高く。
  5mは飛んだだろうか、というところでようやく上昇はとまり、それとほぼ同じタイミングで破裂音が響いた。


13 : 俺とお前はよく似てる/少年よ我に帰れ  ◆EAUCq9p8Q. :2015/01/11(日) 06:10:13 uNrRkvkA0
  ◎     ◎


  手榴弾の残した爪痕の上に難なく着地し、セイバーを地面に下ろす。


「怪我はねぇな」

  いつものようなスケベな顔ではなく、真剣な顔でそう問いかける。
  どうやら、命のやりとりをした、と判断するくらいの脳みそはあったらしい。
  二度も乳を揉まれた不快感から少しだけ顔をこわばらせながら、それでも平静を装ってセイバーは尋ねる。

「あのサーヴァント、追いますか?」

「いやいい。というより、俺達にはまだやるべきことがある! お前、目はいいか!?」

「……え、まあ……」

「探せ! あの男が見てたものがあるはずだ!! 今ならまだ間に合う!!」

  ようやくセイバーは合点が行った。
  つまり孝一は、屋上にNPCが居るのを見て、『何者かが偵察を行っている』と判断した。
  セイバーが先ず近寄れば敵にその存在を明らかにするだけであり、もしもただ操られているNPCだったらセイバーが何かをしかけた時点で罠に嵌ることになる。
  そこまで読んでの行動だった、ということか。

  言われたとおりに、屋上から周囲を見回す。
  目を凝らすまでもなく、見えた。
  今朝まであった高層マンションが消滅している。
  明らかに大規模戦闘の後だろう。

「マスター、あちらを……マンションが消えています。彼はおそらく」

「は? マンションが消えてる!? んなの後だ後!!」

  しかし、孝一はその進言をぴしゃりと叩ききった。
  不思議に思ったのは勿論セイバーの方である。

「あ、あの……マスター……マスターは彼があのマンションを見ていたとは思わないんですか?」

「当たり前だろ」

「じゃあ、彼は何をしていたんだと?」

「……何って……あれは覗き趣味の親父だろ?」

「……は?」

  愕然。
  それ意外に言いようがない。

「しかし……迂闊だったぜ……まさかうちのマンションの上に、理想的なビューポイントがあるなんてな……
 あの親父、目つきがただもんじゃなかった……多分、全裸だな……女子寮か、銭湯か、そういった女が多くいる風呂場が見えるはずだ!」

  つまり真玉橋孝一は。
  屋上に居た人物を『覗きを日課として嗜むNPC』と判断して特攻をしかけただけにすぎないのだ。
  今回はそれがたまたま敵サーヴァントとの遭遇になった。それだけだ。

  令呪を一画使って、これ。少し見なおせば、これ。
  どうしてこうなった。
  どうしてこうなった。


14 : 俺とお前はよく似てる/少年よ我に帰れ  ◆EAUCq9p8Q. :2015/01/11(日) 06:11:17 uNrRkvkA0
  ◎     ◎


「なあ、セイバー」

  顔面にいくつも痣と瘤を作った孝一が、室内で実体化しているセイバーに語りかける。

「あの時、なんで宝具であいつを倒さなかったんだ」

  湯気が立ち込め、ケトルがけたたましく存在をアピールする。
  初戦闘を終え、念のため室内の確認も終えた孝一は、少し早い夕食の準備中だった。
  のほほんとした孝一の様子に少し不快感を覚えながら、セイバーはこう答えた。

「……彼にも、マスターが居る。そう思ったからです」

「そりゃ居るだろ、サーヴァントなら。でも、マスターいるからってなんでやめるんだ?」

  湧いたお湯をカップ麺に注ぎながら孝一が言う。
  恐ろしいことを、さらりと口にする。
  その様子は、セイバーを苛立たせるのに十分なものだった。

「……貴方は、マスターが死ぬのをなんとも思わないんですか!」

「……死ぬ?」

  語気を荒らげた問いかけに、返ってくるのはオウム返し。
  何故か聞き返される。

「死ぬ、って……マスターがか? サーヴァントを、殺されて?」

  まるで『知らなかった』と言わんばかりの反応に再び呆れそうになり……そういえば、と思い出す。
  セイバー自体、この聖杯戦争を『従来の聖杯戦争』と同じものと思っていた。
  召喚されたその瞬間、たしかに彼女は『英霊同士のみでの決着』を望んでいた。
  そして、時間が経過することで『マスターも共に消滅する』という認識を取り戻した。

  もしかして、方舟に呼ばれる際に記憶のどこかに齟齬が生じているのかもしれない。
  普通はありえるはずがない。
  だが、セイバーがそうであったように、孝一もこの聖杯戦争を『従来の聖杯戦争』だと勘違いしていた可能性は否定出来ない。
  ひょっとすると、今が聖杯戦争だという認識すら失っているマスターすら居るかもしれない。

  偶然か、それとも何らかの介入の結果かは分からない。
  だが、彼も忘れている。
  『サーヴァントが死ねばマスターも同じく死ぬ聖杯戦争』ということを、忘れている。

「マスター、聞いてください」

  だからなのか。
  どうかはわからない。
  もう一度だけ、おなじ質問を。
  今度は、分かりやすく。

「貧乳の女性がマスターやサーヴァントの場合もあり、幼い子供が相手と言うこともあります。
 聖杯を手にすると言うことは、マスター・サーヴァント問わず彼ら全てを、殺すということです」

  二度目のその問いで、二人の間に横たわっていた『何か』が氷解を始める。


15 : 俺とお前はよく似てる/少年よ我に帰れ  ◆EAUCq9p8Q. :2015/01/11(日) 06:12:41 uNrRkvkA0
「ま、待て……待て、待て! マスターは、マスターも死ぬってのか!?」

「そういったはずです。『なんとかする』は、なんだったんですか」

「サーヴァントは死なねぇ、元居た場所に帰るだけ! んで、サーヴァントが消えてもマスターが死ぬことはねぇ……
 だから、サーヴァントだけを攻撃して、マスターは護る。そうすりゃマスターを殺す必要はない!! それじゃ駄目なのか!?」

  孝一の口から出る『何とかする』の作戦。
  それは奇しくもセイバーが最初に考えていたものと同じ方針。
  そう、彼もまた勘違いしていた。
  サーヴァント同士が戦いえばサーヴァントが消滅するだけ、という『従来の聖杯戦争』だと。

  甘く見ていた。
  舐めていた。
  だからこそ、ああまでちゃらんぽらんに生き、下らないことに令呪が使えた。

  セイバーは目を伏せ、告げる。
  世の中はもっと残酷だ、と。

「死にます」

  告げる。

「この月を望む聖杯戦争では、サーヴァントを失ったマスターは消滅。実世界でも死亡となります」

  告げる。

「聖杯を獲るためには、誰かを確実に、殺さなければなりません」

  孝一がわなわなと震え、力強く机を叩く。
  その顔は、おっぱいを揉む時と同じくらい真剣だ。

「おっぱいってのは夢だ! そうだろ!?」
「おっぱいは平和、おっぱいは平等、おっぱいは自由だ!!! 誰かの犠牲の上に成り立っていいものじゃねえ!!!」

  彼の中では当然の理屈。
  当然、救うべき人々。
  当然、救われるべきππ。
  それは屍の上に築くものではなく。
  夢と、理想と、救いのもとにあるべきものだ。

「誰かを殺して……人を殺しておっぱいを獲るなんて、やっていいわけがない!!!」

  悲痛な叫び。
  昼と同じ。
  だが、昼よりも数段強く。
  まるで実の母親に心臓を貫かれた時のような、信じていたツインテールに逃げられた時のような、そんな心からの叫び。


16 : 俺とお前はよく似てる/少年よ我に帰れ  ◆EAUCq9p8Q. :2015/01/11(日) 06:13:35 uNrRkvkA0
  沈黙が走る。
  先に口を開いたのはセイバーだ。

「……私は、最初に言ったとおり、『皆の幸福』のために、聖杯を望んでいます。
 そのためには、最低でも1人の『人間』を殺さなければなりません」

  多数を救うために少数を切り捨てる。
  聖人として、あるまじき望み。
  通常の聖杯戦争ならまだしも、この場では『人の死』を介さなくては為されない願い。
  もし、この場に彼が居たなら。
  誰よりも愚直に『ハッピーエンド』を信じる『あの男』が居たならこう言ってのけるはずだ。


「幸せになりたかった誰かを殺した時点で、皆が幸福なんて言えるかよ!!!」


  孝一が息を荒らげてそう叫ぶ。
  彼がそう言う、とセイバーが思ったように。
  『右手』をテーブルに叩きつけ、叫ぶ。

  セイバーは、その瞳を知っている。
  その握りしめた右の拳を知っている。
  当然別人だ。
  だが、その瞳と、その右の拳に宿っている物は変わりない。
  バカのつくほどお人好しで、夢の様な『最善の結果』を疑いもしない。
  自身の心にまっすぐ正直で、直情的で、熱しやすい、呆れるほどに『正義の味方』。

「そうだろ、セイバー!! アンタのおっぱいがオンリーワンなように、世界の女のおっぱいはどれも皆素敵だろ!?
 それを、願いを叶えるために殺すなんて、お天道様が許そうが、俺は許せねぇ!!!」

  言葉はアレだが、伝えたい内容はだいぶ共通している。
  もしかしたらセイバーは、堕天使エロエロメイドではなく『彼』とよく似たその『正義』に惹かれて召喚されたのかもしれない。
  きっとそうだ、そうに違いない。
  そうであると信じて。
  実際はそうじゃなくてもそうであるということにして。

「……確かに、そのとおりです。では、もう一度聞きます」
「『何とかする』とは、どうするのですか?」

  孝一は少し目を瞑り、考えると。
  『妙手浮かびたり』と言うように笑みを浮かべてこう言った。


17 : 俺とお前はよく似てる/少年よ我に帰れ  ◆EAUCq9p8Q. :2015/01/11(日) 06:15:35 uNrRkvkA0
「……月を望む聖杯戦争では、人が死ぬ? 簡単じゃねぇか」
「だったら、聖杯戦争自体を変えりゃあいい!」

  月を望む聖杯戦争だから起こった、不幸な『行き違い』を修正する。
  それは方舟に対する宣戦布告。
  それは人が空を見上げそこを走ってみせると宣うが如き、馬鹿げた行い。
  だが、その目は真剣そのもの。
  歴戦の勇士であるセイバーが一瞬気圧される程の迫力。地球を守ってきた男の気概。
  セイバーが思わず息を呑み、そして、聞き返す。

「そんなことが……」

「出来る!!!」

  彼の瞳は曇らない。

「俺は別の世界に行ったことがある! ペンギン帝王は、俺に木片をくれた奴は、別の世界から来て、別の世界へ旅立ってった!」

  真玉橋孝一は特異な参加者である。
  彼は、平行世界を行き来したことがあるのだ。

  同一宇宙に地球が複数存在する、ではない。
  同一銀河に宇宙が複数存在する、ではない。
  全く違う空間に、『世界』が、複数存在する。

  ペンギン帝王が元居た、真玉橋孝一が流れ着いた世界。
  真玉橋孝一の居た世界。
  ペンギン帝王が次に向かった世界。
  今居る方舟の世界。
  少なくとも4つの世界が存在する。
  そして、別れ際のペンギン帝王の口ぶりなら、もっと多くの世界が存在する。

  そして、存在する。『世界同士をつなぐ橋』が。
  孝一の放てるものをはるかに上回る濃度のHi-Ero粒子がそうであるように。ペンギン装置がそうであったように。

「だったら、あるはずだ。この世界にだって、別の世界に行く方法が!!」

  別の世界に行き、『月を望む聖杯戦争ではマスターが死ぬ』という大前提を崩す。
  方舟からの脱出。逃れられぬ死の概念からの逸脱。
  常識で考えて、出来るわけがない、なのに彼は叫ぶ。

「可能性はゼロじゃねえだろ!!」

  だって自分が異世界へ行ったのだから。
  今だって異世界に居るのだから。
  彼はいっぺんの曇りもなく、そう信じている。

  その姿は、やはりセイバーにとって……数時間前まで彼に抱いていたものとは違う、なぜだかとても誇らしいものだった。


18 : 俺とお前はよく似てる/少年よ我に帰れ  ◆EAUCq9p8Q. :2015/01/11(日) 06:16:43 uNrRkvkA0
「マスター。もう一つ確認させてください。貴方は、この聖杯戦争……
 システムを理解した上で、どう動くつもりですか?」

  向き合い、問う。
  その問いは、根底へ向く問い。

「俺には全ての乳を救うために聖杯がいる。でも、そのために誰かを殺すなんてまっぴらだ。
 だったら俺は、誰も殺さずに聖杯を手に入れてみせる!!」

  向き合い、答える。
  その答えは、根底を覆す答え。

「無茶を言いますね」

  だから、方舟自体を変える。
  変えられないなら、方舟自体から脱出する。
  そして、マスターの死の絡まない聖杯戦争で決着をつける。
  荒唐無稽な計画。
  実現不可能な夢。

「ですが……私は、その言葉を待ってたのかも知れません」

  でも、その夢を抱くものが二人なら。
  夢は一歩先に進み、希望に変わる。
  愛したのは、人としての挟持。
  願ったのは、人としての正義。
  淀み燻っていた正義の心が、方舟の根幹に狙いを定める。

「いいのか? セイバー」

「私は……元よりそのつもりでした」

  自然と笑みがこぼれた。
  不思議なものだ。
  少し前まで心の底から嫌っていた、とは思えない程に。
  彼のことを受け入れられる。
  初めて、彼と『心』が通じたのを感じた。

「セイバー、神裂火織。マスターが夢を掴むまで、お伴しましょう」

「……そうか。俺ぁ真玉橋孝一だ、よろしく頼むぜ!」

  右手を差し出し、応えて右手を差し出す。
  差し出した右手がおっぱいを掴み、応えて右手で頭をはたく。
  二人は、ようやく出会った。
  そして、ようやく歩き出す。


19 : 俺とお前はよく似てる/少年よ我に帰れ  ◆EAUCq9p8Q. :2015/01/11(日) 06:18:31 uNrRkvkA0
  ◎     ◎


  早めの夕食を終え、孝一とセイバーはウェイバーの部屋の前に居た。

「にしても遅えな、ウェイバーの奴……何かあったのか?」

『どこかで戦闘に巻き込まれた、か……最悪すでに「脱落」した可能性もありますね』

「……そうか」

  孝一の顔が歪む。
  のんべんだらりと過ごしていた一日も、聖杯戦争の只中だったのだ。
  もし、『マスターが死ぬ』と知っていたなら、学校になんて行かなかった。

「セイバー、明日のことだけどよ」

  孝一が口を開き、いくつかの計画を伝える。

  まず、明日以降学校には行かない、ということ。
  孝一が学校に行っている間にも、聖杯戦争は進み、マスターは死ぬ。
  方針が固まった今、学校に行っている余裕はない。
  初日の様子を見るに、学校にはマスターは居なさそうだと孝一は判断した。
  もしかしたら孝一たちのような温厚なスタンスのマスターが居るかもしれないが、そういったマスターとは出会うのは難しいだろう。
  ならば、自分たちで街を歩き回ってマスターらしき人物を探すしかない。

  次に、ウェイバーと再び出会えたならば、彼とも意見を交換したいということ。
  彼がこの聖杯戦争でどう動くのか。
  もし、優勝を望むならば、それは人を殺すに足るものなのか。
  マスターが死ぬこと無く聖杯戦争が出来る世界を目指す、という絵空事に加担する気はないか。

  そして、もう一つ。

「ペンギン帝王みたいなやつを探したい」

『ペン……誰ですって?』

  ペンギン帝王。
  心優しき侵略者。
  世界を変え、種を救った人物。
  彼の『願い』は宇宙の摂理を覆した。
  もし、彼のような人物が居れば、きっと出来る。
  この絵空事に、命が吹き込まれる。
  孝一は、根拠もなくそう信じていた。

「ペンギン帝王だ。くちばしがあって、体は黒と白で、マント付けてて、立派な前しっぽがあってだな」

『……それは、本当に人間ですか?』

「分からねえ……ただ、あいつも……『趣味の合うスケベ野郎(とも)』だった」

  ポケットから取り出した『それ』を握りしめ、眺める。
  方舟に来るまでお守りとして持ち歩いていたもの。
  数少ない『異世界』の存在の証明。
  変えられない友情の証にして、世界を変えた男からの贈り物。
  彼を方舟まで運んだ片道チケット、『ゴフェルの杭』。

『今、凄い単語に「とも」ってルビ振りませんでしたか?』

  セイバーの言葉を無視して、空を見る。
  どうか、ウェイバーが無事であるように。
  どうか、今生き延びているマスターが死ぬことがないように。
  そしてどうか、おっぱいに悲しい傷跡が残らないように。

  世界を変える楔になれるか。
  大海を漂う木片と化すか。
  二発の弾丸が装填され、方舟相手の大勝負にかかる!
  戦え、真玉橋孝一!
  揉まれろ、セイバー!

  そして戦え、健全ロボダイミダラー!!
  方舟世界に存在しないが、何かの間違いで出る可能性を信じて!!


20 : 俺とお前はよく似てる/少年よ我に帰れ  ◆EAUCq9p8Q. :2015/01/11(日) 06:20:15 uNrRkvkA0
【B-5/賃貸マンション・ウェイバーの拠点前/夜間】

【真玉橋孝一@健全ロボ ダイミダラー】
[状態]瘤と痣(夜間終了時には消えます)、魔力消費(小)
[令呪]残り1画
[装備]学生服、コードキャスト[Hi-Ero Particle Full Burst]
[道具]ゴフェルの杭
[所持金]通学に困らない程度(仕送りによる生計)
[思考・状況]
基本行動方針:いいぜ……願いのために参加者が死ぬってんなら、まずはそのふざけた爆乳を揉みしだく!
0.他のマスターを殺さずに聖杯を手に入れる方法を探す。
1.ウェイバーを待ち、聖杯戦争について聞く。
2.ペンギン帝王のような人物(世界の運命を変えられる人物)を探す。
3.好戦性の高い人物と出会った場合、戦いはやむを得ない。全力で戦う。
π.救われぬ乳に救いの手を―――!
4.アサシン(カッツェ)の性別を明らかにさせる。
[備考]
※バーサーカー(デッドプール)とそのマスター・ウェイバーを把握しました。正純がマスターだとは気づいていません。
※アサシン(カッツェ)、アサシン(ゴルゴ13)のステータスを把握しました。
※明日は学校をサボる気です。
※学校には参加者が居ないものと考えています。
※アサシン(ゴルゴ13)がNPCであるという誤解はセイバーが解きました


【セイバー(神裂火織)@とある魔術の禁書目録】
[状態]健康、魔力消費(小)
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:救われぬ者に救いの手を。『すべての人の幸福』のために聖杯を獲る。
0.他のマスターを殺さずに聖杯を手に入れる方法を探す。
1.マスター(考一)の指示に従い行動する。
2.バーサーカー(デッドプール)に関してはあまり信用しない。
3.アサシン(カッツェ)を止めるべく正体を模索する。
4.聖杯戦争に意図せず参加した者に協力を求めたい。
[備考]
※バーサーカー(デッドプール)とそのマスター・ウェイバーを把握しました。正純がマスターだとは気づいていません。
※真玉橋孝一に対して少しだけ好意的になりました。乳を揉むくらいなら必要に迫られればさせてくれます。
※アサシン(ゴルゴ13)、B-4戦闘跡地を確認しました。
※アサシン(カッツェ)の話したれんげたちの情報はあまり信用していません。
※アサシン(カッツェ)は『男でも女でもないもの』が正体ではないかと考察しています。
 同時に正体を看破される事はアサシン(カッツェ)にとって致命的だと推測しています。
※今回の聖杯戦争でなんらかの記憶障害が生じている参加者が存在する可能性に気づきました。

[共通備考]
※今回の聖杯戦争の『サーヴァントの消滅=マスターの死亡』というシステムに大きな反感を抱いています。
 そのため、方針としては『サーヴァントの消滅とマスターの死亡を切り離す』、『方舟のシステムを覆す』、『対方舟』です。
※共にマスター不殺を誓いました。余程の悪人や願いの内容が極悪でない限り、彼らを殺す道を選びません。
※孝一自身やペンギン帝王がやったように世界同士をつなげば世界間転移によって聖杯戦争から参加者を逃がすことが可能だと考えています。
 ですが、Hi-Ero粒子量や技術面での問題から実現はほぼ不可能であり、可能であっても自身の世界には帰れない可能性が高いということも考察済みです。


21 : 俺とお前はよく似てる/アリアドネの幸運  ◆EAUCq9p8Q. :2015/01/11(日) 06:22:42 uNrRkvkA0
     ◎

  マンションの一室で耳をそばだてる。
  「最高だ」という叫び声、続き爆音。
  手榴弾が爆発した。無効化されず、爆発を完了した。

(……ならば、追ってこない、か)

  もしも手榴弾を何らかの方法で無効化されたなら、確実に追ってくるだろうと思っていた。
  奇襲・強襲を行って追撃を行わずに逃げる相手。
  手の内の二つを晒して逃げる相手。
  傍目に見れば言うまでもなく『手詰まりで引き分けに持ち込もうとする弱者』だ。
  三騎士が一・セイバーとあの超人的な身体能力のマスターなら追わない理由がない。
  そのため、いくつかの手は打っておいた。

  まず弾倉に残った一発の弾丸で階段に続く扉をひしゃげさせ、開閉を多少困難にした。
  サーヴァントなら霊体化で通過できるが、先ほどの『奇襲』でマスターと距離を置くのに少しは抵抗が生まれる。少なくともあのセイバーは
  そこまで条件を整えてから霊体化して近くの部屋に飛び込み。
  そのまま直下の部屋まで透過して逃げ込む。

  しかし、爆発が起きたということは。
  逃げたか、殺したか、あるいは別の何か。
  少なくとも、即座には追ってこない。
  だとしても、逃げる。元よりヤクザには逃げの一手しかなかった。
  弾丸で奇襲し、手榴弾で強襲し、それを加えた上であそこで勝負を挑んでも勝てるわけじゃない。
  地力で水が開きすぎている。
  あの場に残って虚勢を張っても、一分と持たずに趨勢はひっくり返っていたことだろう。
  そしてあの場所にこだわる理由ももうない。
  見たいものは全て見届けた。
  あそこで大立ち回りをやらかしても得られるのは徒労か死だけだ。

  ヤクザらしからぬ、いや、ヤクザだからこその逃走を経て。

  ようやくヤクザは体勢を立て直し、先ほどまでの出来事を振り返る余裕が出来た。


22 : 俺とお前はよく似てる/アリアドネの幸運  ◆EAUCq9p8Q. :2015/01/11(日) 06:23:20 uNrRkvkA0
  まず思い返すのは、当初の目的だった『他サーヴァント』のこと。

(……『女性』『頭に羊のような角』『槍を所持』『背後に音量増幅機の設置』。マスターは『男性』『中肉中背』『学生服』)
(……『男性』『赤黒い装束』『忍・殺のマスク』『飛び道具』『身体能力の向上』。マスターは『男性』『スーツ』『両足に負傷』)
(……『男性』『赤と黒の装束』『全身タイツ』『拳銃』『日本刀』。マスターは『男性』『私服』『肩口までの髪』)
(……『セイバー』『女性』『長い黒髪』『紐の結界を操る』『2mほどの長さの刀』……『マスターを強化』『真贋の判別』も、か? マスターは『男性』『学生服』『桜色のオーラ』)
(そして『ルーラー』……対立する可能性は極めて低い……)

  死んでしまった岩石の化け物を除く、B-4地区に集まったサーヴァントたち。そしてそのマスターたち。
  一体一体が一騎当千の猛者たち。直接敵対すれば命がいくつ合っても足りないだろう屈指の英霊たち。
  クラスまではわからずとも、その真名を判断するのに利用できる情報はいくつも集まった。
  特に目を引いたのは、一体。
  夕方過ぎに現れて、この大混戦の事実上の引き金を引いたサーヴァント。

(『メシウマ』のサーヴァント)

  ぐしゃぐしゃの長い髪。
  着崩したスーツ。
  菱型のしっぽ。
  翳した黄色い手帳。
  人を小馬鹿にしたような振る舞い。

  そして、瞬間移動。
  そして、NPCと思われる女性への変装。
  そして、口を突いて出た『メシウマ』という単語。

  合致する。
  時期尚早と見送ったあの影と。
  『もう一人のジナコ=カリギリ』、ゴルゴが見た『それ』と恐ろしいまでに一致する。

  あの『メシウマ』が『もう一人のジナコ=カリギリ』か。

(やはり……来たか)

  引き金を引かなかった理由は変わらない。
  『姿を表すからには裏がある』。
  瞬間移動だけではない。なにか、『絶対的な自信』があり、その上で暴れている。
  事実あのサーヴァントは『忍殺』と戦っている最中もあのサーヴァントだけはただ馬鹿騒ぎをしているだけという体を崩さなかった。
  『死なないからくりがある』。
  『赤毛』『長身』『鎖』『瞬間移動』『変装能力』『メシウマ』『不死(≒攻撃無効化)』。
  足りなかったピースが完成図へと近づいていく。
  確証が取れたわけではない。だが99%の黒。限りなく黒に近いグレー。
  調べておいて損はない。
  ヤクザは頭に叩き込んだ地図から三つの情報施設を想起し、判断する。

(……病院か)

  情報検索施設のうち、最も自分の身を隠すのに適した場所。
  NPCが多く存在し、広範囲・高火力の技の使用を躊躇させることが出来る場所。
  夜間にも開いている可能性がある場所。
  そして、ヤクザの考察通りなら自身がNPCとして紛れ込んでいても区別しにくい場所。


23 : 俺とお前はよく似てる/アリアドネの幸運  ◆EAUCq9p8Q. :2015/01/11(日) 06:26:18 uNrRkvkA0
  先ほどの手痛い経験を経て、ヤクザは重要なことがひとつわかった。
  彼の気配遮断はやはり、万能ではない。
  対峙したマスター・セイバーのうちの少なくともどちらか一方は、ヤクザの気配遮断を見ぬいたのだ。

(……動き、か?)

  あの時のヤクザは敵地の偵察というNPCのルーチンには絶対に組み込まれていない動作を行っていた。
  それを勘のいいどちらか―――おそらくはマスターの男の方が気づいた。
  きっと、NPCから逸脱した行為を行えば行うほど、自身の気配遮断はもろくなる。
  ならば、ということで選んだのが病院だ。
  病院ならば怪我人が居てもおかしくない、むしろそれが『普通』であり木を隠す『森』なのだ。

(しかし……)

  そのまま、先の戦闘に思考を移す。
  流れるような奇襲。
  階段側には注意を向けていたが、さすがに正面の中空から飛び込んでくるのは想定外だった。
  咄嗟に飛び退り、階段と自身の間に割り込まれなかっただけ、上出来だ。
  何故か声が聞こえた瞬間に『来る』『下がらなければ』と思い、思うより早く足が動いていた。これも『直感』のなせる技、なのかもしれない。

  これからの振る舞いは一層気をつけなければならない。
  NPCから逸脱せず、それでいて参加者として有効な手を打ち続ける必要がある。
  異能・異質を持ち合わせた多国籍軍戦争の中で、『ここなら大丈夫』は存在しない。
  全てが見られていると思え。
  全てが聞かれていると思え。
  全てが見られ、聞かれているとして、それでもばれぬように立ち回れ。
  それでようやく、スタートラインに並べる。最弱に近いサーヴァント。

「……」

  もし、戦場がマンションの屋上などではなく、移動に制限のかからない場所だったなら。
  もし、あの場にマスターが乗り込んできていなかったら。
  もし、敵が別の宝具を放っていれば。
  もし、放たれた鉄線の一つが偶然銃口の可動域の先になければ。
  もし、セイバーが最初からこちらを殺すつもりだったなら。

  一手違えば死んでいた。

  自身が最弱だということを軽視したから死にかけた。
  しかし最後の最後、最弱だということを理解していたから生き延びた。

  鉄線一本分の幸運、肉眼では捉えられないほどか細い蜘蛛の糸。
  それを経験とセンスでなんとか手繰り寄せた。
  姿を見せた、手の内を見せた。だが、生き延びた。
  それだけで僥倖と割り切るべきだ。

  もしも、あの二人と再び対峙したなら。
  ヤクザ自身が出会うならまだいい、相手の容姿・能力を直接見ている分地の利と戦力を活かした死なない程度の立ち回りが可能だ。
  だがもしも自身の依頼人(マスター)が対峙したなら。
  瞬間的に何十倍もの身体能力を得られる異能、三騎士が一・セイバーのサーヴァント。
  情報収集が目的のようだが、共に対象を傷つけてでも情報を取り出す危害を見せた。注意が必要だ。
  夜の間にマスターとあの二人が出会うことは距離的にありえないが、二日、三日と勝負が長引けば出会う可能性も増えてくる。
  先ほどのマスター・サーヴァントの情報と共に彼らのことも伝えておくべきだろう。

  そうして、ようやく最後に考える。
  遠く離れたマスターのことを。拭い切れない彼女への違和感を。


24 : 俺とお前はよく似てる/アリアドネの幸運  ◆EAUCq9p8Q. :2015/01/11(日) 06:28:39 uNrRkvkA0
  頼りがないのは無事な知らせ、とは言うが。
  あのマスターが数時間一切連絡を取らない、というのは気がかりだ。
  特に彼女は今とても過敏な状態にある。なにもないのは逆に考えさせられる。

(あいつを好んで庇護下に置こうとする参加者に出会った……考え難いな)

  テレビ、携帯、その他全ての情報端末において『ジナコ=カリギリ』の情報が拡散されている。
  危険人物の保護、NPCがそんな特異な行動に出るわけがない。
  参加者ならなおのこと。令呪までくっきりと写っていた怪事件の犯人を、手元に置く必要がどこにある。
  そして、もし彼女が見ず知らずの人物と出会い、保護を申し出られたとして。
  あの状態の彼女が手放しでそれを許容できるか。
  仮に彼女が目指すと言っていた『教会』の関係者と出会ったとしても、彼女はきっと黙って頷くことはない。
  怯え、泣き喚き、呼ぶ。ヤクザの名を、右腕に刻まれた痣に込めて。
  あの恐慌状態で落ち着かせることが出来るとすればそれは最早『洗脳』、もしくは全ての人を誑かす『魔性』の域だ。

(また気絶している……とも考え難い)

  彼女は『外界』を極端に嫌い、用心している。
  ネコやリスでもこれほどかという程に、自身の巣に固執して外を見ようとしなかった。
  そんな彼女が外に放り出され、神経を研ぎ澄ませているのだ。
  彼女は今、きっと方舟で一番外敵に敏感だ。
  目の前でNPCが消滅した程度ですら、ヤクザとコンタクトを取るだろう。
  そんな彼女が再び危害に晒されれば、まず間違いなく令呪を使ってヤクザを呼び戻す。
  ヤクザが偵察を完了できた、ということは彼女にとって危機になる出来事が起こっていない、ということ。
  勿論、無いとは言い切れない。気配遮断を持つアサシンがジナコが察知するよりも早く彼女を気絶させる可能性も。
  そう何度も失態を犯すようなら、ヤクザがジナコを買い被っていた、というだけだ。

(ならば、俺に黙ってなければならない『何か』、か)

  当然、たどり着く。
  自身の不干渉を逆手に取った、第三の可能性。
  『何か』が表すものもだいたい想像がつく。
  秘匿の交流、秘密の交渉、内密の直談判。
  自身の持つ情報を餌に誰かに庇護を頼んだ可能性。
  それもヤクザに黙らなければならない相手……即ち、他マスター・サーヴァントとの同盟。
  自身がマスターということを明かし、何者かに姿を盗られた件を打ち明け、その後何かの条件を加えて取り行った、という可能性。


25 : 俺とお前はよく似てる/アリアドネの幸運  ◆EAUCq9p8Q. :2015/01/11(日) 06:29:38 uNrRkvkA0
  その行為を否定はしない。
  裏で動くことは結構だ。
  彼女が生き延びるために走り回ることは誰にも止める権利はない。
  ただ、ジナコに説明したようにヤクザにはヤクザの流儀がある。

(それがどういう意味を持つか……)

  ゴルゴ13は自身の存在を公にしようとしたものに報復を行う。
  ゴルゴ13は自身の姿形を故意に真似たものに報復を行う。
  ゴルゴ13は虚偽の情報で依頼をおこなったものに報復を行う。
  ゴルゴ13は自身の過去を探ったものに報復を行う。
  ゴルゴ13は自身の財産を狙ったものに報復を行う。
  彼が彼であるために、積み上げてきた幾つもの『ルール』。
  上げればまだまだある。
  しかし、今ヤクザが危惧しているのはひとつ。


  ―――即ち、ゴルゴ13は依頼人が依頼内容を漏洩した場合、報復を行う。というルール。


  もし、彼女が『もう一人のジナコの殺害をサーヴァントに依頼した』と結託した誰かに話したのなら―――


  マンションを背に、歩を進める。
  口から吐いた煙が視界を少しだけ白く染める。
  埃っぽい匂い、空へ消えていく靄の先にまだ明日は見えない。
  見えるのは、どこまでも続くように錯覚する闇とアスファルト地の道路だけ。
  葉巻を揉み消し、携帯灰皿の中に放り込む。
  咥え煙草で存在がばれる、ということはないだろうが念には念を入れる。過敏すぎるくらいがふさわしい。

  拳をそのままポケットへと差し込み、紫煙の残り香を漂わせながら人混みに消えていく。
  黒尽くめの暗殺者は、まるで最初からそうであったように、まるで最初から何もなかったかのように、その気配を遮断しNPCへと溶けこんだ。
  方舟に呼ばれたサーヴァントのうちで最も臆病だから、彼は消えることではなく、NPCに溶け込むことを望んだのかもしれない。

  世界一臆病な男。
  臆病だから、壁を作る。
  臆病だから、信用しない。
  臆病だから、人を殺す。
  臆病だから、生き延びる。
  誰がなんと言おうとも、きっと世界で一番臆病な男。

  臆病者が嫌うのはなにか。
  それはきっと上っ面と裏切り。
  世界で一番裏切り安い生き物はなにか。
  それはきっと臆病者。


26 : 俺とお前はよく似てる/アリアドネの幸運  ◆EAUCq9p8Q. :2015/01/11(日) 06:30:26 uNrRkvkA0
  先ほど、ゴルゴ13はジナコを買い被っていると述べた。
  これにはある前提が必要だ。ゴルゴ13はジナコを買っているという前提が。
  しかし、それも当然だ。なぜなら彼女は、彼だから。

  延々と時間を浪費する作業を苦に思わない解脱にも似た精神力。
  自身への外敵を病的なまでに拒み単独で生きることを望む姿。
  彼らはきっと、誰にも寄れない、世界で一番の臆病者ども。
  
  世界で一番臆病だから、世界で一番臆病に惹かれた。
  世界で一番臆病だから、俺とお前はよく似てる。

  ゴルゴ13とジナコ=カリギリは、よく似てる。
  俺はお前で私は貴方。
  鏡写しの俺と私。
  俺はお前がよく分かる
  俺はお前を見逃さない。

  深く、深く、吸った息。既に帳をおろしてしまった空の暗さが肺に染みる。
  深く、深く、吐いた息。彼女へ向けるはずだった心の暖かさが天に登る。

  不意に見た右手。リボルバーの引き金を寸分狂わず引けた右手。
  遠く、遠く、思う。別れたもう一人の臆病者を思う。
  思い描いた臆病者の顔は、やはり涙に濡れていた。

  臆病者は、幸運だから生き延びる。
  臆病者は、幸運でなければ生き残れない。

  口には出さずに問いかける。臆病者から臆病者へ。
  ヤクザは掴んだ、幸運の糸を。ならば……


  ―――お前は、どうだ。


27 : 俺とお前はよく似てる/アリアドネの幸運  ◆EAUCq9p8Q. :2015/01/11(日) 06:31:25 uNrRkvkA0




  ―――彼が手にした弾丸は二つ。
       一つ目の弾丸は、依頼遂行のために。
       二つ目の弾丸は、裏切りの代償のために。

       か細い幸運の先に見える妙光が、主従を共に救うとは限らない。
       アリアドネーの糸が出口へ誘うのは、糸を掴んでいた者ただ一人。

       ゴルゴ13『アリアドネの幸運』

       ―――奴の後ろに立つな、命が惜しければ。



.


28 : 俺とお前はよく似てる/アリアドネの幸運  ◆EAUCq9p8Q. :2015/01/11(日) 06:33:57 uNrRkvkA0
【B-5/人が多く行き交う道/夜間】
【ヤクザ(ゴルゴ13@ゴルゴ13)】
[状態]魔力消費(小)、全身に切り傷(軽度)、気配遮断
[装備]通常装備一式、
[道具]携帯電話、単眼鏡(アニメ版装備)、葉巻(現地調達)、携帯灰皿(現地調達)
[思考・状況]
基本行動方針:正体を隠しながら『もう一人のジナコ=カリギリ』の情報を集め、殺す。最優先。
          B-4地区から得た情報を使い、ひとまずメシウマのサーヴァント(ベルク・カッツェ)に照準を合わせる。ジナコ・雇ったNPCの情報も待つ。
1.怪我をしたNPCが居ても目立たない病院へ移動して手に入れた情報で情報検索。まずはメシウマのサーヴァントから
2.『白髪の男』(ジョンス・リー)とそのサーヴァント、そして『れんげという少女』の情報を探す。
3.依頼人(ジナコ=カリギリ)の要請があれば再び会いに行くが、過度な接触は避ける。
4.可能であれば依頼人(ジナコ=カリギリ)の新たな隠れ家を探し、そこに彼女を連れて行く。
5.依頼人(ジナコ=カリギリ)の動向に疑念。銃弾は二発装填した。

[備考]
※ランサー(エリザベート)、アサシン(ニンジャスレイヤー)、アサシン(カッツェ)、バーサーカー(デッドプール)の容姿と戦闘で使われた宝具の効果
 キャスター(大魔王バーン)の鬼眼王状態、岸波白野・足立透・ウェイバー・ベルベットの容姿
 真玉橋孝一・セイバー(神裂火織)の容姿・Hi-Ero粒子フルバースト・『七閃』を確認しました。
※一日目・未明の出来事で騒ぎになったこと、B-4夕方バーンパレスの外部の戦いは大体知ってます。
※町全体の地理を大体把握しています。
※ジナコの資金を使い、NPCの情報屋を数名雇っています。
※C-5の森林公園で、何者かによる異常な性行為があった事を把握しました。
  それを房中術・ハニートラップを得意とする者の仕業ではないかと推測しています。
※B-10での『もう一人のジナコ=カリギリ(ベルク・カッツェ)』の起こした事件を把握しました。
※ジナコの気絶を把握しました。
  それ以前までの『ジナコ利用説』ではなく、ジナコの外見を手に入れるために気絶させたと考えています。
  そのため、『もう一人のジナコ=カリギリ』は別人の姿を手に入れるためにその人物と接触する必要があると推察しています。
※ジナコから『もう一人のジナコ=カリギリ』の殺害依頼を受けました。
  ジナコの強い意志に従って宝具『13の男』が発動します。カッツェの容姿・宝具を確認したため八割ほどの効果が発動できます。
  更に情報検索施設で真名と逸話を調べれば完全な状態の宝具を発動できます。
※『もう一人のジナコ=カリギリ』は様々な条件によって『他者への変装』『サーヴァントへのダメージ判定なし』がなされているものであると推測しています。
  スキルで無効化する類であるなら攻略には『13の男』発動が不可欠である、姿を隠しているならば本体を見つける必要があるとも考えています。
※ジョンス・リーと宮内れんげの身辺調査をNPC(探偵)に依頼しました。
  二日目十四時に一度NPCと会い、情報を受け取ります。そのとき得られる情報量は不明です。最悪目撃証言だけの場合もあります。
※ジョンス・リー組を『警戒対象』と判断しました。『もう一人のジナコ=カリギリ』についても何か知っているものと判断し、捜索します。
  ジナコの意思不足・情報不足のため襲撃しても宝具『13の男』は発動しません。
※宮内れんげを『ジョンス・リー組との交渉材料となりえる存在』であると判断しました。ジョンス・リー組同様捜索します。
  ジナコの意思不足・情報不足のため襲撃しても宝具『13の男』は発動しません。また、マスターであるとは『まだ』思っていません。
※伝承に縛られた『英霊』という性質上、なんらかの条件が揃えば『銃が撃てない状態』が何度でも再現されると考察しています。
  そのためにも自身の正体と存在を秘匿し、『その状態』をやりすごせるように動きます。
※ヤクザの気配遮断によるNPCへの擬態を見抜ける参加者が居ると察しました。
  NPCらしからぬ行動を見抜かれているとして対応します。
※ジナコが『自身に隠して他の参加者と結託している可能性』を考察しました。
  以後、ヤクザがジナコの行動を自身への裏切りだと判断した場合、宝具『13の男』がジナコに対して発動、彼女の殺害を最優先事項とします。
※真玉橋孝一組に警戒。自身の容姿と武器、そして『発動の容易な宝具を持たない』ことを相手が把握しているものとして動きます。


29 : 俺とお前はよく似てる  ◆EAUCq9p8Q. :2015/01/11(日) 06:37:40 uNrRkvkA0
以上です

一部地の文やタイトルなどを◆IbPU6nWySo氏の先の投下「俺はお前で、私はあなた」「現実なのに夢のよう」を参考にさせていただきました
もし不都合があればお願いします
また、修正箇所・指摘等何かあればお願いします


30 : 名無しさん :2015/01/11(日) 10:34:45 YsfUtdFcO
投下乙です
真玉橋君は対聖杯でありながら聖杯狙い?
Hi-Ero粒子はこんなに強化されるのか
そしてまさかのジナコに死亡フラグである


31 : 名無しさん :2015/01/11(日) 13:57:27 MASwPKVk0
投下乙です。
真玉橋くん組不殺の聖杯狙い、そして対方舟か
なかなか苦難の多そうな道だが彼らの奮闘に期待したいな
ヤクザさんは臆病者であるがゆえにジナコさんに引き寄せられたのだろうか
基本的に責任は自分が負うが、約束を守らなければ粛清のみ
疑惑の目を向けられたジナコさんの明日はどっちだ


32 : 名無しさん :2015/01/12(月) 00:25:26 8mmqDNbk0
投下乙です。

真玉橋組はちぐはぐだったスタンスがはっきり定まった感じかな。
『聖杯は貰う』『でも殺しはしない』いいとこ取りを狙う二人の結束が高まった様子。
二人の記憶の齟齬や、れんちょんやヴラドなどのイレギュラーの原因は何なのだろうか。

ゴルゴは一護の姿を見ていないのか。
遠距離からの目視だったから、陰に隠れてしまったか。


※アサシン(カッツェ)、アサシン(ゴルゴ13)のステータスを把握しました。
※アサシン(ゴルゴ13)がNPCであるという誤解はセイバーが解きました

あれ、真玉橋君いつゴルゴのステータス確認したんだろう。
それともステータスが表示されているのを分かっていながらNPCと誤解したのか。


33 : ◆QyqHxdxfPY :2015/01/12(月) 17:23:08 icFbIgaQ0
投下します。


34 : 籠を出た鳥の行方は? ◆QyqHxdxfPY :2015/01/12(月) 17:24:30 icFbIgaQ0

『春紀ちゃん?』
『もしもし。皆、元気か?』


過去の記憶が脳裏に蘇る。
そこにいたのは、家族に電話を掛ける自分だ。
一番上の妹の声がスピーカー越しに耳に入ってくる。


『姉ちゃんいないからみんな寂しいだろ?なんちゃって』


そんな風に軽く戯けてみる。
直後にスピーカーから聞こえてきたのは弟や妹達の賑やかな声。


『おーい!』
『姉ちゃん、学校楽しい?』
『はーちゃん!はーちゃん!』
『オレもしゃべりたい!』


電話相手に気付いて皆すぐさま飛びついてきたらしい。
スピーカー越しに姉ちゃん、姉ちゃんと何度も元気な声が聞こえてくる。
元気そうな家族の様子が解っただけで、自然と口元が綻んでしまう。


『はは、うるせーよ。おまえら落ち着けって』


憎まれ口を叩きつつも、満更ではなかった。
自分の身を案じてくれる病弱な母。
自分に懐いてくれる弟や妹達。
そんな家族が大事で、大好きだったから。

だからこそ自分は戦っていた。
この手を血に染めてでも、金を手に入れてきた。
暗殺者に身を落として、汚いやり方で家族を養ってきた。


――――――自分を犠牲にしてでも、皆を守らなくちゃいけないって思っていたから。


35 : 籠を出た鳥の行方は? ◆QyqHxdxfPY :2015/01/12(月) 17:25:26 icFbIgaQ0
◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆




深山町の公道を月海原学園行きのバスが走る。
寒河江春紀は窓辺の座席に座り、ぼんやりとした表情で流れ行く町並みを眺めていた。
今は目的地に到着するまで待つだけの時間だ。
何もすることが無いからこそ、心境や思考の整理に使える。
杏子のこと。れんげのこと。ルリ達のこと。今後の方針のこと。
そして、自分の願いのこと―――――――家族のこと。
胸の内の様々な思いを少しずつ整理していく。


(家族、か)


れんげと妹、弟達の姿が脳裏に浮かび、小さく溜め息を吐く。
本気で聖杯戦争に勝ち抜きたいのなら、あの場でれんげを殺せばよかった。
だけど、出来なかった。
れんげはまだ子供だったから。
自分を慕ってくれるれんげが、自分の妹と重なって見えたから。

寒河江春紀は暗殺者だ。だが、子供を手に掛けたことは無い。
標的となるのは大抵、裏社会との繋がりを持つ曰く付きの人物だ。
ただの子供が標的になることなんて有り得ない。
いや、なっていたとしても――――――そんな仕事は引き受けられない。

それを引き受けたら、きっと自分は家族と向き合えなくなる。
母さんと幼い弟、妹達を養う為にこの手を血に染めてきたのだから。
そんな中で、家族と標的の姿を重ねてしまったら。
標的“かぞく”を殺してしまったら。
きっと生きて帰ってこれても、姿の見えない何かに死ぬまで苛まれ続けることになる。


(―――――くそ)


心中で渦巻く感情を咄嗟に振り払う。
こんな所で迷ってどうする。
中途半端な情で失敗しては駄目だ。待っている家族はどうなる。
今回は黒組とは違う。
勝てば願いが叶い、負ければ死ぬだけだ。
自分が負ければ、家族はどうなる?
そう、絶対に勝たなくてはいけない。

それでも。
それでも春紀は、れんげを死なせたくないと感じている。

自分は伊介サマのように割り切ることは、出来ない。
故に脱出方法を探っているホシノ・ルリには微かな期待を寄せていた。
あいつがいれば、れんげも此処から生きて帰れるのではないか。
そんな淡い希望を抱いていた。
―――――――尤も、実際はそう易々と会場から抜け出せるなんて思ってもいない。
都合の良い結末に縋る、半ば現実逃避のような感情だった。

そもそも、れんげにだってサーヴァントがいるはずだ。
聖杯戦争を放棄して会場から脱出する。
それに対し、サーヴァントはどう思うのか。


(…そういえば、)


思考の最中、春紀はあることに気付く。
宮内れんげは聖杯戦争の参加者、マスターだ。
マスターは必ず一騎のサーヴァントを従える。
ならば、れんげのサーヴァントは?

『…なあ、杏子』

春紀は念話で自身のサーヴァントであるランサー―――佐倉杏子に話し掛ける。
彼女は霊体化した状態でバスに乗車している。
その存在は春紀以外の誰にも気付かれていない。
何も言わずに黙っていた杏子は念話に気付き、『うん?』と声を返す。


『れんげのサーヴァント――――――“かっちゃん”ってのは、何してるんだろうな』


36 : 籠を出た鳥の行方は? ◆QyqHxdxfPY :2015/01/12(月) 17:26:08 icFbIgaQ0

『……んなもん知るかよ、って言いたい所だけどさ。
 あたしもアイツのサーヴァントに関してはちょっと妙だと思ってたよ』
『ああ。サーヴァントとマスターは一心同体だろ?だから尚更引っ掛かるんだ』

春紀が疑問を抱いていたこと。
それは宮内れんげのサーヴァントの件。
春紀達がその目で見た通り、宮内れんげは余りにも無力だ。
一度好戦的な主従に目を付けられれば最後、いとも容易く殺されてしまうだろう。
そう断言出来る程に彼女は弱く、そして幼い。

『れんげは弱いけど、同時にNPCとしての役割も持っていない。
 つまり、適当な隠れ家用意してずっと身を潜めさせても問題ないってことになるよな』
『ま、アンタみたいに学校やらに行く必要もないだろーしな』

宮内れんげはNPCとしての役割を持たない。
冬木市の住人としての役割、記憶を持つ春紀やルリとは違う。
所謂イレギュラーな存在――――――――いるはずのない住人だ。
つまりそれは、誰からも知られていない存在ということになる。
身を隠し続けた所で誰に気付かれず、誰にも気に留められることは無い。
元々『この街に存在していない人物』なのだから。

『なのに、れんげのサーヴァントはれんげを放置していた』
『それもアイツが複数の主従と遭遇している状況で、だろ?』
『ああ。…何かおかしいんだよな』

マスターを適当な主従、言わば“八極拳”と“あっちゃん”に守護させて、後は放置。
サーヴァントとして考えれば不可解とすら言える行動。
言うなれば敵対者となる人物に自分の命綱を預けているようなものだ。
更にれんげは他の主従から女性にたらい回しの形で預けられている。
結果として、れんげが女性から攻撃されそうになる事態を招くことになったという。

『自分のマスターを預けるとしたら余程信用出来る奴じゃないと無理だろ。
 マスターが何も知らない子供なら尚更だ。選択ミスが命取りになるって奴さ』

考えれば考える程、れんげのサーヴァントの行動は軽率に思えてくる。
宮内れんげは“八極拳”と“あっちゃん”に一度預けられている。
その後二人は「後々れんげへ攻撃してきた女性」にれんげを預けた。
れんげの話を聞く限り、“八極拳”達と一緒にいたのは夜中から朝方までの何時間か程度だったらしい。
彼らとれんげのサーヴァントに同盟や信頼関係があるのなら、預かったマスターをものの数時間でたらい回しにするだろうか。
そもそも、大した信用の無い相手に“かっちゃん”は自分のマスターを預けるのだろうか。
ルリ達とは話が違う。彼女達とは目的の合致、情報交換による信用があったからこそれんげを一時的に預けられた。

“八極拳”達は“かっちゃん”から直接れんげを預けられたのではなく。
成り行きでれんげを預かる羽目になっただけではないのか。
偶々れんげを保護した自分達のように。


『“かっちゃん”ってのは一体どんな奴なんだろうな?
 単純に頭の回らないだけの間抜けなサーヴァントか、或いはマスターを放置した所で問題にならないサーヴァントか』
『まぁ、概ねその辺が妥当だろうけどさ。なーんか、変な予感がするんだよな…アイツのサーヴァントってさ』
『どういう意味だよ、それ?』


“かっちゃん”はマスターの身の安全を考えられない間抜けなのか。
或いは放置した所で監視の手段や駆けつける手段があるサーヴァントなのか。
そんな中で杏子の言う「変な予感」という言葉が引っ掛かり、春紀が問いかける。
そして、杏子はすぐに念話で返答した。



『―――――――――アイツが死のうが生きようが、どうでもいいと思ってるんじゃないのか?』


37 : 籠を出た鳥の行方は? ◆QyqHxdxfPY :2015/01/12(月) 17:26:39 icFbIgaQ0

『…そんなサーヴァント、いるのか?』
『聖杯に何の願いも無いのに召還されてくるサーヴァントだっているじゃないか。
 例えばあたしさ。逆を言えば、そういう奴は戦いに負けようが損にはならない。
 ま、あたしはやれる所まで付き合うつもりだけどね』

念話の中で驚いた様子を浮かべる春紀に対し、杏子はそうきっぱり言ってのける。

『それに、この聖杯戦争が妙だってことはとっくに解ってるだろ?
 どんな奴がいてもおかしくないと思うんだよ。
 墜ちる所まで墜ちた奴がサーヴァントになってたって、あたしは驚かねえ』

杏子は再びきっぱりとそう言う。
墜ちる所まで墜ちた者――――言わば正真正銘の外道。
マスターに一欠片の興味も持たず、マスターの生死を気にも留めない英霊。
共闘の意思さえ備えていない、最悪そのものの従者。
果たしてそんなサーヴァントがいるというのだろうか。

『…………』

何も応えずに、春紀は黙り込む。
疑念を抱きつつも、杏子の言葉には不思議な説得力を感じられた。
それは杏子が正真正銘の英霊だったから、かもしれない。


(マスターがどうでもいいサーヴァント、か。文字通り最悪の従者…って奴なんだろうね。
 現にそいつはれんげを敢えて放置している可能性が高い。れんげの命だって、そいつにとっては…)


思考の最中で、春紀の中に一つの疑問が生まれる。


(…いや、待てよ)


もしれんげのサーヴァントが、マスターのことを気にも留めないような奴だったら。
もしれんげのサーヴァントが、れんげに何の興味も持っていないとしたら。
そうだとすれば、れんげのサーヴァントが彼女を放置していたことにも合点が着く。
ならば。


(何でそいつは、れんげの村にまで現れて―――――――)


『―――――おーい、着いたぞ春紀さんよー』


思考を遮る様に、杏子の念話の声が頭の中で響く。
ハッとしたように扉の方へと視線を向ける。
気がつけば、既に目的地の停留所まで辿り着いていたのだ。
急いで通学鞄を背負い直し、春紀は立ち上がる。


(…この件はもう少し後で、か)


春紀は一先ず考察を打ち止めとする。
まだまだ気になる件は数多く存在する。
だが、今は学園へ向かうことが先だ。
学園の関係者にもマスターが居るかもしれない。
決して油断は出来ないだろう。

春紀は霊体化したままの杏子と共に停留所へと降り、少しだけ空を見上げる。
そのまま時刻を確認して足早に学園へと向かった。


38 : 籠を出た鳥の行方は? ◆QyqHxdxfPY :2015/01/12(月) 17:27:54 icFbIgaQ0


【C-3/深山町 バス停留所/1日目 夕方】

【寒河江春紀@悪魔のリドル】
[状態]健康、満腹
[令呪]残り3画
[装備]ガントレット&ナックルガード、仕込みワイヤー付きシュシュ
[道具]携帯電話(木片ストラップ付き)、マニキュア、Rocky、うんまい棒、ケーキ、ペットボトル(水道水)
   筆記用具、れんちょん作の絵(春紀の似顔絵、カッツェ・アーカード・ジョンスの人物画)
[所持金]貧困レベル
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を勝ち抜く。一人ずつ着実に落としていく。
1.月海原学園(定時制校舎)へ行く。
2.授業終了後、ホシノ・ルリ、宮内れんげと連絡を取り合流する。
3.杏子の過去が気になる。
4.食料調達をする。
5.れんげのサーヴァントへの疑念。
[備考]
※ライダー(キリコ・キュービィー)のパラメーター及び宝具『棺たる鉄騎兵(スコープドッグ)』を確認済。ホシノ・ルリをマスターだと認識しました。
※テンカワ・アキトとはNPC時代から会ったら軽く雑談する程度の仲でした。
※春紀の住むアパートは天河食堂の横です。
※定時制の高校(月海原学園定時制校舎)に通っています。
※昼はB-10のケーキ屋でバイトをしています。アサシン(カッツェ)の襲撃により当分の開業はありません。
※ジナコ(カッツェ)が起こした事件を把握しました。事件は罠と判断し、無視するつもりです。
※ジョンスとアーチャー(アーカード)の情報を入手しました。
 ただし本名は把握していません。二人に戦意がないと判断しています。
 ジョンス・アーカードの外見を宮内れんげの絵によって確認しています。
※アサシン(カッツェ)の情報を入手しました。
 尻尾や変身能力などれんげの知る限りの能力を把握しています。
 変身前のカッツェの外見を宮内れんげの絵によって確認しています。
※ホシノ・ルリ・ライダー組と共闘関係を結び、携帯電話番号を交換しました。


【ランサー(佐倉杏子)@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]健康、魔力貯蓄(中) 、霊体化
[装備]ソウルジェムの指輪
[道具]Rocky、ポテチ、チョコビ、ペットボトル(中身は水、半分ほど消費)、ケーキ、れんちょん作の絵(杏子の似顔絵)
[思考・状況]
基本行動方針:寒河江春紀を守りつつ、色々たべものを食う。
1.春紀の護衛。彼女の甘さに辟易。
2.ライダー(キリコ)と共闘しつつ、弱点を探る。
3.食料調達をする。
4.妹、か……。
5.れんげのサーヴァントへの疑念。
[備考]
※ジナコ(カッツェ)が起こした事件を把握しました。
※ジョンスとアーチャー(アーカード)の情報を入手しました。
 ただし本名は把握していません。二人に戦意がないと判断しています。
 ジョンス・アーカードの外見を宮内れんげの絵によって確認しています。
※アサシン(カッツェ)の情報を入手しました。
 尻尾や変身能力などれんげの知る限りの能力を把握しています。
 変身前のカッツェの外見を宮内れんげの絵によって確認しています。
※れんげの証言から彼女とそのサーヴァントの存在に違和感を覚えています。
 れんげをルーラーがどのように判断しているかは後の書き手様に任せます。


※現在の時刻は少なくともB-4での鬼眼王出現前です。


39 : 名無しさん :2015/01/12(月) 17:28:15 icFbIgaQ0
投下終了です。


40 : 名無しさん :2015/01/12(月) 18:41:43 sHLho/kI0
投下乙です
カッツェは真の外道なんですよお二人さん
意外とルリ組に対する信頼感厚かったんだなあ


41 : 名無しさん :2015/01/12(月) 19:04:06 /ndYhILo0
投下乙です。
ちょうど夕方で郊外に向かうバスでぼんやり眺める春紀ちゃんが想像できました。

落ち着いて考えればカッツェの行動は疑問符だらけですよね。
カッツェさん逃げ場が本当になくなってきた感じ。
ルリ組とは戦を交えた上での共闘だから、逆に信頼できる種の人間だと分かるのかも。

春紀ちゃんとあんこちゃんのペア感が出ていてとても良かったです。


42 : ◆HOMU.DM5Ns :2015/01/13(火) 01:41:02 1krdQ1zM0
投下します。


43 : 少女時代「Not Alone」 ◆HOMU.DM5Ns :2015/01/13(火) 01:44:51 1krdQ1zM0






―――今さらになって思うが。

わたしが一人きりでいた時間は、実はそう多いものではないのだった。






      ◇          ◇          ◇


44 : 少女時代「Not Alone」 ◆HOMU.DM5Ns :2015/01/13(火) 01:46:04 1krdQ1zM0



サーヴァントの肉体ひいては存在の維持は、マスターからの魔力供給によって賄われる。
強力なサーヴァントや宝具であるほど必要とされる魔力量は上限なしで増していく。
故にマスターは、自分で発動できる魔術に制限が加わることになる。
マスターとサーヴァントが共に一流でも、その主従が噛み合うかは保証できない。

美遊・エーデルフェルトのサーヴァントはバーサーカー。狂戦士のクラスは、理性の喪失を対価とし能力を引き上げる特性を持つ。
当然の帰結として、狂化されたサーヴァントは通常時より更に割増された魔力を支払う羽目を負うことになる、扱いに不利なクラスだ。
補足を加えるなら、美遊のサーヴァントはわざわざ狂化の補正を与えるまでもなく一線級に通じる戦歴の英霊である。
狂気に至る逸話を持つその英霊が、更に力を底上げされる。もたらす力が絶大なら、要求される魔力も膨大だ。
まっとうな魔術師なら数分も保たず枯渇する。一流の魔術師でも自身の魔術の行使は不可能となる。
数多の聖杯戦争で、バーサーカーのマスターはみな自滅の憂き目に遭っている
星空に散らばる戦いの歴史が、狂戦士のクラスが勝ち抜く道がどれだけ困難かを克明に記録している。

だが、美遊・エーデルフェルトに限ってはその不利は解消される。
元から一級品の魔術回路はそれ単体でバーサーカーの使役に耐え得るシロモノ。そこに付加される礼装の特性との組み合わせが、この主従を単一最大の戦力に押し上げていた。
カレイドステッキ・カレイドサファイア。『第二』の魔法使いの制作した偏在する宇宙に二振りのみの希少品。
使用者の許される最大量の魔力を無限に連なる平行世界から抽出し、半永続的に供給させるという反則間際の礼装だ。
恐るべきは、その機能もこれの一端に過ぎないことだ。
使用者に様々な防護を重ねた戦闘形態に変える転身機能。使う者が使えば、それは英霊の身にも届く刃を象る。

魔力の保持は、聖杯戦争で基本かつ最重要に挙げられる命題となる。
サーヴァントの一挙手一投足が魔力を消費して行われる以上、これは避けては通れない。
如何にして多くの魔力を確保するか。如何にして魔力の消費を抑えるか。
土地の霊脈に陣取り大地のマナを汲み上げる、魔術行使を補助するブースター過給機の作成、供給システム自体への干渉、魂喰い、同盟による役割分担、戦闘行為を回避する。
これを怠る者に聖杯の光が照らす道に入れる資格はない。”月を望む聖杯戦争”は他陣営入り乱れる混沌戦局。連戦を強いられる未来を想定しないのは愚鈍の誹りは免れない。
血を吐き続けながら走り続けるざを得なくなり、そこで力尽きる。非情と嘆くだけの理不尽さはない。

その、前提条件ともいえる課題を破壊した場合。生まれてくるのは怪物である。
常識外。規格外。通常の仕様、一般論の壁を破った先に出現する例外。
基本状態から一流だった能力が倍加された、魔力切れの存在しないバーサーカー。驚異の程など、説明するのも無駄だろう。
聖杯の歴史にも、その実例はある。馬鹿馬鹿しいほど最強で、下らないほど最凶の狂戦士。それを率いる銀色の少女。
その符号に意味はない。少なくとも、この場では。


45 : 少女時代「Not Alone」 ◆HOMU.DM5Ns :2015/01/13(火) 01:49:04 1krdQ1zM0



故に相対したサーヴァントよ。勝利を目指すマスターよ。
悪いことは言わない。狙うならマスターを優先しろ。それなら勝ちの目は残っている。
ただし許されるのは一撃のみ。その一打さえも命を綱に乗せる覚悟と仕留める算段を備えろ。
でなくば猛り狂う死神が、英雄らしい散り様など微塵もない仕方で魂を成仏させるだろう。


それともうひとつ。マスターを注視しろ。
礼装の過剰性能に惑わされるな。戦闘経験の偏りを侮るな。
単なる一流の魔術師以外の視点で彼女を図れ。
言うまでもなく、それは黒の箱。秘め持たれるべき禁猟乙女領域。
気安く覗き見などしようものなら、言うまでもなく絶望が降りかかる。
少女の機微を掴めぬ不埒者には、潰されるなり、溶かされるなりが相応の報いだろう。






(投棄されていたダストデータより抜粋)




      ◇          ◇          ◇


46 : 少女時代「Not Alone」 ◆HOMU.DM5Ns :2015/01/13(火) 01:51:03 1krdQ1zM0





暗い夜。

道では電灯が点き始め、建物内の明かりが目立ち始める。
街を彩る為の飾りも、そうでない家庭の光も、地を照らすイルミネーションに変わる。
それでも、夜は暗かった。

路地の裏は光も届くことはなく。そこでは今も蠢くモノがいる。
それはそこでしか生きていけない、とは違う。そんな場所でも生きていけるように作り変える、適応だ。
血の色。傷跡。叫び声。暗闇からでしか出来ない行為。
今は暖かい部屋でくるまっていても、自分はその側の一員でしかない。


敵も従者も去り、全てに取り残されて、這う這うの体で朧げに考えたのはとにかく休める場所に行くことだった。
田畑や公園にいつまでもいては体を冷やす。狼狽から立ち直れずにいてもそんな合理性だけは離れないでいた。
緩慢に体を立ち上がらせ、警官や大人に目をつけられないよう最新の注意を払って街に入る。
宿泊先は前もって決めていた。ラブホテルという、受付が機械じかけになっている所は身をくらますには都合がいい。
名前の由来はわからない。聞いた人には知らないほうがいいとそれきり口を閉ざしてしまった。
……知ったきっかけが、主人とその使用人による仁義なき争奪戦の過程でこぼれた情報だったのは、感謝すべきなのか少し考えてしまう。
汚された体をシャワーで流し、一人用には広いベッドに体を横たえる。
そこまで努めて時間をかけて思考を冷却させてから記憶を回想する。
数時間前の出来事、敗北の記憶。



言ってしまえば、敗因はことのほか単調だ。
相手には逆転の手を持ち合わせており、自分はそれに見事に嵌まった。
こちらが下手を打ち、むこうが上を行った。それだけの話だ。
考えるのは、その後にあったことの方だ。

首筋に突き付けられた熱。うなじをさすれば肌の爛れを感じる。
全てが終わり思考を動かせる段になってから、そこが不思議で仕方がなかった。
痛みはもう知っている。慣れることはないが痛みという体の反応は前から覚えていた。
だがあの時の痛みは、そういうものとは別種のものだった。

幻痛とはいえ身を内側から引き裂かれる感覚を幾度も体験しているのに。
原始的で、命を直接喰らわれる感覚を肌に与える剣を身に受けたこともあるというのに。
本物の生死のかかった戦いを潜り抜けてきたのに。
あの安っぽい硝煙と火薬の匂いと熱が、どうしてあれほど恐ろしかったのが。


47 : 少女時代「Not Alone」 ◆HOMU.DM5Ns :2015/01/13(火) 01:55:24 1krdQ1zM0


乱雑になっていた頭を無理やりに冷まして、ようやく問題と向き合える。
……簡単な話だ。易々と命を手放せることができるほど、背負ってるのは軽い荷物ではなくなっていた。

たくさんの人がくれた幸福は麻薬のように、身も心も解きほぐしていく。
暖かで心地よい居場所はとても替え難いもので。もうそこに帰れないと悟った瞬間、例えようもなく恐怖した。
ほんの少し前にあった決意が、まったく別人の記憶にすり替えられてしまったかのように。





生まれた頃には、兄がいた。
共にいられた時間は、ただの兄妹として過ごせた時間はもう思い出せないほどに短い。
神の恩寵か。悪魔の戯言か。
生まれ持った奇跡は人間が享受していた生活を圧迫し揉み消してしまった。
でも幸せだった。その当たり前に共にいられた日々は間違いなく幸福だった。
妹を護る。世界のどこにでも有り触れた、戦う理由。
それだけを原動力にして、この世での最悪を成し、許されない大罪を犯した。
自分の総て、世界の総てを秤に乗せて、なおこちらを選び取ってくれた、罪深くも愛しいひと。


周りには、常に正義が囲っていた。
ボタンをかけ間違えたような些細な違いから、瞬く間に滅びの孔に突き落とされた世界。
潰えていく人類を救う、それは紛れのない大義。偽りない偉業。
その贄として祭壇に捧げられたのに、選択肢など最初から介在していない。
主導する大人。従う人形達。付き添う歪んだ娘。
幸福ではなかったし、苛む苦痛は計り知れなかったけれど。
少なくとも、あの時も独りではなかった。


時を超え、面を隔てた未知に着いた先であっても孤独とは無縁だった。
むしろ―――短い人生でこれほど賑やかな時間は今までに無かったものだろう。
替え難い無二の友人から、どうでもいい知人まで。
過去とは比べ物にならないくらいの多くに関わってきた。
慌ただしく、せわしなく、突拍子もなく起こるトラブルに頭を悩ませる。
それが自分が求めていた充足で、彼が望んでいた夢なのだと、思いを馳せる暇もないぐらいに。



生きていく上で余分な知識ばかり増えていくのに。
その度に、胸に空いた穴を塞がれる気持ちになっていった。

だから、戸惑っていた。
望む望まざるに関わらず、自分は誰かに求められ続けてきた。
好きなものも嫌いなものも、目を配らせれば隣にあった。
自分を動かし、育ませ、培ってきた周囲のもの―――いうなれば「世界」が、ここではすっぱりと切り分けられたのに。


48 : 少女時代「Not Alone」 ◆HOMU.DM5Ns :2015/01/13(火) 01:58:23 1krdQ1zM0



聖杯(わたし)を利用しようとする魔術師はいない。

友人(わたし)を気遣ってくれる友達はいない。

家族(わたし)を愛してくれる家族はいない。



誰も、美遊(わたし)を知らない/必要としない世界。

脅かされない代償に、手を差し伸べられることもない。
善意も悪意も他者との結びつき。それが消えることは、世界と自分との断絶に等しい。
それは、かつて一度知ったはずの孤独。
あの時の位置にまで、自分は戻ってきたのか。



「……ううん、違う」

今とあの時とは、異なる部分が多すぎる。
今の美遊と過去の美遊は、もう大きく違うものだ。

「戻ったんじゃない。行き違ったんだね、わたしは」

これまでの戦いの中で、カレイドサファイアの転身機能は切っていた。
身体能力増強、物理保護、魔術障壁、自動治癒、魔力砲撃。これらの様々な機能を起こすにも当然魔力が要る。
自分のサーヴァントは生粋の魔力喰らいのクラスであるバーサーカー。サファイアがあれば稼働させる魔力は際限なく引き出せる。
井戸に貯まった水という魔力を幾ら汲み上げても、別の水路、次元を隔てた先から止めどなく水は溢れてくるから枯渇とは無縁だ。
だが、井戸から溢れるほどの水を一度に生み出すことはできない。引き出せる魔力は使い手の魔力の上限まで。
バーサーカーが戦闘に消費する魔力とサファイアの転身にかけられる魔力。このふたつの兼ね合いは困難だと想定していた。
供給機能以外をカットし、全魔力をバーサーカーに集中させる。
狂戦士は何の制約なく持てる力を振り払い、こちらの損耗は実質ゼロに抑える。聖杯戦争を戦い抜く上で理想的ですらある。
当初は、そう思っていたのだ。

馬鹿げている。
1人で戦うと決めておいて、そんな安楽論を通そうとしたことがそもそもの間違いだった。
言い訳しようのない、前回の一番の敗因だ。


「なら、今度はちゃんと進まないと」


恐怖を捨てろ。
前を見ろ。
進め、決して立ち止まるな。
退けば老いるぞ。
臆せば死ぬぞ。


聞いた事もない、懐かしい言葉を思い出す。
どれだけ先行きが見えなくても。
報われないと分かっていても。
……例え辿り着く結末が、何もかもが手に残らない荒野の丘だとしても。
見据える瞳は、ただ前に。


49 : 少女時代「Not Alone」 ◆HOMU.DM5Ns :2015/01/13(火) 02:02:26 1krdQ1zM0


背中を見るだけの時間、何も出来ない少女の時間はもうおしまい。
そろそろ、走り始める時間だ。
護られる自分じゃなくて護れる自分に。そうして消える背中を追いかける。
はじめて自分が抱いた願いは、きっとそうだったから。


材料は既に揃っている。
2度の戦闘で消費(つか)う魔力の平均量は十分図れた。
そして転身時に用いる各機能への魔力配分を算出。ふたつを掛け合わせて双方に充てる魔力を振り分けさせる。

自分の魔力の最大保有量を10とすれば、バーサーカーが全力稼働するのに必要とされる供給量は、7から8。
宝具発動は試す機会がないが、予測するに2倍から3倍はまず超える。
残りの浮いた3の余力は、全て防御機能に回す。攻撃機能は捨てていい。どの道サーヴァント戦においては付け焼刃でしかない。
それでも正常に動くのは7割が限度。物理保護を何より優先させ、魔術障壁や治癒を出来るだけ削ぐ。基本設定はこれでいい。

後はこれを、状況に応じて切り替えていく。
防護に回した分を魔力弾精製や筋力増加に使えば、魔術師相手ならばそれなりに有効だ。
実体より魔術による攻撃があれば魔術障壁、負傷が大きければ治癒機能を重点と、逐一フレキシブルに回していくのだ。

出来ないはずはない、実例はある。
先達者が戦いながらも微調整を可能としたのは、この目で見ている。

サーヴァントとの同時運用となれば、間違いなく供給が追い付かなくなる。負担は残留する。
そもそも魔術回路は人体にとって異物であり、その行使は毒に相当する。
常時全開で回すことは、車のエンジンをフルスロットルで維持するのと同じ。行き着く先は回路が焼け付き廃人化、最悪死に至る。



・・・・・・・
その程度で済むのだから、使わない手なんてない。
痛みがある。苦しみがある。辛い思い出が走り抜ける。
それを、耐える。鉄の味を飲み干して、歯を食いしばって坂を駆け上がる。
自分はもう、我慢できないから。

地上から月まで離れているような手の届かない距離なら諦めていた。
けど今なら、命を懸ければ、そこに届くのだ。
ならきっと、動く手足はその為にあって。
心臓は止まらずに脈動している。


50 : 少女時代「Not Alone」 ◆HOMU.DM5Ns :2015/01/13(火) 02:07:21 1krdQ1zM0




ステッキの運用については、手元にない今はこれ以上考えても詮方ない。早く取り返しさなければいけない。
先刻の取決めを律儀に守る必要はない。正直、一秒だってあのままにはしておけない。
機を掴む為の選択を作るのがこれからの始めの段階。

サファイアは、まず間違いなく全ての機能を意図的に閉じている。
かの元帥の制作した特級の魔術礼装だ。あの程度の衝撃で破損したことはあり得ない。
自律行動も魔力探知も全てカットし、外からの問いかけには一切応じようとしないだろう。
正式な使用者以外には使い道のない専用礼装と思わせておいた方が情報の漏洩は防げるからだ。
発言を一切しなかったのが今になって功を奏することになる。あの形で独自の意思があり会話が出来るなどと思うのは色々と無茶だ。
再びカレイドステッキとして起動する瞬間はただ一点、マスターである美遊の声に応じたタイミングに限られる。
この思考はサファイアも行き着いているだろう。人でない礼装故の合理性は最も自分と合流できる可能性の高い選択を取ってくれている。
……そんな信頼を疑いなく持てていられるのが、妙に嬉しく感じる。



締め切った室内に、その時一陣の風が凪ぐ。
背筋を通る冷たさと、それを超える信頼感。
―――ああ、やはり。
ひとりきりでいる時間は、ここでも短いものらしい。

「おかえり、バーサーカー」

返事の代わりには現界で応えた。
虚無の白面が閑に自分を見下ろしている。
無駄打ちさせた令呪の命令を下してしまった死神は、変わりのない姿で帰ってきてくれた。


「ごめんなさい。私は、あなたに甘えていた」

謝罪する。
狂戦士に意が通らずとも、筋は通さなければならない。
誰かと勝手に重ね見て、知らず依りかかっていたこと。
護るという意思だけを激しく強く感じていたから、それに頼り切ってしまっていた。

「気づけたの。あなたが私を護ってくれたみたいに、私が守りたいと願えるくらい、強く望めるものがあったことに」

白い肌、真空に繋がっているような穴が空いた胸に手を当てる。
血の通わないと思える冷たさ。流れる圧は掌に伝わってくる。

「だからもう、大丈夫。
 行こう、今度は一緒に。二人で―――ううん、皆で戦おう」
「――――――――――――」

理性のない英霊は否定も肯定も返さない。
答えた言葉は誰にも聞きとめられずそのまま自分に向けられる。
だからこれは意思を確かめる儀式。胸に痛みを感じても進み続けられる鉄の心を持てるのか。
忘れないよう、刻み付ける。




これがきっと、本当の意味で契約が交わされた瞬間。
聖杯を望むマスターが、サーヴァントを連れて戦いに挑む、本来の聖杯戦争の形。
剣のように硬い道を往くと誓った、運命の夜だった。


51 : 少女時代「Not Alone」 ◆HOMU.DM5Ns :2015/01/13(火) 02:09:15 1krdQ1zM0






     ◇          ◇          ◇








さあ、あり得ぬ未来を取り戻そう。









.


52 : 少女時代「Not Alone」 ◆HOMU.DM5Ns :2015/01/13(火) 02:11:13 1krdQ1zM0
本文は以上で終了です。
ですが状態表を移し忘れたので少々お待ちください


53 : ◆HOMU.DM5Ns :2015/01/13(火) 02:22:03 1krdQ1zM0
状態表を投下します。以上で投下を終了します。

【B-9/ラブホテル/一日目 夜間】

【美遊・エーデルフェルト@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ】
[状態]魔力消耗(小)、他者に対しての過剰な不信感
[令呪]残り二画
[装備]普段着
[道具]バッグ(衣類、非常食一式)
[所持金] 300万円程(現金少々、残りはクレジットカードで)
[思考・状況]
基本行動方針:『方舟の聖杯』を求める。
1.全員で戦う。どれだけ傷つこうともう迷わない。
2.サファイアを取り戻す。
3.ルヴィア邸、海月原学園、孤児院には行かない。
4.自身が聖杯であるという事実は何としても隠し通す。
[備考]
※アンデルセン陣営を危険と判断しました。
※ライダー、バーサーカーのパラメータを確認しました。
※テンカワ・アキトの名前を「ガイ」だと認識しています。

【バーサーカー(黒崎一護)@BLEACH】
[状態]
[装備]斬魄刀
[道具]不明
[所持金]無し
[思考・状況]
基本行動方針:美遊を護る
0.美遊を護る。
[備考]
※エミヤの霊圧を認識しました
※ルーラーの提案を拒否したため、令呪による回復を受けていません。


54 : 名無しさん :2015/01/13(火) 02:28:15 Hb9Q2chM0

美遊ちゃんの覚悟の決まり方が歴戦の戦士のそれなんですが・・・
小学生なのに過酷な人生生きすぎてんよー


55 : 名無しさん :2015/01/13(火) 02:56:54 xqG/yxew0
投下乙です。
真玉橋といい、美遊といい、一日目の終わりで覚悟を決めていくな。
『全員で戦う』が、相対的な力としては『一組』よりやや強い程度でしかない美遊組。
残り24騎相手にどう戦うか。
まずは合流か。

前話で一護の状態は『疲労(中)、魔力消費(大)』だったけど、さすがに全回復は無いと思う。
『健康』とも書いてないんでたぶんミスだと思うけど。


56 : ◆/D9m1nBjFU :2015/01/16(金) 14:20:51 ehtN3JEo0
したらばの避難所スレに予約分を投下しました


57 : ◆/D9m1nBjFU :2015/01/17(土) 14:49:45 DveA1CfE0
したらばにて仮投下した分をこちらに本投下させていただきます


58 : 犯行(反攻) ◆/D9m1nBjFU :2015/01/17(土) 14:51:07 DveA1CfE0
―――どうしてこうなった




夜の闇を駆けながらアキトは後悔の念に苛まれていた。
今走り続けているのは闘争を行うためではない、逃走だ。逃げ走るためだ。
何から逃げているのかといえばマスターやサーヴァントからではなくNPC、あるいは警察から。
今やテンカワアキトは警察機構に追われる身に成り下がってしまった。
これではもはや陽の下を歩くことは不可能だ。



―――本当に、どうしてこうなった?





  ◆   ◆   ◆





22時45分、アラーム設定時刻より15分早くに目を覚ましたアキトは用を足した後これからの行動について思案していた。
すなわち、0時に待ち合わせの約束をした美遊・エーデルフェルトへの対処である。
正直、考えてみるとあまり行く必要を感じられないが。

美遊のサーヴァントに令呪でB−4にいるサーヴァントを殺すよう仕向けたのが夕方のこと。
あれからそれなりの時間が経過した現在、既に美遊が脱落した可能性は決して低くない。
聖杯戦争ではサーヴァントが消滅すればマスターも死亡が確定する。
恐らく激戦区であろうB−4に突っ込んでいった美遊のバーサーカーは強力で再生力も備えているが無敵ということはあるまい。
B−4にサーヴァントが集結していれば袋叩きにされ倒された、というのは十分考えられることだ。

さらに放置しておいた美遊自身。
サーヴァントから引き離された彼女がいつまでも単独で生存できるだろうか。
別のサーヴァントはおろかマスターに発見されただけで為す術もなく殺されても何らおかしくない。
いかに子供とはいえよほどの馬鹿でもない限りわざわざ美遊を助けようとする物好きなマスターはいないだろう。
つまり約束の時間まで生きているということ自体かなり不確定要素が強い。
もしあれから心変わりして令呪でバーサーカーを呼び戻した可能性もあるがそれならそれで彼女は自分の首を絞めただけのことだ。
令呪三画を持ち続けているアキトの敵にはもうなり得ない。

「やはり放っておくか」

よしんば生きていたとしても、わざわざアキト自身が消耗を重ねてまで倒しに行く必要性は薄い。
脅威度の下がった子供一人に構っていられるほどアキトは暇ではないのだから。
敵は数多い。いずれはあのアンデルセンや早苗も殺さねばならないのだ。


「…まあ、早苗の性格なら子供を保護するなんて言い出しても不思議じゃないだろうが」



何気なく、本当に何気なく口に出した言葉。
だが何故だろう、アキトはそこに妙な引っかかりを覚えた。
何か、自分は途轍もない見落としをしているような――――?


59 : 犯行(反攻) ◆/D9m1nBjFU :2015/01/17(土) 14:51:54 DveA1CfE0




「……しまった!早苗だ!!」


深夜であることも一瞬忘れ、大声を出してしまう。
だがそのことについて内省することすら考えられないほどとんでもない可能性に気づいてしまったのだ。

「不味い……もし早苗があの子と接触したら、まず間違いなく保護しようとする。あの女なら絶対にそうするはずだ。
しかもあの子にはボソンジャンプとガッツの能力をほとんど全部知られてしまっている。
最悪早苗とアーチャーという傘に守られて俺達の情報を拡散するかもしれない……くそっ!」

この聖杯戦争は間違っていると言い切ったよほどの馬鹿、東風谷早苗。
そんな彼女がもし美遊と出会ってしまっていたら、一人になった幼女を見過ごすなど有り得るだろうか。
否、断じて否だ。早苗の性格からして打算抜きで保護しようとするに決まっている。
戦力の落ちた美遊も早苗を利用しようと考える程度には頭は回ることだろう。
しかも女性の早苗なら美遊と行動を共にしていてもアキトほどは怪しまれない。
もしそうなっていればアキトにどれだけの不利益がもたらされることか。

まずアキトの所業を知られることによる同盟解消。この可能性については無いとまでは言わないまでも相当低い。
早苗も事実を知ったところで目くじらを立てることはあっても「人殺しをするなとは言えない」と言った手前即座に裏切ることはまずあるまい。
そもそも早苗は積極的に行動はしても好戦的な性格はしていないのだから。

問題は早苗陣営の大幅な戦力増強と美遊がアキト、ガッツの情報を抑えていることだ。
ただでさえも油断ならない早苗のアーチャーに美遊のバーサーカーという前衛が加わりかねない。
仮令アキトがアンデルセンと結託したとしても容易に倒せる戦力ではなくなってしまう。
それは同盟間の著しいパワーバランスの崩壊を意味する。

さらに美遊の口からガッツの能力やボソンジャンプのことを知られれば対策を立てられてしまう。
如何にガッツやボソンジャンプが強力であってもその性質、性能を知られてしまえば威力は自然低減する。
さらに厄介なことにこちらは早苗を通じてアンデルセンにも知られてしまう可能性がある。
そうなれば同盟間におけるアキトの位置は圧倒的格下になってしまうことは避けられない。
アキトは早苗やアンデルセンのサーヴァントの能力を把握していないのにあちらは一方的にガッツの能力を知るのだから当然だ。

むしろ非戦を呼びかける早苗のスタンスを考えればさらに不特定多数のマスターに接触し情報が拡散されることすら有り得る。
早苗が義理を立てて黙っていようがアキトに恨みを抱く美遊は必ずそうする。


60 : 犯行(反攻) ◆/D9m1nBjFU :2015/01/17(土) 14:52:40 DveA1CfE0



(く、このままでは……。確かめようにも俺からあの二人に今すぐ連絡する手段がない。
こうなるとわかっていれば連絡先ぐらいは交換していたものを……。
いや、そもそも遠くの戦況を掻き乱そうなどと考えずにさっさとあの子の口を封じておくべきだったのか?
もしくはあらゆるリスクを受け入れてここに監禁しておくことも考えるべきだったのかもしれない)

今頃になって自らの失策を悟ったが全ては後の祭りでしかない。
後悔先に立たずとはよく言ったものだ。
しかし後悔したところで過去の出来事を変えられるわけもない。
今は未来志向で行動し、事態の解決を図るべきだ。

今が美遊との待ち合わせ時間より前なのは不幸中の幸いといえるだろう。
港に向かえば美遊の現在の状況を把握できるかもしれない。
首尾良く彼女が単独で港まで現れてくれればその場で殺すことができる。
バーサーカーは脅威だが向こうの手札が目減りした今なら前よりは楽な戦いができる公算が高い。
さらにアキトはサファイアとクラスカードという美遊の武器を抑えているというアドバンテージを保っている。
間違いなく奪還を狙っているであろう美遊が港に来る可能性はかなり高い。
頭が痛いのは早苗がそこに同行するかもしれない、ということだが。
その時は最悪ボソンジャンプを使ってでも撤退するしかない。

「行くしかないか……港に」

事ここに至っては空振りに終わる可能性があろうと港へ行かないわけにはいかない。
美遊が先に待ち伏せをしていることも有り得る以上、こちらも大急ぎで向かうべきだろう。
大丈夫とは思うが万が一にも奪還されないよう、ステッキとカードは居間の押し入れに置いていく。
自らの失策は自らの手で贖う。もう絶対に甘さは見せられない。



  ◆   ◆   ◆



食堂を出た後、ガッツに抱えてもらい屋根伝いに港へと向かう。
途中、公衆電話を見かけた時ふと警察を利用するべきか?という思いが過った。
港と一口に言っても決して狭くはないだろう。
むしろ子供一人が物陰に隠れ待ち伏せをするなら向いた場所とすら言える。
そこにアキトが堂々と姿を見せるのは得策とは思えない。
しかし善意の第三者を装って警察に「港を徘徊している子供がいる」とでも通報しておけば警察が美遊を見つけてくれるかもしれない。

(…いや、さすがに無理があるな。俺自身怪しい風体だしミイラ取りがミイラになりかねない。
それに下手を打てば警察や裁定者サイドを敵に回してしまう)


61 : 犯行(反攻) ◆/D9m1nBjFU :2015/01/17(土) 14:53:29 DveA1CfE0
今のアキトは戦闘用のバイザーとマントを纏っている。
今は何故か異様に人通りが少ないから良いが警官に見つかれば職務質問されてもおかしくない。
自分で警察に通報して自分が警察に見つかった、では笑い話にもならない。
それに警察官を戦闘に巻き込んで殺してしまえばルーラーやカレンに何を言われることか。
そのため、アキトは港の近くの茂みに陣取り美遊が現れるのを待つことにした。
もし彼女が生きていて、誰とも組んでいないのならステッキとカードを取り戻すべく現れるはずだ。
五感の衰えたこの身でも人影を捉えることぐらいはできる。

問題は現れなかった時だ。
既に脱落していて現れない、というのならまあ良い。
しかし生きているのに現れなかったのなら美遊にはアキトとの約束を鵜呑みにしない慎重さがあった、ということになる。
どちらの場合でも一度拠点に戻り、戦略を練り直す必要がある。
気は進まないが次の通達までに早苗やアンデルセンと接触を図り、それとなく美遊のことも聞いておくべきか。

「時刻は23時20分。さてどう出るか……」

茂みに身を隠し、時折目立たぬよう動きながら港の様子を伺う。
いくらか破壊の痕跡が見られるのは聖杯戦争の爪痕か。
もし近くにサーヴァントの気配があればガッツが真っ先に動いてくれるだろう。
鬼が出るか蛇が出るかあるいは何も出ないのか、その答えを静かに待つ。



  ◆   ◆   ◆



(まずい……)

美遊は焦っていた。
時刻は23時15分。このままでは約束の刻限が来てしまう。
あらかじめ考えていたせめてもの作戦を遂行するどころではなくなってしまう。
しかし、今の美遊にはここから動くことは許されていない。

(迂闊だった……)

取り決めを律儀に守る必要はない、といっても美遊に取り得る選択肢はひどく少ないものだった。
そもそもサファイアを取り戻す唯一の手掛かりがガイとのあの約束だったのだ。
反故にすればこれ以上失うものは何もないが唯一と言っていい機会を失ってしまう。
美遊の頭脳がどうこうではなく戦略的にそれほど追い詰められているのだ。
だからこそせめて先んじて港に向かい下見を済ませ、ガイが現れたなら奇襲を仕掛ける腹積もりだった。
強力なサーヴァントを従え自身も銃で武装し正体不明の転移術を操るガイを打倒し得るものがあるとすれば令呪のみ。
その令呪をどう使うか思案しながらホテルを出ようとしたのがまずかったのだろう。
注意力散漫なまま動いた結果がこれだ。


62 : 犯行(反攻) ◆/D9m1nBjFU :2015/01/17(土) 14:54:27 DveA1CfE0


「あー…そろそろ名前ぐらいは教えてくれないか、お嬢ちゃん?」
(まさか私服の警官に捕まるなんて……!)


そこは交番。
困ったように頭を掻く無精髭の男性刑事の前で、またしても椅子に座らされた美遊の姿が、そこにはあった。

美遊は知らないことだったが、近隣地区で起こった事件によって多くの警官が動員されていた。
その中には私服警官も含まれており、堂島と名乗ったこの刑事もその一人だった。
美遊が気づかない間にB−9は彼女にとって極めて動きづらい地域になっていたのだ。
誰にも見咎められずにラブホテルに入れたことが奇跡に近い幸運だったことにようやく気づいた。
そして何度も奇跡が続くはずもなく、ラブホテルから出たところをこの刑事に補導されてしまったのだった。

(このままじゃ…一体どうすれば……)
「ったく、いくら忙しいからって何で他に誰も待機してないんだよ……。
なあお嬢ちゃん、ホテルで何があったのか刑事さんに教えてくれないか?
辛いかもしれないが、あー…その、何だ、誰かに何かされてたなら話してほしいんだが……」

何故かはわからないがひどく気まずそうに言葉を選ぶ様子は以前の婦警とは対照的だ。
というより、明らかに刑事は何か勘違いをしている。何を間違えているのかは美遊には推し量りようもないのだが。
しかしそんなことはこの際どうでも良い、重要なことではない。
このままでは下見を済ませるどころか約束の時間に港に辿り着くことすらできなくなってしまう。
サファイアを取り戻す機会が失われてしまう。

(こうなったら……!)

傍で待機している一護を嗾け無力化を図るか。
大騒ぎになることは避けられないとしても今すぐここから脱するにはもうそれしかない。
殺さずとも実体化させるだけで逃げ出す隙を作ることはできるはずだ。
あらゆるデメリットを飲み下す覚悟を決め、顔を上げた。


「………え?」

そして、有り得ないものを見た。


「ん?一体どうしぶは!?」

背後からの突然の衝撃に堂島がその場で昏倒した。いやさせられた。
堂島を殴り倒した懐かしいそれは今、確かに美遊の目の前にいた。


「ただ今帰りました、美遊様」
「サファイア!?」



  ◆   ◆   ◆



アキトとガッツが食堂を離れてしばらく経過した後、サファイアは自律行動機能を発揮し行動を開始した。
アキトが眠っていてもガッツがいる限り迂闊な行動は出来なかったが二人ともいなくなったのならもう心配することはなかった。
押し入れを開け住居スペースの部屋の窓を内側から開けると美遊の下へと飛び立った。
朝に補導された経験と時間帯から交番を重点的に探していたところ案の定またも補導されていた美遊を発見した。
美遊が同じB−9に留まっていたことも大きい。


63 : 犯行(反攻) ◆/D9m1nBjFU :2015/01/17(土) 14:55:18 DveA1CfE0

アキトは知らなかった。
カレイドステッキが自我を持つばかりか自在に動き、飛び回れることを。
彼女の知能、いや知恵は持ち主である美遊よりも優れていることを。
そのサファイアが今までアキトが漏らした独り言を全て聞き取っていたことを。

アキトは何一つ知らなかったのだ。



「そう、今あの男は港にいるんだ」
「はい、恐らくそう考えてよろしいかと。
ですがここは一度あの男の拠点に行き、クラスカードを回収しておくべきでしょう」

サファイアが洗脳電波デバイスで気絶した堂島から美遊の記憶を消した後、一人と一本は路地裏へと身を隠していた。
お互い再会を喜びたいのは山々だったがガイへの逆襲の最大の好機を逸するわけにはいかなかった。
奪われていたサファイアが手に入れた情報はそれだけ重大なものだったからだ。

持ち出せなかったクラスカード・セイバーの所在にしてガイ(店の屋号と夕方に名乗った時の言動から苗字はテンカワだと思われる)の拠点の場所。
サファイアは脱出した際天河食堂の外観、所在地を見て回り正確に把握していた。
窓も開いているため今から急げば侵入してクラスカードを奪還できるだろう。
クラスカードさえ取り戻せばあの男と正面から戦える。もう銃に怖気づくことはしないと覚悟している。
しかし、サファイアの考えは違った。

「美遊様、あのマスターとバーサーカーは強敵です。
特にマスターの方は明らかに修羅場を潜っているばかりか、私でも正体の掴めないボソンジャンプなる転移術の使い手。
加えて美遊様が既に令呪を一度使わされたのに対し、あのマスターの令呪には全く欠損が見られませんでした。
クラスカードがあっても必ず勝てるとは限りません。勝てたとしても私達も相当な痛手を受けるでしょう」
「……それは、わかってる。だから今度は全員で戦って、」
「いいえ美遊様。私に策があります、今一度私を信じて全て任せていただけませんか」
「え?」

何やら意味深な相棒の言動に困惑する美遊に対しサファイアはある作戦を提言した。
どれほど効果があるのか美遊にはわからないが、サファイアには何か絶対的な自信があるようだった。
何より、大きな失態を犯した自分の元に敢えて戻ってきてくれた彼女を信じないという考えは美遊の中にはなかった。


「ここは一つ、姉さんを見習いましょう」とはサファイアの言である。



  ◆   ◆   ◆



「これは空振り、か…?」

0時半、痺れを切らしたアキトは港で美遊を探し回っていた。
何らかの不都合があって美遊が遅れている可能性も考えて今まで待っていたが、やはり既に死んでいるのだろうか?
美遊の生死に関してはどんなに遅くとも半日後の通達ではっきりするだろうがもし生きているならまずいことになりかねない。
しかし、残念ながら今の時点でアキトに出来ることは何もない。
やはり拠点に戻り落ち着いて戦略と方針を一から見直すべきかもしれない。
如何に今が深夜でも不安要素を抱えたまま闇雲に戦いに行くべきとは思えなかった。


64 : 犯行(反攻) ◆/D9m1nBjFU :2015/01/17(土) 14:56:10 DveA1CfE0

「帰るぞ、バーサーカー」

溜息をつくとガッツを実体化させ、行きと同じようにガッツに運んでもらいながら家路につく。

(まあいい。あのステッキとカードは変わらず俺の手の内にある。
陽が昇ってから図書館で調べてもし俺が使える目途が立てば戦力は増すだろう)

思考を巡らせながら自宅の近くでガッツに降ろしてもらい霊体化させた。
そして人通りに注意しながら天河食堂へと帰宅した。



「………?」

瞬間、アキトの脳裏に違和感が走った。
火星の後継者との暗闘を繰り返してきたアキトだからこそ感じることのできた違和感。

(誰かがいる……!?)

ほとんど反射的に懐に入れていたCZ75Bを取り出し臨戦態勢に入る。
ガッツは反応していない。ならばサーヴァントではなく人間か?
実体化させるか?いや駄目だ。小回りの利かない体格のガッツを自宅で暴れさせるのは最後の手段だ。
慎重に気配を辿り足音を極力殺し、侵入者がいると思われる居間の前に着いた。
一呼吸の後、俊敏な動作で部屋の明かりを点け正面に銃口を向けたその先には―――



「――――――は?」



思わず間抜けな声が出てしまったのも仕方ないことだろう。
そこにいたのはステッキを持ち、競泳水着のようなコスチュームに身を包んだ美遊だったのだから。
身体の各所、特に大腿部を露出させた姿は一部の好事家の欲情を誘っているとしか思えない。無論アキトはその「一部の好事家」の範疇には入らないが。
彼女の今の姿を四文字で表すなら「魔法少女」、二文字で表すなら「痴女」というところか。
あまりにも斜め上な衝撃にアキトは呆然とし、次の行動が遅れてしまっていた。

何故ここにいる?いつからここに気づいていた?
そう問い質そうとしたその瞬間、美遊はアキトをさらなる混乱へと叩き落した。




「嫌ああああああああああああああああああああっ!!!テンカワさんのケダモノ――――――ッ!!!!」
(何いいいいいいいいいいいいいいいいい!!?)



よりによってあらん限りの大音声で悲鳴を上げた。
しかも戸締りしたはずの窓が僅かだが開いている。これでは間違いなく近所中に響き渡る。
冗談ではない、これでは誤解しか招かない。
予想外すぎるアクションにアキトが半ば恐慌状態に陥った隙に美遊は軽やかな動きで身を翻すと窓を一気に全開にし外へと脱出した。


65 : 犯行(反攻) ◆/D9m1nBjFU :2015/01/17(土) 14:57:02 DveA1CfE0

「ま、待て!!」

無論、アキトも後を追うが小柄で身体能力も高い美遊ほどスムーズには出られない。
ガッツを使うのは論外だ。自宅の真ん中で狂戦士など出せるわけがない。
というより、ここで使えばほぼ間違いなくガッツの起こす破壊にアキト自身が巻き込まれる。
チューリップクリスタルの使用はもっと論外だ。同じ相手に切り札を二度も使えるものか。

(速い!さすがにキレイほどじゃないが、このままでは……!)

美遊は元々身体強化なしでも50メートル走6秒9の健脚を誇る。
そこに転身状態の強化が重なればアキトといえど容易く追いつけはしない。
焦ったアキトはほとんど反射的にCZ75Bを両手で構え続けざまに三発発射していた。
その行為が何を意味するのか、混乱の極みにあったアキトは咄嗟には理解できていなかった。


ドサリ、という音とともに三発のうち一発の弾丸を横腹に受けた美遊が街灯の下に倒れ伏した。
仕留めたか?いや念には念を入れて追撃するべきか―――


「きゃあああああああああ!!ひ、人殺しいいいいいい!!!」
「なっ!?し、しまった!!」

ここは住宅街。当然そこには人が住み、少女の悲鳴を聞いて何事かと窓から様子を伺うNPCがいても不思議ではない。
理解と処理能力の限界を超えるような事態に続けて見舞われたアキトはすぐにはそこまで頭を回すことが出来なかったのだ。
美遊を敵と認識していたことも軽率な行動を助長する一要因であったのかもしれない。
そういう意味ではアキトの判断ミスは責められるべき類の失態ではないといえる。
しかしいずれにせよ、もはや言い逃れのしようのない失態であることも事実だった。

そしてアキトを尻目に何事もなかったかのように立ち上がった美遊は更なる健脚で曲がり角へと身を隠した。
これもアキトにとっては予想外。防弾チョッキを着ていればともかくあんな水着同然の格好で銃弾を受けて何故立てる。

(飛んだ!?いや、跳んでいる、のか!?)

直後、予め路地に隠していたのであろうバッグを左手に持った美遊が空中を、そこに足場があるかのように何度も跳ねながら空高く舞っていく。
ボソンジャンプを使ったところで空中ではアキトもガッツも何もできない。

(くそっ!やられた!!最初からこれを狙っていたのか!!)

ここに来てようやくアキトは自分が美遊に陥れられたことを悟った。
彼女は正面からアキトを倒すのではなく拠って立つ基盤の切り崩しを狙ってきたのだ。
そしてその術中にアキトはまんまと嵌ってしまった。
あちこちからパトカーのサイレンの音が聞こえてきている。通報されたか。
ともかくここは逃げるしかない、とアキトは急いで路地裏に入り逃走を図った。
しかしそう上手く事は運ばなかった。


66 : 犯行(反攻) ◆/D9m1nBjFU :2015/01/17(土) 14:57:48 DveA1CfE0

「いたぞ!!」
(馬鹿な、早すぎる!?)

路地裏から次の裏道に入ろうと通りに出た直後、左右から警官と思しき殺気だった男達が殺到してきた。しかも全員拳銃を持っている。
アキトは知らなかった。ベルク・カッツェが起こした事件によってこの付近には普段より多くの警官が待機していたのだ。
そのためアキトの見積もりより遥かに早く、多くの警察が現場に駆けつけてきたのだ。

「………バーサーカー!!」

こんなところで、こんなことで終わってたまるか。
激情とともに顔の紋様が夜道を照らすイルミネーションのように光り、アキトの傍にガッツが現界する。
それ以上の言葉は不要。ガッツは手にしたドラゴンころしで右側の刑事二人を瞬く間に肉の塊へと変貌させた。

「う、うあああああああああああっ!!!?」

突然の事態に左側から来た刑事が腰を抜かして倒れ込んだ。
その哀れな刑事にガッツは何の感慨も見せることなくドラゴンころしを振り下ろしこの世界から物理的に消し去った。
警察官のNPCはなるべく殺したくなかったがこのままでは間違いなく捕まっていただろう。
どころか最悪射殺されていたかもしれない。やむを得なかったと考えるしかない。
ましてNPC相手にボソンジャンプなど使うわけにはいかないのだから。



―――どうしてこうなった?



一体全体、どうしてここまで小学生相手に鮮やかに嵌められてしまったのか理解が追いつかない。
いつの間に天河食堂の場所を割り出し、ステッキとカードを奪い返したというのか。
何故アキトがステッキとカードを置いたまま出掛けたことを知っていたかのように上手く待ち伏せすることができた。
サファイアの自律行動機能と辛辣な悪知恵を知らないアキトには正解を導き出すことはできない。
そして当然のように明後日の方向に推理を展開していく。

(そうか!俺の知らない何らかの探知能力を持っていたのか!
恐らくその能力はステッキやカードとは独立しているはずだ。
だからこうまで詳しく俺の家を探り当てられたんだ!)

迂闊だった、と臍を噛む。
キレイのような戦闘力に秀でた超人を警戒するあまり、別方面の異能への認識が甘くなっていたのかもしれない。
過ぎてしまったことはどれだけ悔やんでもどうしようもない。今はこの状況をどう打開するか考えなければ。
幸い銃と現金は予め持ち出していたため手元にある。
一方失ったのは社会的信用と拠点。ある意味令呪やチューリップクリスタルの消費より痛い。

(しかし金があっても警察を敵に回してしまった今買い物をするにも大きな制限がつくだろう。
しばらくは下水道にでも潜って警察をやり過ごすか……)

暗然たる気持ちのまま闇夜を駆け抜けていく。
テロリスト、テンカワアキトはこの方舟でも犯罪者に堕してしまったのだった。


67 : 犯行(反攻) ◆/D9m1nBjFU :2015/01/17(土) 14:58:28 DveA1CfE0
【B-9/路地/二日目 未明】

【テンカワ・アキト@劇場版 機動戦艦ナデシコ-The prince of darkness-】
[状態]疲労(小)魔力消費(小)、左腕刺し傷(治療済み)、左腿刺し傷(治療済み)、胸部打撲、強い憎しみ、心労(特大)
[令呪]残り三画
[装備]CZ75B(銃弾残り6発)、CZ75B(銃弾残り16発)、バイザー、マント
[道具]チューリップクリスタル1つ、背負い袋(デザートイーグル(銃弾残り8発))
[所持金]貧困
[思考・状況]
基本行動方針:誰がなんと言おうとも、優勝する。
0.警察の追跡から逃れる。
1.戦闘、敵の調査は二の次にして隠れ家になる場所を探す。
2.五感の異常及び目立つ全身のナノマシンの発光を隠す黒衣も含め、戦うのはできれば夜にしたいが、キレイなどに居場所を察されることも視野に入れる。
3.できるだけ早苗やアンデルセンとの同盟は維持。同盟を組める相手がいるならば、組みたい。自分達だけで、全てを殺せるといった慢心はなくす。
4.早苗やアンデルセンともう一度接触するべきか?
[備考]
※セイバー(オルステッド)のパラメーターを確認済み。宝具『魔王、山を往く(ブライオン)』を目視済み。
※演算ユニットの存在を確認済み。この聖杯戦争に限り、ボソンジャンプは非ジャンパーを巻き込むことがなく、ランダムジャンプも起きない。
ただし霊体化した自分のサーヴァントだけ同行させることが可能。実体化している時は置いてけぼりになる。
※ボソンジャンプの制限に関する話から、時間を操る敵の存在を警戒。
※割り当てられた家である小さな食堂はNPC時代から休業中。
※寒河江春紀とはNPC時代から会ったら軽く雑談する程度の仲でした。
※D-9墓地にミスマル・ユリカの墓があります。
※アンデルセン、早苗陣営と同盟を組みました。詳しい内容は後続にお任せします。
※美遊が優れた探知能力の使い手であると認識しました。
※児童誘拐、銃刀法違反、殺人、公務執行妨害等の容疑で警察に追われています。
今後指名手配に発展する可能性もあります。

【バーサーカー(ガッツ)@ベルセルク】
[状態]ダメージ(微)
[装備]『ドラゴンころし』『狂戦士の甲冑』
[道具]義手砲。連射式ボウガン。投げナイフ。炸裂弾。
[所持金]無し。
[思考・状況]
基本行動方針:戦う。
1.戦う。
[備考]
※警官NPCを殺害した際、姿を他のNPCもしくは参加者に目撃されたかもしれません。


68 : 犯行(反攻) ◆/D9m1nBjFU :2015/01/17(土) 14:59:06 DveA1CfE0



  ◆   ◆   ◆



「ただいまバーサーカー、心配かけてごめん」

上空、弓兵か騎兵以外には手の出せない空間で美遊は待機させていた一護と合流した。
全てはサファイアが提案し、美遊が実行した作戦のためであった。

アキトが察した通り、美遊たちが行ったのはアキトに対し直接的ではなく社会的にダメージを与える戦術だった。
力押しという分野においては美遊と一護ほど優れたチームはほとんど存在しないと言って良い。
さらにこれまで温存していたセイバーのクラスカードも使えば対抗できる者は皆無に近い。
しかしアキトとガッツは例外的にボソンジャンプによって美遊たちのあらゆる直接攻撃を回避することができる。
極端なことを言えば美遊がどんな攻撃を繰り出そうが即ボソンジャンプしてカウンターを仕掛けることもできる。
実際にはあと一度しか使えない切り札なのだが自分達が破格の条件で戦っている美遊とサファイアはアキトを限りなく過大に評価していた。
自分達が無限の魔力で戦えるように、あちらも無制限に転移できるのではないか?ということだ。
普通なら馬鹿げた勘違いなのだが彼女らは本気でそのぐらいに考えておくべきと結論づけていた。

仮令クラスカードを取り戻したとしても攻略の糸口を見出すまで正面切ってアキト主従とは戦うべきではない。
しかし強力な主従をそのまま放置しておくのもこれまた得策ではない。
そこでサファイアは考えた。女子小学生である美遊のハンデを武器に変える作戦を。


「すごい、本当に効果があったなんて……」

眼下で瞬く間に警察、野次馬が集まる光景を目にした美遊はサファイアの策が成功したことを実感していた。
その概要はこうだ。

まず転身し、空から天河食堂へと直行した後道路に降り立ち電柱の影にバッグを隠す。
次にサファイアが鍵を開けて置いた居間の窓から侵入すると押し入れに置いてあったクラスカードを回収。
また内部を物色した際アキトの身分証明書を発見し彼の本名が「テンカワアキト」であることを確認。
ついでにサファイアの提案でアキトが使っていたベッドに美遊の靴下のうち一足を置いておいた。
一体何の意味があるのか美遊には測りかねたがサファイアが言うには絶対的な楔になるらしい。
準備を終えた美遊は出来るだけ魔術回路の駆動を絞り気配を殺してアキトの帰宅を待った。


69 : 犯行(反攻) ◆/D9m1nBjFU :2015/01/17(土) 14:59:49 DveA1CfE0
そしてアキトが戻って美遊を発見したと同時にサファイアから教えられた台詞をできるだけ抑揚をつけて叫び開けておいた窓から逃走。
この時一護は上空500メートルほどの場所に保険として待機させておいた。
夕方の遭遇戦の結果からガッツの探知能力がそう高くないことを見抜いての配慮だった。
また相手の拠点内部や道路の道幅が狭い住宅街なら滅多なことではサーヴァントに頼れないという読みもあった。
細身の一護ならまだしも巨体の狂戦士が自分のマスターを巻き込まずに戦うのは著しく困難な地形だったからだ。
それでも尚サーヴァントを嗾けてくるなら美遊の合図で一護が駆けつける算段だった。
予めアキトが銃を所持していることを把握していたのも大きい。
サーヴァントより破壊規模が小さく、かつ安易で強力な武器を持っていれば高確率でそれに頼るとサファイアは踏んだのだ。
街灯に美遊の姿が映るように逃走したのも、銃弾を物理障壁ではなく物理保護で受け止めたのも全てわざとだ。
カレイドの魔法少女は物理保護を一定以上働かせている限り携行火器、それも拳銃弾の一発や二発では絶対に死なない。
NPCにアキトが少しでも凶悪犯に映るようにというサファイアの演技指導の賜物だった。
最後に予め準備していた逃走ルートに隠していたバッグを回収し相手が手出しできない可能性が最も大きい空へと逃げたのだった。



「そうか……。これは戦争、こういう戦い方もあるんだ」
「その通りです、美遊様。相性の悪い敵と真っ向から戦う必要は必ずしもありません」
「そうだね…。こんなこと、私じゃ思いつきもしなかった」

先ほどまでの自分自身を思い返す。
あの時の美遊はサファイアを取り戻すという意識が先行し無謀な策に出ようとしていた。
いや、頭を冷やして考えればサファイアが破壊されなかったこと自体幸運なことだ。
あの時の自分は無意識にその可能性を頭から閉め出していた。そうしなければ立ち行かなかった。
視野を狭め覚悟という名の言葉の麻薬に頼らなければ精神を保てないほどギリギリの状態だった。
もしサファイアが無残に破壊されていればきっと自分は精神的に壊れていた。

「……あなたは、どうして」
「美遊様?」
「ううん、何でもない。ありがとうサファイア、戻ってきてくれて」


70 : 犯行(反攻) ◆/D9m1nBjFU :2015/01/17(土) 15:00:34 DveA1CfE0

サファイアは無理に美遊の元に戻ってくる必要はなかったはずだ。
それこそルヴィアを見限った時のように美遊を見限り他の有望なマスターを探しても良かったはずだ。
そうしなかった理由が美遊にはわからず、それでいてとても嬉しいことだった。
今はそれで十分だと納得することにした。

【B-9/上空/二日目 未明】
【美遊・エーデルフェルト@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ】
[状態]健康、他者に対しての過剰な不信感
[令呪]残り二画
[装備]魔法少女の衣装、カレイドステッキ・マジカルサファイア
[道具]バッグ(衣類、非常食一式、クラスカード・セイバー)
[所持金] 300万円程(現金少々、残りはクレジットカードで)
[思考・状況]
基本行動方針:『方舟の聖杯』を求める。
1.全員で戦う。どれだけ傷つこうともう迷わない。
2.ルヴィア邸、海月原学園、孤児院には行かない。
3.自身が聖杯であるという事実は何としても隠し通す。
4.サファイアが聞いた「サナエ」というアーチャーのマスターに対して…?
5.攻略の糸口が見つかるまでアキトとの接触、戦闘は避ける。
[備考]
※アンデルセン陣営を危険と判断しました。
※ライダー、バーサーカーのパラメータを確認しました。
※搦め手を使った戦い方を学習しました。
また少しだけ思考が柔軟になったようです。
※テンカワ・アキトの本名を把握しました。
※サファイアを通じて「サナエ」という名のアーチャーのマスターがいると認識しています。
※アキトの使う転移の名称が「ボソンジャンプ」であると把握しました。

【バーサーカー(黒崎一護)@BLEACH】
[状態] 健康、不機嫌
[装備]斬魄刀
[道具]不明
[所持金]無し
[思考・状況]
基本行動方針:美遊を護る
0.美遊を護る。
1.危険な行動を取った美遊への若干の怒りと強い心配。
[備考]
※エミヤの霊圧を認識しました
※ルーラーの提案を拒否したため、令呪による回復を受けていません。
※魔力消費はサファイアを介した魔力供給で全快しました。


[全体備考]
※B−9、天河食堂周辺の騒動を周囲のNPCが目撃しました。
これによりB−9で警察が厳戒態勢を敷いています。
またこの周辺に参加者がいれば一連の流れを見聞きした可能性があります。
※天河食堂前にCZ75Bの美遊を貫通しなかった弾丸と薬莢が転がっています。
※天河食堂のアキトが使っていたベッドに美遊の靴下が一足置かれています。


71 : ◆/D9m1nBjFU :2015/01/17(土) 15:01:39 DveA1CfE0
投下を終了します
指摘、感想等あればお願いいたします


72 : 名無しさん :2015/01/17(土) 18:51:21 4kSR8XTgO
投下乙です。

美遊が死んだら、サファイアも持ち物と判断されて消滅するのかな?

女の子の声で「テンカワはケダモノ」
銃声
女の子の声で「人殺し」
現場に向かった刑事とテンカワ・アキトの姿が無い
美遊も目撃されてれば「女の子に変態的なコスプレをさせていた」まで加わるな。
「交通事故で妻を喪い自身も大怪我を負った男が、リハビリが終わる前に銃を片手に女の子に手を出した」
酷い事件だ。

これだけの大事件になれば、春紀もアキトか女の子が聖杯戦争の関係者だと気づくだろうな。


73 : 名無しさん :2015/01/17(土) 23:56:12 E9cIp1gkO
投下乙です
ルリちゃん、君の知ってるテンカワ・アキトは(社会的に)死んでしまったよ…

>>72
付け加えると「手を出した女の子が逃げ出したら銃で撃ち殺そうとした」もだな
しかも美遊が今までに補導されたり家出したりしてるからさらに話が盛られる可能性も……
嫌な事件だったね(解決したとは言ってない)


74 : 名無しさん :2015/01/18(日) 00:23:10 NDglUWbM0
投下乙です。

アキトさん、ガッツの真名を独り言で言っちゃってるけど大丈夫かな。

美遊も被害者として警察に捜索されそうな気がする。

お互いに公道を歩きづらくなった予感。


>>72
しんちゃんやほむら、他のNPCが「服を残して」ということは今の所無いし、手に持ったままならそのまま一緒にかな?
その辺はその時の状況次第?


75 : 名無しさん :2015/01/18(日) 11:17:24 tkwLsZ7.0
投下乙です
アキトさんに一抹の救いがあるとしたら、夜の暮明だったことと黒バイザーに黒マントという衣装だったことかな
これらのおかげで銃を撃った場面では完全にアキトだと認識されたわけではないかもしれないから、犯罪者確定ではなく重要参考人レベルにはなるかもしれない


76 : 名無しさん :2015/01/18(日) 13:22:17 vnAuuzhk0
投下乙です
アキトさん、今までの細かい見落としとかのツケがここで一気に来ちゃったか
ただ別段ダメージとかはないしCCも令呪も十分だからまだまだ戦えそうなのが救いか

>>75
ただ直前に「テンカワさんのケダモノ」呼ばわりされてるからやっぱり厳しいかもしらんね…w


77 : 名無しさん :2015/01/18(日) 16:33:11 PlRuBBQ.0

堂島刑事の事件簿とか見たくなってくるなw


78 : ◆A23CJmo9LE :2015/01/22(木) 21:49:00 lYOzU7vg0
投下します


79 : 失楽園-Paradise Lost- ◆A23CJmo9LE :2015/01/22(木) 21:50:26 lYOzU7vg0
「A-8班が帰宅を始めたそうです!」
「先生、狭間君を見かけてませんか!?」
「柳洞、本多はいないのか?彼女の手も……」
「彼女は用事があるので授業が終わったらすぐに帰りました!先ほども報告したでしょう」
「岸波がいればもう少しまとまるのだが……」

教職員室は喧噪に包まれていた。
街では行方不明者が続出し、新都では臨時教員が暴動事件。
ただでさえピリピリしていたところに学内で謎の爆発に蟲の大量発生、それに伴う負傷者の発生。銃声を耳にしたなどと言っている生徒まで出てきた。
部活動で残っていた者、居残って勉強していた者、ただダラダラと残っていた者。
現在はその殆どを集団下校のために動かしている。
生徒会の一部と教師が生徒を確認し、順次帰宅させている。

ケイネス・エルメロイ・アーチボルトもその一員として働いていた。
放課後、職員会議で部活動についてや短縮授業について話していたところに、これだ。
ジナコ・カリギリの通報などで昼休みはほとんど話が進まず、明日以降どうするかも全く決まっていない。
騒ぎが起きて少しするとキャスターはいくつか言い残し、彼の元を離れていった。

「引き続き教師として振る舞え。指輪を外すな。『月霊髄液』をいつでも起動できるようにしておけ」

そのため今、面倒な仕事を嫌々ながらこなしている。これもすべて我が君のため。

『ケイネス』
『おお、戻られましたか!』

これであとは周りに押し付けて聖杯戦争に専念できるのでは。そう期待して主の帰還を喜ぶ。

『まだだ。今は館の近くに何者かがいる。鉢合わせでもすれば余計な消耗をする羽目になる。しばし職務を続けろ』

カーベ・イニミカム〈敵を警戒せよ〉。館にかけた守りの呪文の一つが、工房に接近したものがいることをキャスターに知らせていた。
もとより仕事を放り投げさせるつもりはなかったが、下手に館に逃げ籠めない事態になったのは手痛い。

『シオン・エルトナムはもう帰ったか?』
『は……は?いえ、彼女もまだ合流していないようです』
『先ほどから流れているように呼び出せるか?』

通常の時間割中の集団下校ならば統率も取れたかもしれない。
しかし事件が起き、生徒を集め出したのは放課後。
終業後即座に学園を出た者、7限目の授業を選択していない者など欠席者以外にも姿の見られない生徒は当然いた。
そのため班に欠員があってもそれが欠席者なのか?すでに下校したのか?確認がとれず校内放送で多くの名前が呼ばれていたり生徒宅に連絡が飛んだりだ。

『ええ、問題ないかと』
『なら呼び出せ。何人か人員も動かす、俺様も動く……ケイネス、重ねて言っておくが、ここを動くな。
 周囲を手駒で固めてはいるが、サーヴァント相手にはほぼ意味をなさん。お前と俺様の礼装なら時間稼ぎ嫌いはできようが……警戒は怠るな』

追加の指示を受け忠実に動くケイネス。
最低限の情報のやり取りを済ませ、呼び出しについても指示を受け、放送をするよう別の教師に依頼する。
依頼を受けた教師が放送のために動き、キャスターもまたなにやら準備をしているようだ。

……また面倒な業務の時間だ。
自分たちの時間はもちろんNPCまで動きが縛られる。欠席者の情報収集を依頼していたが、中途で切り上げざるを得なくなった。
小等部の欠席者は把握した。あとは例のジナコなる愚か者に、よく生徒会の手伝いをしている岸波という生徒も欠席しているらしい。
目立つ生徒であるという狭間なる者がいないというのも小耳に挟んだが、本来ならばもう少し情報も得られただろうに。


80 : 失楽園-Paradise Lost- ◆A23CJmo9LE :2015/01/22(木) 21:51:18 lYOzU7vg0

「先生、何やらケイネス先生に話があると言っている生徒がいるのですが」
「……何かな?」

何らかの報告か、相談か。重要性は分からないが立場上無碍にも出来ず、扉近くで立ち止まっていた生徒を呼び寄せる。

「どうも。高等部一年の武智乙哉です」
「楽にしたまえ」

軽く会釈してやり取りを交わす。その邂逅がどれだけ重大なものであるかもお互い知らず。

「そのー、私たちの班、まだ全員集まってないし、校門とかが混むといけないからとのことで待機してるんですけど。実は今日父が近くまで迎えに来てるんですよ……
 今朝から治安が悪いって私のこと心配してたみたいでして。交通機関に負担を掛けないようにするためにも父と下校させていただけないでしょうか?」

携帯を開き、メールを見せる。
差出人は〈お父さん〉、受信したのはつい先ほど、文面はシンプルに〈今校門の前まで来た〉。

本来ならこれだけのやり取りで許可が下りることはないだろう。
だが彼女の集団下校だけは確実に全員が揃うはずがない班で、集合を待っていてはいつまでも出発のできない班だった。それをケイネスはほぼ確信していた。
武智乙哉と同地区に居住する、暁美ほむら。
蟲に追われていたという報告が生徒からも上がっていた。加えて先ほどキャスターが蟲に妨害されながらも使い魔より得た情報で戦乱地にいた女生徒がまず彼女であることは推察できた。
そしてそれ以降姿が見えず、放送の呼びかけにも一切応じていない。
生きているなら逃げたのだろう、命を落としたなら語るまでもない。
だから、ケイネスはこう答えた。

「いいだろう。父君共々、気を付けて帰りたまえ」
「ありがとうございます!それでは、失礼します!」

そう言うと即座に駆け出して行った。
のんびりしていては他の教師や生徒に引き留められかねないと考えてのものだろうか。

「ちょ、いいんですか、ケイネス先生!?」
「混雑して行動が遅れては困るのは事実。それにここで粘られて職務に支障をきたしては面倒でしょう」

それはそうですけど、とぼやく同僚。
携帯があるなら話すくらいはした方がいいのでは。本当に父親なのか。色々と言いたいことはあるが、本人がいなくなってはどうにもならない。
仕事が忙しいのもあって追及はそこでやんだ。



(さて、登録名直さなきゃ…あのコの名前はっと)

そして事実そのメールは偽造したものであり、追及されては少しばかり困るものだった。
班分けが一緒だったNPCの友人に頼んでメールを送ってもらい、登録名をいじればおとーさんからの到着メールの出来上がりだ。

(持つべきものはやっぱ友達だよね。メールも送ってくれるし、携帯碌に使えない先生がいることも教えてくれるし)

メールを偽造し、それがばれにくいよう、また電話をかけたりしないよう機械に疎い先生を教えてもらい、その先生と話に行く。
万一ばれてもさっさと帰りたい生徒の悪知恵で済むようはした。
もっとも人を待たせているのは事実なのだが。

(まさかこんな大騒ぎが学園で起こるなんてね。迎えに来てくれてありがとね、アサシン…トオサカに知られると困るから外にいるってのは警戒し過ぎだと思うけど)

移動するにしてもここでほむらの下手人を探るにしろ集団下校に巻き込まれて自由がきかないのは不便だ。
だから一度、門の外で待つと念話を送ってきたアサシン、吉良吉影と合流してこの騒ぎの中心から離れる。
無傷で悠々と、混迷した学園の戦況に巻き込まれることなく。
それは恐らく、彼女のよき友達の功績。



◇  ◇  ◇


81 : 失楽園-Paradise Lost- ◆A23CJmo9LE :2015/01/22(木) 21:52:37 lYOzU7vg0



「はあっ!?休校!?」
「なんか爆発騒ぎがあったらしいよ。部活も中断、生徒は集団下校の最中。当然定時制もひとまず休みだってさ」

集団下校する生徒の一人ががそう教えてくれた。
バスに乗り、学園に来て早々それが無駄足と知らされた。
バイト先が事件に巻き込まれて休みになったと思ったらこれだ。何か憑いてるのか……いや事件に巻き込まれてないからむしろラッキーなのか。

「まああんだけ事件起きてるのに加えて騒ぎがあれば当然っちゃ当然か……」

徒労にはなってしまったが、戦争の最中と考えれば仕方ない。
そう考え、踵を返そうとする。

『なあ、ここって確かさ、検索施設でもあるんだよな?いいのか?』

そこに杏子が口をはさむ。質問の形ではあるが咎めるような、強い口調。
騒ぎが起きている以上ここで闘争があったのはまず間違いない。
いや、まだ続いているかもしれない。
中で上手く立ち回れば優位に立てるだろうが……

『帰るよ。横槍入れんのも嫌いじゃないけど、わざわざ虎穴に飛び込むほどの旨味はなさそう』

初戦とは状況が違う。
サーヴァントがどれだけトンデモなのかも知ってるし、ここではNPCを巻き込みかねない。
入るな、と言われているところに入るのは…難しくはないが手間だし、放っておきたくない奴もいる。

『……少しさ、考えてみたんだよ。アンタの言うれんげと“かっちゃん”の違和感について……あの子、選ばれたんじゃないか?』
『?“かっちゃん”にか?』
『いや、この方舟の“ノア”にさ』
『どういう意味だよ』

話が変わるようだが、何らかの意図があると踏み続きを促す。

『れんげの村が災厄に呑まれる前に、方舟に乗せて助けようとした奴がいるんじゃないかってことさ』

確かに方舟と言えば避難先というか、そんな感じだが……

『ここは殺し合いの場だぞ?そんなとこに連れてくるのが助けになるわけないだろ』
『NPCとしてならどうだい?本来NPCとして何も知らずに過ごす予定だったが、記憶を保持したまま来てしまった』
『…仮にそうだとしてもNPCだって安全とは言い切れないだろ。やり過ぎたら罰則があるらしいけどすでに色んな事件起きてるし』

ケーキ屋が休みになったのもその一つだ。
ここでNPCに保証される安全なんてたかが知れている…ように思える。
ルーラーの中途半端な対応に首を傾げるところがないでもないが。

『そう、罰則があるんだ。変なんだよね、どう考えてもNPCなんて邪魔でしかないのにやり過ぎたら罰則があるなんて。なら初めから置くなって話でしょ?
 ならなんでいるの?……逆にさ、本来ここにはNPCしか存在しないはずだったんじゃない?』

その口から飛び出したのは聖杯戦争という現状を全否定するような言葉。

『なんだよ、それ。ここでは聖杯戦争が起こるはずじゃなかったってこと?』
『NPCもルーラーも、純粋に殺し合うならちぐはぐじゃん。突発した聖杯戦争に対応するために慌ててルーラーを召喚したとしたらあの杜撰さにも多少は納得がいくんだけどねえ。
 ま、れんげがここにいる理由とかこのおかしな聖杯戦争を踏まえてみたあたしなりの仮説だよ』

なぜマスター以外の存在がいるのか。逆に、マスターの方がイレギュラーなのではないか。
なぜれんげのような存在がいるのか。方舟の伝承にあるように何らかの災害から救済しようとしたのではないか。
NPCとは種の保存のために集められたもので、ここでマスターも本来皆NPCとして平和に過ごす予定だったのではないか。
……そもそもここで、聖杯戦争など起きる予定ではなかったのではないか。


82 : 失楽園-Paradise Lost- ◆A23CJmo9LE :2015/01/22(木) 21:54:23 lYOzU7vg0

『どっかにいるんじゃない?れんげを木片で連れてきて災害から生き残らせようとした“ノア”が。平和なNPCしかいない楽園のような方舟でね。
 で、聖杯戦争が起きたのは……偶然自我に目覚めるのに慣れた元NPCがいたのかもしれないし、ロボの旦那のマスターみたく外からなんかやったのがいるかもしれない。
 “ノアの息子夫婦”とか、それ以外の奴が中からいじった可能性もある。ま、あたしはどっちかっていうと突っ走るタイプなんでこーいうの、あんまり当てにしないで』
『……方舟のこと、詳しいんだね』
『ふん、アンタも聖書くらいは読んだら?』

唐突に与えられた仮説に悩み、黙考する春紀。
この仮説が真ならば…これはイレギュラーな、もしくは仕組まれた聖杯戦争ということになる。
それがどういうものかはわからないが、あまりいい状況とは思い難い。

『前置きが長くて悪いんだけどさ、あたしはここを利用してくべきだと思うよ。れんげを連れてきた筆頭候補はアイツのサーヴァントだ。
 この戦争を引き起こしたやつがそいつかも、ってあたしは言ってるんだ。何の対策も練らずに戻るのはちょっと、ねえ。賢明じゃないと思うよ』

見るからに帰りたがっていたマスターに釘をさす。
容姿や能力に“かっちゃん”という真名のヒントもあるのだ。敵の手の内は知っておくに越したことはない。
ロボの旦那については情報が少ないが、それでもとりあえず調べて損はない。
そう、意思ではっきりと示す。

今の春紀はれんげを意識するあまりに戦意が薄くなっている。
『意外の毒』に侵され、牙を失いかけている。
調査も兼ね、ここであえてこの戦場に身を置き、再び爪を研ぎ牙を磨くべきだろう。
……自分も含め。

始めに放たれた鴉は戻ってこなかった。
次に放たれた鳩はしばらくして戻ってきたが、もう一度放ったらオリーブの枝を咥えて戻ってきた。
さらに時間をおいて放った鳩は安住の地を見つけた。

方舟に招かれたものが人のつがいでないならば。
招かれた者が別の何かに符合するなら。
最後の一組にならずとも彼女がこの方舟から出る術はあるのではないか。
……そう希望的に考えなかったといえば嘘になる。

(あたしも甘さが移っちまったかな、ったく)

だからこそ、勝ち抜きたければ闘争に身を置くべきだ。動機など、勝利を求めるだけで十分。



悩む少女二人をよそに学園近くを歩む男がいた。
意図してか目立たないように振る舞い、気持ち何かを警戒しているようようだ。
纏う空気も放つ魔力量もどこにでもいるサラリーマンと変わらない。
強いて特徴を上げるなら……その男のネクタイにはドクロが描かれていた。


83 : 失楽園-Paradise Lost- ◆A23CJmo9LE :2015/01/22(木) 21:56:29 lYOzU7vg0

【C-3 /月海原学園近く/一日目 夕方】

【寒河江春紀@悪魔のリドル】
[状態]健康、満腹
[令呪]残り3画
[装備]ガントレット&ナックルガード、仕込みワイヤー付きシュシュ
[道具]携帯電話(木片ストラップ付き)、マニキュア、Rocky、うんまい棒、ケーキ、ペットボトル(水道水)
   筆記用具、れんちょん作の絵(春紀の似顔絵、カッツェ・アーカード・ジョンスの人物画)
[所持金]貧困レベル
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を勝ち抜く。一人ずつ着実に落としていく。
1.月海原学園(定時制校舎)が休校だったのでれんげのもとへ帰るつもりだったが……
2.時機を見てホシノ・ルリ、宮内れんげと連絡を取り合流する。
3.杏子の過去が気になる。
4.食料調達をする。
5.れんげのサーヴァントへの疑念。
[備考]
※ライダー(キリコ・キュービィー)のパラメーター及び宝具『棺たる鉄騎兵(スコープドッグ)』を確認済。ホシノ・ルリをマスターだと認識しました。
※テンカワ・アキトとはNPC時代から会ったら軽く雑談する程度の仲でした。
※春紀の住むアパートは天河食堂の横です。
※定時制の高校(月海原学園定時制校舎)に通っています。
※昼はB-10のケーキ屋でバイトをしています。アサシン(カッツェ)の襲撃により当分の開業はありません。
※ジナコ(カッツェ)が起こした事件を把握しました。事件は罠と判断し、無視するつもりです。
※ジョンスとアーチャー(アーカード)の情報を入手しました。
 ただし本名は把握していません。二人に戦意がないと判断しています。
 ジョンス・アーカードの外見を宮内れんげの絵によって確認しています。
※アサシン(カッツェ)の情報を入手しました。
 尻尾や変身能力などれんげの知る限りの能力を把握しています。
 変身前のカッツェの外見を宮内れんげの絵によって確認しています。
※ホシノ・ルリ・ライダー組と共闘関係を結び、携帯電話番号を交換しました。


【ランサー(佐倉杏子)@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]健康、魔力貯蓄(中) 、霊体化
[装備]ソウルジェムの指輪
[道具]Rocky、ポテチ、チョコビ、ペットボトル(中身は水、半分ほど消費)、ケーキ、れんちょん作の絵(杏子の似顔絵)
[思考・状況]
基本行動方針:寒河江春紀を守りつつ、色々たべものを食う。
1.春紀の護衛。彼女の甘さに辟易。払拭のため戦場へ行きたい。
2.ライダー(キリコ)と共闘しつつ、弱点を探る。
3.食料調達をする。
4.妹、か……。
5.れんげのサーヴァントへの疑念。
[備考]
※ジナコ(カッツェ)が起こした事件を把握しました。
※ジョンスとアーチャー(アーカード)の情報を入手しました。
 ただし本名は把握していません。二人に戦意がないと判断しています。
 ジョンス・アーカードの外見を宮内れんげの絵によって確認しています。
※アサシン(カッツェ)の情報を入手しました。
 尻尾や変身能力などれんげの知る限りの能力を把握しています。
 変身前のカッツェの外見を宮内れんげの絵によって確認しています。
※れんげの証言から彼女とそのサーヴァントの存在に違和感を覚えています。
 れんげをルーラーがどのように判断しているかは後の書き手様に任せます。
※れんげやNPCの存在、ルーラーの対応から聖杯戦争は本来起こるはずのないものだったのではないかと仮説を立てました。
 ただし本人も半信半疑であり、あまり本気でそう主張するつもりはありません。


84 : 失楽園-Paradise Lost- ◆A23CJmo9LE :2015/01/22(木) 21:57:06 lYOzU7vg0

【アサシン(吉良吉影)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]:健康、聖の手への性的興奮
[装備]:なし
[道具]:レジから盗んだ金の残り(残りごく僅か)
[思考・状況]
基本行動方針:平穏な生活を取り戻すべく、聖杯を勝ち取る。
0.フフ…ああ…良い『手』だった…
1.乙哉を迎えに行く。
2.甲冑のサーヴァントのマスターの手を頂きたい。そのために情報収集を続けよう。
3.B-4への干渉は避ける。
4.女性の美しい手を切り取りたい。
[備考]
※魂喰い実行済み(NPC数名)です。無作為に魂喰いした為『手』は収穫していません。
※保有スキル「隠蔽」の効果によって実体化中でもNPC程度の魔力しか感知されません。
※B-6のスーパーのレジから少額ですが現金を抜き取りました。
※スーパーで配送依頼した食品を受け取っています。日持ちする食品を選んだようですが、中身はお任せします。
※切嗣がNPCに暗示をかけ月海原学園に向かわせているのを目撃し、暗示の内容を盗み聞きました。
 そのため切嗣のことをトオサカトキオミという魔術師だと思っています。
※衛宮切嗣&アーチャーと交戦、干将・莫邪の外観及び投影による複数使用を視認しました。
 切嗣は戦闘に参加しなかったため、ひょっとするとまだ正体秘匿スキルは切嗣に機能するかもしれません。
※B-10で発生した『ジナコ=カリギリ』の事件は変装したサーヴァントによる社会的攻撃と推測しました。
 本物のジナコ=カリギリが存在しており、アーカードはそのサーヴァントではないかと予想しています。
※聖白蓮の手に狙いを定めました。
 進行方向から彼等の向かう先は寺(命蓮寺)ではないかと考えていますが、根拠はないので確信はしていません。
※サーヴァントなので爪が伸びることはありませんが、いつか『手』への欲求が我慢できなくなるかもしれません。
 ですが、今はまだ大丈夫なようです。

【C-3 /月海原学園/一日目 夕方】

【武智乙哉@悪魔のリドル】
[状態]:健康
[令呪]:残り3画
[装備]:月海原学園の制服、通学鞄、指ぬきグローブ
[道具]:勉強道具、ハサミ一本(いずれも通学鞄に収納)、携帯電話
[所持金]:普通の学生程度(少なくとも通学には困らない)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を勝ち取って「シリアルキラー保険」を獲得する。
1. アサシンと合流する。
2.『友達』を倒した相手を探したい。
3.他のマスターに怪しまれるのを避ける為、いつも通り月海原学園に通う。
4.有事の際にはアサシンと念話で連絡を取る。
5.可憐な女性を切り刻みたい。
[備考]
※B-6南西の小さなマンションの1階で一人暮らしをしています。ハサミ用の腰ポーチは家に置いています。
※バイトと仕送りによって生計を立てています。
※月海原学園への通学手段としてバスを利用しています。
※トオサカトキオミ(衛宮切嗣)の刺客を把握。アサシンが交戦したことも把握。
※暁美ほむらと連絡先を交換しています。



※現在の時刻は少なくともB-4での鬼眼王出現前です。


85 : 原罪-Mudblood-- ◆A23CJmo9LE :2015/01/22(木) 21:58:16 lYOzU7vg0




―シオン・エルトナム・アトラシアさん。ケイネス先生がお呼びです。至急――

『呼ばれてるぜ、マスター』
『ええ、そうですね。こちらも概ね作業を終えたところです。見落としがないとは言い切れませんが……急場の対応としてはこれくらいが限界でしょう』

屋上での邂逅から多少なりの時間は経過していたが、シオンたちはまだ学園内に残っていた。
多くのサーヴァントに顔が割れた以上、早期に現状を脱し最悪拠点の変更も考えなければならないだろうに。
しかし、その前にやることがあると考え作業をしていたのだ。

立つ鳥後を濁さず、という言葉がある。その言葉の通り彼女たちは自分たちの残したある痕跡を消していた。
それは後の者を気遣う、などと言う考えではなくもっと戦略的なもの。
自分たちに辿りつく材料を減らし、追撃を抑えるため。
姿を追うのを抑えるのよりもっと重要、アーチャーの真名に迫るヒントを抹消する。

〈サティポロジァビートルの腸〉

それはかつて波紋戦士が武器として用いたものであり、コードキャストの材料として取り寄せたもの。
研究の名目であり、自分がそれを評価される留学生の立場である以上それについては知る者もいる。
真名に至る材料として十分ではないが、手の内のヒントとしては上々、いくつか材料を組み合わせれば真名にも至られてしまうかもしれない。
発注の記録やそれについて記した論文など可能な限り消去した。
研究室中に書面として存在するものは見つかる限りアーチャーが処分。
データ上に存在するものは侵入(ハッキング)後にこの方舟自体から消去(デリート)。

万一見落としがあったとしても、サティポロジァビートルだけに注目するのは難しい。
書いた論文中にはもちろんそのことも書いているがそれだけではない。
〈滞空回線の作成技術を応用したナノフィラメントの開発〉、〈生物工学による人体の再生〉、〈昆虫および節足類を利用した人体に無害な糸〉など。
アトラシアの名のこともあり、これを隠した理由はエーテライトが可能性としてに真っ先にあがるだろう。
ここからアーチャーの真名に至るのは……不可能ではないが容易くはない。

注目のまだ薄かった以前は下手に動くとマスターとしてばれる危険が高くこうした動きはしてこなかったが、状況が変わった。
マスターであるという情報の秘匿よりも今後は手の内の秘匿が重要になるだろう。水も漏らさぬよう、完璧に近く隠し通す。
その作業も一段落して、そこに間がよく呼び出し。応じるか否か。

『いくのか?ケイネスっつうと…例のマスター候補か』
『だからこそ私も悩んでいます。業腹ながら確定材料がこちらには不足していると言うざるを得ません』

あくまで候補にすぎないのだ。
ただ単に担任だから呼び出したのかも。だとしたらこの呼び出しに応じるのはほぼノーリスクノーリターン。
むしろ名を呼ばれたことが知れている分リスクの方が大きいかもしれない。
だが本当にマスターなら。
罠でも用意して待ち構えているかもしれない。
先の騒ぎのいずれかを警戒して同盟を申し出るものという可能性もある。
考え難いが、マスターではあるがそれとは別に方舟での役割を全うするためだけに呼びだしたというのも否定はできない。

『ここで退くのは戦略的とは言い難いと俺は思うぜ』

ジョースター家の戦士は〈逃げる〉ことを厭わない。
だがそれは〈逃げ道〉が〈真の勝利への道〉であるなら、〈光り輝く道〉であるなら。
今退いて得られるのは精々一時の安寧で、勝利ではないだろう。

『……分かりました。負担を掛けるかもしれませんがお願いします、アーチャー』
『もちろんだぜ、マスター』

二人、歩み出す。
ジョセフが思い返すのはスイス、サンモリッツのホテル。
命を落とした戦友にして親友、シーザー……共に行く以上、決してあのような事態は起こさない。
カーズの罠を看破し、その上をいった師にして母、リサリサ……彼女のようにマスターを守ってみせる。
覚悟を決める。暗闇の荒野に進むべき道を切り開くべく。


86 : 原罪-Mudblood-- ◆A23CJmo9LE :2015/01/22(木) 21:59:35 lYOzU7vg0



教職員室にいるというケイネスの元へ。
呼び出し場所がNPCの多い場所であったのは応じた理由の一つだ。
無闇な被害はルーラーによる処罰が下るのなら、そこで開戦とはならないだろう。
周り全てに暗示など懸けていては話は別だが…周囲の人間に遠方からエーテライトを用いれば問題ないし、暗示の有無を判断できる程度には魔術知識もある。
敵の打ちえる手を想定し、伝聞に聞くロード・エルメロイの戦力情報も分析。
前提条件が不足しているため数値の振り分けは困難だが、そこはアーチャーに期待するしかない。

周囲への警戒と戦略構築を並行して行っていると

「ここにいたか、エルトナム」

道中黒髪の教師に話しかけられた。
先ほどまでは一切NPCの目に留まらないよう動いていたが、呼び出されて振り切る言い訳を用意できたなら多少は見つかっても構わないだろうと考え、精神面で消耗の激しい隠密行動はやめた。
それでも勿論、警戒は怠らない。この教師からも魔力はほぼ感じられないし、サーヴァントの気配もない。

「迎えに来ていただいたのでしょうか?何が起こるかわからない現状で、お手を煩わせて申し訳ありません」
「何が起きるかわからない……か。そうだな、サーヴァントがどのような能力を行使するかは読めん。
 だからこそ君は担任の呼び出しにあえて応じたのだろう?」

若く、どことなく鈍そうな、しかし優しげに見える青年が奇妙な匂いを漂わせ、似つかわしくない邪悪気な声を響かせる。
その内容はとてもきな臭いもの。必然、空気は変わる。
それを受け、ジョセフも現界する…拳を握り、戦意に目を光らせ。

「まあ待て、エルトナム。こっちだ、図書室…検索施設で話そう。人払いも担任への情報処理も済ませた。
 交戦の意思はない……見ての通りこちらは一人だ」
「…なるほど。いいでしょう」

検索施設は中立地点というほどではないが、その有用性は大きい。
破損などさせたくはないだろうし、何かしでかせばルーラーも黙っていないだろう。
戦闘の意思が薄いと多少は信用してもいい。
魔力の少なさとサーヴァントの居場所、罠の可能性は気になるが立ち止まっていても状況は好転しない。

「おォッ〜と、待った。ちょいと喉が渇いちまってよォ〜、一杯飲んでからでもいいかい?」

そう言いながらペットボトルの水をどこからか取り出すジョセフ。
いつの間にか、先ほどの研究室で調達していたのか、昨晩シオンの知らないうちにどこかで買っていたのか。

「急げ」
「そうかい。それじゃ、ほんの一口」

その言葉と共にボン!と大きな音を立てて蓋が勢いよく飛び出し、教師の横を通って壁に食い込んだ!
誰も触れていないにもかかわらず突然吹っ飛んだ蓋は、壁に着弾してからもギャルギャルと回転を続けていた。
もし指にでも当たっていればマッチのように容易くへし折れていただろう。

「ヤバイヤバイ、ポイ捨てはダメだよね〜。
 ……警告しとくぜ。もし妙な真似を少しでもしようならてめーの目ん玉にコイツで蓋をするッ!肝に銘じときな」
「…フン、来たまえ」

壁にめり込んだ蓋を回収しながら凄むジョセフに一瞬恐れを見せたが、すぐに持ち直し歩み出した。
後ろにシオンも続き、その横をペットボトルに蓋をしながらジョセフも続いた。


87 : 原罪-Mudblood-- ◆A23CJmo9LE :2015/01/22(木) 22:00:08 lYOzU7vg0


そして図書室。
言っていたように人の気配はなく、周りの目を気にせず話ができそうだ。
扉をくぐり、全員が図書室に入る。

「素晴らしい蔵書だ。魔術、英雄、さまざまな伝承に満ちた知識の泉。魔術師の血が騒ぐだろう?」
「ええ。古今東西はおろか並行世界の書物まで揃ったここはとても魅力的です。が、今はそれより話があるのでしょう?」

異なる理論を扱う魔術師とのディベートに興味が湧かないではなかったが、横道に逸れている余裕はない。
場を支配させない意味でも話を急かす。

「魔術師が二人、戦場で向き合ったのだ。『決闘』でなければ『契約』だろう。
 その知性と気概は評価に値する。シオン・エルトナム、我々にはおまえのような高貴な血筋の者が必要だ。我らに付け」
「……つまり手を組めと?」

己が手の内を一切さらさず手を組めというのにアーチャーはいい顔をしないが、かつて自分も似たようなことをやっただけに強くは言えない。
第一、魔術師なんて大なり小なりこのようなものだ。

「いくつか質問が。まずあなたのサーヴァントは未だに姿を見せないが、私はそれを認識していますか?」
「おまえが誰を知っていて誰を知らぬかなど、こちらが知るはずもないだろう」
「聖杯に託す願いは?」
「強いて言うなら名誉。サーヴァントの方は再誕だ。そちらは?」
「まずは方舟と聖杯の可能性を調べることを優先しています」

問答を繰り返し、腹を探り合う。
互いにほぼ意味のないやり取りだが、方針、性格、価値観など言外に浮き彫りになるものはある。
そこへ僅かに呼吸音を響かせているだけだったアーチャーが口をはさむ。

「おれはよォー、マスター。手の内はともかく面も見せねーヤツと組むのはごめんだぜッ!」

らしくなく感情的な台詞。
姿を見せろ、でなきゃ組まない。
徹底的に姿を秘匿しているものに対してこれは、安っぽく例えるなら破格の安さでケバブを売れというようなもの。
無茶な要求を突き付け、妥協を引き出す。

「……仕方ないな。なら、クラスを当てることができたら姿を見せてもいい」
「ほう、グッド!嫌いじゃないぜ、そういう賭け。アレも使っていいんだよな?」
「好きにしろ」

検索施設でならサーヴァントのクラスごとの数も確認できる。
それは多少なりヒントになるだろう。
許可が下りたのを聞き、その内訳を確認する。

「ところで!」

結果が表示されるとほぼ同時にクラッカーを投擲する。
それが透明なナニカを砕く音を響かせる。

「やっぱ覗き見してたな。ここに来た時点で妙な感じはしてたんだ。
 マスターの名前と姿を把握してるうえ、ここのセッティングができるってことはお前はそれなりの情報処理能力を持ち合わせてる。
 そんな奴が人払いをする際に『使い魔』を見逃すはずはねえ。つまり、こいつはお前が仕掛けたってことだ。
 吸血鬼を百匹も用意してたとかならともかく、このくらいなら自衛目的ってことで多少は見逃してもよかったがよォー、これは手癖が悪すぎるんじゃねえか?」

左手にクラッカーを回収しつつ糾弾する。
右手のペットボトルの水面には『波紋』が浮かんでいた。
何が飛び出すか分からないこのアーチャー、態度で雄弁に語っている。
自衛にも使える使い魔は潰した、危機に瀕した時のためサーヴァントを呼ばなくていいのか?と。


88 : 原罪-Mudblood- ◆A23CJmo9LE :2015/01/22(木) 22:00:50 lYOzU7vg0

「残念だ」

だがそれに対して悪びれるでもなく、警戒してサーヴァントを呼ぶこともせず男は呟くのみ。
まるで自分は死なない、傷つかないと確信しているかのよう。

「使い魔に関してはこちらの非だな、素直に詫びる……この場はお開きとしよう。
 もしまだ交渉の余地があれば、連絡をくれることを祈っている」

そういって一枚の紙切れを投げてよこした。名前と連絡先が記してあった。

「そうそう、もし集団下校に合流する気があるなら教職員室に改めて来たまえ。
 まあ来なくとも我らの手の及ぶ範囲では何も言われんようにしておく。一人で抜け出そうと自由だ……では、連絡期待している」

そう言い残して退出していった。
交渉が目的だったにしてはあっけなく引いたのが気にかかるが、使い魔をつぶされたのが手痛かったのか?
ここで折れずに退かれてしまったのは少々痛いが

『アーチャー』
『おう』

エーテライトを用い、対吸血鬼用の三層多重結界を敷く。
それなりに強力な結界ではあるが、二十七祖クラスにもなれば対抗はできる。
それに匹敵する実力のサーヴァント、ましてや吸血鬼でない者に対しては多少の障害になる程度。
だがそこにアーチャーの波紋が加われば別。
擬似神経であるエーテライトと波紋の相性は悪くない。加えて対吸血鬼の概念という共通点を持たせれば宝具すら受け止め得るはず。
対軍や対城、それ以上ともなれば厳しいだろうが、検索施設でそんなものを放つ愚か者はそういない。

外部への警戒を強め、自分は検索機を用いた調査に乗り出す。
時間にまつわるスタンド使い、蟲を使う女性のキャスター、金色の頭髪に鎧のセイバー。
真名まではいけないだろうが、どの程度の情報を入力すればどの程度まで新たな情報を得られるのか知っておくのは重要だ。
どの程度なら手の内を明かしても問題ないか、どこまで相手のことを知れれば十分か。その基準は重要だ。
真祖やタタリを利用してそのあたりを試してみるのも考える。

調べ物ならアーチャーと共に行った方が効率はいい。
彼の意見は自分にはない視点からのものを期待できるだろう。だが警戒に割くざるをえない。

水面の『波紋』が使い魔を捉えたのは入り口近くだが、道中の時点で別の報告をしてきていた。
何者かがここに来るまでにも後をつけており、サーヴァントの気配もしたという。
そして今も近くに潜んでいる。
自分は全く気付けなかった、なかなかの腕利き。

あの男と組んでいる可能性は、薄いだろう。
すでに組んでいる相手がいるなら私たちにまでそれを持ちかけるとは考えにくいし、もし誘うにしても二組既にいるという戦力のアピールはむしろした方がよいはず。
考えてみれば〈アトラシア〉を〈アーチボルト〉が呼び出したのだ。この方舟の外で同じことが起きれば警戒する者は当然出る。
それを嗅ぎ付けた他のマスターだろう。

ならばあの教師を外に見送り、威力偵察とする。それが最も利を生むだろう。
彼を破り、そのまま挑んでくるなら迎え撃つ構えはある。
彼の方が勝利したようなら、痕跡を調べたのちに改めて連絡を取るのは、なかなか優先度の高い選択肢だ。

そう考える程度には評価に値する。
思考や方針は典型的な魔術師のそれ、願いも癖のないありきたりなもの。恐らくは偽りはない、とそれだけなら凡百のものだが……
あの教師…道中でエーテライトを差し込めたはいいが、一切思考が読み取れなかった。
まるで心を閉ざしているかのよう。
エーテライトの対策も考えてそれを実行しているというなら相当な魔術師だ。
ケイネス・エルメロイ・アーチボルトとの関係は…同僚として協力させたのか、暗示でもかけているのか。
放送で私を呼んだのは彼の名でだったが……ケイネスに主導権がなさそうなところを見るにマスターの可能性は薄い?


89 : 原罪-Mudblood- ◆A23CJmo9LE :2015/01/22(木) 22:01:36 lYOzU7vg0

『むっ』
『なっ』

突如として訪れた変化に二人して驚きの声を漏らす。

『マスター、あいつの呼吸の気配が消えた。サーヴァントの気配は一つのままだ』
『こちらはエーテライトが断たれました。ナノサイズのフィラメントに気づいた?いえ、呼吸が消えたとしたら…』
『死んだ、か。かもな。だがあの蟲しかりあれだけ慎重に立ち回る奴がこうも呆気なく消えるとも思えねえ。
 瞬間移動とか別の次元に身を隠すとか出来る能力者を知ってる。そういう可能性もある』

瞬間移動…というと空間転移か。
それに別次元への移動や避難。どれも魔法の領域。
それなら確かに呼吸も追えず、エーテライトも断たれるかもしれない。
エーテライトのことを知り、それの対策を行えるマスター。本人もしくは姿を見せなかったサーヴァントは魔法使い。
相当な魔術師、という評価では足りないか。

『連絡先はあるんだ。後で生存確認くらいはありかもな。だがそれよりも』
『ええ。外にいる二人がどう動くか。』

威力偵察にはほぼならなかったか。
だがここなら、迎撃準備も交渉準備もしやすい。
さあ、来るなら来なさい。アトラスの錬金術師の腕前、お見せしましょう。


◇  ◇  ◇


「姿を現せ。いるのは分かっている」

図書室を出て数歩、声を響かせる男。
廊下の死角に向けた、ハッタリではなく確かな確信を持ったものだ。
それに姿を潜めることの無意味を悟ったか二人の女傑が姿を現す。
ミカサ・アッカーマンとセルべリア・ブレス。

二人は暁美ほむらとの戦闘地から離脱し、僅かながら休息をとっていた。
魔力とはすなわち生命力。魂喰いにより補給はしたが、それでミカサの消耗が癒える訳ではない。
銃創の手当もしなければならないのに、保健室は負傷者でごった返し、集団下校のため生徒を集める動きもあった。
吐血までした以上、輸血まではいかずとも経口輸液や造血くらいはしたかったが状況がそれを許さなかった。
一旦は回復に務めるため、銃創に慣れていないミカサの手当てをセルべリアが行い、人目にふれないところで休養。

そこへ、シオン・エルトナム・アトラシアを教師ケイネスが呼び出すという放送が響いた。
あのキャスターが警戒対象と言った教師と、少なくとも暁美ほむらよりは難敵であろう生徒。
その二人が会うというのを放っておくという判断はできなかった。
願わくは合流前にシオン・エルトナム・アトラシアを叩きたかった。
ケイネスの方が厄介であろうし、教職員室は人目に付く。
そのため距離を置いて待ち伏せたのだが……

幸運にも視野を広くとっていたため、誰かと歩み出すシオンとそのサーヴァントを見逃しはしなかった。
不運にも教職員室から離れた地点で合流されたため、邂逅を阻むことはできなかった。
それを尾行し、もし別行動を取ることがあれば襲撃を考えていたが

(失態だった…!)

内心臍を噛むミカサ。
未練がましかった。あの時点で退いていれば。
そうせずとも気付かれたのは自分の責だ。
悔しいが自分は巨人との闘争が本懐であり、人間相手、ましてや尾行の技術など専門外。
すぐ後ろの図書室にはシオン・エルトナム・アトラシアがまだいるはず。
決裂した可能性もあるが、もし組んでいたなら最悪二対一。
向いていない自覚はあるが、交渉になるか。
そこで相手が孤立していると確信が持てれば、戦闘。

あえて敵の前に二人、姿を晒す。
この程度の距離ならランサーが詰めるのに一瞬もいらない、喉元に刃を突きつけているも同じ。
敵サーヴァントが確認できないためアサシンを警戒、彼女の側に立つ。

「あなた、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト?」

聞いていた外見と一致しない。
だがシオン・エルトナム・アトラシアを呼びだしたのは確かにケイネスだった。
間の前の男も聖杯戦争の関係者であるのは間違いないのだが。
まさかケイネスという教師は二人いる?彼以外にもマスターがいるだけ?

「なぜ彼の名前が出てくるのか分からないが、違う。そもそも私はどう見ても東洋人だろう。
 それはそうと。暁美ほむら…………どうした?」
「…見ていたの?」

彼女の最期を思い出しさざ波のようなかすかな動揺が走る。
その瞬間、対峙した教師の近くでバシッ、と鞭を撃つような音が響くと

男は姿をくらましていた。


90 : 原罪-Mudblood- ◆A23CJmo9LE :2015/01/22(木) 22:02:12 lYOzU7vg0

瞬間、二人の思考が冷える。
壁を背に、周囲を警戒。
透明化?瞬間移動?なんであろうと不意の襲撃も感知できるよう目と耳を研ぎ澄ませ走らせる。
呼吸音一つ、衣擦れ一つ聞き漏らさない。針一本、銃弾一つ見落とさない。
そんな緊張が続く。一分経ったか十分経ったか本人たちにも定かではなかったが、暫くして二人ふ、と力を抜く。

「逃げたな」

構えを解き確認するようにつぶやくセルベリア。
それを首肯し、周囲に向けていた注意を図書室一本に絞る。
…やはりケイネス・エルメロイ・アーチボルトではなかったようだが、キャスターもあの男のことは知らなかったのか。

「だが一時退いただけと言う可能性もある。例えば中の二人と合流するために」

扉一枚隔てた向こうに、シオン・エルトナム・アトラシアとそのサーヴァントがいる。
もしかしたら今の男やそのサーヴァントもいるかもしれない。
……東洋人、か。あの男も暁美ほむらも私や母と同じ黒い髪。生まれや生活は……
いや、余計な感傷。

「短時間なら全力戦闘に支障はない。初撃からいこうか?」

扉を破り、中まで纏めて奇襲染みた攻撃。ランサーの実力なら容易く可能だろう。
だがそれを防がれれば?あの火力を防ぐのは容易では無かろうが、相手もサーヴァント。
虎の子の魔力を無為に消耗するのは避けたい。
ましてやもし二対一ならかなりの逆境。
もし通ったとしても、検索施設に破壊が及べばルーラーによる処罰の可能性もある。
どう、動く……?




【C-3 /月海原学園、図書室/一日目 夕方】

【シオン・エルトナム・アトラシア@MELTY BLOOD】
[状態]健康、アーチャーとエーテライトで接続。色替えエーテライトで令呪を隠蔽。
[令呪]残り三画
[装備] エーテライト、バレルレプリカ
[道具]
[所持金]豊富(ただし研究費で大分浪費中)
[思考・状況]
基本行動方針:方舟の調査。その可能性/危険性を見極める。並行して吸血鬼化の治療法を模索する。
1.検索施設を利用しての調査、確認。
2.図書室外のマスターに対応。交渉でも交戦でも応じる。
3.学園内でのマスターの割り出し、及び警戒。こちらから動くか、隠れ潜むか。来るだろう接触に備える。
4.帰宅後、情報の整理。コードキャストを完成させる。
5.方舟の内部調査。中枢系との接触手段を探す。
6.学園に潜むサーヴァントたちを警戒。
7.展開次第では接触してきた教師と連絡を取ることも考える。
[備考]
※月見原学園ではエジプトからの留学生という設定。
※アーチャーの単独行動スキルを使用中でも、エーテライトで繋がっていれば情報のやり取りは可能です。
※マップ外は「無限の距離」による概念防壁(404光年)が敷かれています。通常の手段での脱出はまず不可能でしょう。
 シオンは優勝者にのみ許される中枢に通じる通路があると予測しています。
※「サティポロジァビートルの腸三万匹分」を仕入れました。研究目的ということで一応は怪しまれてないようです。
※セイバー(オルステッド)及びキャスター(シアン)のステータスを確認しました。
※キャスター(シアン)に差し込んだエーテライトが気付かれていないことを知りました。
※「サティポロジァビートルの腸」に至り得る情報を可能な限り抹消しました。
※黒髪の若い教師(NPC、ヴォルデモートが洗脳済み)の連絡先を入手しました。現時点ではマスターだと考えています。
 これに伴いケイネスへの疑心が僅かながら低下しています。


【アーチャー(ジョセフ・ジョースター )@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]健康、シオンとエーテライトに接続
[装備]現代風の服、シオンからのお小遣い
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:「シオンは守る」「方舟を調査する」、「両方」やらなくっちゃあならないってのが「サーヴァント」のつらいところだぜ。
1.図書室外のマスターに対応。交渉でも交戦でも応じる。
2.学校にいるであろう他のマスターに警戒。候補はケイネスとおさげの女の子、あと蟲使い。来るだろう接触に備える。
3.夜の新都で情報収集。でもちょっとぐらいハメ外しちゃってもイイよね?
4.エーテライトはもう勘弁しちくり〜!
[備考]
※予選日から街中を遊び歩いています。NPC達とも直に交流し情報を得ているようです。
※暁美ほむら(名前は知らない)が校門をくぐる際の不審な動きを目撃しました。
※黒髪の若い教師(NPC、ヴォルデモートが洗脳済み)を確認。現時点ではマスターだと考えています。


91 : 原罪-Mudblood- ◆A23CJmo9LE :2015/01/22(木) 22:02:32 lYOzU7vg0

【C-3 /月海原学園、図書室前/一日目 夕方】

【ミカサ・アッカーマン@進撃の巨人】
[状態]:吐血、片腕に銃痕(応急処置済み)
[令呪]:残り三画
[装備]:無し
[道具]:シャアのハンカチ 身体に仕込んだナイフ
    (以降自宅)立体起動装置、スナップブレード、予備のガスボンベ(複数)
[所持金]:普通の学生程度
[思考・状況]
基本行動方針:いかなる方法を使っても願いを叶える。
1.図書室にいるシオン、およびいるかもしれない黒髪の男に対処。どう動く?
2.月海原学園で日常を……
3.額の広い教師(ケイネス)に接触する。
4.シャアに対する動揺。調査をしたい。
5.蟲のキャスターと組みつつも警戒。
[備考]
※シャア・アズナブルをマスターであると認識しました。
※中等部に在籍しています。
※校門の蟲の一方に気付きました。
※キャスター(シアン)のパラメーターを確認済み。
※蟲のキャスター(シアン)と同盟を結びました。今夜十二時に、学園の校舎裏に来るという情報を得ました。
※ほむら、シオン、ケイネスの容姿を聞きました。確定はしてませんが、マスターという前提で対応します。接触後は同盟、情報交換、交戦など、その時の状況で判断します。
※シオンの姿、およびジョセフの姿とパラメータを確認。
※黒髪の若い教師(NPC、ヴォルデモートが洗脳済み)を確認。現時点ではマスターだと考えています。

【ランサー(セルベリア・ブレス)@戦場のヴァルキュリア】
[状態]:魔力充填
[装備]:Ruhm
[道具]:ヴァルキュリアの盾、ヴァルキュリアの槍
[思考・状況]
基本行動方針:『物』としてマスターに扱われる。
1.ミカサ・アッカーマンの護衛。
[備考]
※暁美ほむらを魂喰いしました。短時間ならば問題なくヴァルキュリア人として覚醒できます。
※黒髪の若い教師(NPC、ヴォルデモートが洗脳済み)を確認。現時点ではマスターだと考えています。


92 : 蛇の誘惑-Allure of Darkness- ◆A23CJmo9LE :2015/01/22(木) 22:03:37 lYOzU7vg0






「オブリビエイト〈忘れよ〉」

取り憑いていた教師に忘却術をかけ、先の二組との邂逅も俺様が取り憑いていたことの記憶も消す。
服従の呪文をかけた直後の記憶状態に戻し、仕事に帰す。

先ほどまでの動きを省みる。
軍団の構築が必要だとはケイネスの出しゃばりを目の当たりにしたときから考えていた。
あの蟲めがどこぞで戦闘を行わせていた以上、奴は使えるサーヴァントを確保しているのだろう。
ならば今為すべきことは二つ。戦力の増強と、敵戦力の確認。
あの蟲はケイネスのことを把握しているはず。ならケイネスの名でシオン・エルトナムを呼び出したのを聞きつければ、奴の駒は動く。
敵を誘き寄せ、同時にエルトナムと組めれば上々。だったのだが……

「ままならぬものだな」

錬金術師の高速並行思考というのはケイネスに聞いていたが、あれほどとは。
杖も呪文もなしの開心術では読み切れん。かろうじてあれがアーチャーであることと願いに偽りはないことは読めたが、新たに得た情報は皆無といえる。
だがこちらは念のために〈閉心術〉を使っていた。条件は五分のはず。

しかしアーチャーが問題だ。あの目つきはポッターやダンブルドアと同類。
俺様に与することに従う性質ではないだろう。
ひとまずケイネスに扱えそうにない検索施設の利用法とサーヴァントの内訳を披露させただけ、今はよしとするしかない。
シオン・エルトナムがどこまで魔術師であるかが、今後組めるかどうかの肝だな。
ゴーントと同じく没落した貴族、エルトナムの娘。優秀であるのは疑いない。

だがあの小娘はどういうことだ……!
なぜ魔道の才の欠片もない穢れた血が聖杯戦争にいる……!
感知の呪文をかけてみれば案の定尾行者がいたと思えばあれだ。
だがマグルがマスターとはいえ三騎士は侮れん。故に即座に退いた。
しかしその短時間でもこちらからは新たに得た情報は僅かながらある。あれの心は短い時間でも容易く見えた。耐魔の才の欠片もない。
ミカサ・アッカーマン、ランサーのマスター。
ケイネスの名が出てきたこと、暁美ほむらに反応したことから間違いなくあの蟲と組んでいる。
そして暁美ほむらはまず生きておるまい。
駒の候補が一つ消えたという意味では惜しくはある。そんなところか。

拠点はひとまず構えた。学園も掌握しつつある。動かせるNPCの数もそれなり。
だが、三騎士をも落とし得る刃が足りん。
エルトナムは血筋も能力も優秀な部下に欲しい女だが、アーチャーと俺様が合わんだろう。
ランサーを従えていようとマグルと組む気などない。
ケイネスやエルトナムではなくマグルを選んだ蟲などさらに考えるに値せん。

他にも候補は考えている。だがいずれも危険か困難なもの。
だからといって動かずにエルトナムからの連絡を受けた教師の伝達を待つなど愚の骨頂。
危険な状況に臨むからこそあの教師は離脱させたのだ。
今は、退けぬ。
病院の使い魔も図書室の使い魔も〈目くらまし術〉をかけていたのにあっけなく殺された。
館近くの敵が〈忠誠の術〉や気配遮断を破ることができ、すでに俺様を待ち伏せているのではないとどうして言えよう。
今は座して待つべきではない。前に進み、直接対峙せねばわからないこともある。
少なくともあやつなら、ポッターのように思想故に決裂するということはないはず。
そう判断すると様々な呪文を唱え、あらゆる事態に備える。
そして再びバシッという音をたて〈姿くらまし〉した。




◇  ◇  ◇


93 : 蛇の誘惑-Allure of Darkness- ◆A23CJmo9LE :2015/01/22(木) 22:04:13 lYOzU7vg0

集団下校の開始とともに学園の関連施設も終業になっていた。
図書室も閉館、グラウンドや体育館も締め出され、部活帰りの生徒を待つはずの購買部も通常より早い時間に閉店。
その職員の一人である言峰綺礼も、まだ僅かに騒がしい校舎を背に帰路につこうとしていた。

『セイバー、蟲のキャスターはまだ生きているのだな?』
『ああ。詳細不明のサーヴァントの攻撃を受け燃え落ちたようだが、蟲の憎悪は消えていなかった』

それだけの一撃を受けてなお生きている。
直接の戦闘能力に秀でているわけではなさそうだが、そのしぶとさは厄介。
気にかかるのは……

『蟲が向かった方角は西だった、と』
『その通りだ』

この学園から、西。
それに該当する施設は東に比すれば多くはない。筆頭はあのセイバーがいた命蓮寺。
憎悪を纏う蟲のキャスターをあの清廉なセイバーが相容れるとは思い難い。
だがマスターの方はいかなる魔でも受け入れると言っていた。
もし寺の霊脈に目を付けたキャスターが受け入れられていたとしたら、厄介な事態だ。
……向かうべきだろうか。
それに我が師を騙る男の放った使いのことも気にかかる。

『キレイ、検索施設の利用や戦闘の痕の調査などはいいのか?』
『集団下校する生徒の中逆行して施設に向かえば怪しまれる。真玉橋や屋上にいた女生徒の情報についても同様だ』

無理をして今調べる必要は無い。
最低限の偵察で済ませたのがここで目立ってしまっては元も子もない。
今はここを離れ……

『キレイ』
『…ああ』

警告を受け、立ち止まる。
すると数瞬もしないうちに地を這い、数匹の蛇が飛びかかってきた。
鋭い牙に有する毒。凡人ならそのいずれかで命を落としかねない。
だが言峰綺礼は歴戦の代行者。即座に黒鍵を抜き、一瞬ですべての蛇の命を刈り取る。

『ほう。見事だ。まさか俺様の蛇を独力で撃退するとは』

そこへ、響き渡る声。

「きさま、屋上の……!」
『殺気立つな。マスターである確証が得たかっただけの小手調べだ。本気なら俺様が直々に手を下している。
 サーヴァントを使わず撃退されるとは考えていなかったがな』

それは先ほど屋上で聞いたものと同じく出所も元の声色も分からなければ、サーヴァントとしての気配も感じられない。
だが分かる。
蒼のセイバーはその来歴は窺えずとも高潔さ、強さは発せられていた。
このサーヴァントその真逆。実力のほども格も見えないが、その邪悪さは滲み出ている。

「なぜ私がマスターだと思った…?」

口にしてからなぜか後悔が浮かんだ。
その問いの答えを知ってはならない、言峰綺礼の中でなにかが疼いた気がした。

『昼間、食堂で随分と愉快気にしていたな。蛇は体温の変化に敏感だ。
 手に取るようにわかったぞ、言峰綺礼。お前が興奮しているのが、愉悦を感じているのが。
 嘆く少年を前にそれはNPCのとる態度ではないな』
「…ッ!バカな!私が、そんな…!」

昼間、唐突に湧き上がった衝動。
何かに引き起こされた得体の知れぬ思い。
それを想起し、二度と手放したくない/見たくないと必死になる。

邪視、という伝承がある。
指さしの呪いがガンドという呪術形態として成り立つように、人々が何気なく目を向けた物に不運を与えるというある種のオカルト、いわゆる魔眼。
蛇の王はバロールに等しい直死の魔眼を持ち、かつてヴォルデモートはそれを使役した。
そして彼は接した者に呪いに等しい様々な精神的影響を与えてきた闇の魔術師。
剣技も極めれば魔法、視線も極めれば呪い。
使い魔を通じたものでも彼なら視線とその存在だけで、邪悪な者の本性の一端を目覚めさせてもおかしくはない。

真玉橋の嘆きを見て、そのうえヴォルデモートの視線にさらされることで言峰綺礼はその歪みを僅かながら顕現させた。
そして姿を見せていないとはいえ、今もその暴君は言峰綺礼に期待の眼差しを向けている。


94 : 蛇の誘惑-Allure of Darkness- ◆A23CJmo9LE :2015/01/22(木) 22:04:55 lYOzU7vg0

『綺礼、それは罪ではない。魔術師ならば、その術の行使には本気にならねばならんのだ。
 本気で殺し、本気で苦しめ、そしてそれを本気で愉しまねば。
 俺様と来い、綺礼。お前が拒絶しながらも心の奥で最も望んでいる光景を俺様なら見せることが――』

瞬間、何もない空間に刃を走らせるオルステッド。
すると響き渡る声が止み、周囲に僅かながら血が飛び散る。
そして響き渡っていた声も、綺礼の内から湧き上がる衝動も止んでいた。

「仕留めたのか…?」

安心するような惜しむような声を漏らす綺礼。

「いや、逃がしたようだ…ん?」

バサリ、という音を立て何かが落ちてきた。
手に取るオルステッド。
何の変哲もない手帳のようだが、中を確かめるとそれを綺礼に手渡す。
そこにはこう書かれていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――
この手帳には対になるもう一冊が存在し、それを俺様が持っている。
ここに書いたことは俺様の持つ手帳にも反映される。
逆にこちらの手帳に書いたことはお前たちの持つこの手帳に反映される。
手紙を出さずともやりとりできる訳だ。
連絡を取りたくなったら書き込んでくれることを期待する。
―――――――――――――――――――――――――――――――――


「携帯電話、というのを使えばいいだろうに回りくどいことをする。持っていないのだろうか?」
「魔術師というのは本来そういうものだ。我が師もそうだった……
 これは私に持たせてくれ、魔術師の道具は私の方がまだ専門だ」
「ああ」

どことなく丁寧に手帳をしまうのは善性からくる礼儀なのか、それとも悪性からくる執着なのか。
その答えはまだわからない。
キレイは、悪だ。
しかし神の教えへの強い信仰により善たらんとする強き者だ。
だがそこへ魔王の囁きがあったなら彼はどちらに傾くのか。
……見つけ次第即座に切ったつもりだ。だが人間を試そうと、魔王の言葉をあえて聞かせようと全く思ってなかったと自答できるか。
いや、いずれにせよ

「キレイ、あなたの行く道はあなたが選んで欲しい」

神に導かれたものでも、魔王に唆されたものでもない、人間の道に私は着いて行きたいのだから。

「ああ、分かっている」

分かっているのだ。
ただ歩んでいる道に虚無しか感じられないだけで。

蟲のキャスターは強い憎悪を秘めているという。
何かに執着を覚えたことのない私は憎悪という感情も覚えたことがない。
恐らく私は実の父を殺められても復讐の憎悪にかられはしないのではないか。
そういう意味であの蟲のキャスターは理解のできぬ存在であり、羨ましくもある。
あれは今の私では歩めぬ道。

先ほどまでいた謎のサーヴァント。多彩な術や姿を見せないところからこちらもキャスターだろう。
私の名を呼び、私が……愉悦を覚えていたと。望みを見せることができると、述べていた。
妄言と決めつけるのは容易いが、そんなハッタリをわざわざ聞かせる必要はないはずだ。
内心で望みながらも拒絶している、ということは…………………………


違う!
あれは殺し、苦しめることも愉しめと言っていた。それは、こと我が信仰においては許される道ではない!
この手帳も…やつを仕留める手段として惹かれただけだ!

「行くぞセイバー。足止めされてしまった。
 長居して学園の他のマスターに目をつけられたくはない」

まるで逃げ出すように学園に背を向け、後にする。
ふと、思う。
この手帳は本当に連絡を取るためで、携帯電話を扱えないということだけなのか?
我が師の言葉は屁理屈染みた機械嫌いだが、この持ち主までそうとは限らない。
例えば山深くや地下では携帯電話は使えないことがある。それを見越したものだとしたら……

冬木で、キャスターのいそうな、地下。
それは……指折りの霊脈である寺の地下にある大空洞だ。
もしや、再現されているのか?
そこに……あのキャスターがいるのか?
……蟲のこともある。調べてみるか?



好意か、敵意か、己が思いに動かされ男は歩む先を定めた。

イブは無知ゆえに蛇に唆され、知恵の身を口にした。
蛇の言葉はそれだけ魅力的だったのだろうか。

言峰綺礼は破綻者だ。美しいものを美しいと思えず、醜いものに悦を覚える。
そして、最古の英雄王のような傲岸な王であろうと受け入れる男だ。
ヴォルデモートは暴君だ。その振る舞いに加え、度重なる魔術実験によって変貌した姿は多くの人を魅了したかつての見る影も無い。

暴君をも受け入れる破綻者にして聖職者に、この蛇の言葉は魅力的か、それとも……




◇  ◇  ◇


95 : 蛇の誘惑-Allure of Darkness- ◆A23CJmo9LE :2015/01/22(木) 22:05:25 lYOzU7vg0

「ヴァルネラ・サネントゥール(傷よ、癒えよ)」

呪文を唱え傷を癒す。
負傷もローブの裂傷も出血もこれで問題ない。

咄嗟に無言で放ったインペディメンタ〈妨害呪文〉、スキル:暴君の効果、身を隠す〈目くらまし術〉、〈飛翔術〉でなく箒で飛行し、即座に姿くらまし。
〈呪詛返し〉や〈盾の指輪〉は役立たなかったが、準備がなければ軽傷ではすまなかったな。
危険を冒した甲斐もあった。

まずセイバー。
奴の振るう剣は盾の指輪の結界を破るでなく無力化してきた。
何らかの魔術師の影響を受けているらしく、また王道を行く『グリフィンドールの剣』などとは異なる起源だろうが間違いない。
あれは……勇者の剣だ。
となれば奴も勇者であるということになり、その性質を読み取れる。
勇者は、敵地で手にしたアイテムや敵の落とした物を活用しようとする。
あの手帳も、捨てはしまい。
手帳の文章と会話が成り立つのに違和感を覚えなくなり、奴らがルシウスやベラのような愚か者ではないと確信できたなら……俺様の日記を持たせても良いかもしれん。

そして言峰綺礼。
なんたる男、これほど闇の陣営に属するに相応しい男を見るのは初めてかもしれん。
心をこじ開け、見えたのは奴の名にサーヴァントのクラス、そして奴の歪んだ願望!
生粋の闇の住人が、善などという間違った価値観を持とうとして苦しんでいる。なんと愚かで愛おしい。
だが俺様は寛大だ。愚かな後進を導くのも先達たる英霊の務めよ。
あの男が自らに向き合ったとき、それは俺様の門戸を叩くときであろう。

学園でできる動きはひとまずこのくらいか。
あとは、もう一つ。
ケイネスの元へと戻り、今後のことを話す。

『ケイネス』
『はっ、我が君。こちらに異常はありません』
『ならよい。ケイネスよ、職務を済ませ次第、我らはルーラーとの同盟を模索するぞ。そのつもりでいろ』
『なっ!?ルーラーと、ですか?』
『そうだ』

この聖杯戦争における最強のサーヴァント。それは令呪を有するルーラーだ。
そしてこの聖杯戦争で敵ではないと断言できるサーヴァント。それも裁定者たるルーラーだ。
あれは甘い所はあるようだが、聖杯戦争の裁定者としてはあれで十分ということだろう。
侮ってかかるのは魔術の何たるか、伝統の重みを知らぬ者でもなければ在り得まい。

『で、ですが我が君。ルーラーはあくまで中立。
 いくら我が君といえどあやつを味方につけるのは難しいのでは?』
『中立、確かにそうだろう。だが聖杯戦争のルールに違反するものにとっては?
 ましてや聖杯戦争に反抗しようなどと考える愚か者に対してはどうだ?
 そもそも格式ある儀式に敬意を払えぬ者は聖杯戦争の参加者なのか?
 ……これはルーラーにも無視できぬ敵になり得る。そしてそいつらはサーヴァントを従えている以上俺様にとっても敵だ』

シオン・エルトナムは聖杯に対して未だ疑心を持っている。
加えて先刻、教会を訪れた乗り気でない小娘がいたのを蛇から確認した。
通達で違反者が出たことも聞いた。
聖杯戦争に反し、ルーラーに処断されかねない者はいる。

無論だからと言ってただの利害の一致だけでは組めん。
通達から察するに違反行為が発覚しても奴はその詳細までは判別できず、罪を露わにせねば処断せんのだろう。
加えて食事を配達してきたNPCの記憶を見たところ、ルーラーがB-4地区の調査に出向いていたのがわかった。
一応追加の情報を得るため服従の呪文をかけ放ったが、ルーラーの姿が確認できただけで上々だ。
B-4のそれが重大な違反だから出向いただけかもしれん。
それでもなんらかの目を放てるならこれだけ騒がしい学園にも向かわせるはずだし、ルーラー1人だけで調べる必要はない。

ルーラーは高確率で使い魔などの情報把握手段は持っていない。
ならば俺様の蛇は奴にとって欲しい手札のはず。自ら出向くにしても姿くらまし、移動キー、煙突飛行粉、空飛ぶ箒や絨毯など用意してやれる。
提示できるのはそのあたりか。


96 : 蛇の誘惑-Allure of Darkness- ◆A23CJmo9LE :2015/01/22(木) 22:07:07 lYOzU7vg0

『もし組めずとも問題はない。奴から俺様に危害を加えることはまずないだろうからな』
『それは……そうでしょうが』
『だがルーラーの敵になり得る者のことを教えておけば、処断の動きが早まる可能性がある。
 それに「ルーラーとの同盟を断られた。奴はすでに誰かから情報提供を受けている可能性がある」などと噂すれば裁定者に反抗するものを煽れるかもしれん。
 そうして煽られた愚者を、ルーラーが処分してくれるかもしれんのだ。話に行って損はない』
『なるほど。我が君が手を下すまでもない相手はルーラーに始末させると』
『そうだ』

そして、ケイネスにも伝えていない情報。
俺様の真名。
ルーラーの真名看破も、俺様の宝具が防いでいたなら。
父の館も墓もただ再現されただけで、何の意図もないなら、我が名も駆け引きの材料となろう。

シオン・エルトナムも、言峰綺礼も、あの穢れた血も我が術をいくつか目の当たりにした。
だが奴らは我が名に至るどころかその考察すらできまい。
なぜなら

I AM LORD V『O』L『D』EM『O』RT.
(俺様はヴォルデモート卿だからだ)



【C-3 /月海原学園、職員用通用口/一日目 夕方】

【言峰綺礼@Fate/zero】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]黒鍵、エプロン
[道具]変幻自在手帳
[所持金]質素
[思考・状況]
基本行動方針:優勝する。
0.愉悦を覚えるなど……断じて許されることではない……!
1.学園を出る。
2.黒衣の男とそのバーサーカーには近づかない。
3.検索施設を使って、サーヴァントの情報を得たい。
4.トオサカトキオミと接触する手段を考える。
5.真玉橋の住所を突き止め、可能なら夜襲するが、無理はしない。
6.この聖杯戦争に自分が招かれた意味とは、何か―――?
7.憎悪の蟲に対しては慎重に対応。
8.蛇つかいのサーヴァント(ヴォルデモート)に対し興味。
[備考]
※設定された役割は『月海原学園内の購買部の店員』。
※バーサーカー(ガッツ)、セイバー(ロト)のパラメーターを確認済み。宝具『ドラゴンころし』『狂戦士の甲冑』を目視済み。
※『月を望む聖杯戦争』が『冬木の聖杯戦争』を何らかの参考にした可能性を考えています。
※聖陣営と同盟を結びました。内容は今の所、休戦協定と情報の共有のみです。
 聖側からは霊地や戦力の提供も提示されてるが突っぱねてます。
※学園の校門に設置された蟲がサーヴァントであるという推論を聞きました。
 彼自身は蟲を目視していません。
※トオサカトキオミが暗示を掛けた男達の携帯電話の番号を入手しています。
※真玉橋がマスターだと認識しました。
※寺の地下に大空洞がある可能性とそこに謎のサーヴァント(ヴォルデモート)や蟲の主(シアン)がいる可能性を考えています。

【セイバー(オルステッド)@LIVE A LIVE】
[状態]通常戦闘に支障なし
[装備]『魔王、山を往く(ブライオン)』
[道具]特になし。
[所持金]無し。
[思考・状況]
基本行動方針:綺礼の指示に従い、綺礼が己の中の魔王に打ち勝てるか見届ける。
1.綺礼の指示に従う。
2.「勇者の典型であり極地の者」のセイバー(ロト)に強い興味。
3.憎悪を抱く蟲(シアン)に強い興味。
4.強い悪意を持つ蛇を使うサーヴァント(ヴォルデモート)に興味。
[備考]
※半径300m以内に存在する『憎悪』を宝具『憎悪の名を持つ魔王(オディオ)』にて感知している。
※アキト、シアンの『憎悪』を特定済み。
※勇者にして魔王という出自から、ロトの正体をほぼ把握しています。
※生前に起きた出来事、自身が行った行為は、自身の中で全て決着を付けています。その為、『過去を改修する』『アリシア姫の汚名を雪ぐ』『真実を探求する』『ルクレチアの民を蘇らせる』などの願いを聖杯に望む気はありません。
※B-4におけるルール違反の犯人はキャスターかアサシンだと予想しています。が、単なる予想なので他のクラスの可能性も十分に考えています。
※真玉橋の救われぬ乳への『悲しみ』を感知しました。
※ヴォルデモートの悪意を認識しました。ただし気配遮断している場合捉えるのは難しいです。


97 : 蛇の誘惑-Allure of Darkness- ◆A23CJmo9LE :2015/01/22(木) 22:09:06 lYOzU7vg0


【C-3 /月海原学園、教職員室/一日目 夕方】

【ケイネス・エルメロイ・アーチボルト@Fate/Zero】
[状態]健康、ただし〈服従の呪文〉にかかっている
[令呪]残り3画
[装備] 月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)、盾の指輪
[道具]地図 、自動筆記四色ボールペン
[所持金]教師としての収入、クラス担任のため他の教師よりは気持ち多め?
[思考・状況]
基本行動方針:我が君の御心のままに
1.職務が終わりしだい、キャスターと共にルーラーのもとへ。
2.他のマスターに疑われるのを防ぐため、引き続き教師として振る舞う
3.教師としての立場を利用し、多くの生徒や教師と接触、情報収集や〈服従の呪文〉による支配を行う
[備考]
※〈服従の呪文〉による洗脳が解ける様子はまだありません。
※C-3、月海原学園歩いて5分ほどの一軒家に住んでいることになっていますが、拠点はD-3の館にするつもりです。変化がないように見せるため登下校先はこの家にするつもりです。
※シオンのクラスを担当しています。
※ジナコ(カッツェ)が起こした暴行事件を把握しました。
※B-4近辺の中華料理店に麻婆豆腐を注文しました。
→配達してきた店員の記憶を覗き、ルーラーがB-4で調査をしていたのを確認。改めて〈服従の呪文〉をかけ、B-4に戻しています。
※マスター候補の個人情報をいくつかメモしました。少なくともジナコ、シオン、美遊のものは写してあります。

【キャスター(ヴォルデモート)@ハリーポッターシリーズ】
[状態]健康、魔力消費(中)
[装備] イチイの木に不死鳥の尾羽の芯の杖
[道具]盾の指輪(破損)、箒、変幻自在手帳
[所持金]ケイネスの所持金に準拠
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯をとる
1.〈服従の呪文〉により手駒を増やし勝利を狙う
2.ケイネスの近くにつき、状況に応じて〈服従の呪文〉や〈開心術〉を行使する 。今は情報収集優先。
3.ただし積極的な戦闘をするつもりはなくいざとなったら〈姿くらまし〉で主従共々館に逃げ込む
4.戦況が進んできたら工房に手を加え、もっと排他的なものにしたい
[備考]
※D-3にリドルの館@ハリーポッターシリーズがあり、そこを工房(未完成)にしました。一晩かけて捜査した結果魔術的なアイテムは一切ないことが分かっています。
※教会、錯刃大学、病院、図書館、学園内に使い魔の蛇を向かわせました。検索施設は重点的に見張っています。
 この使い魔を通じて錯刃大学での鏡子の行為を視認しました。
 また教会を早苗が訪れたこと、彼女が厭戦的であることを把握しました。
 病院、学園図書室の使い魔は殺されました。そのことを把握しています。
※ジナコ(カッツェ)が起こした暴行事件を把握しました。
※洗脳した教師にここ数日欠席した生徒や職員の情報提供をさせています。放課後には纏め終ると言っていましたがジナコ(カッツェ)の事件などもありもっと時間がかかるかもしれません。少なくともジナコと美遊の欠席を確認、報告しました。
※資料室にある生徒名簿を確認、何者かがシオンなどの情報を調べたと推察しています。
※生徒名簿のシオン、および適当に他の数名の個人情報を焼印で焦がし解読不能にしました。
※NPCの教師に〈服従の呪文〉をかけ、さらにスキル:変化により憑りつくことでマスターに見せかけていました。
 この教師がシオンから連絡を受けた場合、他の洗脳しているNPCにも連絡がいきヴォルデモートに伝わるようにしています。
※シオンの姿、ジョセフの姿を確認。〈開心術〉により願いとクラスも確認。
※ミカサの姿、セルベリアの姿を確認。〈開心術〉によりクラスとミカサが非魔法族であることも確認。
※言峰の姿、オルステッドの姿を確認。〈開心術〉によりクラスと言峰の本性も確認。
※魔王、山を往く(ブライオン)の外観と効果の一部を確認。スキル:芸術審美により真名看破には至らないが、オルステッドが勇者であると確信。



※現在の時刻は少なくともB-4での鬼眼王出現前です。


98 : 蛇の誘惑-Allure of Darkness- ◆A23CJmo9LE :2015/01/22(木) 22:09:27 lYOzU7vg0

[地域備考]
※月海原学園の検索施設は図書室に在ります。操作法などは図書館と概ね共通です。
※月海原学園は度重なる事件を警戒し、集団下校をしています。また定時制も休校になりました。
 二日目以降はどうするかまだ決定していません。決まり次第連絡網やメールなどが回るでしょう。
※月海原学園が把握する限りのジナコについての情報が警察に渡されています。


[呪文等一部解説]
「オブリビエイト〈忘れよ〉」

「忘却術」「記憶修正術」。対象の記憶を修正・消去する。術者の力量次第では、対象の持つ全ての記憶を消去することも可能。忘却術は強力な魔法使いなら破ることができる。

「ヴァルネラ・サネントゥール(傷よ、癒えよ)」
傷はおろか、流れ出た血や破れた服まで元通りにする癒しの術。
小説では「歌うような呪文」という記述がある。

「インペディメンタ〈妨害呪文〉」
対象を妨害し、その物や人の動きを遅延・一時停止させる。

「姿くらまし」
人物欄参照。
捕捉として、発動に失敗すると体の一部がちぎれて置いてけぼりになる「バラけ」と言う現象が起こることがある。
そのため今回は体に食い込んだエーテライトが「バラけ」た。

「箒」

原典世界で唯一飛行の補助礼装として魔法省が許可している道具。
カビの生えた木の枝であろうと〈飛行呪文〉をかければ一応跳べるようにはなるが、形とか素材とか工夫した方が速さや安定性は出るらしい。
教室の掃除用具入れの箒に〈飛行呪文〉をかけた。速度は少なくともヴォルデモートの〈飛翔術〉よりは速い。
原作では他に絨毯や車、バイクなどを飛ばすようにも出来るので結構何でもアリ。

「変幻自在手帳」
元ネタは不死鳥の騎士団においてハーマイオニーが作った金貨。
これの日付を変更すると他の皆の持っている金貨も日付が変わるのでそれで集合のタイミングを決めていた。
〈変幻自在術〉という術をかけたものが片方の変化に呼応して自身も変化する。
ハーマイオニーはこれを闇の印からヒントを得たらしい。
今作品では手帳。メッセージのやりとりはしやすくなった。


99 : ◆A23CJmo9LE :2015/01/22(木) 22:12:18 lYOzU7vg0
投下完了です。
早速修正になりますが、タイトルの一部が「原罪-Mudblood--」となっているところがあります。
最後の-は余計です、ミスって申し訳ない。
それに「原罪-Mudblood-」のシオン組、ミカサ組の状態表の後に

※現在の時刻は少なくともB-4での鬼眼王出現前です。

を一応付記したいと思います。

以上、何か指摘等あればお願いします。


100 : 名無しさん :2015/01/22(木) 22:51:58 hhtVzixM0
投下乙です。
別館の雑談スレにも書き込みましたが、闇の帝王が狡猾に動きまくって他主従を手玉に取る姿はまさにキャスター。
各々のキャラ達も次にどうなるか気になるように事が運ばれていて、この作品に凄く魅了されました。


101 : 名無しさん :2015/01/22(木) 23:37:34 tpakNCdk0
投下乙です。
一度の激戦を経てからもやはり水面下の争いは止まらない学園
したたかに暗躍を繰り返すお辞儀の強敵臭が凄い
各々の放課後を迎えた参加者達は今後どうなるか


102 : 名無しさん :2015/01/23(金) 00:17:13 cbN7LMgk0
投下乙です
お辞儀もまたオディオか...w


103 : 名無しさん :2015/01/23(金) 01:13:23 feKGTcr20
長編乙です!
お辞儀のカリスマが止まることを知らないw
そして忘れてたけど探知機にも使える波紋クッソ強い


104 : 名無しさん :2015/01/23(金) 02:38:05 2MZ5ttP.0
投下乙です。
ヴォルデが暗躍してる。
NPCを洗脳して一方的に情報収集。シオン、ジョセフ、ミカサ、セルベリアと上々。
対して、危険を冒して言峰の所に自身が向かったのは、言峰に惹かれたからか。
ヴォルデモート、彼もまたオディオなのか。
そう言えば見事にセイバー、アーチャー、ランサーか。
ヴォルデ自身では倒すことが難しい三騎士相手に、有利に立ち回ったと思う。

杏子の『聖杯戦争は起こるはずではなかった』という仮説は面白い。
前提から覆す、だが『ノアの方舟』ならばその方が理屈が通る。
リドル組は出会うだろうか。

今なら魔力不足が解消されているセルベリア。
戦うなら今だが、果たして。

魔からの手引き。魔に興味を抱かれた綺礼はどうなるか。
そういえばヴォルデは真玉橋くんをマスターと認識してないな。見落としたか。



> 周囲を手駒で固めてはいるが、サーヴァント相手にはほぼ意味をなさん。お前と俺様の礼装なら時間稼ぎ嫌いはできようが……警戒は怠るな』

時間稼ぎぐらい ですね

>『昼間、食堂で随分と愉快気にしていたな。蛇は体温の変化に敏感だ。

愉快気にしていた が妙な表現に思えます。


105 : ◆vW6RE9FKJg :2015/01/23(金) 06:35:15 GOKEla6c0
これより予約分の投下をさせていただきます


106 : 悪意の所在 ◆vW6RE9FKJg :2015/01/23(金) 06:35:48 GOKEla6c0

現在地B-6。
ベルク・カッツェはウキウキ気分でB-9へと向かっていた。
れんげはジナコの家に置いてきた。その付近に行けば合流できるだろうという短絡的な考えである。

―それにしてもジナコさんwwwwwすっかり有名人ですねwwwwwww

午前に起きた暴行事件。
聖杯戦争にはあまり関心を持たないという設定の筈なのに、未だにジナコが起こした事件はネットを騒がせている。
口調が同じってだけで八つ当たってしまっただけなのに、この惨事。
面白すぎて草生える。

ピロピロピロピロピロ

携帯のメールにニュースの速報が入ってきた。
どうやらこのパクった携帯の持ち主はニュースをメールで把握していたようである。
どれどれとカッツェはメールを開けてみる。

まず目を引いたのは、高層マンション謎の倒壊ならびに巨人出現!?、というニュースである。
場所からしてB-4のキャスターの拠点の事であろう。
一時共闘した仲ではあるが、そこはベルク・カッツェ。

「キャスターさんオワタwwwww敗退しないように頑張ってくだしあwwwwwwww」

とコメントするだけに留める。そもそもB-4付近の情勢にはもう興味ない、というか思い出してもむかつくだけなので、次のニュースに目を移す。
次のニュースは、ジナコ容疑者逃亡、というものであった。
あ、れんちょん警察に保護されちゃったかな?と思ったので詳細な情報を見る。


読んでみると一回ジナコ容疑者は警察に捕まったらしいのだが、謎の人物の妨害により逃げられたとの事であった。

「ワラワラwww今更助け出したってwwww手遅れですよwwwww」

ワラワラと笑いつつ、続きの文章があるので読み進める。
するとジナコの部屋には子供がいた痕跡があったが、子供の姿はどこにも見当たらなかったということが書かれてあった。
警察は要保護が必要として、該当しそうな子供がいたら警察まで連れてきてほしいとの旨もあった。



「…え、えーwwwwれんちょんwwwwwwどこいっちゃったのーwwwwww」


これには驚かずにはいられない。てっきり狂乱してれんげに当たってるのかと思っていた。
れんげは怯えつつも、ジナコの家から出れていないものだと考えていた。
しかしどうやらニュースを信じるなら、当たる前かそれ以前に逃げられていたようである。


(ジナコさん、ちょっと鈍すぎますわwwwwww…わりと笑えない状況ですねぇ…w)



現在ベルク・カッツェは令呪によって縛られており、NPCに干渉することができない。
故にマスターかサーヴァントとしか交渉できない訳だが、はたして「自分のマスターいなくなっちゃったんで協力よろwwwww」だなんて言って協力する者がいるだろうか。
というか「今までマスターと離れてたくせにいなくなっちゃったとかふざけてんのwwww」ですまされる可能性の方が高い。



つまりマスターは自力で探さないとならない。


107 : 名無しさん :2015/01/23(金) 06:35:51 0HWsPLXI0
待ってたぜ


108 : 悪意の所在 ◆vW6RE9FKJg :2015/01/23(金) 06:36:27 GOKEla6c0


(…もう探すのめんどくさいから放置でいっかwwwww)

カッツェはストレス発散にれんげおよびジョンスを使うのを一旦止めることにした。
所在がわからない現状では、探すことで逆にストレスが溜まるという悪循環になりかねない。



「それにちょっと試してみたいこともできたんですよね…wwwwwwww」



ベルク・カッツェはそう言って、B-6の街へ繰り出していった。



★★★



そのNPCはスーパーから買い物のすませて帰宅している途中であった。


最近はやけに物騒なので、本当は大学の講義が終わり次第すぐに帰宅したかったのだが、友人たちが今日に限って飲みに行こうと言うので一軒だけ付き合った。
ようやく帰れると思っていたのだが、備品が切れたら買いに行くタイプの彼は、今日大学に行く際にスーパーによって買い物をするつもりだったことを思い出した。
急いでスーパーによって切れている備品を買ったが、飲みにかけた時間のこともあって、すでに日は暮れていた。



―結局今日も遅くなってしまったな。


そう考え、思わずため息をつく。
幸いスーパーから彼の家があるマンションはそう遠くない。
もし何かアクシデントに遭遇したとしても、大声をあげればなんとかなるだろう。
そんな楽天的なことを考えながら、彼はマンションへと向かっていた。



いよいよマンションまであと数メートルという所まで来て、彼は見慣れないモノを見ることになった。
道に迷ったのだろうか、一人の少女がきょろきょろと辺りを見回しているのである。
さて無視してマンションに入る事もできるが、流石にこんな時勢で素知らぬ振りをするのは少しためらう。
結局男は少女に声をかけることにした。


「あの、すみません、何か困ったことでもありましたか」

「あ、すみません、ちょっと道に迷ってしまって」

思った通り、彼女は道に迷っていたようだ。
しかし女性の割には少し声が低いような気がする。
だがその疑問も近くで彼女を見て、霧散する。

ピンクの髪は女性らしさを演出し、眼鏡やその奥にある瞳は利発さを彷彿とさせる。
胸はあまりないようだが、可愛いのであれば例え胸が小さかろうと問題ない気がする。
こんな可愛い娘が男のはずがない。
そう結論づけた。

「一応、私はこのマンションに住んでいるので手助けできるかもしれません、どこに行きたいのでしょう?」

「スーパーなんですけど、ここからどう行けばいいのかわからなくて」

先ほども言ったが、スーパーとマンションはそう遠い距離にある訳ではない。
だがここいらにはマンションやビルが多く建っているため、それらの影に隠されて遠目で発見することはできないのだ。
男はそう考え、道を教えることにした。


109 : 悪意の所在 ◆vW6RE9FKJg :2015/01/23(金) 06:37:38 GOKEla6c0

「すみません、今地図を見せますね」




何度も言うようだが、スーパーとマンションはそう遠くない。
ビルの陰に隠れているだけで、この通りを真っ直ぐ歩いていけば発見できる。
地図などなくとも説明できる。


だが男はそのことに疑問を抱かず、携帯を操作している。
スーパーの場所を知らない少女はそのことに疑問を抱かず、ただ地図が見せられるのを待っている。


「それじゃ地図見せながら説明しますね」


そうして彼は少女に携帯の画面を見せた。
彼女はその画面に目を移す。
そこには何やらモザイクがかった画像が表示されていた。


「…え?」


地図を見ると思っていた彼女は一瞬、虚ろを突かれる。
そしてそれが致命的であった。





彼女が見せられたプログラム、コードキャスト<電子ドラッグ>は他のNPCがそうされてきたように、彼女を傀儡へと誘う。





◇◆◇


『B-4で得た情報を共有する』
『了解した』

日が暮れ、夜になった頃。
HALとアサシンは再び情報の共有を行っていた。
とはいえ、夜は聖杯戦争が本格的に動く時間帯でもある。
アサシンは警戒を続けている為、念話での情報共有となる。

『まず一つ、違反行為を行ったキャスターは脱落した』

その事を語るHALの表情は、どこか残念そうであった。
だがB-4のキャスターが違反行為をしたと仮定した時点で想像できていたことだ。
気を取り直して、どのように脱落したかの情報を話す。

『キャスター討伐に関してだが、正午の連絡を聞いてからにしては動きが迅速すぎる
.どうやらルーラーからの報告を聞く以前にキャスター討伐をなそうとしていた陣営がいたようだ』
『そうであったか、では"るぅらぁ"は違反者討伐に関わることはなかったと』
『いやそうでもない
.ルーラーは最終的にキャスター討伐に参加したサーヴァント、ランサー、バーサーカー、アサシンのそれぞれに令呪を一画ずつ使用している』

令呪。願えば行使不可能なことすら、可能にする魔力の塊。
それはただのブースターとして使用するだけでも絶大な物である。

『…その"きゃすたあ"はそれだけの強敵であったと?』
『そうだな、情報から見ても令呪によるブーストをかけなければ勝てない相手だったのは間違いない』

実際、鬼眼王はそれほどの力を持っていた。
むしろマスターの裏切りがなければ、ブーストがあったとしても勝てていたか解らない闘いであった。


『だが、いやだからこそ、これはおかしい行動だと私は思っている』
『む?"るぅらぁ"の行動としては矛盾はないのではないか?』
『ああ、確かにルーラーの行動としては矛盾はない
.だがこの聖杯戦争の管理者の行動としては不可解だ』


『ルーラーには令呪が二画しかないのは知ってのとおりだ、
.令呪を一画消費するという事は、必然的にサーヴァントを止めるための令呪を一画失うことになる
.あの場で協力したサーヴァントの誰かが今後違反者になる可能性は大いにあり得た
.本当に聖杯戦争を管理したいのならばルーラーはあそこで三騎の令呪を一画消費するのではなく、キャスターを自害させるべきだった
.なのに現実にルーラーは令呪を一画切っている、通常では考えられない事だ』

ここまでHALは一貫してルーラーは管理者としては力量が足りてないと思っていた。
だが、だからこそ、その力量を補う令呪をたやすく切ったことに疑問を抱いた。
ひょっとしたら自分たちは何かを見落としている可能性がある。


110 : 悪意の所在 ◆vW6RE9FKJg :2015/01/23(金) 06:38:14 GOKEla6c0
『"ますたあ"はどう見ている?』
『現状では様々な仮説が立てられるから、これと言った物はないが…三つの可能性を考慮している
 一つ、ルーラーにはマスターが所持している令呪の数が解っている』

これから挙げる二つの仮説に比べれば、一番現実的な可能性である。
令呪の数が解るという事は、それだけで戦況の把握がたやすくなる。
ルーラーのサーヴァントであり、なおかつ管理者でもあるのならば、戦況把握に長けた能力を有していても不思議ではない。

『前回に述べた感知能力と並べると…存外無能だという判断自体撤回しなければならないかもしれん』
『元よりそうたやすく取れる首級とは思っておらん…して二つ目の案とは』
『二つ目の案は、ルーラーの持つ令呪は通常の令呪よりも大きな効能を持つというものだ』

電脳生命体であるHALは、電脳生命体という形だからこそ無限に近い魔力供給を可能にしている。
ムーンセルと直接繋がっているルーラーもまた無限に近い魔力を提供されているだろう。
ならばそれだけの魔力が集まったルーラーが使う令呪の効果はどれほどのものだろうか。

『…厄介であるな』
『ああ、令呪というだけでも厄介だが、さらにその上位互換とくればな』

最悪の場合、令呪の数の差の優位自体など容易く消えてしまうだろう。

『…これを上回る最悪があるとは思えんが』
『最後の案は私とてあまりにも馬鹿げていると思っている、だが一番の最悪は間違いなく、これだ』
『…聞こう』




『三つ目、ルーラーいや彼女に情報を流している方舟と言った方がいいか
 方舟にはこの先、協力した者達が違反行為を行う事はないと知っている。故に令呪を使うことができた』
『…待て、"ますたあ"、それはすなわち』
『ああ、方舟にはこの聖杯戦争の行く末が見えている可能性がある』




(…最悪どころの仮説ではござらんな)

アサシン―甲賀弦之介―はそう思った。
現在行われている聖杯戦争は、事前に予選というモノがあったのは、マスターからの言及により知っている。
だが、もし方舟が初めから聖杯戦争の流れを把握していたというのなら。


(…予選自体が茶番であった、という事か)


そう初めから予選など開く意味などなかった。
初めからマスターとなる者が決まっていたと言うのならば、ゴフェルの木片なる参加権も該当する者にのみ明け渡せばよかったのだ。
いや、もっと最悪なのは。


『この聖杯戦争の終わりまで、見据えている場合…初めから優勝する者が決まっていることになる』

アサシンの考えを読んだのか、HALがそう続ける。
これこそが想像したくもない最悪な考え。

『この場合、NPCを使って洗脳している行為自体、すでに彼女らの知れるところとなっているだろう』
『…その割には、行動が理に適っていないというのが、今までの考えでござったが』
『ルーラーは無能なのではなく…気付いていても行動できないのではないかと見るべきか』
『…結果が解っておるのなら、そしてもし"るぅらぁ"もその情報を知っており、なおかつそれに異を唱えるのなら…』
『…方舟が彼女自身の行動を縛っているのはむしろ当然だろう』

むしろ有能すぎるが故に縛られている。
あれだけの力を有しておきながら、方舟の傀儡に成り下がらされている。
現状ではその事に感謝すべきなのかもしれないが、手のひらの上で踊らされているという感じは否めない。

『…令呪が二画しか与えられておらん理由もそのあたりに答えが?』
『ああ、方舟自体に意志があるとは思わないが…別の存在が最後の一画を管理しているのかもしれん』
『真に警戒すべきは、その存在か』

アサシンは過剰に善悪に頓着するような性質ではない。
だがもしそのような存在がいたとするならば、聖杯戦争における一番の悪は間違いなくそれだろうと感じた。
そしてもしそうならば、それを打倒しない限り、聖杯を手にするのは困難だろう。

『とはいえ、あくまでも仮説だ
 情報が集まれば、立ち消える仮説もあるだろう
 全ての仮説が消え、無能だったからこそ、令呪も容易く使えたと言うこともあるかもしれない
 だが現状ではそういった可能性もあると踏まえて、行動してくれ』
『了解した』


111 : 悪意の所在 ◆vW6RE9FKJg :2015/01/23(金) 06:38:41 GOKEla6c0

ひとまずルーラーの情報共有及び考察はこれで取りやめだ。
共有すべき情報は他にもある。

『討伐戦に参加していたアサシンの特徴だが、忍殺というマスクをしている忍びらしい
 覚えはあるか?』
『…少なくとも甲賀、伊賀の両方にそのような特徴を持った忍びはおらんな
.…ただ忍殺という文字からは途方もない忍びへの憎悪を感じる…』
『そうか、アサシンの宝具ならば倒されることはないとは思うが
.私たちの存在に気づいた場合、真っ先に殺害対象に上がることやもしれん
.警戒を怠らぬよう続けてくれ、検索機能で情報が解り次第、報告を送る』

『了解した、他に共有すべき情報はあるか』
『もう一つ、報告することがある
.あの他人に成り済ますサーヴァントだ』
『なにか情報が入ったのか』
『ああ、情報は手に入った…だが想像以上に厄介なサーヴァントだ』

そう言ってHALはアサシンにB-4で起こったもう一つの事件の状況を知らせる。
しんのすけと呼ばれる幼児を中心に巻き起こった悲劇。

『しんのすけ?』
『知っているのか?』
『いや生前、同じ舟に乗り合わせた坊の名と同じだったのでな
 まぁあの時は目が塞がれてた故、どのような面たちなのかはわからんだが』

あの坊はあの後でも笛を吹いておるのだろうか。
名が同じなだけで、おそらくその気質も何もかも違うであろう幼児。
アサシンはただ静かにその幼児の死を悼むことに留めた。

『ジナコという女性に擬態していた時には付近に電子ドラッグを浴びたNPCがいなかったので気づかなかったが
.どうもあのサーヴァントが近くで行動を起こした際、電子ドラッグの効果が跳ね上がっている』
『跳ね上がる?』
『ああ、性交渉で攻撃してきたサーヴァントとは違い、このサーヴァントは人間のちょっとした悪意を増幅させることに特化しているようだ』
『…犯罪欲求を持たせやすくする能力という事か?』
『その通りだ、私の電子ドラッグとの相性は良い』

午前の襲撃者は、その達成感から電子ドラッグの洗脳が解けるという事態を招いた。
だが件のサーヴァントはむしろ逆、より電子ドラッグの効果を引き出しているらしい。

『話を聞く限りでは、厄介な問題などなさそうに思えるな』
『だが、その間NPCたちはこちらの命令を受け付けることがなかった
.つまりその間だけ、電子ドラッグで犯罪欲求が倍近く増幅されたNPCが解き放たれたことになる
.結果的にはキャスターの使い魔が殺したという形に落ち着いたが、
.もしそれがなかったらNPCによって殺されるマスターという極めて珍しいパターンが見られただろうな』

HALは珍しいと言ったが、本来珍しいどころではない。
日常を送るNPCがマスターを殺害するなど方舟ではあってはならないパターンである。

『…その場合、非はどちらの方が重い?』
『おそらくだが、我々の方だろう
.あれにも罰則は下されるだろうが、事前に犯罪欲求を解放しているという前提がなければ起こり得ない事態だ』

故に厄介なサーヴァントか、とアサシンは納得した。
彼奴が悪意を振りまくたびに、罰則の巻き添えを喰らうかもしれない可能性に悩まされてはたまったものではない。

『それだけではない、彼はNPCへの完全な擬態もこなしている』
『完全な擬態?』
『そのとおり、いくら再現されたとはいえ、実の息子すら数刻欺くことのできる完全な擬態だ』

そんな擬態が可能ならば、あのサーヴァントは何時でも何処からでも自分たちを襲える可能性があるということになる。
そしてそれ以外にもHALは懸念していることがある。


『起こる確率は低いが…電子ドラッグを浴びせる対象者になっている可能性もある』


112 : 悪意の所在 ◆vW6RE9FKJg :2015/01/23(金) 06:39:04 GOKEla6c0

◇◆◇


少女はその画面に釘付けになっていた。
しばらくすれば、彼女もまたHALに従う傀儡となり、情報収集のため繰り出されることだろう。


「き」


ところが、もうすでに一分近く経っているというのに、少女は携帯の画面から目を逸らさない。
ずっと見続けている。いやむしろ目を輝かせている。


「き、き、き」


それこそ面白いオモチャでも見つけたように。
楽しい事がこれから起こるとでも言いたげに。


「き、き、き、き」
「…おい?」

画面を見続けているのもそうだが、さっきから「き」とばかり言い続けている少女を流石におかしいと思い、肩に手をかける。
すると再び彼は声を聞いた時と同じ疑問を抱くことになる。
いやむしろ今回のそれは確信に近い。




少女の肩にしては、やけに硬かったのだ。




「え、あんたまさか」


男、と青年が続けることはできなかった。
そう告げようとした瞬間、襟をつかまれ、そのまま頭部を地面に思い切り叩きつけられたからである。
荒事に慣れてない青年はその時点で気絶した。




「キタアアアアアアアアアアwwwwwwwwwwカッツェさんwwwwww大☆復☆活wwwwwwwwwww」




意識が落ちる直前、そんな声を聞いた気がした。



★★★


113 : 悪意の所在 ◆vW6RE9FKJg :2015/01/23(金) 06:39:27 GOKEla6c0

その事にカッツェが気づいたのは、偶然であった。


ベルク・カッツェはルーラーによって干渉を禁じられた。
それは彼の能力によって、NPCの生活を乱す危険があるとみなされたからである。

実際カッツェは自身からNPCへ話しかけることができないし、攻撃することもできない。
まさにベルク・カッツェにとっての長所が完全に潰されたといってもいいだろう。



だが逆に言えば干渉されることは禁止されているのだろうか。



例えば携帯で調べ物をしている時。
あるいはNPCが付近にいるのにも関わらず、気配遮断を解いている場合。
それは果たしてNPCから干渉されてないと言えるのか。



(…試してみますかwwwwww)



そう決心したカッツェはまずこの姿からルイルイ―爾乃美家累―の姿に擬態する。
現在ストックされている容姿で、こちらに声をかけやすく、それなりに相手が油断しやすいものはこれくらいしかない。
あと本当は男性なのに、女性と勘違いした奴がいたら面白そうという遊び要素も含んでいる。


あとは適当に人が通りがかりそうな場所で道に迷った振りをするだけ。
もし自身の予想通りなら、これでNPCは自分に声をかけてくるはずである。


そうしてカッツェは待機した。






カッツェが知り得ることではないが、その推測は半分だけしか当たっていなかった。

確かに干渉されることは禁止されていない。
だが通り魔や暴行犯などの危険人物がうろついている中、見知らぬ他人に気を遣えるようなNPCは警察くらいしかいない。
つまりそう言った特殊な職業についている者からしか干渉されることはないのである。


そして肝心の警察官はこのあたりに来ることは滅多になく。
またいたとしてもこの時分には、迷子よりも優先しなければならないことがあり、対した干渉は受けられない。
故に本来なら、カッツェは自身の想像が外れて、またストレスを溜めることになっていたはずであった。



ここが錯刃大学に近くなく、


そしてこのマンションからその大学へと通う者がおらず、


なにより電子ドラッグが存在しなければ、



そうなっていたはずであった。



★★★


114 : 悪意の所在 ◆vW6RE9FKJg :2015/01/23(金) 06:39:50 GOKEla6c0

そんな偶然が重なってカッツェは晴れて電子ドラッグを浴びることになった。
だがカッツェにとって、犯罪欲求を解放するというのは、そよ風で涼むようなものである。



それどころか、更なる悪影響を与えた。



令呪で縛られていたはずのNPCへの干渉が可能になったのである。
電子ドラッグは内に秘めた犯罪欲求を解放するコードキャスト。
令呪で縛られた自身の犯罪欲求―すなわち干渉行為―を再び解放させるのに最適だったのだ。

とはいえ、流石にルーラーが行使した令呪の効果を打ち消せれるほどではない。
電子ドラッグを継続的に浴びなければ、再びNPCへ干渉することは叶わなくなるだろう。
だが継続的に浴び続ければ、その間は令呪による縛りは完全に打ち消せるということでもある。


カッツェはその事に歓喜し、しばらく狂乱していた。


ふと気づけば、足元には気絶している男性。
復活したばかりなのに早速やらかしたカッツェだが、この程度で罰則の対象にはならないだろうと考えなおす。


というより、先に攻撃?をしてきたのはそのNPCなのだから、気絶程度ですませた分むしろ自重した方ではなかろうか。


(というより、これ一体どうなってんのwwwwww歓喜したけど状況さっぱりわからんのですがwwwwwww)


とりあえず状況把握のため、早速カッツェは青年の携帯を拾い上げる。
履歴をチェックすれば、メールのほとんどを特定の人物宛へ送っている。
メールにはこの付近で起こった出来事などの情報が事細かに記載されている。

NPCを使って情報収集しているのは明らかだ。
ただこの程度ならば、問題はないだろう。
NPCを使っての情報収集なんて、カッツェも携帯を通して行っている。


むしろ問題なのは、この携帯に搭載されているコードキャストだろうか。
実際に浴びたから言えるが、どうも犯罪欲求解放のついでにHALなる人物への服従を促すように設定されているようだ。
いやそれともHALへの服従の方が本分で、犯罪欲求解放の方がおまけなのだろうか?


(…よくわかんねwwwwwミィ、ルイルイみたく機械に詳しいわけじゃないしwwwwww)


ともあれ、このコードキャストにはNPCを服従させる効果がある。
いやひょっとするとサーヴァントにも効果はあるのかもしれない。
服従効果はカッツェに効いてない。
しかしカッツェのように犯罪欲求解放が強く効いたのとは逆に、服従効果の方が強く表れるサーヴァントというのもいるかもしれない。


それにこれがもし服従させた者、全てに配られているとするなら。


(ひょっとしなくてもここいら一体のNPCはwwwwみぃんなwwwこのHALって奴に支配されてるんじゃないのかなwwwwwwww)


思わぬネタの到来にカッツェは狂笑を浮かべる。
さてどうしたものか…。


ブーブーブーブ-ブー


青年の携帯に電話がかかってきた。


115 : 悪意の所在 ◆vW6RE9FKJg :2015/01/23(金) 06:40:21 GOKEla6c0

◇◆◇

『もしそうならば、今現在使っている"ますたあ"の術、一旦広めるのを止めた方が良いのではないか?』
『そうしようと思ったのだがな、少し試したいこともあって現在でもNPCたちには電子ドラッグを拡散させている』
『…よもや"ますたあ"…その者と』
『まて』

一旦話を中断し、作業に移るHAL。
アサシンは続けようとした言葉を飲みこみ、HALの言葉を待つ。

『…あのサーヴァントがNPCに偽装できると知った時点で、私はNPCたちに定時連絡をするよう指示しておいた
 現在一人の青年からの連絡を除き、全て届いている』
『……件の"さあばんと"か?』
『それを確認するために今からコンタクトを取る』

HALはそう言って、端末から連絡を取る準備をした。
といっても青年の携帯端末の番号を入力するだけの簡単な作業だ。

『あいわかった。しかし"ますたあ"
 もしその者を利用するつもりならば、くれぐれも用心されよ
 情報だけの又聞きでしか知らぬが、生前争った男によう似ておる』

その作業の合間に、アサシンは忠告をする。
アサシンが脳裏に浮かべたのは、甲賀を憎みに憎んで二百余念生きた男である。
己が憎しみを晴らすために、時には伊賀の者すら犠牲にしてきた男。
様々な陣営に怨恨をばら撒く様は、脳裏にその男を浮かべさせるには十分すぎた。

『…わかっている』

HALもまた他人になりすまし、犯罪をしていくという情報を知って、思い浮かべた存在が居る。
月ではなく、現実の日常で世間を騒がせている怪盗のことだ。
人を箱に詰めるという確固たる目的のあるその者とは違い、このサーヴァントにそれといった目的があるとは思えない。
だが、共に異常人物というものにカテゴライズされているということに違いはない。

故に用心を怠るつもりはない。
HALは携帯端末の番号を入力し、通信が開始されるのを待つ。
通信が繋がった端末からは、はたして青年とは違った者の声が聞こえた。

『はいはーいwwww初めましてーwwwwルイルイでーすwwwww』
「初めまして、悪意の体現者よ」

電話口からはやけに愉快そうな声が聞こえてきている。
声色などはジナコとは異なるが、そのテンションから例のサーヴァントだと確信する。
おそらく電話口で言うように、現在は"ルイルイ"と称される人物に成り済ましているのだろう。

『はい、初めましてーwwwwあなたがあのプログラムの発明者のHALってことでいいですかwwwww』
「…その認識で間違いはない」
『ですかwwwwwいやぁwww凄いプログラムですねこれwwwwあなたってひょっとしなくても天才でしょうwwwww』
「さて…真に天才ならば、こんな戦争に参加していないのだがね」

ルイルイと会話を継続しつつも、HALは考察を進める。
NPCに成り済まされて電子ドラッグを浴びる対象になる可能性を考慮しながら、HALが放置していた理由は今の状況にある。
それは電子ドラッグがサーヴァントにどのような影響をもたらすのかという事に関してだ。
コードキャストは通常サーヴァントに用いて、その身体能力の向上や、ダメージの回復などに貢献するものである。
HALの電子ドラッグもコードキャストに分類されている以上、サーヴァントへ使う事はできるだろうと予想はできていた。

ただNPCと違い、その効能がどう出るかまでは予想できずにいた。
通常ならば、犯罪欲求が解放されたその虚に付け込んで洗脳効果を発揮させることができよう。
だが相手は英雄と謳われし、サーヴァント。
犯罪欲求など抱かぬ者もいれば、洗脳の効果など打ち払える者など多種多様に存在する。


故に、サーヴァントで実験をするのならば、この機会を逃す手はないと判断した。
そして実際に会話して判断した。
サーヴァントに電子ドラッグは容易に用いるべきではない、と。

例えば話を聞く限りだと、このサーヴァントは電子ドラッグ使用前後とそう人格は変容してないように思われる。
だがそれは彼の本質が、電子ドラッグ使用前と後でさして違わないからだ。
おそらく他の英雄に使っても、彼のように正気でいられる保証はない。
英雄が本来持つ性質を殺しかねないとも限らない。

それだけならば、問題はない。
問題なのは、なによりも洗脳効果が発揮してないのが大きい。
これはルイルイが特別なのではなく、サーヴァント全般に洗脳効果自体が効かないとみていいだろう。
いざ電子ドラッグを使用したとて、洗脳できていないのでは狂えるサーヴァントを街に放つようなものだ。
ルーラーからの罰則は免れまい。


116 : 悪意の所在 ◆vW6RE9FKJg :2015/01/23(金) 06:40:44 GOKEla6c0

『wwwあwwwww解析進んでますかwwwwwwどんな感じですかwwww』
『…なんのことかな』

HALはルイルイに対して、分析を進めているなどとは言っていない。
現に会話は滞りなく、スムーズに進めている。

『隠さなくってもいいですよぉwwwwwひょっとしなくてもユゥ人間じゃないでしょ?wwwwwそうなんでしょwwww』
「何故そう思う?」
『解るわぁwwwwwこの感じXと話してるような感じだもんwwwwww解るわぁwwwwww』

『ま、あれはあれで機械娘萌えって感じで乙なものですけどねwwwwwwww』と続けるサーヴァントをよそにHALは考察をする。
どうも自分と同じようなプログラム人格と話した経験があるらしい。
なるほど、だから考察しているか、などと口にしたのか。
プログラムである以上、会話しつつも作業していると言う行動は容易に想像できよう。
実際に会話したことがあるのならば、なおさらだ。


(しかし、想像はしていたが、このサーヴァント…)


「他人になりすまし」「悪意をばら撒き」「近代もしくは未来が出自で」「電脳プログラムとも会話した」推定悪属性の英雄。
ここまで情報が集まれば検索機能を使えば真名を絞り込むのも容易いだろう
あるいは検索すれば直ぐに真名がわかるかもしれない。
だが気掛かりなのは、それだけ情報を漏えいしつつ、それでもなお愉快そうに笑うサーヴァントの事だ。



『それでwwwwwプログラムのHALHALはぁwwwwwミィと何がしたいのかなぁwwwwwww』


このサーヴァントは単なる愉快犯だ。
おそらく優勝することは考えていないだけにあらず、おそらく負ける事すらも楽しみの範疇に入れている。


『それともちょっとした世間話で終わりにしときますかwwwwミィはそれでもかまわないけどwwwww』


ならば、と思う。


仲間に引き入れることも可能なのではないかと。
HALは同盟することを視野に入れていた。
このサーヴァントは厄介だ。だがそれゆえに仲間に引き入れ管理したい。
それにこのサーヴァントを使えば、たやすく全てのNPCを電子ドラッグで管理できるかもしれぬ。


「いや、一時停戦しないか、ルイルイとやら」


だが、結局同盟を組むのはやめることにした。
アサシンの忠告のお蔭だろうか。
ふいに同盟を組ませる、そのこと自体が端末越しに会話しているサーヴァントの策ではないかと浮かんだのである。


★★★


117 : 悪意の所在 ◆vW6RE9FKJg :2015/01/23(金) 06:41:49 GOKEla6c0

―…一時停戦wwwwまぁよしとしますかwwwwww


その後の会話は至極スムーズに終わった。
HAL側が出した条件は電子ドラッグのことを他陣営に漏らさない事。
対してカッツェが出した条件は、カッツェが現在持っている携帯端末に電子ドラッグを配り続ける事。
そして互いに陣営の拠点やマスター、サーヴァントの真名の情報を売る事、および敵対行動の全てを禁じる事。
双方もし約束を違えた場合、双方の即座に停戦を破棄する事へ同意し、一時停戦は成立した。


正直カッツェとしては、この条件を破棄しても良いのだが、NPCを使って情報把握をしている以上、いずれはれんげの存在に気づくかもしれない。
それでれんげ殺害で敗退というのも良いのだがせっかくこんなに面白い玩具を手に入れたのに、みすみすとそのようなチョンボでそのチャンスを逃すつもりはない。
カッツェはその条件で承諾した。

対するHAL側もおそらく、自身が電子ドラッグをばら撒くことを期待して良しとしたのだろう。
HAL側が反対する理由などない。



―んーwwwただこの条件で同盟を結べなかったのは気になりますねぇwwwwwww


HALが思い浮かべた通り、カッツェはこの電子ドラッグの事を知った時点で同盟を結びたいと思っていた。
と言っても、それはHAL側のことを思っての事ではない。
その電子ドラッグを管理している立ち位置をそっくりそのまま入れ替えるためである。



そうHALが電子ドラッグをコードキャストにしてしまったのが、あだとなった。
コードキャストである以上、その管理権限はHALに限らずすべてのマスターのものである。


つまり例えばコードキャストの所有者をれんげにすれば、その時点でれんげが全てのNPCを従えることになるのである。
もっともそう容易くできる事ではない、そもそも最終的にはカッツェが全てのNPCを支配できる立ち位置に踏み込むことが理想だ。
いくつかの手順を踏む必要がある。


故に同盟を結べたら、その足でHALがいるであろう拠点へと行き、コードキャストを奪取する予定であったが。



―誰かに入れ知恵でもされましたかねwwwwwまじむかつくわwwwwww



とはいえ、一時停戦に持ち込めているだけでも次点である。
それに電子ドラッグが供給され続けている以上、カッツェは滞りなく、NPCに干渉することができる。
ただルーラーに目をつけられている以上、慎重にならなければならない。
だが電子ドラッグを配る行為はそう目立たない。よほどのへまをしなければばれる事はないだろう。

それに悪意を振りまいて扇動することに比べると、電子ドラッグを広めるという行動は地味ではある。
だがそんな地味な活動でも意味がないわけではない。

いずれ、その管理権限を手にしたとき、全てのNPCを思うが儘に扇動できることを考えると。


そしてその惨状を見て、ルーラーが浮かべるやもしれぬ表情を想像すると。


今からでも表情が綻ぶのだから。


「じゃあ早速れんちょんに会いに行こうかな、待っててねれんちょん♪」



そうしてベルク・カッツェは、夜の街を行く。
未来に自身が極大の宝箱を手にすることを夢見て、カッツェは大いに邪悪な笑みを浮かべた。


118 : 悪意の所在 ◆vW6RE9FKJg :2015/01/23(金) 06:42:47 GOKEla6c0
◇◆◇

『同盟は結ばなかったのだな』
『ああ、いや正確には結ぼうとしたが取りやめた』
『そうか』

そしてそれが正しい判断だとアサシンは思う。
いずれはどの陣営とも争う時がこよう。
だがそれはいまではない。

あのサーヴァントは多種多様なところへ、悪意を振りまきすぎた。
そんなところへ、同盟した陣営が現れたと知ったらどうする。
間違いなくその火はこちらにも飛んでくる。

いくらメリットが多かろうと、少しでもリスクがあるのならば、それは避けるべきだ。


『しかし拠点を正確に知られたのはまずいな』
『どうする…午前の襲撃者のこともある』
『…しばらく思案させてもらおう
 最悪この拠点を捨てる事も考える』
『了解した』




こうしてベルクカッツェとHALのファースト・コンタクトはなった。
はたして最後に電子ドラッグを掌握するのはどちらなのか。
全てを知っているかもしれない月は話すことなく沈黙を貫き通す。


【B-6/一日目/夜間】

【アサシン(ベルク・カッツェ)@ガッチャマンクラウズ】
[状態]魔力消費(中)、宝具にダメージ(小)、電子ドラッグ浸透によりNPCへの干渉可能、超ハイテンション
[装備]なし
[道具]携帯電話(スマホタイプ)、携帯電話(電子ドラッグ配信済)
[思考・状況]
基本行動方針:真っ赤な真っ赤な血がみたぁい!聖杯はその次。
1.まずはれんちょんと合流しましょうwwwww
2.うはぁwwww電子ドラッグ掌握するのマジ楽しみだわwwwwwww
3.真玉橋孝一とルーラーへの対抗策を模索する。
[備考]
※他者への成りすましにアーカード(青年ver)、ジナコ・カリギリ、野原みさえが追加されました。
※NPCにも悪意が存在することを把握しました。扇動なども行えます
※喋り方が旧知の人物に似ているのでジナコが大嫌いです。可能ならば彼女をどん底まで叩き落としたいと考えています。
※ジナコのフリをして彼女の悪評を広めました。
ケーキ屋の他にファミリーレストラン、ジャンクフード店、コンビニ、カラオケ店を破壊しました。
死人はいませんが、営業の再開はできないでしょう。
※『ルーラーちゃん顔真っ赤涙目パーティ』を計画中です。今のところ、スマホとNPCを使う予定ですが、使わない可能性も十分にあります。
→電子ドラッグを利用することを考慮に入れています。
※カッツェがジナコの姿で暴れているケーキ屋がヤクザ(ゴルゴ13)の向かったケーキ屋と一緒かどうかは不明です。
※真玉橋組を把握しました。また真玉橋に悪意の増長が効きにくい為、ある程度の警戒を抱いています。
※HALと電子ドラッグの存在に気が付きました。いずれ電子ドラッグを自身の手で掌握しようと考えています。
※HAL側が(電子ドラッグの情報を漏らさない事)、カッツェ側が(電子ドラッグを継続して配り続けること)
  そして双方が互いの情報を売る、もしくは敵対行動を取らない事を条件に一時停戦しています
※電子ドラッグを浴びる事で、NPCへ干渉ができるようになりました。浴びるのを怠ると再び干渉できなくなります。


119 : 悪意の所在 ◆vW6RE9FKJg :2015/01/23(金) 06:43:08 GOKEla6c0

【C-6/錯刃大学・春川研究室/1日目 夜間】

【電人HAL@魔人探偵脳噛ネウロ】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]『コードキャスト:電子ドラッグ』
[道具] 研究室のパソコン、洗脳済みの人間が多数(主に大学の人間)
[所持金] 豊富
[思考・状況]
基本行動方針:勝利し、聖杯を得る。
1.ルーラーを含む、他の参加者の情報の収集。特にB-4、B-10。
2.今後の方針について考え、場合によっては拠点を捨てる事も視野に入れている。
3. ルイルイと自称したサーヴァントを警戒、
4.『ハッキングできるマスター』はなるべく早く把握し、排除したい。
5.性行為を攻撃として行ってくるサーヴァントとに対する脅威を感じている。
[備考]
※『ルーラーの能力』『聖杯戦争のルール』に関して情報を集め、
 ルーラーを排除することを選択肢の一つとして考えています。
 ルーラーは、囮や欺瞞の可能性を考慮しつつも、監視役としては能力不足だと分析しています。
 →ルーラーの排除は一旦保留しています。情報収集は継続しています。
 →1.ルーラーは各陣営が所持している令呪の数を把握している。
   2.ルーラーの持つ令呪は通常の令呪よりも強固なものである 。
   3.方舟は聖杯戦争の行く末を全て知っており、あえてルーラーに余計な行動をさせないよう縛っている。
   以上三つの可能性を考慮しつつ、情報収集を継続。
※大学の人間の他に、一部外部の人間も洗脳しています。
※洗脳した大学の人間を、不自然で無い程度の数、外部に出して偵察させています。
※C-6の病院には、洗脳済みの人間が多数入り込んでいます。
※鏡子により洗脳が解かれたNPCが数人外部に出ています。
 洗脳時の記憶はありませんが、『洗脳時の記憶が無い』ことはわかります。
※ビルが崩壊するほどの戦闘があり、それにルーラーが介入したことを知っています。
 ルーラー以外の戦闘の当事者が誰なのかは把握していません。
※他の、以前の時間帯に行われた戦闘に関しても、戦闘があった地点はおおよそ把握しています。
 誰が戦ったのかは特定していません。
※性行為を攻撃としてくるサーヴァントが存在することを認識しました。
 →房中術や性技に長けた英霊だと考えています。
※『アーカード』のパラメータとスキル、生前の伝承は知り得ましたが、アーカードの存在について懐疑的です。
 → ランサー(ヴラド3世)の情報によりアーカードの存在に確証を持ちました。
※ジナコの住所、プロフィール、容姿などを入手済み。別垢や他串を使い、情報を流布しています。
※他人になりすます能力の使い手(ベルク・カッツェ)を警戒しています。
 →HAL側が(電子ドラッグの情報を漏らさない事)、カッツェ側が(電子ドラッグを継続して配り続けること)
 そして双方が互いの情報を売る、もしくは敵対行動を取らない事を条件に一時停戦しています。
 また携帯端末を通した会話から、彼がどのようなサーヴァントなのかを検索すれば即時に把握できるほどの情報を得ました。
※B-10のジナコ宅の周辺にNPCを三人ほど設置しており、何かがあれば即時報告するようにNPCに伝えています。
 →ジナコ宅に設置していたNPCは刑事です。ジナコとランサー(ヴラド3世)が交わした内容を把握しました。


【アサシン(甲賀弦之介)@バジリスク〜甲賀忍法帖〜】
[状態] 健康
[装備] 忍者刀
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:勝利し、聖杯を得る。
1.HALの戦略に従う。
2.自分たちの脅威となる組は、ルーラーによる抑止が機能するうちに討ち取っておきたい。
3.性行為を行うサーヴァント(鏡子)への警戒。
4.他人になりすます能力の使い手(ベルク・カッツェ)を警戒。


[共通備考] 
※他人になりすます能力の使い手として、如月左衛門(@バジリスク〜甲賀忍法帖〜)について、
主従で情報を共有しています。ただし、登場していないので、所謂ハズレ情報です。
※他人になりすます能力のサーヴァントの真名を一発で検索できる量の情報を入手しました。
※ヴォルデモートが大学、病院に放った蛇の使い魔を始末しました。スキル:情報抹消があるので、
弦之介の情報を得るのは困難でしょう。また、大魔王バーンの悪魔の目玉が偵察に来ていた場合も、これを始末しました。
※ランサー(ヴラド3世)が『宗教』『風評被害』『アーカード』に関連する英霊であると推測しています。


120 : ◆vW6RE9FKJg :2015/01/23(金) 06:44:17 GOKEla6c0
投下終了です。
矛盾や誤字などの修正点ございましたら、指摘よろしくお願いします。


121 : 名無しさん :2015/01/23(金) 07:01:46 0HWsPLXI0

ギャーw悪意同士が手を組んだ!
カッツェ+電子ドラックとか最悪の組み合わせです
投下乙でした


122 : 名無しさん :2015/01/23(金) 10:21:08 nrc/MlD20
投下乙です。
電子ドラッグ×カッツェ、混ぜるな危険
カッツェさんは相変わらず刹那主義ですが新たなメシウマに合えて今後さらに酷くなりそうだ(誉め言葉)
一方HALは着々と考察と陣営を重ねていて、更に最悪の事態も想定できているし、こっちも手に負えない


123 : 名無しさん :2015/01/23(金) 14:29:24 ml/1/AXEO
投下乙です

格式を重んじ監視の目を持つヴォルデモートは自分で動くしかない裁定者には好都合
互いの性格を考慮しなければ


悪意そのもののカッツェに対して欲望解放の強要は単なる励まし


124 : 名無しさん :2015/01/23(金) 19:29:38 spnzDPVM0
指摘になりますが。

電子ドラッグで令呪の縛りを無視できてしまうのは違和感があります
令呪の縛りは「サーヴァントに対する絶対的な命令権」であり、精神的なものではありません
それを欲求を解放する電子ドラッグで無視する事はできないと思います


125 : ◆A23CJmo9LE :2015/01/23(金) 19:52:57 iLz71Lo20
度々失礼します
状態表に不足するところがあると考えたのでそちらも訂正したいと思います

まず言峰の装備からエプロンを削除。
学外ではつけてませんでしたから、職場においてくる方が自然と感じました
ヴォルデモートはかなり補足が必要と考えてので改めて貼ります。

1.ケイネスの職務次第ルーラーとの同盟のため動く。上手くいかなかった場合ルーラーに敵対するものを煽り、それをルーラーに処断させるべく画策する。
2.綺礼に強い興味、連絡に期待。エルトナムも一応期待しているが、アーチャーには警戒。
3.〈服従の呪文〉により手駒を増やし勝利を狙う。
4.ケイネスの近くにつき、状況に応じて様々な術を行使する。
5.ただし積極的な戦闘をするつもりはなくいざとなったら〈姿くらまし〉で主従共々館に逃げ込む
6.戦況が進んできたら工房に手を加え、もっと排他的なものにしたい

[備考]
※D-3にリドルの館@ハリーポッターシリーズがあり、そこを工房(未完成)にしました。一晩かけて捜査した結果魔術的なアイテムは一切ないことが分かっています。
 また防衛呪文の効果により夕方の時点で何者か(早苗およびアシタカ)が接近したことを把握、警戒しています。
※教会、錯刃大学、病院、図書館、学園内に使い魔の蛇を向かわせました。検索施設は重点的に見張っています。
 この使い魔を通じて錯刃大学での鏡子の行為を視認しました。
 また教会を早苗が訪れたこと、彼女が厭戦的であることを把握しました。
 病院、大学、学園図書室の使い魔は殺されました。そのことを把握しています。
※ジナコ(カッツェ)が起こした暴行事件を把握しました。
※洗脳した教師にここ数日欠席した生徒や職員の情報提供をさせています。
→小当部の出欠状況を把握(美遊、凛含む)、加えてジナコ、白野、狭間の欠席を確認。学園は忙しく、これ以上の情報提供は別の手段を講じる必要があるでしょう。
※資料室にある生徒名簿を確認、何者かがシオンなどの情報を調べたと推察しています。
※生徒名簿のシオン、および適当に他の数名の個人情報を焼印で焦がし解読不能にしました。
※NPCの教師に〈服従の呪文〉をかけ、さらにスキル:変化により憑りつくことでマスターに見せかけていました。
 この教師がシオンから連絡を受けた場合、他の洗脳しているNPC数人にも連絡がいきヴォルデモートに伝わるようにしています。
※シオンの姿、ジョセフの姿を確認。〈開心術〉により願いとクラスも確認。
※ミカサの姿、セルベリアの姿を確認。〈開心術〉によりクラスとミカサが非魔法族であることも確認。
 ケイネスの名を知っていたこと、暁美ほむらの名に反応を見せたことから蟲(シアン)の協力者と判断。
※言峰の姿、オルステッドの姿を確認。〈開心術〉によりクラスと言峰の本性も確認。
※魔王、山を往く(ブライオン)の外観と効果の一部を確認。スキル:芸術審美により真名看破には至らないが、オルステッドが勇者であると確信。

>>104
では「〜愉しそうにしていたな」と修正したいと思います。愉の一字は入れたいと思っていますが、それ以上のこだわりはないので。

以上の修正、それ以外の点でも指摘あればお願いします。
なければ、多数の修正を加えたのに加えそこそこ長いので明日の昼にでも私の手でwikiには収録しておきます。

>>106-119
投下乙です
HALの思考と情報収集能力は見事の一言
キャスターよばわりされるのも納得の強敵感には圧巻されました

ただ私も>>124氏と同意見です
カッツェへの令呪、NPCへの干渉禁止は言峰がクーフーリンにかけた偵察従事、凛がエミヤにかけた士郎への攻撃禁止、ダンがロビンフッドにかけたアリーナ外での宝具禁止が近いと思います。
これらの命令は自害などに比べれば即時性、具体性で劣りますがほぼ問題なく機能しています
対魔力Aのアルトリアなら僅かに令呪に反抗できますが、エミヤたちの対魔力では無理ということで、持たないカッツェではもっと無理でしょう

裁定者のサーヴァントが令呪で下した命が人間の魔術師のものに劣るとは考え難いです
HALは優秀なウィザードでしょうが、サーヴァントですら反抗できない令呪を破るほどのコードキャスト作成はまずできないでしょう
そもそも悪意に干渉する電子ドラッグと行動を縛る令呪では因果関係は薄いかと

以上の点からカッツェの令呪については要修正と考えます


126 : ◆vW6RE9FKJg :2015/01/24(土) 05:04:22 ak0mzqYk0
>>124>>125
修正点の指摘ありがとうございます
確かに電子ドラッグでルーラーの令呪から解放されるというのは、少々突飛であったかもしれません
色々修正した結果、>>112から展開ががらりと変わりましたので、避難所へ該当部分を投下しておきます
よろしければ問題がないか、再度確認していただけるとありがたいです


127 : 名無しさん :2015/01/28(水) 22:19:02 kNOGf8uI0
発売して数日で有料DLC出すなら最初から入れておけばよくね?


128 : ◆IbPU6nWySo :2015/01/29(木) 07:54:50 jHv.oEmw0
予約分投下します


129 : ◆IbPU6nWySo :2015/01/29(木) 07:56:44 jHv.oEmw0
ルリたちはようやく新都と呼べる都会の地に足を踏み入れる事ができた。
そして、ここからアキトのいる教会へ――……

その時、ルリの携帯端末が鳴る。
アキトの存在が脳裏に過るが、仕方なしに電話を取った。


「はい……」


案の定、現場放置した一件を指摘された電話である。
仕方ない事とは言え、やはり度過ぎた行動だったのかもしれない。
お叱りの言葉を受けルリの頭も少々冷えた。

さすがに酷いお咎めは受けなかったものの、これからは注意をするようにと告げられた。
穏便な表現を使ってはいたが、やはり異常事態が続く中。
一人でも貴重な人手が欲しいのが警察としての本音だろう。

連絡を切り、一息をついた。
ふと見上げればすでに夜空が広がっている。
純粋無垢な瞳で、れんげが問う。


「るりりん、またお仕事なん?」
「はい。これから忙しくなりそうです。れんちょんさんは春紀さんと合流したら、彼女と行動してくれますか?」
「分かったん。ウチ、はるるんたちと一緒にかっちゃんたち探すのん」
「ありがとうございます」


さすがに、夜が近くなってはルリとはいえ子供を連れて歩くのは不自然だ。
たとえルリに警察の身分があったとしてもである。
ルリは改めて計画を立てた。
冷静になった事で、自分がアキトの存在により熱くなっていたことを知る。

アキトが教会にいたのは昼。
もう現在の時刻は夜に近い。
数時間も、よっぽどの事態がない限り、アキトが教会に居続けるとは思えなかった。
ならばあの食堂に帰宅するアキトを待ち構えた方がいいかもしれない。
ただ、アキトが食堂に帰るかも定かではない。

むしろ彼に関して、春紀に協力を求めるのも悪くはないのでは?
あの様子からアキトと春紀はNPC時代からの交流がある。
彼女もいれば心強い。
春紀との合流は必須かもしれない。そして、夜は彼女にれんげを任せるべきだろう。

ルリは一息ついた。


「では、少し仕事に戻りましょう」


130 : ◆IbPU6nWySo :2015/01/29(木) 07:57:51 jHv.oEmw0


◆ ◆ ◆ ◆


仕事に戻る。とは言ったが、警察署や現場へ向かうのではなく。
彼女はれんげと共に近くの喫茶店で、紅茶とケーキを食しながら端末機器で情報を仕入れていた。
例の食堂にも近い場所をキープして置きたい事もある。

午後に発生した事件及び通報内容を簡易的にまとめたものを送って欲しい。
ルリの要望に是非ともお願いしますと、あっさり情報が送られた。
こういうのは機密情報が云々と口うるさくなるものかと思えば、そうでもないようだ。

むしろ、皆出払っていて、情報の整理をして欲しいと感謝されたほど。
微妙ないい加減具合がNPCらしい。

とにかく、発生した事件・通報のあった事件の概要に意識を集中させることにした。



 ◇ ◇ ◇ ◇

1、B-3で発生した爆発及び銃撃事件。
時間帯としては大体、ジナコ(カッツェ)の暴動事件と同時刻に発生している。
午前中。
それも白昼の最中、炸裂音と煙があったことから周辺住民が警察に通報。
現場に駆け付けた時には、すでに事は終わり、経口の異なる弾痕が発見された。
現段階においてはヤクザ同士の抗争ではないかと処理されている。

こういう場合、線条痕の特定をするはず。
――特定できない線条痕ならば
重火器の類……『アーチャー』のサーヴァントによる戦闘だろう。

しかし、ルリは現場に居合わせていない為、それ以上の特定は不可能であった。
別の視点、とある副会長と戦争狂は噂話から『赤い車』の目撃情報を入手していたものの。
それは警察が信憑性のある情報として受け止められておらず、ルリに送られたデータにはなかったのだ。
残念ながら考察はここまでに止まった。

 ◇ ◇ ◇ ◇

2、B-4の住宅街で発生した暴動。
一種の小さな暴動。
昼過ぎの頃、小さな住宅街で主婦が起こした悪質なイタズラがあったのが始まり。

容疑者は野原みさえ。
数名のNPCが口を揃え、犯行を目撃しているのだ。逃れようがない。
それと現場付近で彼女の夫・野原ひろしが呆けていたという。
また、息子・野原しんのすけが行方不明。
平凡な一家が壊滅するという奇妙な事件。

ただ、第三者のルリにとってはデジャヴを感じた。

ジナコが起こした暴動事件と犯行手口が酷似している。
人を煽る様にして悪意を振りまき、容赦なく被害をもたらす。
ほんの些細で、小悪な手口。現場を見たルリだからこそ、状況が酷似していると感じたのだ。

ジナコの件もそうだが、聖杯戦争のマスターが関わっている可能性を考慮すると
その野原一家に注目する必要性があった。

 ◇ ◇ ◇ ◇


131 : ◆IbPU6nWySo :2015/01/29(木) 07:58:42 jHv.oEmw0

3、図書館での怪奇事件……?
次は通報の一つである。

図書館の周辺で化物を見た。変に艶めかしい男がいたのだが、その男が化物に変貌した。
体の原型がなくなり、蝙蝠やら犬やらムカデといった不気味なものを出現させ……

正直、信憑性のない馬鹿げた通報だ。
一般常識の、NPCの認識としては。
何より通報はその一つだけで、通報者は名前を告げる事もなく、わざとらしいくらいに錯乱しており。
まともに取り扱う事案ではないとイラズラ扱いの処理を受けていた。

しかし、聖杯戦争においては重大な目撃情報である。
これならもう少し事情を聞いて欲しいかったとルリも不満を抱くが
所詮はNPCの行動だ。仕方がない。

間違いなくサーヴァント同士の戦闘だ。しかし、情報が情報なだけあって何一つ考察できない。
一応、現場の調査もしてみるべきか……?

 ◇ ◇ ◇ ◇

4、B-4の高層マンション倒壊。
原因不明。欠陥が見られなかったというマンションが跡片もなく倒壊。
マンション住人の所在や被害規模は現在調査中。
地盤沈下の恐れもあるため、周辺住人の避難などが行われているらしい。

何より重要な大魔王バーンの姿の情報。
現地の警察がそれを確認しているらしいが、情報が信憑性にかけており
ひっそりと、流し読みをしていたら見逃してしまいそうな一文だった。

それと、マンションに住む一人の刑事の存在を知る事ができた。
キャスターのマスターであった、そして現在はアサシンのマスター・足立。
本日、有休を取っており、未だ連絡がつかないらしい。
マンションにいたならば巻き込まれた可能性が十分あった。

ルリとしては、何故か今日有休を取り、違反が行われたとされるB-4に住む人物として。
足立が聖杯戦争に関与していると推測する。
念の為、足立の情報依頼のメールを送信した。

 ◇ ◇ ◇ ◇

5、月海原学園爆発事件
これも現在進行形の調査が行われている最中のもの。
事件の発生時間から推測するに、恐らく春紀は巻き込まれてはいないだろうとルリは判断した。
現場に向かった彼女から詳しい話を聞けるだろうが、念には念を。
ルリは文面に目を通す。

通報は学園職員からだった。その他、周辺住民からの通報も多々ある。
学園内で原因不明の爆発が発生した。具体的な被害報告はまだハッキリとしない。
教室が爆発し、壁に穴が開いているといった見ただけの情報だけだった。

これもまた聖杯戦争の一つ。
しかし、学園内で戦闘を起こすとは大胆不敵とも言える行為だ。
学園内にいる主従をおびき寄せる為だろう。
小中高一貫の学園だ。敵が複数いると踏んだ行動なのかもしれない。

事実として、春紀もその一人。
そして、この戦闘により何組の陣営が揃ったのだろうか。
全ては春紀の情報、あるいは警察NPCの情報次第だ。

 ◇ ◇ ◇ ◇

6、新都暴動事件
最後はジナコが起こしたとされている暴動事件だ。
れんげのサーヴァントが容疑者と挙げられている以上、無関係でありたいながらも目を通すしかなかった。

サーヴァントが犯人である以上、NPCに期待以上の成果を求めるのは無駄。
……かのように思われたが、意外なことに一時、ジナコ宅で張り込みをしていたNPCが
彼女を確保したとの報告があったのである。

信じられないことにジナコは自宅に戻っていたのだ。
――そんな訳がない。
『本物の』ジナコが自宅に引きこもっていたと訂正するべきだろう。
自宅を出たところを確保したものの、突如現れた男により妨害を受け、そのまま逃亡を許した。

男。
それはジナコのサーヴァントの可能性が高い。
ルリも一応、この事件の途中経過を確認することにした。

 ◇ ◇ ◇ ◇


132 : ◆IbPU6nWySo :2015/01/29(木) 07:59:59 jHv.oEmw0


以上がルリが注目した事件。
些細な通報を一々目に通すのは苦労がかかるし、重要なところをピックアップしたつもりである。


「確かにこれは大変ですね……」


深見町から新都まで、立て続けに発生する事件に方舟の警察は右往左往だ。
猫の手も借りたい状況だからこそ、ルリに対してのお咎めの電話が来るのも頷ける。
こんな事態で私用の行動を取るのは自分勝手にもほどがあった。

携帯に電話が入る。
それはルリが依頼したもう一つの情報についてだ。
彼女が依頼したのは――方舟におけるれんげの調査。

れんげにはNPCとしての立場がないと、証言から聞き取れるが。
それは、れんげが聖杯戦争を理解していないように、NPCの立場を理解しておらず
本来の村にいる自分自身の事を述べているだけかもしれない。
決して、れんげを疑っているのではなく。
れんげが子供であるからこそ、正直さによる情報の誤差の可能性を考慮したのだ。


調査の結果、少なくともデータベース上に『宮内れんげ』という少女は存在しなかった。
とはいえ、まさか無戸籍の浮浪少女なんて立場を、NPC時代から与えられていたとは考えられない。
むしろ、少女のれんげにとっては不利極まりない状況ではないか。
いささか『不平等』である。

彼女がいくら聖杯によって選出された少女とはいえ。
右も左も分からない土地に、宿なし金なしの状態で放り込むとは理解できなかった。
何せ、方舟にハッキングし、強制的な形でマスターとさせられたルリですら警視という立場を与えられたのだ。
れんげの対応とはまるで違う。


133 : ◆IbPU6nWySo :2015/01/29(木) 08:00:53 jHv.oEmw0


『やはり、れんちょんさんについてルーラーさんに確認してみるべきですね』
『裁定者が教会にいるとは聞いたが、場所までは告げてられていない。探すことになるな』
『そうでした……』


何より――アキトはどうする?
どうにかして、何としてでも彼と接触したいのに。
方舟が与えた使命が、彼女とアキトの出会いを妨害するように感じる。
方舟がルリを嘲笑するように与えた罰なのか。


しかし。
警察としての信頼を失ってはこのように情報を提供してくれる事がなくなりかねない。
こういった情報は、やはりルリも有難味を感じた。
ただただ迷う。


ルリは再び携帯を見つめる。
教会のことはアンデルセンに尋ねるのが良い。向こうにアキトがいるか、事のついでに確かめてくれそうだ。
春紀とアキトについて話し合いたい。そして、これからの行動も――……


「るりりん! 大変なん!!」


唐突にれんげが叫んだのでルリもビックリしてしまう。


「れんちょんさん……? どうしたのですか??」
「あっちゃんが死んじゃうかもしれないん!」
「……え?」


◆ ◆ ◆ ◆


134 : ◆IbPU6nWySo :2015/01/29(木) 08:02:12 jHv.oEmw0


れんげは悩んでいた。
ある意味、名探偵の如く推理をしているのかもしれない。

彼女が挑んでいる謎解きとは――アーカードとアンデルセンがどうして不仲であるのか。
本当に喧嘩をするつもりなのか。

ハッキリ言って不仲なのは間違いない。
アンデルセンがアーカードの事を真っ先に問いただした際、明らかに声色が違った。
わずかな悪意。
この場合は殺意と言うべきか。
とにかく、悪意のある感情を抱いているのは明白だ。

しんぷはあっちゃんと仲が悪い。
アーカードの方はどうだろう?
それは分からない。


喧嘩をするつもりなのか?
れんげはアンデルセンの言いまわしではなく、雰囲気だけで推察する。
何となく、あの感じは村でもよくあったのだ。

――れんげちゃんには関係ないよ

村の人間は最近よく口にする。
誰かの悪口を呟いている時もそう。

――れんげちゃんの事じゃないからね

アンデルセンが喧嘩を否定した際も、どことなく似たような雰囲気を感じた。
なら喧嘩をするつもり………?
いや、この場合はアーカード以外の誰かと喧嘩をするつもりでは。
ならばジョンスのことか?
それも違う気がする。


しんぷもあっちゃんも悪い人じゃないん。
なのに、なんで喧嘩するん?


何故、喧嘩をするのか。れんげには理解できなかった。
こればっかりは、悪意に充満した村に住んでいたれんげも知らない。
犯行の動機。
カッツェならば何と答えるか。
実はれんげがこの質問をカッツェにした事がある。


『えwwwwwwww喧嘩する理由ッスかwwwwwwwそんなのありませぇんwwwwwww』


そして、これが回答。
いくられんげとはいえ納得できる答えではなかったのだ。
親友の言葉だが、唯一納得しなかった言葉。


135 : ◆IbPU6nWySo :2015/01/29(木) 08:03:38 jHv.oEmw0


『そんなのおかしいん。みんな、きっと何かあるん』
『れんちょんwwwwそんなことないっすぅwwwwおかしな現象はありまぁすwwwww』


面白可笑しく、笑みを浮かべながら述べる悪意の体現者。


『なんかさぁwwwwwあwwwwコイツむかつくwwwwwマジ死ねばいいのにwww
 って思っちゃうこと、結構あるんすよwwwwwwみぃんなwwwwwww』
『ウチ、そんなこと思った事ないん』
『れんちょんも、大人になれば分かる様になるっすよぉwwwwwwww』


……ウチ、かっちゃんの話。嘘じゃないと思うん。
でも、しんぷもあっちゃんも『いい人』なん。
喧嘩なんて簡単にするはずないん。


ならば――動機とはなにか。
れんげがうんうんと悩んでいると、先ほどまで口にしていたケーキがあった空皿に注目した。
春紀たちが食事したように、アーカードたちも食事をしているのだろうか。


「あ……!」


れんげは重大な問題に気づいてしまった。
それは――――アーカードが吸血鬼であることだった。
重大なのはアーカードが化物である事ではなく、アーカードは血を食べなければならない事。


そう、人の血を。


人の血を吸うなど普通にできる事ではない。
コンビニやレストランで人の血が提供される訳がない。
一度れんげがそれを問うた時、彼は本当は腹が減って血を食べたかったのかもしれない。
アーカードが人を襲って血を吸う?
そんな訳ない。アーカードは『いい吸血鬼』だからそんな事は絶対にしない。
きっと飢えに耐えているのだ。


136 : ◆IbPU6nWySo :2015/01/29(木) 08:04:49 jHv.oEmw0
食べなければ飢え死ぬ。
その程度の常識、れんげも承知していた。
だが、アーカードがサーヴァントである為、食事を必要としない常識は知らなかった。


「るりりん! 大変なん!!」


一刻の猶予はない。
れんげはルリに対して必死の説得を決行した。


「れんちょんさん……? どうしたのですか??」
「あっちゃんが死んじゃうかもしれないん!」
「……え?」


ルリは突如としてれんげの主張に、アンデルセンとアーカードが争うことを不安にしていた事かと
こう返答する。


「アーカードさんたちは喧嘩しないと思います」
「違うん! あっちゃん、血を食べないといけないん!! お腹すいて死んじゃうん!!」
「………????」


どうして重要な事に気付かなかったのだろうと、れんげは慌てていた。
しかし、ルリにはさっぱりである。

血を食べる?

ルリはれんげに問う。


「アーカードさんは……吸血鬼、なんでしょうか」
「うん……」


初歩的な質問だが、ルリはその初歩的なことを知らなかった。
実はアンデルセンからも告げられていない。
彼女が聞いたのはアンデルセンの因縁のある存在であるという事実のみ。

吸血鬼であるならば話さなかった理由も分かる。
れんげの為だ。
少なからずアーカードを好意的に受け止めているれんげにとって、彼が化物である事はショックな真実だろう。
しかし、れんげはすでに知っていた。


137 : ◆IbPU6nWySo :2015/01/29(木) 08:06:48 jHv.oEmw0
ルリも対応に悩んだ。一応、ライダーに確認する。


『サーヴァントは食事を必要としないんですよね』
『多少の魔力の回復を促す程度だ』


恐らくアーカードにも吸血は不要のはず。
……それをどうれんげに伝えるべきなのかが問題だ。


「かっちゃんさんは食事を取っていましたか?」
「? ……駄菓子屋のおかし、一緒に食べたりしてたん」
「そう、ですか……」


かっちゃんと同じで食事は要らないと教えるつもりが、出来ない。
何をどう伝えればいいのだろう。ルリは悩んだ末に口を開く。


「毎日、血を食べる必要はないんです。だからアーカードさんは大丈夫です」
「でも今日、ウチの血を食べたかったみたいなん」
「それは……」
「今日、食べないとあっちゃん死んじゃうん…………」
「……八極拳さんが食べさせてあげていると思います」
「八極拳が?」
「だから安心して下さい」
「本当なん……?」
「はい」


何とか言い訳をした。
あまり表情の少ないれんげから心情を察するのは難しいだろうが、どうにかなった。
ルリは、そう判断してしまった。

一方。
ルリの曖昧な口調、話す雰囲気から嘘をついているのでは、とれんげは感じてしまった。
積み重なる不安・不信感。
子供のれんげですら耐えられず、疑心を抱く。


どうして、るりりんは嘘つくん……?


アーカードが血を食らう化物だと知ったからか?
そんな事はない。
アーカードは『いい吸血鬼』だとれんげは思う。
同時に彼女は一つの考えに辿りついた。


だから、しんぷもあっちゃんの事……嫌いなん?


138 : ◆IbPU6nWySo :2015/01/29(木) 08:07:51 jHv.oEmw0

化物だから。
アーカードが化物だから敵意を見せているのか。

違う、違うのだ。
そんなことはない。
アーカードは『いい吸血鬼』なのだ。
二人とも勘違いをしている。

ルリたちがアーカードに敵意があるならば、血を与えるのを妨害しているのかもしれない。


やっぱり、あっちゃん。お腹すかせているん………


お腹がすくと力が出ないし、とても苦しい。アーカードは辛い思いをしているはずだ。
れんげにとってはいてもいられない。
ここにいる人間は素直にアーカードに血を提供してくれるか分からないのだ。
八極拳が本当に血をあげているかも分からないのだから。


かっちゃん……かっちゃん、どこにいるん……


カッツェは消えたり現れたりできる。すぐにアーカードのところへ連れて行ってくれるはず。
だけど、その親友はどこにもいない。親友を探さなくてはならない。
その親友に頼んで今すぐにでもアーカードのところへ向かいたい。

アーカードは無事か。
腹が減っているなら自分の血でいいから飲ませてあげたい。
だけどもルリという監視がついている以上、れんげは自由に身動きができなかった。

まるで『籠の中の鳥(ガッチャマン)』のように。


かっちゃん………たすけて………


果たして彼女の想いは伝わったのか、まだ誰も知らない――……


139 : ◆IbPU6nWySo :2015/01/29(木) 08:09:05 jHv.oEmw0
【B-9/喫茶店/一日目 夜間】

【ホシノ・ルリ@機動戦艦ナデシコ〜The prince of darkness】
[状態]:魔力消費(中)
[令呪]:残り三画
[装備]:警官の制服
[道具]:ペイカード、地図、ゼリー食料・栄養ドリンクを複数、携帯電話、カッツェ・アーカード・ジョンスの人物画コピー
[所持金]:富豪レベル(カード払いのみ)
[思考・状況]
基本行動方針:『方舟』の調査。
1.アキトを探す為に……?
2.寒河江春紀の定時制高校終了後、携帯で連絡を取り合流する。
3.『方舟』から外へ情報を発する方法が無いかを調査
4.優勝以外で脱出する方法の調査
5.聖杯戦争の調査
6.聖杯戦争の現状の調査
7.B-4にはできるだけ近づかないでおく。
8.れんげの存在についてルーラーに確認したい。
[備考]
※ランサー(佐倉杏子)のパラメーターを確認済。寒河江春紀をマスターだと認識しました。
※NPC時代の職は警察官でした。階級は警視。
※ジナコ・カリギリ(ベルク・カッツェの変装)の容姿を確認済み。ただしカッツェの変装を疑っています。
※美遊陣営の容姿、バーサーカーのパラメータを確認し、危険人物と認識しました。
※宮内れんげをマスターだと認識しました。カッツェの変身能力をある程度把握しました。
※寒河江春紀・ランサー組と共闘関係を結び、携帯電話番号を交換しました。
※ジョンス・アーカード・カッツェの外見を宮内れんげの絵によって確認しています。
※アンデルセン・ランサー組と情報交換した上で休戦しました。早苗やアキトのこともある程度聞いています。
※警視としての職務に戻った為、警察からの不信感が和らぎましたが
 再度、不信な行動を取った場合、ルリの警視としての立場が危うくなるかもしれません。


【ライダー(キリコ・キュービィー)@装甲騎兵ボトムズ】
[状態]:負傷回復済
[装備]:アーマーマグナム
[道具]:無し
[思考・状況]
基本行動方針:フィアナと再会したいが、基本的にはホシノ・ルリの命令に従う。
1.ホシノ・ルリの護衛。
2.子供、か。
[備考]
※無し。


[共通備考]
※一日目・午後以降に発生した事件をある程度把握しました。
※B-3で発生した事件にはアーチャーのサーヴァントが関与していると推測しています。
※B-4で発生した暴動の渦中にいる野原一家が聖杯戦争に関係あると見て注目しています。
※図書館周辺でサーヴァントによる戦闘が行われたことを把握しました。
※行方不明とされている足立がマスターではないかと推測しています。警察に足立の情報を依頼しています。
※刑事たちを襲撃したのはジナコのサーヴァントであると推測しています。



【宮内れんげ@のんのんびより】
[状態]魔力消費(回復)ルリへの不信感 左膝に擦り傷(治療済み)
[令呪]残り3画
[装備]包帯(右手の甲の令呪隠し)
[道具]なし
[所持金]十円
[思考・状況]
基本行動方針:かっちゃんたちどこにいるん……?
0.かっちゃん、たすけて……
1.このままだとあっちゃん、おなかすいて死んじゃうん……
2.るりりん、どうして嘘つくん?
3.はるるんにもあいたい、けど―――
[備考]
※聖杯戦争のシステムを理解していません。
※カッツェにキスで魔力を供給しましたが、本人は気付いていません。
※昼寝したので今日の夜は少し眠れないかもしれません。
※ジナコを危険人物と判断しています。
※アンデルセンはいい人だと思っていますが、同時に薄々ながらアーカードへの敵意を感じ取っています。
※ルリとアンデルセンはアーカードが吸血鬼であることに嫌悪していると思っています。
※れんげの想いが念話としてカッツェに通じたのかは不明です。後続の書き手様にお任せします。


140 : ◆IbPU6nWySo :2015/01/29(木) 08:10:07 jHv.oEmw0
投下終了します。タイトルは 名探偵れんちょん/迷宮の聖杯戦争 でお願いします
ご指摘等お願いします。


141 : ◆IbPU6nWySo :2015/01/29(木) 08:19:41 jHv.oEmw0
投下して早々ですが

>深見町から新都まで、立て続けに発生する事件に方舟の警察は右往左往だ。

×深見町 ○深山町 でした。
訳のわからないミスをして申し訳ありません


142 : 名無しさん :2015/01/29(木) 11:45:44 nKmRTnyoO
投下乙です

ジョンスは信用されてねえなw

足立は有給ではなく、夜勤明けだと思います


143 : 名無しさん :2015/01/29(木) 17:44:03 RjUQJ8DgO
投下乙です
れんちょんが疑心暗鬼になっちゃったよ
もしカッツェが接触してきたらあっさり連れていかれそう…


144 : ◆IbPU6nWySo :2015/01/29(木) 21:08:18 jHv.oEmw0
ご指摘ありがとうございます

>本日、有休を取っており、未だ連絡がつかないらしい。
→夜勤明けで帰宅したらしいが、未だ連絡がつかないらしい。

と修正させていただきます。
もう一つ誤字があったので報告します。

>まともに取り扱う事案ではないとイラズラ扱いの処理を受けていた。
→まともに取り扱う事案ではないとイタズラ扱いの処理を受けていた。

今回はミスや見落としが多くあり申し訳ありませんでした。


145 : ◆MQZCGutBfo :2015/02/02(月) 00:59:47 MC6TDVd.0
投下します。


146 : クラスメイト  ◆MQZCGutBfo :2015/02/02(月) 01:00:27 MC6TDVd.0

これまで方針に強く異を唱えることをしてこなかった杏子が、
初めて自分の意志らしきものをはっきりと示した。

それに、杏子の話に出た”かっちゃん”はやはり気になる。

この戦争を引き起こした奴かどうか……は何とも言えないが、
仮に聖杯を望むサーヴァント――いや普通はそうらしいが――だった場合、
れんげの脱出に賛成することはまずないだろう。

そうでなくともれんげを放って出歩いているサーヴァントだ。
脱出の方法が見つかったとしても、それを止めるために敵対する可能性は極めて高い。
その時のために、正体なり弱点なりを握っておいた方が良いだろう。


『……そーだな。分かった。
 ここの検索施設を使ってみよう』
『へぇ? ……おし、そうこなくちゃな!』

杏子が気合いの乗った返事をした。
あたしは頷くと、学校の校門の方へと歩き始めた。

やはり学校から来る人数の方が多く、向かう人はまばらだ。
前を歩くサラリーマン、自転車に乗った主婦、それに同じように定時制クラスなのだろう、
私服やらバラバラの制服やらの同じくらいの年代の人達が歩いていた。

『で、どうやって中に入るんだい?』
『んー。こういう時は正面突破さ』

と杏子に答えていたら、前方から見知った顔がやってくる。
紫髪のポニーテールの少女。

『げっ、あれは武智乙哉……か?』
『なんだ、知り合いか?』
『ああ……前に話した黒組の参加者、しかも快楽殺人者さ。
 黒組の中でも特に危険人物だ、マスターかどうか確認したい。
 こっちから接触してみようと思うんだけど、どうだ? 本人だったらどうせこっちもバレる』
『ああ、異論はないさ。……むしろ賛成だよ』

そして、ちょうど武智がやってくる。





147 : クラスメイト  ◆MQZCGutBfo :2015/02/02(月) 01:00:53 MC6TDVd.0

長い髪をなびかせて、軽やかに階段を駆け降りていく。
途中通り過ぎる少女達から、また明日ね〜という言葉を投げられては返して行く。
昇降口で靴に履き替え、高等部校舎から外へと無事『脱出』する。

んー!と片手を上げて伸びをして。校門へと歩き始める。
中等部との分かれ道まで来たところで、立ち止まって中等部の校舎を眺める。
サイレンを鳴らしながら、ようやく消防車がやってきたようだ。


「…………何か貰っておけば良かったかな」


いつも気に入った娘だけを殺し。
その娘から生前に貰えた遺物は大切に保管していた。

―――ま、だからジジイの刑事に目をつけられたんだろうケド。


暁美ほむらの遺物は何もなく。
携帯電話のアドレス帳だけが、自分にとってほむらの存在を示すモノとなった。

携帯電話にそっと触れ。
視線を戻し、校門へと再び歩みを進める。


自分と同じように要領よく立ちまわった子達が早々に校門を出ている。
あたしも校門で立っている若い先生に挨拶し、混雑が始まる前に校門を出ることが出来た。
早速相方に念話を飛ばす。

『アサシン、無事校門出たよ〜』
『そうか、何よりだ。こちらももうじき着く。南のバス停の方角へ向かってきてくれ』
『りょうかい〜』

校門を右手側に出て、そのまま生徒の群れに紛れて進んで行くと。
逆方向から歩いてくる、白いスーツの男性が見えた。

「あっ!おとー……」

手を振るため腕を上げようとし。
その後ろから歩いてくる赤い髪の女子高生が目に入り、上げようとした腕を止める。

『っ!おとーさん、そのまま止まらず真っ直ぐ進んで!』
『だから止めろと……何かあったのか?』
『ん、あたしの”向こう”での知り合いが居た。
 NPCかもしれないけど、念のため。
 校門過ぎて最初の信号付近の右手側に喫茶店があるから、そこで待ってて』
『分かった。危険な場合は躊躇せず令呪で呼べ』
『了解』


148 : クラスメイト  ◆MQZCGutBfo :2015/02/02(月) 01:01:18 MC6TDVd.0

そう念話で話しているうちに、アサシンとすれ違う。
こちらも向こうも目を合わせず他人の振り。
アサシンに”隠蔽”や”気配遮断”がある限り、彼女がもしマスターだったとしても分からないはず。

そして、赤い髪の女が近づいてくる。

名前は―――寒河江春紀。
『黒組』の参加者。暗殺者だ。

つまりはあたしと同じ『ヒトゴロシ』ってこと。
すれ違えば、動きや雰囲気で恐らく本物かどうか分かる。


「―――よっ。『久しぶり』、でいいのか?」

その寒河江春紀が、すれ違う前に声をかけてきた。

NPC時代の交友範囲には存在していない。
そもそも黒組メンバーはあたしが把握している限り、近いクラスには誰もいなかった。


「……えーと? 誰だっけ。んー思い出せない。人違いだったりしないかな?」

あたしは首を傾げて答えてみる。

「あれ、武智……じゃないのか?」
「確かにあたしは武智だけど……ごめん、ちょっと覚えてないや。
 どこかで会ったっけ?」
「そっかー。いや、ごめんごめん、知らないんならいいんだ」

彼女は頭をかきながら謝った。

「そう……? いいならいいかな。それじゃ、失礼しますね〜」
「ああ、引きとめて済まなかった」

ぺこりと頭を下げ、バス停の方角に向かって歩き始める。
彼女と擦れ違い、ちらりと後ろを見る。

―――すると、彼女はこちらへ何かを投げる仕草をした。


……ってこんな場所で投擲!?
咄嗟に鞄で着弾先をガードする。

―――が、何も着弾しない。


149 : クラスメイト  ◆MQZCGutBfo :2015/02/02(月) 01:01:41 MC6TDVd.0

「とと、こいつは投げちゃいけないんだったな」

彼女の手にはチョコの棒。
完全に投げる体制だったが、放していないようだ。

「―――なんだ。やっぱ久しぶりじゃないか、武智」

こちらを見てニヤリと笑う寒河江春紀。
笑いながらこちらに近づいてきた。

「あは。やだなー。ここで殺られたいの? 春紀ちゃん」
「はは、ごめんごめん」

彼女は顔をあたしの顔の横に近付けると。

「…………中は? まだ続いてるのか」
「さー? 気になるなら今から見てきたら、遅刻魔さん」
「ちぇっ、つれないねえ」

肩を竦めて態勢を戻すと、彼女は校門の方を向いた。
鞄を肩に背負い、こちらを振り返る。

「……じゃあ、またな」
「うん、また」

笑顔で手を振って見送る。

―――相手のサーヴァントの気配は、残念ながら分からない。


『……アサシン』
『む』
『こっちはひとまず無事。
 相手はマスター、寒河江春紀。サーヴァントは分からず。
 こっちも向こうにマスターだと認識されてる。アサシンのことは分かっていない……と思う。
 この人通りの多さなら仕掛けてこないタイプだとは思うけど、ちょっと遠回りしてそっちに合流するね』
『了解だ。警戒を怠らないようにな』

あたしは彼女が校門まで行ったのを確認すると、
南の道から遠回りをしてアサシンが待つ喫茶店へと向かった。





150 : クラスメイト  ◆MQZCGutBfo :2015/02/02(月) 01:02:34 MC6TDVd.0

『……どうする、追うかい?』

杏子が武智を尾行するか聞いてくる。
アイツがマスターだと分かった以上、枕を高くしては眠れなくなりそうだけど。

『んー……いや、今のタイミングを逃すと中に入れなくなりそうだ。
 他の施設に行くのも時間的に厳しそうだし。学校を優先しよう』

校門に向かって歩を進めながら返答する。

『帰りに武智に待ち伏せされる可能性はあるけど、日も落ちてるだろうし。
 悪いけど帰りはまたあたしを抱えて、別の方向からここを脱出してくれるかい?』
『ああ、お安い御用さ』

杏子に背後を警戒してもらいつつ、校門まで辿り着いた。
校門には定時制のクラス担任の先生が立っていた。

「ちわーっす、先生」
「おお、寒河江か。
 折角来て貰ったのに済まないが、ちょっと校舎で事故があってな。今日は休校になった。
 明日はまあ授業はあるだろうが、正式にどうなるかは連絡網とメールで情報を通達する」

既知の情報だったが、正式に連絡を受けたわけではなかったので知らぬふりをした。

「事故……って何があったんです?」
「ああ、何でも中等部の理科室付近で爆発事故があったみたいでな。
 それで、世間は今事件も多いし物騒なので、今日は念のため全員帰らせることになったんだ」

先生は下校する生徒達に、気をつけて帰りなさい、と声をかけ。

「なるほど。……で、先生。相談なんだけどさ、ウチの校舎は無事だったりする?
 明日の授業の教材、全部置いてあるから取ってきたいんだけど」
「……あのなあ。だから毎日持って帰れといつも言ってるだろう。だいたい寒河江は普段から……」
「ごめんっ。明日は順番的に当たる日なんだよ。ささっと取ってくるから、見逃して!」

両手をパシンと合わせて拝む。

「ったく、仕方ないなあ……。消防士さん達が作業してるから、邪魔したりするんじゃないぞ」
「了解、ありがとっ、先生!」

先生にお礼を言って、集団下校の波をかいくぐり、
ささっと校門から中へと入る。


151 : クラスメイト  ◆MQZCGutBfo :2015/02/02(月) 01:03:39 MC6TDVd.0

『……こりゃあ、魔界だな』

中に入った途端、杏子が呟く。

『魔界?』
『ああ、そこかしこに魔力の残滓を感じる。しかも、それぞれから感じる魔力パターンが全然統一されてない。
 実体化しないとよくは分かんないけど、学園に多数の魔力持ちが居た可能性がある』
『うへー』

消防車が中等部校舎の前に止まっていた。
そして路上は隊員と帰宅する生徒の集団でごった返していた。
あたしは人目に付きにくいルートで、自分の教室まで進むことにした。


『……ん、ちょいストップ』
『うん?』

校舎裏を通った時に、杏子が停止を促した。
辺りに人影はなく。
すると杏子は霊体化を解いて、私服姿でその場に出現した。

「……罠か?」
「いや……ちょっと待っててくれるかい」

杏子はそう言うと、左手に宝玉を出現させた。
目を閉じて集中しているように見える。

周りを見ても、雑草が多く生えているくらいで、
特に闘争があった痕跡などもないように見える。

「―――OK、もういいよ」
「何があったんだ?」

杏子が肩を竦める。

「いや。…………昔、借りを残しちまった奴がいてね。
 あたしの我儘で、そいつとの約束を破っちまった。
 もしどこかで会えたらラーメンくらい奢ってやろうと思ってたんだ。
 で、そいつの魔力パターンに似た形跡をここらで感じた気がしたんだけど。
 ……もう、完全に消えちまったみたいだな」
「……そうか」

その金はどうするんだよ、という突っ込みを出来るような雰囲気ではなかったので、
敢えて突っ込まなかった。

「その人は、友達だったのか?」
「どーかな。まあ、共闘関係って感じかな。
 ……そーいやアンタは? さっきの紫髪の女とはどういう関係だい?
 まさかあいつもお友達で殺せません、なんて言うんじゃないよな」

なんてことを言ってきた。

「それこそまさか、さ。
 アイツは友達なんかじゃなく」

あたしは、肩を竦めてこう言った。





152 : クラスメイト  ◆MQZCGutBfo :2015/02/02(月) 01:04:15 MC6TDVd.0

人通りが多い道を通り、遠回りして喫茶店の前に到着した。
まあ、今から学校に侵入する人間が、サーヴァントなしでこちらの跡をつけるとは考えにくいけど、念のため。

階段を上がって、ビルの二階にある喫茶店へと入る。

普段は帰宅前の高校生を多く見かけるが、
今日はほとんど客の姿はなく、静かな雰囲気になっていた。

店内を見回し、窓側の席に座るアサシンを見つけた。

「お待たせ、おとーさん」
「…………まあ、無事で何よりだ」

ため息をつき、持っていた白いコーヒーカップを皿に置いた。
伺いにきたウェイターさんに同じコーヒーを注文する。


ようやく合流できたあたし達は、言葉と念話を交えて情報整理を行った。


あたしが学校で得た情報の主なものは。
・暁美ほむらがマスター兼サーヴァントだったこと。
・暁美ほむらが脱落したこと。
・暁美ほむら以外に学園内にマスターがいること。
・寒河江春紀がマスターであること。


アサシンが得た情報の主なものは。
・魔術師トオサカトキオミと双剣を使うサーヴァントと交戦したこと。
・トオサカトキオミが搬入業者のNPCに暗示を使い学園の情報収集をしていること。
・『変装能力を持ったサーヴァント』によるジナコ=カリギリを装った暴行が行われたこと(推定)
・可憐な女性を抱えた青い甲冑のサーヴァントとぶつかりそうになったこと。


『んー……。情報を纏めると。
 アサシンが実体化してると、”隠蔽”や”気配遮断”があっても見つかる可能性けっこーあるってことだね』

ブッとコーヒーを吐くアサシン。
けほけほとむせている。
ちょっと可愛い。


153 : クラスメイト  ◆MQZCGutBfo :2015/02/02(月) 01:04:59 MC6TDVd.0

「い、いや……どちらのケースも本当に偶然なのだ。
 そうそうあるもんじゃあない」

手にコーヒーがかかったのか、腕時計を外しておしぼりで手を拭いている。

『それに寺の方角へ逃げた青いサーヴァントは特に要注意だ。正面からでは私ではまず勝てない。
 襲うならマスターの方だ。これは確実と言っていい』

そう言うと、アサシンはフフ、と思い出し笑いをした。
ちょっとキモい。

『つまり、我々がとりうる行動の選択肢は三つだな。
 一つは、青い甲冑のサーヴァントの拠点の可能性がある、B-1付近にある寺へ調査に行くこと。
 もう一つは、暁美ほむらを襲撃した相手、もしくは寒河江春紀を学園出口で待ち伏せ、尾行しその拠点を暴くこと。
 最後の一つは、闘争を避け帰宅するか、だな』
「ふむふむ」

アサシンは拭き終わったおしぼりを綺麗に折り畳んだ。

『私としては第一案を推したい。これは唯一掴んでいる敵拠点情報であり、
 我々の得意戦法である夜襲を仕掛けるためにも情報は必須、これが最良であると言っていい』
『うーん……。
 あたしとしては、やっぱりほむらちゃんを殺した相手を探してみたいかな。
 あの状況なら、多少なりとも相手にダメージは与えてるだろうし、
 血の匂いや不自然な怪我がある学園の人が出てきたら見つけやすいし』

明日になってしまえば、その手掛かりは消えてしまう可能性が高いと言っていい。
あたしも届いたコーヒーを一口飲む。

『ん。それと合流したら同盟についても話す予定だったけど……まあ、ほむらちゃん死んじゃったしね』
『ああ。当面は無しで良いだろう。
 ……そういえば先程の赤毛の女は? まさかあの女も友人だなんて言うんじゃあないだろうな?」
「ふふ、まっさか〜」

笑いながら、携帯電話の猫の顔のストラップを見て、こう言った。


  クラスメイト
「「競争相手だよ」」


154 : クラスメイト  ◆MQZCGutBfo :2015/02/02(月) 01:05:36 MC6TDVd.0

【C-3 /月海原学園近くの喫茶店/一日目 夕方】

【武智乙哉@悪魔のリドル】
[状態]:健康
[令呪]:残り3画
[装備]:月海原学園の制服、通学鞄、指ぬきグローブ
[道具]:勉強道具、ハサミ一本(いずれも通学鞄に収納)、携帯電話
[所持金]:普通の学生程度(少なくとも通学には困らない)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を勝ち取って「シリアルキラー保険」を獲得する。
1.行動三案(1.寺の調査、2.ほむら襲撃犯/春紀の出待ちと尾行、3.帰宅)の決定。
2.『友達』を倒した相手を探したい。
3.他のマスターに怪しまれるのを避ける為、いつも通り月海原学園に通う。
4.寒河江春紀を警戒。
5.有事の際にはアサシンと念話で連絡を取る。
6.可憐な女性を切り刻みたい。
[備考]
※B-6南西の小さなマンションの1階で一人暮らしをしています。ハサミ用の腰ポーチは家に置いています。
※バイトと仕送りによって生計を立てています。
※月海原学園への通学手段としてバスを利用しています。
※トオサカトキオミ(衛宮切嗣)の刺客を把握。アサシンが交戦したことも把握。
※暁美ほむらと連絡先を交換しています。
※寒河江春紀をマスターであると認識しました。

【アサシン(吉良吉影)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]:健康、聖の手への性的興奮
[装備]:なし
[道具]:レジから盗んだ金の残り(残りごく僅か)
[思考・状況]
基本行動方針:平穏な生活を取り戻すべく、聖杯を勝ち取る。
1.行動三案(1.寺の調査、2.ほむら襲撃犯/春紀の出待ちと尾行、3.帰宅)の決定。
2.甲冑のサーヴァントのマスターの手を頂きたい。そのために情報収集を続けよう。
3.B-4への干渉は避ける。
4.女性の美しい手を切り取りたい。
[備考]
※魂喰い実行済み(NPC数名)です。無作為に魂喰いした為『手』は収穫していません。
※保有スキル「隠蔽」の効果によって実体化中でもNPC程度の魔力しか感知されません。
※B-6のスーパーのレジから少額ですが現金を抜き取りました。
※スーパーで配送依頼した食品を受け取っています。日持ちする食品を選んだようですが、中身はお任せします。
※切嗣がNPCに暗示をかけ月海原学園に向かわせているのを目撃し、暗示の内容を盗み聞きました。
 そのため切嗣のことをトオサカトキオミという魔術師だと思っています。
※衛宮切嗣&アーチャーと交戦、干将・莫邪の外観及び投影による複数使用を視認しました。
 切嗣は戦闘に参加しなかったため、ひょっとするとまだ正体秘匿スキルは切嗣に機能するかもしれません。
※B-10で発生した『ジナコ=カリギリ』の事件は変装したサーヴァントによる社会的攻撃と推測しました。
 本物のジナコ=カリギリが存在しており、アーカードはそのサーヴァントではないかと予想しています。
※聖白蓮の手に狙いを定めました。
 進行方向から彼等の向かう先は寺(命蓮寺)ではないかと考えていますが、根拠はないので確信はしていません。
※サーヴァントなので爪が伸びることはありませんが、いつか『手』への欲求が我慢できなくなるかもしれません。
 ですが、今はまだ大丈夫なようです。
※寒河江春紀をマスターであると認識しました。





155 : クラスメイト  ◆MQZCGutBfo :2015/02/02(月) 01:06:28 MC6TDVd.0

あたし達は無事定時制校舎に到着した。

―――月海原学園は初等部、中等部、高等部、定時制それぞれの校舎と、
その真ん中にある中央校舎が、一階の渡り廊下と二階の連絡通路で繋がっていた。
中央校舎には教員室や食堂などの施設があり、図書室もそこにあった。

定時制校舎は休校のためか、人の気配がなく。
校舎に入ると杏子は再び実体化し、先程と同じように宝玉で探査を始めた。

「んー……この校舎には魔術的な仕掛けはなさそうだね」
「了解、ありがと」

頷き、慎重に歩を進め、
あたしのクラスがある二階へと階段を上っていく。

「なあ……」
「ん?」
「さっきさ、聖書がどうのって言ってたじゃないか。
 ひとつだけ、聞いてもいいかな?」
「なんだい、聖書に興味でも持ったかい」

あたしは、携帯のストラップをじゃらじゃらと取り出し、木製の十字架を見つめる。

「……聖書だと、人が犯した罪、って。どういう扱いなのかな」

先に進む杏子はこちらをチラ、と見て。

「……死、だよ」
「死、か」
「『罪の支払う報酬は死である』ってな。
 だからあたしはここにいるのさ。罪の報い、ってね」


>『死ねないよ、簡単には。……生きてるってことは、赦されてるってことだから』


もう一度、晴ちゃんの言葉が頭によぎる。
十字架の隣にある、猫の顔のストラップを見つめる。

「…………」
「あたしはさ、大切な人達を死に追いやって。
 友達になりたかった奴も、この手で殺したんだ。
 ……だからこうして、何度も死って罰を受けてるんだろうさ」
「…………そう、か」


156 : クラスメイト  ◆MQZCGutBfo :2015/02/02(月) 01:07:25 MC6TDVd.0

階段を上りきり、廊下を歩く。

「………………アイツと再会したことで、再認識したんだ。
 あたしは、あの武智と一緒さ。
 あいつは快楽のため。あたしはか……金のため。
 もう何人もさ。
 理由は違っても、結果は変わらない」
「……それで、罪を償うため、諸共の自爆を狙った、ってわけかい?」

クラスに到着し、ドアを横に開いて教室の中へ入る。

「さあ。聖書なんて読んだことないし。
 ただ、自然にそうしてたんだ」
「そうか」

あたしは、自分のロッカーから、明日使う教材のひとつを取り出し、鞄に入れる。
別に予習するわけではないが、これで途中先生に誰何されても理由付けにはなる。

「……ほれ」

杏子が、チョコビを開けてひとつ放り投げてきた。

「……ん」

キャッチして、そのまま口へと放りこむ。
チョコの甘さとビスケットの食感がマッチして、とても美味しく感じた。

「美味いだろ」
「……ああ」

杏子は夕日の映る窓を見ながら、頭を掻く。

「あー、なんだ。
 勝てば、その美味いモンも食べ放題なんだぜ。
 生きるのは大変かもしんねーけどよ」

どうやら、励ましているらしい。
なんだかその不器用さに、プッと吹き出した。

「あ、てめ!」
「ぷっ……あっはっは」
「ったく。あたしはちゃんとしたシスターじゃねーんだよ。
 いきなり懺悔とか無茶ぶりするんじゃねーよ!」
「あっはっは…………。
 ……………………ありがとな」
「うるせーよ!」


157 : クラスメイト  ◆MQZCGutBfo :2015/02/02(月) 01:07:59 MC6TDVd.0

【C-3 /月海原学園定時制校舎/一日目 夕方】

【寒河江春紀@悪魔のリドル】
[状態]健康、満腹
[令呪]残り3画
[装備]ガントレット&ナックルガード、仕込みワイヤー付きシュシュ
[道具]携帯電話(木片ストラップ付き)、マニキュア、Rocky、うんまい棒、ケーキ、ペットボトル(水道水)
   筆記用具、れんちょん作の絵(春紀の似顔絵、カッツェ・アーカード・ジョンスの人物画)
[所持金]貧困レベル
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を勝ち抜く。一人ずつ着実に落としていく。
1.検索施設を利用する。れんげのサーヴァント、ロボのサーヴァントの優先順で調査する。
2.武智乙哉への警戒。
3.時機を見てホシノ・ルリ、宮内れんげと連絡を取り合流する。
4.学校脱出時は杏子の力を借りて夜陰に紛れる。
5.杏子の過去を知りたい。
6.食料調達をする。
7.れんげのサーヴァントへの疑念。
8.聖書、か。
[備考]
※ライダー(キリコ・キュービィー)のパラメーター及び宝具『棺たる鉄騎兵(スコープドッグ)』を確認済。ホシノ・ルリをマスターだと認識しました。
※テンカワ・アキトとはNPC時代から会ったら軽く雑談する程度の仲でした。
※春紀の住むアパートは天河食堂の横です。
※定時制の高校(月海原学園定時制校舎)に通っています。
※昼はB-10のケーキ屋でバイトをしています。アサシン(カッツェ)の襲撃により当分の開業はありません。
※ジナコ(カッツェ)が起こした事件を把握しました。事件は罠と判断し、無視するつもりです。
※ジョンスとアーチャー(アーカード)の情報を入手しました。
 ただし本名は把握していません。二人に戦意がないと判断しています。
 ジョンス・アーカードの外見を宮内れんげの絵によって確認しています。
※アサシン(カッツェ)の情報を入手しました。
 尻尾や変身能力などれんげの知る限りの能力を把握しています。
 変身前のカッツェの外見を宮内れんげの絵によって確認しています。
※ホシノ・ルリ・ライダー組と共闘関係を結び、携帯電話番号を交換しました。
※武智乙哉をマスターと認識しました。

【ランサー(佐倉杏子)@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]健康、魔力貯蓄(中)
[装備]ソウルジェムの指輪
[道具]Rocky、ポテチ、チョコビ、ペットボトル(中身は水、半分ほど消費)、ケーキ、れんちょん作の絵(杏子の似顔絵)
[思考・状況]
基本行動方針:寒河江春紀を守りつつ、色々たべものを食う。
1.春紀の護衛。まあ、勝たせてやりたい。
2.図書館での調査。罠を警戒。
3.ライダー(キリコ)と共闘しつつ、弱点を探る。
4.食料調達をする。
5.妹、か……。
6.れんげのサーヴァントへの疑念。
7.ほむらは逝ったか……。
[備考]
※ジナコ(カッツェ)が起こした事件を把握しました。
※ジョンスとアーチャー(アーカード)の情報を入手しました。
 ただし本名は把握していません。二人に戦意がないと判断しています。
 ジョンス・アーカードの外見を宮内れんげの絵によって確認しています。
※アサシン(カッツェ)の情報を入手しました。
 尻尾や変身能力などれんげの知る限りの能力を把握しています。
 変身前のカッツェの外見を宮内れんげの絵によって確認しています。
※れんげの証言から彼女とそのサーヴァントの存在に違和感を覚えています。
 れんげをルーラーがどのように判断しているかは後の書き手様に任せます。
※れんげやNPCの存在、ルーラーの対応から聖杯戦争は本来起こるはずのないものだったのではないかと仮説を立てました。
 ただし本人も半信半疑であり、あまり本気でそう主張するつもりはありません。
※武智乙哉をマスターと認識しました。


158 : ◆MQZCGutBfo :2015/02/02(月) 01:08:17 MC6TDVd.0
以上で、投下終了です。


159 : 名無しさん :2015/02/02(月) 01:16:56 Jaia2Tvc0

乙哉はNPCとしてごまかせると思ったけど春紀のカマかけでバレちゃったか
アサシン組の擬似親子っぷりとランサー組の交流が楽しい


160 : 名無しさん :2015/02/02(月) 11:29:31 lhj/XF/.O
投下乙です

快楽
家族

人生に大事なもの


161 : 名無しさん :2015/02/02(月) 13:09:43 D5/3RYIM0
投下乙です
リドル組邂逅か
ほんの僅かな接触だったけど、この出会いが二人の行動にどんな影響を齎すか
春紀ちゃんは根がいい人なだけに苦悩や葛藤も多いなぁ…
それでも暗殺者だからこそ自分の罪を従順に受け止められるのは流石というべきか、皮肉というべきか
対する乙哉は気楽だけど、やっぱりほむらの死は少なからず彼女の方針に影響を与えている
思い出し笑いをする吉良に引く乙哉かわいい


162 : 名無しさん :2015/02/13(金) 17:27:31 WYbplB6I0
原作だと教会の子って要素があんまり出てなかったから
聖書関連の知識とかこういうとこでお披露目されるのは嬉しいね>杏子ちゃん


163 : ◆Ee.E0P6Y2U :2015/02/15(日) 23:39:50 NsxYDJkU0
投下します。


164 : Gのレコンギスタ ◆Ee.E0P6Y2U :2015/02/15(日) 23:40:16 NsxYDJkU0
みすぼらしい造りの山小屋は夜を迎え、闇に沈み込んでいる。
電灯は消している。夜の山で意味もなく目立つような真似はしたくない。
とはいえ蟲が辺りを徘徊させているし、この小屋に何も知らずに迷い込んでくるような者はいないだろうが。

「…………」

月のささやかな光だけが差し込む中、そこは静寂だけがあった。
桜は壁にもたれかけ、そっと目を閉じている。シアンはその隣に佇んでいる。
互いに会話はなかった。必要もない。闇に慣れた彼女らに明かりが必要ないのと同じように。

――眠ってはいないな。

シアンは無言のまま桜の様子を窺う。
しばらくは雌伏――その方針を彼女は了解した。
今日一日彼女はほとんど外に出ていない。それはマスターを秘匿する為であり、サーヴァントとしてのシアンの性能を最大限発揮する為でもあった。
蟲との感覚共有でで外の情報を得られるとはいえ、ただ過ぎ行く時間を待つ身だ。
だが彼女は何も言わなかった。外に出たいとも、娯楽物を持ってこいとも、一切言わなかった。
この分では明日も同じ布陣で良さそうだ。学園には多くの敵がいる。
多くの生徒が隠れ蓑になるだろうとはいえ――やはり危険だ。

――慣れているのだろうな。

桜の姿を視界に入れながら、シアンは思う。
闇にただ沈むことに、きっと桜は慣れている。
故に彼女は文句を言うどころか、どこか涼やかに方針を受け入れた。
眠ることもなく、話すことももなく、ただ闇に呑まれながらじっと待つ。
それは如何な想いを抱えながらのものなのか。

――私が触れるべきことではない。

それは一つの線引きだった。
あるマスターの脱落を伝えて以降、彼女の調子が僅かに変わっていようとも、向こうが言いださないのならばそれまでだ。
故にただ黙したまま、シアンは桜の側で佇む。同時に夜の闇に蟲を這わせながら……

――情報、戦力、魔力、根回し……

今は表舞台に立つ時ではない。
次なる局面に進む為に、やるべきことをやる。
その点では今日は悪くない成果だった。

多くのサーヴァントの情報を手に入れた上、マナラインの構築にも成功。
霊脈に通した路が魔力を吸い上げてくれる。“浮遊城”が使えるようになるのもそう遠くはないだろう。
最も使えるようになったからといってすぐさま攻勢に出ることはしないが。

――さて、あとは。

日付が変わるまでは動くつもりない。
蟲を使って辺りを監視するくらいだ。
日中は桜に任せていたが、学園に集中していたシアンの“理性”が帰ってきた以上より機敏に動くことができる。

そしてシアンはその理性をここではない別の蟲に集中する。
感覚が流れるように推移していく。切り替わるのではなく、あくまで意識する部分が変るだけだ。
耳をそばだてることとやっていることは同じことで、元から感じていたものに理性の焦点が当てるというべきか。

そうしてシアンは街を監視する蟲となった。
各々の家で過ごす市井の人ら、街にあふれかえる雑多な声、日常の影に蟲がひっそりと翅を広げる。
まずは夜の街全体を漠然としたイメージでとらえていく。
そして掴んだイメージの中から、必要な情報をそっとすくい上げる。

――視るべきは。

今日一日手に入れた情報で、まだ触れていなかった名が一つある。
ミカサとの接触以降学園に注力してきた為後回しにしてきたが、余裕ができた今こそ視てみるべきだろう。
彼がどこにいるのかを知るのは容易だった。その地位故、どこに彼がいるのかは常に外部へと流れている。

そうして蟲が赴いたのは、街に鎮座する巨大なホテル。

――シャア・アズナブルを名乗る政治家がそこにはいる。


165 : 名無しさん :2015/02/15(日) 23:40:21 E69ayHjI0
とんでもねぇ。待ってたんだ


166 : Gのレコンギスタ ◆Ee.E0P6Y2U :2015/02/15(日) 23:42:45 NsxYDJkU0






「ン……」

その時点においてシャアは正式に同盟を結んだ少女、正純と共にいた。
ホテルの一室にて、今後の方針について取り決めていたのである。
候補としての彼は多忙な身であったが、その務めはこの場において優先すべきことではなかった。

「邪気が来るな」

そこにあって、シャアはぽつりとそう述べた。
何かが飛んでくる。それもそれが邪悪に属するものであることを、彼はその鋭敏な感覚で知ったのである。

ブウン……ブウン……

奇妙な翅音のイメージに乗って悪がやってくる。
論理的な手続きをジャンプして、彼はその曖昧でありながらも鋭敏な感覚を捉えることができた。

「どうかしたのか?」

少女、正純はそんな彼に対し訝しな顔を浮かべ問いかけた。
今、彼らが話していたことは具体的な行動の手順だった。
方舟に対する方針は決まった。だがそこにはどういった道のりと障害があるのかを、実際的に確かめる必要があった。

「何かが来るな。恐らく……敵に属するものだ」
「敵……」

少女はシャアの言葉を反芻した。
どのような手順でそれを知ったのか、そう問われれば説明できる自信はなかった。
言葉によって説明をすれば得てしてニュータイプは単なるエスパーとして片づけられてしまう。
だがその解り方では駄目なのである。よりもっと曖昧で……深淵なものでなくては……

「アーチャー」

シャアはそこで己に寄り添うように立つ、また別の少女にも声をかけた。
なあに、とあどけない顔で彼女は振り向いた。茶色かかった髪が揺れ、その先に澄んだ瞳が見えた。

「少しホテルの外を見てきてくれないか。何か……妙なものが飛んでいる」

言うと、彼女はエ……? というような顔を浮かべたが、すぐに笑みを浮かべた。

「分かったわ。私に任せて!」

アーチャー、雷と名を持つ彼女はそう元気よく言ってのけた。
喜色の滲むその笑みにシャアもまた頷き返す。
それを満足げに見届けた彼女はキン! と何か琴楽器に似た音を立て、同時にその姿を露と消していた。

「ふむ何かあったのかね」

アーチャーの霊体化を見届けると、部屋の隅よりまた別の声がした。
丸々と太った軍服の男、ライダーは正純の後ろに椅子を引き、静かに構えていた。
彼は愉しげに口元を釣り上げていたが、それはいささか露悪的だった。

「何か妙なものが近づいてきている。神経をざわりと逆撫でする湿ったものだ」
「敵かね」
「恐らくは、そうだろう」

シャアがそう言うとライダーは隣に立つ正純へと目線を送った。
その意味するところを悟ったのか、正純はこくんと頷いた。

「了解した。ではこちらも戦力を出そう」

そして彼女は毅然とした姿勢でそう言い放った。
その言葉を聞きつつも、シャアはこれから何が始まるのかをはっきりと認識していた。


167 : Gのレコンギスタ ◆Ee.E0P6Y2U :2015/02/15(日) 23:43:45 NsxYDJkU0






――風が吹いている。

夜の街では多くの人影が見えた。
若者が通路でたむろをし騒ぎ立て、一方で家族連れがレストランに入っていた。その向こうで背広を着たサラリーマンが帰路についているのが見えた。
雑踏をビルの明かりが照らし出している。時節車のクラクションが雑踏に重なるように響いた。
夜の帳が下り、流石に制服姿の学生は減ったが、街は尚も騒然としていた。

雷は夜の街が持つ特有のカオスを静かに見下ろしていた。
ハイアットホテルを見上げる位置にある、人気のいないビル。
そこは街のきらびやかな明かりに隠れ、薄暗い闇が出来ていた。
がらんとしたビルの屋上は整備されていない。碌に掃除はされておらず、転落防止のフェンスすらなかった。

そこにビュウウウウ、と音を立て風が吹く。
その風は強く、そして冷たいものに感じた。肩まで伸ばした髪ははたはたと揺らめき、少しだけ邪魔っ気だった。

眼下の世界が遠く感じられる。
ある者はゆっくりと、ある者は昂ぶりを隠さず、ある者は疲れに沈むように、雑多に交錯した生活が街の風を作っているのだ。
だが、その混沌とした雑踏のすぐ頭上では別の風が吹いている。

後ろではビルに溜まった塵がどこかに吹き飛ばされ、消えていった……

――この風……

雷はふっとその手に絡んだ銃器の冷たさをそっと感じ取った。
柔らかにはためく水兵服に重なるようにして、艶のない装甲がその存在を訴える。
少女の外見には似つかわしくない、鈍重かつ飾り気のない装備だった。

しかし彼女はそれを重いと思うことは無い。
寧ろ今までが軽すぎたのだ。
階下の混沌とした安寧の風は艦むすには似合わない。
自分たちが身を置くべき場所は、この冷たくも激しい――

――……戦場の、風。

不意に彼女ははっ、として顔を上げた。
長く伸びた砲身を掴みとり、空を見た。
空に何かがいる。かすかながら、それは風に乗るようにして辺りを徘徊している。
意識を集中させ、辺りを索敵する。街の雑踏と、明らかに違う音がある。

ブウン、ブウン……

それは翅音のようだった。
慎重に魔力の欠片を探し、彼女はそれを見つけた。

――蟲?

ハイアットホテルの入り口近くで、奇妙な翅蟲が徘徊している。
それも、複数。ホテルを行き来する人々の上をぐるぐると飛び回っている。
巧妙に雑踏に溶け込んでいたが、そこに魔力の臭いが漂っていた。

あれがマスターの言っていた妙なものという奴だろうか。
それを見極めるため、更なる索敵を――そう思った時、

ブウン、と音がした。

はっとして辺りを振り返る。
がらんとしたビルの屋上。夜の街の頭上に広がる闇の中。

そこに、一匹の蟲が飛んでいた。


168 : Gのレコンギスタ ◆Ee.E0P6Y2U :2015/02/15(日) 23:44:15 NsxYDJkU0






“気付かれたか”

どこか別の闇で、その蟲を統括する理性は呟いた。
斥候として放った蟲が魔力を感知した。雷がそれを感知したように、蟲もまた雷の出現を感じ取っていた。
シャア・アズナブルを監視したかったのだが、かなり早い段階で向こうはそれを察知されてしまったことを知る。

“さて”

蟲は、しかし、そのことに何ら焦りはしない。
寧ろ見つけて貰った方が好都合でさえあった。

“手の内を見せて貰おう”


169 : Gのレコンギスタ ◆Ee.E0P6Y2U :2015/02/15(日) 23:44:41 NsxYDJkU0




まっすぐと飛んできた蟲を雷は難なく射ち落した。
連装砲がボン、と火を吹く。大した火力ではないが、しかし蟲一匹を相手取るには十分すぎる威力であった。
砲撃が一発だけ鳴り響いた。その音はビルの静寂を切り裂いたが、夜の街に届くことはなく、雑踏に呑み込まれていった。

――これで終わり?

そんな筈がない。
彼女は集中を解くことはない。
少女の姿をした彼女だが、しかし兵士であり兵器であった。
蓄積された経験が囁く。すぐにまた来るぞ、と。

ブウン……ブウン……

そして夜のビルにまた翅音が響いた。
多い。数匹――あるいは数十匹の蟲が夜の闇に潜むように現れていた。

――こんな奴ら

やっちゃうんだから、と雷はその砲を蟲へと向けた。
いくら現れようとも、この程度の敵にやられる自分ではない。
乾いた砲撃が響き、蟲はちりぢりになって消えていった。

そこに再び風が吹いた。
ビュウウウウ、と音を立て街とは違う夜の世界を風は駆けていく。
戦場の風だった。

ブウン……ブウン……ブウン……

はっとして雷は後ろを振り返った。
そこには更なる蟲がいた。翅音を立てながら、尖った針を雷へと向けている。

――さっきのは陽動だったのね。

逆方向からの攻撃に、雷はそう分析する。
単純だが無駄のない行動をする。見た目こそ蟲だが、その行動は狡猾で、昆虫的なものとは寧ろ真逆であるように思えた。
どうやらこの蟲には統括する司令官がどこかにいるようだ。

とはいえこの程度に後れを取る雷ではない。
転身し、すぐに砲塔を向け撃とうとした――その瞬間。

ダン、とどこかで別の音がした。
と思うと、次の瞬間には蟲たちは纏めて吹き飛んでいた。
その身を砲弾に焼かれ、爆散していく。雷は驚きつつも後ろへ下がる。
飛び散る砲弾に触れる訳にはいかなかった。

新手か、と思い辺りを窺うと――

――あれは?

向かいの側の、少しだけこちらより高く伸びた摩天楼に、誰かがいた。
女だ。


170 : Gのレコンギスタ ◆Ee.E0P6Y2U :2015/02/15(日) 23:45:14 NsxYDJkU0





夜空を背景にして、その女は座り込んでいる。
闇に溶けるような黒く長い髪をした、そばかすの目立つ女だった
その手にはすらりと長く伸びた筒のようなものがある。
銃だ。
マスケット銃という、古めかしくも威圧感のある長銃を抱えながら、何かを口ずさんでいる。


森々の獣ども
牧場の畜生ども
空を駆ける荒鷲どもにいたるまで
勝ち鬨は我らが物なるぞ
角笛よ高々と鳴れ
角笛よ森々にひびけ


……歌ってる?
雷は同盟国の言葉で響き渡ったその歌に聞き覚えがあった。
……確かこの歌って。

また蟲が来た。
歌に気を捉えている最中だった。
身構え、砲身を構えたが、しかし向かいの女の方が早い。
女は眼鏡ごしに愉しげな視線ををこちらへと送っていた。
その手にはマスケット銃が構えられている。
撃たれた。


猟人たる人なにを恐れる事がある
猟人た者の心に恐れなぞあるものか


すると蟲が三度爆散し、砲弾と共に闇へと消えていった。
雷よりも早くその女が蟲を撃ったのだ。
……私を助けてくれているの?
ならば味方なのだろうか。そう思い、確認を取ろうとしたが

『アーチャー、聞こえるか』

割り込むようにマスターより念話が入った。

『えと、あの人は……』
『彼女は我々への援軍だそうだ。ライダーは中尉とだけ呼んでいたが』
『中尉……』

愉しげに歌いながら銃を撃つ彼女を思わず見返した。
同盟相手となったライダーが送り込んできた彼女は明らかにサーヴァントのようだった。
今は自軍の援軍として現れ、味方となっている。

……たしかに頼もしいけど、
彼女は歌いつつも蟲を射ち落してくれた。
が、あの蟲程度なら雷一人でも何とかなっただろう。
別にこの場で戦場のMVPがどうのこうの言う気はないのだが、

……蟲よりあっちの流れ弾の方がこわいのよ。
そう思わずにはいられなかった。
彼女が持っているのはのはただのマスケット銃で、単なる火力では自分の備える12.7cm連装砲の方が上の筈なのだが。

『彼女と協力して対処してくれ』

中尉の調子はずれの歌が響く中、マスターの念話が飛んでくる。
わ、分かったわと、向こうが自分に頼ってくれることが嬉しく、精一杯毅然として言った。

すると、また銃撃が放たれた
雷はわっ、と思わず声を漏らし、飛び退いて急いで着弾点から離れた。
見ると後ろから蟲が近づいていたらしく、その死骸が転がっていた。
狙いは正確無比で、その腕が確かであることを示していた。
とはいえあの銃撃に当たってしまえば損傷はさけられないだろう。

……敵より味方の方がずっと危ないじゃない。
そう思いはしたが、とにかく作戦行動に当たる。
見ると、蟲は中尉の方にも群がっている。


私は夜の深淵に現れ出でる
あらゆる恐怖をものともしない
樫の木が嵐の中にうねる時でも
あらゆる恐怖をものともしない
鳥どもが鳴きわめく時でも


それを彼女はやはり歌いながら蹴散らしていく。
小さな銃声が連続して響き渡った。
……あ、この歌って。
そこで彼女はようやく思い出すことができた。
……確かカール・マリ何とかとかって人の、

同盟国の艦むすが教えてくれた気がする、その歌の名前は、

……「魔弾の射手」だったかしら?


171 : Gのレコンギスタ ◆Ee.E0P6Y2U :2015/02/15(日) 23:46:26 NsxYDJkU0






「言葉通り本当に敵がいたじゃないか。彼女を呼んだ甲斐があったというものだ。
 これで何にもなかったら君のなけなしの魔力を無駄にしてしまうところだった。
 いや本当に戦争ができてよかった」

……簡単に言ってくれるなぁ。
愉しげに笑うライダーの姿を見ながら、正純は頭を抑えた。
残っていた内燃拝気ほぼ全て注ぎ込んでライダーは自身の尖兵を呼び出すことには成功した。
が、無理が祟ったかマスターである正純は多大な疲労感と、おまけにきつい目眩がやってきた。
……ないところを無理して出した感じがする。
これで無駄になったら笑い話ではない。

……しかしやらない訳にはいかないよなぁ。
同盟相手となったシャアは、何も言わずこちらの陣営のやり取りを眺めている。
彼が感じ取った邪気とやらに自身の戦力を向かわせた。
仮にそこに敵がいたとして、戦闘になった場合、同盟相手である自分が何もしない訳にはいかない。
街中だし早々本気でかかってくるとも思えないが、実際の敵の強さは、この場合あまり関係がない。

同盟を組んだ以上は、今度は肩を並べて戦ったという事実が欲しい。
特に今は同盟結成直後。この同盟を確かなものにする為にも、率先して自陣営を戦場に立たせなければならない。

……だからまぁ、頑張ろう。うん、なくなったものはまた明日貯めればいいさ。
でもそう言って溜ったら苦労しないんだよなぁ、と頭を抱えつつも、正純はライダーに向き直り、

「ただライダー。あまり事を荒立てないでくれ。必要以上に戦闘して目立つ訳にはいかない」
「分かっている、マインマスター。中尉なら大丈夫だ。暴走することもないし、ほどほどに収めてくれるだろう。
 敵の強さに滾って命令違反を犯してやたらめったら殺しまくるなんてことはない」

……不安だなぁ。
やはり愉しげに笑うライダーを見ながら、正純はそう思わずにはいられなかった。
何というか、少佐を慕ってわざわざ召喚されにくるという時点で人格はお察しな気がする。

とはいえ、自分のサーヴァント信じない訳にはいかない。
ライダーが大丈夫だと言うのなら大丈夫なのだろう、きっと。

「……この邪気」

不意にシャアが漏らした。
気になるといえば、敵を察知した彼の言動も気になる。
邪気、というが一体彼は何を感じただろう。

「ばらばらに散っていく筈のものを、強引に一つまとめ上げる、強い願いがある。
 ただこれは……妄執あるいは怨念とでも表現すべきものだ」

シャアの言葉を正純は神妙に受け止めた。
……怨念、か。
シャアが如何にしてそれを感じ取ったかは一先ず置いておき、その意味を考えた。
この敵は、彼の言葉通りならば強い願いによって戦いに赴いている。
それは何もおかしなことではなかった。
元々聖杯戦争は文字通り聖杯を巡って争う場だ。
自分たちのように聖杯そのものに戦争を挑もうなどというのはほとんど、というかまずいないだろう。

マスターと、そしてサーヴァントの多くは強い願いを持った上で聖杯を、月を望んでいる。
そんな彼らを説得ないし交渉することは、

……まず無理だよなぁ。
普通にやったら、無理だろう。
怨念染みた願いを持っているからこそ、こんな場所まで戦争しにくるのだ。
特にサーヴァントの方は聖杯こそが唯一の道と信じている筈だ。
それくらいは分かっていた。これからも強い願いを持ったサーヴァントが立ちふさがるだろう。
他の陣営も場合によっては打ち倒すことになるかもしれない。
どうしても相容れないのならば、彼らとも戦争することになる。

しかし、

「だからこそ、私は訴えなくてはらなない」

聖杯に対し戦争するという、その解釈を他の陣営に伝える必要がある。
それでなくては、この戦争の“大義”が喪われる。

必要なのは言葉だ。
たとえ退けられるのだとしても、誠心誠意訴えなければならない。
故にこの陣営にとってのこの戦争をただ一言で表すのならば、

「レコンギスタだ」

正純は言った。


172 : Gのレコンギスタ ◆Ee.E0P6Y2U :2015/02/15(日) 23:47:07 NsxYDJkU0







人々が行きかう夜の街。
その頭上で――戦場の風が吹くもう一つの世界で、女たちが戦っていた。
蟲が来る。撃つ。別のところからまた来る。撃つ。
それの繰り返しだった。


あなたの手に与えよう
あなたの白い手に
さようなら 私の恋人よ さようなら
戦の中に破れ去り
私が潮の中に眠ったと知らせを聞いても


女の歌が響く。
軽快に、楽しげに。
少女もまた可憐に戦場を舞った。

“流石に強いな”

正確無比な、無駄のない砲撃を前にシアンはそろそろ撤退を視野に入れ始めた。
元より初見の敵を打破する気はない。

少女のサーヴァントを援護するように現れた別のサーヴァント。
見たところ、彼女らは同盟関係にあるようだった。
別に不思議ではないだろう。
自分たちもまたミカサ・アッカーマンと同盟を組んでいる。

“状況から考えてどちらかがシャア・アズナブルのサーヴァントと見て間違いない。
 少なくともニ騎のサーヴァントがシャア・アズナブルの下に集っている。手強いな”

遭遇したサーヴァントはどちらも銃火器を使っていた。
学園で遭い見えた暁美ほむらのサーヴァントと同じタイプらしい。
ある程度文明が進んだ時代のサーヴァントであることは掴めた。

できれば桜と視覚を共有して、ステータスを確認したいところだが……

“無理だな”

ただでさえ蟲一匹一匹の感覚は鈍い。
それも戦闘中、飛び回りながらの蟲に感覚を共有させたところで桜に無駄な負担を強いるだけだろう。
故に今回はおおまかな情報を得るのみで満足しておく。

“退くか”

そう思い、シアンは蟲を摩天楼より撤退させ始める。
後追われないよう、最低限の蟲を目晦ましに残しながら。


恋人よどうか泣かないで
我らは進撃する
イギリスへ向かって! イギリスへ向かって!


女の歌が続く。同時に銃弾が放たれる。
あの歌はもしかしたら真名を探るのに役に立つか、そう思った矢先――


我らは進撃する。
我らは進撃する。
我らは進撃する。
我らは進撃する。


――残っていた蟲が銃弾を受け、殲滅された。
ぷつり、意識が途切れる中、シアンは敵のことを思った。

“この陣営は、一体如何なる願いを持っているのだろうか”

と。
自分は言うまでもなく、ミカサも、そして倒したほむらもまた願いを持っているようだった。
きっと皆、譲れるものがあるのだろう。

“だが――”

それを踏みにじることに何の躊躇いがあろうか。
たとえ世界を破壊する兵器の引金も、必要ならば躊躇いもなく引いてみせよう。
その強き意志、怨念と化した想いこそがシアンを一つの存在足らしめている。
折れることは、ない。


173 : Gのレコンギスタ ◆Ee.E0P6Y2U :2015/02/15(日) 23:47:43 NsxYDJkU0






「邪気が引いたか」

虚空を見上げながらシャアが言った。
どうやら敵が去ったようだった。そのことを、やってきた時と同じように彼は察知したのだ。
やはり彼には何かがあるようだ。人にはない感覚が。

……ただの変な人じゃないよな?
一瞬過ったよこしまな考えを正純は振り払った。
いかんいかん何を考えているんだ。政治家とは立派な人間がなるものだ。それを志す人間がアレな人な訳ないだろう。
どっかのオタクとは違うんだから、唐突に“邪気が来たか……!”とか言っても何か理由があるに違いない、うん。

「帰投したわ!」

音を立てアーチャーが帰ってきた。
戦闘は問題なく終わったらしい。役に立てたことが嬉しいのか、彼女はえっへん、と胸を張っている。

「ン……よくやってくれた、アーチャー」
「いいのよ、これくらい。もっと私に頼っていいのよ?」

……そしてロリコンな訳がない。
どこぞの外道衆と違い、シャア候補は生命礼賛など唄いはしない、筈だ。

はぁ、と息を吐く。先に見せたカリスマといい、シャア候補は一言では言い表せない人物なようだ。
ライダーを見る。彼は彼で何を考えているのか。実に愉しげだった。
ライダーが呼び出した中尉――リップヴァ―ンというらしい――には既に帰ってもらっている。
とにかく魔力がないのだ。出戻りみたいで英霊的には少し不満かもしれないが、そこはしょうがないのだ。

「それでレコンギスタ、とは」

少女と戯れていたシャアが不意に顔を上げ、正純の方を見た。
……来るか。
その視線を正純は怯むことなく受けた。

「先程の強烈な怨念。あれらに対して打ち立てるという、その大義は一体どんなものだ?
 全てが全て私たちのように自分の納得する訳ではない筈だ。曲げない、曲がることのできない人間もいるだろう。
 彼らを納得させる、君の大義とは何だ」
「……取り戻す、ということだ」

それはこれから相対していくだろう、幾多の陣営に対し告げるべき言葉だった。

「私たちには確かに“願い”があった。どれもみな決して譲れぬものであろう。
 それは今や聖杯に握られている。人類史全土を握る方舟が、私たちの願いが叶うかどうかを決めているのだ。
 しかし――その願いは元々私たちの物であった筈だ。
 願いは“他に道はない”と聖杯に囚われ、私たちは戦争している。それは聖杯が私たちの願いを一方的に握っているからだ。
 故に私たちは聖杯に従うまま相争わなければならない。しかしそれは本来無用の血だ。
 流す必要のない血を流す方舟を私は糾弾し、交渉し、受け入れられなければ――」

正純は毅然と顔を上げる。
……ここからが大事だ。とにかく人を鼓舞しなくてはならない。
これがこの同盟の大義となるのだ。

「――“願い”を取り戻す戦争をする。方舟を再征服することこそ、私たちが真に全てを手に入れる道だ。
 私たちは方舟のものではない。何時から人の歴史はアークセルのものになった。
 これは奪われたものを取り戻す為の戦いだ。
 ゴフェル。方舟。聖杯。この舞台に合わせ、私もTsirhc/ツァークの言葉を使い、これを表現しよう」

正純は言った。

「“レコンギスタ”である、と」


174 : Gのレコンギスタ ◆Ee.E0P6Y2U :2015/02/15(日) 23:49:45 NsxYDJkU0





そうして夜の一幕は終わった。
街の空では戦争の風が吹いていた。
銃弾が舞う、戦場の風が。

遥かな高度で行われたその戦闘は、街の雑踏の中に消え去ってしまった。
多くの人間は自分の頭上で如何なる者が殺し合っていたのかを知らない。
ビル上階に居た人々が不穏な音がしたと証言し、噂になったものの、実際に彼女らを見たものは誰も居なかった。
しかし、摩天楼の屋上にて残った銃痕がここで確かに何かがいたことを物語っていた。
正体は闇に消えたまま……

戦争があった。
怨念があった。
大義があった。
混沌とした街は全てを呑み込んだ。



【C-6/冬木ハイアットホテル/一日目 夜間】

【シャア・アズナブル@機動戦士ガンダム 逆襲のシャア】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:無し
[道具]:シャア専用オーリスカスタム(防弾加工)
[所持金]:父の莫大な遺産あり。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争によって人類の行方を見極める。
1.本多・正純と今後について話し合う。
2.赤のバーサーカー(デッドプール)を危険視。
3.サーヴァント同士の戦闘での、力不足を痛感。
4.本多・正純と同盟を組み協力し、彼女を見極める。
5.ミカサが気になる。
[備考]
※ミカサをマスターであると認識しました。
※バーサーカー(デッドプール)、『戦鬼の徒(ヴォアウルフ)』(シュレディンガー准尉)、ライダー(少佐)のパラメーターを確認しました。
※目立つ存在のため色々噂になっているようです。
※少佐をナチスの英霊と推測しています。


【アーチャー(雷)@艦隊これくしょん】
[状態]:健康、魔力充実(小)
[装備]:12.7cm連装砲
[道具]:無し
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに全てを捧げる。
1.シャア・アズナブルを守る。
2.バーサーカー(デッドプール)を危険視。
[備考]
※バーサーカー(デッドプール)、『戦鬼の徒(ヴォアウルフ)』(シュレディンガー准尉)、ライダー(少佐)の姿を確認しました。


【本多・正純@境界線上のホライゾン】
[状態]:目眩、とても空腹、倒れそう
[令呪]:残り三画
[装備]:学生服(月見原学園)、ツキノワ
[道具]:学生鞄、各種学業用品
[所持金]:さらに極貧
[思考・状況]
基本行動方針:他参加者と交渉することで聖杯戦争を解釈し、聖杯とも交渉し、場合によっては聖杯と戦争し、失われようとする命を救う。
1. シャアとの今後についての打ち合わせを行う。
2. マスターを捜索し、交渉を行う。その為の情報収集も同時に行う。
3. 遠坂凛の事が気になる。
4. 聖杯戦争についての情報を集める。
5. 可能ならば、魔力不足を解決する方法も探したい。
6. シャアと同盟を組み、協力する。
[備考]
※少佐から送られてきた資料データである程度の目立つ事件は把握しています。
※武蔵住民かつ戦争に関わるものとして、アーチャー(雷)に朧気ながら武蔵(戦艦及び統括する自動人形)に近いものを感じ取っています。
※アーカードがこの『方舟』内に居る可能性が極めて高いと知りました。
※孝一を気になるところのある武蔵寄りのノリの人間と捉えましたがマスターとは断定できていません。
※柳洞一成から岸波白野の住所を聞きました(【B-8】の住宅街)。
※遠坂凛の電話越しの応答に違和感を覚えました。
※岸波白野がまだ生きているならば、マスターである可能性が高いと考えています。
※アーチャー(雷)のパラメータを確認しました。

【ライダー(少佐)@HELLSING】
[状態]魔力消費(大)
[装備]拳銃
[道具]不明
[所持金]莫大(ただし、そのほとんどは『最後の大隊(ミレニアム)』の飛行船の中)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯と戦争する。
1.シャアとの打ち合わせを行う。
2.通神帯による情報収集も続ける。
3.シャア及び雷と同盟関係を取る。雷に興味。
※アーカードが『方舟』の中に居る可能性が高いと思っています。
※正純より『アーカードとの交戦は必ず回避せよ』と命じられています。令呪のような強制性はありませんが、遵守するつもりです。
※アーチャー(雷)を日本軍関係の英霊と考えています。


175 : Gのレコンギスタ ◆Ee.E0P6Y2U :2015/02/15(日) 23:51:09 NsxYDJkU0
【C-1 山小屋/1日目 夜間】

【間桐桜@Fate/stay night】
[状態]:健康
[令呪]:残り三角
[装備]:学生服
[道具]:懐中電灯、筆記用具、メモ用紙など各種小物、緊急災害用グッズ(食料、水、ラジオ、ライト、ろうそく、マッチなど)
[所持金]:持ち出せる範囲内での全財産(現金、カード問わず)
[思考・状況]
基本行動方針:生き残る。
0. ――――――――。
1. キャスターに任せる。NPCの魂食いに抵抗はない。
2. 直接的な戦いでないのならばキャスターを手伝う。
3. キャスターの誠意には、ある程度答えたいと思っている。
4. 遠坂凛の事は、もう関係ない――――。
[備考]
※間桐家の財産が彼女の所持金として再現されているかは不明です。
※キャスターから強い聖杯への執着と、目的のために手段を選ばない覚悟を感じています。そして、その為に桜に誠意を尽くそうとしていることも理解しました。
 その上で、大切な人について、キャスターにどの程度話すか、もしくは話さないかを検討中です。子細は次の書き手に任せます。
※学校を休んでいますが、一応学校へ連絡しています。
※命蓮寺が霊脈にあること、その地下に洞窟があることを聞きました。
※キャスター(シアン)の蟲を、許可があれば使い魔のようにすることが出来ます。ただし、キャスターの制御可能範囲から離れるほど制御が難しくなります。
※遠坂凛の死に対し、違和感のようなものを覚えていますが、その事を考えないようにしています。


【キャスター(シアン・シンジョーネ)@パワプロクンポケット12】
[状態]:健康、残り総数:約261万匹(山小屋:260万匹、学園:1万匹)
[装備]:橙衣
[道具]:学生服
[思考・状況]
基本行動方針:マナラインの掌握及び宝具の完成。
1. 学園を中心に暗躍する。
2. 桜に対して誠意ある行動を取り、優勝の妨げにならないよう信頼関係を築く。
3. 今夜十二時にもう一度学園の校舎裏に行く。
4. 黄金のセイバー(オルステッド)を警戒。
5. 発見した洞窟の状態次第では、浮遊城の作成は洞窟内部の霊脈で行う。
[備考]
※工房をC-1に作成しました。用途は魔力を集めるだけです。
※工房にある程度魔力が溜まったため、蟲の制御可能範囲が広がりました。
※『方舟』の『行き止まり』を確認しました。
※命蓮寺に偵察用の蟲を放ちました。現在は発見した洞窟を調査中です。
※命蓮寺周辺の山中に、地下へと通じる洞窟を発見しました。
※学園のマスターとして、ほむら、ミカサ、シオン、ケイネスの情報を得ました。
 また関係するサーヴァントとして、アーチャー?(悪魔ほむら)、ランサー(セルベリア)、シオンのサーヴァント(ジョセフ)、セイバー(オルステッド)、キャスター(ヴォルデモート)を確認しました。
※ミカサとランサー(セルベリア)と同盟を結びました。
※ランサー(セルべリア)の戦いを監視していました。
※アーチャー(雷)とリップヴァーンの戦闘を監視していました。
※間桐桜から、教会に訪れたマスター達の事を聞きました。
※学園の蟲の一匹に、シオンのエーテライトが刺さっています。その事にシアンは気付いていません。
※【D-5】教会に監視用の蟲が配置されました。
※C-1の山小屋にいる約二百六十万の蟲に、現在は意識を置いています。
※C-3の学園に潜伏していた十万の蟲の内、九万匹は焼かれ、残りの一万匹は学園から一先ず撤退しています。


176 : ◆Ee.E0P6Y2U :2015/02/15(日) 23:51:24 NsxYDJkU0
投下終了です。


177 : 名無しさん :2015/02/16(月) 00:02:58 PZEc1Moo0

シャアの感知能力が思った以上に役に立つ
原作ロワ時代から探知機は強アイテムでしたが、悪意あるなしを即断できる点ではかなり有効ですね

でも正純にただの変な人と思われたあたり妙な笑いがw


178 : 名無しさん :2015/02/16(月) 00:18:04 lCAqikq60
投下乙です!
境ホラも考えてみれば聖遺物関係と相性いいんだよな。
この自分たちの大義をレコンキスタという一つのことばに込めて掲げるのがなんか原作ぽくていいな。
正純から見たシャア像には吹いたけれどwww
シアンの能力は便利なんだけど、オルステッドやオディオに察知されやすいのが面白い塩梅だ。
日独同盟の戦闘は艦むすならではの用語にニヤリとさせられつつ魔弾の射手もあって原作Fateの夜の街で戦う英霊感あって雰囲気出てた


179 : 名無しさん :2015/02/16(月) 02:32:09 cBftOGPg0
投下乙です!
「“願い”を取り戻す戦争」かあ
聖杯狙い達の抱いた願い自体は否定せず、けれど方舟に戦争を強いられている振り回されていることを問題提起する…
以前の話で少佐も戦争の引き金を他人に弾かれることが気に食わないって言ってたし、
対聖杯としてどう“交渉”していくのかの方向性がだんだん具体化されていってますね


180 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/02/19(木) 06:58:49 JSJ7T5pI0
聖白蓮&勇者ロト

再予約延長分投下します


181 : このそうびは のろわれていて はずせない! ▽ ◆EAUCq9p8Q. :2015/02/19(木) 06:59:55 JSJ7T5pI0
「そうですか」

  聖白蓮が目を覚ますと、そこはすでに街中ではなく命蓮寺の聖白蓮の私室だった。
  体中に鈍い痛みが走っている。
  気がついたら布団の中で眠っていた。
  そして、思い出せる限りでの最後の記憶は、ジョンス・リーの後ろ姿。

「では、やはり私は負けたのですね」

  >はい
  いいえ

  街中で無様に敗北し気絶。
  それからずっとロトの世話になり、なんとか命蓮寺に帰ってきたということだろう。
  説明されなくても、それくらいならだいたい想像が付く。

「……まず最初に謝らせてください。不甲斐ない姿を見せてしまって申し訳ありませんでした」

  はい
  >いいえ

  深々と首を垂れる白蓮に、セイバーはそっけなくそう返す。

「あ、先生! 起きたでやんすか!」

  白蓮が頭を上げるとほぼ同時にメガネを掛けたNPCが小さな花束を手に白蓮の寝室に入ってきた。

「心配したでやんすよ。お付の人はなにも話してくれなかったでやんすからね。これ、お見舞いのお花でやんす!」

「ありがとう」

「いえいえ、これも当然のことでやんすよ。すぐに夕食の用意をするよう言ってくるでやんす!」

  右手を上げ、ぴゅーっと走り去るNPC。持ってきた花束をそのまま持って走って行ってしまうのがそそっかしい彼らしい。
  開け放たれたままの襖戸から入っていた月明かりが少し陰り、また最後の記憶で見た背が重なる。

  『一撃だ』

  確かそれがジョンス・リーの最後の一言。
  天井を見上げて、ため息を零す。
  本当に、見事に負けた。


182 : このそうびは のろわれていて はずせない! ▽ ◆EAUCq9p8Q. :2015/02/19(木) 07:00:40 JSJ7T5pI0
―――
―――
―――


  なぜ聖白蓮は負けたのか。


  聖白蓮は幻想郷でも上位に入るであろう戦闘強者だ。
  博麗の巫女を捩じ伏せ、普通の魔法使いを叩き落とし、山の新人神様を引きずり下ろし。
  それぞれに説教をかまして改宗させる程度には強い。


  しかし、こと『潰し合い』には慣れていなかった。
  圧倒的な火力で叩き伏せるという一点については確かに参加者でも高位。
  だが、面と向かい、地を走り、生身の肉弾戦で相手をどうやって『戦闘不能』にするかには長けていない。
  幻想郷での戦闘の真似事は基本的に『弾幕』を用いた弾幕ごっこが一般的である。
  しかしこの方舟内において、NPCや建物への被害を考えれば弾幕は使えない。
  つまり白蓮は開始直後から一番の武器を封じられているのである。

  さらに言えば、肉弾戦の経験が足りない。
  勿論、格闘に関する心得はあった。ただしそれも仲間内でのお遊びの延長のもの。
  腕を折る、足を折る、絞め落とす。知識はあるが実際にどこにどう力を加えればそうなるかについては経験が一切ない。
  エア巻物で強化を一回積んだがそれでも拳を交えることの『経験』は埋まらない。
  あるわけがない。基本的には心の優しい尼公にそんな心得が。


  ジョンスが腹を空かせた獅子だとするならば。
  白蓮は翼を折られ、爪をもがれた鷲。
  二人の対面は、すなわち最初からそれだけの差がある状態での対面だったのだ。


183 : このそうびは のろわれていて はずせない! ▽ ◆EAUCq9p8Q. :2015/02/19(木) 07:01:38 JSJ7T5pI0
  エア巻物を転読したあと、当然白蓮は考えた。
  人目につく可能性のある屋外、人通りも多いであろう図書館周辺で火力の高い『魔法』は出来れば使いたくない。出来ることなら肉弾戦で決着を付けたい。
  ならば対面した強者、ジョンスの身体のうちどこを狙うか。
  屈強な身体に一撃を加えたとして、反撃でこちらが沈められるのは目に見えている。
  ならばスピードで攻めるか。小細工で勝てる相手ではない、いくら手数を増やそうと先ほどのように反応され、寄った所を殴り返されれば終わりだ。

  白蓮が選んだのは、顔面への一撃。
  当たれば痛いでは済まない。脳を揺らせば意識すら吹っ飛ばす。
  攻撃が通るかどうかもわからない腹部や、効果が見られるかも怪しい四肢への攻撃よりも直接的に他者を倒せる一撃。
  即ち、『一撃必倒』。
  一気に駆け寄り、腕を振りかぶる。
  ジョンスの頬へと、一撃目と同じように殴りかかる。

『に』

  だが、届かない。
  猛スピードで近づいたのに、既に左手でガードしてある。

  ジョンス・リーの格闘経験は四桁を上回っている。
  こと対人における戦闘経験に関して、泥臭い殴り合いに関して、この方舟内で彼の右に出るものは居ない。
  そんな彼だからこそ分かる。
  最初の一撃で、もっと言えば出会ったその瞬間からの振る舞い方で、白蓮が対人戦においてどの程度の力量を持っているのかが分かる。
  真っ直ぐに駆けてきて、真っ直ぐに顔を狙ってきた。
  だったら真っ直ぐだ。
  もう一度真っ直ぐ走って来る。真っ直ぐ顔を狙って来る。真っ直ぐ利き手で来る。そこまで読めれば自然と防げる。
  防いだあとも白蓮がまだ真っ直ぐ来て、真っ直ぐ来て、真っ直ぐ来るなら、もう『一撃』はジョンスの射程内だ。

  白蓮は慌てて左のアッパーを放つが、その一撃もジョンスの顎を捉えない。
  ゆらりと倒れかかるように後ろに身を逸らされ、かわされてしまった。  

『さん』

  ジョンスの目が力強く輝くのを白蓮は見逃さなかった。
  慌てて飛び退り、そのまま今度は防御を解きかけている左頭部目掛けて蹴りを放つ。

『……しッ―――!!!』

  ズドン、という足音。
  超速での蹴りを見抜き、いや、見越して追い抜く。
  普通は無理だ。だが、『一歩』だけなら。
  三手先を読み、白蓮の二発目の段階で踏み出していた『一歩』だけなら。
  超速の蹴りを追い抜いて、無防備な懐に飛び込むことが出来る。
  ジョンスの眼光が空中に線を描くように滑り、がら空きのボディの内側でひときわ強く輝く。
  数十年の鍛錬、数千回のストリートファイト、生まれて以来の『強さへの探求』が、凡人の一歩に妖怪の超速を振り切らせた。

  ジョンスが脚を軸に独楽のように回転する。
  白蓮が懐に入り込まれたと気づいた時にはもう遅い。
  回転の勢いそのままに、ジョンスが一歩を踏み出す。
  その背中を白蓮に押し付けるように。

(背な……―――っ!!)

  触れた瞬間、吹き飛んだ。  
  身体が文字通り吹き飛んだ。まるで魔法のように、身体が意識をその場に置き去りにして吹き飛んだ。
  一瞬のブラックアウト。気がつけば、白蓮はコンクリート塀にたたきつけられていた。
  コンクリート塀にぶち当たり、跳ね返って空中に投げ出されて、ようやく感覚が追いついて全身を包む痛みに気づいた。
  もし白蓮が陶器だったら、その一撃だけで粉砕して積み上げられた瓦礫の山になっていただろう。
  もし白蓮がゴムマリだったら、その一撃だけで破裂して宙に漂うゴミになっていただろう。
  陶器でもゴムマリでもなく人間で良かった、などと的外れな感想が頭をよぎり、地面に激しく倒れ伏す。

『四発もいるかよ』
『―――一撃だ、それで十分だ』

  がらがらと音を立てて降り注いでくるコンクリート塀。
  自身に背を向けてそう捨て台詞を吐くジョンス・リー。
  それが白蓮の覚えている最後の記憶だった。


184 : このそうびは のろわれていて はずせない! ▽ ◆EAUCq9p8Q. :2015/02/19(木) 07:03:44 JSJ7T5pI0
―――
―――
―――

  ただの人間だと侮っていた部分がないわけではない。
  魔力補助を積んでの『あろうことか』がまさかあるとも思っていなかった。
  繰り出される一撃の威力を大幅に測り違えていたのもある。
  実力もわからぬ相手に手の内を温存しようとした愚かしさもある。
  積もり積もった白蓮の慢心が敗因。
  だとしても。

「……なんと恐ろしい」

  人間とはあそこまで強靭になれるものなのか。
  勇者ロトは『勇者』だ。
  魔法を用い、武器を用い、魔を伐つことに特化している。
  言うなれば『博麗の巫女』と同じ分類だ。
  だが、ジョンスは違う。
  気を使う程度の妖怪も居るが、彼女は妖怪としての地力が有ってこその強さ。
  純然たる人間が、魔力補助を行った妖怪を一撃で戦闘不能においやった。
  人間の意識では捉えるのがやっとな白蓮の行動を全て読みきった上で攻撃を当ててきた。

  強い。
  『ただの人間』がああまで強い。
  もし運命の女神が気まぐれで白蓮の側に天秤を傾けなければ、二度とこの目が開くことはなかった。
  いつまでも幸運便りで生き延びられるわけがない。

「少し、考えを改める必要がありそうですね」

  人を超越した存在という優位に胡座をかいている余裕はない。
  懐に仕舞われていた独鈷を取り出し、魔力を込める。
  すると、溢れだした魔力が鋭く尖りまるで短刀のようになった。輝く刀身の切れ味は、名刀の一振りにも劣らないだろう。

「目立つので、あまり使いたくはなかったのですが……」

  『魔法を使う程度の能力』による応戦。
  弾幕を使う。魔法が一、独鈷を短刀に見立てた武器も使う。
  目立つリスクを考えれば使いたくはないが、次もまた手を抜いて負けて幸運にも生き残れるとは限らない。
  全力を持って挑み、全力を持って勝つ。

  まずは自身がどの程度戦えるのかを把握する。
  弾幕……ロトが戦闘に用いる魔力の消費を考えればスペルカードクラスのものはそうそう放てまい。
  しかし通常弾ならば。パターン、ばらまき、レーザー、米粒、追尾、へにょり、奇数、偶数、なんでもいい。撃てばそれだけで虚をつける。
  この戦場でどの程度の魔力を有し、セイバーを戦闘させながらどの程度攻撃に転用できるのか。
  それを知り、万全の状態を整え。そして今度は負けない。

「次の『一歩』、万里まで引き伸ばして見せましょう」


185 : このそうびは のろわれていて はずせない! ▽ ◆EAUCq9p8Q. :2015/02/19(木) 07:04:26 JSJ7T5pI0
   ○

「……さて」

  口に出して踏ん切りを付け、次に自身のサーヴァント―――セイバーと向き合う。

「貴方にも、いろいろあったようですね」

  言葉はない、心で分かる。
  ささやかなゆらぎが白蓮の心に流れ込んでくる。
  静かな海にたつさざ波のように、セイバーの心の奥底が揺れている。
  木陰を揺らす木漏れ日のように、セイバーの心の奥底が揺れている。

  なにがあったのかまではっきりとは分からない。
  ただ、平常時には一切揺らがない彼の心の奥底を揺らすような出来事があった。
  ならばきっと、彼の根幹に関わる何かがあった。
  勇者ロトの存在の根幹、勇者ロトを構成する勇者伝説の骨子、『勇者としての存在意義』に関わる何かがあった。

「少し、お話をしましょうか」

  勇者を勇者たらしめるものはなにか。
  そんなもの分かりきっている。

「勇気とは何か」

「貴方の勇者伝説を引用して答えるならば、それはきっと『巨悪に怯まず挑み、彼を滅する心』のことでしょう。
 そして、その行いに反するものは少なくとも勇者として相応しくない……の、かもしれません」

  彼の根幹が揺るぐことがあるとすれば。
  彼は彼自身が積み上げてきた勇気と反する『なにか』に直面し、そこでまたひとつ選択をした。
  そこまでしかわからない。
  それでも、掛ける言葉はある。
  彼と言葉を交わすことのできない身でも、彼を思いやることは出来る。

「ですがセイバー。世の中とは……時に曖昧でもいいのではないでしょうか」


186 : このそうびは のろわれていて はずせない! ▽ ◆EAUCq9p8Q. :2015/02/19(木) 07:05:18 JSJ7T5pI0
「人の心とは特に曖昧なものです。水晶のように様々な面を持っています。
 覗く角度が違えば見える景色は違う。しかし、その水晶が変わることはない。
 勇気もきっと、同じでしょう」

  身を正し、思いの丈を伝える。

「敵に立ち向かうも勇気」

  夢に見た数々の敵に立ち向かう勇者の姿。
  目の前に立ちはだかる敵をばったばったとなぎ倒すその姿はまさに『勇者』たるもの。
  彼が今回振るった勇気は、きっとこれではない。

「味方に立ち向かうも勇気」

  夢に見た仲間を諭す勇者の姿。
  目先の欲にかどわかされて民を蔑にしてしまった商人である『  』と再会し、彼に正しい道を示したその姿はまさに『勇者』たるもの。
  彼が今回振るった勇気は、きっとこれではない。

「そして、自分自身の心と向き合い、立ち向かうのもまた勇気」

  人は、時として自身と戦う。
  そして、自身と戦う時こそ人はその真価を問われる。
  セイバーがこの方舟の地で示した勇気はきっと、そんな誰にも理解されない勇気。

「貴方の行いは、きっと『勇者ロトの勇気』とはほど遠いものだったのでしょう」

  『戦わない勇気』。『立ち向かわない勇気』。『背を向ける勇気』。
  きっと、『勇者ロト』の伝説には記されていない勇気。
  セイバーの持つ人魔調和の願いが天に届かなければ、評価されることもない勇気。
  勇者らしからぬ勇気。
  だとしても。

「しかし、例え誰にも理解されないとしても……貴方の勇気は本物です」

  その勇気は確かに存在した。
  まるで弟にそうするように、聖はロトの顔を無骨な兜ごと抱きしめ。

「だから、どうか悩まないで」

  ゆっくりと、兜の上から彼の頭を撫でる。
  彼のことを慈しんだ母よりも優しく。彼の手を取ったどんな異性よりも優しく。

「貴方の奮った勇気に罪があるとするなら、その罪ごと、私が貴方の勇気を背負いましょう」

  彼が悔やむというなら、白蓮が受け止める。
  受け止め、彼の分まで背負う。
  それが、勇者でありながら勇者にあらざる行いを選んだサーヴァントのマスターとしてできる唯一の贖罪。
  そしてそれが、『魔王と勇者の物語』に抗うセイバーのために伸ばすことが出来る唯一の救いの手。

「だからどうか、たとえ勇者の勇気と違っても……『貴方の勇気』を失わないで」

  人魔調和のために振るわれた勇気が消えてしまわないように。
  ちっぽけな勇気の火を二人で分かつように。
  白蓮は優しくセイバーの頭を抱きしめて、二人にしか聞こえないくらいの声でそっと勇気に心を添えた。


187 : このそうびは のろわれていて はずせない! ▽ ◆EAUCq9p8Q. :2015/02/19(木) 07:06:57 JSJ7T5pI0
「先生、おゆはんの用意ができたでやんす……おじゃましたでやんすか?」

  件の僧職系NPCが夕飯を知らせに来る。
  その声を聞いて白蓮がセイバーへの抱擁を解く。

「いえ、彼と少しお話をしていただけです。すぐに向かいます。
 それではセイバー、私は夕食を頂いてきますが、貴方はどうしますか?」

  はい
  >いいえ

「そうですか。では、周辺の哨戒をお願いします。
 夕食後も少し休ませていただきますので、何かあれば念話で知らせてください」

  >はい
  いいえ

  がしゃり。
  がしゃり。
  がしゃん。

  音を立てながらゆっくりとセイバーが立ち上がる。
  そしてそのままNPCの横を通り部屋を出ようとして、立ち止まる。

「どうかしたでやんすか?」

  セイバーは答えない。
  ただ、NPCが再び持ってきた花束の中から小さい花を一輪だけ取ってそのまま何もなかったかのように歩き出した。

「……なんなんでやんすかね?」

  NPCが眉根を潜めてセイバーの背を追う。

「彼にも、思うところがあるのでしょう」

  白蓮にも彼の行動の真意はわからない。
  今朝も物漁りを咎めたが、花の一本程度でそこまで強く言うつもりはない。

「何も話してくれないからわかんないでやんすよ」

  NPCが残念そうな表情をする。
  彼にとっては、英霊セイバーも同じ『聖白蓮の元で働く修行僧』に見えているらしい。
  セイバーの見た目とのギャップに、そして図らずとも自分の狙いが達成されたことを知り。
  また白蓮が楽しげに声を潜めて笑う。

「そういう方なのです。悪く思わないであげてください」

「変わった人でやんす。まあ、先生のお付の人はオイラのお付の人も一緒でやんす。
 少しくらい変な人でも、許すでやんすよ!」

  このNPC、見た目よりもずいぶん強かな性格をしている。  
  しかし白蓮は特に諫めない。そんな部分も言い換えれば彼の長所。
  悪い方向へ転じない限りは無理に咎める必要もない。

「では、参りましょうか」

「はい、行くでやんす!」  

  NPCが右手をあげてまた駆けていく。
  白蓮は、周囲に痛みを感付かれないように注意を払いながらその背を追った。


188 : このそうびは のろわれていて はずせない! ▽ ◆EAUCq9p8Q. :2015/02/19(木) 07:07:30 JSJ7T5pI0
【B-1-C-1/命蓮寺/一日目 夜間】

【聖白蓮@東方Project】
[状態]全身打撲、疲労(小)
[令呪]残り三画
[装備]魔人経巻、独鈷
[道具]聖書
[所持金] 富豪並(ただし本人の生活は質素)
[思考・状況]
基本行動方針:人も妖怪も平等に生きられる世界の実現。
1.夕食を食べる。その後は休養
2.サーベルや弾幕がどれくらい使えるのかを確認。できるだけ人目につかないように。
3.来る者は拒まず。まずは話し合いで相互の理解を。ただし戦う時は>ガンガンいこうぜ。
4.言峰神父とは、また話がしたい。
5.ジナコ(カッツェ)の言葉が気になる。
6.聖杯にどのような神が関係しているのか興味がある。
[備考]
※設定された役割は『命蓮寺の住職』。
※セイバー(オルステッド)、アーチャー(アーカード)のパラメーターを確認済み。
※ジョンス・リーの八極拳を確認。
※言峰陣営と同盟を結びました。内容は今の所、休戦協定と情報の共有のみです。
※一日目・未明に発生した事件を把握しました。
※ジナコがマスター、アーカードはそのサーヴァントであると判断しています。
※吉良に目をつけられましたが、気づいていません。
※セイバー(ロト)が願いを叶えるために『勇者にあるまじき行い』を行ったことをなんとなく察しています。
 ただし、その行いの内容やそれに関連したセイバー(ロト)の思考は一切把握していません。


189 : このそうびは のろわれていて はずせない! ▽ ◆EAUCq9p8Q. :2015/02/19(木) 07:08:46 JSJ7T5pI0
―――
―――
―――



  『起きなさい、起きなさい、私の可愛いダイや……』
  『起きなさい、起きなさい、私の可愛いアベルや……』
  『起きなさい、起きなさい、私の可愛いアルスや……』
  『起きなさい、起きなさい、私の可愛いえにくすや……』
  『起きなさい、起きなさい、私の可愛いもょもとや……』
  『起きなさい、起きなさい、私の可愛いゆうていや……』
  『起きなさい、起きなさい、私の可愛いソフィアや……』
  『起きなさい、起きなさい、私の可愛いトンヌラや……』
  『起きなさい、起きなさい、私の可愛いああああや……』



  勇者ロトには幾つもの伝承が存在する。
  男であった。女であった。
  蒼い兜を被り魔王を滅殺した。鉄仮面で素顔を隠していた。はんにゃのめんの下に狂気を隠していた。
  タフガイだった。なまけものだった。セクシーギャルだった。ラッキーマンだった。でんこうせっかだった。
  おちょうしものだった。むっつりすけべだった。がんこものだった。きれものだった。いのちしらずだった。
  おじょうさまだった。ずのうめいせきだった。みえっぱりだった。いっぴきおおかみだった。
  戦士と旅をした。魔法使いと旅をした。武闘家と旅をした。僧侶と旅をした。
  賢者と旅をした。遊び人と旅をした。一人で旅をした。バシルーラでルイーダの酒場に返された。
  いろいろな場所に首を突っ込んで回り道をしていた。すごろく場やとうぎ場にドハマりして財産を散らしていた。
  アリアハンの城の近くで魔王を遥かに凌ぐの実力を培った。二時間半でゾーマの元に辿り着いた。終生棺桶の中で過ごした。
  しびれくらげにハメ殺しにされて何度も教会に戻った。何故か武器や防具、どうぐを買い揃えずに先を急いだ。カンダタをスルーした。

  様々な伝承のなかで。
  様々な性格の勇者ロトが。
  16年間積み重ねられ続けた希望を背に、銅の剣とぬののふくと少しばかりの金を手にアリアハンを旅立った。
  仲間も、道筋も違う無限に近いほどのパターンの伝承。
  しかし幾つか、全ての伝承において共通する点がある。

  勇者オルテガの子どもとして産まれたという点。
  オルテガという名前のロトは居なかった点。
  船に乗って旅をしていたという点。
  商人を仲間にしていたという点。
  ラーミアを蘇らせたという点。

  そして彼/彼女が勇者であり、旅立ちの日に16歳になったばかりの少年/少女であったという点。
  勇者ロトは朝寝坊をする子だった。大事な出発の朝も母親に起こされた。
  勇者ロトは好奇心旺盛な子だった。よく壺やタンスを漁って中に入っている物やメダルを拾っていた。
  勇者ロトは誠実な子だった。初対面の相手から何度ポカパマズさんと呼ばれてもその都度丁寧に訂正を行っていた。
  勇者ロトは整理整頓の上手な子だった。たったひとつの道具袋に装備やアイテムを器用に仕舞っていた。
  勇者ロトは意外と影響を受けやすい子だった。本を読むと感化され、性格すら変わってしまうほどだった。
  勇者ロトはそんな他愛もない16歳の子どもであった。


190 : このそうびは のろわれていて はずせない! ▽ ◆EAUCq9p8Q. :2015/02/19(木) 07:10:08 JSJ7T5pI0
  そして、様々な伝承におけるロトたちに一切の例外なく共通する運命。
  それこそ即ち、魔の侵略によって死んでいった数々の人間の希望を背負って闘う運命。
  やまたのおろちに喰われた生贄たちの。
  ボストロールに抹殺された罪なき者たちの。
  テドンの村の人々の。
  魔物に蹂躙された全ての人間の。
  全ての希望を余さず背負い、ただただ魔王へと挑む運命。
  希望の光によって、闇を切り裂き魔王を討つ運命。


  即ち、『勇者』であるという運命。


  母が、祖父が、アリアハンの住民が、ロマリアの、ポルトガの、イシスの、サマンオサの、ジパングの、スーの、地球のへその、全ての大陸の人間が。
  勇者オルテガの子の背に希望を乗せる。
  この子ならばきっと、魔王を倒してくれるはず、と。
  オルテガの子ならば、ポカパマズさんの子ならば必ず魔王を倒してくれるはず、と。
  優れた武力もなく優れた魔術もない子どもの背に希望を乗せ続けた。
  見ず知らずの人間たちが、次々に彼/彼女の未来に希望を押し付けていった。
  彼はその希望をしっかりと背負い、一歩また一歩と歩を進めていった。



  様々な伝承のなかで。様々な勇者ロトが。
  16年間積み重ねられ続けた希望を背に、銅の剣とぬののふくと少しばかりの金を手にアリアハンを旅立ち。
  それからずっと希望に応えるように戦い続けた。勇者の運命と彼の勇気に従って戦い続けた。
  その背に人々の期待を背負い、その切っ先に人々の救済を賭して戦い続けてきた。
  希望に応えるために戦い続けた。

  ロトが戦う理由も伝承に寄って様々だ。
  父の敵討、名誉、報酬、女。平和のため、笑顔のため。特に理由もなくなんとなく戦うロトもいたかもしれない。
  しかしどのロトも当たり前のように希望を背負い、当たり前のように魔を討った。
  そういう境遇で生まれた。
  そういう風に育ってきた。
  そういう運命のもとに居た。
  そのためだけに戦ってきた。
  有り体な理由をあげるとするならば「ロトという人物は、形はどうあれそういう風にできている」のだ。
  ロトの身体は、ロトの精神は、人を救うようにできているのだ。
  それがセイバー『勇者ロト』の勇気の根幹。人類の救世主としての資質。

  ロトは当たり前のように戦い続け、人々を救い続け、その希望に応え続け。そんな当たり前を積み重ね続け。
  遂に見事大魔王ゾーマを打ち倒し、世界に光を取り戻した。
  そして、伝説が始まった―――


191 : このそうびは のろわれていて はずせない! ▽ ◆EAUCq9p8Q. :2015/02/19(木) 07:11:04 JSJ7T5pI0
  伝説が始まった。

  数々の魔王が生まれては討たれていく。
  数々の勇者が伝説にその名を刻んでいく。
  紡がれていく勇者と魔王の物語。
  繰り返される栄光と繁栄の叙事詩。
  どれほどの人々の営みが守られた。
  幾つの世界が救われた。
  何度平和が訪れた。

  しかし、平和の裏に積み上げられたおびただしい屍の山はどうだ。
  破壊された都市の数は、打ち破られた平穏の数はどうだ。
  何度人々は新たに現れた魔王に蹂躙された。

  何度繰り返すのだ、この終わりなき光と闇の歴史を。
  何故続いてしまうのだ、この果てしなき闘争の連鎖は。

  ずっと抱き続けてきたその疑問に対して、伝説の地の遥か遠く、この方舟の地で遂に一つの仮説が生まれた。



  夕刻、セイバーはB-4に背を向けた。
  この地にも当然のように現れた、運命に引き寄せられたように共存してしまった魔王に背を向けた。
  無意識か、意識してかはわからない。ただ、魔王に出会わないよう背を向け、逃げるように帰路についた。
  結果として方舟の地で、勇者ロトによる『勇者の物語』が紡がれることはなかった。

  勇者ロトは希望を背負い、その希望に応えてきた。
  だが、誰かの希望に背を向けることで、勇者にあるまじき行為をすることによって、ロトの紡ぐ『勇者と魔王の物語』はその筆を止めた。
  止まらないはずの連鎖が、わずかながら止まったのだ。


  命蓮寺の寝殿に白蓮を寝かせ、その側で警戒を怠らずに考える。
  もし、セイバーが大魔王ゾーマと出逢った時に同じことを行っていたら?
  もっと遡り、セイバーが魔王バラモスと出会った時同じことを行っていたら?
  いや、更に遡り、希望を背負うことを放棄して王に謁見に行くことを拒否していたら?
  きっと勇者ロトの物語は始まらなかっただろう。
  そして、『勇者の始祖』が生まれなかったらば……もしかしたら永劫続く勇者と魔王の物語の全ては生まれなかった、かもしれない。


192 : このそうびは のろわれていて はずせない! ▽ ◆EAUCq9p8Q. :2015/02/19(木) 07:12:22 JSJ7T5pI0
  言い出せばきりがない。ただの詭弁だ。
  セイバーが動き出さなければ他の誰かがバラモスを、ゾーマを打ち倒していた。
  ゾーマが滅することがなくても、他の世界、他の時代、ロトよりも遠く離れた勇者が勇者伝説を始めていた。
  それに、虐殺される人々が存在することには変わりない。テドンの村のように、ジパングのように、サマンオサのように、殺されていく罪なき人が増えるだけだ。
  それくらい、セイバーにもわかっている。

  だとしても。
  セイバーはおのが背負った希望に答えて魔王を倒し、天上と天下の世界に一時の平和をもたらした。
  そしてその勝利が永劫続く勇者と魔王の物語の幕を開けてしまったのならば。
  その勝利が結果として後世全ての人類を魔王の脅威に晒してしまったのだとしたら。

  セイバーが戦い続けたことに罪はないのか。
  希望に応え続けたことは正しかったのか。
  魔王を倒したことが平和をもたらしたのか。
  ロトとゾーマの物語が、どこかで、なにかが違っていれば、永劫続く勇者と魔王の物語は始まらなかったのではないか。


  幼い頃から信じつづけた希望を背負う運命の歯車が軋み、勇者の根幹が揺らぐ。
  幼き日から積み上げられてきたロトという人物を作っている『当たり前』が悲鳴を上げ始める。
  勇者としての少年/少女を支えてきた希望の光に暗雲が立ち込める。


  勇者とはなんだ。戦士は戦う者だ、魔法使いは魔法を使う、ならば勇者とは何をするものだ。
  魔王を討つものか。だが、魔王を討つことで後世の人々が苦しむというならば勇者は何のために戦うのだ。
  勇気とはなんだ。敵を破ることは簡単だ、人々の希望に応えることも簡単だ。誰かのために奮う勇気は未だ衰えていないはずだ。
  しかし、その勇気で永劫の輪廻を断ち切れないとするならば、その勇気は正しいものなのか。
  魔王に背を向けて逃げることが、人々の希望を蔑ろにすることで負の連鎖が断ち切れるというならばそれが真の勇気なのか。
  ロトの心に、小さな波紋が広がっていく。
  その心のざわめきに呼応してか、時を同じくして白蓮が目を覚ました。


193 : このそうびは のろわれていて はずせない! ▽ ◆EAUCq9p8Q. :2015/02/19(木) 07:13:18 JSJ7T5pI0
  敗北に顔を歪めていた白蓮は、自戒をした後にセイバーと向き合った。
  ロトは、彼女の言葉をおもいだした。

  『勇気とは人の心同様、曖昧なものではないか』

  白蓮は彼を抱きしめ、言葉に思いの丈を添えた。
  ロトは、彼女の言葉をさらにおもいだした。

  『自分自身の心と向き合い、立ち向かうのもまた勇気』

  幼い頃から培われてきたセイバーの根源。
  希望を背負い、人を救いたいという心。勇者を勇者たらしめてきた心。
  その心と立ち向かうこともまた勇気だとするならば……?
  ロトは、彼女の言葉をふかくおもいだした。

  『『貴方の勇気』を忘れないで』

  『ロトのゆうき』とはなにか。
  当然『勇者と魔王の物語』を終わらせるために奮うべき勇気だ。
  ならばその勇気が目指すはどこで、討つべきはなにか。
  白蓮にそう問おうとして、黙る。
  NPCが来た。哨戒を頼まれた。
  ロトは食い下がるような真似はしなかった。ロトにとって依頼とは「>はい」以外を答えても意味のないものだから。
  そのまま渦巻く思惑を内に、ロトは哨戒へと踏み出した。

  ○

  がしゃり、がしゃり。じゃり、じゃり。
  がしゃり、がしゃり。じゃり、じゃり。
  鎧の音と玉砂利を踏みしめる音が規則的に刻まれていく。
  まるでコマンド入力でも行っているように、正確に、正確に、刻まれていく。
  あれからずっと、ロトは考えていた。『ロトのゆうき』の向かう先を。
  答えは未だ見つからない。

  思考に行き詰まり、ふと夜空を見上げる。
  闇の中に輝く幾つもの光。
  勇者が光、魔王が闇。闇があるから光は眩しく輝き、光があるから闇は深く蠢く。
  夜の空にも似たこの物語を終わらせるには、どうすればいい。

  夜を終わらせるのは簡単だ。
  朝が来ればいい。
  朝が来れば、晴れ渡る。
  そこに闇はなく、まばらにちった光もなく、まばゆいばかりの太陽の元に澄み渡る蒼が広がるのみ。

  ならば、光と闇で彩られた物語を終わらせるには?


194 : このそうびは のろわれていて はずせない! ▽ ◆EAUCq9p8Q. :2015/02/19(木) 07:15:50 JSJ7T5pI0
  光と闇で彩られた物語を終わらせるには―――光と闇が消えればいい。
  光と闇を消し去って、朝が来て、太陽がのぼり、太陽の力で澄み渡る青空を広げればいい。

  その世界に秀でたものは要らない。
  太陽以外の統率者は必要ない。                              あ
  一個の大きな理想のもと、すべての者が輝かず、蠢かず、別け隔てなくそこに『存在』る。
  平等に、平和に、時折の曇りを楽しんで、暮れる事なく続く朝を過ごしていく。

  太陽は白蓮の言う『仏道』なのかもしれない。
  もしかしたらもっと別の何かが太陽なのかもしれない。
  あるいは、狂おしいまでの正義による絶対支配も。
  あるいは、絶望的なまでの悪意による秩序統治も。
  太陽のように世界を包み込み、世界中に均等な色を分け、青空のような澄み切った世界を作り上げるかもしれない。

  しかし、勇者と魔王が切って離せないというのならば、『勇者』や『魔王』は太陽にはなれない。
  必ず相対する者を産み、夜をもたらして人々を怯えさせるだけの存在だ。

  人魔調和の道に進むというのであれば、『勇者と魔王の物語』を『始めない』『無に返す』必要がある。
  しかしこの地にも魔王は居る。それは夕刻の時点ではっきりとわかっている。
  そしてセイバーが勇者である以上、いつかかならずまた魔王と出会う。
  もしセイバーが彼らと戦えば、物語は再び記され始める。
  交えた刃が文字となり、勇者の勝利が再び伝説を紡ぎだす。
  紡ぎだされた伝説は連綿と、光と闇の織りなす戯曲として、いつまでも、いつまでも続いていく。

  そうして勇者と魔王の物語がまた始まるというのならば。
  朝を迎えるために、夜を終わらせたいというのならば。
  光があるかぎり、闇があるというのならば。
  セイバーが、『勇者ロト』が、新たに芽生えた『ロトのゆうき』を持って立ち向かうべき真の敵は―――
  魔王でも。
  モンスターでも。
  サーヴァントでもなく。


                ―――彼の内に潜む『勇者』、なのではないか。


  人々を救ってしまう宿命。
  魔王と闘い、彼を誅する運命。
  『勇者』という逸話。
  勇者の始祖たるセイバーの持つ勇者としての才覚。
  セイバーに対して方舟内で再現されたスキル。
  そんな『勇者』こそが、いつまでもいつまでも続いていく勇者と魔王の輪舞を生み出し続けている。

  ならば、断つべきは勇者の光も、ではないのか。
  勇者という光があるかぎり、少なくとも勇者であるセイバーがこの地に居るかぎり、白蓮の理想も叶わないのではないか。
  兜の中のロトの顔が、ほんの少しだけ歪んだ。


195 : このそうびは のろわれていて はずせない! ▽ ◆EAUCq9p8Q. :2015/02/19(木) 07:17:36 JSJ7T5pI0
  がしゃり、がしゃり、がしゃん。
  鎧の音が止まる。
  視線が正面から、セイバーが手に持つ花へと移る。

  橙色の儚げな花。特別美しいこともない、特別珍しいこともない、土汚れの残る花。
  ただ、そのくすんだ花弁は夕日の滲んだ街によく似ていた。


  部屋を出る時にNPCから花を取ったのは、言ってしまえばいつもの癖だった。
  話しかけられた時に相手が渡そうとしているものを受け取る、セイバーらしい行動。
  ただ、いつまでも花を一輪手に持って歩きまわる訳にはいかない。
  なので、適当に。人に踏まれないような場所に置いて行くことにした。
  手水鉢のすぐ横の土っ原。
  少しだけ小高くなった場所で揺れる花は、まるで誰かに手向けられたようだった。

  セイバーは少しだけ祈った。
  手は組まず、顔も伏せず、心のなかでただ祈った。
  夕方、セイバーが『勇者』だったから見捨てなければならなかった誰かに祈りを捧げた。
  これから先、セイバーが『勇者』であるが故に見捨てなければならない誰かに祈りを捧げた。
  そして、勇者に希望を乗せ続けた人たちのために祈りを捧げた。


  手向けた花の花弁がひとつ、風に煽られ舞い上がる。
  ちっぽけな花弁はすぐに夜の闇に飲まれて消えてしまった。
  ロトはただ、何も言わずにその様子を見て、そのままいつものように規則正しい足音を刻みながら哨戒へと戻った。


196 : このそうびは のろわれていて はずせない! ▽ ◆EAUCq9p8Q. :2015/02/19(木) 07:18:20 JSJ7T5pI0
―――
―――
―――

  誰かが言った。
  『血が勇者を選ぶのではない、運命が勇者を選ぶのだ』と。
  勇者とは望んでなれるものではない。
  いくら崇高潔白な勇気をもとうが運命が味方をしないのであれば、勇者オルテガが、勇者サイモンがそうであったように歴史の裏に消えていく『  』にしかなれない。
  後の世界に語り継がれる勇者になるには『運命の祝福』が必要だ。
  窮地に追い込まれる不幸さを持ち、その状況下でもなお生き残る運命からの寵愛が必要だ。
  何度だろうと立ち上がるくじけぬこころを持ち、そしてその闘志に味方する言葉では言い表せない『なにか』が必要だ。


  世界が大魔王ゾーマと魔王バラモスを認めた時、運命は勇者を欲した。
  運命は希望の集積点として万人の内から一人の子どもを祝福した。
  運命はその子に魔王を討つ宿命を与えた。
  運命は勇者ロトを勇者として選んだ。


  勇者ロトは『勇者』だ。
  生まれながらの『勇者』。世界の光、人類の希望、運命の開拓者、伝説の始まり、魔王を誅する者。
  彼が挫けようが彼の心が折れようがその運命は変わらない。
  運命は彼が勇者であることから逃さない。勇者ロトが運命に背こうがその運命は変わらない。
  彼の命が途切れるその時まで、彼に魔と戦うことを望む。
  世界を平和に導くまで彼に『勇者であること』を義務付け続ける。

  たとえ、勇者で居られなくなったとしても。
  たとえ、この方舟の地で勇者としての在り方が続けられなくなったとしても。
  たとえ、勇者であることを捨てたいと心の底から望んだとしても。
  たとえ、マスターの使える魔力による絶対命令権・令呪でその剥奪を命令したとしても。

  彼に刻まれた『勇者としての存在』と、ステータスに刻まれた『勇者としての存在を表すスキル』が消えることはない。
  運命は彼に『勇者であること』を望む。『勇者であれ』と彼の周囲の全てを持って彼に働きかける。
  運命は既に彼を全ての勇者の始祖たる者として選んだのだから。


  ならば、『勇者』とはきっと―――


197 : このそうびは のろわれていて はずせない! ▽ ◆EAUCq9p8Q. :2015/02/19(木) 07:20:41 JSJ7T5pI0
  ―――セイバーがどうあがこうが、彼が勇者である運命は変わらない。

  方舟において呼び出されたのはロトではない。
  『勇者ロト』だ。

  運命は彼に勇者であれと言っている。
  方舟も勇者であることからは逃げられないと言っている。

  きっとこの先も、勇者として数々の困難に巻き込まれる。
  そして、この方舟内に居る『魔王』ときっと出逢うことになる。
  彼がいくら背を向けようが出逢ってしまう、セイバーが『勇者』である限りその出会いからは逃れられない。
  人々に裏切られ、憎しみに溺れて魔王に身を窶した勇者と出逢ってしまったように。
  命蓮寺を帰る道すがら、異なる世界の大魔王が暴れまわる場面ですぐ側に居てしまったように。
  誰の意思もなく、まるで神がそれを望むように、運命という磁力でお互いを引き寄せるかのように互いを求めてしまう。

  そして、暴虐のかぎりを尽くした憎しみの象徴『オディオ』たちのうちの一人である魔法使いと。
  そして、『魔王君臨』という巨悪に依る秩序の形成と恒久の平和を願う魔法使いと。
  いつか出逢う。
  出逢ってしまう。
  彼がいくら望まずとも、セイバーは『勇者ロト』なのだから。
  そして、彼らと出逢った時セイバーは『勇者』として戦うのか。
  それとも『ロトのゆうき』を胸に、『勇者』と戦うのか。


  セイバーが導き出したロトのゆうき。
  セイバーが感じた勇者の在り方。
  セイバーが描いた平和の天空図。
  それらは誰にも伝わることはなく、ただ滾々と蒼い鎧の内側を満たしていく。


198 : このそうびは のろわれていて はずせない! ▽ ◆EAUCq9p8Q. :2015/02/19(木) 07:21:42 JSJ7T5pI0
【B-1-C-1/命蓮寺 敷地内/一日目 夜間】


【セイバー(勇者ロト)@DRAGON QUESTⅢ 〜そして伝説へ〜】
[状態]健康
[装備]王者の剣(ソード・オブ・ロト)
[道具]寺院内で物色した品(エッチな本他)
[思考・状況]
基本行動方針:永劫に続く“勇者と魔王”の物語を終結させる。
0.>夜間哨戒。白蓮から指示があればそちらを優先、
1.>白蓮の指示に従う。戦う時は>ガンガンいこうぜ。
2.>「勇者であり魔王である者」のセイバー(オルステッド)に強い興味。
3.>言峰綺礼には若干の警戒。
4.>ジナコ(カッツェ)は対話可能な相手ではないと警戒。
5.>アーチャー(アーカード)とはいずれ再戦を行う。
6.>少なくとも勇者があるかぎり、勇者と魔王の物語は終わらないとするなら……?
[備考]
※命蓮寺内の棚や壺をつい物色してなんらかの品を入手しています。
 怪しい場所を見ると衝動的に手が出てしまうようだ。
※全ての勇者の始祖としての出自から、オルステッドの正体をほぼ把握しました。
※アーカードの名を知りました。
※吉良を目視しましたが、NPCと思っています。
 吉良に目をつけられましたが、気づいていません。
※鬼眼王に気づいているのは間違いないようです。
※白蓮からの更なる指示があるまですぐに駆けつけられる範囲で哨戒を行います。
※いくらロトが勇者として恥ずべき行為を行っても、『勇者』のスキルが外れることはまずありません。
 また、セイバーが『勇者ロト』である以上令呪でも外すことは不可能であると考えられます。


199 : このそうびは のろわれていて はずせない! ▽ ◆EAUCq9p8Q. :2015/02/19(木) 07:23:09 JSJ7T5pI0
以上です
一度の予約破棄に加えて再度延長で長期に渡りキャラを独占し、本当に申し訳ありませんでした

矛盾、誤字脱字、修正必要箇所、その他ありましたらお願いします


200 : 名無しさん :2015/02/19(木) 12:40:54 Tx7SGb5w0
投下乙です!
ロトが花を手に取り、祈りを捧げるシーンが凄く好きだ
雄弁に語ることのないこいつの心理をここまで掘り下げるとはお見事の一言
ロトが立ち向かうべきものとは、勇気のカタチとは……
生まれた疑問と紡がれていく答えをガンガン読ませてもらいました
面白かったです!


201 : 名無しさん :2015/02/19(木) 16:57:23 QFfO08co0
凄く面白い話でした
ポエム集を読んでるような気分になった
作者さん乙です


202 : 名無しさん :2015/02/19(木) 18:25:43 i1hX8Jsk0

ダイやアベルに並ぶ勇者ああああにワロタw
でもあいつ勇者のくせに生意気だ、だと最強クラスの勇者なんだよな


203 : 名無しさん :2015/02/21(土) 17:18:10 UqUyQ7Lc0
投下乙です
夜の光と闇、太陽のたとえが上手い!
勇者も魔王もいる限り朝は訪れないのに、それでも「勇者」を押し付けられてしまっているロトの葛藤……
勇者として魔王を倒せばそれはただの繰り返しで、
かといって魔王が存在する以上、対峙を避けるだけでは何にもならないから複雑だよなあ


204 : ◆Ee.E0P6Y2U :2015/02/24(火) 15:10:36 FjbHXXO.0
投下します。


205 : スカイ・イクリプス Sky Eclipse ◆Ee.E0P6Y2U :2015/02/24(火) 15:12:37 FjbHXXO.0
かつーん、かつーん、と靴音が響き渡る。
定時制校舎と中央校舎を繋いでいる、長く、そして誰も居ない廊下を一人の少女が行く。
赤みかかった色素の薄い髪が一まとめに結われている。またその手で少女はぽりぽりとチョコレート菓子を頬張っていた。
教師にでも見つかればあるいは注意されるか――いやそれはないか。
校舎の外の騒然とした様相を窓より見下ろしながら、寒河江春紀は色々と頭を働かせる。
窓の向こうでは人が走り回っている。外は静かな校舎内とは遠いどこかの、別世界のように感じられた

――大変そうだね、本当。

眼下で走り回る教師たちを見て、どこか他人事のように考えてしまった。。
ランサーの言葉からすると学園に根を張ったマスターがいたのだろう。結果、ここでひと騒動遭ったという訳だ。
そして何も知らない教師が後処理に奔走している。どこかで見たような光景だった。
我学び舎である定時制校舎にその余波は来ていないようだったが、どこかで誰かが行動に出た。

――そして、死んだのか。

ランサーは厚情混じる寂しげな笑みを浮かべていた。
しまったな……とでも言うように眉を吊り上げた、あの顔が意味するところは。
垣間見た夢。ほんの少しだけ聞けた過去の話。毅然とした彼女にだってそういうものはあるのだ。

ちら、と後ろを窺う。そこには誰も立ってはいない。
長く伸びた廊下があるだけだ。よく掃除されたリノリウムの床は、窓から差し込む夕陽を受け赤々と光っている。
床に垂れた夕陽の赤は壁に貼られた書類の類まで伸び、校舎全てを赤く染めていた。
そこに自分の相棒たる紅い少女はいない。ランサーには霊体化してもらっている。まあ当然のことだ。

とはいえ必要ならばすぐにでも姿を現すだろう。
学園は魔界だと彼女は言った。そこに敢えて足を運んだ以上、何時襲われてもおかしくない。
故に春紀もランサーも警戒を怠ることはない。学園とは安息の場所ではなく、戦いの場所なのだ。
春紀にとって学園とは、そういうものだ。

――さて。

定時制後者の静けさを抜け、事態が錯綜している中央校舎へと足を踏み入れる。
この校舎は小等部、中等部、高等部、定時制と四つの校舎を繋いでる。
当然人通りも多くなる。静まりかえっていた定時制校舎と違い、ちらほらと人を見かけた。
教師は大抵頭を抱え走り去り、一方生徒たちは半笑いを浮かべながら「これからどうしようか」だなんて語っている。
すれ違う人々を横目に、春紀はふと思った。

――案外、普通だな。

生徒もだが、教師だってそうだ。予定外のことでてんやわんやという感じであるが、それも常識の範囲内でのことのように見える。
以前の時も――ミョウジョウ学園でもそれはそうだった。一部の生徒以外は、教師でさえも黒組で何が行われているのか知らなかった。
とはいえあれは一応は暗殺者同士のものだ。夜、静かに繰り広げられる戦い。

――しかし、サーヴァント同士の、英霊の戦いは。

違う。
彼女にとって間近で見たサーヴァント戦といえば昨日の夜、港で遭遇したロボットとの戦いが記憶に新しい。
人類史より呼び起された英霊たちが雌雄を決する。その名に恥じぬ熾烈かつ豪勢な戦い。
流石に戦闘の規模が根本から違った。

あんなものが日中、たとえば学園で起きたのならば、こんなぬるま湯のような空気はすぐにでも吹き飛びそうなものだった。
しかし、戦いがあったというのに、学園は学園の体裁を保ったままだ。

かこん、かこん、と静かに春紀は階段を上っていく。
図書室があるのは中央校舎最上階。当然避難する生徒の流れとは正反対の方にある。
再び人気がなくなってきた。生徒も教師も今はこんなところに用はない。
学園の中心は穏やかであった。


206 : スカイ・イクリプス Sky Eclipse ◆Ee.E0P6Y2U :2015/02/24(火) 15:15:15 FjbHXXO.0

――台風の目ってか。

そこで彼女は『なぁ』と己の相棒に呼びかけた。
『なんだい』とすぐさま答えが返ってくる。声の調子が変っているのが分かった。

――警戒中って訳だ。

別に目立った変化がある訳ではない。
ただ声から“遊び”がなくなっている。
何時もより少しだけ硬質で鋭い印象を与える声だ。

虎穴に入れずんば、という訳で突っ込んできた以上、それは当然のことだった。
もしかすると階段を上った瞬間に攻撃されるかもしれない。少なくともそのくらいの心構えでいた方がいい。
春紀もそのことを理解した上で、自身も最大限の警戒をしつつも、気になったことを聞いてみた。

『え? ああ、そりゃ』

意外と普通なんだな。
英霊の戦いがあった割には、そこにいる人々はあまりに普通である。
そのことを尋ねてみたところ、彼女は

『戦う側も馬鹿じゃないからな。
 まぁ昨晩のロボットみたいな隠しようのないだろう奴はちょっと例外としても、こう、事を可能な限り荒立てない戦い方ってのはある』
『手加減するって意味か?』

話しながら、春紀は階段を上る。
かこーん、かこーん、と音がする。すれ違う生徒の姿はない。
こんな状況で残っている生徒などまずいない。いるとすれば、それは――

『ん……まぁ手加減せざるを得ないって奴も多いだろうし、それか何かしら特殊な方法を使う奴もいるだろう。アサシンとかはそういうのが大得意だ。
 ただまぁ一番手っ取り早いのは――』

ランサーは端的に答えた。

『――速さじゃないか。誰にも気づかれたくないなら、誰かが気付くより速くケリを付ければいい』

と。
春紀は思わず苦笑した。
その答えは馬鹿みたいに単純で、だからこそ英霊らしい……








考えたのはたぶん一瞬だった。
戦場で逡巡は死を招く。
交渉も撤退も状況にはそぐわない。
だから――





207 : スカイ・イクリプス Sky Eclipse ◆Ee.E0P6Y2U :2015/02/24(火) 15:15:54 FjbHXXO.0



銀色の髪が舞った。

青く白い槍が見えた。
ヴァルキュリアのランサー。
セルべリア。
顕現した彼女は扉を蹴破る。
それに追随するように、ミカサは跳び上がった。

「――往く」

本棚が見えた。
幾重にも重なる様はまるで森のよう。
落ち着いた色彩のカーペットが敷かれている。
ここに来てから何度も通った場所だった。
そこにセルべリアは降り立った。
ミカサはその背中を追う。
どん、と音がした。
後ろだ。
何の音だろう。
考えるまでもなかった。
セルべリアが扉を蹴破った音だ。
あの音が――今になって追いついてきた。
それが始まりの音だ。
セルべリアは駆ける。
一歩だ。
かの英霊はとん、と一歩で戦地へと駆け抜ける。
彼女が切った風が幾つかの棚を倒していった。
まず彼女が道を切り開く。
数で劣る可能性があるのならば、電撃戦/BLITZをしかけるだけだ。
外からの砲撃は余計な破壊を生む
なら内側から仕掛けるだけ。
すっ、と息を吸う。
それでミカサも追いついた。
本の森の向こうに開けた場所がある。
本棚を掻き分けた先、図書室の最奥。
そこにひっそりとあの機械は置いてある。
赤い光が見えた。
窓から赤が差し込んでいる。
知っていた。
午後この時間、この角度。
最短経路を経て襲撃すれば、ここで逆光が差し込んでくることくらい。
だから予想も付いた。
そこに敵が陣取っているであろことも。

「――――」

敵は二人だった。
紫髪の少女と特徴的な戦闘服を包んだ青年。
シオン・エルトナム・アトラシア。
彼女がマスターであり、敵だ。
それ以外には、いない。
これで最悪の事態は避けられた。
最悪のケースは二対一で待ち伏せされていること。
見る限りそれはない
挟撃の気配もない。
しかし決して喜ばしい事態ではない。
何故ならば――笑っているからだ。
シオンのサーヴァント。
アーチャーは笑っている。
得意気に、軽薄に。
その笑みが意味することは。
敵はこちらの襲撃を読んでいた、ということ。
奇襲は失敗だ。
どころか――待ち伏せされていた。
先制攻撃の利は失われた。
……最悪ではないが。
戦況はこちらに不利だ。
拙攻だったか。

ミカサは一瞬でそう戦況を分析した。
天性の、そして巨人との戦いの最中で磨かれたセンスが彼女の時を縮めている。
だが、それくらい――

「中国の兵法家――」

――敵の英霊も当然持ち合わせている。
敵はセルべリアの姿を見るなり、口を開いていた。
セルべリアがとん、と音を立てる。
敵を前にしての方向転換。
それが意味することは。
彼女が見つけたものは。


208 : スカイ・イクリプス Sky Eclipse ◆Ee.E0P6Y2U :2015/02/24(火) 15:16:34 FjbHXXO.0

「孫子曰く――」

罠だ。
本の森の向こう。
夕陽に染まる図書室の一角。
そこに敵は罠を張っていた。
ミカサはセルべリアの視線を追った。
下だ。
床で何かが煌めいている。
ともすれば見逃してしまうほど細い、糸だ。
糸が検索施設を中心にして走らされている。
それが如何なるものかは分からない。
だが触れてはいけない。
ならば。

「勝利というのは――」

触れなければいい。
単純にして唯一の帰結。
その解を得たのは、ミカサもセルべリアも同じ。
違ったのは、その方法だ。
セルべリアは前で出た。
地面を蹴り、糸を乗り越え一歩で敵との距離を詰めている。
赤い世界を青い閃光が切り裂いていく。
―― 一撃で決める気だ。
一方でミカサは更に上に逃げた。
とん、と本棚を蹴り上げる。。
本棚を足場に、彼女は糸の届かない場所へ。
空へ。
天井へと逃げた。
一瞬の浮遊感。
下でセルべリアとアーチャーの相対がしている。
そこまで視えた。
だが恐らく彼らは自分以上に速い。
ミカサの判断を超えた次元でのやり取りが起こっている。
だがら邪魔をしない。
自分の敵はその向こうにいる。

「戦う前から――」

ミカサは天井を蹴った。
手にはナイフ。
狙うはシオン・エルトナム・アトラシア。
検索施設の前にて立つ彼女を、空より強襲する。
――目が、合った。
敵は待っていた。
シオンの手には鞭がある。
あれが彼女の獲物か。
勝てる。
振るう時は与えない。
獲物の差だ。
速度ではこちらに分がある
が、一瞬で敵もそれを悟った。
シオンは鞭でなく、膝蹴りを放ってきた。
共に空に上がり、ミカサを撃退することを選んだのだ。
――正解だ。
そちらの方が、ほんの少しだけ、速い。
その僅かな差が戦闘を決定づける。
これで分からなくなった。
でも、敗ける訳にはいかない。
どちらが速い?
勝負だ。

「決まっている――」

肉を斬る手ごたえがあった。
鮮血が舞う。
ナイフがシオンの手首を切り裂いていた。
同時に腹部に衝撃が走っていた。
こちらも蹴られたか。
相当な威力だ。
ずん、と衝撃が内臓に響き渡る。
華奢な外見からはあり得ないほどの威力がある。
そう鍛えているのか。
それとも別の何かか。
分析しつつ、ミカサは敢えてその勢いのまま吹き飛ばされた。
――落ちる訳にはいかない。
痛みなどこらえればいい。
身体の上げる悲鳴など、無視してしまえ。
とん、と壁で態勢を整える。
窓の方でなくよかった。
それともあるいはそちらの方がよかったか。
その方が撤退は楽だった。
考えつつ、ミカサは壁を蹴り、本棚の森へと帰っていく。
糸の勢力圏外まで。

そこまで退くとミカサは、はっ、と息を吐いた。
全て一呼吸の内に起きた戦闘だった。


209 : スカイ・イクリプス Sky Eclipse ◆Ee.E0P6Y2U :2015/02/24(火) 15:16:59 FjbHXXO.0

「――ってアブね! この女、マジおっかねぇぜ」

軽薄な声がした。
そこには槍を向けるセルべリアと、身を捩り間一髪のところで避けている敵の姿があった。
夕陽の中、二人の英霊は交錯している。
一見して、セルべリアが敵を追い詰めているようにも見えるが、

「くっ……」

セルべリアが屈辱に震える声を漏らす。
彼女は槍を敵に向けたまま、動いていない。動けないのだ。
敵の手に絡まるように糸が見えた。
その糸は張り巡らされた罠に繋がっていた。糸には時節びりびりと火花のようなものが走っている。
セルべリアが一歩でも動けば糸に接触するかもしれない。
ミカサは下唇を噛む。初撃で決めることには失敗したか。

「トラップ張っておいて正解だったな、マスター。この女、相当なレベルの戦士だぜ」
「ええ、それにマスターの方も驚異的です……!」

シオンが切られた手首を抑えながら言った。
その視線は後方へ下がったミカサへと向けられる。
彼女は戦い慣れている。警戒を外すなどということはしないだろう。
単純な技量は――ほぼ互角か。
一瞬とはいえやり合えば自ずと相手の力量は分かる。
彼女は戦士だ。戦い慣れている。
結果としては痛み訳だ。

「結構な強敵って訳だな」
「ええ、しかし――現状はこちらが有利」

シオンの声が図書室に響き渡る。
技量は互角。体術でやり合えば互いにどうなるか分からない。
敵も向こうもそれは理解した筈だ。
故に――もうミカサを近づけはしないだろう。
シオンの手が腰元へと下がる。
そこに銃口が見えた。
――あれを使ってくるか。
クロスレンジならば互角でも、それ以外からならば。
敵はこちらの動きを読んでくる。
何故ならば彼女は――人間だから。
人間は対策を立てることができる。正面では敵わない相手にも、分析と研究を重ね打倒する。
その立ち回りこそが人間の最大の武器だ。

「…………」

さて、どうする。
初撃に失敗した時点で撤退するべきだ。
だが果たしてそれが許される相手か。セルべリアは現状抑えられている。
あそこから抜け出すと宝具の更なる解放――それには様々な面でリスクが伴う。

ここからの交渉は――無理だろう。
そもそも自分は話し合うという選択肢を捨てて、奇襲を選んだのだ。
その手のことが向かない自覚はある。また好機であるかもしれない場で退くべきではないとも考えた。
故にこうして奇襲を仕掛けた訳だが、敵はそれを読んでいた。

「…………」

そして束の間の静寂が図書室に舞い降りた。
シオンとミカサの、アーチャーとセルべリアの視線が絡む。
最初の打ち合いが終わり、次なる一手に向けて“待ち”の時が来た。
誰かが少しでも動き出せば、状況は瞬く間に変わるだろう。

十秒にも満たぬ戦いの結果、本棚が幾つか倒れ書籍が散乱している。
そこにどこか遠くから生徒や教師の声――学園の音が響いてきた。
緊張の走る図書室において、それは別世界から聞こえてくるようだった。

……その静寂を破ったのはミカサではなかった。
セルべリアでも、シオンでも、アーチャーでもない。

誰かがはっ、と息を呑んだ。
最初に気づいたのが誰だったか、きっとそれは一秒にも満たない差だった。
誰かが気付いた時、三番目の少女たちはやってきていた。

「――さて、アタシも混ぜてくれよ」

沈みゆく夕陽の赤をまき散らす。
赤に沈む静寂を――紅の少女が切り裂く。


210 : スカイ・イクリプス Sky Eclipse ◆Ee.E0P6Y2U :2015/02/24(火) 15:17:31 FjbHXXO.0








三番目の少女――ランサー、佐倉杏子はその時最も有利な立ち位置にいた。
二騎のサーヴァントが交錯する最中に躍り出た彼女は、この中で唯一自由に動くことができるのだ。
敵は互いの敵から注意を逸らすことができないであろう。
そこに後ろから攻撃を叩きこめるのは紛れもないアドヴァンテージだ。

絶好の好機を逃す手はなかった。
図書室に向こう最中、魔力を感知した杏子はそこで春紀を制し、一度足を停めた。
そこに敵がいる。それも二騎。まずそのことを知った。
気配感知系のスキルを持っていない為、詳しい状況までは分からなかった。
それでも発生したパターンから、彼らが敵対し、いざ戦闘するというタイミングであることは予想は付く。

故に――待った。
好機を、拮抗した戦闘ならば必ずある筈の、膠着のターンを。

――幸運だったね。

あと少したどり着くのが早ければ同じ土俵で戦闘に乗っていただろう。
逆に遅ければ、この好機はなかった。

学園から撤退でなく突入を選んだことで受けた恩恵だった。
物事は安全策だけでは進まない。こと戦闘という奴は、どこかで逆張りを押し通す必要が出て来るのだ。
そして、図書室に訪れた一瞬の凪を突く。

「――さて」

アタシも混ぜてくれよ。
言葉よりも速く
なぎ倒された本棚を越える。
そこには敵がいる。
敵と、敵の敵がいる。
糸を使う曲者か。
銀髪舞う乙女か。
どちらを狙うか。
即断する。
状況の把握など一の十分の一秒も要らない。
考える必要などない。
呼吸するよりも容易い。
戦いの風に身を置けば、自ずと分かる。
――バトルロワイアルの基本は。
最も不利な者を狙うことだ。
糸のトラップは既に確認している。
あれに捉われたものも。
糸と乙女。
狙うは――乙女だ。

「はっ――」

上空より槍を解放する。
ぱし、ぱし、ぱし、と槍の関節が音を立てる。
多節槍、と呼ばれるその特殊な槍は、
そうやって“しなる”。
あたかも生き物のように。
罪の象徴たる蛇のように。
バラバラな力が一つへ収束していく変幻自在の刃。
それこそが少女の槍。
槍が嵐となり英霊たちに振りかかる。

「これはまた」

糸使いはさっと身を引いた。
一撃を難なく躱す。
流石の反応速度。
英霊である以上、当然か。
ご挨拶だこと
そう軽薄な声が漏れた。
できることなら纏めて倒す。
そんな目論みは甘すぎたか。
だが、本命は。
糸に囚われていた銀の乙女は。
逃がさない。


211 : スカイ・イクリプス Sky Eclipse ◆Ee.E0P6Y2U :2015/02/24(火) 15:18:00 FjbHXXO.0

「それで」

多節槍が襲いかかる。
逃げ道はない。
故に。
乙女は――退かなかった。
青い光が炸裂する。
杏子は思わず目を見開く。
その青の閃光は、
あまりにも神々しかった。
ヴァルキュリア。
その名を杏子は知らない。
しかしその様はまさしく――
戦乙女だ。
光が糸を引き裂いていく。
ぶち、ぶち、と音がした。
一角の英霊が使うものだ。
きっとあれもただの糸ではないだろう。
それを容易く切り裂いていく。
青の解放が戦乙女を自由にする。
銀髪を覆う青き光。
灯した力を槍へと収束させ、

「追い詰めたつもりか」

戦乙女は多節槍を受け止める。
腕力と上を取ったことによる相乗の重み。
それを戦乙女は抑える気だ。
光を以てして。
力と力。
槍と槍。
英霊の力がぶつかり合う。
多節槍ごしに伝わる光の波を感じ、
――勝負って訳かい。
杏子は思わず目を細めた。
嬉しいのか。
まさか。
戦いを愉しむなんて、そんな趣味はない。
でも、じゃあ。
――何でこんなにも心躍るのだろうか。
時の流れから外れたからか。
英霊とは記録だ
記録は瞬間でしか語られない。
偉業を成し遂げた、その瞬間でしか。
それ以外の部分は全て余談に過ぎない。
時という概念は既に引っこ抜かれた。
だからか。
槍と槍がぶつかり合う。
この一瞬が、一瞬である筈のこれが。
どこまでも濃密で。
他の何よりも尊い。
そんな錯覚さえしてしまうのは。

「――はっ」

声がした。
力強く、雄々しい声だ。
発したのは自分じゃない。
だって自分は今、
吹き飛ばされている。
青い光に弾かれて。
杏子は自身が打ち負けたことを知った。
――悔しい。
それは決してアドヴァンテージを生かせなかったとか、
そういう戦略的な理由じゃない。
強襲を正面から押し切られた。
その事実が、
とにかく悔しいのだ。
英霊には一瞬しかない。
ここに坐する英霊はみな一瞬より呼び出される。
英霊が英霊たる一瞬を
器に落とし込む。
それが、サーヴァント。
――同じ槍で敗けたってことは。
槍兵としての格で劣ったということか。
まぁ所詮は魔法少女。
別に歴史に名を残した訳ではない。
魔法少女にはそういうのも多いらしいが
少なくとも自分は違う。
だからか。
一合の威力では、あの戦乙女に分があった。
恐らく敵はどこぞの歴史に名を残した女傑だろう。
その佇まい、服装から推し量れる。
英霊としては向こうの方が真っ当だ。

「――まぁ」

だからといって敗ける気はしないが。
倒れた本棚の上にさっ、と着地する。
その視線は青き光纏う乙女から外れていない。
何と気高い。
あの戦乙女に正面から槍で挑もうと打ち負ける
それは分かった。
だが、
魔法少女を舐めて貰っては困る。
筋力で劣っても。
戦いはそれだけではない。
“戦争”ならばなるほど戦乙女が上だ。
こと“願い”を掛けた戦いで、魔法少女が敗ける訳にはいかない。
たとえそれが自分でなくマスターのものであっても。
――多節槍を構えた。
さて、次はどう打って出るか。

「――――」

その一瞬、
英霊たちの視線が絡んだ。

糸使いは紫髪のマスターを守るように一歩下がる。
トラップは破壊されたとはいえ現状彼が最も手札を見せていない。

一方、戦渦の中心に座するは戦乙女だった。
立ち上る青く白いが夕陽の赤を弾き飛ばしている。瞬く光はまるで戦場を支配しているかのようだった。
そして杏子から数歩離れたところに黒髪の少女がいる。様子からして彼女が戦乙女のサーヴァントだろう。
その佇まいは少女ながら戦士としての力量を感じさせた。

春紀は――はいない。
正解だ、と杏子は内心で己がマスターを褒める。
彼女は今、図書室の外で様子を窺っている筈だ。
彼女もまた戦力である。状況次第で入れとは言った。
が、この面子では流石に春紀は一枚劣るだろう。

そこまで分析した上で、杏子は考える。
一応の目標は検索施設の使用だった。
もはやそんなことは二の次の状況だ。


212 : スカイ・イクリプス Sky Eclipse ◆Ee.E0P6Y2U :2015/02/24(火) 15:18:32 FjbHXXO.0

「――――」

この状況をどう切り抜けるか。
仕掛けるか。待つか。“仕切り直し”か。“戦闘続行”か。
選択肢一つで死にかねない、ハードな舞台だった。

「はっ……!」

一秒ほどの長い静寂を経て、
次なるターンがやってきた。
動いたのは――戦乙女。
こっちに来る。
槍の輝きが視界を覆い尽した。
青き光を纏い、再度彼女は襲ってくる。
杏子は笑う。
さあてどうする。
単純に打ち合う訳にはいかない。
そこまで考えた――その時、

「へっへーん」

軽薄な声が響いた。
糸使いの男だ。
はっ、として振り返る。
戦乙女もまた視線を向けていた。
そこには得意気な顔を浮かべる。
その手は床にある。
――しまった。
一瞬だけ彼のことが頭から飛んだ。
槍兵が共に戦いに集中する、その間隙。
槍兵たちの意識に、
ほんの一瞬だけ、
瞬くときさえないほどの小さな穴が空いた。
糸使いは見逃さなかった。
糸が。
光を受け千切れたそれが、
再度火花を散らしていた。
千切れ、散乱した糸同士が見えない力で引き合っている。
どくん、どくん、と波打つイメージが垣間見えた。
それが足下から二人の槍兵を捉えていた。
千切れた糸を再び纏め上げる。
この男の力か。
――触れる訳にはいかない。
槍兵は共に後ろへと跳躍する。
そして今度こそ彼女たちの意識が逸れた。

「マスター、じゃあ」
「――分かっています」

それが、狙いだった。
糸使いの男は紫髪の少女を抱え――逃げた。

「“仕切り直し”って奴だぜ」

そう言い放ち、彼らは去っていく。
――全てはこの為か。
杏子はこの敵の強かさを知る。
この膠着した戦況で破れたトラップの再利用という奇策を決めながらも
取った行動は“仕切り直し”。
全ては安全に撤退する為、状況を利用した。
その鮮やかな引き際に、杏子は舌を巻いた。
事実、自分も戦乙女も彼らの撤退を何もできずに見ることしかできない。

「――くっ」

唯一離れたところにいた黒髪のマスターはそれを妨害する。
撤退する男にナイフを投げつける――が弾かれた。
マスターの少女はそれ以上は何もできない。
追う訳にはいかないのだ。
何故なら――まだ敵がいる。
杏子だ。
彼女がここにいる限り、追撃する訳にはいかないのだ。
そうしてあの陣営は――まんまと逃げ遂せた。

「…………」

これで図書室で相対するは二騎となった。
状況が単純化したことは、単純に喜ばしいことではない。
打ち合えば敗けるのはこちらだ。
幾らでもやりようはあるとはいえ、一対一よりかは乱戦の方が杏子にとっては好ましい。


213 : スカイ・イクリプス Sky Eclipse ◆Ee.E0P6Y2U :2015/02/24(火) 15:18:55 FjbHXXO.0

――これはこっちも“仕切り直し”かな。

そう考えた矢先、

「ランサー」

黒髪のマスターの声が響いた。
警戒しつつもそちらを窺うと、彼女は何やらサーヴァントに目配せをしていた。
何をする。
身を引き締めた、その矢先、

「了解した」

戦乙女が――力を解放した。
杏子へではない。
窓へ、だ。
大きな音を立てて、ガラスが割れていく。
欠片がきらきら、と光った。
そうして空けた穴に、少女と戦乙女は飛び込んでいく。
それは“仕切り直し”というにはいささか乱暴な撤退方法だった。

「――――」

最後に少女が杏子を見た。
その射抜くような視線には強い意志が感じられた。
――次はない。
とでも言うような、決して折れることはないであろう、強き意志が。
同時にその切なる“願い”も

「――――」

上等だ。
その想いを滲ませ、杏子は口元を釣り上げた。
他の奴らにだって“願い”くらいあるさ。
“願い”を叶えることの残酷さくらい、当の昔に飲み下した。
向こうが自分の為に戦うのなら、こっちもそうするまでだ。

そうして少女たちの視線が絡み、そして見えなくなった。

誰もいなくなった。
図書室には今、杏子以外誰も居ない。
棚は倒れ、ガラスが散乱している。
窓からはひゅううううと風が吹き、散らばった書籍のページがぱらぱらとめくられた。
がらん、とした図書室を夕陽は変らず赤く染める。

「……ふう」

そこで杏子は図書室に入って初めて息を吐いた。
そして思う。
一分もなかったな、と。







214 : スカイ・イクリプス Sky Eclipse ◆Ee.E0P6Y2U :2015/02/24(火) 15:19:17 FjbHXXO.0

隠れていた春紀が出てきたのは、それから五分ほどしてからだった。
「ええと……」と困惑するように頬をかいている。
散らかった図書室を見下ろしながら、彼女は杏子に揺れる瞳を向けた。

そこで彼女はすっと虚空より何かを掴んだ。
チョコビだった。

「いるかい?」
「え?」
「こういう時は甘いもんだ」

春紀を目を瞬いた。
その視線はデフォルメされた恐竜がでかでかと描かれたパッケージにあった。

「魔力を使ったってことかい?」
「いんや、全然」
「は?」
「あんな短い戦闘じゃ使えるもんも使えねえって」

ただまぁその分濃い戦いだった。
一瞬の三つ巴。互いが互いが牽制するあの戦闘の緊張がまだ身体には残っている。
ぱくぱくとチョコレート菓子を頬張りながら、ボルテージを下げていく。
最も今気を弛緩させる訳にはいかないが。何せまだ“魔界”の中心なのだから。

「……聖杯戦争ってのはやっぱり、何つうか」

春紀は辺りを見渡しながらぼそりと呟く。
風に吹かれ、彼女の前髪がそっと揺れ、その瞳を隠した。

「マジで戦争なんだな。昨晩もそう思ったけど、正直あたしは何もできなかった」
「だから言っただろう。そもそも何かをやろうとする方がおかしいんだって」

言いながらも、先にこの場に集っていた異国の少女たちを思い返していた。
彼女らは戦場に着いて行っていた。英霊たちの戦いに呑まれることなく、それぞれの戦いを見せていた。
強敵だな、と思いつつ、しかし敗けるとも思わない。
事実自分たちは当初の目標を果たした。

「とにかくさ、アンタにはアンタのやることがあるだろ?」

言って、杏子は肩でそれを示す。
図書室の最奥――そこに鈍い光を灯すディスプレイがある。
図書室に備え付けられたコンピュータ。知識に依ればあれこそが検索施設だろう。
元々自分たちはそれを使う為に来たのだ。
飛び散ったガラス片を被ってはいるが、しかし使用に支障はない筈だ。

「……そうだな」
「あそこで変に出てこなかっただけ正解さ。馬鹿正直に戦ったって……別に報われる訳じゃないしね」

春紀は笑って、コンピュータへと向かっていった。
途中、杏子が手に持っていたチョコビをすれ違いざまに一つかすめ取った。
その横顔を、杏子はじっと見ていた。

「あたしは何もかもできる訳じゃない。だから……」

そんなことを漏らしながら、春紀はガラス片を振り払い、コンピュータの前に座った。
それに何か言葉を返すないだろう。彼女は言葉よりも雄弁なものを見た。
人にはできることとできないことがある。それを越える無理を押し通すには、それこそ魔法がいる。
そしてその代償も。

「急がないと誰かが来るぜ」
「分かってるよ。ちゃっちゃと終わらせる」

言いながら、彼女はキーボードを叩き始めた。
調べたいことは幾つもある。あのロボットに、戦乙女、糸使い……どれも今のうちに情報を手に入れておきたい。
だが、まず知るべきことは。

「“かっちゃん”か」

宮内れんげという名の年端のいかない子ども。
ここにいる筈のない、聖杯戦争のイレギュラー。
彼女にまつわる一人の影を、調べなくてはない。
それから決めよう。これからどうするか。何の為に戦い、何を選び取り、何を切り捨てるか。

不意に、夕陽に沈む図書室を一際大きな風が吹き抜けた。
ガラスや埃が舞う。残された二人の少女たちは思わず眉をひそめた。
彼女らの髪を揺らした風は、そのまま散乱する本たちも通り抜けていく。
ぱらぱらとページがめくれる……
風が収まった時、ある本が開いていたページにはこんな文言が載っていた。

“……不信実と偽りとを私から遠ざけてください。貧しさも富も私に与えず、ただ、私に定められた分の食物で私を養ってください。
 私が食べ飽きて、あなたを否み、『主とはだれだ』と言わないために……”






215 : スカイ・イクリプス Sky Eclipse ◆Ee.E0P6Y2U :2015/02/24(火) 15:19:39 FjbHXXO.0



窓から飛び降りたミカサはセルべリアと共に、とん、と着地する。
彼女にしてみれば大した高さではない。セルべリアの助けがあれば簡単なことだった。
そうして降り立ったミカサは、学園からの早急な離脱を目指す。
ちら、と上を伺う。そこには窓ガラスの割れた校舎――今しがた自分が出てきたところだ。
中等部校舎のそれと比べれば些細なものではある。
そちらに注目が行っている今、そこまで目立つということはないだろう。

「え……その」

誰かの声がした。
鋭い視線を向けると、そこにはおどおどと目を泳がせる男子生徒がいた。
彼はガラスの割れた上階とミカサの姿を困惑したように見ている。

流石に中央校舎では人に見られることを避けられなかったか。
ミカサはその事実を苦く思いつつも、即座に逃げることを選ぶ。

とっ、と地面を蹴る。声をかけられるよりも早く姿をくらますのだ。
奇襲。敵勢力の撃破。戦力の温存。
そのどれにも失敗したが、しかしあそこが引き際だった。
初撃に失敗した時点で撤退は決めていた。第三勢力の介入があったとはいえ、そのもくろみは成功したといえる。
仮にあの場に残り、少女のランサーを撃破したところで、まだ他にも敵は居るのだ。
あの東洋人やケイネス・エルメロイ・アーチボルトのような、学園に根を張るマスターが。
彼らに隙を晒す訳にはいかない。
一瞬で決着がつかないのならば、離脱を選ぶべきだ。

『ランサー』

制服姿もあって溶け込むことは容易だ。
生徒の流れを掻き分け、ミカサは霊体化したセルべリアに魔力多寡の問うた。
答えはそこまで減っていない、とのことだった。

『宝具を解放したとはいえ―― 一瞬のことだったからな』

それは僥倖。
まだ戦える、という訳か。
とはいえこちらも連戦だ。
セルべリアもだが、自分のことも考えなくてはならない。
無論戦い続けることは可能だが、英霊を相手取るのに無理はできない。

一度休息を。そう考えつつ、ミカサは学園を出た。
教師が制止する声もあった気がしたが、無視した。
中央校舎の一件と併せて噂になるかもしれない。とはいえもはや関係がない。
方法は多少強引でもいい。何故なら――

ミカサはちら、と背後を窺った。
そこには巨大な校舎がある。短い間とはいえ日常を過ごした、自分の居場所が。

――ここに来ることはもう無いだろう。

少なくとも生徒としては。
また来るとしても、その時は戦う為でしかない。
感傷染みた想いが胸に走るが、殺した。
同時に家に戻り今後の算段をつける。日常を喪った以上、どこか新しい拠点を見つけなくてはならない。
装備を取り、そして――

――あの人たちとももう会うことはない。

与えられた仮初の親子関係。
あの人たちをも、切り捨てるのだ。
あのクラスメイトも、あの母親も、あの父親も、全て幻。
本当は自分の物ではない。
そうやって切り捨てて、それで戦うのだ。
だからこそ今日は無理をできた。
日常を切り捨てれば、何と身軽なことだろう。

夕陽の赤もようやく弱まってきた。
街には夜が気配が徐々に顔を出してくる。
昼と夜の真ん中で、彼女は駆けていた。
身体が軽い。教科書やら何やらが詰まった鞄を捨てたからか。

「…………」

とにかく魔力はまだ残っているし、戦うことは十分可能だ。
ただ今の自分に必要なことは拠点を見つけることだ。
どこかで適当な算段を付けなくてはならない。
蟲のキャスターは夜また学園に来ると言った。
もしかするとそこで何か渡りを付けられるか。

そうやって冷静な思考をしつつ、ふと彼女は気付いた。
巨人がいた。
街に立つ、巨大な鬼眼の王を。

「――――」

言葉は出なかった。
ただ戦う意志だけは不思議と衰えなかった。






216 : スカイ・イクリプス Sky Eclipse ◆Ee.E0P6Y2U :2015/02/24(火) 15:20:10 FjbHXXO.0

“仕切り直し”したシオンは生徒の流れに逆らうことなく、穏便に学園を離れた。
途中あの教師やケイネスの姿は見えなかった。偶然か、あるいは何か意図があったのか。
警戒は怠ることなく、さりとて何かアクションを起こす訳でもなく、あくまで自然体を意識する。
規則通りに、学園に示される通りに彼女は下校に成功していた。

バスに揺られながら、シオンは考える。
窓から見える街の様子はまだ変っていない。しかしこの仮初の日常も何時まで続くか。
手首の傷の処置はしてある。さほど目立ちはすまい。

向こうが何もしてこなかったのは、やはり日常を笠に着ているからか。
この学園での立場を利用し、内側から勢力を広げる。あの敵がやっているのはそういうことだ。
厄介な手ではあるが、同時にそれは縛りでもある筈だ。こちらが規則通りに動いている間は、向こうも表だって行動に移すことはできない。
少なくとも、今は。

その立場を利用し、明日以降も敢えて学園に赴くべきか。
ここで逃げることは悪手だ。先の“仕切り直し”とは意味が違う。
この敵は後に回せば回す程力を付けてくる。ならばこそ今のうちに立ち向かう必要がある。

『なんか今日一日色々あったな。色んなニュースがあるみたいだぜ』

ジョセフの声が聞こえる。
シオンが操作している携帯端末の画面を見ているのだろう。そこにはこの街での多くの事件の情報があった。
今後の方針を模索すると並列してシオンは情報を洗っていた。
マンションの倒壊を始めとする多くの情報がある。だがどれも錯綜していて、真相は掴めない。
だがどれも聖杯戦争が関わっているであろうことは想像に難くない。

考えることは多くある。
検索施設は結局使うことができなかった。それは戦況の都合上仕方がなかったとはいえこれは痛い。今後どこかで情報を洗う機会を用意したいところだ。
また明日のこともだが、これから夜がやってくるのだ。
街が眠りに付き、闇があふれ出る夜が。

「……とにかく」

やることは沢山ある。だが、まず気がかりなことが一つ。

「拠点が必要ですね。住所が握られてしまった以上、あそこに戻る訳にはいきません」

端的に言えば、家がない。
悲しいことにこういう状況には割と慣れている。


217 : スカイ・イクリプス Sky Eclipse ◆Ee.E0P6Y2U :2015/02/24(火) 15:20:52 FjbHXXO.0

[C-3 /月海原学園中央校舎、図書室/一日目 夕方]

【寒河江春紀@悪魔のリドル】
[状態]健康、満腹
[令呪]残り3画
[装備]ガントレット&ナックルガード、仕込みワイヤー付きシュシュ
[道具]携帯電話(木片ストラップ付き)、マニキュア、Rocky、うんまい棒、ケーキ、ペットボトル(水道水)
   筆記用具、れんちょん作の絵(春紀の似顔絵、カッツェ・アーカード・ジョンスの人物画)
[所持金]貧困レベル
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を勝ち抜く。一人ずつ着実に落としていく。
1.検索施設を利用する。れんげのサーヴァント、他のサーヴァントの優先順で調査する。
2.武智乙哉への警戒。
3.時機を見てホシノ・ルリ、宮内れんげと連絡を取り合流する。
4.学校脱出時は杏子の力を借りて夜陰に紛れる。
5.杏子の過去を知りたい。
6.食料調達をする。
7.れんげのサーヴァントへの疑念。
8.聖書、か。
[備考]
※ライダー(キリコ・キュービィー)のパラメーター及び宝具『棺たる鉄騎兵(スコープドッグ)』を確認済。ホシノ・ルリをマスターだと認識しました。
※テンカワ・アキトとはNPC時代から会ったら軽く雑談する程度の仲でした。
※春紀の住むアパートは天河食堂の横です。
※定時制の高校(月海原学園定時制校舎)に通っています。
※昼はB-10のケーキ屋でバイトをしています。アサシン(カッツェ)の襲撃により当分の開業はありません。
※ジナコ(カッツェ)が起こした事件を把握しました。事件は罠と判断し、無視するつもりです。
※ジョンスとアーチャー(アーカード)の情報を入手しました。
 ただし本名は把握していません。二人に戦意がないと判断しています。
 ジョンス・アーカードの外見を宮内れんげの絵によって確認しています。
※アサシン(カッツェ)の情報を入手しました。
 尻尾や変身能力などれんげの知る限りの能力を把握しています。
 変身前のカッツェの外見を宮内れんげの絵によって確認しています。
※ホシノ・ルリ・ライダー組と共闘関係を結び、携帯電話番号を交換しました。
※武智乙哉をマスターと認識しました。

【ランサー(佐倉杏子)@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]健康、魔力貯蓄(中)
[装備]ソウルジェムの指輪
[道具]Rocky、ポテチ、チョコビ、ペットボトル(中身は水、半分ほど消費)、ケーキ、れんちょん作の絵(杏子の似顔絵)
[思考・状況]
基本行動方針:寒河江春紀を守りつつ、色々たべものを食う。
1.春紀の護衛。まあ、勝たせてやりたい。
2.図書館での調査。
3.ライダー(キリコ)と共闘しつつ、弱点を探る。
4.食料調達をする。
5.妹、か……。
6.れんげのサーヴァントへの疑念。
7.ほむらは逝ったか……。
[備考]
※ジナコ(カッツェ)が起こした事件を把握しました。
※ジョンスとアーチャー(アーカード)の情報を入手しました。
 ただし本名は把握していません。二人に戦意がないと判断しています。
 ジョンス・アーカードの外見を宮内れんげの絵によって確認しています。
※アサシン(カッツェ)の情報を入手しました。
 尻尾や変身能力などれんげの知る限りの能力を把握しています。
 変身前のカッツェの外見を宮内れんげの絵によって確認しています。
※れんげの証言から彼女とそのサーヴァントの存在に違和感を覚えています。
 れんげをルーラーがどのように判断しているかは後の書き手様に任せます。
※れんげやNPCの存在、ルーラーの対応から聖杯戦争は本来起こるはずのないものだったのではないかと仮説を立てました。
 ただし本人も半信半疑であり、あまり本気でそう主張するつもりはありません。
※武智乙哉をマスターと認識しました。


218 : スカイ・イクリプス Sky Eclipse ◆Ee.E0P6Y2U :2015/02/24(火) 15:21:08 FjbHXXO.0

[C-3 /月海原学園周辺/一日目 夕方]

【ミカサ・アッカーマン@進撃の巨人】
[状態]:吐血、片腕に銃痕(応急処置済み)
[令呪]:残り三画
[装備]:無し
[道具]:シャアのハンカチ 身体に仕込んだナイフ
    (以降自宅)立体起動装置、スナップブレード、予備のガスボンベ(複数)
[所持金]:普通の学生程度
[思考・状況]
基本行動方針:いかなる方法を使っても願いを叶える。
1.日常は切り捨てた。
2.家に帰り装備を取り、新たな拠点を用意する。
3.額の広い教師(ケイネス)にも接触する。
4.シャアに対する動揺。調査をしたい。
5.蟲のキャスターと組みつつも警戒。
[備考]
※シャア・アズナブルをマスターであると認識しました。
※中等部に在籍しています。
※校門の蟲の一方に気付きました。
※キャスター(シアン)のパラメーターを確認済み。
※蟲のキャスター(シアン)と同盟を結びました。今夜十二時に、学園の校舎裏に来るという情報を得ました。
※シオンの姿、およびジョセフの姿とパラメータを確認。
※杏子の姿とパラメータを確認。
※黒髪の若い教師(NPC、ヴォルデモートが洗脳済み)を確認。現時点ではマスターだと考えています。

【ランサー(セルベリア・ブレス)@戦場のヴァルキュリア】
[状態]:魔力充填(微消費)
[装備]:Ruhm
[道具]:ヴァルキュリアの盾、ヴァルキュリアの槍
[思考・状況]
基本行動方針:『物』としてマスターに扱われる。
1.ミカサ・アッカーマンの護衛。
[備考]
※暁美ほむらを魂喰いしました。短時間ならば問題なくヴァルキュリア人として覚醒できます。
※黒髪の若い教師(NPC、ヴォルデモートが洗脳済み)を確認。現時点ではマスターだと考えています。

【シオン・エルトナム・アトラシア@MELTY BLOOD】
[状態]手首に切り傷(治療済み)、アーチャーとエーテライトで接続。色替えエーテライトで令呪を隠蔽。
[令呪]残り三画
[装備] エーテライト、バレルレプリカ
[道具]
[所持金]豊富(ただし研究費で大分浪費中)
[思考・状況]
基本行動方針:方舟の調査。その可能性/危険性を見極める。並行して吸血鬼化の治療法を模索する。
1.これからの拠点を探す。
2.明日以降も登校する……?
3.学園内でのマスターの割り出し、及び警戒。こちらから動くか、隠れ潜むか。来るだろう接触に備える。
4.情報の整理。コードキャストを完成させる。
5.方舟の内部調査。中枢系との接触手段を探す。
6.学園に潜むサーヴァントたちを警戒。
7.展開次第では接触してきた教師と連絡を取ることも考える。
[備考]
※月見原学園ではエジプトからの留学生という設定。
※アーチャーの単独行動スキルを使用中でも、エーテライトで繋がっていれば情報のやり取りは可能です。
※マップ外は「無限の距離」による概念防壁(404光年)が敷かれています。通常の手段での脱出はまず不可能でしょう。
 シオンは優勝者にのみ許される中枢に通じる通路があると予測しています。
※「サティポロジァビートルの腸三万匹分」を仕入れました。研究目的ということで一応は怪しまれてないようです。
※セイバー(オルステッド)及びキャスター(シアン)、ランサー(セルべリア)、ランサー(杏子)のステータスを確認しました。
※キャスター(シアン)に差し込んだエーテライトが気付かれていないことを知りました。
※「サティポロジァビートルの腸」に至り得る情報を可能な限り抹消しました。
※黒髪の若い教師(NPC、ヴォルデモートが洗脳済み)の連絡先を入手しました。現時点ではマスターだと考えています。
 これに伴いケイネスへの疑心が僅かながら低下しています。


【アーチャー(ジョセフ・ジョースター )@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]健康、シオンとエーテライトに接続
[装備]現代風の服、シオンからのお小遣い
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:「シオンは守る」「方舟を調査する」、「両方」やらなくっちゃあならないってのが「サーヴァント」のつらいところだぜ。
1.おっかねえネエちゃんだった。
2.学校にいるであろう他のマスターに警戒。候補はケイネスとおさげの女の子、あと蟲使い。来るだろう接触に備える。
3.夜の新都で情報収集。でもちょっとぐらいハメ外しちゃってもイイよね?
4.エーテライトはもう勘弁しちくり〜!
[備考]
※予選日から街中を遊び歩いています。NPC達とも直に交流し情報を得ているようです。
※暁美ほむら(名前は知らない)が校門をくぐる際の不審な動きを目撃しました。
※黒髪の若い教師(NPC、ヴォルデモートが洗脳済み)を確認。現時点ではマスターだと考えています。


219 : ◆Ee.E0P6Y2U :2015/02/24(火) 15:21:31 FjbHXXO.0
投下終了です。


220 : 名無しさん :2015/02/24(火) 19:45:19 v2CI1hgY0
投下乙です!
力で押すセルべリアを駆け引きでいなすジョセフはさすが
横槍を入れる判断に、槍兵として劣ろうとも願いへの想いなら負けないという意地を見せる杏子も頼れる感じ
参加者は日常を捨て始め、巨人のような鬼岩王が姿を見せて聖杯戦争の時間、夜ですね
盛り上がり、締めともに引き込まれました!


221 : 名無しさん :2015/02/24(火) 19:49:46 aP/baNmsO
投下乙です
実力拮抗の三組による三竦みの乱戦
図書室での緊張感が伝わってくる描写で読んでいてとても充実感がありました
これでひとまずは学園集結話は一区切りかな

氏をはじめ、あれだけ集中した人数を捌いた上に、
とても魅力的に描いて頂いた学園書き手さん達に感謝を


222 : 名無しさん :2015/02/24(火) 22:19:25 gF/jGeHQ0
投下おつー!
英霊という刹那の存在の掘り下げ面白いな
一瞬の三すくみ、こういう緊迫した静かな一瞬書けるのすげーって読んでて思った
しかし二組の主従が学校を去ったか。結構動いたな


223 : 名無しさん :2015/02/24(火) 22:32:53 H/BdUO6Q0
投下乙です
杏子と春紀の絡みがいいな、やっぱ好きだわこのコンビ

みんな書いてるけど、三竦みによる一瞬の攻防が本当にかっこいい
ジョセフの待ち、セルベリアの推して参る感、杏子介入の冷静な判断力
どれも本当にかっこいい、わくわくしっぱなしでした


224 : 名無しさん :2015/02/27(金) 20:16:30 HdBdRsDY0
投下乙です!

戦闘前後の整頓された考察パートといい戦闘中の短く勢いがある文章の使い方といい、氏の技量の高さに驚愕しました
とにかくワクワクした1話でした!


225 : ◆WRYYYsmO4Y :2015/03/04(水) 01:29:03 VGr6Y2ik0
投下します


226 : Q【くえすちょん】 ◆WRYYYsmO4Y :2015/03/04(水) 01:31:10 VGr6Y2ik0


 アサシンことベルク・カッツェは、現在女装した爾乃美家累の姿に擬態していた。
 爾乃美家累は性別上は男性だが、端正な顔立ちと華奢な体格も相まって、
 女の格好をすると下手な女性より女性らしい、可憐な美少女にしか見えなくなる。
 そしてそれ故に、夜道の中で彼の格好は余計に目立ってしまう。
 女子高生と思しき少女が夜の街を徘徊するなど、何か訳でもあるとしか思えない。
 その周りに数人の監視が付いているのなら、その姿は猶更怪しく映るだろう。

 そういう事情もあってか、移動には車が利用される事となった。
 綺麗とは言い難い、使い古された五人乗りのミニバンである。
 それの後部座席の真ん中に、カッツェは座っている。
 彼の両隣には、洗脳されているであろう女性が配置されていた。
 フェミニズムに配慮でもしたつもりなのだろうか。
 擬態している者の性別は男性だというのに、滑稽は話である。

(しっかしまじ令呪おもんねーわー)

 カッツェとしては、車による長い移動は退屈極まりない時間であった。
 無言を貫くNPCに囲まれた上、車内では周りの景色も満足に眺めれない。
 おまけに、令呪によって発生したのであろう重圧感が未だに燻っている。
 退屈どころか、最早不愉快一歩手前の状態である。

 果たして、『HAL』なる人物に同行して良かったものなのか。
 仮にれんげを発見できたとしても、展開次第では何が起こるか分からない。
 最悪の場合、NPCによってれんげが殺害されるという可能性さえ在り得るのだ。
 それはそれで美味しいのだが、生憎アサシンはまだまだ愉しんでいたいのである。

 その時、スマートフォンが着信音と共に振動を起こした。
 手に取って確認してみると、どうやらHALからメールがあったらしい。
 送られた伝言には、事務的な口調でこう書かれていた。

『これより孤児院に向かう。そこに君が求めている幼女がいる可能性が高い』

(ちょ……それは流石にないわー)

 それを見たアサシンは、怪訝そうに顔を顰めた。
 たしかに幼女のいる場所ならどこでもとは言ったが、流石にそれは安直すぎるだろう。
 れんげに関しては最低限の情報しか流していないが、それが仇になったか。

(もしかしてミィの事バレてたりしてwwwつーかもうバレてるっしょwwwwww)

 いや、もしや。
 見つからないのではなく、あえて見つけられないフリをしているのか。
 恐らくHALは、自分がサーヴァントである事に気付いている。
 何せここまで警戒されているのだ。そう考えない方がおかしいだろう。
 そして、こちらがNPCに手出しできない事も把握されている可能性がある。

(ミィがれんちょんと会うのそんなに嫌っすかェwwwwわかるわwwwwww)

 もしや、HALは既にこちらの手を読んでいるのか。
 自分の狙いが令呪であると見通した上で、マスターとの合流を防いでいるのかもしれない。
 もしそうだとしたら、HALは中々に頭の回る相手である。
 NPCの扇動を主な武器とするアサシンと、NPCを利用して暗躍するHALとの相性は良いとは言い難い。
 もしアサシンがHALと同じ立場なら、尖兵を好き勝手されるのを放っておく訳がないだろう。

(ドラッグ掌握にはまーだ時間かかりそうっすねェ……ムカつくわー)

 苛立ちが募るが、そもそも舟に乗りかかったのはこちらの方だ。
 仕方ないが、HALの要求通り孤児院に向かうとしよう。
 それに、行った先に何が待ち受けているのかまだ分からないのだ。
 もしかしたられんげが本当にそこで自分を待っているかもしれないし、
 悪意の詰まった脳細胞を満足させるような、新しい標的に出会える確立もゼロではない。

 もし玩具(れんげ)に出会えたのなら、その時はめいっぱい遊んでやろう。
 刹那主義のアサシンは、ショートケーキの苺は初めに食べる主義なのだ。


227 : Q【くえすちょん】 ◆WRYYYsmO4Y :2015/03/04(水) 01:31:51 VGr6Y2ik0
■ □ ■


 PCに映し出されるのは、数字の羅列。
 一見すると、何を意味するのか不明瞭な数列である。
 だがHALの眼を通して見れば、これらは重大な資料へ早変わりする。

 HALの電人としての能力のほんの一端である。
 表示された暗号を解析し、情報として脳に受信させる。
 これを用いる事で、下手な写真や映像よりも鮮明に情景を把握できるのだ。

 そうした手段で得た、幾つもの武器(じょうほう)達。
 その中でもHALが注目すべきと判断したものは、二つ。

 一つは、HALが事前に洗脳した――倒壊したビル付近で殺されかけた――チンピラ達から寄せられた情報だ。
 なんでも、彼等が出入りしていたヤクザの事務所に強盗が入ったらしい。
 話によれば、強盗は小型金庫を無理やりこじ開け、中の銃器を強奪したというのだ。
 更に、破壊された金庫は近くの道に投げ捨てられていたというではないか。
 "まるで純粋な握力でこじ開けた"ような指先の跡を、おまけとして残した金庫が。

 小型とはいえ金庫を破壊できる程の剛性による犯罪。
 まず間違いなく、サーヴァントを用いた犯行である。
 随分と不用心なマスターだと、HALはやや呆れ気味に息をついた。

(盗まれたのはデザートイーグルとCZ75B。そこまでの痛手ではないか)

 矮小な地方ヤクザの事務所に、過剰な威力を持つデザートイーグルが隠されていた。
 その不可解な"謎"は、HALが彼等を利用して武器を密輸入したというのが真相である。

 神秘性を伴わない重火器では、ではサーヴァントを殺傷できないのは百も承知だ。
 しかし、一方で生身のマスターにダメージを与えるのには十分すぎる威力を持っている。
 来たるべき時に洗脳したNPC達に持たせれば、相応の成果が期待できるだろう。
 そういった理由もあって、聖杯戦争が正式に開始された以前から、
 HALはヤクザの組員を電子ドラッグで洗脳し、武器調達を行っていたのである。

 大型金庫には、たしか狙撃銃を始めとした強力な武装が収容されてあった筈だ。
 交渉の有効なカードに成り得るであろうそれらが盗まれるのに比べれば、
 デザートイーグル等の拳銃の強奪など、些細なものに過ぎない。

 とはいえ、聖杯戦争の参加者に武器を強奪されたのは事実である。
 武器を手に入れた所有者は、そう遠くない内に敵に向けて発砲するだろう。
 もし冬木で銃撃事件があれば、その犯人がマスターだと考えてもいい。

(そう上手くいくとは思えないがな)

 夜も更けてきたとはいえ、強盗犯も注意深くなっている筈だ。
 銃を使うとしても、可能な限り怪しまれない様に使うと考えるのが道理である。
 いくら金庫に証拠を残したとはいえ、相手もそこまで迂闊ではないだろう。

 何にせよ、警戒するに越したことはない。
 強盗犯についてはチンピラも利用して捜索に当たるとしよう。
 尤も、そう簡単に見つかるとも思えないのだが。


228 : Q【くえすちょん】 ◆WRYYYsmO4Y :2015/03/04(水) 01:32:46 VGr6Y2ik0

 そして、もう一つ。
 ほんの少し前に監視下に置いたサーヴァントの件である。

 収集した情報を元にすれば、奴の素性は容易く割れた。
 これは、当の本人が後先考えずに行動してくれたのが大きい。
 彼がもう少し冷静に動いていれば、こうまで容易く正体を掴めなかったであろう。

 ベルク・カッツェ――自らの能力を以て数多の星を破滅させた異星人。
 『他人になりすますサーヴァント』の実態は、まさしく邪悪であった。
 言ってしまえば、悪意が服を着て歩いている様な存在である。

(面倒なサーヴァントに出くわしたものだ)

 電子ドラッグは抑圧された犯罪願望を解放するものである。
 元より犯罪願望を曝け出している悪人には、効き目など無いに等しい。
 邪悪だけで構成された怪物に至っては、結果など言うまでもない。

 血液の入ったバケツに血を何滴垂らそうが変化が無いように。
 悪意そのものに何度電子ドラッグを与えても、何の影響もありはしない。
 せいぜいそよ風が吹いた程度にしか思われず、さしたる変異も起こらないだろう。

 恐らく、これ以上監視を続けたとしても大したものは得られないだろう。
 標的にカッツェを選んだ時点で、実験は失敗したと言ってもいい。

 そもそも、何故カッツェは幼女の発見を急いでいるのだろうか。
 捜索を願い出ているという事は、つまりこれまで主を放任していたという事になる。
 それまで無視しておきながら、どうして今更マスターを探そうとするのか。

 第一、子供であれば必ず家庭という居場所がある筈だ。
 にも関わらず、カッツェは幼女を見つけられないままでいる。
 自分のマスターは帰る場所の無い、天涯孤独の身とでも言いたいのだろうか。

(何か策があるのか、端から策すら持ち合わせていないのか)

 仮に後者だとすれば、接触した事自体が痛手である。
 何をしでかすか分からない刹那主義者など、爆弾以外の何物でもない。
 慎重派のHALにとっては、そんな物をいつまでも抱え込むなど愚策である。

 天才・春川英輔をコピーした思考回路を稼働させ、思考する。
 ルーラーの令呪に縛られたサーヴァントと、行方知らずのマスター。
 二つの点が線で繋がれるのに、そう時間はかからなかった。

(……令呪による制限の解除か?)

 マスターが持つとされる三画の絶対命令権――令呪。
 あれを用いれば、ルーラーが課した制限の解除が可能だと考えているのではないか。
 恐らくマスターであろう幼女を探すのは、その子に令呪を使わせる為。
 そう想定すれば、マスターの探索という謎めいた行動にも納得がいく。


229 : Q【くえすちょん】 ◆WRYYYsmO4Y :2015/03/04(水) 01:34:32 VGr6Y2ik0

 NPCに被害を加えられないという枷は、人間の悪意を弄ぶカッツェには苦痛に違いない。
 思うに、その枷を外す為なら奴はあらゆる手段を講じるだろう。
 マスターとの早期合流も、その手段の一つに過ぎないと考えていい。

 そうした事実を考慮した上で、思案を巡らせる。
 果たして、カッツェをマスターに合流させるべきなのか。
 HALが少し考え込んだ末に下した判断は、NOであった。

 カッツェの能力を用いれば電子ドラッグの効力が増幅するのは事実だ。
 彼の制限が解放されれば、ドラッグ漬けのNPCは更なる力を得るだろう。
 だが、同時に命令を聞かなくなるという致命的なデメリットも備えているのもまた事実。
 そもそも、電子ドラッグを用いるのは他の主従の情報収集の為である。
 好き勝手に暴れさせる為にNPCを洗脳している訳では断じてないのだ。

 水面下で暗躍したい自身の方針と、今すぐにでもNPCを暴れさせたいであろうカッツェ。
 相反し合う両者の思想は、最悪の場合互いの首を絞めかねない。
 カッツェの方は知らないが、自分が不利な状況に陥る訳にはいかなかった。

(切り捨てるべきか)

 多少の情報漏洩はあれど、これ以上関係を持つとこちらに被害が及びかねない。
 切り捨てるだけなら、すぐにでも関係を断つ事が出来る。
 カッツェに提供したメールアドレスも、複数所持するアカウントの一つ。
 ジナコ=カリギリを陥れる際学生に作らせた、言うなれば「捨て垢」というやつだ。
 仮にそれ経由で居場所を探ろうとしても、錯刃大学に辿り着くのは困難だろう。
 敵のサーヴァントに自分の弱点を曝け出す程、HALは間抜けではない。

 しかし、捕えた狂犬をすぐさま野に放してしまっていいものなのか。
 ただ逃すだけでなく、他の使い道があるかもしれない。

 ここはひとまず、子供がいそうな孤児院にカッツェを誘導するとしよう。
 勿論あんな場所に目当ての幼女はいないが、いなくて結構なのだ。
 元より、カッツェのマスターに令呪を使わせる気などないのだから。

 実を言うと、既にカッツェの探しているであろう幼女は発見できている。
 喫茶店でアルバイトをしていたNPCが、それらしき人物を見つけているのだ。
 勿論、HALはその情報を依頼主に報告するつもりはないのだが。

 マスターとはいえ、相手は所詮ただの幼女に過ぎない。
 やろうと思えば今すぐ暗殺に取り掛かれるのだが、生憎そうにもいかなかった。
 衆人環視の中の暗殺はリスクが伴うし、何より幼女を保護している女がいるらしいのだ。
 彼女の周りにいるその少女も、聖杯戦争の参加者と見て間違いないだろう。


230 : Q【くえすちょん】 ◆WRYYYsmO4Y :2015/03/04(水) 01:35:34 VGr6Y2ik0

 むしろ、その幼女を保護下に置いていた少女の方が重要だった。
 というのも、カッツェと遭遇する前から、彼女には警戒せよとNPCに伝えていたからだ。
 幼女を発見できたのも、その少女の探索を同時進行させていたからである。

 洗脳した警察官の情報によれば、その女性は不審な行動が目立っているのだという。
 警察内部からも不可解だという声が漏れ出ている彼女は、聖杯戦争の関係者の可能性がある。
 これまでは疑惑程度で済んだ話であったが、カッツェのマスターと行動しているなら話は別だ。

(ホシノ・ルリ……やはり立ちはだかるか)

 僅か16歳で警視の階級に上り詰めたエリート中のエリート。
 無数の難事件を解決してきたとされる「警視の妖精」。
 聖杯を掴もうとする自身の道を遮る、幾つもの壁の内の一つ。

 脳裏に浮かぶのは、HALの元いた世界で活躍していた探偵の姿だ。
 たしかその少女――桂木弥子と言ったか――も、ルリと同年代だった筈である。
 "女子高生探偵"が敵となる事実に、妙な因果を感じざるを得なかった。

 注視すべきなのは、なにもホシノ・ルリだけではない。
 これまで集めた情報の中には、彼女以外にも強敵の影がいくつも見え隠れしている。
 まだ正体の掴めない性技を武器とするサーヴァント。
 確実にこの地にいるであろう「アーカード」なる吸血鬼。
 B-4のキャスターを抹殺した「忍殺」のマスクを被ったアサシン。
 従えたアサシン一人で、これらの敵全員に太刀打ちできるのか。
 答えは否だ。それをこなせる程、彼は万能のサーヴァントではない。

(いよいよ動く必要があるな)

 難敵達の存在を認知し、HALは改めて認識する。
 今の自分達に最も必要なのは、「同士」だ。
 カッツェの様な刹那主義者ではなく、聖杯の入手に全力を注げる者。
 電子ドラッグを用いずとも、勝利の為に動いていける利口な主従。
 手を取り合う価値のある同士なくして、この戦争は乗り越えれない。

 あるいは、野良となったサーヴァントを従えるか。
 今抱えている膨大な魔力量なら、複数の英霊を従えてもまだ余裕がある。
 尤も、偶然マスターを喪ったサーヴァントと出くわすとも思えないが。

 だがしかし、アサシンの力を借りれば話は別だ。
 彼の本懐はサーヴァントとの戦闘ではなく、マスターの暗殺である。
 マスターを殺害した後、契約者を喪ったサーヴァントと契約を結ぶ。
 そうした方法で手駒を増やすという選択肢も選ぶ事だって出来るのだ。

 時間はある。まだ焦る時期ではない。
 着実に勝利へ駒を進めるにはどうするべきか。
 僅かなミスも許されない状況で、どう立ち回れば生き残れるのか。
 電子の魔人は、ただそれだけを演算し続けている。


231 : Q【くえすちょん】 ◆WRYYYsmO4Y :2015/03/04(水) 01:36:15 VGr6Y2ik0

■ □ ■



 辺りはすっかり暗くなったというのに、大学にはまだ光が散見する。
 実験に時間をかけている学生達が、まだ部屋に残っているからだ。
 光が漏れる窓を、魔眼のアサシン――甲賀弦之介は黙して見つめていた。

 つくづく、良い時代になったものだと痛感する。
 四六時中場を照らす光が満ち溢れ、その中で何をしようがお構いなし。
 貧富の差はあれど、誰もが衣食住に恵まれた暮らしをしている。

 何より、この世界では血を血で洗う殺し合いがない。
 血族の間で横たわる怨念もなく、皆が手を取り合える可能性に溢れている。
 それを常識として受け止めれる現代人を、アサシンは羨望の眼差しで見つめる。

 言うなれば、アサシンは時代に殺された英霊である。
 徳川の跡継ぎ選びが、甲賀と伊賀に殺し合いの道を歩ませた。
 そしてその結果、アサシン含む何人もの忍が亡骸となったのだ。

 死んだ忍の中には兄妹がいた。恋仲の男女がいた。アサシンの師匠がいた。
 そして何より、アサシンが誰よりも愛した女がいたのである。

 殺し合いそのものが過ちだったとは思わない。
 世継ぎ争いがなければ、この国の命運も大きく変じていただろう。
 それこそ、今見える風景とは全く異なる、地獄の様な世となる事もあり得るのだ。
 過去を捻じ曲げ未来を変貌させるのは、アサシンとて願ってはいない。

 だが、それは殺し合いそのものを肯定するという訳ではない。
 愛する者との絆を容赦なく引き裂く戦いなど、誰が望むものか。
 人は幾度も戦いを続け、その度に無数の恋人達が死んでいく。
 繰り返す悲劇の積み重ねの果てに、如何なる平穏があろうと。
 その平穏の下に積まれた屍の山を、アサシンは見過ごせない。

 率直に言ってしまえば、アサシンは徳川を許せないでいる。
 彼等だけではない。戦いを――"戦争"を望む者を赦す事が出来ない。

「……そなたらは、どうだ」

 江戸の世に幕府と呼ばれた存在は、現代で政府と名を変えて続いている。
 流石に民主主義となった以上世襲制は消え体勢も大きく変わっているが、国を動かすという一点は同じである。
 そして、その政府の一員である政治家に加わろうとする者達が、今選挙と呼ばれる戦いを繰り広げているらしい。

 もしも、彼等の中に戦争を望む者がいたのだとしたら。
 そして、もしその者が聖杯戦争と関わっていたのだとしたら。
 きっとアサシンは、殺意を滾らせずにはいられないだろう。

 身勝手な感情である事は分かっている。
 これから多くの願いを踏み躙る自分に、糾弾する資格などないのも承知の上だ。
 しかし、我が儘な怒りは未だアサシンの中で燻っているのも事実であった。

『――アサシン、戻ってきてくれ。情報の共有を行う』

 主からの念話で、我に返る。
 周囲の監視の命からそう時間が経っていないが、何か懸念すべき事でもあったのだろうか。
 そんな事を考えながら、アサシンはマスターの元に舞い戻る。

 鷹も鳴かず、樹のざわめきも聞こえない。
 夜の錯刃大学には、戦争の足音一つ近づいてこなかった。

 少なくとも、今はまだ。


232 : Q【くえすちょん】 ◆WRYYYsmO4Y :2015/03/04(水) 01:37:02 VGr6Y2ik0
【C-7/路上・車内/一日目/夜間】

【アサシン(ベルク・カッツェ)@ガッチャマンクラウズ】
[状態]魔力消費(中)、宝具にダメージ(小)、テンション普通、苛立ち(中)、
   電子ドラッグ感染、爾乃美家累の姿、NPCの運転する車に乗車中。
[令呪]NPCへの干渉不可(ルーラー)
[装備]なし
[道具]携帯電話(スマホタイプ)(HALのアドレス記録済)
[思考・状況]
基本:真っ赤な真っ赤な血がみたぁい!聖杯はその次。
 0.仕方ないので孤児院の移動に付き合う。
 1.まずはれんちょんと合流しましょうwwwww幼女誘拐するのもありかもwwwww
 2.うはぁwwww電子ドラッグ掌握するのマジ楽しみだわwwwwwww
 3.頭の中の指示とか令呪の縛りとかマジうぜー
 4.真玉橋孝一とルーラーへの対抗策を模索する。
[備考]
※他者への成りすましにアーカード(青年ver)、ジナコ・カリギリ、野原みさえが追加されました。
※NPCにも悪意が存在することを把握しました。扇動なども行えます
※喋り方が旧知の人物に似ているのでジナコが大嫌いです。可能ならば彼女をどん底まで叩き落としたいと考えています。
※ジナコのフリをして彼女の悪評を広めました。
 ケーキ屋の他にファミリーレストラン、ジャンクフード店、コンビニ、カラオケ店を破壊しました。
 死人はいませんが、営業の再開はできないでしょう。
※『ルーラーちゃん顔真っ赤涙目パーティ』を計画中です。今のところ、スマホとNPCを使う予定ですが、使わない可能性も十分にあります。
 電子ドラッグを利用することを考慮に入れています。
※カッツェがジナコの姿で暴れているケーキ屋がヤクザ(ゴルゴ13)の向かったケーキ屋と一緒かどうかは不明です。
※真玉橋組を把握しました。また真玉橋に悪意の増長が効きにくい為、ある程度の警戒を抱いています。
※HALと電子ドラッグの存在に気が付きました。いずれ電子ドラッグを自身の手で掌握しようと考えています。
※電子ドラッグで洗脳されたNPC数人によって現在監視されています。


【C-6/錯刃大学・春川研究室/一日目/夜間】

【電人HAL@魔人探偵脳噛ネウロ】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]『コードキャスト:電子ドラッグ』
[道具] 研究室のパソコン、洗脳済みの人間が多数(主に大学の人間)
[所持金] 豊富
[思考・状況]
基本:勝利し、聖杯を得る。
 1.ルーラーを含む、他の参加者の情報の収集。特にB-4、B-10。
 2.他者との同盟,あるいはサーヴァントの同時契約を視野に入れる。
 3.ベルク・カッツェの監視。彼をマスターと遭遇させない上で利用する術を模索する。
 4.『ハッキングできるマスター』はなるべく早く把握し、排除したい。
 5.性行為を攻撃として行ってくるサーヴァントとに対する脅威。早急に情報を入手したい。
[備考]
※洗脳した大学の人間を、不自然で無い程度の数、外部に出して偵察させています。
※大学の人間の他に、一部外部の人間も洗脳しています。(例:C-6の病院に洗脳済みの人間が多数潜伏中)
※ジナコの住所、プロフィール、容姿などを入手済み。別垢や他串を使い、情報を流布しています。
※他人になりすます能力の使い手(ベルク・カッツェ)を警戒しており、現在数人のNPCを通じて監視しています。
 また、彼はルーラーによって行動を制限されているのではないかと推察しています。
※カッツェとはメールアドレスを互いに知っている為、メールを通して連絡を取り合えます。
 ただし、彼に渡したメールアドレスは学生に作らせた所謂「捨て垢」です。
※サーヴァントに電子ドラッグを使ったら、どのようになるのかを他人になりすます者(カッツェ)を通じて観察しています。
 →カッツェの性質から、彼は電子ドラックによる変化は起こらないと判断しました。
  一応NPCを同行させていますが、場合によっては切り捨てる事を視野に入れています。
※ヤクザを利用して武器の密輸入を行っています。テンカワ・アキトが強奪したのはそれの一部です。


233 : Q【くえすちょん】 ◆WRYYYsmO4Y :2015/03/04(水) 01:37:20 VGr6Y2ik0

【アサシン(甲賀弦之介)@バジリスク〜甲賀忍法帖〜】
[状態] 健康
[装備] 忍者刀
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本:勝利し、聖杯を得る。
 1.HALの戦略に従う。
 2.自分たちの脅威となる組は、ルーラーによる抑止が機能するうちに討ち取っておきたい。
 3.性行為を行うサーヴァント(鏡子)、ベルク・カッツェへの警戒。
 4.戦争を起こす者への嫌悪感と怒り。


[共通備考]
※『ルーラーの能力』『聖杯戦争のルール』に関して情報を集め、ルーラーを排除することを選択肢の一つとして考えています。
 囮や欺瞞の可能性を考慮しつつも、ルーラーは監視役としては能力不足だと分析しています。
※ルーラーの排除は一旦保留していますが、情報収集は継続しています。
 また、ルーラーに関して以下の三つの可能性を挙げています。
 1.ルーラーは各陣営が所持している令呪の数を把握している。
 2.ルーラーの持つ令呪は通常の令呪よりも強固なものである 。
 3.方舟は聖杯戦争の行く末を全て知っており、あえてルーラーに余計な行動をさせないよう縛っている。
※ビルが崩壊するほどの戦闘があり、それにルーラーが介入したことを知っています。ルーラー以外の戦闘の当事者が誰なのかは把握していません。
※性行為を攻撃としてくるサーヴァントが存在することを認識しました。房中術や性技に長けた英霊だと考えています。
※鏡子により洗脳が解かれたNPCが数人外部に出ています。洗脳時の記憶はありませんが、『洗脳時の記憶が無い』ことはわかります。
※ヴォルデモートが大学、病院に放った蛇の使い魔を始末しました。スキル:情報抹消があるので、弦之介の情報を得るのは困難でしょう。
※B-10のジナコ宅の周辺に刑事のNPCを三人ほど設置しており、彼等の報告によりジナコとランサー(ヴラド3世)が交わした内容を把握しました。
※ランサー(ヴラド3世)が『宗教』『風評被害』『アーカード』に関連する英霊であると推測しています。
※ランサー(ヴラド3世)の情報により『アーカード』の存在に確証を持ちました。彼のパラメータとスキル、生前の伝承を把握済みです。
※検索機能を利用する事で『他人になりすます能力のサーヴァント』の真名(ベルク・カッツェ)を入手しました。


234 : ◆WRYYYsmO4Y :2015/03/04(水) 01:37:36 VGr6Y2ik0
投下終了となります。


235 : 名無しさん :2015/03/04(水) 05:26:04 FARATGDkO
投下乙です
ルリの情報がHALにバレてる…
ハッキングが得意な参加者だしHALとしては排除したい対象になりますね
カッツェは孤児院行きか
こちらも段々近づいて来ているな


236 : 名無しさん :2015/03/04(水) 06:12:39 RGPBfOS60
投下おつー
前々からルリルリVSHALの電子戦はHALがオモイカネ付きルリ察して警戒しているという話が出ていたが
ここでルリの警視という仮の立場が機能してくるとは
確かにネウロ的に考えてこれはより一層美味しいなw


237 : 名無しさん :2015/03/04(水) 08:14:42 K/xXgyyw0
投下おっつおっつ
やべーよ正に弦ちゃんにとってのクリティカルな主従が街におわしまするよ
どうするセージュン、どうするデブ!?


238 : 名無しさん :2015/03/04(水) 15:41:08 Okr.ysdE0
投下乙です
ジナコに再び迫る悪意の影...
アーカードvsヴラドもあるしで大変な事になってきた


239 : ◆7DVSWG.5BE :2015/03/05(木) 09:34:49 GUtssrZI0
投下します


240 : ◆7DVSWG.5BE :2015/03/05(木) 09:38:46 GUtssrZI0
屋上から身を躍らせたニンジャスレイヤーを確認した足立は大きなため息をつき、仰向けになり夜空を見上げる。
そして改めて今日一日のことを振り返っていた。

ニンジャスレイヤーが自宅へ襲撃。
NPC250人の魂喰い敢行によるバーンパレス建造。
ベルカッツェと共同しての野原しんのすけ殺害。
ランサー二騎、アサシン一騎、バーサーカー一騎によるバーンパレス襲撃。
バーンとの契約を破棄し、ニンジャスレイヤーとの再契約。

まさに激動の一日と言ってもよいだろう。
今こうして生きているだけでも儲けものと思うべきか、そう考えているうちに眠気が足立を襲い、それに負けて目を閉じる。
徹夜明けから碌に寝ておらず、緊張状態から解放されたからだろう。
眠気に身を預ける心地良さを覚えながらウトウトと微睡むがそれは遮られた。

「足立=サン、物資を買うので金を出せ」

ビルの屋上から身を躍らせたと思ったら、いつの間に足立の目の前に立っていた。
そして戻り威圧的な態度で金銭を要求する。
足立の生存に必要な物資を買おうにもニンジャスレイヤーは一切金銭を所持していないのである。

「は?」

一方足立はまさかサーヴァントからカツアゲめいた提案をされるとは思っていなかったのか思わず素っ頓狂な返事を返してしまう。

「金っていっても財布や手帳なんて部屋の中だし、そんなもん無いよ……」

微睡みから起こされたのが不快だったのか、不機嫌そうに答える。
足立の部屋、いや足立が住んでいたマンションはバーンの宝具発動の影響で跡形もなく崩れた。
跡地の瓦礫の中から財布等を探すのは不可能に近い。

「でもこれが使えるか」

そう言うと皺のついたスーツの内ポケットから何かを取りだす。携帯電話だ。
足立は携帯電話を操作するとそれをニンジャスレイヤーに投げ渡す。

「それをレジの横についている機械にかざせ」

足立が持っている携帯電話にはおサイフ携帯機能がついており、これがあれば現金がなくとも買い物は可能だ。
携帯電話を投げるように渡し、ニンジャスレイヤーは特に感謝の意を述べることもなく無言で受け取る。

「サーヴァントなんだから金なんか払わずそこらへんで盗んでくればいいのに」
「それではアシが付く」

足立の警察官としてあるまじき提案をニンジャスレイヤーは一蹴する。
実際に店を襲って金銭を奪うなり、必要物資を奪うことはニンジャスレイヤーにとってはベイビー・サブミッション。
しかし痕跡は何かしら残る。痕跡からニンジャスレイヤーや足立の存在を探知される可能性はゼロとは言えない。
その可能性を考慮して足立から金をもらって普通に買い物をしたいと考えていた。
最悪、足立が提案した通り盗むこともやぶさかではなかったが、金に代わるものを持っていたのでこれで普通に買い物をすることができる。
ニンジャスレイヤーは物資を求めビルから跳びだそうとしたが。


241 : フー・キルド・ニンジャスレイヤー? ◆7DVSWG.5BE :2015/03/05(木) 09:41:56 GUtssrZI0
「しかし自分のマスターは殺すくせに盗みは気にするんだ」

足立の一言でニンジャスレイヤーの足は止まった。

「あんなか弱い幼女を殺すんだもんな。いや〜凄い凄い!」

足立は体を起こし、パチパチと拍手をしながら挑発的な言葉をなげつける。
バーンの体内に取り込まれながらも意識はあり、凛を魂喰いして自分の糧にしたニンジャスレイヤーの姿を確認していたのだ。

「しかし、しんちゃんも草葉の陰で泣いているだろうな〜自分のサーヴァントが血も涙もない悪魔みたいなやつだったなんて」

大魔王バーンは間違いなく当たりのサーヴァントだった。
250人の魂喰いを行ったことによりルーラーに目をつけられるなど問題もあったが、あのままいけば強固な陣地を形成してこの聖杯戦争を勝ち抜けたかもしれない。
ただそれは阻まれた。ニンジャスレイヤーが起こした行動によりランサー二騎とバーサーカー一騎がバーンを討ちにくるという圧倒的な不利な状況に追い込まれた。
あの状況で勝てるサーヴァントなどこの聖杯戦争では居ないと言えるかもしれない。
そして最後はニンジャスレイヤーにバーンは討たれ、足立は過酷なインタビューを受けることになった。

足立がマッポーめいた状況に置かれているのは紛れもなくニンジャスレイヤーのせいである。
本当ならペルソナ能力でいたぶってやりたいところだが、相手はサーヴァントでは無理な話。ならばせめて相手に恨み言や誹謗中傷の言葉をなげなければ気がすまない!
その思いで足立はニンジャスレイヤーを罵倒する。

不興を買えば死ぬかもしれないが足立は自分がそうそうに殺されることは無いと確信めいたものがあった。
足立が死ねばニンジャスレイヤーはまたマスターがいない虚弱な状態に戻ってしまう。
その状態で百戦錬磨のサーヴァント達をスレイし、他のマスターと契約することは不可能に近いと考える。
だがマスターを失ったニンジャスレイヤーは遠坂凛と契約を結ぶことに成功する。
しかしそれは岸野白野とパスを通したことにより、クー・フーリンが死んでも凛が消えることがないという特殊な状況であったがゆえだ。
ニンジャスレイヤーにとってはまさに僥倖であったが、再びそのような状況が訪れるとは限らない。
足立の罵倒はさらに続く。

「お前はしんのすけの復讐でキャスターを殺したけど、お前もキャスターやアサシンと同じ穴のムジナだよ。目的のために平気で他者を踏みにじる」

ニンジャスレイヤーは足立の言葉を聞いて足立のほうに顔を向けて少しだけ睨みつける。
それを見た足立は「ヒィ」と情けない声をあげてしまう。
マズイ調子に乗り過ぎたか?
  またあの折檻を受けるのか?
ニンジャスレイヤーによるインタビューの痛みを思い出し身震いさせる。
しかしニンジャスレイヤーは足立に敵意をむけた目を向けた後、特に言い返すこともなく屋上から跳びだし街中に消えて行く。


「ふう〜少しは気が紛れたかな」
赤黒のニンジャを見送った直後足立は誰も居ないビルの屋上でため息をつき独り言をつぶやく。
ニンジャスレイヤーを罵倒することで自分が置かれている理不尽な状況に対する怒りが少しだけ収まっているのを感じていた。
足立がニンジャスレイヤーを罵倒した理由は憂さ晴らしだがそれ以外にも理由があった。

―堂島菜々子―

堂島遼太郎の一人娘。
足立の本性は利己的傲慢な人間であり、その性格ゆえか他人を見下している足立だが上司である堂島にはそれとは違う感情を抱いていた。
そしてその娘の菜々子にも同様の感情を。
また菜々子が身の危険に及んだ際にも自分では助けないものも自称特別捜査隊に菜々子を助けられるよう助言も与えたこともあった。

バーンとのイクサで菜々子とほぼ同じような年齢の少女がニンジャスレイヤーの手によってその命を散らす。
ただ菜々子と同じ年代の別人の少女が死んだだけ。ただそれだけのこと。
しかしその光景に何か思うところがあったのだろう。それが足立を少しだけ感傷的にさせていた。
足立は再び睡眠をとるために仰向けになり目を閉じた。


242 : フー・キルド・ニンジャスレイヤー? ◆7DVSWG.5BE :2015/03/05(木) 09:46:03 GUtssrZI0
◆  ◆  ◆

約一時間後ニンジャスレイヤーはビルの屋上に帰還する。
一時間前とは違い背中にはパンパンに膨らんだリュックを背負い、その両手には食料品、防寒具、寝袋など大量の荷物を抱えている。なにより服装が変わっていた。
ハンチング帽にトレンチコートの出で立ち。
ニンジャスレイヤーが変装や普段着としてよく着ていたものである。

いくらスキルの気配遮断が有ると言ってもいつもの出で立ちのまま街中で買い物をすれば怪しまれてしまうかもしれない。
それを恐れ真っ先に自分の衣服を購入した。そして衣服を着た後はC-5地点にあるコンビニやスーパーなどで必要な物資を買ってきたのだ。
勿論、服屋に入店した際にはシノビ装束のニンジャスレイヤー明らかに不審人物であり、店員には訝しまれたのは言うまでもない。

「帰ってきたのか、とりあえず速く何か食べるものくれよ」

ニンジャスレイヤーが荷物を置く音で起きた足立は思い出したかのように食べ物を要求する。
実際に足立は長時間食料を摂取していなかったのでこの要求は妥当と言える。

ニンジャスレイヤーはその要求に答えるべく、屋上の床に寝転んでいる足立に食料を渡す。
スシだ。当然ながらオーガニックスシ。
足立にスシを渡した後ニンジャスレイヤーも座り込みスシパック二個と緑茶入りペットボトルを取り出して食べ始める。
足立も体を起こし膝が痛くない姿勢を模索しながらもスシを食べ始める。
この場には相手を知ろうとする会話もこれからの行動方針について決める話し合いは一切ない。
ただスシを食べる咀嚼音が響き渡り、険悪なアトモスフィアだけがこの場を充満していた。

「オヌシをあそこに連れて行く」

食事を終えるとニンジャスレイヤーはある方向に指を指し足立はその方向に首を向ける。
しかし足立に見えるのは建物だけで具体的に何を指しているのか分からない。

「あそこってどこだよ?」
「森だ」

ニンジャスレイヤーのニンジャ視力でD-5地点周辺に森があることを発見していた。
D-5のどの地点にするかは決めいていないが足立の隠し場所は街から離れた処にしようと考えた。
その考えに至った理由としてはただ単純に街中より森林の方が人に出会う確率が少ないからである。
「森?何でそんな僻地に行かなきゃならないんだよ。それより病院連れってくれない。膝が痛いんだけど」

足立は森林に連れて行かれることに異議を立てる。
魔力を吸い取られ、膝を破壊された最悪のコンディションと言ってもいい今の状態で森林という普段とは違う劣悪な環境に身を置くことは何としても避けたかった。
何より膝の痛みを早急に緩和するために治療を施し欲しかったが。

「病院へは行かぬ」

足立の意志など考慮せぬと言わんばかりに断言されてしまう。
 反論したいところだが足立は口を噤む。そんなことをしても無意味だからだ。
仮に抗議の意味で騒いだとしても、即無力化され米俵めいて森林に運ばれるのが目に見えていた。

今やマスターとサーヴァントの力関係は完全に逆転している。
本来なら圧倒的な力を持つサーヴァントがマスターの言うことを聞かせる為に令呪を三画持っているのだが、足立の令呪は一画。
その令呪もナラクの存在によりニンジャスレイヤーに利くという保証は無い。

「膝が痛いというならこれでも飲んでおけ」

そう言うと足立の目の前に何かが入ったビニール袋を置く。
カシャンと音が鳴ったところから恐らく瓶容器に入った飲み物と足立は判断し中味を確認する。


243 : フー・キルド・ニンジャスレイヤー? ◆7DVSWG.5BE :2015/03/05(木) 09:47:46 GUtssrZI0
「バリキ?ただの栄養剤じゃないか?」

バリキとはニンジャスレイヤーが住んでいたネオサイタマにおいて暗黒メガコーポの一つヨロシサン製薬が発売していた商品の一つである。
このムーンセルによって作られたこの地においても存在しており、足立もバリキについて知っていた。

「大量に飲めば痛み止めかわりになるかもしれん」

表向きには只の栄養剤だが、大量に消費すると興奮状態で麻薬めいた効果を発揮するという裏技的使用法があった。
興奮状態になるとアドレナリンが分泌しアドレナリンには痛みを緩和する効果がある。
この効果を知っていたニンジャスレイヤーは痛み止めかわりになると考えバリキを購入して足立に呑ませることにする。
ただしオーバードーズによりバリキ中毒になる恐れもある。
本来なら痛み止め効果があるZBRを渡したかったが、依存性が高いせいかこの地では販売していなかった。
ニンジャスレイヤーも本来なら怪我による魔力提供の低下の可能性を考慮して病院に運びたかったが、両膝が粉砕という通常ではありえない怪我をしていることを知られれば他の主従に怪しまれる。
何より病院には検索装置が置いてある。検索装置を使おうと病院に行って他の主従に鉢合わせる状況は何としても避けたい。
足立にはバリキで痛みを耐えてもらうしかない。
もしも、怪我をしているのがしんのすけであれば病院に連れて行っていただろうが、
足立には気をかけるつもりはない。

「深夜になったらオヌシを森林に運ぶ」

今すぐに足立を連れてD-5地点の森林に行きたいところだが、ニンジャスレイヤーのニンジャ視力で辺りを見渡すと人の存在が確認できた。
それならばNPCが外出しない深夜に足立を運ぶことが安全である。

「はいはいわかりましたよ」

足立はハァとため息をつきながら返事をする。自分に拒否権は無いのはわかりきっている。
返事をした後に足立はニンジャスレイヤーの目の前に手を指し延ばす。

「携帯電話返せよ」
「これは別の場所に隠した。オヌシが何かをして逆探知されるともかもしれないからな。私が管理する」
  
ニンジャスレイヤーは一度自分が持っている電子機器の信号から逆探知され居場所をつきとめられたことがあった。
 そして買い物している最中に何件かの着信があった。
恐らくニュースで足立が住んでいるマンションが倒壊したことを知った警察の同僚が電話したのだろう。
それを見て携帯電話の破壊を思案するが、買い物をしなければならない状況が訪れることを考慮し、どこかに隠すことにする。
スーパーから足立の元へ帰る道中に携帯電話を隠す場所がないかと探していると森林公園を発見した。
そこはかつて遠坂凛ランサー組と狭間ライダー組が合いまみえた森林公園である。
森林公園なら敷地は広く、探すのは容易ではないと判断したニンジャスレイヤーはとある金木犀の木の下に携帯電話をビニール袋に包んで地中に埋めていた。

「そうかよ……」

身体には多数の裂傷、両ひざは破壊され、今後は森林の中で不慣れなアウトドア生活。ダメ押しとばかり自分の所有物が勝手に隠される。
声を荒げて叫びたいところだが心身ともに疲れ切っていた足立にその気力すら無い。
ニンジャスレイヤーは足立の様子を一瞥した後、着ていたトレンチコートを几帳面に畳んで地面におき、その上にハンチング帽を置いた。
そして足立に目的地を告げることもなく屋上から跳びだし冬木の闇の中に消えた。

 

【C-5 /ビルの屋上/1日目 夜】

【足立透@ペルソナ4 THE ANIMATION】
[状態]魔力消費(大)、両膝破壊、身体の至る所に裂傷
[令呪]残り一画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]刑事としての給金(総額は不明) 買い物によりそれなりに消費
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れる。死にたくない。
0 世の中クソにもほどがあるだろ……もうどうにでもなれ
1 森で生活するとか勘弁しろよ…… 
[備考]
※アサシン(ニンジャスレイヤー)と再契約しました。
C-5のビルの屋上に数日分の食糧。防寒具、寝袋が置いてあります。
足立の携帯電話はC-5の森林公園に隠されました。警察から安否確認の電話がありました。


244 : フー・キルド・ニンジャスレイヤー? ◆7DVSWG.5BE :2015/03/05(木) 09:51:20 GUtssrZI0

◆  ◆  ◆

ブブブブーン、ブブブーン、ブブブブーン、ブンブンブブブーン
街灯の光りに誘われた羽虫が群がり、その羽音がベース音めいた音が響き渡る。
しかしその音以外は何一つない夜の住宅街の街路。
街路には住民はいない。
住民は家の中で家族と過ごし、食事を摂って今日の疲れを癒し、明日への活力を養っているからだ。
そんな閑静な街路だが今の静けさが嘘のような狂乱の騒ぎが夕方におこっていた。
その騒動がおこった通りに赤黒のシノビ装束を着た人物が当たりを見渡している。
その人物はNPCでは無くサーヴァント、そしてニンジャ。
ニンジャスレイヤーだ。
ニンジャスレイヤーはある目的のためにこのB-4の住宅街に居た。
今居るこの場所は野原みさえに化けたベルク・カッツェと対面した場所でもある。

アサシン=サン殺すべし!

だがニンジャスレイヤーは現時点でベルク・カッツェの所在に関する情報を一切得ていない。
この地にはヤバイ級のハッカーであるナンシー・リーも。
ネオサイタマでニンジャの情報を得るために構築した暗黒非合法システムも存在しない。
たった一人でベルクカッツェに関する情報を得なければならないのだ。
そのためにまずニンジャスレイヤーはベルクカッツェと対面した現場に訪れる。

警察が捜査を行うにあたってこのような言葉がある。
『現場百篇』
 現場にこそ解決の糸口が隠されており、百回でも現場に赴いて現場を調査するべきという格言である。
 この格言に基づいて行動したか分からないが、ニンジャスレイヤーはベルクカッツェの足取りを掴む情報は現場に潜んでいると判断し、この地に赴く。
 そしてニンジャソウルを探知するように、ベルク・カッツェのソウルの残滓が残っていないかを期待していた。
 ソウルの残滓からカッツェの居場所を辿れれば最良。
 それができなくても現場からカッツェに関する情報を入手して、検索機で検索する際に絞り込める要素を見つけられればと考えていた。
 ニンジャスレイヤーはベルク・カッツェとカラテを繰り広げながら動いた道筋を一部の狂いもなく辿っていく。
 どこに痕跡が隠れているかわからない。
ニンジャスレイヤーは自分のニンジャ五感を最大限に駆使し手がかりを探し出す。カッツェが壊した壁の破壊跡、現場の匂い、そのアトモスフィアを。
そしてニンジャスレイヤーは探索を開始してから、スキル『気配遮断』を常に使用していた。
B-4はバーンとのイクサがあった激戦区。さらに鬼眼王になったバーンの姿は多くの参加者に見られているだろう。
その様子を見ようとB-4に参加者が集まっている可能性は十分にある。
ベルク・カッツェの調査に夢中になるあまり、警戒を怠り他の主従に見つかってはウカツどころではない。
周囲にも気を配りつつ探索をするが、カッツェに繋がる情報やソウルの残滓は感知できない。
そして気づけばニンジャスレイヤーの調査の道のりは終点にたどり着いていた。
 ここはニンジャスレイヤーがしんのすけを守るためにベルク・カッツェから身を翻した地点。
そのことを思い出すとニューロンの奥底から笑い声が響き渡る。

(((アwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwアヒャヒャヒャwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwしんちゃん\(^o^)/wwwwwwwwwwwwwwwwwwwww)))

ニンジャスレイヤーは奥歯を噛みしめ、拳を握りしめ怒気を発する。
もしこの場にNPCが居たらニンジャ・リアリティ・ショックで重篤な障害を生じていただろう。
 ニンジャスレイヤーの現場調査は何も収穫を得ることもできず空振りに終わった。
 手がかりが何一つ無い今の状況で、この広大な冬木市を再現された地でベルクカッツェを探し出すのは至難の技だ。
 だが必ず探し出す!しんのすけの無念を晴らすために!
どのようにカッツェの居場所を見つけるか思案しながらもニンジャスレイヤーは走り出す。

もう一つやらなければいけないことを成すために。


245 : フー・キルド・ニンジャスレイヤー? ◆7DVSWG.5BE :2015/03/05(木) 09:54:06 GUtssrZI0

◆  ◆  ◆

アスファルトが蜘蛛の巣状にひび割れ、割れたアスファルトが散乱する街路。
ニンジャスレイヤーは小石程度の大きさに破壊されたアスファルトを拾い上げる。
その小石を道路の端に積み重ねていく。
一つ、二つ、三つ。

石を積み重ねたオブジェめいたモノを三つ作ったニンジャスレイヤーは正座し祈りを捧げる。
ここはしんのすけがこの聖杯戦争で命を散らせた場所。
そしてこのオブジェめいたものはオブツダンである。
 ニンジャスレイヤーの目的はしんのすけへそして亡き妻子に祈りを捧げることであった。
 この行為は聖杯戦争を勝つ為には何の意味もないと言えよう。
 そんなことをしている暇があれば他の行動を取るべきと他の主従は嗤うかもしれない。
 だがニンジャスレイヤーにとっては重要な行為なのだ。
 
ニンジャスレイヤーが戦う動機は復讐である。
 ニンジャスレイヤーにとっての復讐とはなくなった大切な人物に捧げる厳粛な行為であり、祈りであり、人々を理不尽に虐げる理不尽な邪悪な者への、体制への怒りである。
 祈る気持ちを失って仇を討っても意味がない。
 故にニンジャスレイヤーは即席のオブツダンを作り祈るのだ。
 ニンジャスレイヤーは正座し、一番左の即席のオブツダンに祈り捧げる。

(((しんのすけよ、キャスター=サンはスレイした。残りはアサシン=サンだ!
必ずスレイするのでもう暫く待っておいてくれ……)))
 
本来であればバーンの首をセンコ代わりにしたかったがそれはかなわなかった。
そして残りの二つのオブツダンに祈りを捧げる。

(((フユコ、トチノキ。私はお前達の復讐以外にもう一人の復讐の為に今戦っている。それを許してくれ……)))

 このオブツダンはフユコとトチノキのモノであった。
本来なら亡き妻子に祈りに捧げる場所はマルノウチ・スゴイタカイビルである。
だがこの地には再現されてはいない。
それどころかどの方向にマルノウチ・スゴイタカイビルが有るのかもわからない。
そして妻子の写真が入っているオマモリ・タリスマンも手元にはない。
ならばせめてもと思い仮初の祭壇としてしんのすけのオブツダンの隣に妻子のオブツダンを作り、祈りを捧げていた。
しんのすけ、そして亡き妻子への祈りが終わる。
もうこの場に留まる理由はないので立ち去ろうとするが、ふと足立が発した言葉を思い出していた。

(((お前はしんのすけの復讐でキャスターを殺したけど、お前もキャスターやアサシンと同じ穴のムジナだよ。目的のために平気で他者を踏みにじる)))

頭にある考えが過る。

―自分はすでに妻子を殺した邪悪な存在になっているのではないのか?――

しんのすけの仇を討つためにニンジャスレイヤーは遠坂凛の魂を喰らった。
遠坂凛の魂を喰らった時はナラク・ニンジャに意識の主導権が握られており、ニンジャスレイヤーの意志ではなかった。
しかしモータルを殺したのは紛れもない事実である。
自分の目的の為にモータルを踏みにじる行為。
まさに妻子を奪ったニンジャの邪悪そのもの。
そんな邪悪であるニンジャの自分はセプクすべきなのか?

 生前のニンジャスレイヤーは無限に等しいほどの自責と自問自答をおこなってきた。
そしてサーヴァントとして現界した今も自責と自問自答は終わることはない。

自問自答を続けるなか、突如ニンジャスレイヤーは走り出した。


246 : フー・キルド・ニンジャスレイヤー? ◆7DVSWG.5BE :2015/03/05(木) 09:59:59 GUtssrZI0

◆  ◆  ◆

『今日の夕方にB-4にある高層ビルが倒壊しました。
原因は不明ですが、警察はテロ行為の可能性も考慮して捜査を続けています。
周辺の住民の中に巨大な怪物を見たという証言もあり、幻覚作用を促すガス兵器が投入された可能性もあります。周囲の方は近づかないようお願いします』

ある一軒家のリビングのテレビから流れるニュースは聞いた誰もが思わず振り返ってしまうようなショッキングなものだった。
この家はB-4にあり、関心度も他の地区の住民とは桁違いに違うはずだ。
しかしこの家に住む住人は耳をかすこともなく、ただのBGMのように聞き流す。

そしてリビングを見渡すと床にビールの空き缶が散乱しているのが見て取れる。
その数は一つ二つではなく大量と言っていいほどの数だった。
空き缶が散乱するリビングの中心にある机の上に一人の男が項垂れている。
その目は虚ろでまるで生気を感じられない。
その男の名前は野原ひろし。

ニンジャスレイヤーとウェイバーとデッドプールがキャスター討伐に向って野原家周辺の地点から離れた数分後。
野原ひろしは意識を取り戻す。
完全に覚醒していない意識のなか周りを見渡すとそこは異様な光景が広がっていた。
泡を吹いて倒れている人物。
「アイエエ」と呟きながら虚ろな目をしている人物。
その光景を見たひろしは言いようのない悪寒感じていた。
妻のみさえに呼び戻されたことを思い出し、この異様な空間から脱するために急ぎ足で家に向かう。

「まったく!またしんのすけが何かやらかしたのか!」

ひろしは舌打ちをして苛立ちを露わにする。
会社の仕事を切り上げて早退するということは想像以上に気まずいことである。
子供がトラブルをおこしたということで『仕方がない』と快く送り出してくれた人が大半だったが、一部は快く思っておらずひろしに不快感をしめしていた。
ベルク・カッツェが植え付けた悪意の影響か、いつも以上にイラついていた。
自宅の玄関の前に到着するが、急ぎ足だったせいか息は乱れていた。
しかし息を整えぬまま勢いよく扉を開ける。

「しんのすけ!みさえ!居るか!」

少しだけ語気を強めた口調で家族に帰宅したことを告げる。
しかし返事は返ってくることはない。
家の雰囲気がいつもと違うことを感じ取り漠然ながらも嫌な予感を感じていた。

「みさえ!しんのすけ!」

我が子と妻の名前を呼びながら家を探索するが、一向に姿が見えない。
ひろしの苛立ちはいつの間にかに治まっており、代わりに不安が押し寄せていた。
家の中を一通り捜索するが、居たのは赤子用のベッドでスヤスヤと寝ている娘のひまわりだけだった。

「ったく、みさえはひまわりを放っといて何しているんだ」

口では悪態をついているが、みさえへの怒りより不安が心を満たしていた。
赤子のひまわりを放置する。
目を離せば何をしでかすかわからない赤子から目を離すことは非常に危険だ。
今ひまわりはみさえの監視もなく一人で寝ている。
普段のみさえならあり得ない行動。
それにしんのすけの姿も帰ってきた様子もない。

「……まあ、そのうち帰ってくるだろう」

不安で心が載り潰されないように、根拠のない希望的推測を自分に言い聞かせる。

午後7時を回っても二人は一向に帰ってこなかった。
ひろしが家に帰ってから数時間は経ったが連絡の一つも来る気配がなく、さすがに楽観的な考えもできなくなってくる。
警察に相談することも視野に入れ始めた矢先にそれは起きてしまった。

「ああああああ!嘘だ!嘘だ!」

突如ひろしは自分の頭を机に叩きつける!何が起こったというのか!?
ひろしの頭の中に全く記憶にない光景がよみがえる。
普段ではありえないほどの力で殴りつける自分。
誰を?
その相手を見てみるとKO負けしたボクサーめいて腫れ上がった顔。
しかしよく見ると見知った顔。
誰?
それは我が子しんのすけ。

「違う!違う!違う!違う!違う!」

ひろしは口では否定の言葉を口に出す。
だが。
しんのすけを殴った時の頬の肉の柔らかさ。
全力に殴った際に生じる拳の痛さ。
何よりわが子が向ける。驚きと絶望に塗りつぶされた瞳。
まるで自分がしたような、あまりにもリアリティがある記憶が次々と蘇る。

ベルク・カッツェの悪意がそうさせたのか?
ウェイバーが暗示をかけた影響か?
NPC野原ひろしの再現された息子への愛情のせいか?
それとも他の要因があったのか?

原因はわからないが、野原ひろしはしんのすけに暴行を振るったことを完全に思い出し、息子が死んだことを悲しむというNPCではバグと言えるような感情を見せていた。


247 : フー・キルド・ニンジャスレイヤー? ◆7DVSWG.5BE :2015/03/05(木) 10:01:42 GUtssrZI0

「うっ!」
突如胃液が逆流する予兆を感じ、口を押えトイレに駆け込み。
「オゴーッ!」
便器に向って吐瀉物を吐きだし、胃の中で消化されていないモノはすべて便器の中に入っていく。

「くそ……本当に俺がやったのか……」

涙目になりながら口を拭う。
今ひろしの脳内では自分はやっていないという否定の感情と自分がやったと認める感情がせめぎ合っていた。
しかし次々と思い出す記憶が否定の感情を打ち砕いていく。

そしてひろしが考えたのはしんのすけの所在だった。
思いたくはないが自分の記憶が本当ならしんのすけは相当の重傷だ。
もしその状態のしんのすけを発見すれば誰が119番の連絡し、救急車に運ばれているかもしれない。
それならばしんのすけが家にいない理由も納得できる。
しかしもし救急車で病院に運ばれていたら、自分が暴力を振るったことは決定的だ。
そのことを認めるのは恐ろしい。
だがそれを確かめなければならない!

ひろしはふらつきながらも電話機に向かい受話器をとり、冬木市で一番規模が大きい錯刃大学附属病院に電話をかける。

プルルル、プルルル

「もしもし錯刃大学附属病院です」
「あの……すみません。そちらに五歳ぐらい男の子が救急車で運ばれてきませんでしたか?
私の息子の行方がわからなくて……もしかしたら怪我で運ばれていないかと思いまして……」
「……少々お待ちください……」

ひろしはこの時処刑台に立たされた死刑囚めいた気分を味わっていた。
時間にしては一分ぐらいだったがひろしにとってはこの待ち時間は何十倍にも感じていただろう。

「もしもし、確認をとったところ緊急の患者として此方には運ばれていないようです」
「そうですか……ありがとうございます……」

その後ひろしは他の救急病院に電話をしたが、しんのすけが搬送されたという答えは返ってこなかった。
病院に運ばれていないということは自分が暴力を振るっていない可能性も僅かに出てきたと思い始めるが、同時に疑問も思い浮かびあがる。
救急車に運ばれていないのなら、しんのすけはどこに居るのか?
そして仮に自分がしんのすけに暴力を振るったのなら、どこで?

混乱する頭であらゆる可能性を考えると、ひろしのニューロンはとんでもない答えを導き出した。


――まさか自分がしんのすけを殺して?自分がどこかに隠した?――

普段では考えもつかないあまりにも突拍子のない発想。
天変地異が起ころうと自分の息子を殺すことはありえない!
数十時間前ならばそう断言できていた。
しかし、しんのすけに暴力を振るったということを事実と認識し始めているひろしの思考はこの飛躍した考えに現実味を帯びさせていた。

確かに野原ひろしはしんのすけに暴力を振るった。
しかしあれはベルカッツェに悪意を植え付けられて強制的にやらされたもの。
そしてしんのすけの死因はまおうのかげの即死魔法『ザギ』
しんのすけの死に関してひろしに非は無いと言える。
しかしNPCである野原ひろしがその真実にたどり着くことはありえない。
間違った答えを事実と認識したひろしは夢遊病の患者めいた足取りで玄関から外に出ていく。
決して目を離してはならない娘のひまわりを置いて。

間違った事実を真実と認識してしまったひろしがこの後とった行動は現実逃避だった。
家から出たひろしは夢遊病の患者めいた足取りで向かった先はコンビニ。
そこで大量のビールを買い込み帰宅する。
それをリビングの机に置き、浴びるようにビールを飲み続けた。
野原ひろしのニューロンがしんのすけを殺したことをこのまま事実として受け止めれば精神が崩壊すると判断し、防衛機構として現実逃避することを選択する。
飲んでは吐き、飲んでは吐き。それを繰り返しながらも飲み続けた。

――仕事終わりのビール――

本来なら好物のはずのビールがこの世のものと思えないような不味さだった。
それでも飲み続ける。
我が息子を死においやったという偽りの事実を忘却の彼方に追いやるために。
だが、
しんのすけの腫れ上がった顔が。
しんのすけのうめき声が、困惑の声が。
しんのすけの鼻から出る血の匂いが。
しんのすけを殴った感触が。
しんのすけの飛び散った返り血の味が。
五感のすべてが鮮明に正確に場面を強制的に再現させる。


248 : フー・キルド・ニンジャスレイヤー? ◆7DVSWG.5BE :2015/03/05(木) 10:03:35 GUtssrZI0
「くそ!くそ!くそ!」

ひろしはビールだけでは記憶を消し去ることはできないと判断し、冷蔵庫からバリキ1ダースを取り出し机の上に置いた。
以前会社の先輩から聞いたバリキの大量摂取によりバリキ中毒になった人物がいることを思い出していた。
バリキ中毒になればすべてを忘れて楽になれる。
ひろしはバリキドリンクを手に取り、それを一気に飲み干し、飲み干したビンの底を机に叩きつける!
二本目のバリキドリンクを手に取り、それを一気に飲み干し、飲み干したビンの底を机に叩きつける!
三本目のバリキドリンクを手に取り、それを一気に飲み干し、飲み干したビンの底を机に叩きつける……ことはできなかった。
何者かが後ろからひろしの手首を握り、バリキドリンクを飲むことを阻止していた。
その人物は赤黒のシノビ装束を身に纏い、装着しているメンポには「忍」「殺」と刻み込まれている。
野原家の家に赤黒の殺戮者がしめやかにエントリーしていた。

◆  ◆  ◆

自問自答を続けるなか、ニンジャスレイヤーはしんのすけの父親、野原ひろしのことについて考え始める。
息子のしんのすけを失い。そして妻であるあの女性も恐らくは生きていないだろう……
 フジキド・ケンジと同じく邪悪な存在に理不尽に妻子を奪われた。
 あまりにも同じ境遇に置かれた存在。
 フジキド・ケンジは妻子を殺したニンジャの邪悪をすべて滅ぼす存在。ニンジャスレイヤーとなった。
 そして野原ひろしはどうなるのか?
 ウェイバーの暗示でしんのすけへ暴力を振るったことを忘れているかもしれない。
 だが思い出していたら?
息子を失った悲しみを乗り越えて生きていくのか?
それとも悲しみに押しつぶされるのか?
それとも復讐に身を焦がすのか?
この地においてニンジャスレイヤーだけが野原ひろしの気持ちを誰よりも理解できる。
そして誰よりも同情の念を感じていた。
 
ニンジャスレイヤーは気が付くと野原家に向って走っていた。
家にいない可能性もある、居たとしてもただ一目様子を見るだけのつもりだった。
一目見てその場から立ち去るつもりだった。
ニンジャスレイヤーが野原家の前にたどり着くと、そこで男性の叫び声が聞こえてきた。

何か様子がおかしい。
ニンジャスレイヤーは無断で野原家に侵入し、リビングに入ると大量のバリキを飲み干そうとするひろしが見えた。
それを見た瞬間。ニンジャスレイヤーはひろしの手首を握りしめていた。


249 : フー・キルド・ニンジャスレイヤー? ◆7DVSWG.5BE :2015/03/05(木) 10:05:42 GUtssrZI0
「何だあんた?」

ひろしは自分の手を掴みバリキを飲むことを阻止した謎の人物を探るために後ろを振り返る。焦点が定まらないその目でかろうじて赤黒の何かが居ることを判別する。

「その量のバリキを飲めば下手したら死ぬぞ」

ひろしと目があったニンジャスレイヤーは端的に伝える。
実際死ぬかはわからないが、ただその量のバリキを飲めば体に重大な支障をきたすのは確実であった。

「うっせえな!」

ひろしは掴まれた手首を振り払おうとするが、振り払えない。
何回か力を込めるが自分の手は一ミリも動かない。
突如手首は解放され、手首を見るとうっすら跡がついている。
その筋力から自分と同じ人間ではないと判断する。
ひろしは泥酔状態でバリキドリンクを飲んだことにより一種のトランス状態になっており、現実と妄想の区別がつかない状態だった。
そしてトランス状態のひろしはニンジャスレイヤーのことを。

「さてはあんた死神だな!」

死神と判別した。
ひろしにとってニンジャスレイヤーは死が人の形をしている何かのように感じ取っていた。
だが恐怖は不思議と感じなかった。

「いいぜ死神!早く俺を裁いてくれよ!俺は息子を殴り殺した畜生以下の極悪人なんだよ!」
ひろしはニンジャスレイヤーの襟首をつかみ、唾を飛ばしながら勢いよくまくしたてる。

「だから速く殺せよ!もうあの記憶を思い出したくないんだよ……」

今度は涙を流しながらニンジャスレイヤーに懇願する。
一方ひろしの独白を黙って聞いていたニンジャスレイヤーは魂を鑢掛けされたような痛みを味わっていた。
ひろしの独白一つ一つがひろしの視線が魂に突き刺さる。
自分のウカツが自分の不甲斐なさがこの父親をここまで苦しめている。
もしバーンを裏切るタイミングをもう少し慎重に吟味していれば。
ベルク・カッツェを即撃退して、しんのすけの元へ駆けつけていれば。
しんのすけの命を優先し、聖杯戦争の仕組みを伝えて、どこかに身を隠させていれば。
しんのすけは今も生きていたかもしれない。

しかしそれは仮定の話。
裏切るタイミングを遅らせても、バーンの陣地が完成すれば遅かれ早かれ攻撃されていたかもしれない。
しんのすけに聖杯戦争のことを伝えれば、その幼い精神ではその事実に耐えきれず心が壊れていたかもしれない。
それ依然にどんな行動を取ったとしてもしんのすけが死ぬという結果はムーンセルに定められたものかもしれない。
しかし自分が取った行動の結果。しんのすけは死に、その父親はこんなにも苦しんでいる事実が現実だった。
ニンジャスレイヤーはひろしの嘆きの声を、嘆きの視線を心に刻み込み自分を責めたてる。
それが自分のインガオホー。

「私にオヌシを裁くことはできない」

ニンジャスレイヤーは重い口を開く。

「そしてオヌシの息子、しんのすけに暴力を振るったのはオヌシの意志ではない。
邪悪な存在がそうさせた」

仮にサーヴァントのベルク・カッツェの悪意がそうさせたと言っても与太話だと言っても信じないだろう。
それ以前にNPCがサーヴァントの存在をサーヴァントとして認識することはできない。
故にベルク・カッツェを邪悪な存在と抽象的に表現した。
僅かでも慰めになれば思ったが、ひろしには効果は薄かった。


250 : フー・キルド・ニンジャスレイヤー? ◆7DVSWG.5BE :2015/03/05(木) 10:07:32 GUtssrZI0
慰めはいらねえよ死神!俺がやったってことは事実なんだろう!じゃあ速くやれよ!」

ひろしは自分の罪から逃げ出したい。はやくこの重圧から解放されたい。
ただそれだけを求めていた。例え自分の命が無くなろうとも。

「何度も言うがワタシがオヌシを裁くことはない。そしてオヌシが今後どうするか勝手だ」

酷なようだが、この後ひろしがどのような行動を取るかは当人の自由。
思わず大量にバリキを飲み破滅しようとしているひろしを思わず止めていしまったが。
ニンジャスレイヤーは本来人に関わるべきではないと考えていた。
例えひろしが自ら命を絶とうとしても止めはしないだろう。
だが言わずにはいられなかった。

「オヌシが死んだらあの赤子はどうなる」

そう言うとひまわりが寝ている赤子用ベッドを指差す。
「オギャー!オギャー!オギャー!」

ベッドで寝ていたはずのひまわりは今大声で泣いている。
この場に漂う不穏なアトモスフィアを赤子独自の感覚で感じ取っていたのだろう。

「あ……ひまわり……」

ひろしはニンジャスレイヤーの襟首から手を離すと、ふらついた足取りでひまわりの元へ歩みだす。
途中何回も転び、最終的には這いつくばるようにしながら近づく。

(俺は何を考えていたんだ!)

ひろしは自分のことばかり考え、ひまわりのことに気がまわらなかったことを激しく責めた!
親が子供を守らなければ誰が守るというのだ!子供を見捨て命を絶とうとする親が居ていいはずがない!
子供と共に歩む人生こそ自分の夢であったはずなのに、それを自ら放棄しようとしていた!
ひろしはひまわりを泣きながら抱きかかえた。

「ひまわり!ひまわり!ひまわり!」
「オギャー!オギャー!オギャー!」

ひろしは大声で泣きながらわが娘の名を呼び。
ひまわりもひろしに呼応してか、より一層の大声で泣いていた。
ニンジャスレイヤーはその様子を見た後、しめやかに野原家から退出する。

ニンジャスレイヤーはひろしがどのような行動をとろうが関与するつもりはなかったが本心で言えば生きていてほしかった。
自分はマルノウチ・スゴイタカイビルで妻子を守ることができなかった。
だがひろしにはまだ娘が居る。
ならば自分ができなかった代わりにひろしには家族を守ってほしかった。
一人の父親として。
そして自分が思い込んだ偽りの事実で責を感じ破滅する父親をしんのすけも見たくないだろう。
だがそれはフジキド・ケンジの願望であり、ワガママだ。
生きるということはしんのすけに暴力を振るったという十字架を背負うこと。
そんな記憶を抱えて生きるこの世はひろしにとってマッポーそのものかもしれない。


251 : フー・キルド・ニンジャスレイヤー? ◆7DVSWG.5BE :2015/03/05(木) 10:10:32 GUtssrZI0
ニンジャスレイヤーは玄関を出た後野原家の庭先で霊体化し。アグラを組みアグラ・メディテーションを始める。
己の今後を。そして決意を再び定めるために。
しんのすけを殺し、さらに父親のひろしを地獄の底に叩き落としたベルク・カッツェは何としても殺す!
そしてすべてのサーヴァントをスレイし……、聖杯を手に入れる。
妻子を殺したニンジャの邪悪を滅ぼす為に。
自分の力のなさで死んでしまったしんのすけの為に。
息子が突然居なくなり嘆き悲しんでいる両親の元へしんのすけを返すために。

そのためにはナラクの力の力が必要不可欠。
しかしナラクが遠坂凛に取った行動に対してのわだかまりが残っているのは事実。
だがこのイクサに勝つ為には不満を飲み込みナラクと折り合いをつけ、力を引き出さなければ勝てない。
トコロザワピラーの屋上でラオモト・カンとの戦いでナラクを受け入れたように。
だがナラクを受け入れるがソウルの手綱を握るのは自分である。
バーンとのイクサでは無様にも手綱を離し、ナラクに手綱を握られてしまう。
その結果遠坂凛、モータルが死んだ。
そして今後また手綱を離せばイクサに関係ないモータルも巻き込み殺していくだろう。それだけは避けなければならない!

だがモータルとは誰を指すのか?
ニンジャスレイヤーは聖杯戦争に参加しているマスターと、この地で生活するNPCと定義した。
当初ニンジャスレイヤーはNPCとはこの聖杯戦争を進行するために必要なただの舞台装置であり、クローンヤクザ程度の存在という認識だった。
 日常生活を送るために必要な思考能力は有しているがただそれだけ。
 感情と言える魂はない人形。

 しかし野原ひろしは違った。
 我が息子に暴力を振るったことで激しく自分を責め立て、その罪の意識から命を絶とうともしていた。
 これはクローンヤグザでは到底考えられない行動。
 NPC全員に魂と呼ぶべき感情を有しているのではと考え始めていた。
 そんなNPCが活動しているこの街は自分たちにとっては虚構であり、箱庭だが、NPCにとっては世界そのもの。
NPCはこの世界のモータルと言えるかもしれない。ニンジャスレイヤーはNPCに魂があると考えた。
だが野原ひろしの模したNPCがバグでそのような感情を持ってしまっただけで、一般のNPCはそのような感情を有していないことをニンジャスレイヤーは知らない。
それどころかムーンセルによって野原ひろしは明日にはその感情が無くなっているかもしれない。
野原ひろしがどうなるかはムーンセルだけしか知らないことだ。


252 : フー・キルド・ニンジャスレイヤー? ◆7DVSWG.5BE :2015/03/05(木) 10:11:50 GUtssrZI0

そして足立の言葉を改めて思い出す。

(((お前もキャスターやアサシンと同じ穴のムジナだよ。目的のために平気で他者を踏みにじる)))

ニンジャスレイヤーは数えきれないほどのニンジャをスレイしてきた。
ニンジャの欲望を、生の願いを踏みにじってきた。
その中には世間にとって世界にとって良きニンジャが居たかもしれない。
だが自分の判断でスレイした。
そして今はしんのすけを生き返らせるという自分のエゴのためにすべてのサーヴァントをスレイしようとしている。
この姿はしんのすけが憧れたヒーローとは程遠い邪悪な存在。
しんのすけがこのことを知れば落胆し、軽蔑するだろう。
確かにバーンやカッツェと同じ邪悪な存在になっているかもしれない。
自分は利己的な殺戮者。カトゥーンならヒーローに倒されるべき悪役。
だが感傷を、人間性を捨てたつもりはない!
それを捨てれば今までの、そしてこれからの復讐が無意味になる。
しんのすけが嫌悪する悪役。妻子の命を奪った邪悪なニンジャになってしまう!


そして内に潜むナラク・ニンジャが自分の身体を乗っ取ったら。
人間性を捨て、モータルを無意味に巻き込み殺し、感傷を抱く心すら無くしてしまう化け物になるだろう。
もし再び自分のブザマでナラクに乗っ取られ妻子を殺したニンジャと同類の存在と化してしまったら……本当の意味で化け物となってしまったら。

「セプクする」

ニンジャスレイヤーは自分の手でその命を絶つことを決意した。
己の決意を定め行動を移ろうとしたが、ニューロンの奥底にある疑念が浮かぶ。

しんのすけの仇は本当にバーンとベルク・カッツェだけなのか?

 確かにしのすけを直接的に殺したのはバーンとベルク・カッツェだ。
 バーンは聖杯戦争に勝つため、ニンジャスレイヤーが裏切った見せしめのために。
 ベルク・カッツェは己の愉悦のために。
だが聖杯戦争という舞台での敵マスターと敵サーヴァントでなければどうなっていたか?
しんのすけは死ぬことはなかった。
それ以前に普通ならば出会うことすら無かった者同士。
では誰が出会わせ戦う理由を作らせた?
ニンジャスレイヤーのニューロンは瞬時にその答えを導き出す!

聖杯、ムーンセル

聖杯戦争とはマスターとサーヴァントが自らの願いを掛けて行う殺し合い。
他人を殺してまで願いを叶えたいと思うものが集まったイクサ。
イクサのうえ殺されるのは参加者のインガオホー。
だがしんのすけには無かった。
あの純粋で正義を信じる少年に他人を殺してまで叶えたい願いなどあるはずはない!

だが、ムーンセルはそんな少年を、聖杯戦争を開催するという己の都合のために戦う意志がない無力なモータルをイクサ場に投げ込んだのだ!
己の都合の為にモータルを踏みにじる。
三種の神器を手に入れる為に妻子が亡くなった原因、そして多くの犠牲者を出したマルノウチ抗争を引き起こしたザイバツ・シャドーギルドのように!
 それはニンジャスレイヤーが何度も見て、スレイしてきた邪悪そのもの!
 真の仇は聖杯!ムーンセル!
しかし邪悪だが聖杯の力はナラクが言ったように本物である。
ならばその力は利用する。
しんのすけを生き返らせ、その上で聖杯をスレイする!ムーンセルをスレイする!
生き返らせたとしてもこの舞台に呼び、しんのすけを恐怖のどん底に落とし殺させたことは赦されるものではない!

己がやることへ決まった。
このイクサに勝ち抜きしんのすけを聖杯の力で生き返らせる。
その後に聖杯は殺す!慈悲はない!

「WASSHOI!!」

ニンジャスレイヤーはアグラ・メディテーションを解き走り出す。
それを見下ろす月は髑髏が笑っているような不気味な模様だった。


253 : フー・キルド・ニンジャスレイヤー? ◆7DVSWG.5BE :2015/03/05(木) 10:14:00 GUtssrZI0
【B-4/野原家の庭/一日目/夜】
【アサシン(ニンジャスレイヤー)@ニンジャスレイヤー】
[状態]魔力消耗(大)、ダメージ(中)
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:しんのすけを弔うためにアサシン=サン(ベルク・カッツェ)殺すべし。聖杯の力でしんのすけを生き返らせる。
その後聖杯とムーンセルをスレイする!
0.アサシン=サン(ベルク・カッツェ)殺すべし!ナラクに乗っ取られ邪悪な存在になればセプクする。
1.聖杯を手に入れるためにすべてのニンジャ(サーヴァント)をスレイする。
2.深夜になったら足立を安全な場所に運ぶ。(第一候補D-5地点の森林のどこか)
3.ベルク・カッツェに関する情報を入手する。


[備考]
※放送を聞き逃しています。
※ウェイバーから借りていたNPCの携帯電話を破壊しました。
※足立透と再契約しました。
※ナラクに身体を乗っ取られ、マスターやNPCを無意味に殺すような戦いをしたら自害するつもりです。
※深夜になったら足立をD-5地点の森林のどこかに運ぶつもりです。詳しい場所、時間は決めていません。
※トレンチコートとハンチング帽はC-5/足立がいるビルの屋上に畳んで置いてあります


254 : ◆7DVSWG.5BE :2015/03/05(木) 10:14:55 GUtssrZI0
以上で投下終了となります


255 : 名無しさん :2015/03/05(木) 14:41:44 hsypT3JY0
おつ
語り口はギャグめいているのに相変わらず内容はシリアスだぜニンジャスレイヤー


256 : 名無しさん :2015/03/05(木) 14:53:48 oiwYfgm.0
投下乙です

フジキドのひろしに対する思いは同じく理不尽な力によって妻子を奪われた者同士だからこそですね。
このままフェードアウトしてしまうかと思ったひろしに焦点があてられてたのが嬉しかったです。
失われたものは帰ってこないけれども、それでも残された者のために強くあってほしいと願います。

そしてニンジャスレイヤーもいよいよ自分の在り方をはっきりさせましたか。
自らの願いのために、何より己のエゴのために走れ、ニンジャスレイヤー、走れ!


一方でこのままだと森に放置されることが確定事項な足立涙目www
電脳空間だから出血多量で死ぬことはないだろうが膝粉砕されたまま放置は痛い!!
連絡手段も奪われちゃったし今後足立に挽回の目はあるのか?


257 : 名無しさん :2015/03/05(木) 19:06:45 d8sENPtU0
投下乙です
足ボロボロにされても罵倒できたりするあたり(ヤケになってるだけかもしれないけれど)足立はメンタル強いなあ
ひろしへの補完が凄くいい…ムーンセルさんは是非ともひろしの感情を残しておいて欲しい
フジキドは真玉橋組と同じように聖杯狙いで対聖杯になったがナラクのせいで不穏な空気も感じる


258 : ◆/D9m1nBjFU :2015/03/10(火) 22:06:40 UQxH3tpc0
これより予約分を投下します


259 : 私ではなく、オレが殺す ◆/D9m1nBjFU :2015/03/10(火) 22:08:50 UQxH3tpc0



「以上が貴方が気絶している間に起こった出来事だ。
黒衣のバーサーカーはこちらに来ていないところを見ると別の目的地に向かったのだろうよ」
「……そうか。よく凌いでくれた、アーチャー」



日の落ちかけた夕刻。
多少休息を挟んだ今、切嗣はジョンス・リーとの戦闘で気絶してからこれまで起こった出来事を自分のサーヴァントに説明させていた。

「まさか、この序盤から反則的な再生力を持つサーヴァント二騎と続けて交戦する羽目になるとは思わなかったよ。
やはり二十八、合計五十六ものマスターとサーヴァントがいては余分な戦闘を避けるにも限度があるらしい」
「…確かにな、この序盤からここまでの消耗を負うことまでは想定できていなかった。
犬も歩けば棒に当たるとはまさにこのことだな」

元々楽観的に考えていたわけではなかったが、それでも細心の注意を払っていればそうそう戦闘に陥ることはないと思っていた。
だがその考えは間違っていた。(切嗣から見て)イレギュラーな参加者の多いこの戦争ではこれまでの切嗣の思考様式が通用しない。
わかっていたことだが敵を殺し尽くすよりも前に、この聖杯戦争に上手く適応できなければ生き残れないだろう。
とすると、今までは不要だと思っていたが他のマスターが抱く価値観を知るためにもそろそろ対外交渉も視野に入れるべきなのだろうか。



「まあいい。アーチャー、そろそろB-4に何らかの動きがある頃だろう。
適切な場所に陣取って偵察しろ。ただし絶対にこちらからは仕掛けるな。
漁夫の利を狙うにも消耗した今の僕らではリスクが大きすぎる」
「了解した。マスターはもうしばらく身体を休めておくといい」


だが今は目の前にある課題を一つずつこなすのが先決だろう。
まず一つはルーラーの通達にあったB-4の情勢を確認すること。
多くの陣営の思惑が入り乱れるこの状況下では少しでも多くの情報が欲しい。
同じ理由で暗示をかけたNPCからの成果報告も早めに受け取りたい。
が、そちらは自分の体調をもう少し回復させてからの方が良い。
街を歩けば何時敵マスターに出くわさないとも限らないのだから。





  ◆   ◆   ◆





エミヤはB-4を監視するため新都エリアを越えB-6へと進入していた。
鷹の目を持つエミヤでも戦場になるかもしれないエリアを仔細に偵察しようと思えば新都からでは遠すぎる。
無論切嗣から大きく離れることになるがサーヴァントの脚力を以ってすればそう時間をかけずに戻ることは可能だ。
それに切嗣ならそうすぐに発見されるようなヘマはすまいという信頼もあった。


260 : 私ではなく、オレが殺す ◆/D9m1nBjFU :2015/03/10(火) 22:09:43 UQxH3tpc0



「さて、一口にB-4と言っても狭くはない範囲だが……」


手頃な高層ビルに飛び移り、偵察を始めようとした時、その異変は起こった。
B-4から発せられる、二つ分離れたエリアからでも知覚できる巨大な魔力。
マンションを突き破り、崩壊させながら現れる巨大なサーヴァント。
一目見ただけでわかる。あれこそは魔を総べる王、大魔王バーンの秘中の秘、最後の姿たる鬼眼王―――!



「これはまた、凄まじい大物が潜んでいたものだな」


通達にあった違反を犯した者とは間違いなくあの大魔王バーンだろう。
大魔王ほどの超級サーヴァントを支えようと思えば違反を犯してでも魔力を集めるしかあるまい。
自分達があれと関わらずに済んだのは間違いなく幸運なことだ。

とはいえいつまでも感嘆してばかりでもいられない。
あのマンション付近には確認できるだけで数体のサーヴァントが存在している。
鬼眼王との戦となればまず間違いなく手の内を隠したままではいられないだろう。
つまり、多くのサーヴァントの真名を知るまたとない絶好の機会だ。

さて、バーンを除けば現在確認できるサーヴァントの数は五。
どこかエミヤの知る「彼女」に近い雰囲気を持つ旗を持った少女。
つい先ほど交戦したばかりの黒衣のバーサーカー。
遠目からでもわかるほど存在の薄くなっている赤黒い忍装束の男。
今朝方一戦交えた竜の尾を持つランサーの少女。
そして刀を背負い銃を持った赤黒の全身タイツのサーヴァント。

マスター、ないしそれらしき人間は四人。
旗を持つサーヴァントの傍らにいる修道女らしき少女。
吹っ飛ばされたところを全身タイツのサーヴァントに助けられた黒髪の青年。
今朝方的確な判断を見せた学生服の少年。
そして少年に抱えられた――――――ツインテールの幼い少女。


(…………まさか)


その容貌と意志の強さを感じさせる眼差しに覚えがありすぎるほどあった。
エミヤシロウが衛宮士郎だった頃の恩人であり魔術の師、遠坂凛。
まさか、あの幼い少女があの凛だというのか。
有り得ない、などと断言することはできない。何故ならエミヤのマスターは全盛期の衛宮切嗣だ。
であればエミヤが知るよりも幼い時代の遠坂凛がいたとして何の不思議があろうか。

狼狽しかけた自身を自覚し、すぐに戒めた。
あれが遠坂凛だとしても、エミヤがやるべき事は何も変わらない。
衛宮切嗣のサーヴァント、アーチャーとして為すべき事を為さなければ。



遠目からも目視できるほどの膨大な魔力を放つバーンが戦闘態勢に入りかけた時、旗を持った少女が制止をかけた。
その場の全員に対して何かを説き、バーンも何もせず成り行きを見守っている。
あの様子からすると旗を持った少女がルーラーで、修道女が監督役というところか。


261 : 私ではなく、オレが殺す ◆/D9m1nBjFU :2015/03/10(火) 22:10:25 UQxH3tpc0

「なるほど、この聖杯戦争のルーラーはそういうスタンスか」

宝具を行使しただけであれほどの破壊を撒き散らすバーンだ。ルーラーのスタンス次第ではそれだけで排除されてもおかしくはない。
しかしそうしないということは、あのルーラーは聖杯戦争への介入を必要最小限に留めようとしているということだ。
期せずしてルーラー陣営の方針を一方的に知ることができた事実は小さくない。

ルーラーが篭手を外し紋様が刻まれた素肌を翳して見せた。
間違いない、あれこそサーヴァントを律する令呪。
しかしサーヴァントにしか効果を発揮しない令呪のみでは裁定者としては片手落ち。
とすればルーラーもしくは監督役はマスターへも何らかの直接的なペナルティを与える手段を有していると考えられる。
安直に想像するならマスターから強制的に令呪を強奪する術だろうか。



やがて黒衣のバーサーカーはその場を離脱し、残る全員が臨戦態勢に入る。
直後にルーラーの腕から輝きが放たれ、膨大な魔力がバーンとバーサーカー以外の全サーヴァントを包み込んだ。
その場に集ったサーヴァントへのブーストを以ってバーンへの間接的なペナルティとするつもりか。

それから始まった戦いは、予想通り熾烈を極めた。
何せ相手は疑似的な神霊にまで存在を昇華させた鬼眼王。その暴威は筆舌に尽くし難い。
忍装束のサーヴァントやタイツのサーヴァントの手裏剣をものともせず体表のみで攻撃を弾き返す。
唯一、竜のランサーの強力な魔声らしき攻撃のみが有効な手立てとなっているようだった。

「………」

いくつか腑に落ちない点がある。
忍装束のサーヴァントの存在が絶えず弱まり続けている。マスターを失っているようだ。
マスター不在でありながらあれほど動けるとは本来の地力の高さが窺い知れるというものだが、それなら何故逃げない。
それにもう一つ、凛がランサーのマスターの手を握ったままサーヴァントへ指示する様子を一切見せない。
サーヴァントを失っているのならすぐに消去されているはずだ。そうならないということは何らかの方法でルールの穴を突いたのか?
それにしても、自分には関係ないとわかっていてもああしてランサーのマスターと仲睦まじい様子を見ていると正体のわからない感情がこみ上げてくる。


戦況は次第にバーン有利へと傾いていく。
タイツのサーヴァントが踏みつぶされ忍装束のサーヴァントの体術もまるで意味を為さない。
唯一有効な攻撃手段を持つランサーが狙われた直後、復活したタイツのサーヴァントがバーンを攻撃し事なきを得た。
タイツのサーヴァントは何やら格闘ゲームの体力バーのようなものを持ち出しバーンに猛攻を仕掛けたがやはりさしたる効果はない。
この状況はやはり手詰まりか。「彼女」なら聖剣の一撃でバーンを薙ぎ払うこともできたかもしれないが。


262 : 私ではなく、オレが殺す ◆/D9m1nBjFU :2015/03/10(火) 22:11:16 UQxH3tpc0


いよいよ弱体化を極めた忍装束のサーヴァントは戦力外と見做されたかタイツのサーヴァントとランサーが主軸となって戦いを進めていく。
ややあって忍装束のサーヴァントが凛と距離を詰め何事か会話した後頭を下げた。
そしてしばらく後、再契約が行われたのか忍装束のサーヴァントの存在濃度が一気に回復した。
その際エミヤは凛の唇の動きを見逃さなかった。忍装束のサーヴァントは恐らくアサシンだ。
あの状況で自らの象徴たる剣や槍などを具現化させないところや軽業に秀でた動きも併せればほぼ確定といって良い。


高い適性を持つマスターを得たことでアサシンの力は飛躍的に増した。
さらに宝具を開帳したか魔力の質も変化した。アサシンの宝具はステータス向上に関わるものだったのだろう。
宝具を解放したアサシンの体術は対人宝具に近しいレベルの威力があるらしい。
バーンへ与えるダメージが目に見えて増大しているのがわかる。
さらに全身タイツのサーヴァントが仕掛けた爆弾が爆ぜバーンの巨体を支えていた地面が崩落した。

今こそ好機、と言わんばかりにアサシンと全身タイツのサーヴァントの一斉射撃でバーンの右腕を削っていく。
業を煮やしたバーンがガードを上げた次の瞬間、アサシンがより強力な手裏剣を投じるが振り下ろした拳であっさりと掻き消された。
当たり前だ、疑似神霊ともいえるバーンと強力とはいえ宝具ですらない手裏剣とでは存在の位階が違いすぎる。


反撃の蹴りを受けそうになったアサシンだが全身タイツのサーヴァントが投げたゲージのようなものが先に命中し吹き飛ばされた。
これによりバーンの狙いは外れ、その顔はエミヤにも見て取れるほど紅潮していっている。
明らかにアサシンと全身タイツのサーヴァントの目論見に乗せられている。



数えきれないほどの攻撃を浴び脆くなった一点目掛けランサーが疾風のように飛び込む。
それと全く同時に放たれたランサーのマスターの令呪によってランサーは更なるブーストを得た。
まさかこれほどサーヴァントと息を合わせられるマスターが存在するとは。

再び解放されたランサーの魔声。槍はサブウェポンなのだろうか。
装甲の内側、体内に届く振動波をまともに受けたバーンが苦悶の絶叫を上げた。
好機と見たかアサシンが力を溜め弱ったバーンへ突撃を仕掛けようとしていた。

だが、バーンの底力はこの程度で尽きることはなく敢えて左腕で右腕を切り落としこれ以上のダメージを防いだ。
切り落とした右腕はランサーと全身タイツのサーヴァント目掛けて蹴り、二人を諸共に吹き飛ばした。
そして盤石の態勢で飛び蹴りを仕掛けたアサシンを拳で返り討ちにした。
アサシンは凛とランサーのマスターの下へ吹き飛ばされた。
吹き飛び方とぐったりとした様子から意識を飛ばされたらしい。
さらに主力であったランサーは魔力を消耗したか膝をつき、全身タイツのサーヴァント単騎では最初からバーンの相手にはならない。


263 : 私ではなく、オレが殺す ◆/D9m1nBjFU :2015/03/10(火) 22:12:07 UQxH3tpc0



万策尽きたか、と思えたその時アサシンが不意に凛の首筋に手を伸ばした。
その動きにエミヤは対処が遅れた。アサシンのあらゆる挙動が彼の予想を裏切っていたからだ。
明らかに意識を失っていたはずにも関わらず、目の前のバーンではなく凛に矛先を向けたことも。
首筋を掴んだだけで急激に魔力を収奪していることも、再契約から十分と経たずに現界の楔たるマスターを裏切ったことも。
エミヤの虚を突き初動を遅れさせるには十分すぎた。



「………!!」



偵察を第一としていたエミヤは無手の状態で戦況を見守っていた。
ここから戦場へ一矢を撃ち込むにはまず弓と矢を投影し、狙いを定め引き絞る所作が必要だ。
それに対しアサシン、ナラクの魂喰いは極めて迅速だった。そもそもが銃を持つデッドプールがすぐ近くにいたにも関わらず阻止できなかったのだ。
アーチャーとはいえエリア二つ分も離れた場所にいるエミヤが割り込める隙など存在するはずがなかった。
もっとも割り込めた場合、遠距離から一方的に攻撃を撃ち込む介入者として多くのチームに敵視されていただろうが。
弓と矢を出現させた時点で既に事は終わり、遠坂凛は魔力の粒子となり消え去っていた。



それから始まったのはアサシンの独壇場だった。
先ほどよりも尚強大な魔力を漲らせ独力でバーンに挑んだ。
信じがたいことに放たれる手裏剣は黒い炎に包まれバーンの分厚い皮膚を破った。
さらに怒り狂ったバーンの反撃を悉く躱し痛撃を加えていく。まるで別人のような動きだ。
バーンの拳を受けても先ほど以上の頑強さがあるのか耐え抜き、赤黒い鎖をバーンの身体に突き刺し自身も一気にそこに取りついた。
魔力で鋭利な刃のついた指輪を形成すると瞬時に百近い拳を繰り出しバーンの表皮を削っていく。
たまらずバーンが掌を叩きつけようとするも紙一重で躱され再び射出した鎖がバーンの体内から一人の人間を引きずり出した。

アサシンはバーンのマスターである可能性が高い男を抱え、ランサーと全身タイツのサーヴァントを利用しバーンから距離を取る。
しばらくしてバーンがアサシンに追いついた瞬間、赤い光が走りバーンの巨体が停止した。
対照的にアサシンはますます力が漲っているように見えた。
令呪で契約サーヴァントを変更させたのだろう。ここに勝敗は決した。



決まりきった結果を敢えて語る必要は無い。
マスターをも失った大魔王はアサシンの手によって屈辱的な消滅を迎えた。
アサシンは消耗したランサーと全身タイツのサーヴァントにも襲い掛かろうとしたが、何故か途中で思い止まったらしく新たなマスターを連れて闇へ消えて行った。
それを見届けたエミヤはマスターである切嗣と念話を繋いだ。


264 : 私ではなく、オレが殺す ◆/D9m1nBjFU :2015/03/10(火) 22:12:58 UQxH3tpc0

『マスター、やはりB-4で大きな戦闘があった。
通達で警告されていたと思われるサーヴァントの脱落を確認した他、かなりの情報を得られたよ』
『そうか。ならこちらに合流しつつ、詳細を話してくれ。
やるべき事は多く、時間の余裕はあまりないからな』
『了解した』





  ◆   ◆   ◆





「…報告は以上だ、マスター」
「わかった、ひとまずは情報を整理しよう。まずはルーラー陣営についてだ」

切嗣のいるビルに戻ってくるまでの間にエミヤはB-4の戦闘の結果の多くを話していた。
そして最後の顛末までを話し終えた今必要なのは得た情報を整理し次に繋げることだった。
何しろ今後の方針に影響しかねない要素がいくつもある。

「ルーラーが持つ特権の一つが令呪であることが確実なものとなった。
また、ルーラーは極力自らが聖杯戦争に手を出すことを避ける主義なのだろう。
鬼眼王バーンが齎す破壊を承知しながら戦闘を許したことがその証左だ」
「つまり、ルーラーは当初考えていたほど厳罰主義者ではない、ということか」
「その認識で間違いあるまい。だが裁定者ならサーヴァントだけでなくマスターにもペナルティを与える何らかの方法は持っているだろう。
ルール違反を犯すなら細心の注意を払っておくに越したことはない」


既に一画令呪を使ってしまった切嗣にとってルーラーの令呪はいっそう脅威となった。
やはり目をつけられるような真似は慎まねばなるまい。
万一自害命令など出されてはもはや抵抗することもできないのだから。



「次にB-4に集まったサーヴァントについてだ。
黒衣のバーサーカーはすぐにその場を立ち去ったのでひとまず置いておこう。
全身を赤黒いタイツで覆った銃や爆薬を使うサーヴァントは武器の特徴から近現代の英霊と考えられる。
また妙な形状の棒を武器にする他高い再生能力も備えているようだ」
「こうも再生能力の高いサーヴァントばかり参戦するとはな」
「案ずるなマスター。既に対抗策はいくつか考えてある。
自然ならざる再生力を武器とするならそれを封じてしまえば良い。
幸い私はそういった不死殺しに向いた武器をいくつか持ち合わせている」

英霊エミヤの固有結界「無限の剣製」には千を超える武具が貯蔵されている。
彼の剣の丘には強力な概念武装も当然存在しており、不死性を持つ者に有効なものもある。
事前に能力さえわかっていればそういった武器を取り出して対処することができる。
というより、エミヤはそうしなければ勝ち残れないサーヴァントなのだ。


265 : 私ではなく、オレが殺す ◆/D9m1nBjFU :2015/03/10(火) 22:13:57 UQxH3tpc0

「次に今朝にも戦った竜のランサー。こちらは声、音波を武器として攻撃する手段を有しているようだ。
外見と併せて判断すると竜の血ないし因子の恩恵によるものと考えるのが妥当だ」
「だとすれば、有効なのは竜殺しの概念武装か。アーチャー、持っているか?」
「無論だ。しかしマスターの方の戦術眼と判断力は脅威だ。
貴方ならそう遅れは取らないだろうが十分に注意しておいた方が良い。万が一も有り得る」
「お前がそこまで言うほどか。わかった、大いに警戒しておこう」

ランサー自身に関する情報は大分出揃ったが厄介なのはマスターの少年だ。
こちらの思いもよらぬ一手を指し込む可能性は否定できるものではない。



「そういえば、途中でアサシンと契約し裏切られて脱落したマスターがいるという話だったな。どう見る?」
「…………あの少女のマスターは竜のランサーと何らかの形で契約を結んでいたのかもしれん。
あの状況で自分のサーヴァントを呼ばぬ理由がないし、サーヴァントが脱落していて生き残れるならそれぐらいしか方法はないだろうな」
「なるほどな。方舟の定めたルールにも穴はあるというわけか。まあそれは後で考えれば良いことだ。
現状僕らにとって最大の問題は裏切りを行ったアサシンの方だ」

そう、今の切嗣とエミヤにとって最も巨大な障害がアサシン(ニンジャスレイヤー)だった。
本来直接的な戦闘を苦手とするアサシンでありながら規格外の戦闘能力を誇っている。
地力の低さを戦術・戦略でカバーする彼らにとっては天敵にも等しい。


「ああ、好条件が重なったとはいえ鬼眼王を討ち取る実力に恐らく単独行動のスキルも持ち合わせている。
何より強力なマスターに乗り換えるための裏切りに何の躊躇も持たず、裏切りを達成するための演技力もあると見える」


切嗣とエミヤは得られた情報からニンジャスレイヤーが置かれていた状況を以下のように推察した。
まず前提としてB-4での戦闘が始まる以前の時点でマスターを最低一人以上失っており、単独行動状態にあった。
また、大魔王バーンとそのマスターについて知っており、元々再契約を狙っていた。事前にランサー主従らを抱き込んでいたことも考えられる。
しかし鬼眼王に予想以上に苦戦したためバーンのマスター(足立)に乗り換えるまでの繋ぎとして少女のマスター(凛)と一時再契約した。
その後「再契約した直後の戦闘中に裏切るはずがない」という心理を巧みに利用し抵抗を許さず魔力を絞り取り少女のマスター(凛)を殺害。
この手際の良さを鑑みると気絶したかに見えたのも、断定はできないが演技であった可能性がある。
そして奥の手と思われる宝具を解放するとバーンのマスターを攫い再契約しバーンを排除した。
切嗣をして戦慄を覚えるほどの手段の選ばなさ、狡猾さと拙速さである。


266 : 私ではなく、オレが殺す ◆/D9m1nBjFU :2015/03/10(火) 22:14:49 UQxH3tpc0



「わかっているとは思うがマスター、奴を利用できるなどとは考えていないだろうな?」
「まさか。確かに僕は組むなら手段を選ばず合理性を持った者の方が良いと思っている。
だが限度というものがある。話に聞く限りアサシンはあまりにも裏切りに対して躊躇がなさすぎる。
同盟を組もうにも最低限の信用さえ置けないサーヴァントなんて論外だ」
「ならば良い。あのアサシンは反骨の相のスキルを持っている可能性もあるからな。
それでも雑魚なら泳がせておく手もあるのだろうが、奴はあまりにも強力で有能に過ぎる」
「そのようだな。ここは一度方針を転換してアサシンの排除を最優先にする。
それから、向こうがお前の監視に気づいたということは?」
「それはあるまい。何しろ全員の意識が鬼眼王に向いていたからな。
予め監視を予想することはできても私の姿を確認することは不可能だ」


切嗣は自身が暗殺者であるからこそ地力の高さを備えた同位の存在が如何に脅威的かが理解できる。
音もなく近づきサーヴァントの守護すら圧殺するアサシンなど悪夢でしかない。
死徒かもしれないサーヴァントを超えて優先するべきターゲットだ。



「最大の問題は奴の単独行動能力だ。あのアサシンに対してはマスター殺しが有効な攻撃ではあっても決定打になり得ない。
無論マスターを捜索しておくに越したことはないが、最終的にはアサシン自身を確実に葬る必要がある」
「アーチャー、お前はあのアサシンに勝てるか?」
「残念ながら私一人では厳しいな。奴をマスター不在の状態に追い込んでようやく互角かそれ以下というところだろうよ。
狙撃できる状況ならその限りではないが相手がアサシンとあっては探し出すことさえ困難だ。
こうなると、打つ手は非常に限られる」

エミヤが何を言わんとしているかは切嗣にもわかる。
ニンジャスレイヤーを確実に葬るためには他のマスターを巻き込んでの包囲戦を仕掛けるしかない。
幸いにも「次々とマスターを乗り換える強力なアサシンの排除」という他のマスターも無視できない大義名分がある。
この情報を拡散するだけでもアサシンを孤立させる可能性が上がるのだからむしろやらない理由がない。
それにB-4の情報を入手したのがまさか自分達だけということはあるまい。他の陣営も何らかの手段で戦場を覗き見た可能性は極めて高い。
つまり「アサシン(ニンジャスレイヤー)が脅威である」という認識は他の多くのマスターと共有できるということだ。


267 : 私ではなく、オレが殺す ◆/D9m1nBjFU :2015/03/10(火) 22:15:42 UQxH3tpc0

「やはり、同盟ないし休戦協定を結ぶしかないか。
だが今はまずNPCからの成果報告を受けておこう。予定より遅くなったが急げば間に合うだろう」
「承知した、確かに情報が十分に揃わないまま動くのは危険すぎる。
だが気をつけてくれ、夜になれば好戦的なマスターも活発に動き出すことは間違いない」




内心でエミヤは上手く行った、という手応えを感じていた。
切嗣のマスターとしての実利・実害を刺激しある程度意図的に方針を転換させたのだった。

(わかっているさ。こんな考えは復讐以下の八つ当たりに過ぎない)

脳裏にあるのは幼くして散った遠坂凛。
彼女のことだ、幼くとも人として、魔術師として強い意志と誇りを持って聖杯戦争に臨んだことだろう。
だが勝ち残る意志をアサシンにつけ込まれ踏みにじられ死んだ。そして自分は何も出来なかった。
いや、エミヤが切嗣のサーヴァントである以上元より遠坂凛にしてやれることなど何一つとしてない。
単に、偶然自分が彼女の死に際と下手人を目撃しただけのことだと理解している。


(だがアサシン、貴様はその八つ当たりで死ぬ。オレがこの手で貴様を殺す)

切嗣の利益にも沿ってのこととはいえ、サーヴァント・アーチャーとしては問題のある行為だろう。
だがそれを理解してなお、エミヤシロウはこの八つ当たりを止める気はなかった。
仮令どんな手を使ってでも、この手でアサシンを抹殺し、そして切嗣も生かす。
復讐鬼となった弓兵はいくつもの策略、勝ち筋を構築しはじめていた。


268 : 私ではなく、オレが殺す ◆/D9m1nBjFU :2015/03/10(火) 22:16:25 UQxH3tpc0

【C-8(北)/ビル応接室/一日目 夜間】

【衛宮切嗣@Fate/Zero】
[状態]毛細血管断裂(中)、腹部にダメージ(中)、魔力消費(小)
[令呪]残り二角
[装備]キャリコ、コンテンダー、起源弾
[道具]地図(借り物)
[所持金]豊富、ただし今所持しているのは資材調達に必要な分+α
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を勝ち取り、恒久的な平和の実現を
1.暗示をかけたNPCに連絡を取り、報告を受ける。
2.アサシン(ニンジャスレイヤー)打倒に向け他のマスターに同盟、休戦を打診する。またこの際アサシン(ニンジャスレイヤー)の悪評を広めておく。
3. 使えそうなNPC、および資材の確保のため街を探索する。
4.好戦的なマスター、サーヴァントには注意を払っておく
[備考]
※この街のNPCの幾人かは既に洗脳済みであり、特に学園には多くいると判断しています。
※NPCを操り戦闘に参加させた場合、逆にNPCを操った側にペナルティが課せられるのではないかと考えています。
※この聖杯戦争での役割は『休暇中のフリーランスの傭兵』となっています。
※搬入業者3人に暗示をかけ月海原学園に向かわせました。昼食を学園でとりつつ、情報収集を行うでしょう。暗示を受けた3人は遠坂時臣という名を聞くと催眠状態になり質問に正直に答えます。
※今まで得た情報を基に、アサシン(吉良)とランサー(エリザ)について図書館で調べました。しかし真名まではたどり着いていません。
※アーチャー(エミヤシロウ)については候補となる英霊をかなり絞り込みました。その中には無銘(の基になった人)も居ます。
※アーチャー(アーカード)のパラメーターを確認しました。
※アーカードを死徒ではないかと推測しています。
そして、そのことにより本人すら気づいていない小さな焦りを感じています。
今のところはニンジャスレイヤーへの危機感で鎮静化しているようです。

【アーチャー(エミヤシロウ)@Fate/Stay night】
[状態]身体の右から左に掛けて裂傷(大)、右腕負傷(小)、右肩負傷(小)、左足と脇腹に銃創(小)、疲労(中)、魔力消費(中)
[装備]実体化した時のための普段着(家主から失敬してきた)
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:切嗣の方針に従い、聖杯が汚れていた場合破壊を
1.どんな手を使ってでもアサシン(ニンジャスレイヤー)を自らの手で殺す。
2.出来れば切嗣とエミヤシロウの関係を知られたくない。
[備考]
※岸波白野、ランサー(エリザ)を視認しました。
※エリザについては竜の血が入っているのではないか、と推測しました。B-4での戦闘を見てその考えを強めました。
※『殺意の女王(キラークイーン)』が触れて爆弾化したものを解析すればそうと判別できます。ただしアーチャーが直接触れなければわかりません。
※身体の裂傷以外は霊体化して魔力供給を受けていれば比較的早く完治します
※バーサーカー(黒崎一護)の仮面の奥を一瞬目撃しました。
※B-4での戦闘(鬼眼王バーン出現以降)とその顛末を目撃しました。
※アサシン(ニンジャスレイヤー)について単独行動、反骨の相のスキルを持っているのではないかと推測しています。
またマスターの殺害が決定打にはならないと認識しています。

[共通備考]
※C-7にある民家を拠点にしました。
※家主であるNPCには、親戚として居候していると暗示をかけています。
※吉良吉影の姿と宝具『殺意の女王(キラークイーン)』の外観のみ確認しました。宝具は触れたものを爆弾にする効果で、恐らくアサシンだろうと推察していますが、吉良がマスターでキラークイーンがサーヴァントだと勘違い。ただし吉良の振る舞いには強い疑念をもっています。


※黒崎一護を『仮面をつけた』『黒刀の斬魄刀を所持する』『死神』と認識しました。
※ルリ、キリコ、美遊についての認識については後続の書き手にお任せします。
※レンタカーは図書館付近の駐車場に停車してあります。


269 : ◆/D9m1nBjFU :2015/03/10(火) 22:17:28 UQxH3tpc0
これにて投下を終了します
感想、ご指摘等お願いします


270 : 名無しさん :2015/03/10(火) 23:12:16 g.u9rAX60
投下乙です

アーチャーと切嗣によるバーン包囲網の考察回よかったです
一方的に他陣営の情報を得ていくのはまさに弓兵の得意分野ですね
こうやって少しでも真名に近づく情報を集めていくのが聖杯戦争の醍醐味だと思います


ただ読んでいて気になったのがアーチャーがアサシンを倒す理由を凛の復讐としている部分です
生前浅からぬ因縁があった凛を目の前で殺されたことに確かに思うところはあるでしょうが現実主義者である彼がそれを理由にアサシンを狙うほど自分の感情を優先するとは思えません
原作で自分の目的ですら状況によっては切り捨てていた彼がこの状況で敢えて私情に走るでしょうか?

『得られた情報からアサシンが極めて厄介なサーヴァントでありこれを打倒するために包囲網を敷くことを視野に入れる』
という合理的な理由付けが描写されているのですからアーチャーの私怨を動機づけにする必要はないのではと自分は感じました


271 : ◆/D9m1nBjFU :2015/03/11(水) 14:50:07 I4HCqK8M0
ご指摘ありがとうございます
したらばの避難所スレに該当箇所の修正版を投下しました


272 : 名無しさん :2015/03/12(木) 08:44:12 4nTOffOc0
投下乙です。

エミヤ視点から見るとバーン包囲網戦はこのように映るのか、
ニンジャスレイヤーの凛への裏切りはナラクのせいと読者は知っているが
エミヤから見るととんでもない演技派サーヴァントに見えるんだな
修正版でのエミヤの凛に対する複雑な感情は切ない

ニンジャスレイヤーに包囲網フラグが立ったか。
バーンを倒すためにはあれが最善だったかもしれないが、長期的には悪手だったか


273 : ◆ACfa2i33Dc :2015/03/30(月) 05:11:51 z9QDRT2U0
岸波白野&ランサー、ウェイバー・ベルベット&バーサーカー
ルーラー、カレン・オルテンシア
投下します。


274 : Fly into the night ◆ACfa2i33Dc :2015/03/30(月) 05:15:29 z9QDRT2U0


 ◆選択――岸波白野


   ・ルーラー達を見送る。
   >・ルーラー達を呼び止める。


 アゾット剣を――彼女の形見を、もう一度握り締める。

 遠坂凛の死は悲しく、そして重い。彼女が死んだという事実を自分は長い間、背負い続けることになるだろう。
 だが――だからといって。ここでその悲しみに膝を折り、前に進むのを一瞬でもやめることはできない。
 そんな事をすれば、余計自分はランサーや遠坂凛に顔向けできなくなってしまう。

「……どうかしましたか?」

 こちらの引き留める気配を察したか、ルーラーとカレンが振り向いた。

 質問がある。そう前置きして、続く言葉を彼女達に投げかける。
 内容は――


   アサシンについて。
   この戦いの後始末はどうする?
   >『方舟』と、ムーンセルの関係とは?


 ――この『方舟』について、聞いておきたい。

「……方舟とムーンセルについて、ですか?」

 この状況で、そんな質問をされた事に困惑したのか――返答するルーラーの声には、動揺の色が混じっている。
 確かに、他にも質問をしたい事は山ほどある。
 遠坂凛を殺害し、キャスターのマスターを確保して逃走したアサシンについて。結果的に多くの魂喰いが判明し、更に多くの被害を生み出したこの戦いをどう隠蔽するのかについて。
 だが。あくまで聖杯戦争の参加者であるアサシンとそのマスターについて聞こうとしたところで、公平を旨とする彼女たちは答えてはくれないだろうというのは予測がついたし、後者は結局管理者であるカレンとルーラーの領分で、自分が聞いても大した意味はない。
 そしてそれらよりも――自分の頭に、以前から強く引っ掛かっていた疑問がある。

「……ああ、成程。そういう事ですか」

 こちらの意を得たと言わんばかりに、カレンが手を打つ。

「“あなたの願い”が叶えられたのならば、どうしてこのような聖杯戦争が起こっているのか――貴方が問いたいのは、そこですね」

 その通りだ、と首肯する。
 キャスターとの戦いの前に懸念した、聖杯――引いてはムーンセルそのものについての疑問。
 岸波白野の願いが正しく聞き届けられたのならば、岸波白野の世界において、ムーンセルを巡った聖杯戦争は二度と起こらないはず。
 並行世界の遠坂凛がここにいた以上、この世界が並行世界の別のムーンセルであるという可能性は捨てられるものではないが――しかしそれはそれで、なぜ単なる異常《エラー》データに過ぎなかった岸波白野が並行世界のムーンセルに移動してしまったのかという疑問が残る。

「……いいでしょう。私が知っている範囲で解答します」

 そう言ったカレンは、既にリターンクリスタルを懐に仕舞い込んでいる。
 ……どうやら、こちらの質問に答えてくれるつもりのようだ。


275 : Fly into the night ◆ACfa2i33Dc :2015/03/30(月) 05:16:07 z9QDRT2U0

「まず前提として。貴方の願いは、正常に聞き届けられました。少なくとも、私の知識にはそう記録されています」

 なるほど。つまりムーンセルと地球は、確かに切り離されたということか。
 しかし――ならば、何故また岸波白野は、聖杯戦争の場に立っているのだろう?

「それについては、私に解答することはできません。代わりに、本来の質問内容――このアークセルと、ムーンセルの関係について話すことにしましょう」

 アークセル――方舟。
 自分の知る『月の聖杯戦争』にはなかった存在。
 この聖杯戦争がムーンセルを巡ったものでありながら、岸波白野の知るそれと大きな違いを持っている理由は――やはり、方舟との関わりによるものなのだろうか?

「アークセルはムーンセルの子機というべき存在……ではありますが、しかし、おかしいとは思いませんでしたか?」

 ――おかしい?

 ……いや、そうだ。
 カレンにそう問われて、やっと気が付くことができた。
 アークセルは“方舟”。ムーンセルは“聖杯”。この二つが繋がりがあるという事実が、しかしそこから不自然だったのだ。

「“方舟”と“聖杯”。……この二つは本来、繋がりのない伝承です。ムーンセルは厳密には『聖杯』そのものではありませんが、それでも同時に取り扱われる物としては不適当でしょう」

 “方舟”が創世記に記されたノアの方舟を指すのならば。福音書に描かれる、神の子の血を受けた器である“聖杯”とはまったく別の伝説に登場する聖遺物だ。
 無論、大元を辿れば同じ神話に属する聖遺物でこそあるが――それにしても、『主の啓示を受けて作られた聖遺物』である方舟と、『主の子の血を受けた器』である聖杯の間に、本来子機・親機のような順序など存在しない。

「この事からわかるように――アークセルの機能は、ただの“子機”というだけではありません。ムーンセルとアークセルには関連性は存在しますが、しかしそれぞれで独立しているのです」

 ……アークセルの本来の機能。
 元々の“ノアの方舟”の伝承から考えれば、それは――

「来たる大災害のための救済――それから転じて、“魂を拾い上げるもの”。それが本来のアークセルの機能です」

 ――魂を拾い上げる。
 確かに、“方舟”の機能としては違和感はない。だが、その方舟が聖杯戦争においてムーンセルとの関係性を持つ理由。
 そして、参加者の選定と会場としての役割以外に他の役割を持っているとしたら――それはいったい?

「……それについては、私には解答できません」

 そう言って、カレンは目を軽く伏せる。
 解答できない――それはつまり、ムーンセルやアークセルからその権限を与えられていないということだろうか。

「権限がない――というのもそうですが、元より解答できるだけの知識を所持していませんから。
 NPCとしての私に与えられたのは、あくまで裁定者として必要な知識のみ」

 その言葉に、月の聖杯戦争で出会った管理用NPC――桜や一成を思い出す。
 月の裏側……の事は特殊なケースだから置いておくにしても、月の表側においては、確かに彼等も全てを知っているというわけではなかった。
 カレンもまた管理用のNPCに過ぎないのならば、その権限を越えた知識を持っていないのは確かに納得できる。

「それ故に、これで私の話せる事はすべてです。納得して頂けたでしょうか」

 そう言って、カレンは懐から再びリターンクリスタルを取り出した。

 ――ああ、ありがとう。

 何故、ムーンセルにとっては単なるエラーデータに過ぎない岸波白野がここにいるのか。
 アークセルとムーンセルの繋がり、それにおいてアークセルが果たす役割とはなんなのか。
 そして、独立しているアークセルとムーンセルに繋がりが生まれた事に理由はあるのか。
 未だに疑問は多いが、この情報はそれを解く足がかりに違いない。

「――岸波白野」

 ――不意に。
 カレンの隣、今まで沈黙を保っていたルーラーが、こちらに向かって問うた。

「あなたはまだ、戦うつもりなのですか?」


   >――当然だ。


「そうですか。――あなたの聖杯戦争に良き前途があることを、裁定者としてではなく個人として祈っています」

 そのルーラーの言葉と共に。今度こそ、カレンとルーラーはリターンクリスタルを使い姿を消した。
 さて。次は――


276 : Fly into the night ◆ACfa2i33Dc :2015/03/30(月) 05:17:07 z9QDRT2U0

                             ●

 ◆逡巡――ウェイバー・ベルベット


「……どうするんだよ、これ」

 キャスター討伐戦にウェイバー・ベルベットを誘ったアサシンは、己のマスターとして契約した少女を殺した後逃げ出した。
 あの尋常ならざる様子からして、なにか事情があったのかもしれない。そもそもウェイバーにも、魂喰いを行った後のアサシンの大暴れがなければ全滅していた可能性は高かった、というのはわかる。
 だが、それとこれとは全く別の話だ。
 アサシンが一時的な物だったとはいえ己のマスターを騙し討ちしたのは明らかな事実だし、それを釈明する事もなくキャスターのマスターを確保して逃亡したのも事実。
 裏切ったのだ、アサシンは――何を、と言えば、期待を。

(ホント、どうすんだよこれ……)

 アサシンはウェイバーに一言もなく、その場にウェイバーと見知らぬランサーのマスターを残して行ってしまった。
 ウェイバーからすれば、梯子を外された状態である。
 キャスターの撃破という当面の目標を終えた以上、引き返すのが一番なのはウェイバーにもわかっているが――

(……あいつら、このままボクらを見逃してくれるのか?)

 問題は、すぐそこにいるランサーとそのマスターだ。
 ランサーのマスターは、アサシンが殺した少女と随分仲が良い様子だった。アサシンについて思うところは当然あるだろう。
 そしてあの二人からすれば、ウェイバーとバーサーカーは『裏切って何処かに行ったアサシンが呼んで来ていた主従』である。アサシンの仲間扱いされて攻撃を受けても何ら不思議ではない。

(……いっそのこと、今のうちに逃げてもいいんじゃ)

 この状況で戦えるわけがない。いや、バーサーカーは大丈夫かもしれないが、ウェイバーの方は間違いなく魔力の消耗で死ぬ。
 となれば、これ以上話を拗らせる前に逃げる――というのは、それなりに魅力的な行動であるようにウェイバーには思えた。関係の修復は難しくなるかもしれないが、元より聖杯戦争の参加者同士だ。
 幸い、今はランサーのマスターは監督役と何やら話し込んでいる。ランサーはともかく、マスターの注意が逸れているなら逃げるのは難しくはない、とウェイバーは判断した。

「……バーサーカー、あいつらの注意がこっちに向かない内に逃げるぞ」

 じりじりと後ずさりしながら、小声でバーサーカーに囁く。――しかし、バーサーカーの返答はない。

(……バーサーカー?)

 訝しみながら、ウェイバーはバーサーカーの方を振り向く。
 ――そして次の瞬間、顔を驚愕に固まらせた。


277 : Fly into the night ◆ACfa2i33Dc :2015/03/30(月) 05:17:30 z9QDRT2U0

(……なにやってんだお前ぇえええええええ!?)

「どうしたウェイバーたん? オレちゃん今アイツらどうぶっ殺すか考えてるところなんだけど」

 バーサーカーは既に武装していた。背には刀、手には銃器。
 今はくるくると手の中でミニガンを弄んでいるが、本人の性格から考えれば先程の言葉通り、次の瞬間にはランサーかそのマスターに襲いかかってもおかしくない。

(――そうだった、コイツはこういう奴だった。キャスター戦あたりからやけに大人しかったから油断してた!)

 バーサーカー――デッドプールを制御することなどできないし、その行動を予測する事はもっと不可能である。
 デッドプールはヒーローだが、しかし、それと同時に予測不可能な『狂人』(バーサーカー)なのだ。

「そうそう、それだよお前。そういう評判がそこかしこで立ってるからさ、ここはひとつオレちゃんヒーローとして期待に応えてみようかなって思ったんだ。
 それにアイツら、生かしとくと主人公オーラでウェイバーたんの出番を食いそうだし?」

 相変わらず虚空に向かって支離滅裂な妄言を喋りながら、バーサーカーは手にしたミニガンを振り回している。
 実際にそれを撃つような事がなくとも、ランサーとそのマスターに気付かれれば戦うつもりだと誤解される危険性は十分にある。

(まずいまずいまずいまずいまずい!)

 相手のランサーも消耗している。こちらが万全な状態なら、ウェイバーにも一考する余地はあったかもしれない。
 だが今はまずい。バーサーカーはその再生能力でピンピンしているかもしれないが、ウェイバーの魔力は底を尽きかけている。
 このまま戦ったら間違いなく魔力が尽きて死ぬか倒れる羽目になるだろう。

「やめろバーサーカー! 令呪使うぞ令呪!」
「え、なに? 令呪を使って援護してくれるって? マジかよウェイバーたん優しい! デレたか? ついにデレた?」
「違う!?」

 ランサー主従に聞こえないように――どうかそうであって欲しいと願いながら――悲鳴じみた抗議を挙げるウェイバー。
 実際、戦うなら令呪を使って魔力を補充するしかないのは事実だったが――そうなれば、消耗している相手も令呪を使って来る可能性は高い。
 そして令呪の撃ち合いなどという事態になれば、不利なのはウェイバーの方だ。

「やめろ! やめてくれ! やめてくださいお願いします!」

 もはやマスターとしての恥も外聞もなく、ウェイバーは懇願した。
 これで止まらないならば、遺憾ながら令呪を使って戦闘をやめさせる以外にない。
 そしてバーサーカーは――

「ウェイバーたんがそこまでお願いするならオッケー、ここはデップーちゃん猫みたいに牙を収めちゃうぜ? ここでアイツら撃ったら読み手に叩かれちまうかもだしな! パニッシャーの真似して好き勝手皆殺しにしても拍手されてた頃が懐かしいぜ。
 ――ところで今のウェイバーたんのお願い録画し損ねたんだけど、カメラあるか? おい、そこのお前だよお前! あ、文章だから見えねぇのか! 涙目のウェイバーたんが生で見れないなんて残念だったな!」

 止まった。
 相変わらず虚空に向けての妄言を止めてはいないが――「だから妄言じゃねぇよ、お前だお前!」――バーサーカーはミニガンを仕舞い込み、攻撃態勢を解いていた。

(……た、助かった……)

 内心胸を撫で下ろしながらも、ウェイバーはすぐさまその場を去るべく踵を返して――

「……あー、ウェイバーたん」
「な、なんだよ……戦わないんだろ、今更やめるとか言ったら本気で令呪使って――」
「いや、コイツは本気でうっかりしてたヤツなんだけどさ……『逃げるなら……いや、もう遅いか』ってカンジ?」
「……え?」

 厭な予感が噴き出す。バーサーカーに気を取られて目の前のランサーとそのマスターから意識を完全に外していた事に、ウェイバーは今更気がついた。

「――待ちなさい。このまま逃げるなんて、許さないんだから」

 背中から突き刺さる敵意に、ウェイバーは立ち止まらざるを得なかった。


278 : Fly into the night ◆ACfa2i33Dc :2015/03/30(月) 05:19:22 z9QDRT2U0
                             ●


 ……運が良かった。
 バーサーカー達が何処かに行ってしまう前に、どうにか引き留めることができた。

「で、どうするの子ブタ。こいつら、アサシンの知り合いでしょう?
 戦うの? アサシンの行方も知ってるかもしれないし、叩きのめせば聞きだせるかも」

 槍を構えバーサーカーを牽制しながら、エリザが問いかける。
 ここは――

   戦う。
   >戦わない。

 ……いや、必ずしも戦う必要があるとは限らない。
 自分の目が正しければ、キャスターを倒した直後のアサシンはバーサーカーにも襲いかかろうとしていた。
 魔物の群れの前に現れた時の会話から、何らかの協力関係にあったのは間違いないだろうが――だとしても、アサシンとバーサーカーの関係はそこまで明確なものではなかったのかもしれない。
 そこまで含めてこちらを油断させるための策略だったとしても、あまりに迂遠すぎる。キャスターを倒した時点で最初からアサシンとバーサーカーで襲いかかっていれば、こちらはひとたまりもなかっただろう。
 であるならば、話し合いをする余地はゼロではない。

「……本気なの?」

 もちろん、理由はそれだけではない。
 バーサーカー。彼の再生能力は、明らかに異常だ。キャスターとの戦いの最中にもかなりの速度で再生していたが――戦いが終わった今となっては、既にキャスター戦のダメージは何事もなかったかのように消えてしまっている。
 サーヴァントとして召喚されている以上、弱点が存在しないわけではないだろう。だが、キャスターとの戦いで消耗した今戦うのはあまりにも厳しい。
 戦わずに済むならば、それに越したことはない。

「……わかったわよ。そこまで言うなら聞いてあげるわ、子ブタ。
 ――今回はやる気がないなら見逃してあげるわ。私のマスターが寛大で良かったわね、バーサーカー」
「なんだよ誤解フラグで戦闘とかないのかよ。パロロワだろ? もっとやる気出せよ書き手」
「だからお前はっ……滅多な事を、……言うなっ!」

 揶揄するようにおどけるバーサーカーを、マスターがうんざりしたように怒鳴りつける。
 ……喋れるバーサーカー。よくよく考えてみれば、月の聖杯戦争では出会った経験のないタイプのサーヴァントだ。
 いや。正確には、見たこと自体はあったりするわけだが――

「……なによ子ブタ。いきなりこっち見て」

 まあ、それは置いといて。
 やはり喋れるとはいっても、バーサーカーと意思疎通を行うのは並大抵の事ではないらしい。
 それは目の前のバーサーカーを見てもよくわかった。

「オイオイ、そういう言い方はないだろ? これでもオレちゃん親しみやすくしてやってる方なんだぜ? いきなり英語で喋っても読めないだろ、読み手が」
「だからお前はちょっとでいいから黙っててくれ……」

 再び喋り出したバーサーカーを、マスターが手ぶりで制する。
 そして一つ、大きな溜息を吐いた。

「……わかったよ。アサシンの事が聞きたいんだろ。でも、こっちだって細かいところは知らないからな」


279 : Fly into the night ◆ACfa2i33Dc :2015/03/30(月) 05:19:59 z9QDRT2U0

                             ●

「――で、しんのすけは……死んだ。
 ……その後、アサシンにキャスターを一緒に討伐してくれるかって頼まれて、ボクはここに来たんだ」

 バーサーカーのマスター――ウェイバー・ベルベット。
 彼が語ったのは、アサシンが自らのマスター――野原しんのすけを失うまでの顛末だった。

 それを終わりまで聞いたエリザが、こちらの意思を確認するように顔をちらりと向けてくる。

「……で、どうするの? この話、信じるの? 子ブタ」

 信じる――というよりも、辻褄は合っていると思う。

 アサシンが遠坂凛を襲撃したのは朝方。
 バーサーカーが魔物に襲われているしんのすけを助け、アサシンと戦ったのが昼頃。
 そして、しんのすけが殺されたのが夕方。
 この話が正しければ、悠に半日の間アサシンは自らのマスターを守って戦っていたことになる。

 魔力が尽きかけていたとはいえ、あのランサーを圧倒するような英霊であっても……それだけの時間を戦っていれば魔力はどうしても消耗する。
 それに加えてマスターを失っていれば、たとえ『単独行動』の特徴(スキル)を持ったサーヴァントだろうと常態の2割の戦闘能力も発揮できないだろう。
 そんな状態では、キャスターどころかキャスターの魔物にも苦戦する有様でも不思議はない。

 そしてマスターを守るために他の主従を襲撃し令呪を使わせるような、手段を選ばないサーヴァントであれば――

「復讐のために、一時的なマスターを裏切ってもおかしくない……ってわけね」

 話を聞く限り、アサシンは己のマスターであるしんのすけには過剰なまでの忠誠心を。そして、それを殺したキャスターには強い復讐心を見せていたようだ。
 であるならば、その復讐を遂げるために新たなマスターである遠坂凛を裏切った――という可能性は捨て切れない。

「……確かに、そうかもな。アサシンの奴……しんのすけが死んだ直後、かなり取り乱して地面を何度も殴りつけてた。
 かなり堪えてたみたいだし……復讐で頭がいっぱいになっててもおかしくない」
「実際はおじいちゃんの犯行なんだけどな。まあ結果的にはそうなっちゃうかー、そうだよなー」

 ウェイバーは同意。バーサーカーは……何を言っているのかはわからないが、うんうんと頷いている。
 まあ、それはともかく。もしそうだとすれば、キャスターのマスターを連れて撤退したアサシンが次に取る行動もそれなりに想像がつく。
 アサシンはキャスターへの復讐を果たした。アサシンが復讐を重要視するならば、次に取る行動は――


280 : Fly into the night ◆ACfa2i33Dc :2015/03/30(月) 05:21:16 z9QDRT2U0


   >アサシンを狙う
   自分達を狙う
   ルーラーを狙う


 ウェイバーが赤黒のアサシンから存在を伝えられたという、『NPCを扇動し、暴徒化させたアサシン』。

 ウェイバーの話では、しんのすけが殺された時、暴徒と化したNPCの影からキャスターの魔物が現れたという。
 この事から、おそらくは例のアサシンとキャスターは協力関係にあったと推測できる。
 赤黒のアサシンが復讐を目的とするなら、これを見逃すはずはないだろう。
 もし赤黒のアサシンを追うのならば、一つの指針となる。

「……って、おい。折角行ったのに、またアサシンを追うのか? そりゃ、そっちはその……仇討ち、したいんだろうけどさ」

 凛を殺させてしまった負い目があるのか、ウェイバーが遠慮がちに問うてくる。

 ――遠坂凛の仇討ちをしたいという気持ちがないと言えば、それは嘘になるだろう。
 だが、それよりも。赤黒のアサシンが、こちらを放っておくとは思えない。

 もし赤黒のアサシンが復讐を遂げた時、次の目標となるのはなにか。
 復讐の手段を選ばない程に元のマスターに対して高い忠誠心を持っていたのなら、復讐を果たした後は――

「……なるほど。聖杯を使って、元のマスターの蘇生を願ってもおかしくないわね」

 エリザに頷く。
 そしてその時、赤黒のアサシンにとって真っ先に狙うべき対象は――

「――ボク達、ってことか?」

 そう。
 赤黒のアサシンにとって、自分たちは己の手の内を知られている相手だ。
 聖杯を手に入れる気になった場合、最優先で始末したい対象と見られてもおかしくはない。

「え、名物のビックリドッキリエントリーしてくれんの!? やべェちょっと見たい!」

 こちらが赤黒のアサシンの手の内を知っているのと同じように、彼もこちらの手の内を知っている。
 こちらの手の内を知っているアサシンのサーヴァントに率先して狙われている状態になれば、あまりにも危険だ。
 ならば、先手を打って行動するのも考慮に入れておきたい。

「で、どうするの子ブタ? アサシンに狙われてるかもしれない、“もう一人のアサシン”に接触する?」

 ……いや。
 敵の敵は味方――というワケにも、いかないだろう。
 赤黒のアサシンはこちらにとって脅威だが、しかし『NPCを操るアサシン』も、推測が確かならば一時的とはいえキャスター――大魔王バーンと協力関係にあったサーヴァントだ。
 一筋縄の相手とは思えない。むしろ、警戒すべき相手の可能性もある。

 ここはウェイバーとバーサーカーとも協力せざるを得ない、と思うのだが――どうだろうか。

「……わかった、ボクは賛成だ。どうせ乗りかかった船だし……そっちの話が正しければ、バラバラだと各個撃破されるだけだろうからな。アサシンをどうにかするまでは協力する。
 でも、こっちのサーヴァント……はともかく、そっちのサーヴァントはいいのか?」
「子ブタが言うなら我慢するわよ。ムサくて華がないのは気に入らないけどね」
「お? 花? オレちゃん花なら咲かせられるぜ。真っ赤な花だけだけどな。いや、中身によっては緑とかもイケるか」

 ウェイバーと――少し心配していたが、エリザも問題なさそうだ。よかった。
 なら、簡単にでもこの次の行動方針について決めておきたいところだが――さて、どうしよう。
 警戒を兼ねて『NPCを操るアサシン』を探してみるにしても、流石に情報が少なすぎる。そもそも、キャスター戦に参戦しなかった事を考えると既にこの周辺を離れていてもおかしくない。

「……なら、一旦休まないか? ボクはもう、流石に魔力の消耗がキツいんだ。
 これ以上バーサーカーに戦わせてたら本気で身がもたない」

 考えあぐねていたところに、ウェイバーが打診してくる。
 ……確かに、ウェイバーだけでなくエリザもかなりの魔力を消費している。なにか行動を起こす前に、休憩し魔力を回復するのがいいかもしれない。

「この近くに、ボクの住んでいるマンションがある。そこで休もうと思う。そっちはどうするんだ? ……アサシンの事を考えると、一緒に休みたいんだけど」

 元の住居は橋の向こう。今まで使っていた遠坂邸は近場だが、アサシンに既に住所が割れている。
 どちらも今から休憩するには適さないだろう。ここは、申し出を受け入れる事にした。

「マンションねえ……私とマスターを迎え入れるには適さないけど、まあ我慢してあげるわ」

 憎まれ口を叩きながら、エリザもついて来てくれる。
 先導するウェイバーの後を追いながら――最後にもう一度、遠坂凛の形見、アゾット剣を握り締めた。

 ――夜はまだ、続いている。


281 : Fly into the night ◆ACfa2i33Dc :2015/03/30(月) 05:21:38 z9QDRT2U0


【B-4/高層マンション跡地/一日目/夜】

【岸波白野@Fate/EXTRA CCC】
[状態]:健康、喪失感
[令呪]:残り二画
[装備]:アゾット剣
[道具]:携帯端末機
[所持金] 普通の学生程度
[思考・状況]
基本行動方針:「 」(CCC本編での自分のサーヴァント)の記憶を取り戻したい。
1. 休息するために、ウェイバーの自宅へ。
2. 『NPCを操るアサシン』を探すかどうか……?
3. ウェイバー陣営と一時的に協力。
4. 狙撃とライダー(鏡子)、アサシン(ニンジャスレイヤー)、『NPCを操るアサシン』を警戒。
5. 聖杯戦争を見極める。
6. 自分は、あのアーチャーを知っている───?
[備考]
※エリザベートとある程度まで、遠坂凛と最後までいたしました。その事に罪悪感に似た感情を懐いています。
※遠坂凛の記憶の一部と同調しました。
※ルーラー(ジャンヌ)、バーサーカー(デッドプール)、アサシン(ニンジャスレイヤー)のパラメーターを確認済み。
※アーチャー(エミヤ)の遠距離狙撃による攻撃を受けましたが、姿は確認できませんでした。
※アーチャー(エミヤ)が行った「剣を矢として放つ攻撃」、およびランサーから聞いたアーチャーの特徴に、どこか既視感を感じています。
 しかしこれにより「 」がアーチャー(無銘)だと決まったわけではありません。
※足立透の人相を聞きました。
※『NPCを扇動し、暴徒化させる能力を持ったアサシン』(ベルク・カッツェ)についての情報を聞きました。

【ランサー(エリザベート・バートリー)@Fate/EXTRA CCC】
[状態]:ダメージ(中)、魔力消費(中)
[装備]:監獄城チェイテ
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:岸波白野に協力し、少しでも贖罪を。
0. 元気出しなさいよ、子ブタ。
1.アサシン(ニンジャスレイヤー)は許さない。
[備考]
※アーチャー(エミヤ)の遠距離狙撃による襲撃を受けましたが、姿は確認できませんでした。
※カフェテラスのサンドイッチを食したことにより、インスピレーションが湧きました。彼女の手料理に何か変化がある……かもしれません。

【ウェイバー・ベルベット@Fate/zero】
[状態]魔力消費(極大)、心労(大)、嘔吐跡
[令呪]残り二画
[装備]デッドプール手作りバット
[道具]仕事道具
[所持金]通勤に困らない程度
[思考・状況]
基本行動方針:現状把握を優先したい
1.休憩の為に一度家に戻る。
2.バーサーカーの対応を最優先でどうにかするが、これ以上令呪を使用するのは……
3.バーサーカーはやっぱり理解できない。
4.アサシン(ニンジャスレイヤー)に不信感と警戒。
[備考]
※勤務先の英会話教室は月海原学園の近くにあります。
※シャア・アズナブルの名前はTVか新聞のどちらかで知っていたようです。
※バーサーカー(デッドプール)の情報により、シャアがマスターだと聞かされましたが半信半疑です。
※午前の授業を欠勤しました。他のNPCが代わりに授業を行いました。
※ランサー(エリザベート)、アサシン(ニンジャスレイヤー)の能力の一部(パラメータ、一部のスキル)について把握しています。
※アサシンからキャスター(大魔王バーン)とそのマスター(足立)、あくまのめだま・きめんどうし・オーク・マドハンド・うごくせきぞうの外見・能力を聞きました(じんめんちょうについては知りません)
  また、B-4倉庫の一件がきめんどうしをニンジャが倒したときの話だと理解しました。
※アサシン(ベルク・カッツェ)の外見と能力をニンジャスレイヤーから聞きました。
※バーサーカーから『モンスターを倒せば魔力が回復する』と聞きましたが半信半疑です。
※放送を聞き逃しました

【バーサーカー(デッドプール)@X-MEN】
[状態]魔力消費(中)、再生中
[装備]ライフゲージとスパコンゲージ(直った)
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針: 一応優勝狙いなんだけどウェイバーたんがなぁー
0.汚いなさすがニンジャきたない
1.あれ? そういやなんか忘れてる気がするけどなんだっけ?
[備考]
※真玉橋孝一組、シャア・アズナブル組、野原しんのすけ組を把握しました。
※『機動戦士ガンダム』のファンらしいですが、真相は不明です。嘘の可能性も。
※作中特定の人物を示唆するような発言をしましたが実際に知っているかどうかは不明です。
※放送を聞き逃しました。


282 : Fly into the night ◆ACfa2i33Dc :2015/03/30(月) 05:26:20 z9QDRT2U0

                                † † †


 薄暗い聖堂に、二対の靴音が響く。

「よかったですね」

「岸波白野が、まだ戦う気概を持っていて」

 片方の靴音の主――カレン・オルテンシアは、ぽつりとそんな言葉を漏らした。

「……そんな事よりも、カレン。
 ――どうやら、穂群原学園で規模の大きな戦闘があったようです。マンションの件と合わせて、隠蔽の措置を」

 もう片方の靴音の主――ルーラーは、既に裁定者の仮面を被っている。
 岸波白野の幸運を祈った個人は、その姿から伺うことはできない。

「そうですか。では、情報隠蔽を行っておきます」

 残念そうな顔をしながら、カレンは応じた。
 ――NPCの認識それ自体は、日常からはみ出た異常に対してはそれを捻じ曲げられ認識しきれないのがデフォルトになっている。
 だが、『穂群原学園で謎の爆発事件が起きた』という噂、そしてニュース自体を消し去る事はできない。

 その不審なニュースを隠蔽し、表向き『単なるガス爆発』として扱わせるのは、管理役の仕事の一つだった。

「では、私は出ます。後は宜しくお願いします、カレン」

 そう言い残し、ルーラーは聖堂の扉を開け夜の闇の中へと飛び出す。
 後に残されたカレンは、溜め息を吐いて業務に取り掛かった。

【D-5/教会/1日目 夜】

【ルーラー(ジャンヌ・ダルク)@Fate/Apocrypha】
[状態]:健康
[装備]:聖旗
[道具]:???
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の恙ない進行。
1. タスクは幾つか溜まっていますが、どれから片付けるべきか――。
[備考]
※カレンと同様にリターンクリスタルを持っているかは不明。
※Apocryphaと違い誰かの身体に憑依しているわけではないため、霊体化などに関する制約はありません。
※カッツェに対するペナルティとして令呪の剥奪を決定しました。後に何らかの形でれんげに対して執行します。
※バーンに対するペナルティとして令呪を使いました。足立へのペナルティは一旦保留という扱いにしています。
※令呪使用→エリザベート(一画)・デッドプール(一画)・ニンジャスレイヤー(一画)・カッツェ(一画)

【カレン・オルテンシア@Fate/hollow ataraxia】
[状態]:健康
[令呪]:不明
[装備]:マグダラの聖骸布
[道具]:リターンクリスタル(無駄遣いしても問題ない程度の個数、もしくは使用回数)、???
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の恙ない進行時々趣味。
1. 穂群原学園での戦闘および、B-4でのマンション倒壊の情報隠蔽。
2. ルーラーの裁定者としての仮面を剥がしてみたい。
[備考]
※聖杯が望むのは偽りの聖杯戦争、繰り返す四日間ではないようです。
 そのため、時間遡行に関する能力には制限がかかり、万一に備えてその状況を解決しうるカレンが監督役に選ばれたようです。他に理由があるのかは不明。
※管理役として、箱舟内のニュースや噂などで流れる情報を操作する権限を持っています。


283 : 名無しさん :2015/03/30(月) 05:26:49 z9QDRT2U0
投下終了です。


284 : 名無しさん :2015/03/30(月) 14:02:34 8aVbxpWY0
投下乙です
デップーがどう動くか読めない感じですがとりあえずまとまった流れですね
バーン様のからの一連の流れをまとまって色々な展開につなげそうです
それとルーラー陣営との距離感の描写が印象的でした

ただ二次二次だと穂群原でなく月海原学園なので、そこだけ収録時に修正した方がいいかと思います


285 : 名無しさん :2015/03/30(月) 18:23:32 stu/ijgI0
バーンが住人の替わりにすげていたマネマネは別段問題にならなかったんでしょうかね


286 : 名無しさん :2015/03/30(月) 18:35:56 RptbOAvw0
投下乙です。
白野組とウェイバー組が同盟結成か。
デッドプールとエリザベートのコンビは賑やかで掛け合いがおもしろそう。
同盟を組んだがデッドプールはノリで白野達を裏切りかねないのが怖い


287 : 名無しさん :2015/03/30(月) 23:02:45 GtA9Y7Vk0
>>285
扱い薄いけどきちんとマンションの件の隠蔽もするって書いてあるだろう


288 : 名無しさん :2015/03/30(月) 23:56:19 stu/ijgI0
マネマネは通勤通学と住人の行動をトレースして各地に散らばってた筈


289 : 名無しさん :2015/03/31(火) 00:20:18 w/.gZORMO
アスペかよ


290 : 名無しさん :2015/03/31(火) 12:38:32 Lg4S8aak0
口ばかり達者な読み手様ばかりよく揃えたもんですなぁ。まったくお笑いだ


291 : 名無しさん :2015/03/31(火) 12:40:33 Ay3h0sJI0
ただのカカシですな


292 : 名無しさん :2015/03/31(火) 13:02:40 8hWrBpQ20
投下乙です
さまざまな波乱を呼んだバーン包囲網もこれにてひと段落!
デッドプールという不安要素こそあれ一先ず白野組とウェイバー組が同盟を組めて何よりでした
今後のこのグループの活躍が楽しみです

そして今回は考察回としても興味深い内容の話でもありました
「方舟」と「聖杯」
本来結びつかぬはずの二つの聖遺物の関係とはいったい?
今後の展開にかなり重要な内容だったと思います


293 : 名無しさん :2015/04/01(水) 01:30:19 .xLT6DXo0
エイプリルwww


294 : 名無しさん :2015/04/01(水) 02:06:55 mf9tA/5E0
まとめwikiのエイプリルワロタwww
編集者乙です


295 : 名無しさん :2015/04/01(水) 08:48:40 saqNTD5s0
バーン様何やってんすか


296 : ◆Ee.E0P6Y2U :2015/04/04(土) 18:47:46 BfZaCr3A0
投下します。


297 : we are not alone ◆Ee.E0P6Y2U :2015/04/04(土) 18:49:09 BfZaCr3A0

静かだったが、どこか落ち着かない静けさだった。
少し街から外れたところにある喫茶店にて、ルリとれんげは夜を過ごしていた。
立地もあるのか、店内にさして人はいない。ノートPCを広げているスーツ姿の男とぼうっとしている青年、机を囲んでわらっている学生たちくらいだ。
ぽつぽつといる客と共に、こじゃれた音楽が流れる喫茶店に二人はいた。

窓は夜の色が滲み、暗い街が広がっている。
その窓をちらちらと見てしまう。れんげは妙に気持が昂ぶっていた。
そわそわしていた。
今日ここに来てからよく分からないことが目白押しだった。
いろんなことがあった。いろんな人に出会った。
別にそれはいい。何だかうるさい一日だったけれど、別に不安になるようなことはなかった。
何一つなかった。彼女は偽りなくそう思っていた。色々なことがあったせいで多少疲れているくらいだ。

だから、彼女がいま抱いている“そわそわ”とは。

――かっちゃん……

れんげ自身のことではなく、彼女の親友についてのことなのだった。

――なんでみんなかっちゃんをいじめるん?

と。
彼女はそう悶々と考えていた。

初めて会った“八極拳”の青年も
“はるるん”も“しんぷ”も、目の前に座っている“るりりん”も
何故だか、会う人会う人、同じ反応をするのだ。
れんげの友人のことを悪く言っている。
直接言葉には出していなくとも、れんげは察することができた。
それくらい彼女にだって分かる。ここに来る前だって、みんな同じように誰かが誰かをいじめて、いじめられて、そんな空気があったのだから。

だかられんげんは、かっちゃん――ベルク・カッツェの身を本気で案じていた。

――みんな、かっちゃんと友だちになって欲しいのん。

そう、ずっと思っていて、れんげはずっとそう行動してきたつもりだった。
だけど何時の間にかかっちゃんはいなくなっていて、代わりに周りの人間がみな彼のことを悪く言い出した。

こんな空気は厭だった。
村から出ても、やっぱりこんなふうになってしまう。
そのことが、れんげを不安にさせた。

――それにあっちゃんも……

れんげは先ほど閃いた恐ろしい考えが頭から離れない。
ここで出会った“あの人”がお腹をすかせて死んでしまう。
そんな恐ろしい事態が。

れんげはもう一度ルリを窺う。
彼女は今黙っている。黙って端末をじっと見つめている。
とても忙しそうに見えた。

ルリにはさっきの恐ろしい考えは既に伝えてある。
彼女なりに必死に考えた言葉だった。
しかし、それにルリには適当な嘘であしらわれてしまった。
無論、れんげにあしらわれた、だなんて感覚はまだ分からないけれど、それでもまともに取り合ってくれなかったことは分かる。
それくらいはれんげにだって、いやれんげだからこそ分かる。

……溝があった。
才気あふれるが未だ純真無垢の子どもであるれんげと
少女の身であるが既に出会いと別れを知り、大人として生きているルリの間にある、
大人と子どもの溝だった。


298 : we are not alone ◆Ee.E0P6Y2U :2015/04/04(土) 18:49:32 BfZaCr3A0

――どうして嘘つくん……るりりん……

ルリに余裕があれば、もう少しれんげのことを慮ってやれたかもしれない。
でも、彼女は今とても大事なことを抱えていて、結果として大人として振る舞わざるを得なかった。
れんげは勿論そんなこと、知る由もないのだけれど。

だかられんげが頼っていた。
“八極拳”でなく、“はるるん”でも“しんぷ”でもなく
他の誰でもない、自分の親友に、助けを求めていた。

――かっちゃん

れんげは彼のことを案ずると同時に、助けを求めていた。
その想いは、れんげの中では一つの言葉として現れていた。

――会いたいのん……

と。

その言葉にルリは気付かない。
ただ端末の画面を眺めて、何かを思案している。
だって、そこには……






299 : we are not alone ◆Ee.E0P6Y2U :2015/04/04(土) 18:49:57 BfZaCr3A0


現状はとても危うい状況にある。
電人HALはそう分析していた。

0と1の羅列を介して彼は情報を視る。
盤面に挙げられたあらゆる要素を計算し、処理する。
彼は慎重派だが、しかし行動が遅いという訳ではない。
その処理能力を持ってして、最も合理的な解を彼は下すことができる。

危険があれば未然に防ぐ用意を。
一見して婉曲に見えようとも、最終的に有利になるような行動を。
膨大な情報を介して盤面を見通し、策を用意することができる。

そんな彼をして“危うい”と称される要因は、

――ベルク・カッツェ

その一騎のサーヴァントによるものなのだった。
彼についての情報は既に得ている。彼の能力・性質なども分析可能だろう。
事実既にある程度情報は収集できている。
普通ならば、この時点である程度盤面の先を見通すことができる。
主義主張ならば誘導できる。計算で動く相手は行動を読むのも容易い。

しかし、このサーヴァントだけは駄目だ。
奴の行動原理は単純明快だ。“状況をかき乱す”その一点だけを突き詰めた愉快犯。
そんな存在を計算式に入れること自体にリスクが伴う。

それがHALがカッツェとの接触自体を“失敗だった”とした理由である。

カッツェという存在を噛ませてしまったせいで、次の状況がどうなるのか分からなくなっている。
故に切り捨てる、という判断をHALが取ったのは当然だった。
また加えて、カッツェに対していくつかの策を既に彼は打っている。

――しかしそれでもなお、ベルク・カッツェという最悪のトリックスターの存在は“危うい”

行動の読めない不確定因子が盤面をかき乱している。
状況が良くなるか、悪くなるか、それすら判別できない。
関わった時点で、演算結果が不確定になる、そんな危うさをカッツェは持っているのだった。






300 : we are not alone ◆Ee.E0P6Y2U :2015/04/04(土) 18:50:24 BfZaCr3A0


――れんちょーんwwww

れんちょーん、どこですかwwwww
ミィがわざわざ探してやってるんだからとっと出てきてくださーいwwwwwwww
つうかぁwwwwマスターがどこいったか分からないってwwwwwそれ聖杯戦争舐めてないですかwwwww
迷子のマスターって、子どもかwwwwいや子どもなんですけどwwwww
やっぱ子どもってウゼえわ。目え離したらすぐにどっか行っちゃうし
ミィが選んだ? 確かにそうなんスけどwwwwwwでもwww
仕方がないじゃないっすかwwwwNPCとかルーラーちゃんとかwwwwww
んな面白そうなもんほっぽって、れんちょんのお守りとかwwwwww
ム・ム・ム・無理ィwwwwwwwwww

ベルク・カッツェはミニバンより夜の街に降り立った。
桃色の肌理細やかな髪が揺れる。整えられた髪のいい臭いをまき散らし、その端麗な顔で夜を満喫する。
女性としてのアイコンに身に包んだ無垢なる少年が今のベルク・カッツェだった。
縁深い少年の皮を被った彼は、完全に女装少年となり危うい色香を振りまいていた。
完全なる擬態、ドッペルゲンガー、オバケ。しかし、澄んだ碧の瞳は醜く歪んでいて、元の彼とはかけ離れた形相をしている。

ベルク・カッツェはありとあらゆる姿を借りる。
全ての状況を盾に、散らばった悪意を集めて、煽り、燃えさせる。
それは全て――愉しいからだ。

ベルク・カッツェは別に何か願いとか、なさねばならないこととか、そういうものはない。
ただただ騒ぎ立てて、人で遊びたいだけだ。
できるだけタチ悪く、ろくでもない方向に。

だから聖杯戦争といったって、真面目に取り組んでいたつもりは微塵もない。
言うまでもないことだ。
アーカードたちと接触したことも、ジナコを陥れたことも、大魔王バーンと組んで惨劇を引き起こしたことも、
真玉橋孝一にちょっかいかけたことも、HALなる怪しげな男の誘いに乗ったことも、
どれも全て――唯一ジナコの件だけは別の理由も少し混じっていたが――それが愉しそうだったからだ。

どこまでも刹那主義。
しかし長期的がない訳ではない。
結果的に大きな爆弾を生むなら、それなりに長い準備をしてもいい。

宴の準備はしよう。愉しむためならあらゆる役割を演じてみせよう。
求められれば力を貸そう。ついでに五分前は敵だった奴にも力を貸そう。
情報だって別に歪曲する訳じゃない。拡散すれば勝手に誰かが歪曲してくれる。

ただ――その先に何かを生むということを、ベルク・カッツェは考えない。
達成すべき願いというものが、彼には欠落している。

だから、あらゆるプロセスを無視して結果という奇跡を与える聖杯と、ベルク・カッツェは全く相いれない。
戦争に勝つことも、敗けることも、目的にはあり得ない。

だからこそ、彼はこんな時だって嗤っている。
監督役から制裁をくらい、マスターを見失っていても、彼にとっては関係ない。
嗤える。
勿論気に入らないことだってあるが、しかしそれすら笑い飛ばせる範疇なのだ。

――wwwwwwwwwww

聖杯戦争という舞台そのものを嘲笑っている。
そういう意味で、この場において彼の敗北はない。そもそも勝利がないのだから、敗北などある筈もないだろう。

けれど、それでも

――れんちょーんwwwwwwwwwww

彼は一応“今は”本気で己のマスター、宮内れんげを探していた。
罠かもしれないとは思いつつも、他に当てもなく、カッツェはれんげを探して街を行く。
もっともっと愉しみたいから。
死なれたら困るのだ。
最後には全ておじゃんになるにしても、聖杯戦争を嗤い飛ばす為にも、れんげは必要だった。
だからこそ途中まではHALの思惑に乗っていたのだ。
もっとも長引けばすぐに別のことに興じるであろう、その飽きっぽさもカッツェがカッツェたる由縁であったが。

厚情でも使命でも、勿論友情でもない。
ただただ嗤ってやる為に、カッツェはれんげを探す。


301 : we are not alone ◆Ee.E0P6Y2U :2015/04/04(土) 18:50:54 BfZaCr3A0

――とりあえずwwwww孤児院wwwwwwwww

退屈極まりない道中を経て、ミニバンは孤児院近くへと止まっている。
一先ずはHALの思惑通り、カッツェは孤児院へとやってきた。
洗脳済みの監視役たちもカッツェと共に降りている。

――さあて……次は

カッツェは洗脳された面白味のない男女の様子を窺う。
このミニバンと言い、明らかに不審者だ。加えて夜。
こんな顔ぶれではとてもではないが中には入れてくれないだろう。
とはいえHALのことだ。何かしら策を講じているに違いない。

そう思っていると、不意に監視役の一人がタブレットを差し出した。
そこにはHALからのメッセージが表示されている。

『彼らは今から孤児院を襲撃する。
 君はその間に幼女と接触するといい』

――うはwwwwwwマジで幼女誘拐wwwwwwwwwwHAL思いのほかアグレッシブwwwwww

直接的な暴力の指示がそこにはあった。
幼女誘拐、などと冗談のように考えていたことが本当になるとは。
道中は退屈極まりなかったが、しかし中々面白そうな展開だった。

「…………」

孤児院を襲撃、という明らかな犯罪を命じられて尚、周りの男女は顔色一つ変えていなかった。
電子ドラッグの有用性の証左だったが、しかしカッツェは少し退屈でもあった。
洗脳されて強制よりは、勝手に自滅する方がカッツェの趣味には合致している。
とはいえ行動が限定されている今の自分にとって、彼らが代わりに騒ぎを起こしてくれるというのはありがたい。
どうせれんげはいないだろうが、精々派手に騒ぎを起こしてみるとしよう。

「じゃあ行くとしますか。レッツ幼女誘拐wwwwwww」

桃色の髪を揺れる。カッツェは「行け!」とでもいうようにぴんと指を立てた。
NPCたちはすぐには動かない。彼らはカッツェの言うことを聞く訳ではないのだ。
だから彼らがこれから勝手に起こす犯罪に、カッツェは便乗することになる。

「幼女誘拐wwwwwwGowwwwwwww」

そうして日が沈んだ頃、五人の男女が孤児院へと突入した。
突如として豹変した彼らは門を打ちこわし、凶器を持って突入する。

――でミィは

HALの思惑通り、孤児院に突っ込んでやることにする。
しかし、そのまま乗ってやるのも癪に障る。最も愉しい形になるよう、立ち回ることにする。

――女装で幼女誘拐とかwwwwwwミィはそんな変態じゃないでええええすwwwww

小柄な身体。二つに結われた髪。つぶらな瞳。
そうして現れたのは……

――にゃwwwwwんwwwwwwぱwwwwwすwwwwwwwww

それは他でもない。探し人にして己がマスター――宮内れんげのものなのであった。
そうして結ばれた先に、れんげとなったカッツェは居た。
この場に来る前、戯れに“親友”としてその姿を手に入れていたカッツェは、ここに来てその姿を纏った。

完全にれんげの姿となったカッツェだが、しかしやはりそれはカッツェなのだった。
見る人が見れば、すぐに分かるだろう。

だって、れんげは滅多に笑わない子どもだったから。
何時だって嗤っているカッツェでは成り代わりようがない。


302 : we are not alone ◆Ee.E0P6Y2U :2015/04/04(土) 18:51:19 BfZaCr3A0

――さあ行っちゃいますよwwwwwwwwwwww

そんなあり得ない姿を纏い、カッツェは暴力が向けられた孤児院へと侵入する。
HALは彼は自分を誘導しようとしている。
察するに彼は慎重派だ。計画を練りに練って状況を動かすタイプ。

――HALがどんなことたくらんでるのとかぁ知りませんけど

精々訳の分からないことにしてやろう。
今の自分はNPCに干渉することはできないが、しかし逆は別だ。
要は向こうから干渉したくなるような姿になってやればいいのだ。

そう考えると“子ども”というのは実に便利な姿なのだった。
大人というのは子どもの面倒を見るものだ。本当は疎ましく思っていても、大人は子どもを保護しなくてはならない。
社会においてはそうなっている。それを逆手に取ってやればいい。

子どもが困っていたら、勝手に大人は解釈してくれる。
大人は子どものことくらい何だって分かると思っているものだ。
悩んでいるなら、勝手にその原因を認識したものを排除し出す。

襲われたとか言って、あのミニバンの男女のことを漏らすとか、HALに幼女誘拐の濡れ衣を押し付けるとか、
勝手に大人たちに察してもらうのだ。こちらから干渉せずとも、向こうが勝手にやってくれる。

ルールの抜け道を通るような真似を、カッツェは実践してみることにした。
この孤児院で遊んでやろう。そう思ったのだ。

長期的に見れば、HALとの関係が破たんしかねない選択は悪手としか言いようがなかった。
しかし、そんなこと、カッツェにしてみればどうでもよかった。
状況を最も面白く愉しむこと。それが彼にとっての至上なのだから。

「じゃwwwwwいくのんwwwwww」

そうして“子ども”となったカッツェは、孤児院に足を踏み入れた。
そこには暴力と犯罪が蔓延している筈だった。

「あ?」

しかし、そこは静かなままだった。
追い回される幼女も、破壊される施設も、何もかもがない。
ただただ平和な孤児院の夜がそこにはあり――

「――それで子どもになったつもりか」

――地面に倒れ伏す男女と、一人の神父がそこにいた。
倒れた男女の身体は腕やら足やら変な方向に曲がっている。嘔吐しているものもあった。
それを足蹴にしながら、異様なまでに穏やかに、神父はカッツェと相対している。
その両手には月光を受けきらめく一対の刃があった。

「――なるほど。本当に姿を変えられるんですね」

今度は後ろから声が聞こえた。
迷いのない、凛とした少女の声だった。

「知っていますか? この冬木市で起こったある事件を」

振り返るとそこは――妖精がいた。
警視の妖精にして、電子の妖精。
銀の髪を揺らす一人の妖精は“子ども”となったカッツェを見つめている。

「新都暴動事件……ジナコ・カリギリを名乗る女性が暴れ回った事件がありました。
 しかしジナコ・カリギリの行動は明らかに軽率な上、おかしなものがある。
 彼女はシロです。まず動機がありません。それにアリバイがあるんですよ、彼女には」

ネットのログです、と彼女は言った。

「パソコンが破壊されていた為、確認に時間がかかったそうですが、しかし犯行時刻に彼女がアクセスした痕跡がネット上に残っている。
 無論ネットのログですから本人とは限りません。彼女が堂々と犯行していた記録がある以上、いくら怪しかろうと容疑は揺らぎません。
 ただし――彼女に変装できる者が近くにいたらどうでしょう? 状況は大きく変わってきます」

ぴっ、とルリは指を立てる。
その先には年端もいかない“子ども”の皮を被った何かがいる。

「犯人は――貴方です」

ルリは言った。


303 : we are not alone ◆Ee.E0P6Y2U :2015/04/04(土) 18:51:48 BfZaCr3A0



 



HALはカッツェを切り捨てることを選んだ。
確実に、手を汚さないように、カッツェを盤面から排除する。
その為に幾つか手を打った。

その一つが――ルリへの情報のリークだった。

敵として立ちふさがった警視の妖精へ「孤児院を襲撃するものがいる」と情報を流す。
加えてそこに「姿を自由に変えるサーヴァントがいる」とも。
彼女の端末に匿名でそれを流すことなど、HALにしてみれば造作もないことだった。

ルリが警視という立場にあり、宮内れんげと共にいることは既にHALは掴んでいた。
そこにそんな情報を流せば、彼女は無視できない。

本来ならば匿名のタレコミなど信用されないだろう。
しかしこの舞台は“聖杯戦争”だ。
カッツェのマスターを保護している以上、彼女はこの情報を無視できない。
恐らく彼女は――れんげとカッツェの接触を防ぎつつカッツェと敵対するだろう。

上手くいけばカッツェとルリを潰しあわせることができる。
切り捨てることと利用すること、それを同時に為す二重の奸計であった。






304 : we are not alone ◆Ee.E0P6Y2U :2015/04/04(土) 18:52:22 BfZaCr3A0

「犯人は――貴方です」

一度言ってみたかったんですよね、これ。
内心でそう付け加えつつ、ルリは目の前に立つれんげに似た誰かを指差した。

何者かからの情報提供にはひどく警戒した。
しかし、無視できるはずもない。カッツェの名もだが、孤児院という場所も問題だった。
一応の休戦相手が拠点にしている場所だ。そこに襲撃が来る。
怪しいが、しかし伝えない訳にもいかない。

そうして休戦相手――アンデルセンに事態を伝えたところ、一つのピースが埋まった。

ジナコ・カリギリを保護していたのは、彼女のサーヴァントではなく、なんとアンデルセンたちだった。
その情報交換を経て、れんげのサーヴァント“かっちゃん”の正体が完全に明らかになった。
例のメールにはご丁寧に“ベルク・カッツェ”と真名まで記されてあったのだ。
それが何時何処に来るかまで教えてくれた。
信用度には疑問があるが、有用な情報には間違いなかった。
警戒しつつも神父と協働し、待ち伏せの布陣を整えた。

――どうなるか分かりませんでしたけど。

とりあえず実際に襲撃はあり、そこにカッツェは居た。
彼ないし彼女が姿を自在に変えられるサーヴァントであることは明白だ。
何せその姿は、今しがたまで一緒にいた“子ども”の姿そのものなのだから。

――れんちょんさんの、サーヴァント

れんげを呼び出した、イレギュラーなサーヴァント。
そのベルク・カッツェを調べれば、方舟に関して何か知ることができるかもしれない。
その為にも自由に姿を変え悪意を振りまくこの存在を、どうにかして彼女から切り離す。

神父と警視に囲まれた“子ども”は無表情で二人を見上げている。

「とりあえずこっちに来てください。抵抗しなければ危害は加えませんよ」

ルリは語りかける。一応の警告だった。
神父は黙っている。一見穏やかだが、はっきりとした戦意が感じられる。
万に一つもカッツェを逃すことはないだろう。

進退窮まった状況に置かれた“子ども”は――

「wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」

――嗤った。

顔を異様に歪ませ、品性のない笑みをその顔に浮かべた。
れんげとはかけ離れたその嗤いに、ルリはひどく不愉快なものを感じた。

「貴方をwwwwww貴方が犯人ですwwwwwwwたはっwwwwwwwwwミィが犯人って何それ」

嗤いながら、カッツェは“子ども”の姿を脱ぎ捨てた。
宮内れんげという年端の行かない幼女ではなく、異様な長身の何かが現れた。

「はーいwwwwwwww正解でええええええすwwwwwwwwwミィが犯人wwwwwww」

色鮮やかな赤い髪が舞う。
ぐしゃぐしゃの長い髪に、ひし形の尻尾。馬鹿でかい身体。
その英霊は、おどろおどろしくも艶めかしい、ユニセックスな外見をしていた。
“アサシン”のサーヴァント、ベルク・カッツェはそうしてその姿を現した。

「やっぱおもっくそ罠でしたwwwwww爆釣wwwwwwww」

彼はここに到って嗤ったままだった。
追い詰められた末に姿を現した……などという様子では全くない。
寧ろ、

「でもマスターならwwwwwwいくらでも暴れられるですやあああんwwwwww」

寧ろ彼は喜んでいるようでもあった。
他のマスターと遭遇したことを、こうして追い込まれたことを。
HALからの情報にもあったが、このサーヴァントは決して他者の影に隠れるだけが能ではないようだ。
とはいえこの展開は予想していた。孤児院の子どもたちは一か所に集め、被害が行かないようにしてある。
ふぅ、と息を吐き、ルリはライダーに呼びかけた。


305 : we are not alone ◆Ee.E0P6Y2U :2015/04/04(土) 18:52:49 BfZaCr3A0

「ライダーさん」
『了解した』
「お願いします」

ライダーはそう言ってその力を解放した。
回路と化したIFSが火花を上げ魔力を放出する。
風が吹き、ルリの髪がばさばさと揺れる。硝煙と油の臭いが後ろから流れてきた。
そうして――彼は現れた。

ATM-09-ST。スコープ・ドッグ。
ぬっぺりとした緑色の巨体が夜の街に身を結ぶ。
その独特の駆動音と共にターレット・レンズが、がちゃ、と回った。

「塵には塵を」

神父は夜の闇に溶け込んでいた。
凪のような穏やかな雰囲気は変らない。
変らない。その筈なのに――どういう訳かそれはまるで研がれ照り光る鋭い刃のようだ。

「塵に過ぎないものは、塵に還れ」

神父が顔を上げる。
黒く染まったその身にあって、レンズ越しの眼光だけが不気味に照り光っていた。
その瞳に映るは、己が領土を穢せし敵。そしてその手には刃。

「待って、待ってよ――」

そこに、新たな声が響き渡った。
神父がぽつりと漏らす。「来たか」と。

「私も……」

その女性は――ジナコ・カリギリはそうして戦場に現れていた。
彼女はよろよろと神父の隣にまで現れると、ひどく低い、身体の底から絞り出したかのような声で、

「私も戦う」

目は充血し隅がひどい。
怠惰と不摂生の極みを末に形成された身体はだらしなく、戦士からは最も縁遠いものだ。
けれど、そこには確かな戦意と――憎悪があった。
暗く濁った殺意を込め、ジナコはただただ叫ぶ。

「私の……私の敵を撃って――ヤクザァ!」

ヒステリックな叫びと共に、その手の甲の光を解放された・
令呪だ。三度限りの絶対命令権を行使し、彼女は己が英霊を呼ぶ。

一瞬だった。
一瞬で、英霊はさせはんじた。
誰もその権限を邪魔することなどできはしない。

――現れたのはコートに身を包んだ男だった。

ライダーと違い、外見は一見してただの人間である。
しかし彼の纏うその存在感、威圧感は市井の人間とは一線を画していた。
現れた彼もまた、カッツェを狙う英霊だった。

三人のマスター、二騎のサーヴァントがカッツェを取り囲む。
一対五の絶望的な状況。みな逃げることを許しはしない。

「うはwwwwwwwピンチwwwwwwwwwwミィちょっとヤバイwwwwwwwwww」

けれど、ここに到ってベルク・カッツェはその態度を崩さない。
嗤っている。
この困難すら、愉しんでやろう、かき乱してやろう、そんな意図が感じられた。
その態度にルリはこのサーヴァントの本質を垣間見た気がした。

「ライダーさん、頼みます。あ、でも完全にやっつけないでくださいね。
 色々調べたいことがあるんで」
「不愉快だな。汚らわしい化け物に敷居をまたがせたのは」 
「……殺す」

三人のマスターが、そうして一斉にカッツェを狙う。
カッツェもまたそれを嗤って迎え撃とうとした。
孤児院において聖杯戦争が幕を上げ――

「かっちゃん!」

――なかった。

何故って、それは一人の“子ども”が声を上げたからだ。

ルリは「え……?」と顔を上げる。
孤児院の玄関口。門から庭をは何で離れた場所。
そこには知った顔が――本物の宮内れんげがいた。
孤児院の子どもたちと一緒に安全な場所へと避難している筈の彼女が、どういう訳かこの場に出てきている。

「にゃんぱすー」

そして、敵である筈のベルク・カッツェに親しげに挨拶していて……






306 : we are not alone ◆Ee.E0P6Y2U :2015/04/04(土) 18:53:19 BfZaCr3A0


宮内れんげは子どもである。
けれど、だからといって何も考えない訳ではない。
彼女なりに真面目に考え、彼女なりに必死に行動する。

だから彼女は――ベルク・カッツェの為に行動した。

彼女は察していた。
大人たちがカッツェを“いじめ”ようとしていることを。
直接言われずとも、それくらい察することができた。
あわただしく孤児院まで移動し、ルリや神父の会話を聞いていれば、何となくわかった。

ここにカッツェが来るのだ、と。

だかられんげがじっとしている訳にはいかないのだった。
隙を見て、孤児院の子どもたちの中から抜け出す。
子どもであるが、れんげは聡い。
彼らを見ていたハインケルや弓美子はもっぱら外部からの襲撃に注意しろと言われており、中から抜け出す子供を見逃すことになった。
無論、彼らが“本物”であれば、そんなこともなかったのだろうが、けれどここにいるのはよく似ている、別の誰かでしかなかった。

だから、こうして彼女は現れた。
カッツェの為に、カッツェのことをみなにもっとよく知ってもらう為に、
ぎすぎすしたのは、もう嫌だから。

「にゃんぱすー」

だから、彼女はそう言うのだった。
手に巻いた包帯はするりと取れ、肌が露出している。






307 : we are not alone ◆Ee.E0P6Y2U :2015/04/04(土) 18:53:59 BfZaCr3A0



「にゃwwwwwwwんwwwwwwwwwぱwwwwwwwwwwwwすぅwwwwwwwwwwwww
 ほんとにいたwwwwwwwwwwwwwwwwwwww会えましたぁwwwwwwwwwwwwwwwww
 れ・れ・れ・れんちょwwwwwwwwwwwwwwwwwんwwwwww会いたかったwwwwwwwww
 ミィwwwwwwwずっとwwwwwwwwずっとwwwwwww探してたんすよwwwwwwwwwww
 いや、マジでここにいるとは思わなかったけど」
「うちも会いたかったのん」

能天気なやり取りをするれんげに対し、ルリは思わず声を上げていた。

「れんちょんさん、来ちゃダメです」

本当なら駆け寄るべきなのだろうが、しかしカッツェに隙を見せる訳にもいかない。
包囲できた絶好の機会だ。ここで逃す訳にはいかない。

「るりりん、うち……友だちなん。かっちゃんと」

れんげはしかしルリの言葉を聞いてくれなかった。
そう彼女なりに神妙に言うと、れんげはカッツェに向かって口を開いた。

「かっちゃん……うちとあっちゃんを助けて」

すると――その手の甲が光り輝いた。

ルリははっとする。
ひゅん、と風を切る音がした。アンデルセンだ。彼がその手より剣を投げていた。
それは紛れもなくれんげを狙っていた。

……令呪というものをれんげは理解していなかった。
彼女は聖杯戦争のシステムを何一つ理解せずにここにやってきた。
だから令呪はおろか念話もできない。

けれど、今のれんげは何となくだが、令呪がどういうものなのか理解していた。
だって実際に使うところを見たから。
ジナコが己のサーヴァントを呼んだのを見た彼女は、漠然とだが、令呪をどう使うものなのかを悟っていた。

――呼んだらくるもの

その程度には、れんげは令呪のことを感覚的に知り、行使できるようになっていた。
……ルリも、アンデルセンも、ジナコも、みなれんげのことを警戒していなかった。
守るべき“子ども”だからか、何も知らない“子ども”だからか、れんげを守ろうとはした者はいても、警戒したものは、この戦争中誰一人いなかった。

だけど、違うのだ。
カッツェを警戒するなら、れんげだって本当はちゃんと見ていないといけなかった。
だって――れんげはカッツェの味方だから。

“れんちょんだけは、いつまでもミィの味方で居てね”
……ここに来る直前、カッツェとれんげが交わした言葉だった。

「かっちゃん! ようやく会えたん!」
「れんちょんwwwwwwwwwwwwwww」

だから、使わせてしまった。
カッツェはれんげに呼ばれるまま包囲を抜け出し、れんげの下へ現れた。
アンデルセンの剣は届かない。無理だ。令呪を行使されたのなら、サーヴァントは弾丸より早く主の下に駆け付けることができる。

「いやwwwwwwなにこの展開wwwwwwwれんちょん実は最高のマスターだったwwwwwwwwww」
「うち最高なん?」
「うはwwwwwwマジ最高wwwwwwwwwwれんちょんと組んでよかったwwwwwwww」

嗤い、嗤い、嗤いながらカッツェはれんげを抱き上げ、

「じゃみなさんwwwwwwwさいならでええええええすwwwwwwwww」

彼らは夜の街へと逃げ出した。
鳥のように軽やかな足取りで――


308 : そう鳥のように ◆Ee.E0P6Y2U :2015/04/04(土) 18:54:32 BfZaCr3A0



宮内れんげとベルク・カッツェは親友である。
れんげはカッツェのことを本当にそう思っているし、カッツェだって――れんげのそれとは少し意味合いが違うかもしれないが――尋ねられれば肯定するだろう。
二人で逃げ出した彼らは、だからか、とても楽しそうだった。

「バァァァドwwwwwwゴォwwwwwwwwwwwwwwww」
「おお高いのん、やっぱうちエアマスターやってん」

Gスーツに身を包み、カッツェは夜の街を飛ぶ。
その腕の中にはれんげの姿がある。紆余曲折を経た二人はようやく出会えたのだ。
れんげはそのことを純粋に喜んでいたし、カッツェだってそれは同じだった。

「wwwwwwwwwwwwwwwwwww」

カッツェは嗤っていた。
嗤いながら跳んで、飛んでいた。
電柱を蹴り、ビルに上り、誰かの頭上を飛び抜けていく。
笑わないれんげの代わりを補うかのように、カッツェは嗤い続ける。

「れんちょーんwwwwwちょっとお願いwwwwwww」

夜を行くカッツェはれんげに話しかける。
「んー?」とれんげが聞き返す。

「さっきみたいにィその手のアレ、使ってくれないですかぁ?」

カッツェはその耳元で囁く。
令呪を使ってくれ、と。
言うまでもなくルーラーからの令呪を打ち消す為である。

「またお願いすればいいのん?」
「そうですwwwwwwこう手を上げてwwwww真面目な顔していえば大丈夫wwwww」

大親友の頼みを断る訳にはいかない。
そうれんげが考えたかまではカッツェには分からなかった。
しかしれんげは迷うことなく、カッツェの言葉通りに言ってくれた。

――かっちゃんを自由にして

と。
手の甲の令呪が光り、最後の一角を残して消えていく。
その代わり、カッツェの身体を縛る戒めが消え去っていった。
そうして壊された籠から、災いの鳥が飛び立っていった。

「うはwwwwwwww」

自分を縛ったルーラーの顔を思い出される。これで彼女に更なる苦痛を持って報いることができるのだ。

「メ・メ・メ・メシウマァwwwwwwwwwwwwwww」

そう言わずして何と言う。
れんげも回収し、令呪の縛りも消え失せた。
嗤う。嗤う。嗤う。どこまでもカッツェは嗤う。
まだまだ聖杯戦争を楽しむことができると――

「かっちゃん……なんか楽しそう」

それを見たれんげはぼそりと呟いた。

眼下には新都の街がある。
明かりのついた民家がある。そびえ立つ摩天楼が見える。
家庭から漏れ出す声もあれば、飲みに行く若者たちの騒がしい声だって聞こえた。
日が沈み、みなの日常がそれぞれ終わる時間。
夜。
安息な時間の流れを跳び越える。
籠から解き放たれた鳥のように、自由にカッツェとれんげは空を飛んでいる。
二人だけで……






309 : そう鳥のように ◆Ee.E0P6Y2U :2015/04/04(土) 18:54:56 BfZaCr3A0


「追うぞ」

剣を拾い直したアンデルセンは短く言った。

「アレをあのまま野放しにする訳にはいかん。場合によっては王の闘争の邪魔になりかねん。
 あのサーヴァントが明確に我々を脅かした以上、もはや“大人”も“子ども”も関係ない」

それはカッツェと――れんげへの明確なる敵対宣言だった。
眼下には倒れ伏す男女がいる。白目を剥き、ぴくぴくとその身を震わせている。
情報に依れば彼らはNPCだ。孤児院を襲撃した彼らにアンデルセンは容赦しなかった。
そしてそれを率いていたのはカッツェだ。

「……分かっています。私もあのサーヴァントを無視することはできません。
 ただ私は――あくまでれんちょんさんを保護する方向でいきます」
「“子ども”だからか?」

いいえ、とルリは首を振った。

「彼女はこの聖杯戦争において明確なイレギュラーなんです。
 そのイレギュラーを調べていけば、方舟について何か掴めるかもしれません。
 なので出来得る限り保護していく方向でいきます」

あくまで任務の為に必要だから助けるのだと、ルリは言った。
彼女にとって、まずなさねばならないことはこの方舟の情報を持った上での脱出だ。
軍人としての彼女にとってはそれが変わることはない。
その為にもれんげの存在は重要なのだった。

れんげが“子ども”だから助けるのではなく、
あくまで“大人”としての理屈だった。

「ふん」

そのことを汲んだのかアンデルセンはそれ以上何も言わなかった。
剣を構えたまま、カッツェを追うべく駆け出す。
夜の街を飛ぶ彼らを討つべく。

「……ライダーさん、私たちも追いましょう」

とにかくカッツェを追う。
それはここにいた全ての陣営が下した判断だった。






310 : そう鳥のように ◆Ee.E0P6Y2U :2015/04/04(土) 18:55:24 BfZaCr3A0


「殺す……」

ジナコは言う。

「殺す……」

もう一度、言う。

「殺す……」

ただその胸に精一杯の殺意を充満させて、言葉をひねり出す。。
ありとあらゆる災厄を、もうどうにもならないという苦しみを、全て一つの想いに集約させることでジナコは殺意を保っている。
ごちゃごちゃで、どす黒く沈殿してて、訳の分からない想いを

――殺す

その一言に押し込んでいるのだ。

「もう一人のアタシ……“ジナコ・カリギリ”を殺す」

今この社会において“ジナコ・カリギリ”は犯罪者だ。
野蛮で反社会的な、意味不明なことを漏らしながら暴れ回る恐ろしい犯罪者。
これから先、ずっとこの名前にはそれが付いて回る。

そんなことは厭だった。
確かに碌でもない生き方をしてきた。
褒められるようなことなんてロクにない。将来の展望なんてまるでない、親の遺産を食いつぶすだけの社会の寄生虫。
ゲームスコアだって莫大なプレイ時間があったからだ。別にスキルが優れていた訳じゃない。

だけど――だからこそそんな風に終わってしまうのは厭だった。
だってそもそも自分が聖杯に臨んだのは……

――普通の、ただの凡人としての生きたかった

最初に親が死んだ。
ニートになって、それを勝ち組なんて適当なこと言って、
みんながどんどん変わっていく中、自分だけ何一つ変わらないまま十五年も過ごして、
そのままみんなに置いていかれて、何時しかひとりぼっちになって、

――勝ち組。勝ち組だって、本気で思ってる訳ないじゃない。

みんな嘘。嘘。嘘。
……でも、そんな嘘すら言えなくなったら、引きこもることさえできない。
やり直したかった人生を、勝手に取られて終わるだなんて、そんなの絶対に厭だ。
こんなカツラをずっと被って名前を誤魔化して生きていくなんて、とてもできはしない。

だから、殺すしかないのだ。
“ジナコ・カリギリ”を。
殺して、取り戻す。
取り戻して、やり直す。
それがジナコの願いだった。

カッツェを殺したあとの展望など、ジナコにはない。
ただもう一人の自分を殺しただけでは、人生を取り戻すことにはならない。
そのことに薄々と気づいていながらも、敢えて先を見ず目的を単純化することで、彼女は強い殺意を保っていた。
自分を騙す嘘は得意だ。何しろ彼女は十五年も付き続けてきた。

「……ゴルゴさん」

ジナコはだから依頼する。
自身の従者に。
ゴルゴ13――13番目の男に。

「アタシを――殺して」
「…………」

ゴルゴは何も言わない。
ジナコを抱きかかえながらもカッツェを追っている。
気配遮断によって孤児院を離脱したあと、彼は一先ずジナコの言う通りにしている。

今はまだ――






311 : そう鳥のように ◆Ee.E0P6Y2U :2015/04/04(土) 18:56:00 BfZaCr3A0


寒河江春紀が学園を出たとき、既に日は沈んでいた。
あの一瞬の三つ巴を経て、一通り手早く情報を洗い出すことには成功した。
情報は大体にして揃った。
あとは行動だけだ。

「分かった。なるほど」

学園から離脱し、街を歩きながら春紀は会話していた。
街の中、道路はひっきりなしに車が行きかう。廃棄ガスの臭いが漂ってきて、少し不快だった。

「“かっちゃん”――ベルク・カッツェがこっちに来てる訳か。
 分かった、アタシらも行くよ、ルリ」

携帯電話を片手に彼女は行く。
騒々しく汚い街を切りぬけ、戦場へと向かう。
赤みかかった髪が風に吹かれ、彼女の目元を隠した。

ルリからあった突然の電話。
話によると、カッツェの姿が確認され――れんげがさらわれたらしい。
いやさらわれた、というのもおかしいか。元々カッツェは彼女のサーヴァントだ。

宮内れんげ。いたいけな“子ども”
聖杯戦争のイレギュラー。
昼に一度会って、あの時は結局何もしなかった。

「……さて」

歩きながら、ぽり、ぽり、と菓子を頬張る。
チョコレートにくるまれた甘くまろやかな味が彼女の心をすっとさせた。
ああ、気分が良い。良いってことにしておこう。

「いくかい」

その言葉は近くにいる筈のランサーへ向けたものなのか、それとも自分自身へと向けたものなのか、彼女自身分からなかった。






312 : そう鳥のように ◆Ee.E0P6Y2U :2015/04/04(土) 18:56:49 BfZaCr3A0


「殺すべし……!」

同時刻、夜の街を駆け抜ける一騎のアサシンがいた。
都心ではクラクションが絶え間ない騒音を撒き散らしている。
疲れた顔を浮かべたサラリマンが帰路に付き、電光看板が味気なくループする下ではヨタモノ達が喚き散らしている。
高層建築に狭く切り取られた夜空の上にはおどろおどろしく光る月。

そのアサシンは元来復讐者であった。
敵を屠り、殺し尽し、復讐する。
その結果がそのまま彼の名となった。

「アサシン=サン殺すべし……!」

そして此度の聖杯戦争でも、彼は復讐者となった。
他でも己のマスターを弄び、死に至らしめたサーヴァント。
その名は――ベルク・カッツェ。






313 : そう鳥のように ◆Ee.E0P6Y2U :2015/04/04(土) 18:57:23 BfZaCr3A0


ベルク・カッツェと宮内れんげ。
この陣営はこの聖杯戦争において、普通ならば考えられない存在だった。

マスターはマスターたる自覚がなく、
サーヴァントは非力なマスターを守ることはおろか、放置してどこかに行ってしまう。
結果としてマスターである宮内れんげは他のマスターの下を転々とすることになった。
ジョンス・リー、ジナコ・カリギリ、寒河江春紀、ホシノ・ルリ、アンデルセン……
多くの者に出会い、そして別れていった。
みながみな、彼女を“子ども”であると扱った。

その間にもカッツェはこの聖杯戦争を縦横無尽に駆け抜けていった。
それが結果として多くの死を招いた。野原しんのすけを筆頭に、彼の存在が間接的に多くの混乱と死を呼んだ。

もしも彼らがいなければ、
この聖杯戦争は違った形になっただろうか。

ジナコ・カリギリは未だ引きこもったままで、野原しんのすけはまだ平和に生きていて、
ウェイバー・ベルベットが戦いに加わることもなく、岸波白野と遠坂凛の戦いにはまた別の結末があって、
寒河江春紀は自身の甘さを自覚することなく、ホシノルリは別の糸口を探し調査を続けていて、
アンデルセンやHALは自身の方針にもう少し集中できていて……

多くの波紋が起きた。
彼らの行動が――何一つ計画性のない彼らが、しかしそれ故にこの聖杯戦争に大きな影響を与えた。
状況をかき乱した。
彼らは多くの縁、因果の起点にいる。

「んはwwwwww追ってきてるやんwwwwwwww」

二人だけで空を飛んでいると、不意にカッツェが叫びがを上げた。
その視線の先には彼らを追い街を駆けるアンデルセンの姿があった。
尋常ではない速度で追い上げてきている。サーヴァントではないが、彼もまた歴戦の戦士だ。
最もカッツェが本気を出せば追いつける筈もなかったが――彼はあくまで状況を楽しんでいた。
まくどころか、わざと追わせるような動きをしていた。

アンデルセンだけではない。
多くの者が彼を追っていた。縁が蜘蛛の巣ように幾重にも重っている。
覚悟、憎悪、戸惑、信念……その全てが彼らを指している。
多くの縁が中心にいるカッツェとれんげを追っている。

「かっちゃん……」

その中心で、れんげは言った。

「んwwwwwなんですかぁ?wwwwww」
「かっちゃん、みんなと友だちになって欲しいのん」
「んはwwwww友達申請キターwwwwwwwwww」

カッツェはれんげの言葉を嗤う。
嗤いながら夜を飛ぶ。

不意に――橋が見えてきた。
新都と深山町を繋ぐ、大きな大きな赤い橋。
あれがあるからここの人々は交流できる。簡単に会いにいけるし、話せる。
街と街、人と人を接続する――“繋がり”を象徴するもの。

カッツェはその橋を跳び越えていく。
真っ暗な夜の川にあって、その橋が通る直線だけが光って見えた。

「だぁいじょうぶですよ」
「かっちゃん?」
「だってミィにはほらwwwwwwれんちょんがいますやぁぁんwwwwwww」

そう言って、
二人は橋を越えた。
多くの縁を引きずり回すように、彼らは街から街へと移動する。

その先に――


314 : crowds are calling my name ◆Ee.E0P6Y2U :2015/04/04(土) 18:58:40 BfZaCr3A0



「……少しまずいことになったな」

錯刃大学の研究室において、HALはあくまで冷静にそう呟いた。
彼は既に大体の状況を把握している。
洗脳したNPCが撃退されたこと、ホシノルリやその同行者がカッツェを追い詰めたこと。

――ここまでは彼の狙い通りだった。

しかしその後の展開は彼の目論みを大きく外すことになった。
カッツェは彼らの包囲を突破し、あろうことか己のマスターを確保するまでに至っていた。
何が原因だったか。どの要素が計算を狂わせたのか。
考えるまでもなかった。

――宮内れんげか

ただの“子ども”である筈の彼女が、
しかしあの場においては最も大きな影響力を持っていた。
こちらのミスは彼女のことを計算に入れていなかったことか。
宮内れんげはカッツェと同じ――否、あるいはそれ以上の不確定要素だった。

『“ますたあ”』

彼のアサシンが問いかけてくる。
それに対し、HALは短く答えた。

「近づいてきている。ベルク・カッツェとそのマスターである幼女がな」






315 : crowds are calling my name ◆Ee.E0P6Y2U :2015/04/04(土) 18:59:10 BfZaCr3A0

カッツェが令呪の制約を外して思ったことは“次の標的はHALだ”ということだった。
先ほどの孤児院での襲撃は、明らかに待ち伏せされていた。
ルリたちは自分が来ることを予期した上で、包囲すべく待っていた。

彼らにカッツェのことを流した者がいる。
それは誰か。

「んなもん考えるまでもなくHALですwwwwwww」

そもそもあの襲撃はHALによる誘導された結果だ。
同盟ともいえなかった関係だが、どうやら彼はこっちを裏切ろうとしていたらしい。

その行動は正解だろう。
カッツェとの関わりを切り捨てようとしたのは、間違いなく正解である。
だがその正解である筈の行動が―― ここにきて一番のミスとなった。

ルーラーに対しての嫌がらせもだが、まずはHALたちに報復してやろう。
慎重派っぽい奴の計画をずたずたにしてやる。カッツェは慌てふためくでHAL(顔は分からない)を思い、その身を震わせた。

そうして彼が向かったのは、最初に電子ドラッグと接触した深山町の一角である。
その近くには錯刃大学があった。
HALの正確な所在は分からない。
しかし、ドラッグのNPCとこの一帯で接触できたこと、
ドラッグの性質上、感染したNPCが固まっている可能性が高いこと、
そのことからとりあえずカッツェはこの場を目指した。
そして、

「ここで祭りをやっちまいましょうかねwwwwww」
「んー、ふぇすてぃばるん?」

大学一帯。マンションの上に立ち、学生が集う一角を見下ろしながら、カッツェは言った。
大まかな場所が予想できたところで、HALの足取りは掴めない。
HALは何重にも安全策が張っている。NPCを調べても無駄だろう。

「ワショ――――イwwwwwwwwと祭りをここでやりましょうwwwwww」

だからこそ、カッツェは“祭り”をすることをした。
このあたり一帯を混乱と災厄で埋め尽くす。
近くに拠点を持っているであろう慎重な陣営に、思い切り迷惑な真似をしてやるのだ。
NPCの制約が解除された今、それくらいのことはできるのだった。

言うまでもなくその方策は愚策だった。
騒いだところで炙り出せるとは限らないし
HALがこの近くにいるという確証すらない。
そんなことをすればまたルーラーを敵に回すだろう。

けれどカッツェは気にしない。
長期的な視野など、彼にとってはそもそも存在しないのだから。

「んふぅwwwwwそれにミィにお客さんも来てるみたいですしwwwwwww」

やってきた影をカッツェは見据えた。
その驚異的な身体能力を持って、早くも彼はカッツェに追いついたのだ。
神父服を着たマスターを視界に入れながら、カッツェは再び嗤った。
嗤い続けていた。






316 : crowds are calling my name ◆Ee.E0P6Y2U :2015/04/04(土) 19:00:35 BfZaCr3A0



ルリたちはアンデルセンに少し遅れながらもカッツェを追っていた。
ライダーの宝具を使うことができればもっと容易に追いつくこともできたのだろうが、

――流石に街中でロボットは使えませんよね。

木星蜥蜴がうじゃうじゃいた時代はともかく、一応は平和な今は機動兵器が街に出撃することはあまりない。
というかこの“方舟”だと人型兵器自体がオーバーテクノロジーの産物だ。
そんなものが車道を爆走する訳にはいかない。

そこでルリはタクシーを捕まえ「できるだけ飛ばしてください」と伝えることにした。
警察という身分もあり、特に何も言われずに指示に従ってもらえた。
やはりこの身分は便利だ。この夜の先にもできるだけ日常を保っていたい。
故に警察への連絡は一先ず保留しておく。

橋を渡りながら、ルリは冷静に情報を分析する。
春紀には既に連絡を取り、こちらに向かってもらっている。彼女と協力して事に当たりたいところだ。
ジナコは何時の間にか姿を消していた。しかし状況を考えれば彼女もカッツェを追った可能性が高い。

「深山町の……C-6あたり」

また同時に今しがたアンデルセンから示されたポイントを確認する。
先行した彼が言うにはカッツェはその辺りで止まり、何かをやるつもりらしかった。
そのあたりにある施設は……

「大学がありますね。ここで何かをするつもりなんでしょうか?」

とにかくそれがろくでもないことだということは分かる。
現場に急行し、対処しなくてはならない。
と、その時携帯に着信があった。

「春紀さんですか」
「――ルリか? 今どこにいる」

寒河江春紀――れんげを通して知り合ったマスターの一人だ。
ルリは落ち着いて情報を伝える。一人のマスターが先行したこと、カッツェの大体の現在位置、そしてどこで落ち合うか。

「C-6の大学近くだな。分かった、丁度近くにいるしそこまでかからないとは思う」
「ありがとうございます。とりあえず合流しましょう」

現在状況は混乱している。借りれる手は借りておいた方がいい。
そう思い、合流ポイントを設定しそこで会うことにする。

「分かった――じゃあ、会おう」

そう言って、ぷつり、と電話が切れた。
最低限の会話を経て彼女らの繋がりは切れていた。
同時にタクシーは橋を渡り切っていた。

「あの運転手さん――」

窓の外に広がる夜の景色を尻目に、タクシーの運転手に行先を伝える。
橋の向こう側には夜が広がっていた。
新都の発展した景色に慣れていたせいか、昔ながらの風景が残る深山町までやってくるとより一層その暗さが際立つ。
出歩く人の影もめっきり減った気がする。まぁ街の方までいけばまだまだ活動している人も多いのだろうが。

――まずはこの夜を乗り切らないと

ルリにとっては二度目の夜だ。
この夜を乗りこえ、明日以降の活動を円滑にできるか否かは今日の頑張りにかかっている。
その為の鍵はやはり

――れんちょん、ですね。

あどけない顔をした幼女の顔を浮かべる。
この夜の主役は間違いなく彼女だ。
カッツェについての情報をリークした人もある意味で彼女にはしてやられたことになるのか。

そうして深山町を行くこと十分程度で、ルリを乗せたタクシーはそこにたどり着いた。
近くに大学があり、学生たちのマンションやアパートが立ち並ぶ一帯。
出歩く人はちらほらと見えるが、しかしその静けさは昼間との比ではない。
カードを使いタクシーの運転手にお礼を言って、ルリは春紀との合流ポイントへと向かった。


317 : crowds are calling my name ◆Ee.E0P6Y2U :2015/04/04(土) 19:01:10 BfZaCr3A0

「来た――か」
「春紀さん、こんばんは」

待ち合わせ場所には既に春紀が来ていた。
迅速に合流ができて一先ずは安心だ。これからまずアンデルセンたちの下へ向かわなくてはならない。
その旨を伝えようとしたが、

「…………」

しかし、春紀の様子はどこかおかしかった。
彼女はふぅ、と息を吐き、ルリを見据え、そして言った。

「ランサー」

と。
そして――見覚えのある紅い髪が舞った。
どこか春紀と似た趣のある、多根節の槍を持つ少女。
凛とその姿を現した彼女は春紀の前に立ち、ルリに相対した。

『マスター』

すかさずライダーが声を上げた。
言うまでもなくルリはそれを感じ取っている。
彼女らの瞳に灯っているのは――戦意だと。

「春紀さん?」

しかしルリはあくまで落ち着いて声をかけた。
同時に警戒を怠らない。彼女らの一挙手一投足に集中し、ライダーの霊体化を解いた。

「アタシさ……やっぱり甘いんだ」

春紀はそこでふっと笑った。

「あの娘と出会った時、ランサーは殺せって言った。
 確かにそうするべきだってのは分かった。でも、できなかった。
 あの子が“子ども”だったからだ。馬鹿みたいな話だよ。
 “子ども”なんて、ここじゃ何にも関係ない話だろ? たとえ願いが何であれ……」

言って彼女は懐から何かを取り出した。
チョコレート菓子の箱だった。
どこにでも売っている、甘くコーティングされた、細長いお菓子。
彼女はそれを一本口元加えた。

「はは、最後の一本じゃん」
「春紀さん。つまり貴方は――敵になるんですね」

敵。
状況の様々な推移を単純化する言葉だった。
ルリは敢えてその言葉を告げた。
すると春紀は苦笑して、

「敵っていうなら最初からそうだろ。
 アタシたちはさ、この戦争においてはみんな敵なんだ。
 ルリも、れんげだってさ、みんな敵だ」
「私はそのつもりじゃありませんでしたけどね。」
「アタシたちにとってはそうなんだよ。これは誰かの戦争じゃない。アタシたちの戦争なんだから」
「――――」

ルリは一瞬だけ目眩のようなものがした。
ほんの、一瞬だけ……

「……昔、似た台詞を聞いたことがあります」
「へぇ、誰だか知らないけど気が合いそうだ」
「戦争、なんですね。春紀さんにとっては」

それを否定する気はない。それを語る場ではない。
彼女には最初から戦うだけの理由があった。

「本当はさ、騙し討ちする予定だったんだ。
 れんげ諸共さ、こうバッサリとやっちまうって感じで」

でも、できなかった。春紀はそう言った。
彼女のランサーはそこで息を吐いた。
仕方ないね。そんな想いが滲んだ、苦笑交じりの溜息だった。

「だから一応面と向かって戦うことにした。アンタを倒したら、次はれんげにも同じことをする。
 それがアタシなり現実との妥協点で――最後に残った甘さだ」
「……分かりました。じゃライダーさん」

――戦いましょう。
その意図を込めて、ルリはライダーを呼んだ。

……そして風が吹いた。
その風は鉄の臭いを運んでくる。
巨人――スコープ・ドッグは三度冬木の街に顕現する。

「改めてみても馬鹿でかい宝具だな、ライダーの旦那」

春紀のランサーはそれを見上げながらぼやく。
巨人と少女。その大きさは比べるべくもない。
しかし彼女は一切臆することなく、夜の街に降り立った巨人へと相対する。

「アタシは……アタシができることには限りがあるんだ。
 全部が全部救うなんて、求めちゃいけない」
「んじゃ、再戦と行くかい。
 帰ってまた甘いもんを食べる為にもさ」


318 : crowds are calling my name ◆Ee.E0P6Y2U :2015/04/04(土) 19:01:49 BfZaCr3A0

[C-6/錯刃大学・近辺/一日目/夜間]

【寒河江春紀@悪魔のリドル】
[状態]健康、満腹
[令呪]残り3画
[装備]ガントレット&ナックルガード、仕込みワイヤー付きシュシュ
[道具]携帯電話(木片ストラップ付き)、マニキュア、Rocky、うんまい棒、ケーキ、ペットボトル(水道水)
   筆記用具、れんちょん作の絵(春紀の似顔絵、カッツェ・アーカード・ジョンスの人物画)
[所持金]貧困レベル
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を勝ち抜く。一人ずつ着実に落としていく。
1.ホシノルリとの決着。そしてれんげとの決別。
2.武智乙哉への警戒。
3.学校脱出時は杏子の力を借りて夜陰に紛れる。
4.杏子の過去を知りたい。
5.食料調達をする。
6.れんげのサーヴァントへの疑念。
7.聖書、か。
[備考]
※ライダー(キリコ・キュービィー)のパラメーター及び宝具『棺たる鉄騎兵(スコープドッグ)』を確認済。ホシノ・ルリをマスターだと認識しました。
※テンカワ・アキトとはNPC時代から会ったら軽く雑談する程度の仲でした。
※春紀の住むアパートは天河食堂の横です。
※定時制の高校(月海原学園定時制校舎)に通っています。
※昼はB-10のケーキ屋でバイトをしています。アサシン(カッツェ)の襲撃により当分の開業はありません。
※ジナコ(カッツェ)が起こした事件を把握しました。事件は罠と判断し、無視するつもりです。
※ジョンスとアーチャー(アーカード)の情報を入手しました。
 ただし本名は把握していません。二人に戦意がないと判断しています。
 ジョンス・アーカードの外見を宮内れんげの絵によって確認しています。
※アサシン(カッツェ)の情報を入手しました。
 尻尾や変身能力などれんげの知る限りの能力を把握しています。
 変身前のカッツェの外見を宮内れんげの絵によって確認しています。
※ホシノ・ルリ・ライダー組と帯電話番号を交換しました。
※武智乙哉をマスターと認識しました。
※これまでに接触したサーヴァントの情報を調べました。

【ランサー(佐倉杏子)@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]健康、魔力貯蓄(中)
[装備]ソウルジェムの指輪
[道具]Rocky、ポテチ、チョコビ、ペットボトル(中身は水、半分ほど消費)、ケーキ、れんちょん作の絵(杏子の似顔絵)
[思考・状況]
基本行動方針:寒河江春紀を守りつつ、色々たべものを食う。
1.春紀の護衛。まあ、勝たせてやりたい。
2.図書館での調査。
3.食料調達をする。
4.妹、か……。
5.れんげのサーヴァントへの疑念。
6.ほむらは逝ったか……。
[備考]
※ジナコ(カッツェ)が起こした事件を把握しました。
※ジョンスとアーチャー(アーカード)の情報を入手しました。
 ただし本名は把握していません。二人に戦意がないと判断しています。
 ジョンス・アーカードの外見を宮内れんげの絵によって確認しています。
※アサシン(カッツェ)の情報を入手しました。
 尻尾や変身能力などれんげの知る限りの能力を把握しています。
 変身前のカッツェの外見を宮内れんげの絵によって確認しています。
※れんげの証言から彼女とそのサーヴァントの存在に違和感を覚えています。
 れんげをルーラーがどのように判断しているかは後の書き手様に任せます。
※れんげやNPCの存在、ルーラーの対応から聖杯戦争は本来起こるはずのないものだったのではないかと仮説を立てました。
 ただし本人も半信半疑であり、あまり本気でそう主張するつもりはありません。
※武智乙哉をマスターと認識しました。


319 : crowds are calling my name ◆Ee.E0P6Y2U :2015/04/04(土) 19:02:20 BfZaCr3A0


【ホシノ・ルリ@機動戦艦ナデシコ〜The prince of darkness】
[状態]:魔力消費(中)
[令呪]:残り三画
[装備]:警官の制服
[道具]:ペイカード、地図、ゼリー食料・栄養ドリンクを複数、携帯電話、カッツェ・アーカード・ジョンスの人物画コピー
[所持金]:富豪レベル(カード払いのみ)
[思考・状況]
基本行動方針:『方舟』の調査。
1.アキトを探す為に……?
2.春紀を撃退後、カッツェたちに対応する。
3.『方舟』から外へ情報を発する方法が無いかを調査
4.優勝以外で脱出する方法の調査
5.聖杯戦争の調査
6.聖杯戦争の現状の調査
7.B-4にはできるだけ近づかないでおく。
8.れんげの存在についてルーラーに確認したい。
[備考]
※ランサー(佐倉杏子)のパラメーターを確認済。寒河江春紀をマスターだと認識しました。
※NPC時代の職は警察官でした。階級は警視。
※ジナコ・カリギリ(ベルク・カッツェの変装)の容姿を確認済み。ただしカッツェの変装を疑っています。
※美遊陣営の容姿、バーサーカーのパラメータを確認し、危険人物と認識しました。
※宮内れんげをマスターだと認識しました。カッツェの変身能力をある程度把握しました。
※寒河江春紀・ランサー組と共闘関係を結び、携帯電話番号を交換しました。
※ジョンス・アーカード・カッツェの外見を宮内れんげの絵によって確認しています。
※アンデルセン・ランサー組と情報交換した上で休戦しました。早苗やアキトのこともある程度聞いています。
※警視としての職務に戻った為、警察からの不信感が和らぎましたが
 再度、不信な行動を取った場合、ルリの警視としての立場が危うくなるかもしれません。


【ライダー(キリコ・キュービィー)@装甲騎兵ボトムズ】
[状態]:負傷回復済
[装備]:アーマーマグナム
[道具]:無し
[思考・状況]
基本行動方針:フィアナと再会したいが、基本的にはホシノ・ルリの命令に従う。
1.ホシノ・ルリの護衛。
2.子供、か。
[備考]
※無し。


[共通備考]
※一日目・午後以降に発生した事件をある程度把握しました。
※B-3で発生した事件にはアーチャーのサーヴァントが関与していると推測しています。
※B-4で発生した暴動の渦中にいる野原一家が聖杯戦争に関係あると見て注目しています。
※図書館周辺でサーヴァントによる戦闘が行われたことを把握しました。
※行方不明とされている足立がマスターではないかと推測しています。警察に足立の情報を依頼しています。
※刑事たちを襲撃したのはジナコのサーヴァントであると推測しています。


320 : crowds are calling my name ◆Ee.E0P6Y2U :2015/04/04(土) 19:02:55 BfZaCr3A0


殺す。
“アタシ”を殺す。
“ジナコ・カリギリ”を殺す。

「…………」

ジナコたちがカッツェの居場所を突き止めることができたのは、ゴルゴの情報収集能力に依る。
あらかじめ現地での情報提供者を確保していたこと。そしてカッツェ自身がその姿をまるで隠していなかったこと。
それらが重なり、ジナコとゴルゴは錯刃大学へと向かうことができた。

「もうすぐだ」

もうすぐ例の“メシウマ”のサーヴァントと接触できる。
深山町の住宅街の一角で、ゴルゴはジナコを降ろした。
抱きかかえている間、ジナコはただぶつぶつと呟いていた。
殺す殺す殺す……呪詛のように彼女は呟いている。
朝方の彼女とはまるで別人のようだった。

「ゴルゴさん、早く殺してよ。
 あの“ジナコ・カリギリ”をさ。早く……早くアタシの人生を取り戻してよ」
「…………」

ジナコは立ち上がるなりそうゴルゴに詰め寄った。
今の彼女には明確な“殺意”がある。
この殺意ならば“13番目の男”を発動するには十分だ。
彼女の敵――ベルク・カッツェを殺害する条件は整っている。
だが、

「殺してよ……頼むから」
「依頼人。その前に一つ聞くことがある」

え、とジナコが動きが止まった。
そしてぽかんとゴルゴの顔を見上げた。
今の彼女は「殺す」という一念のみに埋め尽くされている状態だ。
それ以外のことに対しては、ひどく思考が鈍っている。

「――依頼人との契約についてのことだ」

しかし、それでもジナコは気付いたようだった。
ゴルゴの声色に、依然あった時とはまた別の鋭利な響きがあることに。

ジナコはここに到ってようやく気付いた。
自身が抱いている“ジナコ・カリギリ”への殺意。
それは――もしかすると自分自身へも向きかねないものであることに。


321 : crowds are calling my name ◆Ee.E0P6Y2U :2015/04/04(土) 19:03:43 BfZaCr3A0


[C-6/錯刃大学・近辺/一日目/夜間]

【ジナコ・カリギリ@Fate/EXTRA CCC】
[状態]脇腹と肩に鈍痛、精神消耗(大)、ストレス性の体調不良(嘔吐、腹痛)、昼夜逆転、空腹、いわゆるレイプ目、アサシン(ベルク・カッツェ)へのわずかな殺意?
[令呪]残り2画
[装備]カツラ、いつもと違う格好
[道具]変装道具一式、携帯電話、財布、教会に関するメモ
[所持金]ニートの癖して金はある
[思考・状況]
きほん■■■■:『アタシ』を殺す?
0.苦難を……受け入れる……?
1.ひとりぼっちは嫌。だから『自分』を殺す。殺さないと。
2.れんげやジョンスに謝りたい、でも自分からは何も出来ない。
3.『もう一人のジナコ=カリギリ』の情報を集める……?
4.私は――
[備考]
※ジョンス・リー組を把握しました。
※密林サイトで新作ゲームを注文しました。二日目の昼には着く予定ですが仮に届いても受け取れません。
※アサシン(ベルク・カッツェ)にトラウマを深く抉られました。ですがトラウマを抉ったのがカッツェだとは知りませんし、忘れようと必死です。
※『もう一人のジナコ=カリギリ』の再起不能をヤクザに依頼し、ゴルゴから『もう一人のジナコ=カリギリ』についての仮説を聞きました。
 『もう一人のジナコ=カリギリ』殺害で宝具を発動するためにはかなり高レベルの殺意と情報提供の必要があります。
 心の底からの拒絶が呼応し、かなり高いレベルの『殺意』を抱いていると宝具『13の男』に認識されています。
 さらに高いレベルの宝具『13の男』発動のために情報収集を行い、ヤクザに情報提供する必要があります。
※ヤクザ(ゴルゴ13)がジョンス組・れんげを警戒対象としていることは知りません。
※変装道具一式をヤクザから受け取りました。内容は服・髪型を変えるための装飾品・小物がいくつかです。
 マネキン買いしたものなのでデザインに問題はありませんが、サイズが少し合わない可能性があります。
※放送を耳にしました。しかし、参加者が27組いるという情報以外は知りません。
※教会なら自分を保護してくれると思い込んでいます。メモにはカレンのいる教会(D-5)も記載されています。
※ランサー(ヴラド3世)のパラメーターを把握しました。
※アサシン(ベルク・カッツェ)を殺害しなければランサー(ヴラド3世)に見捨てられると思い込んでいます。
※独りではない為、多少精神が安定しています。
※アンデルセン組を把握しました。


322 : crowds are calling my name ◆Ee.E0P6Y2U :2015/04/04(土) 19:04:04 BfZaCr3A0

【ヤクザ(ゴルゴ13@ゴルゴ13)】
[状態]魔力消費(小)、全身に切り傷(軽度)、気配遮断
[装備]通常装備一式、
[道具]携帯電話、単眼鏡(アニメ版装備)、葉巻(現地調達)、携帯灰皿(現地調達)
[思考・状況]
基本行動方針:正体を隠しながら『もう一人のジナコ=カリギリ』の情報を集め、殺す。最優先。
          B-4地区から得た情報を使い、ひとまずメシウマのサーヴァント(ベルク・カッツェ)に照準を合わせる。ジナコ・雇ったNPCの情報も待つ。
1.依頼人を――
2.『白髪の男』(ジョンス・リー)とそのサーヴァント、そして『れんげという少女』の情報を探す。
3.依頼人(ジナコ=カリギリ)の要請があれば再び会いに行くが、過度な接触は避ける。
4.可能であれば依頼人(ジナコ=カリギリ)の新たな隠れ家を探し、そこに彼女を連れて行く。
5.依頼人(ジナコ=カリギリ)の動向に疑念。銃弾は二発装填した。

[備考]
※ランサー(エリザベート)、アサシン(ニンジャスレイヤー)、アサシン(カッツェ)、バーサーカー(デッドプール)の容姿と戦闘で使われた宝具の効果
 キャスター(大魔王バーン)の鬼眼王状態、岸波白野・足立透・ウェイバー・ベルベットの容姿
 真玉橋孝一・セイバー(神裂火織)の容姿・Hi-Ero粒子フルバースト・『七閃』を確認しました。
 →検索施設を利用し、上記のサーヴァントの情報を分析しています。
※一日目・未明の出来事で騒ぎになったこと、B-4夕方バーンパレスの外部の戦いは大体知ってます。
※町全体の地理を大体把握しています。
※ジナコの資金を使い、NPCの情報屋を数名雇っています。
※C-5の森林公園で、何者かによる異常な性行為があった事を把握しました。
  それを房中術・ハニートラップを得意とする者の仕業ではないかと推測しています。
※B-10での『もう一人のジナコ=カリギリ(ベルク・カッツェ)』の起こした事件を把握しました。
※ジナコの気絶を把握しました。
  それ以前までの『ジナコ利用説』ではなく、ジナコの外見を手に入れるために気絶させたと考えています。
  そのため、『もう一人のジナコ=カリギリ』は別人の姿を手に入れるためにその人物と接触する必要があると推察しています。
※ジナコから『もう一人のジナコ=カリギリ』の殺害依頼を受けました。
  ジナコの強い意志に従って宝具『13の男』が発動します。カッツェの容姿・宝具を確認したため八割ほどの効果が発動できます。
  更に情報検索施設で真名と逸話を調べれば完全な状態の宝具を発動できます。
※『もう一人のジナコ=カリギリ』は様々な条件によって『他者への変装』『サーヴァントへのダメージ判定なし』がなされているものであると推測しています。
  スキルで無効化する類であるなら攻略には『13の男』発動が不可欠である、姿を隠しているならば本体を見つける必要があるとも考えています。
※ジョンス・リーと宮内れんげの身辺調査をNPC(探偵)に依頼しました。
  二日目十四時に一度NPCと会い、情報を受け取ります。そのとき得られる情報量は不明です。最悪目撃証言だけの場合もあります。
※ジョンス・リー組を『警戒対象』と判断しました。『もう一人のジナコ=カリギリ』についても何か知っているものと判断し、捜索します。
  ジナコの意思不足・情報不足のため襲撃しても宝具『13の男』は発動しません。
※宮内れんげを『ジョンス・リー組との交渉材料となりえる存在』であると判断しました。ジョンス・リー組同様捜索します。
  ジナコの意思不足・情報不足のため襲撃しても宝具『13の男』は発動しません。
※伝承に縛られた『英霊』という性質上、なんらかの条件が揃えば『銃が撃てない状態』が何度でも再現されると考察しています。
  そのためにも自身の正体と存在を秘匿し、『その状態』をやりすごせるように動きます。
※ヤクザの気配遮断によるNPCへの擬態を見抜ける参加者が居ると察しました。
  NPCらしからぬ行動を見抜かれているとして対応します。
※ジナコが『自身に隠して他の参加者と結託している可能性』を考察しました。
  以後、ヤクザがジナコの行動を自身への裏切りだと判断した場合、宝具『13の男』がジナコに対して発動、彼女の殺害を最優先事項とします。
※真玉橋孝一組に警戒。自身の容姿と武器、そして『発動の容易な宝具を持たない』ことを相手が把握しているものとして動きます。


323 : crowds are calling my name ◆Ee.E0P6Y2U :2015/04/04(土) 19:04:21 BfZaCr3A0

盤面はひどく混乱している。
宮内れんげとベルク・カッツェを中心に争いが広がっている。
しかもこの大学のすぐそこでだ。
確認できただけで既に三騎のサーヴァントがいる。

本格的にこの拠点の放棄も検討しなくてはならない。
HALはそう冷静に考えつつも、しかし必ずしもこの状況は自分にとって不利ではないと感じていた。

――慎重な立ち回りが功を奏したか。

ベルク・カッツェの目的は明らかに自分たちへの報復だ。
しかしカッツェはこちらの正体に気付いていない。
電子ドラッグの感染経路から大まかな位置を予測したのだろうが、結局はそこまでだ。
故にHALはこの段階に到ってもある種安全地帯にいることができる。

この一帯には電子ドラッグにより洗脳したNPCが特に多くいる。
その為情報の収集も非常に容易だ。
今後拠点を放棄するにしても、こちらの正体が露見していない以上今すぐである必要はない。

ならば今は傍観する。
ベルク・カッツェが起こした戦いから、可能な限り他の陣営のデータを吸い上げる。
HALはそう方針を決めていた。

――とはいえこれ以上に不確定要素が増やすべきではないな

結果的に悪くない状況とはいえ、ここまで盤面が膠着したのはひとえにベルク・カッツェという不確定要素に関わったからだ。
盤面がこれ以上混乱すれば、いよいよ持ってして予測が困難になる。

「アサシン」

故にHALは後ろで控える己が従者を呼んだ。
情報は収集する。しかし、こちらから何もしない訳ではない。
状況を乱しかねない外部からの介入は、できるだけカットしたい。

HALの手元に集まってくる情報の中に、四騎目のサーヴァントの情報があった。
そのサーヴァントはベルク・カッツェがこのエリアに出現したあと、猛烈な勢いで近づいてきているのだった。
夕方ごろB-4で確認された、キャスターを抹殺したサーヴァントである。
それは忍殺、と書かれたマスクを被っているアサシンだった――


324 : crowds are calling my name ◆Ee.E0P6Y2U :2015/04/04(土) 19:04:45 BfZaCr3A0


[C-6/錯刃大学・春川研究室/一日目/夜間]

【電人HAL@魔人探偵脳噛ネウロ】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]『コードキャスト:電子ドラッグ』
[道具] 研究室のパソコン、洗脳済みの人間が多数(主に大学の人間)
[所持金] 豊富
[思考・状況]
基本:勝利し、聖杯を得る。
 1.潜伏しつつ情報収集。
 2.ルーラーを含む、他の参加者の情報の収集。特にB-4、B-10。
 3.他者との同盟,あるいはサーヴァントの同時契約を視野に入れる。
 4.『ハッキングできるマスター』はなるべく早く把握し、排除したい。
 5.性行為を攻撃として行ってくるサーヴァントとに対する脅威。早急に情報を入手したい。
[備考]
※洗脳した大学の人間を、不自然で無い程度の数、外部に出して偵察させています。
※大学の人間の他に、一部外部の人間も洗脳しています。(例:C-6の病院に洗脳済みの人間が多数潜伏中)
※ジナコの住所、プロフィール、容姿などを入手済み。別垢や他串を使い、情報を流布しています。
※他人になりすます能力の使い手(ベルク・カッツェ)を警戒しており、現在数人のNPCを通じて監視しています。
 また、彼はルーラーによって行動を制限されているのではないかと推察しています。
※カッツェとはメールアドレスを互いに知っている為、メールを通して連絡を取り合えます。
 ただし、彼に渡したメールアドレスは学生に作らせた所謂「捨て垢」です。
※サーヴァントに電子ドラッグを使ったら、どのようになるのかを他人になりすます者(カッツェ)を通じて観察しています。
 →カッツェの性質から、彼は電子ドラックによる変化は起こらないと判断しました。
  一応NPCを同行させていますが、場合によっては切り捨てる事を視野に入れています。
※ヤクザを利用して武器の密輸入を行っています。テンカワ・アキトが強奪したのはそれの一部です。


【アサシン(甲賀弦之介)@バジリスク〜甲賀忍法帖〜】
[状態] 健康
[装備] 忍者刀
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本:勝利し、聖杯を得る。
 1.HALの戦略に従う。
 2.自分たちの脅威となる組は、ルーラーによる抑止が機能するうちに討ち取っておきたい。
 3.性行為を行うサーヴァント(鏡子)、ベルク・カッツェへの警戒。
 4.戦争を起こす者への嫌悪感と怒り


325 : crowds are calling my name ◆Ee.E0P6Y2U :2015/04/04(土) 19:05:14 BfZaCr3A0

[共通備考]
※『ルーラーの能力』『聖杯戦争のルール』に関して情報を集め、ルーラーを排除することを選択肢の一つとして考えています。
 囮や欺瞞の可能性を考慮しつつも、ルーラーは監視役としては能力不足だと分析しています。
※ルーラーの排除は一旦保留していますが、情報収集は継続しています。
 また、ルーラーに関して以下の三つの可能性を挙げています。
 1.ルーラーは各陣営が所持している令呪の数を把握している。
 2.ルーラーの持つ令呪は通常の令呪よりも強固なものである 。
 3.方舟は聖杯戦争の行く末を全て知っており、あえてルーラーに余計な行動をさせないよう縛っている。
※ビルが崩壊するほどの戦闘があり、それにルーラーが介入したことを知っています。ルーラー以外の戦闘の当事者が誰なのかは把握していません。
※性行為を攻撃としてくるサーヴァントが存在することを認識しました。房中術や性技に長けた英霊だと考えています。
※鏡子により洗脳が解かれたNPCが数人外部に出ています。洗脳時の記憶はありませんが、『洗脳時の記憶が無い』ことはわかります。
※ヴォルデモートが大学、病院に放った蛇の使い魔を始末しました。スキル:情報抹消があるので、弦之介の情報を得るのは困難でしょう。
※B-10のジナコ宅の周辺に刑事のNPCを三人ほど設置しており、彼等の報告によりジナコとランサー(ヴラド3世)が交わした内容を把握しました。
※ランサー(ヴラド3世)が『宗教』『風評被害』『アーカード』に関連する英霊であると推測しています。
※ランサー(ヴラド3世)の情報により『アーカード』の存在に確証を持ちました。彼のパラメータとスキル、生前の伝承を把握済みです。
※検索機能を利用する事で『他人になりすます能力のサーヴァント』の真名(ベルク・カッツェ)を入手しました。


【アサシン(ニンジャスレイヤー)@ニンジャスレイヤー】
[状態]魔力消耗(大)、ダメージ(中)
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:しんのすけを弔うためにアサシン=サン(ベルク・カッツェ)殺すべし。聖杯の力でしんのすけを生き返らせる。
その後聖杯とムーンセルをスレイする!
0.アサシン=サン(ベルク・カッツェ)殺すべし!ナラクに乗っ取られ邪悪な存在になればセプクする。
1.聖杯を手に入れるためにすべてのニンジャ(サーヴァント)をスレイする。
2.深夜になったら足立を安全な場所に運ぶ。(第一候補D5地点の森林のどこか)
3.ベルク・カッツェに関する情報を入手する。


[備考]
※放送を聞き逃しています。
※ウェイバーから借りていたNPCの携帯電話を破壊しました。
※足立透と再契約しました。
※ナラクに身体を乗っ取られ、マスターやNPCを無意味に殺すような戦いをしたら自害するつもりです。
※深夜になったら足立をD-5地点の森林のどこかに運ぶつもりです。詳しい場所、時間は決めていません。
※トレンチコートとハンチング帽はC5/足立がいるビルの屋上に畳んで置いてあります


326 : crowds are calling my name ◆Ee.E0P6Y2U :2015/04/04(土) 19:05:34 BfZaCr3A0


ベルク・カッツェと宮内れんげを巡る因縁は加速度的に収束していく。
彼らが培い、引き寄せた陣営がここに集まり出した。

しかしまだ――最後の役者が来ていない。

「あん、どうした」

ジョンス・リーが不審な声を上げたのは、彼のサーヴァントの様子がおかしかったからだ。
おかしいといえば何時だっておかしな奴ではあるが、それにしても奇妙だった。
アーチャー、アーカードは廃教会に向かっている最中であり、そこにいるランサー――もう一人の自分がいる。
これから起こる闘争を、同じ名を持つ者同士の殺し合いを、彼は涎を垂らして待っていた筈だった。

「降りる」

しかし、彼は唐突にそんなことを言い出した。
「は?」と聞き返すが、しかし既に彼は運転手に伝えている。
孤児院に迎え、と。
その有無を言わせぬ口調に、運転手は動揺したようだったが、しかし黙って従った。
近くの交差点にタクシーは止まり、彼らは孤児院へ向かうことになる。

「で、どうした」

カソリック系の建物へと向かいながら、ジョンスは訝しげに問いかける。
先程まで待ちきれない、という風情だった彼がいきなりの寄り道だ。
何かあるのは明白だ。

「――夢を見た」
「はぁ?」
「ひどく昔の……悪夢だ」
「寝ぼけてんのなら先に言え」

ジョンスの言葉を無視してアーカードは孤児院へと向かう。
何かに憑りつかれるように、何かを求めるように、ゆっくりと彼は歩いている。
コツ、コツ、と夜の街に靴音が鈍く響いた。

そして――出会った。

「――なあんだ」

孤児院の前より走り去る影があった。
直前、何かがあったのだろう。誰かが誰かを追っていく。
その影を見た時、アーカードは言ったのだ。

「そういうことか」
「どういうことだ」

勝手に合点したアーカードにジョンスは着いていけない。
が、とにかく孤児院の様子を窺った。どうにもあわただしい。あそこで何かまた事件があったのか。
とはいえ関わっている時間はない。そう思っていたが――

「私たちも行くぞ」
「はぁ?」

――突然そう言い放つと、アーカードは歩き出した。
廃教会ではなく、走り去っていた影の方へ。

「どこに行く。まさか教会をほっぽる訳じゃなねえだろ」
「当然だ。ただその前に――腹ごしらえだ」

そう言い放った時、ジョンスは感じ取った。
アーカードの存在が遥かに膨れ上がったかのように、その身体より黒い炎がゆらゆらと立ち上ることを。
勿論実際にそんなことはない。
しかし明らかに“濃く”なった。
アーカード。その名を持つ化け物の存在が、夜の闇おいてなお暗く見えるほど。

思わずジョンスは笑ってしまった。
はっ、と。
何があったのかは知らない。しかし何がしたいかは本能的に分かった。

腹ごしらえ、と奴は言った。
やはり――足らなかったということだろう。
考えてみれば当然だ。ジョンスは魔術など欠片も知らないただの八極拳士だ。
いくらアーチャーがそのスキルゆえ魔力なしでも活動できるとはいえ――エネルギーなしでモノは動けない。
それでもなおこの一日ジョンスたちは闘い続けていた。
故に魔力が消耗し、ジョンスは自身の血を呑ませることになった。

とはいえ魔術師の血でもない。
さして回復もできなかったのだろう。
それでも我慢していたのは――ひとえに立ちふさがった敵が極上過ぎたからだ。
ただ目の前に喰い散らかすことのできる敵が来たならば――

「奴を追えば必ず闘争が待っている」

向かいながら、アーカードは言う。

「それはいいが、時間はいいのか。
 ギリギリってほどでもねえが、そう余裕がある訳じゃねえぞ」
「気にするな」

アーカードは言う。
その存在を色濃く夜にまき散らしながら、彼は嘯いた。

「もう一人の私。私という化け物の否定。ヴラド三世の名を保った者。
 そんな者を呼べるのは――なるほど一人しかいない」 




……そうして最後の役者が舞台に上がる。
ベルク・カッツェと宮内れんげを中心に据えた夜は、遂に始まろうとしていた。
幾重の因縁を巻き込みながら、この聖杯戦争を――


327 : crowds are calling my name ◆Ee.E0P6Y2U :2015/04/04(土) 19:05:57 BfZaCr3A0

[C-6/錯刃大学・近辺/一日目/夜間]

【宮内れんげ@のんのんびより】
[状態]魔力消費(回復)ルリへの不信感 左膝に擦り傷(治療済み)
[令呪]残り1画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]十円
[思考・状況]
基本行動方針:かっちゃん!
1.このままだとあっちゃん、おなかすいて死んじゃうん……
2.るりりん、どうして嘘つくん?
3.はるるんにもあいたい
[備考]
※聖杯戦争のシステムを理解していません。
※カッツェにキスで魔力を供給しましたが、本人は気付いていません。
※昼寝したので今日の夜は少し眠れないかもしれません。
※ジナコを危険人物と判断しています。
※アンデルセンはいい人だと思っていますが、同時に薄々ながらアーカードへの敵意を感じ取っています。
※ルリとアンデルセンはアーカードが吸血鬼であることに嫌悪していると思っています。
※れんげの想いが念話としてカッツェに通じたのかは不明です。後続の書き手様にお任せします。

【アサシン(ベルク・カッツェ)@ガッチャマンクラウズ】
[状態]魔力消費(中)、宝具にダメージ(小)、テンション普通、苛立ち(中)、
   電子ドラッグ感染、爾乃美家累の姿、NPCの運転する車に乗車中。
[令呪]NPCへの干渉不可(ルーラー)
[装備]なし
[道具]携帯電話(スマホタイプ)(HALのアドレス記録済)
[思考・状況]
基本:真っ赤な真っ赤な血がみたぁい!聖杯はその次。
 1.HALがいそうなところで祭りwwwwwwwwwww
 2.うはぁwwww電子ドラッグ掌握するのマジ楽しみだわwwwwwww
 3.頭の中の指示とか令呪の縛りとかマジうぜー
 4.真玉橋孝一とルーラーへの対抗策を模索する。
[備考]
※他者への成りすましにアーカード(青年ver)、ジナコ・カリギリ、野原みさえが追加されました。
※NPCにも悪意が存在することを把握しました。扇動なども行えます
※喋り方が旧知の人物に似ているのでジナコが大嫌いです。可能ならば彼女をどん底まで叩き落としたいと考えています。
※ジナコのフリをして彼女の悪評を広めました。
 ケーキ屋の他にファミリーレストラン、ジャンクフード店、コンビニ、カラオケ店を破壊しました。
 死人はいませんが、営業の再開はできないでしょう。
※『ルーラーちゃん顔真っ赤涙目パーティ』を計画中です。今のところ、スマホとNPCを使う予定ですが、使わない可能性も十分にあります。
 電子ドラッグを利用することを考慮に入れています。
※カッツェがジナコの姿で暴れているケーキ屋がヤクザ(ゴルゴ13)の向かったケーキ屋と一緒かどうかは不明です。
※真玉橋組を把握しました。また真玉橋に悪意の増長が効きにくい為、ある程度の警戒を抱いています。
※HALと電子ドラッグの存在に気が付きました。いずれ電子ドラッグを自身の手で掌握しようと考えています。
※電子ドラッグで洗脳されたNPC数人によって現在監視されています。


328 : crowds are calling my name ◆Ee.E0P6Y2U :2015/04/04(土) 19:07:01 BfZaCr3A0

【アレクサンド・アンデルセン@HELLSING】
[状態]健康
[令呪]残り二画
[装備]無数の銃剣
[道具]ジョンスの人物画
[所持金]そこそこある
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を託すに足る者を探す。存在しないならば自らが聖杯を手に入れる。
1.カッツェを“敵”と認定。
2.昼は孤児院、夜は廃教会(領土)を往復しながら、他の組に関する情報を手に入れる。
3.戦闘の際はできる限り領土へ誘い入れる。
[備考]
※方舟内での役職は『孤児院の院長を務める神父』のようです。
※聖杯戦争について『何故この地を選んだか』『どのような基準で参加者を選んでいるのか』という疑念を持っています。
※孤児院はC-9の丘の上に建っています。
※アキト、早苗(風祝の巫女――異教徒とは知りません)陣営と同盟を組みました。詳しい内容は後続にお任せします。
※ルリと休戦し、アーカードとそのマスターであるジョンスの存在を確認しました。
 キリコのステータスは基本的なもの程度しか見ていません。
※美遊陣営を敵と判断しました。
※れんげは「いい子」だと判断していますが、カッツェに対しては警戒しています。

[???/???/一日目/夜間]

【ジョンス・リー@エアマスター】
[状態]顔面に痣、疲労(大)、右腿の銃痕(応急処置済み)、右指に切り傷、睡眠中
[令呪]残り一画
[装備]なし
[道具]ジナコの自宅の電話番号、ホシノ・ルリの連絡先を書いた紙
[所持金]そこそこある
[思考・状況]
基本行動方針:闘える奴(主にマスターの方)と戦う。
0.―――――。
1.ランサー(ヴラド三世)を厄介と判断。D-9の廃教会へ向かう。が、その前に……
2.図書館でアサシン(カッツェ)を八極拳で倒す方法を探す。ついでに『魔神皇』の情報も探す?
3.あの男(切嗣)には必ず勝つ。狭間ともいずれ決着を。ただ、狭間のサーヴァント(鏡子)はなんとかしたい。
4.『魔法』の情報を探す。
5.ある程度したらルリに連絡をする。
6.錯刃大学の主従はランサー(ヴラド三世)との戦闘後に考える。
7.聖と再戦する。
[備考]
※先のNPCの暴走は十中八九アサシン(カッツェ)が関係していると考えています。
※現在、アサシン(カッツェ)が一人でなにかやっている可能性が高いと考えています。
※宝具の発動と令呪の関係に気付きました。索敵に使えるのではないかと考えています。
※聖、ジナコの名を聞きました。アサシン(カッツェ)の真名を聞きました。
※ランサー(ヴラド三世)の声を聞きました。
※アサシン(カッツェ)、セイバー(ロト)、アーチャー(エミヤ)のパラメーターを確認済み。
※科学忍者隊ガッチャマン、おはよう忍者隊ガッチャマン、ガッチャマン(実写版)におけるベルク・カッツェを把握しました。
 ベルク・カッツェ(クラウズ)の書物も見つけましたが、切嗣との戦闘によりある程度しか読めていません。
 どの程度まで把握したかは、後続の書き手さんに任せます。
 →『ベルク・カッツェ』の最期まで把握しました。カッツェがNOTEを所持している可能性も考慮しています。
※狭間偉出夫の容姿と彼のサーヴァント(鏡子)の『ぴちぴちビッチ』を確認しました。更にサーヴァントの攻撃が性的な攻撃だと気づいてます。
 狭間偉出夫が実力の大部分を隠していると気づいています。
※狭間偉出夫から錯刃大学の主従についての情報を受け取りました。
 受け取った情報は『春川英輔について』『超常の反撃能力について』です。
※狭間偉出夫の『トラフーリ』を確認しました。切嗣戦と合わせてマスターの中に『ジョンスの常識を超えた技を使える者』が居ることに気づきました。
 魔法の存在にも存外理解があります。
※ジナコが警察に追われていることを知りました。ベルク・カッツェの仕業だと思っています。


329 : crowds are calling my name ◆Ee.E0P6Y2U :2015/04/04(土) 19:07:24 BfZaCr3A0

【アーチャー(アーカード)@HELLSING】
[状態]魔力消費(中)
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:主(ジョンス・リー)に従う。
0.ランサー(ヴラド三世)と戦うために廃教会へ。
1.その前に腹ごしらえを
2.錯刃大学の主従をどうするか。
3.アーチャー(エミヤ)そしてセイバー(ロト)と再戦し、勝利する。
4.性のサーヴァント(鏡子)に多大な興味。直接会い、再戦することを熱望。狭間には興味なし。
5.アサシン(カッツェ)が起こそうとしている戦争には興味がある。
6.アサシン(カッツェ)が接触してきた場合、ジョンスに念話で連絡する。
7.参加者中にまだまだ『ただの人間から英雄へと至った者』が居ると考えています。彼らとの遭遇も熱望してます。
[備考]
※野次馬(NPC)に違和感を感じています。
※現在、アサシン(カッツェ)が一人で何かしている可能性が高いと考えています。
※セイバー(ロト)の真名を見ました。主従共に真名を知ることに余り興味が無いので、ジョンスに伝えるかどうかはその時次第です。
※セイバー(ロト)の生前の話を知りました。何処まで知っているかは後続の書き手さんに任せます。少なくとも魔王との戦いは知っているようです。
※アーチャー(エミヤ)の『干将莫耶』『剣射出』『壊れた幻想』を確認しました。
※狭間が『人外の存在』だと気づいています。
※ライダー(鏡子)の宝具『ぴちぴちビッチ』を確認しました。彼女の性技が『人間の技術の粋』であることも理解しています。
 そのため、直接出会い、その上での全力での闘争を激しく望んでいます。ちなみに、アーカード的にはあれは和姦です。
※英霊中に人間由来のサーヴァントが多数居ることを察しています。彼らとの闘争を心から望んでいます。
※ヴラド三世が、異なる世界の自身だと認識しました。また、彼を“人間”だと認識しています。
※ヴラド三世のマスターを知りました。


330 : ◆Ee.E0P6Y2U :2015/04/04(土) 19:07:57 BfZaCr3A0
投下終了です。指摘等ありましたらお願いします。


331 : 名無しさん :2015/04/04(土) 21:24:54 RX.XNylgO
投下乙です
カッツェさんが完全復活してしまった
れんちょんがマスターとして機能し始めちゃったから尚更たちが悪くなってる
ルリと春紀は決裂か…
初陣の時に血は流れなかったが今回はどうなるか
ジナコはどうなるんだろ自分殺ししちゃうのか
そしてニンジャ対決に胸が踊ります


332 : 名無しさん :2015/04/05(日) 00:39:13 GZnFDmQs0
大作乙っす!
すげぇフラグの集束具合だ。キリコvs杏子の再戦、甲賀忍法帖vsニンジャスレイヤーという夢の対決と次回が楽しみ過ぎる。


333 : 名無しさん :2015/04/05(日) 01:40:16 kf3WQEY20
おお、すげえ!
ルリルリが刑事っぽいことしてHALのこともありネウロっぽい話かとおもいきや
積み重なってきたフラグが一気に動いて大乱戦勃発5秒前に!
子どももまた確かに自分の心があって自分で考えて行動する人間なんだよな……
全ての引き金となったれんちょんの今後も気になるけど、キリコvs杏子の再戦、甲賀忍法帖vsニンジャスレイヤー、アーカードとアンデルセンの再会と見所たくさん過ぎる!


334 : 名無しさん :2015/04/05(日) 02:37:08 LFHELCSk0
投下乙!投下乙です!
やっばい、面白い……!!

そうなんだよ、ここまでれんちょん軸に回ってるのに、今までれんちょん部外者扱いだったんだよな
マスターなんだよね、れんちょんは

ようやく折り合いをつけて背中に一本筋が通った春紀とルリの再戦
殺意を持ったジナコ
カッツェを追うアンデルセンとそれを追うあっちゃん
盤面がぐっちゃぐっちゃになったHAL、それを守る忍者と迫りくる忍殺

やばいくらい、本当に面白かったです!


335 : ◆ACfa2i33Dc :2015/04/08(水) 04:31:36 Me9dNwZQ0
>>284
申し訳ない、Wiki収録分を今修正しました
また、最後のカレン・ルーラーパートにバーン戦の後処理についての一文も追加しました


336 : 名無しさん :2015/04/19(日) 20:22:13 z1slTNKo0
>アメコミからまさかのデッドプール参戦
本編からというよりほとんど日本製のDWの子安プールから知った連中ばかりだろ
DWのイメージしか知らない連中多いだろうからDW出身と明記した方が良い


337 : 名無しさん :2015/04/19(日) 21:19:09 3.VmPECk0
>>336
確かディスク・ウォーズ開始前当選ですがそれは……


338 : <削除> :<削除>
<削除>


339 : 名無しさん :2015/05/05(火) 17:00:47 ER9Vld3M0
予約きたよ!


340 : 名無しさん :2015/05/05(火) 23:02:27 Iu0TB6vk0
でかした!!


341 : ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/08(金) 01:06:31 28atE0IY0
したらばにて仮投下をさせていただきました。ご確認お願いします。


342 : ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:34:45 Tp3hU2KI0
それではこれより、予約分の本投下をさせていただきます。


343 : remorse ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:35:36 Tp3hU2KI0


     02-a/ ◆ザ・バトル・コンティニュエーション サイド・A◆


 午前零時が近づく。
 聖杯戦争本戦の一日目が、ようやく終わろうとしている。
 ここ冬木市深山町の夜景は、未だ眠らぬモータルたちの民家の明かりによって、どこか夜空の星めいて瞬いている。
 これが新都であれば、街は夜通し営業するバーやクラブのネオン看板に照らされ、貪婪なブッタデーモンの宝石箱めいた幻想的な光景となっていることだろう。

 ネオサイタマと比べれば、冬木市の夜は実際静かだ。
 ネオサイタマほどサイバネ技術が発達している訳でもなく、夜空を泳ぎ回るマグロツェッペリンの広告音声もない。
 しかし人影が完全に消えたわけではなく、夜街を練り歩くモータルたちの喧騒、POWPOWPOWと響き渡るクラクションの騒音など、完全な静寂を迎えることはない。
 それでもサツバツとしたマッポーの世に生きてきたモータルたちからすれば、この街はまるで楽園めいた世界に思えるだろう。……安穏な。

 如何にマッポーとは程遠い世であっても、街の明かりが絶えず、完全な静寂が訪れぬように、“闇”がなくなることも、またない。
 実際、28組ものマスターとサーヴァントによる血で血を洗う聖杯戦争は、この一見平穏な日常の裏側で行われているのだから。


「――――Wasshoi!」

 そんな日常の裏側。闇の一ヶ所であるビルの屋上の一角に、赤黒い装束の影――ニンジャスレイヤーが前方回転しながらしめやかに降り立った。
 ニンジャスレイヤーは立膝状態でコンクリート屋上に着地すると、ゆっくりと身を起こし直立不動の姿勢を取る。

「ドーモ、足立=サン。オヌシには今すぐ森林へと潜伏してもらう。急ぎ備えよ」
「ホントいきなりだね。深夜にはまだ早いと思うけど……」
 物陰からそう答えるのは、ニンジャスレイヤーの現マスターである足立透だ。
 彼はニンジャスレイヤーが戻ってくるまでの間、ずっとこの屋上の奥ゆかしい一角で暇を持て余していた。

「無駄話をする気はない。備えぬのであれば、そのままオヌシを森林へと潜伏させるぞ」
「はいはい、わかりましたよっと。
 ……まったく、少しはこっちの状態も考えてほしいんだけどね」
 グチグチと文句を垂れ流しながらも、足立は痛みに悶えながら荷物を纏めていく。
 応急処置こそしてあるとはいえ、ニンジャスレイヤーによって負わされた傷は全く癒えていない。正直に言えば、動くのも億劫だった。
 だがニンジャスレイヤーへと目を向ければ、既に自分から背を向け、ビルの端で街を監視している。手伝う気はないのだ。足立も期待していない。

 自分は所詮、繋ぎでしかない。もし自分よりも条件の良いマスターが見つかれば、アサシンはあっさりと自分を切り捨てるだろう。
 それこそ、己がマスターとなったあの少女を殺し、自分を脅してキャスターとの契約を切らせ、再契約を迫ったように。

 ――――だが、それならばこっちにも考えはある。
 と足立は思考を巡らせる。

 ニンジャスレイヤーは確かに怖い。実際コワイ。
 アサシンというクラスにありながら三騎士級の戦闘能力を有し、単独行動に加え戦闘続行スキルまで持っている。
 更にはナラクと呼ばれるもう一つの人格により、たった一画しかない令呪では行動を縛りきることすらできない。
 下手にニンジャスレイヤーに逆らえば、自分はほぼ確実に始末されるだろう。

 ―――だが。それならばこう命じればいい。
    自分の首を撥ねて自害せよ、と。

 たとえ幾つも人格を持っていようと、体と命は一つだけ。
 そしていかな単独行動スキル、いかな戦闘続行スキルを持とうと、首を撥ねられて生きている生物はいない。
 もし首を撥ねられても生きている者がいたならば、そいつは間違いなく化け物だ。
 だがニンジャスレイヤーは狂人ではあっても怪物ではない。首を撥ねられれば確実に死ぬ!

 ……問題は、考えなしにアサシンを自害させたところで、自分も巻き添えになって死ぬ、という事だ。
 この方舟では、サーヴァントとの契約を失ったマスターは消去されて死ぬ。多少の猶予こそあるだろうが、それもそう長くはないだろう。
 つまりニンジャスレイヤーを自害させるのであれば、その変わりとなるサーヴァントを見つけなければならないのだ。
 そして当然、それはニンジャスレイヤーよりも扱いやすいサーヴァントでなければいけない。ニンジャスレイヤーよりも厄介なサーヴァントと契約してしまっては、本末転倒だからだ。


344 : remorse ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:36:07 Tp3hU2KI0

 詰まる所これは、自分とニンジャスレイヤーのどっちが先に、より良い契約相手を探すかという戦いなのだ。
 …………だが。

「ま、今はどうでもいいか」
 どうせ世の中クソだらけだ。どう足掻いたってなるようにしかならない。
 足立はそう呟くと防寒着を重ね着し、食料の中からキャベツを取り出し、葉を一枚毟り取って齧った。

 どうせこれから森に潜伏するのだ。マスターどころかNPCとの遭遇すら怪しくなるだろう。
 ならば今は、このロクに動かない身体を少しでも回復させるべきだ。

 そう胡乱気に考えながら、視線を上の方へと移す。
 見上げた夜空には、もうすぐ中点へと差し掛かろうとする大きな満月が浮かんでいる。
 地上よりは近くても、月との距離はなおも遠い。
 それがまるで、今の自分の状況を物語っているかのように思えて、何故か少し笑えてきた。

「ハッ…………」
 堪えることもせず、再度小さく嘲笑を溢した――――その時だった。
「うん? 鳥……いや、コウモリ?」
 空に浮かぶ満月に、奇妙な影が差しかかった。


    ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ――――より良い契約相手を探すかという戦い。
 足立のその考えを、ニンジャスレイヤーもまた当然のように理解していた。

 如何にペルソナ・ジツを使えるといっても、現在の足立は魔力が枯渇し、両膝が破壊され重傷を負っている。
 そして当然、その傷を負わせ、威して無理矢理契約させたニンジャスレイヤーを憎んでいる可能性もある。
 つまり足立には、自身の延命以外にニンジャスレイヤーに協力する理由がないのだ。
 もしニンジャスレイヤーより都合のよいサーヴァントがいれば、足立はニンジャスレイヤーとの契約を絶ち、そのサーヴァントと契約しようとするだろう。
 無論、そうそう都合よくそんなサーヴァントがいる筈もないし、両膝が破壊された足立は碌に身動きが出来ず、自分で探すこともできない。
 より良い契約相手を探すというこのイクサは、ニンジャスレイヤーに圧倒的に分があるのだ。

 ――――だが、ニンジャスレイヤーにとって、足立とのイクサは実際どうでもよいものだった。
 何故なら、今のニンジャスレイヤーにとって重要なのは、たった二つの目的だけだからだ。
 すなわち、如何にしてしんのすけを死に追いやったアサシンをスレイするかという事と、
 聖杯戦争を勝ち残り、聖杯の力でしんのすけを生き返らせ、その後に聖杯をスレイするという事のみだ。
 ましてやニンジャスレイヤーがマスターとして認めたのはしんのすけただ一人。それ以外の者では、どれだけマスターとして優れていようと価値はない。

「――――――――」
 そしてその二つの目的のために、ニンジャスレイヤーはビルの縁に足を掛け、遠く、錯刃大学の在る方位を見据えていた。
 そこでは今、サーヴァントによるイクサが起きている。この仮の潜伏場所に戻る直前に始まったイクサだ。

 ニンジャスレイヤーがそのイクサに気づけたのは、強いカラテの反応が二度続けて生じたからだ。
 おそらくは令呪によるもの。マスターが何らかの理由で令呪を使用し、相手もそれに応対して使用したのだろう。
 その結果、強いカラテの反応が二度生じたのだ。

 それを偶然にも感じ取ったニンジャスレイヤーは、急ぎカラテを感じた場所を確認し、即座にこの潜伏場所へと戻ってきた。
 この周辺地域で起きたサーヴァントのイクサ。それには、あのアサシンが高い確率で関わっている可能性がある。
 いや、あのアサシンの性格を考えれば、たとえ自身とは無関係であっても、イクサ場を引っ掻き回すために横槍を入れてくる可能性があるだろう。
 ゆえにニンジャスレイヤーは、次の潜伏場所となる森林へ足立を運び、急ぎあのイクサ場へと戻らなければならなかった。

 ……本音を言えば、足立を放置してでも今すぐにイクサ場に向かい、アサシンを探したかった。
 だがニンジャスレイヤーはそうするわけにはいかなかった。
 何故なら、いかに可能性が高くとも、しんのすけを殺したアサシンが現れない可能性もあるからだ。
 そしてその場合、状況によっては戦いを避け、今後のイクサのためにダメージの回復に努める必要があった。
 そんな状態で、現マスターである足立を失う訳にはいかなかったのだ。
 いかに単独行動スキルを持っていようと、マスターの有無による差は大きい。カラテを大きく消耗している今の状態ならばなおさらだ。


345 : remorse ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:37:44 Tp3hU2KI0

 加えて言えば、あのアサシン自身のカラテ能力も強力だ。すでに弱点を知っているとはいえ、真正面から挑むのは非常にアブナイ。
 アサシンを確実にスレイするには、最初のアンブッシュであの弱所を破壊する必要がある。
 つまりニンジャスレイヤーは、アサシンより先にエントリーしてはいけないのだ。
 それはすなわち、あのイクサ場で長時間ヘイキンテキを保つ必要があるかもしれないということだ。
 そんな状態で、自身の弱所である足立を放置するわけにはいかなかったのだ。

 故にニンジャスレイヤーは、チャドーの呼吸でセイシンテキを強く保ちながら、静かに足立の準備が終わるのを待っていた。
 フーリンカザン。より確実にアサシンをスレイするためにも、今はイクサに備えるのだと、そう自身に言い聞かせながら。



 そうしてニンジャスレイヤーは、足立が移動する準備を終えたことを気配から察すると、しめやかに振り返った―――その時だった。
 ニンジャスレイヤーのニンジャ聴力が、何かが砕けるような音を捉えた。
「ヌッ!?」
 即座にその音源へと振り返り重点確認。常人を遥かに凌ぐニンジャ眼力が、ほんの僅かな、空へと昇る土煙を捉える。
 即座に視線を空へと移せば、視界に映るのは月に差し掛かった一つの人影。
 その翼を持った人影が、その手から何かしらの物体を投げ放ったのを視認する。その狙いは……この屋上!
 何たるアンブッシュか! ニンジャスレイヤーは即座に足立の元へと駆け戻る!

 KRAAAAAASH! 遥か上空から投擲された物体が屋上の床に突き刺さり、その衝撃が周囲の構造物を吹き飛ばす。
 奥ゆかしかった屋上の一角の床が砕け散り、一瞬で荒れ果て開けた場所へと変わり果てる。
 そこにいたニンジャスレイヤーと足立もまた、瓦礫と諸共に吹き飛ばされる……否! ニンジャスレイヤーは足立を米俵めいて担ぎ上げ、屋上の端へと素早く飛び退いている。

「グワッ……ッ!? クソッ、いったい何だってんだよ!?」
 突然のインシデントに、足立は混乱の極みだ。
 だがそれに構うことなく、ニンジャスレイヤーは注意深く飛来物を確認する。
 砕かれた屋上の床に突き立つそれは、ニンジャスレイヤーにとって実際見覚えのある槍だった。

「ようやく見つけたわ、アサシン」
 ゴウランガ! 遥か上空からアンブッシュを行なった下手人が、空から槍の柄に降り立った。
 少女だ。血のように紅い髪、華奢な体格、マイコめいた衣装、そして平坦な胸をした少女だ。
 しかしこの少女からは……ナムアミダブツ……少女の身体からは、デーモンめいた紅い巻き角、白い皮膜の両翼、滑らかな鱗を持つ尻尾が生えていた!
 何たる異質的光景か! 少女はあからさまにサーヴァントなのだ!

 紅い少女は槍の柄から砕けた屋上へと降り立つと、その腕に抱えていた青年を屋上へと降ろした。
 少女がサーヴァントならば、この青年はマスターだ。
 マスターの青年は、一見ではどこか個性に乏しい風貌だが、その瞳には確かな意思が宿っている。
 その強い意志の宿った瞳で、臆することなく、まっすぐにニンジャスレイヤーを見据えている。

 ……ニンジャスレイヤーは、紅い少女の事も、その青年の事もよく知っていた。
 それも当然。何しろほんの数時間前に別れたばかりなのだから。

「さあ、今度は逃がさないわよ」
 険呑なアトモスフィアを纏いながらそう言うと、紅い少女は屋上に突き刺さった槍を抜き放ち、逆手に構えた。
 ランサーのサーヴァントとそのマスター――――殺戮者たちのエントリーだ!


     01/ 行動原理/癒えない疵痕


 赤黒のアサシンを警戒しながらも、ウェイバーの後に続いて彼の住むマンションへと向かう。
 たとえ魔術的な防備がなくとも、屋内であれば休息も取れるし、襲撃される可能性も下がるはずだ。
 無論、凛が遠坂邸で襲われたことを考えると絶対とは言えないが、屋外にいるよりはましだろう。

「……………………」
 ――――――――。
 マンションへ向かう道中に会話はなく、重い沈黙が続いていた。
 アサシンの一件が尾を引いているのか、なかなか話題を切り出せないでいるのだ。
 だからだろう。岸波白野の脳裏には、遠坂凛のことばかりが浮かんでいた。


346 : remorse ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:38:08 Tp3hU2KI0


 守れると思っていた。
 それが決して楽な道でないことは解っていた。
 幾つもの困難が待ち構えていることなど、最初から想像できていた。
 それでも自分は、彼女を守れるのだと信じていたのだ。
 …………けれど。

 凜を守れなかった。
 ランサーとの約束を果たせなかった。
 この手で守ると誓ったのに、目の前で見殺しにしてしまった。

 油断……いや、慢心していたのだ。
 月の聖杯戦争を勝ち残ったという事実が驕りを生み、自分に力がないことを忘れさせたのだ。
 その結果が、遠坂凛の死だ。
 自分に出来ることを見誤ったために、岸波白野は、守るべきものを取りこぼしたのだ。

 いったい自分はどうすればよかったのか。
 あの時アサシンをもっと警戒していれば―――
 それともルーラーの要請に従わず、撤退すれば―――
 あるいはランサーたちとともに、キャスターの陣地へ乗り込んでいれば―――
 もしくはキャスターへと攻め込まず、最初から令呪による令呪破りを行っていれば―――
 …………いやそもそも、自分と出会いさえしなければ、凛もランサーも死なずに済んだのではないか?

 後悔は、轍に咲く花のように。
 もはや覆せないその結末が、そんなありもしない“if(もし)”を連想させる。


 ――――だからそれは、やはり奇跡だったのだろう。


 不意に、誰かに呼ばれたような気がした。
 どこか聞き覚えのある声。
 気のせいかとも思ったが、エリザも戸惑うように立ち止まっていた。

「ねえ子ブタ。今のって……」
 エリザの問いに頷く。
 彼女も感じ取ったのであれば、これは気のせいではない。
 すぐさま神経を張り巡らせ、注意深く周囲の様子を探っていく。

 ……サーヴァントの気配はない。魔力の反応もない。そもそも何の反応も感知できない。
 感じ取れるのは、ウェイバーとバーサーカーのそれだけだ。
 だからこれは、もっと別の何かだ。それがきっと、自分たちを呼んだのだ。

 その呼び声の正体を探ろうと、より注意深く、慎重に周囲を見渡していく。
 …………だが周囲には自分たち以外何の人影も、違和感やおかしな点も見受けられない。

「おい、いきなり立ち止まってどうしたんだよ」
「なになに? 変な電波でも受信しちゃった?」
 足を止めた自分たちに気付いたウェイバーたちが、怪訝そうに声をかけてくる。
 それで気付く。

 ――――これは違う。肉声によるものではない。
 あの声は念話のように、内側から響いたものだ。

 周りからの情報を遮断するように目をつむり、自分の内側へと意識を向ける。
 そうして数秒か、数十秒か、あるいは一分近くたった時、

『                』

 ―――先ほどと同じ呼び声が、確かに脳裏に響いた。

 即座に目を見開き、“声の聞こえた方”へと注視する。
 するとその瞬間。

「Wasshoi!!」

 民家の屋根へと飛び乗る、赤黒の衣装を纏った人影が見えた。
 間違いない。アサシンだ。
 互いの距離は遠く、そのためか、アサシンはこちらに気付くことなく屋根の上を走り去っていった。

 ……しかし、アサシンを追うことはできなかった。
 気配遮断スキルの影響だろう。その姿は視界に写っているというのに、気配をまるで感じられなかった。
 そのため、その姿が建物の陰に遮られたほんの一瞬で、アサシンを見失ってしまったのだ。
 だがアサシンがいたということは、この場所に何かしらの目的があったという頃だ。
 その手がかりを得ようと、アサシンが飛び足してきた地点へと向かう。

「ここって、しんのすけの……」
 そうしてそれを見たウェイバーが、そんな風に呟いた。

 アサシンが飛び出してきた場所にあったのは、一軒の民家。
 その家の表札には『野原』という苗字と家族の名前が書かれており、そしてその中に、しんのすけの名前があった。
 それが意味することは一つ。
 この家が、アサシンの本来のマスターであった子供――しんのすけの住んでいた家なのだ。


347 : remorse ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:38:52 Tp3hU2KI0

 ……家の中からは男性と赤ん坊の泣き声が聞こえる。
 アサシンがどういった目的でこの家に立ち寄ったのかはわからない。
 だがその声からすると、『魂喰い』のために襲った、というわけではないようだ。
 ――ならこの場所で自分ができることは何もない。
 野原家に背を向けて、アサシンが去って行った方へと向き直る。

「お、おいお前! どこ行く気だよ!」
 岸波白野の行動の意味に気付いたのだろう。ウェイバーは驚いたように、そう声を荒げた。

「アサシンを追うつもりか? どう考えたって無理だ。あいつは気配遮断スキルを持ってるんだぞ! 見けられるわけない!
 それにもし見つけられたとしても、今の状態であいつと戦って勝てるのかよ!?」
 ウェイバーの言葉は、自分を心配してのものだ。

 確かに彼の言った通り、アサシンを見つけられる保証などない。
 落ち着いて冷静に考えれば、そんなことは不可能だ。
 相手はアサシン。気配遮断スキルを有する、隠密行動を得意とするサーヴァント。
 加えて昼間でならばともかく、今は夜。闇に紛れる暗色の衣装の人間を見つけ出すのは困難極まる。
 ましてや相手はサーヴァント。霊体化してしまえば視認すら不可能になる。
 そんな彼らを、手掛かりの一切ない状態で見つけ出すことなど出来るはずがない。
 それにそもそも、もし仮にアサシンを奇跡的に見つけ出せたとして、その時一体どうするのかという答えも、今の岸波白野にはない。
 …………だが、それでも――――

   1.ウェイバーに従う
  >2.アサシンを追いかける

「お前…………」

 一歩強く、前へと踏み出す。
 確かにアサシンに対する怒りはある。
 だが自分がアサシンを追いかける理由は、決して怒りではなく、

 ―――敗北を、認められない。

 あの時懐いたその感情が、こうして岸波白野を突き動かしている。

「それでこそ私の子ブタ(マスター)よ。諦めの悪さなら誰にも負けないものね」
 背中を押すようなエリザの言葉。
 そう。あの月の聖杯戦争で――そして月の裏側で、それだけは決してできなかった。
 諦めないこと。
 それだけが、岸波白野の誇りだった。
 だからたとえ、それがゼロに等しい確率だったとしても、そこに可能性がある限り、諦めることだけはしたくなかった。

「……………………」

 それに、まったく手がかりがないというわけではない。
 アサシンの現マスターである足立透は重傷を負っていた。あの重傷ではそう遠くには行けないはずだし、足立が自力で動くのも難しいだろう。
 そしてさっき見たアサシンは足立透を連れていなかった。こんな近場に重傷のマスターを匿うはずがないし、長時間放置するなんてことも普通はあり得ない。
 それらを踏まえて考えれば、アサシンが向かった先に足立透が匿われている可能性は高い。
 アサシンと足立透の関係を鑑みれば絶対とは言えないが、探す価値は十分にあるはずだ。

 それに時間が経ってしまえば、アサシンは足立を別の場所に匿うかもしれない。
 手がかりが全くない以上、今を逃してしまえばアサシンはそれこそ見つけられなくなる。
 アサシンを探すのなら今しかないのだ。

「それは……けど……」

 手伝ってくれとは言わない。
 アサシンは強力なサーヴァントだ。たとえここにいる全員で戦っても勝てるかはわからない。
 ましてやウェイバーは、バーサーカーの能力によって大きく魔力を消耗している。もし戦闘になれば、彼には相当な負担がかかるだろう。
 ……いや、アサシンと戦わずとも、バーサーカーを維持するだけで今のウェイバーには辛いはずだ。
 ……それにそもそも、これは自分のわがままでしかない。そんなものに無理に付き合う必要はないのだから。

「あ、おい! 待てよ……!」

 そうして岸波白野は、ウェイバーの静止の声を背に、アサシンが去って行った方向へと駆け出した。
 その右手に、凛の形見であるアゾット剣を握りしめながら。


348 : remorse ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:39:17 Tp3hU2KI0


      †


「あ、おい! 待てよ……!」
 そんな自身の声を無視して走り去っていった二人に、ウェイバーはただ手を伸ばすことしかできなかった。
「あらら、行っちゃった。どうする、ウェイバータたん?」
 同じように彼らを見送ったバーサーカーが、そう茶化すように訊いてくる。

「どうするって、何をだよ」
「だからぁ、はくのんたち追いかけないのかって聞いてんの。早くしないと見失っちまうぜ?」
「な、なんで僕があいつらを追いかけないといけないんだよ」

 バーサーカーの言葉に、ウェイバーは動揺したように返す。
 確かに今から追いかければ追いつけないことはないだろう。
 アサシンと戦うにしても、白野たちだけよりは自分たちも一緒に戦った方が有利のはずだ。
 だが、自分に追いかけなければいけない理由はないはずだ。
 彼らとは決して仲間になったわけではないのだし、別に手伝ってくれと頼まれたわけでもないのだから。

「けどよ、あのまま放っておいたら、下手すりゃあいつら死ぬぜ?」
「っ…………!」

 『死ぬ』という言葉に、ウェイバーは再び動揺を表す。
 しんのすけと、遠坂凛。目の前で殺された、まだ幼い子供たち。
 今のウェイバーにとって、“死”とはその二人を連想させるものだった。
 その二人と同じように、岸波白野たちも死ぬかもしれないとバーサーカーは言っている。

「だ、だから何だって言うんだよ! これは聖杯戦争だ! 負けたヤツが死ぬのは当たり前のことだろ!」
 そう、当たり前のことのはずだ。
 だというのに、なぜ自分はこんなにも動揺しているのか、ウェイバーにはわからなかった。
 自分が殺されそうになっているのならまだわかる。情けなくはあるが、それは当然の反応だ。
 だがなぜ、出会ったばかりで、ろくに話してもいない人間の死に、ここまで動揺しているのだろう。

「あいつらがどうなろうと知ったことか! 誰が何と言おうと、僕は絶対に追いかけないからな!」
 たとえ岸波白野が死んだとしても、それはアサシンを追いかけた彼らの自己責任だ。
 だから彼らがどうなろうと、自分には何の関係もない、とウェイバーは自分に言い聞かせる。
 脳裏に浮かぶ二人の子供の姿。それを振り払って、懸命に意地を張る。……だが。

「あっそ。まあウェイバーたんが追いかけなくても、俺ちゃんは追いかけちゃうんだけどね! だってその方が面白そうだし!」
「は、はあ!?」
「んじゃ、先に行ってるからねー!」

 ウェイバーの張った意地をまるっと無視して、バーサーカーはその場から消え去った。
 テレポート装置を使用したのだ、とウェイバーが気づいたのは、それから数秒ほど経ってからのことだった。

「ふ――ふざけるなああ! 何を考えてやがりますかあの馬鹿はあああッ!」

 バーサーカーのあまりにも突飛な行動に、ウェイバーは半ば錯乱したように叫び声をあげる。
 思わず再び令呪による呼び戻しをしようかと考えたほどには、頭に血が上っていた。
 それをどうにか堪えたのは、残り二画という令呪の残数ゆえか、それとも別の理由からか。

「ああもうちくしょう!
 確かに今を逃したら、次にアサシンを見つけられるのがいつかはわからない。下手をすればアサシンの方から襲撃してきてアドバンテージを取られる可能性もある。
 それに戦いが避けられないなら、少しでもこっちが有利なうちに倒しておくべきだ。そして戦うのなら、一騎より二騎で挑んだ方がいいに決まってる。
 加えてあの馬鹿が勝手に行動したせいで、僕は非常に危険な状況にある。こんな状態でほかのマスターにでも遭遇したら、何もできずに殺される可能性だってある」

 ウェイバーは自分に言い訳をするように、白野たちを追いかける考えられる限りの理由を口にしていく。
 そうしなければ、自分を納得させられなかったのだ。
 その内心にあるのは、アサシンへ立ち向かうことへの恐怖と、勝手に動き回るバーサーカーへの苛立ちと、そして――――。

「馬鹿にしやがって馬鹿にしやがって馬鹿にしやがって!
 バーサーカーの馬鹿野郎おおおお――――っ!!」

 そうしてウェイバーは悲鳴のような罵声を上げながら、岸波白野を追って走り出した。


349 : remorse ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:41:21 Tp3hU2KI0


     02-l/ ザ・バトル・コンティニュエーション サイド・L


 エリザと共に、夜の街を駆け抜ける。
 彼女に抱えられながら、ビルの屋上から別のビルの屋上へと跳び回る。
 あれから一時間近くが経過した。
 アサシンの姿は、影も形も見つけられていない。
 ――――――だが。

「………子ブタ」
 エリザの声に頷く。
 サーヴァントの気配はない。魔力の反応もない。そもそも何の反応も感知できていない。
 だがそれでも、アサシンに近づいているという確かな実感があった。
 理由のわからない、正体不明の直感。
 しかし恐れる必要も、迷う必要もないと、岸波白野の心が告げていた。

 ポケットから携帯端末を取り出し、データとして格納していた魔術礼装を具現する。
 取り出した礼装の名は、『遠見の水晶玉』。使用できるコードキャストは《view_map(); 》。
 月の聖杯戦争での効果は、一定時間アリーナの階層データを全表示させるというも。
 そしてこの聖杯戦争においては、一エリア範囲の地形データと、範囲内にいる存在の簡易的な識別が可能となる。

 コードキャストの使用と同時に、岸波白野を中心として簡易地形図が展開され、その上に無数のマーカーが表示される。
 表れたマーカーは、その地点に何かがいることを示している。たとえば月の聖杯戦争では、マスターとエネミー、そしてアイテムフォルダ、といった具合に。
 当然強大な魔力の塊であるサーヴァントも、反応の違いから識別することが可能だ。
 と言っても、あくまで簡易的にであるため、マスターとNPCの識別は難しく、また霊体化したサーヴァントを捉えることもできない。
 加えて相手はアサシン。たとえ実体化していても、礼装による簡易的な探索など容易く欺けるだろう。
 ここまでの探索で礼装を使用しなかったのはそのためだ。何が起こるかわからない以上、無駄に魔力を消耗するわけにはいかなかったのだ。

 表示されたマーカーの数は、夜中であっても数えきることは難しい。
 そして当然のようにサーヴァントの反応はない。
 だが、今なら何かあるはずだと、マーカーの一つ一つをすばやく確認していく。

 そうして無数のマーカーの中に、たった一つ気になるマーカーを発見する。
 おそらく、何かしらのビルらしき建造物。その屋上に存在するマーカーだ。
 マーカーの反応は、それが人間であることを表している。
 だがこんな時間帯に、たった一人でビルの屋上にいるということが気にかかった。

 ……ならば考える必要はない。元より手掛かりは皆無。気になるモノや場所は、全て調べるべきだ。
 即座にエリザへと指示を出し、そのマーカーが示した場所へと向けて駆け出した。



 ―――そうして岸波白野たちは、その赤黒い影を捉えた。

 双葉商事という会社のビルの屋上。
 その縁で赤黒い影―――アサシンは、どこか遠くを見据えていた。

 ともすれば見逃してしまいそうなその姿は、こうして視認している今も、その気配を感じ取ることが出来ない。
 少しでも視界から外せば、再び視認することは困難だろう。
 そんなアサシンを見つけられたのは、マーカーが示していたビルを確認していた際に、アサシン自身が視覚内に映り込んで来たからだ。
 ……ならばマーカーが示していたのは、アサシンの現マスターである足立透だったのだろう。

 単なる偶然か、まだ距離があるためか、おそらくアサシンはこちらに気付いていない。
 気付いていれば、二人の状態からして即座に逃げ出しているはずだからだ。
 接近するならば、今しかない。

「行くわよ、マスター」
 エリザの呼びかけに頷き、より強く彼女へと抱き付く。

 アサシンの俊敏のステータスは、基本値ではエリザに劣るが瞬発力において勝っている。
 こちらが接近する前に気付かれれば逃げられる可能性が非常に高く、そして追撃戦になれば気配遮断を持つアサシンが圧倒的に有利となる。
 さらに気配を消したアサシンは、《view_map(); 》では捕捉できない。マスターがNPCに紛れてしまえば、『遠見の水晶玉』による追跡も不可能となってしまう。

 故に、自分たちが取る手段は一つ。
 こちらの存在に気付かれるより早く、敵の意表を突く一手を以て、アサシンたちへと接近する。


350 : remorse ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:41:44 Tp3hU2KI0

 エリザの背中から、一対の翼が現れる。
 それは本来、人には存在しないモノ。伝説に謳われる、ドラゴンの翼だ。
 エリザベートは無辜の怪物によって魔人化ししている。それ故に、ドラゴンの翼による飛行が可能なのだ。
 とは言っても、それは本来人体に存在し得ないモノ。如何に魔人化していようと、元が人であるエリザでは自在に飛び回ることは出来ない。
 しかし仮にもドラゴンの翼だ。跳躍や滞空の補助として使うには充分過ぎる能力を持つ。

 ―――そう。自分たちが行うアサシンへの一手。
    それは飛行機などを使わぬ限り人間には到達し得ない、遥か上空からの強襲だ。


 エリザが獲物を定めるようにビルの屋上を睨み付け、深く体を沈めて力を籠める。

 ――跳躍にはまだ速い。
 今アサシンに気付かれれば、強襲を掛ける前に逃げられてしまう。
 故に――狙うは一点。町を俯瞰するアサシンの気が逸れる、その一瞬。

 静かに、大きく息を吸い込み、大気を掴むようにその背の両翼を広げる。

 ……なぜ、何のために追いかけてきたのか。
 こうしてアサシンを視認して、ようやくその答えを自覚する。
 同時に―――マスターに呼びかけられたのか、アサシンが背後へと振り返った。

 ――――瞬間。エリザが翼を力強く羽ばたかせ、衝撃とともに飛翔した……!

 直後、岸波白野の身体を凄まじい加重が襲いかかる。
 人ならざるモノの跳躍、その加速による負荷が掛かっているのだ。
 だがそれも一瞬。ただ一度の飛翔によって、エリザは上空100メートルを超えて飛び上がっていた。

「―――見つけた」
 眼下のビルの屋上を見下ろしながら、エリザが静かにそう呟く。
 岸波白野には、既にアサシンを視認できていない。再度発見するには偶然か、見逃しようのない距離で目視する必要がある。
 それはエリザも同じはずだ。ならば発見したのは、同じく屋上にいる筈の、アサシンの現マスターである足立透だろう。
 彼を標的としてか、エリザは己が槍を具現化させると、逆手に構えて大きく振り上げ、屋上目掛けて勢いよく投擲した。そして自身もすぐさま、槍を追って急降下する。

 一瞬、意識が跳びそうになった。
 命懸けのジェットコースター。人間には不可能な、急上昇から即座の急降下。
 地面へと落下する恐怖と肉体にかかる過負荷によって、岸波白野の心身が悲鳴を上げているのだ。
 ……だが、この程度で意識を失うことは出来ない。
 こんなものは、ただ怖いだけ、ただ苦しいだけだ。凛の命を奪った『死』からは遥か程遠い。

「ようやく見つけたわ、アサシン」
 狙い通りに周囲の障害物を吹き飛ばし、屋上を粉砕して突き刺さった槍の柄へと、竜の娘が舞い降りる。
 力任せの強引な陣地作成。この屋上はすでに、彼女が戦う(歌う)ためのステージだ。

 その舞台上へと、エリザは槍の柄から降り立つ。そして自分も、彼女に支えられながら屋上に足を付ける。
 先程の急制動の影響で、思わず体がふらつきそうになる。が、それをただ意地だけで堪え、まっすぐに目前のアサシンを見据える。
 ―――その、背後で。

「さあ、今度は逃がさないわよ」
 冷酷な殺意ともに槍を逆手に抜き構え、ランサーはアサシンへとそう宣告した。


     03/ Sword or Death


 目の前には、赤黒い衣装のアサシン―――凜を殺した、謎のサーヴァントがいる。

「……ドーモ、ランサー=サン、ハクノ=サン」
 彼は足立透を担いだまま、そう小さくお辞儀をする。
 その挨拶に対し、ああ、さっきぶりだね、と言葉を返す。
 エリザは無言だ。先ほどの強襲で、挨拶は既に終わらせたという事だろう。
 だが、きっかけさえあれば、今すぐにでもアサシンへと襲い掛かりそうな雰囲気だ。

 ……アサシンの真名はすでに知っている。その戦い方、その能力も確認した。しかし、その詳細には至っていない。
 MATRIX LEVEL 3。万全を期すには、まだ一手足りない。
 彼がキャスターとの戦いの最後に見せた状態になれば、苦戦することもあり得るだろう。
 ……だが、今はそれでも構わない。なぜなら岸波白野は戦うためではなく、

 ――――貴方を信じ、貴方が裏切った凛に対して、何か言うことはないのか。

 それを訊くためだけに、アサシンを追ってきたのだから。


351 : remorse ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:42:13 Tp3hU2KI0



 ―――自分が殺したあの少女に対して、何か言うことはないのか。
 その問いに、ニンジャスレイヤーは答えることが出来なかった。
 言いたいことはあった。
 あれは決して、自分の本意ではなかった。
 自らのニューロンに潜む邪悪な同居人――ナラクが、自らが主導権を握るために少女を殺したのだ、と。

 そう説明をすれば、目の前の少年も納得し、ともすれば許してくれるかもしれなかった。
 過去の遺恨を捨て、自身と契約してくれた少女の協力者だ。可能性は高い。
 ……だがそれは、決して口にしてはならない事だと、自分は許されてはならないのだと、ニンジャスレイヤーは思っていた。

 自分はあの少女を裏切った。
 自分から契約を持ちかけておきながら、信頼してくれた少女の命を、この手で奪ってしまった。
 それは決して許されることではない。もし許されることがあったとしても、自分はケジメすべきだろう。実際、セプク級のケジメ案件だ。
 ……………………だが。

(……しんのすけ……)

 ニンジャスレイヤーは、まだセプクする訳にはいかなかった。
 何故なら自分には、何よりも優先すべき目的があったからだ。
 それはしんのすけを死に追いやったアサシンへの復讐と、そしてしんのすけの蘇生だ。
 己のエゴであるこの二つの目的だけは、どうしても譲ることが出来なかった。
 もしニンジャスレイヤーがセプクするとすれば、それは目的を果たした時か、ナラクに完全に飲み込まれ、完全に邪悪存在へと成り果ててしまった時だけだ。

 故に……ニンジャスレイヤーがランサーたちへと返せる答えは一つ。
 ニンジャスレイヤーは足立透をビルの一角へと米俵めいて投げ飛ばすと、チャドーの呼吸とともにカラテを構えた。
 ランサーたちと戦うつもりなのだ!
 だが、ニンジャスレイヤーはカラテを大きく消耗している。キャスターとの戦いによるダメージも回復していない。状態は非常にアブナイだ。
 もしこのままランサーたちと戦えば、たとえ生き残ったとしても、アサシンへの復讐は困難なものとなるだろう。
 それを理解していながら、それでもニンジャスレイヤーは構えを解かない。
 後悔は死んでからすればよい。
 それが彼らに許しを乞えず、己がエゴのためにセプクもできぬニンジャスレイヤーの、彼らへのケジメだった。
 それに何より――――。

「………全サーヴァント……殺すべし!」

 ショッギョ・ムッジョ。元よりこの聖杯戦争において、全てのサーヴァントは殺し合う定めにあるのだから―――。



 アサシンのその答えを聞いて岸波白野の胸中に浮かび上がったのは、怒りでも憎しみでもなく、悔しさだった。

 月の聖杯戦争と違い、この方舟の聖杯戦争には最低限のルールしかない。
 それが聖杯へと至る手段ならば、大凡あらゆる行いは肯定される。
 無論、アサシンの行いを認めるわけではない。
 だが、どちらが間違っていたのかで言えば、敵であるアサシンを信じた凛と、そしてそれを許した岸波白野なのだ。

 ………けれど。
 それでも自分は、悔しかった。
 別に、その場しのぎの言い訳でも、愚かな自分たちへの侮蔑でもよかった。
 ただせめて、ほんの一言だけでも、凛に対して何かを言ってほしかったのだ。
 だがアサシンが返したのは、静かな戦意だけ。
 全てのサーヴァントを殺すという、聖杯戦争においてごく当たり前の宣告だけだった。


  ――――ランサー。
 と、失意とともにエリザへと声をかける。
 自分は――――

  >1.アサシンと戦う
   2.この場から立ち去る

 彼女の前へと、静かに左手を差し出した。

「本当に良いのね、マスター」
 その問いに、ただ頷きで返す。
「わかったわ。じゃあ、少しだけ我慢してね」
 少し悲しげに、エリザがそう応じた―――直後、

 ――――――――ッ!

 左手に、激痛が走った。
 痛みに明滅する視界の先で、アサシンが驚き目を見開いたのが見える。
 それも当然だろう。何故ならエリザが岸波白野の左手に、強く噛み付いているのだから。


352 : remorse ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:42:44 Tp3hU2KI0


 サーヴァントが自身のマスターを傷つけるという異常。当然、それには理由がある。
 もちろんアサシンのような裏切りではない。そもそも岸波白野は、自ら左手を差し出したのだから。
 ならば何故か。

 それは魔力の回復のためだ。
 通常サーヴァントはラインによって、マスターからの魔力供給が成されている。これはその気になれば、その供給量の増加も可能だ。
 ましてや岸波白野は、瞬間的にではあるが、より効率良く魔力供給を可能とさせる礼装も持っている。
 そうでありながら、エリザに直接吸血させた理由は二つ。

 一つは自身の魔力温存のため。
 魔術師の肉体……特に体液には、それなりの魔力が宿っている。
 供給量の増加も、礼装による回復も、結局はマスター自身の魔力を消費している。
 しかし体液交換による魔力回復であれば、さほど自身の魔力を消費することなく相手に魔力を譲渡することが可能なのだ。

 そしてもう一つは、エリザの二つ名が理由だ。
 “鮮血の伯爵令嬢”吸血鬼カーミラのモデルともなった彼女は、他のサーヴァントが行う場合に比べ、吸血による魔力回復の効率が遥かに良いのだ。
 実際その性質は、彼女の持つスキルにも色濃く出ている。

 だが当然、そう何度も使える手ではない。
 吸血を行うたびにマスターが傷付くし、そもそも戦闘中に行うのはほぼ不可能だ。
 ましてや今のように、戦いの直前で行っては、わざわざ隙を晒す様なものだ。
 今回アサシンが攻撃してこなかったのは、こちらの行動に驚いたが故だろう。つまり、次はない。

 岸波白野がそれを承知で行ったのは、アサシンが強敵であればこそだ。
 加えて現マスターである足立の能力も未知数。
 予想外の攻撃に対処するためにも、少しでも魔力は温存しておく必要があったのだ。


 そうして吸血を終えたエリザが、アサシンに向かい前へと踏み出す。
 吸血を行なったからか、その様子は先ほどよりも多少落ち着いていた。

「ねぇアサシン。私は別に、アナタがリンを裏切ったことに関してどうこう言うつもりはないわ。
 私自身、月の裏側では何度もマスターを乗り換えたし、最初のマスターに至っては自分で殺したわけだしね」

 そう告げるランサーの顔に、後悔の色はない。何故なら、エリザベートは“そういう英霊”だからだ。
 鮮血の伯爵令嬢。純粋培養の悪の華。岸波白野が出会った中では、最も残酷で純粋な反英雄。
 ――――だが。

「だから私が怒っているのは別のこと。
 よくも………よくもリンを、ハクノの誓いを踏み躙ってくれたわね! 竜の逆鱗に触れたわよ、オマエ……ッ!」

 彼女は、岸波白野に力を貸してくれている。
 自身の在り方とは反する自分のやり方に、従ってくれている。
 それが自身の贖罪のためだったとしても、こうして自分と凜を理由に、怒りを露わにしてくれている。
 ……それが彼女にとって、どれ程の苦痛となっているのか、岸波白野には推し量ることは出来ない。
 けれど……だからこそ、その思いに応えるためにも……そして、凛の死に報いるためにも……アサシン――ニンジャスレイヤーを、ここで倒す……!

「ステージ・オン! ミュージック・スタート!
 ライブ開始よ。この屈辱の借りは、数十倍にして返してあげる……ッ!」
 エリザ――ランサーが歌う様に口上を述べ、踊る様に槍を構える。
「――――――――」
 それに応じて、アサシンがより深く腰を下ろし、手刀を構える。

 ――――剣か死か(ソード オア ダイ)。
 その決意とともに、岸波白野はランサーへと指示を下した―――。


353 : クレイジー・コースター ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:43:38 Tp3hU2KI0


     04/ VSアサシン(cause)


「Wasshoi!」
 初手はアサシン。その高い瞬発力を生かし、ランサーへと一気に接近する。だが。

「最初からクライマックスよ! 鮮血魔嬢の名の意味を、その魂に刻みなさい!」
 ランサーはアサシンを迎え撃つのではなく、己が槍を再び屋上へと突き立てる。
 直後、それを起点として、ランサーの周囲が鮮血に彩られる。
 その鮮血の中から浮かび上がる巨大な城――“鮮血魔嬢(バートリー・エルジェーベト)”。

「ヌッ!?」
 それを見たアサシンの眼が、いきなりの宝具の発動に驚き見開かれる。
 だが、驚いている暇はない。ランサーの宝具は広域に及ぶ超音波攻撃だ。
 しかしランサーへと接近したことにより、回避は出来ない。先手を打ち宝具の発動を阻止するか、堅実に防御するしかない。
 シークタイム・ゼロカウントで判断し、アサシンは決断的に屋上の床を蹴り砕いた。

「“LAAAAAAAAAAAA――――――――――――ッッッッ!!!!!!”」

 周囲の空気全てを飲み込むような吸い込みからの、雷鳴の如き一声。
 それはランサーの背後に出現した、アンプに改造された城によって増幅され、更なる破壊力を伴って解き放たれる。

 キャスターと戦った時とは異なる、ランサーの宝具の完全開放。
 耳を劈く衝撃波は、このビルのみならず周囲のビルにまでおよび、その窓ガラスを粉々に粉砕する。

「アイエエエ!」「ガラス!? ガラスナンデ!?」
 当然、砕け散った窓ガラスは地上へと降り注ぎ、そこにいたNPCたちに被害をもたらす。
 その微かに聞こえる悲鳴を耳にしながらも、岸波白野はまっすぐにアサシンへと視線を向ける。
 アサシンは強敵だ。手加減をする余裕はない。無論わざと巻き込むつもりはないが、周囲への被害を気にしいる余裕もない。
 それにその肝心のアサシンは、

「ヌウーッ……!」
 屋上の一角で、腕を交叉させ耐え切っていた。
 アサシンは咄嗟にグレーター・ウケミを応用し、ランサーの宝具による衝撃を屋上へと受け流したのだ。
 その証拠に、アサシンの足元の床は、周囲と比べて重点的に粉砕されていた。
 だが衝撃波を完全に受け流せたわけではなく、その身体には無数の裂傷が奔り、先の戦いによる傷も開いていた。
 これが“竜鳴雷声”であれば完全に受け流せていたが、より強力な“鮮血魔嬢”を防ぎきることは出来なかったのだ。


 ……予想はしていたが、ランサーの超殺人的、東京ドーム一個分を倒壊させる超音痴攻撃を、耐えたか……っ!
「音波! 超音波! 音速のドラゴンブレスだって前にも言ったわよねぇ!?」
 アサシンを倒せなかったことに岸波白野はそう悔しげに口にし、その発言にランサーが苦言を呈する。
 それを聞き流しながら端末を操作し、礼装の一つを換装。『破戒の警策』によるコードキャスト、《mp_heal(32); 》でランサー魔力を回復させる。

 アサシンが対処することも想定内ではあったが、やはりこの一撃で決められなかったのはやはり痛い。
 なぜならランサーとアサシンに蓄積されていたダメージはほぼ同量。消耗戦になればそれだけで不利になるし、今よりさらに消耗した状態であの状態になられれば、たった一手選択を誤っただけで倒されかねない。
 決定的な情報が欠けている今、手を読み切れない相手との長期戦は避けるべきなのだ。
 加えて、アサシンに対する再度の“鮮血魔城”の使用は、もはや意味を成さないだろう。仮に使用したとしても、今の状況では発動の隙に対処されるだけだ。
 直撃を決めるには、あと一手、手を凝らす必要がある。


「グワッ、痛う……っ!? ちょ、なんだよ今の! 耳が、耳がキーンって……!」
 アサシンの背後からそんな声が聞こえてくる。そこには、アサシンの現マスターである足立透がいた。
 そう。アサシンが宝具発動の阻害ではなく防御を選んだのは、足立を庇うためだった。
 それも当然か。
 足立は両膝を破壊されており、ロクに動くこともできない。仮に阻害行動を選んでいた場合、阻止できたのなら問題はないが、もし失敗してしまえば、ランサーの宝具の余波をまともに受けていたのだ。
 無論、アサシンが足立を庇ったのは、足立のためではない。
 カラテの消耗しきった今の状態では、マスターを失うことが致命的であるが故の行動だった。


354 : クレイジー・コースター ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:43:59 Tp3hU2KI0

「スゥーッ! ハァーッ!」
 だからだろう。アサシンは足立を気遣う言葉をかける事もなく、チャドーの呼吸とともにジュー・ジツを構える。
 だがそれはランサーも同じだ。その瞳はアサシンだけをまっすぐに見据え、足立の存在など歯牙にも掛けていない。
 警戒していないわけではないだろうが、気に留める必要もないと思っているのだ。

 それは半ば正しい。
 アサシンと足立透との間に信頼などない。足立にはアサシンへの的確な支援などできないだろう。
 それにそもそも、重傷を負い消耗したままの足立にはそんな余裕などない。
 岸波白野はそう予測をし、ランサーへと更なる指示を下す。

「ハッ――!」
 一手目と異なり、二手目はこちらから。ランサーは深紅の弾丸となって、アサシンへと疾駆する。
 槍兵(ランサー)の名に恥じぬ神速の踏み込み。両者の間にあった空白は瞬く間に詰められる。
 そして放たれる振り下ろし。
 アサシンの頭部を叩き潰さんと、監獄の槍はその頭上から豪速で襲い掛かる。

「イヤーッ!」
 対するアサシンも、自身に向け振るわれた槍を的確に迎撃する。
 頭上から迫り来た槍は、側面に叩き付けられた蹴りによって横方向に軌道を変えられる。
「そーれっ!」
 だがランサーは、弾かれた勢いをそのままに、薙ぎ払いによる攻撃へと移行する。
 蹴りの勢いも加算された槍はランサーの身体ごと一回転し、大気を唸らせながら再度アサシンへと迫る。
 追撃を放とうとしていたアサシンは、咄嗟に攻撃を中断しブリッジ回避! ランサーの槍はアサシンの胴の上を空しく空振る。

「イヤーッ!」
 そしてこのブリッジ体勢は攻撃の予備動作でもあった。アサシンの脚が霞み、反撃の一撃が繰り出される!
 薙ぎ払いを躱されたランサーは咄嗟の行動を取ることが出来ない。放たれた足撃は的確にその胴体を蹴り飛ばした。
「ンアッ!」
 腹部に受けたダメージに、ランサーは堪らずたたらを踏む。
 アサシンは即座に追撃のワザを放とうとカラテを構え、
「グワッ……!?」
 唐突に胴体にダメージを受ける。フシギ!
 だがその現象に驚愕する間もあればこそ、アサシンへ更なる一撃が襲いかかる。

「不愉快。返すわっ!」
 頭上から振り下ろすような刺突。ブリッジ回避は無意味。
 アサシンは素早く側転を繰り返し、回避と同時にランサーから距離を取る。しかし。
「ハッ、トロいのよ!」
 弾丸の如き踏み込み。アサシンが開けた距離を、ランサーは一瞬でゼロにする。
「ほらほらほら!」
 そして放たれる連続攻撃。縦横無尽と振るわれる槍が、アサシンの肉体を穿たんと高速で奔る!
「ヌウ……ッ」
 その疾風怒濤の連撃を、アサシンは紙一重で躱していく。
 ランサーの攻撃を的確に捌きながらも、その表情には苦渋の表情が浮かんでいた。


 ランサー――エリザベートは本来、通常のサーヴァントのような“戦う者”ではない。
 生前の逸話によって英霊となり、それにより生じたスキルと、その身に宿る竜の血によって高いステータスを得ただけの少女だ。
 そのため、サーヴァントとしての評価こそB+〜Aランク相当とされるが、戦闘技術そのものは格下のサーヴァントにも劣る。
 そんな彼女が仮にも戦闘を行えているのは、その独特な感性(リズム)から繰り出される卓越した拷問技術が理由だ。
 つまりエリザベートは、その奔放な動きで翻弄し、的確に弱所を突く事で、他のサーヴァントと渡り合うことが出来るのだ。

 故に、その動きに惑わされず冷静に対処をすれば、彼女の攻撃を防ぐことは難しくはない。
 ましてや格闘戦に優れるアサシンならば、十分に応戦することが可能だろう。
 事実、岸波白野は三度に渡って、彼女を打ち倒してみせたのだから。
 …………だが。

(先ほどのダメージ。あれは、ランサーさんのジツか)
 ランサーへと反撃した際に生じた謎のダメージ。その奇怪現象ゆえに、アサシンはランサーへと攻めあぐねていた。
 あの瞬間、ランサーはもちろん、マスターのジツによる支援もなかったことは視認している。
 となれば、考えられる理由は一つ。ランサーの宝具攻撃を受けた際に、同時にジツを掛けられていたのだ! ワザマエ!


355 : クレイジー・コースター ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:44:25 Tp3hU2KI0


 アサシンが考えを巡らせる間も戦いは続いている。

「これはどうっ!?」
 一際大きな薙ぎ払い。アサシンの胴を目掛けて、ランサーの槍が襲い掛かる。
「イヤーッ!」
 対するアサシンは、後方へと大きくジャンプ回避。同時に両手から無数のスリケンを投擲し牽制する。
 だがその程度の小細工では、一瞬の足止めにしかなりはしない。

「逃がさないわよ、ロックンロールッ―――!」
 ランサーはスリケンを弾き飛ばすと素早く槍の柄に腰かけ、直後、文字通りの弾丸となって撃ち出された。
 ――――“絶頂無情の夜間飛行(エステート・レピュレース)”。
 先ほどの踏み込みよりもなお疾いその一撃が、アサシンの肉体を穿たんと飛翔する。

「グワーッ!」
 屋上へと着地する寸前だったアサシンに、これを回避する術はない。
 咄嗟に両手のドウグ社製ブレーサーによって防御するが、堪らずタカイ・ビルの屋上から弾き飛ばされる!
 だがそれは、アサシンへと突撃したランサーも同様だ。彼女もまた、勢いのままに屋上から跳び出している。キヨミズ!
「あはっ! どんどん行くわよっ!」
 しかし、ランサーはその背中からドラゴンの翼を出現させると、精確にアサシンへと向けて飛翔する。
 そして放たれた槍を、アサシンはドウグ社製ブレーサーとジュー・ジツによって防ぎ、その反動を利用して距離を取る。

(ヌウ……このままではジリー・プアー(徐々に不利)だ。やはり無理にでも宝具の発動を阻止するべきだったか)
 アサシンは近場のビルを足場にジャンプしながら、内心でそう歯噛みする。
 先ほどの牽制の際、スリケンのいくつかがランサーの体を掠め傷付けていった。
 しかしそのダメージもまた、アサシンへと反射されていたのだ。ナムアミダブツ!

 ウカツな攻撃をすれば無用に反射ダメージを受け、かと言って攻撃しなければやはり自分だけがダメージを受ける。
 戦闘続行スキルを持つアサシンにとって、ダメージ量自体は無視できる程度だ。
 だがランサーの攻撃も加わり大きく消耗している今、僅かなダメージでさえ軽視はできない。
 加えて足立と違い、ランサーのマスターは万全だ。しかもいかなるジツによるものか、ランサー自身もまた、スリケンによって負った傷が少しずつ癒えている。
 カラテが不足している上に、ダメージ反射のジツがいつ解かれるのかもわからない以上、このままでは実際ヤバイ!

「邪魔っ!」
 アサシンの放った牽制スリケンを弾き飛ばし、ランサーは同じようにビルを足場にジャンプ。
 ドラゴンの翼によって的確にアサシンへと接近し、驚異的な槍を繰り出す。
「イヤーッ!」
 対するアサシンはどうにかランサーの槍を迎撃し捌いていくが、足場のない空中では踏ん張りがきかず、その衝撃に容易く弾き飛ばされる。

 お互いのマスターの差。ダメージを反射するジツと回復するジツ。そして空中というイクサ場。フーリンカザンは完全にランサーにある。
 この危機的状況を脱すべく、アサシンはランサーの攻撃を捌きながらイマジナリー・カラテによって打破の方法を模索し始めた。


      †


 ビルの端へと駆け寄り、ランサーたちの姿を追いかける。
 二騎のサーヴァントはビルの壁面を足場に、縦横無尽に跳び回っている。
 一見では、二人の戦いは互角に見える。しかしだからこそ、早急に手を打つ必要がある。
 先制の一撃、地の利を得てなお互角ということは、時間を経るごとに戦況は不利になっていくということだからだ。

 故にこそ、ランサーへと最適な指示を下す必要があるのだが……それは困難を極めた。
 高速で動き回る二人はビルの陰に隠れては現れ、まるでストロボのように常に捉えていることはできないからだ。
 一瞬の判断が重要となるサーヴァントの戦いにおいて、不確かな状況でむやみに指示を出すことはできない。
 下手に戦況を読み違えれば、それが即死に繋がる。

 ――――ならばどうするか。
 ランサーと視界を繋げる、という手はある。
 そうすればランサーの視点からではあるが、間断なく戦況を知ることができる。
 ……だがその判断はまだ早い、と直感する。
 なぜなら、こうしている今も、二人がどこにいるかということだけは、確かに感じ取ることができていたからだ。

 ――――そう。それこそが今、岸波白野が考えるべきことだ。
 こうしてアサシンを見つけられた理由。今なおアサシンを捉えられている不思議な感覚。
 その正体を知ることが、アサシンとの戦いにおける鍵となるだろうからだ。
 それに加えて……。


356 : クレイジー・コースター ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:45:29 Tp3hU2KI0


 風の音に紛れて、バチッと、背後から空気の弾けた音が聞こえた。
 咄嗟にその場から飛び退くと同時に、先ほどまで立っていた場所を雷撃が奔り抜けた。
 肝を冷やしながらも雷撃の発生源へと目を向ければ、そこにはこちらへと右手を向けた足立透の姿があった。

「はっ。あのままボーッと突っ立っていれば、楽に死ねたのにね」
 そう口にする足立の背後の空間には、何かのノイズのようなものが奔っている。
 そのノイズも、足立が腕を下すと同時に消えた。おそらくは、何かの“力”の名残なのだろう。

「一つ聞きたいんだけどさぁ。君、なんでここにいるわけ? わざわざこんな場所まで、あんな無茶苦茶な方法でさ?」
 本当に不思議そうでありながらも、どこかどうでもよさ気な問い。
 自分は――――

   1.聖杯を手に入れるため
  >2.アサシンと話し合うため
   3.遠坂凛の仇を討つため

「あいつと、話し合う? ハッ、何言ってんの君。あんな奴と話してどうすんだよ。
 君だってもう解ってるんだろう。あいつはただの狂人。目的のためなら手段を択ばない、人でなしだ」

 ……だが、決して人の心がないわけではない。
 でなければ、復讐などという目的を持つはずがないのだから。

「復讐、ねぇ。それはむしろ君の方なんじゃないの?
 君と一緒にいたあの女の子。その子もあいつに殺されちゃったもんねぇ。
 しかもわざわざマスターになってやったっていうのに、速攻で裏切られちゃってさ」

 それは違う。
 確かに裏切られたことに対する怒りも、凛を守れなかったことへの悲しみもある。
 だが決して、復讐のためにアサシンを追いかけてきたわけではない。

「ふうん、そう……。ま、何だっていいけどね。
 結局最後にはどっちかが裏切ってたんだ。早いか遅いか、それだけの違いでしかない。
 だってそうだろう? これは聖杯戦争。生き残れるのは、聖杯を手に入れたたった一組だけ。どうせ最後には殺しあうのに、協力なんてできるわけがない」

 それも違う。
 確かに自分と凛は、最後には戦って、どちらかが死んでいただろう。
 だけどそれは、決してどちらかが裏切ったからなんかじゃない。
 自分は彼女と約束したのだ。聖杯戦争の最後に、正々堂々と戦おうと。

「ハア? 約束した、だって? あははははははは! ヤバイヤバイ腹痛い……。
 ……で、約束したからなに? 無理に決まってんじゃんそんなの。あんまり笑わせないでよ、こっちは怪我人なんだからさ。
 それに、そんなヌルい事を口にしてるからあっさり裏切られるんだよ。ま、自業自得ってやつ?」

 自業自得。確かにその通りだろう。
 凛がアサシンに殺されたのは、完全に自分たちの落ち度だ。
 ……だがあの約束は、決して笑われていいものなんかじゃない。

「いいかげん自分に素直になりなよ。結局は聖杯が欲しいだけなんだろ? 君も、あの子も。
 別に恥じることはないさ。誰だって死にたくないもん。当然、僕だって死にたくない。だから聖杯が欲しい
 ……それに、聖杯があれば、こんなクソみたいな世の中だってどうにでもできるだろうしね」
 その言葉は、今の状況に対してではなく、彼が認識している“世界”そのものに向けて放たれたように聞こえた。
 そしてそれがきっかけになったかのように、足立はいらだたしげに頭をかきむしり始めた。

「……ああ、そうだよ。おまえらさえいなければ、僕はあのクソ忍者にこんな目にあわされずに済んだんだっ……!
 あいつが今生きてるのも、俺がこんな目にあってるのも、全部おまえらのせいなんだよ!」
 そう口にする足立にはもう、先ほどまでの余裕ぶった様子は見えない。
 結局のところ、今の言葉が彼の本音なのだ。

 確かに彼の言った通り、自分たちがキャスターへと攻め込まなければ、彼はアサシンに襲われることはなかっただろう。
 仮に襲われたとしても、あのキャスターならば余裕をもって撃退していたはずだ。
 ……だが言わせてもらえば、それこそ聖杯戦争というもので、自業自得というやつだろう。

 アサシンが復讐に走ったのは、キャスターがアサシンの召喚者であったしんのすけを殺したからだ。
 だというのに、どうしてキャスターのマスターであった足立が無関係だと言えるのか。
 加えて言えば、あの地区で違反行為があったことはルーラーによって通達されていた。
 ならば自分たちが攻め込まずとも、いずれは他のサーヴァントがやってきていた可能性だってあったのだ。
 現にあの場には、自分たちだけではなく、白面のバーサーカーもやってきていたのだから。


357 : クレイジー・コースター ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:45:50 Tp3hU2KI0

「っ……うるさい! うるさいうるさいうるさい!
 クソ生意気なガキが、偉そうな口ききやがって。目障りなんだよ!
 消してやる……おまえも、あのガキのように消してやる!」
 足立はそう罵声を上げると、再び右手を持ち上げる。
 直後その手に現れる、赤く禍々しい光を放つ、一枚のタロットカード。
 それを視認した瞬間、左手がかすかに疼いたような気がした。
 ……令呪の反応ではない。ならばこの疼きは何なのか。

「ペルソナ……“マガツイザナギ”!」
 その正体を確かめる間もなく、足立はそのタロットカードを握り砕く。
 瞬間、足立の背後に大きな人影が現れた。
 赤黒く禍々しい装飾を纏い、矛のような剣を逆手に構えたその人影は、サーヴァントではない。
 おそらくあれが、最初の雷撃を放った足立透の“力”の正体なのだろう。

 しかしマガツイザナギの体は大部分がノイズに覆われ、今にも消えてしまいそうなほどに希薄だ。
 足立自身がそうであるように、彼の力の具現であるマガツイザナギもまた弱っているのだろう。
 もっとも、それでも岸波白野を殺すには十分すぎる力を持っているはずだ。
 その力に応戦するために、端末を操作して礼装を換装する。

 ………だが忘れるな。岸波白野に、戦う力などないということを。

「ガキは黙って死ねばいいんだよ!」
 瞳を金色に染めた足立が叫ぶと同時に、その声に従うようにマガツイザナギが動き出す。
 それにわずかに先んじて、コードキャストを発動する――――!


     04.5/ interlude『甲賀のアサシン(壱)/&color(black,yellow){デップー殿がまた死んでおるぞ!}』


 ――――その二組の戦いを、遠く離れたビルから観察している存在がいた。
 真名を、甲賀弦之介。電人HALに従うアサシンのサーヴァントだ。
 彼は己がマスターの命を受け、【C-6】に現れた赤黒のアサシン――ニンジャスレイヤーの追跡を行っていたのだ。

 彼のマスターがその命を下した理由は、自身の把握する範囲内に、更なる不確定要素を増やさぬためであった。
 現在【C-6】では、いくつもの戦いが起きている。そこにニンジャスレイヤーが介入し、さらなる混乱が起きるのを避けようとしたのだ。
 だがニンジャスレイヤーは戦いが起きている場所を軽く探ると即座に引き返し、己がマスターのもとへと帰還した。

 それだけであれば、彼のマスターはニンジャスレイヤーのことを捨て置いただろう。
 だが【B-4】で起きた戦いを知っていた彼のマスターは、ニンジャスレイヤーが戻ってくると予測した。
 その結果下された命令が、「赤黒のアサシンを追跡してその動向を探り、可能であればそのマスターを殺害せよ」というものだった。

 もちろん【C-6】で起きている戦いが彼のマスターの下まで波及する可能性もあった。
 だが電人HALの所在はまだ露呈してはいないし、最悪の場合、令呪の使用による召喚が可能だ。
 故にアサシンは、己がマスターの命に従い、アサシンを追跡した。



 そうして現在、彼の視線の先では、二つの戦いが起きていた。
 赤黒のアサシンたちと、それを追跡してきたらしい紅色のランサーたちによる、サーヴァント同士とマスター同士の戦い。
 紅のランサーたちが赤黒のアサシンたちを追跡してきた理由は、おそらく赤黒のアサシンに殺された少女の敵討ちだろう。
 その思いは、アサシン自身の生前を思えばわからぬでもない。だがそれは、赤黒のアサシンとて同じことだろう。

 ……しかもこの戦いは、アサシンにとって好機でもあった。
 紅のランサーと赤黒のアサシンは、己がマスターの下を離れて戦っている。
 つまりサーヴァントの襲撃から、彼らのマスターを守るものは存在しないのだ。
 無論、その戦いを見て分かるように、彼らとて何の力も持たない存在ではない。
 だがサーヴァントのそれからすると、あまりにも脆弱であり、障害にはなりえないだろう。

(すまぬな、名も知らぬ“ますたぁ”達よ。だがこれも、我らの望みを叶えるため)

 アサシンはもともと、殺生を好む性格ではない。だが必要であるならば躊躇う性格でもない。
 眼前で戦いを繰り広げる二人のマスターを殺すために、アサシンは静かに忍者刀を抜き放った。


358 : クレイジー・コースター ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:47:27 Tp3hU2KI0





「いやー、あいつらもよくやるよな。あんな派手にドンパチやっちゃってさ。
 特にあの赤黒のアサシンの方。お前ホントにアサシンか! みたいな? あんたもそう思わね? 同じアサシンとしてさ」


「ッ―――!?」
 直後、自身の隣から放たれたその声に、文字通り戦慄した。
 咄嗟に大きく飛び退き、声の方へと振り返れば、そこには赤黒のアサシンとはまた異なる赤黒の衣装を着た男。
 間違いない。赤黒のアサシンやランサーと同様、【B-4】にいたサーヴァントの内の一騎だ。

「ドーモ、アサシン=サン。バーサーカーです」
「――――――――」
 バーサーカーの挨拶に対し、アサシンは沈黙を通す。
 表面上は冷静を装っているが、その内心は激しく動揺していた。

 あの瞬間、唐突にバーサーカーが現れたこともそうだが、アサシンは気配遮断を解いてはいなかった。
 確かに気配遮断スキルは攻撃態勢に移ればランクが下がる。だがあの時、アサシンは刀こそ抜いていたが、マスターたちには近づいてすらいなかった。
 加えて言えば、アサシンは忍術スキルの併用によってスキルランクの低下を抑えることが可能だ。
 つまりこのバーサーカーは、アサシンの気配遮断スキルを無効化して接近してきたことになるのだ。

「それは何故かって? 知りたい? じゃ教えてあげちゃう!
 俺ちゃんがアサシンを見つけることができたのはぁ、俺ちゃんの宝具、“第四の壁の破壊(フォースウォール・クライシス)”のおかげなのでした!
 要するに、地の文=サンがあんたのことを解説した以上、気配を消していようがいまいが俺ちゃんには関係ないっつうこと。
 まあ、俺ちゃんがここに現れたのは、この場所があいつらの戦いを観察しやすいってだけで、単なる偶然なんだけどね。
 あ、偶然って書いて話の都合って読むのは無しの方向でお願いします。俺ちゃんとの約束だぞ」

 あらぬ方向へと向けて話しかけるバーサーカー。
 なるほど、その様子は確かに狂人のそれだ。狂戦士のクラスで呼ばれたのも、それが所以だろう。

「――――――――」
 だが、とアサシンは刀を構えなおす。

 いずれにせよ、見つかったのであればやることは一つだ。
 即ち、このバーサーカーに対処する。
 二人のマスターをどうするかは、それからの話だ。

「お、やる気? いいね、そういうの。俺ちゃん嫌いじゃないぜ」
 アサシンに呼応して、バーサーカーも背中の二本の刀を抜き放つ。
 たとえ狂っていようと、サーヴァントとしての本能に変わりはないということだろう。

 そうして両者の視線が絡み合い、緊張が限界に達した、その瞬間。
 我慢できないとばかりにバーサーカーが躍り掛かり――――

「イヤーッ! ……あ、アレ?」

 ―――アサシンの宝具が発動した。

「うっそーん。マジで?」

 困惑したように口にするバーサーカー。
 その胸には、彼自身の二本の刀が突き刺さっていた。

「オゴーッ、ヤラレター!」

 バーサーカーはその覆面越しに血を吐き出し、そのまま倒れ伏した。
 それを見届けて、アサシンはバーサーカーから背を向けた。
 確認せずともわかる。バーサーカーは死んだのだ。
 何故ならそれがアサシンの宝具――“瞳術”の効果だからだ。

 アサシンに向けて害意を以て襲い掛かったものを、強制的に自害させる“瞳術”。
 この宝具の前では、およそあらゆる武力が無意味だ。
 何の対策もせずに挑めば、己が手によって屍をさらすだけに終わるだろう。
 今自らを死に追いやった、狂想のバーサーカーのように。

 そうしてアサシンは、再び二人のマスターが戦っているビルへと向き直り、

「ドーモ、アサシン=サン。バーサーカーです」

「なにっ!?」
 再び目の前に現れたバーサーカーに、更なる戦慄を露わにした。
 即座に大きく飛び退き、最大の警戒を以てバーサーカーを観察する。

「いやまさか、いきなり自害させられるとは、さすがの俺ちゃんにも予想できんかったわ。
 そういうのはランサーの役目でしょ。これ読んでるPCの前のみんなもそう思わない?」

 またもあらぬ方向へと語りかけるバーサーカーの胸には、日本の刀が刺さったままだ。
 即ち、“瞳術”が無効化されたわけではない。だとすれば、考えられる答えは一つ。

(そうか。彼奴の能力は、天膳と同じ……!)
「ピンポンピンポーン! だいっせーかーい!
 っつーか、チャプタータイトルにヒントが書かれてたしね」


359 : クレイジー・コースター ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:48:10 Tp3hU2KI0

 気配遮断を無効化し、自らの死をも覆す能力。
 このサーヴァントは間違いなく己の天敵だ、とアサシンは理解する。
 その制約がどれほどのものかはわからないが、早急に対処しなければならない。

「そうそう。あいつらの戦いはあいつらに任せて、俺ちゃんたちは俺ちゃんたちでとっとと始めようぜ。尺もあんまないことだしよ」
 バーサーカーはそう口にすると二丁の拳銃を取り出し、その銃口をアサシンへと突きつけ、引き金を引いた。

 こうして人知れず、また新たな戦いが始まったのだった――――。


     05/ VSアサシン(corner)


 ――――ビルの壁面および窓ガラス、無残!
 幾つも立ち並ぶ街灯と電光掲示板、無残!
 アスファルト舗装された道路、無残!
 違法路上駐車中の車両、無残!

 ドラゴンの翼とトライアングル・リープを駆使した空中高速戦闘。
 いくつもの痕跡を残しながら、ランサーとアサシンがビルの谷間をしめやかに跳び回る。
 両者が交差するたびに相手へと攻撃を加え、結果その余波によって周囲の構造物が破壊されていく。
 残業帰りのサラリマン、深夜パトロール中に呼び出されたマッポ、騒ぎを聞きつけてきた野次馬には、彼らの姿は色つきの風にしか見えない事だろう。
 彼らに把握できることは、先ほど唐突に割れた窓ガラスが降り注いだことと、現在進行形で唐突に建物が破壊されているということだけだ。
 この町のNPCたちはそのようにして、オペレーション中のサーヴァント存在を知覚できずにいるのだ。それは幸運な事だ。

 だがその幸運を理解できぬモータルNPCたちは、戦いの発生源である双葉商事ビルへと集まっていく。
 何故ならそこが最も被害の大きい場所だからだ。
 特にマッポたちは、そのルーチン故にその行動が顕著になっている。このままでは双葉ビルの屋上で起きているもう一つの戦いが発覚してしまうだろう。
 ランサーはそのことを正しく把握し、湧き上がる焦りにその身を焦がし始める。

 警官の手によって戦いが明るみに出るということは、彼女のマスターが指名手配されるということに繋がる。
 それはすなわち、NPCに追われるということであり、同時に多くのマスターに自分たちの存在を知られるということだ。
 そうなってしまえば、聖杯戦争をまともに続けることは困難になるだろう。
 そんな事態を防ぐためにも、警官に見つかるわけにはいかなかった。もし見つかってしまえば、最悪その警官を殺すしかなくなってしまう。
 それはなるべく取りたくない手段だし、何よりマスターが望まないだろう。たとえ相手が、NPCだったとしても。
 ………………だが。


「っ………さっきからずっとちょこまかと。いつまでも逃げ回ってんじゃないわよ!」

 ランサーはビルの壁面を踏み砕いてアサシンへと一息で接近し、その手の槍を勢い良く振り抜く。
 アサシンはその一撃を空中ブリッジ回避。振るわれた槍は空を薙ぎ払うだけに終わる。
 それならばと即座に背中の翼によって姿勢制御し、アサシンへと大気を穿つ刺突を繰り出す。
 だがアサシンはブリッジ姿勢からそのまま後方宙返りを行い、背後のビルを足場に上空へと跳躍回避。放たれた槍はビルの壁面を穿ち、放射状の亀裂を入れるだけに終わる。

「イヤーッ!」
 そこへ反撃とばかりに、アサシンがトライアングル・ドラゴン・トビゲリを放つ。
 対するランサーはビルの壁面に突き立った槍を支点に体を回転させ、ドラゴンの尻尾による薙ぎ払いを放つ。

「なめんじゃ――ないわよ!」
 放たれた“徹頭徹尾の竜頭蛇尾(ヴェール・シャールカーニ)”は、アサシンのトライアングル・ドラゴン・トビゲリと打ち合い、相殺されつつもアサシンを弾き飛ばす。
 その隙にビルの壁面を勢いよく蹴りつけ、槍を引き抜くと同時にアサシンへ向けて跳躍、“絶頂無情の夜間飛行(エステート・レピュレース)”を繰り出す。
 しかしアサシンは空中で体を回転させ、ジュー・ジツによってランサーの突撃をいなした。


360 : クレイジー・コースター ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:48:35 Tp3hU2KI0


 この二騎の戦いは、一貫してランサーが攻め、アサシンが受けるという様相を呈していた。
 無論アサシンとて攻撃はしているが、それはあくまでも牽制の域を出ない。
 何故なら空中戦において、ランサーはアサシンを上回る機動をとることが可能であり、さらにアサシンはダメージ反射効果を持つ鮮血魔嬢の呪いを受けていたからだ。
 加えて言えば、お互いのマスターの魔力残量の差により、使用できる魔力量においても両者には大きな差ができていた。
 そしてランサーは、多少のダメージなら“鮮血は湯水の如く(レ・サング・デ・オングリ)”によって回復が可能なのだ。
 つまり半端な攻撃によるダメージでは即座に回復され、逆にダメージ反射の呪いによってアサシン自身が不利になるだけでしかないのだ。

 ……だがそれは、決してランサーの優位を表すものではなかった。
 なぜなら戦いが長引けば長引くほどに、アサシンのジュー・ジツはランサーの攻撃に対応し、反撃の機会を掴みやすくなるからだ。
 それに鮮血魔嬢の呪いも間もなく解けてしまう。そうなればランサーの有利が一つ失われてしまうのだ。
 そして彼らのマスターたちの方でもまた戦いが始まっており、加えて時間をかけ過ぎればNPCの警官に捕捉されるという問題もあった。
 確かに単純な持久戦であれば、最終的には魔力残量の差によってランサーが勝利していただろう。
 だがこの戦場における様々な要因によって、その優位性は失われていたのだ。
 それ故にランサーは早急に決着を付けようと逸り、その結果、焦りによって攻撃の手を誤ることとなった。


「チィ、ッ――!?」
 “絶頂無情の夜間飛行(エステート・レピュレース)”を躱されたランサーはビルの壁面へ槍を突き立て、コンクリートブロックを抉りながら急停止。即座に振り返りアサシンの姿を確認する。
 しかし、先ほどの地点にはすでにアサシンの姿はいない。加えてその気配も感じ取ることができなかった。
 気配遮断スキルによって、その姿を隠したのだ。
 ……だが、この場から逃げたわけではないとランサーは直感する。理由の解らない感覚によって、アサシンがまだ近くにいると感じていたのだ。

「イヤーッ!」
 それを証明するかのように、無数のスリケンが掛声とともに投擲される。
 ランサーは即座にその場から跳躍回避。無数のスリケンによってビルの壁面はハチの巣にされる。
 別のビルの壁面に着地すると同時に、同時にスリケンが放たれた場所へと視線を向けるが、アサシンの姿は見えない。すでにその場から離れているのだ。

「イヤーッ!」
 それを確認する間もあればこそ、再び無数のスリケンが掛け声とともに投擲される。
 ランサーは槍を旋回させてスリケンを弾き飛ばし、スリケンの放たれた場所を確認するが、やはりアサシンの姿は見えない。
 気配遮断スキルを駆使した、遠距離からのヒットアンドアウェイだ!

 確かに気配遮断スキルは攻撃態勢に移るとランクがダウンする。スキルがBランクしかないアサシンならそれはなおさらだ。
 だが攻撃態勢を解除すれば気配遮断スキルは再び機能し始め、その姿を捉えることは困難になるのだ。
 つまりアサシンはスリケンを投擲すると同時に姿を隠し、攻撃態勢を解くことで気配も消しているのだ。
 これは高い身体能力を持ち、アイサツからの素早い攻撃を行ってきたアサシンだからこそ可能なカラテだった。

「イヤーッ!」
「このっ……!」
 散発的に放たれる無数のスリケンを躱し、弾きながら、ランサーはビルの谷間を駆け抜ける。
 こうしている間にも、彼女のマスターは危機に陥っている。
 敵マスターとの交戦、迫りくるNPC警官。戦う力を持たない岸波白野では、そのどちらもが強敵だ。
 故にランサーは、早急にアサシンを見つけ、撃破しなければならなかった。

 無論、アサシンを無視し、マスターのもとに駆け付けるという手もあった。
 むしろ現実的な目で見れば、現状においてはそちらの方が確実な手段だろう。
 だがこのアサシンに対して自ら背を向けるような行為は、自ら命を危機にさらすようなものだと、アサシンと実際に戦ったが故の感が告げていたのだ。
 つまりアサシンを撃破するにしてもマスターのもとへ向かうにしても、まずはアサシンを見つけ出し、それを可能とするだけの隙を作り出す必要があったのだ。


361 : クレイジー・コースター ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:48:53 Tp3hU2KI0


「ッ――――――!」
 自身へと迫りくる無数のスリケンを弾きながらビルの壁面へと着地し、対面のビルへと向けて勢いよく跳躍。着地と同時に屋上へと向けてビルの壁面を駆け上る。
 周囲に遮蔽物の少ない屋上で、アサシンを誘いだそうと判断したのだ。
 そうしてランサーがビルの壁面を登り切り、屋上へと躍り出た――――その瞬間!

「ッ、しま―――!?」
 アナヤ! ランサーの視線が、すでに屋上で待ち構えていたアサシンと交差する。
 アサシンの右手には、一枚のスリケン。両足は大きく開かれ、腰は深く落とされ、上半身には縄めいた筋肉が浮き上がるほどに力が込められている。
 クロス・レンジ距離からのツヨイ・スリケンだ!
 ランサーは咄嗟の判断でビルの縁を蹴り砕き、勢いよくアサシンから距離をとる。

「イィィヤァァアーッ!!」
 両腕をクロスさせた体勢から、裂帛のニンジャ・シャウトとともに放たれるスリケン投射。
 アサシンのツヨイ・スリケンは螺旋の軌道を描きながらほとんど一瞬でランサーへと迫り―――しかし、ランサーの槍によって弾き飛ばされた。

「ッ………!」
 危なかった。とランサーは背筋を凍らせる。
 咄嗟の跳躍によって稼いだ距離がなければ、防ぐ間もなくアサシンのスリケンを受けていた。
 その威力は、防いだにも拘らず体勢を大きく崩されるほど。直撃していれば致命傷は免れなかっただろう。

 だが、これでアサシンは姿を現した。
 体勢は崩されたが、ドラゴンの翼を使えば即座に整えられる。
 今はとにかく、アサシンの追撃に対処しなければ。
 と、一瞬でそう思考を巡らせたところで、

「なっ!?」
 ランサーの体に、一本のロープが絡みつく。ドウグ社製巻き上げ機構付きフックロープだ!
 アサシンはダブル・ツヨイ・スリケンの応用で、ツヨイ・スリケンと同時にこのフック付きロープを投擲していたのだ。ワザマエ!

「この……っ!」
 アサシンがフック付きロープを引き絞り、ランサーの体が締め上げられる。
 このままでは拘束されたまま、アサシンの前へと引きずり出されてしまう。
 それに対抗しようとドラゴンの翼を大きく羽ばたかせた―――その瞬間。

「Wasshoi!」
 アサシンが大きく跳躍した。
 ランサーの羽ばたきにフック付きロープの巻き上げ機構も加味され、アサシンの跳躍力は倍増! 一瞬でランサーへと接近する!
 その高速接近によりフック付きロープによる拘束は緩むが、ランサーが反撃を行うより早く、その体をドラゴンの翼ごと羽交い絞めにする。
 さらにドラゴンの翼は拘束されたことにより浮力を失い、二人は地上へと向けて落下を開始した。
 アサシンのヒサツ・ワザの一つ、アラバマオトシだ!

「な、何よ! 放しなさい!」
 ランサーはアサシンの拘束を外そうともがくが、両者の筋力値は互角。さらに瞬間的にはアサシンが上回る。抜け出すことはできない。落下地点をずらすのが精一杯だ。
「イヤーッ!」
 CABOOM!
 結果、ランサーはアサシン放ったニンジャ・シャウトとともに、ビルの屋上へと叩き付けられ、同時に爆音が響き渡った――――。


      †


 マガツイザナギの振り下ろした剣を、大きく飛び退いて回避する。
 剣の威力に屋上の床が砕け、破片が四散する。
 続いて振るわれた横凪ぎの一撃も同様に回避。しかし剣圧によって大きく吹き飛ばされる。
 無様にも地面に打ち付けられるが、即座に立ち上がりマガツイザナギから距離をとる。

「ほらほらどうしたの? さっきから逃げてばっかりじゃん。そんなんじゃ、僕には勝てないよ?」
 余裕に満ちた足立の声。それに追従してマガツイザナギが追撃をかけてくる。
 振るわれた一撃を先ほどと同様、大きく飛び退いて回避する。

 このビルの屋上は、ランサーが降り立った時の一撃によって開けた場所となっている。
 でなければこうして回避するスペースなどなく、自分はとっくにマガツイザナギに追い詰められていただろう。
 そのことを思い、内心で大きく安堵するが、それを表に出す間などない。
 マガツイザナギの更なる追撃に備え、わずかな初動も見逃すまいと、その動きを注意深く観察する。


362 : クレイジー・コースター ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:49:18 Tp3hU2KI0


 岸波白野には、足立のペルソナと戦う力はない。
 ダメージを与える手段はあるが、それを使う余裕がないのだ。
 自分がまだ生きていられるのは、二つの礼装によるコードキャストのおかげだ。
 すなわち、『強化スパイク』による《移動速度強化(move_speed(); )》と、『守りの護符』による《耐久力強化(gain_con(16); )》だ。
 これらがなければマガツイザナギの攻撃を躱すことなどできず、躱せたとしても余波だけでダメージを受けていただろう。

 そして礼装は同時に二つまでしか装備できず、また礼装の換装にも多少の手間を要する。
 カレンから渡された携帯端末によって簡略化してはあるが、それでも攻撃を回避しながら行う余裕はない。
 凛のアゾット剣を用いれば攻撃はできるが、マガツイザナギを相手には心許無すぎる。武器として有効なのは、足立を直接攻撃するときだけだろう。
 だが足立を直接攻撃するには、マガツイザナギが障害となっていた。そしてマガツイザナギを倒せない以上、岸波白野には一切の攻撃手段がない。
 結果、現状において岸波白野にできることは、マガツイザナギの攻撃を耐え凌ぐことだけだったのだ。

 ……だが、耐え凌ぐことさえできれば、きっとチャンスはある。
 狙うは一点。マガツイザナギを掻い潜り、足立へと接近できるその一瞬。
 その隙さえ突ければ、足立を倒すことも不可能ではない。
 あるいは、ランサーとアサシンの戦いが決着するか、ランサーが帰還すれば、状況は逆転する。
 だからまだ、焦る必要はない。その時まで耐え凌ぐことこそが、岸波白野のするべき戦いなのだ。

「とっとと諦めなよ。どうせ何にも出来ないんだろう?
 しつこく食い下がったって見苦しいだけだって」
 足立の声を聞き流し、マガツイザナギに集中する。
 ただの一度でも受ければ死に至る攻撃を、転げ回りながら躱していく。
 『守りの護符』の上位互換である『身代わりの護符』ならば、一撃くらいなら耐えられるかもしれない。
 だが強力なコードキャストは、相応に発動までの時間を要する。マガツイザナギの攻撃を躱しながらでは、そんな余裕はない。

 ……見苦しいのは百も承知だ。だが、自分にも譲れないものがある。諦めることだけは、失してできない。

「チッ。いい加減ウザいんだよ。ガキはさっさと消えろ!」

 苛立たしげな足立の声。それに呼応するように、マガツイザナギが剣を大きく振りかぶる。
 今までで一番大きな隙。この一撃を回避し、マガツイザナギの懐へと潜り込めれば、そのまま足立へと接近できるかもしれない。
 自分は――――

   1.潜り込む
  >2.飛び退く

 一か八かには出られない。危険な賭けをするには、まだ早すぎる。
 そう判断し、マガツイザナギから大きく距離をとる。
 直後、マガツイザナギの剣が降り抜かれ、

 ―――その瞬間、周囲の空間に、無数の斬撃が奔り抜けた。
 屋上の床を切り刻むその衝撃に、屋上の端まで吹き飛ばされる。

 ………………ッ!
 危なかった。もし潜り込もうとしていれば、そのまま切り殺されていた。
 だがこれで危機が去ったわけではない。まだ油断も安心もできない。

「ははっ、よく躱せたねぇ。けどこれでゲームオーバーだ。そのまま屋上から突き落としてやる!」
 足立の言葉とともに、マガツイザナギが迫りくる。

 背後に逃げ場はない。一歩でも後ろに下がれば、そのまま屋上から落ちてしまう。
 今度こそ、前へと踏み込むしかないのだと覚悟を決めた―――その時。

 遥か上空から赤黒い影が屋上へと激突し、爆音とともに崩落した――――。


363 : メモリー・オブ・シー ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:51:53 Tp3hU2KI0


     05.5/ interlude『影の助力/&color(black,yellow){つーか、俺ちゃんのバトルパート手抜きじゃね? 加筆を要求する!}(無理です)』


「は―――、は―――、っ、は………!」

 その頃ウェイバーは、一人夜の街を駆けずり回っていた。
 それはいまだに岸波白野たちが見つけられないから、ではない。
 それどころか彼らの居場所なら、すでに大方の見当がついていた。
 でありながらウェイバーが駆けずり回っているのは、ランサーとアサシンの戦いへの対処に追われてのことだった。

 本来魔術師の戦いというものは、一般人には隠匿するものだ。
 もし発見された場合、最悪その人物を文字通り“消す”ことだって有り得る。
 それはたとえ、サーヴァント同士の戦いであっても変わりはない。
 もっとも、この町はすべてが聖杯戦争のために用意された仮想世界だ。さほど重要視する必要はないかもしれない。
 しかし、だからと言って等閑にし過ぎれば、ルーラーの裁定対象となる可能性がある。
 となればやはり、戦いの痕跡は極力隠すべきなのだ。……というのに―――。

「ちくしょう、あいつら、無茶苦茶、しやがって……ッ」
 おそらくランサーの宝具であろう、大音響攻撃による周辺への被害に始まり、そこらかしこに破壊された車やら看板やらビルの瓦礫やらが散見している。
 一目見ればすぐにわかる戦いの痕跡。事態の隠蔽など全く考慮されていない。
 これでは、是非とも自分たちの戦いを見つけてください、と言っているようなものだ。
 故にウェイバーは、せめて戦いの中心地点が露見しないよう、周囲のNPCたちに暗示をかけて回っていたのだ。

 幸いというべきか、代わりとなる目印はいくらでも散らかっていた。
 NPCたちの注目を岸波白野とアサシンの現マスターがいるだろうビルから逸らすことは、そう難しいことではなかった。
 もっともウェイバーからしてみれば、そもそもこんな目立つような戦いをするな、と声を大にして言いたいところだろうが。

 ――――だがしかし、ウェイバーのそんな涙ぐましい努力を、たった一瞬で無為にするような事態が発生した。

 それは暗示による人払いがあらかた終わり、そろそろ岸波白野たちがいるはずのビルに向かおうとした、まさにその瞬間のことだった。
 騒動によってNPCの増えてきた夜の町に、またも唐突に爆音が響き渡ったのだ。
 しかもその発生源は、岸波白野たちがいるはずの……つまり懸命に注目されないようにしてきたビルの屋上からだった。

「な……ななな、な―――!」
 当然、NPCたちの注目はそのビルに集まる。
 注目が集まるということは、そこで起きている戦いが露見する可能性に繋がる。
 そしてNPCたちの注目を再び逸らしていくような余力は、ウェイバーには残っていなかった。

「何をやってくれやがりますかあいつらは――――っ!!」

 激情のままに叫びながらそのビルへと駆け着ければ、ビルの周囲には複数人の警官の姿があった。
 おそらくはNPCたちの鎮圧・陽動と、そして先ほど発生した事態の調査のためだろう。
 数人の警官たちが、恐る恐るビルへと入っていく姿が遠目に見えた。
 明らかにまずい状況だった。

「……ああもう、どうなっても僕は知らないからな!」
 半ば自棄になりながら、警官の目を誤魔化してどうにかビルの内部へと侵入する。
 爆発の影響か、エレベーターは停止していた。
 そのためウェイバーは、ビル内部の警官に見つからないよう慎重に階段を上って行った。
 ……可能な限り息を潜め、やっぱり一人でも帰っていればよかったと、ほとんど本気で後悔をしながら。


364 : メモリー・オブ・シー ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:52:12 Tp3hU2KI0


      †


 同じころ、ウェイバーのサーヴァントであるバーサーカーもまた、もう一騎のアサシンとの戦いを続けていた。

「BangBang! BaBaBaBang! BangBaBang!」
 バーサーカーは子供のように銃声を口にしながら、アサシンへと向けた銃の引き金を引く。
 たとえバーサーカーの銃声は真似事でも、同時に鳴り響く銃声や、放たれる弾丸は本物だ。
 当たり所によっては、十分にアサシンを殺し得る。

「――――――――」
 対するアサシンは、放たれた弾丸を回避、または刀で切り払うことで、バーサーカーの銃撃に対処している。
 確かにアサシンの武器である忍者刀は、遠距離かつ連続での攻撃が可能なバーサーカーの銃に対して不利だ。
 だが闇雲に放たれるだけの弾丸では、アサシンを捉えることはできない。
 故にこの二騎の戦いは、次第に膠着状態へと入り始めていた。
 ………だが。

「っ………………」
 バーサーカーの銃撃を的確に捌きながらも、アサシンはこのままではまずい、と判断していた。
 確かにバーサーカーの銃撃は、未だにアサシンには届いていない。
 がしかし、アサシンの攻撃もまた同様に、バーサーカーに対して有効とは言えなかったからだ。

 アサシンが頼みとする武器は、その身に培ってきた忍術と、そして切り札である“瞳術”のみだ。
 そしてこの“瞳術”は、相手の害意を相手自身に返すという性質上、こと戦闘においては強力無比な忍法だった。

 ……だがこのバーサーカーは、非常に強力な回復・蘇生能力を有していた。
 たとえ刀で切ってもすぐに癒え、“瞳術”によって自害させても蘇る。
 即ち、アサシンの攻撃ではバーサーカーを殺し切れないのだ。

 無論、それほど強力な能力であるなら、相応の代償ないし制約があるはずだ。
 それが回数制限か消費魔力か、それ以外の条件なのかはわからないが、殺し続けていればいつかは殺し切れるだろう。
 が、しかし。皮肉なことに、そこにも問題が生じていた。
 如何なる理由からか、なんとバーサーカーは“瞳術”の影響を受けなくなっていたのだ。

 胸に突き立つ二本の刀によって、己は自害し続けていると判断しているのか。
 それともその狂気によって、“瞳術”の暗示そのものを無効化しているのか。
 あるいはその両方か。
 いずれにせよこのバーサーカーに対しては、アサシンの切り札たる“瞳術”は大きな効果を与えられない。
 つまりアサシンがバーサーカーを倒すには、通常攻撃のみで相手を殺し続けなければならないのだ。
 それもいつ尽きるとも知れぬ治癒能力と、相性的に不利である銃を相手に。

 故にアサシンは、己がとるべき行動を迷うことなく決定した。
 そしてその時は、意外に早く訪れた。

「うっひょー。あいつらホント派手にやってるなぁ。俺ちゃんも一発花火を上げてみてぇぜ」
 唐突に起きたマスターたちが戦っていたビルの屋上での爆発に、バーサーカーの気が逸れた。
 その瞬間、アサシンはすばやくその場から撤退したのだ。
 このバーサーカーは完全に己の天敵だ。故に、戦うのであれば万全を期す必要がある、と判断したためだ。

「あらら、あいつ逃げやがった。
 ……まいいや。俺ちゃんはあいつらの戦いでも観賞してよーっと」

 取り残されたバーサーカーはアサシンを追おうともせず、銃や胸に突き刺さったままだった刀を納め、無造作にその場に座り込んだ。
 いつの間にか入手したらしいチミチャンガを取り出しているあたり、岸波白野たちの下へ向かう気は完全にないらしい。

「ん? はくのんたちの加勢にいかないのかって?
 無茶言うなよ。今のバトルで俺ちゃんの残機(MP)はとっくに/ZEROよ。俺ちゃんがこれ以上戦ったら、ウェイバーたんがナルホド君になっちまうだろ。
 しかも相手は忍殺おじさんだろ? 今の状態じゃちょっとばかし相手が悪いぜ。映画放映もまだ先だってのに、こんな早々に脱落できるかっつ〜の。
 まあもっとも、ウェイバーたんもこっち来てるだろうし、はくのんたち死なせてウェイバーたんが危ない目に合っちまったら本末転倒だから、ほどほどでエントリーするけどね。
 それにほら、よく言うだろ? ヒーローは遅れてやってくるってさ。俺ちゃんこれでもヒーローだから、多少遅れて登場しても全然OKなのだー!
 つ〜訳で、次のパートよろしく。たのしみにしてるぜー!」

 バーサーカーはそう口にすると、チミチャンガを片手に鼻歌を歌いだしたのだった。


365 : メモリー・オブ・シー ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:52:40 Tp3hU2KI0


     06/ VSアサシン(bonds)


 視界が明滅する中、どうにか立ち上がる。
 落下の衝撃で全身が痛むが、どうやら大きな怪我はないようだ。
 慎重に周囲を見渡せば、幾つもの瓦礫が散乱している。見上げれば天井はなく、粉塵の合間に夜空に浮かぶ月が見える。
 もはや屋内の体をなしていない。屋上の崩落に巻き込まれた結果、生じた瓦礫によって内装が破壊されたのだ。

 自分と同様に崩落に巻き込まれたのか、足立透や彼のペルソナの姿は見えない。
 彼は重傷を負っていて、ろくに身動きが取れなかったはずだ。もしかしたら瓦礫の下敷きになっているのかもしれない。
 ……そのまま気絶してくれればいいのだが、とどこか他人事のように思った。
 そうして崩壊の中心地点へと目を向ければ、

「――――ッああ!!」
「――――Wasshoi!」
 その瞬間、舞い上がる土煙の中から、二つの赤い影が飛び出してきた。
 ランサーとアサシンだ。屋上へと激突した影の正体は、彼女たち二人だったのだ。

「ッ……!」
 ランサーはこちら側へと着地すると、苦悶の声を漏らして片膝をついた。
 その様子に慌てて彼女へと駆け寄り、大丈夫かと声をかける。

「ごめん……なさい……。あいつを、倒せなかったわ……」
 ランサーは本当に申し訳なさそうな様子で、悔しげにそう口にする。
 そんな彼女を労りながらも礼装を換装し、『人魚の羽織り(heal(32); )』と『破戒の警策(mp_heal(32); )』によって回復させる。

 明らかにダメージを受けているランサーと違い、アサシンの様子はあまり変わっていない。
 あれだけ有利な条件を以てなお、単騎ではランサーよりもアサシンが上なのだ。
 ならばこの戦いに勝利するには、マスターである自分がどうにかするしかない。

「どうにかするって、逆転の秘策はあるの、マスター?」
 ランサーの問いに頷く。
 秘策と呼べるほど上等なものではないが、この劣勢から逆転することは可能なはずだ。
 そのためにも、ランサーがからアサシンとの戦いで開示した手札を知る必要がある。
 それを聞いたランサーは頷いて、アサシンを警戒しつつ、先ほどの戦いを振り返り始めた――――。



「スゥーッ! ハァーッ!」
 一方アサシンは、そんな様子のランサーたちを警戒しながら、チャドー呼吸とともに自身の状態を確認していた。

 ランサーの攻撃で受けた大きなダメージは、最初の宝具攻撃によるもののみ。
 だがそのダメージによって傷が開き、出血したことによって血中カラテを消耗している。
 チャドー呼吸によって回復させているが、次に大きなダメージを受ければ、イクサを続けることは困難だろう。
 幸いなことにランサーのジツは、アラバマオトシを放った時点ですでに解けていたようだ。反射されたダメージはない。
 ここから先のイクサにおいて、攻撃を躊躇う必要がないというのは実際大きい。
 ………だが。

(ランサー=サンめ。まさかあのような方法でアラバマオトシを脱するとは)
 アサシンは改めてランサーへと視線を向ける。
 マスターのジツによるものだろう。ランサーの傷は目に見えて癒えている。

 ―――あの瞬間。
 屋上へと激突する寸前に、ランサーはなんと、屋上へと向けて“竜鳴雷声”を放ったのだ。
 身動きを封じられ、唯一自由だった“声”を用いたヤバレカバレとも思えるその行動は、結果として実際にランサーの命を救った。
 それまでの戦闘によってダメージを蓄積させていた屋上は、ランサーの一撃によってさらに大きく損傷。
 そこへ叩き付けられたアラバマオトシの衝撃によって崩落し、結果としてランサーへのダメージが半減されたのだ。

 だが、この一撃でランサーを倒せなかったのは実際痛い。
 何故ならここから先のイクサでは、ランサーはマスターの助力を得ることになるからだ。
 対するアサシンは、マスターである足立の助力など期待できない。つまり実質的には二対一だ。
 先ほどの自己分析の通り、カラテを大きく消耗している今の状況では実際アブナイだ。
 ――――しかし。

「スゥーッ! ハァーッ!」
 チャドー呼吸によってニンジャ回復力を高め、傷を塞ぐと同時にカラテを高める。
 彼らはマスターとサーヴァント。どちらか一方を倒せば、もう一人もムーンセルによって消される。アブハチトラズだ。
 それにたとえ相手が何人であろうと、いずれ倒す敵であることに変わりはない。その時が今であったというだけのこと。

「Wasshoi!」
 アサシンは自身のカラテが高まりきると同時に、ランサーへと決断的に跳躍した。


366 : メモリー・オブ・シー ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:53:13 Tp3hU2KI0



「いい指示をよろしくね、マスター? 頼りにしてるわよ!」
 アサシンが跳躍すると同時に、ランサーも槍を構えて勢いよく踏み出した。

 ランサーからはすでに話を聞き終えている。逆転のための策も整った。
 だが逆転の秘策があろうと、アサシンが強敵であることに変わりはない。
 しかしこの状況からアサシンに勝つことは、決して不可能なことではない。
 ならば自分が、やるべきことは決まっている。
 即ち、岸波白野にできる最善を尽くすことだけだ――――!


      †


「イヤーッ!」
 跳躍したアサシンはランサーの接近に合わせ、側面回転。その上半身めがけカマキリ・トビゲリを繰り出す。
「ハアッ!」
 対するランサーは、アサシンの攻撃を迎撃。繰り出された蹴りを、槍を打ち付けて弾く。
「イヤーッ!」
 攻撃を弾かれたアサシンはその反動を利用し、宙返りしながら二連続の逆さ蹴りを繰り出す。連撃のカマキリケンだ。
「そーれっ!」
 だがランサーはすばやく飛び退きこれを回避。再度踏み込みアサシンへと高速の槍を突き出す。
 だがアサシンは左手を槍の柄に添えるように当て、最小限の動作でランサーの槍を逸らす。

「まだまだ!」
 攻撃を受け流されたランサーは、即座に槍を引き戻し、更なる刺突を繰り出す。
 マシンガンめいて繰り出される槍は、「沢山撃つと実際当たりやすい」という江戸時代の有名なレベリオン・ハイクを思い出させる。
 だが現実は――特にサーヴァントのイクサにおいては、そう上手くはいかないものだ。
 アサシンはサークルガードによって、ランサーの攻撃をすべて受け流す。アサシンのジュー・ジツは、既にランサーの攻撃に適応し始めていたのだ……!

「っ! だったら……!」
 自身の攻撃が受け流されることに焦れたランサーは、攻撃を付きから薙ぎ払いへと変更する。
 アサシンはその一撃をブリッジ回避。大気を唸らせる一撃が、上半身のあった場所を通り過ぎる。
 だがアサシンの回避行動を読んでいたランサーは、振り抜いた勢いのまま体を高速で回転させ、アサシンが反撃するよりも早くさらに槍を振り抜く。
 アサシンはブリッジ状態からそのままバック転。古代カラテ技、マカーコよって、ランサーの連撃を回避する。

「これで、どうっ!?」
 そこへ槍を大きく振りかぶったランサーが、アサシンへと一気に接近してくる。
 その瞬間アサシンは小刻みなステップ――コバシリによって、一呼吸の内にランサーの懐へ飛び込む。
 ランサーの攻撃を、完全に予測していたのだ!

「イヤーッ!」
 ランサーの懐へと踏み込んだアサシンは、その心臓めがけて致命的なチョップ突きを放ち、
  ―――GUARD!
 咄嗟に引き下げられた槍によって、その一撃を阻まれた。
 その瞬間、ランサーが反撃のために、即座に槍を振りかぶる。

「ぬっ!?」
 渾身の一撃を防がれたアサシンは、ランサーの反撃に対処すべく、咄嗟に飛び退いた。
  ―――BREAK!
 瞬間、ランサーの後方から響いた声に応じ、ランサーは“タメ”の一拍を作り、結果アサシンの回避に対応した一撃を放つ。

「無礼者にはお仕置きってねっ!」
「グワーッ!」
 回避動作直後の硬直を突かれたアサシンにこれを回避する術はなく、咄嗟にドウグ社製ブレーサーで防御する。
 だが十分に力の込められた一撃を防ぎきることはできず、アサシンはその衝撃に弾き飛ばされた。
 ―――“竜鱗は絶壁の如く(スカーラ・サカーニィ)”。
 ランサーの一撃はただ力が込められただけではなく、スキルによって防御(GUARD)からの反撃の威力も強化されていたのだ。

(ヌウ……っ! 白野=サン、なんと的確な指示だ……!)
 迫りくるランサーの追撃を受け流しながら、アサシンは内心でそう感嘆した。

 アサシンのジュー・ジツはランサーの攻撃に適応し始めている。ランサーの技量では、もはや通常攻撃でアサシンを傷つけることは難しい。
 ……だがそれは、ランサーの攻撃がアサシンの予測通りであればの話だ。
 いかにジュー・ジツがランサーの攻撃に適応していようと、その読みが外れてしまえば、的確な対処はできない。
 そして岸波白野は、アサシンの行動を逆に予測し、それに対応した指示をランサーへと出しているのだ。
 つまりアサシンは、ランサーのみならず、岸波白野の繰り出す指示さえも予測しなければならないのだ。


367 : メモリー・オブ・シー ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:53:37 Tp3hU2KI0

(……だが、そんなことは元より承知している)
 これは初めから二対一のイクサ。それが明確な形で浮き彫りになったに過ぎない。
「イヤーッ!」
 アサシンは気迫を込めたカラテ・シャウトとともに、ランサーへとその拳を繰り出した。

「そーれっ!」
 対するランサーはその一撃を、体を回転させると同時に槍の柄で受け流し、そのままの勢いでアサシンの胴を狙い打つ。
 攻撃を受け流されたアサシンは左手で槍を外へと打ち払うと同時に、さらにランサーへと踏み込み体当たりを行う。
 強烈な踏み込みから、肩から背中にかけてを用いて放たれる一撃――ボディチェックだ!

「っ、は……っ」
 胴体を打つ強烈な一撃に、ランサーは肺の中の空気を吐き出しながら弾き飛ばされる。
 アサシンはさらなる追撃を行うために、コバシリによってランサーへと迫る。
  ―――ランサー!
 そこに放たれる彼女のマスターの声。
「ッアア……ッ!」
 ランサーは即座に気を取り戻し、地面へと槍を穿つ。
 そして弾かれた勢いを利用し槍を支点に体を回転させ、その尻尾を振り被る。

「!」
 その行動を見たアサシンは、即座に慎重の三倍の高さでジャンプ!
 ランサーの見せた初動作から放たれる攻撃。即ち振り被られた尻尾による薙ぎ払い。その予測回避だ!
 アサシンはコバシリによる勢いのまま、ランサーの頭上を飛び越え着地。再度ランサーへと接近する―――その瞬間。
「何ッ!?」
 ランサーは尻尾を振り抜かず、さらにもう半回転。同時に突き立てた槍を引き抜いて振り上げ、一気に振り下ろし股下を滑走させた……!

「作戦、通りねっ!」
「グワーッ!」
 ―――“不可避不可視の兎狩り(ラートハタトラン)”。
 ウカツ! ランサーたちはアサシンの行動を完全に読み切っていたのだ!
 アサシンはアンブッシュの如き一撃を咄嗟に回避するも、失敗。ダメージを受ける!

「あはっ! まだまだ行くわよ!」
 即座にランサーが、更なる一撃を加えんとアサシンへと飛び掛かる。
 アサシンはその追撃に対処すべくジュー・ジツを構え直すが、
「ヌウ……ッ! これは麻痺か!」
 全身が痺れ、明らかに動作が鈍くなっている。
 先ほどの一撃によって、アサシンはマヒ・ジツに掛かってしまったのだ!

「ネズミみたいに潰してあげるッ!」
 そこへ今度こそ振り落される竜尾の鉄槌。
 ナムサン! 麻痺によって回避動作は間に合わない!
 アサシンはならばと、両腕を頭上でクロスさせ、防御の姿勢をとる。
「ヌウーッ!」
 直後、ランサーの竜尾による一撃が、アサシンへと防御の上から叩き付けられた……!

 ―――その瞬間。アサシンは己が失策を悟った。
 竜尾の一撃による衝撃ゆえか、アサシンの体はカナシバリ・ジツを受けたかのように動けない!
 この一手、この一瞬に限り、アサシンはあらゆる動作が不可能となってしまったのだ……!

  ―――聖杯の誓約に従い、令呪を以て我がサーヴァントに命じる!

 直後、そこへ発せられる、岸波白野の力ある言葉。
 発動を命じられたその手の令呪が、一際赤い輝きを放つ。


 ―――この戦いの最中、ずっと考えていた。
 なぜ自分たちは、アサシンの存在を感じることができたのか、と。

 自分たちとアサシンの関係など、キャスターとの戦いで起きたことが全てだ。
 アサシンの存在を感じ取れる理由にはなりえない。
 ならば考えるべきは別のこと。
 即ち、自分とランサー、そしてアサシンとを繋ぐ共通点だ。

 その答えに思い至った時、アサシンを追ってきたことは、そしてこうして戦っていることは、間違いではないのだと確信した。
 そして同時に、まだ僅かにでも救いがあるかもしれないことに、嬉しくて泣きそうになった。
 何故なら――――

  ―――“凛の魂を奪い返せ”、ランサー!!

 彼女はきっと、まだそこに存在しているのだから――――!!


368 : メモリー・オブ・シー ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:54:27 Tp3hU2KI0


「了解したわ、マイマスター―――ッ!」
 岸波白野の令呪を受けたランサーが、膨大な魔力とともにその手の槍を投擲する。
「グワーッ!」
 ―――“拷問は血税の如く(アドー・キーンザース)”。
 生き血を啜る吸血の一撃が、身動き一つ出来ぬアサシンの胴体に突き刺さり――その瞬間、岸波白野の令呪の効果が発現した。

 “拷問は血税の如く”は本来、敵へと与えたダメージをそのまま自身の生命力へと還元するスキルだ。
 だが令呪の影響を受けたこのスキルは、通常とは異なる効果を発揮した。
 即ち、アサシンの全身を巡る血液、そこに宿る魔力から、遠坂凛の残滓を全て吸い上げたのだ。
 その結果がどうなるか。

 ――――血とは魂の通貨。命の貨幣。命の取引の媒介物に過ぎない。
 そして血を吸う事は、命の全存在を自らのものとするということだ。

 吸い上げられた残滓は一つの結晶となり、槍が突き刺さったアサシンの傷口から、吹き出る血に弾かれるように、赤い輝きを放って飛び出した。
 令呪によって吸い上げられ、血によって製錬された赤い結晶。それは即ち、遠坂凛の魂に他ならない……!

「リンを、返してもらうわよ!」
 ランサーは赤い結晶をその手に掴み、槍を引き抜くと同時に大きく飛び退く。
 同時に岸波白野もまた、堪え切れないとランサーの下へと駆け出した。

「ハクノ!」
 ランサーはその手の赤い結晶を岸波白野へと向けて差し出し、
 岸波白野もまた、その左手を赤い結晶へと懸命に伸ばし、

 指先が結晶へと触れた瞬間、岸波白野の意識は、白い世界に飲み込まれた――――


      / 無垢心理領域 〜メモリー・オブ・シー〜


 ――――気が付けば、いつか見た海を漂っていた。
 上も下もない。空も大地もない。静かに完結した、碧い天球に浮かんでいる。
 それは、彼女の心象、彼女の魂のカタチが表れた世界だ。
 その世界の異物として/その世界の主として、岸波白野はソコにいた。

『Gid dem wandernden Vogel das Trinkwasser, der vom langen Weg kommt.
 Benutz den Vogelrahmen, in dem der Schlussel nicht angewendet wird.』

 詠唱(うたごえ)が響く。
 まるで“海”そのものが歌っているかのように、岸波白野の外側から/内側から、碧い海に響き渡っている。
 ………その歌はまるで、何かに/誰かに別れを告げるように感じた。

『lch spinne den Regenbogen in neuem selbst.
 Heites Wetter, Regen, Wind, Schnee, Krieg, Ende ununterbrochen.』

 その歌に紛れて、幻影を見る。
 倒錯する。岸波白野のものではない、秘められた過去が流れ込む。
 ある日。見覚えのある面影の少女を、もう手を繋ぐ事はないと、自らの嘆きに蓋をして、見送った。

『Nimm an, ohne anderer Meinung zu sein, ohne zu fallen.
 Es nimmt an, ohne zu f&uuml;tchten. ohne zu zweifeln.
 Sieg im Freund, der auf eine Reise entfernt geht.』

 歌が終わる。
 外側と内側が入れ替わる。
 曖昧だった自己は確かなカタチを取り戻し、

  ―――凛。

 この世界の本来の主が現れた。
 こうして彼女とまた会えたことに、堪らず泣きそうになった。

「よかった、どうにか間に合ったみたいで」
 凛はそう言って、本当に安心したように息を吐いた。

 そんな彼女に、どうして自分を呼んだ、いや、“呼べた”のかと尋ねる。
 あの時、彼女が自分たちを呼ばなければ、自分たちはきっとアサシンに気付くことはできなかったはずだ。
 けど彼女はアサシンに殺され、その魂を喰われた。岸波白野を呼ぶことなどできなかったはずだ。

「さあ。それは私にもわからない……いえ、何となくならわかるけど、説明できるほどじゃないわ。
 まあ理由なんてどうでもいいけどね。とにかく、アサシンに殺された後も、ぼんやりとではあったけど、私には意識があったの。
 というより、私があいつの一部になっていたって感じかな? まあ実際、あいつに喰われちゃったわけだしね」


369 : メモリー・オブ・シー ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:54:46 Tp3hU2KI0

 そう語る凛の体は、まるで何かに食い荒らされたかのようにあちこちが欠け、すでに半分以上が失われていた。
 間違いなく、アサシンの魂喰い……それによって得た魔力が消費された影響だろう。

「あの時の私にできたことは、ラインを通じて白野へと呼びかけることだけだった。
 もっとも、意識を向けるのが精一杯で、『言葉』なんて明確なカタチはとれなかったけどね」

 そう。それが、岸波白野たちがアサシンを……より正確にいえば、その中にいた遠坂凛を感じ取ることができた理由だった。

 遠坂凛と岸波白野、そしてランサーは、互いの魔術回路を結ぶパスを結んでいた。
 そして魔術回路は肉体ではなく魂に宿るモノだ。遠坂凛が遠坂凛としてのカタチを失わない限り、それが失われることはない。
 そしてランサーは、令呪の後押しによってその僅かな繋がりを辿ることで、アサシンの内から遠坂凛を救い出せたのだ。

 ……だがそれは、彼女の生存を意味するものではない。
 たとえこうして話し合うことができようと、遠坂凛は間違いなく死んでいるのだ。
 その事実を覆すことは、岸波白野には決してできない。

「……そんな顔しないでよ。
 そりゃすごく悔しかったし、やり返してもやりたいけど、もうどうしようもないことよ。
 それにアサシンを信用するって決めたのは私。白野は、そんな私を信じてくれただけでしょ?」

 わかっている。
 けど……それでも自分は、凛のことを守りたかった。
 凛と、そしてランサーと交わした約束を、守りたかったのだ。

「…………………っ!
 じゃあ命令! 約束を破った罰よ!
 私の分までこの聖杯戦争を戦って、そして絶対に勝ち残りなさい!」

 ……凛。

「前に言ったわよね。聖杯戦争優勝者の実力を見せてもらうって。
 私はまだ満足してない。あなたの力を、全然見せてもらっていない。
 それに、白野もわかってるんでしょう? 私は消えるんじゃなくて、あなたの一部になるんだって」

 ―――そう。遠坂凛はムーンセルには消されない。
 何故なら、岸波白野が遠坂凛の魂に触れた時点で、彼女の魂は岸波白野の“構成情報(からだ)”に取り込まれたからだ。
 ゆえにこれから先、遠坂凛が消えるとすれば、それは岸波白野が敗北した時だけ。
 それが、岸波白野が遠坂凛のためにできる、最後の救い――約束の守り方だった。

「……だから、さよならは言わない。ここから先は、あなたの中から見せてもらうわ。
 いい? 約束だからね。途中で負けるなんて、絶対に許さないんだから!」

 彼女はそう言って、岸波白野にその指先を突き付けてくる。
 その言葉は、今の岸波白野にとって、何にも勝る励ましだった。

  >1.……ああ、約束だ。

 湧き上がる感情を堪え、力の限りに頷く。
 たとえ自分が死んだとしても、その約束だけは決して破るまいと、自分自身に誓うように。

「うん、ギリギリ及第点ってところね。さっきよりは十分ましな顔をしてるわ。
 ……それじゃあ、約束の証に、白野にこれを渡しておくわね」

 凛は安心したように微笑むと、岸波白野へと右手を差し出した。
 同時に岸波白野の左手が、小さな熱を帯びる。そこには一画にまで欠けた令呪がある。
 その令呪が、三画全てが揃った完全な形へと戻っていた。
 これは……。

「使い損ねてた、私の令呪。私は体ごと喰われたから、令呪も一緒に取り込まれたみたい。
 令呪って要は魔力の塊でしょ? これだけはアサシンに使われないようにって、がんばったんだから」

 ……渡された令呪は、ずしりと重かった。
 それは物質的な重さではなく、令呪に込められた誓いの重さだ。
 だからだろう。その重さが、ひどく尊いものに想えてならなかった。

「それから最後に」
 凛はそう言うと、不意打ちのように岸波白野へと唇を重ね、
「ありがとう、出会ったばかりの私に協力してくれて。本当に、嬉しかったわ」
 この碧い海に融けるように、儚く消えていった。

 そうして海には、岸波白野だけが残された。
 だがそれは、離別を意味するものではない。
 この海はすでに、岸波白野の一部だ。そしてこの海には、遠坂凛が融けている。
 これから先の未来。岸波白野と遠坂凛は、決して別たれることはない。
 ただ………もう二度と、言葉を交わすことができないだけだ。

 ……だから自分も、ありがとう、と、彼女へ言葉を返した。
 ありがとう。こんな自分を、今もまだ、信じていてくれて――――


370 : メモリー・オブ・シー ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:55:09 Tp3hU2KI0


     07/ VS真・アサシン 〜Ninjaslayer Abnormal Reaction Against Karate Urgency〜


 ―――そうして、泡沫が弾ける様に、岸波白野は意識を取り戻した。

 海での出来事は、時間にして一瞬の出来事だったのだろう。
 周囲に大きな変化は見られない。
 ともすれば、あの出来事が夢だったのではないか、とさえ思えてしまう。

 だが、左手には、完全な形を取り戻した令呪がある。
 あの出来事は夢ではないのだと、その重みが告げている。
 自分は間違いなく、凛と最後の約束を交わしたのだ。

「……ハクノ」
 ランサーの声に、わかっている、と頷く。
 そう。岸波白野は確かに、遠坂凛と約束を交わした。―――必ず聖杯戦争を勝ち残ると。
 そしてそのためには、今も床に倒れ伏すアサシンを倒す必要がある。
 そう覚悟を決めた、その時だった。

「――――――――」
 岸波白野の戦意に反応してか、アサシンの体が、痙攣するように小さく跳ねた。
 同時にアサシンの纏う気配が禍々しく変質していき、その傷口から赤黒い色の炎が熾り始め、
 直後、アサシンはまるで解放された発条のように飛び上がった!
 そのままアサシンはランサーめがけてダイブ! そして暗黒の炎を纏ったケリ・キックを繰り出した!

「ッ……!」
 ランサーとともに咄嗟に飛び退き、その一撃を回避する。
 アサシンは一撃とともに着地した位置から全く動かず、直立不動の姿勢だ。
 そしてそのまま静かに両手を合わせると、小さくオジギをした。

「ドーモ、ナラク・ニンジャです」

 そう名乗るアサシンの貌は、先ほどまでとは明らかに変わっていた。
 両の瞳は小さく収縮しセンコめいて赤く光り、瞳孔は邪悪に見開かれている。
 そのメンポも牙のような禍々しい形状に変化し、その隙間から硫黄の蒸気めいた吐息が吐き出されている。

「フジキドめ。なんたる堕落。なんと情けない男よ。ついにここまでフヌケたか。
 くだらぬセンチメントに流され要らぬイクサを行い、揚句このザマ。これでは話にならんぞ」
 アサシンはまるで、先ほどまで戦っていた自分を己とは別人のように侮蔑する。
 そのどこか矛盾した言葉に思考を巡らせ、その答えに思い至る。
 二重人格。
 それが、アサシン――ニンジャスレイヤーの、最後のマトリクスなのだと。

 ……そして同時に理解する。
 凛との契約を求めたアサシンは、自分たちが先ほどまで戦っていた、フジキドと呼ばれる人格であり、
 そしてナラク・ニンジャと名乗った、今目の前に立っている人格こそが、凛を殺した存在なのだと……!

「だがよい。フートンで寝ておれフジキド。オヌシは実際限界であろう。
 代わりにワシが、あのトカゲどもに真のカラテを見せてやろうではないか。このワシが!」
 自らに語りかけるようにそう呟いていたナラクは、ランサーたちを見据え、愉快気にその貌を歪めた。
 否応なしに緊張が高まる。
 キャスターとの戦いで見せたナラクの戦闘能力。その暴威が、今度こそ自分たちに向けられるのだ。
 そう戦慄した―――その瞬間。

「アイエエエエ!?」
「ニ、ニンジャ!?」
「ニンジャナンデ!?」

 崩壊したこの階層の奥から、唐突にそんな悲鳴が聞こえてきた。
 驚きとともにそちらへと視線を送れば、そこには数人の警官。
 いかなる理由からか、彼らはナラクに対し、異常なまでの驚愕した様子を見せていた。

「グググ……」
 そんな彼らを見たナラクは、その異形の相貌をさらに愉快そうに歪め、
「サツバツ!」
 唐突に体を高速回転させ、自身の周囲全方位へと無数のスリケンを投げ放った!
「マスター!」
 ランサーは咄嗟に自分の前へと躍り出ると、槍を高速回転させスリケンを弾き飛ばす。
 ……だが、NPCの警官たちにナラクの凶行から守ってくれるような存在がいるはずもなく、
「「「アバーッ!?」」」
 彼らはあまりにもあっけなく、無数のスリケンに貫かれて即死した。


371 : メモリー・オブ・シー ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:55:32 Tp3hU2KI0

「ショッギョ・ムッジョ。詮索好きの犬は警棒で殴られるとよく言うであろう。
 ニンジャのイクサに顔を出したことが、オヌシらの運の尽きよ」
 いつの間に跳躍したのか。ナラクが警官たちの死体がある場所に着地した。
 するとなんと、警官たちの死体が粒子のように分解され、奈落のメンポへと吸い込まれていった。
 魂喰いだ。凛のときと同じように、ナラクは警官たちの魂を喰らったのだ!

 ッ――――――――!
 蘇る怒りに、強く拳を握りしめる。
「マスター、指示を頂戴。アナタの期待に応えるわ」
 だがランサーのその言葉に、どうにか冷静さを取り戻す。
 ……相手は、ニンジャスレイヤー以上の強敵……ナラク・ニンジャ。冷静さを欠いた頭で勝てる相手ではない。

「グググ………実際情けない。これだけおって、小娘一人分にも満たぬカラテ量とはな。
 だが不足したカラテも、これで多少は補えたわ。足りぬ分は、そこの小僧を喰らって得るとしよう」
 ナラクがその禍々しい戦意……いや殺意を、自分たちへと向けてくる。
 それを受け、最後の戦いに備えて礼装を換装し、湧き上がる戦意とともに精神を集中させる。

「全ニンジャ……否、全サーヴァント殺すべし!」
「これでフィナーレ、全力で飛ばしていくわっ!」
 そうして、ランサーとアサシン、異なる赤色の二騎は、今宵最後の決戦を開始した。


 ……極限まで研ぎ澄ませ。
 一手一手が致命。一瞬一瞬が必死。
 油断はするな。慢心は捨てろ。余分な思考は殺せ。
 岸波白野にできることは、ただ考え、己がサーヴァントを信じることのみ。

 イメージしろ。生と死の境界を見極めろ。
 全てを読み切れ。未知の未来を予測しろ。
 そして……勝ち取れ――――五秒後の生存を!!


      †


「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」
 禍々しいカラテ・シャウトとともに、暗黒の炎を纏ったナラクが高速の三連撃を繰り出す。
「ッ……、このっ!」
 ランサーは放たれたマネキネコパンチを槍で弾き、受け流し、飛び退いて回避する。
「イヤーッ!」
 そこへ繰り出される伝説の暗黒カラテ技、サマーソルト・キック。
 ランサーは咄嗟に槍でガードするが、その威力に槍が撥ね上げられる。
「イヤーッ!」
 その瞬間、ナラクは更なる伝説のカラテ技、ローリングソバットを繰り出した。
「ッああ……!」
 ナムサン! 回避も防御もできず、ランサーはワイヤーアクションめいて蹴り飛ばされた。


 ランサーとナラク・ニンジャとの戦いは、圧倒的にナラクが押していた。
 ナラク・ニンジャと化したアサシンのステータスは、筋力、耐久、俊敏の全てがランサーを上回っている。
 さらに戦闘技術という面においても、ランサーではナラクに及ぶべくもない。
 加えて最も厄介なのが、ナラクの纏う禍々しく赤黒い炎――“不浄の炎”だ。これによりナラクの攻撃は、その脅威性が倍増していた。
 岸波白野の高い戦術眼による指示なくば、ランサーはすでに死んでいたことは間違いない。

 そしてもう一つ。ナラクを相手にして、ランサーが生き延びていられた理由があった。
 ナラクが覚醒する前に掛けた、“不可避不可視の兎狩り”による麻痺だ。
 たとえ人格が二つあろうと、体は一つしかない。フジキドが受けたダメージ・状態異常は、そのままナラクにも引き継がれるのだ。
 今ならばまだ、麻痺の影響で反撃する余裕がある。故に、その麻痺が解ける前に、逆転の一手を打つ必要があった。
 その一手を掴むために、岸波白野は高速で思考を巡らせていた―――。


「この、痛いじゃないっ!」
「イヤーッ!」
 どうにか床へと着地したランサーは、追撃に迫るナラクへと自分から接近する。
 防御に回っていては“不浄の炎”によって焼き殺される。そう判断したが故の攻勢だ。

 だがそれでお互いの実力差が覆るわけではない。
 ランサーの攻撃はそのこと如くがジュー・ジツによって無効化される。
「イヤーッ!」
 そして放たれる低空ジャンプパンチ。深く腰を沈めたナラクに、ランサーは咄嗟に防御姿勢をとる。
 しかしそれはフェイク! ナラクは跳躍すると見せかけ、ジュー・ジツの踏み込みによってランサーへと接近し、ポン・パンチを繰り出す――直前!
  ―――ATTACK!
 ナラクのフェイクを見切った岸波白野が、咄嗟に攻撃指示を出す。
 ランサーは防御姿勢から即座に槍を繰り出し、ポン・パンチを迎撃する。
 そしてそのまま体を縦回転させ、ナラクへとその竜尾を振り下ろした。


372 : メモリー・オブ・シー ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:56:17 Tp3hU2KI0

「これでも、食らいなさい!」
 三度放たれる“徹頭徹尾の竜頭蛇尾”。
 攻撃を迎撃されたナラクは回避に移れない。そしてこの一撃を防御するのは非常にアブナイ――だが。
「なッ―――!?」
 防御が危険ならば、防御しなければいい。
 なんとナラクは、シラハドリ・アーツによってランサーの尻尾を挟み止めたのだ!

「イヤーッ!」
 そのままランサーの尻尾を掴み取ったナラクは、その怪力を以てランサーを投げ飛ばす。
 ランサーはウケミをとることもままならず、瓦礫の山に激突する。ポイント倍点!
「サツバツ!」
 そのまま止めを刺すべく、ナラクはランサーへと跳躍接近した―――その瞬間!

  ―――今だ、ランサー!
「無敵モード――オン!!」
 岸波白野の指示を受け、瓦礫の中からランサーが飛び出してきた!
「イヤーッ!」
 ナラクは構わず、とどめを刺すべくランサーへとアイアンクロー・ツメを繰り出す―――だが。
「ヌウッ!?」
 いかなる理由からか、ランサーをスレイするはずの一撃は、完璧な形で受け止められた。

「ハア――ッ!」
 そこに迫りくる、ランサーの渾身の連撃。
 ナラクは当然のようにジュー・ジツを持って対応しようとし、
「グワーッ!? グワーッ!? グワーッ!?」
 その悉くが、ナラクの体へと直撃した。
 何故。という疑問が、ナラクの脳裏を埋め尽くす。
 自身のカラテは実際ランサーを上回っている。防げぬ道理はない。なのになぜ攻撃を防げぬのか、と。

 ―――“恋愛夢想の現実逃避(セレレム・アルモディック)”。
 それがランサーの使用したスキル。彼女に対処可能な手である限り、三手分全てに対して勝利するという逆転の切り札だ。

 ナムアミダブツ! それを知る由もないナラクは致命的に混乱した。混乱し、致命的な隙を晒してしまった。
 そこへ放たれるランサーの致命的な一撃。ナラクには回避も防御もできない――しかし。
 ランサーの槍がナラクを穿つ、その瞬間。ナラクの全身から、赤黒い炎が放たれた!
「っ――――!?」
 ランサーは構わず槍を穿つが、そこにナラクの姿はない。全身から“不浄の炎”を放射し、目晦ましにしたのだ。
 そしてランサーがナラクを見失ったその間に、ナラクは行動を起こしていた。
「トカゲ如きに付き合う必要無し。貴様を殺せば、それで終わりよ!」
 ナラクを見失ったランサーは間に合わない。
 その一瞬の間に岸波白野へと接近し、ナラクは致命的なチョップを放った!

 マスターを殺せば、実際サーヴァントは消える。例外は単独行動スキルを持つ者のみ。
 そしてランサーに単独行動スキルはない。岸波白野を殺せば、それだけでナラクの勝利は決定する。
 ……そう。
 岸波白野を、殺すことができれば。

「バカな……!」
 ナラクが今度こそ、驚愕にその貌を歪める。
 まともに受ければサーヴァントでさえ殺し得る致命的なチョップは、しかし。
 岸波白野の周囲に張られた障壁によって、完全に防がれていた。

 ――『アトラスの悪魔』。そのコードキャストの名は、《add_invalid(); 》。
 未来予測によりほんの一瞬、僅か一手分だけ、あらゆる攻撃を無効化する絶対防壁を展開する礼装だ。

 そう。岸波白野は、ナラクの行動を完全に読み切っていたのだ。
 追い詰められれば、ナラクは必ず自分を殺しに来ると……!
 何しろ仮にも自らのマスターを殺し糧とするようなサーヴァントだ。その手段をとらないわけがない! タツジン!


373 : メモリー・オブ・シー ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:56:44 Tp3hU2KI0

「これで終わりよ!」
 そうして、攻撃を防がれたことで生じた隙に、今度はランサーが行動を起こす。
 ナラクへと向けて跳躍し、ランサーは渾身の力を込めて槍を投げ放つ。
 チョップを防がれ隙を晒すナラクには、この一撃に対処できない。
 ……だが、ランサーの槍がナラクを穿つことは叶わなかった。

「―――なっ!?」
「僕もいるってこと、忘れてない?」
 放たれた槍を弾き飛ばす、一振りの剣。
 インターラプト! いつの間にかナラクの背後に現れた足立が、マガツイザナギの矛剣を投擲したのだ!

「イヤーッ!」
 それによって生じた間に、ナラクが再び致命的なチョップを放つ。
 『アトラスの悪魔(add_invalid(); )』による守りは僅か一手分。そしてナラク相手に、再度使用できる余裕はない。
 放たれたナラクのチョップは、今度こそ岸波白野の首を刎ね飛ばす―――!
 ………その、直前だった。

『――――Anfang(セット)!』
 岸波白野の脳裏に、もう二度と聞くことのできないはずの声が響き渡った。

 時間が止まる。
 秒に満たぬ空白、渦巻く魔力に碧い海が胎動する。
 声に導かれるように、ナラクへと向けて左手の指先を突き付ける。

  《call_》―――
 左手首が熱い。
 詠唱している時間はない。
 ゼロ秒後の死が見えている。

 駆け巡る物理情報・魔術理論。
 詠唱する必要はない。
 受け継いだものは、全てこの瞬間のために―――

  ―――《gandor(32); 》―――!

 指先から放たれる呪詛の弾丸。
「グワーッ!?」
 岸波白野を惨殺せんとしていたナラクは、この一撃に対処することができず直撃!
 同時に弾丸に込められた呪詛が発現し、その行動を強制的に停止させられる!
 直後、ランサーがドラゴンの翼を駆使し、岸波白野とナラクの間に割り込むように着地し、

「“Ah――――――――――――ッッッ!!!!!!”」

 ゴウランガ! 自身が傷つくことも構わず、 “竜鳴雷声(キレンツ・サカーニィ)”がゼロ・インチ距離から放たれた!
「グワーッ!」
 ナムサン! 呪詛により身動き一つ出来ないナラクは、怒れる竜の咆哮をまともに受ける!

「ヤ! ラ! レ! ターッ!」
 音速のドラゴンブレスによって吹き飛ばされたナラクは、瓦礫を弾き飛ばして床を転がり、そして己が選んだマスターである足立の下でようやく停止した。
 その体からはすでに、ナラクの象徴ともいえる“不浄の炎”は消え去っていた。

 こうして厄災の如きだったサーヴァント――ナラク・ニンジャは、ここに敗北したのだった――――。


374 : Heaven's Fall Blank moon ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:57:35 Tp3hU2KI0


     07.5/ interlude『甲賀のアサシン(弐)』


「――――――――」
 遠雷の如く響き渡ったその音に、もう一人のアサシンは、彼らの戦いが終わったこと悟った。
 結果はおそらく、ランサーの勝利。赤黒のアサシンは間違いなく強敵ではあるが、蘇生能力を持つあのバーサーカーが加勢したと仮定すれば、おかしな話ではない。
 となれば、自分が今成すべきことは一つだけ。
 マスターの下へと早急に帰還し、【C-6】で起きている戦闘への対処および、自身の天敵であるバーサーカーへの対策を練ることだ。

 お互いが万全であると仮定した場合、自分とあのバーサーカーが戦えば、高い確率で自分が敗北する。
 アサシンはそう予想を立てていた。
 となれば、当然狙うべきは彼のマスターとなる。
 だが仮にも相手はサーヴァント。単騎で挑んだところで、そうやすやすとマスターを殺させはしないだろう。
 サーヴァントの相手はサーヴァントという図式は、そう簡単には崩れない。

 だが、わざわざその図式を崩す必要はないとアサシンは判断していた。
 何故なら、サーヴァントの相手がサーヴァントであるように、マスターの相手はマスターがするものだからだ。
 そして彼のマスターは、電子ドラックという、ある意味において最悪の切り札を持っている。
 そう。彼のマスターの武器は、この冬木市のNPCたちだ。
 いかに強力なマスターといえど、数の暴力を覆すことは容易ではない。
 自分はただバーサーカーの足止めをしていれば、それだけで勝敗は決するのだ。
 問題は、この切り札がルーラーの裁定対象となり得るということだが……。

(そのあたりの問題は、は“ますたぁ”が考えるべきこと。わしは主が命ずるままに戦えばばよい)

 結局のところ、サーヴァントはマスターの道具に過ぎない。
 サーヴァントの意志や感情を否定するわけではないが、行動方針を決めるのはやはりマスターなのだ。
 幸いにして、自身の情報は情報末梢スキルによって消去されているはずだ。バーサーカーたちに自身の能力が知られる可能性は低いだろう。
 故にアサシンは、自らが得た情報を己が主に伝えるために、誰にも見つかることなく、夜の街を駆け抜けていった。


【C-6/錯刃大学・遠方/二日目・未明】

【アサシン(甲賀弦之介)@バジリスク 〜甲賀忍法帖〜】
[状態]:健康、魔力消費(小)
[装備]:忍者刀
[道具]:なし
[思考・状況]
基本:勝利し、聖杯を得る。
1.HALの戦略に従う。
2.自分が得た情報をマスター(電人HAL)の下へと持ち帰る。
3. 狂想のバーサーカー(デッドプール)のことは早急に対処したい。
4.自分たちの脅威となる組は、ルーラーによる抑止が機能するうちに討ち取っておきたい。
5.性行為を行うサーヴァント(鏡子)、ベルク・カッツェへの警戒。
6.戦争を起こす者への嫌悪感と怒り。
[備考]
※紅のランサーたち(岸波白野、エリザベート)と赤黒のアサシンたち(足立透、ニンジャスレイヤー)の戦いの前半戦を確認しました。
※狂想のバーサーカー(デッドプール)と交戦し、その能力を確認しました。またそれにより、狂想のバーサーカーを自身の天敵であると判断しました。
※紅のランサーたちと赤黒のアサシンたちの戦いは、ランサーたちが勝利したと判断しました。


375 : Heaven's Fall Blank moon ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:58:04 Tp3hU2KI0


     08/ 決着/受け継いだもの


「――――――――」
 その決着を、ウェイバーは瓦礫の物陰から観ていた。
 その胸にあったのは、大きな驚愕と確かな安堵と、そして自分でもよく解らない感情だった。


 警官たちの後を追ってビルへと侵入していたウェイバーが、その場所に辿り着いて最初に見た光景は、警官たちが一瞬で惨殺された瞬間だった。
 慌てて瓦礫の陰に隠れ、その隙間から覗いてみた時には、すでに戦いは始まっていた。

 ―――その戦いは、明らかに人知の及ぶものではなかった。
 ランサーは善戦こそしていたが、赤黒い炎を纏ったアサシンの戦闘能力は圧倒的で、一方的に防戦へと押し込まれていた。
 その恐ろしさは、たとえバーサーカーと二人で挑んだとしても、アサシンに勝つことなどできないのでは、と思うには十分なほどだった。

 故にウェイバーは、ランサーたちは殺されると判断した。同時にアサシンへと立ち向かうことを、早々に諦めた。
 彼が決着の時までこの場所にいたのは、バーサーカーがいない今の状態で、アサシンに見つかる危険を冒すことが怖かったからに過ぎない。
 下手に物音を発てればアサシンに見つかるかもしれない。だから物陰でじっと身を潜め、息を殺してその戦いを見届けていたのだ。
 ………だというのに。

 岸波白野は、その戦場の真っただ中に居たのだ。
 いや、ただ居ただけではない。ランサーへと魔術支援を行い、指示を出すという形で、自らも戦いに参加していた。

 岸波白野の魔術師としての能力は、実際のところ三流程度の能力しかないウェイバーから見ても、自分以下だと確信するほどだ。
 だというのに、その三流以下でしかない岸波白野はあのアサシンに立ち向かっていて、仮にも天才を自称している自分は、こうしてただ物陰に隠れ怯えている。
 そのあまりの落差に、ウェイバーはどうしようもなく    になった。


 そうして岸波白野は、あの恐ろしいアサシンに勝利した。
 自分自身を囮にした、自分にはとても真似できない逆転の一手。
 それを見た時、自分は戦うことすらなく、岸波白野に敗北したのだとウェイバーは思った。
 たとえ今のバーサーカーではなく、狙い通りにイスカンダルを召喚していたとしても、彼と戦えばきっと自分は負けるだろうと。

 そんな風に自失していた、その時だった。
 大きくよろめきながらも、アサシンが立ち上がった。
 あれほど恐ろしかった気配は、もうほとんど感じられない。もはや戦う力など残っていないはずだ。
 だというのにアサシンは、体のふらつきを懸命に堪え、何かしらの武術の構えをとったのだ。

「なんでだよ。あんなになっても、まだ戦うつもりなのかよ……」

 敗北を悟り、逃げようとするのならばまだわかる。
 だがアサシンは、最早勝負は決したというのに、ランサーへと無謀にも挑もうとしている。
 ウェイバーには、彼らが不可能へと挑むその理由が、どうしてもわからなかった……………。


      †


 ―――目の前で立ち上がったアサシンを、岸波白野はまっすぐに見据える。
 アサシンからはすでに、あの禍々しい気配は感じ取れない。
 そのメンポも「忍」「殺」と刻まれた物に戻っており、瞳も黒色へと戻っている。
 ナラクではなく、フジキドと呼ばれる人格へと戻ったのだろう。

 ……それは同時に、彼の敗北が、確定したことを表していた。
 ランサーの宝具を受け、その体は満身創痍。もはや満足に戦うことなどできないだろう。
 この状況下において、ナラクよりも能力の劣るフジキドに、ランサーに勝てる道理はない。

「……スゥーッ! ハァーッ! ……スゥーッ! ハァーッ!
 ……ハイクは詠まぬ。何故なら私は、オヌシたちを殺すからだ」

 だと言うのに、アサシンは懸命に呼吸を整え、そう口にしながら手刀を構えた。
 最後まで諦めなどしない。たとえどれほど追い込まれたとしても、自分は必ず勝つのだと、確かな戦意を見せている。

 ……あるいは、これが“月の聖杯戦争”であったのならば、彼は敗者とみなされ、ムーンセルによって消されていたかもしれない。
 だがこれは“月の聖杯戦争”ではない。“止め”は、自らの手で刺す必要があるのだ。

「……そう。アンコールをご所望ってワケ。
 ……いいわ、ラストナンバーよ。私の歌で、盛大に逝かせてあげる」
 アサシンの言葉にランサーがそう宣告し、槍を床へと突き立てた。
 宝具によって、今度こそ決着を付けるつもりなのだろう。
 自分は――――


376 : Heaven's Fall Blank moon ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:58:26 Tp3hU2KI0

   1.止める
  >2.止めない

 岸波白野には、すでにアサシンと戦う理由は薄れていた。
 凛の仇であったナラクは倒した。
 たとえナラクがアサシンの別人格だったとしても、フジキドは凛の仇ではない。
 自分にとってフジキドは、己のマスターであった子供のために復讐を誓う、優しくも悲しい一人の男だった。

 ……だが同時に、聖杯を求め戦う敵でもあった。
 戦いは避けられない。
 凛との約束を守る限り、たとえここで見逃したとしても、いずれ再び戦うことになるのだ。
 ならばきっと、ここで完全に決着を付けることこそが、未だに戦意を見せるアサシンへのせめてもの誠意だろう。


 ――――決着は一瞬だった。

「――――――――」
 ランサーがドラゴンの翼を広げ、槍の柄へと飛び乗り、大きく息を吸い込み、
「Wasshoi!」
 アサシンが、跳んだ。
 愚直にも真正面から、まっすぐにランサーへと挑みかかり、

「“Ah――――――――――――ッッ!!!!”」

 ランサーの“竜鳴雷声(うたごえ)”が鳴り響く。
 放たれた衝撃波に瓦礫が粉砕され、粉塵となって舞い上がる。
 自分たちへと向かってきたアサシンは、その粉塵に紛れ、そして姿を消した。

 粉塵が晴れた時には、アサシンの姿はすでにどこにも見当たらなかった。
 それはマスターである足立も同様だ。
 死体が残る間もなく瓦礫とともに吹き飛ばされたのか、あるいは――――。

 ……いずれにせよ、戦いはこれで終わった。
 だがこの決着は、決して岸波白野の勝利などではない。
 何故なら、凛を守れなかった時点で、自分たちはすでに敗北していたのだから。
 こうしてアサシンを倒したことで、自分はようやく、そのことを認めることができたのだ。


 左手を持ち上げ、鋭い痛みを放つ手首を診る。
 そこには焼け付いたかのように、碧く輝く刻印が刻まれていた。

 ――――あの瞬間。
 足立透によってランサーの一撃が妨害された時、自分は死を覚悟した。
 あの状況から挽回する術は、岸波白野には存在しなかった。
 それを覆したのは、あの凛の声と、彼女の魔術だった。
 いかなる理由・方法によってかはわからないが、自分は最後の最後で、凛に助けられたのだ。

 この刻印はその証。
 遠坂凛が岸波白野とともに在るという、確かな証明だ。


 そしてそれこそが、誰一人と知り得ることのなかった、遠坂凛がカタチを保っていられた理由だった。

 アサシン―――ナラク・ニンジャの正体。
 それは、ニンジャの犠牲になった人々の怨念の集合体だ。
 当然その中には、ナラク・ニンジャ自身に殺された者たちも含まれる。
 であれば、ナラク・ニンジャに直接殺された遠坂凛がその一部にならないはずがなく、
 そして器である肉体ごと魂喰いされたことによって、遠坂凛はムーンセルによる消去を免れ、自らのカタチを保ったままその一部となっていたのだ。

 そしてそれは、遠坂凛の魂に一つの変異を齎していた。
 一時的にでもナラク・ニンジャの一部となっていたことで、彼女の魂はニンジャソウルと似た性質を帯びるようになっていたのだ。
 その結果、そして遠坂凛の魂を取り込み、その令呪を受け取った岸波白野は、同時に彼女の魔術刻印も継承することとなった。

 その証明が、岸波白野が最後に使用したコードキャストだ。
 血縁者以外には行えぬはずの魔術刻印の継承、それによる魔術行使。
 あのコードキャストはいわば、岸波白野(ウィザード)用に調整された、遠坂凛のユニーク・ジツのようなものだったのだ。

 だからと言って、岸波白野がニンジャとなったわけではない。
 遠坂凛の魂が似た性質を帯びたというだけで、ニンジャソウルとなったわけではないのだから、それは当然だ。
 ただ単に、遠坂凛の構成情報(たましい)を得たことによって、継承した魔術刻印による魔術行使が可能になっただけに過ぎないのだ。

 岸波白野がそのことを知ることはない。
 全ては終わってしまったことだ。知る意味もない。
 ただ遠坂凛に助けられたという事実だけが、岸波白野にとっての真実だった。


377 : Heaven's Fall Blank moon ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:59:18 Tp3hU2KI0


 痛みを残す左手を握り締め、そこに残る重みを確かめる。
 凛は確かにここにいる。ならば立ち止まっている暇はない。
 この聖杯戦争を勝ち残る。それが彼女と交わした、最後の約束だからだ。
 ……けれど。
 今だけはほんの少しだけ、立ち上がるための時間が欲しかった。


「……………………」
 少しして、自分たちへと近づいてくる足音に顔を上げる。
 見ればそこには、いつの間にかウェイバーの姿があった。
 来てくれたのか、と彼へと声をかけた。

「岸波………………。
 ……その……わるい。何の力にもなれなくて」
 気まずそうにそう口にしたウェイバーに、そんなことはないと返す。
 来てくれたという事実だけで、十分に嬉しいのだと。
 だがウェイバーは、ますます気まずそうな顔をするだけだった。

「そ、それよりバーサーカーはどうしたんだよ!
 僕がここに来る羽目になったのも、元はと言えばあいつが―――!」
「ん? ウェイバーたん、俺ちゃんのこと呼んだ?」
「うわぁっ!? ば、バーサーカー!?」
 ウェイバーが何かを誤魔化すようにバーサーカーのことを口にした途端、いつの間にか現れたバーサーカーがそれに応じた。
 その神出鬼没さ・自由奔放さは、そう簡単には予測ができなさそうだ。

「お前、今までどこほっつき歩いてたんだよ! 岸波のところに向かったんじゃなかったのか!?」
「その通りだけど? 俺ちゃんもちゃんとアサシンと戦ってたんだぜ?」
「バレバレの嘘を吐くなよ! お前どこにもいなかったじゃないか!」
「いやホントだって。俺ちゃん結構善戦したんだぜ? 相性も良かったしな」
「ならどんな風に戦ったのか言ってみろよ! ここで、今すぐ、詳細に!」
「いや、それを言っちまうのはあいつのスキル的にどうかなぁと俺ちゃんは思うのよ。だから内緒」
「ふざけるな! やっぱりサボってたんじゃないかこの馬鹿!
 おい岸波! お前も何か言ってやれよ……って岸波? どうしたんだよ」

 バーサーカーの口にした言葉を反芻する。
 彼はアサシンと戦った、と言っていた。だが実際にアサシンと戦ったのは自分たちだけ。
 この矛盾を解明することは―――可能だ。

「どういう意味だよ、それ。
 っていうか、バーサーカーの言うことを信じるのかよ、おまえ」

 ウェイバーの言葉に頷く。
 一応ではあるが、“会話のできる狂戦士”という存在は見知っている。
 彼らは決して言葉が理解できないのではない。
 ただ単純に、彼らはモノの捉え方・考え方が、自分たちとは異なっているだけなのだ。
 そしてこの聖杯戦争では、一つのクラスが重複することなど珍しくはない。
 つまりバーサーカーの言葉が真実だとすれば、ここにはもう一人、アサシンが存在していたことになるのだ。

「な! アサシンがもう一騎いたって、それ本当かよ!?
 だとしたら、この場所はまずいだろ! 下じゃNPCたちが騒いでいて、注目の的になってるんだぞ!?」
「あらそう。いいじゃないそれ。民衆の視線を集めるのはアイドルの醍醐味よ?」
「そうそう。ヒーローもガキンチョの声援を受けて戦うもんだしな。注目されてなんぼだろ」
「だからふざけるなって! そもそもランサーが派手に戦い過ぎなんだよ! 今襲撃を受けたら絶対負けるぞ! なんだったら賭けてもいいレベルだ!」

 確かにウェイバーの言う通り、自分たちは消耗しきっている。これ以上の連戦は危険だ。
 聖杯戦争に勝ち残るためにも、今はここを撤退し、休息する必要がある。
 明日……いや、すでに日付は変わっているだろうから、今日一日を休息に当てれば、十分に回復できるだろう。
 だから戦いを再開するのは明後日以降だ。それまでは休息と情報収集に当てるとしよう。

「わかったらさっさと僕の家に帰るぞ。今度こそ寄り道なんてしないからな」
 ウェイバーはそう言って歩き出そうとして、
「へ、うわぁ!?」
 唐突にバーサーカーに担ぎ上げられた。

「いきなり何すんだよおまえ!」
「いや帰るのは構わねぇけどよ。このまま普通にビルを出たら注目の的だぜ、俺ちゃんたち」
「…………あ」
「私はそれでも構わないけど、あなたは困るんでしょう」
「う、うるさい! それくらいちゃんと気づいてたさ!」

 そう声を荒げるウェイバーたちの様子を眺めながら、エリザの下へと向かう。
 ……その前に、最後にもう一度だけ、アサシンたちがいた場所へと振り返った。


378 : Heaven's Fall Blank moon ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/09(土) 23:59:36 Tp3hU2KI0

 自分たちはアサシンを倒した。
 だが、あれでアサシンが死んだという確信を、どうしてか持つことができなかった。
 消滅の瞬間を見届けていないからか、あるいは別の理由からか……。
 いずれにせよ、もしアサシンが生きていたならば、きっとまた戦うことになるような、そんな気がしてならなかった。

「子ブタ、早く行きましょう。さすがに少し疲れたし、シャワーを浴びてバスに入りたいわ」

 その声に頷き、今度こそエリザの下へと向かう。
 どうやらウェイバーたちは先に向かったようだ。ビルの屋上を飛んで移動する彼らの姿が見える。
 それに遅れまいと、行きと同様エリザへと抱き付くと、彼女はドラゴンの翼を広げ、夜空へと向け飛翔した。

 こうして戦いは終った。
 失ったものはあまりにも多く、得たものはなにもない。
 岸波白野たちは人知れず、勝者の存在しない戦場を後にした。

 ――――頭上には白髏のような眩(くら)い月。
 杯のような輪郭が、しめやかに、蜜を注がれる時を待っているかのようだった。


【C-5/双葉商事ビル周辺/二日目・未明】

【岸波白野@Fate/EXTRA CCC】
[状態]:ダメージ(微小/左手に噛み傷、火傷)、疲労(中)、魔力消費(大)
[令呪]:残り三画
[装備]:アゾット剣、魔術刻印、破戒の警策、アトラスの悪魔
[道具]:携帯端末機、各種礼装
[所持金] 普通の学生程度
[思考・状況]
基本行動方針1:「 」(CCC本編での自分のサーヴァント)の記憶を取り戻したい。
基本行動方針2:遠坂凛との約束を果たすため、聖杯戦争に勝ち残る。
0.凛………………ありがとう。
1. 休息するために、ウェイバーの自宅へ。
2. 今日一日は休息と情報収集に当て、戦闘はなるべく避ける。
3. ウェイバー陣営と一時的に協力。
4. 『NPCを操るアサシン』を探すかどうか……?
5. 狙撃とライダー(鏡子)、『NPCを操るアサシン』を警戒。
6.アサシン(ニンジャスレイヤー)はまだ生きていて、そしてまた戦うことになりそうな気がする。
7. 聖杯戦争を見極める。
8. 自分は、あのアーチャーを知っている───?
[備考]
※“月の聖杯戦争”で入手した礼装を、データとして所有しています。
 しかし、一部の礼装(想念礼装他)はデータが破損しており、使用できません(データが修復される可能性はあります)。
 礼装一覧>h ttp://www49.atwiki.jp/fateextraccc/pages/17.html
※遠坂凛の魂を取り込み、魔術刻印を継承しました。
 それにより、コードキャスト《call_gandor(32); 》が使用可能になりました。
※遠坂凛の記憶の一部と同調しました。遠坂凛の魂を取り込んだことで、さらに深く同調する可能性があります。
※エリザベートとある程度まで、遠坂凛と最後までいたしました。その事に罪悪感に似た感情を懐いています。
※ルーラー(ジャンヌ)、バーサーカー(デッドプール)、アサシン(ニンジャスレイヤー)のパラメーターを確認済み。
※アーチャー(エミヤ)の遠距離狙撃による攻撃を受けましたが、姿は確認できませんでした。
※アーチャー(エミヤ)が行った「剣を矢として放つ攻撃」、およびランサーから聞いたアーチャーの特徴に、どこか既視感を感じています。
 しかしこれにより「 」がアーチャー(無銘)だと決まったわけではありません。
※『NPCを扇動し、暴徒化させる能力を持ったアサシン』(ベルク・カッツェ)についての情報を聞きました。

【ランサー(エリザベート・バートリー)@Fate/EXTRA CCC】
[状態]:疲労(中)、ダメージ(大)、魔力消費(大)
[装備]:監獄城チェイテ
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:岸波白野に協力し、少しでも贖罪を。
0.さすがに少し疲れたわね。バスに入るか、シャワーを浴びたいわ。
1.とりあえず、ウェイバーの自宅へと向かう。
2.岸波白野とともに休息をとる。
3.アサシン(ニンジャスレイヤー/ナラク・ニンジャ)は許さない。
[備考]
※アーチャー(エミヤ)の遠距離狙撃による襲撃を受けましたが、姿は確認できませんでした。
※カフェテラスのサンドイッチを食したことにより、インスピレーションが湧きました。彼女の手料理に何か変化がある……かもしれません。


379 : Heaven's Fall Blank moon ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/10(日) 00:00:10 P7M06LYA0

【ウェイバー・ベルベット@Fate/zero】
[状態]:魔力消費(極大)、心労(大)、自分でも理解できない感情
[令呪]:残り二画
[装備]:デッドプール手作りバット
[道具]:仕事道具
[所持金]:通勤に困らない程度
[思考・状況]
基本行動方針:現状把握を優先したい
0.僕は…………。
1.休憩の為に、今度こそ家に戻る。
2.バーサーカーの対応を最優先でどうにかするが、これ以上令呪を使用するのは……。
3.バーサーカーはやっぱり理解できない。
4.岸波白野に負けた気がする。
[備考]
※勤務先の英会話教室は月海原学園の近くにあります。
※シャア・アズナブルの名前はTVか新聞のどちらかで知っていたようです。
※バーサーカー(デッドプール)の情報により、シャアがマスターだと聞かされましたが半信半疑です。
※一日目の授業を欠勤しました。他のNPCが代わりに授業を行いました。
※ランサー(エリザベート)、アサシン(ニンジャスレイヤー)の能力の一部(パラメータ、一部のスキル)について把握しています。
※アサシン(ベルク・カッツェ)の外見と能力をニンジャスレイヤーから聞きました。
※バーサーカーから『モンスターを倒せば魔力が回復する』と聞きましたが半信半疑です。
※放送を聞き逃しました。

【バーサーカー(デッドプール)@X-MEN】
[状態]:魔力消費(大)
[装備]:日本刀×2、銃火器数点、ライフゲージとスパコンゲージ、その他いろいろ
[道具]:???
[思考・状況]
基本行動方針: 一応優勝狙いなんだけどウェイバーたんがなぁー。
0.たやん真正面から倒すとか、はくのんやるなぁ。俺ちゃんも負けてらんねー!
1.一通り暴れられてとりあえず満足。次もっと派手に暴れるために、今は一応回復に努めるつもり。
2.アサシン(甲賀弦之介)のことは、スキル的に何となく秘密にしておく。
3.あれ? そういやなんか忘れてる気がするけどなんだっけ?
[備考]
※真玉橋孝一組、シャア・アズナブル組、野原しんのすけ組を把握しました。
※『機動戦士ガンダム』のファンらしいですが、真相は不明です。嘘の可能性も。
※作中特定の人物を示唆するような発言をしましたが実際に知っているかどうかは不明です。
※放送を聞き逃しました。
※情報末梢スキルにより、アサシン(甲賀弦之介)に関する情報が消失したことになりました。
 これにより、バーサーカーはアサシンに関する記憶を覚えていません………たぶん。










     09/ Backyard of Ark


「「グググ……おのれ、ランサー=サンめ。よもやこのワシに、あのような屈辱を味あわせてくれようとは。
これもフジキドよ、オヌシがあのような脆弱な小童に肩入れしたのがそもそもの原因ぞ!」」

 ニンジャスレイヤーは己の内から、憎悪に満ちた皺枯れた声を感じ取った。
 彼のニューロンの邪悪な同居人、ナラク・ニンジャの声だ。コワイ!
 だがニンジャスレイヤーはその声に応じることなく、アグラ・メディテーションのイメージを保ったまま微動だにしない。

「「オヌシが始めからワシに体を預けていれば、このようなブザマは晒さなかったのだ!
 聞いておるのか、フジキドよ!」」
「……黙れ、オバケめ。ランサー=サンたちが私を追ってきたのは、貴様があの娘を殺したからだ。インガオホーだ。
 加えて、真のカラテを見せてやると豪語しておきながらあの体たらく。己より弱き者をアンブッシュすることが、貴様の言う真のカラテなのか、ナラクよ?
 そのような行い、貴様が侮蔑するレッサーニンジャの所業と何が違う」
「「ググググ………」」

 ニンジャスレイヤーの言葉に、ナラクは言い返すことができない。
 何故なら、如何にニンジャスレイヤーのカラテが弱りきっていたとはいえ、ナラクにとってランサーたちをスレイすることは容易いことだった筈だからだ。
 それほどまでに、ランサーとナラクのカラテには差が開いていた。開いていながら、サーヴァントの弱点であるマスターを狙い、そして敗北したのだ。
 ミヤモト・マサシの残したコトワザの一つに「調子に乗っている奴から負ける」というものがあるが、ナラクの敗北は実際それの表れだった。


380 : Heaven's Fall Blank moon ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/10(日) 00:01:01 P7M06LYA0

「ナラクよ、オヌシは考え違いをしている。このイクサは私のイクサだ。私はオヌシの欲望ではなく、私の目的を果たすのだ! 
 オヌシの意志などいらぬ! いるのはオヌシの力だけだ! 消えろ、オバケめ!」
「「グヌウッ………」」

 ナラクは悔しげな声を発しながら、ニューロンの奥底へと沈んだ。
 今のニンジャスレイヤーの体を支配することは出来ぬと判断したのだ。
 だがニンジャスレイヤーの肉体か精神が衰弱すれば、ナラクは再び暴れだすだろう。
 ナラクは諦めることなど知らぬオバケなのだから。


 そうして静寂を取り戻したニュートンの内で、ニンジャスレイヤーはイマジナリー・カラテを再開した。
 相手は先ほど己が敗北した相手、ランサーとそのマスターだ。
 同じ相手に二度敗北せぬよう、イメージトレーニングを行っているのだ。
 ………だが、その成果はどうにも芳しくなかった。

(やはり、岸波=サンが最大の難敵だ。あの者の出す指示を超える手をイメージできぬ)

 相手がランサー一人であれば、現時点でもすでに問題なくスレイできるだろう。
 ニンジャスレイヤーのジュー・ジツはすでにランサーの攻撃に完全適応している。負ける要素はほとんどない。
 だがそこに岸波白野が加わった途端、ランサーの動きがほとんど読めなくなるのだ。
 ミヤモト・マサシの残したコトワザの一つに「強い軍師がいると二倍は有利」というものがあるが、岸波白野の指示は実際それの表れだった。

 加えて岸波白野には、コードキャストによる支援もある。
 ランサーと岸波白野を同時に相手にする限り、ニンジャスレイヤーの勝ち目は実際低いのだ。
 実際ナラクでさえ敗れたのだ。ニンジャスレイヤーが一人で戦う限り、それは変わるまい。

(ならば、足立=サンの力を借りるか?)

 そこでニンジャスレイヤーは、現マスターである足立のことを考える。
 彼らを倒そうとするのであれば、ニンジャスレイヤーもまた、協力者の存在が必要だった。
 何故なら、岸波白野自身の戦闘能力は実際低いからだ。ロクに動けぬ足立に翻弄されるほどに。
 つまり、ニンジャスレイヤーがランサーの相手を、足立が岸波白野の相手をすれば、それだけで勝率は跳ね上がるのだ。

 ………だが、あの足立が素直に力を貸してくれるとは、ニンジャスレイヤーにはとても思えなかった。
 加えて足立は重傷を負い、大きく消耗している。今の状態のままでは、たとえ協力を得たとしても彼らに勝つことは困難だろう。
 だからと言って、他に協力者を探す、というのも難しい。何故ならナラクの存在により、またもあの娘のように殺してしまうかもしれないからだ。
 ニンジャスレイヤーにとって協力者の存在を得ることは、強敵を殺すことよりなお困難なことだった。

(………協力者、か)

 ニンジャスレイヤーはふと、生前のことを思い返していた。
 ナンシー・リー、タカギ・ガンドー、シルバーキー、センセイやユカノ、サブロ老人など、思い返せば自分は、あまりにも多くの人々に助けられてきていた。
 彼らの存在がなければ、ソウカイヤやザイバツ、アマクダリなどのニンジャとの戦いを生き残り、復讐を果たすことなどできなかっただろう。
 それを思えば、たった一人で戦っていた自分が、深い絆で結ばれた彼らに敗れたのは必定だったのだろう。

(ならば、今ランサー=サンたちを相手にイマジナリー・カラテを行うのは無意味か)

 まったく効果がないというわけではないだろうが、現状では時間を浪費するだけになりかねない。
 そもそもニンジャスレイヤーの最優先目的はしんのすけを殺したアサシンのスレイだ。いずれランサーたちと再び戦うとしても、それは今ではない。
 それに「急いだヒキャクがカロウシした」というコトワザもある。
 今はただ、いずれ来るだろうその時のために備えよう。

 そう結論したニンジャスレイヤーは、己がニューロンの内からしめやかに浮かび上がっていったのだった。


381 : Heaven's Fall Blank moon ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/10(日) 00:02:27 P7M06LYA0


   001010101011011000111101


 そうして現実へと意識を戻したニンジャスレイヤーの視界には、あまりにも異質的光景が広がっていた。

 赤黒く彩られた無限の地平。そこに広がる実際見覚えのある瓦礫の街。
 禍々しいアトモスフィアの空は0と1の数列が埋め尽くし、月と入れ替わったように浮遊し自転する黄金立方体。
 その黄金立方体によって、ニンジャスレイヤーはこの場所を電子コトダマ空間だと判断していた。

 ……いやそもそも、この聖杯戦争の舞台となっている冬木市自体が、方舟によって作られた仮想世界だ。
 またコトダマ空間には、極稀にではあるが、何らかの要因によって意識ではなく肉体そのものが入り込む場合もある。
 そして『ゴルフェの木片』によって聖杯戦争に参加したマスターの中は、その肉体ごと招き入れられた者がいるとも聞く。
 この二点もまた、この聖杯戦争の舞台とコトダマ空間が同一ないし類似したものであるという証明だ。
 つまりあの冬木市はコトダマ空間の一部であり、この場所はその虚構が剥がれた、いわばバックグラウンドのような場所なのだろう。

 ……問題は、ランサーによって倒されたはずのニンジャスレイヤーが、何故この場所にいるのか、ということだが。
 その答えは彼の現マスター、足立透が握っていた。


「ん……ふが……?」
「気が付いたか、足立=サン」
 この場所へと移動した影響だろう。気を失っていた足立へと向けて、ニンジャスレイヤーは声をかける。

「はえ……? おまえ、っていうか、ここは……テレビの、中?」
「知っているのか足立=サン」
「まあね。たぶん、聖杯戦争に呼ばれたマスターの中では、僕が一番詳しいんじゃないかな? このマヨナカテレビについてはさ」

 自分に頼るニンジャスレイヤーという構図に、足立は若干調子づいて説明を始めた。
 もっとも、自分が説明しなくても、このサーヴァントは勝手に調査を始めただろうとも思ってもたが。
 同時に足立は、この世界に来ることになった経緯――気を失う直前のことも思い出していた。


 ―――あの瞬間。
 ランサーの宝具が放たれ、ニンジャスレイヤーが跳躍した時、足立は己が生存を諦めた。
 自分たちは満身創痍。対してランサーたちは大きく消耗こそしているが、まだ戦う余裕は残っている。
 加えですでに、止めの一撃が放たれている。
 生き残る方法など、どこにもなかった。……“それ”を、足立が偶然見つけなければ。

 足立が偶然見つけたもの。それは一台の大型テレビだった。
 おそらく、会議室辺りにでも設置されていたのだろう。運よく破壊を免れたそのテレビが、足立の視界に飛び込んできたのだ。
 その瞬間足立は、ソーマト・リコールめいて自身がこうなった原因、ひいては聖杯戦争に参加する直前のことを思い出していた。
 すなわち、マヨナカテレビの噂と、それによって自覚した自身の能力、そしてテレビの中の世界を。

 そして足立の右手には、たった一画だけ残された令呪。
 それを自覚した瞬間、足立は生への執着を取り戻し、令呪へと命じていた。
 “自分を連れて、テレビの中へと逃げこめ”と。
 結果、ニンジャスレイヤーは強制方向転換。足立を連れてテレビの中――つまりこの世界へと飛び込んだのだ。


382 : Heaven's Fall Blank moon ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/10(日) 00:02:56 P7M06LYA0


「要するに、ここは見たくもない真実――人々の意志が反映される世界ってこと。
 まあもっとも、ベースとなってる冬木市やそこの住人が作り物な以上、どこまで同じかは知らないけどね」
 そうして足立は、ニンジャスレイヤーへの説明を終わらせた。
 ニンジャスレイヤーはその説明をかみ砕き、自分なりに解釈していく。

「ふむ……では、どうすればこの世界から出られるかわかるか、足立=サン」
「さあ。テレビでも探して、それに入ればいいんじゃないの?
 っていうか、なんでわざわざ出ていく必要があるのさ。ここに居ればひとまずは安全だろ? テレビを出入りできるのは僕だけなんだし」
「私の目的はアサシン=サンをスレイすることだ。このままここに居ても、その目的は果たせぬ。
 ……それに――――イヤーッ!」
「ウワーッ!?」

 ニンジャスレイヤーの突然のケリ・キック!
 唐突に攻撃に晒された足立は、狼狽することしかできない……!
 だがニンジャスレイヤーのその一撃は、自分を狙ったものではないことに、足立はすぐに気付いた。
 ニンジャスレイヤーがキックを放った先で、立方体じみた怪物が消滅していくのが見えたからだ。

「そ、そいついったいなんだよ。シャドウじゃないみたいだけど」
「おそらく保守プログラムの一種だ。方舟は私たちがこの空間にいることを好まないようだ」
 加えて、ここがニンジャスレイヤーの知るコトダマ空間と同一だとすれば、インクィジターが現れる可能性もある。
 そうなってしまえば、消耗しきった今の自分たちでは成す術なくスレイされるだろう。

「………は。なんだ、結局は聖杯戦争で勝ち残らないと生き残れないってわけか。ほんと、世の中クソだな」
「愚痴を言う余裕があるのなら備えよ。急ぎ、この空間から脱出する」
「はいはい、わかりましたよっと」

 ニンジャスレイヤーの冷徹な指示に、足立は適当な返事をしながらペルソナを出現させる。
 現れたマガツイザナギの体からは、岸波白野との戦いの時に生じていたノイズは見えない。
 気を失っている間に、少しは回復したということだろう。通常戦闘を行う分には問題はなさそうだった。

「ではいくぞ。しっかり掴まっていよ」
 ニンジャスレイヤーは足立を背負うと、しめやかに瓦礫の街を駆け出した。
「うわっととと……! もうちょっと優しく走ってよ、こっちは怪我人だよ?」
 足立は慌ててニンジャスレイヤーへとしがみつく。両膝と違い、両腕は無事だ。しがみつくことに問題はない。


「……………………」
 そうして瓦礫の街を駆け抜けながらも、ニンジャスレイヤーの脳裏にはある疑問が浮かんでいた。

 電子コトダマ空間は、最初にログインしたハッカーによってリアリティ定義情報が構築される。
 マヨナカテレビは、テレビの中に入ってきた人物の心や無意識の影響を受けてその形を変える。
 ……であれば、この空間のリアリティ定義情報はいったい誰が構築したものなのか。
 当然ニンジャスレイヤーではない。そして足立のものでもない。
 何故ならこの空間……瓦礫の街は、聖杯戦争の舞台となっている冬木市がベースとなって構築されていたからだ。
 ならばこの空間を構築した存在は、いったい何者なのか――――。

(……現状その者について考えることは無意味。
 今は一刻も早く、このコトダマ空間から脱出すべし!)

「Wasshoi!」

 ニンジャスレイヤーは己が疑問を振り払い、瓦礫の街を駆け抜ける。
 全てはアサシン――ベルク・カッツェへの復讐を遂げ、しんのすけを蘇らせるため。
 其は黒よりも暗い影。ネオサイタマの死神に安息の時間など訪れない。
 走れ! ニンジャスレイヤー! カラダニキヲツケテネ!


383 : Heaven's Fall Blank moon ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/10(日) 00:03:47 P7M06LYA0


【?-?/電子コトダマ空間・禍津冬木市/二日目・未明】

【アサシン(ニンジャスレイヤー)@ニンジャスレイヤー】
[状態]:魔力消耗(大)、ダメージ(極大、戦闘続行)
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:しんのすけを弔うためにアサシン=サン(ベルク・カッツェ)殺すべし。聖杯の力でしんのすけを生き返らせる。
その後聖杯とムーンセルをスレイする!
0.アサシン(ベルク・カッツェ)=サン殺すべし!
1.聖杯を手に入れるためにすべてのニンジャ(サーヴァント)をスレイする。
2.このコトダマ空間らしき場所から脱出する。
3.ベルク・カッツェに関する情報を入手する。
4.誰か協力者を得る? しかし………
5.ナラクに乗っ取られ邪悪な存在になればセプクする。
[備考]
※放送を聞き逃しています。
※ウェイバーから借りていたNPCの携帯電話を破壊しました。
※足立透と再契約しました。
※ナラクに身体を乗っ取られ、マスターやNPCを無意味に殺すような戦いをしたら自害するつもりです。
※現在自分がいる場所を、電子コトダマ空間のようなものであると考えています。

【足立透@ペルソナ4 THE ANIMATION】
[状態]:魔力消費(大)、両膝破壊、身体の至る所に裂傷(応急処置済み)
[令呪]:なし
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:刑事としての給金(総額は不明。買い物によりそれなりに消費)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れる。死にたくない。
0.結局聖杯戦争で勝たないといけないのかよ……
1.とりあえず、テレビの中から脱出する。
[備考]
※アサシン(ニンジャスレイヤー)と再契約しました。
※足立の携帯電話は【C-5】の森林公園に隠されました。警察から安否確認の電話がありました。
※現在自分がいる場所を、テレビの中の世界のようなものであると考えています。


      ◇





      ●


 そうして彼らは、脇目もふらず瓦礫の街を駆け抜けていった。
 瓦礫の街には、侵入者を排除せんとするエネミーが徘徊している。
 彼らが無事この空間から脱出できるかは、ブッタのみぞ知ることだ。

 ………この空間が如何なるモノで、どのような意味を持つのか。それはまだ語ることができない。
 だが、彼らがもう少し注意深く空を見上げていたならば気づいていただろう。
 空に浮遊し自転する黄金立方体、その背後に浮かぶ、深い孔の如き黒い月を――――――。


[全体の備考]
※【C-5】双葉商事ビル屋上が、ランサーとアサシンの戦闘により破壊・崩落しました。
 その影響により、ビルの屋上に置いてあった数日分の食糧、防寒具、寝袋、トレンチコートとハンチング帽も失われました。
 またビルの周辺のいたる所も、両者の戦闘行動により破壊されています。
 さらにランサーの宝具により、周囲に大音量が響き渡りました。
※アサシン(ニンジャスレイヤー)と足立透が、足立透の能力及び令呪によって謎の空間に侵入しました。
 この空間が正確にどのような場所であるのか、また脱出が可能であるかは、現時点では不明です。
 なおこの空間内には、侵入者を排除する保守プログラム――エネミーが徘徊しています。


384 : ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/10(日) 00:04:34 P7M06LYA0
以上で投下を終了します。
何か意見や、修正すべき点があればお願いします。


385 : 名無しさん :2015/05/10(日) 08:33:15 36mnqF.M0
投下乙です
フジキドとザビ組の因縁もひと段落といった感じでしょうか
エリザ対フジキドからの無垢心理領域〜凛との会話のシーンが今までの積み重ねもあり盛り上がってました
弦之介vsデップーと取り残されるウェイバー君の流れも並行してテンポよく読むことができました
そしてマヨナカテレビ……いよいよ聖杯戦争の裏側も触れていく流れでしょうか


386 : 名無しさん :2015/05/10(日) 11:37:38 vrT4ttHQ0
乙です
フジキドここで脱落か? と思ったら生存か
ニンジャ対決とはいかなかったが弦之助のアンチユニットがデップーということも判明したし、やはりこういう相性勝負はFateらしくてワクワクするね


387 : 名無しさん :2015/05/10(日) 11:43:31 EEnym0PA0
投下乙です!
エリザVSニンジャスレイヤーの熱いバトルや、凛の魂の解放、そしてザビエル達に影響を与えられるウェイパーなど、見どころが盛りだくさんでした!
あときのこ文体とニンジャスレイヤー独特の文体の使い分けも実に自然で、読んでてテンションが上がりました。
そして、アサシン達が侵入した空間は一体……?


388 : 名無しさん :2015/05/10(日) 19:01:55 d8xnNlEg0
投下乙です。
フジキド&足立対エリザ&白野は熱戦すぎて手に汗握ってました!
勝敗を分けたのはマスターの差でしたね
そしてコトダマ空間とマヨナカテレビが混ざった謎の空間はすごい気になる

そして弦之介の気配遮断をあんな方法で破るなんて、デップーの宝具恐るべし……


389 : 名無しさん :2015/05/12(火) 00:01:13 dUxylSwU0

バトル描写すげぇ。こんな濃厚な戦闘シーン久しぶりやで。
対デップーが相性悪いとなるとキリコ相手も辛いのかな弦之助。
異能連発してたら燃費的に先にルリルリが落ちそうだが


390 : 名無しさん :2015/05/15(金) 05:59:22 9HeTRyAY0
月報なので集計させて頂きます。
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
142話(+3) 50/56 (- 0) 89.3


391 : 名無しさん :2015/05/15(金) 12:47:16 rs2tJAEQ0
お辞儀キター!


392 : 名無しさん :2015/05/20(水) 00:44:11 L4z3N.M20
投下乙です
ウェイバーに関してですが前回のFly into the night時点で魔力消費(極大)でしたが
今回、瞳術でデップーが死んで蘇ったのに変わってないっておかしくないですか


393 : 名無しさん :2015/05/21(木) 08:05:37 NXyKRQcA0
なら、極大以上の表記って何かありますかね?


394 : 名無しさん :2015/05/21(木) 10:37:27 cHRkKg.E0
デップー自身の魔力が減ってるんだけと
ウェイバーの魔力は、デップーが戦ったことに気付いてないっぽいところから、使ってないみたいだし


395 : 名無しさん :2015/05/21(木) 12:07:15 R2wgV8ws0
>>394
これまで死亡からの復活には全部ウェイバーの魔力使って復活してる


396 : 名無しさん :2015/05/21(木) 16:10:20 MzAFbq/c0
これまでがそうだったからといって、今回もそうだとは限らないのでは?
別にマスターの魔力ででしか復活できないと限定されてるわけでもないみたいだし


397 : 名無しさん :2015/05/21(木) 16:16:55 XPPLgeQg0
>>396
リレー企画なんだからこれまでの描写と突然食い違うのは良くないのでは?
食い違う場合は作中で説明が必要かと


398 : 名無しさん :2015/05/21(木) 19:05:07 eBVTrVAI0
極小



極大
超極大


399 : 名無しさん :2015/05/21(木) 20:04:52 F7Y5Tpsw0
まあどっちだろうがリレーに支障は出ないw


400 : 名無しさん :2015/05/21(木) 20:36:55 XPPLgeQg0
いや、極大超えれば流石に死ぬだろ


401 : 名無しさん :2015/05/21(木) 22:19:49 .EdFizgA0
極大の次は絶大とかか?


402 : 名無しさん :2015/05/21(木) 22:23:30 F7Y5Tpsw0
(なんて不毛な話をしているんだ……)


403 : ◆ysja5Nyqn6 :2015/05/21(木) 23:26:55 1vhWSHzM0
応答が遅れて申し訳ありませんでした。
今作でのデッドプールの蘇生による魔力消費に関してですが、これは上記でも書かれているように、デッドプール自身の魔力を消費して蘇生したという展開のつもりでした。
この点の修正は>>397氏が言われているような、魔力消費に関する説明の加筆でよろしいでしょうか。


404 : 名無しさん :2015/05/21(木) 23:47:43 lNoOoS1s0
そんな都合の良い展開のつもりだったのか(絶句)


405 : 名無しさん :2015/05/21(木) 23:53:40 1vhWSHzM0
どこら辺が都合の良い展開なんだろう?


406 : 名無しさん :2015/05/22(金) 00:15:33 G/rhBkaA0
デッドプールが自身の魔力使って蘇生したにしろ蘇生の代償というか消耗軽くねとは思うで
書き手はデッドプール好きなのかもしれないけどそういうの抜きで書いて欲しいです


407 : 名無しさん :2015/05/22(金) 00:17:20 htTyJ2Sk0
戦闘後「俺ちゃん魔力足りなくてパワーダウンしちゃったわ」とかでハンデつければよろし


408 : 名無しさん :2015/05/22(金) 00:40:57 dsj10n.I0
瞳術で自害した状態で自分の魔力って使えるんだっけ?
霊核崩壊してるのに


409 : 名無しさん :2015/05/22(金) 01:03:07 hyQQcTjY0
これ以上はここじゃなくてしたらばの議論スレでやった方がよくないですか


410 : ◆Ee.E0P6Y2U :2015/05/22(金) 03:10:57 gmS6lPX.0
投下します


411 : 天国にそっくりな星 ◆Ee.E0P6Y2U :2015/05/22(金) 03:13:58 gmS6lPX.0

――厭な声が聞こえる。

何か不吉なものが鳴いているような、そんな声だった。

――おうおう。

か細い、獣の声だ。
いかな獣であるが全く持って見当つかなかったが、少なくともそれは人の声ではなかった。
人ではない。しかし何かを訴えている。
必死に、絞り出すような声で、何かを求めているのだ。
哀れな声。今日もどこかで獣が苦しんでいる。人ではない何かが、人でないなりに苦しみの声を切々と漏らすのだ。

――しかしそれが。

厭なのだ。
だってその切なる想いとやらは、空っぽなのだから。
悲しさを取り繕っているが、しかし悲しみほど強く弱く揺れはしない。
ある意味で怒りのようではあるが、それにしては志向性というものに欠けている。
では祈りのようであるかというと、それは全く違うと言いきれる。

――その獣は救いなど求めてはいないのだから。

苦しんでいる。
それは事実かもしれない。
だが、それだけだ。それ以上のことを、この獣は求めてなどいない。
その獣が求めているのは、あるいは救いとは真逆の道なのだ。
救いという概念がある。
それと対立する、救いから最も離れた概念が存在するとする。
獣が救われるとしたら、救いのアンチテーゼに寄りかかった、その時だろう。
そんなものはもう救いとは言えないだろう。

――救い。

それは生と結びついた塗炭の苦しみを抱えきれぬ人が、それでも立つ為に発明した“寄りかかる”概念だ。
人が歴史を紡ぐ最中、それは必然的に生まれた。

――けれど、もし“苦しみ”を苦しみと思わぬ者がいるのならば。

果たして彼に救いは必要だろうか。
“重い”がないのに、寄りかかる必要があるのだろうか。
そんな者にとって、ただ救いは空虚極まりない、ただのがらんどうと化すだろう。

――がらんどうを、それでも求めるから。

それが苦しみとなり、声となる。
この獣が訴えているのは、そういうことだ。

――馬鹿な話だ。

苦しみを苦しみと思わないこと。
それこそが苦しみだと、獣は訴えている。
その胸に何もないからこそ、カタチだけでも取繕って声にして吐き出している。
ああ、それは何の笑い話だ。
そんなもの、どうしようもないではないか。
どうしようもない。
前に進めば業火に焼かれ、後ろへ下がれば魂を抜かれる。
彼にとって救いは救いではないのだから、それ以上何かが変わる筈もない。

――だから厭なのだ。

所詮は獣だ。
犬畜生はそれらしく振舞えばいい。
それなのに、まるで人のように苦しんで見せる。
傲慢とは言わない。
ただ空虚だと、軽蔑する。

――おうおう。

ああ、まだ声が聞こえる。
今夜もどこかで獣が鳴いているのだろう。
しかし、それもきっと錯覚だ。
だって外はあんなにも静かだったのだから。





412 : 天国にそっくりな星 ◆Ee.E0P6Y2U :2015/05/22(金) 03:14:30 gmS6lPX.0


学園での騒乱がとりあえず収まると、私は一人帰路に着いた。
無論、収まった、といっても生徒の帰宅が一先ず終わったというだけだ。
その後の処理はまだまだ続くのだろうが、購買部の店員などにそのような業務が回ってくるはずもなく、私は平時よりも少し遅いくらいで帰ることができた。
恐らくだが明日も授業はあるとのことなので、私の日常は守られたままだった。
それが私にとって都合のいいことであるか、そうでないかはまだ分からないが。

陽は完全に落ちていた。
ぽつ、ぽつ、と立つ電灯の明かりの下、私は緩やかな坂道を下っていく。
じんわりとアスファルトに影が滲み、消えていく。
薄汚れたガードレールはところどころ塗装が剥げていた。直されることはないだろう。
風が吹けば頭上で木々がざわめいた。風は湿っていて、近く雨が降るかもしれない。

そんな道を、駆動音と排気ガスをまき散らしながら一台の車が通り過ぎて行った。
何ともなしにその軌跡を目で追うも、すぐにどこかへ消えてしまう。
車はそれっきりまるで通らなかった。

静かだった。
しん、としている。
人通り自体が極端に少なかった。
この辺りは開発が進んでおらず、都心からも離れ交通の便も悪い。
だから元々人通りは少ないのだが、けれど今日は何時にまして誰も居なかった。
深夜ならばいざ知らず、この時間帯ならばもう少し外に人がいてもよさそうだが。

誰もいない。
閑散としている。
私だけが、こうしてこの道を歩いている。
田んぼの近くの、湿ったアスファルトをただ一人で歩いている。

人がいない訳ではないだろう。
現に辺りの住宅にはぽつぽつと明かりがついている。

やはり恐れているのか。
彼らはなにも知らない。
この街の一般人は、自分がどうしてここにいるのか、その本当の意義を知らないで生きている。
それでも彼らは感じ取っている。
どこか街がおかしくなっているのを。
自分たちの生きる境界が、徐々に崩れていっていることを。
その恐怖は漠然としたもので、決して明確な言葉にはなりえないが、それ故に噂として伝播する。

いわく血の色のドレスを纏った貴婦人が街をうろついている。
いわく廃れた教会に異様な雰囲気を醸し出す亡霊を見た。
いわく深夜に映る筈のない奇妙な番組が放送されている。
いわくこの街にはいま恐るべき淫婦が来ており、出会ってしまえば最期“絞り取られる”という。
いわく学園の事故は実はテロリストによる恐るべき武装蜂起の一環だった。
いわくマンションの倒壊で多くの人が死んだらしい――けれど実は、最初からそのマンションの住人は全員死んでいた。

購買部で黙々と業務をこなしているだけで、多くの噂が聞こえてきた。
学生たちの無責任な噂話だ。情報としての信用度は低いだろう。
しかし、奇妙な話が多いのも事実だった。
そうした噂に留まらない奇怪な事件も数多く存在する。
ここ数日話題になっている猟奇殺人事件。女が街で異様な暴力を振るう。最大のトピックであるマンション倒壊事件。

そうした噂を聞いた人々は、たとえ自分たちと関わりのないところの話であっても、何かがおかしいと感じ取り、部屋に閉じこもる。
あるいは逆に群れることを選ぶか。人の集まる都心の方は逆ににぎわっているのかもしれない。
何かが“おかしい”。だからどうにかして安全を求める。

そうした反応はしごく真っ当なことだろう。
人として、当然備えるべき生存本能だ。

しかし残酷なことに
彼らの考える“おかしなこと”こそが、この街本当の意義なのだ。


413 : 天国にそっくりな星 ◆Ee.E0P6Y2U :2015/05/22(金) 03:14:46 gmS6lPX.0

――セイバー

声には出さず呼びかける。
するとすかさず言葉が帰ってきた。

――大丈夫だ。誰も居ない。

と。
そうか。では私は本当に今一人なのか。
人通りのないところに出れば、もしかすると何かが――“蟲”か、あるいはあの“蛇”が接触してくるのではとも思ったが、杞憂だったようだ。
この分ならば、とりあえずこの一日は穏便に終われる。
昼にそう動くつもりはなかった。幾つか水面下で動きがあったのは感じていたが、明確に関わることは選ばなかった。
一先ず情報を洗い流し、これからの夜に備えなくてはならない。

坂を降り切ると、私の家はすぐそこにある。
田畑が広がる中、ぽつんと建つ質素な家屋。
最初にこの街の人間として配置されて以来、過ごしてきた拠点である。

引き払うべきか。

帰りつつも、私が決めあぐねていたことであった。
少なくとも“蛇”にマスターだと露見してしまった以上、この拠点を知られることは時間の問題だろう。
学園に根を張っているサーヴァントである以上、関係者の居場所を知ることはたやすい筈だ。
そのリスクを考えるのならば、今から帰ること自体が危険だ。
何か罠を張られている可能性もある。

そう思いつつも、私の足は家へと向かっている。
帰るべき場所、とされている、あの何もないような場所に。






414 : 天国にそっくりな星 ◆Ee.E0P6Y2U :2015/05/22(金) 03:15:22 gmS6lPX.0

月は今夜も異様に大きく見えた。
あの青白い顔に嗤われながら、今夜もこの街では殺し合いが起こるのだろう。
その果てに聖杯とラベルの貼られた何かを回収する。
街の真実の姿はあの方舟なのだから。

日常を騙る方舟。
その生活にも私は既に順応していた。
仮初の役割を全うしつつも、水面下での情報収集を欠かさず、他の陣営と接触していく。
聖杯戦争が始まってまだ日は浅いが、しかし環境に順応できなければ脱落するだけだ。

――だからもう慣れたことだった。その銀髪を見るのは。

私の“家”は街の外れにある。
地図上ではD-5と記された一角に、私は帰らなくてはならない。

外には誰も居ない。
恐ろしい獣が徘徊していることを感じ取っているから。
だからこそ、私は今までずっと一人でこの道を歩いてきた。
なのにあの少女は素知らぬ顔で街を歩いている。
まるで獣を手なずけているかのように……

その銀髪が月明かりにきらめき、それでいて薄暗い闇に沈み込んでいる。
まさしく夜というものを体現したかのような色をしている。
修道服が白い肌を覆い隠し、祈りに似たその表情は深い信心を感じさせた。

少女は近付いてくる。
向こう側から私へ向かって。

奇妙な静寂だった。
先程までも静かではあったが、無音ではなかった。
何も聞こえない訳ではなかった。誰もおらず、孤独ではあったが、風の音はしていた。
けれど、今この一瞬は凪だ。
私と少女の間に何かが訪れることはない。何もない空白があふれ出し、全ての音を奪っていってしまった。

何も言わない。
何も聞こえない。
そうしてそのまま私と彼女は近づき、

すれ違った。

すっ、と。
私と彼女は偶然同じ道を歩き、そして別れていった。
それで終わりだった。
視線を交えることもなく、言葉は漏らすこともなく、振り返ることもしない。
全て何もないままに、私と少女の邂逅は終わる。

私の家の近くには教会がある。
それ自体は別に何らおかしくはない。
どういう訳か購買部の店員などしているが、元々私は神父だった。
方舟がその縁を反映し、教会の近くに私の家を置いたのかもしれない。
それ自体は別に何も不都合はない。“監督役”が近くにいることは寧ろ好都合とさえいえる。


415 : 天国にそっくりな星 ◆Ee.E0P6Y2U :2015/05/22(金) 03:15:59 gmS6lPX.0

何も問題はない。
現に私は何も感じてはいない。

そんな筈はない。

そんな筈はないだろう。
“監督役”であるあの少女は■■■■だ。
あれを見て、私が、言峰綺礼が何も思わずにいられる訳がない。
だからこそ、初めてあれを見かけたとき、異様な胸苦しさを覚えたではないか。
一目見ただけで、すれ違っただけで、「無様」というしかない醜態を晒した。

何もかもが露と消え去り、見えなくなった。
それはまるで霧に放り込まれたかのような、そんな感覚だった。
最初にあれと会った時、私はそれを苦しみだと考えた。
ならばこそ、今も私は苦しまなくてはならない。

空には何もかもがなかった。
月の光も、夜の闇も、意味がなければそれはないのと同じことだ。

そうして私はたどり着いた。
何の変哲もない、質素で、最低限のものだけが揃った家屋。
ここが私の帰るべき場所だった。

考えた末、結局私はこの拠点に滞在し続けることにした。
元より魔術師の工房のような側面はなく、重要なものは特にない。
敵が来るとしたら“蛇”だが、あの陣営とは積極的に接触を図りたいところでもあった。
たとえ迎撃するにしても、慣れたこの場の方が動きやすいだろう。
故に最大限の警戒を持って、この場に留まるとする。

そうした理屈を付けて、私は帰ってきた。
音を立てて扉を開ける。その先にあるのはどこか見覚えのある。しかし懐かしいとは思わない。がらんどうな場所だった。
警戒の必要性はセイバーも分かっているだろう。彼の感覚が何かを捉えればすぐさま告げてくるはずだ。

そうして張りつめたまま、私は休息を取る。
しばらくここで肉体的な調整を図る。警戒と休息を同時にこなすことには慣れていた。
同時に情報の洗い出しも行う。今後の活動の指針を立てなくてはならない。
状況が見え次第、夜の聖杯戦争へと赴くとしよう。

椅子に腰かけながら、私は懐から一冊の手帳を出す。
“蛇”から手渡されたものだ。
こうしたものを扱うところを見るに、あのサーヴァントは魔術師の出自を持つ可能性が高い。
私は注意深くそのページをめくった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――
“監視役”と“裁定者”について。
―――――――――――――――――――――――――――――――――

指が止まった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――
 俺様はこれからあの女共と接触する。
 極めて穏便に、友好的な態度で接してやるつもりだ。
 できうることならば奴らと同盟し、その特権を利用させてもらう。
 そうでなくとも何かしら情報を得ることができるだろう。
 “監視役”の情報が欲しければ何時でも連絡するがいい。
―――――――――――――――――――――――――――――――――

銀色の髪が、視界の隅で舞ったような気がした。。







私たちは知ろう
主を知ることを切に追い求めよう
主は暁の光のように、確かに現れ
大雨のように私たちのところに来
後の雨のように、地を潤される

(ホセア書)


416 : 天国にそっくりな星 ◆Ee.E0P6Y2U :2015/05/22(金) 03:16:26 gmS6lPX.0






「ああ、何て――」

教会へ帰って来るなりカレン・オルテンシアは口を開いた。

「何て――無様な男」
 
そして何度目になるか分からない、罵倒の言葉を吐いた。
その呟きを聞きつけて、ジャンヌは誰と会ってきたかを察した。

「またあのマスターと……」
「接触はしてませんよ。通りかかっただけです」

澄ました顔で語るカレンに、ジャンヌは苦い顔をする。
自分たちは中立。何か起こらない限り他の陣営に干渉することは許されない。
その前提はカレンも分かっている。進行役の職務は彼女も理解している筈だ。

「私が何となく散歩したいなーと思った時間が、偶然にもあの男の帰宅時間と重なってしまっただけです。
 それ以上の意味がある訳ないでしょう?」

白々しく言って彼女は薄く笑った。
その笑みには明らかに嘲りが含まれており、ジャンヌは息を吐いた。
要は“嫌がらせ”なのだ。

あの言峰綺礼という男に対し、カレンが姿を見せること。
それ自体が“嫌がらせ”になると、明らかにそう知った上で彼女は行動している。
趣味の悪い話だとは思うが、しかしまぁ監督役としての裁量を逸脱した行動を取っている訳でもない。
あくまでそれとなく、視界の端に移る程度に。
そんな風にして彼女は言峰綺礼に“嫌がらせ”をしている節がある。
あるいはもっと明確に干渉した方が、彼にとっては楽なのかもしれない。
それを知った上で、カレンは近づかず、かといって遠ざかりもしない、そんな立ち振る舞いを取っているのかもしれない。
だとしたら――やはり趣味の悪いことだ。

カレンと言峰。
二人の関係をジャンヌはよく知らない。
少なくとも何かしらの縁はあるのだろうが、立ち入ったことは聞いてもはぐらかされてしまった。
“真名看破”のスキルもサーヴァント以外には作用してくれない。

「それにしてもあの男」

カレンは微笑みを崩さず、かつ声に乗せる嘲りの色を濃くして呟く。

「まだあの家に住むようですね。
 効率を考えたのなら引き払ってもいいでしょうに。
 全く――知るのが怖いくせに」
「怖い?」
「ええ、彼は怖がっているのですよ。知ることを、知ってしまうことを。
 本当、馬鹿みたいな話――だって恐れる時点で、既に薄々と知っているってことじゃない。
 既に知ってしまっていることを、知りたくない、だなんてわめいたところで、何も意味はないでしょうに
 救いを求めていないのに、救われようとするようなものよ」

カレンの言葉にジャンヌは何も返せなかった。
カレンのことも、言峰綺礼のことも、彼女は知らないままだ。
それ故か、きょとん、とした顔をしてしまったかもしれない。

ふふふ、と愉しそうに笑ってカレンはその手を広げる。
流れる水のビジョンが結ばれた。
ムーンセルとアークセルを貫く、純粋なる情報の発露だった。
方舟内のマスターでは開くことができないそれを、監督役たる彼女は閲覧することができる。
ジャンヌは知る由もないことだが、その窓(ウィンドウ)はかつてムーンセルにおいてある姉妹が扱っていたものと酷似していた。
彼女らがサーヴァントという極めて情報密度の高い零子生命体に干渉したように、カレンもまた“監督役”として窓を使い“方舟”に干渉する。
無駄な話はここまでにして業務に移るということか。

「はじめましょうか――」

笑みを消し、どこか祈るような口調で彼女は言った。


417 : 天国にそっくりな星 ◆Ee.E0P6Y2U :2015/05/22(金) 03:16:51 gmS6lPX.0

「魂の改竄を」

と。

「“方舟”は魂を拾い上げるもの――」

カレンは窓を操作しつつ言葉を漏らす。。
それは反芻だった。先ほど岸波白野の問い掛けを受け、彼女が彼に与えた最低限の言葉を再度口にしている。。

「外郭はいくらでも流用できます。
 身体を構成する情報はゲノムとして解析され、記録されている。
 ムーンセルがそれを引き出すことはたやすい。人であろうと、ほかのありとあらゆる種であろうと」

カレンの言葉は続く。
誰に語っている訳でもないだろう。
強いて言うのならば――岸波白野か。あの時彼に告げることができなかった答えの続きを、届かないと知りつつも漏らしているのだ。

「けれど魂は違います。
 外郭はいくらでも引っ張り出せようが、その本質たる魂は別のもの。
 それをこの“方舟”は集めている」

魂――英語において「soul」と訳されるその言葉は元々ヘブル語の「Nephesh」から来ている。
それは元々呼吸を意味する言葉だ。
呼吸するものであれば――たとえ人でない獣であろうとも、そこには魂(Nephesh)があると解釈できる。
これは旧約聖書。創世記において獣にNepheshがあるとするテキストがあることからも明らかだ。
ここにおいては、魂とは、現代の価値観における生命体以上の意味を持たないことになる。

元より旧約聖書において、魂が肉体と対比されるようなテキストは存在しない。
魂の“発見”は新約聖書――キリストの“復活”を待たなくてはならない。
そうした流れの先に、キリスト教における魂が定義されていく。

「ムーンセルには情報がある。魂(Nephesh)については膨大な記述がそろっている。
 では魂(Soul)はどうでしょう」

魂(Soul)。
それはキリスト教においては人間の不滅の本質を意味する。
解釈こそ分かれるが、キリスト教徒の中には物心二元論を主張する者がいる。
かの聖アウグスティヌスの言葉が有名なように、キリスト教において肉体は魂に付属するものとされることがある。
身体とはいわば外郭のようなものであり、身体にはそれとは別に、その本質的な部分、命の核となるものが存在する。
それこそが魂である。

「そこが“方舟”とムーンセルの……」

そこでカレンは言葉を切った。
同時に数多くの窓が、ばっ、と開き、空間を埋め尽くしていく。
そこには多くの人がいた。窓の中には“方舟”の魂が記述されていた。

――聖杯戦争において“監督役”には情報操作が求められる。
この聖杯戦争の基となった舞台においても、戦争の進行と同時に様々な隠蔽工作がなされてきた。
とはいえそれも強大な組織力があってこそのものだ。この“方舟”において、カレンを補助するような組織は、今のところ、用意されていない。
故に情報操作の手順も異なるものがある。
彼女に与えられた権限こそ――

「では、これよりNPCの魂を改竄します」

――魂の改竄なのであった。
この“方舟”のNPCはムーンセルのそれと違い、己がNPCであるという自覚を持たない。
魂を持ったまま、それ以上の情報を与えられぬまま、放逐されている。

それを改竄(ハッキング)することこそが、この聖杯戦争における隠蔽工作である。

元々の設定として、指定の日常ルーチンから外れた現象に対しては反応が鈍くなっている。
その感度を更に鈍くする。ルーチンに強制力を持たせる。
一部報道機関に携われる者に関しては、より強力な改竄を施し、情報を操作する。

大魔王との決戦の余波を“局地的な地盤沈下と手抜き工事による崩落事故”となるように
月海原学園の水面下の争い、放課後の聖杯戦争を“爆発事故”となるように
NPCを改竄する。

そうして“方舟”の日常は守られる。
とはいえカレンが干渉できるのはNPCの魂に関することだけだった。
それ以上のこと、例えばインターネット上に流出してしまったデータを消すことなどはできない。
また起こった事実そのものを“なかったこと”にするようなことも無理だ。
“方舟”において時の流れは不可逆であり、それは監督役であろうとも曲げることができない。

よって人は日常を続けるが、しかし街にはどこか不穏な空気が蔓延するだろう。
完全に不安を拭える訳ではないのだ。
今はまだ何とか体裁を保っているが、どこかで決壊する可能性もある。
放逐された魂がフリーズするような事態に陥れば、もはやカレンにはどうしようもなくなってしまう。
そうなれば“方舟”が何かしら手を打つのかもしれないが、そこから先のことは彼女らにも分かっていなかった。


418 : 天国にそっくりな星 ◆Ee.E0P6Y2U :2015/05/22(金) 03:17:13 gmS6lPX.0

「…………」

カレンが魂の改竄を施す様に、ジャンヌは複雑な表情を浮かべる。
魂は神の言葉で記述されている。
聖杯戦争の運営の為とはいえ、またNPCという仮初の存在のものだとしても、それを改竄することは、果たして赦されるのか。
言葉の問題なのかもしれない。舞台に合せ、その工程が“改竄”と訳されているからこその印象なのか。
同じことが“自害”にも言えた。実質的な排除であるとはいえ、大罪であるそんな言葉を命じることに、ジャンヌは迷いがあった。
多くのジレンマがある。抵抗を覚えないといったら嘘になる。
それを背負った上で、彼女は“裁定者”を担っている。

「ところで“啓示”の方はどうでしょうか?」

改竄を続けつつ、カレンがジャンヌに問いかけてきた。
啓示。
それはルーラーとして与えられた、今後の指針を示すスキル。
とりあえず現状の情報統制に関してはどうにかなりそうだが、聖杯戦争が止まることはない。
これから先も多くの問題が発生するだろう。それを予期した問いかけだった。
問われたジャンヌは一度、すっ、と目を閉じた。

黙祷するように天を仰ぎ見る。
月明かり差し込む教会の中で、金の髪がほのかに煌いた。
意識が空白になり、世界が白く広がっていく。

間があって――

「街――橋のこちら側でまた何かが起ころうとしています。
 恐らく、今夜……」

――ふとジャンヌは告げる。
その言葉がどこから来たものか、彼女自身説明することはできない。
ただ意識の奥より湧いて出た。因果も何もありはしない。
そうした言葉に、カレンは「そうですか」と返すのみで、あとは小さく息を吐いた。

「どうやら今夜も忙しくなりそうですね。
 まぁ夜ですし、そちらで何か起こることは想定内です。
 介入の必要があるかは別として、出向いて事態の把握だけはする必要があるでしょう」

介入する必要がなくとも、“啓示”があった以上、実際に何が起こったかは把握しなくてはならない。
ジャンヌだけでも状況を窺う必要があるだろう。

「私はあとの作業はやっておきますから、あなたはとりあえず目ぼしい場所に向かってみてください」
「分かっています」

目を開き、ジャンヌはゆっくりと歩き出す。
一日中この“方舟”を駆け回った彼女だが、しかしそこに疲れは見えなかった。
その身体を支えるのは狂的までの使命感である。

こつ、こつ、と教会に靴音が響く。
その足取りに迷いはなかった。
迷いやジレンマはある。あるが、だからといって立ち止まることはない。
彼女は聖女であるが、決してそれを自称したことはない。
何故ならば知っているから。
その手が既に赤く染まっていることを知った上で、その信心は揺らぐことのない。

皮肉なことに、そんな狂気――あるいは矛盾に似た歪みがあるからこそ、彼女は聖女なのだった。

「では行ってらっしゃい。夜へ――」

去り際に、カレンはそう漏らしていた。
ジャンヌは答えない。ただ一人、夜へと降り立った。
カレンはその背中を見つめながら、愉快そうに目を細めた。







419 : 天国にそっくりな星 ◆Ee.E0P6Y2U :2015/05/22(金) 03:17:50 gmS6lPX.0



……そうして聖女は教会より去った。
あとには一人の少女だけが残された。

今日の夜は静かだった。
不安に紐付けされた静寂が夜を漂っている。
その静寂が押し寄せてきたか、街と同じように、夜の教会もまた静まり返っていた。

教会の中、礼拝堂にカレンはいた。
見上げれば遥かかなたに天井があり、幾多もの荘厳な装飾が走っている。女神の像もあれば、天使の絵も掲げられている。
巨大なステンドグラスほのかに青い光が差し込む下、椅子は幾重にも連なるように置かれているが、そこには誰もいない。
そして奥には巨大なパイプオルガンが鎮座している……

静かだった。
誰もいない。何もありはしない。暗闇と月光だけが漂っている。
そんな中で彼女は黙々と魂の改竄を続けていた。静寂の中、時節処理音が細々と漏れ出した。
窓が開いては閉じる音がかすかに響く。それは水が流れ落ちる音に似ていた。

純粋なる情報の流れに包まれながらも、カレンは考えている。
言峰綺礼について。
すぐ近くで空疎な行動を続けている彼のことを。
ある意味で唯一無二の、しかしその実まるで関係がないような、そんな奇妙な関係が彼との間にはある。
彼に言うべきことは何もない。
敢えて言うならば、

――無様

あるいは

――馬鹿ね

それだけだ。そんな言葉でさえあの男には十分過ぎる。
罵倒するだけの価値もない。故にカレンはあの男に明確な言葉を投げかけたことがない。
ただ会うだけだ。
顔を見せるだけ――それだけでも、あの男には耐え難いことのようだが。

それでもあの男はこの“方舟”にいる。
その魂を拾い上げられる形で、ここまでやってきた。
彼は自身の魂のカタチを知っている。知っていて、直視ができないでいる。

――ああ、そんなことだから……

魂がどこから来たものであるか、そのテーマはキリスト教において長年議論を呼んでいるものである。
転生を前提とする異教と違い、キリスト教には天国と地獄の概念がある。復活と転生は違うものだ。
神の言葉が受肉したものとする考えがある。血縁に由来すると考えた者もいる。その閃きこそが復活とする主義もあった。
魂と一口に訳されてはいるが、元々はネフェシュであり、プシュケーである。

言峰綺礼の魂のカタチが――起源がどこからやってきたかは分からない。
その真理に人はまだ到達していない。
しかし、認めなくてはならない。
たとえそれがどこから来たものであれ、そういうカタチを持ってしまっていることは事実であると。
肯定するにせよ、否定するにせよ……

「…………」

そんなとりとめのない、さして意味のない考えを続けながら、カレンは魂を改竄する。
細い指が滑らかに動いた。その様はまるでピアノを弾くかのよう。
月明かりが魂を照らし、夜は静寂に満ちていく――

『“監督役”よ』

――不意に静寂が破られ、カレンの指が止まった。
声だった。
どこかかなたより、その声は響いてきた。

『少し話がある』
 
誰かが言った。夜には獣がやってくると。
凶暴な獣に出くわさぬよう、夜は外に出るべきではないと。
けれど本当に恐ろしいのは獣ではないのだ。
獣とは無垢なものだ。かつて人がそうであったように、何も知らないままでいる。
人は知ってしまったから獣ではいられなくなった。
全てを失い、それが購うべき罪となった。

『俺様とな』

だから人が本当に恐れるべきは“蛇”なのかもしれない。


420 : 天国にそっくりな星 ◆Ee.E0P6Y2U :2015/05/22(金) 03:18:29 gmS6lPX.0

【D-5/言峰宅/一日目 夜間】

【言峰綺礼@Fate/zero】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]黒鍵
[道具]変幻自在手帳
[所持金]質素
[思考・状況]
基本行動方針:優勝する。
0.愉悦を覚えるなど……断じて許されることではない……!
1.???
2.黒衣の男とそのバーサーカーには近づかない。
3.検索施設を使って、サーヴァントの情報を得たい。
4.トオサカトキオミと接触する手段を考える。
5.真玉橋や屋上にいた女(シオン)の住所を突き止め、可能なら夜襲するが、無理はしない。
6.この聖杯戦争に自分が招かれた意味とは、何か―――?
7.憎悪の蟲に対しては慎重に対応。
8.蛇使いのサーヴァント(ヴォルデモート)に対し興味。
[備考]
※設定された役割は『月海原学園内の購買部の店員』。
※バーサーカー(ガッツ)、セイバー(ロト)のパラメーターを確認済み。宝具『ドラゴンころし』『狂戦士の甲冑』を目視済み。
※『月を望む聖杯戦争』が『冬木の聖杯戦争』を何らかの参考にした可能性を考えています。
※聖陣営と同盟を結びました。内容は今の所、休戦協定と情報の共有のみです。
 聖側からは霊地や戦力の提供も提示されてるが突っぱねてます。
※学園の校門に設置された蟲がサーヴァントであるという推論を聞きました。
 彼自身は蟲を目視していません。
※トオサカトキオミが暗示を掛けた男達の携帯電話の番号を入手しています。
※真玉橋がマスターだと認識しました。
※寺の地下に大空洞がある可能性とそこに蛇使いのサーヴァント(ヴォルデモート)や蟲の主(シアン)がいる可能性を考えています。

【セイバー(オルステッド)@LIVE A LIVE】
[状態]通常戦闘に支障なし
[装備]『魔王、山を往く(ブライオン)』
[道具]特になし。
[所持金]無し。
[思考・状況]
基本行動方針:綺礼の指示に従い、綺礼が己の中の魔王に打ち勝てるか見届ける。
1.綺礼の指示に従う。
2.「勇者の典型であり極地の者」のセイバー(ロト)に強い興味。
3.憎悪を抱く蟲(シアン)に強い興味。
4.強い悪意を持つ蛇を使うサーヴァントに興味。
[備考]
※半径300m以内に存在する『憎悪』を宝具『憎悪の名を持つ魔王(オディオ)』にて感知している。
※アキト、シアンの『憎悪』を特定済み。
※勇者にして魔王という出自から、ロトの正体をほぼ把握しています。
※生前に起きた出来事、自身が行った行為は、自身の中で全て決着を付けています。その為、『過去を改修する』『アリシア姫の汚名を雪ぐ』『真実を探求する』『ルクレチアの民を蘇らせる』などの願いを聖杯に望む気はありません。
※B-4におけるルール違反の犯人はキャスターかアサシンだと予想しています。が、単なる予想なので他のクラスの可能性も十分に考えています。
※真玉橋の救われぬ乳への『悲しみ』を感知しました。
※ヴォルデモートの悪意を認識しました。ただし気配遮断している場合捉えるのは難しいです。


421 : 天国にそっくりな星 ◆Ee.E0P6Y2U :2015/05/22(金) 03:19:00 gmS6lPX.0

【D-5/教会/1日目 夜間】

【ルーラー(ジャンヌ・ダルク)@Fate/Apocrypha】
[状態]:健康
[装備]:聖旗
[道具]:???
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の恙ない進行。
1.啓示(橋のこちら側)で起こる何かに対処する。
2.その他タスクも並行してこなしていく。
[備考]
※カレンと同様にリターンクリスタルを持っているかは不明。
※Apocryphaと違い誰かの身体に憑依しているわけではないため、霊体化などに関する制約はありません。
※カッツェに対するペナルティとして令呪の剥奪を決定しました。後に何らかの形でれんげに対して執行します。
※バーンに対するペナルティとして令呪を使いました。足立へのペナルティは一旦保留という扱いにしています。
※令呪使用→エリザベート(一画)・デッドプール(一画)・ニンジャスレイヤー(一画)・カッツェ(一画)

【カレン・オルテンシア@Fate/hollow ataraxia】
[状態]:健康
[令呪]:不明
[装備]:マグダラの聖骸布
[道具]:リターンクリスタル(無駄遣いしても問題ない程度の個数、もしくは使用回数)、???
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の恙ない進行時々趣味。
1. 魂の改竄。そして……
2. ルーラーの裁定者としての仮面を剥がしてみたい。
3. 言峰綺礼に掛ける言葉はない
[備考]
※聖杯が望むのは偽りの聖杯戦争、繰り返す四日間ではないようです。
 そのため、時間遡行に関する能力には制限がかかり、万一に備えてその状況を解決しうるカレンが監督役に選ばれたようです。他に理由があるのかは不明。
※管理役として、箱舟内のニュースや噂などで流れる情報を操作する権限を持っています。
 →操作できるのはあくまで「NPCの意識」だけです。報道規制を誘発させることはできますが、流出してしまった情報を消し去ることや、“なかったこと”にすることはできません。


422 : 天国にそっくりな星 ◆Ee.E0P6Y2U :2015/05/22(金) 03:19:13 gmS6lPX.0

【キャスター(ヴォルデモート)@ハリーポッターシリーズ】
[状態]健康、魔力消費(中)
[装備] イチイの木に不死鳥の尾羽の芯の杖
[道具]盾の指輪(破損)、箒、変幻自在手帳
[所持金]ケイネスの所持金に準拠
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯をとる
1.ルーラーとの同盟のため動く。上手くいかなかった場合ルーラーに敵対するものを煽り、それをルーラーに処断させるべく画策する。
2.綺礼に強い興味、連絡に期待。エルトナムも一応期待しているが、アーチャーには警戒。
3.〈服従の呪文〉により手駒を増やし勝利を狙う。
4.ケイネスの近くにつき、状況に応じて様々な術を行使する。
5.ただし積極的な戦闘をするつもりはなくいざとなったら〈姿くらまし〉で主従共々館に逃げ込む
6.戦況が進んできたら工房に手を加え、もっと排他的なものにしたい

[備考]
※D-3にリドルの館@ハリーポッターシリーズがあり、そこを工房(未完成)にしました。一晩かけて捜査した結果魔術的なアイテムは一切ないことが分かっています。
 また防衛呪文の効果により夕方の時点で何者か(早苗およびアシタカ)が接近したことを把握、警戒しています。
※教会、錯刃大学、病院、図書館、学園内に使い魔の蛇を向かわせました。検索施設は重点的に見張っています。
 この使い魔を通じて錯刃大学での鏡子の行為を視認しました。
 また教会を早苗が訪れたこと、彼女が厭戦的であることを把握しました。
 病院、大学、学園図書室の使い魔は殺されました。そのことを把握しています。
 使い魔との感覚共有可能な距離は月海原学園から大学のあたりまでです。
※ジナコ(カッツェ)が起こした暴行事件を把握しました。
※洗脳した教師にここ数日欠席した生徒や職員の情報提供をさせています。
→小当部の出欠状況を把握(美遊、凛含む)、加えてジナコ、白野、狭間の欠席を確認。学園は忙しく、これ以上の情報提供は別の手段を講じる必要があるでしょう。
※資料室にある生徒名簿を確認、何者かがシオンなどの情報を調べたと推察しています。
※生徒名簿のシオン、および適当に他の数名の個人情報を焼印で焦がし解読不能にしました。
※NPCの教師に〈服従の呪文〉をかけ、さらにスキル:変化により憑りつくことでマスターに見せかけていました。
 この教師がシオンから連絡を受けた場合、他の洗脳しているNPC数人にも連絡がいきヴォルデモートに伝わるようにしています。
※シオンの姿、ジョセフの姿を確認。〈開心術〉により願いとクラスも確認。
※ミカサの姿、セルベリアの姿を確認。〈開心術〉によりクラスとミカサが非魔法族であることも確認。
 ケイネスの名を知っていたこと、暁美ほむらの名に反応を見せたことから蟲(シアン)の協力者と判断。
※言峰の姿、オルステッドの姿を確認。〈開心術〉によりクラスと言峰の本性も確認。
※魔王、山を往く(ブライオン)の外観と効果の一部を確認。スキル:芸術審美により真名看破には至らないが、オルステッドが勇者であると確信。
※ケイネスに真名を教えていません。


423 : 天国にそっくりな星 ◆Ee.E0P6Y2U :2015/05/22(金) 03:20:21 gmS6lPX.0



「聖書というのは多くの謎……というか矛盾を孕んでいるものなのですね。
 最初の最初、創世記の天地創造の時点で食い違ってしまっている。
 獣や植物がまずあってそこから人が創造された、という記述があるのに、あとでは先に人を創ったと書かれている。順序がおかしくなっている。
 これは文体などの違いなどから、著者、時代が違うからだと考えられています」
「要するにプラズマだ。科学的根拠がない話はプラズマで片がつく」
「そうかもしれませんねぇ……
 とはいえその矛盾を矛盾のまま放置する訳にもいかず、教徒たちは必死に辻褄を合わせようとする訳ですね。
 元がよく分からない、矛盾したものだからこそ、解釈のしようがあるともいえる」

教師、ケイネスが休息を取るため職員室に帰ってくると、そんな応酬が繰り広げられていた。
同僚にあたる教師たちであった。彼らはケイネスのデスクの向かい側で妙なことを言い合っている。

「そのほかにもよく分からないこともある。
 たとえばあの有名なパラダイス・ロスト。アダムとイヴの楽園追放の件です。
 彼らは“蛇”にそそのかされ、知恵の実を食べてしまった結果、それが“罪”へと繋がった訳です。
 さて、この逸話。どうにもおかしなことがないでしょうか」

仮初の同僚に関しての知識を呼び起こす。
飄々とした口調で何やら語っているのは保健室の先生だった。
ぼさぼさの頭に眼鏡を掛け、ひょろりと痩せた外見は健康的とは言いがたく、保健体育の教師のイメージとはかけ離れている。

「なるほど確かに追放の科学的根拠がない」

対するのは確か高等部の物理教師だっただろうか。
風紀委員会の顧問も取り持つ彼は奇矯な言動で有名だった。

「アダムとイヴの果たして何が罪だったのでしょうか。
 知恵の実を食べたことでしょうか。“善悪”を知ったことでしょうか。
 何かを“知ったこと”を罪としてしてしまうと、どうにもしっくりと来ない。
 解釈によっては“知ること”自体が悪となってしまう。
 “無知”が奨励されてしまうような、そのような事態になっているのです。
 “無知”は純粋無垢で好ましい姿であると、そう聖書には書かれているのでしょうか。
 これはちょっと妙な感じがします。
 まぁこの逸話自体、なぜ絶対に食べてはいけないような実を、エデンの園の真ん中に植えたのか、という疑問もあるのですが」

ケイネスは息を吐く。無視することにしよう。ただでさえ疲れているのだ。
生徒の帰宅、状況の把握、今後の動向についての会議等、ケイネスは膨大な業務に忙殺されていた。
夕方より続いていた業務は日が落ちてなお続き、結果こんな時間になってしまった。
こんなことをしている場合ではない。そう思いつつもキャスターの命に背くわけにはいかない。
とにかく全力で事の収集に当たった。その結果ケイネスは多大な疲労感を覚えていた。
我が君たるキャスターが十全に活躍できるよう、自身は磐石の態勢を維持するのだ。

キャスターは今その思惑に従い行動を開始している。
職務がケイネスの長引くと判断した彼はケイネスと一時離れた行動をしている。
その類まれな知略をもって“監督役”との接触を図っているはずだ。
次なる指示が下るまでに多少の時間がある。
それまで少しばかり休息を取るとしよう。ジナコの件などまだ残っている案件もあるが、生徒も帰宅し一先ずは区切りがついた。
そう思い、ケイネスは椅子に深く腰掛けた。


424 : 天国にそっくりな星 ◆Ee.E0P6Y2U :2015/05/22(金) 03:20:43 gmS6lPX.0

「おや、ケイネス先生、ようやくそちらも終わりになられましたか。
 お疲れ様です。いや何だか妙な事件でしたねぇ」

無視しようと思っていたのに、保健教師が話しかけてきた。
ケイネスは面倒に思いつつも「そうだな」と返しておく。

妙な事件――とされているものは、聖杯戦争の余波だ。
“蟲”の件や中等部校舎の先頭。それらの表向きの処理に今の今までケイネスは付き合っていたのである。
その処理自体は――面倒ではあるが――必要なことであるとケイネスは考えていた。
魔術の秘匿は神秘に関わる者として当然備えている考えである。
本来ならば“監督役”がなすべきことであると思うが、しかし彼の立場として可能な限りのことはやった。
職員会議では“爆発事故”として処理されるとのことだった。
また授業も、校舎に被害があった中等部を除いて、明日も予定通り行われるとのことだった。
本来ならばいささか緩すぎる対応だったが、市井の学園を知らないケイネスはそのことに気づかなかった。

「しかし爆発事故といっても妙な話ですよねえ」

保健教師は薄ら笑いを浮かべながら語る。

「そんな危険なものを持ち込む生徒が果たしているでしょうか。
 銃声が聞こえたなんて話もありますし。
 何でも学園に潜むテロリストの仕業だなんて噂もありますし」
「発表に寄れば、そのような痕跡は認められていないとのことだが」
「確かに生徒たちの無責任な噂に過ぎませんし、テロリストはいくらなんでも突飛だと思います。
 が、しかし図書室の方で荒らされていましたね。
 これは何かあると思いませんか?」
「何か、といわれても困るが」

妙に追求してくる教師にケイネスは身構える。
もしやこの男――マスターではないか。そう思い、緩めていた意識を呼び起こすが、

「だから言っているだろう。プラズマ、だと。科学的根拠のない迷信は全てプラズマで解決できるのだ。
 お前の語るようなオカルトなど起こりうる訳がない」
「そうですねぇ……そうかもしれません。しかし私は思うのですよ、世の中には私たちの知らない部分も」
「ない。あるとすればそれはプラズマだ」
「しかし話は聖書に戻りますが、あそこでは……」

相も変わらず益体もない話を続ける教師たちを見て、ケイネスは息を吐いた。
全く持って品性の感じられない姿だった。マスターだとしても警戒するに達していないだろう。
既に学園を手中に入れつつあるキャスターから、隠れ潜むことができるとも思えなかった。
やはりここは無視しよう。そう思っていたのだが、

「ところでケイネス先生。食事はどうですか、先ほど出前を取っておいたのですが」

……保健教師がひょい、と袋を見せたとき、思わず反応してしまった。
それはその辺りの道に売っているような、大衆向けのチープな料理であった。
普段のケイネスならば口にすることは絶対になかっただろうが、

「……もらおう」

漂う香ばしい臭いに耐えられず、受け取ってしまった。
ケイネスは空腹だった。
昼食は異常な味付けの中華料理を取ってしまったせいで碌な食事にならず、放課後からは休みなしで働き続けた。
それ故、とにかく何か口にしたい心地であったのである。

「どうぞ、どうぞ、いや本当に疲れましたねえ」

保健教師はそう言って、ふう、と息を吐く。
そこには濃い疲労の色が見えた。
話によれば爆発の余波で保険室はごった返していたと聞く。それをほぼ一人で彼は処理していたのだろう。
見れば物理教師にも同じようなものだった。風紀委員を統率する者として活動したのだろう。

奇矯な者たちであるが、彼らもまた疲れている。
自分と同じように、日常を守るために。
牛丼を頬張りながらその事実と相対して、ケイネスは不思議な連帯感のようなものを感じてしまった。
同時に苦楽を越して業務を終えた。その達成感も。

――馬鹿な。

どうやら本当に疲れているらしい。
胸に滲む想いを慌てて否定する。これはあくまで仮初の業務である。
魔術師の、それも聖杯戦争でやるようなこととはかけ離れている。
そう思いつつも、牛丼を口にする。今までにない不思議な味がした。


425 : 天国にそっくりな星 ◆Ee.E0P6Y2U :2015/05/22(金) 03:21:00 gmS6lPX.0

「……仏教では“無知”とは明確に否定されている。諸悪の根源のような扱いなのです。
 しかし聖書において否定されていない、ともすれば肯定されているとも取れてしまう。
 これは思想の違いでしょうか?
 いえいえ、キリスト教徒も“無知”であれ、だなんてことはやっぱり言わない。
 ホセア書などでは大々的に“私たちは、知ろう”と書かれています。
 後年においてはプラトン哲学などの影響もあるのですが、やはり“無知”を奨励するようなことにはならない。
 アウグスティヌスは“知識あるものの腐壊は無知である”だなんて言っていますし。
 ではアダムとイヴはなぜ“知った”ことで楽園を追放されたのでしょうか」

話はなおも続いている。
ケイネスは既に聞いていない。空腹が満たされるにつれ意識がぼうっとしていた。

「さてここからは諸説あるのですが、そもそもキリスト教において“善悪”とは何なのでしょうか。何と位置づけられているのでしょうか。
 有名な一節がありますね。“右頬をぶたれたら左頬を差し出せ”。隣人愛の概念です。
 キリスト教において“善”とはつまり利他精神なのですよ。
 つまり集団、社会全体へとまつわるものが“善”です。
 一方で“悪”は“善”でないものになります。
 この場合は、孤独です。
 “善”が社会的なものであるならば、“悪”は反社会的なこと、利己的なことになるのですね。
 創世記においては悪は一人でいることだなんて記述もあります。
 ――おや? ケイネス先生お眠りですか?」

言われてケイネスは、はっ、とする
眠りこける訳にはいかない。今自分は戦場にいるのだ。
仮初の業務に身を落としているが、気を抜くわけにはいかない。
何か飲むか。そう思い、ケイネスは立ち上がる。

「お気づきでしょうか? “知ること”はそれ自体“善”でも“悪”でもないのです。
 “善悪”の軸から外れたところにあるのですね。
 だからある意味で“知ったこと”はどうでもいいともいえる。
 楽園追放、創世記三章の問題は別のところにあった。
 解釈は様々ですが、神がアダムとイヴに“罪”を犯すことを期待していた、なんて説もあるくらいです。

その間も保健教師の言葉は続いている。
一応物理教師相手に話しているようだが、どうにも会話が成り立っているようにはみえない。
どちらも言いたいことを言えればそれでいいのかもしれなかった。

「何にせよ“知ること”は“善”でもなければ“悪”でもありません。 
 “無知”は否定されていますが、ただ“知った”ことで楽園から追放されることもある。
 難しいものですねぇ……」


【C-3 /月海原学園、教職員室/一日目 夜間】
※一連の戦闘は“爆発事故”として処理されました。
 中等部を除き、明日以降は平常どおり授業があります。

【ケイネス・エルメロイ・アーチボルト@Fate/Zero】
[状態]健康、ただし〈服従の呪文〉にかかっている
[令呪]残り3画
[装備] 月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)、盾の指輪
[道具]地図 、自動筆記四色ボールペン
[所持金]教師としての収入、クラス担任のため他の教師よりは気持ち多め?
[思考・状況]
基本行動方針:我が君の御心のままに
1.キャスターの帰りを待つ。
2.他のマスターに疑われるのを防ぐため、引き続き教師として振る舞う
3.教師としての立場を利用し、多くの生徒や教師と接触、情報収集や〈服従の呪文〉による支配を行う
[備考]
※〈服従の呪文〉による洗脳が解ける様子はまだありません。
※C-3、月海原学園歩いて5分ほどの一軒家に住んでいることになっていますが、拠点はD-3の館にするつもりです。変化がないように見せるため登下校先はこの家にするつもりです。
※シオンのクラスを担当しています。
※ジナコ(カッツェ)が起こした暴行事件を把握しました。
※B-4近辺の中華料理店に麻婆豆腐を注文しました。
→配達してきた店員の記憶を覗き、ルーラーがB-4で調査をしていたのを確認。改めて〈服従の呪文〉をかけ、B-4に戻しています。
※マスター候補の個人情報をいくつかメモしました。少なくともジナコ、シオン、美遊のものは写してあります。


426 : 天国にそっくりな星 ◆Ee.E0P6Y2U :2015/05/22(金) 03:21:49 gmS6lPX.0
投下終了です


427 : 名無しさん :2015/05/22(金) 20:25:11 jkZxaoPAO
投下乙です
カレンにお辞儀が接触かあ
引用された聖書の話に沿って親子揃って蛇に唆されそうな悪寒が…


428 : 名無しさん :2015/05/22(金) 20:54:52 v7B35teo0
投下乙です
カレンと言峰の静かな邂逅がいいですね。すごい雰囲気ある。
そしてなぜ大月教授がいるんだ(驚愕)


429 : 名無しさん :2015/05/22(金) 21:11:53 reSM.h1g0
教師たち濃いなw
大月先生ともう一人は誰だろう?


430 : 名無しさん :2015/05/23(土) 01:51:27 cY4NFUpY0
多分ペルソナ3の江戸川先生
アトラスつながりやね


431 : 名無しさん :2015/05/25(月) 00:36:42 4os2DFn.O
P4の足立もいるし(本当にそうなら)ペルソナ繋がりの方が強いと思う
P3とP4は同じ世界観だし


432 : 名無しさん :2015/05/25(月) 00:45:30 DawI8xAA0
話相手であるオオツキ先生が真if出展だからそっちのことだと思うよ


433 : 名無しさん :2015/05/25(月) 03:09:10 H6vc7/hs0
と言うか江戸川先生P4にも出演してる


434 : ◆9F9HQyFIxE :2015/06/13(土) 11:31:38 IRltOiyI0
短くて恐縮ですが、これより投下します。


435 : 明日への飛翔 ◆9F9HQyFIxE :2015/06/13(土) 11:32:17 IRltOiyI0


     01/ 休息の時


「着いたぞ。ここが僕が借りているマンションだ」

 そう口にするウェイパーの前には一件の賃貸マンションがあった。それはどこにでもありそうで、そして"月の聖杯戦争"では見られなかった建物かもしれない。
 アサシン―――ナラク・ニンジャとの死闘を乗り越え、凛との別れを乗り越えた後……ウェイパー達の案内でここに辿り着いた。
 幸いにも、ここに来るまでに他のマスターとサーヴァントに襲撃されたり、また高所を乗り越える自分達の姿が目撃された様子はない。
 もしも今の状態で誰かに見つかったら休息どころではなくなる。現在、他のマスター達にとっては格好の餌と呼んでも過言ではない状態だから、騒ぎは極力起こしてはならなかった。
 
「ふーん……ここがあなたの住み家なのね」

 マンションをまじまじと見つめながら呟くのは、エリザだった。
 彼女はこういった建物を見るのは初めてだろうか。この世界に訪れてからビルや公園など様々な場所に赴いたが、そのどれもが彼女にとって初めてだったはず。
 アーチャーの襲撃を始めとした出来事があったので聞けなかったが、カルチャーショックを感じているのだろうか?

「そうだって言ってるだろ? なんだよ、何か不満でもあるのか?」
「別に……ただ、今の平民がどんな家に住んでいるのかが気になっただけよ。華はないけど、まあまあね」
「悪かったな、そんな所にしか住めなくて」

 フン、とウェイパーは不機嫌そうに鼻を鳴らす。エリザはそれを気にしないまま、マンションを見つめていた。
 ウェイパーには同情してしまう。エリザも悪気はないのだろうが、あんな風に言われていい気分になる訳がない。大体、今の発言は大半のサラリーマン兼家主を敵に回しているようなものだ。

「チョイ待ち、そいつは聞き捨てならねえなぁ」

 そんな中、バーサーカー・デッドプールが割り込んでくる。
 ……まさか、彼がウェイパーのフォローをしてくれるのか?

「あのね、このご時勢は厳しいんだよ。物価は高いわ、家賃も高いわ、税金や保険料だって馬鹿にならないわ……本当にしんどいのよ! 俺ちゃんの魔力にも言えるけどね!
 おまけにウェイパーちゃんの稼ぎだって褒められたものじゃない! 贅沢を言っちゃダメでしょーが!」

 …………前言撤回。やはり彼もデリカシーのかけらもない発言をしてきた。悪意は感じられない分、余計にたちが悪い。
 ピキリ、という音がウェイパーから聞こえてきそうな気がする。実際はそんな音なんてしないのだが、彼の表情はどんどん歪んでいく。

「……悪かったな、安月給で。ああそうだよ! どーせ僕は才能もなければ貧乏で、何もできないダメマスターだよ!」
「ウェイパーちゃん、そんなこと言うもんじゃないでしょ? 俺ちゃんは知ってるぜ〜! ウェイパーちゃんがみんなから慕われるグレートティーチャーだってことをよ!
 いよ、G・T・U! グレート・ティーチャー・ウェイパー!」
「うるさい! それと、僕は教師じゃなくてただの講師だ! あと、お前は僕が働いている所を見たことがないだろ!?」
「チッチッチ! 例え目で見えなくても、ウェイパーちゃんと心が通じ合ってる俺ちゃんにはわかるの!
 例えばそう……ウェイパーちゃんのほくろの数や下着の(ry」
「気色悪いことを言うなっ!」

 おどけるバーサーカーにウェイパーは怒鳴った。
 ……彼も彼なりにウェイパーの名誉を守ろうとしているのかもしれないが、逆効果だ。彼といいエリザといい、見事なほど火に油を注ぎ続けている。
 このままではまずい。こんな時間に騒いだりなんかしたらNPCの耳に届いて、そのまま通報されてしまう。そうなっては、二重の意味で岸波白野は終わりを告げる恐れがあった。
 だから今はウェイパー達を宥める。今は、揉めてるよりも休息が最優先であることを。


436 : 明日への飛翔 ◆9F9HQyFIxE :2015/06/13(土) 11:32:47 IRltOiyI0

「そうよ! 子ブタの言うとおり! 私達は休まなきゃいけないことを、忘れてるんじゃないの?
 それに私だって早くシャワーを浴びたいんだからね!」

 ……エリザ。君だけはそれを言える立場ではない。
 君が余計なことを言わなければ、ウェイパーは怒らなかったんだよ。
 だが、当のウェイパーはうんざりしたような溜息を吐きながら、自分達に背中を向ける。

「……わかってるよ。僕だってこれ以上、無駄な消耗なんてしたくない」
「そうそう! 俺ちゃんだって休まないとヤバそうなのよ! 
 いや、本音を言うともっと暴れてみたいけどさ、それは無理だわ! ウェイパーちゃんもだけど、無敵で最強の俺ちゃんだってヘトヘトなのよね!
 バーサーカーとヒーロー! どっちも頑張りすぎたせいで魔力だってヤバイぐらい無くなってる! ゲートオブバビロン並に無尽蔵だったはずなのに、使いすぎてもうすっからかん寸前!
 『かけもちはほどほどに』って格言があるけど、マジでその通りだわー!
 あ、これは偶カツじゃなくて本家のア○イ○カツ! だからね! アイ○ドルカツ○ドウ! だぜ! ん、伏字になってない? こまけえことは気にするな!」
「こいつの言うことは無視してくれ、真面目に聞いてたら時間がいくらあっても足りないからな」

 心底うんざりしたような声で呟きながら、ウェイパーはマンションの中に足を踏み入れた。
 どうやら彼はこのバーサーカーに相当振り回されているようだ。成程、こんな訳のわからない話を聞かされては、まともな人間だったらテンションが削られてしまう。
 どれだけ戦闘が強くとも、まともに日常生活が遅れるとは限らない。バーサーカーがどこかに行って、何か余計なことをするかもしれない……自分だったらそんな不安でいっぱいになってしまう。
 ウェイパーには悪いが、エリザがいてくれてよかった。エリザは歌と料理が壊滅的なだけで、日常生活を過ごすことはできる。
 ……少なくとも、昔よりはまともになったはずだ。


 それからウェイパーの案内で、彼が借りている部屋にようやくたどり着く。
 そこは平穏な部屋だった。かつて"月の聖杯戦争"を乗り越えた岸波白野が『』と共に、何度も帰ってきたマイルームにどことなく似ている。
 ふう、とウェイパーは息を吐く。バーサーカーが言うように疲労が溜まっているのだろう。

「おい、ランサー……風呂場だったら向こうだからな」
「わかったわ、ありがとう。言っておくけど、もしも覗こうとしたら……」
「誰が覗くか!」

 ウェイパーは怒鳴るが、エリザはそれに構うことなく風呂場のドアに手をかけた。
 うん。ウェイパーの判断は正しい。まだ若いのに道を踏み外したりなんかしたら、例えこの聖杯戦争を勝ち残ったとしても…………その後の人生はどん底一直線だ。
 君は隣にいる変態のようになってはいけないよ……

「ウェイパーちゃん……」
「何だよ、バーサーカー」
「そんな事言ってるけど本当は性欲を持て余してるんじゃないの?」

 …………一方で、バーサーカーはそんな事を呟いた。
 ウェイパーはますます表情を顰めてしまう。だが、バーサーカーがそれを気遣っているとは思えない。

「ウェイパーちゃんは草食系でかつどうて…………もとい純情ボーイだろうけど、やっぱり浮いた話の一つや二つはあってもいいんじゃない?」
「……お前、僕を何だと思ってるんだ? つか、今なんて言おうとした!?」
「さあね? でもね、ウェイパーちゃんは幸運は高いけど女運はまだまだ低そうなんだよな〜
 胸の中に宿る欲望を爆発させたってバチは当たらねーよ? あと、ラブコメにありがちなラッキースケベだって起こしてもいいと思うぜ?
 つーわけで、レッツゴー!」
「そんなことできるか!」

 シャワーから水が流れる音が聞こえると同時に、そんなやり取りが繰り広げられた。


437 : 明日への飛翔 ◆9F9HQyFIxE :2015/06/13(土) 11:33:58 IRltOiyI0
「あんた達、覗いたりしたらこの尻尾で潰してやるからね!」
「覗かないって言ってるだろ!」

 そして浴室から発せられたエリザの叫びに、ウェイパーはそう返答した。
 この流れに見覚えがある……そうだ。月の旧校舎で見たレオとガウェインだ。あれは確か、殺生院キアラが間桐桜と共に保健室に入った時のことだ。
 あの時、岸波白野が保健室に突入……もとい、様子を確認するべきか悩んでいた時に、レオとガウェインは騒いでいたのを覚えている。
 ……尤も、レオと違ってウェイパーは本気で自分のサーヴァントを疎ましく思っていそうだが。


 ふと、時計を眺める。時刻は未明のままで、空に光が差し込むまで遠く感じられた。
 こうして考えると、この聖杯戦争が始まってからまだ一日しか経過していない。体感的にはもっと長いように思えたが、それはマスターとサーヴァントだけ。
 無情に/淡々と……世界の時間は流れていた。


 かつて敵同士だったエリザと再び契約した。
 アーチャーに襲撃され、記憶に違和感を覚える。
 凛やランサーと共に力を合わせ……そして別れた。
 ルーラーと相対し、キャスターやアサシン達と戦い、そしてウェイパー達と共にいる……


 これだけの出来事が、たった一日の中で起こった。それが余りにも不思議に思えてしまう。
 きっとこれから自分達には様々な試練が襲いかかるはずだ。まだ見ぬマスターやサーヴァントと戦い、そこでまた他の誰かを失うかもしれない。この命だって、いつ奪われてもおかしくなかった。
 だが、それでも……諦めきれない。それは、これまで自分が踏み台にしてきた数多のものに対する冒涜だ。
 何よりも、凛とランサーはどうなるのか? 彼女達と交わした誓いも、自分に託してくれた想いも、そして彼女達と過ごした証は…………全てが無になってしまう。
 ここにいるウェイパーやバーサーカーともいつかは敵対するだろう。だけど、今は共に戦う仲間だから……彼らの想いを無下にしたりなどしない。
 バーサーカーの場合、そういった心掛けがあるかは怪しいが…………信用できる相手であることは確かだ。



 今の自分がやるべきことは、二人を説得することだろう。
 特に言い聞かせなければならないのはバーサーカーだ。大声で反論するウェイパーも非はあるかもしれないが、その大本の原因はバーサーカーだ。
 これ以上、彼を騒がせたりなんかしたらウェイパーはもっと怒る。それを聞いたエリザも怒りを爆発させるかもしれないし、何よりもこんな時間に喧嘩したら近所迷惑だ。
 だからバーサーカーに、今日はもう休もうと進言する。

「わかってるわかってる! ウェイパーちゃんに青春の一ページを刻ませてあげたかったけど、それはまた別の機会でいいよな!
 本当なら『たまには休もう』って格言通りにハピサマ☆バケーションしたいけど……流石にそいつは贅沢ってもんだ!
 行けるならはくのんやウェイパーちゃんを連れて池○とかに連れて行きたいんだけどね〜 ○袋とか!」
「わかってるなら黙っててくれ……」

 上機嫌なバーサーカーとは対照的に、ウェイパーは心底疲れていそうだった。
 こんなにも疲労困憊した状態で一日の終わりを迎えたのはいつ以来だろうか。とにかく、今日は本当に色々なことがありすぎた。
 だからこそ、今は休まなければならない。この一日で得た情報をまとめたかったが、こんな状態ではまともな思考が働かないだろう。
 二日目以降の方針も、バーサーカーが戦ったアサシンの対策も、そして自分達が戦ったあのアサシンのことも……考えるべきことは山ほどある。
 だけど、それらを考えるのは明日にしたい。ウェイパーだって同じなはずだ。


 窓から降り注ぐ月の光は美しい。
 しかしその美しさは人に安堵を与えるような類ではない。むしろ、人を堕落させる……あるいは絶望へと引き摺りこむような危うさを孕んでいるようにも見えた。
 何故ならこの街は平穏など存在しない、数多のマスターとサーヴァント達が繰り広げる戦場なのだから……


438 : 明日への飛翔 ◆9F9HQyFIxE :2015/06/13(土) 11:34:45 IRltOiyI0


【B-5/賃貸マンション ウェイパーの自室/二日目・未明】


【岸波白野@Fate/EXTRA CCC】
[状態]:ダメージ(微小/軽い打ち身、左手に噛み傷、火傷)、疲労(中)、魔力消費(大)
[令呪]:残り三画
[装備]:アゾット剣、魔術刻印、破戒の警策、アトラスの悪魔
[道具]:携帯端末機、各種礼装
[所持金] 普通の学生程度
[思考・状況]
基本行動方針1:「 」(CCC本編での自分のサーヴァント)の記憶を取り戻したい。
基本行動方針2:遠坂凛との約束を果たすため、聖杯戦争に勝ち残る。
0.凛………………ありがとう。
1.今はウェイバーの自宅で休息する。
2.今日一日は休息と情報収集に当て、戦闘はなるべく避ける。
3.ウェイバー陣営と一時的に協力。
4.『NPCを操るアサシン』を探すかどうか……?
5.狙撃とライダー(鏡子)、『NPCを操るアサシン』を警戒。
6.アサシン(ニンジャスレイヤー)はまだ生きていて、そしてまた戦うことになりそうな気がする。
7.聖杯戦争を見極める。
8.自分は、あのアーチャーを知っている───?
[備考]
※“月の聖杯戦争”で入手した礼装を、データとして所有しています。
 ただし、礼装は同時に二つまでしか装備できず、また強力なコードキャストは発動に時間を要します。
 しかし、一部の礼装(想念礼装他)はデータが破損しており、使用できません(データが修復される可能性はあります)。
 礼装一覧>h ttp://www49.atwiki.jp/fateextraccc/pages/17.html
※遠坂凛の魂を取り込み、魔術刻印を継承しました。
 それにより、コードキャスト《call_gandor(32); 》が使用可能になりました。
 《call_gandor(32); 》は一工程(シングルアクション)=(8); と同程度の速度で発動可能です。
※遠坂凛の記憶の一部と同調しました。遠坂凛の魂を取り込んだことで、さらに深く同調する可能性があります。
※エリザベートとある程度まで、遠坂凛と最後までいたしました。その事に罪悪感に似た感情を懐いています。
※ルーラー(ジャンヌ)、バーサーカー(デッドプール)、アサシン(ニンジャスレイヤー)のパラメーターを確認済み。
※アーチャー(エミヤ)の遠距離狙撃による攻撃を受けましたが、姿は確認できませんでした。
※アーチャー(エミヤ)が行った「剣を矢として放つ攻撃」、およびランサーから聞いたアーチャーの特徴に、どこか既視感を感じています。
 しかしこれにより「 」がアーチャー(無銘)だと決まったわけではありません。
※『NPCを扇動し、暴徒化させる能力を持ったアサシン』(ベルク・カッツェ)についての情報を聞きました。


【ランサー(エリザベート・バートリー)@Fate/EXTRA CCC】
[状態]:ダメージ(大)、魔力消費(大)、疲労(中)
[装備]:監獄城チェイテ
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:岸波白野に協力し、少しでも贖罪を。
1.とりあえず、今はウェイバーの自宅で休む。
2.岸波白野とともに休息をとる。
3.アサシン(ニンジャスレイヤー/ナラク・ニンジャ)は許さない。
[備考]
※アーチャー(エミヤ)の遠距離狙撃による襲撃を受けましたが、姿は確認できませんでした。
※カフェテラスのサンドイッチを食したことにより、インスピレーションが湧きました。彼女の手料理に何か変化がある……かもしれません。


439 : 明日への飛翔 ◆9F9HQyFIxE :2015/06/13(土) 11:35:24 IRltOiyI0

【ウェイバー・ベルベット@Fate/zero】
[状態]:魔力消費(極大)、疲労(小)、心労(大)、自分でも理解できない感情
[令呪]:残り二画
[装備]:デッドプール手作りバット
[道具]:仕事道具
[所持金]:通勤に困らない程度
[思考・状況]
基本行動方針:現状把握を優先したい
0.僕は…………。
1.今は家で休息する。
2.バーサーカーの対応を最優先でどうにかするが、これ以上令呪を使用するのは……。
3.バーサーカーはやっぱり理解できない。
4.岸波白野に負けた気がする。
[備考]
※勤務先の英会話教室は月海原学園の近くにあります。
※シャア・アズナブルの名前はTVか新聞のどちらかで知っていたようです。
※バーサーカー(デッドプール)の情報により、シャアがマスターだと聞かされましたが半信半疑です。
※一日目の授業を欠勤しました。他のNPCが代わりに授業を行いました。
※ランサー(エリザベート)、アサシン(ニンジャスレイヤー)の能力の一部(パラメータ、一部のスキル)について把握しています。
※アサシン(ベルク・カッツェ)の外見と能力をニンジャスレイヤーから聞きました。
※バーサーカーから『モンスターを倒せば魔力が回復する』と聞きましたが半信半疑です。
※放送を聞き逃しました。


【バーサーカー(デッドプール)@X-MEN】
[状態]:魔力消費(大)
[装備]:日本刀×2、銃火器数点、ライフゲージとスパコンゲージ、その他いろいろ
[道具]:???
[思考・状況]
基本行動方針: 一応優勝狙いなんだけどウェイバーたんがなぁー。
0.たやん真正面から倒すとか、はくのんやるなぁ。俺ちゃんも負けてらんねー!
1.一通り暴れられてとりあえず満足。次もっと派手に暴れるために、今は一応回復に努めるつもり。
2.アサシン(甲賀弦之介)のことは、スキル的に何となく秘密にしておく。
3.あれ? そういやなんか忘れてる気がするけどなんだっけ?
[備考]
※真玉橋孝一組、シャア・アズナブル組、野原しんのすけ組を把握しました。
※『機動戦士ガンダム』のファンらしいですが、真相は不明です。嘘の可能性も。
※作中特定の人物を示唆するような発言をしましたが実際に知っているかどうかは不明です。
※放送を聞き逃しました。
※情報末梢スキルにより、アサシン(甲賀弦之介)に関する情報が消失したことになりました。
 これにより、バーサーカーはアサシンに関する記憶を覚えていません………たぶん。


440 : ◆9F9HQyFIxE :2015/06/13(土) 11:35:49 IRltOiyI0
以上で投下終了です。


441 : 名無しさん :2015/06/13(土) 13:16:18 fMyxpx8c0
投下乙です
既にお気づきかもしれませんが
ウェイパー×
ウェイバー◯
ですね。
それとデップー!
ウェイバーのスペルはWaver VelvetなのでG•T•Wだぞ!


442 : 名無しさん :2015/06/13(土) 16:56:33 e7iAxjHg0
投下乙です
エリちゃんとデップーのせいでウェイバーの胃がマッハ
でもようやく休息が取れそうで良かった


443 : ◆9F9HQyFIxE :2015/06/13(土) 18:32:26 IRltOiyI0
ご指摘感謝です。
指摘された部分は収録の際に修正させて頂きます。


444 : 名無しさん :2015/06/13(土) 18:38:15 0fqcFtcw0
投下乙です
今聖杯戦争に於いて市長枠最有力候補の味覇に果たして真の安らぎは訪れるのか!?
ニンジャっぽいのと僧職系っぽいのには気を付けていかないとな。前回聖杯戦争的に考えて


445 : 名無しさん :2015/06/14(日) 13:27:50 9urK/O/c0
投下乙です
デップーとエリザが一緒にいると本当にうるせえ
ウェイバーに安息の日がくるのか?
がんばれウェイバー!負けるなウェイバー!


446 : 名無しさん :2015/06/16(火) 07:54:46 HE.BFEfo0
投下乙です!
デップーは相変わらずフリーダムだなぁ
池○袋ってあのロードか、あのロードを歩かせたいのか!?
もうやめて!とっくにはくのんは既に道を踏み外してるのよ!
これじゃ、せっかく手に入れたひとときの安らぎも長続きしそうに無いw
まあ、こんな騒々しい鯖達だからこそ戦争の合間に活力をくれるのだけど


447 : ◆7DVSWG.5BE :2015/06/16(火) 13:37:22 b3qzSF3g0
投下します


448 : カイロスの前髪は掴むべきか? ◆7DVSWG.5BE :2015/06/16(火) 13:41:09 b3qzSF3g0

夕焼けで赤く染め上げられていた校舎の色が薄くなり始めた夕暮れ時。
普段であれば吹奏楽部の演奏、運動部の掛け声で学校周辺はある程度賑やかだ。
しかしそれらは聞こえない。
耳をすませば代わりに集団下校をする生徒達の話し声が聞こえる。

「しかし爆発って化学室かどこかで何か実験でもしてたのかよ。なんかマンガみたいだな」
「でも爆発したのは中等部の3-Dの教室らしいぜ」
「マジかよ。じゃあテロか何か?それってヤバくね」
「でもここまで大事になったから二三日は休校かもよ?」
「そうなったらいいけどな」

紫髪の女性はすれ違った男子生徒ふたりの雑談に聞き耳を立てるが特に有益な情報を含んでいるわけでもないので、二人の会話を聞くのはやめ下校する別の生徒へ観察の意識を向ける。
視覚で、聴覚で、嗅覚で、それらを総動員させる。
目当ての人物を捕捉するために。

武智乙哉は校門から十数メートル離れた先で待ち構えていた。



『私は第一案を推す』
『あたしは第二案でいきたいな』

お互い念話で自分の意見を主張する。

喫茶店内は緩やかな空気に包まれていた。
普段はもう少し客入りも良く店内は活気があるが集団下校のせいで客は疎らだ。
そして客入りが少ないせいか店員が気を緩めておりそれも店内の緩やかな空気の形成に一因になっている。
しかし二人の表情は少しだけ険しく周りの空気は店内の空気と違い少しだけピリピリとしていた。

お互いの主張は対立する。
二人は話し合いで今後取る行動三案を決めた。
1.寺の調査、
2.ほむら襲撃犯と春紀の出待ちと尾行
3.帰宅

吉良は寺の調査を優先すべきと主張し。
乙哉はほむら襲撃犯、春紀を発見尾行するために学校で待ち伏せすることを提案する。
二人ともお互いが主張する案の利点も理解していたが、乙哉は自分の案を譲るつもりはなかった。


449 : カイロスの前髪は掴むべきか? ◆7DVSWG.5BE :2015/06/16(火) 13:43:27 b3qzSF3g0

2案を主張したのはほむらを襲撃した犯人を捜したい。
それももちろん有る。
それと寒河江春紀を早急に始末しておきたかったからである。
理由としては自分をマスターと認知している。
そして自分の本性を知っている可能性があるからである。

武智乙哉のアサシンとしての最大の長所はコミュニケーション能力といえる。
快楽殺人者である自分の本性を欠片も見せることなくターゲットに接近。
友好的に接し、相手に好感を持たせ警戒心を解かせてから後ろから襲い切り刻む。

その社交的で明るい性格は他人が見れば多くの人間が好感を抱くだろう。
だが快楽殺人者という本性が知られていたら?

聖杯戦争に参加しているマスターにも殺人をおこなったことがある人物は複数人いる。
ある者は金のため、ある者は自分の目的のために。
そして武智乙哉は自分の快楽のために殺人をおこなう。
そこに必要性も理念も信念も何もない。ただ自分の快楽のために殺す。
人間の社会において最も忌むべき行為を快楽のために平然と実行する。
そんな人間の心情を誰が理解できようか。
理解できるとしたら同じ快楽殺人鬼だけである。

乙哉の本性を知ったマスターがいたら間違いなく嫌悪感を示し警戒し関わりを持たないだろう。
相手が最初から関わり合いを持つ気がなければコミュニケーション能力が高い乙哉といえど取りつく島もない
それは武智乙哉の最大の長所が封じられることになる。

そして寒河江春紀が存在することによりその可能性は常につきまとう。
春紀が他のマスターと対峙した際に春紀がそのマスターを殺せば別に問題ない。
ただ仮に春紀が他のマスターと同盟関係を結び、情報交換をするときは自分の存在を知られた今ならこう言うだろう。

「武智乙哉は快楽殺人者だ。気をつけろ」

もしそれを知ったマスターが別のマスターに自分の本性を伝えられたら、情報は拡散される。
それがこの聖杯戦争において後々大きな傷になるかもしれない。
乙哉はそれを危惧していた。

『あたしがマスターと知っているのもそうだけど、本性を知っているかもしれない人は早めに始末しておいたほうがいいと思うんだよね。
何かとめんどくさそうなことになりそうだし』

乙哉の意見を聞いた後吉良はコーヒーカップを皿に置き、数秒間考え。

『マスターの本性を知っているか……
そうだな、あの女は早めに始末したほうがいい。
マスターの案を受け入れよう』

乙哉の案を受け入れることにした

『あれ?寺の調査はいいの?』

もう少し食い下がると思っていたが、自分の案にすんなり応じたことを意外に感じていた。

『確かにあの甲冑のサーヴァントは要注意だが、私がサーヴァントと知られたわけでは無い。
あの主従の容姿と所在地らしき場所を確認できただけで良しとしよう。
寺に行くにしても今日の夜や明日でも行ける。
ただ君の本性を知りマスターと認識している人間を始末するほうが重要と考え直しただけだ』

乙哉はふ〜んと言いながらコーヒーを口につける。


450 : カイロスの前髪は掴むべきか? ◆7DVSWG.5BE :2015/06/16(火) 13:46:17 b3qzSF3g0

本音を言えば吉良は今すぐにでも寺に向い聖白蓮の手を頂きたかった。
だが自分の案を通せば乙哉の案を棄却することになる。
自分の案を棄却されたからといって明らかに気分を害する人物ではないのは短い付き合いではあるがわかっている。
だがこれをきっかけに関係に亀裂が走るかもしれない。
別に仲良しこよしでいたいというわけではないが聖杯戦争で意思疎通がとれなくなるのは明らかに不利になる。
それに乙哉の不安は同じ殺人鬼としては分からなくもないとは思っていた。

そして乙哉の案に従ったのは最大の要因は生前の失敗を考えてのことだった。
川尻浩作に成り代わっている時に欲望に耐えきれず衝動にまかせ殺人をした。
だが吉良を疑っていた川尻早人に殺人現場を目撃され、それが命を落とした原因の一つになってしまう。

自分の欲望のままに生きていけるのは強者の証しである。
スタンド能力で犯行の証拠を消し、自分の欲望のままに15年間女性を殺し続けた吉良は杜王町では間違いなく強者だった。
だがこの聖杯戦争では吉良は弱者に分類されていると自覚している。
故に自分の欲望を抑え込む。

『じゃあ校門で待ち伏せするからアサシンは霊体化してあたしの傍にいて』
『……ところでマスター、バス停は北側と南側に二つあるのだったな』
『そうだけど、それがどうしたの?』
『私はバス停付近でその春紀とかいう女を待ち伏せしようと思う。マスターは校門で待ち伏せしてくれ』
『まあ、二人が一か所で待ち伏せするより二人が二か所で待ち伏せしたほうが見つけやすいか』

学校周辺の塀は全長4Mほどの高さがある。
乙哉普通の人間はそこをよじ登ることは困難であり、学園から出るには校門から出るしかないと思い込んでいた。
だが吉良は違った。
だがサーヴァントは普通でもなければ人間でもない英霊である。
その英霊にとってマスターを抱えて4Mの塀ぐらい難なく飛び越えられることを知っていた
ならば出口は校門だけではない。

そして学園から出た後はどう行動するか。
すぐにでも学園から離れたいと考えれば高速で移動でき人ごみに紛れやすいバスを使うと睨んでいた。

『じゃああたし行くから、アサシンは少し遅れて出てね。一緒に出るとこ見られたらまずいし』
『わかった。危なくなったら令呪で……』
『令呪で呼べでしょ。そっちもドジして見つからないようにね。おとうさん』

乙哉は吉良に人をからかうような笑みを見せ店から出て行った。

(さて、どちらのバス停に張り込むか)


451 : カイロスの前髪は掴むべきか? ◆7DVSWG.5BE :2015/06/16(火) 13:48:37 b3qzSF3g0



店を出た乙哉は校門前付近に陣取り学校周辺を包む外壁に背をもたれながら立つ。
友達を待っている暇つぶしに携帯電話をいじっていますというような体を装いながら出てくる生徒達を観察していた。
本来ならばより正確に観察するために校門のすぐそばに居たかったが、
集団下校中にいつまでも校門近く居たら教師たちに注意されるかもしれないので校門から十数メートル離れたところにいた。

集団下校のピークであるこの時間は人通りが多い。
数多くの生徒をある程度正確に観察することは集中力を擁する。
その結果。

(張り込みって地味でめんどくさ〜い)

開始十数分で乙哉は張り込みの作業に飽きはじめていた。
自分好みの女性を待つのであれば数時間は集中力が持続できるかもしれないが。
大して興味もない生徒たちに注意を向け来るかどうかもわからない春紀やほむらを倒した相手を待つのは正直苦痛に感じていた。

(あたし好み娘でも通りかかってくれたらテンション上がるんだけどな。ん?)

乙哉の耳にガラスが割れたような音が届いた。
それは気のせいと言われたらそうであると納得してしまいそうな小さな音だった。
どうせ誰かがふざけてガラスを割ったのだろうと考え、下校する生徒たちに意識を向ける。

そして数十秒後に野太い大声が聞こえてきた。
どうやら生徒にたいして何か言っているようである。

その直後に校門を勢いよく駆け抜ける黒髪の少女が乙哉の目に飛び込んできた。
おそらく中学生ぐらい、何をそんなに急いでいるのかと考えながらその黒髪の少女に注意をむける。
ぱっと見の印象は結構美人で黒髪が綺麗だな程度だった。
少女は乙哉のほうに向ってきており目を合わせない様に携帯に視線を向けているふりをしながら観察する。
そして少女は乙哉の傍を勢いよく通り過ぎた。
その瞬間乙哉は即座に勢いよくその黒髪の少女に首を向けるというあからさまな反応を取ってしまう。
幸いその少女には乙哉の姿は見られていないが、もし見られていたら明らかに怪しまれていただろう。

少女のほうを思わず向いてしまった理由。
それは漂ってきた血の匂いだった。
一般人なら気づくこともない匂いだっただろう。
だが武智乙哉は多くの人間を切り刻んできた。そしてその切り刻まれた人間からでる血の匂いも嗅いできた。
血の匂いを何回も嗅いできた乙哉だからこそ感じ取れたのかもしれない。
そして近くにいたといえど漂ってきた血の匂い。
これはカッターで指を斬った程度での怪我の血の匂いではない。
それ相応の怪我と出血量だろう。
NPCがそのような怪我をするような行動をとるのか?

―――怪しい――――

断定はできない。だが聖杯戦争に参加しているマスター、そして暁美ほむらを倒したマスターである可能性は十分にある。
黒髪の少女は信号に捕まって足を止めている。
今なら尾行することは可能だがどうする……

【C-3 /月海原学園近くの喫茶店/一日目 夕方】

【武智乙哉@悪魔のリドル】
[状態]:健康
[令呪]:残り3画
[装備]:月海原学園の制服、通学鞄、指ぬきグローブ
[道具]:勉強道具、ハサミ一本(いずれも通学鞄に収納)、携帯電話
[所持金]:普通の学生程度(少なくとも通学には困らない)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を勝ち取って「シリアルキラー保険」を獲得する。
1.あの黒髪の女の子(ミカサ)を追う?
2.『友達』を倒した相手を探したい。
3.他のマスターに怪しまれるのを避ける為、いつも通り月海原学園に通う。
4.寒河江春紀を警戒。
5.有事の際にはアサシンと念話で連絡を取る。
6.可憐な女性を切り刻みたい。
[備考]
※B-6南西の小さなマンションの1階で一人暮らしをしています。ハサミ用の腰ポーチは家に置いています。
※バイトと仕送りによって生計を立てています。
※月海原学園への通学手段としてバスを利用しています。
※トオサカトキオミ(衛宮切嗣)の刺客を把握。アサシンが交戦したことも把握。
※暁美ほむらと連絡先を交換しています。
※寒河江春紀をマスターであると認識しました。


452 : カイロスの前髪は掴むべきか? ◆7DVSWG.5BE :2015/06/16(火) 13:54:34 b3qzSF3g0



「行きましょう学校に」

D-3地区
生い茂る木々に囲まれたこの土地で早苗は力強く自分に言い聞かせるように学校に行くことを宣言した。

「それでいいのかマスター」
「はい。ここで手招いている暇はありません。急ぎましょう」

複数のマスターとサーヴァントがいる激戦区に飛び込む危険性は重々承知している。
しかし早苗は少しでも早く聖杯が誤りであると証明しなければならなかった。
今この時この瞬間。アキトや他のマスターが聖杯を求め殺し合っているかもしれない。
自分が無駄に時間を過ごしている間に命が失うことは避けなければならない。

ならばやることは一つ。

一刻も早く学園にいるかもしれない岸波白野に会い聖杯についての話を聞く。
居なければ白野の所在についての情報を得て白野に会う。
白野に話を聞きそこから聖杯の誤りを証明し、アキトや他のマスターにその誤りを伝える。
それが成すべきこと。

「わかった。向かうとしよう」
「お願いします。アーチャ―」

そう言うとアシタカは早苗を優しく抱きかかえ森林を駆け抜ける。

危険を顧みず目標に向かって突き進むその意志と行動力。改めてその精神力に感心していた。
だが今から向かう複数の主従がいる激戦区。
いつ何時襲撃されるかわからない。
百戦錬磨のサーヴァント達から早苗を守ることができるのか?
アシタカは一抹の不安を抱えながらも主の要望に応えるべく可能な限り速く学園に向かう。




そこは辺り一面に雑草が生い茂っていた。
人の手入れが行き届いていないことが伺える。
さらに校舎が日の光りを遮っているせいか湿度が高い、そのせいか土は柔らかく所々には苔が生えている。
そんな環境のせいかここには生徒が立ち寄ることはそうそう無い。
ここは月原学園校舎裏。
早苗とアシタカは山を下り校舎裏まで移動していた。

本来であれば校門から堂々と入るところだがそれはしなかった。
早苗は今月原学園の制服を着ていない。
皆が制服を着用しているなか私服の人物が堂々と校門から入れば相当目立つだろう。
それを避けたかった早苗は校門を迂回し、学園を取り囲むように設置されている塀を乗り越えて校門とは反対方向にある校舎裏から侵入することを選択する。

「マスター。やはり学園内には依然複数のサーヴァントがいる」
「どこらへんに居るとかはわかりますか?」
「周辺数十メートルには居ないが詳細な位置まではわからない。すまない」

謝罪を述べた後、アシタカは霊体化し着ていた白い長袖のシャツに紺の長ズボンが落ちた。

サーヴァントの詳細は把握できないが学園内に居ることはわかっている。
このまま霊体化せず早苗と一緒にいればより詳細な位置が把握できるかもしれない。
だがそれは敵にも自分を発見させる可能性を高めることになる。
何より自分の服装は学校で目立ってしまうと判断して霊体化した。

『マスター。私の服をどこかに隠して置いておいてくれないか』
『え?』

アシタカの念話での意外な要望に早苗は思わず聞き返してしまう。

『白野殿のことを調べ終わったら衣服を回収したい。折角マスターに選んでもらった服をここで捨てるのはしのびない』
『わかりました。どこかに隠しておきましょう』

アシタカが自分の選んだ服をそこまで大切に思っていることを少し嬉しく感じながら、衣服を綺麗に畳み草むらの陰に隠した。

衣服を隠した後は人に目撃されない様に注意を払いながら校舎に侵入し職員室を目指す。
白野がこの学園にいることも考えられるが、クラスメイトだったかもしれないというあやふやな記憶しかない状態で広い学園内で探すのは難しい。
ならば当初の予定通り職員室に向い生徒名簿を見させてもらうことにする。

早苗は職員室に向っているなかある違和感を感じていた。

『どうしたマスター?』
『何か変なんですよ。何と言うか静かすぎるというか』

放課後といえどNPC時代の記憶ならばもう少し人の気配を感じ取れた。
たが今はそれが感じ取れない。
ただの偶然なのか、それとも聖杯戦争に関することなのか。
そのことは一旦頭の隅に置き、意識を周囲に向けながら教職員室に向かう。

幸運にもサーヴァントやマスター、それどころかNPCの生徒に出会うこともなく教職員室の入口扉から十数メートルの付近まで近づくと中から声が聞こえてきた。
ここから声が聞こえるという事はそれなりの人数の教師が教職員室にいると予想される。
この時間に教師が大勢いることは珍しかった。

早苗は不審に感じたがとりあえず様子を見ようと考え教職員室の扉の前にしゃがみ込み扉を数センチ開けて中の様子を覗き見ると。


453 : カイロスの前髪は掴むべきか? ◆7DVSWG.5BE :2015/06/16(火) 13:57:45 b3qzSF3g0
「生徒の帰宅状況の把握はどうなっている!?」
「大半が帰宅しました!」
「大半じゃない!もっと正確な情報を報告してください!」
「校長先生!警察の方からお電話です!」
「教頭先生!警察の電話対応お願いします!」

そこは修羅場だった。
電話のベル音が鳴り響き。教師たちが忙しなく動き回る。
ある者は生徒の両親からの電話対応に追われ。
ある者は欠席している生徒の両親に確認の電話をかける。
教師誰一人とても声をかけられる状況ではなかった。

(う〜んどうしよう)

早苗の当初の予定では教師から岸波白野の連絡先を聞き出す予定だったがこれでは到底無理だ。
かといってこのような状況な教職員室に侵入し名簿を探し出すのは相当目立つ。
これだったら夜まで待ってから侵入したほうがよかったという考えが頭を過るがすぐさまその考えをかき消す。
どのように白野の情報を得るかを教職員室の様子を見ながら思案するが。

『マスター人が来る』

それはアシタカの声で中断される。
周りを見渡すと教職員室に近づいてくる人影を発見する。
背格好からして教師だろう。20代と思われる女性だった。
盗み見るように教職員室を見ている姿を見咎められたら厄介なことになる。
その教師から離れるように歩き出そうとするが声を聞いて足が止まった。

「あれ東風谷さん?」

自分の名前を知っている?だが記憶にはこの教師についての情報は全くない。
思い出そうと脳内で記憶を検索するがその間に教師はどんどん近づいてくる。
そして顔が判別できる距離まで近づいてくると思い出した。

「藤村先生?」

――――藤村大河―――――

彼女は早苗のクラスの担任教師。
明るく親しみ易い性格の人物で生徒からもそれなりに慕われている。
大河を見たことでNPCだった頃の記憶が少し蘇っていた。
笑い声が絶えない和やかな朝のホームルームの時間。
急遽代理で授業を受け持った大河が英語の小テストをやらせ生徒達から非難を受けそれを一蹴する姿。

そして同じ教室にいた白野。
記憶があやふやで容姿や声などは明確には思い出せない。
だが白野とはクラスメイトだったという確信はあった。

白野のクラスの担任ということは連絡先を知っている可能性が高い。
今上手く聞き出せば教職員室に忍び込み名簿を見る必要性が無くなる。
早苗は白野の連絡先を訪ねようとしたが大河の質問により遮られた。

「どうしたのこんな時間に?連絡が来ないから今日は休みだと思ったわ。それに制服は?」
「え〜とこれはその……」

大河の質問に答えが詰まる。

――白野の連絡先を知るために学校に来ました。制服は急いでいて着る暇がありませんでした――

と正直に答えたいところだがそれだとまず怪しまれる。
学園内にマスターがいる状況で極力怪しまれることは控えたい。
この場はそれなりに説得力がある嘘をついて誤魔化し、自然な流れで白野の連絡先を聞くために脳をフル稼働させる。


454 : カイロスの前髪は掴むべきか? ◆7DVSWG.5BE :2015/06/16(火) 14:00:50 b3qzSF3g0

「実は朝寝坊してしまって……昼過ぎぐらいに学校に登校するつもりだったんですが登校中にペンキ塗りたてのベンチに座ってしまって、そんな格好で学校に行くのは恥ずかしくて一旦家に帰ろうとしたんです。
その帰り道の途中で岸波君の財布を拾って、財布が無いと岸波君も困っていると思いまして、一旦私服に着替えて学校に来たところです」

「ふ〜ん。まあ寝坊したこととか注意しなきゃいけない点があるけど、わざわざ財布を届けに学校に来たのは感心ね」

即興で考えた嘘だがとりあえず信じてもらったようで内心胸をなで下ろす。

「でも折角来たのに悪いけど今日岸波君は休みよ。あと色々有ったから早く帰ったほうがいいわ」
「岸波君は休みなんですか?あと何かあったんですか?」
「あれ知らない?中等部の教室で爆発事故がおこって念のために集団下校中。今日は残業ね〜」

これから処理しなければならない雑務の量を想像したのか深いため息をついていた。

『マスター、どうやら戦いはすでにおこっていたようだ』
『そうなんですか?』
『その爆破というのはサーヴァント同士の戦いの結果だろう』

大河の情報から今の人気の少なさは集団下校によるものだと分かった。
そして爆発事故。
たんなる爆発事故である可能性は完全に否定できないが、アシタカはサーヴァント同士の戦闘の結果と考えていた。
サーヴァントが戦えば爆発事故程度の規模の破壊はおこるだろう。
お互いの宝具を出していたら校舎そのものが吹き飛んでいたかもしれない。

早苗も学校という平和の象徴といえる場所で命のやりとりが行われているのを知り、ショックを受けるとともに聖杯戦争は着々と進行していることを実感していた。
今すぐ学園内の戦闘をおこなったマスターを探し、戦いをやめるように呼びかけたい。

しかし自分の言葉を聞いて戦いを止めようとする主従はいないだろう。
今の自分の言葉には力がない。自分の言葉はただ相手に自分の願望を一方的に押し付けているようなもの。
そんな言葉には誰も耳を貸さない。
聖杯は穢れている。聖杯が正しいやり方で願いを叶えてくれない。
それを証明することで初めて言葉に力が宿る。
それができて初めてアキトのような強い願いを持って聖杯戦争に参加している者を止められる可能性が出てくる。
そのためには何としても白野と会い聖杯について聞かなければならない。


455 : カイロスの前髪は掴むべきか? ◆7DVSWG.5BE :2015/06/16(火) 14:03:42 b3qzSF3g0

「藤村先生、岸波君の住所と連絡先を教えてくれませんか?私が岸波君と連絡を取って財布を届けますので」

財布を届けるという目的で白野の連絡先と住所を聞く。
これなら自然な流れで情報を入手できるはず。
早苗は二つ返事で教えてくれるだろうと予想していたがそれは外れる。

「今の世の中個人情報をはいそうですかと教えるわけにはいかないのよね。
それに新都の方は騒ぎがあって物騒だし。あなた一人で向かわせるのもね……」

そう言うと大河はう〜んと唸りながら考え込む仕草を見せる。

NPCは所謂現代と呼ばれる倫理観や常識をインプットされている。
現代では振り込め詐欺など個人情報を悪用した犯罪が流行しておりNPCの大河も個人情報の扱いには慎重になっていた。
だが早苗が住む幻想郷は振り込め詐欺などという小賢しい犯罪とは無縁の場所。
現代の個人情報に対する価値観が違うのは当然かもしれない。

「そうだ!私が岸波君の財布を届けてあげるわ」
「え!?でも先生も一応女性ですしそんな物騒なところに行くのも危ないんじゃ……」
「ちょっと『一応女性』なんて失礼な娘ね!まあいいわ。これでも腕には覚えがあるのよ。心配いらないわ」

(ちょっとこの流れはマズイです)

早苗は大河が白野の家まで財布を届ける段取りになっていることに焦りを感じていた。
このままだと白野の連絡先を聞く必要性がなくなる。
そうなれば一旦学園を出て夜間に教職員室に忍び込み大河の机から名簿を探すことも視野に入れなければならない。
完全に二度手間だ。
それでは危険を冒して学校に来た意味がなくなってしまう。
何より貴重な時間をただ無駄に浪費したことになる。

何としても自分が白野の家に財布を届けるように説得しなければならない。
だが大河が財布を届けるという話の流れは筋が通っており、これを覆すにはそれ相応の納得がいる理由が必要となってくる。

「大丈夫です私が届けます」
「そうは言ってもね、そんなに岸波君に直接届けたいの?」
「えっと……えっと……」
「実は私……岸波君のことが気になっていて……これをきっかけに岸波君と話せないかなと思って……この機会を逃したらもうダメなような気がして……だから岸波君の家に直接財布を届けたいんです……」

早苗は喋り終えると両掌で紅潮した顔を覆いしゃがみこんだ。

(何言っているの私!?)

早苗自身何でこのような嘘を喋ったのかわからなかった。
大河に納得してもらえるような嘘を思案している最中で、気付いたらあのようなことを口走っていた。

(よりによって何で恋愛ネタ!?こんなウソで藤村先生も信じるわけが……あれ?)

指と指の間から恐る恐る見てみると目に飛び込んできたのは腕を組み先ほどよりも悩ましげな様子の大河だった。

(う〜ん。どうしようかしら)

生徒の安全を考えれば教師である自分が届けるのが良いはず。
しかしあの様子からすると早苗は白野に恋心を抱いている。
その手の機微に鈍い自分でもわかるぐらいだ。
そして勇気を振り絞って自分に言ったのだろう。
ならばその思いを無下にせず早苗に行かせて後押しするのもまた教師の務めか。
生徒の安全と生徒の想い、教師としてはどちらを尊重すべきか。
藤村大河は大いに悩んでいた。

数十秒経っただろうか。
大河はその間微動だにせず腕を組んで立ち続けていた。

「少し待っていてね。東風谷さん」

そう言うと勢いよく扉を開けて教職員室に入室し、十数秒で早苗の元に戻り手に何かを握りこませる。
手を開けて中味を確認すると四つ折りにされたメモ用紙で開くと住所と二種類の電話番号が書かれていた。

「それが岸波君の住所と電話番号だから。あとその下の数字が私のケイタイの電話番号。
岸波君と会ったときと自宅に帰った時にはその番号に電話をかけて」
「はい……」
「このことは秘密にしておくわ。がんばりなさい女の子」
「はい……」

予想外の事態に軽く動揺しつつ早苗はお辞儀した後小走りで駆けてゆく。
大河はその後ろ姿が見えなくなるまで見送った。

「青春してるわね〜」


456 : カイロスの前髪は掴むべきか? ◆7DVSWG.5BE :2015/06/16(火) 14:11:26 b3qzSF3g0



「マスター、あの教師は何をがんばれと言っていたのだ?」
「それはあれですよ……」

早苗はアシタカの質問に答えようとするが、顔が紅潮しゴニョゴニョと言いよどむ。

大河から白野の連絡先を聞いた二人は校舎に向いアシタカの服を回収した後塀を飛び越え学園から出ていた。

「藤村先生は私が岸波さんのことを好きと思って……それについてガンバレと言ったんですよ……」
「好きとは色恋の好きということか?」
「そうですけど、あの話は私のは出まかせです!岸波さんのことは全然好きじゃありません!」
「そうなのか?」
「そうです!あ〜さっきの姿を神奈子様と諏訪子様が見たら笑われるかも」

二人に笑われる姿を想像しているのか早苗はさらに顔を紅潮させる。
一方アシタカは何故早苗が恥ずかしがっているまるで分からなかった。

「そういえば岸波さんの住所はどこかな〜?」

これ以上大河についた嘘のことを聞かれるのは恥ずかしいので強引に話題を変えるべく、早苗は唐突に一人ごとのようにしゃべりながら大河からもらった四つ折りのメモ用紙を開ける。

「C-8の地区ですか」
「この場所から白野殿の家までは一里、二里程度ではすまないな。ならばバスを利用したほうが良さそうだな」
「え?バスを使うんですか?」

身の安全を守るためにバスを使うのは控えた方がよい。
そう言ったアーチャ―自らがバスを使用することを進言した。
早苗にはアシタカの発言の意図が読めなかった。

「さすがに白野殿の家まで徒歩で行くのは遠すぎる。かといって私がマスターを抱きかかえて街中を走るのは目立つ。
バスを利用したほうがよいだろう」

本当ならば早苗を守るためには乗り物にのることは控えたかった。
ただ仮に白野の家に徒歩で向かえば早苗の疲労は計り知れないだろう。
何より時間がかかりすぎる。
今から出発しても恐らく日を跨ぐ。
それだけの時間が経てば状況は劇的に変化しているだろう。
白野が死亡している可能性もありえる。
もしそうなれば早苗の聖杯の間違いを証明するという目的を達成することは難しくなる。

「わかりました。では北側のバス停に向いましょう。あそこには確か公衆電話もありましたし岸波さんには一度連絡を入れた方がいいかと」

アシタカは与えられた記憶から電話についての記憶を掘り起こす。
遠くの相手に自分の声を届けることができ会話できる道具。
もし自分が住んでいる世界に電話があれば山の中で生活することになったサンとも気軽に会話できたかもしれない。
そんなあり得ない光景を思い浮かべながらバス停に向かった。

学園北側のバス停に着いた二人の目に映ったのは長蛇の列だった。
集団下校により普段は学校に残っている生徒がこの時間に帰ることによりいつも以上にバス停は混雑していた。

「これは空くのを待った方が良さそうですね」

バスに乗ってスシ詰め状態にされるのを回避したいということもあるが、身動きが取りづらい状態で敵に襲撃されたら致命的であることは早苗にも充分理解できていた。
早く白野から話を聞きたいと焦る気持ちもあるが、満員バスに乗って襲撃されたら多くのNPCが傷つくだろう。それは本意ではない。

この長蛇の列が無くなるのに一時間はかかるだろう。
それならば先に白野への連絡を済ませたほうがいいと早苗は公衆電話ボックスに向かう。

「マスターが白野殿の家に出向くのか」
「はい、合流先を決めてそこで会うことも考えましたが、話を聞くならば私から岸波さんの家に出向くのが礼儀と思いまして。
あと私が来る時間を電話で伝えていればすれ違うこともありませんし」


457 : カイロスの前髪は掴むべきか? ◆7DVSWG.5BE :2015/06/16(火) 14:12:53 b3qzSF3g0

公衆電話ボックスに着いた早苗は中に入り受話器を取り、メモに書かれている電話番号を押していく。

岸波白野という人物はどのような人物なのか?
自分と会ってくれるだろうか?聖杯の話をしてくれるだろうか?
アキトのように聖杯で願いを叶える為に手を汚す覚悟を持った人物なら?
期待、不安、恐怖。様々な感情が早苗の胸中を駆け巡る。

―――プルルル、プルルル―――
緊張しているのか、いつもより心臓の鼓動が速い気がする。

―――プルルル、プルルル―――
出だしは何と喋ろう?自分の話を聞いてくれるだろうか?

―――プルルル、プルルル、プルルル、プルルル―――
コール音の規則的な音が何度も早苗の耳に届く。
この音はいつまで続くのか、家に居るなら早く出てほしいと思っているなかコール音は唐突に終わる。

「こちらは留守番電話サービスです。ピーという音の後に用件を伝えてください」

抑揚の無い機械的な声が早苗に次の行動をとるように促す。

「ふぅ〜」

緊張から解放されたのか思わず息を吐いた。
直後に精神を落ち着かせるために大きな深呼吸を一つする。
まだ伝言を残していない。
ここで白野に用件と自分の想いを伝えなければならない。

「もしもし、私は東風谷早苗と申します。この聖杯戦争に参加しているマスターの一人です。
けど私は願いをかなえるために他の参加者を殺そうとは思っていません。
嘘に聞こえるかもしれませんが、これは本心です。
私は27人の命を犠牲にして1人の願いを叶えるこの聖杯戦争は間違っている。
そんな聖杯は穢れている。そんな聖杯がまともに願いを叶えるわけがないと考えています。

ですがあるマスターは願いを叶える為に他のマスターを殺そうとしています。
他のマスターも願いのために人を殺そうと考えている人はいると思います。
私は殺し合いを止めたい!
そのためには聖杯の穢れを証明し、この戦いが無意味だと証明しなければなりません。
穢れを証明するには聖杯のことを知る必要があると考えています。
それには岸波白野さん。あなたの知識が私には必要です。
あなたに話を聞いた方がよいと裁定者のカレンから教えられました。
今日の21時、お話を聞くために岸波さんのお宅に伺います」

受話器を下したガチャリという音が電話ボックス内に響く。
電話ボックスを出た後身体が新鮮な空気を欲しているかのように深く深呼吸をした。
よほど緊張していたのかもう一度深く深呼吸をする。
用件と自分の考えは伝えた。
後は白野がこの伝言を聞いて聖杯について話してくれることを祈るのみ。
電話ボックスから出てきた早苗をアシタカは少し微笑みを見せながら出迎える。

「実にマスターらしい言葉だった」
「聞こえていたんですか?何だか恥ずかしいです」

用件だけを伝えればよかったものを敢えて自分の考え、自分の想いを伝言に残す。
自分のすべてをさらけ出すその実直さが実に早苗らしいと思っていた。
だが岸波白野は聖杯戦争のセオリーとは違うイレギュラーの行動をとる早苗のことをどう見るのか?

現実を見ない理想論者、人を殺す覚悟もない弱い参加者。
アキトと同じように肯定的にはとらえないかもしれない。
ただ早苗の言葉には贔屓目かもしれないが人の心に訴える何かを感じた。

可能性はかぎり無く低い。
けれども白野が早苗の言葉に影響を受けその方針に賛同してくれることを期待していた。

人を説得できた言う実績は早苗にとって自信になる。
なにより早苗と共に歩む同士が増えることになる。
早苗が歩む道はある意味この聖杯戦争で最後の一人になることより困難な道だ。
自分も全力で早苗を支えるがその孤独さ、その過酷さに心が挫けるかもしれない。
だが仲間がいれば挫けずにいられるかもしれない。


458 : カイロスの前髪は掴むべきか? ◆7DVSWG.5BE :2015/06/16(火) 14:16:10 b3qzSF3g0

「どこかベンチに座りましょう」

早苗は緊張して疲れたこともあってアシタカにベンチに座らすように提案する。
どうせあと一時間は混雑が続く。
それならばどこかに腰かけて雑談や今後のことについて話して時間を潰そうと考えた。
アシタカをベンチに誘導するために顔を見た瞬間思わず鳥肌が立った。
その顔は今までアシタカが見せたことのない険しい顔をしていた。

『マスター、サーヴァントが居る。しかもかなり近くにだ』

アシタカは念話で早苗に忠告する。

『近くにいるってアーチャ―の気配察知でも感知できないサーヴァントがいるんですか!?』

アサシンの気配遮断すら感知できるアシタカの気配感知を掻い潜って接近できるサーヴァントがいる。
その事実に早苗は動揺していた。

『近くにいることは感知できているか詳細な位置がわからない。
マスター、私の目を使って周りを見てみてくれないか』
『は、はい』

アシタカは不自然にならないようにゆっくりと自分周辺360度を見渡す。
このバス停は遮蔽物が少なく、身を潜めるような場所も少ない。
自分の視界の範囲にサーヴァントがいればアキトのバーサーカーや学園の屋上に居たサーヴァントのようにスタータスが表示されすぐに見つけられるはず。
辺りを見渡すと多くの学生、通勤帰りらしきサラリーマンはいたが、サーヴァント、正確にはパラメーターが表示されている人物は一人もいなかった。

『どうだ?』
『それらしいサーヴァントは一人もいません』

その報告を聞いてアシタカも早苗ほどではないにせよ動揺していた。
自分の感覚が正しければ謎のサーヴァントは今現体化しており、近くにいる。
恐らく半径数十メートル以内だろう。
それならば気配感知のスキルで詳細な位置も判別でき、早苗の目にもステータスが表示される人物がいるはずだ。

ならば何故その存在を感知できない?
ならば何故早苗の目でサーヴァントを見つけられない?

気配遮断のスキルを使用しているアサシンが近くにいるのか?

それは無い。
自分の気配感知のランクはB。
それより高い気配遮断のスキルを持つサーヴァントがいるのならば気配を感じることができない。
そしてランクが低ければ気配遮断を使用していたとしても気配を感じることができる。

ならばそのサーヴァントは霊体化しているのか?

それもない。
霊体化していても気配はわかる。
学園の屋上で霊体化したシオンのサーヴァントを発見できたように視界に入ればすぐに発見できる。
アシタカも自分の目で周りを見渡してみたが霊体化したサーヴァントはいなかった。

――――何が起こっている?――――


459 : カイロスの前髪は掴むべきか? ◆7DVSWG.5BE :2015/06/16(火) 14:22:41 b3qzSF3g0



正直見つけられるとは思っていなかったが、これはツキが回ってきたというべきか。

私は南側のバス停と北側のバス停のどちらに張り込んで春紀とかいう女とほむらとか言う女を襲ったマスター達を探そうかと迷った結果北側のバスを選んだ。
何でと聞かれれば勘としか言いようがない。

そして北側バス停についた直後に電話ボックスに傍に立っているサーヴァントを発見した。
私のスキルならサーヴァントとバレることはないが念のため凝視しないように視線をそらし数十メートル距離をとりながら観察する。

あの甲冑のサーヴァントのように『私は勇者ですよ』といういかにもな恰好をしていないのでクラスがしぼり難いがある程度は見当がつく

まずは実体化している時点でアサシンの可能性は除外だ
隠密が得意なアサシンが姿を現してどうする。
だとしたらよほどの自信家かマヌケだろう。
まあ現体化している私が言えた義理ではないがね

次にバーサーカーである可能性も除外だ。
あのサーヴァントは服を着ている。理性を失った奴が現代の服を着こなす知能はないだろう

次にキャスターである可能性だがこれも低いと予想できる。
クラスの性質上待ちの戦法が得意なキャスターがマスターと一緒に現体化して外出するなど悪手だ。
だが例外があるので断定はできない

ということは三騎士かライダーのクラスの可能性が高いか。相性が悪いな。
アサシンを除く6クラスの内4クラスが対魔力を持っているとはつくづく理不尽な戦いだ

そんな愚痴を考えている間に中の電話ボックスから緑髪の女性が出てきた。
あのサーヴァントと話していることからマスターがあの女性だろう。
近づいてみなければわからないが中々の美貌と持ち主だな。
肌も瑞々しそうで美しい手の持ち主かもしれない。
余裕があれば手を保管したいところだが、あのマスターを消すのが最優先だ。
手は二の次だ。

様子を観察しているとあのサーヴァントが見渡し始めその際に目が合ってしまった気がする。
少し軽率だったな。
私の正体がバレているとは思わないがこれからは気をつけなければ。

さてこれからどうするか?
あの主従を尾行して隙があれば暗殺すべきか。
ただトオサカトキオミのように暗殺に失敗したらあの時と同じように正面きっての戦闘を強いられる可能性は高い。
そうなれば分が悪い。
そして三騎士やライダーのクラス相手に前回のように逃げ切れるかはわからない。

リスクを回避のためにあの主従を見過ごして、春紀とかいう女を探すための張り込みを開始するべきか。



アシタカは何故吉良の存在を正確に感知できなかったか?
吉良が所有しているスキルが気配遮断のみだったらアシタカは吉良に十数メートルまで近づかれる前に詳細な居場所を察知できていただろう。
だが吉良のスキル『隠蔽』『正体秘匿』によってそれはできなかった。

スキル『隠蔽』
サーヴァントとしての活動によって生じる魔力を隠蔽する。
これにより吉良は実体化中でも一般人程度の魔力しか感知されず、魔力の痕跡を残すこともない。

スキル『正体秘匿』
サーヴァントとしての素性を秘匿するスキル。
契約者以外のマスターから吉良のステータス、スキルを視認出来なくする。


この二つのスキルを所有している吉良が宝具を使わず、戦闘を行おうとせず、ただその場に居るだけであれば、
例え鼻がふれる距離でも吉良をサーヴァントとして認識することはどのサーヴァントでも不可能に近い。

だがアシタカは『気配感知』のスキルの持ち主。
『気配感知』のスキルはサーヴァントの存在を認識することに最も優れたスキルの一つ。
わずかな気配でも察知できるそのスキルは『隠蔽』で抑え込まれているといえどサーヴァントの魔力とNPCの魔力のほんの些細な違いを察知したのかもしれない。

『気配感知』と『正体秘匿』『隠蔽』スキルが効果を発揮し合った結果。
アシタカの感知は『近くに実体化したサーヴァントが半径数十メートル内にいるが詳細な位置はわからない』という曖昧なものになっていた。

吉良吉影
武智乙哉

二人の殺人鬼は奇しくもほぼ同時刻に獲物を発見した。
その獲物は無残にも殺される哀れな子羊なのか。
それとも殺人鬼を返り討ちにする牙を持った狼なのか。
それとも殺人鬼はその牙に恐れをなして逃げるのか。
現時点ではわからない。


460 : カイロスの前髪は掴むべきか? ◆7DVSWG.5BE :2015/06/16(火) 14:25:46 b3qzSF3g0

【C-3 /月海原学園北側バス停所/一日目 夕方】

【アサシン(吉良吉影)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]:健康、聖の手への性的興奮、
[装備]:なし
[道具]:レジから盗んだ金の残り(残りごく僅か)
[思考・状況]
基本行動方針:平穏な生活を取り戻すべく、聖杯を勝ち取る。
1.あの女(早苗)を攻撃するか否か?
2.甲冑のサーヴァントのマスターの手を頂きたい。そのために情報収集を続けよう。
3.B-4への干渉は避ける。
4.女性の美しい手を切り取りたい。
[備考]
※魂喰い実行済み(NPC数名)です。無作為に魂喰いした為『手』は収穫していません。
※保有スキル「隠蔽」の効果によって実体化中でもNPC程度の魔力しか感知されません。
※B-6のスーパーのレジから少額ですが現金を抜き取りました。
※スーパーで配送依頼した食品を受け取っています。日持ちする食品を選んだようですが、中身はお任せします。
※切嗣がNPCに暗示をかけ月海原学園に向かわせているのを目撃し、暗示の内容を盗み聞きました。
 そのため切嗣のことをトオサカトキオミという魔術師だと思っています。
※衛宮切嗣&アーチャーと交戦、干将・莫邪の外観及び投影による複数使用を視認しました。
 切嗣は戦闘に参加しなかったため、ひょっとするとまだ正体秘匿スキルは切嗣に機能するかもしれません。
※B-10で発生した『ジナコ=カリギリ』の事件は変装したサーヴァントによる社会的攻撃と推測しました。
 本物のジナコ=カリギリが存在しており、アーカードはそのサーヴァントではないかと予想しています。
※聖白蓮の手に狙いを定めました。
 進行方向から彼等の向かう先は寺(命蓮寺)ではないかと考えていますが、根拠はないので確信はしていません。
※サーヴァントなので爪が伸びることはありませんが、いつか『手』への欲求が我慢できなくなるかもしれません。
 ですが、今はまだ大丈夫なようです。
※寒河江春紀をマスターであると認識しました。

【東風谷早苗@東方Project】
[状態]:健康
[令呪]:残り2画
[装備]:なし
[道具]:今日一日の食事、保存食、飲み物、着替えいくつか
[所持金]:一人暮らしには十分な仕送り
[思考・状況]
基本行動方針:誰も殺したくはない。誰にも殺し合いをさせたくない。
0.サーヴァントが近くに居るんですか!?
1.岸波白野の家(C-8)へバスで向かう。
2.岸波白野を探し、聖杯について聞く。
3.少女(れんげ)が心配。
4.聖杯が誤りであると証明し、アキトを説得する。
5.そのために、聖杯戦争について正しく知る。
6.白野の事を、アキトに伝えるかはとりあえず保留。
[備考]
※月海原学園の生徒ですが学校へ行くつもりはありません。
※アシタカからアーカード、ジョンス、カッツェ、れんげの存在を把握しましたが、あくまで外観的情報です。名前は把握していません。
※カレンから岸波白野の名前を聞きました。
岸波白野が自分のクラスメイトであることを思い出しました。容姿などは覚えていません。
※倉庫の火事がサーヴァントの仕業であると把握しました。
※アキト、アンデルセン陣営と同盟を組みました。詳しい内容は後続にお任せします。なお、彼らのスタンスについて、詳しくは知りません。
※バーサーカー(ガッツ)、セイバー(オルステッド)、キャスター(シアン)のパラメータを確認済み。
※アキトの根城、B-9の天河食堂を知りました。
※シオンについては『エジプトからの交換留学生』と言うことと、容姿、ファーストネームしか知らず、面識もありません。
※岸波白野の家の住所(C-8)と家の電話番号を知りました。
※藤村大河の携帯電話の番号を知りました。


461 : カイロスの前髪は掴むべきか? ◆7DVSWG.5BE :2015/06/16(火) 14:27:07 b3qzSF3g0

【アーチャー(アシタカ)@もののけ姫】
[状態]:健康
[令呪]
1. 『聖杯戦争が誤りであると証明できなかった場合、私を殺してください』
[装備]:現代風の服
[道具]:現代風の着替え
[思考・状況]
基本行動方針:早苗に従い、早苗を守る。

0.近くにサーヴァントがいる!?
1.早苗を護る。
2.使い魔などの監視者を警戒する。
3.学園に居るサーヴァントを警戒。
[備考]
※アーカード、ジョンス、カッツェ、れんげの存在を把握しました。
※倉庫の火事がサーヴァントの仕業であると把握しました。
※教会の周辺に、複数の魔力を持つモノの気配を感知しました。
※吉良が半径数十メートル内にいることは分かっていますが詳細な位置は把握していません。吉良がアシタカにさらに接近すればはっきりと吉良をサーヴァントと判別できるかもしれません。

[共通備考]
※キャスター(暁美ほむら)、武智乙哉の姿は見ていません。
※キャスター(ヴォルデモート)の工房である、リドルの館の存在に気付いていません。
※リドルの館付近に使い魔はいません。
※『方舟』の『行き止まり』について、確認していません。
※セイバー(オルステッド)、キャスター(シアン)、シオンとそのサーヴァントの存在を把握しました。また、キャスター(シアン)を攻撃した別のサーヴァントが存在する可能性も念頭に置いています。
※キャスター(シアン)はまだ脱落していない可能性も念頭に置いています。


462 : ◆7DVSWG.5BE :2015/06/16(火) 14:32:31 b3qzSF3g0
以上で投下を終了します。
何か意見や、修正すべき点があればお願いします。


463 : 名無しさん :2015/06/16(火) 18:46:00 myqdBrKE0
投下乙です!
ああ、早苗さんとアシタカが危ない!


464 : 名無しさん :2015/06/17(水) 01:26:10 B9drqzas0

乙女な早苗さんが学園ラブコメみたいなことしてると思ったら後半、アシタカの気配察知からのシリアス展開いいね


465 : ◆7DVSWG.5BE :2015/06/21(日) 20:36:09 i1OqnkdE0
武智乙哉の現在地は【C-3 /月海原学園近くの喫茶店/一日目 夕方】になっていますが

【C-3 /月海原学園周辺/一日目 夕方】に訂正させてもらいます


466 : 名無しさん :2015/06/24(水) 21:17:24 Eudo4T360
投稿乙です


467 : 名無しさん :2015/06/29(月) 14:16:58 zFnJCmCE0
今の戦況と全く関係がなく恐縮ですが、鏡子の性技についてダンゲロスss4
二回戦の猟奇温泉ナマ子の試合に「鏡子ならば銃弾をも射精させ、威力を殺す
ことができる」といった旨の記述がありました。また、作者の架神恭介先生も
「鏡子ならば宇宙ともsex可能」というツイートをしています。このことから、
鏡子の性技は生物全般から無機物に至るまで有効だと考えられます。
漫画版ダンゲロスにはない記述なのでこのスレでは以上のことは無効かもしれませんが
ss書き様の戦術やイマジネーションの励みになりましたら、幸いです。 
重ね重ねお目汚し恐縮です


468 : 名無しさん :2015/06/29(月) 14:45:44 phJsSok20
( ゚д゚)


469 : 名無しさん :2015/06/29(月) 18:04:56 vGlGj78k0
貴重な情報なのは確かだけど>>468以外の反応はできないなw


470 : 名無しさん :2015/06/29(月) 22:27:55 mVSQcdso0
どんな神だよw


471 : 名無しさん :2015/06/29(月) 23:06:43 0n4agAqw0
ヒラコーのあとがきより信頼性があるのかないのか、それが重要だ


472 : ◆Ee.E0P6Y2U :2015/07/06(月) 22:37:10 O3SQGPNg0
投下します


473 : Festival ◆Ee.E0P6Y2U :2015/07/06(月) 22:38:20 O3SQGPNg0

お祭り
フェスティバル。
ふぇすてぃばる。

サラリーマンが倒れている。学生が叫んでいる。主婦が誰かを殴っている。
れんげはごった返す人の波に呑まれながら、カッツェの言う“ふぇすてぃばる”を感じている。
歩道も車道も人ばかり。怒号とクラクションが人の頭上を飛び交っている。信号なんてもう機能していない。
右からも左からも人の声がする。わー、とか、おー、とか言葉にならない叫びが街を満たしていた。
ごちゃごちゃに重なる叫びを、それでも何とか判別すると、

「黙ってろ!」
「死ね」
「アンタが悪いんでしょ!」

……そんな罵詈雑言でできていることが分かる。

何もかもが喧騒に染まっていた。
窓は割られ、ガラスが舞う。道には点々と血の色がこぼれだしていた。
うつ伏せに倒れたまま手を振っている人がいる。と思ったら、レストランの前に置かれているみょうちきりんな人形だった。
まさにどんちゃん騒ぎ。お祭り。フェスティバル。

その中心にれんげはいる。
目が回るような人の波の真ん中に彼女はいる。

“ふぇすてぃばる”をする。
そう言って街にやってきたカッツェは嵐のように騒乱を巻き起こした。
道行く人の姿を騙り、そのまま誰かを殴って騒ぎを起こす。
そうして作った火種が別の火種を巻き込んでいく。騒乱は雪だるま式に膨れ上がり衆愚となる。
誰かが誰かを罵り、別の誰かが殴りかかってくる。そうしてできたのがこの“ふぇすてぃばる”だ。

慣れたものだった。
カッツェにしてみればこんなこと、サーヴァントになる前から何度だってやってきたことだ。
星を滅ぼすことに比べたら、街一つの群衆/Crowdsで遊ぶくらい息をするようにできる。
ただし今回は一点注意することがある。れんげだけは傷つけないようにしなくてはならない。彼女にだけは衆愚の暴力がいかないよう、それとなく誘導する。

だかられんげの周りだけは静かだった。
周りの大人たちが騒乱に興じている中、れんげだけはぽつんと取り残されている。
台風の目となった彼女は“ふぇすてぃばる”を見渡した上で空を仰いだ。
チカチカ光るネオンサインの向こう側。そこには馬鹿みたい大きな月があり、そこまでは“ふぇすてぃばる”の余波も届かないようで、例外的に不変だった。
祭りに興じる群衆と無関心な月の狭間で、れんげはただ、

――かっちゃん……

どこかにいる親友に呼びかけた。

――違うん。うちがかっちゃんにやって欲しいことは……

と。
しかしその想いはカッツェへは届いていない。
彼は姿を変えて今“ふぇすてぃばる”をまき散らすことで忙しいし、そして何より別のことへと頭が向いていた。

――HALwwwwwwwwwwwwwwww流石に出てこないwwwwwwww

HAL。電子ドラッグの管理者。
彼こそがベルク・カッツェと陥れようとした(さして気にしてもいないが)仇敵である。
彼への報復は、ルーラーからの令呪キャンセル記念のついでに、やってしまうことにした。
それがこの“ふぇすてぃばる”。
言うなれば釣りである。ぶらさげた餌に喰いついた馬鹿の、その反応そのものを楽しむもの。
が、しかしどうも反応はない。

――HALwwwwwwまじヒキコモリwwwwwwwwww

このあたりで電子ドラッグと初接触したことからも、相当数のNPCがHALの管理下に置かれていることが想像できる。
そこを荒らせば本人は出てこなくともNPCなりサーヴァントなりを差し向けてこないかと期待したのだが、しかし、結果は全くの無反応。
踊る群衆たちはおかしなくらい簡単にカッツェにコントロールされた。

とはいえこの事態は十分予想できたことだった。
HALはどうやら不測の事態にも冷静に対処したらしい。荒らしはスルーするに限る。
のこのこと出てきたらそれこそ馬鹿だ。

――まwwww来ないなら来ないでwwwwwwwww好きにできますけどwwwwwwwww

カッツェは嗤っていた。
目論見は外れ、もはや稚拙な戦略は破綻しているのだが、しかしそんなことは気にしない。
この状況も、この聖杯戦争も、彼は愉しむことしか考えていない。
祭りの目的なぞオマケだ。ただ騒げればそれでいい。

「そ・れ・に」

カッツェはやってきたその影を見た。
群衆をかき分けながらやってきた彼は静かだった。
この騒乱彼だけが冷静に、冷徹に、ただ己が敵を探して求めていた。

「ミィにお客さんも来てるみたいですしwwwwwww」


474 : Festival ◆Ee.E0P6Y2U :2015/07/06(月) 22:38:46 O3SQGPNg0






静かに、厳かに、そして、ゆっくりと。

「我は主の詔を述べよう。主は我に言われた“汝は我の子だ。今日、我は汝を生んだ”」

荒れ狂う人の波よりアレクサンド・アンデルセンは歩いてくる。
この祭りにあって彼だけはその狂乱を露ともせず、鋭利な雰囲気を身に纏まっていた。
無論そんなこと祭りに興じる人々が気にする訳もないのだが、けれど、人々は彼が通り過ぎると、すっ、と倒れ伏し道を空けるのだった。
まるで聖書に伝わりし出エジプトの一幕のような、現実で見るにはいささか馬鹿馬鹿しい光景だった。

「我に求めよ」

アンデルセンはすれ違いざま、幾多もの人間を昏倒させていた。
人々は死んでいる訳ではない。ただ祭りから“昇天”させられている。
意識を失い、結果できあがった道を彼は往く。

「さらば汝に諸々の国を嗣業として与え地の果てを汝の物として与えん。
 汝、黒鉄の杖をもて彼らを打ち破り、陶工の器物のごとくに打ち砕かんと」

黒衣がゆらりと舞う。街の光を受け眼鏡が照り光った。
孤児院からここまで数十キロを疾走した筈だが、体力を消耗した様子はない。
かといって涼しげという訳でもない。
熱はある。
静かに燃えさかる敵意を彼は身にまとっている。
それは祭りの散漫な昂ぶりなどとは比べ物にならない、深く濃い炎だった。

「されば汝ら諸々の王よさとかれ、地の審判人よ教えを受けよ。
 恐れをもて主につかえ、おののきをもて喜べ」

纏うは漆黒のキャソリック。その胸には堂々たる十字架。
清廉な衣装に身を包みながらも、その身は血を浴びる刃に等しい。
その肉体は徹底的に化物殺しに最適化されている。
カトリック絶滅機関が誇るバイオニクスにより“強化と教化”を成され、回復法術、自己再生能力までも手に入れた。
存在そのものを赦されない化物共を殲滅する為に、彼は全身の細胞を一片残らず神に奉げたのだ。
その並外れた信仰心が放つ聖光効果は対化物法技術の結晶である。

「子に接吻せよ。恐らくは彼は怒りを放ち、汝ら途に滅びん。その怒りは速やかに燃ゆベければ。
 ――全て彼により頼む者は幸いなり」

そうして口にするは決して呪詛などではない。聖なる言葉だ。
詩篇第ニ篇。
ダヴィデ王が記したという聖書に連なりしテクスト。それが謳うは神の言葉、神の絶対性、神の怒り。

――神に速やかに屈伏せよ

神父はただそれだけを求めていた。
己が敵に、主を脅かす異教の扇動者に、絶滅すべき化物に。

「じゃじゃーんwwwwwお客様一名ごらいじょーうwwwwwwwww楽しんでいってくださああいwwwwwwwwwwww」

相対する敵――ベルク・カッツェはただ嗤っている。
怒号と暴力が渦巻く祭りの中で、彼はありとあらゆる人間に化けながらアンデルセンを嗤った。

「衆愚を自ら囃し立てるとは暇なものだ」

アンデルセンは笑わない。
笑うにしては目の前の化物はあまりにも下等だ。故にただ殲滅する。抹殺する。絶滅する。
群衆を渡り歩くカッツェの向こうに見覚えのある幼い少女が見えた。
宮内れんげだった。カッツェのマスターにして、非力なる子ども。
彼女はアンデルセンを見た途端、顔を上げ何やら挨拶をしようとした。

ひゅん、と音がした。

刃だった。
それは一対の銃剣/バヨネット。
どうか化物が殺せますように、と一本残らず祝福儀礼が施された剣。神への祈りでコーティングされた刃は化物を切り裂く。
一つや二つではない。無数のバヨネットがまっすぐに敵――れんげへと向かった。


475 : Festival ◆Ee.E0P6Y2U :2015/07/06(月) 22:39:08 O3SQGPNg0

「おっとwwwwwwwれんちょんwwwwwwwあぶないwwwwwwwwwww」

それを阻んだのは群衆より躍り出た誰か。
それは学生になり主婦になりサラリーマンになる。幾多ものアイコンを纏いながら、れんげを護っていく。

「たはっwwwwwwwミィがついにwwwwwサーヴァントらしく働きましたーwwwwwww
 いや働いたら負けだと思ってたんでぇすけえどwwwwwwwwwwww」

ふざけた言葉は無視。アンデルセンは群衆をなぎ倒しながら、れんげ目がけて刃を放っていく。
そこに一切の躊躇はない。もはやれんげは明確な敵なのだ。
ベルク・カッツェという化物が直接こちらを脅かし、それに彼女が加担する以上躊躇いはない。

「んもうwwwww神父さんが子どもに手ぇ出すとかwwwww生きてて恥ずかしくないんですかぁ?」

バヨネットを裁きながらカッツェが問う。
それに対しアンデルセンは「はっ」と吐き捨てる。
笑いではなかった。心の底からの軽蔑を込めて、彼は叩きつけるように言う。

「俺はは刃だ。この銃剣そのものだ。神の暴力装置でしかない。
 神に司えるただの力だ。
 ならばこそ流れる血を顧みるものか。分かるか」

言いつつも刃を投げる。そのキャソリックに仕込んだ刃は尽きることはない。
この衆愚の祭りを終わらせるべくアンデルセンは駆け抜けた。

「……あぁwwwwwこれメンドクさい奴だわ。やっぱ宗教ってこわっwwwwwwwww
 神様とかwwwwwwwwこんな醜い人間を造った奴がwwwwww偉い訳ないやああああんwwwwww」

カッツェは狂乱の街を見渡しながらそう言い放った。
今のところ彼はれんげを護っているだけで、それ以上のことはしてこない。
本気になれば攻勢に出ることなど容易だろうに、ここに至ってもアンデルセンをおちょくるような戦い方をしている。
どこまでもふざけている。そう思いつつもアンデルセンは己の令呪を一瞥した。

ランサーを呼ぶわけにはいかなかった。
彼は今まさに仇敵たるアーカードに挑んでいる筈だった。
悲願であるその戦いに水を差す訳にはいかなかった。

「所詮マスターに本気出すとかぁwwwwwミィは恥ずかしいんでwwwwwww
 バババババーーーード・ゴーーーーーーーーwwwwwwはしないでやるってかwwwwwなくても余裕ってかwwwww
 こいつら差し向けるだけ十分というかwwwww人間は人間どぉし、醜く潰しあうのが、お・に・あ・いwwwwwww」

カッツェは身体をくねらせながらそう言い放つ。
適当な言葉を囁いたのだろう。踊らされた群衆がアンデルセンへと襲い掛かってきた。
人人人人人人人人人。煽られた敵意がアンデルセンを取り囲み、押し寄せる。
カッツェのそんな“攻撃”をアンデルセンは捌いていく。
衆愚の暴力を膂力を持って振りほどく。

その最中にも考える。
自分の他にもカッツェを狙うものたちは多くいる。
ホシノルリはこちらに向かっている筈だし、彼女の知り合いであるという別のマスターもいる。
そしてあのマスター――“自分”を貶められた女がいる。
彼女らが到着すれば戦況は一気に変わるだろう。そうした見込みはあった。

だが、

「語るに及ばず、だ。化物」

アンデルセンはたとえ単騎であろうともカッツェを打倒する気であった。
元より彼に“殲滅”以外の選択肢はない。今殺すか、あとで殺すか、その違いだけだ。
たとえどれだけ遠くともこの敵を討つことはもう“決まっている”。

「とはいえ確かに醜いな。反吐が出るほど醜い。この異教徒たちは」

襲ってきた人々をことごとく返り討ちにしながらアンデルセンは言う。
老若男女が道路に飛び散らかり、血の色がトマトをぶちまけたかのように散乱している。が、誰も殺してはいない筈だ。
元より兵士ですらない市井のものだ。この程度たやすいことだった。
最もNPCの殺傷制限がなければ躊躇わず殺していただろうが。

「異教徒を差し向けたところで俺が止まるとでも思ったか」

神の暴力となったアンデルセンは言い放ち、銃剣をカッツェと――そしてれんげへと向けた。

「さぁ縊り殺してやろう。安心して死ぬがいい。きちんと殺してやる」


476 : Festival ◆Ee.E0P6Y2U :2015/07/06(月) 22:39:44 O3SQGPNg0








乱れる群衆。
それを跳ね除けていくスーパー神父。
その様は現実味がなくてなんだかギャグみたいだった。

「あは、あはは……凄い」

眼下で繰り広げられる“ふぇすてぃばる”を前に、ジナコはそう漏らした。
おどけた口調で言ったつもりなのだが、出てきた声はしかしどこかぎこちない。
語尾に「ッス」とつけようとしたのだが、上手く舌が回らなかった。

彼女が今いるのは廃ビルの屋上だった。
不況のあおりを受けて入っていたテナントが撤退し、その代わりが未だ見つかっていない、街にできた空白。
ゴルゴが見つけていた狙撃ポイントの一つだった。

そこに彼女はいる。
背後に構える鋭利な存在感を感じながら。
ヤクザ、アサシン、そして13番目の男。

――“アタシ”を殺して

それがジナコがアサシンに対して下した依頼だった。
あの“アタシ”を。
ジナコ・カリギリの名をかすみ取り歪ませた、あの“アタシ”を殺してほしい。

ひとえにただ生きるために。
大きなことなんていらない。
普通に、普通の人生を送っていくために。

――けれど、その言葉が今自分に向いている。
跳ね返っている。
ジナコは自らのサーヴァントを前にしてただその事実に打ちのめされていた。

「…………」

ゴルゴは――彼女がヤクザなんて揶揄したサーヴァントは――無言でジナコを見下ろしている。
その鋭い眼光には一切感情の色が感じられない。親愛もなければ軽蔑もない。ただ彼はジナコを見ているだけだ。しかしその視線が何よりも――恐ろしい。

ジナコは、だから、目を背けたかった。
ゴルゴから、“アタシ”から、聖杯戦争から、全てを見ないふりして逃げてしまいたい。たとえ逃げた先に何もなくとも、ここにいるよりはマシだと思った。
でも駄目だ。
だってこれは現実だから。
逃げて逃げて、何となくで流していても、現実は絶対にやってきてしまう。
だからこそ、ジナコは聖杯戦争なんかに参加してしまったのだ。

「ははっ……ヤクザさん、何か、その、怖いッスね。
 なんかあったッスか、アタシ、いやボクが相談に乗るっスよ。
 なんたってボクには掲示板とエロゲーで磨いた対人能力が――」

目を泳がせながらジナコは言葉を必死に吐き出していく。

「ほら、ボクもなんかノリで色々コマンド出しちゃったけど、実はそんなに気にしてないっていうか。
 ネットで晒し上げとかジナコさんは慣れてるッスから、全部釣りッスよ! 釣り!
 だから、別に――無理にあの“アタシ”を殺してくれなくてもいいッスよ。ジナコさんはブラック反対。サーヴァントの雇用条件には寛容ッス」

けれど、そんな言葉をゴルゴは顧みない。

「ここまでの動向を話してくれ。
 伝えた筈だ。俺と契約するならばいくつかのルールを守ってもらうことになる、と」

ただ淡々と事実だけを要求する。
嘘でない“ほんとう”を。

……でも無理だ。
だってジナコ・カリギリにあるものは、全部嘘だから。
やりたいことも、やりたかったことも、全部が全部、最初から最後まで、一ミリ残さずすべて嘘だ。嘘で支えた。
ジナコの言葉に真実なんて一つだってありはしない。

――だって嘘だから。

聖杯戦争に参加して余裕綽々ヒキコモリな態度取っていたのも嘘。本当は怖くてたまらなかった。
ゴミ捨てにいったのだってその一環。外は危ないという現実を見たくなかった。パシリに殊勝な態度でいられるか。
嘘を吐かなくちゃやってられない。
だって――ひとりぼっちは怖いんだ。
強いていえばそれが“ほんとう”なんだと思うけど、でもそれすら嘘で隠してしまう。

きょげんへき。怖いものは怖いといえばいいのに、だけど駄目だ。だって言ってしまえば本当に怖いじゃない。
自分が何がやりたいのかも、やりたかったのかも、全て嘘で誤魔化して、それで何とか生きてきた。
そうしているうちに嘘が自分になってしまった。


477 : Festival ◆Ee.E0P6Y2U :2015/07/06(月) 22:40:25 O3SQGPNg0

だから――“アタシ”への殺意だけは本物なんだ。
全部が全部嘘だからこその“ほんとう”。

――確かにアタシに誇るべき自分なんてないけど

嘘に嘘を積み重ねて“ほんとう”を覆い隠して、そうやって彼女は生きてきた。
親が死んで遺産が転がり込んでニートになれて、それを“超ラッキー”だなんて笑った。
そんな態度を取っていると周りも納得していた。受験だ就活だやっている彼らにしてみればジナコは確かに特権階級だったのだ。
そう特権階級。そう自分から言って、その言葉で自分の心を覆い隠した。
そのまま一年経ち、二年経ち、そして五年経ち、遂には十年経った頃には――それが本当に自分になった。

ジナコ・カリギリはエリートニートである。超ラッキーなニートである。

――でもそれは嘘なの!

嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘――うそ!
そんなの全部、嘘に決まってる。

本当は――何もかも厭だっただけ!

だって、だって、あまりにも救いがないじゃない。
ある日走ってトラックがアイスバーンで滑ってしまった。そしたらたまたま歩いていた人にぶち当たり身体はぺしゃんこ。
なんて運の悪い人たちだろう。何も悪くなかったのに。

――その運の悪い人がアタシの母で、父だった。

ママもパパも死んだ。
理由は運が悪かった。何か悪いことした訳でも、特別迂闊だった訳でもない。
悲しい話で、でもよくあるといえばよくある、それだけの話。

――おかしいでしょう。おかしい。おかしい。おかしい。おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい

そんなのが現実だとすれば“ほんとう”なんてもの、耐えられるわけがない。
こんなもの抱えて生きていけるなんて馬鹿じゃないの。

みんな馬鹿なんだ。
馬鹿で頭が回らなくて、何も見えないから、こんな現実を生きていけるんだ。
それか天才なんだ。
あまりにも能力が高くて、すいすい事が運ぶから現実だって想いのままだ。
そうだ。その二択なんだ。

――アタシはどっちでもないの

ただの普通の人間なの。天才なんかと一緒にしないで。
これが、ひきこもるのが普通なの。
現実を知ってしまったら、何もかも理不尽で不平等で見たくもない現実に触れれば、誰だってこうなる。

――だからいいじゃない。嘘をついても。嘘でしか“自分”を取り繕えない人間がいたっていいじゃない!

嘘ばっかりの人間だからこそ、あの“アタシ”は許せなかった。
確かにどっちも嘘なのかもしれない。“ほんとう”のジナコはエリートニートなんかじゃない。

ひとりぼっちだ。
ただのひとりぼっちだ。
誰でもいない。ジナコには誰も一緒にいる人間がない。
だからジナコは誰でもなくて、自分含めて誰でもない人しかこの社会にハイニア。
だからトモダチは自分より不幸な奴だよ、なんて屁理屈を言ってみた。
でもそれも嘘。結局ひとりぼっちでしかない。ひとりぼっちの嘘。

――だけど! そんな嘘くらいしかアタシにはない!

積み重なった嘘しかない。
だからこの嘘を守りたい。守るしかない。それを願うことでしか自分を守れない。

何もかもが嘘だから、でもその嘘くらいしか守るものがないから。
だから“アタシ”が勝手に嘘を吐くことを認めるわけにはいかない。


478 : Festival ◆Ee.E0P6Y2U :2015/07/06(月) 22:40:41 O3SQGPNg0

「あんな訳のわからない奴に、馬鹿にされるなんて……許せないじゃない。
 厭、厭、厭、何もかも厭! 貴方はアタシの言うこと黙って聞けばいいの。
 さっさと“アタシ”を殺して、アタシを取り戻すの。それくらいしか――」
「……依頼人」

ゴルゴはジナコの嘘を無視して告げる。
ただ一言。話せ、と。

「ぅ……」

ゴルゴを見上げたまま、ジナコは再び言葉を失う。
適当なことを言いたかった。誤魔化して、はぐらかして、“ほんとう”を見ないで、それで現実をやり過ごしたかった。
でも許してくれない。
このサーヴァントは、この現実は――“ほんとう”だけをジナコに求めている。
それしか意味はない。そう嘘を切り捨てて。

「……やめてよ」

“ほんとう”を要求されて、逃げたくとも許されず、苦しみ、その果てにジナコは嘔吐するように言葉を吐き出した。
胸から吐き気がこみ上げる。顔はきっと醜く歪んでいることだろう。
瞳からは何か妙になまぬるいもの――涙が漏れ出している。
ぐちゃぐちゃだ。身も心も、何もかもぐちゃぐちゃになっている。

「やめてって! アタシは別に悪くない! 何も悪いことしてない!
 疑ってるの? ねえ、アタシが何かやったって」
「…………」
「来ないでよ……アタシは、アタシはただあの“アタシ”の嘘が厭だったの。 
 アタシには嘘しかないから“アタシ”に嘘吐かれたら……もう本当に、何にもなくなっちゃう。
 だから殺したくて、必死に……」

ジナコ・カリギリ。
“アタシ”の名前を勝手に使われ、人々に嘘を伝えられた。
意味不明で凶悪なデブ犯罪者がジナコ、それが“アタシ”であるとされた。
そんな嘘が広まれば、もう取り戻せない。
だってジナコには“ほんとう”がないから。何もかも嘘だから。
嘘で別の嘘に対抗できるわけがない。

「依頼人」

ジナコの叫びを、しかし、ゴルゴは意に介さない。
ただ淡々と問いかけを続けるのみだった。


……とはいえその時ゴルゴはジナコの反応から、状況を大まかにだが理解できていた。
彼女はやはり協力者を得ていたのだ。
依頼人の性格からすれば意外な行動だが、どのような経緯はともかく、協力者と共にあのアサシンを捉える算段を立て、そしてゴルゴを呼んだ。
恐らくそんな流れだ。

そして、そうであるならば――既にジナコは報復の対象だ。

ゴルゴの呼ぶ際、ジナコは令呪を使った。
結果多くの主従の前でゴルゴの姿を晒し、ジナコはゴルゴとの契約を公然と示した。
これは最初に伝えたルールである“契約は極力隠す”と完全に反している。
あの場で令呪を使った時点でジナコは報復に対象となっていた。

これを理由に即座に制裁に至らなかったのは、一重に確認のためだ。
マインドコントロールでジナコを操作することはたやすいはずだ。どこまで情報を抜き取られたのかまで把握する必要がある。
事実確認――その為だけにゴルゴはジナコを生かしていた。


「厭……厭……」

故にゴルゴは問い詰める。
項垂れるジナコを、ルールを破った依頼人を。

「来ないでよ。アンタ、アタシのサーヴァントなんでしょ?
 だったら黙って命令こなしてよ。変なこと言ってないでさ」

ジナコは髪をぐしゃぐしゃにかき分け、ヒステリックに叫んだ。
手元に光が灯る。令呪だ。
二画残っていた絶対命令権を、彼女はここでゴルゴに行使する気だった。

「黙ってアタシに従ってよ! サーヴァントなんだから――」

――銃声が響いた。




彼は裏切りを決して許さない。
たとえどんな理由であろうとも、裏切りには報復が待っている。
命。それが裏切りの対価だ。


479 : Festival ◆Ee.E0P6Y2U :2015/07/06(月) 22:41:03 O3SQGPNg0







「たはっwwwwwwなんか知らないけど修羅場wwwwwwwww」

瞬間、ゴルゴは振り向きざまに拳を振るっていた。
反射的な行動だった。染みついた無意識レベルでの反応だった。

――俺の背中に立つな

それもまたゴルゴの中に刻まれた“ルール”であった。

「おっwwwwwwwwなんかキターwwwwwwwwwwwwwwwww」

殴りつけた拳は――しかしベルク・カッツェを捉えることはなかった。
ギザギザな赤い髪。長身のゴルゴと比してなお大きな身体――本来の姿となったカッツェはゴルゴの拳をすり抜け、くねくねと身をよじっている。
そしてその手には子ども――彼のマスター、宮内れんげが抱えられている。

「暴力はんたーいwwwwwwミィはただそこのジナコさんに用があるだけっすwwwwwww」

そしてカッツェが指指す先に――倒れ伏すジナコの姿があった。
彼女の身体は泥に沈み込もうとしていた。
彼女はゴルゴの“報復”を受け、致命傷を負った彼女はこれから消えゆく運命にある。

「HAL出てこないしwwwwwwあの神父の相手もつまんないしぃwwwwwwと思ったらジナコさんいるやーんwwwwwwwwwってワクテカしてたのにもう死んでるとかwwwwwたはっwwww受けるんですけどwwwwwwwwwwww」

その姿をカッツェは嗤う。嗤い飛ばす。れんげは何かを言おうとしているが、しかしそれを意に介する様子はない。

「ところでどちら様wwwwwwwwwwwジナコさんはミィが遊ぶ筈だったのにwwwwwwハァwwwwwww」
「…………」

ゴルゴは無言でこのサーヴァントと相対する。
ジナコの叫びが聞こえたのか、令呪発動の余波を感じ取ったのか、生前からの傾向で気配遮断がここに来て機能しなかったのか、とにかくカッツェにこの場を知られてしまった。
とはいえジナコとの依頼が無効になった今、既に彼は敵ではなかった。
報復の追跡は途切れたのだ。

だが――

「まwwwww死んだ後も遊んでやるんですけどねwwwwwwwwwww
 ホント“ボク”とか“ッス”とかwwwwwwwwその口調マジでうざいから徹底的にやってやりますwwwwwwwww」

カシャリ。
短い電子音が響いた瞬間、全てが変わった。
カッツェはスマホを扱い、倒れ伏すジナコをカメラに収めていた。

「とりあえずwwwwwwwwこの写真を拡散希望wwwwwwwwwヤクザに撃たれるエリートジナコさんみたいなwwwwwwジナコさんの贅肉で世界をアップデートしてやりますwwwwwwwwww」

そう言ってカッツェは自慢げにスマホの液晶を見せびらかす。
そこにはジナコの姿がある。あの写真を使ってジナコについて徹底的に貶めるのだろう。
既にこのサーヴァントの傾向は掴んでいる。
だからこそ――ゴルゴの次の行動は決定した。

カッツェはジナコを貶めるために、ゴルゴをも利用しようとしている。

ゴルゴは許さない。
その名を騙る者を。
捏造した情報を意図的に漏洩する者、行動に便乗して作為的な操作を行った者。
それもまた――報復の対象となり得る。

故にその瞬間――カッツェは真の意味でゴルゴの敵となった。

「んじゃwwwwwwま、さいならwwwwwwwwww」

そうとは知らずにカッツェは“ふぇすてぃばる”へと戻っていく。
彼は知らない。
自分がやった行いの意味を、。
13番目の男、ゴルゴ13を敵に回すということが何を意味するのか――


480 : Festival ◆Ee.E0P6Y2U :2015/07/06(月) 22:41:29 O3SQGPNg0







アンデルセンは押し寄せる人を捌き続けていた。
街道には倒れ伏した人の山ができていた。
既に街として機能していない、破壊されつくされた街でなお“祭り”が終わる気配はなかった。

「ハァwwwwww神父まーだやってるんですかぁ?
 そんなんで本当にカッツェさん捕まえられると思ってるんですかぁwwwww」

頭上から煽り立てる声が響く。
言葉を無視しアンデルセンは両腕を振るった。
カッツェは縦横無尽に街を駆けながらアンデルセンに人をけしかけている。
その数は一向に衰えが見えない。それもその筈か。この狂乱は周りを巻き込み雪だるま式に膨れ上がっている。
一度ついた火を燃え上がらせることは、このサーヴァントが最も得意とすることだった。

加えてルリたちが来る様子もなかった。
何か不測の事態があったのか。何にせよ彼らの到着は当てにできそうにない。

「ふん」

とはいえそれがどうした。
無数の人々をなぎ倒しながらアンデルセンはカッツェへと向かう。
このような有象無象。いくら増えたところで同じことだ。
今はただ神の暴力装置としてあの敵を討つ。それだけだ。

今やアンデルセンは完全なる刃だった。
神の下で戦い、神の暴力という概念として、ただひたすらに敵に向かう。
それだけのもの。それだけの力。
彼はただ純粋なる刃として――

「なるほど。何と戦っているのかと思えば“それ”か」

――その声を聞いたとき、アンデルセンは動きを止めた。

「“それ”は我が主がご執心でな。少しばかり道を譲ってもらうぞ、アンデルセン」

涼しげに語るその声を聞いた途端、アンデルセンは誰がやってきたかを悟った。
忘れるものか。その声はほかでもない仇敵――アーカードのものである。

アーカードとアンデルセン。
聖杯戦争の一日目。その終わりと同時に彼らは出会ったのである。
狙うは共にアサシン、ベルク・カッツェ。


481 : Insight ◆Ee.E0P6Y2U :2015/07/06(月) 22:42:17 O3SQGPNg0



残された時間は十分程度。
それまでに目標を達成する。








やってくる。
やってくる。
人を喰う化物がやってくる。
赤い色が見えた。血の色をした化物だった。
上から来た。化物は遥か頭上より、ぞる、と滑るようにして街に降り立った。
人がごった返す“祭り”の中に一匹の化物が紛れ込んだ。

「久々だな、アンデルセン」

やってきた化物は――アーカードはくだけた口調で語りかける。
まるで十年来の友人に語りかけるかのような、穏やかで親しげな声色だった。

「――――」

対するアンデルセンは答えない。
ただ無言でやってきたアーカード/化物を見返した。

祭りは終わっていない。相変わらず人は衆愚に耽っている。
しかしごった返す有象無象などもはや気にかからない。
この場で彼らにとって意味あるものは一つしかないのだ。

「跳べるんなら最初から跳べ」

そうして相対する二人を揶揄するように、アーカードと共にやってきた男、ジョンス・リーは言った。
アーカードはジョンスを抱え跳躍で一気にひとっとびでここまでやってきた。街から街を横断である。
これができるならタクシー代も浮いたな、などと彼はこぼしている。

「んで」

こきこきと首を鳴らしながら、ジョンスは辺りを見た
街には狂乱が広がり、その中心には見覚えのある顔がいた。

「よりにもよってお前か」

――すると敵は嗤った。

「あれwwwwwあれえwwwwwwwww旦那にジョンスりぃんwwwwwwwwwwww!!!
 奇遇ですねぇwwwwwwおっひさーwwwwwwそうでもない?wwwwwま、いいですけどwwwww
 よおwwwwこそwwwwwこの奇跡のふぇすてぃばるへwwwwwwwwジナコさんで遊ぶ前にwwwwww旦那たちがキターwwwwwwww」

敵、ベルク・カッツェはいやらしくけらけらと嗤っていた。
その所作が精神を一々逆なでする。大体一日ぶりの再会だがこみ上げる苛立ちは変わらない。
この狂乱の祭りもこいつの手によるものだろう。前にホームレスにやっていたことの延長に違いない。
反吐が出る。最初に会った時から何一つ変わっていない。
故にただ一言「黙れ」と告げる。

「んもうwwwwそんな釣れないこと言わないでwwwwwんでもまぁ釣れてるんですけどwwwwww
 あ、れんちょんもいますよwwwwwほら、にゃんぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁすwwwwwww」
「八極拳……」

カッツェに抱えられるようにしてこれまた見覚えのある少女がいる。
宮内れんげ。カッツェのマスターだ。最後に会った時はカッツェの方が勝手に消えていたが、合流したらしい。
れんげは特に怪我をした様子もなかったが、どこか沈んでいるように見える。

「あっちゃん……」

瞳を揺らし、縋るような(あるいは心配するような?)弱々しい声をれんげは漏らす。
その視線の先にいるのは“あっちゃん”――つまりはアーカードだ。

だが当のアーカードはれんげはおろかカッツェすら見ていない。
今彼が見ているのはアンデルセンだけだ。
その上で言葉を交わす気配すらなかった。彼と相対し闘争の気を街に放っている。
まぁあれも奴らなりのコミュニケーションなんだろうとジョンスは適当に思った。


482 : Insight ◆Ee.E0P6Y2U :2015/07/06(月) 22:42:40 O3SQGPNg0

「……どうやらお互い、あの敵を狙っているようだが」

仕方がないのでジョンスが口を開いた。
ジョンス自身はアンデルセンのことを何一つ知らないが、とりあえずカッツェに挑んでいることだけは分かった。
ならばこれからどうなるかを一応話つけておくべきだと思ったのだが、

――ジョンスの声は無視された。

たっ、とアンデルセンが地を蹴ったかと思うと、アンデルセンがアーカードへと襲い掛かっていた。
両の腕に銃剣/バヨネット。その瞳にはまぎれもない殺意。恐るべき膂力を持って一撃二撃三撃と刃を振るっていく。
アーカードもまた「ははは!」と哄笑しながら刃を受け止めていく。銃剣には弾丸を、殺意には殺意を、互いにぶつけ合う。

「――答えろ何故ここにいる」

その最中アンデルセンは問いかける。
無論殺し合うことは止めない。血を求め刃を振るいながら言葉を叩きつける。

「貴様は王との闘争があった筈だ。それを放り投げて何故ここにいる」
「なに、闘争の前に少し腹ごなしをな。
 もう一人の私には伝えておけ“今いく”とな」
「ふざけるな。ぶち殺すぞ吸血鬼」

カッツェそっちのけで戦い始めた二人を前にジョンスは息を吐く。
恐らく声を挟んでも聞かないだろう。まあある意味予想した通りの展開だ。

「旦那wwwwwwww遊んでないでこっち来てくださいよぉwwwwwwww」

が、カッツェはのこのこと彼らに割り込もうとした。
その身を躍らせ、この祭りに彼らの闘争すら取り込もうとして――無視された。
カッツェの攻撃を彼らは、さっ、と避けられてしまう。
言葉はおろか視線すら絡まなかった。殺し合っている彼らにとってカッツェはまさしく眼中にないようだった。
そうしてすり抜けられた彼は、

「は? なにミィをスルーしちゃってんの」








マガジンを装着。
ボルトキャッチを叩き、ロックを解除する。
ボルトが前進。弾丸がチャンバーへと流れ込む。
装填。






483 : Insight ◆Ee.E0P6Y2U :2015/07/06(月) 22:43:29 O3SQGPNg0



「スルーとかwwwwwwwマジ旦那勘弁wwwwwwwwwwww」
「はっ、袖にされたな」

一拍遅れて嗤い出したカッツェにジョンスは吐き捨てるように言った。

「お前あれだ、ガキの頃人がかまってくれないと泣いてたタイプだろ」
「んー?」
「良いから認めろよ、みんなが構ってくれなくて寂しいですって。
 ちょっかいかけて反応なかったら悲しいもんなぁ?」

そして前に出る。勝手に殺し合っているアーカードたちを無視してジョンスはカッツェと相対した。
一人でだ。
それは――望むところだった。
アンデルセンもカッツェを狙っていたが、かといって共闘するなどという展望はジョンスにはなかった。
仮に向こうが共闘を申し出たところで「要らん」と切り捨てていただろう。

聖杯戦争とはつまるところバトルロワイアルだ。
だから周りはみな敵だ。今倒すか、あとで倒すか、その二択しかありはしない。
まぁカッツェに挑む“順番待ち”くらいはしてやってもよかったが、アンデルセンはカッツェなどもう見てはいない。

故に堂々とジョンスはカッツェに挑む。
色々と予想外の事態は重なったが、聖杯戦争開幕から望んでいた立場には立てた訳だ。

「来いよ」

スッ、とジョンスは構えた。

「たはっwwwwwwwジョンスりんwwwwwそれマジィ?wwwwwwww
 ユゥがミィに勝てる訳ないやんwwwwwwwwwww
 ってかぁwwwwwwそもそも攻撃効かなぁwwwwwwい。
 ま、でもぉwwwwwwwしょうがないからかまってあ・げ・る」

しかしカッツェはとりあわず、姿を消した。
その異形の姿を消し、市井の人々へと溶け込んだ。
街は相変わらず“ふぇすてぃばる”に包まれている。
誰かが誰かを罵り、誰かが誰かを憎む、真っ赤に燃える醜い人間ども。
その中の誰かが――ジョンスへと襲い掛かってきた。
「うおおおおお」やら「死ねええええ」とか全く持って知性の感じられない言葉を叫びながら、彼らはジョンスを狙ってくる。
元は別にそう悪人でもない、けれど善人でもない、どちらにも属さない凡人たちだ。
それをジョンスは、

「…………」

――ずん、と蹴散らした。
大地が震える。放った“震脚”が数十人規模で人をなぎ倒していく。
ぱらぱらに散っていく人々の身体が枯れ木のようだった。

「お前さ、人の影に隠れてないと何もできねえ奴だろ」

文字通り彼らを“蹴散らした”はジョンスは群衆のどこかにいるカッツェに語りかける。
するとどこからか「ジョンスりんwwwwwwww」だなんて声がした。
つまり聞こえているということだ。

「余裕ぶっこいて“ぼくは潰し合わせるのが好きです”とかぶんぞりかえってるけどよ、違うな。ただの臆病者だろ、お前」
「んんwwwwwwwジョンスりぃんwwwwwwミィに手も足も出ないから精神攻撃wwww」
「いいから認めろよ。何でもかんでも笑い飛ばしてりゃ誤魔化せると思ってたか?
 お前は鳥は鳥でもチキンだな。鳴いてみろよコケコッコーってよ」

言い放ちながらジョンスは歩き出す。
時節襲い掛かってくる群衆はすべて弾き飛ばした。
ルーラーがまた何か言ってくるかもしれないが、まぁ、今回は向こうが襲ってきたんだ、仕方ない。

「来ないのか?
 ほら、相手にしてやるって言ってやるんだぞ?
 あの吸血鬼やら神父やらに無視されたお前を、俺は構ってやろうと言ってるんだ。
 俺にしては珍しい類の優しさだ。ほら、来いよ」

ジョンスは無造作に言葉を投げつける。
カッツェがどこにいるかは分からない。しかし言葉は届く。
ならば燻り出すのは簡単だ。こいつは言葉を弄するが故に言葉を無視できない。


484 : Insight ◆Ee.E0P6Y2U :2015/07/06(月) 22:43:51 O3SQGPNg0

「はあぁwwwwww全くジョンスりんwwwwww」

ほうら来た。
ジョンスは思った通り――そいつはやってきた。

「せっかくミィがジョンスりんの見せ場作ってやったのにwwwwwwww
 いいの?wwwいいの?wwwwwミィに本気出させちゃって」

群衆よりベルク・カッツェが躍り出る。
相変わらず馬鹿みたいな格好だ。異様な巨躯にぐしゃぐしゃの髪。菱形のしっぽをうねうねと動かす様はなるほどエイリアンらしい。
化物の次はエイリアンか。何時から俺の人生はB級映画になったんだ。思わずそう言いたい気分ではあった。

「ほら使えよ」

とはいえ戦うことに恐れはない。
吸血鬼だろうとエイリアンだろうと、ぶっ飛ばすと決めた以上やることは一つだ。
八極拳だ。

「変身できるんだろ? やってみろ」

図書館において既にベルク・カッツェの概要は調べ上げている。
そして出た結論は――

「んもうwwwwwwそこまで言・う・な・らwwwwwwwwww」

くるくると回りながらカッツェは言う。
左手にはれんげを連れて、右手で灰色の手帳を掲げ、全てを終わらせるその言葉を言う。

「バ・バババババ・バアアアアアド・g――」

その瞬間、


485 : Insight ◆Ee.E0P6Y2U :2015/07/06(月) 22:44:41 O3SQGPNg0






撃つ。






486 : Insight ◆Ee.E0P6Y2U :2015/07/06(月) 22:45:02 O3SQGPNg0


続く筈の言葉は途切れていた。
「あ?」とジョンスが漏らす。何が起こったのかよくわからない。
カッツェもまた「は?」と訝しげな声を漏らしていた。
れんげは変わらない。カッツェに抱きかかえられたまま足をじたばたやっている。

ただ気づけば――カッツェの手にあった手帳が砕けていた。

狙撃だ。
どこかからかカッツェを――正確にはあの手帳(NOTEという奴だろう)を狙った奴がいたのだ。
その事実に一拍遅れてジョンスは気づき、辺りを窺うが、しかし誰もいない。
狙撃手は人知れず狙撃を成功させ、そして消えていったのだ――







目標の狙撃に成功したことを確認し、ゴルゴは銃を置いた。
あのサーヴァントについての情報は既に調べ上げている。
それだけの時間はあった。ジナコの令呪に呼ばれるまで、彼はこの聖杯戦争で今までに得た情報を洗い流していたのだから。

だからこそゴルゴは狙撃に成功した。
あらかじめ行っていた徹底的な下調べ。ターゲットの能力、精神性、弱点、全てを知り尽くしていたからこそ、彼は消滅までの僅かな時間で全てを生かすことができたのだ。

『死なないからくりがある』。
『赤毛』
『長身』
『鎖』
『瞬間移動』
『変装能力』
『メシウマ』

夕方までの下調べで得ていた情報。
これだけあれば十分だ。真名を手に入れ、どこをどう狙えばいいのか、掴み取ることは容易だ。

故に――狙った。
ジナコが消え、ゴルゴが消えるまでにはわずかな時間しかなかった。
しかし、それで十分だ。
これまでの念入りな下準備さえあればこそ、だ。

息を吸い、吐く。

その場は静かだった。
眼下で広がる祭りの狂騒もここまではやってこない。
ビルの屋上は暗かった。明かりといえば街からこぼれ出した雑多な光と、空から降り注ぐ月光だけだ。
その上、静かだった。怒号や叫びは聞こえてくるが、どれもこの場には関係のないノイズに過ぎない。
だから静かなのだ。遠目に感じる祭りの炎は、静寂を際立たせる以外に意味を持たない。

ちらかった塵が風に吹かれ転がっていくのが視界の隅に見えた。
何となく目で追うも、すぐさま暗闇に呑みこまれ、消えていった。
華やかな祭りの陰はいつだってほの暗い空白だ。

敵は撃った。
あとはもう去るだけだろう。
もうこれ以上こんな祭りに用はない。
聖杯戦争に関わる理由はもはやゴルゴには存在しなかった。


487 : Insight ◆Ee.E0P6Y2U :2015/07/06(月) 22:45:41 O3SQGPNg0

「……あは」

ふとそこで声がした。
ジナコ・カリギリ。ゴルゴを裏切った依頼人。
倒れ伏す彼女の身体もまた闇に消えようとしている。祭りの狂乱の裏側。この暗く静かな暗闇の中で。

「ゴルゴさん、違うッスね……」

その声は乾いた風のような響きを持っていた。

「ゴルゴさんは“ヤクザ”なんかじゃないッス。
 確かに怖くて、恐ろしくて、見るからに堅気じゃないッスけど……なんかそういうのともちがう。
 そんな死ぬ間際になっても仕事するなんて……“ヤクザ”はそんな真面目じゃないッス」

消えゆく彼女の口調は戻っていた。
お茶らけた、本気じゃないですとアピールしてるかのような、薄っぺらで痛々しいしゃべり方に。
その口調は彼女の嘘だった。同時に唯一の真実だった。
己のうちに“ほんとう”を見つけることができなかった彼女にとって、自分を隠す嘘だけが全てになっていた。
だから最後まで嘘を吐くのだろう。もはや終わりと悟っても、嘘しか彼女にはないから。
そういうことなのだろう。

「ゴルゴさんは“プロ”なんスね」

プロ――プロフェッショナル。
それはジナコから最も縁遠い言葉だった。

「自分のなかに“ほんとう”があって、それで戦ってるんスね」

ゴルゴがゴルゴたるルール。
確かにそれはある。あったからこそ彼はここまで来ることができた。

恐らくそれが違いだ。
ゴルゴとジナコはよく似ている。同じく恐れ、同じく臆病だ。
しかしゴルゴには絶対のルールがある。臆病ゆえのルールが。
才能は土台に過ぎない。努力でそれを維持し、臆病さを用心深さへと昇華した。運もある。人には誰しも“間”が悪い時があるものだ。それだって無視できない。
才能と努力と臆病さ、そして運。そのバランスを律するものこそ――ゴルゴの原則/アピンシブル。

ゴルゴにはそれがあり、ジナコにはそれがなかった。
プロとニートの違いだ。
あるいは彼女が求めていたのかもしれない。ジナコの人生に欠けているものは間違いなく、“プロ”という言葉だっただろうから。
だからゴルゴを呼んだのか。

「ああ、でもアタシ――やっぱり普通だ。だってどう考えてもゴルゴさんは普通じゃない。
 普通……そんなルールみんな持ってない」

そこに至ったからだろう。
ジナコの言葉には、ほんの少しだけ、嘘でないものが混じっていた。

ゴルゴの原則に触れ、それが自分からあまりにも遠くかけ離れたものであると知ったことで、彼女は逆説的に救われたのかもしれない。
彼女が求めていたもの。彼女に足りなかったもの。彼女がやり直したいだなんて思ったきっかけ。
確かにゴルゴはそれを持っていた。
けれど――こんな“プロ”は早々いない。
世の中、ゴルゴのような人間ばかりな訳がない。
そうジナコは確信したようだった。

「だから――アタシのが普通でしょ? プロより、ニートのが自然なんだって。
 何も期待しないで、やりたいことも忘れて、なんとなくで生きていく。それが……普通でしょ?
 普通の人間はニートなの。ニートで……いいんだ」

そう言ってジナコは静かな闇に沈んでいく。
どこまでも後ろ向きな態度で、しかしほんの少しだけ、自分を肯定しながら。

「アタシはこれでいい。ニートいい。
 ……でもこれだけは平等なの……ニートも“プロ”も“死の呪い”からは逃げられないって……本当、おかしいよ。
 アタシ、やっぱり怖い。怖い。アタシ、うそつきだけど、これだけは本当。ニートでいい。ひとりぼっちでいい。でも死ぬのはいや。だっておかしいから。
 でもしぬのはこわい。ねえそうでしょ――」

憑りつかれるようにぶつぶつと言葉を漏らしながら、ジナコは消えていった。
ジナコの最期の問いかけに、ゴルゴは答えなかった。答えるまでもないからだ。
俺とお前はよく似てる。そういうことだ。

聖杯戦争から脱落し、その魂がどこへ向かうかは分からない。
けれどそれが死であることだけは、間違いがなかった。
恐れいても、それだけはやめてと希っていても、死だけは平等に訪れる。
彼女も知っていた“ほんとう”だった。

「…………」

残されたゴルゴは無言で葉巻を取り出した。
静かに火をつけ、煙をくゆらせる。眼下で祭りは続いていた。しかしもう彼がそこに関わることはないだろう。
仕事を果たした。あとはもう、姿を消すだけだ。

はためくコートが、すぅ、と空白に溶けていく――


【ジナコ・カリギリ@Fate/EXTRA CCC 死亡】
【プロフェッショナル(ゴルゴ13)@ゴルゴ13 消滅】






488 : Insight ◆Ee.E0P6Y2U :2015/07/06(月) 22:46:28 O3SQGPNg0




ベルク・カッツェもまた消滅しようとしていた。
この聖杯戦争中初めての被弾であったが、しかしそれが致命傷だ。
どうしようもない。唯一無二の急所を撃たれたのだから。

もうすぐ自分は消えるだろう。その事実はほかでもないカッツェ自身が一番よく把握していた。
その上カッツェは、

――ま、いいッスけどwwwwwwwwwwwww

なおも嗤っていた。
聖杯戦争からの脱落もカッツェにしてみれば嗤い飛ばせることに過ぎない。
そもそも彼には目的がない。展望もなければ、目標もない。
愉しめればそれでいいのだから、究極的に何時落ちてもいいのだ。

勿論もう少し楽しむつもりではあった。
折角これだけの“ふぇすてぃばる”を用意したのだ。こっからさらに遊んでやるつもりだった。
ジナコさん追悼記念炎上パーティやらHALへの報復大作戦やらルーラーちゃんへの嫌がらせリターンズやら、やりたいことはそれなりにあった。
それができなくなるのは残念だが、まぁ、これまででも十分に愉しんだ。
だからこのあたりで打ち切りも悪くない。
また次の機会、別の聖杯戦争で遊んでやればそれでいいのだ。

――それにwwwwwwまだ愉しみはありますしぃwwwwwwwwwwwww

そう思いながらカッツェは抱えたマスター――宮内れんげを窺う。
銃声は一発だった。彼女は自分と違って怪我を負っていない。
しかしここで彼女は一緒に死ぬ。だってここは聖杯戦争。マスターとサーヴァントは一蓮托生だ。
一緒に消えるのだ。その事実を突き付ける様がこの聖杯戦争最後のお楽しみだ。

「――っちゃん」

するとれんげは大きく目を見開いて、誰かの名前を呼んでいた。
事態に付いていけないのか。ならば教えてあげようとカッツェが口を開こうとした、その瞬間、

「あっちゃん!」

れんげがそう叫びをあげた。
その呼び方は旦那――アーカードを意味するもので、その視線の先には、

「拘束制御術式第3号第2号第1号、開放」

そう言って、ニィ、と口元を釣り上げる吸血鬼/ヴァンパイアの姿があった。

「さて――食事の時間だ」

――夜の時間が来た。
拘束を解かれた吸血鬼は夜と同化する。
ヒトの形を捨て、その身に飼いならした黒い死をまき散らす。

“死”は分離し――無数の獣になった。

獣が街に解き放たれる。祭りの狂乱を上塗りするように、死の獣が駆け抜けた。
それは、ずぅ、と街に染みわたり、広がり、そしてこちらに向かってくるのだ。
殴り合っていた人間を、散乱していた車道を、荒らされた建物を、全て死は悠々と飛び越えていた。

「――は」

嗤う暇もなかった。
死の獣はあっという間にカッツェにまとわりつき、襲い掛かり、取り囲んでいた。
一体二体三体四体五体――数えきれないほどの死が、時には繋がり、時には分裂し、カッツェの周りをぐるぐると回っている。

掴んでいたれんげはいつの間にかどこかに消えていた。

だから獣はカッツェだけを見ている。死が見ている。どこを向いても瞳がある。
舌なめずりしながら死がカッツェを眺めている。
獲物だ。獲物だ。瞳たちはそう叫んでいるようだった。

“死の呪い”は誰にだって平等だ。
人間である以上、それは絶対の真実だ。
しかし。
しかし、そうでないものもいる。
“死の呪い”すら届かないもの。たとえばそれは――人でない化物とか。

「これから大一番があるのでな。その前の腹ごしらえをさせてもらうぞ」

ゆらゆらと立ち上る“死”が言った。
一切合財容赦のない、無慈悲な宣告だった。
そして――喰われた。
“死”は巨大な黒犬獣/ブラックドッグと化し、ぱくり、とカッツェは丸呑みにされていた。

そしてボリッボギッゴキッグチャグチャグチャ、と汚らしく咀嚼する音が街に響いた。


【ベルク・カッツェ@ガッチャマンクラウズ 死亡】







489 : Insight ◆Ee.E0P6Y2U :2015/07/06(月) 22:46:53 O3SQGPNg0


指示通りアーカードがカッツェを“食す”様をジョンスは眺めていた。
黒い獣がカッツェに襲い掛かり、ぐちゃぐちゃに喰い散らかしている。
突然置いて行かれたアンデルセンも黙ってその様を見ている。かける言葉はない。闘争を中断したのは悪く思わなくもないが、どうせすぐ終わることだ。

「おい、喰い終わったか?」

そろそろかと思い語りかけると「ああ、十分だ」と返ってきた。
これで一応アーカードの目的であった“腹ごしらえ”は終わったはずだ。
何せサーヴァントを丸々一体分だ。ジョンスの血などとは比べ物にならないほどのご馳走だろう。
アーカードの用は終わった訳だ。

「よしなら――吐き出せ」

ならば今度は自分の番だ。

「了解だ。我が主」

アーカードはそう答え――自身を殺した。
その身に宿した無数の命。その一つを自ら殺す。アーカードにしてみれば慣れた行いだった。何しろここに来る直前まで、彼はその犬たちを殺していたのだから。
黒い獣が引いていく。同時に元の街の光景が帰っていき――

「たった今、犬を殺した。これで支配率が変わる筈だ」


【ベルク・カッツェ@ガッチャマンクラウズ 復活】


たった今喰い散らかされ死んだ筈のサーヴァント――ベルク・カッツェが現れていた。
その光景はまさしく、吐き出された、と形容するにふさわしい。

喰われて死んで、そしてまた吐き出された。
あまりのことにカッツェも事態を把握できていないようだった。
「は?」と苛立たしげに辺りを見渡している。

「さて、あとは闘争だ、我が主」
「分かってる。お前は退いてろ、腹は膨れたんだろ? なら手を出すな」

言いながらジョンスは前に出る。これで準備は全て整った。
突然の狙撃に驚きはしたし、順番守れとも思ったが、しかしまぁ手順は同じだった。
ベルク・カッツェは英霊だ。そのままでは殴れない。そもそも攻撃が当たらない。
調べたところでそれをどうこうする方法は思い浮かばなかった。
NOTEという弱点も今一つ信用性が薄い。そもそもマスターがサーヴァントに挑むこと自体間違っているのだ。

が、調査は無意義ではなかった。
突破口はそこにあったのだ。確かにそこに。

生前、ベルク・カッツェが消滅したエピソード。
少女がカッツェを取り込み、生かさず殺さずの状態で閉じ込めた。
完全な無力化。それをジョンスは冴えない方法と切り捨てた。彼が目指していた方法ではなかったからだ。

とはいえこの話はヒントにはなった。
なるほど奴は生前吸収され無力化されたことがある。
なら――それを再現してやればいい。
ちょうど腹が減っている奴も近くにいるのだから。


490 : Insight ◆Ee.E0P6Y2U :2015/07/06(月) 22:47:26 O3SQGPNg0

「銃は私が構えた。照準も定めてやった。
 弾を弾装に入れ 遊底を引き 安全装置も外した
 だが、殺すのはお前の殺意だ――八極拳士、ジョンス・リー」

アーカードが嘯く。
喰い、取り込んだとはいえ、カッツェを支配しているという訳ではない。
カッツェには再び自由になっていた。もしこのまま放置すれば彼はまたどこかに行き、争いの火種を生むだろう。折角手に入れた魔力もなくなってしまう。
籠に捉えた鳥を、アーカードは再び籠から出した。
無論支配しようと思えばできたが、しかしそれでは意味がないのだ。
何故なら、

「そうだ【化物を倒すのはいつだって】――」

――人間だからだ。
アーカードはそう高らかに言い放つ。

「行くぞ、ベルク・カッツェ」

きょろきょろと辺りを見渡すカッツェへにジョンスは相対した。
彼は吐き出される前となんら変わらない。ふざけた髪がある。馬鹿でかい身体がある。
これだけ大きければ的には十分だろう。もはや頭を使う必要はない。
やることは一つ。
八極拳だ。

「は? は? はあwwwwwwwwwwwwww」

ようやく事態が呑みこめてきたのだろう。カッツェは再び嗤いだしていた。
菱形のしっぽをうねうねとくねる。何だかよく分からないが挑んでくるのはジョンス一人である。
なら楽勝。適当におちょくって流してやろう。そう思ったに違いない。

「ジョンスりぃんwwwwwwwたはっ八極拳見せて見せてwwwwwwwwwww」

そんなカッツェをせせら笑うように、ジョンスは言った。

「……言いたいことはいくつかあったが」

――す、と息を吸う。

右足をカッツェへとまっすぐに向け、左足は後ろに肩幅二分、左側に肩幅一分ずらす。同時に腰を落とし重心をなめらかに移動させる。そして両の手は腰辺りに――ジョンスにとっての自然体。
八極拳。
ジョンス・リーのすべてはその構えに詰まっている。

「――本気になれねぇ奴はすっこんでろ」

ジョンス・リーは八極拳を放った。
構えから、すっ、と前に出でてその拳を解き放つ。
一撃。
たった一撃の殴打が、カッツェの巨躯へとは吸い込まれるように放たれた。
ドン、と鈍い音が響き渡り、そして――

――爆発

マスターは原則としてサーヴァントに攻撃を加えることができない。
だが――ここに例外がある。
アーチャー、アーカード。
夜明けを前に人間に敗北し、人間に飼われ、闘争し、封印され、封印を解かれ、闘争し、夜明けを前に消滅した。
そんな彼は人間に打倒され得る。化物は人間に倒されなくては意味がないのだ。


491 : Insight ◆Ee.E0P6Y2U :2015/07/06(月) 22:47:58 O3SQGPNg0

カッツェは一度喰われ、吐き出された。しかしそれはあくまでアーカードの命の一部を介しての復活。
そういう意味で、カッツェはアーカードの一部である。

故に――ベルク・カッツェはあれだけ下に見ていた人間に打倒されることになる。

ベルク・カッツェは八極拳により弾き飛ばされ、ごろごろと街を転がり、そして塵のように散らかる人間たちの山に突っ込んでいた。
あの嗤い声はなかった。そんな余裕などなかったのだろう。
何故ならば八極拳である。
カッツェが喰らったのは、八極拳なのである。

「敢えて一撃貰ってやって余裕でも見せようとしたか?」

吹っ飛んだカッツェにジョンスは言葉を投げつける。
いかに攻撃が通るようになったからといってカッツェが戦えない訳ではない。
“本気”で挑んでいればこうも簡単に決着がつく訳もなかった。
しかし彼は“本気”にはなれなかった。醜いと罵り、常に下にみていたその存在と、対等の立場で相対すること自体を嫌がった。
それで――勝敗が決した。

「だが覚えておけ。八極拳士に二撃目は要らねえ。
 一撃で片が付く――こういう風にな」

それは現代最強の人間として、そして八極拳士としての言葉だった。


【ベルク・カッツェ@ガッチャマンクラウズ 敗北】







492 : Insight ◆Ee.E0P6Y2U :2015/07/06(月) 22:48:46 O3SQGPNg0


他でもない親友が吹っ飛んでいった。
あの八極拳を喰らってしまえばひとたまりもないだろう。
れんげ自体も“ふぇすてぃばる”のなんやかんやでちょっとすり傷をしていたのだがそれどころではない。
これは問題だ。そう思い駆け寄ろうとしたのだが、

「まぁ、待て」

それを遮るように一人の影が降り立った。
赤いコートに一対の銃口。ゆらゆらと立ち上る黒い気配。
そして何よりその――とてもかっこいい顔立ち。

「あっちゃん!」

“あっちゃん”――アーカードがれんげの前に立っていた。
ここ数時間の間ずっと会いたくて“ふぇすてぃばる”の最中に声をかけようとしても無理だった。
そんな彼がここにいる。れんげは思わずどぎまぎしてしまった。

「あっちゃん、お腹は大丈夫なん?」

そしてずっと気になっていたことを聞く。
お腹がすいているのではないか。“いい吸血鬼”のアーカードは血が吸えなくて困っているのではないか。
数時間前に脳裏に走った疑問をれんげはぶつけた。

「ふふふ、よく分かったな。正直――腹が減っていた。
 だが大丈夫だ。ちょうどいいところに食料がある」

すると彼はそう言って――れんげの親友、カッツェへと近づいて行った。
八極拳を受け倒れ伏すカッツェへと近づき――

「いただきます」

――喰った。

吸血鬼として。
転がった血肉にありつき、その零核ごとアーカードはその身に取り込んだ。


【ベルク・カッツェ@ガッチャマンクラウズ 死亡】


思わずれんげは叫んだ。かっちゃん、と己が親友の名前を呼ぶ。
どうしよう食べられてしまった。れんげに、がつん、と頭を殴られたかのような衝撃が走るが、

『おら何をした。だせー! だせー!』

……不意に声がした。
何時も嗤っていた彼らしくもない、苛立たしげでとげとげしい声だった。

「かっちゃん?」
『何をした。やめろーやめろー』
「ああ“かっちゃん”はここにいる。私の胸の中でな」

冗談のようなことを言いながらアーカードは肩をすくめた。
れんげは思わずアーカードを見上げた。確かに声はアーカードの中から聞こえた。


【ベルク・カッツェ@ガッチャマンクラウズ 復活?】


――ベルク・カッツェは今やアーカードに取り込まれていた。
しかしそれは死を意味していない。ある意味でその命は喪われていないのだ。
アーカードに吸収され、その零核のほとんどを支配されたが、ほんのすこしだけ、わざとその存在を残している。

だかられんげもまた消えていないのだ。
カッツェの存在はまだ残っている。故にサーヴァントとしての“脱落”とはならない。
それはつまり――マスターの生存が許されることも意味する。


493 : Insight ◆Ee.E0P6Y2U :2015/07/06(月) 22:49:08 O3SQGPNg0

「これでいいのだろう? 我が主」

アーカードの問いかけにジョンスは答えなかった。
ただ「ふん」と漏らすのみで、目を合わせようともしない。
全てはあらかじめ決めていた算段だった。カッツェを挑発して燻り出し、アーカードに喰わせ、吐き出させ、殴り、また喰わせ、少しだけ喰べ残す。
恐らくそうすればれんげもまた生き残るだろう。
カッツェは殴り飛ばしたいが、その結果れんげが消えれば奴はまた嗤う違いない。それは癪に障る、そうジョンスが言うのでこんな流れになったのだ。
何者かの狙撃などが挟まれたりもしたが、結果として大体うまく行ったといえるだろう。


『なんだここ! おら、さっさとだせーだせー』
「かっちゃん……良かったん」

そんな事情などつゆ知らず、とりあえずカッツェが生きていると知ってれんげは胸をなで下ろした。
当のカッツェは『よくねーよ!』などとこぼしていた。元気そうであった。

「で、その、あっちゃん……」

カッツェの安全が確認できたので、れんげはそこで意を決してアーカードを見上げた。
とてもかっこいい人。アーカード。
彼に言わなくてはいけないことがある。ずっと前から思っていた、お願いがある。
熱っぽい視線を送りながら、れんげは口を開いた。

「かっちゃんと、その、友達になってください! 仲良くしてやってください!」

と。
ぶん、と音がするほどの勢いで頭を下げながら。

『は? なに言ってんだ。そんなことより早くだし――』
「ほう、友達?」
「うち、かっちゃんにもっと友達作って欲しかったん。だから、これを機にどうかお願いします!」
『おら無視すんな。勝手に話を進めんなー』

れんげ決死のお願いだった。
みんなみんなカッツェを悪く言っていた。
でも――彼だけはそんなことはなかった。
このかっこいい彼なら、もしかするとカッツェの友達になってくれるのではないか。
そう思ったのである。
すると、

「ふふ――」

アーカードはそこで不敵な笑みを漏らしていた。

「―― 一緒に居てやろう、死ぬまで、ずっとな」

そしてそう言ってくれた。
れんげは、ぱっ、と飛び上がるように顔を上げていた。
ついにカッツェにも友達ができたのだ――

「うち、安心したん。これでかっちゃんにも友達ができたん……」
『やめろ。一緒に居たくなんかねーよ、とっととこっから出せー』
「でもちょっとうらやましいん。あっちゃんと友達なんて」

しみじみと言いながられんげは辺りを見渡した。
“あっちゃん”がいる。“かっちゃん”がいる。“八極拳”と“しんぷ”もいる。きっと近くに“るりりん”や“はるるん”もいる。

人はまだごった返している。しかしそれも徐々に収まっていくだろう。
祭りの狂騒もいつまでは続かない。所詮は一夜限りの騒ぎなのだ。
その中心でれんげは思うのだ
色々あったけど、とにかくこうなってよかった、と。

それがこの“ふぇすてぃばる”の結末だった。


494 : 祭りのあとには ◆Ee.E0P6Y2U :2015/07/06(月) 22:50:05 O3SQGPNg0


――倒れたか

祭りを盤外から監視していたHALはベルク・カッツェの脱落を確認していた。
NPCたちの狂騒、神父との戦い、乱入、狙撃、そして八極拳による決着。
計算外の因子が入り乱れた戦いではあったが、どうにかこちらに都合のいいように収束してくれたようだ。

ベルク・カッツェ。
その敗因はひとえに敵を作りすぎたことだろう。
不確定因子の塊のようなサーヴァントであったが、ここで落ちること自体は予測できたことだった。
あれだけ派手に動いた以上、誰かが討っていた筈だ。あの陣営が打倒せずとも、ルーラーか、それともあの“忍殺”のサーヴァントか、カッツェと敵対していた駒はいくらでもあった。

HALはそれを監視していた。

カッツェの行動はその情報網を介して常にHALの下へと届けられ、またこの“ふぇすてぃばる”そのものにも一枚噛んでいる。
仮に騒乱が加速したところでカッツェがHALへと届くことはない。また変に抵抗すれば痕跡が残る可能性がある。
故にHALはカッツェが起こした騒乱を抑えるのではなく、敢えて乗ってやることが賢明だと判断した。

電子ドラッグ――理性から犯罪願望を解放させるというこのコードキャストは、扇動者たるカッツェの能力と相性がいい。
カッツェの扇動に抵抗させず、その性質をそのままに機能させる。
当然NPCは狂うだろうが、しかしHALはある程度その狂乱を管理できる。そんな状況が最適解だと思われた。
結果がカッツェと電子ドラッグの相乗効果である。、
監督役によって変えられていたNPCの設定も二重の扇動の前にもはや意味をなさなかった。
そうしてこの“ふぇすてぃばる”は形成されていた。

しかしカッツェが倒れた以上、もうそれも必要ないだろう。
とりあえず状況を沈下させ、アサシンが戻り次第、今後の方策を練るとしよう。
カッツェの“ふぇすてぃばる”を利用して、多くの陣営の情報を手に入れた。その上でこちらの存在は露見していない。
盤上はHALにとって有利な局面を迎えている。

今後の展開、聖杯戦争二日目に動き方をHALは考えていく。
冷静にかつ迅速に。
HALは計算していく。目指すべき場所。己が願いの為に。

――その時だった。

HALがその陣営に気づいたのは。
収束した筈の盤上。カッツェが落ち、空白となった中心に現れようとする者たちがいる。
それは――






495 : 祭りのあとには ◆Ee.E0P6Y2U :2015/07/06(月) 22:50:42 O3SQGPNg0

祭りのあとだった。

騒然としていた街から扇動者が去り、人々は次第に我に返っていく。
倒れていた人々は顔を上げ、なんだったんだこれは、と首を捻りながらも立ち上がる。
街は荒らされ、道はちらかり、人は傷ついた。この痕跡を完全に拭い去るのは難しいだろう。
だがもう祭りの火が燃え上がることはない。既にそれは過ぎ去ってしまった。

正気に返った人々が警察やら救急車やら呼んでいるのを横目に、ジョンスはアンデルセンと対峙していた。
アンデルセン――アーカードが言うには廃教会で待つ“もう一人の自分”のマスターらしい。
彼は無言でこちらを見ている。ジョンス――正確には共に立つアーカードを。

「…………」
「…………」

互いに言葉は交わさず、視線を呑みを絡ませている。
一触即発。何時また殺し合ってもおかしくない。そんな雰囲気だった。

ジョンスは彼らの因縁を知らない。
生前アーカードがこいつと何をやって、どうしてまた殺し合っているのか。何もかも聞かされていない。
とはいえ語られずとも、彼らが何を求めているのかは分かる。
闘争だ。

とりあえずカッツェは倒した。
が、それはあくまで前座なのだ。メインの前のオードブル。少なくともアーカードにしてみればそうなのだろう。
故に本当の闘争は――ここからなのだ。

「…………?」

れんげはアーカードの影に隠れながら、訝しげに二人の顔を見上げている。
事情を把握できていないだろう。これから何が始まるのかわかっていないようだった。

「――で、だ」

誰もも何も言わないので、仕方なしにジョンスが口を開いた。
何時までもこうしている訳にはいかない。今は混乱で誰もこちらを見ていないが、すぐに警察だのなんだのが来るだろう。
そうすれば面倒なことになるのは必至だ。できるだけそういう水を差されるようなことはされたくない。

「どうすんだ。どこで闘るんだ、ちっと遅れたが例の教会か? それとも――」

だが言い切る前にアンデルセンは動いていた。
さっ、と地を蹴り敢然と銃剣を振り放っている。同時にアーカードもまた前に出て銃口を向けていた。
刃と銃口で押し合い、殺意の滲んだ視線を絡む。

「――とっとと行くぞ、俺がお前への殺意を抑えられている内にな」
「ふん、何しろ“私”だ。こちらもできる限り最高のもてなしをしなければ失礼と思ってな。
 ちょうどいい餌が転がっていたので食べたという訳だ」
「吸血鬼が王を待たせるな」

殺し合いながら彼らは語る。
どうやらまたすぐに闘争が始まりそうであった。まぁ順番は前後したが、やることは一緒か。
そう察したジョンスは黙っていたが、代わりにれんげが口を挟んでいた。

「しんぷ?」
「喋るな。もうお前は“子ども”ではない。吸血鬼の眷属となった以上、お前は俺の敵となった」

いきなりの拒絶を受けれんげは目を丸くする。
どうやら彼女をこの神父の孤児院に任せるという選択肢は消えたようだった。
となると――こちらでまた面倒見るしかないようだ。まぁ闘争の邪魔にならないところに置いておけばいい。

『なにやってんだおめーら。ばかじゃねーの』

アーカードの胸元から声がした気がするがそっちは無視する。
うざったくて仕方がなくなったらまた“吐き出させ”て殴り飛ばすとしよう。

ジョンスは息を吐いた。とりあえずこの騒動はひと段落したようだ。
聖杯戦争一日目は終わり。休むことなく二日目が始まる。ろくに寝ていないが、まぁこの程度は余裕だ。
これからしかるべき場所にいって新たな闘いを始める。


496 : 祭りのあとには ◆Ee.E0P6Y2U :2015/07/06(月) 22:51:15 O3SQGPNg0

「“あー諸君。覆いにもりあがっているところをすまないが口を挟ませてもらう”」

――そこに割り込むようにして、その使者は現れた。

餓鬼だった。
小柄な身体、はためくセーラー服、その所作――すべてまだ子供のそれに見えた。
流石にれんげよりは上だが、しかし闘争の空気は似合いそうもない。
しかしジョンスには見えた。
パラメーター。英霊の能力を示すもの。その情報が流れ込んできたということはつまり、彼女はサーヴァントということになる。
つまりは敵である。

「“脳筋であおり耐性がない君たちのことだから犬が肉にかぶりつくように殺し合っていることだろう”……えーと“いや、はっ、はっ、はっ、実に単純だなぁ、君たちは”」

アーカードとアンデルセン。ちょうど中間あたりに立って少女は語っている。
彼女の手には何やら文字がびっしり書かれたメモがあり、伝言らしきそれを読み上げているようだった。

が、あまり上手くない。
伝言のくせに口語体で書かれているため、少女の声色と内容が全くかみ合っていない。
少女も慣れない口調に半端に口調を真似ようとするせいか、より緊迫感のない、つっかえつっかえの脱力感のある口調になっていた。
“いやはっはっはっ”と棒読みで語る少女を前に、ジョンスは口を閉ざした。

「“本当ならシュレディンガー准尉を送り込むか。いっそ大尉を突っ込ませて肉体言語で語らせてもよかったのだがね”
 “しかしマインマイスターのやんごとない事情により実現できず、こうして赤い彼のあいじ”――え、いや、うーんと……そうね“秘書に伝言を頼むことになった”
 “まぁ君たちならば出会いがしらに8.8cmFlaK/アハトアハトやら80cm列車砲/ドーラの4.8t榴爆弾を叩き込んだ方が喜んだかもしれないが、私はこんなところでごっこ遊びに興じるつもりはないのでね”」

何で兵器の名前だけはそんなに流暢に言えるんだ。
そう思いつつもジョンスはこのサーヴァントの出現に身構える。
馬鹿らしい口調だが内容自体は無視できない。この言葉の主は――明らかにアーカードたちを知っている。

「これは――あの“少佐”か」

アーカードが思い出したかのように(アンデルセンとは未だに刃を交わしている)言った。
ジョンスはぴくりと眉を上げる。
少佐。
どこかで聞いた単語だった。つい最近、この聖杯戦争中に――

――昔々あるところに狂った親衛隊(SS)の少佐がいた
 『不死者たちの軍隊を作ろう 不死身の軍隊を作ろう』
  膨大な血と狂気の果てにその無謀を成就しつつあった

思い出した。
ちょうど一日ほど前、アーカードがカッツェに対して語っていた言葉だ。
生前アーカードが戦ったという、誰か。いわく彼はカッツェに似ているという。

それが――この方舟にもいるらしい。

はっ、とジョンスは思わず笑いそうになった。
この神父といい、何でか知らないがこの場にはアーカードには知り合いが多いらしい。
やたらめったらスケールのデカイ同窓会だ。そんなもんに俺を巻き込むな。

「あー“しかしもしかすると12.7cm連装砲や61cm三連装魚雷なら簡単に手に入るのでなんならサービスしてやってもよかったのだが、しかしそれでは――”」
「おい」

長々と続く言葉に業を煮やし、ジョンスは口を挟んだ。
そして言う。要件を言え、と。

「む]

すると少女は眉をひそめ、不満そうにジョンスを見返した。
その所作は完全に子どもだ。こんなのでも英霊なのだというから恐れ入る。

「これは伝令なの。私はマスターからの命令はちゃんとやり遂げるんだから」
「余計な部分は適当に省いて喋れ。こっちは忙しい」
「駄目。これはマスターが私を頼ってくれたのに、それを無視する訳にはいかないもの」

埒が明かない。ジョンスがそう思った、矢先、

「いや、そこで結構だ。斥候ごくろう。あとは私が語る」

声がした。







497 : 祭りのあとには ◆Ee.E0P6Y2U :2015/07/06(月) 22:52:15 O3SQGPNg0


「ここからは陣営を代表して私が語ろう」

正純はアーチャー、雷の隣に立った。
彼女は斥候だ。本当ならば少佐の部下を使いたかったのだが、正純の内燃拝気は既に底をついていた。
故に雷にその役目を頼んだのである。

……少佐、変なこと言わせてないよな
ちら、と正純は後ろを窺った。
視界の隅、荒れ果てた車道に鎮座する自動車がある。場違いなほどぴかぴかな赤いボディを湛えたあの車に、シャアと少佐はいるはずだ。
知り合いへのメッセージだと言って渡していたメモに何が書いてあったのかは知らないが、どうにも相手の機嫌が悪そうだった。
そこで正純が前に出ることになった訳だが、一体何を言わせたのだろうか。

とにかく前を見る。そこには一騎のサーヴァントと三人のマスターがいる。
その半数の素性は少佐から聞いていた。
アーカード。アレクサンド・アンデルセン。生前の彼の“戦争”に関わった者たちだ。

シャア・アズナブルが感じた“邪気”を撃退し、今後の算段をつけていた頃、新たな一報が彼らの下に舞い込んだ。
なんでもそれは深山町、錯刃大学の近くで暴動が起きている、というニュースだった。
今回はシャアの立場がプラスに働いた。公的な立場を持つ彼は、情報感度という点で他の陣営よりも優れている。
その優位により情報を解析した結果、あることが分かった。

……まさか少佐の知り合いがまだいるとは。
確認された“神父”を少佐は知っているというのだ。
暴動についてもこれが聖杯戦争にまつわるものであることは明らかだ。
その“神父”が聖杯戦争の関係者であることは明らかだった。

……その上、例の“アーカード”までいるんだもんなー
情報は錯綜していたが、どうも昼ごろからその存在を意識していた、少佐のかつての敵まで現れたのだという。

そうした流れを掴みつつ、正純たちはどう動くかを考えた。
正直全く関わらないというのもありだった。話を聞く限り、その暴動の規模は相当に大きい。
変に関わればこちらに損害がでる可能性もあった。
しかし、

……駄目だよなぁ、それじゃ。
そう言って後手後手に回ってしまえば意味がない。
ただでさえ自分たちの戦い方は正攻法ではない。ある程度指針が見えた以上、迅速に他の陣営に接触しなくてはならないのだ。
故に機会を窺い、接触のタイミングを計っていたのだ。

「……それであの“少佐”の使いが何の用だ」

赤いコートの男、アーカードが尋ねてきた。
その間にも彼は剣と銃で鍔迫り合いをしている。
変な人たちだなぁ、流石は少佐の知り合いだ、などと考えながら、

「交渉だ」

正純は言った。

「王立国教騎士団/HELLSING、アーカード」

ここで失敗するわけにはいかない。
今後の戦争において、ここは大きな分水嶺になる。

「ローマ・カトリック・ヴァチカン教皇庁、アンデルセン神父」

故に、

「そして他のマスターたちよ――私たちは貴殿らに交渉を申し込む」

ここに来て正純は交渉の場に立つ。
かつての三陣営が終結した今こそ、彼らを取りまとめる唯一無二の機会である。

「私はこの聖杯戦争、その存在そのものに疑問を提唱する。
 こんなものは“戦争”ではない。私たちはそう考えた。
 この聖杯戦争において、真の敵は誰か、真に“戦争”すべき何か、それを語るべく――私はここに来た」

その言葉と共に正純の戦いが始まった。
この聖杯戦争における異端中の異端。例外的なスタンスをとっていた彼らの戦いが幕を開けたのだ。

一日目の終わりと共に災厄のサーヴァントは退場した。そして遂に異端の陣営が表舞台に立った。
それは――聖杯戦争は次の段階へ移行することを意味していた。


498 : 祭りのあとには ◆Ee.E0P6Y2U :2015/07/06(月) 22:54:15 O3SQGPNg0

[C-6/錯刃大学・春川研究室/一日目/未明]

【電人HAL@魔人探偵脳噛ネウロ】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]『コードキャスト:電子ドラッグ』
[道具] 研究室のパソコン、洗脳済みの人間が多数(主に大学の人間)
[所持金] 豊富
[思考・状況]
基本:勝利し、聖杯を得る。
 1.潜伏しつつ情報収集。
 2.ルーラーを含む、他の参加者の情報の収集。特にB-4、B-10。
 3.他者との同盟,あるいはサーヴァントの同時契約を視野に入れる。
 4.『ハッキングできるマスター』はなるべく早く把握し、排除したい。
 5.性行為を攻撃として行ってくるサーヴァントとに対する脅威。早急に情報を入手したい。
[備考]
※洗脳した大学の人間を、不自然で無い程度の数、外部に出して偵察させています。
※大学の人間の他に、一部外部の人間も洗脳しています。(例:C-6の病院に洗脳済みの人間が多数潜伏中)
※ジナコの住所、プロフィール、容姿などを入手済み。別垢や他串を使い、情報を流布しています。
※他人になりすます能力の使い手(ベルク・カッツェ)を警戒しており、現在数人のNPCを通じて監視しています。
 また、彼はルーラーによって行動を制限されているのではないかと推察しています。
※カッツェとはメールアドレスを互いに知っている為、メールを通して連絡を取り合えます。
 ただし、彼に渡したメールアドレスは学生に作らせた所謂「捨て垢」です。
※サーヴァントに電子ドラッグを使ったら、どのようになるのかを他人になりすます者(カッツェ)を通じて観察しています。
 →カッツェの性質から、彼は電子ドラックによる変化は起こらないと判断しました。
  一応NPCを同行させていますが、場合によっては切り捨てる事を視野に入れています。
※ヤクザを利用して武器の密輸入を行っています。テンカワ・アキトが強奪したのはそれの一部です。


[C-6/錯刃大学・近辺/一日目/未明]

【宮内れんげ@のんのんびより】
[状態]魔力消費(回復)ルリへの不信感 擦り傷
[令呪]残り1画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]十円
[思考・状況]
基本行動方針:かっちゃん!
1.かっちゃんに友達できてよかったん……
2.るりりん、どうして嘘つくん?
3.はるるんにもあいたい
[備考]
※聖杯戦争のシステムを理解していません。
※カッツェにキスで魔力を供給しましたが、本人は気付いていません。
※昼寝したので今日の夜は少し眠れないかもしれません。
※ジナコを危険人物と判断しています。
※アンデルセンはいい人だと思っていますが、同時に薄々ながらアーカードへの敵意を感じ取っています。
※ルリとアンデルセンはアーカードが吸血鬼であることに嫌悪していると思っています。
※サーヴァントは脱落しましたが、アーカードがカッツェを取り込んだことにより擬似的なパスが繋がり生存しています


499 : 祭りのあとには ◆Ee.E0P6Y2U :2015/07/06(月) 22:54:49 O3SQGPNg0


【アレクサンド・アンデルセン@HELLSING】
[状態]健康
[令呪]残り二画
[装備]無数の銃剣
[道具]ジョンスの人物画
[所持金]そこそこある
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を託すに足る者を探す。存在しないならば自らが聖杯を手に入れる。
1.カッツェを“敵”と認定。
2.昼は孤児院、夜は廃教会(領土)を往復しながら、他の組に関する情報を手に入れる。
3.戦闘の際はできる限り領土へ誘い入れる。
[備考]
※方舟内での役職は『孤児院の院長を務める神父』のようです。
※聖杯戦争について『何故この地を選んだか』『どのような基準で参加者を選んでいるのか』という疑念を持っています。
※孤児院はC-9の丘の上に建っています。
※アキト、早苗(風祝の巫女――異教徒とは知りません)陣営と同盟を組みました。詳しい内容は後続にお任せします。
※ルリと休戦し、アーカードとそのマスターであるジョンスの存在を確認しました。
 キリコのステータスは基本的なもの程度しか見ていません。
※美遊陣営を敵と判断しました。
※れんげは「いい子」だと判断していますが、カッツェに対しては警戒しています。

【ジョンス・リー@エアマスター】
[状態]顔面に痣、疲労(大)、右腿の銃痕(応急処置済み)、右指に切り傷
[令呪]残り一画
[装備]なし
[道具]ジナコの自宅の電話番号、ホシノ・ルリの連絡先を書いた紙
[所持金]そこそこある
[思考・状況]
基本行動方針:闘える奴(主にマスターの方)と戦う。
1.どうする
2.あの男(切嗣)には必ず勝つ。狭間ともいずれ決着を。ただ、狭間のサーヴァント(鏡子)はなんとかしたい。
3.ある程度したらルリに連絡をする。
4.錯刃大学の主従はランサー(ヴラド三世)との戦闘後に考える。
5.聖と再戦する。
[備考]
※宝具の発動と令呪の関係に気付きました。索敵に使えるのではないかと考えています。
※聖、ジナコの名を聞きました。アサシン(カッツェ)の真名を聞きました。
※ランサー(ヴラド三世)の声を聞きました。
※アサシン(カッツェ)、セイバー(ロト)、アーチャー(エミヤ)のパラメーターを確認済み。
※科学忍者隊ガッチャマン、おはよう忍者隊ガッチャマン、ガッチャマン(実写版)におけるベルク・カッツェを把握しました。
 →『ベルク・カッツェ』の最期まで把握しました。カッツェがNOTEを所持している可能性も考慮しています。
※狭間偉出夫の容姿と彼のサーヴァント(鏡子)の『ぴちぴちビッチ』を確認しました。更にサーヴァントの攻撃が性的な攻撃だと気づいてます。
 狭間偉出夫が実力の大部分を隠していると気づいています。
※狭間偉出夫から錯刃大学の主従についての情報を受け取りました。
 受け取った情報は『春川英輔について』『超常の反撃能力について』です。
※狭間偉出夫の『トラフーリ』を確認しました。切嗣戦と合わせてマスターの中に『ジョンスの常識を超えた技を使える者』が居ることに気づきました。
 魔法の存在にも存外理解があります。


500 : 祭りのあとには ◆Ee.E0P6Y2U :2015/07/06(月) 22:55:07 O3SQGPNg0


【アーチャー(アーカード)@HELLSING】
[状態]魔力充填
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:主(ジョンス・リー)に従う。
0.ランサー(ヴラド三世)と戦うために廃教会へ。
1.さて
2.錯刃大学の主従をどうするか。
3.アーチャー(エミヤ)そしてセイバー(ロト)と再戦し、勝利する。
4.性のサーヴァント(鏡子)に多大な興味。直接会い、再戦することを熱望。狭間には興味なし。
5.アサシン(カッツェ)が起こそうとしている戦争には興味がある。
6.アサシン(カッツェ)が接触してきた場合、ジョンスに念話で連絡する。
7.参加者中にまだまだ『ただの人間から英雄へと至った者』が居ると考えています。彼らとの遭遇も熱望してます。
[備考]
※セイバー(ロト)の真名を見ました。主従共に真名を知ることに余り興味が無いので、ジョンスに伝えるかどうかはその時次第です。
※セイバー(ロト)の生前の話を知りました。何処まで知っているかは後続の書き手さんに任せます。少なくとも魔王との戦いは知っているようです。
※アーチャー(エミヤ)の『干将莫耶』『剣射出』『壊れた幻想』を確認しました。
※狭間が『人外の存在』だと気づいています。
※ライダー(鏡子)の宝具『ぴちぴちビッチ』を確認しました。彼女の性技が『人間の技術の粋』であることも理解しています。
 そのため、直接出会い、その上での全力での闘争を激しく望んでいます。ちなみに、アーカード的にはあれは和姦です。
※英霊中に人間由来のサーヴァントが多数居ることを察しています。彼らとの闘争を心から望んでいます。
※ヴラド三世が、異なる世界の自身だと認識しました。また、彼を“人間”だと認識しています。
※ヴラド三世のマスターを知りました。
※カッツェを美味しく頂きました。時々胸から妙な声が聞こえますが無害です。


【シャア・アズナブル@機動戦士ガンダム 逆襲のシャア】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:無し
[道具]:シャア専用オーリスカスタム(防弾加工)
[所持金]:父の莫大な遺産あり。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争によって人類の行方を見極める。
1.アーカードたちと交渉。
2.赤のバーサーカー(デッドプール)を危険視。
3.サーヴァント同士の戦闘での、力不足を痛感。
4.本多・正純と同盟を組み協力し、彼女を見極める。
5.ミカサが気になる。
[備考]
※ミカサをマスターであると認識しました。
※バーサーカー(デッドプール)、『戦鬼の徒(ヴォアウルフ)』(シュレディンガー准尉)、ライダー(少佐)のパラメーターを確認しました。
※目立つ存在のため色々噂になっているようです。
※少佐をナチスの英霊と推測しています。


501 : 祭りのあとには ◆Ee.E0P6Y2U :2015/07/06(月) 22:55:24 O3SQGPNg0

【アーチャー(雷)@艦隊これくしょん】
[状態]:健康、魔力充実(小)
[装備]:12.7cm連装砲
[道具]:無し
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに全てを捧げる。
1.シャア・アズナブルを守る。
2.バーサーカー(デッドプール)を危険視。
3.とりあえず今は正純の護衛。
[備考]
※バーサーカー(デッドプール)、『戦鬼の徒(ヴォアウルフ)』(シュレディンガー准尉)、ライダー(少佐)の姿を確認しました。


【本多・正純@境界線上のホライゾン】
[状態]:目眩、とても空腹、倒れそう
[令呪]:残り三画
[装備]:学生服(月見原学園)、ツキノワ
[道具]:学生鞄、各種学業用品
[所持金]:さらに極貧
[思考・状況]
基本行動方針:他参加者と交渉することで聖杯戦争を解釈し、聖杯とも交渉し、場合によっては聖杯と戦争し、失われようとする命を救う。
1. アーカードたちと交渉を。
2. マスターを捜索し、交渉を行う。その為の情報収集も同時に行う。
3. 遠坂凛の事が気になる。
4. 聖杯戦争についての情報を集める。
5. 可能ならば、魔力不足を解決する方法も探したい。
6. シャアと同盟を組み、協力する。
[備考]
※少佐から送られてきた資料データである程度の目立つ事件は把握しています。
※武蔵住民かつ戦争に関わるものとして、アーチャー(雷)に朧気ながら武蔵(戦艦及び統括する自動人形)に近いものを感じ取っています。
※アーカードがこの『方舟』内に居る可能性が極めて高いと知りました。
※孝一を気になるところのある武蔵寄りのノリの人間と捉えましたがマスターとは断定できていません。
※柳洞一成から岸波白野の住所を聞きました(【B-8】の住宅街)。
※遠坂凛の電話越しの応答に違和感を覚えました。
※岸波白野がまだ生きているならば、マスターである可能性が高いと考えています。
※アーチャー(雷)のパラメータを確認しました。

【ライダー(少佐)@HELLSING】
[状態]魔力消費(大)
[装備]拳銃
[道具]不明
[所持金]莫大(ただし、そのほとんどは『最後の大隊(ミレニアム)』の飛行船の中)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯と戦争する。
1.???
2.通神帯による情報収集も続ける。
3.シャア及び雷と同盟関係を取る。雷に興味。
※アーカードが『方舟』の中に居る可能性が高いと思っています。
※正純より『アーカードとの交戦は必ず回避せよ』と命じられています。令呪のような強制性はありませんが、遵守するつもりです。
※アーチャー(雷)を日本軍関係の英霊と考えています。


502 : ◆Ee.E0P6Y2U :2015/07/06(月) 22:55:44 O3SQGPNg0
投下終了です


503 : 名無しさん :2015/07/06(月) 23:38:28 SrMN.zdM0
投下乙!
…………そう来るかッッ! って感じの宝具の使い方! 完全にやられた!
スッッッゲーーーーおもしろかったです! おもしろすぎてキレそうだ!


504 : 名無しさん :2015/07/07(火) 00:00:31 kfSXSH/I0
投下乙です
最後までプロを見せつけたゴルゴと変われなかったジナコさん...ともかくお疲れ様でした
展開も一難去ったらまた一難と言う風にとてもワクワクしました
ついにヘルシング組が集結!HALも更に情報を溜め込む!一体どうなるやら
最後に...カッツェさんはざまあwwwwwww


505 : 名無しさん :2015/07/07(火) 00:35:12 3rtyjX3k0
投下乙!!
面白かった!!!


506 : 名無しさん :2015/07/07(火) 01:26:01 vNxM71cc0

すごい。このカッツェの倒し方はすごい。
アーカードの宝具もまるであつらえたようじゃないか。
リレーSSのすごさを見た


507 : 名無しさん :2015/07/07(火) 01:31:13 buFungNc0
投下乙です!
すげえ、最高だ、最高だこれw
吐き出せからの犬にして復活させてぶん殴るってのに笑っちまったw
なんでそんなアイディア思いつくんだw
カッツェはまさに完全敗北じゃねえか、今回w
それでいてカッツェの原作フル活用とかほんとやられたわ
しかしゴルゴカッコ良かったな。プロとニートでの対比や類似でのジナコの最後もすごく好きだわ


508 : ◆EAUCq9p8Q. :2015/07/07(火) 02:37:38 J8X.KF1I0
こればっかりはトリップつけて感想つけねばと思いました
トリ付きでの感想お許し下さい


はああああいwwwカッツェさんオワタあああwwwww

もう見事見事の押し倒しですよ!
まずは臆病者たち、「本当」と「嘘」から始まって結末行きのレールを走りだす
そうか、前回の引きの時点ですでにゴルゴ側からすれば裏切られたことになってたのか
悲壮感溢れるジナコの独白、逃れようのない「ひとりぼっち」の中で「きょげんへき」に溺れ、その結果ゴルゴの報復を受けてしまう
どうしようもない、どうあがいても変わらない。ジナコがジナコだからの結末
でも、彼女が彼女だったから、今回の舞台の幕を引けたのかもしれませんね

からのカッツェさん降臨www空気の読めないことに定評のある煽りクソ野郎ですよ
相手のことなんか全く考えていないからこそ調子に乗って地雷の上でタップダンス

ここでタイトルが変わりますね。Insight、そうインサイトです。ガッチャマンクラウズインサイト、絶賛放映中です(ダイマ)
前回のカッツェさんの話の引きのタイトルが「crowds are calling my name」でこの話が「Insight」っての非常に好きです
そんな話の区切れ目で真っ先に飛び込んでくるのが仕事人の足音
二度三度と繰り返し刻まれることで、着実に、確実に、相手へと迫る。この描写はさながらゴルゴ13本編
そして神父vsカッツェが始まるかと思いきや、遅ればせながらアーカードが到着
この二人が出会ってしまって何も起こらないはずがなく、そして無視されてカッツェが怒らないはずがなく
そこに突き刺さるジョンスの百話ぶりくらいのカッツェへの煽り。こうかはばつぐんだ!
始まろうとする闘争を切り裂く弾丸。任務完了。ああもう、最高にゴルゴ13です

場面は切り替わり、ジナコとゴルゴの最期へ
確固たる芯があるかどうか、「ほんとう」があるのかどうか、二人の臆病者の違いをこう持ってきますか……
でもジナコは自分がゴルゴにはなれないことを悟り、自分がゴルゴにならなくてもいいことを悟り。自分は普通の人間で、間違っていなかったことに気づく
それでも、自分が普通だと分かっても、少しだけ前を向けても、たとえゴルゴほどのプロになっても、「しののろい」からは逃れられない。揺るぎない真実
嘘ばっかりだったジナコは「真実」と向き合い、ゴルゴは何も言わずに依頼主の元から去っていく
この二人の結末は、苦くて、泣きたくなるほどシビアで、どこまでもひとりぼっち。なんとも切ない主従でした

そんな切ないお話の後で来るのがメシウマタイム
愉快な愉快なカッツェさんのお祭の結末。原作再現度高いけどクソ宝具じゃねえかと産声をあげたのが丁度一年前の7月でしたね。まさかそのクソ宝具が一年越しにこんな形で役に立つとは……
何がかっこいいってジョンスの一撃ですよ!やっぱりジョンスはこうでないと!
地の文に「ぶっとばしてやった」という勢いがあって、ジョンスのつっけんどんだが熱いセリフも相まって、完全にヨクサル!
そしてその後、ど根性カッツェと化すカッツェさん。
弱々しく暴言を吐くが、どこ吹く風の旦那はさすが旦那。カッツェさん、お友達出来てよかったっスね!ボクも嬉しいッス!
本編でははじめたんのおっぱいに、二次二次では旦那のおっぱいに封印されてしまったカッツェさん
もしやまだんばしくんはカッツェさんをおっぱいだと認識していたから女性かもしれないと思ったのでは?

さておき
そこからの次回への引きがまた極悪で
なんだこれはなんだこれは……HELLSING勢が一同に介するとは何が起こるというのだ……
愛人さんが一生懸命読んでるシーンが可愛い(小並感)
アーカードとヴラド公は互いの闘争を諦めていない以上、武独ジ三国会談以上に大波乱が起きそうです
というより、アンデルセン・ヴラド、ジョンス・アーカード、少佐、シャア・雷、れんちょんの中に放り込まれるせーじゅんの不憫さな
今後どうなっても、せーじゅんには強くたくましく生きていてほしい

そして完璧に漁夫の利を得て行った組が一つ
HALは着々と情報を揃えてますね。存在を感知してたカッツェが落ち、狭間組がHALの所在をリークしたアーカードの宝具を2つとも確認できたのは大きい
弦之介様が帰ってくればデップーの情報も手に入れて、ますます盤石かな?
でも、大学周辺が血ふぇすてぃばるんなのが問題ですね
ひょっとするとジャンヌちゃんが来て電子ドラッグ関連でひと波乱起こってしまうかも

神父のセリフ回しがかっこいいとか、ジナコさんのSG全制覇とか、プロフェッショナルへの名前変更とか、ど根性カッツェの今後とか、触れたい部分はまだまだありますけど行数足りなくなりそうなのでこの辺で
最大限の敬意を込めて、投下お疲れ様でした!!!


509 : 名無しさん :2015/07/07(火) 06:17:49 J1AR4QX.0
投下乙です!
おお、まさかカッツェのこんな退場のさせ方があったとはマジでビックリしました!
そしてジナコもゴルゴを理解したと思ったら、脱落してしまうのは何だか儚いです……


510 : 名無しさん :2015/07/07(火) 18:05:04 Q/b6qXok0
投下乙です!
メチャクチャ面白かったです!
すいません、カッツェさん並みに人間ナメてました!
まさか、あの状況をここまで美味く料理することが出来るなんて、完全に予想外でした‥‥‥天晴れです!ジョンス格好良くて、ゴルゴがハードボイルドで、アーカードがきっちりサーヴァントしてて、神父があくまでも神父で、そして何よりジナコさんが最期に納得と平穏を得られたのが良かったです
彼女の魂に安らぎのあらんことを‥‥‥‥

それはそれとして、誰か正純にご飯食べさせてあげて!
このままじゃ、聖杯戦争初(パロロワ初?)の餓死者が出ちゃう!


511 : 名無しさん :2015/07/07(火) 19:32:02 PLaUhe/20
投稿乙です☆
まさかのベルクカッツェ生存とはww
そしてあのアサシン達は....?


512 : ◆k7RtnnRnf2 :2015/07/12(日) 07:09:32 Ouy.yOVI0
これより投下します。


513 : 体調管理には注意しよう ◆k7RtnnRnf2 :2015/07/12(日) 07:10:23 Ouy.yOVI0


     01/ 選択……そして帰還


『へえ、今から帰っちゃうんだ?』
「そうだ。万全とは言えない今の状態では、聖杯戦争に勝てるとは限らない」
『マスターってそんなに消耗してたっけ?』
「…………君が私にしたことを忘れたのか? 忘れたとは言わせないぞ」
『ああ……そういえば、色々と気持ちよくなってたわよね。ごめんなさい!』
「ごめんなさい、の一言で済ませる気なのか? 君が……!」
『わかってるよ! 今度からはもうちょっと気を付けるわ……きっと』

 ライダーとして召喚されたサーヴァント・鏡子は、マスターである狭間偉出夫の決定に頷く。
 彼の選択は、一旦拠点に戻ることだった。理由は単純。明日に向けて体力を回復する事に努めることが、現状では最適の判断だから……らしい。
 狭間が体力を消耗した理由に心当たりがない訳がない。というよりも、鏡子が全ての原因だった。
 鏡子自身の放つフェロモンを始めとした様々な物質で強制的に発情させ、そして射精させる…………そのせいで、狭間の精力もまた大量に放たれてしまった。
 これでは確かに強敵と戦うことはできないだろう。流石にヤリすぎてしまったかもしれないと、鏡子は反省する。
 ……もっとも、それと狭間をイカせないことに関してはまた別の話だが。

「全く……それと、私の体調だけじゃない。あの高層マンションを消すほどの相手がいるとわかった以上、無暗に出歩くのも得策ではないだろう。
 君はあれだけの規模の攻撃に対抗できるのか?」
『それは……確かにできないね』
「だろうな。鏡子は性交こそが最大の武器だが、同時にそれしか武器を持たない。君は、君が見えていない相手の攻撃に対抗できないはずだ。
 君は性交の最中、相手のダメージを与えるだろう……だが、同時にそれは君にとって最大の隙にもなるんじゃないか?」
『……それも否定できないかも』

 狭間の言い分は尤もだった。
 "ぴちぴちビッチ"は鏡子が持つ手鏡に映し出された相手をしごいて、絞り、思考を奪い、絶頂させて、限界まで気持ち良くさせる唯一無二の能力。この技で数多の男を快楽で酔わせてきたし、時には同性もイカせた記憶がある。
 だけど、それは半径2kmまでに限られた。マンションを消滅させる程の攻撃は、どう考えても2kmを遥かに超える規模を持つだろう。もしも視界の外からそんな攻撃を受けたら一溜まりもない。
 また、仮にそんな強大な相手の懐に潜り込んで性交に持ち込めたとしても、その最中に他のマスターとサーヴァントに不意打ちされる危険だってある。相手を発情させる事においては他の追随を許さない魔人だが、それ以外の力を鏡子は持たない。
 狭間が言うように、性交をしている最中に2km以上離れた所からライフルなどで狙撃されたりしたら、その時点で敗北する。そうなっては、マスターである狭間だって脱落だ。

「君が性交したいのは勝手だ。そうすることで私達が勝てるのならば、私としても大いに構わない……だが、周りに目を向けることも忘れるな。
 鏡子は確か聖杯に……その、あれだ。あれを…………注ぎたいんじゃ、なかったのか?」
『精液と愛液? うん! 溢れるほどに注ぎたいよ!』

 鏡子が満面の笑みと共に返答する。すると、狭間は表情を顰めながら大きく溜息を吐いた。
 呆れているのか、怒りを感じているのか、それとも全く別の感情なのかを鏡子は知らない。だけど、そんな狭間の反応すらも面白く見えてしまった。

「…………その為にも、体勢を整える必要がある。目先の快楽ばかりに溺れて最終目的を忘れては、本末転倒だ!
 それなのに君ときたら敵のサーヴァントだけじゃなく、僕までもその手にかけて……君は本当に勝つ気があるのか!?」
『ああ、だからごめんなさいって言ってるでしょ? その点に関しては私も反省しているわ』
「ならば、次からはちゃんと下着を履くんだ! 脱ぐにしても、サーヴァントと戦う時だけにするんだ! そして替えの下着も用意する!
 それを約束しなければ、僕は君の言葉を信用しない!」

 人気がないのをいいことに、狭間は感情任せに言葉を吐き出し続ける。
 今、ここに誰もいなくてよかったと鏡子は思う。傍から見れば、今の狭間は変質者だ。いい歳した男が下着のことを叫ぶなど正気ではない。
 だが、こればかりは流石に笑うことはできないだろう。実際、マスターまでも必要以上に発情させて精力減退させては、肝心な時に戦いにならない。それにこのまま叫んでいる所に誰かが通りかかったら……それこそ、本当に狭間を変質者にさせてしまう。
 これでは通報されかねないし、それが原因で警察に捕まったら聖杯戦争どころではなくなる。


514 : 体調管理には注意しよう ◆k7RtnnRnf2 :2015/07/12(日) 07:11:25 Ouy.yOVI0
『わかったわ。あなたの言うことも尤もだし、それは確かに約束しないといけないわね。あなただけじゃなく、私自身の為にも』
「当然だ。マスターである僕は君にとって生命線であることを絶対に忘れるな。これは聖杯戦争における基本中の基本だ」
『オッケー! ……あ、バスが来たみたいよ』

 頷いた鏡子の目に一台のバスが飛び込んでくる。あれは丁度、錯刃大学に向かうバスだった。
 丁度いいタイミングだと鏡子は笑みを浮かべる。

『でもマスター。これから籠城するのはいいけど、もしもマンションの近くに他のマスターが近づいたのなら……その時は、いいわよね?』
「それは構わない。だが、あまり騒ぎを起こしたりするな。そこから私達の存在が他のマスター達に知られては厄介だからな」
『やったあ! 大丈夫……私は騒ぎにならない程度にエッチをする方法も知っているから』
「だといいがな……さて、乗るぞ」

 狭間の後を追うように、鏡子もまたバスに乗った。
 乗るのがバスじゃなくて、股の上だったらいいのにな……と、まるで明日の天気が晴れになるのを期待するようなことを考えながら、鏡子は窓の外を眺める。
 この一日、色々なことがあった。
 童貞の狭間偉出夫に召喚されてしまい、彼に性の快楽を叩き込んだ……それから、男前なランサーと性交していっぱい気持ち良くなった。彼の精液を大量に飲み込んだが、妊娠はしていないはず。
 というよりも、幽霊のような存在であるサーヴァントが妊娠などするのだろうか? 鏡子の中でそんな疑問が芽生えたが、今はそこまで重要なことではないという理由で切り捨てる。
 


 その後、またしてもサーヴァントを快楽に沈めようとしたが、逆にその倒錯的欲求は全て自分に跳ね返されてしまった。それを愉快と思いながらも、また違う赤いサーヴァントを絶頂させようとしたが…………奇妙な違和感を感じたのを忘れない。
 人間だけではない。無機物から宇宙を司る神秘まで、あらゆるものと性行為ができる鏡子ですらも、苦手意識を持ってしまう赤い大男。不可能、とはいかないが、彼との性行為は躊躇してしまう。
 理由はわからない。本当になんとなくなのか、あるいは彼に生理的嫌悪感を抱いたのか……いずれにせよ、また出会う時が来るのなら注意が必要だった。
 どんな理由にせよ彼は一筋縄ではいかないはずだから。


 だけど、今は狭間が言うように体力を回復させることを最優先に考えるべきだ。
 適当に返答をしたが、我を忘れて性行為ばかりをしていては最終目的である聖杯に辿り着かない。これだけは事実だ。
 それに不必要な性行為をしては狭間から反感を受けてしまう。そうなっては信頼を得られないだけでなく、赤と白の人達のような強敵を相手にした時に戦えなくなる。それは鏡子としても嫌だった。

『それにしても、今日はちょっと暑かったわね』

 だから今は、少しでもマスターと心を通わせるようになるためにも、鏡子は話を振る。
 強固にしては珍しく、性が関わらない話題で時間を潰そうとしていた。


515 : 体調管理には注意しよう ◆k7RtnnRnf2 :2015/07/12(日) 07:13:05 Ouy.yOVI0
『この街って今は夏なのかな?』
『さあな。本当に夏かもしれないし、あるいはこの世界に季節という概念はなく、ただあらゆるマスターとサーヴァントが公平に戦えるように設定されているのかもしれない。
 夏の暑さに苦しむことはなければ、冬の寒さに震えることもない……実に便利な世界だ』
『ふうん……じゃあ、もしも今が夏だったら熱中症には気をつけないといけないわね。暑い中で熱いセ…………じゃなくて、動くのも素敵だけど、水分補給を怠ったら大変だもの』
『……君が何を言おうとしたのかは聞かないことにする。だが、何故そんなことを急に言う? 私は小学生ではないぞ』
『わかってるって! でも、マスターは万全の状態で戦いたいんでしょ? だったら、身体は大事にしなきゃダメよ?』
『そんな心がけがあるのなら、私を発情させようとするな!』
『ふふっ、気をつけるわ』

 夜の風景を眺めながら適当に相槌を打つ。
 明日の天気がどうなるのかはわからないけど、もしも暑くなるのなら尚更対策は必要だった。サーヴァントだけではなく、そこに辿り着くまでの移動で熱中症にも気をつけなければならない。魔人皇である狭間にそこまでの心配は要らないかもしれないが。
 だけど、もしも彼が普通の人間と同じように暑さでダウンするようなことがあれば、それをカバーするのがサーヴァントの使命だろうか? 手鏡だけでなく、スポーツ飲料水やおでこに貼る熱冷却シートも必要だ。
 あと、あまり暑くない服装も重要だろう。そう考えるなら、ぱんつをはかないで下半身をすーすーさせるのは理想的かもしれないが……そんな提案をしたら狭間を怒らせてしまう。また、仮に本当に狭間が提案を受け入れたりなんかしたら、それはそれで大変だ。
 だからあえてこれは言葉にしない。


 他に大切なことは室内の気温調節だ。
 エアコンや扇風機で室内を涼しくするのが一般的に理想だけど、何らかの事情で電気が使えなくなるかもしれない。そうなったら、扇子や冷えたタオルなども必要だ。無論、水分補給も重要になってくる。
 PCの排熱も結構凄まじいので注意が必要だ。狭間の部屋にPCがあったかどうかは定かではないけど、本当にあるのなら気を付けよう。
 あとは栄養満点の食事でスタミナを付けて、適度な運動をすることが熱中症予防だ。塩やレモン、また夏野菜や梅干しが効果的だろう。


 …………と、ここまで考えて、これではビッチではなくお母さんみたいだと、鏡子は笑ってしまった。


 実際、性行為をする場所では色気を醸す雰囲気も大事だが、それ以前に快適でなければならない。大半のホテルだって空調は効いているはずだ。
 また激しく性行為をする為にも規則正しいな食生活や運動は必要だし、充分な睡眠だって欠かせない。これは性行為だけでなく学業にも……それこそ、日常生活では重要だ。
 もしかしたら、ビッチとしてランクを上げているうちに、より激しい性行為を行う為の基盤を大切にするようになったかもしれない……鏡子自身のステータスは低いが。


 そして、それを発揮する為にも今日はしっかり休んで、明日からまたいっぱいセックスをする。
 なんだ、いつも通りじゃないか。


 不意に彼女は同じ番長グル―プの一員である両性院男女を想う。
 彼/彼女は誠実で真っ直ぐだった。鏡子から徹底的に絞られて、理性が吹き飛ぶ一歩手前まで愛撫されたにも関わらず、精液でべとべとになってしまった手を握り締めてくれた。そこに邪な感情は見られない。
 彼/彼女は私のことを覚えてくれているのか? 激しく愛撫したとはいえ、"魔人"が関わる抗争でそれは些細なことになるかもしれない。あの一夜だって、一時の歓びに過ぎなかった。
 もしかしたら、いつか忘れられてしまう可能性だってある。


 だけど今は両性院のことばかり考えていられない。ビッチとして、そしてサーヴァントとしてここにいる狭間を勝たせなければいけないのだから。
 その為にも、彼の身体を少しは気遣わなければならない。快楽的な意味だけでなく、肉体的な健康の意味でもだ。

『ねえ、マスター』
『なんだ?』
『今夜は一緒のベッドで寝る? そこで私達の愛を…………』
『別々に寝ろ!』
『……はぁい』

 その途端、狭間の股間から微量の性臭が漂ってきて、漏らさせてしまったと鏡子は反省する。
 尤も、それもすぐに忘れてしまったが。


516 : 体調管理には注意しよう ◆k7RtnnRnf2 :2015/07/12(日) 07:13:34 Ouy.yOVI0


【C-8/バス内/一日目 夜間】


【狭間偉出夫@真・女神転生if...】
[状態] 健康、気力体力減退、体スッキリ
[令呪] 残り二画
[装備]
[道具] 鞄(生活用具少し、替えの下着数枚)
[所持金] いくらかの現金とクレジットカード。総額は不明
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝つ。
0.B-4で何かが起こっているらしいな。
1.夜間活発になるであろう参加者たちに警戒。一旦拠点に帰って鏡子に監視させながら籠城。
2.錯刃大学の主従(HAL組)との直接対峙は避けたい
[備考]
※まだ童貞。
※遠坂凛組、ジョンス組を確認しました。ジョンス組に錯刃大学の主従について知っている情報を渡しました。
※錯刃大学に存在するマスターとサーヴァントの存在を認識しました。
 春川英輔(電人HAL)がマスター、ないし手がかりになるだろうと考えています。
 春川英輔の経歴と容姿についてネット上に公開されている範囲で簡単に把握しました。
※学校は必要に迫られない限りは行かないつもりです。
※状況次第で拠点の移動も考えています。
※ジョンス組を今回の聖杯戦争中上位の戦闘力を持ち、かつ狭間組が確実に優位に立てる相手だと判断しました。
 好戦性も踏まえて、彼らの動向には少しだけ興味があります。
※鏡子が『絞り殺されることを望む真性のドM』の相手を望んでいないことを知りました。
※高層マンションが崩壊したことを知りました。通達に関連して集まった参加者たちによる大規模戦闘の結果だと考えています。


【ライダー(鏡子)@戦闘破壊学園ダンゲロス】
[状態]欲求不満(小)、はいてない?
[装備] 手鏡
[道具]
[所持金] 不明
[思考・状況]
基本行動方針:いっぱいセックスする。
0.狭間と共に帰還して体調を整える。
1.次はちょっと頑張っちゃおっかな!
[備考]
※クー・フーリンと性交しました。
※アーカードと前戯しました。自身の死因から彼に苦手意識が少しありますが性交を拒否する程度ではありません。
※甲賀弦之介との性交に失敗しました。
※ジョンスが触れることが出来たにも関わらず射精に至ってないことを知っています。ちょっとだけ悔しいです。
※錯刃大学に存在するマスターとサーヴァントの存在を認識しました。


517 : ◆k7RtnnRnf2 :2015/07/12(日) 07:14:51 Ouy.yOVI0
以上で投下終了です。
また、今からのシーズンは暑くなるので書き手氏及び読み手の皆様は体調管理に気を付けてください。


518 : 名無しさん :2015/07/12(日) 08:38:19 8uFBq2Xk0
朝からの投下乙です
>性交こそが最大の武器だが
事実なのにすごい基地外じみたセリフだw
あとこの一日でこの2人も大分仲良くなりましたね
コミュ障の狭間なのにちゃんと交流できてる


519 : ◆k7RtnnRnf2 :2015/07/15(水) 07:43:14 BjRKlLhY0
感想ありがとうございます。

そして月報なので集計を。
もしもミスがあったらすみません
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
147話(+ 5) 47/56 (- 3) 83.9 (- 5.4)


520 : ◆WRYYYsmO4Y :2015/07/16(木) 01:35:04 dWp3joSU0
投下します。


521 : 忍【ころすべきもの】. ◆WRYYYsmO4Y :2015/07/16(木) 01:37:11 dWp3joSU0
◆◆◆◆◆◆


 禍津冬木市。
 青い筈の空は赤黒く、活気づく筈の街には瓦礫が散乱する。
 そしてこの空間には、本来の冬木に無数にある"命"が欠如していた。
 虚無的な廃墟の街は、見た者に人類滅亡後の世界を彷彿とさせる。

 そんな街の中を、韋駄天の如く駆け抜ける主従がいた。
 忍殺のメンポを被ったアサシンと、そのマスターたる足立透である。
 二人はどういう偶然か、この謎めいた空間に飛び込んでいたのであった。

 彼等が探しているのは、この街からへの脱出手段である。
 この怪しげな空間では、何が起こるのか皆目見当もつかない。
 最悪、この街に足を踏み入れた事自体が、聖杯戦争のルール違反になりかねないのだ。
 もしそうであれば、どんな罰が下されるか分かったものではなかった。

 そして何より、アサシンには殺さねばならぬ敵がいる。
 彼の元マスターであったしんのすけの仇である、あの赤毛のサーヴァントの事だ。
 元より、アサシンは奴を殺す為に錯刃大学を目指していたのである。

 確信には未だ至らぬが、あのサーヴァントがあの場にいる可能性は高い。
 例え不在であったとしても、奴の居場所を突き止める手がかりがあるかもしれない。
 故に、なんとしてでもこの空間から脱出し、錯刃に向かわねばならなかった。
 "急いだヒキャクがカロウシした"などという諺があるが、今はそうも言ってられないのだ。

「あのさ、そこまで急がなくてもいいんじゃないの?」

 アサシンが負ぶっているマスター、足立透の気だるげな声が聞こえてくる。
 振り返ってみれば、彼の疲れ切った表情が目に入ってきた。
 破壊された両脚を始め、彼の身体は怪我だらけだ。疲労困憊しているのも無理はない。

「断る。今はアサシン=サンをスレイするのが最優先だ」
「いやさ、自分の身体見てみなよ?そんなボロボロで勝ち目あると思ってんの?」

 客観的に見れば、足立の言う事は正論であった。
 アサシンは先のランサーとの戦闘により、多大なダメージを負っている。
 チャドー呼吸により回復はしているものの、それでも快調とは程遠いのが現状だ。
 そんな状態で他のサーヴァントに挑むなど、無茶としか言いようがない。

「勝つ。そうでなければしんのすけが報われぬ」
「何それ、同じ子供殺しといてよく言うよ。あの娘とは命の重さが違うってワケ?」

 瞬間、アサシンの殺意を帯びた瞳が足立に突き刺さった。
 に混じるニンジャソウルを向けられ、足立は怯み上がってしまう。
 もう少し彼が気弱であれば、失禁していた事は言うに及ぶまい。

 足立の皮肉を聞いたアサシンは、彼との間に出来た壁を再確認する。
 元はと言えば、アサシンがキャスターの魔力炉を破壊したのが、足立の凋落の始まりなのだ。
 そんな悪魔の様な輩に、果たしてこの卑屈な男が心を開くものだろうか?
 分かり切った話だ――救い様がないお人好しでもない限り、そんな事はまずありえない。

「……ム」

 アサシンの瞳が、瓦礫の中に埋もれたテレビを捉えた。
 足立の言葉が正しければ、あれを経由して元の世界に帰還できる筈だ。
 そうとなれば話は早い。すぐにでも飛び込むべきだろう。

「や、やっぱりさ、もうちょっとここで休んでた方が――――」

 弱腰になった足立の言葉などまるで気にも留めずに。
 先を急ぐアサシンは、テレビに向かっていったのであった。


522 : 忍【ころすべきもの】. ◆WRYYYsmO4Y :2015/07/16(木) 01:40:02 dWp3joSU0
◆◆◆◆◆◆


 洗脳したNPCの報告を聞きに【C-5】へ向かった切嗣を待っていたのは、二人のサーヴァントによる戦闘の光景だった。
 片方は潰すべき敵と認識した赤黒のアサシン、そしてもう片方は、最初に襲撃した竜のランサーである。
 ただ情報を受け取りに来ただけだと言うのに、まさかこんな派手な戦いの見物人になろうとは。
 棚から牡丹餅と言わんばかりの状況に、流石の切嗣も驚きを隠せなかった。

 驚くのはそれだけではない。聞くに、お隣の【C-6】で暴動が発生したというではないか。
 さして治安も悪くないこの街で、民が武器を持ち暴れ回るなど考えられない事だ。
 十中八九サーヴァントの仕業だろうが、まさかこんな早い時期に大事を起こす輩がいるとは。

『騒ぎに乗じるかね、マスター?』
「まさか。どう見たって罠じゃないか」

 思うに、この暴動は単なる愉悦目的のものではないだろう。
 騒ぎを聞きつけたサーヴァントの情報を得る、あるいは特定の主従を炙り出す。
 そういった目論見が隠されている可能性を、切嗣は考慮に入れていた。
 下手に動いて、アーチャーの情報を敵に悟られる訳にはいかない。
 それ故、自身の僕を戦場に送り出す気にはなれなかった。

「アーチャー、アサシン達の戦いが終わり次第、暴動を監視に移ってくれ。有益な情報が見つかるかもしれない」

 とはいえ、そんな罠にのこのこと釣られてくる者がいるもの事実。
 予め監視の目を投入し、敵の情報を得られるケースに備えるべきだろう。

 アーチャーが見張りをしている間、切嗣はNPCと合流。
 彼等から学園内部の情報を得て、明日も同様に情報収集にあたれと命ずる。
 そんな事をしている内に、現在進行形で起きていた戦いは決着がついていた。

『どうやらランサーが勝利したようだ。やれやれ、まさか奴を単騎で撃破するとはな』

 ランサーへの賞賛を込めた、しかしどこか残念そうな口調で、アーチャーは報告する。
 元々、ランサーとの戦いで消耗したアサシンを狙撃で抹殺するという予定だったのだが、
 まさか――マスターの助力が大きいとはいえ――たった一人であのサーヴァントを打ち倒すとは。

「アーチャー、そこからランサーのマスターを撃てるか?」
『それは厳しいな。単騎ならまだしも、覆面のサーヴァントを仲間に引き入れているとなるとな』

 どうやら、全身タイツのサーヴァントとそのマスターまでその場にいたらしい。
 【B-4】でのキャスターとの戦いを経たその後、ランサー達と同盟を組んでいたとは。
 現状のアーチャーのコンディションを鑑みるに、今彼等を襲うのは無謀と言う他無い。

「少し惜しいが、今回は見逃しておこう。今は暴動の監視を頼む」

 事務的にそう告げ、切嗣はアーチャーとの念話を切る。
 そうして頭に浮かぶのは、ランサーとそのマスターの対策法だった。
 アーチャーの話を聞くに、ランサー自体は恐るべき力を持っている訳でもない。
 しかし、マスターの的確な指示と魔術礼装――と思しきもの――が、彼女の実力を大きく上昇させているのだという。


523 : 忍【ころすべきもの】. ◆WRYYYsmO4Y :2015/07/16(木) 01:43:58 dWp3joSU0
(……狙うべきはやはりマスターか)

 マスターが関わる事で脅威となるのなら、そのマスターを先に排除するのが得策だ。
 ランサーと彼を引き離し、各個撃破する。それが現状で考え得る最良の手段である。
 が、果たして如何様にして彼等に単独行動をとらせるべきだろうか。
 アーチャーの狙撃が容易く通じない事も、朝方の戦闘で確認済みである。
 それ一つに頼らない、もっと別の搦め手を用いる必要があった。

(やはり人手が足りないな。猫の手も何とやら、というやつだ)

 舞弥やアイリスフィールという協力者がいる第四次聖杯戦争と違い、この聖杯戦争はアーチャー一人が頼りだ。
 如何にサーヴァントとはいえ、流石に一人だけでは出来る事にも限界がある。
 必要なのは協力者。NPCなどではない、同じ聖杯戦争を生き抜く者の手がいるのだ。

 ひとまず、今は暴動を通じた情報収集に勤しむとしよう。
 それが終わったら、月海原学園を本格的に調べ上げでもしようか。
 ランサーのマスターの存在といい、どうやらあの場にも英霊の気配が漂っているのだから。

『マスター、少しいいか』

 そんな中、アーチャーの声が耳に飛び込んできた。
 一体何が起こったのか、彼の声色には動揺が入り混じっている。

「何があった、アーチャー」
『あの赤黒のアサシン、どうやら死に損なっていたらしい。
 今しがたマスターを負ぶって駆け出して行ったところだ』
「……何だと」

 斃されたとばかり思っていたアサシンが、まだ生きていた。
 アーチャーが言うには、何も無い筈の瓦礫から突如として現れたのだという。
 何らかの宝具を用いる事で、どうにか死を免れたと考えるべきだろう。

 が、ランサーとの戦いで負った傷は、今も健在のようである。
 事実、アサシンはどう見ても満身創痍であり、動いているのがおかしいくらいだ。
 一体全体、何があのサーヴァントを突き動かしているのか。切嗣は理解しかねていた。

『尤も、相手も深手を負っているようだがな。如何にする?マスター』
「……奴を討てるか?」
『傷を負った身だが……なに、瀕死のサーヴァントを仕留める程度の余力はある』

 アーチャー自身、まだバーサーカーとの戦いの傷がまだ残っている。
 しかしながら、アサシンのそれと比べれば無傷も同然だろう。

 抹殺対象は既に瀕死状態、この好機を逃す訳にはいかない。
 切嗣が少しばかり考えた後、アーチャーにこう告げた。

「分かった、君のその余力を信じるとしよう。アーチャー、"確実に"アサシンを始末しろ」


524 : 忍【ころすべきもの】. ◆WRYYYsmO4Y :2015/07/16(木) 01:45:04 dWp3joSU0

◆◆◆◆◆◆


 アサシンの背後から"剣"が襲い掛かってきたのは、建物から建物へ飛び移った直後であった。
 一直線に飛来してくるそれを感知した彼は、振り返り様に手裏剣(スリケン)を投擲。
 手裏剣と激突した剣は軌道をずらし、アサシンの少し真横を通り過ぎる事となった。

 が、あらぬ場所に着弾するかと思われた矢は、あろうことか"軌道をこちらに向けてきた"。
 それに気付いたアサシンは、放たれた剣に自動追尾機能がある事を察する。
 彼は向かってくる剣の軌道上に立ちはだかり、手裏剣を携えた両腕をクロスさせる。
 そして、上半身に縄のような筋肉が浮き上がる程の力を込めた後、手裏剣二枚を同時に放った。
 これぞアサシンが持つ技に一つ――"ダブル・ツヨイ・スリケン"である。
 二重螺旋を描く手裏剣と飛来する剣はぶつかり合い、跡形もなく砕け散った。

「足立=サン。サーヴァントが追ってきている。しばらく隠れてもらうぞ」

 建物と建物の間、小汚い路地裏に足立を下ろし、そう告げる。
 それを聞いた足立は、馬鹿じゃないのかと言わんばかりに顔を歪めた。

「何言ってんのさ!?まさか迎え撃つつもりじゃないだろうな!?」
「然り。奴とのイクサは避けようがないと見た」

 襲撃者が射撃を得意としている事は、最早自明の理だ。
 それだけならまだいいのだが、問題は射撃に用いた剣である。
 敵を追尾するあの剣を多用されると、流石のアサシンも足立を護り切れなくなる。
 それ故に、今は足立を比較的安全な場所に隠し、あえて真っ向勝負に挑むのだ。

 こうして敵に所在が露見したのは、足立の存在が大きい。
 気配を殺す術を持たない足立は、簡単に相手に補足されてしまう。
 例えアサシンが気配遮断を行ったとしても、足立を運んでいてはまるで意味が無い。
 言うなれば、足立がアサシンの場所を指し示しているも同然なのだ。

「奴をスレイした後迎えに来る。それまでは安静重点だ」

 そうとだけ言い残し、アサシンは戦場へと戻っていく。
 来た道を少しばかり引き返すと、狙撃手の姿が目に入ってきた。
 どうやら、相手自らアサシンの元へやって来たようだ。
 先の狙撃は、自身を足止めする為の罠だったという訳か。

 平安時代の剣豪ミヤモト・マサシに諺に、"弱ってきたらさらに棒で叩く"というものがある。
 冬木で言う"泣きっ面に蜂"と同じ意味合いであり、今のアサシンの状況を的確に言い表した言葉だ。
 だが、それがどうしたというのか。ここで動かなければ、アサシンに待っているのは死だけだ。

「ドーモ、アーチャー=サン。アサシンです」
「これから殺し合う相手に挨拶とは、随分と律儀なサーヴァントだな」

 アイサツを無視したアーチャーの行為は、アサシンが元いた世界では無礼に値する。
 が、ニンジャの流儀など知らぬアーチャーには、そんな事は全く関係ない。
 これは聖杯戦争――ニンジャ同士の戦いではない、ただの殺し合いなのだから。

 味方もいない、背水の陣を絵に描いた様な状況。
 それでもなお、アサシンは己のカラテを振るうのを止めはしない。
 しんのすけを殺した憎き仇が、すぐ目と鼻の先にいるのだから。
 そして何より――アサシンはまだ、こんな場所で死ぬ訳にはいかないのだ。

「……イヤーッ!」

 ぼろぼろの肉体に似合わぬ、力強い掛け声が響く。
 僅かなミスをも許されぬ決死行が、幕を開けた瞬間であった。


525 : 忍【ころすべきもの】. ◆WRYYYsmO4Y :2015/07/16(木) 01:48:46 dWp3joSU0
◆◆◆◆◆◆


 両脚を破壊された今、足立透は二本の脚で立つ事すらままならない。
 アサシンに言われるまでもなく、彼はその場から動かずにいた。

 彼の真上では、丁度サーヴァントの戦いが起こっているところである。
 アサシンの事だから、よもやアーチャーがこちらに襲い掛かってくる事態にはならないだろう。
 主を平然と裏切るサーヴァントではあるが、実力は確かなのだから。

 どうしてこんな事になってしまったのだろう。
 路地裏という孤独な世界の中で、足立は自らの旅路を振り返る。
 一体全体誰のせいで、こんな場所で独りぼっちになる羽目に陥るのか。

 マスターに無許可で250人もの魂喰いを行ったキャスターだろうか?
 魔力炉を破壊し、悪事が露見する切っ掛けを作ったアサシンだろうか?
 それとも、キャスターを手こずらせ、アサシンが付け入る隙を作ったランサーか?

「クソッ……クソォ……!どいつもこいつも、なんで僕に都合よくならないんだよ……!」

 こんな目に遭っているのは、決して自分のせいではない。
 魔力炉の件にしたって、もっと防備を強化すればアサシンを侵入させずに済んだのだ。
 だから自分は悪くない。非があるのはサーヴァント達だけだ。

 それだけではない。自分の邪魔をしたあのクソ生意気なガキも同罪だ。
 二度も自分達の前に立ち塞がり、そして勝利したあの少年。
 仲間と協力し合い、その絆を尊いものと信じて止まない青二才。
 あのガキさえいなければ、今頃あのマンションで悠悠自適な生活を送っていたに違いないのだ。
 向かってくるアサシンもランサーも屠り、勝者として君臨できたに決まっている。

(消してやる!あのガキも、あのサーヴァントもだ!)

 足立は決して、あの少年――岸波白野を許す事は無い。
 自分とは対極の位置にあり、そして掴む筈だった勝利を奪い取ったあの子供を。
 絆を嘲笑するこの男が、少女との絆を重んじた者を受け入れる筈が無い。

 今の足立には、歩く機能も、令呪も、並み以上あった筈の魔力さえ残されていない。
 だが、この胸にある執念さえ残っていれば、まだ戦える自信があった。
 あの子供の絆を砕き、絶望の中で嬲り殺すという復讐の意思が、今の足立の原動力となっていたのだ。

「今に見てなよ……お前らが言う絆なんて、どれだけ下らなくて無意味って事を僕が――」

 自分を鼓舞する様な啖呵は、口から溢れ出た液体によって阻まれる。
 地面にぶちまけられたそれは、怖気が走る程真っ赤な色をしていた。
 これはたしか血液というやつだと、足立は呑気に分析する。

 直後、心臓部が異様な熱と痛みを帯び始めた。
 何事かと、吐き出された血など気にも留めずに下を向けば。
 先程まで何も無かった筈の心臓部を、異物が食い破っていた。


526 : 忍【ころすべきもの】. ◆WRYYYsmO4Y :2015/07/16(木) 01:49:34 dWp3joSU0

「…………あ゛?」

 なんだこれは。

 なんだこれは。なんだこれは。なんだこれは。
 なんだこれは。なんだこれは。なんだこれは。
 なんだこれは。なんだこれは。なんだこれは。

 何故こんなものが自分の身体を貫いているのだ。
 どうして身体から血がどくどくと流れ出るのだ。
 何が理由で、激痛に支配されねばならないのだ。

 薄れかかる意識の中、足立に浮かぶのは"暗殺者"の単語。
 無力なマスターを屠るのを戦術とする者なら、この地に何人もいるではないか。
 例えばそう、今の自分が契約している、赤黒のサーヴァントの様な奴が。

「……そういう……事、かよ」

 結局の所、あのアサシンは端から自分を裏切る算段だったのだ。
 碌に歩けない役立たずから、僅かでも魔力を奪う気でいたのだろうか。
 しかし、どんな理由があったにせよ、足立の死は最早必然だった。

 所詮人というのは、都合が悪い者を容易く切り捨てる生き物なのだ。
 今の足立がそうである様に、切り捨てられた者にはなんの慈悲も与えはしない。
 そんな生命が絆だの約束だの、なんて馬鹿らしくて下らない話だろうか。

 見るといい、少年。そして絶望しろ。
 これこそが世界の真実で、抗い様のない"現実"なのだ。
 いずれ絆なんてものが絵空事である事に気付く、その時がせいぜい楽しみだ。

 思わず頬が吊り上がり、口元が醜く歪む。
 世界への失望と、憎き少年への侮蔑の念を込めた、とびっきりの嘲笑。
 足立透という男を象徴するかの様な、不愉快な笑みであった。

(見ろよ、やっぱりこの世界なんて――――)

 "クソでしかないんだよ"、という言葉が、紡がれる事は無い。
 ひゅん、と白刃が走り、足立の首を綺麗に切断したからだ。
 刎ね飛ばされた彼の頭部には、嘲笑が張り付いたままだった。

 それで終わりだ。足立透は、かつて死なせた幼児と同様に。
 あまりにも呆気なく、現状すら把握できないまま命を散らす。

 絆を拒んだ男は、結局何一つ思い通りにいく事も無く。
 何一つ音の無い"虚無"の中で、独りぼっちのまま、死んだ。


527 : 殺【ほろびゆくもの】. ◆WRYYYsmO4Y :2015/07/16(木) 01:51:41 dWp3joSU0
◆◆◆◆◆◆


 投影した干将・莫邪を構え、アサシンへ肉薄する。
 対するアサシンは、アーチャーが繰り出した斬撃を次々にいなしていく。
 それどころか、彼に出来た一瞬の隙を突き、自らの拳を叩き込まんと襲い掛かってきた。
 アーチャーは干将・莫邪でそれを防御。攻撃の余波により、双剣に僅かな罅が入る。
 瞬間、アーチャーは蹴りをアサシンに叩き込む事で、無理やりに距離を取る事に成功した。

 アサシンとアーチャーの闘争(イクサ)は、未だ続いていた。
 そして驚くべき事に、戦況は両者一歩も譲らぬ激戦となっている。
 ほぼ瀕死の状態だというのに、このアサシンの戦闘力(カラテ)は衰えていないのだ。

 想定済みの事態とはいえ、よもやここまでの手練れとは。
 拮抗した状況の中で、アーチャーは内心歯噛みした。
 こちらも大した傷は負ってないが、それはアサシンとて同じ事。
 それどころか、徐々に総身に負った傷が癒えている様にさえ見える。

 何かしらのスキルによる恩恵だろうか、アサシンは回復しつつある。
 このまま戦況が長引けば、全力で戦える状態まで傷が癒えかねない。
 もしそうなってしまえば、最早アーチャーに勝ち目はないだろう。

(多少勿体ないが、宝具を使うべきだったか?)

 アーチャーの宝具であり固有結界――『無限の剣製』。
 あれを発動すれば、アサシンを圧倒できるのは間違いないだろう。
 しかしながら、一日目という序盤で魔力を余計に消費するのは避けたい。

(贅沢は言ってられんな)

 とはいえ、早期決着に持ち込まねば敗北は避けられないのも事実。
 切嗣には悪いが、確実に始末する為にも宝具を解放するとしよう。
 そうした覚悟の元、アーチャーが詠唱を始めようとした、その時。

「足立=サン!?まさか……」

 マスターと思しき男の名を呼ぶアサシンは、目に見えて動揺していた。
 あの様子を見るに、そのマスターからの魔力供給が切れたと察するべきだろう。
 命綱同然の存在が消えたのだ。焦るのも無理はない。

(どうやら、マスターも相当"やる気"だったようだな)

 恐らくは、アーチャーのマスターたる切嗣の仕業だろう。
 あくまで合理性を優先する彼が、弱点たるマスターを狙わない訳が無い。
 "魔術師殺し"に目を付けられたアサシンの主は、不運としか言いようがないだろう。


528 : 殺【ほろびゆくもの】. ◆WRYYYsmO4Y :2015/07/16(木) 01:53:25 dWp3joSU0

 マスターからの魔力供給が絶たれた以上、必然的にサーヴァントも弱体化する。
 つまりは、アサシンを仕留めるチャンスが到来したという事だ。
 相手のコンディションから察するに、最早宝具を使う必要すらない。

 アサシンとの戦いに決着をつけんと、アーチャーは夫婦剣の片割れを投擲する。
 それを指を咥えて見ているアサシンではなく、飛来する剣は呆気なく回避された。
 しかしながら、干将・莫邪は互いに引き合う性質を持った姉妹剣だ。
 アーチャーが持つ片割れに吸い寄せられるかの如く、投げられた剣が戻ってくる。
 同時に、彼はその手にあるもう一本の剣をもアサシンへと投げ込んだ。

 前方と後方から襲い掛かる姉妹剣。
 疲労困憊したアサシンは、それをカラテを以て叩き落とそうと試みる。
 しかし、いざ総身に力を込めた瞬間、自身のすぐ近くまで近づいた剣が突如爆散した。

 "壊れた幻想"――宝具を爆弾の如く爆破させる、アーチャー得意の技だ。
 アサシンの周囲が爆風に包まれ、視界が一瞬だけ塞がれる。
 刹那、アーチャーは飛び上がり、一振りの刃を投影した。

 爆風が霧散し、視界が晴れたアサシンは空中に目を向ける。
 そこにいたのは、構えをとるアーチャーと、輝く月の姿。

 まるで、アーチャーの味方をするかの如く。
 あるいは、アサシンをせせら嗤うかの様に。
 赤い外装の背後で、満月が光り輝いていた。

 アーチャーが投影した剣は、"斬魄刀"の一種である。
 かつて対峙した狂戦士が得物とした、魂を斬り裂く一振りの刃。
 黒い刀身に卍型の鞘を持つその名は――『天鎖斬月』。

 無防備同然となったアサシンに、これより必殺の一撃を叩き込む。
 刀身に魔力を込め、その剣が持つ唯一にした最大の攻撃を発動させる。
 これより放たれるは魔を断つ斬撃であり、光をも裂く黒き波動。

「月牙――――」

 ようやく攻撃を察知したアサシンが、数枚の手裏剣を投擲する。
 だが無駄だ。手裏剣がアーチャーの肉体を穿つ前に、その技は発動するのだから。
 アサシンの視界に映る月が、一層醜く嗤ったように見えた。

「――――天衝ッ!」

 黒い、全てを塗り潰さんばかりの黒色が、アサシンへと襲い掛かる。
 軌道上の手裏剣全てを消し飛ばしても、なおその勢いは衰えない。
 漆黒の斬撃波――月牙天衝は、一切の慈悲を与える事も無く。
 アサシンの強靭な肉体を、一文字に切り裂いたのであった。


529 : 殺【ほろびゆくもの】. ◆WRYYYsmO4Y :2015/07/16(木) 01:56:16 dWp3joSU0

「グ、ワァ……ッ」

 苦悶の表情を浮かべながら、アサシンの肉体が跳ね上がった。
 衝撃により宙に浮かんだ彼の身体は、そのまま建物の谷間へと落ちていく。
 そして地の底に消えていったっきり、アサシンが戻ってくる事はなかった。

「……終わったか」

 死に目を確認した訳では無いが、勝利したという確証ならあった。
 自身が放った月牙天衝は、アサシンの霊核を見事破壊していたからだ。
 いくら戦闘続行や単独行動のスキルを有していたとしても、流石に生きてはいまい。
 もし即死していなかったとしても、以て数分の命であろう。

 思い返されるのは、遠坂凛を殺害したアサシンの形相。
 奴を屠った今、アーチャーはあの少女の仇を討ったという事となる。
 忌々しき敵を葬ったのだから、本来は少しでも喜ぶべきなのだろう。
 生憎ながら、そんな感情など当の昔に枯れてしまっているのだが。

 いや、仮にアーチャーが擦り切れていなかったとしても。
 報復を果たした後に残るのは、虚しさばかりであったに違いない。

 今度こそ戦いは終わり、街には静寂が戻る。
 少なくとも今日の内は、この静けさが破られる事はあるまい。

『アーチャー、アサシンは仕留めたか?』

 そんな中、切嗣が念話で語り掛けてきた。
 街の静寂は保たれたが、アーチャーの静寂は早くも破られたという訳だ。

「丁度今撃破したところだ。貴方がアサシンのマスターを殺したお陰で早く決着がついた」
『……何を言ってるんだ?僕はアサシンのマスターと接触した覚えはないぞ』

 それを聞いて、思わず「何?」という声が漏れ出てしまう。
 アサシンのマスターを暗殺したのが切嗣でないとしたら、誰による犯行なのか。
 僅かに思考した後、アーチャーはすぐさま霊体化した。無論、切嗣の元へ帰る為である。

 アサシンのマスターを殺害したのは、他の主従と見て間違いない。
 となると、同じエリアにいる切嗣にも彼等の魔手が及ぶ可能性がある。
 一刻も早く切嗣の元に移動し、彼を危険から遠ざける必要があった。

(……まったく、こちらは少し休みたいのだがね)


530 : 殺【ほろびゆくもの】. ◆WRYYYsmO4Y :2015/07/16(木) 01:57:58 dWp3joSU0
◆◆◆◆◆◆


 真夜中の新都の道を、ゆっくりと進む男がいた。
 胴体には深く大きな傷ができており、そこから流れる血が地面を汚していく。
 常人なら死に至る筈の傷を負いながらも、彼は歩みを止めようとしない。
 何かに衝き動かされるかの様に、覚束ない足取りで進んでいく。

「カッツェ……サン……ころ……スべ……し……」

 "ニンジャ"のアサシンは、未だ戦いを諦めてはいなかった。
 アーチャーに霊核を斬られ、地面に叩き落されてもなお、彼は生を投げ捨ててはいない。
 しんのすけの未来を奪ったアサシンへの怨念が、未だ彼を生かしているのだ。

「ニン、ジャ……殺すべ……シ……」

 アサシンへの憎しみだけではない。
 聖杯という生死の境すら飛び越える奇跡が。
 まだ終わらない聖杯戦争が、忍殺のアサシンを縛り付ける。

 全サーヴァント、そして聖杯を抹殺(スレイ)すべし。
 それを果たせないまま、こんな場所で朽ちる訳にはいかない。
 "ニンジャ"のアサシンが"ニンジャスレイヤー"である限り、戦いを止める訳にはいかないのだ。

「それだけの傷でまだ逝かぬとは。人とは思えぬな」

 そして、"ニンジャ"のアサシンがニンジャスレイヤーであるからこそ。
 目の前に現れた"忍者"に、否応でも殺気を滾らせてしまうのだ。
 全ての"ニンジャ"を殺す事こそが、彼に課せられた宿命なのだから。

「…………ニンジャ、か」

 目の前の"忍者"は、無言のままこちらを見据えている。
 三下が醸し出すようなものではない、この気迫は相当な手練れのそれだ。
 "ニンジャ"のアサシンは構えをとり、目前に立つ"忍者"を迎え撃たんとする。

「止めておけ。その傷では無駄な足掻きにすらなるまい」

 事実、ニンジャのアサシンの肉体は、既に消滅を始めていた。
 マスターだった足立も死に、残り僅かな残留魔力も使い果たしたのだ。
 霊格の破壊も相まって、その命は最早空前の灯火であった。

「同じ忍としての情けだ。そのまま眠る様に逝くといい」
「……断、る。眠、るの……は……オヌシ……だ……」

 途切れ途切れながらも、"ニンジャ"のアサシンは相手を罵倒する。
 その言葉の一つ一つからは、強い憎悪の念が感じ取れた。
 "ニンジャ"の気迫を察した"忍者"は、思わず問いを投げかける。


531 : 殺【ほろびゆくもの】. ◆WRYYYsmO4Y :2015/07/16(木) 01:59:16 dWp3joSU0

「何故忍を憎む。何がお主をそこまで戦わせる」

 "忍殺"の面頬を見るに、文字通り彼は忍者を殺す者なのだろう。
 この男は、果たして何がきっかけでその様な凶行に走っているのか。
 そして、どうしてここまで叩きのめされてもなお立ち上がるのか。

「…………フユコ……トチ、ノキ……妻子の……かた……き……ッ」

 その言葉を聞いて、"忍者"の瞳が一瞬見開かれる。
 このサーヴァントもまた、自分と似たものを背負っていたのだ。
 愛する者という、何物にも替え難い財宝を。

「……そうか。ならば多くは語るまい。来るがいい、"あさしん"」

 ともすれば、"ニンジャ"の意に背く行為を働くわけにはいかない。
 せめて最後は、彼の望むべく終末を迎えさせるべきであろう。
 それこそ、"ニンジャ"のアサシンに与えるべき情なのだから。

「ドーモ、アサシン=サン……ニンジャスレイヤー、デス」

 瀕死の肉体に鞭打ち、"ニンジャ"はしめやかにお辞儀を行う。
 それが"ニンジャ"の作法であり、同時にルールだからだ。
 "忍者"のアサシンは、ただ動ずる事無くそれを見つめるばかり。

 "ニンジャ"と"忍者"。異なる世界と時代を生きる二つの存在。
 本来出会う筈も無い二人が出会った時、始まるものは一つだけ。
 よもや言葉は不要。ただ無言のまま、己の技を突き付けるのみ。

「イイイイイイヤアァァァーーーーッッ!」

 最後に残った魔力を振り絞った、"ニンジャ"の渾身のカラテ。
 一撃で葬るという絶対的な意思の元、彼は"忍者"に挑みかかった――。


532 : 殺【ほろびゆくもの】. ◆WRYYYsmO4Y :2015/07/16(木) 01:59:54 dWp3joSU0
◆◆◆◆◆◆








 甲賀弦之介の忍法『瞳術』は、敵に自滅を強いる必殺の魔眼。

 殺意を滾らせ挑む者は、その魔性の瞳からは逃れられない。

 たった一撃。たった一瞬。たったそれだけで、死合は終わる。

 戦いの結果など、それを語る事さえ、最早無粋であった。








◆◆◆◆◆◆


533 : 殺【ほろびゆくもの】. ◆WRYYYsmO4Y :2015/07/16(木) 02:01:03 dWp3joSU0
 からんころん、と。
 "忍殺"の面頬が地面に落ちる音が、虚しく木霊する。
 あちこちにひびが入った面頬は、いつ砕けてもおかしくはないだろう。
 それこそ、今しがた息絶えた瀕死の"ニンジャ"の様に。

 アサシンは"忍殺"の面頬を手に取り、それをまじまじと見つめる。
 酷く損傷したそれは、彼がどれだけの激戦を繰り広げたのかを示していた。
 恐らくは今この瞬間まで、ゆっくりと休む暇など無かったのだろう。

 錯刃大学に戻ったアサシンは、HALから再びB-5に向かえと命じられた。
 彼が言うには、あの忍殺のアサシンがこちらに接近しているのだという。
 斃れた筈の敵の復活に疑問符を浮かべながらも現地に向かい、現在に至るのであった。

 足立を屠ったのも、切嗣ではなくアサシンだ。
 事前の情報収集の時点で、彼がマスターの一人である事は知っていた。
 サーヴァントの護りも無い彼は、アサシンからすれば格好の獲物である。

 そうした暗殺が功を為したのだろう、敵はアーチャーに打倒される事となった。
 正確に言えば死の一歩手前まで追い込んだと言うべきだろうが、同じ様なものだ。
 何にせよ、こちらが労力を裂かずに邪魔者を排除できたのは大きい。

 妻子の仇だと、あの"ニンジャ"は末期にそう語っていた。
 その口ぶりから察するに、彼は"ニンジャ"に最愛の人を奪われたに違いない。
 彼の気持ちが分からない訳が無かった。
 アサシンもまた、愛する者との運命を破壊された男なのだから。

(出来れば、殺しとうはなかったが……)

 しかし、どんな理由があったにせよ、これは聖杯戦争である。
 サーヴァントとして召喚された以上、他の英霊とは殺し合う運命なのだ。
 互いの間にどんな感情が横たわっていようが、最後には刃を交える他ない。
 最期には愛する者との殺し合いの場に立った、アサシンの様に。

 手に持った"忍殺"の面頬を、後ろに放り投げる。
 罅が入っていた面頬は空中で遂に自壊し、その破片は霧消していく。
 後にはもう、何一つとして残りはしなかった。

 それが"忍"というものだ。
 後には何も残さず、黙して消えていくのが運命。
 同じ"忍"であるのなら、彼とて理解していた筈だ。






 ――――忍者(ニンジャ)の戦いとは、修羅の地獄であろう。






【足立透@PERSONA4 the Animation 死亡】
【アサシン(ニンジャスレイヤー)@ニンジャスレイヤー 消滅】


534 : 殺【ほろびゆくもの】. ◆WRYYYsmO4Y :2015/07/16(木) 02:02:20 dWp3joSU0
【衛宮切嗣@Fate/Zero】
[状態]毛細血管断裂(中)、腹部にダメージ(中)、魔力消費(小)
[令呪]残り二角
[装備]キャリコ、コンテンダー、起源弾
[道具]地図(借り物)
[所持金]豊富、ただし今所持しているのは資材調達に必要な分+α
[思考・状況]
基本:聖杯を勝ち取り、恒久的な平和の実現を
 1.B-6の暴動を通し、他のサーヴァントの情報を得る。
 2.他のマスターに同盟、休戦を打診する。
 3. 使えそうなNPC、および資材の確保のため街を探索する。
 4.好戦的なマスター、サーヴァントには注意を払っておく
[備考]
※この街のNPCの幾人かは既に洗脳済みであり、特に学園には多くいると判断しています。
※NPCを操り戦闘に参加させた場合、逆にNPCを操った側にペナルティが課せられるのではないかと考えています。
※この聖杯戦争での役割は『休暇中のフリーランスの傭兵』となっています。
※搬入業者3人に暗示をかけ月海原学園に向かわせました。昼食を学園でとりつつ、情報収集を行うでしょう。
 暗示を受けた3人は遠坂時臣という名を聞くと催眠状態になり質問に正直に答えます。
※今まで得た情報を基に、アサシン(吉良)とランサー(エリザ)について図書館で調べました。
 アサシンは真名には至ってませんが、ランサーは次に調べれば真名を把握できるでしょう。
※アーチャー(エミヤシロウ)については候補となる英霊をかなり絞り込みました。その中には無銘(の基になった人)も居ます。
※アーチャー(アーカード)のパラメーターを確認しました。
※アーカードを死徒ではないかと推測しています。
 そして、そのことにより本人すら気づいていない小さな焦りを感じています。
※NPCから受け取った情報の詳細は、次の書き手に一任します。

【アーチャー(エミヤシロウ)@Fate/Stay night】
[状態]身体の右から左に掛けて裂傷(中)、疲労(中)、魔力消費(大)
[装備]実体化した時のための普段着(家主から失敬してきた)
[道具]なし
[思考・状況]
基本:切嗣の方針に従い、聖杯が汚れていた場合破壊を
 1.切嗣の元に戻る。
 2.出来れば切嗣とエミヤシロウの関係を知られたくない。
[備考]
※岸波白野、ランサー(エリザ)を視認しました。
※エリザについては竜の血が入っているのではないか、と推測しました。B-4での戦闘を見てその考えを強めました。
※『殺意の女王(キラークイーン)』が触れて爆弾化したものを解析すればそうと判別できます。ただしアーチャーが直接触れなければわかりません。
※バーサーカー(黒崎一護)の仮面の奥を一瞬目撃しました。
※B-4での戦闘(鬼眼王バーン出現以降)とその顛末を目撃しました。

[共通備考]
※C-7にある民家を拠点にしました。
※家主であるNPCには、親戚として居候していると暗示をかけています。
※吉良吉影の姿と宝具『殺意の女王(キラークイーン)』の外観のみ確認しました。
 宝具は触れたものを爆弾にする効果で、恐らくアサシンだろうと推察していますが、吉良がマスターでキラークイーンがサーヴァントだと勘違い。
 ただし吉良の振る舞いには強い疑念をもっています。



【アサシン(甲賀弦之介)@バジリスク 〜甲賀忍法帖〜】
[状態]:健康、魔力消費(小)
[装備]:忍者刀
[道具]:なし
[思考・状況]
基本:勝利し、聖杯を得る。
 0.……。
 1.HALの戦略に従う。
 2.自分が得た情報をマスター(電人HAL)の下へと持ち帰る。
 3.自分たちの脅威となる組は、ルーラーによる抑止が機能するうちに討ち取っておきたい。
 4.性行為を行うサーヴァント(鏡子)、狂想のバーサーカー(デッドプール)への警戒。
 5.戦争を起こす者への嫌悪感と怒り。
[備考]
※紅のランサーたち(岸波白野、エリザベート)と赤黒のアサシンたち(足立透、ニンジャスレイヤー)の戦いの前半戦を確認しました。
※狂想のバーサーカー(デッドプール)と交戦し、その能力を確認しました。またそれにより、狂想のバーサーカーを自身の天敵であると判断しました。
※アーチャー(エミヤ)の外見、戦闘を確認済み。


535 : 殺【ほろびゆくもの】. ◆WRYYYsmO4Y :2015/07/16(木) 02:03:56 dWp3joSU0
◆◆◆◆◆◆


 最後に、ちょっとした小話をしよう。
 聖杯戦争とは何ら関係ない、ちっぽけな日常の話だ。

 野原ひろしは、しんのすけが通っていた幼稚園を訪れていた。
 彼の息子がこの地に置いてきた物を受け取る為である。
 例えちっぽけな小物の一つであろうと、しんのすけの面影があるものは手元に置いておきたかったのだ。

 あの奇妙なニンジャのお陰で、自分は立ち直る事が出来た。
 だが、それはしんのすけへの未練を失ったという訳では無い。
 少なくとも、もうしばらくは家族の思い出に浸かっていたかったのだ。

 そんな中、幼稚園の先生から一枚の絵を渡された。
 どうも、しんのすけの失踪のほんの少し前に描かれたものらしい。
 好きなものを描いていいと言ったのだが、いつもと趣向が違うので先生も困惑したそうだ。

 アイツめ、またおかしなものを描いてたんだな、と。
 目頭に少しばかりの涙を溜めながら、手渡された絵を広げてみた。

 瞬間、ひろしの顔が驚愕に染まる。
 そして次の瞬間には、嗚咽を上げながら泣き始めた。
 その場にいた先生など気にも留めないで、膝をついてむせび泣く。

 ひろしの大粒の涙を流せる程度には、その絵には価値があった。
 きっとその絵の意味を知るのは、ひろししかいないだろう。
 しんのすけ以外に"彼"と出会ったのは、父親たるひろしだけなのだから。

「……ああ、よく描けてる。そっくりじゃないか……」

 画用紙に描かれていたのは、しんのすけと赤黒のニンジャの姿である。
 しんのすけと遊ぶニンジャの眼は、ひろしが見た者とは大きく異なっている。
 絵の中のニンジャは、まるでただの父親の様な、優しげな瞳をしていた。


536 : ◆WRYYYsmO4Y :2015/07/16(木) 02:04:25 dWp3joSU0
投下終了となります。


537 : 名無しさん :2015/07/16(木) 02:05:12 VbrArLr.0
フジキド=サン、コトダマに包まれてあれ


538 : 名無しさん :2015/07/16(木) 02:13:11 hSzCv7dQ0
投下乙です
フジキド……野垂れ死ではなく戦いの中で散ったか
弦之助にしてみれば無視することもできたんだろうけど、これも忍者同士の情けの一つ
そして最後……フジキドは家族が好きなだけの普通のパパだったんだね(´;ω;`)


539 : 名無しさん :2015/07/16(木) 03:55:44 OP4BMtZI0
投下乙です。
最後の最後に家族を殺された復讐者として、ニンジャスレイヤーとして戦ったフジキドと
彼の戦う意味を知ったが故にニンジャとして立ちはだかった弦之介様の刹那の対決が凄く良かった
そしてオチのひろしで泣きそうになった
フジキドは不器用な男だったけど、それでも最後までしんのすけの為に戦い続けてて
そのしんのすけにとってもフジキドは間違いなくヒーローだったんだろうなぁ
素晴らしい退場話でした


540 : 名無しさん :2015/07/16(木) 06:03:51 48b2iNsE0
投下乙です
初日を引っ掻き回した最後の組のフジキドと足立もここでリタイア
足立は死の間際まで変わらず独り善がりに
フジキドも同じくニンジャに対する憎悪としんのすけへの愛の中で果てる…
双方とも一貫した見事な最期 コトダマに包まれてあれ
ラストの弦之介様とひろしの独白も味わい深い物でした


541 : 名無しさん :2015/07/16(木) 07:39:54 0kxQ72fY0
投下乙です。
足立とフジキドはついにリタイアしましたか……
フジキドは最期に温かい物を残せて、報われたような気がします。


一つ気になった点は状態表に現在位置及び時間が見られないことですね。


542 : 名無しさん :2015/07/16(木) 10:33:12 s9H9mq1g0
乙でござい

しかし此処の足立はジュネス、フジキド、弦之介と愛するものを失ったニンジャ(っぽいヤツ)にやたら縁があるな


543 : 名無しさん :2015/07/16(木) 19:29:25 t7RaH0ac0
乙です。

関係ない話しですが、真高校バトルロイアルやりませんか?ストーリー制オリロワですよ。


544 : 名無しさん :2015/07/16(木) 19:37:20 6ua9ybLU0
投下乙です
ニンジャスレイヤーの最後の戦いは、やはり忍者との戦いでしたか
フジキドの最後のセリフがサヨナラじゃないところがよかったです

ただ気になったのは、以前議論で斬魄刀は投影できないことになってませんでしたっけ?


545 : ◆WRYYYsmO4Y :2015/07/17(金) 02:36:07 yy9z2Qg60
皆様感想ありがとうございます。

現在位置に関してですが、
衛宮切嗣&アーチャーが【B-5/市街地/二日目 未明】、アサシンが【B-5/市街地・路地裏/二日目 未明】となります。
斬魄刀の設定についてですが、そちらは後日修正したものをしたらばの避難所スレに投下させてもらいます。


546 : 名無しさん :2015/07/17(金) 03:22:58 UYvH1x2w0
天鎖斬月については、バサカ一護の時点のものなら持ち主の魂は入ってないはず
別種の力が斬魄刀に擬態してるだけ


547 : 名無しさん :2015/07/17(金) 08:09:50 IeqsLxxk0
その天鎖斬月もふくめて無理って話じゃなかったっけ?


548 : 名無しさん :2015/07/17(金) 18:06:35 rVSFgBto0
前の議論は知らないけど、その時に天鎖斬月も無理ってなってるなら仕方無いか
まああの漫画自体あまり設定が厳密に守られない方だし


549 : 名無しさん :2015/07/17(金) 19:22:40 7OWXmLPI0
当時その設定出てたっけ?


550 : 名無しさん :2015/07/18(土) 15:37:04 9TfS6pQkO
そもそも偽天鎖斬月でもアーチャーが作るのは無理じゃね
あの状態だと剣じゃなくて剣の形をした能力みたいなもんだし


551 : 名無しさん :2015/07/18(土) 22:56:20 ZPFvSTQE0
しかしこの流れだと次はHALが狙われるような....


552 : 名無しさん :2015/07/23(木) 18:59:31 xUe9xH1w0
面白かったらそんなのノリでいいだろ


553 : 名無しさん :2015/07/23(木) 20:47:50 pAmryyOg0
>>552
面白かったら、な
俺は大して面白くないと感じてるから議論対象になるな


554 : ◆OSPfO9RMfA :2015/07/26(日) 23:26:51 gxFIFrv.0
間桐桜&シアン・シンジョーネ
投下します。


555 : 甘い水を運ぶ蟲 ◆OSPfO9RMfA :2015/07/26(日) 23:28:02 gxFIFrv.0
 封がされたペットボトル。
 中はミネラルウォーターだ。

 キャスター、シアン・シンジョーネはそれに触れる。
 すると、無色透明な水に油を混ぜたかのような七色の光沢が生まれた。

「これでいい」

 彼女が行ったこと。それは水に魔力を溶かしたことだった。
 この水を飲めば魔力が多少回復する。キャスターである身を活かし、いわゆる魔法の聖水を自作したと言うところだ。

 マスターである間桐桜に飲ませるものではない。
 同盟関係にあるミカサ・アッカーマンに渡すためのものだ。

 彼女は先の戦闘の最中に、胸を押さえ、吐血していた。魔力の枯渇時に見られる現象だ。
 ミカサの保有魔力が少ないのか、彼女のサーヴァントの燃費が激しいのか。もしくはそのどちらもか。
 ともかく、彼女らに魔力が不足している弱点が見て取れた。

 故に、自作した魔法の聖水を譲渡する。
 休戦と情報交換以上の同盟関係として、より彼女が戦いやすくなるよう支援だ。
 彼女らが戦えば戦うほど頭数が減り、シアンに取っても有利になる。

 だが、まずは一本。
 複数本作れないわけではない。
 ミカサにストックさせぬよう、一本ずつ渡す。

 聖杯戦争の勝者は一組のみ。いつかは戦う宿命。
 いずれ訪れる対立の時に、自分が作った回復薬を使われるのは馬鹿馬鹿しい。

 一本ずつ与え、信用を積み重ね、好機に毒を混ぜる。
 さすれば対魔力の持つランサー相手でも有利に戦えるだろう。


 ――とはいえ、できるだろうか。


 シアンは心の中で独りごちる。
 『身内に甘い』
 それは自覚するところはある。

 ザム団。生前、シアンが目的を達成するために属していた組織だ。
 誰一人素直ではなかったが、強い同属意識を共有していた。

 そしてまた、人間側についた魔族を諭し、敵として戦ったこともある。

 身内に甘い。それを自覚した上で。

 ミカサの強い意志をした瞳に、惹かれてないだろうか。
 既に彼女を『身内』と捉えてないだろうか。
 こうして求められる前から魔法の聖水を用意する自分は、彼女に対して甘くないだろうか。


 ――まぁ、その時はその時だ。


 対立するまで互いが残るとも限らない。
 今は最善を尽くす、それだけだ。






556 : 甘い水を運ぶ蟲 ◆OSPfO9RMfA :2015/07/26(日) 23:28:32 gxFIFrv.0



 命蓮寺の周辺に、地下に向かう洞穴を発見した。
 霊脈である可能性が高く、できればそこで浮遊城を作りたい。
 しかし、今は調査を中止し、洞穴から蟲を退去させている。

 命蓮寺に、そこを拠点とする主従らしい人物が帰ってきたからだ。
 神秘の塊を纏った全身甲冑姿のサーヴァント。そして気絶してるのだろうか、抱きかかえられている女性。

 黄金のセイバー。シャア・アズナブル。
 ただの蟲に擬態する程度では看破してくる者もいる。全身甲冑のサーヴァントも、そういった感知能力が無いとは限らない。
 既に手遅れかも知れないが、蟲を洞穴から脱し、入り口付近で待機させた。
 もっとも、命蓮寺から動きが無いことを見ると、杞憂だったかもしれない。

 それでも念のため。洞穴の調査は、日が昇り、彼女らが居なくなってからの方が良いだろう。鬼の居ぬ間のなんとやら、だ。
 あるいは、彼女らと接触し、同盟を結んだ上で堂々と調査をするか。

 何事もなければ、おそらく翌日の八時には、この小屋でも浮遊城を起動できるだけの魔力を集めることができる。
 だが、洞穴の霊脈を使えば、もっと短時間でできるだろう。もっともその場合、命蓮寺が吹き飛ぶことにはなるが。
 そうでなくとも、直接マナラインを引くだけでもいい。今はこの小屋の居場所がばれないよう、かなり迂回させてマナラインを形成している。直接マナラインを引けば、ぐっと効率が上がるはずだ。

 シアンの身体を構成する蟲は群を為しているが、理性は一つだ。
 学校と命蓮寺、同時に対応できるほどの並行作業はできない。

 ならば、学校に出向くのが先決だ。十二時とこちらが言った以上、遅れるのはよろしくない。
 命蓮寺の主従が居る間にこっそり調査するにしても、学園での用事が済んでからだ。

 瞳を閉じたままの桜には何も言わず、小屋の外に出る。
 ちょうど、学園から逃げ延びた一万の蟲が出迎えた。

「喰らえ」

 シアンの言葉に、蟲は四散する。小屋の付近に居る蟲を、小動物を、鳥を狙い、喰らう。
 これもいわば魂喰らい。学園に出向き、帰ってきた兵の魔力を回復するための行為。

「急ぐか」

 新たに十万の蟲で己の身体を形成し、山を駆ける。
 魔法の聖水を持ってる以上、霊体化や蟲の姿で運ぶわけにはいかない。
 この小屋が察知されぬよう、学園まで素早く移動する必要があった。

 シアンの姿は、深い闇に消えた。


557 : 甘い水を運ぶ蟲 ◆OSPfO9RMfA :2015/07/26(日) 23:28:58 gxFIFrv.0
【C-1 山小屋/1日目 夜間】

【間桐桜@Fate/stay night】
[状態]:健康
[令呪]:残り三角
[装備]:学生服
[道具]:懐中電灯、筆記用具、メモ用紙など各種小物、緊急災害用グッズ(食料、水、ラジオ、ライト、ろうそく、マッチなど)
[所持金]:持ち出せる範囲内での全財産(現金、カード問わず)
[思考・状況]
基本行動方針:生き残る。
0. ――――――――。
1. キャスターに任せる。NPCの魂食いに抵抗はない。
2. 直接的な戦いでないのならばキャスターを手伝う。
3. キャスターの誠意には、ある程度答えたいと思っている。
4. 遠坂凛の事は、もう関係ない――――。
[備考]
※間桐家の財産が彼女の所持金として再現されているかは不明です。
※キャスターから強い聖杯への執着と、目的のために手段を選ばない覚悟を感じています。そして、その為に桜に誠意を尽くそうとしていることも理解しました。
 その上で、大切な人について、キャスターにどの程度話すか、もしくは話さないかを検討中です。子細は次の書き手に任せます。
※学校を休んでいますが、一応学校へ連絡しています。
※命蓮寺が霊脈にあること、その地下に洞窟があることを聞きました。
※キャスター(シアン)の蟲を、許可があれば使い魔のようにすることが出来ます。ただし、キャスターの制御可能範囲から離れるほど制御が難しくなります。
※遠坂凛の死に対し、違和感のようなものを覚えていますが、その事を考えないようにしています。


【キャスター(シアン・シンジョーネ)@パワプロクンポケット12】
[状態]:健康、残り総数:約261万匹(山小屋:251万匹、学園:10万匹)
[装備]:橙衣
[道具]:学生服、魔法の聖水
[思考・状況]
基本行動方針:マナラインの掌握及び宝具の完成。
0.十二時に間に合うよう、学園に向かう。
1. 学園を中心に暗躍する。
2. 桜に対して誠意ある行動を取り、優勝の妨げにならないよう信頼関係を築く。
3. 今夜十二時にもう一度学園の校舎裏に行く。
4. 黄金のセイバー(オルステッド)を警戒。
5. 発見した洞窟の状態次第では、浮遊城の作成は洞窟内部の霊脈で行う。
6.洞窟を使うのに必要であれば、白蓮と交渉する。
[備考]
※工房をC-1に作成しました。用途は魔力を集めるだけです。
※工房にある程度魔力が溜まったため、蟲の制御可能範囲が広がりました。
※『方舟』の『行き止まり』を確認しました。
※命蓮寺に偵察用の蟲を放ちました。現在は発見した洞窟を調査中です。
 →聖白蓮らが命蓮寺に帰ってきたため、調査を中止しています。不在の機会を伺うか、交渉も視野に入れています。
※命蓮寺周辺の山中に、地下へと通じる洞窟を発見しました。
※学園のマスターとして、ほむら、ミカサ、シオン、ケイネスの情報を得ました。
 また関係するサーヴァントとして、アーチャー?(悪魔ほむら)、ランサー(セルベリア)、シオンのサーヴァント(ジョセフ)、セイバー(オルステッド)、キャスター(ヴォルデモート)を確認しました。
※ミカサとランサー(セルベリア)と同盟を結びました。
※ランサー(セルべリア)の戦いを監視していました。
※アーチャー(雷)とリップヴァーンの戦闘を監視していました。
※間桐桜から、教会に訪れたマスター達の事を聞きました。
※小屋周辺の蟲の一匹に、シオンのエーテライトが刺さっています。その事にシアンは気付いていません。
※【D-5】教会に監視用の蟲が配置されました。
※学園に向かう十万の蟲に、現在は意識を置いています。
※C-3の学園に潜伏していた十万の蟲の内、九万匹は焼かれ、残りの一万匹は学園から一先ず撤退しています。
 →撤退した蟲はC-1の小屋で合流しました。

※『魔法の聖水』…飲むと魔力が少量回復する。ダイの大冒険に登場する同名のアイテムと類似した効果を持つアイテムです。シアンが道具作成スキルを使い、作成しました。


558 : ◆OSPfO9RMfA :2015/07/26(日) 23:29:41 gxFIFrv.0
投下は以上です。

指摘事項や誤字、その他意見等があれば、ご指摘ください。


559 : 名無しさん :2015/07/27(月) 13:28:22 diOgU/E60
投下乙です


560 : 名無しさん :2015/07/27(月) 14:27:51 XyBGntO20
投下乙です
おかえりなさいませ


561 : 名無しさん :2015/07/27(月) 19:51:32 0KAk5iZk0
投下乙です。
シアンはミカサ相手に罠を嵌めようとしていたり、蟲を用意したりと相変わらず策を考えていますね。
これが今後どう動くか……?


562 : 名無しさん :2015/08/02(日) 05:23:23 kCrKjjw60
こう魔道具作ってマスター支援できる辺りがキャスターの強みだよね
戦闘しか出来ない三騎士とは別の強みがある


563 : ◆Ee.E0P6Y2U :2015/08/03(月) 05:36:25 x30VHAk20
ギリギリになりましたが投下します


564 : 生きろ、そなたは美しい  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/08/03(月) 05:36:55 x30VHAk20


「チャンスの神は前髪しかない」という言葉がある。
ここにおける神とはギリシア神話の男性神、カイロスのことであり、かのゼウス末子が“前髪は長いが後頭部が禿げた美少年”という風貌だったに由来している。
またカイロスとは“チャンス”の語源であるが、クロノスと同じく“時”を意味する言葉でもあった。クロノスが客観的な“時刻”であったのに対し、カイロスの“時間”は主観的、意識的なものであったという。







ああ、夜だ。
辺りでは深い闇が充満している。ふと目を上げれば空は藍を垂らしたかのような深みある色をしている。
そんな中、目を引くのは煌々と照り光る月だ。かの月は夜を我が物顔で見下ろしており、また照らし出した雲をはべらせる様はまるで女王のようであった。
月は依然と変わらぬ光を放っているのだ。星々は見えないというのに。恐らくあれは気が強いのだろう。

アシタカはその夜を、じっ、と見つめていた。
風が頬を撫で、艶のある黒髪がふわりと舞った。音のない夜だ。都心から離れているのもあるが、今日の夜はおかしなくらい静かだ。
別に不吉なものを感じている訳ではない。広がる夜に耳を澄ませているが何も感じることはない。
そう、何もないのだ。恐れるとしたらその空白だ。

ちら、と後ろを窺う。そこではようやく目的地にたどり着き一息ついている早苗の姿がある。
特に怪我などをした様子はないが、息を吐く彼女には疲労の色が滲んでいた。
無理もない。特に目立った交戦はなかったとはいえ、街中を歩き回り聖杯戦争に臨んでいたのだ。
朝からここまで、まる一日彼女は考え、気を張り続けたに違いない。
アシタカは思った。とにかく、ここまで来ることはできた、と。

また帰ることはできた。
生きることができた。絶対に達成すべきことは達成できたのだ。

だが、とアシタカは思う。
考え、見つめなくてはならないこともある。
この聖杯戦争、昨日まではまだ始まってすらいなかった。サーヴァントが出揃い、本格的に動き出したのは今日からだ。
その一日目、自分たちは何を行い、そして何ができなかったのか。
考える必要がある。

初めは迷っていた早苗も、テンカワアキトとの接触を経て、決意した。
これはいい。最適解かは分からない。けれど他の道はなかっただろう。ならば自分はその選択を護るだけだ。
たとえそれが聖杯戦争そのものの否定であっても。

アシタカはそこで、すっ、と目を閉じる。
街の音、風の音、そして夜の音、多くのものが感じられる。
この夜に彼は耳をそば立ててている。

そうしているうちに目蓋の裏にあの赤い夕暮れが蘇ってくる。
あの時、あの選択をしたのは果たして正しかったのか。あの時受けた痛みは記憶に新しい。








565 : 生きろ、そなたは美しい  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/08/03(月) 05:37:27 x30VHAk20



真っ赤な夕陽の下で、生徒たちは各々の帰路に着こうとしていた。
人が溢れている。
学園の騒ぎもあり、バス亭は普段よりずっと混雑している。辺り一帯はがやがやと騒々しかった。
その雑踏の片隅に、アシタカはいた。
道行く人々の流れを感じ取るべく、彼は意識を研ぎ澄まさせているのだった。
彼は今白いシャツに紺のズボンという現代風のいでたちだった。直に肌を晒すことで彼の感覚は鋭敏になる。
そうして彼が今突き止めようとしている気配は――

『その、これ……』
『静かに』

早苗の念話にアシタカは短く答える。
彼らの懸念は他でもない――他のサーヴァントである。
アシタカはそのスキルを持ってしてサーヴァントの気配を捉えた。
が、しかしそこまでなのだ。“近くにいる”ことを感じ取るも、“どこにいる”かが分からない。

気配は分かる。何かがいる筈なのに、しかし視えない。

その状況に動揺しつつも、アシタカは冷静であることに務めていた。
取り乱す訳にはいかない。それこそ致命的な隙になる。

『大丈夫だ。恐らくここでは仕掛けてこない』

故にアシタカはそう言い切ることにした。
早苗は動揺している。なまじ見えているからこその恐怖だろう。
それを落ち着けるためにも、必要なのは冷静な分析だ。アシタカは辺りに気を配りつつも早苗に語りかけた。

『“隠れ潜む”ことに長けたサーヴァントのようだ。
 どのようなスキルか、あるいは宝具かは分からないが“気配遮断”のほかに何らかの“隠れ潜む”手段を備えているらしい。そうでなくてはこの状況に説明がつかない』

アシタカの“気配察知”は“気配遮断”に対応することができる。
流石にAランク以上のものになると察知は難しいが、しかし今回は少なくとも“いる”ことまでは分かるのだ。
ならばそれが以外のスキルをこのサーヴァントは身に着けていると考えるのが妥当だ。

『問題は逆に敵がこちらのことを察知しているかだが、 私がこうして直に姿を見せてしまっている以上、これは既に見つかっていると考えた方がいい。
 その上で私たちが“気付いている”ことに気付いているかは分からないが』
『……じゃあ』
『だがここは人々の往来が激しい上、逃げ場も多い。私が狩人ならばこのような状況で不用意に攻めることはしない。仕掛けるとしても機会を窺う。
 それにこのサーヴァントも、この場が危ういバランスの上に立っていることは把握している筈だ』

先ほど確認した三騎、あるいは四騎のサーヴァントのことからも、学園に多くの聖杯戦争関係者がいることは明白だ。
あの中の一騎か、それかまた別の者か。何にせよこの学園はあまたの魔力が充満している。それを感じ取れないとは思えない。
ならばこそどの主従も慎重にならざるを得ないだろう。

感覚を研ぎ澄ませつつも、アシタカは次なる方策を告げた。
確かなことはサーヴァントがどこかに“いる”こと。その上でそれらはもうこちらに気付いていて、かつ攻撃の機会を窺っていると仮定しておく。
“隠れ潜む”ことを得意とする以上、暗殺を狙ってくるのは道理だからだ。

『マスター、とりあえず取れる道は二つだ。逃げるか、接触するか。
 どちらにせよあのバスというのは使わない方がいい』
『バスを?』
『ああ、前にも言ったが、ああいった閉じた空間は危ない。加えてこの混雑ではこちらの対応も遅れざるを得ない』

恐れるべくは最初の一撃だ。“隠れ潜む”者の有利は必ず先手を取れることにある。
そういう意味では“気配察知”が働いたことは僥倖といえた。不用意にバスに乗っていてはどうなっていたかは分からない。

『逃げるならば人通りの多い道を歩くのがいいだろう。街へ出れば手を出しづらい筈だ』
『……接触するならば』
『逆だ。人のいない場所、あの山のあたりに行くべきだ。
 向こうが襲ってくるならば、私が迎え撃ち、どうにかして敵の一撃を止めよう――その上でマスターが語りかけることになる』

早苗が息を呑むのが分かった。
逃げるか、それとも相対するか。言うまでもなく接触には危険が伴う。
こちらが後手に回らざる得ない状況である以上、多少の不利は見えている。
その上向こうが攻めてくるかも分からない。接触は空振りに終わる可能性もある。
とはいえ逃げたところで完全に安全とも言い難い。そういう意味で迎撃を選ぶのも一つの策ではあった。


566 : 生きろ、そなたは美しい  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/08/03(月) 05:38:20 x30VHAk20

アシタカはそうした分析と、この場で取り得る選択肢を告げた。
早苗は黙っている。迷っているのだろう。恐らく彼女はできることならこのサーヴァントとも接触し、話し合いたいと考えている。
だがそのリスクもまた彼女は分かっている。だからこそ迷うのだ。

アシタカはその選択を急かすようなことはしない。最終決断はマスターに委ねる。
早苗がどちらを選ぶにせよ指示には従おう。そして尽力する。
そんな心積もりであった。

だが、ここで状況に変化が生じた。

舞い降りた巨大な影に、ふ、とアシタカは顔を上げた。
そこには夕暮れに沈む赤い空と、学園、そして幾多にも連なる民家がある。
この方舟において、現代、とされる時代の風景だ。
穏やかな街の風景。そこに、ずん、と水面を揺らすように大きな何かが落とされた。

「これは」

キッ、と空を見上げるそのまなざしは凛々しくも険しかった。
アシタカは何も言わず、しかし確かに危急を感じ取っていた。

その気配はどこかに“隠れ潜む”サーヴァントとは違うものだった。
この何かは隠れ潜んでなどいない。隠れ潜む訳がない。これは解き放たれたものだ。
これは怒っているのだ。猛り狂う鬼の力をアシタカは感じ取った。

“気配察知”と“千里眼”によるものだろう。アシタカは近くの街に現れたその“怒り”――鬼眼の王を感じ取ることができた。

彼がまず初めに連想したのは猪神の長、乙事主(オツコトヌシ)だ。
生前縁があった齢五百歳を越える白き猪神。彼が抱いたヒトに対する怒りと、現れた存在が似通っているように思えたのだ。
無論、性質自体はまるで別のものだ。しかしその指向性においては通じるものがある。

『マスター、状況が変わった。今はここを離れよう』

アシタカはきっぱりと告げた。
突然のことに早苗は当惑した顔を浮かべ「え?」と漏らした。

『どうしたんですか、アーチャー――』
『近くに別の何かが現れた。それもかなり大きな力だ』
『サーヴァント……なんですか?』
『恐らくは……だが少々格が違う。大きな、そして猛り狂う恐ろしい力だ』

アシタカはどこか遠く――方角にして北西を睨みながら言う。
この力。これは単純に、強大である、というだけではないのだ。
箍が外れた状態とでも言おうか。制御されないが故のとめどない恐ろしさがある。
乙事主を連想したのもそのせいだろう。彼もまた傷つき、怒りに震え――祟り神となりかけた。
その時に感じた不吉と同じものを、今アシタカは感じている。

『鎮めなければ――この街すべてが危ない』

アシタカの緊迫した言葉に早苗が息を呑んだ。
事態は焦眉の問題だ。どう動くにせよ“隠れ潜む”サーヴァントに構っている余裕はなくなった。
故に――一先ずはここを離れる。

『じゃ、じゃあ……』

早苗の焦燥を感じ取り、アシタカはあくまで冷静に言う。

『この力を鎮めに行く、というのならば同行する。
 しかし危険であることは確かだ。それは理解しておいて欲しい』

誰も殺したくはない。誰にも殺し合いをさせたくない。
そんな理念を掲げる早苗ならば街そのものを呑みこみかねない力の存在を止めるように動くだろう。
それを見越した上で、アシタカは早苗の顔を覗き込み、その言葉を強く突き付けた。


567 : 生きろ、そなたは美しい  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/08/03(月) 05:39:06 x30VHAk20

「…………」

早苗は少しの間その大きな瞳を揺らしていたが、不意に毅然とした表情で、

『分かっています。でも街が危ないならば……行きます』

迷いなくそう言った。

『了解した。ならば私に黙ってついてきて欲しい。
 この力の場所まで連れて行こう。しかし“隠れ潜む”サーヴァントの存在もある。
 常に気を張って、次なる状況に備えていて欲しい』

アシタカは早苗の手を取って歩き出した。
バス亭の人ごみから離れ、夕暮れの街へと進み出す。
あれだけ濃かった空の赤も徐々に薄れていた。もう少しほの暗い影、夜の色が溢れだすだろう。

道はバス停同様帰宅する生徒で溢れていた。
突然の事態だが彼らにしてみればまだ“日常”の範疇だ。
けだるそうに欠伸をする者。部活を中断させられたことに不平を言う者。ただ騒ぐ者。
その中に混じって早苗はアシタカに手を引かれて下校していく。

凛々しい男性に手を引かれていることを除けば、なんてことのない下校風景だった。
しかしこれはただの下校ではない。その道中にも、これから向かう場所にも、恐るべき危険がある。
命がけの下校だった。その事実に早苗が緊張していることがアシタカにも伝わってきた。
汗ばむ手のひらが熱を伝えてくる。

辺りに気を配りつつ、アシタカはこれから向かう存在について考えた。
アシタカが感じ取り、視たそれは――やはり祟り神に似ているように感じた。
距離がある為に細部までは読み取れないが、それでもおぼろげな指向性は感じられる。
力をこういった風に発揮することは、この力の主としても本意ではないだろう。
だからこそ危険だ。堕ちた力はすべてを呑みこみ破壊する波となり得る。

だからこそ急がねばならない。急ぎ、鎮めなければ。
こんな時にヤックルがいれば一気に駆け付けることができたろうに、“弓兵”の階位ではそれも適わない。

と、焦燥を抱えつつも、アシタカは務めて落ち着いていた。
早苗を護る、という己の役目を彼は忘れてはいない。
だからこそ急いではいたが、分け目もなく走り出す、というようなことはしていなかった。

それが功を奏した。
歩き出して矢先、月海原学園近くの交差点に通りかかった。そこでは歩道橋がかかっている。
アシタカは早苗の手を引き、一段目を登った、そしてその時、彼は気づいた。

アシタカは気配を“視る”ことに長けたサーヴァントである。だからこそ彼には視えた。
足を踏み込んだ瞬間――あるいは一瞬前だったかもしれない――踏み込んだ階段が、じん、と熱を帯びることが。
アシタカはその現象に覚えがあった。石火矢。エボシが主導しタタラ場で生産されたあの火器。あれと同じことが――

故にアシタカはすぐさま足を止め、そしてそのまま後ろへと倒れ込んだ。
突如として抱きかかえられた早苗は「きゃっ」と声を上げる。

次の瞬間、ぼん、と爆ぜる音がしたかと思うと、衝撃と砕けた石の欠片がやってきた。
重い痛みが走る。アシタカは爆風の炸裂を背中で受けつつも、辺りを窺った。
下校途中と思しき奇妙な髪形をした男子生徒がいる。突如の爆発に、ぽかん、とした顔を浮かべる老婆がいる。その向こうでは信号待ちをしているサラリーマンがいる。
“いる”
この中に仕掛けてきたサーヴァントが“いる”。それは分かる。
しかしそこまでだ。まるで視えない幕に覆いかぶせられたかのように、感覚が不明瞭になる。


568 : 生きろ、そなたは美しい  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/08/03(月) 05:39:22 x30VHAk20

『アーチャー、これは』

抱きかかえながらも事態を把握した早苗が問いかけてきた。
アシタカは小さく頷き、

『例の“隠れ潜む”サーヴァントだろう。仕掛けてきたようだ』

アシタカは早苗を起しながらも、いましがた爆ぜた歩道橋を見た。
階段は焦げ付き、アルミの欄干は砕けていた。小規模な爆発ながら早苗がまともに喰らえば危険だっただろう。
何かを踏み、それが爆発した。そういうことなのだろうが、しかし特に何かが設置させている様子はなかった。
あったのは塵だけだ。しかしそれでこの敵は攻撃をしてみせた。

何の変哲もない場所から、どこから知れず攻撃された。底の知れない技巧だった。
なまじ“いる”分かる分、その脅威が肌で感じられた。“暗殺者”という単語が脳裏を過った。
無論このサーヴァントがアサシンだと決まった訳ではない。とにかくこの透明な殺人鬼は静かに人を狙うことに長けているようだった。

『……このサーヴァント、慣れている。街というものをよく知っているのかもしれない』

街ならば仕掛けてこないのでは、というアシタカの予測は外れたことになる。自身の狩人としての感覚で敵を量り過ぎたか。
“いる”ことは分かっても、これでは反撃のしようがない。ルーラーの存在から当てずっぽうに弓を放つことはできないし、何より早苗もアシタカもそんな方策を取りはしない。

「でも」
「分かっている。行くのだろう。だからとにかく、気をつけて」

アシタカは臆することなく言い、そして再び早苗の手を取った。
反撃のしようがないとはいえ、しかし“いる”のは分かるのだから敵の攻撃に対応することはできる。
透明な敵の攻撃を退けつつ、降り立った怒りの力を鎮めに行く。
それが簡単な道でないことは分かっていた。しかしそれでも街を行くアシタカの足取りに迷いはなかった。
無論、早苗にも。

猛り狂う力を鎮めんとすること。
夕暮れと夜の境界線にて、彼らが選んだ道はそれだった。






569 : 生きろ、そなたは美しい  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/08/03(月) 05:39:44 x30VHAk20



「でも……間に合いませんでしたね」

深まる夜の下、早苗はぽつりと漏らした。
その声音には疲労が滲み、どこか弱々しいものがあった。
アシタカは、ふっ、と顔を緩めた。穏やかな顔であった。

「私たちが行く前に誰かがあれを鎮めてくれたのだろう。
 被害は最小限に留まったようだ。誰だかは知らないが、よくやってくれたと思う」

そして神妙にアシタカは言う。
あのあともアシタカは早苗の手を引き、“猛り狂う力”の下へと向かわんとした。
しかしその気配は途中――陽が沈み夜になった辺りだ――ふっ、と消えてしまった。
徒歩で、しかも“隠れ潜む”サーヴァントの攻撃を警戒しつつの行軍だった。
そうした要因がアシタカたちの到着を遅らせた。結果、彼らが目的地――B4マンションにたどり着いた時には、既に闘いは終わっていた。
サーヴァントたちはおらず、あったのは倒壊したマンションの惨状と、その処理に追われる警察の姿だった。

「もしかするとルーラーがあの場にいたのかもしれない。
 あれほどの力、闇雲に振るえば聖杯戦争を揺るがすものであっただろう」
「あの人が……」

アシタカの言葉に早苗は言葉尻を濁す。
ルーラー、裁定者。彼女らと早苗は昼間言葉を交わした。
この聖杯戦争そのものへの疑問を投げかけ、そしてここまで至る方針ができた。
彼女らに対する早苗の心象は複雑なものだろう。掲げる理念からは相いれない。真っ向から対立してるといえる。けれど人としてそう嫌っている訳ではない。
ルーラーたちがここで戦っていたのならば、彼女らのスタンスに対する理解がより深まっただろう。
しかし入れ違いになったのか、早苗は誰とも会うことがなかった。

「…………」

早苗は無言で目の前のアパートを見上げた。
こじんまりとした建物であった。二階建て、各階四室の小規模な木造アパートで、外装もささやかなものだ。
建って以降結構な年数が経っているのだろう。ところどころ外殻の塗装も剥げ、風が吹けば、みしり、とどこかの壁が鳴いた。
都心より少し離れた立地も鑑みれば、その生活の水準も窺えた。

岸波白野の自宅であった。

戦いに遅れた以上、早苗たちがB4マンションに残る意味はない。
故に当初の予定通り岸波白野の自宅を尋ねることにしたのだ。
混乱の渦中であるB4マンションに近づくことを嫌ったのか“隠れ潜む”サーヴァントの存在は途中から消えていた。
“いない”ことを確認したが、念を入れて徒歩で移動し、そしてここ――岸波白野の自宅へと至る。

「……白野さん、来ませんね」

時刻を確認し、不安げに早苗が言った。
夕暮れ岸波白野へと入れた連絡――21時に自宅で待つというもの。
しかし如何な事情か彼から折り返しの連絡はなく、また約束の時刻にも彼は姿を現さなかった。
まさかあの教師が嘘を教えたとも思えない。となれば岸波白野側の問題らしいのだが。
何かの事情で連絡を見れない状況だったのならばいい。そもそもこちらを無視したのなら、それは仕方がないと思える。そもそも一方的な通知に過ぎないのだ。警戒されるのは見越していた。

「もしかすると白野さん、もう……」

だが早苗が恐れているのは、岸波白野が既に聖杯戦争から脱落し、この方舟から消え去っているのでは、という場合だった。
裁定者から名前を教えてもらった段階では生きていたのかもしれない。しかしその後、今まで生きている保証はない。
そう思うと否応なしに厭な想像が脳裏を過る。
同じ学校に通ってはいるが、元々縁があった訳ではないし、顔すら思い出せない。けれど会おうとした人がもう既に死んでいる。そんな状況は、聖杯戦争関係なしに、怖かった。

「マンションでも多くの人が死んでいました。きっと、聖杯戦争に巻き込まれて」

早苗は弱々しく言う。
最低限度の被害で済んだ。そんなアシタカの言葉も、彼女の慰めにはならないだろう。
たくさんの人が死んだ。もし自分たちが駆け付けることができれば、被害が減ったのではないか。そう思って自らを責めているのだろう。
だからこそ、岸波白野の死を恐れる。行こうとした場所、会おうとした人、それらが自分たちの手のひらをすり抜ける様に死んで行ってしまう。
そうした事態を、死を恐れているのだ。


570 : 生きろ、そなたは美しい  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/08/03(月) 05:40:32 x30VHAk20

「マスター」

そうした恐れを感じ取り、アシタカは口を開いた。

「生ある者は必ず死ぬ。そして死んでしまった者は還らない、決して」

決然とした言葉だった。
アシタカはかつて多くの生を見てきた。そしてその終わり、死も。
かつてモロの君は言った。死を恐れはしない。恐れず死を見つめている、と。
それは気高い犬神としての言葉だった。森に生きるもののけとして、モロの君はシシ神がもたらす生と死を知っていた。

「死に憑りつかれてはいけない。
 私たちは生きている。だからこそ死を見つめなくてはならない」

早苗は黙ってアシタカを見上げている。
救おうとした。けれど救えなかった。そんな命がある。

「死という運命は覆せなくとも、選択はできる。ただ待つか、自ら赴くか」

それこそが生きるということだ。
死を悼み、死を想い、死を見つめ、そして道を選ぶ。
それこそがが我々の言う“生きる”ことであると、アシタカは告げた。

「だからこそ生きよう、マスター」

そう言ってアシタカは口を閉じた。
慰める訳でもなければ突き放す訳でもない。ただただありのままを述べる。
そしてそれこそが真実であると、知っているからこその言葉だった。

早苗はしばし黙っていた。考えているのだろう。これからのことを。
聖杯戦争一日目はもうすぐ終わる。救いたかった、多くの命が散ってしまった。
もしかすると自分たちは大きな好機を逃してしまったのかもしれない。あの夕暮れで別の道を選べば、別の答えがあっただろう。
今この状況がいいものか、悪いものかは正直なところわからない。
けれど、生きている。
自分たちはまだ生きている。
だからこそ、選び続けるのだ。死という運命を前にして、行くべき道筋を探し求める。

アシタカはその眼で夜を視た。
人がいて、獣がいて、木々の陰には神が宿っている。広がる夜には多くの命が息づいていた。その流れの一部に自分たちはいるのだ。
アシタカはその命を視つめながら、早苗に寄り添うように立っていた。


571 : 生きろ、そなたは美しい  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/08/03(月) 05:40:47 x30VHAk20

【C-8 /アパート(岸波白野在住)前/一日目 夜間】

【東風谷早苗@東方Project】
[状態]:健康
[令呪]:残り2画
[装備]:なし
[道具]:今日一日の食事、保存食、飲み物、着替えいくつか
[所持金]:一人暮らしには十分な仕送り
[思考・状況]
基本行動方針:誰も殺したくはない。誰にも殺し合いをさせたくない。
1.岸波さんは……
2.岸波白野を探し、聖杯について聞く。
3.少女(れんげ)が心配。
4.聖杯が誤りであると証明し、アキトを説得する。
5.そのために、聖杯戦争について正しく知る。
6.白野の事を、アキトに伝えるかはとりあえず保留。
[備考]
※月海原学園の生徒ですが学校へ行くつもりはありません。
※アシタカからアーカード、ジョンス、カッツェ、れんげの存在を把握しましたが、あくまで外観的情報です。名前は把握していません。
※カレンから岸波白野の名前を聞きました。
岸波白野が自分のクラスメイトであることを思い出しました。容姿などは覚えていません。
※倉庫の火事がサーヴァントの仕業であると把握しました。
※アキト、アンデルセン陣営と同盟を組みました。詳しい内容は後続にお任せします。なお、彼らのスタンスについて、詳しくは知りません。
※バーサーカー(ガッツ)、セイバー(オルステッド)、キャスター(シアン)のパラメータを確認済み。
※アキトの根城、B-9の天河食堂を知りました。
※シオンについては『エジプトからの交換留学生』と言うことと、容姿、ファーストネームしか知らず、面識もありません。
※岸波白野の家の住所(C-8)と家の電話番号を知りました。
※藤村大河の携帯電話の番号を知りました。


【アーチャー(アシタカ)@もののけ姫】
[状態]:健康
[令呪]
1. 『聖杯戦争が誤りであると証明できなかった場合、私を殺してください』
[装備]:現代風の服
[道具]:現代風の着替え
[思考・状況]
基本行動方針:早苗に従い、早苗を守る。
1.早苗を護る。
2.使い魔などの監視者を警戒する。
[備考]
※アーカード、ジョンス、カッツェ、れんげの存在を把握しました。
※倉庫の火事がサーヴァントの仕業であると把握しました。
※教会の周辺に、複数の魔力を持つモノの気配を感知しました。
※吉良が半径数十メートル内にいることは分かっていますが詳細な位置は把握していません。吉良がアシタカにさらに接近すればはっきりと吉良をサーヴァントと判別できるかもしれません。

[共通備考]
※キャスター(暁美ほむら)、武智乙哉の姿は見ていません。
※キャスター(ヴォルデモート)の工房である、リドルの館の存在に気付いていません。
※リドルの館付近に使い魔はいません。
※『方舟』の『行き止まり』について、確認していません。
※セイバー(オルステッド)、キャスター(シアン)、シオンとそのサーヴァントの存在を把握しました。また、キャスター(シアン)を攻撃した別のサーヴァントが存在する可能性も念頭に置いています。
※キャスター(シアン)はまだ脱落していない可能性も念頭に置いています。


572 : だから、みんな死んでしまえばいいのに  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/08/03(月) 05:42:17 x30VHAk20


……つまるところチャンスとは主観的なものであり、私たちが不意に抱く「これはチャンスだ」という感覚は、得てして客観的な事実ではなく、意識が勝手に創り上げる錯覚から生じているに過ぎず……









最初は信号に捕まっているのかと思った。
しかしどうやら違うようだった。武智乙哉が見ている限り、その少女は二度青信号を逃したまま立ち止まっている。
はてなんだろうか。乙哉は不審に思い、同時にさらに興味をひかれた。一体何を見ているのだろう。
学園の外壁によりかけながら、その視線を追ってみると、

「うん?」

街が動いた、ように見えた。
乙哉は目をぱちくりとさせながら、もう一度見返す。
が、そこには何もない。だだっ広い赤い空が広がっているだけ。
何が動いたような気がした。けれど気がしただけだ。遠すぎて今一つ様相が掴めない。

しかしこの違和感は何だろう。
何か動くものがあった――なら分かる。まあそういうこともあるだろう。
けれど先の感覚――脳裏を過った、街が動いた、という言葉。街に動くものがある、じゃない。街が動いた、のである。
あれは何だ。何故自分はそんな風に感じたのだ。

引っ掛かりを覚えた乙哉は頭を捻ったのち、小さく頷いて歩き出した。

「何か見た?」

そうしてごくごく自然な口調で、乙哉はそう尋ねていた。
すると声をかけた少女は、はっ、と顔を上げ、

「……あは、怖いなぁ」

振り向いて、キッ、と乙哉を睨み付けた。
そうして乙哉は真正面からまじまじと少女の顔を見ることができた。
短く切り揃えられた黒髪に白い肌、思った以上に端正な顔立ちをしている。
そしてその高い鼻にくっきりとした瞳を見て乙哉は、おっ外人だ、などという感想を抱いた。

「うんとさ、さっきあっち見てたでしょ」

あっち、と言って乙哉は先の北西の方角を指さす。
少女は何も言わない。ただ射抜くような視線を乙哉に向けている。
それを受け止めつつ、日本語通じるかな、といささか不安になった。

「あそこさ――何かいたよね」
「…………」
「いや正確に言うとそれだけじゃないんだ。何かがいて、動いた――んだけど、それだけじゃないっていうか。
 あたしには遠くてよく見えなかったんだけど、もしかしたら」

と、そこで乙哉の言葉を遮るように外人少女が口を開いた。


573 : だから、みんな死んでしまえばいいのに  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/08/03(月) 05:42:46 x30VHAk20

「“デイダラボッチ”」

聞きなれない単語に「へ?」と思わず乙哉は妙な声を漏らした。
外人少女は構わず流暢な日本語で語り出す。

「かつてこの日本にいたとされる、伝説の神様。
 月の満ち欠けと合わせて生と死を繰り返し、生命の与奪を司るという。
 夜が来ると巨大な姿となり森を徘徊する、らしい」

一体何を言っているんだろうか。当惑を隠せないでいると外人少女は、

「図書館で読んだ」

……と淡々と述べた。
乙哉は、ふむ、と腕を組み、

「そのデイダラボッチってのを見たっていうの? さっき、この街で」
「それか“ガンダム”」

また聞き覚えのない単語が出てきた。
外人少女はこちらの都合を考えず、独自のペースで語り出す。

「かつての大戦争にて投入された人型機動兵器。その中にあった伝説的な機体。
 他にも“エステバリス”や“武神”という兵器もあった。それだったのかもしれない」
「ふうん、物知りだね」
「……21世紀初頭の怪奇事件で“使用人の薬を服用して巨大化してしまった女主人”というのもあった」

ノンジャンルの知識をよくもこうぽんぽんと出せるもんだなぁ、と乙哉は感心する。
日本語も滅茶苦茶上手いし、相当な勉強家なのかもしれない。

と、そこで言うだけ言って外人少女は踵を返してしまった。
青になった信号を今度こそ渡っていく。速足だ。乙哉は思わず、ぽかん、としてしまうが、すぐに笑みを浮かべて後を追った。

もしかするとこの少女は突き放したつもりだったのかもしれない。
妙に急いでいたみたいだし、絡まれたくないから言いたいことだけ言って去るつもりだったとか。
それなら残念。乙哉はこの突拍子もない言動に逆に興味をそそられていた。 
何より――綺麗な顔をしている。

「ふんふん、なるほどね、つまり……」

だからそのまま後ろにくっつき、横断歩道のしましまを踏みながら話しかける。
よく分からない単語ばかりだったが、彼女が何を言わんとしていたかはなんとなく掴める。
つまるところ彼女が見たのは――

「“巨人”でしょ」

――その単語を口にした時、ばっ、と少女は振り向いた。
鋭い視線を受け、乙哉は思わず懐に手を入れた。手のひらに鋏の冷たい感触が走る。
先の視線が“睨む”ものであったのなら、今回のものは“刺す”ものだった。
思わず、ぞっ、とするほど冷たい、しかし同時に決然とした強さもある。そんな色を彼女はその瞳に湛えていた。

ああ、やはり勘は正しかった。

その瞳を見たとき、乙哉は確信していた。
血の匂い漂わせるこの異邦の少女は――マスターであると。
NPCがこんな顔をするものか。こういう顔するにはたぶん、使命感という奴が必要なのだ。
何か悲痛な使命を抱えて聖杯戦争に挑んでいる。乙哉はそこまで確信した。

「ちょっとさ話さない?」

だからこそ乙哉は人懐っこい笑みを浮かべ、極めて友好的に彼女に話しかけた。

「ラーメンとかおごるよ。好きなんだ。大丈夫大丈夫変な下心はないから。
 たださ、ちょっと教えてよ。さっき何を見たのか。あたし、ああいうの見たら気になって眠れなくなっちゃう性質なんだ」

そう誘うのと、乙哉たちが横断歩道を渡りきるのは同時のことだった。
二人の視線が絡む。そしてその頭上では信号が、ぱちぱち、と点滅していた。
しばらくしてそれも消えた。代わりに赤い信号が灯る。
それでもう元来た道には引き返せなくなった。






574 : だから、みんな死んでしまえばいいのに  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/08/03(月) 05:43:26 x30VHAk20


この冬木市という街には変な取り決めがあり、街が縦四列、横十列の合計四十コマに区画分けされており、それぞれにAの1、Bの2……というように数字が振られている。
区画はその役割とかではなく、ただ単に面積でそのまま区切られており、地図で見ればわかるが一区画は綺麗に正四角形をしている。ちょうど地図上の罫線をそのまま持ってきたかのような印象を受けるだろう。
これは地図にも記載されているほか、各種公式文書にもたびたび登場する。何かの都市計画に利用するつもりだった――のかもしれないが、具体的に何時誰がどのような思惑を持ってこんな区割りを始めたかは役人も知らない。
不思議なことにこの区割りは住民にも浸透しており、冬木市の住民はどこかで待ち合わせをするとき「B-5でさぁ……」などと口にするのだった。

実際の理由は聖杯戦争の管理に融通が利くから、というただただそれだけのことなのだろうが、それにしたってちょっと変な光景な気はする。
とはいえこれはこれで市井の人々たちにとっても分かりやすく便利らしく、変だな、と思いつつも基本的に誰も異を唱えたりはしないようだ。
無論、ひねくれ者というのはいるもので、この妙な区割りを「管理社会染みている」などといって頑なに使わない者もいたが、まぁそれはあくまで少数派だ。

乙哉もこの“方舟”での生活の上で自然とこの区割りを頭に入れて、使っていた。
だからミカサと名乗った(巧みに聞き出したともいう)少女と共に街を行きながら「さっきの場所はB-4あたりだ」と自然と思っていた。

「あたしもさ図書館によく行くんだ。いや別に読書家って訳でもないけど、なんとなく落ち着くっていうかさ
 あ、そういうえばこういうの知ってる? この街の図書館にまつわる七不思議っていうの。
 あの図書館、実は“禁断の書”ってのがあるらしいんだよね。なんでも本棚の裏のどこかに……」

ミカサができるだけ興味を持ちそうな話題を振りながら乙哉は朗らかに笑う。
が、彼女は依然として仏頂面だし、一緒に帰っているというよりは勝手に乙哉がついていっている、という感じだ。
兎角サン相手にしてるみたいだ、など印象を抱いた。彼女もまた戦う者であった。

そんなことを続けながらも“マル久豆腐店”の前を通り過ぎる。豆腐専門の老舗でおばあちゃんが一人で切り盛りしているお店だ。噂では人気アイドルの娘がいるとかだが正直眉唾だろう。
この角を曲がり“みちとカメラ”の「スピード仕上げ、証明写真、ビデオダビング」の文言が見えるといよいよ商店街に足を踏み入れることになる。
昔ながらの街並み広がるこの通りは、近くにできた大規模な量販店に押されつつも、それなりに活気があった。
今日も、既に陽が落ち、夕飯前のピーク期を過ぎたあとであっても、子連れの主婦やら下校してはしゃいでいる学生やらが見える。

この商店街も本当は“マウント深山商店街”という正式な名前があるのだが、最近ではどうにも使われない。
例の区割りにならって“C-3商店街”“しーさん”などという愛称が主に若年齢層では流行っているようで、そも別に住民も“マウント深山商店街”にさして思い入れがある訳ではなく、寧ろ最近では商店街活性化委員会が「若者に親しまれた方がいい」ということで積極的に“しーさん”という愛称を押しているとかいないとか。
と、言いつつ実は商店街は半分ほどはB-3地区にはみ出しているのだが、その辺りも住民たちの適当さを象徴しているようだった。


575 : だから、みんな死んでしまえばいいのに  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/08/03(月) 05:44:29 x30VHAk20

ミカサはその“しーさん商店街”を黙って進んでいく。寄り道をする気などないのだろう。ただただ最短距離だからという理由でここを通っているとみた。
中々の胆力だと思う。こんな時間にこんな場所を通れば、臭いに釣られ買い食いしたくなるのが人情というものだろうに。
例えば“茶東会計事務所”と“コニシ酒屋”の間にひっそりとたたずむお総菜屋さんがある。その前を通り過ぎれば、もわ、と香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。耐えられる訳がない。しかも安い。この時間は特に安い。コロッケならば百円で二つ買えてしまう時もある。金欠にも優しいのだ。
逆に財布に余裕があるのならば裏路地を覗いてみてもいい。この通りから一つ道を抜けると、そこには少し怪しげな世界が広がっている。
異様に熱心な常連客のいる名物的な質屋だとか、アートと称した刃物を売っている金物細工“だいだら”だとか、妙な店が揃っており、そこではこれまでの和気あいあいとした通りとはまた一味違う、商店街の別の側面を味わうことができる。
このよくわからない通りもそれはそれで面白いのだが、実は、この裏路地には信じられないほど美味しいイタリア料理店がある。
乙哉も一度友人に連れられて行ってみたことがあるのだが、なるほどこれは評判になる、と唸る味であった。普段イタリア料理など口にしない乙哉にもわかるほど、その料理は絶品だったのである。
あと甘味ならば外国人にもリピーターがいるというどら焼き店もある。何にせよこのグルメという観点においてこの商店街は中々に充実しているのだ。

「あーでもここじゃラーメンがないな」

乙哉はぼそりと呟いた。特に意識せずにミカサについてきてしまったが、抜かった。この“しーさん商店街”の弱点、それは中華料理である。
この商店街は不思議なことに中華料理屋が非常に少ない。大衆料理、という意味では多くの店があるのに、なぜか専門店は一つしかないのだ。
しかしその唯一の店というのがまた特殊かつ過激な味で少々人には進めづらい。
グルメ的な観点ではこの商店街を非常に気に入っている乙哉であったが、しかしこの点だけはどうにも納得がいかなかった。
イタリア料理もいいが、彼女はラーメンが好きなのである(これは彼女がミカサに語ったことの中で、唯一真実であった)

ちなみにこの“方舟”内で乙哉が推しているラーメンは新都の方にある“はがくれ”である。
看板メニューであるトロ肉しょうゆラーメンは非常にこってりした味なのだが、いやいやただの脂っぽいラーメンと侮るなかれ、その脂にはコラーゲンが豊富に含まれており“食べると魅力が上がる”のである。
という店主のうたい文句の真偽はともかくとして、味自体は中々のものだ。佐賀県風の柔らかな甘みのあるスープとコシのある麺がよく噛み合っており、中々キレがある。乙哉は中でも隠しメニュー“担担タン麺”がお気に入りだ。
が、流石にここから新都までミカサを連れていく訳にはいかない。残念ながら今日はあきらめざるを得ないようだ。

「…………」

どこで何を食べようか頭を捻る乙哉を置いたまま、ミカサはすたすたと歩き去って行ってしまう。
その素っ気ない対応に乙哉はやれやれと首を振り、

「で“巨人”見たんだよね」

そう呼びかけた。
するとミカサは足を止める。そしてゆっくりと振り返る。今度は何の感情も浮かんではいなかった。
乙哉は薄い笑みを浮かべた。いたずらっ気を含ませつつ「逃がさないぞ」と暗に示してみる。
本当はフレンドリーに接触して色々と話を聞くはずだった。そういうことに乙哉は慣れている。
しかしミカサは思った以上に強情な娘だった。ならば少し強引に、揺さぶりをかけることにする。

“巨人”
どうやらそれが彼女を揺さぶるキーワードのようだった。

辺りは既に暗くなっていた。
あれだけ真っ赤に燃え上がっていた空はどこへやら、ほの暗い闇と巨大な月が空には上っている。
商店街の雑踏の中、彼女たちは訪れた夜を謳歌している。


576 : だから、みんな死んでしまえばいいのに  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/08/03(月) 05:45:09 x30VHAk20

「……あなたが感じた違和感は、ただ何かを見ただけじゃないと思う」

そしてミカサは口を開いた。
これまで無視同然の扱いをしていた乙哉にやっと口を開いたのだ。

「ただ変なものがいただけじゃない――あるはずのものが消えていたから、あなたは違和感を覚えた」

述べられた言葉を、乙哉は咀嚼する。
彼女の頭の回転は早い。故にミカサが何を言わんとするのか、あの夕暮れで感じた違和と照らし合わせて考えてみる。
あの時あの場所、B-4あたりには何か大きなものがいた。学園からは、ちら、と見えるくらいがぎりぎりだった。
だがミカサが言うにはそれだけじゃないという。異物がいただけではなく、あるはずのものが消えたいたという――

「あ」

そこで乙哉は気づいた。
そうか、何時もあの場所から見えるはずのものが、あの時は“見えなかった”。
それが違和感の原因だ。

「あそこにあった高層マンション……あれが」

ミカサはこくんと頷く。
そういえば道中で人々が噂をしていた。どこそこのマンションが倒壊してたくさんの死人が出たとか――あれか。
そして状況を繋げて考えれば、あの時B-4には“巨人”がいて、それがマンションを倒した、ということになる。

荒唐無稽な話だった。それこそ聖杯戦争でもなければ。

「…………」

そう告げたきり、ミカサは再び歩き出す。
これでこの話は終わりだ、と言わんばかりの様だった。
しかし乙哉は迷わず彼女の後を追いかける。まだまだ話はこれからだ。

商店街の人ごみをかき分けながら、二人は歩いていく。
顔見知りの魚屋のおっちゃんやらに声をかけられたりしつつも、乙哉はミカサの後をぴったりとついていった。
その途中、公園に差し掛かった。そこではまだ何人かの子供が遊んでいてわらべ歌を歌っていた。


通りゃんせ 通りゃんせ
ここはどこの 細通じゃ
天神さまの 細道じゃ
ちっと通して 下しゃんせ
御用のないもの 通しゃせぬ

この子の七つの お祝いに
お札を納めに まいります
行きはよいよい 帰りはこわい
こわいながらも
通りゃんせ 通りゃんせ


小さな公園を通り過ぎ、ミカサと乙哉は不意に立ち止まる。
踏切だった。運悪く足を止められた彼女らは、カンカンカン、と鳴り響く警告音を聞きながら二人で立ち尽くしていた。
この踏切は中々に長い。日本中のどこにでもある“開かずの踏切”だ。一度捕まったら中々出れない上、その向こうには緩やかにも長い上り坂がある。
故にこちらの方に帰宅する生徒たちからは特に嫌われていた。一緒に捕まってしまった生徒らも口々に「あーしまったな」などと漏らしている。


577 : だから、みんな死んでしまえばいいのに  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/08/03(月) 05:45:40 x30VHAk20

またこの踏切は商店街の終わりでもあった。
別に明確な区切りがある訳ではないのだが、ここを越えて以降ぱったりと店が途絶えてしまう。
この先はもう住宅街だ。恐らくミカサはこの先に住んでいるのだろう。

そこでミカサは待ち続ける。
踏切が開くのを。
そんな向こう側へ帰るときが来るのを。

「珍しいよね、この時間に子どもが遊んでいるなんて」
「…………」
「あは、よく考えてみると怖いかも。普通ないよ、子供が外にいる時間じゃないもん。それにわらべ歌なんて、今どきの子は知らないよ。
 そう考えると、幽霊みたいだ」
「…………」

乙哉の言葉にミカサは答えない。
それでもいい。言葉が届いていることは分かっているのだから。

「しかもああいうわらべ歌って、実は怖い意味が隠されているとか、よくあるよね。
 かごめかごめって首を斬る歌なんだってね。嘘か本当かは知らないけど、残酷だよね。
 綺麗な歌なのに、その実ひどいこと歌ってるって、ありふれてる」

乙哉は言った。

「綺麗なものは、綺麗なまま終わればいいのに」

その言葉が漏れた時、電車が来た。
ごうごう、と猛然と走り去っていく。あれはどこから来て、どこに行くのだろう。
どうせこの“方舟”の外などないのに、なぜかあれはやってくる。

この電車も、この商店街も、この街も、聖杯戦争が終わればすべて廃棄されるのだろう。
元々そのためだけに用意された街だ。役目を終えれば全て、ポシャン、と捨てられる。
きっとそれは街としての終わりですらないのだろう。機能を停止され、放棄され、削除される。それだけの工程だ。
ならばいっそ今壊してしまった方がいい。

乙哉はこの街が好きだった。ラーメン屋が少ないのは不満だが、雑多で混沌していて、愛嬌のあるこの商店街が好きだった。
だからこそ思うのだ。ああ今すぐ死んでしまった方がいいと。
街が街として生きている、この美しさを保っている内に、終わってしまった方がいい。
時の流れが残酷な真実を突き付ける前に、終ってしまうのだ。

人は何時か死ぬ。
それだけは絶対に揺るがない。だからこそ人は死に方をもっと選ぶべきなのだ。
いや死に方を選ぶことしかできない、というべきか。終わるべく瞬間に終わること。それが生きるということだろう。
ああだから、やはり、この街は今すぐ死ぬべきだ。
それこそ“巨人”でも来て街を壊していってしまえばいい。すべての家を、店を、人々を、全てを蹂躙して終わらせる。
忘れ去られ破棄されるよりも、よほどその方がこの街らしい。

そんなことを考えていると電車が通り過ぎていた。


578 : だから、みんな死んでしまえばいいのに  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/08/03(月) 05:45:57 x30VHAk20

「……私は海が好きだ」

するとミカサがぽつりと漏らしていた。
乙哉は眉を上げる。初めて向こうから口を開いてくれた。

「あれは綺麗で、そう、美しい」

海が好きだと彼女は語った。

「へえ、海いいよね。あたしも――」
「ここに来て初めて海を見た」

そして、泣いた。
そう語る彼女の横顔を見たとき、乙哉は思わず、どきり、としてしまった。
原初の海に思い馳せ、静かに語るその姿は儚くて、それでいて、綺麗だったから。
思わず懐に手が伸びる。ああこれはもう――

「海は美しい。けれど――残酷だとも思った。
 命を生んだ場所は、でも命には優しくはなかった。でも、それが……」

彼女はそう言って歩き出した。
今度は乙哉は追いかけない。理性が止める。今追いかけては駄目だ。
だって聞こえる。自分の中から声が聞こえる。それは声高にこう叫んでいる。

あんな綺麗なもの、今終わらせないでどうするのだ。

と。
二人きりになればきっと自分は我慢できない。
街から踏み出せば、もうその衝動を抑えられない。

「……ねえ」

だから最後に尋ねることにした。
彼女を追った最初の動機。本当に聞きたかった話。

「暁美ほむらって娘、知ってる?」

気になっていたのは、そう、友達の話だ。

「あたしの友達でさ、黒髪おさげの地味な娘なんだけど、でも実はすっごく綺麗な娘でね。
 同じ中等部だし、もしかしたら、って思ったんだけど――」

衝動を必死にこらえながら、なんとか平静を保って友達のことを尋ねた。
そうして――乙哉は答えを得た。
ほむらの名を聞いた時の、ミカサを顔を見て、乙哉は求めていた答えを得た。


そこで彼女らは別れた。
互いに背を向け、何も言わず去っていく。
明日また学校で会うかもしれないし、会わないかもしれない。それだけの関係を残して。
二人の間には踏切がある。街と外を隔てる境界線。ミカサはそれを越えて、乙哉は越えなかった。
それだけの話だった。


579 : だから、みんな死んでしまえばいいのに  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/08/03(月) 05:46:26 x30VHAk20


【B-3 /商店街と/一日目 夜間】

【ミカサ・アッカーマン@進撃の巨人】
[状態]:吐血、片腕に銃痕(応急処置済み)
[令呪]:残り三画
[装備]:無し
[道具]:シャアのハンカチ 身体に仕込んだナイフ
    (以降自宅)立体起動装置、スナップブレード、予備のガスボンベ(複数)
[所持金]:普通の学生程度
[思考・状況]
基本行動方針:いかなる方法を使っても願いを叶える。
1.日常は切り捨てた。
2.家に帰り装備を取り、新たな拠点を用意する。
3.額の広い教師(ケイネス)にも接触する。
4.シャアに対する動揺。調査をしたい。
5.蟲のキャスターと組みつつも警戒。
6.――――
[備考]
※シャア・アズナブルをマスターであると認識しました。
※中等部に在籍しています。
※校門の蟲の一方に気付きました。
※キャスター(シアン)のパラメーターを確認済み。
※蟲のキャスター(シアン)と同盟を結びました。今夜十二時に、学園の校舎裏に来るという情報を得ました。
※シオンの姿、およびジョセフの姿とパラメータを確認。
※杏子の姿とパラメータを確認。
※黒髪の若い教師(NPC、ヴォルデモートが洗脳済み)を確認。現時点ではマスターだと考えています。

【ランサー(セルベリア・ブレス)@戦場のヴァルキュリア】
[状態]:魔力充填(微消費)
[装備]:Ruhm
[道具]:ヴァルキュリアの盾、ヴァルキュリアの槍
[思考・状況]
基本行動方針:『物』としてマスターに扱われる。
1.ミカサ・アッカーマンの護衛。
[備考]
※暁美ほむらを魂喰いしました。短時間ならば問題なくヴァルキュリア人として覚醒できます。
※黒髪の若い教師(NPC、ヴォルデモートが洗脳済み)を確認。現時点ではマスターだと考えています。

【武智乙哉@悪魔のリドル】
[状態]:健康
[令呪]:残り3画
[装備]:月海原学園の制服、通学鞄、指ぬきグローブ
[道具]:勉強道具、ハサミ一本(いずれも通学鞄に収納)、携帯電話
[所持金]:普通の学生程度(少なくとも通学には困らない)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を勝ち取って「シリアルキラー保険」を獲得する。
1.あの黒髪の女の子(ミカサ)を追う?
2.『友達』を倒した相手を探したい。
3.他のマスターに怪しまれるのを避ける為、いつも通り月海原学園に通う。
4.寒河江春紀を警戒。
5.有事の際にはアサシンと念話で連絡を取る。
6.可憐な女性を切り刻みたい。
[備考]
※B-6南西の小さなマンションの1階で一人暮らしをしています。ハサミ用の腰ポーチは家に置いています。
※バイトと仕送りによって生計を立てています。
※月海原学園への通学手段としてバスを利用しています。
※トオサカトキオミ(衛宮切嗣)の刺客を把握。アサシンが交戦したことも把握。
※暁美ほむらと連絡先を交換しています。
※寒河江春紀をマスターであると認識しました。
※ミカサ・アッカーマンをマスターと確信し、そして……


580 : だから、みんな死んでしまえばいいのに  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/08/03(月) 05:46:45 x30VHAk20


どうしようもない偶然というものは、その実それ以上にどうしようもない必然と繋がっている。

(根拠のないジンクス)










チャンスだ、とその時の吉良吉影は考えたのだった。


夕暮れ、彼は見かけたサーヴァント、アシタカらを見逃すつもりだった。
一方的に発見したアドバンテージこそあれ、下手を打てば一気に窮地に陥りかねない。
そんな危ない橋を渡るつもりは彼にはなく、故に少なくともその場では彼らをやり過ごそうと思ったのである。

が、状況に変化が生じた。
例のサーヴァントが突然動き出したのである。
吉良には分からなかったが、何かを感じ取ったらしい。どこかを目指して焦って動き出したのだ。

そう、焦りだ。
彼らが焦燥の理由を吉良は知らない。しかし付け込む隙になり得ると彼は考えた。
だからこそ正面からは襲わず、乙哉と念話しで相談したのち、罠を仕掛ける形で彼らを狙うことにした。

『そっちも仕掛けるんでしょ?
 あたしもやっぱ別の娘に目をつけたから、ちょっと計画変更しよ』

乙哉もまた春紀という女の追跡は中断するとのことだった。
まぁ実際にやってみて分かったが、この混雑した校門で一人の生徒が出てくるのを待つのは中々に骨が折れる。
その道のプロでない自分たちがやったところで、見逃す可能性も高い。
春紀のことは重要な案件だが、効率を考えれば、今は別のことに臨むのも間違いではない。

故に乙哉は別のマスターらしき少女と接触、吉良はサーヴァントを狙うことになった。
吉良の方は残念ながらしとめるには至らなかったが、しかし焦っていた彼らは吉良に気付くことはなかった。
気づかれず彼らを狙い、そのサーヴァントが“視る”ことに長けた能力であることを知った。

聖杯戦争でも、スタンド戦でも、“能力を知る”ことの有用性は言うまでもない。
そういう意味で今回の追跡は十分な収穫だったといえるだろう。

そういう意味で吉良はその夕暮れ、非常にうまく立ち回ることができた。
だが吉良その日、チャンスだ、と考えたのは別のことであった。






581 : だから、みんな死んでしまえばいいのに  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/08/03(月) 05:47:10 x30VHAk20


それは乙哉の方から舞い込んできた。

アシタカの追跡に見切りをつけ、乙哉と合流を図った吉良は区画にしてB-3と呼ばれた地域にいた。
商店街の向こう側だった。民家が立ち並ぶその一角はその日ひどく静かだった。
ここ数日の奇妙な事件が尾を引いているのだろう。人々は部屋に閉じこもったきり出てこない。
最も一つ隣の区画はマンション倒壊という大事件を受け騒然としていたのだが、吉良はそうした騒ぎに近づくことを嫌った。
故に夜に静まりかえる街で、吉良は乙哉からの連絡を待っていたのである。

その時、吉良は一人の女性と行き遭った。
どうやらこのあたりに住んでいるらしく彼女は――綺麗な手をしていた。
辺りには誰もいない。陽は落ち、商店街の向こう側は静まり返っている。

そこで思ったのだ。
これはチャンスだ、と。

吉良は穏やかに話しかけた。ここで何をしているのですか? と。
すると女は答えた。娘を探しているのです、と。
そして――吉良はチャンスに賭けることを選んだ。









そうして冬木の街にまた一人行方不明者が出た。
その事件はマンション倒壊事件の一連の流れと同じように処理され、一人の殺人鬼が明るみに出ることはなかった。

目の前に美しい手があり、辺りに誰も居らず、ちょうど罪を覆い隠してくれそうな大きな事件が近くで起きていた。
そういう意味で、確かにその瞬間は吉良にとって唯一無二の好機であった。

けれど。
けれどそれは本当に偶然だったのだろうか。
吉良がその時B-3にいたのは乙哉がその辺りに居たためだ。
そして乙哉がその辺りにいたのは――その道がミカサの帰路だったからだ。

吉良と出遭った女性は娘を探していた。
娘が通っている学園から連絡があった。学園で何か事故が起きたこと、その上でお宅の娘さんが問題を起こしたかもしれない、と。
それを聞いたその女性は――“母”として当然に娘を案じ、不穏な雰囲気の夜の街に一人で出向いた。娘の通学路を辿りながら、その姿を探していた。だから、その女性はそこにいた。

全て――夜の出来事であった。


582 : だから、みんな死んでしまえばいいのに  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/08/03(月) 05:47:25 x30VHAk20


【B-3 /住宅街/一日目 夜間】

【アサシン(吉良吉影)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]:健康、聖の手への性的興奮、 『手』
[装備]:なし
[道具]:レジから盗んだ金の残り(残りごく僅か)
[思考・状況]
基本行動方針:平穏な生活を取り戻すべく、聖杯を勝ち取る。
1.乙哉と合流
2.甲冑のサーヴァントのマスターの手を頂きたい。そのために情報収集を続けよう。
3.B-4への干渉は避ける。
4.女性の美しい手を切り取りたい。
[備考]
※魂喰い実行済み(NPC数名)です。無作為に魂喰いした為『手』は収穫していません。
※保有スキル「隠蔽」の効果によって実体化中でもNPC程度の魔力しか感知されません。
※B-6のスーパーのレジから少額ですが現金を抜き取りました。
※スーパーで配送依頼した食品を受け取っています。日持ちする食品を選んだようですが、中身はお任せします。
※切嗣がNPCに暗示をかけ月海原学園に向かわせているのを目撃し、暗示の内容を盗み聞きました。
 そのため切嗣のことをトオサカトキオミという魔術師だと思っています。
※衛宮切嗣&アーチャーと交戦、干将・莫邪の外観及び投影による複数使用を視認しました。
 切嗣は戦闘に参加しなかったため、ひょっとするとまだ正体秘匿スキルは切嗣に機能するかもしれません。
※B-10で発生した『ジナコ=カリギリ』の事件は変装したサーヴァントによる社会的攻撃と推測しました。
 本物のジナコ=カリギリが存在しており、アーカードはそのサーヴァントではないかと予想しています。
※聖白蓮の手に狙いを定めました。
 進行方向から彼等の向かう先は寺(命蓮寺)ではないかと考えていますが、根拠はないので確信はしていません。
※サーヴァントなので爪が伸びることはありませんが、いつか『手』への欲求が我慢できなくなるかもしれません。
 ですが、今はまだ大丈夫なようです。
※寒河江春紀をマスターであると認識しました。
※アーチャー(アシタカ)が“視る”ことに長けたサーヴァントであることを知りました。また早苗がマスターであることも把握しています。


583 : ◆Ee.E0P6Y2U :2015/08/03(月) 05:47:42 x30VHAk20
投下終了です


584 : 名無しさん :2015/08/03(月) 18:59:35 UdUp00ZU0

ミカサ側から見るとおとやんが友達のために戦うすごいいい奴に見えそうw


585 : 名無しさん :2015/08/03(月) 19:36:00 Np0G3yc.0

前にファミマで買ったコラボ商品のはがくれカップ麺がまた食いたくなった


586 : 名無しさん :2015/08/03(月) 21:51:25 UETWpWmI0
投下おつー
すごく雰囲気の出ている話だった
おとやんはれっきとした殺人鬼なんだけど、このロワでの少女相手の交友だけ見るとすごくいいやつに見えるw
おとやんのおにゃのこ攻略講座!
そして最後にしれっと吉良www うわーw 双方向に因縁が


587 : 名無しさん :2015/08/04(火) 06:19:15 y6lIBkyQ0
投下乙です。
小休止と言った感じの話なのですけど、このエリアにはとんでもない殺人鬼が潜んでいるのが怖い……


588 : 名無しさん :2015/08/04(火) 15:19:58 8tir91220
投下乙
ミサカが悪役じゃあないかww


589 : 名無しさん :2015/08/04(火) 18:21:59 lD2Eoagk0
吉良がママ殺してるからどっこいどっこいなんだよなぁ…


590 : 名無し :2015/08/07(金) 08:02:04 XicRlX9s0
今さらだか、ウェイバーにザビが月の聖杯戦争やっててNPCだったこと言ってたっけ?
後、アンデルセン神父は『釘』持っているの?何時から参加してるかにも寄るけど・・・・・
そして候補作を読み返して、何故NEEDLESSとRe:バカは世界を救えるか?が無いんだっ・・・・!あれか?マイナーだからか?宝具再現すると全能と天使&魔力無限だからか?
てか知ってる人いるのか?
・・・・・・騒いですいません。


591 : 名無しさん :2015/08/07(金) 11:02:00 pkiFPQhYO
仮面ライダーデッドプール

胸が熱くなるな


592 : 名無しさん :2015/08/07(金) 16:15:11 F2gm2FOQ0
>>590
全能とか汎用性有り過ぎ強すぎで持て余すな
面白い話書けるか怪しいもん


593 : 名無しさん :2015/08/08(土) 16:46:04 1FGYmCZs0
いやキャラとしては面白いだけどね、Re:の方のラスボス。理想放棄してヒロイン救おうとするし。
流星群とか溶岩辺りに撒き散らすとかするけどな!


594 : 名無しさん :2015/08/10(月) 04:15:00 MaRJKjww0
>>>590説明しよう!NEEDLESSの主人公アダム・ブレイドは最終決戦の際に何でも思い道理に改変する『全能者』になったのだ‼・・・これは時間制限が付くな、原作も10分なってたかどうか怪しいし。
・・・・まずステータスを考えろ。


595 : 名無しさん :2015/08/25(火) 00:26:28 zy6BXUn.0
怪文章を最後に更新が途絶えてるんですがそれは大丈夫なんですかね…


596 : 名無しさん :2015/08/25(火) 09:29:32 ik8H/i2c0
問題ですよね・・・・


597 : 名無しさん :2015/08/25(火) 12:07:51 Y6QbeCTA0
読み手多そうなのにwiki更新もないしな


598 : 名無しさん :2015/08/25(火) 13:13:21 zhCvv20A0
改めてジョンスの登場話から最新話まで最高の形でリレーされたなあ
宝具の化物を殺すのはいつだってが最高


599 : 名無しさん :2015/08/25(火) 17:15:19 hDkhw9d60
雑談ならしたらば使えよ


600 : 名無しさん :2015/08/25(火) 22:36:28 ik8H/i2c0
・・・・すいません


601 : 名無しさん :2015/09/06(日) 03:59:18 pUGYo2O20
いやまあ空気変えようとしてのことだろし気にするなw


602 : 名無しさん :2015/09/07(月) 01:25:25 vs6K0uAw0
いや気にしろよ


603 : ◆HOMU.DM5Ns :2015/09/09(水) 01:04:34 R3fr.NoU0
大幅に遅れて申し訳ありません。これより投下します


604 : アトラスの子ら(U) ◆HOMU.DM5Ns :2015/09/09(水) 01:07:30 R3fr.NoU0



「……はい、では予定通りプランBの続行をお願いします。
 あなたがついているならほぼ滞りなく、予定通り済むでしょう」
「分かりました。 代行はお任せ下さい、ATLUSに籍を置く者として完璧な管理を務めましょう」
「感謝します。これから暫く外す事が多くなりそうなので、学校には直接通います。心配はいりません」
「外にはお気をつけて。幾つもの輝きが空を包み、星が流星のように燃え落ちようとしています。
 跨る天馬(ペガサス)に振り落とされる事のなきように。シオン、あなたに星の導きを」





「……さて」

根回しは完了した。
この場限りでの仮初の住まいを遠目、仲間(スタッフ)と繋げていた端末を切る。
集団下校をしてバス停を降りてからシオンの行動は迅速だった。

根城としていた研究所を一時離れる展開も、予め想定には入っていた。
不本意ながら、追われるのには慣れた身だ。根無しで彷徨う苦労は知っている。
モラトリアムを経過してからすぐに幾つかのセーフティは準備していた。
個人用に作っておいた口座からも資金を引き出せたし、生活するには一定の基準を満たせるといっていい。カードは持っているが、念のためだ。
魔術師が電子戦を行うのは本来考えづらいが、メイガスでないウィザードも集うこの場所ではその限りではない。現金を早めに下ろせたのは僥倖だろう。

研究所傘下の施設に泊まる事や知人宅を訪ねる、一夜をやり過ごすには十分かもしれないがいずれは露呈する。
更に言うならその選択は、ここで掲げる指針においてはどうしようもなく悪手だ。
仕切り直すのはよしとしても、逃げ隠れるだけではやって来る死を僅かに遠ざける延命行為でしかない。
ホテルをハッキングして客として素知らぬ顔で潜り込む事も出来る。関わりのないNPCを操作して隠れ蓑にするのも容易だろう。
身分を掠め取り、電子の住人を見えざる盾と扱い万全を期して目的に終始する。洗練されてすらいる魔術師らしい予測の海図。
そうした選択肢は最悪の場合として手札に残すに留めて、シオンは今回の手段をベストとした。

『アーチャー、状況を』
『問題ナッシングッ。お前を視線で追ってる奴、不自然な動物の動き、客引きのネーチャンから胡散臭いセールスマンまでとにかく怪しい奴の気配は一切なしだ』
『分かりました。透視、千里眼による観察もありますが今はそれでも構いません。
 では、合流ポイントは指示した通りに』

バスで来た道を逆走して最寄りの駅のホームに向かい、ふたつ越したところで降りる。
駅であればたいてい何処でも設置されているコインロッカーに金貨を入れて鍵を回し扉を開ける。
中にはひとつの、このまま小旅行にでも行けそうなひとつのボストンバッグが置かれてる。
ファスナーを開き中身を確認。足早に、しかし目立たない速度でホームに向かい電車に乗り、ひとつ先の駅で降りる。

駅とそこに繋がる繁華街には人が多く、下校中の生徒もまばらに目につく。
仲の良いクラスメイト同士は教師からの注意も忘れて、ファーステフード店やブティック店に入っていく姿も見える。
駅周辺の人口が平均よりも密集しているのは、日中を騒がせた事件の数々の余波が少ないからだろう。
安全を求める住民は、娯楽が多くて人が行き交い、警官も配備された交番もある駅前に指示されたわけでもなく群がっていた。
『ジナコ・カリギリ』によるケーキ屋襲撃の被害も一部に受けているが、それがかえって警備を固めさせ不安を和らげさせる。
正面で対峙する事のないよう、視界に入らない最適な位置取りを取りつつ歩を進める。


605 : アトラスの子ら(U) ◆HOMU.DM5Ns :2015/09/09(水) 01:08:52 R3fr.NoU0


警備の増強。一般のNPCに、この方舟で動く聖杯戦争の真実に行きつく手段はない。
だからこそ、彼らは彼らなりの法則(ルール)の範囲で街の平穏を守ろうとする。
監督役が改竄するのは、あくまで聖杯戦争に直接関与する情報のみ。実際に起きた事件、被害を無かった事にする権限の行使はしていない。
常識の籠に収まった住人は常識に則った行動で、事態の打開と解決を図る。

警察の包囲網がどれだけ広がり、密になろうとも、サーヴァントを擁するマスターを退ける事は出来ない。しかし、妨げにはなる。
霊子で括られたこの空間ではこの冬木の住人だ。マスターでも魔術師であろうともこの前提は覆らない。
事前の準備、隠蔽を疎かにすれば、市民の眼はそれを捉える。
目撃は情報となり電波と数列の世界に流れ、瞬く間に拡散する。

無差別かつ無作為に、白昼堂々で連続して犯罪を犯した『ジナコ・カリギリ』のように。
大規模な魂喰いを敢行し、ビル一棟を丸々倒壊させるのに周囲に何の配慮も隠蔽も施さなかった『警告を受けたサーヴァント』のように。

ここではマスターとサーヴァントだけでなく、冬木市を運営するシステムそのものにも注意を払っていかなければいけなくなる。
この組織力を利用しない陣営が現れないと、どうして言えようか。
警官として潜り込む、あるいは始めから警察関係の役割を得ているマスターがいる可能性は極めて高いと見るべきだった。

帰路を辿る人々の行列に紛れ込み、誰の視線にも留まらないいまま慎重にコースを変更する。
川が上流から下流に注ぐが如く、目を向ける意識にかからない風景の一部と化して少しずつ人混みから避けていく。
動く影の数は減っていき、足音はまばらになる。二十分と進む頃には、完全に人気の絶えた人口ドーナツの穴に入った。

街の一部でありながら、街の住人から忘れ去られた土地。
立地の悪さ、事業の失敗、建設の頓挫、価格の増減、周囲の店舗との顧客争奪……
様々な偶然が網の目となって形成され、その死角の位置に置かれていたが故に廃墟と化したビルディング。
日々発展を遂げる都市で珍しくもない一帯。鬱屈の解消に無断でたむろする集団も今日ばかりは引き払っている。
適当に見繕っていた隠れ場所に到着して早速、適当な部屋の一角で肩にかけていたボストンバッグを埃だらけの地面に置いた。
中に入っているのは特段変哲のない必要品の数々。戦闘用の武器も魔術に使う薬品も入っていない。
防災用にセットでまとめて売り出されてるような用具一式、それと替えに取っておいた服だ。


これからの活動で、一番の障害になるのは制服だ。
今の服装は悪目立ちしやすい格好といえる。なにせ、見ただけで所在が一気に絞り込めてしまう。
登下校の時間ならともかく、夜以降を制服のままでいるのは視線を集めやすい。巡回中の警官からは間違いなく補導対象になるだろう。
一時とはいえ、家なき身にとっては活動の範囲を大きく狭める。
ロッカーに入れていた荷物は、その為の対策のひとつだった。


606 : アトラスの子ら(U) ◆HOMU.DM5Ns :2015/09/09(水) 01:09:47 R3fr.NoU0

数人が包まれる大きさの断熱シートを部屋の壁の両端に張ったエーテライトに被せ、即席のカーテンとして扱う。
三方は打ち付けられたコンクリートが剥き出しのままで、やや広い試着室に近い形となっている。
着替えのスペースを確保したところで学園指定のブレザーを脱ぎ、白地のブラウスが露わとなった。




"――――――――――――っ!"




………………………外は静まっていた。
人はおろか、鳥の羽音や虫の鳴き声も届いていない。
雑音が出ないほど人が皆無なわけでもないのに、見えない壁で区切られてるように途絶えている。

その、中で。
普段ならば耳に入らない、密やかな音が静寂を揺らしている。


首元に結んだリボンの端を引き、旋律が走る。

前を留めるボタンをひとつひとつ外す度に、柔らかく押さえつけられていた丘が膨らんでいく。


装飾が剥がれていき、床に散らばり落ちる少女の破片。
それは、強かに風が舞い、大輪の花弁が散る様に似ている。


聞こえるものは衣擦れの音だけ。
覆われた神秘のヴェールの外からは、当然中の花園を克明に映す事叶わない。

室内は本来窓が嵌まっている空白から除く、茜と黒による混沌の逢魔時だけが照らしている。
奇襲の可能性を考慮に入れて窓際から離れている。
厚みのある断熱シートは、入り込んだ光の洗礼で輪郭を透けさせる望みすら砕く。
触れれば払える軽さでいながら、これは世界の目ですら観測を許容しない。
如何なる城壁であっても比肩しない禁猟乙女領域だ。


なのに聞く者の脳裏には、この境界の奥にある光景を克明に投影させる。
刺激されてるのは聴覚だけなのに、五感全てが機能して虚に実を為そうと試みる。
一切の観測を拒絶する乙女のヴェールも、男の想像力だけは防げない。

矛でも槌でも破れない門を、ただひとつの幻想が押し開く。

そんな浪漫を希望を胸に抱え、男達は馳せるのだ。



最後の布が落ちる音がする。
花園の防壁硬度は決して高くない。手で掴めば破れる障子の膜でしかない。
妨げているのは倫理の壁。見られる側ではなく見る側が戒める心理的な障害だ。
手を伸ばせば最後、加害者は圧倒的な非を負わされその魂を牢獄に連れ去られる。
人は自らの罪に溺れ水底に沈む。必要なのは手ではない、目だ。

無敵に思える障壁にも穴はある。
居間となるのを仮定した部屋では広さが長かったため、シートもそれに合わせて横に広げてかけている。
それでは縦のシーツトのスペースが若干余り、下の守りが僅かばかり空いていることになる。
全景を見渡すには程遠い。立ち姿でいてはつま先までしか見届けられないだけの薄い隙間・

だが、屈めば。
背を丸め顔を地面に擦りつける痴態を晒しまですれば……
膝上から太腿の域までを、直接視線で捉えることが出来る。

"それでいいのか"と道徳は念入りに問い返してくる。
"それでいいのさ"と本能は背を向け走り去っていった。

人は山があれば登りたがる生き物だ。
海があれば潜り、空がある限り飛び立たずにはいられない。そういう風に出来ている。


607 : アトラスの子ら(U) ◆HOMU.DM5Ns :2015/09/09(水) 01:11:32 R3fr.NoU0


そこに何があるのか。ここを超えた先に何が見えるのか。
それは恐らく、人として種として存在にまで根付いた"根源"と呼べるもの。
好奇心というほど初々しいものではない。探究心と纏めるには根拠が薄い。
損得の勘定も生死の有無も忘れて未踏の地を目指す。
魔術師も冒険者も行き着く先、歩き始めた場所は同じだった。
進む、という人類の総意が足を留めない限り、この衝動は収まる日はない。

だからこれも、きっと同じ衝動(もの)。
未知への挑戦と難行の達成は耐えがたいもの。諦めるにはまだ早い。
例えるなら、聖書にある知恵の実のようなものだろうか。
通説では原初の人が蛇に誘惑されたが故の過ちであるという。しかしそれは本当に、当人達の意志ではなかったのか。
永遠と快楽で満たされた花の園。無垢なまま無知なまま、全てを許される理想郷。
そこから見える景色。最果ての見えない荒涼とした大地。
降りかかる数えきれない苦しみと死。だがそれをよしと自らの頼りない足でこの先に向かおうとした、というのは、傲慢に過ぎる説だろうか。



両膝と両手を冷えた地面に着け、身を張り付かせる。
傍から見れば土下座の姿勢にしか見えないが、恥は感じない。
これから罪を―――否、冒険を犯す危険に比べて一時の羞恥のなんと薄いことか。
地面上三十センチに満たぬ隙間、斜め上の方向に視線を集中させる。
洞穴に隠されし黄金。神が住まわせたのとは異なる、真なる理想郷の宝を拝もうした――――――その瞬間に銀のシートが内部から開かれた。




「あっ」



時が止まる。

世界が凍る。


氷柱の先端が躊躇なく、体の一か所に突き刺さってくるのに等しい悪寒が襲ってくる。



「―――――――――」

地面にひれ伏したままの男(サーヴァント)。
とっくに着替え終えた女(マスター)が、人に対してのそれとは到底感じられない零下の目で見下ろしている。


「あれッあれぇぇぇ〜?どこ落としちまったのかなぁ、オカシイ、見えねえぞあれが〜。
 日の反射や逆行でうまく地面が見えねえなまいったなぁぁぁぁアハハハハハ」
「領域内の敵性および悪性情報の流入はなし。
 危険因子との接触の可能性は一桁内に試算。これより今日取得した情報の整理に入ります」
「あッ無視?無視すんの?反応すらナシってそーいうの逆にこたえるのよぉーッ!
 ………………てアレッ、なんか膝から下に力が入らなくて腰を持ち上げれなぁ―――い!?」

百の言葉を語るよりも視線ひとつがより凶悪な効果を及ぼす時がある。
……如何にとぼけた態度でしらを切ろうが、始めから対話の意志が排除された相手にはまったく意味を成さない。
問うまでもなく、言い訳を挟む余地もないほど相手が怒ってる証拠だからだ。

こうなるともう、犯人に逃れる術はない。
冷静沈着の代名詞のような少女はその実、細かいとこを気にしたりすることはサーヴァントとして付き合う過程でなんとなく掴めていた。

「どうしましたアーチャー。そんな地面に手足を着いた犬のような態勢で。生前の習慣か性癖の類ですか?」
「そう思うならエーテライト(それ)の指令をとっとと解けってんだ……。
 ホイホイに入れられたGなアイツか俺はよォー……!」
「魔力供給(パス)とエーテライトでの二重因果線(ライン)で互いの位置を掴めるのを忘れてるサーヴァントにはいい薬です。
 反省に頭を冷やす時間も兼ねて、折角ですから話はこのまま済ませましょう」
「な―――なんてコト考えやがるんだこの鬼ッ!精肉店の店主ッ!エジプトニーソッ!てめえの血はなに色だーッ!!」

なお、全て念話のためマスターのみに伝わっている台詞である。外に漏れる心配はない。
……少し締め付け過ぎか?とシオンは思案する。


608 : アトラスの子ら(U) ◆HOMU.DM5Ns :2015/09/09(水) 01:12:57 R3fr.NoU0



少なくない日数を共にしてこのサーヴァントが『締める時は締める』性格なのは把握してるのだが、緩い時はとことん緩まるこの気性の改善は未だ目途が立たないままだった。
過去に観測された情報の具現化といえばかつてのタタリに近しい性質だが、英霊も元は生きた人間だ。そして、現界した際当時の人格もまた保有している。
英霊とは単なる強力な兵器ではなく、その兵器の力を正しく行使する知識と経験が伴ってこそ最大のパフォーマンスを発揮する。
いわばハードとソフトの関係だ。自由意志を奪うのはここでは下策でしかない。

こういう性格なのはもう諦めている。否定もしない。娯楽も休息も調子を保つには必要だろう。
自分では至れない柔軟な発想力、計算高さは信頼に値すると認めている。
いるのだが……隙と余裕あらば好き勝手に行動されると、こちらの精神上に悪いのが悩みの種となっている。

「学園に潜むマスター。校舎の中で起きた戦闘、その勝者と敗者。学園を支配し取り込もうとする二つの陣営。学園外での様々な事件……。
 この一日で無数の案件が発生している。並列してファイリングしながら順次処理していきましょう」
「あホントにこのまま進めるんだこの女ァ!?
 チクショーもうこうなりゃトコトンやってやらー!」

院内では部下に度々指示を与えているが、対等の立場で付き合うという機会は、シオンにとって数度しかない。
少ない経験をサンプルとして活かすには、アーチャーという男は今までにない精神性の持ち主だった。
どういった態度で接する事が最良なのかが掴め切れない。故に機会がある度に手探りで当て嵌めていくしかなかった。
手も頭脳も足りているのに、正しいピースが見つからずおぼつかない、
そんな赤ん坊と変わりない悪戦苦闘が今の現状がシオンである。
その不器用な生き方こそを、目の前で見てる男が気に入っているのを知らぬまま。



「……っとその前に。いっこ真面目な質問だ。
 人気のない場所ってことで集まったけど、ここを仮宿にするっていうわけじゃないよな?
 もしそうするつもりっていうなら、そっちの考えにもよるが却下しておくぜ」
「分かっています。元々この座標はルーラーの制裁が入らない場所、即ちサーヴァントを戦わせるのに支障が出ない範囲としてピックアップしていたもの。
 戦場になると予測できる場所で宿を取る趣味はありません。考察と並行して移動します」
「考察か……そうだな。学園は濃密な時間だったぜ。あっちこっち動く前に纏めたいものが勢ぞろいだ」

一端観念すれば、アーチャーも思考の回転は速やかに行われた。
四肢を地に着けた敗者の姿でありながら、神算鬼謀を巡らすサーヴァントは計算する。
積み重ねられた玉石山海。それらを細やかに理解、分解、再構成する。



分割思考を展開。マルチタスクで分類した案件を整理し、ファイル化した情報からサーヴァントと共同で解釈、咀嚼を行う。
帰宅の道中で分類の段階までは済んでいる。まず手を付けるべきは、学園の屋上で起きた事件だ。
閉ざされた空間の中にいたシオンらは関わった当事者であり、観測者でもある。

屋上に集まったのは四騎のサーヴァント。
黄金の鎧のセイバー、蟲を操るキャスター、我々(アーチャー)、姿を見せず声だけを送った謎のサーヴァント。
戦闘には発展せず、一体が消し飛ばされた事であの場は幕を下ろした。
だが二人はそのまま見たままに消滅したなど露など思っていない。

「私(マスター)の素性は割れてしまいましたが、正確なクラスとパラメーターを習得。そしてキャスターにはエーテライトの仕込みを継続出来ている。
 こちらにもメリットはないわけではなかった。あれらはみな、少なくともあの時点では独立した勢力だった。セイバーはアンノウンと繋がっている可能性も否定できませんが」
「いーや、たぶん全員別々で間違ってねーぜ。あいつらはあの時が直接では初対面だった」

口を挟むアーチャー。

「根拠は、アーチャー」

思考を妨げられる事もなく、シオンも流れるように次の言葉を出した。

「あの金ピカな辛気臭そうな顔してたセイバー、あいつはあの場でじゃ殆ど口を開かなかった。まあそりゃあ俺達も同じだったけどな。
 おおかたマスターの命令で斥候に来たんだろう。セイバーを引き当てたにしちゃマスターは慎重派みてえだ。慢心がないやつってのはそれだけで難敵と言ってもいい」

一端解説を止め、呼吸を置く。
そうすることで次の台詞を注目させて説得力を高めさせる。


609 : アトラスの子ら(U) ◆HOMU.DM5Ns :2015/09/09(水) 01:14:58 R3fr.NoU0

「……ああ、まったくだぜ。この序盤でそんな強力なタッグを組むとはねえ。流石に校門で蟲の網を張っていただけのことはあるぜ。
 しっかしなんでわざわざ組んだんだろうなあ〜だって蟲だぜ?ムシ。おまけに大群!ウゲェー、想像しただけで気持ち悪くなってきやがる」
「接触をしてきたのは恐らくキャスターの方からでしょう。
 校門に罠を張っていた事から我々が予測した通り、あちらは幾らかの陣営に対しての情報を掴んでる。どこに接触するのかはあちらの自由だった」

全てでは当然ないだろうが、派手に学園内で攻めていける程度には関係性を把握しているのは違いない。
だから、着目するべきはその先にある疑問だ。

「ならばなぜ、キャスターはその陣営と同盟を組んだのか。
 多くのマスターを観察していただろう彼女がその候補からひとつの対象に絞り込むに足りた理由。
 ……それを知る事が、キャスターとその同盟相手の正体を見抜く鍵となるでしょう」

明らかになっている行動から、キャスターもまた戦略を旨とする冷静な思考で動いているのが分かる。
そんな相手が自ら赴き組むに値すると決めたからには、そこにチップを投げるだけの勝算があったからでしかない。

「一時でも目的を同じとする仲間を作るにあたって、取るべき交渉選択は限られてくる。
 聖杯戦争という枠組みの中では……大別すれば三つまで取捨できます」



①:友好
理屈や利得では測れない……即ち感情的な理由。
対象の容姿、人格、行動、主張、それらに興味を引かれその者に協力するというもの。
裏をかきあう精神的重圧から解放され、感情の共感が出来た両者は強い信頼関係を構築でき、設定された能力以上のパフォーマンスを発揮する場合すらあり得る。
ただ聖杯戦争が殺し合いの場である限りいずれは殺し合う運命だ。死を許容し、恨みなく戦いに臨む覚悟を持ったまま友愛を築ける者は希少だろう。
それに互いを正しく理解して関係を構築していくには長い時間が必要となる。初対面で全面的に信頼を寄せるのは依存、もしくは偏執と呼ぶべきものだ。
もしくは相手に非がないと分かり、助力を乞われたなら無条件に手を貸すような……お人好しと呼ぶ人種だろうか。
始めから聖杯を得る気がなく方舟からも脱出する方針でいる者同士、ということであれば―――この関係も維持できる。


②:打算的同盟
最も可能性が高い手段。
数が一定に減るまでの期間を定め、その時までは各々の戦力能力を提供し合い共同して他陣営を駆逐していく。
離反のリスクは常に抱えるが、目的が一致していれば効率と安定性は最良だ。
ここで重要となるのは目的。最後の生き残りとなり、聖杯を獲得し願いを叶えるという明確な答えが表れている。
契約上だけの出し抜き合う同盟なら付き合いは楽だ。だがその場合それ以上の効果は見込めない。
しかし願いにかける思い、信念は強ければ強いほど研ぎ澄まされる。
同じ信念の持ち主は共感を抱く。共感は時間が経てば信頼となり骨断つ刃を形作る。


610 : アトラスの子ら(U) ◆HOMU.DM5Ns :2015/09/09(水) 01:15:36 R3fr.NoU0



③:威圧
力を以て屈服させる方法は、よほど自信がある者でなければまず取らない選択だろう。
強者と弱者という絶対的な格差を作り上げる事で完全な隷属関係とする。
脅迫や洗脳で逆らう自由意思すら支配する、キャスターやアサシンのような性質は、同盟というより鉄砲玉扱いの面が強い。
サーヴァントを操る分には、マスターさえ手中に収めれば事は為すのだから。
マスターとサーヴァントを丸々使い潰せる戦略は非道であるが、効果的なのもまた事実である。
目的の為に手段は選ばない……合理を追及する魔術師なら躊躇どころか積極的に使っていく。




「②番、だな」
「打算と利益を孕んだ同盟が妥当、かつ無難な選択です」

二人の声は同一の答えを示す。
シオンは意外そうにアーチャーを見つめた。

「……意見が一致するのに越したことはないですが、いざ一致すると妙に戸惑うのは何故なのでしょうか」
「いや、俺も毎度穿った見方してるわけじゃねえぞ?騙しとかは好きだけどよ。
 単純な消去法さ。キャスタークラスは魔術で陣地を作ったり策に嵌めたりする、いわゆる『持久戦型』。
 そいつが欲しい駒といえばやはり前衛に優れたセイバー、アーチャー、ランサーの三騎士クラス……特に『近距離パワー型』のセイバーかランサーが都合いい」

謀略と時間をかけるごとに強くなれる能力を主軸とするなら、その時間が溜まるまでの間を露払いする護衛こそが最も適した同盟相手。
初日に仕掛けた罠にかかる暗殺者(アサシン)や、役割が重複する魔術師(キャスター)など必要としまい。

「それならば―――」

そこまで条件に合致した相手が見つかるのは流石に行き過ぎてる……と普段は思うところだ。
だが二人は既にその『符合する相手』と相見えている。


「そうよ。図書館で襲撃しかけてきたマスターとサーヴァント……クラスはランサーだったよな?」
「先に現れた、"銀"のランサーは純粋な戦闘能力に長けたサーヴァントです。後に来た"赤"のランサーとの立ち合いでも圧倒していたのは"銀"の方だった」

アンノウンの使いとの対談の後現れた、銀髪をたなびかせた槍の騎士。
シオンは透視できた能力値と、実際に目撃した戦闘を思い出す。

「……銀髪のネエちゃんのほうの『マスター』から『魔力』は感じたか?」
「いいえ。奇襲が無意味となったにも関わらず、あの距離で何の魔力も感じられないという事は……魔術の素養に乏しいか、皆無だと予測できます」

この仮定に即すると、今度は魔術の補助を受けぬままシオンに一撃当てられるだけの運動能力を誇るという新たな脅威が判明するが、今大事なのはそこではない。
アーチャーの知る『スタンド』がそうであるように、どれだけ強大なサーヴァントにも仕切られたルールがある。
強力なサーヴァントの力量を発揮するには、マスターにもそれに見合うだけの資質を要求する。例外はあれどそれが基本則。

「直接勝負(ガチンコ)に長けたサーヴァントとマスター。だがサーヴァントは魔力喰いで、マスターはそれを賄えるだけの魔力がねえ。
 付け加えると、放送での呼び出しから奇襲のラグが殆どない。始めからマスターだと知っていた、もしくは教えられてたみたいにだ。
 集めた情報からして、これは限りなくビンゴに等しいリーチと判断するぜ」

戦いに比重し過ぎた余りに持久力が乏しい組み合わせ。
連戦や持久戦に陥りやすいこの聖杯戦争では、中盤に至るまでに息切れして脱落するだろう相手。
『魔術師』による援助は、その不利を纏めて解消させる魅力を持つ。
魔力の都合、情報のやり取り、存在の隠匿……。
油を挿した大小の歯車のように、噛み合っている。


611 : アトラスの子ら(U) ◆HOMU.DM5Ns :2015/09/09(水) 01:16:22 R3fr.NoU0


「マスターはどう思うよ?あのキャスター、『そういう』手段が使えるまっとうなサーヴァントに見えたか?
 『蟲使い』ってワードからしてよ……そのーあれだ、食事中に思い出したくはねえようなシーンしか想像できねぇんだが」
「……蟲は古くから呪術の触媒に使われている、魔には馴染みのある種族です。『蟲を使う魔術師』も、珍しくもありません。
 小さく何処にでもいて、食用にも使える。蝶は変身の象徴であり、蜘蛛の糸、蜂の毒など独自の能力を自然に保有している。
 ある蟻を、能力をそのまま人間大サイズにまで拡大させたら地球最強の生物になるという研究もあるくらいです。宇宙からの侵略兵器には蟻が用いられるという荒唐無稽な話もあるとか。
 魔力の受け渡しも、体内に取り込めば可能でしょう。具体的には死骸を加工して食べるより生きたまま潜り込ませた方が効率がいいので幼虫などを―――」
「やめろッわかったそこまで言わんでもいいッ!そこから先はヤバい本が薄くなっちまうッ!」

必死な形相のアーチャー。
疑問を浮かべつつも、答えるべきは答えたのでシオンもこの話は打ち切る事にする。

「つ、つまりだっ、あの二組が同盟結んでる可能性はかなり高いってわけだ。
 他にも見えないサーヴァントもいるかもしれねえし絶対とは言い切れねえが、想定は必要だぜ」
「同意見です。暫定で決定としつつも別の場合も視野に入れておきましょう」
「こっちはもう学園中のマスターに身元がバレたようなもんだ、相手の素性も暴けるだけ暴いて丸裸にしてやらねぇとワリに合わないってもんだ。
 あの豊満なバストのサイズも含めてな!」

『槍と盾』『蒼光による出力強化』
『蟲』『肉体を失っても意に介さないと判断している何らかの能力』『憎悪』

幾つかマトリクスは揃っているが真名の特定にはまだ遠い。少なくともアーチャーの方は英霊の名は出て来なかった。
それでも、材料は集まっている。僅かでも戦いや駆け引きに用いるには効果的に利用できるものが手元にはある。



考察は続く。腹案は幾ら出しても困らない。


(中等部で起きた戦闘について。場所は最上階の廊下。時刻は放課後。下校中の生徒も少なからずいるが戦闘を実行。
 窓が割れ壁が抜けたのにも関わらず、めぼしい目撃者は発見されず。最低限の人払いは施されていたと見るべき)
「人払いか……下手人はまず"蟲"のキャスターだな。蟲を使い誘導し、簡易的に戦場を作った。
 となると、戦ってたのはあのネエちゃんか?逆にもう一方は……手持ちの情報であたるのは校門前での一件があるおさげの生徒かね。
 蟲が監視していた目の前でやったあれが本当に迂闊な真似以上の意味がなかったとしたら、早期に攻められるのも頷ける」
(件の少女について。昼休み中にさりげなく中等部校舎に近づき情報を収集したが該当者なし。
 下校中は事件の混乱で情報が錯綜していていたが、複数の生徒が「何かに追われるように走る女生徒」を確認)
「マスターの網にもかからない……すなわちクラスメイトとの関わりが薄い人物なんじゃあないか?
 スクールによくいるだろ?病人か転校生、そっちに目を向けてみるといいぜ」


シオンもアーチャーも、頭脳を駆使して戦略を練っていく方針なのは共通するが、その方法においてはそれぞれ異なる手段に別れている。
分割思考、高速思考、肉体を情報収集の装置として蓄積し世界の元で生まれる問題を解析、解決、解明するのがアトラシアの魔術師。
対して波紋戦士でただの人間のアーチャーは、目の前に広がる数々の問題を、情報として扱うにはあまりに曖昧な、『心理』を鍵にして解決する。


(校外で起きた事件について。聖杯戦争を関わり合うと思式一例を表示。
 『ジナコ・カリギリの連続傷害事件』『B-4高層マンションの倒壊』『突如として消える人』『性別年齢を問わない連続強姦事件』
 『図書館付近で赤黒い影のようなものが銃を乱射する』『近所同士での度の越した諍い』『夜に相次ぐ失踪者』)
「今んとこ一番の規模はマンション倒壊、次いで連続傷害事件か。テレビで顔出しって、あからさまに釣ってやがるな」
(ブラフの面も鑑みても、この全て聖杯戦争絡みだとしたらとてもではないが処理しきれない。28組もいるというなら当然か」
「各々が各々の手段で戦ってるから取りとめっていうものがないんだよな。なら……どこかしら共通点のある事件を組み合わせれば犯人像も見えてくるわけだ」


いわばシオンは数学者で、アーチャーは発明家だ。
確かな情報は推論に強固な地盤を与え数式を編み出し、柔軟な発想はそれを下地にして更なる理論を創造する。


612 : アトラスの子ら(U) ◆HOMU.DM5Ns :2015/09/09(水) 01:17:15 R3fr.NoU0



(学校に潜むサーヴァントとマスターについて。
 "金"のセイバーのマスターと図書館で乱入してきたサーヴァント、ランサーのマスターは不明。
 屋上で声のみで出てきたアンノウン。同盟を持ちかけてきたマスター候補。共に詳細不明。
 長時間エーテライトを飛ばしておくと他陣営に悟られる危険があるため展開しにくい。結果的には正しかったか)


それこそか、聖杯が招き併せた二人の最上の武器。
互い互いを補強して伸ばしあう。知識と知恵を武器にする一対の主従は想像の羽を広げ出していく。


「……んん?」

そして、英霊として召し上げられた人生で磨き上げられたアーチャーの直感、洞察力は。
巡らした思考の線に触れた、納得のいかないような唸りをあげた。

「何か、疑問を見つけましたか?」

思考を一時打ち切ったシオンが、四つん這いのままのアーチャーに目を向けた。

「いや、ない。説明に抜けはないし考察もできてる。問題あると思ってんのが問題なんだが……」

判然としない返答に首をかしげる。

「なにやら含みのある言い方ですね。今は少しでも情報が必要な段階です。遠慮することなく教えて欲しい」

時間は常に有限だ。アトラスは未来を読み寿命を知り、だからこそ最期を知る。
藁をも掴むではないが、僅かな手がかりが新たな選択肢を生み出すこともあり得る。
そう問うシオンに、アーチャーは口をどもらせ言葉を選ぶように黙考し、やがて観念したように口を開いた。

「言葉に上手くできない、ぶっちゃけ直感みたいなもんなんだが……いいか?」
「構いません」
「違和感があったのは考察の最後の方、『顔も姿も見せない奴』についての話だ。内容についてじゃない、マスター自身について拭えない印象がある。
 なんていうか……らしくないって感じだ」

その答えは、予想の範疇外だった。
そして確かに、論理的でない曖昧模糊として理由だった。

「らしくない、ですか」
「ああ。あんたは賢い。『無理』を可能にする知識を持ってる。『無駄』に意味を与えて、進むべき道を開く意思を宿してる。
 そのあんたにしちゃあ、その時の割り切り方は腑に落ちなった。
 ほんとに情報がないセイバーやちみっこい方のランサーならともかく、図書室みたく色々素材は揃ってるっていうのによ。
 情報が少ないからって推理を止めるタマじゃあねえはずだったぜ」


分析の内容は遺漏ない。理屈に矛盾はない。
それでいながら、今までのシオンに異常があると言う。
『らしくない』などと、主観的な感情のみを理由にして。


613 : アトラスの子ら(U) ◆HOMU.DM5Ns :2015/09/09(水) 01:18:35 R3fr.NoU0


不満や不信は……感じなかった。
シオンとてアーチャーの指摘を鵜呑みにするわけではない。
かといってその指摘は針の一刺しのように肌に懸念を植え付けた。
場違いなことに、観察され分析されていたことに奇妙な気恥ずかしさすらあった。
マスターとサーヴァントとして、短くない時間を共有した。
その過程で自分を『そう』見ているアーチャーが、見過ごせないと指摘した違和感。
ならばそれはもう、百の言葉を並べるよりも明白な証言足り得る。

ただの妄言と切り捨てるのは安易にして無能。失点を認めぬのは厚顔のすること。アトラシアの行いではない。
では今回挙げられたのは?屋上で聞こえた声の主。それに伴う情報。

「アーチャー、ここ三十分の記録を巻き戻します。少し待っていてください」


制御を離れた思考の分割、過剰高速化した思考で知恵熱を起こすような初歩のミスは犯しはしないが、検査そのものは行うべきでもある。
再生した記録を確認するだけなら時間もさほど要さない。

「分割思考、展開。記録再生、多視観測」

機能を内省に切り替え。思考の一つが受け持っている演算内容を、現在から三十分遡ってから記録再生。
独立化した他の六つの思考が、流れる記録を客観視する。これを順に繰り返していく。




一番思考――――――精査終了。異常検知無し。


二番思考――――――精査終了。異常検知無し。


三番思考――――――精査終了。異常検知無し。


四番思考――――――――――――――――――■■■■■■■■―――――――――――――――――――異常検知無し。


五番思考――――――精査―――待て。



四番思考に不可解な空白を観測。
一番から四番に直接指令。正確な演算結果の提出を求める。
反応、変化無し。一度目と同様の答えを提出してきた。
該当番だけに不可思議な白痴状態が出てきている。

……思考に侵入されてる?
しかしウイルスの検知はされていない。今まででも思考が鈍化する事はなかった。
精神への攻撃の痕跡は一切存在しない。オーバーロードの段階も早い。
検査の結果では健康としか言い表せられない。頭脳(シオン)自身がそう判断している。
指定した考察の放棄という問題行為を報告もせず素通りしている……いや、そもそも問題と認識していない……?

思考が異常でないのなら、注視すべきはそれが観測していた対象にある。アーチャーの発言が真実味を帯びてくる。
受け持っていたタスクは学園内の事件。分類はサーヴァントの真名特定――――



                                            何も、異常は、無



「―――ーーーカット」


614 : アトラスの子ら(U) ◆HOMU.DM5Ns :2015/09/09(水) 01:19:25 R3fr.NoU0


六番五番、連鎖凍結。二番三番四番、連結拘。監視体制に移行。
設定した仕掛けが作動する。頭が割れるような痛みを黙殺、原因を特定する。
現実ではものの数秒、脳細胞では週単位の時間を経て自己に復帰する。

「……そういう、ことか」

割れ響く頭の痛み。背筋を伝う寒気。臓腑が自律して暴れ出し飛び出してくるような想像。
その正体をシオンは知っている。過去に患って以来、今も時折蘇ってくるあの死地での記憶。
即ち恐怖だ。シオンは底で、そこを見た。

「オイオイ今顔が一瞬で青ざめたぞ!大丈夫かマスター!」

目の前で起きたマスターの急変にアーチャーは飛び上がった。
伸ばした指がシオンの頭に触れた途端、雷に似た光が纏わりつく。
ああ、やはり張り付いていたのは演技だったのだな―――とどうでもいい部分に考えを割いていた。

「落ち着いたか?」

波紋法、生命全般に作用するその力は医療行為にも用いられている。
正調な呼吸法は波紋を生み出し、シオンの体内―――水分に伝播して異常を治していく。

「……ええ、心配をかけました。おかげで頭も冷えた」

完全な人ではない、吸血鬼になりかけのシオンの体は波紋法に非常に弱い。
しかし半端な死徒であるため肉が溶けるような重傷に陥ることはなく、一瞬であれば気つけのように扱うことも可能だ。

「で、一体全体何を見たんだ?」

体内の内側から焼かれるという、体験にない痛み。
この時ばかりは、その痛みがふらつく足を押さえつける力を生み、口を開く余裕を作っていた。

「結論としては、何も分かりません。
 正確に言えば、『何も分からない』ことが分かりました」

脈絡なく突如として起きた思考のノイズ。
恐慌状態に陥った分割思考を、他の思考(シオン)達は同時に観測していた。
該当番号がに振り分けていた分析項目。そこにこそ故障(バグ)の温床は記されていた。

「サーヴァントの真名考察に振り分けていた思考が、例のアンノウンを対象にした瞬間のみ停止してしまいました。
 思考が不可能なのではなく、思考するという手段そのものが選択肢から除外されてしまった」
「記憶操作とか暗示を、いつの間にか食らってたってわけか?」
「例えひとつの思考が暗示にかかっていても、残りが齟齬を発見してそのウイルスを検知、削除するでしょう。
 全思考を奪われたとしても、完全同時はない。暗示が済む間が刹那さえあれば、記憶のバックアップに移れます。
 だがこれは違う。まったく別種のものです」

術をかけられたが故に思考を誘導されるのではない。
一声聞けば、存在を知ればその時点で始まる呪い。
無意識的な自己強制暗示。それこそが相手の手札。そこにありながら誰も存在を認められない見えざる影。


615 : アトラスの子ら(U) ◆HOMU.DM5Ns :2015/09/09(水) 01:20:34 R3fr.NoU0



「つまり―――宝具か」
「真名の秘匿隠蔽に特化した能力。宝具かスキルかはともかく、それに類するものとみて間違いありません」


それは自己を多角的な視点で客観的に観測する、アトラスの錬金術師だからこそ気づけた意識の欠落だった。
飲み込まれた思考ごと凍結、残りで多角的に俯瞰する。
固まった思考を別の思考で監視し、どこにも逃避しないよう、合わせ鏡状にして閉じ込める。
アトラスの錬金術師でいう客観的視点とは、文字通りに自己で自己を見つめる。
カメラに映る自分の映像を撮られている自分が見ているようなものだ。

だがその代償も決して安いものではない。
今もまるで何日何週間も不眠不休で活動していたような頭痛が襲っている。
観られている側にとっては、不眠の拷問を受けているのに近い。しかもこれは観ている側すら同一人物だ。
並列化しているとはいえ一個の脳内で済ませるにはたまらない苦痛が継続する。
回していた思考も一時麻痺状態にある。とてもではないが長時間使えるものではない。
最奥部に隔離して随時取り出せるようにしておくが、発生する負担を考えると気軽に引き出すわけにはいかない。


「……これは、難敵だ」

疑いない相手への評価を口にする。
真名が獲得できないということは、これ以上の情報の取得が困難になる。
もし戦闘になれば力押しがきけばいいが、自分のアーチャーは火力に秀でた方ではない。つまりは相性が悪い。
学園は既に向こうの陣地。仮に彼の者のクラスがキャスターだとすれば、その城に入るのは胃袋に飛び込むのと同義。
更にはそこには狡猾な蟲も巣くっている。二極の悪意によって学校は染まっている。
蟲毒―――そのままの言葉が浮かんでいく。あの敷地は既に巨大な魔術の只中にいるというわけだ。

敵の能力の一端を知ったのは大きい。ただ開いたこの利、埋め合わせるに足るものか。
夕刻に感じた危惧は正しい。相手はこのまま正体を隠したまま力を蓄える。
時間が経つほどこちらの立ち回りが制限される。しかしできるか。対策が。

シオン・エルトナムがマスターであるという情報は月海原学園にいる多くのマスターに知られるところとなっている。
孤立させる目的で、更に外に拡散される事にも繋がるだろう。
存在を知ったマスターが、こぞって自分達を狙い包囲して撃破される、最悪の展開も確率的に上昇している。
その為に拠点を捨てる選択を強いられて、こうして野にさすらっている。
件の謎の男の協力を呑むとしても、今のままでは弱みにつけこまれるだけ。利用するだけ利用され、使い潰される末路であるのは容易に想像される。

正体は露呈し地形を押さえられた、多くの不利がこちらに乗っているこの状況で―――。



「フムフム……なるほどなあ、よーくわかったぜ」

事の重大さを理解してるのかいないのか、腕を組んだアーチャーは納得がいったように頷いた。

「つまり、奴らに対抗できるのは俺達だけだってわけだな」

静かな語気の裏には戦意が滾っていた。
恐怖のない、揺るぎない精神を支えにしなければ浮かべない不敵な笑みだった。


616 : アトラスの子ら(U) ◆HOMU.DM5Ns :2015/09/09(水) 01:21:11 R3fr.NoU0


「確かに今の状況、俺達にとっちゃちと分が悪い。学校にはキャスターだかなんだかが競り合ってる。マスターは正体が暴露されている。
 連中からすれば俺達は格好のカモに見えるだろう。けどジョースター家には戦いの中で編まれた家訓ってのがあってだな。
 ―――こういう時は逆に考えるんだ。『ばれちゃってもいいさ』と考えるんだ」

指を立て笑みを深める。
四面楚歌に陥ってもなお神算の英霊は揺るがない。有利不利も現在の状況に過ぎず、次の一手で如何様にも変化するものと弁えてるが故に。

「マスターであると判明した。なら他の陣営はどう動くか?
 同盟を結んで体よく使おうとした奴がいた。即刻狩ろうと勇み足で向かってくる奴がいた。それ以外は?どうするか?どうしたいか?
 どう動くにせよ、学園では連中は俺達を注視する。いや対戦相手の一人であるのが確定である以上注視せざるを得ない」

奇しくもシオンを知った二組は別種の行動選択をし、異なる接触してきた。
交戦と、取り込み。取りも直さず二組のスタンスを如実に顕したといえる。

「聖杯戦争はパワーゲームじゃあねえ。思惑があり戦略があり疑念が渦巻く伏魔殿さ。むしろ誰もがそう思ってくれないと困る。
 そうするほど今の俺達にとっては、良い
 敵は屋上のやり取りを見るに、学園の支配権を分譲しようなんて殊勝な考えは持ってない。狙い目はそこよ。
 あの場にいたので学園のマスターは全員って保証はない。場所を支配されるのを阻止したいのは他にもいるだろうさ」

朝の登校、校門前の蟲の一件での会話を思い出す。
あの時の行動の目的も、餌を演じ獲物を誘うことにあった。
予定と異なれど、結果は目論見に等しい形に見合っている。


「裏でこそこそ手を回してくるなら、俺達は表で堂々と動いて有利な状況を作る!」

そう締め括って、アーチャーはシオンに目を向ける。
……確かに、マスターとして公になった立場を最大限利用すれば状況に漣を起こせる。
四面楚歌である状況を群雄割拠に変えることにも展望が見えるだろう。

「……もしや、あれからずっとこのことについて考えていたのですか?」
「おうよ。俺はアーチャーだが頭使う方が好きでね。こういう駆け引きが重要になってくる形になってくれて案外ホッとしてるぜ。
 どんだけいるかハッキリしねえ相手を叩くよりよっぽど、勝ちの目がある」

シオンは、英霊にまで成ったこの男の強さの根源に改めて触れた。
一騎当千の戦士を相手取るよりも、入り乱れる複数の思惑の渦中へ飛び込む方が得意という胆力。
身を餌にして飢えたる獣に近づくのを畏れない勇気。
それは騎士や王とは異なるが、正しく英雄が見せる輝きだ。
その輝きを以てして、地上に君臨する吸血鬼の真祖、究極の一をこの男は打破してのけたのだろう。


617 : アトラスの子ら(U) ◆HOMU.DM5Ns :2015/09/09(水) 01:22:54 R3fr.NoU0


「……でもこれ、マスターにも結構な重荷になるわけなんだよなあ。まさにカモがネギを背負ってくるもんだし……」
「それは愚問というものでしょう。アーチャー」

それとなくシオンを気遣うようなアーチャーの発言をきっぱりと切り捨てる。

「あなたが信じて託してくれた戦略です。ならばそれには全力で応じるのがマスターの務めというもの。
 ……それに、あなたを独りにする方が私には危なっかしくて落ち着いていられない」
「……へッ。な〜んだ、女房面するにはまだ早いぜシオンちゃ〜ん?なにせジョースター一族は一人の女しか愛さないという信条が……」
「そうやって調子に乗るから心配なのです。あなたの策も多分に希望的観測を含んでいる。可能性は感じるが確実性もまた足りない。ですが―――」

人の心理は気まぐれなもの。遍く地球を見渡したムーンセルすら心の機微には手を焼いている。
同じ人ですら、人だからこそ思考には相違があるのだ。
僅かな食い違い、刹那の時間差が大きな心変わりを生む展開。
一秒先もあやふやな未来。明日には滅びが待つかもしれない不安。だからこそ。


「『不可能を可能にするのがアトラシアの条件』……そうだろ?」
「不可能を可能にするのがアトラシアの条件……ええ、その通りです」


重なる声は、戸惑いも驚きもなく調和していた。




「……よーしッ方針も決まったことだし、メシでも食いに行くか!」
「オンオフを切り替えた直後にそれですか。本当に軽いですねあなたは……」

一気に気の抜けた態度に脱力しかかるが、それはそれとして栄養補給は大切だ。
ノリノリのアーチャーは霊体であるため食事は殆ど必要ないのだが。
時刻的にも夕食頃なのは事実である。住居は未だ定まらないがせめて食事くらいは安心して取りたいものである。
荷物をまとめてシオンは出立の支度にとりかかった。


618 : アトラスの子ら(A) ◆HOMU.DM5Ns :2015/09/09(水) 01:28:42 R3fr.NoU0



人がいない街を、狭間偉出夫は好んでいる。
学生の身分で夜に繰り出す機会などまるで縁が無かったが、今になってそう思う。

相次ぐ怪事件が漠然と、だが確かに不安や恐怖となって街全体に伝播しているのだろう。
退勤ラッシュのピークが過ぎた後の通路の人はまばらだ。仕事がなければ外に出るのも億劫だったに違いない。
足早に家路に向かうサラリーマンを尻目と比較して、狭間の足取りはゆったりとしていた。
彼は仕事に追われる身でもないし街を覆う闇に震える衆愚とも違う。この冬木の闇そのものの根源なのだから。

大地を叩く靴の足音、凡俗で無意味でしかない会話の雑音は不協和音となって狭間の耳を苛ませる。
何処を見渡しても蠢く頭の大群、すれ違う度に自分に伸びる二つの眼球の視線は狭間の目を曇らせた。
社会の枠組みの中に狭間も一員として加わっている以上、避け得るものではない。そんなことは百も承知だった。
そしてその常識を破壊してしまいたいと思うほど、狭間は社会を、人を疎んでいた。
それを思えば、喧騒から外れた夜の街は狭間の心情に合致しているといえるだろう。
後ろにぴったりと付いてくる純朴な―――しかし纏う雰囲気は妖艶な少女に目を奪われ、立ち止まりそうになる視線は、少々鬱陶しかったが。


何にせよ、これから夜が来る。
一般市民ならば明日の仕事や学校の準備、もしくは夜遊びの画策になろうが、狭間達マスターにとって夜とは聖杯戦争の時間である。
人目を気にする必要性が昼よりも格段に下がるこの時刻。自然戦闘行為の数も規模も派手なものとなるのは明らかだ。
それよりずっと早くに大暴れを仕出かした間抜けもいるがそれは考慮しない。あれから破壊の報道が入ってこないところからすると、
集まったサーヴァントに討ち取られたか、駆け付けたルーラーに処罰されたかのどちらかだろう。

逢魔が時を過ぎ、魑魅魍魎が顔を出す聖杯戦争の本領。
その夜に狭間は、拠点である家に戻る選択をした。

「ねえマスター。そろそろお腹空いてこない?」
「先に言っておくが、戦術上の目的以外での……行為には許可は出さないぞ」

元より学校へ行く時間を割いて昼を索敵に充てていたのもある。
一日、正確には半日で手にした情報はそれなりであり、今後の趨勢を担う可能性を秘めたものだ。
錯刃大学に潜む反射能力を持つ英霊には、図書館で接触した格闘家と怪物のペアをけしかけた。
今日明日すぐに飛びつくのも甘い見通しだろうが、少なからず関心は向いたはずだ。
彼らに特に向かうべき標的がおらず、潜伏者がそれを察知すれば、遠からず食いつくと踏んでいる。

そして手持ちの札―――淫蕩のライダー、鏡子の性能は昼でのアクションの方が向いている。
広範囲に届く魔手に触れれば最後、相手は嬲られるだけ嬲られ、搾られるとこまで搾り尽くされる、一対一では負けなしの鬼札。
しかしどれだけ遠くに届こうと、狙える対象、行為の相手は一度に一人だ。

聖杯戦争はなべて秘して行われるもの。
即ち。夜になればサーヴァントの動きは活発化する。
全知全能が性行に注がれてると言って過言ではないライダーの、唯一絶対の弱点が対多人数戦にあることは周知の通りだ。
これは狭間の想像外であるが、鏡子自身が全身で臨めば最低でも四、五人は絡めとれるだろうが……虚弱な本体を晒すリスクは変わりない。
一人を責めている最中に遠方からの狙撃で頭蓋を撃ち抜かれる―――そんな間抜けな終わりは断固拒否する狭間にとってみれば、
むしろ各陣営の動きが少なくなる日の出た時刻でこそライダーの神出鬼没さは適格な効果を見せるものという見解だ。

……魔神皇を名乗るにしてはネチネチとした戦術を取るのにも忌避感はある。が、与えられた札が既にして常に何かしら粘着質なモノを浴びなければ気が済まない化物なのだ。
極まりすぎた長所は弱点にも変わる。鏡子の場合、『性技』が長所で弱点は『それ以外』だ。
己の生死に直結する以上、考えなしで動かす方が愚策というもの。
魔界の塔を仲魔の力を借りて踏破した頃……魔神皇になる以前の経験が活きているというのは皮肉というものだった。


619 : ◆HOMU.DM5Ns :2015/09/09(水) 01:32:50 R3fr.NoU0
ここで訂正
タイトル名の「アトラスの子ら」の(A)と(U)表記の順序が逆でした。
正しくは前半部が(A)、後半部が(U)です。失礼しました


620 : アトラスの子ら(U) ◆HOMU.DM5Ns :2015/09/09(水) 01:34:24 R3fr.NoU0



「私が言ってるのはマスターの方よ。魔術師しては破格でも生体そのものが人間離れしてるわけじゃないでしょ?
 お腹も空けば食べるし、しごけば射精する。生理反応は健康な男の子そのものだものね♪」
「……事実だがそのふたつを同列に並べないでくれ。途端に食欲が失せる」

ライダーと行動を共にする限りこの手の話題が離れないのは、狭間にとってみれば最早頭痛の種でしかない。
ただ言うことそのものは理に適った、意外な戦術面を見せることもあるのでまるきり無視するわけにもいかないのが余計に始末が悪かった。
ライダーの言う通り、神の力を取り込んだとはいえ狭間偉出夫の体は肉の身を超えてはいない。
栄養補給に食事は要るし、疲労がつのれば睡眠もする。呪文を使えば容易く回復できるがそれ自体にも消耗がある。
休息は行動に挟むべき選択なのは間違いなかった。そしてそれならば、ライダーの運用に僅かながら危険が伴う夜に主従共々休息を済ませてしまえばいい。

「それに……私の方もご飯が食べたくなってきたかな」
「今言ったことをもう忘れたのか―――」
「だから違うってば。私が何から何までセックスの話しかしないと思った?」
「それは冗談で言っているんだろうな」

これが通常のマスターとサーヴァントの間であれば、英霊に一般的な食事での栄養補給に意味があるのかという会話になるだろう。
だが色々な意味で普通ではない関係のこの二人が話せば、その意味が一気に変わってしまっていた。

「確かに生前の私は魔人に覚醒する前も後もセックス漬けの毎日を送っていたわ。
 けど何もその頃から精気を吸って命を永らえる、サーヴァントの特性を備えていたわけではないの。
 そんな淫魔(インキュバス)じみた余分な能力は持ってない。私はただ、セックスがしたかっただけなのだから」

普通の食事もすれば普通に睡眠も取る。
人類史に残る性技の英霊として座に召し上げられる以前の魔人・鏡子は、鏡を通した遠隔能力以外は常人と変わらぬ人間(ビッチ)なのだ。

「もちろん、そっちの『食事』をさせてくれるなら大歓迎だよ、私は?」

清楚な微笑みは、見ただけで狭間の性を湧きたてられ、うんざりするほど射精したはずの股座が何度目かの屹立を始める。
脅迫の意味など込められていないだろうが、それでも背筋に寒いものが走る。

「わ……わかった。いいだろう」

たとえ僅かな時間でも、この性の化物を食費で繋ぎ止めていられるのなら安いものである。
なお、家で食べるという選択肢はない。あの場所には身を潜める拠点以上の意味を求めてないのだから。


「マスター」

再び狭間を呼ぶ声。
洗い流したはずの性臭が香るばかりのライダーの空気がその時一変した。
ビッチであることは変わりない。しかし手にはいつの間に取り出していた鏡を凝視し、映る映像に神経を這わしている。
『ただのビッチ』から『ライダーのサーヴァント』としての本分に立ち返った姿勢は、狭間からしても見事なものだった。
それがたとえ、性行する対象が明確に決まっただけの変化だけでしかないとはいえ。


621 : アトラスの子ら(U) ◆HOMU.DM5Ns :2015/09/09(水) 01:35:41 R3fr.NoU0

「敵、か?」
「たぶん。数は一人、女の子。こっちに近づいて来てる」

遠隔透視宝具『ぴちぴちビッチ』の鏡面に投影される、紫を基調にした服を着た長髪の少女。
狭間の位置からは約三百m先。付近は狭間の家も含めマンションが立ち並び、分かれ道は幾つもある。

「最初は単なる帰宅中の生徒とも思ってたけど、家がある場所は通り過ぎていくからずっと見ていたの。そしたら私達のいる方に少しずつ詰める動きだったから、ね」

どうやら、道中から監視を継続して不審な動きを見せる者か調べていたらしい。
英霊と呼ばれるに足る、単なる色情魔ではないということを改めて知る。

「どうする?ここから責められるし、ほんとに無関係の可能性もあるけど」

ライダーは狭間に尋ねる。この場の判断はこちらに委ねる、ということか。
撃退するだけなら、ライダーに攻撃を指示すればいい。錯刃大学のような例外でなければそれで片が付く。
そう命令を下せないのは、頭に引っかかる疑問を解き明かしていないからだ。

ライダーの推察が多々しければ、向こうはこちらをマスターであると特定し尾行している。
理由は。簡単だ。狭間自身から発せられる濃密な魔力の気配を辿ったからだ。
神霊をも取り込み魔神皇となった狭間の魔力となれば、無意識に漏れる魔力だけでもかなりのものとなる。
その無意識が、狭間自身も自覚してない飢えた感情が基点としている以上は。
己を隠す、という世渡りに大なり小なり必要な技能を、優秀な能力と引き換えに持ち合わせていなかったからこそ今の狭間がいる。

自身の潜在意識を知らぬまま、狭間は結論した。
……魔力を探知されているならば隠匿は無意味。
このままライダーに追い払わせるのは楽だが、そうすれば敵は更なる準備を以て再び襲来するだろう。
今は距離がやや開いている。追撃をかけるより前に逃げられる可能性もある。

ならば選択は一つ―――。


「エストマ」

短い一言の呟きは魔力を伴って、風に乗り空間に行き渡る。
魔物避けの呪文は術者より劣る力量の者を自然と遠ざける。この近くに帰る家があったとしても、暫くは立ち入る気すら起こらない。
無論魔神皇たる狭間に並ぶかそれ以上のマスターなど存在しない。だがこの呪文はあくまで魔物避けのもの。
NPCや使い魔、魔力耐性のない者には通じても、サーヴァントや熟練した魔術師には弾かれる。
それは狭間も織り込み済み。重要なのは、ここに余計な人物が入り込まないことだ。

「退かないわね」
「そうか」

投影された人物は結界内をなおも進んでくる。これで確定だ。

「ここで始めていいの?」
「市街地でなら相手方の火力も抑えられるだろう。それに、局所戦での初撃勝負なら君に叶うサーヴァントはいない」

人気の消えた世界で二人きり。
遠からず現れる相手を悠然と待ち構える。挑戦者はあちらであり、己はそれを受ける。その構図は崩さない。

「宝具の使用は許可するが、それは私が彼らへの質問を追えてからだ。
 わざわざ我々を追っていたなら……余程の自信家か、何かを持ちかけにきたかだ」
「私なら、情報も反抗心も洗いざらい搾り取れるけど?」
「君が手を出せば口が利ける状態かわからないからな……」

接触を目的にしている相手となら何らかの取引には使える。
真正面から攻めるだけならば、それまで。意気軒昂に退治した英雄は、屈辱と白濁に塗れあえなく退場となる。


622 : アトラスの子ら(U) ◆HOMU.DM5Ns :2015/09/09(水) 01:39:06 R3fr.NoU0




狭間と相手を繋ぐ最後の曲がり角から二人は現れた。
女と男。生真面目さと軽薄さ。
二人を見た初印象は、そんな相反したものだった。

一人ではなく、二人。先ほどはいなかったはずの存在。
その認識は正しい。男は本来ならあり得ない存在。過去の現象。歴史の節目。時代時代に現れ奇跡を残した英雄と呼ばれる存在。
狭間に与えられたマスターの認識力は、男をアーチャーのクラスと看破させた。
弓兵。銃撃手。己のライダーが苦手とする攻撃手段を持つ。
獲得した情報を狭間の頭脳は、魔神皇の魔力は、次々と取り込み対抗手段を編んでいく。

「待ちかねたぞ。よくぞ私の前に現れた、と言っておこうか」

両手は低く前に。口調は限りなく尊大に。
自分の前にいる者が全て下に位置するものと断じた態度。
発言手が実際の中身が伴わなければ哀れな虚勢でしかないそれは、こと男に限って言えば身の丈に合うだけの力があった。

さんざ自分のサーヴァントに調子を崩されているが、この姿勢が彼にとって平常の、平常であろうとしていた態度であった。
強大な力。優秀な自分。因果に絡まった様々な要素が作り出した歪な精神は、他者を同等に扱うことを許せない。
見下してきた他者に報いるには、向こうが見上げなければ届かないほどの高みにいなければならないと。
そして神をも制した男は自らをそう告げる。魔界の支配者。

「さて。既に私との力の差は感じ取ってもらえただろうか。
 私達は同じマスターの資格を持つが、私と君が同列だと思う愚行を犯さずに済む。
 名乗らせてもらおう、我が名は―――」

「―――狭間、偉出夫?」


その時狭間が口を開けて固まったのは、初対面の少女―――シオン・エルトナムが自分の名を知っていたから、ではなかった。
自分を追跡しわざわざ接触しに来たのだから、事前に情報を調べ上げていても、決して不思議には思わない。
では何が狭間を硬直させたのか……それは当の狭間本人が最も問い質したいところだろう。

「おろ?あのマスターのこと知ってるのか?会ったことあったっけ?」

シオンもまた、新都から橋を渡って移動していく莫大な魔力の反応を辿って来た大元が、名前だけとはいえ知った人物であったのは意外なところだった。
今日の学校に姿を見せないという話が通ってこないのはクラスも学年も違うから当然としてまさかここで遭うとは。
小さな驚きをよそに、アーチャーの疑問に対して羅列した情報で教える。

「……狭間偉出夫。月海原学園2年E組在籍。学力検査では全答案で百点満点を叩きだし、IQ診断は256。学園創立以来の秀才として期待される。
 私とは初対面ですが校内ではそれなりに有名人です。何かと私と比べられることもあったかと―――」

そんな内心の動揺―――かどうかも判然としていない狭間を尻目に、シオンはつらつらと来歴を明かしていく。
狭間偉出夫の、学園時代の、記憶を―――。

「やめろ!」


623 : アトラスの子ら(U) ◆HOMU.DM5Ns :2015/09/09(水) 01:40:24 R3fr.NoU0

空気が膨張し、一気に破裂した。
そう錯覚するほどの爆音が狭間を中心に轟く。路面は罅割れ、めくれ上がったアスファルトが宙に舞い、ぐしゃりと崩れ落ちる。

呪文を紡いだのではない。発露した感情に乗せて野暮図に解放された魔力が駆け巡っただけの、術に成りきらず霧散した魔力の塊に過ぎない。
それだけで、この威力だ。シオンはこの白い制服の男が保有する魔力がただのこけおどしではないことを改めて認識した。


「……!」

だが、感情の起伏が冷めやらぬのは狭間の方だ。
自分は何をしているのか。その事実認識の為の頭脳が、熱に浮かされたように遅々として動かない。
何故、たかだか人間だった頃の話をされただけでここまで激したのか、まったく理解に及ばない。

相手は挑発も嘲笑もしていない。ただ、従者に知るだけの客観的な情報を伝えただけだ。
そんなものは理解している。しているのに、理解の外からやってきた暴風のような衝動に全てを吹き飛ばされた。
違う。あれはもう過去の姿なのだ。学校や家庭というコミュニティですら身を小さくするしかなかった、か弱い人間の頃とはもう違うのだ。
己は既に全知全能の魔神皇。全ての悪魔と人を支配するに足る、否、支配するべき偉大な超越者だ。
そうして手に入れた無敵の仮面(ペルソナ)を、自分の手で剥ぎ取るなど……!



狭間は混乱に支配され、ここが何処であるかも忘れて今にでも高位の呪文を放ちそうな剣幕に顔を歪める。
相手の過剰過ぎる反応にシオンは鼻白みながらも、予測される展開を演算した。
アーチャーは次に来るであろう破壊の余波に備え波紋を練った。


その全てを差し置いて最も早く動いたのは、狭間偉出夫のライダーだった。


一歩足を出して近づく。
起こした行動はそれのみだ。
最小にして最低。そしてかつ最大の効果。
何故なら―――


「…………ぁ……」


ライダーは戦闘時、狭間の一歩後ろを定位置にしていた。
慮外の奇襲があっても、狭間がその規格外の魔力で自分ごと鏡子を守護するために。
その位置から一歩でも進めば、触れるか触れないかの距離には狭間の背中に追いつき。



「大丈夫よ、マスター。安心して」


耳元で、息を吹くような柔らかさで囁いた。


「ひぁっ――――――」


女性のような甲高い悲鳴。
それが成人を超えぬ眉目秀麗とはいえ、男性の喉から出てきたと一瞬で気づけるものだろうか。
少なくともシオンが理解するにはあと一秒の未来を待たねばなるまい。
激憤の極みにあった狭間の顔が波が引いたように収まったかと思えば蕩けた表情に早変わりし、
ガクガクと力が抜けた膝が落ちる光景をどう言い表すべきかなど、偏った彼女の人生経験では窮したことだろう。
一方『その方面』で人並み以上には逸話のあるアーチャーは、今目前で起きた『結果』に思い当たるや否や蒼白(つまりドン引き)となり―――



その時点で、ライダーは次の行動に移行していた。


624 : アトラスの子ら(U) ◆HOMU.DM5Ns :2015/09/09(水) 01:42:50 R3fr.NoU0



淫蕩の魔人・鏡子。戦場での勲が主要となる方舟の聖杯戦争ではまず間違いなく最弱を誇るサーヴァント。
だがこと淫行に限っては、鏡子が性的な目的で動くのみに限定すれば、その速度は神の域に到達する。
手鏡型の宝具『ぴちぴちビッチ』の照準をアーチャーの股間に合わせ、鏡を握るのとは逆の手を鏡面の先目がけて突っ込ませ、標的を愛撫する。
武勇で名を馳せた英雄であれば苦も無く音の壁を超えて行われる手順。
しかしこの時の鏡子の手はそれをも超越する。残像すら置き去りにしてその矢尻(正確には、頭だが)を貫く―――!


「っぃぃぁぁはぁぁぁあああんんんぬうおおおおおおおッッ!?」



先の矯正が華を散らすのにも似た儚さであれば、此度の雄叫びは野獣の咆哮の雄々しさ。
何かが来ると予測はしていた。
どれほど奇怪な手段であっても初撃だけは阻止すると決心していた。
老成の頃に体験した『スタンド』との戦いは、相手の能力の見極めこそが何よりも勝利の鍵となる。
精神のパワーに端を発する能力は使い手の性質に準じた千差万別の多様さを持つ。基本則が体系化こそされても、常に例外と特例の連続だ。
一度囚われれば抜け出すのは困難、スタンドの支配するルールに呑まれる初撃必殺。
だからこそ経験則から得意な能力は『初撃を凌げるかが肝』となることを心得ていた。

だがそこまでしても、あの少女は上を行った。
激昂したマスターを鎮めつつも、その珍妙極まる方法でこちらの度肝を抜き、そこに生じた隙を突く。
意図していたかはさておき、その手連にアーチャーは見事に嵌まっていた。
今彼を支配するのは快楽。快楽の海。快楽の瀑布。快楽の濁流。
刺激に脳が追い付かない。対策に容量を割けられない。
恐怖に屈しない勇猛さなど関係ない。これは幻惑などではない。ただの生理反応なのだから。

やばいと思っても抑えられない。
肉体に干渉してくる攻撃には対処法がある。
だがこうも激しく呼吸を乱されていては『波紋』を練ることもできない。
陸に上げられた魚のように虚しく口を開閉するばかりだ。
……残されたのは体内に残留した波紋を一気に吐き出すことだが、その指令を下す脳はただ今永遠一瞬の快楽地獄の一丁目。
なけなしの波紋を捻り出す一瞬の余裕すら、あの指先が触れた途端奪われてしまった。



  
「――――――、―――命令(コード)……!」


断線した回路に新たに挿し入れられた一本の線が、途切れていた命令を実行させる。


「ッ!」


快楽に溺れるアーチャーの体が、その意思と無関係に痙攣する。
繋げられていた線(エーテライト)が代行して伝わった指令は体内に行き渡り、血脈に残った波を引き起こす。
光と黄電。生命の正しい呼吸によって生まれた太陽の波紋エネルギーは、いきりたつ股間にくっついていた白指を弾き出した。


625 : アトラスの子ら(U) ◆HOMU.DM5Ns :2015/09/09(水) 01:45:20 R3fr.NoU0


「く、う……!?」

驚愕と痛みに目を見開くライダー。
悶えるアーチャーに何らかの処置を施したシオンに気付いたライダーは、目的は済んだと見て速やかに指を引き抜いた。
だが離れた指が鏡の中へ吸い込まれる瞬間、指に垂れていた『精液』を伝って流れた電流がライダーの全身に通っていったのだ。
波紋は水や油といった液体に伝導する性質を持つ。水面を足で流した波紋で歩くことができるのもこの原理によるものだ。
そして精液はれっきとした液体。しかもアーチャーの体から出てきた成分だ。波紋伝導率はこの場の何よりも高い。

自分の指を確かめるように撫でるライダー。
指先はついている。だが痺れは解かれず、先の感覚が失われている。
対性用の絶技もこれでは半減だ。徒手のひとつが封じられることは、行為(プレイ)の幅が狭まるのを意味する。
対吸血鬼用に編み出された波紋法は肉体そのものへの破壊率は高くはない。痺れも時間経過で治るものだ。
加えてマスターの狭間の魔力があれば即刻解除も叶うだろう。しかし、今は……そうもいかない。


「マスター、動ける?もう落ち着いてると思うんだけど」
「………………」
「……駄目みたいね」

回避に失敗し痛手を被っても、ライダーは己が本分を忘れなかった。射精し脱力した狭間の回復である。
『賢者モードver鏡子』 により疲労感は取り払われているはずだが、それ以外での精神的負担が彼を縛っているようだ。
この複雑怪奇にねじれ曲がったマスターが今どのような精神状態に置かれているのかライダーは……さしたる興味も持たなずに。
見事、あるいは残念なことに自分と『相打ち』に持ち込んだ男女を見やる。


一秒にも見たぬ交差で精を吐き出されたアーチャーは大の字になって地面に寝そべっている。
今のでも常人なら昏倒するだけの量だが……そこは英霊。意識はかろうじて保っている。
しかしただ一人性の嵐に巻き込まれなかったはずのシオンも何故か膝をついて息を荒げていた。


体の制御を外れて悶えだす様を見てアーチャーの異変を察知したシオンは、最も遅く状況を把握して対応を迫られた。
繰り広げられるサバトめいた踊りを見て憶える生理的嫌悪を置いといて、シオンはアーチャーと繋げられたエーテライトの回線をオンにした。
明確な原因のライダーの指を引き剥がすのが有効と計算したが故だった。

結果としてその選択は正解だった。だが同時に大きな誤算を見落としていた。
アーチャーと接続して肉体の使用権を借り受け波紋を起こすまでは成功した。
しかしシオンは、パスを通ってライダーの愛撫の感覚をも共有してしまった。
淫蕩のライダーの性技に男女雌雄の垣根はない。性あるものには例外なく作用する。
擬似的とはいえ英霊すら腰砕けにする世界。そこでシオンが見たのは人類の言語で表せない、天国(じごく)。
分割思考の半数を秒殺され、最後の理性が愛撫を受ける直前に指令が完了した。
このふたつの要因がなければ、シオンもアーチャーと同様人造愛液スプリンクラーと化していたに違いない。



「―――――――――」


626 : アトラスの子ら(U) ◆HOMU.DM5Ns :2015/09/09(水) 01:46:49 R3fr.NoU0


そこで終われば、シオンもまた羞恥に顔を染め身動きが出来なくなるで済んだ。
屈辱的に身を震わせ、下腹部の熱さに恥じ入る自分を鎮めようと躍起になる様で終わっていた。




「――――――――――――――――ち」

「……あら」


最大の誤算は、ここにあった。



「ち―――――――――――――――――ち、ちち―――血―――――――――――――――」



曰く。血を吸う行為は、性的快楽に似ているという。
理性が溶かされ、止めどない快楽が身を蹂躙する。
シオンという人格すらも消し去ろうとする津波に、ただ一欠片、それに同調する部分があった。
吸血衝動。人間であるシオンを蝕んでいる死の病。
親元になる吸血鬼は滅し、衝動は鳴りを潜め既に平常に制御されていた。
だが血が完全に消えたわけではない。シオンの中には吸血鬼がいる。
聖餅でも聖水でも十字架でもどうにもできない、"ワラキアの夜"の血が。

分割思考が再構築されるまでの、時間にすれば数秒か数分。
表層化しかかった衝動をシオンは全力で抑えている。
沈静化すれば今後も問題はないだろう。しかし、もしその間にタガが外れてしまえば―――。
冬木には吸血鬼の夜が来る。種を保存する方舟に眷属を撒き散らす。


「―――――く―――――――は、ぁ――――――――ん―――あ――――――」


それを阻止するため、シオンを抵抗する。
瓦解しかかった思考と理性を必死に留め、誘惑に抗う。


この場で最も無事なライダーはのほほんとして震えるシオンを眺めている。
片腕を封じられてるとはいえ、あそこまで憔悴したマスターならゆっくりと事に及ぶことが……。

「……いま襲ったら、私が食べられちゃいそうね」

思い出す最期の情景。
敵のテリトリーに侵入してしまい、一手を出そうとした前に首を断たれる。
シチュエーションこそ違うが、この状況はよく似たものを感じていた。ここは慎重さを優先する。
誘惑を堪え、見に徹する。実際あんなに目の前で喘ぐ様は大変魅力的なのだ。
うっかりすると解き放ってしまいたくなるので、自制にも気力を使う。


627 : アトラスの子ら(U) ◆HOMU.DM5Ns :2015/09/09(水) 01:54:15 R3fr.NoU0




……息遣いだけが夜に木霊する。
往来の真ん中、複数人で頬を紅潮させ息を荒げ、誰もが地面に体を横たえている。
交わされたのは命と死の交錯。一手違えば誰かが骸となっていた綱渡りの境界線。
夜であろうと、町中であろうとも、聖杯戦争は行われる。今日此処のように。
しかし、ああ―――まるで関係のない第三者がこの戦場痕を見ていれば、きっと異なる感想を抱くというもので。


まるで……露出乱交プレイの終わった後みたいね―――


ライダーはひとり、心の中で嬉しそうにそう思う。




気まずさが漂う空気で口火を切ったのは、意外にも肉体的疲労が最も大きいアーチャーだった。
軽妙な口調をいつになく所在なさげに、勝手に個室に入ってしまったような申し訳なさを抱きながら。




「…………………………………………………………………………………………あ"ー、その、なんだ。

 とりあえず、どっかでメシでも食わない?」




頷く首は無い。
だが横に振る首も無かった。


壁に飛び散った粘った体液が乾燥した地面に落ち―――溶けていった。


628 : ◆HOMU.DM5Ns :2015/09/09(水) 01:59:18 R3fr.NoU0
以上で投下は終了です。状態表は完成し次第投下します


629 : ◆HOMU.DM5Ns :2015/09/09(水) 02:23:57 R3fr.NoU0
改めて状態表を投下します。


[C-6 /南部/一日目 夜間]

【シオン・エルトナム・アトラシア@MELTY BLOOD】
[状態]アーチャーとエーテライトで接続。色替えエーテライトで令呪を隠蔽。 快楽及び吸血衝動(鎮静中)。
[令呪]残り三画
[装備] エーテライト、バレルレプリカ
[道具] ボストンバッグ(学園制服、日用必需品、防災用具)
[所持金]豊富(ただし研究費で大分浪費中) カードと現金で所持
[思考・状況]
基本行動方針:方舟の調査。その可能性/危険性を見極める。並行して吸血鬼化の治療法を模索する。
0.……
1.狭間偉出夫に対して―――?
2.これからの拠点を探す。
3.明日以降も登校し、状況を有利に動かす。
4.学園内でのマスターの割り出し。
5.情報整理を継続。コードキャストを完成させる。
6.方舟の内部調査。中枢系との接触手段を探す。
7.学園に潜むサーヴァントたちを警戒。銀"のランサーと"蟲"のキャスター、アンノウンを要警戒。
8.展開次第では接触してきた教師と連絡を取ることも考える。
[備考]
※月見原学園ではエジプトからの留学生という設定。
※アーチャーの単独行動スキルを使用中でも、エーテライトで繋がっていれば情報のやり取りは可能です。
※マップ外は「無限の距離」による概念防壁(404光年)が敷かれています。通常の手段での脱出はまず不可能でしょう。
 シオンは優勝者にのみ許される中枢に通じる通路があると予測しています。
※「サティポロジァビートルの腸三万匹分」を仕入れました。研究目的ということで一応は怪しまれてないようです。
※セイバー(オルステッド)及びキャスター(シアン)、ランサー(セルべリア)、ランサー(杏子)、ライダー(鏡子)のステータスを確認しました。
※キャスター(シアン)に差し込んだエーテライトが気付かれていないことを知りました。
※「サティポロジァビートルの腸」に至り得る情報を可能な限り抹消しました。
※黒髪の若い教師(NPC、ヴォルデモートが洗脳済み)の連絡先を入手しました。現時点ではマスターだと考えています。
 これに伴いケイネスへの疑心が僅かながら低下しています。
※キャスター(シアン)とランサー(セルベリア)が同盟を組んでいる可能性が高いと推測しています。
※分割思考を使用し、キャスター(ヴォルデモート)が『真名を秘匿するスキル、ないし宝具』を持っていると知りました。
 それ以上の考察をしようとすると、分割思考に多大な負荷がかかります。
※狭間についての情報は学園での伝聞程度です。


【アーチャー(ジョセフ・ジョースター )@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]シオンとエーテライトに接続。疲労困憊。射精。
[装備]現代風の服、シオンからのお小遣い
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:「シオンは守る」「方舟を調査する」、「両方」やらなくっちゃあならないってのが「サーヴァント」のつらいところだぜ。
0.メ……メシ……いやそれよりも水……
1.少年……なんていうか、スマン。マジスマン。
2.裏で動く連中の牽制に、学園では表だって動く。
3.夜の新都で情報収集。でもちょっとぐらいハメ外しちゃってもイイよね?
4.エーテライトはもう勘弁しちくり〜! でも今回は助かった……。
[備考]
※予選日から街中を遊び歩いています。NPC達とも直に交流し情報を得ているようです。
※暁美ほむら(名前は知らない)が校門をくぐる際の不審な動きを目撃しました。
※黒髪の若い教師(NPC、ヴォルデモートが洗脳済み)を確認。現時点ではマスターだと考えています。


630 : ◆HOMU.DM5Ns :2015/09/09(水) 02:24:10 R3fr.NoU0

【狭間偉出夫@真・女神転生if...】
[状態] 気力体力減退、射精、精神状態(???)
[令呪] 残り二画
[装備]
[道具] 鞄(生活用具少し、替えの下着数枚)
[所持金] いくらかの現金とクレジットカード。総額は不明
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝つ。
0.???
1.夜間活発になるであろう参加者たちに警戒。一旦拠点に帰って鏡子に監視させながら籠城。
2.錯刃大学の主従(HAL組)との直接対峙は避けたい
[備考]
※まだ童貞。
※遠坂凛組、ジョンス組、シオン組を確認しました。ジョンス組に錯刃大学の主従について知っている情報を渡しました。
※錯刃大学に存在するマスターとサーヴァントの存在を認識しました。
春川英輔(電人HAL)がマスター、ないし手がかりになるだろうと考えています。
春川英輔の経歴と容姿についてネット上に公開されている範囲で簡単に把握しました。
※学校は必要に迫られない限りは行かないつもりです。
※状況次第で拠点の移動も考えています。
※ジョンス組を今回の聖杯戦争中上位の戦闘力を持ち、かつ狭間組が確実に優位に立てる相手だと判断しました。
好戦性も踏まえて、彼らの動向には少しだけ興味があります。
※鏡子が『絞り殺されることを望む真性のドM』の相手を望んでいないことを知りました。
※高層マンションが崩壊したことを知りました。通達に関連して集まった参加者たちによる大規模戦闘の結果だと考えています。



【ライダー(鏡子)@戦闘破壊学園ダンゲロス】
[状態]右手の痺れ(感覚無し・じきに回復)、自制、はいてない?
[装備] 手鏡
[道具]
[所持金] 不明
[思考・状況]
基本行動方針:いっぱいセックスする。
0.なんだか凄いことになっちゃったわね。
1.今はひとまず我慢、我慢。マスターも危ないしね。
2.頑張ったけど予想とは違う方向に。ちょっと残念。
[備考]
※クー・フーリンと性交しました。
※アーカードと前戯しました。自身の死因から彼に苦手意識が少しありますが性交を拒否する程度ではありません。
※甲賀弦之介との性交に失敗しました。
※ジョンスが触れることが出来たにも関わらず射精に至ってないことを知っています。ちょっとだけ悔しいです。
※錯刃大学に存在するマスターとサーヴァントの存在を認識しました。
※ジョセフと前戯しました。概ね満足ですが短時間だったのでやや物足りません。
※シオンと間接前戯しました。満足させてあげたいが吸血衝動を感じ取って自制中です。


631 : ◆HOMU.DM5Ns :2015/09/09(水) 02:24:59 R3fr.NoU0
以上で本当に投下を終了します。感想・指摘お待ちしてます


632 : 名無しさん :2015/09/09(水) 02:54:55 NLrAqUvg0
投稿乙です。

アーチャーのヤバイ本が薄くなる・・・て厚くなるじゃないですか?あれで良かったならすいません。


633 : 名無しさん :2015/09/09(水) 06:55:35 7T8R5S920
投下乙です
ただの覗きであんな厨二めいた文章になるとかスゲェ
そしてシオンの分割思考から叩き出されるお辞儀の難敵認定
ネタまみれなのにマジでボスっぽくなってきたぞお辞儀
そのシオンの分割思考SUGEEEを見せたあとに、ジョセフ越しに触れた一瞬でシオンの理性を秒殺する鏡子の性技SUGEEE!

最後にシオンの人造愛液スプリンクラーでなんというかその下品なんですが……勃起、しちゃいましてね


634 : 名無しさん :2015/09/09(水) 09:45:53 3VkvvovM0
投下乙です!
シオンとジョセフの考察力が凄すぎる!
特にジョセフの曖昧な直感でお辞儀様の能力の一端でも得られたのは二人の信頼関係があってこそ
大きな力がない分、彼女達には立ち回りで頑張って欲しいところ
…なのだが、鏡子先輩は偉大過ぎたw
いや、マスターを諫めたり相対する主従を無力化したりとしっかり仕事しているけど、その手段は…w

それと、>>608>>609で話が飛躍している気がするのですが、もしかして抜けがあるのでは?


635 : ◆HOMU.DM5Ns :2015/09/09(水) 21:13:58 R3fr.NoU0
感想指摘ありがとうございます
>>632
そちらの方が表現として適切そうなので修正します

>>634
確かに抜け落ちていました。申し訳ありません
>>608>>609の間には以下の文章が入ります

その他、各誤字はWIKI収録時に修正して載せておきます。ご迷惑おかけしました



「逆に言えば、だ。あいつはただ見てるだけでもよかった。実際他には関心なさげに、ひとりに向けてのみ興味津々といった風で話していた。
 自分の力をひけらかすならともかく、相手を分析して褒めちぎるようにしてな」
「あの"蟲"のキャスターは、アンノウンと学園の縄張り争いをしている。
 反目する相手に、ともすれば友好的とも思える接し方をした"金"のセイバーと、芝居を打ってまで共謀してる可能性は低い」
「イグザクトリー(その通り)。
 あのあと慌てて接触して同盟持ちかけたってのはあり得るかもだがな。
 一刻も早く目の上のタンコブを排除したいってのに二対一じゃ出るに出れない。おまえに声かけたのもあのキャスター対策を念頭に入れてるだろうさ。
 高圧的な台詞からわかるぜ〜〜。ありゃ姿は見せないよう立ち回ってるがその実プライドの高い奴だ。自分の城を我が物顔でいる蟲を放っておくはずがねえ」
「二対一……"蟲"のキャスターの協力者。
 キャスターの能力値に際立ったものはないですが、それを他のサーヴァントの援護に充てるなら話は別です。
 直接戦闘に長じた、三騎士クラスに属するとサーヴァントだとしたら確かに脅威でしょう」

アーチャーは、今のシオンの言葉に微かな引っかかりを覚えた。
しかしそれは本当に気のせいと思えるほどの違和感だったのですぐに次の思考に追いやられ、記憶の片隅へと次第に隠れていった。


636 : 名無しさん :2015/09/09(水) 21:20:55 arQduVgQ0
投下乙です!
痛み分けで終わりましたか……それにしても鏡子の戦術にこんな対抗手段があったとは!
ただシオン達も完全勝利という訳にはいかなかったのは残念。


637 : 名無しさん :2015/09/09(水) 21:57:19 khNagVt20
投下待ってたんだよォ〜!乙です!


638 : 名無しさん :2015/09/14(月) 00:03:04 dcS1OmJc0
投下着てた!
乙です。
すごいシリアスに考察して攻略を筋道だててたのに鏡子www
露出羞恥プレイに興奮したry


639 : 名無しさん :2015/09/15(火) 06:21:36 4mOPBLLc0
月報となりましたので集計します
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
151話(+ 4) 45/56 (- 2) 80.3 (- 3.6)


640 : ◆IbPU6nWySo :2015/09/15(火) 07:52:02 LFdVGLLI0
予約分投下します


641 : 命蓮寺肝試しツアー ◆IbPU6nWySo :2015/09/15(火) 07:53:04 LFdVGLLI0
紛れもなく犯人は彼女であった。
彼女は儚い美しさを醸し出している。
彼女は殺すべきである。
だけど、武智乙哉は彼女を殺さなかった。

そして、武智乙哉は彼女を追跡しなかった。

言い訳ではあるが、乙哉がどうにか踏みとどまったのは寒河江春紀との邂逅が原因だった。
NPCとしてやり過ごすつもりが、最終的にはマスターであることを看破されてしまったのである。
確かに『彼女』を見逃したのは失態かもしれない。

『彼女』が『友達』を殺した。
『彼女』がマスターだから、マスターの『友達』を殺した。

同時に、乙哉は思う。
『彼女』のサーヴァントは強い、と。
学園で発生したと思われる戦闘は一瞬とまではいかないが、短時間であったのは否めない。
一組のサーヴァントとマスターの撃破だが、そう簡単に倒せる部類な訳がない。
敵がただ単純に強く、圧倒的であったからこそ短時間で終わったのだ。

もし、『彼女』が『友達』を殺したマスターならばサーヴァントもそこにいる。
姿はない。
霊体化しているならば周囲の警戒くらいはしているはず。
強行的な追跡は止めた。
『彼女』の家くらいは突き止めても良かった。
だけど、止めた。

このままでは、どうにも『彼女』を殺してしまいそうだから―――

今は殺さないだけであり、殺意はある。
それが衝動的なものか、友の仇としてかは乙哉にも判断出来ない。


マスターとサーヴァントのいくつか知れただけで、地味ながらも結構な収穫。
何よりも乙哉にとって『友達』を殺害した犯人を知れたのは大きな成果の一つ。

一方で、寒河江春紀を逃したのは大きな痛手だった。
小さな綻びなんてものではない。
本能にまかせ、あの黒髪の少女を追ったが……春紀により自分の本性が他の者に明かされる可能性は捨てきれない。
否、相当ありえる。

「さて……どうする?」

B-3で合流を果たしたアサシンと乙哉。二人でいても怪しまれない風にアサシンは問いかける。
黒髪の少女よりも寒河江春紀の始末は優先させるべきだろう。
乙哉は、しばし唸ってから口開く。


「おとーさん。『肝試し』しない?」


642 : 命蓮寺肝試しツアー ◆IbPU6nWySo :2015/09/15(火) 07:54:04 LFdVGLLI0



命蓮寺。

ふうと、聖白蓮は一息ついていた。
すっかり日は落ちて、夕食も済ませた頃合い。
先ほどまでの気絶が睡眠の一部に含まれていたらしく、未だ床につくことはない。
簡単に、彼女は眠れなかったのだ。
ある意味、もう一日が終わるというのに、目まぐるしいほど様々な事が起きている。

漸く落ち着いた白蓮が思案するのは一つ。
今日はこのまま眠りにつき、普通に終えるとしよう。
明日からはどうしようか?

白蓮は言峰との邂逅を望んでいるが、やはり彼の都合もあるはずだ。
それと、新都で発生していた暴動はどうなったのか?
例の、白蓮を倒した男・ジョンスは?
全てを知る前に、白蓮は意識を手放してしまったのだが。

深く悩んでも中々思い浮かばない。
疲れがない訳でもない、明日の日程は明日の行き当たりばったりでも構わない。


その時。


「………」


闇の中に光が見えた。
闇とは、正門の向こう側に広がる闇。
即ち、敷地の外にあたる方に光がちらついたのを、白蓮はハッキリと目撃していたのである。
そもそも、一体どうして白蓮はそのような方向を眺めていたのだろう?
本人も不思議だった。
何気なく、見る物もなかったから仕方なく、それとも第六感という奴かもしれない。

人魂?

最初、白蓮は光の正体の候補として非現実的なものを挙げる。

あるいは弾幕?

幻想郷のスペルカードに慣れた白蓮は、弾幕の一種ではないかと推測する。
だが、それらは全て切り捨てた。
ここは幻想郷ではない。おっかなびっくり夜道を歩いて、妖怪とこんばんはする世界じゃない。
冷静に正体を考察する。

何らかの明かりでは?

夜道を進むためには明かりは必要不可欠。
あそこを歩く誰かが持つ明かりの一種。
成程。
ところで――何故明かりを手に、こんな場所へ?


「……………」


驚くほどに何も起きなかった。
故に、白蓮は立ち上がる。
明かりの主が正門へ到着した様子もなし。謎めいたまま白蓮の視界には現れない。

言峰ではないと真っ先に断言できた。
彼ならば、真正面からここへ至っても何ら問題がない。

白蓮を一撃で負かした男でもない。
彼は、真正面から全力でぶつかりあうような人間だ。逃げも隠れもしない。

白蓮は悩む。
それ以外に、ここへ足を運ぶ人間に心当たりがない事を――……


643 : 命蓮寺肝試しツアー ◆IbPU6nWySo :2015/09/15(火) 07:55:07 LFdVGLLI0



「またまたセーフ!」

乙哉は、命蓮寺方面へ向かうバスにギリギリ駆け込むことに成功した。
思った以上にハードスケジュールだった。

前提として、命蓮寺へ向かうにしても制服のまま行動するのは目立つ。
何であれ一度帰宅する必要があったのだ。
軽い夕食を取って、動きやすい私服に着替え、改めて命蓮寺の位置を確認し、バスで向かう。
雰囲気作りとして懐中電灯なんて持って行きたかったのだが、生憎余裕がなかった。
仕方ないので、携帯電話の明かりで我慢をし、ついでにハサミを服で隠すように所持している。
座席に腰を落としたところで、ようやく乙哉は一息つく。


すっかりいい時間だ。
日も完全に沈み、寺の方面は近代的な建築物は一切ない。
自然を残す為か外灯も設置されてある数が目に見えて少ないのだ。
よりいっそう不気味に感じる。
ただし、肝試しをするには最高のシュチュエーションだ。

『例のクラスメイトを追うつもりはなくなったのかい』

霊体化しているアサシンの問いかけに乙哉は述べていく。

『……あたしと出会った後で、素直に帰宅すると思う?』

『確かに、ない。だが、事前にある程度調べる事は可能じゃあないか』

『一理あるけど。向こうもそれなりに警戒するはずだし、明日学校があっても登校するか……五分五分?』

寒河江春紀があの後、どうするか。
少なくとも足がつくであろう自宅に戻るのはありえないと称してもいい。
ならばどこへ向かうのか?
分からない。
アテもない捜索を続けるよりは、残された方針をやっても良かったのだ。

『成程。それで寺の調査に向かう訳か』

『大丈夫?』

『……………………………………………………………あぁ、構わない』

馬鹿なほど長いアサシンの沈黙に、改めて大丈夫か問いかけたくなる乙哉。
手への欲求は抑えられていると思いたい。
乙哉は続けた。


644 : 命蓮寺肝試しツアー ◆IbPU6nWySo :2015/09/15(火) 07:57:15 LFdVGLLI0

『色々考えたんだけどさ。あたしって「実はお寺に興味があるんです」なんてタイプじゃないでしょ』

動機だ。
NPCとして演技するうえで、寺にいても不自然ではない何らかの動機。
それがなければ相手にマスターだろうかと疑念を抱かれる。
乙哉も決してアサシンからの情報を棒に振るつもりはなかった。
ただ、寺という場所に自分が存在する動機を考えると想像できないのである。

黒髪の少女との帰り道。
わらべ歌を耳にしながら、ふと思いつく。

肝試し

寺の辺りで幽霊が現れるなんてよくある噂だ。
薄気味悪い郊外で妖怪と出くわすのもありきたりな噂だ。
そう。
「実はここで肝試ししてたんです」の方がよっぽどマシな言い訳だと閃く。
夜でなければならなかった。夜にしか寺に足を運ぶことは出来なかった。

『あくまで調査だ。誰かと遭遇しなければ用心する必要もないはずだが?』

『んー? でもアサシンのいうマスターの人とも接触しようかな、とは思ってるんだ』

『……何故?』

アサシンが目につけた女性――聖白蓮に関しては、乙哉もそれほど関心を覚えた様子はなかったはず。
獲物を横取りしよう何て真似はありえないだろうが、どういう風の吹き回しなのか。
思わずアサシンは問う。
乙哉の返事は、呆気ないほど単純だった。

『お寺の関係者って、住職さんかな? 女の住職さんって結構珍しいよねー
 まぁ、住職さんとも限らないけど……お寺に勤める人なら「良い人」に決まってるじゃん』

突拍子もない発言にアサシンは言葉を失いかける。

『そうとも限らないだろう。偏見で相手を判断するのはあまり良くない』

『えぇ? ほら、アサシンには自論みたいなものない? 自分が狙った女の人は皆かわいくて、心も綺麗な人とか!』

『いいや』


中身なんて、どうでもいい。


冷めた風のアサシンの声色に耳を傾けながら、乙哉は話を戻す。

『どんな感じの「良い人」かによるけど。あたしが殺人鬼だって噂を聞いても
 あたしを信じてくれるような「良い人」だったら、いいかな〜』


645 : 命蓮寺肝試しツアー ◆IbPU6nWySo :2015/09/15(火) 07:58:19 LFdVGLLI0
なーんてね、と乙哉も笑う。
もし、自身の正体が暴露された場合、それでも味方になれるような存在。
聖白蓮が味方になってくれる善人ならば、それは素敵な物語だ。
現実はそういかないとアサシンも思う。

『全く……まるで聖人のようじゃあないか』

『いるかもよ? 聖人みたいな人』

少しは夢くらい持たない?
なんて乙哉は茶化してくるが、アサシンは「ああ、そうだね」と社交的な対応をしただけ。
彼女とは言葉も交わしていないし、彼女は気絶をしていた。
果たして、どのような態度でアサシンと接してくれるのか何も知らない。
素敵な女性かもしれない。
一理ある。
だが、どうでもいい。
吉良吉影は、それでも『手』しか愛さないのだから。

『とにかく、アサシンが見つけたマスターがちゃんとお寺にいるか確認しないと』

いなければ本末転倒だ。
それにはアサシンも同意する。
バスが命蓮寺付近で停車し、乙哉はそこで下車した。

しばらく歩かなければ命蓮寺は姿を現さない。
そうでなくとも、外灯が一部にしか設置されておらず、自然に囲われたこの場所は
夜になると、昼間にはない恐怖を与えて来る。
命蓮寺周辺の噂話などあるかも定かではないが、いかにも出て来る雰囲気が広がっていた。

うわ、と声を漏らす乙哉。
しかし、足は止めない。
たまに携帯の明かりを照らし、道を確認しながら着実に目的地を目指す。

命蓮寺そのものの調査と、周辺の様子見。
しかも、あまり人気のないところだ。
キャスターが陣地作成を行っているのも想定しなくてはならなかった。
それと――例のマスター・聖白蓮の存在。
接触は出くわしてしまった場合の対処としてだが、NPCとしての演技を疑われる事なく成し遂げなければ。

何であれアサシンが注意するべきは
衝動に駆られ、聖白蓮の『手』を直ぐにでも切り取ろうとしない事。
それだけだった。


646 : 命蓮寺肝試しツアー ◆IbPU6nWySo :2015/09/15(火) 08:00:14 LFdVGLLI0



白蓮が警戒している内にセイバーも光を見たのか、何らかの気配を察したのか。
明らかな反応があるのに白蓮も気付く。

『セイバー。誰か来たのですか?』

こんな時間に、とまでは聞かなかったが。やはり怪しい。
光はない。
それでも耳を澄ますと、誰かが歩いている音が耳に入って来る。
闇に視界が慣れると、全貌は分からないが確かな人影を捉える事が出来た。
参道からはずれたところにいる時点で、白蓮からすれば不審以外の何者でもない。

「うーん……やっぱりデマだったのかな?」

声色からして女だった。
何かを探している風に見えなくはないが、白蓮は確信を得る為に近づき。
呼びかける。

「あの、失礼ですが」

「で、出た!?」

相手は一見ただの少女だった。どうにもマスターとも感じられないほど普通の。
白蓮はポカンと呆けて、少女はおずおずと尋ねる。

「ゆ……幽霊、じゃないですよね?」

「幽霊―――ではないですね」

「……あっ、じゃあ、あたしと同じ肝試ししに来たんですか? ビックリした〜」

あははと笑う少女に対して、肝試し?と白蓮は首を傾げた。

「あの噂話、胡散臭いって友達は言ってたんですけど
 ここってお寺とかあるし、雰囲気あるし。絶対幽霊出そうですよね!」

「……………」

一瞬、彼女が何を話しているのか理解できなかった。
だが、現実世界では常識に近いものだと白蓮は我に返る。
人間とは興味本位に妖怪と接触しようとする。幽霊を目で確かめたいと。
たとえ、禁忌であれ人は過ちを犯し続ける。
この少女もそんな人間の一人。

「えっと、どうかしましたか?」

沈黙する白蓮に妙な恐怖を感じたらしい少女は、不安そうに問う。
白蓮も少女の行動の意図を理解し、安堵した為か、柔らかな笑みを浮かべた。

「私は命蓮寺の住職をしております聖白蓮です。
 このような時間に足を運んでいるものですから、気になってお声をかけました」

「住職さん!? うわっ、ごめんなさい! まだ起きてたなんて」

「興味本位で妖怪たちに刺激を与えるような事はしてはなりませんよ?
 彼らも好きで人に害をなすものとは限らないのですから」

「そっ、そうですよねーほんっとうに、すみませんでした!」

少女はさっさと立ち去ればいいものを、帰路につく素振りは一旦止め、白蓮に振り返った。

「あの……一つだけ聞いても良いですか?」

「なんでしょう?」

「住職さんって幽霊とか妖怪とか、見た事あったりするんですか?」

これも興味本位。
それを白蓮は穏やかに対応するだけ。

「ええ、あります」

「やっぱり職業柄あるんですね。凄いなー」


647 : 命蓮寺肝試しツアー ◆IbPU6nWySo :2015/09/15(火) 08:01:01 LFdVGLLI0
白蓮は「ここでは見ていませんけどね」と付け加えとしておく。
せめて、彼女が聖杯戦争に巻き込まれない事を案じて、無意識にした行為。
納得したらしい彼女は、ようやく踵を返そうとした。

「それじゃあ、あたし帰ります! ……はぁ、友達の家に泊まってる事にしてたのにどうしよー」

そんな独り言が耳に入る。
ふと白蓮は思う。
彼女はこのまま無事帰宅する事は叶うのだろうか、と。

「待って下さい。あなたはどうやってここから家に?」

「ホラ! バスがあるじゃないですかー。まだ深夜バスが何本かあるんじゃないかな? 多分」

「…………」

「それによくよく考えたら、明日、学校があるかもしれないんです。
 今日、学校の方で事故があったから明日は休校だ! ……って、うかれてたんですけど
 学校からそういう連絡ないんですよ」

「事故?」

「最近、物騒ですよねー」

白蓮はその事故の事を知らない。
恐らく聖杯戦争と関連のある事故であることには間違いなかった。

事故についても話を聞きたい。
何より、彼女をこのまま帰宅させるのは危険だ。
白蓮は少々逸脱した行為だと分かりながらも、『ただの少女』に言う。


「夜道は危険です。今晩は命蓮寺の方で一夜を過ごすのはどうでしょう?」

「えぇ!? でも学校があったら……」

「大丈夫。早朝に起きれば、明るくなる頃にはご帰宅出来ると思います」


いかにも戸惑った風に「どうしようかな〜」なんて呟くが
彼女の、武智乙哉の返事はとっくの昔に決まっていた。


「じゃあ、お言葉に甘えて」


648 : 命蓮寺肝試しツアー ◆IbPU6nWySo :2015/09/15(火) 08:01:58 LFdVGLLI0
【B-1-C-1/命蓮寺/一日目 夜間】

【武智乙哉@悪魔のリドル】
[状態]:健康
[令呪]:残り3画
[装備]:私服、指ぬきグローブ
[道具]:ハサミ一本、携帯電話
[所持金]:普通の学生程度(少なくとも通学には困らない)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を勝ち取って「シリアルキラー保険」を獲得する。
1.白蓮との接触と命蓮寺の調査をする
2.黒髪の女の子(ミカサ)を殺すのはまだ……
3.他のマスターに怪しまれるのを避ける為、いつも通り月海原学園に通う。
4.寒河江春紀を警戒。
5.有事の際にはアサシンと念話で連絡を取る。
6.可憐な女性を切り刻みたい。
[備考]
※B-6南西の小さなマンションの1階で一人暮らしをしています。ハサミ用の腰ポーチは家に置いています。
※バイトと仕送りによって生計を立てています。
※月海原学園への通学手段としてバスを利用しています。
※トオサカトキオミ(衛宮切嗣)の刺客を把握。アサシンが交戦したことも把握。
※暁美ほむらと連絡先を交換しています。
※寒河江春紀をマスターであると認識しました。
※ミカサ・アッカーマンをマスターと確信しました。


【アサシン(吉良吉影)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]:健康、聖の手への性的興奮、『手』、霊体化
[装備]:なし
[道具]:レジから盗んだ金の残り(残りごく僅か)
[思考・状況]
基本行動方針:平穏な生活を取り戻すべく、聖杯を勝ち取る。
1.白蓮との接触と命蓮寺の調査をする
2.B-4への干渉は避ける。
3.女性の美しい手を切り取りたい。
[備考]
※魂喰い実行済み(NPC数名)です。無作為に魂喰いした為『手』は収穫していません。
※保有スキル「隠蔽」の効果によって実体化中でもNPC程度の魔力しか感知されません。
※B-6のスーパーのレジから少額ですが現金を抜き取りました。
※スーパーで配送依頼した食品を受け取っています。日持ちする食品を選んだようですが、中身はお任せします。
※切嗣がNPCに暗示をかけ月海原学園に向かわせているのを目撃し、暗示の内容を盗み聞きました。
 そのため切嗣のことをトオサカトキオミという魔術師だと思っています。
※衛宮切嗣&アーチャーと交戦、干将・莫邪の外観及び投影による複数使用を視認しました。
 切嗣は戦闘に参加しなかったため、ひょっとするとまだ正体秘匿スキルは切嗣に機能するかもしれません。
※B-10で発生した『ジナコ=カリギリ』の事件は変装したサーヴァントによる社会的攻撃と推測しました。
 本物のジナコ=カリギリが存在しており、アーカードはそのサーヴァントではないかと予想しています。
※聖白蓮の手に狙いを定めました。
※サーヴァントなので爪が伸びることはありませんが、いつか『手』への欲求が我慢できなくなるかもしれません。
 ですが、今はまだ大丈夫なようです。
※寒河江春紀をマスターであると認識しました。
※アーチャー(アシタカ)が“視る”ことに長けたサーヴァントであることを知りました。
 また早苗がマスターであることも把握しています。


649 : 命蓮寺肝試しツアー ◆IbPU6nWySo :2015/09/15(火) 08:02:27 LFdVGLLI0
【聖白蓮@東方Project】
[状態]全身打撲、疲労(微)
[令呪]残り三画
[装備]魔人経巻、独鈷
[道具]聖書
[所持金] 富豪並(ただし本人の生活は質素)
[思考・状況]
基本行動方針:人も妖怪も平等に生きられる世界の実現。
1.乙哉から話を聞く。
2.サーベルや弾幕がどれくらい使えるのかを確認。できるだけ人目につかないように。
3.来る者は拒まず。まずは話し合いで相互の理解を。ただし戦う時は>ガンガンいこうぜ。
4.言峰神父とは、また話がしたい。
5.ジナコ(カッツェ)の言葉が気になる。
6.聖杯にどのような神が関係しているのか興味がある。
[備考]
※設定された役割は『命蓮寺の住職』。
※セイバー(オルステッド)、アーチャー(アーカード)のパラメーターを確認済み。
※ジョンス・リーの八極拳を確認。
※言峰陣営と同盟を結びました。内容は今の所、休戦協定と情報の共有のみです。
※一日目・未明に発生した事件を把握しました。
※ジナコがマスター、アーカードはそのサーヴァントであると判断しています。
※吉良に目をつけられましたが、気づいていません。
※セイバー(ロト)が願いを叶えるために『勇者にあるまじき行い』を行ったことをなんとなく察しています。
 ただし、その行いの内容やそれに関連したセイバー(ロト)の思考は一切把握していません。


【セイバー(勇者ロト)@DRAGON QUESTⅢ 〜そして伝説へ〜】
[状態]健康
[装備]王者の剣(ソード・オブ・ロト)
[道具]寺院内で物色した品(エッチな本他)
[思考・状況]
基本行動方針:永劫に続く“勇者と魔王”の物語を終結させる。
0.>夜間哨戒。白蓮から指示があればそちらを優先、
1.>白蓮の指示に従う。戦う時は>ガンガンいこうぜ。
2.>「勇者であり魔王である者」のセイバー(オルステッド)に強い興味。
3.>言峰綺礼には若干の警戒。
4.>ジナコ(カッツェ)は対話可能な相手ではないと警戒。
5.>アーチャー(アーカード)とはいずれ再戦を行う。
6.>少なくとも勇者があるかぎり、勇者と魔王の物語は終わらないとするなら……?
[備考]
※命蓮寺内の棚や壺をつい物色してなんらかの品を入手しています。
 怪しい場所を見ると衝動的に手が出てしまうようだ。
※全ての勇者の始祖としての出自から、オルステッドの正体をほぼ把握しました。
※アーカードの名を知りました。
※吉良を目視しましたが、NPCと思っています。 吉良に目をつけられましたが、気づいていません。
※鬼眼王に気づいているのは間違いないようです。
※白蓮からの更なる指示があるまですぐに駆けつけられる範囲で哨戒を行います。
※いくらロトが勇者として恥ずべき行為を行っても、『勇者』のスキルが外れることはまずありません。
 また、セイバーが『勇者ロト』である以上令呪でも外すことは不可能であると考えられます。


650 : ◆IbPU6nWySo :2015/09/15(火) 08:03:38 LFdVGLLI0
投下終了です。ご指摘等あればお願いします。


651 : 名無しさん :2015/09/15(火) 08:11:30 4mOPBLLc0
投下乙です!
命蓮寺に泊めるのはいいですけど、相手があまりにも危険だから何か起きそうで怖いです……
白蓮さん達はどうなりますかね。


そして氏の投下があったので、改めて月報の集計を

話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
152話(+ 5) 45/56 (- 2) 80.3 (- 3.6)


652 : 名無しさん :2015/09/15(火) 08:11:45 tbS.Y2uc0

まさかの命蓮寺宿泊www

もしホムホムが生きてたら、乙やんと一緒に肝試ししてたのかな


653 : 名無しさん :2015/09/15(火) 18:38:24 h/fqBd5Y0
投稿乙です。
これは予想できなかった。


654 : 名無しさん :2015/09/15(火) 20:22:19 fez4m5Po0

これは吉良勃起不可避


655 : 名無しさん :2015/09/15(火) 23:58:32 hNdbN2o.0
投稿乙です
様子見で済ますと思いきやまさかのお泊り
すんなりと相手の懐に入り込むコミュ力の高さと度胸の良さは流石乙哉と言うべきか
そして吉良は手を手に入れる千載一遇のチャンスを手に入れたわけだがどう転ぶ?


656 : ◆Ee.E0P6Y2U :2015/09/24(木) 21:23:52 jojBNmCE0
投下します


657 : うまくはいかない『聖杯戦争』  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/09/24(木) 21:25:01 jojBNmCE0


君らしく
愛らしく

笑ってよ







月明かりが妙に明るく、不気味なものに感じられた。
住宅街は、しん、と静まり返っていた。零時を回り街行く人は誰もおらず、静寂が道に漂っている。
灰色の壁がひんやりと冷たい。アキトはコンクリートに寄り掛かりながら息を吸い、吐いた。熱を持った身体が幾分か冷えた気がした。

昼間はなんてことのない風景も、夜になれば違う顔を見せるものだった。
蜘蛛の巣のように張り巡らされた電線。すすり泣くような虫の声がどこからともなく聞こえてくる。
街の狭間を縫うように伸びた道は途切れることなく、どこまでも続いていた。辺りに並ぶ民家の列はどれも同じぬっぺりとした外観に見える……
夜の街は闇の濃淡にしか見えない。不気味な月明かりもまた、闇の一部なのだ。

そんな街に、不穏な音が響いていた。
誰か、それも複数人が駆けていく音だ。静まり返る街並みとは相いれない、慌ただしい音だ。
アキトは、じっ、と街の静寂に沈み込む。夜の街に同化する。そのくらいの心地だった。

あの音はアキトを追うものだ。
少女、美遊に逆襲された彼は追われる立場となった。
ほんの一時間ほど前の話だ。だが、それで彼を取り囲む状況は一変してしまった。
他のマスターに加え、この社会まで敵に回すことになってしまった。

その事実を認めながらアキトは思う。
あの時と一緒だな、と。

テンカワアキトがこうした立場に身を置くことは初めてではない。
脳裏を過るのは――三年前、ネルガルを離反した時のことだ。

アカツキの造反により、木連の少女を匿おうとしたナデシコは機能を停止させられた。
クルーの独自行動は未然に防がれ、厳しい監視の下、大多数の人間は以前の職場へと戻っていった。
そして少数の人間はネルガルの監視を逃れ逃亡した――アキトもまたその中の一人であった。

当時の逃亡生活を思い出し、アキトの胸の奥に渦巻くものがあった。ほのかに温かくも、その内側ははっとするほど冷たい、未練に似た想いだった。
あの時だって、今と同じくどこに社会の敵として狙われていた。
違うのは――隣にユリカがいたことだ。
ユリカら少数のクルーと共にアキトは逃走生活を行っていた。
かつて働いた食堂に置いてもらった。アキトは見習いコックとして、ユリカは看板娘として、それぞれ店に貢献することができた。

逃走生活ではあったが、思うに、ネルガルにはとっくの昔に見つかっていたのだろう。
知り合いの下に逃げ込んだ――なんて、そんな杜撰な逃亡をあのアカツキが見抜けない訳がない。
その上で拘束しなかったのも、アキトらが市井の生活を謳歌している分にはは都合がよかったからだろう。
逃走とは言っていたが、その実あれは精神的な逃避であった。
ユリカ、ジュン、ミナト、そしてユキナとの共同生活は確かに心地よかった。
木連との戦争なんて、そんな見たくもない真実を忘れることができるくらいには、幸せだった。

幸せだった。
けれど、結局はその幸せを、アキトもユリカも認めはしなかった。
ユリカは言った。ああしてラーメン屋をやっていくのもいいかもしれない、と。
けれど、自分たちにはナデシコがあった。皆が出会い、共に時間を過ごしたあの船が、皆、好きだった。
それがアキトにとっても、ユリカにもとっても“自分らしさ”だったから。
だからナデシコに帰った。


658 : うまくはいかない『聖杯戦争』  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/09/24(木) 21:25:44 jojBNmCE0

「…………」

でもそのナデシコはもうない。
火星での決戦でナデシコを降りたクルーはそれぞればらばらになった。
モラトリアムじみた時間もあったが、それもある日を境に全てが変わった。

ぐっ、とアキトは拳を握りしめた。
ほのかな追憶が、激烈な憎悪へと変貌していく。
喪った時への悔恨と、そしてこの聖杯戦争で無様を晒している自身に対する忸怩たる想いが立ち続けて現れた。

何だこの様は。
復讐だ、聖杯だ、恰好つけて戦いに臨んでおきながら、少女一人にいいようにあしらわれる。
これでは――何も変わらないではないか。
暗殺者に全てを奪われたあの時と。

ぼうっ、と己の身体が発光していることに気付いた時、もう遅かった。
足音が聞こえてくる。
こんな真っ暗な街で光を灯せば、見つけてくださいと言っているようなものだ。
だからこそ気を静める必要があったのに――馬鹿か、俺は。

今捕まる訳にはいかない。これで警察を殺傷でもすれば、それこそ取り返しがつかない。
アキトは地を蹴り駆け出した。どこかに逃げ込む必要があるだろう。でもどこへ。
足音が近づいてくる。それも複数。「こっちだ!」という声も聞こえた。夜の街がざわめいた。

立ち並ぶ民家の列。どれもこれも月と同じ不気味な色をしている。
アキトはそこで―― 一人の女を見た。
若い女だった。茶色の髪を後ろで結い、薄手のシャツを羽織っている。
彼女はアキトの姿を見て目を丸くしている。アキトもまた突然の邂逅に戸惑った。

が、すぐにアキトは口を開いた。「匿え」そう言いつつ彼は銃をつきつけた。
彼女はNPCだろう。外が騒がしいから様子を見に来ただけの、一般人。
NPCに追われているんだ。こちらもNPCを使わない手はない。そう思い、アキトは彼女を脅した。

女の顔に驚愕と、そして恐怖の感情が灯った。
銃口、出遭った状況、そしてアキトの外見から事態を把握したのだろう。
アキトは声をあげられる前に再度言った。「匿え」と。

女は無言でアキトを見返したのち、こくんと頷いた。
「お前の家に案内しろ」そう言うと、女は肩を震わせながらも歩いていく。アキトはその背中に銃をつきつけつつもついていった。
女の家はすぐそこにあった。立ち並ぶ民家の一つであった。ラトキエ、という表札が見えた。
門をくぐると荒れ果てた庭があり、捨てられた家財があった。
女が玄関の鍵を開ける。がちゃり、という音がいやに響く。扉が開いた。そこで女が不安げにアキトを見た。アキトは無言で彼女を促した。
震える足つきで彼女は家の中へと入っていった。銃をつきつけたまま、アキトは家に乗り込んだ。

玄関口には彼女のものと思しきもののほかに、二つ靴があった。どちらも子供用だ。
土足であがりつつも家の様子を窺う。中は暗く、静まりかえっていた。他の住民が起きている様子はない。
女はアキトを奥の部屋へと連れて行った。妙に広く、がらんとしたリビングだった。埃っぽいカーペットが敷かれ、十人は座れそうな大きな食卓がある。また隅にはテレビが置いてあった。

「…………」

窓からさしこむ月明かりの下、アキトは女に銃をつきつけたまま押し黙った。
さてこれからどうする。NPCの家にもぐりこんだとはいえ、ずっとこのままという訳にはいかない。
とりあえずここでやり過ごすにしても、できれば朝までには方策を見つけなくてはならない。

「で、どうするんだい? 次にアタシは何をすればいい」

不意に女が口を開いた。

「このまま突っ立ってろって訳じゃないんだろ」
「黙れ」
「黙れっていってもさ、見たところアンタもどうすればいいのか困っているみたいだけど」

銃をつきつけられながらも女の言葉続く。
肝が据わっている。そう思うが同時に彼女が震えていることも分かった。
震えつつもこちらの出方を窺っている。なるほど強い女だ。元となった人物の影響か。


659 : うまくはいかない『聖杯戦争』  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/09/24(木) 21:26:02 jojBNmCE0

「こういうのはどうです、不審者さん? 朝まではアンタはここにいる。陽が上ったら、アンタはここを勝手に出ていく。それでアタシはそれを誰にも言わない」
「お前がそれを守る保証はない」
「アタシには小さな弟と妹がいるんだよ。アンタは銃を持ってる危ない奴だ。そんな危ない奴相手に嘘なんか言うもんか。
 黙って出てくれるならアタシにとってもありがたい」

女は震えつつもよどみなく、はっきりとそう口にした。
アキトは彼女をじっと睨みつつ、その提案を考えた。が、もとより考えるまでもない。
ここでこの女を殺すことはありえない。ヤクザならいざ知らず、ここで一般人を殺傷することはリスクが高い。加えて既に警官を殺傷している以上、更にやればルーラーまで敵に回すかもしれない。
公的権力が敵になった以上、そんな事態だけは避けなければならない。

アキトは黙って女を見据えたのち「分かった」と答え、突き付けた銃を下した。
が、すかさず「妙な動きを見せたら撃つ」と釘を刺した。

女は黙って椅子に腰を据えた。

それからしばらく無言の時間が流れた。
アキトも女も、ともに何も言わない。話すことなど何もないからだ。
かち、かち、と据えられた時計の秒針が時を刻んだ。

「アンタも座ったら?」と不意に女が言った。突っ立っているアキトが気になったのだろう。
アキトは無言で椅子を引き、腰を下ろした。女に向かい合うように座り、じっとその様子を窺う。
幸い、というべか女は何もする様子はなかった。落ち着いてきたのか身体の震えは止まり、退屈そうに目線を漂わせている。

そうして監視していると、女が思っていたよりもずっと若いことに気が付いた。
暗がりで分かりにくかったが、そばかすの浮かぶその顔はまだ少女ともいえる年齢に見える。
ラピスやルリよりは上だろうが――こうして所帯を持つほどの齢には見えない。

「……疑問かい? アタシが予想外に若くって」

アキトの視線に気づいたのか、女は僅かに笑って言った。

「安心しな。この家に住んでるのはアタシと、さっき言った妹と弟だけだよ。
 ジルとミリーっていう、まぁまだ学校にもいってないような子たちだ」

玄関口にあった靴の数を思い出す。なるほど確かに間違ってはいないようだが、しかしそれにしてはこの家は妙に大きい。
その疑問を先取りするように女は言った。

「色々あってね、他の家族はいなくなっちまったんだ。この家も差し押さえられちゃって、本当はアタシたちのもんじゃないんだ。
 競売にかけられてて、買い手が決まった瞬間に家やらテレビやら全部持ってかれるって訳。
 何時追い出されるかもわからないし、勝手に住み着いてるって感じに近いね」

それで二階建ての一軒家の、こうも広い家に三人で住んでいるのか。
それは――寂しいだろう。そんなことを思わず思ってしまう。

「…………」

勿論だからといって声をかける筈もない。
今の自分はただの不審者だ。犯罪者だ。
そうでなくとも同情など彼女は求めてはいない。
それにつらい訳ではないのだ。生活苦があろうとも、共に過ごす者がいるならば何も堪えるものはない。
少なくともかつての自分はそうだった。


660 : うまくはいかない『聖杯戦争』  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/09/24(木) 21:26:32 jojBNmCE0

「暇だろ? なんか飲むかい? アタシは喉乾いたんだけど」

じっと黙っていると、女が不意にそう尋ねてきた。
緊張も大分ほぐれてきたのだろう。落ち着いた言動だった。
アキトはしばし考えたのち「五分以内に戻れ」と答えた。

女はすっと立ち上がり、部屋の外へと出ていった。

そうしてアキトは、がらん、とした部屋で一人取り残された。
何の音もしない。まっくらで見るべきものも何もない。けれど空白だけはあった。

そんな場所にいると、また余計なことを思ってしまう。
自分は――自分の家は小さかったな、などと。
ナデシコから降り、ナデシコ長屋での生活も終わったのち、一人保険の下りなかったアキトは極貧生活を送ることになった。
四畳半。風呂なし。トイレ共同。テレビも何もない。そんな生活だったが、寂しくはなかった。
ユリカがルリと共に押しかけてきて以来、狭い部屋での三人での共同生活が始まった。
それから呼んでもいないのにナデシコクルーがおしかけてきて、ホウメイガールズのデビューやらプロポーズまでの顛末やら、毎日が騒々しかった。
寂しさを感じる隙間などありはしない。
ありはしなかった。
それに比べてこの家は広すぎる。
広すぎて――だから寂しいだろう。そんな余計なことを考えた。

その時だった。
不意に部屋に明かりが灯ったのは。

アキトはすかさず身を起こす。見つかったか。そう思い辺りを窺うが、光が灯ったのは予想外の場所だった。
その光の出所は――テレビだった。
部屋に置かれた大きな液晶テレビ。あれもいずれは差し押さえられるのだろう。無論電源など入れてはいない。
しかし――そこには光が灯っていた。

がた、と椅子が音を立てた。かわいた音が部屋に響く。
そして食い入るように画面を見た。

その映像はひどく不鮮明だった。
ノイズの目立つ、いわゆる砂嵐が吹き荒れる映像だった。
けれどその砂嵐の向こう側に、確かに動くものがあった。
正確なカタチは分からない。
けれどそれは――忍者のように見えた。
忍者が誰かを背負って駆けている。そんな様がテレビには映っていた。

アキトはその異様な“番組”に気を取られた。
部屋は相変わらず異様に静かで、広かった。その空白を夜の闇が埋めている。
そんな真っ暗な部屋でテレビ画面は明滅し、ザザザ、と砂嵐の不快な音を響かせていた。

なんだこれは。
アキトは目の前の状況が理解できなかったが、しかしおかしなことが起こっている、ということは分かった。
まさかテレビ局の放送事故の類である筈がない。でなければ十中八九――聖杯戦争絡みの問題ということになる。
だがそれにしても奇妙だった。
魔術神秘に関しては全くの素人であるアキトだが、テレビの向こう側へ行く、などという技が何の意味を持つのか想像もつかない。
映像を介した洗脳の可能性も考えたが、それもなさそうだ。しかもこれをアキトが覗くのは偶然だ。この時間にテレビを見る人間などそうはいまい。洗脳としては機能しまい。
ならば何らかのメッセージか――と考えを巡らせている時、不意にアキトは気づいた。

女が戻ってきていない。

五分、という時間は当に過ぎている。
あの女はどこに行った。探すべく立ち上がるも、その答えはすぐに分かった。
音がしていた。テレビの奇怪な音などではない――足音だ。
窓の外を覗くとそこには警官と思しき人間たちが集まってきていた。


661 : うまくはいかない『聖杯戦争』  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/09/24(木) 21:26:54 jojBNmCE0

「あの女……!」

アキトは己の失態に気付く。
これはつまり――出し抜かれたということか。
女は最初からアキトとの約束など守る気はなく、隙を見て警察に伝えるつもりだった。
その為に身の上話などしたのだろう。アキトの気を逸らす為に。
考えてみれば当然のことだ。弟と妹を守る――その言葉が確かだとしたら、アキトのような犯罪者など匿う筈がない。

少女に続き、たかがNPCにまでしてやられたというのか。
テレビのことがあったとはいえ、再度の失敗にアキトは忸怩たる思いに駆られる。
馬鹿か俺は。そう叫びたい気分だった。

女を追っても無駄だろう。もう逃げているだろうし、よしんば人質などにしたところで何の意味がある。立てこもりすれば他のマスターの恰好の的だ。
足音が近づいてくる。もうすぐ突入されるだろう。考えている暇はなかった。
こうなってしまっては仕方がない――虎の子のボソンジャンプを使うしかない。最後の切り札たりえるものを、こんなどうしようもないミスで潰すことに情けなさを覚えるも、しかしもはやどうしようもない。
そう思った時だった。

テレビの向こうの忍者が消えていた。
いやより正確には――出ていった。
映像が荒くてロクに見えなかったが、忍者が何かを見つけテレビの外に出ていった――ように見えた。
そして画面の向こうには砂嵐だけが残された。
画面は未だにゆらゆらと揺れ、ザザザザザザ――と荒い音だけが響いている。

「入れる、のか……?」

思わずアキトは呟いた。
おかしな考えだ。しかしあの忍者たちは――恐らく聖杯戦争の関係者で、恐らくはマスターとサーヴァントだ。
彼らはどういう訳かテレビの向こう側に迷い込み、そして出ていった。
だとすれば、自分も――

状況は急を要している。何か試す余地があるならば、試すべきだ。
アキトはゆっくりとテレビへと近づいていった。何かに惹かれるように画面へと手を伸ばし、そして――

――テレビ画面に波が起こった。まるで水面に手をつけたように、手を中心に波紋が起こっているのだ。

アキトは目を見開いた。
何だこれは。想像だにしていなかった事態にアキトは混乱する。タッチパネルを搭載しているなどという訳ではあるまい。これは明らかに異常だ。

テレビを向こう側は、あるのだ。そしてそれは繋がっている。
そしてこのテレビ画面は大きい――それこそ人が落ちるのではないかというくらいには。
そのことを確信した時、アキトははっきりと恐怖を覚えた。


マヨナカテレビ、という都市伝説をアキトは知らない。
元の時代ではもちろん、この“方舟”においても彼はその噂を耳にすることはなかった。
けれど学生たちの間ではその噂が流れていた。
いわく深夜に映る筈のない奇妙な番組が放送されている、と。
……同時刻、この“方舟”において、とある一人のマスターによりその噂は具現化されていた。
この“方舟”にマヨナカテレビは――確かにあるのだ。


無論アキトはそんなこと知る由はなかった。故に恐怖を覚えた。
しかし同時に好機であるとも感じた。これは――逃れる場所になり得るとも思えた。
ボソンジャンプで逃げるにしても、どこに逃げるかという展望は今の彼になかった。
家に戻るわけにはいかず、さりとて昼間に街の往来を歩くわけにはいかない。
どこか隔離され、社会の手から逃れる場所が拠点として必要だ。

警官たちの声がする。今にも彼らはやってくる。決断するならば今だ。
失策を重ねた今、これ以上ミスを犯す訳にはいかない。
この選択ひとつで自分の今後が決まるだろう。

「…………」

考えたのは一瞬だった。
自分には帰る場所はもうないのだ。
いましがたの少女を思い出す。こんな寂しい家でも彼女にとっては守るべき家だったのだろう。
だが自分にはもうない。そんな場所は、守るべきものは。
既にナデシコはない。“方舟”に至るまでにラピスとユーチャリスも置いてきた。そしてあの偽りの天河食堂だって、もう帰る訳にはいかない。

だからもう、ここでないどこかへ逃げるしかない。
覚悟を決め、テンカワアキトは――ボソンジャンプした。

テレビの中へ。


662 : 君の思い出に『さよなら』  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/09/24(木) 21:27:43 jojBNmCE0




――テレビの向こう側は懐かしい臭いがした。

無論来たことがある訳ではない。
空には黄金の立方体の下、0と1が明滅する。赤黒く変色した異様な街は瓦礫にまみれ、荒廃していた。
こんな場所をアキトは知らない。空も街も、どちらにもアキトは縁がない。

けれどアキトはその臭いを覚えていた。
これは――オモイカネの自意識に侵入した時と同じだ。

三年前、ナデシコのメインコンピュータ、オモイカネが反乱を起こしたことがあった。
連合軍との戦いの記録が、戦争を続けるにあたって障害となったのだ。
それ故にオモイカネの自意識は改ざんされることになった。新たなプログラムが植えつけられ、不要なデータを削除する。

しかしそれにはリスクも伴う。
オモイカネが蓄積した火星までの戦闘データも全て飛んでしまう。
そんなことをすればナデシコがナデシコでなくなる。

故に頼みを受け、アキトはオモイカネの自意識へと入り込んだ。
オモイカネの自意識を変えないままに、連合軍と協働する為に。
五感に直結したIFSを介し、擬似的な視覚情報を擬装/エミュレートすることで、アキトはコンピュータの世界を見たのだ。

この空間は――あの時と同じ臭いがする。
勿論それは擬似的なものだ。あくまでそのような気がするというだけで、確証はない。
だが間違ってはいないだろうとも思えた。あの時の思い出は、アキトにも色濃く残っている。

故にアキトは不思議と落ち着いていた。
テレビの向こう側のここが一体何なのか。なんとなしに当たりをつけることはできたことは大きい。
全くの見知らぬ場所ではないのだ。
だからそこに見知らぬ影があった時も、彼は冷静に「バーサーカー」と口にすることができた。

現れたのは奇怪な立方体。それは突如アキトへ襲い掛かる。
「■■■■■■■■――!」と咆哮が響き渡り、剣がその立方体を切り裂いた。
それもあの時と一緒だった。オモイカネの中に侵入した時、防衛プログラムが働きアキトへと襲い掛かった。
――恐らくはこの立方体もあれと同じだ。

「…………」

バーサーカーに寄り添いながらアキトは考える。
この空間は恐らく“コンピュータの世界”とでもいうべき場所だ。
何故こんなものが“方舟”に用意され、しかもテレビがゲートになっているのかは分からない。
だが――これは使えるかもしれない。
この空間の出自はともかく、少なくとも社会から隔絶した空間ではある。そういう意味で拠点にはなり得るだろう。
あの防衛プログラムもバーサーカーの敵にはならない。一般人の往来する昼の街に比べれば、気にせず反撃できる分、こちらの方がよほど安全だった。
問題はここから出ることができるかだが、例の忍者たちを見るにそれも可能だろう。戻ってこれるかは分からないが。

アキトはこの空間について考えていく。
最後のボソンジャンプを使ってまで来た場所の価値を測るべく、彼は思考を巡らせていた。

けれど、それを阻む者が――そこにはいた。

彼は足立透とアサシンがこの場に訪れた時には現れなかった。
それはある意味で当然だろう。この場所がどこであり、何と名付けられたかを考えれば。
マヨナカテレビ。そこに落とされた者に――それと出遭う。

「ふふふ……」

――不気味な笑みを浮かべる彼は、ふと気が付くとそこにいた。

その姿にアキトは言葉を喪う。
一瞬、幻覚かと思った。
不明瞭な五感が見せた錯覚。実験によりイカれた感覚が、そんな馬鹿気たものを見せたのかと思った。
そう思ってしまうくらい、ありえない者がそこにいた。

知っている顔をしていた。
知っている声をしていた。
アキトは彼を――知っている。

当然だ。生まれてこの方毎日彼とは付き合ってきたんだから。
けれど――アキトが会う筈がない。そもそも起こりえる筈がないのだ。こんなこと。

何故ならば――彼もまたアキトだから。
もう一人のテンカワアキトが、もう一人の“自分”がそこにはいた。

「本当、馬鹿だよなぁ……俺って」








663 : 君の思い出に『さよなら』  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/09/24(木) 21:28:20 jojBNmCE0



「闇色の王子様、幽霊ロボ、プリンスオブダークネス、黒衣の復讐鬼……恰好いいなぁ、格好いいよなぁ、そういうクールキャラ。
 よくいたよなぁ、アニメにもさ。そういうダークヒーローっぽいキャラっていてさ。お前も好きだっただろ?
 ほらゲキ・ガンガー3の次あたりに嵌ったアニメにもそういうの出てきたよなぁ?」

もう一人の“自分”はぺらぺらと喋り出す。
0と1と瓦礫でできた街の中を、彼はさも当然のように歩いている。
彼は確かに“自分”……テンカワアキトだった。

鏡の向こうにいるはずの“自分”がどういう訳かこうして目の前に立っている。
顔は全く同じ――違うのはその服だ。
こちらが黒いバイザーにマントという衣装なのに対し、“自分”はネルガルのマークの入った黄色いジャケットを羽織っている。
それは――三年前のものだ。
ユリカを追ってナデシコに搭乗した時のもの。終ってしまった日々。もう戻りはしない過去の姿。

――なんだ

アキトは目の前の事態が理解できなかった。
何故“自分”がここにいる。何故“自分”が笑っている。何故“自分”が俺を見ている。

「結局さぁ、今のお前もそれと同じなんじゃないか? かっこつけてクールキャラぶりたいんだ。アニメみたいにさぁ」

――何故“自分”がこんなことを語っている

アキトは感情を押し殺した、低い声で言った。
お前は誰だ、と。

「ははっ」

聞くと“自分”は「何を言ってるんだ」とばかりに鼻で笑った。

「分かってるんだろ? 俺は――お前だよ。
 テンカワアキト。火星生まれでコック志望だった、だけど今はネルガルの子飼い。そんなテンカワアキトだよ」
「何を馬鹿な!」

ふざけた調子で言う“自分”に対し、アキトは声を荒げた。
“自分”――“自分”だと?
やはりこれは幻覚の類か。テレビの向こう側などというのは単なる勘違いで、洗脳を受けているのか。
そうやって現実を疑うも、しかし目の前に“自分”がいるという事実をどうしても否定することができない。

“自分”は涼しげな顔でこちらの罵倒を受け止め、いやらしく笑った。

「そんな無理して怖い声出すなよ、俺。だからさぁ、お前は恰好つけてるだけなんだって。
 そもそも無理なんだよ、お前にそんなクールキャラはさ。
 アニメの真似したって、現実がそううまく行くはずないだろ?
 ほら――ガイだってそうだった」

ガイ、と口にする時、“自分”はほんの少しだけ哀しげな顔を浮かべた。
ダイゴウジ・ガイ。ナデシコで出会い、そして早すぎる別れをしたパイロット。
ゲキ・ガンガーのように生きたくて、そしてゲキ・ガンガーのように死にたくて、でもそんな彼は全くどうでもいいところで死んでしまった。
それが現実だった。
その現実を、アキトはもう受け止めた筈だった。

「ガイのことは悲しかったよなぁ。アイツが死んだ時、馬鹿みたいに泣いた。
 でも他のクルーは泣く奴なんて誰もいなくて、それどころか気にする奴すら皆無だった。
 せめてアニメみたいにみんなで死を背負うとか、アイツの分も頑張ろうとか、それで必殺技編み出すとか、艦全体でそういうイベント、欲しかったよなぁ。
 でもそういうの全くなくて、そんな現実って奴がひどく薄情に見えたよな。ま、アニメの方もすぐに補充の新メンバー登場とか、いろいろひどかったけど」
「…………」

確かにそれは事実だった。ナデシコに搭乗して、初めて打ち解けたパイロット。
しかし彼は本当にどうでもいいところ――戦闘が終わった隙間のような時間に、謀殺されてしまった。
早すぎる。確かにそう思った。
けれど何故こいつはそんなことを知っている。
本当に“自分”だとでもいうのか。こいつは――


664 : 君の思い出に『さよなら』  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/09/24(木) 21:28:38 jojBNmCE0

「でも最近は、もうそんなに気にしてないよな、ガイのこと。あれだけ泣いたのに、今となってはガイはお前にとって完全に過去の人だ。
 アイツが乗ってたエステバリスの色なんて、まるで思い出せないだろ? ただ悲しかったって、そんな記憶が少しあるだけだ」

アキトの胸が早鐘を打つ。
同じ顔をした“自分”の言葉が無視できない。
他の誰もが知らない筈のことを、ぺらぺらと軽薄にこの“自分”は喋っている。
アキトは頭を振って、

「……何が言いたい?」

煙に巻くような喋り方をする“自分”に対ししびれを切らし尋ねた。
“自分”はさらりと言った。

「いやだからさ、お前は怖いんだよ。
 ユリカのことも、何時かそうして忘れちゃうんじゃないかって」

と。

「時間ってのは怖いからさ。あの忘れ得ぬ日々――なんて言っても、過去になってしまうこともある。
 アイツらを――ユリカを奪われたこの憎しみすらも風化してしまうんじゃないかって、お前は恐れてる」
「……お前は」
「それが怖くて、お前はそんな“鎧”に身を包んだ。
 闇色の王子様、なんて仮面/ペルソナを作ってさぁ、全ての想いを殺した復讐鬼としてふるまおうとしたってことだ。
 そういうキャラクターを演じていれば、迷わないで済むからなぁ」
「……お前という奴は」
「でもさぁ、駄目だろ。お前は所詮テンカワアキトなんだ。
 おっちょこちょいで何をやっても半端で、たまに張り切るけど、でもすぐにまた落ち込む。
 そんなお前が二枚目なダークヒーローなんて、土台無理なんだ」

そこまで言って“自分”は、やれやれ、と手を上げて言った。

「どんな格好いい“鎧”を被ったって――根元の心の弱さまで変わる訳ないだろ」

その言葉を聞いた時、アキトの中で何かが弾けた。
ユリカの顔が浮かぶ。ユリカの笑みが、ユリカの声が、ユリカと過ごした数多の思い出が、彼の中を駆け廻る。
それを――こいつは。この男は。
胸からあふれ出る濁流のような想いは、身体を駆け巡る光となり―― 一つの言葉となった。

「お前なんか――俺じゃない」


……そうしてアキトは“自分”を否定した。


――“自分”は嗤った。






665 : 君の思い出に『さよなら』  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/09/24(木) 21:29:02 jojBNmCE0


その言葉と共に“自分”は“自分”ではなくなった。
その男はテンカワアキトから否定され、別の物――何物でもない何かへと成長する。
それもしょうがないだろう。
“自分”でしかないものが、“自分”でなくなれば、それはもうカタチなき影/シャドウへと堕ちるしかない。

「我は影……真なる我……」

アキトだったものは溶け出し――別の何かを象った。

「お前がそうやって半端者でいるなら、俺が代わりに“俺らしく”行ってやるよ」

その何かは――ひどく見覚えのあるものへと変わった。
巨大なる体躯。そびえる鋼鉄の城。赤い翼に青い装甲――ゲキ・ガンガー3
アキトは、ぐっ、とその拳を握りしめた。屈辱だった。ありとあらゆる意味でその姿はアキトを侮辱している。

「とりあえずまずは、これ、だよなぁ。俺と言えば」

ゲキ・ガンガーより声が響き渡った。スーパーロボット特有の、エコーがかかった独特の声だ。
アキトはこみ上げる怒りを必死に抑え、小さく漏らした。「バーサーカー」と。
己の肌に光が灯る。それは怒りの光だ。
剣たる狂戦士でこの敵を討つほかに、この光を抑える術はない。

「やるのか? ならいくぜ――レッツガイン!」
「討て、バーサーカー。加減はいらない。あれは――敵だ」

その言葉と共に――バーサーカーはゲキ・ガンガーと激突した。
鋼の拳が迫る。見上げるほどの、馬鹿馬鹿しいほどの巨大な体躯から繰り出される一撃を、バーサーカーは正面から受け止める。
ぐぐぐ、と拳が剣が押し合った。押せ、討て、アキトはその想いを強く念じる。
こんな敵の存在を、認める訳にはいかない――

「――元々さ、俺は子どもの頃からゲキ・ガンガーが好きだった。確かにそれはそうだ。
 でも、それだって忘れてたよな」

――“自分”を名乗る何かは語りかけてくる。

「なんかさ、お前はガイと同じでずっとゲキ・ガンガーが好きだった、みたいな扱いになってるけどさ、でも違うだろ?
 少なくともナデシコに乗った時は、もう既にゲキ・ガンガーのことなんかお前は忘れていた筈だ。
 だからいい歳してゲキ・ガンガーに嵌っているガイを見て『いくつだ、アイツ?』とか、馬鹿にするようなことだって言ったんだ」
「それがどうした……!」
「同じじゃないか。風化した想い、昔熱中したもの、でももうなくなってしまったもの。
 それをすっかり忘れてさ。でもガイに出会い、そして別れ、何だかずっと前からゲキ・ガンガーが好きなような気になった」

でも、また忘れた。
ゲキ・ガンガーはアキトに対しそう告げる。

「もうお前はゲキ・ガンガーのことなんか忘れてるだろう? ガイのことと一緒に。
 薄情だよなぁ。まぁこれは木連の連中もそうだろうけど、それにしたって『俺が一番ゲキ・ガンガーが好きだ』みたいな風を装っていたのに、これだ。
 ユリカの方は――何年経っても幼馴染のお前のことを覚えていたのに」

ユリカの名が出た時、アキトは声を喪った。
ユリカ。火星の思い出。いつか走った草原。ユリカは――何年経とうが自分のことを好きでいてくれた。
だが自分はどうだ。
自分はユリカのことをどう思っていた。


666 : 君の思い出に『さよなら』  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/09/24(木) 21:29:28 jojBNmCE0

「疑ってたよなぁ――両親が死んだ原因なんじゃないかって。それは結果的に的外れだったけどな」

ゲキ・ガンガーはそう言って腕を振り払った。ごう、と空を切る音がした。その膂力に押され、バーサーカーも一歩後ろへ下がる。
風圧でばさばさとマントがはためく中、アキトはゲキ・ガンガーを見上げた。

「次はこれだな。一番馴染み深いのは、こいつだ」

ゲキ・ガンガーは――更なる変貌を遂げた。
巨人の姿はみるみる縮んでいく。そして引き締まったフォルム。艶のある装甲。ピンクで統一されたカラーリング――またしても見覚えのある機体へと変わった。
エステバリス・陸戦フレーム。
それも旧式のものだ。現行のカスタム機や、サレナ型のベースとなっている機体とはまた違う造形をしている。
ああそれは――他でもないかつての愛機だ。ナデシコに搭乗し、ひょんなことならパイロットになり、乗り込むことになった機体。

「ユリカを追ってナデシコに乗って、コック兼パイロットになった。
 まあ成り行きとユリカの強引さが理由だったけど」

懐かしむようにそのエステバリスは言い、バーサーカー目がけて突っ込んできた。
小型の機体を覆うようにフィールドが発生している――ディストーション・アタック。
バーサーカーとフィールドは拮抗し、バチバチと空間に火花を散らす。

「コック兼パイロット……いやパイロット兼コックかな。
 どっちだったんだろうなぁ。半端者だったよな。パイロットとしてはもちろん、コックとしても二流がいいとこ。
 ホウメイさんに色々教えてもらったけど、どっちつかずの感じが続いていた」

一度アタックを掛けたのち、エステバリスはその機動性を活かし、転換――いつの間にか空戦フレームへとエステバリスは換装されている。
そして空より無数の弾丸――ラピッドライフルが雨あられと降り注ぐ。アキトは舌打ちし、バーサーカーの陰に隠れる。
その後も敵の攻撃は続く。0Gフレーム、砲戦フレームと幾多ものフレームを自在に操りながら、敵はこちらを翻弄した。
埒が明かない。そう思うも、アキトは有効打を打てないでいた。

「それでようやく何かなれた――と思ったら、それがまさか“実験動物”だもんな。
 A級ジャンパーなんていうさ。そんなもの、俺はなりたくなかったのに」

そうしているうちに、敵は更なる攻撃を加える。
フレームの内、最大火力を持つフレーム――月面フレームへと敵は換装した。

「戦争をしたい訳でもなかった。でも、戦わなくちゃダメだとも思った。
 それが“俺らしく”だと思ったから、でも結局――奪われた」

――閃光が音を立てて空間を切り裂く。







667 : 君の思い出に『さよなら』  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/09/24(木) 21:30:02 jojBNmCE0



バーサーカーはレールガンの一撃をも受け止め、なお健在だった。
その戦意に衰えはなく、ただ敵を撃滅せんとする意識があった。
とはいえ無傷ではないだろう。あれはサーヴァントではないが、しかしただのエステではない。
では――なんだいうのだ。

レールガンの余波を抜けた先に、敵はまた別の姿となっていた。
エステバリスの面影を残しつつも、兵装を追加装備した機体――エステバリス・ストライカータイプ。
ああクソ、とアキトは吐き捨てる。
今までだって見たくもない“自分”だったが、ここから先はまた別の意味合いを持つ。

蜥蜴戦争終了後、火星の後継者に拉致され全てが狂わされた。
それ故に用意された強化改修機が、あれだ。
ここで一度、テンカワアキトは死んだ。

「――でも、本当にそうか? お前の言うテンカワアキトが死んだ時ってのは、本当にその時だったのか?
 人は簡単に――変われないよなぁ」

エステバリス・S型は駆動し、その火力を駆使して弾幕を展開する。
ダダダダダ、と備えた二門のハンドカノンが火を吹いた。ガッツをそれを弾き返しながらも果敢に挑んでいく。

「お前が変わったのは――敗けたからだろう。夢も、幸せも、平和も、ユリカも、全てを奪われた上で、敗け続けた。
 いくら改修を施そうが、あの暗殺者どもにお前は手も足もでなかった」

何時しかエステバリスの意匠がまた変わっている。
ストライカー・タイプに鈍重な装甲が追加されていき、ピンクのボディが隠れていく。
数多の“鎧”が追加された形態――エステバリス・アーマードタイプ。

「そうして負け続けるうちに、いつの間にかテンカワアキトは変わっていったんだ。
 “自分”らしくなんて言ってられなくなった。お調子者で軽かったアキトは消え、クールでダークな復讐鬼が現れた――ということにしたかった。
 敗けたからさ、せめてかっこだけでもつけなくちゃ、やってられないだろう
 でも――お前じゃ無理だよ。一人じゃ何にもできない」

装甲の追加は止まらない。エステバリス・A型を、更に多くの装甲が覆う。
そうして現れたA2型こそ――ブラックサレナ。
黒百合の名を冠したマシン。“恋”と“呪い”の想いを込められた、皮肉な名だ。

もはやそこにかつてのエステバリスの面影はない。
今のアキトを象徴する機体だった。もうかつての“自分”は死んだという――

「でもさ、結局お前はアカツキとかエリナの駒に過ぎなかったんだ。
 月臣と同じネルガルの犬だろう? アイツはそれを自虐するだけ大人になってたけどさ、でもお前は、そんなナリをして何ができた?
 精々エリナと――ははっ、まぁこれはいいか」

情けない声で嗤うサレナに対し、バーサーカーは斬りかかった。
サレナは――切り結ぶ直前、別の何かへと変わった。
ガッツだ。
全身を覆う禍々しい鎧。たなびくボロボロのマント。その手に握られた使徒殺しの大剣。
輪郭は全く同じ。しかしサーヴァントを模したその敵は黒い靄を漂わせており、細部までは判然としない。
シャドウ・バーサーカー、とでも呼ぶべきか。何にせよ敵だ。ならばただ討つのみ。
鏡合わせとなった狂戦士は切り結ぶ。大剣と大剣が押し合い、火花を散らす――


668 : 君の思い出に『さよなら』  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/09/24(木) 21:30:29 jojBNmCE0

「だから、この“方舟”の聖杯戦争ではこの様だ。
 アカツキもエリナも、ラピスすらいない。そんなお前がこの聖杯戦争で何ができた。
 無様としかいいようがないだろ? ここまでのお前さ」

その向こう側で、再び顔を見せた敵が何かを語っている。
アキトは「違う!」と激昂する。
その顔で、俺の顔でそんなことを言うな。こんな奴が“自分”である筈がない。

「ダークヒーローとして出てきたと思ったらセイバーに敗け、早苗の言葉に揺り動かされる。
 挙句の果てに美遊のような子供やNPCにまであしらわれる始末だ。
 ――ダークヒーロー形無しだよなあ! ははっ」

その言葉にアキトは言葉に詰まる。
この敵はアキトの無様さを嘲笑した――それは確かに事実だった。
聖杯戦争に赴き、果たして自分は何をした。
全てを捨てる覚悟で臨んだ聖杯戦争。あてがわれたのは同じく奪われた狂戦士。
その力を持って――ただの女子供に翻弄されている。

「状況が悪かったなんて言わせないぞ。バーサーカーは確かに癖があるサーヴァントだが、強みははっきりとしている。
 お前の装備だってそうだ。ボソンジャンプというカードを持っていることがどれだけの優位性かは知っているだろ。
 最高じゃなかったかもしれないが、悪くはなかった。それでこの様だ」
「……っ!」
「特に美遊。あれは痛かった。ボソンジャンプというカードを切って得た優位性だよ。
 うまく使えればこんなことにはなってなかった。よほどの馬鹿だよ、こんなことになったのは。
 闇色の王子様、形無しだな。これじゃまるで――あの頃みたいじゃないか」

あの頃、が何時を指すのか、アキトに分からない筈がなかった。
自分から、戦争から、真実から、何もかもから逃げていたあの頃。
全てが怖かった。
己の過去も、木星蜥蜴も、この自分自身さえも、全てが恐ろしいもののように見えた。

ああ確かに――これでは三年前の“自分”と同じだ。

「“自分”らしくって、言ってたのにな……それがそんな似合わない恰好して、似合わない役回りをして。
 本当はつらいんだろ? だから――やめてしまえよこんな“自分”らしくないこと」
「……やめろ」

アキトはうめくように言った。
もうこれ以上こいつに口を開かせていたくなかった。
黙っていろ。そんなこと――誰に言われるまでも知っている。
“自分”らしく。
それはは、あの時ユリカが言った――

「バーサーカー! その敵を――倒せ、今すぐにだ」

ぎん、と令呪が明滅する。力の開放。ほとばしる想いに押され、アキトはバーサーカーのくびきを外した。
敵もまたバーサーカー。ならば――こちらが更なる力を上乗せするしかない。
「■■■■■■■■■■■■――!」バーサーカーの咆哮が空間に響き渡る。
ぎりぎりの唾競り合いは、令呪のブーストにより拮抗が崩れる。

「お前など」

消えてしまえ。
その言葉と共にもう一騎のバーサーカーは跳ね飛ばされ、輪郭を喪い、すぅ、とどこかへと溶けていった。

あとには敵――三年前のテンカワアキトを模した誰かが立っていた。
シャドウ・バーサーカーを喪った彼はしかし特に取り乱すことなく、じっ、とアキトを見つめている。
その笑みは消え、代わりに不気味な無表情が浮かんだ。

「終わりだ。これ以上――喋るな」

バーサーカーが近づいていく。
何もかもが不快な奴だった。だがこれで終わりだ。
これ以上こいつの存在を許しておけるはずがない。
こんなものが、こんなものが“自分”である筈が――

「……やっぱり、忘れちゃうんだな」







669 : 君の思い出に『さよなら』  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/09/24(木) 21:31:10 jojBNmCE0

 


「――うん、結局、俺もそうなんだな」

その言葉は、これまでの煽るような口調とは違った。
誰かに伝えるというよりは、自分を納得させるための言い訳のような、
何かに反発するというよりは、諦観が滲んでいるような。
そんな――独白だった。

「忘却とは忘れ去ること。大人の理屈。都合の悪いことは忘れてしまえばいい……」

……その言葉は、そう、あの時のやり取りだ。
三年前、オモイカネのデータ消去騒動。ここと似たようなコンピュータ空間に来るきっかけとなった顛末。
オモイカネの自意識を消すことに、一人のクルーが猛反発したのだ。

ルリだ。

彼女は知っていた。オモイカネが積み重ねてきたデータ――思い出の重みを。
積み重ねてきた思い出があるからこそ、オモイカネはオモイカネらしく、ナデシコはナデシコらしくいられる。
それを勝手な理屈で切り捨てていい訳がない。そんなものは大人の理屈だと、当時のルリは糾弾したのだ。

今なら分かる。何故ルリがああまでして反発したのか。
ピースランドでの一幕を通じてアキトは知った。彼女の出自を。およそ幼少時代、と呼ぶべきもののない、ただ“両親”に能力だけを与えれていた時代を。
そこから解放され、ナデシコにやってきて、初めて世界を知った。与えられた記憶でない、本当の思い出だった。
彼女にとって、ナデシコでの思い出とは――即ち自分自身だったのだ。

――遺跡を壊せば戦争は変わる。全てチャラ。でも、大切なものも壊してしまうじゃないですか……

だからルリは“なかったこと”にしなかった。
遺跡を壊せば戦争はなくなる。でも、それじゃあ駄目だ。
そう思ったからこそ、過去を否定しなかった。
正義よりも、世界平和よりも、思い出を大切にしようとした。

「“自分”らしく生きるって……難しいよな、結局。
 せっかく、親方にもチャーハン褒められたのに」

親方――サイゾウ。
それはホウメイに並ぶアキトの師匠ともいうべき人物だ。
店に置かしてもらい、一度は追い出されもした。あの頃は何もかも半端な身だった。随分と迷惑もかけただろう。
それでも二年後、合格だ、と言われた時は本当に嬉しかった。

そう、嬉しかった。
コックとして、初めて自分の腕が認められた瞬間だった。
“自分”から逃げるのを止めた。
アキトが作ったチャーハンを、彼はそう評してくれた。

思い出が脳裏を過る。置いてきた筈の生温かな感傷が、過去を隔てて漏れ出してくる。
アキトは吐き出すように言った。
もうあのチャーハンは作れない、と。

「ラーメンだって……もう作れないんだ。俺は」
「ああ、だから――忘れるんだよな。もう、あんなことはなかったって、そう思うしかないんだ」

苦しそうに彼はその顔を上げた。
その顔には、ぼう、と光が灯っていた。
それは感情の光だ。頭を弄られて以来浮かぶようになった光。
こうしてみると――本当にマンガみたいだ。


670 : 君の思い出に『さよなら』  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/09/24(木) 21:31:31 jojBNmCE0

ああ、クソ。
アキトは髪をぐしゃぐしゃとかきわけた。
認めたくない。こんな奴、すぐにでも消してやりたい。その想いは変わらず、強まっていくばかりだ。
しかし――それでも悟ってしまった。

こいつは“自分”だ。

この弱くて、女々しくて、文句しか言わないこいつは“自分”だ。
この“自分”は――テンカワアキトの思い出なのだ。
思い出とは“自分”が“自分”らしくある為に欠かせないものだ。
オモイカネが自意識を守ろうとしたように、ルリがナデシコをなかったことにしなかったように、
あの忘れえぬ日々、思い出の為に生きている。

アキトは胸に苦いものがあふれるのを感じながら、それでも前に出た。
バーサーカーを制するように前に出でた。
こいつは俺がやる。
その意志を込めての行いだった。

「認めるよ……お前は俺なんだ。何かになろうとして、でもなれない。俺の、そんな半端な思い出がお前なんだ」

そう言った上でアキトは“自分”に対して、銃を向けた。
かちゃり、と音がする。銃口が“自分”の額に据えられた。
“自分”はアキトを見上げている。もはや彼は何も語らない。ただ無表情のまま、無言のままにこう問いかけている。
それでいいのか、と。

思えば、ナデシコでの生活は“自分”らしくある為の戦いだった。
ガイのことも、戦争のことも、両親のことも、料理のことも、そして、ユリカのことも。
全てを通してアキトは“自分”と向き合うことを求めていた。

今の自分が“自分”らしくないことくらい、誰に言われるまでもなく分かっている。
三年前の“自分”なら、黒衣の復讐鬼なんて、認めはしないだろう。
それでも。

「それでも俺はお前を認める訳にはいかないんだ。お前を、お前に――」

アキトは引き金をゆっくりと引いた。

「――君の思い出に『さよなら』と言うことが、俺の……」

どん、と音がした。








671 : 君の思い出に『さよなら』  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/09/24(木) 21:31:54 jojBNmCE0


“自分”を撃った時、胸の奥がひどく苦しかった。
何か、かけがえのないものが、すぅ、と抜け出していくかのように思えてならなかった。

それはつらく強烈で、声にもならない。
ぽっかりとできてしまった空白が存在を主張する。
苦しいのはその空白ではない。その空白がどうにもならないという、その不可逆性こそがアキトを攻め立てるのだ。

切り捨てたものは他でもない“自分”だ。胸を苛む欠落感は、切り刻んだ“自分”からの呪いだ。
本当はこんな苦しみ、味わいたくなかった。

それでも彼は“自分”を撃った。
“自分”が“自分”であると、そう理解した上で、彼は思い出を切り捨てた。
無様というならば――それが一番無様だ。

「……畜生」

そう分かった上で、彼は歩いていく。
歪んだ街。空にはただ何者でもない数値だけが乱舞する。朽ち果てた街の瓦礫が風に吹かれ塵となる。
ここはいったいどこに繋がっているのだろう。どこに自分は向かっているのだろう。
何もかも分からないまま、誰もいない街を黒衣の男はよろよろと歩いていった。

思い出を守るために戦っていたのに、その思い出を切り捨ててしまった。
ああ――ただそれだけのことなのだ。
テンカワアキトという馬鹿な男が、馬鹿だから死んでしまったという、なんの救いもない笑い話。

……でも、空には嗤ってくれる月さえなかった。


672 : 君の思い出に『さよなら』  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/09/24(木) 21:32:26 jojBNmCE0

【?-?/電子コトダマ空間・禍津冬木市/二日目・早朝】

【テンカワ・アキト@劇場版 機動戦艦ナデシコ-The prince of darkness-】
[状態]疲労(大)魔力消費(大)、左腕刺し傷(治療済み)、左腿刺し傷(治療済み)、胸部打撲
[令呪]残り二画
[装備]CZ75B(銃弾残り5発)、CZ75B(銃弾残り16発)、バイザー、マント
[道具]背負い袋(デザートイーグル(銃弾残り8発))
[所持金]貧困
[思考・状況]
基本行動方針:誰がなんと言おうとも、優勝する。
1.――――
2.五感の異常及び目立つ全身のナノマシンの発光を隠す黒衣も含め、戦うのはできれば夜にしたいが、キレイなどに居場所を察されることも視野に入れる。
3.できるだけ早苗やアンデルセンとの同盟は維持。同盟を組める相手がいるならば、組みたい。自分達だけで、全てを殺せるといった慢心はなくす。
4.早苗やアンデルセンともう一度接触するべきか?
[備考]
※セイバー(オルステッド)のパラメーターを確認済み。宝具『魔王、山を往く(ブライオン)』を目視済み。
※演算ユニットの存在を確認済み。この聖杯戦争に限り、ボソンジャンプは非ジャンパーを巻き込むことがなく、ランダムジャンプも起きない。
ただし霊体化した自分のサーヴァントだけ同行させることが可能。実体化している時は置いてけぼりになる。
※ボソンジャンプの制限に関する話から、時間を操る敵の存在を警戒。
※割り当てられた家である小さな食堂はNPC時代から休業中。
※寒河江春紀とはNPC時代から会ったら軽く雑談する程度の仲でした。
※D-9墓地にミスマル・ユリカの墓があります。
※アンデルセン、早苗陣営と同盟を組みました。詳しい内容は後続にお任せします。
※美遊が優れた探知能力の使い手であると認識しました。
※児童誘拐、銃刀法違反、殺人、公務執行妨害等の容疑で警察に追われています。
今後指名手配に発展する可能性もあります。

【バーサーカー(ガッツ)@ベルセルク】
[状態]ダメージ(中)
[装備]『ドラゴンころし』『狂戦士の甲冑』
[道具]義手砲。連射式ボウガン。投げナイフ。炸裂弾。
[所持金]無し。
[思考・状況]
基本行動方針:戦う。
1.戦う。
[備考]
※警官NPCを殺害した際、姿を他のNPCもしくは参加者に目撃されたかもしれません。


673 : ◆Ee.E0P6Y2U :2015/09/24(木) 21:32:42 jojBNmCE0
投下終了です


674 : 名無しさん :2015/09/25(金) 04:24:22 6Rwtxu9U0
投下乙です
待ちに待ったアキトさんの投下だー!
アニメ本編での経験とマヨナカテレビの繋げ方と言い、昔のアキト自身との対峙と言い、ラストの独白と言いとても気合の入った作品だったと思います
…直撃世代からすると色んな意味で読んでいて辛かったですいやホントw
カケガエノない思い出を切り捨ててしまったこの後の彼がどうなっていくのかとても楽しみです


675 : 名無しさん :2015/09/25(金) 04:52:47 I5EAtmAU0
投下乙です!
あかん、こりゃあかん。感想真面目に伝えたいのにもうこれしか言えねえ。
ナデシコだ、ナデシコの二次創作だ。
めっちゃナデシコだ。
最高だろこれ。まさか今の時代にこんなナデシコSS読めるとは。感謝しかない。


676 : 名無しさん :2015/09/25(金) 05:02:57 vzV8VwRw0
投下乙です
まさかの電子コトダマ空間・禍津冬木市へのダイブ。これは予想できなかった
そして自分との影との対峙。
ナデシコは未把握ですがアキトとの苦悩などがヒシヒシと伝わってきました。


677 : 名無しさん :2015/09/25(金) 20:13:12 uqI93b4U0
他のマスターをマヨナカテレビに叩き込んだらどんなシャドウが出てくるのかなとふと思ったり


678 : 名無しさん :2015/09/25(金) 20:44:58 Gs/DsAFs0
ジョンスなら将棋指してるやつだな


679 : 名無しさん :2015/09/26(土) 16:40:13 AK1wKbSA0
投下乙です!
様々な苦悩を背負って、そして自分自身と向き合うことになった
アキトさんの辛い心境が凄く伝わってきます……
電子コトダマ空間・禍津冬木市に辿り着いて、そしてこれからどうするのかも気になりますね


680 : <削除> :<削除>
<削除>


681 : 名無しさん :2015/10/09(金) 10:33:44 5odxRgRQ0
>>678

でも破壊規模上がってるからヤバいんじゃないのか?飛び道具なんか飛び道具使っとったし


682 : 名無しさん :2015/10/19(月) 16:51:42 HmuCbu5o0
最近レスが無いが・・・・大丈夫だよな?


683 : 名無しさん :2015/10/20(火) 04:23:15 yEaR3.eM0
遅れてるキリコのとこ進めばがっつりいけそうなんだが


684 : 名無しさん :2015/10/23(金) 10:50:51 Fx.vopbc0
噂をすれば予約来た
すごいぞ、大丈夫そうだこれは


685 : 名無しさん :2015/10/23(金) 22:18:36 JmS.7Zck0
ヨッシャァ!!


686 : 名無しさん :2015/10/25(日) 07:32:28 xW0sSxJk0
でかした!!


687 : 名無しさん :2015/10/25(日) 19:47:45 5b6iWhto0
あったよ予約が!


688 : ◆Ee.E0P6Y2U :2015/11/02(月) 00:14:55 qz52BGsU0
投下します。


689 : ◆Ee.E0P6Y2U :2015/11/02(月) 00:15:27 qz52BGsU0

……それはまだ空の赤かった頃、昼と夜が交代していくまさにその時分、黄昏時のことだった。

月海原学園、中央校舎。
図書室はその最上階、全校舎を見下ろせる位置にあった。

学園の中心に広がる本の森は、赤く、殺伐としていた。

本棚は倒れ、床にはありとあらゆる書物が雑多に散乱している。
ひしゃげた木造の椅子が転がり、飛び散ったガラス片が時節きらめいた。
穴の開いた窓より風が、ひゅう、と押し寄せ、備えられたアイボリーのカーテンがあたかも生きているかのように舞った。

全て――聖杯戦争の駆け抜けたあとだった。
魔術師が暗躍し、弓兵が迎え撃ち、二騎の槍兵が激突した放課後。

「それで」

……一瞬の三つ巴を経て、最後に残った槍兵は己が主人へと問いかけた。

「結局、どうするんだい? あの“子ども”をさ」

ランサー、杏子の言葉に春紀は答えなかった。
一瞬だけ視線をくれたのち、目を泳がせ、そしてまた画面へと戻っていった。
杏子小さく息を吐き、やれやれと肩をすくめた。

――鬱蒼と生い茂る本の森、その最奥に彼女らの求めたものがあった。

ぼう、と灯るディスプレイ。デスクにぽつんと置かれたノートPC。
勝ち取った放課後を使い、春紀と杏子はそれに向き合っていた。
この聖杯戦争における貴重な情報源。異世界の情報すらも網羅するという、唯一無二のデータベース。

危険を承知で学園に突っ込んだのも、ひとえにこれを扱うためである。

「――ベルク・カッツェ、ねぇ」

春紀が操作した画面を覗きこみ、そこに示された名を杏子は読みえ挙げた。
“子ども”――宮内れんげのサーヴァントの情報は、予想以上に簡単に手に入れることができた。
赤い髪、巨体、巨大な尻尾、そして予想されるメンタリティ、事前に得ていた情報は多く、春紀はすんなりとその名に行き着いたのだった。

「思った通りのゲスだな。自分の手を汚さないやり口に、目的のない扇動。こんなもんまで英霊として呼ばれているとはね。
 しかもそれをあんな“子ども”に割り当てるなんて、全く悪趣味というか」

ま、魔法少女だって似たようなものか。
そう自嘲するように杏子は付け加えた。ろくでもない、という点ではさして変わらない。

「とにかく情報は手に入った訳だけど、どうすんだい?
 思うにこのサーヴァントと直にやり合うのは面倒だ。あたしはやっぱりあの“子ども”を狙うのがいいと思うけどね」

杏子は以前の提案を再度持ち出す。
実際、このベルク・カッツェとやらは強敵だろう。群衆を盾にとり、社会を縦横無尽に暗躍するこの敵を倒すのは骨が折れる。
が、しかしそんな彼にもここでは明確な弱点が存在する。
マスター――宮内れんげである。
単なる“子ども”でしかない彼女を討つことはたやすい。サーヴァントに守る気がないならばなおのことだ。
実際、昼間に彼女と接触した際、春紀が覚悟を決めていればこのサーヴァントは脱落していた筈だ。


690 : たぶん自分自身のために ◆Ee.E0P6Y2U :2015/11/02(月) 00:16:06 qz52BGsU0

「ま、何を考えてるのか大体察しがつくけど、改めて言っておくか。
 ――願いは、自分自身のためだけにしろ。でないと、きっと、後悔する」

ひょい、と杏子はチョコレイト菓子を口元へ放り込んだ。
チープで大量生産的な甘さが舌に広がる。何がいいってこのチープさがいい。

宮内れんげを殺す。
それが最適解なのは、彼女とて分かっているのだ。
いかにルリが脱出を掲げ、れんげやその他マスターを殺さないで済む方法を模索しているとはいえ、全く確実性はない。メリットだってない。
そもそも“子ども”は殺さない、殺したくない、ということ自体、センチな感傷に過ぎない。
手段をすっ飛ばして結果を与えるのが聖杯だろうに、そこに至る道を選ぶこと自体が矛盾している。

が、杏子はそのことをもはや殊更に主張はしない。
春紀だってそれくらい分かっている。分かった上で、答えは一つしかないと知った上で、その上で迷っているのだ。
ならばもう勝手にしてくれ。ある種突き放すような心地で、杏子は春紀の答えを待った。

「…………」

春紀は顔を俯かせた。前髪が彼女の瞳を隠す。

その姿を見て――杏子は既視感を覚えた。
サーヴァントとして刻みこまれた過去の一幕。フェアウェルストーリー。決別の物語。
全部が全部守るなんて、そんなことは不可能だと知って、そして――

「……あたしは――」






691 : たぶん自分自身のために ◆Ee.E0P6Y2U :2015/11/02(月) 00:17:07 qz52BGsU0



錯刃大学近辺には、当然のように学生が住んでいる。
埃被ったかのような安アパート、ベランダでは洗濯物が放ったらかしになっている。体育会系の学生が集う寮では騒々しい声が漏れ出していた。
コンビニエンスストアでは出稼ぎの外国人が応対し、店先では若者がたむろする姿が見える。

薄汚れていて、ありふれた、倦怠感に満ちた平和が漂う街。
夜の街はそれなりに静かで、それなりに穏やかだった。

――静寂を吹き飛ばすように、ずんぐりとした鉄の怪物が駆け抜けた。

ぎぃぃぃぃん、と独特の駆動音が鳴り響いた。
怪物は体格に反して身軽だった。脚部のなめらかに稼働させながら、アスファルトで舗装された道を滑るように駆けていく。
その軌跡は油の臭いにまみれていた。地面にはローラーの跡が残り、白いペンキで書かれた止マレという文字を汚していく。その装甲とこすったか、道端のガードレールが音を立ててひしゃげた。

猛然と公道を疾駆する怪物には眼がある。
ターレットレンズ、と呼ばれる一眼のカメラアイが、ガチャ、と回転し目標を捉えた。

それは彼と打って変わって色鮮やかな、紅だった。
一つに結った長髪が乾いた街にたなびいた。身に纏うは髪と同じ、紅の色彩を湛えたドレス。
カソックを模したと思しき衣装が、ゆら、と愛らしくたなびく。彼女が跳ねる度、純白のフリルが夜の闇に躍る。
鉄の怪物が追いすがるも、少女は不敵な笑みを浮かべて街を飛び跳ねる。

縦横無尽に夜の街を舞う魔法少女。
それを追いかけるは硝煙の匂い漂う装甲騎兵。
不気味な月の下、くすんだ街ではそんなおかしな鬼ごっこが繰り広げられていた。

――さて、と。

電柱を、とん、と蹴りながら、紅の少女は己が敵の姿を窺う。
追いかけてきている。その事実に安心し「行くよ」とその手に抱えたもう一人の少女に呼びかけた。
彼女は、頷いた。
紅の少女――ランサーは口元に笑みを浮かべ、安アパートの屋根を駆ける。
彼女らの聖杯戦争はまずそんな鬼ごっこから始まった。

寒河江春紀とホシノルリ。
ランサーとライダー。
この聖杯戦争の“初陣”を飾った彼女らの再戦が夜の街を駆け抜ける。

――戦いましょう。

数刻前、そうホシノルリは言った。
きっぱりと、決然と、彼女はそう言い放った。
それを見てランサーは思った。ああ“大人”だな、と。
やりたいこと。やるべきこと。やらなくてはならないこと。
自身が抱えているものにしっかりと優先順位をつけ、状況に合わせてそれを選び、切り捨てることを知っている。
きっと彼女にもいろいろなことがあったのだろう。大切なことも、哀しいことも。でなければ、あの齢であんなきっぱりと動くことなんてできはしまい。

思えばあの陣営とは今日一日ひどく縁があった。
“初陣”から始まり、宮内れんげを介した“面会”があり、一緒に飯も食って、なし崩し的に協力関係を結んで、

――その先に、また殺し合いが待っていた。

当然だ。ここはそういう場所なんだから。
水が上から下へ流れ落ちるように、何の意外性もなくこの展開はやってくる。
それを知っていたからだろう。あの時ルリは迷わなかったのは。
だから言った。「戦いましょう」と短く言って見せた。

――全く、こっちのマスターは陽が暮れるまで迷ってたのに

図書館での交わした会話。これからどうするのか、という問いかけ。
答えは元から一つしかない。
一つしかない答えを口にするのに、随分と時間がかかってしまった。

しかも戦うって、そう決めたのに何故だかこんな面と向かっての戦うことにしてしまった。
元々暗殺者だったんだ。もうちょいうまくできるだろうに。
馬鹿正直に戦ったって、何の意味もない。報われる訳もない。


692 : たぶん自分自身のために ◆Ee.E0P6Y2U :2015/11/02(月) 00:17:42 qz52BGsU0

――でもまぁ。

そういうもんだろう。
かつての自分も、そうだった。
マミと出会い、師匠と仰ぎ、肩を並べて戦い、そして決別した。
全ての契機となったあの時だって、結局は甘さを捨てることはできなかった。

どうにもこうにも煮え切らない。
決めた、変わったと思ったのに、すぐまた別の壁にぶち当たる。
“少女”って奴は思いのほか大変なのだ。“子ども”ではいられない。でも“大人”というのはどうにも難しい。
「その矛盾は何時か自分を殺す」なんてどっかの軍人が言ってそうなフレーズを春紀に告げた彼女だが、同時にこうも思っていた。

――そんな矛盾を抱えてない奴は端から“願い”なんて抱きやしないってね。

魔法少女になるような奴はまず馬鹿だし、聖杯戦争に臨む奴も大抵馬鹿だ。
分不相応な願いを、手段を飛ばして手に入れようとするんだから、全くもって救えない。

「なぁ」

その時、不意に己がマスターの声がした。
ランサーの細腕で彼女、春紀は抱き寄せられている。
共に鉄の怪物より逃れながら、彼女はランサーの顔を見上げ、一言、

「敗けたくないな――特に、ルリにはさ」

杏子は思わず声を上げて、笑ってしまった。
すると春紀は、むっ、と顔をしかめた。笑うとこじゃない、とでも言うように。
ごめんごめん、と片目を閉じて謝りながら、杏子はそれでもおかしさがこらえなかった。
だってそうだろう。
何時になく神妙に告げる彼女を見て「成長したかな」なんて親心めいた感情が胸に芽生えてしまうなんて。
全く持って――矛盾している。

「――――」

だから答える代わりにランサーは、ぎゅっ、とその手を絡ませた。
すると彼女もまた握り返してくれた。力強く、熱を込めて。頼もしいことだ。

ま、“少女”より“大人”の方が良いものだなんて、そんな単純なでもないさ。







693 : たぶん自分自身のために ◆Ee.E0P6Y2U :2015/11/02(月) 00:18:10 qz52BGsU0




「揺れますね」
「…………」

ルリはシートにすがりつきながら、平坦な口調で漏らした。
ライダーは黙々とAT、スコープドッグを駆っている。その度に機体が大きく揺れ、頭を打ちそうになる。
戦闘中だし元は一人乗りであるし、快適性を欠いているのは当然だが、しかしかつてエステバリスに同乗した時以上に危なっかしい感覚をルリは覚えていた。
同乗して実感するが、このロボットは思った以上に単純な構造をしている。計器の類も最小限度しか備えていないし、装甲も驚くほど薄い。
こんなマシンでライダーは数多くの戦場を駆けてきたのだ。
照りつける灼熱の大地を行き、凍えるような吹雪を受け、無限に広がる宇宙に挑み、そして今は――夜の街で魔法少女を追っている。

「………」

春紀のランサーとの戦いは、今のところ追走劇に終始している。
最初は牽制程度に槍を放ってきたが、こちらが追いかけだすと一転、彼女らは距離を取り出した。
それを追って、ルリはライダーと共に街を行っている。

「いいのか」

不意にライダーが口を開いた。

「あのランサーはお前を誘い出そうとしている」

そのことはルリにも分かっていた。
状況を分析すれば分かる。ランサーはこの辺りに先に到着していた。最初からルリたちと事を構える前提で。
それはつまりある程度の準備ができたということだ。何かしら、有利になれる仕掛けを施しているのだろう。
ランサーの動きは明らかにこちらを誘導しようとするもので、下手についていくことが危険なのは確かだ。

「分かっています。でもここで撃っちゃ駄目です。あとスピードも出しすぎないように」

それを承知の上で、ルリはそうライダーに告げた。
誘導されている。しかしそれはルリとしても願うところだった。
人出が大分少ないとはいえ、ここは住宅街だ。暗がりを走るくらいならば誤魔化しも効くだろうが、戦闘を行えば目立つことは必至であるし、負傷者も免れない。
ルリとしても、春紀としても、そのような事態は望むところではないだろう。故にルリはここでは戦わず、敢えて誘導に乗る。
彼女らを無視してアンデルセンの救援にいくことも考えたが、しかしそれもリスクが高い。カッツェとの戦いに敵を引き連れていく訳にはいかない。
アンデルセンにはすまないが、まずはこちらに集中する。そう冷静に考えた上での選択だった。

「…………」

ライダーは無言でATを駆った。
耐圧服を着込み、目元にゴーグルをつけているため、その表情は読めない。
ルリはただ彼に寄り添い、来るべき相対に備えた。

いつの間にか学生たちの街は終わっていた。
深山町の富裕層が住まう長く伸びた坂へ至り、その先には――

「――洋館、ですか?」

その館はひっそりと打ち捨てられていた。
豪奢な館立ち並ぶ一帯から、少し回り込んだところに林がある。
夜の風にあおられ、ざざ、と揺らめく木々の向こう側に――その館は鎮座していた。

幽霊屋敷、という名前がよく似合う館だった。
館自体は見上げるほど巨大な造りをしており、この敷地はこの一帯の洋館の中でも頭一つ抜けて広い。
けれども既に捨てられて久しいのだろう。庭は荒れ放題。壁には伸びきった蔦が絡みつき、ところどころ窓ガラスが割れていた。


694 : たぶん自分自身のために ◆Ee.E0P6Y2U :2015/11/02(月) 00:18:42 qz52BGsU0

「――――」

そんな洋館を背にして、二人の少女がいる。
赤いマスターの少女は神妙に、紅い槍兵の少女は不敵に、共に並んでルリたちを待ち構えていた。
ルリは己がサーヴァントに目配せをする。ハッチが開き、外界の風が押し寄せてきた。

ひゅううううう、と空を切る音がする。
幽霊屋敷を駆けめぐる風は荒っぽく、それでいてひんやりと冷たい。

「――――」

風を受けた木々が一斉に鳴き、林のどこかより獣の声が響き渡る。空に浮かぶは不気味なほど大きな月。
夜に満ちた世界の中で、片や武骨な機動兵器と共に、片や可憐な魔法少女と共に、彼女らは相対する。
緊迫滲む静寂の中、ルリは春紀を見下ろした。春紀もまた、ルリを見上げた。
ばさばさと髪が舞っている。そうしてしばし視線を交わしたのち、ルリは一言、

「――じゃ、頑張ってください、ライダーさん」

そう漏らし、よっ、と機体から降り立った。
その様を確認すると同時にスコープドッグが前進する。
紅のランサーもまたやってくる。彼女はその特徴的な多根槍を、ひゅん、としならせ一人ATと向かい合った。

「さて、と」
「…………」
「リターンマッチと行こうか――ライダーの旦那」

その言葉が契機となり――魔法少女と装甲騎兵は激突した。







695 : たぶん自分自身のために ◆Ee.E0P6Y2U :2015/11/02(月) 00:19:06 qz52BGsU0

先に仕掛けたのは少女だった。地面を蹴り猛然と己が敵に迫る。
瞬間スコープドッグが機敏に反応。GAT-22“ヘビィマシンガン”が30ミリ口径の弾丸を、ドドドドド、と雨のごとく降らせた。
少女はその俊敏を活かし、潜り抜けるように弾丸のカーテンを抜けていく。が、敵もまた接近を許さない。続けてドッグに肩部に備えられたSAT-03“ソリッドシューター”が火を噴いた。
そこで少女は槍を振り放った。敵へではない。ドッグの足元にあった木箱――うち捨てられた塵へと彼女は槍を放ったのだ。

どん、と小さな爆発が起こった。
初歩的なトラップだ。ドッグの足が止まり、その間に隙ができる。
少女はその隙を利用し――逃げた。たたっ、と地を蹴り館の方へと逃れていく。
立ち直したドッグがそれを追う。AT特有の駆動音が鳴り響き、追撃戦が始まる。

「……全くとんでもない光景だな」

その様を眺めながら、しみじみと春紀が声を漏らしていた。

「あらゆる過去、あらゆる未来、あらゆる現在……そこから呼び寄せた英傑による戦争。
 こういうの見てると、信じたくなってくるよ、奇跡の一つでも起きるんじゃないかって」
「そうかもしれませんね」

そう語る彼女と、ルリは相対していた。
ランサーとライダーの戦場は林の奥へと移り、再び場には夜の静寂が戻ってくる。
二人の間の距離は十メートルほど。近くもなければ、遠くもない。そんな距離だ。
もし仮にどちらかが一歩でも踏み込めば、すぐさま戦闘になるだろう。

けれどどちらも踏み込みはしない。
意味がないからだ。自らのサーヴァントの力量は、それぞれよく分かっている。
故に――彼女らはただ言葉を投げかける。

「……こんなところ、この街にあったんですね」

辺りを見渡し、不意にルリはそう口にした。
確かにここでなら戦闘が起ころうが目撃されることもないだろう。遠慮なく戦うことができる。

「んん? ああ、双子館とかいうらしいよ。なんか予選の時に街で噂になってたよ。噂、というか怪談話か」
「双子館……ですか」
「ああ。なんで双子館って名前なのかはあたしもよく知らないけどね」 

町はずれに立つ誰もいない洋館、なんて如何にもな代物だ。
噂にならない方がおかしいだろう。最も、例外的に予選を経験していないルリは、当然のように知らなかったが。

しかし春紀は知っていた。この差は決して小さくない。
彼女はルリが予選を経験していないことを把握している。となると当然この冬木市に関する知識には穴がある、ということも見越していたのだろう。
やはり――意図してここに誘い込まれた訳だ。
今しがたの戦闘を鑑みるに相当な準備がこの館には施されていると見た方がいい。

彼女らが何時からルリと戦うつもりだったのかは分からない。
しかし昼ごろに別れてからここまで、少なくとも数時間の猶予が彼女らにはあった筈だ。
と、なると地形の把握に加え、先のような簡単なトラップくらいなら仕掛けられた。

「地の利はそちらにある、ということですか」

ルリは端的に言った。







696 : たぶん自分自身のために ◆Ee.E0P6Y2U :2015/11/02(月) 00:19:35 qz52BGsU0



生身の人間を相手にすることは、最低野郎/ボトムズにしてみれば珍しいことではない。
ATの有用性は、高性能な歩行システムによる小回りの良さと、人型であることを活かした汎用性に支えられている。
しかし被発見率、被弾面積では戦車に劣り、装甲もライフル弾で打ち抜ける程度のものしか積んでいない。最高速度は乗用車にすら劣る。
4m級の“巨人”であるATだが、一介の歩兵にしてみれば戦車の方がよほど恐ろしい兵器であり、対処もしやすい。
機甲猟兵、と呼ばれる対AT歩兵部隊が存在していたことからも、ATが戦場において絶対的なものでなかったことは明らかだ。
百年戦争時代は当然、終戦後もそうした“人”対“巨人”の構図はさして珍しいことではなかった。

ライダーもまた“人”と相対したことはある。
その中には惑星サンサにおける任務のような、戦闘とは呼べない代物もあったが。

「…………」

俊敏に林の中を駆け抜けるランサーをバイザー越しに視る。
まき散らす弾丸の嵐を彼女は駆け抜けていく。立ち上る硝煙の向こうに紅い衣装が舞った。
その“人”でありながら“人”を越えた動きに、ライダーは既視感があった。

――テイタニア

フィアナと共に眠りに就き、そして目覚めてしまった世界にて出会った一人の女性の名を、彼は想起していた。
テイタニアはネクスタントと呼ばれる、パーフェクト・ソルジャーと似て非なるコンセプトの下で造られた“超人”であった。
全身を機械化することにより身体能力を強化し、補助脳により行動の最適化を実現したその戦闘能力は驚異的なものであった。
“初陣”での戦闘に加え、彼女と相対した経験があったからだろう。ライダーは目の前の少女が“超人”であることを当惑なく受け止めていた。

彼女がどのような出自を持ったサーヴァントなのかは分からない。
ただネクスタントと同等か、あるいはそれ以上の敏捷、反応速度を持っていると見るべきだ。
そう冷静に分析しつつ、ライダーは無言で引き金を引き、ランサーを追撃していた。

「――――」

林の中を逃げ回り、弾丸を避けることに専念していたランサーが、不意に転進した。
その先にあったのは古びた洋館。この林の中央に鎮座する、幽霊屋敷である。
紅の少女が窓を破り、館に侵入する。カメラアイを通して拡大された映像には、不敵な笑みを浮かべるランサーが映っていた。

「…………」

ライダーはそこで一瞬動きを止めた。
敵は屋内に逃げ込んだ――これ自体は問題ない。
元よりATが人型であることの強みはその拠点制圧力にあり、屋内戦闘は得意としている。逆に開けた土地では狙い撃ちにされる可能性がある。
この大きさの館であれば戦闘は十分に可能だ。単純に考えるならば、突入して追い詰めるべきである。

が、問題は地の利は相手にある、という点である。
ルリに告げたように、このランサーたちはこの場所での戦闘を最初から狙っていた。
最初に仕掛けられていたトラップを考えれば、ランサーが“誘っている”といることは明らかだ。
突入にはリスクが伴う――だが。

一瞬の思考を打ち切り、ライダーは迅速に判断を下した。
“ヘビィマシンガン”の弾倉を交換。スコープドッグが唸りを上げ、館の扉を突き破る。巨大な扉が、ごっ、と音を立てて破壊されていった。
罠があろうとも、その場合危険に陥るのは自分だけである。仮にルリに何かがあっても即座に令呪で駆け付けることができる。
ならば――撃墜を覚悟で攻めるべきだ。
自らの身は一切勘定に入れない、ある種の自爆染みた決行だったが、しかしそれが最も合理的であるとライダーは知っていた。

そうして突入したライダーを――当然のように罠が待ち構えていた。

エントランスホール。長い間誰も入っていなかったであろう、埃まみれの暗い部屋。
見た目に違わず広々とした造りをした館内は、4m級のATであろうとも問題なく稼働できる。
だが――それが罠だ。
一歩進んだその先に、きらり、と光るものがあった。

糸だ。
ワイヤーのような何かが柱と柱にくくりつけてある。
古典的なトラップだ。気づかず進めば引っかかっていただろうが、しかしライダーは当然のようにそれに気づき、足を止めた。

「――そっちはハッタリだよ」

しかし、全く別の方向、暗闇の死角より少女の声が響き、それはやってきた。
それは――ワインボトルだった。
コルクの抜かれたボトルが、ぼっ、と炎を灯しながらスコープドッグに投げつけられ――爆発した。








697 : たぶん自分自身のために ◆Ee.E0P6Y2U :2015/11/02(月) 00:20:18 qz52BGsU0




ほむらが残っていれば楽だったな。
対ライダー戦を準備するに当たって、ランサーが思ったことはそれである。
暁美ほむら。恐らくこの聖杯戦争において呼ばれていたであろう、生前縁があった魔法少女である。
こうした爆薬だの銃火器だの扱いを異様なまでに習熟していた彼女だが、残念なことに出会うことはなかった。

――ったく、もうちょい踏ん張れっての。

そうすればラーメンだって奢ってやったし、あの“糸”だってもっとうまく使えただろうに。
図書室でアーチャーが残していった“糸”を再利用し、見せかけだけはブービートラップにしてみたが、別にあれに触れたからといって爆発する訳ではない。
ハッタリと言うか、ハリボテだ。
時間もないし、そういった仕掛けの要るものは作れない。用意できたのはもっと簡単なものだけだ。

例えば――盗んできたボトルにガソリンを入れて着火するとか。
それくらいだ。勿論、抜いたワインは捨てずに別の容器に移してある(食べ物を粗末にする訳には行かない)

即席の火炎瓶を炸裂させ、館内に、ぼう、と火が灯る。
火の手は床にもまき散らしておいたガソリンに引火し、古びたカーペットやほこりまみれのソファに火の手が上がる。
ごうごう、と燃え盛る館内にあって、しかしくすんだ緑色のボディは健在だった。
構えたマシンガンが放たれる。横なぎに掃射された弾丸が、壁を、家具を、天井を、館中を穴だらけにしていった。

「――っと」

ランサーはソファやクローゼットを盾にし、弾丸による猛攻を防ぐ。
元よりあの程度で撃破できるとは思っていない。
これらの罠は全て布石――かく乱だ。
事実あの狙い方は明らかにこちらが見えていない、ばら撒きに近い撃ち方だ。
これこそがランサーの狙いだった。ニィ、と不敵な笑みをランサーは口元に浮かべた。

――ライダーの真名は、結局特定できなかった。

図書室で検索施設を使ったが“ベルク・カッツェ”と違い、完璧な特定には至らなかった。
これまでの接触で得た情報は、まとめると“特徴的な耐圧服”“4mサイズの人型ロボット”“一度撃墜しても即座に復活する不死身のような宝具”といったようなものだ。
ロボットの外観からアーマード・トルーパーという兵器にまでは行き着いた。そしてアストラギウス銀河という広大な宇宙も知った。
そして宝具は“何度撃墜されても生還した”という逸話が昇華されたものではないかと予想できた。
だが――そこまでだ。

百年に渡る宇宙戦争。そこでは誰も彼もが疲れ切り、もはや開戦の理由さえも忘れ去られた。
戦争の歴史はあまりにも長く、そして終わりがなかった。
兵士などいくらでもいた。装甲騎兵の総数は1000万を優に越すだろう。
不死身と称された人間など吐いて捨てるほどいる。歴戦の猛者も、死神と謗られた者も、長きに渡る戦争がいくらでも生み出した。
終わりなき百年戦争の中から、たった一人の兵士を特定することは不可能に近かった。


698 : たぶん自分自身のために ◆Ee.E0P6Y2U :2015/11/02(月) 00:20:39 qz52BGsU0

――だが、調べることができるのは何も真名だけではない。

敵が人型ロボットなのは分かっているのだ。
ならばその相対するに当たって、如何に戦うべきかを調べることもできる。

自分よりも何周りも大きいロボットをどう倒すか。
一見してそれは途方もない話である。しかし――それは決して蹂躙されるだけの関係ではない。
突如出現した18mの人型兵器に必死の抵抗をした部隊、電撃戦とかく乱によりマシンを翻弄した人形の女性、魔族の切り札たる巨大ロボと激突した秘密結社……
あまたの世界、あまたの歴史で、それは研鑽されていた。
その中でも目を引く名が一つあった。

――メロウリンク・アリティー。

それは一人の英霊の名だった。
喪われた仲間のため、渦巻く陰謀に復讐するため、装甲騎兵を生身で相手取った機甲猟兵。
彼は地の利を生かし、機転を働かし、旧式のライフルを携えアーマード・トルーパーと相対していった。
最低の、その更に下より這い上がった、その凄烈な復讐劇を発見したランサーは「これだ」と考えた。

燃え盛る洋館の中、ランサーは機会を窺う。
油が撒かれたことに加え、ライダーが壁に開けて空気を呼び込んだせいだろう。広がった火の手は壁を伝い伸びていく。勢いは留まることを知らない。
天井のシャンデリアが音を立てて落ちてくる。床も、壁も、窓も、全てが赤い炎に包まれていた。
ライダーの駆るスコープ・ドッグは炎の中にいる。
ATの動力たるポリマーリンゲル液は非常に引火性が高いという。ここで下手に引火してしまえば、即座に機体が爆発する。
如何にライダーが歴戦の猛者たろうと、動きが制限されるのは避けられない。

――そこを狙う。

一節ほど集中を経て――スコープドッグの足元を取り囲むように、ぐん、と槍が突き出てくる。
魔術“断罪の磔柱 ”。突然の攻撃に敵の足は止まる。

そして――紅蓮の炎と共にランサーが襲い掛かった。
その手に携えた槍を振り上げ、少女がスコープドッグへと迫る。
足の止まったスコープドッグは、ガチャ、とターレットレンズを回転させ――








699 : たぶん自分自身のために ◆Ee.E0P6Y2U :2015/11/02(月) 00:21:18 qz52BGsU0


「派手にやっているな」
「結構なニュースになりそうですね、これ」

……照りかえる炎の熱気を頬に受けながら、二人のマスターは言葉を交わしていた。

「ま、どうせすぐ終わるさ。それまでに退散すれば問題ない。
 もちろん――勝った方がさ」

そう言って春紀は薄く笑った。
決裂し、相争う身になった彼女らだが、不思議と険悪な雰囲気はなかった。
寧ろ話しやすい、どこかさっぱりした空気が今の二人にはあった。

「……一つ、聞いてもいいですか?」

不意にルリが尋ねた。

「うん?」
「春紀さんは――どうして聖杯が欲しいんですか?」
「それを聞いてどうするんだい? 説得でもするか?」

茶化すような口ぶりの春紀に対し、神妙な面持ちでルリは首を振って、

「いいえ――話せば分かるなんて、そんなこと、私は言いません。
 春紀さんがこれを“戦争”だと言って、その上で戦うのなら、きっとそこには“正義”があるんでしょう」
「“正義”ね」
「どこにでもある“正義”……そんなの、当たり前です」

それが分かるくらいには、ルリはもう“大人”だった。
何時までも三年前の思い出のままでいられる訳じゃない。
ただ――それでも聞いておきたいことがルリにはあった。

「でも春紀さんの“正義”ってなんです?
 れんちょんさんを犠牲にするのを躊躇うような、そんな“正義”なんですか?」

少なくとも昼にあった時、彼女はそれを決めあぐねていた。
聖杯を求めてこの“方舟”を訪れただろうに、しかし彼女には躊躇いがあった。
その躊躇を振り切り、“子ども”を殺めてでも聖杯が欲しいと願う、そこには如何な“正義”があるのか。
相対する者として、この聖杯戦争で初めて出会った者として、それだけは知りたかった。

「貴方は――何のために戦っているんですか?」

尋ねると、春紀は、ふっ、と諧謔的な笑みを浮かべた。

「たぶん自分自身のために」

……その笑みは、なんとなくだが、あの紅のランサーのそれと似ているように見えた。








700 : たぶん自分自身のために ◆Ee.E0P6Y2U :2015/11/02(月) 00:21:54 qz52BGsU0


「……あたしは――“家族”のために戦ってる」

あの時、夕暮れの図書室で春紀はそう答えた。

「それは今でも変わってない。伊介サマに色々言われた時も、全て家族のためだって、そう答えたしな。
 テーブルいっぱいの家族の笑顔ために、あたしは人を殺してきた」

そう言いながら、春紀は杏子を見上げた。
目と目があった。共に真っ赤な夕暮れを被り、同じように赤くなった瞳を向けた。

「……でもさ、それって結局、自分自身のためなんだろうよ。
 家族を救いたい“自分”がいたから、あたしはこの指先で人を殺すことができた」

春紀は己の指先を一瞥する。
赤く染まった世界の中で、それだけは唯一違った色――ベビーピンク。

「だってそうだろ? 本当に自分の家族のためだけに戦ってるんだったら、れんげを殺すのに躊躇する訳がない。
 それでも迷ったのは、“子ども”を殺したくないって思ったのは、そんな“自分”でいたくないからってことだろう。
 家族のために戦う“自分”、“子ども”たちのために戦う“自分”――それがあたしであって欲しかった。だから迷ったんだ」

春紀は目元を覆い、はは、とそう薄く笑った。
杏子はその言葉に対しては何も言わない。
“家族”のためだのどうの言いつつ、何が“家族”に幸せなるのかがよく分かっていないなんて、全くどうしようもない話だ。

「それで、どうすんだ」

だから、杏子はただそう問いかけるだけだ。
すると春紀は再び視線を上げた。そして、

「戦うよ――他の誰でもない、自分自身のために、あたしは“家族”を想って戦うんだ」

赤い光差し込む中、まっすぐな眼差しで杏子を見つめた。
別に大したことを言っている訳じゃない。抱いた迷いは変わらないだろうし、すぐにまた躊躇うかもしれない。

――それでも、そんなこと言われちゃったらな。

赤い炎渦巻く館の中でランサー、杏子はその瞬間に賭けていた。

回転するターレットレンズ。スコープドッグの武骨な頭部と相対しながら、杏子もまた杏子自身のために槍を振るわんとしていた。
制限された動き、槍に足止めされた状況、死角からの不意打ち、全ては計画通りに決まっていた。

しかし、ここに至って――ライダーは反応した。

スコープドッグは驚異的な反応速度を見せ、最低限の動きで、槍を回避しつつ、反転し杏子に銃を向けた。
心眼(真)。ライダーが培ってきた経験がその動きを可能にさせた。
眼前に迫る“ヘビィマシンガン”の銃口に対し、杏子は――不敵に笑ってみせた。


701 : たぶん自分自身のために ◆Ee.E0P6Y2U :2015/11/02(月) 00:22:16 qz52BGsU0

ふっ、と杏子の姿がかき消える。

それはまるで蜃気楼のように、
あるいは――紅い幽霊/ロッソ・ファンタズマのように、
初めからなかった者のように、彼女の姿は消えていた。

ライダーが一筋縄でいかない相手であることは、分かっていた。
一度目の接敵で撃破できたのも、ひとえに相手がこちらの魔術を知らなかったからだ。
二度同じ手が通じるとは思わない。また仮に撃墜できたところで復活されては意味がない。
だから、確実に一撃で倒す必要があった。
このロボットを、この身一つだけで確殺する必要があった。

――そしてその方法は、歴史が教えてくれた。

かの機甲猟兵を真似たボトルを使った罠、火炎による動きの制限、そして再び魔術を使い、ライダーを追い詰めた。
しかし、ここまではすべて布石に過ぎない。
ありとあらゆる手段を使い、ライダーにこちらが、全ての札を切った、と思わせなくてはならない。

その上でこの、最後にして最初の魔術を使う。紅い幽霊/ロッソ・ファンタズマ。
それは魔法少女、杏子が最初に身に着けた――“家族”のための魔法である。
“家族”のために習得し、巴マミが名づけ、そして一度捨て去った、そんな魔法。

――全く、皮肉が効いている。

こんな形でこの魔術をまた使うことになるなんて、
声に出して笑い飛ばしたい気分だった。ま、アイツに召喚されたのが運の尽きって奴だろう。
それでも“家族”のためでなく、春紀に付き合ってやりたいと、そう思った“自分”のために――杏子は駆け抜けた。

杏子はスコープドッグの懐へと潜り込む。
突如現れた二人目のランサーに、さしものライダーもすぐには反応できない。がら空きの胸部へと杏子は槍を突き出した。

ごう、と装甲が突き破れる音がした。

――杭打ち機/パイルバンカー。

コックピットに取りつき、槍でパイロットを狙う。
……かつて機甲猟兵メロウリンクが旧式のライフルで数々のATを屠ってきた、その動きを模倣し、杏子はライダーを討つ。






702 : たぶん自分自身のために ◆Ee.E0P6Y2U :2015/11/02(月) 00:22:38 qz52BGsU0


「……それが春紀さんにとっての“自分”らしく、なんですね」

ルリは答えを聞き、ぽつりとそう漏らした。

何故戦うのか。
どうして奇跡を求めるのか。
宇宙を、人類史を、あまたの世界をかけてまで、それでも戦おうと思う理由。
それはつまるところ“自分”なのだ。

「“自分”らしく、春紀さんらしく、そうあるために貴方はここまで来た」
「それじゃあ不満かい?」
「いいえ、分かります。私も――そうだったから」

かつてのナデシコでの顛末が脳裏にフラッシュバックする。
まだ紛れもない“少女”だった頃、ルリはただ思い出のために生きた。
未知の技術よりも、世界平和よりも、喪われた命よりも、ただ“自分”を求めることを選んだ。

春紀の願いが具体的にどんなものなのか、それは分からない。
分からない。けれど、それで十分だった。
どうしても分かり合えない人はいる。それでも彼らにも“正義”がある。譲れない“自分”がある。
だから戦うのだろう。結局――そこに行き着くのだ。

「そうだった、ね。今は違うってのかい?」
「…………」

春紀は静かに問い返してきた。
その瞳はあまりにもまっすぐで、ほんの少し、懐かしかった。

「大切なものは変わっていません。ただ以前より――馬鹿になっただけです」

“自分”らしく、で全てうまく訳じゃない。
現実は時に馬鹿みたいなことになってしまう。
春紀のまなざしと、その向こうに広がる夜空の黒を見据えながら、そんな当たり前のことをルリは思った。
そう、本当にどうしようもないことだって、この宇宙には……







703 : たぶん自分自身のために ◆Ee.E0P6Y2U :2015/11/02(月) 00:23:42 qz52BGsU0


――それはあまりにも理不尽な決着だった。

ランサーはライダーとの直接対決に置いて、取り得る最良の選択を取ったといってもいい。
そこに間違いはなく、躊躇いもなく、狂いもなく、確実にライダーを殺せる方法を選んだ。
杭を胸に打たれて死なない人間はいない。
直接パイロットを狙うのだから、“初陣”での戦いのように、機体は破壊してもパイロットは脱出した、というような状態には絶対にならない。
機甲猟兵が装甲騎兵を討っていったように、一切の生存の可能性を許さず、確実に殺す。

ライダーがどんなパイロットであってもランサーは勝利していただろう。
如何な装甲騎兵でも、たとえそれがパーフェクト・ソルジャーであろうとも、その状況から敗ける筈がなかった。

――ただ一人の例外を除いて。

キリコ・キュービィー。
彼だけは――彼だけは絶対に駄目だ。
幾多もの人間が彼を殺そうとした。無数の力が彼を支配しようとした。
しかしその異能は全ての運命を跳ね除けた。

異能生存体。
それはとある人類史に刻まれた天の補正。
25000000000分の1の確率で遺伝されるという、死という概念そのものに抗う因子。

故に――この戦いにはどうしようもない決着が訪れた。
ランサーがスコープドッグの懐に飛び込み、槍を突き立てた、その直前のことだった。
ライダーが撃ち放った“ヘビィマシンガン”の一発が、燃え盛る壁に“偶然”当たり“偶然”跳弾し――“偶然”ランサーの下へと跳ね返ってきた。

――そして“偶然”胸のブローチを穿った。

かつてテイタニアが、キリコにとどめを刺す直前に“偶然”こぼれた弾丸を“偶然”その補助脳に受けたように、
この世を貫く因果律を捻じ曲げられ、“偶然”魔法少女の核たるソウルジェムが砕け散った。

「――――」

その時、ランサーは声が出なかった。
ただ見た。
膨大な因果に後押しされた弾丸が、己がソウルジェムを砕くのを呆然と見てしまった。
“自分”そのものともいえる魂のカタチは紅く、赤く――燃え盛る炎の中に消えていった。

がく、とランサーの身体が倒れる。
糸の切れた人形のように、彼女は急に動かなくなった。
そして突き立てられた槍は“偶然”途中で止まり、ライダーへ届くことはなかった。

ランサーは全く状況が理解できなかった。
どこで間違えたのか、何かがずれたのか分からない。
ただ炎の中に倒れ伏し――死と敗北を察していた。

どうしようもない理不尽さに敗れた“自分”が起き上がることはもうない。
春紀と共に聖杯戦争に勝ちあがるという、そんな道はあっさりと閉ざされた。
一瞬が全てを変えてしまった。勝った、と思ったその次の瞬間には世界は手のひらを返し、無慈悲な現実を突き付けてくる。

そんなこと、慣れている。
どれだけ入念な準備も、気高い意志も、ささやかな幸福さえも、この世界の理不尽が一瞬で壊していってしまう。
馬鹿みたいなこの世界を思い起こし、しかし彼女は、

――ま、全部が全部うまくいくなんて、そんな訳ない、か。

と、どこか落ち着いた心中だった。

こんな世界でなければそもそも“願い”なんて誰も抱きはしない。
頑張ったからと言って報われるではない。正しく生きる者が、その正しさ故に歪むこともある。
こんな理不尽で、どうしようもない世の中だからこそ、人は魔法や奇跡なんてものを望むのだ。
それでも、彼女はこのどうしようもない世界を呪ったりはしなかった。

――だってこれはあたしの為の戦いだった。

“自分”らしく、“自分”のために、それだけは決して曲げずに戦ってきた。
だからこそ後悔はない。どんな結末であれ、ここにいるのは“自分”なのだから。

――結局あたしも甘かったって、そういうことだろう? あのマスターと変わらないくらい……

そうして他の誰かのためでなく、自分自身のための戦いに、彼女は敗れたのだった。


704 : たぶん自分自身のために ◆Ee.E0P6Y2U :2015/11/02(月) 00:24:12 qz52BGsU0










二人の少女は、共にその決着の瞬間を感じ取った。

「これは……」

ルリは苦しげに胸を抑えた。
身体から何かが抜けていくのが分かる。身体に保持していた何かが、今猛然と消費されている。
くら、と目眩がした。視界が揺れ、汗が額に滲む。指先の感覚が一瞬なくなった。
これまでにない感覚だった。ライダーと共に戦う中で、ルリは一度も魔力が削られる感覚に苛まれていなかったのだ。
何度宝具を召喚しようと涼しげな顔をしていた彼女はここに来てとてつもない量の力が、持って行かれている、と感じた。
詳細は分からない。が、何か大きなことがあの館の中で起こったのだということは確かだった。

「――ラン、サー……?」

そしてその答えは、もう一方の少女が知っていた。
春紀は目を見開き、暗い森を赤々と照らす火の手を見つめていた。

ルリは混濁する視界の中、何とか意識を保ちながら考えた。
春紀は打ちのめされたように己がサーヴァントの名を呼んだ。
彼女はきっと感じ取ったのだ。あの館で何が起こったのかを。

その時、あの独特の駆動音が聞こえた。
ルリははっとして顔を上げる。
すると焼け落ちる館の中から出てくる武骨な騎兵がいた。
燃え盛る炎を背景にして、スコープドッグは歩いて来る。
その様は決して華やかではない。威風堂々ともしてない。ただ――戦場の臭いだけがしていた。
それでも彼は歩いてくる。鉄の肉体を引きずりながらも、彼はルリの下へ帰還した。

「……ライダーさん」

思わず声に出した。
彼は――勝ったのか。
ルリがそう思ったのと同時に、春紀が「敗けた、のか」と漏らしていた。

「春紀、さん」

思わずルリは春紀を見た。
彼女はゆらめく炎を見上げ、小さく息を吐いた。瞳は前髪に隠され表情は見えない。
サーヴァントの敗北――それは聖杯戦争の脱落、即ちマスターの死を意味する。

ああそうか――自分は春紀を殺したのか。
ルリはその事実を受け止めた。

勝者のみが生き残り、敗者は死へと追いやられる。
聖杯戦争、というシステムにおいて当然の成り行き。
ルリはそんなシステムに則る気はなかった。生か死かの二者択一でなく、共に生き残る道を探すつもりではあった。
勿論ライダーにはその旨を伝えてある。無理に敵を消滅させる必要はなく、無力化できるのならばそれでよかった。

――けれど、殺すことになる可能性も、当然のように理解していた。

その上で、戦うことを選んだ。

助けようとした人間を、逆に殺してしまう。そういうことだってある。
ルリはそのことを知っている。他でもない、かつてのナデシコがそうだった。
火星の生き残りを助けようと出発したのに、その火星の人たちを殺してまで自分たちが生き残ってしまった。
ああだから――予想できたことなのだ。
誰かのための“願い”が、そのまま誰かのためになるなんて、そんな単純な訳ではない。
“願い”が誰かを押しつぶすことだって、あるのだ。


705 : たぶん自分自身のために ◆Ee.E0P6Y2U :2015/11/02(月) 00:24:32 qz52BGsU0

「……春紀さん」

だから誤魔化さない。
ルリは今自分が殺し、これから死ぬであろう彼女に声をかけた。

「私は――」
「何も言うな」

けれど春紀がそれを許さなかった。

「言うなよ。頼むから――何も言わないでくれ。
 笑えばいいさ。笑って、明日も生きていれば、それでいい」

彼女は震える声色で、しかし気丈にそう言いながらルリに背を向けた。
その背中は随分と小さく見えて、思わず呼び止めそうになったけれど、ルリはそれを踏みとどまった。
彼女はこれからどこにいくのだろう。どこで――死ぬのだろう。
何にせよ、全て自分が為したことだ。それだけは変わらない。
それだけを胸に刻み、去りゆく春紀の背中に何も呼びかけることはなかった。

「マスター」

そこに帰還したライダーがやってきた。
こげついたATから降り、むせかえるような炎の臭いを漂わせながらルリへと呼びかけた。
その声を聞いて、ルリは春紀から視線を外した。

「火の勢いが強い。林に燃え移ると事だろう」
「分かっています。さっき手配はしたんで、すぐに駆けつけてくれるとは思います」

多大な魔力を消費し、疲労を覚えていたルリだったが、しかし身体に鞭を打ち今後の事後処理について考える。
とりあえずまずはここの状況をまとめたら、すぐにアンデルセンたちと接触しなくてはならない。カッツェやれんげがどうなったのか、早く知る必要がある。
生き残り、勝利はした。
しかしそれで終わりではないのだ。少なくともルリの戦いはまだ続く。

――春紀さんを殺して、私は生きている。

最後に春紀が残した言葉を思い起こす。
敗れ、これから死にゆく彼女が、絞り出すように残していった言葉。
笑えばいいさ。その文言に込められた想いは如何なものであったか。

相対し、語り合い、決裂し、片方がだけが生き残った。
それが“初陣”より続く因縁、この聖杯戦争における好敵手との決着だった。


【D-6/深山町・双子館(全焼)/二日目・未明】
※発生した火災のために消防車が向かっています。

【ホシノ・ルリ@機動戦艦ナデシコ〜The prince of darkness】
[状態]:魔力消費(極大)、消耗
[令呪]:残り三画
[装備]:警官の制服
[道具]:ペイカード、地図、ゼリー食料・栄養ドリンクを複数、携帯電話、カッツェ・アーカード・ジョンスの人物画コピー
[所持金]:富豪レベル(カード払いのみ)
[思考・状況]
基本行動方針:『方舟』の調査。
1.アキトを探す為に……?
2.カッツェたちに対応する。
3.『方舟』から外へ情報を発する方法が無いかを調査
4.優勝以外で脱出する方法の調査
5.聖杯戦争の調査
6.聖杯戦争の現状の調査
7.B-4にはできるだけ近づかないでおく。
8.れんげの存在についてルーラーに確認したい。
[備考]
※ランサー(佐倉杏子)のパラメーターを確認済。寒河江春紀をマスターだと認識しました。
※NPC時代の職は警察官でした。階級は警視。
※ジナコ・カリギリ(ベルク・カッツェの変装)の容姿を確認済み。ただしカッツェの変装を疑っています。
※美遊陣営の容姿、バーサーカーのパラメータを確認し、危険人物と認識しました。
※宮内れんげをマスターだと認識しました。カッツェの変身能力をある程度把握しました。
※寒河江春紀の携帯電話番号を交換しました。
※ジョンス・アーカード・カッツェの外見を宮内れんげの絵によって確認しています。
※アンデルセン・ランサー組と情報交換した上で休戦しました。早苗やアキトのこともある程度聞いています。
※警視としての職務に戻った為、警察からの不信感が和らぎましたが
 再度、不信な行動を取った場合、ルリの警視としての立場が危うくなるかもしれません。


【ライダー(キリコ・キュービィー)@装甲騎兵ボトムズ】
[状態]:負傷回復済
[装備]:アーマーマグナム
[道具]:無し
[思考・状況]
基本行動方針:フィアナと再会したいが、基本的にはホシノ・ルリの命令に従う。
1.ホシノ・ルリの護衛。
2.子供、か。
[備考]
※無し。

[共通備考]
※一日目・午後以降に発生した事件をある程度把握しました。
※B-3で発生した事件にはアーチャーのサーヴァントが関与していると推測しています。
※B-4で発生した暴動の渦中にいる野原一家が聖杯戦争に関係あると見て注目しています。
※図書館周辺でサーヴァントによる戦闘が行われたことを把握しました。
※行方不明とされている足立がマスターではないかと推測しています。警察に足立の情報を依頼しています。
※刑事たちを襲撃したのはジナコのサーヴァントであると推測しています。


706 : 生きる意味、終わる意味  ◆Ee.E0P6Y2U :2015/11/02(月) 00:27:24 qz52BGsU0





……全てが決着する前、二人の間にこんな会話があった。

「――とか使って館までの誘導するって訳だな。こういう仕掛け自体はあたしも経験あるから作れるだろうけど
 問題はライダーが警戒して入ってこなかったら、て場合か。この時は離れたところから――っておい、聞いてるのか?」
「ん? ああ」

春紀が対ライダー戦の流れを確認していると、杏子は彼女にしては珍しくぼうっとしていたらしく、目を瞬いた。

「いや聞いてたさ。ただちょっとね――思い出してたんだ」
「思い出してた?」

そう聞き返すと杏子は短く「生前のことさ」と言った。
春紀は眉をぴくりと上げた。生前――それはサーヴァントとしてムーンセルに登録される前のことだ。

「まぁ別に何でもないんだけどね、こうやって顔突き合わせて作戦練るって、あーこんなこと前にやったなって、そう思っただけさ」

そう言って杏子は小さく笑った。
彼女にしては珍しい――過去を匂わせる発言だった。
それを見ながら、なんとなく思った。“顔を突きを合わせた”相手と言うのは、学園で散ったというサーヴァントだったのではないか、と。

「……ふうん、そうか」

そう思ったがしかし――しかし春紀はそれ以上追及しなかった。
きっと彼女は深くは語るまい。その過去がつらいものであれ幸福なものであれ。
そんな過去への向き合い方こそが、ランサーという英霊であることを春紀は知っていた。

――ではこの自分はどうか。

そんな英霊である彼女に、自分はどう付き合っていくべきか。
杏子と春紀は友人なんてものじゃない。先輩と後輩でもなければ、ましてや師匠でもない。
マスターとサーヴァント、それ以上でもそれ以下でもない、ただそれだけの関係だ。
だから、対等でありたいと思っていた。
共に立つものとして、彼女に敗けないような生き方をしてみたいと――ある種の憧れのような感情も春紀は杏子に抱いていたのだろう。

――母みたい、なんてことを思うくらいにはね。

それは別に彼女を模倣するということではない。
共に立つに値するあり方を、敗けないくらいの自分自身を、この胸に抱いていたいとそう思っていたのだ。

「で、本当にいいんだな? この戦い方で。
 別に敗けるとは思っちゃいないけどさ、後ろからルリを、ぶすり、て方が確実だと思うけどな。
 タイミングだって何も今である必要はないよ。共闘関係は利用できるし、もうちょい待つって手もある」

だからこそ、杏子の問いかけに頷いたのだ。

「――今なんだよ。今を逃してまたルリと一緒に戦えば、きっと迷いができる。
 これで区切りにするには――自分自身のために戦うには、待ってちゃいけない」

でないとまた迷うだろう。
それを知っていたから、春紀は戦いに臨んだ。
“家族”“子ども”“大人”そして“自分”。
そのどれにも引っ張られ、煮え切らないこの想いを清算するために――







707 : 生きる意味、終わる意味 ◆Ee.E0P6Y2U :2015/11/02(月) 00:28:14 qz52BGsU0

――急ぎ過ぎたって、ことかね。

やっぱり急ぐとロクなことがない。
とはいえ逆に遅すぎたのかもしれない、なんてことも思ってるから不思議だ。

春紀は夜空を見上げながら、己に残された時間を静かに過ごしていた。
サーヴァントとの契約を失った時点で消去が始まるということだったが、具体的にどのタイミングでそれが来るのかは分からない。
ランサーが消滅した瞬間に死ぬ――のかと思っていたが、それは思いのほか猶予があった。

死は確かだろう。
何時か必ずそれは来る。
少なくとももう始まっているに違いない。
けれど――まだ春紀は春紀だった。

とはいえやることなどもはや何もない。
消去は決まっているのだから、その辺りに寝転がっていてもよかった。
それでも彼女の足は動いていた。一体全体どこに向かっているんだろう、と自問しながら歩みは止まらない。

それでいて、その足取りに迷いはなかった。
坂道を降り切っても、分かれ道に至っても、黙々と歩いていく。
何故だか分からないが、行くべき道は分かっているのだ。
が、不意に彼女は足を止め手を挙げた。それは何と通りかかったタクシーへと向けてのものだった。
おいおい何をしているんだ、と思いつつも乗り込み、行き先を告げた。

「――――まで」

告げた瞬間、ようやく彼女は自分がどこに向かっているのかに気付いた。
その住所はこの冬木市の区割りでB-9とされる場所にある、安アパートだった。

ああ、そうか。自分は今――帰っているんだ。

自分自身に抱いた疑問が氷解した。
帰って何がある訳ではない。これから死にゆくのに、たどり着けるかどうかも分からないのに、自分は帰ろうとしている。
杏子としばしの間過ごした、あの部屋に。
きっとそれ以外に行くべき場所がなかったからだ。
死にゆく中で、それでも帰りたいと、そう思ったのだろう。

タクシーの運転手はこんな時間に一人乗車する客を不審に思ったようだったが、しかし特に何も言わず引き受けてくれた。
窓の外の風景がゆっくりと動いていく。住宅街を越え、学生街を越え、橋の下までやってくると、春紀は思わずメーターを確認してしまった。
そこに表示された金額に「む」と唸り、唸ったあとにこんな時までお金のことを気にしている自分に気がついて、それが少しおかしかった。

「最近妙な事件多いねぇ。さっきもなんか大学の方で変な事件があったみたいでね。さっき警官の人を乗せたんだよ。
 しかもその人の前にまた変な二人組が――」

運転手が色々と教えてくれたが、適当に相槌を打つに留めた。
変な事件。恐らく聖杯戦争絡みのことだろう。しかしもはや自分には関係がない。
関係する権利を喪った、とでもいうべきか。

「…………」

なんとなしに自分の手の甲を確認してみた。
そこには肌に赤く刻まれた令呪が――すぅ、と消えようとしていた。
恐らくこれが完璧に消えた時、自分は消えるのだろう。そう思った。

窓の外は静かだった。
流れゆく街の風景はまだまだ深い闇に沈んでいて、人も、建物も、全てが色あせてみえた。
これからこの中に沈んでいくのだ。
何でもないこの街に、何でもないただの人間として、消えていく。
そう思うも、でも、不思議と心は静かだった。

確かに春紀は敗けた。
もしかしたら別の道があったのかもしれない。
まだ迷っていれば、ルリと手を取る道を選んでいれば、あるいは“子ども”も殺す道を選んでいれば。
そうすればまた別の今があって、別の“自分”がここにはあった筈だ。


708 : 生きる意味、終わる意味 ◆Ee.E0P6Y2U :2015/11/02(月) 00:28:50 qz52BGsU0

でも、だ。
同時にこうも思う。きっと何度やり直したところで、自分はこの道を選んでいただろうと。
非情に徹する訳でも、全てを救うと豪語する訳でもない。
人を殺して生き残って、それを罪だと苦しみつつも手を汚すことも止めない。
“子ども”でも“大人”でもない――この半端な選択の結果を、それでもやり直したいと思わない。

全く変な話だ。
やり直したい。でもできない。
この人生、そんなことの繰り返しだった。金とか、ままならない理不尽さとか、つらいことばっかりあった。
やり直して、全てのしがらみから解放されてしまいたいとも思った。
それでもこの敗北だけは、寒河江春紀が寒河江春紀であるためにも、やり直しちゃいけないことな気がする。

――死ねないよ。
――生きているってことは赦されているってことだから。
――いまここにいることを。

脳裏に過るのは以前の敗北の記憶。
ミョウジョウ学園で晴の命を狙い、そして生き残ってしまった時のこと。

――赦される、ね。

あの言葉こそ、晴の“自分”だったのだろう。
そう言えるからこそ、そう言って笑えるからこそ、彼女は彼女であった。
それと同じなのかもしれない。春紀にとって、この甘さという奴は。

その言葉を胸の中で反芻していると、窓の向こう側が安っぽいアパートになっていた。
ああそこは――家だ。
財布に入っていた金を運転手に渡し(ギリギリだった)、春紀は家に降り立った。

「――うん?」

するとアパートの前に、見知らぬ顔が経っていた。
子どもだった。
齢は小学生くらいだろうか。小柄な身体に肩まで伸ばした黒髪、澄んだ瞳が街灯に照らされうっすらと浮かび上がっている。
その子どもは春紀を見つけて肩を、びくり、と上げた。

さて誰だろう。
少なくともこのアパートの住人ではない筈だ。
こんな子どもが住んでいた記憶もなければ、遊びに来た覚えもない。
こんな真夜中に訪れるのも妙な話だ。

「……あの」

頭を捻っていると、子どもの方から口を開いた。
彼女は春紀を見上げ、恐る恐る、といったように、

「この食堂の人って、どういう人ですか?」

そう言って彼女が示したのは――アパートの隣、天河食堂だった。

「ここって、アキトさんのこと?」

問いかけると子どもは、こくり、と頷いた。

テンカワアキト。
若くして食堂を持ち、しかし事故に遭いリハビリを余儀なくされた青年。
そんな“自分”を背負わされた、この聖杯戦争のノンプレイヤーキャラクター。その筈だった。

何故そんな彼をこの子どもが調べているのだろう。
疑問に思ったが、しかし子どもの視線は真剣そのもので、無視する気にはなれなかった。


709 : 生きる意味、終わる意味 ◆Ee.E0P6Y2U :2015/11/02(月) 00:29:09 qz52BGsU0

「どんな人か、か……」

予選時代からの付き合いを振り返る。
暗殺者としての寒河江春紀でも、聖杯戦争のマスターとしての寒河江春紀でもない、ただの“少女”として顔を合わせていた青年。
彼を一言で形容するならば、そう……

「“自分”らしく付き合える人かな。面倒なこと考えず、素のままの“自分”で会える人。
 そうだな――兄貴みたいな人だったよ、あたしにとってみれば」

そう言うと子どもは、きょとん、とした顔をした。
どうやらその答えは彼女にとって意外なものだったらしい。

「あの人が、ですか?」
「うん、まぁそういう感じだったかな。あたしの勝手な想いだけどね」

そう答えて、春紀はその子どもを残して去っていった。
この子どもとテンカワアキトの関係がなんなのか、何故ここにいるのか。もしや――とか浮かんだ想いはいくつもあった。
けれど、それはもう自分には関係がないことだ。なくなってしまったことだ。
だからこの辺りで引き上げることにする。

「兄貴――お兄ちゃん?」

背後で子どもがそう呟くのを背中越しに聞きながら、春紀は自分の家に帰った。
お兄ちゃん、か。そう呼べる人がいればよかったのにな。そしたらもう少し楽だった。

子ども――美遊・エーデルフェルトとの邂逅はそれで終った。
テンカワアキトの住居を警察の手が入る前に調べておきたかった彼女が、帰ってきた隣人である春紀と出会い、言葉を交わしたという、ささやかな偶然だった。


【B-9/天河食堂前/二日目 未明】

【美遊・エーデルフェルト@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ】
[状態]健康、他者に対しての過剰な不信感
[令呪]残り二画
[装備]普段着、カレイドステッキ・マジカルサファイア
[道具]バッグ(衣類、非常食一式、クラスカード・セイバー)
[所持金] 300万円程(現金少々、残りはクレジットカードで)
[思考・状況]
基本行動方針:『方舟の聖杯』を求める。
1.全員で戦う。どれだけ傷つこうともう迷わない。
2.ルヴィア邸、海月原学園、孤児院には行かない。
3.自身が聖杯であるという事実は何としても隠し通す。
4.サファイアが聞いた「サナエ」というアーチャーのマスターに対して…?
5.攻略の糸口が見つけるべく警察よりはやく天河食堂を調べる。
[備考]
※アンデルセン陣営を危険と判断しました。
※ライダー、バーサーカーのパラメータを確認しました。
※搦め手を使った戦い方を学習しました。
また少しだけ思考が柔軟になったようです。
※テンカワ・アキトの本名を把握しました。
※サファイアを通じて「サナエ」という名のアーチャーのマスターがいると認識しています。
※アキトの使う転移の名称が「ボソンジャンプ」であると把握しました。

【バーサーカー(黒崎一護)@BLEACH】
[状態] 健康、不機嫌
[装備]斬魄刀
[道具]不明
[所持金]無し
[思考・状況]
基本行動方針:美遊を護る
0.美遊を護る。
1.危険な行動を取った美遊への若干の怒りと強い心配。
[備考]
※エミヤの霊圧を認識しました
※ルーラーの提案を拒否したため、令呪による回復を受けていません。
※魔力消費はサファイアを介した魔力供給で全快しました。


710 : 生きる意味、終わる意味 ◆Ee.E0P6Y2U :2015/11/02(月) 00:29:31 qz52BGsU0



そうして帰ってくると、そこでは何時も通りの部屋が待っていた。
1k四畳間の安物件。ロクな家具もない、狭いのに広々とした部屋。ただ食べて、寝るだけの場所。
朝見たのと全く同じ光景だ――紅い同居人がいなくなっていることを除けば。

ゴミ箱にはチョコビやRockyの空き箱やらコンビニの袋やらが突っ込んであった。
そういや朝コンビニのサンドイッチ食べていたな、なんてことを思い出した。

春紀は、ふぅ、息を吐き、そんな部屋に座り込んだ。
これでいよいよ持って何もやることがなくなった。
“家族”も、聖杯戦争も、何もかもが遠くにいった。
全てのしがらみは消え、あとはもう――死ぬだけだ。

春紀は顔を俯かせ、その髪を、くしゃ、とかき分けた。
電気もつけず、壁にもたれかけ、窓より降り注ぐ月の光を身に受ける。
何時もと同じ夜が、どういう訳かひどく寒々しい。

「……全く、少しは楽になるかと思ったけど」

かつて望んだことだった。
何もかもから解放され、ただただ自由になること。
こんなつらく大変な、生きる、てことから抜け出せるのは、案外魅力的なことなんじゃないかって、そう思っていた。

「寂しい、よ」

けれど、春紀の口から出たのは、そんな言葉だった。

「……はは」

“家族”の居ない部屋の中で、春紀はただただ寂しさに震えていた。
杏子を母みたいとか言ったり、アキトを兄のようとか答えたり、結局――甘えたかったんだろうな。
その事実を彼女は寂しさと共に噛みしめていた。

誰もいない家がこんなにも静かだなんて知らなかった。胸にぽっかりとできた空白がつらかった。
言葉にならない声が漏れ、頬に何か温かいものがつたった。
以前“赦された”時のそれとはまた違う熱がそこにはあった。

……それは彼女が今まで流せなかった涙だった。

“少女”でありながら“大人”でなくてはならなかった彼女が、ようやく見せた“子ども”としての涙。
その涙は救いでもなければ、ましてや赦しでもないだろう。
それでも消去される寸前まで彼女は一人、泣いていた。



【寒河江春紀@悪魔のリドル 消去】
【ランサー(佐倉杏子)@魔法少女まどか☆マギカ 消滅】



【全体の備考】
・サーヴァントを喪ったマスターについて
サーヴァントとの契約を失った時点で消去がはじまりますが、完全に消去されるまでに一,二時間程度の猶予が存在します。
また消去されたマスターがどんな状態で発見されるかは不明です。


711 : ◆Ee.E0P6Y2U :2015/11/02(月) 00:29:59 qz52BGsU0
投下終了です。


712 : 名無しさん :2015/11/02(月) 03:23:05 BGv/72Hk0
投下乙です
私らしく、自分らしく、自分のために戦った少女たち
語られるそれぞれの一人称視点と独白がらしい。
費やせる努力も持てる力も全て注ぎ込んで対ボトムズとしてはこれ以上までにない戦闘をなしながらのこの決着。
これが、この理不尽こそがキリコかと衝撃的だった。
因果律の後押しに敗れるというのが、因果の糸に翻弄されたまどマギには避け得ぬ最期だったか。
一瞬の邂逅の後に少女として自分のために涙を流した春紀が切ない。


713 : ◆MQZCGutBfo :2015/11/02(月) 07:11:46 .ErRIT/o0
春紀・杏子組とルリ・キリコ組の、開幕から続く因縁の決着。
とても大満足で、読ませて頂きました。
最高すぎました。

『自分自身のために、家族を想って戦う』

春紀さんが一日かけてようやく出した答え。
そこに至る道の描写がとても丁寧で。
そして、心の底で求めていた『自由』を手に入れて、さみしいと言って泣いた最期の描写も。
春紀さん好きとして、大満足でした。

また、杏子の方も。
TV版途中の杏子ではなく、見滝原に通うようになった劇場版杏子でもなく、
『フェアウェル・ストーリーを通してTV版を全うし、ロッソ・ファンタズマを取り戻した、死後の佐倉杏子』として、
二次二次聖杯戦争に呼び出されたサーヴァントとしての、ここだけの佐倉杏子として、しっかりと描いて頂きました。

拙作の初陣、めんかい、クラスメイトで出した諸々を丁寧に、ほぼ全て回収して頂いて、感謝の念に堪えません。

氏にはとても申し訳ないのですが、
リレーとしての春紀さんと杏子ちゃんの行く末を見届けることができて、とても嬉しく思います。

最高な退場話、読ませて頂いて、本当にありがとございました。
投下、お疲れ様でした。


714 : 名無しさん :2015/11/02(月) 21:09:08 nHu0gnV60
投下乙です!
春紀と杏子のやり取りがとても切ないですね……読んでて心に響きましたよ


715 : 名無しさん :2015/11/03(火) 09:44:35 k2w4p1hs0
投稿乙です
さすがキリコ、不死と言う点ならアーカード以上なんだよなあ。


716 : 名無しさん :2015/11/04(水) 00:02:02 idQ5dxCY0
投下乙です

杏子と春記のやり取りが、もう見れないと思うと寂しい限りです……

改めてキリコの異能生存体の恐ろしさが際立った戦いでしたね。
将棋を指している時に、将棋盤をひっくり返して勝負を無効にするような理不尽さ。
杏子はただ相手が悪かったとしか言いようがない。

最後の最後で『子供』として涙する春記の姿は心にくるものがありました


717 : 名無しさん :2015/11/07(土) 10:59:10 09.AwfmU0
これは魔力切れしか突破口無さそうだなw
さすがの異能生命体


718 : 名無しさん :2015/11/19(木) 23:06:01 UKtDCOw20
投下ないけど大丈夫だよね、これ?


719 : 名無しさん :2015/11/20(金) 04:11:19 xkmRAh7k0
君が書いてもいいんやで


720 : 名無しさん :2015/11/23(月) 02:24:10 xdsJUGcc0
というか流石に最速が早いぞw まだ前回から二週間くらいしか経ってないのにw


721 : 名無しさん :2015/11/23(月) 13:56:03 xdsJUGcc0
そんな話してたら早速予約が


722 : 名無しさん :2015/11/28(土) 11:47:24 j7hgLD8.0
>>これまでにない感覚だった。ライダーと共に戦う中で、ルリは一度も魔力が削られる感覚に苛まれていなかったのだ。

前に異能生存体発動してルリが魔力消費で苦しんでる描写がなかったけ?


723 : ◆Ee.E0P6Y2U :2015/11/28(土) 13:15:49 UAENH3IU0
指摘確認しました。感謝です。
たぶん数行程度の修正で済むので該当箇所を直しておきます


724 : ◆A23CJmo9LE :2015/11/30(月) 18:34:33 25jU3jtU0
修正お疲れ様です。
氏の作品の熱にあてられ、雑談スレにあったFGO風のカードに奮起し、これを書きました。
多くの方と企画を共有できていることに感謝しつつ、投下します。


725 : 絆‐Speckled Band‐ ◆A23CJmo9LE :2015/11/30(月) 18:36:51 25jU3jtU0

『話がある……俺様とな』

夜の教会への来訪者。
姿の見えない何者かに対しても、カレン・オルテンシアは冷静に答えた。

「ようこそおいでくださいました。キャスターのサーヴァント…ですね?
 何の持て成しもできませんが、どうか御身を現されるよう。
 お話があるというならば面と向き合うのが礼儀かと思いますよ」

虚空に響いた声に呼びかける。
その要請に数瞬の沈黙が下りたが、すぐに礼拝堂の中央付近に緑色の光が像を結び始める。
骸骨よりも白い顔、細長く真っ赤に光る眼、蛇のように平らな鼻、切れ込みのような鼻腔。
痩せた体躯に黒いローブを纏い、蒼白い蜘蛛のような手をした醜悪な男。

「おお、なんともその通りだな。礼節は尊ばねばならぬ。
 参加者相手に身を潜め続けて、そのようなことまで忘れてしまっていた。
 ましてや“監督役”相手に顔を隠す必要などありもしない」

なんとなく申し訳なさげな――同時に芝居がかった――笑いを浮かべながら姿を現したヴォルデモート。
そして室内を見渡し、懺悔室や奥のスペースにまで意識を向けて、僅かに残念そうにかぶりを振る。

「やはり先ほど出て行ったのは“裁定者”か。あの者とも話したかったのだがな」
「彼女は丁度今しがた職務を果たしに出たところです。
 通達でも申し上げたように出払っていることも多々ありますので。
 …話がある、とのことでしたら私で可能な限り対応しますが」

ルーラーがいなければできないこと、というのもそうそうないだろう。
魂の改竄に一段落付け、窓を閉じて向き合う。

「褒章を受け取りに来たのだ」
「褒章?いったい何の?」

唐突な、無礼ともいえる要求にわずかに目を細める。
思い当たる節となると……大魔王バーンの暴走。
かの闘争においてはランサー、アサシン、バーサーカーに対し令呪による援護をルーラーが行った。ある種の褒章と言える。
しかしもし万一このキャスターがあの闘争に関わっていたとしても、仮面のバーサーカーのように直接対峙しなかった者もいる。
もしそうならかの者同様に、報いるにはあたわずと答えようと決める。

「月海原学園の事件について、よもや知らんなどということはなかろう?」
「爆発事故として報じられた一件の事なら、監督役として真摯に対処を終えたところです」
「うむ、では俺様のマスターの事は?」
「あなたの?ええ、たしか……」

僅かに思考し、思い当たった人物に思わず失笑を浮かべる。

「ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。優秀な魔術師でしょうね。ええ、優秀な魔術師……」

優秀なマスターとは限らないでしょうが、とは口にせず思うのみ。
彼の聖杯戦争はいかなるカタチとなろうと、その生涯と同様に滑稽だ。
あらゆる歴史で弟子に触媒を奪われ、挙句にその地位までも取って代わられる。
弟子の想いはそう悪辣なものではないだろうが、それでも傍から見てはそう解釈するのが多数だろう。
掌の上で転がし、舌の上で転がせばさぞや甘露であろうが……それはまたの機会にしなければならない。
衝動を抑えて言葉を促す。

「そう、ケイネスだ。あいつはよく働いていたぞ。
 月海原学園の一教師として、そして神秘に携わるものとして。
 俺様に加えてセイバー、アーチャー、ランサー、もう一騎の蟲の…キャスターか。
 それにランサーに討たれた者もいたな。合計六騎のサーヴァントの関わった騒動。
 その隠蔽に俺様とケイネスもまた奔走したのだ」

苦心した故か、侮蔑するマスターや蟲使いのことを思い返した故か、苛立ったポーズを見せるが……
せいぜい苦労のアピール程度にとどめ、話を続ける。

「俺様は裏から聖杯戦争に関わりないものの記憶を操作し、人払いをかけ、神秘の漏洩を防いだ。
 ケイネスは教師として学園の、ひいてはこの聖杯戦争の治安維持に全力を尽くした。
 他の参加者の尻拭いをした。もっと言うなら貴様ら裁定者たちのサポートをしたのだ。
 ……多少の見返りは期待しても罪ではないだろう?」

キャスターが武功を誇る将のように殊勲を語るのを聞き、改竄した魂のいくつかに僅かな変調があったのを思い返す。
事件の認識についてはともかく、その復興に関してこの主従の影響は決して小さくないだろう。
少なくとも学園の閉鎖などの大事にならずにいるのには、中の魔術師の影響が大きい。
NPCに蔓延する不安を和らげることができるのは、そこに直接触れているものだけ。
その実績は事実。ならばそれに報いるのは


726 : 絆‐Speckled Band‐ ◆A23CJmo9LE :2015/11/30(月) 18:39:54 25jU3jtU0

「あなたとそのマスターの協力に感謝を。お二人にはきっと天国への門が開かれることでしょう」

両の手を合わせ、女神像の前で心よりの感謝と祝福を。
修道女にできるのは、それだけだ。

「…………俺様は英霊だ。行きつく果ては天国ではなく英霊の座だぞ」
「主はすべてをご存知です。あなたにもきっと何らかの救いが訪れるでしょう」

憮然とするサーヴァントに対して、小さく笑みを浮かべて答える。
そこにあるのは明確な拒絶の意。
監督役として不用意に特定の参加者に対して肩入れはしない、と。
その意をくみ取ったか、蛇のようにつぶれた鼻を鳴らし、新たな功を約束する。

「なんともしたたかな小娘よ。監督役を任されるだけの事はある。
 よかろう、これまでだけではない。今後も望むのなら俺様たちはお前たちに協力しよう。
 戦闘の痕跡を嗅ぎつけ、抹消し、隠蔽する。
 事前に火種を見つけ出すこともできるだろう。望むなら足も提供する。
 不確定な情報をもとに足で探すよりもよほど効率的だぞ?
 すでに違反者も出ているのだ。不埒者どもを誅するのに俺様の力を使ってみる気はないか?」

今後もよい関係を保っていきたい、そう申し出る。
本題はこちらだ。
褒章をよこせという無理な要求に比べればまだ現実味のあろう提案。
その提案を聞き、カレンは一つの協力関係を思い出す。
そういえばあの男は群像のアサシンを使って、不正に監督役と師匠を繋げていたか、と。
地上の聖杯戦争と違って聖堂協会の助力がない現状、手があれば使いたいのは事実。

「明確な協力関係を築くことは私の一存では難しいですね。
 しかし、違反者やその候補などの情報提供ということでしたらお聞きしましょう。
 学園の闘争をある程度把握しているようですが、学外の情報についてはどの程度信憑性があるものかは分りかねますし、その正確さを計る意味でも」

違反者がいるならば、より正確にその情報がほしい監督役。
違反者も含め、敵対する者を排除したい参加者。
その程度の利害関係は結べるだろうというのは予測した通り。
それ以上踏み込めるかは情報の質によるか。
そう考えたキャスターはシューシューと奇怪な音のような声を発する。
するとそれに引き寄せられたように、教会内にまで一匹の大きな蛇が入り込んできた。
それにはさすがにカレンもいい顔をしない。

「よりによって教会に蛇を招き入れますか」
「俺様のかわいい家族よ。神というのは家族同伴で訪れるのを拒むほど狭量ではなかろう?
 物の分からぬ赤子ですら受け入れるというのに、言葉の通じるこやつめを受け入れんでどうする」

カレンの嫌味を聞き流し、肩に上らせた蛇にまた奇妙なシューシューという音で……呼びかける。
蛇もまたそれに答えるように、キャスターと同じような鳴き声を発する。

「あなた、動物会話のスキルを持ち合わせていたのですか?」
「ステータスに表示されない技能の一つや二つ、持っていてもおかしくはあるまい。
 魔術や剣術くらいなら多くの英霊が習得しているだろう。
 それに言語など訓練次第でどうとでもなる。蛇でなくとも、トロールやマーピープルの言語を操るものくらいならいくらでもおったわ。
 貴様とてこの極東の地の言語やクイーンズ以外にも一つや二つ、話せる言語はあるだろう?
 ………おう、そうか」

最後に二言三言シューシューと加えると、蛇はするすると夜の闇に消えていった。
それを見送り、視線を上げて改めてカレンの方を向く。

「あやつには図書館を見張らせていてな。そこで起きたごたごたの事を聞いていたのよ。
 いくつかの参加者について知らせてきたが、そうだな。
 問題行動と言えそうなのはせいぜいが蒼い剣士と、朱いサーヴァントの闘争くらいか。
 あれは、なんといったか…そう、銃だ。銃を持っていたな、朱い方は。
 朱いサーヴァントは神秘の秘匿など微塵も考えない振る舞いでな、道を壊し、乗り物を振り回し、召喚術を多用し、だ」

朱い外観に、粗野なふるまいに、銃を持ち、召喚術。
それに当てはまるサーヴァントは一騎。
初っ端からルーラーに令呪を使わせた、あの問題児だろう。

「そのサーヴァントは確かに、まかり間違っても優等生とは呼べませんね。
 こちらでもある程度把握しています」
「しかし、あれは恐らくは吸血鬼だろう?“監督役”としてはともかく、信徒としては構わんのか?
 アレが聖杯を手にすることになっても。そもそも聖杯戦争に参戦していても」
「サーヴァントを選んだのは方舟の、ひいては聖杯の采配。
 私のような一修道女が口出しすることではありません」


727 : 絆‐Speckled Band‐ ◆A23CJmo9LE :2015/11/30(月) 18:41:20 25jU3jtU0

それをいうならあなただって、聖杯にふさわしいかは怪しいものだ、とは言わないが。
それを読み取ったか、キャスターはにやりと笑う。

「俺様以上にこの戦争を勝ち抜くに相応しいものはいないぞ。
 この格式ある儀式への敬意、その一点においては俺様に並ぶ者はいない。
 ましてや、この儀式の在り方を疑うだの、聖杯の機能を調べるなどという不遜な者などもってのほかではないか」
「誰が聖杯に相応しいのか、いずれそれは分かるでしょう。
 ……他に話がないのなら、私も職務に戻りたいのですが」

参加者へならともかく、監督役と行う情報交換としてはモノが足りない。
監視網や手は多少なり欲しくはあるが、ルーラーの啓示で間に合わなくはない。
つまるところ、このサーヴァントはかの百貌のハサンのように、リスクを負ってまで使うほどではない。

「あとは、そうだな。俺様の持つ、裁定者たちに有用そうな情報はそのくらいだ。
 足もいらぬ、となれば仕方ない。
 では一参加者としていくつか聞いておきたいことがあるのだが」
「いいでしょう。迷える仔羊を導くのもまた役目です」

その返事を聞くと、少し待て、と前置きをしてキャスターが懐から手帳を取り出す。
それに杖――魔術礼装らしい――を使ってなにやら書き込んだかと思うとすぐにしまいなおして、話を再開する。

「確認するが、今後も俺様からの情報提供は受けてもらえるとみてよいな?
 その場合、またここに来いということか?」
「ええ、もし話したいことがあるならご足労いただければ」
「そうか……ふむ、では次の問いだ」
「なんでしょう?」
「汝、神を信じるか?」

キャスターの口から出たのは、修道女に対するにはあまりにも愚問。
歪んだ笑みと共に放たれた問いに堂々と答える。

「もちろんです。主が人々を愛するように、私も主を愛しています」
「では改めて問おう。神への愛を語るその口で、よもや虚言など語るまい?
 ……夕刻ここを小娘が訪れ、立ち去って行ったのは知っているのだ。
 あの足取りは意図あって訪れ、そして新たな目的地を得ての歩みだ。何か、教えたのだろう?」

東風谷早苗の来訪を知っている。
そしてその行動の意図も察している、か。

「教会まで覗いているとはあまりいい趣味ではありませんね」
「参加者が訪れる可能性の高い施設だ。敵を知るためには当然だろう。
 だが誤魔化すな。やはりあの小娘に何か教えたのは事実か」
「監督役として他の参加者の情報をみだりに伝えることはできません。
 それに修道女としても、異教の者とはいえ、告解の内容を漏らすことなどもってのほかです」
「ああ、そこまで聞けるとは思ってはおらん。しかし、だ」

参加者への情報提供があった。
それも恐らくは監督役たちへ協力の意を見せるどころか、聖杯戦争に反意を見せる者に。
対応の差に不満を憶えないかと問われれば、そんなはずはないと答えるだろう。

「通達の前後にはB-4に裁定者と共にいたそうだな。
 そこで参加者と接触を持ったとも聞いている。違反者への対応だな?
 そのために参加者に何らかの施しもしただろう。
 神は善なる者にも悪なる者にも、分け隔てなく祝福の恵みを与える、というのはお前たちの主の言葉であろう。
 救いの手を求める者が異なる道を歩むならば、手を差し伸べないのは大罪ではないか?傲慢ではないのか?」
「……なるほど。言わんとすることは分ります」

よりにもよってサーヴァント、それも魔術師のクラスに『説教』をされるのは不愉快だが。
岸波白野に関することで参加者に干渉があったのは事実。
彼に情報を提供し、彼の名を東風谷早苗に伝えたことを察しているのならば引き下がりはしないだろう。
となると

「そこで少しお待ちを」

礼拝堂の裏手、私室にいったん下がる。
目当てのものを引っ張り出してすぐに戻る。


728 : 絆‐Speckled Band‐ ◆A23CJmo9LE :2015/11/30(月) 18:42:43 25jU3jtU0

「お待たせしました。そこまで言うのならば、これをお渡ししておきましょう」

岸波白野に渡したものと同様の携帯端末。
こちらから通話やメッセージの送受信はできるが、向こうからはメッセージへの返信しかできない。
そもそも、この魔術師がこれを使いこなせるとも思えないが。

「必要になればこれにこちらから連絡を入れます。あくまで受信専用機ですので、そちらからの連絡はできません。
 しかし、その時の協力、功績によってはルーラーから改めて何らかの褒章があるかもしれません。
 確約はしかねますが、期待はしてもいいかと思いますよ」
「これに……か」

手渡された端末をじっと見る。
受信のみ、というのは些かと言わず不便だが、それ以上に大きな問題がある。
どう見てもマグルの用いるような機械製品。
俺様は勿論、恐らくはケイネスもまともに扱うことはできまい。
おまけに工房に持ち帰ればその瞬間に、館にかけた防衛呪文により機能を停止するだろう。
……あらゆる意味で、使えん。
とは言えこれ以上の妥協は引き出せんか。
これだけでも、一応の使いようはある。

「うむ。心遣いに感謝する。あとは……」

懐から再び手帳を取り出しめくる。
その中の一節に目を止めると

「遠坂時臣、という参加者はいるのか?」
「遠坂時臣?」

地上の聖杯戦争ではまず聞かれることのない問いだろう。
冬木の御三家頭首が聖杯戦争にいないなど、まずありえない。
この聖杯戦争には、参加していないが……
ケイネス・エルメロイ・アーチボルトが警戒するマスター候補として伝えていたのだろうか。
無用の長物となりかねない端末だけで帰すのもなんではあるし、NPCのことくらいは話しても構わない…はず。
しかし彼の名前の影響は小さくない。
娘が二人に、不出来な弟子が一人参戦している。
家族構成や邸宅などには触れてはまずい。

「遠坂時臣ですね?永人ではなく。
 私の知る限りではマスターとしてそのような名前の人物は存在しません。
 NPCであるならば、そのような名前の人物の葬儀をこの教会で執り行った記録があります」
「おうおう、故人であったか。ならばこれは杞憂よな。
 ……用事はこのくらいだ。いずれ連絡が来ることを期待している。
 それと、最後に一つ贈り物をしよう。ポータス〈移動キーよ〉」

礼拝堂にある燭台の一つに杖を向け、呪文を唱える。
するとその燭台は青く光り、一瞬カタカタと震えたが、すぐに元通りになった。

「ロコモーター・キャンドルスティック〈燭台よ、動け〉」

その燭台を操作し、みだりに触れれられることないよう部屋の片隅へ。

「その燭台は移動(ポート)キーとなった。触れれば、共に月海原学園の校舎裏に転移が可能だ。
 もう一度触れれば、校舎裏からこの教会に戻ることができる。
 あの学園ではまた騒ぎが起こるだろうからな。有効に使うといい」
「……まあ、一応礼を言っておきましょうか。
 教会の備品に無断で手を加えられたことにも、その騒ぎの主犯候補であることも今は目をつぶります」
「俺様は騒ぎを収める側だ。わかってくれ。
 そうだ、足として呼びつけてくれてもかまわんぞ?
 俺様が行ったことのある場所ならば送ることもできるし、また移動キーを作ってもいい。
 未踏の地であっても、地名さえわかれば転移する道具を提供できる。気軽に、な」

それだけ言って緑の粒子を振りまいて霊体化。
ようやく終わったか、と一息つく。
幾度か参加者と接触はしたが、ああいうタイプの曲者とはそういえば話していない。
負担はさほどではないが、あれを教会に招き入れるのは――


729 : 絆‐Speckled Band‐ ◆A23CJmo9LE :2015/11/30(月) 18:43:42 25jU3jtU0

「忘れたていたことがあった。肝心要の件をな」
「…そうですか、なんです?」

再び像を結ぶキャスター。
さすがに応対も丁寧とは言い難くなる。

「もしや名乗った方がいいのかと、思ってな」
「? あなたはキャスターでしょう?」
「ああ、そうだ。まあ、そういうことなら、それでいいのだろう」

ニヤリと笑みを浮かべるヴォルデモート卿。
その笑みの理由に見当がつかず困惑するしかないカレン。

「今度こそ最後の質問だ。これを聞けなければここに来た甲斐がない。
 ……言峰綺礼という男について聞きたいのだ」

その口から紡がれた名前に、平静であった自信は……あるつもりだった。
しかし後から思えばやはりさざ波くらいは立っていたのだろう。

「なぜその男のことを?」
「なぜ?なぜと問うか。遠坂時臣のことにはなぜと聞かなかったお前が、なぜと問うのか?」
 ああ、そうか娘よ。気持ちはわかるぞ。俺様もそうだった!
 父は俺様と母を捨て、のうのうと暮らしていた!
 許し難かった。そうだ、だからだろうな丁度お前くらいの歳の頃に――」

その瞬間は間違いなく平静でなかった。
愉し気に言葉を紡ぐキャスターに武装を突き付ける。

「自分語りに興味はないわ。それともそれは告解のつもり?
 それなら、これで懺悔室まで放り込まれるのがお望みかしら」

ひらりと舞う赤い布、かざされる令呪。
それを見て取ってか、キャスターの興味が移る。

「ほう、それは聖骸布か?いいものを持っているな。伝承保菌者…というほどでもないのか」

自慢の審美眼で聖遺物を見極める。
それとカレンを観察するように幾ばくか眺め、納得したようなそぶりを見せると話を戻す。

「なぜと言われれば、単純なことだ。
 あの男は学園で働いている。ケイネスも学園で働いている。きっかけはその程度よ。
 これより友好的な態度で訪ねようかと思ってな、お薦めの手土産でもあれば教えてもらいたいのだ」
「……そう。今の彼が何を好むかはなんとも言いかねますが。私が昼に食べた中華料理店の麻婆豆腐は好みのはずです」
「む、本当か?ケイネスは無様な悲鳴を上げていたぞ」
「あら、もう体験された方がいらしたのですね。その場に居合わせれば、ラー油の一瓶くらいは差し入れてあげたでしょうに」

残念、と小さくつぶやくのを無視して考える。
悪意が透けては見えるが、虚言はするなと最初に念を押した。
一応は事実だろうか。
……そういえば購買部に一人、あの店の常連がいると話していた気がする。
とはいえこのこの夜遅い時間ではもはや用意できるものでもない。
記憶の片隅にとどめる程度か。

「時間をとらせた。今度こそ失礼する」


730 : 絆‐Speckled Band‐ ◆A23CJmo9LE :2015/11/30(月) 18:45:25 25jU3jtU0

今度は霊体化しないままに退出する。
後姿が遠のくのを確かめ、オルガンに着席しながら今度こそ気持ちを落ち着ける。
ルーラーに合流するのも、このことを話すのも一服置いてからにしよう。

(まさか協力関係を結ぼうなどと言いだしてくるのは、さすがに慮外だったわね)

もしこの場にルーラーがいたならさらにややこしくなっていただろう。
岸波白野に、東風寺早苗に、聖杯戦争自体の歪さは指摘されていた。
そこにきて、参加者の在り方。
聖杯に手を伸ばすサーヴァントの中に神の敵たる死徒、アーカードがいるというのは、それを方舟や聖杯自身が選んだというのは教義的には疑問を持つ者もいよう。
そのくらいで彼女は揺らぎはしないだろうが、こういった交渉に臨むしたたかさは足りない。

(あの端末はこちらから連絡しなければ無用の長物。
 遠坂時臣の情報は、すでに遠坂凛が落ちている以上、大きなものではない。そもそも教会近くに墓標もあるのだから調べればすぐわかる。
 あの男の食の好みなど、どうでもいいこと)

実質あのキャスターが得たものはほとんどない。
関係としても今後に期待、程度のものしか匂わせていない。

(ただ、まあ。あのキャスターがあの男に会おうというのが事実なら)

くすり、と笑みがこぼれる。
その出会いは、ぶち壊しにしてみたいと思うほどに面白そうで――――
――――同時にとても不愉快でもあった。




【カレン・オルテンシア@Fate/hollow ataraxia】
[状態]:健康
[令呪]:不明
[装備]:マグダラの聖骸布
[道具]:リターンクリスタル(無駄遣いしても問題ない程度の個数、もしくは使用回数)、移動キー(教会内の燭台、月海原⇔教会の移動可能)、???
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の恙ない進行時々趣味。
1. 一休みしてからルーラーに合流し、キャスター(ヴォルデモート)との会談について話す。必要なら職務の手伝いも。
2. ルーラーの裁定者としての仮面を剥がしてみたい。
3. 言峰綺礼に掛ける言葉はない……があのキャスター(ヴォルデモート)との接触には複雑な感情。
[備考]
※聖杯が望むのは偽りの聖杯戦争、繰り返す四日間ではないようです。
 そのため、時間遡行に関する能力には制限がかかり、万一に備えてその状況を解決しうるカレンが監督役に選ばれたようです。他に理由があるのかは不明。
※管理役として、箱舟内のニュースや噂などで流れる情報を操作する権限を持っています。
 →操作できるのはあくまで「NPCの意識」だけです。報道規制を誘発させることはできますが、流出してしまった情報を消し去ることや、“なかったこと”にすることはできません。


731 : 絆‐Speckled Band‐ ◆A23CJmo9LE :2015/11/30(月) 18:45:55 25jU3jtU0

「出来損ないのスクイブめ」

教会から少し離れたところで吐き捨てる。
監督役という役割を持つ娘がどのようなものか、心を開いてみればなんと綺礼めと繋がりがあるとは。
しかし聖骸布を持つ魔術師の子がどの程度かと思えば、魔術師としての才は受け継いでおらんスクイブ。
……種は良い。母胎がまずかったのか。
出来損ないに用はないが、使い道はある。
かつて傀儡とした魔法大臣のように利用できればよし。
少なくともカップやロケットのようにあの聖骸布は手に入れておきたい。
それに俺様の名を聞こうともしなかったあの反応、少なくとも奴は我が名を知らぬ。
28もいるサーヴァント、予選期間も考えればそれ以上いたやもしれぬゆえルーラーからまだ伝え聞いていないだけかもしれんが。
奴から俺様の名を調べようとすることは宝具の効果によりない。
つまり俺様への警戒は他のサーヴァントより落ちるだろう、取り入る隙もありそうだ。
そういうことなら、なおのこと綺礼は放っておけんな。

「遠坂時臣とやらの事は聞いたのだ。報告がてら、訪ねても文句は言うまい」

取り出した手帳に三度目を落とし、短く書き込みながら念話でマスターに呼びかける。

『ケイネス』
『…………んむ。は、はい何でしょう我が君』

念話越しの声からも疲れが伝わる。
たかだか一日の勤務ではあるが、聖杯戦争と並行しての精神的なそれが大きいようだ。

『言峰綺礼の住所は調べがついたか?』
『はい。教会近くに住んでいるようです。位置関係的には我らの館と教会の中間のようですね』
『そうか。ご苦労、ひとまず休め。日付が変わるころには合流する。
 自己暗示によるショートスリープくらいは行使できるだろう?宿直室で仮眠をとるがよい』
『お心遣いに感謝いたします』

そういって念話を切る。
周囲は駒で固めているし、あの蟲以外にケイネスの事を知る者はいまい。
あの蟲も早々に仕掛けてくることはなかろう。
万一来たとしても、俺様とケイネスの礼装なら虫けら程度何でもない。
今は、綺礼のもとへだ。

リドルの館方面に放った蛇が這い戻ってくるのを視界に収める。
それといくつか会話を交わし、笑みを浮かべて手帳に文言を書き込む。
そして霊体化して、歩みを進めていった。


732 : 絆‐Speckled Band‐ ◆A23CJmo9LE :2015/11/30(月) 18:47:03 25jU3jtU0

◇  ◇  ◇

あの蛇が監督役と話している。
それはつまりあの教会に訪れるということで、目と鼻の先に彼奴がいるということ。
それを聞きつけたセイバーは離れることを提案したが、やはりこの家を離れる気にはなれなかった。
代わりと言っては何だが、家の電話を使ってある作業を行っている。

遠坂時臣を名乗る何者かに操られた搬入業者。
それと連絡を取っていたのだ。
目的は仮初の業務半分、そして聖杯戦争がらみが半分。
購買の店員としてスタッフと連絡を取り、本日起きた事件の一部始終を伝えていた。
それにより中等部が明日は休講になったが、他は通常通り執り行うので明日もよろしく頼む、と。
そこへ一つ、情報を忍ばせておく。
真玉橋という生徒が、昼頃に騒ぎ立てて以降、姿が見えないから心配している。
昼食を学園でとっていたあなたたちは見なかったか、と。
これが操っていた魔術師に伝われば、動きを予測しやすくなるし、上手くすれば敵同士をぶつけられる。
あまり仕込みすぎても不自然になる。このくらいが限度だろう。

「話は済んだか、キレイ」

がちゃり、と電話を切ったのを見て外を眺めていたセイバーが話しかけてくる。

「うむ。今はまだ師の名を騙る何者かも連絡を入れてなかったらしい。
 来ていれば探りを入れることもできたろうが、これも悪くない」

今この場でやれるのはこのくらいだろう。
新たに得た情報はないが、明朝までにはこの流した情報も伝わるはずだ。
そうでないなら偽時臣は脱落したとみていい。
改めて確認し、探りを入れる必要があるだろう。
屋上に現れた少女や真玉橋については明日学園で調べるしかないか。サーヴァントについても同様。
改めての侵入は、何らかの手引きや協力がなければリスクが高すぎる。

……協力者。
ふと思い立ち、改めて手帳を捲ってみる。
新しいページが熱を持ち、そこに新たな文字が浮かんだ。

―――――――――――――――――――――――――――――――――
先ほど伝えたように、現在監督役と話している最中だ。
残念ながら裁定者とは入れ違ってしまったが。
お前の方から聞いておきたいことはあるか?
伝達くらいなら請け負ってやろう。
―――――――――――――――――――――――――――――――――

あの蛇と、彼女が。
今最も会いたい/遭いたくないと思う人物の筆頭だ。
吐露したい心中はいくらでもある。だが、触れるのが恐ろしいとも思うのだ。

「またあいつが何か言ってきたのか」
「そうだ」

歓喜か恐れか、震える指でペンをとり、つらつらと書き込む。

―――――――――――――――――――――――――――――――――
遠坂時臣という魔術師がいるのか。
それを確かめてもらいたい。
―――――――――――――――――――――――――――――――――

彼女に深く踏み込むのは二の足を踏む…しかし彼を無視はしたくない。
そんな葛藤からきた大して意味のない問い。
しばらくそれを眺め続ける。
クリスマス・イブに聖ニコラスの訪れを待つ幼子のごとく、ひたすらに何かを待った。


733 : 絆‐Speckled Band‐ ◆A23CJmo9LE :2015/11/30(月) 18:48:10 25jU3jtU0


……数分して再び文字が浮かんだ。

―――――――――――――――――――――――――――――――――
お前の問いは伝えてやった。
望む回答を得られたかは保証できんがな。
次は、お前と直接話したいと思っている。
これより向かうつもりだ。
今度は直接、俺様も姿を見せよう。
もし俺様との邂逅を僅かにでも望むなら。敵意以外の何かがあるのなら。
お前の自宅に、歓迎してほしい。
―――――――――――――――――――――――――――――――――

ああ。
やはり、来るか。

胸の内にまた、何らかの情動が沸き起こる。
深淵を覗き込むような、いつまでも見つめていると堕ちてしまいそうな感覚。
その衝動のままに

―――――――――――――――――――――――――――――――――
待っている。
―――――――――――――――――――――――――――――――――

短く返信した。

「セイバー……あの蛇が来る」
「そうか。拒まないんだな、それを」

窓辺に立ったセイバーは瞑想するように目を閉じ、外に意識を向けた。

「悪意とは違う、魔力の気配だ。奴の放った使い魔だろう。
 もう、間もなくだな。あいつが来るのは」

そうか、と返して椅子に腰かけるキレイ。
悪と向き合う、悪を認識する。
それはかつて、多くの勇者に魔王として突き付けた現実だ。
そして、7人の英雄は憎悪(オディオ)を乗り越えた。
キレイの悪性は類を見ないものだが、もしあの蛇と向き合い、なお善性を保てるのならば。
人の本質は、きっと善であろう。
だが、堕ちるのならば。
人とはやはり、その程度なのだ。


734 : 絆‐Speckled Band‐ ◆A23CJmo9LE :2015/11/30(月) 18:49:31 25jU3jtU0




…………暫く経った。
コンコン、と扉をたたく音が響く。
二人してそちらを向き、意識を集中する。

「あの蛇使いの悪意だ」

セイバーが唇をかみながら伝える。
同時に本当に入れるのだな、と睨みつけるが言峰はそれを真っ直ぐに見返すのみ。
セイバーが出向き、扉を開く。

「よい夜だな、綺礼、それにセイバー。邪魔するぞ」

姿は初めて見る。
しかしその悍ましい気配は体が覚えている。
昼間真玉橋と話している最中に僅かに感じた邪気、先ほど校門近くでねめつけてきた深淵。

「ふむ、お前はあまり歓迎してくれないようだなセイバー。
 しかし暖かく家に招き入れられた、ということにしておこう。
 治安のよくないご時世だ、玄関先でぐずぐずしているのは賢明ではあるまい?」

妙な真似をすれば切ると態度で語るセイバーを前にキャスターは涼しい顔だ。
室内に一歩踏み込み、右手をかざして杖を振るうと扉が閉じる。

「思えばこうして直接顔を突き合わせるのは初めてよな。
 先ほど監督役と話して、こうして面と向き合あうのもまた大切である、と実感したわ。
 改めて自己紹介しておこう。キャスターのサーヴァントだ、よろしく頼む。勇者たるセイバーに、代行者言峰綺礼よ」

そちらの紹介はいらんぞ、と言わんばかりに冠をつけて呼ぶ。
それに僅かに驚く二人を尻目に居間へと歩んでいくキャスター。
今の中央に置かれたテーブルの一番奥の席に勝手につき、二人を促す。

「普通なら茶菓の一つでも出るのだろうが、そうはいかんか?
 手土産代わりにこちらが振る舞おうか」

そういってまた杖を振るうと、空中にグラスが三つと古ぼけた瓶が一つ現れる。
瓶が傾き、グラスの中にルビー色の液体を並々と注ぎ、テーブルの各所に配置する。

「この地の館にあった酒の中で一番の上物だ。マグルにも酒を楽しむ趣味はあると見える」

二人に向けてグラスを上げ、一口すする。
対する二人は席には着くもののグラスには手を付けない。

「敵の、それも魔術師が用意した飲み物を口にしろというのか?
 セイバーはともかく、対魔力など持ちえない私に?」
「ああ、そう警戒しないでくれ綺礼。話に来ただけだ。
 だがもっともだな。それでは、そちらはそちらで一献口にするといい」

今度の一振りでは空間が歪むでなく、キャビネットと食器棚が開く。
そこからワインが一瓶と新しいグラスが二つ、宙を舞いテーブルに鎮座した。


735 : 絆‐Speckled Band‐ ◆A23CJmo9LE :2015/11/30(月) 18:50:10 25jU3jtU0

「淡白に見えて上等な逸品だな。お前の趣味か?
 ……どうした、一人酒もなんだ。ともに杯を傾けようではないか」
「いい加減にしろキャスター。キレイに話があるというならさっさとすればいい!」

ギラリとにらまれ、杯を置くキャスター。

「まずは頼まれごとから済ませてしまおうか。
 遠坂時臣、であったな?監督役の把握する限りで、マスターにはいないそうだ。
 だがNPCならば先日教会で葬儀をあげた者にいる、と言っておった」
「やはり時臣師は参加しておられないか」

当然と言えば当然だ。
彼は私と違い、冬木の聖杯が本命中の本命。
聖杯とあればどこにでもいく教会のものとはあまりに事情が違う。
ゴフェルの木片を手にしても臨むことはあるまい。

「それだけか?」
「お前が聞いてきたことはそれだけだったな、そうだろう?
 ここから先言うことは先刻学園の帰り道に伝えた通りよ。俺様と組まんか、とな。
 手帳に返事を書き込み、それにこうして迎えてくれたのだ。
 お前も乗り気なのではないかと期待するが?」

言峰綺礼は沈黙する。
拒絶か、受諾か、何か言葉を吐いてしまうのを恐れ、杯を手にしてワインと一緒に言葉も一息に飲み干す。
――アルコールが喉を焦がす不快な感覚がした。

「ふむ、語る言葉を持たぬか。是非もないな。
 今の俺様は無力なキャスターが三騎士に縋っているだけに見えよう、物乞いでは一蹴されても仕方あるまい。
 いくつか情報を提供しよう」

空になった綺礼のグラスに改めてワインを注ぎながら、情報を反芻する。
どれを伝えるのがよいか、と。

「察していようが俺様の拠点は学園だ。
 屋上に姿を見せた女マスター、シオン・エルトナム・アトラシアについてはある程度把握している。
 他にマスターの情報を一つ。候補にすぎんものならいくつか。
 学園内の情報はほぼ把握しているからな。例えば先ほど、俺様がお前と話し込んでいる隙に検索施設で騒いだ不埒者がいることも知っている。
 時間をかければより他のマスターも確実に絞り出せよう。
 そして検索施設の一つをうまくすれば独占できるやもしれん」

まずは地の利。
魔術師として構える陣地の強み。

「察していようが、俺様は蛇を従える。
 綺礼、お前ほどの実力者なら敵ではないが、低俗なマグルどころか、そこらの魔術師ならばかみ殺すのも容易い。
 そして奴らの耳目は貴重だ。
 様々な事象を俺様に伝えてくれる。お前という存在を教えてくれたのもかわいい蛇たちよ」

次に人の、ならぬ蛇の和。
そこまで言うといったん言葉を切り、懐に手をやるが

「む、地図は預けたままだったか。まあよかろう。
 …蛇を配置していたのは五ヶ所。
 学園に多くを見張りとして、図書館、大学病院の検索施設近く、その大学のキャンパス、教会に斥候としてだ。
 大学病院と大学の蛇は殺されてしまったがな。その際一切痕跡を伝えずに殺したことからアサシンのクラス、あるいは獣殺しのサーヴァントとみている。
 それとは別に大学には淫魔のような、性行為を得意とするものも目をつけているようだ。
 他に学外で確認した参加者は三組。教会に訪れた者どもは容姿程度しかわからんが、図書館近くで交戦していた二組を見かけた。
 その間は図書館内や他の事象の監視はおざなりになってしまったのは蛇の不手際だが……それでも十分意義のある情報だと思うぞ。
 特にお前たち二人にはな」

勇者の剣を持つセイバーと、死徒狩りの代行者たるマスターに語る。

「蒼のセイバー。掲げた剣は、ああ見間違えるはずもない。刻まれたその名はロト。
 勇者伝説、その始まりを築いた伝説の英霊だ。
 セイバー、お前とて一筋縄でいく相手ではあるまい?
 朱のサーヴァント…アーチャーかと思う。下賤な銃をもっていたからな。無限の再生と無数の魔を従える男。
 かつて吸血鬼をも部下にした俺様だからわかるぞ、あれも同類、死徒の類よ。
 ニュースは伝え聞いているな?学園の補欠教員が暴行事件を起こしたのだからそこの職員のお前も小耳にはさんではいるはずだ。
 その教員が呼んでいた名がある。
 …アーカード。おそらくアレがドラキュラの逆綴り『ARUCARD』であろう。
 綺礼、放っておいていいのか?聖なる杯に、カインの子が手を伸ばしているぞ?」

蛇を通じて伝え聞いた闘争。
その思考を覗き、盗み見た情報ともろもろを合わせ、二騎のサーヴァントの真名を報告する。


736 : 絆‐Speckled Band‐ ◆A23CJmo9LE :2015/11/30(月) 18:50:47 25jU3jtU0

「……蒼のセイバー、ロトのマスターについてはわかるか?」
「む?マスターか」

オルステッドが口を挟む。
かの勇者がいるのは知っている。
しかし出まかせの可能性も否定はできない。

「女だ。紫がかった金髪に、ゴシック風のドレス。
 吸血鬼の方のマスターと闘う、腕に覚えのある性質らしい。負けたそうだが」
「目撃したのはいつごろだ?」
「昼過ぎ。通達の後だ」

寺で会ったのは朝方。
交通機関を利用すれば移動範疇か。
容姿も一致する。

『キレイ、どう思う?』
『情報に偽りはないだろう。学園で勝手がきくならあの真玉橋という生徒の事も調べられる。
 私情だが、死徒というのも気にかかるところだ。話自体はそう悪くない』
『……私は君に従おう、キレイ』

念話でやり取り。
相談、というよりは分り切ったことを確認するようなものでしかなかったが。
なぜ自らが招かれたのか。なぜ死徒が聖杯戦争にいるのかは、それに近似する疑問だ。

「死徒を狙うのを優先するならば、そのための協力関係は結んでもいい」
「ほう、勇者より吸血鬼を優先するか。あちらのほうが難敵だと思うがな。
 まあよい。職務に忠実なのはいいことだ。受けよう、その提案。
 そちらから他に何かあるか?話すだけならば、いくらでも構わんぞ。こちらからもいくつか頼みたいしな」

前向きな答えを聞けて喜びを露にする。
盟を結ぶなら、具体的に話を詰めようと。

「ロトとそのマスターについてだが。
 私たちは彼女らと不戦協定を結んでいる。手を出すつもりはない」
「今のところは、だろう?だがそういうことなら構わん。
 優先順位が吸血鬼狙いなら、当面は変わらんからな。
 それに俺様もシオン・エルトナム・アトラシアと接触を持っていてな。あれから連絡が来る可能性に多少は期待したい」

一日あれば多少なり関係はできてくる。
その全てを清算しようなどとは言わない。
むしろお互い、利用できるところは利用したいのが当然だろう。

「アトラシア……アトラスの錬金術師。それがあの屋上にいたマスターか。
 わかった。それはひとまず後だ。
 ロトたちは寺院を拠点にしていた。そこに手を伸ばすのは控えてもらおう。
 それと一応伝えておくと、真玉橋という男子生徒はマスターだ。優先順位は下がるが、警戒対象としては憶えておけ」
「寺か。霊地として使えるなら拠点移しも考えるつもりだったが。
 まだしばしは学園といくつかの家屋で妥協するとしよう。
 それにマスターの情報か。調べさせておく」

そういうと念話を送ろうとして……やめる。

「おっと我がマスターは今頃眠りの中だ。まだ起こすわけにはいかんな」
「そうだ、お前のマスターは顔を出すつもりはないのか?
 こちらの事ばかり漁っておいて、肝心のマスターは隠れたままか?」

激しい口調のセイバーだが、それをなだめるようにキャスターが答える。

「もちろん引きあわせるつもりであった。
 俺様がこうして顔を出した時点でそのくらいには誠意を見せる覚悟は示せたと思っていたが。
 ただ、あやつ…ケイネスは少々疲れておってな。仮眠をとっている。
 日付が変わるころには起きてくる。そうしたら四人肩を並べて展望を語ろうではないか」

そういいながら時計に目をやる。
移動や監督役との会談に多少は時間を使ったが、まだ今少しの間がある。


737 : 絆‐Speckled Band‐ ◆A23CJmo9LE :2015/11/30(月) 18:52:30 25jU3jtU0

「しばし手持無沙汰になるが、今宵はどうするつもりであった?」
「聖杯戦争は夜が本番だ。NPCへの影響を考えるにそれはこちらでも同様だろう」

まだ動くつもりだとそう述べる。
それを聞いてキャスターの蛇のような笑みが深まる。

「ロト。アーカード。サーヴァントの情報はある。
 そしてお前から学園に所属するマスターの情報も入った。
 これより再び学園に赴き、それらの情報を精査しようと思う。
 俺様とケイネスならば、この時間学園にいても何らおかしくはないし、あそこはもはや俺様の庭だ」
「では行くか」
「まあそうあわてるな。ここで歓談を肴にグラスを空にしてからでも遅くあるまい」

立ち上がろうとする言峰を引き留める。
そして何を思ったか、変幻自在手帳を取り出してめくり始めるキャスター。

「なんだ?言いたいことがあるなら私に直接言えばいいだろう」
「無論だ。遠坂時臣というのはお前の師なのだな?」
「そうだが」

そういえばその名を騙る何者かがいることをまだ話してなかった。
もしやこの魔術師ならあの暗示を破り、さらに深く情報を引き出せるやもしれん。
そう思い返し、改めて問おうとするが、されより先にキャスターの方がしゃべり始める。

「俺様が仮に師と呼ぶ者がいるとするならば、忌々しいがこの杖に所縁ある老魔術師になる。
 あの男が教鞭を振るう学園で7年学び、そして――ああ、悔しいが認めよう――俺様よりも優れた魔術の腕を、ある一面では持つ男だった。
 仮に俺様が恐れる存在がいるとするならば、それは奴を置いて他ない」

脳裏に浮かぶは銀色の髪とブルーの瞳。
アルバス・ダンブルドア。
この杖の芯に用いられているのは奴の従える不死鳥の尾羽だし、そして宝具『死の秘宝が一、ニワトコの杖(エルダー・ワンド)』をかつて所有した魔術師。

「難敵であった。障害であった。故に、殺そうとした。
 計略を練り、忍ばせた我が部下により息の根を止めさせた。
 ……結果奴は死んだ。俺様の部下と、俺様の計略に殺されたのだ。
 と、思っていた。どうやら部下の裏切りにより、死は事実であってもそれは奴の自殺と考えるモノもおるようだが」

そのせいで『死の秘宝が一、ニワトコの杖(エルダー・ワンド)』は忠誠を誓わない。
そのせいでハリー・ポッターに敗北する羽目になった。
忌々しさに顔をしかめるが、本題はそこではないと戒める。

「何が言いたい?」
「俺様も、師を失っているというだけの事だ。そしてな、悔しいのだよ。
 この手で師を殺め、超えることができなかったのが。奴は最期まで俺様の上を行ったのか、と。
 お前はどうだ綺礼?師がすでに故人であると聞いて何を思った?」
「何を馬鹿な……」

そもそもここで命を落としたのはNPCだろう。
本物の時臣師は今も冬木で聖杯戦争に臨む準備をしているはずだ。

そう口にするだけでよかった。
だが仮初であっても身近なものの死というものは、かつての経験を想起させた。

何よりも■■したいと思った、銀色の髪の――――


「――――ヵ、ァ…! ハァッ、ハァ……!」

思考に靄がかかり、呼吸と鼓動が乱れる。
その様を見て心配どころか笑みを深めるキャスター。

「……」

セイバーもまた沈黙を保つ。
その苦しみの理由を理解するがゆえに、彼は何も語ることはできない。

「悩むか、はたまた惜しむか、綺礼。虚無が訪れたのは事実であろう。
 では何を惜しんだのか、それがお前を悩ませる因子よな。
 ……二つ、贈り物がある」

くるり、と杖を振りテーブルの上に物を並べる。
一つは携帯端末、もう一つは何かが書かれた紙だ。
紙の方に手を伸ばし、何が書いてあるのか確かめる。
いくつかの名前と、住所。
どうやら学園で調べた生徒や教師のもののようだが……


738 : 絆‐Speckled Band‐ ◆A23CJmo9LE :2015/11/30(月) 18:53:07 25jU3jtU0

「マスターらしきものについて調べた。
 真玉橋というのはないが、少し気になる名があったぞ」

シオン・エルトナム・アトラシア。
ジナコ・カリギリ。
美遊・エーデルフェルト。
他に欠席者の名前らしいものがいくつかあり、そこにある名に目が留まる。
遠坂凛。
時臣師の、娘御だ。

「その遠坂というのは本日学園を無断欠席した者らしい。
 小等部の生徒らしいが、心当たりがあるのではないか?」

字も年のころも間違いない。
NPCである可能性もあるが……マスターではないかと言われれば確かに疑わしい。

「師はいないだろうが、その親族…娘か?それがいるかもしれんぞ。
 マスターとしてな。庇護するのか?それとも――――
 いやいや、もしかするとこの地の遠坂時臣のようにすでに命を落としているかもしれんか。
 そうなると、どうするのだ?どうしたいのだ?」

どうするべきが、それは問われるまでもない。
だが、どうしたいかと問われれば、それは――――

「いるのならば、庇護を優先する。妹弟子を傷つけるわけにはいかない」
「すでに殺されていたなら?」
「その時は――――ッ!そんな仮定の話に意味があるのか!?」

思わず怒鳴り散らす。
そもそもそれを調べるのも、貴様がなすことではないのか。

「確かに無意味だったな。忘れてくれ。
 ……そちらの機械だが。あの監督役に渡されたものでな、一応の協力関係の証といったところか。
 あいつらから必要に応じて連絡をとれるよう渡されたものだ。お前が持っていてくれ」
「……あの、女の?そんな重要なものをなぜ私に渡す?」

再び思考に靄がかかりそうになるが、それを払い話し続ける。

「恥ずかしながら、俺様もマスターも機械に疎い。
 誤って壊しては大変だ。お前なら心配ないだろう、綺礼?
 もし何か連絡が来たら教えてくれ」

理には、適っている。
察した通りこの主従は生粋の魔術師なのだ。
ならば戦略上、私が持つのも仕方ない……のか。
あの女とつながる、端末を。

「…わかった。いいだろう」

震える声と手で、端末と、マスタ―候補の情報が書かれた紙をしまう。
再びキャスターが時計に目をやるが、当然まだ時間はある。
ようやく移動をはじめるのかと思いきや、まだ何か話すようだ。

「一応は俺様なりの気遣いでもあるのだ」
「気遣いだと?」
「そうだ。師を超え損ねた男で、かつ肉親を殺めた先達のな」

蛇のようなキャスターの目と、濁った綺礼の目が合う。

「あの監督役にも話したのだがな、俺様の父は母を捨てた。
 そして、母の兄、つまり俺様にとっての伯父もまた母を助けようとはせなんだ。
 俺様を孤児院に放り込んですぐに母は命を落としたそうだ。
 ……殺してやった。父とその一族は苦しめ、辱め、無残に殺してやった。
 伯父はあれで母に一応の愛情を持っていたらしいのでな、殺しはしなかった。
 功績を与えてやったよ。妹の仇をとったという功をな!」

高らかに笑いだすキャスター。
それに閉口し、さっさと終わらせようとグラスに手を伸ばし、それを空にする。

「役人に向けて、俺様の為した殺戮を自ら為したかのように謳ったそうだ。
 最期まで自らが何もしていないことに気付かず、獄中で狂い死んだよ、我が伯父は!
 植え付けられた偽の記憶を誇り続けたのだ、あの男は!」

語るのは一人、魔術師のみ。
母の復讐という大義のある行動ではある……が。
それを愉しむ感性は尋常ではない、悪であると言わざるを得ない。
言峰綺礼も、オルステッドもそう感じている。
オルステッドは、それに眉をしかめていた。
言峰綺礼は、口にしたワインの芳醇な味に驚いていた。


739 : 絆‐Speckled Band‐ ◆A23CJmo9LE :2015/11/30(月) 18:53:38 25jU3jtU0

「フフ、すまないな。家族の事を話すとは。なんと俺様も感傷的になったものよ。
 綺礼、憶えておくといい。父に捨てられた子は、何をしでかすかわからんぞ」
「それが言いたかったことか」

自然と端末へと意識が向く。
もし、そこから流れる声の主が――――
それも一つの結末となりえるだろう、そう考える。

「もう一つ。父の一族を殺し、伯父を貶めたのは俺様にとっても大きな経験だった。
 思えばあれが一つの転機だったかもしれん。死への飛翔よ、生まれ変わったのだ」

『トム・マールヴォロ・リドル』を捨てて、『ヴォルデモート卿』に。
口は出さずそう思う。
あの殺人により分霊箱を一つ作ったという意味でも、肉親を捨て俗世との繋がりを断ったという意味でも。
それに力を手にするために、セブルスの願いも命も捨てた。
未練が全くなかったわけではない。
だが魔術の基本は等価交換。何かを得たくば、何かを捨てねば。

「身近な存在を切り捨てるのは、己を成長させるかもしれんな、綺礼。
 師を超えるのは弟子の宿命であり、父を超えるのは子の宿命だ。
 その壁を超え損ねても、お前にとってのその在り方を引き継ぐものはいるはずだ」

殺し損ねた男の在り方を受け継いだ子が。
殺し損ねた女の面影を残した子が。

「……さて悪くない時間だ。そろそろ学園へ向かうぞ。
 俺様の手を取れ、綺礼。それにセイバー。〈姿くらまし〉、いや空間転移を行う」
「そんなことまでできるのか」

不穏な呟きを無視し、キャスターの手を眺める。
同じようにセイバーも悩んでいるようだった。

「どうした?何をためらう。さあ、俺様の手を取れ二人とも」

セイバーの対魔力は高位のものだが、治癒や転移など己にとって都合のいいものは受け入れることもできる。
多少の呪いならば弾ける。
迷いながらも、オルステッドはヴォルデモートの左腕をつかんだ。
それより少しだけ長い時間、言峰綺礼はその手をじっと見つめ、ついにはヴォルデモートの手を取った。

「では、いくか」

杖を右手に構え、回転。
すると綺礼、オルステッドお二人ともに太いゴム管の中に押し込められるような感覚を覚えた。
全身が圧縮され、息が詰まるかと思ったが、すぐに解放される。
目の前の景色は、狭い家屋から広大な学園の敷地内に変わっていた。

「俺様たちは図書室の検索施設だ。生徒に関しては目についたものに調べさせよう」

先行するキャスターに続く。
堂々と晒されたその背中はセイバーの手を借りずとも、黒鍵で貫くだけで殺めることができそうだ。
セイバーなら隙を突く必要もなく、対峙した時点で勝利が決まるといっても過言ではない。
ほどほどに有能であり、切り捨てるのは容易い。
バトルロイヤルの協力者としては申し分ない。

(そう。それだけだ。死徒の情報含め、扱いやすいものと組むのが常道)

情報の収集に関して、足と拙い暗示で探すよりは効率的だ。
……そうだ、暗示の事をまた忘れそうになっていた。

「キャスター」
「なんだ」
「言い忘れていたが、遠坂時臣を名乗る何者かが、搬入業者に暗示をかけてここに探りを入れていたのだ。
 一応こちらで暗示を重ね掛けして放ったが、相手の正体はつかめていない。
 あちらにつながる情報は一切残さない、やり手だ」

加えて先ほど彼らに連絡を入れたことと、その内容も伝える。
なぜ遠坂時臣について聞いたのかも納得したようだ。

「その業者と接触するかもしれん、というわけか。
 よかろう。蛇どもに気に留めるよう伝えておく」

会社名とトラックの特徴、社員の容姿など伝える。
すると杖から蛇を召還し、いくつかは姿を消して、街へと向かっていった。


740 : 絆‐Speckled Band‐ ◆A23CJmo9LE :2015/11/30(月) 18:54:33 25jU3jtU0

「死徒を見かけた図書館を中心に、何らかの騒ぎが起きている区画に追加だ。
 ジナコ・カリギリの誘いに乗って現れるかもしれんからな。
 何匹かはルーラーを尾ける。あれが見つけてくれるかもしれんからな」

改めて図書室へ向かう。
その道中で接触した教師に生徒の情報の事を指示するキャスター。
……暗示の深さ。
私など目でなく、時臣師すらしのぐか。さすがにサーヴァント。

「真玉橋という男子生徒について調べておけ。
 俺様たちと会ったことは忘れろ。これは校長の指示だ、いいな?」
「はい。承りました。
 ああそうだ。伺っておきたいのですが、高等部の間桐桜さんとの連絡はつきませんか?
 欠席連絡は受け取っているのですが、そのあと自宅に連絡しても留守のようでして」
「ほう」

暗示を受けた教師が同僚に持ち掛けたつもりの相談。
その生徒の連絡先も伝えておけば対処するとだけ答え、別れる。
言峰ともすれ違ったが、視界に入らなかったように――すでに忘れたように、目礼もなく去っていった。

(間桐桜……マキリの者か?頭首の老人については聞いているが、それ以外は……
 話題に上がったことがなかったな。避けていたのか、見限っていたのか)

一応候補として抑えるようだ。
必要ならマキリの事も話すが、後でいいだろう。
まずは検索施設。
そこで一応ロトと、アーカードについて調べる。

(しかし強大な死徒、それもサーヴァントの感知を潜り抜けて使い魔を回収できるものなのか?
 それほどにこのキャスターができるということなのか?)

言峰の脳裏に僅かな疑問が走る。
近似する内容をオルステッドも考える。
かの天空の勇者が使い魔を取り逃がすことがあろうか、と。
そして彼らはあずかり知らないことだが、図書館の周りには数多の強者が他にもいた。
魔術師殺しの異名をとる魔術使い。
かつて神を下した魔神皇。
千里を見通す鷹の目を持つ正義の味方。
脆弱な憑依霊の霊絡すら掴む死神代行。

彼らがいくらちっぽけは言え、揃って魔術師の使い魔を見落とすなどということがあり得るのか。
取り逃された蛇は、天空の勇者と死なずの君の情報を闇の帝王に伝えた。
その結果は死徒を狩る代行者言峰綺礼と、勇者への強い警戒を持った闇の帝王の盟だ。
そして彼らが今いる学園には、魔王復活を掲げるレブナントが向かっている。
彼女との対立もまた、闇の帝王の憂いの一つ。

オルステッド。
ヴォルデモート。
シアン・シンジョーネ。
蟲毒のごとく、交わり、噛み合い、紡がれるは英雄譚ならぬ魔王譚。

世界が求めたのでなかろうか。
数多の英雄の手から蛇を逃すことで新たな魔王の誕生を。
『勇者』の対峙するべき『魔王』が現れ、新たな勇者の物語が紡がれることを。
――――魔王などどこにもいなかった、その物語の果てに魔王(オディオ)が生まれたように。

勇者と魔王は知っている。
光ある限り、闇もまたあることを。
魔王からは逃げられないことを。
そして憎しみがある限り、いつの世も、誰しもが魔王になり得ることを。


741 : 絆‐Speckled Band‐ ◆A23CJmo9LE :2015/11/30(月) 18:59:15 25jU3jtU0

【C-3 /月海原学園/一日目 夜間】


【言峰綺礼@Fate/zero】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]黒鍵
[道具]変幻自在手帳、携帯端末機
[所持金]質素
[思考・状況]
基本行動方針:優勝する。
0.???
1.キャスター(ヴォルデモート)を利用し、死徒アーカードに対処する。
2.黒衣の男とそのバーサーカーには近づかない。
3.検索施設を使って、サーヴァントの情報を得る。
4.トオサカトキオミと接触する手段を考える。
5.真玉橋やシオンの住所を突き止め、可能なら夜襲するが、無理はしない。
6.この聖杯戦争に自分が招かれた意味とは、何か―――?
7.憎悪の蟲に対しては慎重に対応。
[備考]
※設定された役割は『月海原学園内の購買部の店員』。
※バーサーカー(ガッツ)、セイバー(ロト)のパラメーターを確認済み。宝具『ドラゴンころし』『狂戦士の甲冑』を目視済み。
※『月を望む聖杯戦争』が『冬木の聖杯戦争』を何らかの参考にした可能性を考えています。
※聖陣営と同盟を結びました。内容は今の所、休戦協定と情報の共有のみです。
 聖側からは霊地や戦力の提供も提示されてるが突っぱねてます。
※学園の校門に設置された蟲がサーヴァントであるという推論を聞きました。
 彼自身は蟲を目視していません。
※トオサカトキオミが暗示を掛けた男達の携帯電話の番号を入手しています。
→彼らに中等部で爆発事故が起こったこと、中等部が休講になったこと、真玉橋という男子生徒が騒ぎの前後に見えなくなったことを伝えました。
※真玉橋がマスターだと認識しました。
※寺の地下に大空洞がある可能性とそこに蟲の主(シアン)がいる可能性を考えています。
※キャスター(ヴォルデモート)陣営と同盟を結びました。
 アーカードへの対処を優先事項とし、マスターやサーヴァントについての情報を共有しています。


【セイバー(オルステッド)@LIVE A LIVE】
[状態]通常戦闘に支障なし
[装備]『魔王、山を往く(ブライオン)』
[道具]特になし。
[所持金]無し。
[思考・状況]
基本行動方針:綺礼の指示に従い、綺礼が己の中の魔王に打ち勝てるか見届ける。
1.綺礼の指示に従う。
2.「勇者の典型であり極地の者」のセイバー(ロト)に強い興味。
3.憎悪を抱く蟲(シアン)に強い興味。
[備考]
※半径300m以内に存在する『憎悪』を宝具『憎悪の名を持つ魔王(オディオ)』にて感知している。
※アキト、シアンの『憎悪』を特定済み。
※勇者にして魔王という出自から、ロトの正体をほぼ把握しています。
※生前に起きた出来事、自身が行った行為は、自身の中で全て決着を付けています。その為、『過去を改修する』『アリシア姫の汚名を雪ぐ』『真実を探求する』『ルクレチアの民を蘇らせる』などの願いを聖杯に望む気はありません。
※B-4におけるルール違反の犯人はキャスターかアサシンだと予想しています。が、単なる予想なので他のクラスの可能性も十分に考えています。
※真玉橋の救われぬ乳への『悲しみ』を感知しました。
※ヴォルデモートの悪意を認識しました。ただし気配遮断している場合捉えるのは難しいです。


742 : 絆‐Speckled Band‐ ◆A23CJmo9LE :2015/11/30(月) 19:00:18 25jU3jtU0

【キャスター(ヴォルデモート)@ハリーポッターシリーズ】
[状態]健康、魔力消費(中)
[装備] イチイの木に不死鳥の尾羽の芯の杖
[道具]盾の指輪(破損)、箒、変幻自在手帳
[所持金]ケイネスの所持金に準拠
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯をとる
1.綺礼と協力し、アーカードに対処する。
2.綺礼を通じてカレンを利用できないか考える。
3.シオンからの連絡に期待はするが、アーチャーには警戒。
4.ケイネスが起きたら一応合流して面通しくらいはする。
5.〈服従の呪文〉により手駒を増やし勝利を狙う。
6.ケイネスの近くにつき、状況に応じて様々な術を行使する。
7.ただし積極的な戦闘をするつもりはなくいざとなったら〈姿くらまし〉で主従共々館に逃げ込む
8.戦況が進んできたら工房に手を加え、もっと排他的なものにしたい


[備考]
※D-3にリドルの館@ハリーポッターシリーズがあり、そこを工房(未完成)にしました。一晩かけて捜査した結果魔術的なアイテムは一切ないことが分かっています。
 また防衛呪文の効果により夕方の時点で何者か(早苗およびアシタカ)が接近したことを把握、警戒しています。
※教会、錯刃大学、病院、図書館、学園内に使い魔の蛇を向かわせました。検索施設は重点的に見張っています。
 この使い魔を通じて錯刃大学での鏡子の行為を視認しました。
 また教会を早苗が訪れたこと、彼女が厭戦的であることを把握しました。
 病院、大学、学園図書室の使い魔は殺されました。そのことを把握しています。
 使い魔との感覚共有可能な距離は月海原学園から大学のあたりまでです。
→現在学園と教会とルーラーの近くに監視を残し、他は図書館と暴動の起きているところを探らせ、アーカードとついでに搬入業者を探しています。
※ジナコ(カッツェ)が起こした暴行事件を把握しました。
※洗脳した教師にここ数日欠席した生徒や職員の情報提供をさせています。
→小当部の出欠状況を把握(美遊、凛含む)、加えてジナコ、白野、狭間の欠席を確認。学園は忙しく、これ以上の情報提供は別の手段を講じる必要があるでしょう。
→新たに真玉橋、間桐桜について調べさせています。上記の欠席者の個人情報も入ってくるでしょう。
※資料室にある生徒名簿を確認、何者かがシオンなどの情報を調べたと推察しています。
※生徒名簿のシオン、および適当に他の数名の個人情報を焼印で焦がし解読不能にしました。
※NPCの教師に〈服従の呪文〉をかけ、さらにスキル:変化により憑りつくことでマスターに見せかけていました。
 この教師がシオンから連絡を受けた場合、他の洗脳しているNPC数人にも連絡がいきヴォルデモートに伝わるようにしています。
※シオンの姿、ジョセフの姿を確認。〈開心術〉により願いとクラスも確認。
※ミカサの姿、セルベリアの姿を確認。〈開心術〉によりクラスとミカサが非魔法族であることも確認。
 ケイネスの名を知っていたこと、暁美ほむらの名に反応を見せたことから蟲(シアン)の協力者と判断。
※言峰の姿、オルステッドの姿を確認。〈開心術〉によりクラスと言峰の本性も確認。
※魔王、山を往く(ブライオン)の外観と効果の一部を確認。スキル:芸術審美により真名看破には至らないが、オルステッドが勇者であると確信。
※ケイネスに真名を教えていません。
※カレンはヴォルデモートの真名を知らないと推察しています。
※図書館に放った蛇を通じてロトとアーカードの戦闘を目撃しました。
 それとジナコの暴行事件から得た情報によりほぼ真名を確信しています。
※言峰陣営と同盟を結びました。
 アーカードへの対処を優先事項とし、マスターやサーヴァントについての情報を共有しています。
 それによりいったん勇者ロトへの対処は後回しにするつもりです。


743 : 絆‐Speckled Band‐ ◆A23CJmo9LE :2015/11/30(月) 19:01:27 25jU3jtU0
【C-3 /月海原学園、宿直室/一日目 夜間】


【ケイネス・エルメロイ・アーチボルト@Fate/Zero】
[状態]睡眠、健康、ただし〈服従の呪文〉にかかっている
[令呪]残り3画
[装備] 月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)、盾の指輪
[道具]地図 、自動筆記四色ボールペン
[所持金]教師としての収入、クラス担任のため他の教師よりは気持ち多め?
[思考・状況]
基本行動方針:我が君の御心のままに
0.仮眠中。零時には目覚めるよう自己暗示済み。
1.起きたらキャスターの指示に従い、合流する。
2.他のマスターに疑われるのを防ぐため、引き続き教師として振る舞う
3.教師としての立場を利用し、多くの生徒や教師と接触、情報収集や〈服従の呪文〉による支配を行う
[備考]
※〈服従の呪文〉による洗脳が解ける様子はまだありません。
※C-3、月海原学園歩いて5分ほどの一軒家に住んでいることになっていますが、拠点はD-3の館にするつもりです。変化がないように見せるため登下校先はこの家にするつもりです。
※シオンのクラスを担当しています。
※ジナコ(カッツェ)が起こした暴行事件を把握しました。
※B-4近辺の中華料理店に麻婆豆腐を注文しました。
→配達してきた店員の記憶を覗き、ルーラーがB-4で調査をしていたのを確認。改めて〈服従の呪文〉をかけ、B-4に戻しています。
※マスター候補の個人情報をいくつかメモしました。少なくともジナコ、シオン、美遊のものは写してあります。


744 : ◆A23CJmo9LE :2015/11/30(月) 19:02:25 25jU3jtU0
投下終了です。
指摘などあればお願いします。


745 : 名無しさん :2015/12/01(火) 22:42:44 Nu8s7V3w0
投下乙です。水面下でヴォルデモートが凄いよく動く。
情報力が圧倒してるとこれだけ回せるのか。
カレンから弱みを握り協力を得たり探り綺礼を言葉で翻弄する。戦うことなくこれだけ状況を把握してみせる手腕。どれも見事の一言。
街を行く所蛇の目あり。所在を握られたマスター、目下ターゲットにされたアーカードの行方が気になる作品でした。


746 : 名無しさん :2015/12/02(水) 12:52:17 z8EvYV.U0
乙です
綺礼がうまいワイン飲んでるけど、これお辞儀さん内心綺礼が悲劇を楽しんでること知ってて過去バナしてるよね
悪の帝王だからこういう悪意を扇動したり、悪の素養を持つ者を見つけるのは大得意なんだろうな
流石カリスマ持ちだぜ


747 : <削除> :<削除>
<削除>


748 : 名無しさん :2015/12/14(月) 00:37:54 LFwlRGJ20
でも魔王オディオだったら帝王様より強いんだけどね・・・
勇者状態ならキツイが勝てるか?


749 : 名無しさん :2015/12/14(月) 11:20:00 1fhcA/t2O
>>748
あの人は、対魔力持ちには勝てない


750 : 名無しさん :2016/02/10(水) 23:59:53 KuHvC0Qc0
終わり!閉廷!


751 : 名無しさん :2016/02/14(日) 21:02:50 w/wvBkxE0
しかしこのスレまったく動かんな.....大丈夫なのだろうか。


752 : 名無しさん :2016/02/14(日) 23:06:39 7Tv11SHI0
FGOとかのに人流れたのかもね
パロロワでも聖杯戦争が成立する事を証明してくれたシリーズだから、打ち切りにならないでほしいなぁ


753 : 名無しさん :2016/02/14(日) 23:10:52 swy0m9mw0
予約自体は入ってるからぼちぼち待とうや


754 : 名無しさん :2016/02/23(火) 01:55:37 2qGKcJLk0
氷室の天地とかは存在自体知らない人もいそうだ


755 : ◆WRYYYsmO4Y :2016/02/24(水) 23:04:03 O1uk291E0
投下します。


756 : 話【こうしょうのじかん】 ◆WRYYYsmO4Y :2016/02/24(水) 23:07:37 O1uk291E0


 ああ、楽しい。とても楽しい。
 闘争だよ、考えてもみたまえ、君。


配点(戦争・平和)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


【1】


 交渉をする際にまず必要なものは、言い分を聞かせる為の土壌だ。
 相手がこちらと同じ土俵に建つ事で、初めて交渉というものは成立する。
 逆に言ってしまえば、相手に聞く気が無いのなら、それは交渉以前の問題という事で。

(五分五分、だよなぁ)

 五分五分とは、相手が交渉に応じる確率を指している。
 アーカードとアンデルセンの事は、既にライダーから聞き及んでいる。
 片や闘争の狗、片や狂信者。どちらも人の話を聞かない暴れ馬だ、と。

 もし彼等がそっぽを向いて飛び去ってしまえば、この交渉は失敗に終わる。
 まだ本題にさえ入っていないというのに、膝を付く羽目になってしまうのだ。
 正純としては、そればっかりは何としても避けたい事態ではある、のだが。

(……にしても、いくらなんでも殺気立ちすぎじゃないか?)

 正純がこの場に現れてもなお、アーカードとアンデルセンの殺気は衰えない。
 視線はこちらに向けているものの、手に持つ武器は互いに突き付けたままだ。
 文字通りの一触即発、ふとしたきっかけで戦闘が起きかねない。

 どうするべきか。このまま話を続けた方がいいのだろうか。
 そもそも、あの体勢でこちらの話を聞く事は可能なのか。
 やはりここは、一旦武器を下ろしてもらうべきなのではなかろうか。

「……ちょっと!人の話を聞くなら武器しまいなさいよ!」

 この張り詰めた空気に合わない、幼い少女の声がした。
 正純の隣に立つアーチャーが、アーカード達に呼びかけたのだ。
 矮躯といえどやはりサーヴァント、子供とは思えない度胸である。

 一方の正純は、背中の温度が低下していくのを感じていた。
 あの言い方では、逆に二人の気を立てる結果になるのではないか。
 どうか穏便に済んでほしいと、そう願わずにはいられない。


757 : 話【こうしょうのじかん】 ◆WRYYYsmO4Y :2016/02/24(水) 23:09:31 O1uk291E0

「それもそうだな、このままでは話を聞くのもままならん」
「……これ以上王を待たせるつもりか」
「なに、すぐに済む」

 意外な事に、彼等は素直に武器を下ろした。
 どうやらあの二人、思ったより話が分かるのかもしれない。
 少佐の言伝とはやや異なる様子に、正純はほっと息をついた。

 アーカードは口元に微笑を浮かべ、一方のアンデルセンは眉間に皺を寄せている。
 見た所、アンデルセン側が何らかの約束を取り付けているようだ。
 やはりタイミングを見誤っただろうか。だとしても、もう後には戻れない。

「さて、少佐の遣い。お前は真に戦うべき者がいる、そう言ったな。ならば答えてみせろ、私達を何と戦わせるつもりだ?」
「"聖杯"。貴殿らが求める願望器そのものだ」

 正確に言えば、聖杯戦争の元凶たる聖杯と交渉するのだ。
 聖杯を砕くのは、その交渉が決裂した場合の話である。
 補足をしようとして正純は口を開こうとするのを、神父の声が遮った。

「――聖杯と戦え、だと?」

 「必ずしも戦う訳ではない」と口に出そうとして、しかし言いよどむ。
 神父から漏れ出る殺意が、喉まで出かけた言葉を引っ込ませたからだ。
 正純を射抜く彼の視線は、切先の鋭い槍の如き鋭さが秘められていた。

「俺に神の聖遺物を砕けと、この異端狩りに聖杯を破壊しろと。
 その上この"吸血鬼(ばけもの)"と協力しろと、貴様はそう言うのか」

 神父はその場に佇むばかりで、一歩も動こうとしない。
 だが正純には、この狂信者が一歩ずつ迫っている様な感覚を覚えた。
 一字一句神父が言葉を紡ぐ毎に、着実に殺意が増しているのだ。

「理由を言え。俺の殺意がまだ限度でない内にな」

 気付けば、正純の頬に冷や汗が伝っていた。
 アンデルセンが狂信者である事は、既に少佐から聞いている。
 しかしながら、ここまで壮絶な殺意を放出できる男だったとは。
 ここでしくじれば最後、協力どころか自分の命まで危ないだろう。


758 : 話【こうしょうのじかん】 ◆WRYYYsmO4Y :2016/02/24(水) 23:10:34 O1uk291E0

「……神父、貴殿も気付いているのではないか?この聖杯が名ばかりのものに過ぎない事に」
「根拠はあるのか」
「Jud.でなければこうして貴殿らの前には出ていない」

 そう、単純な理屈ではあるが、根拠なら持ってきてある。
 相手を揺さぶる第一手としては、それなりの効果がある筈だ。

「そもそも、聖杯とは、イエス・キリストの聖遺物、最後の晩餐で彼が使用した杯だ。
 それに他者の血を求める要素など何処にもなかった筈。何故聖杯は我々の死を望むのか?」
「アーサー王の聖杯伝説に由来するものではないのか?」
「仮にそうだとしても、その聖杯にも血を求めた歴史は無かった筈だ」

 アーカードの質問に、直純が即答した。
 彼女が言う通り、聖杯とはイエスの所有物以上の意味を持たない。
 ましてや、そこに流血が関わった歴史など何処にも無いのである。

「ノアの箱舟にしてもそうだ。本来あれは男女のつがいを乗せる舟。
 にも関わらず、この聖杯戦争では男同士の主従が存在している、これは本来の聖書の記述とは矛盾している」

 優勝景品たる聖杯はおろか、舞台となる方舟さえ偽名を使用している。
 その仮定が正しければ、聖杯戦争そのものが胡散臭いものに見えてくる。
 本来の名を隠すなど、何か裏があるに決まっているのだから。

「とするとアレか、この聖杯が聖杯じゃないって、お前はそう言いたい訳か」 
「そういう事になる。聖杯の名を騙る正体不明の願望器。それが今我々が求めようとしている物体の正体だ」

 耳に入り込んできたジョンスの言葉に、正純はそう答えた。
 そして彼女はその後に、改めて神父と向き合った。

「アンデルセン神父、貴方は異端狩りを主とする、バチカン法王庁特務局第13課所属と聞いている。
 となれば、この聖杯の名を騙るこの願望器は、貴殿にとって許し難い存在なのではないか?」

 神父はその言葉に対し、無言を貫いたままであった。
 それを肯定ととるか否定ととるか、正純は推し量る術を持たない。
 だがあの態度は、こちらの話を聞いていると見て間違いないだろう。
 彼等の心を動かすには、もう一声必要だ。


759 : 話【こうしょうのじかん】 ◆WRYYYsmO4Y :2016/02/24(水) 23:11:21 O1uk291E0

「……断言しよう。貴殿らは聖杯に隷属している身であると。
 願いを人質に取られ、聖杯の望むがままに戦わされているのだと」

 聖杯戦争に従うというのは、聖杯に従うのと同義だ。
 ア^カードも神父も、聖杯などという正体不明の存在に仕える者では無かった筈だ。
 にも関わらず、彼等は聖杯のお望み通り、闘争に明け暮れているではないか。

「貴公らの主は別にいる筈だ。仕えるべき神が、人間がいたのではなかったか。
 にも関わらず、何故貴殿らは闘争に明け暮れる?第三者の操り人形にされている?」

 アーカードには、インテグラというヘルシング家の血を引く主がいた。
 アンデルセンには、キリストという二千年もの間信仰された主がいた。
 この二人には、間違いなく従うべき者が、尊ぶべき者がいた筈である。

 だからこそ正純達は、今の彼等を否定する。
 聖杯に隷属し、造られた闘争に身をやつす彼等の頬を引っ叩く。
 主を見違えた者達の眼を、従うべき者へ向けさせる為に。

 正純の発言を聴き終えた後、口を開いたのは神父ではなく。
 彼の殺気を全身に浴び続けていた、アーカードの方であった。

「言うじゃないかお嬢さん(フロイライン)。実に勇敢な口ぶりだ。
 ならばどうする?我々を隷属させる聖杯にお前は何を突き付ける?」
「私は聖杯を"解釈"する。殺し合いを望む聖杯と交渉し、そのやり方を改めさせる。
 保存するに足るという一対を選出するのが目的なら、現状より相応しい方法など幾らでもある筈だ」

 アークセルの目的は、自身に保存するに相応しい"つがい"を用意する事だ。
 求めるものが本当にそれだけならば、聖杯戦争に拘る必要性など皆無ではないか。
 それこそ血の一滴も流れない、平穏な方法による選出も出来る筈だ。

「なるほど、たしかにお前の言い分も尤もだ。だが聖杯とて聖人君主ではあるまい。
 お前の言う"真名を隠す紛い物"が、その"解釈"とやらを聞くほど利口な保証はないだろう」

 そう、アーカードの意見も一理あるし、十分想定できる事態ではある。
 聖杯に意思が存在している事は。過去の考察で確信済みだ。
 その聖杯が、果たして一参加者の提案を受け入れるものだろうか?

 そしてアーカードは、正純からある一言を引き出そうとしている。
 もし聖杯が交渉に応じなかったなら、お前はどうするつもりなのだ、と。
 正純本人の口から、あの単語が出てくるのを待ち侘びているのである。

「聞こう。もしその解釈が失敗に終わったのだとしたら?」

 そして予測通り、アーカードは何かに期待するかの様に問い。

「……その時こそ、貴殿らの望み通りの事をしよう」

 対する正純は、待ってましたと言わんばかりに。
 アーカードが渇望する、その一言を叩き付けた。

「戦争だ。一心不乱の大戦争を以てして、聖杯を打破しようじゃないか」


760 : 話【こうしょうのじかん】 ◆WRYYYsmO4Y :2016/02/24(水) 23:12:15 O1uk291E0

 言い終えた直後、周囲に漂うのは静寂であった。
 僅かな間にも関わらず、その瞬間が酷くおぞましいものに、正純は思えてならなかった。
 もしかしたら次の瞬間、新たな戦いの火蓋が落とされるかもしれないのだ。
 この静けさは、開戦直前の不穏さを内包していたのであった。

 そしてその静けさを破ったのは、足音だった。
 小さな笑みを携えたアーカードが、正純達に向けて歩き出したのである。
 一歩ずつゆっくりと、標的である正純を威圧するかの如く。

 アーチャーが臨戦態勢に移ろうとするのを、正純が手で制した。
 アーカードが発砲する事はないという、確信めいたものがあったからだ。
 歩み寄る吸血鬼が、正純の目の前に来たところで、足音が止んだ。

 アーカードは、自身を見上げる正純の表情をじっと見つめていた。
 こちらをじっと見つめる、彼女の凛々しい視線が、アーカードを射抜いている。
 物怖じしないその瞳を見て、アーカードは何かを察したのか、

「く、くく」

 唐突に漏れ出た小さな笑い声は、すぐに巨大なものへ成長していく。

「くは、はははは、くはははははははッ!」

 アーカードは正純に向け、これ以上ない位に破顔してみせたのだ。
 これには流石の彼女も、表情に困惑が出てきてしまう。
 それでもなお、吸血鬼は笑うのを止めようとはしなかった。

「ははははははははははッ!聖杯と戦争するだと!?
 成程大したお嬢さんだ、あの少佐が遣わしただけの事はあるッ!」

 流石少佐の遣いって、それじゃまるで私が少佐みたいじゃないか。
 正純は思わずそう反論したくなるが、ぐっと押さえてやり過ごす。
 重要な交渉の最中に、平時の様に突っ込むのは自殺行為に他ならない。

「成程、聖杯と戦争か。中々どうして、面白いではないか」
「……んだよお前、また寄り道する気かよ」
「まあ待てマスター、まだそうと決まった訳では無いさ」

 ジョンスの方を振り返り、彼と会話を交わすアーカード。
 どうやら、彼の方からは好印象を持たれているらしい。
 この調子で、こちらの意見も聞き入れてくれればいいものだが。
 そう考える正純を尻目に、アーカードは神父に向けて、

「では今度は私からお前に聞こう、神父。
 聖杯との闘争と私同士の闘争、お前はどちらを取る?」

 これまた、答えに期待するかの様な言いぶりだった。
 神父の方もそれを察したのだろう、迷惑そうな口調で、

「ほざくか吸血鬼。俺の答えなど、当の昔に予感していただろうに」

 直後、刺す様な視線が、再び正純を襲う。
 射抜かれた彼女もまた、物怖じする事なくアンデルセンを見つめた。
 少女と神父、二人の視線が交差する。

「お前の話が正しければ、俺の敵は聖杯なのだろう。
 聖杯を騙るなら、我が銃剣(バヨネット)で粉微塵にせねばなるまい」
「……それは、我々に協力するという事で間違いないか?」

 これはもう、決まったようなものではないか。
 想像以上に容易く、この二人を懐柔できてしまうのではないか。
 そんな慢心にも似た期待が、正純の中に生まれ始めて、

「お前の話に乗る気は無い。少なくとも今は、な」

 そして神父は、当然の様にその期待を打ち砕いた。


761 : 話【こうしょうのじかん】 ◆WRYYYsmO4Y :2016/02/24(水) 23:14:50 O1uk291E0

【2】


「なっ――――!?」

 提案の否定を突き付けられ、正純は思わず動揺した。
 それもその筈、神父は彼女の話に対し、納得を示していたのである。
 その神父がどうして、聖杯の紛い物との闘争を突っぱねてしまうのか。

「お前の言葉に理解は示せる。なるほど聖杯は偽りかもしれん、俺が滅ぼすべき物かもしれん。
 だが駄目だ、今だけは駄目なのだ。俺の問題ではない、俺のサーヴァントと、そこにいる吸血鬼の問題だ」

 そう言って、神父はアーカードを睨み付けた。
 常人なら竦み上がるであろうその視線を受け、吸血鬼はにやりと笑う。
 殺意に慣れ切った、闘争に身を置き続けた者らしい反応だった。

「貴殿のサーヴァントとアーカードに、どんな関係が……」
「俺が契約しているのは、ヴラド三世だ」
「――――ッ!?」

 アンデルセンの告白に、正純は絶句する他なかった。
 サーヴァントの真名を明かしたのもそうだが、あのヴラド三世を従えているというのだ。
 奇怪な話だとしか思えない――そのヴラド三世は、正純の目の前にいるというのに。

「俺は今"人間の"ヴラド三世と共にいる。
 人として戦い、人として死に、人として座に至った英雄。
 そこにいる化物と同じ名の王と、俺は契約した身にある」

 とどのつまり、この冬木には"ヴラド三世"が二人いる、という事になる。
 片や吸血鬼として存在するヴラド、片や人間として存在するヴラド。
 化物と人間、対極に位置する二人が出会えば、起こるのは一つを置いて他にない。
 きっと二人は、己が存在を賭け、互いの心臓を穿たんとするだろう。

「王は今、自分(アーカード)との闘争を求めている。
 奴の存在だけは、決して受け入れてはならないものだからだ。
 如何なる局面であろうと、奴だけは、あの化物だけは、王の手で殺されねばならぬ」

 この様子では、アーカードとの協力など以ての外だろう。
 よもや、神父のサーヴァントが障害として立ちはだかる事になろうとは。
 思わぬ壁の出現を前に、正純は内心で歯噛みした。

「……今である必要はあるのか?」
「王はこの夜の決着を望んでいる。一刻も早く滅ぼさねばならんのだ。
 喝采を以て迎え入れ、憤怒を以て滅ぼし尽くす。それが王の望みだ」

 どうやら人間のヴラド三世は、大層せっかちな気質らしい。
 よほど怪物のヴラド三世を気に入ってはいないのだろう。
 歪になった自分自身、滅ぼしたいと思うのは当然なのかもしれないが。


762 : 話【こうしょうのじかん】 ◆WRYYYsmO4Y :2016/02/24(水) 23:15:26 O1uk291E0

「聖杯の為ではない。俺が呼んだ王の、たった一人の人間の為の闘争だ。
 誰にも邪魔はさせん。誰にも渡さん。誰だろうと、誰であろうとだッ!
 ……横槍を入れるなら、例え裁定者であろうと塵殺してくれる」

 その言葉には、有無を言わさぬ覇気が、これでもかと含まれていた。
 どんな存在が割って入ろうと、それら全ての邪魔を消し去らんとばかりの勢い。
 この男にとって、ヴラド三世同士の闘争とは、それだけの意味を持つのであろう。

「もう一度言おう。あの化物を打ち滅ぼすその瞬間まで、お前達の話を聞き入れる事は出来ん」
「だ、だが!貴殿らのその闘争さえ聖杯が仕立て上げた物ッ!それを――」
「くどいぞ、女」

 その瞬間、正純は心臓に銃剣が突き刺さったかの様な感覚を覚えた。
 急激な立ちくらみが襲い掛かり、思わず倒れ込んでしまいそうになる。
 それでも立っていられたのは、正純が積んだ経験のお陰であろう。
 幾度となくプレッシャーを浴びてきたからこそ、どうにか耐え切れたのだ。

(これが神父の……まるでサーヴァントじゃないか)

 それまで放っていた殺意でさえ凄まじいと感じていたのに、それ以上があったとは。
 この瞬間正純は、神父が自分に向けては殺意を抑えていた事を悟った。
 恐らく、今先程向けられたものこそが、彼が化物に向ける殺気なのだろう。
 アーカードはこの覇気を、そよ風を受けるかの様に浴びていたというのだ。

「知った事ではない。お前が何を考えようが、少佐が何を成そうが知った事か。
 今の俺は、王の元に化物を送り届ける機械であればいい。道具であればそれでいい」

 神父の鋭利すぎる殺意が、正純の全身を貫いている。
 常人であれば卒倒してしまいそうなそれを浴びながらも、正純の心は折れていなかった。
 ここで引いてしまえば、わざわざ此処に来た意味が無くなってしまう。
 死と隣り合わせなのを承知の上で、それでも説得せんと口を開こうとして、

「そこまでで結構だ、マスター」

 正純を制止させたのは、少佐の一声であった。
 何時の間にやら、彼はシャアの車から此処まで移動していたのである。
 少佐は正純の一歩先に立ち、前方の戦闘狂達と相対する。

「久しぶりだな、諸君。ここからは我がマスターに代わって、私から話をさせてもらおう」

 アーカード、アレクサンド・アンデルセン、そして少佐。
 かつてロンドンにて、血を血で洗う戦争を巻き起こした三人の狂人。
 この冬木の地で、彼等は再び集結する事となるのであった。


763 : 話【こうしょうのじかん】 ◆WRYYYsmO4Y :2016/02/24(水) 23:17:19 O1uk291E0

【3】


「やあ、久しぶりだな"少佐"」
「ああ、二度と会いたくなかったよ"吸血鬼"」

 少佐とアーカードは、互いに笑みを作っていた。
 その表情に何が隠れていたのかは、当人達のみぞ知る話だ。
 一つはっきりしているのは、再会の喜ばしさ故の笑みではない、という事か。

「良い戦争の機会を手土産にしたが……どうやら間が悪かったようだ。
 いやはやまさか、そんな極上の闘争(ネタ)を既に仕入れていたとはね」
「ああ、またとない機会だ。まさか"私"と殺し合えるとはな」

 あの神父まで従えてきたのだ、これほど良い日はそうそう無いさ。
 そう言うとアーカードは、くつくつと笑ってみせた。
 よほど自分との戦いが楽しいのだろう、嫌でもそう分かる笑みだった。

「お前の言う戦争も興味深いが、流石にこれには勝てんさ」
「ふむ。では我がマスターの要求も突っぱねる気でいたのか」
「そういう事になるな」

 そう、アーカードは最初から、正純に従うつもりは無かった。
 彼女がどんな要求をしようが、最終的には断る気でいたのだ。
 今の彼には、目の前にある最高の闘争こそが最優先だった。

「なるほど、この有様では狂犬に話す様なものだな。呉越同舟など夢のまた夢というものだ。
 ならばせめて、私の要求の一つは聞いてもらえないだろうか?」

 そう言って、改めて少佐はアーカード達と向き合った。
 かつて敵対した彼等に、この戦争狂は何を求める気でいるのか。
 場の注目は、必然的に少佐一人へ向けられていく。
 周囲の視線を一身に浴びる彼は、悠然とした様子を保ったまま、

「休戦だ。アーカード、そしてアンデルセン神父。私は諸君らとの再戦を否定する」

 直後、アーカードが「ほお」と声を上げた。
 一方の神父は、眉ひとつ動かさず少佐を見つめている。

「理由を答えろ、少佐。闘争を誰より望んだ貴様が、何故闘争を否定する」
「私自身が嫌だからさ。君達との戦争はもう喰い飽きたのでね。
 それに、こんな戦争を侮辱した戦争の真っただ中となっては、食指も動かんさ」

 誰より戦争を求め、そして戦争を愛した男が、戦争を否定した。
 それどころか、この聖杯戦争を"戦争の侮辱"と嫌悪さえしている始末。
 アンデルセンは、問わずにはいられなかった。"何故聖杯戦争を否定するのか"、と。

「私は君達と最高の戦争をしたと思っている。あの闘争は、過去のどんな戦争より心が躍ったものさ。
 エバン・エマール要塞の戦いよりも、スターリングラード攻防戦よりも、きっと素晴らしい戦争だったろう」

 生前、少佐はアンデルセンやアーカードと、文字通りの大戦争を行っている。
 ロンドンを舞台にした一大決戦は、イギリスの首都を一夜で死の都に変貌させた。
 その凄まじさたるや、ロンドンだけでも数百万人規模の犠牲が出た程である。


764 : 話【こうしょうのじかん】 ◆WRYYYsmO4Y :2016/02/24(水) 23:17:49 O1uk291E0

 彼の固有結界にして宝具である『最後の大隊(ミレニアム)』は、その一夜を再現するものだ。
 宝具とは、その英霊を象徴する伝説の具現化。その事実からも、少佐とこの戦争の関係性が窺えるだろう。

「諸君らとの戦争は良い物だった。私の命を燃やし切るに相応しい闘争だった。
 あの燃え盛るロンドンは、最後の景色にしては上出来すぎるくらいだったさ」

 その言葉通り、少佐はアーカード達との戦争を、最高の戦いだったと思っている。
 サイボーグになってまで生き延び、そして死んだ甲斐があったと信じて疑ってない。
 地獄の様な戦争だったが、彼にとっては、有終の美を飾るに相応しい闘争だったのだ。

「だからこそ、私は私の花道を汚す全てを否定する」

 光悦とした表情から一転、少佐の表情に怒りが浮かぶ。
 それは、自らの末路を汚したアークセルに向かうものであった。

「私は人生に満足した。私は終焉を理解した。私は結末に納得した。
 だから許せない。私の人生に蛇足をつけた聖杯が、心底憎くて堪らない」

 少佐は現在、ムーンセルによって再現された身である。
 それはつまり、月の演算装置に彼の情報が記録されているという意味だ。
 今の彼は、まさしくムーンセルの一部の様なものなのである。

「ムーンセルだったか、あれは最悪だ。
 人の情報を盗み、同化させる演算装置。その在り様は吸血鬼そのものだ。
 他者の命を喰らい、己の物とする連中と何が違う?ああ、何一つ違わんさ」

 聖杯――あらゆる情報を吸い上げ、己の物とする演算装置。
 無限に等しい人間のデータを、それはその身に融合させている。
 まるで、血を啜り魂を吸収する、あの吸血鬼(アーカード)の様に。

「冗談じゃない。俺の情報は、命は、心は、魂は、俺だけのものだ。
 毛筋一本、血液一滴、俺だけに扱う権利がある。どれもこれも俺のものだ!」

 少佐は吸血鬼を否定する。吸血鬼という魂の侵略者を憎悪する。
 そしてそれ故に、聖杯という吸血鬼まがいの装置をも、同様に憎むのだ。
 全ては、自分が唯一で在り続ける為に。自分が自分で在り続ける為だけに。

「私は私を喰らった聖杯を憎悪する、私の最期を汚した聖杯を嫌悪する。
 "これまでの"私を汚す一切を、私は受け入れるつもりは無いのだよ」

 君達との再戦も、その内の一つなのさ。
 その言葉で締めくくると、少佐は少し表情を緩ませた。
 するとアーカードが、釣られる様に顔を綻ばせた。

「私はまたお前と殺し合っても構わんぞ」
「冗談でも止めてくれ、君と戦うなどもう真っ平御免だ」


765 : 話【こうしょうのじかん】 ◆WRYYYsmO4Y :2016/02/24(水) 23:18:48 O1uk291E0

【4】


 結局の所、どういう展開になったんだ、これは。
 少佐の演説を聴き終えて、ジョンスが思ったのはそれだった。
 何しろ、交渉でもするのかと思えば、急に自分語りを始めたのだ。
 アーカードといい、急にポエムを口ずさむ癖でもあるのだろうか。

「いいだろう」

 「いいだろう」というのは、少佐の要求に対するものだろう。
 ジョンスの意思などお構いなしに、この男は休戦を受け入れた。
 尤も、当のジョンスの方も、別に戦おうが戦わまいが、どちらでも良かったのだが。

「そちらがその気なら仕方ない。私も銃を収めるとしよう」
「銃を収めるって、戦うつもりだったのかよ」
「場合によってはな。エスコートされたのなら、付き添わねばなるまい」

 もう少しクサくない例えは出来ないのか、お前。
 そう突っ込む代わりに、ジョンスは溜息を一つついた。
 時折、この吸血鬼の考えが分からなくなる時がある。

「アーカードは問題なし。ではアンデルセン神父、君はどうだ?」
「言われずとも、今の俺に貴様と戦う理由は無い」

 神父は淡々と、少佐の質問に答えた。
 彼の言う通り、今此処で矛を交えるには理由が無い。
 神父達が戦う場所は、此処から離れた廃教会である。

「そうか、では此処に停戦は成立した。今後我々は侵さず、侵されずの関係に至る。
 そして諸君、君達は我々に背を向け、これから"お楽しみ"に洒落込むわけだ」

 お楽しみ――つまりは、ヴラド三世同士の決戦。
 この闘争を終えれば、どちらかが死に、どちらかが生き残る。
 少佐もまた、それを承知の上で停戦協定を結んだのだろう。
 どちらが生き残っても、協力体制を作れるように、という魂胆に違いない。

「ああ行くといい。存分に戦って、そして死んでくるといい。
 自分との闘争、さぞや気持ちの良い自慰になるだろうさ」

 アーカードは口を三日月に歪め、神父は一瞬顔を強張らせる。
 少佐はというと、やっぱり楽し気な表情を浮かべたままだった。

 その後、廃教会に向かおうと動き出したのは、神父が最初であった。
 すぐさま目的地に行こうとして、しかし少佐の方へ振り返り、

「さらばだ少佐。今は、今この一瞬だけは――感謝するぞ」

 その言葉を最後に、神父は一気に駆けだした。
 彼は駿馬の如き勢いで、廃教会がある方向に移動していったのだ。
 その速度といえば、サーヴァントにさえ匹敵する程である。

「ああ。さよならだ、神父」

 舞台からアンデルセンが消え、残るは少佐とアーカード。
 次に消えるのは、アーカード達と決まっていた。


766 : 話【こうしょうのじかん】 ◆WRYYYsmO4Y :2016/02/24(水) 23:21:34 O1uk291E0

「では行くか、"私"をあまり待たせるのも酷だ」
「元々お前が放った都合じゃねえか」

 半ば呆れながらも、ジョンスもまた廃教会に向かおうとして。
 小さな子供の手が、自分のズボンを掴んでいる事に気付いた。
 視線を向けてみれば、やっぱりそれはれんげであった。

「八極拳……うちも連れてってなん」

 一人の男にしか縋れない、弱い子供がそこにいた。
 宮内れんげには、帰る場所も持つべき役割もありはしない。
 あまりに自由なこの少女は、同時に哀しい程孤独であった。

「どうするマスター、この子も連れていくか?」
「どうするって言われてもな……」

 アーカードの問いに、ジョンスは少しばかり考える。
 そしてその後、孤独に怯える少女の顔を一目見て、

「ついてきたいなら、勝手に来いよ」

 その途端、れんげの表情から怯えが消えた。
 手をズボンから離し、既に歩きだしていたアーカードに向けて走り出す。
 こういう切り替えの早さもまた、子供であるれんげならではであった。

 ジョンスはちらと、正純達の方を見遣った。
 彼女とアーチャーとはばつの悪そうな顔を浮かべる一方、少佐は妙に楽し気な顔をしている。
 一体全体何がおかしいんだと聞こうとして、面倒なのでやめた。

(訳分かんねえな、こいつら)

 もしかして、アーカードの周りには変な奴しかいないのだろうか。
 そんな事をふと思って、「まあそうだろうな」と勝手に納得した。
 なるほど、これなら「サムい」や「キモい」だの、周りから言われる訳もない。


767 : 話【これからのはなし】 ◆WRYYYsmO4Y :2016/02/24(水) 23:23:10 O1uk291E0

【5】


「なに、気に病むことは無い。あれを動かすなど土台無理な話だ。 
 いくらなんでも条件が悪すぎる、あれは総統閣下でも動かせんだろうな」

 一応、励ましているつもりなのだろう。
 そう解釈したとしても、正純は敗北感を拭う事が出来なかった。
 なにしろアーカード達は、最初から説得不可能な状況にいたのだ。
 これでは、必死になっていた自分が道化ではないか。

 後からやって来たシャアが、後方で立ち止まったのが分かる。
 正純の隣にいたアーチャーが、現れた彼の名を呼んでいたからだ。
 やはり彼もまた、正純には同情の念を抱いていたようで、

「……ライダーの言う通りだ、君に非がある訳ではない」
「分かっている。分かってはいるが……」

 それでも、失敗は失敗だ。
 交渉は意味を成さず、同士さえ増やせぬままだった。
 もしかしたら、闘争を終えた神父達が戻ってくる可能性もあるだろう。
 だがそれは所詮、"もしかしたら"の話に過ぎないのだ。

「そうよそうよ!大体何なのよアイツら、人の話も聞かないで!」
「そう言ってやるなアーチャー、奴等は極上のオートブルにありついたんだ。
 無理くり止める方が酷というものさ。まったく、聖杯との戦争も、中々の物と思ったのだがね」

 不満を垂れるアーチャーに、少佐はそう言い返した。
 単純な話、今回は相手が悪かったとしか言いようがないのだ。
 そう納得しようとしてもなお、正純には口惜しさが残る。

「何にせよ、今の我々ではどうにもならなかったのが現実だ。
 今は一先ず、今回の件を踏まえた上で今後の方針を――――」

 その時、シャアのニュータイプとしての感覚が、一つの気配を捉えた。
 後方の建物の屋根に、疑念と敵意が入り混じった感情が存在している。
 後ろを振り返ってみれば、なるほどそれらしき影が立っていた。

 釣られて視線を向けた正純は、息を呑んだ。
 視界に映っていたのは、少女の姿をしたサーヴァントであった。
 ただのサーヴァントではない。正純もよく知る存在である。

「これはこれは。マスター、此処に来たのも失敗だけではないようだ」

 何がおかしいのか、ライダーは楽しげに笑っていた。
 きっと、これから何が起こるのは理解しているからだろう。
 そう、あと数十秒もすれば、言葉の戦争が再び幕を開けるのである。

「……ルーラーのサーヴァントとして、貴方方に問います」

 もしも、聖杯戦争を覆そうとする者がいたとして。
 その戦争に裁定者がいたとしたら、その人物はきっと激怒するだろう。
 だから、この場に彼女が現れ、正純達に鋭い視線を向けるのは、当然の事であり。
 そして正純が彼女と交渉するのもまた、必然なのであった。

「本多・正純、及びその一派よ――聖杯と戦争するとはどういう意味か、説明しなさい」

 次なる相手は、ルーラー――ジャンヌ・ダルク。 
 本多・正純の戦争は、まだ始まったばかり。


【C-6/錯刃大学・近辺/二日目/未明】

【シャア・アズナブル@機動戦士ガンダム 逆襲のシャア】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:無し
[道具]:シャア専用オーリスカスタム(防弾加工)
[所持金]:父の莫大な遺産あり。
[思考・状況]
基本:聖杯戦争によって人類の行方を見極める。
 1.アーカードたちと交渉。
 2.赤のバーサーカー(デッドプール)を危険視。
 3.サーヴァント同士の戦闘での、力不足を痛感。
 4.本多・正純と同盟を組み協力し、彼女を見極める。
 5.ミカサが気になる。
[備考]
※ミカサをマスターであると認識しました。
※バーサーカー(デッドプール)、『戦鬼の徒(ヴォアウルフ)』(シュレディンガー准尉)、ライダー(少佐)のパラメーターを確認しました。
※目立つ存在のため色々噂になっているようです。
※少佐をナチスの英霊と推測しています。

【アーチャー(雷)@艦隊これくしょん】
[状態]:健康、魔力充実(小)
[装備]:12.7cm連装砲
[道具]:無し
[思考・状況]
基本:マスターに全てを捧げる。
 1.シャア・アズナブルを守る。
 2.バーサーカー(デッドプール)を危険視。
 3.とりあえず今は正純の護衛。
[備考]
※バーサーカー(デッドプール)、『戦鬼の徒(ヴォアウルフ)』(シュレディンガー准尉)、ライダー(少佐)の姿を確認しました。


768 : 話【これからのはなし】 ◆WRYYYsmO4Y :2016/02/24(水) 23:23:48 O1uk291E0


【本多・正純@境界線上のホライゾン】
[状態]:目眩、とても空腹、倒れそう
[令呪]:残り三画
[装備]:学生服(月見原学園)、ツキノワ
[道具]:学生鞄、各種学業用品
[所持金]:さらに極貧
[思考・状況]
基本:他参加者と交渉することで聖杯戦争を解釈し、聖杯とも交渉し、場合によっては聖杯と戦争し、失われようとする命を救う。
 1.アーカードたちと交渉を。
 2.マスターを捜索し、交渉を行う。その為の情報収集も同時に行う。
 3.遠坂凛の事が気になる。
 4.聖杯戦争についての情報を集める。
 5.可能ならば、魔力不足を解決する方法も探したい。
 6.シャアと同盟を組み、協力する。
[備考]
※少佐から送られてきた資料データである程度の目立つ事件は把握しています。
※武蔵住民かつ戦争に関わるものとして、アーチャー(雷)に朧気ながら武蔵(戦艦及び統括する自動人形)に近いものを感じ取っています。
※アーカードがこの『方舟』内に居る可能性が極めて高いと知りました。
※孝一を気になるところのある武蔵寄りのノリの人間と捉えましたがマスターとは断定できていません。
※柳洞一成から岸波白野の住所を聞きました(【B-8】の住宅街)。
※遠坂凛の電話越しの応答に違和感を覚えました。
※岸波白野がまだ生きているならば、マスターである可能性が高いと考えています。
※アーチャー(雷)のパラメータを確認しました。

【ライダー(少佐)@HELLSING】
[状態]魔力消費(大)
[装備]拳銃
[道具]不明
[所持金]莫大(ただし、そのほとんどは『最後の大隊(ミレニアム)』の飛行船の中)
[思考・状況]
基本:聖杯と戦争する。
 1.???
 2.通神帯による情報収集も続ける。
 3.シャア及び雷と同盟関係を取る。雷に興味。
[備考]
※アーカードが『方舟』の中に居る可能性が高いと思っています。
※正純より『アーカードとの交戦は必ず回避せよ』と命じられています。令呪のような強制性はありませんが、遵守するつもりです。
※アーチャー(雷)を日本軍関係の英霊と考えています。


【ルーラー(ジャンヌ・ダルク)@Fate/Apocrypha】
[状態]:健康
[装備]:聖旗
[道具]:???
[思考・状況]
基本:聖杯戦争の恙ない進行。
 1.???
 2.その他タスクも並行してこなしていく。
[備考]
※カレンと同様にリターンクリスタルを持っているかは不明。
※Apocryphaと違い誰かの身体に憑依しているわけではないため、霊体化などに関する制約はありません。
※カッツェに対するペナルティとして令呪の剥奪を決定しました。後に何らかの形でれんげに対して執行します。
※バーンに対するペナルティとして令呪を使いました。足立へのペナルティは一旦保留という扱いにしています。
※令呪使用→エリザベート(一画)・デッドプール(一画)・ニンジャスレイヤー(一画)・カッツェ(一画)


769 : 話【これからのはなし】 ◆WRYYYsmO4Y :2016/02/24(水) 23:24:57 O1uk291E0


【6】


 タクシーの料金メーターが、変動した。
 それはつまり、闘争が近づいたという事だ。

 廃教会への移動は、またしてもタクシーが使われる事となった。
 カッツェを追った際と同様の手段を取らなかったのは、当のアーカードが魔力消費を嫌がったからだ。
 曰く、人間(わたし)とは万全の状態で戦わねばならない、だとか。
 そういう都合もあり、魔力の代わりにジョンスの金が消費される訳であった。

 れんげという幼女を連れてタクシーに乗る、というのは犯罪の香りがするのではないか。
 そんな懸念があったものの、運転手は別段変わった素振りも見せず、ジョンス達を車内に招き入れた。
 どれだけ感情豊かでもやはりNPC、そこら辺の価値観は機能しないよう設定されているのだろうか。

 窓から外の風景を覗いて、未だ闇が深い事を確認した。
 太陽が顔を見せ、空の色にも変化が生じるのは、まだ先の事だろう。
 今はまさに、吸血鬼の時間という訳だ。

 横にいるれんげは、案の定眠たげな眼をしていた。
 いくら昼寝をしていたとしても、やはり子供は子供だ。
 規則正しい生活を送る子には、徹夜は流石に応えるだろう。

 アーカードの方はというと、黙りこくったままだ。
 これから始まる決戦に向けて、少しでも多く体力を温存するつもりなのだろう。 
 会話に使うエネルギーさえ惜しいと、そう考えているに違いない。

 ジョンスは、何故アーカードが人間に執着するかを知らない。
 別段興味も無かったし、きっとこれから先も興味はないままだろう。
 ただ、彼が闘争に向かっているのであれば、ジョンスもそれに付き従うまで。
 アーカードの闘争の先に待っているのは、きっとジョンスの闘争なのだから。

「……はっきょくけん」

 ジョンスを呼ぶ、れんげの気だるげな声がした。
 もう眠気に耐えれないのだろう、彼女は既にうつらうつらとしている。
 それでもれんげは、何かに不安を覚える様な言いぶりで、

「しんぷ、あっちゃんと喧嘩するん?」

 そんな事か、と、ジョンスは思った。
 れんげが懸念する事態は起きないだろう。あの二人が喧嘩をする事は恐らく無い。
 だがその代わりに、神父が召喚したランサーが、アーカードと喧嘩をする。
 喧嘩という名の殺し合いが始まるのは、最早決定事項だった。
 そしてその喧嘩の末に、神父達かジョンス達のどちらかが消滅する。

 れんげはまだ、それを知らない。聖杯戦争さえ理解していないのだ、当然だろう。
 もしこのルールをれんげが知ったら、きっと彼女はぐずりだす。
 まだ小学生になったばかりの童が、そんな不条理に納得できる筈も無い。

「……さあな」

 だからジョンスは、言葉を濁す事にした。 
 そんな曖昧な返事で納得したのか、れんげは遂に目を閉じる。
 それから少しして、幼い少女は寝息を立て始めた。

 タクシーが夜道を走る。少しずつ目的地に接近している。
 目指す場所は廃教会。打ち捨てられた信仰、その残りかす。
 教徒達の夢の跡地で、アーカードは自分自身と殺し合うのだ。

 タクシーの料金メーターが、再び変動する。
 闘争が、すぐそこまで近づいている。


770 : 話【これからのはなし】 ◆WRYYYsmO4Y :2016/02/24(水) 23:25:27 O1uk291E0

【C-7/路上/二日目/未明】

【宮内れんげ@のんのんびより】
[状態]ルリへの不信感、擦り傷
[令呪]残り1画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]十円
[思考・状況]
基本:かっちゃん!
 1.かっちゃんに友達できてよかったん……。
 2.るりりん、どうして嘘つくん?
 3.はるるんにもあいたい
[備考]
※聖杯戦争のシステムを理解していません。
※カッツェにキスで魔力を供給しましたが、本人は気付いていません。
※昼寝したので今日の夜は少し眠れないかもしれません。
※ジナコを危険人物と判断しています。
※アンデルセンはいい人だと思っていますが、同時に薄々ながらアーカードへの敵意を感じ取っています。
※ルリとアンデルセンはアーカードが吸血鬼であることに嫌悪していると思っています。
※サーヴァントは脱落しましたが、アーカードがカッツェを取り込んだことにより擬似的なパスが繋がり生存しています


【ジョンス・リー@エアマスター】
[状態]顔面に痣、疲労(大)、右腿の銃痕(応急処置済み)、右指に切り傷
[令呪]残り一画
[装備]なし
[道具]ジナコの自宅の電話番号、ホシノ・ルリの連絡先を書いた紙
[所持金]そこそこある
[思考・状況]
基本:闘える奴(主にマスターの方)と戦う。
 1.アーカードの闘争を見届ける。
 2.あの男(切嗣)には必ず勝つ。狭間ともいずれ決着を。ただ、狭間のサーヴァント(鏡子)はなんとかしたい。
 3.ある程度したらルリに連絡をする。
 4.錯刃大学の主従はランサー(ヴラド三世)との戦闘後に考える。
 5.聖と再戦する。
[備考]
※宝具の発動と令呪の関係に気付きました。索敵に使えるのではないかと考えています。
※聖、ジナコの名を聞きました。アサシン(カッツェ)の真名を聞きました。
※ランサー(ヴラド三世)の声を聞きました。
※アサシン(カッツェ)、セイバー(ロト)、アーチャー(エミヤ)のパラメーターを確認済み。
※科学忍者隊ガッチャマン、おはよう忍者隊ガッチャマン、ガッチャマン(実写版)におけるベルク・カッツェを把握しました。
 →『ベルク・カッツェ』の最期まで把握しました。カッツェがNOTEを所持している可能性も考慮しています。
※狭間偉出夫の容姿と彼のサーヴァント(鏡子)の『ぴちぴちビッチ』を確認しました。更にサーヴァントの攻撃が性的な攻撃だと気づいてます。
 狭間偉出夫が実力の大部分を隠していると気づいています。
※狭間偉出夫から錯刃大学の主従についての情報を受け取りました。
 受け取った情報は『春川英輔について』『超常の反撃能力について』です。
※狭間偉出夫の『トラフーリ』を確認しました。切嗣戦と合わせてマスターの中に『ジョンスの常識を超えた技を使える者』が居ることに気づきました。
 魔法の存在にも存外理解があります。

【アーチャー(アーカード)@HELLSING】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本:主(ジョンス・リー)に従う。
 1.ランサー(ヴラド三世)と戦うために廃教会へ。
 2.錯刃大学の主従をどうするか。
 3.アーチャー(エミヤ)そしてセイバー(ロト)と再戦し、勝利する。
 4.性のサーヴァント(鏡子)に多大な興味。直接会い、再戦することを熱望。狭間には興味なし。
 5.参加者中にまだまだ『ただの人間から英雄へと至った者』が居ると考えています。彼らとの遭遇も熱望してます。
[備考]
※セイバー(ロト)の真名を見ました。主従共に真名を知ることに余り興味が無いので、ジョンスに伝えるかどうかはその時次第です。
※セイバー(ロト)の生前の話を知りました。何処まで知っているかは後続の書き手さんに任せます。少なくとも魔王との戦いは知っているようです。
※アーチャー(エミヤ)の『干将莫耶』『剣射出』『壊れた幻想』を確認しました。
※狭間が『人外の存在』だと気づいています。
※ライダー(鏡子)の宝具『ぴちぴちビッチ』を確認しました。彼女の性技が『人間の技術の粋』であることも理解しています。
 そのため、直接出会い、その上での全力での闘争を激しく望んでいます。ちなみに、アーカード的にはあれは和姦です。
※英霊中に人間由来のサーヴァントが多数居ることを察しています。彼らとの闘争を心から望んでいます。
※ヴラド三世が、異なる世界の自身だと認識しました。また、彼を“人間”だと認識しています。
※ヴラド三世のマスターを知りました。
※カッツェを美味しく頂きました。時々胸から妙な声が聞こえますが無害です。


771 : 話【これからのはなし】 ◆WRYYYsmO4Y :2016/02/24(水) 23:26:52 O1uk291E0


【7】


 聖杯を破壊しようと目論む者が行動している。
 その事実は、HALにとって少しばかり衝撃的だった。
 アークセルから脱出するのではなく、アークセルそのものを破壊しようとは。
 本多・正純と言ったか、召喚したサーヴァント共々、何とも度し難い少女である。

「ますたぁよ、如何にする」
「まだ慌てふためく事態ではない、というのは確かだ」

 如何に聖杯に反抗するとはいえ、相手は所詮一参加者に過ぎないのだ。
 警戒しておくに越したことは無いが、躍起になって潰しにかかる程でもないだろう。
 必死になったせいで足元を掬われたとなると、笑い話にもなりはしない。

(なるほど、聖杯と戦争か)

 HALとしては、聖杯の破壊などまっぴら御免である。
 それどころか、大半のマスターから怒りを買う様な話だろう。
 自分の力ではどうにもならないからこそ、聖杯戦争に挑む者だっているのだ。
 そんな人間からすれば、正純の様なスタンスは唾棄すべきものとしか映らない。

(ここにきて明確な敵が出来るとはな)

 聖杯を狙う者からすれば、聖杯に反抗する者は共通の敵に成り得る。
 それはつまり、その一点だけでも同盟関係を結ぶ要因にもなるという事で。
 今現在、HALは交渉のカードをまた一つ手に入れたという事でもあった。

(それより今は、ジョンス・リーらに注目すべきか)

 だがHALとしては、それよりもジョンス達の動向が気になった。
 闘争とあれば盛りのついた犬の様になる彼等は、実に扱いやすい。
 上手くいけば、こちらの優秀な駒に仕立て上げる事も不可能ではない。

 ひとまず、廃教会にNPCの監視を付けておこう。
 NPCを利用し、アーカードが勝つように細工をするもの不可能ではないものの、
 そんな真似をすれば最後、そのアーカードが錯刃大学に殴り込んでくるかもしれない。
 故に、少なくとも今現在だけは、監視だけに留めておくとする。

(しかし、聖杯の正体、か)

 HALとて、聖杯の全てを鵜呑みにしている訳ではない。
 現に、これまでも聖杯の思惑について考察した事が何度かある。
 尤も、それも聖杯戦争を生き抜く"ついで"のようなものだったが。

(一度、本腰を入れて調べるのもいいかもしれないな)

 聖杯の名を借りる者の正体、そしてその真の目論見。
 それについて、本格的に調査してみるべきなのかもしれない。
 勿論、聖杯を入手するという最終目的に変わりはないのだが。

 さて、どうやら正純らの交渉には、まだ続きがあるようだ。
 騒ぎを聞きつけ、ようやくこの地に舞い降りたルーラー。
 これから始まる会話から、また新しい情報が掴めるかもしれない。

「ひとまず現状維持だ、情報収集に移るとしよう」
「……さようか」

 そう言ったアサシンの声には、どこか不満げなものがあった。
 まるで、怒りと思しきものを押し殺している様な声色だったのだ。
 何か癇に障る様な発言をしただろうか、そうHALは少し考えて、

(……そうか、そういえば)

 アサシンは、"必要な戦争"の犠牲だったか。
 相棒のそんな記憶を、ふと思い出した。


772 : 話【これからのはなし】 ◆WRYYYsmO4Y :2016/02/24(水) 23:29:26 O1uk291E0
【C-6/錯刃大学・春川研究室/二日目/未明】

【アサシン(甲賀弦之介)@バジリスク 〜甲賀忍法帖〜】
[状態]:健康
[装備]:忍者刀
[道具]:なし
[思考・状況]
基本:勝利し、聖杯を得る。
 1.HALの戦略に従う。
 2.自分たちの脅威となる組は、ルーラーによる抑止が機能するうちに討ち取っておきたい。
 3.性行為を行うサーヴァント(鏡子)、狂想のバーサーカー(デッドプール)への警戒。
 4.戦争を起こす者への嫌悪感と怒り。
[備考]
※紅のランサーたち(岸波白野、エリザベート)と赤黒のアサシンたち(足立透、ニンジャスレイヤー)の戦いの前半戦を確認しました。
※狂想のバーサーカー(デッドプール)と交戦し、その能力を確認しました。またそれにより、狂想のバーサーカーを自身の天敵であると判断しました。
※アーチャー(エミヤ)の外見、戦闘を確認済み。

【電人HAL@魔人探偵脳噛ネウロ】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]『コードキャスト:電子ドラッグ』
[道具] 研究室のパソコン、洗脳済みの人間が多数(主に大学の人間)
[所持金] 豊富
[思考・状況]
基本:勝利し、聖杯を得る。
 1.潜伏しつつ情報収集。
 2.ルーラーを含む、他の参加者の情報の収集。特にB-4、B-10。
 3.他者との同盟,あるいはサーヴァントの同時契約を視野に入れる。
 4.『ハッキングできるマスター』はなるべく早く把握し、排除したい。
 5.性行為を攻撃として行ってくるサーヴァントとに対する脅威。早急に情報を入手したい。
[備考]
※洗脳した大学の人間を、不自然で無い程度の数、外部に出して偵察させています。
※大学の人間の他に、一部外部の人間も洗脳しています。(例:C-6の病院に洗脳済みの人間が多数潜伏中)
※ジナコの住所、プロフィール、容姿などを入手済み。別垢や他串を使い、情報を流布しています。
※他人になりすます能力の使い手(ベルク・カッツェ)を警戒しており、現在数人のNPCを通じて監視しています。
 また、彼はルーラーによって行動を制限されているのではないかと推察しています。
※サーヴァントに電子ドラッグを使ったら、どのようになるのかを他人になりすます者(カッツェ)を通じて観察しています。
 →カッツェの性質から、彼は電子ドラックによる変化は起こらないと判断しました。
  一応NPCを同行させていますが、場合によっては切り捨てる事を視野に入れています。
※ヤクザを利用して武器の密輸入を行っています。テンカワ・アキトが強奪したのはそれの一部です。


[共通備考]
※『ルーラーの能力』『聖杯戦争のルール』に関して情報を集め、ルーラーを排除することを選択肢の一つとして考えています。
 囮や欺瞞の可能性を考慮しつつも、ルーラーは監視役としては能力不足だと分析しています。
※ルーラーの排除は一旦保留していますが、情報収集は継続しています。
 また、ルーラーに関して以下の三つの可能性を挙げています。
 1.ルーラーは各陣営が所持している令呪の数を把握している。
 2.ルーラーの持つ令呪は通常の令呪よりも強固なものである 。
 3.方舟は聖杯戦争の行く末を全て知っており、あえてルーラーに余計な行動をさせないよう縛っている。
※ビルが崩壊するほどの戦闘があり、それにルーラーが介入したことを知っています。ルーラー以外の戦闘の当事者が誰なのかは把握していません。
※性行為を攻撃としてくるサーヴァントが存在することを認識しました。房中術や性技に長けた英霊だと考えています。
※鏡子により洗脳が解かれたNPCが数人外部に出ています。洗脳時の記憶はありませんが、『洗脳時の記憶が無い』ことはわかります。
※ヴォルデモートが大学、病院に放った蛇の使い魔を始末しました。スキル:情報抹消があるので、弦之介の情報を得るのは困難でしょう。
※B-10のジナコ宅の周辺に刑事のNPCを三人ほど設置しており、彼等の報告によりジナコとランサー(ヴラド3世)が交わした内容を把握しました。
※ランサー(ヴラド3世)が『宗教』『風評被害』『アーカード』に関連する英霊であると推測しています。
※ランサー(ヴラド3世)の情報により『アーカード』の存在に確証を持ちました。彼のパラメータとスキル、生前の伝承を把握済みです。
※検索機能を利用する事で『他人になりすます能力のサーヴァント』の真名(ベルク・カッツェ)を入手しました。


773 : 話【これからのはなし】 ◆WRYYYsmO4Y :2016/02/24(水) 23:30:24 O1uk291E0

【8】


『待たせたな、王よ』

 零時を超えるまでにアーカードが来ないなら、こちらから攻め入るまで。
 その方針通りに零時まで待ったが、しかし吸血鬼が来る気配は一向にない。
 それどころか、零時を経過して数十分経った今でも、奴は来ようとしないではないか。

 もはや我慢の限界、不利な状況に陥るのも覚悟した上で、こちらから出向かねば。
 アンデルセンの念話が聞こえてきたのは、ランサーがそう決意した直後であった。
 自分でも驚く程の怒気を孕ませた声で、彼の言葉に返事をする。

『これまで何処で何をしていた、答えろ』
『邪魔が入った。今しがた片付いたところだ』

 たった一つの邪魔如きで、そこまで手間取るものなのか。
 その邪魔とやらは、アーカードが"自分(にんげん)"との戦いを忘却する程のものなのか。
 ランサーの尋常ならざる苛立ちを察したのか、アンデルセンは申し訳なさそうに、

『待たせた無礼は謝ろう、だが王よ。悦ぶがいい。
 "奴"は必ず来る。魔力を滾らせ、瞳をぎらつかせながら、お前を殺しに来るだろう』
『言ったな神父、来なければ貴様を殺すぞ』
『殺せばいい。奴が来ない筈がない』

 あの神父が、アーカードに関して嘘など吐く筈もない。
 となると、今度こそあの忌々しい吸血鬼がやって来るのだろう。
 滅ぼすべき自分(ばけもの)が、今まさに近づいてきている。

『前にも言ったが、何人たりとも手を出させるな』
『分かっているとも。奴もそれを望んでいるだろうよ』

 化物であるアーカードにとって、人間であるヴラド三世は宿敵と言っていい。
 何しろ、ヴラドは最後まで人間として戦い続け、人間として朽ちていったのだ。
 人であり続けられた自分自身が立ち塞がる――アーカードからすれば、これ以上ないご褒美だろう。

(来るか、滅ぶべき我が半身)

 廃教会の入り口を見つめるヴラドの瞳が、怒りっぽく輝いた。
 遂に、待ち望んだ宿敵との戦いが始まろうとしている。
 こちらの方も、奴を迎え撃つ準備は完了済みだ。
 いつでも戦える。いつでも忌まわしき歴史を闇に葬れる。

(貴様だけは、貴様だけは余が葬らねばならん。鼓動する我が呪いめ、憎むべき余自身め)

 アーカードは恐るべき強敵だろう。怪物(ドラクル)に相応しい脅威だろう。
 だがそれがどうした。それが奴の不死を絶対にする理由になるものか。
 ヴラド三世が人間である限り、勝算は人間(こちら)にあるのだ。
 勝てる、勝てるとも。化物を滅ぼすのは、いつだって人間なのだから。

 来るがいい、吸血鬼。
 此処が、貴様の夢の終焉だ。


774 : 話【これからのはなし】 ◆WRYYYsmO4Y :2016/02/24(水) 23:30:44 O1uk291E0

【C-7/路上/一日目/未明】

【アレクサンド・アンデルセン@HELLSING】
[状態]健康
[令呪]残り二画
[装備]無数の銃剣
[道具]ジョンスの人物画
[所持金]そこそこある
[思考・状況]
基本:聖杯を託すに足る者を探す。存在しないならば自らが聖杯を手に入れる。
 1.いざ、王の闘争の場へ。
 2.昼は孤児院、夜は廃教会(領土)を往復しながら、他の組に関する情報を手に入れる。
 3.戦闘の際はできる限り領土へ誘い入れる。
[備考]
※方舟内での役職は『孤児院の院長を務める神父』のようです。
※聖杯戦争について『何故この地を選んだか』『どのような基準で参加者を選んでいるのか』という疑念を持っています。
※孤児院はC-9の丘の上に建っています。
※アキト、早苗(風祝の巫女――異教徒とは知りません)陣営と同盟を組みました。詳しい内容は後続にお任せします。
※ルリと休戦し、アーカードとそのマスターであるジョンスの存在を確認しました。
 キリコのステータスは基本的なもの程度しか見ていません。
※美遊陣営、を敵と判断しました。
※れんげを吸血鬼の眷属と判断しています。


[C-10/廃教会/二日目/未明]

【ランサー(ヴラド三世)@Fate/apocrypha】
[状態]健康、ジナコに対する苛立ち
[装備]サーヴァントとしての装備
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本:勝利し、聖杯を手に入れる。
 1.いざ、宿敵との闘争へ。
 2.アンデルセンと情報収集を行う。アーチャーなどの広域破壊や遠距離狙撃を行えるサーヴァントを警戒。
 3.聖杯を託すに足る者をアンデルセンが見出した場合は同盟を考えるが、聖杯を託すに足らぬ者に容赦するつもりはない。
[備考]
※D-9に存在する廃教会にスキル『護国の鬼将』による領土を設定しました。
※美遊陣営を敵と判断しました。
※ジナコを率いれましたが、彼女が『もう一人のジナコ』を殺害しない場合、どのような判断を下すかは後続にお任せします。
※ジョンスとアーチャー(アーカード)の声を確認しました。


775 : ◆WRYYYsmO4Y :2016/02/24(水) 23:31:08 O1uk291E0
投下終了です。


776 : 名無しさん :2016/02/25(木) 00:47:36 fSSDJ0MQ0
乙です
ついに来ましたねアーカードvsヴラドの自分殺し対決が


777 : 名無しさん :2016/02/25(木) 01:15:00 mNaiPzp20
投下乙です。
緊迫感が漂う会談、ヘルシングの三人が持っていった感はありますが、セージュンも頑張ったと思います。
満足した人生に蛇足を付けられたことを怒る少佐には納得しました。
そしてHAL組は相変わらずアサシンらしい立ち回りというかなんというか。
ルーラーとの対話、ヴラド対決と続きが楽しみな引きもあり、面白かったです。


778 : 名無しさん :2016/02/25(木) 01:27:54 Phuqc0OcO
投下乙です

真のヴラド決定戦が予定されちゃってる以上、その両方との同盟は誰が交渉しても無理だったでしょうね
かつて戦争させられた立場の弦之介としては、戦争したがる奴らに怒るのは道理
れんげの命もかかってるからアーカードには頑張ってほしい
アーカードが「人間の自分」に勝てる未来が見えんが


779 : 名無しさん :2016/02/25(木) 01:32:01 wXb.Ugls0
投下乙です!
HELLSING会談は休戦で落ち着いたか
正純は正純にとっての失敗の後で更にジャンヌとの言葉の戦いになるけどどうなるやら
なにげにブラドやジャンヌ、聖杯、方舟という聖譜や歴史再現として正純がよく知る相手なのが面白い
更には"必要な戦争"の犠牲か。正純はまさに必要な戦争をする人間だから、そこに弦之介というのはこの先楽しみだ
そしてなんといってもずっとお預けだった人間と吸血鬼の戦いが遂にか!


780 : 名無しさん :2016/02/25(木) 06:27:19 ZrOaIBBM0
投下乙です!
HELLSING会談の中で聖杯に対するそれぞれの思想がぶつかりあい、そして新しい戦いが起こるとは
で、ルーラーとの戦いもどんな結末になるか……?


781 : ◆WRYYYsmO4Y :2016/03/18(金) 23:58:31 wRIJ6lsI0
感想ありがとうございます。
拙作に加筆・修正を加えた上でwikiに収録した事を、ここに報告させてもらいます。


782 : 名無しさん :2016/04/19(火) 17:39:19 mpJFyaYIO
予約入った
勝つのは串刺し公か吸血鬼か


783 : 名無しさん :2016/04/20(水) 05:27:17 hFpkTg2Q0
マジかよついにあの二人がぶつかるのか


784 : 名無しさん :2016/05/29(日) 18:33:24 d.ZaPCaAO
予約きた


785 : 名無しさん :2016/05/30(月) 21:41:42 gzuUKp2Q0
一か月ぶりじゃねーか


786 : 名無しさん :2016/06/08(水) 00:35:14 /ZA9.05U0
また期限切れか・・・
予約の期限が少し短い気もするし予約あるいは延長の期限を延ばしてみるのはどうだろう


787 : ◆HOMU.DM5Ns :2016/06/26(日) 01:32:47 dfVWSYpw0
仮投下していた予約分を、追記分含めて投下します


788 : 聖‐judgement‐罰 ◆HOMU.DM5Ns :2016/06/26(日) 01:36:02 dfVWSYpw0

月の下で交わすものでなく
月を肴に交わすものでもなく
月の上で交わされるもの
配点(聖杯交渉)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄




「あなた方に問います」

虚偽を許さぬ絶対の声だった。
怒りに震えた大声を叫んだわけではない。
むしろ逆。声はあくまでも静かなもの。表情は一切崩れず厳然としている。
静かであるがゆえに、気圧される。余分のない台詞は話題を逸らす事もできずいっそ容赦がない。
こちらを見据える瞳は鋭く、かといって強く睨んでいるという程でもない。
感情に流されず、あるがままの事実のみに焦点を当てる。

見た目だけなら、正純よりもやや年上でしかない金髪の少女。
纏う鎧を排したら、どこにでもいる純朴な田舎娘にも見えるだろう。

「聖杯戦争と戦争をする。その言葉がいかなる意図のものであるか」

それでも放たれた声は絶対だった。
裁定者の器(クラス)に嵌められた英霊の聖性を帯びた言葉で問う。

「此度の聖杯戦争を取り仕切るルーラー、ジャンヌ・ダルクの名において、嘘偽りのない答えを求めます」

真名(な)を明かした聖女の言葉は、この世界で何よりも重い響きをもって本多・正純に届く。


……元々、予測の内ではあった。
正純達がアンデルセンとアーカードを補足するに至ったのは、深山町錯刃大学付近で起きた暴動のニュースだ。
この時期に、しかも夜に暴動だ。デモ活動が起きたでもあるまいに、聖杯戦争が関与した事件と判断するのはニュースを聞いた全員が一致した。
そんな公共の報道で流されるほど大規模な事件を聖杯戦争に関わる者が起こしたとすれば、ルーラーが現場に向かうのは自然な成り行きだ。
その中に正純達も飛び込む以上、相対することになると想定するのは難しくない。

民衆の暴動に、多数入り乱れるだろうサーヴァントとマスター。これだけでも大変な状況だというのに、そこにルーラーまでも介入してくる。
混迷の極みだ。接触のタイミングを間違えれば目標に辿り着くより前に足止めを喰らう。損だけを被る結果になりかねない。

だからこそ、時期を計った。ライダーからの補給物資(買い足してあったハンバーガー)を口に入れながらその時を待った。
参加者と接触し、その後にルーラーと対面できるようになる為のタイミング。
そして今は予定に概ね沿うルートとなっている。アーカード達との交渉が終え、混乱が収束しつつある矢先に現れた。
交渉を始める為に必要な条件は最低限とはいえ揃っている。だがあくまでもこれは前提。いまだスタートラインにすら立ってはいないのだから。

故に、命を賭けた駆け引きはここからだ。


789 : 聖‐judgement‐罰 ◆HOMU.DM5Ns :2016/06/26(日) 01:37:38 dfVWSYpw0



ジャンヌ・ダルク。
オルレアンの聖女。乙女(ラ・ピュセル)。聖なる小娘(ジャンヌ・デ・アーク)。
フランスの王位を巡りフランスと英国が対立した百年戦争。劣勢に立たされたフランスに突如として神託を受けたと名乗り貴族の前に現れた田舎出の子女。
その存在を正純は知っている。過去の歴史再現でも彼女の功績は大きい。襲名者でなく実在した偉人本人に、畏敬を感じない事もない。
昔話に語られる神話の人物と違う、確かに現実に生きる人間が奇跡を起こしていく光景は、当時の人にはどれほど輝く星に見えただろうか。

曰く、説得力というもの。
軍事であれ治世であれ、指揮者として台頭してくる者が持つ魅力。求心力といってもいい。
暗示や洗脳、自らの意のままに相手の思考を支配、誘導する類のものとは違う。
それもまた指導者が弁舌で引き出す技術の一だが彼女のそれは別の要因だ。
見る側が、その印象から自発的に考えを改めてしまう天性の資質こそが、彼女が保有するもの。

例えるなら、昔の御伽噺に出る真実のみを映し出す鏡。
壁にかけられた聖画を地面に投げ踏みつける行為。
彼女の姿も、声も、後ろ暗い事情を持つ者にとっては全てが毒となる。

自分は何か間違いを犯したかもしれない。彼女の言葉を信じるべきかもしれない。
何の根拠もないままに、少女の言葉には逆らえないと、そう思わせてしまう。


「答えようルーラーよ。
 聖杯戦争と戦争をする、という事の意味を」

心の中でのみ息を呑み、それをおくびにも出さず言葉を返した。
こちらを質そうとする威圧は感じる。裁く者であるルーラーとして、裁かれる者である正純と対峙している。
だが武蔵の副会長、交渉人として臨んだ数多の生徒会長や国の代表者と弁の剣を交わし合った身からすればまだ生温い。
この程度で竦むだけの肝は腹に収めてはおらず、また暴かれて怯えるような罪も犯した覚えはない。

「まず先に、誤解なきように一つ弁明をしておく」

だから正純は何一つ気負わずに無くルーラーに向かい合う。一方的に責め立てられるのではない、対等の立場として。

「我等は決して裁定者側との武力衝突による打破と排除、そしてそれによる聖杯の奪取を望むものではない。
 聖杯への戦争とは、貴殿らに刃を向け、銃弾を放つ行為のみを意味するのではないということを、理解してもらいたい」

後ろの方で、ライダーが面白そうに口角を上げて笑みを浮かべている気がする。
……頼むから、今は黙っておいてくれよな。
果たしてルーラーは、僅かに首を縦に下げた。
……最初の関門は突破したか。
大げさなようだが、ここが大事な分水嶺だった。

この場で最も避けなくてはならない事態は、ルーラーからによる即座の制裁にある。
裁定者に与えられているという絶対特権を用いて、強制的にこちらを排除する視野狭窄な選択。
そんな真似をしでかすような輩を裁定者とはとても呼べまい。しかしそれを真っ先ににやられると終わりなのだ。
なにせ今自分達には後ろ盾というものがない。同盟を組んだサーヴァントも含めて四名、そのうち三は戦闘に秀でているタイプとはいえない。
シャアも正純も一騎にして千の兵に勝る強者ではなく、一個にして万軍を動かす「将」の器だ。
そしてその利もここでは失われている。味方になってくれると安心できる協力者。国家、コミュニティと切り離された状態で方舟に集められている。
ライダーにしても戦力面では大いに不足なのは否めない。まともに運用できるのがアーチャーのみでは分が悪過ぎる。

自らの意に反した者は一片の慈悲なく首を飛ばす、暴君の如き裁定であったならば、いよいよ正純に勝機はない。
横暴さを他陣営に示そうにも先に握り潰される。それを阻む手段がなく後に続く者はいなくなる。こうなっては交渉も答弁も全てがご破算だ。
その為にまず楔が要る。積極的に交戦するわけではないとアピールしておかなくてはいけない。
背を味方に頼めない以上、いつも以上に保身には注意しておくべきだ。


790 : 聖‐judgement‐罰 ◆HOMU.DM5Ns :2016/06/26(日) 01:38:08 dfVWSYpw0


そして話を聞く姿勢を見せた事で同時に収穫も得た。
このルーラーはそこまで強硬には出てこない穏健派であるらしい。嘗めているわけではないが、そうであってくれればこちらとしても都合がいい。
聖女の代名詞のような真名。しかし歴史は必ずしも伝えられてる通りにとは限らない。
むしろ既に一生を終えた英霊は生前には抱かなかった願いを持つようになるかもしれない。
『国に裏切られ世界を呪った魔女』という解釈で、英霊になっている可能性も存在したからだ。
それほどまでに、かの英霊の駆けた生涯は激動だった。

英雄に相応しい活躍から一転、谷底に落とされる悲劇的な末路。
その過程で彼女がどこまで信仰的純潔を守り通せたかは諸説様々だ。
無念に思ったか。救済を求めたか。復讐を望んだか。そればかりは実際に体験した本人でなくては分かるまい。


望んで対立しているわけではない。対立などしなければそれが最良の選択だ。
しかしそれは叶わない。どうしても、どうあっても叶わない。
正純が聖杯戦争を否定する立場を崩さない限り、ルーラーが聖杯戦争を運営する役目を捨てない限り。そしてその可能性の低さは各々で確認するまでもない。

「では改めて申し上げる。ルーラー、ジャンヌ・ダルクよ。後ろに控える者を代表して私、本多・正純は提案する」

対立は避けられない。立場と役目は相容れない。
ならば。存分にぶつかろう。言葉を以て殴ったり殴られたりしよう。
互いの意見に信念、全て突き合わせ、気の済むまで容赦なく叩きつけ合おうじゃないか。
全員の立場をはっきりさせ、主張を纏め上げて、その果てに両者を融和させよう。
線が出揃えば点が新たに打てる。平行線であれ対角線であれ、どの線にも偏りのない平均の点を打てる場所が表れる。そこを我々の境界線にすればいい。
それが正純にとっての戦争の形。正純が望む論争の形。


「我々は、聖杯との交渉を望む」


さあ、戦争の時間だ。
絶対に負けられない交渉が、ここにある。





791 : 聖‐judgement‐罰 ◆HOMU.DM5Ns :2016/06/26(日) 01:39:09 dfVWSYpw0



「交渉……。聖杯を望むのではなく、拒むのでもなく、聖杯と交渉をすると?」

ルーラーの表情に僅かな困惑が浮かぶ。言葉の意味は解しても、その意図を計りかねると。

それはそうだろう。こんな要求をしてくる陣営が他にいたとは思えない。
仮にいたとしても、こうして監督役と直に交わす、などというのは本来なら早々やる事ではない。

 ジャッジ
「Jud.我々はこの戦争の形態に疑問を抱いている。正しい戦争の形ではないと考えている」

だが正純は恐れず踏み出す。いつ崩れるかも分からない危険な橋に足を踏み入れる。
最初の一歩が肝心だ。この道は大丈夫だ、間違ってないと示す旗印の役が要る。

「聖杯。方舟。選別。戦争。殺し合い。これらには、ひとつを選べば全てが付随してくるような因果性は無い、どれも独立した要素だ。
 それを一個に繋げ、戦争と定めている現状に私は歪みを感じた。アークセルの掲げる種の選別という目的にはそぐわないと感じた」

方舟と聖杯という、別個の伝承が合一している因果関係。
つがいと言いながら男女で組まれていない主従。
冬木という固有の地名。競争には不要なはずのNPC(いっぱんじん)。そして監督役。
ただ一組の勝者を選び抜くにしては不合理な点が数多くある。

「どうしても覆したい現実を抱える者達。奇跡に頼らねばならぬような望みを持っているわけではない者達。
 どちらもみな等しく聖杯に支配され、戦い以外に願いは叶わないと、生存の道はないと突き付けられる。
 準備もなく、覚悟も持たず、無差別に集められた彼らを"奇跡"の一言で掌握し、己を手に取るに相応しい種を選ぶと宣誓しながら殺し合わせる。
 それが貴殿らが主導している、今の聖杯戦争の実情だ」

同じ方向に伸ばされる手を押し退けてまで叶えたい願いを持たぬ、闘争を望まない者達はおそらくはいるだろう。
だが彼らは願いが無い為に積極的に動き出せない。他の陣営を諌めるのに、監督役に睨まれるのに二の足を踏んでしまう。

「……断言しよう。それは本来無用の血だ。許されてはならない喪失だ。
 罪無き者を、誰かの貴い願いの為の犠牲者に貶めるものだ。犠牲を出さずに目的を果たせたかもしれない者に、必要の無い罪を背負わせるものだ。
 聖杯が真に万能たる器であろうともこの喪失は埋め難い」

必要なものは大義だ。彼らの背中を押して、前に先導するに足るだけの後ろ盾。
願いという、自己完結するが故強固な動機を持つ相手に対抗できるだけの、万人が認める正統性だ。

「故に私は聖杯戦争を"解釈"する」

告げる。

「方舟、サーヴァント、マスター。
 いずれも私は否定しない。蔑ろにする気はない。
 集められた者が死ぬ事なく望みを叶え、方舟も自らが認めるに足る"つがい"を得る。誰にとっても正しい形の戦争に改める。
 これが先の貴殿の問いへの答えだ。"聖杯戦争への戦争"―――マスターの一人として、聖杯の意思との交渉の任を全うすべく、私はここにいる」

言葉を放つ。決定的な宣言を。

「返答を、裁定者(ルーラー)。
 我らの要望に、応じるか否か」

目の前のルーラーに。後ろで見ているライダーに。共に進むシャア・アズナブルとアーチャーに。
まだ姿を見せていない、全てのマスターにも、この声が届くように。
今ここにいる人だけに聞かせればいいわけではない。
戦争の形を変えるには聖杯戦争参加者全員を巻き込まなければ実現し得ないのだから。

……さあ、どう来る?


792 : 聖‐judgement‐罰 ◆HOMU.DM5Ns :2016/06/26(日) 01:39:56 dfVWSYpw0





ルーラーに言葉を投げかける正純。
シャア達は二人を同時に視界に収められるだけ後方に下がった距離で俯瞰している。
正確に言えば、ルーラーの進行を止めるように正純が先んじて数歩前に出た格好になる。
隣にはアーチャー、逆の隣にはライダーが共に交渉の成り行きを見守っている。
双方の表情は対極。後に起きる展開を読めず困惑を見せるアーチャー。待望の見世物を鑑賞しているように喜悦を隠さないライダー。
盟を組んだ自分達だけでなく、彼女の従者もまた主にこの場を預けている。
同盟を提案したのは正純。方針を掲げ主導しているのも正純。なればこそ、重大な場面では常に矢面に立つ覚悟が要る。
基軸を揺るがせないために彼女は身一つでルーラーに向かい合うのだ。

「…………」

ルーラーは黙したまま何も語らない。
話の始めこそ顔に驚嘆の色を見せていたものの、聞いていくにつれて平静さを取り戻していったのが離れても分かる。
教師に教えを熱心に聞く生徒のように。怠惰に聞き流さず、途中で声を遮りもせず聞いていた。
……監督役としては、やや真摯に過ぎると感じた。


聖杯戦争への戦争。
台詞のみを受け取れば何とも大胆不敵な宣戦布告に聞こえよう。
実際そう宣言しているのにも等しいし、正純の立てるプランにはその道を選ぶ覚悟も備えている。
それを直に監督役に聞かせるのだから、これはもう外した手袋を投げつけるのにも等しいだろう。即刻処罰されてないだけでも温情だ。

だが今並べた発言の内容に限って言えば、決して聖杯との対立を是認しているわけではない意図で述べられていることが分かる。

今言ったのは要するに改革だ。聖杯戦争を、従来と別の形態へ改変させる要求。
これは単なる敵対行為とは一味違う。あくまでも提案を持ちかけにきている。
アークセルが種の選別を目的とするならもっとよりよい方法があるのではないかという、問いかけだ。
聖杯戦争を破壊するつもりは毛頭なく、まして聖杯を、アークセルを否定する言葉は使っていない。
つまり、明確な叛逆を口にしたわけではないのだ。

"目的の為には手段を選ぶな"とはマキャベリズムの初歩だが、目的の為にはやってはいけない手段というものがある。
非道であればいいというわけではない。効率のみを重視するのではない。
全ては目的を定めた利益が確かに手に入れるがためだ。それを見失えば手段と目的を履き違える羽目になる。
この人間同士での殺し合いで、見合う成果は得られるのか。結果をこそ望むのなら躊躇などせず、方針転換を厭うな。
―――そう思うのだが、どうか、と。こう聞いているのだ。

詭弁、ではあるのだろう。どの道今の形態を壊す結果には違いないのだ。
しかし監督役は言っている。聖杯戦争についてある程度の質問には応じると。
正純は聖杯戦争についての質問の延長線上として聖杯改革の案を差し出している。従ってルーラーにはこれに応える義務が発生する。
一度話に耳を傾けた以上はもう逃げられない。是か非か、彼女は答えを返さなくてはならない。

しかし答えたところで十中八九出てくるのは『拒否』だろうと、シャアは踏んでいた。
信念と自信を持って訴えようとも所詮は一参加者の言。その程度で揺れる根拠でこの聖杯は稼働していない。
そもそも主要なシステムすら理解していない身で聖杯戦争を語ろうとは烏滸がましいと見なされても仕方がない。
ルーラーはその根拠を持ちだして正純の稚拙な論を一掃するだろう。


……そして、それこそが狙い目なのだろうな。





793 : 聖‐judgement‐罰 ◆HOMU.DM5Ns :2016/06/26(日) 01:40:34 dfVWSYpw0



首に縄でも回されてる気分だ、
正純は心境を内のみで独白する。
思考の間は返答の選択か、あるいは処罰の厳選か。
どちらにせよこの空白は意義ある時間だ。相手の要求に即座に反応をせず一考してる、考えるだけの余地が向こうにはあるということ。

正純、ひいては一定のマスターには不足しているものがある。
それは個々の能力とは違う、だがある意味この舞台での前提となるべきもの。
聖杯の知識。アークセルに対する正しい認識だ。
事前に情報を纏め自ら月へと臨んだマスターではない、シャアや正純のような巻き込まれた形でのマスター。
そんな者達は事前に聖杯戦争に関する知識を埋め込まれ、与えられた上辺だけの知識を頼りに戦わなくてはならない。
人に個性や能力差がある限り真に公平な状態など存在しない。かといってこれではあまりに分が悪い。
その差を埋める手段として、正純は望んで聖杯戦争に参戦したマスターか、監督役との接触を挙げた。
情報源として確実なのは監督だろう。だがいかに質問を受け付けるといっても聖杯中枢に関わる重要機密を簡単に教えてくれるわけもない。
「聖杯戦争と戦争する」などと宣言をした相手となれば尚更だろう。

だが、こうして真っ向に異論を突きつけられたのなら。
聖杯と、聖杯戦争その根幹を糾弾され、改革を叫ぶ者が目の前に現れれば、どうするか。

武力を以て排除する、選択の一つだろう。しかし向こうは軽々にそれに及べない。
なにせルーラーのお題目としては、マスターとサーヴァント同士での戦いこそ聖杯戦争の本来望まれる形なのだ。
違反者が出るからといって自らの手で処断するのは、なるべくなら取りたくない手段に違いない。
良くてペナルティの発令までだ。それはこれまでの手緩いとすら見える裁定からも分かる。

剣を取れぬのであれば、口を開く他あるまい。
熱に浮かれた者に冷や水を浴びせる真似。憶測で者を言う相手に動かしがたい事実を突き付けて、論を折る。
同じ土俵で論破してこそ敗者に強い敗北感を与えられる。叛逆の芽を一掃するにはまたとない好機。
そして裏返せば、ルーラー直々から言質を取れる最上の機会だ。

欲する精度のある情報を手に入れるにはこうすればいいと思っていた。
監督役こそが聖杯に一番近い側の人物。その彼女達に自分を批判する根拠として、聖杯にまつわる情報を言わせる。
聖杯戦争と反目し排除されるべき異分子に対してならば、通常は開かせない口にも緩みが出る。
お前たちは間違っているとそう断ずる為には、必要な正答を提出しなくては証明されない。

……当然だが、捨て身戦法も同然だ。
肉を切らせて骨を断つ、とは言うがリスクとリターンが釣り合ってない。これでは肉は向こうで骨はこっちだ。
だがそれで十分。肉まで断てればそれで上等。
少なくとも、肌を傷つけるまでは到達できる。そしてそれはやがて鉄壁を崩す楔に変わる。

理想を言えば、先のアーカード達を味方に引き入れた上でルーラーと見える状況が望ましかった。
狂信者であるアンデルセンに聖杯の真実を教え、抱いた猜疑を確定させ得る。
闘争を望むアーカードは知ったとて行動に大差はない。故にルーラーの処罰対象からも外れ、情報を外に持ち出せる。
知ればその分思考には幅が出てくる。真実は知る人が増えるだけで意味がある。結果は失敗したので今更の話だが。


大学周辺での騒動も収束して時間が経っている。慌ただしい住民の声も遠い。
正純は第一に言う事を言い終え、ライダーとシャア達は俯瞰の立場を通し、そして答えるべきルーラーは未だ口を開いていない。
この一帯だけは、空間ごと切り離されているかのように静謐としていた。

シャア・アズナブルとの同盟、アーカードとアレクサンドル・アンデルセンとの交渉。
これらは目的達成の地盤固めに重要であったが、絶対条件ではない。失敗してもまだ次の一手があった。
だがこれにはない。ここで選択を誤れば正純は終わる。
自分とライダーは処断され、協力していたシャアとアーチャーも罰を受ける。何事もなかったように従来通りの聖杯戦争が進行する。
そうさせない策は用意しているが不確定要素も多い。絶対はない。確率として最悪は常にあり得る。
シャア議員だけでも逃がさなければ―――状況に備え打開案を思案し始めたところで、


「わかりました」





794 : 聖‐judgement‐罰 ◆HOMU.DM5Ns :2016/06/26(日) 01:42:14 dfVWSYpw0



心臓が跳ね上がりそうになるのを抑えつける。
早合点するな。今のはただの返事だ。
ただの確認作業、次に出す答えにワンクッション置いただけのものでしかない。
一息吸うだけの間を空けて、ルーラーは返答した。

「あなた方の言葉は確かに聞き届けました。
 ですがルーラーの立場として……その要望には応じる事はできません」

結果は、否定。
にべもない言葉にしかし正純は落胆するでもなく、

……まあ、そうなるよな。

ここで簡単に折れるほどやわな精神ではない。お互い様に。
上手く行くのに越したことは無かったが、そう楽に事が運ぶのも楽観論だ。

十分に予想できた。だからここまではまだ計算の内だ。
話題を切り出す理由、会話を続けるきっかけを作れただけでいい。

「……我々はより正しく聖杯を担う者を選定する方策を望んでいるだけだ。それを受け入れられないと?」

「ルーラーは聖杯戦争の推移を守る者ですが、聖杯を管理しているわけではありません。
 聖杯とはこの世界を創造したもの。舞台から戦いのルールに至るまでを設定したアークセルそのものです。
 一度始まった聖杯戦争を取り止め、ましてルールを変更する権限は私達にはないのです」

「それでも他のサーヴァント達よりは聖杯との繋がりも深いはずだ。方舟からの通知伝令のひとつもあるだろう。
 そこを経由して貴殿の声を届ける事も可能ではないのか?」

「それは我々の管理を超えています。街の統制等の機能ならともかくシステムそのものへの干渉など到底認められないでしょう」

「では―――」

「いえ―――」

繰り返される質疑応答。
正純が問えば、ルーラーがそれに答える。そんなやり取りが何度か交わされる。

要望は悉く跳ね退けられる。ルーラーから聖杯への進言は不可能だと。
本当だとは思う。が、全てを話してるとは思えない。
報告の際に、一意見として混ぜておくだけでもいい。そうすれば少なくとも可能性だけは提示できる。
あるいは報告の段階を飛ばして直接観察しているのかもしれない。
会場が方舟内部にあるのならそれもまたあり得ることだ。
だとすると……やはり確実なのは、聖杯自体との直接交渉しかないということになる。

「……先に言ったように、我々は現状の聖杯戦争を良しとしない立場を取っている。
 貴殿らからすれば、その意図はないとしてもやはり障害として映ってしまう一面もあるかもしれない」

そう思った正純は一端矛先を変えた。

「だが―――それならそもそも呼ばなければ済んだはずだ。なのに、私のように明確な願いを持たない者もこうしてここにいる。
 我々のような、聖杯を望まない者と真摯に聖杯を欲する者を一緒くたに混ぜるのは、願いある者からすれば自身の願望を侮辱として受け取られかねない」

背後で控えているシャア・アズナブルにも、聖杯に託すべく願望は持っていなかった。
潜在的に願うものはあったが、それは何もこんな形式でなくともよかったはずだ。正純自身にしてもそうだ。
正直に話すには余りに馬鹿馬鹿しい経緯で方舟に来てしまった。
何故託すものがない者、自身を望まない者に聖杯は資格を与えたのか。

「参加者を招聘するのは私でなく聖杯によるものです。
 地上から方舟への道程を繋ぐ切符(チケット)。ゴフェルの木を手にした者をアークセルは己が内部に招きます。
 そこに資質や条件、選定の基準があるかは私には図れません。ですが呼び出された時点で彼らは聖杯を得る資格を手にしている。私はそう思っています」

ルーラーは答える。

「聖杯が望むのは最後まで生き残ったマスターとサーヴァント。そこには能力や人格の優劣、願いの有無も関係ありません。
 何を願い、何処を目指し、どう動くか、それは各々の自由。因果が導く道は無数にありどれが正答である保証もない。
 ルーラーが"相応しい"とする在り方を強制もせず、あなた達の方針にも極力干渉致しません。
 全てのマスターとサーヴァントを迎え入れ、全員が勝利者であるのを願うのみです」

……全員が勝利者である?
最後の言葉の意味が気になるが今は後回しにする。それより思考を充てるべき事がある。
ルーラーはふたつの重要な事実を口にした。
ひとつ目は"聖杯の意思"。参加者を選別したのは聖杯自体が選択したものと確かに言った。
正確には"ルーラーが選別に介在していない"だが、彼女以外に意思があるものならそれは実質聖杯、それに準ずる意思でしかない。
推測が事実へと確証が取れたのは大きい。


795 : 聖‐judgement‐罰 ◆HOMU.DM5Ns :2016/06/26(日) 01:42:52 dfVWSYpw0


そして……ふたつ目。これはどこか引っかかるものを感じる言い回しがあった。
"最後まで生き残ったマスターとサーヴァント"。
方舟の役割を鑑みれば単に強さ……戦闘力のみに重きを置かず、生存力をこそ重視するというのも分かる。
だから、単純に一対一で性能を競い合わせる形式にしない……?
何かが引っかかっている。正純の捉えているものとの食い違いを感じる。

「無論、聖杯戦争を無視し殺戮の混沌を撒き散らす者がいたならばそれを正しに動きます。その為にこそルーラーはいるのですから」

思考を別に働かせつつも、正純はその台詞を見逃さなかった。

「現状、抑止が正しく機能しているものとは私は思わない」

B-4地区のマンションで起きたという違反。そして錯刃大学での暴力騒動。
運営の抑止力としての役割を正純は疑っていた。比較対象がないから何とも言えないが、お世辞にも十全に果たせているとは見られない。

「そうもこの方式を維持するのが正しいと規範する、その根拠を教えてもらいたい」

今が聞き時だろう。
交渉の目的たる核心の追及へと話題を進めた。

「我々は何も知らない。如何なる成り立ちでこの聖杯戦争が始まり、どうしてそれが殺し合いでなくてはいけないのか。
 何故、予選が終わった今でも同じ土地を戦場に使用しているのか」

それはライダーやシャアとの話し合いでも共通してる考察の一片だった。

「この戦争の悪なる部分は、賞品となる聖杯の正体があまりに不明瞭だからだ。
 ムーンセル、アークセルが何であるかは知っている。だがそれは全て聖杯側から一方的に与えられたものでしかない。
 状況も分からぬまま外付けで断片的な情報を脳に刻まれて、それを求めるなどどうして出来るというのか?」

聖杯は貰って嬉しいトロフィーではない。
そうした価値もあるだろうが大多数はその機能に目をつけている。信頼性のない商品など誰が使うものか。
なのに方舟には、聖杯を求め殺し合いを進める者がいる。
そうするしか他にないから。手をどれだけ伸ばしても永久に届かない。一生を懸けてもまだ足りない。
普通では叶わぬ悲願の成就を渇望するからこそ彼らは選び、方舟は選んだのだ。

「そうまでして求めた聖杯に偽りがあれば……これほど彼らに対しての侮辱はない。
 善悪に関わらず、餓い抱いた期待を目の前で打ち砕く。願いを虚仮にして嘲弄する」

それはなんと呼ばれるのか。

「最悪と呼ばれる行為だ。人類種の保存という、方舟側の大義すら消失する」

そんな最悪の可能性を避けるにはどうすればいい。

「資格があると言ったなルーラー。その通りだ。
 我々には資格がある。情報を要求し、検証し、選択する権利がある」

全参加者の聖杯に関する情報を共有することだ。聖杯についての正しい認識を持たせることだ。
正確性に欠けたものではない、裁定者側からお墨付きのもので、だ。

「そうして考えた上で、我々は選択すべきだ……他者の命を奪う道を進むのか、止めるのか。
 それは聖杯という高次の存在から授かるものではなく、個人毎の意思で決めねばならない」

想像の通りではないと知り願いを諦める者。矛盾を知りつつもなお己の道を通す者。
戦争を望む者。厭う者。
多くの道が分かたれるだろう。その過程で立場が明確になる。
言ってしまえばわざわざこうしてルーラーに直談判してるのもその辺りの曖昧さにあるものだ。

間を空け、次はルーラーの返答を待つ。
ジャンヌ・ダルクには、異端審問の際に専門家が舌を巻くほどの弁で審問側を圧倒したという逸話がある。
これまで投げた問いに対して淀みなく返答してみせたのもそういう理由だ。
それが神の奇跡の一端であれ本人の思慮分別であれ、無知な田舎娘でないということを意味している。
しかし、

「……」

ルーラーは唇を結び、沈黙している。
妙だな、と正純は思う。
黙秘する事自体ではなく、変化したルーラーの表情を。
黙秘権を使用しているでもあるまい。躊躇とも違い、どう答えたものか逡巡しているような様子。
それはまるで―――ではないか。
頭の中である考えが浮かびかけたところで、ルーラーは口を開いた。


「……その質問には答えられません。いえ、そもそも答えようがないともいえます。
 裁定者はこの聖杯戦争を恙ない進行の為に存在する。翻せば、それ以外の役割は求められていない。
 聖杯戦争が起きた理由、その成り立ち……そうした機密は何も知らされていないのです」



「な……!」

驚きの声。
思考を止めることなく次なる言葉を引き出そうとしていた正純の計算が乱れた音だ。


796 : 聖‐judgement‐罰 ◆HOMU.DM5Ns :2016/06/26(日) 01:43:43 dfVWSYpw0

それでも、それでも正純の耳は常時通り働いていた。一言一句たりとも聞き逃さず、その意味をたちどころに理解する。
理解したからこその反応、狼狽だった。

「ルーラーとして参加者に受け答えするだけの聖杯に関する知識は保有しています。ですが真に秘匿すべき情報については持ち得ません。
 僅かな確率であっても、私から情報が漏洩するのを防ぐ措置なのでしょう」

……どういう、ことだ?
あまりにちぐはぐすぎる。
裁定者側が聖杯戦争の正体を知らない。教えられてないなど考えられない。
造反、漏洩を防ぐ為。単なる走狗に対してであればまだよかった。聖杯の端末に等しい、それこそ意思のない機械であれば。
だがそれを意思持つサーヴァントに適用させているのが正純には解せない。面倒だろう、それは。

聖杯の意思の代弁者としてAIなどいくらでも作れたはずだ。
それなのに聖杯はわざわざ情報統制を強いた上で、明確な人格を持ち、過去に生まれた人間、歴と存在している英霊をルーラーに任命し召喚している。
労力を惜しんだから既に在る、条件を満たす英霊を選択した?ものぐさにもほどがあるだろ……!

「疑念を持たないのか、ジャンヌ・ダルク……この方舟に。この聖杯に。聖女である貴殿はこの戦争に納得しているのか?
 "これ"が貴殿らの信ずる御子の聖遺物足ると言えるのか?」

「承知しています。この"聖杯"は御子の血を受けた正真の杯でなく、ムーンセルという月の頭脳体を称したもの。
 その演算処理能力を以て成される願望器としての機能を指して聖杯と字名されているものです。
 "方舟"、人がアークセルと呼ぶそれもムーンセルとはまた独立した、魂を擁する揺り籠を目的とした古代遺物(アーティファクト)。
 ……聖者ノアが造りたもうた真なる方舟であるかは、私には答えかねますが」

矛盾の根幹を突く言葉。
信仰に傾倒する程縛られる教派の教義にもルーラーは揺るがず。
そう……宗派の相違による衝突など彼女自身が身を以て思い知っている。

「ですが真贋はどうあれ、ムーンセル、そしてそれと接続したアークセルは願望器としての機能を持ちます。
 容易く世界を変容させる力。人の望みを汲み上げる知恵の泉。いつしか人は、それを聖杯と呼んだ。
 その争奪の経緯を総称して、やがて聖杯戦争という名が生まれました」

つまり、それは。

「……聖杯と名付けられたものを奪い合うのであれば、何であれ聖杯戦争というわけか」

「『私』が存在する世界に限れば、ですがね」

ルーラーは肯定した。

「ですので、贋作であるから、教義に反するからという理由で疑いをかける事はしません。
 我欲を求めるのは人の本能。それが災厄をもたらす事がなければ叶えようとしても構いません。
 もとよりここに集ったのはそれぞれ別々の人理を紡ぎ上げた世界の住人。信ずるものが異なるのは当然の話。
 今の私は主を信じた小娘ではなくルーラーのサーヴァントとして求められたが故に」

知識の差が出始めた。
一世界から出でたに過ぎない正純と、英霊として多数の世界の知識を有するルーラー。
立ち位置からくる認識の差だ。知識の差は視点の差を生み、捉え方の違いを生む。この場合のルーラーは信仰上の聖杯と願望器の聖杯を分けて考えているように。
あらゆる異世界に同数の宗教があり、同名の教派でも形態が違いそもそも存在すらしない時代と場所がある。
そんな住民を纏め集めた方舟で、ひとつの宗教観を絶対の基準に置けば破綻は避け得ない。
もしくは。はじめからそうした分け方ができる人間をルーラーに選んだのか。

そしてふと思った。
ムーンセル、そしてアークセル。このふたつの聖遺物が存在する、いわば基礎となる世界。
このジャンヌ・ダルクも、その"基礎世界"で生きた英霊なのではないかと。


797 : 聖‐judgement‐罰 ◆HOMU.DM5Ns :2016/06/26(日) 01:44:05 dfVWSYpw0


「確かに私は全てを教えられてるわけではありません。それを承知の上で私はここに今も在ります。
 聖杯戦争を恙なく進行させるルーラーとしてここに在る」

鎧姿の少女は厳かに告げる。

「ですが誓えることはあります。聖杯があなた方に伝えた情報―――それに偽りはありません。
 肉あるものを集め、人類の種を保ち、使用者の願いを映す月の水面。宙の方舟は輝く魂を載せ天へ至る。それがアークセルの役割。
 裁定者(ルーラー)と私(ジャンヌ・ダルク)、双方の名において譎詐せずに誓います」

最大限での潔白の表明だった。
監督役としての権利も、個の英霊としての誇りも全て賭けている言葉。だから軽く翻す事も出来ない。
決意は重圧と変性する。息苦しさを正純に押し付ける。
こうまで言われて疑うようではルーラーの全てを疑問視しなくてはならない。そうすると今まで引き出した情報も信に置けなくなり、前提の崩壊になる。


「ここでの死を必要な犠牲と許容するのか?」

そして……完全でないにしても把握した。
彼女の行動と主張、その骨子にあるもの。古今の英雄を統制するルーラーのサーヴァントに選ばれた理由を。

「まさか。必要な死など世界にありません」

神への妄信。宗教の執着。一方通行の感情の暴走。
そんなものでは到達し得ない、目の前にすれば足が竦むほどの巨大で強大な意思。


「万人を救おうとも、一人の命を奪った罪が消える事にはなりません。
 誰かを救う選択とは、そういう事です」

聖女の信念。
正純はそれに触れた。


798 : 聖‐judgement‐罰 ◆HOMU.DM5Ns :2016/06/26(日) 01:45:41 dfVWSYpw0



それはこの世全ての悪に立ち向かう誰かに似て
それは堕ちる星に立ち向かう誰かに似て
配点(我が神はここにありて)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄




元々、過去の歴史におけるジャンヌ・ダルクの人物像には多数の解釈がある。
神の声は栄養失調からくる精神病の幻覚。
全ては演技である鬼算の策謀家。
人でなき神が遣わした異存在である天使。
真実の姿は居合わせた当事者にしかわからない。いや、本人以外誰も理解できなかったのかもしれない。できなかったからこその裏切りだ。
歴史再現でも都合により男の名を女性が襲名しているように、案外語られている実像とは違っているのかもしれない。

神がかったとしか思えない言動と行動によってフランスのシンボルとして立ち、旗を持つ彼女に鼓舞された兵士は破竹の勢いで敵の砦を攻略。
瞬く間に本願であるフランス王の戴冠を成し遂げ、名実ともに救世主となったひとりの少女の業績は、永い人類史においても一際目を引く。
実質国に見捨てられたに等しい捕縛、聖女憎しと徹底して尊厳も奇跡も奪いにかかる異端審問。死体を残さず火に焼き灰に帰す、旧派で最も重い処刑法。
悲劇……与えられた報酬がそんな最期だった聖女は一層民衆の人気を博した。

数ある解釈でも、このジャンヌは一般的に伝わる実像のようだ。
聖女と聞いて浮かぶ幾つかのワード。清廉にして潔白、慈悲深く身命に喜んで殉ずる高潔さ。そうしたイメージに違わない。
それにしても、だ。

……ここまで頑固な性根だとは思わなかった……!
信仰によって作られる精神は強固だ。宗教という巨大な集団と己とを一体化させられるからだ。
一個人では形成できない後ろ盾が背中を押し自信を与える。神という超次元の意思との歓喜が人を進ませる。
ジャンヌを支えているのは別のものだ。
ひとつ確信する。この人は、最期まで聖女であったのだと。
誰も憎まず、何も恨まず。人を、国を、神を、世界を愛す。
あらゆる場所と時代と常に共に在った、凡庸で、どこにでもありふれた感情。
ただその頑健さだけが尋常ではなかった。不偏の理想はどこまでも尊くそして脆い。
誰もが掲げても続けられないそれを、死に終わるまで貫き通してしまった。
まさに人間城塞だ。如何なる剣でも砲でも折れ砕けまい。戦艦か何かと思わずにはいられない。

それでも……正純の掲げる方針にとって、彼女こそが最大の障壁だ。
聖杯に立ち向かう姿勢を崩さない限り、今を凌いでもまた必ず立ち塞がる。
どういう形になるにしても退けなければならない。


「こちら側の結論ですが……現時点であなた方が決定的な違反行為を犯したわけではありません。
 よってここでは警告のみとします」

視線が正純を射抜く。鋭くはないがこちらの底を見透かすように深く。

「ルーラーの本分は運営であり抑止力。どのような行動、どのような方針で聖杯戦争に臨むかは各々の自由となります。
 戦いを拒むのも、否定するのも縛りはしません。その意味で言えば貴方たちを縛る権利もない。
 ですが運営を妨げ、この方舟に亀裂を刻もうというのならば」

空の右手を前に出すと、籠手の内側から淡い光が紋様を描いて顕れた。

「我々も動き、然るべき制裁を加えます」

……あれは、令呪か!
光の意味を正純は理解する。
マスターがマスターたる資格である三画の聖痕。正純の右手の甲にもある令呪をルーラーも保有していたのか。
目に見える数からして……総数は全サーヴァントに対して複数使用できるだけはあるだろう。


799 : 聖‐testament‐譜 ◆HOMU.DM5Ns :2016/06/26(日) 01:46:23 dfVWSYpw0



それはこの世全ての悪に立ち向かう誰かに似て
それは堕ちる星に立ち向かう誰かに似て
配点(我が神はここにありて)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄




元々、過去の歴史におけるジャンヌ・ダルクの人物像には多数の解釈がある。
神の声は栄養失調からくる精神病の幻覚。
全ては演技である鬼算の策謀家。
人でなき神が遣わした異存在である天使。
真実の姿は居合わせた当事者にしかわからない。いや、本人以外誰も理解できなかったのかもしれない。できなかったからこその裏切りだ。
歴史再現でも都合により男の名を女性が襲名しているように、案外語られている実像とは違っているのかもしれない。

神がかったとしか思えない言動と行動によってフランスのシンボルとして立ち、旗を持つ彼女に鼓舞された兵士は破竹の勢いで敵の砦を攻略。
瞬く間に本願であるフランス王の戴冠を成し遂げ、名実ともに救世主となったひとりの少女の業績は、永い人類史においても一際目を引く。
実質国に見捨てられたに等しい捕縛、聖女憎しと徹底して尊厳も奇跡も奪いにかかる異端審問。死体を残さず火に焼き灰に帰す、旧派で最も重い処刑法。
悲劇……与えられた報酬がそんな最期だった聖女は一層民衆の人気を博した。

数ある解釈でも、このジャンヌは一般的に伝わる実像のようだ。
聖女と聞いて浮かぶ幾つかのワード。清廉にして潔白、慈悲深く身命に喜んで殉ずる高潔さ。そうしたイメージに違わない。
それにしても、だ。

……ここまで頑固な性根だとは思わなかった……!
信仰によって作られる精神は強固だ。宗教という巨大な集団と己とを一体化させられるからだ。
一個人では形成できない後ろ盾が背中を押し自信を与える。神という超次元の意思との歓喜が人を進ませる。
ジャンヌを支えているのは別のものだ。
ひとつ確信する。この人は、最期まで聖女であったのだと。
誰も憎まず、何も恨まず。人を、国を、神を、世界を愛す。
あらゆる場所と時代と常に共に在った、凡庸で、どこにでもありふれた感情。
ただその頑健さだけが尋常ではなかった。不偏の理想はどこまでも尊くそして脆い。
誰もが掲げても続けられないそれを、死に終わるまで貫き通してしまった。
まさに人間城塞だ。如何なる剣でも砲でも折れ砕けまい。戦艦か何かと思わずにはいられない。

それでも……正純の掲げる方針にとって、彼女こそが最大の障壁だ。
聖杯に立ち向かう姿勢を崩さない限り、今を凌いでもまた必ず立ち塞がる。
どういう形になるにしても退けなければならない。


「こちら側の結論ですが……現時点であなた方が決定的な違反行為を犯したわけではありません。
 よってここでは警告のみとします」

視線が正純を射抜く。鋭くはないがこちらの底を見透かすように深く。

「ルーラーの本分は運営であり抑止力。どのような行動、どのような方針で聖杯戦争に臨むかは各々の自由となります。
 戦いを拒むのも、否定するのも縛りはしません。その意味で言えば貴方たちを縛る権利もない。
 ですが運営を妨げ、この方舟に亀裂を刻もうというのならば」

空の右手を前に出すと、籠手の内側から淡い光が紋様を描いて顕れた。

「我々も動き、然るべき制裁を加えます」

……あれは、令呪か!
光の意味を正純は理解する。
マスターがマスターたる資格である三画の聖痕。正純の右手の甲にもある令呪をルーラーも保有していたのか。
目に見える数からして……総数は全サーヴァントに対して複数使用できるだけはあるだろう。


800 : 聖‐testament‐譜 ◆HOMU.DM5Ns :2016/06/26(日) 01:47:01 dfVWSYpw0


ここにきて秘匿していた隠し札を見せに来ている意図。
それは即ち最後通牒だ。
極論、この場で即刻ライダーとアーチャーを自害させることも可能ということ。首に繋がった命綱を見せられた。
手持ちの令呪を使えば自害は阻止できるのか。だがたとえそうでも令呪の無駄打ちは備蓄のない自陣にとっては大打撃だ。
令呪をちらつかせて浮足立ったところでの宣言。効果的だ。

相手は答えを待っている。展開された話し合いの結果をこちらは告げた、そちらの決算を見せろと待ち構えている。
折れればそれでよし。裁定者は聖杯戦争に従い他主従の排除に動く者達に干渉しない。
そして、正純は未だその意思を一度として見せていない。ならば行き着く先は正面衝突しかなく―――


……どうする。

当然、現在の聖杯戦争を認める気にはなってない。依然正純は聖杯に交渉し、その改革を叫ぶ立場を変えていない。
提議すべき点は何か所かある。それを出し、聖杯に逆らう正統たる理由に解釈し突き付ける。
出来なくはないと考えている。正純がいつもやってきたように。

しかし……それではいけないとも考えている。
このままの流れで続けていけば相互の不理解として交渉が決裂する。それでは駄目なのだ。
ルーラーとの交渉の成否は聖杯改革の進展に大きく影響する。決裂とは裁定者との対立。それは正純達の敗北だ。
だから何とかしなくてはならない。のだが、

「……っ」

つい数分前での出来事が脳裏に浮かぶ。
ライダーとも因縁深いアーカードとアンデルセンとの交渉。結果はものの見事に失敗した。
あちらは既により根深い因縁で結ばれ、その清算に臨もうとしていた。
大学での騒動の中で前に出る機を常に窺っていたこちらだが、あの時は最悪のタイミングでの接触だった。
その整理と敗因の検証の間も着かぬ間に、矢継ぎ早に新たな交渉。相手はより困難で、しかもこちらの生死に直結しているときた。
かかる重圧は先の比ではない。命綱もなしに断崖絶壁の端に立たされている気分にもなる。

何度も行われてきた、武蔵の是非を問う論争。
今までも一度や二度の失敗はしてきた。あわやという場面も少なからず経験し、まがりなりにも乗り越えてきた。
それには正純だけでなく無数の要素があって成立したものだ。助勢もあり妨害もあった。予測外があって馬鹿がいた。
守銭奴がいてオタクがいて外道がいて貧乳がいて巨乳がいて異族がいて、人に溢れている。
正純もそんな集団の一人だった。
切り離された孤軍の今になって痛烈にそれを感じた。

ここは武蔵の上ではない。神州の何処の国でもない。
知識の不足。情報の不足。正純の主張を裁定者に通すには裏付けが足りない。
現状、どれだけ訴えてもルーラーが考えを改めるビジョンが浮かばないでいた。
情けない話だ。泣き毎など言えないし言う気もないが……堪えるものはある。


沈黙が続いている。
矛は通じず、盾は砕けず。
いつまでも黙ってるわけにはいかない。黙秘は肯定と受け取られ、そうでなくとも何も言わなければ悪い印象を与えてしまう。
向こうは結論を急かせているがそれに付き合う必要はない。聞くべき質問はまだある。そう口を開こうとして―――


「これは異な事を。敵を前にして見逃すとは、それで裁定者を名乗るとは片腹痛い」





801 : 聖‐testament‐譜 ◆HOMU.DM5Ns :2016/06/26(日) 01:50:05 dfVWSYpw0



男の高い声が周囲に響いた。
その一声で一帯の空気を支配せんとするほどの存在感。
極めて濃度が高い、まるで劇薬のような気質を引き連れて言葉が放たれた。
女の正純でもルーラーでもアーチャーでもなく。二人の男のうち一人のシャアのものでもない。
声の主は―――

「我々は貴女の敵だ。そうだろう?お嬢さん(フロイライン)」

……ライダー!?
正純が振り向く。
サーヴァントライダー・少佐。ルーラーとのやりとりをシャアと共に俯瞰していた自身のサーヴァント。
交渉の役回りを正純に一任していたはずのライダーはすぐ近くまで来ていた。

ゆっくりとした足取りで、戦争を望む反英雄は手を広げながら語りかける。
まるでルーラーを迎え入れるように。
がら空きの胸の心中に突き入れられるのを望むかのように。

「敵はここだ。ここにいる。縄でふん縛り枷に嵌め、ギロチンを落とし首を衆目に晒すべき裏切り者がここにいる。
 聖杯の導きに従わない逆徒がここにいるぞ?」

寒いものが背筋に走る。
明らかな挑発だ。言葉を続けようとするライダーを正純は手で制しようとする。
だがそんな正純が目にも耳にも入ってないのか、ライダーはなおも歩みを止めようとしない。
底知れぬ、だが隠そうともしない喜悦の念を張り付けた表情。
無理に止める事を許さないだけの意志が、通り過ぎる際に見えた横顔にはあったのだ。

正純にとってのサーヴァントとは、目的を同じとする同盟相手であるが、同時に油断ならない相手だ。
一切合切破滅に向かって突き進む戦争を至上とするライダーがひとまず付き従っているのは、ひとえに打倒聖杯という最終目標が重なるが故だ。
そこに"ずれ"が生まれれば……先の道は破綻する。
だがまさかここにきてこんな暴走を始めるとは思わなかった。
何か、失敗をしてしまったのか?
見限られてしまうほどの失策はまだしていないはずだ。
先のアーカード達との交渉?あれはライダー直々にとりなしがされフォローに回っていた。
今のルーラーとの交渉?今一つ踏み切れてなかったのは確かだが攻め手はまだ手元にあった。それを中断させたのはライダーだ。

いずれにせよ、今の状況は不味い。
契約上とはいえ従僕を御し切れないとなれば、ルーラーは勿論のこと同盟を組んでいるシャア達にも示しがつかなくなる。
己のサーヴァントに振り回されているマスターの発言に信用性など持てはしないのだから。

とうとうライダーは正純を越し、ルーラーと正面に対峙する。
空気は完全に入れ替わっていた。火花を散らし炎の渦が舞う闘争の空気に。


「挑発は無意味ですライダー。私はあなたの敵ではありませんし、貴方の望む戦争を再現させるつもりもまたありません」

「なるほど。私の真名を知るか。それもルーラーの特権とやらか。
 ではなんとする。我々の同盟相手に私の名を売るか。私の生前にやった所業を教えるかね?」

「いいえ。私情で参加者の情報を流すのも令呪を使う事も致しません。あるとすれば違反を犯した罰則としての公開になるでしょう」

「だがルーラーの責務に従うのであらば我々の自由を許す理由はあるまい。
 運営の抑止?そうさせたくば串刺しの列でも揃えたまえよ。神と聖杯の名を以て貴女方の正気を保証したまえよ」

否定はすぐに、はっきりと返ってきた。


802 : 聖‐testament‐譜 ◆HOMU.DM5Ns :2016/06/26(日) 01:50:56 dfVWSYpw0


「それは違います。方舟内で起こる聖杯戦争の裁定については我々ルーラーに一任されています。
 討つべきではないと判断したのはあくまでも私のもの。不備があれば受け入れますが、その叱責はあくまで私が受けるもの。
 それ以外にも咎が及ぶような発言はおやめなさい」

「ほうそうか!神の声でなく殺すのは己の意思と、聖女でありながら自らの意思でその手を血塗れにするというのだね?」

槍で肺腑を刺してくるような攻撃的な口調でライダーは言う。
さながら異端審問だな、と正純は思った。
しかし……言い方は過激だがそれは自分の番であった時の続きに言おうとしていたことだ。
図らずもライダーは正純の主張を引き継いでいる。……いや、これは図られてというべきなのか。
だがそれでも、その台詞は自分が言うべきだったことだ。
見ようによっては、代表が言うべき台詞を従者に言わせ非難の矛先を変えようとしている……そう捉えられてしまう。

そして、その審問を骨身に染みるまで受けているジャンヌは清廉な声で答えた。


「―――無論です。生前(むかし)も死後(いま)も、私は変わらずそうしてきた」


告解。


「主の嘆き(こえ)を聞き、救われぬ者の声を聞き、それでも私は私の意思で選び戦場へ出た。
 味方を鼓舞することで命を救い、敵を畏怖させることで命を奪った。
 たとえ手に剣を持たなくともその時点で血に塗れたも同然です。いえ、直接手を下さなかった分、あるいはより罪深いかもしれません」


懺悔。


「私が相手をしたのは竜でも悪魔でもなく、譲れぬ何かを持ち立場が違うだけの同じ人間でした。
 それを死なせたことが聖女の振る舞いではないというなら、その通りでしょう。私自身そう思っています」


……どれとも違う、毅然とした声が通る。



「私は、聖女ではありません」



今、彼女はそう言ったのか。
当時の百年戦争で彼女を仰ぎ慕った兵士や王への裏切りにも等しい吐露を。

……あぁ。

解けた。
胸の奥に溜まっていた絡みがほつれていく。
バラバラのまま集まっていたパズルのピースが段々と組み上がっていく。
正純の出来る範囲で最も望ましい結果を引き摺り出すための答えが見えてきた時。
ライダーは、




「――――――あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」

大爆笑だった。


803 : 聖‐testament‐譜 ◆HOMU.DM5Ns :2016/06/26(日) 01:53:34 dfVWSYpw0






「そうか、そうかそうか!これが乙女(ラ・ピュセル)か!これがジャンヌ・ダルクか!素晴らしい!
 哀れで狂った田舎娘!神の声を聞いたなどと茹だった妄想に憑りつかれ、国を煽動し戦場をかき回し!
 これ以上戦争は要らぬと味方に捨てられ、牢獄で兵士に犯され犬に輪姦(まわ)され!
 最期は股を広げられて業火に焼かれ、「神様、神様」と哀れに泣き叫びながら骨肉も残さず灰となった!
 後に残るのは己を捨てた世への恨みと人への呪いばかりの"廃棄物"かと思えば、中々どうして!」

それ褒めているのか、罵っているのかどっちなんだ。
配慮もなにもあったものじゃない。ライダーは笑い混じりの称賛兼誹謗中傷を続けていく。

「戦争処女(アマチュア)などと心の中で思って悪かった。二度と思うまい!
 万人が認め、しかし貴女一人だけは認めなかった聖女ならざる少女よ。ああ確かに貴女は戦争の本質を捉えている。
 "わたし/こっち と あなた/あっち は違う"―――主義も思想も届かない遥か彼岸にある、殺し殺される闘争の根幹を心得ている」

ひとしきり笑い上げた後、ライダーはピタリと笑うのを止めルーラーと再び正面に向き合った。
唇の両端は釣り上がり、瞳は濁った輝きを放つままであるが。

……突然割り込んできたのは。決してこちらを擁護してくれる腹積もりというわけではないだろう、と疑っていたが。
ひょっとしてこれ、テンション抑えきれなかっただけか!?
凄いノリノリじゃないかこの少佐!


「……そこまでだライダー」

白手袋をはめた手をライダーの前に出す。
波がいったん引いた今、いい加減釘を刺しておくべきだ。

「今は私とルーラーの交渉中だ。それ以上の言葉は控えてもらおう」

「おっとこれは失敬。いやお嬢さんがあまりに愛しかったものでね。
 やばいと思ったのだがつい抑えきれなかった」

クラスの気になる女子にちょっかいかける男子か!?

「では席を返そうマインマスター。君の舞台へ戻りたまえ」

今までの熱が嘘のように、ライダーはあっさりと引き下がった。
やっぱり本人が愉しみたくてやったのか……。

……しかし、なんだな。
こんな流れになって思い出したものがある。
前にも、こういうことがあった。
一日と少ししか離れてないのに、久しく吸っていなかったように錯覚してしまう空気を思い出す。
戦争"馬鹿"に振り回されるのを懐かしいと感じてしまうのは、我ながら染まってしまったなぁと思う。
そして、それを存外悪いものじゃないと受け止めている辺りが更に困ったものだ。


「私の従者が失礼な真似ををした。話を続けたいのだろうが、いいだろうか」

「……ええ、どうぞ」

仕切り直しだ。改めてルーラーを見据える。
気分がいいわけはないだろうが罪状に加算されるという事はなさそうだ。そこだけは幸運だ。

「しかし我々もいつまでもここで引き留められるわけにはいきません。
 貴方たちの思いに関せず、依然聖杯戦争は続いている。参加者同士の戦いは起き、起ころうとしています」

起ころうとしている戦い……あれか。
じき始まるであろう戦いを正純は知っている。
数分前にここを去ったアーカードとアンデルセンの二組。
互いを認めない衝突、どちらかが倒れるまで終わらない相対はかなりの規模になる可能性がある。
時間がかけられないというのは本当だろう。
そして、

……なるべく早く、この会談を切り上げたい、か?

「答えるべきことには答えました。そちらにも明瞭な答えを要求します。
 これ以上伸ばすようであれば、それこそ運営の妨げと見做さざるを得ません」

「jud.では告げよう」


804 : 聖‐testament‐譜 ◆HOMU.DM5Ns :2016/06/26(日) 01:54:33 dfVWSYpw0


即答する。
ルーラーは予想外だとでもいうように目を細める。
しかしこれは決まりきった事だ。最初から変わりない、言うと定めていた事を言うだけのこと。
迷いは少しだけだった。
行き先を決めて上げた足を、どこに下ろすか。どの程度の距離で一歩を踏むか。僅かな間の逡巡。
それももう―――済んでいる。

「答えは変わらない。我々は―――今の聖杯戦争を許容しない」


「そうですか。では―――」

「しかし―――」

手をかざしたルーラーの言葉が終わるより早いかのタイミングで、被せるよう切り出した。

「それを以て聖杯に被害をもたらす行動は一切しない。
 私は方舟に集うマスターとして、聖杯に相応しい担い手を選定することには協力を惜しまない」

そして、

「戦闘行為を挟まずに担い手を決定する方法を聖杯に認めさせる。
 一方的な喪失を被る者なく、全てのマスターとサーヴァント、方舟にすらも共有できる利益を生む。それが我々の変わらない方針だ。
 その為の行動の指針としてまず……方舟より救い出さなければいけない人物がいる」

「……何者ですか?全員にとって利益となれる、救われるべき人物がこの方舟内にいると?」

ルーラーの問いかけに、正純は手を水平に挙げた。
まっすぐに突き出し、白手袋をした指を一本伸ばす。
その直線上にいる―――

「あなただ、ジャンヌ・ダルク。
 ルーラーのサーヴァント。聖杯戦争の調律者。私はあなたを救いたい」

一人の少女を、指さした。



「あなたこそが最も聖杯に隷属を強いられている者だ。我等の方針に基づき解放しなくてはならない存在だ」

聖杯との戦争を臨むことをとしている。だがそれをルーラーにまで適用させたくはない。
特権諸々の能力面でいってもそうだ。他人のサーヴァントに令呪を使えるサーヴァントなどできれば相手にしたくない。
しかしそれ以上に考えるのだ。会話の中で見えた彼女の芯から判断したのだ。

ルーラー(かのじょ)は敵ではない―――。

聖杯とサーヴァント・ルーラーは不可分の関係ではない。
機密事項を教えられてないのがその証拠だ。方舟はかなりの割合でルーラーに裁量を任せている。
対立すべきは聖杯であって、彼女ではない。
だから正純はそこから始める。
聖杯とルーラーを切り離し、そして分かたれたルーラーすらも―――味方につける。

「ルーラーという役職がこの戦争を歪ませているものの一端だ。
 そこには当て嵌められた英雄を貶める陥穽を孕んでいる」

裁定者という器(クラス)。
違反行動を見咎め、戦わない者に睨みを利かせる。
それはいうなれば全てのマスターとサーヴァントから疎まれる存在だ。

「戦う意思のない、ただ巻き込まれただけの無辜の人にすら殺し合いを強制させなければならない。
 何故ならばあなたは"裁定者"だからだ。公平性を以て審判に臨まなければならないが故に救える命を見捨てるしかない。
 戒律に反し人を殺める罪に耐え、世界に身命を捧げながらも悲劇に終わった少女になおも罪を担がせようとしている!」

「本多・正純……それは誤りです。
 私はあの最期を悲劇とは思っていません。あれは罪を重ねた者が正しい罰によって消えた。ただそれだけの話です」

「罰を言うならば生前の処刑でとうに済んでいる!
 ここでまた殺し合いを煽動する立場に立つという事は、あの罰を再びあなたに与えるということだ!」

思い出す記憶がある。
これと似た出来事を自分はよく知っている。
国の消滅という誰も予測できなかった事故の責任を、君主の嫡子という理由だけで取らされようとした少女だ。
全ての感情を兵器の材料に剥奪され、親子の関係を知らず事故と何も関係も無かったにも関わらず、自害させられるところだった少女を知っている。

彼女がここにいればなんと言っただろうか。彼女の傍にいることを望んだあの馬鹿はどうしただろうか。
それに応じ、否定した時と同じ言葉を、正純は吐いた。

「これは罪を清めた者に新たな罪を被せ、責め苦を負わせる悪魔のシステムだ!」


805 : 聖‐testament‐譜 ◆HOMU.DM5Ns :2016/06/26(日) 01:55:56 dfVWSYpw0






「私はこの戦争による喪失を望まない。
 一部の勝者の潤いの為に枯らされる多数の敗者を認めない。
 そこには当然ジャンヌ・ダルク、あなたも含まれている」

指さしていた腕の掌を開く。
呼応するようにルーラーの結わえた金紗の長髪が風にたなびく。

「私は聖杯を手にする資格を所有するサーヴァントの外にある存在です。
 あなたの論に照らすところの、悪魔の法の執行者を救い……何の利益があるというのです?」

裁定者を味方につけるメリットなど言うまでもない。
この場合はそうした意味ではないのだろう。
監督役でないただの小娘……ただのジャンヌ・ダルクを救う行為が他の参加者にどういった影響を及ぼすのかということだ。
答えは、果たしてあった。

「再契約」

「―――?」

マスターに装填されていた知識。それに間違いはないとルーラーは言った。
ならばその知識を利用させてもらう。目的に近づけるためにはあらゆる要素を用いる。

「マスターは最初に契約したサーヴァントだけでなく、マスターを失いあぶれた"はぐれサーヴァント"と再契約する事ができる。そうだな?」

「ええ。ですが通常のマスターでは二体のサーヴァントを同時に使役するだけの魔力は賄えません。
 ですのでその場合必然的に、マスターもサーヴァントを失っている互いに欠けている状態が主なケースとなります。
 それが一体―――」

「ならば裁定者としての特権を除けばあなたも"マスターを持たぬ一体のサーヴァント"だ。
 マスターを得れば、あなたも聖杯に選ばれる"つがい"になれる権利があるという事になるのではないか?」

ルーラーの顔が一瞬で引き攣った。
口を開けて「何を、」と言おうとしたのか声にならず、ややあって意味するところを理解し代わりに、

「聖杯戦争から、裁定者という地位そのものを排除しようというのですか……!」

「それでこの戦争が正しく調律されるのならば、そうしよう」

初めての狼狽した声を上げた。

無理からぬ事だろう。言った正純もかなり荒唐無稽を言っているのは理解してる。
誰も全容を知らない方舟のシステムに干渉するというのだ。
しかし……本題は可能か不可能かの確認であって実行するかは別の話だ。
聖杯にはルーラーも知らされていない未知の真実が隠されている。まずはそこに探りを入れなければ始まらない。

「私は、裁定者の存在理由は聖杯戦争の運営だけではないと考えている。
 そうでなければこの立場はあまりに不明瞭すぎる。覆い隠されている聖杯の真実、そこを明らかにしない限り裁定者に信を置くことはできない。
 そしてそれは、そこに籍を置くジャンヌ・ダルクを不当に貶める結果にも繋がる」

ルーラーという存在への疑念。
ジャンヌ自身は方舟に何も知らされていない。なのに全責任を負わせられている。
普通ならこれだけでも解放の名分は立つくらいだ。

「ルーラーと方舟のシステムの解明と、ジャンヌ・ダルクの裁定者からの解放。
 これは戦いを望まぬ者への強制力の排除であり、戦いを望む者へ正確な情報提供という利益になる」

隠すという行為は都合が悪いからするものなのだ。
方舟には少なくとも参加者側に知られると都合が悪くなる真実がある。
ルーラーとの接触を通じてその秘密を解き明かし、干渉が可能となれば、聖杯戦争そのものの"解釈"の可能性も認めさせる事ができる。

「その時にこそ、方舟からの直接介入が発生するだろう。
 そこで私は方舟と交渉し、聖杯戦争の形を改めるよう訴えを起こす」

ルーラーが手から離れたとなればいよいよ方舟も静観を決め込んではいられない。
今までこちら側では手が届かなかった方舟に、自分から近づいてもらう。
ルーラーを救う行為が、方舟を交渉の場に引きずり下ろす結果に繋がるのだ。


806 : 聖‐testament‐譜 ◆HOMU.DM5Ns :2016/06/26(日) 01:56:36 dfVWSYpw0


「これが私の選んだ聖杯への"解釈"だ。 方舟に集う誰もが、その手に望むものを収められる手段だ。
 この歪んだ戦争の正しき形式を取り戻し、裁定者の器に押し込められた聖女の尊厳を取り戻し、方舟に握られた願いを取り戻す。
 あくまでそれを認めず阻むというならば―――」


「救う為の戦い、取り戻す為の戦争を、私は聖杯に仕掛けよう」

聖杯を肯定しながらも聖杯戦争を否定する。
ジャンヌ・ダルクを肯定しながらも裁定者を否定する。
正しきを認めながらも間違いを糾す。

「ルーラーとしての役割から解放された暁には、改めて協力をお願いしたい」

それが、正純の決断だった。


「……秘匿すべき情報ではないので言いますが、ルーラーとして召喚されるための条件のひとつには、現世に何の願いも持たないことが挙げられます。
 私には、聖杯を望む理由がありません」
「願いがないのは私も同じ。私のように託す願いを持たぬ者がマスターに選ばれ、あなたに資格がないのはおかしいのではないか?」

それに、と付け足す。

「あなたには我々以上に方舟に選ばれる価値がある。
 あの最期を経て何の未練も後悔も持たない。あなたがどう思おうと、それは万人が認める聖女の資質に他ならないのだから。
 こう言うのは何だが……少なくとも私のライダーより、あなたの方がよほど方舟の座に着く資格があると思う」

後ろのライダーの笑みが深くなるのを正純は知覚した。





807 : 聖‐testament‐譜 ◆HOMU.DM5Ns :2016/06/26(日) 01:57:34 dfVWSYpw0



「―――以上が我々の主張だ。貴重な時間を割いてくれて感謝する」

熱が引いていく。
討論の会場は一般の人々が暮らす住宅街に。
闘争の空気は冷めていき、元ある夜気に立ち戻っていく。

「それでは我々もこれで失礼しよう。次の相対までに互いの理解が進んでいるのを期待する」

正純は一歩を引いた。
今出すべきものは出し切った。ここからは発言した内容の実証と補填に向かい行動することになる。
そしてそれは即時見せられるものではない。
翻せば、その瞬間が来るまで正純達は善でも悪でもないのだ。

「……そうはいきません」

止める声があった。
ルーラーだ。
こちらを見据える瞳に揺らぎはなく、人格が揺るがされることはなく聖女としての姿のままでいる。

……いや、別に人格攻撃を行った憶えは一切ないが。

……ないよな?

気になってライダーに目線をやるが平時の笑顔で応えられた。
くそ、本当に楽しそうだな……!

「先の話題についてならば止められる理由は今の私達にはない。
 結果が明らかになるまで、我々は己の信ずるべき者の為聖杯に向かう、ただのマスターでしかない」

「堂々と聖杯戦争を否定すると言われて見逃すわけにはいきません。
 そちらの言い分がどうあれ、今の私は聖杯戦争の裁定を司るルーラーでしかありません」

引き下がる様子はない。
そう……未来の結果がどうであろうと今のルーラーは敵対する者だ。
たとえ正純の計画が全て成功したとしても、それは無数の艱難辛苦を踏破した先に待つ頂。
そして、その一つとして真っ先に立ち塞がるのが他ならぬこのジャンヌ・ダルクなのだ。

「聖杯戦争を間違いとあなたは言う。その意志を私には否定できません。
 けれど―――肯定する事もまた、できません。
 あなたがあなたの正しさを信じるように、私も私の信じるものの為に殉じるのです」

ふ、と。
一息をつく間にルーラーの表情に変化があった。
それは今までの会合では一度として見た事のないものを見せた。

勝者が見せる余裕の表情ではない。
敗者が浮かべる自嘲の顔とも異なる。

「それに、あなたの主張が正しいと仮に証明されたとしたなら―――
 そこには聖杯に味方する者、弁護に回る側も必要だと、そうも思うのです」


それは怒りも悲しみも置いてきた者だけが見せる、使命に殉ずる聖人の笑みだ。


……そういうところが、彼女が選ばれた理由かもしれないな。
何があっても決して聖杯を裏切らない。脅迫でも洗脳でもなく自発的にそう動く。
確かに方舟にとって重要な条件だ。


808 : 聖‐testament‐譜 ◆HOMU.DM5Ns :2016/06/26(日) 01:58:39 dfVWSYpw0


「……交わらない、か」

「はい。平行線、ですね」

「いや、まだ我々は互いに譲歩できる位置にいると思う」

言いながらさらに一歩引く。
我意を通したくばまずはここを超えて見せよ―――そう言っているように立っているルーラーから。
どう越えるか。武力で押し通る選択肢は除外。だったらすることは一つしかない。

「だから私は最後にこう言おう―――」

風が流れるようにごく自然な動作で左手を前に出し、
ルーラーが反応し体に力を籠め、


「聖杯戦争の裁定者よ―――最低でも、先の私の言葉は胸に留めておいて欲しい」


懐から抜け出た走狗(ツキノワ)が腕を滑り、右の手袋を口で掴んで剥ぎ取った。

赤光が走る。
手の甲に刻まれた聖痕に力を込める。
令呪の起動には口頭による指令が必要であり走狗(マウス)による補助は使えない。
一息で言い終える短さと端的に伝わる明瞭さの同期が必要だ。

ルーラーが動く。察知が早い。復帰も早い。
手に『旗』が握られる。令呪ではない。前に構え防御の姿勢を取る。
その判断が分かれ道となった事に気付かず、正純は一画に意識を集中して叫んだ。


『ライダーよ、宝具によって我々と迅速にこの場を離脱せよ!』


伝令が飛ぶ。


      認識した、我が主
「―――Jawohl,mein meister」


体が廻る。
限界量をゆうに超えた排気を燃料とし、本来あり得ない現象が実体化される。
宝具とは英霊を象徴するもの。であればこれもまた"彼ら"を象徴するひとつに違いない。

これなるは在りし過去の"再現"。
神代において遥かな過去にあり、されど聖譜において時代の最先端を征くもの。
一千人吸血鬼の戦闘団(カンプグルツベ)。不死身の人でなしの軍隊。最後の敗残兵。
名を、デクス・イクス・マクーヌ。
少佐の最終宝具『最後の大隊(ミレニアム)』―――その一欠片の飛行船の旗艦だ。

「令呪一画の喪失を以て、裁定者へ働いた無礼への賠償としたい」

風を切る船が起こす轟音の最中で、正純の声はルーラーの耳朶を叩いた。






809 : 聖‐testament‐譜 ◆HOMU.DM5Ns :2016/06/26(日) 01:59:31 dfVWSYpw0




突如として目前で実体化した巨大物体にもルーラーは怯む事はなかった。
手に持つ聖旗を前面に立て爆発した気流をいなす。
どれだけ巨大でもあくまでこれは人造の吸血鬼による近代武装。
風に魔力が染みついたわけでもなく、まして規格外の対魔力を持つルーラーに痛打になるはずもない。

「く……!」

しかしこの場合、位置が悪すぎた。
飛行船は正純達を乗せながらもルーラーを含まないギリギリの境界線上で実体化したのだ。
上昇気流によって生まれる突風を至近距離でぶつかる羽目になり、華奢なその身が地面から浮き上がる。
一端離れてしまえば後は流されるままだ。飛ばされたルーラーは正純達から大きく後退させられる。
中空で姿勢を制御し危なげなく着地する頃には、飛行船は高度を上げ移動していた。
正純も、もう一人のマスター、シャア・アズナブルの主従の姿も見えない。
もとより魔力によって生まれた宝具。物理的な制約には縛られない。
そのまま高層ビルが立ち並ぶ地帯に入り込んだところで、急速に実体を解れさせ、やがて夜の黒に溶け込むように消えてしまった。


"転移"の令呪でサーヴァントだけを遠距離へ飛ばしてもマスターが残る。
ならば魔力の充填にかかるタイムラグを令呪で限りなくゼロに抑え、使用した宝具で全員纏めて飛び去る。
あの少佐が此度で騎兵(ライダー)のクラスで呼ばれていたことを失念していた。
真名看破のスキルも万能ではない。召喚された英霊がいつの時期の年齢で再現されるか、どのようなスキルと宝具を持っているかはクラスによっても変動する。
あのライダーが何か仕掛けてくるならそれは全て殺戮に帰結する―――そんな先入観がルーラーに防御を取らせ、選択を誤らせた。その隙をマスターは見逃さなかった。
少佐の"戦争狂の反英雄"という特性を、ルーラーは重視し過ぎてしまっていたのだ。

サーヴァントもさることながらマスターも少佐の性質を心得た差配を下していた。
吸血鬼の一個大隊を率いた少佐はその実何ら超抜的な異能を持たず、ただの人間にも後れを取りかねない能力値しか備えていない。
その性格も含めて、扱いが極めて難しいサーヴァントだろうに……彼女は上手く使いこなしていた。

すぐさま令呪を使って引き戻そうとする―――が思いとどまる。
令呪は一画失われたがまだ向こうにはまだ二画ある。そして今更令呪の使用を躊躇う事もないだろう。
ここでライダーに令呪を用いても無駄打ちに終わる。全令呪を没収という形と見れば無駄ではないかもしれないが流石に短慮だろう。
あの二人は確実にまた何かをやる。ルーラーの想像もしない聖杯戦争そのものをひっくり返すだけの大それた行動を起こす。
こちらの令呪を使用しては以後の強制力が落ちてしまう。温存しておいたほうがまだ牽制になる。
加えて、あの艦娘のアーチャーもいる。同一の命令ならともかく複数のサーヴァントに令呪を使用していくのは妨害も考えると手間だ。

「……いえ、それも言い訳ですか」

正純を逃がさぬと膠着した場面。
あえて令呪を自発的に消費する事で賠償とし、故に追う必要はないと裁定者に理由を与えた。
穿ち過ぎだろうか。しかし彼女ならば……そうした逃げ道も用意しているかもしれないのが恐ろしいところだ。

「……またカレンに小言を言われそうですね」

それでは済まないかもしれないが。
そんな風に呑気に考えている自分も大概かもしれない。


810 : 聖‐testament‐譜 ◆HOMU.DM5Ns :2016/06/26(日) 02:01:13 dfVWSYpw0



本多・正純の残した、聖杯戦争に訴える数々の言葉。
彼女の立場にとっては、どれも正当な意見であり反抗なのだろう。
戦いで自陣の正しさを主張するのは当然のもの。ジャンヌが生きた時代でも変わりはしない。
……彼女の恐ろしいと感じるところは、正統性を主張しながらもこちらに差し伸べる手を持つ事だ。
後世ではついに訪れなかったと伝えられる、聖女への救済。
個人として救おうとした者はいただろう。最も自分を信頼してくれたあの元帥のように。
しかし全体……国家としては見捨てる結果にならざるを得なかった。ジャンヌ自身はそれを恨んでないし、理解もしているが。
ジャンヌは処刑された事を一切後悔していない。むしろあれは正しい清算であったとすら感じる。
だから彼女の言った台詞は見当違いもいいところだ。
それなのに、あの時手を振り払えなかったのは……

「聖杯について調べる……ですか」

違える気は毛頭ない。
ルーラーとして選ばれた以上ジャンヌは裁定者の務めを全うする。これは確定事項だ。
しかしルーラーが召喚された意味……それについて思考を巡らせる事は規範を超えず、無意味ではない。

28騎もの英霊が個別に争う聖杯戦争。
地上で起きたとされる数多の聖杯戦争でもこれほどの規模はないだろう。
ならばルーラーが呼ばれるは必然。そう思っていたが……
正純から浴びせられた言葉で"もう一つの役割の可能性"を思い巡らせるに至った。
即ち―――

「……流石に、詮索が過ぎますか」

杞憂であるのが一番の結果だ。何より自分には真っ先に優先すべき役割がある。
この地域に参じたそもそもの理由。大学近辺で起きた住民の突然の暴動。
兆候から見て。これは明らかに嘲笑のアサシン、ベルク・カッツェの仕業だ。
NPCへの干渉を禁じられた彼がこのような行動に出れた理由は、マスターによる令呪の消去だろう。
カッツェのマスターへの令呪剥奪のペナルティは他の事態が立て込み後回しにされていた。
己のサーヴァントが諫言を受けたとなれば大人しくなるかと思えば、どうやらあの根っからの扇動者には火に油を注ぐ真似だったらしい。
正純への処遇は未だ境界線上だが、こちらは考えるまでもなく黒だ。
だがマスター共々裁定を下す為現場に赴く途中で、ルーラーの特権の一つに奇妙な反応が見られたのだ。

サーヴァント・パラメーターの書き換え。健常な状態から消滅寸前へ。
最初は戦闘で決着がつき一方のサーヴァントが敗れたのだと思った。現場にはカッツェの反応以外にもサーヴァントが集まっている。
しかし暫く経っても減衰した反応は消えないままでいる。
サーヴァントの位置を示す聖水による地図を広げると、やはり反応が一騎、極めて微弱な反応でいる。
死亡したならばそのまま反応が完全に消滅する。ならば瀕死の状態かと思えば、反応は今も移動しておりかなりの距離を渡っている。
ここまで弱った状態で、果たしてここまで行動ができるものか……?

それにもう一つ奇妙な点が、その反応がもう一騎とサーヴァントと重複している事だ。
隣り合ってるだけではない。より詳細が分かるよう地図を拡大すれば、座標が完全に一致しているのが分かる。同期と言ってもいい。
サーヴァント同士の戦闘で、何か通常ではない自体が発生した可能性がある。

場が沈静している事からして倒されたのはカッツェだろう。
彼を倒したサーヴァントが何らかの手段で瀕死のまま取り込み、そのまま引き連れている。
状況の把握の為にもこの相手には会いに行かねばならない。
二重の反応は移動を止めず新都側へと進んでいる。このまま進めば―――

「森―――ですね」

見れば、南東の森にも一騎サーヴァントがいる。
同盟相手との合流なのか。それとも……新たな戦いに赴くのか。

「まぁ、街から離れているのは良い事ですが」

蟠る煩悶も答えの見えぬ思考も今は全て捨て、ルーラーは霊体化し森へ向けて駆け出した。


811 : 聖‐testament‐譜 ◆HOMU.DM5Ns :2016/06/26(日) 02:02:51 dfVWSYpw0
【C-6/錯刃大学・近辺/二日目/未明】

【ルーラー(ジャンヌ・ダルク)@Fate/Apocrypha】
[状態]:健康
[装備]:聖旗
[道具]:???
[思考・状況]
基本:聖杯戦争の恙ない進行。
 0.南東の森に向かい、アサシン(カッツェ)の状況を把握、然る後処罰を下す。
 1.???
 2.その他タスクも並行してこなしていく。
 3.聖杯を知る―――ですか。
[備考]
※カレンと同様にリターンクリスタルを持っているかは不明。
※Apocryphaと違い誰かの身体に憑依しているわけではないため、霊体化などに関する制約はありません。
※カッツェに対するペナルティとして令呪の剥奪を決定しました。後に何らかの形でれんげに対して執行します。
※バーンに対するペナルティとして令呪を使いました。足立へのペナルティは一旦保留という扱いにしています。
※令呪使用→エリザベート(一画)・デッドプール(一画)・ニンジャスレイヤー(一画)・カッツェ(一画)
※カッツェはアーカードに食われているが厳密には脱落していない扱いです。
 サーヴァントとしての反応はアーカードと重複しています。


812 : 末‐apocalypsis‐世 ◆HOMU.DM5Ns :2016/06/26(日) 02:10:58 dfVWSYpw0


私達はあらゆる人間に平等な世界をもたらす為
未来を読んで世界を運営する
配点(世界の滅び)
―――――





「――――――ふぅ」

「大丈夫かね」

「心配無用だ。まだ保ちはするさ」

ソファに座るなり、正純は大きく息を吐いた。
背を包む柔らかい質感にそのままもたれかかりたい衝動に駆られるのがなんとか耐えた。
眠気も疲労も限界だが、今すぐ眠りこけるというわけにはいかない。

対面のソファに座り労いをかけるのはシャアだ。
正純達は飛行船をハイアットホテル付近で霊体化した後、シャアが予約しているフロアに戻っていた。
自宅やシャアの自宅に寄る選択肢もあったが、ここは一時の仮住まいだ。引き払うのも容易と考えた故だ。

「傍観者の立場を取っていた身で恐縮だが、よくもあの局面を切り抜けられたものだな」

「気にする事はない。それを望んだのは私の方だ」

「そうだな。君の交渉人としての手並み、しかと拝見させてもらった」

……協力を拒んでおいて、これ以上失点は見せられないものな。
一度引き入れた側として正純は有用性を示し続けなければならない。
シャアは最後までルーラーとの交渉に介入しないでくれた。
それは正純の、正純の能力への期待と信頼だ。裏切るわけにはいかなかった。

「さて。危うくもあったが、これで君達と私達は聖杯に対し明確な方針を示した事になる。
 しかしルーラーを救うというが、具体的に何を成すかのプランはあるのか?」

シャアの言う通り、ひとまずだが窮地は脱した。
ルーラーと対峙しながらも敵に回さず、論を折られず、こちら側に正はあるという"解釈"を打ち立てる事ができた。
しかし理解している。こんなものは氷山の一角でしかない、
時を進める度、場を重ねる毎、次々に障害は表れるだろう。

「基本的には今までと変わりない。交渉で同志を増やし、戦力を集める。
 必要なのは、"我々に聖杯戦争の動きに干渉できる力があるか"という証明だ。
 聖女を救うというのは、従来の指針に新たな方向性を加える意味での裏付けの意味もあるのだからな」

座る姿勢を正し、正純は続ける。

「聖杯と戦争をしよう、などというのは我々ぐらいしかいないにしても、無理に連れ込まれた者なら少なからず反抗は持っていて然るべきだ。
 そんな者達を聖杯に対抗する集団として一丸にまとめる。
 身の保証や元の世界の生還などを条件に説得して陣営に引き入れ力を着ける」

裁定者に収まる聖女を解放するという旨の声。
動かすに足る動機だとシャアは思う。
裁定者というシステムの改変。それはマスターが方舟に対し干渉を可能にするという正純の"解釈"にも現実味が出てくる。
それを以て、戦いを未然に収束させる未来への光も差すのだ。
しかし理想ばかりが先行し足元の闇に気付かぬまま進むようであれば、徒に混沌を生むだけだ。
そうした時代のうねりを知るシャアでなくとも、誰しもが分かる事だろう。

「考えはある。危険もあるし、細かな軌道修正は必要となるだろうが……無理やりシステムを改竄するよりは、
 ルーラーの存在が無意味になるような展開に持ち込む方が効果的だと私は思っている」


813 : 末‐apocalypsis‐世 ◆HOMU.DM5Ns :2016/06/26(日) 02:13:14 dfVWSYpw0


理想は折り合うのは困難な事だ。正純もそれは知っている。
無理だ。不可能だ。諦めるしかない。それが共通の見解だろう。シャア宇宙の争いの節目に何度もその問題を前にした。
だが―――正純にとってのそれは困難なだけだと捉えるものだ。
難しい。大変だ。手間がかかる。そんなものは当然だとしている。
それは強大な武器であり―――同時に危うい弱点でもある。

「……夜も深い。一端ここでお開きとしよう。
 戦いはこれからも続く。話す議題は多いが、今は体を厭いたまえ」

「……その通りか」

戦闘。同盟。交渉。相対。
濃厚な時間だった。
最初の夜から僅か一日とは思えないほど多くの出来事が起きた。
今後についての話し合う内容は尽きないが人は無限永久に動けはしない。
今は気力で堪えられても、その気力は削がれればタガが外れたように一気に落ちる。
明日起こる新たな戦いに祭し少しでも万全を期するためにも、ここで腰を下ろすのは間違いではあるまい。

「何となれば一緒に来るかね?ここでなくとも部屋は貸せると思うが」

「……ご厚意感謝するがそれには及ばない」

……女子高生を自室に連れ込む議員とか事案すぎるだろう……。
分かってるんだろうか。分かってるとは思うが……たぶんそういう発想に行き着かないんだろうなあ。
未来人ゆえの感覚の違いなのだろうか。正純は訝しんだ。



「これが、聖杯戦争――――――ではないか」

……聖杯に挑む組とかそう何度も出てきやしないだろうなぁ。
そんな風に考えてると、部屋に入ってしばらくして台所にいたアーチャーが出てきた。

「お茶を淹れたわマスター!飲むでしょ?」

「ああ、ありがとう」

慣れた所作で湯気の上がるカップをテーブルに置き、それを手に取るシャア。
……なんだこの所帯じみてる感じは。
やっぱ危ない人なのかなぁと忘れかけていた危機感を感じ始めた正純の前にも、同じカップが丁寧に置かれた。

「あなたもお疲れ様!頑張ったわね!」

「あ、あぁ。ありがとう」

受け取ったカップを口につけ傾ける。
……口内を満たす柔らかい甘さ。温かさが固くなっていた体をほぐすのが感じられる。
そこにきてようやく正純は、自分の喉の渇きを自覚した。

「ゆっくりしていってね?おかわりあるわよ?」

最初の交渉に始まり今に至るまで、アーチャー個人とやり取りをした事は無かった。
子供らしさはあるが自己主張をせず常にマスターを立てる、出来た娘という印象だったが……こんな表情もできるのか。

「大変よねあなたも。あんなに必死な交渉って初めて見たわ」

どこか、その目は正純ではなく遠い郷愁に思いを馳せるような目をしていた。
艦娘であるアーチャーにとって祖国とは造船所のある場所である。
戦争に敗北した国。シャアや正純の両名にも無縁の繋がりではない。

「最初は聖杯と戦争するだなんて言うからどうしようと思ったけど……
 聖女を助ける……うん、さっきのは素敵な言葉だったわ。
 敵を倒すんじゃなくて、誰かを助ける。そういう戦いなら―――私も頑張れるもの。
 もちろん一番はマスターだけど、これからはあなたも私をいっぱい頼っていいわよ!」


814 : 末‐apocalypsis‐世 ◆HOMU.DM5Ns :2016/06/26(日) 02:17:24 dfVWSYpw0

小さく胸を張り、花咲く笑顔を向ける。
戦場にあって敵の兵を救う逸話を持つ軍艦は、正純の意思を善しと認める。
一見頼りなく見えても彼女は魂ある英霊だ。頼もしい支持者を得た正純の中に新しい感情の萌芽が生まれ出す。

……いや、耐えろ。耐えるんだ正純。ここで言葉では言い表せない「ときめき」のようなものを感じてしまえば敗北だ。もう帰ってこられなくなるぞ!
光の向こうで手を広げて見覚えのある顔が広い男が迎えに来ている。
くそ、そんな「ついに生命礼賛の同志を見つけましたよ!」みたいな目で見つめるのはやめろこのロリコン……!



「失礼―――おや、お楽しみだったかな副会長?」

「は……っ!?」

第三者の声で我に返る。
冷や汗と共に未知の感情も流れ落ちてくれた。

「いや何でもない。それと助かったライダー」

「何もないのに助かったとはおかしなものだ。まあ感謝は貰っておこう。
 ルーラーと引き合わせてくれた事についてはこちらが感謝したいところだ。彼女は実にいい敵になれそうだった」

何やら物騒な発言をしているライダーに、その時かける声があった。

「少佐ー、頼まれたもの持ってきましたよー」

「おお、ご苦労ドク」

部屋にくるなり今までライダーが籠もっていた別室から現れた痩せぎすの男だ。
当然だがシャアが招いた者ではない。
ホテル屋上での『中尉』のように、ライダーが宝具で呼び出した配下だろう。

「もう苦労しましたよ。他の人に運ばせればいいじゃないですか」

「はははすまない。だが我々もからっけつでね。そこは割り切りたまえ」

博士(ドク)と呼ばれた男。
多重レンズ付きの眼鏡で目線を隠し、血に汚れた白衣は、見事にマッドサイエンティスト然としている。

「……ライダー、何故、彼をここに?」

「なに、心ばかりの援助さ」

呼び名からして恐らくは技術系の役職だろうとあたりをつける正純だが、今はそんな役を必要とした憶えはない。
そもそも、彼を呼び出す為の魔力はどうやって徴収したのか?


815 : 末‐apocalypsis‐世 ◆HOMU.DM5Ns :2016/06/26(日) 02:19:14 dfVWSYpw0


「先ほどの令呪の命令があるだろう。実はあの際に人員をギリギリまで切り詰めていてね。
 ルーラーから完全な撤退が為される間に、彼を招いたというわけさ」

「そういえば……確かに内部の人は殆どいなかったな」

召喚した飛行船は魔力と目立つ都合により撤退後に即座に引き払っていた。
僅かな間しか中にはいなかったが、それでも閑散としていたのは憶えている。
令呪の効果が完全に失効されるまでの時間に、一体分の召喚を滑り込ませたというわけだ。

「中を見たまえ、アズナブル議員、そしてアーチャー」

指を揃えた手を出てきた部屋に向け促すライダー。
名指しされたシャアは立ち上がり、アーチャーもシャアを守るように前に立ち、中に置かれているそれらを見た。


端的に言ってそこは物置だった。
蒐集家がとりあえず集めた物品を適当なスペースに放り込みそのまま年月が過ぎてしまったような雑然な部屋。
ドラム缶に詰められた油とオイル。
ケースにも入れずばら撒かれた銃弾火薬。
ボーキサイト鉱石から鉄板の破片まで。倉庫というより墓場と言った方が適切な具合だ。
誰よりも反応したのはアーチャーだった。

「これって……資材?」

「お目が高い。流石はアーチャー」

アーチャーの呟きに応と言うライダー。

「知っての通り私個人は戦いには向かなくてね。配下を出すにも先立つものがないため軽々には使えない。
 実質戦えるのがお嬢さん一人では心もとなかろう。
 ゆえにせめてもの援助と思ってね。この通り、戦力は出せなくとも物資を出す分ならお安い御用さ」

少女にして軍艦の御霊であるアーチャー、雷。
その身は構成する魔力のみならず現実の軍艦に使用される資源によっても強化が可能という性質を持つ。
戦力はないが財力は有り余るほど持っているライダーは確かに適切な組み合わせだ。
しかし問題がひとつある。
シャアもアーチャーも、まだライダーにはそれを教えた事がない筈だ。

「あなた私の真名を……?」

「先の蟲との戦闘で見せた武装。戦争の武器には私も鼻が利く。
 駆逐艦の装備を背負う少女となれば、特定の幅は大きく狭まるというものさ」

戦争の英霊。
シャアと初めての会談の際ライダーは自らをそう称した。
伊達ではなかった、という事だ。
武装を見せるのはサーヴァント戦で真名を得るのに第一の情報。しかしそれのみで特定に至るには平行世界に及ぶ英霊の数は膨大に過ぎる。
それを補い結論づけたのはライダーの戦争に対する並々ならぬ知識。そして狂気あってこそ。

―――やはり、油断ならない相手だ。
奇しくも正純と同じ感慨をシャアは抱いた。


816 : 末‐apocalypsis‐世 ◆HOMU.DM5Ns :2016/06/26(日) 02:22:08 dfVWSYpw0


「マスター……?」

「ライダーや正純の言った通り、戦力の補充は我々にとっては急務だ。
 力がなくば抵抗の資格すらもない。ままならぬものだがな。
 物資の補給、有り難く受けよう」

シャアも、そして正純も抑止としての力の保有には是認している。
提案についてのみならライダーからの補給は渡りに船だ。懸念はある。しかしライダーの戦争についての熱意は逆に信頼できるものだった。

「では好きに厳選するといい。あぁ資材だけでなく武器の類も置いてあるぞ?戦艦の主砲だってある。そこでドクの出番というわけだ。
 用向きがあれば何なりと申し付けてくれ」

「ではそうしよう。ついてきてくれアーチャー。君の意見も参考にする」

「わ、わかったわ」


そうして、彼らの一夜が終わった。
聖杯に挑むという、方舟に集う誰よりも特異な在り方。
しかし紛れもなく彼らは戦争を経ていた。
命を懸け、命に臨む。死を厭い死に懸けんとする。
その姿は紛れもない戦う者の証。
人の歴史の運営に相応しき魂だ。
戦争を行い戦争を知り戦争を喜び戦争を嫌い戦争を目指し戦争を終わらせる。
どこまでも人の身であり続ける業の者の日が、今日も続いていこうとしていた。




「ハァハァ……お嬢ちゃん可愛いねぇ。さてどこから改造(いじ)ろうかなあ……」

「な、なにその手つき……なんか嫌らしいわ……ってきゃー!?どこ触ろうとしてるのよ!
 いやー!助けて司令官(マスター)-!」

「ああ暴れないで!大丈夫ちょっとだけ!さきっちょだけだから!フィーヒヒヒヒ!」



「思った通り仲良くできそうで何よりだ。
 彼女と組むと知って以来、ドクが現世(こっち)に来たいとせがんでいてな」

「まさかそれが目的だったわけではないよな……!」



夜が終わる。
新しい朝と共に。


817 : 末‐apocalypsis‐世 ◆HOMU.DM5Ns :2016/06/26(日) 02:25:14 dfVWSYpw0






リフレイン。


"聖杯があなた方に伝えた情報―――それに偽りはありません"


シャア・アズナブルは地球を汚染させる人類を粛正しようとした。
少佐は末世を超えた世界の何処かの国を壊滅に追いやった。
そして本多・正純の世界は、遠からず世界の滅びが起きると噂されている。


遍く宇宙には破滅の種が蒔かれている。
滅びの後に生まれ、生まれた後に滅びる。次なるステップに踏み出すサイクル。
"これ"もまた、その大きなうねりのひとつであるとしたら?



ノアの方舟。





種の保存。




、、、、、、、、、、、、、、、
いずれ来たる大災厄から救うもの。





「……まさか、な」

本人すらも気づかぬ呟きは誰も聞き咎める事もなく。
そして数多ある無意味な記録として現象の海に溶けていった……。


818 : 末‐apocalypsis‐世 ◆HOMU.DM5Ns :2016/06/26(日) 02:33:17 dfVWSYpw0
【C-6/冬木ハイアットホテル/一日目 夕方】
【シャア・アズナブル@機動戦士ガンダム 逆襲のシャア】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:無し
[道具]:シャア専用オーリスカスタム(防弾加工)
[所持金]:父の莫大な遺産あり。
[思考・状況]
基本:聖杯戦争によって人類の行方を見極める。
 0.アーチャーを強化し、今後に備える。
 1.本多・正純と同盟を組み協力し、彼女を見極める。
 2.赤のバーサーカー(デッドプール)を危険視。
 3.サーヴァント同士の戦闘での、力不足を痛感。
 4.ミカサが気になる。
[備考]
※ミカサをマスターであると認識しました。
※バーサーカー(デッドプール)、『戦鬼の徒(ヴォアウルフ)』(シュレディンガー准尉)、ライダー(少佐)のパラメーターを確認しました。
※目立つ存在のため色々噂になっているようです。
※少佐をナチスの英霊と推測しています。
※車はちゃっかり飛行船に載せて回収しています。
※一室に少佐から艦娘の強化に使えそうな大量の資材(判断は少佐好み)が譲渡されました。

【アーチャー(雷)@艦隊これくしょん】
[状態]:健康、魔力充実(小)
[装備]:12.7cm連装砲
[道具]:無し
[思考・状況]
基本:マスターに全てを捧げる。
 0.資材によって能力を強化。
 1.シャア・アズナブルを守る。
 2.バーサーカー(デッドプール)を危険視。
 3.正純を信頼。もっと頼ってもいいのよ!
[備考]
※バーサーカー(デッドプール)、『戦鬼の徒(ヴォアウルフ)』(シュレディンガー准尉)、ライダー(少佐)の姿を確認しました。



【本多・正純@境界線上のホライゾン】
[状態]:ひとまず空腹は脱した
[令呪]:残り二画
[装備]:学生服(月見原学園)、ツキノワ
[道具]:学生鞄、各種学業用品
[所持金]:さらに極貧
[思考・状況]
基本:他参加者と交渉することで聖杯戦争を解釈し、聖杯とも交渉し、場合によっては聖杯と戦争し、失われようとする命を救う。
 1.ジャンヌ・ダルクを救うという大義の元、聖杯との交渉をする。
 2.マスターを捜索し、交渉を行う。その為の情報収集も同時に行う。
 3.遠坂凛の事が気になる。
 4.聖杯戦争についての情報を集める。
 5.可能ならば、魔力不足を解決する方法も探したい。
 6.シャアと同盟を組み、協力する。
 7.方舟は大災厄から救うもの……?
[備考]
※少佐から送られてきた資料データである程度の目立つ事件は把握しています。
※武蔵住民かつ戦争に関わるものとして、アーチャー(雷)に朧気ながら武蔵(戦艦及び統括する自動人形)に近いものを感じ取っています。
※アーカードがこの『方舟』内に居る可能性が極めて高いと知りました。
※孝一を気になるところのある武蔵寄りのノリの人間と捉えましたがマスターとは断定できていません。
※柳洞一成から岸波白野の住所を聞きました(【B-8】の住宅街)。
※遠坂凛の電話越しの応答に違和感を覚えました。
※岸波白野がまだ生きているならば、マスターである可能性が高いと考えています。
※アーチャー(雷)のパラメータを確認しました。
※ルーラーの役目は聖杯戦争の監督のみではない、と考えています。

【ライダー(少佐)@HELLSING】
[状態]魔力消費(大) 、博士(ドク)召喚中
[装備]拳銃
[道具]不明
[所持金]莫大(ただし、そのほとんどは『最後の大隊(ミレニアム)』の飛行船の中)
[思考・状況]
基本:聖杯と戦争する。
 1.???
 2.通神帯による情報収集も続ける。
 3.シャア及び雷と同盟関係を取る。雷に興味。
 4.ルーラーはいい敵だ。実にいい。
[備考]
※アーカードが『方舟』の中に居る可能性が高いと思っています。
※正純より『アーカードとの交戦は必ず回避せよ』と命じられています。令呪のような強制性はありませんが、遵守するつもりです。
※アーチャー(雷)を『駆逐艦の艦娘』とまで特定しました。


819 : ◆HOMU.DM5Ns :2016/06/26(日) 02:33:56 dfVWSYpw0
以上、投下終了です。時間をおかけして申し訳ありませんでした


820 : 名無しさん :2016/06/26(日) 08:28:34 cTF.g30w0

この難しい交渉をよく取りまとめたな正純は
ジャンヌの言う通り少佐とかいう暴れ馬を上手く扱えてるのは奇跡だわ
日独同盟で雷ちゃんも強化フラグ立ったし、これからまた戦闘でも活躍しそう


821 : 名無しさん :2016/06/26(日) 09:03:16 MkT2y.cA0
投下乙です!
ジャンヌを救う! 境ホラならではかつ正純らしい結論と、ちゃんとその手段を用意してあることに関心した!
原作では救いは必要ないとしていたジャンヌだけど今回はルーラーにされたからこそ生じてしまった状況からというのも上手いな。
ジャンヌはジャンヌで人間要塞っぷりを見せつつも、聖杯の味方もいるべき論とかもすごく彼女らしい。
令呪一画を賠償にするという落とし所もお見事。
更にはオチで笑わせておいてからのシャアの思うところで引きというよい締めでした。
少佐はここぞというとこで魅せてくれて正純の突っ込みもありノリノリだったりかっこよかったりしたなー。


822 : 名無しさん :2016/06/26(日) 18:15:48 G6qyzltsO
投下乙です

社畜を救え!(社畜が救われたがってるとは言ってない)


823 : 名無しさん :2016/06/26(日) 23:42:23 QQF/SkSQ0
投下乙です!
正純の交渉にドキドキ、“敵”の資格を見抜いたノリノリの少佐のテンション、特に“廃棄物”発言にニヤニヤ、そしてジャンヌをルーラーから救うという結論にグッと来ました!
特に裁定者として振る舞うジャンヌらしい理由もしっかり描かれていたのはApocryphaファンとしてもとても嬉しかったです
上でも言われているように上手い落とし所、間に挟まれるギャグもらしくて良い意味で息抜きになりつつ、核心も匂わされるような〆でまさにこのパートに相応しい傑作でした
改めて投下、お疲れ様でした!


824 : 名無しさん :2016/06/29(水) 14:10:06 QM3WwvQM0
もう死んだ杏子ちゃんが『れんげの村が災厄に呑まれる前に、方舟に乗せて助けようとした奴がいるんじゃないかってことさ』
と考察してたけど今回の話で方舟がマジで救いの舟だった可能性が出てきたな
方舟に来る前からサーヴァント召喚してたれんちょんとカッツェがやっぱキーパーソンかもしれない

キリスト教関係者だった杏子からこういう話が出てくるわけだし、やっぱ方舟の謎解明にはアンデルセンや言峰などそっち方面の専門家が必要だな


825 : 名無しさん :2016/06/29(水) 14:46:46 fcULSI..0
シャアと雷ちゃんも謎だったよね>召喚
これは楽しみだ


826 : sage :2016/08/24(水) 01:51:20 6D8XlrVw0
保守


827 : 名無しさん :2016/09/13(火) 14:11:23 41l/L9Fs0
キリコがでてるパロロワ系ってここだけだから是非続きが読みたい


828 : <削除> :<削除>
<削除>


829 : 名無しさん :2016/12/04(日) 23:41:10 MaRej.T20
保守


830 : ◆Ee.E0P6Y2U :2017/01/22(日) 13:18:24 YRFBIgsQ0
投下します


831 : ◆Ee.E0P6Y2U :2017/01/22(日) 13:20:11 YRFBIgsQ0

猫歩く。
その様はそうとしか形容できなかった。
何せ猫である。猫が歩いているのだから、当然それは猫歩くである。
特徴的なのはその瞳で、ぎょろり、と巨大な瞳が飛び出ている。表情もどこかしまりがないというか、幼稚園児が適当に目と鼻と口を描いただけとでもいような不出来さを誇っている。
いや別にこの猫が実は妖怪変化の類であるとか、生体実験の結果生み出された哀しきキメラ的生物であるとか――はたまた地下に存在する猫王国の下っ端であるとか――そういうケッタイな話ではない。
その猫が変な顔をしているのはひとえに不細工だからであり、そこに特に切々と語られるべきバックグラウンドなどは存在しない。
ただただ不出来な顔をした猫が、クリーム色の体毛を揺らしながら薄汚れた賃貸のマンションの屋上を歩いているという――本当にそれだけの話であった。

この方舟に再現された冬木市には、数多くの人間が住んでいる。
聖杯戦争のために用意された仮初の住民たちは運営側からはNPCと呼称され、一律に管理されている訳であるが、さりとて街にいるのは人だけではない。
確かに人が住み出した途端、他の生き物が排斥されいなくなるというのはままある話である。しかし――けれども力強く、あるいは狡猾に生きる生物は存在する。
人の出したゴミを荒らすカラスであったりとか、家屋に入り込むヤモリだの蜘蛛だのといったものたちであるとか、幽霊など持ち出さずとも街には人以外の生物が溢れている。

この冬木市にもそうした生物/イキモノたちはいる。NPCと同じように配置されている。
ならば当然――猫もいるというものだ。

猫がいる。猫が歩いている。猫歩く。
そこに何もミステリーは存在せず、まぁ当然そういうこともあるかな……、という平凡な帰結であり、考えるところも描写するべき点も存在しない。

「今日もよく働いたにゃー。お腹すいたー」

……ただの猫が喋ることは、まぁありえないので、これはあくまで彼ないし彼女が喋っていたら、という仮定の話である。

「んん? やることなかったらとりあえずアチシなんだからあの会社も現金っていうか、んんームーンイズブラック」

猫が支離滅裂なことを喋りながら歩いている。
もし猫が言葉が喋ることができる――と仮定したところで、何せ猫であるから、まともに論を立てた言葉など期待できる訳でもない。
その真意について考えるだけ無駄と言うものである。

「月には困った時の猫歩く、なんて格言があるそうだ。中々いい言葉じゃあないか」

と、そこで別の猫の声が響いた。
その猫の声は――猫であるにも関わらず、ダンディズムを感じさせる怪しい声色であり、しかし彼もまたただの猫であることに揺るぎはなく、良い声をであることにバックボーンはない。
いい声をしたその黒猫は、一方の不細工な猫と待ち合わせでもしていたらしく、こうして同じマンションに居合わせることになり、

「…………」
「…………」

二人、否、二匹の猫は互いに互いを見つめあい、にらみ合い、沈黙が緊張を含んだ。
空に浮かぶ大きな大きな月の下、一瞬の静寂を経て、猫たちは口を開いた。

「黒」

と、まずはクリームの方が口する。

「白」

間髪入れず黒い方が応対する。

「神」
「星」
「キャット」
「フード」
「ミート」
「フィッシュ」

……と、人ではまるで理解できない猫次元の会話が繰り広げられたのち、彼らは「ふっ」と不敵に笑った。
歴戦の好敵手に対して、やるな、とでもいうような、緊張と親愛の込められた笑い方であった。まぁ猫には分かる何かがあるのだろう。

「しかし今日このマンションは静かだにゃー。昨日だか妙にうるさかったのに。
 アチシは明日からセレブキャットたちとの対談で忙しいから寝ときたかったんだにゃ」


832 : EX:tella ◆Ee.E0P6Y2U :2017/01/22(日) 13:20:41 YRFBIgsQ0

それで一通り、挨拶、のようなものを終えたらしくクリームの方が世間話を振った。
このマンション、とは深山町の片隅に位置する、一人暮らしの学生が主に住まうような、家賃安めの賃貸マンションである。
どうやら猫たちはこの辺りのマンションを根城にしているらしく(家賃を払っている訳でもないのに)騒音を気にしているようであった。

が、今日は静かで満足だ――とクリームの猫が満足げに頷くと、

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

と。
まさに逆神。狙ったかのようなタイミングで怒号がマンションに走った。
時刻は既に零時を回り、普通ならば音を立てないよう腐心する時間である。
が、声の主――マンションに住む学生であろう――は気にしていないか、はたまた気にする余裕はないか、とにかく大きな叫びを上げてしまったようだ。
しかもそれに追随するようにドッコンドッコン音がする。クリーム猫の安眠は今日も阻害されそうであった。

「ふうむ、こらえきれぬ若さ、そしてその代償という奴だにゃ。
 だが若人よ。覚えておくがいい、日はまた昇る。終わらない夜はない、と」

憤慨するクリーム猫を横目に、黒猫はやはり良い声で言った。
なんだか含蓄深そうな声であったが、所詮は猫なのでやっぱり大して意味はないだろう。
それにそもそも誰も聞いていない。良い声で紡がれた声は、騒々しい学生たちの夜に届くことなく、風に吹かれて消えて行った……


act1.


水の音がする。
それはザザザ――と断続的に、扉をいくつか隔てた向こうから聞こえてくる、シャワーの音。
その向こうでは一人の少女が今まさにシャワーを浴びている。彼女は、何時もウェイバーが使っている小さなユニットバスを占拠して――

うん、とウェイバーは意味もなしに唸った。
そして次に、はぁ、とやはり意味もなしに息を吐いた。

見慣れた風景。男一人暮らしの散らかった部屋。流石にパンツやら何やらが散乱してはいないが、決して綺麗といえるものではない。
そもそも人を自室に招くなどと言うこと自体、全く想定しなかったのだ。
無論、この部屋が魔術師の工房としての側面を持っている訳ではなく、呼ぶこと自体に問題はないのかもしれないが、しかし慣れないことは慣れない。
(時計塔にいた頃から、同性はもとより異性を部屋に招くなどウェイバー・ベルベットには縁遠い行為であった)

ウェイバーは落ち着かない心地を抱えたままベッドに座り込み、もう一度唸った。
聞こえてくるシャワーの音が――何も変なところはないのにもかかわらず――どうしても気になってしまう。

と、そこで「あは!」と快活な声がシャワールームから聞こえてきた。
それだけでウェイバーの当代一を誇ると自負している頭脳は反応してしまい、濡れるつややかな紅い髪、水を弾くみずみずしい肌、気持ちよさそうな顔まで、勝手に補完してしまうのだった。
いや別にあの紅いランサーが好みとかそういう訳ではなく、小さく瘠せた身体や頭の足りない言動、と寧ろ彼が嫌う類の異性である筈なのだが、しかしそれはまた別の話だ。
少女の頭がいかに軽かろうと、一人の麗しい少女が自室でシャワーを浴びているという事実そのものが、多感な青年であるところのウェイバーには苦しく――

「ああ、もう馬鹿か僕は!」

不埒な考えを振り払うべく、声を出したが――しかし誰もそれに反応はしない。
あ、と声が漏れた。今彼は部屋に一人なのだ。
そのことに気付くと、ウェイバーはベッドに沈み込むように横になった。
同行者は今少しの間いなくなっている。故にこの部屋には自分しかいないのだった。

――さてその同行者であるところの、岸波白野がどこに行ったかというと

買い出しである。
因縁のアサシンとの戦いを経て、ウェイバーの部屋まで戻ることができた彼らであるが、みな疲れ切っていた。
簡単に言えば、眠く、そして腹が減っている状態である。
そこでとりあえず軽く何か食べるものを用意しようと、まだしも活力があった岸波白野は近くのコンビニエンス・ストアまで買い出しに行ったのだった。
部屋に集って夜食を買い出しに行く、という何とも学生らしい行動である。


833 : EX:tella ◆Ee.E0P6Y2U :2017/01/22(日) 13:21:26 YRFBIgsQ0

だからウェイバーはいま部屋に一人だ。
シャワー音に混じって、ふーんふんふーん、と上機嫌な鼻歌が聞こえてくる。
くそううるさいな……、と思いつつもウェイバーは耳をそばだててしまうが――

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

――その時、悲鳴が上がった。
獣のような野太い叫びは、薄壁一枚隔てた隣部屋から聞こえており、ついでドッコンドッコンと暴れ回る音が響く。

――更によーく聞いてみると女性の喘ぎ声のようなものまで聞こえてしまった。

うっ、とウェイバーは息を呑む。
隣の部屋、というか今の声の主を彼は知っている。
真玉橋孝一。
この方舟で知り合った友人……とまではいかない隣人であり、常に学ランを羽織っている変人である。
そして、いつも無理やりに卑猥で下品な本を押し付けてくる(なんだかんだウェイバーも受け取ってしまうのであるが)はた迷惑な男だ。

ちら、とウェイバーは時刻を確認する。もう夜の三時を回り、しばらくすれば陽が上ろうかと言う時分だ。
何時もならば、こんな時間に騒ぐ隣人に対し壁へのパンチの一発でもお見舞いしてやるのだが、しかしウェイバーはあらぬ想像をしてしまった。
獣様な叫び声。暴れ回る音。かすかに聞こえた女性の声……
恐らくシャワーの音を聞きすぎたせいだろう。あの性欲の強い男が、一体今この時間に何をやっているのか。
想像し、じっ、と壁を見てしまった。何時もはただ憎らしいだけの騒音が、何だかひどく恐ろしいもののように聞こえてくる。

と、後ろからはシャワー音と少女の鼻歌だ。
ああもう何でアイツらはこう――白野も自分のサーヴァントくらい見ていればいいものを――

と、そこでウェイバーは気づく。
ランサーはシャワーに入り、岸波白野は買い出しに行った。だからウェイバーは今一人。
これは――おかしい。
疲労と湯立った頭でまともな思考ができていなかったが、この状況で“あの”サーヴァントが黙っている訳が――

「いやウェイバーたんさぁ、確かにラッキースケベとか覗く覗かないとかそういうの前の話で振ったけど、本当にそれで一話使う?
 オレちゃんこう見えて割とシリアスもやってるし? さっきもシリアスパート担当したから、相方が何時までもキャラ立ち薄いと不安になるぜ」
「ラブコメ路線に梶切るならそれこそ風呂場突撃とか?」「身体が勝手に――くらいやってもらわないとなぁ」

あまりにもあんまりなタイミングでの闖入に、いいっ、とウェイバーは声を漏らした。
彼こそがバーサーカー、デッドプール。
時計塔を変革する筈の魔術師、ウェイバー・ベルベットがここまで流されっぱなしなサーヴァントである。
何時もは破天荒な言動をする、しかしここでは彼は、やれやれ、と呆れたような素振りを見せており、それがまた異様に憎たらしかった。

と、そこで彼はどこか虚空を見て、誰もいない筈の空間に語り出した。

「あ、今回はザッピング方式だからオレちゃんのシリアスパートは別の視点で語られるんでこうご期待!
 んー? ザッピングが分からない? “スナッチ”とか“パルプ・フィクション”とか“バンテージ・ポイント”とかいっぱいあんだろ。
「俺ちゃんの映画も時系列が乱れてるから注意な」「大丈夫だデビッド・リンチみたいな訳の分からない話じゃないから」

……相変わらず支離滅裂な言動だ。
ウェイバーは頭が抑えつつ、だがしかし今回は魔力消費がほとんどないことに安堵するのだった。

「おいおい、何時までも同じパターン繰り返しで生きていけるほど、この業界甘くないぜ。
 分かってる? ウェイバーちゃん。ラッキースケベもどきで一話使えるほどもう序盤じゃないってこと。
 大丈夫だ童貞は死なない、って言った奴は数シーン後には爆散してるんだぜ」

唐突に――
唐突にそこでバーサーカーは銃を抜いた。
どこからともなく取り出した黒光りする拳銃をウェイバーの眉間へと突き付ける。
あまりにも脈絡のないウェイバーは目を見開く。は、と声が出た。そうだ。コイツは元々こういう何をしでかすか分からない奴だったんだ。
咄嗟に令呪を使おうとするが――しかし、カチャ、と突き付けられる銃口に震えて身体が動かない。

「オレちゃん、一応願いが“Fateシリーズの次の主役”じゃん?
 だからZEROとか事件簿とかで人気のウェイバーちゃん選んだってのに、150話かけて何もしてないとかヤバいぜ、ウェイバーたん。
 ほらアレやれよアレ。計略だ! とか言いながらビーム撃つ奴。そんくらいの個性ないと、主役にはなれないよなぁ、ミスター・諸葛孔明」


834 : EX:tella ◆Ee.E0P6Y2U :2017/01/22(日) 13:21:48 YRFBIgsQ0

何を言っているんだ、と聞き返そうになった時、玄関が開く音がした。
白野だろう。バーサーカーは首をそちらに向けながら、

「おー主役のご登場だ。いいよなぁ、登場シーンは必ず語り部ってのは。
 アレ、モキュメンタリー映画のカメラみたいだよな? さながら気分は“ブレア・ウィッチ・プロジェクト”」

そんな意味不明なことを言いつつ、バーサーカーは銃を下げた。
な、なんだったんだ、と思わず声を漏らすが、しかしバーサーカーは答えない。

「お、ヒロインが増えてる。さっすがーはくのん。おい見とけよウェイバーたん。
 あれが型月主人公って奴だぜ。あ、女が増えれば増えるほどでも死にやすいから注意な」
「は……?」

不審に思い、玄関の方を覗き込むとそこには白野と、そして見覚えのない少女がいた。
少女は白野と連れ添うように立ちながら、ウェイバー宅に上がろうとしている。
誰だアレ、問いかけるより早く、

「あー子ブタ帰ってきたの?」

そこでシャワー室から紅い少女――ランサーが出てきた。
湯気立つ髪を上機嫌に触りながら、さっぱりとした顔で顔を出している。

「ねぇ子ブタ――その女、誰?」

――その様を見てウェイバーは思う。
なるほど、アレは主役だ。それも死にそうな類/ラブ・コメディの、と。
初めて己のサーヴァントの言葉が理解できた瞬間だった。



act2.



夜食。
三度の飯、というのは言うまでもなく、朝食、昼食、夕食、を指しており、それは即ち存在しない筈の四番目の食事と言える。
夕食を終え、夜間なにかしらをやっている最中にふと小腹がすいた時に取るものであるが、これは基本的に奨励されていない。
まずカロリー。気を抜いて夜食を頬張っていれば、みるみる内に“ふくよかな”身体になっていくだろう。
不規則なタイミングでの食事は生活リズムの崩壊を呼び、崩壊したリズムは内臓への直接的な負荷となる。内臓への負荷は体調ほか肌にも影響する。
歯にも悪い。寝ている間は口の中の菌が増殖しやすいため、虫歯のリスクも急速に高まる。

と、リスクを列挙すれば暇がない。
いくらそれで欲望が一時的に充たされようが、それと引き換えに身体が蒙るデメリットとは釣り合わない。

けれども――若さ故の過ちと言うべきだろうか。
学生が夜のマンションに集い、ひどく腹が減っている。少し歩けば何でも置いてあるコンビニが見える。
ほんの少し我慢すればいいのに。あるいは眠ってしまえばいいのに。
理性はそう言うだろう。それは正論で、全く反論のできない、完璧な意見だ。

だが――完璧な正論であろうとも、愚かなる人を動かすには足らない。
あるいはこういうべきだろうか。
たとえその道が間違っていると分かっていても、人は自らが抱いた“欲望/ねがい”のために歩き続けることができる生物である、と。

だから、もしかするとこれは愚かな選択なのかもしれない。
それでも自分はいまここにいる。ここにいるからこそ自分/きしなみはくのなのだ。
たとえそれが愚かであろうとも、ここまでたどり着いた軌跡は決して否定させない。

……要するに、買い出しに来たということだった

真っ暗な街の中ほのかに青く浮かび上がる、owson、という看板が見える。
その場に向かいながら、さて何を買おうかと頭を悩ませる。同時に、辺りへの警戒も忘れなかった。


835 : EX:tella ◆Ee.E0P6Y2U :2017/01/22(日) 13:22:19 YRFBIgsQ0

少なくともマイルームにおいての安息が約束されていた“月の聖杯戦争”での戦いと違って、この聖杯戦争にはインターバルが存在しない。
昼であろうと夜であろうと、休息中であろうと戦闘直後であろうと、この聖杯戦争では襲われる可能性がある。
そういう意味で休息を取るタイミングは非常に大事だ。食事や睡眠の際も細心の注意を払わなければならない。
何かあればすぐに令呪でランサーを呼ぶ。そのつもりで夜の街に出た。

――そのことは、朝の襲撃で痛感した。

あの時感じたデジャビュは明日以降の課題だ。
欠損した記憶の欠片の鍵となる。それは確実だろう。
その回想が契機となって幾多ものの記憶が脳裏を流れていく。
自分の知らない、けれども“識っている”凛との邂逅、どこかで聞いた“カレン”の名を持つ監督役、そして多くの陣営を巻き込んだマンションに陣取ったキャスターとの戦い……
多くの出会いと、多くの別れがあった。

“私の分までこの聖杯戦争を戦って、そして絶対に勝ち残りなさい!”

……たとえ全く違う歴史を生きた者であっても、どれだけ幼い日の彼女であろうとも、やはり彼女は彼女であった。

――…………

だから、自分は進み続けたい。
彼女と、彼女が信じてくれた自分のためにも。

そんな決意と共にコンビニエンス・ストアに足を踏み入れた。
明るく、空調の効いた店内に不思議な安心感を覚えつつ、あまり気張ってはいけないな、と自分に言い聞かせる。
休む時は休まなくてはならないのだ。そのためには、食べて寝ることがやはり大事だろう。

おにぎり、握り寿司、ホットスナックにカップラーメン……
さて何がいいだろう。店内には様々な夜食がある。適当に弁当を見繕ってしまえばいいだろうか。
食事の話はランサーの前ではしたくなかったのもあり、相談できていなかった。

>サンドイッチ
うどんはアレだし、ボンゴレかな
まっかな麻婆豆腐

うん、そうだ。
あの日、あの朝食べたもの。
思えばあの時の朝食、あそこで襲われたことがすべてのはじまりだった気がする。
たった一日前のことなのに、もはや大分昔のようにも感じられる。

そんな感慨に似た思いを経て食料品を買い込んで、コンビニを出ると……

「なぁ、アンタ」

――ふと、そこで。

誰かに声をかけられた。
どこかで聞いたことのある声だと思った。
しかし、それが誰なのか、どこで聞いたのかまでは全く分からない。

だからこそ、振り向いて確かめようとしたところ、目の前に鬼気迫る表情の誰かがいた。
学ランを羽織った彼ははぁはぁ、と鼻息荒く、そして問い詰めるように口を開いた。

「お前の妹はどこだ?」

――は?

思わず、呆けた顔をしてしまう。
しかし、当の彼はなおも深刻/シリアスな表情で、

「だから――あのエッロい恰好したお前の妹はどこだって言ってるんだよ!」

そんなことを言い放った。
妹――妹とは、なんだろうか?
記憶に欠落がある身とはいえ、ここまで身に覚えのないことは初めてだった。

「……それでは駄目でしょう、マスター」

本当に意味不明です、と誰かが付け加えた。
マスター、その言葉を聞いた瞬間、身体に強い緊張が走った。

夜のコンビニの、ぼうっ、とした明かりの下、誰かが立っている。
腰まで黒く届く長い髪をした少女だった。
腰の部分で絞ったシャツにジーンズ、という現代風の恰好はしている。
けれども――その手には剣があった。
背丈ほどもあろうかという長さの大刀が、一見して華奢な腕に軽々と握られていた。

ああ――間違いない。今、駐車場に立っている彼女は剣の英霊《セイバー》だ。
ほかのすべての印象を吹き飛ばすほど、その剣は美しく、鮮烈だった。

――そこまで認識したとき、いま自分の隣には誰もいないだということに気付いた。

凛も、ランサ―も、ラ二やウェイバーも、そして■■■■も。
すぐ近くにはもういない。なのに、ここでサーヴァントに行き遭ってしまった。
何かあれば、すぐに令呪を使うつもりだった。
しかし、ひと声あれば、かの英霊は剣をもってこちらを……

「――聞かせてもらいましょうか。あの亡霊もどきが何だったのかを」


836 : EX:tella ◆Ee.E0P6Y2U :2017/01/22(日) 13:22:38 YRFBIgsQ0


act3.



アサシンあるいはのぞき見趣味のエロ親父とのやり取りを終えたあと、
真玉橋孝一は待っていた。
どこかからカレーの匂いが漂いだしても、夜が深まり道に人が消えても。
ずっと待っていた。

「…………」
「――――」
「…………」
「――――」

聖杯戦争からの脱落とは、即ち“死”を意味する。
それは決して覆らない。この戦争における絶対のルール。
そう知ったことで、彼らの陣営としては珍しく、少し緊張が走っていたが――

「おせえ」
「遅いですね」

流石に日をまたいだあたりで、
その緊張の糸もほどけていた。
人間ずっと緊張することなどできない。
することもなしに数時間も待ちぼうけを喰らえば、普通は弛緩もする。

「ウェイバーの奴、一体どんな覗きスポットを見つけやがったんだ。
 こんな時間まで夢中になるほど、エロエロしい場所なのかよ……!」
「――――」

馬鹿なことをのたまうマスターを尻目に、
セイバーは視線を少し下げ、缶コーヒーに口をつけた。
ちなみに待っている間、セイバーと孝一がかわるがわる近くのコンビニで食料調達をしていたため、
マンションの入り口前にはちょっと散らかってしまっている。

――夜、何かがあったようですね。

そんな場所で、セイバーは冷静に思考を働かせていた。
アサシンとの会敵以来、ずっとこの場にいたが、
道行く人々の噂から聖杯戦争の余波を感じ取ることができた。

具体的には分からない。
もとより人の往来の少ない住宅街なうえ、この時間だ。
とはいえこの夜だって、確かに戦いは進んでいた筈なのだ。

だから、既にセイバーの中ではあのバーサーカー陣営は既に半ば脱落したものになっている。
昨日まで規則正しく帰っていた人間が、今日になって帰ってこない。
そんなもの――考えられるのは一つだけではないか。

そう思いはする。
しかし「おっせえな、なんてエロい奴なんだウェイバー……」と呟くかのマスターは、
そのような結末、予期すらしていないようにも見える。

ふと、思う。
もしかすると、彼はこの聖杯戦争で最も純粋で、かつ無垢なマスターなのではないか、と。

だからなんだということではない。
だが先のやり取り――誰も殺さずに聖杯を手に入れるという、あの言葉。
その理想が、こう、なんというか、ほんの少しだけ眩い。
生前彼女が深くかかわることになった、どこかの誰かが言いそうな響きがある。

「ぬあああああああああああ!」

と、何かの限界が来たのか孝一は突然叫びを上げた。
そして「おせええええ」と叫びを上げながら、その言葉とは一切の脈絡も関連もなく、セイバーの胸へと手を伸ばした。
さっとセイバーはその手から逃れた。

「どこ行ったんだウェイバー……ってん? なんで俺に乳を揉ませねえんだセイバー」
「……心底不思議そうな風に言わないでください」
「は? しゃーねえな、令呪をもって――」
「いっ――」

思わず変な声が出そうになった。
孝一は躊躇なく残った最後の令呪を切ろうとしたのである。
当然言わせる前にセイバーはその口をふさいだ。


837 : EX:tella ◆Ee.E0P6Y2U :2017/01/22(日) 13:23:12 YRFBIgsQ0

「そろそろ分かってください。死んだら脱落ということは、貴方だって――あ」

今度こそセイバーは変な声を漏らした。
喘ぎ声だ。
もがもが、と口を震わせる孝一は、
口を押えながらセイバーの豊満な胸を揉んでいる。
結局、この状況に――と思うと同時に、さすがに慣れてきたのか、令呪を切られるよりマシだったか、と
冷静に考えている自分を見つけて、セイバーはどんよりした気分になった。

だが、いろいろと慣れ始めているのは彼女だけではなかった。
孝一もだったのである。

「何故だ……昂らねえ」

ぴた、と彼は胸を揉みしだく指を止めた。
「え」とセイバーは声を漏らす。このパターンは今までになかったからである。

「これはまさか」

孝一の脳裏に過るのは、かつてダイミダラーに乗り始めたばかりのころのこと。
まだ経験の浅かった孝一はただパートナーである恭子の胸をただ揉み続けた結果、一つの壁にぶち当たってしまったのである。

「あ、飽きたのか……俺はセイバーの胸に」

高級牛肉も毎日食べ続ければ飽きがくる。
たまには違うもの、あっさりしたものも挟みたくなる。
そんな初歩的なミスを、まさかここでやってしまうとは――

「はぁ?」

孝一の衝撃と裏腹に、セイバーが苛立たし気に眉を吊り上げる。
召喚されて以来、これまで何度も揉まれ、これも魔力のためと己に言い訳をして、ようやく慣れ始めたのに――飽きた?
基本的には温厚な彼女であるが、このときばかりは声を上げそうになった。
ふざけるな――とでかかった声であるが、

――そんな二人の時間は、ふいに訪れた“おばけ”により、遮られることになる

賃貸マンションの入り口で騒いでいた二人の横を、
一人の少女が通り過ぎていった。

奇妙な外見をした少女だった。
だらり、と長く伸びた白いローブを身に纏っている。
いやに装飾の少ないその布地は、ちょうど歴史の教科書で古代人が羽織っているようなものに似ていた。
羽織っている少女自体は別段対して特徴のない容姿であったが、なおのことその存在の不自然さが目立ってしまっている。
そう、言ってしまえば――クラスの上から三番目にかわいい娘がローマ風の恰好をして出歩いているような、おかしな状況。

彼女はマンションの奥へと消えていく。
騒ぐセイバーや孝一には目をくれないまま。

「マスター」

セイバーは思考を切り替えながら言った。
ウェイバーはこなかった――しかし、彼女は、明らかなイレギュラーだ。
代わりにやってきたあの少女を追えば聖杯戦争について何かがわかるかもしれない。

「ああ、分かっている」

孝一も同様に頷いて、

「あんなスケスケな服着た女、放っておける訳ないだろ!」

――この際、動機はなんでもいい。何となく、そんなことだろうと思った。

セイバーと孝一は駆け出す。
賃貸マンションなど構造は単純だ。
追えばすぐに見つかるはず――そのはずだった。


838 : EX:tella ◆Ee.E0P6Y2U :2017/01/22(日) 13:23:34 YRFBIgsQ0

しかし、

「は? 誰だ、お前」

……少女を追った先にいたのは、全くの別人であった。

そこにいたのは、同じようにローマ風の衣装に身を包んだ、一人の男だった。
茶色混じった髪色をした彼は、どことなく先ほどの少女と似た面影を漂わせている。
顔つきが似ているわけではない。纏う雰囲気が同一の骨子をできているのだ。

――その少年は、孝一たちのことを見て微笑んだ――かと思うと、消えた。

まるで煙のように。
まるで亡霊のように。



act4.



突然現れた古代人風の装いの少女。
そしてそれと立ち替わりに現れた、似た雰囲気の少年。

それが――岸波白野(じぶん)であるというのか。

「答えてください、貴方は――何者ですか?」

セイバーはこちらの瞳を見据えて、そう尋ねてくる。
声色こそ穏やかであったが、しかし、そこには刃のような鋭さがあった。

おばけのように消えた岸波白野――のような人物を探して彼らはこのあたりをうろついていたところ、自分を見つけたらしい。
本来ならば自分がマスターであることは看破されるはずがなかった。
にも関わらず、襲われてしまった。

当然身に覚えなどない。
――はずだ。

妹、自分に似た雰囲気の少女など全く知らない。
NPCとしての設定としても、元となった人間としても、
そんな情報を見た覚えはなかった。

しかし――この感覚は、なんだ?

ふと、頭を押さえる。
この聖杯戦争開幕の際に、欠落した記憶を求めて自分は痛みにのたうち回った。
自分がいるべきなのはここではない。
こんな役割に――堕してはいけない。
そういう強い想いが自分を突き動かしたのだ。

――■■ァー■となった白い■女を■■うため、■■■■は■ル■メデ■を■■した

痛みと共に、そんな言葉の欠片が脳裏をよぎった。

「……答えは、ないということですか?」

こちらが煩悶している様子を見て、セイバーはどう思ったのか、静かにそう漏らした。
その手は、刀の柄にそっと寄せられている。

――逃げ場は、なかった。

今、自分がいるのはセイバー陣営の拠点、マンションの一室だ。
いかにも男子学生、というような散らかった部屋にて、自分は詰問を受けている。
マスターである学生は部屋の隅で何やら悩むように「飽きたのか、また俺はあの過ちを……」などと漏らしている。

この部屋に来る際に、彼の名は思い出した。
真玉橋孝一――月海原学園のちょっとした問題児で、いつも一成が頭を悩ませていた生徒のはずだ。
校則違反の制服や女生徒へのセクハラなどでよく問題にされているが、別段札付きのワル……などという訳でもない。

そんな彼がマスターだったこと。
そして――彼の部屋が、ウェイバーの拠点の隣にあったこと。
この部屋に連れられてわかったことはそれだった。

灯台下暗し、という奴だろうか。
この薄壁一枚先にはランサーやバーサーカーがいるはずだ。
なんとか彼らに助けを求めることができれば、窮地を脱することができるかもしれない。


839 : EX:tella ◆Ee.E0P6Y2U :2017/01/22(日) 13:24:01 YRFBIgsQ0

「――まぁ、いいでしょう。
 もしかするとあれはただのシステムエラーかサイバーゴーストの類だったのかもしれません」

思考を働かせていると、セイバーは質問を変えた。

「そのうえで問います。貴方はこの聖杯戦争を、どう戦いますか?」

と。

どう戦うのか。
刃のような鋭い口調で紡がれたその問いかけに、思わず息を呑んだ。
それはこちらの思想《スタンス》を探る声だ。

彼らが岸波白野に気付いたことは“おばけ”という奇妙な現象のせいだった。
しかし――何にせよ自分たちは出会ってしまったのだ。
聖杯戦争で、マスターとマスターとして。

ならば、当然に相対しなくてはならない。
本当ならば一刀に斬り伏せられてもおかしくはなかった。
しかし、セイバーらには自分に聞きたいことがあったために生かされていた。
それに答えられない、となると話はまた別だ。

だから、口を開いた。

>自分が、自分であるために
聖杯を手に入れるために
生き残るために
この方舟から脱出するために

意を決して、自らの願いをセイバーに伝えると、
彼女は眉を吊り上げ「自分?」と彼女は漏らした。

……そうだ。
自分が求めたのは、忘れてしまった■■■■の記憶。
すべてをリセットされても、それでもこの身体に宿った魂が、感情が、ささやくのだ。
このままではいられない、と。

「――つまり、貴方はある種の記憶喪失になっている、という訳ですね」
セイバーは何か含みのある面持ちでそうまとめると、

「それで、貴方はそのために他のマスターを倒す――殺す、と」

彼女はもう一歩踏み込んで、そう尋ねてきた






840 : EX:tella ◆Ee.E0P6Y2U :2017/01/22(日) 13:24:17 YRFBIgsQ0



「たとえ弱き者であろうとも、
 たとえ戦意なきものであろうとも、
 貴方は戦う、とそう言っているのですか?」

セイバーは静かに問いかける。
それに向かい合い――自分は頷いた。

「……そうですか」

無感動にそう伝えると、彼女はその剣の柄に手をかけた。
カチャ、と金属がこすれる音が部屋に響いた。
当然だ。今の発言は、いわば敵対するといっているようなものなのだから。

>でも、ただ戦うだけじゃ駄目だ

それでもまた、言葉を重ねた。

戦う――自分の願いのために闘うつもりはある。
けれど、それだけですべて終わるとは、もはや思っていなかった。
かつて月の聖杯戦争の最期にトワイスが待ち構えていたように、
きっとこの聖杯戦争にも――何かが隠されている。

「貴方は、ほかの聖杯戦争を知っているのですか?」

セイバーが驚いたように言った。
そう――自分は知っている。聖杯戦争のことを。
表側の闘争も、裏側の葛藤も、その先の■■も。

きっと自分の魂には刻まれていて、ここまで来た。

だから立ち止まるわけにはいかない。
闘うのは厭だと放棄する訳にはいかない。真実から目を背けて闇雲に走る訳にもいかない。
本来あり得ない筈のムーンセルの状況、この方舟の正体、そして自分の“おばけ”も、きっと何かしら意味があるはずだから。

「――なるほど」

その意志を伝えると、セイバーは一人そうつぶやいた。
その言葉に込められた感情の色は分からない。
ぐっ、とその拳を握りしめる。次の瞬間に斬られてもおかしくない。そのつもりだったが――

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

次の瞬間、叫びを上げたのはセイバーでも自分でもなかった。
学ランのマスター、真玉橋孝一である。
部屋の隅で何やら難しい顔をしていた彼が、突如として野獣のような雄たけびを上げたのである。

突然の豹変に、思考が追い付かない。
それはなんとセイバーも同じなようで、自らのマスターの奇行に目を丸くしていた。

彼はセイバーに詰め寄ると、迫真の表情で、

「セイバー、頼む! 協力してくれ」
「はい?」
「俺がただ単に胸を揉むだけじゃ、もうダメなんだよ。
 お前が! 俺に胸を揉ませてくれ!」
「はぁ?」

それまで泰然としていたセイバーの口調が、突然乱暴なそれへと変わった。
傍から見ていると、何一つ理解できないやり取りだったが、孝一はいたってまじめなようで、
「頼む……!」と切に懇願している。

「力を貸してくれ! 俺一人で掴めるおっぱいなんてタカが知れてる。
 だから――お前の協力が必要なんだよ」
「って、何触って――マスター!」
「良いから良いから、ちょっとお前のおっぱいを貸してみろ。
 やっぱ、恭子のおっぱいとはまた違う味がするぜ」
「――今、誰かと比べましたね。別の誰かと!」
「おお――コイツはエロい!
 これなら――どのおっぱいも犠牲にせずに聖杯を掴めるぜ!」

……突然のやり取りに取り残されてしまう。
どうやらこの陣営は、どちらかというと月の裏側にいそうな人物のようだった。

――しかし、何か重要な話をいま聞いた気がする。


841 : ◆Ee.E0P6Y2U :2017/01/22(日) 13:24:46 YRFBIgsQ0


act.5


「ねぇ子ブタ――その女、誰?」

ウェイバーの部屋に帰ってくると、ちょうど風呂上がりのランサーと行き遭った。
彼女は眉を吊り上げながら、隣に立つ女性を不審そうに見ている。

「サーヴァント、セイバー」

乱れた衣服を直したセイバーは、再度毅然としたたたずまいでそう答えた。
するとランサーと、その向こうにいるウェイバーらに緊張が走る。バーサーカーの方はよくわからないが。

……しかし、今の態度を見ていると、先ほどの孝一にもてあそばれていた頃のアレは黙っていた方がいい気がする。

「と、俺だ! ウェイバー」

その隣から顔を出したのは、孝一だ。
彼はウェイバーの返事も聞かずにどかどかと上がり込んでいく。
「は? なんでオマエまで――」とウェイバーが声を上げようとするが、

「おお、久々の登場じゃーん。どうだった二年間も放置されて。
 大丈夫大丈夫。ハリウッドじゃよくあることだから」

バーサーカーの相も変わらず意味不明な言葉でかき消されてしまった。


……このセイバー陣営の目的は“聖杯戦争の打破”だった。

だから、こちらがマスターだと気づいても、すぐには襲い掛かってこなかったのだ。
そう気づいたことで、自分たちが“協力”できる間柄であることが分かった。

最終的な目標はどうなるかわからない。
しかし、とにかく今は――聖杯戦争の真実をさぐる、という意味ではここに集った陣営は協力できる。

そう気づいたことで、いまここに三人のマスターが終結したのだった。

孝一がどこまで考えていたのかはわからない。
けれど――結局彼は、おっぱいを揉むことで、待ち望んでいたウェイバーとの再会と、新たな協力者を見つけるに至ったのだった。










――そして、夜明けが近づいてくる。
今日、この街ではマンション倒壊や街の暴動、学園の混乱など、多くの事柄があった。
しかし、その裏で別の噂が流れていた。

古代の衣装に身を包んだ少年/少女の幽霊。
そして同時に、実は多くの人間が同じ夢を見ているという噂も広がりつつあった。

きまって、それは“白い巨人の夢”なのだという。


842 : EX:tella ◆Ee.E0P6Y2U :2017/01/22(日) 13:26:27 YRFBIgsQ0


【C-5/賃貸マンション・ウェイバーの自室/未明】

【真玉橋孝一@健全ロボ ダイミダラー】
[状態]瘤と痣、魔力消費(小)
[令呪]残り1画
[装備]学生服、コードキャスト[Hi-Ero Particle Full Burst]
[道具]ゴフェルの杭
[所持金]通学に困らない程度(仕送りによる生計)
[思考・状況]
基本行動方針:いいぜ……願いのために参加者が死ぬってんなら、まずはそのふざけた爆乳を揉みしだく!
0.他のマスターを殺さずに聖杯を手に入れる方法を探す。
1.ウェイバーと岸波白野に話を聞く
2.ペンギン帝王のような人物(世界の運命を変えられる人物)を探す。
3.好戦性の高い人物と出会った場合、戦いはやむを得ない。全力で戦う。
π.救われぬ乳に救いの手を―――!
4.アサシン(カッツェ)の性別を明らかにさせる。
[備考]
※バーサーカー(デッドプール)とそのマスター・ウェイバーを把握しました。正純がマスターだとは気づいていません。
※アサシン(カッツェ)、アサシン(ゴルゴ13)のステータスを把握しました。
※明日は学校をサボる気です。
※学校には参加者が居ないものと考えています。
※アサシン(ゴルゴ13)がNPCであるという誤解はセイバーが解きました


【セイバー(神裂火織)@とある魔術の禁書目録】
[状態]健康、魔力消費(小)
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:救われぬ者に救いの手を。『すべての人の幸福』のために聖杯を獲る。
0.他のマスターを殺さずに聖杯を手に入れる方法を探す。
1.マスター(考一)の指示に従い行動する。
2.バーサーカー(デッドプール)に関してはあまり信用しない。
3.アサシン(カッツェ)を止めるべく正体を模索する。
4.聖杯戦争に意図せず参加した者に協力を求めたい。
[備考]
※バーサーカー(デッドプール)とそのマスター・ウェイバーを把握しました。正純がマスターだとは気づいていません。
※真玉橋孝一に対して少しだけ好意的になりました。乳を揉むくらいなら必要に迫られればさせてくれます。
※アサシン(ゴルゴ13)、B-4戦闘跡地を確認しました。
※アサシン(カッツェ)の話したれんげたちの情報はあまり信用していません。
※アサシン(カッツェ)は『男でも女でもないもの』が正体ではないかと考察しています。
 同時に正体を看破される事はアサシン(カッツェ)にとって致命的だと推測しています。
※今回の聖杯戦争でなんらかの記憶障害が生じている参加者が存在する可能性に気づきました。

[共通備考]
※今回の聖杯戦争の『サーヴァントの消滅=マスターの死亡』というシステムに大きな反感を抱いています。
 そのため、方針としては『サーヴァントの消滅とマスターの死亡を切り離す』、『方舟のシステムを覆す』、『対方舟』です。
※共にマスター不殺を誓いました。余程の悪人や願いの内容が極悪でない限り、彼らを殺す道を選びません。
※孝一自身やペンギン帝王がやったように世界同士をつなげば世界間転移によって聖杯戦争から参加者を逃がすことが可能だと考えています。
 ですが、Hi-Ero粒子量や技術面での問題から実現はほぼ不可能であり、可能であっても自身の世界には帰れない可能性が高いということも考察済みです。


843 : EX:tella ◆Ee.E0P6Y2U :2017/01/22(日) 13:26:49 YRFBIgsQ0

【岸波白野@Fate/EXTRA CCC】
[状態]:ダメージ(微小/軽い打ち身、左手に噛み傷、火傷)、疲労(中)、魔力消費(大)
[令呪]:残り三画
[装備]:アゾット剣、魔術刻印、破戒の警策、アトラスの悪魔
[道具]:携帯端末機、各種礼装
[所持金] 普通の学生程度
[思考・状況]
基本行動方針1:「 」(CCC本編での自分のサーヴァント)の記憶を取り戻したい。
基本行動方針2:遠坂凛との約束を果たすため、聖杯戦争に勝ち残る。
0.凛………………ありがとう。
1.今はウェイバーの自宅で休息する。
2.今日一日は休息と情報収集に当て、戦闘はなるべく避ける。
3.ウェイバー陣営と孝一陣営と一時的に協力。
4.『NPCを操るアサシン』を探すかどうか……?
5.狙撃とライダー(鏡子)、『NPCを操るアサシン』を警戒。
6.アサシン(ニンジャスレイヤー)はまだ生きていて、そしてまた戦うことになりそうな気がする。
7.聖杯戦争を見極める。
8.自分は、あのアーチャーを知っている───?
[備考]
※“月の聖杯戦争”で入手した礼装を、データとして所有しています。
ただし、礼装は同時に二つまでしか装備できず、また強力なコードキャストは発動に時間を要します。
しかし、一部の礼装(想念礼装他)はデータが破損しており、使用できません(データが修復される可能性はあります)。
礼装一覧>h ttp://www49.atwiki.jp/fateextraccc/pages/17.html
※遠坂凛の魂を取り込み、魔術刻印を継承しました。
それにより、コードキャスト《call_gandor(32); 》が使用可能になりました。
《call_gandor(32); 》は一工程(シングルアクション)=(8); と同程度の速度で発動可能です。
※遠坂凛の記憶の一部と同調しました。遠坂凛の魂を取り込んだことで、さらに深く同調する可能性があります。
※エリザベートとある程度まで、遠坂凛と最後までいたしました。その事に罪悪感に似た感情を懐いています。
※ルーラー(ジャンヌ)、バーサーカー(デッドプール)、アサシン(ニンジャスレイヤー)のパラメーターを確認済み。
※アーチャー(エミヤ)の遠距離狙撃による攻撃を受けましたが、姿は確認できませんでした。
※アーチャー(エミヤ)が行った「剣を矢として放つ攻撃」、およびランサーから聞いたアーチャーの特徴に、どこか既視感を感じています。
しかしこれにより「 」がアーチャー(無銘)だと決まったわけではありません。
※『NPCを扇動し、暴徒化させる能力を持ったアサシン』(ベルク・カッツェ)についての情報を聞きました。

【ランサー(エリザベート・バートリー)@Fate/EXTRA CCC】
[状態]:ダメージ(大)、魔力消費(大)、疲労(中)
[装備]:監獄城チェイテ
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:岸波白野に協力し、少しでも贖罪を。
1.とりあえず、今はウェイバーの自宅で休む。
2.岸波白野とともに休息をとる。
3.アサシン(ニンジャスレイヤー/ナラク・ニンジャ)は許さない。
[備考]
※アーチャー(エミヤ)の遠距離狙撃による襲撃を受けましたが、姿は確認できませんでした。
※カフェテラスのサンドイッチを食したことにより、インスピレーションが湧きました。彼女の手料理に何か変化がある……かもしれません。


844 : EX:tella ◆Ee.E0P6Y2U :2017/01/22(日) 13:27:09 YRFBIgsQ0

【ウェイバー・ベルベット@Fate/zero】
[状態]:魔力消費(極大)、疲労(小)、心労(大)、自分でも理解できない感情
[令呪]:残り二画
[装備]:デッドプール手作りバット
[道具]:仕事道具
[所持金]:通勤に困らない程度
[思考・状況]
基本行動方針:現状把握を優先したい
1.は!?
2.バーサーカーの対応を最優先でどうにかするが、これ以上令呪を使用するのは……。
3.バーサーカーはやっぱり理解できない。
4.岸波白野に負けた気がする。
[備考]
※勤務先の英会話教室は月海原学園の近くにあります。
※シャア・アズナブルの名前はTVか新聞のどちらかで知っていたようです。
※バーサーカー(デッドプール)の情報により、シャアがマスターだと聞かされましたが半信半疑です。
※一日目の授業を欠勤しました。他のNPCが代わりに授業を行いました。
※ランサー(エリザベート)、アサシン(ニンジャスレイヤー)の能力の一部(パラメータ、一部のスキル)について把握しています。
※アサシン(ベルク・カッツェ)の外見と能力をニンジャスレイヤーから聞きました。
※バーサーカーから『モンスターを倒せば魔力が回復する』と聞きましたが半信半疑です。
※放送を聞き逃しました。

【バーサーカー(デッドプール)@X-MEN】
[状態]:魔力消費(大)
[装備]:日本刀×2、銃火器数点、ライフゲージとスパコンゲージ、その他いろいろ
[道具]:???
[思考・状況]
基本行動方針: 一応優勝狙いなんだけどウェイバーたんがなぁー。
0.たやん真正面から倒すとか、はくのんやるなぁ。俺ちゃんも負けてらんねー!
1.一通り暴れられてとりあえず満足。次もっと派手に暴れるために、今は一応回復に努めるつもり。
2.アサシン(甲賀弦之介)のことは、スキル的に何となく秘密にしておく。
3.あれ? そういやなんか忘れてる気がするけどなんだっけ?
[備考]
※真玉橋孝一組、シャア・アズナブル組、野原しんのすけ組を把握しました。
※『機動戦士ガンダム』のファンらしいですが、真相は不明です。嘘の可能性も。
※作中特定の人物を示唆するような発言をしましたが実際に知っているかどうかは不明です。
※放送を聞き逃しました。
※情報末梢スキルにより、アサシン(甲賀弦之介)に関する情報が消失したことになりました。
これにより、バーサーカーはアサシンに関する記憶を覚えていません………たぶん。


845 : EX:tella ◆Ee.E0P6Y2U :2017/01/22(日) 13:27:27 YRFBIgsQ0
投下終了です


846 : 名無しさん :2017/01/22(日) 21:42:09 9Nk2YNls0
投下乙です!
白い巨人の夢と、そして白野に混じった記憶はまさか……!?


847 : 名無しさん :2017/01/23(月) 01:18:37 9oKnWGG.0
投下乙です
半年ぶりの投下、待った甲斐があるといえる名品!
ウェイバーが孔明扱いされてるFGOの気配に加えて、新生セラフの断片がほのかに香る
見えたのは白い巨人や、精神と肉体と魂のザビでしょうか
行方が分からなくなりかけていた真玉橋と神裂さんも合流できて対聖杯にも希望が見えてきたかな?
世界観が広がり、物語も進んでとても面白かったです


848 : 名無しさん :2017/01/23(月) 02:01:30 fHqlmj0M0
投下おつー

ネコアルクな冒頭からセンス溢れてたけど一転して伝記な雰囲気で現れるザビ子
二次二次最大の謎の一つのザビだったけど、更に謎が増えてしまった……?
真玉橋くんは相変わらず過ぎてなんか安心したw
XTERRAも早速取り入れられていて果たして白い巨人はまんまあいつか、それともクロスオーバーしてるのか……
楽しみですw


849 : 名無しさん :2017/01/24(火) 04:53:54 yKnX/IqU0
乙乙
デップーのメタメタ絶好調やねw


850 : ◆Ee.E0P6Y2U :2017/02/06(月) 01:50:26 giSQabs60
すいません、遅れましたが投下します


851 : いいから、みつげ ◆Ee.E0P6Y2U :2017/02/06(月) 01:55:16 giSQabs60

夜のファミリーレストランに、吸血鬼が一人、魔神が一人、英霊が二人。
目の前にはナポリタン、カプレーゼ、真っ赤なケチャップがついたポテト。

「赤いな」
「……何か言いましたか?」

口元についた赤いケチャップをふき取りながらシオンが聞き返す。
聞き返された狭間は首を振るのみで、答えはしなかった。

先ほど起こった真夜中の接触は奇妙な形で幕を閉じた。
マスターとマスター、それぞれ力ある者が人払いされた場所で出会ったのだ。
にも関わらず、起こったのは戦闘/Battleではなく、交渉/Talkでもなく、逃亡/Escapeですらない。
先ほどの醜態――痴態とは絶対に言いたくないが――を思い出すと、狭間は頭を押さえたくなる。

「ふふん」

ちら、と横を見る。
彼のサーヴァント、ライダーは愉し気にやってきたサラダを取り分けている。
すべては――彼女が原因だ。

彼女の放った宝具を受けたアーチャーと、その効果が伝染したかのような昂ぶりを見せた女と、それとはまた別に取り乱してしまった狭間。
あんなことがあったせいで、自分はファミレスで食事をする羽目になっている。

「あー、それでよォ。アンタたちは、その、なんだ?」

妙に弛緩した雰囲気の下、敵であるアーチャーが問いかけてきた。
「メシ食わない?」を提案してきたのは彼である。
乱れた場の仕切り直し、という訳だ。

「魔神皇、狭間偉出夫だ」

それを受け、狭間は言い放った。
先ほど遮られた名を、圧倒的な強者の威圧感と共に伝えるべく、である。

「ンン〜なぁ、マスター。魔神皇って何よ。ニックネームか何か?」
「いえ、学園に居る間、そのような名は聞いたことがありません。
 恐らくは自称ではないでしょうか? それか、ネットのハンドルネームとか」

……だが向こうにその意気は伝わらなかったようだ。

見たところ、この銀髪のマスターはそこそこのサマナーのようだった。
だからこそ、あまりにも愚かすぎてこちらの力を見誤っている、などということもあるまい。
ではなぜ――この度の接敵はこうもうまくいっていないのか。
大学のアサシンや、図書館のアーチャーの時と、彼女らの違いは何か。
それを考えると、すぐさま厭な答えが脳裏を過る。

学校を知っていること。

おそらくは、それだ。
先ほど取り乱してしまった自分を思い出す。
ただ名を知っているだけだった。噂程度で、別段深く知られていた訳ではない。
にも拘わらず、あそこを、あの場所のことを想起させられただけで、自分は取り乱してしまった。


852 : いいから、みつげ ◆Ee.E0P6Y2U :2017/02/06(月) 01:55:50 giSQabs60

「それで―― 一つ尋ねます」

ようやく場が落ち着いた。
そう思ったのだろうシオンが口を開いた。

「貴方はあの学園のことを知っています。
 ――あの学園に巣くう、大きな影のことを」

少しだけ、目まいがした。

「あそこには確認されただけで5つ以上の陣営が根を張っている。
 その中でも二つの陣営は、脅威です」

シオンの言葉に狭間は何を返しはしなかった。
ただ思う。
この狭間を前にして、脅威、というのだから、まぁ本当にいるのだろう。
あの学園には巨大な力を持ったサーヴァントが。

「狭間……ここはひとつ協力できないでしょうか?
 私はあの学園にいる陣営の情報を提供できます。
 中には宝具やマスターまで特定できているものまで」
「それをあげるから、自分たちの代わりにとっちめて欲しいってこと?」
「もちろん私も戦います。
 これは効率の問題です。陣地を構えて力をつけようとしている輩を、早めに討つための」
「あの学園、いまそんなことになってるのね。ふうん……」

黙る狭間と別に、ライダーがシオンの言葉に応えている。
見れば彼女は、戦場と化した学園、の話をどことなく懐かしそうに聞いていた。

「私は明日、再び学園に行こうかと思います」
「へえ、そんな危険な場所に?」
「ノンノン、危険だから行かないってんじゃ駄目だろ。
 危険だから早めに倒すってわけだ。この話、分かるよな?」
「もちろん。そいつら、後になればなるほど強くなるんでしょ?」

答えはしないが、そのことは狭間としても理解できる。
無論他の凡俗がどれだけ入念に準備しようとこの身に勝てるとは思わないが、
しかし放っておいては面倒ごとになりかねない。
そのような相手は前半のうちに片づけておくに限る。
シオンの言う通り、効率の問題である。

「――私は明日の昼には、あの学園にいる“影のサーヴァント”を排除したい。
 まだアレが学園を掌握しきっていない間に、できれば徒党を組んで倒してしまいたいのです。
 あれに長期戦を挑むのは、愚行だ」

彼女は決然と言い放った。
なるほど多少は頭が回るようだ。
何故彼女が明らかに格上である狭間らに接触してきたのか。
それはリスクを承知のうえで、その“影のサーヴァント”とやらを倒すに足る戦力を得るためだろう。
後になればなるほど力をつけるサーヴァントを倒すには、明日の昼がデッドライン。

なればこそ、ここが一つの勝負どころ、と考え、こちらに接触してきたという訳だ。
非常にロジカルで、理解できる。
こちらのうまみも同時に提示しているし、交渉/Talkとしては悪くない切り出し方だ。
それを理解しているのか、ライダーは「どう?」と確認するような視線を送ってきた。


853 : いいから、みつげ ◆Ee.E0P6Y2U :2017/02/06(月) 01:56:13 giSQabs60

「――断る」

それに対し、狭間は一言でそう切り捨てた。

「……説明が足りませんでしたか?
 あの学園のサーヴァントは」
「私を侮るな。お前の話は理解している。
 しかし、今の私はあいにくと交渉する気がない」

すべての話を受け止めたうえで、狭間はそう返す。
理由はそもそも話す気がない。というだけで。
どうしようもない話だが、交渉とは得てしてそういうものだ。
いかにロジカルに話そうとも、結局は相手の気分次第なのだから。

学校、月海原学園。
どうやらあの場所でも戦っている輩はいるようだが、そんな奴らは勝手につぶしあっておけばいい。
そう思ったからこそ、狭間は交渉を打ち切り、そしてシオンも放っておくことにした。

「いくぞ、ライダー」

そうして会話を打ち切って、狭間は立ち上がる。
それ以上話す気はなかった。
食事を始めてまだ十分程度。まだ来ていない料理もあったが、そんなことはどうでもいい。

ライダーは眼鏡を上げつつ、こちらについてくる。
彼女の方は「じゃあね」と最後にシオンらに言い残したが、狭間は何も言わなった。

「いいの?」
「何がだ」
「だってまだあの娘との話、始まったばかりじゃない。
 それに聞いた限りそう悪い話じゃなさそうだったし」
「私が聞くに値しない。そう思った以上、貴重な時間を使う気になれなかった。それだけだ」

そう言いながら彼はファミレスを出ていく。
既に夜も深まっているというのに、騒ぎ立てる若者たちの声がひどく不快だった。
なしくずし的にこのような場にやってきたが、本当は1秒たりともこの場にはいたくなかった。

「――学校、いきたくないの?」
「…………」

狭間はライダーの言葉を無視する。
答えるまでもないと思ったからだ。







その時、冬木市の別の場所で、とある事件が起こっていた。
それは聖杯戦争にまつわるものであったが、
彼らとは直接的には関係のない事件であり、今後ともその因果が重なることはないだろう。

しかし、その犯人の逃げた場所が問題であった。






854 : いいから、みつげ ◆Ee.E0P6Y2U :2017/02/06(月) 01:56:31 giSQabs60


「あーら、随分あっさり退散しちまったなァ」

去っていくライダー陣営を見ながら、アーチャーはそうこぼした。
はぁ、とシオンは息を吐く。
とりつく島もない、とはこのことか。

努めて冷静に交渉を進めるつもりだったが、まだ入り口の時点で彼らには打ち切られてしまった。

「飯にはついてきたのに、話が始まった途端やる気をなくすってのも妙な話だぜ。
 いやまぁ、サーヴァントの方は妙ってレベルじゃねえんだが」
「……もしかすると、厭だったのかもしれません」
「んー厭?」

狭間の態度を思い出しながら、シオンは言う。

「狭間偉出夫。月海原学園2年E組在籍。学力検査では全答案で百点満点を叩きだし、IQ診断は256。学園創立以来の秀才として期待される……」

出会い頭に述べた彼のパーソナルデータを復唱する。
データは事実として、その情報には別の続きがあった。
それも、あまり良い形でない噂だ。

「彼は学校のことが厭だった」

集団の中にパワーバランスを崩すような飛びぬけた天才が現れてしまえばどうなるのか。
どのような態度を取られ、どのような視線に晒されるのか。
シオンは知っている。
あの押しつぶすような、重く、苦しい空気の場所を。

「とにかく彼を学園での戦いに引き込むのは難しそうですね」
「はーん、まぁ仕方ねえぜ。敵に回らなかっただけで良しとするしかねえ」

アーチャーはそう言って、残されたパスタをフォークでぐるぐる巻きにしている。

「しっかしどうするよ、マスター。
 明日にあのサーヴァントを討つってのは本気だろ?」
「ええ、できれば可能な限り速やかにあの敵は討たなければなりません。
 あれは難敵だ。ギリギリ補足できている今のうちに、どうにかしなくては」

そう語りつつ、彼女は思う。
目の前に残された料理の数々と、去っていたあの陣営。
決裂はしたが、戦闘にはならなかった。
それはいい、それはいいが……

「……食い逃げされましたね」

これから寝床探しをしないといけないのに、無駄な出費をしてしまった。
交渉/Talkを断られた挙句、金銭を取られてしまうとは――


855 : いいから、みつげ ◆Ee.E0P6Y2U :2017/02/06(月) 01:56:48 giSQabs60


[C-6 /南部/二日目 未明]

【シオン・エルトナム・アトラシア@MELTY BLOOD】
[状態]アーチャーとエーテライトで接続。色替えエーテライトで令呪を隠蔽
[令呪]残り三画
[装備] エーテライト、バレルレプリカ
[道具] ボストンバッグ(学園制服、日用必需品、防災用具)
[所持金]豊富(ただし研究費で大分浪費中) カードと現金で所持
[思考・状況]
基本行動方針:方舟の調査。その可能性/危険性を見極める。並行して吸血鬼化の治療法を模索する。
0.……
1.明日、学園のサーヴァントを打倒する
2.これからの拠点を探す。
3.情報整理を継続。コードキャストを完成させる。
4.方舟の内部調査。中枢系との接触手段を探す。
5.学園に潜むサーヴァントたちを警戒。銀"のランサーと"蟲"のキャスター、アンノウンを要警戒。
6.展開次第では接触してきた教師と連絡を取ることも考える。
[備考]
※月見原学園ではエジプトからの留学生という設定。
※アーチャーの単独行動スキルを使用中でも、エーテライトで繋がっていれば情報のやり取りは可能です。
※マップ外は「無限の距離」による概念防壁(404光年)が敷かれています。通常の手段での脱出はまず不可能でしょう。
 シオンは優勝者にのみ許される中枢に通じる通路があると予測しています。
※「サティポロジァビートルの腸三万匹分」を仕入れました。研究目的ということで一応は怪しまれてないようです。
※セイバー(オルステッド)及びキャスター(シアン)、ランサー(セルべリア)、ランサー(杏子)、ライダー(鏡子)のステータスを確認しました。
※キャスター(シアン)に差し込んだエーテライトが気付かれていないことを知りました。
※「サティポロジァビートルの腸」に至り得る情報を可能な限り抹消しました。
※黒髪の若い教師(NPC、ヴォルデモートが洗脳済み)の連絡先を入手しました。現時点ではマスターだと考えています。
 これに伴いケイネスへの疑心が僅かながら低下しています。
※キャスター(シアン)とランサー(セルベリア)が同盟を組んでいる可能性が高いと推測しています。
※分割思考を使用し、キャスター(ヴォルデモート)が『真名を秘匿するスキル、ないし宝具』を持っていると知りました。
 それ以上の考察をしようとすると、分割思考に多大な負荷がかかります。
※狭間についての情報は学園での伝聞程度です。


【アーチャー(ジョセフ・ジョースター )@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]シオンとエーテライトに接続。疲労困憊。射精。
[装備]現代風の服、シオンからのお小遣い
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:「シオンは守る」「方舟を調査する」、「両方」やらなくっちゃあならないってのが「サーヴァント」のつらいところだぜ。
1.学園、行くかねぇ
2.裏で動く連中の牽制に、学園では表だって動く。
3.夜の新都で情報収集。でもちょっとぐらいハメ外しちゃってもイイよね?
4.エーテライトはもう勘弁しちくり〜! でも今回は助かった……。
[備考]
※予選日から街中を遊び歩いています。NPC達とも直に交流し情報を得ているようです。
※暁美ほむら(名前は知らない)が校門をくぐる際の不審な動きを目撃しました。
※黒髪の若い教師(NPC、ヴォルデモートが洗脳済み)を確認。現時点ではマスターだと考えています。


856 : いいから、みつげ ◆Ee.E0P6Y2U :2017/02/06(月) 01:57:07 giSQabs60







シオンの申し出を退けた狭間は、明日以降の聖杯戦争に備えて情報収集を行っていた。

本来ならば、次なる獲物を狩るべく街を徘徊する心積もりだった。
しかし、彼はどこか胸にもやを抱えたまま、無言で自室に帰ってきた。
そして端末を起動し、今日の情報を一気にまとめていく。

――学校、いきたくないの?

ライダーの言葉が脳裏を過る。
行くものか、と狭間は胸中でこぼす。
聖杯戦争など関係なしに、魔神皇であるこの身があのような場所に縛られる義理などない。

――あの学園に巣くう、大きな影のことを

シオンの切迫した表情を思い出す。
勝手につぶし合っていろ、と狭間は吐き捨てる。
そう思いつつ、なぜ自分がこうも心が乱れているのか、理解できていなかった

「……ふうん」

ライダーは霊体化したまま姿を見せない。
だが、小さく声は聞こえた。
それでも話しかけてはこない。その事実がまた、腹立たしい。

白い校舎、色あせた廊下の景色、同じ服と同じ顔で塗り固められた生徒たち……

靄が心の中でぐるぐると渦巻いている。
狭間は舌打ちをする。こうして取り乱していること自体、狭間は誰にも見せたくなかった。

苛立ちに囚われた彼は、黙々と端末の前で作業をする。

「……これは」

――そこで、気づいた。

電脳上で巻き起こっている、一つの異変に。


857 : バーチャルリアリティ・バトルロワイアル ◆Ee.E0P6Y2U :2017/02/06(月) 01:57:40 giSQabs60



膨大な海の中から情報を集め、精査し、分析し、答えを出す。
それを繰り返すこと幾万回。
それにかける時間は、まさに刹那のごとく。

電人HALはそうしてこの方舟全土を見渡していた。
かけめぐる情報をあらゆる角度から観察する。

「聖杯に敵対するもの」

という今まで想定していなかった勢力の登場を受け、
彼は今一度この舞台を調べるに至ったのである。

電脳世界に転がっている情報はあまたに上る。
正規のソースが紐づけされているものはもちろん、
無責任なうわさや、悪質なデマゴギー、見る価値のないジャンクデータまで、有象無象の情報がそこには転がっている。
それらをすべて電人は受け止め、真実を探し求める。

そうして電人は、一つのくだらない怪談話に行き当たった。

――マヨナカテレビ

電脳空間上に走るさまざまな情報の中から、HALはその情報をすくいあげる。
途端、彼の脳裏にそれにまつわる情報が一気に展開される。

―― 深夜、この冬木市でだけ、映るはずのない番組が見える。
―― 一人で消えたテレビを見つめると『自分の運命の人』が見える。
―― 特に雨の日には注意した方がいい。

ティーンが好みそうな都市伝説。
が、しかしHALがその情報をすくいあげると同時に、
この“方舟”の電脳世界において、奇妙なデータ変動を確認していた。

ことこの電脳の空間において、HALにできないことなどない。
即座にそのデータを解析し、それがサーヴァントに近しいものであることを突き止めていた。

まず確認できたのは、サーヴァント・アサシンのログ。
見覚えのあるデータ構成をしていたそれは即座にログアウトしてしまっていたが、
その痕跡をたどることで、HALはこの“方舟”に奇妙な空間が形成されていることを突き止めた。


858 : バーチャルリアリティ・バトルロワイアル ◆Ee.E0P6Y2U :2017/02/06(月) 01:58:10 giSQabs60

そして――その空間にタグ付けされた情報こそ、さきのマヨナカテレビだった。

HALは考えた。
この空間はこの聖杯戦争の舞台たる冬木市の裏側だ。
都市伝説などという、奇妙な情報に隠蔽される形で設置されている。
それも属性は電脳世界に属するもの。
電脳世界――いうなればもともとのムーンセル、SE.RA.PHに近しい属性だ。

危険なのはこの空間への侵入自体が“ルール違反”とみなされる場合だ。
先のアサシンは、ログを見るに誤ってこの空間に入ってしまったようだ。
しかしこの場所に、そこが隠されていると知ってアクセスした場合はどうか。

一瞬その可能性を検討したHALだが、すぐさま空間へのアクセスを開始した。
リスクはゼロではないが、しかし限りなく低い。
そして解析の必要性は、リスクを上回る程度には高い。
聖杯戦争そのものを揺るがそうとしている存在が確認された今、
できるだけこの“方舟”にまつわる情報は入手しておきたかった。

そうしてHALは侵入/クラックする。
マヨナカテレビ、禍津冬木市と呼ばれるエリアへと。

――そこに至るまで、思考に要した時間はわずか数秒であった。

電脳の空間において、彼はある種の全能と化す。






859 : バーチャルリアリティ・バトルロワイアル ◆Ee.E0P6Y2U :2017/02/06(月) 01:58:29 giSQabs60



確認。
精査。
分析。

禍津冬木市へと侵入したHALは、すぐさま空間情報の解析を開始した。
外側からの解析通りその場所は電脳に属する空間。
そして全体的な構造、外観、面積は、“外”の冬木市とピタリと一致するようにできていた。

だが天蓋には張られるべき空のテクスチャがなく、街はひどく破壊され、そして悪性情報と思しき物体まで徘徊する始末だ。
できそこないの空間、というのがHALの分析結果だった。

――考えられるのはデバッグモードか。

何故このような空間が用意されているのか。
最初に考えたのはデバッグ用のエリア、監視役のための場所ということだ。
何かあればこの空間を通じて情報をチェック、デバッグを行うためのエリア、という訳だ。

しかし、それにはおかしい。
監視役のためのエリアであるのならば、何故参加者であるマスターにアクセスできるように作られている。

答えはでない。
情報不足。

そう判断したHALはさらなる解析を開始する。
同時に悪性情報に対抗するため、自らの“援護”とでもいうべきプログラムを作成、走らせた。
属性が電脳である以上、本来の冬木市よりもずっと多くの自由をHALは獲得している。

――この空間にサーヴァントを送り込むようにするのはそう難しくないな

ひとまず今は自前の“援護”プログラムを使っているが、今後場合によってはアサシンを送り込む必要が出てくるかもしれない。
そう冷静に分析しつつ彼は探索を進めた。

――む

その途中、彼はこの空間における異物を発見した。
マスターがいる。この空間に、自分と同じくアクセスしてきたものがいる。
一度掴んでしまえば補足は容易だ。何故なら向こうはサーヴァントという特大の情報を抱えているのだから。

確認されたサーヴァントはバーサーカー。
マスターの方は黒いマントにバイザーを纏っている。
特徴的な外見を捉えたHALはすぐに情報を照会し、答えを得た。
あのマスターの名はテンカワアキト。指名手配の情報が出ているため、彼の素性はひどく容易に手に入れることができた。
どういった方法かは不明だが、彼もまたHALとほぼ同じタイミングでこの空間に気付き、アクセスしたに違いない。

早速接触し、場合によっては排除する。
こちらはサーヴァントを伴っていないが、この空間であればこちらもやりようはある。
そう考えたHALであったが――

――そこで気づいた。テンカワアキトとは別に、何者かがこの空間にアクセスしてきたことに。

その情報構造に、HALは覚えがあった。
サーヴァント・ライダー。昼間に相対した性行為による攻撃を仕掛けてくるサーヴァント。






860 : バーチャルリアリティ・バトルロワイアル ◆Ee.E0P6Y2U :2017/02/06(月) 01:58:44 giSQabs60


狭間がそのネットワークを発見、侵入を選択したのは必然だった。
自前の端末にて情報収集を行っていた彼は、HALという大きな存在を当然に感じ取る。
HALは電脳において全能であるがゆえに、その動きはあまりにも大胆な形になる。

狭間は元より電脳関係に強い。
その明晰な頭脳は言うまでもなく、ネット上に流出していた悪魔召喚プログラムを介して力を手に入れている。
それだけの目を持つ者にとって、電脳上のHALの動きを捉えることは容易だった。

そして、同時にそれがどれだけ強大な存在であるかも、彼はしっかりと把握していた。

「どうしたの?」

狭間の様子を見て取ったのだろう、実体化した鏡子が狭間の端末をのぞき込んできた。
肩に手を当て、背中に乳房が当たり、打鍵が邪魔される。
狭間は眉をひそめつつも答える。

「敵がいる」
「敵って、どこに?」
「この中だ」

そう言って狭間は端末を指し示す。
すると鏡子は「ああ」と納得したようにうなずいた。
妙に物分かりがいい。もしかすると彼女の知り合いにもいたのかもしれない。
電脳に属する者が。

「攻めてきてるの?」
「いや、違う。この敵はこちらのことなど一瞥もしていない。
 何か探している素振りを見せている」

電脳世界を駆け巡る大きな存在。
これは――十中八九敵、聖杯戦争関係者だろう。
巧妙に隠しているが、これだけの演算能力を持つものなど、NPCに存在するはずもない。

「どうするの?」
「後をつける。どうやらこいつは何かをこじ開けようとしているらしいからな」

狭間はその動きを言い当てると、こちらでもプログラムを組んでいく。
恐らくこの敵はどこか別のエリアへの入り口を探っている。
そして間もなくその入り口をこいつは見つけるだろう。それだけの力をこいつは持っている。
ならば――せいぜい利用してやろう。

この敵がこじあけたプロテクトに自身をねじ込む形で、補足してやる。
そして――狭間はその空間を見つけた。冬木市の裏側ともいうべき、その街を。

「ここか」

確認すると同時に狭間は侵入の準備を始める。
どうやらあの空間は属性こそ電脳であるが、マスターが入るようなリソース自体はしっかりと確保されているらしい。
ならばそこにパスをつなげて、この身を形成する情報を送りこんでやればいい。
元よりアークセルにアクセスした時点で霊子変換はなされている。
一番難しい部分が終わっているのだから、あとは自分で自分を“召喚”するだけだ。

「慣れているのね」
「私は似たような街を知っているからな」

鏡子の言葉に狭間はぞんざいに答える。
自らを構成する霊子に直接干渉する。
感覚としてはそう――魂をハッキングする、とでも言おうか。

RESET;
SEI
CLC
XCE
CLD

X16
M8

LDX #1FFFH
TXS
STZ NMITIME
LDA #BLANKING
STA INIDSP

.....


そうして準備は整った。


861 : バーチャルリアリティ・バトルロワイアル ◆Ee.E0P6Y2U :2017/02/06(月) 01:59:24 giSQabs60







出来損ないの空間。
空は禍々しく染まり、風が砕け散ったアスファルトをぱらぱらとまき散らす。
本来ならば活気づいていたはずの商店街も、ひどく荒廃している。

「ようこそ」

男はそうして手を上げた。
待っていたよ、とでもいうように彼は親しげに来訪者に呼びかける。
ひょろりと長い背をした、飾り気のない白いシャツを羽織った男だった。

「この1と0の世界へ」

彼は穏やかに、そして柔和に呼びかける。
相対するのは白い学生服を纏った少年、狭間だ。
そしてその隣には眼鏡をかけた少女を伴っていいる。

「ほう、まるでここが君の庭のようなふるまいだな。
 この魔神皇を前にして、随分なことだ」
「魔神皇、か。大層な名だが、なるほどそれだけの力はあるようだ」

そう語ったのち、男の姿が消え去る。
かと思うと、彼は近くの民家の屋上へと移動していた。
瞬間移動に似た動き。しかし狭間は動じない。

このくらいのことはやってのけるだろう。
この敵は、この場所でなら。

「ふうん、マスター。こいつ」
「分かっている。この敵はサーヴァントではない。
 しかし人間という訳でもない」

淡々と狭間は語る。すると男の方は「ほう」と感嘆に近い声を上げた。

「敢えてカテゴリを述べるのならば“電霊”というところだろう。
 アルゴン社の研究データに似た存在がいた覚えがある」
「どうも君は油断のならない存在らしいな。
 とはいえ――」

彼はそう述べると、おもむろに口元に手をやった。
途端――そいつらはやってきた。

狭間へめがけて一直線で進んでいく銀色の異形。
明らかに物理法則に反した動きをしたそれは、銀色の刃をしならせて迫りくる。
それも一つや二つではない。数え切れぬほどの異形の大群が狭間の命を狙っていた。

「メギドラオン」

けれど。
けれど、狭間は一切動くことなくその異形を――燃やし尽くした。
核熱の炎が襲いかかってきた“援護”プログラムの一切を焼き払ったのだ。


862 : バーチャルリアリティ・バトルロワイアル ◆Ee.E0P6Y2U :2017/02/06(月) 01:59:53 giSQabs60

「さすがだな、魔神皇。
 君がこの空間にアクセスした段階で、君の能力は分析/アナライズしていたが、想定通りの力だ。
 サーヴァント以上に、その力は厄介だ」

己の駒を退けられたところで男は一切焦っていない。
寧ろ朗々と彼は語った。

「君は私を“電霊”と呼称したが、少し違うな。
 敢えて私を類別するのならば“電人”だろう。
 “電人”HAL――それが私の名だ、魔神皇」

そうして男、HALは二ィと笑みを釣り上げた。
狭間は動じない。ただ彼は冷徹な瞳で見上げた。

「君は強い。人よりもはるかに強く、サーヴァントすら上回る情報圧をその身に秘めている」
「凡俗がわきまえているのならば話は早い。
 “電人”よ、私に力を貸すがいい。このエリアの解析もお前がいれば容易に済むだろう」

圧倒的な力を見せたのち、交渉へとテーブルを進めた狭間だが、

「ふふふ、無理だな。
 どれだけ人智を越えた存在であろうとも、私を捉えることなどできはしない」

しかし、HALはその交渉を退け――新たなる“電霊”を召喚した。
狭間がぴくりと眉を上げる。
まさに大地を揺るがさん勢いがこの電脳空間に走った。
一瞬世界にノイズが砂嵐のように走り、そしてそれは顔を出した。

「スフィンクスか」

その存在を見上げ、狭間はつぶやきを漏らした。
スフィンクス。それは古代エジプトやギリシア神話に登場する“聖獣”である。
頭巾を付けた王の顔とライオンの体を持つ、太陽神の象徴。
しかし現れた獣に顔はない。無貌の獣であった。

数は三。
その巨躯をもってして、狭間と鏡子を取り囲んでいる。

「なんかすごいの来たけど、マスター」
「どうやら奴の仲魔のようだ。しかしあれは本物の“聖獣”ではないだろう。
 おそらくは先と同じく“電霊”のスフィンクスだ」

そう冷静に分析しつつも、狭間は思っていた。
本物のスフィンクスであれば御しやすかったものを、と。
エジプト神を下した狭間にとってしてみれば今更“聖獣”など恐れるに足らない。
しかし――おそらくこのスフィンクスは、彼の知るそれとは全くの別物だ。

「このムーンセルには大量のリソースが存在している。
 本来ならば維持にスーパーコンピュータが必要なこの“電霊”も、その莫大な情報を利用することで容易に呼び出すことができる。
 少なくとも――この電脳空間ではな」

その言葉と共に――スフィンクスが咆哮した。
咄嗟にマカラカーンを張るが、しかしダメだ。
それは単純なジャミング攻撃ながらあまりにも量が膨大であり、狭間を傷つけることはできずとも――吹き飛ばすことはできる。

「魔神皇よ、私は生きなくてはならない。
 生きて、聖杯をつかまなくてはならない」

狭間は思わず舌打ちする。
この敵にこの空間で相対するのは、流石に分が悪いか。

「私が誰かの干渉によって滅ぶことなど、あってはならないのだ……」






863 : バーチャルリアリティ・バトルロワイアル ◆Ee.E0P6Y2U :2017/02/06(月) 02:00:13 giSQabs60


「……なんとか退けることができたか」

スフィンクスに魔神皇を名乗るマスターを退けたHALは、そう一息漏らした。
するとHALの顔が変化する。特徴のない、また別の顔だ。
本来の冬木市にいるはずの春川の顔は隠蔽する必要がある。
そのため彼はこの空間において、常に顔を変えている。複数アバターの切り替えなど、彼にしてみれば児戯に等しい。

「しかしあの“性技”のサーヴァントのマスターが、あれとはな」

HALは思案する。
今しがたの接触で感じたが、あの魔神皇なるマスターの能力は破格の一言だ。
今までに確認されたマスターはもちろん、下手をすればサーヴァント以上の能力を秘めている。
間違いなく――あれはこの聖杯戦争における最強のマスターだ。
下手をすればこの聖杯戦争のバランスを崩しかねない、危険な陣営だろう。

「とはいえ……これで証明されたな。
 1と0の空間においてならば、私は無敵であるということが」

確かにあの魔神皇は強大だが、しかしことこの電脳空間においてはこちらもやりようがある。
HALはスフィンクスを見上げる。この存在が使役できる以上は、こちらの冬木市においてならばHALは最強となりうる。

――対抗できるとすれば、

とはいえHALは決して慢心はしていなかった。
可能性として、自分を捉えうる存在を常に想定しておく。
いかに自分がここで力を振るえるとしても、自分はマスターであり、敵を直接相手取ること自体が下策だ。
そのため常にありとあらゆる可能性を想定しておく。

――そうあの“警視の妖精 ”などは、ハッキングで事件を解決したという情報があったな。

ホシノルリ、というマスターのことを想起しつつ、HALはすぐさま次の行動へと移ることにした。

「そこにいるのだろう、テンカワアキト」

一瞬で禍津冬木市内を移動したHALは、この空間にいるもう一人のマスターへと呼びかける。
彼は、突然現れたHALに驚いたように足を止める。
が、すぐさま気を戻したのか、銃口を向けてきた。

「無駄だ。この空間では君は私にかなわない」

そう言ってのけ、HALは二ィと笑った。
対するアキトの方は己の不利を理解したのか、動かず、ただ舌打ちした。

「さて君たちの陣営がいま孤立していることが分かっている。
 君は犯罪者となり、聖杯戦争の裏側であるこのエリアに迷い込んだ」

ここに至るまでのテンカワアキトの動向を探ることは容易だ。
彼の憔悴した様からも、この陣営がひどく切迫していることは分かった。
そしてだからこそ――手駒に加えやすい。

「そして私は犯罪者である君をかくまう用意がある。
 もちろん、この空間から出すこともな。
 私に協力するというのならば、だが」

HALはそう穏やかに述べる。
この男は誘いを断れないだろう。
利用されると分かっていながらも、他に選択肢がないのだから。

「――アンタは」

だが、アキトは誘いに応えなかった。
しかし、誘いを退ける訳でもなかった。

ただ彼は、一つの疑問を投げかけてきた。

「アンタは――出遭わなかったのか?
 もう一人の、“自分”に」


864 : バーチャルリアリティ・バトルロワイアル ◆Ee.E0P6Y2U :2017/02/06(月) 02:00:42 giSQabs60


【?-?/電子コトダマ空間・禍津冬木市/二日目・早朝】

【テンカワ・アキト@劇場版 機動戦艦ナデシコ-The prince of darkness-】
[状態]疲労(大)魔力消費(大)、左腕刺し傷(治療済み)、左腿刺し傷(治療済み)、胸部打撲
[令呪]残り二画
[装備]CZ75B(銃弾残り5発)、CZ75B(銃弾残り16発)、バイザー、マント
[道具]背負い袋(デザートイーグル(銃弾残り8発))
[所持金]貧困
[思考・状況]
基本行動方針:誰がなんと言おうとも、優勝する。
1.――――
2.五感の異常及び目立つ全身のナノマシンの発光を隠す黒衣も含め、戦うのはできれば夜にしたいが、キレイなどに居場所を察されることも視野に入れる。
3.できるだけ早苗やアンデルセンとの同盟は維持。同盟を組める相手がいるならば、組みたい。自分達だけで、全てを殺せるといった慢心はなくす。
4.早苗やアンデルセンともう一度接触するべきか?
5.HALの誘いを……
[備考]
※セイバー(オルステッド)のパラメーターを確認済み。宝具『魔王、山を往く(ブライオン)』を目視済み。
※演算ユニットの存在を確認済み。この聖杯戦争に限り、ボソンジャンプは非ジャンパーを巻き込むことがなく、ランダムジャンプも起きない。
ただし霊体化した自分のサーヴァントだけ同行させることが可能。実体化している時は置いてけぼりになる。
※ボソンジャンプの制限に関する話から、時間を操る敵の存在を警戒。
※割り当てられた家である小さな食堂はNPC時代から休業中。
※寒河江春紀とはNPC時代から会ったら軽く雑談する程度の仲でした。
※D-9墓地にミスマル・ユリカの墓があります。
※アンデルセン、早苗陣営と同盟を組みました。詳しい内容は後続にお任せします。
※美遊が優れた探知能力の使い手であると認識しました。
※児童誘拐、銃刀法違反、殺人、公務執行妨害等の容疑で警察に追われています。
今後指名手配に発展する可能性もあります。

【バーサーカー(ガッツ)@ベルセルク】
[状態]ダメージ(中)
[装備]『ドラゴンころし』『狂戦士の甲冑』
[道具]義手砲。連射式ボウガン。投げナイフ。炸裂弾。
[所持金]無し。
[思考・状況]
基本行動方針:戦う。
1.戦う。
[備考]
※警官NPCを殺害した際、姿を他のNPCもしくは参加者に目撃されたかもしれません。

【電人HAL@魔人探偵脳噛ネウロ】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]『コードキャスト:電子ドラッグ』
[道具] 研究室のパソコン、洗脳済みの人間が多数(主に大学の人間)
[所持金] 豊富
[思考・状況]
基本:勝利し、聖杯を得る。
 1.潜伏しつつ情報収集。この空間(禍津冬木市は特に調べ上げる)
 2.ルーラーを含む、他の参加者の情報の収集。特にB-4、B-10。
 3.他者との同盟,あるいはサーヴァントの同時契約を視野に入れる。
 4.『ハッキングできるマスター』はなるべく早く把握し、排除したい。
 5.魔神皇の陣営を警戒
[備考]
※洗脳した大学の人間を、不自然で無い程度の数、外部に出して偵察させています。
※大学の人間の他に、一部外部の人間も洗脳しています。(例:C-6の病院に洗脳済みの人間が多数潜伏中)
※ジナコの住所、プロフィール、容姿などを入手済み。別垢や他串を使い、情報を流布しています。
※他人になりすます能力の使い手(ベルク・カッツェ)を警戒しており、現在数人のNPCを通じて監視しています。
 また、彼はルーラーによって行動を制限されているのではないかと推察しています。
※サーヴァントに電子ドラッグを使ったら、どのようになるのかを他人になりすます者(カッツェ)を通じて観察しています。
 →カッツェの性質から、彼は電子ドラックによる変化は起こらないと判断しました。
  一応NPCを同行させていますが、場合によっては切り捨てる事を視野に入れています。
※ヤクザを利用して武器の密輸入を行っています。テンカワ・アキトが強奪したのはそれの一部です。
※コトダマ空間において、HALは“電霊”(援護プログラム)を使えます


865 : バーチャルリアリティ・バトルロワイアル ◆Ee.E0P6Y2U :2017/02/06(月) 02:01:23 giSQabs60


[共通備考]
※『ルーラーの能力』『聖杯戦争のルール』に関して情報を集め、ルーラーを排除することを選択肢の一つとして考えています。
 囮や欺瞞の可能性を考慮しつつも、ルーラーは監視役としては能力不足だと分析しています。
※ルーラーの排除は一旦保留していますが、情報収集は継続しています。
 また、ルーラーに関して以下の三つの可能性を挙げています。
 1.ルーラーは各陣営が所持している令呪の数を把握している。
 2.ルーラーの持つ令呪は通常の令呪よりも強固なものである 。
 3.方舟は聖杯戦争の行く末を全て知っており、あえてルーラーに余計な行動をさせないよう縛っている。
※ビルが崩壊するほどの戦闘があり、それにルーラーが介入したことを知っています。ルーラー以外の戦闘の当事者が誰なのかは把握していません。
※性行為を攻撃としてくるサーヴァントが存在することを認識しました。房中術や性技に長けた英霊だと考えています。
※鏡子により洗脳が解かれたNPCが数人外部に出ています。洗脳時の記憶はありませんが、『洗脳時の記憶が無い』ことはわかります。
※ヴォルデモートが大学、病院に放った蛇の使い魔を始末しました。スキル:情報抹消があるので、弦之介の情報を得るのは困難でしょう。
※B-10のジナコ宅の周辺に刑事のNPCを三人ほど設置しており、彼等の報告によりジナコとランサー(ヴラド3世)が交わした内容を把握しました。
※ランサー(ヴラド3世)が『宗教』『風評被害』『アーカード』に関連する英霊であると推測しています。
※ランサー(ヴラド3世)の情報により『アーカード』の存在に確証を持ちました。彼のパラメータとスキル、生前の伝承を把握済みです。
※検索機能を利用する事で『他人になりすます能力のサーヴァント』の真名(ベルク・カッツェ)を入手しました。


866 : バーチャルリアリティ・バトルロワイアル ◆Ee.E0P6Y2U :2017/02/06(月) 02:01:40 giSQabs60


「ふん、なるほど“電人”を名乗るだけのことはある、か」

狭間は息を整えながら、そう吐き捨てた。
そして服についた汚れを吹き払い立ち上がる。
ライダーもまたそれに追随して姿を現した。

「誰しもが最大の力を発揮する世界がある。
 鳥は空、魚は水、悪魔は魔界、人は地上。そして奴にとってはこの空間、という訳か」
「支配世界/ホームグランドってことね。私も、正直あのマスターはちょっとやりづらいかも」

ほう、と狭間は声を漏らした。

「君でも苦手か、こういう空間は」
「いや別にこの場所は良いんだけど、ほら、ここだとあのマスター、アレをなくしたりできるみたいだし。
 シゴこうとしたら、ふっ、と消えちゃって」
「…………」

どうやら狭間の知らないところで妙な攻防があったらしい。
なんにせよ、この場で事を構えるには少し面倒な相手、という訳だ。

とはいえそれもあくまで局地的なもの。
どうにかして電脳から引っ張りだしてやればいい。

「それにしても、来ちゃったわね」

ライダーの言葉に狭間は閉口する。
ただ黙ってその場所から出ることを決めた。

そこは――学校だった。

無論、本物の場所ではない。
スフィンクスによって戦場から弾き飛ばされた彼は、この禍津冬木市における学校――月海原学園へと移動していた。
黒く歪んだ空の下、崩れ落ちた校舎やひしゃげたフェンスが見える。まるでそこは魔界に堕ちた学園のようだった。

ああ、何とも見覚えのある光景だ。
そんな感想を抱いたが、言葉に出すことはなかった。

「帰るぞ、ライダー。
 この空間の意味はつかめないが、しかし再び“電人”に接触すれば面倒だ。
 ひとまずは一度帰還して態勢を整える」

そう言って狭間は学園を去ろうとする。
くすんだ校舎へと背を向け、門をくぐろうとしたその時、


――うぇーん、うぇーん

足を、止めた。

それは泣き声だった。
子供の泣きじゃくる声だ。
ひどく弱弱しい、いじめられっ子の声。

――だって、みんながわるいんだ

――みんながぼくをいじめるんだ

狭間は、どういう訳か足を止めていた。
手が震え、目が見開かれる。やめろくるなこれは――違う。
心臓をわしづかみされたような気分で、ただその声を聴いていた。
そして、振り向いてしまった。

それは学校にいた。

学校の真ん中で、泣き叫んでいる。
コンクリートの地面に跪きながら、目元を腫らし、嗚咽を漏らしている。
もう図体も育った高校生程度だというのに、その姿は非力な幼児のようでもあり――

――うぇーん、うぇーん

そいつはただ泣いている。
目の前の現実が怖くて、やってくる過去があまりにも痛くて、ただ目をふさいでいる。
ああなんて、無様な―― 

「ち、ちがう」

――学校に、いきたくないの?

ライダーの言葉がフラッシュバックする。

「ちがう――ちがうちがう、私は」

――……狭間偉出夫。月海原学園2年E組在籍。

あのマスターの言葉が脳裏をよぎる。

「お、お前など」

狭間は歪む視界の中、ただ叫んでいた。
泣き叫ぶ非力で無様な少年に対し、一言、こう告げた。

「お前は――私じゃないんだ……!」

と。


867 : バーチャルリアリティ・バトルロワイアル ◆Ee.E0P6Y2U :2017/02/06(月) 02:01:59 giSQabs60


【?-?/電子コトダマ空間・禍津冬木市・月海原学園/二日目・早朝】

【狭間偉出夫@真・女神転生if...】
[状態] 気力体力減退、射精、精神状態(???)
[令呪] 残り二画
[装備]
[道具] 鞄(生活用具少し、替えの下着数枚)
[所持金] いくらかの現金とクレジットカード。総額は不明
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝つ。
0.???
1.―――
[備考]
※まだ童貞。
※遠坂凛組、ジョンス組、シオン組を確認しました。ジョンス組に錯刃大学の主従について知っている情報を渡しました。
※錯刃大学に存在するマスターとサーヴァントの存在を認識しました。
 春川英輔(電人HAL)がマスター、ないし手がかりになるだろうと考えています。   
 春川英輔の経歴と容姿についてネット上に公開されている範囲で簡単に把握しました。
※学校は必要に迫られない限りは行かないつもりです。
※状況次第で拠点の移動も考えています。
※ジョンス組を今回の聖杯戦争中上位の戦闘力を持ち、かつ狭間組が確実に優位に立てる相手だと判断しました。
 好戦性も踏まえて、彼らの動向には少しだけ興味があります。
※鏡子が『絞り殺されることを望む真性のドM』の相手を望んでいないことを知りました。
※高層マンションが崩壊したことを知りました。通達に関連して集まった参加者たちによる大規模戦闘の結果だと考えています。


【ライダー(鏡子)@戦闘破壊学園ダンゲロス】
[状態]自制、はいてない?
[装備] 手鏡
[道具]
[所持金] 不明
[思考・状況]
基本行動方針:いっぱいセックスする。
0.なんだか凄いことになっちゃったわね。
1.今はひとまず我慢、我慢。マスターも危ないしね。
2.頑張ったけど予想とは違う方向に。ちょっと残念。
[備考]
※クー・フーリンと性交しました。
※アーカードと前戯しました。自身の死因から彼に苦手意識が少しありますが性交を拒否する程度ではありません。
※甲賀弦之介との性交に失敗しました。
※ジョンスが触れることが出来たにも関わらず射精に至ってないことを知っています。ちょっとだけ悔しいです。
※錯刃大学に存在するマスターとサーヴァントの存在を認識しました。
※ジョセフと前戯しました。概ね満足ですが短時間だったのでやや物足りません。
※シオンと間接前戯しました。満足させてあげたいが吸血衝動を感じ取って自制中です。


868 : ◆Ee.E0P6Y2U :2017/02/06(月) 02:02:17 giSQabs60
投下終了です


869 : 名無しさん :2017/02/06(月) 08:33:54 vnnzqKS60
乙です
ついに出会ってしまったチートマスターハザマ最大の難敵。それは自分自身!
それにしてもムーンセルは何のためにこんなエリアを作っているのか気になりますね。


870 : 名無しさん :2017/02/06(月) 13:18:22 zYkJ9W5Q0
投下乙です!扱いに困るレベルのチート狭間への相手にシャドウとは…これはこの後の展開が楽しみです。
そしてHALとアキトさんのパート、これルリルリの名前が出るか否かで後々かなり変わってくるのではないでしょうか?


871 : 名無しさん :2017/02/06(月) 21:29:19 NfMuIxzM0
投下乙!
おもしろい!
最後のもだけど、もしかしたらに気付いていたシオンとか、狭間の知らぬ魔人鏡子の攻防とか、あまりに最高すぎる
うーむ、おもしろい!


872 : ◆Ee.E0P6Y2U :2017/02/12(日) 20:56:29 hhzJhCRU0
投下します


873 : 蒼銀のフラグメンツ ◆Ee.E0P6Y2U :2017/02/12(日) 20:57:06 hhzJhCRU0

まとまらない思考。
断続的に明滅する記憶。

思えば思うほど、目の前の現実が歪んでいく。

それは例えるなら、既に見知っている本をさかしまにぱらぱらとめくったときのような、不思議な感覚。

結果からさかのぼって原因を眺めていくようなものだ。
シーンとシーンの間に何ら連続性はない。
けれども私は知っている。

一つ一つの断章/フラグメンツが、どこで繋がり、最後にはどこに収束するのか。

イマという知覚の欠片を繋ぎ合わせたところで、
浮かび上がるのはきっと何の変哲のない、けれどもとびっきりグロテスクな現実なのだ。


874 : 蒼銀のフラグメンツ ◆Ee.E0P6Y2U :2017/02/12(日) 20:57:23 hhzJhCRU0


_act4



殺してしまえ。
ああ、何もかもだ。
その腕を引きちぎり、胸を切り裂き、頭蓋を貫いてしまえ。
そして死ね。真っ赤な血をまき散らして、無様に散ってしまえばいい。

――そんなささやきが聞こえる。


耳障りな声だ、と思う。
誰だ、こんなところでわめいているのは。
うるさくて集中できない。けれども耳をふさぐ訳にもいかない。
だって今は――戦場の真っただ中だから。

「……やはり不調か」

銀髪の髪が舞う。
月にきらめく銀のランサーは、ミカサを守るように立つ。
その瞳は自らの獲物――ドラム式の弾倉が特徴的な長銃に注がれている。

「どうやら――この戦場は既に敵の陣地、という訳だ」
「そのようだな。あのキャスターもよくやるものだ」

ランサーに同調したのは、まさに今刃を交えている敵自身だ。
黄金の剣を扱う彼は、どこか皮肉気に笑みを浮かべながらグラウンドに立っている。

この戦場、とランサーは言った。
ああそうだ、と彼女は思う。

だだっ広いグラウンドも、あそこにそびえたつ校舎も、もうしばらくすれば人で溢れかえる門も――

――全部、戦場だ。

ミカサは胸に渦巻く苛立ちを押さえる。
そして冷静に辺りを眺めた。
今の自分は兵士だ。この場で余分なセンチメンタリズムは不要だ。
故に努めて静かに、鋭く状況を観察する。

辺りに感じられる気配は三つ。
二つはセイバーとランサー。彼らは夜の学園にて相対し、その剣と銃を交えている。
そしてもう一つは――

“どうも妙だな”

耳元で、ささやき声がした。
はっ、としてミカサは視線を向ける。しかしそこには何もいない。
何もない虚空の中、ブウン、という翅音がかすかに聞こえるのみ。

“お前のランサーの武器がうまく動作していない。
 これはおそらく裏にあのサーヴァントがいることが原因だろう。
 陣地作成により、特定の武器の動きが鈍るような空間を作り上げている、という訳か”

誰もいない筈の場所から分析するような声が響く。
ミカサは知っている。それは――蟲の声だということを。
そしてこの蟲は今は自分の味方だ。
こちらを援護し、補助してくれる存在。
しかしその事実自体が、ミカサにはまた苛立たしかった。


875 : 蒼銀のフラグメンツ ◆Ee.E0P6Y2U :2017/02/12(日) 20:57:36 hhzJhCRU0

不意にランサー、セルベリアがミカサへと声をかけてきた。
セイバーとの交戦しつつ、背中越しに彼女は語る。

「どうやらこの戦場において銃火器は動作不良を起こすようだ」
「なら――槍を抜いて」

躊躇わらずミカサはそう口にした。
目の前の敵はセイバー。そしてここは敵陣のど真ん中。
手加減していられる相手ではない。そしてこちらには――不愉快だが――あの蟲の援護もある。
その旨を伝えるとランサーは一言「了解した」と応えてくれた。

そして――彼女は蒼銀を身に纏った。
髪が、手が、胸が、胴が、足が、すべて銀に塗り固められる。
相反するようにその瞳は真っ赤に染まっていた。

――戦場の戦乙女/ディ・ワルキューレ・アインズ・シュラハトフェルト

ああ、その様のなんと美しいことか。
ミカサは純粋なる兵士の顕現に見惚れていた。
その瞬間だけは、あのささやきも聞こえてはこない。

「美しくも、醜い光だな。
 お前はきっとその光が嫌いでたまらないのだろう」

だが敵は、黄金の剣士はその光をそう評した。
彼にはきっと何かが見えているのだろう。ランサーの銀光に秘められた、別の何かを。

「――黙れ」
「そうだな、お前は兵士だ。
 その光に込められた想いが“愛憎”である限りは決して魔王には堕ちない」

そう語り、セイバーもまた剣を抜いた。

真夜中のグラウンド。誰もいない校舎。
馬鹿みたいに輝かく月の明かりの下、
黄金/きんのセイバーと蒼銀/ぎんのランサーは激突した――


876 : 蒼銀のフラグメンツ ◆Ee.E0P6Y2U :2017/02/12(日) 20:58:18 hhzJhCRU0


_act2




真祖に通じる名を持つ死徒。
凛然と佇む聖騎士。
蟲の魔術師。
精悍な顔つきをした戦士。
黒い兜纏う狂った剣士。

この聖杯戦争で出会い、あるいは耳にしたサーヴァントたち。
もしかすると何騎かは既に脱落しているのかもしれない。

――夜の学園はぞっとするほど静かだ。

月明かりを受け、リノリウムが鈍く光っている。
時節カーテンが風を受け揺れ動く。たったそれだけのはずなのに、不気味だ。
どうやら昼間に何か騒ぎがあったらしく、図書館は散らかっていた。
最低限の片づけはなされているが、割れた窓ガラスはそのままで、夜風が流れ込んでいた。

そんな場所で言峰綺礼は黙々と作業をしている。
ぼうっ、と浮かび上がる液晶画面に数々の情報が浮かんでは消えていく。

図書館内の検索施設とは、要するにパソコンだ。
彼は決してこうした機器に強いわけではないが、しかし彼の師とは違い、全く使えないという訳ではない。
触る縁がそう多くなかっただけで、別に忌避感はないのだ。
だから黙々と作業をする。手に入れた情報を精査しながら。

『セイバー、あのキャスターは?』
『いない。どうやら“仕込み”にいそしんでいるようだ』
『仕込み?』
『ああ、詳しくは分からないが、明日以降への布石だろう。
 黒く、濃く、蛇のように執念深い魔術の気配をそこかしこに感じる』

陣地作成、という訳か。
言峰は例のサーヴァントのことを思い出す。
その存在は未だ謎に包まれている。しかしあの英霊はどうやらこの学園に根を張り、勢力を伸ばそうとしている。

いわばこの学園自体を工房にしようとしている訳だ。
そして奴はそれを可能にする力量と――おそらくは社会的地位を確保している。

『あのマダンバシという生徒や例の男の情報も渡す算段がある、ということだが』

セイバーからの念話に言峰は押し黙る。
情報は多いほど良い。しかし――やはりあのキャスターは危険だ。
理性は言う。ありとあらゆる意味で、あれを隣に置くのは多大な危険を伴う、と。

『……情報が手に入れられる限りは、あのキャスターと通じよう。
 この聖杯戦争の全容を私たちはまだ把握していない』

しかし言峰はあくまで今の状況の維持、キャスター陣営との事実上の共同戦線を選んだ。

『…………』

セイバーはそれに対して何も言わない。
ただ視線を感じる。その視線に何が込められているのか、言峰は分かったうえで口にはしなかった。
会話を打ち切り、黙々と言峰は情報を集める。

今日手に入れたすべての情報の精査。
彼は冷静にことを進めていたが、彼の調査にはひとつ、欠けているものがあった。

蛇のごとく執念深き闇の魔術師。

最も警戒していたはずのそのサーヴァントの情報だけは、ふしぎと調べる気になれなかった。
そして彼はその事実を認識できていなかった。


877 : 蒼銀のフラグメンツ ◆Ee.E0P6Y2U :2017/02/12(日) 20:58:43 hhzJhCRU0







『賊が紛れ込んでいるな』

それからしばらくして――その声は響いた。
しかし言峰は振り返らない。振り返ったところで、恐らくそこには誰もいないからだ。

『綺礼よ、俺様の城に二匹ほど下賤な者が紛れ込んでいる。
 低劣な蟲と愚かなマグルの組み合わせだ』
「それを私に露払いしろ、と? お前の手足となって」

突き放すような物言いであったが、しかしキャスターは特に気を悪くした風もなく、むしろどこか愉しげに、

『そうは言わん。俺様も最大限協力してやろう』

――おそらく、結界か何かを“仕込んで”おいたのだろう。

少なくともこの学園で戦う限り、自分たちが有利に戦える、という訳だ。
これもまた奴が提示してきた餌だろう。
とはいえ条件としては悪くない。この場に来た以上、元よりリスクは承知だ。

「セイバー」

僅かな思考の末、言峰は己の英霊に語り掛ける。
それだけセイバーはこちらの意を察してくれたのか、静かにその気配が去っていった。

――キャスターがどこかで嗤った気がした。


878 : 蒼銀のフラグメンツ ◆Ee.E0P6Y2U :2017/02/12(日) 20:59:04 hhzJhCRU0



_act5






蒼銀の槍がセイバーへと迫りくる。
月光と同じ色をしたその閃光は、かすっただけでこの身を焼くだろう。

――その様はまるで死神か。

その青白い髪、紅い瞳を見て、オルステッドが想起したのはブリュンヒルデの名だった。
『ヴォルスンガ・サガ』などに登場する、悲恋に貫かれた戦乙女。
英霊の知識として与えられた物語の知識の欠片が彼の脳裏に過る。
その愛憎混じった様も併せて、この女兵士がブリュンヒルデであったもおかしくない。

――いや。

その閃光の槍を巧みに受け流しながら、セイバーは首を振る。
当初このランサーは特徴的な銃火器を使っていた。
その習熟度からして、生前から使い続けていた獲物だろう。

と、なればたとえあれがブリュンヒルデだったとしても『ヴォルスンガ・サガ』や『ニーベルンゲンの指輪』に登場するそれとは別者だろう。
どこか別の事象として存在する、似て非なる物語を出典とするに違いない。

――そして、あのキャスターの結界とはこういうことか。

同時にキャスター、この場へといざなった仮初の協力者の言葉を思い出す。
何か支援するような言葉だったが、それがあの銃火器の不調へとつながったのだ。
どういう理屈かは知らないが、あれは神秘の低い兵器を故障させるようだ。
近代の英霊にとってはやりづらい相手だろう。逆にセイバーのような英霊にとっては何の問題にもならない。
そして同時にこの支援が効いている、ということは、あのキャスターは低ランクの対魔力ならば容易に貫けるほどの魔術が使える、ということか。
返すも返すも敵にしたくはない。今は味方であるが、油断はできない。

「……っ」

不意に少女の――敵のマスターの声が漏れた。
冷静にランサーの姿を分析していたセイバーは、今度は敵のマスターへと目を向ける。
鋭い目をした少女。見覚えはないが、おそらくこの学園の生徒だろう。

あのマスターからは魔力の気配は感じられない。
しかし目の前のランサーの莫大な魔力を放っている。
そこに負荷は免れないだろう。しかし――こうして戦えている。

そのことから向こうにも誰かしら支援役がいるのだろうと推測する。
そして、恐らくはそれは――

“そのあたりにしておけ、ランサー”

――不意にグラウンドに声が響き渡った。

ぴたり、と敵のマスターの動きが止まる。
刃を交わしていた二騎に割って入るようにして、新たな一騎が姿を現していた。
その姿を見たセイバーは彼女に呼びかけるべく口を開いた。

「やはり、生きていたようだな」

そこにいたのは――蟲だった。
橙色のローブを身に纏ったうら若い女性が、闇の中より、ぬう、と浮かび上がっていた。
そこより発せられる濃密な“憎悪”を舌で転がすようにして、セイバーはその存在を感じ取っていた。


879 : 蒼銀のフラグメンツ ◆Ee.E0P6Y2U :2017/02/12(日) 20:59:33 hhzJhCRU0

「無論だ、黄金のセイバーよ。
 言っただろう? また来よう、と」

そう語る者こそ、昼間の学園において暗躍を見せていた蟲のキャスターだ。
あの戦闘において、最後にその身を爆散させていた彼女は、しかし当然のように夜の学園に現れている。
特徴的な能力を持つこのサーヴァントに関していえば、目や耳よりも、この色濃くも人間らしい“憎悪”の方がよほど信じられる。

「やはりランサーの裏にいたのは、お前か」
「そういうお前もどうやら背後に協力者を得たようだが」

言葉を交わしつつ、キャスターはランサーの前に立つ。
そしてその向こうにいる少女をちらりと振り向きながら、

「どいて、私は貴方の指図は受けない」
「そうだ。だがお前は今少し冷静さを欠いているようだ。
 せっかく渡した魔力を無駄遣いされても困るからな――協力者よ」

そううそぶくキャスターを少女はキッと睨み返すが、しかし冷静さを欠いている訳ではないようだ。
彼女はセイバーのことと、そして陣地が張られた学園を見て、しばし逡巡の様を見せた。
少なくとも彼女らがここで闘うことは下策だと判断できているようだ。

悪くない頭をしている。敵ながらセイバーは内心で少女を評価していた。
とはいえ同時に――無垢であり、無知であるとも、感じ取っていた。

「敵はこの学園に陣地を構え、そして手練れの門番まで用意した。
 中々に硬い構えだ。このような遭遇戦でどうにかできるほど、ヤワではあるまい」
「…………」
「ならば準備をするまでだ。敵がこの学園に城を築くというのならば、それを崩せるような毒を用意するまでのことだ」

キャスターがささやく中、ランサーは何も言わなかった。
われ関せず、という風で、その鋭くも冷たいまなざしをこちらに投げかけている。
彼女は口を出す気はないようだ。あくまで決定するのはマスター、という関係を敷いているらしい。
とはいえそこに弛緩の様子はない。セイバーがひとたび行動を起こせば、即座に反応し迎撃するだろう。

「――して」
「了解した」

そうしていると、彼女は最低限の会話ののち、撤退の構えを見せた。
ランサーが殿となり、少女が学園の外へと出ていく。
引き際、撤退のタイミングを見極めることの重要性を彼女は知っているようだ。

「行くがいい」
「追ってはこないのか?」
「私はあくまで学園の中にいる敵を排除しろ、という命を受けただけのことだ。
 それ以上のことは我がマスターは求めていない。そう判断している」

詭弁だ。そう思いつつもセイバーはランサーたちを追撃はしなかった。
恐らく学園の中を出ればあの結界の効果も消えるだろうし、何よりもう一騎のキャスターの意のままに動くことは御免だった。

綺礼もまた恐らくそのことを把握しているはずだ。
あのサーヴァントとは一時的に協力しているが、同時に誰よりも警戒しなくてはならない。

――キレイ、貴方はわかっているはずだ

あのサーヴァントの邪悪さと、それに己が惹かれ始めていることを。
そのうえで、セイバーは彼を試す。
言峰綺礼という人間の天秤が、果たしてどちらに傾くのかを。

――明日が、ひとつの転機か。学園にとっても、聖杯戦争にとっても……

セイバーはそうして闇夜に消える少女たちの背中を見送った。
だがこの学園に、この街に浮かび上がる“憎悪”の欠片が、次なる戦いの予感を与えていた。


880 : 蒼銀のフラグメンツ ◆Ee.E0P6Y2U :2017/02/12(日) 20:59:55 hhzJhCRU0

_act3




「……来たか」

夜、時計の針がちょうど12を指す頃に、キャスターは現れた。
昼間は人でごった返すその場所も、今ではひどく静かだ。
学園前の交差点の近くに、ぼう、と照明がついていた。
電柱の下だけを鈍く照らすその光は、深まった夜においてはひどく心細い明かりだ。

そんなか細い光の下に、立っていた蟲のキャスターはこちらの姿を見るなり顔を上げた。

「夜の12時……定刻通りだな」
「そうだな、我が協力者よ」

露悪的に笑うキャスターを、ミカサはひどくいらだたたしい面持ちで見上げた。
ぐっ、と懐に忍ばせたナイフを握りしめる。
ああ厭だ、目の前のコイツが、このささやき声が、何もかもが不快だ。

――…………

ランサーはそんな様子のミカサを見ても何も言わない。
ただ冷静に、こちらを眺めている。
彼女の静けさは救いだ。その見定めるような視線が、自分を落ち着けてくれる。

「――さて、まずは昼間の戦闘ごくろうだった。
 一陣営を撃破できたうえ、こちらも多くの情報が手に入った」
「……そう」

絞り出すようにミカサは声を出す。
自分が何に腹を立てているのか、分からないままにこの蟲と言葉を交わす。

「こちらは力を示した。情報通りに敵を襲い、間違いなく殺した」

黒いおさげの少女の顔が、脳裏に過った。

「だから今度はそちらの番。情報と、補給を。
 私が貴方に求めるのはそれだけ」
「ふふふ……そうだな」

そう告げると、キャスターは何かをこちらに放り投げてきた。
ぱし、とミカサは受け取る。水の入ったペットボトルであった。

「それはこちらで作成したアイテムだ。飲むことで魔力を補給できる」

ミカサはじっとそのボトルを見つめる。
今はマスターの魂喰いでギリギリ持っているが、自分たちにとって魔力は死活問題だ。
そういう意味でこのアイテムは非常に有用だ――苛立たしいことに。

「その形状ならば学園内で使用しても怪しまれないだろう」
「……私はもう学校には行かない」

今日の騒ぎを考えれば、登校したところで問い詰められるのは想像に難くない。
それに――どんな顔をして、あの場所に舞い戻れというのか。
そう思っての言葉だったが、キャスターはきっぱりと、

「いや明日も学園に行ってもらう。明日――我々は攻勢をかける」

そう言ってのけた。
そして静まりかえる夜の校舎を一瞥し、

「この学園には多くの闇がある。
 特にこの学園に陣地作成し、己の城と変えようとしているサーヴァントが確認された。
 放っておけば、この学園の生徒すべてが奴の走狗となりかねない」
「……すべてが」

一瞬、昼間決別したはずのクラスメイトたちの顔が、教室の風景が明滅した。

「ああ、どうやら奴にはそれだけの力がある――そして、その他の情報もお前に与えよう」

そうしてキャスターは語りだす。
この聖杯戦争でこれまでに遭遇したサーヴァントのことを、情報を。
今回も彼女が伝える情報はどれも有用であり、無視できないものであった。


881 : 蒼銀のフラグメンツ ◆Ee.E0P6Y2U :2017/02/12(日) 21:00:09 hhzJhCRU0

「その形状ならば学園内で使用しても怪しまれないだろう」
「……私はもう学校には行かない」

今日の騒ぎを考えれば、登校したところで問い詰められるのは想像に難くない。
それに――どんな顔をして、あの場所に舞い戻れというのか。
そう思っての言葉だったが、キャスターはきっぱりと、

「いや明日も学園に行ってもらう。明日――我々は攻勢をかける」

そう言ってのけた。
そして静まりかえる夜の校舎を一瞥し、

「この学園には多くの闇がある。
 特にこの学園に陣地作成し、己の城と変えようとしているサーヴァントが確認された。
 放っておけば、この学園の生徒すべてが奴の走狗となりかねない」
「……すべてが」

一瞬、昼間決別したはずのクラスメイトたちの顔が、教室の風景が明滅した。

「ああ、どうやら奴にはそれだけの力がある――そして、その他の情報もお前に与えよう」

そうしてキャスターは語りだす。
この聖杯戦争でこれまでに遭遇したサーヴァントのことを、情報を。
今回も彼女が伝える情報はどれも有用であり、無視できないものであった。

「シャア・アズナブルのサーヴァント同盟」
「そしてどうやら奴らも同盟を組んでいるようだ。
 この聖杯戦争においても、徐々に我々のような同盟勢力ができつつある」

想定できる話だった。
こうした戦いにおいて、チームを組むことの有用性は疑うべくもない。
そして――あの朝の海で出会った男もまた、誰かと手を組んだのだ。

「…………」

同時にミカサは思う。
忌々しいが――自分たちはこの同盟を破棄するわけにはいかない、と。
もうしばらくは、このキャスターが持ってくる魔力と情報を頼る必要がある。
そうでなければ、自分たちはこれから苛烈になってくる戦いを乗り越えられない。

「――さて」

そこまでいくとキャスターは、言葉を切った。

「明日の話だ。お前にはこの学園を襲ってもらう」

ミカサは何も言わなかった。

「算段はこれから話すが、奴が学園を手中に入れる前に、どうにかして牙城を崩す。
 そのためにも、この学園を強襲する。
 そして今夜はその前哨戦として、少し学園に侵入してもらう。
 何が仕込まれているのか、軽く調べるだけだ。本命は明日だ」

淡々と彼女は学園強襲の算段を告げていく。
ミカサはただ懐に忍ばせたナイフを汗ばむ掌で握りしめた。

「――なにか異論はあるか?」

一通り語った彼女は、ミカサにそう尋ねてきた。
ない、と彼女は首を振った。
そうだ。自分たちは勝つ。たとえ血を流そうとも、決してこの願いは揺るがない。

「そうか、同意を得られてよかった」

そうキャスターは漏らした。
あくまで自分たちは対等である、という風にだ。
そう――忌々しいが――このサーヴァントは決してこちらを軽んじてはこない。
寧ろミカサを高く買っている節さえこの蟲は見せているのだ。

「……しかし、今夜はどうした」

そこでふとキャスターが問いかけてきた。
いつも不敵な彼女にしては珍しく、どこか訝し気な口調だ。
その視線の先には――ミカサの荷物が詰め込まれたスポルディングバッグがあった。

「私はもう、あの家には戻らない」

最低限の着替え、食料、ナイフ、立体起動装置、スナップブレード、ガスボンベ……
そこにはミカサのすべてが詰まっていた。
生きるために必要なすべてのものがあそこにある。

それ以外のものは何も、ない。


882 : 蒼銀のフラグメンツ ◆Ee.E0P6Y2U :2017/02/12(日) 21:00:34 hhzJhCRU0


_act1




あの人の■■を見たのは、帰り道でのことだった。
もしかするとそれは偶然だったのかもしれない。

だってサーヴァントに魂喰いされたNPCの死体は残らないはずだ。
多少のタイムラグはあれど、放っておけば消える――そう思っていた。
しかし、あの人の■■は残っていた。

どうして残っていたのか。
それとも消える間際にたまたま自分が行き遭うことができたのか。

それとも何か別の理由が、NPCのシステムに何か秘密が隠されているのか。

本当はそれを確かめるべく、あの人の■■をじっと見ているべきだったのかもしれない。
ああ――本当に、それが正解だった。
これが聖杯戦争というもののはずだ。

あのクラスメイトも、あのおさげの少女も、蟲も、あの乙哉という生徒も、家で待っているはずだったあの人も――

――すべて喰らってでも私は生きなくてはならない。

あの海への憧憬を感じたときから、その覚悟は既に決めている。

その覚悟を思い出したとき、彼女のグロテスクで唯一無二の断章/フラグメンツは完成した。



【C-3 /月海原学園/二日目 未明】
※学園にはホグワーツと同じく“マグルの機械が故障する魔術”が仕込まれており、ヴォルデモートが自由に動作させることができます。
 これをレジストするには一定ランク以上の対魔力が必要になります

【ミカサ・アッカーマン@進撃の巨人】
[状態]:片腕に銃痕(応急処置済み)
[令呪]:残り三画
[装備]:魔法の聖水
[道具]:シャアのハンカチ 身体に仕込んだナイフ
    立体起動装置、スナップブレード、予備のガスボンベ(複数)
[所持金]:普通の学生程度
[思考・状況]
基本行動方針:いかなる方法を使っても願いを叶える。
1.日常は切り捨てた。
2.家に帰り装備を取り、新たな拠点を用意する。
3.額の広い教師(ケイネス)にも接触する。
4.シャアに対する動揺。調査をしたい。
5.蟲のキャスターと組みつつも警戒。
6.――――
[備考]
※シャア・アズナブルをマスターであると認識しました。
※中等部に在籍しています。
※校門の蟲の一方に気付きました。
※キャスター(シアン)のパラメーターを確認済み。
※蟲のキャスター(シアン)と同盟を結びました。今夜十二時に、学園の校舎裏に来るという情報を得ました。
※シオンの姿、およびジョセフの姿とパラメータを確認。
※杏子の姿とパラメータを確認。
※黒髪の若い教師(NPC、ヴォルデモートが洗脳済み)を確認。現時点ではマスターだと考えています。

【ランサー(セルベリア・ブレス)@戦場のヴァルキュリア】
[状態]:魔力充填(微消費)
[装備]:Ruhm
[道具]:ヴァルキュリアの盾、ヴァルキュリアの槍
[思考・状況]
基本行動方針:『物』としてマスターに扱われる。
1.ミカサ・アッカーマンの護衛。
[備考]
※暁美ほむらを魂喰いしました。短時間ならば問題なくヴァルキュリア人として覚醒できます。
※黒髪の若い教師(NPC、ヴォルデモートが洗脳済み)を確認。現時点ではマスターだと考えています。


883 : 蒼銀のフラグメンツ ◆Ee.E0P6Y2U :2017/02/12(日) 21:01:23 hhzJhCRU0

【キャスター(シアン・シンジョーネ)@パワプロクンポケット12】
[状態]:健康、残り総数:約261万匹(山小屋:251万匹、学園:10万匹)
[装備]:橙衣
[道具]:学生服
[思考・状況]
基本行動方針:マナラインの掌握及び宝具の完成。
0.十二時に間に合うよう、学園に向かう。
1. 学園を中心に暗躍する。
2. 桜に対して誠意ある行動を取り、優勝の妨げにならないよう信頼関係を築く。
3. 今夜十二時にもう一度学園の校舎裏に行く。
4. 黄金のセイバー(オルステッド)を警戒。
5. 発見した洞窟の状態次第では、浮遊城の作成は洞窟内部の霊脈で行う。
6.洞窟を使うのに必要であれば、白蓮と交渉する。
[備考]
※工房をC-1に作成しました。用途は魔力を集めるだけです。
※工房にある程度魔力が溜まったため、蟲の制御可能範囲が広がりました。
※『方舟』の『行き止まり』を確認しました。
※命蓮寺に偵察用の蟲を放ちました。現在は発見した洞窟を調査中です。
 →聖白蓮らが命蓮寺に帰ってきたため、調査を中止しています。不在の機会を伺うか、交渉も視野に入れています。
※命蓮寺周辺の山中に、地下へと通じる洞窟を発見しました。
※学園のマスターとして、ほむら、ミカサ、シオン、ケイネスの情報を得ました。
 また関係するサーヴァントとして、アーチャー?(悪魔ほむら)、ランサー(セルベリア)、シオンのサーヴァント(ジョセフ)、セイバー(オルステッド)、キャスター(ヴォルデモート)を確認しました。
※ミカサとランサー(セルベリア)と同盟を結びました。
※ランサー(セルべリア)の戦いを監視していました。
※アーチャー(雷)とリップヴァーンの戦闘を監視していました。
※間桐桜から、教会に訪れたマスター達の事を聞きました。
※小屋周辺の蟲の一匹に、シオンのエーテライトが刺さっています。その事にシアンは気付いていません。
※【D-5】教会に監視用の蟲が配置されました。
※学園に向かう十万の蟲に、現在は意識を置いています。
※C-3の学園に潜伏していた十万の蟲の内、九万匹は焼かれ、残りの一万匹は学園から一先ず撤退しています。
 →撤退した蟲はC-1の小屋で合流しました。

【言峰綺礼@Fate/zero】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]黒鍵
[道具]変幻自在手帳、携帯端末機
[所持金]質素
[思考・状況]
基本行動方針:優勝する。
0.???
1.キャスター(ヴォルデモート)を利用し、死徒アーカードに対処する。
2.黒衣の男とそのバーサーカーには近づかない。
3.検索施設を使って、サーヴァントの情報を得る。
4.トオサカトキオミと接触する手段を考える。
5.真玉橋やシオンの住所を突き止め、可能なら夜襲するが、無理はしない。
6.この聖杯戦争に自分が招かれた意味とは、何か―――?
7.憎悪の蟲に対しては慎重に対応。
[備考]
※設定された役割は『月海原学園内の購買部の店員』。
※バーサーカー(ガッツ)、セイバー(ロト)のパラメーターを確認済み。宝具『ドラゴンころし』『狂戦士の甲冑』を目視済み。
※『月を望む聖杯戦争』が『冬木の聖杯戦争』を何らかの参考にした可能性を考えています。
※聖陣営と同盟を結びました。内容は今の所、休戦協定と情報の共有のみです。
 聖側からは霊地や戦力の提供も提示されてるが突っぱねてます。
※学園の校門に設置された蟲がサーヴァントであるという推論を聞きました。
 彼自身は蟲を目視していません。
※トオサカトキオミが暗示を掛けた男達の携帯電話の番号を入手しています。
→彼らに中等部で爆発事故が起こったこと、中等部が休講になったこと、真玉橋という男子生徒が騒ぎの前後に見えなくなったことを伝えました。
※真玉橋がマスターだと認識しました。
※寺の地下に大空洞がある可能性とそこに蟲の主(シアン)がいる可能性を考えています。
※キャスター(ヴォルデモート)陣営と同盟を結びました。
 アーカードへの対処を優先事項とし、マスターやサーヴァントについての情報を共有しています。


884 : 蒼銀のフラグメンツ ◆Ee.E0P6Y2U :2017/02/12(日) 21:02:05 hhzJhCRU0


【セイバー(オルステッド)@LIVE A LIVE】
[状態]通常戦闘に支障なし
[装備]『魔王、山を往く(ブライオン)』
[道具]特になし。
[所持金]無し。
[思考・状況]
基本行動方針:綺礼の指示に従い、綺礼が己の中の魔王に打ち勝てるか見届ける。
1.綺礼の指示に従う。
2.「勇者の典型であり極地の者」のセイバー(ロト)に強い興味。
3.憎悪を抱く蟲(シアン)に強い興味。
[備考]
※半径300m以内に存在する『憎悪』を宝具『憎悪の名を持つ魔王(オディオ)』にて感知している。
※アキト、シアンの『憎悪』を特定済み。
※勇者にして魔王という出自から、ロトの正体をほぼ把握しています。
※生前に起きた出来事、自身が行った行為は、自身の中で全て決着を付けています。その為、『過去を改修する』『アリシア姫の汚名を雪ぐ』『真実を探求する』『ルクレチアの民を蘇らせる』などの願いを聖杯に望む気はありません。
※B-4におけるルール違反の犯人はキャスターかアサシンだと予想しています。が、単なる予想なので他のクラスの可能性も十分に考えています。
※真玉橋の救われぬ乳への『悲しみ』を感知しました。
※ヴォルデモートの悪意を認識しました。ただし気配遮断している場合捉えるのは難しいです。


【ケイネス・エルメロイ・アーチボルト@Fate/Zero】
[状態]睡眠、健康、ただし〈服従の呪文〉にかかっている
[令呪]残り3画
[装備] 月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)、盾の指輪
[道具]地図 、自動筆記四色ボールペン
[所持金]教師としての収入、クラス担任のため他の教師よりは気持ち多め?
[思考・状況]
基本行動方針:我が君の御心のままに
0.仮眠中。零時には目覚めるよう自己暗示済み。
1.起きたらキャスターの指示に従い、合流する。
2.他のマスターに疑われるのを防ぐため、引き続き教師として振る舞う
3.教師としての立場を利用し、多くの生徒や教師と接触、情報収集や〈服従の呪文〉による支配を行う
[備考]
※〈服従の呪文〉による洗脳が解ける様子はまだありません。
※C-3、月海原学園歩いて5分ほどの一軒家に住んでいることになっていますが、拠点はD-3の館にするつもりです。変化がないように見せるため登下校先はこの家にするつもりです。
※シオンのクラスを担当しています。
※ジナコ(カッツェ)が起こした暴行事件を把握しました。
※B-4近辺の中華料理店に麻婆豆腐を注文しました。
→配達してきた店員の記憶を覗き、ルーラーがB-4で調査をしていたのを確認。改めて〈服従の呪文〉をかけ、B-4に戻しています。
※マスター候補の個人情報をいくつかメモしました。少なくともジナコ、シオン、美遊のものは写してあります。


【キャスター(ヴォルデモート)@ハリーポッターシリーズ】
[状態]健康、魔力消費(中)
[装備] イチイの木に不死鳥の尾羽の芯の杖
[道具]盾の指輪(破損)、箒、変幻自在手帳
[所持金]ケイネスの所持金に準拠
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯をとる
1.綺礼と協力し、アーカードに対処する。
2.綺礼を通じてカレンを利用できないか考える。
3.シオンからの連絡に期待はするが、アーチャーには警戒。
4.ケイネスが起きたら一応合流して面通しくらいはする。
5.〈服従の呪文〉により手駒を増やし勝利を狙う。
6.ケイネスの近くにつき、状況に応じて様々な術を行使する。
7.ただし積極的な戦闘をするつもりはなくいざとなったら〈姿くらまし〉で主従共々館に逃げ込む
8.戦況が進んできたら工房に手を加え、もっと排他的なものにしたい


885 : 蒼銀のフラグメンツ ◆Ee.E0P6Y2U :2017/02/12(日) 21:02:18 hhzJhCRU0

[備考]
※D-3にリドルの館@ハリーポッターシリーズがあり、そこを工房(未完成)にしました。一晩かけて捜査した結果魔術的なアイテムは一切ないことが分かっています。
 また防衛呪文の効果により夕方の時点で何者か(早苗およびアシタカ)が接近したことを把握、警戒しています。
※教会、錯刃大学、病院、図書館、学園内に使い魔の蛇を向かわせました。検索施設は重点的に見張っています。
 この使い魔を通じて錯刃大学での鏡子の行為を視認しました。
 また教会を早苗が訪れたこと、彼女が厭戦的であることを把握しました。
 病院、大学、学園図書室の使い魔は殺されました。そのことを把握しています。
 使い魔との感覚共有可能な距離は月海原学園から大学のあたりまでです。
→現在学園と教会とルーラーの近くに監視を残し、他は図書館と暴動の起きているところを探らせ、アーカードとついでに搬入業者を探しています。
※ジナコ(カッツェ)が起こした暴行事件を把握しました。
※洗脳した教師にここ数日欠席した生徒や職員の情報提供をさせています。
→小当部の出欠状況を把握(美遊、凛含む)、加えてジナコ、白野、狭間の欠席を確認。学園は忙しく、これ以上の情報提供は別の手段を講じる必要があるでしょう。
→新たに真玉橋、間桐桜について調べさせています。上記の欠席者の個人情報も入ってくるでしょう。
※資料室にある生徒名簿を確認、何者かがシオンなどの情報を調べたと推察しています。
※生徒名簿のシオン、および適当に他の数名の個人情報を焼印で焦がし解読不能にしました。
※NPCの教師に〈服従の呪文〉をかけ、さらにスキル:変化により憑りつくことでマスターに見せかけていました。
 この教師がシオンから連絡を受けた場合、他の洗脳しているNPC数人にも連絡がいきヴォルデモートに伝わるようにしています。
※シオンの姿、ジョセフの姿を確認。〈開心術〉により願いとクラスも確認。
※ミカサの姿、セルベリアの姿を確認。〈開心術〉によりクラスとミカサが非魔法族であることも確認。
 ケイネスの名を知っていたこと、暁美ほむらの名に反応を見せたことから蟲(シアン)の協力者と判断。
※言峰の姿、オルステッドの姿を確認。〈開心術〉によりクラスと言峰の本性も確認。
※魔王、山を往く(ブライオン)の外観と効果の一部を確認。スキル:芸術審美により真名看破には至らないが、オルステッドが勇者であると確信。
※ケイネスに真名を教えていません。
※カレンはヴォルデモートの真名を知らないと推察しています。
※図書館に放った蛇を通じてロトとアーカードの戦闘を目撃しました。
 それとジナコの暴行事件から得た情報によりほぼ真名を確信しています。
※言峰陣営と同盟を結びました。
 アーカードへの対処を優先事項とし、マスターやサーヴァントについての情報を共有しています。
 それによりいったん勇者ロトへの対処は後回しにするつもりです。


886 : ◆Ee.E0P6Y2U :2017/02/12(日) 21:02:29 hhzJhCRU0
投下終了です


887 : 名無しさん :2017/02/19(日) 22:19:52 8HcipdSk0
二作品投下乙です!

>みつげ ヴァーチャルロワ
メガテンTALKらしいやりとりからの食い逃げでタイトルに納得w
貢がせるだけ貢がせておいて逃げやがるのメガテンあるある
打って変わって後半はペルソナ4
実際真夜中テレビは何のためにあるのか不明だよな……
流石に電脳空間でのHALは強かった。アキトとの接触もルリ関係もあって期待
狭間はよりによってそのセリフをシャドウに言ってしまうとはどうなるやら

>蒼銀
前の話しと合わせても着々と進みつつある学校決戦
状態表の情報量一つ見ても、実際名前を言ってはいけないあの人はかなり厄介だよな……
気を許し合ってないそれぞれの同盟もどうなるか
言峰の行末も込で楽しみです


888 : ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 00:40:25 ZcbxchO20
投下します。


889 : ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 00:41:01 ZcbxchO20


 吸血鬼は思い出していた。自分がかつて見た夢を。

 自分が敗北する夢だった。それは過去の焼き直しであった。
 ヘルシング教授とその仲間達に、己が心臓を杭で穿たれる夢。
 人間によって化物が打倒された、遥か遠きあの日の記憶。

 彼等はただの人間にも関わらず、死の河を乗り越えてみせた。
 彼等は肉体を変化させず、力持ちという訳でも無ければ、魔法使いでもない。
 だが、それでも彼等は、アーカードという怪物を打ち倒したのだ。

 アーカードは思う。人間とはなんと強い生命なのだ、と。
 強くないのであれば、自分の様な怪物を滅ぼせる訳が無い。
 まさしく彼等こそ、化物を打倒するに相応しい存在なのだろう。
 人間である事に耐えられなかった、弱い化物を滅ぼす者達なのだろう。

 これからアーカードが出会うのも、ただの人間だった。
 人間である事に耐え続けたまま死んだ、もう一人の自分自身。
 そんな男が、自分の目の前に立ちはだかってくれるのだ。
 果たして、これ以上の幸福が何処にあるのか?

 あの廃教会が、自分の夢の終わりになるのかもしれない。
 人王に心臓を穿たれ、今度こそ消えて無くなってしまうのか。
 それもそれでいいのかもしれないと、少し思ってしまった。


 ◇◇◇


 八極拳士は考えていた。自分の相棒の心情を。

 何故だか知らないが、彼はヴラド三世との決闘を待ち望んでいた。
 それはきっと、単純に強者だからという理由ではないのだろう。
 二人の間には、何者でも引き裂けない因縁があるに違いない。

 ふと、少し前に正純が話していた事を思い出してみる。
 たしかあの少女は、聖杯と戦争するなどと話していたか。
 闘争そのものを求めるジョンスとしては、彼女に従っても構わなかった。
 むしろ、胡散臭い聖杯に頼るより、利口な判断なのかもしれない。

 だが神父は、アーカードは、その提案を突っぱねた。
 彼女の勧誘を振り払い、目の前の闘争に突っ込んでいったのだ。
 はっきり言って、愚策と蔑まれかねない選択である。
 刹那主義を愚かと言わずして、果たして何と呼ぶのか。

 だが自分としては、それでも結構だと考えていた。
 元より闘争ばかりを求める、当てもなく彷徨っていた身だ。
 その方針を続けようが、別に問題がある訳でもない。

 アーカードは馬鹿な事をしている、という自覚ならある。
 ただ、そんな彼の行動を咎める気など、微塵も起きなかった。
 そんな奴を召喚した自分もまた、立派な馬鹿の一人だからなのだから。


890 : ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 00:41:28 ZcbxchO20
 ◇◇◇


 神父は信じていた。不死の王と戦う、人間の王の勝利を。

 自分が召喚したのは、奇しくもヴラド三世であった。
 吸血鬼ではなく人間として座に至った、人間達にとっての英雄。
 そして彼もまた、吸血鬼を――同じ名を持つ怪物を、憎みに憎んでいた。

 運命。それを感じずにはいられなかった。
 こうして自分と彼が出会ったのは、とてもじゃないが偶然とは考え難い。
 神の教えに背いた男が言うのも難だが、それこそ天の導きと思えてならなかった。

 そして、やはりと言うべきか、あの怪物も聖杯戦争に招かれていた。
 吸血鬼(ヴァンパイア)、不死の王(ノーライフキング)、死なずの君(ノスフェラトゥ)。
 かつてドラキュラと呼ばれ、今もなお恐れられる真祖――その名は、アーカード。

 あの吸血鬼の強大さは、かつて戦った自分自身が熟知している。
 あれは万人が恐るるであろう魔人だ。並みの実力では到底敵うものか。
 人の身一つで彼に挑むなど、狐が大熊に挑みかかる様なものだ。

 地獄行きの神父は、それでも信じていた。
 主があの男に慈悲を齎してくれるのならば。
 どうか、彼に勝利と言う名の祝福があらん事を――。



 ◇◇◇


 王は猛っていた。これから訪れる、不死の王との闘争に。

 自分を吸血鬼に変えた歴史を、決して赦す事は出来ない。
 あまりにも忌まわしい、血に濡れた吸血鬼(ドラキュラ)の伝承。
 それが形を成して、自分を殺さんと迫ってきている。

 伝承だけでも憎たらしいのに、それが息をして歩くなど。
 これ以上に許し難い事実は、きっとこの世の何処を探しても見つからないだろう。
 だからこそ、あの化物だけは何としてでも滅ぼさなければならないのだ。

 アーカードの情報に関しては、アンデルセンから聞いている。
 真祖の吸血鬼にして、数百万の命を抱える不死の王。
 携えるは二丁拳銃「ジャッカル」。そして切り札の「死の河」。

 一方、こちらはただの人間。スキルも「護国の鬼将」一つのみ。
 たった独りで吸血鬼に挑むには、あまりにも心もとない。
 最悪、瞬く間に粉微塵にされる事さえありえるだろう。

 だがそれでも、諦めを踏破する意思があるのなら。
 不可能を可能とする、人間の可能性さえあるのであれば。
 掴み取れるのは、栄光で輝く勝利に他ならない。


891 : ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 00:41:51 ZcbxchO20
 ◇◇◇




 誰も彼も嬉々として、地獄に向かって突撃していく。


 一体誰があの中で、皆殺しの野で、あの中で生き残るというのだ。


 きっと、誰も彼も嬉々として死んでしまうに違いない。


 ――――誰彼(たそがれ)の中で。




.


892 : 003a 狂い咲く人間の証明(前編) ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 00:42:17 ZcbxchO20
 ◇◇◇














 第二次二次キャラ聖杯戦争 第161話「狂い咲く人間の証明」















 ◇◇◇


893 : 狂い咲く人間の証明(前編) ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 00:43:28 ZcbxchO20

 随分と長い時間、タクシーに揺られ続けたものである。
 大学周辺から廃教会までの距離はそれなりにあるが、それにしたって相当な時間がかかったものだ。
 走り去っていくタクシーの背中を見つめながら、ジョンスは小さく溜息をついた。

 大学で起きた暴動が災いし、冬木新都は珍しく渋滞の憂い目に遭った。
 無理もない。あれだけの騒動が何の前兆もなく発生したのである。
 交通に混乱が起こらない方がおかしい、そう考えるべきだろう。

「時間かけすぎちまったな」
『何しろあれから随分経った。"私"も立腹しているだろうな』

 その立腹を楽しみにしているのは、間違いなくアーカードだ。
 彼の声色を聞けば、ジョンスにだってそれが理解できた。
 怒り狂ったヴラド三世の相手をするのが、そこまで愉しみなのだろうか。
 ひょっとしてコイツはマゾなのではないかと、疑わずにはいられない。

 タクシーを降りた場所は、廃教会へと続く道の入り口であった。
 最早誰も使うまいと見なされたのか、その場所は碌に補修もされていない。
 優雅とかけ離れたこの道の先に、アーカードの宿敵が待ち受けているのだ。

 そして、ジョンス自身もあの神父に戦いを挑むつもりであった。
 そうなると、戦場に放り込むには不相応な少女が、目下の悩みとなる。

「れんげ、お前ここで待ってろ」

 ジョンス・リーがそう言った途端、れんげの顔に愕然が表れる。
 またしても彼に置いてけぼりにされてしまうのだから、そうなるのも無理はない。
 そして子供であるれんげが、それに反発しない訳もなく、

「なんでなん?うちも神父と話したいのん」
「こっから先は俺達の事情なんだよ、お前がいたら危なっかしい」

 それに、あの神父が再びれんげと対話するとは考え難かった。
 大学周辺にて、彼女を拒絶した奴の瞳は、敵を見据える時のそれだった。
 大嫌いな吸血鬼とお友達もまた、憎むべき対象と見なしているのだ。
 所謂、"坊主憎けりゃ袈裟まで憎い"というやつなのだろう。

「なんで危ないのん?やっぱりあっちゃん神父と喧嘩するん?」

 そういう訳じゃないと言おうとするものの、言葉に詰まってしまう。
 れんげのみならず、子供というのは変な所で勘のいいきらいがある。
 このまま否定をし続けると、廃教会で何をするかバレてしまうのではなかろうか。

 さてどうしたものかとジョンスが面倒そうに考えている、その時だった。
 突如アーカードが実体化し、れんげと同じ目線になるまで屈むと、

「れんげ、私達はこれから神父達と大人の会話をする」
「お、大人……」

 大人にしか出来ない会話(ケンカ)である事に違いはない。
 子供があの場に居合わせるのは、どう考えても教育に悪いだろう。
 何より、流れ弾を受けて怪我でもされたら、この上なく目覚めが悪い。

「……でもうち、あっちゃん達と一緒にいたいん。
 あっちゃんも八極拳も、うち置いてっちゃうかもしれんし……」

 こういう時、子供というのは酷く聞き分けが悪いものだ。
 もしジョンスが家庭を持っていれば、簡単に説き伏せれただろう。
 だが生憎、彼は独り身であるが故に、知恵を使って策を練らねばならなかった。


894 : 狂い咲く人間の証明(前編) ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 00:44:10 ZcbxchO20

「……お前、なんか食いたいものあるか」

 ジョンスは方舟に招かれるまで、子供の世話なんてした事がない。
 それ故に、ごねる子供のあやし方なんて、ごく単純なものしか思いつかなかった。
 好きな物を食わせてやると約束するなんて、それこそ子供騙しな方法である。

「ここで待ってたら、終わった後にそれ奢ってやる」
「ほんとですか!」

 なんで急に敬語になるんだ、とは言わないでおく。
 急に眼を輝かせたれんげは、それからちょっとばかり悩んで、

「じゃあうち、カレー食べたいん!」
「なんだそりゃ。そんなんでいいのか」
「うん!八極拳とあっちゃんと一緒に食べるん!」

 どうも、れんげは自分の好物を皆と一緒に食べる魂胆らしい。
 それはそれで悪くないだろうと、ジョンスは彼女の提案を容認する。
 本当はもう少し高価な注文をされるかと慄いていたが、カレーなら安価で済む。

「カレー食いたいならそこで良い子にしてろ、いいな?」
「分かったのん。うち、良い子にしてるん」

 これまでの不満がどこ吹く風か、れんげはぶんぶんと首を縦に振ってみせた。
 差し出した条件一つでここまで態度が変わるとは、流石は子供と言うべきか。 

 何にせよ、これでれんげを戦場に連れ込む事態は防げた。
 これで心置きなく、お互いの闘争に集中できるというものだ。

『しかし餌付けとはな。まるで犬の躾けだな』
『仕方ねえだろ、これ位しか思いつかねえんだ』

 いつの間にか霊体化していたアーカードが、茶々を入れてきた。

『それより分かってるだろうなお前。お前が死んだられんげも死ぬんだぞ』
『案ずるな。れんげは死なんさ』

 相変わらず謎の自信に満ち溢れてやがる、とジョンスは内心でごちる。
 どんな根拠があってそんな事を言えるのか知らないが、聞いても多分答えないだろう。
 いや、答えはするのだろうが、抽象的なポエムになっているせいで理解不能なのがオチだ。


895 : 狂い咲く人間の証明(前編) ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 00:44:46 ZcbxchO20
 ◇◇◇


 ジョンス達が廃教会に到着した頃でも、空の黒は未だ色濃くあった。
 されど、もうしばらくすれば、太陽が昇り朝がやって来るだろう。
 だがその時までは、吸血鬼が暴れ回る時間である。
 それは即ち夜。魑魅魍魎が跋扈する昏き世界だ。

「遅い。遅すぎる」

 廃教会へ続く道に、アンデルセン神父は独り立っていた。
 彼の周囲からは、サーヴァントの気配が感じられない。
 きっと"あの男"は、路の先にある廃墟で待ち構えているのだろう。
 アーカードが待ち望むあの宿敵が、今か今かと待っているのだ。

「何をしていた」
「道が混んでたんだよ、俺達のせいじゃない」

 事実をありのままに述べているが、神父の機嫌はこの上なく悪くなっている。
 これだけ遅れて来たのだから、仕方ないと言えばそうなのだが。

「あの子供はどうした」
「置いてきた」

 ジョンスの言う通り、れんげはこの場にいない。
 せっかく拾っていったというのに、雑な扱いではあると思う。
 しかし当のジョンス達は、彼女をそれほど待たせる気など無かった。
 この戦いの決着に、きっと時間はかからない――そう確信していたからだ。

「……王から伝言だ。アーカード、お前一人で来い」

 殺意たっぷりに吸血鬼を睨みながら、神父はそう言った。
 ヴラド三世は、アーカードとの二人きりの闘争を望んでいる。
 誰にも邪魔をされない、誰にも干渉されない戦いを求めたのだ。

 アーカードが実体化し、ジョンスの横に並び立つ。
 その顔に刻まれていたのは、これから始まる戦いへの期待。
 彼は悠然とした歩みでジョンスの前に出ると、

「命令しろ、マスター。"行って、勝て"と」

 その一言で、ジョンスはアーカードの意図を察した。
 要するにこの男は、自分に令呪を使わせたいのである。
 万全以上の状態で宿敵と戦う、ただそれだけの為に。

「……あのな、もう少し分かりやすく言えよ、そういうのは」

 ジョンスは未だに、吸血鬼の芝居がかった言い回しに慣れてない。
 そして多分、これからも慣れる事はないのだろう。
 だが、慣れないというのは、分からないと同意義ではない。
 ジョンスはアーカードの言葉を理解していたし、その意を汲むつもりであった。


896 : 狂い咲く人間の証明(前編) ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 00:45:11 ZcbxchO20

「"本気で行け、アーチャー"」

 ジョンスは躊躇う素振りすら見せずに、令呪を使用した。
 三画存在していた内の最後の一画、それが遂に消失する。
 消えた令呪の魔力は、残らずアーカードに充填された。

「感謝するぞ、マスター」

 サーヴァントからのその言葉に、ジョンスはむず痒さを覚えた。
 思えば、こうして感謝を伝えられるのは初めてであった。
 よもやこの男に、素直に感謝の意を伝えられる事があろうとは。

「用事は済んだか、アーカード」
「ああ、お陰で本気で戦えそうだ」
「ならば早く行け。俺がお前への殺意を抑えている内にな」

 ジョンスはまだ、アーカードとアンデルセンの関係を知らない。
 一切分からなくとも、二人が恐ろしく険悪な間柄である事は推し量れた。
 きっと元の世界では、彼等は殺し殺されていたのだろう。
 顔を合わせ次第刃を交える、そんな日々を繰り返していた筈だ。

 そんな二人が矛を収め、殺し合わないという事実。
 殺し合いを打ちとめ、一つの目的に向かって邁進しているという現状。
 これから起こる戦いは、それほどまでに重大なものなのだろう。
 憎しみを堪え、最優先事項を入れ替える程に、価値のある闘争に違いない。

 アーカードは振り返る事もなく、前へと歩み始めた。
 もしかしたら、これが後生の別れになるかもしれない。
 それなのに、彼はジョンスに言葉の一つもかけずに去って行く。

 ジョンスは別段、それに対し文句を言うつもりもなかった。
 ここで声をかけるという事は、負ける可能性を万一にでも考えているという事だ。
 これから全力で戦おうとしている男に、その仕打ちはあまりに酷だろう。

 そして何より、今のジョンスには優先すべき事柄がある。
 アーカードが戦うのであれば、此処でやる事はこれ以外にあり得ない。

「それじゃ、俺達は俺達でやるとするか」

 ごく自然に、さもそれが当然であるかの様に、ジョンスは構えをとる。
 腰を低く落とし、右手は軽く前に出して、左手は引いておく。
 それは、彼が唯一使える拳法にして最強の武器。即ち八極拳である。

「ならん。ここで俺達が傷を負えば、王の戦いに傷がつく」

 構えなど取る素振りも見せずに、アンデルセンはジョンスにそう告げた。
 一瞬「は?」と言いたげな顔を見せるジョンスだったが、そこで少し考える。
 確かに、万が一ここで自分が神父を殴り飛ばせば、ヴラド三世のコンディションに影響が出るかもしれない。
 よしんばそうなれば、アーカードはきっと凄まじい剣幕で自分に食ってかかるだろう。

「後にしろ眷属。此処は王の戦場だ、俺達の出る幕はない」
「……仕方ねえな」

 構えを解き、両手をポケットに突っ込むと、ジョンスは小さく欠伸をした。
 アーカードのお楽しみが終わるまで、ひとまず此処で待機せざるを得ない、という訳だ。
 何故か眷属扱いされてるのは癪だが、今は神父の言葉を呑むとしよう。


897 : 狂い咲く人間の証明(前編) ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 00:45:44 ZcbxchO20
 ◇◇◇


 うち棄てられた祈りの場。滅び去りし神の御堂。
 廃教会の奥、老朽化した十字架の前にて、その男は待っていた。

「――――来たか、"余"よ」

 黒い貴族服を身に纏い、絹の様な白髭を蓄えた白髪の紳士。
 彼の名もまたヴラド三世。イングランドを護りし救国の英雄。
 そして同時に、不死の王たる吸血鬼の原型(オリジン)。

「こうして顔を会わせるのは初めてだな、"私"よ」
「そうだな、"余"よ。呪われし吸血鬼の歴史よ」

 吸血鬼(ヴラド)と人間(ヴラド)が、ここに対峙する。
 片や歓喜、片や憤怒を滲ませながら、視線を交差させる。

「この時、この瞬間をずっと待ち侘びてきた。我が呪われし宿命に決着をつける、この瞬間を」

 著しい怒気を孕ませた声で、ヴラドは嘯いた。
 一方のアーカードは、悠然とした表情を保ったままだ。

「私がそうまで憎いか」
「ああ憎いとも。余の半生を汚す貴様が、憎くない筈が無い」

 吸血鬼を忌み嫌うヴラドは、アーカードを決して認めない。
 アーカードとは即ち、吸血鬼であるヴラドそのものなのだから。
 ヴラドがヴラドである限り、彼とは永遠に平行線だ。

「座に名を刻んだその瞬間から、ずっと待ち望み続けていた。
 血で穢れきった吸血鬼伝説、それを欠片も残さず消し去るのをな」

 ヴラドが聖杯にかけた望みは、吸血鬼という汚名の抹消。
 その願いは、如何なる状況に陥ろうが僅かでも揺るぎはしない。
 「鮮血の伝承(レジェンド・オブ・ドラキュリア)」を喪い、ただの人間になった今なら、猶更だ。

「憤怒を以て私を滅ぼすか。つくづくあの神父と似たものだ」
「そうかもしれんな。あの男の業火が、余を呼び寄せたのかもしれん」

 誰よりも化物を憎んだ男――アレクサンド・アンデルセン。
 今のヴラドは、彼が抱いた感情すらもその背中に乗せている。
 アーカードという化物への憎悪と、そんな化物を終ぞ殺せなかった無念。
 二つの炎が、ヴラドの闘志を更に奮い立たせるのである。

「神父が終ぞ果たせなかった悲願、それをも余が完遂する。それが王たる者の務めだ」

 そう、ヴラド三世はルーマニアを統べる王であった。
 その高貴さと誇りは、サーヴァントとなった今でも忘れてはいない。
 アーカードが吸血鬼の王であれば、ヴラドは人間の王なのである。

「今こそ滅び去る時だ、吸血鬼(アーカード)」
「よかろう。どうやらすぐにでも始めれそうだな」

 そう言って、アーカードは二丁拳銃――ジャッカルを構える。
 ブラドもまた、己が得物である槍を、強く握りしめた。
 決戦の幕は、今まさに切って落とされようとしている。


898 : 狂い咲く人間の証明(前編) ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 00:46:27 ZcbxchO20

「さあ来るがいい吸血鬼。貴様を消し去る準備は出来ているぞ!」
「そうか、ならばいくぞ――私を存分に昂ぶらせろ、私(ヒューマン)ッ!」

 その言葉と同時に、アーカードはジャッカルの引き金を引いた。
 幾度も化物を撃ち殺した弾丸、その数発がヴラドを襲撃する。
 が、それらは皆、彼の周囲の地面から生え出た杭に阻まれた。
 ヴラドを護るかの如く、無数の杭が彼を取り囲んだのである。

「我が誇りを踏み荒す悪鬼よ!懲罰の時だ!
 慈悲と憤怒は灼熱の杭となって、貴様を刺し貫く!」

 始まって早々に、奴は宝具を解放しようとしている。
 そう判断したアーカードの肉体から、一匹の獣が出現する。
 黒犬獣(ブラックドッグ)パスカヴィル――総身に無数の眼を携えたそれは、まさしく死の獣であった。

「杭の群れに限度は無く、真実無限であると絶望しッ!」

 魔獣が牙をぎらつかせ、一直線にヴラドへ襲い掛かる。
 その突進の勢いならば、きっと杭を砕き破ってしまうだろう。
 その顎で噛まれれば、きっと瞬く間に肉を食い千切られるだろう。
 だが、それを理解してもなお、ヴラドは一歩も動こうとしない。
 何もおかしな事ではない。指一つ動かす必要さえ、元より無いのだから。

「己の血で喉を潤すが良い――『極刑王(カズィクル・ベイ)』ッ!」

 瞬間、アーカードの足元から無数の杭が生え出てきた。
 豪速で襲い掛かるそれが、彼の腕を、脚を、腹を突き破る。
 それだけではない。ヴラドを喰らわんとした獣にも、大量の杭が突き刺さった。
 総身を杭で穿たれた獣とアーカードは、さながらモズの早贄である。

 これこそが、ヴラド三世の宝具――「極刑王(カズィクル・ベイ)」である。
 解放と同時に、己が領土に大量の杭を出現させる対軍宝具。
 二万ものオスマントルコ兵を串刺しにした伝承、その再現。
 そして同時に、ヴラド三世の吸血鬼伝説の元凶となった逸話であった。

 領土いっぱいに展開される無数の杭、それを回避するのは至難の技である。
 相手が真っ当な吸血鬼であれば、今の一撃で勝敗は決しただろう。
 だが生憎、ヴラドが相手をしているのは、"真っ当な吸血鬼"などではない。


899 : 狂い咲く人間の証明(前編) ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 00:46:55 ZcbxchO20

「――流石だ、流石は私(ヴラド・ツェペシュ)だ」

 串刺しになった筈の身体から、歓喜に満ちた声がした。
 そしてその刹那、アーカードの肉体が崩れ落ちたではないか。
 彼を構成する全てが黒い液体となり、どろりと地に落ちる。
 床に垂れたそれは、意思を持つかの如くうねっていた。

「無限にそそり立つ杭、それがお前の切り札か。なるほど、どこまでも私じゃないか」

 黒いヘドロが杭と杭の間に集まり、それが人の形を成していく。
 それは言うまでもなく、アーカードの姿であった。
 不死の王は何度でも蘇る。杭で貫かれた程度では滅びない。

「素晴らしい。挨拶代わりには上々だ。
 ならば私もまた、切り札を披露するのが礼儀というものだ」

 ヴラドとて、この事態は予測の範疇である。
 既にアンデルセンから、アーカードの不死性は聞き及んでいる。
 彼の不死のからくり――その身に有した、数百万もの魂の存在を。

「拘束制御術式(クロムウェル)、第零号――――開放」

 その刹那、ヴラドの瞳が見開かれた。
 まだ開幕から数分と経たぬ段階、よもや早速"あれ"を出してくるとは。

 アーカードが持つ宝具もまた、ヴラドは把握済みである。
 それがどれだけ壮絶かつ悍ましき業なのかも、もう分かり切っていた。
 そしてこれより、その切り札――死をの呑み込む津波が、襲いかかろうとしている!

「私は、ヘルメスの鳥」

 瞬間、無数の杭がアーカードを襲う。
 彼は防御する事なく、それら一切を受け入れた。
 今一度、無抵抗の彼の全身に杭が打ちこまれる。
 吸血鬼殺しの武器が、足先から頭部にまで叩き込まれた。

「私は、自らの羽を喰らい――――」

 しかし、それでも、アーカードは滅びない。
 数十万の命を持つこの怪物は、この程度では斃せない。
 だがそれは、ヴラドが攻撃の手を休める理由にはなり得ない。
 ほんの僅かであろうが、奴の中に渦巻く命を削り取る。
 彼はその意思の元、更に数十本の杭を彼に打ち込まんとし――――。

「――――飼い、慣らされる」

 刹那、"死"が顕在した。


900 : 狂い咲く人間の証明(中編) ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 00:47:38 ZcbxchO20

 ◇◇◇


 瞬く間に、廃教会の床が黒色に染まっていった。
 アーカードを中心に、真っ黒な液体が流れ出たのだ。
 夥しい勢いで、液体は周囲の地面を黒に染め上げていく。
 それはまるで、決壊したダムの流れの様であった。

 液体の中から出でるのは、無数の亡者達である。
 瞳から黒色の涙を流した彼等が、戦場に現れたのだ。
 その数は加速的に増えていき、ものの数十秒で廃教会を埋め尽くす。

 国籍も、装備も、性別も、年齢も異なる彼等は、全て喰われた命。
 アーカードが喰らい、己のものとした命が、ここに解放されたのだ。

 その中には、黒馬に乗り旗を掲げる鎧の騎士がいた。
 その中には、戦鍋旗を手に持った中年の軍人がいた。
 その中には、三角帽を被った異端狩りの戦士がいた。
 その中には、現代の服を身に纏った若い青年がいた。

「マルタ騎士団……イェニ=チェリ軍団……ワラキア公国軍……ッ!?」

 その有様に、ヴラドはひたすら驚愕するばかりであった。
 これまでアーカードが喰った数万もの命に、ただ愕然として。
 そしてその愕然は、程なくして怒りに変貌し、

「貴様は……!貴様という奴は……どこまで……ッ!」

 話には聞いていたが、よもやここまで醜悪だとは思わなかった。
 この化物だけは、絶対に此処から生きて帰してはならない。
 己の杭を以てして、何としてでも滅ぼさなければならない。
 これまでに無い程の激情が、今のヴラドを突き動かしていた。

「悪魔(ドラキュラ)ッ!やはり貴様は滅ばねばならんッ!」

 怒りに身を任せ、ヴラドは己が宝具を再び解放しようとする。
 しかし、どういう訳か、杭は何処からも出現しないではないか。
 自らの領土でその力を示す『極刑王』が、まるで発動しないのだ。

「まさか、我が領土を"塗り潰した"というのか……ッ!?」
「そうだ私よ、此処はもうお前の領土ではない。私の物だ、怪物(ノスフェラトゥ)の領土だ」

 ある男が言っていた。アーカードの本質は「運動する領土」である、と。
 なるほど確かに、彼は数万もの兵を収容する一種の要塞と言えるだろう。
 その要塞を体外に放出する「死の河」は、即ち領土の解放に他ならない。

 そう、今この瞬間から、廃教会はヴラドの陣地などではなく。
 アーカードが造り上げた、「死の河」という領土に変貌を遂げたのだ。

 自らの領土でなければ、ヴラドの「極刑王」は効果を発揮できない。
 つまり今のヴラドは、杭を出現させる範囲が極端に狭まっている。
 これが意味するものは一つ。アーカードの圧倒的優勢にして、ヴラドの圧倒的不利だ。

 あれだけ生えていた杭は一つ残らず消え、代わりに漆黒が埋め尽くす。
 アーカードを中心に広がる濁流は、人の営みの一片さえ喰らってしまった。
 戦場は既に、死霊が彷徨い歩く地獄の形相を呈していた。

「さあ膳立ては済んだぞ。存分に奮い立て、人間ッ!」

 その号令で、亡者の群れが一斉にブラドに襲い掛かってきた。
 圧倒的な物量の前に為す術もなく、ヴラドは人の波に飲み込まれていく。
 ものの数秒もしない内に、アーカードの視界からウラドが消失した。


901 : 狂い咲く人間の証明(中編) ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 00:49:25 ZcbxchO20

 あまりにも呆気なく、目の前から宿敵が消えた。
 その光景を目の当たりにしたアーカードの表情は、何故だか暗い。

「……どうした、この程度か」

 死の河は未だ増大し、亡者の数も増幅していく。
 廃教会は当の昔に倒壊し、天井には漆黒の空が映し出される。
 だが当のアーカードは、表情いっぱいに失望を塗りたくっていた。
 圧倒的物量による勝利を喜ぶべきにも関わらず、だ。

「応えろ!この程度でお前は斃れるのか!?私が求めた夢は、こんな程度で砕けるのものなのかッ!?」

 アーカードにとって、ヴラドとは宿敵にして自身の夢。
 かつて自分がなれなかった、人間であり続けた自分自身。
 それが瞬く間に潰えてしまっては、拍子抜けもいいところだ。
 故にアーカードは叫ぶ。この程度で終わっていい訳がない、と。

「――この程度か、だと?」

 亡者の列の中から、人間の声が飛んできた。
 目を凝らして見れば、死霊の群れの中に命の鼓動があった。
 それが誰の物であるかなど、最早言うまでもない。
 人間は――ヴラドはまだ、朽ち果ててなどいなかった。

「分かっていた筈だ、"余"よ。余(ヒト)がこの程度で滅びぬ事は、他ならぬ"余"が理解している筈だ」

 ヴラド三世はそう言うと、本来の姿を象っているアーカードを見据える。
 彼の視界には、髭をたっぷりと蓄えた鎧騎士の姿があった。
 身に秘めた命を全解放したアーカードは、本来の姿に戻らざるを得ないのだ。
 今此処に顕在しているのは、"化物として死んだヴラド三世"の肉体。
 それは全ての吸血鬼の始まりにして、真祖の吸血鬼の終わりたる姿であった。

「この身こそが我が領土ッ!余が防衛する最後の領域ッ!余が滅びぬ限り、"人間"は死なんッ!」

 化物を睨み、槍を向け、人間が吼える。
 拵えた領土が消えた今、ヴラド三世の人間性を証明するのは、当のヴラド独りとなった。
 もし自分が消えれば最後、この場に残るのは吸血鬼の伝承だけとなるだろう。
 冗談ではない――怨敵に何もかもを奪われるなど、死よりも悍ましき事態ではないか。

「さあどうした!?使い魔達を出せ、身体を変化させろ、銃で我が身を撃ち抜いてみせろッ!
 来るがいい悪魔(ドラクル)、夜は――貴様(ヴァンパイア)の時間は、始まったばかりだろうにッ!」

 それを口火に、ヴラドは亡者の群れを突き進み始めた。
 得物とする槍で、目の前の敵を容赦なく引き裂いていく。
 不死の王を護る死者の壁を、彼は正面突破する気でいるのだ。

 対するアーカードは、猛るヴラドとは対照的な笑みを浮かべていた。
 それは獰猛さを感じさせない、酷く安堵した様な表情であった。

「……そうだ、それでいい」

 それでこそ、お前達(ヒト)のあるべき姿だ。
 ぽつりとそう呟いた後、アーカードの口が三日月に歪む。
 そこにあったのは、これまで幾度も作った獣の笑みであった。


902 : 狂い咲く人間の証明(中編) ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 00:50:38 ZcbxchO20

 ◇◇◇


「オオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 前へ、前へ、前へ前へ前へ前へ前へ前へ前へ!
 ヴラドはただ愚直に、アーカードに向かった前進していく。
 襲いかかる死者の軍勢を、杭で薙ぎ払いながら。
 憎き宿敵の元へ向かって、我武者羅に猛進していく。

 湧き出る屍鬼の物ともせずに進むヴラドを眺め、満足気に笑うのはアーカードだ。
 彼は迫りくる宿敵の姿に、自らを打倒した人間の面影を見た。
 ミナ・ハーカーを救出しにやって来た、ヘルシング教授とその仲間達。
 死の河を乗り越えた彼等は、ヴラドと同じただの人間だった。

 ヴラドの勇猛を見ると、思い出さずにはいられない。
 彼等の雄姿を、彼等の闘志を、彼等の執念を。
 人間という種が持つ、その秘められし意思の力を。

「ああ、まるで夢だ。夢の様じゃないか」

 そう、まるでそれは、質の悪い甘い夢の様であった。
 人間であり続けた自分が、こうして自分を殺しに来たのだ。
 我こそがヴラド三世だと、吸血鬼のお前など決して認めるものかと。
 これが耽美な夢でなければ、一体なんだというのだ。

「さあ来い!来いよ"私"ッ!見事私の心の臓腑に、その杭を突き立ててみせろッ!」

 その言葉を耳にしたヴラドは、その手に握る槍に更に強く握りしめる。
 夥しい殺意を胸に秘め、亡者の巣を走り抜けていく。

「言われずとも滅ぼしてやろうッ!我が生涯より産まれし、血塗られた忌子めがッ!」

 もう一人のアーカードであるヴラドにとっても、この戦いは耽美な夢であった。
 何しろ、憎みに憎んだ吸血鬼の伝承が、形を成して殺しにかかっているのである。
 今こそ長年の恩讐を晴らす時、そして同時に、己の人間性を証明する時だ。

 一歩歩む度に傷を作りながらも、それでもヴラドは止まらない。
 ここで歩くのを止めれば、そこで全てが台無しになるのだから。
 ほんの僅かでも諦観を見せれば、化物はその隙を容赦なく突いてくる。
 そうすれば終わりだ。瞬く間に死者の雪崩に巻き込まれるだろう。

 だから、ヴラドは振り返る事なく走り続ける。
 今の彼には、領土も護るべき民の姿もありはしない。
 救国の英雄だという自負、そして宿敵への憎悪、そして人間としての誇り。
 その三つの感情だけが、彼を狂犬の如く衝き動かすのだ。

 少しずつではあるが、ヴラドとアーカードの距離は近づいている。
 このまま、両者は再び対面する事になろうと考えられた、その時。

「グッ……!」

 ヴラドの左腕が、前方より飛来した物体に抉り取られた。
 かと思えば、次は左脇腹が背後から撃ち抜かれたではないか。
 ヴラドの肉体を抉った小さな物体は、彼の目の前で静止する。
 それがマスケット銃の弾丸であろ事は、誰の目から見ても明らかであった。
 素早く槍を振るい、再びこちらに飛来した弾丸を撃ち落とす。

「ヴェアボルフが一騎、魔弾の射手"リップヴァーン・ウィンクル"。見事超えてみせろ」

 アーカードが取り込んだ命の一つ、リップヴァーン・ウィンクル。
 かつて彼と敵対した彼女は、弾丸の軌道を自在に操る事が出来る。
 吸血鬼の命の一つとなった今でも、その能力は健在であった。


903 : 狂い咲く人間の証明(中編) ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 00:52:38 ZcbxchO20

 狙撃兵の存在を理解したヴラドは、そこから大きく飛び上がった。
 サーヴァントの脚力であれば、人を優に飛び越える跳躍など容易い。

 空中に移動したヴラドの眼下に、マスケット銃を構えた女の姿が見えた。
 騎兵――ワラキア軍であろう――に相乗りした彼女が、弾丸の射手であろう。
 ヴラドは雄叫びを上げながら、懐に忍ばせたある物を投擲する。
 勢いよく投げ出された横長のそれは、女の心臓部を見事貫いてみせた。

「なるほど神父め――お前も立ち塞がってくれるかッ!」

 ヴラドが投げつけた物の正体、それは銃剣(バヨネッタ)だ。
 アンデルセンは予め、自らの装備を彼に授けていたのである。
 かつての好敵手の影を垣間見て、アーカードは勢いよく破顔した。

 宿敵の笑い声を拾い上げたヴラドは、奴との距離が近い事を確信する。
 されど、死者の壁は依然として彼の行く手を阻んでいる。
 ならばと、ヴラドはアンデルセンのもう一つの武器の使用を決断した。

 鎖に繋がれた無数の銃剣を、彼等に向けて放り投げる。
 ただのそれだけでは、数万をゆうに超える亡者を突破するには物足りない。
 だが見るがいい、銃剣の柄から噴き出るあの多量の煙を!

 刹那、銃剣が残らず爆裂し、アーカードの眷属を消し飛ばす。
 アンデルセンから受け取りし武器が一つ、これこそが爆導鎖である。

 爆破によりこじ開けた道を、ヴラドは獅子の如き勢いで駆け抜ける。
 最早一刻の猶予もない。アーカードを殺せるか、こちらの体力が尽きるかの勝負だ。
 ぼろぼろの身体を酷使しながら、人間は独り死の世界をひた走り、そして。

「――――ようやく、辿り着いたか」

 そうして駆け続けた先に、あの男は待ち構えていた。
 不死の王は悠然とした態度を保ったまま、ヴラドの目前に立っていた。

「見事だ、よくぞ私の元にまで辿り着いた」

 犬歯をむき出しにして、獰猛にアーカードは笑ってみせる。
 対峙している男の必死さを、さながら児戯であると言わんばかりに。

「さあ"私"よ、傷はいくつできた?骨は何本折れた?血は何リットル流れた?
 私に勝つ未来は見えたか?確率はいくらだ?万に一つか、億に一つか、それとも兆に一つか?」

 ヴラドの状態は、それはもう直視し難い有様となっていた。
 生傷の無い部分は見当たらず、染み一つ無かった貴族服は既に血まみれだ。
 左腕に至っては、僅かな衝撃で千切れ飛んでしまう程に損傷が激しくなっている。
 最早その姿からは、ルーマニアの王としての気品など、微塵も感じられなくなっていった。

 されど、そこでアーカードの心中に浮かんだのは、「妙だ」という疑念だった。
 あの"死の河"を単独で超えたにしては、その身形はあまりに綺麗すぎる。
 数万をゆうに超える死者の濁流、それを身体一つで渡り切ってみせたのだ。
 四肢の何れかが使い物にならなくなっていても、別段おかしくはないのだが。

 しかし、ヴラドの身体をよく観察すれば、その疑問は氷解した。
 身体中から流れる血液、そしてヴラド自身の能力を鑑みれば、その答えは自ずと導き出せる。

「……なるほど。杭で身体を固定するとは。見上げた覚悟じゃないか、"私"」

 ヴラドは体内に杭を生やす事で、それを折れた骨の代わりにしているのである。
 なるほどその方法であれば、例え四肢の骨が砕けようとも、前進は可能であろう。
 されど、肉を内部から裂いて杭を通すなど、その痛みたるや尋常なものでない筈だ。
 そして何より、そんな真似をすれば最後、肉体の致命的な損傷は避けられない。
 正気の沙汰ではないこの行動、実行する狂人などいる訳がないのである。

 しかし、ヴラドはその恐るべき行為を実行したのである。
 吸血鬼を倒すという意思一つだけで、正気の壁を飛び越えてみせたのだ。
 何という覚悟、何という性根、そして何という意思の強さか。


904 : 狂い咲く人間の証明(中編) ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 00:53:32 ZcbxchO20

「改めて聞こう"私"よ。何故ここまで闘えた。何がお前をそこまで昂らせた。
 私への憎悪だけではあるまい。お前の胸にはまだ"何か"あるな、それは何だ?」
「……ほざけ。そんな事、"余"たる貴様が誰より理解しているだろうに」

 例えヴラドがアーカードを滅ぼした所で、世界の歴史は変わらない。
 せいぜいドラキュラの逸話が消えるだけで、ヴラドの生涯は影響の一つも受けはしない。
 そんな事は分かり切っている。それでもなお、彼が吸血鬼に挑むのは――。

「人としての誇り。ただの、それだけだ」

 己の中で今も息衝く、ちっぽけな"人間"を護る。
 そんな理由一つを抱えて、ヴラドは絶望的な戦いに身を投じたのだ。
 その相手がどれだけ恐るべき怪物だろうが、決して膝を折るものかと。

 アーカードが思い出すのは、廃ビルにてジョンスと交わしたやり取りだった。
 あの男もまた、死の河を前にして一歩も引こうとせず、こちらに挑みかかろうとした。
 彼が胸に秘めていたもの、それは能力やお守りでもなく、人としての誇り――即ち、プライド。

「く、くくく」

 あの男の言葉が、脳裏に木霊する。
 『安いプライド』さえあれば、人は誰とだって戦える。
 『安いプライド』さえあれば、人は何とだって戦える。

「く、くく、くは、くははははははははははははッ!!!そうか!!貴様も同じか!!」

 この瞬間、アーカードの歓喜は頂点を極まった。
 きっと自分は、この言葉をこそ待ち侘びていたのだ。
 勝てる訳もないのに、犬死にと分かっていても、それでもなお立ち向かう。
 それこそが人間が、化物を倒し得る生命が持つ、光輝かつ最高の力。

「そうだッ!それでこそだ"私"ッ!ならば証明してみせろッ!
 貴様が人間である証をッ!化物を倒す人間の矜持をッ!
 この私の夢のはざまを、その手で終わらせてみせろッ!」
「望み通り終わらせてやろうッ!貴様が綴る、鮮血の伝承をなッ!」

 その啖呵が引き金となり、いよいよ決戦が幕を開ける。
 ヴラドが真正面から突っ走り、それまで以上の速度でヴラドに肉薄する。
 されど、無防備を晒す彼に吸血鬼が向けるのは、ジャッカルの引き金だ。
 数発発射されたそれらが、その勢いを殺さんとヴラドに迫る。

 一発目は、頬を掠めるだけに終わる。
 二発目は、右肩を軽く抉り取った。
 三発目は、貴族服を縦に裂いた。
 四発目は、右脇腹に命中した。

 そして五発目が左腕を千切り、六発目が左脚を吹き飛ばした。
 しかし、四肢の半分を失ってもなお、ヴラドの瞳は死にはしない。
 左脚の断面から、宝具である杭が爆発的な速度で飛び出してくる。
 そしてその勢いを利用し、ロケットの如く加速したではないか。

 アーカードの懐に入りさえすれば、それで勝利は決まる。
 己が槍を以て心臓を抉れば、あの吸血鬼を滅ぼせる。
 今の自分が持つ全てを賭け、今こそ最後の一撃に打って出る。

 狙うは心臓の一点のみ、この攻撃で悪夢を終わらせる。
 相対する二人の影が重なろうとした、その瞬間。
 アーカードが銃の引き金を引き、ヴラドが槍を突き出し、


905 : 狂い咲く人間の証明(中編) ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 00:54:53 ZcbxchO20

「――――――――なん、だと」

 菱形の尻尾が、ヴラドの心臓を穿っていた。

 それによりヴラドの狙いがずれ、槍はアーカードの左肩を傷つけるだけに終わる。
 身体から生える凶器に彼が驚愕する刹那、ジャッカルの弾丸が腹部と右腕を貫いた。

 因縁の闘争は、あまりに理不尽な横槍によって終結した。
 アーカードの眷属による不意打ち、これを理不尽と言わずに何とするのか。

 ヴラドを襲った襲撃者は、この場において場違いなくらいに嗤っていた。
 ベルク・カッツェ――アーカードが方舟の世界で食らった、唯一の魂。
 悪辣なる暗殺者の英霊が、最後の尖兵として待ち伏せていたのである。

「見事だ"私"よ。この上なく心躍る闘争だった」

 最早アーカードの勝利は確定したも同然、それにも関わらず。
 当の本人の顔は、何故だか酷く寂し気なものとなっていた。
 まるで、この結末を認めるのを拒んでいるかのように。

「だがもう終いだ。貴様の夢は芥に還る、世界に残るは"私"の名だけだ」

 うつ伏せで倒れるヴラドの髪を掴み上げ、無理やり立ち上がらせた。
 ここで初めて、アーカードは己が分身の瞳を凝視する。
 吸血鬼を見据える彼の瞳は、未だ敵意で燃え上がっていた。

 ここでヴラドが心臓を貫かれれば、闘争は終わりを告げる。
 それでもなお、彼の双眸には炎が滾っていた。

「………え……………け、だ」

 その時、ヴラドの掠れ切った声を、アーカードの聴覚が捉える。
 決して幻聴などではない。彼は今、自分の意思で声を紡いでいる。
 今何と言ったのだと、アーカードが問おうとするよりも早く、

「お前の敗けだ、アーカード」

 今度ははっきりとした声で、ヴラドが宣言した。
 吸血鬼アーカードの敗北、引いてはヴラド三世の勝利を。


906 : 狂い咲く人間の証明(中編) ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 00:55:37 ZcbxchO20

「……敗ける?誰が敗ける?私が敗けるとでも言うのか?」

 戯言だと言わんばかりに、アーカードはヴラドの宣言を一蹴する。
 指一本さえ動かぬ程に疲弊した挙句、霊格をも撃ち抜かれた今、果たして何が出来るというのか。

「誰に敗ける?お前にか?私が"私"に滅ぼされると?」

 嘲笑う為に出てきた言葉に、妙なデジャヴを覚える。
 以前にも何度か、これと同じ様な台詞を吐いた覚えがあった。
 あれはいつの頃だったか、どんな状況でこんな事を言ったのか。

「私は決して敗けん。断じて敗けるものか。私は――――」

 刹那、アーカードの鼻腔を、妙な臭いが擽った。
 遠い過去で嗅いだ覚えのある、懐かしい大地の匂い。
 この臭いはなんだと知覚する前に、突如横から差し込む光に目が眩んだ。

 こんな真夜中に、どうして光が現れるのだ。
 訝し気に横を向いてみれば、そこには死者の群れなど存在せず。
 アーカードの視界には、夕日が沈む荒野だけが映っていた。

 なんだ、何を見ている。なんだこの場景は、この光景の有様は。
 幻覚などでは決してない。ならばこれは何だ、何故こんなものを見ている。

 刹那、アーカードの内側で、何かが猛烈な勢いで膨れ上がった。
 鋭利で硬く、なおかつぞっとする程に冷たいそれは、急速に形を成していき――。

「……言っただろう、"余"よ。化物(おまえ)の敗けだ、とな」

 ――そして、爆ぜる。
 アーカードの心臓部に、木製の杭が"打ち込まれた"。


907 : 狂い咲く人間の証明(中編) ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 00:56:01 ZcbxchO20
 ◇◇◇




 そうだ、そうだった。



 あの時も、こんな日の光だった。



 私が死んだ光景は、いつもこのこれだ。



 そして、幾度も思う。



 日の光とは、こんなにも美しいものだったとは。





 ◇◇◇


908 : 狂い咲く人間の証明(中編) ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 00:56:34 ZcbxchO20

 死の河が引いていく。死者の列が消えていく。
 地を埋める黒色が消えていき、世界は元の形を取り戻していく。
 それはつまり、この戦いの終息を意味していた。

 横たわるアーカードの心臓には、一本の木製の杭が打ち立てられていた。
 心臓に杭を打たれた吸血鬼は、どう足掻こうが滅びる運命にある。
 死の河を発動し、命を残らず解放した今のアーカードでは、その鉄則からは逃れられない。

「私は、負けたのか」

 虚空を見つめながら、アーカードが呟いた。
 彼は信じられないと言いたげな、しかし何かを悟ったような表情をしている。
 まるで、いずれこの日が来るのを予感していたかの様に。

「そうだ。夢の終焉が訪れたのだ、吸血鬼よ」

 アーカードが声の先に目を向けると、ヴラドの姿が目に見えた。
 彼は槍を杖代わりにし、かろうじて地に立っている状態だった。
 今もなおその足元からは、ヴラド自身の血液が流れ落ちている。

 仮にアーカードが全盛期の実力であれば、結果は変わっていただろう。
 ヴラド三世は死の河を渡り切る事もなく、悲嘆の中で死に絶えていただろう。
 そうはならなかったのは、死の河そのものが弱体化していたからに他ならない。

 アーカードは既に、好戦的な魂を粗方狩り尽くしてしまっていたのだ。
 彼の体内に残っていたのは、逃げ惑っていた臆病者共の命ばかり。
 臆病とは弱者の証拠。それ故に、死の河に出現するのが弱者となるのは自明の理だ。

 無論、それだけがアーカードの敗因になった訳ではない。
 ヴラドが持つ『極刑王』の特性も、不死の王に敗北を齎す原因となっていた。

 「極刑王」は、二万ものトルコの兵を刺し貫いた逸話が宝具に昇華されたもの。
 ヴラドが領土と見なした陣地から発生する、最大二万本の杭はまさしく脅威だろう。
 だがこの宝具の恐るべき点は、無数の生える杭だけではない。

 この宝具は、杭そのものではなく逸話が宝具に転じたものだ。
 即ち、トルコ兵を串刺しにしたという事実こそが本質である。
 ヴラドの攻勢、それにより少しでも傷つけば最後、その"本質"が再現される。
 心臓を杭で串刺しにされたという"結果"が、対象に襲い掛かるのだ。

 そしてその力は、アーカードに対してこそ最大の効果を発揮する。
 吸血鬼ドラキュラの祖の宝具が、最強の吸血鬼狩りとして牙を剥くのである。

「……そうか。終わったのだな」

 息も絶え絶えなヴラドの姿を見つめながら、アーカードが言った。
 視界に映る人間は、それまで目にしたどんな宝石よりも輝いているように見える。
 事実、アーカードにとっては、ヴラドの人間性こそがどんな財宝よりも愛おしかった。


909 : 狂い咲く人間の証明(中編) ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 00:58:16 ZcbxchO20

「そうだ、お前になら、構わない。
 この心臓をくれてやっても、悔いはないさ」

 そう話すアーカードの顔は、かつての吸血鬼のそれとはあまりに程遠い。
 まるで、外で遊び疲れた子供が、眠りに就くような表情だった。
 あまりにも弱々しい、ちっぽけな童の様にしか見えなかったのだ。

「なんだそれは。貴様は人間に……滅ぼされたかったのか?」
「おれの様な化物は、人間である事に耐え切れなかった化物は、人間に倒されねばならない。
 魂を取り込み続けねば生きられん弱い化物は……最期に意思の生物に殺される、それだけだ」

 意思の生物とは即ち人間であり、同時にヴラドの事であった。
 なんという事だと、彼はアーカードへの評価を改める他なかった。
 人道を逸した吸血鬼は、人の意思に何よりも憧れていたのである。

 吸血鬼の身体が朽ちていく。鮮血の伝承が終わりを告げる。
 不死の王が命を散らし、伝説に終止符を打つ時がやって来た。

「なあ、"私"よ」
「なんだ、"余"よ」

 傷だらけの人間を、アーカードは愛おしそうに見つめていた。
 死に行く怪物を、ヴラドは憐れむ様に見つめていた。

「人間とはやはり、いいものだな」
「……当たり前だ」

 そんな当然の事を聞くなと言わんばかりに答え、小さく笑った。
 それに釣られる様にして、アーカードも静かに笑みを作る。
 それを最期に、吸血鬼は眠る様に世界から消滅した。

「さよならだ、"伯爵"」

 人間に滅ぼされたがった吸血鬼は、ただの人間に敗れ去った。
 それはきっと偶然でなく、必然の物語。


910 : 狂い咲く人間の証明(後編) ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 00:59:06 ZcbxchO20

 ◇◇◇


 遠くからでも伝わってくる殺気が、急激に縮まっていく。
 闘いは終わったのだと、アンデルセンは直感で理解した。
 どちらが勝ったにせよ、勝者の姿をこの目で確かめる必要がある。

 二人の決着がついた以上、最早この場に留まる理由はない。
 踵を返し、戦場跡へと向かおうとするアンデルセン。
 そんな彼の脚に、あの男の声が掴みかかった。

「……待て、よ」

 ジョンス・リーの、掠れた声だった。
 声の方向に目を向ければ、倒れ伏した彼の姿を認知できる。
 つい先程まで、この男は地面に突っ伏したままだった。

 何故彼が斃れているか。理由は簡単、魔力の過剰消費である。
 アーカードが発動した死の河は、発動に膨大な魔力を必要としている。
 たかだか令呪一画を使った程度では、その量は到底賄えない。
 そして、大量の魔力消費の代価は、肉体への負担となって現れるのだ。

「まだ、俺との勝負、は……ついてねえ、だろ」
「その身で何が出来る。立っているのもやっとだろう」

 アンデルセンの言う通り、ジョンスは満身創痍であった。
 彼の身体に少しでも触れれば、たちまち無様に地を転がる羽目になるだろう。
 こんな有様では、もう闘争を繰り広げる以前の問題であった。

「知るか、んなもん。俺はな……戦いに、来たんだ」

 そう言って構えを取ろうとして、また大きくよろける。
 彼の眼は虚ろで、アンデルセンを見据えているのかすら定かではない。
 顔色も死人の様に真っ青で、次に目を閉じた時が最期ではないかと疑ってしまう。

「どう、した?死に、かけに……敗ける、の、が……怖いの、かよ」
「ほざけ。これは死期を早めるだけの闘争だ。ただ死にに行くだけの特攻だ」
「……だろう、な。でもな、ここで逃げたら……それこそ、恥だろ?」

 そう言って、ジョンスは力なく笑ってみせた。
 誰がどう見たって、それが強がりである事が分かってしまえる。
 死に体の身体に鞭打って、男は無理くり言葉を吐き出す。

「安い、プライド……こいつが、残ってるなら……俺は、戦える」

 己の中にプライドが残っているのなら、それを支えにして立ち上がる。
 例えどれだけ安っぽいものだろうが、両の脚で立つには上々だ。
 そして、地面に立てるのであれば、後は拳を構えるだけである。

 例え、どれだけ絶望的な状況に身を置かれていようとも。
 その身に安いプライドがあるのなら、立ち向かわねばならない。

「……一撃で、終わるんだ……長くは、かからねえ……」

 ゆっくりと、僅かな力を振り絞って、ジョンスは構えをとる。
 右足を相手に真っ直ぐ向け、左足は斜め左後ろにずらす。
 腰を落とす事で重心を移動させ、両の手は腰に移動させる。


911 : 狂い咲く人間の証明(後編) ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 01:00:14 ZcbxchO20

 ジョンスはこの構えしかした事がないし、これからするつもりもない。
 彼にあるのは八極拳だけ。一撃で敵を屠る必殺の拳法が、彼の唯一の武器。
 これより最強の八極拳士が、最後の花火(ばくはつ)を披露する。

 息を深く吸い、そして大きく吐き。
 虚ろな眼を大きく見開き、そして。

「――――行くぜ、神父」

 瞬間、ジョンスの全身がアンデルセンに肉薄する。
 足元のコンクリートが罅割れ、空気が大きく振動する。

 ジョンスの動きは、これまでに一度も無い位に滅茶苦茶で。
 元気だった頃の彼が見れば、なんだそりゃと失笑する位に下手糞で。
 けれども、そこに込められたプライドは、どの闘いよりも剥き出しで。

 故に、その一撃はアンデルセンに届くのだった。
 技を打ち込まれた彼の身体は、そのまま真後ろに吹っ飛んでいく。
 バチカン最強の異端狩りに、己の全力を知らしめるには十分だった。

 されど、アンデルセンがこれで斃れたかと言えば、それは別問題だ。
 アーカードが好敵手と認めていた男が、この程度でくたばる訳が無い。
 何より、他ならぬジョンスのコンディションがあまりに悪すぎる。

 何事もなかったかのように立ち上がる神父を見て、もう一度構えをとろうとして。
 その途端に、ジョンスの口元から真紅の液体が吐き出された。
 いや、口からだけではない。鮮血は心臓からも流れ出ている。

 アンデルセンがジョンスの一瞬の隙を突き、手刀を以て彼の身体を抉ったのだ。
 例え素手だろうが杭だろうが、心臓を貫かれてしまえば最後、絶命は避けられない。
 満身創痍で叩き込んだ一撃、その代償はあまりに重かった。

「イケると思ったんだが、な」

 そんな言葉を残して、ジョンスはいよいよ地に伏せた。
 どこか満足げな笑みを浮かべながら、膝から崩れ落ちていく。
 それが、誰よりも闘争も求めた男の終焉だった。

「……そうか」

 既に事切れた男を見つめ、アンデルセンは気付く。
 彼もまた、どうしようもない程に"人間"だったのだ、と。
 その人間性こそが、あの吸血鬼を召喚する"呼び水"となったのだろう。

「褒めてやろう眷属め。お前もやはり、"人間"だったとな」


912 : 狂い咲く人間の証明(後編) ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 01:00:50 ZcbxchO20

 ◇◇◇


 薄れゆく意識の中、ジョンスは一人思う。

 勝ち目はないだろうな、とは思っていた。
 何しろこちらの体力は限界で、相手はほぼ健康体そのものなのだ。
 そんな状態では、死合の結果など目に見えてしまっている。

 勝敗が分かり切った試合に臨むなど、愚策と言う他ない。
 されど、そこから尻尾を巻いて逃げ出すなど、それこそ自身のプライドが許さない。
 自分の命が潰えるより、ちっぽけなプライドを捨てる方が、堪らなく恐ろしかった。

(まあ、楽に死ねるなんて思っちゃいなかったしな)

 戦い続ける人生を選んだのは、他でもない自分自身だ。
 ベッドの上で眠る様に息を引き取るなど、元より想像もしていない。
 いずれこういう日が訪れるのだろうな、という覚悟だってできていた。

 勿論、この聖杯戦争だって勝ち残る気でいたし、最後にはアーカードと闘う予定だった。
 その上で願いを叶え、かつて敗れた相手――深道に挑むのが、ジョンスにとっての最上だ。
 けれど、その予定が丸ごと潰えてしまった以上は、仕方ないと考えるしかない。

 志半ばではあるが、通すべき信念(プライド)は通せたのだ。
 やり残した事は数あれど、悔いは無い人生だった。
 そう自分を納得させながら、残り僅かな意識をも手放そうとして、

『じゃあうち、カレー食べたいん!』
『なんだそりゃ。そんなんでいいのか』
『うん!八極拳とあっちゃんと一緒に食べるん!』

 ジョンスの脳裏に、小さな子供との会話が浮かび上がってきた。
 あの無垢な少女はきっと、今もアーカードと自分を待ち続けているのだろう。
 二人が二度と帰らないなんて、露とも思ってないに違いない。

 アーカードが消滅すれば、きっとれんげも消えてしまうだろう。
 あの無知な子供は、聖杯戦争の事も、自分達の顛末も知る事もなく、その生涯を終えるのだ。
 自分が消滅するだなんて、それさえ理解する事も出来ないまま。

 ――ああ、くそ。

 結局、カレーを食べる約束をすっぽかしてしまった。
 死に際にそんな事を考えていた己に気付き、思わず自嘲する。
 どうやら自分は、知らぬ間にれんげの毒にやられてしまっていたらしい。
 日常という名の『意外の毒』は、いつの間にやら全身に回っていたようだ。

 こうしてジョンスは、納得のいく人生に小さな後悔を一つだけ残して。
 この聖杯戦争、引いてはこの世界そのものから、独り静かに降りていく。

 ――約束なんか、するもんじゃねえな。

 あれだけ闘争を求めていた癖に、最期に考えるのがこれか。
 未練はないと言ったが、なんて締まりのない末期だろうか――――。


913 : 狂い咲く人間の証明(後編) ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 01:01:44 ZcbxchO20

 ◇◇◇


 廃教会の跡地にいたのは、仰向けで倒れているヴラド一人だった。
 誰の目から見ても、彼が瀕死の状態にあるのは明らかである。
 光の粒子となって消える時が来るのも、そう遠くはない。

 そこに訪れたのは、彼のマスターであるアンデルセンだった。
 周囲を見回し、その場にヴラド独りしかいない事を確認する。

「私は、成し遂げたぞ」

 息も絶え絶えの状態で、それでもヴラドは言葉を紡ぐ。
 彼の言葉通り、見事人間は吸血鬼を打ち倒した。
 アーカードは自身の望み通り、ただの人間に滅ぼされたのである。

「だが、許せ、神父。お前の願いは、叶えられそうも、ない」

 総身から光が舞うヴラドの肉体は、崩壊を始めている。
 如何なる治癒を施したとしても、それを止めるのは不可能だろう。
 そして、サーヴァントの消滅はマスターの消滅と同義だ。
 ヴラドが消えたら最後、アンデルセンもまた消える運命にある。

「王として、臣下の望み、叶えるべき、だったが……」

 名残惜しそうに話すヴラドに対し、アンデルセンは首を横に振った。

「いいのだ、王よ。例え道半ばであろうと、それに見合うだけの物を見せてもらった」

 ただの人間の王が奮起し、分身たる不死の王を滅ぼさんとする戦い。
 その結果を見届けただけで、この場に来た意味はあった。

「もういいのだ、王よ。お前はただ、誇りを抱いて眠ればいい」

 それを耳にしたヴラドは、小さく笑ってみせた。
 さながら、それは誤りだと言わんばかりであった。

「……眠る、だと……?違うな……違うとも……。
 夢ならもう……見せて、もらった……では、ないか……」

 そう答えるヴラドに、アンデルセンは僅かに困惑した様な顔を見せる。
 そんな家臣の様子を尻目に、王は聖杯戦争の記憶を回想する。

 誰よりも吸血鬼(アーカード)を知る男に召喚され、
 それ故に忌々しき吸血鬼の伝承から解放され、
 ひたすらに憎み続けた吸血鬼との一騎打ちの機会を得て、
 そしてその末に、ただの人間として勝利を獲得したのだ。

「お前が……見せたのだ……余に……この一夜の夢を…………」

 このヴラド三世の物語は、きっと誰にも知られる事はない。
 ムーンセルの記憶として保管され、幾億もの結果の一つとして処理されるのだろう。
 だからきっと、これは夢なのだ。アンデルセンがヴラド三世に見せた、短くも尊い――――。

「…………ああ…………良い夢、だった…………」

 至上の幸福を携えながら、王の肉体は静かに消滅していった。
 アンデルセンという家臣に見守られながら、彼はその物語にピリオドを打ったのだ。

 ヴラド・ツェペシはきっと、この世界で息をする誰よりも、満たされながら消えていった。


914 : 狂い咲く人間の証明(後編) ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 01:02:20 ZcbxchO20


 ◇◇◇


「……調停者の身分で覗き見か」

 ヴラドが去った後、ぐるりと振り返ってアンデルセンが嘯いた。
 そのドスの利いた声に反応して、一騎のサーヴァントが実体化する。
 ルーラーのサーヴァント、ジャンヌ・ダルクである。

「申し訳ありません。戦闘の介入は避けるべきと静観していたのですが」
「構わん。全て終わったのだ、何もかもがな」

 そう、この場で行われるべき闘争は、残らず終わってしまった。
 今更ルーラーが出てきた所で、何かする事がある訳でもない。

「貴方のサーヴァントから話は聞いています。アーチャーと決着をつけたい、と」
「それがどうしたというのだ。咎があれば俺が受けるが」

 「いえ、そうではなく」と、ジャンヌが否定の言葉を口にした。
 未だ威圧感を放つアンデルセンに対し、彼女は一切気圧される気配を見せない。
 万物を平等に統治する調停者の英霊、それに相応しい気力と言えた。

「アーチャーは処罰を受けるべきサーヴァントを匿っていました」
「ベルク・カッツェか」
「そうです。当初は彼等への警告と罰則を行う為に此処に来たのですが……」

 そこで何かを予測したのか、アンデルセンの殺意が膨れ上がった。
 並みのサーヴァントでさえ怖気づきかねないそれを浴びても、ルーラーは顔色一つ変えていない。

「まさか課したのか、奴等に足枷を」
「いえ。ランサーがそれだけは止めろ、と」

 それを始まりに、ルーラーはランサーとの話を述べ始めた。
 必ずあの吸血鬼を違反者諸共に滅ぼしてみせると、ランサーが宣言し、
 それを聞きいれたルーラーも、決着が着くまで静観すると判断したのだ。

「……感謝する。王の戦いを穢さず、見守ったその判断に」

 話を聞き終えたアンデルセンから、殺意が霧消した後。
 彼は深々と頭を下げ、ジャンヌへの感謝の言葉を口にしたではないか。
 これにはジャンヌも予想外だったのか、頭を上げてくださいと思わずせがむ。
 頭を上げたアンデルセンは、ジャンヌの瞳を真っ直ぐ見据えながら、

「調停者よ、最後に一つ、俺の頼みを聞いてくれるか」


915 : 狂い咲く人間の証明(後編) ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 01:02:51 ZcbxchO20

 ◇◇◇


 れんげは待っていた。自分と一緒にいてくれる大人達を。
 あっちゃん達が何をしに行くかは知らないが、時間はかからないと言っていた。
 それならきっと、そんなに大それた事でもないのだろう。

 二人が帰ってきたら、ひとまず睡眠をとりたかった。
 いくら昼寝をしていたとしても、深夜まで起きるのは流石に辛いものがある。
 留守番のご褒美のカレーは、そうして休みを挟んでからだ。

 どんなお店に連れてってくれるのだろうか。
 都会のカレーはどんな味がするのだろうか。
 おかわりやトッピングは自由なのだろうか。
 そんな事ばかりを考えて、早くも涎が垂れてきそうになってしまう。

 もし二人が自分の町に来たら、なんて事を想像してみる。
 都会暮らしらしい八極拳は、村の空気にどんな反応を示すのか。
 どう見ても外国生まれなあっちゃんは、村を気に入ってくれるだろうか。

 そこで、大事な友達を忘れている事に気付いた。
 かっちゃんもまた、あっちゃんと一緒に森の向こうに行っているのだった。
 こっそりあっちゃん達について行けるなんて、羨ましささえ覚えてしまう。

 早く帰ってこないかな、と何度も何度も思えども、二人は帰って来ない。
 もしかしてまた置いてかれたのではと、どんどん不安になってきて。
 本当に置いてけぼりにされたらどうしようと、何だか泣きたくなってきて。

「……本当にこんな所にいたのですね」

 二人が入って行った道から、見た事もない綺麗な人が出てきて。、
 出かけていたれんげの涙が、一気に引っ込んでしまった。


916 : 狂い咲く人間の証明(後編) ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 01:03:34 ZcbxchO20
 ◇◇◇


 アーカードは、少々どころかかなり特異なサーヴァントである。
 何しろこの吸血鬼は、座からではなく現世から召喚されているのだ。
 しかも、丁度自分の中の魂を殺し続けている真っ最中に、だ。

 その時点でのアーカードは、"生きてもないし死んでもいない"虚数でしかない。
 言ってしまえば、この世界に漂う大気と大差ない状態にあるのだ。
 生者として存在を視認する事も出来ず、死者として座に登録する事さえままならない。

 だがアークセルは、この問題を簡単に解決する手段を有していた。
 予めアーカードの零基を造っておき、その中にアーカードという名の虚数を流し込んだのだ。
 即ち、零基で存在を固定させる事で、サーヴァントとして現界したように見せかけたのである。

 零基という器を以てして、ありもしないモノを無理やり召喚した存在。
 それこそが、弓兵のサーヴァント・アーカードの正体だった。

 そして、アーカードの零基が消滅した現在、彼は"生きてもないし死んでもいない"状態に戻っている。
 確かに彼は敗退して生きていないが、しかし決して死んでいるという訳ではない。
 生と死が曖昧になっている今、契約も曖昧ながら継続されているのだ。

 つまり、宮内れんげとアーカードの間で繋がっているパスは、未だ生きている。
 そしてそれ故に、この少女はアークセルからの排除を免れているのだった。

 本人であるれんげはおろか、ルーラーであるジャンヌさえ知らない事実。
 この奇怪な奇跡を目にして、ジャンヌも疑問符を浮かべずにはいられなかった。

「お姉さん誰?」

 だがそれよりも、無垢な瞳で語り掛ける少女に対応すべきだろう。
 なるべく優しい声色を心掛けながら、ジャンヌは口を開いた。

「私はこの聖杯戦争を取り仕切るルーラー、ジャンヌ・ダルクと言います」
「せいはいせんそう……あ、ふぇすてぃばるの事なん?」
「ふぇすてぃばる、ですか?」
「うん、あっちゃんが言ってたのん。わしょーいってお祭りをみんなでやるん!」

 聖杯戦争をお祭りと思い込んでいるれんげを見て、ジャンヌは衝撃を受ける。
 まさかこの子供は、ベルク・カッツェの違反はおろか聖杯戦争自体を知らないのか。
 そんな何一つ理解していない者が、どうしてこの殺し合いに巻き込まれているのだ。

「ねえお姉さん、あっちゃんと八極拳どこ行ったか知らないのん?」
「その、あっちゃんというのは一体……」
「あっちゃん、神父にアーカードって名乗ってたん」


917 : 狂い咲く人間の証明(後編) ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 01:03:58 ZcbxchO20

 それを聞いて、ただ絶句する他なかった。
 この子供は、アーカードが帰ってくると信じ込んでいるのだ。
 その男は、もうこの冬木から消え去ってしまったというのに。

「あっちゃん達、ここで待ってたらカレー食べさせてくれるって言ってたのん。
 だからうちここで待ってるん……ねえお姉さん、あっちゃんいつ戻ってくるん?」

 もう戻らない男達を待ち続ける少女に、何と答えればいいのか。
 彼等はもういないのだとありのままに伝えるのは簡単だ、しかしそれはあまりに残酷すぎる。
 聖処女は嘆きを心中に押し込み、いつもと変わらぬ優しい顔で、

「彼等は皆、少しばかりこの街を後にするようです。
 数日後にまた戻ってくるから、その時まで待っていてほしいと」

 ジャンヌは、この聖杯戦争で初めての嘘をついた。
 それは人を傷つけない為の、優しくて悲しい嘘。

「……それほんとなん?」
「ええ、本人達がそう伝えてほしいと」

 それを聞いたれんげは、不機嫌そうに俯いた。
 確かに不服だろうが、今はそれを信じてもらう他ない。

「"あっちゃん"でしたか。彼がしばらくは私と行動してほしい、と」
「分かったのん。でもうち、どこで寝ればいいのん?」
「それなら教会へ行きましょう。あの場にいれば安全です」

 ひとまずは、彼女を教会に連れていくとしよう。
 あの場所であれば、この子が他者に襲われる心配もない筈だ。
 カレンが何か言うだろうが、子供を外に放り出す程冷酷ではないと信じたい。

「ねえ、お姉さん」
「なんでしょうか?」
「うちな、あっちゃん達とカレー食べに行く約束してるん。
 だから、カレーはみんなが帰って来た時まで我慢するのん」

 歩き出そうとした時に、れんげがそんな事を言ってきた。
 彼女はあくまで、この街で最初にできた友達との約束を守る気であったのだ。
 それを聞いたジャンヌは、隣で歩こうとするれんげの手を、しっかりと繋いだ。


918 : 狂い咲く人間の証明(後編) ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 01:04:26 ZcbxchO20

 
【D-9/森林付近/二日目 未明】

【ルーラー(ジャンヌ・ダルク)@Fate/Apocrypha】
[状態]:健康
[装備]:聖旗
[道具]:???
[思考・状況]
基本:聖杯戦争の恙ない進行。
 0.れんげを教会で保護する。
 1.???
 2.その他タスクも並行してこなしていく。
 3.聖杯を知る―――ですか。
[備考]
※カレンと同様にリターンクリスタルを持っているかは不明。
※Apocryphaと違い誰かの身体に憑依しているわけではないため、霊体化などに関する制約はありません。
※カッツェに対するペナルティとして令呪の剥奪を決定しました。後に何らかの形でれんげに対して執行します。
※バーンに対するペナルティとして令呪を使いました。足立へのペナルティは一旦保留という扱いにしています。
※令呪使用→エリザベート(一画)・デッドプール(一画)・ニンジャスレイヤー(一画)・カッツェ(一画)
※カッツェはアーカードに食われているが厳密には脱落していない扱いです。
 サーヴァントとしての反応はアーカードと重複しています。

【宮内れんげ@のんのんびより】
[状態]ルリへの不信感、擦り傷
[令呪]残り1画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]十円
[思考・状況]
基本:かっちゃん!
 1.かっちゃんに友達できてよかったん……。
 2.るりりん、どうして嘘つくん?
 3.はるるんにもあいたい
[備考]
※聖杯戦争のシステムを理解していません。
※昼寝したので今日の夜は少し眠れないかもしれません。
※ジナコを危険人物と判断しています。
※アンデルセンはいい人だと思っていますが、同時に薄々ながらアーカードへの敵意を感じ取っています。
※ルリとアンデルセンはアーカードが吸血鬼であることに嫌悪していると思っています。
※サーヴァントは脱落しましたが、アーカードがカッツェを取り込んだことにより擬似的なパスが繋がり生存しています
 アーカードは脱落しましたが、彼は"生きてもいないし死んでもいない"状態に還ったので、かろうじてパスも生きています。


919 : 狂い咲く人間の証明(後編) ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 01:05:08 ZcbxchO20


 ◇◇◇


『この森を抜けた先に、恐らく子供が独りで待っている』
『狂信者の俺には最早叶わんが、どうかあの子に寄り添ってはくれないか』

 アンデルセンは、最期にルーラーにそう頼んでいた。
 あの生真面目な少女の事だ、きっと頼みを聞き入れてくれるだろう。

 アーカードという真祖が消えた今、宮内れんげはただの少女に過ぎない。
 そして主を喪った今、彼女は数時間の内に消滅する運命にある。
 つい昨日までか弱い子供に過ぎなかったれんげに、孤独な最期はあまりに酷であろう。
 かつて彼女を拒絶した自分には無理でも、ルーラーならば寄り添える筈だ。

 アレクサンド・アンデルセンは、異端狩りの狂信者だ。
 けれども同時に、子供達の善き父親代わりでもあった。

 ヴラドを喪った今、アンデルセンの死はもう避けられない。
 他のサーヴァントと再契約を結べば生き長らえれるが、もう聖杯戦争に関わる気もない。
 かつて廃教会があったこの廃墟で、最期の時を過ごすとしよう。

 そう、これでよかったのだ。
 死者の舞踏は太陽と共に姿を晦まし、生者の時間が再び始まる。
 地獄へ堕ちる背信者は、ここで役目を終えるべきなのだ。

 けれど、その前にやるべき事がある。
 一介の神父として、誇り高き人間を弔わねばならない。

「慈しみ深い神である父よ、貴方が遣わされたひとり子キリストを信じ、
 永遠の命の希望の内に人生の旅路を終えたヴラド・ツェペシュを、貴方の手に委ねん」

 アンデルセンが紡ぐのは、天へと昇る死者を見送る言葉。
 神の祝福があらん事を祈り、その者を"人"として尊ぶ詩。
 人間として化物を滅ぼした王を、ただの人として弔う。
 それがアレクサンド・アンデルセンという神父に今出来る、唯一の行動だった。

「我らから離れゆくこの兄弟の重荷をすべて取り去り、
 天に備えられた住処に導き、聖人のつどいに加え給え」

 明日になれば、アンデルセンは消えて無くなってしまうだろう。
 念の為、孤児院の従業員には前以て話をつけてある。
 子供達には悲しい思いをさせるだろうが、きっとすぐに立ち直れる筈だ。

「別離の嘆きの内にある我らも、主キリストが約束された復活の希望に支えられ、
 貴方の元に召された兄弟と共に、永遠の喜びを分かち合うことがあらん事を祈って」

 アンデルセンは祈る。闘争に勝利した王の、安らかなる眠りを。
 奇跡の様な巡り合わせで生まれた、無辜の怪物ですらないヴラド三世。
 きっとあの様な事は、これから先万に一つとして在り得ないだろう。
 故に、アンデルセンは弔うのだ。

「わたしたちの主イエス・キリストによって―――」

 そしてもう一つ。聖杯に託そうと考え、しかし諦めていた願い。 
 それは異教徒の消滅でもなく、カトリックの繁栄でもなく。
 孤児院を営むただの人間が抱く、大きくも美しき願望。

「―――Amen」

 どうか、全ての子供達が、幸福でありますように。






【ジョンス・リー@エアマスター 死亡】
【アレクサンド・アンデルセン@HELLSING 消滅】
【ランサー(ヴラド三世)@Fate/apocrypha 消滅】


920 : 狂い咲く人間の証明(後編) ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 01:05:30 ZcbxchO20


……



…………



………………



……………………



…………………………



………………………………



……………………………………



…………………………………………



………………………………………………



……………………………………………………あれから、だれだけ経っただろうか。


921 : 狂い咲く人間の証明(後編) ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 01:06:00 ZcbxchO20
 自分の中にいる数百万もの魂を、ただひたすらに殺し続けてきた。
 血の一滴も飲まずに、逃げ惑う腰抜けな魂を狩って裂いて千切ってきた。

 逃げ続ける腰抜けの魂を狩るのは、堪らなく退屈だ。
 そして、その退屈しのぎに思い出すのが、かつての記憶だった。

 それは、人として生き続けたヴラド三世との、己の存在を賭けた一騎打ち。
 人間である事を誇り、そしてそれを尊いものとしたあの男の信念は、身震いする程美しくて。
 ただの人間が見せてくれたあの輝きは、しっかりとこの眼に焼き付いている。

 そして、その度に痛感するのだ。
 やはり人間は、化物なんかより遥かに素晴らしいのだ、と。

 やたらと髪の赤い長身の男を仕留めると、自分の中の魂は一人と一匹になった。
 それは即ち、アーカード本人の魂と、生と死の狭間を飛び交う確率世界の猫の魂。
 これでようやく、自分は"どこにでもいれて、どこにもいない"状態になれたのである。

 虚数の塊となったあの日から、きっと数十年は経っている筈だ。
 いつになったら帰ってくるのだと、主はきっと酷く腹を立てているだろう。
 あれから小皺はいくつ増え、どれだけ美しく老いたのか、見物である。

 ああ、それにしても喉が渇いて仕方がない。
 飲まず食わずで数十年は、流石に堪えるものがあるか。
 挨拶を先に済まそうと思ったが、これでは土壇場で血を吸いかねない。
 本人を肉眼で捕えた途端、吸血衝動が膨らまなければいいのだが。

 もう邪魔する者はどこにもいない。
 自分はもう何処にもいないし、何処にだっていれる。
 三十年前に閉じた瞳を、もう一度開く時が来た。

 さあ、目覚めの刻だ。


922 : 狂い咲く人間の証明(後編) ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 01:06:36 ZcbxchO20









「おかえり、伯爵」



「ただいま、伯爵」








【アーチャー(アーカード)@HELLSING 帰還】


923 : ◆WRYYYsmO4Y :2017/02/20(月) 01:07:04 ZcbxchO20
以上で投下終了となります。


924 : 名無しさん :2017/02/20(月) 01:26:49 JXeZXMP.0
投下乙です。
二次二次の名簿が決定された時から誰もが一度は妄想したこの勝負。お見事の一言です。
男は帰るべき場所のために幼き少女と約束を交わす。これから起きる戦闘前最後のささやかな日常。
互いの従者が敗北するなど思わず主は黙ってその戦いへ見送るのがかっこいい。彼らには彼らの戦場があって誰にも邪魔されたくない戦いがそこにはあった。

吸血鬼同士の決戦は血で血を洗うようなに最初から全開でどんどん惹き込まれました。
お約束の台詞回しから遂に対峙した余と私。一つ一つの文が凝っていて続きが早く読みたくなる。
アーカードの声一つで一斉に動き出す影、死の河がどれだけ増幅しようがあいつはこんなところで終わらないと。
勢いがありつつ終焉の時にはどこか儚い切なさすら感じる幕切れ。完全燃焼、その胸は空洞なんかじゃなくていっぱいの満足と共に消えたでしょう。

それはジョンスも同じで、最後まで己から目を背けずに生命を燃やす。馬鹿だけどかっこいい。
最後の最後まで己を貫き通す人間は馬鹿で、かっこよくて、最高だ。
作品も最後の最後まで目が離せない。これがHELLSINGとして最高の終わり方でした!
なんか感想っぽくありませんが改めて投下乙です!


925 : 名無しさん :2017/02/20(月) 01:42:06 mfmjgy/Q0
投下乙です!
ヴラドVSアーカード、人間VS吸血鬼。己でありながら己とは最もかけ離れた存在との闘いはやはり熱い!死の河を突き進んでくる「人間」ヴラドの姿は読んでいるこちらにも眩しく映る…
そしてやはり、その結末は「化物」を「人間」が討ち取るという、ある意味では互いに望んでいたかもしれない幕引き。
>「人間とはやはり、いいものだな」
>「……当たり前だ」
この掛け合いも、やはり「人間」と「人間に憧れた化物」、両者の最期の会話として最高のものだったと感じました
そして、ほぼ死に体ながら、それでも「安いプライド」の為に立ち上がらずにはいられなかったジョンス。アーカードも感じたように、何処か先のヴラドにも重なるところのあるその姿は、神父も認めた通りまさしく「人間」。
その神父はといえば、人間の王に神父としての弔いを送り消える…だけでなく。「子供」であるれんちょんをジャンヌに託すのは、なるほどこの人が誰より適任だ。
約束は守られることなく、その存在すらも知らない消失へのカウントダウンをただ進むれんちょんと、そこに並び立つジャンヌの姿は儚い。れんちょんに幸あれ…!
…そして、最後のアーカード。参戦時期の都合からこうして帰還し、そして原作ラストへと繋がるとはなんともニクい演出。ヴラドに投げかけた最期の言葉、「さよならだ、伯爵」はここに掛かってたのか…!
総じて、まさしくタイトル通り「立ち向かう人間」の美しさをこれでもかと感じられた話でした。大作をありがとうございました!


926 : 名無しさん :2017/02/20(月) 01:50:51 BP.iYyQY0
投下お疲れ様でした。鮮血の伝承、ここに、終幕。
よくネタにされてたたったひとつしかスキルのないヴラドだけど、この話はそれすらも、ただの人間としての在り方のように書いていて凄かった。
零号による領土の上塗りを前に、領土がなければ自分の身体からしか杭を出せないのを、なればこそこの身こそが最後の領土、護るべき人間そのものと言い切ったのもそう。
極刑王の串刺しにしたという追撃を活かしたことだってそう。
このヴラド三世の、無辜の怪物を、鮮血の伝承を手放せた、ランサーであるヴラド三世を、設定も絡めまくって人間として書ききった作品だった。
誰よりも人間に倒されることを望んだ化物が、誰よりも化物を滅ぼすことを望んだ人間に倒される。
これはそんな物語。
そして共にヴラド三世だからこそ、最後にヴラドも評価を改めたように、ヴラドとアーカードはそこに通じるものがあったという最後もまた美しい。
アーカードに想起させた安いプライドを最後まで貫いたジョンス。
神父として人間を弔い、子どもたちの幸せを祈ったアンデルセン。
果たされぬ約束を待ち続けるれんげ。彼女の残った理由もあの時期から呼ばれたアーカードならではで。
どれもこれも素敵な物語だった。
でも、何よりも、「さよならだ、"伯爵"」が好き。さよならだ我が主やおかえり伯爵を思い出させた。
その上でそのおかえりとただいまな最後に持ってくのもまたこれ以上無い〆でした。


927 : 名無しさん :2017/02/20(月) 02:19:36 frFlRs2Q0
投下乙!

みんなが考えていたヴラド三世VSヴラド三世
これは予想できるありふれたカード、という意味ではない
参加者を見た時点で誰もが考えるカードであり、『やらねばならない』カードである
たとえば実在する格闘家をモチーフとする異種格闘漫画に、馬場と猪木をモデルとしたキャラが出てきたとして――そいつらが、試合しないでいいワケがねェだろォォォォッッ!
というくらいには、誰もが『あるだろう!』と予想するカードであり、だからこそハードルが高かったカードである

それを! 誰もが期待して、誰もが楽しみで、誰もが心のなかに高いハードルを築いていたカードを! 予約し――書き切っている
冒頭から今回はその話しだぜって感じで始めて、その上で書き切っている
それだけで感動でしょう。それだけで十分でしょう。しかし『それだけ』ではない
なにせ、二人のヴラド三世を『書いた』一作ではなく、『書き切った』一作であるのだから

自分と自分であり、化物と人間であり――いられなかったヴラド三世と、あり続けたヴラド三世
本来、その時点で勝ち目は決まっている
片方がヘルシングという作品のアーカードであるのなら、もうそれだけで勝敗はわかってしまう
ヘルシングを読んだ全員がわかる。わからないのは読んでいない全員であり、わかるのは読んだ全員である

『それを選んだ』ヴラド三世であれば、『それから逃げた』ヴラド三世に夜明けを見せねばならない

――のだが、それはあまりに難しい。
なんと言っても、吸血鬼は力が強い。ただの人間では到底敵わぬほどに、力が強い

しかし、しかし――だからこそ、吸血鬼の胸に杭を立てるのは、いつだって――――

アーカードは英霊の座から召喚されたサーヴァントではなく、己のなかの人間を殺し切り、あとは犬を殲滅していただけの化物だ
安いプライドなき犬を殲滅する作業に明け暮れていたアーカードは、安いプライドに引き寄せられ、そして安いプライドでもって打倒される
安いプライドだ。安いプライドがあれば、なんとだって、化物とだって戦えるんだ
そんなヤツらに会うために、彼はここに来たのだ。そんなヤツらがもういないところから、彼はここに来たのだ
そして、打倒されてなお、しかしアーカードは敗北した化物として帰還する
帰還をする/してしまう/する他ない化物に対して、人間は満足をして/悔いを残して/希望を抱いて終わりを迎える
人間として今回倒れた三人に帰還はないが――まさしく、それこそが証明だ

だからこのSSを読んだ俺は、安いプライドの前に倒れた吸血鬼と同じ感想を抱くのだ

素晴らしい。名作。感動をした。GJである。よかった。たまらん。グッと来た。……なんて言葉では足りないのだ! くそう!


928 : 名無しさん :2017/02/20(月) 02:23:01 5N/FkU160
投下お疲れ様でした
期待の大一番ヴラド対決ここに決着ッ……!
終わってみればさもありなん、化け物に勝つのはいつだって人間だ
正しく血で血を洗う激闘は収まるところに収まったとも言えますが、それだけに熱い物語になっていたと思います!
特にカズィクルベイを死の川で塗りつぶす、領土を侵すクロスオーバーは見事と感じ入りました
決着の果てを良い夢だったと表するヴラド3世の言葉にもグッとくる
征服王イスカンダルは王とは諸人を魅せ、共に夢を見る者と言っていましたが、そういう意味でも極刑王と不死王の主従ら素晴らしい王と従者だったなと
まさしく王道の傑作でした
こんな作品を書けるなんてやはり人間は素晴らしい


929 : 名無しさん :2017/02/21(火) 23:40:18 yuOUQQME0
投下、お疲れ様です
ヴラド同士の対決、決着ッ……!
このロワが始まってからずっと、この戦いを待ち望んでおりました。
何年も経過した末の決着、本当に満足です。素晴らしい。


930 : 名無しさん :2017/03/09(木) 10:36:47 9v8IPpGI0
乙です
英霊のコピーであるサーヴァントにとっては、聖杯戦争はただ一晩の夢なんだよね
でもその一晩の夢に己のプライドと願いを掛け本気で戦うのが儚くて熱い
そしてなんてことだ。二次二次はヘルシング最終回の前日譚だったのか


931 : 名無しさん :2017/03/21(火) 21:10:38 G0THNzsI0
FGOに人が持っていかれつつある中、どう動くか


932 : 名無しさん :2017/09/24(日) 13:17:23 gy9hhBmM0
ついに動き止まったな


933 : 名無しさん :2017/09/27(水) 05:21:00 5MVNp3NY0
くっだらねえこと書き込んで一々ageるのやめろ


934 : 名無しさん :2017/10/06(金) 13:09:41 CxJPDtyI0
次回最終回と聞いて……あれ?


935 : 名無しさん :2017/10/06(金) 13:34:59 a1RPKXNQ0
それトキワの方や


936 : 名無しさん :2017/12/24(日) 10:51:52 HIwQCazI0
やっぱり過疎ったか、まああんだけ纏まってなければ残当か


937 : ◆HOMU.DM5Ns :2018/06/24(日) 23:25:00 r0gE53mM0
お久しぶりです
これより投下します


938 : リブート ◆HOMU.DM5Ns :2018/06/24(日) 23:27:33 r0gE53mM0





……










………………














……………………………………













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939 : リブート ◆HOMU.DM5Ns :2018/06/24(日) 23:28:19 r0gE53mM0

では、聖杯戦争を始めます

所詮、人間など誰であろうと『魔王』に成りうる存在だ

“あぁ、そうさ。人類は負けない。最後には必ず勝つ。―――だが、いつまでこれを繰り返すのだ?”

感じられなくてもいいの、ただ忘れないで。人類はまだ希望が無くなった訳じゃないことを……。

――――生きろ。

もしかしてそこのキミ、おれをサーヴァントとして呼んじゃったマスターなの?

いいだろう、人間……いや我が主(マスター)――――闘争を始めよう

マ、マスター……揉むだけならば、そんなァッ! にゅう、乳頭は! そんな、な、なんで服の上から的確に!?

もし、この聖杯にも穢れがあったならば……その時は……

――――Amen

待たせたわね全国の子ブタ! 復活ライブの始まりよ!

———願いは、自分自身のためだけにしろ。

我が槍は殿下の栄光を闢き、我が盾は殿下の栄光を覆う」

小娘め……俺は歳取って出直して来いと言ったんだがな……ガキになって来るとは面白れぇじゃねぇか

真っ平御免だ。俺の心も魂も命も俺だけのものだ

だが、これだけは言っておく。俺を真に支配しようとだけは考えるな……!

聖杯を精液と愛液でいっぱいにするためかな!

私はキャスター。――――そして、未来のあなた自身

その力があれば、全ては統一される

お辞儀をするのだ

余が重んじるのは絶対なる力のみ。聖杯はまさしく余が手に入れるに相応しい力の塊なのだ

ドーモ、アサシンです

さあ祭りだ、祭りだ、祭りだワショ――――イwwwwwwww

…………やってみよう

……朧

少々趣向は違うようだが、やはり君は私と同じ『殺人者』のようだね。

・・・・■■、■■■■

■■■■――――!!」

……そうだ、次の聖杯戦争でもコンビ組もう!  優勝してFateの次回作に出れますようにって聖杯とキノコちゃんにお願いすればいいよな!


940 : リブート ◆HOMU.DM5Ns :2018/06/24(日) 23:28:54 r0gE53mM0


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始点記録(レコード)、保存。









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941 : リブート ◆HOMU.DM5Ns :2018/06/24(日) 23:29:58 r0gE53mM0


【空想電――

せめて名前を教えて欲しい。僕の名前を、僕が何というカタチをしていたかを。そしてできることなら呼んで欲しい。でも、無理だろうな。

な、貴様、狂戦士の分際で───ガッ!?

…………と……ちゃ……

――xxxxさん

……また、学校に……ま、ど……

行くぜ───バーサーカー。数分と持たねぇ身体だが、その命、幾らか貰っていくぜ

――悔しい

ヌウウウウアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!

ひとりぼっちでいい。でも死ぬのはいや。だっておかしいから。でもしぬのはこわい。ねえそうでしょ――

…………

見なよ、やっぱりこの世界なんて――――

イイイイイイヤアァァァーーーーッッ!

――――

……はは

さよならだ、"伯爵"

――約束なんか、するもんじゃねえな。

…………ああ…………良い夢、だった…………

―――Amen

----


942 : リブート ◆HOMU.DM5Ns :2018/06/24(日) 23:30:26 r0gE53mM0








最終記録(レコード)、保存。














システムの正常再動を確認。
おまたせしました。
リブートします。








◆◆◆◆


943 : リブート ◆HOMU.DM5Ns :2018/06/24(日) 23:31:46 r0gE53mM0






―――空に月が浮かんでいる。


何も不思議な光景ではない。
日が沈み空が暗色に包まれる夜になれば、雲が覆いにならなければ、誰もが毎日目にするものだろう。
物珍しい欠け方もしていない。いつも通りに見える月。

そう、月に変わりはない。
たとえ、異星文明の残した地球の観測装置ムーンセルが置かれた神のキャンバス台という真実があったとしても。月は変わらず其処にある。
あるとすればそれは、見上げる側の心境と、彼らが立つ位置の変化だろう。

それは方舟。
宇宙にすれば一時の、しかし地球からすれば遠大な軌道で周回する星を泳ぐ船舶。
月のムーンセルと交信し、地球全てを記録している膨大な演算能力を用いた舟、アークセル。
古き神代の頃より存在し、今も役目の為稼働している『古代遺物(アーティファクト)』。聖書の一説に乗るノアの方舟の再来だった。

その内部たる霊子世界に招いた数十名の人間(マスター)。
そしてその『つがい』となる、歴史に名を刻んだ英霊(サーヴァント)。
時間の前後を問わず、世界の壁も関係なく、編纂も剪定の区別もなく。
ありとあらゆる境界を超えた組み合わせが集い、覇を競い、月に至る階段に足をかける権利を得る。
事象改変の域にまで至った演算装置は万能の願望器に等しい。
おしなべて願望器を求める争いはこう呼ばれる習わしがある。



――――――聖杯戦争。



御子の血を受けた杯。世紀を跨いで追い求められる、奇跡を叶える器の争奪戦と。


944 : リブート ◆HOMU.DM5Ns :2018/06/24(日) 23:32:33 r0gE53mM0








そして現在。
アークセル内で再現された聖杯戦争の舞台『冬木市』の一角に建てられたキリスト教会。
礼拝堂には一人の少女が立っている。銀色の長髪を下ろした修道服の少女は目の前の虚空に手を出して指を滑らせて『業務』をこなしている。
聖杯戦争の運営役に選ばれた上級AI、カレン・オルテンシアは自らの役割にとりかかっていた。

サーヴァントの戦闘を人目につくのを禁じるルールを敷いてる以上、自然と戦いは夜に頻発する。
地上の聖杯戦争での監督役の代理として、NPCの魂の改竄による街の沈静化を図る。それがカレンに与えられた役割の一つでもある。

今後も街の裏で続いていく戦いは激化の一途を辿る。隠蔽対策の頻度は時を追うごとに増していくだろう。
優勝者である最後の一組が決まったその時、果たしてNPCの住民達はどうなっているのか。そもそも街は原型を保てているのか。
そこに思考を向ける事はなく、カレンは業務を粛々と進行させていく。


じき夜が空ける。
箱庭内の聖杯戦争が本格的に開始して丸一日が経った。
深夜と黎明にかけて繰り広げられた乱戦も波が引き、落ち着きを見せ始めている。
サーヴァント戦は夜が本番といっても、マスターには予選時代に定められていた役割(ロール)がある。学生であったり社会人であったりと部類は様々だ。
規則性を破り他のマスターに怪しまれる危険を無くそうと思えば、この時分に積極的な行動は控え休息に入る。
少しでも情報を得ようとサーヴァント単独に行動させたり、夜勤が常である等時間に囚われる必要性のない職であれば話は別だが、接触の機会は目に見えて減るだろう。
よって今はカレンの仕事も穏やかなものだ。NPCに大規模な混乱が見られない以上忙しなく働く必要はない。




「聖杯戦争には、常にイレギュラーがつきものだといわれています」



白く細い指が、虚空に浮かぶウインドウを踊る。
オルガンの鍵盤を鳴らすようにして、軽やかに、厳かに。


945 : リブート ◆HOMU.DM5Ns :2018/06/24(日) 23:33:08 r0gE53mM0




「この、月を望む聖杯戦争をはじめとした、世界に複数行われている聖杯戦争。
 その始点、全ての聖杯戦争の原型とされるのが、この冬木の地で生まれた聖杯戦争。
 ですが、その冬木でさえ完全な形で儀式が完遂され聖杯―――願望器が優勝者の願いを叶えたという記録は、アークセルには存在していません」



そこには多くの画面が映っていた。
NPC達のものではない。より細かで、価値の高い、膨大な密度のデータが行き交っている。




「はじめは召喚した英霊を制御できず、儀式ですらない殺し合いで無為に終わった。

 次回はルールが整備され戦争の体が成っても、徒に時間ばかりが過ぎ去った。

 三度目は、始まって真っ先に手に入れる器が壊れ全てがご破算。
 
 四度目は比較的まっとうに続いた形であったけれど、前回で生んだ歪みが全ての前提を覆した。
 
 そして五度目は、それまでの負債が回って完全に破綻した」



言葉を紡ぎながら、作業を滞らせる事なく。聞かせる聴衆も子羊もいない、伽藍とした講堂には音色だけが反響する。



「魔術師ではないマスター。規格外のサーヴァント。
 英霊の座からの来訪者を使い魔と定義付ける事により起こる様々な弊害。
 神域の魔術師が集まり造り出した聖遺物とはいえ、たった五度の施行で見えた傾向などたかが知れてるというもの。
 予測外の事態が出るのも当然のことでしょう。ええ、なら、今回もそういうことなのでしょう」



―――いや。
果たして聞き届ける者はいた。迷い人ではなく、彼女と職務を同じくする信仰の徒が。
赤い絨毯の身廊に立つ鎧姿の少女。カレンは独り言ではなく、そこにいる人物に向かって言葉を送っていた。



「そして、彼女がそれである。ということかしら、ルーラー?」



ステンドグラスから差し込む月光に眩く照らされる、鎧装束に身を包んだ少女。
夜に溶け込むような銀色のカレンに対して、幻想的な芸術画を思わせる金砂の髪。
どちらも、神の家に置かれるには似合いすぎるぐらいには神聖ではあろうが。

サーヴァント、ルーラー、ジャンヌ・ダルク。
異常の見られた現場に直接赴き判断を下す聖杯戦争の"裁定者"は、事態を収拾し拠点である教会に還ってきていた。


946 : リブート ◆HOMU.DM5Ns :2018/06/24(日) 23:34:25 r0gE53mM0





◆◆◆◆




『冬木の聖杯戦争』における教会には、ふたつの役割がある。
神秘の隠匿、サーヴァントの戦闘により起きた被害の事後処理。表社会に魔術の存在を知られてはならないという絶対の法。
歪めた情報を報道に流しての隠蔽、暗示による記憶操作、時には被害を受けた公的組織へ補填する等して徹底的に真実を闇のままに封じ込める。

そしてもうひとつは、サーヴァントと令呪を失い、聖杯戦争から敗退したマスターの保護だ。
他にマスターを失いはぐれたサーヴァントが出た場合、聖杯は新たに契約者候補に令呪を再配布する。
だがマスターに適合する資質の都合上、自然と新たに選ばれるマスターは以前にマスターであった人物が選ばれる傾向が高い。
その為、万全を期するなら他のマスターはサーヴァントを失ったマスターであっても殺そうとし、狙われる側も駆け込み寺を必要とする。
その用意として教会内には幾つかの客間が設けられており、その時の名残として、この電脳上の冬木教会にもセーフハウスの機能がつけられていた。
ここは上級AI、裁定者の権限が届く地帯。余剰リソースを与え実在証明の楔を打ち込めば、教会の敷地内にいる限り、サーヴァントを失ったマスターでも消滅を免れられる。


「まさか、本当に使う機会があるだなんて思ってもみなかったけれど」
「ごめんなさい。急に客間の用意を頼んでしまって」

カレンの零したように、本来これは使われる事はないとされていた機能だ。
なのでルーラーから『空いた部屋の準備とリソースを使用させて欲しい』と連絡があった時はどうしたことかと思ったものだ。

「ああ、そこはいいのよ。下働きは慣れていますし。
 私というAIの元になった人物も、そういう奉仕に従事していたようですし。
 私が言いたいのは―――その理由のほう」

すぅ、と目を細めルーラーを見据える。
睨むというほどではない透明な金の瞳は、なのに見る者に息苦しさを与えるような意を含んでいる。

「マスター・宮内れんげの教会での保護。
 中立であるべきルーラーがサーヴァントを失ったマスターを、それも違反行為を犯したサーヴァントのマスターを自ら匿うだなんて、本気かしら?」

南東の森でルーラーが保護して連れてきたれんげは、用意した客間で既に眠っている。
ただの子供の身で深夜の時間まで起きていたのだ。聖杯戦争を自覚していなくても心身の疲労は募っていて当然だ。
ひとまずカレンの承諾を得てから簡易的に身体スキャンを行い、部屋に案内して着替えさせるなりベッドに潜り、ものの数秒で熟睡に入ってしまった。
目が覚めるのは朝方か。子どもは眠るのも起きるのも早いものだ。


947 : リブート ◆HOMU.DM5Ns :2018/06/24(日) 23:35:09 r0gE53mM0


「ええ。本気でなければこんな決定は下しはしませんよ」

叱責・諫言ともいえるカレンの言葉にも、ルーラーは紫水晶の瞳を翳らせることなく答えた。

「―――方舟に乗り込む以前にサーヴァントと契約。記憶も失わず、NPCのロールも保有していないマスター、ですか」

道すがらにれんげから今までの簡単な経緯を聞いたジャンヌからの報告に、カレンも怪訝な表情をする。
それだけ、このマスターが異常極まるケースであるのを物語っている。

「契約が消失した後になっても自己崩壊の兆しは皆無。霊子を保っているだけならば前例のケースがあるけれどそもそも対象が不明、前者についてはまったくの想定外。
 確かに、イレギュラーの塊のような参加者ね」

サーヴァント無きマスターの生存の抜け道。それ自体は存在する。
過去に裁定者二人が直に目撃している、岸波白野を介した、遠坂凛と白野のサーヴァントとの疑似的パス共有だ。
凜自身のランサーを失って新たなサーヴァント・アサシンと契約するまでの僅かな時間ではあったが、肉体が消える兆候は現われなかった。
これは然程の問題もないとして裁定者側も認可していた。では一体れんげと契約を繋いでいるのはどのサーヴァントなのか。
更に問題とするべきはそれ以前の話。
方舟外でサーヴァントが活動して、第三者に『木片』を渡して召喚されたという、異例の事態についてだ。

「カレン。彼女について、分かったことは?」
「上級AIの権限でマスターの情報は取得しています」

浮かび上がるウィンドウに情報が記載される。
身体スキャンで得たれんげの内部データ。そして、カレンが持ち得る聖杯戦争参加者の詳細データだ。

「宮内れんげ。旭丘分校小学1年生。奇特な思考回路を持ち周囲を困惑させる発言をするものの成績は優秀。好物はカレーライスで苦手なものはピーマン。口癖は「にゃんぱすー」」
「……それ以外は?」
「飼っている狸の名前は「具」ですね」
「ほ、本当にそれだけなのですか!?」

実にのんびりとした情報(マトリクス)であった。ルーラーも思わず突っ込んでしまう。
AIに虚偽の申告は許されず、また不可能。彼女らに課せられた基本則はルーラーも理解しているが、それにしてもあまりにもな結果である。

「ないものは出せません。彼女の個人情報はそれで全てです。
 それとも細かな思考ルーチンや地上での行動ログも閲覧しますか?退屈なだけの日々なのに、愉快なものを見ている気分になれますよ」
「では、本当に彼女は―――」

虚偽は述べていない。隠された真実はない。それがれんげの全てであるということは。
悪意の扇動者に出会う因果がまったく見つからないというのなら。


948 : リブート ◆HOMU.DM5Ns :2018/06/24(日) 23:36:01 r0gE53mM0


「肉体の魔術的特質、魂の因果的資質、いずれにも反応なし。
 神秘に触れる環境下にもなく、特殊な過去も経験していない。
 意思なく資格なく、唐突に現われた悪魔に謀れ、流されるままにアークセルに乗り込んでしまった迷い子、いえ、密航者とでもいうべきかしら」

密航者。
参加権である木片は持っていても経緯が不条理だ。イレギュラー扱いもやむなしである。
だからそう呼ぶことは、ある意味で間違いではない。

「……資格なき、とは違うでしょう。彼女もまた一人のマスターであったことには変わりありません」
「ええ、そうね。彼女もれっきとしたマスター。それは事実。
 そして既にサーヴァントを失った敗退者でもある。本来ならとうに消滅し、魂は在るべき場所へ帰還しているはずの残滓なのに」

自ら戦うと決めたわけでなく、強制的に連れてこられたマスターを知っている。
魔術や異能の素養がなくても、戦おうとするマスターが存在する。
れんげよりも幼い子供のマスターだっていたのだ。
能力や意思に依らず、ここに集ったマスターには誰もが聖杯に触れる資格を持つべきだ。
あの交渉の場で、本多・正純にも語った言葉だ。

「あの子をこのまま消しはしません。見つけた異常を是正しなければ、それこそ運営の綻びの温床となりかねません。
 多くの謎が残っている。方舟の中を通れてしまうだけの抜け道が出来ている。それを確かめなくては。そうでしょう?」
「私情で生かすのでなく、聖杯戦争を恙無く運営させる裁定者として宮内れんげは活かすべき、と?」
「マスターとしてより、ただの子供として見ている。そこは否定しません。救えるものならそうしたいとも」

子供だからという贔屓。捨てられない感情はある。さりとて感情に走って差配を誤るほど子供でもない。
伝えたいのは、あの子は罰を受けなくてはならないような事をしたわけじゃない、ということだけで。

「それだけではない―――彼女が関わる啓示でも見えた?」
「……わかりません」

今度は、答えるまでに少しだけ間があった。

「見えた景色がある。夜の街と鈍い光。その中を動く影を追う中で、彼女を見つけた。
 けどそこにどんな意味があるか、どう捉えるべきか……今は測りかねています」

降りた啓示をどう受け取るかは当人の解釈による。
同じ光景を見た二者が、様々な差異から違う行動を取ることもあるだろう。
ルーラーはれんげを見たわけではない。ただ夜の街のざわめく様を俯瞰して、そこに潜む歪みの原因を追いに向かった。
しかしその根源たるベルク・カッツェは一足先に退治され、待っていたのはマスターであるれんげだった。
そしてルーラーをれんげの元に導いたのはアンデルセン神父。ランサー・ブラド三世のマスター。同じ神を信じる同士によって。

因果の線はあまりに複雑に絡み合っている。幾重にも積み重なって螺旋に捻れて、どんな結果を招くか見当もつかない。
あの時は保護を優先して手を取ったけれど。今更になって思いを巡らせてしまう。

生きているが死んでなければいけない者。敗残者にして廃棄物。
それが今のれんげの立場だった。存在と無の曖昧な境界線、その上に立っている曖昧な命。
今も現世に繋ぎ止めている、孤城の主と同じように。

力と呼べる一切を持たず、戦う意志すら皆無の幼子。悪辣な英霊に誑かされ巻き込まれた哀れな被害者。その認識で正しいはずだ。
それ以外に、いったいどんな価値を見るというのか。


949 : リブート ◆HOMU.DM5Ns :2018/06/24(日) 23:37:35 r0gE53mM0



「それでも、何度やり直すことになっても私はこの手を伸ばしたのでしょう。そこだけは、後悔はありません」

受け入れるリスクや矛盾、全てを承知の上で。
街の誰も記憶していない、何処にも行く事のできない、ひとりぼっちの魂。
世界にとってないに等しい小石を"在る"のだと、ジャンヌは信じて肯定する。

納得に足る理屈は幾つもある。けれど動いた理由はたったひとつで。結局それだけで迷いは晴れてしまう。
愚かな女だと自身(ジャンヌ)は思う。それでこそ聖女に相応しいと誰かは喝采する。
啓示の導かれた行動は正しい道筋に辿り着く。それは呪いにも似た宿命を見た者に背負わせる。
たとえその通行料に幼子の犠牲が含まれているとしても。


「そう。ならこれ以上、私から言うことは何もありません。
 積極的に肯定はしませんが、あなたの願いが叶うのを祈るぐらいはしてあげます」

カレンはジャンヌのマスターではない。同じ神を信じる徒であり、同じ裁定の任の同士であるが、それぞれが別個の人格だ。諫言はあっても強制の権限は持たない。
時には意見を違えることもあるし、それが相互に変化を及ぼす場合もある。
現にエラーは生まれている、どうあれ対処は必須だ。最大の手がかりを手放すべきではない。れんげを調べることは役割上外せない。
裁定者の枠組みを外れた動きでもなし、保護も正常な対応だろう。
それにあの子がマスターの資格を持つのなら―――試すことは、多い。

「まあ、これを知った外野がまた藪をつついてくるかもしれないけど」
「……重ね重ね迷惑をかけてごめんなさい」
「一度こうと決めたらてこでも動かない、周囲を巻き込むのも構わず爆進―――――ふふ、オルレアンの乙女らしくなってきたわね」
「わかりました、わかりましたから……!生前のことをそんなにつつかないでください……」

すると、通知音と共に、窓に映っていた無数の画面が消えた。
代わりに現れるのは一つの盤面だ。チェスの駒のように整理された名前。
そのうちの幾つかは、赤い壁に覆われるようにして塗り潰されている。

消せぬ死線(デッドライン)。魂の切れ緒。既に敗れた脱落者の情報。
サーヴァントもマスターも、この箱庭で消滅した参加者は全て克明に記録されている。
これらの死の羅列を以て方舟は一対の選別の材料とするのか。それはルーラーには分からない。
ルーラーはそれを見上げた。これは進行の証であり、あるいは罪の形でもある。ただ逸らさずに受け止める。


「いずれにせよ、夜がもうじき終わる。
 イレギュラーはあれど状況は順調に進行。脱落者は全体のおよそ三分の一。
 この調子なら、四日目を待つまでもなく勝者も決まるでしょう。我々も、あくまで我々の職務を続けていくまで」


願いは飛翔する。遥かな月を目指して大空を駆ける。
誰彼の持ち込んだ願いを運ぶ、二十八対の渡り鳥。
翼は砕け、道半ばで飛ぶ力を失い、固い海原に叩きつけられる未来しか待っていなくても。



「虚ろな揺り籠に微睡むのではなく、夢が届く新天地に至るために、貴方達はここに集ったのだから」


950 : リブート ◆HOMU.DM5Ns :2018/06/24(日) 23:38:15 r0gE53mM0





再開の時は此処に。
月を望む巡礼の旅人よ。辿り着く日まで、どうか足を止めないで。






「さあ、聖杯戦争を続けましょう――――――」


951 : リブート ◆HOMU.DM5Ns :2018/06/24(日) 23:41:36 r0gE53mM0




【D-5/教会/2日目 未明】

【カレン・オルテンシア@Fate/hollow ataraxia】
[状態]:健康
[令呪]:不明
[装備]:マグダラの聖骸布
[道具]:リターンクリスタル(無駄遣いしても問題ない程度の個数、もしくは使用回数)、移動キー(教会内の燭台、月海原⇔教会の移動可能)、???
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の恙ない進行時々趣味。
1.キャスター(ヴォルデモート)との会談について話す。必要なら職務の手伝いも。
2.ルーラーの裁定者としての仮面を剥がしてみたい。
3.言峰綺礼に掛ける言葉はない……があのキャスター(ヴォルデモート)との接触には複雑な感情
4.れんげの保護はひとまず了承
[備考]
※聖杯が望むのは偽りの聖杯戦争、繰り返す四日間ではないようです。
 そのため、時間遡行に関する能力には制限がかかり、万一に備えてその状況を解決しうるカレンが監督役に選ばれたようです。他に理由があるのかは不明。
※管理役として、箱舟内のニュースや噂などで流れる情報を操作する権限を持っています。
→操作できるのはあくまで「NPCの意識」だけです。報道規制を誘発させることはできますが、流出してしまった情報を消し去ることや、“なかったこと”にすることはできません。
※教会には『地上での冬木教会の機能』として敗退マスターを保護するための機能が残されています。本来は使用される想定のない機能です。


【ルーラー(ジャンヌ・ダルク)@Fate/Apocrypha】
[状態]:健康
[装備]:聖旗
[道具]:???
[思考・状況]
基本:聖杯戦争の恙ない進行。
1.???
2.れんげを教会で保護する。
3.その他タスクも並行してこなしていく。
4.聖杯を知る―――ですか。
[備考]
※カレンと同様にリターンクリスタルを持っているかは不明。
※Apocryphaと違い誰かの身体に憑依しているわけではないため、霊体化などに関する制約はありません。
※カッツェに対するペナルティとして令呪の剥奪を決定しました。後に何らかの形でれんげに対して執行します。
※バーンに対するペナルティとして令呪を使いました。足立へのペナルティは一旦保留という扱いにしています。
※令呪使用→エリザベート(一画)・デッドプール(一画)・ニンジャスレイヤー(一画)・カッツェ(一画)
※カッツェはアーカードに食われているが厳密には脱落していない扱いです。
 サーヴァントとしての反応はアーカードと重複しています。


【宮内れんげ@のんのんびより】
[状態]ルリへの不信感、すいみん中
[令呪]残り1画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]十円
[思考・状況]
基本:かっちゃん!
1.かっちゃんあっちゃんはっきょくけんが帰ってくるまで待ってるん。
2.るりりん、どうして嘘つくん?
3.はるるんにもあいたい
[備考]
※聖杯戦争のシステムを理解していません。
※昼寝したので今日の夜は少し眠れないかもしれません。
※ジナコを危険人物と判断しています。
※アンデルセンはいい人だと思っていますが、同時に薄々ながらアーカードへの敵意を感じ取っています。
※ルリとアンデルセンはアーカードが吸血鬼であることに嫌悪していると思っています。
※サーヴァントは脱落しましたが、アーカードがカッツェを取り込んだことにより擬似的なパスが繋がり生存しています
 アーカードは脱落しましたが、彼は"生きてもいないし死んでもいない"状態に還ったので、かろうじてパスも生きています。
※教会によって保護されています。教会内にいる限りは消滅の心配はありません。

再開の時は此処に。
月を望む巡礼の旅人よ。辿り着く日まで、どうか足を止めないで。






「さあ、聖杯戦争を続けましょう――――――」


952 : ◆HOMU.DM5Ns :2018/06/24(日) 23:43:33 r0gE53mM0
投下終了です。細々と続いていきますがよろしくおねがいします


953 : 名無しさん :2018/06/26(火) 02:15:06 trBXbshE0
投下乙です。
教会に匿われて、これでれんげもひとまず安心といったところでしょうか。
様々なイレギュラーが重なった彼女は本当にただの被害者なのか、やはりジャンヌも疑問なようで。
れんげという謎を残したまま、聖杯戦争はいよいよ二日目を迎えるのですね……。
タイトルの「リブート」も相まって、今後の展開にも期待できる一作でした!


954 : 名無しさん :2018/06/26(火) 14:11:38 LSwoFV.I0
投下乙です!
好きだったスレなので続いてくれて嬉しい


955 : 名無しさん :2018/06/28(木) 22:01:57 dSsEuOPQ0
アニロワifのWikiが荒らされてますよ


956 : 名無しさん :2018/07/08(日) 19:38:57 9GEXMGpU0
投下乙です
まさか更新が来るとは思わなかった、れんげが教会に保護されて良かった麻婆じゃないから安心できるぜ


957 : 名無しさん :2018/07/09(月) 02:07:04 U0bUqTGc0
投下おつ!
二次二次の復活にふさわしいタイトルからの締め!
冒頭のちょっとした総集編もそんなセリフあったあったになったしシリアスにギャグ混ざってるのもワロタw
れんげはほんまイレギュラーだもんなー
色々先が楽しみになる雰囲気作りだった


958 : ◆HOMU.DM5Ns :2018/09/19(水) 23:17:59 lIxk.IbY0
投下します


959 : ウェイバー・ベルベットの憂鬱(何度目) ◆HOMU.DM5Ns :2018/09/19(水) 23:19:34 lIxk.IbY0

   ▼  ▼  ▼



雨の強い日だった。
外に出るのも億劫になる、暗い淀んだ空。地面を削るように打つ水滴の音。
そんな悪天候でも、遊びたい盛りの少年にとっては新しい遊び場なのは変わらない。
雨には雨の日の楽しみ方がある。雨合羽に長靴の防水装備で、側溝に浮かんで進む、新聞紙で出来たヨットを追いかけている。
水がある限りどこまでも続くおいかけっこ。しかし遊びは唐突に終りを迎えるもの。流れるヨットはそのまま、用水路に続く大きく空いた溝に流されてしまった。

「僕のお小遣いがドブに!」

なぜそんなものをヨットに入れて流したのか。
急いで溝の傍に駆け寄って中を窺うが、残念ながらとうにヨットは見えない。

「ハァイ、ジョージー」

諦めて立ち去ろうとする少年に、その時陽気に呼びかける声があった。
前には誰もいない――――――と思った瞬間、ひゅうん、と音がした
ピエロだ。白粉を塗りたくったメイク、真っ赤な髪と鼻のピエロが薄暗い排水溝から顔を出したのだ。

「映画『デッドプール』観た?」

ピエロはそう問いかけた。
知らない少年、驚きながらも首を横に振る。

「えー、面白いのに。今ならレンタルやってるよ」
「言うてアメコミでしょ?ガチムチはないわ」
「いやいや、そう嫌厭しなさんなって」

興味無さそうな素振りを見せる少年にも、ピエロは宥めて言葉を続けた。

「ヒーローのデッドプールはおしゃべりで画面の前の視聴者にも話しかけてくるお調子者だ。コミカルで日本人受けもいい。
 でも映画の内容はラブストーリーだ。おちゃらけた孤独なヒーローが愛する人のために命を懸けて戦う王道を行くんだ。どう?」

語る内容に聞き入ってるうち、少年も面白そうに笑顔を見せる。

「面白そう!『インフィニティ・ウォー』観るわ」
「待てや!」

まさかの逆張りにノリツッコミ。
ピエロ、慌てて態度を直してあるものを取り出した。

「これを置いていっていいのかい?」
「僕のお小遣い!」

流されてしまっていたヨット(お小遣い入り)である。
失ったと思った宝物に少年の関心は再びピエロに向く。


960 : ウェイバー・ベルベットの憂鬱(何度目) ◆HOMU.DM5Ns :2018/09/19(水) 23:20:20 lIxk.IbY0


「返して欲しければデッドプールを観ろ」

ピエロの脅迫、もとい要求に少年の顔はたちまち渋いものに変わった。

「おぅ……そんな嫌そうな顔しなくても」

本当に嫌そうだった。

「更にお買い得情報もあげちゃう。続編のデッドプール2もレンタル開始だ。
 今度はハートフルなファミリー映画だぞ。予算が出たから演出も大幅アップで新キャラだってたくさん出る。なんとあの超豪華俳優もサプライズ出演してるぞ!」
「ウルヴァリンも出る?」
「えっあっうん」

ピエロ、言い淀む。
少年との間に気まずい空気が流れる。


「デッドプールはいいぞ、ジョージー」


ねっとりとした声で念押しするピエロ。
しつこい誘惑に少年もおずおずと手を伸ばす。少なくともヨットは取り戻したい。


「金枠詐欺の屑十連引くよりも何倍もお得だ。だから―――」


もうすぐ手がヨットに触れようとする直前、


「お前もユキオ沼に沈め!」



代わりにピエロの白い手が掴む。
最後に見たのは、大きく開けた口から覗く、牙が。





―――





ジョージは死んだ。ユキオちゃんの出番が少なすぎたのだ。
でもネガソニックちゃんと常に一緒ながらもベタベタくっつき過ぎない距離感は素晴らしかったと思います。
同性にせよ異性にせよカップルとはこうあるべきものだ。ワイトもそう思います。
どうかお幸せに。






   ▼  ▼  ▼


961 : ウェイバー・ベルベットの憂鬱(何度目) ◆HOMU.DM5Ns :2018/09/19(水) 23:21:23 lIxk.IbY0






雨の中でしめやかに行われる葬式の場面に移ったところで、テレビの画面が切り替わった。
テレビショッピングらしき番組では、深夜帯であるのを感じさせないテンションで商品を置いてけぼりに司会が笑顔を振り撒いてる。

「この時間ろくな番組やってねーな。深夜アニメは日本のオハコじゃなかったのかよ。クソアニメ炎上させてやろうと思ったのに。
 お、CCCチャンネルの司会変わってんじゃん。うわ今度は邪悪ロリかよ。この前はジャガーノートみてえなデカ女だったし節操ねーなー」

チャンネル連打して飽きたのか、スイッチを切って最後にリモコンを投げ飛ばす。
衝撃でリモコンは中の電池が外れてバラバラに散っていった。

「ふう、スッキリしたわ。手狭だしブラッドバスもないしで不満だらけだけど、これも庶民のワビサビってやつね。
 ホラ子ブタ、こっち座りなさいよ。話するんでしょ?」

リフレッシュにはなったのか、体を洗って心なしか気分も良さそうだなエリザが、ちょいちょいと隣の席を指差す。

「随分、時間がかかりましたね」
「そりゃあアタシ、アイドルだもの。身だしなみに手をかけるのは常識でしょ?いついかなる時にも見られる用意を忘れないのがプロの気構えよ。
 アナタもレディならちゃんと着飾ってみなさい?アタシほどじゃないけど、素材はいいんだから勿体無いわよ」
「これはちゃんと意味のある服装です。とやかく言われる筋合いはありません」

「そうだそうだ、言ってやれ!今でも十分エロい格好だが、もっとエロい服に着替えれば俺もまたセイバーの身体に興奮できるってな!」
「そうだぜねーちん、堕天使エロメイド霊衣解放のチャンスを待ってる読者(プレイヤー)のためにも今こそひと肌脱ぐ時だぜ。そして着る時だ」
「そしてなぜ意気投合してるんですか貴方達は………………いえ、わかってます。理由はわかってますけど……」

「そもそもお前ら、どうして僕の家に集まってるんだよ……」
「そりゃフラグ体質だからよ。あ、そうだウェイバーたんセーブ確認した?デスノボリ確認忘れんなよ?
 俺ちゃんみたいに死亡地点で復活(リスポーン)できるわけじゃねえんだから。幸運255全振りだから自動で成功してるだろうけど」

エリザとセイバーが話をしたり、孝一とバーサーカーは肩を並べてやんややんやと囃し立てたり。
その脇でウェイバーはげっそりとしていたり。
手狭な部屋は今は随分と賑やかだ。
三組のマスターとサーヴァントが一同に集まればこうもなるだろう。

「ちょっとデップー。アタシ喉乾いたわ。飲み物とってちょうだい」
「えーこのカルピス俺ちゃんが飲みたかったのに。代わりに新鮮なブラッド割りでどう?腕をスパッとすりゃ1リットルぐらい出るよ?」
「イヤよ。アタシ今は節約、もとい節血中なの。それにアナタの血、なんか魚の脂みたいにギトギトして美容に悪そうだし。どうせ飲むなら清らかな少女のが欲しいわ。
 そのーーー本当に必要な時は……気に入った人のなら、ちょっとぐらいはいいけどね?ね?」

「そんなあざといチラッ視線は全スルーですと。じゃあエリちゃん、つまりねーちんならOKってこと?白い花咲かせちゃう?
 いいよどんどんやってこうこの業界そういうの寛容だし。なにせトップのハゲが……これはいいか。
 あ、吸うのはおっぱいからが伝統だから忘れないでね」
【ネガソニ×ユキオいいよね】【おい誰だ今の】
「……んー、そうね。確かに血は美味しそうだけど、ちょっと好みからは外れてるわね」
「今とても失礼な誤解をされた気がするのですが。違いますから。そもそも英霊に年齢とか外見とかあまり関係ないのでは?」

他愛ないやり取りに、月の裏での生徒会活動を思い出す。
レオが普段とは想像もできない弾け方をして主に凛が被害に遭い、ラニが追い打ちをかけ、ガウェインは爽やかに流してユリウスがフォローに回っている。
隅っこではガトーが暑苦しくも回線越しにジナコにかまい、またにシンジも来たりする。
ムーンセルでは無かった出来事になり、憶えているのは自分だけになった記憶。
けれど過去がないこの体にとっては、抱きしめるように仕舞い込んだ楽しい思い出だった。


962 : ウェイバー・ベルベットの憂鬱(何度目) ◆HOMU.DM5Ns :2018/09/19(水) 23:22:16 lIxk.IbY0



「さて……それでは始めても宜しいでしょうか」


気を取り直したセイバーは全員を見渡してから一息置いて、意を決したように話を切り出してきた。


D-6マンションのキャスター戦からの付き合いになる、ウェイバー・ベルベットと覆面のバーサーカー。
さっきコンビニで知り合った、真玉橋孝一とウェスタンルックのセイバー。
そして自分とエリザ。

3組で小さなテーブルを囲む。真ん中にはさっきコンビニで買ったサンドイッチに各種お菓子類。
戦いもせずここまでマスターとサーヴァントが集うのは、ここでの本来の聖杯戦争では珍しいだろう。
それというのも目的は戦闘ではなく話し合い、情報の共有だ。



「前置きを抜きにして伝えます。我々の目的は、聖杯戦争を変えることです」



「は、はぁ?」
「聖杯戦争を変える?どういう意味、それ?」

ウェイバーとエリザの困惑ももっともだ。かくいう自分も最初聞いた時は似たような反応だった。

「簡単だ。俺は聖杯が欲しい。それを使ってどうしても叶えたい願いがある。みんなのおっぱいを幸せにしてやりてえんだ」

疑問への答えは孝一が答えた。
「おっぱ…………は!?」と狼狽えるウェイバーを他所に孝一は続けて言葉を重ねる。

「けど、その為に誰かを殺して、殺して回って手に入れるなんてのは真っ平ごめんだ。
 おっぱいはな、やわらけえんだよ。恭子のおっぱいがなけりゃダイミダラーのコクピットもあんなに虚しいんだ!
 おっぱいの為に命が犠牲になるなんて、絶対にあっちゃならねえ!」

グッ、と拳を握って力説する。
節々の言葉のおかしさは置いといて、その言葉には偽りではない熱があった。
邪ではあるが邪悪ではないとでもいうのか、清々しくなるほどに真っ直ぐで、裏など見えない思いが気迫。

「だから俺はどっちも取る。おっぱいがふたつあるなら両腕で揉めばいい、それと同じだろ!
 ここの聖杯戦争で人が死ぬっていうなら、そこから変えさせる。無理なら脱出して別の場所でやりゃあいい。
 俺は何度も別の世界ってやつを見てきたし、行ったこともある。だったら可能性はゼロじゃねえ。ゼロじゃなけりゃあ、なんとかなるはずだ。
 無理とか無茶だとかは聞かねえ。俺は聖杯戦争でこうするって決めた。だからその為に動く。それだけだ!」


963 : ウェイバー・ベルベットの憂鬱(何度目) ◆HOMU.DM5Ns :2018/09/19(水) 23:22:51 lIxk.IbY0


聖杯戦争に優勝する、というのではなく、ただ否定するだけじゃない、第三の選択肢。
聖杯戦争という枠組みを覆す、という方針を孝一とセイバーは掲げるのだ。
聞いただけでは突拍子もない計画だ。とても実現するとは思えない。
まるで水面に映った月を掴むような行為。
そんな無謀をしようとしていた存在を―――自分は知っていた。

「ああ―――そういうこと。BBがやろうとしていたのと、似たようなことをやるつもりなのね」

エリザもやはり、同じ相手と結びつけていた。
月の裏のサクラ迷宮。暴走した上級AI、BB。
彼女が冒した無謀な違法(チート)の数々による、ムーンセル中枢への侵食事変だ。

戦いを回避できるとしたらそれが一番理想的な結末だ。
だが自分達は既に知っている。ムーンセルのシステムを改変する事が、どれだけ重い代償を支払う羽目になるのか。
百数十体ものサーヴァントを取り込み、女神の権能を手に入れたBBですら致命的な故障(バグ)を負ってしまった。
■■■によって狂わされ、あらゆる制約を破ったBBは現実の地球人類を絶滅させるようムーンセルを運営した。
異星文明の遺物であるムーンセルの防壁を破るのはそれほど厳重なのだ。
それを侵食するとすればそれこそ同じ、異なる文明の飛来物のような特例でしかない。
アークセルとムーンセルは別の存在だ。けれど平行世界を渡り泳ぐ方舟、強大極まるのはどちらも変わらない。
あの出来事を知る身としては、慎重に考えざるを得ない。


「……何だよ、それ」

零れた声が、いっとき静まった部屋に小さく響いた。
ウェイバーのものだ。
表情は困惑を超えて、わけがかわらないといったように憔悴している。

「戦う気がないって……じゃあお前、なんで聖杯戦争に参加したんだよ!」
「なんでって……ペンギン帝王からこいつを貰って、とんでもなくエロいイベントがあるって聞いたからさ」
「ふざけるなよ!そんないい加減な理由で……」
「じゃあさウェイバー、お前は何の為に聖杯が欲しいんだ!?」
「え……」

なおも食ってかかろうとしたウェイバーだが、孝一の言葉に頭から水を浴びせられたように急に動きを止められた。

「お前の願いは、おっぱいを奪う事より大きいっていうのか!?巨乳好きかよお前チクショウ俺だって大好きだ!」
「お―――胸の事ばっかり言うなさっきから!」
「え、ウェイバーたん巨乳派だったの?事件簿でバディがグレイたんだったしロリショタ派だと思ったのに。
 それとも将来に向けてゲンジ・ヒカル計画でも立ててる?確かにスゲエもんな乳上」
「勝手に人の性癖を決めるな!あと誰だよグレイって!」
「そうですね。まずはそこを知っていなければ我々の話も進まない。
 貴方方の、聖杯に託す願い。それを教えては貰えないでしょうか」

興奮する孝一(そしてバーサーカー)を制しながらセイバーは、全員に向けてそんなことを尋ねてきた。


964 : ウェイバー・ベルベットの憂鬱(何度目) ◆HOMU.DM5Ns :2018/09/19(水) 23:23:19 lIxk.IbY0


「私は―――少しでも多くの人が幸せになれる未来を求めてサーヴァントとして現界しました。
 絵空事と笑われてもおかしくないとしても、私はそれを諦めきれない。この魔法名(な)の誓いを捨てる気はない。
 そういう意味では……あくまでそういう意味のみでしたら、マスターと共通した願いであるといえます。
 ですから――――――それが人と世を乱す邪悪でない限りは、皆の願いも叶えられるべきである。私とマスターはそう考えています」

つまり、セイバー達の望みを叶えることは、他の願いも聖杯に受け入れられる結果に繋がるかもしれない、ということだ。
みんなを幸せにする。曖昧で、明確な境界線が無い、魔法のような言葉。
心からそれを願いだと口にしたセイバー。あるいは奇蹟によって名を残した、聖人のような英霊なのかもしれない。

「子ブタ。コイツらのこと、信用するの?」

自分の中で最も冷え切った部分が、彼らと共にいる危険性を警告している。
現状、二人の目的は具体性に欠いたものだ。
聖杯戦争の改変、打破は方舟への反逆の方針だ。裁定者であるルーラーと対立する結果もあり得る。
目標が一致してるのは途中まで。最後にどうなるかまでは未知数だ。どこかで、道を分かつかもしれない。

鋼となった血肉。叩き上げられた精神。
表の聖杯戦争。戦いの王の後継者を育てるべく改竄された熾烈な生存競争の勝者としての感覚。
それらの全てが、他者の夢想に付き合い破滅する愚を訴える。


隣に座る少女を見やる。
魔性の角。染み付いて落ちない血臭。落ちに堕ちた半英雄。
けれど今は頼もしい味方である、自分のサーヴァント。

「な、なによ、そんなにまじまじと熱っぽい視線で見つめて……。
 ひょ、ひょっとしてどこか変なとこある?鏡チェックしたわよちゃんと?」

そう。駆け抜けてこれたのは、ただ勝つことを目指したからじゃなかった。
敵だった相手、戦う仕組みだけの相手に手を伸ばしたこともあった。結果としてエリザのように並び立つ関係になってもいる。
聖杯戦争のルールに則り勝ち上がりながらも、最後にはその頂きに立つ何者かを否定した。
そうしたのは単純な理由、命が失われるから。
先程まで話していた相手が、今は世界のどこにも存在しない。
その声も姿も意志も願いも、二度と還らない。
対戦者を倒す度覚えたあの喪失感と痛み。戦争を否定する理由なんてそれだけで足りている。
きっと理屈じゃない部分で、自分はそういう風に出来ている。


965 : ウェイバー・ベルベットの憂鬱(何度目) ◆HOMU.DM5Ns :2018/09/19(水) 23:23:45 lIxk.IbY0


「――――――ま、そうよね。アナタがそうする男だから、アタシも少しだけ救われたんだし。
 先に言っとくけど、アタシの願いはこの子ブタに力を貸すコト。
 永遠に救われないアタシに許された、許されないはずの贖罪の機会。そのためなら田舎から金星まで今は地道に巡業中ってワケ」

溌剌としたエリザの言葉に心が軽くなる。
自分の願い、先程セイバーに伝えていた通りの答えを改めて告げる。
喪われた記憶を取り戻す。方舟の真相を、聖杯戦争の謎を解き明かす。そのためになら、協力関係を結びたい。

「―――ありがとうございます。助力に心から感謝します」

姿勢を正してセイバーが頭を下げる。
孝一は気持ちのいい笑顔を見せて親指を立てていた。

「ああ、よろしくな白野。しかし幸先がいいぜ。いきなりペンギン帝王に近いやつに会えるなんてな!」

ペン………………なんだって?
いま、とても不思議な響きの言葉を聞いた気がする。

「気持ちはわかります。すみません、後で説明をしますので」

こちらの主従も中々大変そうだ。主にサーヴァントの気苦労の面で。
ともかくこれで同盟成立だ。一日が経ってからようやくのそれらしい前進、結果何が待つかはまだ不明瞭だが、最初の一歩といえるだろう。


「じゃあ、次はウェイバーだな。お前、聖杯に何を願うんだ?」




   ▼  ▼  ▼



ウェイバー・ベルベットが聖杯戦争に挑む理由は明らかであった。
若輩ながら才ある己を歴史の浅さから顧みもしない魔術協会へ痛烈なカウンターを浴びせる。
権威も肩書も意味を成さない実力勝負、自らの力量を魔術世間に知らしめる一大好機と見て、偶然手にした聖遺物―――
師にあたるケイネス・エルメロイが聖杯戦争に参加するにあたって取り寄せていた触媒を用いて海を渡って舞台たる日本に向かっていた。
全ては自分が一流の魔術師であるのを証明するため。
魔術の歴史に不朽の名を残すべく、生を受けたこの身の不条理を覆すべく全てのチップを賭けたのだ。


966 : ウェイバー・ベルベットの憂鬱(何度目) ◆HOMU.DM5Ns :2018/09/19(水) 23:24:17 lIxk.IbY0


「……」

いまウェイバーは問われてる。なんのために聖杯戦争に参加したのか。聖杯を手に入れ何を願うのか。
魔術師としての名声と誇りを手中に収める。あるいは欠けている魔術の力量を埋めるよう願うでもいい。
魔術師なら誰もが口を揃えてそう言う。なんら恥じ入るものではないはずだ。
なのにいつまで経っても、ウェイバーの理想は言葉にならず口ごもるばかりだった。

―――なんなんだろう、コイツらは……

目の前の二人のマスターは、正式な魔術師ではない。
白野は魔術戦では何らかの礼装に頼ってるらしく、本人の技量は大したものではない。
孝一に至っては煩悩まみれの単細胞だ。どうしてこんな奴がここまで残ったのが不思議でならない。
そんな二人は、聖杯戦争の改変を目指すとのだという。
方舟のシステムを探求し、誰も犠牲にすることのない場所で聖杯戦争を再開させるのだと。

現実の見えてない絵空事と一笑に付せばよかった。ここに来る前のウェイバーなら考えるまでもなくそうしただろう。
それがもうできないでいるのは、彼らが『戦う者』の目をしていると感じ取ったからだった。

岸波白野。見るべきものもない、どこにでもいそうな平凡な印象の少年。
彼はこことは違う『月の聖杯戦争』に参加し、そして最後まで勝ち抜いたのだという。
更には月の裏などという、得体の知れない体験もしているらしい。
それが虚偽や虚仮威しでないことは、これまで見た戦いで十分理解している。
ニンジャのアサシン戦で見せた肝の据わりようと、戦術の指示の冴え。幾度となく死線を超え、逆境を乗り越えたた戦士であると証明していた。

あの真玉橋も、いつもの巫山戯た調子は完全に鳴りを潜めさせて熱弁を振るっていた。
そこには希望的観測ではない確信が伴っており、世界を移動云々も信じさせてしまう謎の説得力がある。
あんな間抜けですら、本人なりに命を懸けて、掴んだ成果があるというのだろうか。
そしてそんな両者と比して―――今の自分の有様はどうか?

地上の冬木とは違う、月を望むアークセルの聖杯戦争に招聘される羽目になったのを皮切りに、ウェイバーの目論見はいとも容易く瓦解した。
召喚されたのはまるで制御の利かないバーサーカー。お喋りで意味不明な発言を吐き出す品性下劣な男。
勝手に行動して戦闘してたのを令呪を消費してまで呼び戻し、また勝手に行動してアサシンと戦闘し、マンションのキャスター討伐では魔力の過剰供給に嘔吐した。
ブレーキの壊れた車の如き無軌道ぶりにウェイバーは終始振り回されっぱなしだった。
一度としてこの暴れ馬を制御できた試しがない。常にやってくる問題に受け身になるしかなく、ウェイバー自身の意思で行動できた事は数えるほどもなかった。


967 : ウェイバー・ベルベットの憂鬱(何度目) ◆HOMU.DM5Ns :2018/09/19(水) 23:24:45 lIxk.IbY0


「ぼ、僕の望みは……望みはな――――――」

自著の論文を講義にひけらかせてとわれれば堂々とやってのける自信があるのに、いまは胸がつかえたように言葉が出ない。
とどのつまり、ウェイバーはとてつもなく場違いなのだと感じ始めていた。
二人が方舟では異端の立場だとしても、自分の卑小さを散々見せつけられた形となった今となっては、沽券にこだわる自分がどうしようもなく無様に見えたのだ。
時間が経つごとに葛藤が胸を焦がす。
時計塔でケイネス講師に屈辱的に痛罵された時とも、戦場でバーサーカーに振り回された時とも違う未知の感情が熱となってウェイバーの内面を蝕んでいく。

「オイオイお前ら次作書くのに前作見直してないのかよ。映画のあらすじ見ないで視聴しちゃうタイプ?
【スキップしますか?】のアイコン見えてないの?
 俺ちゃんはFate作品にデビューお願いしたいから事件簿で主人公やったり他作品出ずっぱりのウェイバーたんをマスターに選んだって言ったじゃん。
 外部コラボ頑なに拒んでるけど俺ちゃん映画の例もあるし金チラつかせればいけるって」
【つまり実写映画化か】【やめろ『DRAGONBALL EVOLUTION』の比じゃねえぞ】

そして悩みの種である当のバーサーカー、デッドプールは空気を読まず、お喋りな口を割り込んできたのだった。


「デップー、うるさいわよ。口を糸で縫い付けられたいの?今はアナタのマスターに聞いてたんじゃないの」
「喋らない俺ちゃんとかエリちゃん拷問えげつねえな。糸の出せなくなったスパイディかよ。
 そんなんされたらタイムマシン使って過去の自分撃ち殺したくなるわ」

……信じがたいことだが、さっきから白野のランサーだけはバーサーカーとある程度会話が成立しているようだった。
「類友……」と白野が誰にも聞こえない声量でぼそりと呟いたのをウェイバーは聞いた気がした。

「スパイディ(蜘蛛男)?なに、アナタNY出身の英霊なの?やだ、アタシの名前ってそっちにも知れ渡ってるの?
 流石アタシ、気づかない内に英霊界のハリウッド進出を果たしてたなんて……!」
「ああバリエーションの多さは人気キャラの証だ。ハロウィンにもビキニ勇者にもメカにもなってるし量産もされてる。
 しかし魔○村からメカゴ○ラとか作者何考えてんだろうな。ヤバイ吹き出しでも見えてる?
 多分次のハロウィンはゾンビとかだぜ。定番だよなズンビーヒーロー」
「メカってなによーーーーーーーーー!?ゾンビになんか死んでもならないわよ!?
 それじゃあ、イロモノのヨゴレ芸人みたいじゃない!」
「えっあっうん」
「否定しなさいよーーーーーーーーーーーーーー!!」
「ッッ!ああもううるさいうるさい!」


968 : ウェイバー・ベルベットの憂鬱(何度目) ◆HOMU.DM5Ns :2018/09/19(水) 23:25:24 lIxk.IbY0


ランサーの壊れたラジオじみた叫び声とバーサーカーの異界の言語じみたスラングの嵐。
悪夢のコラボにキンキンと痛む耳鳴りに晒される内に、とうとうウェイバーの苛立ちは頂点に達した。

「なんで勝手に僕がおまえらに協力する話で進んでるんだよ!
 方舟がなんだとか、聖杯戦争を変えるとか人助けとかッ、僕はな、そんなのはまったく、これっぽっちも興味はないんだ!」

自分でも説明のできない巨大な感情を吐き出す。癇癪といわれようと構わない。
自分の首を絞めると思考で分かっていながらも、言わずにはいられなかった。

「お、おいどうしたウェイバー。欲求不満か?」
「いいから出てけよ……僕はお前たちに協力なんかしないからな!絶対だ!」

席を立って拒絶を示すように踵を返す。自分から逃げてるようだ、とは努めて考えなかった。



「ウェイバーたん……それってテンプレ?」
「絶対だからな!」


返事を待たずに扉を締める。
白野も、孝一も、何よりも目障りなバーサーカーをとにかく視界から遠ざけたかった。
流されるまま流されて波に飲まれて消える自分の惨めさだけが、ジグジグと鈍痛になって残っていた。




   ▼  ▼  ▼



「くそぅ、ウェイバーのやろう何が悪かったっていうんだ……もうエロ本や覗きじゃ物足りないっていうのかよ……!」

仕方なく取り付く島もないウェイバーを置いて外に出る。
夜はまだ更けているが、そう遠からず日の出が見えてくる頃合いだ。

「少し、話を急かしすぎたようですね……」

ウェイバーに拒絶された理由は、彼の動機に不用意に触れてしまったからだ。
誰にだって触れられたくない心の部分がある。それが願いとなるほど真摯に思うものならなおさらのこと。
聖杯戦争に挑む者とは誰もがその決意を抱えた者達だ。自分や孝一はいわば異端の立場のほうだろう。


969 : ウェイバー・ベルベットの憂鬱(何度目) ◆HOMU.DM5Ns :2018/09/19(水) 23:25:57 lIxk.IbY0


「まったくだわ。礼儀もなってない上、ちっちゃいプライドに拘っちゃってみっともないネズミよね」
「ツン期の到来だな。ジンクスがあるんだよ、ツンデレは早死にしやすいって」
「なぜ、貴方も外に出ているのです?」

なぜだかバーサーカーも、ドアに寄りかかって孝一が置いてった雑誌を読んでいた。

「しばらく顔を見せるなってさ。まだマスクの中も見せたことないのに失礼だよな。
 けどこの贈り物もよくないぜ。3Dのおっぱいが目と鼻の先に届くのにエロ本に″頼る″とか虚しくならない?」

パラパラと扇情的な表紙の雑誌をめくって、袋とじを指で乱雑に裂いて中身を見ている。
どうやら彼もウェイバーに追い出されたらしい。自分のサーヴァントも締め出すとは、思ったより根が深そうだ。

「なんでしばらくブラブラしてるわ。流石に今回は空気読んで他の予約に割り込んだりもしない。賢者タイムってやつ。
 けどもしウェイバーたんがツンデレ拗らせて優勝ルートに舵切ったらタイトルが『デッドプールキルズ・タイプムーン』に変更するから。
 はくのん切嗣マン赤アーチャーBANして、そっから1ページにつき1組殺していってコミック一巻分で完結って寸法なんで、そんときゃヨロシクね」
【吹き出しの色が赤くなったら開始のサインだ】【ウィキじゃなきゃ色出ないだろ】

「あーあー、やっぱ征服王みたくはいかねえなー」と去り際に零しながらバーサーカーは階段を降りていった。
その背中からは、いつもの調子の良さが少しだけ抜け、別の感情が見え隠れしていた。
他者から理解できなくても、狂人には狂人の理念がある。
彼なりにもこのまま孤立するウェイバーの身を案じてるのかもしれない。


「それより追い出されちゃったわよ、部屋どうするの?子ブタの家まで戻るの?」

C-8にある自宅のアパートまではそう遠くないが、エリザの言う通り少しでも休息は取りたいところだ。
帰路の途中で敵に襲われでもしたら目も当てられない。

「それなら俺の家に来いよ。丁度聞きたいこともあるしよ。ウェイバーだって気が変わってエロ本を取りに来るかもしれねえしな」

ウェイバーの部屋の隣のドアを指さして、孝一からそんな提案をされた。
ついさっきまでそこに入っていたのだし、確かに抵抗もない。エリザの方を見ると構わないわ、と返事が来た。
厚意に甘えて厄介させてもらう。

「よし、じゃあ聞かせてもらおうじゃねえか白野。優勝者の武勇伝ってやつを。
 おまえが聖杯戦争で出会った中で―――一番揉みたいおっぱいについてな!
 へへ、覚悟しろよ。今夜は寝かさねえぜ……!」」

と思っていたところにまさかの徹夜突入宣言。
生徒会での記憶が蘇る。これはレオとガウェイン、ユリウスの四人で囲んだこともある、同性のみに許された男子トークタイム……!


970 : ウェイバー・ベルベットの憂鬱(何度目) ◆HOMU.DM5Ns :2018/09/19(水) 23:26:47 lIxk.IbY0


「なんとなくだが、初めて会った時からおまえからはエロい逸話を持ってる気がしてならないんだ。妹もエロい格好してたしよ」

だから妹については誤解なのだが……………………
しかし孝一の嗅覚は侮れない。サクラ迷宮攻略の過程で生じたセンチネルの攻略において、不本意ながらも女性の嗜好問題について触れる機会は多くあった。
赤裸々に語っていいものでもない―――そもそもそのうちの一人がここにいるエリザだ。
なので話題に出さなかったのだが、それを察知したのだとしたら彼のエロの探求力は本物と言わざるを得まい。
どうする。このまま夜通し彼女たちのSG(シークレットガーデン)を開示するしかないのか。

「いえ、マスター。今夜はもう遅いですし明日に備えて眠ったほうがいいでしょう。彼も疲労してるようですし、さらなる負荷をかけるものではありません」

止めに入ったセイバーの心遣いが身に染みる。
孝一を抑えられる彼女がある意味、このチームの防波堤なのかもしれない。
ひとまず今夜は体を休めて、朝になったらもう一度ウェイバーを尋ねて話をしてみよう……。




「あ、ちょっと待った。いま閃いたんで最後に聞いてくれ」

そこに、戻ってきたバーサーカーがにゅっと顔だけを出してきた。

「ねーちんの新霊衣、上半身マッパでおっぱいのさきっちょにピエロの鼻みてえに真っ赤なイチゴ乗せて隠すってのはどうよ?」
「そ――――――――――それだぁ!」
「寝ろ!!」

セイバーの豪速のハイキック二連が、鮮やかな角度で二人の頭部へと決まった。








……ちなみにこの後、質問攻めに耐えかね
『96が階段上から顔にダイブ』『160の谷間をまさぐる』等の事例を白状する羽目になり
孝一からは揺るぎない信頼と敬意を得られたが、女性陣からはナイフより冷たくえぐる視線を送られる夜を過ごした、とオチがつくのだった。


971 : ウェイバー・ベルベットの憂鬱(何度目) ◆HOMU.DM5Ns :2018/09/19(水) 23:29:13 lIxk.IbY0
【C-5/賃貸マンション・ウェイバーの自室/未明】


【真玉橋孝一@健全ロボ ダイミダラー】
[状態]瘤と痣、魔力消費(小) 、白野への揺るぎない敬意(エロ方面)
[令呪]残り1画
[装備]学生服、コードキャスト[Hi-Ero Particle Full Burst]
[道具]ゴフェルの杭
[所持金]通学に困らない程度(仕送りによる生計)
[思考・状況]
基本行動方針:いいぜ……願いのために参加者が死ぬってんなら、まずはそのふざけた爆乳を揉みしだく!
0.他のマスターを殺さずに聖杯を手に入れる方法を探す。
1.白野陣営と協力する。ウェイバーとはもっかい話したい。
2.ペンギン帝王のような人物(世界の運命を変えられる人物)を探す。
3.好戦性の高い人物と出会った場合、戦いはやむを得ない。全力で戦う。
π.救われぬ乳に救いの手を―――!
4.アサシン(カッツェ)の性別を明らかにさせる。
5.お、おっぱいのスケールで………………………ま……………………………………まけた。
[備考]
※バーサーカー(デッドプール)とそのマスター・ウェイバーを把握しました。正純がマスターだとは気づいていません。
※アサシン(カッツェ)、アサシン(ゴルゴ13)のステータスを把握しました。
※明日は学校をサボる気です。
※学校には参加者が居ないものと考えています。
※アサシン(ゴルゴ13)がNPCであるという誤解はセイバーが解きました
※白野陣営と同盟を結びました。『聖杯戦争の真相を究明する』という点で協力します。



【セイバー(神裂火織)@とある魔術の禁書目録】
[状態]健康、魔力消費(小)
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:救われぬ者に救いの手を。『すべての人の幸福』のために聖杯を獲る。
0.他のマスターを殺さずに聖杯を手に入れる方法を探す。
1.マスター(考一)の指示に従い行動する。
2.白野陣営と一時的に協力。
3.バーサーカー(デッドプール)に関してはあまり信用しない。
4.アサシン(カッツェ)を止めるべく正体を模索する。
5.聖杯戦争に意図せず参加した者に協力を求めたい。
[備考]
※バーサーカー(デッドプール)とそのマスター・ウェイバーを把握しました。正純がマスターだとは気づいていません。
※真玉橋孝一に対して少しだけ好意的になりました。乳を揉むくらいなら必要に迫られればさせてくれます。
※アサシン(ゴルゴ13)、B-4戦闘跡地を確認しました。
※アサシン(カッツェ)の話したれんげたちの情報はあまり信用していません。
※アサシン(カッツェ)は『男でも女でもないもの』が正体ではないかと考察しています。
 同時に正体を看破される事はアサシン(カッツェ)にとって致命的だと推測しています。
※今回の聖杯戦争でなんらかの記憶障害が生じている参加者が存在する可能性に気づきました。


[共通備考]
※今回の聖杯戦争の『サーヴァントの消滅=マスターの死亡』というシステムに大きな反感を抱いています。
 そのため、方針としては『サーヴァントの消滅とマスターの死亡を切り離す』、『方舟のシステムを覆す』、『対方舟』です。
※共にマスター不殺を誓いました。余程の悪人や願いの内容が極悪でない限り、彼らを殺す道を選びません。
※孝一自身やペンギン帝王がやったように世界同士をつなげば世界間転移によって聖杯戦争から参加者を逃がすことが可能だと考えています。
 ですが、Hi-Ero粒子量や技術面での問題から実現はほぼ不可能であり、可能であっても自身の世界には帰れない可能性が高いということも考察済みです。


972 : ウェイバー・ベルベットの憂鬱(何度目) ◆HOMU.DM5Ns :2018/09/19(水) 23:29:44 lIxk.IbY0



岸波白野@Fate/EXTRA CCC】
[状態]:ダメージ(微小/軽い打ち身、左手に噛み傷、火傷)、疲労(中)、魔力消費(大) 、女性陣の視線が痛い
[令呪]:残り三画
[装備]:アゾット剣、魔術刻印、破戒の警策、アトラスの悪魔
[道具]:携帯端末機、各種礼装
[所持金] 普通の学生程度
[思考・状況]
基本行動方針1:「 」(CCC本編での自分のサーヴァント)の記憶を取り戻したい。
基本行動方針2:遠坂凛との約束を果たすため、聖杯戦争に勝ち残る。
0.凛………………ありがとう。
1.今は孝一の自宅で休息する。
2.今日一日は休息と情報収集に当て、戦闘はなるべく避ける。
3.孝一陣営と一時的に協力。
4.朝になったらウェイバーともう一度話したい。
5.『NPCを操るアサシン』を探すかどうか……?
6.狙撃とライダー(鏡子)、『NPCを操るアサシン』を警戒。
7.アサシン(ニンジャスレイヤー)はまだ生きていて、そしてまた戦うことになりそうな気がする。
8.聖杯戦争を見極める。
9.自分は、あのアーチャーを知っている───?
[備考]
※“月の聖杯戦争”で入手した礼装を、データとして所有しています。
ただし、礼装は同時に二つまでしか装備できず、また強力なコードキャストは発動に時間を要します。
しかし、一部の礼装(想念礼装他)はデータが破損しており、使用できません(データが修復される可能性はあります)。
礼装一覧>h ttp://www49.atwiki.jp/fateextraccc/pages/17.html
※遠坂凛の魂を取り込み、魔術刻印を継承しました。
それにより、コードキャスト《call_gandor(32); 》が使用可能になりました。
《call_gandor(32); 》は一工程(シングルアクション)=(8); と同程度の速度で発動可能です。
※遠坂凛の記憶の一部と同調しました。遠坂凛の魂を取り込んだことで、さらに深く同調する可能性があります。
※エリザベートとある程度まで、遠坂凛と最後までいたしました。その事に罪悪感に似た感情を懐いています。
※ルーラー(ジャンヌ)、バーサーカー(デッドプール)、アサシン(ニンジャスレイヤー)のパラメーターを確認済み。
※アーチャー(エミヤ)の遠距離狙撃による攻撃を受けましたが、姿は確認できませんでした。
※アーチャー(エミヤ)が行った「剣を矢として放つ攻撃」、およびランサーから聞いたアーチャーの特徴に、どこか既視感を感じています。
しかしこれにより「 」がアーチャー(無銘)だと決まったわけではありません。
※『NPCを扇動し、暴徒化させる能力を持ったアサシン』(ベルク・カッツェ)についての情報を聞きました。
※孝一陣営と同盟を結びました。『聖杯戦争の真相を究明する』という点で協力します。

【ランサー(エリザベート・バートリー)@Fate/EXTRA CCC】
[状態]:ダメージ(大)、魔力消費(大)、疲労(中)
[装備]:監獄城チェイテ
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:岸波白野に協力し、少しでも贖罪を。
1.とりあえず、今は孝一の自宅で休む。
2.白野とともに休息をとる。
3.アサシン(ニンジャスレイヤー/ナラク・ニンジャ)は許さない。
[備考]
※アーチャー(エミヤ)の遠距離狙撃による襲撃を受けましたが、姿は確認できませんでした。
※カフェテラスのサンドイッチを食したことにより、インスピレーションが湧きました。彼女の手料理に何か変化がある……かもしれません。
※なぜかバーサーカー(デッドプール)とはある程度意思疎通できるようです。


973 : ウェイバー・ベルベットの憂鬱(何度目) ◆HOMU.DM5Ns :2018/09/19(水) 23:29:59 lIxk.IbY0



【ウェイバー・ベルベット@Fate/zero】
[状態]:魔力消費(極大)、疲労(小)、心労(大)、自分でも理解できない感情(大)
[令呪]:残り二画
[装備]:デッドプール手作りバット
[道具]:仕事道具
[所持金]:通勤に困らない程度
[思考・状況]
基本行動方針:現状把握を優先したい
1.今は何も考えたくない。
2.バーサーカーの対応を最優先でどうにかするが、これ以上令呪を使用するのは……。
3.バーサーカーはやっぱり理解できない。
4.岸波白野に負けた気がする。
[備考]
※勤務先の英会話教室は月海原学園の近くにあります。
※シャア・アズナブルの名前はTVか新聞のどちらかで知っていたようです。
※バーサーカー(デッドプール)の情報により、シャアがマスターだと聞かされましたが半信半疑です。
※一日目の授業を欠勤しました。他のNPCが代わりに授業を行いました。
※ランサー(エリザベート)、アサシン(ニンジャスレイヤー)の能力の一部(パラメータ、一部のスキル)について把握しています。
※アサシン(ベルク・カッツェ)の外見と能力をニンジャスレイヤーから聞きました。
※バーサーカーから『モンスターを倒せば魔力が回復する』と聞きましたが半信半疑です。
※放送を聞き逃しました。


【バーサーカー(デッドプール)@X-MEN】
[状態]:魔力消費(大)
[装備]:日本刀×2、銃火器数点、ライフゲージとスパコンゲージ、その他いろいろ
[道具]:???
[思考・状況]
基本行動方針:一応優勝狙いなんだけどウェイバーたんがなぁー。
0.ツンデレルート突入する?相思相愛じゃないと爆死しちゃうんだよな。この前読んだ。
1.一通り暴れられてとりあえず満足。次もっと派手に暴れるために、今は一応回復に努めるつもり。
2.アサシン(甲賀弦之介)のことは、スキル的に何となく秘密にしておく。
3.あれ? そういやなんか忘れてる気がするけどなんだっけ?
[備考]
※真玉橋孝一組、シャア・アズナブル組、野原しんのすけ組を把握しました。
※『機動戦士ガンダム』のファンらしいですが、真相は不明です。嘘の可能性も。
※作中特定の人物を示唆するような発言をしましたが実際に知っているかどうかは不明です。
※放送を聞き逃しました。
※情報末梢スキルにより、アサシン(甲賀弦之介)に関する情報が消失したことになりました。
これにより、バーサーカーはアサシンに関する記憶を覚えていません………たぶん。


974 : ◆HOMU.DM5Ns :2018/09/19(水) 23:30:46 lIxk.IbY0
投下を終了します


975 : 名無しさん :2018/09/23(日) 19:45:16 gm74LGPM0
投下乙
デップーと波長の合うエリちゃんで吹いた
でも確かに精神汚染だか狂化だか持ってたし会話成立するんだよなあ…


976 : 名無しさん :2018/09/26(水) 07:39:04 bm1QsFrs0
冒頭からピエロネタパロったりデップーとエリちゃんの会話のドッチボールだったりおっぱいだったり狂気にまみれているw
その中にちょくちょく出てくるシリアスがなんともいい感じの風味を出すスパイスであって
つまりとても面白かったです、投下乙!


977 : 名無しさん :2018/09/26(水) 23:17:03 TTnFBkdg0
投下乙です

ウェイバー君ロワの舞台で頭脳労働担当の非戦闘員が仲間と喧嘩別れして一人きりは完璧死亡フラグですわ
いくら幸運高くてもピンチやで


978 : 名無しさん :2018/11/23(金) 16:25:19 TjcphaDc0
ねーちん身体がエロいばっかりに苦労人すぎる…


979 : ◆HOMU.DM5Ns :2018/12/02(日) 22:03:54 qCoCSqHg0
突然ですがゲリラ投下です。ご注意ください


980 : 路地裏ミッドナイト ◆HOMU.DM5Ns :2018/12/02(日) 22:04:53 qCoCSqHg0


二の足ではなくその裏についたホイールを高速で回し、夜の街を鉄塊が走り抜ける。
交通道路の中を移動している、絡繰の巨人スコープドッグ。
4メートル未満のATの姿は大型自動車に取れなくもないが、薄明かりを差し引いても人型の造形を見過ごすのは無理がある。しかしそれを見咎める通行人も今はいない。
この時この場所に限っては、『巨人』が街に現れる程度の事も幻覚と受け止められてしまっていた。
だからこそルリも、そのサーヴァントたるライダー、キリコも顧みず目的地を宝具によって突っ切っていた。


たどり着いたC-6、錯刃大学付近。
双子館の火事を消防に任せ錯刃大学に向かったルリを待っていたのは、またしても炎だった。
炎のような狂乱。炎のような熱狂。
老いも若きも男も女も分け隔てなくドミノ倒しになってごった返す人、人、人の混沌。
ここは欲望と暴力が絡み合うソドムの街。その残滓。

大学付近の通りで突如起きた暴動事件。主張も発端も理由も判然としない、曖昧なままに始まり、曖昧に終わった謎の狂騒の時。
無秩序なままに無軌道に暴れ回るその傾向をルリは既に知っている。
明らかにルリが追っていたサーヴァント、れんげが解き放ったアサシン、ベルク・カッツェの巻いた種による事件だった。
ジナコ・カリギリに変装した時と同様に、聖杯戦争での勝ち筋とは何の関係もない、ただの享楽の一環のための騒乱。
孤児院で数組のマスターとサーヴァントに囲まれた絶体絶命の状況から、れんげの令呪で自由になり、今またこうして徒に被害を拡大させたというわけだ。

一手二手も遅れた形で現場に着いたルリだが、待っていた光景は予想外だった。
肝心要のカッツェの姿は何処にも見えない。住民達はまだ混乱から立ち直ってないが、警察の誘導に従うだけの理性を既に取り戻している。
うっすらと残る興奮の空気も余熱のようなものであり、既にカッツェの支配下からは脱している証だ。
現場に着くなり指示を求めに詰め寄った警官達に話を聞くに、骨折を負った住民はあれど死者が出るまでは至ってないらしい。
解せなかった。確かに多少の騒動にはなったが、街の機能が停止するほどの規模ではない。聖杯戦争にも大した支障が出ることもないだろう。
自由になった形なき悪意の扇動者が、何を目論んで街に出たかと思えば、街の一角を騒がせただけで気が済んだというのだろうか。

疑問はそれだけではない。カッツェを追っていたアンデルセン。さらに貶められたジナコ。
複数のマスターとサーヴァントがこの地に向けて集結していたはずだ。なのに彼らの姿も何処にも見えない。
戦いの結果は。カッツェは討伐されたのか。マスターであるれんげの処遇は。アンデルセン達は。そもそも戦いは起きたのか。
全ては雲散霧消。霞の如く事実は消え去ってしまっていた。

あの時の、春記との戦いは避けられないものだった。巻き込んでしまえば事態の混迷化は避けられなかった。遠ざかって挑戦を受けたのは間違いではない。
けどその間に、ルリがルリの戦争をしていた間に、別の戦争は終わりを迎えていた。

せめて結果どうなっただけは知りたかった。アンデルセン神父と連絡が取れないのがこうなると痛い。
ルリ達より先んじてカッツェを追っていたのだから、何らかの形でぶつかっているはずだ。
カッツェを標的に定めているジナコ・カリギリの音沙汰もない事も不安に拍車をかけた。姿を騙られ暴動の実行犯に仕立て上げられた、あの中で誰よりも恨みは深かろう。
ただし引きこもり的な性質からして目的が済んだらハイさようなら、という線もないではない。

向こうから合流、連絡が来る可能性を憂慮すれば、現場に留まり混乱を収める警察の仕事を請け負わざるを得なかった。
僅かでも情報が手に入るのを期待して受けていたが、結果は虚しいばかりだ。
暴動者の殆どは意識が混濁し自分が何をやったのか、そもそも何故こんな場所にいるのかすら把握してい有様だ。有益な情報が得られる望みは薄い。


981 : 路地裏ミッドナイト ◆HOMU.DM5Ns :2018/12/02(日) 22:06:06 qCoCSqHg0

情報の収集は無理かと諦めるのと、この場を後にしようと決めるのは同時だった。
既に騒ぎの大部分は鎮まり、これ以上広がらないことも知っている。留まってる理由はもうなかった。

「どうしましたか警視」
「すみませんが、もうここを離れます。後は任せていいですか」

一応傍にいた警官に声をかけておく。いい顔はされないだろうなと思っていたが、警官は意外にも笑顔で快諾してくれた。

「え―――ああ、ハイ、そうですか。わかりました。お疲れ様です!頑張ってくださいね!」
「―――?ええ、はい」

警察署内からのルリの評価であるが、当初のものから印象は徐々に変化を見せていた。
浮き世離れした容貌に最年少のキャリアという目を引く経歴。なのに頻発する怪事件をほっぽり出してフラフラする昼行灯。かと思えばサボるでもなく、いざ動くとなると対応は迅速かつ適格に処理をする。
そしてまた現場をすぐに離れては別の事件に行き当たるのだ。離れの洋館炎上や大学付近の暴動には先んじて到着して指揮を執ったりもしている。
結果、NPCの警官から見たホシノ・ルリ警視とは、『顔に見合わず現場主義、気まぐれに事件を追っては立ち去る、文字通りの妖精警視』といった立ち位置になっていた。
この場を離れるのもまたぞろ新たな事件の匂いを嗅ぎつけたのだろうと受け止め、気分はどうあれ特に不審がることなく納得していた。
……裁定者側のNPCへの意識操作が重なった結果の、知られざる裏の事情であった。


当然ルリ自身がその辺りの経緯を知る由もなく、怪訝に思いながらも。
目的地がない以上闇雲にタクシーは使えない。聖杯戦争絡みとなるとパトカーを借りるのもよくないだろう。
そういえば、自分は車を持っているのだろうか。時代設定的にルリの年齢では自動車は持てない。けれど警察官の職には就いている。
……このあたりの設定は割といい加減のようだ。

「あ」

などと考えたところで、ひとつ遠回しにしていた―――というか念頭にすら入れてなかった問題に思い当たった。

『どうした』
『ライダーさん、私の家ってどこでしょう?』
『行ったこともない場所が分かるほど俺は人間離れしていない』
『ですよね』

アークセルに侵入して一日、ルリは自宅に帰っていない。着いたその足で警察署に向かい今まで仕事していたからだ。
そしてルリは予選期間を飛ばして方舟に入った稀有なる例だ。NPCであった期間もなく従って予選の偽りの日常を過ごした記憶もない。
れんげも、同じように役割がないまま方舟に来たという。経緯でいうと意外なところに共通点があった。
かといって警察のロールが割り当てられてる以上、家なき身ではないとは思う。思いたかった。

『……IDを証明するものは持ってないのか』
『あ、そうでした』

ライダーに指摘されて、警察署のデータベースの存在を思い出す。こんな事にも気づかないなんて、集中力が切れている証拠だ。
ほどなく自分の個人情報から記載されてる住所を見つける。新都方面B-9、番号的にマンションだろう。
とりあえず野宿という事態は避けられそうで安心する。後で裏路地でライダーに宝具を出してもらおうか―――と考えていた途端、


982 : 路地裏ミッドナイト ◆HOMU.DM5Ns :2018/12/02(日) 22:06:37 qCoCSqHg0


「……っ」

くら、と頭が傾く。不意に訪れた目眩に足が止まった。
肉体が意思の制御を外れる。足が地面と同化して離れようとしないような疲労感。
徹夜くらいどうということもないはずだが、そうしたものとは違う。かたちにないが、自分の中に確かにあったものが欠けている感覚。
今までの戦いのうち、二度あった急激な体調不良。正体を知らぬルリだが原因には察しがついていた。
キリコに眠るブラックボックス。異能生存体。キリコ以外の誰も追いつけはしない、キリコを生かす代償にそれ以外の全てを振り落とす宝具。
神すらも触れ得ざる不死の異能は、マスターすらも置き去りにしていく両刃の凶器だ。
大量の魔力消費、そしてそれに伴う体力の消耗は徐々にルリを疲弊させていた。

『これ以上の深追いは危険だぞ』
「駄目……ですかね」

短くも端的に伝えてくるキリコの言葉。英霊であるキリコは己の因子を知っている。キリコを傍に置いたまま行動するリスクを知っている。
マスターの思考行動に異議を申し立てる事などないが、兵士としてコンディションについてははばからず進言する。
キリコとて聖杯を手にしたいだけの願いがある。このままルリをすり減らせていくのを看過はできなかった。
マスターとしての行動ができなければ元も子もない。それは軍人であるルリも十分わかっていた。
れんげの存在は方舟に関わる重大なファクターだが、そこに固執すれば視野が狭まり、足元の穴を見落としかねない。

れんげは戦う力も意思もない被害者だが、それでもマスターだった。契約したサーヴァントがいて、令呪を持っていた。
子供は大人が考えてるほど何も考えてないわけじゃない。むしろ大人が持つしがらみがない分行動が早い。
れんげは友達のカッツェを助けようと願っていて、自分達は無視していた。その失念が孤児院での失態に繋がった。

きちんと話を聞くべきだった。次はちゃんと聞いてあげたかった。なのに今のルリにはその余裕がなく、れんげに会う手立てもつかない。
春記を脱落させ、アンデルセン達を見失い、最も探しているアキトの存在すら追いつかず……。
巨大な電脳空間とはいえアークセルの内部はだいぶ現実に寄せてある。電子戦では幾つもの並列思考もこなせるのに、この方舟では手が圧倒的に足りなかった。
最適解が得られない焦燥にかられている、そんな時だった。路地裏の曲がり角から光が灯ったのは。

「………も……ぇ……………」
「もえ?」

誰かがいる。おそらく一人。細かな呟きがボソボソと聞こえるがここからでは聞き取れない。
暴動があった付近に隠れた不審な影……無視して素通りしてもいいが今は藁にもすがる思いだ。
ライダーに実体化させ声のした方向へと近づいていく。角を曲がり切った先には、袋を持った何の変哲もない男が壁に向かって話していた。

「駄目だ……声を聞かなくちゃ……いつも俺のするべき事を教えてくれるのに………………でも俺、耐えられねえ……もえが抑えきれねえよ………」

背格好からして青年の男は明らかに正気でなく、後ろで聞いても意味のわからない言葉を誰に向けてでもなく垂れ流している。
どうしたものかとルリは一考するも、ここまで来て何もしないのも意味がないと、声をかけてみた。

「あの、どうし」
「ああ燃え燃えしてええ!!燃え燃えしてえよおおお〜〜〜〜!!」
「ちょっ」


983 : 路地裏ミッドナイト ◆HOMU.DM5Ns :2018/12/02(日) 22:07:12 qCoCSqHg0


設定された時刻に爆弾が作動したような、炸裂的な衝動だった。至近距離での絶叫にルリの心臓がひときわ大きく跳ねる。顔に出てこないのは性分だ。

「ああ、人たん、人たんがいる!しかもカワイイヤッター!」

男は恍惚としてルリを見つめ興奮を増した。変わったのは表情だけではない。
急に額に上げていた眼鏡を目にかけ、急にシャツをズボンの中に突っ込み、急にバンダナの巻き方を変え、急にニキビを生やした。
手を袋に突っ込み中のものを取り出す。消化器を改造した、簡易的な火炎放射器だった。

「ホントに急なんだ。メラメラ上がる炎がエロカワイク思えてきたんだ。だからおまえをこいつで最高の燃えキャラにしてやっ」

そこで言葉は途切れた。火炎放射器のホースをルリに向けるより先にキリコが、アーマーマグナムの柄で首を打ち付け気絶させたからだ。

「加減はしてある」
「……ありがとうございます」

倒れた男を見下ろして溜め息をつく。また警官に電話しなくてはいけないようだ。
これもカッツェの起こした撹乱の影響だったのだろうか。この男の錯乱ぶりは尋常ではなく、ケーキ屋で起こした事件の映像を監視カメラで見ていたルリだ、男の錯乱ぶりには共通項を感じている。

「マスター、手になにか持ってるようだ」

男の手には確かに携帯端末が握られていた。電源はつけられたままだ。
後ろからは見えなかったが、男の言葉はこの携帯に向けられていたらしい。
拾い上げて画面を見てみる。電話していた相手の番号でも映ってるとも思ったが、簡素なアドレス入力欄があるだけだった。
文字列は打ち込まれてる。

「……」

エンターキーを押す。するとタブレットの画面が切り替わって、










光光光光 光【見ている】光光光光 光光光光光光光光光光 光光光光光光光光光 光光光光光光光光光光光光光光光
光光光光 光光光光光光光光光光光 光光光光光光光光光光 光光光光光光光光光 光【新たな自分を構築せよ】光光
光光光光 光光光光光光光光光光光 光光光光光光光光光   光光光光光光光光 光光光光光光光光光光光光光光光
光光光光 光光光光光光光光光光光 光光光光光光光光光 光 光光光光光光光光 光光光光光光光光光光光光光光光
光光光光 光光光光光光光光光光光 光光光光光光光光光 光 光光光光光光光光 光光光光光光光光光光光光光光光
光光光光 光光光光光光光光光光光 【マスター!】光 光光光 光光光光光光光 光光光光光光光光光光光光光光光
光光光光 光光光光光光光光光光光 光光光光光光光光 光光光 光光光光光光光 光光光光光光光光光光光光光光光
光光光光 光光光光光光光光光光光 光光光光光光光光 光光光 光光光光光光光 光光光光光光光光光光光光光光光
【箱】光 光光光光光光光光光光光 光光光光光光光 光光光光光 光光光光光光 光光光光光光光光光光光光光光光
光光光光             光光光光光光光 光光光光光 光光光光光光 光光光光光光光光光光光光光光光
光光光光 光光光光光光光光光光光 光光光光光光光 光光光光光 光光光光光光 光光光光光光光光光光光【目が】
光光光光 光光光光光光光光光光光 光光光光光光 光光光光光光光 光光光光光 光光光光光光光光光光光光光光光
光光光光 光【四角い箱】光光光光 光光光光光光         光光光光光 光光光光光光光光光光光光光光光
光光光光 光光光光光光光光光光光 光光光光光光 光光光光光光光 光光光光光 光光光光光光光光光光光光光光光
光光光光 光光光光光光光光光光光 光光光光光 光光光光光光光光光 光光光光 光光光光【赤い林檎】光光光光光
光光光光 光光光光光光光光光光光 光光光光光 光光光光光光光光光 光光光光 光光光光光光光光光光光光光光光
光光光光 光光光光光光光光光光光 光光光光光 光光光光光光光光光 光光光光 光【画面を閉じてください!】光
光光光光 光光光光光光光光光光光 光光光光 光光光光光光光光光光光 光光光 光光光光光光光光光光光光光光光
光光光光 光光光光光光光光光光光 光光光光 光光光光光光光光光光光 光光光 光光光光光光光光光光光光光光光
光光光光 光光光光光光光光光光光 光光光光 光光【私の名は】光光光 光光光            光光光光
光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光


984 : 路地裏ミッドナイト ◆HOMU.DM5Ns :2018/12/02(日) 22:08:10 qCoCSqHg0











「!」

脳から乖離していた意識が復帰する。夜の暗さでも視界はやけにクリアだ。
風が肌を刺すように痛い。感覚が必要以上に鋭敏になっている。

「……私、いまどうしてました?」
「その画面を食い入るように見ていた。二秒にも満たなかったが」

ライダーにそう問うルリからは時間の感覚が飛んでいた。瞬きほどの間にも、朝日を眺めるまで長くいたようにも感じる。
電源の堕ちた端末を見下ろす。眼球を突き破り、心の深層にまで差し込んでくるような光を浴びたのを憶えている。

「それで、何があった」
「ハッキングです。人間に対してですから、洗脳と言ったほうがいいかもしれませんけど」

電子上の進入を十八番としているルリには、光の正体が即座に理解できた。
こちらの電脳体……精神に介入し、その意識を改変していく映像、サブリミナルの集合体。プログラムの書き換えを人体データに当てはめて解釈したものだった。

「それに、一瞬ですから断定できませんけど『これ』、理性を無くしてその人の性格を凶暴なものに変えちゃうみたいです。NPCが見たらたちまちさっきみたいに暴れちゃいますよ」
「そんなものを見て平気だったのか」
「私はほら、こういうのは慣れてましたから。ギリギリで遮断できたみたいです」

ぶい、と指でサインを作って問題無いことをアピールする。
事実ハッキング……電子ドラッグの影響を心をくすぐられる程度で済んだのは、電子の妖精と仇名されるだけの調整を受けたルリの能力あったればこそだ。
生前に受けた数多の遺伝的調整、ナノマシン作用とそれを最大まで伸ばす教育を受けたルリのハッキング能力は、受けたハッキングに即座に対応、処理してみせた。

「……オモイカネ、あなたなの?」

心の内にだけ向けるように呼びかける。
長年仕事で付き合ってきた相棒。友人ともいえるプログラム・オモイカネ。ルリへ進入したプログラムに先んじて防衛行動を取ってくれたものかと思ったが、応答は返ってこない。
方舟に入ってからオモイカネと、そしてナデシコCとは依然繋がらないままだ。接続とバックアップこそ保たれてるものの、それ以外の交信は不可能だった。


「―――驚きました。感染者を探していたら、まさか独力で解く相手を見つけるなんて」


だから代わりに聞こえたのは彼ではなく、いつの間にかそこにいた彼女達のものだ。


985 : 路地裏ミッドナイト ◆HOMU.DM5Ns :2018/12/02(日) 22:08:44 qCoCSqHg0


虚空の中で、淡く明滅する線が閃くのが見えた。
ひらひらと蝶のように、煙のように軽やかに浮く幾重もの糸のカタチが、その者の手首に収まっていくのをルリは視界に収めた。

「―――あなたは」

彼女―――シオン・エルトナム・アトラシアは、銀色の髪の少女を見て、瞬きほどの時間だけ硬直した。
頭の中で星が光るような衝撃。
初めて見た顔なのに驚きがある。
初めて聞いた声に既視感(デジャヴ)が起きる。
演算機として極まっているはずの思考群が、記憶にない情報が脳内に挟まった齟齬に混乱をきたしていた。
それでも―――視線は逸らさず。現実を在るがままに受け入れるようにルリを見ていた。

「あなたは―――?」

ルリもまた、紫の帽子を被った少女を見ていた。
隣にいる人物から放たれる感覚、魔力と呼ばれる要素の塊が目の前にあるとわかるそれは自分のライダーと同様のそれ。
彼がサーヴァントである明らかな証であり、彼女はそのマスターと判断するのは即座に理解できる。
電子上の麻薬(ドラッグ)が尾を引いているのか、互いの視線は交差したままだ。

ルリが方舟に招かれ聖杯戦争が開始してから一日。
初日での出会いと別れを経て、新たな出会いがルリを迎えた。





邂逅は偶然であるが、必然のものでもあった。

狭間に帰られ(食い逃げもされた)ファミレスを出たシオンは気を取り直して捜査を開始した。
分割思考が捉えていた外の喧騒、付近の一角で起きた暴動行動だ。
サーヴァントの仕業であるのは疑いがなく、戦闘に発展するのなら遠巻きに様子を見る方針でいたが、事態はほぼ収束しており争いの残滓を残すのみだった。
宴の後で補足したのは、森の方面へと向かっていく一団。都心に溶けて消えた飛行船。そして最後に残った裁定者。
どこを追うかを各思考で演算し照らし合わせる最中、哨戒中のジョセフが集団のうちとりわけ奇怪な行動に移る暴徒を発見したのだ。
それは、ジョセフが情報収集の名目で実体化して席で飲み交わしていた、錯刃大学に在籍する女生徒だった。
暴れまわる群衆の中で見知った顔を見つけ声をかけたところ、有無を言わさず暴言を吐きながら刃物で襲いかかったのを取り押さえた次第であった。
シオンはその女性にエーテライトを差し込み記憶の精査を試みた。暴動を扇動したサーヴァントの手がかりが得るためだったが、そこで入手した手がかりこそ例のアドレス。
見た人間を洗脳し、犯罪者に仕立て上げるプログラムの存在だった。
使用者の症状とプログラムの効果を観察する事で、シオンは安全にその内容を知る事ができた。
深層意識にある暴力的な衝動を引き出し、それを軸にして別人格を構築する。そしてNPCは重度の中毒症状と同じ状態となり、使用者の意のままと化す仕様だ。

学園に潜む影に並ぶ、新たな脅威の発見だった。
これが裁定者の敷くルール違反になるかは微妙なところだ。
このプログラムの開発者は相当な慎重派だ。洗脳された兵士達は日常を脅かすことのないよう統率されている。
魔術的な暗示よりも高度かつ直接的であるが、現状社会を乱すほどの活動は行っていない。昨今散発する暴力事件を起こすようや迂闊な真似をするとは思えない。
シオンとジョセフが気づけたのは例外―――何らかの原因で制御が乱れた時だっただけの幸運だ。
そうなるとこの暴動にも別の意味が見いだせる。全く無作為の、一般人を暴れさせるだけの無謀な扇動。
それが、この洗脳者を炙り出すための手段だとしたら。
積み重なる演算と検証の途で『彼女』を見つけたのは、その時だ。


986 : 路地裏ミッドナイト ◆HOMU.DM5Ns :2018/12/02(日) 22:09:10 qCoCSqHg0

警察官に指示を下す。二つに束ねた銀の髪の少女。
その名と顔は知っている。広報でもたまに目にする、最年少警視として注目を集めている人物だ。
指揮を離れ路地裏に潜る行動に、NPCの括りから外れたものを感じ尾行したところ、やはりサーヴァントを実体化させた。
マスターと判明した自体は驚きではない。あれほど目立つ立場では一度視点を止めれば怪しい挙動から推察する事ができる。
真に驚くべきはその後。統制から外れていた感染者と行き合い、プログラムを目にしてしまったたにも関わらず自力で振り解いたのだ。
NPCとマスターのデータの内部構造の差か。霊子ハッカーであるシオンの思考は否定する。あれは自己の演算と展開した防衛論理によって、受けたハッキングを封じていた。
世界観、技術体系の差異を差し引いても驚嘆する演算能力。電子世界への適応力。
協議と解答は瞬時に脳内で出された。ジョセフも快く『賭ける』と即答し、かくしてシオンはビルの闇から身を乗り出した。



「失礼しました。こちらに敵対の意思はありません」
「あ、はい。それはわかります」

そして両者は交渉の段に入っている。
刹那に流れたノイズを振り払い、分割された各々の思考でシオンは相手を分析する。
表情は冷静そのもの。たった今ハッキングを受けたばかりなのに疲弊の様子もない。魔術よりは電子的技術に対応した素養故か。
対話に応じる姿勢を見せつつ適度な緊張感を保っている。交渉事の場数も踏んでるようだ。
シオンが求める相手としては申し分のないパラメータだ。

「自己紹介が遅れました。私はシオン・エルトナム・アトラシア。
 アトラスの錬金術師。あなたと同じく月を目指すため方舟に赴いたマスターです」

ルリにしても、わざわざ姿を見せた以上交戦が目的ではないのはわかりきってる。
もしそうならさっきのルリはまさしく隙だらけだった。キリコがいるのだから容易に背を撃たれる可能性は低かったとはいえ、チャンスだったのには違いない。
奇襲のチャンスを不意にして直接顔を見せた理由。何らかの交渉、情報交換。
そうだとすればルリには渡りに船だ。情報が足りないのはこっちも同じだ。

「ホシノ・ルリです。錬金術師っていうと、石を金に変えるっていう、あれですか」
「それらは異なる発祥の西洋式の錬金術です。魔術の祖ですアトラス院は……といってもおそらくそちらには存在しない名称なのでしょうが」
「すみません。そうしたオカルトとは今まで縁がなくて」

オーバーテクノロジーでなら関わりが深いが、と心中だけで注釈。
異星の文明である点では方舟も同義だが、魔術や英霊となるとまるで門外漢である。

「とにかくシオンさんは魔術師で、方舟が何であるか知った上で参加した、と」
「その言い方ですと、あなたは望まぬ形で招かれた客だと受け取れますが」
「こちらにも事情がありまして」

そこで言葉を切って、今までルリが会って話をしたマスター達の存在を思い出す。
春紀も、れんげも、アンデルセンも。ルリ自身も含めて、皆意図せず方舟に連れてこられた人ばかりだった。
願いの有無はどうあれ、元から方舟の存在を知っていたわけではなかった。
わからないのは美遊・エインズワースだが、"聖杯"について思わせぶりな意見があった。そういった奇跡に関わっているのかもしれない。
そこにきて、魔術師であり、自ら方舟に来たというシオンの言に焦点が当てられる。
知った上で向かったということは、聖杯や方舟について予め知識を揃えてる可能性は高い。
方舟―――アークセルの性質を知った上で、事前の準備をして聖杯戦争に参加したマスター。
魔術の概要すら把握してないルリにとっては欲しい知識ばかりだった。
本気で臨む気であるほどに、その情報の精度には信頼が持てる。今後を生き延びるためもあるし、調査が本命の任務上持ち帰れる情報が大いに越したことはない。


987 : 路地裏ミッドナイト ◆HOMU.DM5Ns :2018/12/02(日) 22:10:08 qCoCSqHg0


「おーい。話する前にさ。そっちの兄ちゃんの銃引っ込ませてくれないか。こちとら手を上げてるってのにおっかなくて話もできねえよ」

思惑をかき消す声。軽装の男、アーチャーはお手上げ(ホールドアップ)したままおどけた風にしている。
視線の先には銃を抜き狂いなくアーチャーの眉間に照準を合わせているライダーだ。
とっくにルリより先に近づいてきた人物に気づいていたのだろう。染みついた経験値がサーヴァントの気配を捉えた時点で、いつでも発砲できる臨戦態勢に入っている。
撃たないでいるは、こちらを撃つという殺気が放たれてないからと、サーヴァントを警戒してのことだ。

「サーヴァント相手に武器の有無は参考にならんだろう」

ちぇー、とわざとらしく舌を打つ。一見して軽薄で無防備に立っているアーチャーだが、キリコの戦士の眼はその隙を意図的なものと断じた。
撃つ気はないが、撃たれればやり返すぞと。
一瞬で発動できるスキルなのか。あるいは既に罠が設置されているか。袖の下に札を仕込んだペテン師のように。いざとなれば反撃する手筈を整えていると踏んでいた。

「ライダーさん。撃たないでくださいね。降ろさなくてもいいですけど」
「賢明な判断です。そうして油断さえしていなければこちらも助かります」

互いのサーヴァントが牽制し合う抜き差しならない状況。負担を相棒に任せることで、二人のマスターはかえって落ち着き払っていた。

「あ、事情の話に戻りますね。私の場合、他のマスターとは目指すゴールは異なりまして」

簡潔であるがシオンに聖杯戦争に参加させられた経緯を説明する。
目的は方舟の調査。生還を第一にして積極的に優勝を目指す必要はない。
立場・スタンスの表明は相手の指針を決める大事なポイントだ。

「……なるほど、意図せず連れてこられたマスターか。それは盲点でした。
 経緯は違えど私と同様―――いや、聖杯の存在を知らぬまま舟へハッキングをしかけた事からして資質は私より上か。
 よほど魔術師(ウィザード)の適正が優れていたのでしょうね。警視の妖精。その名は伊達ではなかったということですね。やはりこれならば―――繋げる望みはあるか」

計算機に入力した数値を確かめるように呟いている。
設定の通り名を知られてるあたり、以前からある程度マークはされていたらしい。警官という役職も考えものだ。

「窺いますがホシノ・ルリ。この聖杯戦争が始まってから一日が経過しますが、目標に進展はありましたか」

何か考えを決めたようなシオンから、そんなことを問いかけられた。
方舟を脱出するのための方法。方舟に関する情報の収集。
皆無では無い。しかし遅々として進まないまま方策が見えないでいる。ルリは素直に首を振るしかなかった。

「こちらも同じです。情報の回収であれ、脅威への対処であれ、お互い手が足りないと痛感してるはず。それを隠さず開示したということは、多少粗が出るとしても膠着の打開を目指していたのでは」


988 : 路地裏ミッドナイト ◆HOMU.DM5Ns :2018/12/02(日) 22:10:37 qCoCSqHg0


指摘は正鵠を射ていた。
役割の枷と襲撃は常に前に障害となって立ち塞がる。望まなくても戦いに巻き込まれるのが戦争だ。自分達のように穏健に済ませるのは少数派に違いない。
マスターは他のマスターにとって敵でしかない。補足されれば、戦わざるを得ない立場だ。
戦い自体を忌避するわけではないとはいえ。それで撃ち返して本末転倒になっては仕様がない。戦いも勝利も目的ではないのだから。

「情報交換の重要性は語るまでもありません。ですが私達の場合、そこから一歩踏み込んだ関係を求めています。
 私には提供できる術がある。そしてあなたには対処できるだけの腕がある。ふたつを合わせればこの街に潜む脅威に対抗し、あなたの目的にも近づける。
 互いが生存の道を開くためにも―――私はあなたが欲しい」

数値が足りなければ他から足すか、自ら生み出すという、合理的で単純な計算。
……聞くものが聞けば、顔から火が出そうな言葉を至極真面目な表情でルリに告げた。
シオンとしては、狭間との交渉に失敗からの反省を活かした言葉選びだったのだが。後ろのアーチャーはなぜ渋い面でいるのかとでも言いたげな反応だ。

一方ルリは惑うことなくシオンの申し出について思考する。
第二の同盟。新たな協力者。メリットはハッキリと見せてくれた。
どれもルリにとって旨味となる情報。生還と報告を目指すルリに必要不可欠になるカード。

「わかりました。こちらも切羽詰まってましたので、お話まででしたら喜んで受けます」

答えは早かった。可能性があるなら断る理由もない。
最悪決裂に至ろうとも、情報について一片でも掴めれば足がかりになるはずだ。

「けど、路地裏だとちょっと話しづらいですね。場所を変えてもいいですか?」
「無論です。それと情報交換について、ひとつだけ条件を提示させてもいいでしょうか」

ルリは小さく頷いて先を促す。シオンは生真面目な表情を崩さずに。


「今晩―――泊まる宿を、貸してもらえないでしょうか」


今度は流石に、予想だにしなかった要求だった。
平然としているシオンからどことなく逼迫した雰囲気が生じてるような気がして、冗談の類でないと感じた。
どうするかとキリコの方を向いても憮然とした表情で見るだけだ。こちらの意思に任せるということらしい。

「ええと―――はい、それくらいなら」

詳しく話を聞くためにも、家に戻るという選択肢はアリである。一度も自宅を見ていないというのはそれも後々になって困るかもしれない。安全に身を休める場所の確保は必要事項だ。

そう了承すると、会心の成果を得たかのようにアーチャーが後ろでヨッシャーと両手を上に伸ばした。シオンすら顔を隠して小さくガッツポーズをしていた。
……聖杯戦争では家なき子の役割(ロール)が多いのだろうか。などと、逸れたことを思うルリだった。


989 : 路地裏ミッドナイト ◆HOMU.DM5Ns :2018/12/02(日) 22:12:42 qCoCSqHg0

[C-6/南部/二日目 未明]

【ホシノ・ルリ@機動戦艦ナデシコ〜The prince of darkness】
[状態]:魔力消費(極大)、消耗
[令呪]:残り三画
[装備]:警官の制服
[道具]:ペイカード、地図、ゼリー食料・栄養ドリンクを複数、携帯電話、カッツェ・アーカード・ジョンスの人物画コピー
[所持金]:富豪レベル(カード払いのみ)
[思考・状況]
基本行動方針:『方舟』の調査。
0.自宅に戻り休息を。
1.アキトを探す為に……?
2.シオンから話を聞く。
2.カッツェたちに起こった状況を知りたい。
3.『方舟』から外へ情報を発する方法が無いかを調査
4.優勝以外で脱出する方法の調査
5.聖杯戦争の調査
6.聖杯戦争の現状の調査
7.B-4にはできるだけ近づかないでおく。
8.れんげの存在についてルーラーに確認したい。
[備考]
※ランサー(佐倉杏子)のパラメーターを確認済。寒河江春紀をマスターだと認識しました。
※NPC時代の職は警察官でした。階級は警視。
※ジナコ・カリギリ(ベルク・カッツェの変装)の容姿を確認済み。ただしカッツェの変装を疑っています。
※美遊陣営の容姿、バーサーカーのパラメータを確認し、危険人物と認識しました。
※宮内れんげをマスターだと認識しました。カッツェの変身能力をある程度把握しました。
※寒河江春紀の携帯電話番号を交換しました。
※ジョンス・アーカード・カッツェの外見を宮内れんげの絵によって確認しています。
※アンデルセン・ランサー組と情報交換した上で休戦しました。早苗やアキトのこともある程度聞いています。
※警視としての職務に戻った為、警察からの不信感が和らぎましたが
 再度、不信な行動を取った場合、ルリの警視としての立場が危うくなるかもしれません。
 →評価が少し修正されました。よほど無茶をしない限りは不信が増すことはないでしょう。


【ライダー(キリコ・キュービィー)@装甲騎兵ボトムズ】
[状態]:負傷回復済
[装備]:アーマーマグナム
[道具]:無し
[思考・状況]
基本行動方針:フィアナと再会したいが、基本的にはホシノ・ルリの命令に従う。
1.ホシノ・ルリの護衛。
2.子供、か。
[備考]
※無し。

[共通備考]
※一日目・午後以降に発生した事件をある程度把握しました。
※B-3で発生した事件にはアーチャーのサーヴァントが関与していると推測しています。
※B-4で発生した暴動の渦中にいる野原一家が聖杯戦争に関係あると見て注目しています。
※図書館周辺でサーヴァントによる戦闘が行われたことを把握しました。
※行方不明とされている足立がマスターではないかと推測しています。警察に足立の情報を依頼しています。
※刑事たちを襲撃したのはジナコのサーヴァントであると推測しています。
※ルリの自宅はB-9方目のマンションです。
※電子ドラッグの存在を把握しました。


990 : 路地裏ミッドナイト ◆HOMU.DM5Ns :2018/12/02(日) 22:13:06 qCoCSqHg0



【シオン・エルトナム・アトラシア@MELTY BLOOD】
[状態]アーチャーとエーテライトで接続。色替えエーテライトで令呪を隠蔽
[令呪]残り三画
[装備]エーテライト、バレルレプリカ
[道具]ボストンバッグ(学園制服、日用必需品、防災用具)
[所持金]豊富(ただし研究費で大分浪費中)カードと現金で所持
[思考・状況]
基本行動方針:方舟の調査。その可能性/危険性を見極める。並行して吸血鬼化の治療法を模索する。
1.明日、学園のサーヴァントを打倒する
2.ルリ陣営と協力。情報を提供する。
3.情報整理を継続。コードキャストを完成させる。
4.方舟の内部調査。中枢系との接触手段を探す。
5.街に潜む洗脳能力を持った敵を警戒。
6.学園に潜むサーヴァントたちを警戒。銀"のランサーと"蟲"のキャスター、アンノウンを要警戒。
7.展開次第では接触してきた教師と連絡を取ることも考える。
[備考]
※月見原学園ではエジプトからの留学生という設定。
※アーチャーの単独行動スキルを使用中でも、エーテライトで繋がっていれば情報のやり取りは可能です。
※マップ外は「無限の距離」による概念防壁(404光年)が敷かれています。通常の手段での脱出はまず不可能でしょう。
 シオンは優勝者にのみ許される中枢に通じる通路があると予測しています。
※「サティポロジァビートルの腸三万匹分」を仕入れました。研究目的ということで一応は怪しまれてないようです。
※セイバー(オルステッド)及びキャスター(シアン)、ランサー(セルべリア)、ランサー(杏子)、ライダー(鏡子)のステータスを確認しました。
※キャスター(シアン)に差し込んだエーテライトが気付かれていないことを知りました。
※「サティポロジァビートルの腸」に至り得る情報を可能な限り抹消しました。
※黒髪の若い教師(NPC、ヴォルデモートが洗脳済み)の連絡先を入手しました。現時点ではマスターだと考えています。
 これに伴いケイネスへの疑心が僅かながら低下しています。
※キャスター(シアン)とランサー(セルベリア)が同盟を組んでいる可能性が高いと推測しています。
※分割思考を使用し、キャスター(ヴォルデモート)が『真名を秘匿するスキル、ないし宝具』を持っていると知りました。
 それ以上の考察をしようとすると、分割思考に多大な負荷がかかります。
※狭間についての情報は学園での伝聞程度です。
※電子ドラッグの存在を把握しました。


【アーチャー(ジョセフ・ジョースター)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]シオンとエーテライトに接続。
[装備]現代風の服、シオンからのお小遣い
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:「シオンは守る」「方舟を調査する」、「両方」やらなくっちゃあならないってのが「サーヴァント」のつらいところだぜ。
0.宿ゲットォォォ〜〜〜〜!
1.学園、行くかねぇ
2.裏で動く連中の牽制に、学園では表だって動く。
3.夜の新都で情報収集。でもちょっとぐらいハメ外しちゃってもイイよね?
4.エーテライトはもう勘弁しちくり〜!でも今回は助かった……。
[備考]
※予選日から街中を遊び歩いています。NPC達とも直に交流し情報を得ているようです。
※暁美ほむら(名前は知らない)が校門をくぐる際の不審な動きを目撃しました。
※黒髪の若い教師(NPC、ヴォルデモートが洗脳済み)を確認。現時点ではマスターだと考えています。


991 : ◆HOMU.DM5Ns :2018/12/02(日) 22:15:35 qCoCSqHg0
投下を終了します。次の投下は新スレになると思われますので埋めを


992 : 名無しさん :2018/12/03(月) 16:46:29 v/fDs8js0
投下乙です!
スタンスが非常に近い頭脳派の二人が邂逅しましたか
対聖杯の参加者も増えてきましたが、彼女たちはどういった切り口から事態の打開を目指すのか楽しみです

ただ一つ気になったことが
指名手配にまで発展しているアキトの事件が未だにルリの耳に入っていないのは不自然ではないでしょうか
短時間とはいえ警官を指揮してカッツェさんの起こした事件の事後処理にあたっていた以上、別のエリアで起きた事件についても速やかに情報が入ってきて然るべきだと思います
事件そのものは新都で起きていても、警察からすれば犯人が深山町に逃げ込む可能性も考慮し得るわけですし


993 : ◆HOMU.DM5Ns :2018/12/03(月) 22:22:22 hjXoZ45A0
>>992
感想ありがとうございます。例えひとつでも読んだ方からの言葉は今後の励みになります

ご指摘について。直接事件に関わってない件まで全てを明かす必要もないとの判断から割愛しましたが、問題のようでしたら『アキトの報を知り、即座に捜そうと現場を後にする』よう描写をwikiにて追加しようと思います。今暫くお待ち下さい


994 : ◆HOMU.DM5Ns :2018/12/05(水) 23:29:43 wK.tCNVw0
主に>>980-981の部分を修正加筆しました。その他微修正を加えてwikiに載せます


向こうから合流、連絡が来る可能性を憂慮すれば、現場に留まり混乱を収める警察の仕事を請け負わざるを得なかった。
僅かでも情報が手に入るのを期待して受けていたが、暴動者の殆どは意識が混濁し自分が何をやったのか、そもそも何故こんな場所にいるのかすら把握してい有様だ。
有益な情報が得られる望みは薄いと見ていたルリだが、予想外の方向から思わぬ知らせが舞い込んできた。
B-9地区の女児銃撃及び警官殺害事件。カッツェの騒動と前後して起きたという事件を、ルリがいると聞きつけた他所の警官が報せに来たのだ。
優先順位の話として出来れば聞き流したかったルリだが、無事だった警官が見た犯人―――黒ずくめの服装にバイザーをつけた男という、既視感のありすぎる容姿に目が眩んだ。

つい、昔の口癖が衝いて出そうになったのを、たっぷり時間をかけて堪えた。

「………………何をやってるんですか、あのひとは」

白昼堂々でないとはいえNPCの警官の殺傷を、裁定者の沙汰に及ぶ凶行をテンカワ・アキトが行った。
俄には信じがたい事実だった。確かにかつてのアキトは復讐鬼であり、奪われた怒りを原動力に破壊を繰り返した。
だがそれは復讐対象に追いすがる過程であり、既に本懐を果たした彼には不要の動機だ。
ましてやこんなあからさまに目立つ真似をする必要がどこにもない。メリットがまるで釣り合わない。
何者かに嵌められたか。ジナコの例を知っているがため、そう推理するのは自然の成り行きだった。
既に騒ぎの大部分は鎮まり、広がらないことも知っている。留まってる理由はもうなかった。


995 : 名無しさん :2018/12/15(土) 05:58:38 liBTthao0
身内のルリルリにまで呆れられるアキトさんェ……


996 : 名無しさん :2019/01/06(日) 16:28:15 HeklxaFY0
ttps://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/14759/1546759518/

新スレ立てました


997 : 名無しさん :2019/01/09(水) 06:09:36 TTKKUmXU0
埋め


998 : ◆HOMU.DM5Ns :2019/03/19(火) 22:56:27 Xor2rcEM0
さぱっと埋める


999 : ◆HOMU.DM5Ns :2019/03/19(火) 22:56:40 Xor2rcEM0
てっとりばやく埋める


1000 : ◆HOMU.DM5Ns :2019/03/19(火) 22:56:52 Xor2rcEM0
うめ


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