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オリロワ2014 part2

1 : 名無しさん :2014/11/17(月) 01:04:44 Um5.PoVk0
ここは、パロロワテスト板にて、キャラメイクの後投票で決められたオリジナルキャラクターでのバトルロワイアル企画です。
キャラの死亡、流血等人によっては嫌悪を抱かれる内容を含みます。閲覧の際はご注意ください。

まとめwiki
ttp://www59.atwiki.jp/orirowa2014/pages/

したらば
ttp://jbbs.shitaraba.net/otaku/16903/

前スレ
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/14759/1393052730

参加者(主要な属性で区分)
2/5【中学生】
●初山実花子/●詩仁恵莉/●裏松双葉/○斎藤輝幸/○尾関裕司
7/10【高校生】
○三条谷錬次郎/●白雲彩華/○馴木沙奈/○新田拳正/○一二三九十九/○夏目若菜/○尾関夏実/●天高星/●麻生時音/○時田刻
0/2【元高校生】
●一ノ瀬空夜/●クロウ
1/3【社会人】
○遠山春奈/●四条薫/●ロバート・キャンベル
3/3【無職】
○佐藤道明/○長松洋平/○りんご飴
2/3【探偵】
●ピーリィ・ポール/○音ノ宮・亜理子/○京極竹人
2/3【博士関連】
○ミル/○亦紅/●ルピナス
2/3【田外家関連】
○田外勇二/○上杉愛/●吉村宮子
2/5【案山子関連】
●案山子/○鴉/○スケアクロウ/●榊将吾/●初瀬ちどり
2/2【殺し屋】
○アサシン/○クリス
5/6【殺し屋組織】
●ヴァイザー/○サイパス・キルラ/○バラッド/○ピーター・セヴェール/○アザレア/○イヴァン・デ・ベルナルディ
2/3【ジャパン・ガーディアン・オブ・イレブン】
○氷山リク/●剣正一/○火輪珠美
2/3【ラビットインフル】
○雪野白兎/○空谷葵/●佐野蓮
1/2【ブレイカーズ】
○剣神龍次郎/●大神官ミュートス
4/6【悪党商会】
○森茂/●半田主水/○近藤・ジョーイ・恵理子/●茜ヶ久保一/○鵜院千斗/○水芭ユキ
6/8【異世界】
○カウレス・ランファルト/○ミリア・ランファルト/○オデット/○ミロ・ゴドゴラス�世/○ディウス/●暗黒騎士/●ガルバイン/○リヴェイラ
2/5【人外】
○船坂弘/●月白氷/○覆面男/●サイクロップスSP-N1/●ペットボトル
2/2【ジョーカー】
○主催者(ワールドオーダー)/○セスペェリア

【47/74】


2 : 名無しさん :2014/11/17(月) 01:05:08 Um5.PoVk0
【基本ルール】
全員で殺し合いをしてもらい、最後まで生き残った一人が勝者となる
生き残った一人だけが元の世界への生還と願いを叶える権利を与えられる
ゲームに参加する参加者間でのやりとりに反則はない
ゲーム開始時、参加者はスタート地点からテレポートさせられMAP上にバラバラに配置される
参加者全員が死亡した場合、ゲームオーバー(勝者なし)となる

【スタート時の持ち物】
参加者があらかじめ所有していた武器、装備品、所持品は全て没収(義手など体と一体化している武器、装置はその限りではない)
参加者は主催側から以下の物を支給される。
「デイパック」「地図」「コンパス」「照明器具」「筆記用具」「水と食料」「名簿」「時計」「ランダムアイテム(個数は1〜3)」
「デイパック」支給品一式を収納しているデイパック。容量を無視して収納が可能。ただし余りにも大きすぎる物体は入らない。
「地図」大まかな地形の記された地図。禁止エリアを判別するための境界線と座標が引かれている
「コンパス」安っぽい普通のコンパス。東西南北がわかる
「照明器具」懐中電灯。替えの電池は付属していない
「筆記用具」普通の鉛筆とノート一冊
「水と食料」通常の飲料と食料。量は通常の成人男性で二〜三日分
「名簿」全参加者の名前が記載されている参加者名簿
「時計」普通の時計。時刻が解る。参加者側が指定する時刻はこの時計で確認する
「ランダムアイテム」何かのアイテムが入っている。内容はランダム
          参加者に縁のあるアイテムが支給されることも

【「首輪」について】
ゲーム開始前から参加者は全員「首輪」を填められている。
首輪が爆発するとその参加者は死ぬ(不老不死の参加者であろうと例外なく死亡する)。
主催者側はいつでも自由に首輪を爆発させることが可能。
首輪には自動で爆破する機能も付いている。
自動爆破の条件は「一定時間死者が出なかった場合(参加者一人の首輪がランダムで爆破、現在は3時間がタイムリミット)」
及び「地図のエリア外か指定された禁止エリアに一定時間侵入していた場合」。

【放送について】
6時間ごとに会場全体で放送が行われる。
過去6時間に死亡した参加者(死亡順)、新たな禁止エリア、残りの参加者数が発表される。
指定されたエリアは放送による発表から2時間で禁止エリア化する。

【作中での時間表記】(深夜0時スタート)
 深夜:0〜2
 黎明:2〜4
 早朝:4〜6
  朝:6〜8
 午前:8〜10
  昼:10〜12
 日中:12〜14
 午後:14〜16
 夕方:16〜18
  夜:18〜20
 夜中:20〜22
 真夜中:22〜24

【予約について】
予約期間は5日。
一回以上作品が通っている書き手のみ2日間の延長が可能。

【予約破棄後の再予約について】
予約を破棄した場合、他の書き手が破棄したキャラを予約するか、別のキャラで作品を投下するまで、
破棄したキャラの再予約をすることはできない。
再予約は不可能だが、まだ他の書き手に予約されていなければ作品の投下は可能


3 : ◆VofC1oqIWI :2014/11/17(月) 17:45:31 Um5.PoVk0
ゲリラ投下します


4 : Night Lights ◆VofC1oqIWI :2014/11/17(月) 17:49:00 Um5.PoVk0


料理のことでよくお世話になっています。
頭はよく切れるし、『変身』すれば一騎当千。
ハンターと並ぶ文武両道の見本だね。
たまに変なこと言うのが玉に傷だけど、部下の扱いも中々。
人望や統率能力は身内に優しいハンターのが上手いけどね。

ただ、彼女はハンターと違って冷徹そのものだ。
悪党に相応しい狡猾さを備え、飴と鞭を使い分けることにも長けている。
そして何より悪党商会の理念にも従順。
個人的にはああいう子が悪党商会を受け継いでくれると嬉しいかな。

それに彼女、もしかしたら幹部の中で一番強いかもしれないし。
元々はブレイカーズの人間だしね。

悪党商会幹部『“黄金の歓喜”近藤・ジョーイ・恵理子』について
ドン・モリシゲ


5 : Night Lights ◆VofC1oqIWI :2014/11/17(月) 17:49:54 Um5.PoVk0
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宵闇に包まれていた世界は徐々に明るさを取り戻している。
夜明けの空に少しずつ光が灯る中、スーツ姿の女性は森付近の草原を歩いている。
女性は放送で伝えられた内容を脳内で咀嚼していた。
彼女の名は近藤・ジョーイ・恵理子。悪党商会幹部の一角を担う存在である。

(此処まで死体発見ならず…私も殺人に成功していない。
 つまるところ運良く生存。やれやれ、これでは幹部の名が泣きますねー)

ふぅ、と溜め息を吐きながら内心そんなことを思う。
ここまで出会ってきた参加者は4人。
田外勇二。馴木沙奈。大神官ミュートス。ディウス。
うち三人は殺害に失敗。うち一人は殺害対象ではなく別離。
「6時間ルールによる首輪爆破を避ける為、善悪のどちらでも無い参加者を一人殺害する」。
掲げた目標を達成出来ぬまま放送の時間を超えてしまったのだ。

(結構踏ん張って歩いたつもりだったんですが、まぁこんなこともありますかね)

尤も、彼女自身さほど悲観している訳ではない。
呼ばれた死者は24人。想像以上のペースだった。
聞き覚えの無い名。悪党商会のリストに記載されている名。巷で聞き覚えのある名。
たった6時間で、数多くの参加者が散っているのだ。
とはいえ、第一回放送を経てリミットが3時間にまで短縮されている。
死体を確認するまで、念のために参加者の殺害は行うべきだろう。

(それにしても…主水さん、お亡くなりになられたんですね)

内心でそう呟き、憂いを帯びたような表情を浮かべる
半田主水。自身と同じ悪党商会幹部の一人。
恵理子の姉は主水の妻であり、義理の兄に当たる。
そして悪党商会次期社長と目されていた二人の幹部の片割れである。
もう一人の候補は恵理子だ。社内における派閥争い一歩手前のいざこざも最早懐かしく感じられる。


6 : Night Lights ◆VofC1oqIWI :2014/11/17(月) 17:50:52 Um5.PoVk0

(…はぁ、姉さん悲しむかな。夫婦仲、良かったみたいですからねー…)

再び溜め息を吐き、内心呟く。
主水はもう帰ってこない。姉は間違いなく悲しむだろう。
恵理子もまた、彼の死を悔やんでいた。
その実力は認めていたし、悪党商会の幹部に相応しい人物であると思っていた。
それに、主水は実姉の夫なのだ。
主水とは姉の家族を通じてプライベートでもある程度の交流を持っている。
そんな彼が死んだことに対し、少なからず悲しみを覚えていた。

(ま…安らかに眠って下さい、主水さん。次期社長は『私が』きっちり引き受けますので)

しかし、彼女の憂鬱な表情はすぐに不敵な笑みへと変わる。
主水が死んだ。そのことに関して悲しみを感じているのは確かである。
だが、あくまで重要なのは現状だ。少なくとも社長、ユキ、鵜院は生存している。
ならば目的を変える必要は無い。
悪党商会の理念を貫き通す。この会場で生存する。首輪の解除方法を探す。
それらを遂行する、ただそれだけだ。
一時の感傷を引き摺り続けるつもりはない。
感情を割り切るなど、彼女にとっては余りにも容易いことだった。

それに、彼が死んだことで悪党商会次期社長の座は自分に決まったも同然だ。
義兄が最期に遺してくれた「プレゼント」には感謝をしなくては。
恵理子はそう考えていた。

(あぁ、そういえば茜ヶ久保くんも呼ばれてましたね。まあ彼が死んだのは妥当でしょうけど)

因みに、幹部の名前はもう一人呼ばれている。
茜ヶ久保一。悪党商会きっての武闘派幹部。
組織で最も過激かつ残忍な性格であり、社長からも悪そのものと評されていた。
しかし幹部としては末席。所詮は鉄砲玉上がりであり、自らの能力を過信していた狂犬に過ぎない。
よって彼の死は大した損失ではないと判断した。

さて、生存者での要警戒対象はどうか。
まずはブレイカーズの剣神龍次郎、大神官ミュートス。
彼らは一応保護対象なのだが、組織力で言えば悪党商会を上回る存在。
制御の面で困難。ミュートスはやはりこちらを強く敵視している。
その上、自分とは因縁というか、関わりがある。
ちょっとした腐れ縁のような、そんな関係だ。
彼らは出来ることなら始末したい。

そして、ヒーローのシルバースレイヤーとボンバーガール。
ナハト・リッターこそ散ったものの、彼らは変わらず殺し合いに反抗するだろう。
更に悪党商会を敵視している。彼らは警戒すべきだろう。

(そう言えばりんご飴ちゃんも彼らと協力関係でしたね。
 戦闘力こそシルバースレイヤーに劣りますが、あの子は何かと油断出来ませんからねー。
 そういえば主水さんがあの子を男の娘メイドにしたいとか言ってたっけ)

ともかく、現状の確認はこんな所だろうか。
一先ず南方の町へと移動してくる参加者との接触を果たしたいものだが。
爆破までの猶予が三時間となれば、危険を承知で街へ向かうことも――――


瞬間。


突然の殺気。
一瞬の風切り音。

即座に回避行動を取る恵理子。
しかし、その強襲はまさに一瞬の出来事だった。
故に躱し切れず、投げナイフが命中した左肩より鮮血が噴き出した。


7 : Night Lights ◆VofC1oqIWI :2014/11/17(月) 17:51:34 Um5.PoVk0
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木漏れ日の射す森の中を突き進む影。
漆黒の暗殺者、サイパス・キルラだ。

アサシンとの接触で得られたものは無かった。
それどころか組織の有り方について踏み込まれ、隙を伺われた始末だ。
『彼女』のことも探られかけたが、受け流すことは出来た。
不快感を抱いてないと言えば嘘になる。
だが、その程度で判断を見誤ることはない。
思考と感情を割り切ってこその殺し屋なのだから。

しかし、先の放送で伝えられた事実には少なからず衝撃を与えられた。

(ものの数時間で、ヴァイザーは死んだ)

ヴァイザー。
『組織』の鬼札として恐れられる最凶の殺し屋。
サイパスが育て上げた最高傑作とも言える狂人。
あの男と殺し合って生き延びた者など、それこそりんご飴のように“気に入られた”者くらいだ。
その名は裏社会で恐れられ、組織内の殺し屋達からも恐れられていた。

そんな逸材が、たったの6時間の内に命を落とした。

奴は“偶然の可能性”で殺せるような男ではない。
ヴァイザーは卓越した戦闘と暗殺の技術に加え、驚異的な殺気感知能力を持つ。
敵意、悪意、殺意――――――自身に向けられたそれらを即座に察知し、あらゆる攻撃を回避する技能。
例え遠方からの狙撃だろうと、完全な不意打ちだろうと、奴を傷付けることは不可能に近い。
奴を殺せるとすれば、アサシンのような最高峰の殺し屋。
あるいは、人智を超えた怪物の類い。

これほどの緊迫感を抱いたのは数十年振りだろう。
文字通り、自分が真の死地にいることを改めて認識したのだ。


8 : Night Lights ◆VofC1oqIWI :2014/11/17(月) 17:52:49 Um5.PoVk0
(裏切り者の亦紅。遠山と呼ばれていたあの剣士。獣人の小僧。ケンショウ。アサシン。
 敵は数多、人外の類いすら混ざっている…)

敵はいずれも油断ならぬ戦士揃い。
亦紅は『ルカ』の頃と比べれば日和っている。しかし腕そのものは衰えていない。
遠山と呼ばれた剣士は足を負傷させたが、仕損じたのは確かだ。
獣人の小僧も技量こそ未熟だったが、そのパワーと装甲は侮れない。

ケンショウは間違いなく強敵だ。あの年齢であれ程の体術と精神力を身に付けているのだから。
死をも恐れず突き進む武術家。殺し屋として引き入れたい程の逸材だ。

そして、アサシン。ヴァイザーと唯一互角に渡り合えるであろう実力を持つ『暗殺者』。
体術、技術、判断力、精神力――――――全てにおいて隙が無い。
現状で最も警戒すべき敵だ。

(敵を始末する…イヴァンとの合流を図る…骨の折れる任務だ)

問題は敵だけではない。幹部であるイヴァン・デ・ベルナルディのこともある。
イヴァンは殺し屋ではない為、暗殺や戦闘の技術は備えていない。
だが、それでも若くして死線をくぐり抜けている男だ。
そう簡単に死ぬ筈は無いが――――やはり彼との合流、そして危険因子の排除は徹底的に行うべきだろう。
バラッド、アザレア、ピーターらとの合流も図るべきかもしれない。

思考と共に移動を続けていたサイパス。
彼の視界に、次第に草原の光景が映り始める。
森の出口へと辿り着いたようだ。

だが、サイパスは即座に木陰へと隠れる。
森の外部の草原で人の姿を見つけたのだ。

(…女か)

気配を殺し、木陰から覗き見る。
草原を歩いているのはスーツを身に纏った長身の女だ。
何か思考を重ねているようであり、不用心に歩いている風にさえ見える。
どうやらこちらの存在には気付いていないようだ。
暗殺者であるサイパスにとっての、好機。

ここで仕留める。

懐から取り出したのはサバイバルナイフ。
瞬時にナイフを構え、女の頭部へと狙いを定める。
牽制は必要ない――――この一撃で確実に仕留める。

瞬時に腕を振るう。
そして、凶刃が女の頭部目掛けて放たれた。


9 : Night Lights ◆VofC1oqIWI :2014/11/17(月) 17:54:15 Um5.PoVk0
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


銃弾は森の方角から飛んできた。
あの位置から投げナイフによる狙い撃ちをしたというのか。
左肩を負傷した恵理子はそんな思考を重ねる。
だが、今はそれよりも敵が優先事項だ。
苦痛を省みず、肩に刺さったナイフを引き抜き、即座に方向転換。

森の方角から姿を現したのは、漆黒の暴風――――サイパス・キルラ。
荒れ狂う嵐のように派手な動きと共に、凄まじいスピードで恵理子へと迫る。

恵理子は懐からイングラムを取り出そうとする。
しかし、サイパスは恵理子が銃器を取り出そうとする一瞬の隙を見逃さない。
隠し持っていた拳銃を瞬時に構え、早撃ちの如く発砲する。

「くッ…!」

恵理子が右腕を弾丸で貫かれ、怯んだ隙にサイパスは至近距離へと接近。
怯んだ恵理子の右手に握り締められたイングラムを裏拳で吹き飛ばす。
銃器を失い、接近戦へと持ち込まれた。
草原を転がっていくイングラムを回収する暇等無い。
恵理子は咄嗟に握り締めた左拳を放つも、サイパスはそれを右手を添えるように構えて受け流す。

直後、恵理子の腹部に強烈な衝撃が叩き込まれる。
サイパスが左手で掌打を放ったのだ。

がはっ、と声を漏らしながら恵理子の身体が吹き飛ばされた。
そのまま咽びながら草原に俯せに倒れる。
サイパスは再び銃を構え、草原に倒れ込む恵理子へと発砲。
しかし恵理子は咄嗟に地面を転がって銃弾を回避し、軽い身のこなしで立ち上がる。


10 : Night Lights ◆VofC1oqIWI :2014/11/17(月) 17:55:33 Um5.PoVk0
「いたたた…おや?…あー、確か…『組織』の…サイパス・キルラさんですねー。
 これはまた随分と大物に狙われてしまいました、怖い怖い」

立ち上がった恵理子は、銃を握るサイパスと相対する。
距離は10m程。その気になれば互いに一瞬で詰められる距離だろう。
戯けたような口調で軽口を叩く恵理子に対し、サイパスは無言を貫き通す。

「あぁ、自己紹介忘れちゃってた。私は悪党商会の近藤・ジョーイ・恵理子ですよー」
「……悪党商会…日本で活動している犯罪組織か」
「一応はそうなんですけど、私達ってあくまで貴方達は『保護対象』なんですよねー。
 だから、この際だから見逃してくれませんかー?」

サイパスは口を開かない。
返答はその身から剥き出しにする殺気のみ。
やっぱりか、と言わんばかりに恵理子は肩をがっくりと落とす。

「やっぱり殺し屋は性に合いませんね。こう、会話が上手く続かないというか…」

そんな彼女の言葉を気に留めることも無く、サイパスは即座に銃を構えた。
冗談も軽口も通じない相手に恵理子は一瞬つまらない表情を浮かべる。
面倒なことになった。はぁ、と溜め息を吐いた後。

「ま、別にいいですけどね。命を狙われているのならば自衛するだけですし」

恵理子の表情は、次第に不敵な笑みへと変貌していく。

「余り使いたくなかったんですけど…『肩ならし』には丁度いい機会ですからねー。
 折角なので、ちょっとばかし本気で喧嘩しちゃいましょう」

聖母の微笑とも、悪女の笑みとも取れるような表情。
不気味な気配を感じたサイパスは恵理子の行動を警戒し、様子見の体勢に入る。
無防備な体勢のまま笑みを浮かべる恵理子。
そして、彼女はゆっくりと両腕を動かした。


「トランスフォーム」


[Authentication Ready…]

恵理子が取ったのは往年のヒーローのようなポーズ。
直後に無機質な機械音が鳴り響き、恵理子の身体は眩き光に包まれる。
金色の輝きは、流動するかのように彼女の全身を包み込んでいく。
危機を察知したサイパスは咄嗟に発砲するも、弾丸は光によって弾かれる。

[Transform Completion]

サイパスにそれを止めることは出来ない。
それはまるで闇夜を裂く閃光の如く。
全身に迸るエネルギーと共に恵理子の肉体は変化を遂げていく。
彼女の切り札である『変身能力』が解き放たれる。

「さ、お見せしましょうかぁ」

ただの人間に過ぎなかった恵理子は、『金色の異人』へと姿を変える。
それは光の宇宙人にも、或いは正義を司るヒーローにすら見える異様な姿。
生粋の人間を素体に進化させた『改造人間』としての容貌。
仮面のような顔の下で不敵な笑みを浮かべ、待ち構えるように両腕を広げた。

「悪党商会幹部、『黄金の歓喜』の力を」



[Go! ―――――Golden Joy]


11 : Night Lights ◆VofC1oqIWI :2014/11/17(月) 17:57:19 Um5.PoVk0

【H-5 草原(森の近辺)/朝】
【サイパス・キルラ】
[状態]:健康、疲労(小)
[装備]:S&W M10(3/6) 、サバイバルナイフ
[道具]:基本支給品一式、38スペシャル弾×18、ランダムアイテム0〜1
[思考・行動]
基本方針:組織のメンバーを除く参加者を殺す
1:近藤・ジョーイ・恵理子を殺す。
2:亦紅、遠山春奈との決着をつける
3:新田拳正を殺す
4:イヴァンと合流して彼の指示に従う。バラッド、アザレア、ピーターとの合流も視野に入れる。
5:決して油断はしない。全力を以て敵を仕留める。
※F-4のどこかにサバイバルナイフが1本落ちてます

【近藤・ジョーイ・恵理子】
[状態]:変身中、胴体にダメージ(小)、左肩に刺傷(中)、右腕に銃創、疲労(小)
[装備]:なし
[道具]:イングラムの予備弾薬、ランダムアイテム0〜3(確認済)、基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:悪党商会の理念に従って行動する
1:サイパス・キルラを殺す。
2:正義でも悪でもない参加者を一人殺害し、首輪の爆破を回避する。確実に死亡している死体を発見した場合は保留
3:首輪を外す手段を確保する
4:南の街へ移動してくる参加者を待つ
※改造人間です。詳しい能力、制限に関しては後の書き手さんにお任せします。

※『イングラムM10(22/32)』『サバイバルナイフ×1』はH-5 草原(森の近辺)に転がっています。


12 : ◆VofC1oqIWI :2014/11/17(月) 17:57:47 Um5.PoVk0
投下終了です


13 : 名無しさん :2014/11/17(月) 21:14:34 HGpPumkU0
投下乙です


14 : 魔法使いの祈り ◆H3bky6/SCY :2014/11/25(火) 00:11:58 c4wnHwOU0
中途半端で分割されてすいませんが
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/14759/1393052730/985
からの続き投下します


15 : 魔法使いの祈り ◆H3bky6/SCY :2014/11/25(火) 00:12:40 c4wnHwOU0
「ぎッ。このっ……楽しませてくれる…………ッ!」

ダメージは甚大。片腕を失い、ほとんどの魔力を使い果たした。
だが、まだ敗れたわけではない。
魔王の意地を込めて、ディウスは立ち上がり敵を見据える。
そこでディウスは見た。

大口を開けたドラゴモストロの口内に魔王の禁術に匹敵する熱量が集まっている事を。

閃光のように放たれる高熱線。
ここに至るまで切り札を隠していたドラゴモストロの勝利である。



「よもやこの身が龍族に敗れるとはな」

勝者は地に立ち、敗者は地に伏せる。
地に付す魔王ディウスの胴体の中央には、火炎弾によって貫かれた大穴があいていた。

ディウスは先を見通す聡明さがあったからこそ、りんご飴やミリアに対して温存などと言う戦術をとってしまった。
彼女たちを瞬殺していればこんな事にはならなかったかもしれない。
りんご飴やミリアの奮闘も無駄ではなかったという事だろう。

それに無駄な戦闘がなく万全の状態で、龍次郎の様に先のことなど考えずこの一戦に全てをかけていればあるいは勝敗は逆になっていたかもしれない。
だが、それは言っても詮のないことだ
そういった状況判断や境遇を含めて強さであり、負けは負けだ。
戦いを是とする魔族として、無様を晒して決着を汚すような真似はしない。

「だから、龍じゃねぇって言ってんだろ。
 ドラゴモストロ様だってぇの。ブレイカーズ製の改造人間だよ」
「なるほど人間であったか」

ふむ、と得心が言ったという風に呟く。
その呟きにこめられた感情はどういう感情なのかは龍次郎には読み取れない。

「貴様、魔王を破ったのだ。魔王の名を継ぐつもりはあるか?」
「ねぇよ。俺ぁもうとっくにブレイカーズの大首領って役職があるんだよ」
「ふん。聞いてみただけだ。
 歴代に人間上がりの魔王がいなかったわけでもないが、私としては人間などに継がすつもりはない」

冗談めかした声でそういうと、ディウスは遠く空を見た。
その瞳は遠く故郷の暗い空を想っているのだろう。

「魔王継承の儀を行う前に果てるのは口惜しいが。致し方あるまい」

魔王の引き継ぎには現魔王が正式に後継者を指名する場合もあるが。
それが為されず魔王不在の事態となった場合は、その時点での最強の魔族がその称号を継ぐのが常である。
もちろんそれがすんなりと決まるはずもない。
我こそが最強と名乗り出た者たちが現れ、魔界は群雄割拠の内乱の時代になるだろう。

魔界が荒れてしまうのは本意ではないが、仕方のない事である。
闘争を好み、己が欲望に忠実であり、本能のまま生きる。それが魔族だ。
いざとなればあの邪神に期待するしかないだろう。

「とりあえず必要なんでな、テメェの首輪を頂くが構わねぇよな?」
「好きにしろ。勝者の権利だ」

勝者は全てを得て、敗者は全てを失う。
それが異なる世界を生きる二人が共有する絶対の真理だった。

倒れたディウスに向けて、龍次郎が木刀を振り上げる。
振り下ろそうとしたところで、ふと気づいたように問いかける。

「そういや、まだ名前も聞いてなかったな」
「ディウスだ。まあただの魔族だ」

敗北を記した以上、もはや魔王は名乗れない。
魔王になる前の、ただの魔族としてディウスは名を返した。

「そうかい。まあいい勝負だったぜディウス。ま、地獄出会えたらまたやろうや」

斬、と一撃が振り下ろされ、龍次郎がその首輪を回収する。
ちょうどそのタイミングで、避難していたチャメゴンが龍次郎の元へ帰ってきた。

「おうチャメゴン、見ての通りよ。へへ……まぁ楽勝…………だった、ぜ」

くらりと大きく頭を一蹴させると、サムズアップしたままドシンと地面に倒れた。

「キュ、キュキュ〜〜!!」

チャメゴンが慌てて倒れこんだ龍次郎に駆け寄る。
そして心配げにその顔を覗いてみれば、

「……グゴォー…………グゴォー!」

龍次郎は豪快な寝息を立てて眠っていた。

【ディウス 死亡】


16 : 魔法使いの祈り ◆H3bky6/SCY :2014/11/25(火) 00:13:44 c4wnHwOU0
【C-10 研究所跡前/午前】
【剣神龍次郎】
[状態]:睡眠、ダメージ(極大)
[装備]:ナハト・リッターの木刀、チャメゴン
[道具]:基本支給品一式、謎の鍵、ランダムアイテム1〜3個、初山実花子の首輪、ディウスの首輪
[思考・行動]
基本方針:己の“最強”を証明する。その為に、このゲームを潰す。
1:寝る
2:協力者を探す。ミュートスを優先。
3:役立ちそうな者はブレイカーズの軍門に下るなら生かす。敵対する者、役立たない者は殺す。
※この会場はワールドオーダーの拠点の一つだと考えています。
※怪人形態時の防御力が低下しています。
※首輪にワールドオーダーの能力が使われている可能性について考えています。
※妖刀無銘、サバイバルナイフ・魔剣天翔の説明書を読みました。



そして。少女に終わりの時が訪れる。

「ミリア! ミリア! しっかりするのだ!」

倒れこんだミリアの手を握りながらミルが涙をこぼしながら必死に声をかける。

血も魔力もその全てを失ってしまった。
もう目も見えていないのか。
その視線はどこか遠くを見つめていた。
遠く滅んだ故郷を想っているのだろう。

何も見えない世界で体温が徐々に失われていく。
その中で、ただ握られた手が温かいなと感じていた。

「魔王、は…………」

力ない声でそれだけを問う。

「大丈夫なのだ! ミルの仲間が倒したのだ!
 だから安心して、これ以上喋らなくていいのだ!」

その声は届いたのか、少女は僅かに安心したように息を吐いた。

「兄に…………」

伝えてほしい。
これ以上戦う必要などないのだと、自らの声でそう言ってあげたかった。

兄に笑ってほしかった。
戦いに勝利した返り血に濡れた笑みではなく。
子供の頃のようなただ純粋な笑顔で。

祈りのように願う。
どうか兄が、剣を捨て笑ってい生きてい行ける世界になりますように。

「伝える。必ず伝えるのだ! だから…………!!」

叫びのような声は遠く、少女の意識が落ちてゆく。
憎しみではなく、ただ平穏のために杖を取った心優しき少女は、そのまま静かに眠りについた。

【ミリア・ランファルト 死亡】

【C-10 研究所跡前/午前】
【ミル】
[状態]:健康
[装備]:悪党商会メンバーバッチ(1番)
[道具]:基本支給品一式、フォーゲル・ゲヴェーア、悪党商会メンバーバッチ(3/6)、オデットの杖、ランダムアイテム0〜4
[思考・行動]
基本方針:ブレイカーズで主催者の野望を打ち砕く
1:首輪を絶対に解除する
2:亦紅を探す。葵やミリア、正一の知り合いも探すぞ
3:葵を助けたい
4:ミリアの兄に魔王の死と遺言を伝える
※ラビットインフルの情報を知りました
※藤堂兇次郎がワールドオーダーと協力していると予想しています
※宇宙人がジョーカーにいると知りました
※ファンタジー世界と魔族についての知識を得ました。


17 : 魔法使いの祈り ◆H3bky6/SCY :2014/11/25(火) 00:14:53 c4wnHwOU0


「ッの野郎……ぜってぇ、ぶっ殺しやる、あいつ等…………ッ!」

りんご飴にとってのこの舞台における始まりの場所。
主催者であるワールドオーダーと話した、とある廃墟で両足を潰された痛みに喘いでいた。
元気にのたうち悪態をつける辺り、命には別状はなさそうではあるのだが。このあたりの生命力は流石である。

そんなりんご飴が潜む廃墟に、近づいて来る一つの影があった。
それは少女を追い求め研究所を目指したはずの三条谷錬次郎である。

研究所を目指していたはずの錬次郎が研究所を通り過ぎた場所にある廃墟に何故いるのか?
その理由をシンプルに言うと、研究所が吹っ飛んでいて見つからず、いつの間にか通り過ぎてしまったのである。
道中、何やら物凄い爆音が響いてきたため、その場所を避けたたというのも大きいだろう。

まあ研究所が吹っ飛んでいたところで、錬次郎にはあまり関係のない話なのだが。
錬次郎の目的は研究所自体ではなくそこに集まる人間。さらに言えば利用できそうな女子である。
あの爆発では碌なことになっていないだろうし、殆ど散ってしまっただろう。
それならば近づくだけ無駄というものだ。

新たに人の集まるところはないかと探していた錬次郎の目の前に現れたのがこの廃墟である。
余り人の寄り付きそうもない場所ではあるのだが、その一室にヒラヒラと揺れるスカートが見えた。

つまり少女である。
女であればだれでもいい、などと重度の女好きのような思考をしながら、廃墟へと近づいてゆく錬次郎。
相手が女である以上、いきなり襲われる事をあまり警戒する必要はない。別の意味での危険はあるかもしれないが

その一室にある程度近づいたところで、何やら苦しげな声が聞こえた。
もしかしたら相手は怪我をしているのかもしれない。
最悪死体である可能性を考慮していただけに生きているだけ行幸だろうか。

「大丈夫ですか?」

ゆっくりと廃墟の扉を開ける。
少女を魅了する力を持った少年三条谷錬次郎は、少女の姿をした少年りんご飴へと話しかけた。

【B-10 廃村/午前】
【りんご飴】
[状態]:両足負傷、疲労(大) 、激しいイラつき
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式
[思考・行動]
基本方針:殺し合いの中でスリルを味わい尽くす。優勝には興味ないが主催者は殺す
1:ディウスと空谷葵を殺す
2:参加者のワールドオーダーを殺す。
3:ワールドオーダーの情報を集め、それを基に攻略法を探す
※ロワに於けるジョーカーの存在を知りましたが役割は理解していません
※ワールドオーダーによって『世界を繋ぐ者』という設定が加えられていました。元は殺し屋組織がいる世界出身です

【三条谷錬次郎】
状態:健康
装備:M24型柄付手榴弾×4
道具:基本支給品一式、不明支給品1〜3、魔斧グランバラス、デジタルカメラ
[思考・状況]
基本思考:優勝してワールドオーダーに体質を治させる。
0:少女(りんご飴)に接触。利用できそうなら利用する。できそうにないなら切り捨てる。
1:自分のハーレム体質を利用できるだけ利用する。
2:正面からの戦いは避け、殺し合いに乗っていることは隠す。


18 : 魔法使いの祈り ◆H3bky6/SCY :2014/11/25(火) 00:16:08 c4wnHwOU0
投下終了
読みづらくてゴメンなさい
ギリギリで荒いんで細かいとこ後で修正するかもしれません


19 : 名無しさん :2014/11/25(火) 00:47:47 5jB0GqYM0
投下乙です


20 : 名無しさん :2014/11/25(火) 04:26:04 GOjS4.0c0
投下乙です
葵、ミリア、りんご飴、剣神という連戦には流石の魔王も耐えきれなかったか
ミリアもよく頑張った、ゆっくりおやすみ
闇落ちした葵ちゃんもここから元に戻ることはできるのか
首輪もミルの元に辿り着いたし、対主催の本領発揮はこれからだな

三条谷とりんご飴もどうなるんだろうか…


21 : 名無しさん :2014/11/25(火) 14:21:50 biFZi3kQ0
投下乙です。
ミリア決死の足止め、りんご飴乱入、龍次郎到着でついに魔王が落ちたか
オリロワ最強格同士の対戦カードは熱すぎた
ミリア戦死、葵マーダー化、りんご飴負傷と勝利の代償は大きいけど
ミル博士を逃がすことと彼に首輪を託すことは果たされたな
そしてあろうことか女装男子と出会ってしまった錬次郎の明日はどっちだ
ミリアちゃんはほんとお疲れ様…


22 : ◆H3bky6/SCY :2014/12/02(火) 22:57:37 yKZgxlkY0
投下します


23 : 死がふたりを分かつまで ◆H3bky6/SCY :2014/12/02(火) 22:59:45 yKZgxlkY0
「…………ぅうん」

ゆっくりと意識が白み始め、上杉愛が意識を取り戻した。
指先に僅かな痺れがあるが動けないほどではない。
まどろむように身を起こし、その場に茫と座り込む。
まだ覚醒しきらない頭を軽く振り、辺りを見渡す。

「えっと」

目に入るのは知らない風景である。
森の中ではあるのだが長年暮らしていた烏天狗の隠れ里でもないし、慣れ親しんだ煎餅布団の中ですらない。
彼女が朝が弱いにしても、どうも記憶が混濁している。
意識を覚醒させながら、手繰り寄せるように記憶を思いかえして行く。

「…………そうだ」

水中から湧き上がる泡のように徐々に記憶が蘇る。
ここは戦場で、上杉愛はあの黒ずくめの男に不覚を取ったのだ。

戦国以来感が鈍ったのか。
戦場は単純に強いものが勝つという場所ではないという事を改めて思い知る。

実力では愛が上だった、あの男は極限ではあったが、人間の領域を出ない。
そんな相手に人間を凌駕した烏天狗である己が完全に後れを取った。
しかも天狗が得意とする空中戦でだ。

しかしそうなると不可解な事がある。
愛が今もこうして生きている事だ。
戦場において不覚を取るという事は、すなわち死を意味している。
あれ程血の匂いをさせた男が、愛を殺さなかった理由がわからない。
用意周到にナイフに毒を仕込み、首尾よく意識を奪い取ったもに関わらずだ。

分らないが生きている以上、何か理由があるはずだ。
考えられるのは、何か愛を生かすに足る理由があったのか、愛が気絶した後に誰かの助けがあったかだ。

あの場で別れたカウレスが愛の後を追ってきていた助けに入った可能性もあると言えばある。
まぁあの別れ方から言ってありえない話だろうが。

しかし荷物は奪われていないし、何よりナイフを弾いた際にできたはずの右手の傷も消えている。
カウレスかどうかはともかくとして、何者かの助けが入り治療をされたという可能性はそれなりに高いだろう。
となると、そのまま気絶している愛を放置したのは解せないが、愛を運ぶことのできない非力な人間だったという可能性もある。
愛を助けたものの、何か急ぐ理由があって先へと進んだ、これが一番状況としては納得がいく推察だ。

そこまで思考をした所で、天から声が響き――――放送が流れた。

放送で告げられた内容に、愛は少なからず動揺をしていた。
百年来の友人、吉村宮子の名が呼ばれたのだ。

彼女はユルティム・ソルシエール(究極の魔女)と呼ばれる最高峰の魔女である。
不可能はないと言えるレベルの魔法を操り、普段はおっとりした性格をしているがその気になれば愛をも凌駕する実力を発揮できる生粋の魔女だ。
そんな彼女がこうも容易く脱落するなど俄かには信じがたいことである。

通常であればあの魔女が死ぬなどあり得ないと、一笑に付す所なのだが。
だがこの場は800年を生きた烏天狗である愛ですら不覚を取る魔境である。
ワールドオーダーの様な次元違いの化け物や、殺しに特化した黒づくめの死神。
そして直接的な危険人物ではないものの、カウレスの様な力を持った人間もいる。
このような場所では、彼女の死もあり得ないとは言い切れないだろう。

そして、そんな世界で一人取り残された少年を想う。
いや、この場で名簿を見て、その存在を知ってから彼の事を思わなかった瞬間はない。

彼女が忠義を尽くす田外家の末子。
これまで愛は400年という長きに渡り田外家を見守ってきたが、勇二はその中でも飛び抜けた才能を持った少年だ。
それはこのまま順調に成長すれば神域に届きかねないほどの才覚である。

だが、神の領域に届きかねない才を秘めているとはいえ、まだ年端もいかぬ小学生である。
夜道を一人で歩かせる事すら不安だと言うのに、魑魅魍魎の跋扈する魔窟で一人きりだなんて考えただけで不安で心が押しつぶされそうになる。
勇二を護らなければという使命感が愛の心に燃える。
それが田外家に仕える、上杉愛の義務である。
いや義務などなくとも愛は勇二を守護しただろう。
勇二に限らず、田外の子は赤子のころから知る、愛にとって我が子の様なモノだ。
何より嘗て愛した男の子孫である。
そのためどうしても甘やかしすぎてしまい、田外家の人間はやや精神的に甘いきらいがあるが。
ともかく、田外の人間を守護する、それが愛の生きる意味だ。


24 : 死がふたりを分かつまで ◆H3bky6/SCY :2014/12/02(火) 23:01:22 yKZgxlkY0
何にしてもまずは勇二を探さなくては始まらない。
そのためにはこの森を抜けるのが先決だろう。
こんなところに勇二がいる可能性は低い。

そして森を抜けたら、すぐさま翼を広げて空から勇二を探す。
どうにも翼の調子が悪いが、多少調子が悪くとも地上から探すよりは圧倒的に効率的だ。
狙い撃ちにされるリスクを負ってでも、一刻も早く勇二を見つけ出さなければならない。

愛が空路をたどって目指すと決めているのは北の市街地だった。
勇二がいるとしたら人の集まりそうな市街地だろうと愛は中りを付けている。
逆に人が集まりそうにない所で身を隠している可能性もあるが、それならばそれでいい。
こちらも見つけづらいが危険は少ないだろうし、まずは市街地を当たってみるのがベターだろう。

そう方針を決めた愛は、森を抜けるべく足早に道なき道を進む。
すっかり都会暮らしになれてしまったとはいえ、深き森の奥先のまた奥底にある天狗の隠れ里で生まれ育ったのだ。
この程度で足を取られる烏天狗ではない。

あっという間に森を抜け、すぐさま黒翼を解放し、愛は空に飛び立とうとする。
だが、その飛行は行われることはなかった。
飛び立つ必要なくなったと言うべきか。

森を抜けた先には、小さな少年の影があった。
最初は見間違えかと思った。
焦りすぎている自分が見た都合のいい幻影だと思った。
だが、自分が彼を見間違えるはずがない。

状況を忘れて愛は駆けだした。
そして辺りの警戒すらせずに大声で名を叫ぶ。

「――――勇二ちゃん!」

その声に、一瞬肩をビクつかせた少年が、ゆっくりと振り返った。
そして目を見開き、無防備にも両腕を広げ愛に向けて走り出した。

「愛お姉さん!」

それは今にも泣き出したくなるくらいの歓喜が籠った叫びだった。
互いの名を呼びあい、駆け寄った二人は二度と離れぬよう互いを強く抱きしめあう。

「お姉さん、お姉さん! 会いたかった!
 僕、愛お姉さんに、話したいことがたくさんあるんだ!」
「ええ、私もです。よかった…………本当に良かった」

互いに涙を流しながら再会を喜び合う。
別れは僅かに四半日程度である。
だが、愛が生きてきた数百年に匹敵する離別だった。

愛すべき家族との再会。
それはこの地獄において得難い福音であろう。

暫くそうして抱き合っていた二人だったが、落ち着きを取り戻したところで安全なところまで移動して改めて腰を下ろした。

「…………ああ、よかった。本当に勇二ちゃんなんですね、よくお顔を見せてください」
「ぅん。くすぐったいよお姉さん」

愛に確かめるように頬を撫でられ、勇二が恥ずかしそうに身をよじった。
そして二人はこれまでの事を語り合う。
伝えなければならない事、語るべき事が山のようにあった。

悪党との出会い。
邪神との出会い。
主に語るのは勇二であり愛は聞き役に徹している。

少年は隠しもせず素直に不安と恐怖を伝え、されど挫けぬ心を誇るように語る。
愛はその健闘を称えるように、勇二の頭を優しく撫でた。

「頑張りましたね。けれど安心してください。これから勇二ちゃんは私が護りますから」

優しい声で、けれど強い誓いを込めて愛は言う。
たとえ相手が邪神であろうと、勇二を守る事なら敵に回すことも厭わない。
その覚悟が彼女にはあった。

だが、この言葉を聞いた勇二はふるふると首を振るった。

「ううん。愛お姉さんが僕を守るんじゃなくて、僕がお姉さんを守るよ」

まだ小学生になったばかりの子供とは思えないほど力強い言葉に愛が驚きを得る。
男子三日会わざれば刮目して見よとは言うが、この僅かな時間で勇二の心は大きく成長したようだ。
きっと、口にしない物の宮子の死も、その一端を強く握っているのだろう。
愛はそう考え、一抹の寂しさを感じながら、素直にその成長を受け入れた。

「ええ、そうですね。私が貴方を護りますから、私を貴方が護ってください」

そう言って愛はギュッと愛おしげに勇二を胸に抱きしめる。
この殺伐とした殺し合いの場における一時のオアシスのように。
二人の間には歓喜と安堵に包まれ、他の感情など入る余地はない。

だというのに、僅かな違和感がチクリと針のように二人の胸を刺していた。


25 : 死がふたりを分かつまで ◆H3bky6/SCY :2014/12/02(火) 23:02:12 yKZgxlkY0
「?」

再会に震え、安堵で包まれるはずの愛の胸の奥に、チリつく火花の様な焦燥感があった。
まるで爆発寸前の爆弾でも抱えているかのような感覚。
きっとこれはこの場において不覚を取った己が、彼を守れるのかという不安感なのだろうと自らを納得させる。
そうでなければ説明がつかない。
この場で浮かぶ感情は再会に対する歓喜しかありえないのだから。

それは発病の前兆だった。
漆黒の殺し屋に感染させられた、マーダー病という死に至らす病の。

そもそもマーダー病とは何か。
当然ながら、医学書を引いたところでそんな病気は存在しない。
この殺し合いを主催したワールドオーダーがその能力で創作した新種の伝染病である。
空気感染もせず接触感染もせず、血液感染もしない。
ただ一点、妖刀無銘により斬り刻まれることにより感染する特殊な病気だ。

その病気が発症すれば果たしてどうなるのか。
妖刀無銘の説明書きの通り、殺人に快楽を覚える異常者になるのだろうがそれはどういう事なのか。
何も考えられず殺人ことしか考えられない異常者になってしまうのかとういと、そうではない。

マーダー病が発症した所で、別段人格が変わるという訳ではない。
ただ、殺人に快楽を覚えるという設定が追記されるだけだ。
これまでの人格(パーソナリティ)が否定されるわけでも変わるわけでもない。

その人はその人のまま、殺人鬼と成り果てる。
愛してるがゆえに殺す。
護りたいからこそ殺す。
何より大切だから殺す。
全ての道がローマに通じるように、ただすべての結論が殺人に通じるようになるだけ。
愛は愛のまま、否定されることなく死へと結論付けられる。

とはいえマーダー病は治療不能な不治の病という訳ではない、この病にも特効薬はある。
それは希望と言う名の強い意志。

そもそも、そういう嗜好があるという設定が追加されるだけなのだ。
腹が減っても空腹を我慢できるように、殺人衝動にも抗う事が出来る。
だが、元よりそうであったという風にパーソナリティは浸食されるのだ。
己の嗜好に疑問を持たなければ、果たして何に抗えと言うのだろうか?

「?」

最愛の家族の姿を前にした勇二の胸にも、感じた事のないような妙な違和感があった。
まるで心の奥底で濁った黒いヘドロが渦巻くような感覚。
きっとこれは守るべき家族を前にして、それを侵す邪神や悪党への怒りが改めて湧いたのだろうと自らを納得させる。
そうでなければ説明がつかない。
再会を得たこの場面で、こんな暗い感情を抱く理由がないのだから。

それは殺意という感情だった。
年端もいかぬ少年が描いたことのない黒い感情である故、彼にはその正体がわからない。

上杉愛は人外の魔の物である。
当然、勇二はその事実を知っている。
魔物だから、などという理由では恐れることもないし別段どうも思わない。
愛は愛だ。
愛すべき家族であるとこに何の変りもない。

だが勇者にとっては違う。
魔物とは問答無用で排除すべき対象であり、存在するだけで許されざる悪である。
カウレスは愛が魔物であることを知らなかったため、そうはならなかった。
だが、愛を知り尽くしている勇二の場合は違う。

心の勇者が敵は殺せと叫んでいる。
今はまだ小さな叫びだが、徐々にその声は勇者化の進行に比例して大きくなっている。
そして何より彼の手にした聖剣が、その存在を許さない。
聖剣は清廉潔白であり一片の曇りも許さない。
魔の存在などそこにある事すら否定するだろう。

だが、聖剣は所詮聖剣だ。
使い手なしでは自立行動などとれない、ただの武器である。
幾ら聖剣が働きかけようとも、最終的にその矛先をどこに向けるのかを決めるのは勇者である。
あるいはカウレスの様に強い目的意識を持てば、聖剣の干渉など跳ねのけられる。
最もあの男の場合は抗いもせず、魔族撲滅と言う目標に乗るのだろうが。

それは勇二の場合も同じだ。
如何に勇者としての使命感を煽られようとも強い意志を以て跳ね除ければいい。
だが、勇二は聖剣の後押しを受ける事は出来ても、聖剣に抗うには幼すぎる。
世界一つを塗り替える程の意志を跳ね除ける強さを幼子に持てと言うのは、酷というものだろう。


26 : 死がふたりを分かつまで ◆H3bky6/SCY :2014/12/02(火) 23:02:59 yKZgxlkY0
「絶対、愛お姉さんを悪い奴らから守り抜くからね」
「ええ、私も勇二ちゃんを全てから護り抜きます」

互いに心の中にある小さな違和感を無視しながら、それを誤魔化すように互いを守り抜くと誓いあう。
死が二人を分かつまで、この誓いは破れることはないだろう。

互いの存在を確かめるように抱きしめあう。
勇二の背中では、そこに背負われた聖剣がただ静かに淡い光を放ち続けていた。

【F-4 草原/朝】
【田外勇二】
[状態]:勇者化進行中(60%)
[装備]:『守護符』、『聖剣』
[道具]:基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:上杉愛を守る
1:ネックレスを探す。
2:リヴェイラは絶対に探し出して浄化する。
[備考]
※ネックレスが主催者により没収されています。そのため、普段より力が不安定です。
※自分の霊力をある程度攻撃や浄化に使えるようになりました。

【上杉愛】
[状態]:マーダー病感染(発症まで残り1〜2時間)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:田外勇二を守る。
1:勇二と共に行く
2:ミリアやオデットを気が向いたら探す。
※マーダー病に感染しました。


27 : 死がふたりを分かつまで ◆H3bky6/SCY :2014/12/02(火) 23:05:21 yKZgxlkY0
投下終了
平和な話を書けたよ、やったねタエちゃん


28 : 名無しさん :2014/12/03(水) 09:06:04 6y3AUjoY0
投下乙です。
そこはかとなく破綻の香りがしますねぇ…。


29 : 名無しさん :2014/12/06(土) 16:18:32 RZ5tM4Lo0
投下乙
破錠の香りをもたらす感動の再開


30 : ◆H3bky6/SCY :2014/12/18(木) 22:50:04 hOBRa8Yc0
投下します


31 : それが大事 ◆H3bky6/SCY :2014/12/18(木) 22:52:45 hOBRa8Yc0
夜の闇は晴れ輝く朝日に晒されながら、俺夏目若菜は何もない草原を進んでいた。
周囲は明るく光に満ちており、高低差もなく足場は安定している。
足元も見えない中で進んでいた山道よりは遥かに歩きやすい道のりではあるのだが、進む足取りは重い。
僅かに後方を歩いている一二三の口数は少なく、いつもの元気な様子は翳りを見せていた。

その原因は語るまでもない。
先ほど行われた放送による影響である。

少し時を戻そう。
山頂のペンションで出会った白い軍服の男をやり過ごした後、俺たちは休憩できそうな場所を探しつつ移動を始めた。
だが、結局山中に休めるような場所はなく、そのまま収穫なく山を下りきり草原へとたどり着く事となった。
その草原を僅かに進んだ所で、ようやく休めそうな場所を見つけ出し、そこで休憩することにしたのである。

一二三は足を止めることに対して、やはり不満気だったが。
徹夜で山道を歩いた疲労の色と、先ほどこちらにリスクを負わせた負い目もあってか、意外と素直にこちらの提案に従った。
そして休憩は1時間交代で、その間もう一人は周囲を見張っているという約束を取り決める。
曲がりなりにも生物学上女子なお前が先だと、レディーファーストを盾に説き伏せ球形の順番は一二三に先を譲った。
強がってはいたモノの、相当気を張っていたのか休憩に入った彼女はスグに小さな寝息を立て眠りについた。
休憩は1時間で交代という約束だったが、そんな約束は無視して眠りこける一二三を放置して俺は見張りを続けることにした。

コンディション管理はアスリートの基本だ。自身の状態はしっかりと理解している。
この時点ではまだ疲れも眠気もそれほど感じてはいなかった。
恐らく後丸1日くらいなら休憩せずとも行動できるだろう。
もっともそれは通常行動に支障はないと言うだけで、当然疲労がたまれば運動精度は落ちる。
コンディション不足によるミリ単位の誤差が命取りになるというのはサッカーでもよくある話だ。
休めるのならどこかで休みたいというのも本音ではあるのだが。
その辺は拳正なり警護を任せられる奴と合流してからの話になるだろう。

放送が流れ始めたのは、休憩を初めて二時間ほど経過した後の事だった。
眠っている一二三を起こそうと手を伸ばしたが、あの洋館で事前に説明されていた放送の内容を思い返す。
死者の告知という悪趣味すぎる内容を彼女に聞かせるのはどうかと、僅かに思い止まる。
だが、どちらにせよ知らないままではいられないのだ。
放送で知るか、こちらの口から伝えるかの差でしかない。
何より、起こして聞かせなかったことで、後で色々文句を言われても面倒だと思い直し彼女の肩を揺すった。

「おい、一二三起きろ」
「……………むにゃ?」

目をこすりながら一二三が身を起こす。
その半開きの口の端からは花も恥じらう乙女とは思えぬものが垂れていた。

「おい涎拭け、涎」
「おおぅ」

若干恥ずかしそうに顔を赤らめて、慌てて服の袖で涎を拭いた。
目の当たりにする凄まじい女子力。
何にせよ目は覚めたようで何よりである。

とまあ、だらけた雰囲気はそこまでだった。
どこから流れているのかも分からない不思議な声が響き、その内容が進むたび周囲は重々しい雰囲気に包まれていった。
その後、放送を聞き終え、焦燥に駆られたのか一二三はスグに発つと言い出し、俺もそれに従った。
そして今に至るという状況だ。

結局、あの放送ではクラスメイトが4人、去年高校を辞めた朝霧を含めれば5人の名が呼ばれた。
この放送で名前を呼ばれたという事は、彼らは死んだという事になる。
一二三は告げられた内容にかなりのショックを受けているようだった。
俺としてもクラスメイトの名が呼ばれたのはショックだが、それ以上に衝撃なのは単純に人が死に過ぎている事の方だ。

6時間で24名。単純計算で15分に1人死んでいる。
それなりに大きな孤島に70人程度の人間が散り散りがなった所で、遭遇する確率なんて殆どないはずである。
それこそ一二三と出会ったボート小屋や山頂のペンションと言ったような目立った施設の様な場所でもない限り。
にもかかわらず多くの参加者が遭遇し、躊躇いもなく殺し合い、逃げることもできず死亡している。
偶然で片づけるには出来過ぎている。


32 : それが大事 ◆H3bky6/SCY :2014/12/18(木) 22:53:32 hOBRa8Yc0
殺された側が目立つ場所に集まるような考えなしばかりだったのか。
殺した側が潜んでいようと見つけられる索敵と殺しのプロだったのか。
一二三の様な人間を思えば前者の可能性もあるし、あのペンションで出会った軍服の男を思えば後者であろう。
そしておそらくは両方。
軍人や傭兵の様な玄人に素人が食い物にされている構図だ。
これならば、この死者の多さにも、そして俺らのような学生が集められた理由にもある程度は納得がいく。

それに単純に嘘という可能性もある。
本当に参加しているのは半数程度で、半数は死者を水増しするために名前だけ名簿に書かれているという可能性だ。
最初に集められていた人数的には参加者数と同数程度だったが、サクラだったという可能性もある。
これほどの事を企てるならそれくらいことはやるだろう
そうして、これだけの殺人鬼がいるのだぞと参加者を煽っているのかもしれない。
どうせほとんどの参加者には会う事はないし、死亡を確かめる手段もないのだ、ないとは言い切れないだろう。
そうならば一番そうあってほしい可能性だ。

だが、あくまで希望は持つが楽観はしない。
冷静を差を失わず、いつも通りの夏目若菜のスタンスを貫く。

どちらの可能性がありうるのかと言うと判断はつかない。
何せこの6時間で一二三と白い軍服の男の二人にしか出会っていないのだ。
島の広さを考えれば妥当な接触人数ではあるのだが、この時点では判断材料が足りない。
結論は保留するしかない。
だが、異常なペースで死亡者が出ているのに何らかの要因があるとするならば、このまま逃げ延びるというのは難しいのかもしれない。

そして、直近で確実な問題なのは制限時間の短縮だ。
安全な場所に退避して助けを待とう、というスタンスは変わっていないが。
このまま放送毎にその時間を縮められていくとしたら、そうも言ってはいられなくなるかもしれない。

一クラスからこれだけ一斉に姿を消せば、芋づる式に不審な失踪には気付くはずだ。
それを事件と結び付けて、現場を特定し救助を派遣するまでどれくらいかかる?
このままだと、それまでに禁止エリアや制限時間に追いつめられるほうが早い。
この死亡ペースも考慮すれば、時間は意外と残されていないのかもしれない。

となればクラスの連中を浚って、自力で脱出を目指すという方向も検討に値する。
そうなると、一二三が無茶しないようにと探索に付きあってみたが、これは案外妙手だったかもしれない。
今の所成果はないが、人を探すという目的にシフトするのならばこの状況は悪くない。

もっとも、無駄に人数が増えても動きづらくなるだけであり、俺は知り合い以外を抱え込むつもりはないのだが。
どこの誰とも知らない連中まで積極的に助けるようなつもりはない。
まあ行動を共にする相方の意見は違うようだが。
この辺も頭痛の種の一つである。

暫く何事もなく草原を進んでいたが、はるか遠方の視界の端に動く何かが目に入った。
後方の一二三に身を伏せろとジェスチャーで指示を出しつつ、高めの葦原の陰に移動し身を隠す。
どうしたのと視線で問いかける一二三に対して、草の間から覗く人影を指をさした。

そこには一つの人影があった。
遠目でまだ全容は分らないが、そのシルエットの大きさからして男のようだ。
それなりに高い背丈である。その特徴は拳正のモノとも三条谷のモノとも一致しない。
少なくとも知り合いではなさそうだ。
となると無理に接触する必要はない。

(どうするの?)

小声で一二三が問いかけ、こちらに判断をゆだねる。
無関係な相手とは出来る限り接触を避け、荒事となる可能性は極力排除したい。
排除したいが、ルックアップして周囲を確認しても、草原以外に大した遮蔽物は見当たらない。
先んじて発見できたからこそ、相手はまだこちらに気付いていないが、こちらは草陰に隠れいているだけなのだ、近づかれたらまず見つかる。
この状況で、何時飛び出るかわからない危険物(一二三)を抱えて大人しく隠れていられる自信もない。
相手に気付かれていて、先に攻撃されたらそれこそ最悪だ。

「…………そうだな、接触するか」

こうなったら先手を取って動いた方が安全だと決断を下す。
動き出すと決めた以上迷いはない。
草陰から飛び出し、近づいてくる人影に対してスプリンターの様に駆け出した。
そして一定の距離まで近づき、ピタリと止まる。
彼我の間隔はサッカーで一対一をする時と同じ距離。
この距離なら相手がどう動こうとも一息で対応できる。


33 : それが大事 ◆H3bky6/SCY :2014/12/18(木) 22:54:34 hOBRa8Yc0
「動くなよ」

突然飛び出してきたこちらに相手が対応する前に、銃口を突きつけ動きを制する。
これでビビって逃げてくれるならそれでいいし、危険な相手ならそれ相応の対応をしなければならない。
相手が無害な相手だったとしても完全にそうだと信用できるまで、警戒レベルを下げることはできない。

「ちょ、ちょ、若菜…………!?」

僅かに遅れて駆けつけてきた一二三が声を上げ、この状況に銃口を向けられた相手以上に驚愕を露わにしていた。
分りきっていたその戸惑いを相手にせず、目の前の相手から視線をそらさずに後方に指示を出す。

「いいから、お前は後ろの方を見張ってろ。んで、なんかあったら伝えろ」

周囲への警戒は怠れない。
姿を見せているこいつは囮で、周囲に潜んだ仲間が襲い掛かる算段を立てているのかもしれない。
その必要性を理解してか、不承不承ながら一二三は後方へと向き直り、無茶しないでよとだけ言葉を残しこちらと背中合わせになった。

「よう。悪いな。こちらとしては争うつもりはないんだが、状況が状況だ。
 警戒する必要性ってのは理解してくれるよな?」

理不尽であると理解しながらも、イニシアチブをとるため銃をちらつかせながら言う。
相手は体格の良さから成人だと予想していたが、厳つい顔つきだがやや幼さが残っている。中学生くらいだろうか。

「僕もアンタらと争う気はないし、危害を加えるつもりもない。その銃を下げてくれないか」

そう言いながらも、目の前の相手はゆっくりと両手を上げた。
その様子は慌てるでもなく落ち着いている。
銃を向けれ僅かに身が強張らせているものの、さして動じていない辺りなかなか肝が据わってる。

目につく髪や衣服の汚れからして、少なからずこの場で色々あったのが読み取れる。
ならば、拳銃が偽物だと思っているわけでもないだろう。
単純に銃を突きつけられる程度では動じないような修羅場を越えてきたか。
それとも実は軍隊格闘術(マーシャルアーツ)の達人で、素人に銃を向けられたところで返り討ちにする自信があるのか。
けれど、少なくとも見た感じの印象としてはスポーツや武術をやってる風ではない。

「悪いけど、はいそうですかと信じられれるほど人が良くなくってね。
 争いたくないってんなら、このまま回れ右して立ち去ってもらえるか」

背中合わせで後方を見張っている一二三からから、抗議するように服の裾を引かれるが黙殺する。
相手が善であれ悪であれ、この状況では関わらないのが一番だ。
無駄に接触するつもりはない。

「後ろを向いた瞬間、アンタがその引き金を引かない保障はあるのか?」
「素直に立ち去るってんなら撃たないと約束するが、ま、そっちがこの言葉を信用するかどうかは別問題だわな。
 だけど、こっちとしてもそっちが信用できるまではこの銃は下られない」

後方からの抗議の引っ張りが強くなる。服が伸びるからやめてくれ。
この状況でそう簡単に初対面の相手を信用できるかっての。

互いに動くに動けず、暫く睨み合いの様な緊張感が続く。
そして少年は僅かに思案した後。

「…………信用、ね」

独り言のようにそう呟き、自分の荷物へと手を伸ばした。

「動くなって言わなかったっけ?」

カチャリとワザと音を立てて銃を構え直し、銃口に意識を向けさせその動きを制する。

「……名簿を取り出すだけだよ」
「悪いけど、信用できないな」

流石に武器を取り出すような動きは許可できない。
というか、ここでなんで名簿?
こちらの疑問を感じ取ったのか、目の前の少年は面倒そうに深く溜息を付いた。

「アンタ、夏目若菜だろ」
「わーお。俺って有名人。そうだけど、それがどうした?」
「新田拳正ってヤツからアンタの事を知らされた、それを説明しようとしただけだ」
「む」

まさかこのタイミングでその名を聞くとは思わなかった。
俺の名前を知っているのはともかく、拳正との関係性まで知っている人間はそれほどいない。
それこそ直接的な知り合いか、学校関係者くらいのものだ。

「それで、名簿と拳正にどういう関係が」
「僕の名簿にアイツが勝手に書置きを残したってだけだよ。
 わざわざ説明するよりそれを見せた方が手っ取り早いだろ?」
「…………荷物ごとこっちに渡しな」


34 : それが大事 ◆H3bky6/SCY :2014/12/18(木) 22:56:28 hOBRa8Yc0
銃を突き付けながら荷物を寄越せなどと強盗みたいだな、と内心で苦笑する。
銃口を突きつけられた憐れな被害者は抵抗するでもなく荷物をこちらへと投げよこした。

視線と銃口を相手に向けたまま、僅かに膝を曲げ片腕で足元に転がる荷物を漁る。
手触りだけで探し当てた名簿を開き、僅かに視線を落としてその中身を確認してみれば、そこには俺や一二三を含む幾つかの名に丸の付けられていた。
そして名簿の端に殴り書きされた『テルユキをヨロシク』という文字。
確かに、この汚い字は拳正の字に似ているといえば似ている。

「一二三」
「ん」

念のため後ろの一二三にも名簿を回し、確認を求める。

「うん、拳正の字だねこれは」

軽く確認してはっきりとそう断言した。
こいつが言うのなら間違いはないだろう。

「確かにこいつは拳正が書いたもので、拳正がテルユキってやつと一緒だったってのも、拳正がテルユキってやつを信用してるのも理解した」

その言葉に、目の前の相手はどういう訳か複雑な表情を浮かべた。
無理矢理書かされて書くようなやつでもなし、テルユキ――名簿で言うところの斎藤輝幸――は信用してもいいだろう。
まあ、あいつの信用できるがどこまで信用できるかは置いておくにしてもだ。

「けど、お前が本当に斎藤輝幸かどうかってのはまだわからねぇ。
 斎藤輝幸を殺して名簿を奪って名を騙っている可能性は否定できない。
 お前は自分が斎藤輝幸であるという証明はできるのか?」

少年はこれで納得してもらえると思っていたのか、さらなる追求に意外そうな顔をする。
しばらく思案するような様子を見せるが、結局言葉が出ず押し黙った。
そして諦めたように頭を振るう。

「無理だな」
「だろうな」

免許を取得できる年齢でもないだろうし、あるとしたら学生証くらいだろうが、登校時ならともかく常に携帯するようなものでもない。
うちにだって常時携帯の校則にはあるがそんな事を律儀に守る優等生は殆どいないだろう
ここですんなり身分証明書を提示されたら逆に怪しいというものだ。
そうは思うが、証明できない以上信用もできない。

「なら悪いけど、信用はできないな」
「別に、こっちとしてもアンタらに信用してもらうつもりはないよ。
 僕としては、銃さえ下げて、放っておいてくれればそれでいい」

互いに睨み付ける様に互いを見据える。
結局話は最初に戻り、意見は堂々巡りである。
雰囲気は一触即発なほど険悪だ。

こっちだって本人である可能性の方が高いのは分かっているが、万が一という事もある。
俺一人ならともかく、二人分の命がかかっている以上、おいそれと賭けに出るわけにもいかない。
それに、拳正との話が本当だとしたら情報は聞き出しておきたい。
無意識に銃を握る手に力が入っていた。
答えを出そうと思考を必死に働かせる
どうする? この場ではどうするのがベストだ?

「はい、そこまで」

頭へゴチンと衝撃が走り、思考が強制的に中断された。
後方からのまさかのフレンドリーファイアである。
今、星が見えたぞ、星が!

「安心せい。鞘打ちじゃ」

何故かカッコつけた声で一二三が言う。
構える獲物は鉄拵えの鞘に包まれた日本刀である。

「おま…………ッ!? それ、それほぼ鉄の棒と変わんねぇんだから! 死ぬから! んなもんでぶっ叩かれたら死ぬから!」
「なんだよー。小突いただけじゃんよー」

ぶーぶーと悪びれず下手人は口をとがらせる。
ダメだこいつ。早く何とかしないと。
普段拳正を相手にしているからか感覚がおかしい、同じのノリで来られたら常人は死ぬ。


35 : それが大事 ◆H3bky6/SCY :2014/12/18(木) 22:58:43 hOBRa8Yc0
「――――らしくないよ若菜」

コブをさすりながら抗議を続けようとしたが、真面目な声に遮られる。

「……何がだよ。俺は元々こういう性格だろ」

不安材料は徹底的に潰して、出来る限りのベストを尽す。
それがサッカー以外で自分の出来る範囲が変わろうが変わらない。
いつも通りの夏目若菜だ。

「そりゃたしかに若菜は、日本刀でも鍛えんのかってくらいに石橋を叩きまくって、その橋をバク宙三回転半しながら渡るような奴だけどさ」

なんだその例え。
どんな奴なんだよ俺は。

「けど、誰かを追い詰めるようなやり方する人間じゃないでしょ。少年イジメてどうすんのよ」
「イジメてねぇよ。相手が安全かどうか判断してただけだろうが」
「嘘ついてるかどうかなんてそれくらいわかるでしょ。わかってるのに追及しても意味ないよ」

まあ確かに、嘘をついているというより、単純に嫌気がさしてうんざりしていると言った態度だったのは事実だ。
だがそれでも命を預けるには足りない。

「そんなもん演技かもしれないだろ」
「そんな事言い出したらキリないよ。
 そんなやり方じゃずっとずーっと誰も信用できずに、誰とも関係なんて築けなくなっちゃうよ?」
「別にそれでいいだろ。ここで新たにお友達を作るつもりは俺にはねぇよ」

俺は自分の出来ることは知っている。
100m×75mのサッカーフィールドならば、どこだってフォローして見せる自信がある。
だが、この狐島で俺の手の届く範囲は少ない。
友達作りだの信頼関係を築くだの、そういうのはそういう場所でやればいい。
この場ですべきことは、知ってる連中を集めれるだけ集めて、そいつらと如何にして安全にこの場を乗り切るかだけだ。
無駄なことはできない。

「――――よくないでしょ」

だが、一二三はハッキリとした声でその考えを否定した。

「あのままお互い信用できない信用できないで通しても、あのままじゃケンカになるだけだよ」
「それは…………」

否定できず言葉に詰まる。
確かに、お互いあのまま譲らなければ、最終的には強硬手段に出るしかなくなっていただろう。
争いを避けたくてしたはずの選択肢なのに、争いに発展しそうになっている。
それは酷い矛盾だった。

「けど、実際あれだけ人が死んでんだぞ。
 こんな状況で簡単に他人を信用できるかよ」
「こんな状況だからこそ、誰かを信じないとダメなんだよ。
 ――――そうじゃないと生き残れない」

言われて目を見開く。
俺は信じない事で生き延びようとして、彼女は信じることで生き延びようとしていた。

それはこの場だけの話ではなくこれからの話でもある。
本当に自分たちだけで生き残れるのかと、彼女の言葉は問うていた。
事実として生き残りを目指すのならば誰かの助けは必要である。
脱出方法の用意や首輪の解除の手段を俺たちは持たない。
だから、ただ助けるのではなく助け合う事が必要だと、彼女は言っていた。
それは単純な正義感だけで出た言葉ではなかく、彼女なりに考えた果てに出た答えなのだろう。

「ああ、くそ…………っ」

ガシガシと頭を掻く。
まさか一二三に諭されるとは。
どうにも冷静じゃねぇな。
あの放送から努めて冷静であろうとしていたが、冷静であろうとしてる時点でダメだ。
意識しないようにしていたが、クラスメイトの死に、らしくもなく動揺していたようだ。
落ち込んではいたものの、一二三の方がよっぽどいつも通りだった。


36 : それが大事 ◆H3bky6/SCY :2014/12/18(木) 23:01:33 hOBRa8Yc0
「それで、僕はもう行っていいのか?」

ここまでのやり取りを黙って見ていた推定斉藤少年が声を挟んできた。

「そうだな。好きにしてくれ」

溜息交じりにそう言って、拳銃をしまって両手を上げる。
一二三の相手をしてる間、殆ど銃を向けるのを忘れていたし、隙だらけでバカなやり取りをしてる間に襲い掛かってこなかった。
決して狙ったわけではないが、その事実から結果として危険がないというのは認めてもいいだろう。

「というか去りたきゃそのまま黙って去りゃよかったのに」
「それでもよかったんだが、その前に荷物返してくれ」

ああそういう事か。
足元の荷物を投げ返そうと掴みあげた所で、後ろからその荷物をひったくられる。
荷物を奪った一二三は、直接手渡しすべくその足で少年へと近づいてゆく。

「えっと、輝幸くんだっけ? ごめんね。銃なんて向けられて怖かったでしょ?」
「別に」

どうでもいいと、半ば捨て鉢のような態度で荷物だけを受け取ろうと手を伸ばす。
だが一二三は荷物を受け取るため差し出しされた手に、荷物でなく自らの手を伸ばした。
突然の握手に戸惑う少年。
見ている俺もビックリだ。

「そこの若菜がずいぶん失礼なことしちゃった後でなんなんだけど。
 輝幸くんも私たちと一緒に行動しない?」

手を握りながらそう勧誘を仕掛けた。
いや、言うと思ったけどさ。

「いや、僕は……」

斉藤少年は若干引いた様子でその申し出を断ろうとするが、一二三は手を離さない。
困惑する少年から何とかしてくれと言う視線を送られるが、すまん無理だ。
その女の行動は俺にも制御できん。

「あ、そうだね。こっちの事何にも知らないのに答えられないよね」

うん。と謎の納得をして一二三が手を放し一歩距離を取った。
ちなみにまだ斉藤の荷物は一二三の手の中である。

「若菜の事はしってるんだっけ?
 私は同じ学校に通ってる一二三九十九。刀鍛冶が趣味のちょっとカワイイ普通の女の子さ。
 あと拳正のバカもおんなじ学校だね。あいつがお世話になったんだっけ、迷惑かけたでしょ?」

ホントゴメンねと割と本気で申し訳なさげに頭を下げる一二三。
拳正の代わりに頭を下げるその態度を疑問に感じたのか斉藤が問いを口にした。

「…………どういう関係?」
「うーん。まあ関係を一言で言うなら姉貴分? 世話のかかる弟、みたいな?」

おお知ってる知ってる。
確か拳正もお前の事小うるさい妹みたいなもんだって言ってたよ。
どっちが兄で姉かでもめそうだからわざわざ言わないけど。

「輝幸くんは中学生なのかな、それとも高1?
 もしかして年上ってことは…………ない、ですよね?」

言いながらこれまでタメ口で話してたのが急に不安になったのか語尾を弱めてゆく。
相変わらずノリで生きてんなこいつ。

「中学……二年だよ」
「中学生かぁ。どこ中よ〜どこ中よお前ぇ」
「……お、桜花中」
「お、偶然だねぇ。私もそこ出身なんだ。後輩じゃん。
 困ったことがあったら先輩であるお姉さんに頼るんだぞ」

うわ、うっぜ。
お姉さんぶる一二三うっぜ。
このこのと肘で斎藤少年を小突いてるし、斎藤は滅茶苦茶鬱陶しそうな顔してドン引きしてるし。
それでも質問されればちゃんと答える辺り、律儀だなぁこいつ。


37 : それが大事 ◆H3bky6/SCY :2014/12/18(木) 23:04:56 hOBRa8Yc0
まあ気を張る相手が出来て、元気が出たのならよしとするか。
若干空元気っぽいけど、それでもましだろう。
とはいえそろそろ限界っぽいんで助け舟を出すとするか。

「引いてるからその辺にしとけ、お前のノリは青少年には毒だ」

何だとこの野郎ーと一二三は噛みついてくるが、しっしと追い払っておく。

「悪かったな。あれはああいう生き物なんだ諦めてくれ」

一二三を追い払いながら、斉藤と向き合う。
斉藤は無言のままこちらを見つめ、しばらく考えたのちに口を開いた。

「アンタはいいのか?」

何のことかと一瞬思ったが。
一二三の誘いに関して、あれほど警戒していた俺がどう思ってるかという事についてだろうと思い至る。

「まあ、よかねぇけど。俺が言って聞くような奴でもないしな。
 とりあえず、お前が無差別に襲いかかってくる輩じゃないってことだけは信用するさ、行動共にするくらいならいいんじゃねぇの」

あれ程強硬だった俺の態度から、同行拒否の後押しをされると思っていたのだろう。
思わぬ裏切りに少年は目を丸くしていた。

「アンタたちが良くても、僕の方はお前らを信用したわけじゃないんだぞ」

まあそりゃそうだ。

「そうだな。けどお前だって死にたいわけじゃないんだろ。
 独りじゃ多分そのうち行き詰る。俺の言えたことじゃねえけどさ、どっかで手打ちは必要だぜ。
 俺ら辺りで手を打っとけよ。この先今みたいなやり取りを繰り返すのも面倒だろう?
 ま、あれが騙そうとする演技に見えるってんなら好きにすりゃいいけどさ」

そう言って、後ろのアホを親指で指さす。
こういう場面では裏表のない人間は役に立つ。
あれに騙されてたってんなら別の意味で死にたくなる。

「生き残るために、利用してやるくらいのつもりで付きあえよ、悪いようにはしねえさ」

そう言って右手を差し出す。
斉藤は苦虫を噛み締めたような顔をしながらその腕を見つめ思い悩む。
その葛藤は理解できる。
先ほどは最後まで譲り合う事が出来ず険悪な雰囲気になったが、その思考自体は嫌いではない。
こいつはちゃんと損得を計算して動けるタイプだ。
この提案のメリットとデメリットを頭の中で必死に天秤にかけているのだろう。

「……分った。アンタたちに同行する」

そして、彼の天秤はそちらへと傾いた。
斉藤がおずおずと差し出した手を握る。

「ただし、一緒に行動するだけだからな。アンタらと助け合うつもりはない」
「おう、それでいいよ。ヨロシクな」

そう言って笑顔を返しつつ、握った手にギュッと力を込める。
握られた痛みに斉藤が少しだけ身をよじった。

「けど、年上には敬語は使おうな」

体育会系はその辺の礼儀に厳しいのである。

【F-6 草原/朝】
【一二三九十九】
【状態】:健康
【装備】:日本刀(無銘)
【道具】:基本支給品一式、クリスの日記
[思考・状況]
基本思考:クラスメイトとの合流
1:人が多そうなところを目指す、が無茶はしない(多分)
2:クリスに会ったら日記の持ち主か確認する。本人だったら日記を返す

【夏目若菜】
【状態】:健康
【装備】:M92FS(15/15)
【道具】:基本支給品一式、9mmパラベラム弾×60、ランダムアイテム0〜2個(確認済み)
[思考・状況]
基本思考:安全第一、怪我したくない
1:人が少なそうなところを目指したい
2:クラスメイトを探して脱出するプランも検討

【斎藤輝幸】
状態:健康、微傷
装備:なし
道具:基本支給品一式、サバイバルナイフ、ランダムアイテム1〜3(確認済み)
[思考・状況]
[基本]死にたくない
1:一二三たちと行動を共にする
※名簿の生き残っている拳正の知り合いの名に○がついています


38 : それが大事 ◆H3bky6/SCY :2014/12/18(木) 23:06:09 hOBRa8Yc0
投下終了
負けない事〜信じ抜くこと、は長すぎたんで止めた


39 : 名無しさん :2014/12/19(金) 20:39:04 S8exMkGk0
投下乙です
学生三人集まりましたね
冷静に生き残ろうとする若菜とマイペースだけど、芯は通ってる一二三
やっぱりこのコンビ好きだわww
輝幸からしたら変身すればどうとでもできるからここまで冷静なんだろうけど、開始直後にこの二人と出会ってれば戦闘になってたんだろうなあ


40 : ◆C3lJLXyreU :2014/12/21(日) 22:06:33 5.18KPpQ0
見直し甘いけど投下します


41 : 護ろうと思った子は、オトコの娘でした :2014/12/21(日) 22:07:22 5.18KPpQ0
からん、からん。
地面を二転三転した銀の刃が太陽光で煌めく。
赤黒く染められたソレは、命を刈り取る為の道具。
それを先程まで握っていた少年は、凶器に見合わないほどに華奢で――放っておけば折れてしまいそうな儚い雰囲気を漂わせていた。

「あはは。ボクなんかよりずっとバケモノだね」

掌を翳して己の命を摘み取ろうとする龍人に、クリスは笑う。
バケモノ。クリスが組織内でよく呼ばれていた名前だ。
クリスは圧倒的な強さを有するが、それゆえに誰もが彼を恐れる。
自分たちで少年の肉体を弄んでおきながら情けない話だが、組織内にクリスに匹敵する者は誰一人いなかったのだ。
そんなバケモノに関わろうとする者などいるはずがなく、友達と呼べる存在もいない。
組織が有する最恐の兵器。それがクリスの立ち位置だった。

「けれどまだ、諦めないよ。お姉ちゃんの為に、負けられない」

ゆらりと立ち上がって、二本目のサバイバルナイフを構える。
生憎とチェーンソーは一本しか支給されていない。弾き飛ばされた位置はそこまで遠くないけれど、呑気に拾っている暇はない。
右腕は高度な治療を施さなければ使い物になりそうにないけど――構わない。それでも戦うことは出来るのだから。

「くるなニンゲン。くるな……くるな、くるな、くるな」

満身創痍で立ち上がる少年に龍人が怯える。
雷が肉体を貫通した。
炎で炙られた。
負傷していた右腕に衝撃波が襲い、骨折した。
それでもまだ、クリスは生きている。
常人であればとっくに死んでいてもおかしくないが――――彼は人のまま人類を超越した者ゆえに。

「無理だよ。だって。だって、だって、だってっ!
 ボクは絶対、またお姉ちゃんに会うんだッ!」
「ぼくに近付くなぁぁぁぁッ!」

願望と悲鳴が重なり合う。
龍人はニンゲンがこわい。自分が襲われる前に殺そうと試みたが、相手が悪すぎた。
普通のニンゲンじゃない。バケモノでもない。理解不能な存在は、恐怖心を一層と引き立てる。
ゆえに一瞬だけ現実から逃げるように目を瞑って――サバイバルナイフを片手に駆けるニンゲンに魔術を放った。
これで相手が死んでも悪いのはニンゲンだ。さっきのニンゲンがあんなことをしなければここまでニンゲンを恐れることもなかったのだから、悪いのは自分じゃない。

対するクリスは、何も恐れていなかった。
自分を呑み込まんとする光線を一瞥して、ナイフを握り締める。
これまで幾つもの死線を乗り越えてきた。これまでどんな痛みにも耐えてきた。
すべては姉の為に。失った姉を取り戻す為に我慢を積み重ねてきた。
ゆえに光線程度で彼を止めることは出来ない。そうして一歩踏み出して


42 : 名無しさん :2014/12/21(日) 22:07:56 5.18KPpQ0

「――――間に合った」

黒髪の青年に抱かれていた。
クリスをひょいと抱えた青年は、そのまま光線の範囲外へ走り出す。

「えっと、お兄ちゃんは誰?」
「勇者だ。君を魔族の手から護りにきた」
「勇者?」

きょとんと首を傾げる少女。
その動作が妙に愛らしく、勇者の顔が少しだけ綻んだ。
魔術を躱すことが出来て良かったと、心の底から思う。

「わからないなら、そうだな。魔族を殺して平和を守る者だとでも思ってくれていい。
 ……それにしてもこの負傷、なかなか酷いな。今は怪我が痛むかもしれないが、後で必ず治癒するから少しだけ待っていてくれ」
「へ?」
「君も多少は戦えるようだが、今回ばかりは相手が悪い。
 それに君には姉がいるんだろ? 君が死んでしまえば姉は悲しむだろうし、二度と会うことも出来なくなる」

姉とまた会う。
少女はそう言った。きっとそれは誰かに言ったわけではなく、心の底からの叫び。
カウレスはその願いを、偶然にも聞いてしまった。
姉。その言葉は卑怯だとカウレスは思う。
彼は兄だ。かつて魔族に家族の殆どを奪われた勇者だ。
カウレスは大切なものを喪った時の哀しみを知っている。
今は復讐心に劣る気持ちだが、それでも兄は妹を失いたくないと思っている。

唯一の妹を守りぬくと誓い、これ以上奪われないと力を求めたというのは、建前だ。本心ではない。
それでも。魔族を滅ぼしたいと願う心以外の、唯一の肉親を失いたくないという気持ちもまた、彼の本心である。

「そういうことで僕が相手だ、魔族。二度とこの世界にいられないようにしてやる」

少女を下ろして、堂々と宣戦布告。
龍人を魔族だと決め付けた理由は単純。あの龍人が人間なわけないし、どう見ても魔族であるからだ。
勇者としての宿命と運命を決定づけられた自分がそう思うのだから間違いない。あれは魔族だ。
魔族が口を開こうとするが、弁解の余地を与えるつもりはない。

勇者は聖剣を構えようとして

「しまっ――」

思い切り吹き飛んだ。
それはもう、クリスがぽかんと口を開けるくらいにふっ飛ばされた。
しかも攻撃を喰らう直前に無手のまま剣を構えるような動作をしたものだから、受け身を取る暇もない。
幸いにも魔族の放った魔法は中級の風属性。普段の彼ならダメージはそれほど大きくないはずだが。

(結構効いたな。聖剣なしで魔族の相手をするのは、少し辛いか)

今のカウレスは聖剣に選ばれし勇者ではない。
聖剣は新たな持ち主を選び終えたのだ。カウレスが有していた勇者としての力は消え失せている。


「あああああああああああああ!!」

激痛に耐える勇者へ届いたのは耳を劈く不快音。それは咆哮というより悲鳴に近い。
見れば右目を抑えて絶叫する魔族が暴れていた。その姿は魔族というにはあまりにも無様で、相手が魔族でなければ哀れんでいたかもしれない。
されど、自分と敵対している相手は魔族。であれば同情する余地など微塵もない。

「お兄ちゃん、今のうちに!」

異世界では見たこともない摩訶不思議な物体を構えた少女がカウレスに指示をする。
それを見てカウレスは瞬時に理解した。あの魔族に攻撃を与え、隙を作ったのは少女だ。
仕組みはわからないが、あの鉄の塊が魔族に傷を負わせたのだろう。

「ああ、わかっているッ!」

カウレスは満面の笑みで応えると、無手で疾走する。
速度はなかなかだが、武器がなければあの魔族に有効打を与えることは不可能。
傍から見れば無謀な特攻だ。カウレス自身にも勝敗はわからない。
だがしかし、この機会を逃すわけにはいかない。戦いは出来る限り早く終わらせるに限るし、何よりこれは少女が勇気を振り絞って作ってくれた好機だ。それを見逃す勇者ではない。

「ruBilAcxEッ!」

それは幻か。それとも実体か。
カウレスの手元には、燦然と輝く光の剣が出現していた。
これぞカウレスが生み出した唯一無二の秘術。

「再び僕に力を貸してくれ、エクスカリバーッ!」

そうして一閃――――
横薙ぎに振るわれた剣が、魔族の胴を斬り裂き


43 : 名無しさん :2014/12/21(日) 22:08:39 5.18KPpQ0

「あ、がっ、あああああああああああああッ!」

魔族が血反吐をぶち撒けて倒れ伏した。
即殺するつもりで剣を振るったが、どうやら殺し損ねたようだ。出血こそ凄まじいが、腹を真っ二つに捌くには至らない。
被害者のようにガタガタと怯える魔族を一瞥して、うんざりとため息をつく。
普段の彼ならば激怒して叩き斬っていたかもしれないが、不思議と今は憎悪が薄らいでいる。

「呆れた生命力だ。だが安心しろ、すぐに殺してやる」

とても勇者の台詞とは思えない言葉を吐いて、再度剣を振るう。
迷いなく振り下ろされた剣はそのまま魔族の肉体に迫り

「※■×▲○■――――――!」

魔族が消えた。
標的を見失った剣は空振りに終わる。

「どういうことだ? まさかこの一瞬で逃「※■×▲○■――――――!」

回答。
魔族は逃げてなどいない。

上空から射出された漆黒の闇を眺めて、カウレスは咄嗟に魔術を行使する。
詠唱をしている暇はない。効力は劣るが、詠唱を破棄することで瞬時に光の防壁が生み出された。
今のカウレスが使うことの出来る、最硬度の防御魔術だ。
更にもう一度。同じ魔術を繰り返して、防壁を重ねる。
二重防壁。魔力の消費は著しいが、これで大抵の魔術は無力化出来る。
魔王戦までは出来る限り魔力の消費を抑えておきたいと考えていたが、そんな贅沢を言っていられる状況ではない。

(それにしてもこの暗黒魔術――まるで魔王じゃないか)

魔族の放つ殺気に満ちた闇は、魔王が扱うそれとよく似ている。
この凄まじい殺気は一般的な魔族の比ではない。直撃を受ければガルバインや暗黒騎士も一瞬で消し飛ぶだろう。

(まずい、防壁が――)

破られた。
闇がカウレスの防壁を突き破り、勇者ともども光を呑みこむ。




『人間』は恐ろしい生き物です。凶暴で、自分たちと異なる姿の生物に無条件で襲い掛かる性質を持っています。

かつて召使がそんなことを言っていた。
外の世界へ行こうとした愚か者へ向けられた言葉だ。
人間の恐ろしさを知らない当時のミロは返り討ちにする、下僕にすると意気込んでいたが――この短時間でそんなことは不可能だと思い知らされた。

「ニンゲンは、ころす。ころさないと、ころされる」

FBIは自分と異なる姿というだけで、悪党と決め付けて襲い掛かってきた。
勇者を名乗る男は、自分と異なる姿というだけで魔族と決め付けて襲い掛かってきた。
ミロ・ゴドゴラスⅤ世は龍王族だ。人間に害する魔族でなければ、悪党でもない。
生まれて一度も改造なんてされた覚えはないし、ここにくるまでは人間に害するような行動を起こしたわけでもないのだ。
それなのに。どうしてこうも理不尽に痛い目に遭わなければいけないのか。

「ころす。ころす、ころす、コロスコロスコロス殺す」

恐怖はやがて憎悪へ変わり。
勇者を殺したいと願ったミロは、気付けば本人も知らない未知の魔術を放っていた。
湧き上がる憎悪が。殺意が。ミロに流れる龍王の血を呼び覚ましたのだ。
戦いで負傷した肉体も徐々にではあるが、再生している。

その後すぐにあの場から去って、今に至る。新手がきてまた理不尽に襲われるのは、嫌だったからだ。
勇者と少年の生死はわからないが、きっと今頃死んだだろう。

「もう決めた。ニンゲン共を殺して、うちに帰ってやる」

もう下僕も作らないし、誰も信じない。
今はこの憎悪に任せてニンゲンを皆殺しにしてしまおう。
どうせあいつらは姿形が違うだけで襲ってくるのだから。
そして里に戻って、ニンゲンと関わらずに平和な日々を過ごすんだ。

【F-5 草原/朝】
【ミロ・ゴドゴラスV世】
[状態]:左目完全失明、右目軽傷、左腕損傷、右指数本喪失、ダメージ(極大)、疲労(極大)、魔力消費(極大)、憎悪、再生中
[装備]:なし
[道具]:ランダムアイテム0〜2(確認済)、基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:にんげんを皆殺しにしてうちにかえる
1:にんげんを殺す
[備考]
※悪党商会、ブレイカーズについての情報を知りました。


44 : 名無しさん :2014/12/21(日) 22:09:16 5.18KPpQ0


♂♀♂♀♂♀♂♀

あのまま戦い続けていれば、自分は間違いなく死んでいた。
彼はもうガルバインや暗黒騎士の比ではない。あれはもはや、魔王だ。
魔を統べる者が纏う覇気は微塵も感じられないが、絶大な威力の魔術は魔王に限りなく近い。
肉体の損傷や疲労が幸いして聖剣無くとも戦うことが出来たが、もしも彼が万全の状態であれば二人は今頃木っ端微塵になっていたかもしれない。
二重防壁で威力を軽減出来た今でも、それなりに肉体が痛むのだ。最後の暗黒魔術は本当に危なかった。

(魔王軍二人の死を喜んでいる場合ではない、か)

強敵の暗黒騎士やガルバインが死んだことで少しばかり気が抜けていたが、新たに遭遇した魔族に己の無力さを思い知らされた。
カウレスは決して弱いわけではない。多彩な魔術や優れた剣技を誇る彼は、参加者の中でもそれなりに強い部類に入るだろう。
だが、聖剣がなければ魔王や先の魔族を討伐することは非常に厳しい。それほどまでに今のカウレスと彼らでは絶望的な差が開いているのだ。

「ありがとうございました。えっと……」
「ああ、自己紹介がまだだったな。僕はカウレス・ランファルト。嘘だと思うなら名簿に載っているから確認するといいさ。
 ちなみにお兄ちゃんと呼んでもらっても構わない」
「お兄ちゃんはどうしてボクのことを助けようとしたの?」
「僕は勇者だからな。魔族に襲われている人を助けるのは当然だ。
 それに君は、なんというかその。僕の妹と歳が近いようで、それでちょっとね」

それでミリアを思い出したから――と言おうと思ったのだが、少女にじーっと見つめられて言い淀む。

「ま、まあアレさ。君のような少女まで襲うとは全く、魔族は許せないな!」
「ふぇ? あ、うん?」

きょとんと首を傾げる少女。
タイプはミリアと違うようだが、なんというか兄としての心が燻られる。
彼女が妹で、自分が兄なのだから当然といえば当然なのかもしれないが。

――落ち着けカウレス・ランファルト。これでは勇者が変な誤解をされかねない。

深呼吸。
すぅっと息を吸って吐くと、少しだけ落ち着いた。

「ともかく、だ。今後も僕が君を護る。勇者には幾つか使命があり、その一つが君のような子を護ることだからね。
 まずは総ての魔族を殺して、それから元の居場所へ帰る手段を探す。それをワールドオーダーが妨害するというのなら、彼も討伐しよう。
 もちろん君に魔王と戦えだなんて言わない。デメリットはないから安心してくれ」

「魔族や魔王ってなぁに?」
「さっき君を襲おうとしていた悪いやつ。ああいう人間離れした見た目の種族を魔族というんだ。
 魔王というのは、言葉通りその魔族の王様さ」

そう言い終えて、両手をぱん、と叩く。
クリスがびくっと驚いた。可愛い。

「これで君の回復は済んだと思う。痛みもなければ、骨折も治っただろ?」
「わ、ほんとだっ!」
「勇者は回復魔術もそれなりに扱えるのさ。ミリアと違って自分自身を回復出来ないのが欠点だけど。
 さて、僕も自己紹介をしたことだし君の名前を聞いてもいいかな」

「クリスだよ。ちなみにさっきお兄ちゃんが少女って言ってたけど、ボクはオトコノコだよ?」
「お、オトコノコかっ! そうかそうか、オトコノコか!
 ま、まあ僕も魔族を騙して暗殺する為に魔術で女となることがある。きっと君も何かの事情があって女装しているのだろう? そうに違いない、はっはっはっは!」
「うーん、事情なのかな? お姉ちゃんに近付きたくてこういう格好してるだけだよ?」
「君にとってお姉さんは、それほど大切な人なんだな。僕も亡き父親の――家族の影響を受けているから、その気持ちはよくわかる。笑ってしまって、悪かった」

「気にしてないからへーきだよっ。それよりお兄ちゃん、えっとその、魔術で女になるって?」
「うん? ああ、君には解らないか。つまりこういうことだ。noitCiFlaUxeSsnarT」


45 : 名無しさん :2014/12/21(日) 22:10:41 5.18KPpQ0

――――なんということだろうか。
中肉中背の黒髪野郎が高身長黒髪ロングのお姉さんに!
これまで有ったものが消え、なかったものがぼんっと自己主張している。
さらりさらりと風に揺れる美麗な黒髪は、さながら大和撫子のようである。※異世界人です
黒髪と異世界の服という独特な組み合わせはこれまたどこか変なようでいて、艶やかな雰囲気を見事に醸し出している。
つまりどう見ても美人なお姉さんです。本当にありがとうございました。

「わお。お兄ちゃんがおねーさんに!?」
「はっはっは。驚いたかな? 勇者ならばこんな魔術の一つや二つ、使えて当然だ」

目をキラキラと輝かせるクリスに、カウレスは自慢気に語る。
ちなみに勇者ならば出来て当然なんて大嘘だ。
魔族絶対殺すマンのカウレスもティッシュ片手にお盛んで健全な男子だった時期がある。この魔術はその際に興味本位で習得しただけである。
でもそんなことを言ったら絶対に引かれる。というか激しく格好悪い。だから勇者なら誰でも出来るとか意味不明な嘘をついてしまったわけだ。
もしもこれを他の勇者が聞いたら、さぞ頭が痛くなることだろう。下手をすれば勇者とは美少女にホイホイ変身するアレな性癖を持った人々だと誤解されかねない。
しかも習得した時期は聖剣に選ばれて勇者と化す前だったりする。要するに勇者側は完全に被害者である。

(……天にまします先代勇者達よ。ほんっとうにすいませんッ!)

とりあえず心の中で謝るカウレス。
なんか満面の笑みですっごいどす黒いオーラ纏ってる先代勇者が見えた気がするけど、きっと気のせいだろう。気のせいであってほしい。

「すごいすごーい。えっと、このおっぱいもホンモノかな?」
「もちろん。何なら触っ――ひゃっ!?」

一転攻勢!
先程までのドヤ顔――もとい、自信満々の態度はどこへやら。
勇者カウレスの顔は、素っ頓狂な声と共に、ちょっとだけ女のソレになっていたのだッ!
俗にいうおねショタである。だが元男だ!

「ほんとだぁ。やわらかーい」

そんなカウレスに目もくれず、もみもみと勇者の巨乳を独占するクリス。
彼の表情には一点の曇もない。当然ながらにやけてもない。
だけども手の動きは止まらない。それどころか次第に加速しているような気がする。

「あっ、のっ、クリ……く……ん! んん……っ!」

クリスに悪気はないのだろうが、流石に放置しておくわけにはいかない。
カウレスは気力を振り絞り、なんとか声を発することに成功した。
こんな姿を魔王に見られたら間違いなく笑われるだろう。それはムカつくからなんとかしたい――そう思えば意外と快感に抗えるものだとカウレスは内心、自分を褒め称える。

「あれ? お兄ちゃん?」

喘ぐ勇者に漸く気付いたのか。手を止めたクリスがカウレスの顔を眺めて、首を傾げる。

(故意ではない、か。本能に従ったのなら仕方ない。僕も勇者になる以前、女になった師匠を――ってそんなことを思い出している場合じゃない!)

「僕はまだ処女なんだ。優しくしてくれ」
「ふぇ?」
「……言葉を間違えた。胸から手を離してくれてありがとう。
 僕は触ってもいいと言おうとしたが、揉むのは、その、ほどほどにしてくれ」

再び深呼吸。息を整える。

「ところでクリスくん、君は姉と会いたいと言っていたけれど……巻き込まれているのか?」
「うーん、違うと思うよ。名簿に名前がないもん」
(ということは、姉がいる家に帰りたいということか)
「なるほど。よし。無事に君を姉の元へ届けるよ、約束だ」

魔王や魔族を殺しつつ、クリスを護る。
難易度は高いが、決して不可能なことではない。
それにミリアやオデットもいるのだ。彼らと合流できれば、多少は難易度が下がるだろう。
これでも一応、信用しているのだ。普段は憎悪に塗れているせいであまりそんなことを考えていなかったが、信頼出来る良き仲間である。

(こんな約束をしておきながら、自分だけ死ぬ可能性はあるけれど、僕が魔王や魔族と相討ちになったとしても、ミリアやオデットがいる。彼女たちがいれば、大丈夫だろう)

聖剣を失い、憎しみが和らいでいても、決して消え失せたわけではない。
魔族は殺す。魔王も殺す。なにがなんでも、たとえ自分が死んでも殺す。
あの剣に選ばれた時、カウレスは覚悟を決めたのだ。自分の身がどうなろうと魔王だけは殺す、と。

(肉体は……魔術の性質上、女の状態でも身体能力や力量は変わらない。とりあえずはこのままでいるか。
 僕にクリスくんの姉代わりが務まるとは思えないけれど)

不都合に感じれば、その際に戻ればいい。
この魔術は不可逆ではないし、魔力の消費も全くないのだ。


46 : 名無しさん :2014/12/21(日) 22:11:16 5.18KPpQ0

「改めてよろしく、クリスくん」
「うんっ。よろしくね、えっと」
「ああ、僕のことはお兄ちゃんでもおねーさんでもお姉ちゃんでも、なんと呼んでも構わないよ」
「よろしくね、おねーさん!」

こうして勇者と殺し屋は手を組んだ。
クリスが手を組んだ理由は至って単純。
彼の目的は優勝であり、無差別に誰かを襲うよりは護ってもらう方が都合が良いからである。

(それにこのおねーさん、ちょっとだけ気になる)

そして興味本位。
クリスはカウレスのような人間をあまり知らない。
摩訶不思議な魔術の数々は無垢な少年の心を惹きつけるには充分だった。

(とりあえず魔族を全滅させるまでは、あまり人を殺さないようにしようかな)

むやみに他者を殺して、カウレスと敵対するつもりはない。
それに今回の戦いでよくわかった。魔族は強い。
クリスが優勝するには、まず彼らを全滅させる必要があるのだ。
今は参加者を無差別に襲うのではなく、魔族を殺すことに全力を尽くすべきだとクリスは結論付けた。

【E-5 草原/朝】
【カウレス・ランファルト】
[状態]:ダメージ(大)、魔力消費(中)、女体化
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(確認済み、カウレスに扱える武器はなし(銃器などが入っている可能性はあります))
[思考・行動]
基本方針:魔王を探しだして、倒す。
1:まずは聖剣を取り戻す。
2:魔王を倒すために危険人物でも勧誘。邪魔する奴は殺す。
3:ミリアやオデットとも合流したいが、あくまで魔王優先。
4:魔族は見つけ次第殺す。
5:クリスを護る。

※聖剣がないことで弱体化しています

【クリス】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ、チェーンソー、レミントン・モデル95・ダブルデリンジャー(1/2)
[道具]:基本支給品一式、ティッシュ、41口径弾丸×8、ランダムアイテム1〜5、首輪(佐野蓮)、首輪(ミュートス)
[思考・行動]
基本方針:優勝して自分が姉になる
1:とりあえずカウレスと同行。魔族を殺す
2:手口を知ってる馴木沙奈を探し出して殺す
3:ぬいぐるみを探す
4:姉に話す時のために証拠として自分が殺した人間の首輪を回収する
5:魔族を全滅させるまでは馴木沙奈と魔族以外の参加者を殺すことを控える
※佐野蓮からラビットインフルとブレイカーズの情報を知りました


47 : ◆C3lJLXyreU :2014/12/21(日) 22:12:37 5.18KPpQ0
投下終了
おねショタが書きたい。そうだカウレスにTS魔術を使わせよう!


48 : 名無しさん :2014/12/21(日) 23:13:03 yXxoT4ic0
投下乙です
>それが大事
動揺もあって先を見据えた判断ができなかった若菜と
他人と協力する気がなかった輝幸を
調停しきった九十九の目標意識とコミュニケーション能力、
目標を定めてるのも輝幸に絡んだりするのも拳正っぽい辺り流石幼なじみ

>護ろうと思った子は、オトコの娘でした
やはりミロは完全に暴走したか…
やっと魔王が死んだのにまた魔王級とはシャレにならないな
カウレスとクリスは今のところ平穏そうだけど沙奈の情報が出回ったらどうなることか

そういえばカウレスは異世界の事に気がついてないから
クリスが魔族を知らないのにノーリアクションなのは変では?


49 : 名無しさん :2014/12/26(金) 08:49:09 LjVLuGoQ0
投下乙です
近年稀にみる個性の強さ、貴方のそんなところが大好きです

吹っ切れたというか闇堕ちというかミロ完全にマーダー化
そして勇者に仲間が出来た!


50 : ◆VofC1oqIWI :2014/12/29(月) 00:08:47 CYhmIpCw0
投下します。


51 : Red Fraction ◆VofC1oqIWI :2014/12/29(月) 00:09:51 CYhmIpCw0


「――――――♪」


ああ、なんて眩しいのだろう。
お陽様をこんなに近くで見るのは初めてだ。


「なんて眩しくて…綺麗なのかしら」


南東に存在する市街地―――――その上空。
颯爽と吹き続ける風にその身を委ねながら、空を舞う影が一つ。
晴天とは不釣り合いな漆黒のゴスロリ衣装を身に纏った幼き少女。
殺し屋「アザレア」は、空を飛んでいた。
大空を自由気ままに飛ぶことが出来るなんて、まるで御伽話のようだ。
ふふっと微笑みつつ、アザレアはそう思う。
今の彼女はまさしく『自由』を、『未知』を楽しんでいた。


「ねえ覆面さん」


宙を浮遊しながら、アザレアは自らの衣服の中にいるモノへ声をかける。
彼女が呼びかけたのは『覆面男』に対してだ。
アザレアは超能力者でもなければ魔法使いでもない。
彼女が飛んでいるのは、衣服の中に入り込んでいる覆面男の能力によるものである。
尤も、今の彼は『覆面』なんて無いし、『男』とさえ呼べるのか怪しい霧状の物体に過ぎないのだが。


「リヴェイラ様の言っていた面白そうなモノって何だと思います?」


何となく問いかけてみる。
返答は帰ってこない、というよりも覆面男と意思疎通が出来るのかさえ解らない。
それでもアザレアは覆面男と交流を図るべく、こうして度々呼びかけていた。
『組織』の籠の外では初めて出会えた殺人享楽者――――アザレアにとっての『友人』と成り得る相手。
故に彼女は覆面男ともっと親交を深めたいと思っていたのだ。
無論、やはり返答は帰ってこないのだが。
そんな覆面男にほんの少しだけもどかしさを感じつつもアザレアはへこたれない。


「…覆面さん?」


ふと、アザレアは覆面男の様子がおかしいことに気付く。
衣服の中でそわそわと蠢き始めたのだ。
まるで「別の方向へ行きたい」と言わんばかりにアザレアの身体を引っ張っているのだ。
少しばかりくすぐった感触に襲われるも、アザレアは彼の意図を何となく理解する。


「あぁ、なるほど」


パン、と両手を合わせてアザレアは微笑む。
そういえば、あの『夜食』から何時間も経っていた。
その上ヒーローとの戦いで身体の多くが霧散している。
つまり、今の彼は少しばかり空腹なのだろう。
きっと彼は血の匂いを嗅ぎ付けている。
アザレアはそう解釈した。


「覆面さん、先にお食事がしたいのね」


52 : Red Fraction ◆VofC1oqIWI :2014/12/29(月) 00:10:43 CYhmIpCw0
◇◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◇


放送から幾許の時間が過ぎた頃。
日が照り始める市街地を進む影が二つ。
一人は黒いコートとハンチング帽を身に纏う銀髪の女―――バラッド。
もう一人は金色の髪を揺らす容姿端麗な長身の男―――ピーター。

二人の殺し屋は放送前に別離したウィンセント、ユージーと合流すべく行動していた。
尤もウィンセント達の居所の宛は無い。
少なくともショッピングモールのあるI-9からは既に移動しているだろうということ、
そしてあの化物が存在する南東からは可能な限り離れているだろうという大雑把で単純な見当のみだ。
故に二人の殺し屋は一先ず施設及びその近場を潰していくことにした。

ピーターにとっての幸運は真っ先に学校を訪れられたことだった。
そう、学校の中庭で念願の女性の死体を発見したのだ。
年齢は10代後半。衣服を見る限り学生である。

尤も、バラッドがウィンセントらの捜索を優先した為未だ食していない。
故に手付かずのままピーターのデイパックに押し込まれている状態だ。
嬉々とした様子で死体を回収するピーターにはバラッドも多少引いていたという。
そして二人は学校を後にし、現在は西へと向かって進んでいる最中である。

「ピーター。さっきの放送、どう思う」
「事実だと思いますよ。現に僕は最初の会場で『彼』を目撃していますから。
 流石に放送の内容が虚偽である可能性は薄いでしょう」

バラッドの問いかけに対し、ピーターはきっぱりとそう答える。
『組織』の切り札、ヴァイザーの余りにも早い死。
バラッドは放送が虚偽の内容ではないかとさえ考えたが、すぐにその可能性を否定する。
『組織』の人間は確かに最初に集められた会場で目撃しているのだ。
ヴァイザー。アザレア。サイパス。イヴァン。
二人は名簿に記載されている彼らの姿を実際に視認している。
自分達の名が正しく名簿に載せられている以上、彼らもこの殺し合いに巻き込まれているのは確実だ。

例えば、本当に虚偽の放送を流していたとしたら。
実際にその人物と同行している参加者が居れば、すぐに放送の内容が嘘だと暴かれるだろう。
そうなれば虚偽の内容を流してまで殺し合いを煽った主催者に対する不信感へと繋がる。
それは主催者にとって自らの能力の限界を晒してしまうことに他ならず、却って隙を見せる結果となってしまう。
暴かれた際のリスクが大きい。故に「虚偽の放送である」という推測は否定される。


53 : Red Fraction ◆VofC1oqIWI :2014/12/29(月) 00:11:26 CYhmIpCw0
「…ヴァイザーは、死んだのか」
「そう考えて差し支えは無いでしょうね」

つまり、ヴァイザーの死は事実であると考えていい。
彼の死を確信したバラッドは「そうか」と小さく呟く。
口には出さなかったが、彼女自身ヴァイザーの死を悔やむ気持ちはあった。
組織の鬼札にして、飛び切りの異常者。
そんな彼に苦手意識を抱いていなかった、と言えば嘘になる。
だがヴァイザーとて『組織』の一員。
仕事を共にしたこともある同胞だ。
故に彼の死に思う所はある。

バラッドは殺し屋だ。
死と隣り合わせの稼業であるが故に、嫌でも死には馴れてしまう。
しかし、バラッドは仲間の死に何の感傷も抱かぬ程冷徹になることは出来なかった。

(あの『幻覚』は――――――)

そして、心中でバラッドは疑念を抱く。
あの双角の女と戦った際に見た幻覚は一体。
ヴァイザーが死亡したこと。
奴とヴァイザーの姿が重なって見えたこと。
これら二つの事態がどうしても無関係であるとは思えなかった。
理屈ではなく、殺し屋としての直感。
元よりバラッドは論理よりも己の勘を重視するタイプだ。
だからこそ彼女は自らの胸騒ぎに不安を覚える。

(…いや、あのことはいずれ考えよう。今は現状が優先だ)

しかし、今重要なのは自分達が生きていること。
あの幻覚については気になって仕方が無い。
だが、それ以上に考えなければならないのは自分達の立ち回りについてだ。

(この殺し合い、やはり一筋縄では行かないらしい)

ヴァイザーという超人でさえ容易く命を落とす。
異常としか言い様の無い状況だ。
だが、バラッド達は現に『二つの異常』を目の当たりにしている。
一つ。あらゆる攻撃を容易く防ぎ、他人をもう一人の自分に変化させてみせたワールドオーダー。
二つ。人間を喰らい、魔法めいた能力を行使してみせた双角の女。
それらはバラッドの常識を打ち砕くには十分すぎる脅威の存在だった。

(そして、私達を殺し合いに駆り立てているのはこの首輪。
 首輪を解析出来そうな人物と接触出来ればいいんだが―――――――)

現状の脅威についての思考を重ね続けるバラッド。
しかし、そんな彼女の考察は一旦打ち切られることとなる。


「――――――バラッドさん」


隣に立つピーターが何かの音に気付き、唐突に呼びかけてきたのだ。
直後にバラッドが耳にしたのは、絶叫。


54 : Red Fraction ◆VofC1oqIWI :2014/12/29(月) 00:12:39 CYhmIpCw0
◇◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◇


閑静な住宅街の果て。
小さな公園で銃声が鳴り響く。
子供達の小さな遊び場として作られた施設の周辺は、一つの戦場と化していた。

金属音が響き、弾丸が弾き落とされる。
鎧や盾が防いだのではない。
刀だ。
一振りの刀が、迫り来る弾丸を凌いだのだ。


「ふっ――――――」


焔の揺らめく刀を片手で構えるのは、ブレザーの制服を身に纏った女子高生。
尾関夏実。『親友』の為に正義のヒーローで在り続けることを決意してしまった少女。
その瞳は決意と殺意、そして狂気で淀んでいる。
後戻りの出来ない道を突き進んだ、無垢な少女の成れの果て。


そんな少女と相対するのは、一体の案山子“スケアクロウ”。


案山子の左手に握られた拳銃の銃口からは硝煙が漏れ出ている。
彼の放った弾丸は少女の刀で余すこと無く弾き飛ばされていた。
少女は異能の力を備えた超人。案山子は在り来たりな武器に頼る凡人。
にも拘らず案山子は動じない。
一欠片の恐れを抱かない。
何故なら彼は、彼こそが、案山子であるからだ。

夏実はチッ、と舌打ちをしながら案山子を睨む。
案山子は己と夏実の能力差を理解しているのか、決して距離を詰めようとしない。
公園から駆け出し、付かず離れずの距離で拳銃による牽制を行っている。
夏実もそれを追い、公園の近辺を駆け抜けた。


―――二人は、入り組んだ住宅街を走る。


迫る夏実に目を向けた後、案山子は移動しながら空になったマガジンを捨てる。
どうやら弾切れらしい。
案山子が銃弾を撃ち尽くしたことを確認し、夏実は両足の筋肉を躍動させる。
この隙を狙い、案山子の首を断ち切るべく刀を握る両腕に力を籠める。
そして、一気に距離を詰めるべくコンクリートの地面を蹴った―――――!


55 : Red Fraction ◆VofC1oqIWI :2014/12/29(月) 00:13:36 CYhmIpCw0

しかし、夏実の一撃は案山子に届かなかった。
彼女の眼前で突如超高温の炎が爆ぜたからだ。


「くそッ!」

案山子が咄嗟に放り投げた焼夷手榴弾による攻撃だ。
爆炎では夏実にさしたるダメージを与えられない。
しかし、爆風や砂塵によって怯ませることは出来る。
目の前で爆ぜた焼夷手榴弾によって、夏実の動きが一瞬止まった。

直後、爆炎を突き破る様に破裂音が何度も響き渡る。
これは―――――銃声だ。
気付いた時には既に遅い。
夏実が怯んだ隙を狙った攻撃だ。
予備のマガジンを装填した案山子が、動きを止めた夏実目掛け即座に発砲したのだ。
爆炎によって夏実の姿は殆ど見えない。
故に狙いが定められる訳も無く、殆ど当てずっぽうの射撃を数発。
しかし放たれた弾丸の一つは、偶然にも夏実の右肩を捉えた。


「ッ――――――あああぁっ!!!!!!」


右肩から血が吹き出る。
生まれてから一度も味わったことの無い苦痛がこの身を襲う。
だが、夏実はギリリと歯軋りをして全身の筋肉を働かせる。
自らの苦痛を強引に抑え込み、晴れつつあった爆炎を突き破る。
再び刀を構え、こちらから逃げる様に走り出す案山子を再び追い始める。


「ちょこまかと…鬱陶しいんだよ…!」


今の夏実の胸に込み上げているものは敵への苛立ち、悪への怒り。
そして、最愛の友人への想い。

この程度で私を殺せると思っているのか。
私にはルッピーがついている。
私はルッピーの夢を背負っているんだ。
私にはルッピーがいる。
ルッピーが。
ルッピーだ。
ルッピーと。
ルッピーと共に戦っている。
私が負けるものか。
この外道の首を掠め取らないと、ルッピーだって満足しない。


56 : Red Fraction ◆VofC1oqIWI :2014/12/29(月) 00:14:12 CYhmIpCw0
呪詛のような言葉を心中でぶつぶつと零しながら、夏実は案山子を見据える。
そして――――苛立ちを募らせる夏実に、唐突な機会が訪れる。
駆け抜けていた案山子は唐突に道路の真ん中で両足にブレーキを掛け、こちらへと向き直したのだ。
その一瞬の隙を見て、夏実は即座に刀の焔を迸らせた。

白雲彩華とペットボトル、初瀬ちどりを殺した時には使わなかった芸当。
まだ力の使い方に馴れていなかったが故に出来なかった。
だが、今なら出来る。


「死ねええええぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」


薙ぎ払われた刀より、斬撃状の焔が勢い良く放たれる。
それはまさしく飛び道具というべき攻撃。
スケアクロウに向けて放てたのは威力の弱い焔だったが、今回は違う。
感情の昂りを、有りっ丈の激情を籠らせた焔の。
全てを無慈悲に焼き尽くす迦具土の火が、己に仇為す『案山子』を消し屑にせんと迫る。

瞬間、正義の執行者は予測していたと言わんばかりに勢い良く身を逸らした。
そのまま道路の脇へと瞬時に飛び退いたのだ。
迫り来る焔を可能な限り回避し、直撃を避ける。
しかし、躱し切ることは出来なかった。
トレンチコートへの引火は免れず、袖の生地を介して瞬く間に燃え広がっていく。
だが。


「俺は死なない」


案山子は意にも介さなかった。
何の苦痛を見せる様子も無く、夏実へと突撃。
トレンチコートが焼け、自らの身に熱が及びながらも。
彼は走ることを止めない。


「――――――――、」


夏実は、絶句していた。
性格に言えば、戦慄した。
目の前より迫る敵に、恐怖していた。
自らを本気で殺そうとしてくる相手を、恐れていた。


「なん、で」


ぽつりと夏実の口から声が漏れる。
何故こうも死を恐れないのか。
何故こうも平然と戦い続けられるのか。
こいつは、狂っているのか。


「俺が案山子であり、案山子こそが正義だからだ」


その理由を知るのは案山子のみ。
何故――――死の恐怖を超越出来るのか。
それは、彼が案山子であるから。
案山子が正義であるから。
故に、死なない。



「凶器で案山子は殺せない」



少女の眼前に、正義の執行者が迫った。


57 : Red Fraction ◆VofC1oqIWI :2014/12/29(月) 00:15:21 CYhmIpCw0
◇◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◇



身体が小刻みに震えていた。
さっきまで目の前で広がっていた光景が現実なのかさえ疑いたくなる。
今まで暢気に立ち回れていたことが嘘のようだ。
あの案山子男に追い掛けられて、姉と再会して。
だけど、姉は何かがおかしくて―――――
混乱する思考を落ち着かせようとするも、落ち着かない。
尾関裕司は、恐怖に震えながら遊具の陰に隠れていた。


(何だよ、あれ。姉ちゃん、どうなってんだよ――――――)


姉のデイパックを抱えながら、裕司は内心呟く。
案山子男と姉は戦闘を続け、どこかへと走って行ってしまった。
その姿はもう見えないが、僅かながら戦闘の音らしきものは聞こえてくる。

(姉ちゃんが、刀から炎出してて…俺にかばん寄越して…ルッピー…えっと…
 ルピナスさんに何かあったら…なんか…俺を殺すとか言ってて…)

本来ならば今すぐにでも此処を逃げ出したい気分だ。
だが、身体が動かない。

初めて誰かに命を狙われたという恐怖。
仲が良かった―――――と言えるのかは定かではないが、再会した姉の異常な変貌。
そして、デイパックを渡してきた姉からの本物の脅し。

それらは裕司の足を止めるには十分すぎるものだった。
バラッド達に守られながら、のらりくらりと彷徨ってきた裕司にとって大きな衝撃だった。
恐らくこのデイパックを抱えて行方をくらませれば。
姉は殺してでも奪い取りに来るかもしれない。

(というか、何でルピナスさんのことが―――――――)

そんな中で、裕司はふと思う。
『貴方に一時預けるわ。ルッピーの事よろしくね』
姉はこのデイパックを差してルッピーと呼んでいた。
ルッピーと言えば、ルピナスさん。
姉の親友の一人だ。確かユキさん、舞歌さんと一緒に何度かうちに来ていたっけ。
親しい会話をした事がある訳ではないが、顔は見知っている仲だ。
故にルッピーを預けるという言葉の意味が気になった。
彼の手は、恐る恐るながら自然にデイパックの口へと伸びていた。
そして、ゆっくりとその中身を開く。


「―――――――――あ」


デイパックから、右腕が出てきた。
唖然とする裕司。
何で腕が出てくるんだ。
というか、入るのか。
一瞬だけそんな間抜けな事を考える。
そして、中身の更に奥へと目を向けると。


ルピナスの顔が、見えた。


58 : Red Fraction ◆VofC1oqIWI :2014/12/29(月) 00:15:50 CYhmIpCw0
「う、うわあぁッ!!!?」


思わず姉のデイパックを手放し、その場で尻餅をつく。
デイパックが地面に落ちた拍子に中身の一部が零れ落ちる。
ルピナスの右腕もはみ出たままだ。


(――――え、何で?なんでルピナスさんが?というか、何で持ち歩いているんだ?姉ちゃん何を考えて)


混乱した裕司は愕然とした様子で姉のデイパックを見る。
既に裕司は理解していた。
姉のデイパックに、ルピナスの死体が入っている。
恐怖と驚愕で上手く思考が纏まらないが、それだけは確かに解った。
だけど、一体なんで。
姉はどうして、彼女の死体を持ち歩いているのか。
唖然とした様子のまま惚けていた裕司だったが、おずおずと起き上がってデイパックを拾おうとする。

そうだ、これは姉から預かっているもの。
姉から託されたルピナスさん。
これをちゃんと守らなければ、間違いなく殺される。
そんな恐怖が裕司を駆り立てる。
そうしてデイパックを拾い上げようとした――――――直後。



「御機嫌よう、お兄さま」



唐突に、背後から幼い少女の声が聞こえた。
裕司がそれに気付いた時には既に遅い。
瞬間、裕司の両足に鋭利な熱と痛みが走った。


59 : Red Fraction ◆VofC1oqIWI :2014/12/29(月) 00:16:32 CYhmIpCw0
◇◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◇



尾関夏実は異能を手に入れた。
だが、得られるのは力と技術のみだ。
普通の少女だった夏実には決定的に足りないものがあった。
力を使いこなす為の経験もあるが、それ以上に不足しているもの。


それは狂気に耐え得る精神力。


彩華、ペットボトルやちどりを殺した時は一方的な蹂躙だったと言っていい。
自らの意思で得た能力を行使し、徹底的に殺し尽くした。
それによって彼女の精神の荒廃は加速した。
いとも簡単に他者を殺せる力を得た事で、実際に命を踏み躙ったことで。
彼女の殺意の歯止めは利かなくなった。

だが、それは言わば憎悪と保身の発露に過ぎない。
ルピナスを、舞歌を死に至らしめたこの世界への憎悪。
殺人を繰り返す事で芽生える悪意から、罪の意識から、自分を守る為の保身。

迫り来る敵は狂気の手綱を握り、狂信のみで神の闘争を模倣する怪人。
己への妄信で精神的超人の域へと至ってしまった化物。
裁きの焔に包まれながらも突き進む、紛う事無き狂人。
夏実にとって、初めて目の当たりにする「本物の狂気」。
そんな彼に対し夏実が恐れを抱くのも無理は無い。
本物の狂気を目の当たりにし、平然としていられる程彼女は強く無い。

案山子に対し芽生えた恐怖。
それが夏実に大きな隙を作った。


「―――――ッ!?」


夏実の顔面に黒い物体が勢い良く叩き付けられる。
案山子が先程まで使っていた拳銃だ。
愕然とする夏実の顔面に向けて、走りながら投擲したのだ。
この程度の攻撃がダメージに成る筈も無い。
だが、更なる致命的な隙を作る事は出来る。


60 : Red Fraction ◆VofC1oqIWI :2014/12/29(月) 00:17:30 CYhmIpCw0


「ぐっ!!」


夏実の左肩から右胸に掛けて鋭い痛みが走る。
案山子が振り下ろした手斧が彼女を切り裂いたのだ。
しまった――――夏実がそう思った時には、既に遅い。
間髪入れずに、案山子が次の行動に出たのだ。
案山子の左手の中で、何かが光る。

小さな刃のような。

棘のような、それは。

こちらに、迫ってきて――――――




「が――――――――あああぁああぁぁああああああぁぁああああああああッ!!!!!!!!!?」




痛い!
痛い痛い痛い痛い痛い!!!
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――――――――――――!!!!!!

目が、焼ける。
目が、熱い。
目が、目が、目が。

夏実の右目が、潰れた。
何かが突き刺さり、眼球を貫いた。


「悪よ滅びろ」


スケアクロウの最後のランダムアイテム、それはアイスピック。
衣服の懐に隠していたものを取り出し、夏実の右目を貫いたのだ。
本来ならば武器として扱えるような代物ではない。
だが、粘膜に突き刺せば十分な凶器足り得る。
片目を潰すくらいならば、雑作も無い。



「案山子を讃えよ!!!案山子を畏れよ!!!我こそが正義の執行者だ!!!!」


61 : Red Fraction ◆VofC1oqIWI :2014/12/29(月) 00:18:17 CYhmIpCw0

夏実の右目にアイスピックを捩じ込み、案山子は狂った様に叫んだ。
今の彼は、案山子だった。
スケアクロウという紛い物ではない。
正真正銘の断罪者。悪を処刑する者。
狂気。昂揚。激情。
それら全てが案山子の身体を駆り立てる。
最早何一つ出来ない事はないかのような、凄まじい全能感。
案山子こそ正義であり、己こそが案山子であるという歪な狂信。
彼は、超人となっていた。
超人であるが故に、負ける気がしない。
目の前の悪党にも、負ける気が――――――



「があああああああッ!!!!!ああああぁぁああああぁぁぁあああああ――――――――――!!!!」



だが、夏実は止まらなかった。
否、想像を絶する苦痛と怒りが彼女を駆り立てた。
右目にアイスピックが突き刺さり、血の涙を流しながら。
夏実は、己の右腕を動かす。


―――直後、案山子の左腕が吹き飛んだ。


夏実の震った神ノ刀が案山子の左腕を吹き飛ばしたのだ。
断面から血を噴き出し、片腕を失ったことでバランスを崩す案山子。
憤怒の表情を浮かべる夏実の猛攻が、始まった。



「死ね!!!死ね!!!!死ね!!!!!!死ね!!!!!!!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!!!!!!
 死ね、死ね、死ね死ね、死ね、死ね!!!!!死ねええええええええええええええええええっ!!!!!!!!!」」



少女が叫ぶ。
激情の全てを吐き出す。
握り締めた刀を何度も振るう。
凄まじい速度で何度も何度も振り回す。
刃が案山子の身体を何度も裂く。
焔が案山子の身体を何度も焼く。
狂った様に叩き付ける。
案山子の服が、肌が、血に染まる。
案山子という化物が、赤い血を流す。
こいつは人間だ。
決して不死身なんかじゃない。
私だって殺せる。
夏実は狂気の最中でそう確信していた。
それでも案山子は立ち続ける。
それでも夏実は斬り続ける。
それでも案山子は動じない。
それでも夏実は屈しない。
それでも案山子は。
それでも夏実は。
それでも。
それでも。
それでも。





『―――――助け―――――!!!!助けて―――――よ、姉ちゃ―――――――!!!!!』




誰かの叫ぶ声が唐突に聞こえてきた。
え、と呆気に取られる夏実。
声が違う。明らかに別人だ。
なのに、何故か解ってしまった。
なんとなく、その声の主が解ってしまった。
理性ではなく、直感で理解した。


「―――――――…………………裕、司?」


この声は、私の弟のものだ。

ぽつりと呟いた夏実の目の前で、一体の案山子が崩れ落ちた。


62 : Red Fraction ◆VofC1oqIWI :2014/12/29(月) 00:19:03 CYhmIpCw0
◇◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◇



「うわあああぁぁぁぁぁッ!!!?」


瞬間、裕司は転げ落ちる様に倒れる。
俯せに倒れ込み、顔面が勢い良く地面に叩き付けられた。
口の中に僅かに土や砂が入り込む。
裕司は自身の両足が刃物で切り裂かれた事をようやく理解した。
幾許か前に手斧によって追わされた痛みを超える激痛が脹脛に走る。

「よいしょ、っと」

倒れ込む裕司の背中に何かが跨がる。
恐怖でがたがたと震える裕司が首を動かし、視線を自分の背へと向ける。


「…そういえば覆面さん、どういう人が好みなのかしら?
 このお兄さまがお口に合えば良いのだけれど…」


金髪。紅目。黒のゴシック&ロリータ衣装。
人形のような姿をした美少女が、裕司の背中に跨がって乗りかっていたのだ。
その愛くるしい外見に似合わず、その右手には血塗れのナイフが握り締められている。
それもそのはず、彼女はただの幼子ではなく。


『組織』によって育てられた殺し屋、アザレアなのだから。


少女は何か独り言をぶつぶつと呟いており、考え事をしている。
その最中、裕司は既に理解していた。
この娘が、自分を襲ったのだと。
自分の両足をナイフで瞬時に切り裂いたのだと。
裕司の頭の中の警鐘が、けたたましく鳴り響く。
死のイメージが頭の中に浮かんでしまう。
嫌だ。こんな所で、殺されるなんて。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
死にたくない。


「ねっ…姉…ちゃん…」


声がぽつりと漏れ出る。
自らの生存本能が、無意識に声帯を働かせる。
あら、と余裕の態度を見せていたアザレアが裕司を見下ろす。




「―――――助け、助けて…!!!!助けてくれよ、姉ちゃんッ!!!!!」




裕司は、必死に叫んだ。
住宅街に消えた姉を決死の思いで呼んだ。
そう遠くへは行ってない筈だ。
きっと助けにきてくれる。
確信は無いが、今の彼にとって頼りになるのは姉だけだった。


63 : Red Fraction ◆VofC1oqIWI :2014/12/29(月) 00:19:38 CYhmIpCw0

「助けてよ姉ちゃん!!!助けっ、早く来てくれ!!!お願いだから!!姉ちゃん!!!!早く―――――――――」


何度も何度も叫び続ける裕司。
ただ死にたくないという思いが彼を駆り立てる。
だが、彼の悲痛な慟哭はすぐに打ち止めとなる。



「―――――ぎゃああああああああぁぁッ!!!?」



瞬間、今度は裕司の右手に熱と痛みが迸った。
ぐちゅり、ぐちゅりと血が溢れ出る。
アザレアの振り下ろしたナイフが、裕司の右手の指を一気に切断したのだ。
想像を絶する苦痛によって裕司は絶叫を上げる。


「もう、少し静かにして下さらないかしら。折角考え事をしていたのに」


不機嫌そうな態度でアザレアはぼやく。
その表情は平然としている。
声色も安定し切っている。
少女はまるで、犬に躾をするかのような気軽さで指を切り落としてみせたのだ。


「えっ………あっ……やめ、」
「ごめんなさい、やめないわ」


―――――ざくり。
今度は、左手に。
左手の甲に痛みが走る。
再び、絶叫。
余りの痛みと恐怖で涙が溢れる。
失禁してしまい股間が生暖かくなる。
左手の甲から、どばどばと血が吹き出る。
そう、ナイフによって貫通していたのだ。
左手の甲から突き刺された刃が、手のひらを突き破っていた。


「やだ、いやだ、やめてやめて、死にたく、いやだいやだいやだいやだ、いやだ――――――――――」


ぶつぶつと呪詛の様に言葉を漏らす裕司。
恐怖の余りまともな思考が出来ない。
ただただ死にたくない、という思いが彼の胸を支配する。
このまま自分は死んでしまうのか。
嫌だ、そんなの。
まだ死にたくない。
俺は、俺は、俺は俺は俺は―――――――――





「裕司―――――――!!!!!」




恐怖に精神が飲まれる直前。
救世主の声が、裕司の耳に入る。
そして――――――凄まじい勢いで、人影が公園に滑り込んできた。

左目を失い。
左肩から左胸を引き裂かれ。
それでも荒い息を整えつつ、尾関夏実は舞い戻ってきた。


64 : Red Fraction ◆VofC1oqIWI :2014/12/29(月) 00:20:39 CYhmIpCw0


「――――あ……姉…………ちゃ……」


裕司の瞳から涙がぼろぼろと溢れてくる。
先程のような恐怖によるものではない。
自分を救ってくれるヒーローが現れた。
命の危機に姉が駆けつけてくれたことによる、安堵の涙。


「あら、あれがお姉さまかしら?」
「離れろ」


どこか軽く戯ける様に呟いたアザレア。
対する夏実は、憤怒の表情で彼女を見据える。

邂逅した時から、何となくおかしいとは思っていた。
見覚えの無い顔と声。
なのに、相手は自分のことを「姉ちゃん」と呼んでいた。
最初は弟の知り合いか何かかと思っていた。

だけど、それは違う。

先程の叫びで理解した。
あの子は正真正銘、尾関裕司だ。
自分のたった一人の弟だ。
夏実の第六感が、そう告げていた。



「裕司から、離れろッ!!!!!」



怒声を轟かせ、夏実はアザレアに神ノ刀を向ける。
姉としての怒りが、外道に向けられる。

夏実とアザレアの距離は10m前後。
夏実が全力を出せば瞬時に詰められるであろう距離。
だが、夏実は動かない。それは何故か。

答えは単純だ。アザレアが裕司の背に跨がっているからだ。

下手にこちらから仕掛ければ裕司の身が危険になる。
相手は裕司の命を握っているようなものなのだから。
焔を放つことも考えたが、恐らく無理だ。
裕司を盾にされるか、裕司すら巻き込む危険性がある。
故に迂闊な攻撃は出来ない。


「ごめんなさい、お姉さま。それは出来ませんわ」


それを見抜いているのか、アザレアは不敵な笑みを崩さない。
くすくすと微笑を浮かべ、血塗れのナイフを弄びながら夏実に視線を向ける。


65 : Red Fraction ◆VofC1oqIWI :2014/12/29(月) 00:21:21 CYhmIpCw0

「…そう、」


アザレアの返答を聞き、夏実は呟く。

ああ、そうか。
やっぱりここはクズの悪党だらけだ。
どいつもこいつも、他人の命を踏み躙ることを何とも思わない連中ばかり。
ルッピーを殺したあのクソブスだってそうだ。
舞歌も、きっとこんな奴に殺されたんだろう。
こんな卑怯な手を使ってくる輩に。
しかも、今度は私の弟にまで。



―――――いや、待て。



弟?
そもそも目の前に居るのは私の弟なのか?

確かに私はあの子が自分の弟だって理解した。
第六感がそう告げていたって思う。
だけど、本当にそうなのか?
本当はやっぱり、あいつはただの弟の友達か。
あるいは。
生きたいが為に嘘をついているのではないか。
そもそもあいつが弟だなんて確証はない。
見た目も声もまるで違うじゃないか。
もし弟じゃなかったらどうだっていい。
勝手に死んでくれても構わない。
いやむしろ私があいつを否定してるんだからきっとあいつは私の弟じゃない。
冷静になって考えてみろ尾関夏実あいつは誰だ。
本当にあれは尾関裕司なのか?誰だ?
いやいやいやいやいやいや。
そもそも。
悪党を殺す為に、周りを気にする必要があるか?
悪党が死ねばいい。
クズがいなくなればいい。
そして、ルッピーや舞歌やユキがいればいい。
それでいいじゃないか。
他の奴なんか偶然死んだと思えばいい。
どうせ悪いのはこの殺し合いなんだから悪いのは私じゃない。
例えあれが本当に弟だとしても、
何の問題が?
悪党死ぬんならそれで良いじゃないか。
それでいい。私が正しい。私が私が私が正義ヒーロー正しい当然だ。

一緒に殺したって、問題ないよね。
ねえルッピー。


「いいよね?」


夏実の口が三日月の様に歪んだ。
両手に握り締めた刀の焔が強く揺らめく。
冷静になりつつあった少女の思考が、再び狂気に染まる。
元より不安定に揺れ動いていた彼女の精神は、あっさりと転がり落ちる。
自らの都合の良い解釈を、独り善がりな正義を何よりも優先する。


「これでいいんだよね、ルッピー――――――」


そうだよこれでいいんだよ。
あのクズを殺せるそれでいいじゃない。
ごめんね君も巻き込むことになっちゃってでも仕方ないよね。
ルッピーを助けるための犠牲になって。
ルッピーの夢を守るための犠牲になって。
あなたもあのクズと一緒に、死んで――――――――――――




パァン。パァン。



「え―――――?」



二度の銃声。
直後、夏実の身体がどしゃりと崩れ落ちた。



「ごはッ……が………あ………」



口から止めどなく血が溢れる。
右胸と腹部を、弾丸が貫いていたのだ。

なんで。どうして、誰が。
あのガキが私を撃ったのか。
否、違う。あいつは銃なんて持ってなかった。
そもそも、攻撃は『背後から来ていた』。
誰が、誰が、誰が――――――――

夏実は、辛うじて動く首を揺らし。
背後へと視線を向けた。
そして、夏実の目が驚愕で見開かれる。



「………う……そ………」




―――――――満身創痍の案山子が、そこにいた。


66 : Red Fraction ◆VofC1oqIWI :2014/12/29(月) 00:22:04 CYhmIpCw0

その覆面は既に大半が焼き焦がされ、火傷と裂傷を負った素顔がほぼ露になっている。
全身も焔で焼かれ、刃で切り裂かれ、瀕死と言わざるを得ない状態だ。
当然の如く案山子の身体は既に限界だった。
だが、それでも彼は止まらなかった。
夏実を追い掛け、仕留めること。
それが案山子にとっての最後の意地だった。


「いや…………こ……な………まだ…………」


芋虫の様に這いずる夏実。
だが、最早致命傷を負った彼女に助かる術は無い。
自らの死を、理解してしまった。
どっと雪崩の様に流れ込む死への恐怖。
終わりの無い闇への畏れ。
同時に、死を悟ってことによるものか。
思い出が頭の中に流れ込んできた。

舞歌は中学校で初めて親友になってくれて。
高校に入って、ユキやルッピーとも出会って。
みんなでいつも集まる様になって。
一緒に遊ぶ様になって。
いつしか、そんな日常が私にとって最高の幸せになってた。
だから。
だから。
だから、みんな死んじゃ駄目だ。
ルッピーだってここにいるんだ。
みんな生きてる。
死んだはずの案山子だって生きてたんだ。
舞歌だってきっと生きてる。

こんな所で死んじゃ駄目だ。
もっともっと思い出を作らなきゃ。
あそこにいる『ルッピー』を守らなきゃ。
ルッピー。
ルッピー。
ルッピー
ルッピールッピールッピールッピールッピールッピールッピー―――――――



「ル…………ピ…………―――――――――」



僅かに伸ばされた彼女の腕が、力を失った。
同時に、傍らに転がる刀の刃が勢い良く砕け散る。
彼女の魂の死に呼応して、契約による繋がりを持つ刀も自壊を始めたのだ。



――――――――そう、尾関夏実は死んだ。



そして、夏実の死を見届けた案山子にも同じく限界が訪れる。
男の身が、ゆっくりと崩れ落ちる。
満身創痍の身体が仰向けに倒れた。
だが、そんな彼の表情はどこか満足げだった。
狂気と昂揚が心中で渦巻いていた。

悪を断罪した。
あの案山子になれた。
そうだ、俺は案山子なんだ。
クソッタレな社会を、惨めな日常を、この手で突き破れた。
下らない会社に、世間体に、借金取りに、怯える事も無い。
そうだ。俺はヒーローになれたのだ。
満足感。高揚感。この上ない喜びが胸中を支配する。
ああ、一言で言うならば。





「―――――――――――――最っ高、だ」





『槙島幹也』は、笑っていた。




【尾関夏実 死亡】
【スケアクロウ 死亡】


67 : Red Fraction ◆VofC1oqIWI :2014/12/29(月) 00:22:51 CYhmIpCw0

「…何やってるんだ、お前」


バラッドが、小さく言葉を漏らす。
駆け付けた時には既に事態が終わりを告げていた。
まず彼女の視界に入ったのは二つの死体。
一つは公園の入り口付近で仰向けに倒れている男。
全身を無惨に切り裂かれ、酷い火傷を負っている。
もう一つは俯せに倒れ込んでいる少女。
傍には砕け散った刀が転がっている。背中から胸と腹部を撃ち抜かれているようだ。
そして、死体と同じく視界に入ったもの。


「あらバラッド姉さま。お久しぶりですわね」


愕然としながら、絶望の表情を浮かべる少年。
そしてその上に跨がる幼き少女。
バラッドとピーターは、彼女のことをよく知っている。
同じ『組織』の殺し屋にして生来の異常者、アザレアだ。


「お久しぶりですね、アザレア。と言っても精々1日程度ぶりでしょうけどね」
「ピーターもお元気そうで何より。それにしても丁度いいタイミングだわ。
 あの死体のお姉さま、ピーターのお口に合うんじゃないかしら?」
「勿論、僕もあの死体は気になっている所でしたよ」


そう言いながらピーターは少女の死体へと目を向けた。
やや身構えた面持ちのバラッドと違い、ピーターは気さくな態度でアザレアに話し掛ける。
ピーターもアザレアも生粋の異常者であるが故に、円滑な交流が出来る。
尤も、その会話の内容は物騒極まりないものだが。

兎も角、今の状況が余りにも異様だということをバラッドは即座に理解する。
二つの凄惨な死体。アザレアに背中から跨がられている少年。
そして、アザレアの血濡れのナイフ。
大方あの少年はアザレアが暇潰しに弄んだのだとは思うが――――この二つの死体は?
一体此処で何が起こったのだろうか。
あの少年からも、アザレアからも聞く必要がある。
バラッドは脳内を整理つつ、静かに溜め息を吐き。


「…アザレア。何が起きていたのか、話して貰うぞ」


68 : Red Fraction ◆VofC1oqIWI :2014/12/29(月) 00:23:50 CYhmIpCw0

【H-8 公園/朝】
【尾関裕司】
[状態]:裏松双葉の肉体(♂)、精神消耗(大)、右手の指欠損、左手の甲に刺傷(大)、両足裂傷(大)、右太ももに中度の切り傷
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、天高星のランダムアイテム1〜3
    夏実の荷物(基本支給品一式、ランダムアイテム5〜13、夏みかんの缶詰(残り4個)、黄泉への石(残り4個)、記念写真、ルピナスの死体、ショットガン(5/7)、案山子の首輪)
[思考・行動]
基本方針:???
1:とにかく死にたくない。
2:姉ちゃん……
3:バラッドさん?ピーター?
※放送を途中から聞けていません。

【バラッド】
[状態]:全身にダメージ(微)
[装備]:朧切、苦無×2(テグス付き)
[道具]:基本支給品一式、ダイナマイト(残り2本)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いに乗るつもりは無いが、襲ってくるのならば容赦はしない
1:状況を把握する。
2:ウィンセント、ユージーらと合流したい。
3:オデット(名前は知らない)はいつか必ず仕留める。
4:イヴァンのことは後回しにするが、見つけた時は殺す。
※鵜院千斗をウィンセントと呼びます。言いづらいからそうなるのか、本当に名前を勘違いしてるのかは後続の書き手にお任せします。

【ピーター・セヴェール】
[状態]:頬に切り傷、全身に殴られた痕、疲労(小)
[装備]:MK16
[道具]:基本支給品一式、MK16の予備弾薬複数、ランダムアイテム0〜1(確認済み)、麻生時音の死体
[思考・行動]
基本方針:女性を食べたい(食欲的な意味で)。手段は未定だが、とにかく生き残る。
1:状況を把握する。
2:麻生時音(名前は知らない)の死体を早く食べたい。
3:バラッドに着いていく。貴重な戦力なので可能な限り協力はする。
4:オデット(名前は知らない)を始末する為の戦力を集めたい。
5:生き残る為には『組織』の仲間を利用することも厭わない。

【アザレア】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ、覆面男
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:自由を楽しむ
1:一先ずバラッド達と話し合う?
2:覆面男の為に適当に誰か殺す
3:リヴェイラを追って市街地に向かう
4:覆面男に自分の作品を見せる

【覆面男】
[状態]:濃度50%、アザレアに巻き付き中
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:???
1:???
※アザレアをどう思っているのかは不明です。というか何を考えてるのか不明です。
※外気に触れると徐々に霧散します、濃度が0になると死亡します


※H-8 公園に尾関夏実、スケアクロウの死体が転がっています。
※スケアクロウの死体の傍に手斧、アイスピック、コルト・ガバメント(0/8)、生命探知の羅針盤、
 デイパック(焼夷手榴弾(2/5)、案山子の手記、基本支給品一式×2)が落ちています。
※神ノ刀は契約者である夏実の死に引き摺られる形で破損しました。


69 : 名無しさん :2014/12/29(月) 00:24:22 CYhmIpCw0
投下終了です。


70 : 名無しさん :2014/12/29(月) 13:00:01 TSkQ07lk0
投下乙
スケアクロウのように完全な狂人だったら案山子に負けることもなく
最初から尾関夏実だったら弟にすぐに気づいて別の道が開けたかもしれないけど
憎悪と保身の間でどっちつかずだった彼女に未来はなかったんだなぁ
己の中のヒーローに殉じたスケアクロウも見事


71 : ◆VofC1oqIWI :2014/12/29(月) 13:44:56 CYhmIpCw0
感想およびwiki収録ありがとうございます。
誤字などの細かい部分の修正しました。


72 : ◆H3bky6/SCY :2014/12/29(月) 22:44:41 Dsc0ghMc0
投下乙です
メンタル以外は万全の夏みかんにメンタルだけで互角に渡り合うスケアさん
やっぱりメンタルって大事だね
それにしてもみんな死体を持ち運び過ぎである

それでは私も投下します


73 : 悪童死すべし ◆H3bky6/SCY :2014/12/29(月) 22:45:43 Dsc0ghMc0
座禅を組んだ体制で不動であった船坂がゆっくりと目を開く。
目を開いたと言っても眠っていたわけではない。
傷ついた体を癒すために瞑想をしていただけである。
船坂にとって動かない事こそが何よりの回復手段なのだ。

船坂弘は『凍れる時の呪い』を病んでいる。

それは連邦の魔道王ラスプーチンを打倒した際に、その代償としてかけられた呪詛の名前である。
存在そのものを永劫にその瞬間に縛り付ける、本来であれば指一本動かすことができないはずの最上級の呪詛だ。
にも関わらず、船坂が常のように動いていられるのは、その体に抗体が存在するからである。
それは毒の抗体のモノであり、呪術を扱う呪術師はその脳が変化し、呪術に対して抗体を持つ。
そのため、呪術師にはとかく呪術が効きづらい。

そういう意味では、むしろ超一流の呪術師である船坂に対して呪いをかけたラスプーチンの実力が規格外であると言えるだろう。
加えて、呪詛とは術者の死によってその力をを強める特性を持つ。
魔道王ラスプーチンの死を持って完成した時の呪詛は如何に魔人皇と言えど解呪は不可能であった。

凍れる時の呪いを受けた瞬間から、船坂の肉体は停止している。
外的要因により一時的に状態が変化しようとも、保持された時間へと時が逆行して維持される。
脈拍や呼吸も止まるが、代わりに細胞の劣化、分裂。いわゆる老化もしない。
その肉体は永劫、傷つきもしない代わりに成長もしないのだ。

それは、いかな修練を積もうともこれ以上の成長は見込めないという事を意味していた。
だが成長の停滞は既に戦士として完成している船坂にとっては大した痛手ではない。
むしろ状態を維持しようとする特性を戦闘に生かし、より高い不死性を得る始末である。

だが、すべてが静止した世界の中で、ただ一つの例外が存在する。
それは記憶だ。
記憶だけは巻き戻ることなく積み重ねられ、一週間でリセットされるなどという事はない。
もっと具体的に言うのならば脳である。
脳とは呪術師の核であり、その耐性は他の部位とは比べ物にならない。
然しものラスプーチンの呪詛とはいえこの領域までは侵すことは叶わなかった。

それ故に弱点でもある。
血流すら止まっている状態では脳に酸素を送る仕組みが必要となるし。
呪いの例外である脳だけには時の逆行は適用されないため、脳を破壊されれば再生する術はない。
もっとも、脳を潰されれば死ぬというのは生物として当たり前のことではあるのだが。

座禅を組んだ体制のまま船坂が手を握り開く。
その動作を二、三度繰り返し、己の状態を確認する。
動作に不備はなく、握る力に不足もない。
4時間ほどの瞑想を経て、その肉体は殆ど初期状態(かんぜん)に戻っている。

状態の確認を終えた魔人皇が重い腰を上げた。
船坂が動き始めた理由は、ある程度のレベルまで回復したと言うのもあるが。
瞑想中も周囲に張り巡らさせていた警戒線に、何者かが引っかかっる気配を感じたからである。
感じる慌てたような足取りは、駆けるというより逃げるという表現が似合う。
どう考えても素人のそれではあるのだが、確認しない訳にもいくまい。
近づく気配へと向けて魔人皇が歩を進めた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


74 : 悪童死すべし ◆H3bky6/SCY :2014/12/29(月) 22:46:42 Dsc0ghMc0
馴木沙奈は走っていた。
漠然とした形容しがたい死の恐怖に追われ。
背後に迫る死神に追いつかれないようにただ走っていた。

文武両道を目指し、それなりに努力してきたが、それもあくまで一般の範囲である。、
スポーツは好きだが、彼女の日々は忙しく、運動部などに属せていたわけでもない。
そんな彼女が、ペース配分も考えずがむしゃらに走り続ければ体力の限界などすぐに訪れる。

「ハッ―――ハッ――――!」

限界を迎え、これ以上走れないと心臓が悲鳴を上げてそのうち足が止まった。
止まった途端に疲労が圧し掛かるように全身に襲い掛かり、倒れこみはしなかったものの膝に手を付き肩で息をする。
熱病にでも侵されたように体が熱く、肺が飛び出しそうなほど呼吸が苦しい。
酸欠で脳がくらくらする。これ以上は一歩も動けそうになかった。

「おい」

そんな彼女に声がかかった。
重く芯の通った、野太刀のような声だった。
声に導かれるように自然に顔が上がる。
膝に手を付いたまま顔を上げれば――――そこには魔人が立っていた。

「ひっ…………!」

目に見えぬ風に吹き飛ばされるように沙奈がその場にへたり込んだ。
恐怖により腰が抜けた、足の震えは疲労によるものだけではない。
動けない、どうあがいても逃げ出せそうにない。

それは包み込むような強さを持っていたミュートスとも、徹底的に牙を隠したクリスとも違う。
ただそう在るだけで相手を威圧し全てをひれ伏させる。
何一つ隠す必要のない絶対的な強者の佇まい。

足を止めれば追いつかれるという、漠然とした死の予感。
その予感は正しかったのだと、目の前にいる死の塊が告げていた。

だが対する魔人は、尻もちをついた体制のまま動く事も出来ず震える少女の様子を気にせず、その背格好や年の頃だけをつぶさに確認していた。
そして納得がいったのか、一つ頷くと。

「――――娘。お前は朝霧舞歌の学友か?」

そう少女に向かって問いかけた。

「…………え? あ、朝霧、さん?」

何故この状況でこの魔人の口からその名が出てくるのか。
一瞬彼女にはわからなかったが、すぐにその問いをかみ砕き、その意味を理解し答えを出すべく考える。

朝霧舞歌を知っていると言えば知っているが、クラスも違うし特別親しかったわけではない。
舞歌が属していたのは一芸入試の特待生と学園の覇者、白雲彩華の息のかかった人間だけで構成された特殊組、Sクラスである。
本来であれば一般生徒である沙奈には関わりのないクラスであったのだが。
沙奈の学園生活は三条谷錬次郎を巡る日々であり、彼のいるクラスへは足繁く通っていた。
そのため、Sクラスの面々は目立つ連中ばかりだったという事もあり、ともすれば自分のクラスの人間よりも知っている。

だが彼女らと積極的に交流を持っていたという訳ではない。
錬次郎を狙う彩華への牽制でそれどころではなかったし、朝霧と親しくしていたのは別のグループだったと記憶している。
正直友達かと問われれば微妙なところなのだが、今回の場合はただ学友かと問われているのだからイエスと答えればいい。

だというのに彼女は地上に揚げられた魚のように口をパクパクさせるだけで言葉に詰まり答えることが出来なかった。
彼女にとっての問題は事実ではなく、どう答えるのが正解なのか、である。
ここで返答を間違えば殺される。何もわからない彼女でもそれだけは分かった。

イエスと答えるのが正解なのか。
ノーと答えるのが正解なのか。
彼女にはそれが分からない。

目の前の魔人と朝霧舞歌の関係性が敵なのか味方なのか不明である以上、答えなど出しようがないだろう。
だが、このまま沈黙を続けるのもまた悪手である。
相手が痺れを切らす前に、わからなくとも何か答えを出さなければ。

「…………はい。そう…………です」

みっともない程に震える声で、何とかそれだけ答えた。
何が正しい変わらない以上、結局は事実を語るしかできず、ただ震えながら魔人の裁定を待つことしか彼女にできることはない。
決死の想いで紡がれた答えに対して魔人はただ、そうか。とだけ頷いた。

船坂はクロウとその仲間には手を出さぬという約定を交わしている。
今の問いはその判断をするためのものである。
クロウとの交戦中に彼女の記憶を垣間見たものの、あの瞬間見えた記憶は断片的なモノでしかなく、痛烈に印象づいた数名以外との関係性は未だ不明である。
故に約定を護ろうとするならば手間ではあるが、それと思しき相手に直接聞いて判断するしかない。

何とも不確かな方法ではあるのだが、国を治める長として言葉の真偽が分らぬ魔人皇ではない。
沙奈の言葉は真実であると船坂はそう受け入れた。


75 : 悪童死すべし ◆H3bky6/SCY :2014/12/29(月) 22:48:16 Dsc0ghMc0
「ならば、これは貴様に托そう」
「…………っ!?」

これ以上に凄惨な体験をした直後だからだろう。
悲鳴を上げなかっただけでも及第点と言える。
船坂が荷物の中から取り出したのは、朝霧舞歌の死体だった。

「女だてらに見事な戦士だった。仲間である貴様の手で弔ってやれ」

丁重に物言わぬ舞歌の体を扱いながら、神妙な面持ちで船坂は言う。
だが、そんなことを言われても沙奈には分らない。

沙奈は朝霧舞歌の家族構成はおろか住所すら知らない。
葬儀の段取りも家族への連絡も不可能だ。
いや、そもそもそんなことをする義理も義務もない。
戦士を弔えと言われても意味が解らない。

決定的なまでに価値観が違う。
こんなものを押し付けられて感謝する訳がない。
だが、死体を突きつける船坂側に悪意なく、むしろ善意のつもりなのだろう。
全力で断りたくとも断れるわけがない。
魔人皇を前に、平民である彼女に拒否権など存在しないのだ。

どうやら話の流れ的に舞歌の仲間であるから見逃されているらしいという事は流石に沙奈にだって分る。
ここでその死体を無碍に扱えば殺されるだろう。
何とか方法はないかと、ここまで考えたのは生まれて初めてなんじゃないかという勢いで全力で頭を回転させる。

「あの、私…………荷物……失って、て」

極力相手を刺激しないように、たどたどしくも言葉を紡ぐ。
その言葉に、それがどうしたという風に疑問の視線を送る船坂。

「えと……だから、その、運ぶにも…………カバンがないと…………困る、っていうか。
 私……あんまり、力なくて……………………ですね」

参加者に配られたデイパックには質量を無視する力がある。
船坂の荷物に人一人の質量が容易く収まっていたのもそのためだ。
どういう理屈かは不明だが、これを用意したワールドオーダーのデタラメさを考えればそれも納得せざる負えないのだが。

その入れ物を失ってしまった以上、沙奈には舞歌の死体を運ぶ術がない。
まさかそのまま人一人を背負って行動、というわけにもいかないだろう。
というのが彼女の言い分であるようだ。

「なるほど」

それなりに理に適った言葉に納得したのか、それもそうだと、船坂は自らの荷物の中に死体を収めた。
その様子に沙奈は胸をなでおろす。
ある意味で荷物を失ったのは幸運だったと言えるかもしれない。

「それまでは、私が預かっておくとしよう。
 それで、その荷は何処で失ったのだ?」

まさか拾いに行けとでも言うつもりかと察し、慌てた沙奈がワチャワチャと身振り手振りを交えて先んじて弁明を始める。

「え…………? あ、あの……! それがですね。荷物に爆弾を仕込まれまして。
 爆散したから取り戻そうにも、もうないと言いいますか…………!」
「その爆破を受けてそれでここまで逃げてきた、という訳か?」

限界まで走り抜き、明らかに何かから逃げてきた様子を気にしてか船坂は問う。
近くに敵が迫っているのならそれに対応しなければならない。

「いや……そういう訳じゃない、んですけど……ここまで逃げてきたのは…………その」

そこで沙奈は言葉に詰まる。
ここまで逃げてきた理由。
その苦い記憶が呼び起される。

「どうした?」
「ッ…………!」

船坂からすれば、何故急に言葉を止めたのかとただ問うただけなのだが。魔人皇の言葉は一般人には強すぎる。
沙奈からすれば先を話せと脅迫されているように感じられるほどだ。

「その……爆破からは、助けてもらって、大丈夫……だったんですけど…………。
 その後、あの、別で襲われ、いや、襲われたっていうか…………クリスくんって子を見つけて……話しかけて。
 それで……その子が大人しかったのに…………いきなり、小さな子供なのに、刺して、一緒にいた人が…………て。
 …………私は、逃げろって言われて…………それで……それで」

そこまで言って沙奈は黙り込んでしまった。
途切れ途切れでうまく要領を得ないが、無害な子供を装った相手に同行していた仲間が殺されたという事らしいと船坂は理解した。

だが、その程度の伏兵は戦場において珍しいことではない。
爆弾を抱え突撃してくる少年兵など船坂は見飽きるほどに見てきた。


76 : 悪童死すべし ◆H3bky6/SCY :2014/12/29(月) 22:49:48 Dsc0ghMc0
「その栗栖とやらは貴様らの仲間ではないのだな?」
「ッ! そんな訳! …………ない、です」

あの悲劇の大本は、沙奈がクリスを仲間として受け入れたしまったのが原因である。
その失策を責められているような気がして一瞬沙奈は激昂するが、すぐに誰を相手にしているかを思い出しその語尾は弱くなっていった。
もっとも、船坂にとってその問いはクロウとの約定に違反しないかの確認でしかなく。
言葉遣い程度で目くじら立てる程、小さな男でもないので、端から沙奈の杞憂ではあるのだが。

「そうか。では娘。その栗栖とやらの下へ案内せよ」

悪童死すべし。
船坂自身はともかくとして、この手の輩にはこれまでも何人もの仲間が犠牲になっている。
獅子中の虫は、正体が知れた時点で早急に討つべきだ。

「それは……………………無理、です」

だが、そしてそれはつまり、沙奈にあれ程怖くて逃げてきた道を戻れと言っているに等しい。
死地に自らの足で舞い戻るなど沙奈には不可能だった。
だが、その程度の懸念は理解していたのか、安心させるように魔人皇は言う。

「心配するな。私にゆだねておけ。どのような相手であれ貴様に手出しはさせん」

だが、魔人皇が理解していないのは恐怖の対象に自身も含まれているということだ。
その発言は逃さないと言っているようなものである。
前門の暗殺者、後門の魔人皇。
これで沙奈は前にも後ろにも立ち行かなくなった。

こうなってはどうしようもない。
全てを諦めたように沙奈はこくんと首を折る。
断ってこの場で死ぬか。
従って巻き込まれて死ぬか。
沙奈にとってはその程度の違いでしかない。
もう彼女はどうしようもない諦観の境地だった。

だが沙奈は知る由もないが、クロウとの約定がある以上、少なくとも船坂が彼女を殺す事はない。
いや、例えクロウと交わした約束がなくとも、船坂は沙奈を斬りはしなかっただろう。

戦争と言えど人の営みである以上ルールはある。
国際法に基づき非人道的兵器などの使用は禁止されているし、戦う牙を持たぬ女子供には手を出そうとも思わない。

これに関しては船坂も勘違いをしていたのだが。
魔獣、修羅、小龍、氷使い、吸血鬼。
この地で船坂の出会った人物が皆戦士であったため、集められた人間はどのような形であれ、みなそうであると船坂はそう思っていたのだ。
いや、戦士でなくとも彼の収める大日本帝国民であれば戦場に出ぬ一般国民でも心構えはできている。
だが目の前にいるのはそれ以下の戦う心構えすらない赤子に等しい存在だった。
如何に魔人とはいえ、拳の握り方も知らぬ赤子は斬れぬ。

「では道案内を頼むぞ。そういえば名を聞いていなかったか」
「沙奈…………馴木沙奈、です」

名をかたる声は、少女には似つかわしくない全てを諦めたような低い響きだった。
恋に生きた輝く瞳はもはや光を失っている。
もはや考える事すらやめたのか、その口元には卑屈な笑みが張り付いていた。

「そういえばこちらも名乗っていなかったか。
 私は大日本帝国を総べる皇、船坂弘である。
 では改めて道案内を頼むぞ沙奈」

そんな余人の苦悩など、魔人皇の知るところではない。
自らの目的へ向け、振り返りもせず顧みもしない。
魔人皇は王道を往く。

【B-6 住宅街/午前】
【馴木沙奈】
[状態]:恐怖、諦観
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本行動方針:ゲームから脱出する
1:クリスの下へ船坂を案内する
2:逃げたい

【船坂弘】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜1、輸血パック(2/3)、朝霧舞歌の死体
[思考]
基本行動方針:自国民(大日本帝国)とクロウの仲間以外皆殺しにして勝利を
1:クリスを排除する
2:クロウの仲間は殺さない
3:長松洋平に屈辱を返す


77 : 悪童死すべし ◆H3bky6/SCY :2014/12/29(月) 22:50:03 Dsc0ghMc0
投下終了です


78 : ◆H3bky6/SCY :2015/01/08(木) 22:53:17 zdz2Kzks0
投下します


79 : 目指せMVP ◆H3bky6/SCY :2015/01/08(木) 22:54:46 zdz2Kzks0
「そんな馬鹿な!」

驚愕を告げる氷山リクの叫びと共に、拳が叩きつけられた電波塔の外壁がボロリと崩れ落ちた。
加減なく打ち付けた生身の拳からは血が滲み、ひび割れた外壁を伝い滴り落ちる。

彼を動揺させたのは放送により告げられた剣正一の名によるもの。
それはヒーロー『ナハトリッター』の真名である。
『シスバースレイヤー』たるリクとはジャパン・ガーディアン・オブ・イレブンにおける同僚の関係に当たる人物だ。

だが、彼にとってはナハトリッターはただの仲間ではない。
ブレカーズに浚われ、悪の手先として洗脳を受けようとしていた氷山リクの窮地を救ってくれた恩人である。
そして改造人間として普通の生き方を失った自分に、ヒーローとしての生き方を示してくれた人生の師でもあった。
そんな男が失われて冷静でいられるはずがない。

「――――落ち着きなさい。すぐ熱くなるのは貴方の欠点よ。
 まぁ、敵対してる側としてはそのまま改善しなくてもいいんだけど、少なくとも私の相棒している間は控えてもらえるかしら?」

白く冷たい、冷徹な色を帯びた声が響く。
それは冷静であるというより冷徹であろうと努めて感情を抑えた声だ。
その態度がどんな言葉よりもリクには堪えた。
『佐野蓮』の名が呼ばれ、今の放送で仲間を失ったのは白兎も同じである。
そんな彼女が気丈に振る舞っているというのに、怒りを抑えることが出来ず発散してしまた自らをリクは恥じた。

「悪い」

頭を冷やすしたリクは少しだけバツが悪そうに頬を掻く。
その謝罪を白兎は気にしてないと言う態度でクールに流した。
お互い頭を切り替え、目的へと意識を戻す。

「じゃあとりあえず、ここを調べておくか」

仲間の捜索やエネルギーコアの回収などの目的は多々あるが。
まずは覆面男の登場により中断してしまった、電波塔の調査を始める事にした。

灯台の様なコンクリート造りの電波塔の入り口を開き、リクを先頭に内部へと侵入してゆく。
入り口を潜った先には、飾り気のない打ちっぱなしのコンクリートのフロアが広がり、その奥にはエレベータと鼠色の扉が一つ。
恐らくは上階に向かう階段の踊り場へと続く扉だろう。

「とりあえずこのフロアには何もなさそうだな」
「そうね」

念のため少しだけ探索を行い、そこには何もないことを確認したところで、次のフロアへと進むことにした。
この状況で逃げ場もなく動くかどうかも分からないエレベータを使う程二人とも愚かではない。
電波塔の高さからして少し長い道のりになるだろうが、素直に階段へと向かうことにした。

「そういやさ、社長が回収した女の子の支給品に工作用の道具があっただろ?
 あれでこの電波塔を弄って外部に現状を送ったりできないのか?」

長い階段をのぼりながらリクが後方の白兎へと問いかける。
その言葉の通り、白兎の回収したアザレアの支給品の中に工作セット一式が含まれていた。
軍事スキルを持つ白兎がこの道具を使えばある程度の電子器具ならば操作が可能だろう。
だが、この提案に対して白兎の反応はあまり芳しくはなかった。

「……まあ工作スキルの一つとしてそういう技術も持ってなくはないけど。
 あまり期待しないでよね。どうせ電波塔としての機能なんて最初から潰されてるだろうから」
「ま、そうだろうな」

ここが主催者の用意した舞台である以上、そんな抜け穴は事前に潰しておくのは当然の処置だろう。そうでなければザルすぎる。
それはリクとしても予測していたのか、あっさりとその言葉に納得して会話を打ち切る。

そうして長い折り返し階段を上ってゆくと、電波塔の中部にある操作室と書かれた扉の前に辿り着いた。
試しにノブを捻ってみれば踊り場から続く入口には鍵がかかっておらず、警戒をしながらも慎重にリクはその扉を開いてゆく。
錆びついたキィという音と共にゆっくりと扉が開く。
忍び込むように操作室に入ったリクが、中の危険がないことを確認すると後方で待機していた白兎を呼び込んだ。

操作室は展望台も兼ねているのか、ドーナツ状のフロアは全面ガラス張りで、周囲の風景が全面見渡せるようになっていた。
だが、当然ながら中に入った二人は風景を楽しむでもなく、中央の一角に備え付けられた操作盤へと足を運んだ。
白兎は確認するように操作盤に手を掛けると、適当にいくつかのスイッチを操作する。

「………とりあえず、電気は生きてるみたいね」

そう言うと白兎は荷物から工具を取り出す。
そしてドライバーで操作盤の蓋を開くと、中の配線を弄ったりパチパチとスイッチを操作し始めた。
とりあえず、見守るしかないリクは手持無沙汰なのか、作業をする白兎へと話しかける。


80 : 目指せMVP ◆H3bky6/SCY :2015/01/08(木) 22:55:15 zdz2Kzks0
「どうだ、いけそうか? それともやはり難しそうか?」
「少し黙ってて」
「はい」

しかし集中の妨げになるのか、ぴしゃりと言葉を切られたので黙って見守る事にした。
そのまま周囲の警戒をしながら、リクは白兎の作業風景を見守っていたのだが、作業を続けてゆくうち白兎の顔色が徐々に真剣みの帯びた色に変わってゆくことに気づいた。
その顔色の変化に、リクが気遣うように声をかける。

「大丈夫か? まあ、元からダメ元だったわけだし、無理だったとしてもそこまで深刻になる必要はないぞ?」

だがそのリクの声に白兎は答えず、操作盤の前で無言のまま作業を続ける。
そして暫くそうした後、作業を終えたのか、ふうと一息つくと操作盤からリクへと向き直った。

「結論から言うわ。電波塔としての機能は生きているし電波も問題なく送れたわ」

その言葉にリクは僅かに驚いた。
それは意外な展開ではあるが、悪い展開ではない。

「なら、」

これで救助を求められたのか、と続けようとしたリクの言葉を、白兎が「けどね」と遮る。

「生きているけど、届かなかったの。
 届いているのは島内の施設だけで外部にはどこにも届いてない。
 氷山くん、これがどういう意味か分かるかしら?」
「島の周囲に妨害電波が流れてると言うことか?」

リクの答えに白兎は静かに首を振る。

「その可能性もあるでしょうけど、わざわざ妨害電波なんて用意するなら初めから電波塔の機能を壊しておいた方が手っ取り早いと思わない?
 ここがそのまま放置されていたのは多分、最初からそんなことをする必要がないからなんだわ」
「する必要が……ない?」
「そう。単純に電波の届く先がないのよ。
 電波の届く範囲はね基本的に高さに比例するの。電波塔がバカみたいに高かったり山頂に置かれることが多いのはこのためね。
 この電波塔の場合は……そうね、多分周囲50Kmってところかしら、島内の施設を除けばその範囲内に受信先がないって事」
「じゃあ、ここは正しく孤島って事か」

周囲50Kmに渡り、電波がどこにも届かなかったという事はその範囲に何もないという事を示している。
脱出するにしてもかなり面倒なことになるなと、リクは眉間にしわを寄せた。

「単純に考えればそうなるかもしれないわね。
 けど、あるいは別の可能性も考えられると思わない?」

可能性? と一瞬リクは疑問符を浮かべるが、すぐに白兎の言わんとする可能性に思い至る。

「……おいおい、さすがにそれは」

ありえないと首を振り、苦笑いを浮かべるリク。
だが白兎の表情は真剣身を帯びたまま、変わらない声で言う。

「ないと、言いきれるかしら。
 この舞台自体が、ワールドオーダーによって創られた異界であるという可能性が――」

この孤島が、いやこの孤島を取り囲む隔離された空間自体が、異能によって創られた世界である。
白兎はその可能性を訴えていた。

「しかしな、そんなレベルの異能者なんて俺でも知らないぞ?」
「あら。創造の魔女の噂くらい聞いたことあるでしょ?」
「そりゃあ……噂を聞いた事くらいはあるが、それは都市伝説だろう? まったく覆面と言い都市伝説の多いことだな」
「案外その辺を狙って集めてるのかもね。マニアだったりして」

まさか、とリクはその冗談を笑い飛ばし、白兎も苦笑を返す。

「まあ一から創ったというのが言い過ぎにしても、境界を何かしらの方法で区切っている可能性は非常に高いわ。
 参加者の脱出を阻む仕掛けが首輪だけ、というのは片手落ちだもの。
 首輪が取れて爆破のリスクが無くなれば、最悪、貴方なら泳いで脱出できてしまうんだから、別に仕掛けがあると考えるのが妥当だわ」
「まあ……100Km位なら遠泳できるけどな」

そう言いながらリクは窓際へと移動し周囲を見渡す。

「ここから見える先に何も見えないってことは物理的なモノじゃないってことだよな?」
「そうね」

辺りを一望できる展望台から見ても、遮蔽物らしきものは見当たらない。
あるとすれば不可視の結界か、それとも断絶した異界か。
リクは思案するように口元に手を当て呟く。


81 : 目指せMVP ◆H3bky6/SCY :2015/01/08(木) 22:56:06 zdz2Kzks0
「そうなると脱出に必要なのはヘリや船じゃなく結界破りや異世界渡りって事か?
 悪いがその手のスキルは門外漢だぜ」

シルバースレイヤーの戦闘能力はJGOEはおろか国内ヒーローの中でも随一だが、反面、その他の特殊能力は殆ど持っていない。
それでも、過去にその手の事態に巻き込まれた際に、手を変え品を変え力技で解決してきた辺りは流石の問題解決能力と言えるのだが。

「それは最初から期待してないからいいわ。言われなくとも貴方が直接戦闘バカだってのは知ってるもの。
 ついでに言えば、ここに呼ばれたヒーロー二人もそうね。
 ナハト・リッターは器用ではあるけど異能持ちではないし、ボンバー・ガールも戦闘向けの異能しか持っていない。
 定められたルールを破れるようなキャストを呼ぶはずがないんだから当たり前と言えば当たり前だけど」

ここに集められたヒーローは全て直接戦闘系の能力者ばかりだ。
戦うばかりがヒーローの仕事ではない、もっと工作や探索などの支援に特化した能力者も数多くいる。
もちろんそれはヒーローに限った話ではない。
リクと白兎の知る限りブレイカーズや悪党商会から集められた面子も、その傾向が見受けられる。
この偏りは無視できないレベルだと言えるだろう。

「それが俺らが選ばれた理由か?」
「さあ、どうかしら? そもそも根本的な事を言えばヒーローなんて呼ばなければいいんだから。
 わざわざ貴方たちを呼んだ理由はまだ明言できないわ」

何故殺し合いなど開いたのかも疑問だが。
何故この人選で殺し合いを開いたのかもまた疑問の一つである。
単純に殺し合いを実行したいだけならば、ヒーローや異能者と言った反旗を翻しそうなものは入れるべきではない。

「けどさ、仮にここが異界だったとしても、これだけでかい異界を作ったら流石に周りも異変に気づくんじゃないのか?
 そうなれば逆に助けも来やすくなると思うんだが」

事態の規模が大きくなると言うのは悪いことばかりではない。
それだけ隠匿するのが難しくなるという事である。
事件が明るみになれば対処できる専門家などいくらでもいる。

「助け、ねぇ。もしかしたらそれはあまり期待しないほうがいいかもしれないわね……」

だが、白兎はそう消極的に言葉を濁す。
リクは白兎が根拠もなく後ろ向きな発言をする相手ではないと理解している。
そう言うからには何か理由があるはずだろう。

「助けが期待できないって、根拠は何だ社長?」
「氷山くん、私たちがいなくなって今ごろ外がどうなってると思う?」
「どうって……そうだな。そろそろ異変に気づいて、対策立ててる頃だと思うぞ」

裏の大物がこれだけ一気に行方不明になれば嫌でも騒ぎになるだろう。
少なくともリーダーを含めて3人が行方不明となったJGOEはとっくに動いているはずである。

「ええ、貴方たちがいなくなったことにJGOEが気付けばすぐにでも動き始めるでしょうね。
 そして例え事態がJGOEで手に負えない規模だったとしても、手におえないと判断した時点で他のヒーロー組織なり国選のいる政府なりに助けを求めるでしょうから、事態の解決はされるでしょうね」

リクもは肯定の頷きを返す。それはリクも同意見だ。
ヴィラン側に比べて、ヒーロー側の利点は連携が容易に取れるという点である。
事態を起こしたのがワールドオーダー個人なのか、それとも背後に組織が存在するのか不明だが。
例え、どんな規模であろうとも、それに見合う規模で対応できるヒーロー側に敗北はない。

「けどね、問題はそれがいつになるかって事よ」
「おいおい、ヒーロー(おれら)をあんまり舐めてくれるなよ。
 本腰上げて事態の解決に臨めば、どんなに長くとも3日以内に蹴りがつくぜ?」

首謀者を追い詰め、背後関係の洗い出し、組織の殲滅するとなればかなりの時間がかかるかもしれないが
この事態を解決するだけならば、それほど時間はかからないだろう。
それこそ一瞬で片が付く。

「そうね。国内のヒーロー組織が本気で対応すれば、そうなるでしょうね。それは否定しないわ」
「じゃあ何が問題だって言うんだよ?」

その問いに、白兎は目を細め、冷たい声で答える。


82 : 目指せMVP ◆H3bky6/SCY :2015/01/08(木) 22:56:32 zdz2Kzks0
「――――ブレイカーズよ」

「ブレイカーズ? ……まあ確かに現状一番厄介な相手ではあるけどさ。
 それでもあいつらだって大首領と大幹部が抜けてそれどころじゃないだろ?」

国内を拠点とする秘密結社の中で最も大規模なのがブレイカーズである。
目下におけるヒーローたちの最大の敵。
だが、大首領である剣神龍次郎と大幹部であるミュートスがこの場に拉致され。
その結果、指揮系統を失ったその損失はJGOE側よりもはるかに大きいはずである。

「いいえ逆よ。ブレイカーズって一枚岩な組織じゃなくて、あらゆる方面の力を持て余した連中を片っ端から集めてる組織でしょう?
 そんな奴らを剣神龍次郎が無茶無茶なカリスマで従えて、ミュートスが作戦指揮を執って纏めてるのがブレイカーズの基本なの。
 そんな組織で、血の気の多い連中を束ねて抑え付けていた頭がいきなりいなくなったらどうなると思う?」

力に対してソレ以上の力で無理やり蓋をして方向性を与えていたのがブレイカーズだとしたら。
その蓋が外れた時の反動はどうなるのかなど、考えるまでもない。

「怪人どもが好き勝手暴れ出すのも時間の問題ってこと、か」
「そう。そうなれば、その事態に便乗する組織も出てくるでしょうね。
 そしてそうなると問題なのは、ヒーローたちもその暴走の対応に追われてる可能性は高いってこと。もちろんあなたのJGOEもね」
「ってことは、つまり」
「そう。だから助けは期待できないかもってことよ」

説明されてみれば、白兎の語る予測はあり得る話だとリクも納得する。

「ま、結局は自力で解決するしかないということだな。
 上等。元からそのつもりだから問題ないさ」

そう言って気合を入れるように拳を掌に打ち付け息を吐く。
強がりでもなんでもなく、救援要請は保険の保険だ。最初から助けなど待つつもりはない。

「そういやさ組織って言うなら、ラビットインフルはどうなんだ?
 社長が抜けてヤバいんじゃないか?」

リクがふと浮かんだ疑問を口にする。
その問いかけに対して白兎は顎に指をさして考えるようなポーズをとった。

「うち? そうね。表の経営の方は優秀な役員たちとブレインがいるからいいとして。
 裏の方もまあ、便乗して暴走するような人はいないと思うわ。
 この辺は規模が大きくないのが幸いしてると言えるのだけど、うちは一枚岩だからね」

溜息を付きつつもどこか自慢げに肩をすくめる。
どんなことになろうとも暴走することはないという部下たちに対する信頼感の表れだろう。

「いや、そうじゃなくて。社長が行方不明になったんだから、あいつら躍起になって探すんじゃないか?」
「え?」

リクのその言葉に白兎が目を丸くする。
暴走する可能性ばかりに頭が行って、自分を探索するために無茶をする可能性を考慮していなかった。
部下たちの事を考えてはいたが、部下たちが自分をどう思っているかを見落としていたのだ。

「まず……そっちの可能性は考えてなかったわ……。
 けど、そうね。考えてみればうちって意外とフリーな立ち位置ではあるのよね」

見落としは見落としで反省するとして、頭を切り替えもしそうなった場合のメリットを考える。
悪の組織であるが故に例えブレイカーズが暴走しようとも治安維持のために対応する必要はなく。
一枚岩であるが故に頭がなくとも意思は統一されており、弱小であるが故にマークも薄い。
裏の仕事に関わる人員は少ないが、その分教育は行き届いており少数精鋭である。
どんな事態になろうとも身軽に動けるというのは強みだ。

「……けど、自分で言うのもなんだけど、あれだけの異能を持つ主催者にラビットインフルが太刀打ちできるとは思えないわね。
 心配してくれるのはありがたいけど、下手なことはしないよう祈るしかないわね……」

若干不安げながらも、そう締めくくる。
部下たちに指示が出せない以上、どれだけ心配した所で意味のないことだろう。
あとは信じるしかない所だ。


83 : 目指せMVP ◆H3bky6/SCY :2015/01/08(木) 22:57:13 zdz2Kzks0
「そう言うJGOEの方はリーダーであるあなたを欠いて大丈夫なの?」

仮に暴動が起きるとしたら、対応するJGOEの戦力低下こそ懸念すべきところである。
その問いにリクはうーんと頭を捻った。

「リーダーと言われてもな。『特公』持ってるのが俺だけだから、形式上そうなってるってだけだよ。
 俺がいないからと言って、どうこうなるような連中でもないだろ」
「そうかしら。意外といいリーダーやってたと思うけど」
「だといいがな。まあ仕切ってはいたが、指揮していたわけじゃないからな。
 基本各自の判断で動く奴らの集まりだし、オペレーターたちがいれば大丈夫だろう」
「まあ確かに、密に連携を取るというより、スタンドプレーの結果として生じるチームワークって感じよね貴方たちって」

白兎は呆れ交じりにそう呟く。
ジャパン・ガーディアン・オブ・イレブンとは国内で個別に活動していた有名ヒーローを集めたオールスターチームだ。
だが、なにせ集まったのはそれまで個別でそれなりの実績を残してきたヒーローたちである。
オールスターと言えば聞こえがいいが、スポーツなどのそれと同じく個人の能力は高いが個性と個性がぶつかり合いで、その実まとまりがない。
実際ボンバー・ガールもJGOEの面々とではなく、これまで行動を共にしていた外部の協力員と共に活動している。
連携面に秀でていたのはそれこそナハト・リッターくらいのモノだろう。

「ま、そういう事だな。
 俺がいなくともJGOEのやつらは負けない。それはここにいるボンバーガールやナハト・リッターだって同じだ。
 何より、あのナハト・リッターがただで死ぬはずがない。
 この場でもあいつらはあいつらなりの最高のスタンドプレーを見せて、何かを必ず残しているはずだ」

希望的観測ではなく、強い確信と信頼を持ってシルバースレイヤーは言う。
その言葉に白兎も心から頷いた。

「なら私たちも負けてられないわね。事件解決のMVPでも狙いましょうか」
「そうだな。そうさせてもらおう」

互いに冗談めかしてそう言いながら、リクと白兎はさらに事件解決への決意を強めた。

【H-6 電波塔操作室/朝】
【氷山リク】
状態:全身ダメージ(小)左腕ダメージ(中)エネルギー残量57%
装備:なし
道具:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(確認済み)
[思考・状況]
基本思考:人々を守り、バトルロワイアルを止め、ワールドオーダーを倒す。
1:エネルギーの回復手段を探す
2:火輪珠美、空谷葵と合流したい。
3:ブレイカーズ、悪党商会を警戒。
※ブレイカーズ、悪党商会に関する知識を得ています。
※心臓部のシルバーコアを晒せば、月光なら1時間で5%、日光なら1時間で1%エネルギーが回復します

【雪野白兎】
状態:健康
装備:なし
道具:基本支給品一式、工作道具(プロ用)、ランダムアイテム1〜4(確認済み)
[思考・状況]
基本思考:バトルロワイアルを破壊する。
1:氷山リクの回復手段を探す
2:空谷葵、火輪珠美と合流したい。
3:ブレイカーズ、悪党商会を警戒。
※ブレイカーズ、悪党商会に関する知識を得ています。


84 : 目指せMVP ◆H3bky6/SCY :2015/01/08(木) 22:57:33 zdz2Kzks0
投下終了です


85 : 名無しさん :2015/01/09(金) 02:48:43 dmVOLj220
投下乙です。
首領や幹部級が失踪となれば組織も混乱に陥ったり捜索に乗り出したりするよなぁ。
勢力の大きさも考えたらブレイカーズは相当面倒なことになりそうだ
そして電波塔調査から会場が異界という可能性を見出だした銀兎
現状大きな行動の取れていない彼らの明日はどっちだ


86 : ◆H3bky6/SCY :2015/01/19(月) 21:36:02 HGTetGvA0
投下します


87 : 偶然な予定通り ◆H3bky6/SCY :2015/01/19(月) 21:37:12 HGTetGvA0


――――とりあえずセスペェリアは京極竹人を殺すことにした。


不安要素は排除してしかるべきである。
もしかしたら次に出てきたときには殺人衝動が抑えられているかもしれないがそんな問題ではない。
重要なサンプルである刻に害をなす可能性がある時点でこんな危険人物を生かしておく理由がなかった。
定期的に襲い掛かる原因不明の殺人衝動という症状も興味深いと言えば興味深いが、時間遡行者とでは重要度は比べるべくもない。

だが、そうなると問題が一つ。
刻は自らを殺そうとした京極を受け入れるつもりのようである。
この判断自体、理解しがたいものであるのだが、今はそれはいい。
問題はこの独断専行が発覚してしまえは、刻からの非難は免れないという事。
彼女の調査がどれくらいかかるかわからない以上、出来るならば調査対象である彼女とは交友的な関係を続けていたい。

となると、刻に知られないよう、静かにかつ速やかに犯行を完了しなくてはならない。
刻は睡眠中であり、犯行現場を見られるという最悪の可能性はまずないだろう。
となると問題は死体の処理だが、これはセスペェリアにとっては簡単な事だ。
体から溶解液を分泌して消化してしまえば証拠は骨一つ残らない。有体に言うと喰ってしてしまうという事である。
無論、その後京極が消えてしまった事に刻も気付くだろうが、その時は「京極は半狂乱になって箱から飛び出るとそのままどこかに行った」とでも言っておけばいい。
多少の荒はあるが、おそらく彼女はセスペェリアを疑わない。
それだけの信頼関係はあるだろうし、彼女はそういう人間である。

大まかなプランが決まり、具体的な殺害方法を検討する。
前提として扉を一つ挟んだ先には刻がいるのだ、大きな音が鳴るような――例えば範囲の広い攻撃で周囲を破壊するような――手段はNGだ。
当然大声を出されるのもまずい。故に派手でなくそれでいて速やかに確実に。

指を槍にして箱ごと串刺しにするのが手っ取り早いが相手が見えない状態では確実性に欠ける。
急所を外して下手に悲鳴を上げられたら目も当てられない。

箱ごと真っ二つにしてしまうと言うのも確実な案ではあるが、真っ二つの段ボール箱が残ってしまう。
これもまた消去しようと思えば消去できるが、段ボール箱ごと消えてしまえばそれはそれで不信がられる。
対象を確認した状態で確実に、証拠の残らないように効率よく行うべきだろう。

京極は箱の中で全身をみっしり土に埋められているとはいえ、呼吸のため顔は出しているはずである。
段ボールを開いて頭部の位置を確認できたら、脳を輪切りにしてしまおう。
そう考えながら、セスペェリアは京極の詰められた段ボールへと向かっていった。

段ボール箱の前まで来てみれば、段ボール箱からは物音一つなく不安になるほど静かだ。
とても中に人がいるとは思えない、ひょっとしたら眠っているのかもしれない。
いや、もしかしたら土に埋もれて窒息している可能性もある。
それなら楽だな、などと思いながら、ゆっくりとセスペェリアは段ボールの蓋を開いた。

「――――どうして開けてしまったんだ」

そこで目があった。

暗闇の中でずっとそうして目を見開いていたのだろうか。
ギロリと血走った眼球だけが土の中からセスペェリアを射抜いていた。
土の中から顔を出す様子はまるでモグラか何かの様だな、などとそんな場違いな事を思ってしまった。

「あと少しで――――私の中の魍魎が落ちたのに」

もうこうなってしまった以上止められないという観念が籠った本当に、残念そうな声だった。
そして、これ以上我慢することなく発散できるという歓喜が混じった、楽しそうな声だった。

その声にはあれ程恐れていたセスペェリアに怯む色も、何かに脅えていたようなおどおどした様子もない。
まるで箱の中に湧いた良くないモノと混じり合って別の何かが生まれたような。
正しく別人と言う在り様だった。

その在り様の変化に、一瞬だけセスペェリアの意識に空白が生まれる。
その隙を狙った、という訳ではないのだろうが、ゾンビが墓場から起き上がるように勢いよく京極が土の棺から身を起こした。

その動きに呆けていたセスペェリアが慌てて目的を思い出し、すぐさま攻撃を再開する。
京極は胴と手首を縄で締め付けられ芋虫のような状態である。
初動は遅れたが、それでもセスペェリアの方がまだ早い。

振り被った手先を一瞬で鎌の様な刃に変化させ、サイドスローのピッチャーのように腕を鞭のようにしならせた。
振り子のような軌跡で振るわれた刃は半月を描き、一息でその首を落とさんと迫る。
その様はさながらギロチン、京極はこの一刀を躱すどころか反応すらできないだろう。


88 : 偶然な予定通り ◆H3bky6/SCY :2015/01/19(月) 21:37:40 HGTetGvA0
だが、なんという悪運か。
土棺から起き上がった京極はそのまま前に踏み出そうとして、自らが埋まっていた土塊に足を取られてすっ転んだ。
瞬きの間に首と胴を両断するかと思われた斬首刀はしかし、その役割を果たすことなくただ虚しく空を切った。

京極は地面に顔面で着地しながら、落ちた勢いのまま前転するように転がった。
同時に、京極を拘束していたロープがはらりと落ちた。
先ほどの外れた一撃が拘束の結び目を偶然切り裂いていたのだろう。
前転から距離を詰め、すくっと立ち上がると、泥まみれの顔も垂れ流れる鼻血も拭う事もなくセスペェリアへと襲い掛かる。

武器もなく、全身を投げ出すようなその動きは完全なる素人のそれ。
振り被った拳は躱すまでもないほどに緩慢だ。
余りにも見え見えな攻撃過ぎて、セスペェリアは思わず一歩引き、避ける必要すらないその拳を躱してしまった。

「な、に―――――?」

瞬間。セスペェリアの頭部に鈍い衝撃が走り、頭蓋の一部がべコリとヘコんだ。
だが彼女は元より液体生物である、損傷は大した問題ではない。
彼女を戸惑わせているのはダメージではなく躱したはずの攻撃が当たったという不可解な事実である。
武器は取り上げたし、京極に異能があるなどと言う情報もワールドオーダーから聞いていない。
いったい何を喰らったのか、それを確認すべく衝撃に倒れこみながら、グルリと人体では不可能な角度で首を捻り視線を京極の方へ向けた。

見れば京極の纏う和服の角袖の先に土が詰まり、ブラックジャックの様な鈍器の役割を果たしていた。
それが遠心力をもってセスペェリアの頭部を打ったのだ。

狙ったわけではないのだろう、これもまた偶然だ。
いや、本当に偶然だろうか?
偶然も二つ三つと重なると疑わしく感じられる。

「嗚呼……厭だ厭だ。こんな原始的な殺しは厭だ。
 人の死はもっと、もっとこう謎満ちていなければならないのに」

京極は倒れんだセスペェリアを見ていない。
ただぶつぶつと小声で何かを呻いている。
これから殺す相手の事など気に留めず、己の中にいる『何か』と殺し方について気にしていた。

マズイと、セスペェリアは直感する。
いや、いくら殴られたところで液体生物であるセスペェリアにとっては大したダメージにはならない。
人型を模しているのも便利上のモノであり、それが崩れたところでどうという事はない。
たとえ如何なる偶然が介入しようともセスペェリアの勝利は揺るがないだろう。

だが、セスペェリアの目的はただ勝利する事ではなく時田刻に知られずに勝利する事である。
放送の時間も近づいてきた、速やかに事を終わらせなくては刻が起きてしまう。

時田刻という極上の餌に功を焦り、京極竹人という殺人鬼を侮り、判断を誤ったか。
いや、そうではないと首を振る。
ここに至っても戦力差は歴然であり、状況判断は最適であったという認識は揺るがない。
京極竹人のパラメーターは常人の域を出ておらず、むしろ愚鈍に過ぎると言っていい。
それに対して侵略の尖兵たるセスペェリアは例え一軍を相手取っても勝利できるだけのスペックを持っているのだ。
京極竹人が今も生きているこの状況は、ただの悪運、偶然が重なっただけである。

だが動こうとしても、ここまで来るとどうしても疑念が脳裏を過る。
また偶然が起こりえないとも限らない。
次に失敗すれば、時間的にもう刻に事態を秘密にするのは難しい状況になる。

どうする。
必死とも言える賢明さで、セスペェリアは思考する。
確実にこの事態を解消する方法。
何より、偶然の介入する余地のない方法だ。

だが、そんな方法があり得るのか。
あり得ないとしたら、何かを妥協し切り捨てるしかない。

「ぁ―――――――」

そして思い至る。
自らの目的を達成できる、回答に。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


89 : 偶然な予定通り ◆H3bky6/SCY :2015/01/19(月) 21:38:00 HGTetGvA0
もうじき放送が流れようという時刻。
休憩室で仮眠をとっていた時田刻は目を覚ました。
固めのベットから身を起こすと共に、寝ぐせのようなアホ毛がピンと立った。

どこかから争うような物音が聞こえて起こされた、という訳ではない。
彼女は目覚まし時計がなくとも正確な時間に目を覚ますことができる。
体内時計の正確さは刻の数少ない特技なのだ。あまりにも地味すぎる特技で誰にも自慢したことはないが。

「む…………?」

寝ているうちに涎でも出たのか、ぬらぬらと口元が濡れていた、
はしたないなと思いつつハンカチで唾を拭う。
その作業が終わり、折りたたんだハンカチをポケットに仕舞いこんだタイミングで、待っていたと言わんばかり第一放送が開始される。
こんな地下炭鉱にも反響するでも籠るでもなく、ワールドオーダーの不思議な声が刻の耳にもはっきりと聞こえてきた。

その放送の中で、剣正一の名が呼ばれた。
直接的な面識はないが、彼女の慕うセスペェリアを敵対視していたヒーロー、という人物である。
一方的にセスペェリアを化物と断じた相手とはいえ、人の死を喜ぶべきではないのだろう。
誤解を解く機会が失われてしまったというのはやはり不幸である。

だが、これでセスペェリアを狙う人間がいなくなったという訳でもないのだろう。
中心人物である彼が死んだとしても、その仲間たちがいるはずだ。
やはり誤解は解くべきである。

「…………あれ?」

その決意を伝えようとするが、周囲に肝心のセスペェリアの姿はない事に気づいた。
そういえば確か周囲の見張りをすると言っていたなと、眠りに落ちる直前の記憶を思い返す。
何故か傍にいたような気がしたのだが、夢でも見たのだろうか。

刻はベットから立ち上がると、セスペェリアを探すべく休憩室の扉を開いた。
広がるのは朝を迎えてなお暗い炭鉱の通路である。
周囲を照らすのは裸電球の頼りない明りだけ。
先ほどまではセスペェリアがいたが、独りになってみればここは若干の不安と、心細さが感じられる。

寒さを紛らわすように両手で二の腕をさすりながら、何処にいるのだろうかと周囲を見渡すと。
何処からか、か細い獣の嘶きの様な声が反響して聞こえてきた。
方向からして、京極の段ボールがある方向である。
何かあったのだろうかと、胸騒ぎにも似た何かを感じながら、刻は足を速めた。

暫く進むと電球の淡いオレンジ色に照らされて、すらりとした女性の影がボウと浮かび上がる
この暗がりにおいてもなお輝きを失わぬ金の髪は見紛うこともない。
刻の探し人である宇宙人、セスペェリアである。

セスペェリアが立ち尽くしていたのは、京極の埋めた段ボール箱の前であった。
見れば、その箱の蓋はいつの間にか開いており、中に詰め込まれた土塊には人一人分のへこみがある。
それが、そこに京極がいた名残を残していた。

だが、見渡せど京極の姿はなく、そこに居るのはセスペェリア一人だけだ。
何かあったのか。刻は目の前の美女へと話しかける。

「セスペェリアさん?」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


90 : 偶然な予定通り ◆H3bky6/SCY :2015/01/19(月) 21:39:01 HGTetGvA0


まずセスペェリアの思考は根本へと立ち返った。

そもそもセスペェリアの目的は京極の殺害ではない。
彼女の目的は時間遡行者である時田刻の調査だ。
そのために時田刻の安全を確保することである。
殺害と言う選択肢はその手段に過ぎない。
刻の周囲から殺人衝動を抱えた危険人物の排除できればそれでいい。
つまり、京極が殺人衝動を無くして自主的に立ち去ってくれるならそれでもいいのだ。

ならば、殺人衝動を何とかするにはどうしたらいいのか?
答えは簡単だ。

誰かを殺してしまえばいい。

空腹には食事を。
眠気には睡眠を。
欲情には性行を。

京極がしたように衝動が通り過ぎるまで待つ、などと気の長いことをするまでもない。
誤魔化しではなくその欲求を満たすそのものを与えてやればいい。

だから、セスペェリアは素直に京極に殺されることにした。
それは抵抗する被害者よりも、殺人を犯すだけの加害者の方が行動を誘導しやすいという計算の元である。
セスペェリア一人を殺害しても欲求を解消できず、刻にまで手を伸ばそうというのならもう仕方がない。
刻にばれてでも手段を選ばずやるしかない、それはそれでいいわけは立つ。

そう結論付けたセスペェリアは、倒れこんだまま起き上がらず、抵抗を止め殺人衝動に突き動かされる京極の前に身を晒す。
京極は歓喜する様に、あるいは落胆するような様子でセスペェリアに馬乗りになると、その顔面に拳を振り下ろした。
一撃を振り下ろすごとに、彫刻のように端正だった顔が変形して行き、雪のような白い肌に斑点のような青い痣が描かれてゆく。
上質なシルクのような肌は月の表面の様にボコボコに腫れあがり、眼底を打たれた衝撃で目玉は殆ど飛び出だしていた。
そうして、しばらく殴り続けた所で、ようやく満足したのか、それとも殺人衝動を発散して我に返ったのか。
京極は殴り続けていた手を止め、自らの血濡れた手をしばらく見つめる、声にならない声を上げて逃げるように鉱山の外へと走り去っていった。

完全に京極の気配がなくなったところで、原形を留めぬほどに顔面を変形させたセスペェリアが立ち上がる。
その顔面は美しかった面影など見て取れないほどグロテスクなものになっていた。
とりあえず、これで京極はセスペェリアを殺害したと思い込んだはずだ。
わざわざ流れる事のない血を流し、瞳孔を開き心拍及び呼吸まで操作して生命活動の停止まで演出したのだ、そうでないと困る。

殴り始めたタイミングで、ちょうど放送が流れ始め音が紛れたというのは幸運だった。
刻の元まで届かぬよう、打ち付けられる打撃音は極力体内で吸収したお蔭でいらぬダメージが体内に残ったが、行動に支障の出るほどではない。
刻から殺人鬼を遠ざけるという目的は達成されたのでよしとしよう。

セスペェリアが震える様に高速で顔を振った。
ぶるぶると顔面を構築する要素がずれてゆき、そうして粘土のようにコネられ、崩れた顔面が再構築されてゆく。

「セスペェリアさん?」

ちょうど整形が終わったタイミングで背後から声がかかった。
声は休息所から現れた刻の物だろう。
体はすでに修復されており、少なくとも外面上は傷一つない事を確認すると。
何事もなかったように刻に向き直り、暖かな印象を感じさせる表情を作り上げる。

「起きたのね刻」
「はい、あの…………何かあったんですか?」

戸惑うような刻の視線は蓋の開いた段ボール箱に向けられている。
それに対してセスペェリアは用意していた言葉をそのまま予定通り刻へと伝えた。

「京極は半狂乱になって箱から飛び出るとそのままどこかに行ったわ」


91 : 偶然な予定通り ◆H3bky6/SCY :2015/01/19(月) 21:39:29 HGTetGvA0
【E-7 鉱山内部/朝】
【時田刻】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、地下通路マップ、ランダムアイテム0〜2、アイスピック
[思考・行動]
基本思考:生き残るために試行錯誤する
1:セスペェリアさんに対する他参加者の誤解を解きたい。
2:京極さんを追いかける?

【セスペェリア】
[状態]:蓄積ダメージ(小)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、電気信号変換装置、ランダムアイテム0〜2
[思考・行動]
基本方針:ジョーカーとして振る舞う
1:時田刻を調査して時間操作能力を解明したい。
2:他にも調査する価値のある参加者が隠れているのか?
3:ミリアたちはいずれ始末する
※この殺し合いの二人目のジョーカーです

【E-7 鉱山外部/朝】
【京極竹人】
[状態]:負傷
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜2
[思考・行動]
基本思考:???
1:???


92 : 偶然な予定通り ◆H3bky6/SCY :2015/01/19(月) 21:39:40 HGTetGvA0
投下終了です


93 : 名無しさん :2015/01/20(火) 19:22:51 rfnSQmo.0
投下乙
偶然で切羽詰まったセスペェリアの「あえて殺される」っていう策は
奇想天外かつ合理的な判断で面白いな
これで二人っきりになったわけだけどこのロワ会場で時間操作解明は捗るかな?
不運にも連戦になってやられたディウスといい
幸運で命を繋いだりんご飴や京極といい
圧倒的な実力差に反して一般人に運が回ってきたか…?


94 : ◆H3bky6/SCY :2015/01/29(木) 22:33:01 .R8gCXyQ0
投下します


95 : 太陽のKomachi Angel ◆H3bky6/SCY :2015/01/29(木) 22:33:48 .R8gCXyQ0
地上から見上げる空は、煙灰で常に灰色だった。

この街を訪れるのは誤って迷い込んだ哀れな子羊か、場違いなまでの高級車で時折現れる黒スーツを着た男達くらいのものだった。
掃除など一度もされた事がないような薄汚れた路地を往けば、すれ違うのは薬の売人か客引きの娼婦ばかり。
正義を守るはずの警察官は路地裏で小遣い稼ぎに精を出し、罪は法ではなく彼らへの賄賂の量に応じて裁かれる。
倒れた者を助ける者はなく、一度倒れれば身ぐるみをはがされ死肉までも啄まれるのが定めであり、少し外れた路地裏に死体が転がっていることなど珍しくもない。
太陽は分厚い雲に隠れ、常に暗く闇の中にある、天からも見放されたような暗黒街。
それが彼の故郷だった。

世の中から弾かれた屑どもの辿り着く世界の終着点。
この街はどうしようもなく最低だったが、この街で生きている奴らはそれ以下だった。
誰もかれもがここに辿り着くに足る理由があり、こんな場所でしか生きていけないような傷を持った者ばかりである。
誰もかれもが死んだような眼をしており、皆どこかが欠けて、皆どこかが歪んでいた。

生まれながらに器用だったのか、それとも生きるために磨かれていったのか。
このドン詰まりのドブの底で、彼は誰よりも巧く生きてきた。

臆病であることと盗みの巧さ、そして足の速さがここで生きるための最低条件。
人を貶める狡賢さと、暴力を躊躇わない残虐性が巧く生きるための秘訣だ。

彼は誰よりも死を恐れ、誰よりも残虐であった。
誰からも愛されたことがなく、誰も愛したことがないから、人の痛みが分からずどんな残酷なことだって眉ひとつ動かさずにできたし。
何も失うものがないから、それが罪悪であると知りながらも躊躇わず実行できる。
最低の街の最低の住民。その中でも自分はとびっきりだと少年は己をそう評していた。

どこかで野垂れ死ぬか、女は娼婦に、男はどこぞのマフィアの子飼いとなって使い潰されるか。
この街で生きる子供たちの将来などこの二つに一つだ。

それは少年も例外ではなく、おそらく己もそうなるだろうなと、おぼろげながらに理解していた。
と言うより、それ以外の未来の事など想像する事すらできなかった。
明日生きているかすらわからない、今日を如何にして生き抜くか、それ以外の事など考える余裕のない。
そんな世界で、どうやって将来などという不確かなモノに夢を馳せることができると言うのか。

『ねぇサイパス。私たちが――――』

そんなこの世の果てのような終わった世界で、少女は天真爛漫に太陽のように笑っていた。
少女は正しく聖女だった。
少女が昇ればゴミ山もステージに変わり、点滅する切れかかった街灯も少女を照らすスポットライトに一変する。
何の光もないゴミ溜めの中、光を放つ彼女の周りには自然と人が集まっていく。
彼もまた誘蛾灯に惹かれる羽虫の一匹であった。

『―――――ねぇサイパス。私たちが私たちのまま生きられる。そんな世界があったら素敵だと思わない?』

両腕を羽のように広げて聖女はゴミ溜めで踊るように謳う。
その姿を彼は眩しいと感じた。
生まれて初めて、何かを輝やかしいと感じたのだ。
だから彼も夢を見た。

騙し奪い殺すことしか知らないくせに。
光も届かぬ地の底で、愚かにも太陽に憧れた。

決して穢れず。
決して折れず。
決して変わらない。
目の前の存在がそれこそ太陽のように不変にして不滅の存在であると、少なくともこの時少年はそう信じていた。

無論それは幻想であり。
今になって思えば少女は聖女ではなく。
彼女もここに至るに足る理由があり。
何かが欠け、何かが歪んだ人間だったのだろう。

そんな事も気付かぬまま、愚かな夢を見続けた。
外れた者が外れたまま。
壊れた者が壊れたまま。
誰に利用されるでもなく、あるがままに生きていける。

少女の語る、そんな甘い夢を。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


96 : 太陽のKomachi Angel ◆H3bky6/SCY :2015/01/29(木) 22:34:19 .R8gCXyQ0
大地に現れた金色の輝きが周囲を黄金に染め上げ、薙いだ風が黄金の草原を撫でる。
誰しもの目を奪う絢爛な輝きを放つのは、改造人間『黄金の歓喜』ゴールデン・ジョイ。
対するは、その輝きと対照的な闇を纏ったような漆黒の殺し屋サイパス・キルラ。

金色の怪人が朝の散歩でも楽しむような気軽さで歩を踏み出し、黒衣の殺し屋は距離を詰められぬようバックステップを繰り返す。
タン、タンと一定の間隔で銃声が響いた。
後方への細かい跳躍を繰り返しながらも、精密機械の様な精度でサイパスはその全弾を金色の怪人へと直撃させる。

「ハハハハハハハハ。無駄ですよ。そんな玩具が通じるわけないですかぁ」

だが、そんなものは牽制にもならない。
その歩みは緩むことすらなく、悠々と彼我の距離が詰められる。
指先や眼球といった人体の脆い部分に直撃したはずの弾丸は、全てゴールデン・ジョイを包む膜の様な光に弾かれていた。
ハンドガン程度の火力ではこの光の壁を突破することは不可能だろう。

「重火器で私を殺したいんなら、対物ライフルでも持ってきてくださぁいー」

輝く仮面の下でゴールデン・ジョイが嗤う。
だが、そんなことは知らぬとばかりに、サイパスは流れるような速さでリロードを行い銃撃を再開する。
全身を眩い輝きに包まれているため分かりづらいが、彼の鷹の目は捉えていた。
ゴールデン・ジョイの外枠を覆っている光の膜は、その内側、つまり傷口の中までは覆ってはいない。
つまりつけ入る隙があるとしたら、人間体の時に傷づけた傷口部分である。

しかし、その傷口を狙うなどという芸当はサイパスもとっくに試しているし、その程度の狙いを読めない理恵子ではない。
ゴールデン・ジョイは傷口目がけて放たれた弾丸を尽く弾き落としていった。
サイパスの狙いは正確無比であり、それ故狙いがわかっていれば彼女ほどの実力者ならば防ぐのも容易い。
そのサイパスの無駄な足掻きを嘲笑うかのように、すっと右腕を前方に突出す。

[−Spear the Brionac−(貫く光の槍)]

五指それぞれから槍の様な閃光が放たれた。
その速度は正しく光そのものである。
この世界における最速の物理法則を前にして、人間に何の抵抗が出来ようか。

だが、避けた。
サイパスはこの光の槍を、横に跳躍することで回避した。

ヴァイザーほどではないにせよサイパスとて殺気は読めるし、アサシンほどではないにせよ事前動作により動きは読める。
加えて、人生の全てを暗黒街で生きてきた経験がサイパスにはあった。
例え放たれた閃光が光速でも、放たれる前に回避行動はとれる。
と言うより、音速だろうと光速だろうと先読みして回避しなくてはならないという意味では彼にとっては大差ない。

後退をしながら狙ったポイントまで移動していたのか。
サイパスは飛びのいた拍子に落ちたナイフを回収し、それを片手に今度は自ら距離を詰めた。
金色の輝きを漏らす光源へと、如何なる光にも染まらぬ漆黒の闇が迫る。

「おや、遠距離戦で敵わないと分るや近接戦ですか。
 確かに先ほどは後れを取りましたが、状況が違うと理解できていないのなら愚かとしか言いようがないですねー」

その愚かな特攻を見て、やれやれと金色の怪人は首を振る。
そして、目の前に迫る常闇の渦に目もくれず、天を見上げ両手を広げて、ゆっくりと目を瞑った。

[−Let there be light−(光あれ)]

瞬間。フラッシュバンの様な強烈な閃光が放たれ、サイパスの目を潰した。
強烈な光を浴びた人間は反射的に身を竦める。それは生物として抗いようのない本能である。
それはサイパスとて例外ではなく、その視界も意識も全てが白に染まり、時が止まったような空白が生まれ、その一瞬状況すらも忘れた。

[−Spear the Brionac−(貫く光の槍)]

そうして動きを止めたサイパスの元に、容赦なく五又の光槍が放たれた。
脳、喉、心臓、鳩尾、股間、狙いは全て人体急所。一撃でも喰らえば絶命は必至。

その絶対的な死が放たれるその直前。
何も考えられない光の中で、サイパスの中で湧き上がるモノがあった。

それは恐怖だ。

臆病であることは恥ではない。
死を扱う殺し屋にとって、死を恐れることは必要な素養である。
これこそが、あのヴァイザーに唯一欠けていた要素でもある

止まれば死ぬと、裏の世界で培われた本能が彼の中で煩いまでに告げていた。
だから動く。
それは理性で思考してのモノではない、本能による動きだった。
光に身を竦めるという反射的本能を、死を恐れる原始的本能が凌駕した。


97 : 太陽のKomachi Angel ◆H3bky6/SCY :2015/01/29(木) 22:35:49 .R8gCXyQ0
生にしがみつく本能に従い、飛びつくように地面へと転がった。
同時に放たれた閃光が右肩の肉を抉り、左脇腹を貫いた。
痛みが気付けになったのか、空白だった意識が僅かに戻り、その思考をかき集めて転がりながら体勢を建て直す。

そして、立ち上がりながら自身のコンディションを確認する。
右肩は表面の肉が削れただけで動作に問題はない。脇腹もうまく臓器をすり抜けたのか、致命傷には至っていない。
光槍は高熱を帯びていたため、貫かれた傷が焼かれて止血の手間が省けたのは幸いした。
出血多量の心配はなく、運動性能の維持に問題はない。
しかし、光に焼かれた視界は未だ白くぼやけている。回復には後幾分か必要だ。
相手が無駄に目立つ相手なので白んだ視界でもなんとか位置は分るため、戦闘は可能だが、時間稼ぎが必要だろう。

「派手なのは見た目だけだな電球女。この程度では俺は殺せんぞ」
「いやはや、急所を狙ったのは楽に殺して差し上げようと言うこちらの気遣いだったんですけどね。
 たかが殺し屋風情にここまで粘られるとは予想外でした。流石にドブネズミは中々しぶとい。」

サイパスの言葉に挑発を返す理恵子。
その程度の言葉で激昂するサイパスでもないが、相手が舌戦に乗ってきたのは僥倖だと言葉を返す。

「ドブネズミだと? 極東の島国でじゃれてるだけの子悪党が頭に乗るな。殺し屋を嘗めるなよ」
「嫌ですねぇ、これだからアメリカ人は。何時まで世界の中心気取ってるんですかぁ?
 今や日本はサブカルチャーだけじゃないんですよぉ? 今最高にホットな国がどこだか知らないんですかぁ? 情報遅っれってますねー」

マフィアや殺し屋とはまた違う、世界の裏側。
昨今、どういう訳かそういった異形の者たちが極東に集中し始めている。
その程度の噂はサイパスも風の噂で耳にしている。

「下らんな。化け物どもの小競り合いになど興味はない」
「そうですね。あなたは『組織』にしか興味がない」
「知った口を――――」
「――――知ってますよ。貴方の組織も、もちろん貴方自身の事も」

サイパスの言葉に被せるようにゴールデン・ジョイが言葉を挟む。
だが、サイパスはその言葉をふんと一笑に服した。
同じ世界に生きる最高峰であるアサシンならばともかく。
何の関わりもない、国すら違うそんな相手が己や『組織』の詳細を把握しているとは思えない。
だが、金色の怪物は謳うように語る。

「――――サイパス・キルラ。ミシガン州デトロイト出身のロシア系アメリカ人。
 母親は娼婦で父親は不明。母親は貴方が5歳の時に貴方を捨てて客の一人と高跳び。
 残された貴方は以降スラムでストリートチルドレンとして育つ」

冷静沈着なサイパスが珍しく目を見開いた。
彼が言葉を失っているのは、その内容が正鵠を射ていたからだろう。
サイパスは自ら過去を語るようなことはしないし、その過去を知る者も今となっては殆どいない。
ましてや生まれや両親の事など、組織の者ですら知らないはずだ。
どこで知ったのかと言う疑問はあるが、問いただしたところで答えはしないだろう。

「何なら高跳びした貴方のお母上の顛末もお話ししましょうか?」
「…………結構だ」

聞かずとも顛末など知っている。
愚かな女はマフィアの下っ端と金を持ち逃げして、翌月にはどこかの川に浮かんだと聞く。

「そうですか。ご理解いただけましたか? 我ら悪党商会の情報力をもってすればこの程度は当たり前の産物なのですよ」

悪党商会は全てを調停するというその在り方から、情報力は他の組織よりも抜きんでている。
彼女がブレイカーズから鞍替えした理由の一つだ。
もっとも、悪党商会の集めた膨大なデータを一つも漏らさず全て記憶しているのは、この近藤・ジョーイ・恵理子くらいのモノだろうが。

「ああ、誤解なきよう一応言っておきますが、別にあなた方の組織を特別深く調べたという訳ではないですよ?
 わざわざ調べるほどの特別性は見出せませんでしたからねぇ」

特異な点があるとしたら一度吸血鬼に接触した形跡があるがそれだけだ。
その在り方は特殊だが、サイパスの『組織』は超人や怪人がいるわけでもないただの暗殺集団でしかない。

「それがどうした、暗殺者に特別性など必要ない。人を殺す。ただそれだけの能があればそれでいい」
「あるといいですねぇ。これから私に殺される貴方に」
「笑わせるな。死ぬのはお前だ――――」


98 : 太陽のKomachi Angel ◆H3bky6/SCY :2015/01/29(木) 22:36:30 .R8gCXyQ0
風切音と共に、視力が回復したサイパスはナイフを投擲した。
投げナイフはダーツのような投擲方法では距離が稼げないため、刃を回転させながら投擲し、距離に応じて回転数を調整するのが基本である。
だが、サイパスはその基本を無視して矢のような軌跡で一直線にナイフを放った。
サイパスの技量ならば、ゴールデン・ジョイの元まで攻撃を届かすことも可能だろう。
だが、弾丸すら通じない相手に、何とか届いた程度の投げナイフが通じるはずもない。

しかしサイパスの攻撃はナイフを投げるだけでは終わらなかった。
腰元から銃を抜き、投擲したナイフの尻を撃ち抜く。
正確に撃ち抜かれたナイフはベクトルを損なうことなくその動きを加速させる。
ロケットの様な勢いで刃が飛来するナイフが、ゴールデン・ジョイの胸の中央やや左寄りに命中した。

だが、それでも刺さらない。
突き立てられた刃はゴールデン・ジョイに届かず、光の膜の前で静止していた。
1ミリに満たぬその膜、『−Right Light Wall−(正しき光の壁)』はそれほどまでに厚い。

だがナイフは接近するための牽制だったのか、サイパスはナイフを投擲すると同時に駆けていた。
光を切り裂く黒き疾風が迫る。
迎え撃つゴールデン・ジョイは確実を期すべく、指を扇状に広げ『貫く光の槍』を構えた。
如何に超人的な身体能力を持つサイパスとはいえ、突撃した状態では放線状に放たれた光速の槍を一息で躱すことなど不可能だ。

[−Spear the Brionac−(貫く光の槍)]

躱す隙間の無い光の雨が降り注ぐ。
その状態でもサイパスは変わらず、ただ前に向かって突き進んだ。

サイパスはこの光の槍をレーザー兵器のようなものだと中りを付けた。
レーザー兵器は雨、雪、霧などと言った悪天候や粉塵や煙のような空気中の異物によって影響を受け、拡散及び吸収される欠点を持つ。
無論これらをすぐに用意することは不可能だが、もう一つレーザー兵器の運用に影響を与える物がある。

「――――――鏡!?」

金色の怪人が驚愕の声を漏らす。
決して曲がらぬはずの一筋の流星が、サイパスが掲げた鏡面に衝突して軌道がそれた。
完全に反射するとまではいかずとも、道を切り開くだけならそれで十分である。

『貫く光の槍』を受けとめた鏡が粉々に砕け散り、降り注ぐ破片を両手で打ち払いながらサイパスが突き進む。
この状態でもう一度『貫く光の槍』を放たれれば、支給品である鏡を失ったサイパスに防ぐ手段はない。
だが、それはないとサイパスは確信している。

何故なら『貫く光の槍』連射性が低い。
連射が出来るのならば、『光あれ』で視界を奪った時に初撃を外した所で、追撃にもう一度放っていれば確実に仕留められたはずだ。
そうしなかったという事は、あの光の槍を放つにはそれなりの間隔が必要という事である。

接近への課題は全てクリアされた。
黄金の輝きの元へ黒衣の死神が辿り着く。

駆け抜けた勢いのまま、サイパスが左腕を振り被る。
近接戦の技量はサイパスが上だ。ここまでくればゴールデン・ジョイの撃退をすり抜け、確実にこの一撃を叩き込むことができるだろう。

だが、近づいたところで『正しき光の壁』による絶対防御は変わらない。
龍次郎ならまだしも、ただの人間が殴りつけた所で、この黄金の怪人に蚊に刺された程度の影響も与えられないだろう。

そんな事はサイパスとて理解している。
そして同時にこの絶対防御の弱点も理解していた。

この絶対防御に弱点があるとするならば、絶対防御であるという点だ。
それを持つが故に、ゴールデン・ジョイは攻撃を躱さない。
結論から言うならば、ゴールデン・ジョイは最初に投げられたナイフを躱すべきだったのだ。

左胸に突き立ったナイフは未だ光の壁の前で静止している。
そのナイフを、全力で駆け抜けた勢いを乗せた掌底で、殴りつけるように押し込んだ。

「――――惜しい、ですね。なかなか面白い発想でしたけど」

だが、その一撃をもってしても刃が進んだのは僅か1ミリ、本体を傷つけるには至らない。
ゴールデン・ジョイの仮面が愉快気に歪む。
未だ彼女にはそれだけの余裕がある。

されど光の壁を押し進む1ミリである。
押し切れると判断したサイパスが地面を蹴った。
宙に跳ぶと同時にギュンと台風のように回転し、光を侵す黒渦が廻る。
その勢いのままハンマーの様に踵が振り下ろされた。
遠心力と全体重を乗せた胴回し回転蹴りがナイフを捉え、ズブリと押し込んだ。


99 : 太陽のKomachi Angel ◆H3bky6/SCY :2015/01/29(木) 22:37:18 .R8gCXyQ0
「…………っ!?」

たたらを踏んでゴールデン・ジョイが後退する。
勢いに押され、カランと音を立ててナイフが落ちた。

傷自体はそれほど深くない。
皮膚が破れ肉を僅かに裂いた程度だ、ダメージと呼べるほどのものではない。
だが、『正しき光の壁』の防御を突破されたという事実が驚愕に値する。

サイパスは落ちたナイフを拾い上げ、ブンと振るってその先に付着した血液を払う。
ゴールデン・ジョイの足元に払われた赤い血液が付着する。

「光でよく見えなかったが、なるほど化け物も血は赤いのだな」
「…………ッ。この」

金色の悪魔が悔しげに奥歯を噛む。
あくまで余裕を崩さなかったゴールデン・ジョイが、ここにきて初めて苛立ちを露わにした。
その変化を見逃すサイパスではない。
それを付け入る隙と捉えたのか、先ほどの焼き直しのような動作で再びサイパスがナイフを投げつけ銃口を構えた。

「同じ手が通じるとでも!」

叫ぶゴールデン・ジョイ。
その手中に光が凝縮されてゆく。

[−Counter of Fragarach−(返す光の刃)]

凝縮された光は小さな刃を模った。
ゴールデン・ジョイは確実に相手を討つべく『貫く光の槍』による掃射ではなく、『返す光の刃』で迎え撃つことを選択した。
それは間合いに入った相手に自動で反応し、光速を”超える”速度で切り裂く光の剣。
必中にして必殺。究極のカウンター。
先ほどと同じ手で来れば、確実にサイパスの身は二つに分かれるだろう。

だが、サイパスの構える銃口が僅かにぶれた。
その弾丸の行く先は飛翔するナイフではなかった。
放たれた弾丸はゴールデン・ジョイの左肩にある傷口を正確に撃ち抜いた。

「ッぁ!」

『返す光の刃』はカウンター技であり、間合いの外からの攻撃には発動しない。
それを知っていたわけではないだろうが、サイパスの狙いは最初から傷口の隙一点である。
ナイフによる曲芸など、防御の意識を逸らすための布石に過ぎない。

銃撃を受けゴールデン・ジョイの体勢が崩れる。
その隙を見逃さず、ナイフで抉じ開けた左胸の隙間を狙い撃つ。
狙いは心臓。
ここまで予測してこその布石である。

「グッ……この…………ッ!?」

だが、銃撃を受けたゴールデン・ジョイが傷口を抑えながらも踏みとどまる。
その様子を見てサイパスが舌を打った。
光の膜は突破できたが、膜の下もそれなりに丈夫という事だろう。
少なくとも現在の装備では殺し切るのは難しい程度には。

「いやぁ……驚かされましたね。まさか、生身でここまでやるなんて。ナハト・リッターじゃあるまいし」

そう言って黄金の怪人は自嘲気味に笑う。
いや、特殊な装備ではなくありふれた銃とナイフでゴールデン・ジョーイをここまで追い詰めている辺り、もしかしたらナハト・リッター以上かもしれない。

「仕方ないですねぇ。これは目立つし疲れるから、あまり使いたくなかったんですけどねぇ――――!」

仮面の下の笑みの種類が変わった。
余裕ではなく自嘲でもなく。

戦慄するような攻撃的な笑みに。


[−Unsinkable Golden Sun−(沈まぬ黄金の太陽)]


蜃気楼の様な靄に包まれ空間が歪む。
ゴールデン・ジョイを包む黄金の輝きが膨張を始めた。


100 : 太陽のKomachi Angel ◆H3bky6/SCY :2015/01/29(木) 22:38:48 .R8gCXyQ0
世界を染め上げる黄金。
地上に顕現した太陽の如き光にサイパスが目を細める。
だが、単純な光量は先ほどの『光あれ』程ではない。
この程度であれば、戦闘続行は可能だと、サイパスが動き出そうとした瞬間。

「っ!? がはッ……!!」

サイパスの口から赤い鮮血が吐き出された。
光を浴びた皮膚のジュと音を立て焼きつくように黒く焦げる。
後方では光に照らされた木々が枯れ落ちるように尽きてゆく。

この光はただの目眩ましではない。
身を焦がしているのも単純な熱ではない。
サイパスを襲うのは、まるで光そのものが毒素であるような強烈な痛みだ。

その正体は『太陽光』である。
サイパスの身を焦がしたのは熱ではなく、その光に含まれた大量の紫外線だった。

――――――『黄金の歓喜』ゴールデン・ジョイ。

ブレイカーズ製、惑星型改造人間、No.000(プロトタイプ)。
その象徴(モチーフ)は『太陽』。
自ら光を放つ恒星にして太陽系の王。

惑星系怪人は神話系怪人を元に発展させた第三世代怪人であり。
そのため神話系怪人と惑星系怪人はとかく仲が悪い。

その最大の能力は自身を太陽として地上に顕現する事である。
1000万℃を超える高熱を完全に再現することはできないが。
本来成層圏で吸収されるはずの毒素をダイレクトに照射することができる。

ただその場に居るだけで命が削られる光。
サイパスはその光を遮るように、身に纏っていたコートを盾のように広げた。

「ハハッ! そんな布きれで太陽が防げるとでもぉ!?」

厚手のコートが一瞬で蒸発するように消滅した。
同時に、その後ろにいるはずのサイパスの影も消えていた。
常に撤退を考え、経路を確保しながら戦うのは暗殺の基本である。
視界を遮った一瞬で森の中に逃げ込んだのだろう。

「…………逃げちゃいましたか」

『沈まぬ黄金の太陽』が発動した以上、実質的に接近することは不可能であり、あらゆる攻撃手段は無効化される。
だからと言って、あれだけ殺気をまき散らして薄氷を渡るような戦い方をしておいて、勝ち目が完全になくなったと見るいや否や何の迷いもなく撤退を選ぶだなんて。
その辺の潔さは呆れを通り越して感心してしまう。

[Transformation Out]

変身終了の電子音が響く。
理恵子はそれを追わず、変身体を解除する。
黄金の輝きが徐々に収縮してゆき怪人が人間へと戻っていった。


101 : 太陽のKomachi Angel ◆H3bky6/SCY :2015/01/29(木) 22:39:35 .R8gCXyQ0
「ごふっ…………!」

そして人間体に戻った途端、理恵子は血を吐いた。

「……いやぁ、人間体に戻るとちょっときついですねぇ」

怪人体であったからこそ堪え切れたが、サイパスにつけられた傷は浅くはない。
すぐにでも休息に入りたい所なのだが、呑気に休んではいられる状況ではなかった。

『沈まぬ黄金の太陽』はとにかく目立つ。
夜だったら最悪、この程度の会場なら端まで光が届いておかしくない程だ。
もう朝とはいえ、周囲に誰かがいたら確実に気づくだろう。
あれを使用した以上、すぐにでもこの場を離れなくては。

だが、ふと思い直し、動き出そうとした理恵子の足が止まる。
目立ってしまったのなら、むしろそれを利用すべきではないのだろうか?
悪党商会のメンバーならば、あの光を見れば理恵子の存在に気づくだろう。
合流しようとする、その動きを待つのもありだ。
まあ同じく光の正体を知るブレイカーズの二人に気づかれたら面倒ではあるのだが。

「さて、どうしましょうかねー」

【H-5 草原(森の近辺)/午前】
【近藤・ジョーイ・恵理子】
[状態]:疲労(大)、胴体にダメージ(小)、左肩に傷(大)、左胸に傷(大)、右腕に銃創
[装備]:なし
[道具]:イングラムの予備弾薬、ランダムアイテム0〜3(確認済)、基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:悪党商会の理念に従って行動する
1:この場から離れる or 誰かが来るのを待つ
2:正義でも悪でもない参加者を一人殺害し、首輪の爆破を回避する。確実に死亡している死体を発見した場合は保留
3:首輪を外す手段を確保する
4:南の街へ移動してくる参加者を待つ
※改造人間です。詳しい能力、制限に関しては後の書き手さんにお任せします。

※『イングラムM10(22/32)』『サバイバルナイフ×1』はH-5 草原(森の近辺)に転がっています。

【H-5 森/午前】
【サイパス・キルラ】
[状態]:疲労(中)、火傷(中)、右肩に傷(止血済み)、左脇腹に穴(止血済み)
[装備]:S&W M10(0/6)
[道具]:基本支給品一式、38スペシャル弾×6
[思考・行動]
基本方針:組織のメンバーを除く参加者を殺す
1:この場から離れる
2:亦紅、遠山春奈との決着をつける
3:新田拳正を殺す
4:イヴァンと合流して彼の指示に従う。バラッド、アザレア、ピーターとの合流も視野に入れる。
5:決して油断はしない。全力を以て敵を仕留める。


102 : 太陽のKomachi Angel ◆H3bky6/SCY :2015/01/29(木) 22:40:03 .R8gCXyQ0
投下終了です


103 : 名無しさん :2015/01/30(金) 11:37:26 6N0cZBSk0
投下乙
ついに全容が見えてきた組織の真相
サイパスさん達まっすぐ生きられない場所で生きてたんだなぁ
怪人相手に真っ向から渡り合うサイパスの技量も見事


104 : 名無しさん :2015/01/30(金) 22:33:57 qhJqnEtY0
投下乙です。
サイパスさんと組織のルーツが少しずつ明かされ始めているな
サイパスさん同様お天道様の下で生きられなかった少女の夢が全ての始まりだったのだろうか
しかし近藤さんも相当強いな、流石にブレイカーズ製の怪人なだけある
何気に『シルバー』スレイヤーと『ゴールデン』ジョイで対になってるのな


105 : ◆C3lJLXyreU :2015/02/02(月) 04:08:00 3eLylhj60
大幅に遅刻したけど投下します


106 : 最終回 HE∀ting Sφul -ドーテー!レボリューション- :2015/02/02(月) 04:09:11 3eLylhj60
究極の下の人も、究極の上の人も、なりふりかまわないで、自分の行きたい道を進むことができる。
その間にいる人が、ゴマをすりながら、どっちつかずだったりするんですよ。


♂♀♂♀♂♀♂♀


「バラッド……さん……?」

最初に口を開いたのは、尾関裕司だった。
未だに自分の状況が理解出来ないが、バラッドやピーターの姿を見るだけで少しだけ安心することが出来る。
彼らは仲間だ。少女と親しげに話している理由は不明だが、警戒する必要はないだろう。

「アザレアから話を聞く前に、まずは君に質問をしようか。君は私を知っているようだが、私は君を知らない。君は誰だ?」

バラッドが尋ねる。
彼女の疑問は当然だ。今の尾関裕司はユージーから更に肉体の変わった存在。
今の彼を一目見て正体に気付く参加者は、それこそ本当に親しい間柄の者くらいだろう。

「姿は変わってるけど、ユージーです。あの後バラッドさん達とはぐれている間に姉ちゃんに会って、それでこいつに襲われて……」
「その結果が今の状況、というわけか。だが私の知っているユージーと君は、少々容姿が異なる。これについては?」
「えっと、それがその……理由はよくわからないけれど、何かとぶつかったと思ったらいつの間にかこの姿に」
「成る程。少しばかり信じ難いが―――私の知り合いに似たような者がいる。
 だがだからと言って安々と信じるわけにもいかない。証拠として……そうだな。私と同行していた者。それと君が私へプレゼントしてくれた物体と、その名前を聞いてもいいかな」
「一緒にいたのは、鵜院さんとそこにいるピーター。バラッドさんに渡したものはぬいぐるみで、名前はせ○とくん」

裕司の回答を聞いて、バラッドが再びため息を吐く。
あまりにも馬鹿馬鹿しいと。アザレアの行動に呆れるような、そしてどこか怒っているような。そんなため息だった。
二人のやり取りを観察していたピーターもまた、大袈裟に肩を竦めてため息を漏らした。

「……どうやら君は、本当にユージーだと信じても良さそうだな。
 アザレア、彼――いや、彼女か? とにかく、その子から離れろ。私の同行者だ」
「断ると言ったら?」

「―――お前を斬る。私の性格を知っているお前なら、これが嘘でないことは理解出来るはずだ」
「ええ。よろしければ、貴女がこの人を庇う理由を教えてくださる?」
「先程も言った通り、その子は私にプレゼントを渡してくれた。誕生日プレゼントすら寄越さないどこぞの殺し屋共と違い、他者を思い遣ることが出来る少女だ」
「それで?」
「理解出来ないか? その子は恩人だ。
 ―――恩人を見捨てるバカが、どこにいる」

「貴女は本当にお人好しですねぇ。プレゼントなんて、たかだかぬいぐるみ一個じゃありませんか」
「そうだな。入手手段は豊富、その気になれば容易に手に入る量産されたぬいぐるみだ。
 ―――だが、こうして好意からプレゼントを貰ったのはあの人が死んで以来、初めてでな。これまで私に純粋な好意を向けてくれたのは、あの人くらいだった」

だから保護する。
理由はそれだけ。たったそれだけで良い。

「ではウィンセント君は見捨てる方向でいきましょう。彼は恩人じゃないでしょう」
「断る」
「理由は?」
「お前は理由がなければ他者を見捨てないという選択が出来ないのか?」
「殺し屋なんだから当然でしょう。自ら進んでお荷物を抱えるバラッドさんが珍しいだけですよ」
「そうだな。私達が属している組織の大半はそうかもしれない」

それは認める。
だが―――。

「組織に属していながら、路頭に迷う少女を拾ってくれる人もいた。
 つまり組織や殺し屋がどうというわけではなく、お前達が狂っているだけだ。不必要に他者の命を奪うという行為も、私には理解出来ない」

かつて道に迷っていた自分に生きる術を与えてくれた上司を思い浮かべる。
彼はイヴァンに暗殺されて既にこの世を去っているが、恩を忘れたことは一度もない。
そして。もしかしたらバラッドは、知らず知らずのうちに彼の影響を受けていたのかもしれない。

幾度と無く虐待を繰り返す父親。
見て見ぬ振りで止めようともしない母親。
思い出すだけで不快になる地獄の日々。
友と呼べる存在すらいない。皆、彼女の父親を恐れて逃げてゆく。

―――そんな闇から救い上げてくれた恩人の影響を、多少なりとも受けないはずがないだろう。

「どうする。アザレアがユージーを解放しないというのなら。ピーターがウィンセントを見捨てるというのなら。
 ―――私が纏めてお前達の相手をすることになるが、覚悟は出来ているか?」


107 : 名無しさん :2015/02/02(月) 04:10:48 3eLylhj60

朧切に手を掛けて――――バラッドは問うた。
血染めの凶器を手にした少女が――――不気味に嗤った。

「私はバラッドさんと敵対するつもりはありませんが、争いは避けられないようですね。かといって同志を葬るつもりはありませんが」

ピーターは平然と嘘を吐いて傍観に徹する。
バラッドが勝利すればそれでいいし、アザレアがそれ以上の手札を有しバラッドを殺害した場合はアザレアと協力関係を結べばいい。
可能ならばどちらも踏み台として味方に引き込みたいが、この二人は致命的に相性が悪すぎる。不可能だろう。

「――――くっ」

背後から振り下ろされた刃物を己が刀で受け止める。

名刀と名も無きナイフ。
剣技を得意とする女と暗殺を得意とする少女がぶつかり合う。
結果は当然、バラッドの勝ち。少し力を入れて刀を前に押し出すだけで、アザレアは至極容易に吹き飛ばされた。

(なんだ、この違和感は。私の実力を知っているアザレアが不意討ち狙いとはいえ――――)

どうして接近戦を挑んだのか。
その疑問を思い浮かべ終える前に、バラッドは思考を打ち切り反射的に跳躍した。

彼女は殺し屋。数瞬でも反応に遅れたら、それが即ち死に繋がる職業だ。
ゆえに脳が。頭が状況を理解をする前に、肉体を動かして致命傷を躱す。

「ちっ」

頬から鮮血が零れ落ちる。
先程まで自分が立っていた場所を眺めると、そこより少し先に先端が血に染まったナイフが落下していた。

「吹っ飛んでいる間にナイフを投擲したか。
 だが、その程度の攻撃ならば―――――――!?」

妙な浮遊感。
突然の変化に言葉を失う。
人間としての本能が、これまで数度しか体験したことのない大音量でけたましく警鐘を鳴らしている。
自然と汗が流れる。相手はアザレアとピーター。自分独りで勝てる敵だと理解しているのに身体が異なる判断を下す。

逃げろ。
今すぐ逃げろと生存本能が語り掛ける。
断る、却下だ。
どの道組織を抜ければこのアザレアと対決することは避けられない。
だのに。どうして自分はこんなにも恐怖しているのか。

「バラッドさん! あ、足が!」

ユージーが叫んで何かを伝えている。
足か。アザレアの追撃を警戒するあまり自分の身体はそれほど気にしていなかったが。

「……霧、だと?」
「これは興味深い現象ですねぇ」

そこには信じられない光景が広がっていた。
自分の脚を包むように黒い霧が掴んでいる。
これがもしも人間なら瞬時に気付くことが出来たかもしれないが、よりによって霧だ。
人間離れした化物を目にしたばかりだが、霧が跳躍する自分を追跡して掴んだという事実にバラッドは衝撃を受ける。
一方でピーターは自分が巻き添えにならぬ位置で、じっくりと霧の動作を観察していた。

「覆面男さん。好きになさっていいわよ」

ぐるん、ぐるん、ぐるん。
アザレアの指示に従い、霧はバラッドを幾度と無く振り回す。
視界が超速で回転する。あまりもの速度に、胃の中のものを全てぶち撒けてやりたいが、戦闘では一瞬の油断が命取りとなる。
このまま振り回し続けても殺すには至らないだろう。
他者を殺すなら首を絞めるだとか、心臓を穿つだとか、脳に銃弾を叩き込むだとか。
そういう決定打を喰らわせる必要がある。ただ振り回すだけで死ぬ程、人間も脆弱ではない。

ゆえに、狙うならばその一瞬。
相手が手を離す瞬間を逃さぬように、霧から目を逸らさない。
まあ足から手を離さぬまま地面に叩き付けられる可能性も有るが――その時はその時だ。
上司に拾われたあの日から、命を落とす覚悟はとうの昔に完了している。

「……!」

霧が、蠢いた。
女性にしては大きなバラッドが、豪速球のように飛んでゆく。
ユージーは自分の血の気が引くのを感じた。
バラッドがどれほど強くとも、彼女は人間だ。
目にも留まらぬ速度で投げ捨てられれば、その命は―――。

「そんな、バラッドさんが……」

死んだ。
姉に続いて、今度はバラッドさんが死んだ。

「……俺の、せいだ」

俺を助けようとしたから姉ちゃんは死んだ。
俺を庇ったからバラッドさんはピーター達と戦って、殺された。
なんだ。全部、原因は自分のせいじゃないか。


108 : 名無しさん :2015/02/02(月) 04:11:50 3eLylhj60

涙が頬を伝う。
怒りが溢れる。
心が絶望に蝕まれてゆく。
拳を地面に打ち付ける。
頭を地面に叩きつける。
ふざけるな。
ふざけるな、ふざけるな、ふざけんな!
俺がもっと強ければ。
俺が少しは戦えればバラッドさんや姉ちゃんが死ぬ必要は――――。


「顔を上げろ、ユージー。まだ戦いは終わって……いないッ!」


ぎゃりりりりり――。
何かが地面を抉る音がして。
俯いていた顔を上げると、颯爽と駆けるバラッドが視界に映っていた。

「……!」

黒霧が自らの肉体を千切ることで、針のように鋭い物体を一気に射出する。
バラッドは銃の如き速度で迫り来るそれを弾き、躱し、斬る。
そうして無防備とも言える状態の霧を――――。

「疾ッ!」


すれ違い様に、斬り裂いた。
朧すらも断ち切ると名高き刀を喰らった霧が、真っ二つに別れる。
この瞬間、勝負は決した。
あまりにも呆気ないが、殺し合いとはそういうものだと。

「さて、次はお前の番だな。再び訊くが、覚悟はいいか? 私は出来ている」
「くすくす」
「……気が狂ったか、アザレア」



そう思いたかった――――。



「ふふふ。楽しくて仕方ない、という感じですわ。
 貴方もそうでしょう? ――――覆面男さん」


「な、」


何を言っている、と云おうとした。有り得ない、と思った。
だが。
真の恐怖を前に、口が動かない。
思考が乱れ、安定しない。

「ッ!」


――――思考を正常に保て。
舌を思いきり噛み、痛みで強引に恐怖を消し去る。
相手は未知の化物だ。先程の怪物とは違い、人間の形すらしていない。
辛うじて霧に嵌められた首輪だけが、ソレを参加者だと知らせていた。

「はぁッ!」

身体を回転させることで背後から迫る霧を躱し、朧切を横薙ぎに振るう。
上空から叩き潰さんと落下してきた霧を、斬り上げる。

――――冷静に、着実に、一つ一つ対処しろ。

未知の遭遇者に冷や汗を流す肉体へ言い聞かせる。
不意の一撃に少しばかり反応が遅れたことで右腕の皮が僅かに抉り取られていたが、問題ない。
剣を握ることさえ出来れば彼女は戦える。

「他愛もない。この程度で私を殺せると思ったか?」
「どの程度か理解致しかねますが……私も数に入れてくださっているのかしら」

霧に潜れるようにして現れたアザレアがナイフを突き出した。
彼我の距離は僅か数センチ。正に躱すことが絶対不可能と思われる一撃必殺である。

「――――無論だ。その上で勝算があると云っている」


絶体絶命の危機に不敵な笑みを浮かべるバラッド。
アザレアはそれを負け惜しみだと思った。これまで葬ってきた者達で、この距離からの刺突を躱せた者など存在しないのだから。


「え――」


ゆえに未知の事態に驚愕する。
からん、からん――と。
アザレアの手から弾き落とされたナイフがバラッドの勝利を祝していた。

「残念だったな。私は殺し屋として未熟かもしれないが、直接戦闘で負けたことはあまりないんだ」

バラッドがアザレアの刃を弾くためにとった行動は至極単純。
ナイフが至近距離に迫ったから、咄嗟に取り出した苦無を左手で構えて凶刃を弾き飛ばしただけのことだ。
尤もこれは組織内でも上位に位置する戦闘技術を有したバラッドだからこそ出来たことで、こんな無茶が出来る者は組織内でも武闘派のヴァイザー、サイパス、バラッド、そしてかつて所属していたルカくらいのものだが。
そして組織の者以外なら一連の動作に対処する前に死んでいた可能性が高い。バラッドがアザレアの不意討ちに対応出来たのは彼女が暗殺を得意とする殺し屋だと事前に理解して、ある程度の手法を知っているということも大きい。
どれほど優れた暗殺術でも相手が暗殺者で尚且つどんな手段を得意としているのか把握していれば、それだけで成功率が下がるのは当然である。

「…………!」

少女の危機に覆面男が蠢く。
まるでアザレアを保護するかのように纏わり付こうと行動を開始する。
人種どころか生物としても全く異なる霧の塊。
どんな生命体かすら定かではない都市伝説的な存在が何故か知らないが矮小な人間を庇っている。

――――庇っている?
いや。それはただの思い込みだ。
きっとあいつはアザレアと同行することで何らかのメリットを得ている。
だとしても、どうして自分を盾にするような行動を迷いなくとることが出来るのか。


109 : 名無しさん :2015/02/02(月) 04:12:40 3eLylhj60
理解不可能だ。
いや、理解は出来るが納得が出来ない。


――――余計なことを考えるな。私は殺し屋だ。かつて所属していた組織の者を斬ることに何を躊躇う必要がある。


「これで終わりだッ!」

そうしてアザレアの命を穿つように放たれた刺突が、彼女の肉体とそれに纏わり付く霧を貫いた。
元殺し屋のバラッドは暫く――されど時間にして僅か数秒――呆然として。
すぐさま理性を取り戻すと、元同胞に突き刺さる血塗れの剣を引き抜き。

「特別親しい間柄というわけでもなかったが……やはりかつての仲間を殺すというのは気分が悪いな」

アザレアの亡骸を一瞥する。
身体から溢れ出る血は彼女の死を意味していた。
彼女を殺す覚悟は決めていたハズなのに、どうにも気分が悪い。

死には慣れている。
組織の者が仕事で命を落とすことはよくあることだ。
それでも。バラッドは自らの手で組織の一員を斬ったことは一度もなかった。
抹殺対象者のルカを殺そうと思ったことすら一度もなかった。

ピーターに二流と云われるのも納得だ。彼女は殺し屋に向いていない。
サイパスや他の殺し屋のように冷徹に成り切ることが出来ない。

「だが感傷に浸っている余裕もないか。迅速にユージーの手当をしなけ――れ、ば?」


ぽたり、ぽたり、ぽたり。
聞こえてきたのはあまりにも不自然な水の音。
天気は晴れだというのに、雨が止まる気配は一切ない。

痛みが肉体を全速力で走り抜ける。
常人であれば気絶しかねない程の激痛だが、この程度ならば慣れている。大して問題はない。
何よりの問題はそんなことではなく。

「なんだ――生きていたのか、お前」


己の脇腹を貫通する凶刃を一瞥して、バラッドは誰かに語り掛けた。


「相変わらずお姉さまはツメが甘いですわね。私を殺すのなら、もう少し芸術的に殺してくださらないかしら?
 そう。たとえば、ここにいる覆面男さんのように―――」

一通り少女が話し終えると同時に。
まるで彼女から合図が出るまで待機していたかのように、化物が再び蠢き始める。

そしてアザレアが話し終えて怪物が攻撃を繰り出すその寸前にバラッドは後方へ跳躍していた。
宙に浮いている一秒にも満たないコンマの世界で大凡な状況を理解。肉体を貫いているナイフを咄嗟に引き抜く。
無謀にも近接戦闘を挑んできた際と同じ形状だ。密かにナイフを回収した霧が隠し持って、それをアザレアへ渡したと考えるのが妥当だろう。


「やはり追撃へきたか」

バラッドは自分に向けて振るわれる巨大な豪腕を眺めて自らの人体から引き抜いたナイフを投げ付けた。
明確な殺意を感じ取った覆面男だが、彼はナイフ一本で消滅するような存在ではない。
ゆえにそのまま放っておくのが当然であるが――その刃先がアザレアへ向けられていると気付いた時、彼は一瞬でナイフを振り払った。
一瞬で振り払った。それは言い方を変えれば一瞬だけ無駄な動作に時間を割いたということで。


「予想通り、理由は不明だがアザレアに執着心があるようだな。
 それがお前の致命的な弱点だ。刃物で殺せないなら、次はこれでも「食わせるわけには、いきませんねぇ」

戦闘の邪魔だと放置していたデイパックに辿り着き、ダイナマイトを手にしたバラッドへ銃弾の嵐が迫る。
僅かな時間で連射された弾はそのどれもが殺意を伴って生命に関わる箇所を狙い定めていた。

「うおおおおおおおおおおおッッ!」

されど標的のバラッドはこの程度で殺されることもなく、朧切を乱れ打つことでその殆どが弾かれてゆく。
斬り逃した弾もあれど、最小限の動作で狙いから僅かにずらすことで致命傷だけは避けることに成功した。


「相変わらず技術だけは凄まじいですね。だからこそ貴女をここで失うことは惜しいのですが、どうやらアザレアと人智を超越したその仲間の方が格が上のようだ」
「相変わらず口だけは達者だな。だがこの程度で地に伏すほどやわでは……ないッ!」

互いに憎み口を叩き合い、バラッドの手元から血染めの凶刃が投擲される。
常人が扱えばただのナイフに過ぎないそれは、超人たるバラッドが投擲することで大口径の銃弾と化す。

「そんなことをしてもいいんですかねぇ。私の手元にはこの子がいるというのに」

彼女の人間離れした身体能力を知らなければ閃光に見間違うであろう凶器を前にして――ピーターはおどけてみせた。

「この子、だと? まさかお前――」

バラッドがアザレアと覆面男の相手をしていた際、ピーターは一切何も戦闘に介入していない。
それはつまりバラッドの視界に映っていない場所で何かを企んでいた可能性は大いにあるわけで。

「御名答。密かに人質をとらせていただきました」


110 : 名無しさん :2015/02/02(月) 04:14:23 3eLylhj60


「う、ぁぁあああああああっ!」


ピーターの背後から引っ張り出されたユージーが悲鳴をあげる。
ナイフの命中した箇所は幸いにも致命傷に成り得る位置ではないが、並の中学生には耐え難き激痛が彼を蝕む。
多少なりとも仲間意識が芽生えていた者の危機にバラッドは顔を顰めた。

「私よりも上だと思った者に味方をしたことも含め……お前らしい卑劣な手段だな」
「殺し屋らしいと言って戴きたいですね。不死身の怪物と剣技が得意な人間なら、前者と手を組むのが当然でしょう。アザレアの芸術的な作品を堪能することも出来ますし、これでお荷物を背負う必要もなくなる。
 それに先程アザレアの殺害に失敗したように、バラッドさんはどうしようもなく甘いですからね。本当にイヴァンを殺害出来るかも怪しい」
「よく吠えるな。それでユージーを解放する条件は?」

対談している間にも襲い来る豪腕を必要最小限の動作で躱して、バラッドが尋ねた。
間髪をいれず第二の腕が迫るが、彼女はそれを斬ることもなく、身体を動かすことで回避する。
人質をとられているこの状況で相手を刺激すれば、ユージーの死に繋がりかねない。
身体能力と剣技に優れたバラッドならばピーターを斬って強引にユージーを奪還することも出来るが、万が一にでも失敗すればユージーが殺される可能性が高い。
今はこうして無理に剣を振るわず攻撃を避けることが、何よりの安全策なのだ。

「対価は裏切り者の命。それを支払えば今直ぐにでもユージーちゃんを解放しましょう」
「戯言を。お前のことだ、私が死んだ直後にユージーを殺すだけだろ」
「それはユージーちゃんの態度次第ですね。勿論バラッドさんが一度でも攻撃する意思を見せれば、この子の態度を問わず即殺しますが」

ピーターは愉悦の笑みを浮かべてバラッドを嘲笑う。
バラッドの死でユージーだけは助かる。バラッドが攻撃する意思を見せた瞬間に人質を殺す。
ただしピーターが本当にユージーを見逃すという保証はないし、平気で約束を破る可能性の方が高い。
それにこの場にはアザレアもいるのだ。果たして平然と他者を殺害する彼女がユージーを見逃すだろうか?

有り得ない。
彼女はヴァイザーやピーターと同等の狂人だ。
他の二人があまりにも異常過ぎて目立たないが、死体を平然と弄ぶ姿は悪魔そのもの。
本人は悪気がないように振舞っていることが彼女の不気味さに拍車を掛けている。
ピーターは食欲というわかりやすい欲求が原因だから、まだなんとか理解が出来た。
しかしアザレアやヴァイザーはバラッドに理解出来ない。本当に自分と同じ人間なのかと思うほど、酷いことを嬉々として行うのだから理解不能である。
尤も感性が真人間に近いバラッドは、そんな彼らに対しても仲間としての情を抱いてしまったのだが。

「まるで交渉になっていないな」
「私はバラッドさんを食せてバラッドさんが救出したい人質は解放される。Win−Winじゃないですか。その後アザレアが何をするのかは、知りませんがね」
「アザレアを止めるつもりがないクセに何がWin−Winだ」
「生憎と私は彼女の芸術が好きですからね。止めるつもりはありませんよ」

比較的常識人のバラッドと狂人の会話はどこまでも噛み合わない。

アザレアが死骸を用いて作り上げる悪趣味な芸術品。
ピーターが屍や生身の人間を食材にして調理するゲテモノ料理。
ヴァイザーが趣味で制作している必要以上に酷い殺し方を行うスナッフビデオ。

どれもバラッドには理解出来ないが、組織の狂人には人気の品々だ。
アザレアに芸術品を見せられた時は吐き気を催した。幼い少女の有する狂気を気持ち悪いと思った。
ピーターが調理を渡してきた時は、強引に突き返して二度と出すなと忠告した。共食いの趣味はないし、見ているだけで気分を害した。
ヴァイザーの制作したスナッフビデオを大音量で流された時は、独り別の部屋へ移動して耳を塞いだ。凄惨な現場を笑って眺める彼らに恐ろしさを感じた。

そしてピーターの反応は正反対だ。
アザレアの芸術品に拍手喝采を送り、自分の調理した食事を善意から他の殺し屋に振る舞い、ヴァイザーの制作したスナッフビデオを見て狂喜乱舞する。
それどころかスナッフビデオの制作に協力することもある始末だ。狂っている。

そう考えてもみれば、ピーターと交渉をするだけ無駄だと理解る。
今のピーターならバラッドを殺すことは容易だろう。動けば人質を殺すとでも脅せば、バラッドは判断を迷う。
しかしそれではつまらない。ピーターの優先事項は生き残ることだが、彼の有する狂気が追い詰められるバラッドの姿を求める。


111 : 名無しさん :2015/02/02(月) 04:16:08 3eLylhj60

どうせバラッドは口だけの女だ。覚悟なんて大層な言葉を使っても、手を抜いてアザレアを殺し損ねているではないか。
それならば極限まで追い詰めた方が面白い。ピーターは芸術品に成り果てたバラッドの死骸を想像して舌なめずりをした。
かつての仲間を芸術品へ仕立てあげた後に自らの口で食す。これほど興奮するシチュエーションを楽しまない手はないだろう。

「くっ」

疲弊したバラッドが僅かに体勢を崩した瞬間、無数の腕が振り下ろされた。
躱すこともかなわず幾度と無く打撃を受けるバラッド。これはもはや戦いではない。一方的な暴力だ。
存分に殴った後、ナイフ状に変化した霧はバラッドのコートを裂き、過去の古傷が露わにされる。
それでもバラッドは屈することなく立ち上がろうとするが、足を掬うように棒状の霧が引っ掛けられる。
対応に間に合わず転倒するバラッド。ここにきて疲れという概念のない霧と肉体の負傷や疲労が影響するバラッドの差が如実に現れ始めた。

「下品なんですが……フフ……。押し寄せる興奮に 勃 起 しますね」

これだけの猛攻を受けても尚立ち上がるバラッドに、ピーターは興奮を覚えた。
彼は泣き喚いて猟奇的に殺される女性も好きだが、こうして必死に抵抗する女性も悪くない。
同胞が嬲られる姿を見ているだけで下半身が山なりに膨れ上がり、涎が溢れる。

(………あぁ、早くバラッドさんを食べたい)

前菜に麻生時音の指を齧る。美味であることには変わりないが、至高の味には程遠い。
やはりメインディッシュはバラッドだ。有象無象の少女では前菜以上に成り得ない。

「バラッドさん、俺に構わず戦っても大丈夫です!
 ピーターなんて俺がぶっ飛ばしてやりますからッ!」

そうして調理されたバラッドの姿を想像して胸を高鳴らせるピーターを邪魔したのは――人質の男の娘だった。

「その気持ちは嬉しいが、それでは君の命が……」

「信じてください、バラッドさん!
 これでも野球部でしごかれてたんだ。――こんなホストヤローに負けるかってぇの!」

「信じてくれと言われても――君はまともに戦えないだろう! まさか見殺しにしろと言っているのか?」

「戦えます。俺だって、戦える! バラッドさんもそう思ったから、あの時バットを渡してくれたんじゃねーのか!?」
「あれは護身用だ! それにピーターは銃を持っている。君はピーターをぶっ飛ばすと豪語していたが、そんなことは絶対に考えて不可能だ。それがわからないほどバカじゃないだろう」

「ごめん、俺バカだからバラッドさんの言ってることがわかりません!」
「コントをしている場合では、ないだろうッ!」

「コントなんかじゃない、これでも本気だ!
 たしかに俺は戦う力が全然無くてこの中じゃ一番弱いから、信じろって言ったって見殺しにしろって言ってるようにしか聞こえないかもしれない。バラッドさんが言ってることは正しいかもしれない。
 でもこのまま攻撃出来なきゃ、きっとバラッドさんが死ぬことになる。それだけは嫌なんだ!」
 
「余計な心配だ。今策を練っているから、少し大人しくしていろ!」

「嫌だ! このまま足手まといになって、姉ちゃんの時みたいに俺が原因でバラッドさんを殺されたら、もう自分が自分でいられなくなると思うんだ。
 だから今度は俺も戦う。だって誰かの犠牲で生かされるのって、すっごく辛いってわかったから!」

――――こんな言葉は所詮、強がりだ。
死ぬのは怖いし、痛い思いをするのだって嫌だ。
さっきの拷問染みた攻撃を思い出すだけでもゾッとする。あれは喧嘩だとか、そんな次元の争いじゃなかった。
血で血を洗う闘争だ。戦場に一切の情けはなく、弱者から殺される弱肉強食の世界。

それほどまでに恐ろしい場所だからこそ、これまで感じたことのない圧倒的な痛みを思い知った弱者は助けを求めた。
己が命を手放したくないがゆえに、戦場に立つ頼れる姉(ヒーロー)に助けを求めてしまった。
ヒーローは彼の望み通り、ユージーを悪の魔の手から救出しようと立ち向かってくれた。

そして――彼の望まぬ結果を、正義を自称する案山子が下した。
助けてくれと言ったがゆえに尾関夏実は案山子から目を逸らし、不意討ちともいえる凶弾に撃ち抜かれた。

ユージーから見た一連の流れは、そんな最悪な結末だ。


112 : 名無しさん :2015/02/02(月) 04:18:00 3eLylhj60

あの瞬間、尾関夏実は尾関裕司にとってのヒーローとなった。
最期に尾関夏実がどんなことを考えていたかなどユージーにはわからない。
だが案山子を放置してユージーに駆ける彼女の姿は、皮肉にも正しくヒーローを体現していたのだ。
たとえ彼女の心が曇っていても、激情に身を委ねていても――それでもあの瞬間、尾関夏実は僅かに時間を稼ぎ、尾関裕司を救った。その事実に変わりはない。


(痛いんだよ。心が痛いんだ)

もちろん肉体も痛い。ただでさえ苦しいのに、少し動けばそれだけで想像を絶するほどの激痛に襲われる。
だけどそれ以上に、心が痛かった。
誰かを犠牲に生き延びるっていうのは、本当に辛いものだと理解した。

だからバラッドを犠牲に生き延びるというのはダメなんだ。
たしかにこのままバラッドに任せれば、自分の命が助かる可能性は高くなるかもしれない。
本当に死にたくないのなら、大人しくバラッドに頼るのが最善の策だということも理解している。
だけどもここでバラッドを犠牲に生き延びてしまえば、自分は二度と誰かと笑い合うことの出来ない人間になってしまうと思う。
それに何より、バラッドに死んでほしくない。
そうだ。まだまだ付き合いは短いけど――それでも命懸けで自分を守ってくれた仲間を、こんなところで死なせてたまるか!


「―――もう誰も、俺のせいで死んでほしくなんかねえんだぁぁあああ!」


そして遂に少年は一歩を踏み出した。
姉を犠牲に生き延びた臆病な弟は、心に覚悟の炎を灯し、やがてその恐怖(かべ)を突き破る。

ユージーの肉体は通常立つことすら困難な程に負傷している。この状態で動くのはあまりにも無茶だ。
されど胸に宿りし魂は雄々しく復活。己が覚悟に呼応して、猛々しく吼えている。

先の戦いでバラッドは覚悟を出来ているかと問うた。
その問い掛けに自分は含まれていないだろう。ユージーは戦いに慣れていない一般人で、小さな少女に屈するほど弱かったのだから。
しかし今なら胸を張って答えられる。

(俺だって男なんだ。――覚悟は出来てるッ!)


根性で強引に身体を動かす。負担は凄まじいが、心の痛みに比べたら大したことない。
突き出された左拳は、満身創痍且つ筋肉皆無の肉体に反して、人生最速の一撃の速度で放たれる。
これまで戦場を知らなかった少年が、初めて仲間と共に生きる為に振るった全力の拳骨なのだ。己に許された限界領域を超えられぬ筈がない。


「そんな莫迦なことが――!?」

強烈な拳固を受けたピーターがユージーに殴り飛ばされる。
ピーターは油断していた。一般人のユージーが何を吠えても不可能だと決め付けていた。
ユージーは自らの想いを拳に乗せることで、己がピーターを殴る未来を。不可能の中に眠る僅かな可能性を掴み取ろうと懸命に挑んだ。

殺し屋は他者を踏み台にしてでも自分だけは生き延びようと企んだ。
少年は自分が原因で大切な人が犠牲になることの辛さを知り、もう足手まといになりたくないと願った。

ゆえにこの結果は必然。
一人の少年が意地を貫き通した。それだけのことだ。


「俺も馬鹿だけど、仲間を見捨てるなんて――お前は馬鹿な童貞以下だ!
 お前みたいな人間が賢いなら、俺はもう一生馬鹿でいい!」


バラッドとピーターの間柄はあまり知らない。
だけどあの二人は間違いなく仲間だと思っていた。ユージーはそう信じていた。
だからこそ彼は許せない。安易にバラッドを裏切ったピーターに対して無性に腹が立つ。
仲間を裏切り狡賢く生き延びるくらいなら、周囲に馬鹿と罵られても、親しい人々と共に自分の想いに正直に生きていたい。

「バラッドさん、お願いだから戦ってください。バラッドさんはここで死んじゃダメなんだ!!
 それとピーター、お前まだ気絶してないだろ。――来いよ、童帝&バカ部門代表ユージーちゃんが相手になってやる!」
「……無茶はするなよ、ユージー」

ユージーの気迫に応じたのか。はたまた彼の示した覚悟を認めたのか。
バラッドは再び朧切を構え、戦闘態勢へ入った。

「バラッドさんこそ。あっ、ご褒美はバラッドさんの笑顔で!」
「な、え、笑顔か。考えておこう」


113 : 名無しさん :2015/02/02(月) 04:18:43 3eLylhj60

あまりそういうことを言われることが慣れていないのか、少しだけ困ったように声を漏らすバラッド。
そんなバラッドにユージーは今の自分に出来る最高の笑顔でサムズアップした。

『どんな逆境でも、涙じゃなくて最高の笑顔を浮かべた方がお得よ。
 悲しい顔だと幸せが逃げちゃうから、私はどんな時でも笑って、運を引き寄せるの。
 それに世界中の皆を笑顔にしたいって夢は、自分が笑顔じゃなきゃ叶えられないから』

もう涙は、流さない。明日への涙は存分に流したはずだ。
誰かに助けを乞うこともない。もう誰も犠牲になってほしくないから。
姉や自分と親しかったルピナスが、かつて云っていた言葉を胸に――ユージーは再びピーターへ挑む。

♂♀♂♀♂♀♂♀

「理解出来ませんね。バラッドさんがお荷物に肩入れする理由も、あなた如きが私に反抗する理由も。
 そもそも満身創痍の肉体を動かしたこと事態信じられない」
「仲間が仲間を護ろうと思って何が悪いんだ」
「ククッ、たかが数時間の付き合いで仲間ですか。笑わせてくれますね」

「時間なんて関係ない。バラッドさんは、お荷物同然の俺を本気で護ってくれた。仲間だと思ってくれたんだ!
 だから俺もその想いに全力で応える! それに言っただろ、自分のせいで誰かが犠牲になるのは二度と嫌だって。
 ――馬鹿は覚悟さえ決めれば後は光に向かってどこまでも突っ走れるんだよ! 俺は姉ちゃんに救われたこの命を、無駄にはしねえ!」

何も迷わないで弟を助けてくれた姉ちゃんの勇姿は、今も魂に焼き付いてる。
格好良いと思った。誰がなんて言っても、姉ちゃんは俺にとってのヒーローなんだって、やっと気付いたんだ。
姉ちゃんやバラッドさんが命懸けで俺を助けてくれたから、俺はこうして走り続けられる。希望を信じて突っ走れるんだ!

「どうやら話すだけ無駄のようですね。これだから理解力の無い馬鹿は嫌いなんだ」
「いいよ、来いよ! 夜な夜な右腕鍛えて早14年――読破してきたエロ本は数知れず。尾関夏実の弟、ユージーちゃんが相手だ!」

俺とピーターは絶対に分かり合えない。
きっとピーターはこれまで色々な人を殺してきて、もう取り返しの付かないところまできてる。話でどうにかなる相手じゃない。

「仕方ありませんね。あまり直接的な戦闘は好きじゃないので「てやあああああああッ!」

ピーターの声を気合いで掻き消して、長年鍛え続けた右腕を振るう。
指がないせいで野球ボールみたいにすごい勢いの血が飛び出したけど、姉ちゃんやバラッドさんが傷付いた痛みに比べたら――――こんなの痛みのうちに入らないハズだッ!

「素手で殺し屋に挑むなど、無謀だとしか言えませんね」

――銃を盾にされた!?

「あ、わ、くっ!」

いっ、たい。
銃を殴った反動で、切られた指の部分から洪水みたいに血が溢れ始めた!?
思わず悲鳴をあげそうになったけど――なんとか歯を食いしばって根性で堪える。
バラッドさんに余計な心配は掛けたくないし、悲鳴なんてあげたら負けを認めるのと変わらない。絶対にしてやるか!

「バーカ! そんなことで無敵のユージーちゃんが泣くと思ったか!?」

あっかんべー!
俺は豪快に舌を出してピーターを挑発してやった。

「おや、やせ我慢ですか。実に子供らしくて微笑ましい。
 そんな表情を見ていると――もっと苦痛に歪ませたくなりますねぇ」
「ふぇ!?」

オーマイガッ! 驚きすぎて変な声が出ちゃったぜジョニー!
ハハハ、そんなこともあるさユージー。なにせ今の君は可愛い男の娘だからな。(←外人的な架空の人物を適当にでっちあげて脳内で会話してる)
そうなんだジョニー! 俺、可愛い男の娘だから変質者に狙われてるんだ!
それは大変だなユージー。でも君もかなり助平だと思うぜ?

「なにぃ!? ToLOVEるは国民的漫画と同じ掲載誌だから健全だ! 俺をこんな変態と一緒にするなジョニィィィイ!
 それに童貞がエロ本読んで何がいけないんだ! たしかに普通よりちょっとずれたジャンルも大好きだけど、それの何が悪いんだ!
 どのジャンルでもエロはエロで健全なんだよ! 実際エロ本ではTS男の娘ふたなり美少女ロリショタ全員揃って、みんな仲良くアヘ顔ダブルピースしてるのに、それを知らないのか!?
 つまりピースアンドラブ=エロ! エロ本は世界平和の象徴なんだぁぁぁあああ!!」

愛は地球を救う、わっしょい!!


114 : 名無しさん :2015/02/02(月) 04:20:24 3eLylhj60

「……ジョニィ? ククッ、もしや暗号で助けを呼ぼうとしているのですか。ラブアンドピースをピースアンドラブと言っているのも引っ掛かる」
「そうとも言う! あと頼むから今のは忘れてくれ! 人の性癖を勝手に聞いちゃいけません! ユージーちゃんはあなたをそんな子に覚えた覚えは――オーマイガッ!!間違えた!」

えっと、何か変だと思ったらピースアンドラブじゃなくてラブアンドピースだったのか……!
とりあえずピーターが勝手に惑わされてるから作戦成功ってことにしておく。ポジティブシンキング万歳だ!!

「しかし困りましたね。これでは助けが来る前にあなたを殺してしまう必要がありそうだ」
「やれるもんなら、やってみろよ。今の俺はもう、お前なんて怖くないんだ!」

露骨な威嚇に真っ向から立ち向かう。
さっきの乱射でカチって音が鳴ったからピーターの銃は弾切れのはずだ。
それでも明らかに俺のほうが不利だけど、まだまだ勝ち目はある!

「勿論。私としても早く主食を食べたいですからね。たとえ可愛らしい姿形と言えども前菜にすらならない獲物にあまり時間を割きたくはない。
 ――ま、それでも苦悶の表情は堪能させてもらいますがね」
「スマイルなら0円で売ってやるよ!」

気合いを入れ直して右腕を振るうと同時にピーターが銃を振り上げた。
俺の右腕を叩き落とすつもりか!?

「まず――――なんてなっ!」

これはユージーちゃんの罠だ!
実は右はフェイクでこの左こそが本命なんだよ。かかったなアホが!

「迫真の演技を見抜けなかったことをこうか――おわ!?」

急に体勢が崩れてそのまま転倒。
ピーターの顔面にぶち込むつもりが、何故か俺が転んでた。

「あ、れ?」

どういうことだよ!?
すぐに立ち上がろうとしたのに、どうして右足が全く動かないんだ!
しかも右脚を蝕むこの激痛、まさか……!

「足元がお留守でしたよ」
「て、め……!」

声を掛けられて上を眺めると再び銃を振り被ってせせら笑うピーター。
こいつ最初から腕じゃなくて、足を狙ってたのか……!

「いい表情ですね。しかし泣き声が不足しているのは些か寂しい」
「姉ちゃんが、俺をサンドバッグにして、鍛えてくれたからな。こんな、の。チャラヘッチャラだ!」
「その割には苦しそうですがね」

ああそうだよ。
すっごく痛いし、かなり苦しい。
なんとか負の気持ちを誤魔化して自分らしく振る舞ってるけど、姉ちゃんやバラッドさんが俺を導いてくれなければきっと恐怖に呑まれて発狂してたと思う。
だけど今はバラッドさんがいる。俺を支えてくれる仲間がいる。
――だから俺は主役気取ってヒロイン見捨てず前向いて希望を信じるんだよ。命懸けで大切なコトを教えてくれた理想の英雄(ねえちゃん)の光を追い掛けるんだ!

「知ってるか? どんな物語でも、仲間を信じられない悪役は、仲間を信じる主人公に勝てないんだ。
 平気で仲間を踏み台にするような悪役に、勝負の神様は味方しないらしいぜ」

強がりだって笑うなら嘲笑えよ。
理想論や綺麗事だって馬鹿にするなら、馬鹿にしろ。
他人からどれだけ馬鹿だって言われても、俺はそんな自分を嫌いだとは思わない。
そういう馬鹿で自分に素直な性格だから好きだって……ドーテードーテーうるさい実花子が唯一褒めてくれたことだから。


「かはっ! げほっ、げほっ。
 そ、れに、人生――根性と気合いがあれば大抵なんとかなる!」

本来なら動かない身体を、無茶して起き上がらせたことで、全身が軋む。
ただ何もせずに立っているだけで激痛が走る。頭がどうにかなりそうだ。
ふらふらと足が覚束ない。わかっていたけど、この状態で蹴り技は無理か。

「まだ悪足掻きをする気力は残っていまし「ぶち抜けぇえええええええええええッ!」

乾坤一擲。
全体重を乗せた左右の拳骨でピーターを殴り飛ばす!
頭がくらくらして視界もはっきりと見えないけど、人間を殴った感触が肌に伝わる。どさりと何かが倒れたような音が聞こえた。
今回のパンチは非モテの敵として殴った時以上に力を入れた、正真正銘全力の一発だ。

「やった、か?」

血塗れの拳を下ろして地面を確認。無様に転がるピーターがいた。
少し様子を観察したけど、動く様子はない。きっと気絶した……のか?
長いようで短い戦いが――やっと、終わったんだ。


115 : 名無しさん :2015/02/02(月) 04:22:09 3eLylhj60

「ちょっと無茶しすぎたな。うわっ、血もやべえ。このままじゃマジでやばいやばい!」

頭ふらふらくらくら。
手からびちゃびちゃぼたぼた。
足がぷるぷるがくがく。
あーもう身体がめちゃくちゃだ!
ついでに頭脳もめちゃくちゃだ!
そ〜れ、よよいのよい♪
……じゃなくて! 今はやるべきことがあるだろ、しっかしろ俺!

「とりあえずバラッドさんの加――――――うわっ!?」

あ、れ?
デイパックから何か適当に取り出してバラッドさんに加勢しようと思ったのに、どうして俺は転んでるんだ?
一瞬だけ何かに掴まれたような気がしたけど、いったいどうなってるんだ!?
はっ! まさか幽霊か? 何故か霧が動いてるし意外とホラー的な参加者がいたりするのか!? ば、ばんなそかな!?

「俺はホラーが大っ嫌いなんだぁあああ! あ、悪霊退散ー!」

ほらほらほらほらさっさと成仏しろ!
そして二度と俺の前に出てくんな! 帰れ、ホラー映画に帰れ!
だいたい、いきなり現実に出てくるなんてホラー苦手な相手に失礼だろ! テレビからぬるっと出てくるあいつかお前は!?
もう正体とかどうでもいいから早く消えろ、漏らさないうちにな!


「―――私の失態が淡い希望を抱かせてしまったようで失礼。しかし貴方もしぶといですねぇ」

あ、あわわわわわわ。
幽霊が喋った! なんて言ったか全然聞き取れなかったけど今絶対喋ったよな!?
えーと、なんとかわかった言葉はし、が? 滋賀……じゃなくて死が!? やっぱりあいつ殺る気だ!
裏松そっくりになって、それはもうそこらのエロゲでメインヒロインやれるくらいに可愛い俺を捕まえて、あんなことやこんなことを――ってどうして俺のロンギヌスが反応してるんだ!?
や、ばやい! やばいやばいばやいいばや!! 人間ならともかく幽霊に勝てるわけないだろっ!

「どうやら混乱している様子ですね。これはこれは、実に都合が良い」
「馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前!」
「……は?」

緊張して思わず勝つぞお前って言っちまったけど――は、刃だと!? こ、この幽霊、刃を持っているのか!
刃があるっていうことは……それで俺の服をこうビリビリっと破いて、ついでに俺の後ろの処女膜もビリビリって破くつもりなんだな!
ミルさんに貸してもらったあの薄い本みたいに合☆体するつもりでいやがるんだ!
なんてうらやま……けしからないんだ! そんなこと天皇や大統領が許しても童帝の俺が許さねぇ!

「しかし最後の最後で油断しましたね。ツメが甘い点はバラッドさんとよく似ている」

ど、どういうことだ!?
俺は背筋から伝わる殺気に気付いて咄嗟に振り向いて――。

「う、ぐ、あ!? そ、んな……」

後頭部を鈍器で打ち付けられた。
朦朧とする意識。今にも手放されそうなそれを懸命に掴み取ろうとして、瞳に映ったのは銃を片手に嘲笑うピーター。
もう油断はやめて、本気で殺す気になったのか。ピーターは崖際に立つ俺を蹴り落とそうと、再びも頭を殴り付ける。
勝利の二文字を暗雲が覆う。さっきまでは俺を甘く見ていたから勝機があったのに、これじゃ勝ち目が激減しちまうじゃ、ねーか。


『友達を護る為なら、ヒーローはどんな時でも諦めない。どんな逆境も跳ね返して、不可能の三文字を蹴り飛ばして、皆を笑顔にしてみせる!』

ルピナスさんが昔云ってた言葉が蘇る。
正体もわからない謎の強敵へ果敢に挑んで、ボロボロになりながらも俺を助けてくれた勇姿は今でも鮮明に思い出せる。
そこに友達がいる限り絶体絶命の窮地でも諦めない不屈の心。絶望を跳ね返す勇気と眩しい笑顔。それがルピナスさんの武器だった。
俺はあの人が悲しんでる涙を一度も見たことがない。きっとルピナスさんはヒーローの体現者なんだと思う。

『詩仁がどうしていつも怯えてるのか知らないけど、俺はお前の味方だ。たしかにお前はちょっと怪しい電波女だと思うけど、変わり者だからっていじめるのは間違ってる。だってそれはお前の人格そのものを否定してるみたいじゃねえか。そんなの許せるかっ!』
『私の味方? その言葉が本当なら……その、ユージくんは私がまた殺されそうになった時に、助けてくれるの?』
『当たり前だろ。俺とお前はそれなりに付き合いの長いクラスメイト――友達だ! そーいうコトでこれ、俺からのプレゼントだ。受け取ってくれ! お前も女の子らしい姿して、たまには笑えば絶対に可愛いと思うんだ!』


116 : 名無しさん :2015/02/02(月) 04:23:34 3eLylhj60
『ばっ爆発物ゥゥ!?』
『ユキさんに作り方を習って徹夜で頑張った手作りチョコと舞歌さんに協力してもらって一緒に選んだリボンが投げられたぁぁぁぁああ!?』

思い出が脳に流れ込んでくる。
まるで俺を叱咤激励するようにルピナスさんの勇姿が。
俺の助けを求めるように、いじめられていた詩仁を助けた時の記憶が回想する。

「ユージー! おい……ユージー!」

遠くから徐々に近づくバラッドさんの声が聞こえた。
せっかく気合い入れて脱お荷物を目指したのに、俺はまた助けられるのか。

「しっかしろ、ユー……ジ。ぐっ――!?」

おかし、いな。
つい直前までは普通だったバラッドさんの声がいきなり小さくなった。
あの人らしくもない苦悶のが聞こえた気がする。

「え? バラッド……さん?」

幾度と無く殴られたことで倒れ込んで、霞んだ視界からうっすらと見えたのは霧に首を締められたバラッドさん。
どうにか脱出しようとしてるけど……くそっ、あの傷じゃ難しい!
きっとこれは俺のせいだ。俺が心配かけたから、バラッドさんはその隙を狙われたんだ。
なんだよ、これ。もう誰かを犠牲に生き延びるのは嫌だと思ったのに――また繰り返してるじゃねえか!

「ふ、ざけんな。嫌だ。嫌だ、嫌だ、嫌だッ! 俺はもう誰も犠牲にしないって誓ったんだ!
 ピーターを斃してバラッドさんを助けて、笑顔を見せてもらうんだ! 負けて……たまるか!」

そうだ。何をあきらめムードになってるんだよ、この大馬鹿野郎!
俺の取り柄は諦めの悪さ。根性。気合い。自分に素直で前向きな馬鹿さって実花子も言ってただろ!
そんな童貞だからいつか誰かを助けられる日が来るかもしれないって……珍しくあいつが微笑んで言ってただろ!
――きっと今がその時なんだ。俺は、ピーターをぶっ飛ばしてバラッドさんを助ける!
そして実花子も、裏松も、詩仁も。みんな助けて、ワールドオーダーを殴ってやるんだ!

「約束したんだ、詩仁を絶対に助けるって! 教わったんだ、ヒーローはどんな時でも諦めないって!」

だから立ち上がれ。まだ俺の命は燃え尽きてないハズだ!

「いい根性だ。その諦めない不屈の精神こそがヒーローに必要な唯一であり絶対の条件――」

「へ?」

俺は夢でも見てるのか?
ピーターが振り上げた銃身を遮るように現れたのは――小さくて、だのにサイズ以上の迫力を感じる人?

「話はデイパックの中で聞いていた。迸る童貞力から期待していたが――期待以上の逸材を発見してお姉さんは嬉しいぞ。
 私の方から契約してほしいと思った童貞は初めてだよ。提案だが、お姉さんと共に高みを目指すヒーローにならないか?
 代償として死ぬまで童貞を貫かねばならないが、契約を許可するならこの逆境を乗り越える力を与えてやろう」

それは奇跡とも言えない千載一遇のチャンス。
普通ならただの電波だと思うかもしれないけど、お姉さんの言葉には芯の通った心強さが存在した。
値踏みをするわけでもなく真剣に俺を見つめる眼差しは、有名なヒーローたちとよく似ていて。

「わかった、契約してくれ!」

だからすぐに決断した。
俺はもう迷わない。迷っている内にバラッドさんが死ぬのは嫌だから。電波だとしても望みがあるなら、それに縋ってやる。
この逆境を跳ね返すには、意地でも奇跡を掴み取るしかないんだ!

「本当にいいのか? お姉さんと契約するということは、生涯童貞が保証されるのと同意義だぞ。
 どれほど真剣に脱童貞を目指しても、お前は童貞で在り続ける。そこから脱することは出来ない」


「もちろん俺だってずっと童貞の人生なんて、嫌だけどさ。
 それでも、ここで仲間を見捨てたら姉ちゃんにぶん殴られるだろ。そんな弟に育てた覚えはないって絶対サンドバッグにされるだろ!
 何よりも俺のせいでピンチになったバラッドさんを助けたいんだッ!
 ―――だから俺も戦う! こんな俺でも尾関夏実の弟だって、胸を張って言えるように!」


見苦しいと思われるかもしれない。
こんな馬鹿はヒーローに向いてないって見放されるかもしれない。
だけど俺はそういう人間なんだ。だから俺は叫ぶ!

「姉ちゃんやバラッドさんに助けられた命を無駄にしない為に――――俺は俺の童貞(おうどう)を貫いてやるッ!」

「いい返事だ。それでこそお姉さんの弟分に相応しい!」


117 : 童貞英雄譚第一話 Trample on “Dunkel!!” 〜真赤な誓い〜 :2015/02/02(月) 04:24:54 3eLylhj60
絶望とは己が敗北を認めることだ。生物は魂が屈さない限り、心が絶望に染まり切ることはない。
希望とは絶望から這い上がり、自らの力で掴み取るものだ。いつまでも他人にばかり頼る臆病者には勝ち得ることが出来ぬ眩い光。

ゆえに少年よ――絶望を希望へ変える為に剣を握れ。変身せよ!!

一点の曇りも存在せぬ偽りなき魂で、その熱き想いを貫け――――!

Set up! Start your story!

♂♀♂♀♂♀♂♀

「内なる炎は未来が為に!」
「燃え滾る魂は友の為に!」

「「我らは戦士となりて、魔を断ち悪を滅する刃を抜く!
  故に我らは己が刻の終焉まで、偽りなき清い心を貫く一筋の性槍(どうてい)であり続けよう!
  刮目せよっ! 世界の名を冠する総ての元凶(ワールドオーダー)よ!
  これが童貞処女(われら)の可能性だ――――!」」

俺と姉さんの声が重なる。
事前に打ち合せたわけでもないのに、俺はそんな言葉を感じ取って、叫んでいた。

「魂だ。お前の熱く燦然と輝く魂が、私の電波を受信したのさ」

姉さんが微笑み、ぽんと俺の頭に掌を乗せた。
それはごつごつとした戦士のようで―――なのに、どこか暖かい温もりを感じる。

「さあ――共に叫ぼうじゃないか。これまで散々と待ち望んでいた、お約束の言葉を!」
「わ、わかった! よし。天国の姉ちゃんやルピナスさんに聞こえるくらいの魂で叫んでやる!」

お約束の言葉。
その意味は考えなくても理解出来る。
だから俺は――この言葉で天国のルピナスさんを笑顔にしてやるんだ!
あの人こういうことが大好きらしいし……まあ一人前って認められるかわからないけど、ポジティブ精神で考える!


「「変 身 ッ!!」」

刹那――全身を豪々と燃え盛る炎が俺を包み込みこんだ。本当なら熱いはずなのに、何故かそれが心地良いと思える。
このまま眠ってしまいそうになるけど、俺はバラッドさんを助けるって決めたんだ。眠ってる暇なんか一瞬もねえんだ!
そんな俺の覚悟に呼応するように更に炎が滾る。体内に命の灯火が満ち溢れる。

そうして一瞬で――――。

「なかなか愉しい初体験だったな、ユージー」

ちょっとエロい姉さんの台詞と一緒に炎が弾け飛び、変身が完了していた。
全身に力が漲る。今の俺なら、きっと誰が相手でも戦うことが出来ると―――そんな自信に満ちる。
さっきまで酷かった激痛も落ち着いていた。欠損していた指も。左手の刺傷も。銃で撃たれた両足も。怪我をしていた総ての場所が清らかな炎に包まれて、一瞬で浄化されたみたいだ!

♂♀♂♀♂♀♂♀


「「変 身 ッ!!」」

二人の重なり合う叫び声を聞いて、咄嗟にユージーの居た場所を眺めるバラッド。
彼女の視界に映ったのは小さな謎のお姉さんに掌を置かれ、炎で焼き尽くされるユージーだった。

「どういうことだ……!」

幻覚でも見ているのかと己が目を疑う。
頭をフル回転させて状況整理に努めたいが、朦朧とする意識はそれを許さない。
そうこう考えている間にも事態は進行する。今度は赤毛の少女が現れた。

少女のきらびやかな赤髪に、尾関夏実の髪留めと似たものが装着される。
桜中の女子制服が一瞬にして光の粒子となり、新たにフリルのついたピンク色のドレスが発展途上の身を包む。
少女と見間違えるほど中性的な顔立ちは、少しばかり幼く、そしてきっと中学の誰よりも愛らしい容姿へ変貌を遂げた。
風に揺れる紅蓮のポニーテールと真紅に染め上げられた瞳は、胸に秘めたる情熱を表しているようだ。

「……ユージー?」

ユージーに代わり戦場へ現れた乱入者らしき少女。
彼女は髪型など多少の差異があるが、バラッドの知っているユージーと酷似している。
鵜院と共に選ばせたドレス。色は違えど眩しいまでに美麗な髪。西洋人形も裸足で逃げ出す愛らしい顔立ち。発育が良いとは言い難い、服の上から僅かに主張する貧乳。中学生にしては少し小さな身長。
それらの要素から、バラッドは彼女がユージーだと推測したのだ。

そして無意識的に呟いたバラッドの言葉に反応するように――少女はニッと力強く笑った。

♂♀♂♀♂♀♂♀


118 : 名無しさん :2015/02/02(月) 04:25:49 3eLylhj60

「敵は殺し屋二人に未知なる怪物。霧男はブレイカーズの怪人でもないようだな。不定形な性質上、相性が悪いシルバースレイヤーでは苦戦を免れぬ強敵と見受ける。
 ――されど恐れることなかれ。お姉さんと契約したからには、最高の勝利を約束しようじゃないか」

変身を終えて最初に見たのは、俺の傍らで不敵な笑みを浮かべるお姉さんだった。
最高の勝利を約束する。相手が強敵だと理解して、それでもお姉さんは自信に満ちた声でそう言った。

「さて、それでは名乗ろうか。心の準備は――なんて野暮な問いは投げ掛けるだけ無駄か」
「もっちろん! 俺の魂(こころ)は最初からクライマックスだぜ!」

俺はもう決めたんだ。希望を信じて突っ走るって。
こいつがどれだけ強敵でも、こんなところで負けてられねえ。俺にはまだまだ護りたい人がたくさんいるんだ!
待ってろ詩仁。今からこの化物を斃して、いつかの約束通りお前を助けてやるから。
もう姉ちゃんはこの世にいねえけどさ――実花子や裏松と一緒に皆で学校に帰るんだ!


「「これにて臆病なる少年の物語は最終回を迎え、此度の戦より語り継がれしは英雄譚。悪鬼共よ、その欲に塗れた愚鈍な脳裏に焼き付けるが良い!
  童貞処女(われら)が名は
              ――――永劫なる聖槍英雄(エーヴィヒ・コイシュハイト)ッ!
  
 またの名をジャパン・ガーディアン・オブ・イレブン空白の一席、ユージーだッ!」」


ビシッと指を突き出して、この場にいる全ての人に俺達は名乗る。
初めてこんなこと言ったけど、意外と気持ちいい。なんていうかこれは……癖になりそうだ。
エーヴィヒ・コイシュハイトの意味は知らないけど、魂で感じ取った言葉だ。きっとかっこいい意味に決まってる!

「さあユージー――お姉さんと共にこのヴァージンロードを駆け抜け、希望のウタを唱おうじゃないか!」
「おう!」

テレビの前で見たヒーロー達は、希望を掲げて悪と戦っていた。ルピナスさんは友達の為ならヒーローは諦めないってアドバイスをしてくれた。
だから俺もヒーローだって胸を張って言えるように、決して諦めない魂で希望のウタを謳って、どんな絶望も希望に変えてやるんだ!

「さっきのお返しだ、ピーター!」

先手必勝!
万全の状態に戻った身体で助走を付けてピーターをぶん殴

「へ?」

ズドォォォオオン!
何故かいきなりバランスを崩した男の娘ことユージーちゃん=俺が豪快に転ぶ!
しかも頭からズドーンだ! 誰かバナナの皮でも置いたのか? まだ皮を剥けてない俺にこんな悪戯するなんて挑戦状か!?
とりあえずすぐに起き上がって……ん?

「あっ、そっかぁ」

転んで地面に手をついてやっと気付いた。
この服もしかして……というか間違いなく、鵜院さんと選んだ美少女にこそ似合う至高のドレスだ。きっとこれが変身なんだな!
ちなみに今の俺は男の娘だけど可愛いからセーフ! ぱっと見美少女だから多少はね?

「言い忘れていたが今のお前は女の子だぞ、ユージー。股間の感触がないだろ? それにしても名乗った直後に転けるとは可愛い童貞じゃないか」
「そっ――そういうことは先に言ってくれよぉぉおお」

「いきなり何が起こったのかと思いましたが、所詮素人は素人ですねぇ!」

襲い来るピーターの猛攻をひたすら左右に転げて回避する。
お前も素人に毛が生えたくらいじゃねえかってツッコミたい気分を抑えて、強引に銃身を受け止めた。
たしかにピーターはそこらの素人より強いけど、それでも野球ボールに比べたらふにゃちんの攻撃なんて止まって見えるんだよ!

「俺はこれでも非童貞の自慢に何度も耐えてきたんだ。美少女童貞を嘗めんじゃねえ!」

万全の状態で受けたピーターの攻撃は、痛くも痒くもなかった。
俺を置いて童貞を捨てたクラスメイトの自慢話。あの辛い思い出や姉ちゃんの理不尽なフルスイングに鍛えられて、俺は普通より痛みに慣れてるんだ!
右手で受けた銃を力任せに奪い取って、左手で放ったカウンターの裏拳がピーターの顔面に炸裂!
パタリと地面に倒れ込んだピーターをそのまま放置して俺は駆ける!


119 : 名無しさん :2015/02/02(月) 04:27:04 3eLylhj60

「……」「……」「……」「……」「……」

怪物も黙って見てるだけじゃない。
霧で作り上げられた真っ黒の生物――ヒーローが戦う組織の戦闘員に似てる存在が、俺の行く手を阻む。
数は五体。そいつらは戦闘員特有の掛け声を発することもなく、真っ黒な斧や剣を構えてゆっくりと襲い掛かってきた。

「どきやがれ! そこは暴走童貞列車ユージーちゃんの突き進む道だ!」

バラッドさんを救う為にも時間を無駄にしてる余裕はねえんだ!
目の前まで迫ってきた一体の足を掴んで、ぶんぶんと振り回す。
それは一種のバリアだ。俺を囲うように現れた戦闘員は、最初に掴んだ一体を除いてすべて一瞬で消え去った。

「そして最後に二人は幸せなキスをして、ひとまず終了だぁぁあああッ!」

未だに掴んでいる戦闘員をハンマー投げの要領で霧の怪物に全力投球!
あまりにも大胆で強引な戦法を予想していなかったのか、豪速球は狙い通り怪物に命中。バラッドさんが解放される!
俺は更に加速してバラッドさんを抱っこしようと

「――させませんわ」
「出たなゴスロリ拷問女! 今は元気いっぱいユージーちゃんだけど、実はあれすっごく痛かったんだぞ!」

戦闘員に続いて妨害しようとするゴスロリ女。俺を拷問して、姉ちゃんが死ぬキッカケを作った元凶ともいえる存在。
こいつさえいなければ俺が襲われることはなくて、助けを呼ぶ必要もなくて、姉ちゃんが死ぬこともなかったハズなんだ。
バラッドさんを裏切ったピーターも許せねえけど、こいつはもっと嫌いだ!

「あら。褒めてくださるの?」
「借りを返してやるって、言ってんだよッ!」

何故か呑気に突っ立ってる女に、強烈な右アッパーが炸裂する!
これはカウンターの裏拳なんてレベルじゃない。正真正銘、本気の一撃だ!

「あら、ら……」

たったそれだけ。
たったの一発で、鬼や悪魔にすら見えた拷問狂は気絶した。
はっきり言ってピーターの方がまだ骨があったぜ。真っ向勝負は苦手な相手だったのか?

「お前のことは大嫌いだけど……それでもやっぱり、命は奪えねえよな。そこでちょっと頭冷やしてろ!」

倒れ伏した拷問狂を一喝して、行動を再開する。
気絶する直前に変な嗤い方をしてたことだけが引っ掛かるけど、原因はこいつの性格か?

「そんな疑問は後回しだ。と、とにかく今はバラッドさんの救出を――おわっ!?」


「……!」

いきなり音速で追い掛けて来る霧。俺を中心として放射状に広がる腕が振り下ろされた!
さっきまでは怖くて仕方なかったけど――もう惑わされたりしねえ!
ひたすらに愚直に前だけを見据えて、相手に怯むことなく俺は右拳をぐっと固める!

「てやぁぁぁぁああああああ!」

降り注ぐ猛攻を躱して、左手で殴って、左脚で蹴り飛ばして――右脚だけを頼りに飛翔した!
浮雲のように漂ってる霧の塊。近づくだけでより強く鋭い殺意を感じるけど、俺の想いだって負けちゃいねえ!

「……!」

化物に渾身の右ストレートが炸裂する!
思いっ切りぶっ飛ばされる化物。本当に俺の拳が効いてるんだ……!

「本当に今の俺は、足手まといなんかじゃねえんだ! これでバラッドさんと並んで戦え――おわ!?」


あ、ありのまま今起こったことを話すぜ!
化物をぶっ飛ばして喜んでいたらいつのまにかおれも殴り飛ばされていた。
な………何を言ってるのかわからねーと思うがおれも何をされたのかわからなかった……。

「変幻自在な霧の性質を利用した超スピードの拳骨か。初変身に悦びを覚えるのはお姉さんとしてもわからんでもないが、あまり油断するな」

な、なんという冷静で的確な判断力なんだ!!

「ちなみに絶妙なタイミングでバリアを作ってみたが、どうやらかなり効力が落ちているらしい。軽い魔法程度なら完全に防げるが、それ以上となると威力を減らすくらいが精一杯だ。
 あの厄介な元凶(ワールドオーダー)さえいなければ、どこぞの水爆が爆発しても焦げ一つつかないチートレベルとはいかずとも、かなり頑丈なバリアなのにお姉さんは残念至極だよ」

言われてみれば、たしかに衝撃に比べて痛みをあまり感じない。
まさかあのゴールデンなボールが2つ横に連なったような棒っぽいあれはバリアだったのか!?


120 : 名無しさん :2015/02/02(月) 04:28:41 3eLylhj60

「そもそも私のようなお姉さんキャラは優秀で当然。これは宇宙の真理であり唯一絶対の法則だというのに、バリアの効力半減とはまったく困るな。
 まあ百歩譲って戦えないのは良しとしよう。でもバリアまでこれじゃお姉さんサポートも微妙になるぞー。お姉さんは不満だ〜〜〜〜〜」

お姉さんが口を尖らせて愚痴を零し始めた。このタイミングで何やってるんだこのお姉さん!?
ぶーぶーって可愛いけどそんなこと言ってる場合じゃねえって!

「おわっと、ツッコミくらいさせろよ!
 あそこには突っ込めない童貞だって、ボケにはツッコミたいんだ!」

どっがああああああん!
連続で叩き付けられる大量の腕を間一髪で躱してあっかんべーしてやった。
今の俺には腕が振るわれる軌跡がよーく見える。野球で培われた動体視力を嘗めんなよ!

「――――と思ったのにうっそだろお前!?」

もう一本触手っぽい形のが隠れてた!?
こいつ意外と考えて攻撃してやがるのか! とりあえずなんとか避けないとなんかキモい!
でも触手を体験してみるのも悪くないかも? そこには未知の快感が待っているかもし――

「ひゃっ!?」
「まったく君は……すごいのかバカなのかわからない、不思議な子だな」

ずっきゅーん!
いつの間にか解放されたバラッドさんが俺をか……か、か、抱えてる!?
し――しししししかもお姫様抱っこだ。お姫様抱っこだぞ!? え、あ、お姫様抱っこだと!?
頭がまたふわんふわんになってきた。えっと俺はお姫様抱っこバラッドさんにお姫様抱っこ……。えっとつまり、俺はお姫様ユージー!?
よし……よしよしよしっ! こうなったらもう、出たとこ演技ですね!

「ば、バラッド王子待っていました。わ、わ、わ、わわわ私をそのあのああああの! えっとその、迎えにき、き、きききて」
「……やっぱりバカだな」
「よっ! ツンデレ王子!」
「誰だお前」
「ふっ。お姉さんという概念の集合体――とでも名乗っておこうか」
「そうか。病院へ行け」
「ノリわっっっっるいなツンデレ一号。これが特撮ならお前の怖さに子供が泣いた!ってなるぞー」
「そうだよ(便乗)」
「戦闘中にごちゃごちゃ雑談するな。気が散る。それに 私 は 女 だ !」

しまった!
バラッドさんぬいぐるみ好きだったり意外と女らしい一面が――。

「うおわぁぁあ!?」

ごろごろずっどぉぉおおおん!
バラッドさんの手からボーリング弾のように華麗にシュートされる俺。
手加減してくれたのか脳内で再生された効果音に比べて全然痛くないし、傷もないけど、いきなりそれはコワイ!

「く、ぁ」
「ば――バラッドさん!?」

そんなことを考えながら立ち上がろうとする俺の傍に、血塗れのバラッドさんが叩き付けられた。
くそっ……まさかバラッドさん俺を庇って放り投げたのか!?

「最後の一撃を躱し損ねたか。ユージーを抱えつつもそれ以外を躱したことは見事だが、疲れを知らん現象相手に長期戦は分が悪いな。このタイプは短期決戦に限る」

お姉さんの冷静な分析を聞いて俺は頷いた。
バラッドさんは俺が人質にされた時も、ピーターの相手をしている間も、ずっと戦ってたんだ。たった一人で二人を相手に、俺を護ってくれたんだ。
それなのにバラッドさんはまだ戦おうとしている。無理して俺と一緒にあの化物に挑もうとしてる。

「あの化物は俺が斃します。後は俺に任せてバラッドさんは少し休んでくれ!
 バラッドさんと一緒に並んで戦えて嬉しかったけど、俺もバラッドさんに死んでほしくねえんだ!」

ぎゅっと足に力を入れる。
バラッドさんが呆れ顔で何か言おうとしたけど、俺とお姉さんが先に口を開くことでそれを防ぐ。


「「その者は5つの穂を有しておりながら、処女膜だけは貫くことが出来ぬ真性なる包茎―――
  ああ――処女膜を貫きたい。狂おしい程に童貞(かれ)は願う―――
  ゆえに穿てッ! 稲妻となりてその性欲(ゆめ)を疾走させよッ!」」

              童貞幻創――


「「貫け勝利導きし灼熱性槍(コイシュハイト・ブリューナク)ッ!」」


極自然に詠み上げていた口上に呼応して、身の丈以上にデカい槍が現れた。
説明書や使う方法なんて一切聞いてないのに――――俺はそれを手にした瞬間、魂で理解した。
わかる。わかるぜ、お前の童貞魂! こうして手にするだけでびゅるるると伝わってくる!


121 : 名無しさん :2015/02/02(月) 04:29:22 3eLylhj60

俺が童貞卒業出来なくなったように、こいつもまた、夢に焦がれて仕方ない童貞なんだ。
元気にビクンビクンと脈打つ熱い鼓動。それが今の自分にはすごく頼もしく感じられた。
……そうか。お前も一緒に戦ってくれるんだな!

「わかったよ。望み通り俺達の童貞力(じょうねつ)を全力でぶつけてやろうぜ!」

俺が話し掛けるとビクンと元気な返事で応えてきた。
最大最速の全力で投げてくれ。そんな声なき声が童貞魂で感じ取れる。

「いっけぇええええええええ――――ッッ!」
「……!」

同志の想いを叶える為に、これまで磨き上げてきた投球フォームで彼を全力投球する。
咄嗟に霧が蠢いたけど――そんな動きで避けられるほど俺のデッドボールは遅くねえんだ!

どがぁぁぁぁあああん!
雷速で放たれた槍は一瞬で霧を貫いて、小規模な爆発を引き起こす!

「やったか!?」
「いいや、この一撃を受けても生きてるらしい。正真正銘の化物だな。お姉さんから鱗だが、耐えられても後一発というところか。そしてこの状況……使う技はお約束のアレしかない」

――この時を待っていた。これは最高の演出だとお姉さんは不敵に笑う。
爆破の衝撃で舞い上がる砂埃。普通なら周りが見えづらくなるはずなのに、俺の目にはしっかりと公園の状況が映し出されていた。

「遠慮はいらん。本気でぶち込んでこい、ユージー!」

ドゴゴゴォォォオオン!
お姉さんの後押しを背中に全力で地面を蹴り上げる。変身で強化された脚力は、俺をすぐに遥か上空まで導いて、やがて青空に到達した。

「ここが空か。綺麗な場所だなぁ……」

青空ってこんなにも綺麗だったのか。
普段から何度も呆れるくらい見慣れてるけど、実際に自分が来てみるとまた違う雰囲気だ。
ポニーテールが風に靡いてゆらゆらする。それがまた自然の恩恵を受けてるようで気持ちいい。

「この澄み渡る綺麗な青空を守るためにも――決着をつけなきゃな!」

空中で一時停止した俺の足元から魔法陣が現れる。
伸びるように出てきたのは、長くて肌色の見慣れたあれ――じゃない!?
黒ずんだ褐色……だと!?
グロい見た目に反してびくん、びくんと元気に脈打つ圧倒的な雄々しさと存在力。こいつ、歴戦の童貞か!?
少し悔しいけど、変身する前の俺より大きいぜ。このデカさは黒人も裸足で逃げるんじゃないか、ヘイメーン!?


びゅるるるるるるるッッ!!
そこから勢い良く射出される白濁色の液体ッッ!
それは男が男たる証! 生命の起源を宿した神秘の聖水ッッ!!
強烈なイカ臭さを漂わせてそいつは奔る!

イカ臭さ? 違う! 断じて違うッ!!
これはイカ臭さなんかじゃない! これは、これは――暑苦しいまでの男臭さだ!!!
自分の内に秘める雄を全力で込めて発射したから、この白濁液に凄まじい男を感じるんだ!
しかもこのスピード、並の童貞を超越してやがる! やっぱりこいつは歴戦の勇士(どうてい)なんだ!
この人智を超えた異常な童貞力……スカウターがぶっ壊れそうだぜ。こいつが童貞仲間で本当によかった。
いったいどれだけ夜な夜な嫁(ティッシュ)を片手にぴゅっぴゅと鍛えてれば、こんなにも逞しくなるんだよ。これじゃ、俺……こいつを尊敬したくなっちまうよ……。

「……!」

白濁液に全身を搦め捕られた霧が珍しく動揺した。
ジタバタと暴れ蠢いて拘束から逃れようとしてるのか。

「逃すかっ!」

何の口上や動作もなく、ただ強く念じると右脚が剥奪色に光り輝いた。
この技に詠唱は必要ない。単純に魂の赴くままに技名を叫べばそれでいいんだ。
腑抜けた声じゃ反応しない。だから誰にも負けないくらい最高の気合いで叫んでやる――!


「ぶっちぬけぇえええええッ!
 ―――コイシュハイトファーデンキィィィィィック!」

「………………!」

霧の怪物もじっとしてはいない。
纏わりついた白濁液から脱出した僅かな部分を圧縮させて、超弩級の豪腕を突き上げる!

「てやああああああああああああ!」

激突する必殺の一撃と最強の豪腕。
白と黒が交わり、互いの想いを真正面からぶつけ合う!


122 : 名無しさん :2015/02/02(月) 04:30:23 3eLylhj60

「…………!」

絶叫と怨嗟。
心の底から吼える俺とホラー映画みたいな声で叫ぶ怪物。
言葉の意味は理解出来ないけど、この化物も本気で戦ってるということだけは伝わってきた。

「正と負――闘気と殺気の衝突か。この勝負、より己が想いを貫いた方が勝者となる。踏ん張れよ、ユージー」

いつの間にか近くにいたお姉さんの言葉が、俺の闘志を奮わせた。
己が想いを貫く? なんだよそれ、俺の得意分野じゃねえか!
俺はあの捻くれ実花子から自分に素直な性格だって言われた男だ!
馬鹿で素直でドーテー以外は全く自分を隠そうとしない。そして呆れるほどポジティブ! それが俺の長所だったよな、実花子!

「俺はふたなりも男の娘もTSもレズもヤンデレもツンデレもクーデレもお姉さんも妹もロリもショタもロリババアも幼馴染もモン娘も獣娘も艦娘も擬人化も吸血姫もお嬢様も全部最高に大好きだ!」

だから俺は愛を唄ってやる。天に轟け俺の熱唱!


「自分の気持ちに素直で何が悪い! たとえ他人に理解されない趣味や性癖や性格でも、それを恥ずかしがる必要なんて一切ねえんだ!
 男性恐怖症の裏松も、電波女の詩仁も、あと一応ドーテードーテーうるさい実花子も、みんな立派な個性の持ち主だ!
 どんな人間でも少しくらい隠し事があるかもしれないけど、みんな個性を発揮してるから人生面白んだよ。誰も彼もが一緒の行動してたら気持ち悪いだろ!
 だから自分の気持ちへ愚直に素直わっしょい! ポジティブシンキング万歳! どんな個性も人それぞれ違うからこそ最高至高!! ただし非モテの敵、テメーはダメだ!!
 そういうことで俺は自分の変態童貞(こせい)を貫くぜ。ドン引きされても絶対自分に嘘をつきたくない。世界は愛に満ちてるんだぁぁぁああああ!!!」


「…………!?」

この地球に存在するありとあらゆる生命の個性。男が内に秘める情熱を注ぎ込んで完成したエロ本。それが好きで何が悪い!
俺はまだまだ新人ヒーローだ。今さっきなったばかりで、使命感や正義感なんてこれっぽっちもない。
それでも護りたいものはあるんだ! 実花子を、裏松を、詩仁を、バラッドさんを、鵜院さんを、ユキさんを、舞歌さんを、もこたんを、ミルちゃんを、ついでに斎藤も俺が護ってやる!

今はわからないことばかりだけど――俺は信じるこの道を貫くだけだ!

「そうだ。お前はお前のまま変わればいい。自分を偽らぬその気持ちと不屈の魂にお姉さんは惹かれたんだ。
 さあユージー――果てしなく燃え上がる想いをブチかましてやれッ! バラッド、お前も応援しろ!」

「……何を言っている。応援しろと云われ「喝!」

「ヒーローに何よりも欠かせないものが何か知っているか? 本人の気持ちも大切だ。何かを貫く想いがなければ論外だと云ってもいい。
 されどそれと同等に大切なものがある。わかるか?」
「理解不能だ」


「――――声援さ。無邪気な子供たちの声援。護るべき人々の声援。愛すべき人類の声援。仲間の声援。宿敵の叱咤激励。
 種類は様々だが、その声援こそがヒーローを強くする。精神論だと笑われるかもしれないが、笑い飛ばすも信じるもお前次第だ。
 でもこれだけは云わせてもらおう。あいつは今、お前の為に死ぬ気で戦っている。無論お前もあいつの為に戦ったのだから、その借りを返していると思うならそれでもいい。
 とりあえずお姉さんはユージーに声援を送るぞ。バラッドと違って、ユージーの秘める可能性を信じているからな」


「……勝手に決め付けるな。私もユージーを信じている。だが声援といわれても何を言えばいいのか」
「どんな言葉でもいいさ。ただがんばれと云うだけでも、その四文字がヒーローに力を与える。
 何よりも重要なのはヒーローが声援を受け取るということだ。お前はなかなか不器用な人間に見えるが、不器用なりに全力で声援をぶつけてやれ。それがユージーの血となり、糧となる!」

「なるほど。声援を受け取ることが重要、か。
 ――――ユージー、私は素直な笑顔を作るのが苦手だ。幼い頃に虐待を受け、殺し屋の道を歩んだから、笑顔を作る機会が全く無かった。
 だから考えておくと云ったが――呆れるほど素直なユージーの姿を見て決まったよ。私も約束を守ろう。
 本来はこんなコトを叫ぶ柄ではないが――――頑張れ、ユージー!! 私もお前を信じている!」


123 : 名無しさん :2015/02/02(月) 04:31:45 3eLylhj60


「これで舞台は整った。敵は正体不明の怪人。観客はお姉さんとバラッドだ。
 さあさあお姉さん達の声援に応えてみせろ、ユージー! 観客はいつだってお前を――ヒーローの勝利を信じている!」


お姉さんとバラッドさんの声援を一身に受けて、体の底から想定外のパワーが溢れてくる。
こんなにも俺を応援してくれる人がいるんだ。そう思うだけで力が無限に湧き出してきた!
そうだよな。俺は独りで戦ってるんじゃない。三人で戦ってるんだ!
こうして背中を押してくれる声が。皆の声援が聴こえるから、俺は走り続けられるんだ!


「教えてやるよ怪人! この世にヒーローが居る限り、明けない夜なんてねえんだッ!」


これは脳や口なんかじゃない。魂からの雄叫びだ!
燃え盛る熱意を右脚一つに全力集中させる!
もっとだ。この程度じゃ全然足りねえだろ! もっと、もっと、もっと、もっと!
手は泥沼で、心は灼熱。空っぽの頭に詰め込むものは夢と情熱!

「だからお前が絶望を振り翳すなら、俺がその夜を終わらせてやる!
 誰になんと言われようが、たとえそれが自分勝手だと思われても!
 ――――俺は俺の童貞(おうどう)を貫くんだぁあああああああああああッ!」


気合い一閃ッ!
人生最大まで昂った感情に呼応して、遂に俺の右脚が怪人の黒を穿ち貫いた!

「…………!?」

ズドォォォォン!
白濁の閃光が通過した漆黒は、僅かに身を震わせて爆発四散。
それは俺がヒーローとして初めて怪人を斃した瞬間だった。

「命だけは奪わねえから、少し反省してくれ。お前の個性を否定するつもりはないけど、やっぱり誰かを殺すのはダメなんだ。
 それは地球から一つ個性が消えるっていうことで、すっごく哀しいことだから。どうしても我慢が出来なければ俺が戦うから、だから誰かを殺すのだけはやめてほしいんだ」

何倍も小さくなった怪人を説得するように、俺はそんなことを呟いた。
自分が無茶を言ってることは解ってる。殺戮大好きなホラー映画怪人にそれを禁止させることは、きっとオナ禁と同じくらい難しいと思う。
だけどやっぱり、殺人は許可出来ない。俺は姉ちゃんが死んで哀しかったし、すっごく辛かったから、もうこれ以上犠牲者を増やしたくねえんだ。


「初陣でよく頑張ったな。ご褒美にお姉さんがなでなでしてやろう」
「わぁい!」

俺より更に小さいのに頭を撫で始めるお姉さん。
妖精サイズだけど黒髪美人は大好物だから特大級に嬉しい! 動作がちょっぴりエロい点も最高だ!

「本当によくやったな、ユージー。まさか君に助けられるとは思わなかったよ」
「お――うおわぁぁああ!? やっぱりバラッドさんもお姉さんに負けず劣らず可愛いな!」

ご褒美の笑顔を見せてくれるバラッドさん。
笑顔といえばルピナスさんが真っ先に思い浮かぶけど、バラッドさんは太陽というより月? なんていうかこう大人の笑顔だ!
少し笑顔がぎこちないことは気になるけど、こういうぎこちない笑顔もバラッドさんの個性だろうし、一生懸命笑顔を作ってるのがまた可愛い。バラッドさん自身は美人だけど、ぎこちない笑顔も可愛い。

♂♀♂♀♂♀♂♀

「それにしても、ちょっと疲れ「――ユージー、バラッド! 翔べ!」

――へ!?
俺がどこかで休もうと切り出した瞬間、お姉さんが大声で叫んだ。
どうしていきなりそんなことを言い出したのかわからないけど、このテンションは悪ノリにしてはおかしい。

「わ――わかった!」

大怪我をしてあまり身動きのとれなさそうなバラッドさんの手を引っ張って、俺は跳ぶ!

「うおわぁ!?」

ズドォォォォオオオオン!
背後から聞こえた轟音に振り向くと、公園の滑り台に特大の氷槍が突き刺さってるだと!?
しかも少し経って、滑り台が積木崩しみたいにいきなり輪切りになってる!?

「お姉さん、これは何がどうなってんだ!?」
「どうやら狙われているようだな。お姉さんの指示がなければ、今頃ユージーはあの滑り台と同じ末路を辿っていたぞ」
「狙われてるって、ワールドオーダーの命令に従ってる参加者がまだいるのか!?」
「襲い掛かってくる理由はお姉さんの知ったことじゃないが、虐殺自体を愉しんでいる狂人が一定数紛れ込んでいると考えるのが妥当だな。
 ユージー、次は正面だ! 正拳突きを放て!」

お姉さんが指示した直後――真正面に氷柱が飛んできた。
滑り台に突き刺さった氷槍よりもデカい凶器は、間違いなく俺を殺す気で放たれた攻撃だ。
指示通りグッと拳を固めてた俺はすぐにそれを突き出して、氷を粉砕する!


124 : 名無しさん :2015/02/02(月) 04:32:45 3eLylhj60

「矢張りお前か。ダイナマイトを喰らっても平気とは呆れた耐久力だな」

猛攻の雨が止んで地上に下りたバラッドさんが刀を構える。
俺達の前に現れたのは頭に角が生えて全身が爛れてる――この世にいるとは思えない女だった。

「バラッドさん、知り合いなのか?」
「ここに辿り着く前、ユージーと離れ離れになった頃だ。私とピーター、ウィンセントはこいつに襲われた。
 その際にウィンセントだけを逃して応戦したが、正直に言って次元が違う。あの霧と違い、攻撃自体が一度も当たらないんだ。足止めに放ったダイナマイトすら平気となれば呆れたくもなる」

攻撃が通用しないじゃなくて当たらない? ダイナマイトでも平気!?
あまりにも現実離れしすぎて、バラッドさんなりの冗談だと思いたいけど、彼女から垂れ落ちる冷や汗や漂う緊張感が、これは本気だと感じさせる。
うっそだろお前。よりによってこの状況でそんな怪物が出てきたのか!?

「Praw」

あれ?
さっきまでいたはずの変な言葉を呟いて女が消えた?

「ぼさっとするな、ユージー!」

バラッドさんが叫んだ直後に、有無を言わず襲ってきた強い衝撃。気付けば俺の身体はバラッドさんに突き飛ばされていた。
そして何故か俺の立っていた場所にあの女が立っていて――。

「TenGam」
急いで起き上がろとする間に、今度はブランコがフル回転しながら飛び掛ってきた!?

「なんだよこれ、もしかして怪人か!?」

咄嗟に地面を蹴って直撃を避けた俺に、別方向からぐるんぐるん回転するブランコが命中した。
拷問で指を切断される痛みに比べたら大したことないけど、それでもやっぱり痛い。

「かはっ、げほっ。こいつ、強いな」

ブランコを腹に喰らっただけで済んだのは幸運かもしれない。
氷以外を使った理由は不明だけど、殺傷力の劣るブランコで本当に良かった。これが氷だったら、今頃俺は串刺しだ。

「EgdeDnIw」

ま――また新しい呪文か!?
どう対応していいのか考えている瞬間に、ポニーテールの一部がはらりはらりと勝手に斬れ落ちる。
勝手に斬れる? 違う。これは勝手に斬れたというよりも、何かに斬られたような。

「ユージー、お姉さんからの指示だ。今すぐお前のいなりずしを思い浮かべて、強く念じろ!」
「念じろって言われても――こうか!?」

お姉さんの指示に従ってかつて持っていた懐かしい、いなりずしを念じる。
長年使っていた愛棒を想像するのは難しくない。トイレの時も、シコシコする時も、どんな時も力強くぶら下がっていた頼れる愛棒を忘れるハズがない。
本当は女の穴にも入れてやりたかったけどごめんな、愛棒。

「あれ? こんな真っ赤な剣、どこにあったんだ?」

いつの間にかすっぽりと掴んでいた剣を見つめて、少し戸惑う。
貫け勝利導きし灼熱性槍(コイシュハイトブリューナク)と同じで力強い鼓動は感じるけど、詠唱なんて何もしてねえのに。
ただいなりずしを強く念じて、そうしたらいつの間にか俺の手に収まってて――どうなってんだ!?
しかもどうしてご丁寧に俺のいなりずしと一緒でまだ鞘を剥けてないんだ!?

「うわ!?」
そうこうしてるうちに頬が切り裂かれた。
これは何かの偶然で勝手に切れたわけじゃない。きっと魔法で切られてる。
風だ。一瞬だけど肌に感じた鋭い風が魔法の正体なんだ!

「うりゃああああああああ!」

正体さえ解れば対処法もわかる。
姿が見えていなくても、勘と肌に伝わる些細な風が位置を伝えてくれる。
俺は鞘付きの剣をぶんぶんと乱れ打って、真空の刃を次々と打ち落とした!

「――どうしてこんなことをするんだ! ワールドオーダーの命令に従っても、願いを叶えてくれるどころか帰してくれる保証すらないって、そんなこともわかんねえのか!?」

攻撃を打ち落として、躱して、掻い潜って女に剣を振り下ろす。
この人が戦う理由はわからねえけど、俺だって負けられないんだ。さっきの霧と同じように気絶させてやる!

「悪意こそが精神の本質だから。
 殺したい。喰らいたい、嬲りたい、犯したい、奪いたい、壊したい、苛みたい、苦しめたい、虐げたい、躙りたい 。そうおもうことが とうぜんなの」

「違うッ!」

女のバリアに剣が防がれた刹那、拳を腹に受けて吹っ飛ばされる。
痛い。痛いけど、聞き逃さなかった。俺はこの怪物染みた女が言ったふざけた台詞を、たしかに聞いたんだ!


125 : 名無しさん :2015/02/02(月) 04:34:01 3eLylhj60


「生物が誰も彼も同じみたいに云うな、怪物! 精神に本質なんてねえんだ!
 生き物はそれぞれ違って、だからこそ楽しい。皆が皆お前みたいに、殺したい喰らいたいなんて考えてるワケねえだろ!
 姉ちゃんは俺が余計なコトを言ったせいで、俺を助ける為に命を犠牲にした。バラッドさんは命を懸けて俺の為に戦ってくれた。お姉さんは俺の根性に応えて契約してくれたんだ。
 ――これのどこが悪意だ。世界は愛に満ちてるんだよ、エロ本読んで出直してこい!」


今の俺は、色々な人に支えられてここにいるんだ。
本当に悪意こそが精神の本質なら、俺はもうとっくに見捨てられて死んでた。
だからその人達の本質が悪意だなんて云われても、絶対に違うって言い切れる。この人達はそんなコト考えてないって断言出来る!
それに生物は、誰も彼もが違う個性を持ってるんだ。それらを全て一緒くたにして、本質だなんて言葉で決め付けるなんて、それ自体がおかしいじゃねえか!

「それは ただの きれいごと。例外なく 誰の中にも 悪意はある。Praw」
「そうやって嘲笑うなら嗤え怪物! それでも俺は皆を信じてる!」

眼前まで瞬間移動してきた怪物に、熱意の籠った斬撃をお見舞いする!
きっとこいつに言葉は無意味だ。拳で語るしか止める方法はない。
こいつが悪意を信じるなら、俺は皆を信じる。大切な仲間を。クラスメイトを。友達を心の底から信じるんだ!

「DlEihs。DroS」
「そ――そんなのありかよ!?」

またしても光の盾に受け止められる俺の剣。そしていきなり怪物の右手に現れた漆黒の剣が振るわれる。
呪文は一定の間隔が必要だとか、そういう弱点はないのか!?
なんとかして剣で受けようとするけど――これじゃ間に合わねえ!?

――何を思ってるんだ俺は。ポジティブ精神を捨てるな! 間に合わねえなら、間に合わせればいいんだ!

「ちょっと痛いけど我慢だユージーちゃん!」

そう自分に言い聞かせて――左拳を自分の腹に打ち付ける!
ただでさえ華奢な美少女=ユージーちゃん=俺の身体は豪快に後ろへ吹っ飛んで、地面に激突。正直イタイ!
だけど致命傷は避けられた。標的を見失った剣が空を斬り、怪物が僅かに体勢を崩す。

その隙を見逃すバラッドさんじゃない。怪物を狙って超速で刺突が繰り出された!
もちろん盾は建材で難なく防がれたけど、それでいい。バラッドさんもきっと計算済みで攻撃してる。
盾のない右手で振るわれる剣を刀で受け止めて、バラッドさんは大きく口を開いた。

「行け、ユージー!」

がら空きの腹を蹴られて吹っ飛ばされながらも、バラッドさんは力強く叫ぶ。
そうだ。俺はこの瞬間を待っていた!
バカの一つ覚えで誰でも思いつくような策だけど――そういう作戦は派手に決まる!

「お姉さんからの有り難い命令だ。ユージー、そのいなりずしをシコシコしろ。
 そして頑張れよ、ヒーロー。観客は独りしかいないが――それでもお姉さんはお前を応援しているぞ」

お姉さんの声援が、ぐっと力強く背中を押す。

「任せてくれ。そこに一人でも観客がいれば、ヒーローは全力で戦えるんだ!」

お姉さんの期待に応えるべく、剣をシコシコとシコり始める。
少し鞘に触れただけで伝わる熱に、何故か懐かしさを感じた。熱すぎず、冷たすぎない程良い体温だ。
俺が慣れた手付きでシコシコするたびに剣が大きく、逞しくなる。いつの間にかその姿は、大剣と云うに相応しいものとなっていた。

「懐かしい感触だな。……お前、もしかして俺の元いなりずしなのか?」

そんなことを話し掛けると鞘は豪々と燃え上がる。
こいつは剣だ。喋ることは出来ないし、普通なら意思疎通も難しい。
だけど俺にはこいつの意思がわかる。だってこいつは、燃え盛る炎でしっかりと応えてくれたんだ。

「そっか。お前はもう使命を全うしたのに、まだ俺の愛棒でいてくれるんだな」

永遠の別れだと思ってた愛棒と思わぬ形で再会を果たせたんだ。
嬉しいさ。嬉しいに決まってる。
フランクフルトや咥え込む方の口も嫌いじゃねえけど、やっぱり俺には愛棒が一番しっくりくるぜ。

「ちなみにその炎は摩擦熱だ。これまで蓄積してきた熱が、剣の力となって解き放たれている。
 ここまで大きな炎を持つ童貞戦士は、お姉さんも初めてだけどな。夜な夜なシコシコしてきた行為は無駄じゃなかったということさ」

そうか。そうだよな。
俺の行為は無駄じゃなかった。愛棒と一緒に積み重ねた行為は、決して無駄なんかじゃねえんだ!
だからさ、愛棒。お前も俺と一緒に戦ってほしいんだ。
勝手に自分で女になったり、新しい身体になったりしたけど――やっぱり俺の愛棒はお前しかいねえんだ!


126 : 名無しさん :2015/02/02(月) 04:34:47 3eLylhj60

ゴォォオォオオオ!
愛棒がより一層滾り、燃え盛る。
当たり前だろ。俺はいつだってお前と一緒にいた相棒だぜ、ユージー。
まるでそう応えるように。俺の感情に呼応するように、愛棒は熱く、そして何よりも格好良く俺に炎を見せ付けた。


「……よし。やってやろうぜ愛棒! あの女に精神の本質は悪意だけじゃないって、思い知らせてやるんだ!
 あいつになんて言われても――――俺達は俺達の童貞(おうどう)を貫いてやる!」


愛棒を携えて俺は跳ぶ!
精神の本質や悪意なんて知るか。俺は俺らしく、自分で決めた道を突き進むだけだ!


「お前が絶望を翳して、悪意を振り撒くなら――俺は希望のウタを唱って、皆に笑顔を振り撒いてやるぜ!」


ドズウウウウウウウウウン!
上空から振り下ろした愛棒と怪物の盾が激突する!
負けられねえ。この戦いは負けられねえ!
愛棒が力を貸してくれたんだ。お姉さんが応援してくれてんだ。バラッドさんを護るんだ。皆を助けるんだ!
姉ちゃんに繋ぎ止めてもらったこの命を――絶対に無駄にしないって決めたんだ!

「きぼう? えがお? そんなものは 本質の対極。
 精神の本質は悪意 悪意が本質だから人は裏切り 躊躇なく他者を蹴落とす」

「だから――精神の本質なんて言葉で色々な人を一緒くたにすんな!
 どんな人にも1ミリくらいの悪意はあるかもしれないけど――それは決して本質なんかじゃねえだろ!
 それにそもそも言ったハズだぜ。生物は誰も彼も皆違って、だからこそ楽しいんだ! 精神の本質なんて存在しねえんだ!」

「ちがう。せいぶつは かんたんに ひとをうらぎる」

「一部を見て全部をわかった気になるなよ!
 確かに悪意の塊みたいな人間もいるさ。俺だって心当りがないわけじゃない。
 だけどお前が知らないだけで、そういうヤツ以外に優しい人だっているんだ! 勝手に決め付けんな!」

「誇り高い騎士も、聖人然とした教祖も、孤児を引き取って育てる篤志家の老女も例外はない。
 どんな種族も 偽りの仮面で隠しているだけで それを剥ぎ取れば悪意に満ちている」

「この、わからず屋! エロ本読めよ、どんな種族もアヘ顔ダブルピースでみんな一緒に仲良しこよしだぜ!
 ただし陵辱はダメだ! 別に性癖自体を否定するつもりはないけど、あれはこう、愛が感じられねえんだ。安心してシコシコ出来ねえんだ!」
「りかい ふのう」

こいつと俺の意見はどこまでも平行線だ。
不気味な嗤いを崩さずに、悲劇のヒロインみたいな台詞を話す女の姿は、俺とは違う意味で吹っ切れた人間にも見える。
だってこの女が言ってることは――まるで誰かに裏切られた人みたいじゃねえか。

「教えてくれ。どうしてお前は、自分に嘘をつくんだ!」

相手の目をしっかりと見つめてそう言った瞬間、光の盾に亀裂が走って――。

「うそを ついているのは あなた。生物は かんたんに うそを吐く」

光の盾があっさりと割れた。
そしてこいつは躊躇なく右肩を差し出して――炎を纏った愛棒が叩き込まれた。
まだ皮を剥けてない俺の愛棒は、鞘に収まった剣だ。肩を斬り落とすことはねえけど

「どう? 他者を 傷付けることは 楽しいでしょう?」

肩に奔る炎をものともしないで、怪物が楽しそうに、愉快に嗤う。
やっぱりこいつ、わざと喰らったんだ……!

「ふざけんな。俺は足手まといになるのが嫌で、皆を護りたくてヒーローになったんだ。誰かを傷付けて、楽しいワケねえだろ!」

それが俺の本心だった。
きっと信じてもらえないけど、別に誰かを虐めたいわけじゃねえんだ。
ワールドオーダーに叶えてもらいたい願いもないし、殺し合い自体反対だ。むしろあいつには腹が立つし、絶対に斃すって決めてる。
そして皆と一緒に笑い合って、巻き込まれた中学の皆と学校を卒業するんだ。ワールドオーダーなんてたいしたことなかったって、あいつらと一緒に笑い飛ばしてやるんだ。


「それに俺の取り柄は自分の気持ちに正直な性格だって、友達が言ってたんだ。そんな俺が羨ましいって、普段は童貞を馬鹿にしてばかりのクラスメイトが褒めてくれたんだ。
 だから俺は自分の気持ちを偽るつもりはないぜ。これだけは絶対に貫き通すって決めてんだ!」


ピーターと戦った時から、ずっと実花子が俺の背中を押してる気がする。
あいつは普段ドーテードーテーって俺を馬鹿にしてくるのに、いきなり俺を褒めたり、励ましてくれることがある。
馬鹿にしつつバレンタインに義理チョコをくれたり、ホワイトデーにチョコを受け取ってくれたりもした。あれで意外と根は悪くないんだ。


「お前なんかに俺の信念を。いつでもビンビンの性槍を曲げられるもんかっ!」


127 : 名無しさん :2015/02/02(月) 04:36:16 3eLylhj60


こんな状況でも実花子に支えられるのは少し恥ずかしいけど――だからこそ、あいつを助けて借りを返してやる。
俺はぎゅっと愛棒を握り締めて――呆然と立っている怪物に斬りかかった。殺すつもりはねえけど、この一撃で決着だ!


「ブフォッ!」


そして。

「――――気を付けろユージー、今のそいつはお前の手に負える敵じゃない!」

刀を片手に走るバラッドさんが、焦って注意を促す。

「この溢れ出る殺気、只者ではないな。気を引き締めろユージー、正念場だぞ!」

お姉さんが警告の入り混じった声援をおくる。

「そ――んな?」

そして俺は――愛棒諸共地面に叩き付けられていた。
一瞬だ。怪物が噴き出した直後に、俺の斬撃は躱されて、逆に自分が攻撃されていた。

「ブッ――ハハハハハハハ!」

女が嗤う。これまでよりも大きく、そして何より楽しそうに怪物は嘲笑う。
異常だ。さっき戦った二人と霧の怪物も異常だったけど、この女は違う意味で狂ってる。こいつは本当にさっきまでの女と同じなのか?
明らかに雰囲気が違う。まるで誰か別人になったかのような変貌だ。

二重人格。憑依。入れ替わり。
エロ本やフィクションでよく使われる言葉が思い浮かぶ。
これでも保健体育だけは成績がいいんだ。エロ本で手に入れた知識はしっかりと覚えてる。
エロ本は俺にとって血となり肉となる教材だ。エロ本やその他フィクションで培った知識が頭を駆け巡り、答えを探す。

「思い出せ。どこかで見覚えがあるハズだ」

入れ替わりは有り得ない。バラッドさんやお姉さんの性格が変わった様子はないし、それ以外は全員気絶中だ。
二重人格と憑依。残る二つの選択肢で、俺がより近いと思ったのは憑依だった。
そうだ。これは憑依エロ本と似てるじゃねえか!
俺が読んだ本ではオークみたいな男が美少女に憑依して、下品な笑い声をあげていた。
まあこういう展開は入れ替わりでもよくあるんだけど――さっきも考えたように、入れ替わりは基本的に人格や魂の入れ替わりだ。
中には記憶さえも流れ込む入れ替わりがあるからバラッドさんやお姉さんを演じてる可能性もあるけど、だとしてもバラッドさんやお姉さんと入れ替わったなら、すぐに二人が教えてくれるハズだ。そもそも怪物の態度は俺の知ってる二人とは全然違う。

「世界中のエロ本は俺の味方だ。男の情熱が。浪漫が詰め込まれた至高の本を読むことで俺は一つ賢くなる。
 そしてまたエロ本が教えてくれたぜ。怪物女に憑依した男! お前の正体は――誰だ!」

「俺は誰の中にでもいると言いたいところだが――お前からは悪意や殺気が微塵も感じ取れねぇな。ガキ、お前こそ何者だ」
「ただの美少女童貞。そしてヒーロー、永劫なる童貞英雄(エーヴィヒ・コイシュハイト)だ!」
「ブフォッ! りんご飴以来初めてサシで俺に傷を負わせた存在が、童貞を名乗るヒーローか」

相変わらず怪物はゲラゲラと嗤っている。
俺は既に体勢を整えて愛棒を構えてるのに、こいつは武器すら持っていない。
漆黒の剣もどこかに消えて、本当にただ笑っているだけの状態だ。
――りんご飴。たしか巷で噂の謎の少女。俺の脳内美少女ランキングトップクラスの人だ。
友達のもこたん曰くかなり変人に見えて、やっぱり変態なんだけど、根はいい人。ちなみに俺はルピナスさんより、もこたんやミルちゃんの方が親しかったりする。特にミルちゃんはエロ本談義や貸し借りがごにょごにょ。
特撮番組の最終回に感動して暴走したルピナスさんがそこら中にばら撒いたチラシには、ボンバーガールの最高のパートナーで装備が揃えばジャパン・ガーディアン・オブ・イレブン最強かも?って書いてあった。ミルちゃんもりんご飴さん専用の道具をいくつか開発中だとか。

エロゲの説明的文ここで終わり!
とにかくそのりんご飴さんは、こいつに傷を負わせた貴重な存在らしい。
俺も傷を負わせたけど、所詮はかすり傷だ。完全に回避されたと思った斬撃がちょっとだけ掠ったくらいで、攻撃を当てたとは言い難い。

「幾多の策を弄して俺を撃ち抜いたりんご飴。策も無しに突っ込んでかすり傷を作ったお前。
 まさか正反対の戦法で傷を負わせられるとは――ハハハハハハハハ! あまりにも可笑しくて笑うしかねぇよ」


128 : 名無しさん :2015/02/02(月) 04:37:11 3eLylhj60

「うおおおおおおおおッ!」
「ワールドオーダーもなかなかいかしたアクションを用意するじゃねえか。しかし折角楽しむにはよ、邪魔者がいるな。あいつを育てる餌には最適だが、バラッド――お前に俺の相手は務まらねぇよ」

気付けば間合いに入っていたバラッドさんが放つ神速の刺突を避けて、怪物は更にゲラゲラと嘲笑っていた。
そこから流れるように派生する下段斬り。それすらも回避して、無防備なバラッドさんの首にあいつの手が――――。
くそっ……このままじゃバラッドさんは防御も間に合わない。だったら俺が動くしかねえよな!

「待てよ。お前が戦いたいのは、このユージーちゃんだろ!」

俺は意を決して咄嗟に愛棒を振るった。こいつをぶっ飛ばして、ひとまずバラッドさんから距離を空けるんだ!
さっきはかすり傷だったけど、今度は確実な一撃を当ててやるぜ!

「違いねぇ。しかしお前もバラッドを狙われた方がいい動きするじゃねぇか。え?」
「だからってバラッドさんを巻き込むんじゃねえ! これは俺とお前の戦いだ!
 お前がバラッドさんを殺すなら――――愛棒!」

ゴォォオォオオオ!
愛棒の纏っていた炎の一部が、俺の意思に反応して怪物に迫る。
これが愛棒の隠し技だって、本人の魂が俺に語り掛けてくれたんだ!
命までは奪わねえけど、お前だってバラッドさんを殺そうとしたんだ。あの女には悪いけど、憑依を追い出す為にも致命傷くらいは覚悟してくれ!

「ElCriC」
「うっそだろお前!?」

怪物を中心に現れた丸い結界に、愛棒の攻撃を遮断された!?
こいつが使える防御系の技はあの盾だけじゃねえのか……!

「DroS。Praw」

右手で黒剣を握った直後に結界から姿を消した怪物。
この呪文には聞き覚えがある。きっと瞬間移動だ!

「同じ手に二度も引っ掛かるか!」

ビンビンと感じる殺気に振り向いて、愛棒を叩き込――――めない?
どうなってんだ。あいつは剣を振ってねえのに。ただ左手を前に突き出しただけなのに、どうして俺が吹っ飛ばされてんだよ!?
まさかこいつ、呪文なしで能力が使えるのか? それならどうして、さっきまでは呪文を唱えてたんだ!?
頭が疑問に満ち溢れる。もうこれ意味わかんねえよ。

「俺は何を考えてんだぁああああああああ!」

――俺は考えるのが苦手だ。だからとりあえず、やけくそに叫んで発散した。
傷は浅い。拳骨が直撃したような痛みは感じたけど、生憎と俺は痛みに慣れてるんだ。この程度でへこたれるかよ!
相手が反則的な技を使えるなら、それでもいい。どんな敵が相手でも、俺がやることには関係ねえだろ!

どんな強敵が相手でも――――俺は俺の童貞(おうどう)を貫くって決めてんだ!

『連撃だ、相棒。お前が翔べば、俺も駆ける』
「おう。俺も愛棒のことを信じてるぜ」

愛棒と魂で語り合って、俺は疾走った。
直後に繰り出された弾き飛ばされる様な衝撃を、気合いで押し切る。
身体を圧し潰そうとするデッドボール染みた攻撃を愛棒で打ち返す。野球の経験が思わぬところで生きた瞬間だ!
そして予想も出来るハズもない反撃をあっさりと避ける怪物。相変わらずこっち見てゲラゲラと笑ってやがる。

「やっぱアンタすげえよ。力の使い方は間違ってるけど……実力は認める。きっと全参加者でもかなり強い方だ」

これでも俺は全力でホームランしたんだ。それをいとも容易く回避出来たこいつの強さを理解はする。
でも力の使い方は――――誰かを殺す為に力を悪用することは、絶対納得しねェけどな!!
だからお前が俺のホームランを躱すこともわかってた。こいつなら絶対に避けれるって思ってた。
本当の狙いは直接当てることなんかじゃない。お前が回避行動をとるその一瞬を待ってたんだ!
俺は一気に加速して、右脚に白濁色を纏わせる。

「この一撃で―――――決まりだぁあああああああッ! コイシュハイトキィィィィッック!」
「DlEihs。ElCriC。PureWop」

超加速から繰り出される飛び蹴りと、ほんの少しの呪文で現れる漆黒の盾に闇の結界。
普通なら拮抗してもおかしくない組み合わせだけど、一つだけ違いがあった。
それを証明するように――信念を乗せた白濁の輝きが、すべてを塗り潰そうとする黒に穿たれる!

「ユージーの飛び蹴りが二重防壁を貫いた……!」

バラッドさんが信じられないと驚いてるけど、俺はこの未来を信じてた。
この怪物になくて、俺には有り余るほど溢れてるもの。それは信念や情熱、そして仲間だ。


129 : 名無しさん :2015/02/02(月) 04:38:12 3eLylhj60

「何を驚いているバラッド。ユージーはお姉さんの契約者だぞ? この程度は想定内だ」
「そうか。――だが奇跡は、そう長く続かないようだな」

そうだ。バラッドさんが言う通り、奇跡は長く続かない。
二重の防御を貫かれても、怪物は少し驚いたくらいで、すぐに身体を動かした。
おかげでキックのほとんどは空を切り、右腕を少し掠るだけに終わる。
だけど、それでいい。俺にはまだ、愛棒がいるんだ!


「俺はまだ負けてねえんだぁあああああ!」


気合いの雄叫びをあげて、力尽くで愛棒を大地に突き刺す。
衝動でキックの体勢が崩れて、少しだけ浮く身体。愛棒の柄の先端、亀頭を思いっ切り踏み付けて俺は翔ぶ!


「バラッドさん。奇跡が長く続かないのなら――――もしバラッドさんが奇跡だと思ったコトが長く続いたら、それはなんて言うんだろうな」


右手に吸引されるように飛んできた愛棒をしっかりと握る。
俺の身の丈ほどある愛棒――――大剣を手にしただけで、落下速度が何倍にも跳ね上がった。
通り過ぎて行く風が愛棒を刺激して、摩擦して、徐々に纏う炎が増してゆく。

視線の先に映る怪物を見据える。
相変わらず余裕のある態度で黒剣を構えて、迎撃体制に入っていた。
無限に感じられる落下速度は、現実にして一瞬だ。攻撃を避ける一秒、呪文を詠む瞬間すら与えてやるもんか!


「奇跡? ――違うな。これはユージーが自らの手で掴んだ希望だ。それを奇跡や偶然なんて安い言葉で片付けるな。
 さあユージー――――燦然と輝く熱き勇気を! ヒーローが宿す魂の煌きを魅せつけてやれ!」


そうだ。これは奇跡なんかじゃない、俺がこの手で掴み取った希望だ!
俺は自分が勝つことを信じて、太陽を背に愛棒を思いっ切り振り上げる。今は俺達を照らすこの光も、観客の一人だ!



「燃え滾れ―――
        灼熱愛棒・情熱秘めし性なる斬撃(ライデンシャフト・シュヴァンツシュナイデン)ッ!」



今の自分に出せる最大限の力で、愛棒を振り下ろす!
全力で打ち付けた真紅に煌めく愛棒を、怪物が闇に染められた黒剣で受けた。
愛棒が金属音の雄叫びをあげる。黒剣が軋み、声にもならない悲鳴をあげる。

壊してくれ。砕いてくれ。私はこんな使われ方をしたくない――。
黒剣の奏でる激しくも何故か哀しい音は、そんな嘆き声にも聞こえる。
――そうだ。被害者はなにも、俺やバラッドさんだけじゃねえんだ。
この剣も哀しんでる。苦しんでる。助けを求めてる。
だから俺はヒーローとして、こいつも助けてやりたいと思ったんだ!


「自分の武器を――信頼出来る仲間を泣かせやがって。少しは頭冷やしやがれ!」


そして黒剣は砕け散り、そのまま怪物に愛棒を叩き込む!
全速力全体重を乗せた一撃は避けられずに、怪物を斬る。
大量の血が怪物の傷口から流れ出て――それでも怪物はゲラゲラと嗤う。

「ブフォッ!」

怪物が大声で噴き出して、真っ赤な血が一気に撒き散らされる。
どうなってんだよ。まさかこいつ、憑依が途切れる前に自滅する気なのか!?
バラッドさんは刀を構えて警戒モードだし、このまま戦闘続行もありえるってコトかよ……!

「――――今回はお前の功績に免じて、俺の敗けだ。いい気分だろ」
「油断するな、ユージー。こいつがもし私の知る者だとするなら――言葉を鵜呑みにすることは危険だ」
「バラッドさんの言う通りだと思うけど、一つ訊かせてくれ。俺の功績ってなんだ?」
「りんご飴に次いで俺にそれなりの傷を負わせたじゃねえか。雑魚共の攻撃を回避して一方的な虐殺も愉快だけどよ、たまには例外が存在しないと退屈だろ」
「わかんねえよ。どうしてお前は、虐殺を愉快だと思うんだ。お前だって家族を殺されたら嫌だろ……!」
「家族? そりゃあ壊す為の玩具だろ。14歳の頃に兄を殺したが、あの快感は今でも忘れられねえよ」

楽しそうに話す怪物の姿を見て――――俺はやっと理解した。
姉ちゃんに大切なコトを教えられた俺と、兄を玩具として殺した怪物。
俺とこいつはどこまでも正反対で、絶対に相容れない存在なんだ。

「とにかく俺はお前を気に入った。お前もバラッドを守る目的を果たせて大勝利だろ、喜べよ」
「今はバラッドさんが危険だからここは退くけど――お望み通り、お前だけはいつか絶対に斃してやる!
 そっちが勝手に気に入っても、俺はお前が気に入らねえんだ!」

最後にビシッと指をつきさして、堂々と敵に宣戦布告した直後に――

「Praw」

俺達は知らない場所に立っていた。

♂♀♂♀♂♀♂♀


130 : 名無しさん :2015/02/02(月) 04:38:57 3eLylhj60

ユージー達を逃した後も、怪物は未だに嗤っていた。

『お望み通り、お前だけはいつか絶対に斃してやる!』
『これでも借りは返す主義なんだよ。極限のスリルを体験させてくれた礼に、今度は成長したりんご飴ちゃんと一緒に愉快で楽しく乱交しようぜ、ヴァイザー!』


ああ――最高だ。
ユージーとりんご飴。この二人だけは自分を心の底から満足させてくれる。
殺人は愉しい。彼にとって悲鳴は音色で、弱者は玩具だ。一方的な虐殺も悪くはない。
悪くはないが、単調な作業ばかり続ければ飽きてしまうのが人間というもの。様々な工夫を凝らしても、やはり虐殺に変わりはない。
新たに悪事や殺人方法を試行錯誤すべきか。そう思っていた矢先に出会ったのが、りんご飴だった。
彼は決して強くはない。常人の中では間違いなくトップクラスの部類に入るだろうが、それでもダークスーツの男には遠く及ばない。
結果はりんご飴の惨敗。所詮は彼も有象無象の一人だと、とどめを刺そうとした刹那に男を襲ったものは――胸の辺りを穿つ痛み。

りんご飴は、ジャパン・ガーディアン・オブ・イレブンで誰よりも諦めの悪い性格だ。どんなゲームも、最後の最後までやり尽くさねば勝敗はわからない。
ゆえに彼はどんな状況に陥っても臆することなく立ち向かう。自分が圧倒的に不利だと判断した際――たとえば弱点を突かなければ致命的な一手を打てない相手には素直に退くこともあるが、逆に不利だと判断しても勝機さえあれば戦闘を愉しむことも多い。
彼が対峙していたヴァイザーは人間である。技量は凄まじいが、それでも刀や銃弾で沈む常人だ。りんご飴にも勝機はある。
何よりもりんご飴も戦闘を愉しんでいた。圧倒的なスリルに身を震わせて悦んでいた。

そしてヴァイザーもまた、喜んだ。
もしもりんご飴が成長すれば、さぞや楽しい命のやり取りに興じることが出来るだろう。
この身を焦がす痛みが心地良い。死すらも楽しみと言ってのける男にとって、痛みもまた快楽の一つである。
だからこそヴァイザーはりんご飴を気に入り、彼を逃した。自分に有効打を与えられる者を容易に殺すなど、あまりにも勿体ない。

ユージーを逃した理由も同様だ。相手に合わせてお遊び程度に手加減したし油断もあったが、それでも傷を負わせた功績は大きい。りんご飴と並んで成長が楽しみな逸材だ。
同じ組織に属することである程度の情報を握っているバラッドは、ハンデとして逃した。
サイパスは組織の情報が漏れることを嫌がるかもしれないが、男の知ったことではない。それにバラッドならば、りんご飴やユージーを始めとしたダークスーツの男に対抗出来得る戦力を集めるかもしれない。それとも彼女自身が戦力として更に磨かれるか。
狂人でない彼女ならば、或いは男に有効打を与えられる技術を習得するかもしれない。少なくとも殺戮に興奮を覚える組織の狂人共よりは可能性がある。問題は他者を斬る際に発せられる殺気をどう抑えるか――彼女がそれを克服出来たとするなら、楽しみが更に一つ増える。

「――――喰えよ」

ダークスーツの男も決して人肉は嫌いではない。むしろ好物であるが、今はオデットに喰らわせる。
穢れを知らない者が屍を貪り喰う姿は、なかなかに愉快な見世物だ。こうして堕落させるのも悪くない。
ただしユージーとりんご飴だけは己が手で決着をつける。その為に逃したのだ、彼らを誰かに横取りさせるつもりはない。
それに彼ら二人と対面したいと思っている“喰らわれた死人”はダークスーツの男だけではない。今回は表に出なかったが、そいつらを思わぬ形で引き合わせるのも悪くないと男は考えたのだ。
絶望に塗れた死人とご対面を果たしてりんご飴とユージーはどんな反応をするのか。それを考えるだけでも嗤いが止まらない。

「ククッ――ハハハハハハハ!」

最後まで狂笑を絶やすことなくダークスーツの男は表層から消えた。

オデットの自我が表に現れた怪物は、いつの間にか炎に包まれていた少女と指の一部が欠けた少女の遺体へ牙を突き立て、喰らう。
続けてアザレアとピーターに目を付けるが、それを遮るように霧が現れた。

「……」

覆面男は何も話さない。そもそも言語を解すことが出来るかも怪しい存在だ。
何故かアザレアを保護しているが、その理由すらも解らない。彼は一切口を開こうとしないのだから。
オデットの行く手を阻む様に無言で佇む彼は、矮小な肉体の大きさに反して異様な殺気を放っていた。
この極限まで研ぎ澄まされた殺気だけに限れば、狂人犇めくこの場でもトップクラスだろう。何せ彼は少なくとも55人以上は殺害し、解体してきた殺戮者だ。


131 : 名無しさん :2015/02/02(月) 04:39:54 3eLylhj60

「……!」

そして殺気を開放するように、覆面男はオデットへ向けて小さな腕を伸ばした。規模に反して膨大な殺意が込められた先制攻撃である。
されどオデットは最低限の動作で攻撃を回避。続けて呪文を唱える。

「EgdeDnIw」

たったの一言で繰り出される風の刃。
鎌鼬が霧で構成された肉体を通過して、先の戦闘で50%以上も霧散した濃度が更に減少する。量は1%にも満たない僅かな数値であるが、今の覆面男にとってはそれすらも惜しい破片だ。
そして一度射出された刃は止まらない。覆面男を突破した後も勢いを一切殺すことなく、そのまま気絶しているアザレアの方角へ――

「…………!」

到達する寸前に、覆面男が巨大な腕を空に振るう。圧倒的な力を以って放たれた横薙ぎは風圧を生み出し、刃をも飲み込む。
予期せぬ事態にオデットが注意深く観察してみれば、アザレアを守護した覆面男の肉体が異様に膨れ上がっていた。濃度100%の状態とまではいかないが、霧に満ちている。
そして呆然と佇む彼の真下には、見るも悍ましい球体が言葉にもならぬ奇声を発していた。意味は誰にも通じないが、その憎しみと哀しみに満ちた気色悪い姿は、如何なる生物も本能的な恐怖を抱くことだろう。
だがしかし現象とも云える覆面男に、恐怖や本能は存在しない。悲鳴や恨み言は解体を盛り上げてくれる調味料であり、本来の意味を為さない。
慈悲なき彼はどこか一部分の欠けた球体を掴み上げて、躊躇なく喰らった。怨嗟の絶叫が食卓を彩り、食欲を湧かせる。

彼が取り込んだ球体の正体――それはこれまで温存していた四条薫の魂である。
本来なら成仏する筈の魂を強引に現世へ定着させることでストックしていたのだ。
容れ物を喪った四条薫は死亡する際の痛みを遥かに超える激痛を延々と味わうことになるが、覆面男にそれを哀れだと思う心はない。
彼女が発した奇声は最期の断末魔で。四条薫の魂は、遂にこの世から消滅した。
されどそこに救いなど非ず。成仏や魂葬をされることなく、魂魄そのものが怪物に捕食された彼女は、今もなお覆面男の内部で地獄の苦しみを味わい続けている。

(これはこれは。彼も私と似た性癖でしたか。しかし品のない食べ方ですねぇ)

ユージーに裏拳を打ち付けられて以降、一歩も動かなかったピーターが舌なめずりをする。
実はこの男、意外にも気絶していない。自分が弱者だと自覚している彼は、こうして気絶したふりをすることで戦闘を観察していたのだ。
何せオデットやユージーは援護射撃でどうこう出来る相手じゃないし、ピーターが出てもすぐに負けるのがオチだ。彼は無闇に首を突っ込むよりも、待機が最善だと判断した。
尤もピーターの想像通りにことが進んでいれば、今頃は覆面男がユージーを殺して、自分はバラッドを食していた予定だったのだが。覆面男がユージーに敗北してオデットまで来襲した時は、どうしてこうなると焦った。
結果的に覆面男が復活を果たしてオデットと対峙しているが、果たして彼は化物に勝つことが出来るのだろうか?
色々な意味で予想を遥かに超えていたユージーが異常だという見方もあるが、この化物は手を抜いてわざとユージーに敗北した可能性が高い。自分やバラッドは手も足も出なかった怪物だ。

(今は観戦を続行して、アザレアが目を覚ますまで待つしかありませんか)

故に気絶したふり。
あまりにも情けない手段だが、弱者のピーターはこうして危機を脱したこともある。彼は女性を誘惑する話術以外に演技力も高いのだ。
アザレアさえ目を覚ませば後は覆面男を利用して、空を飛ぶなりして逃げればいい。アザレアが運んでくれと頼めば、きっと快諾してくれるだろう。
問題はアザレアの性格だが、これはピーターが頼めば承諾してくれると考えている。それなりに親しいということもあるし、何よりアザレアも簡単に自分の命を捨てるつもりはないだろう。


オデットは精神の本質が悪意だと改めて思い知らされた。
殺すのが楽しい、苦しめるのが楽しい、それが当たり前だとダークスーツの男は云った。オデットは虐殺や食人に愉悦を感じた。覆面男は正体不明の球体を捉え、食した。
ワールドオーダーの命令など関係ない。人喰いの呪いなど知ったことか。オデットは自分が殺したいと思ったから、他者を殺しているだけだ。
ポニーテールの少女の言葉はやはり異常だ。悪意こそが精神の本質であり、自分は何も間違っていない。

覆面男とオデットは互いに向き合い、戦闘を再開した。


132 : 名無しさん :2015/02/02(月) 04:40:29 3eLylhj60


【ピーター・セヴェール】
[状態]:頬に切り傷、全身に殴られた痕、ダメージ(中)、疲労(中)
[装備]:MK16
[道具]:基本支給品一式、MK16の予備弾薬複数、ランダムアイテム0〜1(確認済み)、麻生時音の死体
[思考・行動]
基本方針:女性を食べたい(食欲的な意味で)。手段は未定だが、とにかく生き残る。
1:覆面男をコントロール出来るアザレアが目を覚ますまでは、気絶したふりでやり過ごす。
2:アザレアが目を覚ましたら覆面男の性質を利用して、アザレアや覆面男と共に戦闘から逃れる。ただし覆面男がオデットを殺せそうな場合は別。
3:オデット(名前は知らない)の始末はユージーやバラッドに任せる。
4:生き残る為には『組織』の仲間を利用することも厭わない。

【アザレア】
[状態]:ダメージ(大)、疲労(中)、気絶
[装備]:サバイバルナイフ
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:自由を楽しむ
1:気絶中
2:覆面男の為に適当に誰か殺す
3:覆面男が満足したら再びリヴェイラを追う
4:覆面男に自分の作品を見せる

【覆面男】
[状態]:濃度55%
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:???
1:???
※アザレアをどう思っているのかは不明です。というか何を考えてるのか不明です。
※外気に触れると徐々に霧散します、濃度が0になると死亡します


                  ∽

――――そこは何もない、静かな世界だった。

案山子に撃たれた私が今いる場所は天獄でも地獄でもない。
覗き穴から僅かにガキや霧が見える。私がルッピーを預けた子は、いつの間にか消えていた。

「誘拐されちゃったかな」

間違いない。
ルッピーが勝手に私から離れるわけがない。だから誘拐だ誘拐しか有り得ないそれ以外の選択肢はないないないないないない。
許せない。やっぱりあいつも、悪人だ。さっさと切り捨ててガキ諸共殺すべきだった。

愛だ。愛が足りなかった。どれほど深く愛したつもりでも、まだまだ足りなかった。
もっと悪人を捧げなくちゃ。
これだけじゃ足りない。もっと、もっと、もっと、もっと殺す。
そしてルッピーの亡骸も取り込んで愛してあげる。ユキや舞歌と思い出を作ることが出来ないなら、せめてルッピーだけでも取り戻したいよ。
ここを二人だけの愛の巣にしよう。私はルッピーの全てをここに閉じ込めたいよ。
今度は二人で悪人を殺そうよ。その為にもまずはこの悪鬼共と勝手に誘拐した悪人を殺さなきゃね。
何故かルッピーの声が聞こえないけど――――絶対に私がルッピーを救うから。誘拐犯から取り戻してあげるから。だからそれまで、少しだけ待っててねルッピー。
既に死んだハズなのに、愛は不滅で。永遠にルッピーを想う限り私が死ぬことはないから、大丈夫だよ。
永久より永遠に続く愛を証明して、また二人だけで笑い合おう。二人の愛を邪魔する相手は私が殺してあげるからね。

【オデット】
状態:ダメージ(大)、疲労(小)、右肩に火傷、人喰いの呪い発動、全体的に回復中
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:嬲る壊す喰う殺す。
1:ユージー、りんご飴と決着をつける。
2:ルッピーを捕食して愛を証明する。
※ヴァイザーの名前を知りません。
※ヴァイザー、詩仁恵莉、茜ヶ久保一、尾関夏実、 麻生時音を捕食しました。
※ダークスーツの男が認めた場合は、彼が表に出る可能性があります。


133 : 名無しさん :2015/02/02(月) 04:41:20 3eLylhj60


                       ?
結果が出ないとき、どういう自分でいられるか。
決してあきらめない姿勢が、何かを生み出すきっかけをつくる。


♂♀♂♀♂♀♂♀

♂前回のあらすじ♀
男の娘童貞の俺は戦力外の野球少年のはず……
しかしお姉さんの契約で、美少女童貞に急成長じゃい!!
そこに変態ブフォ!怪獣が魔法を使って……



俺達が飛ばされた場所は無人の市街地だった。あいつは本当に余裕があったらしくて、持っていた荷物まで一緒の場所に落ちてた。
バラッドさんが注意深くきょろきょろと見回したり、さっきの男を疑って身体をさわさわと確認したけど本当に何もない。
ついでにバラッドさんのおっぱいを触ろうと思ったら、助走をつけて殴られた。だから本当に何もないんだ……。

「よく言ったなユージー。“お前だけはいつか絶対に斃してやる”なんて最高の宣戦布告じゃないか」

ばしんばしんばしん!
お姉さんが背中を叩いて、頭を撫でて、全身で俺の勇気を讃えた! 痛い……。
これにはバラッドさんもドン引き。呆れ顔でお姉さんを眺めてる。

「あー……その、なんだ。とりあえず質問が幾つかある。
 ・童貞や、え――エロ本と云って、途中から一人称どころか性格まで変わっているが、ユージーは少女じゃないのか?
 ・そこの黒髪ロングの正体はなんだ。この2点について教えてほしい」

「最初はノリノリでユージーちゃんを演じてたけど――実は尾関裕司って俺なんです。デイパックに入ってた性転換薬で美少女になりました」
「……どうしてそんなものを飲む。やっぱりユージーは馬鹿だな」

「――たしかに俺は馬鹿だけど、TS薬を……男の浪漫をそんなもの扱いしないでくれ。美少女になることって、男にとっては浪漫なんだ!
 男なら誰もが一度は美少女になりたいと思うのが普通で、そう思わない男がいたらそいつはもうち○こ無いも同然の短小野郎だ!
 だから気の迷いでTS薬を飲んだっていいじゃねえか! 見た目ふわっふわのロリなのに元男自慢が絶えないミルちゃんを見て、ちょっと羨ましいなーとか密かに思ってたけど、それが悪いのか!?
 目の前にTS出来るものがあって何もしない男なんて―――――それこそ男じゃねえんだぁぁあああ!!」

どぉぉぉおおん!
ユージーちゃん、齢14にして男の浪漫を語る。
槍が消えた時は悲しかったけど、それでも浪漫は浪漫だ。

「そーだそーだ。お姉さん的にはガワが美少女ならどんな相手でもおそいた――美しくていいじゃないか」

このお姉さん絶対に襲いたいって言おうとしたな。でもバラッドさんの謎気迫が怖いから途中で言い換えたのか!?
それにガワが美少女ならなんでも美しいって――それはそれでどうなんだ!?
けど思い返してみれば、エロ本で見る元醜男の美少女はかなりの確率で可愛い。まさかお姉さん、それを知って……!

「お姉さん、師匠って呼ばせてくれ!」
「却下だ。お姉さんはお姉さんであって、それ以上でもそれ以下でもない。師匠なんてあだ名はいらん。
 それがわかったら、あのラブホテルに向かって走るぞユージー! 美少女らしく青春しようじゃないか」
「おう!」

そして俺達はラブホに向かって走り出した。
待ってろよ怪物。これからラブホで特訓して、次こそは斃してやるぜ!
                                -Fin-





              「勝 手 に 終 わ ら せ る な !」


バラッドさん、キレた!!

「キレるのも無理はない。こんな未完成エロゲ染みたものが発売されたら誰だってキレる。お姉さんもキレる」

うんうんと頷くお姉さん。
たしかに期待したエロゲーが発売日を迎えて、前日楽しみで寝れなかったのに当日某空間で評判を見ると実は中途半端な未完成品みたいだなんて、たまにあることだ。PVやOPで詐欺するのはやめてくれ!
どうして中学生がエロゲー買えるんだって誰かに聞かれそうだけど、エロ本やエロゲーは男の嗜みだ。それを理解してる紳士は未成年でも意外とホイホイ売ってくれる。
とりあえずエロゲ的に ※登場人物は全員18歳以上です って表示しとけばセーフなんだ! 現役中学生のユージーちゃんも、この法則で18歳以上扱いされるからセーフなんですヨ!

「そこの黒髪、ふざけていないで私の質問に答えろ」

「お姉さんはお姉さん以外の何者でもなく「そういうのいいから」


134 : 名無しさん :2015/02/02(月) 04:42:53 3eLylhj60

「バラッドは早漏か。気を取り直して――コホン。エロゲによくあるグダグダ説明になりそうだからよーく聞くんだぞ。
 お姉さんはジャパン・ガーディアン・オブ・イレブンに存在する“空白の一席”だ。
 童貞と契約して美少女童貞へ変身させる特殊なヒーローで、未だブレイカーズや悪党商会にすら知られていない。
 嘘だと思うなら他のヒーローに聞けばいいさ。特にお姉さんと気が合うりんご飴や珠美――ボンバーガールなら、親しいからすぐに気付くハズだ。
 契約可能な者は童貞のみ。ついでに付け加えるとお姉さんは選り好みが激しいからこれまで全て断ってきた。ユージーが正真正銘、初めての契約者ということさ。
 ちなみにお姉さんは基本不死身だ。契約者が死亡するか、ある条件で死ぬ。まあ不慮の事故でお姉さんが死んでもユージーは変身出来るから、そこら辺はバラッドが心配することでもないか。
 ただしお姉さんが特訓以外で参加者に攻撃することは出来ない。どうやら気づかない間にワールドオーダーから“余計な設定”を付け加えられたらしい。それでもバリアくらいなら使えるが、これも一度の使用から次の使用まで、ある程度の時間が必要だ。
 そして自慢だがお姉さんはかなり強いぞ。それはもう朝霧海斗やカカロット並だ。水爆が爆発しても焦げ一つつかない程頑丈な鱗なんてチートも元気玉で一撃粉砕さ。戦えないから意味ないし証明も出来ないけどな!
 ユージーの傷が癒えてる理由は、初変身の時に限り傷を治す能力があるからさ。
 以上。他に質問があればなんでも聞くぞー」

長 い!!

「そうだ。俺も質問があった! どうして俺は変身すると美少女になるんだ?」

「美少女――つまり自分が理想として思い描く女の子こそが“男の到達点”だからさ。お前も美少女になることは男の浪漫とか言ってただろ。
 それにユージーは体内に眠る“童貞力”を“女子力”へ変換することで変身している。この童貞力が大きければ大きいほど、より強く、可愛い女の子になるという仕組みだ。
 ちなみに童貞力の根源は魂だ。肉体が童貞でも魂が童貞じゃなければ童貞力は皆無で、逆に肉体が非童貞、処女、非処女でもそんなコトに関わらず魂が童貞なら童貞力は高い。つまり誰かと入れ替わったとしても、童貞力は依然として変わらない。
 更に言えば今のユージーは少し特殊で、永劫なる童貞英雄(エーヴィヒ・コイシュハイト)以外に男女どちらの肉体に変身することも出来るらしい。本来は独自の方法が必要とされるが、今のお前なら自由自在に性別変更出来るぞ。お姉さん的解説乙」

「美少女になることが浪漫で男の到達点か。なんてわかりやすい説明なんだ……!」
「黒髪の情報は理解したが、その“男の到達点”だとかそういうものは、理解不能だ」

少し軽蔑したような目つきで俺をじーっと見つめるバラッドさん。どうしてお姉さんじゃなくて俺なんだ!?

「矢張りユージーはヘンタイだな。戦闘中にエロ本なんて叫ぶだけはある」
「当然だ。ユージーは戦闘中にふたなりやアヘ顔ダブルピースなんて言い出す変態だぞ。こいつは存在そのものが下ネタみたいなヒーローさ」
「年上のお姉さん二人してユージーちゃんを責めないでくれよぉ」
「変な声を出すな、このダボがッ!」
「はぁん?」
「余計にイラつく。ユージー、お前は私を挑発しているのか!?」

バラッドさんの無慈悲な鉄拳がまたまたユージーちゃんに降り注ぐ! どォォォしてぇぇぇぇ!! どォォォしてぇぇぇぇ!?
しかもいきなり俺に対する扱いが酷くなったというか……お荷物時代とは違う意味で心が痛い。美少女童貞だから身体に痛みやダメージはないけど、これだけばしんばしんされると新たな境地に覚醒めそうだ。そしていつか責任、とってよね!なんてお決まりの台詞で二人は幸せなキスをして終了。

「そういえばお姉さん、どうやって変身解除するんだ?」
「心に念じる。それだけさ。変身方法や性別変更も同様だ」

バラッドさんが落ち着いて、俺はお姉さんの言った通り変身解除を念じる。すると身体が一瞬だけ光に包まれて、男の娘に戻っていた。
服装も変身前と同じだ。やっぱりあれも込みで変身だったのか?

「もちろん服装も武装の一つだ。頭から爪先まで全身を装甲で包み込んでいるヒーローや肉体自体がどうかしてる改造人間共には少し劣るが、それなりの攻撃は防げるぞ。
 変身は心の内で思い描いた自分の美少女像を反映しているからな。実際にあのドレスやポニーテールはお前の趣味じゃないか?」
「ドレスは趣味っていうか、ここで出会った優しい人が一緒に選んでくれた思い出の品かな。俺さ、早くその人と再会して、変身した姿を見せてやりたいんだ」
「ウィンセントか。早く彼と合流出来るといいな。私もイヴァンより彼を優先して探すつもりだ」


135 : 名無しさん :2015/02/02(月) 04:43:58 3eLylhj60

バラッドさんも鵜院さんと早く合流したいようで、微笑んで応える。
倒したいと思ってる相手より仲間を優先してくれたのが嬉しくて、俺もつられて一緒に笑う。
それにしてもバラッドさんって“笑顔を作る”ことは苦手でも自然に微笑むことは出来るのか。良かった!

「問題はあの怪物。ヴァイザーにどう対抗するか、だな。お姉さんには豹変前のヴァイザーではない女は甚振ることを重視、ヴァイザーは手を抜いてユージーの力量を計ることが目的で明らかに手加減している様に見えた。
 ユージーは鍛えればいいとして。バラッド、単刀直入に言うが今のお前は対ヴァイザーに限れば戦力外だ。お姉さんも多少は殺気を読み取ることが出来るが、お前は攻撃する際に鋭い殺気を放っている。あれじゃヴァイザーに回避されて当然さ」
「それはユージーが異常なだけで、普通は殺気も無しに攻撃なんて不可能だ」
「難易度が高いだけで不可能じゃないさ。りんご飴はヴァイザーに惨敗したことをバネにして血の滲むような修行をした結果、極限まで殺気を抑える技術を習得したらしい。短期間でも付け焼き刃くらいは出来るハズだ。
 ――生物が努力をやめない限り、そこに不可能なんて文字はない。出来ないや無理は諦めの言葉であって、そう思い込むから出来ないだけさ」
「本気か? あいつが本当にヴァイザーなら、生半可な技術で仕留められるとは思えない。野放しは危険だが、あいつを上回る戦力を整えるまでは、遭遇しても逃げることを優先した方がいい。私は兎も角として、ユージーが危険だ」

「うん。バラッドさんが言ってることも正しいと思う。実際あいつはかなり強かったし、戦いたくないって気持ちもわかる。
 だけど――誰かがあいつを斃さなくちゃ、余計に被害が広まっちまう。俺の好きな人たちが、あいつに殺される可能性だってある。
 
 ――だから俺は絶対に諦めない。意地でもあいつを倒すって決めたんだ!
 これは俺が勝手に決めたことだから、バラッドさんが戦わないなら、それでもいい。バラッドさんも俺にとって大切な仲間だからな!」

勝手にあいつを倒すって決めたのは、他の誰でもない俺なんだ。
本当はバラッドさんが協力してくれると力強いけど、次こそはきっと命懸けの戦いになると思う。そんな自分勝手な行動に、無理矢理バラッドさんを巻き込みたくない。

「わかった。ユージーがそこまで言うなら――傷を負わせられる保証は出来ないが、努力はする。それに勘違いするな、私もあいつを仕留めるつもりはあった」
「へ? 俺はバラッドさんまで無理して戦う必要はないって――「無理はしていない。怪物を相手に無茶をしていたのはお前だろう、ユージー」

ポツリと呟いてぷいっと顔を背けるバラッドさん。俺、何か悪いことしたかな?
うーん。こういう時はどうやって謝ればいいんだ?

「そこの黒髪ロングに質問がある。どうして豹変したあの怪物をヴァイザーだと判断した?」
「おいおい自分が理解してることをお姉さんに訊くのか? 向こうが勝手に色々な判断材料を見せびらかしたのにな。特に14歳で兄を殺したことやりんご飴が傷を負わせた貴重な存在だということ。これらの情報一致が有力な証拠だろ」
「たしかに情報は一致している。態度や言動に身のこなしもヴァイザーらしい。そこは認めるが、ヴァイザーは既に死者として名前を呼ばれたはずだ。
 それにあいつはこれまで特殊能力の類など使えなかったはずだ。ヴァイザーといえども、生身の人間ならダイナマイトで死んでいる」
「戦闘中にユージーが言った通り、ヴァイザーの悪霊でも憑いている可能性があるな。今やわんさかとヒーローや怪人がいるんだ、憑依なんて別に珍しいことじゃないさ。憑依能力を活かして圧倒的な地位まで上り詰めたエロ漫画家やエロゲライターも存在するらしい」
「そんな情報まで知ってるなんて、さすがはお姉さんだ!」
「確かに私も吸血鬼などの超常的存在は認知しているが、死者が悪霊になると云われても信じ難いな。そんな例は見たこともない。それとユージーは少し黙ってなさい」

ガーン! お姉さんを褒めただけで黙ってろなんて、あんまりな扱いだ!
お姉様、ユージーちゃんはとっても悲しいですわ。それでもアイドル的ポジティブ男の娘は挫けない。苦笑いでやり過ごす!

「おいユージー、アイドルはお姉さんだ。次に間違えたら絞めるぞ」
「心を読まれた!?」
「おまえ達は何を言っているんだ」

バラッドさんは完全に呆れ果てましたとさ。めでたしめでたし?


136 : 名無しさん :2015/02/02(月) 04:44:40 3eLylhj60

「とりあえず話を再会するか。ユージーをどう責めるか、熱く語り合おうじゃないか!」
「悪 霊 の 有 無 だ!」
「おっとお姉さんとしたことがつい忘れていた。
 結論から言うと死人から悪霊へ成り果てたは存在するぞ。お前が認知していないだけで、それはもう大量にうじゃうじゃといるさ。
 ジャパン・ガーディアン・オブ・イレブンのヒーロー、シュバルツティガーの得意分野は悪霊や妖怪退治だ。世界ふしぎ発見的な地方番組に出演しては、ひたすらボッシュートされてる癖に、本人は宇宙一の天才的頭脳の持ち主だと思ってるらしい。ちなみに宇宙人と知り合いなのか?って質問すると、顔真っ赤にしてゆでダコに変身するぞ。――――――股間はポークビッツで出来ている」
「あ――悪霊だって!? そそそそ、そんな冗談やめろよ。俺は幽霊とか悪霊とかそういうのが苦手なんだ!」
「ユージーの場合はその迸る童貞力や常人を混乱させる言動に悪霊もドン引きするから安心しろ。お姉さんが保証してやる」

なんて頼もしい言葉なんだ!!!
俺の童貞力は幽霊もドン引きさせる。童貞だから幽霊が勝手に引いてくれるなんて――イヤッッホォォォオオォオウ! 童貞最高ー!!

「おいバラッド、ユージーが興奮してエアマラカスを振り始めたぞ。耳を澄ませばシャカシャカ音が聞こえてくる。お前もやってみろ」
「勝手にやってろ。とりあえず悪霊も判断材料の一つとして考えた方がいい、か。豹変前も強いことには間違いないが、おそらく豹変後は更に強い。
 だからこそ憑依している原因を探ることで、ヴァイザーが排除出来る可能性もあると思いたいが――オカルト染みてきたな」
「自立行動してる霧が存在する時点で既にオカルトじゃないか。過去に読んだエロ本からヴァイザーが憑依してるとまで考えたユージーを見習え」
「それは私に頭のネジを外せと言っているのか?」
「ふぇ!? 俺って知らない間に頭にネジが付けられて、しかもいつの間にか外されてたのか!?」
「よく気付いたな、変身中にネジつけっぱなしのユージー。お姉さんは一緒に詠唱とかしてる間、そりゃあもう笑いが止まらなかったさ」
「そ、そういうことは先に言ってくれよ! せっかくドヤ顔で名乗りや詠唱をしたのに。は、恥ずかしいじゃねえか……!」
「平気で嘘を吐くな。頭のネジを外せというのは、比喩だよ。ユージーみたいに馬鹿になれと云いたいのか?と私は聞いたんだ」

頭にネジつけっぱなしじゃなかったことは嬉しいけど、なんだこの妙に悲しい気分。
ちょっと悲しいから、もっとマラカスを振ってポジティブ精神全開にしてやる!!

「見ろバラッド。お前がわざわざ訂正するから、ユージーのマラカス音頭が更に激しくなったじゃないか。お姉さんはしーらないぞー」
「……本当に見れば見るほどユージーは馬鹿だな。初対面の時は真面目な少女だと思っていた自分が恥ずかしい」
「あれくらいぶっ飛んだ馬鹿で、更に童貞力が異様に高いから、異能力者に混ざって例外的に巻き込まれた可能性もあるな。そうでもなければ桜中と呼ばれる学校の生徒で、あいつだけ特殊能力もない癖に呼ばれたのは、お姉さん的にどうも引っ掛かる」

「学校、か。ところで黒髪ロング、りんご飴はヴァイザーに敗北してから戦力的に成長したのか?
 極限まで殺気を抑える技術を用いても、それだけでは本気になったヴァイザーの相手をすることは難しいよ」
「お姉さんと呼べ。あいつは強くなったが――様々な道具があって初めて本領発揮するタイプだから、手持ちの武器や道具を没収されたこの状況で、それをどう補うかだな。
 どうせボンバーガールやナハトリッターも専用ツールを没収されて、上位形態どころか変身すら出来ないハンデを抱えている。シルバースレイヤー以外はそこそこ苦戦を強いられてそうだ。……後者は既に苦戦すら出来ない、か」
「そのシルバースレイヤーとかいうのは何か秘策でもあるのか?」

「単純に道具なしで変身するタイプだから、何を没収されてもあまり困ることがないのさ。
 改造人間だから上位形態が存在しない代わりに、元から高スペックで変身道具も不要。それがシルバースレイヤーの利点だ。ボンバーガールも素でかなり強い部類だが、それでも変身したシルバースレイヤー程じゃない。
 ちなみに悪党商会のジョイ君も似たようなものだ。ジョイ君の癖にお皿洗いもしないで中距離特化の万能型だ。しかもあっちは再改造手術で上位形態を習得してる可能性もある」
「再改造手術?」


137 : 名無しさん :2015/02/02(月) 04:45:14 3eLylhj60
「改造人間が強くなる方法だ。言ってしまえばシルバースレイヤーなんて、怪人がヒーローを名乗っているようなものだから、強化には改造手術が欠かせないらしい。
 そしてシルバースレイヤーは改造手術を嫌い、ジャパン・ガーディアン・オブ・イレブンも人道的に反する改造手術は反対という姿勢だ。それゆえにあいつは上位形態を持たないのさ。
 ジョイ君の悪党商会は寧ろ人体実験が好きだなんて噂すらある。シルバースレイヤーの信念は立派じゃないか、と褒めてやりたいが、あまり拘っていると強さでジョイ君に追い抜かされるかもしれん。名前が洗剤の癖になかなか手強い存在だ」

「そうか。戦力としてはりんご飴が最有力候補で、その次がシルバースレイヤー、か?」

「シルバースレイヤーは期待するな、性格的にヴァイザーとは相性が悪い。あいつは参加してるヒーロー内ではジョイ君に並んで殺気が鋭いのさ。
 後は殺人禁止のルールを定めてるナハトリッター、剣正一も有力候補――と云いたいが、残念ながら二度とあいつを頼ることは出来ない。そこまで親しいワケじゃないが、お姉さんも少し寂しいな。
 一応他に弱点と成り得る存在は悪党商会の少女、水芭ユキがいる。そこの親玉に一途なところが少し問題だが、本人の性格は普通の女子高生だ。事情さえ話せば協力してくれるさ。
 そこのデイパックに詰められてるルピナスも、生きてさえいれば……いいや、死者に無理を求めても仕方ないか。理不尽に巻き込まれていなければ、いずれはヒーローに成り得る少女だったのに残念だ。まあナハトリッターとルピナスの死は本当に痛手だが、彼女たちは全力で生き抜いた。それをどうこう云う資格は誰にもない。
 どうせ聞こえてないだろうが――ユージー、二人に認められるようなヒーローになれよ」

「成程。現時点の候補はりんご飴と水芭ユキの二人か」
「そういうことだ。まあそう深く考えるな、これだけ参加者が多ければお姉さんが知らないだけで他にも存在する可能性は高い」

「あれ? 今ユキさんの名前が聞こえた気がしたけど、ユキさんがどうかしたのか?」

「どうもしていないさ。とりあえずそこにある学校へ行こうか。保健室を利用して治療がしたい。……ほら、遅いと置いていくよ」

あわわわわ。早歩きで怒るバラッドさんが怖い!
何故か言い方に刺がないというか、柔からさみたいなものを感じるのがまたちょっと不気味だ。
お姉さんが傍でニヤニヤしてるのも気になる。きっとバラッドさんと俺がいつ喧嘩しないか、楽しんでるんだ。

「俺が悪かったから、バラッドさんちょっと歩くスピードを――」

あ、れ?
絶対に存在しないと思ってた建物を見つけて、驚きのあまりに口が止まった。

「う――嘘だろ? どうしてこんなトコに……」

有り得ない。そんなはずがない。
だって今日は平日だ。普通なら仕事や学校がある日だ。
それにワールドオーダーは、小島で殺し合うって言ってた。実際にこれまで知ってる施設を見たことはなかった。
だから有り得ない。見間違え、だよな?

「なるほど。桜花中学校――ユージーの通っている中学か」
「お姉さん、俺の中学まで知ってるのか?」
「当然だ。何せ桜花中は、あまりにも怪しい中学だからな。今回巻き込まれた生徒も、お前を除いて全員が異能力者だ。
 秘密裏に探ろうにも厳重警備されて無理だったが――これでその実態が少しは明らかになりそうだな」

お姉さんの言葉にごくりと生唾を飲み込む。どうして俺だけ例外なんだ!?
そして自分が通ってる中学の実態なんて言われると、嫌でも緊張する。
だから俺は緊張をどうにかするために持ち前のポジティブ精神で――

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・バラッドさんのおっぱいを触った
----
・バラッドさんのおっぱいを触った
----
・バラッドさんのおっぱいを触った
----

やっぱり男がとるべき選択肢は一つだ!

「バラッドさん、俺が荷物を持つから機嫌を直してくれ!」
「そ、そうか。じゃあこのデイパックを――おいユージー、何をしている!?」
「このおっぱいが一番重たそうだと思ったんだ。俺を信じてくれ、バラッドさん!
 ……うへへへへへ。やわらかぁい。童貞のオアシスは、ここにあったんだ――」
「鼻血を垂らして興奮に歪んだ顔をしてる変質者を信じられるか。それに 私 は 女 だ、気安く女性の胸を触るな!」
「暴力反対! それでも俺を殴るなら――――――おっぱいで殴ってくれ!」


138 : 名無しさん :2015/02/02(月) 04:46:26 3eLylhj60

「おっぱいが通りま〜す。お姉さんのエロエロおっぱいぶーんぶーん」
「いいよ、来いよ! 顔に突っ込んで顔に!」

いや――待てよ。どうして俺は顔に突っ込んでなんて、健全なコトを言ってんだ!?
これはチャンスだ。人生初で最大のチャンスじゃねえか!!!
別にワールドオーダーはこの殺し合いが全年齢版なんて言ってないし――たとえ全年齢版だとしてもこの俺に、ユージーちゃんに遠慮なんて言葉はねえんだ!!

「お姉さん。どうせなら俺の下半身に停車してる電車と事故――あうちっ!?」

なんてこった。全速力で駆け抜けた暴走おっぱいの弾力は、ユージーちゃんの予想以上だっ……たぜ……。がくり。

「この殺し合いは全年齢版さ。あまり18禁的な展開を繰り広げると、色々な意味でやばいぞ。お姉さんすら逆らえない、謎の権力が存在するらしい……」

何も言ってないのにワールドオーダーが勝手に全年齢版にしたのかっ!? ち○このんがピー音に聞こえたけど、あれは幻聴じゃなかったんだ……!
やっと黄金の果実を掴んで、ついでにパイズリのチャンスだったのに。ワールドオーダー、あんたのやり方は絶対に許せねえ!
とにかくこれで緊張なんてなくなった。困った時はおっぱいおっぱい!
そして俺は――


----
・意を決して中学に突撃した!
----
・バラッドさんの機嫌を治すために抱きついた!
----
・明らかに怪しい、よな? 入る前に一度バラッドさんに相談して、それから考える
----
・自分のおっぱいもみもみ
----

脳内に一通りの選択肢を思い浮かべた。どうする俺!?

【尾関裕司】
[状態]:裏松双葉の肉体(♂)、ダメージ(中)、疲労(大)
[装備]:お姉さん
[道具]:基本支給品一式、天高星のランダムアイテム1〜3
    夏実の荷物(基本支給品一式、ランダムアイテム4〜12、夏みかんの缶詰(残り4個)、黄泉への石(残り4個)、記念写真、ルピナスの死体、ショットガン(5/7)、案山子の首輪)
[思考・行動]
基本方針:俺は俺の童貞(おうどう)を貫くだけだ!
1:どうする俺!?
2:いつか必ずオデットと決着をつける。
※放送を途中から聞けていません。
※お姉さんと契約しました。永劫なる童貞英雄(エーヴィヒ・コイシュハイト)、裏松双葉の肉体(♂)、裏松双葉の肉体(♀)へ自由に変身出来ます

【バラッド】
[状態]:ダメージ(大)、疲労(極大)、脇腹に刺傷
[装備]:朧切、苦無×2(テグス付き)
[道具]:基本支給品一式、ダイナマイト(残り2本)
[思考・行動]
基本方針:ユージーに協力する
1:ウィンセントと合流したい。
2:オデット(名前は知らない)を仕留める為の戦力を集める。現在の候補はりんご飴と水芭ユキ。
3:イヴァンのことは後回しにするが、見つけた時は殺す。
※鵜院千斗をウィンセントと呼びます。言いづらいからそうなるのか、本当に名前を勘違いしてるのかは後続の書き手にお任せします。
※無意識的に組織の元仲間と敵対する際は手加減しています

【お姉さん】
謎に満ちた妖精サイズで黒髪ロングの強気なお姉さん。名前がないのか、お姉さんとだけ名乗る。
ジャパン・ガーディアン・オブ・イレブンに属する“空白の一席”で悪党商会やブレイカーズにも存在を知られていない。
彼女と契約することで永劫なる聖槍英雄(エーヴィヒ・コイシュハイト)へ変身することが出来るが、代償として脱童貞が不可能になる。非童貞は契約自体が成り立たない。
契約者の死亡かある条件で消滅するが、後者のパターンで消滅しても契約者の変身能力は失われない。ちなみにエーヴィヒ・コイシュハイトの技名はすべてお姉さんが決めている。
後、オタク文化に詳しい。


139 : ◆C3lJLXyreU :2015/02/02(月) 04:48:31 3eLylhj60
投下終了です
詰め込み過ぎた


140 : 名無しさん :2015/02/02(月) 07:25:46 y4LnCzIA0
投下乙です
ユージーはなんか凄いことになっちゃってますな…
オゼットもサイコレズinでさらに化け物になりつつあるし
地味にアザレアとピーターはピンチになってるし
先が気になりますね


141 : 名無しさん :2015/02/02(月) 12:57:00 8pGliS7s0
投下乙です。
オデットさんますます魔物と化している…ついにヴァイザーすら表に出てきてしまった
夏みかんをも補食して更にクレイジーになってしまいましたね
相対する化物同士、ぶっ倒れてるアザレアと倒れてるふりをしてるピーターの明日はどっちだ
そしてユージー、まさかのヴァイザーから獲物認定

ただ何というか、ちょっとやりすぎな印象も感じました
度を越えた下ネタ、趣味に走った荒唐無稽な展開、露骨なキャラの強化
ユージー絡みの描写は純粋にリレー小説としてどうなのかなあって思う箇所がちらほら見受けられました
カウレス女体化の時も趣味に走ってるのがあからさまでしたが、流石にくどいです
出来れば自重して頂きたいのが本音ですね
今回の作品はその辺りの描写以外は面白かったです。


142 : 名無しさん :2015/02/02(月) 21:35:14 vM2JTD/c0
投下乙
え、ユージーいくらなんでも切り替え早すぎね…?

度を超えた下ネタとギャグ狙いのネタによって
文章が読みづらい上に多少不快に感じます
特に登場人物にネタ発言をさせすぎて今まで構築されたキャラクターが崩れているようにも感じます
個人的にはその辺りをもっと控えて欲しいです


143 : 名無しさん :2015/02/03(火) 01:57:49 iyBJiJIY0
したらばの議論スレにて指摘を書かせて頂きました
宜しくお願いします


144 : ◆Y8r6fKIiFI :2015/02/04(水) 05:11:10 3PRzm6wE0
とんでもない遅刻をしてしまいましたが、投下します。


145 : 補記 ◆Y8r6fKIiFI :2015/02/04(水) 05:14:03 3PRzm6wE0

 ――では、また6時間後に生きて僕の声を聴いてくれる事を願っているよ。


 ……午前六時。
 生きている者達は、ワールドオーダーのその『放送』を聞いた。

 禁止エリア、追加のルール――そして、死者を告げる放送。

 それを聞いた者達の反応は様々だ。

 悲しみ、怒り、恐怖――あるいは喜びかもしれない。

「……どういう、事?」

 しかし、その放送が音ノ宮・亜理子にもたらしたのは――困惑だった。


 †


 ざすっ。ざすっ。ざすっ。

 鈍い音が、まだ日が登り切らない街の中を響く。

 アスファルトに舗装されていない土の地面を、スコップのようなモノが掘り返す。
 柔らかい地面を、深く、深く掘っていく。

 音ノ宮・有理子は、放送の直後から、ずっと穴を掘っていた。
 その傍らには、横たわる、かつて人だったモノ。

 彼――かつては彼だったその死体は、殆ど黒焦げのような無惨な有様だったが、それでもそこに残された面影から、亜理子はそれが元は誰だったのか理解する事ができた。
 ロバート・キャンベル。アメリカのFBI捜査官、だった男。
 探偵として名を馳せた亜理子には、彼との面識も、少しは存在した。

 正義感の強い――いや、ある種強すぎる男だった。この世に存在する悪の、一欠けらも許せない程に。
 その極端さを、亜理子は許せなかった。

「とはいえ――死んでしまったら、死者ね」

 元が正義のヒーローでも、狂気の殺人鬼でも、あるいは悪の秘密結社の総帥でも、死ねば死体。
 死者には敬意を払い、弔わなければならない。それが流儀。

「……それに、単純作業は、混乱した頭をシャープにしてくれる」

 放送によって亜理子の脳内に生じた混乱を、ルーチンワークによって正常化する。
 やがて掘られた穴の中へ、亜理子はロバートの死体を丁重に埋葬した。

「……これで善し。……一度、部屋の中で考えを纏めるとしましょう」

 一息。
 周囲の家から持ち出していたスコップをデイパックに放り込むと、亜理子は近場にあって、そして地図を読んだ時から目を付けていたある『建物』へと這入り込んだ。
 ――表札に彫られた名は、剣正一探偵事務所。


146 : 補記 ◆Y8r6fKIiFI :2015/02/04(水) 05:14:27 3PRzm6wE0

 ‡


 数年前の話だ。

 “仕事”も、“推理”もない、平凡な一日の事。
 お気に入りの喫茶店で紅茶を嗜む、亜理子にとっての安らぎ、或いは趣味の時間。

 その時間に不意に割って入って来たその男は、亜理子の目の前の席に座ってこう言った。

「君が探偵の音ノ宮・亜理子か?
 ……ちょっと質問があるんだが、答えてくれるかい」

 剣正一と名乗ったその男は、『しがない貧乏探偵』だと自らの身分を明かした。
 亜理子にも、その名前に覚えはある。以前の事件で追い返した――亜理子はその事情から、それが“仕事”であれ、“推理”であれ、事件現場への他者の介入を嫌う――探偵の一人だ。
 同時に、裏の世界での有名人である事も、彼女の情報網には引っ掛かっていた。
 無論そのような事を知っているような素振りも見せず、『十把一絡げの探偵の一人』として、亜理子は応対する。

 剣正一の用件は単純だった。
 数日前に亜理子が解決した――“仕事”を行った、ある殺人事件。
 それについての話を、亜理子に聞き取りに来たらしい。

「別に君の推理に不満があるわけじゃない。実際に殺した犯人は彼だろうとは、俺も思っている」

 そう前置きして、剣正一は本題を切り出した。

「あの事件、裏に誰かの手引きがあったんじゃないかと思っているんだ」

 成程興味深い、という反応を表に見せながら、亜理子は内心会う以前に持っていた剣正一に対する評価を一部修正した。
 剣正一の推理は正しい。あの事件は犯人ではない――真犯人ですらない誰かが、犯人に、そう犯行させるように仕組んだ事件である。

「あまりにも、状況が“お膳立て”されすぎている。吹雪の山荘、雪で断線した電話、以前からの怨恨関係にあった人物が偶然出会う。
 偶然もここまで重なれば、作為を疑いたくもなる」

 問題は、そうなるように仕組んだのが、事件を解決した探偵本人であるという事だ。
 それが探偵、音ノ宮・亜理子の“仕事”。
 『人を殺した人間』ではなく、『人を殺してしまう人間』を裁く、世界を許せない、潔癖症の探偵。

 或いは彼女が続けていたのは、『人を殺してしまう程に追い詰められても、人を殺さない』人間を探す作業だったのかもしれないが。

 ともあれ、『探偵達に事件を提供する何者か』という存在自体は、稀に探偵達の界隈では囁かれる噂ではあった。
 まさかその正体が探偵だという事実は、本人以外には知り得ない事だったが。

 ともあれ、亜理子は剣正一のその疑問を綺麗にいなして、剣正一が確信に辿り着く事は一度としてなかった。
 ばつの悪い顔をしながら時間を取らせた事を謝り、喫茶店を去ろうとする剣正一に、亜理子はある好奇心から質問を投げかけた。

 ――もしそのような人間がいたとして、貴方はその方を許さないのですか、と。

「いや、許す」

 一瞬の間もなく、剣正一はそう断言した。

「俺のモットーは『憎まず、殺さず、許してあげよう』だからな。例え悪人だろうと、罪を憎んで人を憎まず、だ」

 ――けれど、救いようのない悪人もいるでしょう?
 そう問いかける亜理子に、しかし剣正一は当然のようにこう返す。

「例え救いようのない悪人であっても、俺は許したい。勿論、懲らしめてやる必要はあるけどな」

 そう言って、剣正一は、『世界中の誰であっても許し、誰も殺さない』と『世界を許さず、誰も彼もが、簡単に人を殺してしまうと思っている』音ノ宮・亜理子に宣言して、その場を去った。

 音ノ宮・亜理子の剣正一に関する記憶は、それが全てである。


147 : 補記 ◆Y8r6fKIiFI :2015/02/04(水) 05:17:52 3PRzm6wE0
 †


 剣正一。
 表の顔はしがない貧乏探偵――しかしてその正体は、悪と戦うヒーロー。
 彼もまた、朝の放送で名前を呼ばれた。死んだのだ。

「……莫迦な人ね」

 このような場所であっても、彼は他人を救おうとしたのだろう。
 そしてその結果、死に至った。それくらいは、混乱した頭でも推理できる。

「……もう一度、話くらいは聞いてみたかったのだけど」

 それだけ。それだけこぼして、亜理子は思考を本来の問題へと集中させた。


 現状考える問題は二つ。
 『現状における生存者と死亡者の割合』、そして、『月白氷の名前が呼ばれたこと』。

 まずは前者。
 あの放送によれば、74人中の24人――実にほぼ三分の一が死んだ事になる。
 放送を虚偽と疑う理由は存在しないだろう。もしも虚偽である事がバレてしまえば、それは主催者という権威を失墜させる原因となる。
 死者を実際よりも多く伝えて殺し合いを促す、などという小細工を、ワールドオーダーはしないだろう。
 だから、この決して狭くはないけれど、広くもない島で24人が死んだ事は真実なのだ。
 6時間。24人が死ぬには、それはある意味長すぎる時間ではあるけれど。

「人間は人間が思っているよりも、簡単に死んでしまう……か」

 島の広さだとか、他人との出会い易さであるとか、そういう事は一切関係がなく、ここはそういう場所であるという事。
 おそらくは、参加者達はかなりのペースで殺し合っている。

「……そういう意味では、水芭さんを見捨てたのは失敗だったかしら」

 水芭ユキ。
 先に見つけていた、危険な隻腕の男を処理する事を最優先として当て馬として使ってしまったが――おそらくは人殺しを厭うであろう彼女は、もしかすると、この事件を解決する為に有用な人材だったかもしれない。
 既にやってしまったものは、仕方がないけれど。

「ああも使い捨ててしまった以上、もう一度関係を構築し直すのは難しいかもしれないわね」

 結局のところ、また彼女と出会えるかどうかもわからないが。
 だからというわけでもないけれど、次の問題に移る。

「……私の目の前で消えた月白氷が、何故放送で名前を呼ばれたか」

 月白氷。破滅の幸福を与える死神。
 彼は亜理子の目の前で、一ノ瀬空夜を道連れに退場した筈だ。
 それが何故、死者を伝える放送で名前を呼ばれたのか。
 推論は、幾つか立てられる。


148 : 補記 ◆Y8r6fKIiFI :2015/02/04(水) 05:18:24 3PRzm6wE0

「1。会場から脱出し、この催しと関係が無くなった為、死亡扱いとして放送した」

 これはおそらく違う。
 月白氷一人ならばともかく、一ノ瀬空夜も同様に会場から消失している。
 先程の推論に従うならば、彼も名前を呼ばれているべきだ。
 何らかの原因により彼がまだ会場に留まっているという可能性もあるが、それはそれで月白氷が脱出できた理由が不明だ。
 可能性はゼロではないが、現状ではそこまで考えても仕方がない。

「2。月白氷は何らかの要因により本当に死亡した」

 この場合、月白氷が死亡した原因には説明が付けられる。
 会場を脱出した月白氷を、ワールドオーダーが処罰――殺害したのだろう。
 元より会場から脱出した存在を死亡したと観測できるのは、それを殺した張本人のみだ。
 ワールドオーダーにはその動機もある。
 ただしこの推理にしても、前の推理においての『何故一ノ瀬空夜の名前が呼ばれなかったのか』という問題点が残っている。
 月白氷が会場を脱出した故にワールドオーダーに殺されたとするならば、同じく会場から離脱させられた一ノ瀬空夜も殺されていなければおかしい筈である。

「……個人的には、そのような事は考えたくも無いけれど」

 他にも可能性を色々と検討した。が、どうにもしっくりと来ない。

「……あるいは、逆?」

 もし月白氷が見逃されたとして。
 あるいは月白氷が殺されたとして。

 一ノ瀬空夜が見逃されず会場に留められた理由。
 一ノ瀬空夜が殺されなかった理由。
 『一ノ瀬空夜が特別扱いされた理由』が、あったのではないか?

「……いえ。これは危険な推理ね」

 推理の上に推理を重ねた、妄想にも近い理論。
 一ノ瀬空夜が生きていて欲しいという――願望。

「……それに、この推理が正しいとしても。一ノ瀬君がいないのだから、これ以上は推理を進められないわ」

 そう言って、亜理子はソファに凭れ掛かりながら溜め息を吐く。
 そして、ぽつりと溢した。

「……どう、しようかしら」

 ――音ノ宮・亜理子は、世界を許せない。
 ヒーロー、悪の組織、その他諸々――。
 そんな異常な存在達が雁首揃えて、なお世界は一欠けらもよくなっていない。
 悲劇ばかりで、惨劇は日常茶飯事。そんな世界の事が、亜理子は許せなかったのだ。

 『世の中そんなものだ』。
 そう言って諦めるには、亜理子は少し、頭が良過ぎた。
 だから人類に絶望して、人類を裁こうとした。

 ――それを、一ノ瀬空夜に諌められた。
 アンタは、結局周りの事しか見ていない、と。

 きっと、それは正しい。
 私は結局、自分の事しか考えていなかったし、その根源は一ノ瀬空夜だった。

 一ノ瀬空夜。音ノ宮・亜理子の、最初にして最後の『探偵助手』。
 きっともう、私は彼に会えないだろう。


149 : 補記 ◆Y8r6fKIiFI :2015/02/04(水) 05:18:45 3PRzm6wE0

「馬鹿な話ね。探偵が、自分の行動原理を読み違えていたのだから」

 だから、ここからは探偵らしくやろう。

 探偵、音ノ宮・亜理子の名に誓って、この事件を解決する。
 そう決めた。
 ならば、何を以て、解決とするか。

「……ワールドオーダーに負けを認めさせる事、かしら」

 この事件に犯人を設定するならば、それは間違いなくワールドオーダーだ。
 犯人は裁かれねばならぬ。
 そして犯人に負けを認めさせるのは、探偵の役目だ。

「何を以て負けを認めさせるか。それは簡単ね。彼の『革命』を失敗させればいい」

 『革命』。ワールドオーダーは、この殺し合いの目的を、そう言った。
 ならば、彼の敗北条件とはそれが失敗する事だろう。

 『革命』。ワールドオーダーの言うそれが何なのかは、今はわからない。
 ならば、推理するのが探偵の役割だ。

「……『人間の可能性』。そして『神』」

 最初に集められた場で、ワールドオーダーが熱を持って発した言葉。
 一ノ瀬空夜は、それを『漠然とした解釈だ』と断言したが――

「意味があるとしたら、この言葉――というのも、事実ね」

 結局のところ、手がかりを一つ一つ集めていくしかない。
 そして、その手がかりは、確かにこの島の中にある。

「もう一人のワールドオーダー……会ってみるしかないかしらね」

 危険だ。
 一ノ瀬空夜と月白氷のワールドオーダーについての推理も、おそらくは役に立たないだろう。
 しかしそれでも、やらなければならない事だ。

 現状の戦力を確認する。

 隻腕の男から奪った銃器類。役に立たない。
 ワールドオーダーに通じないというのではない。小学生にも近い亜理子の体躯では、ショットガンや狙撃銃をまともに扱う事は不可能である。
 まともでない扱い方ならばできなくはないだろうが、それでも優先度は幾らか下だ。

 同じく隻腕の男から奪った火炎瓶。
 これは扱える。ワールドオーダーに通じるかは不明だが。

 そして、『魔法少女変身ステッキ』。
 これが曲者だ。
 『所持者が想像する限りの魔法を扱えるようになる』。
 聞こえはいいが、つまり『きちんと想像できない魔法は扱えない』のだ。

 例として挙げるならば、『空を飛ぶ』という魔法を使おうとして亜理子が使った魔法は、単に『大きく跳躍する』程度に留まった。
 彼女の思考は現実の延長線上のそれであり、現実に有り得ない空想を――『空を飛ぶ』という想像を形にする能力に、大きく欠けていた。
 きちんと想像し、自在に魔法を扱えるようにするには、それなりの練習が必要だろう。

 亜理子に今できるのは、『魔法弾を放つ』、『大跳躍する』、『シールドを張る』、『精神集中している間透明化する』の四つ程度だ。

 それにそもそも、このステッキにしても、ワールドオーダーの作った品である事は想像に難くない。
 となれば、会場にいるワールドオーダーにしろ、これの能力は知っていておかしくないだろう。

「……殴り合いでは勝ち目はなさそうね」

 まあ、それでもいい。話の通じる相手ならば、会話だけでも大きな収穫だ。
 問答無用で襲って来たならば――まあ、それはそれ。
 探偵の最大の武器は、その頭脳なのだから。


【C-4・剣正一探偵事務所/朝】

【音ノ宮・亜理子】
[状態]:疲労(小)
[装備]:魔法少女変身ステッキ
[道具]:基本支給品一式×2、双眼鏡、首輪探知機、M24 SWS(3/5)、レミントンM870(3/6)、7.62x51mmNATO弾×3、
12ゲージ×4、ガソリン7L、火炎瓶×3
[思考]
基本行動方針:この事件を解決する為に、ワールドオーダーに負けを認めさせる。
1:この会場にいる『ワールドオーダー』を探して、話を聞く。
2:ワールドオーダーの『革命』を推理する。


150 : 補記 ◆Y8r6fKIiFI :2015/02/04(水) 05:19:02 3PRzm6wE0
投下終了です。


151 : 名無しさん :2015/02/04(水) 10:41:48 1AtcVQY.0
投下乙
そういえば剣正一も探偵だったっけ
結構好きだったから再登場嬉しいぜ
意外な所で出てきた男は亜理子に意外なことを言って去ったけど
これが後に繋がるか繋がらないか…
決意を新たにした亜理子のワールドオーダーとの戦いは今後どうなっていくのか


152 : 名無しさん :2015/02/04(水) 13:55:31 R7YpRwkU0
投下乙です。
何気に剣さん回想で再登場か
亜里子の犯罪を感づいていた辺りやっぱり優秀だったんだな
そして早速直面した不可解な放送
考察や方針の再確認を経た亜里子の行く先はどうなるか


153 : ◆VofC1oqIWI :2015/02/13(金) 00:09:58 q85n6YrI0
投下します。


154 : Fallen ◆VofC1oqIWI :2015/02/13(金) 00:11:34 q85n6YrI0


『よっ、空谷さん』

大学構内のこじんまりとした休憩所に一人の青年が足を踏み入れる。
休憩室の自動販売機から購入した缶を取り出していた『空谷葵』は、声をかけてくる青年に気付いた。
同じ大学に通う―――――と言っても、普段は殆ど顔を合わせることのない相手。
何せ彼女と彼は、学部も学年も違うのだ。
それでも、ちょっとしたよしみで『友人』になっている人物である。

『あ……リ、リクさん!』

そんな突然の来訪者―――――『氷山リク』に声が上擦る葵。
ほんの少しだけ頬を赤くする葵の様子に気付いていないのか、リクは再び片手を上げて軽く挨拶した。
いそいそと退く葵に軽く礼を言い、自販機の前に立ったリクが財布を取り出す。

『……えっと………あの、こないだはありがとうございます!』

吸血鬼の第六感を使って休憩所とその周辺に誰もいないことを確認し、礼を言う葵。
ちょっとしたプライベートの話題である。誰かに聞かれたくはない。
それでも葵は早い内に礼を言いたくて、その話題を切り出した。

『どういたしまして、でも今後は気を付けろよ空谷さん?
 あのクロウ相手にあんな無茶するなんてさ』
『いやぁ、その、ちょっと…つい気が立っちゃってて…はは…』

スポーツドリンクを買いながら、リクは忠告するようにそう言う。
そんなリクの返答に葵は苦笑いをし、頬を掻く。

あれはつい先日のことだ。
葵はバイト帰りの夜道、悪党殺しの吸血鬼―――通称『クロウ』に襲われた。
葵がクロウに襲撃されたのはあれが初めてではない。
過去にも『葵が吸血鬼である』という理由で何度か攻撃されていたことがある。
彼女は悪党を憎むと同時に、吸血鬼を憎んでいるのである。
普段の葵ならそんなクロウを本気で相手取ったりはしない。
精々軽くやり合ってすぐに逃げる程度だ。

しかし、あの時の葵はつい無茶をしてしまった。
執拗に追い掛けてくるクロウを追い払う為、本格的に戦闘へともつれ込んだのだ。

『で、でも!やっぱりリクさんは強いですよね!カッコ良かったっすよ!』

結果として、葵は相応の手傷を負うことになった。
あのまま無茶を続ければ、下手すれば殺されていたかもしれない。
元も、最後は寸での所で氷山リク――――シルバースレイヤーに助けられたのだが。
そんなリクに対し、葵は目を輝かせながらそう言う。

『ははは…何はともあれ、あの時は空谷さんを助けられてよかった。
 もしもの時はすぐに呼んでくれよ。俺たちJGOEはいつでも駆け付けるからさ』
『いっ、いやいや!そんな、悪いっすよ…!』

微笑むリクに対し、頬を掻きながらどこか照れくさそうに葵は言う。
葵は彼の優しさがくすぐったくて仕方なかった。
どこまでも真っ直ぐで、お節介焼きな程にお人好しな彼の厚意が、嫌いになれなかった。
というよりも―――――――――


『―――――っと、ごめん!俺、次の時間講義あるから…!』


ふと思い出したように時間を確認したリクが慌ただしげにそう言う。
え、と声を漏らした葵をよそにリクはスポーツドリンクを鞄にしまう。


『それじゃ、空谷さん!夜道には気をつけて!』


片手を挙げて別れの挨拶をした後、リクは小走りをしながら休憩所を去っていった。
呆気に取られた表情をした葵は、暫くリクが去った後の廊下をぽかんと眺めていた。





(…行っちゃった)

リクがいなくなって、最初に思ったのはそんなことだった。
心中でそう呟いた途端、急に寂しさが込み上げてきた。

―――――――もっと喋りたかったのに。

悶々とした気持ちを抱え、はぁと溜め息を吐く。
彼はきっと、自分の気持ちに気付いていない。
そのことは葵も理解している。
そもそも彼にそれを告げてすらいないのだから、当然だが。
手に持ったトマトジュースのように顔を僅かに紅潮させ、葵はゆっくりと壁に寄りかかった。


(………やっぱ、好きだ………)


何気ない、ほんの数分足らずの会話である。
取るに足らないほどの些細な時間。
たったそれだけの時間が、彼女にとっては幸せだった。
誰よりも真っ直ぐで、誰よりも優しい。
そんな氷山リクに、葵は惚れていたのだから。


155 : Fallen ◆VofC1oqIWI :2015/02/13(金) 00:12:16 q85n6YrI0
◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆





あァ。



陽は高く昇り、光が大地を照らす。
無我夢中に駆け抜けるあたしも例外無く。
その煌めきによって照らされる。


きれい。


きれいだ。
陽の光は、本当にきれいだ。
暖かい。
眩しい。
本当に、大好きだ。
幸せな気持ちになる。

でも、そんなものでは空腹は満たされない。

喉が渇く。
お腹が空く。
舌が満たされない。
まだ足りない。
喉を潤すモノがもっと欲しい。
あの極上の味をもっと楽しみたい。
甘く蕩けるような美食をもっと味わいたい。

ああ。
血が欲しい。
もっと、血が欲しい。

あたしが欲しいのは、おいしいもの。
だから、できれば若い雌がいい。
さっきのあれのような、おいしいものがいい。
あれはおいしかった。
スゴくよかった。もっと喰らってみたかった。

でも、それと同じくらい。
いや、それよりももっともっと欲しいものもある。
食としての興味の対象が、もう一つある。



「いうあ」


シルバー。


「うえいあ」


スレイヤー。



ほしい。
ほしい、ほしい、ほしい。
あれがほしい。
あれを貪りたい。
あれを喰らいたい。
あれを啜りたい。
あれを奪いたい。
あれを、あれを、あれが、あれが、あれが、あれが。




氷山リクが、ほしい。


156 : Fallen ◆VofC1oqIWI :2015/02/13(金) 00:15:50 q85n6YrI0
◇◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◇


闇に呑まれた漆黒のバイクが、草原を駆け抜ける。
ブレイブスターは無数の蝙蝠と化した空谷葵と一体化している。
操作権を明け渡したことで完全に葵の意のままに操られている。
正義のヒーローの駆るバイクは既に怪物の一部と化していた。

ヒトを食料としか認識出来なくなった葵に残された、最後の記憶。
それは想い人である氷山リク。

葵の脳裏を過ったのは彼との記憶。
無意識のうちに追憶していた、片思いの相手との過去。
彼のことを想起する切っ掛けとなったのは、現在彼女が憑依している銀色のバイクだ。

銀色のバイクを目にした時、彼女は強く惹かれていた。
その銀色の輝きに、目を奪われていた。
それは彼を想起させるには十分なものだった。
正義の『白銀』を纏う彼の姿は、彼女の脳裏に強く焼き付けられていたのだから。
故に彼女は目の前にいた『獲物』を捨て置き、銀色のバイクへと乗り込んだのだ。

葵の本能は彼を求める。
愛する極上の獲物として、一人の青年を求める。

ブレイブスターの備える超音波のソナー。
ブレイブスターに染み付いた想い人のニオイ。
吸血鬼が持つ心眼―――――言わば第六感。
それらを頼りに、葵は探し始めた。


最愛のヒーローを。
想い人、氷山リクを。


血と愛に飢えた死の鉄馬は、影の如く疾走する。
愛しき者を、欠片になるまで愛する為に。


【F-8 草原/午前】
【空谷葵】
[状態]:食欲旺盛(太腿から上以外の部位欠損)、再生中(ミリア吸血によって一時的に回復速度向上)、人喰らいの呪
[装備]:ブレイブスター、悪党商会メンバーバッチ(2番)
[道具]:サイクロップスSP-N1の首輪
[思考・行動]
基本方針:血を吸いたい
1:氷山リクがほしい
2:おいしいの(若い女の子)もたくさんほしい
※いろいろ知りましたがすべて忘れました
※人喰いの呪をかけられました。これからは永続的に人を喰いたい(血を吸いたい)という欲求に駈られる事になります。
※ブレイブスターの超音波ソナー、嗅覚、吸血鬼の第六感を頼りに氷山リクを優先的に捜しています。
 探知の精度は不明です。


157 : 名無しさん :2015/02/13(金) 00:16:15 q85n6YrI0
短めですが投下終了です。


158 : ◆H3bky6/SCY :2015/02/13(金) 01:15:12 r/WHbGAw0
ちょっと遅れましたが投下します


159 : 戦場のヴァルキュリア ◆H3bky6/SCY :2015/02/13(金) 01:16:19 r/WHbGAw0
「おや、入れ違ってしまったか」

朝を迎え白む空に、穴のような漆黒が浮かんでいた。
それは影よりも黒く、闇よりも昏い混沌。悪性を司る邪悪なる神、邪神リヴェイラである。
目的の地点に到着したリヴェイラだったが、そこにはただ燃え堕ちた廃倉庫と破壊跡だけが残っているだけで何者の気配も残ってはいなかった。

新たなる邪なる魔力の発生を感じとりこの場に駆け付けたリヴェイラではあるのだが、その実、対象の魔力の気配を見失っていた。
無論、最初は捉えていた。
だが、しばらくして唐突に魔力の気配が途絶えたのだ。
まあリヴェイラとて大人しくその場に留まっているとは思っていなかったが。
ここに来たのはそれを確認するという意味合いも大きい。

勘違いだった、などという間抜けなオチはない。
邪神の勘に賭けて、この場で何かが生まれたのは間違いないだろう。

勿論、既に殺されたと言う可能性もあるだろうが、あれ程の魔力の持ち主を殺せるものがそういるとは思えない。
邪神である己を除けば聖剣の使い手か、現魔王のディウスくらいのものだろう。

となると一番考えられるのは、魔力や気配を殺して移動したという可能性だが。
あの荒れ狂った魔力からは、そんな器用なマネできる印象は感じられなかったはずなのだが。
何らかのきっかけで安定期に入ったか、それとも何らかの要因でそんな芸当覚えたか。
いずれにせよ、見つけ出さない事には結論は出せない。

「さて、どこに行ったの、かなっと」

邪神が宙に浮いたまま禅を組むように瞑想に入った。
二つの目は閉じられ、開くのは人外の証明。魔性の象徴。額に輝く第三の目。
邪神がスンと鼻を鳴らし魔力の残滓を感じ取り、魔を示す瞳が暗く輝いた。

「――――そっちか」

風に乗った闘争の気配を感じとり、邪神が無邪気に口角を吊り上げた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「…アザレア。何が起きていたのか、話して貰うぞ」

二つの死体と少年に跨るアザレアを交互に見詰め、バラッドが問い詰める。
だがそれを問われた毒の華、アザレアは小さく首を傾げる。

「何が、と言われましても困ってしまうのですけど。そこの二人に関しては勝手に殺し合って勝手に死んだだけですわ」

手にしたナイフで遠くに転がる死体を指しながら、あっけらかんと言ってのけるアザレア。
良くも悪くも、アザレアは嘘をついたり駆け引きをするタイプではない。その言葉自体は真実だろう。
もっともアザレアの歪んだ認識に基づいた発言は、本人に取っては真実でも、事実ではないケースも少なくないのだが。

「……そうか。まぁあの二つの死体に関してはそれはいいだろう。
 だが、今お前がナイフを持ってその子に馬乗りになってる状況はどういう事なんだ? これは知らないとは言わせないぞ」
「あら、おかしな事をお聞きになるのねお姉さま。見て分かりませんこと?
 すぐ殺せそうな所にこのお兄さまがいらしたから殺そうとしているだけですわ。それ以外に何があるというの?」

微笑を交えて、さも当たり前の事のようにアザレアは言う。
アザレア。この可憐な少女の異常性は組織でも随一だ。
ヴァイザーもピーターも異常者ではあるのだが、彼らは己が世間とはどうあっても折り合いが取れない特殊な人間であるという事は自覚している。
だがアザレアは違う。自身の異常性を理解しておらず、自身の置かれた環境が世間から見てどういう意味を持つものなのか理解していない。
純正培養の暗殺者。
この場においても何一つ分かることない異常性を見せるアザレアにバラッドは頭を抱え深く溜息を付いた。

「やはり、お前じゃ話にならんな。おい、アザレア殺すなよ。そいつからも話を聞かせろ」
「うーん。他ならぬお姉さまのお願いとあらば、聞かない訳にもいきませんわね。けど、なるべく早めにお願いしますね」

そう言ってアザレアは少年の上からあっさりと退いた。
アザレアから解放された少年は、必死の形相で地面を這いずりバラッドへと近づいてゆく。
バラッドはその必死の様子に若干面喰いながらも、身をかがめ少年へと視線を合わせる。

「おい少年。喋れるか」
「ぅあ……バラ……っ……バラッドさん」

痛みと恐怖に震えながら、途切れ途切れの声で少年は応えた。
その声に、バラッドは疑問符を浮かべる。

「待て。何故私の名を……いや、アザレアが呼んだのを聞いたのか」
「ちが、違います……ッ! あの……お、俺、姿変わってますけど、ユージーです……! ユージー、なんです……」

縋るような声でユージーが必死に訴えかけた。
その必死さは、ここで見捨てられれば本当に終わりだと、バラッドが最後の頼みの綱であると理解しているからだ。


160 : 戦場のヴァルキュリア ◆H3bky6/SCY :2015/02/13(金) 01:17:31 r/WHbGAw0
「ユージー? 何を言っている。
 確かに私にはユージーとう少女と行動を共にしていたが、それは君ではないぞ」
「変わったんです! 外見が」

だがユージーの必死の訴えはバラッドの心打つどころか、むしろ不信感が増したという印象を与えていた。
当然だろう。そんな荒唐無稽な話、簡単に信じろと言う方が無理がある。

「変わった? それはいったいどうやって」
「それは……ッ! そ、それは…………」

ユージーは事情を説明しようとして、言葉に詰まる。
何故なら、自身が変化した理由を彼は知らない。
何故そうなったのかなど、深く考えてこなかったからだ。
これは完全変態だ! とかニューユージーをバラッドさんたちにもお披露目しなくては! などというお気楽な考えはどこかに霧散していた。
自分が生きるか死ぬかの瀬戸際の様な状況で、そんな冗談めいた言葉を吐く事などでるはずもない。

「いや…………なんで、こうなったのかは……分らないんですけど。けど信じてください!
 俺本当は男で、いや、今も男に戻っているんですけどこれじゃなくて……えっと、最初は支給品の中に性別を買える薬があって、バラッドさんたちと出会ったのはその時で、その……だます気とかはなくて」
「ふむ」

荒唐無稽な説明を続ける少年の言葉に、バラッドが顎に手を当て思案する。
余りにも荒唐無稽すぎて逆に信憑性が出てきた。嘘をつくならもう少しましな嘘をつくだろう。
それに、薬により外見や性別が変わった例を彼女とて知らないでもない。

何より、自らに必死に縋る少年の姿は憐れを誘った。
彼が本当にユージーであろうとそうでなかろうと、どうあれバラッドには彼を見捨てる事などできないだろう。

「何か証明できるか? 例えば我々と君しか知らないような情報があるとか」
「えっと……証明に、なるかはわからないですけど……一緒に同行していた人なら、言えます。
 ここに居る三人のほかに鵜院さんも行動を共にしていました。あ、あとバラッドさんにせ○とくんのぬいぐるみを渡しました」

バラッドが振り返り視線を送ると、ピーターが軽く目を瞑り頷いた。
情報に間違いはない、ならば信じてみてもいいだろう。

「いいだろう。君を信用する。すまなかったな。
 という訳だアザレア、この少年は私の連れだ。この子の身柄は渡してもらうぞ?」
「あら、いくらお姉さまでも獲物の横取りは困りますわ。その子は私が殺そうとしていましたのに」
「お前と問答するつもりはない。私が無駄な殺しが好きじゃないって事は知ってるだろう。
 なら引け、お前だって私と敵対したいわけじゃないんだろ」

バラッドは冷たい刃の様な眼光でアザレアを牽制する。
同じ組織に所属している三人だ。
互いの実力、特性は理解している。

直接戦闘に特化したバラッド。
巧みな話術で相手の心に忍び寄り騙し討つピーター。
その可憐な容姿を活かし不意を打つ事を得意としているアザレア。

得意分野がばれているという点を加味しても、この場においてはどう考えてもバラッドが強い。
故にイニシアチブを握るのはバラッドだ。
それは組織に属する者にとっての共通認識だろう。

アザレアは異常者ではあるが殺し屋としてリスクを天秤にかけられないほど愚かではない。
彼女にとって殺人とはただの趣味や遊びの様なモノだ、格上のバラッドと敵対してまでこだわるほどのものではないはずである。

「いいえ、お断りしますわ。この人はここで殺さなくちゃならないの」

だが、アザレアはバラッドの要求をにべもなく突っぱねた。
そしてナイフを標的であるユージーに向けて、薄い笑みを浮かべる。
その冷たい笑みに先ほどの拷問めいた痛みを思い出してユージーが身を強張らせた。

「ふむ。珍しいですねアザレアが殺しにこだわりを見せるだなんて」

その様子にピーターが頷き、感心したように呟きを漏らす。
アザレアはその生死感の薄さ故、誰かを殺すことを躊躇わない代わりに、誰かを殺す事に拘りもみせない。
殺人に禁忌も感じていない彼女にとって、それらは等価である。
それ故に、この状況はアザレアの拘りの無さに手を焼いていたサイパスが見たら泣いて喜ぶ光景だろう。


161 : 戦場のヴァルキュリア ◆H3bky6/SCY :2015/02/13(金) 01:19:22 r/WHbGAw0
「ええ、だってお友達のためですもの」

花のような可憐さと、毒の様な危うさを秘めた笑みでアザレアが笑う。

「友達……だと?」
「ああ、そう言えば紹介がまだでしたね。私この場で初めてお友達ができましたの」

年相応の嬉しそうな笑みを浮かべ、スルリとアザレアがきつく締めつけていた自らの袖口を緩める。
するとそこから重々しい黒闇が噴出し、不気味な動きで渦を巻いた。

「なっ……………!?」
「二人に紹介しますわ。覆面さんよ」

アザレアの言葉に合わせるように黒煙が意思を持ったように蠢く。

「何だこれは…………生きて、いるのか?」
「そのようですね。まあそれはいいでしょう。
 それよりも殺すのが彼(?)のためというのはどういう事なのですアザレア?」

戸惑うバラッドとは違い、すんなり事態を受け入れたピーターはアザレアへと問いを投げる。

「あら、それをあなたが聞くの? ピーターと同じよ。ただのお食事。彼を殺して覆面さんが食べるの」
「なるほど。それならば仕方ないですね」

ピーターが深く納得を示し、どうぞと道を譲った。
アザレアはありがとうと優雅に一礼するとナイフを片手にユージーへと近づく。

「って、いい訳あるかッ!」

だが、異常者二人の語らいを傍から見ていたバラッドが切れた。

「いいかアザレア、これが最後だ。それ以上こちらに近づくようなら、この場で切り捨てる」

バラッドが腰元に構えた日本刀の鯉口を切り、今にも抜刀せんと構えを取った。
だが、アザレアはそれをただ楽しげに見送って、口元に指をやり喉を鳴らしてクスクスと笑う。

「相変わらず甘いんですのね。お姉さま」

アザレアの微笑。バラッドの背に寒気のような警告が奔る。
気付けば、何時の間に忍び寄ったのかバラッドの足元に黒い靄が纏わりついていた。

「殺したいのなら、黙って始めればよろしいのに――――!!」

釣り糸に引き上げられる魚のような形で、バラッドの体が足元から黒い縄に掬われた。
宙に浮いたバラッドの体は物凄い勢いで振り回され、大きく宙に弧を描く。

「ちっ…………!」

振り回される遠心力で頭に血が上り意識が白む。
平衡感覚はあっという間に失われ、もはや天も地も分らぬ状況である。
だが、そのような状況においてもバラッドは冷静さを失わず、舌を噛み意識を保つ。
そして逆さになった体勢のまま、腰元の刀を抜刀した。
抜くは霞すら裂くとされる名刀。振り抜かれた居合抜きの様な一閃は、彼女の足に巻き付いた煙を両断する。

そうして地面に叩きつけられる前に拘束から脱したバラッドであったが、同時に体を繋ぎ止めていた支点を失い、その体は振り回された勢いのまま彼方へと吹き飛ばされた。
だが、それはまずい。
ここで距離が開いてしまえば、バラッドが元の位置に戻る前にアザレアはユージーの殺害を完了してしまうだろう。

「ピーター!」
「イエス。ユアハイネス」

バラッドの指示に従い、ピーターがMK16を構えアザレアに向けて弾幕を張る。
ユージーへと向かおうとしていたアザレアも、これにはたまらず足を止めその場を飛びのいた。

「あらレディに対して酷いわねピーター」
「無礼はお互い様でしょう。食事を前にしてもがっつくのはレディとしてはしたないですよアザレア」

肩をすくめて日常会話のように皮肉を交わす二人。
そこからワンテンポ遅れてバラッドが戦線に復帰する。

「ピーター、ユージーを連れて避難しろ!」

視線は覆面男に向けたまま、振り返ることなくバラッドが叫ぶ。
ピーターは無言のまま頷くとユージーをひょいと抱え、そのまま走り出した。
それを追おうとするアザレアだったが、その行く手にバラッドが立ちふさがる。


162 : 戦場のヴァルキュリア ◆H3bky6/SCY :2015/02/13(金) 01:21:14 r/WHbGAw0
「行かせるか」
「邪魔ですわよ、お姉さま!」

怪しく目を見開いたアザレアの背後に、漆黒の華が咲いた。
それは虫の足の様に広がる煙で出来た六本の腕。
腕は咲き誇る華の花弁ように広がると、同時に立ちふさがるバラッドへと襲い掛かった。

開き閉じるその様は巨大な牙を携えた肉食獣の巨大な顎である。
だが、その顎に素直に喰われるほど、バラッドは安くない。

振り下ろした朧切で右から迫る二本の腕を一刀のもとに切り裂き、返す刃で左上段の腕を両断した。
同時に足元に迫る二本は一本を思い切り踏みつけ霧散させ、もう一本を片足を上げて回避。
残る左中段の一撃は喰らったもの、殴りつけられた衝撃を受け流すように回転、その勢いのまま残る左の二本を振り上げた刃で断ち切った。

猛攻を捌ききり、反撃に転ずるべく防の意思を攻の意識へと転じようとしたその刹那、バラッドの腰元に鋭い痛みが奔った。
決して忘れてはならない。バラッドの敵は目の前で脅威を振るう霧の怪物だけではない事を。
この戦場には、人の意識の外から攻撃することに長けてた生粋の暗殺者がいる。

「…………ッ! この」

腰に突き立てられたナイフが深く刺し抉られる前にバラッドがアザレアを蹴り飛ばす。
軽量級の体は豪快に宙を舞うが、吹き飛ばされた体が地面に叩きつけられる前に、黒い靄がその体をネットのように受け止めた。

「ふふふ。流石ですわお姉さま」

軽い動作でネットから着地。
纏わりつく黒靄と踊る様にクルリと回る。

「なら、もう少し遊びましょうか」

回るアザレアから弾けるような勢いで闇が広がった。
アザレアを中心として輪のように広がる闇をバラッドは一刀のもとに叩き斬る。
だが、これは先ほどのようにアザレアを活かすための目くらましだ。
そうはさせじとアザレアを直接狙って苦無を飛ばし、その動きを牽制する。

「おっと」

アザレアはこれを軽い動作で躱す。
その動きを予測していたバラッドは、苦無に結び付いたテグスを操る。
狙いは無防備な後頭部。

「今よ、覆面さん」

だが、互いの手の内は把握されている。
糸を操る一瞬の隙をついて、覆面男がバラッドへと襲い掛かった。

「ちぃ…………ッ!」

その動きに対応すべく、バラッドはテグスを手放して刀を両手で持ち直す。
手放したデグスは苦無と共に彼方へと消えて行った。
咄嗟の対応で何とか黒闇の突撃は捌いたものの、一瞬アザレアが視界の端を横切った。
不意打ちを受けまいと身構えるバラッド。しかしアザレアは来ない。
衝撃は逆から。
煙の拳が脇腹に叩き込まれ、アバラがミシリと軋んだ。
今度はアザレアが囮で本命は覆面男の一撃である。

「ぐ……っ」

衝撃に逆らわず自ら跳ぶ。
跳躍で距離を取りつつ、状態を立て直す。
そして改めて認識する。
この煙は強い。
いつ襲い来るとも分からないアザレアを警戒しながら、戦える相手ではない。

ならば、まずはアザレアを仕留めるべきだ。
覆面の攻撃をしのぎ、アザレアがナイフで攻撃に来た瞬間を狙う。
防御を犠牲に多少のリスクは追うがそれしかない。
そう狙いを定め、バラッドが脇構えに刀を持ち直す。

「行きますわよ、お姉さま――――ッ!!」
「――――来い、アザレア」


163 : 戦場のヴァルキュリア ◆H3bky6/SCY :2015/02/13(金) 01:22:44 r/WHbGAw0
「――――いいえ、そこまでですお二人とも」

動き出そうとした二人の元に制止の声が響いた。
その声にバラッドとアザレアが動きを止める。
声の主はピーターだ。
見ればピーターはユージーを拘束しその頭部に銃を突き付けていた。

「……何のつもりだ。裏切るつもりかピーター」

殺気と怒気を含んだ声。
人質がなければ今にも斬り殺さんという勢いでバラッドはピーターを睨み付ける。
だが、その殺気を前にしがらも、ピーターは飄々とした表情を崩さなかった。

「裏切る? まさか。私はいつだって貴女の味方ですよミス」
「だったら、どういうつもりだ」
「だって、このままだとバラッドさん、勝てないじゃないですか」
「………………」

その言葉にバラッドが押し黙る。
先ほどの攻防で互いの力量差は明確となった。
バラッド程の実力者がそれを分らぬはずもない。

「元をただせばこの少年を殺す殺さないの話でしょう? だったら殺してしまえばいいじゃないですか。
 アザレアはこの少年を殺したい。バラッドさんは生き延びられる。ついでに私も食べれる死体が増えてWin-WinどころかWin-Win-Winですよ。
 そうしたら元通り、同じ組織の仲間同士。仲良くやっていきましょうよ」

頭に来るほど綺麗な微笑を浮かべながら、ユージーに銃を突きつけたピーターは言う。
その態度にバラッドは握りしめた拳を振るわせ、奥歯を噛み締める。

「どこがWin-Winだ。ふざけるなよ、ピーター……!」

バラッドの怒声。
それに対して、

「ふざけているのはそちらでしょうバラッドさん?」

昆虫のような感情の色のない無機質な瞳がバラッドへと向けられた。

「そもそも何故そこまで必死になるのです? 別に彼を助けようとするのはいいとしましょう。
 けれど、それは貴女が命をかけて、仮にも仲間だったアザレアたちと殺し合ってまですることですか?
 だいたい懸けているのは貴女の命だけではない。
 このまま行けば貴女が自身が殺されれば、あなたと共に彼を護っていた私も殺されるでしょうね。
 逆にもし仮に勝てたとしても、代わりにアザレアが死ぬ。ついでにご友人の覆面さんも死ぬでしょう。
 つまり、彼が生きている限り、どんな結末になったとしてもそれ以上の死体を積み上げなくてはならない訳だ。
 ――――そこまでして救うだけの価値が、この少年にあるとでも?」

問い詰める様にピーターは言い、ユージーを拘束する力を強めた。
その痛みにユージーが僅かに喘ぎ、光の失った目を伏せる。
ピーターの言葉は、肉体を傷つけたナイフよりも鋭くユージーの心を抉った。
この戦場において彼に価値はない。
それは真実である。

何もできず、ただ助けを求めるだけの無力な存在。
そして、そんな彼が助けを求めたから、彼の姉は死んだ。
少なくとも少年はそう思っている。
そんな己に命を懸けてまで助ける価値など、あるはずがない。

「――――あるさ。あるとも。価値はある」

だが、その声は力強くそれを否定した。
地を見ていた裕司の顔が上がる。

「ほう。して、それはどのような?」

「だって、そいつは誰も殺してないじゃないか」

殺し屋として生きるしかなかった女は、憧れを秘めた声で言い切った。
当たり前の生き方しかしていない裕司の、その当たり前を慈しむように。

「それは殺す機会と力がなかっただけなのでは?」
「そうかもしれない。けど、それでも。こいつは私らより、いくらか上等な人間だよ。私らの安い命なら幾らか賭ける価値はあるさ」

彼は、何もできなかったけれど。
それでもいいと。
そうだからこそ、生きる価値があるのだと。
殺し屋はそう赦しのように告げていた。

「それにな。ここ来て、組織から離れて改めて分かったことがある。
 私はお前たちが…………殺し屋という人種が大嫌いだ」

身勝手に振る舞い、人の命を飯の種としか思わない。
そんな奴らに彼女は嫌悪しか浮かばない。

「そして、そんな生き方しか選べなかった自分も…………私は大嫌いだ」

歯を噛み締めながら悔いるような声で女は言う。
恩人には報いたいが、他の方法を選べず、こんな方法しか選べなかった。
そんな存在である自分がたまらなく嫌だった。

「だから」

だから、少しでもマシな自分になるために。

「ユージーは助ける。例えお前らを切り捨てても」

決意と刃を以て、女殺し屋は嘗て仲間だった二人に絶縁状を突き付けた。
その目にもはや迷いはない。


164 : 戦場のヴァルキュリア ◆H3bky6/SCY :2015/02/13(金) 01:27:05 r/WHbGAw0
「…………困りましたねぇ」

バラッドは本気である。
本気でユージーを助けるために、自らの命をも顧みず組織の仲間を切り捨てる覚悟のようだ。

不合理極まる選択であるのだが、確かに彼女は元々そういう傾向はあった。
彼女は、殺す相手を『選ぶ』殺し屋である。
仕事は殺されても仕方がないような外道が標的のモノしか請け負わず、それ以外の仕事はたとえ振られたとしても断固として拒否してきた。

意外なのはそんな彼女のスタンスを、彼女を拾ったアヴァンは元よりサイパスを始めとした幹部連中も容認していたという事だ。
まるで、やりたくない事はしなくていいと言った風に。
この手の組織にしては、甘いどころか緩すぎる規律である。

ともかく彼女は元より罪のない人間を斬れない程に甘く。
その甘さが、外の世界の人間と接触したことによって、より感化されてしまったようである。

ここでピーターがユージーを殺してしまえば、関係性の崩壊は回避できないだろう。
ユージーを解放して取り入ればまだ目はあるが、この場での生殺与奪の権利は既にアザレアへと移譲されている。
ならばバラッドを切り捨てアザレアに乗り換えるという案もあるが、アザレアはピーキー過ぎてコントロールが難しい相手だ。
この少女を操作できるのは彼女を拾ったサイパスくらいのものだろう。
自分にベストな形でこの場を収めるにはどうしたモノかと頭を捻らすピーターだったが、突然あげられた声にその思考を中断させられた。

「い、いいんですバラッドさん…………!」

声はピーターのすぐ目の前から発せられた。
声を上げたのは、渦中にありながら、その意思を無視され続けた少年である。
少年は震える声で、自らの意思を訴えかけた。

「お、俺なんかのために、命を賭けなくても……いいんだ……。
 ……そ、そりゃあ、し、死にたく、なんか、ないけど…………。
 俺のせいで……これ以上、誰かが死んでしまう事の方が…………」

耐えられないと、悲痛に顔を歪ませながら、なけなしの勇気と意地を振り絞って少年はそう告げた。
少年の目から一筋の涙が零れる。

「ユージー、君は…………」

その涙に、バラッドが眉を細め、ピーターが珍しく表情を歪ませた。
アザレアはニコニコと動向を見守っている。

余計なマネを内心で舌を打つピーター。
この手の演説はバラッドには逆効果だ。
いっそう意思を強固にさせるだけである。
そのピーターの危惧通り、バラッドは表情を引き締め、朧切をグッと握りなおした。

「心配するなユージー。君は私が助ける――――」

言って、流麗な動きでバラッドが駆ける。
こうなってしまえば、もうバラッドを切り捨てるしかない。
ピーターはユージーに向けてた短機関銃の銃口を向かいくるバラッドへと向けた。

「あら、抜け駆けはダメよ、お姉さまッ!!」

その後ろからはアザレアが黒い波に乗ってバラッドへと迫っている。
前門の機関銃、後門のモンスター。
もはや対処不可能な絶体絶命の状況に追い込まれるバラッド。

「やめろ。やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

少年の絶叫。
一瞬先の最悪の想像に少年の心が絶望に染まる。
その瞬間だった。


『よく言った。その心意気見事だ!』


ユージーの耳元に転がる鈴のような声が響いたのは。


165 : 戦場のヴァルキュリア ◆H3bky6/SCY :2015/02/13(金) 01:29:21 r/WHbGAw0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

気付けば、尾関裕司は白い世界にいた。

あれ程までに全身を支配していた痛みはなくなっていた。
ふと手を見てみれば、失った指も元通りになっており傷一つない。
というより、よくよく確認してみれば元の尾関裕司の体に戻っている。

どういうことかと周囲を見渡してみるが、周囲には誰もいない。
余りにも唐突な状況の転換に、ただ戸惑う事しかできなかった。

『ここは君の精神世界と言う奴だね』

声に振り返れば、そこに立っていたのは白い少女だった。
ウェーブのかかった白く輝く長い髪。
すらりと伸びる手足に、透き通るような透明感のある肌は人間離れした美しさを感じさせる。
それでいて近寄りがたさを感じさせないのは、人懐い少女の表情のせいだろう。
だが、それらの要素よりも、何より目につくのは額から生えた一本の角である。

『安心ていいよ、ここでの出来事は現実世界では一瞬の出来事だから、目が覚めたら殺されてるなんてことはないから』

まぁ目が覚めた瞬間に殺されることはあるかもしれないけど、などと最後に小声で呟やかれたような気がしたがきっと気のせいだろう。
それよりも、目の前の少女は何者なのか。気になるのはその一点だ。

『あたし? あたしは妖精さんだよ』

なるほど、妖精さんなら仕方ない。
角が生えてるのにも納得であると言わざるを得ない。

『ちなみに、30歳まで純潔を貫くと魔法使いになれるとかいう都市伝説があるだろ? あれ、あたしの仕業な』

マジで!?
驚きの新事実。
とんでもない大物だったようだ。
思わず揉み手で腰を低く構えてしまうぜ。
しかし、そんな凄い妖精さんが、俺なんかに何の御用なんですかね?

『ぶっちゃけ君、今ピンチじゃん? そのピンチを脱する力を君に授けようと思ってさ』

力を授ける? 魔法使いの力を?
喜ぶ、より先に戸惑ってしまう。
なんだって俺に、俺なんかにそんなものを与えようと言うのか。

『それはね。君が涙を流したからさ』

涙?

『君は恐怖で泣いていたんじゃない。悔しくて泣いていたんだろう?』

そうだ。
そりゃあ確かに怖かったけれど、それ以上に、死ぬことよりも誰も助けられない己の無力が悔しくて涙がこぼれたんだ。

『あの時君が一握りの勇気を見せなければ、私はあのまま見捨てていただろう』

そうか、そうだったのか。
あの涙の意味を理解し、見ていてくれた人がいたのか。
それは代えがたい救いのようにも感じられた。


166 : 戦場のヴァルキュリア ◆H3bky6/SCY :2015/02/13(金) 01:30:17 r/WHbGAw0
ただ、疑問がある。
確かに俺は(心はともかく)身は清らかなピチピチの中学生である。
しかし、まだ30歳ではない。
魔法使いになるにはまだまだ人生も半ば、経験不足であるのだが、いいのだろうか?

『年齢は噂話についた尾ひれみたいなもんだよ。
 実際は一定の純潔が溜まった者の下に訪れる、常人であれば30前後が多いと言うだけの話だよ。
 そういう意味じゃ君は傑出しているね。その年にして規定レベルを飛びぬけている、素晴らしい童貞力だ』

え、なにこれ褒められるの、貶されてるの?

『もちろん褒めてるさ。妄想逞しいというのはそれだけで素晴らしい事だ。想像し創造することこそ人間の本分だからね。
 特に童貞という生き物の日々悶々としている妄想力は素晴らしい。だが悲しいかな。妄想は妄想。現実を侵す力はない。
 故にあたしがその手段、妄想を実現する力を君に与えよう。その欲求(リビドー)こそが力になる』

妄想を現実にする力? それが魔法使いの力なのか?
確かに。妄想力ならその辺のリア充なんかに負ける気がしない。
現実で勝てなくとも、妄想の中なら童貞(おれたち)は最強だ。

『だけど、ただという訳にもいかない、当然対価は頂く』

いや、その話はいい。
俺はそんなに強い人間じゃないんだ。
下手に聞いて躊躇ってしまうよりも、聞かずに突っ走ったほうがいい。
馬鹿は馬鹿なりの、走り方があるんだ。

だから、契約するよ。妖精さんと。

『いいのかい? そんな簡単に決めてしまって。ここの時間は無限にある。もう少し悩んでもいいんだぜ?』

簡単なんかじゃないさ。
本当にバカで無力で、どうしようもない俺だったけれど。
それでもいいと、生きていていいと言ってくれた人がいたんだ。
その人が俺なんかの為に命を懸けてくれている。

俺はバカだからうまく言葉にできないけど。
嫌だって、このままじゃダメだって思ったんだ。
俺を最後まで見捨てずにいてくれた人を俺は助けたい。
それだけで戦う理由には十分だ。

なにより、あそこで立ち上がらなくちゃ男じゃない!!

俺の宣言に妖精は楽しげにニヤリと笑った。

『いいだろう。契約成立だ。だが覚えておきたまえ、君は力を得る代わりに、最も大事なモノを失うだろう』

そんな予言じみた言葉を残した。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


167 : 戦場のヴァルキュリア ◆H3bky6/SCY :2015/02/13(金) 01:32:52 r/WHbGAw0
「ぉぉぉおおおおおおおおおおぉぉぉおおおおおおおおぉおぉぉぉおおぉおお!!!」

叫びをあげる少年の体が白い光に包まれていた。
スパーンと爆発するように裕司の身を包む衣服がはじけ飛び、代わりに光が集約したような白い衣に包まれる。
殺し合おうとしていた三人も突然の事態に動きを止め、その光景にバラッドはおろかピーターですら目を丸くしてしていた。

「これが…………俺?」

白く輝く裕司が己の拳を握りしめた。
嘗てないほど力が溢れるのを感じる。

『見込み通りだ。お前の才能はずば抜けている。いけ裕司。今のお前は誰にも負けない』

頭に響く声に従い、ピーターの拘束を軽く引きはがし、クルリとその場で振り返った。
裕司とピーターの視線が息の届く距離で交わる。
ゾッと背筋に悪寒を感じ、思わずピーターが飛び退いた。
そしてそのままバラッドを狙っていた銃口を裕司へと向け直し、己の危険信号に従い躊躇うことなく引き金を引いた。
秒間十五発。人間をハチの巣に変えるには十分な弾丸が裕司目がけて放たれる。

その弾丸を前に、裕司は静止を掛けるように、片腕を前へと突出した。
それだけで、映画のワンシーンのように全ての弾丸が空中で静止し音を立てて地面へと落ちた。

『そうだイメージしろ。その妄想力がお前の武器だ。
 妄想し空想し具現化せよ。想像するのは常に最強の自分だ』

想像を実現する能力だが、ただの妄想では綻びがある。
エロと妄想に生きた彼だからこそ成せる穴のない完全なる妄想力である。

「隙だらけですわよ、お兄さま!」

ゴバッと黒い津波が生まれた。
小さな死神を乗せた闇の雨が裕司を押し潰さんと降り注ぐ。
それに対し、裕司は振り返るでもなく、ただ靄を払うように腕を振るった。
純潔を力とする聖なる光が、暗き闇を打ち払う。

「なっ」

足元の霧が消え、アザレアが地面に落ちる。
黒い霧は完全に消えたわけではないが、裕司の放つ光を恐れるようにアザレアの影に隠れた。
その様子を見て、ピーターがM16を地面に放り、両手を上げる。

「降参。参りました、降参です」
「おい。そんな調子のいい理屈が通じると思うのか?」

熱り立つバラッドだったが、それを制止したのは、ピーターに殺されかけた張本人であるユージーだった。

「いいんです。バラッドさん俺が弱かったのが悪いんです。
 俺が強ければこんな事にはならなかったし、なにより、バラッドさんが言ってくれたじゃないですか。俺は殺さない、殺したくない」

その瞳に込められた意思に、バラッドは思わず息を呑んだ。
少年は、許す強さを持っていた。
彼女には最後まで持てなかった強さだ。

「そうか。ユージー、君は強いのだな」

その輝きに羨望を覚えながらも、少年の強さを素直に称える。


168 : 戦場のヴァルキュリア ◆H3bky6/SCY :2015/02/13(金) 01:34:20 r/WHbGAw0
「さて、お前はどうするアザレア。二対一、いや二対二か?」

ピーターは両手を上げまま突っ伏しており我関せずと言った態度だ。
取り残されたアザレアは、うーんと少し思案した後、タンと踊るような軽いステップで後方へと跳んだ。

「やめにしておきますわ」
「は?」
「だって、その人もう簡単に殺せそうにないですから」

アザレアの目的は覆面男の回復のために人を殺す事である。
そのために手っ取り早く殺せる素人を殺そうとしただけであり、標的が力を手に入れ簡単に殺せなくなった以上、争う理由はなくなったも同然だ。

裕司が強さを示す。
ただそれだけのことで全ての戦闘は回避され、誰ひとりの死者を出すことなく事態は解決した。

それ故に裕司は悔やむ。
何故これが、もう少し早くできなかったのだろう。
もう少し早くこうすることができていれば、姉を救えたかもしれないのに。

「それに、ちょうど別のお客様もいらしたようですし、私たちはお暇しますわ。それではみな様。ごきげんよう」

優雅なまでに可憐な動作でアザレアが空へと浮き上がる。
だが、その光景以上に、気になったのはその言葉の中にあった単語である。

「別の客……だと?」

彼らの背後、つまり先ほどまでのアザレアの視線先からくちゃくちゃと言う咀嚼音が聞こえてきた。
その音に三人が振り返る。
そこには、尾関夏実とスケアクロウの死体を啄む角を生やした化け物がいた。

【I-8 上空/午前】
【アザレア】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ、覆面男
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:自由を楽しむ
1:覆面男の為に適当に誰か殺す
2:覆面男が満足したら再びリヴェイラを追う
3:覆面男に自分の作品を見せる

【覆面男】
[状態]:濃度35%、アザレアに巻き付き中
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:???
1:???
※アザレアをどう思っているのかは不明です。というか何を考えてるのか不明です。
※外気に触れると徐々に霧散します、濃度が0になると死亡します


169 : 戦場のヴァルキュリア ◆H3bky6/SCY :2015/02/13(金) 01:36:16 r/WHbGAw0
「またですか!? なんてことだ…………!」

悲哀の篭った声を漏らしたのはピーターだった。
後で食べようと思っていた、ご馳走を横取りされた悲劇である。

「あの時の怪物か!?」

最大限の警戒を露わにして、バラッドが身構える。
角の生えた容姿、火傷で爛れた皮膚。
見紛うはずがない、あの港付近の廃倉庫で戦った怪物女だ。

殺せたとは思っていないかったが、やはり生きていたようだ。
あの時は何とか逃げおおせたか、再び戦闘になった場合、今度もまたうまくいくかどうか分らない。
こちらに気付いているのかいないのかは分らないが、食事に夢中になっている今のうちなら逃げ出せる可能性は高い。

「突っ掛ったりするなよピーター、死体は諦めろ。とりあえずこの場を離れるぞ、いいな?」

ピーターへのわだかまりが解消した話ではないが、まずはこの場を乗り切るのが最優先だ。
不満気ではあるが、異論はないのかピーターは黙ってこくりと頷きを返す。

「ユージー君も、…………ユージー?」

反応がないのが気にかかり、バラッドが裕司へと視線を移すと、そこには愕然とした表情でその食事風景を見つめている裕司の姿があった。
固まった裕司は目を見開き、拳を怒りに振るわせいた。

「ね、姉ちゃんに、何してんだテメェ――――!!!」

激情のまま裕司がオデットへと駆け出した。

「くっ! まて、ユージー!」

駆けだした裕司を追ってバラッドも駆ける。
迫りくる裕司に気付いたのか、人喰いの化け物――オデットが食事の手を止め、四足の体制のままグルリと首を捻った。

「EgdeDnIw」

紡がれる言の葉。
それは破壊生み出す魔の法となる。

『来たぞ、防げ裕司!』

不可視の刃にいち早く気づいたのは裕司の中にいる妖精だった。
頭の中に響く指示に従い、裕司が腕を突き出した手の平を広げる。
その盾のイメージが、迫りくる透明な刃を弾いた。

「姉ちゃんから、離ぁれろぉおおお!!」

間合いに入った裕司が、オデットと夏実の死体を引き剥がすように拳を振り下ろした。
オデットは四足の獣のような体制から、バネで弾かれたように跳び、その一撃を回避する。

「逃がすか、よ!」

大きく振り被った裕司の手の中に、光の玉が生み出される。
その球を綺麗なワインドアップポジションから投球。
引き上げられた身体能力から生み出された剛速球が弾丸のような速度で空中のオデットへと向かう。

「EgdeDnIw」

宙で再びオデットが風の刃を生み出し、光の球を切り裂いた。
十字に細断され四つに分かれる光球。
だが、その光球はただの球ではない、裕司の想像により生み出された光球である。

「増えろ!」

分れた光球がその勢いを維持したまま、空中で分裂を繰り返す。
それはまるでショットガン。
無数の散弾が、逃げ場のない空中でオデットを狙い撃った。

だが、光の雨に晒される相手もまた怪物である。
オデットは落下しながらも、散弾の隙間を縫うように身を捻った。
人間ではありえない挙動で全ての球をやり過ごすと、一撃も被弾することなく地面へと着地する。

「疾――――――――ッ」

そこに息つく間もなく、駆けつけたバラッドの斬撃が奔った。

「DlEihs」

着地を狙い、水平に振り抜かれた一撃はしかし、振り返ることなく張られた光の盾に防がれた。
やはり読まれいる。
この動きにバラッドは敵がヴァイザーと同種の相手であると確信を得た。

反撃に転じようとする化け物だったが、それよりも早く、ピーターがMK16で弾幕を張り牽制。
オデットが飛び退くように距離を取った。


170 : 戦場のヴァルキュリア ◆H3bky6/SCY :2015/02/13(金) 01:38:18 r/WHbGAw0
「うーん。理性もなさそうなのに的確な動きをしますね。闘争本能だけで戦ってるんですかねぇ」
「ピーター……お前」

ピーターが援護したことに意外そうな顔を向けるバラッド。
倉庫の時も似たような事はあったが、あの時とは状況が違う。
少なくとも、裕司とバラッドが戦っている間になら逃げられた可能性は高いだろう。

「いやアレは危険だ。倒せるんならここで倒してしましょうよ。あぁ無理そうなら適当に逃げますのでお構いなく」

遭遇率を考えると、一人逃げて後から襲われるリスクを負うよりも、戦力のそろってる間に倒してしまった方が安全であるという算段なのだろう。
あくまで自分の事しか考えていないその考え方は気に喰わないが、今は少しでも戦力が欲しい時だ文句も言っていられない。

「いいだろう。援護しろピーター」
「イエス。ユアハイネス」

腕をまくって前に踏み出したバラッドは、死体の前で立ち尽くす裕司へと話しかける。

「一人で飛び出すな、ユージー」
「…………すいません」

怒りのまま飛び出したのを咎められ、バツが悪そうに目を伏せる。

「この死体は君の姉さんなんだな」

バラッドの問いに、裕司は食い散らかされた死体を見つめ、沈痛な面持ちで頷きを返した。
そして奥歯を噛み締めた裕司は決意するように拳を握る。

「俺も戦います、戦わせてください」

今は少しでも戦力が欲しい所だが、バラッドはこの少年を巻き込むのは躊躇してしまう。
どういう理屈かは不明だが、確かにこの少年は機関銃の掃射を防ぎ、煙の怪物を退けるだけの力を得た。
だがこれまで戦いとは無縁のこの少年を、そのまま戦いに巻き込んでいいのだろうか?
協力を躊躇うバラッドに、裕司は言葉を続ける。

「俺、嬉しかったんです。バラッドさんが俺を助けようとしてくれたことが。
 けど、守護られてるだけじゃ嫌なんです、俺にもバラッドさんを守護らせてください!」

告げるその瞳の色に男の決意が満ちていた。

「動きましたよ、バラッドさん」

敵の動きを監視していたピーターの叫び。
迎え撃つべくバラッドが動き、駆けだしながら後方の少年に告げる。

「――――いいだろう、背中は任せた」

相克する流星のように互いに距離を詰めるオデットとバラッド。
その後ろに僅かに遅れて白く輝く衣に身を包んだ裕司が続く。
バラッドの神速の踏込に付いてきているのはその輝きの恩恵か。

「DrAzzilb」

突撃するオデットの背後に氷槍が生み出され、先行するバラッドへと襲い掛かる。
バラッドはこれらを全て撃ち落とさんと、走る勢いを弱め刀を構えようとする。

「そのまま突っ込んで!」
「っ!?」

だが、背後からの声に押されるように、攻撃の予備動作を中止してそのまま敵へと迫る。
背中は任せると言ったのだ。ならば信じるのみである。

「バラッドさんを、守護る――!」

強く裕司が念じると、バラッドの周囲を光の膜が包んだ。
その光の膜が降り注ぐ氷の槍を打ち払う。

突き進むバラッドがすれ違いざま額、喉、心臓を狙った三連突きを放つ。
一息で放たれたその神技を、その動きを読んでいたような神速でオデットが避け、反撃の刃を振るう。
鋭い爪の一撃にバラッドを包む光の膜が砕かれ、肩口が裂けた。

「バラッドさん!」

続いてオデットの元に辿り着いた裕司が手に生み出した光の剣を振るう。
バラッドに対する攻撃後の隙を狙った、躱せるはずがないという確信を持って放たれた一撃。
だが、この一撃すら、オデットは崩れるような動きで自ら体勢を崩すという異常な動きで回避した。
そのまま獣のような四足で跳ぶオデット。
バラッドとの二連撃ではかすりもしなかった。


171 : 戦場のヴァルキュリア ◆H3bky6/SCY :2015/02/13(金) 01:39:45 r/WHbGAw0
「だったら、とにかく数!」

裕司の背後に無数の白球が浮かんだ。
イメージは千本ノック。
途切れることない無限の弾幕で敵を追い詰める。

千の弾丸がたった一人を制圧するために飛び回る。
如何なる回避性能を持とうとも、そもそも回避する隙間を与えなければ必ず当たる。

「Praw」

瞬間。オデットの体が掻き消えた。
高速移動などではない、完全にその身が消失した。

「後ろだユージー!」

絶叫の様なバラッドの叫び。
凍りつくほどの悪寒が裕司の背筋に奔る。

「ハ――――ァ!」

獣のような息吹と共に、裕司の肩口へとオデットが牙を立てた。
ぶちりと筋肉が断絶する音をたて、肩の肉が噛み切られる。

「っぁぁああああああああああ!!」
「こいつッ!」

駆け付けたバラッドの一撃を躱し、踊るように距離を取る。

「……はぁ」

生きた肉の味に、化物が嬉しげに血塗れの口元を歪めた。

「瞬間移動ですかね。こうなると動きを封じても抜け出される、これは厄介だ」

一人他人事のようにピーターが戦況を分析する。
そろそろ引き際を見極めようとしている様子だ。
ピーターに限らず、戦況の不利さは全員が感じていた。

攻撃が当たらない。
その回避性能はもはや狂気じみていた。

「くっ。ここまで当たらないなんて、どうして…………!?」

肩の傷を押さえながら、余りにも不可解な敵の回避力に戸惑いの声を漏らす裕司。
その言葉に、神妙な面持ちとなったバラッドが呟くように答えた。

「……奴は殺気を読んでいる」
「え?」

妙に確信めいた言葉。
何か確証でもあるのだろうかと一瞬思ったが、そんなことはどうでもいいことだ。
バラッドがそういうのならば裕司はそれを信じるまでだ。

「じゃあ、殺気の無い攻撃なら?」
「いや、そんなのは達人の境地だ。一朝一夕でどうこう成るものでないし、それでも奴は攻撃の意思を感じて避けるだろう」

言いながらバラッドの脳裏に何度手合わせしても、一度たりとも攻撃を当てられなかった男の姿が浮かぶ。
奴に勝つにはどうすればいいのか。
幾度となく頭の中でシミュレーションを繰り返してきた。
敵がアイツなら攻略法はできている。


172 : 戦場のヴァルキュリア ◆H3bky6/SCY :2015/02/13(金) 01:41:15 r/WHbGAw0
「ユージー、ピーターに伝言を頼む」

耳元で二、三言呟き、策を伝える。
頼んだぞ、と言いながら、バラッドはオデットへと向かって行く。

「DrAzzilb」

降り注ぐ氷の刃を打ち払う。
返す刃で喉元を突くが、軽い動作で身を躱される。

だが、バラッドの攻撃は止まらない。
片手平突きからの横薙ぎ、これも回避された。
流れのまま袈裟へと振り下ろす斬撃、当たり前のようにオデットは飛びのき攻撃範囲から逃れられる。

「今だ、バラ撒けピーター!」
「イエス、ユアハイネス」

バラッドが裕司の作った卵型の壁に向けて、短機関銃を乱射した。
弾丸は曲面に弾かれ辺り一帯にランダムにばら撒かれる。

そうバラッドがピーターに伝えた策は一つ。
『跳弾をバラ撒け』だった。
意思の籠らぬ跳弾ならば、殺気から弾道を読むことはできない。
之ならば彼の最強の殺し屋にも当てることは出来るはずだ。

だが、それでもこの相手を倒すには足りないだろう。

「ElCriC」

下手に転移したところで流れ弾に被弾するため回避は不可能。
そう見るや否や、オデットはドーム状の結界を張り防御を選択した。
今の相手には魔法がある。
この防御突破しない限り、この先に道はない。

防御を固め動きを止めたオデットに対し、バラッドが迫る。
全面にバラ撒かれた弾幕は当然の如くバラッドにも襲い掛かるモノだ。
だがそれを気にせず、幾つかの被弾を覚悟で弾丸の雨降り注ぐ中を済まし通す一本の刃のように突き進む。

その太腿に跳弾の一発が直撃した。
しかし不思議な事に痛みはなかった。

「?」

気づけば、いつの間にかバラッドの周りを白い光の膜が覆っている。
それは裕司の守護りだった。

「――――ありがたい」

感謝の気持ちを踏み込む力に変え、ただ前へと、敵の下へと突き進む。
ドーム状の半円の前にたどり着いたバラッドが光を纏い輝く刃を振り上げる。

「破ァ――――――!」

気合一閃。
振り下ろされた閃光のような一撃は、中のオデットごと結界を切り裂き両断した。

否。
切り裂かれた結界の中にオデットの姿はなかった。
バラッドが斬撃を加える直前、オデットは転移を完了させその場から、身を退避させていた。

しかしながら、その身は無傷ではない。
転移した先で跳弾した弾丸を数発喰らい、胸元と脇腹、左足から新たに血を流していた。

「当ててやったぞ、化物!」

それはダメージとしては大したものではないだろうが、確かに当たった。
この相手は、決して不可触の無敵な相手などではない。
両断こそできなかったモノの、勝てない相手などではないのだ。

被弾したオデットは意外そうに目を丸くして、自分の受けた傷口をまじまじと見つめ。

「クァ――――ッ!」

そして嗤う。
愉しげに、狂ったように嗤った。

「来い化物、今度こそ両断してやる」

その様子を冷静に見つめバラッドが太刀を担ぎなおす。
これまで以上の激戦の予感に、裕司が息をのむ。


173 : 戦場のヴァルキュリア ◆H3bky6/SCY :2015/02/13(金) 01:43:27 r/WHbGAw0
だが、しかし。

「――――――――はい、そこまで」

天から降り注いだ声。
次の瞬間、全員が檻のような箱に囚われた。

「何だこれは!?」

バラッドの伸ばした腕が檻に触れた瞬間、雷鳴に弾かれた。

現れたのは闇を纏った漆黒の少年だった。
誰も美しいと感じる中性的な容姿。
一糸まとわぬその姿が見せる裸体がかろうじて彼が少年であることを示していた。

全員が檻に囚われ動きを封じられる。
完全に主導権を握った少年は満足げにその光景を見送る。

「Praw」

だが、オデットがただ一人、その身を転移させ檻から抜け出した。
檻から解き放たれた獣が自らを捉えた元凶へと一直線に襲い掛かる。
その様子を邪神は楽しげに見送ると、ハハと笑いながらすっと腕を振り下ろした。

「――――お座り」

瞬間、オデットの周囲の地面が円形に窪んだ。
オデットの体が重力に押しつぶされるように沈み、カエルのような体制で地面に這いつくばらされる。

それは信じがたい光景だった。
あれ程驚異的だったオデットが赤子の手を捻るような容易さで制圧されている。
完全に動きを封じられたオデットは抵抗することもできず、絶叫とも呼べない喘ぎの様な声を漏らすことしかできなかった。
それを当たり前のように成し遂げた邪神がバラッドたちへと向き直る。

「さて、まずはこちらから済ましてしまおうか。それじゃあ君たちに質問だ。
 君たちは殺し合いを謳歌する者かな? それとも正義を掲げる愚か者かな?」

天から響く調べのような声。
それは体の髄に染み渡るような神々しさすら感じさせる響きだった。

その声を前に全員が固まっていた。妖精すらも声を失っている。
出会ってしまっただけで理解できる、どうしようもない絶望。
存在としての次元が違う。
生き延びたいのなら絶対に出会ってはならない存在だった。

「いきなり出てきて、お前は、何なんだ!?」

だが、その中でただ一人声を荒げたのは裕司だった。
ただ一人素人である裕司だけは、この絶望的な空気に飲まれることなく動く事が出来た。

「おっと自己紹介が遅れたか、僕は邪神リヴェイラ。死と破壊を司る神様だ、よろしくね。
 殺し合いをしようとしている人を探していてね。邪神としてはちょっと面白おかしく殺し合いを支援しようと思ってね」
「……面白おかしく……だと?」

その言葉に、裕司が怒りに震えた。
目の前で凄惨な死を遂げた姉の姿が脳裏に浮かぶ。
この場で殺し合いの凄惨さは嫌と言うほど理解した。
それをまるで玩具で遊ぶような、そんな軽い言葉で表していいものではない。

『おい待て裕司! まずは様子を見るんだ!』

妖精が必至の声で裕司を静止する。
だが、裕司は止まらない。
こんな悪になど屈することはありえない。
正義を示すことに何の迷いもなかった。

「そんなに聞きたければ言ってやる! 俺たちは殺し合いなんかしない!
 お前みたいなやつになんか絶対に負けない!」

「ああ、そう」

興味なさ気に応えると、リヴェイラはパチンと指を鳴らした。

「え?」

驚愕はその光景を傍から見ていたバラッドの口から洩れたモノだ。
血と臓物と汚物の混じった異臭がツンとバラッドの鼻孔を突く。
その悲劇が襲い掛かった裕司本人は、悲鳴はおろか声すらも上げることができなかった。
裕司を捉えた檻から、網目状のレーザーが放たれ、瞬きの間に彼の体をブロック状の肉塊と変貌させたのだ。


174 : 戦場のヴァルキュリア ◆H3bky6/SCY :2015/02/13(金) 01:45:45 r/WHbGAw0
「それで君たちどうだい? 彼と同じく正義を掲げる者たちなのかな?」

裕司の殺害などまるで気にした風でもなく邪神が二人の殺し屋へと再び問いを投げる。
余りの事態に呆然とするバラッドを余所に、ピーターが口を開いた。

「いいえ。私たちは殺しを謳歌する悪の華にございます。漆黒の神よ」

言って、ピーターが最大級の敬意を払うように、檻の中でやうやうしく頭を垂れた。
その様子を見て、邪神は満足そうに一つ頷く。

「そのようだね。二人ともそれなりに血の匂いが染みついている。特に君の口から匂う香りは人間にしてはなかなか芳醇だ」

そして、いいだろうと呟き、パチンとリヴェイラが指を鳴らすと二人を閉じ込めていた檻が砕ける様に消滅した。
拘束が解かれると、肩をいからせたバラッドがピーターへと掴みかかる。

「ピーター……! 貴様ッ!」
「落ち着きましょうよバラッドさん。彼は死にました。憤ったところで何の意味もない。
 もう場面は、既に我々がどう生き延びるか、と言う場面に変わっている」
「自分が生き延びられればそれでいいのか? 誇りがないのかお前には!?」
「生き延びられればそりゃあいいでしょう。命あっての物種ですよ? 殺し屋なら冷静な判断をしましょうよ」
「これまで嫌という程殺してきたお前が、お前たちが、自分の命は惜しむのか?」
「殺してきたからこそですよ。それほどまでに私たちは己の命が恋しい」

互いの意見は平行線をたどり交わることはない。
別の生き物のように価値観が余りにも違い過ぎる。

「おいおい。揉めている所悪いのだけれど、僕がちょっとそこの魔族に用があってね、できれば君たちには早々に去って欲しいのだけれど」

告げる邪神の声は穏やかだが、機嫌を損ねれば次の瞬間首が吹き飛ばされてもおかしくない。
死にたくなければその指示に従い、すぐさま去るほか選択肢はないだろう。

「という訳です。私は去りますが、バラッドさんはどうされます?」

それはピーターなりの最終勧告だった、ここが引くなら最後のタイミングだと、そう伝えていた。
その言葉に、バラッドが奥歯を砕かん強さで歯噛みし、静かに首を振った。

「私は残る」
「死にますよ。確実に」

その答えを予想していたのか、間髪入れずピーターは断言する。
だが、そんなことは言われるまでもない。
サイパスやヴァイザー、あの化け物にすら感じなかったほどの、超えられない壁が神と人間の間にはあった。
力の差がありすぎる。
勝てる気どころか、戦える気すらしない。
それでも。

「殺し屋としてではなく、人としての尊厳の問題だ」

目の前で仲間が殺されて、はいそうですかと割り切ることなど彼女にはできない。
ここで引けば、彼女は彼らと同類になってしまう。

「……仕方がないですね。さようならミスバラッド。貴方の肉を食べられないのは本当に残念だ」

そう言って残念そうに肩をすくめてピーターは振り返ることなく去って行った。

【I-8 市街地/午前】
【ピーター・セヴェール】
[状態]:頬に切り傷、全身に殴られた痕、疲労(小)
[装備]:MK16
[道具]:基本支給品一式、MK16の予備弾薬複数、ランダムアイテム0〜1(確認済み)、麻生時音の死体
[思考・行動]
基本方針:女性を食べたい(食欲的な意味で)。手段は未定だが、とにかく生き残る。
1:新たに利用できそうな協力者を探す。
2:麻生時音(名前は知らない)の死体を早く食べたい。
3:生き残る為には『組織』の仲間を利用することも厭わない。


175 : 戦場のヴァルキュリア ◆H3bky6/SCY :2015/02/13(金) 01:47:03 r/WHbGAw0



そうして、この場に残った人間はバラッド一人になった。
一対一。勝ち目はないと知りながら殺し屋は神に対峙する。
地上から天に舞う神の姿を睨み付けながら静かに朧切を正眼に構えた。

「おや、何のつもりかな?」

邪神の問いに殺し屋は答えず、ただ殺気のみで応じる。

「まさか、僕と戦うつもりなのかな? ただの人間如きが」

笑みを浮かべたまま邪神が僅かに敵意を漏らした。
それは彼にとっては遊びのようなモノだろう。

ただ、それだけで対峙するバラッドは心臓が止まってしまいそうだった。
それに負けぬよう息を吐く。

人間だからこそ戦うのだ。
勝てないまでも、せめて一矢くらいは報いてやろうと決意し、半ば開き直ったような精神で上空を睨む。
敵ははるか上空。刀一本でどう戦ったモノか。

『くッ! なんてこと。いきなり契約者が殺されるだなんて!』

だが、戦い方を考えていたバラッドの足元から突然、少女のような甲高い声が響いた。

「……何だ?」

それは裕司の亡骸から聞こえていた。
思わず声の方に視線を向ける。
すると裕司の頭部らしき残骸から、小さな光が飛び出してきた。
光はゆらゆらと巡回したあと、バラッドへと一直線に近づいてくる。

『あなた、ひょっとしてあたしの声が聞こえるの?』

近づいてみてそれが人型であることに気づく。
それは手の平サイズの妖精だった。

「何だ、お前は…………?」

戸惑うバラッド。
その様子にリヴェイラが疑問符を浮かべる。

「? 何と話しているんだい?」

どうやら妖精の姿や声はバラッドにしか届いていないようだ。
余りの恐怖に頭がおかしくなってしまったのか。
本気でそう考えるバラッドに妖精が問いかける。

『ってことは、あなた処女?』

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


176 : 戦場のヴァルキュリア ◆H3bky6/SCY :2015/02/13(金) 01:48:04 r/WHbGAw0
『二回目何で説明は省くけど、あなたに力を与えましょう』

「おいちょっと待て、二回目ってなんだ。っていうか誰だお前、そもそもここはどこだ」

白い空間にバラッドは立っていた。
目の前に立っている少女は先ほどの妖精に違いない。
だた手の平サイズだった妖精は人間大に拡大されていた。

『質問が多いわねぇ』
「人に呆れる前に、まずは自分の説明不足を顧みろ」
『そんな細かい事情なんてどうでもいいでしょう? 状況を考えましょうよ、あなたは人の身で神に挑もうとしている。
 死ぬわよ。確実に死ぬ。それは覆りようのない決定事項でしょうね』
「それがどうした、私は死ぬのなんて恐ろしくはない。それよりも恐ろしいのは人としての尊厳が失われることだ」
『いいえ、それは違うわ。命を投げ出すなんて、それこそ人間どころか生命として失格よ。
 そんなものは生命への冒涜に他ならない。生を繋ぎ子孫を残す事こそ、生命の本懐でしょう?』

バラッドのやろうとしていることは自殺に過ぎない。
そう目の前の妖精は言っていた。

「ならどうしろって言うんだ。もうケンカ売った。もう吐いた唾は呑めないぞ」
『勝てばいい』
「なに?」
『あの邪神に勝てばいいのよ。その力をあたしがあなたに授けましょう』

妖精の言葉にバラッドが眉をひそめる。
甘い話に一も二もなく喰いつくほど甘い人生は送っていない。
相手の目的が見えない以上、警戒するのは当然だろう。

「対価は当然あるんだろ?」
『そうね、あなたに力を与える代わりにあなたの大事なもの頂くわ、生命にとって一番大事なものをね』
「大事なモノ?」

その言葉の響きにバラッドはゴクリと唾を飲む。
自分は悪魔との契約を結ばされようとしているのではないだろうか。

『そう。私と契約したらあなたは一生処女のままよ』
「ぶっ」

予想外な内容に、思わず吹き出してしまった。

「そ、そんな事でいいのか?」
『そんな事とはご挨拶ね。純潔を貫くという事は、それはつまりもう一生子を為せないという事よ?
 つまり、あなたはもう親にはなれず、生命の本懐を遂げられない』
「む」

そういう言い方をされると大変な事のように思えてしまう。
いや、実際大変な事なのだろう
もう一生子を成せない。親にはなれない。
親と言う言葉の響きに、ふと父親と、母親の事を思い返してしまった。

思い返すのは赤い光景。
喉を裂かれた男の死体を抱えて半狂乱で喚く女の姿。

『あなた! あなたあなたあなたあなたあなたあなたあなたあなたあなたあなた!!
 どうしてぇ!? どうして、こんなことをしたのケイト!!?』

彼女にとって父から受ける暴力は日常だった。
父は温厚な男だった。少なくとも世間的にはそういう事になっていた。
しかしその裏で日々の苛立ちを妻と娘に暴力と言う形でぶつけ、憂さを晴らすような男だった。

数発で抵抗する気力を失い、ぐったりとした娘を放置し、男の暴力は妻へと矛先を変える。
それはもはやに日常と化した、いつも通りの光景だった。


177 : 戦場のヴァルキュリア ◆H3bky6/SCY :2015/02/13(金) 01:49:14 r/WHbGAw0
『ちが……私。私は、お母さんのために…………』

だが、その日の暴力は度を越していた。
男は商売で失敗したらしく、いつもは殴り疲れれば終わる暴力は何時まで経っても終わらなかった。
娘の顔が変形するまで殴り続け、妻にも加減なく拳を振い、ついにはパールのような凶器まで持ち出した。

少女は自分への暴力なら耐えられた。
だが、このままでは母が死ぬ。殺されてしまう。
そう思ったからこそ、彼女はナイフを手に取った。
母親を守るため、父親に刃を向けたのだ。
それなのに、

『何が私のためよ、ふざけないでよ!! どうしてこの人を殺したの!?
 あぁ……失敗した……! やっぱりお前なんて生むんじゃなかった、お前がッ!』

鬼のような形相で女が嘆く。
それはもはや我が子を見る目ではなく、憎い仇でも見るような眼をしていた。
結局、この女は母親にはなりきれず、女を捨てきれなかったのだ。

『…………お母、さん』

全身が震える。
少女を包む世界が足元から崩壊してゆく。
助けを求めるように伸ばした血まみれの手が、汚物のように払われた。

『――――お前が死ねばよかったのに』

呪いの言葉。
その瞬間少女の世界は完全に崩壊した。
父親は彼女の手で死に、母親は彼女の中で死に絶えた。
彼らの子である彼女もまた、その瞬間に死んだのだ。

そして自暴自棄になり飛び出した所をアヴァン・デ・ベルナルディに拾われた。
彼から新しい名を貰い、新しい暮らしを始めた。
それがバラッドという殺し屋の始まり。

「いいさ、そういうのは。もう、いいんだ」

あの時、父親を刺殺した時から、人並みの幸せなんて望むべくもない。
自分はとっくに女を捨てたけれど、きっと母親にもなれないだろう。
自分はどうにも親と言うものに憧れを持てない性質のようだ。

「契約するよ、お前と」
『いいのね?』
「いいさ、何よりここで殺されては先も何もないだろう」
『それもそうね』

妖精とバラッドが指を絡ませ手を結ぶ。
妖精からあふれた光がバラッドへと流れ込んでゆく。

「ところで、まだお互い名乗ってもいなかったな。私はバラッド。お前の名前を聞かせてくれ」

殺し屋とは思えない妙に律儀な物言いに妖精が少しだけ噴出した。

『そうね。あたしのことは、ユニとでも呼んでちょうだい』

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


178 : 戦場のヴァルキュリア ◆H3bky6/SCY :2015/02/13(金) 01:51:29 r/WHbGAw0
バラッドの体から白い光が放たれた。
衣服が弾け、新たなる戦うための鎧が光と共に構築される。
輝く銀の髪。
白き聖なる光を纏い、現れたるは白銀の戦乙女(ヴァルキュリア)。
それは北欧神話に伝えられる『死者を選定する者』である。

『そう。それがあなたの戦いのイメージなのね、バラッド』

死を運ぶ殺し屋として生きてきた彼女の証。
死を選定する白き乙女は黒き神に向かって刃と共に宣告する。

「お前を殺す」

その不敬に神は愉しげに笑って。

「はは。冗談にしては――――面白い」

邪神が上空からバラッドに向けて切り裂く様に爪を振った。
その指先から不可視の風刃が生まれ、バラッドへと襲いかかる。

それはオデットが放った魔法と同種の攻撃だった。
違いと言えばその発動条件。
オデットは詠唱を行い、リヴェイラはただ腕を振るう事で発現した。

リヴェイラにとって魔法の発動に詠唱など必要ない。
何故なら、その生態こそが魔法なのだ。

そもそも魔法とは、かつて世界に君臨した神の奇跡の再現である。
神の生み出す奇跡を体系化し、誰にでも扱える法則に落とし込んだ、それが魔法。
その元となった世界に降り立った神。
聖と邪。光と闇。創造と破壊。これらを司る二柱の一角。それこそが邪神リヴェイラである。

幾重もの風の断層。
その風の動きが今のバラッドにはつぶさに見えている。

天使の羽を思わせる軽い足取りで戦乙女が踏み出す。
姿が消えたと見紛うほどの急加速で迷路のような風刃の隙間を縫うように駆け抜け、片手にした刃を上空に向けて振う。
だが、リヴェイラの体は天高くにあり、剣戟など届く間合いではない。

「――――斬撃は”届く”」

念じるような言葉と共に、リヴェイラの胸元が爆ぜる様に裂け、漆黒の肌から青色の血液が噴出した。
刀身の届く届かないなど関係がない。
ただ届くと、一心に念じイメージを飛ばした。
彼女が二十年間ただひたすらに鍛えてきた、人を斬るというイメージが、今、神をも斬り裂いたのだ。

「ッ!? その攻撃、聖属性か!」

自らを傷つけた一撃に瞳を怒りの色に発光させ、胸を押さえて邪神が吠える。
闇を司る邪神を唯一脅かす存在。光を司る神の扱う聖なる力。
その力が今、目の前の女から放たれている。

『まあ聖属性ならぬ性属性なんだけどねぇ!』
「黙ってろ! 気が散る!」

僅かに怒気を強めた邪神が腕を振るうと、その先から黒炎が弾ける。
鉄をも飴細工の如く溶かすほどの、怒り狂う業火が蛇のようにうねりを上げた。
その蛇を、振った刃の剣圧で風を生み、喉元から断ち切る。
そしてそのまま切り開いた炎の道を駆け抜けた。

「ちぃ!」

振るわれる刃、これに対して邪神が初めて防御を行った。
流石に『聖』を含んだこの攻撃はリヴェイラにとっては猛毒である。
爪で光の刃を弾くと、攻撃後の隙を狙って網目状のレーザーを放つ。

裕司を殺害したその業に対し、バラッドは虚空を蹴って滑空するような勢いでこれを回避。
邪神はバラッドが地面に着地した瞬間を狙って、クンと指を上げ大地を隆起させた。
だが、いち早くその動きを察したバラッドは刃を地面に突き立て回避する。


179 : 戦場のヴァルキュリア ◆H3bky6/SCY :2015/02/13(金) 01:52:54 r/WHbGAw0
妄想力は裕司程ではないが、戦闘センスが桁違いだ。
強化された自らの神速に、しっかりと意識がついて行っている。
なにより、裕司ほど多種多様なイメージはできないが、こと戦いにおいては彼以上に明確なイメージができている。
それ以外はできないが、それだけなら神とすら競える不器用な彼女らしい力の発現だった。

「ふふ。いいね。まともな戦闘なんて久しぶりなんだ。少しは楽しませてくれよ」

そう言って。リヴェイラが腕を掲げる。
収束する力の塊。
受けて立つべく、バラッドが構える。

だが、その腕が振り下ろされる前に、リヴェイラの動きがピタリと止まった。
その視線が目の前のバラッドではなく遥か北方に向けられる。

「おや、これは面白いことになった」

邪神が感じたのは、魔王ディウスの魔力が途絶えたという事実である。
何者かによって魔王が討たれたという事だ。
聖剣の使い手か、はたまた別の何者かによるものか。
新たなる邪の誕生といい数百年に一度の出来事が数時間の間に何度も起こっている。
やはり、この場は面白い。

「さて、」

攻撃を再開しようと再度、リヴェイラが腕を掲げる。
だが、邪神は自らのその動きに僅かな違和感を感じた。

見れば、掲げた左手の小指と薬指が、どういう訳か根元から欠けていた。

目の前のバラッドによるものではない。
彼女から完全に意識をそらすほど、邪神も愚かではない。
では何が起きた。

邪神のが驚愕と共に見下ろす先に、それはいた。
それは、四足の獣のように地面に這いつくばり、ガムの様に黒い指をクチャクチャと齧っていた。
そしてゴクンと、喉の鳴らして邪神の指を飲み込む。

「…………マ、ズゥ」

舌を出しながら、バカにするような笑みで挑発する。
それは重力による拘束から抜け出したオデットだった。
バラッドとの戦闘に集中しすぎたせいで、恐らく拘束が緩んだのだろう。

「このっ、人と神の区別もつかないのかこの駄犬…………ッ」

人喰いの呪いは文字通り人を喰らう呪いだ。
魔族はおろか、神を喰らうなんて話は聞いたことがない。

「どうやら、躾が必要なようだね…………!!」

標的をバラッドからオデットに変え、リヴェイラが勢いよく腕を振り下ろす。
先ほどオデットをその場に縛り付け拘束した重力による攻撃である。

だが、潰れる様に抉れたのは、そこにあった地面だけだった。
その中心にあるはずのオデットの姿は影も形もなくなっていた。

「転移か」

自身をショートワープさせる転移魔法。
それ自体を扱えることには驚きはない。
問題は先ほどは躱せなかった攻撃を、何故今回は躱せたのか。


180 : 戦場のヴァルキュリア ◆H3bky6/SCY :2015/02/13(金) 01:53:47 r/WHbGAw0
その答えは殺気の有無である。
出会い頭にオデットを貼り付けにしたのは、リヴェイラにとって撫でるようなモノであり殺気など含まれていなかった。
だが、傷つけらた怒りによって、その行為には殺意が帯びた。

殺気があるのならば、”彼”はどんな攻撃だって躱して見せる。

「ハハッ。アハハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

オデットが、いや、オデットの中の何かが嗤った。
体を仰け反らすほど豪快に、全てを見下し、全てを愉しむ、そんな聞く者を不快にさせる笑い声だった。
笑い疲れたのか、オデットの体が酔ったようにクラリとふら付く。

「……ぃょぅ。ちょぉしはどぅだぁ?」

喉の奥底から別の生物が発しているような歪んだ声が響く。
リヴェイラは大きく肩を落としてため息をつくと、片腕で顔面を覆い失望を露わにした。

「あーあ。新たな眷属の誕生かと思って見に来たんだけど、失敗したなぁ。
 まさかこんな理性もないただの狂犬だったとは……もういいよ――――――死ね」

大気を割るような音と共に、オデットの立っている空間に円形の歪みが生じた。
それはあってはならない現象だった。
円球状に世界が抉られ、空間ごと『消失』した。
それは触れるだけで、あらゆるものを容易く千切りにする虚無の塊だ。

だが、いかな威力を秘めた攻撃であろうとも、当たらなければ意味がない。
その攻撃に殺意がある以上、”彼”にとって転移で身を躱す事は実に容易い事だった。

だが、それはおかしい。
そもそも最初の攻防だってそうだ。
動作だけで魔法が発動するリヴェイラと詠唱を必要とするオデットでは根本的な速さが違う。
如何に殺気を読め、転移魔法が使えようとも、間に合う筈がないのだ。

「ちッ!」

邪神が空間を睨み付け”彼”が転移した先にまた虚無が発生する。
”彼”はその気配をいち早く察知し、すぐさま再び転移で身を躱す。

その動きに詠唱は含まれていない。
ただ、動くことで魔法と言う奇跡を発現している。
それこそ、神のように。

そう、オデットは最初にリヴェイラの指を噛み千切り、喰っている。
一部とはいえ神を喰らった事により、”彼”は神の属性を得たのだ。

「羽虫が、ちょこまかとッ!」

邪神が苛立ちのまま吠え、回避した先の空間が再び消失し、オデットは再度これを回避する。
以降はそれの繰り返しだった。
一言に繰り返しと言っても、その速度も内容もはもはや人知を超えている。
一撃でも触れれば即死、そんな攻防を二人の化物はコンマ秒単位で繰り返していた。

「ヒャハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ! ぁててぇ、みぃろょぅ? かぁみぃさぁまぁょうッ!!」

0.1秒ごとに転移を繰り返しながら笑い声を残響させる。
それは、あたかも幾重にも重なる多重奏のよう。
一瞬の判断を間違うだけで死ぬ。即死の嵐飛び交う空間で楽しくてたまらないと言った風に狂人は嗤っていた。

ただの一度も当らない。
ヴァイザーの殺気検知、オデットの魔法の才能、行為が魔法となるリヴェイラの神としての属性。
それら全てが絶望的なまでに噛みあっていた。


181 : 戦場のヴァルキュリア ◆H3bky6/SCY :2015/02/13(金) 01:54:03 r/WHbGAw0
「だあったらぁッ!!」

邪神が両腕を上げる。
これまで呼び動作などしなかったリヴェイラが初めて溜めらしき構えをとった。
それだけで尋常ではない事態だと理解できるだろう。

ショートワープで逃げ切れぬよう辺り一帯を吹き飛ばす。
そのつもりで掲げた両腕の中に、MBH(マイクロブラックホール)と呼んでいいレベルの圧縮された超エネルギーが生み出され始めていた。
これが解き放たれれば、周囲一帯は消し飛んでしまうだろう。

だが、そのエネルギーが完成する直前。
掲げる腕の内一本、右腕が肘から斬り飛ばされた。
制御のバランスを失ったMBHが明後日の方向に飛んでいき、着弾した一帯を消滅させた。

「――――こっちも忘れるなよ」

邪神の腕を斬り飛ばした一撃。それはバラッドの斬撃だった。
リヴェイラの注意がオデットに言っている間に、死角へと回り込み攻撃を行ったのだ。
アザレアとの戦いを経て学習した集団戦の戦い方である。
ぼとりと黒曜石のような腕が地面に落ち、落ちた腕をネコ科動物のような動きでオデットが咥え、そのままボリボリと喰らう。

「ケケッ。クソのょうなぁあじだなぁ、ぉ前ぇ」

舌を出し、下品にゲップをするオデット。
嘗てないほの屈辱に邪神リヴェイラの三つの目が赤く激昂する。

「このッ。人間風情がぁああああああ!!!!」

もはや許さんとその力を解放するリヴェイラ。
失った腕と指が一瞬で再生する。
どころか、新たに四本の腕が生え、その背から禍々しい異形の翼が生み出された。
芸術のようだった黄金比の体格は崩れ、筋肉がゴポリと盛り上がる。
もはや人の形を成していない、異形と化した。

「                    」

邪神の咆哮。
それは、もはや人の身では認識すらできない領域の音だった。

「ぐっ」

バラッドが膝をつく。
周囲のエリア一帯を強力な重力場が包んでいた。
その範囲は区別なく、邪神本人すら巻き込んだ自爆攻撃だ。
これでは流石のオデットも避けようがない。
押しつぶされたようにオデットは地面に這いつくばっていた。

動きを封られた者たちの中で、超重力の中で動けるのは邪神ただ一人である。
もはや与えられた恥辱は目の前の二人を殺すだけでは飽き足らない。
この会場を破壊し参加者全員を皆殺しにして、あのワールドオーダーの目論見ごと破壊してやろう。
最後には元凶となった奴も殺して、ついでに世界の一つや二つを破壊して、ようやく僅かに溜飲が下がるというものだ。

邪神が六つの腕を広げ、幾多の世界を破壊してきた破壊神としての力を解放した。

溢れる魔力に空気が張り詰め、世界が震撼する。
それは目に見える絶望だ。
邪悪なる魔力に浸食され周囲の風景が色を失ってゆく。
動くことのできないバラッドは、この光景を傍観ことしかできなかった。


182 : 戦場のヴァルキュリア ◆H3bky6/SCY :2015/02/13(金) 01:54:46 r/WHbGAw0
「消えろ―――――――!!」

振り下ろされる腕。
破壊神の指揮の元、天は千を雷鳴を轟かせ千切れ、大地は揺るぎ地脈は根元から崩壊する。
支えを失った世界は端から崩れ落ち、生けとし生きるものは皆息絶える。
それが世界の終り。
幾千幾万と繰り返されてきた破壊神による破壊の光景が今、この場で再現される。

筈であった。

――――しかし、何も起きなかった

「バカな! 操れない……だと!? どうなっている、この世界は!?」

邪神がこれまでにない様子で狼狽する。
幾万の世界を破壊してきた手順だ、しくじる筈がない。
オカシイとしたらそれは神ではなく、この世界の方だ。

「…………そうか、そうかここは……この世界はッ!!」

そしてリヴェイラは気づく。
根本から式が違うこの世界の理に。
戸惑いに動きを止める邪神。

その邪神の背後に、白い戦乙女が舞い降りた。

それは超重力の中、空間を転移してきたバラッドである。
動きを止めた一瞬の隙を逃さず、イメージによる刃ではなく、直接その首を撥ね飛ばすべく、天空から舞い降りる。

「その首貰った――――!」
「な―――――!?」

邪神が反応するがもう遅い。
間合いに入り込んだバラッドは落下の勢いを利用して聖なる光に包まれる剣を振り下ろし、防御に構えた腕ごとその首を両断した。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「良薬口に苦し、だっけか? 味は最悪だったが、栄養だけはあったなあのゴミ。お蔭で意識がハッキリしてきたぜ」

地面に転がる首のない邪神の体を貪りながら、オデットの皮を被った”彼”は言う。
その様子は先ほどまでと違い、呂律もハッキリとしており随分と理性的な様子だった。
食事を終えたオデットはリヴェイラの首輪を弄びながら立ち尽くしていたバラッドを見つけ話しかける。

「よう。中々いい一撃だったぜ。
 けど、勘違いするんじゃねえぞ。あの神様を殺せそうだったから、お前を使ってやっただけだ」

あの瞬間、超重力下で何とか一発の転移を発現させたオデットが飛ばしたのは、どいういう訳かバラッドであった。
バラッドとヴァイザーは決して仲が良かったわけではないけれど
組織の仲間として背中を預けたことは何度かある、あの連携はその時の感覚に似ていた。

「やはり、お前は、ヴァイザー…………なのか?」

ある種の確信をもって問いかける。
外見の際は裕司の変貌を見ている今となっては重要ではない。
目の前にいるのは組織の鬼札、ヴァイザーに他ならないだろう。

「あぁん? んだそりゃ、誰だお前?」

しかし、帰ってきた反応はバラッドの予想とは異なるモノだった。
確かに今表に出ている人格はバラッド知るヴァイザーという男のモノなのかもしれない。
けれど、その記憶までが引き継がれてる訳ではない。
あくまでこの体はオデットであり、今出ているのはその一面に過ぎないのだ。

「まあいいや。で、どうする。残った俺らで決勝戦と行くか? あの神様よりお前の方が楽しめそうだしな」

ニヤリと好戦的な笑みを浮かべ、オデットが殺気を放つ。
半ばこうなるだろうなと予想していたのか、バラッドも無言で剣を構えこれに応じる。
一度とて敵わなかった相手だが、今のバラッドは負けるつもりはない。


183 : 戦場のヴァルキュリア ◆H3bky6/SCY :2015/02/13(金) 01:56:12 r/WHbGAw0
「――――お前たち、何て事をしてくれたんだ」

ただ、その決闘は割り込んだ声に中断させられた。
それは低い大地から響く声である。
見れば、そこには生首があった。
地に落ちた首だけの状態で、リヴェイラはまだ生きていた。

「神を殺すという事が、どういうことかわかっているのか!」

怒りに目を赤く燃やした生首が喋る。
その言葉を聞くに堪えないと、くだらなさそうに耳を穿るオデット。
罵詈雑言を続けるそれに近づくと、ゆっくりと顔面だけになった神の残骸に足を踏み下ろした。
一息には潰さず、優位性を楽しむように徐々に力を込めてゆく。

「ふぃあふぁ、ふぉうはる」
「神様のお言葉は高尚過ぎて何言ってんのかわかんねぇよ。英語をしゃべれ英語を」

口元を踏みつけられまともに喋る事すらできなくなったその醜態を笑うだけ笑うと、足に力を込めてグシャリと踏みつぶした。
蒼い血と脳症らしき黒い染みが周囲へと飛び散る。

「っは。お前の意識なんざ、取り込んでやらん」

意識の詰まった頭部は喰わずに捨てる。
純粋にオデットは神の力だけを取り込んだ。

「あーあ、興ざめだな。とりあえず、ここは終いにしとくか。あばよ姉ちゃん、次があったら殺し合うぜ」

そう軽い調子でオデットは去って行った。
荒野と化した市街地に一人取り残されるバラッド。
その脳内に鈴のような声が響く

『生き残ったわね』
「そうだな」

当たり前の事項を確認する。
あの邪神と対峙してこれがどれほどの奇跡であるかなど語るまでもない。

『正直、勝てるとは思ってなかったわ』
「だろうな」

契約を持ちかけたもののユニはバラッドの勝利を確信していたわけではない。
ただ契約しなければ勝つ確率は0だった、というだけの話だ。
オデットの乱入という予想外の要素もあって0.01%を掴みとったからこそ今の生がある。

「だが、失った者も大きい」
『そうね』

周囲を見る。
戦闘の余波で一帯は更地と化し廃墟と呼ぶにふさわしい有様だ。
この状態では、亡骸とも呼べない肉片は何処に行ったのかもわからない。
何がどうなるわけでもないが、少しだけそれを残念に思った。

もう高くなった天を見つめる。
そこには変わらず太陽があった。

超えられぬと知った神を超えて、白き戦乙女は戦場を行く。

【尾関裕司 死亡】
【リヴェイラ 死亡】

【H-8 市街地跡/午前】
【オデット】
状態:神格化。人喰いの呪い発動
装備:なし
道具:リヴェイラの首輪
[思考・状況]
基本思考:気ままに嬲る壊す喰う殺す
1:バラッドと機会があれば殺し合う
※ヴァイザーの名前を知りません。
※ヴァイザー、詩仁恵莉、茜ヶ久保一、スケアクロウ、尾関夏実、リヴェイラを捕食しました。

【バラッド】
[状態]:純潔体
[装備]:ユニ、朧切、苦無(テグス付き)
[道具]:基本支給品一式、ダイナマイト(残り2本)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いに乗るつもりは無いが、襲ってくるのならば容赦はしない
1:ウィンセントと合流したい。
2:ヴァイザー(オデット)といつか決着をつける。
3:イヴァンのことは後回しにするが、見つけた時は殺す。
※鵜院千斗をウィンセントと呼びます。言いづらいからそうなるのか、本当に名前を勘違いしてるのかは後続の書き手にお任せします。

【ユニコーン・ソウル・デバイス・エンチャント】
契約者に想像を具現化する力を与える意思を持った礼装。
その姿は純情なるモノ(童貞・処女)にしか認識できない。
契約発動中は契約者の肉体は純潔力で構築された戦闘用のボディと入れ替えられる。
純潔体となると身体能力が増強される。というよりイメージ通りに動く肉体となる。
逆に言うとイメージに穴があると、それがそのまま弱点となるため注意が必要。

※H-8周辺の一区画がMBHにより消滅しました
※夏実の荷物(基本支給品一式、ランダムアイテム5〜13、夏みかんの缶詰(残り4個)、黄泉への石(残り4個)、記念写真、ルピナスの死体、ショットガン(5/7)、案山子の首輪) はどこかに放置されているか消滅しました。もしかしたら生存者の誰かがこっそり回収しているかもしれません


184 : 戦場のヴァルキュリア ◆H3bky6/SCY :2015/02/13(金) 01:56:51 r/WHbGAw0
投下終了です
何か問題あったら容赦なく指摘してください


185 : 名無しさん :2015/02/13(金) 07:15:16 y1EhSvdY0
投下乙です!
リヴェイラ落ちてバラッド大幅強化されたけど、オデットも進化して、対主催は依然ムリゲーっぽいかも
ここらへんのバランス感覚上手いなあ

登場人物それぞれに見せ場があったり、主催に関する新たな伏線が張られたりと大満足なSSでした

それにしても、リヴェイラはやっぱりワールドオーダーの言ってた『神』の存在に気づいてたみたいですね


186 : 名無しさん :2015/02/13(金) 10:15:10 0WC6NG020
投下乙です。
打算的、欲望に忠実な他の殺し屋組に真っ向から反発したバラッドさんかっこいいなぁ…
覆面戦~リヴェイラ戦での奮戦に加えて過去回想まで描写されて凄い引き込まれた
リヴェイラは凄まじい戦闘力だったけど、強いだけではロワで生き残れなかったか
ユージーも支給品で踏ん張ってたけど相手が悪すぎた…
ヴァイザー同然の状態となったオデットの今後も気になる


187 : 名無しさん :2015/02/13(金) 18:23:28 Pe1TtXD.0
投下乙です
>Fallen
純愛だなぁ(白目)
淡くて純粋な恋愛感情と食欲がごっちゃになってアカン事になってるな
合体追跡、ヤンデレと化した葵ちゃんの行く末はいかに
リク逃げろ

>戦場のヴァルキュリア
何より全うで力を持ったゆえに生き残ったけど
力と正義を持ってしまった故の驕りであっさり死んでしまったユージー
全うでもないし力もない故の謙虚さでパラッドたちも何回かピンチから救って去ったピーターとは対照的だったな
ユージーももう少し謙虚さがあったら…

リヴェイラも今までの想像以上の邪神に相応しい圧倒的な実力を発揮したけど
パラッドの過去と決別するかの契約やオデットのヴァイザー化と神化と熱い展開の連続でようやく倒されたな
これで少し対主催にも余裕が出てきたか


188 : ◆H3bky6/SCY :2015/02/22(日) 23:27:36 oK7TjlTs0
問題なさそうなので本投下します


189 : Outsourcing ◆H3bky6/SCY :2015/02/22(日) 23:29:51 oK7TjlTs0
はいもしもし、僕だけど。
やあ、そちらからかけてくるなんて珍しいね。
定時報告は先ほど済ませたはずだけど、何かあったのかな?

ああ調整の仕事だね。っとその前に丁度いいから聞いておきたいことがあるんだけど。
僕ってさ、僕の反逆を恐れてるの?
いやね、今しがたそういうお手紙が来たからさ。
『自己肯定・進化する世界(チェンジ・ザ・ワールド)』はコピーできなかったんじゃなくて、しなかったんじゃないか、だってさ。
まあ反逆ってのは冗談としても、チェンジ・ザ・ワールドのコピーについてはピントはずれてはいるが、方向性はなかなかいい線ついてる。
こんな早い段階でここまで中りをつけられるっていうのは、ちょっとまずいんじゃないかなぁ?
まあ、しばらくは大丈夫だとは思うけど。
何でって、この手紙出した人、もう死んでるっぽいから。
ピーリィ・ポールだよ。そうそうマーダー病製作の実験サンプルA、不採用になった京極より先に死ぬっていうのは何とも皮肉だよねぇ。
けどまあこのまま同じ調子で考えを巡らせる奴が出てくれば、余計な事まで気付かれるかもよ?
うーん。まあ確かに気付かれたことを利用するって手もあるけど、あまりうまくはないね。
いつか気付かれるっていうのは仕方ないにしても、もう少し時間は稼いでおきたいところだね。

それで、本題はなんだい?
今? さっき放送の後の指示通り、放置されてる死神の首輪の回収に向かってる所だけど?
一応参加者とバッティングしないように色々迂回してるから【G-3】辺りだね。
それで? なるほど。【H-8】にバランスブレイカーの出現か。
ちなみにどんなタイプ?
ああ……他の参加者を喰ってパワーアップしていくタイプか。
邪神まで喰ったか、それは確かに早めに手を売っといたほうがいいね。

しかし死神の首輪が【A-8】に放置されてて、バランスブレイカーの出現位置が【H-8】か。
現在位置から距離は大差ないけど方向が違いすぎるよ。
苦言を言わせてもらうと出来れば首輪の回収はもう少し早く言ってほしかったね。
まあ復帰の可能性もあったから、完全に確定してからって言うのは分かるけどさ。
一応僕は一参加者としての身分だからさ、チートして瞬間移動って訳にもいかないし、流石に僕一人じゃ対処は無理だぜ?

仕込みは僕以外にもいるんだろ、そっちの方に頼んだらどうなのさ。使えないのかい?
なに? そうなの? だとしたら厳しそうだね。面倒事を増やす可能性もある、やめておいた方がいいねそれは。
ちなみに適当にランダムで配った電話で誘ったやつは? だよね、知ってた。
うーん。けどそれは困ったねぇ。
そりゃあ急ぎはそっちだろうさ。
けど状況もどう変わるかわからない訳だし、できれば両方手早く済まして状況に備えたい所ではあるね。
恐らく後半になるにつれそういう事態は増えるだろうし。

そうだ。バランブレイカーの方は森茂にでも頼んだら? そういうのは彼の得意分野でしょ?
僕が? 仕方ないなぁ。じゃあ彼の現在位置を教えてよ。近くだって言うんなら道すがら交渉するからさ。
え、それホント? 確かに近いけど、なんだってそんなところに……。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


190 : Outsourcing ◆H3bky6/SCY :2015/02/22(日) 23:31:54 oK7TjlTs0
木々の切れ間から斑に日差しが降り注ぐ深い森。
朝の森林特有の濃い空気が周囲を満たす。

そこにいるのは自然環境とは不釣り合いな黒眼鏡をかけた恰幅のいい初老の男だった。
それは見るからに堅気ではなく、実際堅気の人間ではない、ある意味見た目を裏切らない男。
秘密結社『悪党商会』社長、森茂である。

彼が確かめるように注意深い足取りで歩いているのは、禁止エリアに指定された区画【H-4】であった。
無論、自らのいる場所が禁止エリアであるという事を森が把握していない訳ではない。

真っ先に禁止エリアに指定したという事は、このエリアに封殺したい何か理由があるのではないか。
そう考えて危険を覚悟で森はエリアの調査を行う事にしたのだ。

禁止エリアの発動は放送での勧告から二時間後である。
恐らくは退避するための猶予時間なのだろうが、その時間を利用すれば調査は可能だ。

(うーん。不審な点はなし、か。いや……)

森が調査した限り、おかしな所は何もなかった。
とはいえ落胆するような結果ではない、元より予測していた事だ、それ事態は問題ではない。
だが、それよりも森が気にかかるのは、おかしな所どころかこのエリアには何もなかった事である。

動物はおろか虫の一匹すら見当たらない。
都会のコンクリートジャングルならいざ知らず。
これだけ籔林を歩いて羽虫の一匹も見当たらないというのは流石に異常が過ぎる。
そしてそれはこのエリアに限ったことではなく、この島に来てからずっと感じていた違和感である。

(けど、作り物の張りぼてって感じじゃあないんだよねぇ)

立ち並ぶ大樹の一本に触れる。
僅かに湿った硬い手触り、香る土と木の匂い。
その全てが間違いなく本物の質感である。

「――――――よっと」

試しに立ち並ぶ樹木の一本を足刀で両断してみる。
鋭利な刃物で両断されたような断面に見える年輪からして、樹齢は80年ほどと言ったところか。
植え直したような跡も見受けられないし、苔の生える方角も矛盾しない
間違いなくこの島で自然に育った代物だと言っていい。

ワールドオーダーがこの会場を用意する際にありとあらゆる生物を皆殺しにした可能性もあるが。
流石に虫一匹漏らさずにと言うのは不可能に近い。何よりどこを見てもそれらしき破壊跡がない。

だが植物と昆虫、動物。全ては食物連鎖によって形成される一つの大きな枠組みである。
どれが欠けても自然環境というのは成り立たない。
成長過程がどう考えても矛盾している。
この環境は自然に見せかけた不自然である。

結局ほとんど成果を得られなかったが、時期に放送から二時間が経つ、タイムリミットである。
正確にはまだ10分ほど余裕はあるが、禁止エリアの発動が二時間きっかりとも限らない。
そろそろ離脱しておいた方がいいだろう。

別エリアのランドマークである遊園地を目指して足早に森林を行く。
その途中、広がる森林に変化はなかったが、地図上で言うところの【H-4】と【H-3】の境目に差し掛かったところで森は足を止めた。
そこには何の目元を隠した以外は変哲もないような一人の少年が立っていた。

「やぁ。君を待ってたよ、森茂くん」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


191 : Outsourcing ◆H3bky6/SCY :2015/02/22(日) 23:34:30 oK7TjlTs0
「偶然……って訳じゃあなさそうだねぇ。洋館での意趣返しって訳かい?」
「まあそんなとこだね。けど別に戦いに来たって訳じゃあないよ」
「だろうね。君の場合、本気で殺すつもりなら声をかける前にやるだろうからねぇ」

対峙するのは強面の大男と線の細い少年である。
余りにも不釣り合いな外見でありながら、二人は同じ空気を纏っていた。
方や世界の管理を目指す秘密結社『悪党商会』の頂点であり、方やバトルロワイアルを管理する主催者である。
始まりの洋館での出会いから僅かな時を経て、二人の頂点が再び遭遇を果たす。

「っていうか。あれから6時間ほど経ったのに、まだこんなところにいたのかい? ジョーカーとしての仕事はいいのかい?」
「別にサボってたわけじゃないさ。それにまだこんなところにいるのはお互い様だろう?」

皮肉を返す少年に大男は思わず笑いを漏らす。

「はは。そりゃ違いないね。それで君の方はその後、調子はどうだい?」
「調子? まあボチボチかな? ちょっとした小競り合いはあったけど、適当にあしらっておいたし、その程度さ」
「へぇ。それはそれは、こちらちょっと油断してしまってね、中々に散々な目にあったよ」

軽い調子で肩を竦める森の姿を、少年は観察するようにマジマジと見つめた。

「油断ねぇ。ぱっと見た所ずいぶんボロボロみたいだけど、よく見れば傷は既に癒えているようだ。
 それが悪党商会ご自慢のナノマシンってやつかい?」
「あらら、一応門外不出の技術ってやつなんだけど、よく知ってるねぇ君。
 けどまあそこまで知られてるならぶっちゃけてしまうと、まだ人体向けの技術には落とし込めてなくてね、自動修復は行われるものの激痛が奔るらしいんだよねぇ。
 テストではあのハンターですら二時間で根を上げた代物なんだけど。俺はほら、そういうの感じない体質だから」

元は悪党商会に先代より伝わる秘術であり、兵器や装備の修復用に生み出された技術だったのだが、それを人体向けに転用したのが現社長の森茂である。
ナノマシンの人体投与による恩恵は細胞レベルの身体強化は元より、神経伝達速度の加速や自動修復(オートリペア)にまで多岐にわたる。
だが、ナノマシンが体内で活動するたび、無数の生き物が体内を這いずりまわるような不快感と痛みが奔るという欠点があった。
この痛みは鍛え上げられた超人ですら耐えられない激痛であるのだが、森茂は無痛症であるが故にその痛みを無視することができる。

「それで? 世間話をしに来たって訳じゃあないんだろう。お忙しいであろうワールドがわざわざ足を運んでまで俺に何の用なんだい?」
「そうだね。それじゃあそろそろ本題に移ろうか」

仕切りなおすように一呼吸おいてワールドオーダーは言葉を切った。
その僅かな動作に視線を集める術を心得てるな、と森は内心で相手を分析する。

「ちょっと、君に一仕事してもらおうと思ってね。
 会場にバランスブレイカーが出現してしまったので、その調整を君にお願いしたい」

その話を聞いた森は、困ったような表情を作って頭を掻く。

「生憎、悪党商会は外注の仕事は請け負ってないんだけどねぇ」
「そこはまあ森茂個人への依頼って事で納得してもらえないかな」
「まあそれはいいとして。仕事ってことは当然、見返りはあると考えていいんだよね?」

森のその言葉にワールドオーダーは白々しい態度で意外そうな声を上げる。

「おや、見返りを求めるのかい? 世界の調整は君の信念だろう」
「俺の世界の調整はそうだね。けど、ここは君の世界だろ、俺には関係ないよ」
「なるほど、それは一理ある」

じゃあとワールドオーダーは考えるように一泊だけ間を取ると。
今思いついたとばかりにポンと両の手を打つ。

「報酬として、僕の持つ情報を君に提供しよう」

組織の長として、森は情報の価値というものを理解している。
特に悪党商会は強力な情報管理能力を持った組織だ。
主催者の分身である男の持つ情報。その有用性が分らぬはずもない。


192 : Outsourcing ◆H3bky6/SCY :2015/02/22(日) 23:35:05 oK7TjlTs0
「じゃあ仮にそれで手を打つとして、無茶な依頼なわけだし、当然報酬は前払いでいただけるんだよね?」
「いやいや、情報だけ聞いて君がそのまま勝手しないとも限らないんだから報酬は成功報酬だよ。当然だろう?」
「いや、そこはほら? 俺を信用してもらうしか、ねぇ?」
「おいおい、僕は参加者の情報なんて全て把握済みなんだぜ? 君の事を知るその僕が君の何を信用すると言うんだい?」

互いに日常会話のような穏やかな声ながら、譲ることなく互いの要求をぶつけ合う。
そして二人は無言で穏やかな表情のまま、探り合うように対峙する。

「ま、そうなるよねぇ。ぶっちゃけ、こっちもそっちを信用できないし、そっちもこっちを信用できないじゃあ、交渉自体に無理があるよねぇ」

森は大きく溜息を付いて首を振ると、残念そうに天を仰いだ。
森の様な大男がやるにはあまりに似合わない仕草である。
オーバーアピールをしたまま森は固まっていたが、ふと気づいたかのように、あ、そうだ。とワザとらしい声を上げた。

「だったら、報酬は手付として一つ。成功報酬として一つ。と言うのはどうかな?」

手付として前金を支払い、任務完了後に成功報酬を支払うというのは契約においてよくある話だ。
だがそれは報酬が金銭のように分割できる代物である場合の話である。

「それって要は報酬増やせって事じゃないか」
「いやいや、相互利益のための提案だよ」

悪びれるでもなく言い切る森の態度に、ワールドオーダーは呆れたように苦笑する。

「言うね。まあいいだろう。その条件を呑もう。ただしこちらからも報酬に条件を付けさせてもらう」
「条件って?」
「成功報酬には君の望む情報を提供しよう、ただし前金として渡す情報の内容はこちらに選ばさせてもらう。それでいいかな?」
「ま。落としどころとしてはそんな所かね」

この辺がお互い譲歩できるラインだろう。
演技じみたやり取りを止めて真面目な表情に戻る森茂。

「じゃあ契約成立ってことで」
「待った、報酬の形式には合意したけど、依頼を受けるかどうかはちゃんと仕事の内容を聞いてから決めさせてもらうよ」
「慎重だね」
「当然の配慮だろう。標的の情報は必要経費として当然もらえるんだろうね?」

それはもちろんと頷くワールドオーダー。
コホンと小さく咳払いをすると、仕事の標的について語り始めた。

「標的の名前はオデット。リヴェルヴァーナと呼ばれる異世界に生きる、攻撃魔法の才に秀でた魔族の少女だ」
「リヴェルヴァーナ?」
「剣と魔法の跋扈する、君の生きる世界とは全く異なる世界だよ。
 まあその辺は本筋とは関係のない話だからあまり気にしなくていい。君も外の世界にはあまり興味もないんだろう?」

そうだね、と相槌を打つ森。
まったく気にならないと言えば嘘になるが、彼、引いては悪党商会が目指すのは世界の安定であり。
その世界は彼の生きる世界に限られる。

「それで、そのオデットってのはそんなに強いのかい?」
「彼女自身はまあそれなりかな? 君の所の水芭ユキ辺りとどっこいって所じゃないかな。
 けど、問題は彼女自身よりも彼女にかかった『人喰らいの呪』という呪いの方でね。
 彼女の世界における魔王に駆けられた呪いなんだが、簡単に言うと名前の通り人を喰いたくなる呪いだ。
 そして、どうやら彼女は喰った対象の意識を取り込むことができるようなんだ」

そこまで聞いて、ようやく森にも話しが見えてきた。

「なるほど。どういう経緯かは知らないが、そいつが強力なのを次々と取り込んじゃったって訳ね」
「そ。と言っても『人喰らいの呪』は本来そう言う代物じゃあないはずなんだけど、最初に喰い合わせの悪い二人を喰ってしまったのがまずかったね。そこで完全に箍が外れた」

百万の死を記憶する詩仁恵莉と死を娯楽として肯定するヴァイザー。
この組み合わせが最悪だった。
圧倒的な死の放流に精神が衰弱し、ついには自身と混同した。

「それにより、彼女はヴァイザー――は知ってるだろう?――の殺気を読むという特性を取り込んでしまった。元の魔法の才と合わせて厄介な存在になったという訳だね・
 けどそれでもまだ逸脱したレベルではなかったのだけれど、ちょっと状況が重なりに重なってね。異世界の邪神までその身に取り込んでしまった。ここまで来ると少しマズイ。勝負が成り立たなくなる」
「主催者としてはワンサイドゲームは困るってことかい?」
「まあこれが参加者が一桁まで減った終盤だったら僕も放置するんだけどね。この段階でゲームが決まるのは、少し困る」

実際この状況は不満なのかワールドオーダーはため息交じりに片腕を上げる。


193 : Outsourcing ◆H3bky6/SCY :2015/02/22(日) 23:35:40 oK7TjlTs0
「けど、それを俺に依頼するかねぇ。忘れたのかい、最初にあった時の俺のセリフを。
 勝手に暴れまわってくれる参加者なんて俺にとっては大歓迎だよ。それをわざわざ討伐に行けって?」
「おいおい。手段と目的をはき違える森茂でもないだろう。君が優勝を目指すのならば、オデットの討伐は避けて通れない壁だ。
 おいしいものは最後になんて話は通らない。オデットがそれこそ氷山リクや剣神龍次郎でも喰ったら本当に僕以外の参加者には手が付けられなくなるよ」

今が対処できる瀬戸際だと、ワールドオーダーは告げていた。

「今の段階なら俺の方がまだ強いと?」
「いや、多分現段階でも君より強い」

飾るでもなく、ただの事実としてワールドオーダーは断言する。

「なのにそれを倒せって? 無茶言うね」
「だからこそ君なのさ。君はそれだけの力を持ちながら、格上との戦い方を心得ている。僕が買ったのはその点だ」

誕生すれば世界を滅ぼしかねない生物兵器。神の試練を超えて潜在能力を覚醒させた最強のヒーロー。
存在するだけで世界のバランスを崩すバランスブレイカーを森は人知れず刈ってきた。
その事実は決してそれらよりも森が強かったと言う事を意味しているわけではない。
彼は勝利のためならば手段を選ばず、それこそあらゆる手段を用いて勝利してきた。
ワールドオーダーが評価しているのはその実績である。

「まあシナリオ的にも参加者である君が倒せるならそれがベストだけど、最悪僕が仕事を終えて援軍に行くまでの時間稼ぎでもいい。
 とにかくこれ以上の捕食だけは止めておいてくれればいいさ」
「ま、そうさせてもらうよ。相手を見て無理はしないようできる限りで対処するさ」
「という事はつまり」
「ああ受けるよ。その依頼。どのみち避けて通れそうにない相手みたいだし。話を聞く限り早めに対処した方がいいってのは同意だしね」

ワールドオーダーの言っていることが事実ならば、森としてもここで動くのは必然だろう。
咥えて報酬を貰えるのだから、断る理由もない。

「OK。なら契約成立だ。前金として情報を提供しようじゃないか」
「まあ別にケチつけるつもりはないけど、あんまりにも使えない情報ってのは勘弁してくれよ」
「ああ、その点は大丈夫だと思うよ。君たち参加者に共通した興味の話題だと思うから」

少年は顎を上げ自らの首元、そこに存在する銀の輪を指す。

「――――首輪についての情報だ」

首輪。参加者を縛る、死の枷。
優勝を目指す森としても、聞いておいて損はない情報だろう。

「君たちの首についてる首輪なんだけど、実は全てが同じフォーマットという訳じゃあないんだ。
 いくつか特別性のオーダーメイドが紛れていてね、ちなみに君のもそう」

言われて、森はワールドオーダーに指された首元を確かめるようにそっと触った。

「特別ってのはどう特別なんだい?」
「それは各々で異なるね。オーダーメイドと言ったろう? それぞれが異なる特別性を持っているという訳だ。
 例えば剣神龍次郎の場合だと首輪が動作すれば死ぬ程度に装甲の弱体化させる仕掛けが施されてる、という感じでね。
 と言うより、君も自身の変化に少なからず心当たりがあるだろう?」

その問いに森は無言を返す。
その言葉の通り、森もここに来てからナノマシンの働きがいまいち悪いことは感じていた。
実際、本来であれば1時間とかからず完治するダメージが、6時間かけてまだ治っていない。
目の前の相手に弱みを見せないようその点を億尾にも出さないようにしてきたが、向こうの仕掛けというのなら話しも変わってくる。

「それって要はハンディってことかい?」
「ちょっと違うかな。結果的にそうなってしまっている所もあるのは否定しないが、仕組みとしてはこの首輪で参加者が確実に死ぬための仕組みさ。
 もっと言うなら殺し合いをうまく管理するための仕組みだね。
 それに全てが全てがマイナス要素ばかりという訳でもない」

そう言って、トンと地面を蹴って後方へと飛び込んだ。
彼が飛び込んだそこは一見すると何の変哲もない空間だが、目に見えない決定的な壁がある場所でもあった。
そう、ワールドオーダーが行ったのは禁止エリアである【H-4】への侵入である。

しかし、当然のように彼の首輪は爆発しない。


194 : Outsourcing ◆H3bky6/SCY :2015/02/22(日) 23:36:30 oK7TjlTs0
「見ての通り、僕の首輪の特性は禁止エリアの無効化さ。僕の首輪は禁止エリアに入っても発動しない」
「いや、それって君のには爆薬が入ってないってだけじゃないの?」
「いや違う、あくまでこれは禁止エリアの無効化だよ。結果は同じでも過程が大きく違う」

確かにそもそも爆薬が入っていないのと、爆薬が入っているが動作しない仕掛けが入っているのでは大きく異なる。
しかし後者だとして、何の意味があるのか。
ただ回りくどい無駄手間のようにしか感じられない。

「まあ、話は最後まで聞きなって。重要なのはここからさ。
 首輪に仕掛けがある以上、その仕掛けに付随する情報もそこに含まれているという事さ。
 ある程度知識のある人間が調べれば、その情報も理解できる」

森のナノマシンの制御に介入している以上、ナノマシンに介入する技術が首輪には使われていることである。
それはつまり解析されれば、悪党商会の秘伝であるナノマシン技術が流出するという事を意味していた。

「特別性の首輪を集めて情報が頂けるってことは、俺たちゃ噛ませ犬として呼ばれたってことかい?」
「いやいや。それはこう考えてくれよ、最初から重要アイテムを配られてむしろ優遇されてるってさ」
「物は言いようだねぇ。まあいいさ」

元より皆殺しにするつもりなのだ、仮に漏れた所でどうという事もないし、そもそも漏れる事もない。
それよりも、ここまでの説明を統合するとある一つの事実が浮かび上がってくる。
きっとそれがこの情報の本質なのだろう。

「つまり、これまでの説明から考えるに、君を殺して首輪を解析すれば禁止エリアの無効化方法が分かるって寸法かい?」

与えられた材料から正解を導き出した生徒に満足するように、口元をゆがませ少年が薄く笑う。

「そうなるかな」
「するってぇと何かい? ここで君を殺して首輪を奪ってしまえば、ゲームクリアになる訳だ」
「それはどうだろうね。どっちにせよ今は止めておいた方がいいと思うけど」

この問いははぐらかされた。
自身が狙われるのを回避するためとも思えない。
そもそもそれが嫌なら取引とはいえこんな情報は渡さないはずだ。

(まだ何かある、か)

解析の過程か、それとも地図上の外に出た先か。
彼を斃してもシンプルにゲームクリアとはいかず、何かがあるという事か。

「まあいいさ。今ワールドをどうこうする気はないよ。前も言ったけどね」
「そう。それはなにより。ひとまず渡せる報酬としてはこんなところだよ。ご満足いただけたかな?
 まあこの辺の事実はいくつか首輪を解析すればわかる事実ではあるんだけど、それでも君は情報戦において一歩先んじれた訳だ。
 このアドバンテージをどう生かすかは君に任せよう。再配布もご自由に」
「まるで謎解きゲームだね」

敵を倒して首輪と言うドロップアイテムを集めて、情報を解析して脱出する。
森はそれに対して感じた素直な感想を述べた。
他は調整用だとしても、明らかにワールドオーダーの首輪に関しては意図的だ。

「ゲームねぇ。まあ例えとして使うのはいいけど、本当にゲーム感覚じゃあ困るんだけどね」
「へぇ。ワールドとしてはそういう感覚じゃない訳だ?」
「もちろんさ。僕は至って真剣だよ」
「だろうね。そうじゃなければここまで狂ったことはしないだろうさ」

世界の要人、いや異世界まで巻き込んで、それを一カ所に集めて殺し合わせる。
こんな事は伊達や酔狂で出来る事ではない。

「狂ってるかな?」
「狂ってるさ」
「そう。まあ別に否定はしないんだけど、それは君も同じだろう?」
「狂ってる、俺がかい? それとも俺の理想がかな?」
「両方だね。君の掲げる理想に比べれば、世界平和の方がまだましだ」

世界平和。
その単語にこれまで飄々としてた森が初めて表情を崩し、侮蔑する様な笑みを吐いた。


195 : Outsourcing ◆H3bky6/SCY :2015/02/22(日) 23:37:03 oK7TjlTs0
「世界平和? はっ、あれこそ最悪だろう。争いがなくなれば世界は腐る。
 戦争だって技術の発展や経済を回すには必要な行為だ。
 品行方正な正義が支配する管理社会なんて、そんなものはただのディストピアだよ」

だからこそ森は正義を狩ってきた。
強力過ぎる世界を決定できるだけの力を持った正義を。

「かといって悪が支配してもそれこそ最悪だ。荒廃した力が力を支配する世界。
 そんなものはこれまで築き上げてきた人間の文明は崩壊でしかない。
 それじゃあ石器時代に逆戻りだ」

だからこそ森は悪を狩ってきた。
強力過ぎる世界を破壊できるだけの力を持った悪を。

「なら、行き過ぎない様に誰かが管理して、適度に争わせるしかないだろう?」

それが森の理想。
世界は変わらず保守され、永遠に維持される。
究極の保守主義とも言えるだろう。

「箱庭でのおままごとが趣味なのかな?
 君はその理想をひた隠しにしてきたし、語ったのは賛同者だけだっただろうからハッキリ言われたことはないだろうけど。
 老婆心ながら僕が言っておいてあげるよ」

彼らしからぬ真剣な声。
互いに真正面から向き直る。

「君の理想は間違っている。故にその理想は叶わない。叶ったところで『革命』されてお終いさ」

天に指を掲げ、宣言する様に革命者は言う。

「変化のない世界など、それこそ腐っているだろう。変わりたがっているのなら変わればいい。
 世界を、人間を舐めるな。彼らの『変わりたい』というエネルギーは君なんかに止められるものではない。『革命』は誰にも止められない」

革命を、進化を是とするものとして、変革を止める森の理想を否定する。
それがワールドオーダー。世界を改革する者の理念である。

「止められるさ。これまでだって止めてきた、これからだってそうさ」

呟くように世界の守護者は言う。
そのサングラスの下は、恐らく狂気の色に染まっているだろう。
それはきっとパーカーで隠れた目の前の少年と同じ色だ。

「そうだね、君はこれまで上手くやってきた、けれど君だっていつか死ぬ。
 そうなればその理想もお終いさ、後継者が上手くやれるとも限らない、個人に依存したシステムなんて刹那的な価値しかない」
「死なないさ。そのためのナノマシン技術だよ」

テロメアの劣化すらナノマシンで修復して、老化を克服して新世界の管理者として永遠に君臨する。
それが森茂の率いる悪党商会の最終目標である。
つまり悪党商会にとっての後継者とは、ナノマシン技術完成までに不慮の死を遂げた場合に、計画を引き継ぐ器に過ぎない

「はは。となると君はますます死ねなくなった訳だねぇ」

森茂の首輪にはナノマシン技術の情報が隠されている。
虎の子のナノマシン技術の情報が敵対組織に洩れれば、計画自体が死ぬ。

「おめでとう森茂。君の理想は身の命そのモノとなった訳だ」

口元を歪ませながら、拍手を送るワールドオーダー。
それに怒るでもなく、呆れたように頬を掻く森。

「って言うかさぁ、ワールド。見事に幹部連中連れてきてくれたよね。ひょっとして狙ってた?」
「まさか。たまたまだよ。たまたま。そもそも君の計画にも興味ないしね」
「そう、まあ私怨で動く性質でもないか」

革命を求めるワールドオーダーと保守を掲げる森茂ではどう足掻いても相容れない。
だがそれでも自身の理想に私怨を交える程愚かではないという事は正反対であるからこそ理解できる。


196 : Outsourcing ◆H3bky6/SCY :2015/02/22(日) 23:38:36 oK7TjlTs0
「まあ雑談はここまでにしておこう。オデットの対処は急いだほうがいいしね」

そう言ってワールドオーダーは森に何かを投げつけた。
苦も無くそれを森は受け取め、何であるかを確認する。
それは携帯電話だった

「渡しておくよ。僕へ繋がる直通の電話だ。標的も移動するだろうから、最新の位置情報が知りたければかけるといい」
「携帯って電波通ってるのこの島?」
「まああの電波塔が破壊されない限りはね」
「あっそ。まあ一人で寂しくなったらかけさせてもらうよ」

そう言って、携帯電話を荷物にしまうと、森は動き始める。

「じゃあそろそろ行くけど、仕事完了したら、携帯で知らせればいいわけね」
「そうだね。ああ最後に聞いときたいんだけど。
 ちなみに成功報酬で何の情報が欲しいのか、先に聞かせてもらっと言っていいかな?
 内容によっては、ほら。検討しないとねぇ?」

胸の前で手を合わせて、邪悪な笑みを浮かべる。
その問いの内容に如何で森を測っているのだろう。

「ああ、それなら心配しなくてもいいよ。あまり大した内容じゃないから」
「へぇ。どんな内容だい?」
「水芭ユキの現在位置」

その内容にワールドオーダーは拍子抜けしたような、意外そうな顔をした。

「それでいいの? 位置情報くらいなら悪党商会のメンバー全員分でもいいよ、なんだったらサービスで死体の位置もオマケしあげようか?」
「いやいや、ユキだけでいいよ」
「そう?」

森はワールドオーダーからの提案を拒否する。
どうせ生き残りで使えるのは理恵子くらいのモノだし。
理恵子ならわざわざ探さずとも自分の仕事はするだろう。
ならば、無駄に借りのようなモノを作る必要はない。

「ちなみに水芭ユキを探すのは、守るため? それとも殺すためかい?」
「殺すためだよ」

その問いに、森は迷うことなく即答する。
その答えに、ワールドオーダーは見透かしたように嗤った。

「そう。悪役はお手の物ってことか。いや悪党だったか」
「そういうワールドこそ、その性格は素でやってるのかい。それとも演じてるだけなのかな?」
「勿論、君と同じさ」
「なるほど。まともに答える訳が無いか」
「お互い様さ」

違いないと、森は苦笑して二人の黒幕はそこで別れた。

【G-4 森/午前】
【主催者(ワールドオーダー)】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式 、携帯電話、ランダムアイテム0〜1(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを促進させる。
1:月白氷の首輪を回収する
※『登場人物A』としての『認識』が残っています。
人格や自我ではありません。

【森茂】
[状態]:ダメージ(小)、疲労(小)
[装備]:S&W M29(5/6)
[道具]:基本支給品一式、S&W M29の予備弾丸(18/18)、ヒーロー変身ベルト、携帯電話
[思考・行動]
基本方針:参加者を全滅させて優勝を狙う。
0:オデット討伐に向かう?
1:交渉できるマーダーとは交渉する。交渉できないマーダーなら戦うが、できるだけ生かして済ませたい。
2:殺し合いに乗っていない相手はできるだけ殺す。相手が大人数か、強力な戦力を抱えているなら無害な相手を装う
3:悪党商会の駒は利用する
4:ユキは殺す
※無痛無汗症です。痛みも感じず、汗もかきません


197 : Outsourcing ◆H3bky6/SCY :2015/02/22(日) 23:39:15 oK7TjlTs0
投下終了です
時間の間違いを指摘いただき、ありがとうございました


198 : ◆rFUBSDyviU :2015/02/23(月) 01:22:23 3.eyUtoU0
時間を大幅に遅刻して申し訳ございません
りんご飴、三条谷錬次郎 投下します
タイトルは「男同士、廃墟、殺し合い。何も起きないはずがなく…」でお願いします


199 : ◆rFUBSDyviU :2015/02/23(月) 01:23:53 3.eyUtoU0
♡×🍎

Q:魅了の力は男の娘にも通用するのか?

 A:無理でした

♡×🍎

廃墟から一人の男の娘が姿を現した。

本名不明。「りんご飴」という記号で呼ばれる戦闘者。

潰れていたはずの両足でしっかりと地面を踏みしめながら、りんご飴は歩いていく。

目指すは魔王。目指すは強者。目指すは闘争。

愛しのヴァイザーは死に、機動力も失ったが、りんご飴の戦意に一切の乱れなし。

むしろ、さらに高揚していた。

彼の頭を占めるのはいかに魔王を倒すかの戦略、戦術。

装備は整ったが、まだ足りない。

もっと武力を、もっと知略を。

ふと、りんご飴は振り返った。

廃墟の中で横たわっているであろう一人の少年/敗者に思考を僅かながら割く。

「――が悪かったな」

それがりんご飴が三条谷錬次郎へ向けた最後の言葉だった。

後に残った物は静かな廃墟、倒れた少年、りんご飴が遠ざかる足音。

♡×🍎

廃墟に入ってまず錬次郎がやった事はりんご飴と目を合わせることだった。


200 : ◆rFUBSDyviU :2015/02/23(月) 01:25:43 3.eyUtoU0
恋の魔法は視線が合うことで強くなる。

といったルールがあるわけではないが、しないよりはマシだろうと錬次郎は判断した。

実際、廃墟にいたのが純朴な少女だったら赤面してうつむいていただろう。

が、中にいたのは凶暴な男の娘だった。

この段階で、錬次郎の思惑は狂い始めた。

「僕の名前は三条谷錬次郎。君の名前は?」

そう言って、錬次郎はりんご飴に近づく。

迂闊な行動だと思うかもしれない。事実、もし錬次郎が『正常』だったならば、こんな危険な真似はしなかった。

初めての殺人、初めての想い人の死、初めての恣意的な能力の活用。

それに加えて不気味な廃村の様子にりんご飴の鋭い眼光。

錬次郎は自分でも気づかないうちに焦り、思考に乱れが生じていた。

が、このノイズが結果的にりんご飴を惑わせる。

(何だこいつ……。一般人のくせに、いやに堂々としてやがる……)

りんご飴は目利きだ。

数多の戦闘経験の末に、立ち姿を見ればその男が強者かどうか察することができるようになっている。

廃墟に何者かが入ってきた時はさすがのりんご飴も肝が冷えたが、現れたのは線の細い少年だった。

戦闘力は、無い。

もちろん確証は無いが、りんご飴は自分の直感を信じていたし、今までこれが外れたことは無かった。

しかし、一般人であるはずの少年は堂々と名乗り、無警戒にりんご飴に近づいてきた。

両足を怪我しているから油断した?可愛い外見に騙された?馬鹿な、そんな阿呆が殺し屋組織、ブレイカーズ、悪党商会らが犇めくこの舞台で6時間以上も生き残れるはずがない。

「私の名前はりんご飴。変わった名前ですけど、本名なんです」


201 : ◆rFUBSDyviU :2015/02/23(月) 01:26:33 3.eyUtoU0
りんご飴が取った手段は猫かぶり。本来の粗野な口調ではなく、かといって挑発時に使う少女めいた口調でもなく、完全に少女のフリをする時に使う口調。

りんご飴は戦闘狂だが、決してバーサーカーではない。

彼女は戦いの前に相手の戦闘方法、性格、行動パターンを分析し、対策を練ってから戦うことが多い。

もちろん突発的に目の前に強者が現れればついつい突っ込んでしまうが、そういう場合も戦いながら勝つ手段を考え続ける。

戦闘を楽しむ点ではボンバー・ガールと共通する彼女だが勝敗や生存をある程度は度外視して自分のやりたいように突き進む彼女と違って、彼は生死のギリギリを楽しみながらも、生存も重要視していた。

「暴漢に襲われて何とか仲間に逃がしてもらったんですけど、足がこの有様ですし……、武器も全部置いてきてしまって……」

「逃がしてもらった?その足でかい?」

どう見ても歩行は不可能なりんご飴の足を見て、錬次郎は眉を潜める。

「仲間が魔法使いで……、とっさに転移魔法を……、はは、信じてもらえませんよね」

そう言って悲しそうな微笑みを浮かべながら、りんご飴は錬次郎の表情を確認した。

実際りんご飴も一緒に戦っていた少女の素性は知らない。適当な単語を並べただけだ。

しかし彼女が漠然としたイメージで唱えたこの言葉が、錬次郎には馴染み深いものだった。

「魔法使い……か。いや、信じるよりんご飴ちゃん。僕はその魔法使いとやらは見てないけど、こんなタイミングで君が嘘を言えるとは思えないんだ」

(この反応、どうやら魔法使いを知っている、いや、もしくはこいつも『魔法使い』って可能性もあるな)

表情から咄嗟にそれを察したりんご飴は、ありがとうございますと言って、力なく笑った。

♡×🍎

錬次郎はりんご飴の横に座った。

さり気なくりんご飴の様子を確認する。

照れたり、恥じらっている様子はない。

(これ、魅了は効いてるのか?いまいち反応が薄いな……、でも初対面の男にここまで気を許してるってことは多少なりとも効いてるのか?)

信頼を短時間で勝ち取ったと書けば、大きな戦果のように見えるが、意のままに操ったり、都合よく利用できるとは思えない。


202 : ◆rFUBSDyviU :2015/02/23(月) 01:27:35 3.eyUtoU0
りんご飴は表に出していないだけで、実際はメロメロなんだろうか、とも錬次郎は考えたが、どうにも自信がない。

(もしかして、この極限状況で自分の恋心に気づいていないだけなんじゃ……)

何度でも繰り返すが、錬次郎は精神的に不安定だった。

もし彼が正常だったら、りんご飴に魅了が効いていない可能性に思い当たっただろう。

もしかしたらりんご飴が男であるという真実までたどり着けたかもしれない。

♡×🍎

「僕はね、君が好きだ」

「は?」

そして、突然の告白が始まった。

♡×🍎

錬次郎がとった手段は簡単だった。

あえて自分から告白することでりんご飴に『恋』『男女』『愛』という概念を意識させる。

これによってりんご飴を魅了に罹りやすくするのだ。

いい作戦だと、その時の彼は思った。

♡×🍎

「一目ぼれだった。この小屋に入った瞬間、雷に打たれたみたいに体が痺れたんだ。だって、て、天使がいたからね」

「………」

自分の中にもう一人自分がいる、と錬次郎は思った。必死に次の言葉を探す滑稽な自分を冷静に見つめる自分。

思いはしたが、彼は止まらない。もしかしたら魅了が効いていないのかもしれないという恐怖が、彼を後押しする。

「僕はね、この17年間で色んな女の人を見てきた。皆自分の欲望に忠実だったり、人の人生を滅茶苦茶にしたりと酷い女ばかりだったよ」

ズキリ、と錬次郎の心で嫌な音が響いた。


203 : ◆rFUBSDyviU :2015/02/23(月) 01:28:39 3.eyUtoU0
麻生時音。その名前が浮かんで消えた。

「でも君は違う。違うと確信できる。君は特別だ。僕にとって特別なんだ。そこらのアイドルよりよっぽど可愛い!話し方も好みだ!服装のチョイスもタイプだ!」

「………」

「君のことが大好きだ!愛してる!僕は君を守ってみせる!」

そう言った後、錬次郎はりんご飴の肩を両腕で掴んだ。

びくり、とりんご飴の体が震える。

「だからね、僕が君を守るから、君は僕を守ってくれ」

♡×🍎

腹に強烈な打撃。

錬次郎は何かを考える間もなく一瞬で意識を落とした。

「あーあ、あーあーあーあーあーあ!」

「あっのさあ、りんご飴ちゃん的にはお前みたいなもやしっ子、まっったくタイプじゃねえんだわ」

苛ついたように、りんご飴は表情を歪める。

「だいたい、最後の言葉がお前の本音だろ、同じ男として情けねえなあおい」

「つまりだ、何が言いたいかっていうと、お断りだよばーか」

そう言って、りんご飴は錬次郎が持っていたバックを漁る。

錬次郎は初めて、振られた。

🍎

「へえ、斧に爆弾か。いいもん持ってるじゃねえか」

斧はともかく手榴弾は戦闘での応用性が高い。りんご飴にとって中々嬉しい武器だった。

更に、りんご飴は現状を打破する支給品を探り当てた。


204 : ◆rFUBSDyviU :2015/02/23(月) 01:29:36 3.eyUtoU0
「『ブレイカーズ製人造吸血鬼エキス』に『ハッスル☆回復錠剤』ねえ」

どっちも一長一短の代物だ。

吸血鬼エキスはどうやら吸血鬼になることができるらしい。吸血鬼の回復力は人間以上。足の怪我もすぐに回復するだろう。

が、デメリットとして日中での活動が制限され、吸血欲求が高まる。

一方、回復錠剤はその名の通り、飲めば瞬時に怪我や疲労が回復するらしい。さすがに四肢欠損はどうしようもないが、りんご飴の両足程度なら問題ない。

が、短所は殺し合いをハッスル―キルスコアを上げなければいけないということだ。

1回服用すれば、6時間以内に一人。12時間以内に3人。どちらかを達成できなければ首輪が爆破される。

軽い代償と思うかもしれないが、この殺し合いはりんご飴より上位の戦闘力を持つ参加者が何人もいる。かなり危険な賭けだ。

吸血鬼か、キルスコアか。

りんご飴は、どちらを取るか思索に沈んだ。

🍎

「やっぱり、りんご飴ちゃん的にはこっちだよね」

日光の元を堂々と歩きながら、りんご飴はそう言って笑った。

全身の傷は癒え、その顔に広がるのは挑戦者の笑み。

りんご飴は『ハッスル☆回復錠剤』を選んだ。

りんご飴は自殺志願者ではない。この舞台でキルスコアを三つあげることの難易度も理解している。

その上で、彼女はそっちを選んだ。自分ならばできるという自信があるのだ。

「ヴァイザーならできるだろしな」

死んだ目標を思い出し、少々センチな気分になるりんご飴。

が、切り替えが早い彼女は現在の目標である魔王の対策を考え出した。


205 : ◆rFUBSDyviU :2015/02/23(月) 01:30:35 3.eyUtoU0
ふと、りんご飴が振り返り、遠くなっていく廃墟を見つめる。

「タイミングが悪かったな、錬次郎。TPOによっちゃあ、もう少し遊んでやったんだぜ?キャハハハハ」

人は、外見に僅かながら引っ張られるらしい。

常に女装をしているりんご飴の心に、本当にちっぽけだが、乙女の心が育ち、それが錬次郎の魅力に惹かれていた。

そういう可能性も、無いとはいいきれない。

【B-10 廃村/午前】
【りんご飴】
[状態]:健康、『ハッスル☆回復錠剤』使用
[装備]:M24型柄付手榴弾×4 魔斧グランバラス、デジタルカメラ、ブレイカーズ製人造吸血鬼エキス、ハッスル回復錠剤(残り2錠)
[道具]:基本支給品一式
[思考・行動]
基本方針:殺し合いの中でスリルを味わい尽くす。優勝には興味ないが主催者は殺す
1:ディウスと空谷葵を殺す
2:6時間以内に一人、12時間以内に三人殺害する。
3:参加者のワールドオーダーを殺す。
4:ワールドオーダーの情報を集め、それを基に攻略法を探す
※ロワに於けるジョーカーの存在を知りましたが役割は理解していません
※ワールドオーダーによって『世界を繋ぐ者』という設定が加えられていました。元は殺し屋組織がいる世界出身です
※6時間以内に一人殺害、12時間以内に三人殺害のどちらかが達成できなかった場合、首輪が爆発します。



三条谷錬次郎は幸運だった。

『男性』で『女装』で『好戦的』という、錬次郎の天敵とも呼べるりんご飴に遭遇し、彼は支給品を全て失い気絶するだけで済んだのだ。

何故、りんご飴が錬次郎を殺さなかったのか。結果的にりんご飴復活に貢献した錬次郎に対する、りんご飴なりの義理の返し方なのかもしれない。

廃墟にて意識を失う錬次郎。彼にとって今回の一件はいい薬になるのか、はたまた彼を蝕む毒になるのか。

それはまだ、誰にもわからない。
【B-10 廃村/午前】
【三条谷錬次郎】
状態:腹部にダメージ(軽)、気絶
装備:無し
道具:無し
[思考・状況]
基本思考:優勝してワールドオーダーに体質を治させる。
0:気絶中
1:自分のハーレム体質を利用できるだけ利用する。
2:正面からの戦いは避け、殺し合いに乗っていることは隠す。





【ブレイカーズ製人造吸血鬼エキス】
ブレイカーズが吸血鬼研究の一環で作った特殊なエキス。注射、もしくは直接飲むことで対象を吸血鬼へと変える。がその純度は低く、葵、クロウどころか亦紅にさえも及ばないレベル。
その一方、日光は普通に苦手になるという意外と使いどころが難しい支給品。

【ハッスル☆回復錠剤】
殺し合いをハッスルする人のための錠剤。三個入り。
一粒飲めばだいたいの怪我や疲労から回復するが
「服用して6時間以内に参加者を一人殺害」「服用して12時間以内に参加者三人殺害」のどちらかを達成できなければ首輪が爆発する。
また、同じ参加者が2度この錠剤を飲んでも効果は無い。


206 : ◆rFUBSDyviU :2015/02/23(月) 01:34:26 3.eyUtoU0
投下を終了します
誤字脱字矛盾点、どんどん指摘してください

予約期限を超過した私が言える話では無いですが、何とか他の書き手さんの力量に追いつけるよう精進します


207 : 名無しさん :2015/02/23(月) 21:41:09 0j9.4lXA0
投下乙です
いくら殺意を固めても全然修羅場をくぐってない錬次郎じゃあ
超特殊パターンのりんご飴は相手が悪かったか
相変わらずのギャンブル戦略で行くりんご飴だがさてはて今回はうまくいくのかどうか
首輪爆破とか割と身も蓋もないリスクまで掛けたりワールドオーダーさんロワに対してガチすぎィ!


208 : ◆H3bky6/SCY :2015/03/05(木) 23:27:47 YNp3IwP60
投下します


209 : 黄昏時に会いましょう ◆H3bky6/SCY :2015/03/05(木) 23:29:24 YNp3IwP60
その異変は西方より出現した。

「何だ…………?」

思わず声を漏らした氷山リクと傍らの雪野白兎の視線が一点へと向けられる。
それは光だった。
周囲を一望できる電波塔の展望台から、太陽と見まごうほどの眩さを放つ黄金の閃光が唐突に出現したのだ。

「なあ社長。太陽って西から昇るんだっけ?」
「まさか、天才バ〇ボンじゃあるまいし」

真逆から上がる光に軽口を叩きつつも、リクと白兎が目くばせをして頷きあう。
太陽でないのなら、地上にあれ程の輝きをもたらせる存在など限られている。
そして、その輝きを齎せる存在に二人とも心当たりがあった。

「となると、あそこにヤツがいる、と言う事だな。どうする社長?」
「スルーするわけにもいかないんだから、どうするもこうするもないでしょ」

問うまでもなく、次にとるべき行動など決まっていた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「あらら……当たりとハズレが両方来ちゃいましたね」

辿り着いた光源で、身を休めるように木に背を預けた妙齢の女性が彼らを出迎えた。
肩と胸に傷を負ったのか応急手当てを済ませた跡があり、治療跡には血が滲みんでおり、血を流した影響か顔色は僅かに青い。
だが、それほどの手傷を負っている状態でありながら、この女を象徴するような不敵な笑顔は崩さない。
待ち構えていた女へと氷山リクが一歩踏み出す。

「お前はゴールデン・ジョイだな」
「そう言う彼方はシルバー・スレイヤー」

輝くような笑みの女と研ぎ澄まされた刃のような男。
『黄金の歓喜』と『白銀の断刃』が名を呼び合い、互いの視線が刃のように交錯する。
それは同じ研究室で同じ研究者に生み出された同型の改造人間。
その始まり(プロトタイプ)と終わり(ラストナンバー)が真正面から対峙した。
しかし、その睨み合いは一瞬。
理恵子はリクから視線を切ると、後方の白兎へと目線を変えた。

「白兎さんもどうも。息災で何よりです」
「ええ。お蔭さまでね、そっちも無事で何より」
「あれ、無事に見えますこれ?」

理恵子は背を預けていた木から離れると、ボロボロの様子を見せつけるように両手を広げた。
白兎はその様子を一瞥すると、興味なさげに目を閉じる。

「生きてれば無事でしょ?」
「いやー。相変わらずきついですねー」

言葉自体は刺々しいが、白兎の態度は妙に親しげだった。
というよりこの女、親しくなるほど言葉に棘を含むきらいがある。
理恵子も理恵子でリクへ向けた敵意のような態度とは打って変わって、白兎に対する態度は幾分か柔らかい。
そんな二人の態度に困惑の視線を送るリク。その様子に気づいた白兎はああと頷く。

「そうね、貴方の弱点も聞かせてもらったわけだし、こっちも情報を明かさないとフェアじゃないわね。
 会った時に少し話したと思うけれど、私にも秘密の情報元があるって言ったでしょ? その秘密の情報元の一つが彼女よ」
「どもども秘密の情報元でーす。っていいんですか言っちゃって?」

ちわーと敬礼するように手を上げお気楽な調子で名乗りを上げる理恵子。
だが明かされた内容はその態度に見合う程軽い事実ではない。

「情報元って……お前、悪党商会の幹部だよな」
「そうですよー」
「……んな立場のやつが敵対組織に自分の組織の情報売り渡していいのかよ」
「別に裏切ってるって訳じゃないですからねぇ、これも全ては悪党商会のため、情報部部長としての情報収集の一環という奴ですよ。
 私も情報収集のために新聞記者なんてものもやってますけどそれだけじゃあ集められないモノもありますしね。
 と言うか、どの組織の諜報部でもこれくらいはしてるんじゃないですかねぇ」

全く悪びれる様子の無い理恵子の様子にリクが呆れ返った。
そもそも悪の組織の規律や裏切りなどヒーローであるリクが心配する必要はないのだが。
悪党商会の幹部が情報元だと言うのなら、そりゃあ悪党商会の真の目的も把握しているはずである。

「社長はいいのかよ、悪党商会なんかと手を結ぶって」
「別に悪党商会と手を結んだわけじゃないわよ。あくまで必要な時にだけ情報を提供し合うギブ&テイクの関係よ」
「ですです。ビジネスライクな関係ですよー」
「……まさかJGOEやJHA(日本ヒーロー協会)にもスパイがいるんじゃないだろうな」
「さぁ、それはどうでしょうねぇ」

理恵子は肯定も否定もせず、ただニコニコ顔でそうはぐらかした。
もはやリクは乾いた笑いしか出てこなかった。


210 : 黄昏時に会いましょう ◆H3bky6/SCY :2015/03/05(木) 23:30:00 YNp3IwP60
「それで、誰にやられたのその傷? 貴方をそこまで追い詰めるなんて、まさかこの辺に剣神龍次郎がいるとかじゃないでしょうね?」
「まっさかー。目の前に大首領なんて現れたらフラッシュバンして速攻で逃げますって」
「それもそうか、あなたあの男苦手だもんね」
「いや……あの人得意な人なんているんですかね?」

本気で苦手意識を持ってるのか、彼女にしては珍しくトーンを落とし苦い笑みを浮かべた。
しかし気を取り直すように、そう言えばと呟き、思い出したようにリクへと向き直る。

「私らに手術を施したあのマッドサイエンティスト曰く、月と太陽が合わさって戦えば、理論上で言えばあの大首領を上回るらしいですよ。私は絶対嫌ですけど」
「けっ。理論であのオッサンが倒せたら苦労しないぜ。
 それで倒せるんなら東京大空洞でJGOE全員で囲んだ時にとっくに倒してるっての。なんでパワーアップして復活してんだよ」
「いやー。その辺は私が聞きたいくらいですねぇ」

あの人理屈が通じませんからと、しみじみ呟く理恵子。
それに関してはリクも白兎も心の中で深く同意する。

「ところで、確認しておくのだけれど、私との契約はこの状況でも生きてるのかしら?」
「もちろん生きですよー。あの契約は悪党商会とラビットインフルとの契約というより、雪野白兎と近藤・ジョーイ・恵理子の個人での契約ですからねー。
 ですけど、ここにきてまだ情報収集が出来ていないので、あまりそちらのお役にたてそうな情報はなさそうですよ?」
「貴方なら参加者の情報くらい大体把握してるでしょ? それでいいわ。現時点の会場の調査結果をあげるからそれ頂戴」
「ですか。じゃあ少々お待ちくださいねー」

そう言うと理恵子はメモ帳を取り出し、サラサラとペンを奔らせ始めた。

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『悪党商会』
森茂、半田主水、茜ヶ久保一、水芭ユキ、鵜院千斗、近藤・ジョーイ・恵理子

『ブレイカーズ』
剣神龍次郎、大神官ミュートス

『ラビットインフル』
雪野白兎、空谷葵、佐野蓮

『ジャパン・ガーディアン・オブ・イレブン』
氷山リク、剣正一、火輪珠美、りんご飴※1

『リヴェルヴァーナ』
(カウレス・ランファルト、ミリア・ランファルト、オデット)※2、(ディウス、暗黒騎士、ガルバイン)※3、ミロ・ゴドゴラスV世

『警察』
ロバート・キャンベル、榊将吾

『探偵』
剣正一、音ノ宮・亜理子、ピーリィ・ポール、京極竹人

『殺し屋』
アサシン、クリス、(サイパス・キルラ、イヴァン・デ・ベルナルディ、ヴァイザー、バラッド、ピーター・セヴェール、アザレア)※4、案山子、鴉、スケアクロウ

『妖』
クロウ※5、空谷葵、亦紅※6、上杉愛

『都市伝説』
覆面男、吉村宮子※7

『学生』
水芭ユキ、ルピナス、朝霧舞歌※5※8、尾関夏実、尾関裕司、白雲彩華、夏目若菜、新田拳正、麻生時音、一二三九十九、馴木沙奈、三条谷錬次郎、天高星、音ノ宮・亜理子、一ノ瀬空夜※8

『一般人』
四条薫※9、ミル※10、遠山春奈※11、田外勇二※12、初瀬ちどり

『不明』
裏松双葉、サイクロップスSP-N1、斎藤輝幸、佐藤道明、詩仁恵莉、セスペェリア、月白氷、時田刻、長松洋平、初山実花子、船坂弘、ペットボトル、リヴェイラ

※1 サポート用意
※2 ヒーローの様なチームです
※3 ヴィランの様な組織です
※4 同じ組織に所属する殺し屋です
※5 クロウ=朝霧舞歌、同一人物
※6 元殺し屋で※4の組織に所属していました
※7 ユルティム・ソルシエール(究極の魔女)。創造の魔女と噂される存在です
※8 中退済み
※9 マスコミ関係者
※10 世界的科学者、自ら開発した薬で幼女となったみたいです
※11 表の世界では最強とされている剣術家です
※12 JGOEのシュバルツ・ディガーのご子息です、異能者の可能性あり

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211 : 黄昏時に会いましょう ◆H3bky6/SCY :2015/03/05(木) 23:31:36 YNp3IwP60
「そちら様の方がご存知の所もあるでしょうけど。
 とりあえず参加者を区分分けするとこんな感じですね」

渡されたメモを暫く見つめた後、リクが率直な感想を漏らした。

「……意外と不明が多いな」
「流石に私も全人類を把握しいるわけじゃあないですからねー」

割と失礼なリクの物言いもどこ吹く風、変わらぬ態度で理恵子は応じる。
団員である水芭ユキの周囲にいる人間の身辺調査くらいはしているが、さすがに何の異常もないただの一般人を調べるほど悪党商会も暇ではない。

「ってことは分らないのはアンテナに引っかけるまでもないただの一般人ってことか?」
「それとも我々でも名を追えない深淵の者か、ですね」
「そうじゃない事を願うばかりね」

とはいえ、わざわざ招集しているという事は可能性としては後者の方が大きいだろう。
気に留めておく必要があると、リクと白兎は心の中で認識する。

「このリヴェルヴァーナっていうのは? 私は聞いたことがないけど」
「そう言う国というか地区に住む人たちって感じですね。あくまで出身がそこというだけなので、細かい所属や出身は異なります。
 注釈にも書いてますが括弧で囲ってる前者がヒーロー、後者がヴィランのようなものだと考えてください」

そう理恵子は簡単に説明するが、リヴェルヴァーナとは完全なる異世界である。
先ほどの理恵子にも詳細がわからない人間がどういう存在かという話であと一つ考えられる可能性があった。
それはリヴェルヴァーナのような関わり合う事すらできない異世界の存在であるという可能性である。
平衡世界の存在を認識できる理恵子だからこそ、その可能性を考慮できるのだが、さすがに自らの秘密に繋がる情報までは渡すつもりはない。

「しかし嫌に学生と殺し屋が多いな、まあ殺し屋の方は殺し合いなんだから当たり前と言えば当たり前だが」
「そう言っても怪人連中よりはマシでしょ? あなたならまず負けないだろうし」
「いやー、あんまり殺し屋を嘗めない方がいいですよ。正直私も侮っていた所はありましたけどごく最近宗旨替えしました」

傷を抑えながら実感のこもった声で理恵子はうんうんと一人頷いた。

「ところで、ここに書いてないけどワールドオーダーに関しては何か情報を持ってないのか?」
「うーん。持ってると言えば持ってますが……これがまた何の変哲もないただのテロリストという情報なんですよねぇ。
 異能を持ってるなんて事すら知りませんでしたし、こりゃ偽情報掴まされちゃいましたかね?」

伝える理恵子は明るい調子であるのだが、受ける白兎の表情は深刻な色を帯びていた。

「それって悪党商会の情報網が騙されたって事でしょ? そうなると情報戦においても並みじゃないって事になるわね」
「一応悪党商会の名誉の為にフォローしておきますけど、完全に影も形も追えていなかったって訳じゃあないですよ。
 あの男も完全に痕跡を消せていた訳じゃないんです。FBIだって彼がテロリストっていう情報くらいは把握してましたしね」
「じゃあその把握してる限りの情報だとどんな相手なの?」
「うーん。そうですねぇ。まあ明らかに偽名ですしそれまでも別名で行動していた可能性も高いですが。初めてワールドオーダーの名前が出たのは八年前のとあるテロ事件の資料です。
 そこからポツポツと各地に出現してますが、目立ったポジションに付く事もなかったですし、活躍しているとは言い難い印象でしたね。
 今になって思うと意図的に目立たないよう別の旗本を立てて自身は徹底して暗躍に努めてきたという事なんでしょうけど」

その話を聞いても当然白兎の表情は晴れることはなく、形のいい眉を寄せてますます難しい顔になってゆく。

「そうなると、解らないのが。なぜ今になって表に出てきたのか、という事ね」
「別に奴からしたら今でも表に出てるつもりはないのかもよ。巻き込まれた俺たちには顔を出したけど秘密裏に全部片を付けて表沙汰にするつもりはないとか」
「そうだとしても、これまでの徹底っぷりからして私たちの前に出る時にも代役でも立てそうなモノだけどね」
「じゃあ俺らが見たあれが代理だったとか?」
「それは…………なくはないわね」

リクは思慮深いとは言い難い直感型の人間ではあるのだが、まれにこういう切り口だけは鋭い事を言うので侮れない。


212 : 黄昏時に会いましょう ◆H3bky6/SCY :2015/03/05(木) 23:32:23 YNp3IwP60
「理恵子、貴方の持ってる情報と照らし合わせてあれは本人だったと断定できる?」
「できませんね。と言うより、どの資料でも顔だけは徹底して隠してましたし、彼個人を特定する情報は私のデータベースにありません」

そもそもあの説明の舞台にいた男がこの事件の首謀者であると誰も疑わなかったのはパフォーマンスめいた能力の強力さ故だ。
誰もその素性を知らない以上、奴がワールドオーダーだとは断定できない。

「けど、あれだけの力をもってまったくの別人という事もないだろう。替え玉にしてもあのコピー能力で作った奴だとか?」
「それはないわ」
「どうしてそう断言できる?」
「だってコピーを作る能力はコピーできないんだもの。その前提がある以上あの男がオリジナルで間違いないわ」

言われてみれば当然の話だ。
コピーを作る肝となる能力は、あの時コピーできなかった。
ならば、そのコピー能力を持っているのはオリジナルに他ならない。

「じゃあやっぱりアイツが黒幕?」
「その可能性が素直に一番高いでしょうね」

そうなると、何故今になって表立った動きをしたのかという振出しに論点が戻る。
リクと白兎は頭を捻るが、そこに理恵子が水を差す。

「お二人とも考察を深めるのも結構なんですが、そろそろそちらからの情報もいただきたい所なのですが」

理恵子の言葉も尤もだ。
結論が出るとも分らない考えを巡らせていてもキリがない。

「それもそうね。じゃあ次はこちらの番。この会場を調査した結果をお話しするわ、と言っても確定したものじゃなくて推測が混じるんだけど」

そう白兎は前置きして電波塔での調査の結果、この会場が異界である可能性が高いという調査結果を語った。
その話を聞き終えた理恵子は何とも言えない表情でうーんと唸った。

「結界か異界ですか。まあこれだけの事をするんですから、あの男がその手の能力も持ってたとしてもおかしくはないでしょうねぇ」
「協力者がいるって可能性もあるし、まだ推測の話だけどな」
「作り物の世界であるのなら、存在する綻びを見つけ出してその矛盾点を突くというのが攻略のセオリーですけど。
 白兎さんの事ですからその程度は既に確認済みですよね?」
「ええ。少なくとも直感でわかるような違和感はなかったわ、深い調査が出来たわけじゃないからハッキリとは言えないけれど」

白兎としても深く検証したい所ではあるのだが、首輪で命を握られている以上禁止エリアや会場の外の調査には高いリスクを伴ってしまう。
そのため満足な調査が出来たとは言えない状況である。

「だとしたら、こういう違和感は妖怪連中に聞いた方がいいかもですね。
 吸血鬼はちょっと例外ですけど、土地神や怪と言った自然から発生した連中は世界の違和感に敏いですから。
 能力を行使できなかったり、不調をきたしてるモノもいるかもしれないです」

その理恵子からの提案はなかなか悪くない内容だった。
妖怪というのが協力的とも限らないが、話を聞くだけなら危険な場所まで調査に行くよりかは幾分リスクは低いだろう。

「妖怪ってこの分類でいうと妖カテゴリの奴らか?」
「そうなんですけどこの中だと殆どが吸血鬼なんですよねー。自然から生まれた純粋な妖怪となると上杉愛くらいのものですかね」
「上杉愛?」
「ほら、お宅のシュバルツ・ディガーの従者ですよ」
「ああ。確か烏天狗だとかいう」

と頷くもののリクも直接的な面識があるわけではない。
田外家に代々使える存在がいるとシュバルツ・ディガーからそういう話を聞いた事がある程度だ。
とはいえイザと言うときスムーズに話が付けられる分この情報を得られたのは大きいだろう。

「ところで、この情報ってあの電波塔を使って得たんですよね?」
「ああ社長がちょいと工作してな」
「そうだけど、それがどうかしたの?」
「いえ、それってつまり機能は生きてたという事ですよね? だとしたら、何のためにあるんでしょうねぇ、あの電波塔?」
「そうね。機能が生きていた以上は何らかの役割は果たしていると考えるべきでしょうね」

少なくとも電波は島の外に届いていない事は確認済みである。
機能が外に届いていないのならば、その機能は内に向けて働いているという事だろう。
つまりはこの会場に対して役割を果たしている可能性があるという事だ。

「何かってなんなんだ?」
「そりゃあ電波塔なんですから、電波を流してるんでしょーねぇ」
「だからそれが何の電波なのかって話だろ」
「普通に考えればテレビや電話の電波なんじゃないですかね?」
「とは言え、状況は普通じゃない訳だし。この状況だと、そうね……施設と言うより参加者に何か信号を送ってるとかじゃないかしら?」


213 : 黄昏時に会いましょう ◆H3bky6/SCY :2015/03/05(木) 23:33:13 YNp3IwP60
参加者に対して影響を及ぼす何か。
本当にそんなものがあるとするならば、それを何とかすればひょっとしたら状況を打開する足掛かりになるかもしれない。

「じゃあ、とりあえず壊しときます? あの電波塔」

そう不敵な笑みを浮かべつつ、理恵子は力を限定解放して腕の中に僅かに光を溜めた。
どういう意図があるかは分らなくとも壊してしまえばその目論見ごと破壊できるはずである。

「やめておきましょう。その結果何かの信号が途切れて首輪がボンなんて事になったら困るわ」
「ですね」

その程度の危険性には理恵子も思い至っていたのだろう。
元から本気ではなかったのか、白兎の静止にあっさりと理恵子は引き下がった。

「じゃあ取引はこのくらいにしておきましょうか。
 これからはこの先の話をしましょう」

ブンと腕を振って溜めこんでいた光を打ち消すと、理恵子はそう切り出した。

「お二人はこれからどうされるおつもりなんですか?」
「とりあえずは彼の回復手段を探すつもりよ、戦う手段がなければ動きづらいし」
「おやおや充電式は大変ですねー」
「それはお互い様だろ。暴走の危険がある無限炉式も大変だろう」

シルバー・スレイヤーがシルバーダイナモをエネルギー源としているように、ゴールデン・ジョイはそのエネルギーを無限太陽炉と呼ばれるコアユニットによって賄っている。
それは文字通り無限のエネルギーを生み出すことのできる装置ではあるのだが、使いすぎれば暴走する可能性を孕んでいる危険な代物だ。

「ま、その辺はやりたいことを詰めこまれた試作品(プロトタイプ)の悲しい所ですね。
 そのへんはさておき一応確認しておきますけど、当然お二人とも反殺し合いを掲げ脱出を目指してらっしゃるんですよね?」

この問いにリクはああと頷き、白兎は答えるまでもないと肩を竦める。

「そう言うお前はどうなんだ?」
「無論、私もそのつもりですよ。悪党商会の定義からいえばワールドオーダーは排除対象ですので、従う義理はありません」

理恵子はニコニコと張り付いたような笑みのまま、対主催を公言する。

「つまり私らと協力しようってこと?」
「協力と言うより保護ですかね? 悪党商会の方針にのっとればお二人は保護対象になりますので」
「こんなとこまで来て、まだやってんのかそれ」
「そりゃあもう。いつでもどこでもやり続けますよー。それが悪党商会の理念ですので」

呆れたように言うリクに対して理恵子は不敵な笑みで答える。
悪党商会は表向きにはよくある悪の秘密結社の一つとされているが、悪党商会の真の目的は『悪党と正義のヒーローの居場所を与える』事である。
そのために人知れず世界のバランスを破壊しかねないバランスブレーカーを排し、今の世界を回すのに必要な悪や正義を保護対象と設定してきた。
目指すのは平穏ではなく、全ては行き過ぎた力の暴走を抑え変わらぬ世界を維持するため。
その理想の理解者にして体現者。
それがこの近藤・ジョーイ・理恵子である。

「まあこの体たらくでこう言うのも烏滸がましいんですが、望むのでしたら全力で保護して差し上げますけど、どうされます?」
「断る」
「お断りするわ」

理恵子の勧誘にほぼ同時に即答が返ってきた。

「あらら、振られちゃいましたね。ちなみに理由をお聞かせ願っても?」

にべもなく断られた事に対してショックを受けた風でもなく、笑顔のまま理恵子は続ける。

「お前らの世界を今のまま維持するという目的自体は否定しない。それも一つの理想の形だろう。
 だがな、お前らは目的のためなら平然と人を殺す。俺にはソレが許せない」
「尊い犠牲ってやつですよ。戦いの中で犠牲が出るのは当然の事でしょう
 我々のやっていることはむしろ効率よく事が運ぶようコントロールして、その犠牲を最小限に食い止める行為なんですけどねぇ」
「確かにその通りだ。戦いは犠牲はどうしようなく生み出してしまう。
 だがお前らに、いや、誰にもその犠牲を選ぶ権利などはない。そんな奴と行動を共にすることなどあり得ない」
「その結果、犠牲となるモノが増えたとしても?」
「そうならないよう努力するのがヒーローの務めだ」

真正面から相手を見つめ受け入れることはできないと白銀のヒーローは黄金の悪党に断言した。

「なるほど、やはり私と貴方は相容れない関係の様だ」

最初からお互い分りきった事だった。
空に月と太陽が同時に存在できない様に、この二人はどうしようもなく共存できない関係にある。
理恵子としても悪党商会の活動という名目がなければリクと行動を共にしたいとは思わない。


214 : 黄昏時に会いましょう ◆H3bky6/SCY :2015/03/05(木) 23:34:17 YNp3IwP60
「では白兎さんはどうです? 戦力的にはともかく、私の方がそこの人よりは建設的なお話が出来ると思いますけど」
「理恵子。前にも言わなかったかしら? 私、貴方の事は嫌いじゃないけど悪党商会のその方針は大嫌いなの。
 何より保護してやってるっていう上から目線が気に喰わないわ」
「なるほど、ミュートスさんと似たようなかんじですねー。まあその辺の意見は今後の活動の参考にさせていただきましょうか」

そう言って理恵子が軽い足取りで後退し、二人から僅かに離れた。
話している間に幾分か回復したのか、顔色は若干復調したようである。

「振られ女はここで去る事にします。と言ってもお互い目的が同じである以上、道はいずれ交わるでしょうけど」

道のりは違えど、脱出を目指し、対主催を目指す以上必ずその時は来るだろう。
月と太陽が交わる時。
それは太陽の名残が残り月が現れ始める一瞬の黄昏。

「それではその時になったらまたお会いしましょう」

【H-5草原(森の近辺)/午前】
【氷山リク】
状態:全身ダメージ(小)左腕ダメージ(中)エネルギー残量58%
装備:なし
道具:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(確認済み)
[思考・状況]
基本思考:人々を守り、バトルロワイアルを止め、ワールドオーダーを倒す。
1:エネルギーの回復手段を探す
2:火輪珠美、空谷葵と合流したい。
3:ブレイカーズ、悪党商会を警戒。
※大よその参加者の知識を得ました
※心臓部のシルバーコアを晒せば、月光なら1時間で5%、日光なら1時間で1%エネルギーが回復します

【雪野白兎】
状態:健康
装備:なし
道具:基本支給品一式、工作道具(プロ用)、ランダムアイテム1〜4(確認済み)
[思考・状況]
基本思考:バトルロワイアルを破壊する。
1:氷山リクの回復手段を探す
2:空谷葵、火輪珠美と合流したい。
3:ブレイカーズ、悪党商会を警戒。
※大よその参加者の知識を得ました

【近藤・ジョーイ・恵理子】
[状態]:疲労(大)、胴体にダメージ(小)、左肩に傷(大)、左胸に傷(大)、右腕に銃創
[装備]:なし
[道具]:イングラムの予備弾薬、ランダムアイテム0〜3(確認済)、基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:悪党商会の理念に従って行動する
1:正義でも悪でもない参加者を一人殺害し、首輪の爆破を回避する。確実に死亡している死体を発見した場合は保留
2:首輪を外す手段を確保する
3:南の街へ移動してくる参加者を待つ


215 : 黄昏時に会いましょう ◆H3bky6/SCY :2015/03/05(木) 23:34:29 YNp3IwP60
投下終了です


216 : ◆rFUBSDyviU :2015/03/17(火) 00:35:14 xqhkgKBM0
今さらですが、投下乙です
やっぱり近藤さんは不気味というか捉えどころがないなあ
銀兎組と別行動だけど、誰かが監視してないと色々悪党っぽいことしそうだ

私も予約していた鴉を投下します


217 : 案山子が僕らに遺したもの ◆rFUBSDyviU :2015/03/17(火) 00:40:35 xqhkgKBM0

「俺が尊敬する人間?そりゃあ案山子さ。男ならヒーローに憧れるのも当然だろ?」

「案山子は都市伝説?ははは、一般人の認識なんてそんなもんだろうよ。……へえ、あんたもそれなりに裏を知ってる口かい。
 じゃあ案山子がマジにいるってことも気づいてんのか。ということは案山子の登場で犯罪発生率が減ってるのも調査済みだよな」

「案山子も犯罪者?あんたも頭が固い、……いや取材上の建前みたいなもんか。ああ、確かに案山子は犯罪者ってみなす輩もいるさ。
 俺から言わせてみればそいつらも悪人さ。案山子という正義の妨害をするんだ、それが悪以外の何だっていうんだ」

「俺は弱者を傷つける糞みたいな悪人は死ぬべきだし、断罪の邪魔をする奴も死ぬべきだと思うぜ」

「あん?まるで俺が案山子みたい?よせや、俺は案山子じゃねえ、――スケアクロウだ」

【あなたが尊敬する人物はズバリ誰?照影新聞第15回通行人無差別調査(担当:四条薫)より一部抜粋】
※なお、この記事は無差別と書かれているにも関わらず取材した人物のほとんどは危険思想、薬中、一流芸能人とまるで世論調査に適していなかったため、編集部の判断により本誌未掲載。


「一番捕まえたい犯人?私の本業は浮気調査とペット探しなので、今回みたいな事件は専門ではないんです」

「もちろんその場に居合わせたら推理はしますけど、自分から犯人を捜して追い詰めるのは柄じゃないというか」

「だから捕まえたい犯人は、特にいないとお答えします」

「え?では一番嫌いな犯罪者ですか。……案山子ですね」

「私は人は法でしか裁けないと考えています。法以外の裁き、所謂『私刑』はただの身勝手な暴力です。
 案山子をヒーローのように崇める人もいると聞きますが、私には理解できない考えです」

「案山子がまだ脱走した死刑囚や、連続殺人犯、つまりどう考えても『死刑』が確定している者だけを狙うなら百歩譲って許せます」

「けど、案山子は違う。軽犯罪でも構わず殺してしまう。こんなことがまかり通れば法治国家の体をなしません」

「このさいはっきり言います。私は案山子が大嫌いです」

【四条薫の探偵レポート:スイーツ女探偵初瀬ちどりのケースより一部抜粋】
※取材当日に殺人事件が起きたため、不謹慎という理由から本誌未掲載。なおこの事件は初瀬ちどりにより解決済み。


「一番捕まえたくない犯人。おいおい、警察にそういうことを聞くのかい」

「そうだね、誰かのためにしょうがなくとか、経済的に切羽詰ってとか、そういう同情できる理由がある犯人は捕まえる時あまりいい気持ちではないね」

「他のパターンか。……そうだね、案山子、かな」

「……今から俺が喋る言葉はオフレコで頼むよ」

「日本の警察界は市民の皆さんが思っているほどクリーンじゃない。出世のためにお互いの捜査を邪魔したり、警察に不利になる証拠を隠したりはよくあることさ」

「親が高級官僚の場合、逮捕できないなんてことも多々ある。俺もそういう経験が何度かある」


218 : 案山子が僕らに遺したもの ◆rFUBSDyviU :2015/03/17(火) 00:41:52 xqhkgKBM0
「だが、案山子は違う。あいつの裁きはどれほど血筋が良い人間でも逃れることはできない」

「もちろんあいつも悪辣な犯罪者の一人さ。俺だって馬鹿じゃない、それは分かってる」

「しかし案山子の行動が犯罪行為への確かな抑止力になっていることも事実だ。我々が何万人集まってもできなかったことを、案山子は一人でやってのけたのさ」

「もし案山子が目の前にいたらどうするかって?当然捕まえるさ。ただ、その前に一度話を聞いてみたいものだな」

「彼が何を思って案山子になっているのかをね」

「……すまない、ちょっと飲みすぎたかもしれない。今までの言葉は全部忘れてくれ」

【東京警察猛者インタビュー:第7位、榊将吾警部補(四条薫)より一部抜粋】
※外部組織の圧力により本誌未掲載。



「へえ、案山子について知りたいの?」

「変わってるなあお嬢ちゃん。殺し屋である俺に断罪者について聞きたいのか。老婆心ながら忠告するけどさ、取材対象選んだほうがいいと思うぜ」

「まあいいけど。俺と案山子の出会い、それは……」

【入院中の四条記者のメモ(仮題:殺しの美学、―KARASU―より一部抜粋】
※あまりにも過激すぎる内容から本誌未掲載。後にこのインタビューは書籍として纏められ出版。





そこには奇妙な男達が集まっていた。

着ている服も体格も扱う武器も、この工場に来た手段さえバラバラな男達。

唯一共通している事柄は、皆何らかの方法で顔を隠しているということだ。

覆面、サングラス、マスク、麻袋、前髪、仮面、お面、鉄仮面。

顔の一部、あるいは全体を隠した者達はこの寂れた工場地帯に妙に調和し、退廃的な雰囲気を出していた。

男達は小声で話し合っていた。

それは最近の時事問題や芸能ニュースから、ターゲットをいかに殺したかの自慢話や同業者の話題、聞くのもおぞましい自らの所業など多岐にわたる。

人によっては彼らをこう表現するかもしれない。

殺し屋組織に似ていると。

「なあお前聞いたか。案山子の噂」

「ああ、なんじゃそりゃあ」

翁の面を付けた男が鉄仮面に応じる。どちらも仮面以外に特筆すべき特徴はない。

「案山子の格好した殺し屋だよ。結構強いらしいぜ」

「はあ?なんで案山子の格好するんだよ。殺し屋は地味でなんぼだろうが」

翁の面の男は自分の姿を棚上げしてそう吐き捨てる。

「さあな、目立ちたがりやなんじゃねえの?」

鉄仮面の男も詳しくは語らず、肩を竦める。


219 : 案山子が僕らに遺したもの ◆rFUBSDyviU :2015/03/17(火) 00:43:20 xqhkgKBM0
翁がハンドガンを構え、案山子に向かって撃つ。

連携は全く取れていないが、一つ一つが致命傷になりうる攻撃が案山子を襲う。


そして、そこまで確認して麻袋で顔を隠した男は後ろを向き、出口へ向かった。

他の男達が意味不明な事態と突然の戦闘で恐慌状態になるなか、彼だけは心に何の波風も立たせず、静かにその場を去ろうとしていた。


麻袋の男は理解していた。
自分達が二流の殺し屋だと。群れてもたいした影響力はないと。

麻袋の男は理解していた。
自分達に信頼関係は無いと。一か月に一度の会合でさえ、皆素顔を隠すこの組織に連携は不可能だと。

麻袋の男は理解していた。
この組織はここで終わりだと。あの案山子の格好をした殺し屋に潰されると。僅かな戦闘だけであの案山子が圧倒的な実力なのは理解できた。

麻袋の男は理解していた。
誰も自分の逃走に気が付いていないことを。皆が皆、突然の奇襲に混乱し、襲撃者のことしか見ていないことを。

麻袋の男は理解していた。
自分だけは逃げ切れると。他の男たちが混乱しながらも案山子に立ち向かっている。皆それなりの使い手だ。時間稼ぎとしては十分だと。

麻袋の男は理解していた。
今日もベットでぐっすり眠れると。明日からも楽しく犯罪生活を送れることを。


だから、麻袋の男は理解できなかった。

もう、自分の後方で音がしなくなっていたことを。

ただ血の匂いが充満しだしたことを。


220 : 案山子が僕らに遺したもの ◆rFUBSDyviU :2015/03/17(火) 00:44:21 xqhkgKBM0

親は必死に人間に物事の正しさを説いた。人間は煩そうにそれを聞き、二十歳の時に自分の家族を全て殺した。

人間は自由になったが、後ろ盾をすべて全て失った。

人間は生活費を稼ぐため、殺し屋稼業を始めた。

人間は危機察知能力は非常に優れていたが決して腕っぷしが強いわけではなかったので、超一流の殺し屋にはなれなかった。

人間は殺し屋の連合を考えた。外国のとある組織をモチーフにした。

人間が作った連合はそれなりに機能した。元々人間に人望は無く、更にリーダー格は替え玉を使ったので、その影響力もたいしたものではなかった。

人間は安定した生活を続けたが、どこか退屈を感じていた。

そして、今日。

人間が作った組織は壊滅し、人間は恐怖に全身を震わせていた。



変声期、ではなく変声機。

今、工場内で生きている二者はどちらも変声機を使っていた。それ故に性別さえ確かではない。


221 : 案山子が僕らに遺したもの ◆rFUBSDyviU :2015/03/17(火) 00:47:04 xqhkgKBM0
すいません、>>220は間違いです


222 : 案山子が僕らに遺したもの ◆rFUBSDyviU :2015/03/17(火) 00:48:27 xqhkgKBM0
「どこへ行くつもりだ」

後ろから聞き覚えのしない声がする。

麻袋の男は唾を飲みこみ、ゆっくりと振り返った。

血だまりの中に悠然と立つ案山子。

あまりにも非現実的な光景に、しかし麻袋の男の心臓はばくばくと鳴り響く。

「お前が、最後だ」

案山子のその言葉が、麻袋の男の心に楔となって撃ち込まれる。

恐怖を、麻袋の男が知った瞬間だった。



その人間は犯罪が好きだった。というよりは正義や正しさという概念が大嫌いだった。

幼少期、苛めを見逃せない正義感に熱い少年がいた。人間は少年の家族を惨殺し、正義感に熱い少年の心を荒ませた。

その時は社会的に影響力を持っていた親が人間の殺人を揉み消した。人間はそれに感謝した。

親は必死に人間に物事の正しさを説いた。人間は煩そうにそれを聞き、二十歳の時に自分の家族を全て殺した。
人間は自由になったが、後ろ盾をすべて全て失った。

人間は生活費を稼ぐため、殺し屋稼業を始めた。

人間は危機察知能力は非常に優れていたが決して腕っぷしが強いわけではなかったので、超一流の殺し屋にはなれなかった。

人間は殺し屋の連合を考えた。外国のとある組織をモチーフにした。

人間が作った連合はそれなりに機能した。元々人間に人望は無く、更にリーダー格は替え玉を使ったので、その影響力もたいしたものではなかった。

人間は安定した生活を続けたが、どこか退屈を感じていた。

そして、今日。

人間が作った組織は壊滅し、人間は恐怖に全身を震わせていた。



変声期、ではなく変声機。

今、工場内で生きている二者はどちらも変声機を使っていた。それ故に性別さえ確かではない。

男、と表現したがそれを確認できる情報は二人の怪人にはないのだ。

「お前どこの組織からの刺客だよ」


223 : 案山子が僕らに遺したもの ◆rFUBSDyviU :2015/03/17(火) 00:49:19 xqhkgKBM0
「俺は案山子だ。組織に属していない」

案山子は静かに言葉を吐いた。歪められたその言葉は、やはり中にいるであろう人間の姿をまったく映さない。

「ああ、確かに群れる案山子はいない、な」

くっくっく、と麻袋の男は笑った。しかし、その言葉は震え、掠れ、今にも泣き出しそうにも聞こえた。

麻袋は思う。予想できていた最期だと。悪の道を歩いてきた者が、最後は別の殺し屋/また別の悪に殺される。

これこそが世の節理だと、麻袋は覚悟を決める。

むしろ警察に捕まって法の裁きを受けるよりはよほどマシだと自分を慰める。

手練れ数人を文字通り瞬殺するこの凄腕に、もう自分が勝てるわけないのだから。

「あーあ、フリーの殺し屋に殺されて終わりかよ、俺の人生」


「違う、俺は断罪者だ」

空気が凍った。




その人間は、正義や正しさが大嫌いだった



「俺の名は案山子。貴様ら悪党をこの世から追い払う者。貴様ら屑に地獄を見せる者」

案山子の言葉を聞いた時、麻袋の心中から恐怖が消えた。

その代りに湧き上がったもの、それは案山子に対する怒りと、それ以上の――嗜虐心。

「断罪者……?つまり、お前あれか?俺を殺すのは利を得るためじゃなくて、『正義』のためってことか?」

「そうだ。貴様は正義によって断罪される」

ああ、この感情はいつ以来だろうか。

正義や正しさを語る連中を全員地獄に落としてきた青春の日々。大人になり落ち着きを覚えてからはそういう金にならないことはしなくなった。

が、それは自分の周りにもうそんな青臭いことを言う奴がいなくなった事も大きな要因だ。

まさか、この年でそんな奴に出くわすとは!


224 : 案山子が僕らに遺したもの ◆rFUBSDyviU :2015/03/17(火) 00:50:15 xqhkgKBM0
「前言撤回だよ、案山子。俺はお前に殺されるわけにはいかないなあ。何故なら俺は――悪だからだ」

案山子が静かにナイフを構える。案山子からしてみても自らを悪と名乗る者は初めてだったのかもしれない。

「断罪者であるお前にとっての一番の屈辱は悪を名乗る俺を殺せないこと、だろ?」

麻袋は生きるため、正義を否定するために足掻くことにした。



突如、死体が案山子に襲い掛かった。

麻袋が足元に倒れていた仲間を案山子に向かって蹴り上げたのだ。

勿論、案山子にとってこの攻撃は大した障害にならない。

冷静に自分に向かって吹っ飛んでくる死体を弾き飛ばす。

が、その隙があれば十分だった。

麻袋は窓にその体を躍りだす。

窓ガラスを全身で破壊しながら外へ逃れた麻袋はそのまま必死に走る。

麻袋達がアジトにしていた工場地帯は山中に位置していた。

麻袋は夜の闇で一寸先も分からない森の中を転がるように走り抜ける。

優雅さなど欠片もない。獣道すらない。ただ重力に従うように麻袋は駆ける。

未だに麻袋の直感は警報を上げ続けていた。危機は去っていない。案山子が後ろから追いつく可能性は十分にある。

そして、鬱蒼と茂った森を抜けた先は崖だった。

麻袋は迷わず跳ぶ。高く、高く。一瞬体に感じる浮遊感とその後の急激な落下。そして全身にくまなく広がる衝撃。

意識を飛ばしながら、麻袋の男は確かに笑っていた。



この後、麻袋は鴉と名を変え、キャラ設定を練り、案山子の挑発を始める。

死体を残虐に処理し、数多くの凶悪事件を引き起こし、その知名度は麻袋の時とは段違いになる。

逃走方法も洗練され、文字通りの「影武者」を操る技術や、ある程度の戦闘力や頭の閃きも身につける。

何より、案山子との鬼ごっこにより勘が異常に冴えはじめ、ますます逃げ足に磨きがかかった。


225 : 案山子が僕らに遺したもの ◆rFUBSDyviU :2015/03/17(火) 00:51:25 xqhkgKBM0
案山子も時が経つにつれ知名度があがり、一般人でも都市伝説として知る者が出るようになっていった。

二人が面と向かって出会うことはその後2〜3回しかなかったが、鴉がここまで追い詰められたことはこの最初の一度きりである。






地下実験場に残骸が一つ。

もはや人間の形をしていない。

この残骸は案山子と呼ばれた。悪を殺し、邪悪を殺し、復讐者に殺され、鴉に破壊された。

多くの人間に影響を与え、巷では都市伝説として流布し、治安維持に貢献した。

そして殺し合いの場、僅か数分で死亡した弱者であり、数多くの悪を放置したままこの世を去った敗者であり。

今となっては素性を知る人物が誰もいない、孤高のシリアルキラーである。








草原を一人の人間が歩いている。

人間は犯罪を愛していた。人間は正義や正しさが大嫌いだった。

人間は殺し屋だった。人間は外道だった。

人間はその顔を鴉を模したマスクで隠していた。

人間の名は×××。

しがない小悪党にして案山子から逃げ切った傑物である。

一人残された寂しい鴉である。





【D-9 草原/午前】
【鴉】
状態:健康、凄まじい苛立ち(どれくらい解消されているかは不明)
装備:鴉の衣装、鍵爪、サバイバルナイフ、超改造スタンガン
道具:基本支給品一式、超形状記憶合金製自動マネキン、お便り箱、ランダムアイテム0〜1
[思考・状況]
基本思考:案山子を後悔させる。
1:?????
[備考]
※人を超えた存在がいることを知りました。
※素顔はまだ参加者の誰にも見られてないので依然として性別不明のままです。
※案山子がわざと死んだ可能性に気づきました。


226 : ◆rFUBSDyviU :2015/03/17(火) 00:52:31 xqhkgKBM0
投下を終了します
今回も遅刻してしまい本当に申し訳ありません


227 : 名無しさん :2015/03/18(水) 00:03:58 HrykMgxU0
投下乙です
こうやって色んなキャラクターが再登場するのがオリの魅力だなぁ
アメコミのヒーローみたいなクライムファイター案山子と
悪人鴉の掛け合いも魅力的
生き抜く力が強いって事は孤独にもなりやすいってことなんだな…

ところで>>219で唐突に案山子が登場して繋がりが不自然ですが
>>218>>219の間に抜けがあるのではないでしょうか?


228 : ◆H3bky6/SCY :2015/03/18(水) 22:47:41 DB0gTZH.0
投下します


229 : friend ◆H3bky6/SCY :2015/03/18(水) 22:49:34 DB0gTZH.0
「な、何言ってるんですこと? 貴方には私の――――首輪が見えていないんですことよ?」

肉体の変質に伴い(表面上は)消失した首輪はどうしたのかと問われ、佐藤道明が導き出した最適解がこれである。

もう自分には人が生きているのか死んでいるのかも分からないと鵜院千斗は言った。
それはつまり、人の生死が分らないというくらい自身の認識能力に不安を持っているという事である。
ならば首輪もその認識違いという事にしてしまえばいい。
相手に非を押し付けるのは道明の得意技だ、無論ネット上での話だが。
演じる言葉遣いのたどたどしさはともかくとして、返答としては悪くない内容だろう。
長年のニート生活で彼の人間は腐ったが、神童と呼ばれた脳の機能はそこまでは腐ってはいない。

「あぁ……そうか。僕はまた…………」

答えを受けた千斗は小さく自嘲するように呟いた。
彼はもう自身の認識に対して、押し付けられた答えを跳ね除けられるだけの確証を持てない。
自分が異常であると自覚するならば、正常であるはずの他者の言葉を信じざる負えないのだ。

「ごめん、変な事を言ったね。気にしないでくれると助かる」

自身の失態を誤魔化すように千斗は頼りなさ気な笑みを作った。
その表情を見て自らの狙い通りに事が運んだ事を確信した道明が内心でガッツポーズを作る。
ひとまず第一関門は乗り切った。
しかしこの策は、誰かもう一人まともな人間が現れて真実を指摘してしまえば瓦解する砂上の楼閣だ。
新たな優良物件が現れたなら乗り換えも考慮して、その時のために新たな言い訳を用意しておかなくてはならない。

「と、ところでお仲間がいるというお話でしたけど…………?」

道明はそれとなくを装って千斗の仲間の情報を聞き出そうと努めた。
無論それは千斗に見切りをつけた際の乗り換え候補としての情報収集である。
そんな道明の真意などつゆ知らず、千斗はああそうだねと頷くと、どこか遠い目をして在りし日を懐かしむように語り始めた。

「ここに来てから僕とユージーちゃんには一緒に行動をしていた人がいてね。名前はバラッドさんとピーターさんと言うのだけど。
 バラッドさんはちょっとガサツな人だけど頼りになる人で。ピーターさんは……かなり変な人だけど、まぁ悪い人ではない、と思う」

バラッド、ピーター。挙げられたその名を聞いて道明の背にジワリと汗が滲んだ。
それは道明が読んだ調査ノートに書かれていた殺し屋の名だ。そして道明が絶対に出会いたくない相手の名である。
この時点で彼の仲間に合流してステルスマーダーとして潜り込むという選択肢はかなり薄くなった。
それどころか、その二人と行動を共にしていたというのならば、もしかしたら千斗も本物のアザレアの情報を聞いているかもしれない。
だとしたらかなりマズイ状況である。

「あと僕は悪党商会という秘……会社に属していてね、その人たちも変な人達なんだけど頼りになる人達で……って聞いてるのかい?」
「え!? え、ああ、ももももも、もちろんの事、聞いてますですのことよ?」
「そう……? ならいいけど。僕の方はこんなところだけれど、君の方はどうなんだい?
 えっと……そういえばまだ名前も聞いてなかったね。君の名前を聞いてもいいかな?」

そう千斗は道明に尋ねてきた。
その問いかけは道明にとっては福音だ。
わざわざ名を訪ねたという事は、少なくともアザレアの外見は把握していないという事である。
その事実に道明は胸をなでおろした。

とは言え、外見以外の情報を聞いている可能性がある以上、ここで素直にアザレアの名前を出すのもマズイ。
かといって名簿にない名前を言うのはマズイし、死亡した参加者の名前を言うのも当然マズイ。
どう名乗ってもどこにぶち当たるかわからない八方塞がりな状況だ。

「え、あの、その……そうだ! 後ろの、ユージーさんでしたっけ? その人の事を聞かせてもらってもいいですかね!?」

答えに窮した道明は質問には答えず話を逸らした。
露骨な話題転換だが、それを疑問に思わないのか千斗はすんなりとその流れを受け入れた。


230 : friend ◆H3bky6/SCY :2015/03/18(水) 22:50:14 DB0gTZH.0
「ああ彼女の事だね。それはいいけど彼女、酷く疲れているみたいでね、ずっと死んだように眠ってるんだ。できればこのまま起こさないでくれるかな?」

死んだようにではなくどう見ても死んでいるだろうが、という叫びをぐっと飲み込み先を促す。
まず成すべきは、今後の対応を考える事だ。そのために、今は時間を稼ぐ必要がある。
千斗がユージーという少女との出会いや彼女の人となりの説明を続けている間に、道明は適当に相槌を打って聞き流しつつ頭の中で必死に今後の対応を考ていた。
だが、いい考えなどそう簡単に思いつくはずもなく、焦りが募るばかりである。
そもそも状況が詰みに近い。目の前の相手が直接的ではないとはいえアザレアの知り合いと知り合いとは不運にもほどがある。
起死回生の一手など、本当に存在するのだろうか?

そして考えが纏まりきらない内に、やがて千斗の言葉も途切れた
ユージーについての話が終わり時間稼ぎもここまでかと、道明は恨めしげに千斗を見たが、どうにも様子がおかしい。
何やらこの先を言うか言うまいか思案するような顔で千斗は下唇を噛んでいた。

「……確認、と言うか。変な事を聞く様で申し訳ないのだけれど……」

そう切り出した所で、千斗は一息呼吸を呑むと意を決したように言葉をつづける。

「僕の背負っているユージーちゃんは――――本当に生きているんだよね?」

それはどこか縋るような声だった。
ユージーが死んでいるように見えるのは自分の認識がおかしくて、本当はユージーは今も生きているのだと、千斗はそう信じている。
いや、そうでなくてはならない。

だが、それが間違いだったのではないのかと、一度も不安に思わなかったと言えば嘘になる。
だからその不安を完全に消し去るには、正常な他者からの肯定が必要だった。
それでようやく彼は安心を得られる。

「えっ、ええ……! 生きていらっしゃいますですことよ!」

ほぼ反射的に道明はそう答えた。
と言うよりここで肯定以外の選択肢などない。
否定して関係を悪化されるのは道明の望むところではないし、それで発狂されても困る。

「そうか。そうだよね。よかった」

これで残されていた一抹の不安は晴れたようで、心底ほっとしたような声で千斗は喜びを露わにする。
大きく胸を撫で下ろした動作で、背負った少女の首がガクンと揺れた。
骨が折れ支えを失った首はあり得ない角度で捻じれ、自身の死すら認めてもらえない少女の死んだ瞳が恨めしげに道明を睨んだ。
その抗議から目をそらし、無視することしか道明にはできなかった。

「じゃあやっぱり。あの感触も、きっと幻影だったんだよね」
「あの感触?」

聞かなければよかったのに思わず問い返してしまった。

「ああ実はね、悪夢を見たんだ――――」

そうして、千斗は自らの見た悪夢を語り始めた。
もう過ぎ去った笑い話でもする様に。

その話を聞き終えた道明の全身を虫が這うような怖気が奔り、背筋が凍る。
道明にはその話の真実が見えてしまった。
いや道明でなくとも誰だってわかる。
ただ一人、語り部であり下手人である千斗だけが気付いていない。

そんな話をちょっとした失敗談でも語るような気軽さで語った目の前の相手の悍ましさに、道明は悟る。
思い込みのように人を殺して、自分の中で勝手になかったことにする吐き気を催すような邪悪。
利用できるなら利用してやろうとは思ったが、こいつはダメだ。想像以上にイカれてやがる。早く何とかしないと。
アンコントローラブルな自分に危害を及ぼす可能性がある相手などとは一緒に入られない。

「あ、あ、あ、あああ、あの!」

道明が声を上げた。
緊張のあまり声のトーンが調整できなかったがそれはどうでもいい。
千斗は突然少女が大声を上げたことに驚いている様であり、きょとんとした顔で道明を見る。

「どうしたの?」
「この、服。服が、汚れてますので、ちょ、ちょっと着替えたいんですけどッ!」

そう言って吐瀉物で汚れた制服を見せつける。
少女とは言え女性の着替えに、ついて来るとは言わないだろう。

「ああそうだね。気が付かなくてごめん。着替えは大丈夫なのかい?」
「ええッ! 大丈夫! 大丈夫ですわ! 着替えならありますですので!」

道明は極力相手に不信がられないよう自然を装いつつも、できる限り早く後退していった。
当然戻ってくる気などない。そのまま逃げだすつもりである。
それは見るからに挙動不審な動作だったのだが、今の道明にはそんなことを気にしている余裕などなかった。


231 : friend ◆H3bky6/SCY :2015/03/18(水) 22:51:19 DB0gTZH.0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

奴の視界から外れたところで、あのキチガイから少しでも離れたい一心で俺は脇目もふらず走り出した。
そのうち戻ってこない事に違和感を覚え逃亡したことに気くだろうが、その前に少しでも距離を稼がくては。
そう決死の想いで足を動かすものの、体力は元から底をついていたせいか、その足はすぐに重くなり徐々に動かなくなっていく。
駆け足は徐々に早足へと変わり、それはやがて歩みとなり完全に止まるまで大した時間はかからなかった。
ダメだ、しんどい。走るのはやめよう。

「ハァ……ハァ……ハァ…………冗談じゃねぇぜ」

ヴァイザーとか言う殺し屋はもとより、榊のおっさんも、千斗とかいう野郎も。
出会う奴で会う奴、どいつもこいつもイカれてやがる、全員が全員獣以下だ。
この世界でまともな感性を持ってるのは俺だけじゃねぇか!
ゲームバランスとかそういう問題じゃなく、こんな野生動物の檻に俺を放り込むだなんて何考えてやがるんだあのワールドオーダーとかいうアホは!

「おやアザレアではないですか」

突然背後からかかった声に、心臓が跳ねる。
現れたのは紳士然とした男だった。
混じりけのない美しい金髪はぴっしりと七三に分けられ、さわやかさと誠実なイメージを感じさせる。
スラリとした長い脚を包むスーツは若干薄汚れているがそれでも一目で高級であると分る代物だった。
正しくリア充を絵に描いたような美男子である。
その美しさを汚すような切り傷が頬に描かれているが、もう半日が立とうとしている頃合いだ、無傷でいる方が珍しいだろう。

その顔を知っている。
ノートの情報にあった組織の殺し屋の一人。
頭の中から目の前の男の情報を引き出す。
巧みな話術で女を拐かし殺害する暗殺者。
名は確か

「ピーター…………さん」

ピーター・セヴェール。
組織の者と出会うという危惧していた最悪の状況が訪れてしまった。
今すぐ逃げ出したかったが、もう走れる気がしない。

ネトゲでアイテムを献上させるため姫プレーを行うためネカマにはなれているとはいえ、リアルで本人を知る相手を騙しきれるとは思えない。
思えないが、もはや状況は出来る出来ないの問題ではなく、やるしない状況にまでいつの間にやら追いつめられていた。

「やはり後を追って正解でしたね、こうも早く合流できるとは思いませんでしたが」

合流? 後を追う?
つまりこいつは本物のアザレアに会える当てがあってここに来て、その当て通り現れた俺をそのアザレアだと思っているという事か?
という事は近くに本物のアザレアがいる可能性が高いという事である、非常に危険だ。
だが、そのお蔭か、アザレアと出会うという必然に対してピーターは疑いは持っていないようである。
少なくとも偽物だと即断されるようなことはなさそうだ。

「ところで、その恰好はどうしたのですか? 先ほどとはずいぶんと違うようですが。それにお連れの方はどうされたのです?」

本物のアザレアがたまたまこの制服を着ているという奇跡でもない限り、それは当然の疑問だろう。
しかし連れだと? 誰の事だ?
いや、考えた所で本物のアザレアの動向なんてわかるはずもない。
ここは巧く取り繕わねば。

「え、ええ。あの、その……連れとは言い争いになってしまって……。
 小競り合いになった時に服をダメにしてしまったので着替えた訳でして……」
「言い争い…………?」

そう小さく疑問符を浮かべるピーターの視線がこちらを射抜いた。
瞬間。全身に悪寒が奔った。
先ほどの千斗とはまた違う、昆虫の様な無機物めいた瞳の色。
およそ人間らしさと言うものが感じられない。
そして何かに納得したのか、ピーターは、ああなるほど、と呟いた。


232 : friend ◆H3bky6/SCY :2015/03/18(水) 22:51:47 DB0gTZH.0
「それは災難でしたねアザレア」

そうしてピーターは朗らかな笑顔をこちらに向けてきた。
それは見るだけで男の俺でも心が思わず解きほぐされてしまうような、暖かな笑顔。
先ほどまでの表情は何かの間違いだったのではないかそう思わせてしまうような魔力があった。

「しかしまあこの場で出会った人なんてそんなものですよ。やはり信用できるのは元の仲間。これからは組織の仲間としてお互い助け合っていきましょう」

そう言いながら、さわやかに握手を求めてきた。
これは、疑っていないのか?
見れば、そこには心を許したような朗らかな笑顔がある。
邪気など一切感じられない。
俺には分かる。
これはこちらを完全に信用しきってる目だぜぇ!

心の中で高笑いする。
何だ簡単じゃないか!
最初から、何も心配する必要なんてなかったんだ。
俺は天才だ。
やってやれないことなんてない。
ネット上の煽り合いで負けた事なんてなかったし、リアルのコミュニケーションもしてこなかっただけでできない訳じゃなかった!

「お互いいろいろあって疲れたでしょう。そろそろ昼時も近いですしまずは食事にしませんか?」

ピーターはそんな事を言ってきた。
しかし、俺の食料は既に食い尽くしてしまった後だ。
ここは嘘をついても仕方がないので食料がない事を正直に打ち明ける。

「ああ、構いませんよ。私の食糧を差し上げますので、アザレアはそれを食べてください」

そう言ってピーターは自らの荷物から食料を取り出し、こちらに手渡してきた。
ケケッ。ピーターの奴さっそく役に立ってくれたじゃねぇか。

余りの大盤振る舞いに一瞬、毒を警戒したが、食料は支給された時の状態から開いた後もない。これに毒を仕込むのは流石に無理だろう。
そうとわかれば、まずは腹を満たして体力回復と行こうじゃないか。

「いただきます」

礼儀正しくそう言うと、ピーターから頂いた食糧にがっついた。
もちろん一口で食べきるところを二口にして、あくまで女の子らしさを演出することは忘れないぜ!

「では、私も、食事と行きましょうか」

そう言ってピーターが俺の隣に腰かける。
だが、その手の中には食糧らしきものが見当たらない。
それを疑問に思うよりも早く、ピーターが大きく口を開けた。

「いただきます」

激痛と共に、肩の肉が齧り取られた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


233 : friend ◆H3bky6/SCY :2015/03/18(水) 22:52:29 DB0gTZH.0
「おや、早かったね」

着替えに行くと言って物陰に消えた少女は、ものの数分で戻ってきた。
女の着替えは時間がかかるモノという印象があっただけに、それなりに待つ覚悟をしていたこちらとしては若干の肩透かしを食らった気分である。

戻ってきた少女の装いは先ほどまでの汚れた桜色のセーラー服から一新していた。
その手の趣味に詳しくはないが、黒くフリルのついた服はいわゆるゴシックロリータという奴だろうか。
幼さの中に妖艶な色を含んだ大きな瞳と流れるように輝く金の髪は少女をどこか幻想的な人形めいた美しさに仕立て上げている。
そんな人形めいた少女にこのゴシック調の衣装は酷く似合っていた。

そして、改めて見ればなんてことはない、その首元には当たり前のように首輪があった
ああやはりと、自戒する。
やはり己は首輪なんてなければいいという願望が生み出した都合のいい幻影を見ていたのか。

「こんにちは、お兄様」

改めるように少女が挨拶を行う。

「くすぐったいからお兄様はやめてくれないかな。千斗でいいよ」
「あら、これはご丁寧に。では千斗様と。私はアザレアですわ。お見知りおきを」

ちょこんとスカートの端をつまみ礼儀正しくアザレアと名乗る少女はこちらに向かって礼を行う。
様もやめてほしいなと訂正しようとしたが、思わずその華麗さに見とれてしまった。
ここが殺し合いが行われている孤島などではなく、優雅な舞踏会の舞台なのではないかと錯覚するほど優雅な振る舞いだった。

だが同時に強い違和感を感じる。
先ほどまでの酷く挙動不審な様子はそう言う性格の娘なのだろうと納得していたが、今の少女は堂々としている。
と言うか落ち着きすぎている。
服を着替えて心機一転したのか、それにしたってこの変化は急激すぎる。
この違和感もまた自身の認識異常によるものなのだろうか?

「ところで千斗様。ぶしつけなのですけれど、お聞きたいことが一つとお願いしたいことが一つあるのですけれど、よろしいかしら?」

アザレアと名乗った少女は微笑を湛えたまま、かわいらしいい仕草でこちらに問いかける。

「ああ。なんだい?」

少女の笑みは美しさと共に、どこか作り物めいていた酷薄さを感じさせる。
そして、これは僕の幻影なのだろうが、何か黒い靄のようなモノが少女にまとわりついているようにも見えた。
その漆黒はまるで死に取りつかれたような不吉さを感じさせる。
死を纏った少女が口を開く。

「千斗様は――――どうして死体なんか背負っているのかしら?」

その言葉に一瞬、頭の中が真っ白になった。

「…………死、体?」
「ええ。死体」

ニッコリと花のような笑顔で少女は咲いた。
その毒に中てられたように全身が痺れ、震えが止まらない。
目の奥が燃える様に加熱し、喉の奥は一瞬で乾いた。
少女はいったい、何を言っているのか。

「……どうして、今になってそんな事を言うんだい?」

何とか震える声を絞り出す。
死んでなんかいない。そう言ったのは彼女なのに。
それともまた、都合のいい答えを都合よく生み出しただけなのか。
こちらの問いに、少女はうーんと可愛らしく小首をかしげる。
その可愛らしさは天使ではなく悪魔のソレだ。

「どうしてと言われても困ってしまうのですけれど。ちょっと興味深い状況でしたので。
 私の組織にも殺した相手を食べたり、殺した相手と一晩中同衾するのが趣味な人はいますけ、殺した相手を背負って歩くというのは見たことがありませんでしたので」
「僕が、殺した…………?」

固く固く閉ざしたはずの、開けてはならない窓が、自室の換気でもするような気軽さで少女によって開かれてゆく

「あら、違いましたの? あなたが殺したわけでは、」
「違うッ!!! 僕は、殺してなんかいない! いやそもそも、彼女は死んでなんかいないじゃないか!!!」


234 : friend ◆H3bky6/SCY :2015/03/18(水) 22:53:24 DB0gTZH.0
目の前の少女を否定する様に力の限り叫んだ。
興奮のあまり背負っていた荷物を落としてしまったけれど、そんなことは今はどうでもいい。
ただ目の前の少女を否定しなくては、何かどうにかなってしまう。

「あら、そうでしたの? そのお姉さまはゾンビか何かでしたのかしら。それは失礼いたしました。
 まさか首の骨が折られて生きている人間がいるとは思いませんでしたので」
「首が、折れて」

あの最悪の感触が鮮明に蘇る。
吐き気がする。
吐き気がする。
吐き気がする。
ふと、後ろを見れば。
地面に横たわり180度回った首でこちらを睨む少女の姿が。

「うっぷ…………!」

込み上げてくる気持ち悪さに耐えきれず吐いた。
吐き出すものを吐き出してもまだ腹の中にどす黒い気持ち悪さが残って胃の痙攣が止まらない。
その様子を少女はあらあらと妙にお上品な仕草で見送っていた。

「それでお願いの方なのですけれど」

そして地面に這いつくばる様に嘔吐するこちらを見下ろしながら、クスリと少女は悪戯に笑った。
それは無垢な白さと酷薄な色が入り混じったゾクリとするような笑み。
思わず僕は息を呑んだ。

「死んでくださいません?」

言葉と同時に少女にまとわりついていた漆黒が鎌となってこちらの首へと襲い掛かってきた。
咄嗟に転がるようにしてその一撃から身を躱す。
ザンと僅かに遅れて後方で地面が裂かれる音がした。

「ッ……怪人!?」

口元を拭って、自分の荷物を回収して立ち上がる。
最初にイメージしたのはブレイカーズの怪人。
霧を操る怪人だというのなら今の少女の力も納得できる

だが違う。
少女の纏う禍々しさは、これまで見てきた怪人たちとはその質がまるで違った。

「意外といい反応をなさるのね、じゃあこれはどうかしら」

ブワリと霧が広がり、地上に悪の華が咲いた。
逃れようのない死が広がる。

ああ、殺される。
脳髄が痺れ強制的に、理解させられる。
そこで転がり僕を睨む、あの少女のようになってしまう。

「…………厭だ」

厭だ厭だ厭だ厭だ。そんなのは御免だ。
だから、僕は抗わなければならない。

そう決意して、己の荷物の中から僕は一つの武器を取り出した。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


235 : friend ◆H3bky6/SCY :2015/03/18(水) 22:54:30 DB0gTZH.0
「すこし脂身が多いですね。さしが入っていると言うより単純に質が悪い。もっと運動した方がいいですよアザレア?」

もぐもぐと口の中で咀嚼し、ピーターは冷静に肉の味を品評する。
焼けるような肩の痛みと共に、自らの肉の感想などという聞きたくもない声を聞かされ道明の脳が過熱する。

「思い…………出した」

道明の見たあの手記は殺し屋としての性能や犯行手段を中心にまとめられたし、危険度に応じて取り扱いも違った。
故に、この男の項目は大した実力もない殺し屋だと簡易的な情報しか記されていなかったのだ。
嗜好や理由は重視されておらず、どうでもよさげに備考欄に書かれていただけだから忘れていた。
ピーター・セヴェール。それは殺した女を喰らう――――食人鬼。

「どうしてだ!? アザレアは仲間じゃねぇのかよ!!?」

取り繕う事すら忘れて道明は叫ぶ。
女を殺して喰らう食人鬼だったとしても、アザレアは同じ組織の仲間のはずである。
そのアザレアを何故喰らうと言うのか。

「ええ、そうなのですけどね。まあそれはそれ、これはこれですよ。
 私、仲間だろうと肉親だろうと、女性なら誰であろうと食事対象として見てますよ?
 バラッドさんのような熟れた肉もいいのですが、たまには子牛のステーキも食べたくなるというかそんなところです」

それがピーター・セヴェールという男だった。
彼がこれまでアザレアやバラッドを喰らわなかったのは単純な実力的な問題や、組織内での立場と言った世間体の問題だ。
喰える機会があるのなら、喰うに決まっている。

「違う! 俺は本当はアザレアじゃないんだ!」
「でしょうね。それが何か?」

そんな事はとっくにばれていた。
目の前の相手が本人であるかどうかなど、ピーターとしてはあまり重要な事実ではない。

「違う、俺は男なんだ! お前の好きな女じゃないんだぞ? しかもただの男じゃないぜ!?
 お前の言う通り、運動なんてこの10年近くまともにしてない引きこもりだ。風呂にだって週に一度しか入らない、歯なんて磨く方が珍しいくらいだ。
 ネットゲームにはまってる時なんてボトラーになることなんてざらだし、最近体臭だってきつくなってきた」

そうやって道明は次々と自らを卑下する言葉を並べる。
神童と呼ばれた過去の栄光に縋ってきたプライドが、その一言ごとに崩れ落ちてゆくようだった。

「ふむ。それは困りましたね」

だが、身を削った甲斐あってか、ピーターの食欲は失せたようである。
腹も減っていたし、見た目が少女なら珍味として味わうのも有りかと思っていたが、ここまで汚らしいと食べる気にはならない。

「では、食事とは別の事で役立っていただきましょうか」

言うが早いか、道明の体が地面に押し付けられ後ろ手に拘束される。
確かにピーターは自他ともに認めるほど荒事を苦手としているが、殺し屋として弱いピーターと人間として弱い道明ではそもそも比べ物にならない。

「尋問と行きましょう。
 ああ、素直にお答えいただければ拷問めいたことは致しませんので、そう緊張なさらず」

拷問。地面に押し付けられたままその言葉を聞く。
下手に『人殺しの人殺しによる人殺しの為の本』で具体的な拷問方法を知ってしまったからこそイメージできてしまう。
その響きだけで身がすくみ、道明の抵抗する気力は折れた。
そんなものに耐えきる根性は道明にないし、そもそも耐える理由がない。

「まず貴方の本当のお名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「道明……佐藤道明だッ! ……です」
「では道明くん。訊ねたいのですが。貴方の首に首輪が見当たらないようですが、首輪はどうしたんですか?」

それは訊ねられて然るべき問いである。
千斗とのやり取りからずっと考え続けた言い訳は、幾つか用意できていた。
だが、もはやそんな虚言などで済ませられる状況ではない。

「知らない! 支給品にあった皮製造機って姿を変える道具を使ったら首輪も上書きされて消えたんだ!
 本当にそれだけなんだ、最初からなかった訳でも解除方法を知っていた訳でもない! 信じてくれ!」
「ええ、もちろん信じますよ」

道明は必死に訴えかけ、ピーターはその答えを笑顔と共に受け入れる。
道明は主催者の仲間であると疑われることを危惧しているようだが、それは杞憂だ。
この道明の醜態を見てその可能性を考える者はいないだろう。
何より、この状況で嘘をつくとも思えない。
まあピーターならつくだろうが、道明がそんな事の出来る玉にはとても見えないので真実と考えていいだろう。


236 : friend ◆H3bky6/SCY :2015/03/18(水) 22:55:22 DB0gTZH.0
「では次に、何故あなたは私の事を知っていたのです?」
「し、支給品にノートがあったんだ。あんたらの組織について書かれたノートが」

そう言って拘束された後ろ手で自らの荷物を指す道長。
その中からピーターはノートを取り出し内容に目を通す。

「ふむ……なるほど」

パラパラと流し見した程度だが、概ね情報に間違いはなさそうである。
前々から感じていた事だが、組織の情報が洩れすぎだ。
やはり組織に内通者がいる。

そう察したものの、いちいち内通者を探るような危険なマネはするつもりはピーターには毛頭ない。
ピーターにはバラッドのように組織を裏切るほどの敵対心もないが、サイパスのように組織に命を掛けるほどの忠誠心もない。
やるとしても精々サイパス辺りに警告して後は任せてお終いだろう。
尤も報告などしなくともサイパス・キルラほどの男がその程度の事に気付いていないとも思えないが。

「それでは最後に、どうしてアザレアの格好なんてしてるんですか?」

何の目的があってアザレアに化けたのか、これはただの純粋な疑問である。
必要に応じて変装するというのなら理解できるが、目的もなく他人に化ける必要性がピーターには分らなかった。

だが、分らないのは道明も同じである。
うまい具合に道具がそろったのであまり考えず実行してしまったと言うのが本当の所であり、冷静に考えれば無いと言うのは道明でも分る。
とは言え、理由はないなんて馬鹿にした答えを素直に告げるのは憚られたので、若干の脚色を加えて経緯を説明する必要があるだろう。

オデットという化け物に追われていて姿を変える必要があった。
ちょうどノートが支給されていてその中から選ぶことにした。
アザレアを選んだのは、小さな女の子ならば、相手の油断や庇護を誘いやすいから。

完全な嘘ではボロが出る。だから実際の経緯などを織り交ぜつつ、以上の点を交えつつ説明を行った。
状況に無理やり理屈をつけた形だが、話がらそれなりに理の通った話になったと道明は我ながら思う。

「なるほど。それは苦労なさったのですね」

興味本位の質問だったからと言うのもあるだろうが。
オデットと言う化け物に心当たりがあった事もあり、ピーターは意外にもすんなりとこの説明を受け入れた。
だが、その説明を信じるにしても一つ気になる点がある。

「それで、どうしてそのオデットという化け物に追われることになったんですか?」
「それは……」

道明は言葉に詰まる。
流石にその理由を正直に言う訳にはいかなかった。
オデットにしたことを話せばその過程でヴァイザーを殺したことも説明しなくてはならなくなる。
いくらなんでも仲間を殺した下手人であることが知られるのはマズイ。

「どうしました?」
「えっと、分らない。分らないんだ! いきなり襲いかかってきて、それで」

ふむ。とピーターは思案し、これは嘘だなと冷静に判断する。
何の因縁もなくいきなり襲いかかってきたと言うのなら、わざわざ姿を変えて逃げる必要があるほど明確に自分が追われていると言う話と繋がらない。
何かを隠しているのは分った。そしてこの状況でピーターに対して嘘をつく理由とは何か。

大方、あのオデットの身を焼き、火傷をつけたのがこの男なのだろうと、ピーターは中りを付けた。
その予測は確かな事実ではあるのだが、道明が隠したがっている事実は別である。
まさか組織最強の殺し屋がこんな男に殺されるなどとはさすがのピーターとて予想だにしなかった。

一先ず、その程度の隠し事ならばとピーターは黙認する。
確かにアレを生み出したというのなら面倒な事をしてくれたとは思うが、ここで追及する意味もないだろう。

「分りました。お蔭で貴方の状態は大体把握できました。ありがとうございます」

そう言ってピーターは道明を拘束から解放した。
どころか、地に伏せたままの道明に対して、ピーターは優しい笑顔で手を差し伸べる。
最悪話を聞くだけ聞いて殺される可能性もあっただけに、突然の友好的な態度は予想外な展開だ。

「俺をどうするつもりなんだ…………?」

相手の考えが読めなさすぎて思わず不安が口を突いた。
だが、ピーターは笑顔のまま優しい声で道明に応える。

「どうもしませんよ。もう貴方に食欲はわきませんので、そう警戒なさらず」

人様の肉を丸齧りした口で何をほざくのか。
そう心中で道明は毒づく。
警戒するなと言われても無理な話である。


237 : friend ◆H3bky6/SCY :2015/03/18(水) 22:55:57 DB0gTZH.0
「流石ですね。そう簡単に警戒を解かないのは一流の証だ」

そう前置きして、ピーターは秘密を共有するような声で話を切り出した。

「実はですね、丁度、私も仲間と別れたところでしてね。協力できる相手を探していた所なんですよ。貴方もそうでしょう?」

確かに道明も動向する相手を探していたのは事実である。
だが、それは自らの安全を確保するためのモノであり、自らを害する相手など手を組む理由がない。

「確かに俺も仲間を探していた所だ。だとしても今さっき襲いかかってきた奴と組むわけがないだろう」
「それは悲しいすれ違いですよ。私にはもうあなたを殺す理由がない。
 それどころかむしろ得た情報を活かそうと言う手腕、姿を変える機転と、行動を共にするに相応しいクレバーさだと感服していた所ですよ」

そうピーターは道明を表した、裏があるのではないかと警戒しながらも、道明も心中悪い気はしない。
嘗ての栄光の日々を夢想する道明は、褒め称えられる事に餓えている。
その功名心が刺激され、剥がれ落ちた自信が僅かながらに回復するのが分る。
正確には回復させられているのだが。

「一人よりも二人、味方がいるメリットが分らない貴方ではないでしょう?
 お互いがこの先生き残るために、どうか先を見据えた冷静なご判断を」

殺す理由がないと言うのは本当だろう。
殺すつもりならば尋問が終わった時に拘束を解かず殺しているはずだ。
ならば何かの罠かと警戒するが、情報は既に聞き出しているし、荷物だって殺せば奪える。
これ以上道明を貶めた所でピーターに何か利があるとは思えない。
思いつくとしたら精々肉壁にする程度のモノだろう。

そうなると、残るのは本当に道明を評価し手を結びたいという可能性だが。
その可能性しか残らない以上、確率が最も高いと言わざる負えないだろう。

「分った手を組むぜ」

そう言って道明は躊躇いながらもピーターの手を取った。
予定は大きくずれたが、組織の殺し屋を引き入れることには成功したと言えるだろう。
後はどれだけ相手を利用できるか、それは道明の手腕にかかっている。

「では、北は危険ですので、西に向かいましょうか」

そう言ってピーターは道明を引っ張り起こした。
予定通り、道明を煽てて引き入れることには成功した。
後はどれだけ目的を果たせるか、それはピーターの手腕にかかっている。

ピーターがわざわざ道明を引き入れた理由、それは道明から消えた首輪の行方を知るためである。
道明の首輪が本当になくなっているのなら、同じ方法で解除できるという事であり、ミル博士とやらを見つけ出せば解除できる算段はつくという事だ。
生存を目指すピーターにとって首輪の解除は行っておいて損のない行為である。

となると、本当に首輪は消えたのか、それとも表面上見えなくなっただけなのか。まずは確認しなくてはならない。
これを確かめる方法は簡単である。
道明を、禁止エリアに放り込んでしまえばいい。
近場の禁止エリアは【F-9】だが、そちらは今しがた逃げてきた激戦区である。
少々遠いが【H-4】まで道明を生きたまま誘導する必要がある。
殺してから運んでもいいが、それは重労働だし、死亡者の首輪が正常に動作するかも怪しい。
できるなら生の状態で試せればベストである。
危険を買って出るようにピーターは先陣を切り動き始めた。

「ではいきましょうか、私が先導しますので後方の警戒だけお願いしますね」

食べられないのなら、それくらいの役に立ってもらわないと困る。

【I-8 市街地/午前】
【ピーター・セヴェール】
[状態]:頬に切り傷、全身に殴られた痕、疲労(小)
[装備]:MK16
[道具]:基本支給品一式、MK16の予備弾薬複数、ランダムアイテム0〜1(確認済み)、麻生時音の死体
[思考・行動]
基本方針:女性を食べたい(食欲的な意味で)。手段は未定だが、とにかく生き残る。
1:道明を禁止エリアに放り込む
2:麻生時音(名前は知らない)の死体を早く食べたい。
3:生き残る為には『組織』の仲間を利用することも厭わない。

【佐藤道明】
状態:ダメージ(大)、疲労(大)、肩に傷、アザレアの肉体、首輪が見えない、体中に汚れ
装備:焼け焦げたモーニングスター、リモコン爆弾+起爆スイッチ、桜中の制服
道具:基本支給品一式、SAAの予備弾薬30発、皮製造機の残骸とマニュアル本、『組織』構成員リスト、ランダムアイテム0〜2
[思考・状況]
基本思考:このデスゲームで勝ち残る
1:ピーターを利用する。
2:一刻も早くオデットのいるこの市街地近辺から逃げる
3:ミルを探し、変化した身体についての情報を拷問してでも聞き出す


238 : friend ◆H3bky6/SCY :2015/03/18(水) 22:56:59 DB0gTZH.0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

悪党商会とは――――商会の名を関する通り、創始者である森忍が立ち上げた武器や兵器の開発及び販売を行ういわゆる死の商人が始まりである。
各国の軍部、傭兵、果てはテロリストに及ぶまで強いコネクションと影響力を持ち、悪党商会の保有する最大技術であるナノマシンも兵器開発の一環で研究開発された技術の一つだ。
そして忍の死後、その跡を継いだ嫡男茂がその莫大な資金力とコネクションを利用して、己の目的を果たすための秘密結社として組織を塗り替えたのが、現在の悪党商会である。

悪党商会の行っている慈善活動は先代の忍から行われていた事だった。
自ら戦果を広げる武器を売り捌いておきながら、戦場で得た富を戦災孤児などを保護する慈善事業に費やす、その矛盾した行為はせめてもの罪滅ぼしか、それともただクリーンな企業イメージを打ち出すためのただの経営戦略だったのか。忍が死去した今、その真意を知る術はない。
ただ茂は孤児院の経営などの慈善事業もまた、悪党商会と共に引き継いだ。
もっとも、引き継いだのは事業だけで、その遺志までも引き継いだ訳ではないのだが。

慈善事業を積極的に行うそのクリーンな企業イメージを守るように、福利厚生は行き届いているのがこの悪党商会の自慢だ。
社内のリフレッシュルームの充実。社内食堂の豪華さ。
秘密結社としても末端の一般戦闘員にすら装備一式を支給しているのは、潤沢な資金と武器商人としての知識があってこそ為せる業である。

だから千斗も、武器の使い方だけは一人前に知っていた。
入社直後に研修として一通りの使い方を覚えさせられたからだ。
もっとも、一人前なのは知識だけで使いこなせるかは別の話なのだが。
そして悪党商会はその前身から武器製造技術に関しては他の追随を許さぬ秘密結社であるという事を忘れてはならない。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

――――千斗が取り出したそれは、漆黒の銃だった。

いや、それは銃と言うより砲と言った方が正確だろう。
グリップを握るような形ではなく、手首にはめ込むガントレットのような形状であり、引き金は指ではなく手の平全体で引くような形になっている。
そして、その手の甲に巨大な砲台が取り付けられていた。

これこそ悪党商会製、対規格外生物殲滅用兵装二号『悪砲(アクホウ)』である。
森茂が裏の仕事を行う際に持ち出す、彼の正規装備だ。

右腕に嵌めた悪砲に左腕を添えて突き出すように構える。
そして今にも襲い掛からんと目の前に広がる漆黒の華目がけ、千斗は握りしめるようにして固い引き金を引いた。

瞬間、世界が震撼した。

それはもはや音と呼べる代物ではなかった。
純粋な衝撃として世界を揺るがす振動が奔る。
そして同時に衝撃に吹き飛ばされるように、千斗の体が放物線を描き5メートルほど宙を舞った。
それは逆さに撃ったなどという間抜けなオチではなく、ただ純粋な悪砲を放った反動によるものだ。

「ッあ……はぁ…………ガハッ! ……ガハッ!」

ゴミ屑のように放り投げられた千斗の体が物凄い勢いで背中から叩きつけられる。
その衝撃に一瞬意識が飛んだが、持ち前の回復力ですぐさま復帰して、とめどなく溢れ出る涎と涙を垂れ流しながら顔を上げた。
見れば、巨大なスプーンで抉られたように世界の一部が綺麗に消滅していた。
これが悪党商会の技術の粋を集めて生み出した三種の神器の一つ『悪砲』の威力である。

これほどまでの兵器を持ちながら千斗がこれを使用しなかった理由は二つ。
まず単純に扱いきれる自信がなかったというのが一つ。
千斗は一度だけドンがこれを使用しているのを見たことがあるが、その破壊力は想像を絶していた。
そんなものを自分のような凡人が扱えるなどと己惚れる千斗ではない、現に一発撃っただけで反動で死にそうになっている。

そして、もう一つの理由が、この悪砲は破壊力が高すぎる。
どう考えても援護などには向いてない、ただ相手を消滅させることだけを目的とした殲滅兵器。
茜ヶ久保を助けるためにこれを放っていたら、きっと彼ごと消滅させていただろう。バラッドやピーターの援護も同じ理由で不可能だった。
本来の使い手である森茂ならば、そういう細かい調整もできたのかもしれないが、少なくとも千斗には不可能な芸当である。

だが今となっては都合がよかった。
守るべき仲間などいないし、相手の生死が分からないような精神状況でも相手を完全に消滅させてしまえば安心できる。


239 : friend ◆H3bky6/SCY :2015/03/18(水) 22:57:35 DB0gTZH.0
「しっかりして、覆面さん!」

だが、消滅したと思われた少女の声が響いた。
反動が大きすぎて撃った際に狙いがズレたようである。
それでも多少ズレたところで、広範囲を消し飛ばすこの消滅砲を躱すことなど不可能なはずなのだが。

悪砲は確かに消し去った。
少女ではなく、その周囲に纏わりついていた煙の方を。
と言うより、煙の方がアザレアをかばうようにして、彼女を効果範囲外にまで放り投げたのだ。
その結果取り残された覆面男の体積はその大半が消滅し、あれ程濃密だった漆黒は薄くもはや黒煙ほどの濃度もない。
完全なる風前の灯火となり、ほぼ消滅しかかっていた。

「――――――許さない」

アザレアがポツリとつぶやいた。
誰の命にも、自身の命にすら頓着しなかった少女が、友の危機を前にして初めて感情を動かす。

それは、ただ殺したいという純粋な殺意。
自分だって殺そうとしたくせに、なんて身勝手で理不尽で不条理で、なんて人間らしい感情の発散。
殺意もなく多くの人間を殺してきた少女が生まれて初めて目の前の相手に殺意を覚えた。

「殺してあげるわ、アナタ」

少女らしからぬ暗い声と共に、右手にナイフを握りしめアザレアがゆらりと駆けた。
生まれて初めて生まれた殺意を相手にぶつけるために。

天性の殺し屋は先ほどの一撃から本能で悪砲の特性を理解していた。
効果範囲の広さと狙いの甘さ。
無策に真っ直ぐ千斗に迫る真似はせず、千斗を中心に円を描くように移動しその間合いを詰めてゆく。

そしてこれは千斗にとって非常に厄介な動きであった。
まず千斗は悪砲を連射できない。
一発撃つだけで反動によりダメージを受けるのだ。外した隙を狙われたらそれで終わりである。

となると一撃で仕留めるしかない。
しかし悪砲の反動を抑え切り、狙いを定める事もまた千斗には不可能な芸当であった。

だが、完全には不可能であっても少しでも完全に近づけることはできる。
先程の一発で反動のほどは千斗も理解した。
それを想定して、歯を食いしばり足を踏みしめ腕を固定し、最後に覚悟を決める。
そうして少女の動きに狙いを定め力いっぱい引き金引いた。

「ッ…………ぁ!」

空気の炸裂が全身に襲い掛かる。
力いっぱい堪えたためか今度は吹き飛ばされることはなかったが、全ての反動が右腕に集中し完全に右肩が折れた。
これは失敗だ。
どうやら下手に逆らわず素直に吹き飛ばされたほうがダメージは少ないようである。
勉強になった、次に使うときの参考にしよう。そう千斗は心に刻む。

そう、次だ。
やはり、まだ狙いが甘かったのか放たれた悪砲の消滅砲はアザレアの左腕を消滅させただけで、その存在を消し去るには至らなかった。
無論、それとて四肢欠損という重症なのだが、その程度で今のアザレアは止まらない。

砲撃後の硬直を好機と見て、アザレアは左腕から血液をまき散らしながら千斗に向かって一直線に肉薄する。
何とか撃退しようにも、ここまで距離を詰められては悪砲は撃てない。
強力過ぎる悪砲の威力では撃てば自分も巻き込んでしまう。


240 : friend ◆H3bky6/SCY :2015/03/18(水) 22:58:00 DB0gTZH.0
「――――――シッ!!」

間合いに入ったアザレアがナイフを突き出す。
躱せない。
一瞬でそう判断した千斗は悪砲の引き金を引いた。

アザレアに向けてではない。
明後日の方向へと悪砲を放ち、その反動を離脱に利用したのだ。

千斗の体が吹き飛び地面を転がる。
痛みのお蔭で今度は意識を失う事はなかったが、完全に右腕はお釈迦になった。
駄目になった右腕に見切りをつけて、悪砲を剥ぎ取って左腕に付け替える。
そして吹き飛んだ拍子に見失った相手を探して周囲を見た。

だが、そこには誰もいなかった。

ゾクリと全身に氷塊が落ちる。
千斗は知らない、敵は意識の死角に潜むことを最も得意とした暗殺者であることを。
一瞬でも目を離してはならない相手であることを。

ズブリと異様な水音を立てて、千斗の脇腹が抉られた。
それは背後の死角。
息を潜め先回りしていた少女は手首を捻り、突き刺したナイフを容赦なく捻った。

「ごっふ…………」

千斗が血を吐いて膝から崩れ落ちる。
アザレアは流れるような動きで引き抜いたナイフをクルリと逆手に持ち替え、崩れ落ちた千斗の首筋目がけてナイフを落とした。
その動きに迷いも躊躇もない、友に捧げる殺人である。

だが、一刻も早く殺害し覆面の回復のためにこの命を捧げなくてはという焦りがあったのだろう。
彼女しては珍しく、狙いは僅かにそれ、ナイフの先端は頭蓋の表面を滑り千斗の頭皮をズルリと切り裂くに終わった。
激痛に身もだえながらも、千斗は必至に転がるようにしてアザレアから離脱する。
しかしそんなものは一時しのぎにもならない。
スグに距離を詰められれば逃げようはないし、何より腹の傷は致命傷である、放っておいてもそのうち死ぬだろう。
だが、どういう訳かアザレアはそれを追わず、ぽかんと動きを止めていた。

「…………何ですのそれ?」

一瞬、殺意も忘れ、アザレアはそう問いかけていた。
それはそれほどまでに異様な光景だった。

少女が何を不思議がっているのか千斗はすぐには理解できなかった。
だが、その理由はすぐに判明する。
千斗はふと違和感を感じて、刺し抉られた自身の脇腹の傷口を見た。
その腹の傷口からは赤い血液が止めどなく溢れていたが、それだけではない。

腹からは血液だけではなく、異様な黒い機械の様なものが溢れだし、虫のように蠢いていた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


241 : friend ◆H3bky6/SCY :2015/03/18(水) 22:59:25 DB0gTZH.0
鵜院千斗は何処にでもいるごく普通の青年である。
寂れた地方都市に生まれて、大学進学を機に上京するようなどこにでもいるような普通の経歴。
現在は悪の組織に属しているが、それは手違いにより偶然面接を受けてしまった事故の様のなものである。
運よく戦闘員としてやっていけてはいるものの彼に特別な事などなく、いつまでたっても非日常とは程遠い。
鵜院千斗は自他ともに認めるそんな普通の男だとされている。

そんな訳が無いだろうに。

悪党商会という組織は偶然で入社できるような組織ではない。
先端から末端まで組織の構成は森茂の管理下にあり、偶然などという不確かなモノは全てその場で弾かれる。
何より悪党商会は表向きでも武器商人と言う裏の仕事をしているのだ、一般人に向けて面接などするはずもない。
彼が悪党商会に入社したのは明確なる森茂の意思であり、偶然を装った彼の誘導によるものである。
森茂がそこまでしたのには当然の事ながら理由があった。

それは鵜院千斗がナノマシンに適合できる一億分人に一人の逸材だったからである。

無痛症になることで無理やりにナノマシンを運用する森茂とも違う。
何の手術もなくとも完全に適応できるナノマシンの寵児。それが鵜院千斗である。
だが、そう言う体質であると言うだけで、それ以外の特別な才能はなく、おそらく森茂に目を付けられることがなければ一般人として一生を終えていただろう。
しかし彼は見つかった。
運命は変わる。

定期健康診断と称して段階的にナノマシンを投与されており、その段階は既に最終段階に近づいている。
この事実は秘の中の秘。千斗本人はもちろん幹部たちすら知らない。
知るのは社長である森茂ただ一人である。

千斗の脇腹の傷が見る見るうちに修復されてゆく。
本人に気付かれぬよう休眠状態に設定されていた体内のナノマシンが宿主の生命の危機に呼応して活動を開始したのだ。
致命傷だった傷跡は最初からなかったように完全に立ち消えた。

「ふっ…………はっはっは」

千斗の口から乾いた笑いが漏れた。
何だこれは?
もはや自身の体すらこうなのか。
世界の基準点である自分自身すらもう訳が分からない。
全て悪い夢のようだ。

「あぁ…………」

全てが不確かで悪夢のような世界だと言うのなら。
そんな世界はおかしい。
そんな世界は消えてしまえばいい。

「うぁああああああああああああああああああああああああ!」

悲鳴のような絶叫と共に千斗は地面目がけて悪砲の引き金を引いた。
地面が噴火でもしたように隆起する。
だが、これでは爆心地に近い千斗の方がダメージを負う、余りにも唐突かつ不合理な行動であり、さすがのアザレアにも予測ができなかった。

「あっ…………くっ」

足場を崩され吹き飛ばされたアザレアが地面に転がる。
だが、すぐさまネコ科動物の様なしなやかさで体勢を立て直すと、一瞬で左腕の傷口を縛り上げ止血を行う。
立ち上がり辺りを見れば周囲は破壊の影響で砂埃が舞い、視界がない。
今度はアザレアが千斗を見失った。

この視界では千斗もアザレアを見失っているのは確かだろう。
だが、悪砲の狙いは大雑把で十分である。

五度目の轟音。
消滅砲がアザレアを掠める。
それだけでアザレアの右足首と右腕の肘から先が持って行かれた。

だが、その代償に砲撃手の位置はつかめた。
右手と共に柄が消滅して地面に落ちたナイフを咥え、片足でステップするようにアザレアは駆ける。

砂埃の煙幕から刃を咥えたアザレアが飛び出した。
この動きに千斗は反応する事も出来ず、飛びつくように振り下ろされた一撃に額から顎にかけて頭部を引き裂かれる。
だが、浅い。
その程度の傷ではナノマシンの修復力によりすぐさま回復されてしまう。
やはり口で咥えた刃では致命傷を与えるには一押しが足りない。

「…………消えろッ!」

捨て身の一撃を終えたアザレアに向けて千斗が悪砲を構え、容赦なく引き金を引いた。
もはや千斗は自滅を恐れない。
全て消えてしまえばいいという願いは、自身すらも例外ではないのだ。


242 : friend ◆H3bky6/SCY :2015/03/18(水) 22:59:53 DB0gTZH.0
だがしかし、悪砲が放たれることはなかった。

「弾切れか…………!?」

チィと千斗が大きく舌を打つ。
その隙に跳ねるように起き上がったアザレアが咥えたナイフを千斗の胸元に突き刺した。

「グルルルルル――――!!」

獣の嘶きのような唸りを上げて、噛みしめたナイフを押し込んでゆく。

「こ、の…………ッ!」

アザレアを引き剥がすべく、千斗は腕にはめた悪砲を鈍器として振り下ろした。
頭部が拉げるような鈍い音が響き、美しい金の髪がぺっとりとした赤い血に染まる。

だが、それでもアザレアは引かなかった。
これがもし仕事の殺しだったならとっくに引いていたかもしれない。
だが、これは己の中に湧き上がる殺意と言う衝動による殺人である。
引く事など、完了することなく終える事などありえない。

「ふぅ――! ふぅ――ッ!」

荒い呼吸のまま、じりじりとナイフを心臓目がけて押し込んでゆく。
ナイフによる刺突とナノマシンによる修復が同時に行われているため、ナイフの進みは遅く千斗に痛みはそれほどない。
だが、ゆっくりと心臓目がけてナイフが体内に進んでいく感覚は筆舌に尽くしがたい不快感があった。

「この、離れろ! 離れろ! 離れろおおーーッ!!」

一発、二発、三発。
何度も何度も悪砲を少女の頭部目がけて振り下ろす。
一撃のたび人形のように美しく端正だった少女の顔は血に染まり、もはや面影など見てとれないほどに歪んでゆく。
そして、堪えきれないほどのダメージを受けて、ついにその口が開き、赤い糸を引きながらナイフから離れた。

ふらりと、力なく倒れてゆく少女の体。
とっくに死んでもおかしくない程のダメージだ、このまま少女は終わるだろう。
危機を脱した千斗はそう僅かに息を漏らした。

だが、少女の体はギリギリで踏みとどまる。
失った右足で地面を踏みしめ、そのまま胸に埋まったナイフ目がけて頭を振り下ろす。
切っ先ではないとはいえ、折れたナイフを叩いたのだ、当然打ち付けたアザレアの頭部もパックリと裂けた。
だが、今更そんなことは些細な事である。
アザレアは真っ赤に染まった頭部を振り上げ、そのまま頭突きを繰り返した。

何と言う執念。
千斗はその様子に恐怖してた。
心臓を貫かれ死ぬかもしれないと言う恐怖ではない。
どうせ間違った世界だ。自身が死ぬのも消滅するのももはや千斗には恐怖ではない。
だがそれでも恐怖は存在するのだ。

どんな怪人やヒーローにだってこれほど恐怖したことはない。
戦闘員と言う直接殺意を向けられるような立場ではなかったと言うものあるだろう。
だがしかし、これほど純粋で交じりっ気のない殺意と狂気などそうそう味わえるものではない。
ただ純粋にこちらを殺そうとする少女の狂気に恐怖していた。

「厭だ」

死よりも恐ろしい恐怖が全身をせり上がってくる。
目の前の少女が恐ろしくて仕方がない。
逃れなくては。
全てなかったことにしなくては。

「厭だ厭だ厭だ厭だ、厭だ!!」

千斗が叫び、悪砲が輝いた。


瞬間。世界を崩壊させる消滅砲の閃光が開闢の光のように瞬いた。


【J-8 市街地/午前】
【鵜院千斗】
[状態]:胸に刺し傷(修復中)、疲労(極大)、精神的疲労(極大)、錯乱
[装備]:悪砲(0/5)、焼け焦げたSAA(0/6)
[道具]:基本支給品一式
[思考・行動]
基本方針:こんな世界は間違っている

【悪砲(アクホウ)】
対規格外生物殲滅用兵装二号。銃身には『悪法もまた法なり』という文字が刻まれている。
一号『悪刀(アクトウ)』三号『悪威(アクイ)』と共に森茂が本来の仕事を行う際に用いる三種の神器の一つ。
射程や貫通力よりも対象を消滅させることを目的とした消滅砲。命中精度は低いがそもそも大雑把に一帯を消滅させるためあまり問題にならない。
弾丸はナノマシンにより自動補充される。補充速度は1時間に1発だがナノマシンを促進することで補充速度を加速することが可能である。
ナノマシン認証により使用者を判定しているため森茂しか使用できないはずだが……?


243 : friend ◆H3bky6/SCY :2015/03/18(水) 23:00:26 DB0gTZH.0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

両腕を失った少女が、ふらふらと廃墟を歩いていた。
少女が歩くたび血の線が描かれその足跡を、ここに居たと言う証を残してゆく。
あれ程輝いていた金の髪は殆どが赤黒く乾いており、まるで赤いマスクでもかぶっているかのように顔全体が真っ赤に染まっていた。
そのすぐ隣には、少女に寄り添うようにして、握りこぶしほどの薄く小さな黒煙がふわふわと浮遊していた。

いつも外に出るのは夜の仕事だったから昼の散歩も初めての事だ。
想えばこの島に来てから初めての事ばかりである。
初めての友達。
初めての朝日。
初めての殺意。
たった半日でいろんな事が体験出来た。
そして太陽に目を細めて改めて思う。
世界はとても美しい。

「失敗してしまいましたね」

そう失敗した。
結局、アザレアは千斗を殺し切ることはできなかった。

あの時、弾切れを起こしたはずの悪砲が放たれ、地面が破壊された。
その勢いで距離が離れると、千斗はアザレアに目もくれず一目散に逃げ出していった。

アザレアにこれを追う足はなく、追いついたところで殺す手もない。
アザレアの殺意は果たされず、覆面男の回復は望めない。
アザレアの負った傷も致命傷だ、時期に息絶えるだろう。
どうしようもなく失敗だった。

「そうだ覆面さん、私を食べてくれません?」

名案だとアザレアが力ない声を弾ませる。
どうせアザレアは死ぬし、これなら覆面男は生きながらえられるだろう。
何より違う形で一緒に居られる。

だが、煙はその言葉を否定するように薄く揺れた。

「そう、残念ね」

本当に残念そうな声で少女はその決断を見送った。
残念ではあるのだが、友人がそう決めたのだ。否定する理由がない。
「なら一緒に逝きましょうか」

誘うように失った手を伸ばして、血まみれの顔で年相応の少女のように友人に向けて笑いかけた。
友人は何時までも一緒だと、本で読んだことがある。
周囲の人間がいつ消えるとも分らない世界で生きて生きたから、そんな存在がいるのだろうかと疑問に思ったものだが、あれは本当だったのだなと得心する。
どうせなら死んでほしくないとは思うけれど、共に逝ける喜びもあるのも事実である。

出会った瞬間から感じていた。
きっといいお友達になれるという直感的確信。
その確信は最後まで裏切られることはなく貫き通すことができた。
それが少しだけ誇らしい。

少女が倒れ、風に吹かれて煙も消えた。
残ったのは血だまりに沈む少女の亡骸と、一つの首輪だけだった。

あの瞬間、少女が感じた小さなシンパシーを、この怪物も感じていてくれたのなら、これはきっと素敵なお話だったのだろう。

【アザレア 死亡】
【覆面男 消滅】


244 : friend ◆H3bky6/SCY :2015/03/18(水) 23:00:41 DB0gTZH.0
投下終了です


245 : 名無しさん :2015/03/19(木) 12:13:35 8f0664fs0
投下乙です


246 : 名無しさん :2015/03/19(木) 14:28:13 akfdlTXQ0
投下乙です
以前から鵜院のしぶとさには触れられてたけど、まさか彼も改造が施されていたとは…
錯乱した鵜院、覆面さんの仇討ちに乗り出すアザレアの決死の戦いが印象的
初めての自由と友人を手に入れて、誰かの為に初めて『殺す』決意をしたアザレアと
彼女に寄り添う死を選んだ覆面さんの最期が凄く空き
そしてニートは一難去ってまた一難 ピーターに利用されて首輪ズドンルートか…!?


247 : ◆rFUBSDyviU :2015/03/19(木) 22:44:19 9w1TqgCI0
投下乙です
アザレアちゃんと覆面男のコンビもここで脱落、でも覆面のために必死になるアザレアちゃんや二人が消える瞬間は危険人物とは思えないくらい綺麗だなあ
覆面がアザレアを殺さなかった理由がもうそんな力も無かったのか、それとも「何か」を感じていたのか、今となっては真相は闇の中ですね

そしてヴィンセントさんに衝撃の真実、そりゃあ何度もヒーローにぼこられても死なんわけだわ
悪砲の攻撃力に、ナノマシンの回復力。あれ、けっこう強くね、この戦闘員

ニートとピーターは手を組みましたか。もうニートが生き残る未来が見えない

そしてすいません、
>>218の後にこの文章が続くはずでした、以後注意します



その時、事は起きた。



突如、仮面の男達の上から破砕音が聞こえた。

まるでラップ音のような、しかしまるで取り返しがつかないかのような音。

男達は一斉に上を見上げる。

そして、――上から案山子が降ってきた。

あまりにも非現実的な現象に呆気にとられる男達とは裏腹に、案山子は両足でしっかりと地に足をつける。

と、ほぼ同時に案山子の回し蹴りが鉄仮面の首筋を掠り、血しぶきをあげた。

仰向けに倒れる鉄仮面。案山子の左足、靴の先端に鋭利な刃物が備え付けられていた。

「あ、ああぁぁあああああぁぁあああああ!」

翁の面の男の悲鳴のような叫び声で、他の男達も戦闘態勢に入る。

ウルトラマンのお面をした男が案山子に殴り掛かる。

サングラスの男がどこからともなく槍投げで使われるような槍を取り出し、案山子に投げる。


248 : 名無しさん :2015/03/19(木) 23:59:07 ymib9T9w0
投下乙です

ピーターは異常性、経験、能力においてニート以上だな
今後のニートは利用されつくされて終わりそうだ

仮にもサイパスの後継者候補にして組織で純粋培養された殺し屋アザレア、ここで落つか
あまりにも純真無垢すぎた…
ここで死んだのは不幸か、それとも覆面男という友人とともに美しい世界を見れただけ幸運か
それは誰にもわからないな…

不運とやむを得ないこととはいえ4つの命をその手にかけた鵜院は元に戻れるのか、
それとも壊れるしか無いのか、気になるところだな


249 : 名無しさん :2015/03/27(金) 19:16:35 aJ3gy1xY0
オリロワ2014したらばの投票スレで「第一回オリロワ2014キャラクター人気投票」を開催します。
期間は翌日の3/28 00:00:00 〜 3/28 23:59:59です。詳細なルールは投票スレの>>2レス目で。
興味のある方は是非。↓

オリロワ2014したらば 投票スレ
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/16903/1427020652/


250 : 名無しさん :2015/03/27(金) 19:17:06 aJ3gy1xY0
一応age


251 : ◆H3bky6/SCY :2015/04/02(木) 01:18:08 9STjSB7I0
投下します


252 : roots ◆H3bky6/SCY :2015/04/02(木) 01:22:02 9STjSB7I0
「まず確認したいんだけど、新田くんってどこまで知ってるの?」

いろいろ話をする前に彼が裏の事情についてどの程度まで把握しているのかを確認しなくてはならない。
この緊急事態に気にすることではないのかもしれないけれど。
その理解度如何によっては話す内容や説明すべきことも変わってくる。

「どこまでって何がだよ」
「何って……その、私の事とか」
「はぁ〜?」

うわ。思いっきり何言ってんだこいつって顔された。
確かに今のは自意識過剰な女子みたいな聞き方になってしまったけどさ。そこは少し反省。

「うん。ごめんなさい、今のは私の聞き方が悪かった。
 そうね、例えばこの辺の事情とか」

そう言って手の平に小さな氷像を作り出す。ちなみにデザインは犬だ。
彼は私の異能によって生み出された小さな氷犬を見つめると、困ったように頭を掻いた。

「……この辺とか言われてもな。つかどうやってんだそれ、冷え性か?」
「そんな訳ないでしょ……ってそこからか」

パチンと指を鳴らして氷像を霧散させる。
ある程度予想していたことではあるのだが、彼は裏の世界どころか異能についても知らない完全なる素人のようだ。
その状態で正体不明の物に真正面から挑みに来るんだから本当にどうかしていると思う。
しかしそうなると、かなり基本的なところから説明しなくてはならないという事だけど、どう説明したものか……。
勉強教えたりとか説明って苦手なんだよなぁ、私。

「そうね、これはいわゆる超能力ってやつよ。超能力はわかるでしょ? …………わかるわよね?」
「ス、スプーン曲げとかなら何とか」

難しい顔をしながら新田くんは答える。
まあスプーン曲げもテレの一種だし、広く知られる超能力と言う意味では間違いではない。インチキが多いのが難点だけど。

「うん。まあ理解としてはそれでもいいわ。
 世の中にはそう言う事が出来る人間がたまにいるのよ。そして私もそういう人間って訳」

なるほどなーと、新田くんはわかったんだかわかってないんだかよくわからない相槌を打った。

「けどスプーン曲げくらいなら俺もできるぜ? 親指でちょいと曲げればいいんだよな」
「いや、それただの腕力だから。そう言うんじゃなくて、普通の人に出来ない事が出来る人間がいるって事よ。
 私みたいに氷を自由に出せる人間なんてその辺にいないでしょ?」
「それ言ったらうちの学校そんな奴の集まりだろ、他人に出来ない事の出来る奴なんていくらでもいるぜ?」

まあ確かに、うちの学園――特に我がSクラス――は一芸特化の集まりだ。
普通の人間は一二三さんのように日本刀を鍛え上げることはできないし、夏目くんのようにボールを生きているように扱うことはできない。
だがそれらと異能を同列に語られても困る。

「それはその通りだけど、結局それは才能でしょ?
 異能はそう言うのとは違うわよ、使い方によっては人を傷つける凶器になってしまう危険なモノよ」
「その辺もそう変わらねえだろ。どんなもんでも使い方次第だ、それこそ誰でも持ってる拳だって鍛え上げれば凶器になるぜ」

そう言ってぐっと握りしめた拳をこちらに向けた。
ふむ。実際にそれを実現している人の言葉だ、それなりの説得力がある。
どれだけ言っても、彼にとっては異能は特技に毛の生えた物という認識にしかならないようだ。
まあ新田くんはそれでいいか(メンドクサイし)

「ま、世間は新田くんの頭ほど単純な作りしてないのよ。よくわからないモノをそう簡単に受け入れるほど広量じゃない」
「そんなもんかねぇ」
「実際、能力者が迫害されることなんて珍しくもないのよ。だから表に出ることも少ないし独自のコミュニティを築いてるのが現状ね」

世界に受け入れられないが故に、その能力を悪用するヴィランが生まれ。
人のみで対応できない悪に対抗すべく、能力を正義に使うヒーローが生まれた。
そうして表とは違うもう一つの裏の世界が生まれた。

「といっても原因は分らないのだけど、近年そう言う力を持った人間が爆発的に増えてその図式も崩れつつあるらしいんだけど……」

能力者の爆発的増大により、裏の世界は確実に広がりつつある。それこそ表の世界を侵すほどに。
この辺の人口爆発が起きた正確な時期や原因、変異や歴史などは、私は正直あまり詳しくは知らない。
恐らくお父さんや幹部の人達なら詳しく説明できるのだろうけど。


253 : roots ◆H3bky6/SCY :2015/04/02(木) 01:25:46 9STjSB7I0
「ふーん。よくわかんねえけど。輝幸もその超能力者ってやつだったのかな」
「輝幸って?」
「ここであった中学の後輩」

詳しく聞いてみれば、新田くんがこの場で出会い、先ほど別れたという斉藤輝幸くんがその身を獣のように変貌させた、との事らしい。

「変身か……だとしたらそれは超能力者じゃなくてブレイカーズの改造人間かもね」

変身能力(メタモルフォーゼ)という可能性も考えられなくもないが。
人間体から豹のような大男に変貌したと言うのならモチーフのある怪人である可能性は高い。
一瞬、いくらなんでも中学生を素体にするだろうか、という疑問が頭をよぎったが、私の両親を殺したあいつらならその程度の事はやりかねない。

「そのブレイカーズってのは?」
「さらってきた人間を改造して、無理矢理利用する極悪非道の悪の組織よ。
 破壊を愉しみ殺戮を謳歌する最っ低な奴ら、私の両親もあいつらに殺されたわ」
「…………殺された?」
「ええ、そうよ、知らなかったっけ? 私両親いないの、孤児ってやつ」

別段自分が孤児であることは隠しているわけではない。
この経歴を私は恥ずかしいものだとは思っていないから。
わざわざ言いふらすようなことでもないが、聞かれれば普通に答える。
舞歌や夏美にルピナスといった親しい友人たちは知っているし、クラスの何人かは知っている事実だ。
もちろん両親がブレイカーズに殺されたという点は、裏の事情を知らない彼女たちには秘密にしているが。

「あいつらはここにも何人かいるみたいだから新田くんも気を付けた方がいいわ」

そこまで言って、思わず声に憎悪が宿ってしまったことに気づいた。
いけないと自省する。
お父さんとお母さんを殺したあいつらを決して許すつもりはないけれど、その感情は無関係の相手にぶつけるようなモノではない。

「で、その改造人間ってのになるとどうなんの?」

彼はそこには触れず、ごく普通に質問を続けた。
いや、単に気づいてないだけなのかもしれないが、そういう機微を敏感に感じるタイプでもないだろう。
彼に気づかれない様に少しだけ息を吐き、乱れた心を落ち着け心を切り替える。

「まず改造人間にはモチーフとなる対象があって、このモチーフに対応した変身形態を持つ怪人になるのが基本ね。
 そしてモチーフに応じた特殊能力を得るようになるの。多分その子のモチーフは豹ね。
 実在の生物をモチーフとしているという事は多分第一世代怪人だから、そこまで厄介な能力は持ってないと思うんだけど」
「なるほど。わからん」

うん。二行目くらいから理解を諦めた顔をしていたのは知ってたよ。
私も説明得意な方じゃないけれど不優秀な生徒だなぁ、どうしよう。

「それに倒すべき敵、みたいな風に語んなよ。そのブレイカーズってはともかく、輝幸は悪い奴じゃなかったぜ?」

注意していたつもりだが、無意識に倒すべき相手として語ってしまっていたようだ。
と言うか、やはりその辺の悪意は見抜かれてたか。

「……まあ私も怪人の全部が全部悪人だとは言わないわ。無理矢理さらわれて改造された人間だって少なくないし。
 けど、ここにいる剣神龍次郎と大神官ミュートスの二人だけは別よ、アイツらは正真正銘の悪人なんだから。新田くんもお願いだから気を付けて」

無理矢理に改造手術を行われた被害者とも言える人たちもいるのは確かだ。
けれど自ら望んで怪人となった者たちや、完全に洗脳され破壊を巻き散らかすだけの存在になってしまった者は排除しなくてはならないし。
ブレイカーズを司る大首領と大幹部。諸悪の根源たるこの二人だけは絶対に排除しなくてはならない。
私のような存在をこれ以上増やさないために。

「そりゃ気にとめとくけどよ、結局輝幸はなんなんだよ、その辺をバカに分かる様に分かりやすく説明しろよ」
「なんで偉そうなのよ……そうね。どういったらいいかしら…………。
 物凄くかいつまんで言うなら、手術によって生み出された後天的な能力者って感じかなぁ……?」
「へーそう言うのもあるんだな。お前はどうなの?」
「私? もちろん私は先天的(うまれつき)よ」

その答えを受けて、新田くんは腕を組み納得したように頷いた。
そのくらいは話の流れでわかって欲しいところなのだが。

「確かに後付けとかじゃなく使いこなしてるって感じだったな。それに氷ってのは水芭のイメージに合ってる」

氷のイメージに合ってると言うのは褒め言葉なのかどうかは微妙なところだ。
ひょっとして私、冷たい女と思われているのだろうか?


254 : roots ◆H3bky6/SCY :2015/04/02(木) 01:27:57 9STjSB7I0
「まあ使いこなしてるのは訓練の成果ってやつね」
「訓練つってもどうやんだ? 武術とかと違って体系化されてるわけでもねぇだろ、我流か?」

ふむ。武術を学んでいる人間らしい疑問である。

「一応指導者はいたわよ? 育った施設にそういう事を教えてくれる人がいたから」
「じゃあ、お前が育ったところに、たまたまそういう人がいたって事か?」
「たまたまじゃないわよ。私が育ったのはちょっと特殊な孤児院でね。私みたいな能力を持った子供が集められた施設だったの」
「集められた……? なんだそりゃ」

どういう訳か、新田くんが怪訝な顔している。
ちょっと言い方が悪かっただろうか?

「言ったでしょ、能力者への迫害なんて珍しくもないって。
 そういう子が普通の施設に引き取られても可哀そうだけど、異物として扱われるだけなのよ。
 だったら事情が分かってる人がいる所でまとめて保護した方がいいでしょう?」

あの孤児院にいたのは、能力を悪用する人間に両親を奪われた子供や、能力故に親に見捨てられた子供たちだ。
あそこは異能による被害者を保護するための施設だった。
それは裏の事情を知る、悪党商会ににしかできない尊い行為なのである。

「そりゃいいとして。なんでわざわざ能力を鍛える指導者がいんだよ? 必要かそれ?」
「勿論必要よ。社会で生きて行けるようにちゃんと能力を抑えて制御できるようにならないとダメなんだから」

おかしなことを聞く。
社会に溶け込んで生きていくためには自分の能力を制御する必要があるなんてことは当たり前の事なのに。
いや、能力を持ってない普通の人からすればそう言う感覚なのだろうか。

「抑えるね……どちらかつうと戦う術って印象だったけどな」
「戦う…………?」

新田くんの呟きを聞いて彼の懸念に納得ができた。
ああそうか。彼にとって能力者の基準は“私”なんだ。
だから私の能力の使い方を見て、危ない指導をしている感じてしまったのだろう。

「孤児院であんな物騒な力の使い方を教えてるって訳じゃないわよ。
 私は少し特殊というか、施設を出てからが物騒だったと言うか……とにかくああいう技の使い方を覚えたのは最近の事よ?」
「いつ覚えたかなんて関係ねえよ。技なんてのは積み重ねた基礎の上に成り立つただの応用だろ。根っこの部分が違ったって言ってんだよ」

よくわからない理屈だった。
けれど彼が何か誤解しているのは分かる。
自分が好きな場所が誤解されるのが悲しくって、私は言葉を重ねる。

「誤解しないでほしいんだけど。私が育った孤児院は新田くんが思ってるような怪しい施設なんかじゃないわよ。
 設備もちゃんとしていたし、職員の人たちもみんな子供たちの事を第一に考える優しい人達ばかりだったわ。
 施設自体もかなり豪華で、一般的な孤児院のイメージとはだいぶ違うだろうから、うちの孤児院を見たら新田くんも多分驚くわよ?」

本当に私の育った孤児院は本当に優しい世界で、心も体も貧しいと感じた事は一度もすらない。
それを知ってほしくて、私は弁明のような言葉を次々と並べていった。
それを受けて、新田くんはバツの悪そうに溜息を付いた。

「ま、別にお前の育ったところを悪く言ったつもりはねえよ。お前がいいと思ってるんならそれでいいんじゃねえの?」
「……投げやりね」
「そうでもねえさ。そもそも俺にはモノの善し悪しなんて分からねえしな。又聞きなら尚更だ
 お前がそこを大事だって思ってんのはわかった。そしてお前がそれを良しとしているんならそれでいいだろ」

他者に価値を求めるな、彼はそう言っていた。
その価値観は私とは対極である。
私は自分が好きなモノが誰かに嫌われていたらいやだし、自分の好きなモノを好きな人に知ってほしいと思う。

「それで、今はどうしてんだ? 育ったつうことは今は出てんだろ? どっかに引き取られたのか?」
「引き取られたと言うか、孤児院に出資してくれてる会社のお手伝いをしてるって感じかな。
 お給金も出るし、社員寮もあるから、今はそこで暮らしてる」

孤児院を出て悪党商会に入ったのは、ここまで自分を育てくれた人たちに、何か恩返しが出来たらと思ったからだ。
そしてそこが今の私の居場所。
悪党商会のみんなが今の私にとっての家族だ。


255 : roots ◆H3bky6/SCY :2015/04/02(木) 01:31:39 9STjSB7I0
「ってことは物騒な事をしてるってのもその会社ってことか」

普段は鈍いくせに、こういう所だけは妙に鋭い。
しかし彼には私がしてきた事や、暗い部分もさらけ出してるだけに今更隠す意味もない。
と言うより、思えばずいぶん恥ずかしいことも沢山言ってしまった気もするが、そこはあえて目を逸らす方向で行きたい。

「……そうね。その通りよ。
 客観的に言って悪党商会は犯罪組織だし、私だって、とても人様に言えないようなことも沢山したわ」

犯罪行為に手を染めて、怪人とは言え、たくさんの相手を殺してきた。
それでも、無関係な相手に被害が出ないよう努めてきたし、殺す相手は選んできたつもりだ。
ブレイカーズの中でも特に凶悪な怪人や洗脳されてもう戻れないような人たち。
そんな多くの人を不幸にするような奴等を、お父さんの力を借りて調べてもらっては、秘密裏に処理してきた。
それは復讐心が半分、これ以上自分のような不幸な存在を生み出さないようにという気持ちが半分。
決してそれは正義感ではないけれど、私は私なりに努めてきたつもりだった。

『殺される側としては、殺す側の事情なんて一切知ったこっちゃねえだろ。例外なく悪なんだよ』

茜ヶ久保の言葉が蘇る。
今ならば、その言葉を素直に受け入れられた。
あの時はその言葉から目を逸らして来たけれど、それはきっと真実だったのだ。
私のしてきたことも、ただの自己満足でしかないのだろう。

「それでもやっぱり後悔はしていないわ」

私は悪党商会が好きだ。
悪党商会と言う居場所が出来た事を決して後悔はしない。
私は決してやさしい人間じゃない。
自分の周りの小さな世界を守るためなら他者を踏みにじることを厭わない、そういう自分を認める。
多くのモノを奪って、取り返しのつかない事をしてきたけれど、それでも大事なモノが失われるよりずっといい。

「悪党商会は私の大事な場所だし。私は私の大事なモノを護るためなら、どんなことだってする人間なのよ。軽蔑する?」
「いや別に。身内が優先なんてのは普通だろ」

彼の言葉に皮肉や責めるような意味合いはない。
それは誰だって持つ当たり前の醜さだと、彼はごく普通に認めていた。

ここまで話して分かった事だが、彼の価値観は妙に完成している。
いや完結していると言った方が正しいか。
全ての判断が自己で完結しており他者を必要としていない。
その価値観は、果たして何処で生まれた物なのだろう。

そこまで考えて、そう言えばと気付く。
私は彼の事をあまり知らない。
同じクラスではあるものの、いつも学校では夏実たちと行動していたし、彼の所属するグループ(というか男子グループ全般)とあまり付き合いはなかった。
彼がクラスでも目立つ存在であったためそんな印象はなかったが、実際の所、個人的な交流はほとんどない。
と言うか、さっきから私の話ばかりしている気がするので、そろそろ彼の順番だろう。

「ところで新田君はさ、なんで武術を始めたの?」
「あんだよいきなり。ま、強くなる必要があったんでな」

視線を切って、ぶっきらぼうにそう答えた。
彼にしては歯切れの悪い、何かを誤魔化すような言葉だった。
何だろうと考え、とある噂に思い至った。

「あ、そう言えば、一二三さんの為に始めたって噂を聞いたことがあるけど?」

新田拳正は恋人である一二三九十九の為に武術を始めた、なんてロマンチックな話を風の噂を耳にしたことがある。
年頃の乙女としてはこの手の噂は気になる所ではあるのだが、どういう訳か新田くんは苦虫でも噛み潰したような顔をしていた。

「んだよその話は。デマだよデマ。九十九のためなんかじゃねえよ、むしろ九十九のせいで始めたんだよ」
「? どう違うのそれ?」

言葉尻だけとらえれば、そう大差はないように感じられるが。
こちらの追及に失言だったかと新田くんは舌を打つ。

「仕方ねぇ。話してやる。けど他言すんなよ、マジで」

新田くんは心底嫌そうな顔したまま、武術を始めたきっかけについて話し始めた。


256 : roots ◆H3bky6/SCY :2015/04/02(木) 01:34:39 9STjSB7I0


ありゃ忘れもしねぇ、俺と九十九が小学校に上がる前の話だ。
自慢じゃねえが記憶力の悪いこの俺がこんな昔の事を明確に覚えてんだから相当だぜ?

あいつは昔っからガキ大将みてぇな性格しててな。
俺もアイツに引っ張りまわされてはアブねえ橋渡らされては、尻拭かされたもんだ。

その日もいつも見てえに千万の爺さま――九十九の爺さんな――の仕事場に忍び込んで遊んでたんだが。
仕事場つっても鉄火場の方じゃなく、古い倉庫の立ち並ぶ資材置き場でな。
程度にいろんなモンが置かれてて、まあガキにとっちゃあいい遊び場だったわけだ。

んで俺らはそこで隠れんぼをしてたんだが、二人で遊ぶ場合だいたい俺が最初に鬼をさせられるのが定番でな。
その日も俺がカウントしてさあ探すぞと意気込んだところで、どういう訳か隠れてるはずの九十九がニコニコ顔で俺の所にかけてきやがった。

その時点で俺は悪い予感がしたね。
あいつが満面の笑みを浮かべてる時はロクなことがねえ。
その予感は的中したわけだ。

『見て見て、拳正くん。すごいでしょ?』
『あ、危ないよ九十九ちゃん!』

なんと九十九のアホは爺さまの蔵から日本刀持ち出してきやがった。あん時ぁ本気で頭がおかしいと思った。
刃物とかそういう危険物が収まってる倉は普段は南京錠かけられてるはずなんだが、その日はたまたま壊れてたらしくてな。
隠れる場所を探しててたまたまそれに気づいたらしいんだが、にしても持ってくるか普通?、
そのうえ、むき出しになった刃を見てグヘグヘ笑ってるんだから、ぶっちぎりでイカレてやがったぜあの女。

『ねえ、拳正くん、これでチャンバラごっこしようよ?』
『もうそれごっこじゃないよ九十九ちゃん!』

えい☆とかいう掛け声とともに、あいつは自分の身長よりも大きい真剣をこちらに向けて容赦なく振り下してきやがった。
あの時は本気で死を覚悟したね。俺の人生のおいて四番、いや五番目くらいにマジで死ぬと思った瞬間だ。
その様子に気づいた百一さん――九十九の親父さんな――が止めてくれなきゃ俺はぜってえアイツに殺されてたぜ?

その後、何故か俺まで千万の爺さまに拳骨としこたま説教喰らって夜になるまで倉庫の中に九十九と共に閉じ込められた。
隣の九十九は世界の終りみたいにわんわん泣いてたくせに、泣きつかれるとすぐに眠りこけて、翌日けろっとした顔で今度は裏山の猪退治に行こうとか言い出しやがる始末だ。

そこで俺は思ったね、この調子だと俺はいつかこいつに殺されるって。




257 : roots ◆H3bky6/SCY :2015/04/02(木) 01:38:56 9STjSB7I0
「…………それで?」
「俺は八極拳を始めた」
「何その結論」
「自衛だ自衛。近くにちょうど八極拳の道場があったってのも大きいんだが、基本は九十九から身を守るために武術を始めたんだ。
 だからあいつは俺の倒すべき相手つー訳だ。
 当面の目標はあいつの作った日本刀を叩き折るってとこだしな。その辺のなまくらなら今でも折れるんだが、あいつのは無駄に頑丈だからな」

普段の二人を見てる限り、らしい話ではあるのだが……。
何と言うかロマンチックの欠片もないなこの話。

「きっかけはあれだが、どうにも八極拳は俺の性に合ってたみたいでな、結局道場には破門されるまで6年間通い続けた」

きっとその日々は彼にとって輝かしい日々だったのだろう。
どこか遠く黄金の日々懐かしむように、彼は日々を振り返る。
しかし6年間とうい少年時代のほとんどと言っていい長きを過ごしたその道場を破門されたという。
その話は、踏み込んでもいい所なんだろうか。

「別に大した話じゃねえよ、俺が道場の方針を破ったってだけの話だ。
 義なき拳は武に非ざるや。己が理の為、武を奮う事なかれってな」

こちらの表情を読み取ってか、質問を投げかける前に答えを返してくれた。
だが、その答えは、彼が鍛え上げ凶器と化したその拳を無暗に奮っていた過去を意味している。

『桜中の悪魔』と呼ばれた悪童の噂なら私も知っている。
敵味方の区別なく出会うもの全て破壊する、悪魔のような残虐性を持った暴虐の嵐。
けれど、完全に片鱗がないとは言わないが、音に聞く数々の悪評と普段の彼の姿はあまり一致しない。
どちらかと言うと先ほど語られた理念に近しい武術家と言った印象なのだが。

「ねえ、桜中の悪魔の噂って本当なの?」

私の問いに彼は少しだけ驚いたような、呆れたような何とも言えない表情を返してきた。

「それ、直接聞いてきたのは若菜以来だよ」

うっ。流石に踏み込み過ぎた質問だったか。
踏み込めなかったり踏み込み過ぎたり、どうにも私は人との距離の詰め方が下手だ。
って言うか普通に聞いたのか、凄いな夏目くん。

「ま、変に遠まわしに聞かれるよか全然いいけどな。
 おおよそはマジだよ、どんな尾ひれがついてるかは知らねえがな」

噂の内容を確認するでも否定するでもなく、すんなりと自らの悪名を受け入れた。
それは武勇を語るというよりも、ただの事実確認に過ぎなかったのだろう。

「それでよくここまで更生したものね」
「更正ね。俺としては根っこは何も変わってねえつもりなんだがな。
 俺は今も昔もただ気に喰わねえもんをぶっ飛ばしてきただけだ」

なるほど。そういう言い方をされると納得できる。
その考え方は現在の彼のイメージにも合うものだ。

「……ただ、なんもかんもが気に喰わねえ時期があったってだけだよ」

ようは荒れていた時期があったという事なのだろうが、なんだろう。反抗期だろうか?
それにしては過激すぎる反抗期だが。

「何があったのか……っていうのは聞いていい?」

恐る恐る問いかけると、彼は少しだけ迷う様に視線を外し、自分の胸の真ん中を掴むように押さえた。
その表情は、どこか痛みをこらえているようにも見える。

「……ま、こっちだけ聞いといて言わないのもフェアじゃねえか」

そう観念するように呟くと、聞いてもつまんねえ話だぞと前置きした。
その言葉に私は無言のまま頷く。


258 : roots ◆H3bky6/SCY :2015/04/02(木) 01:44:03 9STjSB7I0
「俺が11歳になった時に、両親が死んじまってな」

語り始めはそんな言葉から始まった。
両親の死。
その言葉に、赤い光景がフラッシュバックして、心臓が早鐘を打った。

「死んだって……それはひょっとして――――殺されたの?」

思わずの境遇と自分と重ねて、ついそんな事を聞いてしまった。
その声は少しだけ震えていたと思う。

「いや、んな物騒な話じゃねえよ。
 お袋はよくある事故だ。過労だか何だかで運転手が眠っちまってそのまま突っ込んできたトラックから俺を庇ってな」
「…………よくは、ないと思うけど」

気の利いた事など言えず、そんなコメントしかできなかった。

「そうか? まあ俺は奇跡的にほとんど無傷で助かったんだが、お袋はそのまま死んじまった。それで親父が、」

そこで新田くんの言葉が止まる。
無意識なのか、胸元を押さえた腕には爪が食い込む程に力が込められていた。

「新田くん……? つらそうだけど、大丈夫? 無理しなくていいよ?」

両親の死を思い返すのはつらい作業だろう。
別に無理をしてまで話して欲しいとは思わない。
私が両親の事を話したのは、ただブレイカーズの憎しみからの事だ。
それを聞いたからと言って、義理堅く答える必要なんてどこにもないのに。

「ああ、気にすんな。別につらいとかそう言う訳じゃねえから。ただ古傷が痛むってだけだ」
「古傷……?」

そう言えば、去年の水泳の時間に、男子たちが彼の胸元から腹にかけて幾つもの大きな刺し傷があったと騒いでいたのを思い出す。
他の人ならともかく、相手が新田くんだったため色んな意味で表だってそんなに騒がれることはなかったけれど。
うちの水泳の授業は男女別なので直接見たわけではないが、古傷とはその傷の事だろうか。

「親父はお袋が死んでからすっかり参っちまってな、まあそれに気づけなかった俺も悪いんだが」

それは自らの至らなさを自省するような、少しだけ悲しげな声だった。

「結局、親父は謝りながら寝てる俺を包丁で何度かぶっ刺して、最期は自分の首を掻っ切って死んじまった」
「――――――」

その衝撃的なカミングアウトに言葉が出なかった。
つまり、彼は。
実の母親に命を救われて。
実の父親に命を奪われかけたのか。
私は両親を殺したブレイカーズへの憎しみはあれど、両親に対しては幸せな記憶しかない。
だから、彼が両親に倒してどういう心情を抱いているのか、その想いは私には想像もつかない。

「もともとお袋の方は天涯孤独の身でな、親父の親戚筋に引き取られたわけなんだが。
 そいつらが親父の事を悪く言いやがったんで、テーブル叩き割って、ドアノブ破壊して、そのまま家を追ん出てやった」

正直、言い方は悪いが、息子と共に無理心中を図った親族を鼻摘み者として扱う心情は理解できないこともない。
それでも許せなかったのだろう。
自分を殺そうとした父親を悪く言われた事が。

「んで、往く当てもないまま、似たような境遇の奴らとつるむようになって、そこでケンカを売ったり買ったりしまくってたら、いつの間にやら用心棒紛いの事をする羽目になってよ。
 悪魔呼ばわりされてたのはその頃だな、学校は殆どサボってたんだが、桜中の冠がついたのは制服のまま飛び出して着替える服もなかったんでほぼ制服だったからだろうな。
 お蔭て悪名まき散らすなって通ってもねえのに学校に目つけられる始末でよ。よく卒業できたもんだぜ」

そう言ってカカカと豪快に笑った。
だが、聞いたこちらとしては笑えない話だった。
何と反応していいのかすら分からない。

「ま、過ぎた話だ、俺もある程度は割り切ってる。だからそう深刻に捕えんな」

情けない。
話しの重さに戸惑っている間に、逆に気遣われてしまった。
けれど、そう簡単に割り切れるものなのだろうか。
私は両親の死を、ずっと引きづっている。割り切ることなんてできない。


259 : roots ◆H3bky6/SCY :2015/04/02(木) 01:48:55 9STjSB7I0
「それで、今はどうしてるの? まさか今も家出中って訳でもないんでしょ?」
「ちょっとしたきっかけがあってな、中三の頭くらいには親戚の家に戻ってたよ」
「よく戻れたわね……」

色んな意味で。
なにより話の限りだと親戚側が受け入れそうにないものだが。

「まあ土下座して謝り倒したってのもあるんだが、百一さんが手まわしてたみたいでな。
 俺が出てったって知って、向こうの家に謝り入れて壊しちまった家具やらを修理してくれてたらしい」

百一さんと言うのは確かさっきの話にも出てきた一二三さんのお父さんだったか。
語り口から随分と尊敬しているように感じられる。

「けど正直あそこは居心地はよくなかったな、まあ自業自得ではあるんだが。
 だから高校進学を契機に家を出ることにしたんだよ、今度はちゃんと穏便にな」
「なに? ってことは新田くん。今一人暮らしな訳?」
「いや。一人って訳じゃねぇよ」
「だよね」

流石にそれはないか。
けど、うちの学校って寮があるわけでもないしどうしているんだろう?

「公園で出会った爺さんと同居してる」
「え、なにそれ」

ドン引きである。
アグレッシブすぎるだろ彼の人生。

「いや、ただの爺さんじゃねえぞ? その爺さんは八極拳の達人でな。
 行く宛がないっていうんで衣食住を提供する代わりに師事させてもらってるって訳だよ」
「いや……どっちにしてもドン引きだよ」

よくそんな素性の知れない相手と一つ屋根の下で暮らせるものである。

「家の方は千万の爺様の口利きで長屋を格安で借りれたんで随分と助かってはいるな。
 一応両親の保険金が残ってるんで、その辺を切り詰めながら暮らしてるって感じだよ」
「へー、ってことは自炊してるの? 新田くん家事とかできるんだ?」

そんなイメージはまるでないが、それともそのお爺さんがやってくれているのだろうか。
だが、新田くんは言いたくなさ気にあーと唸ると、頭を掻いて視線を逸らした。

「……飯はたまに九十九が作りに来んだよ、掃除とかもそのついでにな」

何その通い妻。恐ろしい。

「一二三さん料理とかできるんだ」
「まあ一応な。あいつ刃物と火の扱いだけは病的に上手いからな……」

いやー料理ってそんな簡単なもんじゃないですけどね。
と女子の端くれとして言っておく。
そう言えば一二三さん学食じゃなくお弁当だったな、自分で作ってたのだろうか。

「とにかくだ。そういう時期があったつう話だよ。
 この辺は九十九くらいしか知らねえ話だから、あまり広げてくれるなよ」

これ以上この話を続けるのは照れくさいのか、強引に話を打ち切ってきた。
心配しなくともこんな話、おいそれと他人に話せる訳が無い。


260 : roots ◆H3bky6/SCY :2015/04/02(木) 01:53:42 9STjSB7I0
「んで、結局ここまで歩いてミラってガキには会わなかったな。入れ違ったか?」
「ミラじゃなくてミロさんね。
 うーん。他の方向に行った可能性もあるし、私がぼうとしてる間に先に行っちゃった可能性もあるから何とも言えないわね」

私たちは幾つかの行動方針を定めたが、まずは別れた場所のハッキリしているミロさんから探す事にしたのだった。
そして今、私が来た道を戻りミロさんと別れた探偵事務所の近くにまでたどり着いた所だ。

「あれ…………?」
「どうした?」

どういう訳だろう。
そこにあるはずの私の罪の証、ロバート・キャンベルの死体がなかった。
よく見ればすぐ傍らには埋葬された跡がある。

「ミロってガキが戻ってきてやったとか?」
「それはない、と思うわ」

そんな精神状態ではなかったし、何より彼はこんな小奇麗に埋葬できるような子だとは思えない。
ならば善意の第三者が行ったのだろうか。

「ま、いいんじゃねえの。どう見ても悪意によるもんでないだろうし、そういうやつもいるだろう」
「そうね……」

本来私がすべき行為をしてもらった事に、感謝はすれど訝しむ理由はない。
そういう人間らしらを失っていない人間がこの場にいる事を喜ぶべきだ。

「少しだけ祈らせて。私が殺してしまった彼のために」

後ろの新田くんに断りを入れてから私は、彼が埋葬されている土山の前まで移動して、両手を合わせて目をつむる。
祈るなんて行為はただの自己満足なのかもしれない。
それでもこの言葉だけは言っておかなくてはならかなった。

「ごめんなさい。そして助けようとしてくれてありがとうございました」

罪悪感は和らぐことなく、今もこの胸を苛んでいる。
この痛みを抱え、前に進むことこそが彼に対する贖罪に他ならない。

「私は前に進みます」

正しいかは分からないけれど。
彼の望む正義とは違うかもしれないけれど。
それでも前へ。

【C-4 剣正一探偵事務所前/昼】
【新田拳正】
状態:ダメージ(中)、疲労(小)
装備:なし
道具:基本支給品一式、ビッグ・ショット、ランダムアイテム0〜2(確認済み)
[思考・状況]
[基本]帰る
1:クラスの面子を探す
2:脱出する方法を考える

【水芭ユキ】
[状態]:疲労(中)、頭部にダメージ(治療済み)、右足負傷(治療済み)、精神的疲労(小)
[装備]:なし
[道具]:ランダムアイテム1〜3(確認済)、基本支給品一式、クロウのリボン、風の剣
    ロバート・キャンベルのデイパック、サバイバルナイフ・裂(使用回数:残り2回)、ロバート・キャンベルのノート
[思考]
基本行動方針:この痛みを抱えて生きていく
1:ミロを探して許してもらう
2:夏美を探して守る
3:悪党商会の皆も探す
4:お父さん(森茂)に会って真実を確かめたい


261 : roots ◆H3bky6/SCY :2015/04/02(木) 01:53:55 9STjSB7I0
投下終了です


262 : 名無しさん :2015/04/02(木) 22:24:57 KQVzJWQU0
投下乙です
モノの良し悪しは分からないけど本質を見抜く拳正の観察眼鋭いな
輝幸を信用したのも拳正なりの理屈があったのか
ユキは悪徳商会について多少盲目的な所があってブレイカーズへの復讐心も危ういけど
それでも前に行くなら道が切り開けると信じたいな


263 : ◆VofC1oqIWI :2015/04/11(土) 12:30:54 p2LnZhaA0
ゲリラ投下します。


264 : CROWS/WORST ◆VofC1oqIWI :2015/04/11(土) 12:31:43 p2LnZhaA0

抗えぬ性に苛まれる悲劇の主人公だったのか。
それとも、生来の悪を持つ殺人鬼だったのか。

この世に生を受けたのは二十八年前。
生まれは郊外のしがない古本屋だった。
本に囲まれた静謐な時間の中で、僕は読書家の父に育てられた。
母親は知らない。顔も見たことが無いし、父親は母というものに関して何も話してくれなかった。
僕が母について問いかけても、ただばつの悪い表情を浮かべて黙り込むのみだった。

母への情念を抱く僕を黙らせる為か、或いは単純に読書家としての性か、父は頻繁に本を与えてくれた。
彼は本に関しては雑食だったが、主に推理小説を好んでいた。
正義の心を持つ探偵が事件に巻き込まれ、謎を推理し、真相を暴く。
思えば、父の好んでいた推理小説こそが僕の原点だったのだろう。
僕は父と同じように、本に没頭した。
書の世界に己を沈め、数多の物語を読みふけっていた。

思えば、全ての切っ掛けは“魔が差したこと”だったのだろう。

十歳を過ぎた頃から、僕は命に興味を持つ様になり始めた。
何の躊躇も無く潰される虫螻。
何の疑問も抱かれずに食い潰される家畜。
人間という尊ばれる掛け替えの無い命。
その差は何処から生まれるのだ。
幼き僕はただ当たり前のようにそんな疑問を抱いた。

いつしか僕は死を観察するようになっていた。
齢にして十一の頃、掴まえた蛙を掌の中で握り潰したことが始まりだった。
命とは何なのか。死とは何なのか。殺す者と殺される者の違いとは何なのか。
ただ力があるか、そうでないかという二元論でしかないのか。
疑問は際限なく膨れ上がり続け、僕の所業は加速した。

それらが本心だったのか、欺瞞に過ぎなかったのか、今の僕には最早解らない。

ある時、僕は虫螻を殺した。
欠片すら無くなる程に踏み潰した。
体液の様な何かが僕の靴の裏にこびり付いていた。

ある時、僕は蛇を殺した。
頭部を踏み潰された胴体がビクビクと痙攣を繰り返していた。
死骸はそこいらの川に投げ捨てた。

ある時、僕は子犬を殺した。
スコップで何度も何度も殴打してやった。
誰かに気付かれる前に傷だらけの死骸を土の中に埋めた。

ある時、僕は猫を殺した。
胴体を押さえ込み、刃物で首を綺麗に切断してやった。
殺害する瞬間、尋常ではない昂揚感が込み上げた。
生首と胴体は森の奥底に投げ捨てた。
鴉の群れに死肉を喰わせてやった。


265 : CROWS/WORST ◆VofC1oqIWI :2015/04/11(土) 12:32:16 p2LnZhaA0

十五になって間もない頃、僕は父親を殺した。
なんてことはない。ただ今までの延長線上の出来事。
今まで殺してきた動物と同じように、人間を殺した。
記憶している内ではそれが初めての殺人だった。

掻き切られた首を抑え、悶え苦しむ父親にとどめを刺した瞬間。
僕の胸の内に去来したのはどうしようもない罪悪感だった。
自分は一体、何故こんな取り返しのつかない行為をしてしまったのだろう。
僕はどうして殺生に拘っていたのだろうか。
何の為に殺しという悪徳を繰り返していたのか。
命の価値を確認したかったから?生命の生死に興味があったから?
生と死を分けるのは運命なのか、知りたかったから?
最初はそうだったのだろう。僕の殺生の原点は好奇心だったのだから。
だが、その目的は次第にすり替わっていた。
否、もしかすると、初めからそうだったのかもしれない。
それを僕が哲学的な動機という自己欺瞞によって頑なに否定していただけなのかもしれない。

兎に角、確かな事実は一つ。
「何かを殺す愉しさ」という悪徳への享楽に、僕は目覚めていたのだ。

父を殺した後、僕が初めに行ったのは心理的な自己保身だった。
僕の仕業じゃない。本当は殺したくなかった。僕は何も悪くない。
僕は普通の人間に過ぎない。
少し魔が差しただけだ。
普通の人間と同じように、魔が差して殺しただけなのだ。
そうだ、“あいつ”のせいだ。
“あいつ”に唆され、魔が差してしまったのだ。
“あいつ”が僕に『殺せ』と囁いていたのだ。

父を殺したことに罪の意識を感じた筈だったのに。
殺人者として逮捕される恐怖に屈してしまった。

父を殺した日、僕は“探偵”になった。
第一発見者のふりをして警察に通報した。
かつて父から与えられた数多の推理小説の知識を活用し、『店の常連客』を強引に犯人へと仕立て上げた。
結果、無実の罪を着せられた常連客は殺人犯として逮捕された。
それがある意味で、今の僕の始まりだったのだ。

それ以来、僕は若くして父親の古本屋を受け継いだ。
店を営む傍らで作家としての活動も始めた。
無論、父親を殺した所で己の中の殺人衝動が解消される筈も無い。
時折殺人衝動を発散し、己の殺人を『推理』によって隠蔽する。
『犯罪を隠蔽する』『他者の犯罪を仕立て上げる』という点において、僕は天才的な才能を持っていたのかもしれない。
幾ら人を殺せど“あいつ”は僕の下に訪れ続ける。
嫌だった。僕はただ父の下で普通に暮らしていたかっただけだったのに。
一体何故、僕は殺人を犯さなければならない。
嗚呼、誰か気付いてくれ。
この苦しみを理解してくれ。
僕は今も尚、悲鳴を上げ続けているのだ。
殺人衝動を抑え切れない自分にも、自己保身を繰り返す自分にも、いつしか嫌気が差していた。
そんな人生に空しさを感じつつ、結局罪を償うことも悪党になりきることも出来ない。
ただただ、この感情を理解してほしかった。


266 : CROWS/WORST ◆VofC1oqIWI :2015/04/11(土) 12:33:01 p2LnZhaA0
◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆

京極竹人は、俯せの体勢で倒れ込んでいた。
何度も荒い呼吸を繰り替えし、両足の苦痛に耐え続けていた。

「はぁ………くッ……あ…………」

第一回放送後、彼はセスペェリアを殺害した―――――否、正確には殺していない。
だが京極は彼女が死んだものと認識していた。
同行者を殺害してしまった罪悪感と恐怖により、彼はあの場から逃げ出した。
山を下り、草原を走り、無我夢中で走り続けた。
運動には慣れていない京極だが、恐怖に鞭を打たれたことで身体が無意識のうちに全力を振り絞っていた。
ただただ只管に、あの場から離れ続けたのだ。

「………クククッ、」

そうして進み続けた果てにC-9の廃校へと辿り着くことになる。
休息を取るべく校舎へと入り、適当な教室で暫く身を隠そうとしていた。
そんな京極を襲ったのはワイヤーによるトラップだった。
一階の教室へと足を踏み入れた直後、彼の両足に事前に仕掛けられていた極細のワイヤーが絡み付いたのだ。
そのまま勢い良く彼の両側の脛は引き裂かれ、成す術も無く転倒した。
デイパックを奪い取られたのも、その直後のことであった。

「クククク、カカカ、カーカーカーカカカカカカカ!!!」

そして時間は現在へと至る。
京極の背中を踏み躙り、哄笑を上げるのは一羽の“鴉”。
下品に、大仰に、彼は嗤う。嗤う。嗤う。
絶叫にも似た大袈裟な笑い声が教室に響き渡る。

「カカカカカカカカカカァ―――どうよ、今の気分は!?」

京極の命を手中に収め、鴉は心底楽しそうに問いかける。
その仮面の下から漏れ出ているのは僅かに乱れた息。
そんな鴉を、京極は僅かに視線を動かして見上げていた。

「お前はこれから死ぬことになる!この“鴉”がお前を徹底的に食い荒らす!」

京極の細く白い首筋に鋭利な鉤爪が突きつけられる。
それは自分はいつでもお前を殺せるのだという意思表示だった。
そして鴉は同時に彼の殺害を宣言する。
徹底的に、残虐に、どこまでも惨たらしく殺す。
彼の態度、声色からしてその意思は明白だった。

「さて、最期に何か言い残すことはあるかな?
 思いっきり泣き叫んでみるか?何なら絶望の怨嗟でも連ねてみるか?」

足の力を強め、京極の身体を踏み躙る鴉。
獲物を弄ぶ様な問いかけに対し、京極は何処か己の危機を客観的に見ていた。
最早諦観にも似た様な感情が彼の胸の内を支配していた。

―――――逃げられない。

嗚呼、これが僕に与えられた『罰』なのだろうか。
これから鴉面の殺人者によって命を奪われるのだろう。
数多の命を奪い、数多の人間を犠牲にしてきた僕への裁きがやってきたのだろうか。
あれほどまで保身の為に駆け回っていたというのに。
いざ死を直面にすると、まるで他人事のようにどうでもよくなってしまう。
否、元からそういう性分だったのかもしれない。
昔から僕は都合の悪い現実より目を逸らしてしまう傾向にある。
故に、今目前に迫っている『死』と言う事象に対しても、客観的な視点で見てしまうのかもしれない。

僕はここで死ぬだろう。
思い残すことは何だ。
そうだ――――――最期に。
僕が知りたいことが、一つある。

「………君は何故、殺人を犯す」
「あ?」


267 : CROWS/WORST ◆VofC1oqIWI :2015/04/11(土) 12:34:02 p2LnZhaA0
京極より投げ掛けられた突然の質問。
鴉は呆気に取られた様にぶっきらぼうな声を上げる。
沈黙の直後、彼の覆面の下から含む様な笑いが溢れる。

何故殺人を犯すのか。
ピーリィ・ポールと同様、そんな当たり前の質問を聞いてきたのだ。
おかしくならない筈が無い。

「決まってるだろう、楽しいからさ。悪徳が大好きだからさ!
 お前の目の前にいるのは最低でクソッタレな殺し屋だぜ?
 そんなこと聞くのは愚問って奴さ」
「…………そうか………」

両腕を広げ、どこか大袈裟な身振りでそう答える鴉。
彼の答えに対し、京極はどこか安堵したかの様な冷静な相槌を打つ。
京極の落ち着き払った態度に鴉は覆面の下で静かに眉間に皺を寄せる。
直後、京極の口がゆっくりと開かれた。


「『最低でクソッタレ』……それは違う。
 殺人は犯罪だが、その所業は所詮常人の範疇のものに過ぎない。
 殺意というものは……誰しも……当然の如く備えている物なのだから……」


震える声で、京極は語り始めた。
まるで殺人者である鴉に少なからず理解を示すかのように。
彼の所業に対する肯定を行うかのように。


「人を、殺人に駆り立てるのは…異常な環境でも…歪んだ精神性でもなく、…ほんの一瞬の意思なんだよ。
 言うなれば、魔が差したかどうか……犯罪者と非犯罪者を分かつのは…その一点に過ぎない」


―――――誰だって一度は誰かをぶっ殺してやると思ったことくらいはあるだろう?
―――――やらないのはやり方を知らないだけさ、一度やってみれば誰だって気づくよ。意外と大したことじゃないってね


鴉の脳裏に過ったのは、ほんの数時間前の己の言葉。
犯罪者と非犯罪者は決して別の存在ではない。
ただ実行出来たか、そうでないか。それだけでしかない――――全くの同類だ。
手段さえあれば、誰でも簡単に行える。
ほんの少し魔が差せば、簡単に境界を踏み越えられる。
足下の男は、鴉の思考と類似した論理を語っていたのだ。
「ただの獲物でしかない被害者」への認識が、唐突に「同じように一線を越えた加害者」へと変わる。


「そう、僕も…………魔が差してしまうんだ………
 心中で“あいつ”が姿を現す度に……僕は抗えなくなってしまう………
 殺したくないのに……殺したくなってしまう………殺したく………ないのに…………」


直後―――――京極の瞳から、ぽたりと雫が流れ落ちる。
感極まった様子で、彼は涙を流し始めた。
目の前の「殺人者」に対し、「同じ穴の狢」に対し、己の感情を吐露する。
自分は殺人者だ。だが、殺人者も非殺人者も根本は同じ。
魔が差したか、そうでないかの違いでしかない。
まるで己の罪に対する自己弁明を行うように、京極は殺人の正当化を行う。
彼の理性が悲鳴を上げ、抗えぬ性に関する釈明を行う。

いっそ、こんな理性さえ無ければ。
自分は彼のように楽になれたのだろうか。
京極は刹那の間にそんな思いを抱く。



「……君のようになれたら、僕はどれほど楽になれただろうか」



そう言って、京極は微かな諦めと憧れの混ざった眼差しで鴉を見上げた。
鴉の動きがぴたりと止まる。

「僕は、」

更に言葉を紡ごうとした京極の脇腹に―――――――爪先が突き刺さる。
ごふっ、と苦痛の声と共に彼は踞った。


268 : CROWS/WORST ◆VofC1oqIWI :2015/04/11(土) 12:34:51 p2LnZhaA0


「……今のお前の立場、解ってんだろ?」


苛立った様子の鴉が彼の脇腹に蹴りを叩き込んだのだ。
そして、二度目。
再び京極の脇腹に爪先が勢い良く捩じ込まれる。


「解ってんならさあッ!」


そして、三度目。
四度目。五度目。六度目。七度目。八度目。
京極の身に容赦のない蹴りが何度も何度も叩き込まれる。
次第に血反吐混じりの唾液が京極の口から吐き出される。
焦燥をしているかの如く、鴉は京極への暴力の勢いを強める。


「賢しらに語ってんじゃねえよッ!!」


そして、とどめと言わんばかりに全力の蹴りが叩き込まれた。
京極の身体が教室の床を転がり、残骸のように残されている机にぶつかった。
机が床に倒れ、がしゃんと喧しい音が響く。
京極は抵抗することも出来ず、ぼんやりとした表情で床に倒れ込んでいた。

荒い息を整えながら、鴉は横たわる京極を仮面の下で睨む。
彼の様子からは明らかな焦燥が伺えた。

鴉は思う。
苛々する。
焦燥と苛立ちが込み上げてくる。
最低の殺人者は自分、被害者はこの男だ。
だというのに、こいつの眼は何だ。
こいつの饒舌な口は何だ。
泣くんだったら、もっと泣き喚け。恐怖しろ。絶望しろ。俺を畏れろ。
俺を最低最悪のクズ野郎として蔑め。

そうしなければ、案山子の奴を後悔させてやることが出来ないじゃないか。

鴉は焦っていた。
断罪者・案山子から与えられた『罰』が彼を蝕んでいた。
宿敵と思い込んでいた相手が、自身のことなど歯牙にも掛けていなかったという滑稽な結末。
断罪者を弄んでいた筈が、その実断罪者に弄ばれていたという真実。
復讐すべき断罪者は既にこの世にいない。
案山子は己の死を以て悪党を道化へと貶めた。
故に道化は悪足掻き同然の復讐を画策した。

他者を徹底的に踏み躙り、殺戮の限りを尽くす
この殺し合いを最悪な惨劇へと貶める。
救いも希望も、全てこの鴉が残忍に喰い漁る。
案山子が己を放置して死んだことを必ず後悔させる。

「――――はァーーーーッ………」

迷走する鴉は溜め息を吐き、横たわる獲物を見下ろす。
全てを諦め切った様な男の表情に苛立ちを覚えながら、拳を強く握り締める。
そのまま彼の傍へと、よろよろと歩み寄った。

普段ならばこの程度の相手に苛立つ訳が無い。
そもそもこいつの言い分は理解の範疇だし、共感出来る部分もある。
ピーリィ・ポールの時のように、適当に弄ぶことが出来た筈だ。
だというのに。
何故だ。何故だ。何故だ何故だ、畜生。
何でこんなに惨めな気分にならなくちゃあいけないんだ。
ふざけやがって。
生き残っているのは俺だ。案山子じゃない。
勝ったのは俺のはずなんだ。
あいつを後悔させられるのは、この俺だけだ―――――――





そして京極の頭部を鉤爪でかち割ろうとした瞬間。
カラン、コロンと奇妙なプラスチックの音が教室に小さく響き渡る。





「…………は、」
「え?」


僅かに声を上げた鴉。
ぽかんとした表情を浮かべる京極。
先に状況を理解したのは、危機察知に長ける鴉の方だった。

足下に転がっていた『手榴弾』を鴉が目の当たりにする。
鴉は咄嗟に両足を躍動させ、その場から動いた。
そのまま勢い良く扉を突き破り、廊下へと飛び出す。
次の瞬間、京極の取り残された教室内で強烈な爆炎が迸った。


269 : CROWS/WORST ◆VofC1oqIWI :2015/04/11(土) 12:35:37 p2LnZhaA0
◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆



「―――――よっとォ」



爆炎によって一部分を焼き尽くされた教室。
開かれた窓辺を乗り越え、一人の影が屋内に入り込んでくる。
黒い長髪。漆黒のセーラー服。華奢な体付き。
一見すれば女学生にしか見えないその風貌。
だがその瞳に宿された戦意、その口元の不敵な笑みは、彼女が―――――彼がただの青年ではないことを物語っている。


「いっちょあがり、って訳でも無さそうだな」


りんご飴。
狂犬とも称される生粋の喧嘩屋。
狂気的かつ理性的。そんな二つの一面を併せ持つ戦闘狂。
彼こそが教室に手榴弾を投げ込んだ張本人だった。

ディウス、空谷葵への復讐も彼にとっては重要だ。
だが、恐らく彼らはあの場から離れているだろう。
ディウスの様子からして、葵を制御している可能性が高い。
故に二人が交戦に至ることはないと一応の判断を下す。
そして残るは瀕死のミリアのみ。彼女を仕留めるのは余りにも容易い。
恐らく、自分が飛ばされている間で既にどこかへと移動しているだろう。
そう判断し、彼は取り敢えず近場の廃校へと移動し―――――窓越しに二人の参加者を発見したのだ。
故に彼は襲撃を仕掛けた。
回復錠剤の代償として、他の参加者を仕留めなければならないのだから。

教室の様子を見て彼は即座に理解した。
廊下に通じる扉が乱雑に開かれている。
あの鴉面―――――――恐らく噂に聞く殺し屋『鴉』。
あっちの方には逃げられたか。



「………あァ…………が………あ………」



そして、りんご飴は教室の隅へと視線を向ける。
顔を無惨に焼かれ、胴体を満遍なく焼かれた男――――京極竹人が倒れている。
奇跡的に息はあるものの、爆破による衝撃で壁に叩き付けられた右腕があらぬ方向に折れ曲がっている。
その眼の焦点すら合わず、上の空を愕然と見つめている。
言葉としては受け取れぬ呻き声を上げ、左腕で床を掻き毟るように這いずろうとしていた。


「ま、こっちの方はもう虫の息か」


重傷を負った京極に興味を示すことも無く、彼は廊下の方へと眼を向ける。
この男の命は最早風前の灯。放っておいても勝手に死ぬだろう。
数多の視線を乗り越え、数多くの死を垣間見てきたりんご飴だからこそ即座にそう判断出来た。


「残るはあの“鴉”一匹―――――」


既に瀕死の獲物に興味は示さない。
肝心なのは『生きている方』だ。
手榴弾の爆撃から逃げ延び、命を拾っている“鴉”。
彼はりんご飴の標的に選ばれた。


「さて、狩りの始まりだ。覚悟しやがれトリ公」


270 : CROWS/WORST ◆VofC1oqIWI :2015/04/11(土) 12:36:14 p2LnZhaA0
◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆

奔る。奔る。奔る。
一羽の鴉は逃げるように廊下を駆け抜ける。
今の彼は狩られる側だった。
まだ断罪者が生きていた頃と同じように、彼は敵から逃げていた。

足の速さには自信がある。
あの案山子からは何度も逃げ切っている。
警察の追跡も悉く振り切ってきた。
それらは単純な身体能力のみならず、優れた直感と危機認識能力によって培われたものだ。
卓越した逃走能力。それこそが此処まで鴉の命を繋いできた技能だった。

「クソ、クソッ―――――――――!」

だが、今の彼は冷静さを失っていた。
苛立ちと焦燥が頭の回転を妨げている。
どう進めば逃れられるのか。
どう奔れば抜け出せるのか。
どうすれば敵を撒けるのか。
普段ならば容易く割り出せる思考ですら上手く機能しない。
羽を広げられぬ鴉は、ただ我武者らに地を駆けるのみだった。

今は兎に角奔るしかない。
校舎の玄関口を飛び出し、廃校から離脱しようとした矢先。
疾走を続けていた鴉は唐突に両足にブレーキをかけた。
その場で立ち止まり、目の前に立ちふさがる『敵』を見据える。



「よーう、あんた鴉だよな」



鴉の前に立ちはだかったのは、セーラー服を身に纏った青年。
その口元に予想通りと言わんばかりの不敵な笑みを浮かべる。
先程鴉を狙った喧嘩屋――――りんご飴だ。
りんご飴は鴉の行動を予測し、事前に先回りをしていたのだ。

「――――――ッ!」

覆面の下で鴉は舌打ちをする。
その異様な風貌、身に纏う雰囲気を目の当たりにし、すぐに相手が何者であるかを認識する。
殺し屋と幾度と無く交戦してきたという喧嘩屋。
ヒーローの協力者としてブレイカーズと戦う戦闘狂。
通り名は「りんご飴」。
その凶暴性、危険性は鴉も認識していた。
敵に回して下手に逃げられる相手ではない。
否―――――今の自分では、逃げ切ることが出来ない。

最早逃げ場はない。
こいつを倒さない限り。

瞬間、鴉の衣服の左袖から複数本のワイヤーが姿を現す。
ピーリィ・ポールから奪い取ったランダムアイテム、その内の最後の一つ。
先程に京極竹人が引っ掛かったトラップもこのワイヤーによるものだ。
暗殺・戦闘用に改造されたそれは人間の身体をも引き裂く威力を持つ。

間髪入れず、無数のワイヤーが勢い良く鞭のように振るわれる。
狙うは―――――棒立ちのりんご飴。


271 : CROWS/WORST ◆VofC1oqIWI :2015/04/11(土) 12:36:49 p2LnZhaA0

しかし、りんご飴はただぼんやりとそれを眺めていたのではない。
優れた動体視力でワイヤーの動きを見切っていたのだ。


「っとォ!」


瞬間、りんご飴が動き出す。

曲芸めいた動きによる回避。
身を屈めて紙一重の回避。
踊る様なステップでの回避。

何度も鞭のように振り回される銅線を悉くいなし、獣の如く身を屈めつつ鴉へと接近。


「チィッ―――!」


迫り来るりんご飴を見据え、鴉は咄嗟にワイヤーを引き戻す。
そのまま間髪入れずに右腕の鉤爪を振り上げた。
獰猛な凶器が華奢な身体を引き裂かんと迫る――――が。


「遅ェよ」


接近の勢いを利用し、鉤爪を回避しつつ鴉の真横を通過。
鴉は咄嗟に振り返り、擦れ違ったりんご飴の方へと向き直そうとした。


直後、鈍い打撃音が響き渡る。
鴉が振り返った瞬間に叩き込まれたのは、りんご飴の回し蹴り。
鴉の身体が回転しながら勢い良く吹き飛ぶ。


ドシャリと地面に叩きつけられ、覆面の下で咽ぶ。
地面に踞る鴉に決定的な隙が生まれる。
それを見逃すほどりんご飴は甘くなかった。
再び地面を蹴り、小刻みな動きで鴉へと接近。
そのまま倒れ込む鴉目掛けて、跳躍と共に踵落としを放った。
しかし鴉は咄嗟にその場から転がり、攻撃を回避。
一定の距離を取った鴉は起き上がりがら左腕を振るう。

直後、再び無数のワイヤーがりんご飴へと迫る。
踵落としによって隙を生じさせた彼には回避することも出来ず――――!


「残念、引っ掛かったのはあんたの方だ」


――――出来ない筈だった。
予想通りと言わんばかりの不敵な笑みを浮かべるりんご飴。
体勢を整えつつ、デイパックより勢い良く『それ』は引っ張り出される。
ワイヤーが目前に迫ったりんご飴の両手に、強引に握り締められ。



「おッらああああァァァッ!!!!!!!!」



デイパックから引っ張り出した勢いを乗せ、それは振り回される。
魔斧グランバラス。三条谷錬次郎より奪い取ったランダムアイテムだ。
大質量を持つ斧が振り回され、刃と柄で強引にワイヤーを絡み取る。


272 : CROWS/WORST ◆VofC1oqIWI :2015/04/11(土) 12:37:30 p2LnZhaA0

「――――――――ッ!!!」


斧にワイヤーを絡め取られ、鴉の体勢が崩れた。
斧が振り回される遠心力によって身体がワイヤーごと引っ張られる。
即座にワイヤーを取り外そうと試みるも既に遅く、彼の身体は校舎の壁に叩き付けられる。
凄まじい勢いによる衝撃は、彼の全身の臓器を揺るがした。


「ごは……が……ッ!」


壁に叩き付けられ、鴉は覆面越しに血液を吐き出す。
先程の衝撃で内臓を損傷したようだった。
腹部を抑えながらも、何とか立ち上がろうとする。
内臓の損傷、脳震盪の双方故か、その動きはよろめいており。
そんな一瞬の隙が、鴉に取っての命取りとなる。




カチャリとピンが抜き取られ。
それは放り投げられた。
先程放たれたものと同様の――――――手榴弾。
咄嗟に躱そうとした鴉が、爆炎によって吹き飛ばされた。





かろうじて四肢の欠損を免れた鴉が地面に踞る。
全身を焼かれ、何度も咽び、荒い息を吐き。
誰が見ても即座に理解出来る様な、重傷。


「おい、鴉チャンよう」


対するりんご飴は、余裕の態度。
傲岸不遜に笑みを浮かべ、鴉を見据え続けている。
無論、その身に傷一つ付いていない。



「そんなもんかよ、もっと死ぬ気で掛かってこいよ」



挑発的に、嘲笑うように、りんご飴は言い放った。
それを見上げるのは、羽を捥がれた一羽の黒鳥。

鴉は殺し屋だ。
暗殺者としての腕は間違いなく高い。
数多くの依頼を遂行し、数多くの死線を乗り越えてきた。
そこいらのチンピラに遅れを取る様な人物ではない。
彼は飛び切りの悪党であり、あの案山子から逃げ延び続けた犯罪者なのだから。
だが、彼の専門はあくまで『暗殺』だ。
生粋の戦闘者と正面切って戦うことよりも、標的の隙を突き首をかすめ取ることを得意とする。
敵と戦って切り抜けることよりも、敵を出し抜きその場から逃走することに長けている。
小物には決して遅れを取らない。それだけの実力はある。
しかし戦闘者ではない。あくまで彼は殺し屋なのだから。


対するりんご飴はどうか。


彼は数多くの殺し屋との死闘に乗り出し、その悉くを生き延びてきた。
それどころか、複数人の殺し屋を倒したという実績すら持つ。
その実力はヒーローからも買われており、ジャパン・ガーディアン・オブ・イレブンの『ボンバー・ガール』とコンビが組まれる程だった。
卓越した戦闘センス。『殺し屋』との百戦錬磨の戦闘経験。
それらを併せ持つりんご飴が、鴉を圧倒するのは道理だった。


273 : CROWS/WORST ◆VofC1oqIWI :2015/04/11(土) 12:38:46 p2LnZhaA0
◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆



何故だ。
何でだ。
何で、勝てない。

大火傷を負い、踞る鴉はりんご飴を見上げる。
無傷かつ余裕の彼とは違う。
鴉の身は重傷だ。まともに身体を動かそうとするだけで傷が痛む。
最早戦うことは出来ない。
完全に、負けていた。




(畜生。何でだ、何故、勝て、逃げ、逃げられ―――――――――)




心中で呪詛のように鴉が呟く。
何故勝てない。
俺は鴉だ。断罪者と敵対する生粋の悪党だ。
俺はあの案山子からも逃げ延びてきた存在なのに。
何故こんな、チンピラ一人に手子摺っている。
疑問と苛立ち、怒りが胸の内より込み上げてくる。

何故だ。
俺は、鴉だ。
あの案山子に“勝利”した、ただ一人の――――――――





(―――――――あ、)





その瞬間、彼の脳裏に記憶が過る。


274 : CROWS/WORST ◆VofC1oqIWI :2015/04/11(土) 12:39:41 p2LnZhaA0
断罪者を名乗る案山子との出会い。
正義を称する案山子との敵対。
案山子を嘲笑うべく、弄ぶべく、その実力を磨いてきた。
あの日以来、自分は案山子と戦い続けてきた。
案山子から幾度と無く逃げ続けてきた。
正義というものが大嫌いだったから。
鴉は悪党として、案山子という断罪者との追いかけっこを続けてきた。




「……カ、カ、カカ、カ」



だが、案山子が自ら死を選んだ。
残虐なシリアスキラーと信じてきた案山子は。
自ら裁かれる時を選んだ。
正義と悪の争いは、そんな呆気ない結末で終わりを告げた。
思い返せば返す程、笑いが込み上げてくる。
自分の情けなさが、滑稽さが、解ってしまう。





「カーカーカカカカカカカカカカカカカ、カカカカハハハハヒヒヒャハハハハハハハハハハハハアァッ!!!!!!!!!!」






案山子に“負けて”。
鴉は“死ぬ”。
それこそが、最期の罰。
案山子を失い、案山子によって屈辱を与えられた鴉は取り乱し、自らの嘴によって羽を削ぎ落とす。
鴉はようやく全てを理解した。
自分は、自分の考えていた以上に案山子に執着していたということを。
彼を嘲笑い、見返すことこそが己の存在意義となっていたことを。
彼が鴉という悪に対し『対決』してくれるのを望んでいたということを。
だが、案山子は敢えて自らの命を他者に差し出した。
己が生み出した復讐者に対し、死を選んだ。
そう、鴉のこと等気にも留めずに。





案山子が自ら死を選んだ時点で。
鴉は、敗北していたのだ。





.


275 : CROWS/WORST ◆VofC1oqIWI :2015/04/11(土) 12:40:31 p2LnZhaA0



「これが、罰って奴かよ!なあ、おい!!」


鴉が取り乱すように叫ぶ。
身体の傷など構うことも無く、狂ったように嗤う。
笑う。嗤う。嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う。
まるで悲鳴の様な、絶望の様な、狂気的な叫びを上げる。



「罰なんか、認めてたまるかよ!俺は鴉だ!!お前から生き延びた、たった一人の悪党だッ!!」



認めてたまるものか。
こんな結末があってたまるか。
絶望はいつしか憤怒へと、憎悪へと変貌していく。
己を最悪の形で裁いた案山子への怒りで、叫び続ける。
故に彼は生きることを望む。
この殺し合いに勝ち残ることを望む。
決して認めはしない。

俺は、案山子に勝ったんだ。
生きているのは俺だ。
案山子に裁かれたことなど、有り得ない。
決して俺は、裁かれない。






「俺は、お前にッ、裁かれなんて、しねえんだよ案山子イイイイイイイィィィィィィィィィィィッ!!!!!!!!!!!!!!!」






絶叫にも似た咆哮。
鉤爪を構え、形振り構わず鴉は突撃。
最早策も駆け引きも、何一つ存在しない。
己の感情を爆発させた、無謀な特攻。



振るわれた鉤爪の刃が、りんご飴に迫る。
その軌道は容易く読み取れる。
身を屈めるだけで、軽く避けられた。

必死に声を荒らげ、何度も鉤爪を振るう鴉。
それらを全て躱す。りんご飴は躱し切る。
噂に聞くものろは程遠い、我武者らで滑稽な姿だ。

だが。
そんな必死で、無様で、焼けっぱちな彼の姿は。
りんご飴の眼に確かに焼き付いていた。
自分の感情を剥き出しにした狂犬、悪党こそが。
彼が好む『敵』なのだから。
皮肉にも、己を失った鴉はりんご飴に気に入られたのだ。





「――――――――悪くねェじゃねえか、“鴉”」




ニヤリと笑みを浮かべたりんご飴が、グランバラスを振り上げる。
魔斧の刃によって鉤爪が弾かれ。



鴉の首が勢い良く跳ね飛ばされた。


276 : CROWS/WORST ◆VofC1oqIWI :2015/04/11(土) 12:41:05 p2LnZhaA0
◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆



息が上手く出来ない。
身体が熱い。痛い。苦しい。




「あ……あ、あ………………」




焼かれた教室の内部。
這いずっていた京極竹人は、仰向けの姿勢になりぼんやりと天井を見つめていた。
ああ、僕はこれから死ぬのだろう。
死を恐れていた筈なのに。
自分に与えられる裁きを畏れていた筈だったのに。
今は不思議と清々しい気分だった。

ようやく、“あいつ”から解放されるのかと思うと。
いっそ死ぬことも悪くないかなと、そう思えるようになってきた。

思い残すことは幾つもある。
父を殺してしまったあの日から、僕は後悔してきた。
人を殺さなければならない性を背負ってしまった自分を呪っていた。

自分の苦しみを、誰かに理解してほしかった。
誰にも理解されない悲しみを知ってほしかった。


本に囲まれた静かな世界で。
普通に歳を重ね。
普通に死にたかった。
そう、魔が差して道を踏み外すことも無い様な、普通の人間のように。
ただ――――――平凡に生きたかった。
そんなささやかで詰まらない願いが、京極竹人にとっての切実な望みだった。
殺人鬼が唯一望む幸せだった。


「……は、は……………」


これが自分に与えられた罰か。
そう思うと、口から笑いが溢れてきた。

走馬灯のように、過去の記憶が流れ込んでくる。
書に包まれし静謐な空間。
物静かで優しかった父親。
ただ無心で本を読みあさっていた日々。

そして。
初めて何かを殺した時。
初めて父親を殺した時。
初めて他者に罪を被せた時。
探偵へとなった時。
数多の人間を殺してきた、かつての記憶。
それらは平等に頭の中へと傾れ込んでくる。

そんな死の間際に、彼は思い出した。
思い出せなかった『ある記憶』を蘇らせた。






『―――――――どうやら君は、“失敗”のようだ』






記憶の片隅に微かに残っていたのは、幼き僕の前で不敵に笑う帽子の男。
唐突に脳裏を過った彼は何者なのか。
それを思い出す前に、彼の意識は闇の中へと墜ちた。


277 : CROWS/WORST ◆VofC1oqIWI :2015/04/11(土) 12:42:04 p2LnZhaA0
◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆




先に逝った宿敵に翻弄される悲劇の悪役だったのか。
それとも、道化へと墜ちた無様な殺人鬼だったのか。




誰もいなくなった廃校の玄関にて。
一羽の鴉が散っていた。





【C-9 廃校/昼】
【りんご飴】
[状態]:疲労(小)、『ハッスル☆回復錠剤』使用
[装備]:M24型柄付手榴弾×2 魔斧グランバラス、デジタルカメラ、ブレイカーズ製人造吸血鬼エキス、ハッスル回復錠剤(残り2錠)
[道具]:基本支給品一式×3、鍵爪、サバイバルナイフ、超改造スタンガン、ワイヤー複数本、超形状記憶合金製自動マネキン、お便り箱、ランダムアイテム0~2(京極竹人の支給品)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いの中でスリルを味わい尽くす。優勝には興味ないが主催者は殺す
1:ディウスと空谷葵を殺す
2:6時間以内に一人、12時間以内に三人殺害する。
3:参加者のワールドオーダーを殺す。
4:ワールドオーダーの情報を集め、それを基に攻略法を探す
※ロワに於けるジョーカーの存在を知りましたが役割は理解していません
※ワールドオーダーによって『世界を繋ぐ者』という設定が加えられていました。元は殺し屋組織がいる世界出身です
※6時間以内に一人殺害、12時間以内に三人殺害のどちらかが達成できなかった場合、首輪が爆発します。
 現在二人殺害済みです。


[ワイヤー]
戦闘・暗殺用に改造された極細のワイヤー。複数本支給。
物体の切断や対象の絞殺などに使える。
アサシンの商売道具の一つだが、ガントレットやナイフと比べると使用頻度は低い模様。




【京極竹人 死亡】
【鴉 死亡】


278 : 名無しさん :2015/04/11(土) 12:42:27 p2LnZhaA0
投下終了です。


279 : 名無しさん :2015/04/11(土) 13:29:36 4hHxWCmQ0
投下乙です
鴉……とうとう脱落しましたか。案山子先生は死後も凄い影響力ですよね
帽子の人、もしかしたらあの人……?


280 : 名無しさん :2015/04/11(土) 15:46:27 wvJW5Ckk0
投下乙です
京極の死の間際に現れた「魔」が差すの「魔」の正体にはゾクリと来るな
ある意味では幼少期の頃から既にロワに巻き込まれてたようなもんだよな…

磨きぬかれた特殊能力に近い勘を持っていた鴉さんだけど
百戦錬磨のりんご飴との絶対的な実力差は埋められなかったか
お気に入りの案山子に見捨てられた時点で既に負けていた鴉が
りんご飴に気に入られて殺されるっていうのも本当に皮肉な話だな


281 : ◆H3bky6/SCY :2015/04/11(土) 19:04:26 3ZJyemBc0
私も投下します


282 : 全体幸福のために為すべきことは ◆H3bky6/SCY :2015/04/11(土) 19:05:37 3ZJyemBc0
深い眠りから、剣神龍次郎が目を覚ました。
ゴキン、ゴキンと首を鳴らし、大欠伸を噛み殺す。
腹時計の具合からして、眠っていたのは二時間ほどだろう。

「キュキュー」
「おお、チャメゴン」

眠っている間も傍らに付いていてくれたのか。
主の復活に歓喜するようにチャメゴンは龍次郎の体を駆け上がり、己の定位置である肩の上に乗った。
龍次郎は指先でその頭を撫でると、シマリスを肩に乗せたままゆっくりと立ち上がる。
そして自らの顎を擦るようにして魔王ディウスとの激戦によるダメージの回復具合を確かめた。

完全ではないが歯はそれなりに生え変わった様だ、噛みつきに使えるほどではないが少なくとも食事くらいはとれるだろう。
体力は睡眠により幾分か回復したが、やはりまだ相当のダメージは残っている。
と言うより蓄積されたダメージは常人ならまだ動く事すらできないどころか、そもそも生きてるのがおかしいレベルのダメージである。
流石の龍次郎とて、あまり無茶はできる状態ではなさそうだ。
しかし、龍次郎はそれをおくびにも出さず、悠然とした足取りで研究所の瓦礫の前に立ち尽くすミルの前へと歩を進める。

「ミルよ。俺が眠っている間に判明した仔細を報告せよ」

ミルの前に立った大首領は開口一番そう言った。
だが報告しろと言われても、ミルは眠る前の龍次郎から何の指示も受けた訳でもない。

「どうした? よもや、この俺が眠っている間、遊んでいた訳でもあるまい?」

当然の事のようにブレイカーズの大首領は問う。
龍次郎は敵の大将首を打ち取るという戦果を果たした。
ならばお前はその間何をしていたのかと、そう大首領は聞いている。
それは言われねば義務を果たせぬような無能はブレイカーズにはいらんと言外に告げていた。

無論、ミルとて一流の科学者だ。時間を無駄にするほど愚かではない。
龍次郎が眠っている間に、彼が手に入れた二つの首輪を拝借し、出来る限りの調査は行っている。
その上で、得ることのできた成果も確かにあった。

「……専門的な道具があるわけではないから、簡単な検査しかできてなかったのだが、首輪についてある程度の結果は出たのだ」

そう言うミルの表情はどういう訳か僅かに暗い。
龍次郎が眠っている二時間の間に、ミルは爆散した研究所跡から使えそうな道具を幾つか見繕って二つの首輪に対してアプローチを開始した。
とはいえ分解して中身を精査するなどという踏み込んだ調査をこの環境でできるはずもなく。
出来たのは精々、非破壊で内部構造を簡単に把握する程度の事だったのだが、そこから判明したある事実がミルの表情を曇らせていた。
ミルは目の前の龍次郎に見せつける様に、右腕と左腕に魔王ディウスと、ディウスが持っていた誰かの首輪をそれぞれ持つ。

「調査の結果――――この二つの首輪は、全くの別物だという事が判明したのだ」
「ほぅ」

その意外な結果に龍次郎が目を細める。
二つの首輪の内部構成が根本的に違う。この結果が何を意味しているのか。

可能性はいくつか考えられる。
ただ単に異物が紛れ込んだのか、それともどちらかが特別性の首輪でもつけられていたか。
最悪の可能性として考えられるのは、参加者全員の首輪の構成が異なるという可能性である。
そうなると首輪の解析は意味をなさなくなってしまう。

「なるほど。しかし結論を出すにはサンプルが足りんか」

ミルはこの言葉に頷きを返す。
最低限の証明するにしてもあと一つ。三つ目の首輪が必要だろう。
三つ目の首輪がどちらかと同じ構成であると判明すれば、確証こそ持てないモノのどちらが汎用型かの中りが付けられ、調査は進められる。
だが、逆にどちらとも一致しない第三の構成であった場合は絶望的な可能性が見えてしまうのだが。

「それならば、すぐに進めるがよい」
「進めようにももう首輪が……」
「何を言う。サンプルなら、そこにもう一つあるではないか」

重々しい声と共に、龍次郎が視線である方向を指す。
ミルがその視線の先を追えば、そこには両腕を揃えて寝かされたミリアの死体があった。
確かにその首には、参加者の証である首輪がついている。

「そ、それは」

ミルは言葉に詰まる。
確かにそれを使えば問題は解決する、そんなことはミルも分っている。
だが、それは自分を文字通り命懸けで守ってくれたミリアの首を切り離すという事だ。
頑張って頑張り抜いた彼女をこれ以上傷つけるマネなどできるはずが――。


283 : 全体幸福のために為すべきことは ◆H3bky6/SCY :2015/04/11(土) 19:06:01 3ZJyemBc0
「どうした? 何か問題でもあるのか?」

威圧するような声で龍次郎が問いただす。
そこに居るのは冷酷な悪の大首領としての剣神龍次郎であった。
わざわざ問いたださずとも、首輪の調達など独断で実行してしまえばいいものを。
それをせずわざわざミルへと決断を迫るのは、その覚悟を問うているのか。

彼は身内には甘い男だが、同時に彼が身内と見なすには高いハードルがある。
強者にはその強者たる力を誇示する義務がある。
その義務を果す覚悟無きものは、龍次郎にとっては切り捨てるべき弱者である。
仮にここでミルを切り捨て首輪の研究が大きく後退しようとも、そんなものに頼るくらいならそうなったほうがマシであると、本気でそう考える程に龍次郎の思想は苛烈である。

ミルは決断を迫られ、ミリアを見つめながら奥歯を噛んだ。
嘗ての師の言葉がミルの脳裏に蘇る。
『科学とは全体幸福のために滅私し奉公する学問である』
それは当時のミルには理解できない言葉だった。

ミルは科学者として自他ともに認める天才だった。
天才だったが、その力を私利私欲のためにしか使わない男でもあった。
私利私欲と言っても悪事を行うという方向性ではなく、日々を愉快に面白おかしく過ごそうという、愉快な方向にのみその技術は費やされた。
周囲はそれをくだらないと揶揄し、同じ研究者からはあいつは終わったなどと蔑まれたが、そんなことは気にも留めなかった。
それで実際面白おかしく暮らせてこれたし、気の合う仲間も増えた。
彼にとってはそれが全てで、それでよかった。
これまでは。

「何を黙している? あの首輪を使う事に何か問題があるかと聞いているのだ」

悪の大首領が問う。
決断しなくてはならなかった。

ミルにとって科学とは楽しさの象徴であり、辛さや苦しさとは無縁のものであった。
天才であるが故、行き詰ることもなく、思い悩むこともない。
だがそれでも、自分を守ろうとして命を懸けたミリアや葵の姿を見て、何も思うところがない訳がないだろう。
辛いからと言って、この決断から逃げ出すわけにもいかない。
彼女たちが何のために命を懸けたのかを思えば、答えなど初めから決まっていた。

「問題はないのだ。その首輪を――――使おう」

ミリアは既に死亡しており、ミリアを殺害したのはディウスだ。
力のないミルでは人の首を落とすことは難しい、恐らく実行するのも龍次郎になるだろう。
それでも彼女の首を落とすのはミルの決断であり、ミルの意思だ。

科学者として、全ての参加者の幸福ために、私情を滅し少女の死を辱める。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「――――結果が出たのだ」

ミリアの首輪を握りしめミルが龍次郎の前に立つ。
その声にはこれまでのミルとは違う、強い決意が篭っていた。

「ミリアの首輪はディウスが元から持っていたもう一つの首輪と殆ど同一のものだったのだ」

その報告を受け、龍次郎が深く頷きを返す。

「つまり、ディウスの首輪が特別性で、残り二つが汎用型の首輪だったという訳か。まあ予測通りの結果ではあったな」
「うむ。断言はできないが、その可能性が高いのだ」

元よりディウスという存在の強力さを思えばその予測は立てられた。
だが予測に過ぎない段階と、ある程度の確証が得られたのでは天と地ほどの違いがある。
今後は汎用型の首輪を中心に調査すればいいという指針が立ったと言うのは大きい。


284 : 全体幸福のために為すべきことは ◆H3bky6/SCY :2015/04/11(土) 19:07:03 3ZJyemBc0
「けれど、これ以上の調査を行うには、やはり機材が足りないのだ」

いかにミルとはいえ、間に合わせの材料で確認できるのはこれが限界。
これ以上はしっかりとした設備の整った環境が必要となる。
一番設備が整っていそうな研究所が吹き飛んでしまったのは痛手だが、まだ希望が潰えたわけではない。
龍次郎が地図を広げて周囲の施設を確認する。

「この近くで使えそうな道具がありそうなのは、工房辺りか」
「いや、それよりもミル的には地下実験場の方が……」

そこまで話していて、はたと気付いた。
首輪の調査に集中していたため気付かなかったが、そこにあるはずのミリアの死体消えていることに。

見れば、ミリアが居たはずの場所には地面を掘り返して埋めた跡があり、そこにチャメゴンが小さな花を添えいた。
恐らくそれはミルがミリアの首輪を調査している間に龍次郎が行ったモノだろう。
意外な人物の意外な行動にミルが思わず視線を向ける。

「…………龍次郎」
「ふん。何を意外そうな顔をしている。
 この女はワールドオーダーを打倒せんと言う我らブレイカーズの目的の礎となったのだ。礼は尽くすが道理であろう」

当然の事のように断言する。
義を尽くすその態度は、極悪非道なブレイカーズの大首領という世間の評価とは一致しない。
だが、先ほどミルを切り捨てようとしたように、弱者を切り捨て己が目的のためなら他者を厭わぬその姿勢もまた真実だろう。
果たしてどちらが剣神龍次郎の素顔なのか。
風評でしか剣神龍次郎という男を知らぬミルにはまだ判断がつかない。

「まだ何か言いたげだが?」
「いや、もういいのだ。それよりも、次の目的地に向かうのだ、この首輪を早く研究したい」

それは問うべきことではない。
その真実は、己の眼で見極めなければならないモノなのだろう。

【C-10 研究所跡前/昼】
【剣神龍次郎】
[状態]:ダメージ(大)
[装備]:ナハト・リッターの木刀、チャメゴン
[道具]:基本支給品一式、謎の鍵、ランダムアイテム1〜3個
[思考・行動]
基本方針:己の“最強”を証明する。その為に、このゲームを潰す。
1:工房か地下実験場を目指す
2:協力者を探す。ミュートスを優先。
3:役立ちそうな者はブレイカーズの軍門に下るなら生かす。敵対する者、役立たない者は殺す。
※この会場はワールドオーダーの拠点の一つだと考えています。
※怪人形態時の防御力が低下しています。
※首輪にワールドオーダーの能力が使われている可能性について考えています。
※妖刀無銘、サバイバルナイフ・魔剣天翔の説明書を読みました。

【ミル】
[状態]:健康
[装備]:悪党商会メンバーバッチ(1番)
[道具]:基本支給品一式、フォーゲル・ゲヴェーア、悪党商会メンバーバッチ(3/6)、オデットの杖、初山実花子の首輪、ディウスの首輪、ミリアの首輪、ランダムアイテム0〜4
[思考・行動]
基本方針:ブレイカーズで主催者の野望を打ち砕く
1:首輪を絶対に解除する
2:亦紅を探す。葵やミリア、正一の知り合いも探すぞ
3:葵を助けたい
4:ミリアの兄に魔王の死と遺言を伝える
※ラビットインフルの情報を知りました
※藤堂兇次郎がワールドオーダーと協力していると予想しています
※宇宙人がジョーカーにいると知りました
※ファンタジー世界と魔族についての知識を得ました
※首輪に特別性のものがあると知りました


285 : 全体幸福のために為すべきことは ◆H3bky6/SCY :2015/04/11(土) 19:07:16 3ZJyemBc0
投下終了です


286 : 名無しさん :2015/04/11(土) 21:13:44 itVJJKW20
投下乙です
全体幸福のために自分のポリシーを捨てざるをえないミル
今までの犠牲は彼に暗い影を落としてますね

一方ぶれない龍次郎にもワイルドなかっこよさがありますね
しかし、彼は放送でミュートスの死を知って何を思うんでしょうか


287 : 名無しさん :2015/04/16(木) 23:23:43 tbhqjJUE0
投下乙です
能力はロワにおいて最重要クラスだけど精神性がいまだロワに順応してないミルだったけど
ついに己の意志でミリアの首輪を取ることを承諾、可愛そうだけどこのまま一刻も早く打倒主催の兆しをつかむのがミリアや正一の意志だろうな…
対する龍次郎も首輪は取るが埋葬もする清濁併せ呑む器を見せたな
今までの風評の極悪非道の姿と協力者を埋葬する姿のどちらが正しいのかは未だ読者視点でも謎だな


288 : ◆H3bky6/SCY :2015/04/22(水) 22:15:02 yloXv84M0
投下します


289 : 彼にとっての恋は、 ◆H3bky6/SCY :2015/04/22(水) 22:17:32 yloXv84M0

「…………ぅうん」

僅かな肌寒さを感じて、意識を失っていた錬次郎が目を覚ます。
吹きすさぶ隙間風に晒されながら、錬次郎はどういう訳か冷たい地面にキスをしていた。
気だるい体をゆっくりと起こし、申し訳程度に顔を拭う。
何故こんな体勢で眠っていたのか、混濁する記憶を一つ一つ思い返して、状況を認識する。

自らの魅了体質を活かして、出会ったりんご飴という少女を利用しようとした所までは覚えているが、そこでぶっつりと記憶が途絶えていた。
そして鳩尾あたりには鈍痛がある。
女を取られたという男たちからリンチを喰らい気絶した経験と照らし合わせて考えるに、殴られて気絶させられたと考えるのが妥当だろう。
つまり、少女を利用しようと言う目論見は、あっさりと失敗したという事である。

勝てると踏んだ勝負に負けた錬次郎だが、彼の心中に落胆という感情は訪れなかった。
何故なら落胆よりも強い、燃えるような感情が彼の心を支配していたからだ。

それはマグマのように煮えたぎる復讐心か? いや違う。
自らを昏倒させ、あまつさえ荷物を全て奪っていったりんご飴を、彼は恨んですらいなかった。
告白を袖にされ、拳で打ちのめされ、目論見を破壊され。それでも恨むどころかこう思った。

この惚れ薬の誘惑を振り切るだなんて、何と意志の強い女性(ひと)なのだろうか、と。

錬次郎が告白することで、落ちぬ女はいなかった。
いやそれ以前に、彼が告白するまでもなく女の方から群がってくるのが常である。
理性をなくし、肉欲を露わに、襲い掛かる色欲の権化。それが女だ。
多くの女を例外なく魅了してきたからこそ、錬次郎を振るというその特異さは綺羅星の如く輝いて見えた。

有体に言うと、錬次郎はりんご飴に偽りではなく本気で心惹かれてていた。

あれ程にべもなく振られ、告白の返事に拳を返してくるような相手に惚れるなど、おかしな話だと思うかもしれない。
だが、彼の恋愛基準は通常の基準とは大きく異なっていた。

彼にとっての恋は、己が愛されていないことを前提としている。

それは恋愛観として成立していない。
成立を望まぬ時点で恋愛として致命的にまで矛盾している。
故に彼の恋は叶わない。叶うときは破綻の時だ。

見守るだけでいいという達観した恋愛観を持っているという訳でもなく。
それは片思いなどと言うそんな生易しいものではなかった。

欲望をむき出しした女どもの醜い姿を、彼は嫌と言うほど見てきた。
彼にとって愛欲とは醜さの象徴であり、色欲とは打破すべき悪徳だ。
つまり求められることは恐怖と同義である。
故に、彼は己を愛する人間を愛する事が出来なかった。

密かに憧れていた麻生時音に対してもそうだ。彼女は彼ではない別の誰かに恋をしていた。
自分を愛さない彼女かだからこそ、素直に錬次郎は時音に憧れる事が出来たのだ。

もちろんそれも制御薬により惚れ薬の効果を抑えていた状態での話だ。その状態なら単純に彼になびかない女性も何人かいた。
それでも彼女に憧れたのは、この惚れ薬を飲んでから初めて打算の無い優しさに触れたからである。
彼女の品行方正さにはあの白雲彩華ですら憧れていたくらいである。

まともな人付き合いすら出来ないと悲観していた錬次郎に、最初に優しく笑いかけ声をかけてくれたのが彼女だった。
高校という新たな環境に身を移し、彼女が彼の置かれていた境遇を知らなかったと言うのも大きいだろう。
それにあれは彼女にとっては何気ない、それこそ外面の一部だったのかもしれないけれど。
それでも、向けられた笑みが、たまらなく嬉しかったのだ。
これまで見てきた欲情したメスの笑みではない、純粋な白い笑みが心から離れない。

女関係において多くのトラウマを持つ錬次郎が、少し優しくされた程度で心惹かれてしまうと言うのは、些か容易に過ぎると感じられるかもしれない。
だが人間の、女の醜さを見てきた彼だからこそ、その中で深く刻まれたトラウマに比例して、そうではないと、そうあってほしいと、その尊さに抱く幻想も人一倍強かった。
彼に言い寄る女は醜くそんな機会がこれまで殆どなかったから、本人すらも気づいてないのだろうが、その実彼は結構惚れやすい。


290 : 彼にとっての恋は、 ◆H3bky6/SCY :2015/04/22(水) 22:19:14 yloXv84M0
彼にとっての恋は、決して手の届かぬ夜空に浮かぶ星々のようなモノである。

届かぬからこそ望むのだ。
散々あれだけ酷い目に遭い、色恋を嫌悪し、肉欲を憎悪しながらも、それでも憧れ願い渇望する。
誰よりも色恋を憎んでいた彼が、その実、奥底では誰よりも色恋に憧れていたのだから笑えない話だ。
彼は命を燃やすような一生に一度の恋を望んでいる。

そんな、どうしようもない矛盾を抱え、彼の恋は歪んでいる。
だが、彼が初めからそうだったわけではない。
その歪みをもたらしたのは、魔女の惚れ薬という外的要因によるものだ。

彼にだって歪められる前の当たり前の恋愛観はある。
あったはずだ。

全ては、あの惚れ薬により歪められ失われた。
だからこそ、これの戦いに勝利してその歪みを矯正し、失われた人生を取り戻すのだ。

それは惚れ薬による悪影響を取り除くという意味だけに留まらない。
惚れ薬と言う異常を排除し、正常な恋愛を取り戻す。
そのために殺し合いに乗った。
それは正常な恋愛をするために多くの命を犠牲にする誓ったに等しい。

彼にとっての恋は、命を懸けるに足るモノである。

化け物どものが跋扈するこの世界で、勝ち抜くのは並大抵の事ではない。
いや、それどころか敗北し己が命が失われてる可能性も方が高いだろう。
それでも他人の命を生贄に捧げ、自身の命を危険にさらしてまで一抹の希望に賭けたのだ。

その情熱は、あるいは彼が本来持ち合わせていた恋に対する熱なのか。
そしてその熱病に浮かされるように錬次郎の心は逸る。

りんご飴。
制御薬によって効果の薄れていない惚れ薬の誘惑に耐え切る強い精神を持った女性。
そんな存在が目の前に現れたとなれば、それに心惹かれるのも仕方のないことだ。

彼女ならあるいは、今のままの自分を受け入れられるのではないか。
当たり前の男として、当たり前の恋をして、当たり前の愛を知る。
もしかしたら、当たり前に振られることもあるかもしれない。それはそれで正常な恋愛の範疇だ。
望むところである。

そんな当たり前の恋愛を彼女となら。

そんな天から垂れる細い糸のような救いを、願わずにはいらなかった。
その糸をたどるように、錬次郎はりんご飴の後を追う。
気が付けば彼の足は走り出していた。
愛しい少女に向かって。

そう、彼にとっての恋は、

【B-10 草原/昼】
【三条谷錬次郎】
状態:腹部にダメージ(軽)
装備:無し
道具:無し
[思考・状況]
基本思考:優勝してワールドオーダーに体質を治させる。
0:りんご飴を追う
1:自分のハーレム体質を利用できるだけ利用する。
2:正面からの戦いは避け、殺し合いに乗っていることは隠す。


291 : 彼にとっての恋は、 ◆H3bky6/SCY :2015/04/22(水) 22:19:25 yloXv84M0
投下終了です


292 : 名無しさん :2015/04/23(木) 20:12:22 9qGm5g/U0
投下乙です
レンジろう、どこまでも不憫な男や……
惚れてたときねも設定見るに腹黒だったらしいし……


293 : 名無しさん :2015/04/28(火) 20:33:33 7Z5b8aFc0
投下乙
なんだこれは…たまげた話だなぁ…
相手の性別に気づかずに恋をしてしまったRNJRUの未来に幸あれ


294 : ◆H3bky6/SCY :2015/05/05(火) 22:38:10 IFKfH3WE0
投下します


295 : 発病 ◆H3bky6/SCY :2015/05/05(火) 22:39:51 IFKfH3WE0
会場内にぽつんと聳える、剣正一探偵事務所。そのとある一室。
雑多に積み重なる資料の適当なところに腰かけるのはフリルのついたゴシック調の衣装に身を包んだ女子高生探偵、音ノ宮亜理子である。

その視線は手元に握られた一枚のメモ帳へと落とされていた。
それはどこからともなく届けられたワールドオーダーについての考察が書かれた一枚の手紙である。
これが届いたのは放送が終わって程なくしての事だ。その時は放送内容について考えるべきことがあったため後回しにしていた。

考えることが亜理子の武器である。
こうして考えることがワールドオーダーへ反旗を翻すことに他ならない。
状況も落ち着いたので、続いてこれの考察に入ろう。

いきなり目の前に現れたこの手紙がどうやって届いたのか、という仕組みも気になると言えば気になるが、起きた超常的な現象に思考を巡らせても意味はない。
電話やインタネットと同じようなものだ。仕組みを完全に理解はできずとも、そう言うものが存在すると認識できていればいい。

それよりも、この手紙に付いて内容の考察を始める前に、まず考えるべき事が二点ある。
『この手紙を誰が送ったのか』と『この手紙を何故私に送ったのか』についてだ。

そもそも亜理子に送られてきたからと言って、亜理子を狙って手紙であるとは限らない。
この手紙は果たして本当に亜理子を狙って送られたものなのか、そうではないのか。
まず考えるべきはそこだろう。

今際の際に自らの得た情報を伝えようと、誰でもいいから送りつけたと言う可能性はある。
だが、この可能性は低いだろう。

何故なら、慌てて書いたにしては文面の字は乱れておらず、ずいぶんと丁寧にしたためられているからだ。
つまり、この手紙は余裕を持った状況で書かれたものであると見ていい。
これは明確な誰かに送ろうという意思を持って書かれたものだ。

単純に参加者全員に送ったと言う可能性はどうか。
これは他の参加者に確認する機会があればすぐにわかる事だが、現状ではわかりようがないので保留としておこう。

そして無差別に送ったという可能性。
手紙の内容からして、差出人は考察のできる知性と冷静さを持っていることが伺える。
字も随分と綺麗だ。それなりに良い教育を受けて育ったのだろう。
無差別的に送りつけると言う愉快犯的犯行は、これらの要素から浮かぶ人物像と一致しない。
己の能力をそう言った方向性にしか使わない犯罪者というのも確かにいる。
しかし手紙の内容は対主催者を掲げるような代物だ。そんな奴らはこんな内容を他者に広めるようなまねはしないはずだ。
そうなるとこれも少し考えづらい。

やはり一番高い可能性は、亜理子を狙って送りつけたと素直に考える事か。
こうなると差出人も亜理子を知る者となるため、幾分か絞り込みやすい。
まあ、個人的知り合いのみならず、探偵業などというそれなりに目立つ事をしている以上、一方的に知っている人間がいても不思議ではないのだが。

候補は名簿に多く見られる同じ学園に通っている後輩たち。
事件などで関わりを持った警察関係者、同じ探偵業を営んでいる人達。
届いたのが今しがたであるとはいえ、何時送られたかが不明である以上、放送で呼ばれた死者も候補から外すことはできない。

学生連中の線は薄い。
彼らがこの事態に冷静に対処して考えをまとめることができるとは考えづらい。
それが可能な人間は一ノ瀬空夜くらいのものだが、彼とはこの場で出会いスグに別れた。
手紙を出す暇などなかったはずだ。
次点で水芭ユキだが、先ほど出会った彼女にそんな様子はなかったし、あの別れで亜理子に情報を送るとは思えない。

となると、やはり警察や探偵連中が有力な候補となる。
彼らならこの程度の考察はできて当然と言えるだろう。
だが、ここに呼ばれた連中は全てが一癖も二癖もある連中ばかりだ。
素直に対主催を考え、他者に伝えようなどという人間はロバート・キャンベルと剣正一くらいの物か。
既に死亡している二人だが、彼らならその行動にも納得はできる。
そこから私に送った意図を推察するのなら、意欲的ではない亜理子にも働きを期待しての事と言ったところか。

では望み通り働くとしよう。
彼らのためではなく、あくまで己のためだが。


296 : 発病 ◆H3bky6/SCY :2015/05/05(火) 22:41:48 IFKfH3WE0
手紙の送り主にある程度の辺りをつけれたところで、いよいよ本丸である手紙の内容について考えを進めるとしよう。
送られてきた手紙に纏められていた内容は主に三つ。

・ワールドオーダーの意味。
・能力を隠し持っている可能性。
・能力をコピーできなかったという発言について。

能力を隠し持っている可能性についてだが。
隠し持つというより、設定を書き換える能力が本当だとするのなら、事実上どんな能力でも際限なく使用可能という事になる。
そうなるとワールドオーダーの能力について考えるだけ無駄という事になるのだが、そういう事にはならないだろう。
現に、登場人物Aへの書き換えを行った際に能力をコピーできなかったという結果は示されている。
何らかの制限、もしくは限界があるはずだ。
その条件がなんなのか、調査すべきはそこだろう。

もっとも、その判断材料となった発言について疑っているのが次の項目だ。
コピーできなかったというあの発言は確かに疑わしい。頭から信じるのも馬鹿げている。
だが同時に頭から信じないのも同じくらい馬鹿げているだろう。

このメモによるとワールドオーダーはあの能力でコピーを繰り返して永遠を生き永らえているかもしれないという事らしい。
だが、コピーを生み出しているという推論と、コピーを生み出す能力はコピーできないという発言は矛盾する。
それ故にこのメモの考察者は片方の条件を偽と仮定しているのだろう。

確かに片方の条件を排他するのは、矛盾を解決するもっとも簡単な方法だ。
だが、両方を真と仮定したうえで、見えてくる結論もあるはずである、
条件を減らすのではなく、付け加えることで、この矛盾をクリアする。そんな仮説は存在するのだろうか?
その条件とは、導き出される結論は――――。

そこまで考えた所で、下階から響いてきたガタンという大きな音に思考を遮られた。

それは思考に没頭しすぎて警戒がおろそかになった時のために仕掛けておいた、侵入者を知らせるトラップが発動した音だった。
侵入口を判別できるように、それぞれ違う仕掛けを施してある。
今の音からして、侵入者は正面入り口から堂々と潜入してきたようだ。

これほど露骨に大きな音を立てれば、当然侵入者側にもトラップを仕掛けた者がいるという事を知らせる事になるが、それこそがこちらの狙いである。
それで引いてくれる相手ならそれはそれでよし。

どう出るかと、首輪探知機に目を向け相手の出方を伺う。
だが、出ていったような動きはなく、侵入者はそのまま事務所の探索を強行しているようだ。
人がいると知った上で引かないというのならば、それは参加者との接触を求めている相手という事である。
果たしてその目的が、交友的なモノなのか、悪意的なモノなのかは分からないが。

こうなってしまった以上、事前に想定していた通りに、逃走経路として開いておいた窓際へと移動する。
そのいつでも逃げ出せる状態で、1分だけそこで動きを止め、侵入者を待ち構えた。
それから程なくして、首輪探知機の信号が亜理子の潜む部屋の前へと到達する。

「そこまで、動かないで。下手な動きを見せたらすぐさま貴方を攻撃する用意がこちらにはあるわ」

扉が開かれる前に、先手を取り相手の動きを制する。
魔法のステッキを突きつけても脅しにはならない(というか見た目逆効果なので)言葉だけの牽制に済ませた。
とは言え、それで相手が素直に従うかどうかというのは微妙な所だったので、いつでも大跳躍で窓から逃げ出せるよう準備だけはしておく。

「ゆっくりと扉を開けてこちらに姿を見せないさい」

その声に従い、重厚な木の扉がキィと音を立てゆっくりと開かれる。
扉の影から現れたのは、やけに薄汚れたスーツを着た金髪の伊達男だった。
男は敵意がないことを示すように両手を上げながら慎重な動作で部屋へと入る。
どれほどの修羅場を超えてきたのか、そのボロボロな外見には見合わず、表情にはどこか自信ありげな余裕のようなモノが感じられる。

「いくつか質問をさせてもらうわ。まず迷わずこの部屋に来たのは何故かしら?」

亜理子が男に向けて質問を投げかけた。
この探偵事務所には1F、2Fとフロアが分れており、多くはないとは言えそれぞれのフロアに複数の部屋存在してる。
当然ここだけ電気がついていた、などというへまをする亜理子ではない。
だと言うのにこの男は迷いなくこの部屋を訪れた。それには何か明確な理由があるはずだ。
説明を求められた男は、そんな事かを言った風に肩を竦めた。


297 : 発病 ◆H3bky6/SCY :2015/05/05(火) 22:43:25 IFKfH3WE0
「入口に侵入者を警戒するような掛けをしているのなら、直接侵入される危険性のある1階にはいないと考えるのが当然だろう?
 その上で、逃走時間と逃走経路の確保できるように、階段からある程度の距離があり、人が抜けだせるような窓のある部屋となると候補は自然と絞られる」
「そう。けれど警戒なく誰かが待ち構えている部屋に近づいて、問答無用で攻撃されるとは思わなかったのかしら?」
「最も陥れやすい入口に仕掛けたのが攻撃性の罠ではなく警戒用の罠だった事から、ここに居る人物には積極的に争うつもりがないという事はわかったていたからね」

滑らかに語られた推察は多少の穴はあるが十分に合格点をあげられる。
入口の仕掛けや部屋取りは安全を確保するためのモノであったのだが、それだけではなく侵入者を図るためのテストであった。
これほどの事態を解決するならば、さすがに協力者は必要だ。
必要だとは思うが、亜理子はバカと組む気はない。

無論、侵入者が害意を持った知能犯と言う可能性も多分にあった。
だからこそ到達を待つのは正面玄関以外からの侵入者のみという縛りを儲けたのだ。
そうでなければ亜理子は即刻逃げ出している。

「それで。この回答でいいのかな、お嬢さん?」

男はニヤリと自信ありげに口の端を吊り上げる。
こちらの意図まで汲み取ったうえでの回答だったようだ。
小物臭い外見とは裏腹に中々切れる男の様である。
亜理子が協力者に求める最低条件はクリアしてる。

「そうね。お互い分かっているようだし、面倒な前置きはなしにしましょうか」
「そうだな。だが、その前にこちらからもいくつか確認させてもらおうか」

話を進めようとするが、男は簡単にこちらに会話の主導権を渡すまいとイニシアティブを取ってくる。

「まずは名前だ。俺はイヴァン・デ・ベルナルディだ、お嬢さんは?」
「音ノ宮亜理子よ。好きに読んでくれて構わないわ」
「OKだ。アリス。俺もイヴァンで構わねえよ」

ここに来てイヴァンと名乗った男の口調が砕ける。
距離が近づいた、という演出だろうか。訪問販売の手口に近い。

「一応聞いておくが、アリスは殺し屋じゃあないよな?」
「当然でしょう。私は探偵よ。そういうあなたはどうなのかしら?」
「まさか。あんな奴らと一緒にしないでくれ、俺はそれを管理する側の人間さ」
「……そう。似た者同士という事ね」

殺人者を誘導し殺人事件を起こす亜理子と、殺し屋を管理するというイヴァン。
行っている行為の本質は似通っているのかもしれない。

「いいわ。聞きましょう。イヴァン・デ・ベルナルディ、貴方の目的は何?」
「目的と呼ぶほど大それた事じゃないさ。生きて家に帰って慣れたベッドで眠りたいと言うだけだよ。ごくごく普通の願いだろ?
 後はオマケで、ここにいる少しばかり気に喰わない連中を見捨てて、ここに置き去りにできれば最高だね」
「なるほど。わりやすいわ」

不都合な人間には死んでもらって、自分だけが生き残りたい。
分かりやすすぎて涙が出そうだ。
亜理子は打算的な人間は嫌いではない。
利害が一致している間は裏切らないし、何より行動も誘導しやすく、動きを読みやすいのが利点である。
そういう意味でもイヴァンは協力者としてうってつけだ。

「そちらはどうなんだ? 何か特別な目的でもあるのか?」
「そうね。私もそれほど特別でもないわ。探偵として事件を解決したいと言うだけ。
 貴方の目的ともそうずれていないわ。貴方と違って特定の誰かをどうこうしたいというのはないけれど、誰かを救おうというつもりもないもの」
「なるほど。それなら俺たちは協力できる、という事かな?」

利用し合えるの間違いじゃないのか。と言いかけて止めた。お互い分かり切った事だ。

「そうね。そういう事になるのかしら」

この事件を解決すれば自然と我々は解放されるのだ。
生き残りを目指すという方針と、この事態を解決するという方針は相容れる。
互いに他者に興味はなく、余計な手間も煩わない。
それ故に二人は協力できると言えるだろう。

注意するとしたら、調査が進み亜理子に事態の解決が不可能であると判明した場合。
恐らくイヴァンは最後の生き残りを目指す方向にシフトするだろう。
そうなれば、最初に狙われるのは亜理子だ。
仮にそうなることが避けられなかったとしても、そのタイミングを見誤らない事だ


298 : 発病 ◆H3bky6/SCY :2015/05/05(火) 22:45:30 IFKfH3WE0
後は、どううまく相手を利用して行動を誘導するか。
この手の輩は操作しやすいとはいえ、向こうも似たような考えはめぐらせているのだろうから、その辺は互いの知恵比べになるだろう。
負ける気はしないが、一応警戒しておいた方がいいか。

「なら手を組もう、アリス。互いの目的のために」

そうイヴァンが口角を吊り上げながら、亜理子へと踏み込んできた。
外国人らしく握手でもするのだろうか、などと亜理子が僅かに気を緩めたところで。

銃声が亜理子の耳を打った。

何が起きたのかすぐには理解できなかった。
イヴァンが腰元から拳銃を早抜きし、こちらを撃ったのだと認識できたのは、亜理子の後方にかけられていた時計が地面に落ちる音を聞いた後の事だった。

イヴァンの早打ち。
それは速度だけならヴァイザーをも超え、組織でもサイパスに継ぐ速度を誇っている。
にも拘らず、イヴァンの腕が組織内であまり評価されていないのは、それが殺すための技術ではないからだ。

早く打つことのみに主題を置き、命中精度は二の次。
当たればラッキー、当たらずとも脅しになればそれでよしという威嚇用の技術である。
カジノ支配人としてやんちゃをするお客様に対してならばそれで十分な技術なのだが、少なくとも一流の戦闘者に通じる技術ではない。
現にアサシンにあっさりと破られているし、今回も外れた。

だが、素人である亜理子からすれば、十分すぎるほどの脅威である。
外したのか外れたのかすらわからない。腕の動きすら追えなかった。
わかるのは、少なくとも自分には対応できないという事だけだ。

「…………ぅそ」

撃たれた。
しかし何故?
疑問が亜理子の脳裏を奔る。

何故このタイミングで攻撃を仕掛けてきたのか。
短い間だが目の前の男から受けた印象は計算高く打算的。
そんな男がこのタイミングで裏切るのは余りにも不合理に過ぎる。
最初からだまし討つつもりで、こちらの戦力を警戒して、その機会を伺っていたのか?
それでもこのタイミングではないだろう。
比較的交友的な関係は気付けていたのだから、殺すにしてももっと情報を引き出した後でいいはずだ。
ならば何故、このタイミングでなければならい意図とは?

様々な考えが亜理子の頭を巡った。考えることは亜理子の武器である。
だが、この場面は考えるよりも先に、迷わず逃げるべき場面だった。
一瞬の判断が生死を分ける闘争の場で、敵は待ってなどくれないのだから。

銃を構え直したイヴァンが、今度はしっかりと亜理子の胴の中心に狙いをつけて引き金を引いた。
弾丸が脇腹に直撃し、その衝撃にわずかながら喉元から血がせりあがる。

「ぁッ! ……シールド!」

亜理子は非常に高い分析力と判断力を持っているが、それは一瞬の戦闘判断にまで適用される訳ではない。
シールドを張るという判断は決して間違いではないが、ここでは魔法弾を放ち相手の動きを牽制するべきだった。
そうでなければ追撃の手が止まない。

イヴァンが連射した次の弾丸が亜理子へと襲い掛かり、弾丸が直撃したシールドが砕ける。
イメージが足りないのか、亜理子の生み出したシールドの強度は弾丸に耐えきれるほどのモノではなかった。

ここで再度シールドを張ったところで、繰り返しになるだけだ。
そう判断した亜理子はこの場からの離脱を試みる。
無論その間、相手が何もせずに待っていてくれるはずもない。
シールドを失った亜理子に向けて、イヴァンが容赦なく追撃を行う。

「ジャンプ!」

開きっぱなしになっていた窓に向けて大跳躍を発動させる。
跳躍を行う前に二発。窓外へと飛び去って行った亜理子を追いかけながら二発。
その弾丸の雨に身を晒しながらも、亜理子はなんとか探偵事務所からの離脱に成功した。


299 : 発病 ◆H3bky6/SCY :2015/05/05(火) 22:46:40 IFKfH3WE0
砲弾のような勢いで空中に亜理子の体が打ち出される。
それはイヴァンの腕か、それとも亜理子の運のせいか。
追撃に放たれた四発の弾丸のうち、一発が亜理子の右肩に当たっていた。
そのダメージに空中で亜理子の体勢が崩れる、このままでは着地もままならない。

崩れた体制のまま地面へと叩きつけられる亜理子の体。
しかしその身に感じる衝撃は柔らかいベッドに飛び込んだような奇妙な感覚だった。

大跳躍の魔法の真価は着地にある。
数メートル近い上空へと跳躍した衝撃を完全に殺しきってこそ大跳躍足り得るのだ。
見事に効力を完遂した大跳躍の魔法の恩恵を感じながら、亜理子が立ち上がる。

ここで寝ていたい気持ちはやまやまだが、イヴァンが追ってこないとも限らない。
深追いをするタイプだとは思えないが、その性格分析を裏切って攻撃されている以上、そうも言ってはいられない。

銃で撃たれた左脇腹と右肩を確認する。
そこには鈍い痛みこそあれど、致命傷と呼べるようなダメージは残っていなかった。

このゴシックロリータの衣装。
普段の亜理子の趣味丸出しの衣服と類似しているため非常に解かりづらいのだが(亜理子から言わせればまるで違うデザインなのだが)。
亜理子の普段着ではなく、魔法少女として変身した衣装なのである。

どうやら魔法少女の衣装自体に防御力があるようだ。
弾丸自体は衣服を貫くことなく服の上で弾かれたようである。

だが、防弾チョッキなどと同じく、貫通による致命傷は避けられたが弾丸による衝撃自体がなくなる訳ではない。
肉体的にただの高校生である亜理子にとっては結構なダメージだ。

「……何だったのかしら、あの男」

退避しながら改めてイヴァン・デ・ベルナルディについて思う。
世の中には理屈の通じない手合いがいるというのは亜理子も理解している。
だが、イヴァンの場合は違う、話の通じる相手だったはずだ。
二重人格で豹変した、という訳でもない。
あくまで冷静にこちらを殺しにかかっていた。
ただ、そう。行動原理が変わったと言うのが一番しっくりくる。
誰かに操られていた?
分からない。
分からないが、一つ分かった事としては協力者を求めるのはやはり少し考え物かもしれない。
信用できる他人など、そうはいないのだから。
そう、かつて一度だけできた探偵助手の様に。

「……一ノ瀬くん」

生きているのか死んでいるのかもわからない彼への名を呼ぶ。
どこに届くべきかもわからない呟きは風に消えた。

【C-4・剣正一探偵事務所/午前】
【音ノ宮・亜理子】
[状態]:左脇腹、右肩にダメージ、疲労(中)
[装備]:魔法少女変身ステッキ
[道具]:基本支給品一式×2、双眼鏡、首輪探知機、M24 SWS(3/5)、レミントンM870(3/6)、7.62x51mmNATO弾×3、
12ゲージ×4、ガソリン7L、火炎瓶×3、鴉の手紙
[思考]
基本行動方針:この事件を解決する為に、ワールドオーダーに負けを認めさせる。
1:この会場にいる『ワールドオーダー』を探して、話を聞く。
2:ワールドオーダーの『革命』を推理する。


300 : 発病 ◆H3bky6/SCY :2015/05/05(火) 22:47:34 IFKfH3WE0




「ちっ。殺りそこねたか」

探偵事務所の窓の外から小さくなってゆく少女の姿を見つめ、イヴァン・デ・ベルナルディが舌を打った。
連射により熱を持った銃身にふうと息を吹きかけ、腰元にしまう。

同盟成立直前に攻撃をしたことに対して申し開きがあるかと問われれば、そんなものはないと答えるだろう。
得られる協力者を蹴った事に対してイヴァンは微塵も後悔もしていない。
あるべき行動をとっただけだ。
何を後悔する必要があるというのか。

ではイヴァンが亜理子を撃った理由とは何か。
相手が余り役に立ちそうにないと思ったか。
相手がこちらを殺そうとしていると思ったか。
相手がなんとなく気に喰わなかったか。
などと、そんな確証のない理由ではない。

イヴァンは知的で理性的で冷静な男だ、衝動的な行動などおこなさい。
少なくとも自分ではそう思っている。

だから理由はもっと明確。
そう、ただ殺せそうだから、殺そうとしたというだけの話だ。
至極まっとうで、疑問を挟む余地すらない。

少なくともその理論展開にイヴァン自身は疑いの余地を持っていない。
これが自身の自然な思考から生まれた衝動であると、信じる信じない以前に当然の物として享受している。

これがマーダー病だ。
長年ピーリィ・ポールを蝕み苦しめ人生を狂わせた不治の病。

ただ人を見ると殺したくなる。
イヴァンが人殺しに抵抗のない人間だった、と言うのも大きいだろうが、基本的に自覚症状すらない。
最初からイヴァン・デ・ベルナルディはそういう人間だったのだと、設定が塗り替えられる。
そんな病がイヴァンの中で発病した。

【C-4・剣正一探偵事務所2F/午前】
【イヴァン・デ・ベルナルディ】
[状態]:精神的疲労、全身に落下ダメージ、マーダー病発症
[装備]:サバイバルナイフ・魔剣天翔
[道具]基本支給品一式、トカレフTT-33、現象解消薬残り9錠
[思考]
基本行動方針:生き残る
1:何をしてでも生き残る。
2:仲間は切り捨てる方針で行く。
3:天は俺の味方をしている…!
※マーダー病が発症しました


301 : 発病 ◆H3bky6/SCY :2015/05/05(火) 22:47:44 IFKfH3WE0
投下終了です


302 : 発病 ◆H3bky6/SCY :2015/05/05(火) 22:52:43 IFKfH3WE0
亜理子の現在位置更新し忘れてたので下記に修正で

【C-5・草原/午前】
【音ノ宮・亜理子】
[状態]:左脇腹、右肩にダメージ、疲労(中)
[装備]:魔法少女変身ステッキ
[道具]:基本支給品一式×2、双眼鏡、首輪探知機、M24 SWS(3/5)、レミントンM870(3/6)、7.62x51mmNATO弾×3、
12ゲージ×4、ガソリン7L、火炎瓶×3、鴉の手紙
[思考]
基本行動方針:この事件を解決する為に、ワールドオーダーに負けを認めさせる。
1:この会場にいる『ワールドオーダー』を探して、話を聞く。
2:ワールドオーダーの『革命』を推理する。


303 : 名無しさん :2015/05/10(日) 16:35:57 K25CdQ2o0
投下乙です
前情報あったのにマーダー病にろくな抵抗できてないじゃないですかイヴァンさん…
アリスはミスってるところもあるけどさすがの推理力だな
しかしやっぱり戦闘に慣れてないのが弱点っぽいな


304 : ◆H3bky6/SCY :2015/05/18(月) 00:01:38 qJ7RM6Gw0
ちょっと遅れましたが投下します


305 : acquired designer child project ◆H3bky6/SCY :2015/05/18(月) 00:02:55 qJ7RM6Gw0
「ねーねー。おねーさんの話を聞かせてよ」

おねだりする様に掴んだカウレスの腕を振るいながら、興味津々と言った風にクリスが話をせがんだ。
だが、物語を謳うのは吟遊詩人の役割だ。
話を聞かせてと言われても子供に話せるような楽しい話などカウレスは持っていない。

「悪いけど、僕の話なんて聞いても面白くはないと思うよ?」
「いいよそんなの。別に楽しい話じゃなくてもいいんだ。ただおねーさんの事が知りたいんだよ」

そう天使の笑顔で微笑みかけてくる。
どういう訳か、かなり懐かれてしまったようだ。
子供からの純粋な好意は悪い気はしないが、そう言われても困ってしまう。
カウレスの人生は本当に戦いばかりで、子供に聞かせられるような血生臭くない話など殆どない。
あるとすれば、それは勇者としてではなく普通の人間として過ごした生まれ育った村での少年時代くらいのものだろうか。

「そうだなぁ……僕が生まれ育ったのは山奥にある木々に囲まれた穏やかな村でね」

カウレスが生まれ育ったのは大陸の端にある片田舎だった。
魔界も王都も遠く離れていたため魔物の脅威に晒されることは殆どなく、村の人々は田畑を耕し比較的平和に暮らしていた。
とは言え、世界は長い戦争で衰退しており、精霊と共に自然は死に、土地は枯れ凶作が続く苦しい生活を強いられていた。

狩りで暮らしを支えるため、カウレスもかつて王都仕えの騎士だったという村の老人から剣と弓を学んだ。
それなりに筋が良かったと思う。数年と経たず村中でカウレスに剣技で勝てる者はいなくななった。
もっとも小さな田舎町で頂点をとってもあまり自慢にもならなかったが。

父は村の子供数名が通う程度の小さな学び舎で教師をしていた。
大陸の成り立ち、魔族との長きにわたる戦争の歴史など、カウレスは父から多くの事を学んだ。
幼かったカウレスは一度、父に何故人間と魔族は争うのかと問うたことがある。
父は個人ならまだしも人種や国と言った単位が大きくなると、わかり合う事は難しくなる、まして種族の違いともなれば尚更だと答えた。
当時のカウレスには納得できなかったが、今ならばその意味が分かる。
人間と魔族は決して分かり合う事などできないのだと、痛い程に理解できていた。

学び舎で勉学に励み、休日には父と共に狩りに出る。
そして家に帰れば母と妹が作った温かい食事が待っている。
そんな慎ましいながらも穏やかで幸せな日々がそこにはあった。

母の料理は派手さはないが、落ち着いた家庭の味で、カウレスは特に野菜を煮込んだスープが好きだった。
妹は母をよく手伝い、料理や裁縫と言った技能を身に着けていった。

「おねーさん、妹さんがいるんだ」
「ああ。僕なんかと違って器用で、何でもできるよくできた妹だったよ」

勉学の成績もよく、料理に裁縫と何をやらせてもすぐにこなる器用な少女だった。
外に出るときは、いつも自分の後ろをついてきていた少しだけ気の弱いところもあったけれど。
身内の贔屓目を無しにしても、いろんな才能に溢れていた才女だったと思う。

「……ただ、戦いにだけは、向いてなかったかな」

そう言って、カウレスは寂しげに空を仰いだ。
妹には戦いの才能もあったと思う。
特に魔術に関してはカウレスよりも数段上の才能を有していた。
村が滅ぼされ、保護してくれた魔術師の元で指導を受けてからは、その才能は飛躍的に開花していった。
それでも、才能はあったとしても、誰かを傷つけるには妹は優しすぎた。

皮肉にも、その優しさゆえにミリアは戦いに身を投じてしまったのだが。
彼女ならば他の生き方も選べただろうに、他でもないカウレスを助けるためにその選択を選んでしまった。

戦いは兄(じぶん)の本分だ。
妹(かのじょ)は強くなんて、ならなくてもよかったのに。

そう思いながらも、カウレスはその決断して自らの後を追ってきた妹を受け入れた。
彼女に力がなければカウレスも彼女を追い返し、戦場から遠ざけていただろう。
だが、彼女は才能にあふれていた。
魔族を滅ぼすため彼女の力は必要不可欠だった。

魔法使いを受け入れるのは勇者としては正しい決断である。
けれど、兄としてはどうしようもなく最低な決断だった。


306 : acquired designer child project ◆H3bky6/SCY :2015/05/18(月) 00:03:54 qJ7RM6Gw0
「っと、済まない。少し暗い話になってしまったね」

いけないと首を振る。
自分が話すと、どうしても湿っぽい話になってしまう。

「ううん。そんな事ないよ」

こちらを気遣うようにクリスが笑顔を向けてくる。
その気遣いに心が熱くなると共に、こんな小さな子に気付かせてしまったのは少しだけ情けなく感じてしまう。
これ以上、話を続けても同じ事になるだけだろう。

「そうだな。僕の事ばかりじゃなくて、クリスくんのことも聞かせてよ」
「僕? いいよ! じゃあ僕のお姉ちゃんの話を聞かせてあげるね!
 僕のお姉ちゃんはね、とーっても優しい人なんだよ」

そう言ってクリスは天使の笑みを浮かべる。
その笑顔だけで、本当に姉のことが好きなのだと伝わってくるようである。

「お姉ちゃんと僕は二人暮らしでね。僕はお姉ちゃんに育ててもらったんだ」

込み入った事情に踏み入るつもりはないが。
両親を失ったカウレスと似たような境遇にあったのかもしれない。

「そうなんだ。じゃあお姉さん一人残してしまっている今の状況は心配だろう」

一人しかいない家族が消えてしまったともなれば姉側も心配しているはずである。
この言葉に、ここまで天真爛漫を体現していたクリスの表情が僅かに曇る。

「心配なのはそうなんだけど……今はお姉ちゃんとは離れて暮らしているんだ。お姉ちゃんは遠くに行ってしまったんだ」
「…………遠くに?」

少しだけ違和感を感じた。
暮らしているという言っているからには死んでしまったとう訳ではなさそうだが。
この違和感は追及すべきなのだろうか。

「お姉さんの事、もう少し詳しく聞いてもいいかな?」
「うん! もちろんだよ、僕のお姉ちゃんはね、とーっても優しい人なんだよ」
「いや、そうじゃなくて…………」

先ほどの繰り返しの様にクリスは答える。
カウレスが聞きたかったのは姉がどこに行ったのか、という話だったのだが。
小さいころに別れてしまったというのなら、もしかしたらクリスは把握していない可能性もある。

「いや、変な事を聞いたね。すまない忘れてくれ」
「えー変な事なんかじゃないよ。もっと聞いてよ、お姉ちゃんの事!」
「そうかい。そういえば、まだお姉さんの名前も聞いてなかったね」
「僕のお姉ちゃん名前はね、」

そこで、楽し気だった少年の言葉が、どういう訳か唐突に途切れた。
クリスは喉に何かつっかえたような呆けた顔で固まり。
自分自身でも何が不思議なのかわからないと言った風に目を見開き、口をぽかんと開けていた。

「名前は――――――」

クリスはアメリカで最大規模を誇る裏組織カボネファミリーにおける、個人としての最強戦力である。
それほどの組織においても彼は恐れられる存在であり、取り扱いには細心の注意が支払われた。

一つ『言動の矛盾を指摘してはならない』
一つ『姉の話題は掘り下げてはならない』

それがクリスを扱う上での不文律であった。


「――――何だったっけ?」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


307 : acquired designer child project ◆H3bky6/SCY :2015/05/18(月) 00:05:16 qJ7RM6Gw0

染み一つない白い部屋だった。

その純白さは清潔というより無機質な印象を感じさせる。
天井は高く2、3階をぶち抜いたような巨大さであり、上部は強化ガラスで仕切られ部屋を全体を見下ろせる造りになっていた。

その部屋の中心に寄り添うように多くの子供が犇めき合っていた。
声を殺して泣いている少女がいる。
全てを諦めたような眼で天井を見上げる少年がいる。
気丈に周囲の者たちを慰める少女もいる。
人形の様に立ち尽くしている少年がいる。

それは、親に売られたり生き場所を無くした、世間から見捨てられた身寄りのない子供たちだ。
この子供たちは、とある実験の為に集められた36名の実験動物(モルモット)である。

■人工的新人類製造計画(acquired designer child project)

計画目的は人間の極限を作り上げ『次の地点』に到達する事。
そんな子供の妄想めいた馬鹿げた目標に向けて、天才と呼ばれる研究者たちが集まり、大真面目に取り組んだ計画だった。
当然非合法の実験であり。実験を取り仕切っていたのも反社会的組織が母体である。
作り上げられた成果物を貰い受けること条件に資金提供を行っているらしい。

集まった研究者はその倫理観から学会を追放された曰くつきばかりだ。
持ち合わせた技術は確かだったが、誰もかれもが頭のネジが外れ、道徳観よりも知的好奇心が勝る欠落者ばかりである。

実験動物たる子供たちは、元あった名前すら剥奪され験体Noで呼ばれていた。
認可されていない新薬の大量投薬や人造筋肉の移植などの世間一般では認められていない非合法の施術は当たり前。
頭部を蜜柑のように切り開いで脳に電極を刺すなどの、人を人と思わぬそんな行為が日常だった。

だが、この環境が最悪であったかと問われれば一概にもそうとは言えない。
元よりここに集められた子供たちは、多少の事情の違いはあれど世界から見放された最底辺の集まりなのだ。
それがパトロンである組織に拾われ、ある意味では無価値な人生に価値を得た。

栄養管理の名目で食事は管理され選択の自由はなかったが、喰うに困ることはなかったし。
住まう家すらなかった者たちからすれば、雨風がしのげる場所に住まえるだけで僥倖だったと言える。

何より人権は無視するが、実験動物として極力ストレスを与えない環境を提供しようという方針だったらしく。
手術と実験以外の僅かな時間はある程度の自由が許され、欲しいものがあれば申請すればだいたいは与えられた。
テレビやラジオと言った外部の情報を得られるものは禁止され、雑誌類は一部検閲を通ったモノのみという制限はあったが。
集められた子供たちの年齢層から、実際求められたのは単純な遊具やぬいぐるみなどの人形類が殆どだった。

ただ、決して外に出る事だけは許されず、行動は排泄から睡眠まで全て記録され監視された。
生きることに不自由することはないが、自由に生きることはできない、そんな場所だった。

ここは地獄だと嘆く少女がいた。
ここは天国だと謳う少年がいた。
どちらも等しく投薬の副作用で死んでいった。

いかに丁重に扱おうとも所詮実験動物は実験動物。
研究者が子供たちに情を移すこともなければ、加減もしない。

精神的に異常をきたし、どこかに連れて行かれてそれっきり返ってこなかった少女がいた。
食事の時間にスプーンで喉を抉り自殺した少年がいた。
脱走を試みてハチの巣になった少年がいた。
くだらない理由で殺し合う少年たちがいた。
実験中に暴走して処分された少年がいた。

そして半年と経たないうちに、36名いた子供たちは片手で数えられるまでにその数を減らしていた。
これまでの実験を生き残った彼らには、既にオリンピックの全競技で世界新を更新できるだけの身体能力が備わっていた。
だが、目指すの人の次の段階であるのならば、人の範疇に収まるその程度は経過に過ぎない。
経過に過ぎないが、この段階辺りから、反乱を警戒してか明らかに少年たちに対する取り扱い方が変化し始めた。


308 : acquired designer child project ◆H3bky6/SCY :2015/05/18(月) 00:07:08 qJ7RM6Gw0
実験以外の時間は常に拘束着を着せられ、僅かな自由時間もなくなった。
食事は全て点滴とチューブに変わり、箸やペン一つ持たせてもらえなくなってしまった。

そこからは本当の地獄だった。
実験は佳境に入りその苛烈さは極まり、ここまで耐えてきた子供たちの精神は物凄い速度で摩耗していった。
僅かな自由すら奪われ、もはや自ら死ぬことすらできない。
完全に死んだように生気を失い、誰ひとり口をきく事すらなくなった。

その中でただ一人、顔色を変えず平然としていた少年がいた。
集められた子供たちの中でも少年はとびっきりである。

何せ彼には何もない。
親の顔を知らないどころか、元より名前すらなかった。
研究所で呼ばれるNo.13という呼び名が、少年に与えられた初めての名前だった。

少年は現状を受け入れる事だけには酷く長けていた。
何もないが故に何にでもなれた。
彼はこの環境を苦とも思わず、かといって楽しいとも思わず。
ただあるがままを受け入れ、この環境を淡々とクリアしていった。

子供たちの消耗に関わらず日々と共に実験は進む。
そして、運命の日。
その日は明らかに空気が違った。

これまでも研究所に漂う空気は異常だったが、その日は輪をかけて異質だった。
その最たる異物が、白い手術着に身を包んだ一人の男の存在だった。
もう日付の感覚などないけれど、子供たちがこの白い家に連れてこられてから、初めて見る男だった。
これまで人間らしさなど欠片も感じさせなかった研究者たちが、男に対して明らかに緊張しているのが見て取れた。
恐らくこの研究所の責任者か何かだろう。

子供の数は片手の指からも欠け、もはや少年と少女の二人だけになっていた。
いよいよもって終わりが近づいているのだと気付かされるには十分な予兆だった。

『最終フェイズまで完了。先ほどNo.27が死亡したため。生き残りはNo.13のみです』

そしてプロジェクトはつつがなく終了した。
手術着の男は、そう、と興味なさげな声で実験結果となった少年を見つめる。

『――――――失敗だな』

ため息交じりにそう言って、実験室の扉を開く。
そして、実験直後で拘束もされていない少年へとつかつかと歩を進める。

『結局、至れなかったか。まあ至ったところでその先の失敗は目に見えていたが。
 やはり直接本人を弄るアプローチはダメだな。周囲の環境を調整した方がいいか。
 そうなるとリヴェルヴァーナの方がまだ期待が持てるが……しかしそれだと時間がかかりすぎる』

男は少年の前で止まると、ぶつくさと誰に言うでもない独り言を続けた。
その様子は余りにも不用意すぎる。
現在の少年ならば、一瞬で目の前の男を肉塊に変えることができるだろう。

だが、少年は動かなかった。
それは果たして動かなかったのか、動けなかったのか。
負ける気はしないが、勝てる気もしない、そんな妙な確信が少年の心に湧いていた。

『ご苦労様。これで実験はお終いだ。
 これから君の処遇は、彼らに任せるとするよ』

思い出したように少年に向き直ると、男は最低限の義務の様に結果だけを伝えた。
彼らとはこれまで実験を続けてきた研究者たちの事だろうか、それとも別の誰かなのか、少年には分からなかった。


309 : acquired designer child project ◆H3bky6/SCY :2015/05/18(月) 00:08:55 qJ7RM6Gw0
『そう言う訳だ。僕は彼から手を引くから。
 僕の目的には届かないが、この出来でカボネの連中も不満はないだろう。あとは処理するなり使いつぶすなり好きにするといいよ』

部屋の外で強化ガラス越しにこちらの様子を窺う男たちへと話しかける。
まるで物の様に自分の処遇を話すさまを、少年は他人事のように見送っていた。

『何? 制御するための首輪が欲しい?
 なるほど、元より肉親も名前すらない。天涯孤独の名無しか。確かに失うものがない人間と言うのは制御し難い。
 いいよ、研究にいそしんでいた君たちに報いるためにそれくらいはしてあげよう』

何処から取り出したのか、男の手元には死んでいった35名の子供たちの資料があった。
パラパラと資料をめくり、とある一枚をピックアップして手を止める。

『じゃあこの子にしようか。
 検体No.05。クリスティーナ・ファルメーソン。
 娼婦である姉を襲っている、出て行ったはずの父親を目撃し殺害。姉はその罪を庇い刑務所に服役中。
 いい経歴だ。なかなか美しい姉妹愛だと思わないかい?』

そう言って愉快そうに口元を吊り上げる。
その問に答える者も、意味を理解する者も、この場にはいなかった。

『No.13。今から君に名前と過去という設定(やくわり)を与えよう。
 名は意味となり、過去は意思となる。君は今日から君になる』

薄ら笑いを浮かべながら男が少年に近づく。
恐ろしく不気味な渾沌。
これまでの実験で一度たりとも恐怖を感じたことのない少年が、どういう訳か目の前の男を怖いと感じた。

男は歩きながら道すがらその場に転がる何かを拾い上げる。
それは先ほど死んだ少女。No.27がいつも縋るように抱えていたぬいぐるみだった。
精神の限界に達していた彼女はそれを手にしていなくては酷く精神の安定を損なうため、殺傷性の無いことから特別に許可されたものである。

その人形が手渡され、思わずNo.13はその人形を受け取ってしまう。
受け取ったその人形は血管の破裂した少女の血でべったりと濡れていた。

『これが君の思い出の品だ。そう言う事にしておこう。
 今から君はクリスティーナちゃん……おっと男の子だったか。じゃあクリスくんだ。
 無理に設定を足し過ぎると人格が破綻するからあまりしたくはないんだが……ま、失敗作なんでその辺はいいだろう。
 色々整合性取るのも大変だし、自由に適度に都合よく、君の世界を改革しよう』

そう気軽に言って少年の頭に男が優しく手を乗せた。
その瞬間から世界が変わる。
脳が過熱する。
余りの情報の奔流に溺れる様に意識が朦朧とした。

『これで姉という神と、ぬいぐるみという偶像を得た、後は僕は関わらないからこれを使って適当に上手くやってくれ。
 肉親と言うのはいい枷になる。クリスくんはこれから〝姉”と言う枷に縛り付けられ、それに縋って生きることになるだろう』

そう予言めいた言葉を残して、もうここには用はないと言った風に男は立ち去っていく。
沸騰する脳でその背を見送ると、最後に男が振り返り、クリスに向かって愉しそうにこう言った。

『さてクリスくん。君は失敗作だが、失敗作でであるが故に、成功作足りえる可能性を秘めている。
 もしその時があるのなら僕を殺しに来るといい』

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310 : acquired designer child project ◆H3bky6/SCY :2015/05/18(月) 00:10:07 qJ7RM6Gw0

なにか、
なにか、
なにか、
なにか、
なにか、開けてはならない窓を開いてしまった。
一瞬、思い出してはならないものを思い出してしまった。

「ッあ――――――――――――――ぁ、」

クリスが頭を抱え、悶え苦しみ始める。
キチキチと脳を直接万力で締め付ける様な耐えがたい痛み。
ズブズブと握りつぶす強さで加減なく指が顔の皮膚に食い込んでゆく

だが、そんな痛みなどどうでもいい事だ。
それよりも問題は。

姉の名が、思い出せない。
それはクリスにとって天変地異よりも恐ろしい事態だった。

そんなはずはない。
あれだけ愛していたのに。
あれだけ全てを捧げてきたはずなのに。
忘れるはずが、思い出せないはずがない。

これではまるで、忘れたのではなく――――最初から知らなかったみたいじゃないか。

「そんなはずが……ッ!
 そうだ…………確かにあの時殺したはずだ」

譫言の様に呟く。
その呟きにカウレスが怪訝な顔をしているが知った事ではない。

確かな思い出があるはずだ。
確かな過去があるはずだ。
そうだ確かにある。

あの時、姉を襲った暴漢を殺して、姉を救ったはずだ。
そして姉の作った夕食を食べたはずだ。

だがおかしい。
夕食を食べた? まだ死体の転がる自宅でか?
そんな馬鹿な。
そんな異常な環境で食事をとるなど、あの優しい姉にできるはずがない。
なら死体は誰が片付けた? どうやって?
クリスも姉も死体を綺麗に片付ける術など知らないというのに。

姉の名前は?
姉の趣味は?
姉の得意料理は?
そもそもどこで暮らしていた?
だいたい行方不明になった姉を何故探さない?
裏社会に絶大な影響力を持つファミリーに身を置きながら何故?

分からない。
何一つとして分からなかった。
彼女を目指して、彼女をになろうとしてきたというのに。
深く思い出そうとすればするほど、何かが剥がれ落ちてゆく。

――――ああ、お姉ちゃんって、どんな顔してたっけ?

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「落ち着くんだクリスくん!」

クリスが絶叫する。
カウレスが戸惑いながらもなだめようとするが、その声は届いていない。
触れようとすると発狂したように暴れまわるクリスに弾かれ、文字通り手が付けられなかった。
どうしたものかとカレウスが頭を悩ませ、落ち着くのを待つべきかと思案した所で、

――――クリスの首が真後ろに180度捻じれた。


311 : acquired designer child project ◆H3bky6/SCY :2015/05/18(月) 00:11:23 qJ7RM6Gw0
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情報を求め長松は会場を彷徨っていた。
放送を聞き逃し何処が禁止エリアか分らなければ、迂闊には動けなくなる。
動けるとしたら適応されるまでの2時間の間に情報を得なければならない。

見逃さぬよう注意深く遠方を探る長松の目に、仲良く連れ立つ女と子供の影が発見された。
長松はその場でうつ伏せになり、草木の影に身を隠す。
そして二人の様子をうかがいながら、ゆっくりと匍匐前進で距離を詰めていった。

相手が女子供とはいえ、外見だけで侮るようなまねはしない。
参加者が外見通りの相手とも限らないことは前回の戦いで学んでいる。
だが、得てしてそういう輩は単独行動を好む。
世間的に弱者と呼べる二人が手を取り合っている以上、危険性は低い可能性は高いだろう。

とは言え、決断を下すには早い。
まだ刻限までには余裕がある。
判断をするのはしっかりと様子をうかがってからにすべきだろう。

微かに声の届く距離まで気付かれることなく接近することに成功した。
聞こえてくる声からして、どうやら楽しげに談笑をしている様だ。
戦場において何と緊張感のない。
よくこの半日、生き延びられたものである。
ここにいたりその程度の認識の相手ならば、警戒する必要はないだろう。

いずれにせよ二人というのが少々ネックだが、巧く脅して情報を聞き出すにはちょうどいい相手だs。
そうと決まれば、とりあえず片方を殺して、もう片方から情報を引き出すとしよう。
目の前で一人くびり殺してやれば、残った方の口も滑らかになるというものだ。

さて、どちらを狙うか。
品定めする様に長松は談笑を続ける二人を見つめる。
正直殺しやすければ、どちらでもいいのだが。
むしろ後に情報を聞き出すことを考えると、どちらを残すかを考えた方がいいか。

そんな思案をしていると、突然子供の方が何やら動きを止めて苦しみ始めた。
頭を抱えてもだえ苦しむ少年。
何に苦しんでいるのかは知らないし興味もないが、これは好機だ。

長松に言わせれば隙を見せる方が悪い。
素早く長松は身を起こすと一息で距離を詰め、少年を背後から拘束する。
体格差を活かし左肘と右足を使って少年の体を固定。右手で少年の顎を掴むと、そのまま全力で後ろに引く。

ゴキンという音と共に、愛らしい少年の顔が真後ろ長松の方に向いた。
首を正反対に捻じられて生きていられる人間などいない。
完全にこと切れた少年から荷物を引き剥がし、見せつけるようにその死体を女に向けてぞんざいに投げ捨てる。

「女。お前もこうなりたくなければ大人しく――――」
「――――ruBilAcxE」

その長松に対して、女は戸惑うどころかノータイムで切りかかってきた。
生み出した光の剣を振るい長松の首を落とさんと躊躇いなく踏み込んで行く。

「くっ!?」

長松は咄嗟に少年から奪ったデイパックを盾にした。
引き裂かれたリュックの中身が宙に舞い散乱する。

その勢いに長松が思わず後ずさった。
油断していた訳ではないが、余りにも切り替えが早すぎる。
目の前で親しげに話していた少年の頭が正反対に捻じられたにも関わらず。
対して動じるでもなく、瞬時に攻撃に意識を切り替えるなどただの女にできる所業ではない。
あれは長松以上に多くの死に触れ来た者の、完全に沁みついた動きだった。

それもそのはずである。
長松の前にいるのはただの女ではない、それどころかそもそも女ですらない。
百の死地を超え、千の戦友を看取り、万の敵を切り捨ててきた勇者カウレスである。
聖剣の加護を失いその力は衰えたとしても、歴戦を超えてきた経験自体はカウレスの中にしっかりと積もっている。

カウレスと交渉を行うのならば、長松はクリスを殺すべきではなかった。
生きていれば、勇者として最大限助ける努力をしていただろう。
だが死んでしまった以上、勇者であろうとどうしようもない。
それを嫌と言うほど知っているカウレスが、子供一人の死に囚われ動きを止めるはずもない。


312 : acquired designer child project ◆H3bky6/SCY :2015/05/18(月) 00:12:59 qJ7RM6Gw0
長松は飛び込むように地面にばら撒かれ散乱した荷物の中から銃を掴みとると、反転してカウレスへと銃口を向ける。
それがクリスが龍の魔物を傷つけた物と同種の武器であると気付き、カウレスが警戒を強めた。
どいう仕組みかまではカウレスには理解できないが、あの砲筒の先から高速の弾が飛ばされる、それだけ分かっていれば対応するには十分だ。
撃って来るのなら、それを躱して斬って捨てる。そう決意を固めカウレスは長松の動きを睨みつけるようにつぶさに観察する。
睨み合う二人。
戦火の火花が今にも弾けようと言う刹那。

「――――ったいなぁ…………もぅ」

足元から響いたその声に、長松もカウレスも動きを止めて、目を見開いた。
固まる二人を余所に、首をねじられたままの死体が起き上がる。
起き上がった死体は背中を向いた自らの頭を両手で掴むと、ろくろでも回すような動きで元の位置に戻した。

首を正反対に捻じられて生きていられる人間などいない。
生きているならそれは、もはや人間ではない。
ならば、目の前にいるのはいったい何だ。

「…………クリスくん……君は、何者だ?」

思わず疑問が口をついた。
人間ではなく、ましてや魔族でもない、この少年はなんなのか。

「僕? 僕は、僕だよ」

その問いに、クリスはこれまでと変わらない天使の笑みで微笑みを返す。
カウレスの背筋に怖気が奔る。
異常な状況でも何一つ変わらぬ正常とは、ここまで悍ましいものなのか。

まるで先ほどまでの不安定さなど覚えていないようにクリスは平然としていた。
それはそうだろう。なにせ彼は覚えていないふりをしているのではなく、本当に覚えていないのだから。

ありもしない矛盾した前提を抱えた彼がああなるのは、何もこれが初めての事ではない。
これまでだって、仲間の不用意な一言や、ちょっとした切っ掛けでその窓は開かれてきた。

その度に、全てを無かったことにしてきた。
現状を生きるため、己の矛盾に見て見ぬふりをして、固く固く蓋をした。

見たくないものを見ず、信じたいくないものを信じず。
見たいものだけを見て、信じたいものだけを信じた。

それがクリスの適応。
その精神性があるからこそ、クリスはここまで破綻せず生きてこれた。
いやもしかしたら、もうとっくにどうしようもないほど破綻しているからこそ、これ以上破綻しようがないだけなのかもしれないけれど。

「ねぇ。それよりもおにいさんが逃げるよ。おねーさん」

クリスの言葉に振り向けば、二人が互いに気を取られている隙に、長松はこの場から離脱を試みようとしていた。
ここは引くというその判断は正しいだろう。

カウレスはかなりの手練れである。
正面からの実力勝負となれば、長松では一対一でも厳しい相手だ。
そしてクリスは殺しても死なない長松の忌むべき化物だった。
殺してやりたいという思いはあるが、勝機のない戦いに挑む程、冷静さを欠いている訳ではない。

散らばった荷物から幾つかを回収して、長松が駆けだす。
カウレスは反射的にその背を追おうとするが、背後のクリスの存在に思い至り足を止めて振り返る。

「どうしたの? 追うの? 追わないの? どうするのおねーさん?」

出会った時から何一つ変わらぬ笑顔でクリスが言う。
魔族ではなく、少なくとも現時点では敵でもない。
むしろ交友的な関係であることは変わっていないはずだ。
にも関わらず、カウレスにはクリスが悍ましい化物に見えて仕方がなかった。


313 : acquired designer child project ◆H3bky6/SCY :2015/05/18(月) 00:13:49 qJ7RM6Gw0
【D-4 草原/午前】
【カウレス・ランファルト】
[状態]:ダメージ(大)、魔力消費(中)、女体化
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(確認済み、カウレスに扱える武器はなし(銃器などが入っている可能性はあります))
[思考・行動]
基本方針:魔王を探しだして、倒す。
1:長松を追うorクリスに対応
2:まずは聖剣を取り戻す。
3:魔王を倒すために危険人物でも勧誘。邪魔する奴は殺す。
4:ミリアやオデットとも合流したいが、あくまで魔王優先。
5:魔族は見つけ次第殺す。
※聖剣がないことで弱体化しています

【クリス】
[状態]:首にダメージ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:優勝して自分が姉になる
1:とりあえずカウレスと同行。魔族を殺す
2:手口を知ってる馴木沙奈を探し出して殺す
3:ぬいぐるみを探す
4:姉に話す時のために証拠として自分が殺した人間の首輪を回収する
5:魔族を全滅させるまでは馴木沙奈と魔族以外の参加者を殺すことを控える
※佐野蓮からラビットインフルとブレイカーズの情報を知りました

【長松洋平】
[状態]:全身に軽度の火傷、ダメージ(中)
[装備]:ワルサーp38(8/8)
[道具]:不明
[思考]
基本行動方針:殺し合いを謳歌して、再度優勝する
0:この場から離脱する
1:適当な相手を脅して放送内容を確認する
2:人間と殺し合いたい
3:化物も殺す
4:ゴスロリ女(音ノ宮・亜理子)が殺し合いを望んだ側なら殺し愛いたい

※基本支給品一式、サバイバルナイフ、チェーンソー、レミントン・モデル95・ダブルデリンジャー(1/2)、41口径弾丸×8、ティッシュ、ランダムアイテム0〜4、首輪(佐野蓮)、首輪(ミュートス)がD-4に散らばっています。
 この内の幾つかが長松に回収されています


314 : acquired designer child project ◆H3bky6/SCY :2015/05/18(月) 00:14:21 qJ7RM6Gw0
投下終了です
何か矛盾点等々ありましたらどうぞ


315 : 名無しさん :2015/05/21(木) 19:59:22 YIhGP1cg0
投下乙です
カウレスさんやっと実力者らしいところを見せたな
そういえば「アサシン」や「案山子」なんて俗名が普通に名簿に入ってるんだから
「クリス」っていうのが俗名でもなんにもおかしくないわけか…
スタンスの決まりきっている長松、クリスに対して
ここで魔族以外に対してのスタンスを決めざるを得なくなったカウレスはロワに関することを後回ししすぎたな


316 : ◆H3bky6/SCY :2015/06/01(月) 23:50:22 FwzlL9w60
投下します


317 : 夢物語 ◆H3bky6/SCY :2015/06/01(月) 23:52:59 FwzlL9w60
1979年2月。
ニューヨークは深い積雪に覆われていた。

その年の冬は例年よりも厳しく、ラブラドル寒流より吹き付ける乾燥した風が人々が暮らしを冷やす。
冬のニューヨークの風物詩の様に、地下に張り巡らされたスチームパイプから白い蒸気が沸き立っていた。

ニューヨークに点在する切り取られたような多くのエリアは、一つ通りを変えただけで大きくその表情を変えた。
その中には、この街を知るモノなら間違っても足を踏み入れない危険なエリアが存在する。
犯罪の発生率120%。観光客が誤って進入すれば確実に身ぐるみをはがされ、最悪命を失う事も少なくない。
ちょっと地下に潜れば、薬物や冗談みたいな重火器が店頭にずらりと並んでいる。

そんな最悪の地区。
そのエリアの一角に、回収車の巡回ルートからも外れ、放置されたダストボックスがあった。
そのダストボックスに、無造作に放り捨てられたようにそれはあった。

一糸まとわぬ少女の裸体がこの寒空の下に放り出されていた。
少女の眠るダストボックスからはポタポタと液体が零れ落ち、周囲の白い雪が紅く滲むように溶けてゆく。
指の先に至るまで関節と言う関節はあらぬ方向にねじ曲がり、投げ出された手足は歪な花の様にも見える。
血の気の無い白い肌は所々が赤黒く鬱血して腫れあがり、グロテスクなコントラストが描かれていた。
その髪は疎らに切り裂かれ、口内の歯は全てへし折られている。

少女の裸体に音もなく深々と雪が降り積もる。
雪は溶ける事もなく、それは少女から体温が失われていることを意味していた。

凌辱という凌辱を尽くされた、抜け殻になった少女の残骸。
それは生前の彼女を知る者が見れば、辛うじて本人だと判別できる程度の名残しか残っていない。

その終わりを少年は見た。

そして、それが始まり。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

雪が降っていた。
吹雪めいた風は強く、その中を歩く人通りは少ない。
積雪は足首まで埋まるほどに降り積もり、少し外れた路地ではホームレスが凍死しているなんて光景もここでは珍しくない。

そんな人気のない街を、両腕で吹雪から守る様にして紙袋を抱え歩いていた。
整備されていない裏路地は一面の白に覆い隠されている。
一歩踏みしめるたび足跡がその白を汚すが、降り続く雪がその足跡をなかったように覆い隠していった。

白い世界を暫く進み。
良く言えば味のある。悪く言えば今にも潰れそうなボロアパートの前で立ち止まる。
そこで肩に積もった粉雪を払って、錆びついて少し力を入れないと開かない古めかしい扉に手を掛けた。

『よう。お使いか坊や』

そこで背後から皮肉ったらしい声がかかった。
鬱陶しい下品な笑い声がする方に振り向けば、そこには予想通り暑苦しい顔がいた。
やたらに体格のいい男だけに肩に雪の量も多いのか、男が肩から振り払った雪がドサリと音を立てた。

『また来たのか。サミュエル』
『なんだ、来て悪いか?』
『別に。ここに来るのは自由だ。そういうルールだ。ただ、懲りないなと思っただけだ』

サミュエル・ロウ。
西地区でヒスパニック系のストリートチルドレンを取り仕切っている男である。
最強の組織を作り上げるが口癖で、無駄に自信にあふれており態度のでかい気に喰わない男だ。

暇を見つけてはここを訪れ、己のチームに入らないかとこの部屋の主である彼女を勧誘を続けている。
恐らく彼女を取り込むことにより、彼女目当て集まる連中ごと己の歯車として取り込むのが目的だろう。
もっとも、その度に振られ続けているのだが。

『それに、お使いならあんたの領分だろうサミュエル。マフィアどもに尻尾を振るのはそんなに楽しいか?』
『は。ガキには分らんよ。大人の苦労はな』
『使いっ走りをするのが、あんたの言う大人の苦労か? そりゃまた何とも夢のない話だな』

サミュエルは自らの取り仕切るストリートギャングを軍隊の様に統率しているらしい。
だが、その組織力を使って行っていることは、マフィアの使いっぱしりとしてあくせく働く事である。

『は。お使いなどという上等なマネを貴様のようなガキにできるはずもなかったか。
 手癖の悪いお前の事だ、その手荷物も、またどこからか盗んできたのか?』
『これは盗んできたわけじゃない。アンナに頼まれて買ってきたんだ。
 金もメインストリートでアンナと共に大道芸で稼いだ金だ、あんたにどうこう言われる筋合いはない』
『け。そうかよ。相変わらず可愛げのないクソガキだぜ』


318 : 夢物語 ◆H3bky6/SCY :2015/06/01(月) 23:54:08 FwzlL9w60
彼女の名を出されては分が悪いを踏んだのか。
捨て台詞だけを残すと、サミュエルはこちらを押しのけ硬い扉に手を掛けた。
こちらもサミュエルを無視して、開かれた入口に入って部屋の中央にいる彼女の元へと向かう。
こちらを認めた少女が柔らかに笑う。

『アンナ。頼まれていた物、手に入れてきたよ』
『あら、ありがとうサイパス。サミュエルもいらっしゃい』

椅子に腰かけた彼女に紙袋に包まれた荷物を手渡すと、優しい手で頭を撫でられた。
振り払う気はしないが少しだけくすぐったい。
僅かな気恥ずかしさに、少し目を逸らしたところで、壁際に立っている人影に気付いた。
気配もなく壁際に佇んでいたのは、どこか不気味な気配を漂わせた細身の男だった。
外に降り積もる雪のような長い白髪から覗く鋭い目つきは、さながら刃のようである。

『あんたもいたのか、バルトロ』
『…………ああ』

バルトロ・デル・テスタ。
己の力にしか興味のない一匹狼の殺人鬼。
自分の縄張りに入った輩から金品を奪い、殺傷沙汰を繰り返してるイカれた男だ。
別の地区で警官殺しを行い追われる身となり、この地区まで逃れてきたらしい。
誰ともつるまない男だったのだが、どういう訳か彼女の元には足繁く通い、こうして何をするでもなく無言のまま佇んでいるのが常だった。
危険な男だが、少なくとも彼女の元にいる間は大人しくしているので放っておいてもいいだろう。

『やあ、サイパス。何を買ってきたんだい?』
『なんだ、あんたもいたのか。あんたはバルトロとは違った意味で存在感が薄いな、アヴァン』
『いや、酷いなぁ……』

アヴァン・デ・ベルナルディ。
この最底辺のドブの底で生きているとは思えないほど普通の男だ。
よくここまで生き残ってこれたものだと感心するほど腕っぷしも貧弱である。
そのくせ何の得もないのに人を助けようとしては、その度に死にかけている懲りない男だ。
長生きできそうにないその性質は、いつ死ぬかというのが、サミュエルたちの賭け対象になるくらいである。

これで来客は3人。部屋の主と己を含めてこの狭い一室に5人もの人間が集まっているようだ。
それも珍しいことではなく、彼女という光に惹かれるように彼女の元には普段から多くの者が訪れる。
その面子は性別に年齢、国籍に至るまで多種多様であるのだが、今日集まった連中はその中でも中々に濃い面子だ。
サミュエルやバルトロは元より、アヴァンだって存在感こそ薄いが、こんな環境であるからこそ一般で言う普通の奴は物珍しい。
だが、その連中の中でも一際濃い輩が存在する。

『やあ! 御機嫌ようアンナ。今日もまた君は美しい』

勢いよく扉が開かれ、威勢のいい挨拶と共に長身の伊達男が現れた。
男は迷うことなく彼女の前まで歩を進めると、彼女に仕える騎士の様に跪きその手の甲にキスをする。

『ありがとうカイザル。けれど、扉はもう少しゆっくりと開けてね、建付けも悪いんだから』
『おっと! これは私としたことが失礼をした。以後気を付けるとしよう』

オーバーリアクションで前髪をかき上げ、仰け反る様に身を捩る。
そこで初めてこちらを視界に入れたのか、周囲の面々の存在に気づいた。

『何を見ている愚民ども。この俺様の来たのだから、俺とアンナに気を使って出て行くのが筋だろう』

侮蔑するような悪態は、彼女に対する態度とはまるで違う。
豹変したというより元よりこういう奴だ。彼が敬意を払うのは彼女に対してだけである。

カイザル・フォン・ヴァードヴィ=アルトケウス。
自称元貴族。自尊心が高く、基本的に他人を見下している、嫌味たらしいいけ好かない男だ。
何故そんな男がこんな最下層にまで堕ちてきたのか。その理由を本人が語ることはないし、こちらとしても興味はない。

『お前が出ていけ』
『寝言寝て言え似非貴族』
『……死ね』
『まあまあみんな、落ち着いて』

それぞれにいつも通りの軽い挨拶を交わし、カイザルもその挨拶を鼻で無視して彼女へと向き直った。
そこで目ざとくカイザルは彼女の抱えた紙袋に気づいた。

『おや、アンナそれは何だい?』
『これ? サイパスに買ってきてもらったモノなのだけど』

そう言って彼女は紙袋から中身を取り出した。
現れたのは紅い花の咲いた鉢植えである。

『それはサルビアの花だね。温帯の花だからこの時期には珍しい。たしか、花言葉は『家族愛』だったか』
『あら、さすがにカイザルは博識ね。これはサイパスに買ってきてもらった記念の花よ』
『記念? 何の記念だい?』

問われ、彼女は少しだけはにかんだ。


319 : 夢物語 ◆H3bky6/SCY :2015/06/01(月) 23:55:34 FwzlL9w60
『私たちが、家族(ファミリー)になる記念よ』

その言葉を受けて、サミュエルとアヴァンは意味を測りかねる様に首を傾げ。
バルトロは変わらず無表情のまま、カイザルはただ一人歓喜し破顔した。

『嬉しいよアンナ! 僕のプロポーズを受けてくれる気になったんだね!』
『違います』

そう言って両手を広げて飛びついてきたカイザルを、彼女はひょいと押しのけた。
勢い余って壁に票突するカイザルを無視してアヴァンが彼女の言葉を要約する。

『それは、他のファミリーの取り込まれる前に俺たちで新しい組織を立ち上げてしまおう、という話かな?』
『はっ。それはいい! そういう話なら俺は乗るぞ』

その要約を聞いて、元より彼女と組むつもりだったサミュエルは嬉しげに声をあげた。
だが、彼女は静かに首を振る。

『ううん。多分サミュエルの望んでいる物とは違うわね。
 組織を作ると言うのはそうだけど、この世界で成り上がろうというお話じゃないから』

彼女は普段の優しげなモノとは違う真剣な表情で皆に視線を向ける。

『私たちは弱いわ。このままだといずれこの街に取り込まれてしまう』

その言葉を誰も否定することができない。
どれだけ強かろうと個人の力など、この街の大きな波を前にしては簡単に飲み込まれてしまう。
それがこの街の現実である。

『私たち一人一人は弱くても、みんなで助け合って力を合わせれば何とかなるって思えない?』
『助け合って力を合わせる、か』

サミュエルが苦笑する。
そんな言葉はこの世界では幻想でしかない。
だが、彼女が言うのなら不思議とそれもできるような気がしてくる。
力を合わせればこの地獄のような世界から抜け出せるかもしれないと。

『だから別に表とか裏とか、そういう形にこだわるつもりはないの。
 ただみんなが、誰に歪められる事なく生きていける世界で静かに暮らせればいい。
 そんな世界をみんなと探してみたいと思っただけなのよ』

誰かに利用されるのではなく
誰かを利用するのでもなく。
ただありのままで生きていけたらいい。
そんな人間として当たり前の幸福。
それを望むのはこの世界では夢物語のような生き方だ。

『……そんな生き方を、俺たちにも望むと?』

問うのは、最も血生臭い生き方をしてきたバルトロである。

『ええ。彼方たちにもそれぞれ思う野心や志があるでしょうし、別に強制するつもりはないわ。
 これは彼方たちにもそう生きてほしいと言う私の勝手な願い。それでも彼方たちはこの手を取欲しいと願うわ』

そう言って彼女は手を差し出す。
真っ先に迷うことなくその手を取ったのはカイザルである。

『愚問だね。私はアンナがいるのならどこにでもついていくよ。
 君に最初に傅く騎士に選んでもらえて光栄だ』
『ありがとうカイザル。けど残念。最初じゃないわよ』

そう言って彼女は悪戯に笑うと、俺の腕を掴んで自らの手の中に引き寄せた。
そして後ろから暖かなモノに包まれる。

『サイパスはもう陥落済みよ』

昨晩、彼女からこの話を聞かされ、俺は二もなく頷いた。
彼女の語る夢に、俺は魅せられたのだ。

『貴方たち3人はどうする?』

彼女の問いに真っ先に頷いたのはアヴァンだった。

『その誘いに応じるよアンナ。けれど今日来ていない僕ら以外の連中はどうするんだい?』
『もちろん誘うわ。話をしたのはみんなが初めてだけど、これから他のみんなにも声をかけていくわ。
 全員が応じてくれるとは思わないけれど、それでも一人一人に私の考えを伝えてゆくつもりよ』

サミュエルは少しだけ難しい顔思案した後、力を抜く様にふっと笑った。

『まあ、ここで奴らの狗として生きるよりかは、アンナの下に付く方が面白いか。いいだろう。俺のチームの連中にも話をつけておく』
『アヴァン。サミュエル。2人ともありがとう。バルトロはどう?』

彼女の問いに、バルトロはいつも通りの無表情のまましばらく目を閉じ、そしてゆっくりと目を開く。

『……できるかどうかは分からないが、お前が望むならそんな生き方も試してみよう』


320 : 夢物語 ◆H3bky6/SCY :2015/06/01(月) 23:57:17 FwzlL9w60
その答えに、彼女は安堵したように息を吐く。
そうしていつも通りの全てを惹きつけるような眩しい笑顔を見せた。
そして全員の手を取り、無理矢理に重ね合わせてゆく。

『今日からここにいる全員は家族よ。助け合っていきましょう』

そうして、サルビアの花の前に誓いは建てられた。
共に生きていくと言う誓いが。

『……ファミリーの名前はどうするんだ』
『名前? そう言えば考えてなかったわね……』

バルトロから投げられた素朴な疑問に彼女はうーんと首を傾げる。

『それじゃあ。他のみんなを誘い終えるまでに考えておくわね。発表はその時にするわ』

それが始まり。

彼女はその後も順調に仲間たちを口説き落として行き。
こうして夢物語を詰め込んだ大した力もなく、名前すらない組織が世界の片隅に生まれたのだった。

だが、結局この組織の名を俺たちが知ることはなかった。



彼女の死体が裏路地のダストボックスに打ち捨てられていたのは、それから数日後の事だった。





工業区にあるとある廃倉庫には30人を超える少年少女たちが集結していた。
これほど人が犇めき合ってるにもかかわらず喧騒はなく、重々しい沈黙だけが倉庫の中に沈殿している。
誰も一言も発さず、一様に俯いたまま絶望したように打ちひしがれていた。

本来ならば、この日は新たな門出を祝う記念すべき日となるはずだった。
だが、祝福すべきその日は一転して絶望の日となる。

いや、絶望などとっくに知ってたはずなのに。
この世界に堕ちた者ならば、みなそんなものは知っている。
世界の残酷さなど、知っていたはずなのに、彼女に出会い浮かれて忘れていた。
哀れにも、ありもしない夢を見てしまった。

夢物語に溺れた。
その結果がこれだ。

あれは、分かりやすいまでの見せしめだった。

各地に散らばり好き勝手に生きてきた連中を、彼女は束ねて統一した。
彼女自身は意識していなかっただろうが、それは誰も成し遂げられない偉業だった。

単独ならばたいした脅威にはならないとそれまでは見逃されてきた悪童たちが、集結し一つの組織となるという動きを不穏に感じたのだろう。
奴らはその動きを警戒して、速めに釘を刺してきたのである。
この世界ではよくある、珍しくもない話。
これはそれだけの話だった。

皆が打ちひしがれる中、一人静かに出口へと向かう者がいた。

『どこへ行くんだ、バルトロ』
『……決まってる。報復だ』

アヴァンの問いにバルトロが冷たい声で答える。
報復。その言葉に、波紋の様な騒めきが広った。
彼女を殺した犯人は解かり切っている。
このスラムを取り仕切るマフィアどもだ。
そこにバルトロは正面切って殺し合いを挑もうとしていた。

『待て、バルトロ』

今にも出て行かんとするバルトロに、待ったをかけたのはサミュエルだ。
無謀な行為を止めてくれることを期待するアヴァンだが、その期待は裏切られる。

『貴様は奴らの隠れ家を知らんだろう。俺が案内してやる』
『サミュエルまで……』

奴らの小間使いとして奴らの元で働いてきたサミュエルは自ら案内役を買って出た。
その瞳の奥には黒い殺意の炎が燃えている。
それはバルトロとサミュエルだけに限った話ではなかった。
この場にいる全員が目に見えて殺気立ち、復讐という誘惑に傾きかけていた。

『待てよ。待ってくれ……!』

その中でアヴァンだけがただ一人、その空気に飲まれず制止をかけた。
いち早く出口へと回り込み、両手を広げて全員を押し止める。


321 : 夢物語 ◆H3bky6/SCY :2015/06/01(月) 23:59:46 FwzlL9w60
『俺だって悔しい、許せないと思うさ! だが、だけど! これじゃ死にに行くようなものだ。いや、仮に勝てたとしてどうなる?
 あいつらはカボネ傘下のマフィアだぞ? この地区いる奴らを殺した所で、上から更なる報復が待つだけだ』

この辺を取り仕切っている奴等の規模自体は大した大きさではない。
だが、そいつらに局地的に勝てたところで、いつか潰されるのは目に見えている。
たかが30人程度の子供の集まりが、10万近い構成員を有する大組織に勝てる訳が無い。

『――――それがどうした。今更死ぬのが恐ろしくなったか?』

それまで一言も発さず塞ぎ込んでいたカイザルが、そう言って幽鬼の様に立ち上がる。
この街で生きている人間はみな死人だ。
死にながら生きている。
死者が今更死を恐れる道理はない。
それはアヴァンと言えども同じである。

『死ぬのが恐ろしくて言ってるんじゃない。そんな事をしても意味がないと言ってるんだ』
『そうかい。まあいいさ。残りたければ勝手に残れ。
 意味があるとかないとかそんなことはどうでもいい。単純に、やらなくちゃ俺の気が済まない。
 奴らの家族、友人、隣人に事務所にピザを届けた配達員に至るまで、一人たりとも生かしてなどやるモノか――――――皆殺しだ』

空っぽになった中身に憎悪と殺意を詰め込んで、カイザル・フォン・ヴァードヴィ=アルトケウスという名の悪魔が始動する。
その押しつぶされるほどの殺意を前にしては、アヴァンは押し黙るしかない。

唯一の反対意見が圧殺された事により、膨れ上がる報復ムードはいよいよ歯止めがきかなくなってゆく。
だが、その中で今だにスタンスを露わにしていない者がただ一人だけ存在した。
目敏くもその存在に気付いたカイザルが問う。

『おいサイパス。お前はどうなんだ? 奴らに報復がしたいか? それともアヴァンと同じか?
 ハッキリ言ってみろよ。お前はアンナのお気に入りだったからな、お前の意見なら一考してやらなくもないぞ』

最期のギリギリの理性でカイザルが決断をサイパスにゆだねる。
破裂寸前の殺気の膨れ上がった空間で、全員の視線が矢のように最年少である少年へを射抜く。
少年はその空気に飲まれるでもなく、どこまでも冷静に己の中の感情と向き合って、答えを口した。

『俺は――――』

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

その館の中は正しく地獄だった。

屋敷の中は硝煙とむせ返るような血の匂いに溢れかえっていた。
地面のカーペットが真っ赤なのはデザインによるものではないだろう。
所々に人間だった残骸と、中身がブチマケられ、幾重もの死が積み重なっていた。
その地獄でこの地獄を作り上げた少年たちが、己の血なのか返り血なのか分らなくなった格好のまま、全てを終えエントランスに集まっていた。

『結局、生き残ったのは4人だけか。俺様とバルトロはともかく、よく貴様らが生き残ったモノだ』
『ふん。奴らにはいざとなったら俺の命を優先するよう教育してあったからな。お蔭で長年手塩を掛けて育てた駒を失っちまった』

30人近くいた少年たちは4人にまでその数を減らしていた。
それでも不意を突いて襲撃したとはいえ、プロを相手に勝利できたのだから奇跡的な成果である。

『……4人じゃない、アジトに残ったアヴァンもいる』
『じゃあ5人か。まあどっちでもいいさ』

この隠れ家にいた連中は誰彼かまわず全殺しにした、きっと誰かが彼女の仇だったのだろう。
当然ながら仇を討てたという実感も喜びもなかった。
ただ殺さなくては前に進めなかった。
だからこれは必要な事だったのだ。

『それで、貴様らこれからどうする?』
『どうするってとっととこの街から逃げるしかないだろ?』

この屋敷から一人の逃走も許してはいないが、周囲に銃声は響いているだろう。
マフィアの隠れ家で多少銃声が鳴った所で、この辺りの警察が動く事もないだろうが、異常を察して誰が集まってくるとも限らない。
追手を巻くため、早急にこの街から離れなくてはならなかった。

『クズが。俺はそんな目先の話などしていない。俺が聞いているのはお前らが今後も組織を続けていくのかという事だ』
『……続けるつもりか?』

バルトロが問いを返す。
それをわざわざこの場で問うたと言う事はカイザルはこの組織を続けるつもりという事なのだろう。

『当然だ。続けるに決まっている』
『はっ。続けた所で俺たちだけで何をするんだ?
 アンナの言うとおり仲良く助け合って生きていくか!? この俺たちが!?』

皮肉めいたサミュエルの言葉はもっともだ。
俺たちは友人ではない。
それどころか互いに好感すら持っていない。


322 : 夢物語 ◆H3bky6/SCY :2015/06/02(火) 00:01:25 U8H3Gg6A0
サミュエルは彼女の人を従える力に心酔していた。
アヴァンは彼女の集めた人々の間に絆を見出していた。
バルトロは彼女ために己が力を奮うと決めていた。
カイザルは彼女自身を愛していた。
そしてサイパスは彼女の理想に夢を見ていた。

誰もがみな、彼女を中心に繋がり、それぞれが違う方向を見ていた。
愚者どもを導くはずの聖女は、道を指し示す前に死んでしまった。
道を失ったそんな連中が、中心を欠いてやっていけるとは思えない。

『何をするかなど、そんな事は後で考えればいい。終わらせるものか。潰さるものか。
 ここでその組織が消えてしまえば彼女の居た証が無くなってしまう。そんな事は許されない。彼女が遺したこの組織だけは、俺が護って見せる』

呟く声はどこか追い詰められたような狂気が込められていた。
ここに居る全員が今更死など恐れてはいない。
ただ、何も遺せず、何者にも為れず、ただ消えていく。それだけが恐ろしかった。
彼女の生きた証が何もなくなり消えてしまう事。ただそれだけが恐ろしい
そしてそれだけが、ここに居る全員が共有したただ一つ価値観だった。

『俺が彼女の代わりになる。異論はないな』

ボスを継ぐというカイザルの言葉に、サミュエル辺りが異論を唱えるかと思ったが、以外にも抗議の声はなかった。
異論をはさめば殺すと言う有無を言わせぬカイザルの圧力もあったのだろうが。
それ以上にサミュエルの目的はあくまで最強の組織を作る事であり、自身がそこの頂点に立つということには興味がなかったらしい。

『……なんにせよ具体的な話は後だ。いつカボネの奴らがこの事態に気づくとも限らん……早急にアヴァンを回収してこの地を離れよう』
『逃げるにしても、どこへ行く?』
『どこでもいいさ、どうせ当てもないだろう。彼女の居ないこの土地にもう未練もない』

ここにいる誰もが故郷なんて上等なものは持っていないし、頼れる相手などいるはずもない。
敵の手は広く、どこか遠くに逃げる必要があった。

『南に――――』

そう慌ただしく動き始めた3人をどこか他人事のように見つめていた己の口から、その願望が思わず口をついていた。

『――――南に行こう。どうせなら、雪の降らない街がいい』

脳裏に浮かぶのは視界一面を支配する赤よりも鮮明な白い景色だ。
降り注ぐ雪を見ると、どうしても白い雪に飲まれる彼女の死を想いだす。
だから、白の見えない世界に行きたかった。

それは、全員に共通した思いだったのか。
誰もが沈痛な面持ちで、俯きその言葉を受け止める。

『そうだな……そこから始めよう。彼女と俺達の新しい組織を』

それが終わりで、それが始まり。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

月日は流れ、時は巡る。
メキシコとの国境近くにまで逃れた俺たちは、奴らに見つからぬよう地下に潜った。
そこで殺しの仕事を請け負いながら地道に構成員を増やし続け力を確実につけていった。
そして、いつしかカボネの連中も簡単には手を出せない規模にまで組織は育っていった。

カイザルには人々を導く王としての才があった。
カイザルは上手くやった、その手腕はそれこそ天才的だった。

サミュエルには人々を取り仕切る将としての才があった。
サミュエルも積極的に兵を集め、それらを上手く纏め上げていた。

バルトロは誰よりも強かった。最前線で戦う兵としての才があった。
バルトロは汚れ仕事を厭わず、暗殺者として数々の仕事をこなしていた。

アヴァンには何の才能もなかったけれど、誰よりも人間らしい奴だった。
アヴァンの常識的価値観は組織においては貴重であり、対外的な交渉は奴に任された。

そして俺は――――。


323 : 夢物語 ◆H3bky6/SCY :2015/06/02(火) 00:03:37 U8H3Gg6A0
月日は早く、時は巡る。

組織は独自の立ち位置を得て、その地位は盤石となっていた。
むろんそのままという訳ではない。
組織という入れ物はそのままでも、その中身は大きく変わった。
それ故に、その在り方も、存在意義も徐々に変わり始めていた。

それは仕方のないことだ。
変わらない物などない。
無くならない物などない。

バルトロとアヴァンは共に我が子に殺され、カイザルは病に倒れた。
この組織の始まりを知る者はもう殆どいない。
もうまともに会話ができるのはこのサミュエルだけとなった。

『お前とこうして酒を飲みかわすのも何時ぶりだ?』
『さてな。前の休み以来だから二ヶ月ほど前だったか』

透明なグラスにウイスキーを注ぎ、カチンとグラスを合わせる。

『サイパスよ。貴様は今の組織についてどう思う?』
『またその話か。俺集めた連中が気に喰わないと言いたいのだろう』
『気に喰わないのは事実だが、そうではない。構成員の話ではなく組織自体の話だ』

そう言ってサミュエルはキツめのウイスキーを喉に流し込んだ。

『カイザルはもう長くないぞ。むしろここまでよく持った方だ』
『そうだな。奴はもう執念だけで生きている。いつ逝ってもおかしくはなかろう。だがサミュエル。ボスの座ならお前が継げばいいだろう』
『冗談だろう。儂か貴様、どちらが立っても角が立つだけだ。だいたいお互いにそのつもりもないだろう』
『ならイヴァンが継ぐさ。奴もそのつもりで根回しをしている』

その言葉をサミュエルは鼻で笑う。

『それこそ冗談にもならん。奴がボスになれば下からの反発は免れん』
『その時は俺とお前で押さえればいい』
『本気か? イヴァンが継げば、確実に今の組織の形は消滅するぞ。ただのマフィアに成り下がる』
『仕方のない事だ。時代の流れには逆らえんよ』

サミュエルはふむとため息をつくと、空になったグラスに琥珀色の液体を注ぎ、その中身を一気に呷った。

『カイザルは認めぬだろうな。奴は組織という形に拘るだろう』
『だろうな。だが奴にはもうどうする力もない』

最もこの組織に執着しているのがボスであるカイザルだ。
奴は組織という形を続けることに病的なまでに執着している。
いつまでも過去に囚われている。

『まあ儂としてはそれでもいいさ。当たり前の事だが、我々の思う到達点はそれぞれに違う。
 儂は今の組織にそれなりに満足しているよ。たとえ組織という殻が壊れてもそれは変わらないだろう』

サミュエルの理想は完全なる歯車による完全なる群体の実現である。
その理想は完全ではないがある程度はこの組織で実現できた、形を変えてもその理想は追って行けるだろう。

『だが、お前はどうなのだサイパス? 変人どもを集めて、お前の望む夢物語に届いたのか?』

サミュエルが問う。
夢物語。
サイパスの追い求めた理想。
それは果たして何のための、誰のための夢だったのか。

『俺は――――』


324 : 夢物語 ◆H3bky6/SCY :2015/06/02(火) 00:06:17 U8H3Gg6A0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

――――――――懐かしくも愛おしい悪夢を見た。

太陽の怪人との戦闘の後。
安全な場所まで逃れた所で、ダメージと疲労から眠っていたようだ。

アサシンや太陽の怪人に過去を掘り返すようなことを言われたからだろう。
久しく見ていない古い夢を見た。

その夢を忘れていた訳ではない。
いや、忘れたことなど一度たりとも無かった。

あれは一つ夢の終わりであり。
新たなる始まりの夢だった。

組織の形は変われど、彼の夢は変わらない。
彼が夢を守り続ける限り、彼女の理想は生き続けるのだ。

その事実がある限り、サイパス・キルラは夢の護り人たり続ける。

【F-5 森/昼】
【サイパス・キルラ】
[状態]:疲労(小)、火傷(中)、右肩に傷(止血済み)、左脇腹に穴(止血済み)
[装備]:S&W M10(6/6)
[道具]:基本支給品一式
[思考・行動]
基本方針:組織のメンバーを除く参加者を殺す
1:周囲の探索を行う
2:亦紅、遠山春奈との決着をつける
3:新田拳正を殺す
4:イヴァンと合流して彼の指示に従う。バラッド、アザレア、ピーターとの合流も視野に入れる。
5:決して油断はしない。全力を以て敵を仕留める。


325 : 夢物語 ◆H3bky6/SCY :2015/06/02(火) 00:06:38 U8H3Gg6A0
投下終了です


326 : 名無しさん :2015/06/02(火) 01:56:02 ky5KXuWw0
投下乙です。
今までも断片的に明かされてきた組織の創立エピソードが明確に描写されたか
社会の逸れ者達が家族のように寄り添う組織の体制はある意味創立者の理想通りの形なんだな
時代と共に変わりつつある組織の中で老兵二人が語り合う場面が印象的だ


327 : 名無しさん :2015/06/03(水) 19:36:29 AtabFuJ60
投下乙です!
ついに明かされた殺し屋組織創立話!
前から殺し屋組織は映画っぽいと言われていたけど、本当に映画みたいな話だった
若い頃の殺し屋幹部達がカッコ良すぎてぱねえ、報復に向かうシーンは鳥肌たちました


328 : 名無しさん :2015/06/05(金) 13:09:20 sIztnBBQ0
投下乙です
ついに明かされた組織の始まり
組織幹部組カッコ良かったけどズレたまま突っ走らないといけなかった彼らはなんだか悲しいな
ここで敵対してる組織も出来たけどひょっとしてこれがクリスの組織だったりするんだろうか
ルカも親殺しだったとは衝撃だったな


329 : ◆H3bky6/SCY :2015/06/15(月) 01:00:16 iRmzA4Ug0
投下します


330 : 想う心 ◆H3bky6/SCY :2015/06/15(月) 01:01:49 iRmzA4Ug0
馴木沙奈は覚束ない足取りで、自らが辿った道筋を遡っていた。
おぼろげな記憶を頼りに入り組んだ住宅街を、奥へ奥へと進んでゆく。

道案内を任された沙奈が先導するのは大日本帝国を治める魔人皇である。
先を往き、足を動かしているのはどうしようもなく自分であるはずなのに、どこかふわふわとして現実感がない。
まるで十三階段を昇る死刑囚のようだ。

「随分と細かい道筋だな。本当にこちらあっているのか?」
「は、はひぃ! あっ……あってると思われます……ッ!」

船坂はそうかとだけ応えると、まだ無言のまま沙奈の後へと続いた。
その問いは、細かく入り組んだ道では迷う事もあるだろうという船坂なりの気遣いだったのだが。
クリスから逃れるべく無我夢中で走っていたため正確な道筋など覚えていない沙奈からすれば、正直責められているようにしか感じられなかった。

逃げ出したいと思うが、一か八か隙を見て反旗を翻す勇気もない。
もし失敗したらと考えただけで足がすくむ。
死にたくない。
ただそれだけを心の底から願えど、漠然とした願いを叶える具体的な方法など思いつきもしない。
彼女はどうしようなく普通で、どうしようもなく無力だった。

ただ祈るように錬次郎、と。
沙奈は心の中で想い人である幼馴染の名を絶叫した。

そんな祈りに意味はない。
助けを望んでその相手が都合よく現れるはずもなく。
そもそも人間不信を拗らせている彼が、積極的に誰かを助けるために動くはずもない。
それは幼馴染である彼女と言えど例外ではないという事を、幼馴染であるからこそ彼女はよく知っていた。

進むうち道は住宅街を抜けて大通りに出た。
それは奇跡か、はたまた彼女の脳が生み出した都合のいい幻影か。
遠く道の先に人影が見えた。
その人影が身に纏う制服は彼女が通う学園指定の物だった。
彼女が想い、祈りを捧げた少年が毎日着ている物と同じ。

心に僅かに火が燈る。
何の行動も起こす気になれなかった絶望的な心が晴れてゆくようだ。
あり得るはずのない都合のいい奇跡に、打ちひしがれていた彼女の心に光がさす。
だから、彼女は迷わず助けを求めた。


「――――助けてぇぇぇええ、錬次郎ぉぉぉお!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


331 : 想う心 ◆H3bky6/SCY :2015/06/15(月) 01:03:30 iRmzA4Ug0
水芭ユキはどこか遠方から響く、悲鳴のような叫びを聞いた。
どこからの声なのかとユキが周囲を探る。
市街地の建物群に反響したためか、声の発生源はつかみづらい。

「ねぇ、新田くん。今の声……」

そして今の助けを求めるような声には、はっきりとは思いだせないがどこか聞き覚えがある気がした。
その心当たりは自分だけの物なのか。それを確認すべく、ユキは連れ合いへと視線を向ける。
だが、隣にいるはずの拳正の姿は既にそこにはなかった。
見れば、視界に入ったのは遠ざかっていく少年の背である。

「え、ちょ…………ああ、もう!」

彼は早くも駆けだしていた。
既に位置も特定しているんかその足取りに迷いもない。
この性急さにもいい加減慣れてきた頃合いだが、声くらいはかけて行け、と内心で毒づきながら、ユキがその後ろを追従する。

拳正は大通りを一直線に駆け抜けるのではなく、狙撃などの飛び道具を警戒し組んだ住宅街へと入っていった。
そこから細い路地を一気に駆け抜けると、遠目に目測を付けた辺りで民家の壁を蹴りあげる。
そのまま三角跳びの要領で屋根へと駆け上り、屋根の上から周囲を見下ろす。

そこにあった光景は、今の叫びをとがめられているのか、悪漢とそれに詰め寄られ怯える少女、としか見えない状況であった。
拳正は迷わず、屋根の上を駆けると、男と少女の間に割り込むように飛び込み、落下する勢いを乗せ跳び蹴りを放つ。
だが、その不意を突いたはずの一撃を男は事もなさげな動きであっさりと避けた。

攻撃を避けられた拳正は止まらず、着地の足を踏み込む足に変えて、アスファルトの地面を強かに蹴った。
だが、その動きよりも早く、魔人皇が動く。

魔人皇の右腕が揺らめく様に掻き消えた。
拳正は前に出ようとしていた動きを、咄嗟に横に飛び退く動きに変える。
音速を超える鞭の様な魔人皇の拳が風切音を上げて空を切った。
拳正はそのまま数歩引き、構えを解かず警戒する様にその場に腰を落とす。

「あっ……え、拳正、くん…………?」

文字通り振って降りてきた助けを前に、沙奈が戸惑いの声を上げる。
その心中に訪れたのは、助けに来てくれた相手が錬次郎ではなかったことの落胆。
そして、助けに来てくれた相手が新田拳正であることの僅かな希望である。

新田拳正ならば、この魔人にも打ち勝ち、この状況から救い出してくれるのではないか?
噂に聞く彼の伝説を知るからこそ、そんな希望が湧いて来る。
だが、そんな沙奈の淡い期待とは裏腹に拳正は苦々しい表情で額に冷や汗をにじませていた。

「やめておけ。実力の差が分からぬ腕もあるまい」
「だな。あんたの方が今の俺より三周りは強い」

学園最強の驚くほど弱気な言葉に沙奈の心に絶望が落ちる。
だが沙奈には解からない。
先ほどの攻防も少なくとも互角の攻防にしか見えず、絶望する要素など感じとれなかった。

だが実際は違う。
一瞬の交錯で互いの格付けは終了した。

飛び込もうとしていた拳正は撃退に動いた船坂の動きを見切っていた。
故に、すれ違いざまにカウンターを打ち込むべく紙一重で躱せるよう身を動かそうとしたが。
その僅かな機微を感じた船坂がその動きに対応したため、打ち込めば取られる察して撃たずに大きく身を引いたのだ。
完全に打ち出した後の隙を突こうとしたのに、それでも先に打ち込まれる、それが現在の覆りようのない実力差である。


332 : 想う心 ◆H3bky6/SCY :2015/06/15(月) 01:04:56 iRmzA4Ug0
「それが理解できているのならここは引け。それとも犬死が好みか?」
「ま、そういう訳でもないんだが。知り合いに助けを求められちゃ見捨てるわけにもいかねぇだろ」

言って、目の前の魔人から視線をそらさず背後の少女を後ろ指で指す。
直接的な友人という訳でもないが顔見知りだ、恐らく先ほどの助けを求めたのも彼女と見て間違いないだろう。

その発言に魔人皇が少年と少女それぞれに見定めるような視線を送る。
沙奈は隠れるように拳正の背に隠れ、拳正はその視線を睨み返した。

僅かな睨み合い。
そこに拳正に僅かに遅れて水芭ユキが駆け付ける。

「貴方は…………ッ!」

男が何者であるか確認したユキの全身に、怖気の様な泡が立った。
傷が完治しており、血塗れのゾンビのような姿からは変わっているけれど、見紛うはずもない。
目の前にいるのは彼女の親友である朝霧舞歌を殺害した魔人である。

「氷雪使いの娘か」

船坂の方からしても、現れた二人の顔には覚えがあった。
少女の方は直接会ったというのもあるが、垣間見た朝霧舞歌の記憶の中でも特に色濃く焼き付いた三人の内の一人である。
少年の方もまたその記憶の中に含まれていた。
少女ほど深く根付いていたという訳ではない、どころか接点など殆どなかったが、ただ一点、痛烈に焼き付いた記憶がある。

「いきり立っているようだが、落ち着け。こちらに貴様らと交戦する意思はない」
「ふざけないで! 舞歌を殺しただけじゃ飽き足らず、馴木さんも手にかけようとしておいて何を!」

舞歌の仇とこの状況を前にして、ユキの目の前が怒りに真っ赤になる。
彼女を殺しただけでは飽きたらず、何の力もないいたいけな少女まで手にかけようと言うのか。

「前者はともかく後者は誤解なのだがな、と言って信じぬか」
「当たり前よ……ッ!」

やれやれと船坂は困ったように肩を竦め。
ユキは既に警戒態勢を超え臨戦態勢だ。
いつ襲い掛かってもおかしくない状態である。

「少なくとも、私はこの娘を害しようとしていたわけではない」
「だったら! どうして馴木さんがそんなに怯えて助けを求めたっていうのよ?」
「それはこちらが聞きたい。いきなりの事だったのでこちらも戸惑っている」

どう見ても戸惑っているようには見えない落ち着き払った様子で船坂は息を漏らす。
沙奈はガタガタと震え、事情を語る様子もなく要領を得ない。
ただ船坂の視界に入らぬよう拳正とユキを盾に隠れている。

「そんな理屈が…………ッ!」
「まあ落ち着けつぅの」

友の仇を前に激昂し、冷静さを失いかけているユキを拳正が片手で制する。
少女二人と違い、少年の方は当事者でない分、幾らか冷静だ。
もっとも腰を据えたまま少女以上に臨戦態勢であるのも彼なのだが。

「あんたが朝霧を殺したってのは?」
「事実だ」

言い訳するでも開き直るでもなく船坂は正面からその事実を認める。

「あんたは殺し合いをする気なのか?」
「殺し合い? ああ。あの痴れ者の戯言か、そんなものに従うつもりなど毛頭ない」
「ならなんで殺した?」
「襲われたから対応したまでだ。先に手を出したのはそちらの娘とその仲間だろう」

そう言って船坂が向けた視線の先を拳正は追った。
二人からの視線を受け、ユキはグッと唇を噛み締める。

それは事実だ。
彼女と魔人皇の戦闘は、血濡れの魔人の姿に驚いたミロが攻撃を仕掛けてしまったのが始まりである。
ユキもその姿に相手が殺し合いに乗っていると決めつけたし、実際何の言い分もなく応戦してきたから、あの時はそれが間違いであるとは思わなかった。
その戦闘に吸血鬼の少女が巻き込まれ、その結果命を落とした。
今になって思えばもっと別の対応があったようにも思える。


333 : 想う心 ◆H3bky6/SCY :2015/06/15(月) 01:06:36 iRmzA4Ug0
「錯乱もあったようだが。私は国を治める皇として我が国を侵す外敵を許しはしない」
「外敵って…………ミロさんの事?」
「確かにあの龍もそうだが、お前と朝霧舞歌もそうだ。
 諸外国全てを敵とするつもりはないが、少なくとも国の守護者たる我が身への攻撃は我が国への攻撃に等しい」

襲われれば対応するし、敵対した以上一切の慈悲なく殲滅する。
船坂のスタンスは実にシンプルだ。

「だったら今回もそうすりゃいいねじぇか。復讐はよくないなんて言い出す玉でもねぇだろ?」
「朝霧舞歌と交戦の折、最期の願いとして約束を交わした。朝霧舞歌の学友には手を出さぬとな」
「舞歌が…………」

呟いたユキが舞歌の形見のリボンを握りしめる。
今際の際にそんな約束を遺したのは、言うまでもなくユキたちのためだろう。

「その約束を律儀に守ってるってか?」
「然り。あれは敵ながらに見事な傑物だった。その最期の願いとあらば無碍にする訳にもいくまい」

心の底から敬服する様に船坂は言う。
そこに侮蔑や嘲りと言った感情は一切含まれていなかった。

「とはいえ、この身はこんなところで死ぬわけにはいかぬ立場でな。そちらが来ると言うのなら、相手をせぬわけにはいかぬが。
 気は乗らぬが、加減などは期待するな。生憎とそのようなことができる程器用ではないのでな」
「だとよ、どうする水芭?」

拳正はユキに判断を委ねてきた。
戦うか戦わないか。
復讐を行うか、行わないか。
その判断は当事者であるユキにしかできない。

目の前にいるのは親友の仇だ。
それは紛れもない事実である。

絶対に許せないと思うし、仇を取ってやりたいとも想う。
けれど、話を聞いてみて、戦わなくてもよかった戦いではなかったのかという疑念と、こちらから仕掛けたという負い目もある。
それに、相手は手負いの所をミロと舞歌の三人がかりで戦っても倒しきれなかった怪物だ。
どういう訳か万全となっている状態で、そんな相手との戦いに拳正を巻き込んでしまう事のも忍びない。
何より、ここで船坂と戦うという事は、舞歌が遺してくれた遺志を無視するという事である。
戦わない理由はいくつもあった。

「うだうだ悩んでんなよ水芭」

そう思い悩むユキに声がかかる。
声をあげたのは、魔人に最も近い位置で構えを取り続けている少年だった。
魔人から視線を逸らさず、彼女に背を向けたまま少年が言う。

「勝てるとか勝てないとか、そういう細かいことは気にすんな。
 やりてぇか。やりたくねぇか。それだけだろ。
 好きに選べよ、どっちだろうと全力でケツ持ってやっからよ」

その小さな背を見つめ少女は息をのむ。
少女の目にはその背が大きく感じられる。
決意を固める様にリボンを強く右腕に巻き付けた。

「私は、私はアイツをぶっとばしたい!」

少女はそう自らの素直な想いを叫び、少年はそれに応える。
魔人皇はその少女の決断から逃げようとも思わないし、決断した以上今更止めようとも思わない。
来ると言うのなら真正面から受けとめる、それが命を奪った者の責任である。

だが若い。
魔人皇は少女の決断をそう断じた。

人間とままならぬモノだ。
合理が見えぬ訳でもなかろうに、感情を抜きに判断を下すことができない。
愚かだと思うが、その少女の愚かさには些かの眩しさすら感じる。

だが、焚き付けた少年の方は別だ。
若さではなく、もっと奥底に張り付いた別の動機で動いてる。


334 : 想う心 ◆H3bky6/SCY :2015/06/15(月) 01:08:14 iRmzA4Ug0
「わざわざ焚き付けるとは。殺し合いがお望みか童?」
「いや、俺ぁ喧嘩は好きだが殺し合いは嫌いだね。何せ次がない。嫌いだが、これぁケジメの問題だ」
「なるほど。他人のケジメに命を懸けるか」
「そうだよ。あんたは懸けねぇのか?」

ふむと、その言葉に船坂は思案する。
船坂も時と場合によっては懸けるだろう。
だが目の前の相手は、その境地に達するには些か若すぎるように見える。
懸けなくていい命を懸けようとしている。

「生き急いでるな」
「そうでもねぇさ。こちとら寄り道だらけだよ」

そう言って重心を前にして、静かに拳を構えなおす拳正。
対する船坂は自然体。構えず起立する姿には無駄の力など一部も入っていない。
刹那の沈黙。
視線が交錯した瞬間、二人はほぼ同時に駆けだした。

拳正の踏み込みは速く、僅か数歩で最速に達した。
だが、速いと言ってもそれはあくまで人の領域の話、魔人の域には届かない。

圧倒的な加速。
アスファルトから白く煙が沸き立つ。
人の域を超えた船坂の踏み込みが生み出す速度は、人知を超え正しく神速だった。

神速の踏み込みと共に放たれるは、空間を穿つような左の直突き。
船坂の本分は剣術ではあるのだが、一芸は百芸に通じるの言葉の通りその体術もまた一流だ。
どころか、放たれた一撃の威力たるや体術の域を超え、直撃すれば人間など粉微塵に砕く大砲の如しである。

絶対の死を持った一撃が、前方に加速していた拳正の頭部へと迫る。
必然。衝突は避けられず、破裂するような破砕音が響く。
船坂の拳が目の前の障害を確かに砕いた。

だが、砕かれたのは拳正の頭蓋ではない。
二人の間に生み出された、衝撃を吸収するよう薄い氷層を幾重にも重ねた氷の盾である。

細かく砕かれ粒子となった氷を浴びながら、その一瞬の間に拳正が船坂の懐に半歩踏み込む。
地を揺るがす震脚と共に流水の如き動きで身を捻り、烈火の如き苛烈さで鳩尾を狙った肘を放つ。
外門頂肘。自然と一体化する中国武術の合理。
未だ至らぬ身為れど、その合理の一端を体現した一撃は火砲の如く敵を貫くはずであった。

だが、その一撃は残した右手の腹で苦も無く受けられた。
そのまま受けた肘を掴まれそうになり、拳正が慌てた様に腕を払う。

僅かに体が開く。
そこに、薙ぎ払うように魔人の腕が振るわれた。
当たれば容易く首が吹き飛ぶ、正しく死神の鎌。

「くぅ…………ッ!?」

咄嗟に何とか身を仰け反り、そのままバク転に移行して、間合いから逃れる。
だがそれを逃す程、魔人皇は甘くない。
すぐさま追撃すべく、地面を蹴った。

しかし、動こうとした船坂の足が止まる。
氷だ。氷が船坂の足元に張り付き、その動きを凍らせていた。
氷は船坂の脚力に耐え切れずすぐさま砕かれるが、拳正が距離を取る時間を稼ぐには十分である。

「突っ込み過ぎよ、新田くん!」
「悪ぃ、フォロー助かった」

その一瞬で拳正は体勢を立て直し、構え直して息を吐いた。
能力値が違いすぎる、船坂の攻撃は一般人からすれば触れれば死する即死の嵐だ。
そこに無策で突撃するのは無謀が過ぎるというものだ。

「その氷、やはり厄介だな」

言って、船坂は霜が降りたアスファルトを踏みしめる。
強さはともかく厄介という意味ならば、先の戦闘でもこの氷雪は雷鳴を操る龍や吸血鬼よりも上だった。
そうなると女の方を先に仕留めたい所なのだが。

「行かせねぇよ」

船坂が前に出ようと踏み出したその後ろ脚が、嫌がらせのような小技で引っかけられる。
後衛の少女を仕留めに向かおうとした船坂の前に、前衛の少年が当然のように立ち塞がった。


335 : 想う心 ◆H3bky6/SCY :2015/06/15(月) 01:10:11 iRmzA4Ug0
ならばと船坂がいったん間合いを開こうと後方に引けば、逃すまいと間合いを詰めてきた。
先ほどの様に無理に突撃するようなことはせず、踏み込み過ぎず、離れ過ぎずの間合いを保つ事に徹している。
巧いと言うより厭らしい立ち回りだ。この若さにして随分と格上相手に戦いなれている。

「貫かれなさい!」

ただの足止めならば大した問題ではないのだが、これは一対一ではなく二対一の勝負である。
船坂が拳正相手に攻めあぐねている間に、生み出された氷山が両側から魔人皇へと喰らいつかんと襲いかかった。
これの直撃を受けるのは流石にマズイと判断したのか、船坂は紙一重ではなく仕切りなおすように、拳正もついてこれぬほど大きく後方に身を引く。

「なるほど、いい連携だ」

実力差があろうとも、攻撃を捨てて完全に防御に徹した相手を打倒するのは中々に難しい。
前衛が足止めに徹するのは、優秀な後方支援があるのならば有効な戦術である。

「だが――――」

だが、船坂の力をもってすればこの程度を打ち崩す方法などいくらでもある。
例えば一つ。

船坂が後方に跳んだ。
離れていた間合いがさらに広がる。
もちろん逃走の為ではない。
いち早くその意図に気付いた拳正が目を見開き、叫んだ。

「……ッ! 撃て水芭!」

それは助走距離だった。
船坂が行おうとしているのは、何の奇を衒う事もないただの突撃である。
だが、拳正が船坂の動きを牽制で来たのは、初動を先読みして力の乗る前に差し止めてきたからだ。
最高速に乗った船坂の質量は拳正では止められない。

魔人皇が地を蹴った。
それに僅かに遅れて、拳正の声に反応したユキが氷の矢を機関銃のように乱射する。

身を引き裂く刃の渦に、船坂は何の躊躇う事もなく頭部だけを守りながら突撃する。
氷の刃が船坂の身をズタズタに切り裂くがその足は止まらない。
敵が攻撃を捨てているのなら、こちらも防御を捨てて攻撃に徹する。
異常なまでの耐久度と回復力を持つ船坂にしかできない策だった。

瞬き程の一瞬で距離が詰まり、前線で待ち構える拳正は選択を迫られる。
これほどの突撃、真正面から受ければ死は避けられない。
かと言って躱せば背後のユキが危険に晒される。

ならばと拳正は前に出た。
こうなれば受けではなく打って出るしかない。
だが、真正面からカウンターなど打ち込もうものなら、その反動に耐え切れずこちらが壊れる。
故に狙うは四肢の先端。
相手のバランスを崩し、突撃の勢いをいなして返す。
この相手にそれを狙うのは、かなりの無茶だが状況はそれしかない。

交差の一瞬。
拳法家は震脚で地面を踏み込み。

魔人はこの速度で、あり得ない切り替えしをした。

イナズマのような軌跡。
アスファルトが果物の皮の様に剥がれる。
およそ人のできる挙動ではない。
魔人皇は拳正を避け、一瞬でその後ろへと回り込んだ。

「ちぃ…………ッ!」

何とかその動きに喰らいつかんと、拳正は振り返りながら足の先だけでも掴まんと懸命に手を伸ばす。
そしてその腕が、背後にいた魔人皇に捕まれた。

拳正の背に寒気が奔る。
狙いは最初からユキではなく拳正だった。
船坂が拳正の腕を引き込み、逆腕で襟元を掴みあげる。

「っ、な、…………げッ!?」

一本背負い。
地面に叩きつけるのではなく、明後日の方向へと放り投げる。
空中では受け身も取れず、成す術もなく拳正の体が大きく宙を飛んで行った。


336 : 想う心 ◆H3bky6/SCY :2015/06/15(月) 01:11:23 iRmzA4Ug0
50mは投げ飛ばしただろう。
落ちたところで拳正の技量ならば受け身は取れるだろうが、戦線復帰には30秒はかかる。
これで前衛は無力化された。その間に後衛も制圧してそれで終わりだ。
一対一となり勝機なしと見て降参するならそれもよし、そう考えていた魔人皇の前に、

「――――幻惑の氷迷宮(クリスタル・キュービック)」

水芭ユキの世界が展開されていた。
何人たりとも近づかせない、視覚と触覚を封じ領域内の全てを惑わす幻影の檻。

拳正を巻き込まないよう使用は控えていたが、イザと言うときのため戦闘が始まった時点で冷気を周囲にまき散らし準備だけはしていた。
それを拳正が投げ飛ばされて一対一になった時点で発動させた。
引くつもりはないようだ。

船坂の視界がユキを見失う。
だが船坂は一分も戸惑うことなく前進した。

不可能だ。
拳正戦の反省から適度に雹を落として音にも偽装を施した。
この世界でユキの位置を特定することなど出来るはずがない。

だが出来る。出来るのだ。
学習したのは船坂も同じ。
氷の囮に騙された同じ轍は踏まない。

視覚でも感覚でも聴覚でもない。
それは心眼と呼ばれる達人の境地。
船坂には敵の姿が観えている。

「うそ…………ッ!?」

一直線に迷宮を突破した船坂の剛腕が振るわれる。
呻る剛腕。
咄嗟にユキは身を躱すが、その指先が僅かに掠める。
そこで指先が服に引っかかったのか、服が破れると共に、吊り上げられるようにユキの小さな体があっさりと宙に吹き飛んだ。

あり得ない。
後方支援ばかりで直接戦闘をしていなかったから、ここで初めて実感する。
こんな化物と拳正は正面から戦っていたのか。
こんなモノの相手をさせられては、ミロが怒るのも当然だ。
そして舞歌も。
こんな相手に一人で挑んで、恐ろしくはなかったのだろうか。

飛ばされるユキは空中で体制を立て直し、地面へと着地する。
だが傷付いた足では踏ん張りがきかず倒れこんでしまった。
倒れこんだだけだ、すぐに立ち上がれる。

だが、それは。
魔人皇相手には致命的すぎる隙だった。

吹き飛んだユキよりも早く先回りしていたのか、そこには魔人皇が拳を構えて待ち構えていた。
ユキの体は区切られた世界の外にまで吹き飛んでおり、完全に結界の庇護は失われている。
盾を張っても打ち抜かれるのがオチだろう。
その拳を打ち出すだけでこの戦いは終わる。
拳正が復帰したところで、ユキの支援がなければ勝ち目など無い。
詰みである。

「…………?」

だが、トドメとなる攻撃は来なかった。
どういう訳か、船坂の動きが拳を構えた状態のままピタリと止まっている。
それは時間すれば僅か数秒。
だが確かに魔人皇の動きは時が止まったように固まっていた。

その魔人皇に向けて、後方から蒼い閃光が走った。

固まっていた魔人皇が動く。
閃光を避け、身を躱すと、その閃光の正体を見極める。

閃光の正体は刺突だった。
放ったのは投げ飛ばされ、戻ってきた拳正だ。
その復帰は予測よりも5秒は速い。
そして戻ってきたその立ち姿は、僅かに変わっていた。
拳正の手には、船坂にとっても見覚えがある抜けるような蒼が握られている。


337 : 想う心 ◆H3bky6/SCY :2015/06/15(月) 01:12:25 iRmzA4Ug0
「…………それは」

それは緑の亜人が振い、船坂自身が投槍として長松に投げつけた槍。蒼天槍だ。
遠投され行き場を失った槍が、拳正が吹き飛ばされた場所に偶然突き刺さっていたのだろう。
それを引き抜き拳正がここまで持ってきたようである。

少年が槍を構えた姿は堂に入っている。
ただとりあえずの武器として持っている、という訳ではないようだ。

拳正の師たる李書文は、中国拳法四千年の歴史において最強と謳われる稀代の八極拳士である。
しかし、後世に刻まれた字名は『神槍李』。拳法家ではなく槍兵としての名であった。

曰く、八極拳は六合大槍の技法を学ぶための前段階に過ぎないという。
李書文の真価は槍術にあり、その弟子もまたその特性を受け継いでいるとしたら。

ブンと風切音をあげ、少年は自らの身長よりも大きい長槍を手足のように自在に操り手の中で回す。
演武のようなその動きは、敵を使づかせないための牽制と共に槍の具合を確かめるためのものである。

全体的に空色ではあるが特別な装飾はなく、あるのは柄と穂先のみ。
日本の直槍というより、その作りは西洋のパイクに近いだろう。
その機能を果たす為だけの無骨な在り様は一種の美しさすら感じさせる。

柄まで鋼でできているのか、扱いなれた六合大槍と比べしなりがない。
だが、その分頑丈である上に、柄まで鋼でできているとは思えぬほどに軽い。
いい槍だ。拳正は心の中でそう思う。
ピタリと槍の回転を止め、穂先を敵へと向け腰を落とす。

「李氏八極拳李書文が弟子。新田拳正。至らぬ身なれどお相手仕る」

改めて名乗りを上げる。
槍を手にした以上遊びはない。
一息に距離を詰め、豪雨のような打突を繰り出す。

眉間。喉。水月。股間。
正中線を射抜く四連突。
長物を手にしているにもかかわらず、その動きは先ほどまでより早い。

刀があるのならともかく、流石の魔人皇とて素手でこれを捌くのは難しい。
受ける事はせず素直に一歩引き紙一重で槍の範囲外まで逃れた。
そして、瞬時に意識を変え、槍の戻りの隙を付いて前へ出る。

そこを狙っていたように氷粒の散弾が船坂の顔面を打った。
倒すというより当てることに重点を置いた攻撃、恐らく槍の戻りの隙を打ち消すのが目的だろう。

その間に拳正は槍を引き戻し、今度は柄の中ごろを持った。
槍術は持ち手の位置で間合いの変わる変幻自在の武器である。

全身を使って槍を竜巻の様にくるりと回す。
回転運動によって生み出された遠心力で両足を断たんという勢いで足を払う。
船坂はこれを僅かに跳躍することで躱すが、回した槍の尻が撥ね、石突きによる追撃が奔る。

「――――――墳ッ!」

空中では避けれぬと見るや、船坂は向かい来る蒼槍に蹴りを放ち、足裏でその一撃を受けた。
槍は弾かれ防がれた。だが今度こそ空中で船坂の動きが止まる。
そこに生み出された氷塊が落ち、船坂を押しつぶすように地面に叩きつける。
地面に落ちた船坂は腹に乗った氷塊を砕き、すぐさま立ち上がると口元についた血を拭う。

「なるほど。中々やる」

いい連携だと船坂は心中で評価する。
前衛に意識を割けば後衛が、後衛に意識を割けば前衛が攻める。
事前に打ち合わせをしたわけでもないし、二人の共闘はこれが初めての事だ。
おそらく一度全力でぶつかったのが功を奏したのだろう、おかげで互いの特性は把握できていた。

「だが、まだ足りんな。後一周りをどう埋める?」

今だに船坂の余裕は崩れない。
神槍仕込みの槍術。
氷による後方支援。
これだけ足しても、まだ船坂弘という魔人皇の領域には届かない。
その問いに、拳正は答える。

「それは、あんたが勝手に埋めてくれる」
「どういう意味だ?」
「さぁな。ただ、あんたの動きに初撃程の鋭さが感じられねぇ」

その言葉に心当たりがあったのか、船坂は考える様に押し黙る。
それは船坂の脳裏に焼き付いた朝霧舞花の記憶だった。
彼女の感情が入り込み、彼女の知り合いを攻撃しようとすると無意識にセーブがかかるようである。
特に顕著だったのは、ユキに攻撃を仕掛けようとした瞬間だ。
故に、全力を出せたのは敵の正体を見極める前の一撃のみ。
あの時感じた三周りの差は、すでに全てが埋まっていた。


338 : 想う心 ◆H3bky6/SCY :2015/06/15(月) 01:13:48 iRmzA4Ug0
「全力出せよオッサン。手抜いて負けましたじゃ言い訳にもなんねぇだろ?」
「こちらが手を抜いていると?」
「加減はしてねぇが、全力でもねぇだろ?」

その言葉の通りだ。
これまでも加減をしていた訳ではが、呪術や飛行能力を用いず肉体のみで戦うと戦い方に制限を設けていたのは確かである。
それに朝霧舞花の影響による拒絶反応も、その程度なら船坂の精神力をもってすればねじ伏せることなど容易い。
だが、この戦にそこまでする必要性を感じていないのも事実である。
船坂としては約束を違えるこの戦いは最初から乗り気ではない。

その侮りを見抜かれていたかと、船坂はくっ喉を鳴らす。
船坂が地面を踏みしめる。

「なるほど。侮った非礼は詫びよう。認めよう。貴様らは――――」

瞬間。
地の底から噴き出るマグマの様に、視覚的に見える程の呪いが船坂の足元から噴出した。

「――――強敵だ」

魔人皇が自らに課した縛りを解き、呪術の使用を解禁した。
その威圧感はこれまでの比ではない。
一歩踏みしめるだけで世界が歪むような、圧倒的な存在感。

「ッ!?」

危険を察し拳正が後方に飛びのいた。
だが、追撃する魔人皇の方が圧倒的に早い。

魔人皇が動く。
それだけで空間がぶれたような漆黒の軌跡が世界に奔る。
これが魔王軍随一の精鋭ガルバインを相手取った、万全にして全力の真の魔人皇。

もはや目にもとまらぬ速度の相手に、咄嗟に勘だけで槍を突き出し盾とする。
ほぼ同時に槍に拳がぶち当たった。
槍が折れずに防げたのはかなりの幸運だろう。

受け流そうとするがどうしようもない次元の衝撃が全身を襲った。
出来る限り受ける衝撃に逆らわず自ら飛ぶ。
体を後方に飛ばしながら、少年は懸命に意識を奮い立たせながら叫ぶ。

「――――――今だ、出ろ!」

水芭ユキが前に出る。
船坂はこの動きに対応できない。
何故なら、拳正を追って前がかりになった攻撃直後。
余力を残した状態ならまだしも、全力を出すと決めた直後の攻撃である。

故に、狙ったのはその一瞬。
引き付けて攻撃を受けてからの前衛と後衛のスイッチ。

躱せないと船坂は悟る。
一撃は確実に貰うだろう。
ならば、如何なる攻撃が来ようとも耐えきるのみ。
雪だろうと氷だろうと、それこそ炎であろうとも来るがよい。
そう奥歯を噛み締め覚悟を決めた船坂に向けて、放たれたのは余りに予想外な攻撃だった。

それは赤いリボンが巻き付けられた拳だった。
何の能力も纏っていないただの拳が、船坂の右頬を全力で叩いた。

船坂は僅かに後退するが、それだけである。
恐らく打たれた船坂よりも、打ったユキの拳の方が痛かろう。
だがそれでいい。

水芭ユキが船坂弘をぶっ飛ばす。
この戦いの目的は最初から一つだった。
それが成し遂げられた以上、勝敗は明確である。

拳の痛みを感じながらユキは殴り抜けた体制のまま悔しげに唇を噛み締める。
わだかまりが全て消えたわけではない。
だがそれでも、この一撃に全ての思いをぶつけたつもりだ。

自分の為してきたこと。
これから為すべきこと。
自分を守るために殺された友のこと。
自分を守るために約束を残した友のこと。
改めて、友を想う。
その全てを飲み込んで、万感の想いをこめて告げる。


「これで……勘弁してあげるわ――――」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


339 : 想う心 ◆H3bky6/SCY :2015/06/15(月) 01:14:55 iRmzA4Ug0





『水芭ユキ。これは貴様に託そう』

戦いの後、船坂がそう言ってユキに差し出したのは、朝霧舞歌の亡骸であった。
それを受け取ったユキは、神妙な面持ちのまま二人きりにして欲しいと告げると、魔人皇は静かにその場を後にした。
吹き飛んだ拳正はまだ戻ってこない。船坂によれば攻撃は防いだはずだから恐らく生きているだろうとの事だ。

「――――――」

そうして、地面に寝かせた物言わぬ友と二人きりになる。
その左胸にはポッカリと穴が空いていた。
変わり果てたその姿を見るだけでこちらの心臓も止まってしまいそうだ。

「嘘つき。絶対に死なないって言ったくせに」

口をついたのは拗ねた子供のような恨み事だった。
困らせるようなことを言ってしまったとは思うが。
けれど約束を破ったのだからこのくらいの文句は許して欲しい。

「けど、こうして戻ってきてくれたから、針千本は勘弁してあげる」

そういって、そっと物言わぬ友の頬を撫でる。
いつもの温かさを知ってるからだろうか、冷たく体温の失われた頬は氷なんかより冷たく感じられた。

舞歌は彼女たちのグループの中では、みんなを積極的に引っ張っていくタイプではなかった。
どちらかと言うと、一歩引いたところで、みんなの後ろを優しく見守っているようなタイプだった。

一番大人で、無茶しがちな夏美をたしなめたり、ドジばかりのルピナスのフォローばかりしていた気がする。
同い年とは思えないほどシッカリしているというより、どこか達観している、そんな少女だった。
それが何だか悔しくって、その引いた一歩がなんなのかを知りたかった。
彼女の事をもっとよく知りたかった。
彼女に自分の事をもっと知って欲しかった。
私たちを頼って欲しかった。

けれど、彼女は何も告げずに去ってしまった。
だからその時は裏切られたように感じられたんだ。
絶対に探し出して文句の一つでも言ってやらないと気が済まない、そう思って彼女を探して無茶の事をした。

「バカね」

そんな訳が無いはずなのに。
彼女が自分たちを裏切るような真似をする筈なんてないはずなのに。
命を懸けて最期まで、守ろうとしてくれたのに。
命なんて、懸けなくてもよかったのに。

「本当に…………バカ」

それは誰に向けられた言葉だったのか。
約束を守れなかった少女に向けてか。
それとも約束を信じられなかった少女に向けてか。

呟かれた言葉に返る言葉ない。
少女の目に一筋の涙が零れた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


340 : 想う心 ◆H3bky6/SCY :2015/06/15(月) 01:18:25 iRmzA4Ug0

「いつっ…………くそ、落ちてた」

意識を取り戻した拳正の前に、ちょうどユキの元から立ち去った船坂が通りかかった。
拳正が槍を杖代わりに立ち上がり、魔人皇が足を止める。

「よう。首尾よく終わったみてぇだな」
「ああ、私の負けだ。この結果は最初から貴様の狙い通りだった、という訳か」
「まさか、あんた相手にそこまで状況をコントロールできるほどの余裕はねぇよ。こいつ拾ったのもマジで偶然だしな」

そう言って拳正は肩に背負った槍をクルリと回す。

「ただ、最後の一発をあいつに譲れるなら譲ろうって、俺の考えなんてそれくらいのもんだよ」
「ふむ。それがケジメになると?」
「ま、踏ん切りにはなるだろ。何を殴ればいいのかってのが分かってるってのはいくらかやりやすい。
 少なくとも、ただ無抵抗なあんたを殴ったり、無理に大人ぶって我慢するよか全然いい」

世の理不尽とは形のないものだ。
殴れるならそれに越したことはないという考えなのだろう。

「危ういな」
「そうでもないだろ、あいつはそう折れる程軟じゃないぜ」
「私が言いたいのはそちらではないのだが……まあいい。詮無き事だ」

発言の意図を掴み兼ねるのか、拳正が首を傾げた。

「しかし、あの音に聞く魔拳士の弟子どはな。だが私が貴様程度の歳だった頃に亡くなられたと風の噂に聞いたが」
「生きてるよ普通に。日本の俺ん家で、殺しても死なない程度には元気してるさ」

拳正の言葉の何かに引っかかったのか。
魔人皇が怪訝そうに眉をひそめる。

「日本?」
「ああ、外人に見えるか俺? まあアジア系は区別つかないってのはよく聞くけど、あんたも日本人だろ?」
「然り。この身は大日本帝国の皇である。がしかし貴様には覚えがないな」
「覚えって、そりゃ会った事なければそうだろうよ、若菜みたいな有名人じゃあるまいし」

拳正の言葉は尤もだ。
だが、この魔人皇に限っては違う。
彼は新生児を除いた約8000万もの自らが収める国民の顔と名前をすべて記憶している。
その中に水芭ユキや朝霧舞歌の情報は含まれていない。
故に敵性の判断は容易かった。
だがしかし、そうでないとしたならば。

「すまぬが、もう行く。確かめねばならぬことができた」
「ああ。そりゃいいけど、そういや馴木は?」
「そういえば見当たらぬな。戦いに巻き込まれぬよう避難でもしたか。仕方あるまいそれも探しておくとする」
「あんたに悪意がないのは分かったが、あんま怖がらせんなよ。単純にあんたは怖い」
「む……そうだったのか。そのようなつもりはないのだがな、善処する」

【C-5 大通り/昼】
【船坂弘】
[状態]:全身に切り傷などのダメージ(修復中)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜1、輸血パック(2/3)
[思考]
基本行動方針:自国民(大日本帝国)とクロウの仲間以外皆殺しにして勝利を
1:拳正の言う日本について確かめる
2:馴木沙奈を探す
3:長松洋平に屈辱を返す?


341 : 想う心 ◆H3bky6/SCY :2015/06/15(月) 01:21:21 iRmzA4Ug0
「新田くん無事だったんだ。よかった」

戻ってきた拳正を出迎えたユキの目は泣き腫らしたように赤く腫れていた。
拳正はそれに、ああとそっけなく答えて目をそらす。

「あいつなら行ったぜ。馴木を探しに行った」
「……そう」

少しだけ複雑な面持ちでユキは相槌を打った。
あの男に対して、もう復讐心のような感情はないしケジメはつけたけれど、完全に思う所がない訳ではない。

「舞歌を………舞歌をね、このままじゃかわいそうだから弔ってあげたいんだけど、ここじゃちょっと難しいかな」
「ああ」

そう言ってユキは周囲を見る。
この辺りはアスファルトに囲まれた住宅街だ、埋葬するのも難しいだろう。

「本当は連れて帰ってあげたいけれど、そういう訳にもいかないものね」
「そうだな」
「それでロバートさんと同じところに埋葬してあげたいんだけど……って聞いてる新田くん?」

先ほどから拳正の相槌はどういう訳かそっけない。
確かにおかしな男だが、級友の死に無感心な冷たい人間だとは思わないが。

「……水芭、話しづらいからとりあえずこれ着とけ」

そう言って拳正は自らの学ランを脱ぎ捨て、ユキへと投げた。

「? なん、で…………って」

言いながら自らの状態を確認して、ユキの顔がみるみる羞恥に染まる。
戦ってる最中は必死で気づかなかったが、制服の胸元が破れ、小ぶりな乙女の膨らみが露わになっていた。

「うぅ……あっ………ぅ、あ、ありがとぅ……」

白い肌を火が出る程に赤くしながら。
消え入りそうな声で、それでも何とかお礼の言葉を絞り出した。

【C-5 大通り/昼】
【新田拳正】
状態:ダメージ(大)、疲労(中)
装備:蒼天槍
道具:基本支給品一式、ビッグ・ショット、ランダムアイテム0〜2(確認済み)
[思考]
基本行動方針:帰る
1:クラスの面子を探す
2:脱出する方法を考える

【水芭ユキ】
[状態]:疲労(中)、頭部にダメージ(治療済み)、右足負傷(治療済み)、精神的疲労(小)
[装備]:クロウのリボン、拳正の学ラン
[道具]:ランダムアイテム1〜3(確認済)、基本支給品一式、風の剣、朝霧舞歌の死体
    ロバート・キャンベルのデイパック、サバイバルナイフ・裂(使用回数:残り2回)、ロバート・キャンベルのノート
[思考]
基本行動方針:この痛みを抱えて生きていく
0:舞歌を埋葬する
1:ミロを探して許してもらう
2:夏美を探して守る
3:悪党商会の皆も探す
4:お父さん(森茂)に会って真実を確かめたい


342 : 想う心 ◆H3bky6/SCY :2015/06/15(月) 01:22:38 iRmzA4Ug0



「はっ…………はっ………はっ、はっはっ」

少女は駆ける。
切れ切れの息の隙間から笑いが漏れた。

逃げれた。
逃げれた! 逃げれた!!
あの悪鬼から逃げられた!

戦いが始まって程なくして、沙奈はその場から脇目も振らずに逃げ出していた。
誰も沙奈に注意を集めていなかった。
誰も沙奈なんかを見ていなかった。
だから透明になるのは簡単だった。

そして本当に誰にも気づかれることなく逃げ出せた。
世界全てから見放されたような孤独。
一番追い詰められている沙奈を気遣うべきだろうに。
何て冷たい連中。
もっともか弱い沙奈を思いもしない。

別にいい。
構わない。
どうでもいい人間に見つけられなくとも。
たった一人に見つけてもらえれば沙奈はそれでいい。

その為に死ぬ訳にはいかなかった。
死んだらそれも叶わない。

錬次郎。錬次郎。錬次郎。
心の中で叫ぶ。

きっと会っても冷たくあしらわれるだけなのだろうけど。
それでも、ただ錬次郎に会いたかった。

もう彼女には彼を想う心しか、残されていないのだから。

【D-4 草原/昼】
【馴木沙奈】
[状態]:歓喜
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本行動方針:ゲームから脱出する
1:逃げる
2:錬次郎に会いたい


343 : 想う心 ◆H3bky6/SCY :2015/06/15(月) 01:24:10 iRmzA4Ug0
投下終了です


344 : 名無しさん :2015/06/15(月) 20:08:00 mIF2DwRIO
投下乙乙
沙奈ちゃんノーフューチャー感高まってきたな


345 : 名無しさん :2015/06/17(水) 02:49:25 OhHAV5ss0
投下乙です
みごたえあるバトル!実力差を正しく理解して相手に戦闘意思がないの分かった上で
ユキちゃんのために一番いい形を作るために命懸けられる拳正くんほんとかっこいいし危ういし狂ってるし正しいし面白いキャラだ。槍も似合うなあ
慣木ちゃんはむしろ良く耐えたよな…って感じだけど頼みの錬次郎はアレだし嫌な予感が盛り盛りだw


346 : 名無しさん :2015/06/24(水) 11:54:56 0ELAZoIc0
投下乙です
ミロ達と船坂の戦いの発端とか船坂さんが日本人殺したとか色々伏線が回収されたな
全力じゃなくても高校最強ペアを圧倒する船坂さんの実力はすごいが
拳正とユキはまだ未熟な分まだまだ伸びしろがありそうだ
完全にユキのケジメのためのやりとりになってたし沙奈の言うことも間違っては居ない、強く生きろ


347 : ◆H3bky6/SCY :2015/06/26(金) 23:59:43 nYDeGyBA0
投下します


348 : 生と死と ◆H3bky6/SCY :2015/06/27(土) 00:01:01 o15BBCaw0

「僕はあの男を追う。クリスくんは安全な場所に避難して待っていてくれ」

逃亡した危険人物を追うか、殺されても死なない少年に対応するか。
その判断を迫られたカウレス・ランファルトはそう決断を下した。

カウレスは差別と魔族が嫌いだ。
確かに首を捻じられ平然としているクリスは異常である。
だが、仮にクリスがただの人間ではなったとしても、魔族でないのならカウレスにとっては敵ではない。
それに人ではない人というのはカウレスも同じだ、カウレスも人から外れた勇者である。正確には元勇者だが。
奇異の目を避けるためその事実を隠していた気持ちもわからないでもない。
だから、クリスが外れた人間であったとしても、それだけでは決定的な決裂理由にはならなかった。

どの種族であっても、良いやつもいれば悪い奴もいる。
それは個人の問題であり、人でないからと言って差別する理由にはならない。
それがカウレスの基本的な考えだ。もちろん魔族は除くが。

その観点で言えば、クリスはいい少年である。そのはずだ。
少し話しただけでこの少年の何を知ると言われればそれまでだが、少なくともこれまでやり取り全てが嘘だったとはカウレスにはどうしても思えなかった。
それはこの少年を妹に重ねているが故の甘さなのかもしれないが、信じたいと、そう思っている。

だと言うのに。
何故、己はこの少年の前から離れたいと思っているのか。

どういう訳か、山のような巨大なモンスターにすら怯まず向かって行ったカウレスがクリスに不気味を感じている。
それは畏怖というより幽霊や怪奇現象と言った得体のしれない何かに出会った時の心境に近い。
だがその心境に理由付けが出来ない。
理由のない違和感を感じている。

それならば、今は考えるよりも危険人物への対処を優先すべきだという理由で自分を納得させた。
結論を先送りにしたのだ。

「うん。わかった。いってらっしゃーい。頑張ってねぇ」

そんなカウレスの葛藤を知ってか知らずか。
クリスは仕事に行く家族に向けるように、和やかな笑顔で手を振って、カウレスを見送る。
カウレスは僅かにクリスを見て、そして迷いを振り切るように走り出した。

「…………さて、と」

そうして、カウレスの姿が見えなくなったところで、クリスは表情から無邪気な子供さを消して、冷酷な殺し屋へとその表情を変えた。

カウレスの葛藤を知らずとも、これからどうするかを考えていたのはクリスも同じである。
当初の予定ではしばらくはカウレスを利用して護ってもらうはずだったが、思わぬアクシデントだ。
不意打ちを食らったせいで、クリスがただの少年ではない事がカウレスに対して明るみになってしまった。

「あれ? そう言えば何で不意打ちを食らったんだっけ?」

首をひねってあの時のやり取りを思い出そうとするが、いまいち思い出せない。
一流の殺し屋であるクリスが、そう簡単にただの不意打ちを食らうはずもないのだが。
思い出せないが、思い出せないのならそれは大したことではなかったのだろう。

まだ最悪の事態にはなっていない。
ただの子供ではないと言う認識は持たれたが、純粋な被害者としての立場で発覚したというのはまだマシな方だ。悪意が漏れたわけではない。
だが、多少なりとも不信には思っているだろう。
こうなってしまうと、イザと言うときやりづらい。

「うーん。どうしようかなぁ」

ここでカウレスの帰りを待つか、それともカウレスを切り捨てて独自に動くべきか。
夕食のメニューを考えるような気楽さで、クリスは考え込むそぶりを見せる。
思い悩むようにその場でクルリとまわって、そこでクリスの目に逃げ惑う脱兎が写った。

「ははっ。見ぃ〜つけたぁ」

偶然にも探し人の姿を見つけて、楽しげにクリスが笑う。
天使のような悪魔の笑みだった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


349 : 生と死と ◆H3bky6/SCY :2015/06/27(土) 00:01:28 o15BBCaw0
カウレスたちの追撃から逃れるべく走っていた長松洋平は、道沿いにとある建物を発見した。

少しだけ走るペースを緩め、後方をチラリと確認する。
見る限りでは追手の姿は確認できなかったが、まだ安心するには早いだろう。

前方に発見した建物を見る。
落ち着くまで一旦ここに隠れてやり過ごすか?
そんな考えが脳裏をよぎった。

動きからして敵は近接戦の達人だった。正攻法では分が悪い。
仮に建物に隠れてそこまで相手がきたとしても、室内の障害物の利用するなり、事前にトラップを仕掛けておくなりの準備をしておけばいくらか有利に戦えるはずだ。
それほど悪くない案に思える。

そう決断した長松は『剣正一探偵事務所』と看板を掲げた正面入り口を通り過ぎる。
この建物内に既に誰かいる可能性も警戒して、念のため正面からの侵入は避けて、窓を一つ一つ確認していく。
そうして侵入できそうな窓を見つけ、そこから中に誰もいない事を確認すると、クリスの荷物から奪い取ったサバイバルナイフを取りだした。
そしてガラスとアルミサッシの隙間に刃をネジ入れ、てこの原理で手前に力を入れる、ピキと小さな音を立てて窓に一本のヒビが奔る。
この作業を繰り返す事二度。
内鍵近くのヒビを繋げて、音もなくガラスを割ると内鍵を開き、長松は事務所内へと侵入を遂げた。

そこで、ガタンと何かが落ちる大きな音が響いた。
無論、侵入に際して不用意に音を建てるような長松ではない。侵入にも慎重を期した。
これは誰かが仕掛けた侵入者を知らせるトラップである。
それはつまり屋敷内に既に誰かいるという事だ。

だが、トラップにかかった長松が感じたのは、焦りではなく歓喜だった。
こんな小賢しいマネをするのは、もしかしたらあのゴスロリ女かもしれない。
自分の同類。甘美なる殺し合いを望んでいるかもしれない存在。
もしそうならば、多少のリスクを冒してでも接触をしたい。

屋敷の主に自らの存在が既に知られていると知りながら、長松は引き返さず屋敷への侵入を続行する。
窓枠から土足のまま部屋へと踏み入れると板張りの床がキィと軋んだ。
そこはずらりと本が立ち並ぶ部屋だった。

規律よく並べられた本棚の群はこの屋敷の主の性格を表しているように厳格だった。
その本棚に並ぶのは書物ではなく、その殆どはラベルの付いたバインダーでまとめられたファイルであり、書斎というよりここは資料室なのだろう。
ファイルのタイトルは『能力犯罪対策マニュアル』『近年の急激な能力犯罪増加の傾向について』『国内能力犯罪組織一覧①〜⑧』などと言った内容で。
この探偵事務所の仕事傾向が見えてくるような内容であった。

だが、残念ながらそのどれもが長松の琴線に触れるモノはなかったのか、長松はそれらをスルーして部屋に他のトラップが無いかの調査を始める。
余念なく慎重に罠を警戒して、ひとまずこの部屋には何もないことを確認すると、長松は次の部屋へと移動した。

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350 : 生と死と ◆H3bky6/SCY :2015/06/27(土) 00:02:23 o15BBCaw0
長松を追って走り始めてから、程なくしてカウレス・ランファルトは足を止めた。

それはクリスの視界か消えてすぐと言っていいタイミングである。
クリスに気を取られている時間が長すぎたのか、その時点で完全に長松の姿を見失ってしまった。
どうにも注意力が散漫になっているようだ。完全なる失態である。

要因の一つとして、女体化していたのもまずかった。
走るなどの激しい運動をこの状態でしたことがなかったから知らなかったが。
身体能力に差がないとはいえ、下着なしでは走るたび胸が揺れて擦れて非常に邪魔である。
女性はよくこんなものを付けていられるものだと感心する。

そして失態の要因として、何より迷いがあった。
一人になり足を止めて、先ほど保留にした理由を改めて考える。
自分は本当に長松を放っておけないと思ったから追っているのか、それともクリスから離れたかっただけなのか。

確かに長松は危険人物ではあるのだが、それを追ってどうするというのか。
殺すのか。
それともアサシンと同じく勧誘するのか。

別段、人間相手とはいえ外道に落ちたモノを斬るのに躊躇いはない。
勇者の敵は魔族だけという訳でもなく、多くの村人を救うため、悪人を切り捨てることも少なくはなかった。

だからと言って、アサシンの時と状況がそう変わっているとも思えない。
変わっているとしたらそれは己の心だろう。

まだ完全ではないものの、既に勇者としての機能のほとんどが失われていた。
勇者の力は有限だ。
聖剣にも限界はある。

同時に存在できる勇者の数は一人だけ。
恐らく、新たな勇者にカウレスの力が流れて行っているのだろう。
聖剣が新たな勇者を選んだのだ。

心ひとつ定まっていない。
本来の自分はこんなに弱い人間だったのだろうか。
勇者でない自分が余りにも久しぶりすぎて、本当の自分がどんな物だったのかを思い出せずにいる。
あの村で当たり前に生きた自分は、いったいどこに行ってしまったのか。
勇者の使命と復讐心に塗りつぶされた〝本当”とはどこに。

己振り返り。
見つめ直したところで。
ふと、カウレスに気づきがあった。

己に対してではなく、クリスに対して。
彼に感じていた、違和感の正体について。

だが、その気づきに対して深く考えを至らす前に、絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。

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351 : 生と死と ◆H3bky6/SCY :2015/06/27(土) 00:02:45 o15BBCaw0
逃亡者、馴木沙奈は追い詰められていた。

先ほどまで沙奈の心は魔人の恐怖から解放された歓喜に染まっていた。
あそこから逃れることしか頭になくて、嬉しさと開放感に突き動かされるまま何も考えずに彼女は走る。
脇目も振らずに目的地も分らずただ走って。

気付けば、いつの間にか彼女はスタート地点に戻っていた。

逃げるにしても、逃げる方向が不味かった。
正確な道筋を覚えていないとはいえ、道案内としてそこを目指していた事を完全に失念していた。

「やあ、また会えて嬉しいよ、沙奈お姉ちゃん。探してたんだよ?」

気付けば、目の前には少年が立っていた。
そして思い出す。
ここまで息を切らして逃げ続けた彼女が、そもそも何から逃げていたのかを。
恐怖の源泉。絶望の始まり。
彼女の逃走が始まった、そのスタート地点。

目の前には、あの時と同じ、何一つ変わらぬ天使のような笑み。
忘れるはずもない。
忘れられるはずもない。

沙奈の目の前でミュートスを刺し、そして恐らく殺害した殺人鬼。
クリス。
それが少年の名だ。

「いやッ! いや、いやぁ…………やめてぇ……ッ!」
「何を? 嫌だなぁ沙奈お姉ちゃん。まだ何もしてないじゃないか」

嗚咽のような声を上げて、沙奈が半狂乱になって取り乱す。
そんな沙奈を笑顔で優しく見守りながら、無くしていた玩具を見つけたような笑みを張り付け、クリスが沙奈へとにじり寄った。
そして、地面に転がっていた凶器を拾い上げる。ミュートスを殺したチェーンソーを。

「ひっ!? やめて……! お、お願い、殺さないで…………ッ」

血の付いたチェーンソーを見て、沙奈が短い悲鳴を上げる。
そして震える声で、祈る様に命乞いをした。
それに対してクリスは顎に指をあて、考えるようなそぶりを見せる。

「うーん。でもお姉ちゃん。僕が人殺しだって知っちゃってるからな〜」
「だ、誰にも口外しません、復讐しようとも思いません……!
 だから助けて下さい…………お願いします、お願いします。何でもしますから、命だけは助けてください……!」

もうプライドも何もない、年下の相手に沙奈は土下座する様な体制で懇願する。
死にたくない。
ひたすらにその一心で。
それを受ける少年は、その滑稽さを心底愉快だと言う風にハハと笑って。

「ダ・メ・だ・よ」

心底可愛らしい女神の様な声で、そう少女に絶望を告げる。
虫の羽でも毟る子供ような無邪気な笑顔でクリスはチェーンソーのスターターロープを引いた。
ブルンと馬の嘶きのようにエンジンが唸り、駆動音が沙奈の脳髄を揺さぶる。

「うっ…………ぁあ」

鼻先には回転する刃。
もはや振り切れた恐怖でロクに声が出ない。
沙奈は腰が抜けたようにその場にへたり込む。
その股間からは小水が漏れ出していた。

「あ、沙奈お姉ちゃん、汚ったないんだ〜」

それを見てクリスは茶化すようにクスクスと嘲笑し、チェーンソー振り上げる。

「僕ばっちいの嫌いだから、とりあえず――――死んじゃえ」

変わらぬ笑顔を張り付けたまま何の躊躇いもなく、沙奈の額目がけて刃を振り下ろした。
沙奈に殺し屋の攻撃を躱せるような技量はない。
何より腰を抜かした状態ではどんな奇跡が起きようとも躱しようがないだろう。
次の瞬間、沙奈の体は五体をバラされ肉片へとなるのが現実だ。

だが、そうはならなかった。
次の瞬間、辺りに飛び散ったのは朱い血飛沫ではなく、白い光の粒子だった。
振り下ろしたチェーンソーが何か固い感触に弾かれる。
全力が弾かれた反動でクリスが後方にたたらを踏んだ。

クリスは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐさまその正体に気付き表情を変えた。
その存在をクリスは知っている。
何せクリスも一度この光の防壁に守られているのだから。
そして当然、それを作り上げた存在が何者であるのかも知っている。

「おかえり。思ったより早かったね。おねーちゃん」

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352 : 生と死と ◆H3bky6/SCY :2015/06/27(土) 00:04:23 o15BBCaw0
探偵事務所の二階に位置する執務室で、音ノ宮・亜理子を取り逃したイヴァン・デ・ベルナルディは下階から鳴り響く何かが落ちる音を耳にした。

イヴァンに動揺はない。
落ち着き払った様子で現状を確認する。
恐らく亜理子が仕掛けたトラップが発動した音だろう。
それはつまりこの屋敷に侵入者があったという事だ。

残念ながらどの音がどの位置に対応しているのかは、トラップを仕掛けた亜理子しか知らない。
そのため侵入者の正確な位置は知れないが、亜理子の様に逃げようという気持ちはイヴァンにはなかった。
打って出るか、待ち伏せるか。
考えるとしたらそれくらいだ。

侵入者という存在に対して、迷うことなく殺すという選択肢を自然に選択する。
それは言うまでもなくマーダー病の影響によるものだ。
だが、マーダー病が発病したからと言って、猪突猛進に突撃していく考えなしになるわけではない。
イヴァンはあくまで冷静に、殺すための算段を整えていた。

耳を澄ませる。
流石に一階の物音までは聞こえないが、これと言った音がしないという事は二階には上がってきていないという事だろう。
トラップにビビって既に逃げたか、それともこちらの出方を伺っているのか。
1階を一室一室調べているのか?
少なくとも、すぐにこの部屋に来ないという事は、イヴァンの位置は知れていないという事だろう。

ならばと、その間に弾丸を補充し、仕込みを入れて準備を整える。
そして準備が完了してから心の中でカウントを整え、ゆっくりと執務室の扉を開く。

そこでイヴァンの視界に移るのは妙に古めかしい探偵事務所の通路と、奥にある階段を昇る隻腕の男だった。
互いの視線が交わり、殺し合いの始まりを告げる。

肌がひりつくような殺し合いの予感に男が口元をゆがませ、イヴァンは野良犬でも見るような視線を向け見下すように息を吐いた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

戻ってきたカウレスの姿を認め、笑っていたクリスが少しだけ首を傾げる。

「あれ? おねーちゃんは止めたの? おにーちゃん」

見れば、カウレスの女体化は解かれ、最初に出会った青年の姿に戻っていた。
カウレスはクリスには答えず、倒れこむ少女へと手を差し伸べ立ち上がらせる。
そして回復魔法でボロボロだった少女を回復させると、厳しい表情のままクリスへと向き直った。

「逃げろ」
「え? あ…………うっ」

クリスに向いたままカウレスは背後の少女に告げるが、事態に脳が付いていっていないのか少女はよくわからないと言った声で戸惑うばかりだった。

「逃げるんだ…………走れ!」
「あっ、あわわわわ……っ」

怒鳴りのような言葉に弾き出され、いつかの様に沙奈は走り出した。
多少回復してもらったとはいえまだうまく足に力が入らず、足を縺れさせ四つん這いのようになりながら。
無様な逃走だったが、クリスは無理にそれを追おうとはせず、楽しげにカウレスを見る。

「あーあ。これでおにーちゃんも殺さなくちゃならくなっちゃったねぇ」

そう言って、悪戯がばれた子供の様にクリスは舌を出す。
自分の中にあった最悪の予感が当たってしまった事に、カウレスは苦虫を噛み潰したように表情を歪める。


353 : 生と死と ◆H3bky6/SCY :2015/06/27(土) 00:05:21 o15BBCaw0
「クリスくん……どうしてこんな……」
「どうして? 決まってるじゃないか。お姉ちゃんと一緒になるためだよ」

当たり前の事の様にクリスは言う。
それはつまり、殺し合いの勝者となって、ここから脱出したいという事なのか。

「違う違う。お姉ちゃんを探したいんじゃなくて、僕がお姉ちゃんになるんだよ」
「な、に?」

言葉の意味がカウレスには理解できなかった。
だがそれでカウレスの中で、少年に感じていた違和感は確信に変わる。
神への信仰と神を目指すことが別物であるように、姉との再会を望むことと、姉自身になることは全くの別物だ。対極であるといってもいい。
少年が狂っているというよりも、何か前提を間違えているようなちぐはぐさがある。

「……クリスくん。君の言うお姉さんとは何だ?」
「お姉ちゃんはお姉ちゃんだよ、僕のお姉ちゃんさ!」

くりくりとした瞳を輝かせ純朴な少年の様にクリスは言う。
だが、そんなもので誤魔化せる段階は既に過ぎていた。

思えば、彼の姉を言い表す言葉にはどれも具体性がない。
ただ曖昧なイメージだけで語っているようなそんな表現ばかりである。
だから、この違和感を追求せねばらなかった。

「曖昧な言葉で誤魔化すなよ。さっきの話の続きをしようクリスくん。
 お姉さんの名前は? 年は? どんな顔でどんな声をしている?」

カウレスは長松の乱入で中断された彼の姉についての話を続ける。
彼の周囲の人間が踏まない様に遠ざけていた領域に、カウレスは自ら踏み込んでゆく。
クリスはエラーを起こした機械の様に、笑顔を張り付けたまま声も出せずに固まっていた。

「髪の色は? 身長は? 得意料理は? 服の趣味は? 好きな本は?
 どうした? 答えろよクリスくん。答えてくれ」

怒涛の様な問いにクリスは何一つ答えられなかった。
もちろん答えようとはしている。
大好きな姉の問いだ、答えない理由がない。
ただ、何も答えが浮かばない。

「…………名前……名前は、えっと、ミュートス……」
「嘘をつくなよ。名簿に名前がないと言ったのは君じゃないか、その名は確か名簿にあったはずだ。
 どうして嘘なんてつくんだい? 何を誤魔化そうとしている? 僕はそれが知りたい」
「う…………るさい」

直さに論破される、苦し紛れのごまかしなど通じない。
クリスが頭痛を堪えるように頭を押さえた。
ガラスでも頭の中につこまれってそのまま引っ掻かれたようなノイズが奔る。

「君はあんなにも楽しげに姉の事を話していたじゃないか。僕にはそれが全てが嘘だったとは思えないんだ。
 だから、教えてくれよクリスくん。君の事を」
「僕の、こと?」

その蓋を引きはがそうとすると、どうしようもなく痛みが走った。
具体的な事を思い返そうとすると、思考に黒いノイズが奔る。
その瞬間、脳裏に浮かぶのは優しい姉の笑顔ではなく、不気味な男の張り付いたような笑みだった。

「そうだ。思い出せ、思い出すんだクリスくん。辛くとも苦しくとも、今の方が楽だったとしても思い出さなきゃダメなんだ。
 そうじゃなければ君は、誰とも知れない誰かのまま自分を殺し続けることになるんだぞ。本当の自分を思い出すんだ!」

その言葉はカウレス自身に返る言葉でもあった。
これまでのカウレスは復讐心と勇者の使命で、本当の自分など跡形もなく塗りつぶされていた。

そんなカウレスだからこそ、クリスの違和感に気付く事の出来たの。
もしかしたらカウレスは、クリスに妹ではなく自分自身を重ねていたのかもしれない。


354 : 生と死と ◆H3bky6/SCY :2015/06/27(土) 00:05:54 o15BBCaw0
「本当の…………僕?」

少年が戸惑うような声を上げる。
カウレスの疑念は概ね正しい。
クリスという少年の全ては、誰かの都合で別の何かに塗りつぶされてしまっている。
だからこそ、カウレスはクリスをその鎖から解き放ってやりたいと願った。
だからその扉を叩き続ける。

「っ…………ぁあ…………ッ!」

その蓋が、開かれる。
決して開けてはならなぬと蓋をされた記憶の扉が開かれてゆき。

「思い…………出した」

クリスと呼ばれた少年の“本当”が呼び起される。
ただ一つ間違いがあるとしたならば。

「くく――――ハハハッハッハハ! 思い出したよおにーちゃん! 僕には何にもなかったという事をね」

その奥底に隠された“本当”がより碌でもない真実だったという事である。

そもそも、その記憶は思い出してはならない記憶だったのだ。
元よりクリスの中で名前与えられず何の価値もなく生きたことも、実験体としてNo13と呼ばれていたことも、決してなくなった訳ではない。
ジョーカーとして会場にいるあのワールドオーダーにも嘗ての認識が残っていたように。
あの能力は消し去ることも、上書きすることもできず、追記しかできない能力なのだから。

故に、忘れていたのではなく、余りにも現在と乖離しているため忘れることで自身を矛盾から守っていた。
その為に固く蓋をしていたのに、その扉は開いてしまった。
開いてしまった以上、もう後戻りはできない。

「クリスくん…………君は」
「ハハハハ! 何もなかったんだ、お姉ちゃんすらなかった! 本当の自分なんてなかったんだよおにーちゃん!!」

血を流すような泣き笑い。
決壊したダムの様に両目から涙を零しながら、何がそんなにおかしいのか少年は壊れたように笑っていた。

少年は最初から、それこそ生まれた時から終わっている。
とっくに壊れて、終わっていた。

それでもここまでやってこれたのは信仰があったからだ。
どこかの誰かに与えられた姉という神への信仰が。
だがその唯一の拠り所さえ虚像であると知った。
もうこの少年に齎される救いなど存在しない。

「あああああぁ! もういいよ、そんな話はどうでもいい! 戦おう、殺し合おうよおにーちゃん!」

全てを振り切るように何もかもを失った少年は叫ぶ。
過去に何もない以上、少年には現在しかない。
確かなものなど戦う事しか残っていなかった。

「ハハッ! 本当なんてどうでもいい、過去も未来も関係ないよ! 遊ぼうよ、おおにぃいいいちゃぁあああん!!」

狂ったように叫びをあげて、殺し屋は唸りを上げるチェーンソーを振り上げる。
元勇者は悔しげに顔を歪めながら、その腕に輝く光の剣を召喚した。

片や、人を超えた存在を目指し辿り着けなかった失敗作。
片や、人を超えた存在へとたどり着いたがその力を失いつつある元勇者。
共に、人でありながら人から外れた逸脱者たちが、思いのたけをぶつけるようにその刃を交えた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


355 : 生と死と ◆H3bky6/SCY :2015/06/27(土) 00:06:19 o15BBCaw0
銃撃戦の口火を切ったのはイヴァンだった。

得意の早打ちで出合い頭に弾丸を撃ち込む。
その狙いは標的を大きく外れたが、敵が頭を引っ込めたので牽制としてはよしだろう。

長松も負けじと、壁から手だけを出して盲撃ちにしてくるが、そんなものは余程の不運がない限りは当たらない。
その間にイヴァンは部屋の中へと引き返すと、分厚い部屋の扉を盾にして、そこから再び銃撃を放った。

そうして階段と執務室を繋ぐ通路を挟み、二人の男が弾丸を交し合う。
方や一般家庭に生まれ、バトルロワイヤルという極限状況で鍛えられた素人。
方や銃声を子守歌に育ち、恵まれた環境にありながら殺し屋を否定した玄人。
その生まれも育ちも全く異なる二人だが、今この空間においては平等である。
互いの身一つ、余計な邪魔も入らない。
対等な条件で殺し合えるという物だ。

長松が盾にしていた壁から少しだけ顔を覗かせると、敵を近づかせぬよう数発通路に向けて弾丸を撃ちこむ。
そのまま素早く引っ込むと、壁に背を預け銃弾をリロードしてニヤリとほくそ笑む。

ここにいたのは探し求めていたゴスロリ女ではなかったが、相手はマフィアか殺し屋か。
間違いなくその空気は裏の世界に生きる者のそれである。
殺し合うにふさわしい相手だ。
これはこれで面白かろう。
長松は楽しげに敵の隠れる扉に向けて再び銃弾を撃ち込んでいった。

銃声が豪雨のように鳴り響き、熱を持った薬莢が落ちて、火薬の匂いが充満する。
コンクリートの壁に次々と放射線状の弾痕が刻まれ、幾何学模様を描いてゆく。
通路には弾幕が張られ、もはや何人たりとも一歩踏み出せばハチの巣となる、決して越えれぬ死の境界線と化していた。

状況は膠着しているように見えるが、そうではない。
弾切れを待っているのか、それとも相手のミスを待っているのか。
ただ闇雲に打ち合っているのではなく、互いに機を待っている。

マホガニーの頑丈な扉を盾にしながら、イヴァンがトカレフの弾倉を入れ替える。
残弾これでカンバンだ。恐らく残弾に余裕がないのは相手も同じはずだ。
それに、いい加減扉の耐久度も限界だろう。
イヴァンは心の中のカウントを確認する。

殺し屋は殺し合いなどしない。
殺し屋が行うのは殺し合いではなく一方的な殺しである。
機は待つのではなく作るものだ。
リロードを追え、数発牽制に打った後、心の中で数えていたカウントが整ったタイミングで。

イヴァンは銃弾飛び交う空間に向かって飛び出していった。

「バカが」

弾切れを気にして勝負を焦ったのか、一か八かの賭けに出たにしてもこれは下策だ。
長松の待っていた機が訪れる。
長松も残弾を使い切り、残る弾丸は拳銃に込められた分だけだったが、それでも長松は辛抱強く待っていた。
根競べは長松の勝ちである。

飛び出してきたイヴァンに対して、長松は冷静に狙いをつけると、残る弾丸全てを撃ち込む。
急所だけは左腕を盾にしているが、しこたま弾丸を撃ち込まれれば結果は変わらない。
イヴァンも負けじと撃ち返し、その弾丸が長松の太ももを貫いたが、一矢報いるのもそれまでだ。

結果として喰らった弾丸はイヴァンが5発、長松が1発。
即死ではないものの、どう考えてもダメージはイヴァンの方が大きい。

今の攻防で互いに残弾を打ち尽くしたため、戦闘は近接戦に移行される。
互いに残る獲物はナイフだが、イヴァンのナイフは非殺傷性の代物だ。
相手を殺すつもりならば、素手で戦うしかないだろう。

隻腕の長松相手とはいえ、負傷はイヴァンの方が大きい。
加えて獲物に差があるとなればイヴァンの圧倒的不利は否めない。
だと言うのに、イヴァンは勝利を確信し血塗れの口で笑った。

ここで、戦闘開始から心の中で数え続けていたイヴァンのカウントがゼロになった。
同時に、イヴァンの傷が回復する。

語るまでもなく、それは現象解消薬の効果である。
戦闘が開始される前、イヴァンは戦闘の準備として薬を飲んでいた。
後は心の中でカウントを取って、タイミングを見て飛び出すだけ。
捨て身でも命を奪われなければその時点でイヴァンの勝利である

「はっ! 殺すしか能がないお前らなんかとは! 頭の出来が、違うんだよ!」

イヴァンは高らかに勝利を宣言する。
ギャンブルで破綻するのはギャンブラーだけだ。
イヴァンはギャンブルなどしない。
カジノの胴元の様に確実に勝つ仕組みを作り上げる男である。

無傷となったイヴァンの動きが万全の物に変わった。
銃弾一つ撃ち込まれれば人間の動きは大いに鈍る。
無傷のイヴァンと銃弾を撃ち込まれた長松では、いくらなんでもイヴァンが勝つ。


356 : 生と死と ◆H3bky6/SCY :2015/06/27(土) 00:06:42 o15BBCaw0
イヴァンは長松の振るうナイフを躱すと、足を狙ったタックルで長松を階段から突き落とした。
宙に長松の体が飛ばされる。
長松は受け身も取れず、階段から転がり落ちていった。

今の落ち方からして、最悪即死、運がよくとも昏倒は免れまい。
だが、まだ生きている可能性もある。
長松の持っていたナイフを奪い取り確実にとどめを刺すべくイヴァンが階段を下ってゆく。

「…………?」

だが、その瞬間少しだけおかしな事が起きた。
意識などないはずの長松の体が、ビクンと跳ねたのだ。

痙攣のような動き。
打ち所が悪く、泡でも拭いたかとイヴァンが訝しんだ、瞬間。

轟音と共に正面玄関が吹き飛んだ。

「な………………ッ!?」

爆風に身を晒されながら、突然の事態に呆気にとられるイヴァン。
踊るように炎が舞い、一瞬で探偵事務所は業火に落ちた。

「…………一階の、各部屋に、C-4を仕掛けておいた。っあぁ。……気付けとしちゃいい具合だろう?」

一階を覆う炎に促されるように、何かのスイッチを片手に長松がゆらりと立ち上がる。
カウレスが追ってきた時の仕込みとして各部屋にクリスの荷物から掠め取ったプラスチック爆弾を仕掛けておいた。
二階に上がってくるまでに時間がかかったのはそのためだ。

「な、バっ…………! バカかお前!?」
「おっと……出口が塞がれちまったか。まあいい。さぁ殺し合いを、続けよう」

入口は崩れた瓦礫と炎に包まれている。
逃げるどころか、仮に勝者が抜け出る道すらない。
こうなっては殺し合いも何もない。

「細かいことは気にするなよ兄弟。今を愉しめよ。殺し合いを謳歌しろ。なんだったら、他の爆弾も起爆してやろうか?」
「おい、バカ。やめろッ。そんなことしたら、」

イヴァンの静止など聞かず、長松が続いて起爆スイッチを押した。
今度は資料室に当たる部屋が爆炎に包まれ、崩壊する。
地鳴りのような重々しい音が鳴り、建物全体が大きく揺れた。
このままでは建物自体が倒壊しかねない。

「…………イカれてやがる」

心底呆れたようなイヴァンの呟き。
そんな事は気にせず、長松はナイフを握りしめ階段を昇る。

「いいじゃねぇか。殺し合うのに何の支障もない」
「その階段に足をかけるんじゃあねぇッ! オレは上! テメェは下だ!」

イヴァンが叫びを上げながら無意識のうちに後ずさる。
長松は後方に迫る炎すらも意に介さず、それ以上の炎を宿して前へと進む。

「つ、付き合ってられねぇよ」

震える声でそういうと、イヴァンは踵を返して執務室へと駆け出した。
マーダー病は強い意志により凌駕される。
殺してやるという思いよりも、殺されるという恐怖が上回った。

二階にも炎が回り始め、黒煙が探偵事務所の中に充満する。
一階はもうダメだ。
外に出るには二階の窓から飛び出すしかない。

だが爆発の影響か、開かれていたはずの執務室の扉は閉じられていた。
さらに不運な事に扉が歪んでしまったのか、どれだけドアノブを捻っても開く気配がない。

「クソッ、クソがッ! 開け、開けよォ!!!」

弾丸を受けてボロボロになった扉なら蹴破れるのではないかと思い至り、靴底で扉を蹴り飛ばすがこもまたビクともしない。
先ほどまでその頑丈さを盾としていただけにいっそう恨めしい。
そうしてイヴァンが扉相手に格闘している間に、後方にナイフを持った長松が迫る。
片足を撃ち抜かれその動きは遅いが、確実に一歩一歩、恐怖を呷るように迫ってきていた。

「来るな! ちくしょう! 来るんじゃねぇ、俺は、俺はこんなところで死ぬ男じゃ……ッ!」

紅い焔が回る。
もはや吸う息すら灼熱であり肺が燃えるようである。
焦りと暑さでイヴァンの顔面に濁流のような汗が伝った。
後ろでは片足を引きずった狂いがナイフを持って迫る。

「ちくしょう…………俺は……俺は、俺はッ! 闇の世界の支配者になる男なんだよぉぉぉおおおおおおおおお!!!」

イヴァンの絶叫。
それに呼応するように、ピシリと建物全体から破滅の音が鳴った。
柱が崩壊し、天井が崩れ落ちる。

同時に建物全体が崩壊した。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


357 : 生と死と ◆H3bky6/SCY :2015/06/27(土) 00:07:45 o15BBCaw0
光剣と鎖鋸が衝突する。

ズギャギャギャと何かを削るような音が響き、光の粒子がまき散らされる。
回転する刃の勢いに押されて、光の剣が弾かれカウレスが体勢を崩した。
そこに振り下ろされた一撃を躱し切れず、カウレスの肩口が切り裂かれる。

「ハハッ!」

楽しげな声が上がる。
戦っているクリスは楽しげだった。
今この瞬間は、過去も未来もない。ただ現在だけがある。
クリスにとってはこの瞬間が全てだ。

楽しげなクリスと違って、カウレスは一度たりとも戦いを楽しいと思ったことはない。
戦いは手段だ。
復讐という目的を成し遂げるための手段であり、勇者として世界を救うための手段だった。
カウレスはあくまで目的のために戦ってきた。
目的の達成に喜ぶことはあれど、戦い自体に喜びを見出したことはない。
今だって目的のために戦っている。

「どうしたの、おにぃーちぁゃん!? もっと楽しませてよ!」
「くっ!」

クリスの追撃にカウレスの体にいくつもの傷が刻まれてゆく。
カウレスは自身を回復する手段を持たない。
勇者の機能である自動回復(オートリペア)に感けて自己回復の魔法習得を怠った。
何があるか分からないので覚えておくべきだ、という妹の助言は正しかったと今になって思う。

クリスの振るう武器は銃と同じくカウレスの世界には存在しない代物だが、銃なんかと違ってその効力は至極わかりやすい。
多数の小さな刃を高速で回転させることにより対象を断ち切る特殊剣。
鍔迫り合いになれば先ほどの様に競り負けるのがオチだろう。

「――――DlEihs」

ならばと、今度は盾を張ってその攻撃を受けとめた。
光の障壁と電動刃が衝突する。

攻撃は防いだが、今度は障壁も砕けた。
クリスの一撃が鋭かったというより、障壁の耐久度が落ちている。
それはカウレスの魔法力が減衰している事を意味していた。

刻一刻と、カウレスは己の力が弱くなっていっているのを感じている。
カウレスが自身の力に明確な衰えを感じたのは、邪龍との戦いからだった。
アサシンとの戦いのときは感じなかった、恐らくその間に新たな勇者が現れたのだろう。
力がどこかに流れ込んでいるのか分かる。

(僕はもう用済みかい? 聖剣よ)

心の中で問いかける。
別にそれ自体に不満はない。
あの聖剣が新たな勇者を選んだと言うのなら是非もない。
元よりただの利害関係だ、カウレス以上の後釜が見つかったら乗り換えるのも当然の話だ。

命は決して平等ではない。
取捨択一の優先順位はつくし、命に価値という物はどうしようもなく付いてまう。
例えどんな犠牲を払ってでも生き延びねばならない命は確かにある。

だから勇者は決して死ぬわけにはいかない。
それは自分の命可愛さという意味ではなく。
勇者というシステムが魔王を殺すための一番効率のいい方法だからである。
だから全てを救う勇者は、特定の誰かのために命を投げ出したりはしない。
投げ出すとしたら、それは魔王を斃すその時だけだ。
もし他に魔王を滅ぼす効率的な方法あるとしたら、彼は喜んで命を差し出すだろう。


358 : 生と死と ◆H3bky6/SCY :2015/06/27(土) 00:08:31 o15BBCaw0
力の減衰を感じた時、カウレスが感じたのは以外にも失望ではなく解放だった。
勇者の使命からの、解放を感じたのだ。
己の命が軽くなるのを感じた。

確かに己が手で魔王を殺せないのは復讐者としては口惜しい。
だが、魔王を殺すよりよい勇者(しゅだん)が現れたというのなら不満を漏らす理由もなくなる。

使命は失われ、残った復讐心も使命と共に宙ぶらりんのまま消え去った。
残ったのは何もないカウレス・ランファルトというただの人間である。

そんな道に迷い何をすべきかわからない彼の所に、魔法使いの祈りが聞こえたような気がした

幻聴だったかもしれないけれど、それで決意が固まった。
失うばかりの人生だったけれど。
少しだけ失った自分(もの)を取り戻してみよう。
使命ではなく、復讐でもなく、己の理由で戦ってみようと思う。

「クリスくん。君を救う(ころす)」

死が救いになるのかなど、カウレスには解らない。
解るのは死は終わりだという事だけである。
だから、続いているのが悪夢ならば、ここで終わらせなくては。

「ハハッ! どう、やって…………ッ!?」

クリスが駆ける。
今のカウレスでは捉えるがやっとな程に、その動きは速い。
施された肉体改造によりクリスの能力値は人としての限界値にまで達している。
人の外にある連中に苦戦することはあれど、人の身に堕ちた勇者に苦戦する事などあり得ない。

対して勇者としての力を失った今のカウレスの力は熟練の冒険者と言ったレベルが精々だろう。
人間の極限を相手にするには少し厳しい。
だが、カウレスが唯一勝っている要素がある。

それは戦闘経験である。
クリスとてアメリア最大のマフィア、カボネファミリーの殺し屋として幾多の修羅場を超えてきたが、カウレスの経験はその比ではない。
それこそ毎日のように自分よりも大きい相手、小さい相手、格上、格下、人間、人外。ありとあらゆる相手と戦い続けてきた。
恐らく、その経験値は全参加者を比較したとしても並ぶ者のいない程に抜きんでているだろう。
勝利を手繰り寄せる戦闘理論は彼の中にある。

クリスがチェーンソーを振り下ろす。
カウレスはクリスではなく振り下ろされたチェーンソーに向けて、思い切り光の剣を振り下ろした。

チェーンソーの回転を受けた光の剣が折れると同時に、チェーンソーのチェーンが断ち切れ、刃が弾けるように飛び出した。
チェーンソーはあくまで土木作業用の工具であり、戦う事を想定して作られた武器ではない。
攻撃に耐えうるような想定はされていなかった。

互いに武器を失い、破壊された衝撃で後方に弾かれた。
こうなると決め手となるのは互いここまで隠し持った切り札の存在である。

クリスは袖口に隠した銃身長3インチの小型銃を取り出した。
レミントン・モデル95・ダブルデリンジャー。
ブレイカーズの大幹部ミュートスすらも騙し討った隠し武器である。

クリスが銃口をカウレスに向ける。
銃弾が放たれるよりも早く、カウレスが再召喚した光の剣を振るった。
だが遠い。
互いの距離は離れ、剣の間合いではなく既に銃の間合いである、届くはずがない。
それに構わずカウレスは剣を振り切った。


359 : 生と死と ◆H3bky6/SCY :2015/06/27(土) 00:10:22 o15BBCaw0
勇者には聖剣という最強の剣があるため、他の武器など必要としない。
にも拘らず、カウレスが魔法剣の作成などという魔法を習得したのは何故か?
それは別の利点があるからに他ならない。

利点とは、今の状況の様に武器を失った状況にも使用できることと。
そして、光の剣は物質ではなく魔法で構築された魔法剣であるという事である。

物質でない以上、形状は剣に捕らわれない。
とは言え、自在な形状を維持すると言うのは勇者の力を失った今のカウレスでは不可能なのだが。
今できるのは刀身の長さを操作する、その程度が精いっぱいだった。

そしてこの状況では、それで十分である。
振るわれた刀身が伸びて、ダブルデリンジャーの引き金を握るクリスの人差し指が両断された。

自身の指が地面に落ちる様子を見送り。
何が起きたのか理解できず、引いたはずの引き金が引かれない事に相手が戸惑う一瞬の隙にカウレスは踏み込み、返す刃で首元に切り込んだ。
隙間を通すような一撃が首輪の上の喉を裂いて、開かれた喉元から鮮血が噴出した。

「ごっ…………フッ」

血の塊を吐いて、クリスが前方に力なく倒れこんだ。
カウレスは容赦なく、死に体になったからだを突き刺し、その心臓を貫いた。
攻撃を阻止し、隙を付き、とどめを刺す。見事に完成された三連撃だった。

同時に役目を終えたようにクリスの心臓を貫いていた光の剣が霧散する。
維持するだけの力が完全に失われたのだろう。
これで正真正銘、完全に勇者としての力は失われてしまった。

剣を失った手で、倒れこむ少年の体を抱きしめるように支える。
大量に零れる少年の血がカウレスを濡らす。
少年は力なく、今にも命の炎を燃やし尽くそうとしていた。
そんな自分の殺した少年に向けて、カウレスは口を開く。

「―――――今の僕は君を忘れない」

それが、カウレスが過去も未来もないと嘆いた少年に告げられる精いっぱいだった。
それがどれほどの救いになったのか分からないが、少年の力が抜けていく。
手の中で少年の命が失われていくのを感じた。

カウレスは初めて人を殺した。
勇者として、より多くを救うための殺しではなく
己の意思で、ただ一人を救うために殺した。
カウレス・ランファルトとして初めて人を殺した。

こうして、勇者は人間になった。

【クリス 死亡】

【D-4 草原/昼】
【カウレス・ランファルト】
[状態]:ダメージ(大)、魔力消費(大)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(確認済み、カウレスに扱える武器はなし(銃器などが入っている可能性はあります))
    レミントン・モデル95・ダブルデリンジャー(2/2)、41口径弾丸×7、首輪(佐野蓮)、首輪(ミュートス)
[思考・行動]
基本方針:魔王を探しだして、倒す。
1:聖剣を持つ勇者がいるなら探したい。
2:ミリアやオデットと合流したい
※完全に勇者化の影響がなくなり人間になりました

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


360 : 生と死と ◆H3bky6/SCY :2015/06/27(土) 00:10:50 o15BBCaw0
探偵事務所跡が爆弾により倒壊した。

そこに残ったのは瓦礫と僅かに燻った炎だけである。
揺らめく焔以外に動く者はなく、生命など全て吹き飛ばされた、かに思われた。
だが、倒壊した瓦礫の一部が僅かに揺れる。

「ブッ……! ごほ……っ、ごほ……っ」

瓦礫を押しのけ、その下から立ち上がったのはイヴァンだった。
爆炎と倒壊に巻き込まれたにもかかわらず、その身は多少の火傷はあるだけで大方無傷である。
余程の強運で奇跡的に助かったのか、というとそうではない。
これは奇跡などではなく、人事を尽くした結果である。

イヴァンはあの時、薬を2錠飲んでいた。
長松の銃撃に対して発動したのが1錠目、そして5分後に飲んだ2錠目の効力が今効いてきたのだ。
10錠しかない希少な薬だが、出し惜しみをするのは馬鹿のすることである。
よもやこのような大事になるとはさすがに想定外だが、イヴァンの判断は正しかったと言えるだろう。

見れば、爆風で吹き飛んだのか少し離れた所に長松洋平の死体が転がっていた。
ピクリともしない、どう見ても死んでいる。

「……やはり、天は俺に味方している」

両手を掲げ、イヴァンは高らかに天に向かって謳い上げる。
妄想でも過信でもない、確信をもってイヴァン・デ・ベルナルディは己が天運を自覚した。
己に逆らったから奴は死んだのだ。
そう無謀に挑んだ相手の死体を満足げに見送ると、イヴァンはその場を後にした。

【C-4・剣正一探偵事務所跡周辺/昼】
【イヴァン・デ・ベルナルディ】
[状態]:精神的高揚、全身に落下ダメージ、マーダー病発症
[装備]:サバイバルナイフ・魔剣天翔
[道具]基本支給品一式、トカレフTT-33(0/8)、現象解消薬残り7錠
[思考]
基本行動方針:生き残る
1:何をしてでも生き残る。
2:仲間は切り捨てる方針で行く。
3:天は俺の味方をしている…!
※マーダー病が発症しました



イヴァンが立ち去り、その場に残ったのは死体だけだった。
誇張も過剰表現もなく、長松洋平の体は確かに死んでいる。

だがビクンと、痙攣するように長松の死体が跳ねた。
一度だけではない。
地上に打ち上げられた魚の様に体を、小刻みに痙攣を繰り返す。

これは先ほど長松が階段から落ちた時にも見られた現象だった。
同様の現象が繰り返された以上、それは偶然ではなく意図を持った必然である。

そう、これが長松洋平の切り札である。

大金をつぎ込み切り札を作り上げるにしても、武器を体に仕込むだの肉体を機械化するなどと言った事はしない。
人から外れた存在を許さない長松がそんな事をするはずもないだろう。
彼が望むのは対等の立場での殺し合いだ。
そして、殺し合いを少しでも長く楽しむことである。
そのために彼は『もう一度』を望んだのだから。


361 : 生と死と ◆H3bky6/SCY :2015/06/27(土) 00:11:39 o15BBCaw0
ならば、施した仕掛けはより殺し合いを楽しむための物に他ならない。
例え死んでも、まだ殺し合いを続けられるそんな仕組みだ。

それは長松の心拍が停止した際に発動する自動蘇生。
自動体内式除細動器による電気による心肺蘇生。
及び発動時に大量投与される麻酔により痛みを無視した強制動作が可能となる。

これこそが長松の望む永遠。
死ぬまでどころか、死んでも殺し合いが楽しめる。

「ぷはっ…………はっ!」

その望み通りこうして復活を遂げてた。
長松にとっても死ぬのは初めての事である。

血が凍り、全てが先から腐っていくような感覚。
自身が世界に溶け堕ちて、存在ごと漆黒に消えていくような何もないが訪れる。
その全てが、言いようのない程の甘美な快楽だった。

これが死か。

これ程の快楽ならもう一度、いや何度でも味わいたい。
今回の相手はこれを味わうには絶好の相手だった。
誰よりも人間で、生き残るためにすべてを尽くす。
殺し合うならこういう相手がいい。

だと言うのに、死から蘇り、起き上がった長松の目に入ったのは、遠ざかり小さくなってゆくイヴァンの後姿だった。

「何だよ…………逃げるなよ」

どこか寂しげな声で長松はつぶやく。
そんな事をされては、せっかく沸き立った炎が醒めてしまう。

その背を追おうとして、踏み出した足がふら付き、その場にガクリと膝をついた。
無理矢理に生き返っただけで、傷が治る訳じゃない。
痛みは麻痺しているが、死に至るだけのダメージが蓄積されていることに変わりはない。
今は、身を休め回復に努めるのが賢明だろう。
だが、それでも。

「待てよ……待ってくれよ、もう一度、殺し合いを」

長松が縋るように手を伸ばす、
だが、遠く離れてゆく背には、いくら伸ばせど届かない。

悔しくて長松が歯噛みする。
この沸き立った情動をどうすればいい。
これじゃ喰い足りない。

もっと、もっと、もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっとだ。
殺し合いを。
闘争を。
生を。
死を。

誰か。
誰でもいい。
この情動をぶつけられる相手を、誰か。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


362 : 生と死と ◆H3bky6/SCY :2015/06/27(土) 00:12:06 o15BBCaw0
そうして彼女は終わり(ゴール)に到達した。

「はぁ…………はぁ……はぁ……ッ!」

馴木沙奈は走っていた。
あれからずっと走り続けていた。
もう体力なんてとっくに空で、その速度は恐らく歩みよりも遅いけれど、それでも懸命に走っていた。

なんだか今日は一日走りづめだ。
酷く疲れた。脳に酸素が足りなくて、思考が上手く廻らない。
お家に帰ってお風呂に入って汗を流して、柔らかいベットでぐっすり眠りたい。
そう言えば何で走っているんだっけ?
そんな疑問が酸欠で白く靄のかかった頭をよぎる。

何も考えられない頭で思い出す。
ああ、そうだ。
走っているのは、走れと言われたからだ。
誰に言われたのか。
男だった気もするし、女だった気もする。
だけど、もう顔も思い出せない誰かにそう言われたんだった。

その誰かを思い出そうとして。

「あ――――――」

朱い。
腹を刺される女の姿が脳裏に浮かんで足を止めた。

「ッハ――――ハァ――――ッ!」

足を止めて動けなくなった以上、そこが彼女のゴールだ。
走って走って走り抜いて、ようやく彼女は終わりにたどり着いた。

「―――よう。誰でもいい、お前でもいいから、俺と―――殺し合おうぜ」

そうして彼女は終わりに出会う。

第一印象は死者。
終わりに待ち受けていたのは生きているのが不思議なくらいボロボロな男だった。
全身が血塗れの赤に染まっており左手がないが、これは潰されたと言うより元からないのだろう。
皮膚は服と共に焼け焦げケロイド状になって張り付き一体となってた。
とっくに彼岸に行って、何がの間違いで戻ってきたようなそんな男で、何より目が、生者のモノではない。

その右腕には鈍い光を放つナイフが握られていた。
足を引きずりながらも一歩一歩、幽鬼のような動きで沙奈へと迫る。

「い、いやっ!!」
「ッ!?」

沙奈はその魔の手を反射的に突き出した腕で跳ね除ける。
満身創痍の男はその程度の抵抗に抗う力もないのか、あっさりとナイフを落とし、尻餅をついて倒れこんだ。

相手が倒れこんだ隙に、沙奈は再び逃げようとするが、その足を倒れた男に掴まれる。
疲労が限界に達していたのは沙奈も同じだ。
抗う事も出来ずすっ転び、地面に顔面を打ち付ける。
沙奈の鼻奥から赤い液体が伝い、地面にポタリと落ちた。

「いやっ! いやっ! いやっ! 離して!」

沙奈は狂ったように暴れ、足元の男の顔を踏みつけるように蹴り飛ばした。
だが強く握りしめられた男の手は離れない。
何処にそんな力が残っているのか、がっちりと万力のような圧力で沙奈の足首を絞めつけてくる。


363 : 生と死と ◆H3bky6/SCY :2015/06/27(土) 00:12:42 o15BBCaw0
足首に奔る痛み。
ここまで逃げ続けてきた沙奈にとって、肉体的な痛みを感じるは初めての事だ。
それは死に至るほどの痛みではなかったけれど、精神的に限界を迎えていた彼女にとっては最後の引き金となった。

殺される。
このままでは殺される。
混乱の極みに至った彼女は無我夢中で手元にあった拳大の石を手にした。
そして足元の男の顔面めがけて思い切り打ち付る。

ガツンという低めの鈍い音。
硬い頭蓋を打つ感触が沙奈の手に響く。
沙奈の足を掴んでいた男の指が解かれると、男はぐったりとして動かなくなった。

「…………え? ぁあ、ちが……わ、私、」

その男の様子を見て、じわじわと認識が追いついてきた。
自分が何をしてしまったかに気付いて、沙奈の顔から血の気が引く。

人を、殺してしまった。

だけど、仕方なかった。
殺されそうになっていたのは自分だ。
殺さなければ殺されていた。
仕方のない事だったのだと、沙奈は自分の中で自分自身に言い訳をする。

自らの仕出かした事の大きさに震える沙奈だったが。
その罪の象徴である男の死体が突然跳ねた。

「は……はっ……! ぃいぞ……!」

地獄の様に掠れた声で、死んだはずの男が笑い声をあげた。
唖然とする沙奈を置いて男がゆらりと立ち上がる。
そして、地面に転がったナイフを拾い上げようとする動きを見せた。

「だ、ダメっ!」

そうはさせじと、今度は沙奈が男へと飛びついた。
タックルと呼べるほど上等なモノじゃなかったが、バランスを崩した男を押し倒すことに成功する。
地面でもみ合いになるが、行かせまいと男に一心不乱にしがみ付いて、巧い具合に沙奈は男に馬乗りになった。

そうして動けなくなった相手に向けて、今度は明確な意思をもって手の中の石を振り下ろした。
額に向けて念を入れて二発。
完全に息の根を止めたのを確認したが、数秒の後男は再び復活を遂げた。

「くっ…………はぁ。やって……くれるじゃねぇ、か」
「ひっ!?」

光など一遍もない漆黒の眼光に睨まれる。
恐怖に駆られた沙奈は三度目の殺害を実行した。

死した男、長松に対して行われている蘇生処置は、あくまで医療行為の延長だ。
失敗することもあるし、そもそも修復不可能なレベルで肉体が破損すれば復活も叶わないだろう。
だが、沙奈の力ではそう上手く肉体を破壊することもできない。
だから何度も殺し、そのたびに生き返るを繰り返すこととなる。


364 : 生と死と ◆H3bky6/SCY :2015/06/27(土) 00:13:29 o15BBCaw0
「えぐっ……ひっぐ……うぅっ……!」
「はっ……ははは……っは! そうだ! もっと、もっとだ…………ッ!」

その光景は常軌を逸していた。
殺している方が泣いていて、殺されている方が笑っていた。

地獄のような責め苦に沙奈は大粒の涙を零しながら振り下ろした石で頭部を打ち続け。
極楽の心地を味わう長松は死に至るたびその快楽に酔うように笑った。

幾度目かの生と死の狭間。
いい加減打ちつかれた彼女は、ここにきてようやく地面に落ちていたナイフの存在を思い出した。
そして彼女は、幾度目かの長松が死んでいる間に、落ちていたナイフを拾い上げ、そして、

「うぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁあ!!!」

両手で握りしめた刃を胸部に向けて何度も何度も振り下ろした。
完全に死んだと安心できるまで何度でも。
なにせゾンビの様に蘇る男だ、そう簡単に安心などできない。
死亡の合図である心肺蘇生が行われ始めても、その手を全く緩めなかった。

血と肉が飛び散り、骨も内蔵もズタズタに切り刻み、体内に仕込んだ蘇生装置も破壊して。
完全にその活動を静止させた所で、ようやく沙奈はその手を止めた。
今度こそ、長松は蘇らなかった。

ナイフをその場に落とし、茫然とした顔のまま力なく長松の上から降りる。

「う…………っ!?」

全身に浴びた返り血の生ぬるさと、手に残った感触が余りにも気持ち悪くて彼女は嘔吐した。

嘔吐は意外に体力を消耗する。
それで全ての体力を使い果たしたのか。
彼女は寒さに震えるように蹲ると完全に動かなくなった。

「うぅっ…………くうっ………………」

ただ一人嗚咽を漏らす。
どうしてこんな事になったのか。
いくら考えても彼女には分らなかった。

「…………もう………………もう、イヤだぁ…………」

呟かれた少女の絶望は何処にも届く事はなく。
乾いた風が無慈悲に少女の慟哭を掻き消した。

【長松洋平 死亡】

【C-4・剣正一探偵事務所跡周辺/昼】
【馴木沙奈】
[状態]:疲労(極大)
[装備]:サバイバルナイフ
[道具]:なし
[思考]
基本行動方針:――――――


365 : 生と死と ◆H3bky6/SCY :2015/06/27(土) 00:14:04 o15BBCaw0
投下終了です
ちょっと土日は反応できないので、何かありましたらその後反応しますね


366 : 名無しさん :2015/07/04(土) 15:30:33 /qO7d.QU0
乙です


367 : 名無しさん :2015/07/05(日) 00:35:51 YhqtNHsQ0
投下乙です
クリス、長松とワールドオーダーに関係してた奴等がまた全滅かー
ワールドオーダーに近づいてるようであんまり近づけないな
イヴァンさんタイマンで長松さんと渡り合うとか思いの外強いなメンタルとか不安しかないけど
メンタル再構築したカウレスとメンタルぶっ壊れたサナはどっちも強く生きて欲しいな


368 : ◆H3bky6/SCY :2015/07/11(土) 20:20:15 iyawS0Sw0
投下します


369 : ジョーカーVSジョーカー? ◆H3bky6/SCY :2015/07/11(土) 20:21:44 iyawS0Sw0
京極竹人が錯乱してどこかに行った。
そうセスペェリアから聞かされて、時田刻はどうしたものかとしばらく考えていていた。

だが、刻は基本的にその日ぐらし、と言うか長らくその日しかなかった女である。
余り先の展望について考えるのはあまり得意ではない。
なので、いつかと同じくとりあえずセスペェリアに振ることにした。

「それで、セスペェリアさんこれからどうしましょうか?」
「あなたはどうしたいの刻?」

セスペェリアに任せてしまおうと思ったのだが、逆に振り返されてしまった。
聞かれたからには考えない訳にもいかないので、刻は真面目に頭を働かせる。

「うーん。京極さんを追いかける、とかですかね?」
「彼がどちらに行ったかもわからないし、今から追いかけるのは流石に無理よ。
 それに仮に追えたとしても、私はあの男と合流するのには反対ね」
「ですよねぇ。うーん」

ただの思い付きで、本気でそうしたいわけでもなかったのか、否定されてもそうだろうな、と言った風に納得する刻。
京極とは交友的な関係という訳でもない、むしろ襲われたり撃退したりの関係である。
そんな相手であろうとも刻は見捨てようとは思わないが、流石に積極的に後を追おうとも思わないというのが本当のところだ。

「だったらセスペェリアさんが剣正一って人たちから受けてる誤解を解くために、そのお仲間がいたっていう研究所方面に行ってみるというのはどうでしょう?」
「それもやめておいた方がいいわね。剣正一が死んだという事は彼らにも何かがあったという事よ。
 そんな所に行くのは危険だし、何より仲間が死んでナイーブになっている所に敵だと思っている私が現れたら、いきなり攻撃されてもおかしくはないわ。
 私の誤解を解きたいという刻の気持ちはありがたいけれど、接触するにしても状況が落ち着いてからにして方がいいと思う」
「そうですか…………そうですよねぇ」

危険性を指摘されては刻も提案を却下せざる負えない。
セスペェリアの本音としては、自分の正体を知る奴らとは出来る限り接触は避けたいというだけの話なのだが、刻はもっともだと言う風に深く感嘆を漏らす。
しかしそうなると、行動を考える当てが無くなってしまったのだが。

「じゃあ……人の居そうな所に行ってみません?」
「人の居そうな所?」

自分の思いつきのような言葉に怪訝な視線を返され、刻は僅かにたじろきながらも、拙いながらも自らの考えを話し出す。

「えっと、私たち、というか私って、まだセスペェリアさんと京極さんにしか会ってないじゃないですか?
 今後の事を考えたら、もっと他の人達と会っておいたほうがいいんじゃないかなぁと思いまして」
「他の参加者との接触は危険よ?」
「それは…………そうですよね。私も一人の時は誰かと接触するのは怖いなぁって思ってました。
 けど今は、ほら。一人じゃないっていうか、セスペェリアさんがいますから」

そう言って刻はセスペェリアに微笑みかける。
その笑みには彼女のセスペェリアに対する信頼が込められていた。
これほどの無垢な信頼を向けられては、セスペェリアとしても今後の関係を考えれば頭ごなしに否定しづらい。

「人の居る場所を目指すと言うのも悪くはないけれど……そうね、だったらこの炭鉱の地図もある事だし、まずはここを調べてみない?
 人と接触を目指すにしても、もしかしたらここで誰かに接触できるかもしれないし、他にも何か見つかるかもしれないわ」

じっくりと刻を調査したいセスペェリアからすれば不確定要素はできる限り排除したい所だ。
なので無意味に人に接触して同行者を増やす事態を避けるため、人気のない所に移動したい所ではあるのだが、刻の反応は芳しくない。

「うーん。それでもいいんですけど、できれば避けたいと言うか。暗い所にこもってるのはどうにも性に合わないといいいますか」

それはお日様の下でないと性に合わないという酷く単純な理由だった。
単純ではあるのだが、感覚的な話を理屈でねじ伏せるのはなかなかに難しい。

「それにひょっとしたら、もうみんなどこかに集まってこの島を脱出するぞぉ! って話になってるかもしれないじゃないですか。
 もたもたして置いていかれたら困りますからね」

かなり楽観的な意見であるが、本気で言っているわけではなく彼女なりに場を盛り上げようとした言葉なのだろう。
それにもう脱出計画が進んでるというのは言い過ぎにしても、まっとうに脱出を目指す刻からすれば状況に取り残されるのは避けたい事態である。
ジョーカーであるセスペェリアからすればあまり関係のない話だが、その立場を装っている以上それを真っ向から跳ね除けるのは難しかった。
仕方ないと言った風にセスペェリアが息を漏らす。


370 : ジョーカーVSジョーカー? ◆H3bky6/SCY :2015/07/11(土) 20:22:45 iyawS0Sw0
「分ったわ、じゃあ人がいるところを目指しましょう。そうね人が集まりそうと言ったら市街地辺りかしら?
 けど、どちらの市街地に行くにしても、ここからじゃ少し遠いわね」
「あ、それなら近くにいいものがありますよ」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

炭鉱から抜け出した二人が目指したのは、山頂にあるロープウェイ乗り場だった。

「見てください! セスペェリアさん、ロープウェイですよ! ロープウェイ!」

山道を登りながら、何故か無駄にテンションを上げている刻が指さす先に、空中から吊るされる箱型の搬器があった。
搬器を吊り下げる索条は山頂から遥か先にまで続いており、到達地点は山頂にかかる霧に霞んでいる。
恐らく東南の市街地へと渡されているのだろう。

「落ち着きなさい刻。コケるわよ」

セスペェリアに窘められ、刻が照れたようにはにかむ。

「いや、すいません。私の住んでた街にこういう物なかったもんで、というか娯楽の少ない町でしたので、つい」

彼女の育った町は、平坦な何もない田舎町だったのでループ中も非常に退屈だった。
遠出しようにも学生の身分では免許もなく、金もないため困ったものである。
あるいはそんな何もない街で育ったからこそ、変化のない変わらない一日の中にも楽しみを見出せたのかもしれないが。

だから変化、というか珍しい物を見るとどうしてもテンションが上がってしまう。
まあ地下炭鉱なんてものも珍しいと言えば珍しかったのだが、あれで喜べと言うのは女子に対しては難しい注文であった。

そうして二人は山頂、ロープウェイ乗り場に辿り付いた。
とは言え、ロープウェイ乗り場にやってきたはいいものの、ロープウェイが動いているとも限らない。
二人はまず、その場の調査を行う事にした。

ロープウェイは既に山頂の乗り場に待機しており、口を開けて来客が入るのを今か今かと待ってるようだった。
その傍らにある運転室は蛻の殻だったが、セスペェリアが調べたところ自動運転が設定されておりこの状況でも変わらず運転を行っているようである。
運転間隔は30分に一本。このロープウェイが動くにはまだ幾何かの時間があるようだ。

「次の運転まではまだ時間があるようね。どうする刻、先に」

ロープウェイの中に入って待っているか、と尋ねようとしたところで。

ふいに、空から漆黒が降ってきた。

それは索条の上に気配を殺し潜んでいた漆黒の暗殺者だった。
刻は元より、セスペェリアにすら一切気配を察知されることない完全なる気配遮断。
完全に虚を突かれた二人は反応することもできなかった。

その翼先に刃を携え、舞い落ちる様は逆さになった竹とんぼ。
回転するナイフがセスペェリアの頭部に深々と突き刺さり、その顔面がサクリと裂ける。

だが、襲撃者アサシンの手元に返ってきたのは、ゼリーでも切り裂いたような妙な手ごたえだった。
元より彼が振るったのは非殺傷の特殊ナイフだが、この手ごたえは余りにも奇妙だ。
アサシンがその違和感に答えを見出す前に、セスペェリアの頭部を切り裂いていたナイフがずんと重くなり、振り切る前に頭の中ごろで刃が止まる。

ナイフが敵に〝捕まれた”とアサシンは直感した。
直後、そのまま暗殺者の腕からナイフが掠め取られ、刃を奪われた漆黒は空中に放り出される。
だが、体操選手もかくやという動きで体勢を立て直すと暗殺者は地面へと着地。
その着地の隙を逃さず、ナイフを顔にうずめたまま液体生物は腹を蠢かせ、襲撃者を串刺しにせんと水槍を飛び出させた。

「あなた、面白い体してらっしゃいますね」

などと、弾丸の様に迫ってくる数本の水槍を前に、状況にそぐわぬ素直な感想を漏らしながら。
とりあえず、と言わんばかりの動きで回避すと、そのまま小刻みなバックステップで距離を取る。

暗殺は成功しようが失敗しようが一撃離脱が基本である。
その理論をアサシンは体現しているはずなのだが、今回に限ってはその場で足を止め引こうとはしなかった。

なにせ仕事道具が奪われてしまった。
ただの道具ならば見切りをつけていただろうが、残念ながら達成に必要不可欠な道具である。
それを取り返さなければならない。


371 : ジョーカーVSジョーカー? ◆H3bky6/SCY :2015/07/11(土) 20:23:39 iyawS0Sw0
「刻。離れていて」

セスペェリアは今頃になって慌ててアイスピックを取り出し、へっぴり腰で構える刻を背後へと下がらせる。
そして、トプンと水音を立てて呑み込むように体の奥底にナイフを落とし、割れた顔面を元に戻す。

そして切り裂かれた傷口の自己診断を行う。
液体生物であるセスペェリアは切り裂かれたところで傷つく事などない。
問題は裂傷ではなく別の何か。何かが体内に流し込まれたような違和感を検知する。

解析結果は理解不能。
数多の宇宙を渡った侵略生物の知識全てと照らし合わせても一致する物のない未知の何か。
毒や呪詛などではなく、これはもっと悍ましい何かだ。

侵入してきた異物は拡散を続け、数時間で全身に行き渡るだろう。
だがこの段階であれば侵された領域を隔離することで侵食を防ぐことは可能だ。
セスペェリアは侵食された領域を切り離して、唾を吐く様に体外へと破棄する。
これで体組織の2%を失ったが、支障のない範囲だ。

「とりあえず、あなたの頭の中に入ってしまったナイフ、返して頂けませんかね?」

まるで悪びれることなく、自分が襲撃したことなど無かったかのようにいけしゃあしゃあとアサシンはそう言った。

「バカバカしい、自分を襲ってきた相手に凶器を返すとでも?」
「もちろんタダとは言いませんよ? 私に支給された他の品と交換と言うのはどうでしょう?」

交渉するつもりなのか、そう言ってアサシンは自らの腰元から数枚のボロボロの紙切れを取り出した。
紙の表面には達筆な筆字で『爆』と書かれており、その周囲にはどこか呪詛めいた幾何学模様が描かれている。

「まずはこれ、お札です。だたのお札じゃありませんよ?
 なんと火薬もないのに張るだけで爆発する便利なお札なんです、しかも火力も自由に調整できるらしいですよ、すごいでしょう?
 張ったタイミングで起爆時間も決められる、半端爆弾なんかより手軽で便利。
 これが何と5枚セットでの支給です。お得ですねぇ」

見せつけるように5枚の札を扇状に広げて、アサシンは訪問販売の販売員の様に怪しい口調で話し出す。
何のつもりかと、セスペェリアは警戒を強め、刻を自らの背後に隠しながら身を構える。
その反応を気にせず、アサシンが荷物の中から取り出した続いての商品は、黒い全身タイツのような衣服だった。
一見する限りでは何の変哲もないスーツの様に見えるが。

「続いてこのスーツ。何の変哲もない全身タイツのように見えますが、耐久性に優れているのかよく伸びます」

そう言いながら服の耐久性を見せつけるようにアサシンは生地を引っ張り始めた。
頑丈というより伸縮性に優れているのか、その服はゴムのように伸びきっているが繊維が切れるような気配はない。

「そして襟元にワンポイントで刺繍された『最高の善意には最高の悪意が必要だ』というニーチェの名言。どうです? カッコいいでしょ?」

何故か自慢げにそう言うアサシンに白けたような二人の視線が浴びせられるが、そんな反応は見えていないのか全く気にした風ではない。
アサシンはプレゼンに満足したようにいそいそと荷物を元に戻すと二人へと向き直る。

「という訳で、この両方とも差し上げますので、そのナイフ、返してくださいませんか?」
「お断りします」

膠も無く断りを入れ、絶縁状代わりの水砲を放つ。
アサシンはそうですかと呟き、水弾を避けると仕方なさそうに肩を竦めた。

「となると、やっぱり方法は一つですかね」

熱が入っているわけでも冷めているわけでもない、これまでと何一つ変わらぬ熱量で呟かれた言葉。
だというのに、周囲の空気がヒビが入る程に乾いていくのを感じて、刻は思わず唾を呑んだ。
始まりを告げるようにアサシンが大げさに溜息を付く。

「あんまり好きじゃないんですけどねぇ――――力づく」

ゆらりと、影法師の様に暗殺者が揺らめく。
その動きを捉えるべく、液体生物がアメーバ状の腕を振るった。

飛沫へと変わるそれは横殴りに降り注ぐ雨そのもの。
違いがあるとすれば、それは触らばタダではすまぬ猛毒であるという一点だろう。

回避することは不可能だ。隙間なく降り注ぐ雨を躱して歩ける人間などいない。
だが、躱せずとも、雨粒一つ一つを見極められる人間ならばいる。ここにいる。

アサシンは目を見開き、水飛沫の一つ一つを捉える視力でその全てを見極めると。
全てを躱すことは不可能であると瞬時に悟るや否や、もっとも薄い個所を見極めて無理矢理に身をねじ込ませる。

下手に躱さず接触は最少に。
同時に敵との距離を最短で詰める。


372 : ジョーカーVSジョーカー? ◆H3bky6/SCY :2015/07/11(土) 20:24:52 iyawS0Sw0
セスペェリアの懐に入ったアサシンは、一瞬で相手の全身を隈なく見た。
そして重心の位置からナイフの飲み込まれた位置を割り出し、指をスプーンの様に揃えて貫手で中身を抉り出す。
暗殺者の腕が宇宙人の脇腹を抉り、くり抜かれたような穴が開く。

「っ!?」

だが、痛みを奔らせたのはアサシンの方だった。
ナイフを抉り出すはずだった手には何も握られておらず、代わりに毒々しいセスペェリアの体液に塗れていた。
ジュウと煙を上げて肉が溶ける。

「なるほど」

頷いたアサシンが勢いよく腕を払い、付着した体液を払う。
攻撃の直前、セスペェリアは体内でナイフを移動させたのだ。
その反応速度はアサシンの予測よりも早い。

「軟体……というより液体かな? だったら」

言ってアサシンは素早い動きで腰元から一枚、爆発札を抜き出した。
そして札を地面に張り付け、一歩引く。
一秒後、爆炎が弾け、熱風がその光景を見守る刻の元にまで届いた。

物理攻撃が通じないのなら爆風で爆散させるまで。
その実、この戦法はセスペェリアに対して有効な手段であった。
そして有効な手段であるが故に、警戒してしかるべき手段でもある。

アサシンが札を取り出そうと腰に手をかけた時点で、セスペェリアは爆発を警戒して距離を取っていた。
事前に札の効果を説明されていたというのもあるだろう、あれがなければなすすべなく爆炎に塗れていたかもしれない。

その動きを追うようにアサシンが続いて取り出した紙切れを指先で器用に弾いた。
矢と化した爆発札がセスペェリアに向かって一直線に滑空する。
後方に引いた直後の重心が偏ったタイミングではこの飛来物は躱せない。

だが、セスペェリアにそのような常識は通用しない。
魚眼レンズを通したように、セスペェリアの体が歪み、爆発札を避けるように液体生物の体が三日月の様な空洞を描いた。
トンネルを通る様に爆発札が明後日の方向に抜けてゆく。

だが、そのトンネルを通るのは爆発札だけではなかった。
漆黒の風が吹く。アサシンだ。

天敵である爆発札を避けるためにセスペェリアが開いた道をアサシンが一直線に駆け抜ける。
その先になにがあるのか気づき、セスペェリアが叫ぶ。

「―――――刻!」

時田刻。
アサシンの狙いは、セスペェリアが後方で守っていた時田刻までの道を切り開くこと。

一瞬で刻の元までたどり着いたアサシンはその背後に回り込む。
相手は百芸を極めた人類の最高峰である。ただの女子高生である刻に抵抗などできるはずもない。
刹那の間に身を固められると、首筋に指をあてがわれた。

「僕の爪は半端なナイフより斬れますのであしからず」

その言葉を証明する様に、アサシンが爪先が触れた刻の白い首筋に一筋の赤い滴が垂れる。
人質を取られセスペェリアは動きを止めると、抵抗の意がないことを示すように崩れていた人型を元に取り戻し両手を上げた。

「それでは物々交換ではなく人質交換と行きましょうか、せーのでナイフとこの子を互いの所に投げて交換しましょう」
「……あなたがちゃんと人質を解放してくれるという保証は?」
「プロとして取引で嘘をつくなんて事はしませんよ」
「それを信用しろと?」
「まあそれはお互い様という事で、その辺は信じてもらうしかないですよねぇ」

通常であればこんな怪しげな男の言葉など、信じることなど出来ない。
だが、セスペェリアの場合は違う。
彼女は人間の心を読む超能力を持っている。

この距離で読めるのは心の表層程度だが、少なくとも嘘はついていない。
ナイフを返せば刻を解放する意思があるのは真実だろう。

「いいわ、取引に応じましょう。ナイフは返す、だから刻を解放して」
「…………セスペェリアさん」

不安げに声を震わせる刻を安心させるように、セスペェリアは優しい笑みの表情を作る。

「OK。じゃあ321でお互い同時に解放しましょうか」

アサシンの言葉にセスペェリアを頷きを返す。
これも嘘ではない。疑う必要はないだろう。
セスペェリアは自らの体内からサバイバルナイフを取り出した。


373 : ジョーカーVSジョーカー? ◆H3bky6/SCY :2015/07/11(土) 20:26:12 iyawS0Sw0
「3……」
「2……」

『1……!』

カウントと同時に、セスペェリアがナイフを放り投げ、アサシンが刻の拘束を解いてセスペェリアに向かって背中を押し出した。
足をばたつかせながら、押し出された勢いのまま刻の体がセスペェリアの元に向かう。
そうして完全に刻がアサシンの手から解放されたことを確認して――セスペェリアがくぃと何かを引っ張るように腕を引いた。

セスペェリアとナイフを結ぶ直線がきらりと光る。
それは髪の毛一本の太さにも満たない水の糸。
その糸を魚を釣るような動きで自らの手元に引き寄せる。

プロは約束を守るだろうが、そんなことはプロではないセスペェリアの知った事ではなかった。
どういった効果を齎すものなのかは解明できなかったが、これほど執着するからには何か理由がある筈である。
その理由が分からぬうちに、危険な輩にむざむざと凶器を返していいはずがない。
リスクは徹底的に排除する。それがセスペェリアのやり方だ。

「ま、そう来ると思いましたよ」

空中で不自然な軌道をたどり自らの手元から遠ざかるナイフを見ながら、驚くほど冷静で平坦な声でアサシンが言った。
それとほぼ同時に、つんのめりながらも刻の体がセスペェリアの元までたどり着いた。
糸を引く手とは逆の腕でその体を受け止める。

そこで気づく。
押し出されたときに付けられたのか、刻の背中に一枚の札が張り付けられていた事に。
それがなんであるかに気付いた時には、全てが遅かった。

籠った爆発音が響いた。
時田刻の背中で紅蓮が爆ぜ、その余波を喰らい液体生物の表層が弾ける。
確かに刻を解放するとは言ったが、それ以外に何もしないとは一言も言っていない。

その隙に待ってましたとアサシンは走って飛ぶと、糸が千切れ空中に放り出されたナイフを奪取する。
そして物のついでの早業で、セスペェリアと抱き合うように倒れこむ刻の体をすれ違いざま切り裂いた。

「これで2ポイントゲット……で、いいのかな?」

依頼内容は妖刀無銘で参加者を切ることである。
液体生物相手には手ごたえはなかったが、切ったには切ったので良しとしておこう。
アサシンは重なり合って倒れこむ二人の横を通りすぎると、ロープウェイの上に飛び乗った。
出発のベルが鳴る。

「ではではお二人とも。お時間ですので、さようなら」

ガタンと一度大きく揺れると、天井にアサシンを乗せたロープウェイが動き始めた。
元よりアサシンも二十人斬りのペースを上げるべく、人の多そうな市街地を目指すためにここにやってきたのだ。
宙を渡る鉄の檻に運ばれながらアサシンは二人に軽く手を振りながら軽い調子で消えて行った。

【G-7 ロープウェイ天井/昼】
【アサシン】
[状態]:健康、疲労(小)、右腕負傷
[装備]:妖刀無銘
[道具]:基本支給品一式、爆発札×2、悪威
[思考]
基本行動方針:依頼を完遂する
1:市街地に行って次の獲物を探す
2:二十人斬ったら何をするかな…
3:魔王を警戒

※依頼を受けたものだと勘違いしています。
※あと16人斬ったらスペシャルな報酬が与えられます。

【爆発札】
爆発するお札。どこかに張り付けると起動する。
爆発の火力やタイミングは貼り付ける際に念じるだけで設定可能。
最大火力はダイナマイト一本と同等。

【悪威(アクイ)】
対規格外生物殲滅用兵装三号。襟元には『最高の善意には最高の悪意が必要だ』という文字が刺繍されている。
一号『悪刀(アクトウ)』二号『悪砲(アクホウ)』と共に森茂が本来の仕事を行う際に用いる三種の神器の一つ。
様々な特殊機能を持つ悪党商会における変幻自在にして最強の鎧。
だが本来の力を引き出すにはナノマシン認証による認定が必要で、それ以外の人間が来てもただの丈夫な運動着に過ぎない。


374 : ジョーカーVSジョーカー? ◆H3bky6/SCY :2015/07/11(土) 20:27:40 iyawS0Sw0

「刻! 刻! しっかりして刻!」
「……ぅ…………ぁ」

セスペェリアの呼びかけに返ってくるのは譫言のような言葉だけだった。
意識レベルが低下している、非常に危険な状態だ。

傷口を確認すれば、背中の肉が吹き飛び黒く焦げた中身が見えている。
放っておけば確実に死ぬ傷だが、かといってすぐさま死ぬほどではない。
正しく生かさず殺さず、絶妙な火加減だった。

簡易的な治療ならセスペェリアにも不可能ではない。
体成分を作り変えて、患部に流し込み同化させ治療を促進すれば延命にはなる。
だが、それだけでこの傷を完全に治せるかと言うと難しいだろう。

どうする。
時間遡行者というこれほど希少なサンプルをむざむざと失う訳にはいかない。
かといってこの場を乗り切る手段などない。
刻一刻と命の灯火は弱くなっていき時間がない、焦りが募る。

「……………………仕方ない」

そう、こうなっては仕方ない。
開き直って、この事態を逆に好機ととらえるべきだ。

彼女は持たない。
もう、これを決定事項として今後を考える。

どうせ持たないんだったら、彼女の命が尽きるまでの僅かな時間に成果を得るまでだ。

堂々と刻の体を好きなように解剖して調べ尽くす。
どうせなら実際時間逆行が行われる様だって観察したかった、不満は残るが仕方ない。
手を拱いて確率の低い延命に賭けて、何の成果も得られませんでしたとなるよりは幾分かましだろう。

いや、さすがに解剖はまずいか。
準備が整っていれば生かしたまま解剖も可能だろうが、急な事態だったので準備が整っていないのが非常に残念だ。

「ごっ…………がぁ………あっぷっ、あっ、ぱっ」

眠りを覚まさぬようにと気遣い極小の触手にとどめたあの時とは違い。
今度は憚ることなく腕程の太さの触手を少女の小さな口を押し広げるように無理やりねじ込む。
少女は閉じる事の出来なくなった口の端から涎を垂れ流しながら、虚ろな目を開いて手足を僅かにばたつかせた。

呼吸はできないだろうが、代わりに酸素濃度の高い液体で肺を満たし液体呼吸を行わせる、苦しいだろうがこれで死にはしない。
同時に背中の傷にも最低限の治療を施す。
調査と共に、出来る限りの延命処置も同時にやらなくちゃならないのがつらい所だ。

口腔から侵入した触手は脳へと繋がる薄い壁を破って脳に直接その手を這わせる。
絹ごし豆腐のような感触の脳を、壊さぬよう慎重に水の触手を溶かし脳髄を満たしていく。
そして触手の先に花びらの様な口を作り、脳細胞の一部を抽出して成分の解析を始めた。


375 : ジョーカーVSジョーカー? ◆H3bky6/SCY :2015/07/11(土) 20:29:25 iyawS0Sw0
.
.
.

解析完了。
解析の結果、彼女自身に異能はないという結果が出た。

それはおかしい。ループの原因はどうなる?
彼女自身ではなく、周囲の環境の問題だとでもいうのだろうか?
いや世界の変化が彼女の行動を基点としている時点でそれは否定される。
彼女の記憶から見て彼女が特異点であることは間違いない。
何かがあるはずだ。何かが。

さらに調査サンプルを増やすべく、再度脳を切り出し今度はDNA情報を解析。
遺伝子情報を遡り、彼女本人ではなくその祖先にまで検索範囲を拡大する。

.
.
.

解析完了。
通常と異なるパターンを検出。
パターンから特異点を精査し調査を行う。
検知された異常は数代前の先祖にまで遡る。

なるほど。
彼女自身ではなく、彼女を取り巻く因果を操る存在がいたという事か。
それが隔世遺伝のような形で発現した興味深い事案である。

だが、それよりも、時を操る超次元的存在の実在証明を得たのが何より大きい。
情報収集個体としてこの情報を得られた歓喜に震えている。
今すぐにでも母星へと通信を行い、この情報を知らせたい欲求に駆られるほどだ。

超次元的存在についての詳細を追求したいが、それに関しての情報をこのサンプルからこれ以上得るのは難しいだろう。
この個体を使って得られる情報はここまでだ。

完全ではないものの、一定の成果は得られた。
セスペェリアは賭けに勝利したと言ってもいい、
だが、調査を終了する前に、一つ疑問が残った。

要因が彼女本人なく、彼女の先祖にあったと言うのなら、何故彼女だったのか?
彼女の親兄弟ではなく先祖の誰かでもなく彼女だったのは何故か?
しかも彼女は16年間何事も起きずに過ごしていたにも関わらず、その因果が唐突に発生したのは何故?

情報収集個体としての知りたいと言う好奇心が疼く。
刻が眠っているうちに済ませた前回の調査ではループの初日までしか調べなかったが。
何故ループが始められたのかを調べるのならば、調査すべきはループの開始からではなくループの開始される前日だろう。
記憶を司る海馬へと触手を侵食させ、より深い記憶の海と潜ってゆく。
該当日時を詮索、564日前の記憶を発見。



何だ?
何か、おかしい。
見つけ出した記憶情報の中に、ささくれの様な、ともすれば見逃してしまいそうな小さな小さな違和感を発見した。

違和感を追求すべく、発見した該当情報を解析する。
解析結果は白。
解析結果が白であるのならば、何の問題もない。
だとしたら何が、何に引っ掛かりを覚えているのか。

あるとするならば、参照した情報集合体の知識に該当しない未知の何かである可能性。
だが、それならばその知識をもとに生み出されたセスペェリアの認識にもスルーされるはずである。
にもかかわらず、セスペェリアはこれを識っている。

どこだ?
どこで私はこれを識った?

そうだ、これは先ほど感じたナイフから流し込まれた異物と同じものだ。
そうでなければ気付く事すらできなかったほどの微細な何かに、既に弄られた跡がある?

背筋がチリつくような感覚を覚える。
これは怖気か。
そんな馬鹿な。
そのような感情を情報収集個体であるセスペェリアが抱くはずがない。


376 : ジョーカーVSジョーカー? ◆H3bky6/SCY :2015/07/11(土) 20:30:40 iyawS0Sw0
これはあの黒づくめの能力だろうか?
いや、あのナイフに拘っていた事から見て、あの男の力と言うよりナイフの力である可能性の方が高いだろう。
という事は、支給品である以上、主催者であるワールドオーダーが用意した代物の力であるという事だ。
あの男はいったい何をした?
その答えがこの記憶の中にあるのだろうか。

奥へ。
奥へ。
もっと奥へ。
直接脳にアクセスしているため、情報の精度は先ほどまでとは次元が違う。
追体験をするように彼女の記憶の奥底にある情報を再生する。

再生される何の変哲もない日常だった。
日々が螺旋に捕らわれる前の、彼女の何も変わらないような、それでいて確かに変わっていた日常。

少し寝坊した慌ただしい朝。
母親の用意した温かい朝食。
何時もの席で新聞を読む無口な父。
授業は退屈だったけれど学校での友達とのおしゃべりは楽しかった。
日が傾きかけた放課後、グラウンドからは運動部のけたたましい声が聞こえる。
彼女は日直の仕事を終え、より少し遅い帰り道を急いだ。

晩秋に差し掛った日の足は速く、いつもの帰り道は暗闇に染まっていた。
時間帯のせいかまったくと言っていいほど人影は見当たらない。
いつも人通りの多い道ではないが、完全なる静寂に不気味さを感じ、少女は点在する街頭の灯りから灯りへと早足で渡っていく。
その途中。

『――――――やぁ』

彼女は一人の男と出会って――――。

ブツンと。
そこで、強制的に電源を落としたパソコンの様に映像が途切れた。

何事かと思い、没頭していた意識を引き戻す。
見れば。苦しげな形相で顔を歪め、四肢をビクビクと痙攣させながら、時田刻が死んでいた。
どうやら、調査に夢中になり過ぎて延命措置が疎かになっていたようである。
まあどちらにせよ死んだだろうが、妙なタイミングで途切れてしまった。

ちゅるんと顎の外れた少女の口から唾液と薄茶色の脳症に塗れた触手を引き抜く。
調査すべき一定の成果は得たものの、妙な後腐れが残ってしまった。

「まあ、いいわ。それは直接調べればいい」

少なくとも時田刻から得られる情報は最大限に引き出せたはずだ。
これ以上は、奴に直接聞けばいい。
そう切り替え、絶望と苦しみの表情で死に絶えた、少女の死体を見る。

それよりも、今は減った体積の補充をするとしよう。
ちょうどいい補給源が目の前にある。
液体生物は全身を口の様に開き、食虫植物の様に少女の体を飲み込んだ。

【時田刻 死亡】

【セスペェリア】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、電気信号変換装置、地下通路マップ、ランダムアイテム0〜4、アイスピック
[思考・行動]
基本方針:ジョーカーとして振る舞う
1:次の調査対象を探す
2:ミリアたちはいずれ始末する
3:ワールドオーダーと話をする
※この殺し合いの二人目のジョーカーです


377 : ジョーカーVSジョーカー? ◆H3bky6/SCY :2015/07/11(土) 20:33:06 iyawS0Sw0
投下終了です


378 : ジョーカーVSジョーカー? ◆H3bky6/SCY :2015/07/12(日) 01:39:37 vDsopFlk0
セスペさんの現在位置が抜けてたので下記で

【F-7 ロープウェイ乗り場/昼】


379 : 名無しさん :2015/07/12(日) 12:07:17 cmSMfg8.O
投下乙
刻ちゃんここで落ちるか……
やっぱり一般人には厳しかったというか、置かれた状況が八方塞がり気味だったね
しかし宇宙人にもきちんとやりあえるアサシンさんはやっぱり強いな


380 : 名無しさん :2015/07/13(月) 13:18:11 eG5MeWYk0
ちょっとペースが早いんじゃないかな?と。
ただまあ刻ちゃんが落ちたことでセスペェリアさんが自由に動けるようになったし、今後に期待です。


381 : 名無しさん :2015/07/13(月) 13:35:14 DADfnhoE0
むしろもっとペース上げないと書き手一人でこの人数捌くのは無理なんじゃ


382 : 名無しさん :2015/07/14(火) 14:15:57 3AkvyK6g0
投下乙
刻ちゃんまさかのここで脱落、今まで大したことやってなかったのがいけなかったか
アサシンさん宇宙人相手にも戦えるとかメッチャ強いな
ワールドオーダーの大体こいつのせいっぷりは分かってきたけど中々その全ての黒幕っぷりが参加者に伝わらないな


383 : <削除> :<削除>
<削除>


384 : <削除> :<削除>
<削除>


385 : ◆VofC1oqIWI :2015/07/19(日) 21:57:40 8irRpOa20
ゲリラ投下します。


386 : ◆VofC1oqIWI :2015/07/19(日) 21:58:55 8irRpOa20
◇◇◇◇


2012年、年明けから一ヶ月ほど経った冬の日。
アメリカ合衆国テキサス州ヒューストン市。
都市部から少し離れた郊外、真夜中の路地裏にて。



「いい腕だな」



ゆっくりと『闇』が口を開く。
そこに佇んでいたのは闇夜の漆黒だった。
宵闇の影に紛れる様に立つ黒衣の男が、ゆらりとコートを靡かせながら立っていた。
彼の姿を見て『もう一人の男』は思った。

まるで、死神のようだと。

もう一人の男―――紳士風の装いをした男は、その場を動くことができなかった。
今すぐ此処から離れなければならない筈なのに、この『死神』の威圧感がそれを許さない。
有無を言わさず自分を留めさせるだけの殺気を身に纏っていた。
今ここで逃げ出せば、この男に殺されるだろう。
紳士風の男の胸にそんな確信があった。


「…お褒めに預かり光栄です」


暫くした後、紳士風の男が惚けたように呟く。
こんな状況でありながら礼儀正しく返答をしてしまう。
自分の肝が予想外な程に据わっていたのか、危機的状況で素っ頓狂な言動を取ってしまったのか。
それは当人にも解らなかった。


人間味を感じさせぬ黒衣の男とは対照的に、紳士風の男は整った出で立ちだ。
すらりとした長身の体格。
紳士然とした端正な顔立ち。
切り揃えられた金髪の髪。
フォーマルなスーツ。
その容姿は数多くの女性の目を奪い、虜にするであろう。


「お前がピーター・セヴェールか」


黒衣の男の問いかけに対し、紳士は無言の肯定をする。

紳士の名はピーター・セヴェール。
自称フリーランスのジャーナリスト。
二ヶ月前から仕事でヒューストンに滞在中。
―――――そういう体の“犯罪者”だ。


「“二ヶ月程前から”ヒューストンで5人の女が立て続けに失踪しているそうだ。
 未だに被害者の消息は掴めておらず、誘拐殺人等の可能性も考慮された。
 …尤も、警察はその証拠さえも掴めなかったそうだがな」


淡々と言葉を紡ぐ壮年の男に対し、ピーターはほんの僅かに眉間に皺を寄せる。
その心中に浮かぶのは警戒と焦燥。

そもそも、この男はいつから此処に現れた。
まさか付けられていたのか。
自分の注意を交い潜り、気配を殺して追跡してきたというのだろうか。

ピーターは冷静な表情の下で思案を繰り返す。
現状、一番の問題は何だ。
この男に“現場”を“見られてしまった”ということだろう。
生まれてこの方、犯行の足を掴まれることはなかった。
自慢ではないが自分でも確固たる自信はあった。
人間観察、証拠隠滅に関しては天才的な才能があると自負していた。
だが、まさかこの期に及んで目撃者を出してしまうとは。


「だが、そこである一人の男が事件の重要参考人として挙げられた」


突きつける様な男の発言。
それを耳にした後、ピーターは視線をゆっくりと下ろす。
足下に転がっていたのは『人間だったモノ』。
彼の『お楽しみ』の犠牲となった哀れな女性の成れの果て。
刃物によって首を掻き切られたソレは既に息をしていない。
ピーターによって殺された、ヒューストン市での6人目の犠牲者だ。


「お前は素人にしては優秀だった…だが、欲張り過ぎたな。
 執念深い当主を持つ良家の娘に手を出したことがお前の失敗だった」


良家の娘と聞き、ピーターはすぐに思い出した
ああ、4番目に殺したあの淑女のことか、と。
男の言うことは全て図星だった。
二ヶ月前からヒューストンで立て続けに発生した失踪事件は、このピーター・セヴェールによる犯行だったのだから。
自らの能力に慢心していたことが今回の結果を招いたのかもしれない。


387 : ◆VofC1oqIWI :2015/07/19(日) 22:00:24 8irRpOa20

ピーターは異性を虜にする色男だった。
それと同時に、生まれついての異常者だった。
何か切っ掛けがあった訳でもない。
何か強烈なトラウマや体験があった訳でもない。
ただ何となく“女性”に興味があった。
“女性の肉”に関心があったのだ。
誰に明かすことも無く、その想いをひた隠しにし続けていた。
だが、我慢出来なかった。
次第にその想いは膨れ上がり、彼は20歳の時にその欲望を初めて発散させた。
顔馴染みだった若い女性を誘惑し、人気のない場所に誘い込み、殺したのだ。


そして。
女性の肉を持ち帰り、喰った。
美味だった。血肉の味が口の中で撒き散らされた。
良く引き締まってて、噛み応えのある食感だった。


それ以来、彼は合衆国各地を転々としながら殺人を繰り返した。
証拠の隠蔽、死体の処理に関しては天才的な能力を持っていた。
故にこの7年間尻尾を掴まれることはなかった。
そう、この街で欲求を我慢出来ず良家の息女に手を出すまでは。

やれやれと溜め息を吐き、肩をがっくりと落とす。
どこか滑稽にも見え、諦め切った様な態度でピーターは言葉を吐き出す。

「はぁ、僕も年貢の収め時って奴ですかね。まさか現場を見られるとは」
「安心しろ、お前を警察に突き出したりはしない」

壮年の男の言葉にピーターは目を見開く。
警察に突き出さない?どういうことだ。


「お前はこちら側の人間だ」


壮年の男は、そう告げる。


「お前は人を殺すことでしか己を満たせない…そうだろう?
 喜べ。そんなお前が、有りの侭に生きられる世界がある」


人を殺すことでしか満たされぬ者が、有りの侭に生きられる世界。
馬鹿げている、とピーターは思った。
そんなものが存在するというのだろうか。
だが、ピーターは胸の内に僅かな期待のような感情が込み上げていることに気付く。
もしかしたら男の身に纏う空気に飲まれているだけなのかもしれない。
込み上げる期待も所詮は思い違いに過ぎないのかもしれない。
それでも、この男の話を聞く価値はあるのではないか。
只ならぬ雰囲気を身に纏う、この黒衣の死神の話を。



「“殺し屋”になる気はないか、ピーター・セヴェール」



殺し屋―――――サイパス・キルラが、手を差し伸べた。



◇◇◇◇


388 : ◆VofC1oqIWI :2015/07/19(日) 22:03:30 8irRpOa20
◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆



ふと、そんな昔話を思い出す。


I-7、町から外れた場所に存在する道路。
そこを進む二つの影。その片割れであるピーターは己の過去を追憶していた。

思えば、殺し屋になってから2年近く経つ。
初めは半信半疑だったが、今となってはサイパスに出会えて正解だったと断言出来る。
組織の殺し屋として安全かつ平穏に殺人を楽しめるようになったのだから。
少なくとも、たった一人で殺人を繰り返していた時は遥かにマシだ。
あの頃は標的の身元調査や証拠隠滅から何まで自分一人でやるしかなかった。
その上個人の能力には限界がある。少しでもボロを出してしまえばすぐ警察に目をつけられていただろう。
だからこそ組織は素晴らしい。
強大な群れの中に身を置いたことで自分は一種の安全を手に入れたのだ。

全く、何故こんな殺し合いに巻き込まれてしまったのだろうか。
折角手に入れた安全を台無しにされてしまった。

ピーターの胸に不快感が渦巻く。
殺し合いなんて、そういうのが好きな連中を勝手に殺し合わせればいいだろうに。
腕っ節も弱い。荒事にも慣れていない。そんな自分を何故わざわざこんな殺し合いに巻き込んだのか。
どっちにせよ、あの主催者はこちらの事情等お構いなしなのだろう。

(思えば、ものの数時間で色々とあったものだ)

組織の鬼札、ヴァイザーは余りにも呆気なく放送で死を告げられた。
ユージーを連れて逃げるように指示されたウィンセント――――鵜院千斗は行方知れず。
アザレアと『覆面さん』とやらはあの場を離脱し、同じく行方知れず。
超人になったユージーはあの邪神によって容易く殺された。
バラッドは別離し、たった一人で勝機の無い戦いに挑んだ。
角を生やした化物の女も――――――大方、あの邪神に殺されているか。
そして、あの邪神は今も市街地に君臨しているだろう。

よく自分がここまで生き延びられているものだと我ながら感心してしまう。
もしかすれば、最初にバラッドと出会えなければ自分はとうの昔に死んでいたかもしれない。
殺し屋でありながら義理堅く、サイパスに劣るとは言え戦力としても申し分無かった。
彼女がいたせいで面倒事に巻き込まれる羽目にもなったが、そういう意味では感謝するべきかもしれない。
尤も、あの邪神とやらに挑んだ彼女が生きているとは思えない。
まるで蚊を潰す様な容易さで人間を殺せる化物に挑んでしまったのだから。
結果として、ピーターは盾を失った。

(まあ、得られたものもありますが…)

ピーターはちらりと後方へと視線を向ける。
学生服を身に纏ったあどけない少女がのこのこと自分に着いてきている。
殺し屋・アザレアの皮を被った青年、佐藤道明だ。
彼は手を組んたピーターのことなど微塵も疑っていない様子だった。
怖じる素振りも見せず、剰え機嫌を良くしたような表情さえ浮かべている。

まさか本当に自分が同盟の主導権を握っているとでも思い込んでいるのだろうか。
あるいは自分が狡猾な人間であり、殺し屋でさえ利用できると錯覚しているのか。
ほんの少し煽てられただけであの態度とは、その愚かさに呆れてしまう。
尤も、引き蘢っていた人間の能力や知性など高が知れていたが。

女性を誘惑することに長ける殺し屋・ピーター。
彼は相手の表情や仕草、態度から人間性を読み取り、その者にとって好ましい態度を取ることに長ける。
戦闘能力こそ低いものの、人間観察能力という点では他の殺し屋よりも優れていた。
道明の性格をすぐに読み取り、信頼を勝ち取ることが出来たのもそれのおかげだ。
とはいえ異常者であるピーターは道徳性が大きく欠落している。
他者を切り捨てることに何ら疑問を抱くことが出来ない。
故に彼は第一階放送前にもバラッドと一悶着を起こしかけた。
今後は注意しなければならないと、ピーターが自戒していた最中――――


「おい、ピーター…前見ろ、前」


後ろで歩いていた道明がピーターに声を掛けてきた。


389 : ◆VofC1oqIWI :2015/07/19(日) 22:04:21 8irRpOa20
考え事をしていたせいで少し周囲への集中が欠けていたが、彼のおかげで『それ』に気付く。
彼が指差す方向へと目を向け、ピーターは三つの影を発見したのだ。

それは道を沿って向こう側から歩いてくる三人の参加者。
一人は武士の様な雰囲気を身に纏った若い男。
一人は長い黒髪が特徴的な麗しい女性。

そして、もう一人。
銀色の髪を持つ、メイド服の少女。

どうやら向こうもこちらの存在に気付いたらしい。
銀髪の少女は、明らかに自分達を警戒している。
ぽかんとした態度で銀髪の少女を見ていたピーター。
あの少女に対しどこか既視感を覚えていた彼は、あることを思い出した。


――――『組織の裏切り者』
――――『殺し屋、ルカ』
――――『現在の名は“亦紅”』
――――『その容姿は、』


「これはこれは…噂では聞いておりましたが、随分と可愛らしい姿になってしまったようで」


そうだ。あの少女は組織の手配書で見覚えがある。
組織の裏切者だ。つい最近になってようやく彼の――――彼女の容姿や住処に関する情報を掴んだという。
自らの記憶から少女の正体を確信したピーターは、ゆっくりと彼女らに歩み寄る。
そしてどこか親しげな様子で少女に話し掛けたのだ。


「お久しぶりです、ルカ」
「……ピーター・セヴェール、アザレア」


丁寧に会釈をするピーター。
対する少女―――――亦紅は、警戒した態度でそう呟いた。


390 : ◆VofC1oqIWI :2015/07/19(日) 22:05:14 8irRpOa20
◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆


亦紅は目の前の男を睨んでいた。
同行していた珠美と春奈の前に立ち、いつでも武器を取り出せる構えを取っていた。
亦紅の様子を見てか、後方の二人もまた警戒するように身構えている。

彼女ら三人は他の参加者との接触を果たすべく、南の市街地へと向かったのだ。
市街地となれば隠れ家となる施設も多い。
その上街自体が地図に記載されている目立ったエリアだ。
殺し合いに乗る意思のない参加者が潜んでいる可能性がある。
殺し合いに乗っている参加者もそれを狙って現れるかもしれないし、そういった者達も無力化する必要もある。
何にせよ市街地は確実に目立つ場所なのだ。人が集まる可能性は高いし、それらと接触する価値はある。
そう考えた亦紅の提案により、彼女らは南の市街地へと移動していたのだ。

その道中、街へと到着する直前に亦紅は思わぬ知り合いと遭遇してしまった。
組織の殺し屋、ピーター・セヴェール。
女性専門の暗殺者であり、女性の肉を喰らうことを好む生粋の異常者。
戦闘力は決して高くない。むしろ殺し屋達の中でも下位に位置するだろう。
それでも、相手は殺し屋であることに変わりない。
警戒しない訳がなかった。

「ええと、ざっと1年と数ヶ月でしたっけ?僕が組織に入ってから二、三ヶ月くらいでいなくなっちゃいましたよねぇ」
「馴れ馴れしく話し掛けないで下さい。思い出話に花を咲かせるつもりはありませんよ。
 それに……私は『亦紅』だ。貴方の知るルカはもう此処にはいない」

そう言いながら亦紅は眉間に僅かに皺を寄せ、先程のピーターの言葉を思い返す。
この顔を見てすぐにルカと呼んだのだ。
どうやら組織は既に『亦紅としての顔』を掴んでいるらしい。
サイパスが自分を裏切り者の殺し屋と見抜いていた時から疑念を抱いていたが、今確信に変わった。
殺し合いに巻き込まれる前の時点で追手が来ていなかった辺り、組織がその情報を掴んだのはつい最近かもしれないが――――――


「それに、アザレア――――――」
「あぁ、あと予め言っておきますが彼女はアザレアではないのです」


後ろに隠れるように立つ佐藤のことをピーターはあっさりとピーターはばらす。
それを聞き、少し驚いた様子で亦紅はアザレアの姿をした人物へと目を向けた。

確かに、その様子はどこかおかしい。
アザレアにしては態度が硬い。こちらを警戒している様子が見受けられる。
彼女ならばどんな相手を前にしても、まるで猫のように飄々とした態度を貫き通しているだろう。
それどころか、あの『アザレアらしき人物』はピーターの発言に対して動揺を見せている。

「彼女……いえ、彼は佐藤道明。この殺し合いに巻き込まれた参加者の一人。
 元々は男性だったのですが、ある事情からアザレアの姿に変装しているのです」

ピーターは亦紅に対し、大まかとはいえ道明の事情を平然と語る。
彼が本物のアザレアであると嘘を付く算段も考えていたが、すぐに却下した。
理由は簡単、道明にアザレアを演じ切るだけの能力はないと判断したからだ。
それにもし嘘をつけば、それがバレた際に間違い無く不信感を抱かれる。
そのまま彼女ら三人を敵に回してしまえば勝てる算段はない。
相手は自分と同じ殺し屋、駆け引きにおいて油断は出来ない。
飄々とした顔の下でそう考えていたのだ。

そして、道明を観察するすように見つめていた亦紅が口を開く。

「―――――佐藤くん、貴方は首輪を付けていないのですか」


391 : ◆VofC1oqIWI :2015/07/19(日) 22:05:59 8irRpOa20

冷や汗を流し、道明はちらりとピーターに視線を向ける。
どうやら亦紅らとの交渉を全てピーターに任せるつもりらしい。
今の目配せも「お前が何とかしろ」という意思の表れだ。
こき使われているようでやや不快に感じつつ、ピーターはある名を持ち出す。



「その件に関してなのですが、ミル博士という名に聞き覚えは?」



ぴくりと、亦紅の表情が一瞬だけ動く。
亦紅のあどけない顔に僅かながら浮かんだのは動揺。
何故その名を知っている。
まさか、博士のことまで奴らは探っているのか。
動揺を何とか押し殺そうとするも、ピーターはニヤッと口元に笑みを浮かべていた。


「おや、その様子だとお知り合いのようですねルカ?
 それどころか僕にその名を知られて動揺するほどの人物のようだ。
 恐らく、それなりに親しい御方なのでしょう?」
「……だから、何だって言うんですか」


たった一瞬の素振りで、見抜かれた。
それに気付き、不快げな態度を見せながら亦紅は言う。
対するピーターは飄々とした様子のまま話を切り出した。



「何、ちょっとした取引をしたいんですよ。
 単刀直入に言いますが――――――ルカ、私達と組みましょうよ」


392 : ◆VofC1oqIWI :2015/07/19(日) 22:06:52 8irRpOa20

「…貴方と、手を組む?」
「僕はミル博士に興味があります。一度お会いしたいと考えている。
 そして、貴方にとっても何かしら価値のある人物なのでしょう?
 貴方と共にいれば、博士との交渉が円滑に進む可能性は一気に増す」

眉間に皺を寄せる亦紅。
そんな彼の様子を気にすることも無くピーターは淡々とそう述べる。

彼は首輪解除の手段として、ミル博士との接触を視野に入れていた。
その為に本当に彼の技術で首輪を解除出来るのか試すべく、道明を禁止エリアに放り込む予定だった。
だが、亦紅と出会ったことで新たな選択肢が生まれた。
彼と同行し、その庇護を受けながら生き延びるという道だ。
そうなれば道明を禁止エリアに放り込む機会を失うことにはなるが、確実な戦力を得られるというメリットは大きい。
それに、ミル博士と親しい仲にあると見られる亦紅を介すれば彼との交渉が円滑に進むかもしれない。
そうして協力関係を結べれば万々歳だ。
例え道明を使わずとも死体等を使って首輪の実験が出来る可能性もある。
死者の首輪が正常に動作するという保障は無く、出来れば生者の首輪をサンプルに使うのがベストである。
それでもルカという戦力の獲得、ミル博士との円滑な接触という二つのメリットは道明を犠牲にすることよりも美味しいと言えるだろう。

そのままピーターは更に話を続ける。

「さて、先程貴方も指摘していましたが…佐藤道明くんは首輪を付けていない。
 これは彼に支給された皮製造機によるものだそうです。
 アザレアとしての皮を被った結果、元々身に付けていた首輪が無くなっていたと」

そして、説明書によればその製造者が『ミル博士』であると。
表面上は冷静を装いつつも、亦紅は心中でその話に驚く。
亦紅は彼の語る話を信用していた。

理由は単純だ。
彼――――彼女もまた皮製造機の使用者だったのだから。

この亦紅としての少女の肉体はミル博士が発明した皮製造機によって得たものだ。
故に亦紅は信じざるを得ない。
自らが生き証人として皮製造機の存在を証明してしまっているのだから。

「だからこそ、博士なら首輪を解除出来ると目をつけたと?」
「ま、そういうことです。貴方にとっても悪い話ではないと思うのですが」

そう語るピーターに対し、亦紅の心中には先程と変わらぬ不信感が込み上げる。
この男が博士を捜す為に自分を利用するつもりなのは明白だ。
はっきり言って、このピーターのことは信用出来ない。
狡猾で得体が知れず、腹の内が読めない――――組織にいた頃からそう感じていた男だ。
だからこそ亦紅は彼の要求に対して無言を貫く。


「あぁ、そういえばこちらも交換条件を提示しておくべきでしたね。
 組織に貴方から手を引くように交渉をする…というのは如何でしょう?
 僕からサイパスに直接頼み込めば助かる可能性はあるかもしれませんよ。
 その為にもサイパスとの協力をお願いしたい。彼は裏切りを許さない人間ですが、話の通じない人間ではない。
 敵に回せば厄介であっても、味方になれば彼ほど心強い男はいないでしょうよ」


そんな亦紅の態度を察してか、ピーターが『交換条件』を持ち出す。
饒舌に彼が語り出したのはサイパスとの交渉という条件。
自分が亦紅と協力関係を結ぶ代わりに、亦紅の生活の安全を保障させるというものだ。
ピーターには自分がサイパスから気に入られているという自負がある。
現に彼はヴァイザーのような鬼札、サミュエルのような幹部を除きサイパスに対する発言力を持つ数少ない殺し屋なのだ。
そんな自分ならサイパスに対し交渉し、亦紅を自由にしてもらうように頼み込む。いわばそういう話だ。
そして、その為のサイパスとの共闘。
彼ほどの実力者と手を組めれば心強いだけでなく、亦紅がサイパスと共闘することで恩を売ることも出来る。
ピーターの言う通り、サイパスは裏切りを許さない―――――だが、話の通じぬ男ではないのだ。
そう考えたが故の条件だった。


393 : ◆VofC1oqIWI :2015/07/19(日) 22:07:43 8irRpOa20


「そして技術者であるミル博士を捜し出せば、我々が首輪を解除できる可能性も一気に増す」
「博士を捜すことくらい、私達で――――――」
「ミル博士を探すという点では確かにそちらの方々と一緒でも行えるでしょう。
 しかし、組織の重鎮との交渉や和解は貴方達だけでは出来ない」


ニヤリと不敵な笑みを浮かべて、ピーターは言い放った。

亦紅は無言でピーターを見つめる。
確かに、彼の言う通りだ。
組織の重鎮との交渉等、自分達では行える筈がない。
彼らは初めから自分を裏切者として看做しているのだから。
亦紅側から彼らに和解を申し込むことなど逆立ちをしても不可能だろう。

ピーターの言う通りなのだ。
彼のような組織側からの使者がいなければ、組織との交渉は成り立たない。

彼の条件を飲めば組織の追手と戦う必要も無くなるかもしれない。
それどころか組織と本当の意味で縁を切れるかもしれない。
成る程、確かに魅力的だ。
安全を得られるという意味では、何よりも素敵である。



「それでも…」



だが。
それでも、彼女は。



「私は、『貴方達』と手を組むつもりはない」


亦紅は、きっぱりと言い放った。
ピーターと手を組んだ所で博士の安全が保障されるとは言い切れない。
それに、彼の様な生粋の殺し屋の手を借りるつもりはない。
闇の世界の住人と手を組んで得られる平穏など不要だ。
自分は組織と戦うと決めたのだから。
共に戦ってきた『仲間』達と共に、ハッピーエンドを目指すと決めたのだから。


394 : ◆VofC1oqIWI :2015/07/19(日) 22:08:29 8irRpOa20
おや、と意外そうな反応をするピーター。
亦紅を説得するべく、何か言おうとしたが。


「お前は『組織』の人間のようだが、生憎お前達の知るルカは此処にはいない。
 此処に居るのは、俺達の仲間―――――――亦紅だ」
「そういうこった。怪我したくねえんだったらとっとと消えな、ピーターとやら」


亦紅の後方で黙って見守っていた二人組が口を開いた。
現代最強の剣術家、遠山春菜。
JGEOのヒーロー、火輪珠美。
殺し屋の様な裏社会の住人とは違う、日向の世界で戦う人間達。
この地獄の様な殺し合いで絆を結んだ、亦紅にとって掛け替えの無い仲間達。
彼らはピーターを牽制するように言い放ったのだ。
それを聞き、ピーターは肩をわざとらしく落とす素振りを見せる。

「それは残念です――――が、まぁミル博士と遭遇した時は貴方のことを伝えておきますよ。
 あぁ、危害を加えるつもりはないのでご安心を」
「…加えた場合には、覚悟して下さいね」

釘を刺す様な亦紅の言葉もどこか戯けた様子で受け流し、ピーターはゆっくりとその場から歩き出す。
それに追従するように道明も歩き始める。
交渉の見込みがないと判断し、この場から去るつもりらしい。
そうして亦紅らの傍を通り過ぎようとした瞬間。


「街へ向かうおつもりですか?あぁ、僕は止めるつもりはありませんよ」
「あの街で、何があったのですか」
「『邪神』がいたとでも言っておきましょうか」


不敵な笑みを浮かべながら、ピーターは亦紅らと擦れ違っていった。


395 : ◆VofC1oqIWI :2015/07/19(日) 22:09:08 8irRpOa20
◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆


「いいのかよ。あいつ知り合いだったみたいだけど、強かったんだろ」
「あぁ、まあいいんですよ。あの様子ならどうせ交渉の余地もありませんでしたし」

道中を歩く中、道明の問いに対しピーターはあっさりとそう答える。
ピーターはルカとの交渉が決裂したことを少し口惜しくは思うが、然程悲観はしない。
偶々見つけた一つの機会を失っただけだ。ならば当初の予定通りに事を進めるだけである。

「まぁ、彼らが勝手に市街地に突っ込んでくれればそれで万々歳でしょう。
 僕達を攻撃しなかったことから察するに、彼らは殺し合いをする意思を持たない連中だ。
 それも義侠心の強い人種。なら適当に危険人物とぶつけ合わせ、消耗を狙わせておけばいい」

彼らの態度や様子から察するに、亦紅達は正義感かそれに近しい類いの方針で行動をしている。
恐らくこの殺し合いを打破する為に動いている参加者だ。
少なくとも、三人で徒党を組んで自分達を攻撃しなかった時点で彼らはシロだろう。
故に適当な情報を与え、彼らを消耗させておけばいい。

バラッドは死んでいる。確実だろう。あれほどまで圧倒的な力を持つ邪神に立ち向かって生きている筈がない。
あの市街地に今も君臨し続けているのは間違い無くあの邪神だ。
殺し合いを勝ち残るにせよ脱出するにせよ、奴は間違い無く障害となる。
故に邪神を始末することを視野に入れたのだ。
亦紅らを邪神にぶつければ、ほんの少しくらいは消耗する―――――かもしれない。
命と引き換えに手傷を負わせてくれれば最も良いのだが。
とにもかく、邪神といえど参加者だ。決して不死身ではないだろう。
他の誰かが攻略のヒントを手に入れるか、傷を負わせるか、それだけでもしてくれれば十分だ。

とはいえ、邪神以外にも危険要素は存在する。
亦紅らが自分を警戒し続け、何らかの手を打ってくる可能性は否定出来ない。寧ろ多いに有り得る。
もしも彼らが自分に対しての対処を考えているとすれば―――――その時は、自分も身の振り方を考えなければ。
ピーターはそう考えた。


(はてさて…これからどうなることやら。
 とにかく、今は禁止エリアに向かうとしましょうか)


【I-7 南西・町外れ/昼】
【ピーター・セヴェール】
[状態]:頬に切り傷、全身に殴られた痕、疲労(小)
[装備]:MK16
[道具]:基本支給品一式、MK16の予備弾薬複数、ランダムアイテム0〜1(確認済み)、麻生時音の死体
[思考・行動]
基本方針:女性を食べたい(食欲的な意味で)。手段は未定だが、とにかく生き残る。
1:道明を禁止エリアに放り込む
2:麻生時音(名前は知らない)の死体を早く食べたい。
3:生き残る為には『組織』の仲間を利用することも厭わない。
4:ミル博士との接触等で首輪解除の方法を探る。とはいえ余り期待はしていない。
5:出来れば邪神を始末したい。その為に亦紅達をぶつけたい。
6:亦紅達に警戒。
※バラッドの死は確実であると考えています。

【佐藤道明】
状態:ダメージ(大)、疲労(大)、肩に傷、アザレアの肉体、首輪が見えない、体中に汚れ
装備:焼け焦げたモーニングスター、リモコン爆弾+起爆スイッチ、桜中の制服
道具:基本支給品一式、SAAの予備弾薬30発、皮製造機の残骸とマニュアル本、『組織』構成員リスト、ランダムアイテム0〜2
[思考・状況]
基本思考:このデスゲームで勝ち残る
1:ピーターを利用する。
2:一刻も早くオデットのいる市街地近辺から逃げる
3:ミルを探し、変化した身体についての情報を拷問してでも聞き出す


396 : ◆VofC1oqIWI :2015/07/19(日) 22:09:56 8irRpOa20

《――――まずは宇宙人を探せ》
《そして機人を、悪党を、怪人を、魔王を、邪神を乗り越えろ。
 僕の前に立つのはそれからかな。その時はちゃんと相手をしてあげるよ。
 まあ段階を飛ばす裏技もあるけど、あまりお勧めはしないかな? きっと碌な事にならないから》


あの男、ワールドオーダーはそう言っていた。
奴と戦う為にはその六人を乗り越える必要があるという。
彼らは主催の差し金なのか。あるいは何らかの意味を持たせされた参加者に過ぎないのか。
ピーターがこの場から去った後、亦紅はその話を持ち出した。
ワールドオーダーが口にしていた『邪神』という単語をピーターも言っていたからだ。

「ワールドオーダーが言っていたあの言葉、どう思いますか」
「…あたしは信じるぜ」
「何故そう思う、珠美」

確信を持った様な珠美に対し、春奈が問いかける。

「あいつはその気になりゃ明らかにあたし達を殺せた。
 あたし達の攻撃に完璧に対処できるだけの実力をあいつは持っていた。
 なのにあいつは敢えてあたし達を見逃した」

ワールドオーダーの能力は圧倒的だった。
直に戦った三人ならばそれを理解出来る。
彼の力に対し心が屈した訳ではない。『理性で』そう判断出来たのだ。
その気になれば、あの場で自分達を無力化することも可能だっただろう。
だが、ワールドオーダーはそれをせずに自分達を見逃した。

「単に参加者同士の殺し合いを望んでいる、っていうのもあるかもしれねぇが…どうにもそれだけには思えない。
 そもそも殺し合いを望んでいるのなら、主催への反抗を狙っている参加者は徹底的に排除すべきだ」
「だが奴は俺達を見逃し、剰え自分に立ち向かう為のヒントを与えてきた…という訳か」
「つまり、奴は『参加者による主催への反抗』さえも望んでいるのですか?」
「そういうこった。そう思ったからこそ、あいつのヒントは嘘じゃねえって思ったのさ」

珠美の推測に対し、二人は納得する。
あの男の態度から察するに有り得る話だろう。
奴はこの殺し合いを完遂させたがっているが、同時に殺し合いの反抗さえも望んでいる。
敢えて言うのならば、殺し合いの中で参加者がどう動くか――――それ自体を楽しんでいるのかもしれない。
だからこそ殺し合うことも主催への反抗も肯定しているのではないか。

「あのピーターって野郎は邪神に会ったそうだが、信用出来ると思うか?」
「…少なくとも、あの場で急に嘘を言い出すとも思えません。
 彼は信用出来ない男ですが、意味のない見え透いた嘘を付くとも考えられない」

主催者の考察をした後、珠美は亦紅にそう問いかける。
ピーター・セヴェールは狡猾な男だ。
しかし、だからこそあの場であんな唐突な嘘をつくとは思えない。
もしかすれば彼は本当に邪神と遭遇したのかもしれない。
亦紅はそう考えたのだ。

「どちらにせよ現状の目的地は市街地だ、向かう他ないだろう。
 その『邪神』とやらが主催打倒の手掛かりとなるのならば、尚更だ」
「ああ。もしそいつが敵だとしたら、ぶっ飛ばしてやるだけさ」
「ええ、そうしたい所ですが――――――――」

亦紅が間を伸ばし、言う。


「ピーター・セヴェール。彼をどうしますか」


亦紅の言葉を聞き、春奈と珠美は無言で彼女の方を向いた。
自分達の現状の目的は市街地だ。
対主催の方針を掲げる参加者との接触を果たす為にも。
ミル博士を探す為にも。
そして、『邪神』と接触する為にも。
向かう価値はある。だが、此処に来てもう一つの懸念が生まれた。
ピーター・セヴェールの存在だ。
奴は仮にも殺し屋、生き残る為ならどんな手段だろうと使うだろう。
もしかすれば、他者に危害を加える可能性も否定は出来ない。

博士に危害を加えないという約束も――――彼が必ず守るとは断言できない。

その上彼は同行者を連れていた。
あの佐藤道明がピーターの協力者ならば尚更無視は出来ないし、彼が人質に当たる存在ならば放っておくことも出来ない。
ピーターが単なる義侠心で彼を庇護しているとは考えにくい。十中八九何らかの目的がある。


まだ距離は然程離れていないはずのピーターを追うか。
それとも邪神や他の参加者を捜すべく街へと向かうか。
あるいは此処で誰かがピーターを追跡し、残りのメンバーで街へと向かうか。
三人が選んだ答えは――――


397 : ◆VofC1oqIWI :2015/07/19(日) 22:10:35 8irRpOa20

【I-7 南西・町外れ/昼】
【亦紅】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ、マインゴーシュ、風切、適当な量の丸太
[道具]:基本支給品一式、銀の食器セット
[思考・行動]
基本方針:ワールドオーダーを倒し、幸福な物語(ハッピーエンド)を目指す
1:南の街へと向かうか、ピーターを追跡するか。
2:博士を探す
3:サイパスら殺し屋組織を打破して過去の因縁と決着をつける
4:首輪を解除するための道具を探す。ただし本格的な解析は博士に頼みたい
5:ピーターへの警戒心
※少しだけ花火を生み出すことが出来るようになりました

【遠山春奈】
[状態]:手首にダメージ(中)
[装備]:霞切
[道具]:基本支給品一式、ニンニク(10/10)、壱与の式神(残り1回)
[思考・行動]
基本方針:現代最強の剣術家として、未来を切り拓く
1:南の街へと向かうか、ピーターを追跡するか。
2:現代最強の剣術家であり続けたい
3:亦紅を保護する
4:サイパス、主催者とはいつか決着をつけ、借りを返す
5:亦紅の人探しに協力する
※亦紅が元男だということを未だに信じていません

【火輪珠美】
状態:ダメージ(中)全身火傷(小)能力消耗(中)
装備:なし
道具:基本支給品一式、ヒーロー雑誌、禁断の同人誌、適当な量の丸太
[思考・行動]
基本方針:祭りを愉しみつつ、亦紅の成長を見届ける
1:南の街へと向かうか、ピーターを追跡するか。
2:亦紅、遠山春奈としばらく一緒に行動。
3:祭りに乗っている強い参加者と戦いを愉しむ
4:祭りに乗っていない参加者なら協力してもいい
5:会場にいるほうの主催者をいつかぶっ倒す
※りんご飴をヒーローに勧誘していました
※亦紅に与えた能力が完全に開花する条件は珠美が死ぬことです


398 : 名無しさん :2015/07/19(日) 22:11:28 8irRpOa20
投下終了です。
タイトルはTalking Headで。


399 : 名無しさん :2015/07/19(日) 22:22:44 8irRpOa20
すみません、現在位置を誤っていました。
正しくはどちらも「J-7」で。


400 : ◆VofC1oqIWI :2015/07/20(月) 00:54:12 3yFTO5dk0
wiki収録ありがとうございます。
一部分に加筆と修正を加えさせて頂きました。


401 : 名無しさん :2015/07/23(木) 20:49:47 F1EqTKX20
乙です。

凄いですね。さすがです。


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405 : 名無しさん :2015/07/24(金) 00:21:19 JVCkFEUI0
勝手に追加キャラとか認められるわけないだろ


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408 : ◆H3bky6/SCY :2015/07/24(金) 23:09:39 2FiSGaCg0
投下します


409 : three pillars of stability ◆H3bky6/SCY :2015/07/24(金) 23:13:11 2FiSGaCg0
「もしもーし。あ、ワールド? ちょっとちょっと聞いてないよぉ」

コンクリートで打ち付けられた幾つものビルと飲食店が立ち並ぶビジネス街の一角。
もしこの場に日常があったとしたならば、ビジネスマンが忙しく取引先に連絡を取っているだろう風景である。
そんな中に、およそ日常に溶け込まぬであろう強面の大男が、道沿いから死角になるような建物の影で気配を潜めていた。

強面の男、森茂は携帯電話を片手にそう不満げな声を漏らす。
電話先にいるのは主催者であるワールドオーダーだろう、森は彼の依頼によりオデットの足止めと言う任を負っていた。

「強すぎだって、試しに1時間ほど粘ってみたけどさ。無理無理、年寄りにはキツイわこりゃ」

軽くそう言ってのけるが、試しで粘れる時間でも、ましてや相手でもないだろう。
事実、その言葉の軽さとは裏腹に彼らの通り道には夥しいまでの破壊の跡が残されていた。

疎らな背丈をしたビル群は等しく平らに均され、どこにでもあるようなビジネス街の風景は既に見通しの良い更地と化しており。
その度に森が隠れ蓑となる建物が残っている場所に戦場を移してはオデットが破壊するという、はた迷惑な整地作業を繰り返していた。

現在は追っ手を撒いたのか、いくらか建造部が残っている地区の一角に隠れて小休止しているようである。
もっとも、追手の方はまるで諦めていないようで、しらみつぶしに探しているのか少し離れたビルがまた一つ崩れる音が響き、粉塵の混じった突風が辺りに吹き付けた。

「でさぁ。悪刀や悪砲はともかく、せめて悪威くらい返してくれないかな? じゃないとマジで死んじゃうってこれ」

そんな断絶的な破壊が背後にまで迫る状況にもかかわらず、森は平然とした態度で通話を続ける。
森が求めるのは『三種の神器』の返却。
悪党商会の技術の粋を結集して生み出した三つの最強装備であり、その三本の矢が揃えば森茂は事実上無敵である。

「そう言うなよワールド。いいじゃんか、必要経費でしょーその辺?」

渋い返答を返されながらも、食えない態度で食らいつく。
しかしながら声の先で受け答える相手もまた同じく食えない狸である。
交渉は一筋縄ではいかないだろう。

「その前に経過報告? 報告って言われてもねぇ、戦ってみた感想? うーんそうだなぁ」

逆に促される形となり、森茂が頭を掻いた。
とはいえ依頼主からの催促とあらば応えぬわけにもいかないので、しぶしぶながらも森はこれに応じる。

「ま、殺気を読むってのは本当だね。回避性能はホントずば抜けてるよ。
 あの手この手で仕掛けてみたけど、もうぜーんぜん当たんないでやんの」

この一時間ほどオデット相手に戦い続けたが、結局、森茂をもってしても一撃すら当てることが出来なかった。
戦闘に使用されたS&WM29の予備弾丸は打ち尽くされ、残るはシリンダーに込められた弾丸のみである。
森はお手上げとばかりに片手を振った、電話先の相手にはそんな動作は見えていないだろうが。

「もし当てるとしたら? そうだなぁ……点や線じゃまず無理だね、あれを捕えるならせめて面でないと」

電話先の声に問われ、思考する。
点の攻撃である銃撃や突き、線の攻撃である斬撃や打撃ではオデットを捕えるのは難しい。
オデットに攻撃を当てるならば、最低でも三次元的な面の攻撃でなければ厳しいだろう。
そして、それを実現するにはそれ相応の装備が必要となる。

「ああ、あとさぁ。あの魔法ってのも次から次へとぶっ放してきて面倒だね。底を突く様子もないし。
 ねえワールド。一つ聞きたいんだけど、あれって無尽蔵なわけ?」

魔法とは本来、魔力という対価を払い神の奇跡を再現する簡易的な儀式だ。
故に、必然的に魔力が底をつけば魔法を放つことはできなくなる。

だが神の属性を得たオデットは違う。
神の奇跡の再現に魔力など必要ない。
魔法は神の行動に伴う現象である。

「へぇ。なるほど、そりゃ厄介だねぇ」

底なしとなると、持久戦に持ち込めば何とかなるなとどいう甘い考えは通じそうにない。
もちろん体力ならばそのうち尽きるだろうが、瞬間移動を駆使する相手に体力勝負を挑むのも無謀だろう。
かくいう森茂も息切れ一つ起こしていないのだが、この次元の戦いで持久戦ともなると三日三晩で終わる話ではないので現実的ではない。


410 : three pillars of stability ◆H3bky6/SCY :2015/07/24(金) 23:16:34 2FiSGaCg0
「弱点? そうだねぇ。まぁ弱点って程じゃないけど、特性は見えてきたかな」

その言葉に、電話の先からへぇと感嘆の息が聞こえた。
その反応に大した内容じゃないからそう期待しないでよ、と前置きして森は語り始める。

「確かに防御はもの凄いけど、その反面攻撃の方は正直そうでもないね。
 まず命中精度が並みだ。まあちゃんと狙って打ってはできてるし一流レベルではあるんだろうけど、その程度だね」

オデットは確かにヴァイザーの殺気を読むという特性を引き継ぎ相手の動きを先読みしている。
それは確かにスゴイが、それだけだ。
殺気を読むという特性は、こちらが防御に徹している限り攻撃には生かされず、意味をなさない。

恐らくこれまでヴァイザーは、敵の攻撃を躱してカウンターで弾丸を脳天にブチ込むという戦法でその特性を生かして来たのだろう。
森から言わせれば、それは才能に胡坐をかいた戦い方である。
通常であれば、常人を相手にする殺し屋稼業であればそれで十分なのだろうが、この領域の戦いではその程度ではダメだ。

「あとは攻撃力も思ったよりも大したことがないね。もちろん人一人くらいなら簡単に殺れちゃうんだろうけど」

ズズンと、すぐ近くではまた一つビルの切り崩される音がした。
鉄筋コンクリートで打ち付けられたビルを崩壊させる、その攻撃力はどう見積もっても低いとは言えないだろう。
だが、小さなビルひとつ破壊するのに数発を必要としているようでは、マイクロブラックホールで都市を一撃で消滅させた邪神とは比べるべくもない。

神の属性を得たとはいえ、発現できる魔法はオデットの能力に準ずる。
世界を破壊するあの邪神の様な規格外の現象を引き起こすことは出来ない。
森からしてみればその領域を想像していただけに少し拍子抜けだ。

「とまあ、いろいろ荒い点はあるが、けど実際強いよ。俺に任せたってのは正解だったね。
 この手の相手にゃ氷山リクはともかく、短気なリュウ辺りだとコロっとやられちゃいそうだ」

そもそもあの二人が主催者からの依頼を引き受けるかどうかは別にして、正面からの真っ向勝負ではあの二人でも厳しい相手だろう。
実力的に論外な奴らは除外するにしても性格面を含めてオデットとやり合えそうなのは森の知る限りでは理恵子くらいのモノである。

「それで、そろそろ報告もこの辺にして、こっちの話に戻りたいんだけど」

森が報告を打ち切り、話を引き戻す。
外では断続的な破壊音が近づいてきている。
平然とした森の態度からはそうは感じられないが、余り余裕はなさそうだ。

「えー。もう他の参加者に支給しちゃった? 誰に? それは言えない?
 じゃあ、ヒント。ヒントでいいからちょうだいよ、いいじゃない、ちゃんと働いてるでしょ?」

しつこく食い下がる森に、電話先の相手は仕方ないと溜息を付くと、不承不承ながらに答えを返した。

「……へぇ。いくつかは近くにあるって。ま、それだけ聞ければいいか。
 おっと、そろそろ辺りの建物もなくなってきた頃合いだ。見つかりそうだから切るよ、じゃあね」

そう言って相手の返事も待たず通話を切る。
そして携帯電話を荷物の中に放り込むと、森は建物の影から勢いよく飛び出した。
同時に、それまで森が隠れていた建造物が音を立てて崩壊する。

遮蔽物が消え、視界が開ける
森の目の間に広がるのは瓦礫の海。
一際大きく積み重なった瓦礫の山の頂点には、その成果を誇るようにこの光景を生み出した存在が佇んでいた。

「よぅ。隠れんぼはお終いかぁ?」

美女と呼んでいい程に整った顔が邪悪を固めたような笑顔を象った。
それに対し、森は軽い調子で受け答える。


411 : three pillars of stability ◆H3bky6/SCY :2015/07/24(金) 23:18:09 2FiSGaCg0
「ああそうだね。お蔭様で少しだけ情報を得られたよ」

それは三種の神器の情報だけではない。
実際に話す口実を得て、いろいろと知れたことがある。

まず本当に通話が届くのかと言う疑念。
そして通話先にいるのが〝どちらの”ワールドオーダーなのかという点だ。
こちらの状況をどの程度把握しているのかという確認することにより監視状況がどの程度のものなのかも推し量れた。
これに関しては向こうも森の意図を把握した上で説明を求めた可能性も高いので、相手が相手だけに一概には言えないが。

「それじゃあお礼に少し、遊びますか」

そう言って森が取り出したのは一本のベルトだった。
これまでの拳銃一つで立ち向かってきた相手が初めて見せる装備にオデットが目を見張る。
森は踊るように回転し、その遠心力を使って腰元にベルトを装着した。

[Authentication Ready... ]

漆黒が瞬く。
森の体に闇光が凝縮していき、物質として形を成す。

[Transform Completion]

現れ象られたのは漆黒の騎士。
偽ヒーロー量産計画のために生み出された漆黒のシルバースレイヤー。通称『チープシルバースレイヤー』
チープと名付けたモノの、開発者としてはスペックは真に迫るところまで届いたと自負している。

にも拘らず、偽ヒーロー量産計画が失敗した理由はいくつかあるが、その一つに担い手の練度不足が上げられるだろう。
シルバースレイヤーの戦い方はシルバーコアから生み出されたシルバーエネルギーを必要に応じてその都度攻防に割り振る必要があるため、高い判断力と戦闘センスが要求される。
それを数で補うのが量産型のコンセプトなのだが、やはり一般戦闘員では扱いきれなかったのか、大半は十把一絡げの雑魚となってしまった。

だが、現在の使用者は悪党商会の社長である森茂である。
氷山リクに合わせて作られたシルバースレイヤーの特性が合う合わないはあるだろうが、それを補って余りある程の戦士としての実力があった。
そして何より、設計者として『チープシルバースレイヤー』の特性を知り尽くしていると言うアドバンテージがある。

森は仮面の下で不敵な笑みを浮かべながら、手慣れた手つきで腰元のベルトを操作する。
その動きに応え、ベルトが機械音を返す。

[Full Charge Eternal]

漆黒の戦士の全身に周囲の光を飲み込むような黒い輝きが満ちた。
必要な瞬間に必要な個所にエネルギーを充填するのではなく、常に全身にエネルギーを行き渡らせその状態を維持する。
本家シルバースレイヤーで同じことをすれば、シルバーエネルギーの高負荷に特殊合金ですら耐え切れず暴発してしまうだろう。
だが、チープシルバースレイヤーは劣化版であるが故に、高エネルギー問題をクリアできる。

チープシルバースレイヤー・フルカウル。
これが設計者のみが知る本家にもできない裏ワザである。

「それじゃあ隠れんぼの次は鬼ごっこと行こうか」

バシュっと、もはや踏込の音とは思えぬ異音と共にチープシルバースレイヤーの体が掻き消える。
地面を蹴る足だけではなく、それを支える体幹全てが強化されたフルカウル状態の移動速度は音速に至るだろう。
だが、人間は音速では動けない。
単純にそれだけの速度を出すだけの筋力がないというだけの問題ではなく、音速を超えた際に生み出されるソニックブームに体が耐えられないからである。

そして、その問題もこのフルカウルはクリアできる。
全身を覆う漆黒のエネルギーは攻防一体であり、生み出されたソニックブームの無効化が可能だ。

故にその速度は真実、音を超える。
音速を超えた大質量の突撃は、触れるだけであらゆるものを破壊するだろう。

だが、殺気感知による先読みと瞬間移動に回避がある限り、どれだけ早かろうとオデットを捉えることはできない。
オデットは突撃が届くよりも速く、どころか森が動き出そうとした瞬間に既に先んじて動いていた。


412 : three pillars of stability ◆H3bky6/SCY :2015/07/24(金) 23:20:02 2FiSGaCg0
オデットが左に軽くスッテプを踏むと、その体が大きく転移される。
初撃は避けた。
だが次の瞬間、押しつぶす程の殺気がオデットの全身を貫く。
森の追撃だろう、それすらも感じ取ったオデットは本能に刻まれたレベルの反射速度で次の回避行動をとった。
オデットの体が転送され、その場から掻き消える。

そうして次の位置へと転移完了した瞬間。

「つっかまえ――――」

オデットがその喉元を掴まれた。
首に突き抜けるようなものすごい衝撃が奔る。

「――――た、っと」

そして衝撃に送れて声が届く。
物凄い圧力で喉を締め上げられながら、オデットの体が吊り上げられた。

「実の所、さ。君を捉えるのなんて結構簡単なんだよね」

ハッタリでも驕りでもなく、漆黒の騎士は平然とそう言ってのけた。
おそらく、この言葉を吐けるのは世界で森茂ただ一人だろう。

「何が起きたって顔してるね。ま、物凄く簡単に言うと君の動きを先読みしたのさ。
 神の力っていう新しい玩具を手に入れて使って見たくなるっ気持ちは分からないでもないが、少しはしゃぎ過ぎたね」

オデットはその力を森茂に対して見せ過ぎた。
一時間も戦ってれば仕草の癖や動きの前兆くらいはだいたい把握できる。
例えば、空間転移はオデットの移動するという動作を昇華したものだ。
だから、こうして宙に吊り上げ地面を蹴らさせなければ空間転移で逃げられることもない。

そして森が行った行動は非常にシンプルだ。
突撃して、相手の動きを読んでそこに向かって何度か切り替えしただけ。
ただそれを、尋常ではない精度と速度で行っただけの話。

視線を読み、心理を把握し、転移位置を正確に予測した。
後は初手で相手に余裕を無くさせ、二手目で誘導し、三手目で仕留める。
その全ての行動を音速を超える速さで行えば、反応する暇など与えることはない。

「経験値が足りないよ。格上との戦闘経験が。
 ただ来る殺意を読むだけの君なんかじゃ、怖くない」

反射と言えば聞こえはいいが、森から言わせればただの考えなしである。
初手を躱されるのなら二の矢を。
二の矢を躱されるのならその先を。
そこまで先を考えての戦闘だろう。
それは格下との戦いでは身に付かない、戦闘の技術だ。

「なぁ…………ヴェ……」
「ん?」

締め上げられたオデットの喉元から嗚咽のような息が漏れる。

「なぁ……めェ……る、な…………ッ!」

文字通り血を吐くような気迫でオデットが吠えた。
同時にオデットが振り子のように、吊り上げられた首を支店に体を振るう。
通常、首を締め上げられた状態でそのような行いをすれば、より首に負荷がかかるだけの愚行にしかならない。

だが、オデットの挙動は魔法となる。
振り上げた足より不可視の風の刃が生まれ、刃は首を締め上げる森の腕を両断せんと迫った。


413 : three pillars of stability ◆H3bky6/SCY :2015/07/24(金) 23:21:34 2FiSGaCg0
「おっと」

断ち切られぬよう、森が咄嗟に手を放し距離を取った。
攻防一帯のフルカウル状態ならばその程度の攻撃を受けても良かったのだが、生憎と輝きの光度が落ちている。
フルカウルは全身に常時エネルギーを維持しているため、必然的にそのエネルギーの必要量も尋常ではない。
万全の状態でも持って1分。遠山たちとの戦闘の消耗分も考えれば、じきに完全にガス欠だ。

体内のシルバーコアからエネルギーを生み出すシルバースレイヤーと違い、チープシルバースレイヤーはベルト内の内蔵エネルギーのみの使い捨てである。
交換式にするという設計プランもあったが、その場合エネルギー転送部の直結処理が難しくなるため出力が落ちてしまうため却下した。
つまり、このベルトは終わり。
もう先ほどと同じ芸当はどうあがいてもできない。
ならばどうするか。

森はベルトに内蔵されているエンジンコアをフル回転させたまま、強制的にベルトを取り外した。
そうして起動を続ける変身ベルトを宙に放り投げると、取り出したS&WM29でむき出しにしておいたコアを正確に打ち抜く。
エンジンを回転させたまま、衝撃を受けたコアが崩壊する。
変身ベルトは最期に残ったエネルギーを一気に放出する様に大きな爆発を起こした。

黒い閃光にそれが染まる。
だが、単純な攻撃に対して、オデットはとにかく強い。
この爆破に対してオデットは瞬時に転移し、効果範囲から逃れた。

だが、逃れていたのはオデットだけではなかった。
爆炎が消えた先、そこからは森茂の姿も影も形もなく消えていた。

「ま、こんな所か」

戦場から少し離れた場所で森茂が一息ついた。
恐らく、あれだけ挑発すれば、しばらくオデットは躍起になって森を探すだろう。
オデットが森に執着して追ってくるのならば、これ以上オデットに参加者を喰わせないというワールドオーダーとの契約も果たせる。

「……ちょっと無茶しすぎたかな」

音速移動の負担は装甲が無効化したとしても、その内部はぐちゃぐちゃだ。
骨や内臓が所々イカれてる。
まあ、無痛症であるため特に痛くもないのだが、痛みと言う危険視号がないためその辺は必要以上に気にかけておかないといけない。

オデットは強敵だった。
これ以上余計な要素が加わればどうなるかとうワールドオーダーの懸念は正しいだろう。

森も殺せるなら殺そうと思っていたのだが、実の所、あのまま喉笛を握りつぶそうとしたのだか単純に失敗した。
そもそも音速で首を掴んだ時点で、普通なら胴と首など派手にお別れしているはずである。

奴は見かけ以上に頑丈だ。
殺しきるには悪砲クラスの武器が必要だろう。
契約は時間稼ぎだが、準備をしておくに越したことはない。

ワールドオーダーからの情報によれば、三種の神器のいくつかがこの市街地の近くにあるという話である。
いくつかという事は最低どもふたつ、もしかしたら三つともこの市街地にあるかもしれないという事だ。

「さて、宝さがしとしゃれ込みますか」

前述のとおり悪砲があれば奴を殺しきれるだろうし。
悪刀があれば奴を捉えきることも不可能ではない。
悪威があればまず殺されることはないだろう。
オデットに追われながらになるだろうが、三種の神器を探すとしよう。

【I-7 市街地跡/昼】
【森茂】
[状態]:ダメージ(大)、疲労(中)
[装備]:S&WM29(5/6)
[道具]:基本支給品一式、携帯電話
[思考・行動]
基本方針:参加者を全滅させて優勝を狙う。
0:オデットから逃げつつ近くにあるという『三種の神器』を探す
1:交渉できるマーダーとは交渉する。交渉できないマーダーなら戦うが、できるだけ生かして済ませたい。
2:殺し合いに乗っていない相手はできるだけ殺す。相手が大人数か、強力な戦力を抱えているなら無害な相手を装う
3:悪党商会の駒は利用する
4:ユキは殺す
※無痛無汗症です。痛みも感じず、汗もかきません


414 : three pillars of stability ◆H3bky6/SCY :2015/07/24(金) 23:23:52 2FiSGaCg0




取り残されたオデットはその場から動けずにいた。
それはダメージによるものではない。
彼女の内部ではドロドロとした意識がぶつかり合い、その在り方が揺らぎ始めた。

オデットはこれまで幾多の人間を、そして人外を喰らってきた。
そしてその脳を喰らう事で意識すらも取り込み、その結果、多重人格めいた現象を引き起こす結果となっている。

今現在までに脳まで喰らったのは実はそれほど多くはない。
死を反復し、よくわからない絶望と怨嗟を垂れ流すBGMと化している詩仁恵莉は別として。
オデットの中に存在する意識は、元の人格であるオデットを含めれば3人。

だが、通常はこのようなことは起こりえない。
命を喰らうという事は存在そのものを取り込むという事である。
まれにその意識が流れ込むという事もあるだろうが、主人格という強力な楔がある以上それを乗っ取るなどという事ができるはずもない。

それを引き起こしたのは、主人格であるオデットが死の奔流に耐え切れず衰弱したというのと。
ヴァイザーが最強であり、この人格が一番この体をうまく使えるという事実に基づいた生存本能によるものである。

だが、森茂との一件で、その事実が揺らいだ。
ヴァイザーのやり方では、この先勝てない事が判明した。

この一時の揺らぎ。
これはオデットが人格の主導権を取り戻すチャンスではあるのだが。
彼女は魔族であるにもかかわらず心が優しく、そして弱すぎた。
彼女には恵莉が垂れ流す死の奔流に耐え切るだけの強さがなかったのだ。

いかにヴァイザーの自意識が揺らごうとも。
主導権を握るには恵莉が垂れ流す怨嗟の海を平然と泳ぎ切る精神力が必要である。

そして、オデットが存在としてより高みを目指すのならば足りてない要素を埋めなくてはならない。
そう、己よりも強い相手に無謀にも挑み続け、敗北を積み重ねてきたような、そんな最後のピースが必要だった。

オデットの中で奥底に追いやられていた3人目の人格が僅かに蠢いた。

全ての条件を満たす最後のピースは既にその中に存在しているのかもしれない。

【I-7 市街地跡/昼】
【オデット】
状態:首にダメージ。神格化。人喰いの呪い発動
装備:なし
道具:リヴェイラの首輪
[思考・状況]
基本思考:気ままに嬲る壊す喰う殺す
0:表に出る人格を決定する
1:森を追って殺す
2:バラッドと機会があれば殺し合う
※ヴァイザーの名前を知りません。
※ヴァイザー、詩仁恵莉、茜ヶ久保一、スケアクロウ、尾関夏実、リヴェイラを捕食しました。

※H-7〜I-7にかけて建造物が破壊された廃墟になってます


415 : three pillars of stability ◆H3bky6/SCY :2015/07/24(金) 23:24:03 2FiSGaCg0
投下終了です


416 : ◆H3bky6/SCY :2015/08/05(水) 23:38:32 YQW8.lPM0
投下します


417 : 田外さん家の鴉天狗 ◆H3bky6/SCY :2015/08/05(水) 23:40:06 YQW8.lPM0
上杉愛が田外の家に仕え始めたのは、戦国の時代からの事である。

妖怪とは世間に伝聞する伝承や、自然に対する経緯や畏怖より生まれる存在であり。
土地やその出自によっては神としても扱われることもある存在であるとされている。
そのため、その在り方は人々の心、世に蔓延する気に強い影響を受けるのであった。
人の世が治まればまた妖も治まり、人の世が乱れればまた妖も乱れる。それが自然の摂理である。

烏天狗とは治安の悪化した世において、山賊や盗賊に人々が抱いた畏れから生み出されたものだ。
不用意に荒野に出れば鴉の顔をした天狗に襲われるという戒めと共に鴉天狗は存在している。

今の穏健な愛の姿を知る者なら信じられないだろうが、その存在由来の通り、愛もまた乱世に湧き出た人を襲う一匹の妖怪だった。
深く険しいお山に潜み、深夜山道に迷い込んだ人間へと襲いかかる。
そんな生活を繰り返して、400年ほど在ってきた。

彼女はそれが悪い事だとは思わなかったし、その在り方を疑うことすらなかった。
何せ、妖怪とはそう在れと望まれて生まれた存在である。
周囲の天狗たちもそうであったし、疑問を持つ方が珍しい。
何よりそう言う時代だった。

世は戦国。
誰もが覇を争い、兵どもが夢の跡を遺すそんな時代。
村々は戦火に燃え、数多の命は塵芥の如く散ってゆく。
それは表の世界のみならず、歴史に残らぬ裏の世界にも影響を及ぼしていた。
人間の欲望は尽きず、何時しか人間たちの広げた戦火は彼女たち鴉天狗の縄張りにまで達しようとしてるのだった。

領地を侵されたことに対する鴉天狗たちの反応は様々だ。
猛るものがいた、憤るものがいた、愉しむものがいた。
様々なものがいたが、所詮は妖魔。血の気の多い連中の集まりである。
誰一人として人間との交戦を止めるものはいなかった。

そして彼女もまた、その一匹である。
烏天狗どもは挙る様に縄張りの近くで合戦を始めた人間どもに向かっていく。
不用意に妖魔の領域に踏み込めばどうなるのかを思い知らせるために。

だが、不用意なのはどちらだったのか。
自由に空を飛びまわる天空の支配者の動きを人間如きが捉えられるはずがない、という慢心もあったのだろう。
空を舞う烏天狗の群れは、弓隊の放つ一斉射撃に晒され、その殆どが射ち落とされた。
そして愛もまた、その羽を弓矢に射られ、成す術もなく空から堕ちたのだった。

不覚を取った者から死んでいく、そんな時代だ。
薄れゆく意識の中で自らの未熟を呪い、彼女もまたその定めに従おうとしていた。

だが、彼女は一命を取り留めた。
愛を助けだしたのは、天敵であった陰陽師であった。
陰陽師は空から雑木林に堕ち今にも力尽きようとしてていた愛を偶然発見して、自らの屋敷に運び手厚く看護を行ったのである。

意識を取り戻した愛に陰陽師は田外と名乗った。
その当主であるという少年は、400歳を超える愛の目から見れば、いやそうでなくとも当主と呼ぶには若すぎるように見える。
聞けば、先の戦で母を亡くし、父は凶悪な妖魔を対峙した際に傷を負い死んだのだと言う。
そのため、この年端もいかぬ少年が跡を継ぐこととなったという事らしい。


418 : 田外さん家の鴉天狗 ◆H3bky6/SCY :2015/08/05(水) 23:41:24 YQW8.lPM0
そんな状況であるためか、田外の家は陰陽師と言っても吹けば飛ぶほどの落ちこぼれの一族だった。
こんな少年が当主をやっていればそうだろうな、と愛は思ったが。
療養を続け、少年と奇妙な交流を重ねるうち、そうではないと気付く。

少年は霊能力者としての才覚が無いわけではなかった。
むしろ愛の目には筋の良い少年であるように見えたくらいである。
ただ、本来打ち滅ぼすべき敵である妖怪ですら助けてしまうその優しさが、陰陽師としては致命的だった。
滅さずに事態を解決する方法を模索してると聞いたときは流石に呆れた。
天敵ながら、もったいないなとそう思ってしまった。

そうして少年と過ごすうち、彼女はいろいろな事を学んだ。
今まで知らなかった事、知ろうともしなかった事、人の事、世間の事、そして彼の事を知る。
それだけで彼女の世界は大きく広がるようだった。

そんな蜜月は愛の傷が全快することで終わりを告げた。
それ惜しんだ愛は恩を返すためと理由をつけて、傷が癒えた後も田外の家に居付くようになり、いつしか陰陽師の仕事を手伝うようになる。

妖魔が式神として陰陽師に酷使されるというのは珍しいことではない。
だが、式として呪符に封じられることもなく、愛の様に自らの意思で陰陽師と対等な関係で付き従うなどという事例は聞いた事がなかった。
それほどの愛のような妖怪は珍しかったのだ。

数年の後、愛の力添えもあってか、霊能力者として田外の名はそれなりに上がった。
頼りなさ気だった少年はいつしか、愛と肩を並べて歩けるほどの逞しい青年となっていた。

そうして名を上げた甲斐あってか、ある日、青年に良家との縁談話が舞い込んできた。
霊家としての家柄も良く、何より少女は女の愛の目から見ても淑やかで愛らしかった。
少女に一目ぼれし二つ返事でこの話を受けようとする青年を愛に止める権利などなく。
翌月には青年は妻を娶り、ささやかな祝言が上げられた。

青年はこれまで自分を姉のように見守ってくれた愛に感謝を述べ、愛も祝福を送りながらも、複雑な気持ちは拭えなかった。
愛がこれから先も身を固めた青年の側にいるには理由が必要だった。

そうして彼女は田外に忠義を捧げた。
それから400年の長きに渡り、彼女は田外の一族を守護し見守りつづけてきた。
田外の家に惜しみない愛を捧げ、そして彼の儲けた子にまたその愛を繋いだ。
その長きの時を経る間に田外家は国内有数の名家と呼ばれるまでに成長していた。
その裏に愛の献身と助力があった事は疑いようのない事実である。

愛は多くの子たちを見た。愛くるしい子がいた。無骨な子がいた。聡い子がいた。愚かな子がいた。才覚溢れる子がいた。無能な子がいた。
様々な子がいたが、それもみな等しく彼女にとっては愛しい稚児である。
みな平等に愛し、平等に慈しんできた。

彼女は、田外の守護者として永遠に田外の子を見守り続けるだろう。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


419 : 田外さん家の鴉天狗 ◆H3bky6/SCY :2015/08/05(水) 23:42:27 YQW8.lPM0
あるいは海に潮が満ちるように。
あるいは砂時計が砂が落ちるように。
あるいはページが進むたび物語は終わりへと近づくように。
どれほど祈りを捧げようともその流れを堰き止めることは叶わず。
少しずつ、だが確実にその時は近づいていた。

誰もいない草原を、手を繋ぎながら歩く二人。
多くの祈りが叶うことなく失われたこの地獄で、奇跡的に再会を果たした田外勇二と上杉愛の二人である。

家族同然の気心知れた相手だと言うのにどこか気まずい空気が漂っているのを互いに感じていた。
話したいことがあったはずなのに、口を開けば決定的な何かが崩れてしまいそうで互いにうまく言葉を紡げず。
ただ、つないだ手から伝わる体温と鼓動が、相手が確かに生きているという事実を伝えていた。

ごく当たり前のその事実が、どういう訳か互いの心をざわつかせる。
その内に渦巻く違和感は、もはや無視できる段階を超えていた。

愛は己の変化に気付いていた。
この場に降り立ってすぐ自身の不調に気付いたように、妖とは己の変化には敏い存在である。

翼の不調は恐らくこの世界の異質な空気のせいだろう。
だが、この胸のざわめきの原因がつかめない。

何かがおかしいのは分るのに、何がおかしいのかが分からない。
小骨が喉につっかえたような引っ掛かり。
ただ己が内側からよくわからない何かに塗り替えられる感覚があった。

それは勇二も同じである。
己の中から力がわき出るような感覚があった。
6年の人生で味わったことのない万能感。
ともすればこの小さな体には収まりきらぬのではないかという力の衝動は、どこかむず痒さすら感じさせる。
この力を振るってみたい、この溢れる力の捌け口を求め辺りを見渡せど、目に映るのはすぐ隣にいる同行者のみである。

見つめる瞳が潤む。
ただ歩いているだけだと言うのに吐息は熱を帯びる。
喉の奥が渇き唾を飲もうとしたが、乾いて張り付いた喉では上手くいかなかった。
訳も分からず、勇二は泣き出す寸前だった。

あってはならいと、思うほど無意識に衝動が脳裏をよぎる。
それは奥底から湧き上がる衝動であり、禁忌であるが故に抗い難い。

「…………愛お姉さん」
「…………勇二ちゃん」

足が止まり互いに瞳を見つめ合う。
繋いだ手が痛い程に握られ、勇二は聖剣を持った逆手を強く握りしめた。
踏み込めば、戻れぬ領域まで来た二人は、堪え切れずあと一歩踏み込もうとしたところで。


420 : 田外さん家の鴉天狗 ◆H3bky6/SCY :2015/08/05(水) 23:42:49 YQW8.lPM0
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

天地を揺るがすような咆哮に間を引き裂かれた。

突然の轟音に思わず二人は手を放し、反射的に声の方に視線を向けた。
そこに遠く見えるのは、天を突くような巨大な人外の影。正気を失った邪龍の姿であった。

醜くも暴れる邪龍は人を襲いかねない悪である。
悪しき存在は滅ぼさねばならぬ。
勇者として邪悪を狩らねばならなかった。

「だから、――――」

あの邪龍は放っておけば勇二を襲いかねない危険物である。
脅威は取り除かねばならぬ。
田外家の守護者として侵略者は排除せねばならなかった。

「だから、――――」

ぶつける事も出来ず、無意識に抑圧された欲求は押さえつけられたバネの様に跳ね回り。
はけ口を見出して歓喜する様に勇二と愛は駆けだした。
二人の意思と声、そして殺意が重なった。


『――――――――殺さなくっちゃ!』


先陣を切るのは勇二だ。
勇者とは勇気を掲げ戦況を切り開く者。
勇者である勇二が先頭に立つのは当然の事と言えた。

小さな体躯で全身を使って聖剣を振り上げ斬りかかる。
背後から狙うは無防備な首筋である。
だが振り下ろされた刃は固い龍鱗に阻まれ、衝撃が跳ね返り逆に切りかかった勇二の体が宙に浮いた。

勇二はその体に神の域に達する霊力を秘めいている。
恐らく資質だけなら、この聖剣を手にした歴代勇者の中でも随一だろう。
だが、如何に高い資質を持ち身体能力に補助を受けようとも、叩き斬る事を主とした西洋剣である聖剣を扱うには子供である勇二の体は軽すぎる。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

突然の襲撃に龍が吠え、その咆哮に空気が振えた。
怒りに燃える邪龍は勢いよく振り返ると、弾き飛ばされ宙に浮いた勇二の体めがけ巨大な凶爪を振う。
勇二の体を両断せんと言う一撃。
だがその一撃が振り切られる前にミロの体が地面へと転がり、爪が標的を捉える事なく空を切った。
空中に浮いた勇二の体がふわりと何者かに受け止められる。

「大丈夫、勇二ちゃん!?」
「うん! ありがとう愛お姉さん!」

それは後詰に動いた愛の柔術によるものだ。
体格差を物ともせず、巨大な黒翼を駆使してミロの巨大な足元を掬い上げて地面へと転がした。
天狗式柔術とは対人間ではなく対人外を想定した外法の業である、体格差など物の数ではない。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

ミロが悲鳴のような声を上げた。
地面に叩き付けられたダメージなど殆どないが、それ以前に、これまでに蓄積されたダメージが大きすぎる。
右目を失い、起き上がろうと付いた右手は指が欠け、その喪失感に怒りと悲しみで頭が沸騰しそうになる。
爆発する感情を糧に、ミロがその両足に力を籠め、勢いよく身を起こした。


421 : 田外さん家の鴉天狗 ◆H3bky6/SCY :2015/08/05(水) 23:43:19 YQW8.lPM0
「今度は私が先行します、勇二ちゃんは援護を!」
「わかった!」

勇二を地面におろした愛の背に片翼が彼女の身長の倍はあろうと言う黒翼が広がる。
そして、くの字に折れた両翼で風を一掻きすると愛の体がロケットの様に真上に浮き上がった。
そのまま天空から滑り落ち、地面スレスレを目にも止まらぬ速度で滑空する愛。
龍はこれを迎え撃つように吠え、高速で迫る天狗へとめがけ両腕を振り上げる。

だが、その動きが白く輝く光の糸に拘束された。
勇二の援護である。
か細いながら龍族巨大な腕を繋ぎ止めるだけの強度を持つ糸。
術の修業を行っていない勇二がこれほどの呪術行使ができたのには理由がある。

田外の血筋はとりわけ拘束術に長けた一族である、そして勇者となった者には特権として神聖魔法が解禁される。
この二つの要素を勇二の才が合わせ、構成したのがこの光の糸である。

動きの止まったミロに向かって一直線に愛が迫る。
だが、このまま強固な龍鱗という鎧を持つ超重量のミロに真正面から衝突すれば、愛の方もただでは済まない。
それを理解している愛は衝突の直前、翼をはためかせ滑空の軌道を変えた。
そして巨体の側面を霞めるようにすれ違うと、その動きに伴って幾重ものカマイタチが生み出される。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

轟くような龍の絶叫。
その風刃は強固を誇る鱗ではなく内側の柔肉を的確に切り裂いていく。
だが、その程度の小技では、痛みは与えられても強靭な生命力を誇る龍族を仕留めるには至らない。

むしろミロの中の怒りをより引き立たせるだけである。
怒り。感情の爆発は魔力を司る精神へ影響を与える。

ミロの怒りを示すように魔法により火炎が生み出された。
炎はミロ自身の身を焼きながら纏わりついた光の糸を焼き尽くす。

自ら負傷を厭わぬその行動は覚悟の表れか。
それとも、もはやそれだけの事を判断する理性もないのか。

ミロの残された右の瞳が暗い輝きを帯びる。
今、ミロの心を支配するのは突然襲い掛かってきた魔族を従えた小さなニンゲンに対する恐怖と怒りであった。

ミロの心に黒い炎が灯る。
こちらを排除すると言うのなら来るがいい。
然れど心せよ、ニンゲンよ。
果たして排除されるのがどちらなのか、その結末を知るがいい。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

この場にいる全員が全員、後退のネジが外れていた。
発狂したようにミロが猛り、狂乱した勢いで勇者に向かい肉薄する。
勇者は構えた聖剣でこれを真正面から迎え撃ち、勢いよく通り過ぎた愛は空中でUターンを行い勇二へと迫るミロを背後から追撃した。

生半可な攻撃ではダメージを与えられぬと悟った愛は、今度は速度を調整して足からの突撃を行う。
高みより流星の如く降り注ぐ愛の蹴りに対して、前後から挟み撃たれたミロに逃げ場はない。
だが、後頭部に直撃するはずだったその一撃はしかし、何も捉える事なく空を切った。

「なっ!?」

愛が捉えたそれは幻影だった。
先ほどミロによって生み出された魔法は炎だけではなかった。
同時に、揺らめく陽炎に紛らせ幻影魔法を完成させていたのである。
だが、激昂した理性などない状態でそのような的確な判断が出来るのもなのか。

これまでミロは王宮で蝶よ花よと育てられ、戦闘訓練など行ったことがない。
ひたすら油絵やママゴトといった趣味に興じる、甘やかされた生活を送っていた。
そんなミロだったが、生命の極限にまで追い詰められたことにより、龍王の血がその闘争本能を目覚めさせたのだ。
龍族の歴史とは戦いの歴史だ。その頂点たる龍王の血。侮れるものではない。


422 : 田外さん家の鴉天狗 ◆H3bky6/SCY :2015/08/05(水) 23:43:59 YQW8.lPM0
愛の攻撃を振り切り勇二の眼前に達したミロ。
小柄な小学生と巨大な龍という体格差に怯むことなく、勇二は前へと踏み込み聖剣を振るう。
先の教訓と愛の動きから、今度は龍鱗を避け内関節の可動部を狙い刃を突き立て全力で振り抜いた。
青い血が舞い、ミロの肘から泣き別れた左前腕が飛ぶ。
勇二はこの一瞬の間にも勇者として成長している。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

だがそれでも龍王の子は止まらなかった。
もはや痛みすら麻痺しているのか、左腕の損傷を気にせず、指の欠けた右腕を何も厭わず思い切り振りきる。
踏み込み過ぎた勇二は身を躱すこともできず直撃を受け、その小さな体が大きく吹き飛んだ。

「勇二ちゃん!? よくも………ッ!」

衝突で自壊せぬようなどという配慮は、勇二が吹き飛ばされた瞬間に頭の中から吹き飛んだ。
頭に血を上らせた愛がミロへと飛び掛かる。
空を駆ける愛は、今度は決して外さぬよう、眼前で両腕をクロスさせて顔面から敵へと特攻した。

砲弾と化した愛の体が、巨龍の鳩尾を抉るように突き刺さる。
突き上げるようなその勢いに、ミロの巨体が僅かに地面より浮いた。
その衝撃は内臓にも至ったのか、青い血反吐がミロの口から吐き出される。

「ッ!」

真正面からぶつかった愛も当然無事では済まない。
盾にした両腕が軋み、前に出していた右前腕骨が折れた。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

愛が痛みに動きを止めた一瞬。
体勢を立て直そうともせず血反吐をまき散らせままのミロが、自分の胸元にめり込んだ愛の両翼をまとめて根元から捕んだ。
そしてそのまま雑巾でも振るうように愛の体を乱暴に振り回し、何のためらいもなく地面へと叩きつけた。

だが、残された右腕の指が欠けていたのが災いした。
地面に叩きつけられるはずだった愛の体は、すっぽ抜けるように明後日の方向へと飛んで行く。

「愛お姉さん!!!」

愛が吹き飛ばされていくその光景を見て、勇二が目を見開く。
先ほど龍の一撃を受けたはずのその体に傷は見られない。
それは懐に入れていた守護符の効果である。
攻撃の圧力に守護符は一瞬で裂け破壊されたけれど、それでも最後まで役目をはたして勇二を護ってくれた。

「よぉくもぉぉぉおお!!」

怒りに燃える勇者が両腕で刃を担ぐと、聖剣が白い灼熱を帯びた。
勇二は神域に届く霊力を秘めた勇者である。そして力の使い方は聖剣が教えてくれる。
歴代の勇者が憑依したように、勇二が光の剣を振り上げた。

聖剣の放つ熱量に周囲の風が逃げるように彼方へと吹き飛んでゆく。
聖剣から放たれた白光が周囲を照らし上げる。

「死んじゃええええええええええええ!!!」

絶叫と共に振り下ろされた聖剣の刃先から、一直線に光の線が奔った。
白い聖光の奔流が邪龍を打ち滅ぼさんと世界を染め上げる。

周囲を一変させる光に対するは、龍王の血を引く魔龍である。
迎え撃つミロのワニ口が大きく開かれ、その喉奥から黒い光が漏れだした。


423 : 田外さん家の鴉天狗 ◆H3bky6/SCY :2015/08/05(水) 23:44:32 YQW8.lPM0
龍族は魔族の中でも特に強い力を持つ種族であり、彼らは魔王ですら容易に手が出せない独立区域に強力な結界を張りひっそりと隠れ住んでいた。
鱗の色により龍族は大まかに七つの種別に別れ、それぞれに異なる特徴を持っている。
例えば赤龍族ならば鋼をも熔かす強力な火袋を持ち。黒龍族は龍族の中でも最も固い鱗と爪を持っていた。

そしてミロが持つ鱗の色は蒼。
その蒼龍族の特徴は、その強力な魔力にある。
強力な魔力を持つとされる龍族の中でも更に傑出した魔力。それが蒼龍族の最大の武器であった。

ミロが魔法を得意としているのもそのためだ。
だが、ミロは魔道の深淵を操るにはまだ幼く未熟すぎた。
実際これまでの戦いで見せたように、ミロが扱える攻撃魔法は最大でも中位魔法までである。
その内に秘めた龍王の魔力がどれほどの物だったとしても、それを魔法として発現する方法をミロはまだ知らない。

だとすると一つ疑問が落ちる。
それでは先の戦いでクリスとカウレスに放った、あの強力な闇魔法は何だったのか?
ミロがあれ程の魔法を習得していない以上、答えは簡単だ。

あれは魔法ではない。
あの闇は、魔法ではなく魔力である。

規格外の膨大な魔力量にモノを言わせた単純な魔力の放出。
膨大な魔力をそのまま膨大な魔力として叩きつけたのだ。
魔力とは精神に依るものである。
あの闇は、今の黒に堕ちたミロの精神を表していた。

周囲の空間が歪むように収束する。
これまでため込んだ憤怒と憎悪を解き放つように、ミロの口から世界を穿つ黒い極光が直走った。
龍王の吐息(ドラゴンブレス)が敵を消滅させんと躍動する。

白い聖光の奔流を迎え撃つは黒い魔力の奔流。
周囲を染め上げる白と黒が互いを否定し合うように衝突をした。

互角に見えたその押し合いはしかし、徐々にその形勢を変えつつあった。
黒が白を押し返し始めたのである。

殆ど万全の状態で、聖剣と言う最高のバックアップを受けた勇者が。
殆ど瀕死の状態で、魔力も底を付きかけたモンスターに押し負けるなど、あってはならない話だった。
無損、その事態が引き起こされた理由はある。

一つは勇二の持つ才能が、魔力ではなく霊力であるという点だ。
魔力は精神(メンタル)に基づく要素であり、霊力は魂(アストラル)に基づく要素である。
それでも強大であることに違いはないし、全く互換性が無いものであるという訳でもない。
聖剣の扱う力は魔力が基本だ。慣れてしまえばそれまでだが、慣れるまでは変換効率は格段に落ちる。

そしてもう一つ、前勇者であるカウレス・ランファルトの存在だ。
現勇者が存命している状態での勇者権の移譲など前代未聞の事態である。
そのため本来聖剣から直接行われる力の移譲が、聖剣からではなく前勇者から間接的に行われているのだ。
この段階で、勇二に移行した勇者の力は8割ほど、その力は完全ではない。

故に、ぶつかり合いにおいて力負けするのも必然と言えた。
黒光はその九割近くを聖剣によって相殺されながらも、なおも勇者を消し飛ばさんと迫る。
その光は勢いを弱めてなお人一人消滅させるには十分な威力が残っていた。

閃光が勇二にたどり着くまでの僅かな一瞬。
その光景を横合いから見ていた愛には選択肢があった。

勇二を救いに行くか、それとも攻撃直後の隙を付きミロにとどめを刺しに行くか。
激しい光と闇のぶつかり合いをしていた先ほどまでとは違い、勢いの弱まった今ならば愛でも近づける。
握りつぶされ折れた羽ではどちらかしか選べない。
迷う暇はなかった。

だから。愛は迷わなかった。

「――――勇二ちゃん!」

体内に巣食う病魔は攻撃を訴え。妖怪としての本能も攻撃を訴えていたけれど、そんな声は聞こえてすらいなかった。
積み重ねてきた400年が愛の体を突き動かす。
愛は迷わず黒光の前に身を晒し、護る様に勇二を抱きしめる。

そこに全てを薙ぎ払う黒い閃光が迫り、黒い羽が辺りに散った。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


424 : 田外さん家の鴉天狗 ◆H3bky6/SCY :2015/08/05(水) 23:45:39 YQW8.lPM0
黒光が通り抜けた跡には何も残らなかった。
大気は中心を穿たれたように無風。草木は蒸発する様に焼け落ちている。
その中でただ一匹、この光景を作り上げたミロ・ゴドゴラスV世だけがその場に立ち尽くしていた。

左目は潰れ、右目も霞みもうその両目はほとんど機能を果たしていない。
状況を把握すべくミロは残りの五感を働かせた。
周囲に音はなく、鼻孔を刺激するのは焼け焦げた草原と肉の匂い。
ミロに分かるのは動くものなどないという事実だけである。
恐らく生きているものなどいないだろう。

龍王の子は勇者とその従者を退けた。
ミロからすれば降りかかる火の粉を払ったに過ぎない。
何もしていないミロへといきなり襲いかかってきたニンゲン。
やはり、ランズは正しかった。ニンゲンは身勝手で危険な存在である、分り合う事などできない。

「……ニンゲン…………コロス。
 …………ゼッタイ……カエル」

呟きながら踏み出したミロの体がぐらつく。
残った全魔力を打ち尽くした影響か、今にも倒れそうなくらい精神が摩耗していた。
精神だけではない、肉体のダメージも並みの魔物ならとっくに絶命しているほどである。

もはや思考すらままならぬ状態で本能に突き動かされ、ただ望郷の念を抱えたままミロは彷徨う。
覚束ない足取りで、ひたすらに死にたくないと願いながら。

【D-4 草原/昼】
【ミロ・ゴドゴラスV世】
[状態]:左目完全失明、右目軽傷、左腕喪失、右指数本喪失、ダメージ(極大)、疲労(極大)、魔力枯渇、意識朦朧、憎悪、再生中
[装備]:なし
[道具]:ランダムアイテム0〜2(確認済)、基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:にんげんを皆殺しにしてうちにかえる
1:にんげんを殺す
[備考]
※悪党商会、ブレイカーズについての情報を知りました。


425 : 田外さん家の鴉天狗 ◆H3bky6/SCY :2015/08/05(水) 23:46:17 YQW8.lPM0





「…………勇二………………ちゃん」

戦場から僅かに遠く吹き飛ばされた所で、蠢く愛の姿があった。
その姿は嘗てのものとは明らかに違っていた、なにせ体積の半分が欠けている。

自慢だった背中の翼は根元から失われ、腰元から下は存在すらしていなかった。
遺された上半身も皮膚は火傷に爛れ黒く焼けこげている。
そんな状態でもまだ意識を保てているのは800年もの長きを生きた妖怪であるからだろう。

そんな状態にありながら、愛は地面を這い遠くに転がる勇二の元へと向かって行いく。
進むたびに、腹の中身が地面に零れ落ちていたけれど、そんな自らの状態よりも勇二の安否を気に掛る。
中身はもう殆ど無くなってしまったけれど、それでもようやく勇二の元までたどり着けた。

胸元が動いて呼吸をしているのが見て取れた。
無傷という訳ではないが、意識を失っているだけのようである。

「……………………よかっ、た」

その事実を確認して力が抜けた。
愛は勇二を守護れたのだ。

最期に眠る子を見守る母のように優しく、愛おしげに柔らかな髪を撫でる。
指は煤の様に焼けこげて、もう感触なんてなかったけれど、頭を撫でらることのできたその事実がうれしかった。

「…………うぅん」

それからしばらくして、気を失っていた勇二が目を覚ました
元より勇二の傷は軽傷であり、勇者の機能である自動回復が働いている。
眠っている間に勇者の力はカウレス・ランファルトから完全に勇二へと移行が完了したようであり、その体調は万全と言えた。

起きたところで自身に寄り掛かる家族の存在を認める。
だが、体重を寄せているはずのその身は酷く軽い。

「愛お姉さん…………?」

不信を感じ声をかける。
返事が返ってくることはない。

失う事から全ては始まる。

こうして勇者は完成に至った。

【E-3 草原/昼】
【田外勇二】
[状態]:勇者
[装備]:『聖剣』
[道具]:基本支給品一式、
[思考]
基本行動方針:勇者として行動する
1:ネックレスを探す。
2:リヴェイラは絶対に探し出して浄化する。
[備考]
※勇者として完成しました勇者としての以下の機能が付与されます。
・身体能力の強化
・神聖魔法の解禁
・三大欲求の免除
・戦闘経験の指南
・負傷の自動回復
・魔族の排除欲求
・???????

【上杉愛 死亡】
※愛のランダムアイテム1〜3はその場に転がっているかもしくは消滅しました


426 : 田外さん家の鴉天狗 ◆H3bky6/SCY :2015/08/05(水) 23:46:46 YQW8.lPM0
投下終了です


427 : 名無しさん :2015/08/06(木) 00:15:36 uoU96DdM0
投下乙です
>Talking Head
ピーターは組織に入る前からブレねえなあ…ww
案の定ピーターと最強組は手を組まなかったけどここからどうなるかでロワが大きく動くかも
果たしてピーターが上を行くか最強組は正しい判断を下せるか

>three pillars of stability
森茂TUEEEE!
まさか神も食べたオデットと結構対等に戦えるとはな…
果たして拳銃だけで三種の神器を手に入れられるのか
そしてここでまさかの茜ヶ久保復活の兆しとは驚いたなあ

>田外さん家の鴉天狗
勇者、マーダー病、狂気の龍が揃ったらこうなるわなあ
愛さんの純粋とも未練がましいとも言える愛もここでお終いか…
危ない奴らがぶつかった結果に勇者完全体と満身創痍の龍というもっとヤバイ奴らができちゃったな


428 : ◆H3bky6/SCY :2015/08/21(金) 23:44:57 gHu2wchs0
投下します


429 : 俺達のフィールド ◆H3bky6/SCY :2015/08/21(金) 23:46:10 gHu2wchs0
白く輝く太陽が蒼空の頂点にまで達しようとしていた。
青々とした草原は波のようにざわめき、木々の間を風が抜ける。
そんな自然の領地を踏み鳴らし、三人の少年少女は北の市街地を目指し進んでいた。

持ち前の広い視野で前方を警戒しながら先頭を行くのは夏目若菜である。
適度に後ろを気に掛けつつ、頭の中には完璧にに叩き込んだ地図を思い返しながら道筋のない草原を迷うことなく進んでゆく。
その後ろでは、憮然とした表情をしている背の高い少年斎藤輝幸と、明るく笑う整った顔立ちをした髪の短い少女一二三九十九が話をしながら付いてきていた。

「へー。輝幸くんは文芸部なんだね。私は家業の手伝いが忙しくて部活とか入ったことないから憧れるなぁ。部活動楽しい?」
「それなりに…………です」

あまり積極的に自分の事を話そうとはしない輝幸を気にかけてか、九十九は積極的に声をかけていた。
先ほどまで悲報に気を落としていた少女であったが、他人の世話を焼いている方が性に合っているのだろう、沈んだ様子は立ち消え、少なくとも表面上はいつも通りに振る舞っている。
もっとも世話を焼かれている方からすれば、世話というよりお節介にしかなっていないようで、話していると言うより少女が一方的に捲し立て少年は辟易しているようにしか見えない状況ではあるのだが。
輝幸も輝幸で問えば律儀に答えるので話は続き、何とも相性が悪い。

そんな調子で、行動を共にすることになった三人は、急ぐでもなく安全を重視し適度に休息と食事を取りながら進んでいた。
気を急かしていた九十九も、年下という庇護すべき存在が加わった事により無理に急ぐような言動は控えるようになった。
それだけでも九十九の動きに頭を痛めていた若菜にとっては収穫である。

二人は輝幸から拳正について問いただしたが、その話題に関してはどうに歯切れが悪く、この場に来た直後に拳正と出会って少しだけ行動を共にしたが結局別れたという以上の事は聞き出せなかった。
別れた後、拳正は北方に向かうと言っていたという事だけは教えてくれたものの、拳正との合流という方針にも輝幸は難色を示していた。
その反応は、どうにも拳正自体に思うところがあるというか、苦手意識を持っているような反応である。

これから合流を目指している立場からすれば、その不協和音は気にかかるところではあるのだが、不承不承ながら付いてきている辺り何とも微妙な問題なのだろう。
その辺の事情は深く踏み込まないがお互いのためだろう、と、若菜はその程度の気遣いのできる男ではあったのだが。
残念ながらもう一人の少女はそう言う配慮などからは縁遠い、明け透けな女だった。

「ねえ輝幸くん。拳正となんかあったみたいだけど、あいつが何かしちゃった? 喧嘩したんなら謝らせるからさ、許してあげてよ、ね?」
「……違う。そう言う訳じゃ、」

否定しようとして輝幸が口ごもる。
出会いはそうだったかもしれないけれど、別れの前に喧嘩したとか諍いがあった訳ではない。
何があった訳でもないのにあの男と別れたのは、ただ、

「ただ……ついていけなくなっただけだ」

躊躇いがちに口にしてみて、その表現は酷く適した表現のように思えた。
あの男の進もうとしている先に、きっと輝幸はついていけない。
多分、見ている場所も、住んでいる世界も、目指す先も違う。

「うんうん。わかるよ。あいつデリカシーってもんがないからさ、ついてけないよねー」

などと、見当はずれな相槌を打っている九十九に、若菜は心中でお前がいうなと突っ込みを入れた。
どうもずれてる拳正や九十九にはその感覚は分らないだろうが、若菜にはその気持ちは分からないでもない。

人にはそれぞれ生きる領域(フィールド)がある。
生まれや素行。受験や審査。学力、財力、体力。
様々な要素で振い落された末に、人は行き付き生きる世界を決める。
自らと関わる人間は同じ世界が主となり、自然と近しい次元の人間となって、遠い人間と付きあう機会は少なくなる。

だから、違う世界に生きる人間は異物なのだ。
それは余程鈍感でもない限り誰もが感じる感覚だ。

そして”行き着いた”人間の価値観は他の人間を置き去りにする。
頂点は孤独だと言うがその通りだ。
その領域に辿り着ける人間は限られ、限られた人間が交わることは非常に稀である。
一ジャンルを極めた若菜だって、他の分野のスペシャリストには圧倒されることも少なくない。


430 : 俺達のフィールド ◆H3bky6/SCY :2015/08/21(金) 23:47:23 gHu2wchs0
そういう意味では若菜の様なスポーツ分野は恵まれているのかもしれない。
強い奴は上に行き、トレセンなどの上の領域に組み込まれてゆく。
上に行った更にその上があり、その先にナショナルチームやビッグクラブが待ち構えており、受け皿は用意されている。
何より、彼の通う学園がそういう連中を集めた特殊学級だ。
他の世界に触れる機会も少なくない。

だが、その中でも拳正の領域は少し特殊だ。
あれに付いて行ける人間はそれこそ限られる。
輝幸の様な普通の感性ではついていけないのは当然と言えるだろう。

だから、そう気にするような事ではないと、そう言葉にすべきかと思案した若菜が少しだけ足を止め。
後方にいる二人を振り返ったところで。

彼の目の前に、朱い飛沫が舞った。

同時に、九十九の体が弾かれたように投げ出された。
地面に倒れ込もうとしていたその小さな体を若菜が咄嗟に抱き留めるが、受けとめた手の内にヌルリとした生暖かい感触が返ってくる。
見れば九十九の腕の辺りが赤く染まり、止めどなく赤い雫が地面に溢れていた。

突然の事態に驚きながらも、輝幸は銃声の先へ振り向き、そこに襲撃者の姿を見る。
そして、それが拳正と変身した自分が二人がかりでも倒せなかった男であることに気付き、彼は固まったように動きを止めた。

襲撃者の名はサイパス・キルラ。
冷徹にして冷血なる殺し屋である。

だが、首尾よく九十九を撃ち抜いたはずのサイパスであったが、その成果が物足りなかったのか苛立つように舌を打った。
本来なら頭を撃ち抜き、そのまま連続して3人とも仕留めるはずだったのだ。
それが外れた。

この距離でサイパスが狙いを外すことなどまずあり得ない。
何か原因があるとするならば、サイパス本人ではなく別の要素だろう。
サイパスは自身の握る銃を見る。
その銃は、ゴールデン・ジョイより受けた太陽熱の影響だろうか、銃身がほんの僅かに歪んでいた。

この銃身の歪みにどんな影響があるかわからない。
暴発の危険性がある以上、整備が終わり安全が確認できるまで使用は控えるべきだろう。

唯一の武器の不調に苛立つサイパス。
九十九は撃たれた痛みを堪えるように歯を食いしばり、輝幸は戸惑い動けずにいた。
そんな状況の中で、一番冷静だったのは意外にも夏目若菜だった。

若菜は九十九の体を片腕で支えながら腰元の銃を抜き、襲撃してきたサイパスに向けて撃ち返す。
その銃撃を受けたサイパスは素早い動きで飛び退くと物陰に身を隠した。

「ボッとしてんな輝幸!」

怒鳴りのような声に固まっていた輝幸の体が反応する。
サイパスが身を引いた隙に、九十九の体を抱え上げ若菜が走り出す。
輝幸もその後を追い、近くにあった大木の陰に身を潜めた。
若菜は九十九を地面におろすと、すぐさま身を翻し、敵を近づかせないよう牽制の弾丸を放つ。

「輝幸、一二三の傷を見てくれ」
「傷を見ろ……たって」

若菜は大木の脇から視線だけを走らせ、サイパスの動きを警戒しながら輝幸に告げる。
だが、そんな事を言われても輝幸は戸惑うばかりだ。
傷の治療などという専門的な知識は持っておらず、黒魔術や小説で得た知識などこの場では何の役にも立たない。

「いいから、傷を見た感じだけでも俺に伝えてくれ」

自分ではどうしようもないと項垂れ動けずにいる輝幸に、銃撃を放ちながら若菜が具体的な道を示す。
その言葉に輝幸は唾を飲むと、地面に倒れこむ九十九に向かってしゃがみこんだ。


431 : 俺達のフィールド ◆H3bky6/SCY :2015/08/21(金) 23:47:48 gHu2wchs0
「…………ッぁ…………ハァ……」

端正のとれ花の様に愛らしかった顔が苦しげに歪んでた。
その痛々しい様子に輝幸も釣られて表情を歪める。
意識はあるようだが、息を荒く顔色は青ざめており、手足はぐったりとして力がない。
輝幸は意を決して血に染まりへばりついた服を肩口からサバイバルナイフで引き裂くと、袖を引き剥がし傷口を確認する。

「二の腕辺りを撃ち抜かれてる、貫通してるみたいだから多分弾は残ってないと思う。ただ、血が止まらない!」
「…………二の腕か」

あくまでも視線はサイパスの方からそらさずに若菜が呟く。
流石の若菜も銃で撃たれた傷の治療法など知らないが、スポーツマンとして骨折や怪我の対処くらいは一通り知識がある。
二の腕には太い動脈が流れている、もしそれが切れたのならば相当マズイ状況だが、最初に抱えた感覚から言えばそれにしては流血量がまだ少ないように思える。希望的観測かもしれないが。
どちらにせよ、まずは止血はしなければならないだろう。

「まずその辺の枝と一緒に腕の根元をきつく縛れ、それから枝を捻って固定しろ」

木の影だけあって手ごろな枝はすぐに見つかった。
それを拾い上げると輝幸は言われた通りに、切り取った制服の袖を使って九十九の腕の根元を締め上げる。
大柄な体躯に見合わず手先は器用な方である。焦りながらもつつがなく手を運び、何とか止血を完了させた。

「終わった…………!」
「止血が済んだら傷口を水で洗って、ガーゼか何かで傷口を強めに押さえてくれ」

輝幸は指示に頷き、荷物から飲料水を取り出すと傷口に水を掛ける。
それが傷に響いたのか、九十九が細い喘ぎのような声を上げ、痛みに耐えるようにギリと歯を食いしばった。
その様子に輝幸は何故か申し訳ないような気持になりながらも、何時も持ち歩いているハンカチをポケットから取り出して傷口を押さえつける。
薄い空色をしたハンカチがジワリと赤く染まってゆく。

「できた。次は……!?」
「よし、それじゃ俺はあのオッサン足止めするから、輝幸。お前一二三抱えてここから離れろ」

また一発、銃声を響かせながら若菜が言う。
二人をを逃すため、ここに一人で残ると言っていた。

「…………ちょっと」

そんな若菜の言葉に抗議する様に、これまでぐったりと口を閉ざしていた九十九が口を開いた。
どれだけ肉体が傷つこうともその意思は金剛石の如く揺るがない。
余程痛みが堪えるのか、辛そうに顔を歪めながらも、その瞳にはそんな事は許さないと言う強い意志の光が込められていた。
襲撃者の動きに目を見張らせる若菜にはその目を見返す余裕などなかったが、その気配だけは伝わっていた。

「私は…………大丈夫だから」

九十九は自身の平気を示すように、倒れていた身を起こし気丈に訴えかける。
だが、元から白い肌はさらに青白く血の気が引いており、どう見ても強がりにしか見えない。

「輝幸、とりあえず邪魔になるから俺の荷物は頼むわ。
 ここから離れたら温泉旅館へ向かってくれ、あいつ振り切ったら俺も向かうからそこで合流しよう。
 けど温泉旅館がなんかあってヤバそうなら無理に近づかず次候補の探偵事務所に向かってくれ」

だが、若菜はそんな声にはまったく取り合わず、輝幸へ向けて話を進める。
あくまで無視するそんな態度に九十九が声を荒げた。

「だから……大丈夫だって…………ッ!」
「俺は、お前の大丈夫を信用してねぇんだよ」

打ち切る様に、ぴしゃりと言い放つ。

「どっちにせよこのままじゃ全員逃げらんねえよ。んで、この状況で一人でも残っても生き残れるのは俺だろ。
 お前らじゃ逃げらんなくても、俺ならあんなオヤジ振り切って終いだぜ」

自分が一番生き乗る確率が高いというその言葉を、輝幸は内心で否定する。
恐らく生存率が一番高いのは輝幸だろう。
悪魔(オセ)の力を使えば表皮は下手な弾丸を通さず、人知を超えた力があれば離脱することも簡単だ。

だけど、輝幸はこの状況で自分が残るとは言えなかった。
一度交戦したからこそあの男に手も足も出ず転がされた記憶が蘇えり、その言葉がどうしても出ない。
仕方のない事だと思いながらも、何となくバツの悪さを感じて、輝幸は俯き視線を逸らす。


432 : 俺達のフィールド ◆H3bky6/SCY :2015/08/21(金) 23:48:59 gHu2wchs0
「それでも…………ッ!」

だが、もう一人は違う。理屈で納得する彼女でもない。
九十九は苦しげに息を吐きながら、それでも言葉を続けようとした。
その言葉を遮るように、若菜は口を開く。
他人を信じず生き残ろうとした彼は、他人を信じる彼女に向けて告げる。

「心配すんなよ。俺を誰だと思ってるんだ、世界の夏目若菜だぜ?
 俺は俺を信じてる。だからお前も信じろって、この俺を」

そう冗談めかした声で言って、少年は笑った。
輝幸が顔を上げ、その横顔を見る。
何とかなるんじゃないかと、根拠もなくそう思えてしまうような笑みだった。
何故、この状況でそのような爽やかな笑みを浮かべられるのか。輝幸にはそれが不思議でならなかった。

そうどこか某と見つめていたその視線に、若菜の視線が絡んだ。
ここまで集中力を切らさず最大限に警戒して凝視していた相手から、若菜が初めて視線を切ったのだ。

それは時間にすれば僅かに数秒。
されど、その数秒がどれほどのリスクかを理解したうえで、それでも夏目若菜は斎藤輝幸へと目を向けていた。
その瞳の色に飲まれそうになり、思わず輝幸は息を呑んだ。

「――――任せたぞ」

送られた言葉はその一言。
その一言に何かを托されたのだと、輝幸の胸に拳を打ち付けられたような衝撃が走った。

輝幸は弾かれたように動き出すと、九十九を抱え上げ別れの挨拶もないまま残る少年に背を向け走りだす。
腕に納まる体は小さく、想像以上に軽かった。
抱えられた九十九は力が入らないのか、ろくに抵抗もできず成すがままにされながらも、最期まで若菜の方に血に塗れた手を伸ばしていた。

【E-4 草原/昼】
【一二三九十九】
【状態】:左の二の腕に銃傷(止血済み)
【装備】:日本刀(無銘)
【道具】:基本支給品一式、クリスの日記
[思考・状況]
基本思考:クラスメイトとの合流
1:若菜が心配
2:クリスに会ったら日記の持ち主か確認する。本人だったら日記を返す

【斎藤輝幸】
状態:健康、微傷
装備:なし
道具:基本支給品一式×2、サバイバルナイフ、ランダムアイテム1〜5(確認済み)
[思考・状況]
[基本]死にたくない
1:九十九を抱え温泉旅館を目指す、危険な場合は探偵事務所に目的地を変更する
※名簿の生き残っている拳正の知り合いの名に○がついています


433 : 俺達のフィールド ◆H3bky6/SCY :2015/08/21(金) 23:49:36 gHu2wchs0
サイパスの前方に構える木影から、手負いの少女を抱えた少年が飛び出していった。
同時にこちらに向けて弾丸が数発打ち込まれる。
サイパスは慌てるでもなく物陰に身を隠してそれを躱した。

どうやら二手に分かれたようである。
一人が足止めに残り、手負いを逃すつもりのようだ。
足手まといを抱えた相手など格好の獲物だが、生憎とサイパスにそれを追う手立てはない。
銃撃しようにも銃身が歪んでいるし、下手に動こうとすれば銃弾が飛んでくる始末である。

足止めに残った男は銃の扱いに慣れていないようだが、立ち回り方にはセンスを感じる。
射線はしっかりとしており、それを支える筋肉にもブレがない。何よりこちらの動きに対応して牽制する反応は的確だ。
才能はある。恐らく半年も仕込めばそれなりに使い物にはなるだろう。

だが、現時点では筋のいい素人に過ぎない。
付け入る隙は幾らでもあった。

相手は木の影からこちらの動きに合わせて牽制する様に銃撃をしてくるが、その技量は世辞にも巧いとは言い難い。
勇敢ではあるが、サイパスから見れば撃つ時に身を乗り出し過ぎである。
仮に銃が万全であれば、とっくにその脳天を撃ち抜いているだろう。

相手の持っている銃をはベレッタM92FS。弾数は最大でも15+1。
残弾を撃ちつくさせるべく、サイパスは先ほどから適度に誘いの動きを見せ、相手に銃弾を消費させていた。
いかに筋はよくともリロードの手際は経験がなければどうしようもない。じき弾切れである。

その隙をつくように、撃ち出された弾数をカウントしていたサイパスがタイミングを見て飛び出した。
リロードに手間取っている間に、距離など一瞬で詰められる。
近づきさえすれば、それこそどうとでもなるだろう。

だが、そのサイパスの思惑は外れる事となる。
その場にリロードをしているはずの敵はおらず。
最期の弾を撃ち終わると同時に少年はサイパスに背を向け駆け出していた。
サイパスの動きを読んでと言うより、自身の弱点を理解し最初からそうするつもりだったのだろう。

サイパスもすぐさま走る軌道を変えその背を追う。
スタートはほぼ同時。距離を詰められるかは純粋な駆け足勝負となった。

先行する夏目若菜は木々の疎らに生えた森林地帯を抜け、なだらかな緑の広がる草原へとその足を運んだ。
多角的な動きを得意とする殺し屋に対して、遮蔽物のないフィールドはアスリートの領域である。
そこを選んだのは純粋な徒競走では負けるはずがないという自信の表れだろうか。

若菜の駆け足は見惚れるほどにしなやかだった。
スプリンターの様に前がかった体制ではなく、上体を開き視野を広く保った体勢で緑のフィールドを駆け抜ける。
それは人類がここまで積み重ねてきた、走る技術の集大成。どんなものであれ完成された技術は見る者に美しいと感じさせる。
そんな完成されたアスリートの走りに素人が追いつけるはずもない。

だが、それも表の世界の常識に過ぎない。
何事にも外法は存在する。
それは走り方ひとつにしても例外ではない。

若菜の走りは長く速くを走るための効率化された走り方である。
サイパスのは違う。
速度を維持する事など端から度外視したような、瞬間的加速のみを求めた走り。
そこに美しさなど欠片もない。
長期戦になれば確実に相手が早いだろうが、一瞬で相手を捕える動きなら圧倒的にサイパスが早い。

爆発的加速。
それを前に二人の距離が一瞬で詰まり、槍の様に伸ばされた殺し屋の魔手が少年の背に届かんとした、

瞬間。サイパス・キルラは夏目若菜を見失った。

一瞬、振り切られたかと思ったが、それはあり得ない。
振り切られるほど速度的に差はなかったはずだし、何よりあの瞬間はサイパスの方が早かった。
支給品を使ったのかとも思ったが、そんな様子もなかった。

ならば、と。結論に達したサイパスが急ブレーキを行い、地面を滑るように削りながら後方へと振り返る。
そこにはすでに静止状態から再スタートを切った夏目若菜が迫っていた。
つまり、若菜が急加速でサイパスを振り切ったのではなく、急停止した若菜をサイパスが追い越したのだ。


434 : 俺達のフィールド ◆H3bky6/SCY :2015/08/21(金) 23:49:59 gHu2wchs0
単純な速さではなく、動きの緩急で相手を振り切るストップ&ゴー。
全速力で走っていた状態から急停止しても微塵も崩れないボディバランス、そしてアクセル能力とブレーキング能力を高い次元で兼ね備えていなければできないドリブルテクニックである。

普段から彼はこれをボールを操りながら行っているのだ。
ボールコントロールを気にせずともよいこの状況でしくじる理由がない。

自身の急加速に対するブレーキングが終わりきる前のサイパスへと、若菜が距離を詰め滑らかな動きで右足を振り上げる。
夏目若菜は生まれてこの方、一度たりとも喧嘩などしたことがない。
当然だろう。そんな事で怪我なんてしたくないし、暴力騒動など起こせば自分だけではなくチームにも迷惑がかかる。
競り合いやタックルの勢い余って負傷するなんてことは多々あったが、誰かを傷つけるためにこの足を振るったことなど一度もない。

だが、その攻撃に躊躇いはなかった。
躊躇えばどうなるかを彼は正確に理解していたからだ。

逃げの一手を切ったと思われた相手がここで反撃してくるとはサイパスにとっても予想外の事だった。
だが、その程度の予想外で崩れるサイパス・キルラでもない。

サイパスは体勢を崩したまま新田拳正の一撃を躱した時のように、放たれた蹴り足の下を掻い潜らんと地を舐めるほど身を低く沈めた。
目晦ましのマントはゴールデン・ジョイとの戦闘において焼け落ちてしまったが、その身のこなしは未だ健在である。

だがその突飛な動きを、若菜の双眸は正確に捉えていた。
サッカー選手とは、時には横合いから時速140Kmを超える速度で迫るクロスボールをピンポイントで捉える正確性を持っている。
そしてグラウンドの状態によっては直前でイレギュラーバウンドしたボールに反応する瞬間的な対応力をも求められるのだ。

超人魔人の犇めき合うこの世界においてもなお、こと蹴る技術という一点において夏目若菜の右に出る者はいない。

クンと、天才キッカーは体全体を駆使して、勢いを残したまま蹴り足の軌跡を変化させ、身を沈めた敵の動きを逃すことなく追尾する。
回避など不可能。だが敵も然る者。
素直に喰らうを良しとせずインパクトの瞬間、蹴り足と後頭部の間に腕を挟み込みダメージを散らす。
だが想像以上の蹴りの威力にサイパスの体が後退する。

サイパスはその勢いに逆らわず後方へと一回転を決めると、空中で体制を立て直し地面へと着地。
同時に追撃を警戒して身構えるが、相手は蹴りを放った直後にこちらに目もくれず駆け出していた。

「…………チィ」

サイパスが舌を打つ。
彼我の距離は先ほどよりも開いた。
もはや一息で詰められる距離ではない。
足の地力は若菜の方が上である以上、このままでは逃げ切られてしまう。

これまで殺し屋サイパスの仕事から逃れられた人間など数えるほどしかいない。
その数名だってサイパスが標的に対して勧誘癖(わるいくせ)を発揮させた時くらいのものである。

だと言うのに、サイパスはこの場で一人も仕留められていない。
それはこの環境が万全に万全を重ねて行う暗殺稼業とは勝手が違いすぎるからだ。
戦闘は偶発的に発生し、標的の情報はなく、装備は貧弱、整備もままならなず準備もない。

どちらかと言えばそう、この状況は何が起きるかわからないスラムの諍いの方が近い。
求められるのは殺し屋としての戦い方ではなく、それこそアンナと出会う前の生き抜くために駆け抜けていたあの時代の戦い方である。

追うサイパスは地面を蹴り上げると、走りながら宙に飛び散った小石を数個つかみ取った。
そして前方を駆ける若菜の背に向け、それこそ弾丸の様な勢いで石礫を放つ。
その礫は死に至る程のものではないが、喰らえば確実に足は止まる威力を秘めている。
そうなればすぐさま追いつかれて終わりだろう。

だが若菜は、振り返るでもなく、それこそ背中に目があるかのような動きでその礫を躱した。
優秀なサッカー選手は広いフィールドにひしめく敵味方22人の動きを常に把握する空間把握能力を持っている。
その視野の広さに加え、司令塔には常に5秒後の世界を見る力が求められる。
天才と呼ばれたこの少年は当然の様にその能力を兼ね備えており、後方からのサイパスの動きも把握して的確に身を躱したのだ。

だがその回避行動で直線を走っていた足は僅かながらに速度を落とす。
一方、サイパスの方は走りながら礫を放っているにもかかわらず、その速度に変化はない。
僅かながらに距離が詰まる。追撃の手はなおも止まらない。

こうなると遮蔽物のない草原を選択したのが災いした。隠れるような逃げ場がない。
直撃はせずとも、この調子ではいずれ追いつかれるのは時間の問題である。


435 : 俺達のフィールド ◆H3bky6/SCY :2015/08/21(金) 23:50:50 gHu2wchs0
若菜は逃げるばかりではなく反撃に転じるべくポケットを弄るとそこから何かを取り出した。
そして上体を捻りながら後方へと向けて一直線に投げつけた。
だが無理な体勢からの投擲だったからか、その投擲には大した勢いがない。
サイパスは向かってくる飛来物を駆ける速度を落とすことなく難なく受けとめると、爆発物である危険性を考えそれが何であるかを確認する。

「…………これは」

手にした物を見てサイパスが思わず声を漏らした。
それはベレッタの弾倉だった。しかも空の弾倉ではなく中身入り。
弾を撃つのではなく投げるなどと、リロードする余裕がない故の愚行だろうか。

そう相手の思考するサイパスだったが相手の愚行はそれだけに留まらなかった。
先を走る若菜が唐突にその足を緩めたのだ。
いや、緩めるどころか、その場にピタリと足を止めた。
サイパスの放った礫によるものではない、自主的なモノである。

何を考えているのか。それとも諦めたのか。
敵の思惑を測れず、サイパスが疑念を過らせるが、その間にも距離は確実に詰まる。
それを気にせず夏目若菜は、その場で大きく振りかぶった。

「取ってこい――――――ッ!!」

そうして、愛犬に向けて投げるフリスビーでも投げるような声と共に、彼は唯一の武器を投げ出した。
野球選手としてもやっていけるのではないかという強肩でレーザービームの如き勢いで飛んでいくのはM92FSである。
緩い弧を描いたM92FSは大きく離れた草原へと落ちて消えた。

使える武器を持っていないサイパスからすれば拳銃は喉から手が出るほど欲しい代物だ。
九十九を撃ち抜いてから以降、サイパスが銃を一度も使わない事から、若菜は何らかの事情で銃が使えなくなっている事を察していた。

故に、最初に投げた弾丸は、空の銃を投げたところで囮にはならないと踏んでの釣餌である。
使える武器ならば回収が頭をよぎるのは当然だろう。

周囲に生い茂る草原は足首ほどの背丈だが、地面に落ちた遺失物を隠すには十分な高さだ。
加えて、辺り一面が風景の変わらぬような草原である。
この調子でいけばサイパスと若菜の追いかけっこは数Kmは続く。
最終的にサイパスが勝ったとして一度見失ったこのポイントを再び探し出すのは非常に困難な作業である。

この場が、一面景気の変わらぬ草原であるのは偶然ではあるまい。
逃亡のルートとして、ここを選んだのは意図的だろう。

敵を仕留めてから探すという選択肢は時間がかかるうえに確実性に欠ける。
この場での数時間のタイムロスは致命的だ。

つまり、あの拳銃を手に入れるのは今しかない。

既に駆け出している少年の背と銃の落ちた草原を見る。
追いつけるかどうかも分らない相手一人を仕留めるか。
それとも確実に銃を手に入れて多くの敵を打倒せるよう装備を整えるか。
追っていたのが合理性を無視するイカれた殺し屋ではなく、合理性を重んじる理性的な殺し屋だったというのは少年にとっては幸運だったのだろう。
突きつけられた選択肢を前にサイパスは頭の中で損得を勘定して、銃の落ちた方向へと駆けて行った。

だがしかし、忘れてはならない。
追っているのはただの殺し屋ではなく、サイパス・キルラである事を。
その事実は少年にとって、最大の不幸であった。

50mほどの距離を駆け抜けたサイパスは草木に紛れ地面に落ちていた拳銃を探し当てると、銃口や引き金に罠がないかの最低限の確認を行い先ほど手に入れた弾倉をリロードする。
ここまでで20秒ほど。この時点で少年の背は遠く離れ、手の平よりも小さくなっていた。

もはやハンドガンの射程ではない。
しかしその事実を気にせずサイパスは銃を構え、斜め上の空に向けって引き金を引いた。

ハンドガンの射程は通常50mほどだが、弾丸を平行ではなく曲線を描く山なりの軌跡で放てば最大射程は300mに至る。
当然命中精度は大きく落ちるし、狙撃というより曲撃ちに近い。
だが邪道撃ちは、サイパスの得意とする所である。

この距離では流石に着弾を確認することは難しい。
サイパスが着弾地点に向けて駆ける。

辿り付いたところに少年の影は消えていたが、その代わりに赤い血の跡が芝生の上に残されていた。
残された血液の量から言って、大した傷ではないようだが、転々と目印の様に赤い印が続いている。
サイパスは確実に追い詰めて殺害すべく、この血の跡を追った。


436 : 俺達のフィールド ◆H3bky6/SCY :2015/08/21(金) 23:51:34 gHu2wchs0
あの少年に対しては、この場で出会ったもう一人の少年の様にスカウトする気にはならなかった。
彼は優秀ではあったが、その才能は真っ当すぎる。
闇にしか生きられないような壊れた連中とは違う、むしろ真逆の存在だ。
サイパスの求める――救いたい――存在ではない。

そうして血の道筋が導く終着点にたどり着く。
そこは島の端だった。
海にでも飛び込んだのか、血の跡はそこで途切れていた。

【E-2 草原/昼】
【サイパス・キルラ】
[状態]:疲労(小)、火傷(中)、右肩に傷(止血済み)、左脇腹に穴(止血済み)
[装備]:M92FS(14/15)
[道具]:基本支給品一式、9mmパラベラム弾×45、歪んだS&W M10(5/6)
[思考・行動]
基本方針:組織のメンバーを除く参加者を殺す
1:周囲の探索を行う
2:亦紅、遠山春奈との決着をつける
3:新田拳正を殺す
4:イヴァンと合流して彼の指示に従う。バラッド、アザレア、ピーターとの合流も視野に入れる。
5:決して油断はしない。全力を以て敵を仕留める。

「ぷは…………ッ!」

飛沫を上げて、ずぶぬれの男が飛び出した。
濡れ鼠のままびちゃりと水音のする足音を立て大地へと降り立つ。
必要な荷物は全て仲間に預けていたためタオルもないので、少年は服を脱いて雑巾のように絞る。すると水が滝の様にボトボトと落ちた。
露わになった上半身の肩口は僅かに肉が削げており、そこからは血が滲んでいる様だが大した傷ではではなさそうである。

ある程度水気を絞った所で、水気にべったりと張り付く服を着なおす。
冷たい服を着た少年の体がぶるりと震える。
それは寒さだけが理由ではないだろう。

切り抜けられたが、どうにもギリギリだった。
失敗すれば死ぬような状況だ。怖くないはずがない。

恐怖を感じることは恥ではない。
いつだって戦うという事は怖い事である。
彼は恐怖を否定しない。
重要なのは恐怖とどう向き合うかだ。

オランダ、スペイン、ブラジル、ドイツ。
勝ち目のないと呼ばれた世界の強豪たちと、国の威信を背負って戦ってきた。
奴らの怖さと向き合って、そうやって勝ってきた。
そうやって生きてきた。
こうして今も生きている。

「ふぅ――――」

目を閉じて肺の底から息を吐き出し、心を整える。
止まってる場合ではない。
恐怖に震えるのは家に帰った後のベットの中でいい。

合流地点から引き剥がすため別方向へと向かっていったが、ずいぶんと離れてしまった。
それにまだ近くにはあの殺し屋がいるだろう。
それを警戒しつつ動かなくてはならない。
震えを押し殺して、一先ず合流地点を目指す事にした。

【E-2 海岸沿い/昼】
【夏目若菜】
【状態】:疲労(小)、肩に銃傷(小)、ずぶ濡れ
【装備】:なし
【道具】:なし
[思考・状況]
基本思考:安全第一、怪我したくない
1:九十九たちと合流する
2:クラスメイトを探して脱出するプランも検討


437 : 俺達のフィールド ◆H3bky6/SCY :2015/08/21(金) 23:51:56 gHu2wchs0
投下終了です


438 : 名無しさん :2015/08/27(木) 18:15:32 1HIeGoWw0
投下乙
あのサイパスさんに拳正すら当てられなかった一撃を当てて逃げおおせた若菜は凄いな
サッカーに関連すること間違いなく超人クラスだ
しかしそれに対しても一枚上手だったサイパスさんも流石だ
この若菜とサイパスさんの戦いは大迫力アクションバトルだったな
保身と感情レベルで自分がやると言えなかった輝幸はこのロワだと人間臭すぎるな
背負うものも出来たしこっから伸びるのかそれとも途中で折れるか…?


439 : ◆H3bky6/SCY :2015/09/04(金) 22:55:54 dpsIH5S.0
投下します


440 : 音ノ宮少女の事件簿 ◆H3bky6/SCY :2015/09/04(金) 22:56:54 dpsIH5S.0
ザッと地面を踏み鳴らす音が響いた。
立ち止まったのは目元を隠している以外、何の変哲もない男である。
男が足を止めたのは目の前に少女の存在を認めたからだ。
男は少女へと向き直ると、楽しげに口元を吊り上げる。

「やあ、元気そうで何より」
「あら。そう見えるかしら」

男は友人と朝の挨拶でも交わすような気軽さで声をかけ、少女はその調子に合わせるように応じるが、完全に緊張は隠せないのかその表情は険しく、声は僅かに強張っていた。
それも当然だろう。少女、音ノ宮・亜理子に声をかけてきたのは全ての元凶たる諸悪の根源、この殺し合いの主催者だっのだから。

突然主催者(ラスボス)と遭遇するという最悪の状況であるのだが、この状況は亜理子の望んだことである。
この場にいる主催者に接触して話を聞く。それが彼女の当面の目的だった。
イヴァン相手に手痛い失態を演じた彼女は、手元の首輪探知機を使い近づいてくる存在を先んじて発見し極力リスクを排しながらこれまで以上に慎重に目的の人物を探り、そしていきなり当たりを引いた。
これを幸運と取るか悪運と取るか。ひょっとしたらこれが破滅の幸福というやつなのだろうか。

心の準備を整えていたとはいえ、いまだ緊張の色が見える亜理子とは対照的に、男はただただ嬉しそうに破顔する。

「ちょうどよかった。大まかな場所しか聞いてなかったから具体的な場所は探さないといけないと思ってたけど。
 君、たしか死神の消えた場面に立ち会ってたんでしょ? ちょっとそこまで案内してよ」

『死神』。
その言葉に少女の脳裏に思い返されるのは黒い髑髏、月白氷と、一ノ瀬空夜が消えたあの光景である。
もう会えないと思った彼との再会。そして罪を暴いた彼との離別。
今思い返しても、幻想の中にでもいたかのような儚い瞬間だった。

その事実を、目の前の男が知っていることに対しては驚きはない。
なにせ主催者そのものである。参加者の動向くらいならいくらでも把握する方法があるのだろう。
『たしか』という伝聞したような表現から、監視しているもう一人と密に連絡を取っている可能性は高い。

「案内ですって? 私が貴方に協力するとでも?」

男の願いににべもなく断りを入れる。
考えるまでもない。知っているからと言って、彼の願いを聞き届ける義理も義務もない。
いや、むしろ邪魔して然るべき間柄である。
その言葉に従う必要はないだろう。

「まあまあそう連れなことを言わずにさ、道すがら雑談でもしながら行こうじゃないか」

ニィと口元を吊り上げ、否定的な態度を宥めるように男は行った。
つまりそれは、主催者と直接話せる絶好の機会を与えてやると言っているのだ。
罠である可能性も疑ったが、魔法の力を得たとはいえ戦闘力に乏しい亜理子に回りくどい手段を取る必要がある相手でもない。
殺そうと思えば、それこそ亜理子なんて指一本使わず殺せるだろう。
となると、その提案は亜理子からすれば願ってもないことだが、この男がそうまでして成し遂げたがっている目的に対して、協力などしていいモノなのだろうかという疑念も生じる。

「そう警戒しないでよ。実際大した用でもないし、嫌なら嫌で断ってもらっても構わない。気楽に考えてくれていい」
「……どうだか」

信用に足る言葉ではないが、亜理子に出会ったのが偶然である以上、もとより一人でも成し遂げられる目的であったのは本当だろう。
協力を求めたのはあくまでその手順を縮めるための作業に過ぎない。
どうせ結果が同じなのだから、手伝う事で得られるリターンを考えればこの道案内は受けた方が亜理子にとって得である。
なにより主催者と話しをするのは、事件解決の必須条件なのだから。
この提案を受けることにより危惧していた直接戦闘のリスクを排除できるのは大きい。

「……いいわ。案内はしてあげる」
「それは何より」
「あの骸骨の消えた所まで行けばいいんだったかしら?」
「ああ、頼むよ」

そうしてゴシックロリータを着たJK魔法少女探偵、などという属性を詰め込みまくった少女に更に奇妙な連れ合いが出来た。
殺し合いを主催した革命狂いのテロリストが少女の道案内に従いその後ろに続く。


441 : 音ノ宮少女の事件簿 ◆H3bky6/SCY :2015/09/04(金) 22:57:19 dpsIH5S.0
この物語の黒幕を先導し、先を往く亜理子。
罠ではないと考えながらも、不気味な渾沌を背負ったようでどうにも居心地が悪い。
相手に気取られないよう極力それを気にしないよう努めながら、本来の目的を思い出して亜理子が口を開こうとしたタイミングで、それを制する様に男の方が先に口を開いた。

「そう言えば、ご意見ありがとう。参考にさせてもらったよ」

ワールドオーダーの述べた礼に少女は、何の事か、とは問い返さなかった。
問い返すまでもない。
それは一ノ瀬空夜に暴かれた、彼女の罪である。

音ノ宮・亜理子は殺人探偵である。
自身の手で殺すのではなく人が人を殺す状況を整え、殺人を”させる”探偵である。

犯罪者同士を潰し合わせて世を浄化しようなんて崇高な理念があるわけではない。
ただ人を殺してしまうような奴等が在ることが、彼女はどうしても許せなかった。

そんな事を何度も繰り返して、いつしかそれでも蛆のように悪は湧くのだと気づいた彼女はある一大計画を立てた。
これまで行ってきた小さな殺人事件ではなく、もっと大規模な世の罪人を一掃するBR計画。

と言っても彼女が行う事はこれまでと同じく人選と手段の提示だ。
その規模を大きく手を広げただけの事。
それに伴い実現の難易度は跳ね上がったが、焦ることなく慎重に時間をかけて情報を操作し、状況を整え、理由を作り上げ、その種をまいた。
巧妙な事に具体的な指示を出すのではなく、その情報に気付いた者が自分で思いついたと思うように誘導して。

悪の組織にテロ組織、過激化と呼ばれるヒーロー、それに案山子。
それを実行しうる因子を持つ組織、ひいては個人に向けて世界にその情報をばら撒いた。
確率は低くとも、きっを受けた誰かが計画を実行するかもしれない。
夢を込めたボトルメールのようなモノだ。
確信していた訳ではないけれど、いつか届くと信じてその計画を続けてきた。
それが彼女の計画の全貌である。

「そうしてまんまと釣られたのが僕という訳だ」

そう言って男は喉を鳴らしてくつくつと嗤う。
その笑みからは担ぎ上げられた自嘲のような感情は感じられなかった。
どうにも本気で言っているのか疑わしい。

疑わしい以前に、何より亜理子はテロリストワールドオーダーに対してはこの計画の働きかけを行っていない。
この殺し合いが始まるまでそこまで危険視すべき人物であるとは把握しなかったからである。
彼は元から対象ではなかった。

「……まあいいわ。そう言う事にしておきましょう」

この計画自体は一ノ瀬も知っていた事だし、暗号化はしたがそれほど秘匿はしていない、見る人が見ればわかってしまう事実だった。
知っていてもおかしくはない事ではある。

「それよりも、こちらからも聞かせてもらってもいいかしら?」
「いいよ、何でも聞いて」

男はあくまでも気軽な調子で応じる。
それは小娘など歯牙にもかけていないという態度だった。

「貴方の目的は何?」

その単刀直入な問いは答えを期待してのものではなく、話の流れで何か情報を零すことを期待しての問いである。
だが、ワールドオーダーの反応は亜理子の予想とは少し違った。

「目的、ね。最初にも言ったし、別に隠してもいないんだがねぇ」

そう言いながらも自分の意図が伝わっていないのが不満なのか、少しだけ声を沈め息を漏らした。


442 : 音ノ宮少女の事件簿 ◆H3bky6/SCY :2015/09/04(金) 22:57:40 dpsIH5S.0
「革命だよ革命。神様相手に革命を起こすのさ」

狂気に促され熱を帯びた言葉で天を指さす。
それを冷めた瞳で見送りながら亜理子は続ける。

「貴方の言う『神様』って具体的になんなのかしら?」

一言に神といってもその言葉には色々な意味合いが含まれている。
神話に存在する神や、あの死神のような種族として実在する神。
宗教的な崇拝される神も在るし、宗教によって指し示す神は違って、その在り様も違う。
昨今ではその意味合いは軽くなり、ちょっとした事で簡単に神と持て囃されることだってある。
神という一言では具体的に何を指すのかなどは分らない。

「何と言われてもね。そう表現するしかない存在だよ。具体的には説明しがたい。
 いや……説明しがたいというより、きっと説明しても理解できない」

その呟きは目の前の少女を侮っていると言うよりも、少女に限らず誰にも理解できないと理解している孤独のような響きを含んでいた。
理解力が足りないと侮られているような気がして少しだけ亜理子は気分を害したが、すぐに気持ちを切り替える。

「……そう、つまり貴方の目的はそれを打ち倒す事なのね」
「打ち倒すんじゃなくて、革命だよ革命。革命をするんだよ、そこは間違えてほしくないな」

余程拘りがあるのか、その言葉は強い。
だが、その違いが亜理子には正確には理解できなかった。
そこで言葉は途切れる。
探偵は今の話を自分の頭ン中で整理する様に押し黙り無言のまましばらく進んだ。

「この辺かな、えっと」

先導していた案内役が草原の中心で足を止めた。
それを目的地にたどり着いたのだと解釈したのか、ワールドオーダーは興味を失ったように亜理子から視線を外し何かを探すように足元を見た。
失せ物探しに意識を裂くその様子を、探偵は鋭い瞳で見つめる。
それは決意を固めるような、何かに踏ん切りをつけようとしているような様子だった。
そして、彼女は一つ息を吸うと、意を決したように口を開く。

「この事件の犯人は、貴方よ――――――――ワールドオーダー」

いつか誰かに言われたように、探偵はそんな分かり切った事実を告げた。
その言葉に、足元を見ていた犯人は顔を上げ、興味を取り戻したように探偵へと視線を向ける。

「解決編には、まだ早いと思うけど?」

そう言って笑いながらも、容疑を否認するつもりはないようだ。

「それで? 一応聞くけど、僕が何の犯人だと言うんだい?」
「全てよ。文字通りあなたが全ての元凶だった」

目の前の相手への恐怖をそれを上回る敵意で押し殺して、ぐっと気を張り凛とした態度で言い放つ。
強がりにも見えるその様子が愉しかったのか、男は口角を更に吊り上げた。

「全てとは?」
「文字通りよ、この殺し合いだけじゃない。この世界で発生している異変や犯罪。その全ては貴方の元に繋がっていたのよ」

余りにも突拍子もない話に呆れたのか、男は困ったように肩を竦めた。

「また大きな話になったね。少し妄言が過ぎるんじゃないかな?
 けどまあ一応、根拠を聞こうか? 君がそう言い出す以上何か確証があるんだろう?
 何故そう思ったのか、君の推理を聞かせてくれ」

楽しげに愉しげに犯人は探偵を試すように、謎解きの先を促した。
その言葉に応じるように、探偵はクールに髪をかきあげ意識を切り替える。
ただの女子高生ではなく、ましてや魔法少女でもなく、謎を解く探偵の意識に。
ここから先は探偵としての戦いである。


443 : 音ノ宮少女の事件簿 ◆H3bky6/SCY :2015/09/04(金) 22:58:32 dpsIH5S.0
「まず、この結論に至ったのは私の元に届いた一枚のメモが切っ掛けだった」

そう言って探偵は胸ポケットから折りたたまれた紙切れを指に挟んで取り出した。

「このメモには貴方についての考察が書かれていたわ。
 考察はいくつかあったのだけど、その中で注目すべきは二点。
 貴方に『自己肯定・進化する世界』を付与できなかったという点と。
 貴方が『自己肯定・進化する世界』によって永久を長らえているかもしれないと言う点よ」

そう言ってメモを相手へと見せつける様に開く。
それを見た犯人は興味なさげにへぇと呟いた。
幾つかある考察の中から探偵がこの二つに注目したのには当然ながら理由がある。

「この二つの条件は矛盾する。
 つまり、どちらかの条件が間違いであるという事になるわ。
 まあその程度の事はこのメモを書いた人間も気付いていたのでしょうけど、結論には至れなかったみたいね」

『自己肯定・進化する世界』が付与できなければ永久を長らえることはできないし。
永久を長らえているのなら『自己肯定・進化する世界』を付与できないとおかしい。
通常であれば間違いはどちらかを突き止める話になるのだろうが探偵の場合は違った。
あり得る可能性を模索し提示する事こそ探偵の仕事だ。

「けどね、考えられる可能性はもう一つある。
 事はもっと単純だったのよ。貴方はコピーしなかったわけでも、出来なかった訳でもない」

探偵はここで少し言葉を切り、別の可能性を示唆する。

「単に――――コピー出来なくなったのよ。
 つまり、これまでは『自己肯定・進化する世界』の能力もコピーもできていたけれど、それがいつからか出来なくなってしまった。
 これなら両方の条件を満たせると思わない、どうかしら?」

絡みついた矛盾の糸を快刀乱麻の言葉が断ち、探偵は犯人へと問いかける。
言葉の刃を突きつけられた男は変わらず笑みを絶やさぬまま問いを返す。

「そうだね。矛盾はなさそうだ。けれど、何故できなくなってしまったんだろうね?」
「さあ、そこまでは分らないわ。けど推理ならできるわよ。
 どんなモノでもコピーを繰り返せば情報は劣化する。そしてそれは貴方の能力も例外じゃなかった。
 長い間何度も何度もコピーを繰り返して、ついにコピー能力がコピーできないまでに劣化した。そんな所じゃないかしら?」

その推察に肯定も否定も返ってはこなかった。
男はただ変わらぬ薄ら笑いを浮かべている。
その感情は読み取れない。

「そしてここに気付く事が出来れば、それを前提として色々と見えてくるわ。
 貴方の状況。そして霞に紛れていた貴方という人間が見えてくる」

一つの真実が見えれば、それを突破口として次の真実へとたどり着ける。
それが探偵という生き物だ。
次の真実へとたどり着くために探偵は推理を続けた。
ワールドオーダーという怪物を知るために、彼という人間についての推理を。

「貴方には神への革命という大きな目的がある。
 私からすれば荒唐無稽なものだけれど貴方にとっては本気で追い求める価値のある目標なのでしょうね。
 だから、その目的の為に色々と手を尽くしてきた。それでも未だ届かずトライ&エラーの繰り返しゴールは未だに遠く見えない。
 けれど貴方は焦る事なんてなかった。何しろ自身のコピーを作り出せるあなたには無限の時間がある
 どれだけ時間がかかろうとも何時か辿り着けると高を括っていた」

時間という制約がなければ可能性は無限だ。
天文学的数値だろうと、無限の試行回数で引き当てられるし。
1cmずつでも進んで行けるのなら、いつか月にだってたどり着ける。
それならば目的地がどれほど遠くとも、焦る必要などどこにもない。


444 : 音ノ宮少女の事件簿 ◆H3bky6/SCY :2015/09/04(金) 22:59:10 dpsIH5S.0

「――――けれど、そうじゃなくなった」

だが、その大前提が崩れた。
無限は有限へと早変わりする。

「焦ったでしょうね。無限に思われた時間に突然制限が出現したんだから」

目的地まで続いていると思っていた道が唐突に途切れた。
何時か必ず辿り着ける場所は、辿り着けない場所へと遠ざかってしまう。
それはどれほどの絶望だっただろう。

「だから、貴方はそこから形振り構わなくなった。
 自身の複製を繰り返してきた貴方はこれまできっと長い歴史の裏で暗躍していたんでしょうね。
 そうであるにもかかわらず、尻尾すら掴ませなかったのは素晴らしい手腕だと感心するわ。
 けれど、そんな貴方がある時期からFBIを初めとした情報機関に尻尾を捉われ始めた。
 私の知る限りでは貴方と思しき男が初めて記録に現れたのは13年前よ。
 貴方が自分の終りを自覚し始めたのもこの辺りからじゃないのかしら?」

探偵は容赦なく男の絶望を暴く。
暴かれた男は動じるでもなく、嫋やかな笑みのままその言葉に聞き入っている。

「そうだね。話の筋は通っている。だが証拠は?」
「今この場にはないわね。けどその辺を探せばいくらでもある筈よ。あなたの悪足掻きの跡が」

亜理子は両手を手を広げて、会場を、世界を指す。
証拠ならばここにあると、そう示していた。

「私が標的にした連中と半数以上が重なっていたから、最初は私も一ノ瀬くんも勘違いしていたけれど。
 貴方が私の情報を参考にしたなんて言うのは真っ赤な嘘なんでしょう?」

亜理子の計画に乗っかったなどとただの戯言だ。
この男の世界はこの男の中で完結している。他者の入り込む余地などない。
この男が誰かの意見を参考にするなどあり得ない。
だと言うのに、参考にしたなどと誤魔化しのようなことを言った時点で探偵は確信した。

「それでも事実として異世界を含めた無限に近い対象から選ばれた74名の半数が私の標的と一致するからには偶然なんて一言では済まされない。
 偶然でないのならば、そこにはなにか明確な理由があるはず。じゃあその理由ってなんなのかしらね?」

その問いに応えはない。
男は不気味に口元を歪ませるだけである。
元より答えなど期待していないのか、変わらぬ男を気にせず探偵は続けた。

「私が標的に選んだ連中の選考基準は世界を歪ます罪人であること。
 世間を騒がす殺人鬼。表社会を歪ます裏社会の殺し屋。破壊を振りまく怪物たち。正義を掲げるヒーローとかいう人殺し。
 そんな所よ。じゃあ貴方の場合はどうしら?」

選ばれたからには何か理由があるはずである。
ではこの殺し合いにおけるワールドオーダーの選考基準は何処にあったのか?

「貴方はこの殺し合いの始まりで『人間の可能性』と、言ったわね。
 それが具体的に何を指しているのかまでは解らないけれど、貴方は人間を使って何かをしようとしている。それはこの殺し合いからして確かな事よ。
 そして、きっとそれが目的の為に必要な行為なのでしょうね。だからこそ貴方の悪足掻きはそこに集約する。人の、何かに」

殺し合いなどを主催する相手だ。倫理観など求められるはずもない。
それこそ人体実験など平気でやるだろう。
この男は何代にも長きに渡り人間に対して何かを行い続けてきたはずだ。

「だから、ここに集められたのはその悪足掻きで生み出された産物なんじゃないかしら?」

その結論を告げる。
この殺し合いの参加者はワールドオーダーが神の革命のために生み出した悪足掻きの産物なのではないか。
それは彼女自身を含んだ最悪の可能性だった。


445 : 音ノ宮少女の事件簿 ◆H3bky6/SCY :2015/09/04(金) 22:59:52 dpsIH5S.0
「そうかな? 普通の学生や一般人もいると思うけど?」
「そうね。つまり貴方が求めるのは強さとかそういうものではないのでしょうね。殺し合いなんかもアプローチの一つでしかない。
 貴方の干渉が直接的か間接的かは知らなし、その全てが1から関わっているとも限らない。ひょっとしたら可能性のある人間を集めるなんてこともしてたのかもしれないわね。
 そうだとすると、うちの学園の生徒が多いのも、あの学園自体が貴方に創られた学校だと考えれば納得できるわ。新設校だものね。
 焦ってそう言うアプローチも試したという可能性も大いに考えられるわ」

はぐらかすような言葉にも一切引かず持論を押し通す。
推論と憶測だらけのとても推理などといえない論だが、これは法律に基づき罪に問うための行為ではない。
相手に認めさせれば勝ちの個人と個人の勝負である。

「つまり、貴方と私の選考した人選が重複していたのは、貴方がそれらを生み出した元凶だから。
 ――――だから貴方が犯人なのよ。貴方は最初から私の敵」

彼女が憎んだ罪人を生み出した元凶。
彼女が許せない犯罪者を作り出した元凶。
全てが始まる前から最初から彼は彼女の敵だった。

「この可能性の何よりの証拠として、こここまで踏み込まれても貴方は私を殺さないじゃない。と言うより、きっと参加者を殺せないのね」

もちろん。私の推理が見当はずれであるという可能性ももちろんあるけれど、と申し訳程度に付け足しておく。

「貴方にとって参加者は実験動物であると同時に目的に達する可能性がある希望だもの。
 目的に達する可能性があるから、その可能性を自らの手で消してしまうのが怖いのよ。時間のない貴方の場合はなおさらね」

一ノ瀬の言った通りだ。
目の前にいるのは矮小で憐れな、ただの失敗を恐れる人間だった。

だが、自らの内面を貶めるような言葉を浴びせられても、ワールドオーダーは変わらない。
まるで壁に話しかけているようだ。彼は変わらず口元に笑みを張り付かせている。

「ここまで言われて何もしないなんて、図星だったかしら?」
「別にどうこう言うほどのことじゃないさ。僕の人格が大きいだの小さいだのはどうでもいい事だろう? 僕としては目的が達成できればそれでいい」

迷いのない言葉。何が起きようとも男は何一つ変わらない。
嘘や誤魔化しではなく、本心からそう思っているのだろう。

「…………まるで目的に憑りつかれた機械ね」
「機械でいいさ。人間性なんてとっくの昔に削げ落ちている」

コピーを繰り返してすり切れた、目的だけが残った残滓。
それがこのワールドオーダーの正体だった。

「だったら私は私の敵を打ち負かすために、その目的を叩き潰すわ」
「叩き潰す? どうやって?」
「そうね、とりあえずこの殺し合いをぶち壊すわ。
 これは悪あがきの一つ? それとも、もしかして集大成なのかしら?
 どちらにせよ、時間の無い貴方にはこれだけ大規模な計画が失敗するのは致命的だと思うけれど」
「くっ…………」

真正面から宣戦布告を叩きつける。
それを受けた男は、これまで張り付けていた表情を崩して苦しげに歯噛みし、そして。


446 : 音ノ宮少女の事件簿 ◆H3bky6/SCY :2015/09/04(金) 23:01:11 dpsIH5S.0
「くっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!」

もはや堪えきれぬと、弾けるような爆笑を漏らした。
その笑いは、これまでの張り付いたような笑みとは質が違う。
どこか空白めいた笑みではなく、何かが詰まったワールドオーダーの笑いだった。
その豹変に見ている亜理子がドン引きして、このまま笑い死ぬのではないかと危惧するほど、何も憚らず狂ったように笑っていた。

「――――あぁ……君が一番近いのかもね」

ゾクリと、奈落の底に落ちたような怖気が奔る。
殺されるというよりも、もっと恐ろしい何か。
唐突に笑いを止めた男の視線が、蛇のように亜理子の体を捕えていた。

「いやまったく、この短時間でそこまでたどり着くとは恐れ入った。やはり、探偵とは侮れない生き物のようだ」
「…………それは、私の推理を認めるという事?」

この問いに対して彼は肯定はしなかった。
ただ否定もせず、曖昧に肩をすくめるだけである。

「切っ掛けはピーリィ・ポールの考察メモか。あいつも厄介な事をしてくれたねぇ」
「ピーリィ・ポール……?」

その呟きに出てきた意外な名前に亜理子が反応する。
あのメモがピーリィ・ポールのモノであるというは亜理子にとって意外な真実だった。
同業者として存在は知っているが、他者に何かを伝えようという性質ではなかったはずなのに。

「それに一ノ瀬くんの入れ知恵も、かな?」
「――――――」

目の前の男の口から彼の名前を聞いて、それがなんだが意外な事の様に思えて、少しだけ言葉を失ってしまった。
すぐさま気を取り直した亜理子は、一つ咳払いをしてその声に答える。

「そうね。一ノ瀬くんの人物評がなければ、きっと辿り着けなかった」

亜理子や、あの死神ですらワールドオーダーを超常者としてしか見ていなかった。他の参加者もそうだろう。
その中で唯一、一ノ瀬だけがこの男を哀れなただの人間として見透かしていた。
それを知っていたからこそ、この男が追い詰められた結論にたどり着くことができたのだ。

「さて、これで私の勝利条件は明確になった訳だけど」

このワールドオーダーではなく、主催者として高みで見ているワールドオーダーが最期の世代だ。
あれと同じ世代のワールドオーダーが今現在世界にどれだけいるかは分からないけれど、この世代の目論見を潰していけばワールドオーダーの野望は潰れる。
長年をかけて追い求めてきた目的の失敗。それは彼にとって完膚なきまでの敗北だろう。
そうしてそれが、彼の敵である彼女の勝利条件である。

「いや、これはこれでいい展開さ。僕にとってもね」
「それって強がり?」
「さて、どうだろうね」

そう応える様子は先ほどのことなんてなかったかのように、また張り付いた笑みに戻っていた。
永遠に変わらないようなそんな笑みに。


447 : 音ノ宮少女の事件簿 ◆H3bky6/SCY :2015/09/04(金) 23:02:17 dpsIH5S.0
「お、あったあった」

唐突にそう言って小走りで草むらに向かうと地面から何かを拾い上げる。
それは月白氷の首輪だった。
どうやらこれまで推理を聞きながらもその捜索は続けていたようだ。
ワールドオーダーはそのまま拾い上げた首輪を亜理子へと投げ渡す。
急な事に少し慌てながらも、亜理子はその首輪を何とか地面に落とさず受けとめる。

「…………何のつもり?」
「素敵な推理のお礼だよ。調べてみるといい」
「わざわざこれを回収しに来たんじゃないの?」

亜理子に道案内をさせてまで回収したにも関わらず、それをあっさりと手放すと言うのはどいうことなのだろうか。

「いいんだよ。これがこのまま放置されいるのが問題であって、参加者の手にある分には問題ない」

つまり亜理子の手に渡るのも彼の計画の一部、という事になる。

「……捨ててやろうかしら」
「ははっ。そんな感情で判断を下す君じゃないだろう?」

その通りである。
癪ながら、きっと捨てることなく亜理子は言われるがままこの首輪を調べるのだろう。
それがベストな判断だと理解しているが故に衝動的な行動などできない。

「じゃあここでの用事も済んだし。僕は次の仕事があるから行くよ。
 次に君に会うとしたら最終局面(クライマックス)かな? まあ君には期待してるから、頑張って」

そう後ろ手に手を振って、ワールドオーダーは歩き出した。
その背を見送りながら亜理子はひとまずの勝利に息を吐く。

これまで謎を解くときは他の容疑者や警察と言った阻止力が存在する空間で行ってきた。
だから、こうして犯人と一対一で対峙するのは初めての事だ。
よく殺されなかったものだと安堵する。

殺されないという推察はしていたものの、その推察が外れていれば命はなかっただろう。
だが、彼女は勝利した。
ひとまず第一ラウンドは彼女の勝利と言っていい。

だが暴かれたのはワールドオーダーの置かれている現状についてだ。
ワールドオーダーの目的。神への革命についてはまだ謎が多い。
彼に完全勝利をするためにはこの謎を解き明かす必要があるだろう

【A-8 草原/昼】
【主催者(ワールドオーダー)】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、携帯電話、ランダムアイテム0〜1(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを促進させる。
1:オデットの元へと向かい対処する。
※『登場人物A』としての『認識』が残っています。人格や自我ではありません。

【音ノ宮・亜理子】
[状態]:左脇腹、右肩にダメージ、疲労(中)
[装備]:魔法少女変身ステッキ
[道具]:基本支給品一式×2、M24SWS(3/5)、7.62x51mmNATO弾×3、レミントンM870(3/6)、12ゲージ×4、ガソリン7L、火炎瓶×3
    双眼鏡、鴉の手紙、首輪探知機、月白氷の首輪
[思考]
基本行動方針:この事件を解決する為に、ワールドオーダーに負けを認めさせる。
1:ワールドオーダーの『神様』への『革命』について推理する。


448 : 音ノ宮少女の事件簿 ◆H3bky6/SCY :2015/09/04(金) 23:02:34 dpsIH5S.0
投下終了です
そろそろ放送の季節ですね


449 : 名無しさん :2015/09/05(土) 03:14:43 3Dj4u.LY0
投下乙です
読者視点で未知だったWOの動機、参加者、その中でやたら多いWOの手にかかった人間に対して
アリス視点で全部推理して回答を出しやがった…
そして導かれた答えはこのロワの中で最も壮大な真実とWOを見る上で小さく見なければいけない理由
参加者がここで生存を掴まなければならないように主催者もまたここで神への革命を起こさなければならない
主催と参加者の戦いの有り様がハッキリしたな


450 : 名無しさん :2015/09/12(土) 00:05:02 yOYWqoyc0
第二放送案の募集を開始します。
募集期間は9/12の00:00:00〜9/18の23:59:59まで
放送案はしたらばの仮投下スレに投下してください
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/16903/1412084715/

放送案が複数集まった場合9/19の00:00:00〜23:59:59に投票を行います


451 : 第二放送 -世界の現在- ◆H3bky6/SCY :2015/09/19(土) 03:19:03 BxPgnWWI0
何もない部屋だった。

いや何もないと言う表現には大いな語弊があるだろう。
部屋の中央には厳かな雰囲気を醸し出すブラックガラスのテーブルと革張りの大きなソファーが堂々と鎮座しており、壁際には年代物の時計が飾られ静かに時を刻んでいた。
他にも部屋の隅々には幾つかの調度品か並べられており、派手さがないものの一つ一つが素人目に見ても手入れが行き届いた高級品であると分かる。

だが、これほどの調度品に囲まれているにも関わらず、この部屋全体から感じられる印象はどこか無機質で生活感が感じられない。
部屋はその人間性を表すと言うが、虚飾に満ちたこの部屋には主の心を示すように何もかもがあるのに何もない。
そんな部屋だった。

「やあ、お待たせしたね」
「いえいえ、お気遣いなく」

この部屋の主である男は来客を出迎えていた。
真っ白なコックコートに身を包んだ男である。
目深に被った妙に長いコック帽でその目元は見えず表情は読み取れないが、口元には優し気な微笑が称えられていた。

男の対面にある来客用のソファーに、ちょこんと腰かけるのは小柄な女である。
女の衣服は量販店に売られているような安物のようだが、うまくアレンジして着こなされており安っぽい印象は感じられない。
胸元は深く開かれ、そこからは見せつけるようにたわわな双丘を覗いており、隠しようのない熟れた女の色香が漂っている。
だがその目を引くような色香以上に、見る者の目を惹きつけるのは背中から生えたコウモリのような黒い翼だろう。
パタパタと小刻みに動くその様は、それが作り物ではない事を如実に伝えていた。

「すまないねサキュバスさん。魔王様は今“話を聞ける”状態じゃないから、報告は僕が代理で聞かせてもらうよ」
「いやいや、お気になさらず。魔王様もお忙しい方ですからねぇ」

サキュバスは仲介役として現れた目の前にいる男の正体に疑いを持っていなかった。
魔王が密かにサキュバスに依頼した密約の内容を詳細に知っていたという理由もあるが。
これまでだって連絡に仲介役を遣わすことはよくあった。
と言うより、むしろ魔族の頂点たる魔王が末端でしかない構成員に直接接触してきた今回の方が例外的な出来事である。

魔王を出し抜いてサキュバスに連絡を取れる者がいるとは思えないし、何よりあの魔王が死ぬなど彼女は露ほども想像していない。
そんなありえないことを考慮するよりも、彼女の興味は机の上に注がれている様である。

テーブルの上には高級そうなティーカップと、宝石のように輝く果実の乗ったケーキが置かれていた。
暖められた美しい絵柄のカップにティーポットから透明感のある黄金が注がれてゆく。
白い湯気が揺れ、重厚で華やかな香りが周囲を満たしサキュバスの鼻孔を擽る。

紅茶とケーキ。その一部の隙もない組み合わせの美しさにサキュバスが目を輝かせた。
夢魔とは言え女子である。主食が淫夢であったとしても甘いものは別腹だ。
何よりケーキなどという贅沢品、異世界で貧乏暮らしを送るサキュバスではなかなかお目にかかれない代物である。

「それじゃあ、魔王様に依頼された件に関して報告を聞かせてもらおうか」

すぐにでもケーキにパクつこうとフォークを構えてたサキュバスの手が止まる。
流石に仕事の話となれば後回しにしておく訳にもいかない。下っ端組織人の辛いところだ。
未練がましくも手にしていたフォークを断腸の思いでテーブルに置くと、少しだけバツが悪そうに宙へと視線を泳がせた。

「……えっとですね。魔王様に指示された通り何個かの組織に潜入してみはしたんですよ?
 まあ夜だったから夢に侵入しやすくて情報収集自体は簡単だったんですけど……なんと言うかですね、全体的にそれどころじゃなかったっていうか…………」
「へぇ。それどころではないというのは?」

どうにも歯切れが悪いサキュバスに対して、男は焦るでもなくゆっくりと問いかける。
その穏やかな口調に怒られることはないのかな? と安心したのか、サキュバスはおずおずとその先を語り始めた。

「何でもボスだか何だかが消えたとかでバタバタしてたようでして。
 お蔭で魔王様が巻き込まれたとかいう殺し合いの情報はあんまり得られなかったんですよねぇ……。
 というか6時間ちょいで調査しろとか無理ありません? あの人たまに自分基準でスゲェ無茶ブリしてきますよね?」


452 : 第二放送 -世界の現在- ◆H3bky6/SCY :2015/09/19(土) 03:19:43 BxPgnWWI0
ここぞとばかりにサキュバスは愚痴をこぼした。
無論魔王とてそう簡単に手がかりがつかめるとは思っていないだろうが、取っ掛かりすら掴めなかったと言うのは斥候役としては恥じるところがある。
その愚痴は己の痴態を誤魔化すという意味合いも含まれたのかもしれないし、なかったのかもしれない。
男はサキュバスの愚痴に対して何を問い詰めるでもなく、うんうんと優しい頷きを返した。

「けれど、消えたと言ってもそう騒ぐほどの事なのかな? 子供じゃあるまいし、そんなのは一時的なものかもしれないだろう?」
「いやまあ、完全に音信不通ってのは問題ではあるみたいなんですけど。
 確かにいなくなったのは昨日今日の話みたいで、それだけなら私も騒ぎすぎだとは思うんですけどね」

同意しながらも、先を言いにくそうに口をまごつかせる。

「……それよりも問題はですね、どうやら複数の組織の要人が同時に消えている事みたいでして。
 さらに言うなら、まずいのは複数の組織から要人が消えたって情報が各々の組織に知れ渡ってるって状況ですかね」
「ああ。なるほど」

それがどういう事なのか容易に想像がつくだろう。
同時多発的ともなれば偶然では済まされない。
何か起きていると理解させる凶兆としては十分である。

「中でもブレイカーズの藤堂兇次郎ってのが鬼の居ぬ間に何かドでかい事しようと張りきっちゃってるみたいで。
 それに秘密結社だけじゃなくヒーロー側も結構な大物が消えたとかで犯人探しに躍起になってるっぽいですし。
 もう世界がいつ爆発してもおかしくない火薬庫みたいになってて、まったく、何が起きてるのかは知らないですけど迷惑な話ですよ」
「そうだね」

世界の現状にサキュバスが不満気な息を漏らした。
正直サキュバスにとって次に攻める予定の世界がどうなろうと知ったことではないのだが、偵察として今現在生活をしている世界が焦土と化すのは迷惑極まりない話である。

「だから魔王様の巻き込まれた殺し合いって言うのに関してはあんまり探れなかったんですよねぇ……。
 すいません! ですので魔王様に報告される際にはどうかうまく取成しておいてください!」

おなしゃっすと勢いよく頭を下げる。
その勢いで背中の羽がブルンと揺れた。

「ええっと…………何でしたらサービスしますので」

頭を下げた体制のまま、夢魔らしく胸元の谷間を見せつけるようにチラつかせた。
男ならすぐさま飛びつくような夢魔の色香を前にしても男は特に欲情するでもなく、冷静にいやいやと首を振る。

「そこまで悲観したものじゃないさ。
 ひょっとしたら魔王様が巻き込まれた殺し合いってのとその大量消失が関連してるかもしれないしさ」
「あっ。なるほど。それはあるかもですね」

ポンと手を打つ。
別世界の事だからと、無意識にそこを紐付けて考えていなかった。
言われてみれば、確かにその可能性は大いにある。

情報収集は無作為に探すよりも、何か中りを付けて調査した方が圧倒的にやりやすい。
その辺に中りを付けて調査すれば何か新しい事実が見えてくるかもしれない。

「何にせよ、そう萎縮しないでも大丈夫だって。魔王様に怒られることはないから。
 まあ、報告も終わったんだし、気にしないでゆっくりとお茶でも飲んでいきなよ」
「…………?」

ハッキリと断言する様子に一瞬の疑問符を浮かんだが。
それよりもずいと差し出された机の上に広がる甘い誘惑には抗えなかった。

サキュバスはフォークを手にするとわーいと諸手を挙げて念願のケーキに手を付ける。
程よい弾力を返す柔らかなスポンジをフォークで小さく切り分け口へと運んだ。
その旨味にサキュバスが表情を蕩けさせた。
舌に広がるクリームのまろやかな甘みにフルーツの爽やかな酸味が引き立つ。

スポンジに水分を奪われ、少し乾いた口内を潤すように紅茶を一口。
熱々の紅茶は少し苦みのあるがあるが、すっきりとした後味で飲みやすい。
そして少しの苦みがまたケーキの甘みを引き立てる。
サキュバスはあの世界はあまり好きではないが、甘味とサブカルチャーだけは評価せざる負えない。

普段摂取できない甘味を存分に堪能するサキュバスだったが。
ここでふと我に返り、目の前の相手を無視したままがっつくのも失礼かな、と思い至った。


453 : 第二放送 -世界の現在- ◆H3bky6/SCY :2015/09/19(土) 03:20:12 BxPgnWWI0
「そういえば、貴方ってなんでこんなことをしてるんですか?」

それはサキュバスからすれば何の気もない雑談程度の、何故人間なのに魔族に協力しているのかという問いだった。
別段魔族に協力的な人間という事自体はそれほど珍しいモノではない。
魔族を利用しようとする者。魔族を信仰する者。人間に絶望した者。
そう言う人間は何時の時代もそれなりにいる。

だけど、何となくサキュバスには目の前の男はそのどれとも違うように思えた。
その問いを受け、男はソファーに深くもたれかかると、にやけていた口元を少しだけ難しそうに結んだ。

「そうだねぇ。理由は至極個人的なモノだよ。単純に僕はそれがどうしても我慢ならない性質でね。そうせずにはいられなかったんだ」
「はぁ……そうなんっすか。あ、美味しいですねこのケーキ」

返答がよくわからなかったのか、それとももとより興味がないのかサキュバスは気のない相槌を返した。
自分から聞いておいてこの態度である。
しかしながらここで会話を切っては印象が悪いので、とりあえずケーキをつつっきながら社交辞令的に話を膨らませる事にした。

「こういう事はいつ頃からしてらっしゃるんですか?」

問われた男は考えるように小さく唸ると、何かを思い出すように遠くを見つめた。

「……さて、始めたのはずいぶんと昔の事だったからね。正確な年数はもう忘れてしまったよ」
「ずいぶんと昔って、まだお若く見えますけれど、お幾つなんですか?」

少なくともサキュバスの目からは若者と呼ばれる年齢に見える。
その問いに男は微笑を湛えていた口元を悪戯に歪ませた。

「――――1万歳」

突拍子のない答えに何つまんない事言ってんだこいつと思わず呆れ顔をしてしまったが、空気の読める子サキュバスはこれはいかんと瞬時に切り替える。

「はは、魔族相手にその手の冗談はないですよー。
 魔族で一番の長寿である暗黒騎士様でも4千歳なんですからぁ」

サキュバスはとりあえず笑っとくか、みたいな感じで愛想笑いを返す。
それに釣られる様に男もハハハと笑った。

「まあ1万歳は冗談にしても、少し長く生きすぎて正確な年齢は覚えていないと言うのは本当のところでね」
「はぁ、そういう物ですか」

確かに悠久を生きる魔族の中にはいちいち細かい年齢など覚えていない者もいる。
だが、刹那しか生きられない人間の場合でもそういう物なのだろうか?
例え若作りだったとしてもどう見ても、目の前の相手はボケの始まるような年齢には見えなかったけれど。
何にせよ人間的な感覚のわからないサキュバスでは考えるだけ無駄だろう。
ひょっとしたら年頃の女性の様に年齢を隠したいだけかもしれない。

「ごちそうさまです。大変おいしゅうございました」

丁寧に空になったケーキプレートにフォークを乗せ、感謝を示すように両手を合わせる。
そして、ナプキンを手に取って上品な動作で口元を拭った。

「気に入ったんなら、もう一つどうだい?」

余りにも魅力的過ぎる誘惑である。
滅多にない機会にここで食い溜めてやろうと言う意気込みを見せるサキュバスだったが、このまま成果なしの状況で分不相応の報酬を甘受できるほど精神が太くもない。
そんな事が魔王や直属の上司に知れたらどんな大目玉をくらうか想像するだけで恐ろしい。

「うぅっ。そうしたいのはやまやまなんですけど、そろそろ戻って調査の続きをしないといけないですので……」
「そう。だったら持ち帰り用に包もうか?」
「え!? いいんですか!?」

この提案を断る理由などあるだろうか、いやない。
サキュバスは二つ返事で了承すると、男は持ち帰り用の箱にケーキを包むため奥の部屋へと向かっていった。

一人取り残され手持無沙汰になったサキュバスは冷えた紅茶をズズっと啜りながら周囲を見渡す。
立ち並ぶ幾つもの調度品に、奥には男が向かっていった小さな扉が一つ。
パティシエのような男の恰好やケーキを包みに行ったことから、恐らくキッチンか何かがあるのだろうとサキュバスは想像する。


454 : 第二放送 -世界の現在- ◆H3bky6/SCY :2015/09/19(土) 03:20:30 BxPgnWWI0
そしてサキュバスの座っているソファーを挟んだ対面には扉が二つ。
扉の一つはサキュバスが入ってきた入口である、そちらは別にいい。
だが、もう一つは何処に繋がっているのだろうか?
興味のそそられたサキュバスが席を立ち、もう一つの扉に近づき手を掛けた。

「ああ、そっちの扉は開けない方がいいよ。少なくとも君の世界に繋がってなかいから」

こっそり先を覗こうとしたところで、奥から男が戻ってきたようである。
好奇心による行動を注意され、えへへと誤魔化すようにサキュバスは笑い扉から離れた。
男もそれ以上咎めるつもりはないのか、扉の前に佇むサキュバスの元へと近づくと、手にしていた白い箱を手渡す。
それを受け取ったサキュバスの羽が犬の尻尾のように嬉しそうに揺れた。

これでもう完全にここでの用件は済んだ。
ならばこれ以上留まる理由はないだろう。

サキュバスはまた調査の対象となっている世界に戻るべく、入ってきた扉の方へと向き直った。
そして紙の白箱を大事そうに抱えたまま男に向かってぺこりと頭を下げる。

「何から何まで、ありがとうございました。えっと……」

別れの挨拶をしようとしたところで、そう言えば、今更ながら目の前の男の名前を聞いていない事に思い至った。

「そうだね、僕の事はとりあえず革命屋とでも呼んでくれ」

どう考えても渾名かなにかだがそんな細かい所は気にしない。
それよりもサキュバスにとっては重要な事がある。

「あっそうですか。それでは革命屋さん、ありがとうございました、なにとぞ魔王様にもよろしくお伝えください」

怒られたくないサキュバスにとっては上司のご機嫌伺いの方が重要である。
そんなビジネスマンのような挨拶を残して、何も知らないサキュバスは元の世界へと戻って行った。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


455 : 第二放送 -世界の現在- ◆H3bky6/SCY :2015/09/19(土) 03:20:40 BxPgnWWI0
やあ、二回目の定時放送の時間だ。
まずはここまで生き残ったキミらに惜しみない賞賛を送ろう。
おめでとう。君たちはここまでの生存競争に生き残った。
君たちは優秀だ。
その優秀性をこれからも証明し続けてくれ。

では、まずは前回と同じく禁止エリアの発表から行う訳だが、個別エリアの発表の前に一つ世界を狭めようと思う。
具体的に言うとAとKのライン、1と11のラインをすべて禁止エリアとする。
つまり地図上で言う所の外枠が一つ狭まったという事だね。
まあほとんどは海や島な訳だから影響は殆どないと思うけど、近づかない様に注意してくれたまえ。
君たちもここまで生き残ってうっかり禁止エリアに足を踏み込んで死ぬなんて間抜けな死に方は嫌だろう?

それじゃあ続いて通常の禁止エリアの発表を行こう。
では発表する、追加される禁止エリアは。

『D-6』
『D-8』
『E-3』
『F-5』
『H-10』
『I-6』

以上だ。
前回よりも少し指定エリア増えたが、ここまで生き残った君たちならばどうという事もないだろう?
それでは続いて前回から脱落した、死亡者の発表に移ろうか。

03.アザレア
04.麻生時音
05.天高星
08.一ノ瀬空夜
12.尾関夏実
13.尾関裕司
18.上杉愛
19.鴉
21.京極竹人
22.クリス
28.榊将吾
36.スケアクロウ
39.大神官ミュートス
44.ディウス
46.時田刻
47.長松洋平
60.覆面男
64.ミリア・ランファルト
71.リヴェイラ

以上だ。
これで早くも生存者は半数を切った訳だ。
半日でこのペースはなかなかいい調子だね。

じゃあまた制限時間を狭めよう。
今度は2時間だ。2時間死者がでない時間があれば1名の首輪を爆破する。
まあもっとも今のペースを考えるとこのルールが適用されることはなさそうだけどね。
ただ忘れないよう頭の隅にでも留意しておいてくれ。

第二放送は以上となる。
次も今回と同じく6時間後だ。
それまで生き残れるよう頑張ってくれたまえ。


456 : ◆H3bky6/SCY :2015/09/19(土) 03:21:44 BxPgnWWI0
第二放送の投下を終了します
第二放送以降の話の予約解禁は9/20 00:00:00からとなります


457 : ◆H3bky6/SCY :2015/09/29(火) 21:57:11 kZD2tCrE0
投下します


458 : 私の運命の人 ◆H3bky6/SCY :2015/09/29(火) 21:57:59 kZD2tCrE0
神の啓示の様に、失われた命の名が天から告げられる。
この6時間の間にまたしても大量の犠牲者が出た。
その事実は多くの者の心に深い絶望という爪痕を残すだろう。
だが、その犠牲の重みに心を痛めながらも、挫けることなく絶えず未来を見据える者たちがいた。
対主催を掲げ堂々と立つのは、月の化身たる白銀のヒーローと善良なる悪の首領の二人である。

「氷山くん。今の放送、どう思う?」

放送を聞き終えた白兎は、相棒へと問いを投げた。
この相棒は思考力はいささか頼りないが発想力はそれなりに頼りになる。
自分一人で考えるよりは、考えを纏めるための取っ掛かりにはなるだろう。

なにせこの放送は主催者から情報を得られる数少ない機会なのだ。
例え得られた情報が僅かとはいえ、少しでも考察は進めておきたい。
話を振られたリクは真面目な顔で少しだけ考え込んで率直な考えを述べた。

「外枠全部禁止エリアってのもそうだし、2時間の制限時間もそうだが、ずいぶんと狭めてきたって印象だ。
 とは言え、これまでの流れを鑑みるなら、奴の言う通りその制限に引っかかる可能性は薄いとは思うがな」

それはこれ以降も死者は出るだろうと言うシビアな予測に基づく発言だった。
その悲劇を止めるのが役割のヒーローではあるのだが、理想論ばかりではヒーローは務まらないのも事実である。
殺し合いをするために集められた人材なのだから当たり前と言えば当たり前だが、余程の危険人物がいるのだろう。
現状の異常と言っていい死亡率を考えるに、2時間死者が出ない状況というのは考えづらい。

「そうね。けれどそれもこの辺がギリギリのラインだと思うわ。
 順当にいけば次の放送で制限時間は1時間に、行動範囲ももう1回り狭まる可能性は高い。
 そうなると、さすがにこのルールも無視できなくなってくるでしょうね」
「まあそうだろうな。というかそれが狙いだろ?」

人が減れば必然的に死亡ペースは落ちるし1時間なら偶然間が開く事も十分にあり得る。
そうなると、嫌でも制限時間を意識せざる負えず、強迫観念に駆られて凶行に走るものも出てくるかもしれない。
殺し合いを促進する主催者側の狙いはそんなところだろう。

わざわざ問うまでもない事だと言った風にリクは言うが、白兎は何やら渋い顔をして考え込む様子を見せていた。
どうやら彼女の考えは少し違うらしい。

「それにしたって……展開が性急すぎると思わない?」
「そうか? まあ確かにこちらとしてはキツくなったとは思うが、むこうからすれば元からそう言う予定だったんじゃないのか?」

そのリクの言葉を否定するように白兎が首を振る。

「多分それはないわ。支給された食料は三日分はあった。つまり主催者側は最大三日程度を想定していたという事。
 全員飢え死になんて間抜けなオチを望んでいない限り多少の余裕は持たせているのでしょうけど、ここまで性急に事を運ぶ予定だったと言う事はないはずよ」
「そりゃまあそうかもだけど。単純に脱落者のペースが予想以上に速いから進行をそれに合わせただけじゃないのか?」

第一、第二と放送で発表された死者の数はハッキリ言って異常なペースである。
それに合わせて全体の進行を速めたというリクの言葉は理屈としては一見何の矛盾もないように思える。

「逆よ。こういうやり方は膠着している場を無理やり動かすために用いるカンフル剤のようなモノなの。
 順調に事が進んでいるのならば無理に手を加える必要がないわ。逆効果になりかねない」

どのようなモノであれ手を加えると言うのは相応のリスクを伴う。
流れが来ていると思って倍プッシュして破産なんて珍しくもない。
今のように順調に進んでいる段階で行うものではないし、行うのなら膠着してからでも遅くはないはずだ。

「けれど、主催者は殺し合いの進行を速めた。
 それは間違いない事実。だったらその理由には一考の余地があると思わない?」


459 : 私の運命の人 ◆H3bky6/SCY :2015/09/29(火) 21:58:34 kZD2tCrE0
主催者が進行を急ぐ理由は何か。
そんな白兎の問いかけにリクが頭を捻る。

「理由ね……例えば、国選ヒーローの手が回りそうで焦って進めたとかか?
 まあ、そうだったら呑気に放送なんてしてないで荷物纏めて逃げ出してるだろうけど」
「確かに助けが来る可能性は低いとは言ったモノの、それもない話じゃないわ。
 けど、これだけ大がかりな事をしているわけだから、そう言う介入は当然ある程度は想定して対策は打っているはずなのよ」

裏表問わずこれだけの要人を拉致していれば穏便になど済むはずがない。
事件は確実に発覚するし、関係者は犯人探しに躍起になるだろう。
その程度の予測を、あの男が立てられないとは思えない。

「まあ、そうじゃなければただのバカだからな」
「そうね。そんなバカに拉致られたとは思いたくないからその線で考えるとして。
 対策を打っている以上、そう簡単に主催側の事情は揺らぐものではないはずよ」

そう簡単に外的要因で揺らぐことは考えづらい。
そうなると内的要因による変化である考えるのが妥当なのだが。

一枚岩でない組織の場合い内輪揉めで内部分裂なんてよくある話だ。
だが奴は単独犯である可能性が高い上に、自身を作る洗脳めいた能力がある。
内部崩壊で自滅などという可能性は低いだろう。

外部でも内部でもない。
そうなると何があるのか。
白兎は難しい表情のまま、考え込むように腕を組んだ。
それが彼女が自分の世界に没頭するための仕草だと知っているリクはそれを邪魔せぬよう口を閉じる。

「…………そうね、変化でないとしたら、もしかしたら……最初からそうだったのかも」

そのまま暫く考え込んでいた白兎の口から出たのはそんな言葉だった。
それを聞いたリクは肩を竦める。

「だからそう言ってるだろ。最初からそう言う予定だったんじゃないかって」
「そうじゃないわ。そうじゃなくて」

白兎は組んでいた腕を解きピンと指を立てる。
まるで教師か何かのようだなとリクは場違いな感想を抱いた。

「状況が変わって焦ってたんじゃなくて、もしかして彼は最初から焦っていたんじゃないかしら?」
「はい?」

リクは素っ頓狂な声を上げると、その言葉を理解しかねるのか渋い表情で首を傾げた。

「根拠を聞こう」
「状況証拠しかないけれど、これまで裏の裏で暗躍していた奴がいきなりこれだけ大掛かりな事をしたのも、何かに追いつめられていたから、と考えれば説明つかないかしら?」

なるほど確かに、ゲーム進行の速さだけを見るのではなく、この事件全体を見ればそう言う結論も見えるだろう。

「けど社長。焦ってる奴にこんなことしてる余裕があるのか?」
「焦っているからこんな事をしているのかもよ?」

意味ありげな白兎の言葉にリクがさらなる疑問符を浮かべる。

「どういう意味だ?」
「さあ、どういう意味なんでしょうね?」
「おいおい」

呆れ声を出すリクに、白兎は少しだけ申し訳なさそうに眉をひそめて苦笑する。


460 : 私の運命の人 ◆H3bky6/SCY :2015/09/29(火) 21:59:02 kZD2tCrE0
「ごめんなさい。そこに関しては本当にわからないのよ。
 そしてそれが問題。未だにこの殺し合いの目的が見えない」

何かを始めた以上、必ず何か目的が存在するはずだ。
これだけ大掛かりな事であればなおさら理由もなしには始めない。
この殺し合いの裏に何か大きな野望が渦を巻いているはずである。
だが、その目的が未だに霞に隠れて見えずにいた。

「悪趣味な娯楽としてどこぞの好き者たちの見世物にしてるっていうのはないと思うわ。
 もしそうだったら終了を急ぐ必要はないでしょうし、むしろ長引かせるでしょうね」
「だったら何かの魔術的な儀式だとか?」

リク自身は詳しくないが、仲間内にいるそう言う儀式を得意としているメンバーから聞いたことがある。
壺に閉じ込めた虫同士を殺し合わせ最後に生き残った虫に呪力を集める蠱毒という儀式があると言う。

「確かに蠱毒めいてはいるけれど、どうかしらね。
 多分私が思うに、この殺し合いは手段なのよ。何か目的のための手段。
 仮にこれが蠱毒だったとして、それで生まれた物を何に使うつもりなのかしら?」

主催者の目的なんなのか。
この殺し合いを使って何をしようとしている?
何かヒントがないかとリクはこの殺し合いの始まり、最初の場所での主催者の言葉を思い返す。

「……確か『革命』、だったか?」
「そうね。そして『神様』について語っていた時の態度も気になるわ」

他にもいくつか気になる所はあるが。
あの場面でピックアップすべきキーワードはこの二つだろう。
『神様』『革命』そして『殺し合い』。

「単純につなげれば『神様』への『革命』って所か?」
「ただ繋げただけなのは安直すぎる気はするけれど……まあそうなるわね」
「これと『殺し合い』がどう繋がるってんだ?」
「それが、繋がらないのよね。そこを繋げるピースが足りない。
 まあ強引に今ある情報を繋げただけだしね。そもそも神への革命っていうのが曖昧過ぎて具体的に何を示しているのかが分からないわ」
「ま、結局そこだよな。ピース集めをするしかないってことだな」

そう結論付ける。
そもそもこの謎を解くピースがこの会場にあるのかすらわからない。
徒労に終わる可能性の方が高いだろう。
それでもどこかにピース存在する可能性が僅かでもある以上、手は尽くさねばならない。

「正直、参加者が半数を切った段階でまだ情報的に後手に回ってるこの状況は痛いけれど……対主催を掲げているのは私達だけじゃないはずよ。
 私達の知らない情報を持っている人たちがいるはずだし、私達しか持たない情報もあるはず。
 いつかそんな人たちと合流できたときに情報を突き合わせて、答え合わせをすればいい」

リクも同感だと頷きを返す。
多くの死者を出した悪意の渦巻く地獄のような状況において、正義の心を失わない人間は必ずいるはずだ。
それを信じ、彼らと協力すれば確実にこの状況も打破できると氷山リクは信じている。


461 : 私の運命の人 ◆H3bky6/SCY :2015/09/29(火) 21:59:25 kZD2tCrE0
「という訳で氷山くん。調べたい所が出来たの、悪いんだけど目的地を変えてもいいかしら?」

当初の目的通り情報収集も兼ねシルバースレイヤーの回復手段を探すべく人の集まりそうな市街地に向かっていたのだが。
白兎に何か別の気づきがあったのだろう。
それがなんなのかは分からないが、その点は信用している。
その方針に対してリクが異論を挟む余地はない。

「いいぜ。それでどこに向かうんだ?」
「最後の場所よ」

リクの問いにそう答え、白兎は地図を取り出した。
そして指を這わせて外枠から渦を描く様に地図をなぞる。
その渦は徐々に狭まり、最後にある一点で停止した。
それはこのまま順当に外枠が埋められ活動エリアが狭まって行けば、必然的に最後に残るであろう場所。

「中央に向かいましょう。最後に残るからには何か意味があるのかもしれない」

外枠を埋めて行けば中央が残るのただの必然である。
何もない可能性も高いだろう。
だが、何かある可能性もある。
狭めるタイミングは別として、この狭め方自体は予定にあったはずなのだから。

何にせよ何もないのなら何もないという結果が得られる。
今できることは一つ一つの可能性を潰してゆくことだけだ。

【G-6 山中/日中】
【氷山リク】
状態:全身ダメージ(小)左腕ダメージ(中)エネルギー残量61%
装備:なし
道具:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(確認済み)
[思考・状況]
基本思考:人々を守り、バトルロワイアルを止め、ワールドオーダーを倒す。
0:中央に向かう
1:エネルギーの回復手段を探す
2:火輪珠美、空谷葵と合流したい。
3:ブレイカーズ、悪党商会を警戒。
※大よその参加者の知識を得ました
※心臓部のシルバーコアを晒せば、月光なら1時間で5%、日光なら1時間で1%エネルギーが回復します

【雪野白兎】
状態:健康
装備:なし
道具:基本支給品一式、工作道具(プロ用)、ランダムアイテム1〜4(確認済み)
[思考・状況]
基本思考:バトルロワイアルを破壊する。
0:中央に向かい調査する
1:氷山リクの回復手段を探す
2:空谷葵、火輪珠美と合流したい。
3:ブレイカーズ、悪党商会を警戒。
※大よその参加者の知識を得ました


462 : 私の運命の人 ◆H3bky6/SCY :2015/09/29(火) 22:00:00 kZD2tCrE0

――――同時刻。

島の中央に位置する折り重なった山脈にて、甲高い嘶きの様な轟音を挙げながら道なき道を突き進む異形があった。
波のようにうねる大地を強引に突き進みながら、昼の光を吸い込むような漆黒が残像を引きながら走り抜けてゆく。
斜角の激しい山道を昇りながら、同時に木々の隙間を縫う機動性を見せる、その動きは正しく人知を超えていた。

峻険な山容を物ともせず疾走するのは四足獣の様な低いフォルムの生物である。
しかしそれは獣ではない。
どの世界を探そうとも、自然界にこのような生物は存在しないのだから。

超攻撃的な流線型フォルムと地面に張り付き回転するホイールからして、強いて言うなら大型の二輪車が近いだろう。
だが、その表面はドクドクと脈打ち、純粋な無機物ではない事を示していた。

科学の粋を集められ開発された人工知能を搭載した超二輪。
数多の妖魔の頂点に燦然と君臨する吸血鬼という種族。
科学と超常。その頂点が組み合わさったハイブリッド。
それがこのブレイブスタードラキュリアである。

あり得ない駆動。
あり得ない馬力。
あり得ない加速。
あり得ない操縦性。
その全てを実現する文字通りの『化け物』マシンである。

直走る漆黒の鉄騎は市街地に続く整備された道路ではなく、険しい山越えを行うルート選択して突き進んでいた。
その行動原理に明確な意思などない。
ただ本能に従い突き進む食欲と愛欲の権化である。
苦もなく登頂を続けるモンスターマシンは、このまま突き進めば程なく山の頂上へとたどり着くだろう。

勿論、彼女は氷山リクらがそこに向かっていることを知っているわけではない。
ブレイブスターの持つ探知機能や吸血鬼の持つ嗅覚が彼らを捉えたわけでもない。
そもそも彼らが直前に行動方針を変更しなければ、その目的地が重なる事もなかっただろう。

彼女には意思がない、それ故にその行動には合理性もない。
これはその合理性の無さが引き出した結果である。

これは偶然か、それとも運命か。
氷山リク、雪野白兎、そして空谷葵。
同じ大学に通う三人の命運が世界の中心にて交わろうとしていた。

【F-7 山中/日中】
【空谷葵】
[状態]:食欲旺盛、人喰らいの呪
[装備]:ブレイブスター、悪党商会メンバーバッチ(2番)
[道具]:サイクロップスSP-N1の首輪
[思考・行動]
基本方針:血を吸いたい
1:氷山リクがほしい
2:おいしいの(若い女の子)もたくさんほしい
※いろいろ知りましたがすべて忘れました
※人喰いの呪をかけられました。これからは永続的に人を喰いたい(血を吸いたい)という欲求に駈られる事になります。
※ブレイブスターの超音波ソナー、嗅覚、吸血鬼の第六感を頼りに氷山リクを優先的に捜しています。探知の精度は不明です。


463 : 私の運命の人 ◆H3bky6/SCY :2015/09/29(火) 22:00:11 kZD2tCrE0
投下終了です


464 : 名無しさん :2015/10/08(木) 14:24:18 Rzy6687g0
投下乙です
リク組の推理はかなり正解に近いな、この放送でWOの目的気づく参加者がもっと増えるか
そして葵が急接近か、ついに接触か?


465 : ◆H3bky6/SCY :2015/10/09(金) 23:17:56 ii.qfFS20
投下します


466 : 悲しみよこんにちは ◆H3bky6/SCY :2015/10/09(金) 23:18:46 ii.qfFS20

――――その名が呼ばれることを覚悟をしていなかったわけではない。

新田拳正と水芭ユキの二人は来た道を引き返していた。
それは朝霧舞歌を埋葬するべくロバート・キャンベルが眠る探偵事務所に向かうためである。
正確に道筋を覚えているわけではないので若干彷徨った感はあるが、その道のりは大よそ順調と言えた。

船坂弘に託された朝霧舞歌の遺体は、現在はユキの荷物の中にしまわれている。
友人の亡骸を道具のように扱うのは気が引けたけれど、死体が痛むのは意外に早い。
このデイパックには質量を無視する機能に加え、食糧の状態を保つためなのか中身を保持する機能があるらしい。
窮屈な思いをさせてゴメンと心の中で謝りながら、一刻も早く供養してあげなくてはと想いが奔り、知らずユキは足を早める。

二度目の放送が彼女たちの元に届いたのは、その道筋のちょうど中ごろでの話だった。

等しく絶望を届ける声。
その声を聴き終えた拳正は何を語るでもなく、ゆっくりと黙祷の様に目を瞑る。
それはまるで波のない海のような静けさで、内にある激情などありはしないかのよう。
果たしてそれは表に見えないだけなのか、それとも本当に存在しないのか、一見しただけでは判断がつかない。

そしてその声を聞いたもう一人、ユキはそうはいかなかった。
彼のように静かな心ではいられない。
放送の中に含まれていた幾つかの名は彼女に衝撃を与え、その中でも特に強い衝撃を与えた名が一つあった。

――――尾関夏実。

彼女の親友。
いつも一緒にいた仲良し四人組の最期の一人。

嗚呼と涙が零れないように空を仰ぐ。
夏実はユキたちの中で一番積極的にみんなを引っ張ってくれる原動力だった。
少し思い込みが激しいところがあるものの、誰よりも友達想いで気遣いが出来るそんな女の子。
こんな事件に巻き込まれるのが間違いのような、本当に普通の女の子だった。

だからなんの力も持たない彼女の事は覚悟はしていた。
覚悟はしていたはずなのに。
もしかしたら、ここまで生き残ったのだから誰か悪党商会の人達のような強くて優しい人達に守られているのではないか、心の奥底でそんな淡い期待を抱いていた。
なんて、甘さ。

その甘さが雪だるま式に膨れ上がった重さとなってユキの心を打ちのめす。
堪えきれないほどの重さが心に圧し掛かって心が軋む。

それでも、決して絶望はしない。
己の行動に後悔もしない。
もうこの重さから逃げないと誓った。
ここで折れたら、何の意味もなくなってしまう。

ああ、それでも。
それでも挫けそうになる。

何度味わっても人死は慣れるようなモノではない。
友達が死んだと聞かされて、冷静でいられるはずがない。
そんな達観した人間には、どう足掻いてもなれなかった。


467 : 悲しみよこんにちは ◆H3bky6/SCY :2015/10/09(金) 23:19:04 ii.qfFS20
心が張り裂けそうだ。
叫ぶように泣き喚いて、全て投げ出しそうになる。

「……大丈夫か?」

その心中を察してか、少年が少女に問いかける。
少女は堪えるように唇を噛んだ。

「大丈夫…………じゃ、ない……かも」

そう絞るだすように言って、少女は縋るように少年の肩を掴んだ。

「…………ごめん、少しだけ」

それだけを何とか口にして、顔をうずめて泣き叫んだ。
叫んで吐き出さないと心が悲しみの波に浚われて押し流されてしまいそう。
切れてしまいそうな心の糸を必死で繋ぎとめる。
掴んだ腕は、彼女も気付かないうちに爪が食い込むくらい力が込められていた。

それでも少年は何も言わずに押しつぶされそうになる少女の体を支える。
慰めの言葉を掛けるでも、発破をかけるでもなく、少年はただそこにいるだけだ。

それだけでいい。
誰かが傍にいてくれると言うのは、それだけで救いになる。
触れ合う肌ごしに伝わってくる温もりからユキはそんな事を知った。

彼の胸元に埋めた耳元から少しだけ早い彼の鼓動が伝わってくる。
生きている証の音。
規則正しいそのリズムに合わせるように、少しづつ心の波が落ち着いてゆく。

「大丈夫か?」

ユキが落ち着きを取り戻したのを感じたのか、拳正は先ほどと同じ問いを投げた。
その問いにユキは少しだけ未練を残しつつも彼の胸元から離れ、腫れぼったい目を拭いながら頷きを返す。

「うん。大丈夫じゃないけど、大丈夫」

ユキは彼女たちの死を決して割り切ることはできないけれど。
きっとこれからも永遠に未練がましく引きずって行くのだろうけれど。
正直全然大丈夫じゃないけれど、それでも、きっと大丈夫だ。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


468 : 悲しみよこんにちは ◆H3bky6/SCY :2015/10/09(金) 23:19:22 ii.qfFS20

――――その名が呼ばれることを予期していなかったわけではない。

カウレス・ランファルトその知らせを聞いたのはあとる少女を探していた最中の事だった。
カウレスが探しているのは、クリスに襲われていたあの少女である。
あの時はあしらうような対応をしてしまったが、決して少女の事を無碍にしたわけではない。
ただ、あのまま戦えば少女を巻き込んでしまっていただろうし、あの時はクリスとの決着を優先しただけである。
クリスとの決着がついた以上、一人無力な少女が彷徨っているのを放っておけるはずもない。
これは勇者としての義務の話ではなく、カウレス個人の性分の話である。

そうして少女を探そうと動き始めたところで、放送が流れた。
その中で、彼の人生の根本にあった二つの名が呼ばれることとなる。

ディウス。

まさかこの名が呼ばれるとはカウレスは思ってもみなかった。
それほどの強力な相手だったのだ。
魔族の王、人類の敵。
そして生涯をかけて追い求めた彼の仇敵。
カウレスは青春時代の全てを、この魔王を滅ぼすという一点に費やした。

だがあっさりと何処かの誰かの手によって復讐は成し遂げられた事を告げられた。
落胆はない。別段彼は自らの手の復讐にこだわっていた訳ではない。
あの魔王が討ち滅ぼされるという結果があるのならば、過程などどうでもいいとすら思っていた。

だが、宿願が適ったというのにどういう訳か喜びもない。
そんな事よりも、別の思いが彼の心を吹きすさぶように荒らしていた。

ミリア・ランファルト。

たった一人の妹。
その名が呼ばれる予感はあった。
勇者としての使命を失い道を見失いかけたあの時に聞こえた祈りのような声。
あの時感じた声は、ダメな兄の行く先を思う妹の最期のお節介だったのだろう。

カウレスは魔王の死を喜ぶよりも、妹の死に衝撃を受けていた。
その心境の変化に、彼自身も自分で驚いでいる。
以前の自分ならきっと、魔王の死に歓喜して妹の死をおざなりにしていただろう。
そんな自分を顧みられるくらいには冷静になっていた。

――兄さん。復讐なんて辞めて二人で静かに暮らしましょう。

旅の途中、一度だけ妹が漏らした弱音のような言葉が、今になって蘇る。
あの時のカウレスは効く耳を持てなかったし、きっとその言葉を告げたミリアも本気でその言葉を受け入れるとは思ってなかっただろう

彼が聖剣を手にした時点で彼の戦いは彼だけの戦いではなくなっていた。
人類の悲願、その全てを担う勇者としての戦いである。
それを投げ出すことなどできるはずもなかった。
きっとそれは、世界の全てから許されない裏切りだ。

それでも彼女は言わすにいられなかった。
それは人の事ばかりを気にしていた出来た妹の、たった一度の我が侭だったのだろう。
ただ一人、彼女だけが家族として、勇者ではないカウレス・ランファルトという一人の人間にはそう言う生き方もあるのだと。
血に濡れた修羅の道だけではないと、道を示していてくれたのだ。

あの時、勇者を選んだその選択に後悔はない。
勇者だったカウレスに投げ出すなどと言う選択肢はなかった。
ただ、今は。
勇者ではなくなった、今は。

「そうだな、ミリア」

使命から解き放たれた彼は自由だ。
義務ではなく自分らしく。
そういう生き方を追い求めるのも悪くない。
見失ってしまったカウレス・ランファルトの生き方を追い求めてみよう。

確かに魔族は許せない。
その復讐者としての憎しみは未だに心の奥底に燻っている。
今も魔族は斃さねばならないと思う。

だが、それは魔族に対する憎悪に縛られるのではなく。
自分と同じ悲しみを持つ人間を生み出さないため、力なき者を守るため、その為に戦う。
消えていった勇者の力と共に一緒に憑き物が落ちたようだ。
使命や憎しみではなく、あくまで自分のために戦うという決意がカウレスに漲る。

そんな憎しみに折り合いをつけたカウレスの元に、地を揺るがすような憎悪が届いた。


469 : 悲しみよこんにちは ◆H3bky6/SCY :2015/10/09(金) 23:19:50 ii.qfFS20
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

――――その名以外の名に、興味などない。

どこから流れているのかもわからない声が世界中に響き渡る。
固まったように蹲り、亀のように丸まったまま馴木沙奈は、その声を聴いた。

多くの名前が呼ばれた。
その中には彼女も聞き覚えのある名がいくつか含まれている。
彼女が殺してしまった名前も知らない誰かの名もきっと含まれていたのだろう。

だが、その事実は音と共に右から左に抜けて彼女の頭には届かない。
正直、彼女はそれどころではなかったし、そんなことを受け入れられるだけの余裕もなかった。

放送の内容は理解できているはずなのに、心が反応しない。
何も考えられない。考えたくない。
脳が思考を拒否していた。
この状況に悲しみも、怒りすらわかない。
ただ砂漠のように心が乾いていた。

放送を聞き終えても彼女は動かないままだ。
どれほどそうしていただろう。一瞬だったようにも思えるし、数年たったようにも感じられる。
ただ、同じ体勢を続けてすっかり冷えてしまい関節が痛んだ。

何も希望なんてないけれど、仕方なく絶望と共に地面に埋めていた顔を上げる。
零れ落ちた涙や口の周りに付いた嘔吐物はすっかり乾いてツンとした臭いと共に皮膚に張り付き非常に不快だ。
口の中は砂利の味がする。
気持ち悪くて沙奈は土の混じった唾を吐いて乱暴に口元を拭った。

何も考えられない頭で、ぼぅと痴呆のように曖昧な視線で周囲を見渡す。
乾いた風が吹いていた。薙ぐ風が少女の頬を撫で髪を梳く。
雲はゆるりと流れ、空はどこまでも抜けるように青い。
耳に聞こえるのは風に揺られる草木の音。
争いなんてどこにもないみたい。

ただ自分だけがどこまでも空虚で、ポツンと世界に取り残されたような錯覚を覚える。

だが、そんな澄み切った世界に歪みが生じた。
最初は、何かの見間違いかと思った。
それは異様な青黒い染み。
遠く遠方に、在ってはならない異物が在る。

何事にも興味を失ってしまう程に精神が擦れてしまった彼女だけれど、それを注視せずにはいられなかった。
なにせ、それは彼女がこれまで出会った中で一番、分かりやすい化物だったのだから。


470 : 悲しみよこんにちは ◆H3bky6/SCY :2015/10/09(金) 23:20:04 ii.qfFS20
そもそも形が人じゃない。
それは漫画や映画の中でしかお目にかかれないような龍という異形である。
普段漫画なんて少女漫画しか読まない沙奈にとってはそれこそ初めて見ると言っていい代物だった。

ただ龍という物に漠然とした知識しかない沙奈でもわかる。
あれはダメだ。
あれは、死にたくないのならば、人が関わってはならない存在であると、そう嫌が上にも理解できた。

龍もこちらの存在に気付いているのか、その影は徐々に大きくなる。
逃げなくてはという本能的な恐怖と、逃げられないという理性的な諦観が混ざり合い、どうにも体が動かない。
動けないの体力的な問題ではなく、心の問題だ。
動くためのガソリンがない。希望という名のガソリンが。
絶望が死に至る病のように彼女の足から力を奪う。
立ち上がることすらできない。
彼女にもう希望など、

「…………ぃゃ…………っ」

知らず否定の言葉が口をついていた。
全て諦めたはずなのに。
何も考えたくないと、何もかもを投げ出したはずなのに。
なのに何故。

「……錬次郎」

懺悔のように、あるいは祈りのようにその名を呼ぶ。
とっくに枯れたと思っていた熱い涙が双眸からあふれる。
心の底に最後の希望が残っていた。

だが、それもここまで。
邪龍はすでに見上げるほどの目の前に迫っていた。

目の前で震える無力な少女は、どう足掻いても巨大な龍の脅威になりえない矮小な存在である。
だが、そんな事は関係がない。

邪龍ミロにとって人間は全て憎き怨敵だ。
脅威であるとかないとかは関係がない。
存在するのならば全て叩いて潰すまでだ。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」

人間への憎悪を吐き出すような咆哮が轟いた。
癇癪めいたその憎悪は、その祈りごと少女を容易く叩き潰すだろう。
その憎悪を象徴するような指の欠けた腕が勢いよく振り上げられた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


471 : 悲しみよこんにちは ◆H3bky6/SCY :2015/10/09(金) 23:20:45 ii.qfFS20
「ごめんなさい、私ばっかりこんなで。新田くんだって心配なはずなのに」

探偵事務所までの歩みを再開させながら、ユキはそう詫びを入れた。
何でも無いようにしているが、拳正だって大事な人間が巻き込まれて不安がないはずがないのだ。
そこに思い至れず自分の感情ばかりを吐き出してまだ子供だなと、ユキは自分の不甲斐なさに肩を落とす。
これじゃあミロの時と何も変わっていない。

「んー。まあ居場所が分からないんじゃ動きようがないだろ。
 右に全力で走って行って、実は左にいました、じゃ話にならねぇ」

普段バカしてる様子からすれば意外と言うか何というか、この辺の判断は非常に冷静である。
それこそ不気味な怖さを感じるくらいに。

「けど、何もしないって不安じゃない?」

ともすれば、何もしないと言うのは何かをする以上に消耗する事もある。
心が逸っているときは特にそうだ。
少なくともユキには無理である。

「だから何もしないって言う訳でもないんだがな。
 さっきの船坂ってオッサンにも一応それっぽいの見つけたらって言伝は頼んであるし」

いつの間に。と抜け目ない行動に関心と呆れを覚えながら。
二度も交戦しておいて、ここで初めて船坂というあの男の名をユキは知った。

「馴木はさっきちょっと見たけど。他に生き残ってる学校の連中は九十九に若菜と錬次郎か」

生き残っている。
その言葉の重みに少しだけ胸が痛んだ。
何故か大量にいたはずの学友たちはもうそれだけになっていた。

「あとは音ノ宮先輩もいるわよ」
「オトノミヤ……誰それ?」
「3年の先輩だけど、結構有名な人だと思うけど……知らない?」
「しらねー」
「まあ……噂とか世間の話題に興味なさそうだもんね新田くんは」

普段からどこまでも我が道をゆく人間だった。
そう言えば彼が噂話のネタになる事はあっても、彼が噂話に興じている所など見たことがない。

「ま、とりあえず他はともかく若菜に関しちゃ心配ねぇ、と言いたいところだが、ここはどうにも温くねぇ。
 さっきの船坂とかいうオッサンや、俺が最初の方に出会った殺し屋のオッサンみたいなのまでいる。
 俺らみたいなただの学生(ガキ)じゃ、まともに行くにゃちとキツイぜ」

ここに居る面子と私たちでは隔絶した差異がある。
拳正は自分だけじゃなくユキも含めてそう評した。

「それでも……あいつが殺されるってのはちっと想像しづれぇな。
 あいつ、マジで冗談みたいな運動神経してるからな」
「あなたに言われるとか相当ね……」

ユキからすれば拳正も大概なものだと思うが。
だが、体育は男女別なので体育祭の時くらいしか直接お目にかかったことはないが、日本の至宝とまで呼ばれる夏目若菜の噂は嫌と言うほど聞き及んでいる。


472 : 悲しみよこんにちは ◆H3bky6/SCY :2015/10/09(金) 23:20:58 ii.qfFS20
「そこまで言うってことは、夏目くんってそんなに喧嘩も強いの?」
「いや。喧嘩なんてしてる所は俺も見た事ねぇな。俺とやり合ったとして何でもアリならまず間違いなく俺が勝つだろうぜ。
 けど、ルールがあって、よーいドンで始めるって前提なら、アイツを仕留めるのは多分プロでも難しい」

実際、柔道の授業などでは負け越しているらしい。何とも驚きの話である。
確かにそれくらいやれる人間がクレバーに生き残りに徹すればそう簡単にはやられないだろう。

「けどそうだな。アイツが負けるとしたら、それは……」
「それは…………?」

そこまで言って拳正は言葉を切り、足を止める。

「どうした、の…………?」

何事かと、その視線の先を追って、ユキも思わず息を呑んだ。

目的地である探偵事務所は燃え尽きていた。

事務所を構築していた瓦礫が四方八方に飛び散り、その周囲ではまだ炎は僅かながらに燻っていた。
探偵事務所が燃え堕ちてまだそれほど時間は立っていないのだろう。
それもそうだ。
何せ先ほどまで彼女たちはここに居て、それから1時間ほどしか経っていない。

何かあったのか。なんてバカバカしい事は言わない。
この場を離れている僅かな間に何かがあったのは間違いないのだから。

当然ながら建物は勝手に爆発などしない。
それはつまり、これをやった人間がまだ近くにいるかもしれないという事だ。
ユキが周囲への警戒を強める。
すると、どこかから、哭くような声が彼女の耳に届いた。

「これって…………」

それはユキにとってどこか聞き覚えのある声のように感じられた。
確証はない。
確証はないが、ないからこそ行って確かめなくてはならない。

この状況で舞歌の埋葬を優先して後回し、という訳にもいかないだろう。
そんな事をしては舞歌に怒られてしまう。

「……ごめん、後で必ず」

そう謝りながら、ユキは何があったのかを確かめるべく声の方向へと向かって駆けだしていった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


473 : 悲しみよこんにちは ◆H3bky6/SCY :2015/10/09(金) 23:21:12 ii.qfFS20
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」

小さな少女めがけて巨大な龍が鋭い爪を振り下ろす。
その一撃は少女を一瞬で肉片に変えるだろう。

「――――そうはさせない」

ザッと疾風が薙いだ。
邪龍の魔手から少女を庇うように、男――カウレス・ランファルト――が飛び込んできた。

勇者だとか魔王だとかそんな話ではなく。
困っている女の子がいるんなら助ける。
そんなのは当たり前の事だ。
その当たり前に従って、カウレスは少女を抱え込むようにして飛び込んだ勢いのまま大きく飛び退いた。

「ぐっ………………!」

だが、龍の一打は躱し切れず強かに背を打たれる。
クリスを助けた時のように少女を抱えて、攻撃範囲から離脱する予定だったのだが、勇者の力を完全に失った今ではそうは上手くいかないようだ。
吹き飛ばされながらも、カウレスは少女を護る様に地面を数度転がり、すぐさま立ち上がり体制を整える。

そうして勇者ではないただの戦士は、正気を失った邪龍に二度目の相対を果たす。
背に受けたダメージは思いのほか深くない。
力を失ったのはカウレスの方だけではないようだ。
目の前の龍の傷は一度目の相対時よりも深くなっていおり、もはや瀕死とも言えるレベルである。
碌に力も入るまい。

とは言え、決して油断はできない。
相手は龍族。
一説によるとその王たる龍王の力は魔王にも匹敵すると言われる最強種である。
人間界に干渉することはないため、長い旅をしてきたカウレスも合ったとこがない。
まさかこの場で二度も戦う事になるなどどは思いもしなかった。

なによりカウレスは数多の戦闘経験から手負いの超獣を侮りはしない。
油断なく先手を取って魔法を詠唱する。

妹と違ってカウレスには魔法の才能がない。
聖剣のバックアップを受けないカウレスに扱えるのは初級の攻撃魔法くらいのものである。
そんなものは高い魔法抵抗を持つ蒼龍には通じはしないだろう。

「mOb――――!」

だが、才がないのなら創意工夫あるのみである。
カウレスは爆発魔法を敵ではなく、その真下、地面へと目がけて打ち込んだ。
地面が爆風に舞い上がり、土埃が立ち込め視界が狭まる。
タダですら片目を失い視力を落としているミロからすれば、この状態で敵を視認するのは困難だろう。


474 : 悲しみよこんにちは ◆H3bky6/SCY :2015/10/09(金) 23:21:25 ii.qfFS20
「今のうち、こっちへ!」

この隙にカウレスは倒れこんでいた少女の手を引とり、走り出そうとした。
だが、引く手に返るのは僅かに重い抵抗感。
掴んだその手は力はなくだらんと垂れ下がったままであり、少女は動き出すことなくその場に力なく崩れ落ちたままだった。

何処か負傷し痛めているのか、それとも恐怖で足がすくんで動けないのか。
ともかく少女は動けそうにない。

カウレスが少女を抱えて走る、という選択肢もあるが。
動きに制限がある状態で龍に背を向け逃げるというのはリスクが高い。
先ほどのように手痛い一撃を喰らう可能性が高いだろう。

そうなると、少女が動けないのならこちらから場所を移すしかない。
幸いなことに龍は少女を特別に狙っていると言うより、破壊衝動に突き動かされ目の前の全てを破壊しているだけの様である。
引付ける事は容易いだろう。

「すまない、借りるよ」

そう一言少女に詫び、カウレスは先ほどのドタバタで少女が落としたナイフを拾い上げる。
少女は何の反応も返さなかったが、さすがに武器を奪っていたいけな少女を丸腰で放り出すのは気が引けるので、代わりと言っては何だが自らの荷物を少女の脇に置いた。
その中に銃器を含むいくつかの武器が含まれている。ナイフ一本の対価としては破格だろう。

クリスとの戦いで銃器の効果や大よその扱い方は理解したが、それでもカウレスとしては銃器なんかよりもナイフの方が扱いやすい。
カウレスにとっては等価な取引である。

刃先は血糊で濡れているが、幸か不幸か多くの戦場を駆け抜けてきたカウレスにとっては気に留めることの事ではなかった。
確かめるようにナイフを振るい、その勢いで血糊を払う。

そしてカウレスが見定める先、砂埃が晴れてゆく。
その中心で標的を見失い狂ったように龍が暴れまわっていた。

「じゃあ、僕はあいつを惹きつけるから、逃げられるんなら遠くまで逃げてくれ」

それだけ言って、砂埃のスクリーンに浮かぶ巨大な龍の影に向かってカウレスが駆けた。
狙いも何もなくただ暴れているミロの攻撃は大振りで隙が大きい。
だが、触れれば吹き飛ぶ嵐のような暴力である。
その暴風の中を勇気を持って踏み込み、掻い潜って勢いよく飛び蹴りを放った。

返るのは大木でも蹴ったような感触。
ダメージは全くと言っていいほど通っていない。
だが、注意を引くだけなら十分だろう。
邪龍は片方しかない紅い瞳で恨めしそうに懐の小さな羽虫を睨んだ。
カウレスはそのまま跳び蹴りと言うより壁蹴りの要領で龍の鳩尾を蹴り飛ばすと、距離を取りつつ自分に注意を惹きつけるように叫ぶ。

「よし! こっちだ、付いて来い!」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


475 : 悲しみよこんにちは ◆H3bky6/SCY :2015/10/09(金) 23:21:44 ii.qfFS20
「やっぱり、ミロさん……!」

その光景を見たユキが叫んだ。
声を辿って辿り着いた平地には、戦場を移しながら小競り合いを繰り返す人と龍の姿があった。

ユキの声を聞き、拳正が弾かれた鉄砲玉のように走り出す。
相変わらずの即断即決。
その速度は出遅れたユキでは追いつけない程に速い。

「どっちだ!?」

一刻でも惜しいと前へと駆けながら拳正が叫ぶ。
その端的な問いの意図を一瞬理解しかねたが、瞬時にユキは察する。
そういえば、拳正に対してミロの事を一緒に行動していた子供としか説明していなかった。
つまり、どちらがミロなのか、という問いだった。

「でっかい龍の方!」

それを聞いて拳正が大きく舌を打った。

「……どこがガキだよ、くっそったれ!」

悪態をつきながら、蒼い槍を携え突風が奔る。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


476 : 悲しみよこんにちは ◆H3bky6/SCY :2015/10/09(金) 23:22:07 ii.qfFS20
先ほどの少女の居る位置から、どれほど離れただろうか。
カウレスはミロの攻撃をいなしながら、相手の姿を見据えたまま細かなバックステップで距離を稼いでいた。

その間、蒼龍の特徴とも言われる魔法は一度も放たれることはなかった。
前回の交戦の際に放たれたあの黒い奔流も放たれそうな気配はない。
どうやら満身創痍の見た目通り、魔力も枯渇しているようである。

魔法勝負なら話にならなかっただろうが、体術勝負なら今のカウレスでも喰らいつける。
だが勝利をつかみ取るには問題が一つあった。

「…………っ」

カウレスの攻撃が固い感触に弾かれる。
最硬であるとされている黒龍ほどではないにせよ、龍鱗は強固であり、ただのナイフではカウレスの技量をもってしても切り裂く事は難しかった。
鱗のない内側を狙っても、肉厚な筋肉の壁を突き破れず、このナイフでは通らない。

「eRif」

ならばと、カウレスが魔法を詠唱した。
それは小さな炎を生み出すだけの最下位魔法。
これを直接ぶつけるのではなく、自らの持つナイフの刀身を熱するために使用する。

簡易性ヒートナイフ。
これを以て、大振りをする相手の懐へと忍び込み腹もとの軟肉へと突き立てる。
ジュという肉を焼く音と共に今度は刃が通った。

僅かに鮮血が舞う。
あの巨体からすればこの程度の傷は傷にも入らぬ些事だろうが、確かに傷つけられる。
傷つけられるという事は殺せるという事だ。
勝ち目のない戦いではない。

「決着をつけるぞ、龍よ」

カウレスはそう宣言する。
理性も大儀もなく、破壊を振りまくだけの害悪と化した龍をここで討つ。
再び魔法で熱を帯びさせたナイフを手に、カウレスが駆ける。
これを受けるミロも、鬱陶しく飛び回る小蝿に苛立ちを爆発させるように、雄叫びと共に爪を振り上げた。

今にも衝突の火花を散らさんとする刹那。
その戦火の渦中に蒼い疾風が飛び込むように割り込んできた。
拳正だ。

ぶつかり合う二人の間に乱入した拳正は中ごろを持った槍を満月を描く様に回転させ、突き出されたナイフの腹と振り下ろされた爪を同時に弾き落とす
そしてピタリと槍の穂先を龍の喉笛に、石突きを戦士に突き付け、双方の動きを同時に制した。

「――――お前ら、そこで止まれ」

言って睨みを利かせる拳正。
カウレスは突然の乱入者が戦いを止めようとする意図が分からず戸惑った。
だがもう一方、正気を失った怪物に牽制など意味がない。
正しい状況判断など出来るはずもないのだから。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」

喉元に刃が刺さることも厭わず、龍が目の前の邪魔者を排除すべく前へと踏み出した。
押し当てられただけの刃は表皮を僅かに突き破ったが分厚い肉壁に阻まれそれ以上は刺さらない。
むしろ前へと進むその圧力に槍を持つ拳正が押し負けバランスを崩した。


477 : 悲しみよこんにちは ◆H3bky6/SCY :2015/10/09(金) 23:22:24 ii.qfFS20
「…………っとと」

そこに振り回された丸太のように巨大な尻尾が迫る。
拳正は体勢を崩しながらも斜め後ろに跳び、同時に槍を盾に直撃を防ぐ。
圧倒的な重量差を槍を回転させることで受け流すが、全てを逃し切れず数歩たたらを踏んだ。

その拳正が数歩引いたその隙間を縫って、カウレスが出る。
ミロの注意は乱入してきた拳正に向いており、攻撃後の隙が出来た今なら、獲れる。
喉元を切り裂き一瞬で決着をつけて見せよう。

「なっ…………!?」

だが、駆けだしたその足を引っ掛けるように、横合いから石突きを差し込まれた。
一瞬バランスを崩しかけたが、咄嗟に倒れることなく体勢を立て直す。
そして、その疾走を妨害した少年の方へと向き直る。

「何故、邪魔をする!?」
「悪ぃな。連れの用が済むまであんたはここで足止めだ」

言って。槍を構えた少年は龍に背を向け立ち塞がる様にカウレスの前へと割り込んだ。
それはまるで龍をカウレスから守っているように見える。
その少年の背後、巨大な邪龍の元には髪の白い小さな女の子が駆け寄って行く様が見えた。

「バカな……何を考えているんだ君は」

まさかあの邪龍と少女を、一対一で対峙させようというのか。
どう見ても正気を失っているアレを見て、危険性が理解できないはずがない。

「どういうつもりかは知らないが…………」

みすみす死にに行くような真似を見過ごすわけにはいかない。
どんな事情があるかは知らなくとも、自殺志願者がいるのならカウレスは止める。
カウレスはナイフを逆手に構え、応じるように拳正は槍の穂先を下げ深く構えた。

「そこを――――退け」

【D-5 草原/日中】
【カウレス・ランファルト】
[状態]:ダメージ(大)、魔力消費(大)
[装備]:サバイバルナイフ
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:出来ることを精いっぱい成し遂げる
0:邪龍を打ち倒す
1:聖剣を持つ勇者がいるなら探したい。
2:オデットと合流したい
※完全に勇者化の影響がなくなり人間になりました

【新田拳正】
状態:ダメージ(大)、疲労(中)
装備:蒼天槍
道具:基本支給品一式、ビッグ・ショット、ランダムアイテム0〜2(確認済み)
[思考]
基本行動方針:帰る
0:用件が済むまでミロとユキに手を出させない
1:クラスの面子を探す
2:脱出する方法を考える


478 : 悲しみよこんにちは ◆H3bky6/SCY :2015/10/09(金) 23:22:45 ii.qfFS20
「…………ミロさん」

龍の少年と悪党の少女は再会を果たした。

恐らく今のミロはユキを正しく認識していまい。
認識したとして許されるかもわからない。

ひょっとしたら怒りをぶつけられ無残にも殺されるかもしれない。

それでもいい、とは思わない。
だが、そうなっても仕方ないとは思う。

ミロを象徴するような子供らしさは見る影もない。
傷だらけの痛々しい今の姿は彼女の責任だ。

だからこそ真正面から向き合わねばらならない。
彼がこうなってしまった責任を果たさなくては。

「ミロさん、あなたに話があるの」

【D-5 草原/日中】
【水芭ユキ】
[状態]:疲労(中)、頭部にダメージ(治療済み)、右足負傷(治療済み)、精神的疲労(小)
[装備]:クロウのリボン、拳正の学ラン
[道具]:ランダムアイテム1〜3(確認済)、基本支給品一式、風の剣、朝霧舞歌の死体
    ロバート・キャンベルのデイパック、サバイバルナイフ・裂(使用回数:残り2回)、ロバート・キャンベルのノート
[思考]
基本行動方針:この痛みを抱えて生きていく
1:ミロと向き合う
2:舞歌を埋葬する
3:悪党商会の皆を探す
4:お父さん(森茂)に会って真実を確かめたい

【ミロ・ゴドゴラスV世】
[状態]:左目完全失明、右目軽傷、左腕喪失、右指数本喪失、ダメージ(極大)、疲労(極大)、魔力枯渇、意識朦朧、憎悪、再生中
[装備]:なし
[道具]:ランダムアイテム0〜2(確認済)、基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:にんげんを皆殺しにしてうちにかえる
1:にんげんを殺す


479 : 悲しみよこんにちは ◆H3bky6/SCY :2015/10/09(金) 23:23:25 ii.qfFS20










そうして喧騒が過ぎ去り、少女に再び静寂が訪れる。

またしても馴木沙奈は取り残された。
これまで通り、少女の与り知らぬところで事態が動き、少女はそれに巻き込まれ、少女に関係なく過ぎ去ってゆく。
それに対して少女は何もせず、何も動かず、何も出来ぬまま、ただ一人取り残される。

事態についていけてないのだから、取り残されるのは当然と言えば当然と言えた。
こんな事に巻き込まれたのが間違いの様な少女なのだから、付いて行けるだけの力がないのは仕方ない事だ。これに関しては彼女は何も悪くない。
悪いと言うのなら、どう考えてもこんな事に彼女を巻き込んだワールドオーダーが悪い。

彼女は決して悪くない。
彼女は善人ではなかったけれど、これほどの目に合わなくてはならないほど悪人ではなかったはずだ。
なのに何故、こんな目に合わなくてはならないのか。

それはきっと、何もせず、何も動かず、何も出来なかったからなのかもしれない。
彼女は人を殺してしまったけれど
それだって、ただ流された結果に過ぎない。
彼女の意思で殺したわけではない。
自分で何かを選んだわけじゃなかった。

それは決して罪ではないけれど、決して救いにもならないのだから。

自分の意思で何かを選べなかった。
そういう人間は選ばれない。ここはそういう世界だった。

自ら向こう岸に辿り着こうとしなければ、ただ渦のように引き寄せられる災厄に抵抗する事も出来ず流されるだけだ。
その渦がまた渦を生み、大きな災厄を引き寄せるだろう。
彼女は今、その大きな渦の中心に沈んでいた。

「馴木?」

そして、その渦に引き寄せられた者が、また一人。

【C-4 剣正一探偵事務所跡周辺/日中】
【馴木沙奈】
[状態]:疲労(極大)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3、レミントン・モデル95・ダブルデリンジャー(2/2)、41口径弾丸×7、首輪(佐野蓮)、首輪(ミュートス)
[思考]
基本行動方針:――――――

【夏目若菜】
【状態】:疲労(小)、肩に銃傷(小)
【装備】:なし
【道具】:なし
[思考・状況]
基本思考:安全第一、怪我したくない
1:九十九たちと合流する
2:クラスメイトを探して脱出するプランも検討


480 : 悲しみよこんにちは ◆H3bky6/SCY :2015/10/09(金) 23:23:35 ii.qfFS20
投下終了です


481 : ◆VofC1oqIWI :2015/10/14(水) 12:43:12 N.pjgDuo0
投下します。


482 : Bite the Dust ◆VofC1oqIWI :2015/10/14(水) 12:46:05 N.pjgDuo0


黒い装いに身を包んだ女が、ゆらりと歩道を歩いていく。
ハンチング帽に、漆黒のコート。僅かに揺れる銀髪。
そして、左手には鞘に納められた刀を携えている。
殺し屋だった女、バラッドは街中を進み続けていた。

視界には何ら変哲の無い平凡な街並が延々と広がっている。
まるで、先程までの惨状など嘘であるかのように。
誰一人として住人が存在しないことを除けば至って普通の市街地だ。
それは邪神の力で崩壊したH-8地区からとうに抜け出せていることを表している。


ゲームが始まってから12時間が経過した。
半日程度の時間の中で、殺し屋としての人生を上回る様な経験を繰り返している。


ユージーの死、ピーターとの別離、そして邪神との激突。
特にあの邪神―――リヴェイラとの交戦は、万に一つの勝ち目があるかも解らない戦いだった。
それでもバラッドは立ち向かった。己の人としての矜持を貫く為に。

結果として、バラッドは勝利した。
神との戦いに生き残ったのだ。

ユニとの契約や『ヴァイザー』との共闘。
そんな偶然の要素があったからこそ勝利を掴み取れた。
犠牲は少なからず払わされた。
自身の純潔―――言わば生命としての本懐を失うことは、然したる代償ではない。
異性と愛を誓い、我が子を生み、親として育む。
そんな生き方など自分には出来ないと思っていたし、憧れも抱いていなかったからだ。

だが、ユージーを死なせてしまったこと。
その犠牲は彼女を悔やませるには十分なものだった。
彼は誰も殺していない、日向の人間だった。
他者を思いやり、他者の為に本気で戦うことの出来る勇敢な少年だった。


ふと、バラッドがその場で足を止める。
直後に近くの狭い路地へと身を隠した。
あの男の放送が耳に入ったのだ。
どうやら、第二回放送の時間になっていたらしい。
放送を聞くに当たって、歩道で堂々と立ち止まって無防備を晒すつもりはない。
故に物陰に隠れたのだ。

此処まで自分は生き残った。
いや、生き残ってしまったと言うべきなのか。


483 : Bite the Dust ◆VofC1oqIWI :2015/10/14(水) 12:46:44 N.pjgDuo0



《では、まずは前回と同じく禁止エリアの発表から――――》



不敵な主催者は今までと変わらぬ飄々とした態度で情報を告げていく。
一体何処からこんな放送を流しているのだろう。
そんなことをふと思いながら、彼女はデイパックから取り出した地図にメモを取っていく。
今回の放送で外枠全てが禁止エリアになるらしい。
その他にも『D-6』『D-8』『E-3』『F-5』『H-10』『I-6』が禁止エリアとして指定。


(…随分と増えたな)


地図に禁止エリアを記していき、バラッドは思う。
目に見えて増えている。
第一回放送時には3つ程度しか増えなかった禁止エリアが大幅に増加されたのだ。
そのことに妙な違和感を覚えつつ、続く死亡者の放送へと耳を傾ける。
6時間で散っていった参加者等の情報を知るべく。




《――――03.アザレア》




名簿に記載された名に、斜線を引く。
アザレアの死が淡々と告げられた。
彼女と再会し、そして別れてからさしたる時間は経っていない。
まだ奴は生きているだろうと、無意識のうちに考えていた。
だが、死んだ。余りにも呆気なく彼女の名は放送で告げられた。
ものの数時間の間に彼女は何者かと争い、命を落としたのだろうか。

組織とは既に決別した。
アザレアとは元から親しかった訳では無いし、今となっては敵対関係に過ぎない。
故に奴への慈悲は抱かない。
ヴァイザーの死の際には抱けていた哀れみは、既に枯れていた。



《――――13.尾関裕司―――》



尾関裕司。ユージーのことだ。
薬で男に変身していたという言葉を信じるなら、彼はユージーではなく尾関裕司本人だっただろう。
放送で呼ばれる覚悟は既にしていた。目の前で彼の肉体が切断される様を目撃したのだから。

確か初対面の時は「自分は尾関裕司と間違えられて連れてこられた」なんて言っていたか。
ほんの短い関わりだったが、明るく陽気で、そして何より勇敢な少年だった。
彼を守れなかったことが、最大の悔いだ。
名簿を握る左手の拳の力が自然と強くなる。


484 : Bite the Dust ◆VofC1oqIWI :2015/10/14(水) 12:47:45 N.pjgDuo0

その後も淡々と放送が続けられ、バラッドは黙々と名簿に斜線を引いていく。
アザレアが『覆面さん』と呼称していた人物らしき『覆面男』の名。
万に一つの勝機を掴んで辛勝した『リヴェイラ』の名。
アザレアとユージーを除けば、私が知っている名はその二つのみだった。
鴉やクリスという名は殺し屋の噂で聞いたことはあるが、精々その程度だ。

ピーターはまだ生きている。イヴァンやサイパス、ルカもまだ健在だ。
ヴァイザーから見所があると評価されていたりんご飴とやらもどうやら生きているらしい。
そして、ウィンセントも未だどこかで生きている。
託していた筈のユージーが一人で行動していたことから、彼が死亡した可能性も考慮していた。
しかし先の放送でその名は呼ばれなかった。
ウィンセントは今、どこで、何をしているのだろうか。
とにかく、彼の無事を祈りつつ早急に合流したい。



《今度は2時間だ。2時間死者がでない時間があれば1名の首輪を爆破する》



死者の通達を終えた後にワールドオーダーがそう告げる。
それを耳にしたバラッドは訝しげに眉を僅かに顰めた。


(この期に及んでまた制限時間の短縮なのか?)


随分と奇妙な話だ。
今回の放送だけでも死者は19人。
残り人数は半数を切っていることを考えれば十分すぎるペースだ。
だというのに、禁止エリアの大量追加と首輪爆破ルールの更なる時間短縮を決行したのだ。


(死者のペースからして殺し合いは順調に進んでいる筈だ。何故そこまでやる必要がある?)


今回の放送に引っ掛かるものを感じたバラッドは思考する。
ペースは順調であるにも関わらず、『停滞した殺し合い』を促進するような行為を続けている。
まるで殺し合いを何とか完遂させようと焦っているかのようにさえ思えた。

単に参加者を焦らせる為、更に焚きつける為に制約を加速させている可能性も十分に有り得る。
だが、それにしても禁止エリアの大量追加や首輪ルールの更なる短縮は早急過ぎるのではないかとも感じた。
とはいえ自分はワールドオーダーという男を知らない。
彼が何を考えているのか、どんな思惑があるのかさえ理解していない。
故に詳しい意図は判らないし、彼の思惑に関して推理をすることも出来ない。

ただ今の自分に解ることは一つ。
今回の放送で『焦る参加者』が出てくるだろう、ということだ。
当初は6時間の時間制限だった首輪ランダム爆破ルールも今回の放送で2時間にまで短縮された。
参加者も半数を切っている以上、ゲーム開始当初と比較すれば他の参加者との遭遇率は下がる筈だ。
そうなれば首輪爆破を避ける為により積極的に殺しに乗る参加者が少なからず現れてくるだろう。
殺し合いに乗らない複数人による集団がいたとしても、首輪爆破ルール短縮による焦燥や疑心暗鬼から同士討ち―ということも起こり得る。

残った参加者は33人。
第三回放送までに参加者の潰し合いが更に加速するかもしれない。
出来ることならば、そうなる前にウィンセントと合流を―――――




『―――――バラッド』




瞬間、思考に割り込む様なユニの声が頭の中に響き渡る。
直後に彼女の耳に入ってきたのは、建物が崩れ落ちる様な音だった。

すぐ近くで、また何かの荒事が起こっているというのか。
それもこれほどの轟音を発する規模の戦闘らしい。

つい先程死闘を終えたばかりだというのに、どうやら休ませてはくれないらしい。
一難去ってまた一難、とでも言うべきなのだろうか。
だが、尻尾を巻いて逃げるつもりはない。
この市街地にはまだウィンセントが残っている可能性がある。
もしかすれば、彼が巻き込まれているかもしれないのだ。
故に黙って見過ごすわけにはいかない。



『さて、バラッド。どうするのかしら?』
「―――行くぞ」



相棒の問いかけに対し、元殺し屋は短くそう答える。
胸騒ぎの所在に引っ掛かるものを憶え、彼女は走り出す。


485 : Bite the Dust ◆VofC1oqIWI :2015/10/14(水) 12:48:47 N.pjgDuo0
◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆



全部いなくなった。
アザレアちゃんは消えた。
あちこちの街並も消し飛んだ。


周りにあるものは瓦礫の山だった。
街の風景なんてあったものじゃない。瓦礫、瓦礫、瓦礫。
塵の山だ。死の世界だ。
空に浮かぶ太陽は叩き潰した果実のように真っ二つに割れていた。
太陽は血の様な真紅を吹き出しながら空を蝕んでいた。
空は揺れ動いていた。まるで波立つ海の様に。


僕のカラダへと、目を向けると。
無数の黒い蟲のようなモノが這いずり回っていた。


ひっ、と情けなく声を上げて僕は必死に目を閉じる。
現実から逃避するように目を閉じ、無我夢中に走り続ける。
走る走る走る。現実からも、自分からも逃げるように走る。
行く宛なんか無い。これからどうするかも考えていない。



これからどうするか――――どうするか?
否、決まっていたじゃないか。
この世界はおかしいのだ。
おかしいから全て壊すのだ。



僕は悪くない。
間違ったことなんてしていない。
だってこの世界が間違っているのだから。


消せばいいのだ。
消せ、消せ消せ消せ消せ。
世界がおかしいから吹き飛ばさなくちゃいけないんだ。
街も空も太陽も僕も××××ちゃんも全部おかしいなら消せ消せ消すしかない。




「やあ。久しぶりだね、鵜院」




誰だ、五月蝿いな。
誰なんだよ、くそ。


486 : Bite the Dust ◆VofC1oqIWI :2015/10/14(水) 12:49:20 N.pjgDuo0



「そんな目しなくてもいいじゃないか。俺は仮にも君の上司なんだよ?」



僕が振り返った先に立っていたのは、人間だった。
その姿には憶えがある。
確か――――――今までに何度も見たことがある気がする。
誰だったかなあ。確か、ええと、ああ。森社長?
この世界はおかしい。つまり、社長もおかしくて当然だ。
畜生、畜生畜生畜生。やっぱりどうかしてる。


「それなりの傷を負っているようだが…まあ、とにかく無事で何よりだ。
 社員の無事を確認するのも、社長である俺にとっての役割だからね」


何言ってるんだよ。
全部おかしいんだろ。
お前も嘘なんだろ。


「さて、鵜院……早速だけど君に頼みがあるんだ。
 君の右腕に嵌めているソレ、譲ってはくれないかい?」


―――――は?
何でだよ。これが無けりゃ消せないだろ。
みんなみんなみんな消してやる必要があるんだよ。
それを奪うなんてどうかしてる。
僕が今、こうして立つ為の手段さえ奪うのか。



「今しがた少々厄介な相手に追い掛けられててね。
 そいつを倒す為の武装が足りないんだ。君が持っている悪砲なら――――」



――――何言ってるんですか社長。
――――ごちゃごちゃごちゃごちゃ下らないことを言ってる場合じゃない。
――――世界がおかしいんだ。
――――町中瓦礫だらけだ。みんな崩れてる。おかしいんだよ。
――――空が、波立ってるんだよ。太陽が、割れてるんだよ。
――――解るだろ。社長もどうせ、解ってるでしょう。



「………君、何を言っているんだい?」



何ぽかんとしてんだよ、社長。
あんたも解るだろ。僕なんかよりずっと賢いだろあんたは。
首が曲がって頭もいかれたのかよ。
何で、僕を異常者みたいな目で見てるんだよ。



「鵜院、君は……」



ああああああ、やかましい。
やかましいやかましいやかましい!
やっぱりおかしいんだ。
アザレアちゃんと同じように、あんたも僕を惑わそうとしてるんだ。
おかしいなら、おかしいなら。
おかしいものは全部。
全部、全て、木っ端みじんに。
消えれば、消せば、逝けば。



「――――――消えろよ」


487 : Bite the Dust ◆VofC1oqIWI :2015/10/14(水) 12:50:12 N.pjgDuo0
◆◆◆◆ ◆◆◆◆




突如放たれた悪砲。
唐突な攻撃に驚愕はしたが、辛うじて回避出来た。
こうして避けられたのも、あの砲撃の規模と破壊力を知っているからこそだ。
砲撃はそのまま近くの建物目掛けて飛び、そして木っ端みじんに破壊した。



「消えろよ…消えろ、消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ…」



悪砲の衝撃で後方へと吹き飛んでいた鵜院が、ゆっくりと立ち上がるのが見えた。
物騒な言葉を呪詛のようにぶつぶつと呟いている。
やはり、既に壊れているのか。
狂躁する鵜院を目の当たりにし、森は冷静にそう判断する。
先程の会話の時点で違和感は感じていた為、然程驚きはしないが。


「平和的に済ませたい所だったけど、これは駄目そうだ」


狂気に蝕まれる鵜院を見据え、森は心中で冷淡に見切りをつける。
あれはもう駄目だ。完全に精神がやられている。
言動からして、何らかの幻覚や幻聴まで見ているらしい。
下っ端の割に中々安定している部下だと思っていたが、どうやらこの程度だったようだ。

余程の荒れ馬――――だが、最低でもあの悪砲は回収しなくてはならない。
今の心許ない武装ではあの怪物はおろか、ルカ達相手にも苦戦しかねないのだ。
優勝を確実なものとする為にも、三種の神器は必要だ。最低でも一つあればいい。

それに、出来ることならば奴の『肉体』も回収しておきたい。
彼はナノマシンに適合できる一億分人に一人の逸材である。
適合者である奴の肉体を研究材料として解析すれば、今後のナノマシン兵器開発においても役に立つかもしれないのだ。
鵜院という個人は失われても構わないが、ナノマシン適合者としての肉体は極めて貴重だ。
最悪の場合は諦める必要も出てくるだろうが、せめて肉体の一部でも回収しておきたい。
優勝するのはこの森茂。鵜院はいずれこの会場で死ぬ参加者の一人なのだ。
故に彼を殺すことに躊躇は無い。
だが、せめて自分の手で確実に死体を回収しておきたいのだ。


悪砲、そして鵜院千斗の肉体の回収。
その目的を果たす為に、やることは一つ。




「――――ここで君を始末させて貰うよ、鵜院」


488 : Bite the Dust ◆VofC1oqIWI :2015/10/14(水) 12:50:55 N.pjgDuo0

乾いた銃声。
一瞬の早撃ちが鵜院の胸を撃ち抜く。
森がS&W M29を瞬時に構え、発砲したのだ。

しかし、鵜院の胸に生まれた弾痕はみるみると塞がっていく。
傷口から黒い機械が這い出し、傷口を治癒したのだ。


(やっぱり、か)


森は内心舌打ちしつつ、鵜院の周囲を回る様に走り出す。
休眠状態に設定していた筈のナノマシンが作動している。
宿主の生命状態の危機に瀕して起動を果たしたのか。
恐らく再生能力も、悪砲の装填機能も、フル稼動している。
厄介極まりない状態だ。




「うあああああああぁぁぁッ!!!!!」




再び、閃光。咆哮。
鵜院の右腕に構えられた悪砲より凄まじい砲撃が放たれる。
森は咄嗟に全力疾走をして砲撃を回避する。
躱された砲弾は近くの建造物に直撃し、瞬く間に粉砕する。

疾走と共に森は銃を構え、反動で吹き飛んだ鵜院の着地点を読み―――再び発砲。
弾丸は尻餅を突いた鵜院の左肩に着弾する。


「ふーッ、ふーッ―――――」


それでも鵜院は動きを止めようとはしない。
執念か。意地か。狂気か。
彼は傷口を修復させながら、立ち上が―――――




銃声。銃声。銃声。銃声。




鵜院の肉体に容赦無く弾丸の雨が叩き込まれる。
狙いは全て――――――――頭部。
次々と着弾した弾丸に怯み、鵜院は膝を突いた。


489 : Bite the Dust ◆VofC1oqIWI :2015/10/14(水) 12:51:42 N.pjgDuo0

(ナノマシン適合者と言えど、不死身じゃあない)


『頭を狙え』。
ナノマシンを熟知している森だからこそ即座にそう判断出来る。
森や鵜院に投与されたナノマシンの機能を動かすのは脳だ。
脳を完全に破壊するか、脳と肉体の繋がりが断ち切られれば、ナノマシンは正常に機能しなくなる。
つまり宿主は肉体の修復が行えなくなり、生命活動を停止―――――死亡する。
とはいえ、多少の欠損程度ならば脳であってもナノマシンが自動修復してしまう。
ナノマシンの修復が追い付く前に、頭部を破壊するか。
あるいは首を切断する必要がある。


「あがっ……ぎ、あ……ッ!」


頭部からドクドクと黒い物体を垂れ流しながら、鵜院は動悸を繰り返す。
森はその隙を見逃さない。
即座に地面を蹴り、凄まじい勢いで鵜院へと接近する。


「来る、な…来るな…!」


ぶつぶつと呟く鵜院に構うことはない。
彼が怯んでいる隙に確実に仕留める。
それだけのことだ。
そして、森は鵜院の至近距離まで迫り―――――




「悪いけど、死んでもら」
「来るなあああああああああッ!!!!!」




眼前に迫った森に対し、悪砲の銃口が向けられた。
銃口の内部に、ナノマシンによる凄まじいエネルギーが収束されていく――――――




「…そう来ると思ったよ」



瞬間、悪砲を握り締めた右腕が蹴り上げられる。
跳ね上がった鵜院の右腕と共に悪砲の銃口も真上へと向けられる。
そのまま、悪砲の砲撃は森を捉えること無く空高くへと放たれた。


490 : Bite the Dust ◆VofC1oqIWI :2015/10/14(水) 12:52:13 N.pjgDuo0

「君如きの末端が、闘いで俺の上を行けるとでも思ったのかい?」


仰向けに転倒した鵜院の首を掴み、森は冷酷に言い放つ。
無理な姿勢の射撃を行った為、右腕が再び骨折している。
骨折自体はいずれナノマシンによって修復される。
だが、果たして森が鵜院の命を奪うより先に修復が完了するのか。


そして、首根っこを掴まれた鵜院の身体がゆっくりと持ち上げられる。
宙にぶら下がった体勢の鵜院は必死に抵抗を試みる。
だが、森が首を絞め付ける力の方が遥かに強い。
鵜院の抵抗など無駄に等しい。



「まず、首の骨を折らせてもらうよ」



気軽な口調で、森はそう呟く。
彼の態度に慈悲はない。躊躇もない。
今の彼にとって、鵜院は敵でしかない。
鵜院の抵抗など無意味。必死に身体を動かしたところで、森からは逃れられない。
そのまま冷酷な暴力によって、鵜院の首がへし折られんとした――――。



その瞬間だった。
森と鵜院の身体が、何かに弾かれるように吹き飛んだのだ。


491 : Bite the Dust ◆VofC1oqIWI :2015/10/14(水) 12:52:56 N.pjgDuo0
◆◆◆◆ ◆◆◆◆



腕が痛い。
身体が痛い。
頭が痛い痛い痛い。
チが止まらない黒い液体が止まらない。


――――何が起こったんだ?


先程、社長と自分が何かの力で弾き飛ばされたのは解る。
僕がやったんじゃない。
誰がやったんだ。誰だ、今度は誰なんだ。


周囲を見渡し、ようやく見つけた姿。
それは全身に大火傷を負った、角の生えた女。
忘れる筈もない化物だった。


女は、受け身を取って銃を構えようとした社長を吹き飛ばした。
アイツは社長に触れてなどいない。
ただ手を翳した瞬間、『突然』社長の身体が弾かれたのだ。
社長は近くの建物の壁に叩き付けられ、口から黒い血のようなモノを吐き出す。
何だアレは。何だ?
まるでエスパーが使う、念動力じゃないか。



「つ、よ、い、のは、」



―――え?
女が口を開いた。
まともに喋る筈のなかったあのオンナが、喋り出した。
呆気に取られる僕をよそに、オンナが。
オンナ――――が?



「強い、のは――――俺だ。図に乗るんじゃねえよ、三下共」



そう呟いたオンナの両掌に収束しているモノは、念動力のエネルギー。
そして、オンナの口元に浮かんでいたのは―――自分が最強だと信じて疑わない、不敵な笑み。
戦闘員として戦ってきた中で、どちらも傍で幾度と無く見てきたモノだ。
見忘れる筈がない。
見間違える筈がない。
あの口調。あの能力。あの表情。あの人は。



「ヘヘ、クハハ、ハハハハハハハハハハハハハハハ――――――!!!」



オンナ/あの人の高笑いと共に、僕はぽつりと呟いた。



「茜ヶ久保……さん?」


492 : Bite the Dust ◆VofC1oqIWI :2015/10/14(水) 12:53:42 N.pjgDuo0


『ゔい゙――だすげ――』



あの人が、こっちを向いてくる。
血に濡れた顔で、僕を見据えてくる。



「来るな」



僕に気付いた『茜ヶ久保さん』が、近付いてくる。
笑いながら、死をばらまきながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。



『や゙られ゙だァ――あ゙い゙つに゙』



死者が迫ってくる。
身体中から肉片を撒き散らし、血肉を吹き出して、迫ってくる。
死んでるのに目の前に現れて、僕を殺しにやってくる。
そんな馬鹿な。


『では続いてお待ちかねの死者の発表へと移ろうか。 』
『少し多いから聞き洩らさない様に注意してくれ。』
『―――――01.×××××』


そう死んだのだ目の前で死んだのを見たのだ。
放送で名前も呼ばれた。
アザレアちゃんも死んだ僕が殺した。
××××ちゃんも、死んでた?
そして。




『だ

   ず

  げ

     で』




―――――――茜ヶ久保さんも。




「来るな、来るな、来るな来るな、来るな来るな来るなああああああああああああああッ!!!!!!!」




絶叫と共に、悪砲が吼えた。


493 : Bite the Dust ◆VofC1oqIWI :2015/10/14(水) 12:54:52 N.pjgDuo0
◆◆◆◆ ◆◆◆◆



消滅弾によって左腕が消し飛んだオデット。
だが、彼女の動きは止まらない。止められない。
不敵な笑みを浮かべた直後、魔族の再生能力と治癒魔術によって即座に左腕を再生させたのだ。


鵜院の全身を恐怖が駆け巡る。
眼前の死者を前にして、ただ恐れ戦くことしか出来ない。


「死人が出しゃばるなよ!何でだよ!何で僕の前にあんたが!
 なあ茜ヶ久保さん!あんた死んだ筈だろ!何で!何で何でなんでなんでなんで―――――」
「やかましいんだよ、アホ」


喚き散らす鵜院の言葉を、オデットが一蹴する。
当然だろう。彼女は『茜ヶ久保』という個人など知らない。
今の彼女が使っているのは茜ヶ久保の人格だが、その記憶までもは受け継いでいない。
鵜院など知る由も無いし、興味もなかった。
ただ『獲物』が目の前にいたから―――――喰らおうとしただけだ。


鵜院は必死の形相で悪砲を構える。
ナノマシンをフル稼働させ、エネルギーを際限なくチャージしていく。
そして、目の前より迫る『死者』へと砲撃を放つ。

だが、当たらない。
オデットは一瞬だけ姿を消したかと思えば、再び別の場所に姿を現したのだ。
転移魔術。神の血肉によって詠唱を必要としなくなった、奇跡の再現。



「うぁ…あ、ああああああああああッ!!!!!」



絶叫と共に、悪砲の砲撃が幾度と無く繰り返される。
反動で身体が吹き飛び、建物の壁に叩き付けられながらも何度も放つ。放つ放つ。
周囲のビルが次々と吹き飛び、灰燼へと帰す。
修復したばかりの右腕が、凄まじい反動によって再び使い物にならなくなる。
錯乱しながら放った砲撃は、街並を次々と粉砕していく。


―――――だが、『標的』には当たらない。当たらないのだ。


オデットは転移の魔術を繰り返し、消滅弾を易々と回避しているのだ。
今の彼女は『ヴァイザー』の人格が現出していない。故に殺気探知の能力は機能していない。
しかし殺気を感じ取れずとも、大雑把かつ解り易い悪砲のモーションは一度目にすれば容易く読める。
消滅弾そのものの規模は強大だ。単純な身体能力で躱すのは決して簡単なことではないだろう。
だが、転移魔術によって瞬時にその場から消えることの出来るオデットにとってはそう難しいことではなかった。


494 : Bite the Dust ◆VofC1oqIWI :2015/10/14(水) 12:55:32 N.pjgDuo0

「ピーピー喚くんじゃねェよ、三下」


ペッと唾を吐き捨て、オデットは首をコキコキと鳴らす。
そして、ゆっくりと右手を鵜院の方へと向けた。

鵜院はカチカチと悪砲の引き金を引く。
だが、弾は放たれない。
急速な連射を行った為か、ナノマシン促進による弾丸の装填が追い付いていないのだ。

瞬間―――ズシン、と鵜院の身体が地面にめり込む。
オデットが行使した強力な『サイコキネシス』だ。
凄まじい衝撃に肉体が耐えられず、黒い血の様なものを口から吐き出す。
絶叫を上げようとしても、身体中に凄まじい負荷が掛かって声さえまともに出せない。


「塵は塵らしく、黙って死ねや」


嗜虐的な笑みを浮かべ、オデットはサイコパワーを加速させる。
鵜院の肉体を押し潰すべく、全力のサイコキネシスを発動させたのだ。
コンクリートの地面もろとも鵜院の身体がミシミシと音を立て、全身から黒い液体が吹き出し始める。
助けを求める声も、悲鳴すらも上げられず。
鵜院の身体は、粉砕されようとしていた―――――



そこに割り込む、数度の銃声。



オデットは背中から胸を撃ち抜かれた直後、咄嗟に念力を周囲に展開。
間髪入れずに放たれた複数の弾丸を明後日の方向へと弾いていく。



「生憎だけどね、うちの部下を君の餌にするつもりはないんだよ」



オデットが振り返った先にいたのは、先程吹き飛ばした森だ。
その右手には拳銃が構えられている。
オデットによる鵜院の補食を防ぐ為に、彼女を撃ったのだ。


495 : Bite the Dust ◆VofC1oqIWI :2015/10/14(水) 12:56:25 N.pjgDuo0

「―――――ははッ、テメェがいたんだったなああァァァ!!
 前は、よくも、やってくれたよなァッ!!!!」


狂喜と憤怒の入り交じった表情を浮かべながら、オデットは念力を発動。
悪砲で崩壊した周囲の建物の瓦礫を操り、次々と森目掛けて放り投げる。

舌打ちしつつ森は駆け出し、瞬時に装填した拳銃から再び発砲。
対するオデットもその場から側面へと走り出し、拳銃を躱す。


(やはり、さっきと違う―――!)


森はオデットの動きを冷静に見極める。
鵜院を殺そうとした瞬間に不意打ちを仕掛けた際、奴の身体に弾丸が当たった。
少し前に戦った時は『あらゆる攻撃を自在に躱していた』あの化物が、だ。
しかし今はどうだ。先程までなら回避されていたであろう不意打ちが容易く命中したのだ。


「け、はははは、ははははは!!!
 オラオラどうしたよォ!?あの時みたいに、反撃してみろよオオォォ!!!」


森が跳躍するように回避した直後、ボゴンとコンクリートに巨大な質量がめり込んだような痕が生まれる。
森が回避を繰り返し、遅れてやってくるように次々とクレーターのような凹みが出現する。

攻撃パターンも先程とはまるで違う。
魔術のみならず、サイキックのような奇妙な術を行使しているのだ。
この殺し合いで命を落とした森の部下『茜ヶ久保一』のように。
サイキックを駆使した攻撃的な戦闘スタイルは、彼を連想させるには十分だった。


いや―――――それどころか、これはまるで茜ヶ久保そのものではないか。



「もっと、愉快にッ、踊ってみせろよォッ!!!」



周囲を走り回る森に狙いを定めるオデット。
そのままオデットが地面に手を当てた直後、コンクリートのヒビの隙間から炎が吹き出す。
発火現象能力(パイロキネシス)――――自在に発火を引き起こす超能力。


森は咄嗟に後方へと下がり炎を回避する。
しかし、直後に背後から『何か』が凄まじい勢いで突き刺さる。
瓦礫の破片だ。
森は口から血を吐き出しつつも、即座に再び身構える。
無痛症の森は苦痛によって怯むことは無いが、決して不死身ではない。
一定の負傷を受ければ相応のダメージとなる。

発火現象は捨て石に過ぎなかった。
本命は念動力で操った瓦礫の破片である。
発火現象によって森を回避させ、その隙に彼の背後から操った瓦礫の破片を突き刺す。
それがオデットの狙いであり、こうして的中したのだ。


496 : Bite the Dust ◆VofC1oqIWI :2015/10/14(水) 12:57:06 N.pjgDuo0


(やれやれ、面倒な相手を引き受けちゃったもんだね)



森は腹部を貫く破片を強引に引き抜き、その場に投げ捨てる。
この程度の傷はなんてことはない。
痛みは感じないし、ナノマシンによる治癒が進めばすぐに塞がる。

だが、そんな気休めの治癒能力で粘り続けられるかと言えば否だ。
奴を仕留めるにはやはり今の武装では力不足だ。
殺気感知、サイキック、そして神の奇跡とされる魔術。
能力面で言えば圧倒的に相手側が強い。
今の自分に残されたものと言えば、一丁の拳銃のみ。
チープシルバースレイヤーの変身ベルトすら失われた今では、余りにも厳しい闘いだ。
せめて、三種の神器があれば。
鵜院がその手に持つ『悪砲』。最低ででもあれが必要だ。



(せめて『悪砲』があれば、――――!?)



その時森は気付く。
鵜院の姿が、この場から忽然と消えていることに。
オデットと自分が戦っている隙に、逃げ出したというのか。

あの負傷では動ける筈が―――否。
ナノマシンによる治癒を加速させれば、不可能ではない。


「なァに、余所見してんだよ」


舌打ちする森をからかうように、オデットは不敵な笑みを浮かべ続ける。
鵜院に逃げられたのは痛手だ。
悪砲に加え、ナノマシン適合者の肉体を回収する必要があるのだから。


サイコパワーを掌に収束させるオデットを見据えつつ、森は周囲の状況を探る。
悪砲の砲撃によって周囲の建物の多くは粉砕された。
鵜院が隠れられる場所、逃げられる場所は、そう多くはない。


497 : Bite the Dust ◆VofC1oqIWI :2015/10/14(水) 12:57:43 N.pjgDuo0
◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆



「はぁーっ……はぁーっ、はぁーっ……!」


悪砲による被害を受けていない建物と建物の隙間にて。
彼は路地を必死に走り抜けていた。
荒い息を零し続け、目を血走らせながら、鵜院千斗は逃げ続ける。


鵜院の思考は掻き乱されていた。
目の前で怒り続けた事象を受け入れられず、錯乱していた。


―――――死んだ筈の人間が蘇った。
死者が目の前に現れて、襲い掛かってきた。
茜ヶ久保一が、迫ってきた。


有り得ない。有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない。



『幽霊なんてのは嘘ッ八だよ。そうでないならどうして俺が殺した連中は出てこないんだよ』



あの人だってそう言ってたじゃないか。
嘘っぱちだあんなもの。



『俺らの仲間だって――そうだろ。ヒーローに殺られて怪人に殺られて訳の判らねえ連中に殺られて、それでも一人も出てこねえよ。
 特別な存在の悪党商会だってそうなんだよ。死んじまったらどうにもならねえんだよ』



そうだ。一人も出て来たことなんてない。
死者は生き返らないし、幽霊なんてこの世にいるはずがない。
心霊体験なんてものも全部世迷い言にすぎない。迷信だ。
でも、あの人は。
訳の解らないバケモノに喰われて
目の前で死ぬのを見て



そして、僕の前に現れて





「あ、あ、うああああああああああああああ――――――――!!!!!」




おかしい、おかしいおかしいおかしい
自分もおかしい世界もおかしい皆ミンナおかしい
何がどうなってるんだよこの世界はクソ
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい
おかしいこの世界はおかしい
狂っている何もかも
最悪だ早くこの世界を吹き飛ばさな



あれ?
僕の身体が沈んでいく
何がどうなってるんだろう
一体、これは―――――――


498 : Bite the Dust ◆VofC1oqIWI :2015/10/14(水) 12:58:38 N.pjgDuo0
◆◆◆◆ ◆◆◆◆



「――――5人目、ですね」


俯せに倒れ込む鵜院を見下ろすのは、長い黒髪を靡かせる男。
最高峰の殺し屋――――アサシンだ。
建物の屋上から鵜院を奇襲し、彼を妖刀無銘で切り裂いたのだ。

鵜院は今起こっていることが認識出来ない様子で呆然としている。
そんな彼に対し、アサシンは哀楽を感じることはない。
ただ依頼を受け、目に付いた標的を斬っただけなのだから。

アサシンの流儀は一撃離脱。
たった一度の奇襲こそが基本だ。
故に仕留められようと失敗しようと、奇襲を仕掛けたならば即座に撤退する。
その手段によって数々の標的を始末し、同時に数々の敵対者から逃れてきたのだ。

今回もそうするつもりだった。
標的の命を奪うことはアサシンの目的ではない。
依頼はあくまで20人の参加者を斬ること。
故にとどめは刺さず、撤退するつもりだった。



「斬撃は、」



アサシンの耳に、女の声が入ってくる。
新手だろうか。そんなことを呑気に思った直後。
殺気を感じ取ったアサシンが両足をバネにし、その場から跳躍した。



「届くッ!!」



直後、アサシンの右足に裂傷が生まれる。
どこからともなく飛んできた斬撃が彼の右足の一部を取られたのだ。
とはいえ殺気を感じ取り、咄嗟に跳べたからこそ右足で済んだ。
あのまま回避すらしていなければ、アサシンは今頃両断されていただろう。


「ッ、」


空中でアサシンが視認したのは、まるで戦乙女のような姿をした銀髪の女。
元殺し屋、バラッドだ。

自身とは距離が離れている。どうやって切り裂いてきたのか。
何らかの異能力の類い、あるいは飛び道具を備えているのか――――兎に角、あの女と素直に戦うつもりはない。
この程度の裂傷ならば強引に耐えられる。まだ動かせる。
ならばこのまま逃げるべきだろう。アサシンはそう考えた。

そのままアサシンは左右の建物の壁を交互に蹴り、三角跳びをして建物の屋上へと逃走。
バラッドもまたそれを追おうとするが、ハッとしたように動きを止める。
そう、この場には仲間が一人残されているのだ。


『全く、逃げ足の早いロン毛ね!』
「―――ウィンセントッ!大丈夫か!?」


悪態をつくユニに対し、バラッドは俯せに倒れる鵜院の傍に駆け寄って声を掛ける。
しかし、鵜院は虚ろな目で地面を見つめるのみ。
バラッドの呼びかけに答える様子はないし、ただ呆然と呻き声の様なうわ言を吐き出すのみ。


499 : Bite the Dust ◆VofC1oqIWI :2015/10/14(水) 12:59:11 N.pjgDuo0

「立てるか、ウィンセント!?」


疲弊し切った様子の鵜院にそう問いかけるバラッド。
無論、答えは帰ってこない。
ぶつぶつと何かを呟くのみで、答えは帰ってこない。

明らかに様子がおかしい。
だが、このまま放置しておく訳にはいかない。
バラッドは鵜院の身体を抱え上げようと、彼の身体に触れようとした。




「おっと、持ち帰られたら困るんだよね。その子」




唐突に、男の声が耳に入ってくる。
即座に身構えたバラッドの視線の先に立っていたのは、サングラスをかけた壮年の男。
悪党商会の社長であり、鵜院の上司―――森茂。

彼は僅かな逃走ルートから鵜院の逃げた先を推測し、この路地まで辿り着いたのだ。
あのオデットを撒きながらの行動であったし、殆ど賭けに近かった推測でもあった。
そのため、こうして鵜院の居場所をピンポイントで探し当てられたのは幸運という他なかった/


「何者だ?」
「悪党商会社長、森茂。つまり鵜院千斗くんの上司って訳さ」


どこか気さくな態度で話し掛けてくる森に対し、バラッドは僅かながらも警戒を抱く。
悪党商会。確かに鵜院が所属していた組織だ。
だが、メンバーには鵜院が言及していた茜ヶ久保のような残虐な人間も存在するという。
殺し屋として培ってきた経験から、ある程度の警戒心も備えている。
故にバラッドは身構え続けていた。


「まあ、今は取り敢えず手短に言わせてほしいんだけど――――」


そんなバラッドの態度を気に留めることも無く、森は喋り続ける。


「ちょっと手を貸してくれないかい?」


そう言いながら森が振り返った先。
バラッドは、森の後方に存在するモノに気付いた。
この殺し合いに巻き込まれて以来、幾度と無く出会ってきた相手。
最早腐れ縁とすら呼べる相手と化した、一人の参加者。




「――――よォ、あんたも一緒か、姉ちゃん」




そこには一体の怪物が立っていた。
森を追ってきたオデットだ。
不敵な笑みを浮かべながら、森とバラッドの二人を見据えていた。


500 : Bite the Dust ◆VofC1oqIWI :2015/10/14(水) 13:01:43 N.pjgDuo0


【I-8 市街地 路地/日中】

【バラッド】
[状態]:純潔体
[装備]:ユニ、朧切、苦無(テグス付き)
[道具]:基本支給品一式、ダイナマイト(残り2本)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いに乗るつもりは無いが、襲ってくるのならば容赦はしない
1:目の前の男(森茂)と共闘してオデットと戦う?
2:ウィンセントの安全を確保したい。
3:ユージーの知り合いと会った場合は保護する。だが、生きている期待はあまりしていない。
4:アサシンに警戒。出来れば早急に探し出したい。
5:イヴァンのことは後回しにするが、見つけた時は殺す。
※鵜院千斗をウィンセントと呼びます。言いづらいからそうなるのか、本当に名前を勘違いしてるのかは後続の書き手にお任せします。
※バラッドの任意で純潔体と通常の肉体を切り替えられます。

【アサシン】
[状態]:疲労(小)、右腕負傷、右足裂傷
[装備]:妖刀無銘
[道具]:基本支給品一式、爆発札×2、悪威
[思考]
基本行動方針:依頼を完遂する
1:この場から離れて次の標的を探す。
2:二十人斬ったら何をするかな…
3:魔王を警戒
※依頼を受けたものだと勘違いしています。
※あと15人斬ったらスペシャルな報酬が与えられます。
※5人斬りを達成した為、刃の伸縮機能が強化されました。

【森茂】
[状態]:ダメージ(大)、腹部に貫通痕(ナノマシンで修復中)、疲労(大)
[装備]:S&WM29
[道具]:基本支給品一式、携帯電話
[思考・行動]
基本方針:参加者を全滅させて優勝を狙う。
0:バラッドとオデットを利用し、混乱に乗じて鵜院の持つ悪砲を取り戻す。
  鵜院を殺害し、死体を回収する。
1:可能ならばそのままオデットを始末する。場合によってはバラッドも。
2:他の『三種の神器』も探す。
3:交渉できるマーダーとは交渉する。交渉できないマーダーなら戦うが、できるだけ生かして済ませたい。
4:殺し合いに乗っていない相手はできるだけ殺す。相手が大人数か、強力な戦力を抱えているなら無害な相手を装う
5:悪党商会の駒は利用する
6:ユキは殺す
※無痛無汗症です。痛みも感じず、汗もかきません

【鵜院千斗】
[状態]:全身にダメージ(大)、疲労(極大)、精神的疲労(極大)、錯乱、幻覚症状、マーダー病感染
[装備]:悪砲(0/5)、焼け焦げたSAA(0/6)
[道具]:基本支給品一式
[思考・行動]
基本方針:こんな世界は間違っている
1:何もかも無くなればいい
2:茜ヶ久保(オデット)への凄まじい恐怖
※極度の精神的疲労から幻覚を見ています。
※一時間で麻痺状態が解け、マーダー病潜伏期間に移行します。

【オデット】
状態:首にダメージ。神格化。疲労(小)。人喰いの呪い発動
装備:なし
道具:リヴェイラの首輪
[思考・状況]
基本思考:気ままに嬲る壊す喰う殺す
1:森を殺す
2:バラッドとも殺し合う?
※ヴァイザーの名前を知りません。
※ヴァイザー、詩仁恵莉、茜ヶ久保一、スケアクロウ、尾関夏実、リヴェイラを捕食しました。
※現出している人格は『茜ヶ久保一』です。他に現出できる人格はオデット、ヴァイザーです。
人格を入れ替えても記憶は共有されます。


※I-8市街地で数多くの建物が悪砲の流れ弾で消滅しています。


501 : 名無しさん :2015/10/14(水) 13:02:43 N.pjgDuo0
投下終了です


502 : ◆H3bky6/SCY :2015/10/21(水) 23:35:51 SOVkwvWM0
投下します


503 : 名探偵、皆を集めてさてと言い ◆H3bky6/SCY :2015/10/21(水) 23:36:29 SOVkwvWM0
放送が流れ、次の目的地を地下実験場と定めたブレイカーズの二人が足を止めた。

聞こえるのは相も変わらず、飄々とした調子の声。
それにイラつきを覚えながらも、与えられた情報を享受するしかない。
そんな緩い拷問の様なもどかしい状況は、挨拶と共に締めくくられる。

その内容を聞き終えた、ミル博士が眉を吊り下げ目を細めた。
ミルの直接的な友人がいたわけでもなかったが。
死者の中に家族であるルピナスに友人として紹介された少女の名があったのだ。
初めてできた同年代の友人だと嬉しげに尻尾を振る姿を思い出し、その懐かしさに少しだけ胸が痛む。

そしてもう一つ気にかかったのは、大神官ミュートスの死亡だ。
ミルの縁者ではないが、同行者である剣神龍次郎の縁者である。
右腕たる大幹部を失い大首領にいかなる変化があるのか、それを確認すべくミルは龍次郎の表情を伺った。

瞬間。ミルは訳もなく殺されるかと思った。

この場にいたくないと拒否反応を起こしたように、足が自然と後退する。
だがそれも一瞬。
龍次郎は何を語るでもなく、止めていた足を前へと動かした。

「何をしている、先を急ぐぞ」

空気に飲まれ固まっていたミルに龍次郎が声をかける。
放送を聞き終えた以上、足を止めている理由はない。
怠惰を許さぬ余りにもいつも通りな態度に、先ほどの寒気は気のせいだったのではないかと錯覚しそうになる。

だが、そんなはずがない。
あの一瞬、漏れだした怒気は本物だった。
だと言うのに龍次郎は何事もなかったようにその揺らぎを億尾にも見せない。

憤怒は己を進める原動力として、哀愁は足元を踏みしめる礎とする。
その背には不安など微塵も見せず、付き従う者たちの羨望を背負う道標として在り続ける。
例えそれが身内が相手だろうとも、いや身内だからこそ決して弱みは見せない。
それが強さを是とする大首領の在り方であり、そう在ることを定められた哀しき宿命でもある。
ただ肩に乗せたチャメゴンが寂し気にキューと鳴いた。



地下実験場に辿り着いたブレイカーズの二人がまず行ったのは施設内の哨戒だった。
既にこの殺し合いの開始から半日が経過しようとしている頃合いだ。
この時点で誰がこの施設を訪れ、この施設がどんな魔境になっているのか知れたものではない。
待ち伏せ目的で参加者が潜んでいる可能性もあるし、罠だって仕掛けられているかもしれない。
それを把握しておかなくては、おちおち首輪の解析などしていられないだろう。

地下実験場の入り口となる地上フロアはこじんまりとしていたが、地下実験場という名の通り本体となる施設は地下に広がっているようだ。
備え付けられていたエレベーターは稼働していたようだが、罠の仕掛けられている可能性やとイザと言うとき閉じ込められる危険性がある。
そうなれば龍次郎はともかくミルはどうなるかわからない、そのため安全性を考慮して非常階段を進むことになった。

龍次郎を先頭に地下深くへと続く九十九折の階段を下ってゆく。
ひんやりとした冷たい手すりは銀に輝き、打ちっぱなしのコンクリートが不気味な威圧感と共に壁際を埋め尽くしていた。
ペンキすら塗られておらず、これのみならず施設全体に飾り気という物が見受けられない。
実験場にそんなものは必要ないという事なのだろうが、遊び心がないなと研究者としてミルは思う。

そうして普通のビルでたとえるなら5階ほど下った所で、初めて出口らしき扉の前までたどり着いた。
階段はまだ下に続いている様だが、虱潰しに哨戒していくのだから、このフロアを避けて通る訳にもいかない。

緊張するミルとは対照的に、龍次郎はあっさりとドアノブに手を掛ける。
鍵はかかっていないようで、すんなりと扉が開かれ、その先には広い通路が広がっていた。
待ち伏せなどもなさそうだ。

通路は少し進んだ先で十字に分かれ、四つの区分に施設を切り分けていた。
そこにはデザイン性は感じられず、ただ機械的にいくつかの部屋が区切られているといった印象だ。
フロアの入り口とは違い各部屋には鍵がかかっていたが、その辺は龍次郎が力技でこじ開けていったため実質フリーパス状態である。

こうなると哨戒というより、ただの押し入り強盗と言った風である。
強引に扉をぶち抜くその行動は慎重さの欠片もないが、それは慢心ではなく確固たる自信に基づく行動である。
仮に待ち伏せや不意打ちがあろうとも自分が破れるはずがないという、絶対強者の特権。
龍次郎はそれを振るっているに過ぎない。


504 : 名探偵、皆を集めてさてと言い ◆H3bky6/SCY :2015/10/21(水) 23:36:51 SOVkwvWM0
一通り見た限り、このフロアは生活スペースの様であり、ずらりと並んだ幾つもの部屋は研究者の個室の様である。
もちろん調べた部屋の中には研究者などいなかったし、死体もなかった。
纏められた資料の中には幾つか研究成果のようなレポートが発見できた。
タイトルは。

『Psychic Refinement Report』
『acquired designer child project』
『Soul Proof - The human future -』
etc...

ミルか軽く中身を確認したが、首輪の解除や脱出に役に立ちそうなものではなかった。
全ての部屋の探索を追えたが他にも目新しいものはなかったため、非常口前にまで戻る。
そこで龍次郎がミルへと問うた。

「ミルよ。どう考える?」
「そうだなぁ………ミルには、このフロアは不要に思うのだ」

このフロアは実際に実験場を運営してゆくのならば必要不可欠なフロアなのだろうが、殺し合いを行う島にある施設としては不要なフロアである。
参加者が隠れ家として使用するくらいの使い道はあるだろうが、それは他のフロアでも可能な事だし、何より禁止エリアにしてされてしまえばそれで終わりだ。
それはつまり、この施設は殺し合いのために建てられた施設ではない。
ひいてはこの舞台自体がワールドオーダーの誂えた代物ではない可能性を示していた。

だが、そうではないとミルは知っている。
ミルたちのいた研究所はブレイカーズの施設の再現だった。
その事実はナハトリッターのお墨付きだ。
大首領本人に確認してみた所、小島に施設を作った覚えはないという事である。
ここにある施設はワールドオーダーがこの狐島に用意したものに違いない。

そのことを事を鑑みれば、この施設もブレイカーズの研究所のように何かを再現しているのではないだろうか。
その可能性を龍次郎に伝えたところ、つまらなそうにふんと吐き捨てた。

「参加者に関連した施設の再現か。じゃあここは、誰に関連した施設なのかねぇ」

独り言のようにそう呟き、龍次郎は次のフロアへと続く階段へと向かう。
ミルも慌ててその後を追った。



そうして幾つかのフロアを探索した後、最下層に到達する。
最下層は、より一層広いフロアだった。
それは部屋というよりただっぴろい空間と呼んだ方が正確だろう。
ともすれば自分が今地下にいることを忘れてしまいそうになる程の広さである。

爆発実験などを行っていた場所なのだろうか。
ドーム状に切りぬかれた空間の地面に砂が敷き詰められ、何かその途中に設備が置かれているという訳ではない。
無骨な背景も合わさって、視ようによっては古代の決闘場の様にも思えた。

「死体だな」

その言葉通り、実験室の中央には死体が転がっていた。
広がっていた血の海は砂の器に吸われ、既に跡すら消えかかっている。
死後硬直の完了した死体の状況からして、恐らくはこの殺し合いの開始直後に出来上がった死体だろう。

「至近距離から散弾でズドンか」

龍次郎はつま先で死体をひっくり返してその傷を検分する。
傷を見る限り、それ以前にも何発か撃ち込まれているようだ。
トドメを刺すためとはいえ、私怨でもあるかのような徹底っぷりである。

何か恨みでも買ったのかと死体の顔を見るが、砂に埋もれるようにして転がっているのは、どこにでもいそうな平凡な男だった。
よもやこの平凡な男が、世間を騒がせた断罪者、案山子であるなどと二人は想像すらしないだろう。

「とりあえず、首輪だけ頂いておくとするか」

言うが早いか、龍次郎は何のためらいもなく死体の首を落とした。
そして砂の中に落ちた首輪を拾い上げると、ミルへと投げ渡す。
上手くキャッチし損ねたミルは何度かお手玉の様に首輪を弾くが、何とか落とさず掴むことに成功した。

「それでどうだ? ミルよ。それの解析はここにある設備で可能か?」
「う、うむ。実験場というだけあって十分なのだ。ここにある設備があれば首輪の解析は可能だと思うぞ」

ここまで見回ってきた途中のフロアに首輪解析に役立ちそうな機材は幾つかあった。
流石に万全とはいかずともミルの知識と技術力を応用すれば、首輪の解析くらいなら十分に可能である。

「そうか。ならば早速首輪の解析を開始するぞ」

最下層までの探索が終了し、砂ばかりのこの場にはもはやこれ以上用は無いと、二人は最下層を後にするべく出口となる階段へと向かう。
だが、その階段へと向かう途中、先行していた龍次郎が足を止める後ろのミルへと静止を掛けた。


505 : 名探偵、皆を集めてさてと言い ◆H3bky6/SCY :2015/10/21(水) 23:37:10 SOVkwvWM0
「何者か。こそこそせずに姿を見せよ」

威厳と威圧を込めた龍次郎の問いに、カツンと足音が答える。
階段を下る動きに合わせ、やたらゴテゴテとした黒いフリルが揺れる。
足元から現れたのは、薄い唇を僅かに吊り上げ不敵な笑みを浮かべた少女だった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

地下深くでの会遇より少し前、地の底よりも高い地上にて、音ノ宮・亜理子は天よりの声を聞いた。
そして、先ほど宿敵として宣戦布告を叩きつけた相手の口から一ノ瀬夜空の死を知る。
月白氷の名が呼ばれた以上彼の名が呼ばれるのは解りきったことだ、今更動揺なんてしない。

そう、動揺なんてしない。
動揺なんてしない。
動揺なんてしない。
自らに言い聞かせるように三度心の中で呟き、深く息を吐く。

それよりも今成すべきことはこの事実を考察する事である。
彼の死すら考察の材料にしてみせよう。
軽蔑するならすればいい、元より私はこういう女だ。

考えるべくは月白氷と一ノ瀬夜空の死亡タイミングのズレについて。
死亡情報が嘘ではないのならばこの世界を脱出した後にあの二人がワールドオーダーに捕らわれたのは間違いないだろう。
では何故殆ど同時に消えたはずの月白氷と一ノ瀬空夜が別のタイミングで呼ばれたのか。
あの二人の違いは何か、という点をワールドオーダーの立場になって考えれば自ずと答えが導き出される。

その答えは恐らく、一ノ瀬夜空が『人間』だからだ。
計画への利用価値の高い一ノ瀬を惜しんで、何らかの交渉を持ち掛けた。
ワールドオーダーの現状を考えればこの行動は大いにあり得る。

そして、最終的に交渉は決裂し、利用できなくなった一ノ瀬を始末した。
死亡の時間差は交渉と決裂までの間であると考えれば、この流れに説明がつく。

ここから分かる事実は、やはり鍵は人間であるという事だ。
そうなると逆説的に人外の存在は何のために用意されているのかという疑問が湧く。
当て馬、それとも別の役割があるのか。

そして主催者から直接渡されたこの首輪。
首輪全てが特別な意味を持つという事はないだろう。
逐一回収していたのでは手が足りなさすぎる。
わざわざ主催者が回収しに来た以上なにか重大な意味があるはずだ。

人外である死神とその首輪。
関連があるとするならば、守人としての役割を担わされているのではないか、とう推察が立つ。
そうなると人外の首輪は特別性という式が成り立つわけだが。
これを確認するには首輪の解析と幾つかのサンプルが必要である。

手先は器用な方だと思うが、首輪をどうこうできるほどの技術は私にはない。
その他にも私一人ではいろいろと足りない要素が多すぎる。
やはり対ワールドオーダーを目指す協力者は必要だ。
とは言え、一度手痛い目に合っているだけに人選は慎重に生きたいところである。

私以外にも、首輪をどうにかするために動いている者がいるはずだ。
そう言う人間がどこを目指すかは中りが付けられる。
私はまずは現在位置から一番近い研究所に向かう事にした。

首輪探知機があるため移動はスムーズだった。
憚ることなく整備された道を進み、早々に目的地へと到達する。
いや、正確には目的地跡へと到達した。

研究所は跡形もなく吹き飛んでいた。
何か大きな戦闘があったようであり、そこらかしこに破壊跡が広がっている。

だが、犠牲者を埋葬した跡がある事から、既に事態は収取し一段落ついているようだ。
首輪探知機にも反応はない。
さしあたっての危険はないと思われるが、協力者集めという目的は空振りである。

埋葬跡からも首輪の反応はなかった。
この埋葬がフェイクでない限り、どうやら首輪は回収されているようだ。
わざわざ回収したという事は、やはりここに居た連中は首輪の解除を目的としていたと言える。
研究所が吹き飛ぶほどの事件が起きて場を移したのだろう。
そうなるとこれ以上ここを調査しても得る者はなさそうだ。次の目的地へと向かうとしよう。

順番に道沿いに進むとして、次は地下実験場である。
そこもダメなら工房に向かおう。そう心の中で予定を決めてアスファルトを踏みしめた。


506 : 名探偵、皆を集めてさてと言い ◆H3bky6/SCY :2015/10/21(水) 23:37:30 SOVkwvWM0


四半刻ほど歩いたところで、次の目的地へとたどり着く。
こちらも消し飛んでいたらという危惧は杞憂に終わり、地下実験場は健在だった。
と言っても、そこにあったのは小さな事務所の様な建物で、パッと見では実験場と呼べるほどのものではなかったのだが。

無論、ここは入り口に過ぎない。
私は受付近くのエレベーターホールを無視し、非常階段へと向かう。
そして、階段を下る前に首輪探知機を確認した。

レーダーには私の座標に重なる様に複数の反応が点滅しており何者かの存在を示していた。
だが首輪探知機はそのポイントを平面的な距離で示すのみで高さまではわからない。
地下深くに掘り下げられたこの施設では余り役に立たたないようである。
一先ずそれだけを確認してから、私は音を立てないよう慎重な足取りで階段へと踏み出した。

暫く下った所で最初のフロアに辿り着く。
そのフロアに入った瞬間、私の目に少しおかしな光景が入ってきた。
フロアの全ての部屋の扉が閉じられることなく開きっぱなしになっているのだ。
住民の居ないこの無人島で不用心もないだろうが、開けっぱなしになっているのも仕方あるまい。
なにせ閉じようがない、扉は例外なく破壊されていたのだから。

恐らく参加者の誰かがやったのだろう。
この状況なのだから鍵が開かないのなら壊してしまえと言うのは正しいと言えばそうなのだが、些か乱暴すぎる。
これを行ったのは、レーダーに映っている何者かか、それとも先んじてこの施設を訪れただれかかか。
ともかく接触対象への警戒度を若干上方修正しておく。

扉の開け方こそ乱暴であるのだが、ご丁寧にも全ての部屋を漏らさず破壊しているというのは、何かを探していたと考えるべきか。
問題は何を探しているのかである。

逃げ込んだ参加者を探している殺人者という線もあるが、だとしたら時間をかけ過ぎである。
ワンフロアを潰している間に獲物を逃しかねない。

この施設から使える道具を探していたと言うのが妥当な線だろう。
そうなるとこれを行った人物が首輪解除を目的として行動している人物である可能性が高まる。
まあ乱暴に破壊された扉の跡とデリケートな技術を要求される首輪の解除というのは人物像が一致しないが、その辺はイメージだけで断定する事ではないだろう。

それに仮に首輪の解除を目指しているからと言って誰にでも交友的な人物であるとは限らない。
もしかしたらあくまで自分が助かるのが目的でその恩恵を他者にくれてやるなんて微塵も考えてない輩である可能性も高い。
接触すべきかそうでないかは今のところ半々と言ったところだろうか。
施設自体の調査は早々に切り上げ、この人物を確認すべく次のフロアへと向かう。

そうして途中のフロア全てを確認していくと、底のない奈落のように暗闇が続いてた階段の底が見えた。
隠し部屋でもない限り、次が最下層で間違いないだろう。

ここまでに偶然入れ違ってたとかでなければ、この首輪の反応の主はそこにいるという事である。
これまで以上に慎重に気配を殺して行動する。
尾行や情報収集などのを行う為に必要なため、隠密行動は探偵のスキルの一つである。
そう簡単に気付かれることはないはずだ。

まずは相手がどんな人物なのかを確認する事が最優先である。
それで相手が危険人物だったら即刻大跳躍でも何でも使ってこの場を立ち去ろう。
そのくらいの慎重さを持って、最後の階段を一歩踏み出そうとした。

「何者か」

瞬間。言葉自体が重量をもっているのではないかという程の威圧感が全身を襲った。
何故気づかれた。音など立てないよう細心の注意を払って行動していたはずなのに。

「こそこそせずに姿を見せよ」

驚きに身を固め、完全に機を失った。
ここで逃げたらそれこそ、敵対行動とみなされかねない。

こうなったら腹をくくる。
逃げも隠れもするつもりなど最初からなかったという風を装って、ワザと足音を立て階段を下った。
そして顔には動揺など見せず、あえて内心とは裏腹の不敵な笑みを張り付ける。
交渉なんてハッタリとクソ度胸である。飲まれた方が負けだ。

そんな決意で出て行って、いきなり私は後悔する。
そこにいたのはブレイカーズの大首領。剣神龍次郎だった。
超級の危険人物である。
先にこれを確認していたら確実に逃げ出していた相手だ。


507 : 名探偵、皆を集めてさてと言い ◆H3bky6/SCY :2015/10/21(水) 23:38:04 SOVkwvWM0
だがもう一人。龍次郎の後ろにいる幼女らしき人物。
生物工学及び物理学の権威、ミルシュトローム・テル・シュテーゲン博士だ。
自らの研究成果で性転換を果たした変人だと聞いたがその通りのようである。
だが私の知る限りでは参加者の中で首輪解除に最も貢献できるであろう人物である。

発見され接触してしまう結果になったのは、この人物との接触できたという点を見れば幸運だったのか不幸だったのか。
龍次郎も凶暴性ばかりが聞こえる風評と違って、こちらの話を聞く程度には理性的である。
もっとも舐められているだけかもしれないが。

そして、この組み合わせ。
上で起きていた、だいたいの事情を察する。

「こそこそとはご挨拶ね。別に私は彼方たちに敵意なんて持ってないわ。むしろいい話を持ってきたんだから」
「ほう、では何とする?」

片眉を吊り上げ見定めるような目つきでこちらを射抜く。
視線だけで私なんて吹き飛んでしまいそうだ。
当然ながら、まだ信用はされていないようである。

「首輪を集めてるんでしょう? 持ってるわよ首輪。しかもただの首輪じゃなくて特別性のをね」

相手の事情を先回りするような言葉に龍次郎の眉が動く。
どうやらこちらの言葉に興味を示したようだ。

遠くに見える首なし死体。
切り口から血がほとんど出ていないことから死後数時間経過してている。
つまり下手人は彼らではなく、彼らは首輪を収集するために首を落としたという事だ。

この実験場で何かを探すように虱潰しに探していた事。
そしてミル博士の存在。
彼らが首輪の解除を目指して行動している人物であるという予測は難しくない。

むしろ、これだけの条件が整って何の成果もないというのも考えづらい。
なので自分の持っている首輪に関する情報をさも知っていた可能様な態度で提示する。
もし相手が知らないと言うのなら、その情報を開示することでどちらにせよ交渉で優位に立てるだろう。
最も特別性と言う言葉に喰いつかないあたり、向こうもその程度は把握してたようだが。

どの程度このハッタリが通用したのかは定かではないが、龍次郎はふむと一つ頷いた。

「ここまで生き残っているだけあって、ただの小娘という訳ではないようだな。して何が望みだ小娘」
「さしあたっては首輪の解除を。最終的にはワールドオーダーの目論見を破壊する事、といったところかしらね」

こちらの言葉、態度、全てを吟味するようにじっくりと見定め、龍次郎が口を開く。

「よかろう。その志は我らブレイカーズと同じくする物である」
「なら、」

手を組めるんじゃないかしら、と続けようとしたが、龍次郎の力強い声がその先を遮った。

「しかし、我らブレイカーズは強さを是とする組織である!
 無論その強さとは武力には限らずあらゆる分野を評価する。
 知力、技術力、精神力。我らの一員として尽くしたくば示して見せよ!」
「それはつまり私に何が出来るかを見せてみろってことかしら?」

然り、と頷く。
ブレイカーズの一員になるつもりなんてないけれど。
龍次郎の武力、ミル博士の技術力は対主催に必要な事である。
彼らの協力を取り付けるためにも龍次郎の御眼鏡に適わなければならない。

「いいわ、お見せしましょう。と言っても、探偵である私にできる事なんて一つだけなのだけど」

探偵という職業に思うところがあるのか、龍次郎がピクリと反応する。
それではこの事件についての探偵の推理を披露するとしよう。
みなと呼ぶには少ないけれど、衆人の前で名探偵は、さてと言った。


508 : 名探偵、皆を集めてさてと言い ◆H3bky6/SCY :2015/10/21(水) 23:38:43 SOVkwvWM0
【E-10 地下実験場・最下層/日中】
【剣神龍次郎】
[状態]:ダメージ(小)
[装備]:ナハト・リッターの木刀、チャメゴン
[道具]:基本支給品一式、謎の鍵、ランダムアイテム1〜3個
[思考・行動]
基本方針:己の“最強”を証明する。その為に、このゲームを潰す。
1:首輪の解析を行わせる。
2:協力者を探す。ミュートスを優先。
3:役立ちそうな者はブレイカーズの軍門に下るなら生かす。敵対する者、役立たない者は殺す。
※この会場はワールドオーダーの拠点の一つだと考えています。
※怪人形態時の防御力が低下しています。
※首輪にワールドオーダーの能力が使われている可能性について考えています。
※妖刀無銘、サバイバルナイフ・魔剣天翔の説明書を読みました。

【ミル】
[状態]:健康
[装備]:悪党商会メンバーバッチ(1番)
[道具]:基本支給品一式、フォーゲル・ゲヴェーア、悪党商会メンバーバッチ(3/6)、オデットの杖、初山実花子の首輪、ディウスの首輪、ミリアの首輪、案山子の首輪、ランダムアイテム0〜4
[思考・行動]
基本方針:ブレイカーズで主催者の野望を打ち砕く
1:首輪を絶対に解除する
2:亦紅を探す。葵やミリア、正一の知り合いも探すぞ
3:葵を助けたい
4:ミリアの兄に魔王の死と遺言を伝える
※ラビットインフルの情報を知りました
※藤堂兇次郎がワールドオーダーと協力していると予想しています
※宇宙人がジョーカーにいると知りました
※ファンタジー世界と魔族についての知識を得ました

【音ノ宮・亜理子】
[状態]:左脇腹、右肩にダメージ、疲労(中)
[装備]:魔法少女変身ステッキ
[道具]:基本支給品一式×2、M24SWS(3/5)、7.62x51mmNATO弾×3、レミントンM870(3/6)、12ゲージ×4、ガソリン7L、火炎瓶×3
    双眼鏡、鴉の手紙、首輪探知機、月白氷の首輪
[思考]
基本行動方針:この事件を解決する為に、ワールドオーダーに負けを認めさせる。
1:ワールドオーダーの『神様』への『革命』について推理する。


509 : 名探偵、皆を集めてさてと言い ◆H3bky6/SCY :2015/10/21(水) 23:38:55 SOVkwvWM0
投下終了です


510 : 名無しさん :2015/10/22(木) 21:49:25 HguBnIgk0
投下乙です

>悲しみよこんにちは
ファンタジー勢の数少ない生き残りになったカウレスとミロ、
過ちを犯してしまったユキの因縁についに決着になりそうだな
一難去ってまた一難の若菜の明日はどっちだ

>Bite the Dust
オリロワの中でも上位の実力者達の混戦をうまいところだけ取ってどっか行くアサシンさんは流石だなぁ
オデット最強体に対してバラバラのバラッド、森重、セントの戦いはいかに


>名探偵、皆を集めてさてと言い
対主催希望の星が揃ったな、
上手く行けば対主催が大きく前進するがどんな推理になるか
何があっても悲しめない龍次郎は強いというべきか悲しいというべきか…


511 : 名探偵、皆を集めてさてと言い 修正 ◆H3bky6/SCY :2015/10/29(木) 23:02:40 kJ2.JPew0
>>504の◆以降を下記に修正

そうして幾つかのフロアを探索した後、最下層に到達する。
これまでのフロアも地下とは思えぬほどの広さだったが、最下層に広がっていたのはより一層広大な空間だった。

いや実際の広さは他のフロアと変わらないのかもしれないが、受ける印象が違う。
なにせ他のフロアにはあった大層な設備はおろか部屋を区切る壁一つない。
ただっぴろい空間はドーム状に切りぬかれ、その地面にはただ砂が敷き詰められいるだけであった。

爆発実験などを行っていた場所なのだろうか。
飾り気のないこの施設の無骨な背景も合わさって、視ようによっては古代の決闘場の様にも見える。

その砂漠のような空間の中央。
何もないはずのその場に異物としてソレはあった。

ミルはそれが何であるのかをすぐに理解する事が出来なかった。
そう言ったモノを見慣れている龍次郎は不愉快そうに僅かに表情を歪ませる。
龍次郎が不機嫌そうな表情のままソレに向かい、ミルもその後を追う。

「…………うっ」

そして、ある程度近づいた所で漂ってきた刺激臭でミルもようやくソレがなんであるか気付きミルが口元を抑える。
それは個人の認識はおろか人間だったかどうかすら判別できない程にメチャクチャに破壊された生命の残骸だった。
思わず目を逸らすミルとは対照的に、その残骸をしっかりと見つめながら龍次郎が呟く。

「首輪がねぇな」

残骸から回収するつもりだったのか、龍次郎は首輪を探していたようである。
言われてミルもおっかなびっくり見てみれば、確かにそれらしきものは見当たらない。

「……こやつを殺した奴が回収したのではないのか?」
「これをやった奴がか? 首輪を取るためだけにしちゃどう見てもやり過ぎだぜ」

確かに、首どころか跡形もない。
こんな狂気じみた行動をとる人間が、わざわざ首輪を回収するなどという理性的な行動をとるとも思えない。

「ならどうしてここまで……」
「さぁな。私怨でもあったんじゃねえか? 人一人をここまでミンチにするっての意外と手間だからな」

俺は例外だがなと人間など一撃でミンチにできる大首領は付け加える。
とは言え、その辺の事情を探った所で何の益もないだろう。
ただの死体などには用はないし、このフロアにはこの死体以外に見どころもなさそうである。
龍次郎は残骸に背を向けミルへと向き直った。

「それでどうだ? ミルよ。それの解析はここにある設備で可能か?」
「う、うむ。実験場というだけあって十分なのだ。ここにある設備があれば首輪の解析は可能だと思うぞ」

ここまで見回ってきた途中のフロアに首輪解析に役立ちそうな機材は幾つかあった。
流石に万全とはいかずともミルの知識と技術力を応用すれば、首輪の解析くらいなら十分に可能である。

「そうか。ならば早速首輪の解析を開始するぞ」

最下層までの探索が終了し、砂ばかりのこの場にはもはやこれ以上用は無いと、二人は最下層を後にするべく出口となる階段へと向かう。
だが、その階段へと向かう途中、先行していた龍次郎が足を止める後ろのミルへと静止を掛けた。

>>507から下記3行を削除

> 遠くに見える首なし死体。
> 切り口から血がほとんど出ていないことから死後数時間経過してている。
> つまり下手人は彼らではなく、彼らは首輪を収集するために首を落としたという事だ。

>>508
ミルの状態票から案山子の首輪を削除します

以上です
wikiの方も併せて修正しておきます


512 : ◆H3bky6/SCY :2015/11/08(日) 23:41:10 aGwOAyPA0
投下します


513 : King of naked ◆H3bky6/SCY :2015/11/08(日) 23:43:12 aGwOAyPA0
「意外な結果になりましたね」

放送を聞き終え、ピーター・セヴェールはそう一人ごちた。
今しがた流れた放送の内容は、彼の予測を大きく裏切るものだった。
なにせ参加者の生死が、ピーターの認識と予測と真逆である。

敏感に死を嗅ぎ取る殺し屋の嗅覚を持って真っ先にあの地獄を抜けだしたアザレアが死んだ事に関しては、まあわからないでもない。
あの場から逃げた後に、何かあったのだろうと言う察しはつけられる。

だが、絶対的支配者であったリヴェイラが死んで、その御前に捧げられた生贄だったはずのバラッドが生きているというのは、完全に予想の範囲外だ。
一体どのような奇跡があればあの状況で生き残られたと言うのか。
かと言って放送が嘘をついているとも思えない。

こんな事になるのなら結末を見ておけばよかったなと、少しだけ後悔した。
単なる野次馬根性ではなく、大きな動きを見逃したという事実が今後に響くかもしれないという懸念からである。

「おいおい、どうすんだよピーター!?」

その横で、ピーターの思考を遮るような大声で道明がまたしても取り乱していた。
ピーターは呆れと煩わしさを億尾にも出さず穏やかな声で問いかける。

「おやおや、何をそんなにお慌てで? どうかしましたか?」
「どうもこうもねぇよ! アザレアが死んじまったぞ!?」

今現在、自分が姿を模しているアザレアの名が呼ばれてしまった。
死人が歩いているというのは流石にマズい。
これでは妙な疑いを掛けられかねない。
そう思い、道明は騒いでいるようだ。

「それで慌てるのは今さらでしょう、その程度の事態は想定なさっていたのでは?」
「うっ。それは……そうだけどよ」

道明といえども、そうなるであろう可能性くらいは考えていた。
考えてはいたが、いざその通りになってみたらそれはそれで焦るという小市民っぷりを発揮しているのである。
その上、どうすべきかの意見をピーターに投げる辺りどうしようもない。
怠ける事には定評のあるニートである。
ピーターという優秀なブレインを得たことで、これまで必死で行ってきた"自分で考える事"を放棄しつつあった。

「そうですね。ではいっそその状況を利用すると言うのはどうです?」

そういった事情を正しく理解した上で、ピーターは意見を提案する。
彼は道明の親でもなんでもないので、彼のためを思う必要なんてないし、何より豚に思考は必要ないのだから。

「利用ってのは?」
「首輪が取れたから死亡扱いになった、と言うのはどうでしょう?
 ワールドオーダーは参加者の生死を首輪で把握しているという事にするんです」

首輪が存在しない事と死亡が発表された事。
この現在ある問題を繋ぎ合わせて整合性を取ろうという提案だ。
片方がもう片方の原因である因果関係があるというのは、ただ首輪が取れたというよりも説得力が生まれる。

「確かにそれなら筋は通るか……けど、それじゃ結局どうやって首輪を取ったんだって話になるんじゃねぇか?」
「不備があって外れたとかでいいんじゃないですか? 70以上もあれば一つくらいは欠陥品も紛れていてもおかしくはない」

強引な案ではあるが、ない話ではないだろう。
多少の不信感は残るだろうが、下手に具体的な手段を提示して突っ込まれても困るし、主催者側の不備という事にしておけば相手もそれ以上突っ込みようがない。
実際用意する理屈としてはこのくらいがちょうどいいのだ。

「…………いいやダメだ」

だが、道明は提示されたその案を否定する。
必要なのは完全無欠の無罪証明。
多少の不信感すら持たれることすら彼にとっては不味い。
その確かな理由がある。

「死んだのに歩いてたり、首輪がないことで、主催者の一味だと疑われたら、どんな目に遭うかわからねぇ…………」

その言葉の先を想像したのか、恐怖におびえるように声を震わせる。
だが、ピーターから言わせればそれは余りにも自意識過剰が過ぎる発想だ。
誰がこんなマヌケをあの周到な主催者の一味だと誤解すると言うのか。

「貴方一人なら疑われるかもしれませんが、首輪のついた私が横にいるので大丈夫でしょう。
 その辺の事情は私が取り成しますのでご心配なく、貴方の身は私が護りますよ」

そんな心にもないことを言って、ピーターは見るものを安心させるような柔らかな笑みを浮かべた。
正直、道明がどうなるかなどピーターにとってはどうでもいい。
そもそも、首輪が生死を判定していると言う話だって仮にそうだったとしても、詳細な仕組みを説明できる方がおかしいのだ。
だから、それは分からないでいいのだ。
いちいち理屈を用意したのは道明を納得させるための方便にすぎない。


514 : King of naked ◆H3bky6/SCY :2015/11/08(日) 23:44:50 aGwOAyPA0
「まあイザとなったら正直に事情を話すしかないでしょう。下手に偽って虚偽が発覚するよりも、その方が幾分かましだ」

本物のアザレアを知る相手だったという事情もあるが、実際ルカの時はそうしたわけだし、それが一番手っ取り早い。
道明もそれは分かっているのか、「そうだなぁ……」と苦虫を噛み潰したような表情ながら理解を示した。



「どーもー、こんにちはぁ」

放送を聞き終え、方針を決めて止めていた足を動かし始めた直後の出来事である。
進んだ先、そこに人のよさそうな笑顔を張り付けたスラリとした美しい女が立っていた。

「いつもニコニコあなたの隣に這い寄る悪党商会の近藤・ジョーイ・恵理子と申します」

長年培った引きこもりの習性か、突然現れた相手に対して反射的に道明はピーターの陰に身を隠した。
小さなアザレアの体だったため長身のピーターの陰にすっぽりと隠れる。

「おやおや、そちらの子は照れ屋さんですかぁ?」

小さな子供が男の陰に隠れる動きを察して理恵子が回り込むよう立ち位置を変える。
その少女の姿が誰なのかを確認して、理恵子は思わず反応してしまった。

「あれ? アザレア…………?」

多くの情報を把握している理恵子の高い知識量が災いした。
先ほど放送で死亡が伝えられたアザレアが、そこに立っていた。

「おや、アザレアをご存じで?」

理恵子は瞬時に自らの失言に気づくがもう遅い、それを見逃すピーターでもない。
外部でそれなりに名を馳せてから取り込まれたスカウト組と違って、組織で育った純粋培養の暗殺者、アザレアの存在は知る者自体が少ないのだ。
組織外の知り合いなんているはずもないし、彼女を知るのはごくごく限られている。

とは言え、この舞台で本物のアザレアと出会ったという可能性もあるため、安直に結論は出せない。
そのため、ピーターはひとまず相手の出方を窺う事にした。

だが目の前にいるのが偽物のアザレアであると気付いていない理恵子からすれば、この場でアザレアと出会ったなどという嘘で誤魔化すなどという発想はできるはずもない。
故に、誤魔化せないと悟った理恵子は情報的優位を推してイニシアチブを取りにゆく方針に転換した。

「ええ、存じ上げてますよ。アザレアのみならず、貴方の事もね。ピーター・セヴェールさん」

その対応を見てピーターは目の前の相手が組織の情報を把握しているが、アザレアが偽物であることには気づいていないと相手の情報量を見定める。
亦紅のように仕草に違和感を感じ取れる直接的な既知ではなく、情報だけ知っている存在。
道明と同じく支給品によって情報を得た可能性もあるが、限りある支給品の中に組織の情報が幾つもばら撒かれているなどとは考えづらい。
あったとしたらワールドオーダーの嫌がらせである。

つまり推測するに彼女は元から知っていた。
何からの手段で組織の情報を得られる立場にいる女である。
もしかしたら件の内通者と直接つながっていた工作員かもしれない。

「おや、貴女のように美しい女性に知られているとは光栄ですね。
 しかし『悪党商会』ですか。そう言えばうちの組織でも何人かお宅の商品を使ってる者がいましたね」
「そうですか。それはどうも御贔屓に」

『悪党商会』と言えば極東の武器会社である。
武器に拘りのないピーターとしてはあまり興味のない所ではあるのだが、許可されていない極東に拠点を置く死の商人という興味深さが印象に残っていた。
裏で何かこそこそやっているとは聞いているが詳しくはない。

「それで、"たかが"武器商人がなぜ我々の事をご存じなので?」
「それは、我々が"ただの"武器商人ではないからですよミスター」

悪党は全てを呑みこむ混沌のように不敵に笑う。
その笑みに後ろからその様子を見ていただけの道明ですら一歩後ずさった。

「なるほど。では一つ尋ねたいのですが」

何物にも呑まれることない殺し屋は、淡々と荷物の中から一冊のノートを取り出す。

「支給品の中にこんなノートがあったのですが。このノートは貴女の物でしょうか?」
「いいえ、違いますよ。それは私のノートではありません」

ノートとは『組織』についての情報が纏められたノートである。
このノートに関して、ピーターはここまでの道中詳しく目を通していた。
書かれた情報の精度や深度、加えてこれれを制作したのはFBIのロバート・キャンベルであることも把握している。
把握したうえで、揺さぶりとして問いかけたのである。

その成果としては上々。
とぼけている様だが、ピーターの目は誤魔化せない。
内容が何であるかはあえて言わなかったが、このノートの中身について知っている風だ。


515 : King of naked ◆H3bky6/SCY :2015/11/08(日) 23:45:34 aGwOAyPA0
「では問い方を変えましょう。このノートの内容は貴女が齎したモノですね?」

断定する形で言った。
情報などという物は調べたから手に入るなどという物ではない。
相応の調べる手段と伝手があって初めて齎される者だ。
それはFBIだろうがCAIだろうが同じ事。
それを齎したのが目の前の女だとピーターは踏んでいる。

「さあ、どうでしょうねぇ? 仮にそうだったとして、どうなさるおつもりで?」
「別にどうもしませんよ。ただここまでの情報をどうやって得たのか気になっただけです」

ノートには情報のみならずご丁寧にも顔写真まで付いていた。
基本的に殺し屋は写真など撮らない。仲良く並んでピースサインなどあり得ないのだ。
こんなものを用意するのは身内でもなければ不可能だ。
いや、身内でもかなり難しい。組織の中でもそれ相応の立場が必要となる。
そんな代物を彼女が提供できたと言うのなら、以前から組織に内にいると疑われていた内通者と繋がっているのが彼女という事になる。

「余計な好奇心は身を滅ぼしますよぉ〜? そちらの組織におしゃべりな人でもいたんじゃないですかぁ?」
「はは、確かにうちは危機管理なんて二の次な連中の集まりですからね。本を出す馬鹿者もいるくらいですから」
「ケビン・マッカートニーでしたか、読みましたよ彼の著書。テーマは中々面白かったのですか情報の羅列で些か読み物としては退屈でした」
「そうですね加えて余りの悪文にソフィーが憤慨してましたよ。アリー辺りには受けたみたいですが」
「というか、よく出版できましたねあんな本、いろんな意味で」
「あれを通すのにマイクに相当無茶をさせたようでまったく困ったものです」

こんな時に何の話をしてるんだこいつらと、後ろで道明が呆れのような表情で二人を見るが、無論これはただの雑談という訳ではない。
今のやり取りでピーターには組織の裏切り者が誰なのか、だいたい理解できた。

ソフィーは三ヵ月前に組織を離脱しようとして、失敗して粛清された。
アリーは半年前に発狂して自殺。マイクは部下の裏切りにあい昨年に死亡している。
これらの名に何の反応を示さないということは、一定の時期から彼女の組織に対する情報は更新されていない。

このノートもそうだ。
さすがにFBIともなれば情報を得るパイプは一つではないのだろう。
直近の情報もいくつかあるが、情報の質量共に一定の時期以降はぐんと落ちている。
つまりその時期に内通者に何かがあったという事だ。
そしてその時期に死亡、ないし失踪した者は限られ、相応の立場にあるものと言う条件を加えればもう一人しかいない。

内通者が誰なのか。
元より興味はなかったが、知れそうな状況だったのでサイパスへの手土産にでもしようかと探ってみたが、まったくもってつまらない結論である。
この分ならわざわざ報告せずともサイパスはとっくに把握してるかもしれない。

「ところで、話を戻しますが、アザレアさんがなぜ生きているんです?
 私の記憶が間違っていなければ先ほど死亡者として名前を呼ばれたはずですが。
 それに首輪も見当たりませんねぇ。どうされたんです?」

理恵子に視線を向けられアザレアの姿をした佐藤道明が息を詰まらせる。
まるで蛇に睨まれた蛙のようだ。

「そ、それは、えっと、この首輪が参加者のせ、生死を…………」

ここでできる選択肢は最初に用意した言い訳で誤魔化すか、正直に事情を明かすか。
前者を選ぼうとした道明をピーターが片手で制する。
ここは自分にまかせてくれと目くばせを送る。

「実は、彼はアザレアではないのですよ」

そしてピーターは後者を選んだ。




516 : King of naked ◆H3bky6/SCY :2015/11/08(日) 23:46:02 aGwOAyPA0
「なるほど。ミル博士ですか、確かにあの人ならばそれくらいは作れますか」

道明の事情を聴き終えた理恵子は意外なほどあっさりと納得を示した。
ミル博士の持つ高い技術力と、こういうものを作りかねない性格に対して知識があるためだろう。
何より挙動不審なアザレアという自分の知る情報とまるで一致しないさまを見れば別人であるというのは納得せざる負えない。

「では改めまして、中の人の本名をお聞かせ願ってもよろしいですかぁ?」
「彼は佐藤道明さんです。私の同盟相手です」

道明ではなくピーターが答える。
あくまでこの場のイニシアチブはピーターが持っている事を示すように。

「同盟、ですか」
「ええ」

理恵子はピーターの性格も把握している。
狡猾な男が何の利益もなしに他者と組むとも思えない、外見通りの少女ならともかく。
それに見合うだけの何かが道明にあると言うのだろうか。
理恵子はその疑問を探るべく道明へと向き直った。

「佐藤道明くんですねぇ。よろしくお願いします」
「あ、ああ」

差し出されたてを道明はおずおずと握り返す。
理恵子は手を握りながら目を細め、目の前の相手を見定める。

理恵子の膨大な人物データベースの中からも佐藤道明の名はヒットしない。
そうなると取るに足らない小物か、掴むことのできない深淵か
まあ前者だろうなと目の前の少女の殻を被った男を見てそう判断する。
握った手からも何の凄みも伝わってこない。

だからこそますます、ピーターが彼と組んだ意図がわからなくなる。
理恵子は探りを入れてみることにした。

「それでお二人はどちらに向かうおつもりで?」
「どこに向かうと言うより、南の市街地に危険人物がいたので逃げてきたと言ったところですかね。
 佐藤さんはその途中で出会いまして、行動を共にしている次第です」

もっともその危険も動乱の中心である邪神が死んだことにより解消されたはずなのだが。
市街地から離れて道明を誘導する口実がなくなるのでピーターはそれを口にはしない。

「そう言うそちらは何をされていたんです?」
「ちょっと怖い人に襲われまして、身を休めていた所です。見ての通りボロボロでしょう?」

そう言って傷付いた体を見せる理恵子だが、その襲ってきた相手がピーターの上司であるサイパスである事は言わなかった。
サイパスとの戦闘で殺し屋の厄介さは身に染みて理解している。
余計な情報を与えて合流でもされては厄介だ。

もっとも、ここでピーターを殺せばそんな事は起こりえないのだが。
そうせずに不意打ちをするでもなくわざわざ声をかけたのは、出来る限り情報を引き出してから殺したいとう情報部長としての悪癖からである。
少なくとも気になる点は全て聞いておいからでも動くのは遅くない。

「ところで道明くんの首輪は本当に消えてしまったんですかねぇ?」
「さて、それは分からないですね。『確認』でもしなければ」

含みを持たせたようなピーターの声に、理恵子は何かに気付いたように顔を上げる。
そして首をきょろきょろと振るって、現在位置を確認するかのように辺りを見渡した。

「……ああ、なるほどなるほど。そうですかそうですか」

何かに合点がいったのか、うんうんと一人頷く。
そしてニッコリと太陽の様な笑みを浮かべた。


517 : King of naked ◆H3bky6/SCY :2015/11/08(日) 23:46:59 aGwOAyPA0
「そちらの事情はだいたい把握しました。
 そこで提案なのですが、ご迷惑でなければ彼方たちに私もご同行してもよろしいでしょうか?」
「ええ、私は構いませんよ」

突然の提案をあっさりと受け入れるピーター。
するとピーターの袖が引かれる。

振り向いて見下ろせば、そこにいたのは袖を引く見慣れた小さな少女の姿があった。
アザレアの身を被る、ここまでの展開に取り残され、口を挟めずにいた道明である。
道明はピーターを屈ませ、理恵子に聞かれぬよう耳元に小声でささやきかけた。

「…………いいのか? 露骨に怪しいぞこの女」

道明でもそれくらいは感じ取れるらしい。少しだけ感心する。
というより本質的な臆病さが、そう感じさせたのだろう。

「確かにその通りですが、ここまで話した感じ、彼女はかなり聡明だ。手駒に加えておけば有用でしょう」
「けどよ……危険じゃねぇか?」

有能であればある程、裏切られるリスクも高い。
しかも相手は血濡れた体でニコニコと笑う何を考えているのかわからない女だ。
道明の懸念も当然と言える。
その懸念を取り払うようにピーターは道明に顔を近づけ口を開く。

「なぁに。手を組むなんて考えなくてもいい、一方的に利用してやればいいんです。大丈夫。貴方なら上手くやれますよ」

耳元で囁かれる蠱惑的な声。
言われてみればその通りだと道明は思い直す。
相手がどんな暴れ馬でもそれを操る騎手が手綱を握ってやればいいだけの話。
天才ある己にそれが出来ないはずがない。

ピーターに持ち上げられ自信を取り戻した道明はピーターよりも前に出た。

「ああ、歓迎するぜ、理恵子」

道明はあくまでこのチームのリーダーは己になのだと主張する様に理恵子に向かって手を差し出す。
理恵子も道明を立てるように謙りながら、その手を取った。



「じゃあ、この辺にしましょうか」

三名が同盟を結び、少し進んだ草原で、殿を任されていた理恵子がそう言って唐突に足を止めた。

「は? 何言ってんだ、ここは何もない草原だぞ」

振り返った道明が当然の疑問を発した。
理恵子が足を止めたのは草木だけが広がる何もない草原である。
この辺にするも何も、何のしようもないだろう。

「少し遠すぎやしませんか?」
「明確な区切りが見える訳じゃあないですからね、近づきすぎて巻き込まれても困るでしょう?」

だがその疑問は道明だけのモノだったらしく、他の二人は当然のように話を進めている。
取り残されたような疎外感に道明も少しだけ不安を感じ始めた。

「おい、お前ら、何の話をしている?」

その問いに答える者はいない。
そもそも相手にされていないかのように二人は淡々と何かの段取りを確認していた。

「しかし、この距離からどうするんです? 流石に誘導は無理ですよ?」
「投げ入れるしかないでしょうねぇ」
「うーん。けど、見た目より重いですよ、ソレ」

物か何かを指すような言葉と共にピーターがここにきてやっと道明を見る。
その目は感情などどこかに置き忘れてきたような無機質な色をしていた。
その辺に転がるゴミでも見るような視線だった。


518 : King of naked ◆H3bky6/SCY :2015/11/08(日) 23:49:31 aGwOAyPA0
「大丈夫ですよ。こう見えても私、力持ちですので」

そう言って、笑顔を張り付けた混沌が道明に這い寄る。
笑ってはいるが、その目はピーターと同じく非人間のそれ。
そしてそれは、彼の家族が道明を見る時の目と同じ物だった。

おい引き籠りと罵倒する妹。
今のあなたは何かの間違いだと嘆く母親。
存在自体を無かったことのように扱う父親。
そう、あれは価値のないものを見る目だ。

「何だ…………何だよ。何なんだよその目は!」

道中、一番危険な先頭をピーターが買って出て、次に危険な殿を理恵子が務めていた。
一番安全な中央に道明を配しリーダーを守る布陣だったはずなのに、いつの間にか逃げ道を塞ぐよう形になっている。

ここに来てようやく、マズい状況なのだと道明も理解した。
何故こんな事になっているのかは分からないけれど、今更ながらに理解した。

「……やめろ、そんな目で俺をみるんじゃねええええええぇぇぇぇぇ! ぐっぷ!?」

叫びをあげる道明。
その叫びは、理恵子に口元を鷲掴みにされ、強制的に中断させられる。
ピーターはその様子を見送りながら何でもないことの様に言う。

「そこまで慌てなくてもいいですよ、別にあなたを殺そうというわけではありません。
 首輪が本当に消えたかどうかを禁止エリアで確認するだけの作業ですので、爆発しなければそれまでですよ」

何がそれまでなのか。
それだけの事をしておいて、無事だったらまた仲良くやっていこうとでもいうのか。

「ああダメですよ。仮に爆発しなかったとしても、2時間制限を延長するためにどっちにせよ一人は殺しておきたいので」

無慈悲な理恵子の通告。
どう足掻いても道明の死亡は確定らしい。

「だ、そうです」

残念でしたと、ピーターは軽い調子で肩を竦める。
本当に道明の命などどうでもいいのだろう。

(ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな! ふざけんじゃねぇ!
 人の命を何だと思ってるんだこいつら!!?)

殺し屋相手とは言え、人一人を殺しておいてまったく悪びれなかった己を棚に上げ、道明は二人の非道さを非難する。
だが、それも口元を塞がれ吐き出すことすら許されないが。

道明の口元を鷲掴みにしたまま、理恵子が腕を上げる。
小さなアザレアの身長はあっという間に地面から離れた。

「ん、確かにちょっと重いですねコレ。質量は保存されてるってことですか」

理恵子の手に返る重量は成人男性にしても少し重い。
それでも理恵子であれば投げ捨てるには問題のない範囲である。

道明が暴れるがまったくと言っていいほど抵抗になっていない。
このままでは禁止エリアに投げ込まれるのも時間の問題だろう。


519 : King of naked ◆H3bky6/SCY :2015/11/08(日) 23:52:01 aGwOAyPA0
だが、道明にはまだ切り札があった。
理恵子はおろか、ピーターにも気づかせず隠し通した切り札だ。

着ていた制服のポケットに手を突っ込む。
その中にはリモコン式爆弾のスイッチがある。爆弾もまた、服の裏側に隠している。
ヴァイザーを殺害した凶器であるこれを、ピーターに気づかれないよう細心の注意を払ったのが幸いした。

道明を食い物にするこの二人は完全に油断している。
自らを捕食者であると信じて疑っていない。

だから、今このスイッチを押せば殺せる。
少し離れた位置にいるピーターはともかく、道明に掴みかかっている理恵子は確実に殺せる。

だが、そうできない大きな問題が一つある。
爆弾を爆破すれば道明も爆発に巻き込まれるという事だ。

しかし、どうせこのままでは道明は死ぬのだ。
このボタンを押せば、少なくとも一矢報いることができる。
この二人だけなじゃい。道明を見下した、すべてに対して。

「それじゃあ行きますね、せー、のッと!!」

理恵子が助走をつけて投球体勢に入る。
もう僅かな猶予もない、ボタンを押すなら今しかなかった。

(押してやる! 押してやる! 押してやるぅぅぅッ!!!)

これほどの屈辱を与えられ、黙っていられるはずがない。
道明は強い憎悪と決意と共に、ポケットの中の指に先に力を込めた。



「ダメでしたね」

何の問題もなく確認作業は終了した。
首輪はつつがなく爆発し、皮製造機ではダメだとう結論がでる。

結局、自らの手で死を選ぶ勇気も覚悟も道明にはなかった。
そんなものがあれば、彼はあんな生き方はしていないだろう。

「と言うより、本当に爆発するんですね、これ」

そう言ってピーターは自らの首輪を弾いた。

「あら、その辺疑ってたんですかぁ?」
「まあブラフである可能性は疑ってましたね。それなりにゴタゴタに巻き込まれましたが一度も爆発するような様子もなかったもので」
「まあ実際開発を行っている義兄の技術部とは畑は違いますが。
 仮にも製造業で働いている立場から言わせてもらうと、そういう技術もあるという事ですよ。
 爆発の優秀さは爆発することよりも爆発しない事だとも言いますしね」

殺し屋とは言え全ての平気に精通しているわけではない。
兵器に関する知識は武器会社の人間に一日の長がある。

「しかし地味なモノでしたね。もっと派手に爆発四散するものだと思ってたのですが」
「指向性の爆弾だったんでしょうね。火力は最小限でも十分ですから。
 けど近くで見られた訳ではないのであまり詳しい事は言えませんが、あれは少し何というか……」

威力が低すぎるように思える。
道明の様な普通の人間や、それこそ理恵子であっても首元に張り付いた指向性爆弾が爆発すれば首くらいは吹き飛ぶだろうが。
その程度では死なない男がいることも知っている。

何か仕掛けがあるのか。単に想定外なのか。
それとも大首領や社長の首輪は特別にもっと大火力に設定されている可能性もある。

「なんですか?」
「いえいえ、何でもないです。それよりも形見分けと行きましょうか」

殺して奪い取った荷物に形見分けもないだろうが、理恵子たちは道明の荷物をその場に広げ分配を開始する。
地面に置かれた荷物の中で理恵子が興味を示した一つのアイテムがあった。

「これ貰っていいですか。何でしたら残りはそちらに差し上げますので」
「ええ、構いませんよ」

それはピーターからすれば使い道のわからないアイテムだった。
銀色の液体の中央に緑色の球が浮かぶアンプル。
ヒーローシルバースレイヤーのエネルギー源。シルバーコアである。
残るアイテムはピーターの元へと分配され、荷物の配分を終えた。


520 : King of naked ◆H3bky6/SCY :2015/11/08(日) 23:52:59 aGwOAyPA0
「それで理恵子さんはこれから、どうされます?」
「ちょっと気になるところがありまして、そちらに向かおうかと。何だったら本当にご一緒します?」
「やめておきましょう。貴女の味にも大変興味がありますが、貴女を喰らうと食中毒になりそうだ」

ここまで同行していたのは道明の首輪の確認をしたいピーターと制限時間のために一人殺しておきたい利害の一致で有る。
その目的が達成された以上、一緒に行く理由はない。

なにより、道明を殺した直後の今はピーターを殺す理由がないだろうが、二時間後には次の安全確保の為に殺されかねない危うさがある。
道明を投げ捨てた動きからして、非力なピーターでは対抗できそうにない。

「ちなみにどちらまで?」
「中央まで。このまま禁止エリアが増えていけば最期の舞台になりそうですので先に確認しておこうかと。そちらはどうするんです?」
「そうですねえ。実は放送によれば危険人物は死亡したということですので市街地に戻ろうかと。確認したいこともありますしね」
「そうですか」

お互い別の目的があることを確認し、何の未練もなく別の道を進む二人。
その別れ際、最後に理恵子が言葉を投げた。

「それと、2時間の安全確保のお礼に一つだけ。
 貴方は私がロバート・キャンベルに組織の情報を流したと思っているようですが残念ながらそれはハズレです」
「おや」

「まあロバート・キャンベルと繋がってたという事自体は否定しませんが、組織の情報に関しては私が情報を横流ししたわけではありませんよ。
 同じ情報元から情報を得ていた、というだけです」

考えてみればよりシンプルな話だった。
警戒度を高め理恵子を重要視しすぎたピーターの認識ミスである。

「けど、いいんですか? それ言っちゃって」
「一応オフレコでお願いしたいところですが、まあ、もう終わった取引ですからねぇ。
 それにどうせ貴方の事だ、もうだいたいわかっちゃってるんでしょう?」
「さあどうでしょう」

そう言ってピーターは肩をすくめる。
その露骨な誤魔化しに理恵子はクスリと笑って踵を返した。

「それでは、さようなら。ピーターさんおご無事を祈っていますよ」
「はい、さようなら。理恵子さんもお元気で」

そんな当たり前の日常の様な挨拶を交わして、人を人とも思わぬ非人間二人はそれぞれ道を進んだ。

【佐藤道明 死亡】

【H-5 草原/日中】
【ピーター・セヴェール】
[状態]:頬に切り傷、全身に殴られた痕、疲労(小)
[装備]:MK16
[道具]:基本支給品一式、MK16の予備弾薬複数、焼け焦げたモーニングスター、SAAの予備弾薬30発、皮製造機の残骸とマニュアル本、『組織』構成員リスト、ランダムアイテム0〜1(確認済み)、麻生時音の死体
[思考・行動]
基本方針:女性を食べたい(食欲的な意味で)。手段は未定だが、とにかく生き残る。
1:市街地に戻って状況の確認
2:麻生時音(名前は知らない)の死体を早く食べたい。
3:生き残る為には『組織』の仲間を利用することも厭わない。
4:ミル博士との接触等で首輪解除の方法を探る。とはいえ余り期待はしていない。
5:亦紅達に警戒。尾行等には十分注意する。

【近藤・ジョーイ・恵理子】
[状態]:疲労(大)、胴体にダメージ(小)、左肩に傷(大)、左胸に傷(大)、右腕に銃創
[装備]:なし
[道具]:イングラムの予備弾薬、シルバーコア、ランダムアイテム0〜3(確認済)、基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:悪党商会の理念に従って行動する
1:中央へ向かう
2:二時間たったらまた正義でも悪でもない参加者を一人殺害し、首輪の爆破を回避する
3:首輪を外す手段を確保する


521 : King of naked ◆H3bky6/SCY :2015/11/08(日) 23:53:09 aGwOAyPA0
投下終了です


523 : 名無しさん :2015/11/11(水) 22:59:49 aRXWMsKQ0
投下乙です
仮にも投票一位のヴァイザーを殺したニートだけど終わる時はあっさりだな…
今までの失態が積み重なった結果か…
ピーターと恵理子さん、一般人と超人という差があっても飄々としてる所似てるなー
首輪がどう爆発するかは分かったし一応体主催の前進か?


524 : ◆H3bky6/SCY :2015/11/23(月) 03:06:21 j.TxsVzY0
遅くなりましたが投下します


525 : 悪魔を憐れむ歌 ◆H3bky6/SCY :2015/11/23(月) 03:07:23 j.TxsVzY0
輝幸は九十九の小さな体を抱え一心不乱に走っていた。

若菜を置きざりすることに対して激しい抵抗を示していた九十九だったが。
暫くしたところで抵抗らしい抵抗を見せなくなり、輝幸の腕の中で大人しく抱かれるようになった。
それは単純に体力的に限界が来たのか、それとも抵抗しても無駄だと悟り諦めたのかは分らないが。
途中、流れた放送で夏目若菜の名前は呼ばれなかったというのも大きかったのだろう。

腕の中に感じる重さは想像以上に小さかった。
元より少女が軽かったのか、それとも大量に流れ出た血の影響か。
九十九は意識こそ失っていないものの、苦しそうな浅い息を繰り返している。

苦しげな息遣いを感じながらも、輝幸は合流地点と定められた温泉旅館に向かい走る。
急いだところで若菜がいなけれが意味がないのだが、気持ちばかりが逸り、どうしても足が急いてしまう。

輝幸は走りながら、何かを探すように辺りを見渡す。
応急的な止血はしたが銃に撃ち抜かれた九十九の傷は深い。
どこかで、ちゃんとした治療を施す必要があるだろう。
それを自分ではどうすることもできない輝幸は、何とかできる誰かを探し出し頼る事しかできなかった。

「くそ……ッ! 誰か、誰かいないか?」

誰か誰かと助けを求め、焦燥ばかりが募る。
誰かいないかと追い求めるが、かと言って誰でもいいという訳ではない。
出会ったのが危険人物では泣きっ面に蜂だ。この状況でも相手は選ぶ必要がある。

どうする? どうすればいい?
この状況を何とかしてくれるならもうこの際、二度と会いたくないと思った拳正でもいい。
そんな自棄にも近い気持ちになっていた。

そもそも何故こんなに自分が必死にならなくてはならないのか。そんな疑問が頭をよぎる。
輝幸が九十九を助ける明確な理由はない。
彼女を助ける義理も恩義もないのだ。
世話になった覚えはないし、むしろ無駄に気を使って鬱陶しいお節介を焼かれただけである。

だけど、関わってしまった以上見過ごせない。
さっきまで話してた人間が死ぬだなんて、想像しただけで吐き気がする。
それを見て見ぬ振りが出来るような器用な生き方は、輝幸にはどうしてもできなかった。
それに、

『――――任せたぞ』

……托されたからには投げ出す訳にもいかなかった。
破った所で何の損もない一方的な約束事だったけれど。
それを投げ出したら本当に最低になってしまう。
これ以上、自分を嫌いになるような、惨めな気持ちになるような事だけはしたくなかった。

そうしているうちに、幸か不幸か誰にも会う事は出来なく、指定された最初の合流地点である温泉旅館にまでたどり着いた。
結論から言うとそこは最悪だった。
温泉旅館は何者かに爆破されており、あるのはその残骸だけ。
それはつまり、ここで何か争いがあったと危険な場所である事を示していた。
危険そうなら離れろという事前の若菜の指示に従い、ここでの合流を諦め次の合流地点へと向かおう。
そう即座に判断し、踵を返したところで。

「どうしたのお兄ちゃん…………?」

振り返った輝幸の目の前に一人の少年が立っていた。
気配もなく現れた相手に輝幸は全身で警戒心を露わにするが、それが年端もいかぬ少年である事に気づき、僅かに気が抜けた。

少年はどこにでもいるような普通の少年だった。
特異な点があるとしたならば鞘に収まった西洋剣を背負っているという事だが、恐らく支給品だろう。
何ともアンバランスというか、小柄な少年では大きな西洋剣を背負うだけでも大変そうである。


526 : 悪魔を憐れむ歌 ◆H3bky6/SCY :2015/11/23(月) 03:07:57 j.TxsVzY0
「僕は田外勇二って言うんだ。こんなところで立ち止まってお兄ちゃん何か困ったことでもあったの?」

そう勇二と名乗った少年は純粋そうな目で問いかけてきた。
その言葉に邪気は感じられず純粋な善意のようである。と言うより見るからにただの子供に見える。
出会ったのが危険な人物でなかった事に安堵するとともに、それがただの少年であったことに落胆してしまう。
この状況を救う助けにはならない。

「あ! 大変。お姉ちゃん怪我してるじゃないか!」

輝幸に抱えられる九十九の様子に気づいたのか。
勇二はパタパタと元気の良い足音を立てて輝幸の元に駆け寄ってきた。
急な接近に反射的に一歩引いてしまいそうになるが、子供相手にそこまで警戒するのはみっともないと妙な矜持で踏みとどまる。

「大丈夫、僕に任せて。僕ね、勇者になって回復魔法が使えるようになったんだ」
「…………魔法?」

勇者に魔法というのは何だがゲーム的な響きを感じてしまう。
どこか子供のごっこ遊びの様にも感じられる。

「あ、嘘だって思ってるでしょ? 本当だって、ほら!」

そう言って勇二は九十九を抱える輝幸の腕にそっと触れる。
何をするのかと流石にこれには警戒心を強める輝幸だったが、見れば、ここまでのゴタゴタで出来た小さな傷が触れられた腕から消えていた。
ね? と誇るような笑顔を向ける勇二。
これが魔法と言うやつらしい。
実演まで見せられて、悪魔を身に宿した輝幸がそれを突っ込むのも今更だろう。

「…………治療、出来るのか?」
「うん! 任せてよ、困ってる人を助けるのも勇者の仕事だからね」

こんな年端もいかぬ子供に頼らねばならない自分に情けなさを感じながらも勇二に任せることにした。
それに対して妙に明るい、屈託のない笑顔で勇二は一も二もなく快諾する。

年相応の無邪気な笑顔と言えばその通りなのだが。
どういう訳かそこで輝幸はその笑顔に言いようのない違和感のようなモノを感じた。

だが、それを追求できるほどの明確な理屈も余裕も今の輝幸にはなかった。
輝幸は九十九を慎重に地面に横たえ、勇二は傷口を見るようにその場に屈みこんだ。

九十九の傷口に向けて掲げられた勇二の手の平から暖かな光が放たれる。
その光に照らされ、苦し気だった九十九の呼吸が徐々に整って行った。
その様子を見て輝幸は張り詰めていた緊張の糸少しだけ緩めて安堵の息を漏らす。

ふと、そこで少しだけ余裕ができて気づいてしまった。
少年の視線が治療を施している九十九ではなく、ずっと輝幸の元へと向けられていた事に。

「――――――ところでさ」

少年の声。
輝幸はそこで真正面から少年の瞳を見た。
ギョロリと開いた少年特有の大きな瞳に捉えられ、底冷えするような冷さを感じ輝幸の全身に怖気が奔る。

輝幸をみる少年の双眸。
その瞳は星屑を撒き散らしたように輝いているのに、地の奥底に沈むように仄昏い。
何という目だ。本当にこれが年端もいかぬ子供の目か。

「お兄ちゃん、"混じってる"ね」

少年に張り付くのは、どこにでもいるような子供の無邪気な笑顔である。
それがとてつもなく悍ましい。

なぜそこに思い至らなかったのか。
半日で30名余りが死んだ地獄で、普通の子供が普通のまま生きていられるはずがない。
異常な環境での正常は異常に他ならない。
言いようのない怖気に、輝幸は本能的に飛び退き身を引いた。


527 : 悪魔を憐れむ歌 ◆H3bky6/SCY :2015/11/23(月) 03:08:15 j.TxsVzY0
「ああ、その反応。やっぱりだ」

言いながら、九十九の治療もそこそこに切り上げ勇二がゆらりと立ち上がる
そして、背中に背負った自分の身長ほどある剣を器用に鞘から抜き去った。
抜身の西洋剣が薄い光を放つ。
それが世界を救う勇者が担うとされる伝説の『聖剣』である。

本来、聖剣に魔族を判別する機能は存在しない。
魔族であるオデットが前勇者カウレスの旅に同行できたのはそのためだ。
そんなものがあれば、オデットはとっくにカウレスに叩き斬られていただろう。

魔族を憎悪する意識は改革できても、対象の識別は使い手に依存する。
それは使い手を必要とする聖剣の唯一と言っていい欠陥といえるだろう。

聖剣に魔族は認識できない。
では、退魔の名家、田外の力ではどうか?

「何だかおかしな状態だったからパッと見ではわからなかったけど、お兄ちゃんの奥底に魔族がいるね」

勇二はその小さな体躯にはどう見ても見合わない聖剣を正眼に構える。
抜身の刃が放つ白い輝きに照らされ、輝幸の全身を襲う悪寒が最高潮に達した。

あれはマズイ。
あれはダメだ。
あれは魔を宿す者にとっての不倶戴天の天敵である。

魔を払う聖なる気配に、内なる悪魔が逃げろ逃げろと騒ぎ立てていた。
悪魔に急かされずとも痛いくらいに肌が泡立ち、緩めていた危機信号はとっくに振り切っている。
本能的な恐怖に、無意識に後方に足が引けた。

『――――任せたぞ』

だが、その一歩を、輝幸は自らの意思を持って堪えるように踏みとどまった。

勇二の手元には九十九がいる。
逃げるにしても、彼女を見捨てて一人で逃げる訳にはいかない。
夢見るよう少年の様な希望と奈落の底の様な絶望が入り混じった、あんな不気味な目をした相手の手元に置いてはいけない。

「取りつかれてる? それとも取りつかせてるのかな?
 どっちにせよ、魔族は滅ぼさくちゃいけないからね」

聖剣を構えた勇二が輝幸へとにじり寄る。
手には光を放つ聖剣。

恐怖と緊張で輝幸の手足が冷たくしびれ、鼓動が早まり米神がヒクつく。
渇いた喉がゴクリとなった。
あの剣は間違いなく天敵であると全身の細胞が告げている。

『呑まれるな』

動けなくなる前に、何時かの言葉が思い返された。
決して呑まれないようにと心を強く持とうとする。
それで恐怖がなくなる訳ではないけれど、気休め程度の効果はあるだろう。
だが、その決意を嘲笑うように、無理だ無理だ。あれには勝てぬと、内側から諦めを促す声がする。

輝幸に取りついた悪魔は彼に力を与えると共に、その死後に魂を貰い受けるために彼の内側に存在していた。
つまり、宿主の死は悪魔にとっては何の影響もない、むしろ喜ぶべきものである。

だが、この聖剣だけは例外だ。
聖剣は輝幸の内に潜む悪魔の魂ごと浄化する力を持っている。
この剣で殺されては、オセも輝幸諸共消滅するだろう。


528 : 悪魔を憐れむ歌 ◆H3bky6/SCY :2015/11/23(月) 03:08:28 j.TxsVzY0
「っ、ああ…………うるさいっ!! 黙ってろ!!
 今は黙って力を貸せよ――――オセェ!!」

自らの内側に潜む悪魔を一喝し、輝幸は悪魔オセの力を解放した。
筋肉が波打つように広がり、ただですら大きいその体躯が一回り膨張する。
上半身は豹の様なシルエットを象り、黄金の毛並が逆立つように風に揺れた。

「正体を現したなこの悪魔めッ! 魔族は全部、僕が滅ぼしてやる!」

勇二は正体見たりと罵倒の言葉を浴びせる。
不穏な気配を感じ身を起こした九十九は輝幸の変貌を見て、驚いたような顔をしていた。

勇者は聖剣を抜き、悪魔は表出た。
互いに臨戦。
相容れない互いの尊厳をかけて、もはや戦う他に道はない。

「ちょっと、二人とも、やめ――――」

その止めようのない空気に静止を掛けようと九十九が声を上げる。
だが皮肉にも、それを合図として、勇二が動いた。

勇二は地を踏みしめ、小さな体を弾丸へと変える。
一息で輝幸へと飛び掛かり、その勢いのまま相手を一刀両断せんと豪快に聖剣を振るう。
その動きに、輝幸は獣の如き俊敏性を持って跳び退き、何とか回避を成功させた。

初撃を空振った勇二は地面に着地するや否やゴムマリのように跳ね上がり、再び輝幸へと襲い掛かる。
恐ろしいまでの鋭さの切り返し。
幼い小さな体に勇者の力を秘めた今の勇二は、小回りの利く小型車にロケットエンジンを積んだようなものだ。
加速性、俊敏性、全てに置いて桁が違う。

その動きに獣化により身体能力の向上した輝幸も何とか反応できたものの、鋭さすぎる動きに完全には躱しきれず聖剣の刃先が太腿を霞めた。
かすり傷のような小さな傷だが、傷口から溶かした鉄でも注ぎ込まれたような灼熱の痛みが襲い掛かる。
これが魔を滅ぼす聖剣の力。対魔属性を秘めた聖剣の特性。

「くッ、ぁぁあ…………ッ!!」

痛みに喘ぎながらも、輝幸は牽制のため爪を振るって反撃に転じる。
勇二は苦も無く身を引きその一撃を躱すが、これで間合いは開いた。
その隙をついて輝幸は踵を返して走り出す。

「逃がさないよ!」

それを追って勇二も駆ける。
その速度に振り回されている嫌いはあるが、勇二の方が速さは上だ。追いかけっこをしたところでどうせ逃げられない。
だが、輝幸は逃げだしたわけではない。
輝幸が走り出したのは時間を稼ぐためである。走りながら『考える』時間を稼ぐための時間を。

状況は聖剣を操る勇二が主導権を握っている。
輝幸唯一の長所である身体能力においても勇二が上だ。
どう考えても勇者側の圧倒的有利である。

だからと言ってそう簡単に諦めるわけにはいかなかった。
輝幸は死にたくない。
死にたくないのならひたすらに考えるしかないのだ。

己が相手よりも勝っている点はどこか。
相手の弱点はどこで、相手に隙はないのか。
どう戦えばいいかを、勝利するための方程式を。

空でも飛ぶような勢いで大地を駆ける勇二を相手に、追いかけっこは長くは続かなかった。
このままの勢いならば勇二は輝幸の背にあと数歩で追いつく。
そのタイミングで輝幸は背後に向かって切り替えした。
今度は輝幸が機先を制し仕掛けに行く番だ。

これは守っていればいつか過ぎ去るという類の戦いではない。
この戦いはお互いの生き残りをかけた殲滅戦である。
攻めに出なければ、戦わなければ生き残れない。


529 : 悪魔を憐れむ歌 ◆H3bky6/SCY :2015/11/23(月) 03:08:49 j.TxsVzY0
輝幸の動きはロケットエンジンで縦横無尽に飛び回るような勇二の動きとは違い、ネコ科動物特有のしなやかな筋肉を活かした柔軟性のある動きだった。
単純な速さでは勝てずともその動きは十分に効果的だ。
滑らかに後方へと振り返ると、大砲の様な勢いで迫りくる勇二をすれ違い様に切りつける。

だが、不意を打つような動きも、勇者の反射神経は凌駕する。
勇二は駆ける勢いを緩めず爪を避けるべく身を屈め、そのまま反撃の刃を振るう。
豹の悪魔の爪先は勇二の肩先の掠め、服を僅かに切り裂く。
対して勇二の刃は輝幸の身には届かず空振った。

ちぃ、と勇二が幼子らしからぬ舌打ちを鳴らす。
この一瞬の交錯は何とか輝幸の狙い通りに終わった。

輝幸が勇二よりも優れている点。
まず解りやすい所で言えばリーチの長さが上げられる。

元より長身である輝幸の手足は長く、それが獣化によって更に延長されていた。
聖剣を持っているとはいえ、相手はまだ成長途中の子供である。
爪の長さを加味すれば輝幸の方が幾分かリーチが長い。
木偶の棒と揶揄された体の大きさが武器になる。

まずはこのリーチを生かす。
再び飛びかかった輝幸は、敵は届かず、自分だけが届く距離を見極めそこからから爪を繰り出した。
この突撃は聖剣の腹で受け止められるが、当たった時点で瞬時に引くことにより相手の反撃を許さない。
このアウトボクサーめいたヒットアンドウェイを繰り返しナイフよりも鋭い五指の爪で、勇二の表面を削ってゆく。

「こぉのッ!」
「くっ…………!」

かといって付け焼刃の技術だ。完璧とはいかない。
間合いを見誤り反撃に振り抜かれた一撃に、輝幸の腕先が切り裂かれた。
深い傷ではないが、聖剣の一撃だ、悪魔にとっては猛毒に等しい。

激痛により、一瞬ではあるが輝幸の動きの止まる。
その隙を逃さず、これまでペースを握られっぱなしだった勇二が攻勢に転じる。

間合いを潰し懐に飛び込むと、躊躇なく聖剣を横薙ぎに振るう。
避けることも叶わず、聖剣の直撃を受けた輝幸の体は下腹部から真っ二つに両断された。

「?」

だが、戸惑いは切り裂いた勇二から漏れた。
今の一撃に、手ごたえがなかったのだ。
その戸惑いと同時に、横合いから衝撃。
振り抜かれた丸太の様な剛腕が勇二の脇腹を強かに打った。

吹き飛ばされた勇二は空中で何とか体勢を立て直し、四足の獣のように着地すると、顔を上げ周囲を見る。
そこには、幾数もの黄金の豹の化物が勇二を取り囲むように出現していた。

――――悪魔オセ。

ソロモン72柱の序列57番。
30の悪霊軍団を統べる地獄の大総長であり、神学、教養学と言った知識を持つ識者でもある。
狂気を司り、『変身』と、そして『幻惑』の力を持つ。
言う間でもなく、これはオセの幻惑の力によるものだった。

これまで幻惑の能力を使えなかったのは、輝幸自身が変身の能力で満足してその先を望まなかったとう点もあるのだろうが。
それ以上にこれまでオセは輝幸を認めておらず、あくまで力を貸してやっているという立場だったという側面もあるのだろう。

だが、今は違う。
オセは大総長という立場の気位故か、召喚者であろうとも自らを召喚するに値する者でなければ認めないという扱いづらい面を持つ。
だが、逆に言えば、認めた召喚者には最大の加護を与える存在であると言える。
オセですら恐れた聖剣使いに、真っ向から立ち向かう召喚者の勇士をオセは認めた

勇二に聖剣の加護付いているというのなら、輝幸にもオセが付いている。


530 : 悪魔を憐れむ歌 ◆H3bky6/SCY :2015/11/23(月) 03:09:14 j.TxsVzY0
「――――くっ!」

両手では足りない数の悪魔が全方位から勇者目がけて一斉に襲い掛かった。
勇者も前面に迫る三体に向かい聖剣を振るうが、幻影を切り裂くのみである。
背後から実態を持った鋭い爪が肩口を抉った。

一撃を当てた輝幸だったが、ここに来てもなお深追いはせず身を引き距離を取った。
決定的な勝機が見えるまで突撃はせず、あくまでアウトレンジからの慎重策を続行する。
ある意味臆病とも言えるその慎重さだが、相手をする側からすれば実に厄介極まりない。
捨て身で一か八かの賭けに出ることすらできないのだから。

「ああ゙っ! 鬱陶しいなぁ! 隠れんぼしようってんならさぁ!」

イラついたように吐き捨て、勇二が地面を乱暴に手の平で叩いた。
次の瞬間、地中から光の糸が四方八方に飛び出し、さながら獲物を捕らえる蜘蛛の巣のように周囲に散る。
広がる糸の束は全ての幻影を掠め通り、本体である輝幸をも捉え、その全身に巻き付いた。
ただの糸ではない。
邪龍すら繋ぎ止めた勇者の力で紡いだ田外の拘束術である。
獣の筋力で幾ら引いても断ち切れそうにない。

「本体、みぃぃっけ!」

拘束され動きを封じられた輝幸目がけ、白刃を掲げた勇二が迫る。
拘束されては逃げられない。今度こそ絶体絶命である。
だけど、輝幸はその瞬間も諦めなかった。
諦めだけは、悪い男だった。

「うぉぉぉおおおおおおおお!」

輝幸が雄叫びを上げ、後ろに逃げるのでなく、前へ向かって突撃した。
本来この糸による拘束術は、自身を中心に四方に飛ばすのではなく、敵を四方から囲むように使用する業である。
そうでなければ片手落ちだ。
前からだけの拘束ならば逃げるのではなくその方向に進めばいい。

気づいてしまえば間の抜けた話だが、慌てふためいていた頭では気づくことができなかっただろう。
冷静に、考え続けることを辞めなかったからこそのこの結果だ。

刃を寝かせ突き出しながら突撃する勇二に向かって、肩を突き出し正面から衝突する。
ズブリと左肩に刃が刺さり、焼けるような灼熱の痛みが突き抜けた。

同時に、勇二の小さな体が大きく後方に吹き飛んだ。

輝幸と勇二を比較して輝幸が圧倒的に勝っている要素はその重量である。
物体の運動エネルギーは物体の質量と速さに比例する。
ならば、互いに突撃した場合、真正面から突撃すれば吹き飛ぶのは勇二の方だ。

「ぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ!!」

腕が燃え尽きるような痛みは叫びで誤魔化し、緩んだ糸を爪で切り裂く。
そして輝幸は吹き飛んだ勇二を追って追撃に走った。

相手が子供だとか、とどめを刺すと言う事がどういうことなのか、そんな事を気にしている余裕はなかった。
元より輝幸に加減も躊躇もする余裕などない。
ここが勝機だ。
そこに向かってただ必死で抗うだけだ。

「ぐぅ――――――のっ!」

受け身も取れず地面に叩き付けられた勇二だったが、ダメージを受けながらもそれを気にせず反撃の態勢を整える。
強かに背を打ち咳き込むよりも早く、回転しながら立ち上がりそのまま剣を振るう。
体全体を使って大斧でも振り回すかのような大振りで、向かい来る悪魔を迎え撃った。

如何なるダメージを負おうとも戦闘継続を可能とする勇者の特性。
その復帰は輝幸の想像以上に速い。
それに対して、輝幸は踏み込み過ぎた。
この一撃は躱せない。

弾丸すら弾く分厚い筋肉の壁が、いとも容易く切り裂かれた。
澄まし通すように刃が右の鎖骨を両断しながら輝幸の体に侵入する。
そのまま深く胸元を切り裂きながら、斜めに切り裂くように腹筋にまで刃が到達した。
臓腑に灼熱が突き抜ける。
拳正によって打たれた浸透勁による攻撃ではなく、刃は直接内臓に届いていた。


531 : 悪魔を憐れむ歌 ◆H3bky6/SCY :2015/11/23(月) 03:09:45 j.TxsVzY0
「…………ごぷっ」

血を吐いた。
勝機を見誤った。
地獄の苦しみの中で、素人の付け焼刃ではここまでかと自嘲する。

だが、まだだ。
まだ終わってはいない。
諦めてしまえば楽なんだろうけれど、どうしても諦められなかった。
相手の攻撃が届いたという事は、輝幸の手も届く距離だという事なのだから――――!

「!?」

勇者の直感が異変を感じ勇二が身を引こうとする。
だが、輝幸の腹筋に突き刺さった聖剣が抜けず、僅かに行動が遅れた。

「ぅぁあああああああああああ――――――――――!」

獣ではない、紛れもない少年の咆哮。
聖剣によるダメージのため完全に無効化は出来ていないがオセの狂気を操る力によって痛みを感じる感覚はマヒしている。
血濡れの口で自らを鼓舞する様に雄叫びを上げ、痛みで倒れる前に一歩、輝幸は前へと踏み出した。
そして束ねた爪を突き出して勇二の脇腹へと突き立て、肉を抉った。

「…………ぐはっ!」

互いに腹を抉り合い血と刃でつながれた二人は、力なくたたらを踏みながら離れていった。

輝幸は傷口から滝のように赤い血流を垂れ流し、膝から地面に崩れ落ちる。
勇二は樽から栓を抜いたワインの様に脇腹から鮮血をまき散らし、その場に倒れこんだ。
自らの血だまりに沈む二人。

互いに致命傷を受け満身創痍。
輝幸は立ち上がろうとするが、血と共に力が体の底から抜け出してゆき上手くいかない。
このまま血が流れ続ければマズい事になる。

「はぁ…………はぁ……はぁッ!」

そんな状況で先に立ち上がったのは、勇二だった。
止血を施したわけでもないのに脇腹の刺し傷は徐々に塞がり始め、蛇口をひねったような出血は緩やかに収まっていた。
勇者の機能の一つ『自動回復』だ。

だが回復しつつあるとはいえ傷は深く、正直立ち上がったのがやっとというった風である。
とどめを刺すにしても、相手も満身創痍なのだ。
このまま素直に回復を待って、体勢が立て直るのを待つべきである。

だが、勇二はそうはしなかった。
勇者はそんな消極的な選択肢は取れない。
一刻も早く目の前の邪悪を消し去らなくては。

ふらつきながらも使命感に突き動かされる聖剣を手にした勇者の魔の手が迫る。
輝幸も悪魔の力によって常人よりも高い回復力を持っているが、勇者の持つ自動回復には及ばない。
未だ聖剣につけられた傷は深く、輝幸は動けそうにない。

「……………………僕の…………勝ちだ」

勝利宣言と共に、輝幸の元へとたどり着いた勇二が聖剣を高らかに振り上げる。
眼前に迫る勇者の刃。輝幸は逃げられない事を悟り堪えるように強く目を瞑った。


532 : 悪魔を憐れむ歌 ◆H3bky6/SCY :2015/11/23(月) 03:10:09 j.TxsVzY0
だが、刃はいつまでたっても振り下ろされることはなかった。
おずおずと目を開くとそこには勇二と輝幸の間に入り、両手を広げて立ち塞がる者がいた。
その相手に向けて、呆れたように勇者が言う。

「…………どいてよお姉ちゃん。そいつ殺せない」

勇者の前に立ちふさがるのは一般人一二三九十九である。
彼女の貫通した傷跡は辛うじて塞がって入るがそれだけだ。まだ血の気が足りず足元はふら付いている。
その体調を押してここまで駆けつけてきたようだ。

「絶対にどかない。
 傷を治してくれたことはありがとう。お礼を言うよ。けど、それとこれとは話が別。
 どんな事情があるかは知らないけれど、つまらない喧嘩はここまでにして」

何の力もない少女は勇者と魔族の生存をかけた戦いをつまらない喧嘩とそう称した。
二人の持つ力や戦いの壮絶さを理解できていない訳でもないだろう。
それを理解した上でそう吐き捨てる程に、この少女には珍しく怒っていた。

「つまらない喧嘩なんかじゃないよ。見てよそいつは魔族だよ。人間の敵だ。
 人間に化けて人を殺そうとしていた魔物だよ? お姉ちゃんも驚いたでしょ? お姉ちゃんも騙されてたんじゃないの?」

違う、そうじゃない。
輝幸はそう叫びたかったが、声が出なかった。
ただ恐ろしくて、顔を上げて九十九の顔を見ることは出来なかった。

「うん。確かに輝幸くんが変身したのにはビックリした」

九十九は偽らず、彼の瞬間に抱いた素直な感想を認める。
悪魔の姿となった輝幸の変貌に九十九が戸惑わなかったと言えば嘘になる。

「ビックリしたけど、それだけだよ。やっぱり輝幸くんは輝幸くんだよ。
 必死に怪我した私を何とかしようと走り回ってくれた輝幸くんだよ。庇わない理由がない」
「へぇ。あくまで庇うって言うんだ。それはつまり魔族に協力するって事?
 魔物に協力するって言うんなら――――お姉ちゃんも斬るよ」

その幼さ故に勇二には駆け引きなどを行う老獪さはない。
人間であろうとも魔族に与する者であれば斬る。その言葉は脅しではない。
これ以上輝幸を庇い続ければ、勇二は九十九を本当に斬るだろう。

それが恐ろしくないはずがない。
刀匠として剣の恐ろしさなら九十九が一番よく知っていた。
実際、見せないようにしているが手だって震えてる。
それで一歩も引かず、瞬きすらせずに真っ直ぐな視線をそらさず言う。

「魔族だとかなんだとか、そんな事は知らない。私は輝幸くんの味方だ」
「そう、わかったよお姉ちゃん。お姉ちゃんは魔族に協力する悪いやつなんだね。
 じゃあ、勇者として悪は殺さなくっちゃ」

正義に楯突くのだから悪である。
子供らしい二元論だった。
敵の判別を勇者の認識に任せる聖剣のシステムは欠陥ではなく。
ある意味こういった事態を想定してのことなのかもしれない。

その結論に九十九は怒っていた眉を下げて、どこか哀しい顔をした。

「君みたいな子供が誰かを殺すなんて言わないで。君は私を助けてくれたじゃんか。
 それなのにそんな君にそんな間違った事は事はさせられないよ」

九十九はこの状況においても目の前で刃を構える少年の善性を信じている。
それは何も知らず無知で愚かなだけなのかもしれないけれど。
それでも人間の性根を信じていた。

勇二はその言葉にキョトンとした顔で首を傾げる。

「子供じゃないよ。僕は、勇者だよ。聖剣に選ばれた勇者だ。
 勇者である僕が間違ったことをするわけがないじゃないか」

己の結論に何の疑問も抱いていない言葉だった。
幼さによる純粋さと聖剣による精神改革。
この二つが合わさり、勇二の中ではこの結論は覆ることのない真実である。


533 : 悪魔を憐れむ歌 ◆H3bky6/SCY :2015/11/23(月) 03:10:46 j.TxsVzY0
「…………聖剣、ね」

少年の手の中で光を放つ剣を、刀匠は猜疑心に満ちた目で見つめた。
九十九は世間一般で魔剣や妖刀と呼ばれる代物が実在する事を知っている。
その完成度の高さ故に人を惹きつける魔力めいた魅力を持ち、切れ味を試さずにはいられないと人心を惑わす魔性の刀。

そもそも刀とは、包丁などと違って設計思想からして人を斬るために生み出された凶器である。
無論、現代では芸術品としての側面もあるが根本の思想は否定できないだろう。

だが、刀匠の端くれとして、刀=悪という価値観には異議を申し立てたい。
人を殺すために生み出された兵器だって、人を守るために使うことだってできる。
どのような道具であれ、善悪は扱う人間の問題だ。
刀自身に全も悪もないのである。

だが、その剣から感じた印象は違った。
正しさが後付されるのではなく、正しさが先にあって作られたような、そんな激しい違和感を感じる。
その在り方は酷く恐ろしい。
正しさが先あるのだ、何をやっても正しく在ってしまう。
勇二を、少年を狂わせるには十分なほどの魔性である。

「それが君を惑わす原因だと言うのなら、そんなものは今すぐ捨ててしまった方がいい。
 そんな悪い剣(やつ)とは早く縁を切りなさい」

刀匠はそう聖剣(ただしさ)を一言の元に切り捨てた。

だが、その言葉は、勇二にとって受け入れがたいものだった
聖剣の意識改革はある意味心の支えだ。
目の前で大切な人間を失った少年の幼い精神は既に崩壊しかかっていた。

勇者として巨悪を討つべく挑んだ戦いにおいて彼を庇って愛は死んだ。
家族を犠牲にした以上、もう勇二は後には引けない。
彼女の命に報いるためにも、彼は勇者を成し遂げなければならない。

今更聖剣を、勇者を捨てることなど出来ない。

「僕は勇者であり続ける、邪魔をするんなら――――死んじゃえ!」

勇二が聖剣を振り上げる。
このまま聖剣が振り下ろされ、白の聖剣が少女の血糊で赤く染まる。はずだった。
だが、刃は振り下ろされることなく、空中で差し止められていた。

「――――取り込み中のところ悪いのだがな」

それは鉛よりも重く響き渡る声だった。
勇二の背後より現れた男はあろうことか聖剣を素手で掴み上げ、その動きを封じていた。

勇二は咄嗟に振り向きその拘束を振り切ると、男の姿を見て怯えるように距離を取った。
そこにいたのは歴戦の戦士と言った風貌の男ではあったのだが、それよりも勇二を慄かせたのはその内側である。
呪いに満ち満ちた黒い闇が渦巻く深淵なる魔。
それは魔王にも近しい闇の王気だった。
その余りの禍々しさに気圧されるように勇者が引いた。

「何だ、お前はぁああ!!」

勇者となって初めて出会う明確な格上の存在。
己の中の恐れを認められず、勇者は叫ぶように問いかけた。
その問いに、当然のことのように堂々と男は名乗りを上げる。

「我が身は大日本帝国を総べる皇、船坂弘である。
 剣を収めよ。こちらに交戦の意思はない」

船坂は剣を構える勇二に制止をかけるが、勇二は聞く耳を持たない。
勇二からしてみればフィールドで魔王にエンカウントしたようなものだ。
やすやすと警戒を解けるはずもない。


534 : 悪魔を憐れむ歌 ◆H3bky6/SCY :2015/11/23(月) 03:11:05 j.TxsVzY0
「聞く耳もたんか、仕方あるまい」

船佐がやれやれと嘆息する。
少年兵の怖さを知る船坂は相手が子供であろうと容赦はしない。
向かってくるならば打ち倒す、それが船坂の基本スタンスである。

だが、今は別の懸念からその行為を行うには躊躇があった。
目の前の相手は、船坂の知る日本人とは別の日本人である可能性がある。
例えば世界線、例えば時間軸。
それを確認したく、彼らから話を聞ききたかったのだが、そうもいきそうにない。

「我が国民である可能性がある以上殺しはせぬか、生憎と悪童の躾にはコレを使う性質でな」

そう言って鋼鉄よりも固い拳骨を握りしめる。
殺さないからと言って手を出さないという訳ではない。
何事にも躾は必要である。

「言ってきかぬなら痛みで覚えよ」

僅かに漏れ出す闘気。
それを前にして、恐怖に背を押されるように勇二が奔りだした。
輝幸から受けた脇腹のダメージからか、先ほどまでの爆発的な速度ではないが、傍から見ていた九十九では捉えられないほどの十分な速度だ。

その勇者の一撃に対して魔人皇は悠然と空手を構える。
それはゆっくりとした動きに見えるのに、向かい来る神速に合わせて間に合う魔法の様な動きだった。

船坂は振り下ろされた刃の腹をいなすように裏拳で払いのける。
そこから刃に拳を押しあてたまま力を流動させ、勇二の体勢を崩した。
勇二の体がクルリと回転して、空中に放り出される。

驚くべきことに船坂は真剣相手に合気を合わせたのだ。
そして無防備になった、勇二の鳩尾に容赦なく砲弾のような鉄拳を突き刺さした。

「ぐは………………っ!!?」

幼子の口から血反吐が吐きだされた。
全力でこそないものの、踏み込んできた一撃の技量を見て相応の力を込めた一撃である。
見た目通りの幼子であれば即死、鍛えあげた大人でも昏倒は免れないだろう。
それほどの一撃を、脇腹の傷は避けているものの、急所に叩き込まれたのだ。
そのダメージは半端なものではないだろう。

だが、それでも勇二は膝をつかなかった。
聖剣を杖代わりにして、全身を震わせながら踏みとどまる。

「………………僕は」

加減はしたとはいえ、他ならぬ魔人皇の一撃を喰らって膝をつかないなど尋常ではない。
それは勇者の力というよりも、もっと精神的な、いわば執念である。

「僕は…………負けるわけには――――」

勇二が杖代わりにしていた太刀を担ぐ。
聖剣が光り輝き、熱風が周囲に吹き荒れる。

勇者が魔に屈すればこれまでの犠牲が無意味になってしまう。
一番最初に一番大事な人を犠牲にした勇者は、諦めることなど許されなかった。
悪を斃し続けて己の価値を証明し続けなければ、そうでなければ意味がない。


535 : 悪魔を憐れむ歌 ◆H3bky6/SCY :2015/11/23(月) 03:11:26 j.TxsVzY0
「む――――――っ!?」

その聖光に、魔人皇が警戒するように目を細める。
それほどの力の渦が目の前で展開されようとしていた。

「――――――いかないんだあああぁぁぁぁぁぁああああ!!!」

刹那。
世界は聖なる光に包まれた。

「ッ――――ハァ…………ハァ………ッ!」

不浄を焼き払う光の渦が世界を貫き、そこに残されたのは破壊の跡だけである。
生命はおろか何一つ欠片もなく勇二の目の前から消滅していた。

その破壊力は先の邪龍戦の時よりも確実に向上している。
勇者の力が馴染んでいる証拠だろう。

だが、それに比例して消耗も激しかった。
悪魔と魔人皇から負ったダメージも合わさって、さすがに限界が近い。

勇二には神にも等しい霊力と勇者の力がある。
このダメージも少し休めば、回復するだろう。

しかし勇二は休息と言う選択肢を取らなかった。
そんなことしている暇はない。
一刻も早く、勇者として世界を救わなくてはならなかった。

「僕が……世界を救うんだ」

ふら付きながら、勇者は進む。
魔王と言う明確な悪を持っていた歴代勇者と違い、何から何を救うのかもわからぬまま。

【D-5 草原/日中】
【田外勇二】
[状態]:勇者、消耗・大(回復中)鳩尾にダメージ(回復中)脇腹に刺し傷(修復中)
[装備]:『聖剣』
[道具]:基本支給品一式、
[思考]
基本行動方針:勇者として行動する
[備考]
※勇者として完成しました


536 : 悪魔を憐れむ歌 ◆H3bky6/SCY :2015/11/23(月) 03:11:56 j.TxsVzY0






「……さて、ここまで来れば十分か」

そう告げたのは重く威厳のある声だった。
ドサリと、音を立てて二つの荷物がその場におろされる。

先ほどの場所から少し離れた草原に立っているのは船坂だった。
その脇には九十九と輝幸の姿もある。

あの瞬間、船坂は己が呪術を全力に駆使して極光の軌跡を変えた。
そして光が消滅するまでの間に二人を抱えてあの場から離脱していたのだ。

とは言え、あれ程の一撃である。
流石の魔人皇とはいえ無傷とはいかなかった。

「あの、腕が…………」

あの一撃を防いだ代償として片腕が消滅していた。
これは片腕のみの犠牲であの一撃を軌跡を変えた魔人皇の技量を褒め称えるべきか。
それとも、彼の魔人皇の片腕を持って行った勇者の成長を称賛すべきなのだろうか。
判断に迷う所である。

「気にするな、そのうち直る。それよりもだ、」

魔人皇は己の欠損を気にせず、地面に寝かせ付けた少年――輝幸へと視線を向けた。

「童――――最後に言い残す事はあるか?」
「え?」

その言葉に一二三九十九は戸惑いの声を漏らした。

「……どういう、意味ですか?」
「そのままの意味だ。この童はもう、助からん」

九十九の問いに何一つ誤魔化すことなく魔人皇はハッキリと告げる。
戦場で幾多の死を見届けてきた魔人皇の見立てだ。
そこに間違いはないのだろう。

自分の事だ。当の輝幸もそれは薄々ながら理解していた。
死にたくない。
どうしようもない彼の本音である。
だけどそれを、ここでみっともなく喚いても意味がないし、なにより喚けるようなそんな余力もない。
悔しいと思いつつ、言い残したことは何かという問いが頭の中で響いていた。


537 : 悪魔を憐れむ歌 ◆H3bky6/SCY :2015/11/23(月) 03:12:19 j.TxsVzY0
遺言はと問われ、真っ先に浮かんだのは家族と文芸部の友人たちの顔だった。
悪魔の力を手にして調子に乗ってしまってからは、すっかり疎遠になってしまったけれど。
それでもやっぱり、輝幸にとって大事な人たちだったのだ。

だからと言って、この場で彼らへの遺言を残すのは違うと思った。
彼らはこの場にいないのだし、遺言を人に託すのもまた違う気がする。

かと言ってこの場にいる人間に何を遺せと言うのか。
輝幸はこの場で有った人間、九十九も拳正も、若菜だってそうだ。
明るく自身に満ちていて、ズルをしてそれを得た輝幸とはまったくもって違う人種ばかりで、ハッキリ言って全員大嫌いだった。
そんな大嫌いな相手に――自分の手を握って涙をこぼす女に――遺す言葉は何があるだろうか。

「…………生きてよ、あんたは」

何の飾り気もなく、気の利いた言葉ではなかった。
ただその内容だけはどうしようもない本心だ。

悪魔によって余命を定められ、命のタイムリミットを知らされた。
それから、輝幸は誰よりも死について考えてきた。
誰よりも死の恐怖について考え、誰よりもその恐怖に脅えて生きてきた、そんな彼だから。
誰にもそんなものは味わってほしくないな、とそう思ってしまった。
彼らの事は大嫌いだったけれど、それでも死んでほしくはないとは思う。

世界中のだれもがなんてお花畑な事は言わない。
ただ、自分の知る誰かにそんなものは味わってほしくないなという酷く個人的な願いだった。
言い残したことを言って、最期に目を瞑る。

手のひらには温もりと熱い雨の様な何かが降り注いでいるのを感じる。
その温かさがどこか遠くに感じられるようになってきて、呟くように言葉漏れた。

「あぁ………………死にたくないなぁ」

【斎藤輝幸 死亡】

【D-4 草原/日中】
【一二三九十九】
【状態】:左の二の腕に銃痕
【装備】:日本刀(無銘)
【道具】:基本支給品一式×3、クリスの日記、サバイバルナイフ、ランダムアイテム1〜5(確認済み)
[思考・状況]
基本思考:クラスメイトとの合流
1:若菜が心配

【船坂弘】
[状態]:右腕消失
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜1、輸血パック(2/3)
[思考]
基本行動方針:自国民(大日本帝国)とクロウの仲間以外皆殺しにして勝利を
1:拳正の言う日本について確かめる
2:馴木沙奈を探す


538 : 悪魔を憐れむ歌 ◆H3bky6/SCY :2015/11/23(月) 03:12:29 j.TxsVzY0
投下終了です


539 : 名無しさん :2015/11/23(月) 11:59:32 DdcP9T0Q0
投下乙です
聖剣を持った田外に対して一般人超人がかなり善戦したな
悪魔の力を持っても死に怯えてその場の感情に流され続けた一般人だった輝幸も
最後は自分の意志を貫いて死ねたか
田外は生きるには生きてもボロボロの上激戦区に入っちゃったか…そろそろ勇者と裏ボス聖剣の決戦も近いか
一二三ちゃんは魔人皇とも出会えたし拳正・若菜との再会まであと一歩だ、果たして輝幸の最後の言葉は叶うのか


540 : 名無しさん :2015/11/25(水) 11:32:39 DNSPqq5c0
投下乙です
若菜は変なフラグ立ってるからなぁ。
アッサリ合流とはいかなさそう


541 : ◆H3bky6/SCY :2015/12/14(月) 00:58:13 ShentM/g0
遅くなりましたが投下します


542 : 愛のバクダン ◆H3bky6/SCY :2015/12/14(月) 00:59:50 ShentM/g0
りんご飴は強さという物を求めていた。

子供の頃から退屈という物が我慢ならない性質で、変わり映えのしない日々が大嫌だった。
じっとしていると体の内側で泥水のようなモノが澱み、どうしようもなく暴れたくなる。

その性質故か、騒がしさや賑やかさが好きで、特に祭りの雰囲気が好きだった。
祭りと聞いては喜び駆け付けて、りんご飴を片手に屋台を冷やかしまわったものだ。
ただそれが賑やかであればあるほど、祭りの終わりの侘しさは強くなる。
それが嫌いで、未練がましく最後まで残って祭りが終わる様をいつまでも見ていた。

退屈は嫌いだ。侘しさも静けさも嫌になる。
だから退屈を埋めるためなら、何でもした。
数えきれないほど危ない橋も渡ったし、中学に入る前には大抵の火遊びはやり尽くしていた。
そんな手の付けられない問題児に、親も教師もそろって匙を投げたのは当然のことと言える。

何故そんな風になってしまったのかと、嘆くように女親が問う。
だがそれはむしろ、こちらが聞きたい疑問だった。

他の人間は、どうしてそんな退屈な生き方が出来るのか。
どうやってこんな溺死しそうな息苦しさに耐えていられるのか、甚だ疑問で仕方ない。

刺激のない人生なんて死んでるのと同じだ。
そうじゃなければ生きている意味がない。
変わり続けなければ生きていく価値がない。
そういう物だろ?

大人たちに見切りをつけられた俺は彼らに見切りをつけて一人で生きてゆく事にした。
その決断をしたのはまだ中学に入る前の頃だったが、その行動になんの未練も躊躇もなかった。
一人で生きていく事よりも、別の生き物みたいに価値観が違う連中と足並みに揃えて生きていく方がよっぽど難しかった。

金と住居は金を持ってそうなオッサンどもを適当に見繕って貢がせた。
そいつらはこっちの性別は知ってるくせに女装して尻を振ってやれば喜んで金を落とすような変態どもで。
そう言う『いい趣味』をした連中は世の中には少なくなく、独自のネットワークも持っているため、そいつらを辿って食いつないでゆけば生きていくだけならば簡単な事だった。

だけど飯を食わなきゃ生きていけないように、刺激がなければ生きていけない。息ができなくなる。
その時点で出来る大抵の事はやり尽くしてた後だったし、何か新しい刺激を追求していた。
脳がしびれるような刺激が得られるんなら、仕事でもゲームでもスポーツでもボランティアでもドラッグでもセックスでも善行でも悪行でもそれこそ恋愛でも、何でもよかった。

それが結果として闘争という結論に落ち着いたのは、それが一番ギリギリだからである。
一歩間違えば死がそこにある、そのスリルがどうしようもなく心を惹きつけた。
そういう意味では登山なんかでもよかったのかもしないし、その方がよっぽど健全だったかもしないけれど、そこは現代の若者らしく手っ取り早くインスタントに。
その辺の誰かに喧嘩を売れば味わえるお手軽さがたまらない。

強い奴には悪人が多いのか、悪人には強い奴が多いのかは知らないけれど、自然と狩りの標的は悪人ばかりになっていた。
それを何を勘違いしたのか、ヒーローなんかから勧誘されたこともあった。
正義の味方なんかに興味はないし、正義という響きには虫酸が走るが、ヴィランどもと優先的に戦えるという特典は正直魅力的だった。
それに一言にヒーローと言っても、その辺の正義感とかが緩い奴もいるらしく、気の合うようなどうしようもない同類とも出会えた。
そう言うやつがいなければ協力者としても手を貸すことはなかっただろう。

そこからの日々はそれなりに面白おかしくやっていったと思う。
けれど、どれだけ楽しかろうと同じことを続けていればいつかは飽きる。
なにせ俺は最悪なほどに飽きやすい。
愉しみ続けるためには、より強い刺激を追い求め続けるしかない。

前倒した相手よりも強い相手を。
今倒した相手よりも強い相手を。


543 : 愛のバクダン ◆H3bky6/SCY :2015/12/14(月) 01:00:20 ShentM/g0
ステージは自然と上がってゆき、相手はチンピラからヤクザへ、ヤクザからヒットマンへ。
より多くを求めるのならば足はアンダーグラウンドな世界に踏み入ってゆくしかない。
闇に生きる殺し屋たち、人から外れた妖魔の類、裏の世界の怪人ども。
様々な奴らを相手取って、奥へ奥へ、闇の深い奥底へ沈むように堕ちてゆく。

そして、泥ついたヘドロの深海の奥底で聳え立つ山脈より高い頂点に出会った。

裏の世界における最強。
彼との戦いは最高にギリッギリで、退屈なんて感じる暇がない程の充実した時間だった。

だが、結果は惨敗。
奴の相手をするにはまだこちらの力が足りなかった。
その力の差故に見逃されたと言うのもあるだろうが、それではだめだ。
極上のスリルを味わうためには、自らもより高い相応のステージに上ってゆく必要があった。
奴と同じステージに立つことが出来れば、より最高な絶頂を味わう事が出来るはずだ。

より強い奴と、より楽しく殴り合い、より可笑しく殺し合いを。
そのために強さを求め。
そのために強くなった。
そのためにこの殺し合いだって生き残って見せる。



放送を聞いたりんご飴は、可愛い可愛いりんご飴ちゃんの足を潰してくれたあの魔王と吸血鬼の二人がどうなったのかを確認しようと思ったが。
よく考えればりんご飴はあの二人の名前を知らない事に今更ながらに気づいた。
だがまあ、あれほどの強さを持った奴等がそう簡単に死ぬわけがないだろう。
嘗められっぱなしは好きじゃないので、いずれ殺すとして。

差し当たっては『ハッスル☆回復錠剤』の副作用で6時間以内に一人、12時間以内に三人殺害しなければならない。
薬の使用から三時間近く経過した今現在で、既に二人殺しているが、ノルマ達成までにはあと一人殺さなくてはならない。
まだ時間的に余裕はあるが、こういう縛りは早めにクリアしておくに限る。

ヒーローの協力者なんてものをやっているもののりんご飴は正義の味方ではない
次に出会うであろう顔も知らない誰かを自分の為に殺す事に迷いはない。
通りすがりの誰かに喧嘩を売るなんてことはこれまで散々やってきたことだ。

売られた方はたまったモノではないだろうが、弱者が強者の食い物になる。それが世の摂理である。
恨むのならば、出会ってしまった不運を恨むべきだろう。

まあ、出会ったのが火輪珠美みたいな知り合いだった場合はその時はその時である。
戦うかどうかはその時の気分で考えるとしよう。

しばらく進んで誰も出会わぬまま山道に差し掛かったところで。
山頂から下る獣道からスラリとした妙齢の女性が現れた。
知らない女だ。
なら躊躇う理由はない。

「よぅ。殺し合おうぜ、おねーさん」

言うが早いか、りんご飴は出会い頭に鍵爪で相手の喉笛を切り裂いた。




544 : 愛のバクダン ◆H3bky6/SCY :2015/12/14(月) 01:01:06 ShentM/g0
三条谷錬次郎は強さという物に憧れていた。

あの惚れ薬を飲んでからずっと、ただ流されるだけの人生だった。
抗おうにもその流れは洪水の様に激しく、逆らうのは困難である。
自分では決してその濁流には抗えないと理解しながら、それでも抗えたならばどれだけいいかと想像してまう。

だから、何があろうと決して揺るがぬ鉄杭のような強さに憧れていた。
そんなものは存在しないと、達観したように諦められたのなら、幾分は生きやすかったのかもしれない。
けれど、そんな存在が実在する事を錬次郎は知っている。
強さの象徴ともいえる存在を、その目で確かに見たのだから。

あれは中学の頃だった。
惚れ薬の影響で多くの心的外傷を受け、散々懲りて反省と対策を取り始めた頃。
徹底的に女性を避ける生活を送る事により、僅かばかりだが生活は平穏を取り戻していた。
小学校から中学校へと環境を変えたと言う点も大きいのだろう。
欲望丸出しの女たちから獲り合われ、嫉妬に駆られた男たちからは忌み嫌われていた、そんな過去を知らない同性の友人も少ないながらにできた。
それも同性愛者と勘違いされていただけという事が判明して、すぐに壊れてしまったけれど。
それでも暴力的な事件は少なくなっていたと思う。

だがしかし、それでも完全にノントラブルとはいかなかった。
人間社会で生活する以上、人類の半数を占める種を完全に避けて通るなんてことは現実的に不可能なことである。
クラスメイトは元より、買い物をする店の店員、道すがらすれ違う相手。
人それぞれ耐性はあるようだけれど、それだけで錬次郎に惚れるちょろイン体質な女も多く存在していた。

それらから全力で逃げた所で、相手が勝手に盛り上がって錬次郎の見えない所で凶行に走るなんてことも少なからずあった。
そして当然のように、そのとばっちりは錬次郎の元へとやってくるのである。

恋愛感情なんて厄介の種を撒き散らすだけの害悪である。
善し悪しはなく等しく悪だが、大小という意味では区別はあった。
中には大きな厄事を運んでくる、そんな地雷女は往々にして存在するのだ。

その日咲いた災厄の種は、そんな巨大な種だった。
錬次郎は、県境にある河川敷で厳つい連中に取り囲まれ因縁を付けられた。
今回は何でも彼の惚れている女が逃げ回る錬次郎に悲観して自殺未遂をしたとか、そんな理由だった気がする。
そこから妙な嫉妬と義憤に駆られた男どもに殴られるという所まで含めて、ここまでならいつもの事だ。
もうこんなことは数えきれないほど繰り返してきた。取り立てるほどの事でもない。

ただ今回運が悪かったのが、因縁をつけてきた相手がそれなりに大きな暴走族の総長だったという事である。
加えて、この総長が卑怯な手段を好まず男気溢れる漢というフィクションにあるステレオタイプの不良像ではなく。
女を惹きつける以外に何のとりえもない中坊相手に、全力で兵隊駆り出し容赦なくリンチしようというネジの跳んだ輩だったという事だ。

さすがにこれだけの人数に取り囲まれたのは錬次郎にとっても初めての経験である。
彼を取り囲む奴等は誰も彼もが、社会から見放された、暴力を絶対と信じた不適合者ばかりだ。
加減など言葉すら知らないようなこんな奴等にリンチされれば、もしかしたら死ぬかもしれない。
なんて、どこか他人事のように考えていた。

錬次郎の中に余り恐怖のような感情はなかった。
こんな状況に慣れてしまった、というのもあるだろうけれど。
ちょうど信じていた友人たちに裏切られた時期と重なったというのもあるだろう。
惚れ薬に振り回されるだけのこんな人生が終わるならそれもいいという諦めが心の奥底にあったのかもしれない。

「あんだぁああ、テメェその態度は、嘗めてんのかおらぁ!」

だが、怯えるでもなく妙に落ち着いているその態度が気に障ったのか、白い特攻服を着たリーゼントが怒鳴りを上げ錬次郎を蹴り飛ばした。
躱すこともできず鳩尾に直撃を受けた錬次郎は吹き飛ばされ地面に転がり地を舐める。
地面に蹲る錬次郎に抵抗するなどという選択肢はなく、ただこのまま嵐が過ぎ去るのを待つだけだ。
通常であればそれで終わる、だが、ネジの外れた奴らのここで終わるはずもなく、リンチはここからが本番である。


545 : 愛のバクダン ◆H3bky6/SCY :2015/12/14(月) 01:01:44 ShentM/g0
「――――ぁんだよ、つまんねぇな」

だが、その前に橋の上から声が響いた。
決して大きい声ではなかったが、その場にいた全員が何かに惹きつけれるように橋の上へと視線を向ける。
錬次郎も、伏せていた顔を上げて空を見た。

そこにいたのは橋の淵に腰かける背丈の小さな少年だった。
そのサイズから一瞬小学生かと思ったが、見ればその服装は着崩しているものの学校の制服の様である。
たしか隣の県にある桜花中学の制服だったように思う。

「あ゙んだぁぁぁテメェは!? 見せモンじゃねぇんだよ、関係ねぇ奴はすっこんでろ! 殺されてぇえか!!?」

制裁に水を差されたのが余程癪に障ったのか、錬次郎に因縁をつけていた総長が橋の上の少年目がけて吠えた。
見ている錬次郎ですら竦んでしまいそうな恫喝ではあったが、その声を受けた張本人である少年は全く動じていなかった。
どころか、そもそも聞いていないような態度でつまらなさそうに息を吐く。

「…………下んねぇ」

そう言うと、少年は座った体制のまま倒れ込み、投身自殺でもするように橋の上から落下した。
落下する少年は空中でクルリと縦回転を決めると、人垣でできた輪の中心、つまり錬次郎の目の前に何事もなかったかのように両の足で着地する。

錬次郎の日常では彼の気を引くべく空から美少女が降ってくることはよくあることだが(そのまま地面にグシャリだけれど)空からヤンキーが降ってきたのは初めての事である。
驚いているのは錬次郎だけではないらしく、あれ程粋がっていた連中も突然現れた謎の少年に完全に言葉を失っていた。

「ったくよぅ。こんだけ兵隊集めて囲んでっから、どんな強ぇえ奴相手にしてんのかと思ったら、ただの弱い者いじめかよ。
 強ぇえ奴なら俺が相手してもらおうと思ってたのに、これじゃまるっきり時間を無駄ねぇか、どうしてくれんだ、あ゙ぁ゙ん?」

聞いている錬次郎でも分るほどの全く持って理不尽な言葉を放ちながら、この状況に自ら飛び込んできた少年は目を見開き周囲に凄んだ。
息が詰まる。その小さな体のどこからそんな圧力が出ているのか、その威圧感は先ほどの総長の非ではない。

「……総長、こ、こいつアレですよ、最近噂の………」

少年の正体に心当たりがあったのか。
人壁を構成する暴走族の一人が少年を指さし震える声で言った。

「――――桜中の悪魔」

ざわめきが広がるのが錬次郎にも分かった。
人付き合いの少ない錬次郎は聞いたことがなかったが、界隈では有名なのかもしれない。

その名にどれほどの意味があったのか。
恐怖に震える物まで現れる始末だ。
恐怖に駆られた人は、冷静な判断力を失う。

気が動転した一人の男が目の前の恐怖を払拭すべく、持っていたバールのようなものを振り上げ、後方から少年の頭部を打った。
完全に不意を打たれたのか、頭蓋を叩く鈍い音が響き、直撃を受けた少年の体がぐらついた。

だが、少年は倒れることなく、足で地面を掴むようにしてその場に踏みとどまる。
割られた頭からドロリと赤い血が溢れだし、少年の顔面を赤く染めた。
そして、はっ、とどこか嬉しげに息を吐いて悪魔は血塗れで笑う。
同時にバールのようなものを持っていた男の体が吹き飛んだ。

この時錬次郎は初めて暴虐という物を見た。

錬次郎は暴力は嫌いだ。
それは常にその被害に晒される立場だったからである。
だが、その光景を見ていたとき、確かに彼の心は震えたのだ。


546 : 愛のバクダン ◆H3bky6/SCY :2015/12/14(月) 01:02:13 ShentM/g0
目の前で振るわれているこれが暴力だと言うのなら、これまで己が受けていた物は児戯に等しい。
何事においても全てを圧倒する存在という物を見たとき、人は否応なしに胸を高鳴らせてしまう。
その高鳴りに、他ならぬ錬次郎が戸惑った。
強さに憧れるなどという、まっとうな男としての感覚が自分に残っていた事に驚く。
まるでヒーローショーに目を輝かせる子供のように、錬次郎はその光景を見続けた。

そして戦いは終わった。
本当に錬次郎を助けようとした訳ではなかったのだろう。
一つの暴走族を壊滅に追いやった少年は、戦いが終わると錬次郎を見向きもせずその場を立ち去ろうと踵を返した。

「…………ま、待って!」

思わず、立ち去ろうとする少年を思わず引き留めていた。

「あ?」

まさか引き止められるとは思っていなかったのか、足を止めた少年は怪訝そうに視線だけで振り返った。
このまま行かせてしまえば二度と会えないかもしれない。
そう思ったらいつの間にか引き留めていた。
だが、引き留めたはいいが、何か考えがあった訳ではない。
このまま黙っていたら、立ち去ってしまう。
錬次郎は必死に質問を絞り出す。

「どうやったら…………君みたいに強くなれるんですか?」

そんな問いに少年は「強い?」と煩わしそうに小さく反復した後。

「……お前には、そう言う風に見えるのか」

錬次郎の質問に答えるでもなく、呟きのようにそう言って悪魔と呼ばれた少年は今度こそ振り返らず、その場を後にした。
その言葉が熱烈だった圧倒的な暴力よりも、どしてか記憶に焼きついた。
彼は覚えてもいないだろうけれど。
彼が忘れても錬次郎は覚えている。
その強さを、憧れを、錬次郎は覚えている。

どう見ても彼は強かった。
暴走僕を一人で壊滅できる暴力が強くなくて何なのか。
しかし彼は自分をそう思っていないように見えた。

彼の捉える強さと、錬次郎の言う強さは違うのか。
だとしたら、強さとは何なのか。

考える。
もし惚れ薬を飲んだのが錬次郎ではなく彼だったら、こんな事にはなっていないだろう。
仮に彼にあの圧倒的な暴力がなかったとしたらどうか。
それでも結果は違ったかもしれない。

分からない。
分かるのは錬次郎は弱く、何も現実を変えられないという事だけ。
弱者は全てを諦めて生きるしかないのだと、どうしようもない残酷な事実だけだった。




547 : 愛のバクダン ◆H3bky6/SCY :2015/12/14(月) 01:03:09 ShentM/g0
喜び勇んで喧嘩を売りに行ったりんご飴であったのだが、今現在どういう訳か戦うでもなく逃げるように走っていた。
身に纏っていたセーラー服は所々が焦げ落ちるように欠けて、もはやただの布きれといった風である。
それは服だけが溶ける液体を浴びせられた、という訳ではなく。
腕を振るだけで散弾のように強酸の飛沫を飛ばしてくる相手の攻撃を紙一重で躱し続けた結果こうなったと言うだけだ。
防弾仕様の特殊セーラー服ではあるのだが、防酸仕様ではなかったようである。

その背後を追って迫りくるのは、宇宙からの侵略者セスペェリア。
この舞台に切られたジョーカーの一枚である。
とは言え、彼女に殺し合いの進行のために積極的に動く義理も義務もないのだが、襲ってきた相手を笑って許してやるほど優しくもない。
襲ってきたのは別段興味をそそられる素体ではなさそうだった事もあり、スペェリアはりんご飴を殺す事になんの躊躇いも抱かなかった。

ボロボロの服でスペェリアに背を追われるりんご飴の様は敗走しているようにも見えるが、彼の名誉のために言っておくが、決してそう言う訳ではない。
勝敗はまだついてはいない。勝負は未だ継続中である。

走り抜けるりんご飴は森林に差し掛かったところでスライディングの様に低く地面を滑った。
りんご飴は逃げていたのではなく、事前に仕込んだワイヤートラップへと敵を誘導していたのだ。
木々の間に張り巡らされたワイヤーは光の加減で巧みに隠され、見事りんご飴の狙い通りに獲物は網にかかった。

駆け抜ける速度で踏み込めば八つ裂きにもなりかねないだろう。
だが、セスペェリアは何事もなかったように踏み込み、ワイヤーの檻をそれこそ幽霊のようにすり抜けた。

「ちっ! このっ、だったらぁ!」

舌を打ちながらりんご飴はディパックに腕を突っ込みその中にあるグランバラスの柄を掴む。
狙うは抜刀ならぬ抜斧。
ワイヤーを抜けてきた相手に、振り向きざま腕を振り抜いた。

しかしグランバラスの超重量を腕だけで振るうなど本来の持ち主であるガルバインですら不可能な事だ。
これを実現するために、ディパックの中に収めた道具の重量と質量を無視する不可思議な特性を利用する。
道具が表に出るまではその重量は無視される。
取り出すまでの一瞬の間に加速と勢いを稼ぎ、通常ではありえぬ超重量の超神速を実現させる。

振り抜かれた巨斧は、後方のワイヤーごとセスペェリアの体を一刀両断に切り裂いた。
いかに軟体であろうとも、完全に切り離されてしまえばどうしようもないはずだ。
だが、その予測も虚しく、上下に泣き別れた体は動きを止めず、ほぼ同時に渦を巻きながら水槍を突き放つ。

振り抜いた巨斧の慣性に振り回されるりんご飴はこれを躱せない。
ならばと、りんご飴は斧を止めるのではなくむしろ加速させ、もう半回転して地面に斧を叩きつけた。
そして巨大な刃の腹を盾にして水槍を防ぐ。
斧の側面に水槍がぶち当たり飛沫となって周囲に飛んだ。

何とか防げた事に息をつく暇もなく、周囲に飛び散った飛沫がまるで意思を持っているかのように蠢いた。
目ざとくこの動きを見逃さなかったりんご飴は、とっさの判断で重しにしかならないグランバラスを手放し、後方へと飛び退く。
同時にそれまでりんご飴がいた位置に幾重もの水の矢が雨の様に降り注いだ。

「くそ、何なんだ、こいつは!」

軟体、などと言う次元ではない。
ヒーロー、ボンバーガールのバディとして幾多の怪人、改造人間を相手取ってきたが、こんな相手は初めてだ。
動物などの実在生物を元にした第一世代。
神や幻想種などの非実在生物を元にした第二世代。
偉大なる者をモチーフとした最新の第三世代。
ブレイカーズにおける改造人間の分類、そのどれにも当てはまらない。

怪人や改造人間は人をベースにしている以上、ここまでの無茶は効かないはずである。
ここまで来ると、もはや『人』ですらない。
妖怪の類かと思ったが、その手の話に詳しい輩に茶飲み話で聞いた限りでは、こんな妖しの話は聞いた事がない。


548 : 愛のバクダン ◆H3bky6/SCY :2015/12/14(月) 01:03:40 ShentM/g0
完全液体生物。
出会い頭に首を切り裂いた時もそうだが。
切ろうが裂こうが分断しようがまるで手ごたえがない。

どうにも噛みあわない。
こういう手合いはストレスがたまる。
純然たる実力差こそあったものの、手ごたえのあった魔王の方がまだましだ。
あっちの方が楽しめた。

「彼方、弱いわね」

イラついているりんご飴の様子を嘲笑うかのように分断された体を結合したセスペェリアが言う。
勇んで挑んできたかと思えば、無様に逃げ回り弄するのは小細工ばかり。
単純な身のこなしも黒衣の男に遠く及ばない。
そうそう評価を下すのは仕方ないだろう。

だが、りんご飴は強さを求めてきたはずだ。
彼が弱いままで終わるはずがない。

「慌てるなよ水BBA。お楽しみはここからだ。りんご飴ちゃんの真骨頂を見せてやんよ」

遭遇戦が主であるこの戦場ではそのスタイルは生かしづらいが、りんご飴は基本的に徹底的に敵を調べ弱点を付く戦闘スタイルである。
これまでは相手の情報を収集するため、いわば戦闘の下準備をしていたに過ぎない。
無様に逃げ回っているように見えたところで恥や外聞などには拘らない。
そんなものに拘る人間なら、こんな生き方はしていない。

セスペェリアに対しては物理攻撃、特に斬撃は効果が薄い。
この手の生物の倒し方として核となる部分を見つけ出して破壊するというのが定石だろうが。
どうにもりんご飴の観察眼をもってしてもそういう物は見当たらなかった。
核があるのなら、先ほど両断した時に核のある方と無い方で動きに違いがあるはずである。
だが、上半身と下半身の動きは全くの等価。言うなれば全てが本体だった。

そうなると、取れる手段は一つ。
圧倒的に完膚なきまでに跡形もなく磨り潰す。

「例えば、爆破で消し飛ばす、なんてのはどうだ?」

そう言って、荷物から取り出したM24型柄付手榴弾をセスペェリアの足元へと投げつけた。
侵略の先兵たる彼女には地球の兵器の知識が粗方インプットされている。
それがなんであるかを瞬時に判断したセスペェリアは、咄嗟に手榴弾を踏みつけ自らの中に取り込むと、火薬に水分をしみこませ起爆を不発に終わらせた。

攻撃が不発に終わったりんご飴であったが、確信したように口を吊り上げニィと笑った。
なにせ、これまで攻撃を躱そうともしなかった相手が、手榴弾の爆破は事前に消し止めたのだ。
それはつまり、爆破は有効だと言っているようなものだ。

それを理解して、りんご飴はひょいと軽い調子で手持ちにある最後の手榴弾を惜しげもなく放り投げた。
今度は相手の足元に落とすのではなく、自分と相手の調度中間辺りにで爆発するよう調節して。
流石のセスペェリアも、距離が離れていては咄嗟に爆破を止める事は不可能である。
だが、同時にこの距離では有効打にはならない。精々爆風に怯む程度だ。

そしてその程度で十分だった。
爆発はただ目晦まし。
相手も弱点ともなれば決して無視できない。
爆破に注意を引いている間にりんご飴は人間大のマネキンを担ぐように盾にながら爆炎を凌いで、セスペェリアの懐へと入り込んだ。
その片腕にはバチィと乾いた音を響かせるスタンガンが。
相手が液体だと言うのならば電撃は弱点のはずである。

接近したりんご飴は盾にしていた形状記憶マネキンを放り投げると、電力を最大にした改造スタンガンをセスペェリアへと押し当てた。
液体を電撃が駆け抜ける。


549 : 愛のバクダン ◆H3bky6/SCY :2015/12/14(月) 01:04:05 ShentM/g0
「…………な、に?」

だが、電撃は通らなかった。
セスペェリアが咄嗟に体成分を作り変えたのだ。

水が電気を通すのはその成分にイオンが含まれているからである。
故に、不純物を含まない純水は電気を通さない
純水の生成など液体生物であるセスペェリアには容易い。

虎の子の手榴弾を使用した攻撃は失敗に終わり、セスペェリアの反撃が始まる。
襲撃が失敗した以上、懐に入り込んだりんご飴は餌食となるしかない。
アメーバが花開く様にりんご飴へと襲い掛かった。

「くぁああああ!!」

全身を酸の海に晒され叫びを上げてゴロゴロと転がるようにしてりんご飴は逃げ惑う。
その無様を見送るセスペェリア。
とどめを刺すべく、追撃の水槍を放とうとした所て、ふと気付いた。

逃げ惑うように転がり回るりんご飴の口元が勝利を確信したように吊り上がっていることに。
同時に足元に転がる焼けこげたマネキンに一本のナイフが突き立てられていることに気づく。
それは美しく光り輝く、クリスタルの様な透明なナイフだった。

そのセスペェリアの気づきに、りんご飴はもう取り繕う必要がない事を察して、俯きながら嗤って言った。

「―――――――どっか〜ん」

瞬間。ナイフが爆発した。




550 : 愛のバクダン ◆H3bky6/SCY :2015/12/14(月) 01:05:06 ShentM/g0
武器製造を生業とする悪党商会では、幹部クラスの面々には特別にカスタマイズされた専用武器が用意される。
社長である森茂に『三種の神器』がある様に、開発部部長の半田主水には『スレッジハンマー』があり。
悪党商会情報部部長、近藤・ジョーイ・理恵子にも、専用武器『クリスタルジャック』がある。

ゴールデン・ジョイの放つ太陽光を蓄積して解放するという特殊デバイスである。
普通に使用する分にはただ切れ味の悪いナイフでしかないが。
その特性の応用性は高く、太陽光のみならず受けたエネルギーを吸収することができ、無論これも任意のタイミングで解放することが可能である。
りんご飴は爆風の盾となったマネキンにこれを刺す事により、爆発のエネルギーを吸収させ解き放ったのだ。

爆炎に巻き込まれたセスペェリアの体は爆発四散し、周囲一帯に飛び散った。
肉のないセスペェリアの体の痕跡は周囲に水たまりを幾つか作る。

だが、その状態になってもセスペェリアは生きていた。

地球外生命体であるセスペェリアは、生命体としての在り方が根本から違う。
人間で言うならば全細胞がそれぞれが生きているようなものだ。
全てに差はなく、全てが等価で、全てが彼女だ。
彼女を殺すには、10億2400万の細胞を例外なくすべて消滅させるしかない。
そうじゃなければ、死んだ細胞を破棄して、生きた細胞のみで再構築を行うだけである。

とは言え、今の爆破で細胞の60%が死亡してしまった
この体積では人間体に戻ったところで子供程度の大きさにしかなれないだろう。
出来ることも制限がつく。
まったく厄介な事をしてくれた。

りんご飴。
弱いという評価は変わらないが脅威判定を更新する。
何をしてくる変わらない侮れなさがある。
相手がまだ爆薬を持っている可能性もあるし、何を隠し持っているのか分からない以上ここは引くのが正解だろう。

セスペェリアはりんご飴に気づかれぬよう、生きている細胞を再集結させる。
だが、一カ所だけ、りんご飴のちょうど背後に飛び散った少量のセスペェリアだけは回収せずその場に残した。
りんご飴はセスペェリアの生存に気づいていない。

最後にあいさつ代わりのお礼だけはしておくとしよう。




551 : 愛のバクダン ◆H3bky6/SCY :2015/12/14(月) 01:05:50 ShentM/g0
強さとは何か。

自らの弱さに嫌気がさしていた錬次郎はその問いについて、いつも考え続けていた。
そして、いつしか自分なりの答えにたどり着いた。

強さとは腕力や、まして権力ではない。
強さとは自らの意思を貫き通す力である。

例え世界一の腕力を持った人間であろうとも、自らの望みを叶えられないのならばそれは弱者であり。
ささやかでも自ら望んだ生き方を貫き通しいているのならば、それは強さだ。

そういう意味では、流され続けた錬次郎は、どうしようもない弱者である。
だからこそ、自らの中に初めて湧いたこの意思は。
彼女に抱いたこの恋だけは貫き通したいと願った。

走る。
愛に向かって錬次郎は走る。
走り抜けた道の果てで少女の、りんご飴の姿が見えた。

追いついた。
追いつくことができた。
その喜びに胸が満たされる。

何と声をかけよう。
今度こそ嫌われないようにしなくては。
そんな当たり前の男子のような甘酸っぱい思いが頭をよぎる。
その悩みも錬次郎には嬉しかった。

「あの――――――――」

声をかけようとしたところで、少女の背後で何かが太陽の光に反射して輝くのが見えた。
視れば、針の様に研ぎ澄まされた一本の水の槍が、少女を狙って蠢いていた。

「――――危ない!」

その軌道に割り込むように飛び出す。
レーザーの様な水流が投げ出した臓腑を抉った。




552 : 愛のバクダン ◆H3bky6/SCY :2015/12/14(月) 01:06:35 ShentM/g0
背後を振り向いたりんご飴が見たのは、水槍に貫かれる錬次郎の姿だった。
水槍の正体など考えるまでもない。

「なっ!? テメェ、生きて」

りんご飴が辺りを見渡し見つけた時には、既にセスペェリアの体は遠く離れていた。
小学生ほどの体格になっていたが間違いない。
恐らく、錬次郎を貫いた一部だけがここに残っていたのだろう。

「ちっ!」

これだけ離れていては追跡は困難だろう。
りんご飴は舌を打つと、気を取り直し自らを庇って倒れこんだ錬次郎へと向き直る。

「よう。錬次郎、元気かい」

この呼び声に応えるように、錬次郎は痛みで歪む顔を緩ませ力なく笑った。

「…………よかった、無事だったんだね」

自分の傷よりも助けられたことがうれしいと言った様子である。
そんな錬次郎をりんご飴は怪訝な目で見つめる。
それもそうだろう、りんご飴からすれば錬次郎は叩きのめして荷物を奪った相手だ。
恨まれる理由はあっても心配される理由も助けられる理由もない。

「ま、一応礼は言っとくぜ。助けられた借りは返す」

そう言ってりんご飴は荷物から二つの薬を取り出した。

「自分は助かるが他人を三人ほど殺さなくっちゃならない薬と、化け物になっちまう代わりに効果は絶大って薬がある。
 まあお前の荷物からいただいたものだから知ってるか。選ばせてやるよ、どっちがいい?」

選択を迫る。他者を犠牲にするのか、自己犠牲か。
この普通の少年がどちらを選ぶのか少しだけ興味があった。

「いや…………僕よりも、まず君の怪我に使ってくれ…………」
「あん?」

そう言えば、懐に忍び込んだ際に酸の海を浴びた時に受けた傷があった。
確かに多少痛むが、致命傷と言うほどのものはない。

「この程度、大した傷じゃあねぇよ。
 それに俺ぁもう三人殺さなきゃならねぇ薬の方を使っちまってるからな
 これは一度きりしか効かない薬だって話だ、使いようがねぇよ」

そう、とそのりんご飴の言葉を聞いて、錬次郎は何かを考えるように仰向けのまま空を見た。


553 : 愛のバクダン ◆H3bky6/SCY :2015/12/14(月) 01:10:52 ShentM/g0
「それで、どっちを選ぶんだ錬次郎」

りんご飴の問い。
その問いに。

「…………だったら、だったら僕は…………君の為に死にたい」
「――――――――――」

その答えに、りんご飴が言葉を呑んだ。
三人殺さくちゃ死んでしまうりんご飴のために、この命を使いたいと言っていた。

これ以上ない程熱烈な愛の告白だった。
そう言えば、最初に会った時もそんな事を言っていたかと、嘘と切って捨てた愛の言葉を思い出す。

「いいね、今のは少しグッと来たぜ」

そう言って、りんご飴は錬次郎の唇に自らの唇を重ねた。
性別にこだわる性質でもない、ドキドキさせてくれるやつは大好きだ。
情熱的なキスは名残惜し気な糸を残して離れた。

「お前の望み叶えてやるよ」

そう言って、りんご飴はサバイバルナイフを取り出す。
成立を望まず、愛されることを恐れる錬次郎の恋愛観が成就するには愛に準じて死ぬしかない。

他人の愛だの恋だのに振り回さる人生だった。
ならばせめて、最期くらいは自分の愛に殺されたい。

流されるだけの人生だったけれど、この愛だけは貫き通す事が出来た。
それが、少しだけ誇らしく思えた。

【三条谷錬次郎 死亡】

【F-9 草原/日中】
【りんご飴】
[状態]:疲労(中)、全身に火傷
[装備]:クリスタルジャック、ただの布きれ
[道具]:基本支給品一式×3、鍵爪、サバイバルナイフ、超改造スタンガン、お便り箱、デジタルカメラ、ブレイカーズ製人造吸血鬼エキス、ハッスル回復錠剤(残り2錠)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いの中でスリルを味わい尽くす。優勝には興味ないが主催者は殺す
1:ディウスと空谷葵を殺す
2:参加者のワールドオーダーを殺す。
3:ワールドオーダーの情報を集め、それを基に攻略法を探す
※ロワに於けるジョーカーの存在を知りましたが役割は理解していません
※ワールドオーダーによって『世界を繋ぐ者』という設定が加えられていました。元は殺し屋組織がいる世界出身です

【クリスタルジャック】
悪党商会幹部、近藤・ジョーイ・理恵子の専用武器。
エネルギーを蓄積して解放することができる特殊デバイス。
見た目はクリスタルで出来た透明なナイフだが、ナイフとしての切れ味は悪い。

【E-9 草原/日中】
【セスペェリア】
[状態]:体積(40%)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、電気信号変換装置、地下通路マップ、ランダムアイテム0〜4、アイスピック
[思考・行動]
基本方針:ジョーカーとして振る舞う
1:次の調査対象を探す
2:ワールドオーダーと話をする
※この殺し合いの二人目のジョーカーです
※小学生の様な大きさです


554 : 愛のバクダン ◆H3bky6/SCY :2015/12/14(月) 01:11:07 ShentM/g0
投下終了です


555 : 名無しさん :2015/12/14(月) 13:02:58 QP0lyywQ0
投下乙です
錬次郎生き残るのは難しいとは思ってたけどまさか己の愛に殉じて死を選ぶとはな
彼もまた体質のせいで目の当たりにした歪み過ぎた恋愛観に影響された犠牲者なのかもしれないな…
運が悪かったり相手が悪かったりでそこまで猛威を奮わなかったセスペェリアさんが順当に強い所を見せられたし
りんご飴の生身のあの手この手で戦うスタイルが面白いな
強い奴が残ったこれからのロワでも十分戦ってけそうだ

所でりんご飴の現在地が禁止エリアの中になっていますが問題ないのでしょうか?


556 : 愛のバクダン ◆H3bky6/SCY :2015/12/14(月) 22:06:49 ShentM/g0
りんご飴の現在位置を下記に修正します。

【E-9 草原/日中】

wikiの方も修正しておきます、失礼しました。

>>555
ご指摘ありがとうございました。


557 : ◆H3bky6/SCY :2015/12/27(日) 22:42:57 47i0KoYc0
投下します


558 : 三人寄れば文殊の知恵 ◆H3bky6/SCY :2015/12/27(日) 22:44:01 47i0KoYc0
殺し屋ピーター・セヴェールを追うか否か。

亦紅から投げかけられたその問いは、何気ないようで今後を大きく左右する問いであった。
彼らには対主催という目的と、その主催張本人から齎された明確な指針がある。
現状ピーターの容疑はグレーだ。素性や経歴が黒だが、本人の口から語られたスタンスは白だ。
果たしてその目的を押しのけててでも追うに値するのか。
その疑問に、まず応じたのは珠美だった。

「あのピーターってのは、強いのか?」
「いえ、弱いです」

ハッキリと明言する。
直接的な戦闘能力=殺し屋としての優秀さではないが、それを前提にしてもピーターは弱い。
成人男性として平均的な運動能力は持っているのだろうが、殺し屋としてやっていくには余りにも弱すぎる。

「だったらと言って放っておいていいという訳にはいきません。戦闘力はなくともれっきとした殺し屋です。
 むしろ戦闘能力を持たないのに殺し屋として第一線でやっていけている異常性こそ警戒すべき点だと思います」

警戒すべきは強さではなく強かさ。
それは単純に強いだけで生き残っている輩に比べて、ある種不気味さが感じられる。
現に参加者が半数を切ろうかというこの状況で未だ生存しているその生存力は警戒すべき所だろう。

「それに、あのアザレア、佐藤さんでしったっけ? まあともかく女の子の方ですけど。
 同行者がいるってのも気になります。人質って訳じゃないですけど何か騙されて利用されているのかも」
「騙すって何のためにだよ、正直、あのガキに大した利用価値があるようには見えなかったぜ?」
「いや、まあその感想には同意しますけど……」

ピーターは女だけを狙う食人鬼だ。
あのアザレアが見た目通りの女の子だった、と言うのなら話はわかりやすいのだが。
中身が男だというのだか分からないくなる。

何らかの別の利用価値を見出しているのかもしれないが、珠美と同じでアザレアの殻を被る中身からは何のオーラも感じなかった。
協力者であるにしても利用されているにしても、どちらにも役不足であるように感じられる。

「まあ待て。直接ピーターという男を知る亦紅がここまで言っているのだ、それほどの何かあの男にはあるという事なのだな?」

後押しするような遠山からの問いだったが、亦紅はうーんと考え込むように腕を組んだ。

「いや、それが…………正直、よくわからないんですよね」
「何だそりゃ」

危険性を説いておきながら、分らないでは聴衆が呆れるのも尤もである。
だが、直接面識があると言っても亦紅とてピーターについて詳しく知っているという訳ではないのだ。
ピーターが組織に所属した時期と亦紅が組織を離脱するまでの時期は数ヵ月程度しか重なっていない。
その数か月だって密な接触があった訳ではなく、むしろその期間は離脱に向けて組織の連中との接触は極力控え水面下で準備を進めていた時期である。
正直な話、亦紅個人としてはピーターに対してそこまで高い評価をしているわけではない。

にも拘らずここまで警戒を露わにしているのは殺し屋と言う職業自体に対する先入観もあるが。
なによりサイパスがピーターを甚く評価していた事が印象に残ったからである。
イヴァンや他の連中ならともかく、あのサイパス・キルラが、だ。どうしてもそこが亦紅には無視できない。
だが、この感覚は個人的な思いが多分に強く含まれているし、曖昧過ぎて説明しづらいところではある。


559 : 三人寄れば文殊の知恵 ◆H3bky6/SCY :2015/12/27(日) 22:45:01 47i0KoYc0
「そんな不確かな根拠よりかは、あたしは奴の言った『邪神』って方がよっぽど気にかかる。
 ワールドオーダーの言葉を知らねぇはずの野郎がワールドオーダーの言った『邪神』って単語を出したんだ、こっちを調べる方が重要だと思うぜ」

他でもない主催者であるワールドオーダーの示した符合と一致するという点で『邪神』の居るという市街地は重要度が高い。
あのヒントを得てから約6時間。
ようやく得た手がかりらしい手がかりだ、これを放置しておく手はないだろう。

「確かにそうですけど、後顧の憂いを断つためにも、せめてピーターがどういう狙いで動いているかくらいは把握しておくべきだと思います。
 殺し屋を放置しておくのは危険だ、無用な犠牲を出しかねない」
「それを言うならこの殺し合い自体をとっとと何とかするべきだろ。そのために奴(ワールドオーダー)の言葉について調べる方が先決だ。
 それに、野郎が何か仕出かすと限った訳でもねえだろう、そんな瑣事にいちいち構ってたらいつ終わるかわかんねえぜ? その方がよっぽど多く人が死ぬぞ」

珠美はヒーローの端くれとして根本的解決を目指すべきだと主張する。
だが、ワールドオーダー戦での完敗に最も腹に据えかねていた珠美である。
再戦を果たすべくワールドオーダー自ら提示した己と戦うための道筋を辿りたいという感情があるのも否定できない。

「問題解決と言うのなら首輪の解除ために博士の協力は必要不可欠です。
 ピーターは博士を探していると言った、なら博士の安全を確保するために動くが必要があると思いますよ。
 それに博士を探しているはずのピーターが市街地から来たということは博士がいる可能性は低いという事だ。
 『邪神』も重要でしょうがこっちも重要ですよ」
「そりゃ結局、お前が身内を守りたいでだけじゃねえのか。それ自体は否定しねえが優先順位を考えろってこった。
 主催者をぶっ倒す、これ以上に優先すべきことなんてねえだろうが。そのために野郎の言葉にあった『邪神』とやらを探すべきだろ」

亦紅はピーターを追うべきだと主張し、珠美は市街地に向かうべきだと主張している。
主張をぶつけ合う二人がヒートアップする中、遠山は冷静に一歩引いた位置から二人を落ち着かせるようにふむと一つ呼吸を置いて口を開いた。

「ピーターという殺し屋を放っておくのが危険だという亦紅の意見も理解できる。
 だがしかし、市街地にいるという『邪神』とやらを無視するのも同じく危険に思える。
 それに、双方確実な話という訳でもあるまい」

全てを救いあげるべく目の前の危険人物に対処するか、根本的な解決を図るべく小は切り捨て突き進むか。問題解決のジレンマだ。
その上、市街地に向かった所で対主催が進行するとは限らないし、ピーターを追ったところで確実に何か仕出かすとも限らない。
どちらが確実とは言えない状況である。

「いっそ二手に分かれるという手もあるが……」
「「それはなし「だな」「です」」

意見は分かれても、そこは一致してるらしい。
この三人は森茂と痛み分けている。
逆に言えば、一人でも欠けたら強力な敵に勝ち目はないという事だ。
離れるわけにはいかない。
となると、全員がどちらに向かうかを決断せねばならない。

「ようは、どっちが危険かって話ですね」

亦紅の言葉にうむと遠山が頷きを返す。
どちらも危険なのは全員が理解しているし、どちらにもそれなりに放っておけない理由はある。
そうなると、放置した時の危険度で判断するしかない。


560 : 三人寄れば文殊の知恵 ◆H3bky6/SCY :2015/12/27(日) 22:45:28 47i0KoYc0
「仮にその殺し屋が危険だとして、『邪神』ってのがどの程度なのかって話だ」
「『邪神』と言うのは如何にもな響きですけど、具体的にどの程度の脅威なのかってのは想像しづらいですね」
「死神って呼ばれてる殺し屋だとか、神とか言われたヒーローはいるがその類かねぇ、まさか本当に神様って事もねえだろうし」

詳しくないとはいえ人となりが知れているピーターと違って『邪神』に関しては殆ど情報がない。
『邪神』という呼び名は殺し屋と違って地に足がついていないため脅威も想像しづらいところがある。

「そもそも他の連中はどうなのだ?」
「他のって?」
「『邪神』と共に語られた連中の事だ、それらと比較すればある程度驚異の程は分かるのではないか?」

遠山の提案にああと感心の声を漏らす。
確かに同列で語られた以上、推察の足しにはなるだろう。

「『宇宙人』『機人』『悪党』『怪人』『魔王』『邪神』これらが参加者の誰を意味しているのかという事ですね」

ワールドオーダーの指定した6名の参加者。
その正体は誰なのか。
まず解き明かすべきはそこだろう。

「そうだな、とりあえず一等分かりやすいのは『悪党』だろうな」

――――悪党。
この単語から連想されるのは悪党商会だろう。
代表である森茂と対峙した3人の共通認識なのか、これに関しては異論は出なかった。

「確かあの森茂が所属する組織の名前だったか。それで悪党商会とはなんなのだ?」

遠山の問い。
裏の世界を知っている二人には馴染みがあるようだが。
表の世界で生きる遠山には聞き覚えのない名前である。

「まあ普通に生きてる限りでは関わり合いにならない組織ですからね、一応日本に拠点を置いている組織ではあるんですが遠山さんが知らなくても無理はないですけど。
 悪党商会っていうのは兵器会社、いわゆる死の商人って奴ですね」
「……死の商人」

最近物騒になってきたとはいえ、確かに日本では馴染みが薄い響きだ。
そんなものが日本国内に存在しているなどと俄かに信じがたい話である。

「つーのが表の顔で、裏では世界のバランサーを気取って粛清行為を行ってるイカれた組織だよ。
 んでその会社の社長が森の野郎で、更に幹部連中が何人か参加者にいんだよ」

武器商人の時点で裏だろうにというツッコミは呑み込んでおくとして、組織ぐるみでの粛清行為とは穏やかではない。
いや、代表であるあの森茂を見れば、納得できない話ではないだろう。

「成程。では、その連中がワールドオーダーの言う『悪党』だと?」
「うーん、どうなんでしょうね。あの言い回しからして組織というより個人。
 悪党商会の社員全員というより、おそらくは代表である森茂を指しているように思えますけど」

つまり森茂を倒せ、という事になる。
それに関しては言われずとも元よりそのつもりだ。
わざわざ明言するほどの事には思えないが、素直に考えればそう言う事になる。


561 : 三人寄れば文殊の知恵 ◆H3bky6/SCY :2015/12/27(日) 22:46:20 47i0KoYc0
「次いで分かりやすいのは『怪人』か、怪人と言やぁブレイカーズの十八番だからな」
「まあこれも指しているのはブレイカーズというより、大首領である剣神龍次郎でしょうね」

二人の共通認識はとれたが、亦紅は恐らくブレイカーズを知らないであろう遠山に対して、問われる前に先んじて説明を始める。

「ブレイカーズって言うのはこれまた日本に拠点を置く秘密結社です」
「秘密結社? それは一体…………?」

死の商人も想像しづらかったが、秘密結社はさらに難解だ。
言葉からでは何をする組織なのか想像すら出ない。

「妙な理屈こねくり回してる悪党商会に比べりゃ、こっちは幾分か分りやすいぜ。
 裏も表もねぇ、分りやすい――――世界征服を企む悪の組織だ」

悪の組織。
それは何とも分かりやすすぎるくらいに分かりやすい。

「世界征服、か。何とも現実感のない話だな」
「だが、マジだ。そいつらと日々バチバチやり合ってんのがあたしらだからな」

頭の固い遠山ではあるが、ワールドオーダーというとびっきりの異能を見た後だ。
亦紅と珠美の実力も既に十分に理解している。
荒唐無稽な話だがこの二人が言うのだから信じざる負えないだろう。

「ここまで聞くかぎりで共通点を見出すなら、日本に拠点を置く組織のボスであると言う点と『悪』であるという点か?」
「あとは二人ともバカ強ぇえって事だな」

悪の組織のボス。
むろん二人だけの共通点を抜き出したに過ぎないし正解ではないのだろうが。
その条件にワールドオーダーの発言を統合すると、この時点で導き出される結論は。

「悪のボスキャラを倒せって事になるんですかね……何というかそれは」

正義のロールプレイじみている。
殺し合えと言ったくせに勧善懲悪を求めるのか。

「公開されてない別枠のルールがあるんだろ。だからこそのヒントだ。
 中ボスを倒していって最後にラスボスと戦えるってのは、なるほど確かにそりゃ理に叶ってる」
「叶ってるのか?」

普段ゲームなどをしない遠山が首を傾げるが、珠美的には納得がいったらしい。
珠美はやる気を見せるように手の平に生み出した炎をパチンと叩き潰す。火の粉が鱗粉の様に舞い散った。

「ともかく、市街地にいるという『邪神』を除けば、あとは『機人』と『魔王』と、それに『宇宙人』か。
 生憎俺は役に立てそうになさそうだが、二人はこれらの指し示していそうな参加者に心当たりはあるか?」

遠山からの問いかけに今度は即答するようなことはなく、二人は僅かに考え込んだ。

「うーん。私の方はちょっと思いつかないですね」
「ウチんとこのリクも『機人』といやぁ『機人』だな。まあどっちかつぅと改造人間だが。
 あいつも一応ウチのリーダーだし強いっちゃ強いが、『悪』って条件には当てはまらねえな」
「まあ、その共通項が正しいとも限らないですからね」

そうだなと珠美は特に反論するでもなく同意する。
どうやら思いついたから言った程度のものなのか、前候補二人に比べて確実性はなさそうだ。


562 : 三人寄れば文殊の知恵 ◆H3bky6/SCY :2015/12/27(日) 22:47:18 47i0KoYc0
「ふむ。となると『魔王』と『宇宙人』に関しては候補なしか」
「ああ、そう言えば、候補ではないですけど『宇宙人』に関してはちょっと気になりますね」
「気になるとは?」
「宇宙人だけ別枠で語られたという事に関してです。
 それに、他は乗り越えろで、『宇宙人』だけは探せだったじゃないですか」

確かに他は一括で述べられたにもかかわらず『宇宙人』だけは言い回しが違った。
ただの言い回しの問題かもしれないが、気にかかると言えば気にかかる要素である。

「もしかしたら探せってことは敵じゃなくてお助けキャラだとかあるかもしれませんよ?」
「まさかだろ。それを言い出したらあたしは呼ばれた順番の方が気になるね、何か意味があるんじゃねえのか?」
「それはさすがに深読みが過ぎるだろう」
「そうですかねぇ? まずは宇宙人とも言ってましたし、段階を踏めとも言ってましたから順番に何か意味があるって言うのは私も悪い線ではないと思いますよ?」

珠美に同意する亦紅の言葉に理を感じたのか、遠山も一定の納得を示した。

「だとして、どういう意味があると言うのだ?」
「シンプルに倒す順とかじゃねえの。もしくは倒しやすい順番とか」
「倒す順って言うのは条件が厳しすぎじゃないですかね?
 バラバラに配されて誰が倒すとも知れないんですから、その順番を示し合わせるなんて無理ゲーすぎますよ」

どれだけ強かろうと事故の様に死ぬことはままある事だ。
それにこの候補たちが偶発的に潰し合うことだって考えられる。
何より一人でも想定外に死んでしまえばそれでご破算、なんて地獄の糸よりも線が細すぎる。

「では、倒しやすい順、つまり強さ順という事なにるのか?」

必須ではなく推奨。
ゲームマスターとしての優しさと捉えるべきか。

「うーん、けど、仮に『機人』がリクさんだったとして、リクさん、森茂、剣神龍次郎の順番ってのは正しいんですかね?
 個人的にはヒーローに強くあって欲しいんですが、それに森茂と剣神龍次郎のどっちが強いとか分からなくないですか?」

強さなんて意外と曖昧なモノである。
直接戦いでもしない限り格付けは難しい。
ヒーローであるリクはともかく、森茂と剣神龍次郎が直接雌雄を決したなんて噂は聞かない。

「分るぜ、強いのは龍次郎だ」

だが、珠美はそう断言する。
妙に確信めいた言葉だった。

「何か根拠でもあるのか?」
「ああ、実際に両方と戦った感想だ」

この場で交戦した森茂だけでなく、ヒーローたるボンバーガールはブレイカーズの大首領とも戦闘経験があった。
G県を発端とした東京ヘルファイア作戦はその最終局面にて東京地下大空洞にその舞台を移し、そこで直接対決が行われていた。
大空洞を崩壊させる大戦闘の結果、勝利したのはジャパン・ガーディアン・オブ・イレブンだった。
しかし、その後剣神龍次郎は復活を遂げ、何故かさらなる進化を遂げていたという。

「森茂はあたしら三人で互角だったが、龍次郎の時は勝ったもののJGOEの11人がかりで何とか押し切れたって感じだったからな」

むろん準備万端で待ち構えていた龍次郎と、身ぐるみはがされこの島に拉致られてからの遭遇戦だった森茂とでは単純な比較はできないだろう。
森茂があれで全力だったとも思わない。
だが、その点を差し引いても龍次郎の方が上だったと珠美は肌で感じている。


563 : 三人寄れば文殊の知恵 ◆H3bky6/SCY :2015/12/27(日) 22:48:16 47i0KoYc0
「ではそうなると、後半に呼ばれた『魔王』や『邪神』は森茂は元より、その龍次郎より強いという事になるが?」

呼ばれた順が倒しやすい順番だとするならば、最後に呼ばれた市街地にいると言う『邪神』は全参加者中最強の存在という事になる。
つまり市街地にいるのは一番危険度の高い参加者である可能性が高い。
その事実に三人の間に無言が落ちる。
その空気を打ち払うように、珠美がハッと吐き捨てた。

「会ったことない奴のことなんざわっかんねぇよ。そもそも出てきた順番が強さ順ってのもあたしらの勝手な推測だしな。
 少なくとも、あの龍次郎よりも強えぇやつがそうそういるとは思いたかねぇがな」

と言うより、三対一で痛み分けた森茂よりも三回りも強い相手、そこまで行くと彼らではどうしようもなくなる。
それこそワールドオーダーに敗北を期した時の様に。

「と言ってもあのワールドオーダーよりも強いってことはないですよね? 参加者として連れてこられてるわけですし」
「ワールドオーダーね、あれはちょっと違うな。強いとか弱いとか、そういう次元の手合いじゃない」

具体性に欠く表現だが、同じくワールドオーダー戦を経験した二人には何となく言わんとする事が分かった。
どれだけ強かろうと奴には勝てないと確信できる。
だが同時に、強さなんてなくとも勝ててしまう、そんな気もする。
あれは強いとか弱いとかの次元ではない。
だから、奴に参加者として連れてこられたからと言って奴以下の脅威とは限らないのだ。

「まあ、『邪神』が最強であるかどうかは置いておくとしても、同列で語られているのは間違いないだろう。
 そうなると、亦紅。やはり俺も市街地に向かうべきだと思う」

森茂級、もしくはそれ以上の脅威がいるならば放っては置けない。
参加者全員が力を持つわけではない。纏まった戦力を持つこの三人が受け持つべき案件だろう。
自分たちにしかできないなら自分たちがやるしかない。
それが遠山の結論である。

市街地派に遠山が加わりこれで二対一。
反対派である亦紅は小さく溜息をもらす。

「分りました。というより、もうピーターを追うのは難しそうですしね…………」

話し合ってる間に少し時間が経ち過ぎた。
ピーターも尾行の対策くらいはしてるだろう、ここまで離れては追跡は無理だ。
若干なし崩し的に選択肢は決まったものの、納得していない訳ではない。

ピーターと森茂や龍次郎以上に危険な参加者。
どちらを放っておけないかと問われれば亦紅だって幾らなんでもサイパスの評価を考慮しても後者を選ぶ。
博士の安否は気がかりだが、そう思えばこそ排除しておきたい要素でもある。

「では向かいましょうか、『邪神』がいると言う市街地に」

そうして、意見がまとまった所で、空から声が響き始めた。
二回目の放送が流れ始めたのだ。

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564 : 三人寄れば文殊の知恵 ◆H3bky6/SCY :2015/12/27(日) 22:49:13 47i0KoYc0
「……改めて話し合ってて思ったんですが」

放送を聞き終え、得た情報を整理した後、『邪神』がいると言う市街地に入った。
今のところ『邪神』どころか参加者の一人すら出会っていない。
その状況でしばらく進んだ辺りで、亦紅が唐突に切り出した。

「私たちって考えるのが得意じゃない集まりですよねぇ……」

ぼやくようにそう呟く。
亦紅は自分が頭が良いとは思っていない。
何せ生まれてこの方まともな学校教育など受けた事がないのだ。
殺し屋の子として生まれ、教えてこられたのは人の殺し方だけである。
そのやり方なら誰よりも詳しいくせに、仕事に必要ない知識はほとんど持っていなかった。
学んだのは組織を抜けてからの数年というごく最近の事である。

方針こそ決まったものの、あれだけ話し合っておいて、できたのは現状整理といったところで新しい事実が何か出たわけではない。
三人寄れば文殊の知恵ともいうが、脳筋三人では探偵の様に快刀乱麻の推理とはならないようである。

「つーか。あたしらがバカの集まりだってのは、んなもん今さらだろ」
「失敬だな。これでも勉学は得意な方だったのだぞ?」
「遠山さんは……頭が悪いっていうか、頭が固いです」
「むぅ……」

遠山が言葉を詰まらせる。
これに関しては自覚があるようで、痛いところを付かれたようだ。
裏社会に対しての知識の無さという仕方のない所があったとしても、実際あまり大した意見を言えなかったのも事実である。

対して珠美はあまり気にしていない、と言うよりその手の能力は己に求めていないと言った風だ。
割り切っていると言えば割り切っているサバサバとした態度である。

珠美も決して頭が悪いという訳ではない。
常識の範囲での考察、例えばワールドオーダーが自分たちを生かした根拠くらいは推察できるが、そこまでだ。
その一歩先の領域に踏み込んだ結論を導き出すには、やはり専門家に任せるしかないというプロとしての合理的判断である。

「やっぱりこの情報を活かせる人に何とかしてこの情報を伝えたい所ですね」

彼らではいまいち活かしきれていないが、この情報の価値を最大限生かせる誰かがいるはずである。
頭脳を武器とする正しき参加者に伝われば、状況を切り崩す活路となるはずだ。
そんな参加者がまだ残っていればの話ではあるが。


565 : 三人寄れば文殊の知恵 ◆H3bky6/SCY :2015/12/27(日) 22:49:49 47i0KoYc0
「ではやはり、ミル博士を最優先に探すべきということか?」
「いやぁ……博士はこういう謎解きとかは苦手でして、別の方を候補にした方がよいかと……」

頭のよさにもいろんな種類があるようで、世間どころか世界的に天才と持て囃された博士でったが、亦紅でも解けるようななぞなぞすら解けないのであった。
それが可笑しくて、ルピナスと一緒に考え込んで涙目になっているのをよくからかって遊んだものである。

「誰に伝えるかもそうだが、どう伝えるかも問題だろう。通信機でもあればよかったのだがな」
「と言っても通信機だと相手の方も持ってないとですからねぇ。
 まあとりあえず会う人に言伝で拡散してゆくのがベターでしょうね」

直接そう言う人に出会えればベストだが、そうでなくともこの情報は出来る限り参加者に拡散してゆきたいところである。
だが不運な事に情報を得てから、今のところピーターたちとしか出会っていない。

「正一のオッサンが生きてりゃな……」

少しだけ目を細め、誰に言うでもなく珠美は空に向かってそう漏らした。
どうした? と遠山が問い返すと、珠美はなんでもねぇよとそっぽを向いた。
遠山も深く追求はせず亦紅へと向き直ったところで、亦紅が何かに驚愕する様に目を見開いている事に気づいた。
瞬間。



「防げ――――――!」



亦紅が叫んだ。
言葉一字すら惜しいのか、それほど切羽詰った叫びだった。

そこから一拍の間も開ける事なく、冷酷なる一陣の風が吹き抜ける。

響くのは甲高い金属音と弾けるような爆音。
瞬きにも満たぬ刹那の攻防と共に、不吉を運ぶ漆黒が三人の間を通り抜けていった。

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566 : 三人寄れば文殊の知恵 ◆H3bky6/SCY :2015/12/27(日) 22:50:28 47i0KoYc0
昼の市街を音もなくく滑るように影が跳ねる。
人の身でありながら人の極限にまで迫る極限者。
世界最高の暗殺者アサシンである。
遠山たちを襲った不吉な影、言う間でもなくこの男の仕業だ。

彼らへの襲撃を直前に察知されたのは不運だった。
亦紅の気配察知能力が優れていたというのもあるだろうが、それ以上にバラッドに負わされた片足の負傷が要因として大きい。
そのせいで行動を開始すべく地面を蹴りだすときに余計な力の偏りが出来てしまった。
そうでなければご同業とは言え、気配を感じさせることはなかっただろう。

この地獄で半日過ごしたのだ。
余裕そうに見えるアサシンと言えど、相応の消耗はしているという事なのだろう。
むしろ働き通しである。
適当そうに見えて誰よりも真面目に仕事をしていたのがこの男なのかもしれない。
その依頼自体が勘違いだったとしても。

三人とも相当な手練れだった。
直前の警告があったとはいえ、驚くべき事にアサシンの不意打ちに対して三人全員が対応したのだ。
対応したどころか、最期の一人に至ってはあの一瞬で反撃まで繰り出してきた。
おかげで後ろ脚に炎を受けて、衣服が焼け焦げてしまった。これは困る。

アサシンが全身黒の衣装に身を包んでいるのは、黒がカッコいいなどという中学生みたいな理由では当然ない。
夜は闇に紛れることができるし、昼だって距離感を捉えづらくさせる効果がある。実戦的な意味合いが非常に強い。
仕方ないので支給品にあった黒衣に着替える事にした。
サイズは少々あっていないが、悪くない着心地である。
生地が丈夫そうなのもいい。

「しかし困ったなぁ」

放送によれば生存者は残り33名。
依頼達成にはその約半数を切らねばならない。
ここに至ってもまだ不可能だとは思わないが、先ほどの襲撃失敗はやはり痛い。

3人分カウントを稼げていれば、だいぶ楽になっただろうに。
それでも再襲撃に向かおうとは微塵も思わず一撃離脱を心掛ける辺り徹底しているが。
しかし残念だ。
まさかアサシンほどの者があれほどの好条件で、


「まさか、"一人しか"切れないだなんて」


【I-7 市街地/日中】
【アサシン】
[状態]:疲労(小)、右腕負傷、右足裂傷、左足に火傷
[装備]:妖刀無銘、悪威
[道具]:基本支給品一式、爆発札×2
[思考]
基本行動方針:依頼を完遂する
1:この場から離れて次の標的を探す。
2:二十人斬ったら何をするかな…
3:魔王を警戒
※依頼を受けたものだと勘違いしています。
※あと14人斬ったらスペシャルな報酬が与えられます。
※5人斬りを達成した為、刃の伸縮機能が強化されました。
※6時間の潜伏期間が4時間に短縮されました。


567 : 三人寄れば文殊の知恵 ◆H3bky6/SCY :2015/12/27(日) 22:51:06 47i0KoYc0
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アサシンの襲撃を察知した亦紅は、叫んだ直後に転がる様に大きくその場を飛び退いた。
吸血鬼性が失った今の亦紅ではこれが精一杯の行動だ。
亦紅を助けたのは、産まれた直後から叩きこまれ蓄積された殺し屋としての知識と経験である。
本人がどれだけ否定しようとも、アサシンの不意打ちを察知できたのはその恩恵に他ならない。

一撃を空ぶったアサシンはその失敗を気にせず、続いて流れるように遠山へと斬りかかった。
亦紅の叫びに突き動かされ、遠山の体が跳ねるように動く。

鍛鉄が打ち鳴らされ、火花が散る。
刀剣の斬り合いは遠山の領分だ。
体にしみ込むまで何千、何万と繰り返した。
その動きで、迫りくる刃を打ち払った。

立ち位置の関係上、最後の標的となったのは珠美だった。
純粋な実力という意味ではこの三人の中で火輪珠美が最強である。
亦紅の警告。そして遠山の打ち払いにより僅かにアサシンの体勢が崩れた事により、反撃の体制を整えるには十分すぎる数瞬がボンバーガールに与えられてた。

漆黒を伴い迫る白刃。
珠美はその刃の動きを完全に見切ると、それを紙一重で躱す。
そして同時に、手の中に花火を生み出し相手目がけて叩き付けんと解き放った。

だが、その攻撃を紙一重で躱したのは間違いだった。
五人切りの報酬。
アサシンの持つ妖刀無銘には刃の伸縮機能が付与されていた。

刃が伸び珠美の胸元を切り裂く。
新たに与えられたギミックを即刻使いこなすアサシンの非凡さ。
痛みはない、珠美は切り裂かれながら、離れてゆく敵目がけて花火を放つ。
炎はアサシンの足元を焼くにとどまり、敵の逃走を止める事は出来なかった。

「ちっ。逃したか……」

力なくそう言って、その場に珠美が倒れた。

「ボンガルさん!」
「心配、ねえよ…………ちょっと痺れる、だけ、だ」

駆け寄った亦紅がその様態を確認する。
麻痺毒でも流し込まれたのか、手足が痙攣していた。
この状態で意識を失わないのは流石と言えるが、まともな行動は出来そうにない。

「珠美かこれでは中心部にこれ以上進むのはやめておいた方がいいだろう。珠美の回復を待つべきだ」

遠山の言葉は尤もである。
この状態で『邪神』のいると言う危険地帯に踏み込む訳にはいかない。
珠美は悔しげだが自分の失態だ、異議を言える立場ではない。
亦紅は珠美の体を抱え上げると、ひとまず安全地帯を探すべく移動を開始した。

妖刀無銘に切り裂かれ珠美の内にはマーダー病のウイルスが潜伏した。
五人切りにより強化されたのは刃だけではない、感染するウイルスも活性化されている。
つまり6時間かかる発症までの潜伏期間が4時間に短縮されたのだ。
彼がその事実を知ろうが知るまいと関係なく、時計の針は進む。


568 : 三人寄れば文殊の知恵 ◆H3bky6/SCY :2015/12/27(日) 22:51:32 47i0KoYc0
【I-7 市街地/日中】
【亦紅】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ、マインゴーシュ、風切、適当な量の丸太
[道具]:基本支給品一式、銀の食器セット
[思考・行動]
基本方針:ワールドオーダーを倒し、幸福な物語(ハッピーエンド)を目指す
1:珠美が回復するのを待つ
2:博士を探す
3:サイパスら殺し屋組織を打破して過去の因縁と決着をつける
4:首輪を解除するための道具を探す。ただし本格的な解析は博士に頼みたい
5:ピーターへの警戒心
※少しだけ花火を生み出すことが出来るようになりました

【遠山春奈】
[状態]:手首にダメージ(中)
[装備]:霞切
[道具]:基本支給品一式、ニンニク(10/10)、壱与の式神(残り1回)
[思考・行動]
基本方針:現代最強の剣術家として、未来を切り拓く
1:安全地帯を探す
2:現代最強の剣術家であり続けたい
3:亦紅を保護する
4:サイパス、主催者とはいつか決着をつけ、借りを返す
5:亦紅の人探しに協力する
※亦紅が元男だということを未だに信じていません

【火輪珠美】
状態:ダメージ(中)全身火傷(小)能力消耗(中) マーダー病感染(発症まで残り4時間)
装備:なし
道具:基本支給品一式、ヒーロー雑誌、禁断の同人誌、適当な量の丸太
[思考・行動]
基本方針:祭りを愉しみつつ、亦紅の成長を見届ける
1:『邪神』を捜索する
2:亦紅、遠山春奈としばらく一緒に行動
3:祭りに乗っている強い参加者と戦いを愉しむ
4:祭りに乗っていない参加者なら協力してもいい
5:会場にいるほうの主催者をいつかぶっ倒す
※りんご飴をヒーローに勧誘していました
※亦紅に与えた能力が完全に開花する条件は珠美が死ぬことです


569 : 三人寄れば文殊の知恵 ◆H3bky6/SCY :2015/12/27(日) 22:51:47 47i0KoYc0
投下終了です


570 : ◆H3bky6/SCY :2016/01/12(火) 22:29:28 s0VvXoyc0
投下します


571 : Specter of the Past ◆H3bky6/SCY :2016/01/12(火) 22:30:20 s0VvXoyc0
『面白そうだから引き受けたが、一応アンタには話を通しておこうかと思ってよ』

サイパスの私室に来客が訪れたのは、とっくに日付が変わり夜の住民も寝静まろうかと言うほどの深かい時刻の事だった。
もっとも来客と言ってもアポイントメントがないどころか、ノックすらせず扉を開くような礼儀知らずではあるのだが。
勿論、鍵は閉めていたはずなのだが、この男にとってそんなものは在って無いようなものらしい。

ニヤつきながら扉を開いたのは、組織の最強戦力と評される男だった。
男は挨拶もそこそこに我が物顔で部屋の中央を突っ切ると、壁際にあるアンティーク調の食器棚を開いて、そこからグラスを勝手に二つ取り出した。
それをテーブルに並べて腰を下ろすと、男は持参したウォッカの栓を抜き宝石のようなカットデザインのグラスに注ぎ一方をサイパスの方へとすいと差し出す。
今更この男の勝手など咎める気にもならないのか、部屋の主は呆れたように頭を振りながらもその対面に腰かけた。

『それで、なんの用だヴァイザー?』

差し出されたウオッカに口を付けるでもなく、サイパスは来訪の理由を問いただした。
用もなく互いの私室を訪れるなど、この組織内ではそうある事ではない。
その中でも近寄りがたい立ち位置にあるサイパスの部屋を訪れる者など殆どいなかった。
そのサイパスの部屋をわざわざ人目を避けるような時間に訪れたからには、相応の要件があるはずである。

『イヴァンのガキが俺に依頼してきたぜ、アヴァンの旦那を殺せってな』

何か愉しげな報告でもするように、ヴァイザーは酒を片手にそう言った。
それを聞いたサイパスは表情を変えず、いつも通りの険しい表情のままグラスを傾ける。

『組織内での殺し合いはご法度のはずだが?』
『正当な理由がなければ、だろ? 後はバレなければか』

イヴァンはこっち狙いみたいだけどな、と付け足して下卑た嗤いを浮かべた。
サイパスはそのふざけた態度に取り合わず先を促す。

『それで、その理由とはなんだ?』

ヴァイザーが透明な液体をゆるりと口に運びグラスを空にする。
強めのアルコールに火を噴くように焼やかれた喉から、一瞬で酒気を帯びた息を吐いた。

『かぁーっ。アンタに合わせてキツめのウォッカにしたがキクなぁこりゃ』

話を進めようとしないヴァイザーにサイパスが眼を細めギロリと睨みを効かせる。
放たれる殺気に本気の色が混じりつつあるなと、敏感に感じたヴァイザーは肩をすくめて取り出した何かを空のグラスの横に放った。
それは資料の束だった。

『これは…………?』
『イヴァンは今回の事は秘密裏にやるつもりらしいが、こいつはイザ発覚して問い詰められたときのための保険らしい。
 ま、でっち上げもあるだろうが、ここまでご丁寧に証拠を集められちゃこっちも納得せざる負えねえさ。
 ったく。慎重と言うか、臆病と言うか。殺しは下手なくせにこういうことは徹底してやがる』

何がそんなに楽しいのか、獰猛な野生動物のような攻撃的な笑みを浮かべた。
資料を手に取り、目を通すサイパスの表情が徐々に普段以上に険しいものになってゆく。

『そこに書かれてる通り旦那は組織の情報を流してたらしい、ここ最近仕事がし辛くなってたのはそのせいだ。
 ま、今のところ死者は出ていねぇが、この辺が差し止め所だろう。
 しかも、野郎の脱出の手引きをしてのも旦那らしい』

野郎とは先日組織から離脱を果たしたルカの事だろう。
確かに単独では不可能なほど鮮やかな離脱劇だった。
何より、組織内で生まれ育ったルカが外部に頼る当てを持っているとも思えない。
協力者がいると言うのは考えてみれば当然だろう。

『これは重大な、組織に対する裏切り行為だぜ』

忠誠心なんてさらさらないであろう男が裏切り者を非難した。
それはきっと、本心ではなく言っているだけなのだろうけれど。

ざっと目を目を通しただけで動かしようのないような裏切りの証拠がいくつも出てきた。
成程。対外的な役割を果たしていたアヴァンならば情報を流すくらいは容易かろう。

『ま、そう言う意味じゃ、当のイヴァンの野郎も怪しくなってくるがな』

言って。ケケケと下卑た嗤いを零した。
彼にとってはアヴァンの裏切りもイヴァンが裏切っている可能性もどうでもいい事なのだろう。

『で、どうするよ。アンタがやめろってんなら止めておくが?』

ヴァイザーの問いにサイパスはつまらなさ気に深く息を吐くと、資料を読む手を止めヴァイザーに向かって投げ返した。


572 : Specter of the Past ◆H3bky6/SCY :2016/01/12(火) 22:30:41 s0VvXoyc0
『それを何故俺に問う。正当な理由があるのならやればいい。
 粛清を秘密裏に行おうと言うのは気に喰わないが、裏切り者を処断するのは間違いではない』

そう言うとサイパスはこれまで手を付けていなかったウオッカを呷り、机に乾いた音を響かせた。
ヴァイザーは愉しげ唇をゆがめると、空になったサイパスのグラスに新たにウォッカを注いだ。

『そりゃ問うさ。古い付き合いなんだろ、そいつを殺ろうってんだから話は通しとくのが人としての筋ってもんだろう?』

散々自分勝手に人の命を喰らい尽くしてきた殺人鬼がどの口で人の筋など説くのか。
そもそもまともな人間は人など殺さない。
致命的に人としてずれている。

『別に昔馴染みというのなら俺に限った話でもあるまい、筋と言うのならボスに通すのが筋だろう』

その言葉にヴァイザーは珍しく困ったように、あー、と呻いて視線を泳がせた。
元よりヴァイザーは真面目に報告義務を果たすような奴でもない。
面白そうだからという理由だけで秘匿する事もあるだろう。

それを許されるのは圧倒的な実績というサイパスを上回る程の発言力があるからだ。
だが、本気で秘匿するつもりならば、こうしてサイパスにわざわざ言いに来る必要はないし、公にしたいのならばサイパスではなく上に通すべきだ。

イヴァンがこの件を秘密裏に進めたい意図は分かる。
アヴァンの後釜狙いの犯行だろう、自らそれを進めたとなればいらぬ角が立つ。
そのために親殺しを行ったともなればなおさらだ。
だがヴァイザーには理由がない。

『ボスは――――ありゃダメだろ。あの人に言っても意味がない』
『どういう意味だ』
『俺の話なんか聞きゃしないって事さ、いや俺だけじゃあない。
 あの人にまともに話を通せるのはもうアンタとサミュエルの旦那とアヴァンの旦那の三人だけだ』

その言葉は否定できない。
病床に伏した今のボスの精神は非常にデリケートだ。
扱いには細心の注意を必要とされ、長い付き合いで機微を理解した者でなければ、機嫌を損ねて殺されかねない。

『ならば、俺から話を通せという事か?』
『そうじゃないさ。ま、アンタがイヴァンの悪だくみをチクるのは自由だがね。
 けど止めといた方がいい。事が大きくなってややこしい事になるだけだ。
 どうせ答えも決まり切ってる、聞くだけ無駄ってもんだ。ボスに興奮されても困るだろ』

先日ルカの件があったばかりだ。
その時の激昂した反応を考えれば、あのボスが誰であろうと裏切り者など許すはずがない。
今のボスの容態を考えれば、確かに無駄に刺激することは避けたいところである。

『お前にボスの体調を気遣う心があるとは思わなかったよ』
『おいおい、今もこうしてアンタを気遣ってるじゃないか。
 それに俺は面倒になるから止めとけといってるだけで、あの人の体調なんて気にしちゃいねぇよ』

それはボス自体がどうでもいいと言うよりも、ボスは心配いらないと言った風な言い方だった。

『俺からしてみれば他の連中がボスが死ぬだの騒いでんのか不思議でしょうがないね。あの人がそう簡単に死ぬものか。
 ありゃ正真正銘の怪物だ。俺の見立てじゃ骨と皮だけになっても後20年は生きるだろうよ』

余命1年という闇医者の宣告を、命を扱う殺し屋は否定する。
それは暗に、後継者争いに精を出すイヴァンや後継者探しに躍起になるサイパス達の動きを、徒労だと嘲る言葉でもあった。
だからこそ彼はイヴァンの依頼を受けたのだろう。

『だからさ、俺はアンタに聞いてるんだ。
 ボスでもなく、サミュエルの旦那でもない。アンタだから話したんだ』

ヴァイザーが話を引き戻す。
相手を逃がさない執拗な蛇のように、答えを出さず逃れることなど、この男は許さない。

『…………何故、俺に拘る?』
『忘れたのか? 俺はアンタが誘ったからここにいるんだぜ、アンタじゃなければここには来なかった。
 解かるか? その敬愛しているアンタだから聞くんだ。なあ、どうなんだサイパスさんよ。殺していいのか? 悪いのか? それとも――――』

言葉とは裏腹にこの男からは敬意なんて微塵も感じられない。
愉しむように試すように、誘うように手を広げて最強の死神は問う。

『――――自分の手で殺したいか?』

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


573 : Specter of the Past ◆H3bky6/SCY :2016/01/12(火) 22:31:12 s0VvXoyc0
「はっ。死んだのかあのガキ」

吐き捨てるようにして、イヴァン・デ・ベルナルディはそう笑った。

今しがた放送によりアザレアの死が伝えられた。
ヴァイザーの死に比べれば意外な結果でもなんでもない。
平時から後先というものを考えず、生き残ると言う当たり前の思考が抜け落ちた鉄砲玉のような娘だった。
殺せば終わりの仕事と違って、生き残りゲームで死ぬのは当然の結果と言える。
所詮、愛らしい容姿と殺しの才能から組織内でちやほやされていたが、生き残れる器じゃなかったのだ、このイヴァン・デ・ベルナルディと違って。

どちらにせよ組織の連中は全てここで切り捨てるつもりだった。
無駄な手間を省いてくれたのだから、あの生意気なだけのクソガキが初めて役に立ったと言えるだろう。
イヴァンにとって死んだ殺し屋だけがいい殺し屋だ。
だが、何事にも例外はある。

「そうか、そう言えばお前もいたんだったな」

近寄ってきた影のような人物を認めて、イヴァンは幸運を噛み締めるように嬉しげに口元を吊り上げた。
殺し屋という下賤で破棄するべき奴等の中にもイヴァンの為に大いに働いてくれる利用価値のある者はいる。
ここでその唯一にして最強のカードを引き当てるとは、やはり、運命はイヴァンを愛している。

「よう、サイパス。お前と無事合流出来て何よりだ」

サイパス・キルラ。
肉体の全盛期はとうに超えているにも拘らず、未だヴァイザーという稀代の殺人鬼以外には譲らぬ、組織内でも随一の実力者だ。
そして忠実なる組織の駒。組織のためなら命すら投げ出す事を躊躇わない男である。
この場においても決して逆らうことなくイヴァンに付き従うことだろう。

そのサイパスをもってしてもこの舞台は一筋縄ではいかなかったのか、だいぶダメージを負っている様だが。
それでも五体満足で合流は果たせたのは上々だろう。

「サイパス。貴様には俺の護衛を命じる。それと余ってる銃かトカレフの弾丸があるならこっちに寄越せ」

この二人の関係性において、互いの無事を喜び合うなどと言う無駄な作業は発生しない。
指示を出す者と出される者。
この二人にあるのはそれだけである。

「護衛を務めろというのなら従おう。だが、まともな銃は一つしかないのでな、護衛を任される以上これは私が持つべきだろう」
「ちっ。仕方あるまい。なら護身用でいい、何か武器はないのか?」
「熱で銃身の歪んだミリポリならあるが、一応整備はしてみたが使えるかも怪しいぞ?」
「それで構わん、無いよりはましだ」

そう言ってサイパスの手からひったくる様にS&WM10を受け取ると、パーツを解体して自分の手で検証と整備を始めた
サイパスが確認したとはいえ、自分の手で確認するまで信用しないイヴァンらしい行動である。

「ちっ。確かにほんの僅かだが銃身に歪みがあるな、撃てない事もないだろうが、これじゃ狙いをつけるのは無理だな」

舌を打ちながら、解き慣れたパズルでも作る様に解体した拳銃を組み立ててゆく。
元より銃の射程と言うのはそれほど長くはない。
実戦で動く的相手に使えるのはせいぜい5〜10m程度。
卓越したプロならばその限りではないのだろうが、少なくともイヴァンが扱うには致命的だ。
だが、今のイヴァンには銃以上のサイパスと言う武器がある、手持ちの武器などは最低限で十分だろう。

「まあいい、脅しや牽制くらいには使える。
 それで、ここまでで俺以外の組織の連中とは出会えたか?」

何か錠剤をのみ込みながらイヴァンが問いかけた。
護衛を任されたサイパスは周囲に目を配り警戒をしながら、その質問に応じる。

「いや、ここで出会えたのはお前が初めてだ。
 どうするのだ? お前を護るのはいいとして、ピーターたちとの合流を目指すのか? それとも俺たちだけで脱出を、」

サイパスが言葉を最後まで発することなく途切れさせ、あり得ない光景を見て目を見開く。

予想外の銃声が響き、サイパス・キルラは凶弾に撃ち抜かれた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


574 : Specter of the Past ◆H3bky6/SCY :2016/01/12(火) 22:31:36 s0VvXoyc0
『やぁ、サイパス。珍しいね君が僕を訪ねるなんて』

突然の来訪に怒るでも驚くでもなく。
暴力事などとは一生縁のないような優男は穏やかに微笑み、旧友を迎え入れた。
迎え入れられたサイパスは何も言わず睨みつけるようにアヴァンを見つめる。
その様子を見て、アヴァンはふっと穏やかに笑って全てを察した。

『そうか。君が僕の死神か、サイパス』
『違うな。それはヴァイザーの仕事だ』

最凶の死神の名を聞き逃げても無駄だと悟ったのか、アヴァンは驚くほど落ち着いた様子でソファーへと腰を下ろした。
それとも、逃げるつもりなど最初から無かったのだろうか。

『昔からの誼みだ一応言い分くらいは聞いておこうか?』

向かいに腰かけたサイパスは、躊躇うように僅かな間をおいて言葉を吐いた。

『………………何故裏切った』
『裏切ってなどいないさ。僕は君たちを裏切ってなどいない』
『惚けるな、証拠はそろっている。ルカの脱走を手引きしたのも貴様だろう』

突きつけられた明確な罪状を否定するでもなく、アヴァンは首を縦に振った。

『ああ、そうだ。ルカは新たな希望を見出した、僕はその手助けをしただけだ』
『手助け? ふざけるな、それが裏切りじゃなくてなんだと言うんだ!?』

バンと机を叩いて、サイパスが珍しく声を荒げた。
一般人なら気絶しかねないような迫力の恫喝にもアヴァンは動じるでもなくあくまで冷静に応じる。

『俺が護りたいのは『組織』じゃない。俺が護りたいのは『お前たち』だ』
『……どういう意味だ?』

サイパスが眉をひそめる。
サイパスにとってその二つに違いはない。
アヴァンにとっては違うというのだろうか。

『あの日から、カイザルはうまくやった……いや、彼はうまくやりすぎた。
 組織は大きくなりすぎた、それこそ僕らの手に余るほどに』

サイパスも薄々は感じていた事なのだろう。
アヴァンの言葉を否定できなかった。

この組織は社会不適合者の集まりだ。
それぞれが勝手な行動で問題行動を起こすものは少なくない。
その中でも派閥が生まれ、組織内での亀裂も走りつつある。
ヴァイザーと言う組織の手に余る怪物も生み出した。
表面的には力をつけて潤沢になったように見えるだろうが、その実、このまま進めば立ち行かなくなるのは目に見えていた。

『だからどうしたと言うのだ。そんなものは幾らでも立て直せる。
 その程度の事で、お前は組織に見切りをつけようと言うのか』

そんな事で組織は終わらない。
立ち行かなくなると言うのなら、立ち行けるようにすればいい。
これまでだってそうしてきた、これからだってそうだ。

『違う。組織は立て直すべきじゃないんだサイパス』

だが、同じ道を歩んできたはずの戦友は別の結論を出していた。

『組織は、アンナのホームに集まっていたあの頃とはもう違ってしまった。
 皆を護るはずの組織が、新たな歪みを生み出している』

アヴァンは後悔と哀愁が入り混じった呟きを漏らす。
彼らを救うはずだったホームは彼らを歪める災厄と化していた。

例えばアザレア。
あの少女は間違いなく組織という歪みが生み出した怪物だ。。
組織ではなく一般家庭に拾われていたならば、ごく普通の少女として当たり前の幸せを掴めていたのかもしれない。

アヴァンの息子であるイヴァンだってそうだ。
殺し屋などでなければ、その才覚を正しく生かせる場所もあっただろう。

それは彼らだけの話ではない。
他の皆も、何か別の可能性はあったのかもしれない。
サイパスだって。


575 : Specter of the Past ◆H3bky6/SCY :2016/01/12(火) 22:31:55 s0VvXoyc0
『…………だから壊そうと言うのか、他でもないお前の手で』

外部から無残に破壊される前に、ビル破壊の様に適切な手段で解体してゆく。
そうすることで組織ではなく、組織の面々を護るために。

『壊してどうなる。たとえお前の目論見通りに組織が解体されたとしても、寄る辺を失えば、俺たちは生きていけない』
『なぜそう思う』

サイパスが苛立ちを堪えるように強く奥歯を噛んだ。

『なぜ? 決まってるだろ、俺たちは所詮、溝の底でしか生きられない塵屑だ!
 ドブ川の底に生まれ落ちた以上、そこで生きていくしかない!
 そこで生きていくのならばこの組織以上の環境などない! 組織と言う庇護を失えば食い物にされるか野垂れ死ぬだけだ!』

清らかな水では息の仕方も分からない、汚れた川でしか泳げない魚もいる。
だから、そんな奴等の目にせめて泳ぎやすい世界を用意してやるのが組織の役目だ。
そのためにサイパスはこれまで尽力してきたのだから。

『それが無理だとなぜ決めつける。なぜ泥の底から這い上がろうとしない!?
 俺たちの生き方が血塗られた道だけだとなぜ決めつける!?』

ここに居てはいつまでも地の底から這い出れない。
はた迷惑で排他的な享楽に浸るだけで、血塗られた生き方を増長するだけだ。

ルカの様に、日のあたる世界を歩める者もいるかもしれない。
そのために組織はもう足かせにしかならない。

『それをお前が言うのか……! 今もこうして暗闇の底を彷徨ってるお前が!』
『そうだ。僕たちはその暗闇の中で出会えたじゃないか。彼女に』
『…………ッ!?』

あの出会い。
あのホームで過ごした日々は、先も見えない暗闇の世界であり得ない奇跡だった。
そんな奇跡が、彼らにも訪れると言うのだろうか。
そんな訳が、ない。

『黙れ! 下らない理想を語るなよアヴァン! 俺達はここでしか生きられない!
 この組織だけが、俺たちが自由に生きていくための唯一の寄る辺なのだ!!』

どれほど足掻こうとも蛾は蝶にはなれない。
蝶になれずとも蛾は蛾なりの幸せがあるはずだ。

不幸の形が数多にある様に、幸せの形も一つではない。
世界から見捨てられた、誰からも選ばれなかった、天上に昇れぬ外れた連中の地底の幸福を追求する。
それがこの組織の在り方だ。

『理想を語っているのは、お前の方じゃないのかサイパス……?』
『…………なに?』

サイパスの表情が歪む。
さまざなな感情が入り混じった泣き笑いのような顔だった。

『その理想は誰の理想だ? 君の理想か? それとも――――アンナの理想をなぞっているだけなのか?』
『……貴様』

周囲が歪む程の黒い殺気がサイパスから膨れ上がる。
抵抗する力などなく、ともすれば1秒後に縊り殺されるような状況で、それでもアヴァンは一切怯む様子もなくサイパスから目を逸らさなかった。
アヴァンは誰よりも弱く、戦う力などなかったけれど、誰が相手だろうとも己の意思を変えたことなど一度もなかった。
あのホームにいた連中は、誰も彼もが変わり者で、生き方を変えることのできない不器用な連中ばかりだった。

『お前もカイザルも同じだ。カイザルは組織そのものにアンナを重ねて、お前はその理想を受け継ぐことでアンナを生かそうとしている』
『…………黙れ』

懐から抜かれた拳銃が突きつけられた。
最後通告である。
それでも、アヴァンは止めなかった。


『――――もう夢から醒める頃合いだ。『アンナの亡霊(そしき)』に囚われるのは終わりにしよう。サイパス』


決別を告げるように銃声が小さな部屋に鳴り響いた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


576 : Specter of the Past ◆H3bky6/SCY :2016/01/12(火) 22:32:22 s0VvXoyc0
弾丸は右腰を直撃した。

サイパスを撃ったのはイヴァンだった。
歪んだ銃であろうと、射手の腕が悪かろうと1メートルにも満たない距離で止まった的を狙うのならば、弾さえ出れば問題はない

だが、それだけではサイパスを仕留めるに至らず。
撃ち抜かれた腰元から血の線を宙に引きながらサイパスは後方に飛び退た。
着地した瞬間を狙った追撃の弾丸が放たれるが、痛みを感じさせぬ機敏な動きでサイパスが翻る。

ピンボールのような動きで瞬時に間合いを詰めたサイパスは、両足ごとへし折る勢いの足払いでイヴァンの体を宙に浮かせると、顔面を鷲掴みにして地面に叩きつける。
後頭部が固い地面にぶつかり、脳が揺さぶられイヴァンの意識が一瞬飛んだ。
そのまま仰向けに倒れこんだイヴァンの肩関節を靴の踵で踏みつけると、ゴリィという骨が外れる鈍い音が鳴った。
痛みにイヴァンの意識は覚醒し、その口から悲鳴のような呻きが漏れる。

「やるじゃあないか、イヴァン。お前にこんな才能があるとは思わなかったよ」

打ち抜かれた脇腹を押さえて、今の一撃は見事の不意打ちだったと評価する。
イヴァン・デ・ベルナルディという男をよく知るからこそ油断した。
まずは保身を考え、まだ利用価値のあるサイパスをここで切るようなことをするはずがない。
最後にサイパスを切るとは思っていたが、動くなら勝利の見えた最終局面だと思い込んでいた。

その思い込みが反応を遅らせた、サイパスの油断を見事についてきた。
だが、褒め称えるような言葉とは裏腹に、その顔に浮かぶのは見るものを凍りつかせるような残忍な笑みである。

「ち、違うんだ!」
「何が違う? 褒めてるんだぜ俺は?」

言いながら肩を踏みつけた足をグリグリと動かし、そのまま眉間に突き付けるように銃口を向ける。
いかにイヴァンと言えど、ただ銃口を向けられた程度で怯えるような生き方はしていない。
だが今銃口よりも恐ろしいのは、静かな殺意を湛えているこの男の存在そのものである。

「昔からの誼みだ一応理由を聞いておこうか?
 ここで撃って来るなんて、らしくないじゃないかイヴァン」

何故撃ったのか?
イヴァンはその理由を自問する。

だが思い浮かぶ理由など大したものではない。
自分では決して勝てない相手だと思ったから殺せるときに殺さなくてはと思ったから撃った。
実際サイパスの不意を突けたのだから千載一遇の勝機ではあったのは確かだろう。

ただ、冷静に考えれば余りにも短絡的な思考であることは否めない。
長期的に考えれば、まだ利用価値のあるサイパスをここで切るのは明らかに損である。
堪え性のないガキじゃあるまいし、損得勘定を見誤るなどイヴァン・デ・ベルナルディらしくないというのならば確かにその通りだ。

それを理解していながら、撃たずにはいられなかった。
それは何故か、

「そうだ…………そうだ! マーダー病だ!」
「マーダー病?」

普段の自分ではあり得ない行動をとった自身の状況と、アサシンから得た情報を照らし合わせて。
あの時、アサシンに傷つけられて体内に潜伏した病原菌がようやく発症したのだと、ようやく思い至った。

サイパスに問い詰められるここに至るまで、自身に違和感すら感じる事すらできない。
その事実に薄ら寒いものを感じるが、彼は気付けた。

「そ、そうだ。病気なんだ、病気のせいだ、俺の意思じゃない!」
「おいおい。口の立つお前にしちゃあ、ずいぶんと杜撰な言い訳じゃないか」

イヴァンとサイパスの付きあいは昨日今日の話ではない。それこそ生まれた時から知っている間柄だ。
持病などないことは当然の様に把握しているし、人を殺したくなるなんてそんな奇病はこの業界でも聞いた事すらない。

「アサシンの野郎だ! アイツにやられたんだ!
 あいつの持ってるナイフに斬られちまうと、マーダー病ってイカレタ殺人鬼になっちまう病気をうつされちまうんだよ!」
「アサシンの……ナイフ」

それに関してはサイパスにも心当たりがある。
確かにサイパスの出会ったアサシンはナイフを持って怪しい動きをしていた。


577 : Specter of the Past ◆H3bky6/SCY :2016/01/12(火) 22:32:44 s0VvXoyc0
「だが、何故奴がそんな病気を広める必要がある? ナイフがあるなら手っ取り早く殺せばいいだろう」

あのアサシンがイヴァン程度の相手を仕留めきれないとも思えない。
それとも一人で70名以上を殺害するのは無理と判断して、単純に手駒が欲しかったのか。
それにしたって殺しの駒ならイヴァンよりももっといい駒がいるだろう。

「……アイツはワールドオーダーから依頼を受けたと言っていた」
「成程」

何人か仕込みがいるとは思っていたがアサシンがそれか。
アサシンは性格には難があるが、暗殺者としては間違いなく最高峰だ。
それを雇うというのは確かに悪い選択ではない。

「話は分かった。仮にその病気が事実だとして、だ」

銃口を額に押し付けながら、驚くほど穏やかな声でサイパスが問いかける。

「なぁイヴァン。俺は本気でお前がボスになっても構わないと思っていたよ。
 だからお前に付き従ってきた、どうしてだと思う?」

何故この場面でそんな事を問うのか。
その問いの意図をくみ取れず、イヴァンは素直に答える事にした。

「お、俺が一番組織を巧く運営できるから?」
「そうだ。お前は個人としては愚かだが、小賢しさとその臆病さは集団を率いる者としては悪くない。
 少なくとも、立ち行かなくなりつつある今の組織をどのような形であれ持ち直す事はできるだろう」

人には適性があり、集団をまとめ組織を運営してゆくにはそれに応じた才覚が必要だ。
アサシンや今のボスのような殺しも運営もこなせるような万能の天才などそうそういるモノではない。
殺し屋ばかりを集めた組織の中にその適性を持つ者は少なく、イヴァンにはそれがある。
それ故に、イヴァンは組織の中で唯一無二の存在と言えた。

「だがなイヴァン。憐れなイヴァンよ。お前何か勘違いしてないか?
 誰彼かまわず殺しまわるようなイカれた殺人鬼になっちまったお前に、俺が大事な組織を任せると思うのか?
 俺がお前に付き従っていたのは、お前が組織にとって有用だったからだ。
 組織を率いると言う役目を失ったお前に、俺が素直に付き従うと思うのか?」

イヴァンは自分が散々見下してきた組織の殺し屋たちと同じステージに落ちたのだ。
つまりこの状況は、イヴァンがこれまで殺し屋たちを切り捨てたように、イヴァンが切り捨てられようとしている。

「違う、治る! 治るんだこの病気は!」
「ほぅ。どうやって?」

問い返されて言葉に詰まる。

「…………い、意志を強く持つとか、聖者に治療してもらうとか」

妖刀の説明に書いてあった条件を思い返して口にするが。
自身の口から語る程、何ともバカバカしい事のように思えてしまった。

殺し屋が信じるのは己だけ。
殺し屋は意思なんて曖昧ものに頼らないし。
殺し屋が聖者に祈るだなんて笑い話にしかならない。

それは聞いているサイパスも同じ感想だったのか、バカにするように鼻で笑う。

「ハッ。意志? 聖者? おいおい、笑わせるなよイヴァン。お前の冗談で笑ったのは初めてだぜ。なぁイヴァン――――笑えよ」
「ひッ!?」

溶けた鉛のような息ができない程の重圧。
暗黒の化身のような男がくつくつと喉を鳴らす。


578 : Specter of the Past ◆H3bky6/SCY :2016/01/12(火) 22:33:08 s0VvXoyc0
「そら、俺を納得させる言い分を持って来いよ。得意だろとういうの?
 そうじゃなければ俺に敵対したお前を生かす理由が無くなるぜ?」

殺される。
生き残るに足る理由を用意できなければ、この男に楯突いた以上、イヴァンは確実に殺される。

「…………だ、だいたい、俺を殺してどうする!? まともな後継者がいなければボスが死んだら本当に終わるぞ!?
 俺じゃなければいったい誰が組織を導いて行けると言うんだ!?」

組織にいるのは運営どころか足し算すらできないような学のない殺人狂の集まりだ。
マーダー病というマイナスを差し引いても、イヴァンの価値はまだあるはずである。

「そうだな今のお前には任せるくらいなら、ピーターにでも任せるさ」
「ピー、ター…………?」

ピーター・セヴェール。何故ここであんな奴の名がサイパスの口から出るのかイヴァンには理解できなかった。
奴は取るに足らない、一殺し屋に過ぎないはずである。

だが、サイパスの評価は違う。
女専門の食人鬼という特殊性癖に目が行きがちだが。
サイパスがピーターを評価しているのは、そのクレバーさと危機に関するバランス感覚だ。

「まあ、本人にやる気がないのが問題だがな。だから俺はお前の野心を買ってやってたんだが」

イヴァンはマーダー病を患っており、ピーターは己の欲求以外にやる気を見せない。
双方にマイナスはあるが、ピーターのケツを叩く方が幾分かましだとサイパス判断したのだろう。
つまり、これで本当にイヴァンの唯一性は失われた。

凡百の殺し屋でかなくなったイヴァンなど、いつ背を撃つかもわからない危険物でしかない。
そんな相手を生かしておく価値はないだろう。

イヴァンは頭の中で生き残りの算段を立てる。
もう、この死の運命に抗うには、サイパスと戦うしかない。

事前に飲んでおいた現象解消薬の効果により脱臼は既に完治している。
相手が既に破壊し動かないと踏んでいる右手を使えば、上手く出し抜くことができるかもしれない。
勝てなくてもいい。ただ一太刀、魔剣天翔で傷つけることさえ出来れば。

「…………っ! ぁぁぁあ…………!!」
「誰が動いていいと言った?」

隠し持ったナイフを取るべく細心の注意を払って動かしたはずの右手の甲が撃ち抜かれた。
油断など、この男に微塵程もあるはずがない。

「く……くす、薬…………ッ」

反射的にイヴァンは現象解消薬を飲もうとするがそれは無意味な事だ。
この薬は飲んだ時点の状態を再現するものだ、後から薬を飲んだところでもうこの傷は治らない。

「ぅああ……っ! くぅ……っ!」
「おいおいイヴァン。お前は人の話を聞けないのか?」

だが、それ以前に、薬を取り出そうとした左手も打ち抜かれ薬を取り出す事すらできなかった。
イヴァンが呼吸を荒くし、風通しがよくなった赤く染まる両手を震わせる。

燃え上がるような両腕の痛みの中でイヴァンは思い出す。
組織に入った者は真っ先に教育係であるこの男に対する恐怖を植え込まれる。
組織で生まれ育ったイヴァンにとってもそれは同じ、いや他の者以上にそれを叩きこまれていたはずなのに。
父を殺して、その後釜に収まり幹部となって、全てを従えた気になって、忘れていた。

忘れてはならない、絶対的な恐怖を。

「ぁあああぁぁああぁあああああああああ!!!」

イヴァンの絶叫。
それを断ち切る様に銃声が鳴り響いた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


579 : Specter of the Past ◆H3bky6/SCY :2016/01/12(火) 22:33:27 s0VvXoyc0
『お前の始末はヴァイザーの仕事だ。あとは勝手に死ね』

サイパスとアヴァンの話し合いは、壁に穴を一つ増やしただけで、結局何一つ分かり合うことなく決裂した。

今更そんな結論になるのは解かり切っていた事なのに。
決して譲り合う事なく、分かり合う事もない。そんな連中の集まりだったのだ。
意見が割れた以上こうなるしかない。
それを仲裁できたのは、後にも先にもただ一人だけだった。

『なぁサイパス』

もはや語ることはないと立ち去ろうとしたサイパスの背を止める声があった。
これ以上何があるのかと怪訝そうな顔をしながらも、最期の言葉でも残すのかと思いサイパスが振り返る。
だがしかし、問われたのは別れの言葉に相応しくない、予想外の内容だった。

『ホームにいた、ジョン・スミスという男を覚えているか?』

ジョン・スミス。アメリカで最もありふれた姓名を組み合わせた名だ。
確かに、言われてみればそんな名を名乗った男が一時期アンナを中心とした集まりであるホームにいた気がする。

『……細かい事まで覚えているわけではないが。
 ふざけた偽名だったからな、そんな奴がいたという事だけは薄らと憶えているが、それがどうした?』

覚えていると言ってもハッキリ言って印象は薄い。
何しろ古い話だ。存在と名前は思い出せても靄がかかったように顔は思い出せない

脛に傷を持った連中の集まりで偽名を名乗る輩は珍しくもなかったし、中には本当に名前がない奴すらいた。
偽名を名乗った程度では大した印象には残りようがない。

そういえば奴はどうしたのだったか。
気付けばいなくなったような、どうにも曖昧だ。
それも仕方ない事だ、これだけは覚えている事だが、アンナが死んだのは奴が現れたその直後だったはずである。
たしかカボネのアジト襲撃のメンバーにはいなかったはずだ。

いや、奴がどうなろうとも、旧友との最期の別れ際に話すようなことのようには思えないが。

『あの日、僕たちの情報をカボネの連中に売ったのはそいつだ』

『――――――』

サイパスは言葉を失った。

赤く染まる白い雪。
華のように摘まれた少女の死体。
あの雪の日が脳裏をよぎり目眩がする。
よろめいて壁に手を付いた。

それはつまり。
あの事件を引き起こしたその元凶が、あの男だったという事か。

一瞬。何者かの歪んだ口元がフラッシュバックしたような気がした。

『僕が突きとめられたのはそこまでだ。
 それ以上は霞がかかったように捉えられなかった』

彼に無理だったと言うのなら、組織内の誰にも無理だろう。

『別にこの情報をどうこうしてくれという訳じゃあないんだ、ただ知っておいて欲しかったと言うだけだ』

そう言ってアヴァンはいつものように力なく笑った。

『それじゃあサイパス。カイザルとサミュエルによろしく言っておいてくれ。
 僕はバルトロとアンナにお先に会いに行くよ』

重い扉が閉じる音だけが響く。
それがアヴァンとサイパスが最後に交わした言葉だった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


580 : Specter of the Past ◆H3bky6/SCY :2016/01/12(火) 22:33:41 s0VvXoyc0
引きずるような思い足取りで、腰元を押さえた初老の男が灯台の足元を一人歩いていた。
男の押さえている腰元からは圧迫により止血がなされているが今だ血が溢れている。
その顔には紅い飛沫化粧が塗られていた。
自身の物ではない、おそらくは返り血か何かだろう。

男――サイパス・キルラは足を止めると、一先ず狙撃などの襲撃のリスクの低い灯台の影に隠れ身を休めた。

イヴァンとの合流と言う第一目標は破綻した。
早急に次の目標を定め行動しなくてはならない。

サイパスが動くのはあくまで組織のためである。
生き残りを目指すのも自身の命恋しさと言うよりも、自身と言う存在が組織のために必要だから生かすと言った意味合いが強い。
彼の全ての行動はその観点で定められる。

後継者候補は必要だ。
まずはピーターとの合流を目指すべきか。

だがしかし慎重なサイパスの性格だ。
組織の存続のかかった案件だ、イヴァンのみならず仮にこの場でピーターが死んでもいいように二重三重の保険はかけてある。

次善策を進めるにはサイパスが生き残った方が進めやすい。
となると生き残りを優先した方がいいのか。

その前にイヴァンに撃たれた傷も治療せねばならない。
圧迫していれば出血多量に至ることはないだろうが、戦闘に支障をきたす。

今後の方針を幾つか頭の中で取捨選択して行き、その結論が出る前にサイパスが深い息を吐いた。

その表情には憂いのような重さが見え、年齢以上の深い哀愁を感じさせる。
それは肉体的な疲労だけではないだろう。
生き急ぐように駆け抜けてきた、その疲れが今になって現れたのかもしれない。

「…………少し、疲れたな」

呟きを残し、重い肉体を引きずる様にしてサイパス・キルラは動き出した。
まだ止まるわけにはいかない。
彼にはまだ、やらなくてはならない事があるのだから。

【イヴァン・デ・ベルナルディ 死亡】

【D-3 灯台付近/日中】
【サイパス・キルラ】
[状態]:疲労(中)、火傷(中)、右肩に傷(止血済み)、左脇腹に穴(止血済み)、右腰に銃痕
[装備]:M92FS(11/15)
[道具]:基本支給品一式、9mmパラベラム弾×45、サバイバルナイフ・魔剣天翔
[思考・行動]
基本方針:組織のメンバーを除く参加者を殺す
1:ピーターとの合流を目指す?
2:亦紅、遠山春奈との決着をつける
3:新田拳正を殺す
4:決して油断はしない。全力を以て敵を仕留める。


581 : Specter of the Past ◆H3bky6/SCY :2016/01/12(火) 22:34:11 s0VvXoyc0
投下終了です


582 : 名無しさん :2016/01/13(水) 01:47:32 oaCRqSAo0
>三人寄れば文殊の知恵
勘違いとはいえオリロワ2014トップクラスの連戦を傷つきながらストイックにこなすアサシンは渋いな
勘違いだけど
最強組は分散という最悪手は避けたけど知らぬままマーダー病を抱えるという更なる最悪手に嵌ったか…
珠美の精神力次第だな

>Specter of the Past
バラバラのものが一つになるオリロワの殺し屋の物語ここに極まる
ルカの裏切り、乗り気でなかったアヴァン、残酷だが冷徹なヴァイザー、そしてロワに参加した以上ある主催者との関わり
全てのピースが最初からこうであったかのようにピッタリと嵌まる様は圧観
設定の時点でサイパスの後継者候補にされてなかったピーターをこう持ってくるとは思わなかったな
そして得意の先制攻撃は決まったとはいえ殺せなかった時点でイヴァンが勝てるはずはないし
組織の駒であるサイパスといえども組織を支えるための最重要のコマは自分、当然だね
組織の物語の完成とともにボロボロになるサイパスを見ると完成したものは崩壊するしか無いというのを思い出すな
組織の物語に先はあるのか


583 : ◆H3bky6/SCY :2016/01/26(火) 23:24:48 /5NysWWE0
投下します


584 : 第八次世界大戦を越えて ◆H3bky6/SCY :2016/01/26(火) 23:26:54 /5NysWWE0
第八次世界大戦を越えて世界は完全なる暗黒期を迎えていた。

全世界を巻き込む大戦は八度に渡って繰り広げられた。
病魔のような戦火は止まず、世界は確実にすり減る様に疲弊してゆく。
繰り返された侵略戦争は幾度も世界地図を書き換え、八度目の大戦が終結した頃には、かつて100を超えていた国家は6つの超大国に別れるのみとなった。

北中米全域を支配するアメリカ連邦共和国。
広大な北ユーラシア大陸を支配する新ソビエト連邦。
西EU圏及び中東、アフリカ大陸の一部を支配するドイツ第三帝国。
東EU圏及び南米、アフリカ大陸の殆どを支配するブリタニア諸国連合。
大きくアジア圏を支配する大中華連邦。
そしてオセアニア及び、東南アジアを支配する大日本帝国。

八次大戦を終えこれらの大国は静かに睨み合う冷戦へと移行していった。
世界は今、戦争と戦争の谷間。つかの間の台風の目の中のような平穏を謳歌している。
だが人々は知っている。
平和とは次の戦争の準備期間に過ぎず、まるで悪魔に指揮されるように永遠に終わらない輪舞曲を踊り続けるのだという事を。

だが、戦争が生み出すのは悲劇だけではない。
戦争が多くの革命的な技術革新と発展を齎してきたのもまた歴史的な事実である。
幾数もの戦火を超え、人類は次の夜明けを迎えた。

兵器を初めとしたあらゆる技術は発展して行き、人々の生活は変わる。
そのための資源、物資を求めるためにまた新たな戦火を開こうとも、人々は変わり続けることを辞めなかった。
そして戦争の在り方も、また変わった。

戦争が発展させた技術は科学技術のみならない。
始まりはドイツ第三帝国だった。
彼らは秘密裏に国際条約に反する非人道的な研究を行い、魔術や呪術と言ったオカルトの領域に踏み込んでいったのだ。
そして遂には深淵へとたどり着く。
魔術を体系化することに成功し、その魔術的要素が実戦に投入されたのは第四次大戦からの事であった。

その効力は現行兵器に匹敵するほどの確実な成果を上げた。
中でも魔術により生み出された“魔人”と言う超兵器は戦争の常識を変えた。

空爆やNBC兵器と言ったモノとは根本から違う個による最強。
その戦力は正しく一騎当千。個人で戦況を変える正しく決戦兵器である。

この成果に各国は挙って魔術の研究を始めた。
そして多くの血塗られた成果により、各国がそれぞれの魔人を保有する事となった。

そして魔人に対抗すべく科学技術も飛躍的に進歩して行くこととなる。
サイボーグや機械兵器と言った核などよりもより強力で効率的な超兵器が生み出される。
その結果、科学と魔術が入り混じり、戦争はより醜悪さを増してゆく。

魔人保有数は空母保有数と同じく各国の軍事力を図る重要なパロメータとなっていた。
魔術の金字塔であるドイツ第三帝国は科学の粋を結集したサイボーグ軍団に加え32名の最高峰の魔人を有しており。
新ソビエト連邦はラスプーチンという稀代の魔人を筆頭に19名の魔人を抱えている。
ブリタニアは円卓の騎士の名を関する12名の精鋭魔人を誇っており、搭乗式の巨大兵器を有していた。
大中華連邦の278名の魔人は粗雑乱造と揶揄されるが、正規軍と合わせその数は脅威である。
アメリカは魔人を持たず反魔術を掲げ、圧倒的物量と化学兵器によって敵国を制圧して行った。

そして、大日本帝国。魔人保有数――――1名。
その小さな島国は物資も少なく、大国と渡り合うだけの国力もない。
それが六大国にあげられる程の戦果を残せたのは、魔人皇――――船坂弘の存在があったからに他ならないだろう。

指揮官としての指揮能力。
政治家としての政治力。
個人における戦闘力。
何より異常なまでの戦闘継続能力は魔人の中でも随一であり、彼の者は兎角死にづらい。

全てにおいて隙がなく、局地的、個人における敗北はあれど彼の率いる大日本帝国は幾多もの大戦を超え未だ敗北を知らない。
だが、それほどの勝利を重ねても魔人皇には手に入れられるものが一つだけあった。

魔人皇――船坂弘、未だ平穏という物を知らぬ。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


585 : 第八次世界大戦を越えて ◆H3bky6/SCY :2016/01/26(火) 23:27:44 /5NysWWE0
「ありがとうございました、船坂さん」

そう言って一二三九十九は深く頭を下げる。
彼女の後方には土の掘り返されたような跡があった。
その冷たい土の下には、先ほど倒れた少年の躯が眠っている。

命の灯火を燃やし尽くした少年への弔い。
女の細腕一つでろくに道具もないこの状況で人一人弔うとなればかなりの重労働だろう。
それでも九十九はやっただろうが、これに手を貸したのが船坂だった。

船坂からすれば縁もゆかりもない相手だが、戦場に於いて敵味方の違いなどなく死なば皆躯である。
まして気概を見せた男子とあらば敬意は払う。弔うのは当然の事といえた。

この手の行為に慣れているという事もあるが、船坂の手際は迅速だった。
土葬か火葬か、九十九にそれだけ確認を取ると一撃のもとに大地に人一人分の穴を開け、その中央に輝幸の身を横たえた。
魔人皇の力をもってすれば人一人を弔う事など容易いことである。

「気にするな、面を挙げよ」

船坂の呼びかけに九十九が下げていた頭を上げた。
顔を上げたその様子に船坂は少しだけ感心したように目を細める。

泣きはらして腫れぼったい目の奥底には今でも消える事ない意思の光が灯っていた。
目の前の死を安易に容認するでも頭から否定するでもない。
現実を受け入れながら理不尽を許さない、その態度は死者を送る者としては悪くないだろう。

「一二三九十九だな」

名乗ってもいない名を言い当てられ九十九が首を傾げた。

「あれ? 名乗りましたっけ私?」
「いや、いろいろと故あってな。新田拳正から聞いた」

正確には、それに加え朝霧舞歌の記憶と照らし合わせての事だが、些か事情がややこしいのでそこは割愛しておく。
朝霧舞歌の親友と言える者たちに比べれば希薄だが船坂の中に引き継がれた記憶の中に一二三九十九の存在はうっすらながらに記憶されている。
修羅場に割り込んでまでわざわざ声をかける相手に九十九を選んだのはそのためだ。

「え……? 拳正?」

予想外のタイミングで旧知の名を聞き九十九が目を瞬かせる。

「そこの市街地に新田拳正と水芭ユキ、それに馴木沙奈がいる。お前の学友であろう?」
「え、本当ですか!?」

探し人の行方と言う降って湧いて出たような朗報に九十九は飛びついた。
それを片手を差し出し静かに制する。

「だが、その前に助の対価という訳ではないが、いくつか確認したことがあるのだが、よいな?」

有無を言わせぬ口調で船坂が問う。
助けたのは成り行きだが、船坂も何の下心もなかったという訳ではない。
元より用件があったから船坂は九十九に接触したのである。

「それは、構いませんけど……」

船坂に対し九十九が心なし不安げな態度で応じた。
それは何を聞かれるのかと言う不安ではなく、自分に答えられるのかという類の不安のようであるのだが。
九十九なりに船坂に恩義に感じそれを返そうとしているようである。

そのような態度を取られるのは国民の信を集める立場の船坂からすれば珍しいものではないが。
別段恩に着せようというつもりで行ったことでもなし、些か面倒なモノではある。
だがそれで相手が協力的になり事が恙なく運ぶのならば呑み込むべき重みだろう。

「九十九。お前は日本人か?」
「はい」

ここまでの経緯から、この返答は予測通りなのか船坂は無言のまま頷いた。
九十九に対してわざわざこのような事を問う必要があるのは、船坂が引き継いでいるのは朝霧舞歌の『エピソード記憶』に限り、加えてその中でも強く残ったモノだけだからだ。
知識や常識のような『意味記憶』に関してはこうして供述を取っていくしかない。

船坂が知りたいのはその常識部分。祖国という当たり前の認識だ。
拳正や九十九言うこの日本と言うのモノが船坂の知る日本と同一のものなのかを確認せねばならない。


586 : 第八次世界大戦を越えて ◆H3bky6/SCY :2016/01/26(火) 23:29:08 /5NysWWE0
「東條英機、山本五十六、三島由紀夫、これらの名前に聞き覚えはあるか?」

船坂は続けて、政治、軍事、文芸。各部門の要人の名を上げた。
日本国民ならば誰もが知っているはずの名である。

「えーーーっと。聞き覚えがあるようなないようなあるようなぁ…………っ」

だが、問うた相手が悪かった。
そこは勉学の苦手な一二三九十九である。
特に日本史は赤と黒を取ったりとらなかったりする成績である。
日本刀の全盛期である鎌倉時代の武将であったのならばあるいは答えられたのかもしれないが。

とは言え、どこかで聞き覚えくらいはあるのか、こめかみに指をやり「う〜ん」と呻りを上げる九十九。
しばらくそうして、何かを思い出したのか「あっ」と声を上げポンと手を叩いた。

「そうだ! 三島由紀夫って人の書いた本はお爺ちゃんの本棚にあった気がします!」

本。つまり作家という事は間違いないだろうと船坂は頷く。
船坂と九十九は共通の三島由紀夫という人物を知っている。

「……しかし由紀夫か」

そう言って船坂は表情を隠してくっと笑う。
船坂弘と三島由紀夫は剣道を通じての友であった。
名を知られるのが文官でも武官でもなく文豪であると言うのはなかなかに愉快な話である。
度重なる戦争に疲弊し弱腰になった軍に、日本男子の精神を説いて自害したが、その精神には感服したものだ。

共通の著名人の名が知れているという事は、九十九の言う日本と船坂の知る大日本帝国は同一であると見ていいだろう。
だが、同じではあるが同じではない。
何処かが何かずれている。
その違和感を追求すべきだろうか。

「その服。見ない服だがどこの物だ?」

船坂はとりあえず目に入った服装について指摘した。
明らかに和服ではなく、かといって西洋の服とも違う、船坂にとってあまり見慣れない意匠だ。
どちらかと言うと軍服。ブリタニア連中の海軍服に似ている。
だが年端もいかぬ少女がよもや海軍士官生という訳でもあるまい。

「えっと学校の制服ですけど…………? 神無学園の。このセーラー服なんか変ですかね?」

問われて、九十九は自分の服装に何かおかしな所でもあるのかと、端を掴んだスカートを前後にピラピラと揺らしながら自分の格好を確認した。
この半日色々あったお蔭で確かに汚れてはいるけれどこの状況だ、九十九からしてみればそこはお目こぼしいただきたい所である。

「……その、せぇらぁ服と言うのは一般的なモノなのか?」
「まあ最近はブレザーも多いですけど、それなりに」

つまり、学生服として一般化しているという事だろう。
だが、そんな事実は船坂は知らない。
過去にどこぞの女学園が一時期そんなものを取り入れたという話を聞いたことがある気もするが、すぐさま廃れたはずである。

「…………やはりどうにもズレているな。過去、はないか。となると未来か……それとも」

船坂は武力一辺倒な脳まで筋肉でできているような男ではない。
軍略や政。さらには魔術にも通じており、その頭脳もまた天上の領域に達していた。
平行世界、多元宇宙、相互浸透次元、代替現実。そう言った知識も多分に持っている。

「続けておかしなことを聞くようで悪いが、今は何年だ?」
「2014年ですね」
「ふむ」

これは船坂の認識とズレはない。
となると四次元(時間)ではなく五次元(多世界)にズレているのか。
そう考え込む船坂だったが、何気なく九十九から放たれた次の言葉に目を見開いた。

「えっと西暦から+12だから…………平成26年ですね!」
「なに?」

何の見得なのか平成を求めるには西暦の下二ケタに12を足すという自身の持てる豆知識を総動員した九十九であるが。
船坂が喰いついたのは当然ながらその豆知識ではなく、『平成』という聞き覚えない言葉である。


587 : 第八次世界大戦を越えて ◆H3bky6/SCY :2016/01/26(火) 23:29:42 /5NysWWE0
「平成とはなんだ?」
「え、何って……なんでしょう? なんて言ったらいいのかですけど、あれです、昭和とか明治とかのあれです」
「今の年号は昭和ではないのか?」

船坂の認識では西暦2014年の年号は昭和89年である。
平成などと言う年号は知らない。

「えっと昭和は、平成の前のやつじゃないですかね」
「前の…………だと?」

まさか、と眩暈でも起こしたように船坂が驚愕を露わにする。
それはこの殺し合いが始まって一番の驚きだったのかもしれない。

「よもや、あの昭和天皇が崩御なされたと言うのか…………?」

昭和が終わったという事は天皇陛下の統治の終わりを同義だ。
船坂は日本帝国の軍部及び政府を掌握しているが、天皇陛下は国家の象徴として健在しておられる。
それは、形式上の支配者は天皇であるが、日本帝国の実質上の支配者は船坂という、かつての徳川幕府と朝廷に近い関係性だ。
その立場故、船坂は拝謁の誉れに預かることも少なくない。

その天皇をよく知る船坂だからこそ、その崩御は信じがたい事実である。
船坂の知る天皇は正真正銘の神そのもの。魔人とは別領域の神仏の類である。
寿命もなく通常の概念で死亡する事などあり得ない。
あり得ざるが起きたという事は、船坂からしてみれば別の世界であるという決定的な証拠である。

だが、船坂の認識と愛国心は深く広い。
仮に平行世界の別次元の話であろうとも、日本は日本だ。
たかだか次元の違いなど魔人皇の前では問題にもならない。
それよりも由々しき問題は。

「……よもや、この俺に手を掛けさせようとはな」

船坂は呟き、ここに居ない誰かに向かって静かな怒りを滾らせた。
子は未来を担う宝である。それを他でもない国の守護者たる魔人皇を謀りその手にかけさせようなど悪趣味にも程が在る。

いや、既に朝霧舞歌という自国民を手に書けてしまった。
知らぬこととはいえ許されざる行為をしてしまった己への怒りと、この状況を生み出した存在への憎悪が目に見える形で船坂からあふれる。

「ふ、船坂さん? 私、何か失礼な事でもいっちゃいましたかね?」

怒気を放つ船坂に自分が失言したのではないかと焦る九十九。
その不安げな声に船坂が激昂した頭を沈め冷静さを取り戻した。

相手無きこの場で激昂しても詮無き事。
怒りとは無暗に周囲にぶつけるモノではない、静かに燃やしただ一人を焼き尽くす炎であるべきだ。
まして別世界とは言え自国民に不安を与えるなど統治者失格である。

「いや、すまぬ。お前に非はない、俺が勝手に取り乱しただけだ、許せ」

怒気を沈め船坂は謝罪した。
自らに向けられたものではないとはいえ、あれだけの闘気に中てられて「そうなんですか」とあっさり納得する辺り器が大きいのか何も考えてないのか。
船坂にも図れぬよくわからない娘である。

一先ず敵は定まり、この場に別の日本国民がいることは分かった。
となると必然、気になるのはその別の日本というのがどう言う世界なのかという事である。

「できればでよいのだが、昭和以降の近代でいいので日本の歴史を教えてほしい」

これは現状把握のためというより純粋な好奇心だ。
日本を愛する船坂だからこそ、別世界の日本の在り様もどうしても気にかかる。

「え、えっと歴史ですか!? …………そ、そーですねぇ………」

この問い。九十九からすれば難問である。
歴史を語れと言われても何から話していいモノやら。

「えー、お爺ちゃんが生まれたのが戦後間もない頃でして」

ついには話に窮して身内話を始める始末である。
だがその話に船坂の眉がピクリと反応を示した。


588 : 第八次世界大戦を越えて ◆H3bky6/SCY :2016/01/26(火) 23:30:26 /5NysWWE0
「九十九、ご尊祖父の年齢は幾つだ?」
「来年、古稀を迎えますね」

古稀。つまり70年前という事は第二次の終戦前後である。
船坂がクーデターを起こし他のもその頃だ。
それを戦後と言い表すという事は二次以降の戦争が起きていないという事だろうか。

「つまり第二次大戦の直後ということでよいのだな?」
「はい、敗戦直後で色々大変だったってお爺ちゃんよく言ってました」

『敗戦』その単語に船坂が目を見開く。

「待て。枢軸国は――――日本は戦争に負けたのか?」
「ええ、そうですよ……?」
「…………なんと」

無念そうんいい呟きを漏らすと、別世界の祖国を悼むように目を瞑った。
敗戦国の末路は悲惨である。
属国として資源は搾取され、人権は略奪され、国家として立ち行かなくなるのが常だ。
統治者たる魔人皇はそのような形の略奪を良しとせず、大日本帝国の植民地は比較的穏やかであったが。
連邦諸国の植民地の在り様を思えば、船坂が愛する日本国民がどれほどの苦労を強いられたか、想像するだけで心が痛む。

第二次大戦は船坂の初陣であった。
その世界の己は何をしていたのかと、自身の不甲斐なさに歯を噛み締める。
一人で戦況を覆せずして何が魔人皇か。

「すまぬな。この俺が不甲斐ないばかりに」
「え!? なんで船坂さんが謝るんですか?」

船坂は子等のより良い未来を切り開くために戦ってきた。
それを成せなかったのだから頭を下げるのは当然の事である。
事情の分からぬ九十九からすれば戸惑うしかない話なのだが。

「如何に関われぬ次元のこととはいえ国防に携わる者として敗戦の責は俺にある。いらぬ苦労を味あわせたようだ」
「まぁお爺ちゃんは苦労したとは聞きますけど、今はすごく平和じゃないですか」

『平和』。一瞬その言葉の意味が分からなかった。
敗戦を喫したというのに平和だと言うのか。
魔人皇の知らぬ物をこの娘は知っていると言うのか。

「九十九。お前は今の日本はどう思う」
「うーん。そうですねぇ。色々言う人はいますけど、私は好きですよ、今の日本」

繰り返される戦争に疲弊した国民たちは皆一様に明日の死を覚悟した目をしていた。
それはそれで尊い光であると船坂は認めている。

だが、今目の前で光る一二三九十九の瞳に宿るのは覚悟とは違う光だった。
戦火による発展では決して生み出せない、希望による光がそこにあった。

「そうか」

それを見て、常に険しい表情をしていた船坂がふっと柔らかく笑った、ような気がした。

それは民に報いるべく常勝を謳ってきた船坂には想像する事すらできなかった価値観である。
敗北する事で手に入れられる物もあるという事なのかもしれない。
その瞳に船坂はそんな可能性(ゆめ)を見た。

「いや。いい話を聞けた。長々とすまなかったな、感謝する」
「いえいえ」

感謝を述べて話を締めくくる。
振り返ってみれば何とも奇妙なやり取りだったが、九十九も正直あまりよく分かっていないようである。
ここまでのやり取りで船坂に対して、世間知らずな人なんだなぁくらいの感想しか抱いていない九十九の方にも相当問題がある気もするが。
九十九にあったのは、恩人の疑問に対して答えようとする真摯さだけだ。
感謝を告げられ、役に立てたのならよかったと、ほっと胸を撫で下ろすのみである。


589 : 第八次世界大戦を越えて ◆H3bky6/SCY :2016/01/26(火) 23:31:21 /5NysWWE0
「九十九。悪いがここで別れだ。これから先にお前を連れてはいけぬ」

そう言った、船坂の体がふわりと宙に浮いた。
それを見て九十九は、うぉと品のない驚きの声を上げた。

「すまぬが馴木沙奈を頼む。どういう訳か混乱してようでな。出来れば手厚く保護してやってほしい
 本来は俺が保護してやるべきなのだが、俺には成すべきことが出来た」
「それは構いませんけど、船坂さんの成すべきことってなんなんですか…………?」

九十九が空中の船坂へと問いかける。
問われた船坂は空の中心でキッと世界全体を睨むように見渡した。

この市街地に『奴』はいなかった。
『奴』は何処にいるのか、探る様に澱む空気を見る。

そして直感する。『奴』の居場所を。
これは魔術でも呪術でもない、単なる戦士の勘である。
だが、船坂はこの勘を外したことはない。
そうやってこれまで常勝を続けてきたのだから。

元より船坂はワールドオーダーの掲げる殺し合いなどに興味はなかった。
これまでも常在戦場の心構えで必見必殺を実行したまでである。
故に、ワールドオーダー自体にも興味はなかったのだが、明確な悪意を持ってこの魔人皇を策謀に巻き込もうと言うのならば話は別だ。
相応の礼はしなくてはならない。

「――――――ワールドオーダーを討ちに行く」

【D-4 空中/午後】
【船坂弘】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜1、輸血パック(2/3)
[思考]
基本行動方針:ワールドオーダーを討つ

青空に飛び立つ流星を見送って一二三九十九は決意を固めるように拳を握りしめた。

「よし、まずは若菜と合流しなくちゃ」

船坂に沙奈を託されたが、言われるまでもなく九十九はそのつもりであるし、拳正たちの情報を得られたのは朗報だが、まずは若菜との合流を優先すべきだろう。
最初に定めらた合流地点である温泉旅館は破壊されていた、目指すべきは探偵事務所だ。

そして、若菜に輝幸の事も話さなければならない。
二人を護るために若菜が危険な役割を買って出てくれたと言うのに、輝幸は死んしまった。
九十九が戦いを止めることができていれば、それ以前に怪我なんかをしなければ。
例えそれで責め苦に遭おうとも甘んじて受ける覚悟である。

「よし…………!」

自らを奮い立たせる様に頬を叩く。
三条谷錬次郎以外のクラスメイトが近くにいると知れたのは朗報だ。
止まっている暇など無い。

「じゃあ行ってくるね。輝幸くん」

そう祈る様に少年の眠る墓標に向けてそう言うと、諦めを知らぬ女は再び動き始めた。

【D-4 草原/午後】
【一二三九十九】
【状態】:左の二の腕に銃痕
【装備】:日本刀(無銘)
【道具】:基本支給品一式×3、クリスの日記、サバイバルナイフ、ランダムアイテム1〜5(確認済み)
[思考・状況]
基本思考:クラスメイトとの合流
1:若菜との合流地点(探偵事務所)に向かう
2:若菜と合流後、拳正、ユキ、沙奈を探す


590 : 第八次世界大戦を越えて ◆H3bky6/SCY :2016/01/26(火) 23:33:18 /5NysWWE0
投下終了です


591 : 名無しさん :2016/01/27(水) 18:06:57 GMF0NseM0
投下乙です。
船坂さん此処に来て世界のズレに気付いたか
何気に船坂さんの暮らしている世界が相当混沌としてる…
苛烈な面もあるけどやっぱり基本的には愛国心の強い人だなぁ
戦闘力は屈指のレベルだけど、果たしてワールドオーダーにどこまで太刀打ち出来るか

あと軽い指摘ですが、舞歌、時音、夏実の描写を見る限り高校生組はブレーザーっぽいですね


592 : 第八次世界大戦を越えて ◆H3bky6/SCY :2016/01/27(水) 21:35:26 T1B4zXvM0
>>586の35〜50行目を下記に修正します。
セーラー服にしたのは完全に筆者の趣味です申し訳ありませんでした。

>船坂はとりあえず目に入った服装について指摘した。
>明らかに和服ではなく、かといって西洋の服とも違う、船坂にとってあまり見慣れない意匠だ。
>どちらかと言うとブリタニア連中の正装に似ている。

>「えっと学校の制服ですけど…………? 神無学園の。なんか変ですかね?」

>問われて、九十九は自分の服装に何かおかしな所でもあるのかと、端を掴んだスカートを前後にピラピラと揺らしながら自分の格好を確認した。
>この半日色々あったお蔭で確かに汚れてはいるけれどこの状況だ、九十九からしてみればそこはお目こぼしいただきたい所である。

>「……その学校服は一般的なモノなのか?」
>「まあ女子はまだセーラー服も多いですけど、それなりに」

>つまり、学生服として一般化しているという事だろう。
>だが、そんな事実は船坂は知らない。


593 : ◆H3bky6/SCY :2016/02/11(木) 00:33:48 LM4FNx2s0
投下します


594 : インベーダー ◆H3bky6/SCY :2016/02/11(木) 00:35:40 LM4FNx2s0
「野郎が参加者の全員に何かしら干渉してるって話だが、俺にぁ覚えがねぇなそんなもん」

実験場の最深部にて探偵と悪の組織が遭遇を果たしてから数刻が過ぎた。
あれから探偵の口から語られたのは彼女が推理した主催者であるワールドオーダーの真実である。
先んじて直接本人にぶつけたモノと同じ内容を受け、悪の大首領は頷き、探偵の能力を認めた。

話の筋は通っていたし、その程度の内容を理解できるだけの頭は龍次郎にもある。
何より近年の世界の異変と照らし合わせて合点が行くところはあった。
だがしかしながら、全てを疑う訳ではないが、全てに納得できたわけでもない。
自らの人生に滲みが残るようなその点だけは納得いかなかった。

「先ほども説明しました通り、ワールドオーダーは幾つもの体を渡り歩いて増殖していた可能性が高いんです。
 事を成したのは今のワールドオーダーとは全く別の人物だったのでしょう。
 そうなれば彼、もしかしたら彼女だったかもしれない相手に覚えがなくても当然ですわ」
「そうじゃねぇよ。俺の生き方を決められるのは俺だけだ。野郎に限らず誰かに干渉された覚えなんざねぇんだよ」

これまでもこれからも、龍次郎の価値観は須らく龍次郎自身から生み出されたものである。
何者も彼の生き方に干渉する事などできない。
遥か頂きに届かぬ弱者たちは、彼の下に付き従うか、障害にもなれず破壊されるかのどちらかだ。

「それらが全て直接的な干渉とは限らないのでしょう。貴方ではなく貴方の周囲に対して間接的に働きかけた可能性だってある。
 いくらブレイカーズの大首領と言えど、全ての出来事に関わっていられたという訳ではないでしょう?」
「まあそりゃそうだ」

如何に強力であろうとも全能でない以上、関われる運命には限界がある。
龍次郎の預かり知らぬところで、何らかの運命を捻じ曲げたのかもしれない。
どんな干渉があったとしても龍次郎は龍次郎であり続けただろうが、それがワールドオーダーの干渉があったという事の否定にはならない。

「ところで私たち、ミル博士にまかせっきりでこんな所でだべってていいのかしら」

そう憂うように呟いて亜理子は視線を研究室の扉へと向けた。。
彼らは現在、場所を最下層から一つ上のフロアへと移し、研究者の休憩スペースと思しき場所で腰を下ろして雑談に興じていた。
ただ一人この場にいないミル博士は、工具のそろった研究室で首輪の解析を行っており。
することのない二人は成果をここで待っている、と言うのが今の状況である。

専門家に任せるという判断自体は間違いではないだろうが、大人しそうに見えて意外と行動派な女である。
探偵の性か、それとも単純に貧乏性なのか、誰かの成果をただ待つと言うのはどうにも彼女の性に合わない。
自分の運命を他者に預けると言う行為に酷く抵抗感を覚えてしまうのだ。

「構わん。門外漢は黙って待つのがよかろう」

どこからどう見ても行動派にしか見えない龍次郎は亜理子とは対照的にどっしりと腰を据えていた。
何なら乾パンをちぎって肩に乗せたシマリスにやるほどの余裕を見せるほどである。
この辺は、適材適所人に任せられる頂点に立つ者の器なのだろう。

「そう、ですよね」

亜理子にそれが出来ないのはきっと、心の奥底で他者を信頼できない彼女の性質の表れなのだろう。
助手なんてものを取らなかった一番の理由はそこに尽きた。
だから唯一の助手は心の底で憧れを抱いていた『彼』だったのかもしれない。

だが、そのくらいの不満は飲みこまねばならない。
この事件を解決するためにはブレイカーズの協力は必要不可欠だ。
協力者として取り入ると決めた以上、今は任せるしかない。

「けれど周囲の見張りぐらいはしておいた方が良いのではなくて?」
「不要だ。見張りなら鳥に任せたはずであろう」

『鳥』とは自立型AIを組み込まれた鳥形ロボット『フォーゲル・ゲヴェーア』の事だ。
今回はたまたま彼女に害意はなかったからよかったものの、この閉鎖空間であっさりと亜理子の接触を許してしまったのは余りにも無警戒であった、という事でミルが放った見張りの手である。
大空を舞う機械獣は実験場の周囲を監視しており、近づく者があれば首に括り付けた通信機能を持つ悪党商会のメンバーバッチを通じてこちらに知らせる手はずとなっていた。

それに亜理子の手元には首輪探知機もある。
この二重の監視の目があれば、何者かが地下実験場に接近してきたらまず見逃すことはないだろう。


595 : インベーダー ◆H3bky6/SCY :2016/02/11(木) 00:36:20 LM4FNx2s0
盤石な現状は理解できる。
だが、それでは手持無沙汰である。
まさか悪の大首領と楽しくお話しして時間を潰すなんて事もないだろう。そのような間柄でもない。
自らの役割を果たそうにも、彼女の役割はその頭脳を使った推理である。
新たな情報と言う材料がなければ推理もできない。

「なら、せめて現状の確認くらいはしておきましょう」

座して待つと言うのが耐え切れず、亜理子はそう提案した。
確認と言っても、情報交換は既に行われており、これまでの経緯は互いに確認済みである。
亜理子が言っているのは支給品や能力の確認という意味合いだ。

チームとして動く以上お互いの手札の確認しておけばイザと言うとき動きやすい。
だが、自らの手の内をすべて明かすと言うのは、裏切りのリスクを考えればおいそれと行えるものではない。
信頼関係がなければ切り札は明かしておかずとっておきたいと言うのが人情だろう。

この提案に対してブレイカーズの大首領はどう応えるのか。
亜理子が目を細め出方を窺う。

「俺の持ってるのはこの木刀とよくわからねぇ鍵、あとはディウスの荷物に遭った妙な棒切れだな」

だが、龍次郎はあっさりと己の全ての手札を明かした。
省かれている辺り、どうやら肩に乗ってるシマリスは彼の中で支給品と言う区分ではないらしい。

その発言の背景にあるのは亜理子に対する信頼、ではない。
裏切られ情報を逆手に取られようとも自分が敗北するはずがないという絶対的自信に基づく行動である。
成程と、心中で龍次郎の人となりを理解しつつ、表面上は表情を変えず亜理子が話を進めた。

「鍵っていうのは何処の鍵なのです?」
「だからよくわからねぇつったろうが。試そうにもそもそも試すような鍵穴自体が今のところ見あたらねぇんでな」

そう言って謎の鍵を亜理子へと投げ渡す。
それは豪華な銀の装飾がなされた金の鍵だった。
一般的な家鍵のようなシリンダーキーではなく、古めかしいウォード錠やレバータンブラー錠用の鍵の様である。
大きさから言って南京錠のような小物で無く、倉庫の扉のような大きな錠に対応した物だろう。
ひょっとした何か宝箱の鍵かもしれないし、どこかの施設の扉の鍵なのかもしれないが、確かに鍵だけでは推察のしようもない。

「では、妙な棒きれとはどのような?」
「こいつだ」

続いて取り出されたのは、いわゆるマジックハンドだった。
パーティグッズのような人の手型の物ではなく、駅の職員が線路上に落ちた物を拾うときに使用するような面白みのない形状だ。
亜理子の肘から手先ほどの全長で、遠く物を取るにしては些か短すぎるような気もする。

これがただのマジックハンドであったのなら殺し合いの支給品としてハズレもいい所なのだが。
亜理子は付属されている説明書へと目を通すと、何とも言えない息を漏らした。

【引き寄せ棒】
所有者の居なくなった支給品を一つ手元に引き寄せます。
しかし該当する支給品がなければ失敗となります。
一度使用すると自動的に消滅します。

「何とも……使いどころに困るアイテムね」

所有者が居なくなったと言うのがミソだろう。
もし仮にゲーム開始直後に使用していたら、ほぼ間違いなく失敗して無駄になるアイテムだ。
その上、成功したとしても何が手元に来るかはわからない上に、放棄されたアイテムという事はハズレである割合の方が高いというのも微妙な話だ。

追い詰められて一か八かで使うにしてもリスクが高すぎる。
使うとしたらある程度時間が進んで、状況が落ち着いている頃合いだろう。

「このアイテム、今が使いどころかと思いますけど、どうします?」
「好きにしろ。俺は元よりこんな道具になど頼らん。この身一つあれば十分だ」

そう乱暴に判断を投げる。
元より龍次郎はワールドオーダーの用意した物を信用していない。
現に彼がこれまで扱ってきたのはチャメゴンや従兄弟の木刀と言った縁のあるモノだけである。

判断を任されてしまった亜理子だったが、迷う余地はあまりなかった。
これだけ脱落者が出ているこの進行状況で、何も取れないという事はまずないだろうし。
例え使えないハズレを引いたところで、マイナスになるわけでもない。

「では」と断り、亜理子がマジックハンドのトリガーを引こうとした所で、タイミングよく研究室の扉が開かれた。
そこから真剣な面持ちをした幼女が現れる。
余程集中した作業をこなしてきたのだろう、その表情からは若干の疲労の色が見えた。
少女、ミル博士は開口一番こう言った。

「――――首輪の解析が終わったのだ」


596 : インベーダー ◆H3bky6/SCY :2016/02/11(木) 00:38:00 LM4FNx2s0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「首輪の構成は思った以上にシンプルなモノだったのだ」

そう言いながらミル博士は、コトと音を立てながら休憩室にある机の上に解体した首輪のパーツを置いて行く。
まず並べられたのは、四つの親指程の黒い箱、そして同じ数の短いコードだった。

「首輪にはこの小型爆弾が前後左右に一つずつ配置されていて、爆弾同士をこのコードで繋いでいていたのだ。基本構造はこれだけなのだ」

爆弾は小型。素人目にはこんなものが人一人の首を吹き飛ばせるだなんてとても信じられないような代物である。
コードは黒で統一されており、ドラマなんかでよく見かける赤か青かなんて多様性はないようだ。

「それだけ? 盗聴器や発信機の類はなかったの?」
「うむ。なかったのだ」

その返答に亜理子が考え込むように眉をひそめた。
亜理子は首輪探知機の存在から、首輪の中に発信機が存在し盗聴器と合わせて参加者の動向を把握してるのだと思っていたのだが、それがないというのは少しおかしい。

「恐らくその探知機は首輪探知機と言うより爆弾を探知しているのだろうな。
 爆弾には爆破コードや禁止エリアの判別と言った受信機能らしきモノがあったから、それを利用すれば爆弾の位置情報くらいは検知する仕組みを作れるのだ」

その疑問に完結にミルが答える。
だが、その説明だけでは納得がいかなかったのか、亜理子は思案顔のまま口元に指をやった。

「位置情報はそれでいいとしても、他の情報はどうなっているのかしら?
 例えば参加者の生死情報とか、放送で死者の発表を行っている以上把握してない何ことはないでしょうし。
 参加者の言動や細かい動向だって主催者としては把握しているはずよ」

まさか会場に放り出すだけ出しておいて放置という事もあるまい。
参加者の情報を把握する何らかの方法がワールドオーダーにはあるはずである。
実際に亜理子が遭遇したワールドオーダーはいろいろと把握している風だった。
ならば、ワールドオーダーは参加者の動向をどうやって把握しているのか。

「うーむ。少なくとも首輪の中にはそれらしきものはなかったのだ。
 その辺の情報を取得しているのは首輪とは別の仕組みによるものなのではないのか?」
「もしくは、野郎がそう言う異能を持ってんじゃねぇか?」
「一番妥当な線ですけれど。それを言ってしまえば何でもアリになってしまうわね…………」

龍次郎の言葉に理解を示しながらも探偵は苦笑を漏らす。
不可能犯罪を異能の一言で片づけられては推理屋は商売あがったりである。

「爆弾はどれか一つが不正に破壊されればその瞬間に残る爆弾が起爆する仕組みになっていて。
 コードによる接続が断ち切られた場合も同じく、起爆する設定になっていたのだ」
「おいおい、ずいぶんな設定じゃねぇか。ちょっと暴れたらコードなんて外れちまいそうなもんだが、大丈夫なのか?」

優秀な爆弾とは爆発しない爆弾であるという。
不要な時に爆発せず必要な時にのみ爆発するのが優れた爆弾なのだ。
あのワールドオーダーの用意した爆弾だ、その性能に疑いようはないだろうが、爆弾そのものではなく設定された爆発条件が緩すぎる。
コードなんて戦闘の余波で外れかねない、誤爆なんて事になれば目も当てられない。

「勿論、その辺の安全策はととられているのだ。
 まずこの首輪の外装は最近生み出された特殊合金で、チタンとカーボンのいいとこどりしたような代物なのだ。
 だから、半端な攻撃では傷一つく事はまずないだろうな」

とはいえ参加者は常識外れの集まりだ。例外はある。
例えば龍次郎なら力技で破壊できるだろう。
だが、中の爆弾を気にしての精密作業となると不可能である。

「そんな特殊合金を、こんなありあわせの施設でよく解体できたもんだな」
「その点は問題ないでしょう。首輪の目的を考えれば必ず構造上隙があるはずよ、そうよねミル博士?」
「うむ。爆弾の設置された箇所の内側、つまり装備者の首と接触している箇所に関しては合金ではなくただの鉄板で蓋をされているだけだったのだ」

参加者の首を落とすという目的がある以上、爆発を通す穴があって然るべきである。
一か所だけ穴を開ける事により、クレイモア地雷の様に爆発に指向性を与え確実に首を吹き飛ばす仕組みにも一役買っているのだろう。

「それさえわかっていれば、首輪を解体するだけならばミルじゃなくともある程度器用な人間ならできると思うぞ」

それだけ聞けば首輪の解除は容易そうに聞こえるが、そんな簡単な話ではないだろう。


597 : インベーダー ◆H3bky6/SCY :2016/02/11(木) 00:39:03 LM4FNx2s0
「問題は工事道具という事か」
「そうなのだ」

首輪を解体するだけならば可能だ。現にこうしてできている。
だが、実際に解除作業を行うには参加者の首が邪魔となる。
首輪のサイズは参加者毎に調整されており、1センチほどの隙間もない。
それを隙間を縫って内側から、薄いと言っても鉄板を削り抜くともなればかなりの難度だ。
加えて中の爆弾を傷つけないような精密動作ともなれば、その辺の道具では流石に無理がある。

「だがよ、ガワがいくら丈夫だとしても、中身まで丈夫って訳じゃねぇだろ?
 弾かれた衝撃で中の線が切れちまうなんて事もあるんじゃねぇか」
「その点も心配はいらないのだ。爆弾やコードの間には緩衝材が敷き詰められていて、戦闘の余波程度では中には何の影響も与えられないのだ」
「緩衝材と言っても限度はあるんじゃない?」

亜理子の問いにミルはうむと頷く。

「それはもちろん。どんなものにも限界値はあるのだ。けれど、この緩衝材もちょっと特殊なモノでな。
 単純な衝撃のみならず圧力や冷熱、刃物による刺突や斬撃と言ったそう言う類のダメージも呑み込む新開発の衝撃吸収材なのだ。
 その限界値はよくテレビでやってるビルの上から卵を落としても割れないなんてものとは比べ物にならないくらい高いのだ」

その性能の高さは悪の大首領と魔王の戦いを乗り越えたというお墨付きだ。

「また新技術、ね。聞いた事がないわね」

ぼやくような呟き。
様々な分野に対してそれなりに知識の深い亜理子ですら聞いた事がない。

「それも仕方がないのだ、合金の加工技術もそうだが、これらは元より兵器開発目的で開発された代物で一般的には公表すらされていない技術なのだ」

世間の評判は低くとも、腐ってもミルは最高峰の科学者だ。
独自の情報ルートから業界の情報くらいは仕入れている。
そのミルだからこそ知りえた最新かつ最深の情報だ。

「一般的に、という事は実用している所もあるという事かしら?」
「うむ。ミルの知る限りこの技術を両方実現可能なレベルで持っているのは組織、個人合わせても二つだけなのだ。
 一つは悪党商会、そしてもう一人は――――」
「――――藤堂兇次郎だな?」

先んじてその名を告げたのは龍次郎だった。
大首領の言葉にミルは真剣な面持ちで頷きを返す。

藤堂兇次郎。
人体実験を厭わぬ余りにも行き過ぎた過激な思想から学会を追放された男。
そこをブレイカーズに拾われ、同組織の中核である改造人間手術の全権を任された天才科学者である。

「つまり、悪党商会か藤堂兇次郎。そのどちらかがワールドオーダーに協力しているという事?」
「おそらくは」
「そのどちらかかってんなら、ま、藤堂博士だろうな」

ブレイカーズの頂点たる大首領は、あっさりと身内を槍玉に挙げる。
それは身内に対して義の厚い、龍次郎らしからぬ発言だった。

「一応、何故そう思うのか聞いてもよろしくって?」
「単純に藤堂博士はそう言う野郎だってだけの話だ。
 アイツは自分の理論を実現するために腕を振るう事しか頭にねぇからな」

身内として人となりを知るが故の発言。
同じ研究者として兇次郎を知るミルも、その人物評に同意する。

兇次郎はブレイカーズの一員であるがその行動理念や思想には一切興味を持っていない。
ただ己が研究成果を最も自由に振るえる場所としてブレイカーズを選んだに過ぎない。

龍次郎もそれを呑んだ上で天才科学者をブレイカーズに取り込んだのだ。
仮に兇次郎が本当にワールドオーダーに協力しているとするのならば、それは手綱を握りきれなかった龍次郎の落ち度だろう。

「それに悪党商会の連中もこのゴタゴタに巻き込まれてる訳だしな。要である技術屋の半田が死んじまってるってのは採算が合わねぇだろ
 当然、容疑者から外れるためのブラフの可能性もあるが、正直んなこと意味があるようには思えねぇな」
「そうですね。それに関しては私もそう思いますわ」

消去法で行くなら亜理子の結論も藤堂兇次郎である。
もちろん、容疑者がその二択であるならの話だが。


598 : インベーダー ◆H3bky6/SCY :2016/02/11(木) 00:40:18 LM4FNx2s0
「一先ず、その話は置いておくとして。基本となっているであろう首輪の構造は以上なのだ。
 次に魔王ディウス、死神月白氷の首輪についてなのだが、これらは爆弾などに関する基本構造は共通なのだが、それに加えて幾つか異なる特別な要素があったのだ」

事前の調査で別物であると判明している龍次郎が勝ち取った魔王の首輪。
そしてワールドオーダーが手ずから拾い上げたという死神の首輪。
いずれも曰くつきの代物だ。

「まずディウスの首輪の中には、爆弾のコードとは別にこれがあったのだ」

そう言って取り出したのは淡い光を放つ紐の様なものだった。
紐が光を放っていると言うより、光で出来た紐のような不思議な代物である。

龍次郎が光の紐をミルの手から抓みあげる。
チャメゴンが垂れ下がった紐の端っこを少しだけ齧り、不味かったのかすぐさま吐きだし龍次郎の肩を回った。

「何だこりゃ?」

訝し気な顔でミルへと問いかけた。
それに対し、ミルは苦々しい表情をして俯く。

「…………分らないのだ」
「ああん?」
「残念ながら、それがなんであるかミルには皆目見当もつかなかったのだ」

特別性の首輪の中身。
主催者につながる可能性が高い代物の解析できなかった事を恥じているのか、ミルは申し訳なさそうに下唇を噛み締めた。

「あら、何もわからなかったという事もないでしょう。
 ミル博士にも分らなかったという事が分かったんだから」

俯くミルに助け舟を出したのは亜理子だった。

「どういう意味だそりゃ?」
「ミル博士に分からないと言うのならそれは恐らく科学の産物ではないという事なのでしょう」

亜理子の言葉に龍次郎は顎を擦りながら少し考え込むと、ああと声を上げた。

「つまり、オカルトか」

純粋な科学の徒であるミルと違い、兇次郎は科学のみならずそう言った要素も自身の研究に貪欲に取り入れていた事を龍次郎は思い出す。
魔術的要素を取り込んだ、その最たるものが惑星系怪人である。
あのシリーズにはセフィロトの樹における惑星の見立てを利用しているとかなんとか。まあ龍次郎も良く分かっていないのだが。
こうなるといよいよもって藤堂兇次郎が怪しくなってゆく。

「その紐、私に見せてもらってもよろしいかしら」
「何だ、その手の心得でもあるのか亜理子よ?」

光の紐が亜理子へと手渡された。
数多のヒーローや敵対する悪の組織を打倒してきた龍次郎は魔法使いや特殊能力者という存在は当然ながら把握している。
亜理子が魔法について知っていても不思議ではないが、亜理子は静かに首を振る。

「そう言えば、先ほどは中断されて、こちらの装備を明かすのがまだでしたね。
 私に支給されたこの魔法の力を得られるステッキなんですのよ大首領。
 このステッキを使えば何かわかるかも知れませんわ」

そう言ってずっと手にしていたおもちゃ売り場に並んでいるようなファンシーデザインなステッキを前に掲げる。
ゴシックロリータなファッションからして、そう言う趣味の人間なのかと思って龍次郎もミルも触れないようにしていたが、そうではなかったらしい。
まあ実際のところはステッキはともかくファッションは趣味なのだが。

「そうだ。魔法の杖と言うのならミルも一つ持っているぞ。何かの役に立つかもしれないのだ」

そう言ってミルは自らの荷物の中からオデットの杖を取り出した。
魔法の力を強めると言う杖。魔法の使えないミルが持っていても宝の持ち腐れである。
ミリアが遺した道具を他人に預けるのは少々気が引けたが、そんな状況でもないだろう。
むしろ何か役に立ったならばミリアもきっと喜んでくれるはずだ。

「お借りしますわ。ミル博士」

そう言って亜理子がオデットの杖を受け取った。
テーブルの上に置いた光の紐に二本のステッキを重ねるようにかざす。
すると淡い光に呼応する様にステッキが反応を示した。


599 : インベーダー ◆H3bky6/SCY :2016/02/11(木) 00:40:41 LM4FNx2s0
「…………これは」

魔法の杖が反応したという事は、予想通りこの光の糸は魔法による産物で間違いないようだ。
その確証を得て、どういう物なのかを調べようと意識を集中した瞬間、ステッキを通じて何かが亜理子の中に流れ込んできた。

「亜理子………………!?」
「おっと」

次の瞬間、亜理子が力を失ったように膝から崩れた。
完全にその身が崩れ落ちる前に、咄嗟に反応した龍次郎がその身を支る。

「……失礼。もう大丈夫ですから」
「ど、どうしたのだ? 何か悪い物でも感じたのか?」
「いいえ、そういう訳ではないわ。ただ流れ込んできたのよ、この光に込められた魔法の力が」

スキャンした瞬間、情報が亜理子の頭に流れ込んできた。
それこそ強制的に理解させられたと言っていい。

「これは魔力を封じる拘束具のようなものね。強力な魔力封印魔法の塊のようなものよ」

それこそ魔王の力を押さえつけるほどの強力な魔法である。
この言葉に龍次郎が眉を吊り上げ不愉快そうに声を上げた。

「拘束具ぅ? つまりアレか? ディウスの野郎はハンデ付きだったってことか?」

魔力を抑えられながらあれ程の強さだったのだ。それがなければどれほどの物だったのか。
万全だった龍次郎と連戦を迎えていたディウスという、元より対等な条件の勝負ではなかったが、それでも勝負に水を差された気分になる。

「さて、そのディウスという魔王については私は見てないので何とも言えないのですけれど。
 このアイテムの効果からしてそうなのでしょう」
「するってぇと。やはり俺の鱗がいまいち調子が悪いのも首輪の仕込みのせいって事だな?」
「おそらくは。これに限らず特別性の首輪と言うのはそう言う事なのでしょうね」

その言葉に続いて、ミルが斑に呪詛のような何かが描かれた小型爆弾を取り出した。

「亜理子が持ってきた死神の首輪のほうに関しては、爆弾自体が別物だったのだ。
 これも調べた限りでは科学でさそうなのだが」

言われて、亜理子も軽くステッキを掲げてみるが何の反応も示さなかった。

「どうやら魔法でもなさそうね。けれど効果は想像がつくわ」

化学でも魔法でもない何か。
あの死神は自ら不死だと称していた。
殺し合いに不死の存在などそのまま招くはずがない。

――――不死殺し。
それがこの爆弾に込められた効果だろう。
不死者という異常を殺し、殺し合いを正常に運営するための仕組みだ。

強力な参加者に課せられた枷。
特別性の首輪がはめられる条件とその効果は判明した。
首輪の構造も判明し、首輪解除という目標に向けて一歩前進である。

わざわざワールドオーダーが拾い上げたからには何かあると思ったのだが。
特別性の首輪とは、殺し合いの進行に必要な処置を行ったと言うだけで対主催に繋がるモノではなかった。
それは残念である。
だが、直接的な成果ではないが探偵は一つだけ考える取っ掛かり得た。

魔王を縛り付ける程の魔法の技術があるのならば、何故その技術を他の首輪にも応用しなかったのか?

科学だけでなく、魔法と科学を合わせればより強固なシステムができたはずである。
現に、ミル博士は魔法に対して明るくない。
単純に食い合わせが悪く実現が出来なかった?
そうだとしても、奴には魔法だけではなく魔法でも化学でもない技術まである、使わない手はないはずだ。

使えなかったのか、使わなかったのか。
それとも、

「ねぇ。ミル博士。特別性の首輪の方に、何か共通する部分はなかったのかしら?」
「うむ。それについては最後に、つまりこれから話そうと思っていたのだ。
 特別性の首輪の方にだけ、共通して組み込まれていた物があったのだ」

そう言ってミルは指の爪程の薄いカードを二枚、取り出した。
表面にはそれぞれ05、07という数字が刻まれている。


「これは…………データチップ?」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


600 : インベーダー ◆H3bky6/SCY :2016/02/11(木) 00:41:01 LM4FNx2s0
機械仕掛けの鳥が遮るもののない大空を悠々と飛翔していた。
その空は広く、深い蒼に満たされており、どこまでも澄み渡って、何より不気味な空だった。
なにせ鳥類は愚か、羽虫の一匹すらいない。
命の匂いがしない空。フォーゲル・ゲヴェーアが舞うのはそんな奇妙な空だった。

点滅するランプのような紅い瞳が輝き、地上を見渡す。
仰せつかった任務は地下実験場に近づく人間の監視である。
雑多な人ごみの中から一人を探すのとはわけが違う、この状況で何者かの接近があれば見逃すはずがない。

だがしかし、何事にも例外はある。
判断基準を逸脱するような、そう例えば、移動する水たまり。
このような奇妙な現象に対する対処などAIの判断基準の中には含まれていない。

地上を這う水たまりからカエルの舌のように触手が伸び、フォーゲル・ゲヴェーアの右翼を捕えた。

物理的な接触にAIが緊急事態を知らせるがもう遅い。
それよりも早くフォーゲル・ゲヴェーアの全身がアメーバ状の何かに一瞬で飲み込まれる。
そして構造部の隙間から体内へとドロリとした液体が流れ込み、思考回路が侵食されショートしスパーク。
煙を挙げながら、フォーゲル・ゲヴェーアは地上へと落下した。

地上に落ちたスライムの中からペッと粘液塗れば機械の残骸が吐き出される。
アメーバが人の形を象ってゆく。

「不味い」

小学生としか見えない小さな少女――――セスペェリアはそう吐き捨てる。
失われた体液の補充になるかと思ったが、命のない機械は喰えたものではなかった。

『首…………析が…………のだ……』

鳥の傍らに転がるドクロ模様のバッチから何やら話し声が聞こえた。
それはどうやら、通信機の様である。
あの鳥が監視役だったのだろう、異常があればすぐさま知らせられるよう通信がONになっていたようだ。

そこから聞こえる声は三種。低い声の男と若い女、そして甲高い子供の声だ。
監視役がいたという事はこの施設にこの声の主はいるという事だろう。
セスペェリアは心中でほくそ笑む。
巧く行けば三人食える。それだけ食えば失われた体液の補充もできるだろう。

漏れ聞こえる会話内容に変化はない。
期せず巧く監視の目を潰したことによりセスペェリアの存在はまだ気付かれていないようである。

だが、それはおかしい。
地下実験場の監視の網は二つある。
上空からの監視から逃れられたとしても、亜理子の手元には首輪探知機があるはずだ。
参加者の接近があれば、これが反応を示すはずである、
その監視から逃れられたのは何故か?

その答えは簡単だった。
セスペェリアはゲーム開始直後に首輪の情報を得た時点で首輪など当の昔に解除している。

ミルが推察した通り、首輪探知機は爆弾の機能を探知している。
その機能が停止した以上、探知網には引っかからない。

液体生物であるセスペェリアならば首の内側からの強力で精密な動作など実に容易い。
ミルの上げた首輪解除に必要な要綱を簡単に満たせた。
簡単すぎて罠か何かではないかと警戒したほどである。
そのため天敵である爆弾の機能は完全停止させたが、首輪の残骸は念のため保有している。
もっとも、首輪解除に最も適した能力を持つセスペェリアに首輪のデータ回収を命じた時点でワールドオーダーの想定内なのだろうが。

解除した後も、同行する刻に不審に思われないために衣服などと同じく形だけは再現したが、もはやそれも必要なかろう。
首輪のない少女はぬるりとした一本の触手へと変化すると、排水口へと身を滑らせる。

誰にも気が付かれぬまま、侵略者<インベーダー>は静かに侵略を開始した。


601 : インベーダー ◆H3bky6/SCY :2016/02/11(木) 00:42:33 LM4FNx2s0
【E-10 地下実験場・休憩室/午後】
【剣神龍次郎】
[状態]:ダメージ(小)
[装備]:ナハト・リッターの木刀、チャメゴン
[道具]:基本支給品一式、謎の鍵
[思考・行動]
基本方針:己の“最強”を証明する。その為に、このゲームを潰す。
1:首輪の解析を行わせる。
2:協力者を探す。ミュートスを優先。
3:役立ちそうな者はブレイカーズの軍門に下るなら生かす。敵対する者、役立たない者は殺す。
※この会場はワールドオーダーの拠点の一つだと考えています。
※怪人形態時の防御力が低下しています。
※首輪にワールドオーダーの能力が使われている可能性について考えています。
※妖刀無銘、サバイバルナイフ・魔剣天翔の説明書を読みました。

【ミル】
[状態]:健康
[装備]:悪党商会メンバーバッチ(1番)
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜4、不死殺しの爆弾、データチップ(?)×2
[思考・行動]
基本方針:ブレイカーズで主催者の野望を打ち砕く
1:首輪を絶対に解除する
2:亦紅を探す。葵やミリア、正一の知り合いも探すぞ
3:葵を助けたい
4:ミリアの兄に魔王の死と遺言を伝える
※ラビットインフルの情報を知りました
※藤堂兇次郎がワールドオーダーと協力していると予想しています
※宇宙人がジョーカーにいると知りました
※ファンタジー世界と魔族についての知識を得ました
※初山実花子の首輪、ディウスの首輪、ミリアの首輪、月白氷の首輪を解体しました

【音ノ宮・亜理子】
[状態]:左脇腹、右肩にダメージ、疲労(小)
[装備]:魔法少女変身ステッキ、オデットの杖
[道具]:基本支給品一式×2、M24SWS(3/5)、7.62x51mmNATO弾×3、レミントンM870(3/6)、12ゲージ×4、ガソリン7L、火炎瓶×3
    双眼鏡、鴉の手紙、首輪探知機、引き寄せ棒
[思考]
基本行動方針:この事件を解決する為に、ワールドオーダーに負けを認めさせる。
1:ワールドオーダーの『神様』への『革命』について推理する。
※魔力封印魔法を習得しました

【E-10 地下実験場・配水管内/午後】
【セスペェリア】
[状態]:体積(40%)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、電気信号変換装置、地下通路マップ、ランダムアイテム0〜4、アイスピック、悪党商会メンバーバッチ(3番)、セスペェリアの首輪
[思考・行動]
基本方針:ジョーカーとして振る舞う
0:体液の補充を行う
1:次の調査対象を探す
2:ワールドオーダーと話をする
※この殺し合いの二人目のジョーカーです
※小学生の様な大きさです


602 : インベーダー ◆H3bky6/SCY :2016/02/11(木) 00:43:02 LM4FNx2s0
投下終了です


603 : 名無しさん :2016/02/20(土) 01:42:27 HXS3UmUE0
投下乙です
>第八次世界大戦を越えて

船坂さん過去の超兵器とかじゃなくて混ざってないもう一つの2014出身だったかー
世界が違う、相手の価値観を知ると基本的なやり取りをした後
速攻でワールドオーダー討伐に向かう魔神皇、南東の戦火、とどまることを知らないですね
しっかしWOさん随分と趣味の悪い名前の学校を立てやがったな…w

>インベーダー
門外漢な事には他人を全面的に信用する龍次郎のリーダーシップが光るな
ミル博士のパワーで驚くほど簡単に首輪の解除が見えてきて対主催が大きく前進したが
ここで二人目のジョーカー登場か
この完璧な対主催チームも先があんまり長くないかもなあ…
ろくな出番なかったのにあっけなくやられた鳥哀れ


604 : ◆H3bky6/SCY :2016/02/29(月) 01:30:28 seUgGyzc0
ちょっと遅くなりましたが投下します


605 : A bargain's a bargain. ◆H3bky6/SCY :2016/02/29(月) 01:31:17 seUgGyzc0
「…………ヴァイザー」

バラッドは呟き、森の奥から現れた因縁の相手を睨みつけた。
あの稀代の殺人鬼と目の前の女は似ても似つかぬ姿である。
だと言うのに、知らず口を付いたのはその名前だった。

それは前回の遭遇、別れ際に感じた印象によるものだろう。
本人に否定されようとも、その印象をぬぐう事が彼女にはどうしてもできなかった。

バラッドは目の前の相手へと注意を払いつつ、同時に周囲へと気配を配る。
横には恰幅のいい怪しげな壮年の男。そして後方には倒れ込んだヴィンセントがいる。
ヴィンセントは黒衣の男に切られた際にナイフに仕込まれた麻痺毒でも喰らったのか、倒れたまま動けそうにない。

「おい、お前。ヴィンセントの知り合いなんだな?」
「ヴィンセント? ああ、鵜院くんの事ね。
 そうだよ、さっきも言ったけど彼の所属する悪党商会の代表をやってる者だよ、なんだったら名刺いる?」

怪物を目の前にしているとは思えないようなおどけた様子で森は返す。
余裕があるのは修羅離れしているからだろう。

「名刺は結構だ。しかし戦いには手を貸そう。奴とは私も因縁浅からぬ間柄だ」

目の前の怪物と戦う事に関してはバラッドとしても異論はない。
むしろ望むところである。

「だが、戦うのは私一人でいい。お前はヴィンセントを連れてここから離れろ。
 足手まといがいては私も全力で戦えない」

この場において幾度も交戦し、ついには共闘まで果たしたバラッドはオデットの力をよく把握している。
恐らくはこの舞台における最強。
生半可な実力では太刀打ちどころか足手まといにしかならないだろう。
邪神とも戦えた自分ならば戦えるという自信はあるが、庇護する対象を背後に抱えて戦えると思うほどは自惚れてはいない。
別れてからの経緯を知らぬバラッドの中では、ヴィンセントは未だに力のない保護対象でしかない。
森茂と共に退避させるのが一番無難な判断と言える。

「大した自信だね。まあ、その自信を信じて少しお言葉に甘えるとしようか」

森は「よっ」という掛け声とともに千斗の体を肩に抱える。
痺れにより体の動かせない千斗は抵抗する事も出来ず、ただ曖昧な視線でバラッドを見た。
その目は、どこか遠く、彼岸を見つめているようだった。

「ああ、こちらもお前を信じて任せよう。ただし覚えておけ。ヴィンセントに何かあったらその時はお前の首が飛ぶぞ」
「おお怖い。心配せずとも大事な社員の身だ。社長であるこちらが責任を持つのは当然のことだよ。
 それじゃあ、彼を安全な所まで避難させたら戻ってくるから、それまで持ちこたえてくれるかな?」

そう言って森は踵を返した。
そしてこの場を離れるべく駆けだそうとするが、

「行かせると、思うのか――――ッ!?」

そうはさせじと周囲に散らばるビルの破片が一斉に浮き上がった。
走り出そうとした森たちに向け、オデットが指揮者のように腕を振るう。
人間など簡単にひき肉にしてしまう圧倒的質量のコンクリートの塊が、剛速球めいた勢いで二人の背に撃ち放たれる。
だが、

「――――やらせると、思うのか?」

白刃が煌めく。
瞬きの間に、巨大なコンクリート片は細断機でも通した様な細切れの砂粒へと化した。

さらりとした月の雫のような銀の髪が静かに揺れる。
この場を離れる二人を守護せんと悪神に立ち塞がるのは抜刀した白き戦女神だ。

「なんだぁ? まずはお前が遊んでくれるんのか、姉ちゃん」
「ああ。いい加減そろそろお前の顔も見飽きたよ。決着をつけよう化物女」

冷たい殺意を研ぎ澄まし、白い戦乙女は静かに刃を構えた。
その鋭い殺意を放ち立ち塞がる女の姿を見て怪物が嗤う。
蝶よ花よと育てられた穢れを知らぬような顔が、世の暗闇を味わい尽くしたような下品さで歪む。


606 : A bargain's a bargain. ◆H3bky6/SCY :2016/02/29(月) 01:31:59 seUgGyzc0
『来るよ!』

怪物と戦乙女の戦闘の開始を告げるように、妖精ユニが叫ぶ。
同時に、軽い歩調で踏み出したオデットの体が消えた。
高速移動などではない、瞬間移動という正真正銘の奇跡である。

だが、神の奇跡を目の当たりにしようとも今更バラッドに驚きはない。
邪神リヴェイラ戦で嫌と言うほど見た動きだ。
その動きは識っている。

斜め後方に出現した気配を察し、バラッドが反転しながら前へと踏み込む。
瞬間移動だろうと高速移動だろうと、10mを0.1秒で埋められるのならば同じ事である。
如何に瞬間移動といえども、実態がある以上追いつけないはずがない。

太刀を担いだバラッドが縮地めいた足捌きで一瞬で間合いを詰めた。
敵は射程内。躊躇う理由はない。
光のような速さで振り抜かれた刃は、オデットの体を捕えた、かに思えた。

だがその直前、刀を振り被ったバラッドの動きが止まる。
見えない何かに捉われ体を吊り上げられる感覚。
動きを止めたバラッドに向かって、オデットが蹴りの様に足を振り抜いた。
その足元から幾重もの風の刃が生み出され、バラッドへと襲い掛かる。

バラッドは咄嗟にクルリと振り返りながら空間を断ち切る様に背後に刀を振るった。
何かが断ち切れるのを感じ、不可視の拘束を脱する。
正体不明の超能力であっても、彼女が斬れると信じれば斬れる。
今、彼女が振っているのはそう言う力だ。

拘束を脱したものの、眼前には既に幾重もの風刃が迫っている。
この風の刃もまた、邪神との戦いにおいて見た御業だが、今回のは一味違った。

神の生み出した魔法は、人の生み出した魔法とは違う。
そこに意思は介在せず、ただ在るがまま赴く自然現象にすぎない。
読み辛いが、対処できるレベルになれば与し易いといえる。

だが、この刃は的確にバラッドを落とさんと自在の軌道をたどっていた。
それはただ魔法を放つだけではなく、念力(テレキネシス)により生み出した現象に方向性を持たせているのだ。
あらゆる方向から襲い掛かる刃に対し白い戦乙女にできる事などただ一つである。

全て、切り裂くのみ。

「――――――ハァッ!」

全方位に向けられて一息で放たれた斬撃は、舞い飛ぶ風の刃を例外なく斬り落とした。
それを楽しげに眺めつつ、オデットが指を擦りパチンと音を鳴らす。
その動作が魔法の炎を生み出す奇跡となる。
同時に発火能力(パイロキネシス)により周囲から炎が噴出した。

魔法の炎は一直線にバラッドへ向かい、超能力の炎は逃げ場を塞ぐようにバラッドの周囲を取り囲んだ。
二つの理論で生み出された業炎が白き乙女を焼き尽くさんと渦を巻くように入り混じる。

一瞬でも迷えば消し炭となるような状況で、バラッドは迷わず目の前に向かって太刀を振り下ろした。
周囲の炎を気にせず、迫り来る炎の先にいる敵に向けて一閃。
斬撃はモーゼの如く炎の海を切り裂き、敵の首へと光の矢のように一直線に伸びる。

炎を食い破りながら自らの喉笛をも食い破らんと迫る一撃を前に、オデットが払うように腕を振るった。
そこから光る障壁が生まれ、飛翔する斬撃と衝突する。
斬撃を相殺した障壁が砕け落ち、火の粉に交じり光の破片が舞い飛んだ。

その先に、オデットは白銀の流星を見た。


607 : A bargain's a bargain. ◆H3bky6/SCY :2016/02/29(月) 01:32:51 seUgGyzc0
斬撃の軌跡に追従するように、白い戦乙女が自ら切り開いた炎の道を駆けていた。
純潔体の攻撃はイメージに依るもの。
斬れると信じれば、間合いなどあってないようなものだが。
それでも、より強くイメージを固定できる慣れ親しんだ距離という物がある。

之即ち必殺の間合い。
そこから放たれる必殺の斬撃。

閃光のような一撃はしかし、オデットの体が掻き消えることにより空を切った。
瞬間移動により距離を取ったオデット。
着地したところで首元を抑えた。
押さえた首筋からつぅと一筋の朱い線が垂れる。

(掠めた…………?)

この事実に違和感を感じたのは攻撃したバラッドだった。
その疑問を解消すべく、ひとまずユニへと問いかける。

「ユニ、今の奴の攻撃も魔法か?」
『分からない、少なくともただの魔法じゃないわね』

魔法を操作し、バラッドを拘束した正体不明の力。
バラッドに魔法の力を与えたユニが知らないと言うのなら魔法以外の力なのだろう。
もしかしたらバラッドの知るような超能力なのかもしれない。

問題は正体そのものでなく。
ここまで幾度か交戦してきたにも拘らず、始めてみる攻撃であると言う所だ。
オデットとは幾度か交戦しているし、邪神との戦いも見ていた。
少なくともあの邪神相手に出し惜しみなどできるとは思えないのだが。

そして何より、掠めた最後の一撃である。
無論、殺すつもりだったが、同時に当たったことに驚いたのも事実である。
何故ならヴァイザーなら今の一撃を喰らうはずがない。

今のオデットからはヴァイザーを感じない。
能力もそうだが戦い方がまるで違う。

ヴァイザーは基本的に先手を取るのではなく、圧倒的回避力にモノを言わせたカウンターを主体としている。
蛇の様な執拗さで相手の隙を見逃さず食らいつく殺人鬼だ。
実際リヴェイラと戦った時のオデットはそうだったし、バラッドはがヴァイザーを感じたのもそこからである。

だが、今のオデットは違う。
餌を待ちきれぬ獣の様に自ら先手を取って積極的に攻めてきている。

魔法と超能力の組み合わせと言うハイブリッドにより攻撃面では確実に強化されている。
だが、防御面においては、瞬間移動と殺気を読むというあの時の方が強かった。

魔法を主体そしていた最初に戦った時とも違う。
ヴァイザーを感じた邪神戦の時とも違う。
第三の誰か。

「お前は、いったい誰なんだ?」

正体不明の怪物に問う。
怪物は「はぁ」と楽しげに息を吐いて、両手を広げて嗤った。

「何言ってやがる。俺は――――――俺さ」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


608 : A bargain's a bargain. ◆H3bky6/SCY :2016/02/29(月) 01:34:41 seUgGyzc0
「ま、この辺でいいかな」

二人の乙女がぶつかり合う戦場から少し離れた市街地で千斗を抱えた森茂が足を止める。
森は戦闘音を遠く聞きながら、肩に担ぎあげていた千斗の体をアスファルトの地面に放り投げた。

森にとって、いかにオデットをやり過ごしながら悪砲を手に入れるかが課題だった。
千斗が動けなくなった時点で無理やり剥ぎ取っても良かったが、接続された悪砲を引き剥がすのは少々手間で時間がかかる。
その間オデットをやり過ごすのは流石の森でも難しい。
腕ごともぎ取るのが一番手っ取り早かったのだが、その場合は最悪千斗を気にしていた様子だったバラッドまで敵に回しかねない。

そんな状況で、バラッドの提案は渡りに船だった。
何者かに貰った麻痺毒で千斗が動けないと言うのも幸運である。

森はバラットとの約束なんて当然の如く守る気がない。
千斗の安全など確保するつもりはないし、そもそも殺す予定である。
見返りのない約束なんて契約ともいえない。
そんなものを守る義理も義務もこの悪党には存在しなかった。

とはいえ、ワールドオーダーの件は正式な契約だ。
命をかけるほどの価値があるか、と問われれば微妙な所だが、見返りがある以上履行できるならすべきである。
ワールドオーダーからの注文は、奴が要件を済ましてこちらに来るまでオデットに参加者を殺させないよう足止めをすることだ。
足止めに残ったバラッドが殺されてしまえば契約不履行となってしまう。

全ての善悪を識る者として殺し屋であるバラッドの事は当然の如く識っている。
見た目は情報と幾分か違い、何かしらの加護を得ているようだが、あのオデット相手にどれほど持つかは分かったものではない。
速く悪砲を回収して応援に駆け付けるべきだろう。

「じゃあ鵜院。この悪砲は返してもらうよ」

そう言って森は屈み、地面に転がった千斗の腕から悪砲を剥ぎ取ろうとした所で、

「…………待、て」

その腕を捕まれた。

「おや、もう動けるのかい。まあ、それもそうか」

活性化したナノマシンにかかれば、麻痺毒などすぐに解毒できる。
そもそも麻痺毒なんかにかかった方がおかしい。
余程強力か、それとも特殊な毒だったのか。

「けど、待ても何も悪砲はもともと俺の物だよ、それを返してもらおうってだけだから。
 泥棒はよくないなぁ、鵜院くん」

そんな言葉は聞こえていないのか、ただ誰にでもなく熱に浮かされた譫言の様に千斗は呟く。

「……ダメだ。ダメなんだ、それがなくちゃ。
 それがなくちゃ――――世界が壊せないじゃないか」

その言葉に森が驚いたように目を見開いた。
森の右腕を掴んでいた千斗の腕を、引きはがすように左腕で握り返す。

「まあ、末端の君じゃ知らないのも当然だがね。教えてないし。
 けどね、それでも悪党商会に属する者が世界を消し去ろうだなんて、そんな言葉を吐くもんじゃないよ」

腕をつかむ森の腕に力がこもってゆく。
その万力のような握力に、千斗の骨が音を立てて軋んだ。
痛みと圧力に千斗が顔を歪ませ、悪砲の銃口から輝きが漏れる。

「ッ! はな……っ。離、せッ!」

世界を震わす轟音と共に、悪砲から消滅砲が放たれる。
その予兆を事前に察していたのか、森はいち早く射線から離れ身を躱していた。

「おっと。もうリロードできたのか。その辺は流石だね」

反動で大きく後方に跳ぶ千斗の体を身を見送り。
消滅砲がビル街を強引に削り取る光景を背景に森は瞠目する。

ナノマシン適合者。
一億人に一人の才能。


609 : A bargain's a bargain. ◆H3bky6/SCY :2016/02/29(月) 01:35:45 seUgGyzc0
「そうそう。別れの前に一応お礼を言っておこうか。
 ありがとう、君のお蔭でナノマシン研究は20年は進んだよ」

普通の人間のナノマシン適合率は1〜5%。
適合率が低ければ拒否反応で激痛に苛まれ、最悪死に至る。

森茂の現在の適合率は24%。
長年の研究や薬剤投与により、無理やりに引き上げてこの数値だ。
それでも拒否反応は避けられず、無痛処理を施し誤魔化している
加えて首輪にかけられた制限により、稼働率は半分と言った所だろう。

対して、鵜院千斗のナノマシン適合率は実に86%。
常人とは比べ物にならない数値であり、森からしても遥か遠い存在であると言える。

だが、それはただの数字の話だ。
ただあるだけでは、何もないも同然である。

「いい機会だ、社員研修といこうか」

ズズズと大量の蟻のような黒点が森茂の皮膚の下を這うように蠢いた。
蠢く蟻の群が森の右手の先へと集まってゆく。

「ナノマシンの使い方について一つ、教えてあげよう」

ピンと突き立てた人差し指から薄い爪のような何かが伸びた。
それは指一本分ほどの長さの向こう側が透けて見えるほどの薄く透明な刃だった。

指先に集めたナノマシンを刃状にして放出するナノサイズの刃、ナノブレード。
体内に保有できるナノマシン量の上限こそ少ないものの、森はそれらを自在に制御できている。だからこそできる芸当だ。
ただ多いだけで使い方の分からない千斗とは訳が違う。
もっとも千斗にナノマシン保有者であるとう自覚はなかったのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。
同じように治癒や防御にも効率よく転用できるが、消滅砲の相手をする今回はさすがにそれを生かすのは難しかろう。

もっとも、このナノブレードも森のナノマシン適合率ではあくまで近接戦の補助程度の効果しかない。
正直、森からしても余り使いたい手段ではなかったのだが、銃も弾切れして武器がなくなった以上しかたのない所だ。

ナノブレードを構える森に、立ち上がった千斗が悪砲を向けた。
恐らくその残弾は空だが、自動補充型である以上、いつリロードされる変わらない危うさがある。
やり方わかっていないだけで、千斗程の適合率があれば、その気になれば5秒あれば補充できるはずだ。
悪砲をよく知る森だからこそ迂闊には攻められない。

元より悪砲は、一撃当てれば勝てるというピーキーな格上殺しの兵器である。
森もまさか自分が狙われる立場になるとは思ってもみなかったが、なるほどこれは厄介だ。
タイミングを見誤れば消滅砲の餌食となり、一瞬でも油断すればそれが死に直結する。

森は前ではなく千斗の右手側に回り込んだ。
そのまま一定の距離を保ちつつ千斗を中心に円を描く様に移動を続ける。
千斗は追いすがる様にその動きをなぞって体ごと銃口を動かしてゆく。
銃弾は徐々に溜まりつつある。

そのまま互いに隙を伺い睨みっていたが、唐突に戦況は動く。
森が突然バランスを崩したのだ。
先ほど撃たれた消滅砲により崩れたビルの瓦礫に足を取られたのである。
訪れたまたとない好機に、千斗は迷わず引き金を引いた。

音を引き裂き放たれる消滅砲。
全てを凌駕し消し去る絶望を前に、バランスを崩したはずの悪党が動いた。

森がバランスを崩したのは無論、意図的なモノである。
いつ撃たれるとも分からない消滅砲を撃たせるための誘いの隙だ。

森と千斗の戦士としての実力も経験も天地以上の差がある。
戦闘ではいつもやられ役、攻める立場には慣れていない千斗にはそれが誘いの隙であると気づくことができなかった。
なにより千斗は冷静な判断の出来る精神状態ではない。

森は消滅砲の速度、効果範囲、破壊規模。
使い手だからこそ理解している全ての情報を駆使して消滅砲を紙一重の間合いで躱した。
そして一瞬で間を詰めると、すれ違い様に指先のナノブレードを振り抜く。
凄まじい切れ味のナノブレードが、切り裂くのではなく澄まし通すように千斗の肘から腕を両断した。

「っ…………ぅわぁああっ!」

腕が切断される痛みに声を上げた。
パニックになった人間は思いもよらぬ行動に出ると言う。
千斗は切り裂かれ、ズルリと落ちる腕をつかみむと、くっつけようと切断面にこすり付けた。
それは現実を戻そうとする逃避に近い行動だろう。

「は、ハハッ。ハハハハハハ。くっついた」

だが、彼の場合。
それが本当にくっついてしまうのだが。
千切れた腕がくっつくなんて、いよいよもってあり得ない現象に彼の認識はさらに深淵へと堕ちてゆく。


610 : A bargain's a bargain. ◆H3bky6/SCY :2016/02/29(月) 01:36:57 seUgGyzc0
「おやおや、いよいよ化け物じみてきたね」

彼を化け物にした張本人が呆れたように言う。
覚醒が成長を促したのか、凄まじい再生力である。
両断された四肢を結合するなど森の把握しているスペックを既に上回っていた。

今の千斗を解剖すれば、研究を更に計画を5年は進められる。
冷徹な研究者として脳内でそう算段を立てた。

しかしここまで来ると、殺すのも手間である。
それこそ消滅砲でも使わない限り殺し切るのは難しいだろう。
かといって消滅砲では研究材料としては使えなくなってしまう。
跡形を残しながら殺し切るのは至難の業かもしれない。

ならばと、続けざまリロードが完了する前に、振り返った森が今度はナノブレードで首元を切り裂いた。
近接戦のスキルも千斗では手も足も出ない。
短いブレードでは太い首を落とすには至らなかったが、為されるがままパックリと裂かれた首元から濁流の如き血液が噴出する。

だが、ナノサイズの自動機械が暴走めいた修復力で瞬時に傷を塞いてゆく。
致命傷ですら致命傷にならない、出血もすぐさま止まった。

「ぎィ…………っ!!」

千斗が噛み砕く勢いで歯を食いしばって、悪砲を装着した腕を振り上げた。
悪砲が輝き、その発砲の予兆を見て素早く森がその場を引く。
同時に、最後っ屁と言わんばかりにナノブレードを振るい、悪砲を持っていない方の手首を裂いていった。

手首の動脈が裂かれ赤い流水がアーチを描く。
そんな痛みももう慣れた。
どんな傷だろうと『どうせ治る』と開き直りにも似た感覚で、傷を無視して悪砲の引き金を引こうとして、

「…………あ、れ?」

そのまま千斗の体が直立不動のまま倒れた。
体が灼熱を帯びる。全身が心臓にでもなったかのように脈動していた。
周囲に聞こえているのではないかと言うほどの速さで鼓動の音が響き、心臓が口から飛び出しそうである。

それは何の事はない。
ただ単に、疲労が極限に達したと言うだけの話だ。
もちろんこのタイミングで限界に達したのは偶然ではなく、明確な理由はある。

ナノマシンは何でもできる夢のエネルギーではない。
ナノマシン自体が自律的にエネルギー変換を行い自己増殖によりその総量を増やしているだけで、質量保存の法則やエネルギー保存の法則を無視できるわけではない。
適合者である千斗の蓄積したエネルギー量は確かに多いが、限度は当然の様に存在する。

ナノマシンの大半は体内を巡る血液の中に含まれている。
森が大量出血を伴う箇所ばかり攻撃を続けていたのはそのためである。

大量の出血により、ナノマシン濃度が一時的に低下した。
足りない分は、宿主の酸素や蛋白質といった別の所から持って来るしかない。
故に、ナノマシンを限界を超えて行使すれば”こう”なる。
いずれは回復してしまうだろうが一時的に無力化するだけならこれで十分である。

「まあ、この辺は今後の課題かな」

息も絶え絶えにもがき苦しむ千斗を見下ろしながら、森は頭を掻いた。
森は千斗の体を千斗以上に把握している、千斗の体を弄繰り回したのは森なのだから。
この間に悪砲を取り戻し、頭部だけを狙って消し去り死体を回収する。
後はバラッドの下に援護に向かって、それで完了だ。

「む…………ッ!?」

だが、千斗へと手を伸ばそうとした所で、森は不穏な気配を察した。
同時に、森に向かって鋭い刃が落ちる。
森は咄嗟に、その場を飛び退き身を躱した。
そしてすぐさま体制を建て直し襲撃者の姿を確認すると、ほぅと感歎の息を漏らした。

「――――遠山春奈」

そこには一人の侍が立っていた。


611 : A bargain's a bargain. ◆H3bky6/SCY :2016/02/29(月) 01:38:26 seUgGyzc0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

市街地の端にある一角に時代に取り残されたようなうらぶれた古臭いビルがあった。
華やかなビジネス街の雰囲気はなく、このような事態にならずとも用件がない限りおよそ人の寄り付かないような、遠山たちが身を隠していたのはそんな場所だった。

「……何か、デカい音が聞こえましたよね」
「そのようだな」

世界そのものを消滅させるような不吉な調べは、遠山たちの元まで届いてきた。
まるで怪獣でも暴れているのではないかという戦闘音と呼べない異音だ。
音源は遠そうだが、それだけの距離を経て届いたというのは異常事態である。

「どうします? 遠山さん」

真剣な声色で亦紅が問う。
近くで何かが起きているのは確かだろう。

だが、珠美の調子はまだ芳しくない。
意識こそ失っていないが、未だ麻痺のような痺れが取れずまともに動くことすらままならい。
この状況で何かに巻き込まれるのは避けたいところである。

だが、下手に動くのもまずい。
珠美を背負っての移動ともなれば機動力が落ち、下手を撃てば全滅しかねない。

「俺が辺りの様子を見てこよう」

そう言って遠山は壁際にかけてあった日本刀を手にし、スクっと立ち上がる。

「単独行動は危険です。もしかしたら市街地にいるという『邪神』かもしれませんよ?」
「だからこそ、状況を正確に知る必要があるのだろう」

それは正論であるし、亦紅だって理解している。
単独行動は危険だが、状況を知るための斥候は必要だ。
とはいえ、いざと言うとき珠美を守るため残る護衛要因も必要である。
誰かが担わねばならい役割なのだ。

「だったら私が」
「いや、亦紅は火輪の様子を診てやってくれ。女同士の方が何かと都合がよい事もあるだろう」
「ですけど…………!」

食い下がる亦紅に遠山は懐から紙の人型を取り出す。
そして不安がる子供を安心させる様に優しく頭を撫でた。

「心配するな、無理はせん。様子を見てすぐ戻る。
 何より俺には壱与の守りがある、どんな相手だろうと負けはせんさ」

そして、大見得を切って斥候に出た遠山だったが。
程なく進んだところで呆れ果てた様に茫然と足を止める事となった。

遠山の目の前に広がっていたのは、空間ごと消滅したようにくり抜かれた異様なビル群だった。
とても人の手で作れるものとは思えない破壊跡である。
それとも、それはあくまで遠山の常識であり、この世界ではさもありなんという事だろうか。

この破壊を生み出したのは『邪神』か、はたまた別の何かか。
ここでいったん引き返すべきかという考えも過った。
だが元凶が何者であるかの確認くらいはしておくべきかと思い直し、ビルに空いた穴の直線を慎重に辿って行った。
そして、この騒ぎの元凶と思しき相手を発見する。

森茂。かつてこの場で戦い、遠山にとっては一度殺された相手でもある。
そして、もう一人。
森に襲われていると思しき青年の存在を確認した。

それを見た遠山は迷いなく飛び出すと、断ち切る様に霞切を振り下ろす。
その一撃は躱されたが、森と青年を切り離す事には成功した。


612 : A bargain's a bargain. ◆H3bky6/SCY :2016/02/29(月) 01:40:22 seUgGyzc0
「遠山春奈。放送で呼ばれなかったから、もしかしてと思っていたけれど、生きていたんだね」
「仲間のお蔭でな。一度黄泉路を彷徨ったが舞い戻ってきた」

遠山は刀を正眼に構え、背後の存在を守る様に巨悪の前に立ち塞がる。
亦紅たちには無理はしないと約束したが、襲われている人がいると言うのなら話は別だ。
見捨てる事などできない。
愚かと言われようとも、この生き方ばかりは曲げられない

「どいてくれないかな。知り合いでもあるまいし君にはそこの彼を守る理由がないだろう?」

森は鬱陶しいという感情を隠しもせず、不機嫌そうな態度を露わにした。

「悪意に晒される弱きを護るのに、理由などいらない」
「弱き、ねぇ…………まあいいさ。なら力ずくでどいてもらうしかないよ、ね!」

早々に決着をつけるべく、一直線に森が駆ける。
遠山のスペックは知れている。
悪砲を相手にしていた時とは違い警戒する必要はない。

何より森にはあまり時間がなかった。
今の千斗は貧血のようなモノだ、じきに回復する。その前に事を済ませねばならない。
それにオデットの相手をしているバラッドも気がかりである。
遠山に時間をかけている暇などないのだ。

神速の動きと共に振り下ろされるナノブレード。
これに対して遠山は、落ち着き払った様子で刃を傾けた。
そしてスルリと、ナノブレードの側面を撫でるように受け流す。

そして柔から剛へ。
緩やかな春風は突風のような鋭さに変わる。
跳ね上げるように切り返された刃が森に向かって切り返された。

「…………ちィ」

何とか身を引き、その攻撃は避ける事が出来たが、その鋭さに舌を打つ。
『現代最強の剣士』その称号は伊達ではない。

ナノブレードという獲物が不味かった。
彼と競うのならば、拳なり斧なり槌なり銃なり、剣以外の要素で戦うべきだ。
剣技において遠山春奈を上回ることなど、何人たりとも不可能である。

だが、それも剣が一本ならば、の話だが。

「シィ――――ッ!」

十指それぞれから、黒い刃がバナーの炎の如く噴出した。
踊る十の黒い軌跡。
鍵爪の如く十の刃が振り抜かれる。

「ハァ――――――――ッ!!」

気合と共に遠山が十の刃に対抗する。
一本の刀が舞い飛ぶように跳ね、十の刃を受け捌いた。
それはまるで演武のような華麗な剣技だった。

これが現代最強の剣士。
超人の長が相手であろうとも、剣で遅れはとらない。

だが、しかしこれは剣術の勝負ではない。
勝つか負けるかではなく、生きるか死ぬかの実戦である。
剣技の勝ち負けなど、要素の一つに過ぎない。

十指を弾かれながら、森は足だけを踏み込み、遠山の足を踏みつけた。
本命は足元。派手な十指は囮である。
踏みつけた足裏から、小さいながらもナノマシンの刃が伸び、足の甲を貫き地面に釘を打っていた。

「……ッ!?」

痛みに遠山の動きが止まった。
そしてそれは致命的な隙となる。

森が獲物に喰らいつく獣の顎のように両腕を広げた。
そして、挟みこむように同時に腕を振るい遠山の体を蹂躙する。
遠山の肉は抉られ、その命はここに尽きる。


613 : A bargain's a bargain. ◆H3bky6/SCY :2016/02/29(月) 01:42:47 seUgGyzc0
はずだった。

だが、その時不思議な事が起きた。

切り裂かれ抉り取られた遠山の体に、透明な女の姿が重なる様に舞い降りてきたのだ。
女の影は遠山の懐、その下に忍ばせた式神へと重なった。
人の形紙に降霊めいたシャーマンの祈りが霊憑依(オーバーソウル)する。

同時に式神がバラバラに引き裂かれた。
式神が身代わりとなってその傷を肩代わりしたのだ。
在り得ない奇跡を前に驚愕する森に向けて、遠山が踏み込む。

「ちぇりゃぁぁぁぁああ!!!」

そして――――――斬。
裂帛の気合いと共に振り下ろされた落雷めいた斬撃は、森の巨体を袈裟から切り裂いた。
勢いに押され、森はたたらを踏みながら後方へと下がる。

「…………なるほどね」

これが遠山の切り札か。
確かに殺したはずの遠山が生き残ったのはこのためかと得心する。

森は切り裂かれた傷口を押さえる。
手に返るぬるりとした感触。
血が止まっていない、傷の治りがこれまで以上に遅い。
どうやら千斗と近しい状況に陥っているようである。
効率よく使用しているものの、ナノマシン量が少ない森の方が単純に考えてエネルギーが尽きるのは早い。

痛みはこれ以上は危険だと肉体に伝える警告である。
その警告を切るという事は、自身の限界に気づかず危険領域を超えてしまうリスクを背負う事になると言うこと。

無痛症である森はその警告に気づくことができない。
これまでナノブレードと言ったナノマシン応用を控えていたのはそのためだ。
自身の管理は経験則でやっていくしかないのである。

「――――退け」

切っ先を突き付け、遠山が宣告する。
今の遠山の目的は森を倒す事ではない。
元々偵察、成り行きとは言え千斗を守り抜けるのならば今はそれでよしとする。

森としても現状の不利は認めざる負えない状況だ。
装備もないこの状態で遠山春奈の相手をするのは少し厳しい。
何より、全回復する遠山の切り札が後何度使用できるのか定かではない以上、相手をしても時間の無駄になる可能性が高い。

意地なるような場面ではないのかもしれない。
悪砲は諦めここは一旦引いて、バラッドの応援に向かうべきか。

そんな選択が森の脳裏によぎった、瞬間。



森茂の右腕が消失した。



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614 : A bargain's a bargain. ◆H3bky6/SCY :2016/02/29(月) 01:45:05 seUgGyzc0
千斗は酷い病にでもかかったような気怠さの中で目の前の光景を見つめていた。
突然現れた見たこともない男が、自分を殺そうとした社長と殺し合っている。
それは、ふわふわと霞む意識と視界と相まって現実感のない不気味な演目だった。

そして男が社長に殺され、社長に殺された男に女の姿が重なったかと思えば、切り裂かれたはずの傷がなくなっていた。
殺されたはずなのに生きている男。
何もかもがおかしかった。
誰も彼もがおかしく、現れた男も遠く彼岸の住民だった。

土は土に。
灰は灰に。
塵は塵に。

死んだのに生きているような間違いは正さねばらない。
そしてその手段を、彼は手にしている。

全ての間違いを『無かったこと』にする一撃が撃ち放たれた。

全てを消滅させる消滅砲は遠山の胴の中心を射抜き。
コルクの栓を抜いたように綺麗に抉れた中央の穴から葡萄酒みたいな紅い液体と共に中身が零れ落ちる。

遠山が千斗を庇う直線状に立っていたのが、森にとって災いした。
遠山の体が目隠しとなり、森の視線からは消滅砲が死角となった。
撃ち抜かれた消滅砲は、遠山の体ごと森を掠めその右腕消滅させた。

「くっ…………!」

無痛症である森に痛みはないが、四肢切断はさすがにまずい。
千斗ならあるいはできるのかも知れないが、森の適合率では四肢を再生するほどの再生力はない。

「ふん…………ッ!!」

止血のため、千切れた腕に力を籠め筋肉によって血管を圧迫する。
同時にナノマシンを集中し治療を促す、その活動は鈍いが止血くらいにはなるだろう。

「……いや、まいったね。嘗めてたよ」

状況が重なり流石の森にも焦りがあった。
遠山の近接戦の実力と思わぬ切り札による反撃。
ナノマシンの自己増殖により千斗が復活するまでに事を済ませねばという焦り。
オデット相手にバラッドがどれだけ持つかも常に気にかかりだった。
何より、千斗が撃てる程回復するにはまだ時間がかかるだろうと踏んでいた。

「そこまでして押し通すその狂気(しんねん)は中々に豊潤だ。
 それに免じて、鵜院、右腕は君にくれてやろう」

認めるようにそう言って、森は足元の戦闘員を見下ろす。
実際、森の読みは正しかった。
千斗はとっくに限界であり、消滅砲を撃てるような状態ではなかった。

ナノマシン欠乏症でただですら足りない所に、悪砲に充弾し消滅砲を放ったのだ。
口から肺が飛び出してしまいそうなほど苦しげだ、もはや呼吸もままならない。
そんな状態でも撃たずにいられなかったほど、彼の精神は彼岸に至っていたのだろう。

これまで森は千斗を実験動物程度にしか見ていなかったけれど。
成熟すれば、あるいはいい悪党になったのかもしれない。

森は千斗から悪砲を剥ぎ取り左腕にはめ込む。
片腕で少々苦戦したが、今度は邪魔は入らなかった。

悪砲を向ける。
森の消耗も限界に近いが、上手くやりくりすればあと2、3発は撃てるくらいの余裕はある。

「それじゃあ鵜院、名残惜しいけれどサヨナラだ」

別れの言葉を告げる。
その言葉が果たして届いたのか。
呼吸すらできない状況で、千斗はただ空を見上げるように顔を上げ、森をその瞳に捕えた。
その目は絶望と狂気を煮詰めたような濁った色をしていた。

全てを断ち切る様に消滅砲の閃光が彼の世界を包んだ。

【遠山春奈 死亡】
【鵜院千斗 死亡】


615 : A bargain's a bargain. ◆H3bky6/SCY :2016/02/29(月) 01:46:32 seUgGyzc0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

怪物と戦乙女の戦いは激化していた。

互いに攻撃に傾倒したスタイルであるというものあるだろう。
防御ではなく、先手を取る事で攻撃を潰してゆく攻撃的防御を互いに繰り返し、辺りの地形を平らにしながら戦況を広げてゆく。

現時点で押しているのはバラッドだ。
スペックと言うより戦い方の問題である。
近接戦を望むバラッドとしては、積極的に攻めてくる今のオデットはいくらかやりやすい。

だが、同時に限界が違いのもバラッドだった。
オデットは完全性を保つ神の機能として多少の傷は回復してしまう。
対してバラッドのダメージは小さいながらも蓄積してゆく。

純潔体はイメージが全てだ。
その気になればダメージはおろか疲労すら無視できる。

だが、バラッドは知っている
戦闘とはそんな都合のいいものではないと。

刃で切られれば傷はつくし、銃で撃たれれば人は死ぬ。
そんな都合のいい考え方が出来る程、バラッドは器用な女ではなかった。

知らないという事が強みとなる事もある。
現実を知らなければ、想像力は無限大だ。
だからこそ、この力は純粋無垢な少年少女にしか扱えないのだろう。
そしてそれでいいと、ラバットは思う。

都合のいい神のような力など欲しいとは思わない。
望むのは全ての理不尽を断ち切る刃だけだ。

「ハァ――――――ッ!!」

バラッドが攻める。
迫りくる魔法の雨を叩き斬り、真正面から敵を両断せんと刃を振るう。
オデットは瞬間移動でこれを躱し、バラッドの後ろを取った。

その動きをバラッドは読んでいた。
瓦礫の下に仕込んでおいた苦無をイメージの糸で引っ張り上げる。
テグスを使った苦無の応用だ。

バラッドの後方を取った気になって攻撃に意識の向いているオデットではこの攻撃は躱せない。
だが、オデットは攻撃ではなく、またしても瞬間移動を行い、後方からの攻撃を躱した。

(…………なんだ?)

またしてもその動きに違和感を感じる。
完全ではないが死角からの攻撃を躱した。
動きが変わった、と言うより戻ったのか?
いやそれも違う。

今感じたと言うより、戦っている間、ずっとそう感じていた。
変わったと言うより、変わりつつある。
攻撃性を残したまま、あの稀代の殺人鬼の匂いを感じさせつつある。

オデットの中で何が起きているのかは分からない。
だが、早めに片をつけないと取り返しのつかない事になる予感がある。
ここで仕留めねば、何か恐ろしい事になるという不安がよぎる。

再び開いた距離を詰めるべく、バラッドが前へ出た。
それを迎え撃つべく、オデットも重心を前に瞬間移動の構えに出た。


616 : A bargain's a bargain. ◆H3bky6/SCY :2016/02/29(月) 01:48:47 seUgGyzc0
そして、二人が同時に前ではなく、大きく後方に飛び退いた。

瞬間。
轟音と共に、白い閃光が二人の間を突き抜けていった。

「おっと、外してしまったか」

現れたのは左腕に黒い砲台を装備した森茂だった。
その男の様子を見てバラッドが眉を顰める。

「その手………………どうした?」

問うたのは左腕ではなく、なくなってしまった右腕の事である。

「ああ、ちょっとね。気にしなくていいよ」

軽い調子でそう言うが、避難を頼んだヴィンセントの安全にも直結する話だ。
気にするなと言われても、すんなりそうですかとはいかない。

「何にせよ話しは後だ。今はアレを仕留めようじゃないか」

問い詰めようとしたバラッドの気配を察して、森が目の前の怪物を銃口で指す。
確かに、その通りである。
敵を前にもめている場合ではない。
今はバラッドを見捨てる選択肢があったにも変わらず戻ってきたことを信頼すべきか。

「いいだろう話は後だ。ただし、戦いが終わったら何があったのかしっかりと聞かせてもらうからな」
「もちろんだとも、約束するよ」

そう言葉を交わしてバラッドが前に出て、森がその後ろで悪砲を構えた。
先ほど通り過ぎた悪砲の威力はバラッドも見ている。
バラッドが隙を作り、森にとどめを狙わせるという陣形を無言のまま互いが共有していた。

それを見てオデットは口元を歪める。
無駄な足掻きだと、神の力を持つ怪物は人々を嘲笑うように。

そうして同時に全員が動き。
総力を尽くした最後の戦いが始まろうとしたところで、




「――――――『戦闘』は『そこまで』だ――――――」




ピタリと、映像の一時停止のように全員の動きが静止した。

そんな時の止まった世界の中。
一人、悠然と風を切る様に歩く者がいた。

「ワールド…………オーダー………ッ!!」

バラッドが敵の名を叫ぶ。
何の警戒もなく目の前を練り歩くその首は隙だらけだ。
今のバラッドなら、それこそ一瞬で全てにケリが付けられる。

だが、不倶戴天の敵が目の前にいると言うのに、どういう訳か闘争心が湧いてこない。
闘いにどうしても踏ん切ることができなかった。


617 : A bargain's a bargain. ◆H3bky6/SCY :2016/02/29(月) 01:50:56 seUgGyzc0
「ご苦労だったね森茂。予定外の巻き込まれもいるようだが」

森の元まで足を進めたワールドオーダーはそう言って、敵意を露わにしながらも動けずにいるバラッドへと視線を送った。

「ありゃ? まずかったかな? 一応オデットの手による被害者は出してないけど?」

それは契約条件の確認と共に、言外にオデット以外の手による被害者の存在は容認されるのだろう? と問うていた。
そんな真意を知ってか知らずか、ワールドオーダーはこれに特に言及はしなかった。

「いやいいさ。手段に条件は付けなかったしね。そこまで厳密さは求めていない。
 正直なところ一人二人は落ちると思ってたから、むしろ上出来な方さ」
「あらら。信用ないのね」

心外だと言わんばかりに肩をすくめる。

「それじゃあ、あとはこっちでやるから。もう行っていいよ。報酬は電話であっちの僕に聞いてくれ」
「ああ、そう。やっぱりそっちに繋がってたのねこの電話」

そう言って取り出した携帯電話をくるりと回しながら、「じゃあね」と、それだけを残しそそくさと森はその場を後にした。

「おい待て……! …………くそッ!」

去ってゆく森を追うべきか、バラッドは迷う。
森を追ってヴィンセントの事を問いただしたかったが。
目の前に全ての元凶がいるのだ、放って置くわけにもいかない。

「君も行っていいよバラッド。君だって無意味に死ぬのは嫌だろう?」

迷うバラッドに元凶が言う。
最悪、オデットと相打ちにでも持ち込んでやる覚悟だったが。
ワールドオーダーもいるとなれば、それすらも難しくなった。
確かにそれでは、犬死だ。

邪神の時と違って、矜持を賭けて引けないような状況でもない。
冷徹な仕事人としての損得勘定をするならば、引くべきだろう。

「ああ、心配しないでいいよ。別に追わないから、僕が用があるのはこっちのオデットだからさ」
「………………」

果たしてそれは信じるに値する言葉か。
どちらにせよ闘えない以上、ここに残っても意味はない。
二人を視界にとらえ最大限警戒したまま、バラッドは後方へ引いた。
それを満足げに見送って、ワールドオーダーはオデットへと振り返る。

「さあ、それじゃあお話ししようかオデット。これからの君の処遇について」

そう言って、支配者は笑う。
全てを飲み込むような奈落のような笑みだった。


618 : A bargain's a bargain. ◆H3bky6/SCY :2016/02/29(月) 01:51:11 seUgGyzc0
【I-8 市街地 路地/午後】
【バラッド】
[状態]:純潔体、ダメージ(中)
[装備]:ユニ、朧切、苦無(テグス付き)
[道具]:基本支給品一式、ダイナマイト(残り2本)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いに乗るつもりは無いが、襲ってくるのならば容赦はしない
1:森茂を追って何があったか問いただす
2:ウィンセントを探す
3:ユージーの知り合いと会った場合は保護する。だが、生きている期待はあまりしていない。
4:アサシンに警戒。出来れば早急に探し出したい。
5:イヴァンのことは後回しにするが、見つけた時は殺す。
※鵜院千斗をウィンセントと呼びます。言いづらいからそうなるのか、本当に名前を勘違いしてるのかは後続の書き手にお任せします。
※バラッドの任意で純潔体と通常の肉体を切り替えられます。

【森茂】
[状態]:右腕消失、ダメージ(大)、疲労(極大)
[装備]:悪砲(0/5)
[道具]:基本支給品一式、携帯電話、S&WM29(0/6)、鵜院千斗の死体
[思考・行動]
基本方針:参加者を全滅させて優勝を狙う。
1:この場から離れ、報酬をもらう
2:他の『三種の神器』も探す。
3:交渉できるマーダーとは交渉する。交渉できないマーダーなら戦うが、できるだけ生かして済ませたい。
4:殺し合いに乗っていない相手はできるだけ殺す。相手が大人数か、強力な戦力を抱えているなら無害な相手を装う
5:悪党商会の駒は利用する
6:ユキは殺す
※無痛無汗症です。痛みも感じず、汗もかきません

【オデット】
状態:首にダメージ。神格化。疲労(中)、ダメージ(中)。人喰いの呪い発動
装備:なし
道具:リヴェイラの首輪
[思考・状況]
基本思考:気ままに嬲る壊す喰う殺す
1:ワールドオーダーに対処
※ヴァイザーの名前を知りません。
※ヴァイザー、詩仁恵莉、茜ヶ久保一、スケアクロウ、尾関夏実、リヴェイラを捕食しました。
※現出している人格は『茜ヶ久保一』です。他に現出できる人格はオデット、ヴァイザーです。
 人格を入れ替えても記憶は共有されます。
※人格と能力が統合されつつあります。

【主催者(ワールドオーダー)】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、携帯電話、ランダムアイテム0〜1(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを促進させる。
1:オデットとお話しする
※『登場人物A』としての『認識』が残っています。人格や自我ではありません。

【I-7 市街地/午後】
【亦紅】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ、マインゴーシュ、風切、適当な量の丸太
[道具]:基本支給品一式、銀の食器セット
[思考・行動]
基本方針:ワールドオーダーを倒し、幸福な物語(ハッピーエンド)を目指す
1:遠山を待つ
2:博士を探す
3:サイパスら殺し屋組織を打破して過去の因縁と決着をつける
4:首輪を解除するための道具を探す。ただし本格的な解析は博士に頼みたい
5:ピーターへの警戒心
※少しだけ花火を生み出すことが出来るようになりました

【火輪珠美】
状態:ダメージ(中)全身火傷(小)能力消耗(中) マーダー病感染(発症まで残り3時間)
装備:なし
道具:基本支給品一式、ヒーロー雑誌、禁断の同人誌、適当な量の丸太
[思考・行動]
基本方針:祭りを愉しみつつ、亦紅の成長を見届ける
0:回復したら遠山を探しに行く
1:『邪神』を捜索する
2:亦紅、遠山春奈としばらく一緒に行動
3:祭りに乗っている強い参加者と戦いを愉しむ
4:祭りに乗っていない参加者なら協力してもいい
5:会場にいるほうの主催者をいつかぶっ倒す
※りんご飴をヒーローに勧誘していました
※亦紅に与えた能力が完全に開花する条件は珠美が死ぬことです


619 : A bargain's a bargain. ◆H3bky6/SCY :2016/02/29(月) 01:52:06 seUgGyzc0
投下終了です


620 : ◆VofC1oqIWI :2016/03/01(火) 16:18:28 beOD3y7M0
投下します。


621 : ストライク・ザ・ブラッド ◆VofC1oqIWI :2016/03/01(火) 16:19:17 beOD3y7M0


殺し合いの始まりよりも以前。
数年前の、ある日の出来事だ。


「はーッ……はァーッ………」


人気の無い夜道に、荒い呼吸音が小さく響く。
制服姿の少女は、首元から血を流してしゃがみ込む親友を見つめていた。
少女の息は荒く、目は血走り、瞳は鮮血の様に紅く染まっている。
そして、その口元に生えていたものは―――鋭い犬歯。
その姿を見た者は、彼女をこう呼ぶだろう。
人食いの吸血鬼(ヴァンパイア)、と。

喉が、渇いていた。
腹を空かせていた。
餓えを満たせるものが、欲しかった。

その欲望は年を重ねるごとに膨れ上がっていった。
幼き日には少量の血液で十分だったというのに。
高校生になった今では、その程度では物足りない。

もっと食料が欲しかった。
もっと血液を取り込みたかった。
兎に角、腹を空かせていたのだ。
これまでずっと空腹に耐えてきたが、最早限界だった。


「……ァ……白、兎」


だから彼女は、親友を襲った。
高校のクラスメイトである雪野白兎に、牙を突き立てたのだ。
白兎はその場で膝を突き、唖然とした様子で首筋の苦痛に苛まれている。
そんな親友の姿を見て――――葵は、我に返った様子で顔を青ざめさせる。


「あおい……何、それ……吸血鬼……?」


白兎が、苦痛を堪えながら問い掛けた。
鋭い牙に加えて、人間の血を吸うという先程の行動。
聡明な知性を持つ白兎はすぐに葵の性質を察した。
葵が、普通ではないということを。
吸血鬼のような、血を喰らう存在なのだということを。


622 : ストライク・ザ・ブラッド ◆VofC1oqIWI :2016/03/01(火) 16:19:54 beOD3y7M0

「そのッ、あたし、ただ、お腹空いててッ……殺そうなんて、思ってなくて………!
 ごめ、ごめん………ごめんなさい………ッ!」


愕然とした表情で、葵が言った。
必死に謝辞を述べる様に。
自らの罪を懺悔する様に。
己の過ちを、心の底から後悔する様に。


――――親友を襲ってしまった。
――――親友を傷付けてしまった!


葵は己の行為が如何に愚かだったのかを、理解してしまった。
果てしない餓えに負け、親友に手を出してしまったのだから。
自分の為に、友達を犠牲にしようとしてしまった。

血を吸い切る前に思い留まった為、殺さずには済んだ。
だが、それでも――――それでも、白兎を襲ったことは確かだった。
親友に、自分が人食いの化物であるということを知られてしまった。

葵はその場でぺたりと崩れ落ちる。
頬を涙の雫が流れ落ちる。
白兎の目も憚らず、咽び泣いた。
取り返しのつかないことをしてしまったと言う後悔、そして罪の意識。
それらが葵の胸の内をを蝕み、彼女を苛んだのだ。

白兎は、唖然とする様に葵を見つめることしか出来なかった。
親友が吸血鬼で、自分を襲って、泣き始めて――――。
予期せぬ出来事が立て続けに起こった為に、呆然とすることしか出来なかった。
それでも、白兎は考えようとする。
目の前で泣きじゃくる親友を見て、己のすべきことを思考する。


どうすれば、いいのだろう。
葵が吸血鬼で、私を襲おうとして。
でも、葵はお腹が空いているらしくて。
私を襲ったことも、悔やんでいて。
こんなに、泣いていて。
つまり。
―――――どうにかして、空腹を満たしてあげればいいのだろうか。


「…あの、さ……葵」


首筋を抑えながら、白兎が声を掛ける。
葵は涙で歪ませた顔をゆっくりと上げる。
何を言われるのだろう。
やっぱり、突き放されるのだろうか。
そんな不安と疑念を表情に浮かべて、葵は白兎を見つめる。



「今、トマトジュース、持ってるんだけど……飲む?」
「……え?」



白兎から返ってきたのは、予想外の一言。
素っ頓狂な提案に、葵はぽかんと口を開いた。
雪野白兎が出した結論、それは『代用品で腹を満たすこと』だった。


◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆


623 : ストライク・ザ・ブラッド ◆VofC1oqIWI :2016/03/01(火) 16:20:44 beOD3y7M0
◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆



少し前まで天上に昇っていた太陽は、ゆっくりと傾き始めていた。
正午から幾許かの時が過ぎ、時刻は昼間へと移行していく。
荒れた山道に陽の光が射し続ける。
岩や土が日光の熱に晒される。
一日で最も気温が上昇する時間帯であることも重なり、山中は温暖な気候に包まれていた。

昼間の山道を、二つの人影が進む。
片方は紅い前髪と蒼い後ろ髪を持つ精悍な顔立ちの青年。
もう一方はロングウェーブの髪と赤いジャケットが特徴的な若い女性。
JGOEのヒーローである氷山リク、そしてラビットインフルの社長である雪野白兎だ。

二人が目指しているのは、この山道の先にある中央区域。
白兎は禁止エリアが狭められていくことで最後に残るであろう、会場の中央を調査することを提案したのだ。

中央、あるいはその近辺に目立った施設は幾つかある。
展望台。ダム。水力発電所。
展望台は単なるオブジェクトに過ぎない可能性が高いが、発電所は別だ。
ダムが建設されている本格的な水力発電所となれば、何らかの用途に使われている可能性は高い。
少なくとも会場内に供給される電力の生成を賄っていても不思議ではないのだ。
第一回放送後に調査した電波塔でも電気が生きていたのだから。

この会場が無人島であることは語るまでもない。
電波等の調査を行った際に、周辺への電波が届かないことを確認した。
完全な孤島か、あるいは異界か。答えは未だ解らない。
外部への電波さえも届かない環境。まるで巨大な密室だ。
少なくとも、此処が普通の島ではないということは明白だ。

だが、この島では電力が生きている。
他に人間が存在しない筈の島で、電気の供給が行われているのだ。
先に述べた通り、電波塔での調査で判明したことだ。


「水力発電所と言えば、普通は作業員による監視や定期的な点検が行われている筈よ。
 にも拘らず、住民が存在しないこの島で電力が滞りなく供給されている」
「ワールドオーダーが手を回して、発電所を機能させているかもしれない…ってところか?」
「ええ。…正直言って、かなり手探りな発想だけれどね」


苦い表情で白兎はそう答える。
無人の筈の島で発電所が生きているのならば、ワールドオーダーが何かしらの形で介入した可能性が高い。
その為、発電所の施設を調査すれば主催者の尻尾を少しでも掴めるかもしれない。
はっきり言って、手掛かりが見つかるという見込みは薄い。
前提からして「ワールドオーダーが関わっている『かもしれない』」という推測に基づいているのだから。
だが、白兎とリクはここまで後手に回り続けている。
主催者に関する有力な情報も得られていないのが現状だ。
それ故に調査は手探りにならざるを得ない。
例えアテの小さい可能性でも、二人には直接調べに行くことでしか真偽を確かめる手段が無いのだ。


624 : ストライク・ザ・ブラッド ◆VofC1oqIWI :2016/03/01(火) 16:21:29 beOD3y7M0

「手探りでも、可能性があるだけマシさ。確かめて見る価値はあるだろう」
「…そうね。少なくとも、何も得られない訳ではない。
 可能性を考慮し、確認するだけでも行動する意義はある」


山道を進みながら、二人は言葉を交わす。
主催打倒の為の大きなヒントになる可能性は低いものの、少なくとも何かしらの手掛かりにはなるかもしれない。
二人はこれまでも主催や会場に関する考察を繰り返していたが、結局のところ有力な情報を未だに掴めていないのだ。
だからこそ、小さなヒントでも構わなかった。何かしらの情報が欲しかったのだ。
もしも発電所を含めて中央の調査で何も得られなかったとしても、「中央には何も無い」ということが判明する。
それだけでも一応の収穫にはなるだろう。
それ故に、二人は中央を目指して進むのだ。


無言の返答によって会話が途切れた後も。
二人は、黙々と山道を歩いていく。
日差しが照る中で、淡々と歩を進めていく。
周囲への警戒も怠ることも無く、二人の戦士は険しい道を突き進む。
そろそろ、中央へと到着する頃合いだろう。


「…なあ、社長」


そんな中、リクが唐突に声を掛ける。
白兎は無言でリクの方へと視線を向けた。


「俺は、決して屈するつもりは無い。
 この殺し合いにも、ワールドオーダーにも…
 絶対に、立ち向かうことを諦めない。そう誓っている」


歩を進めながら、リクは静かに語り出す。
氷山リク―――シルバースレイヤーとしての誓いを、この場での相棒たる白兎に語る。
自らが何者であるかを確認するように。
己の進むべき道を、改めて認識するように。


「だけど、こうしている間にも罪無き人々が死んでいる。
 理不尽にこの殺し合いに巻き込まれ、命を落としている。
 佐野さんや、おやっさんも…」


リクの語り口に、次第に悔いるような感情が籠り始める。
リクはこの殺し合いに決して屈するつもりは無い。
だからこそ、殺し合いを打破する為に行動している。
だが、そうしている間にも殺し合いは巻き起こり続けている。
己の知らぬ場所で罪無き人々が無惨に殺されている。
主催者の掌の上で踊らされ、殺し合いに乗ってしまった者達が居る。

結果として、数多くの人間が命を落としてしまった。
ラビットインフルの社員、佐野蓮も。
おやっさんこと、剣正一―――――ナハト・リッターも。


「…俺は、自分の無力さがどうしようもなく悔しい」


拳をギュッと握り締め、リクはそう呟く。
苦々しげに、悔しげに、彼は歯軋りをする。
正義のヒーローであるにも関わらず、他者を守ることさえ出来ていない。
殺し合いを打破する為の調査はこれまでにも行っている。
しかし、この殺し合いを止めること自体は殆ど出来ていないのだ。


625 : ストライク・ザ・ブラッド ◆VofC1oqIWI :2016/03/01(火) 16:22:18 beOD3y7M0

放送では、次々と犠牲者が伝えられる。
この殺し合いによって命を落とした者達が、淡々と告げられる。
自分はそれを、ただ聞いているだけしか出来ない。
リクの胸の内に込み上げるのは、悔しさだった。
守るべき者達を、仲間達を守れない自分への怒りだった。
これまでは「ナハト・リッター達がそう簡単に死ぬ筈が無い」という慢心があったのかもしれない。
だからこそゲーム開始以降は白兎と共に会場の調査や考察を優先していたのだろう。
だが、そんな常識は此処では通用しない。

この会場には、未だ30人前後の参加者が存在している。
JGOEの仲間であるボンバー・ガールや、ラビットインフルの空谷葵も健在だ。
今もまだ生きていると言っても、彼女らもまたどこかで危機に陥っている可能性がある。
リクは彼女らの元に今すぐにでも駆け付けたかった。
しかし、居場所の宛が無い現状での捜索は困難と言わざるを得ない。
手探りで捜索を行うにしても、得るものがないまま時間を浪費する危険性が大きい。
それ故に他者の捜索を主軸として行動することは出来ない。

リクはそのことを理解している。
だからこそ―――――悔しかった。
自分の力ではどうしようも出来ないという事実が、ただただ悔しかった。

リクの独白を耳にし、少しの間を開けた後。
白兎は、リクを諭すように言った。


「…氷山くんの気持ちは解るわ。でも、全てを救うことなんて出来ない。
 だからこそ、私達は私達にやれることをするしかない」


全てを救うことは出来ない。
ならば自分達にやれることをするしかない。
白兎は、気丈な態度でそう言った。

雪野白兎は、ラビットインフルを経営する社長だ。
同時に悪の秘密結社の親玉でもある。
他者を使う人間だからこそ、組織を運営する人間だからこそ、現実的な視野で物を見ることが出来る。
それ故に彼女はリクの苦悩を理解しつつも、今の自分達がするべき在り方を示した。

この会場にいる者達全員を救うことなど、不可能なのだ。
そんなことが出来るのは都合の良い神様だけだ。
それを理解しているからこそ、白兎はあくまで己が成すべきことをこなす。
主催を倒す為に必要なこと。
今の自分達がやれること。
白兎はそれらを冷静に分析し、此処まで己に出来ることをやってきたのだ。
全てを救うことが出来ないなら、せめて出来る範囲での抵抗はしたい。
白兎は、そう思っていた。


626 : ストライク・ザ・ブラッド ◆VofC1oqIWI :2016/03/01(火) 16:22:58 beOD3y7M0

「……ああ。そうだな、社長」


悔しさを堪えるように、リクはそう答える。
彼女の言う通りだと、自分に言い聞かせる。
氷山リクは、強い正義感の持ち主だ。
同時に、彼は国家から活動を認可されたJGOEのリーダーでもある。
現実的な判断も時には必要である、ということを理解するだけの判断力はある。
白兎の言った通り、この場に居る全ての人間を救うことなど――――到底不可能だ。
だからこそ、せめて主催を打破する為の手段を探さなければならない。
皆を守ることの出来ない自分の無力さに苛まれながらも、前を進むしかないのだ。


(……私だって、悔しいわよ)


雪野白兎は、冷静沈着な人間だ。
合理的な判断力と鋭い洞察力を併せ持つ優れた経営者だ。
それ故に彼女はこの殺し合いにおいても最前の判断を取ろうとする。
だが、白兎は決して冷徹な人間と言う訳ではない。
彼女もまた血の通った人間である。
散っていった仲間達への想いが、無い筈は無かった。


(ごめんなさい、蓮ちゃん。…社長である私が、貴方を守れなかった)


彼女が追憶したのは、この殺し合いに巻き込まれ、命を落とした社員。
―――――佐野蓮。
ブレイカーズへの復讐の為にラビットインフルへと入社した、人間と怪人のハーフ。
気さくで明るく、社内のムードメーカーとも言えた存在。
彼はもう、この世にはいない。
ナハト・リッターと共に第一回放送でその名を告げられた。
リクが己の無力さを悔いるように、白兎もまた悔しさを覚えていた。
自分達に出来ることは限られている、というのは解ってる。
それでも、自分はラビットインフルの社長だ。
社員を守ることさえ出来ない自分が、悔しかった。
故に白兎は謝辞を述べる。
死んだ人間からの反応など、返ってくる筈が無いと解っていても。


白兎は、整理する。
ラビットインフルのメンバーと言える者で、この場で生きているのは二人。
一人は社長である自分、雪野白兎。
もう一人は。
吸血鬼であり、自分の高校時代からの親友――――――



「社長、どうやら着いたようだ」


627 : ストライク・ザ・ブラッド ◆VofC1oqIWI :2016/03/01(火) 16:23:31 beOD3y7M0

ハッとしたように、白兎は現実に引き戻される。
山道の高所で立ち止まったリクの隣に立ち、二人はその先の光景を見つめる。
数百メートル程先に、巨大なダムが存在していた。
その傍にあるのは水力発電所。
それらの施設を確認した白兎は、視線を横へと向ける。
少々離れた地点には展望台と思わしき施設も見受けられる。
ようやく、会場の中央へと到達したらしい。

意を決したように、二人は歩を進める。
調査を行うべく、まずは発電所へと――――――


「…氷山くん」
「ああ」


唐突に、二人が足を止めた。
何かに感付いたように、二人の表情が険しくなる。
山岳を走行する音が二人の耳に入る。
甲高いエンジン音が山中に響いている。
こちらへと、何か向かってきている。
自動車か、あるいはバイクか。
そういった乗り物の類いに乗っている何者かが。


二人が、音の聞こえた方角へと振り向く。
先程まで自分達が進んでいた山道から、少し外れた方向。
リクと白兎は、その視界に捉えた。
こちらへと迫り来る『影』の存在を。
『影』、もとい流線型の黒いバイクはこちらへと一直線に突撃してくる。
猛烈な速度で、迫ってきている。



二人はすぐに察知した。
危険だ、と。
アレは殺意を以て、こちらへと接近してきているのだと。



「社長!避けろッ!!」



リクが咄嗟に声を上げた。
彼の呼びかけを聞き、白兎は即座に回避行動を取る。
そして、流線型のバイクはけたたましい音を轟かせながら。
リクへと目掛けて、突撃を行う―――――!



「シルバー・トランスフォォォォーーーーーーームッ!!!!!!」


628 : ストライク・ザ・ブラッド ◆VofC1oqIWI :2016/03/01(火) 16:24:06 beOD3y7M0


[Authentication Ready... ]
[Transform Completion]
[Go! ―――――Silver Slayer]



リクの咆哮と同時に、銀色の輝きが彼を包む。
鳴り響く機械音。光はリクの四肢は変化させていく。
刹那の後、リクの肉体は変化を遂げる。
白銀のヒーロー、シルバースレイヤーへと変身したのだ。
そのままシルバースレイヤーは両腕を前へと突き出し、突撃を仕掛けてきたバイクを全力で受け止めた。



「う、おおおおおおおおおおおおおッ――――!!!!!」



凄まじい馬力がシルバースレイヤーの身体を押していく。
何と言う勢いだ――――改造人間をも上回りかねないパワーが、シルバースレイヤーの両腕に掛かる。
装甲の下で、リクが踏ん張るように歯軋りをする。

一体、これは何者なのか。
これほどの馬力を持つバイクなど、普通は有り得ない。
あるバイクの存在を除いては。
まさか、これは。



「お前は……ブレイブスター!?それに――――」



その時、リクは気付いたのだ。
自らに襲い掛かるそのバイクが何者なのか、ということを。
ブレイブスター。かつてブレイカーズから脱走した時に強奪したバイク。
数々の戦いを共にした、JGOEのメンバーに並ぶシルバースレイヤーの戦友と呼べる存在。
それが、何故。
白銀の車体は黒く染まり、剰えシルバースレイヤーに襲い掛かっている。

何故だ。何が起こった。
シルバースレイヤーは思う。
ブレイブスターを操ることが出来るのは、シルバースレイヤーか。
あるいは、シルバースレイヤーが認めた「仲間」のみだ。
では、このモンスターマシンを操っているのは。



「―――葵?」



横に跳び、回避した白兎がぽつりと呟く。
彼女は、見た。
ブレイブスターに群がり、車体を蝕む黒い蝙蝠達を。
車体と同化するように座席に跨がり、真紅の瞳を輝かせる『吸血鬼』を。
白兎も、リクも、見間違える筈が無かった。


彼女は白兎の親友であり、リクを想う者だった。
二人を襲ったのは、空谷葵だったのだ。
狂気の笑みを浮かべた葵は、ただただリクを見つめていた。


◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆


629 : ストライク・ザ・ブラッド ◆VofC1oqIWI :2016/03/01(火) 16:24:42 beOD3y7M0
◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆


此処は何処なのだろう。
あたしは、空谷葵はアテも無く彷徨い続けていた。

空に浮かんでいるのは黒い太陽だ。
まるで全てを飲み込むブラックホールの様な虚無の色に染まっている。
何であんなことになっているんだろう。
葵はぽかんとした表情で思うが。
何故だか、心地よさを感じていた。

凄く、眩しい。
暖かくて、ぽかぽかする。
真っ黒なのに、あの太陽は明るい。

陽の光を見上げる葵の口元には笑みが浮かんでいた。
吸血鬼と言えば、夜の怪物というイメージを持たれがちだ。
だが、あたしは太陽が好きだった。
明るくて、きらきらしてて、あったかくて。
薄暗い夜とは異なる、光そのものの星。
そんなお天道様が、大好きだった。

べちゃりと、液体を踏む様な音が響く。
ぽかんとした顔で葵が足下を見下ろす。


赤。赤。赤。赤。赤。赤。
赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤――――――――。


足下は、真っ赤な血に塗れていた。
どこから湧いてきたのかも解らないそれは、あたしを中心に少しずつ広がっていく。
まるで大地を覆い尽くしてしまうかの様に、拡散を続ける。

真っ赤で、臭くて、でも甘ったるい匂いがする。
血液の香りが、あたしの鼻を付く。
すごく美味しそうだ。
なんて、美味しそうなんだろう。


『やっぱり、そうなるわよね』


べちゃり、べちゃり、べちゃり。
足音が、あたしの耳に入ってくる。
広がっていく血を踏みながら、誰かが近付いてくる。
誰だろう。『あたしの世界』に、誰が来たんだ。
あたしは、足音の方向へと目を向けた。


「ああ……誰かとおもえば。ひさしぶり」


黒い髪の少女が、そこにいた。
ツーサイドアップの髪。ブレザーの制服。
そして、その両手から生やした獰猛な『鉤爪』。
知らないはずがない。忘れるはずもない。

クロウ。
いままであたしを何度も殺そうとしてきた、同族だ。


630 : ストライク・ザ・ブラッド ◆VofC1oqIWI :2016/03/01(火) 16:25:56 beOD3y7M0

「死んだんじゃなかったの?」
『ええ、死んだわよ。だからこれは、あなたが見ている夢に過ぎないの。
 此処は、あなたの心の深層の風景』


クロウは、淡々とそう答えてきた。
彼女によれば、これは夢らしい。
言われてみれば、確かにそうだ。
クロウはあたしの知らない所で死んだ。
訳の解らない殺し合いに巻き込まれて、誰かも解らない相手に殺された。
そんな彼女があたしの目の前に居る。
だったら、これは夢か幻のどちらかでしかない。


『あなたは血を吸ったのね。あんなに頑なに拒んでいたのに。
 尤も、いつかはこうなるんじゃないかと思っていたけれど』


クロウは、どこか呆れた様子で言ってきた。
拒んでいた――――そういえば、そんなこともあったっけか。
小さい頃は、まだ少ない血で賄うことが出来た。
だけど、成長していくに連れて、生きていくために必要な血液が増えて。
ずっと餓えに苦しんできて
我慢できなくて、一度は■■も襲っちゃって。
それでも、トマトジュースを勧められて。
その御陰で、何とか餓えを凌げて。


『トマトジュースで誤摩化していたんだっけ?
 あんなもので、ちゃんと腹を満たせるわけなんてないのに』


ばっさりと、あたしを切り捨てるようにクロウは言った。
駄目、だったみたいだ。
現にあたしは、今こうして血を求めている。
今までの分の餓えを満たそうとしている。


『吸血鬼は血を喰らうバケモノ。私もあなたも同じ。
 人の命を対価に生き長らえる存在。認めたくなんて、ないけれどね』


そう、吸血鬼とはそういうものなのだ。
数時間前、研究所で魔王に『呪い』を掛けられたことは認識している。
あの魔王のせいで、自分達は餓えに飢えているのか?
違う。あれは所詮きっかけに過ぎない。
あたしたちは、元からニンゲンの血を喰らう生き物なのだ。
呪いは、血を吸うことを拒み続けてきたあたしの背中を押しただけ。


『今までのあなたは自分を誤摩化していただけ。
 泥水を飲み込んで“自分は満腹だ”って思い込んでいただけなのよ。
 あなたは空腹を否定して、ずっと飢えていた。
 だから、血の味を思い出した途端―――――そんなザマになった』


クロウの言う通りだった。
トマトジュースで吸血鬼の腹が満たされるか。
そんな訳が無いだろう。
あれはただの、人間の飲み物だ。
血液なんかとは訳が違う。
それでも、これで満足だと思い込んで、あたしはずっとジュースを飲み続けてきた。
あんな泥水で自分を誤摩化し、何年も血を吸っていなかった。
生きるために必要な人間の血液を、だ。


631 : ストライク・ザ・ブラッド ◆VofC1oqIWI :2016/03/01(火) 16:26:25 beOD3y7M0

あたしの知らないうちに、胸の内で『血を求める欲求』が無意識のうちに高まっていた。
血を吸いたいと言う本能が少しずつ膨れ上がっていた。
それでもあたしは、泥水で誤摩化し続けてきた。
トマトジュースで大丈夫だ、なんていう思い込みで欲求を抑え込んでいた。
高校一年生の時から今に至るまで、5年間も。
そんな状態で「人喰らいの呪い」を掛けられたら―――どうなるか。


答えは簡単。
今までの餓えの分だけ、欲求が爆発して。
空腹を満たすだけが目的の『バケモノ』になる。
親友による代替品の提案は、あたしをそこまで育て上げた。


クロウがそれを自覚させてくれた。
クロウが教えてくれた。

―――――否、違う。

クロウは、いない。
クロウは、とっくに死んでいる。
あのクロウは、あたしの心が生み出した幻に過ぎない。
じゃあ誰が教えたのか。


それは、あたし自身だ。


自分が吸血鬼であるという自覚があるからこそ、理解していた。
ジュースで餓えを満たせる筈が無いし、誤摩化す分だけ自分の上は蓄積していく。
目を背けていただけで、全部知っていたのだ。

あたしにとって、クロウは象徴だ。
吸血衝動と、人間性。それら両方の象徴だ。
狂気と正気の狭間で揺れ動く吸血鬼だからこそ、今のあたしの目の前に姿を現したのだろう。
あたしの吸血衝動を指摘する存在として。
同時に、こんなあたしを哀れむ存在として。


『あなたはこれからも、食べ続けるの?』


唐突に、クロウがそう問い掛けてきた。

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632 : ストライク・ザ・ブラッド ◆VofC1oqIWI :2016/03/01(火) 16:28:29 beOD3y7M0
◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆




「空谷さん!!どうしてッ!!?」



ブレイブスターを受け止めながら、シルバースレイヤーが声を上げる。
そんな馬鹿な。何故彼女が、襲い掛かってきた。
空谷葵は吸血鬼であるということはリクも知っていた。
だが、彼女は普通の人間と変わらないように生きていた。
決して人を襲う様な存在ではない。
ましてや、親友である雪野白兎まで襲う様なことは断じて――――!



「リク、さん」



葵は、笑っていた。
目の前のシルバースレイヤーを見て、狂気の笑みを浮かべていた。
ぞくりと、シルバースレイヤーの背筋に悪寒が走る。
何かが違う。
今の彼女は、どこかおかしい。
そのことを本能的に察知したのだ。
それでも、彼女は空谷葵だ。
何故こうなったのかは解らないが、兎に角止めなくてはならない!


直後、ブレイブスターの側面に閃光が走った。
どこからともなく放たれた光線がブレイブスターを攻撃し、車体と同化する葵を痺れさせたのだ。


白兎が銃を構え、ブレイブスターを攻撃したのだ。
それは白兎の支給品、リッターゲベーア。
JGOEのメンバーであり、この殺し合いで落命したナハト・リッターの愛銃。
ダイアルを回すことで三つのモードを自在に切り替えることが可能なウェポンだ。
白兎は「ショックモード」によって非殺傷用のショック光線を放ち、ブレイブスターを怯ませた。


「うおおおおおおオォォォォッ!!!」


その隙を狙い、シルバースレイヤーはエネルギーを活性化させる。
肉体のパワーを全力で振り絞り、ブレイブスターを押し返したのだ。
シルバースレイヤーとて改造人間。そのパワーは通常の人間とは比較にならない。

押し返されたブレイブスターはジャリジャリと地面を削りながら、凄まじい勢いで後退させられる。
その隙にシルバースレイヤーは後方へと下がり、ブレイブスターとの距離を取る。


「…社長」
「ええ、氷山くん。…葵は、本気よ」


シルバースレイヤーに目配せをしつつ、白兎は言う。
今の突進で、既に二人は理解していた。

空谷葵は、本気で自分達を殺しに掛かってきている。
殺意を以て、襲い掛かっている。


633 : ストライク・ザ・ブラッド ◆VofC1oqIWI :2016/03/01(火) 16:29:04 beOD3y7M0

何故、どうして、何があって―――――。
二人の胸の内には無数の疑問が浮かんでいる。
だが、その答えは解らない。
真相を知るのは、後で良い。
今重要なことは、空谷葵を止めることなのだから。

怯んでいた葵とブレイブスターが、再びエンジンを噴かし始める。
ショック光線では、やはり数秒ほど動きを止めることが限界だったか。
彼女はじきに襲い掛かってくる。


「大丈夫か、社長」


シルバースレイヤーが、ぽつりと白兎に問う。
雪野白兎と空谷葵は、友人だ。
シルバースレイヤーこと氷山リクは、そのことを知っていた。
だからこそ、彼女を気遣うように聞く。
親友と戦うのは――――大丈夫か、と。


「……ええ」


白兎はあくまで気丈に答える。
その表情の奥の苦悩を、隠しながら。
シルバースレイヤーがそれに気付いていたのかは、定かではない。
だが、今は目の前の相手が優先だ。

彼女は、空谷葵は、
自分達を、殺しに来ているのだから



「――――来るぞッ!!」



シルバースレイヤーの声と共に、二人は動き出した。
圧倒的なスピードで地を駆り、ブレイブスターは疾走を再開したのだ。


634 : ストライク・ザ・ブラッド ◆VofC1oqIWI :2016/03/01(火) 16:30:28 beOD3y7M0

荒れた山岳を変幻自在の軌道で動くブレイブスター。
二人を翻弄しつつ、様子を伺うように。
悪魔のマシンは、山道を狂ったように走り回る。

シルバースレイヤーは距離を取りつつ、超人的な脚力で様子を伺う。
シルバースラッシャーは無闇には使えない。その凄まじい切れ味によって、葵を殺してしまいかねないからだ。
白兎はリッターゲベーアを後方へと下がり、ブレイブスターから離れつつ銃を構える。

前衛を務めるのはシルバースレイヤーだ。
圧倒的な馬力を誇るブレイブスターを正面から相手取れるのは、それこそ超人の域に達した者のみだ。
白兎は優れた戦闘術を備えているとは言え、肉体的にはあくまで常人に過ぎない。
ブレイブスターとの戦闘においては援護射撃に徹する他無いのだ。


荒れ狂うマシンを操り、葵は視線を明後日の方向へと向ける。
視線の先にいるのは、想い人のシルバースレイヤーではなく、親友である白兎。
葵は、本能的に感じた。



―――――邪魔だ。



直後、葵の肉体から無数の闇が放たれる。
闇の支配者たる吸血鬼の使い魔、漆黒の蝙蝠だ。
放たれた蝙蝠は、離れた位置に立つ白兎目掛けて一斉に迫る――!


「社長ッ!」
「貴方は葵の方に専念して!こっちは私が何とかする!!」


声を上げるシルバースレイヤーに対し、白兎は即座に答えた。
瞬時にリッターゲベーアのダイアルを切り替える。
対象を焼き切る光線を放つレーザーモードへと即座に変更。
そのまま迫り来る蝙蝠目掛け、白兎はレーザー光線を放って応戦を始めた。
葵は蝙蝠を向かわせることで、白兎による援護を封じたのだ。


対するシルバースレイヤーは、ブレイブスターへと視線を向ける。
あのバイクのスペックは誰よりも理解している。
正真正銘、常人には到底扱えない域に達しているスーパーマシンだ。
それこそ操れるのは、ナハト・リッターのように相応の訓練を受けたものか。
あるいは、改造人間や怪人のような常人を逸脱した者だけだろう。

それ故にシルバースレイヤーは、攻め倦ねていた。
ブレイブスターと距離を取りつつ走りながら、様子を伺い続けていた。
シルバースレイヤーは遠距離戦に適した武装を持たない。
身体能力を極限まで高め、近接戦闘に特化させた改造人間なのだから。
そのため、敵と戦う際には間合いに近付く必要がある。
通常の怪人相手ならば訳も無く行えることだ――――しかし、今の相手はブレイブスター。
その瞬発力、機動力は圧倒的だ。まともに間合いを詰めるのは困難を極める。


だからこそ、ブレイブスターの機動力を封じるか。
あるいは―――――敵の接近を待つ必要がある!


635 : ストライク・ザ・ブラッド ◆VofC1oqIWI :2016/03/01(火) 16:31:13 beOD3y7M0

駆け抜けながらの睨み合いを続けていたシルバースレイヤーと葵。
荒れた岩石の道に踏み込んだことで、シルバースレイヤーの機動力が少しだけ落ちた。
それを見計らったかのようにブレイブスターが、瞬時に軌道を変える。
そう、シルバースレイヤー目掛けて再び突撃を行ったのだ―――!


(来るか…!)


シルバースレイヤーは迫り来るブレイブスターを見て、心中で呟く。
2秒にも満たない時間で、ブレイブスターは衝突してくるだろう。
だが、その僅かな時間でもあれば良い。
突撃を受け止めつつ両腕にエネルギーをチャージし、全力でタイヤを攻撃する。
肉を切らせて骨を断つと、言わんばかりの戦術こそがシルバースレイヤーの狙いだった。
相棒であるブレイブスターを傷付けるのは気が進まないが、今はつべこべ言っていられない。
とにかく圧倒的な機動力を封じることが先決だ――――そう考えたのだ。



「――――ッ!?」



しかし。
シルバースレイヤーは、動けなかった。

瞬間、シルバースレイヤーの肉体に『負荷』が掛かったのだ。
まるで重力にのしかかられているかの様な重みが、全身を襲う。
重力操作――――葵が持つ特殊能力だ。
彼女は二人に掛かる重力を強化し、その動きを僅かな間でも封じたのだ。



そして。
凄まじい勢いで、シルバースレイヤーが突き飛ばされる。
山道を転がり、そのまま岩石へと衝突した。



「氷山、く―――――!?」


傷付きながらも蝙蝠達を光線で何とか焼き切っていた白兎は、声を上げようとする。
しかし、彼女もまたその動きが封じられる。
白兎にもまた、重力操作による圧力が掛けられたのだ。


「ッ、あ……!!?」


重力の負荷によって動きを制限された白兎。
彼女の身体に、次々と蝙蝠が食らい付く。
必死に身をよじらせ、リッターゲベーアで何とかレーザー光線を放つ。
だが、重力によって思うように動けない。
白兎の身には次々と生傷が生まれる。


636 : ストライク・ザ・ブラッド ◆VofC1oqIWI :2016/03/01(火) 16:31:52 beOD3y7M0

白兎は葵の能力の性質を知っていた。
葵の重力操作の射程は、せいぜい本人を中心とした10m前後。
そのため自身への重力負荷軽減など、基本的には近接戦闘の補助で用いることがメインだった筈だ。
だというのに。


(葵の能力射程が、伸びてる――――?)


明らかに、範囲が『広がっている』。
10m以上離れているであろう白兎にも効果が発揮されたのだから。
葵の様子がおかしいのは理解していたが、能力まで変容している。
それもその筈だ。
白兎は知らぬことだが、葵は既に人間の血を吸っているのだ。


吸血鬼は血液を糧とする生き物。
吸血によって自らの力を高める怪物。
それ故に、吸血を行ったことで――――葵の能力は普段よりも強化されている。


ブレイブスターより分離した葵が、跳躍する。
岩石に衝突し、立ち上がろうとしていたシルバースレイヤー目掛けて迫る。


「空谷、さん…!」


機動力の源であるブレイブスターを乗り捨てたことに驚愕しつつ、シルバースレイヤーが呟く。
重力の負荷から離れたシルバースレイヤーは、迫る葵を見据えた。
振り下ろされた両腕を、クロスさせた両腕で間一髪で防ぐ。

互いに弾かれ合い、距離を取ったシルバースレイヤーと葵。
直後、自らの重力を軽減させた葵が駆け抜ける。
凄まじい瞬発力を発揮し、シルバースレイヤー目掛けて爪を振るう。

シルバースレイヤーはこの一撃を左腕で受け流すことで防ぐ。
そして――――右手の拳に、エネルギーをチャージさせた。



[Right Hand Charge]



爆音の様な打撃が、轟く。
シルバースレイヤーの右拳の一撃が、葵の胴体へと叩き込まれた。

葵の身体が勢いよく吹き飛ぶ。
エネルギーチャージによる打撃を受けては、吸血鬼と言えどひとたまりも無い。
シルバースレイヤーの加減によって葵を無力化させる程度の威力に抑えたものの、それでも威力は絶大だ。


637 : ストライク・ザ・ブラッド ◆VofC1oqIWI :2016/03/01(火) 16:32:34 beOD3y7M0

純粋な格闘能力と戦闘技術において、シルバースレイヤーは吸血鬼である葵を上回る。
肉体を改造され、ヒーローとして数多の死線を乗り越えてきたシルバースレイヤー。
吸血鬼としての能力を持つものの、全力の戦闘とは無縁の生活を送ってきた空谷葵。
その経験値と能力の差は明白だった。

故に、直接戦闘になれば有利なのはシルバースレイヤー。
シルバースレイヤーは吹き飛ばされた葵を見据え、彼女の行動を封じようと迫る。
何度も咽ぶ葵が捕まるのは、時間の問題――――そう思われていた。


「何…!?」


その時、シルバースレイヤーは気付く。
ブレイブスターが、走り続けていたのだ。
その車体は未だに黒く染まっている。
それどころか、無数の蝙蝠が憑依しているのだ。


葵はブレイブスターから離れた後。
蝙蝠達を使役し、憑依させ――――マシンを遠隔操作させていたのだ。


獰猛な魔物と化したマシンは、猛烈な速さで駆け抜ける。
マシンが目指す先は、シルバースレイヤーではない。



「―――――社長ッ!!」



重力の負荷をその身に受け、蝙蝠達の対処で手一杯となっている――――雪野白兎。
彼女目掛けて、ブレイブスターは全速力で突進を仕掛けたのだ。

無論、白兎もブレイブスターの存在に気付く。
蝙蝠に噛み付かれながらも、咄嗟にリッターゲベーアを構える。

敵が、余りにも――――速すぎる。
重力ののしかかる身体を何とかよじらせながら、白兎は引き金を引いた。
放たれた光線は、ブレイブスターの前輪を焼き切って破壊する。


突進の勢いが、弱まる。
しかし、それでも凄まじい速さであることには変わりなかった。
重力の負荷、蝙蝠による攻撃を堪えながら、回避を行おうとして。


バランスを崩しながら、ブレイブスターが突撃した。
全速力の直撃は免れたものの、衝突であることに代わりはない。
それ故に―――――白兎が、吹き飛ばされる。
同時にブレイブスターも前輪を失い、勢いよく横転した。


638 : ストライク・ザ・ブラッド ◆VofC1oqIWI :2016/03/01(火) 16:33:12 beOD3y7M0

社長、と声を上げようとした。
しかしシルバースレイヤーに再び葵が迫る。
紅い瞳をぎらつかせ、獰猛に牙を剥いてくる。
白兎に気を取られたシルバースレイヤーの右肩に、葵が噛み付いた。


「く、そ……!」


シルバースレイヤーが怯み、葵を見下ろす。
強化装甲で覆われたシルバースレイヤーの身体は、易々と貫けるものではない。
それでも、葵の牙はごく僅かながら装甲を貫いていた。
吸血鬼の膂力と、リクへの執着によって。
彼女は、怪人の装甲をも貫かんとしていた。

何とか引き離そうと、葵を掴む。
しかし彼女は離れない。離れようとしない。
両腕を使い、シルバースレイヤーの身体にしがみつく。
顎の力を強め、牙を突き立てる。
まるで、執念のように―――葵はシルバースレイヤーに食らい付く。


離れない。
決して、離れようとしない!



「空谷さん、許してくれ……っ!!」



[Right Hand Charge]
[Right Hand Charge]
[Right Hand Charge Over]



謝辞の言葉を述べた直後。
シルバースレイヤーの右腕が、弾け飛ぶ。
エネルギーチャージの応用とも言える意図的な暴発だ。
爆発した右腕の衝撃によって葵は吹き飛ばされる。
その顔は裂傷や爆風で傷付けられ、無惨な姿と化す。

宙を散った破片が戻り、シルバースレイヤーの右腕は再び形成される。
吹き飛ばされた葵の顔もまた、吸血鬼としての再生能力によって治癒される。


639 : ストライク・ザ・ブラッド ◆VofC1oqIWI :2016/03/01(火) 16:33:56 beOD3y7M0

数秒の睨み合いが行われる。
葵が再び、笑う。
まるでシルバースレイヤーを喰らうことを、待ちわびていたかのように。
普段の姿からは想像がつかぬ、狂気の表情で。


そして、葵が駆け出した。
シルバースレイヤーもそれに続き、駆け出さんとする。
だが、出来なかった。


重力操作。
凄まじい重圧が、シルバースレイヤーにのしかかる。


重力による行動制限。
改造人間の身体能力をフル稼動すれば、少しの時間を費して逃れることは出来る。
だが、その僅かな時間が命取りとなる。
吸血鬼である葵に取っては、その時間だけで十分だ。
シルバースレイヤーに食らい付くには、それだけで十分――――!



そして、葵が迫る。
シルバースレイヤーへと迫り。
牙を剥き出しにし、全力を振り絞って食らい付―――――




「このッ、馬鹿葵イイィィ――――――ッ!!!!!」




吹き飛ばされた筈の白兎が、吼えた。
瞬間、葵目掛けてペットボトルが投げつけられた。
容器に満杯で入れられているのは、真っ赤な飲み物。
それはトマトを搾汁して精製された飲料。


そう―――――トマトジュースである。




◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆


640 : ストライク・ザ・ブラッド ◆VofC1oqIWI :2016/03/01(火) 16:34:27 beOD3y7M0



『あなたはこれからも、食べ続けるの?』


クロウがあたしにそう問い掛けてきた。
無言でクロウを見つめるあたしは、足の裏に広がる感覚に気付く。

足下の血が、もっと広がっていく。
どくどく、どくどく、どくどくと。
排水溝から水が溢れ出るかのように。
血はどんどん溢れて、池のようになっていく。
そして血の池の中から、ヒトだったものが浮かんできた。


佐野さん。
剣さん。
ミリアちゃん。


足下から広がる血の池に、死体が浮かんでいる。
あたしが見知った人間達が、死に飲み込まれている。
いつもだったら、きっと表情を歪めていただろう。
おぞましい光景に、絶句していただろう。



だけど。
今は。



「もっと、もっと、食べたい」



とても、おいしそうにみえた。
だから私は、そう答えた。

食べたい。血が欲しい。
誰かの血が、欲しい。
そうだ、■■や■■さんみたいな人達も。
みんなみんなみんなみんな、あたしが――――――――



『…そう、やっぱりね』



そう呟くクロウの顔は、どこか寂しげで。
そのまま彼女の姿は、霧の様に掻き消えてしまった。
クロウが消えてしまったのを見て。
何故だかあたしは、悲しくなった。


◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆


641 : ストライク・ザ・ブラッド ◆VofC1oqIWI :2016/03/01(火) 16:35:43 beOD3y7M0


全力を振り絞った回避。
前輪の破壊による速度低下。
それら二つの要因による、正面からの直撃の回避。
それによって私は、雪野白兎は衝突による轢死を免れた。

それでも、身体中が痛い。
骨が何本も折れているのが、感覚で解る。
左腕はあらぬ方向に折れ曲がっている。
右足も、殆ど引き摺っている状態だ。
今自分が動けているのは、半ば根性によるものだった。


「…葵」


先程投げたトマトジュースは、ランダムアイテムの一つだった。
まさかこんな形で、再び葵にジュースを投げ渡すなんて思ってもみなかった。
ジュースを投げつけられた葵は、ゆっくりと私の方へと向く。
氷山くんもまた動こうとしているが、重力の強い負荷によって思うように動けない様だ。

彼が復帰出来るまで、恐らくは十数秒。
それまでに時間を稼がねば、彼は殺されるだろう。


「あなたは、血を吸いたくなかったんでしょう」


私は、葵に向けて言う。
あの子のことは、よく知っている。
高校の時からの親友だったのだから。
吸血の衝動を必死に堪えて、私を襲ってしまった時もあんなに動揺して。


「人を殺すのが、嫌だったんでしょう!?」


だから私は、今の葵に呼びかける。
人を殺すことを拒絶していた葵が、あんな姿になっている。
何故そうなったのかなんて、解らない。
ただ、葵がああなっていることが―――――どうしようもなく悲しい。



「私は知ってる!あなたが優しい子だってことを!
 人と吸血鬼が生きていける世界を望んでいたことを!」



だから私は、声を荒らげる。
優しくて、明るくて、吸血鬼の未来を望んでいた葵。
そんな彼女が理性を失い、本能のままに暴れている。
そんなの、認めたくない。



「だから、だからっ!!!」



だから、私は呼びかける。
葵がこちらへと殺意を向けたことも気に掛けず。




「私の声に、応えて―――――――葵ッ!!!!」



だから私は、叫ぶ。
親友(あおい)が、迫った。
氷山くんの声が、轟いた。
私は、避けることなんて出来なかった。


642 : ストライク・ザ・ブラッド ◆VofC1oqIWI :2016/03/01(火) 16:36:36 beOD3y7M0

死の恐怖を目前にしたから。
自分の最期を、直感したから。
だけど、それだけじゃない。
親友から目を逸らすことなんて、私には出来なかった。


氷山くんが負荷から逃れ、動き出した。
もう、間に合わない。
葵は眼前にまで迫っているのだから。
一瞬が、永遠のように感じる。


――――大丈夫か、社長。


戦いが始まる前に、氷山くんにそう言われた。
自分は、感情を押し殺していた。
自分の成すべきことの為なら、あの葵を倒すことも必要だ。
悔しくても、つらくても、全てを救うことなんて出来ない。
だから自分は、自分のやるべきことをやる。
その為なら、親友と戦うことも大丈夫だ。


そう思っていた。
だけど、違った。
大丈夫なんかじゃ、なかったのだ。


私は、生きることよりも、親友と向き合うことを選んだ。
社員である蓮ちゃんを守ることが出来なかった。
そのことを悔やんでいたから、せめて葵だけでも助けたかった。
だから私は、こんな無茶をしている。
正気を失った親友を止める為に、瀕死の身体を押して叫んでいる。
無理だと――――解っているのに。



瞬間。
葵の牙が、私の首筋に食らい付いた。
あの時よりも、何倍も、何百倍も、痛かった。
そして、なんとなくだけれど。
葵が、悲しんでいるように見えた。




◆◆◆◆


643 : ストライク・ザ・ブラッド ◆VofC1oqIWI :2016/03/01(火) 16:37:29 beOD3y7M0


雪野白兎が、崩れ落ちた。
首筋から血を噴き出しながら、倒れた。
空谷葵がそれを飲む。飲む。牙を突き立てながら飲む。

重力の負荷から逃れたシルバースレイヤーは、間に合わなかった。
白兎は、壊れた人形のように事切れていた。

知り合いや仲間達を守れず。
剰え、この場での相棒ですら守ることが出来なかった。
シルバースレイヤーを苛む無力感と絶望が、肥大化する。
だが、今の彼に負の感情に囚われている時間など無かった。


白兎の血を吸った葵の姿が、変貌していく。
髪が白く染まる。
犬歯がより鋭く尖る。
背中から禍々しい漆黒の翼が発現する。
悪魔の如し姿へと、その身を変化させる。



「空谷、さん――――――」


シルバースレイヤーは、愕然と呟いた。
まるで、悪魔の様だ。
彼はそう思ったのだ。
そして、変貌を遂げた葵は。
ゆっくりと、シルバースレイヤーの方へと向く。

ミリアの血。白兎の血。
葵はそれらを喰らった。
糧として血液をその身に取り込んだ。
それ故に、葵は自らの吸血鬼としての力を最大限に引き出せる様になったのだ。

吸血鬼は血喰いの化物だ。
多量の血液を吸うことで己の力を高め、そして全力を発揮出来る。
クロウが輸血パックを使い、真祖に匹敵する力を得た様に。
葵もまた、二人の血を吸うことで普段を遥かに上回る力を獲得したのだ。



「リクさん」



葵が、笑みを浮かべた。
今の葵は、最早理性を失った獣に過ぎない。
彼女の目に映るのは、獲物か。
あるいは、愛する者だけ。




吸血鬼―――空谷葵が、牙を剥く。
日の光の下、宵闇の怪物が咆哮を上げた。




【雪野白兎 死亡】


644 : ストライク・ザ・ブラッド ◆VofC1oqIWI :2016/03/01(火) 16:38:53 beOD3y7M0

【F-6 山中(ダム付近)/午後】
【氷山リク】
状態:無力感と悔しさ、疲労(中)、全身ダメージ(小)、右腕ダメージ(中)、左腕ダメージ(小)、エネルギー残量40%
装備:なし
道具:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(確認済み)
[思考・状況]
基本思考:人々を守り、バトルロワイアルを止め、ワールドオーダーを倒す。
0:葵を止める。
1:エネルギーの回復手段を探す
2:火輪珠美と合流したい。
3:ブレイカーズ、悪党商会を警戒。
※大よその参加者の知識を得ました
※心臓部のシルバーコアを晒せば、月光なら1時間で5%、日光なら1時間で1%エネルギーが回復します

【空谷葵】
[状態]:疲労(中)、腹部にダメージ(中)、顔面にダメージ(中)、食欲旺盛、人喰らいの呪、吸血による強化
[装備]:悪党商会メンバーバッチ(2番)
[道具]:サイクロップスSP-N1の首輪
[思考・行動]
基本方針:血を吸いたい
1:氷山リクがほしい
2:おいしいの(若い女の子)もたくさんほしい
※いろいろ知りましたがすべて忘れました
※人喰いの呪をかけられました。これからは永続的に人を喰いたい(血を吸いたい)という欲求に駈られる事になります。


※F-6の雪野白兎の遺体の傍にリッターゲベーア、デイパック(基本支給品一式、工作道具(プロ用)、ランダムアイテム0〜2(確認済み))が落ちています。
※ブレイブスターは前輪を破壊され、走行不可能な状態でF-6で横転しています。


【リッターゲベーア】
雪野白兎に支給。
ナハト・リッター専用の万能銃。
剣正一の師匠である先代ナハト・リッターが作り上げたガジェットで、SF映画の光線銃のような外見をしている。
グリップについているダイヤルを操作することで、
レーザーモード(壁や機械などを破壊する為のレーザー光線を発射)
ショックモード(非殺傷用のショック光線を発射)
フックモード(ワイヤーと繋がったフックを発射)の3つのモードを切り替えられる。


【トマトジュース(500ml)】
雪野白兎に支給。
500mlのペットボトルに入れられたトマトジュース。
いつもキンキンに冷えているので打ち身を冷やす手段にも使える。
「トマトジュースを開発した人は偉大だ!」


645 : 名無しさん :2016/03/01(火) 16:39:13 beOD3y7M0
投下終了です。


646 : ◆H3bky6/SCY :2016/03/16(水) 00:08:57 NIdTg/Ek0
申し訳ありません、遅くなりましたが、投下します


647 : デッドライン ◆H3bky6/SCY :2016/03/16(水) 00:11:01 NIdTg/Ek0
パチンと火の花が咲いて散り、鉄火場の音が響く。

真っ直ぐに突きだされた蒼い軌跡が、横合いから振り抜かれた銀の軌跡に弾き飛ばされる。
先端を弾かれ槍使いは槍先を大きく逸らした。
これに対して、小回りの利く短剣使いはそのまま間合いを詰めるべく前へと踏み出す。

懐に入ろうとするこの動きにも槍使いは慌てず、冷静に後方に半歩下がりながら体全体を回転させるように豪快に槍を薙ぎ払った。
蒼い半月が描かれる。
遠心力を込められたその払いは、短剣で受けるには流石に重すぎる。
短剣使いは、たまらず後方に身を引いた。

突破を図る幾度目かの試みは、またしても失敗に終わった。
間合いを取った短剣使い――カウレス・ランファルトは息を吐き、やりづらい相手だ、と槍使い――新田拳正を見つめる。

戦闘に限らず、どのような競技においても対人戦で勝利を目指すのならば、とるべき手段は二つだ。
自らの長所を生かすか、相手の長所を殺すかのどちらかである。
理想を言えばこれらを両立したい所なのだが、現実的にはどうしてもどちらかに寄ってゆくものだ。
そしてカウレスも拳正の両名とも戦闘スタイルは後者、相手の持ち味を出させない方向に寄っていた。

カウレスのスタイルは多種多様、千差万別な魔物に対応すべく身に付いた、相手に合わせた臨機応変さである。
魔族の中には死の呪文や自爆魔法と言った危険な使い手もいるので、相手の強みを出させないと言うのは対魔族の基本と言えた。

対して拳正のスタイルは、ただ一人の絶対強者に勝利するために編み出した手法である。
相手の強みを出させてはそもそも何もさせてもらえない、そんな次元の相手と戦うために生まれた創意工夫である。
あの魔人皇に人の身で持ちこたえられたのもその理由が大きい。

互いに似通った戦闘理論を持ち、技量にも大差はない。
あるとするなら獲物の差だ。
短剣と槍では間合いが違いすぎる。

拳正の目的はミロとユキの間にカウレスを割り込ませない事。
いわば足止めであり攻める必要がない。

間合いで勝る拳正は相手の有利な間合いでは戦わず、制空圏に入った相手を討ち落とすだけでよい。
そんな相手に足止めに徹されては突破が困難なのは当然の事だ。
むしろ、短剣で槍の刺突を凌いでいるだけカウレスはよくやっている。

だがカウレスにも拳正にはないアドバンテージがあった。
魔法である。
槍の中距離に対し、短剣による近距離、魔法による遠距離と二つの間合いを持つのは十分な強みだろう。

加えて、攻めてこない拳正に対して、カウレスは常に先手を取れる。
自らの仕掛けを存分に試せるという事だ。

戦士であるカウレスに扱えるのは初級魔法のみである。
だが、初級魔法には一工程(シングルアクション)で発動するという利点がある。

「eRif」

瞬時に発動した火の矢が飛び、その後ろをカウレスが追従する。
槍で払えば消し飛ぶような小さな炎だが、これに対応すればその隙を見逃さずカウレスという二の矢が届く。
懐に入ってしまえば長物は不利。短剣であるカウレスが圧倒的優位に立てる。

だが、拳正は自らに迫る炎を気にせず、真っ直ぐにカウレスのみを見つめ、踏み出したカウレスの足元を狙って槍を刺く、
カウレスは咄嗟に前への踏み込みを止め刺突を躱すが、続けざまに動きの止まった上体を狙われ、仕切りなおすように後方に跳んだ。

距離が離れ仕切りなおされたのを確認して、拳正は焼け焦げた服をパンと払う。
火の矢を喰らうリスクと懐に入られるリスクを天秤にかけて、一方を甘んじて受けただけの事だが。
その下に見える火傷の跡は致命傷にはなりえないだろうが、決して軽いとは言えない。
何より目の前に迫る脅威を分かっていながら反応すらしないと言うのはカウレスの目にも異様に映る。

この手の戦士は戦場で幾度か見たことがある。
全員例外なく強かったが、全員例外なく早死にしていった。
出来れば相手をしたくない類の手合いだ。

邪龍の元へたどり着くには、この相手が槍で引いた線を越えねばならない。
この線を超えるのならば、それこそ決死の覚悟が必要だろう。
カウレスは気合を入れ直すようにふぅと息を吐き、短剣を構えなおした。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


648 : デッドライン ◆H3bky6/SCY :2016/03/16(水) 00:14:02 NIdTg/Ek0
戦場の音を響かせる少年たちとは対照的に、白い少女と蒼い邪龍は無言のまま睨み合うように対峙していた。

圧迫感のある小山のような巨体を前に少女は呼吸を止める。
見慣れたはずの立ち姿のはずなのに、今ではまるで違った異様なモノに移ってしまう。
その目は片方が潰れ、残る視界は朧気に歪み、少女を見下ろす瞳は狂気を秘めた真紅に輝いてる。
恐らく、目の前の少女が何者であるかを映してはいないだろう。
邪龍は噛み締めた牙を鳴らしてグルルと凶悪に喉を鳴らした。

「…………ミロさん」

呑み込まれてしまいそうな威圧感。
呟かれた声は果たして、変わり果てたかつての友に届くのだろうか。
そのボロボロの姿を目の当たりにして、ユキは胸の前でグッと拳を握りしめた。

ミロを討たんとする男から少年に与えてくれた猶予だ、無為に消費することなどできない。
少女が決意と共に一歩、邪龍へと踏み出そうとした。
その瞬間、少女の眼前で風の悲鳴が鳴り響き、烈風が吹き荒れた。

それは振り下ろされた龍の爪である。
ユキの眼前を掠め大地を薙いだ三指の凶悪な大爪が、川の字の破壊の跡が深々と大地に刻んだ。

ユキが息を呑む。
振り下ろされた凶爪が外れたのは、視力が失われ単純に目測を誤っただけなのか。
それとも、僅かに残ったミロの良心がそうさせたのか。

ともかく外れたとはいえ、振り抜かれたのは爪先が触れれば人など塵紙のように引き裂くような一撃だった。
それほどの一撃を前にして、恐ろしくないと言える程、ユキは強くはない。
恐ろしくて逃げ出してしまいたくなる。
けれど、ユキは全てを呑みこみ、更に一歩、前へと踏み込んだ。

ここで引くわけにはいかない。
ここで逃げたら、何のためにここまで来たの変わらなくなる。

『ミロってガキも悪いし、そのオッサンも悪かった。それはそれだけの話だろ』

そう断言した拳正の言葉は正しい。
ミロがこうなったのはユキだけの責任じゃない、ミロも舞歌もロバートも船坂も、関わった全員がそれぞれ悪かった。
全てが自分の責任だなどと、それこそ傲慢だ。

「ごめんなさい。そうなってしまったのは私のせいなのね」

それでもユキはそう言った。
その傲慢さを認め、全ての重さを背負う覚悟で。
その責任を彼女は取らなければならない。

だが、今のミロにユキが果たして何が出来るのか。
傷つきもがき苦しんでいる、彼にいったい何をしてやれると言うのか。

原因を作った責任を取って殺されてやる?
それはできない。
それは責任ではなくただの逃げだ。
なにより簡単に命を投げ出してしまっては、ロバートや舞歌に対する裏切りになる。

傷つき苦しそうに暴れるミロをいっそ楽にしてあげる?
そんな事が出来るはずがない。
それはミロに責任を押し付けてなかった事にしようとする行為だ。
傷ついた彼をこれ以上傷つけるようなマネを出来るわけがない。


649 : デッドライン ◆H3bky6/SCY :2016/03/16(水) 00:15:56 NIdTg/Ek0
「ミロさん。私は、」

ユキは細く白い手を伸ばす。
その手を取ってほしいと、願いを託すように。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」

だが全ての願いを断ち切るように、龍の咆哮が響いた。

今のミロは理性のない獣その物である。
その耳に言葉など届かない。
本能的にニンゲンの気配を察し襲い掛かる、恨みと暴力の怪物だ。

邪龍が目の前のニンゲンを肉塊へと変えるべく、その腕を振り下ろした。
今度は狙いを外さず振り下ろされた腕をユキは咄嗟に飛び退き身を躱す。

強靭な龍族の生命力により何とか生きているが、ミロは本来生きているのが不思議なくらいの重傷である。
その動きは鈍く、躱すだけならそれほど難しいことではない。
だが、この戦いはそう言う物ではない。

「お願い聞いて、ミロさん! 私は、」

攻撃から身を守りながらユキは必死に呼びかけ続ける。
ユキの呼びかけにもミロは一切反応を示さず、その動きは止まらない。
横なぎに払われた腕と尻尾の連撃を、ユキは後方に引きつつ躱す。

だが、そんなまどろっこしいことをしなくとも、ユキならその力でミロを制圧することも可能だろう。
けれど、これ以上ミロを傷つけるようなマネは彼女にはどうしてもできなかった。

まるで声が届いていなくとも、もう逃げないと決めた。
語りかける事しかできなくとも、今はそれを続けるしかない。

「ミロさん、私は、あなたを助けたいの!」

その願いを口にする。
ミロを救う事。
それが彼女の贖罪であり、願いである。

出来る出来ないの問題じゃない。
そうしなくてはならない。
そうすると決めたのだ。

どうしたらいいかはわからないけれど、投げ出す事だけは出来ない。

「だから、絶対にあきらめないんだから…………ッ!」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


650 : デッドライン ◆H3bky6/SCY :2016/03/16(水) 00:17:17 NIdTg/Ek0
牙と言葉と突き合わせる龍と少女を余所に、少し離れた草原で二人の少年のぶつかり合いは続いていた。

槍を構え腰を落として敵の出方を待ち構える拳正。
そこに向かって正面からカウレスが突破を計らんと駆ける。

「ecI」

走るカウレスの眼前に小さな氷塊が生み出される。
カウレスはこれを放つのではなく、拳正のギリギリ間合いの外で回転蹴りで蹴り砕き、目くらましとして氷の欠片をばら撒いた。

視界が鋭利な氷の粒で埋め尽くされる。
だが、この程度で惑わされる拳正ではない。
その手は、ユキからそれ以上の物を既に喰らっている。

拳正の手元から伸びるように蒼槍が撥ねる。
槍の狙いはカウレスではなく、その手に握った武器だ。
槍の穂先に巻き上げられ、短剣が空中に跳ね上げられる。

だがカウレスも、その動きは読んでいた。
武器を跳ね上げられたその手で槍の口金を掴むと、槍の端と端を綱引きの様に引き合う形となる。
カウレスとて槍の心得くらいはある、そう簡単に引き剥がされたりはしない。
互いに武器を封じた状態なら、魔法の使えるカウレスが優位だ。

槍を封じられた拳正。
カウレスはこのまま槍を挟んだ近距離で魔法を唱えようとする。
だが、拳正は構うことなくあっさりと槍から手を放した。
突然槍を引く力が無くなった事により、カウレスがバランスを崩す。

そこに足跡が残る程、強くい踏込で拳正が地面を踏みしめた。
流れる震脚。
それこそ槍のような鋭さで肘が跳ぶ。
そこでようやくカウレスは目の前の相手がただの槍兵ではない事を悟った。

裡門頂肘。
水月を撃ち抜かんと放たれた一撃はしかし。
カウレスが咄嗟に槍を手放して身を引く事で、狙いを逸らされた。

「ッッ!!」

急所である水月は外れたものの、脇腹に八極拳士の一撃を受けたカウレスは2歩、3歩とたたらを踏みつつ後方へと下がる。
拳正はその場で手を挙げカウレスが放り投げた拍子に宙に浮いた槍を掴み。
足を止めたカウレスも空中から落ちてきた先ほど跳ね上げられた短剣をパシリとつかみ取った。

カウレスが打たれた腹部を抑える。
その小さな体のどこからこれほどの力がと思えるほどの重い一撃だった。

カウレスは息を整えつつ目の前の相手を見る。
目の前の少年は変わらぬ剣呑な瞳で油断なくこちらの動きを窺っている。


651 : デッドライン ◆H3bky6/SCY :2016/03/16(水) 00:18:23 NIdTg/Ek0
「…………君は、どういうつもりなんだ?」
「どうって?」

カウレスは攻めの手を止め、拳正に向かって話しかけた。
拳正は表情を変えることなく構えを解かぬまま応じる。

カウレスの目的は凶悪な龍族の手から少女を守護る事である。
だからこそ、ここで聞いておかねばならない。

「彼女は君の仲間なのだろう? だったら何故、彼女を助けるのを邪魔をするんだ」

熱くなっていた頭が落ち着いたと言うのもあるが。
ここまで戦って拳正から殺意や悪意のようなものを感じなかった。
急所ではなく四肢や武器を狙い、本当に足止めに徹している。
だからこそ、彼の真意が気になった。

「言ったろ。あいつがミロってガキに用があるってんで、それが終わるまでアンタを足止めしてるだけだ」
「その用と言うのはなんなんだ?」

チラリと少女の方へと視線をやる。
傍から見る限り邪龍に少女が襲われているようにしか見えない。
自分の手で仇を討ちたいなどと言う事情ならば、同じ復讐者として理解できるが。
一方的に打たれるばかりで少女が反撃に転ずる様子はない。

「さてな、詫び入れたいって話だが、あとはあっちの事情だ。細かいことぁ知らねぇよ」

それはカウレスからしてみれば、信じられないような話だった。
例え聖剣の呪縛から解放された今でも、魔族と人は相容れない存在であるという考えには変わりがない。
詫びも何も話など通じるはずがない。
現に、少女は今もこうして邪龍に襲われその猛攻にさらされている。

「……バカな。あの邪龍が危険かどうかなんて見ればわかる事だろう」
「生憎と、見ただけで全部が分かるほど頭の出来が良くなくてね。
 確かに今はキレちゃぁいるみてぇだが、それがどうなるかはあいつら次第だろ」

その答えにカウレスは無言のまま首を振る。
正気を失っているかなどは関係がない。
根本的に人と魔族は解り合えない。
そうでなければ彼らは百年以上も殺し合いを続けてはいない。

「君はあの邪龍と少女が和解できると本気で思っているのか?」
「それこそ知らねぇよ。水芭はともかく、俺はあのミロってガキとは話した事もねぇんだから」

拳正の無責任な物言いに、カウレスが腹を立てたのか。
僅かに語気を強め、噛みくように言った。

「だったらなぜ、こんな事をしている!」
「決まってんだろう。あいつがやると言ったからだよ」

そう、なんの逡巡もなく拳正は言い切った。


652 : デッドライン ◆H3bky6/SCY :2016/03/16(水) 00:19:18 NIdTg/Ek0
「対した事情を知りもせず、それだけの理由で?」
「事情も何も、そりゃ誰にだって何かあるだろ、いちいち詮索するようなこっじゃねぇさ」

新田拳正は他者に踏み込まない。
いちいち相手の事情を知る必要はないと考え、知らなくても付きあってゆけると思っている。
それはある意味完結した価値観だった。
連れ合いがお節介なほどに踏み込んでゆく人間だったので、ある意味では釣り合いはとれていたのかもしれないが。

「…………そうだね。そうかもしれない」

その言葉をカウレスは否定することはできなかった。
カウレスもそうだった。
仲間の事情には踏み込んでこなかった。

みな誰しも剣を取る理由があったはずなのに、それを知ろうとはしなかった。
カウレスはオデットや仲間たちの背景や戦う理由も知らない。
戦うのを嫌っていたはずの妹が何故自分についてきたのか、その事情を知ろうとはしなかった。

「だが、知るべきだ、知らせるべきだったんだ」

今になって後悔がある。
もう妹の真意を知ることはできない。
復讐に目を曇らせ、踏み込んでこなかった
知ろうとしてこなかった後悔がある。

「死んだらすべてが終わりなんだぞ。
 君は彼女が死んだらどうするつもりなんだ?」

故郷を滅ぼされ、幾つもの戦場を越え多くの死を見てきた。
そんな事は誰よりも知っていたはずなのに。
聖剣を無くして、今更ながらに気づかされた。

決意も後悔も信念も。
死ねばすべてが終わる。
そんな当たり前の事実に。

「死ぬかもしれないなんてのは、あいつも百も承知の上でやってんだろ。
 その上でテメェの我侭を通そうってんだ、あいつがやっぱり死ぬのは嫌だ助けてくれってんなら助けに入るが。
 そうじゃねぇなら止めるのは筋じゃねぇだろ」

命を懸けるに足るかどうかは本人の決める事だと。
突き放したような物言いで言い切った。

「そうか。やはり君と僕は相容れないようだ」

カウレスは誰かの死をこれ以上見たくはない。
せめて目の前の、手が届く誰かだけは救いたいと願っている。

「おうよ。だからこうして闘り合ってんだろ?」

譲れない意見が違ってしまったら闘り合うしかない。
強い方が己の我侭を押し通す。
それだけはどの世界でも共通した真理だった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


653 : デッドライン ◆H3bky6/SCY :2016/03/16(水) 00:21:59 NIdTg/Ek0
ユキとミロの攻防もまた苛烈を極めていた。
攻防と言っても、一方的なミロの攻撃からユキが逃げ回っているだけの状態なのだが。
ユキが投げかける言葉の刃は、未だ一太刀も硬い殻に覆われたミロの心には届いていない。

今のところ巧く攻撃を躱せてはいるが、一撃でも当たれば小さなユキの体など吹き飛んでしまう嵐のような猛攻だ。
例え躱すことが出来ても一度でもミスをすればと言うプレッシャーは精神が削られる。
いつ集中力が途切れるとも分らない状況だ。

そして何より、この戦いは敵の攻撃を躱し続ければいいという物でも、ましてや相手を倒すための物でもない。
ユキはミロを助けたいのだ。
自分が傷つけてしまった友人を。

ボロボロの肉体もそうだが、まずは救うべきは荒れ狂ったミロの心だ。
ユキの言葉がミロの心を癒せるのかはわからない。
分らないが、まず聞いてもらえなければそれこそ話にならない。
話を聞いてもらうにはまずは大人しくしてもらう必要があった。

ユキには、ミロを傷つけず大人しくしてもらうために考え抜いた策がある。
猛攻を続けるミロ。
だがその動きが徐々に鈍ってゆく。

攻め疲れたという訳ではない。
人と龍では根本的なパラメータが違う。
逃げ回っているだけとはいえ、単純な体力だけならばおそらくユキの方が先に尽きるだろう。

足元の草原には霜が降って行った。
ミロの猛攻を躱しつつ、冷気を操り徐々に周囲の気温を下げたのだ。
トカゲなどの爬虫類や恐竜などの竜脚類と同じく、竜種は変温動物である。
つまるところ寒さに弱い。

これはブレイカーズへの復讐に燃えるユキが龍の怪人であるドラゴモストロ対策として父より聞き及んだ情報だ。
よもやこのような形で役に立つとは思わなかったが。

これで終わった訳ではないが、まずは第一歩。
ミロも少しは頭が冷えて冷静になってくれればよいのだが。
そう思いながら、動きの止まったミロへと恐る恐る距離を詰める。

「!?」

だが、そこで止まったはずのミロが、突然猛スピードで動いた。

変温動物である龍族は寒さに弱い、それは確かな事実である。
だがしかし、寒冷地に居を構える龍族もいる。
例えば体内に巨大な火袋を持つ赤龍。
そして膨大な魔力によって、体内に熱を巡らす蒼龍である。

魔力が尽きたと言えど、その動力炉まで止まった訳ではない。
新たに生まれた小さな種火を燃やして、邪龍は動いた。

下手に動きを鈍らせてしまったことで、その動きに慣れてしまっい、動きの緩急に虚を突かれた。
タイミングは紙一重。ユキは慌てて身を躱すべく地面を蹴る。

だが、踏ん張った足に激しい痛みが走り、力が抜けた。
回避に徹して逃げ回っていたときに、激しく動きすぎたのか、足の傷が開いたのだ。
そしてその隙は致命的だった。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」

振り回されたミロの右腕が、ユキの顔面を強かに打った。

ユキの白い髪が数本散り、鮮血が舞う。
細く小さな体が、地面を滑りながら転がってゆく。
そうして動かなくなった。


654 : デッドライン ◆H3bky6/SCY :2016/03/16(水) 00:24:04 NIdTg/Ek0
それはあの時の再現の様だった。
ミロが振り払った腕で、ユキを傷つけてしまったあの時と。

倒れ込んだユキに対して、ミロは動かなかった。
追撃するでもなく、とどめを刺すでもなく。
ただ知らない土地に一人取り残された子供のように、戸惑うように立ち尽くしていた。

ミロは龍界という閉ざされた世界で龍の皇子として生まれ、何不自由なく育ってきた。
甘やかされ、我侭放題で、甘えた様に生きてきた。

だからこそ知らない世界に一人放り出された恐怖は計り知れなかった。
強がっていたけれど、ミロは誰よりも不安だった。

そんな状態で生まれて初めて人間に出会った。

ランズは人間は卑怯で凶暴で嘘つきな種族だと言った。
だけど初めて出会った人間は、なよなよしてよわっちょろくて、ランズの話とは全然違った。

ランズは間違っていたと思った。
自分は正しかったと思った。

だから、一緒にいてやってもいいと思った。
不安だったというのもある。
誰かに虚勢を張りたかったのだ。

彼の周囲にいるのは家族か従者で、そんな者はいなかった。
それがミロにとっての当たり前だった。
だから部下になれと言ったのに断られたときはよくわからなかった。
友達なんて言葉は知らなかった。

だから初めてできた人間の友達だった。
だから、裏切られたと思った時に必要以上に頭に血をのぼせてしまった。
だから、それを傷つけてしまった時、どうしていいのかわからなかった。

「…………大丈夫だよミロさん。」

けれど、あの時とは違う。
今度はユキは立ち上がった。
白い髪を赤で染めながら、ぼたぼたと零れる鼻血を拭って大丈夫だと口にする。

その後悔はミロの心に小さな棘を残した。
手に返るあの時と同じ感触。
小さく刺さるその棘が、ミロの心に戸惑いと無意識の手心を加えさせた。

ユキもずっと不安だった。
だから舞歌と再会できたことが嬉しくて、それだけしか見えなくなっていた。
きっとミロもユキと同じくらい、いや、それ以上にに不安だったはずなのに。

「不安だよね、怖いよね。ごめんなさい、あなたを一人にしてしまって」

ミロの心を侵しているのは不安と恐怖だ。
どうしていいのかわからない不安と、死にたくないという恐怖。

その全てを取り払えるわけではないけれど。
一つでもその隙間を埋められるなら、前に出なければ。

ユキは一歩踏み出す。
ミロの巨体ならば、手を伸ばせば届くデッドライン、その線を超えた。

ミロは、動かなかった。

ゆっくりとミロの潰れていたはずの瞳が開かれる
僅か数時間で潰れた目を修復した、それは龍族の再生力。

龍は新たに開いた赤い瞳で少女を見た。
少女も血に濡れた赤い瞳で龍を見上げた。
二人の赤い視線がようやく交わる。

「………………ユ、…………………………キ」

過ごした時は僅かな時間だったかもしれない。
酷い別れ方をしてしまったかもしれない。
それでも、確かにあの一瞬つれそったはずの友の名を。

掠れ途切れそうな声だったけれど、確かにその名を呼んだ。

「……ミロさん」

ユキは優しく全てを許すように微笑んで。
いきなり全てが解決する訳がないけれど、せめてこの手を取って欲しいと。
祈る様に罪と血に濡れた手を伸ばす。


655 : デッドライン ◆H3bky6/SCY :2016/03/16(水) 00:25:28 NIdTg/Ek0


「……………………え?」


青い鮮血が彼女の頬に散った。
見れば、ミロの喉元から蒼い血液に塗れた、黄金の剣が突き出していた。

「取ったぞッ!! 愛お姉さん仇ッ!!!」

龍の背に聖剣を突き立て、高らかと雄叫びを上げるのは小さな少年だった。
ひゅーひゅーと貫かれた喉から息が漏れる。
聖剣は強固な龍鱗を容易く貫き、喉元から突き出していた。

「ぐっ…………がぁ……があああああああああああぁっ!」

断末魔の雄叫びを上げグラリと龍の巨体が倒れる。
背に張り付いた勇二は、押しつぶされる前にいち早く背を蹴り、聖剣を引き抜きそこから離れた。

「トドメだぁ―――――!」

そして地面に着地するや否や、確実に首を落とさんと聖剣を振り上げ駆けだした。

「ッ!? させない…………ッ!」

そこに氷の盾を展開したユキが間に割り込む。
だが、聖剣の前にそんなものは無意気だ。

「邪魔を――――するなぁッ!」
「きゃ…………ッ!」

一振りの黄金の軌跡に氷壁がガラス細工の様に砕かれた。
その勢いにユキの体が吹き飛ぶように弾かれる。

「悪い奴に味方するって言うんなら、お前からぁ死んじゃえ!」

地面を滑りながら倒れこんだ白い少女に向かって、勇者が黄金の剣を振り上げる。
急転する事態。
これに遅れることなく、対峙してた二人の少年は弾かれるように同時に駆けだしていた。

「eRif」

先んじてカウレスが最速で完成する火の矢を勇二に向けて放った。
だが、魔王に対抗すべく作られた聖剣には高い抗魔力が設定されている。
最下級魔法など軽く振るわれた聖剣に触れるだけで霧散する。

「ッ、な!?」

だが、次の瞬間、物理的な衝撃によって聖剣が勇者の手を離れ大きく弾き飛ばされた。
聖剣を弾き飛ばしたのは拳正が投擲した蒼天槍である。
カウレスが放った火の矢は敢えて受けさせ聖剣の位置を固定させるための布石だ。
対立していた二人だが、今の目的は同一である。

勇二は弾かれた聖剣を拾いに向かう。
その間に一方は少女に、一方は少年に向かって駆けてゆく。

拳正は駆け抜ける勢いのままユキの体を掻っ攫い、肩に抱えるとその場から離脱を試みる。
だが、これに抵抗を示したのは肩に抱えられたユキだった。

「だめ新田くん、離して!」
「悪ぃが、これ以上は無理だ」
「でも! このままじゃミロさんが!」
「もう遅い」

冷徹に告げられた言葉にユキが息を呑む。
遠ざかる風景の中に、蒼い水たまりを地面に広げ倒れ込んだまま動かない龍の巨体が映る。
その意味を理解して、ユキの体から抵抗の力が抜けた。

「逃がさないぞ…………ッ!」

魔族に与した悪虐を逃すまいと、正義を執行せんと勇者が追撃する。
だが、その突撃の前にカウレスが割り込んだ。
カウレスは駆け抜けざま地面に突き刺さったままの蒼天槍を引き抜くと、そのまま独楽のように回転して槍を薙ぎ払う。
蒼天の槍と聖なる剣が衝突する。
全身に伝わる凄まじい衝撃にカウレスは押し戻されるが、勇二の勢いも殺せた。

「邪魔だ! お前も、悪者か!?」

とても年端もいかぬ少年とは思えぬ、形相で凶暴に猛る勇二。
カウレスはその手に燦然と輝く黄金の聖剣を見て、複雑な思いを吐露するように呟いた。

「そうか。君が…………今の勇者か」

こうして、聖剣に運命を弄ばれた二人は偶会を果たした。
元勇者と現勇者を導くのは聖剣か、それとも。

【ミロ・ゴドゴラスV世 死亡】


656 : デッドライン ◆H3bky6/SCY :2016/03/16(水) 00:25:55 NIdTg/Ek0
【D-5草原/午後】
【カウレス・ランファルト】
[状態]:ダメージ(大)、魔力消費(大)
[装備]:蒼天槍、サバイバルナイフ
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:出来ることを精いっぱい成し遂げる
1:現勇者と対峙する
2:オデットと合流したい
※完全に勇者化の影響がなくなり人間になりました

【田外勇二】
[状態]:勇者、消耗・大(回復中)鳩尾にダメージ(回復中)脇腹に刺し傷(修復中)
[装備]:『聖剣』
[道具]:基本支給品一式、
[思考]
基本行動方針:勇者として行動する
[備考]
※勇者として完成しました

【新田拳正】
状態:ダメージ(大)、疲労(中)、肩に火傷
装備:なし
道具:基本支給品一式、ビッグ・ショット、ランダムアイテム0〜2(確認済み)
[思考]
基本行動方針:帰る
0:逃げる
1:クラスの面子を探す
2:脱出する方法を考える

【水芭ユキ】
[状態]:疲労(中)、頭部にダメージ(大)、右足負傷、精神的疲労(中)
[装備]:クロウのリボン、拳正の学ラン
[道具]:ランダムアイテム1〜3(確認済)、基本支給品一式、風の剣、朝霧舞歌の死体
    ロバート・キャンベルのデイパック、サバイバルナイフ・裂(使用回数:残り2回)、ロバート・キャンベルのノート
[思考]
基本行動方針:この痛みを抱えて生きていく
1:・・・・・・
2:舞歌を埋葬する
3:悪党商会の皆を探す
4:お父さん(森茂)に会って真実を確かめたい


657 : デッドライン ◆H3bky6/SCY :2016/03/16(水) 00:26:09 NIdTg/Ek0
投下終了です


658 : 名無しさん :2016/03/19(土) 01:37:51 IAPV01SI0
投下乙です
>A bargain's a bargain.
なんだかんだネタにされてたけどカッコイイ所見せてきた遠山さんがここで散るのは寂しい物があるな…
マーダー病患いと二人になってしまった現代最強チームの今後に希望を見たい
狂気に果てたウィンセントが死んでも主催者登場と一切気が抜けない戦場だな…

>ストライク・ザ・ブラッド
魔改造バイクとヒーローたちの熾烈な戦い
白兎社長と空谷の友情…微笑ましいけど儚くて悲しいな…
立ち上がったヒーローと底知れぬ吸血鬼の死闘の行方はいかに

>デッドライン
そしてまた登場話からの付き合いが壊れたか…
微笑ましい童謡的なやりとりから結成した仲が不器用に治ろうとした所で
正当な勇者の報復、やりきれねえなぁ…
ミロも死んでファンタジー世界出身はオデットとカウレスのみ、
聖剣に振り回されたファンタジー世界最終話は近いか


659 : ◆H3bky6/SCY :2016/03/30(水) 23:45:05 evkO7hMc0
投下します


660 : それは愛するように ◆H3bky6/SCY :2016/03/30(水) 23:46:24 evkO7hMc0
ピーター・セヴェールは生まれ育ったのは、カンザス州の中では比較的栄えた地域だった。

カンザス州は州全体がグレートプレーンズの中にある影響で地形の変化に乏しく、地平線が見えるほどの平坦が広がる地域である。
そこに暮らす人々の多くが耕作や酪農に勤しみ、単調な田園が延々と広がっている風景がこの州の特徴だった。
アメリカにおける田舎の代名詞とされているのも頷ける、そんな場所である。

父は医者だった。
父が働いていたのは大病院という訳ではなかったが、小さな町の中では一番大きな病院だった。
生真面目な人柄で同僚や患者からの信頼も厚く、父としても尊敬に値する厳格な人間だったと思う。
兄も父を尊敬し、その後を継ぐべく多くの学業で優秀な成績を収めていた。
人格的にも能力的にも非の打ちどころのない優秀な兄だった。

少し年の離れたピーターもそんな兄に負けぬよう勉学に励んではいたが、落ちこぼれという訳ではいないが優秀でもない。
優秀な兄と比較されるかわいそうな弟、世間からのピーターの評価はそんなものだった。

だが、その評価は誤りだった。
世間体はよいがその実、自尊心の高い兄の性質を正しく理解し、兄を抜かないように手を抜いていた。
高い木は多くの風を受けるというが、それが末っ子としての立ち回りだと彼は理解していた。
打算的で計算高く小賢しい、そんな少年だった

そんな彼の幼年期の終わりは、性の目覚めに似ていた。

早熟な少年だったのだろう。
彼の初恋は8歳になろうかと言う頃に訪れた。
相手はエレメンタリースクール(小学校)の音楽教諭だった。
誰にも分け隔てなく接する、優しく聡明で、そして長く綺麗な指をした女性だった。
ピーターも彼女の奏でるピアノの調べが好きで、音楽の授業がたまらなく楽しみだったのを覚えている。

彼女を思うと腹が鳴った。
胸の奥に湧く必然にも似た感情、それは食べたいだった。

そのとき彼は己の中の異常性癖を自覚した。
彼にとって性欲と食欲はイコールだった。

それが世間一般で許されざる異常な価値観であると彼は正しく理解していた
己が異常者であると、それを理解した上で衝動を押さえつけるのではなく、如何にして満たすかを考えた。
薄氷の上を歩くように慎重に、決して誰にもばれてはいけない秘め事を行うように。

ソプラノの綺麗な悲鳴の旋律を覚えている。
その授業の前日、ピーターは音楽室に忍び込み、ピアノの鍵盤蓋に細工をした。
見事に演奏中に落ちた鍵盤蓋は、音楽教諭の指を喰らうように切断し、白い鍵盤を赤に染めた。

10にも満たぬ少年少女がこのような事態に対応できるはずがなく音楽室が悲鳴のようなざわめきに包まれ、この世終りのような混乱が広がった。
そんな中で、ピーターは興奮で脳が沸騰するほど過熱しているのに、心は凍えるほど冷静なままだった。
混乱に乗じて誰にも気付かれぬようピーターは動き、こっそりと千切れ落ちた指を一本回収する事に成功した。

その日は異常なまでの興奮に、勃起が治まらず眠れなかった事を覚えている。
持ち帰った指の爪先を持って、赤い斑点が浮かぶ断面に鼻に近づけると、芳しい香りが鼻孔を擽る。
震える舌を伸ばしその端を口に含み、咀嚼すると舌に血と肉の味が広がった。

味覚ではなく脳に直接快楽を叩き込まれるような強烈な恍惚。
このまま果ててしまうのではないかと言うほどの、異常な熱が体の中心を貫いた。

それから毎日、少しずつその肉をしゃぶるのが彼の夜の日課となった。
大切に少しずつ、宝物を愛でるように。
大事にし過ぎて、最後は肉が腐り落ちてウジが湧いてしまったけれど、残った骨は未だに机の奥底に大切に保管してある。
今でもピーターの大事な宝物である。

この事件は結局事故という事で片づけられたが、音楽教師はそれから復帰することなくハイスクールを去った。
その後彼女がどうなったのかはピーターも知らない。

誠に残念な事でありその別れを心の底から寂しく思ったのは偽りのない本心だった。
そこまで気が回らず、フォローの行き届かなかったピーターの不徳の致すところである。

次があるのならば、決して最後まで逃さないよう気を配ろうと誓った。
それだけではない、この件の反省は多く、ピーターは色々な事をここから学んだ。

ピーターが持ち去ったと発覚することはなかったが、駆けつけた救急隊員が指が一本無くなっていることぬ気づき騒がれた。
失われたモノに対する影響を予測し、補填し工作が必要だと学んだ。


661 : それは愛するように ◆H3bky6/SCY :2016/03/30(水) 23:46:44 evkO7hMc0
鍵盤蓋に細工をするため音楽室に忍び込むのを目撃されていたのも痛かった。
普段の猫かぶりが功を奏してか、その件は何とか取り繕うことが出来たが、完全に証拠を残さず行動するに何が足りないのかを課題とした。
そして今の己には証拠隠滅などを完璧に行える能力に欠けている事を自覚した。

目的に至るまでのさまざまな自称を、反省し、想定し、反復し、学習した。
そうしてそから10年間、グツグツと鍋を煮詰めるように沸騰する頭の中をかき混ぜ続けた。

恐れるべきことに、その衝動が発散される2005年までの長きに渡り、その反復は続いた。
彼はその異常性を決して誰にも悟られることなく何食わぬ顔で生活をづけてきた。
よくある猟奇殺人鬼のように犬猫を慰みに殺す事もない。
彼にとっての衝動は性衝動のようなモノだ、畜生に欲情する趣味はない。そんな変態と一緒にしてもらっては困る。

実際に事を起こしたその時だって、衝動を抑えきれなくなったというより、己が成熟し完全に犯行を隠匿できる能力がついたと、ただ客観的な事実として受け入れられたからに過ぎない。
事実、彼は完璧だった。
完璧に人を殺し、人を喰らった。
一片の誤差もミスもなく、一片の躊躇も慈悲もない。
誰にも、家族にすら知られることなく、多くの女をその手にかけてきた。

そう、2012年のヒューストンであの、サイパス・キルラに出会うまでは。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

時刻は既に午後を回り、高く上った日の光が水面が照らし返された光がキラキラと輝く。
邪神の死亡。そしてバラッドの生存。
放送によりもたらされたこの二つの事実を確認すべく、ピーターは市街地に向かって移動していた。

市街地へと続くI-6の区画は既に禁止エリアとなっている。
地図を見る限り下にほんの僅かな隙間があるが、目に見えるような明確な区切りがある訳ではない。
気付かぬ間に足を踏み入れて、あのアザレアの姿をした男の様に首が吹き飛ぶのはごめんである。
それを理解した上で市街地に向かうと言う方針を立てたからには、ピーターは安全かつ確実に市街地に向かう方法があるという事だ。

その答えは水路だった。
禁止エリアを迂回し、島中央の山頂から市街地沿いを流れる川を横断すればいい。

ピーターは支給品であるエンジンボートの上にのって、水上の旅路を楽しんでいた。
ゆっくりと漕ぎ出した慣性に従いボートは進む。
響くのは僅かな水音。音が響かぬようエンジンは切ってある。

遮蔽物のない視界の開けた水上であれば、近づく者がいればまず確実に気が付く。
わざわざ水路を選んで近づく者も少なく、襲われる危険性も低いだろう。

唯一懸念があるとすれば、開けた場所で警戒すべき狙撃だが。
目ぼしい狙撃ポイントはピックアップ済みであり、イザとなれば川の中に飛び込めばいい。
流石に数Km先までピンポイントで撃ち抜く凄腕のスナイパ―がいればお手上げだが、警戒は最低限でいいだろう。

都会の喧騒では味わえない静寂にピーターは故郷を懐かしみつつ。
ゆらりゆらりと緩やかな川の流れに揺られながら、少し遅めのランチを楽しむ。

ピーターが口にしている食材は、支給された食料などではなく、この時の為にとっておいた麻生時音の死体である。
人体の解体は彼にとってはお手の物だ。
父が医師だったという事もあり、解剖学などの資料には子供のころから触れてきたし、近所の農家が行う屠殺作業を何度も真近で見学してきた。
喰人鬼を育てるには理想的といっていい環境だった。もっともそう言った背景がなくとも、ピーターはこうなっただろうが。

ナイフの一本でもあればうまく解体せしめるところなのだが、生憎手元には刃物がなかった。
そのため、肉はモーニングスターで叩き潰して『たたき』にすることにした。
どういう原理かは知らないし興味もないが、このディパックは保存がきいて、腐りもせずなかなか良い肉の具合である。
人の肉は日持ちがしないので非常にありがたい仕様だ。

磨り潰した肉をつまみ、味わうようによく咀嚼する。
二次性徴途中の未熟な肉は仔牛のような淡白な味わいがあった。

火を通さず生肉を食すには病原菌などに対して細心の注意が必要となるが、不思議とこれまで一度も食中毒などになったことがない。
きっと、心だけではなく体も女を食すために生まれてきたのだろう。

豚や牛のように人間の肉だって部位によって食べごたえは違う。
そして人間の場合、食肉用に育成された家畜と違い味わいに個体差が非常に大きい。

人肉の味は、当然ながら一般的には知られていない。
一説によると、これ以上ない程旨いとも、肉の中では最低へんなほど不味いとも言われている。


662 : それは愛するように ◆H3bky6/SCY :2016/03/30(水) 23:47:04 evkO7hMc0
本物の喰人鬼に言わせれば、喰人を味だけで語るのがナンセンスだ。
ピーターにとって喰人は愛の営みだ。
愛するように食す。
そうすれば舌で感じる味わいではなく、脳が直接旨みを感じるようになる。

それ故か、女性の魅力的な部分と部位の旨さは比例する。
最初にピーターが殺して食した女はすらりとした健脚が眩しい女だった。
他の部位も旨かったが、何よりあの美しい脚の味は最高だった。
脳が痺れるほど、素晴らしい味だった。

愛が深いほど味に深みが増す。
通りすがりに拾ったこの少女はオヤツのようなモノだ。
どうせ喰らうのらば、愛の深い方がいい。

明らかに胃の要領を超える人一人分の肉を食し終え、骨などの食べ残しを川へ流す。
ピーターは確かな胃に満足感を感じながら、ボートから手をだし川の水で口元についた血糊を濯いだ。
休憩がてらのゆっくりとした船の旅だったが、時期に対岸に着く頃間である。
だが、ピーターは着岸する直前、まだ市街地にはすこし距離のある場所でボートの動きを停止させた。

「そこの方、出てきてくださって構いませんよ」

ピーターは対岸に向かって呼びかける。
その声に対し、返るのは水の流れる音だけだった。
ゆらりゆらりとボートの上で波の揺りかごに揺られながら、そのままピーターはしばらく動きを止め反応を待つ。
しばし、ゆるやかな静寂が流れる。

「…………参りましたね。完全に気配は消せてたと思ったんですけど」

言葉と共に、世の闇の隙間から滲み出てきたような黒い影が観念したように姿を現した。
それはアサシンの名を冠す至高の暗殺者。

市街地を離れんとするアサシンも、水路を辿ろうと目論んでいたようである。
その途中、川を渡るピーターの姿を発見し襲撃を仕掛けんと待ち伏せていたのだ。

気配は完全に消していたはずである。
アサシンが本気で待ちに徹すれば、超人であろうとも同業者であろうとも発見するのは殆ど不可能に近い。

だが、あっさりと見つかってしまった。
はやり足の負傷が影響しているのか。そうアサシンは自省するが、実のところそうではない。
アサシンの気配遮断は事実として完璧だった。

ピーターはアサシンの存在に気付いていた訳ではなく、ただ言ってみただけなのだ。

欠片も態度には出さないが、むしろ本当にアサシンが出てきて驚いたのはピーターの方だ。
一人暮らしの学生が帰宅後の暗闇に声をかけるようなものである。
ただ、待ち伏せがあるとしたら着岸時が一番危険だという観点の元、念のため言葉に出してみたに過ぎなかった。

とは言え、まったくの偶然という訳ではない。
こう言った念のための布石をピーターは嫌となる程打ってきた。そうやって生き延びてきた。
この事態も投げた多くの布石の一つがあっただけの話である。

「さすが、サイパスさんの所にいるだけはあるという所ですか、ピーター・セヴェールさん」
「おや、私をご存じで? よろしければそちらの名を伺ってもよろしいでしょうか?」

答えを期待しての問いではない。
暗殺者が名を問われも普通は名乗らない。
だが、幸運かあるいは残念なことに、この暗殺者は普通ではなかった。

「本名は秘密で。一応アサシンで通ってます」
「ほぅ、確か名簿にありましたねその名前。噂はかねがね伺っていますよ」

暗殺者は基本的に秘匿主義だ、同業者と言えどその詳細を知ることはまずない。
アサシンの顔を知っているのは裏でつながっていたイヴァンと、直接勧誘したことのあるサイパスくらいの物である。
だが、それでもヴァイザーやアサシンといった特出した存在は嫌が上でも噂に昇る。

ヴァイザーの怪物性をよく知るピーターからすれば、それに勝るともされているアサシンの噂は眉唾物だったが。
こうして実際対峙して見ると、よくわかった。
これはヴァイザーともサイパスとも違う、まったく別種の怪物だ。

「お互い入れ違う所だったようですが、こうして出会えたのも何かの縁だ、どうです情報交換でもいかがでしょう?」

ピーターからの提案にアサシンは目を細め一考する。
アサシンからしてみれば目の前の相手は隙だらけだ。
アサシンならここからでも踏み込めば一瞬で8度は殺せる。


663 : それは愛するように ◆H3bky6/SCY :2016/03/30(水) 23:47:29 evkO7hMc0
それ故にこの不敵な態度は実に不気味だ。
いっそ無視して、このまま離脱すると言うのも選択肢としてはありなのだが。

「そうですね。そうしましょうか」

アサシンはこの申し出を受けることにした。
これまでアサシンは単独行動を貫いており、他の参加者とほとんど接点を持たないスタンスだったため、こういう機会は貴重だ。
アサシンとて情報は欲しい。

「では、今の市街地の様子などを教えていただけますか?」
「市街地にはそれなりに人が集まってるみたいですよ。
 大きな戦いがった跡もあったし、今もいろいろとバチバチ争ってるみたいなので、危険を避けたいのなら近寄らない事をお勧めしますがね」

大きな戦いの跡というのは怪物女や邪神の戦った跡だろう。
その辺も気になるが、ピーターの一番知りたいのは別の所だ。

「それなりに人がいたとおっしゃいましたが、その中にバラッドさんの姿をお見掛けしませんでしたか?」
「バラッドさんですか? 見かけませんでしたね」

自分を知っているという事は大方の組織の人員は知られているのだろう、という中りを付け揺さぶりを込めてピーターは問うたが。
アサシンは顔色を変えず平然と応じた。
柳に風というが、ここまで素直に応じられると裏を読み辛いためピーターとしては少々やりづらい。

アサシンはイヴァンから得た情報でピーターに限らず組織の準員はある程度は把握している。
イヴァンの立場を考えるくらいの気遣いはできるので、さすがに情報元まで明かすことはないが、知っていること自体は隠する必要がなかった。

アサシンはバラッドを見かけなかったと言ったが、実際は出会っている。どころか、攻撃を受け足を斬られたのだが。
これは嘘をついたと言うよりアサシンは純潔体であるバラッドを見てもバラッドだと認識できなかったようである。

「ピーターさんが来られた、そちら側の方はどうだったんです? どれくらい人がいましたか?」
「そうでうねぇ。数名とすれ違いましたが、あまり人はいらっしゃいませんでしたね。
 すれ違った方も別の所に向かわれたようですし、人げないので避難するのなら向かう事をお勧めしますが」

安全に生存を目指す方針ならばそこに向かうのもいいのだろうが。
あと14人斬らなくてはならないアサシンからすれば、人がいないと言うのは困る。

「おや、何かお困りの様だ。よろしければ事情を伺いしても?」

目ざとくも、そんなアサシンの困惑を察し、ピーターは問いかける。
表情には出していないはずなのだが。

暗殺者には基本的に守秘義務がある、通常であれば問われた所で話すはずがない。
だが最初に出会ったイヴァンにあっさりと依頼者を明かした事からわかる様に、その辺のルールがこの暗殺者からはすっぽりと抜け落ちている。

サイパスのような教育者の下で流儀を叩き込まれた訳ではなく、我流でここまで上り詰めた故だろう。
何より、そのスタンスのまま、一度たりとも失敗することなく彼は暗黒世界の頂点を極めたというのも歪みの原因だろう。
あるいは極めたのは底辺なのかもしれないが。

「細かい事情は省きますが、依頼を受けましてね、このナイフで後14人斬らないといけないのですよ」
「殺す、ではなく斬る、ですか。斬ると何かお得な事でもあるのですか?」
「切られた人間は一時的にマヒして、人が殺したくなるとかなんとか。オカルトですがね」

その辺の真偽はアサシンにとってはどうでもいい。
依頼された内容をこなすだけである。
その後誰がどうなろうとアサシンの知ったことではない。

人殺しが増えて得するような人物は非常に限られる。
依頼者が誰か、など考えるまでもないことなのだが。
その辺の事情はピーターにとってはどうでもいい。

食べられるか食べられないか。
食べられないのならば、利用できるかできないか。
それだけだ。

「成程。それは大変そうだ。
 見た所、かなり苦戦なさってるご様子ですが」

そう言って、ピーターはアサシンの負傷した右腕と両足を見つめる。
それについてはアサシンも否定しない。
この依頼はアサシンが受けてきた中でも、かなり難易度の高い部類だ。

「しかしどうでしょうか、私なら貴方のお役にたてると思うのですが……?」
「どういう意味でしょう」

表情を変えぬまま問い返す。


664 : それは愛するように ◆H3bky6/SCY :2016/03/30(水) 23:47:48 evkO7hMc0
「手を組みましょう、という事ですよ」

直接的な言葉を受けても、アサシンの瞳の色は買わない。
全てを吸い込む暗黒のような暗い瞳が、ピーターを測る様にとらえていた。
応じるピーターも笑みのような表情を浮かべているが、その奥底にある感情は乾いている。
互いに感情のない昆虫同士のやり取りみたいだった。

「失礼ながら。あなたと手を組んでも、こちらに得があるとは思えないのですが」

ピーターからすればアサシンの助力を得られれば百人力だろうが。
アサシンからすればピーターは足手まといにしかならない。
殺し屋としての実力差があり過ぎる。

「そうとも限りませんよ。私が見たところ貴方は少々強すぎるようだ。強いばかりが目的達成の役に立つとは限らない」
「へぇ、どういう意味です?」

その物言いに少しだけ興味を引かれたのか、アサシンが問う。

「貴方ほどの方であればとっくに看破しておられるでしょうが。見ての通り私は、弱いです。
 だからこそ貴方には出来ない事ができる、と言う事です」

アサシンはふむと一つ頷き。その言葉の意味を理解する。

「つまり、ピーターさんが餌になる、と?」

人々を惹きつける誘蛾灯の役割。
それは完全なる隠密行動を果たせるアサシンでは不可能な。
弱者であるピーターだからこそ果たすことが出来る役割だ。

「ええ、貴方は気配を消して私の周囲に潜んでいただき、囮として私を利用してくださればいい。
 そうするだけで私は最強の護衛を、貴方は多くの獲物を得られる。
 手を組むと言ってもそれ以外の拘束はしない、どうですお互い損はない話だと思いますが?」

確かに、互いの損得のかみ合った悪い話ではない。
残り時間と残り人数を考えれば、何か策を打つべき頃合いではある。

だが、アサシンは考える。
迷うこと自体アサシンにしては珍しい。

アサシンから見たピーターは、まるで底の見えない深いクレバスのような男だ。
冷たく不気味な不安が掻き立てられる。
その奥底が深いのか浅いのかそれすらも不明瞭だ。

「信用できないのでしたら、まずは手付として、私の事を切っていただいて構いませんよ」

迷うアサシンに蠱惑的な嗤いを浮かべ、ピーターは腕を伸ばした。
自らマーダー病の餌食になって、アサシンのポイント稼ぎに貢献すると言っているのだ。

「本気ですか?」
「もちろん。ただし麻痺している間は動けませんのでその間は護っていただくため足が止まってしまいますが」

ピーターは斬られれば殺人鬼になると言うナイフの効果を理解していない訳でも、信じていない訳でもない。
不可思議な現象はもう、嫌と言うほど見ている。
邪神と言うとびっきりも見た。
その上で、斬られてもいいと言っている。

だってピーターはずっと我慢してる。
この気が狂いそうなほどの、喰われているのは自分ではないのかと錯覚する程の空腹を。
サイパス・キルラと出会い、その衝動を我慢しなくてもいいと言われ、自由に振る舞う環境を与えられても。
その環境で生きるための必要な我慢はし続けてきた。

ピーターは愛多き男だ。
バラッドだって、アザレアだって、他の女たちだって、ピーターはずっと食べたかった。
ずっとずっと抑え難い喰人衝動を、ずっとずっとずっと抑え続けてきた。
悍ましい自らの内に潜む怪物を平気な顔をして飼いならす、理性の怪物。
それがピーター・セヴェールという喰人鬼である。


665 : それは愛するように ◆H3bky6/SCY :2016/03/30(水) 23:48:31 evkO7hMc0
それがいまさら、“たかが”殺人衝動が増えた所で、何が変わるとも思えない。
ピーター・セヴェールはきっとピーター・セヴェールのままだろう。
飼いならすペットが1匹増えるだけの話だ。
存分に愛でて差し上げよう。

「いいでしょう。手を組みましょう、ピーターさん」

差し出された手を取って、ボートから対岸へと引き上げる。
全ての動きを捉えるアサシンの目を以てしても、ピーター・セヴェールという男の深淵は見えない。
だが、それでもアサシンはその手を取った。

例え落ちた穴の底が針山や溶岩だったとしても、自分ならば乗り越えられる。
飄々としたこの男の奥底にある、殺し屋としての自信がその手を取らさせた。
かくして、最強の暗殺者は最弱の囮を、最弱の暗殺者は最強の守護者を得たのである。

「あ、痛いのは嫌なんで、斬るのは指先でお願いしますね」

【H-7 市街地川岸/午後】
【アサシン】
[状態]:疲労(小)、右腕負傷、右足裂傷、左足に火傷
[装備]:妖刀無銘、悪威
[道具]:基本支給品一式、爆発札×2
[思考]
基本行動方針:依頼を完遂する
1:ピーターを囮に数を稼ぐ
2:二十人斬ったら何をするかな…
3:魔王を警戒
※依頼を受けたものだと勘違いしています。
※あと13人斬ったらスペシャルな報酬が与えられます。
※5人斬りを達成した為、刃の伸縮機能が強化されました。
※6時間の潜伏期間が4時間に短縮されました

【ピーター・セヴェール】
[状態]:頬に切り傷、全身に殴られた痕、麻痺、マーダー病感染
[装備]:MK16
[道具]:基本支給品一式、MK16の予備弾薬複数、焼け焦げたモーニングスター、SAAの予備弾薬30発、皮製造機の残骸とマニュアル本、『組織』構成員リスト、エンジンボート
[思考・行動]
基本方針:女性を食べたい(食欲的な意味で)。手段は未定だが、とにかく生き残る。
1:市街地に戻って状況の確認
2:生き残る為には『組織』の仲間を利用することも厭わない。
3:ミル博士との接触等で首輪解除の方法を探る。とはいえ余り期待はしていない。
4:亦紅達に警戒。尾行等には十分注意する。


666 : それは愛するように ◆H3bky6/SCY :2016/03/30(水) 23:48:48 evkO7hMc0
投下終了です


667 : 名無しさん :2016/03/31(木) 00:47:30 3SJ8U2J60
投下乙です

殺し屋組織組特有の猟奇犯のえげつない回想だな
たぶんWOから無干渉でこれって言うのが神秘無くして成立する世界の闇って感じだな
状況の危険度を判断して安全確認を怠らない、このロワで時にバラッド達をも助けた判断能力が活きたな
しかし正面対決しても十分瞬殺される相手に瞬殺されなかったのはアサシンを引いた運か底を隠す実力か
かたや常人最強クラスだが依頼に対する判断のバランスがおかしいアサシンと
かたやロワ最弱クラスだが状況判断力のバランスに秀でるピーターのコンビはひょっとすると恐ろしいコンビかもな…
ピーターを次ボス候補としたサイパスさんの判断に狂いはなかったか


668 : ◆H3bky6/SCY :2016/04/18(月) 02:11:23 91g0Knnw0
すげぇ遅くなりしたが投下しますね


669 : Role ◆H3bky6/SCY :2016/04/18(月) 02:12:29 91g0Knnw0
「データチップだぁ?」

博士の手の平にある『05』『07』という数字が刻まれた二つのデータチップを見て、悪の大首領が眉をひそめて怪訝な声を上げた。
地上とは遠く離れた地の底に広がる実験場の休憩室にて。
どこか病的な雰囲気を醸し出している青味のがかった蛍光灯にクリーム色をしたコンクリートの壁が照らされる。
休憩室に備え付けられた飾り気のない小さな木製のテーブルを挟んで三人の男女が顔を突き合わせていた。

「中身は何だ?」

訝しそうな表情のまま大首領が端的に問う。

「まだ確認できていないのだ」
「何故だ? その辺のPCじゃ確認できねぇのか?」
「データの確認自体はPCでも可能なのだが、プロテクトがかかっているのだ。
 パスワード必要みたいでな。クラッキングするにしても時間が欲しいぞ」

大首領は舌を打つ。
首輪が解体が完了し、意味ありげな何かを発見できたのは収穫ではあるが、中身が確認できないのでは片手落ちだ。

「なら仕方ねぇ。中身が確認できねぇんじゃ意味がねぇしな。まずは首輪の解除方を優先だな」

場を仕切る大首領がこの件に関しては一先ず保留と結論を出そうとした所で。
一人、会話にも加わらず思考の海に潜り込んでいた探偵の姿に気付いた。

「…………もしかしたら……いや、けど……何のために…………?」

口元を抑えて独り言のように呟く。
中身を確認できない今はどうしようもないと言う結論は、探偵にとっては違ったようだ。
中身よりも、それがあったという事実こそが青天の霹靂だったのだ。

「おい、一人でぶつぶつ言ってないで、何か気づいたのならこちらにも説明しな」

威厳の含まれる声に思考を遮られ、探偵が視線を上げる。

「ああ……いえ、失礼。気づいた、と言うより、まだ確証がない私の推察でしかないのですけれど」
「構わん。今の考えを述べてみよ」

探偵の矜持として各省のない推察を述べるのは憚られるのだが、曲がりなりにも上の立場の人間にそう言われては口を噤む訳にもいかない。
探偵役がその閃きを誰にも告げないまま、事実を一人抱えたまま脱落して真実は闇の中、なんてことは往々にしてありうる。
龍次郎はその可能性を排除しようと言うのだろう。単純に隠し事が嫌いな性質なだけなのかもしれないが。

「その前に、ミル博士に確認したいのですけれど。そのチップは首輪の機能に何か関わりのあるものなのかしら?」
「いや、首輪の機能とは関わりのないモノだったのだ。
 どこにも繋がっておらず、むしろ壊れないように衝撃収集材に厳重に梱包されていたくらいだったぞ?」

その返答を聞いて自らの考えを補強できたのか、口に手をやりふむと探偵は頷いた。
そして僅かに逡巡した後、自らの考えを口にした。

「もしかしたら、首輪と言う仕組みの本来の役割が、そのためにあったのかもしれません」

この言葉を受け、龍次郎の頭に疑問符が浮かぶ。
そのため、とは何を指しているのか。

「どういう意味だそりゃ?」

言葉の意味が理解できなかった大首領が問う。
それに答えたのは隣にいた探偵ではなく、目の前の小さな博士だった。

「それはつまり、首輪はこのチップを隠すための物だったという事か?」

博士は腕を組みながら首を捻って、自分なりの回答を口にした。
その答えに探偵は頷きを返す。
ようやく理解の及んだ龍次郎は、ああ?と言葉の意味を呑みこみ。

「そりゃ飛躍しすぎだろ。根拠はあるのか?」

そう言った。
首輪には参加者に殺し合いを強制させる、という分りやすい役割がある。
その中にチップが隠されていたと言うのは驚きだが、それを隠すのが本来の役割であるとするのは少々無理がある。


670 : Role ◆H3bky6/SCY :2016/04/18(月) 02:13:14 91g0Knnw0
「根拠は三つ。
 一つ、あの男の能力ならばより強固な首輪の仕組みが作れたはずなのにそうしなかった事。
 一つ、ここのような首輪を解析できるような施設が会場内に点在する事。
 一つ、特定の首輪の中にデータチップが隠されたという事実がある事」

当然ともいえるその反論に、女子高生探偵は腕を突出し、三本の指を立てた。

「首輪をどうするか、と言う問題は全参加者に付きまといます。
 例え最後の勝利者を目指すとしても、禁止エリアという存在がある以上無視できません」

殺し合いに応じるにせよ反抗するにせよ、首輪と言う存在は共通して厄介な代物である。
スタンスに関わらずある程度積極的な参加者は首輪をどうにかしようとするだろう。

「故に、本当に首輪がこの殺し合いの根幹を担っているのならば、そのセキュリティはどれほどの参加者が挑もうとも跳ね除けられるほど強固でなければならない。
 だがミル博士の解析の結果、そうではなかったことが判明した」

首輪の構造が単純すぎる。
確かにその違和感はミルも感じていた事だ。

「単純にこれが野郎の用意できる限界だったんじゃねぇのか?」
「確かに、用意が不十分であった場合に考えられるのは、用意できなかったか用意しなかったかのどちらかです。
 けれど今回の場合はそうではない。何故なら特別性の方では科学以外の魔法やそれ以外の技術が使用されている。にも関わらずその技術は他の首輪には応用されていない。
 これはつまり首輪を解除不可能な代物に仕上げることを目指していなかったと言う事を意味している」

科学技術だけだったとしても、少なくともミルならばもっと強固な仕組みを作り上げる事が出来る。
もし仮に藤堂兇次郎が首輪の製造にかかわっていたとしても同じことが言えるだろう。
ましてや、強力な異能を持つワールドオーダーの手にかかれば尚更だ。

「そうなると考えるべきは、何故そうしなかったのかという事でしょう?」

探偵が問う。
ここまで説明されればミルでも、その理由が理解できる。

「その理由がこのデータチップ、だと亜理子は言いたいのだな?」

その通りと、探偵は頷き同意を示す。
首輪の機能と関わりのない物をわざわざ混入させたという事を首輪の単純化、解析手段の提供と合わせて考えれば、誰だってその結論に至るだろう。

「首輪が解除されても閉じ込めておける仕組みがあるのか、それとも最初から殺し合いを完遂するつもりがないのか。
 ともかく首輪は解除されるのが前提だった。いえ、されないと困る代物なんです、そうじゃないとこれを見つけてもらえない」

だからきっと、ここにいるワールドオーダーはそう誘導すべく、首輪の中身に興味を持たせる言動をしているのかもしれない。

「だから参加鞘には首輪は意識し続けてもらわないと困る。解除を諦め強引な手段に出られては敵わない。
 不自然なまでの禁止エリアの拡大や、制限時間の短縮は首輪と言う存在を意識付けるための演出だったのかもしれないですね」

首輪が煩わしい存在になればなるほど、解除に走る参加者も増えるだろう。
実際もうじき次の放送辺りで恐らく首輪の制限は無視できないレベルになる。

「成程な。確かにそう聞くと首輪の中に仕込んだこいつを見つけさせようとしたってのは納得できなくもねぇ話だ。
 けどよ、入ってる奴と入ってない奴がいるのはなんでなんだよ? どういう違いがある。
 見つけて欲しいってんなら、全部の首輪の中に仕込めばいいじゃねぇか」

見つけてほしいのならば見つけやすいところに入れておけと言う。
身もふたもないと言えば身もふたもない疑問である。

「多分、それではダメなんです。
 これらは見つけてほしいけれど、しかしいきなり見つけられるのは困る。
 だから、このデータは強い参加者の中になくてはならない」

このデータを持っていたのは『死神』と『魔王』
全参加者の中でも最上位の存在だ。
偶然では片づけられない。
その中にしかなかったと言う事実には意味があるはずだ。

「そりゃつまり強敵を倒したご褒美って事か?」
「いいえ、違います」

試練に対する報酬ではない。
このルールを設定したのは労働に正当な対価を与えるそんな殊勝な人間ではない。
己の目的にしか興味を持てない非人間だ。

「恐らく順序の問題なんです。
 強い参加者の首輪の中にこれを隠したのは、そうすれば必然的に発見されるのは進行の後半という事になるから、何だと思います」

だからいきなり死神が首輪を外して放棄したのを慌てて回収に向かった。
恐らく本当に予定外だったのだろう。
それほどにあの死神の力は常軌を逸していたのだ。


671 : Role ◆H3bky6/SCY :2016/04/18(月) 02:14:10 91g0Knnw0
「わからねぇな、その順序とやらに何の意味があるってんだ?」

そう。問題はそこだ。
何をしたのかから、何をしようとしているのかは推理で来きる。
だが、何故それをそうしようとしているのか、動機が見えない。

「恐らく……私の推測が正しいのなら、多分そのデータに、」

そこで不意に探偵の言葉が途切れる。
探偵の小さな体が突き飛ばされたように倒れこむ。

見れば、探偵の背後で赤い飛沫が舞った。
それはどこからともなく放たれた水槍によるモノだった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

地下実験場の水道管をぬるりとしたアメーバ状の何か伝う。
放置されて久しいのか、管理されていない水道管の中には錆や水垢と言った汚れが蔓延っていた。
だが、それらの不快な環境は宇宙生命体にとっては気にならない。
セスペェリアは何も気にすることなく水道管の中を泳ぐように突き進んでいた。

セスペェリアはりんご飴との戦闘において予想外の手痛い反撃を受け、その身を天敵である爆炎に焼かれてしまった。
その結果、残った体積は4割程度。万全には程遠い状態にまで追い込まれてしまった。
その損傷を回復する必要がある。

液体生物だからと言って単純に水分を補修すればいいという物ではない。
水道管の中を流れる生活用水の中を取り込んだところで、意味がないとは言わないが、体液を補充するには栄養が必要だ。
その辺の事情は他の生物と対して違いはない。、
溶解液を調整すれば植物や鉱物を取り込むことも不可能ではないが、生物を捕食するのが最も手っ取り早く効率が良い。

水道管を通れない荷物は入り口に置いてきた。
手持ちにあるのは小さなバッチが一つだけである。
その奇妙な機械の鳥より奪い取ったバッチから、声が漏れ聞こえる。
その内容から、ターゲットの様子はリアルタイムで把握できていた。

何やら首輪について話している様だが、漏れ聞こえる会話内容はジョーカーであるセスペェリアからしても頷ける内容だった。
ジョーカーであると言ってもセスペェリアはワールドオーダーの目的について何一つ知らない。
知らされたのは参加者や支給品の情報と『首輪のデータを回収する様を他の参加者に目撃させる』という役割だけだ。
その行為の意味までは知らされていないが、彼女たちの話と照合すればその意味も見えてくる。

尤も、セスペェリアは奴の目的などに興味はないが。
彼女にあるのは侵略の尖兵としての役割である。
重要なのは彼らがセスペェリアの侵入に気づいている様子がないという事だ、会話の内容などどうでもいい。

セスペェリアは会話内容から思考を外し、水道管を伝いながら一つ一つフロア内を検索してゆく。
そして最下層の一つ上、B14フロアの休憩室に3名を察知した。
セスペェリアはフロアに備え付けられたトイレの便器から這い出ると、今度は換気扇へとその身を移す。

排気口を音もなく張って休憩室にたむろする三名の姿を確認する。
そしてジョーカーとして与えられた知識と照合してその名前を引き出した。
剣神龍次郎、ミル、音ノ宮亜理子。
悪の組織の大首領に世界最高峰の科学者に女子高生探偵と何とも統一感のない奇妙な組み合わせである。

ミルは優れた技術を、音ノ宮亜理子は優れた頭脳を持っているが、二人に戦闘能力があると言うデータはない。
対して剣神龍次郎は恐らく肉体的な強度なら全参加者中最強の存在である。
物理的な攻撃を受けないセスペェリアにとってはさしたる脅威とは言えないが、怪人化した際に放てる火炎弾は厄介だ。
出来るのならば人間体である今のうちに仕留めてしまいたい相手である。

まだ存在の気付かれていないこの状況で初撃は重要だ。
その不意打ちで一番厄介な龍次郎を仕留めるべきか。
それとも確実に弱い方から仕留めて回復を図るべきか。

どちらにするかを検討した結果、まずは確実な回復を優先することにした。
一撃で仕留めきれない可能性を考慮すれば今の消耗した状態で龍次郎を狙うのは得策ではない。

一人仕留めて栄養を補給して即座に離脱する。
その後、隙を見て可能なようならもう一人を狙う。
二人も喰えば十分全快に足りる。
やるとしても龍次郎の首を狙うのはその後でもいいだろう。

そうなると音ノ宮亜理子とミルのどちらを狙うか、という話だが。
どちらも素人だ。難易度に大差はない。
となればより多くの栄養が回復できる大きい獲物の方がいい。

セスペェリアは音ノ宮亜理子へと狙いを定めると、引き絞る弓の様にその身を変化させる。
そしてタイミングを伺い、好機と見るや一撃で心臓を貫くべく、己を水槍として勢いよく突き放った。


672 : Role ◆H3bky6/SCY :2016/04/18(月) 02:14:24 91g0Knnw0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

フォーゲル・ゲヴェーアによる空からの哨戒と首輪探知機による二重の監視網によって彼らの警戒は万全だった。
だが警戒をしているという慢心は油断を生み出す。
ここに、フォーゲル・ゲヴェーアを退け、首輪を無効化した例外(ジョーカー)が忍び寄っていた。

液体であるセスペェリアに気配と言う物は存在せず、流石の龍次郎と言えど先んじて察知する事は出来なかった。
忍び寄るセスペェリアが放った水槍は防ぐこと叶わず、亜理子の背から直撃した。

「ッ…………ぁ!」

パリンというガラスが砕けるような音。
突然背後から衝撃を受け亜理子の肺から空気が漏れた。
だが、貫かれてはいない。生きている。

赤錆を含んだ水槍の飛沫が宙に舞う。
仕損じた。
完全に不意を突いて放ったはずの水槍が服の下に張られていた魔法シールドに弾かれた。

だがそれは龍次郎すら気付けなかった不意打ちに亜理子が気付けていたという訳ではない。
首輪探知機をチェックしていたのは彼女自身なのだ、彼女にだって油断があった。
だが、それ以上に用心に用心を重ねる彼女の性格が彼女を救った。
念のため常に死角にシールドを仕込んでおいたのが功を奏したのである。

加えて、普段彼女が好き好んで着ている服装と現在の魔法少女の衣装との判別がセスペェリアには出来なかった。
そのため、亜理子が魔法の力を得ているとジョーカーでも想定できていなかった。
芸ならぬ、趣味は身を助けるという事だろうか。

だが、不意打ちで殺されるという事態こそ防げたものの、不意打ちを受けた亜理子の意識は反撃に転ずるほどの切り替えができておらず。
ミルに至っては驚きに身を固めるばかりでまだ何が起きたのか把握できていない段階である。

故に、この状況で動けたのはセスペェリアと龍次郎だけだった。

水の槍が竜巻のような渦を巻いて広がる。
初撃こそ仕損じたモノの、既に獲物は目の前、強引に喰らいつくつもりだ。

対して、龍次郎は何時如何なる時でも常在戦場。
瞬時に目の前にあった休憩室のテーブルをサッカーボールのように蹴り飛ばし、自らも相手へと飛び掛かる。
弾丸と化したテーブルは襲撃者の体を直撃するが、トプンと水音を立ててその体をすり抜けるように通過して、コンクリートの壁にぶち当たってバラバラに破砕した。
どれほど強力な一撃であろうとも、液体生物であるセスペェリアにとって物理攻撃など脅威ではない。

そう、それは恐ろしいまでの速度で迫っている龍次郎とて同じことだ。
龍次郎が間合いを詰め拳を振り上げるが、セスペェリアは慌てるでもなく反撃の体制を整える。
拳を振り抜いたところを狙って、水の刃のカウンターで頸動脈を切り裂いて――――

スパンと、空気が炸裂する。

反撃の算段を立てていたセスペェリアの思考が強制的に中断させられた。
同時に大量の水塊が壁に叩きつけられ、ピシャンと弾け飛んだ。

それはありえない事だった。
幾ら水面を殴っても無意味なように、液体生物であるセスペェリアに物理攻撃は通じない、はずなのに。
何の変哲もない拳の一撃が、セスペェリアの残体積の実に7割を吹き飛ばしたのだ。

振り抜いた風圧で吹き飛ばしただとか、拳に気でも纏っていただとか、そんなチャチな話ではない。
理屈ではない。何という不条理。
理屈が通用しない。何という理不尽。
そもそも理屈など無い。何と言う非合理。

これが剣神龍次郎。
強さという理不尽の塊。

上半身が弾け飛んだ状態のまま、セスペェリアが三人の控える休憩室から逃亡した。
液体生物に関節も前後もない、振り返る事すらせず脇目も振らず滑る様に駆ける。

「逃がすかよっ!」

怒鳴りを上げ龍次郎がそれを追う。

「奴が一人とも限らねぇ! 俺が奴を仕留めて戻るまで適当に避難してな!
 チャメゴン、二人を任せたぞ!」

残る二人と一匹にそう最低限の指示を出しつつ、大首領は液体生物を仕留めるべく駆け出して行った。


673 : Role ◆H3bky6/SCY :2016/04/18(月) 02:14:43 91g0Knnw0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

逃亡を続けるセスペェリア。
その形状はもはや人型を持っていない。
ヌルリとした大きな水たまりが滑る様に地面を駆け抜けてゆく。

液体生物は地形や障害物を無視して、通常では不可能な経路を辿って逃亡を図る。
あるいは降りたシャッターの下を抜け、あるいは閉じられた部屋の中を潜り、あるいは壁のひび割れに忍び込む。
これではどのような追手であろうとも追い縋ることは困難だろう。

だが、追手もまた常識から外れていた。
絶対者は地形や障害物を無視して、通常とは不可能な経路を蹂躙し尽くす。
立ち塞がる障害物を完膚なきまでに破壊し、部屋の壁など無き物の様に押し通り、壁の隙間に逃げ込もうものなら壁ごと砕く。

もはやどちらが襲撃者なのかわからくなる光景だった。
ここまで逃げ遂せた液体生物は、何とか鉄の扉の前までたどり着いた。

扉を開けることなく隙間から滑り込むセスペェリア。
液体生物が逃げ込んだ先にあったのは非常階段だった。
セスペェリアは追手の行く手を遮るべく水刃(ウォーターカッター)と変化さえた体で階段をズタズタに切り崩しながら、落下するように下っていく。

僅かに遅れて、鉄の扉が前蹴りで蹴破られた。
踏み込んだ龍次郎は足元を一瞥し、崩れてゆく階段を見つめる。
だが、その程度の妨害など足止めにもならない。

龍次郎は一瞬の躊躇もなく奈落の様に続く暗黒へと飛び降りた。
籠った落雷のような激しい着地音が響く。
超重量の落下に、着地した床底にヒビが奔った。
最下層に追いついた龍次郎が、最下層唯一の部屋に逃げ込んでゆく水溜りの姿を捉えた。

「よう。ここが終点だ。先はねぇぞ」

ゆっくりと最後の部屋に龍次郎が入室する。
砂の敷き詰められた最下層の実験場。
出入口は一つだけ、これより先に逃げ場はない。
勝者しか出る事の許されない正しく決闘場(コロシアム)である。

「あぁん?」

だが、その言葉を嘲笑うかのように、液体生物は砂に染み込んでゆく。
逃げ場所ならばある。この大量の砂の海だ。

そうして、セスペェリアの姿が完全に龍次郎の視界から消えた。
死角から攻撃するつもりか、それとも本当にこのまま逃げるつもりなのか。

「……おいおい、これから戦おうってのに、いきなり芋引いてんじゃ――――ねぇ!!」

語気を荒げた龍次郎の質量が肥大化し、足元の砂が沈む。
黄金の眼光が輝き、鋸の様な歯が並ぶ口元が好戦的な笑みを象った。
巨大なトカゲのようなシルエットを包むのは鎧の如き漆黒の鱗である。
最下層に広がる砂漠の決闘場に、ありとあらゆるを蹂躙する最強種が君臨する。

黒龍が砂の地面を思い切り踏みつけると、衝撃波が輪の様に広がり、砂の海が沸き立ち津波となる。
砂の中に紛れ込んだセスペェリアがその奔流に巻き込まれ、上空へと打ち上げられた。

「っと、イケねぇな」

龍次郎の踏み込みに耐え切れず、地下施設全体が大きく揺れた。
どうやらファブニール・フォームのパワーで全力を出しては地下実験場自体を崩壊させかねないようだ。
コンクリ壁など容易く溶解させてしまう火炎弾も同じくだ。

かといってワイバーン・フォームで飛び回るにしても閉ざされたこの環境は狭すぎる。
地下という閉鎖された環境はでドラゴモストロが戦うには適していない。
全力を出すのならば東京地下大空洞並みの空間が必要だ。

「ま、テメェ程度ならハンデ付で十分だがよ」

強制的に砂の隠れ蓑から放出された水塊が一カ所に集結し人の形を成してゆく。
その体積は見る影もなく、もはや幼児といった風体である。
その小さな体で、相対するものに絶望を届ける巨大な黒き竜種と相対していた。


674 : Role ◆H3bky6/SCY :2016/04/18(月) 02:15:00 91g0Knnw0
「なるほど、規格外だ」

だが、その表情に張り付いていたのは絶望ではなく歓喜。
それは幼児らしからぬ、恍惚すら感じさせる笑みだった。
敵の戦力を探る任を帯びた偵察者としての喜びである。

「だが、私はお前と言う存在を知った」

規格外がいるという事実を知れた。
これは威力偵察として最高の成果だ。
この惑星よりはるかに進んだ母性の力があれば、対策を講じ戦略を練り精鋭を鍛え、必ずこの怪物を打ち倒すだろう。

微笑むセスペェリアの頭部が三枚に割れた。
それぞれの枝葉の先にギロチンのような刃が生み出される。
歌舞伎の連獅子のように三又の頭をぐるりと振り抜いた。

ドラゴモストロが身構えるが、鞭のようにしなりながら伸びる水の刃の切っ先が向かったのはドラゴモストロの首でなかった。
二枚は天井、そしてもう一枚は唯一の出入り口へ向かい、その構造を切り崩した。
切り崩されたコンクリート片がが雨粒のように降り注ぐ。

今のセスペェリアの力ではドラゴモストロのようにこの施設を破壊することは出来ない。
だが、このフロアを破壊するくらいなら出来る。
このままフロアごと生き埋めになっても液体生物であるセスペェリアは問題ないが、ドラゴモストロはどうか。

「そうかよ」

黒龍が突き進む。
降り注ぐ数メートル大のコンクリートなど無いかの如く。
間合いを詰めたドラゴモストロが三又の大元へ向けて巨大な拳を振り抜いた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「ちっ。鬱陶しい戦い方しやがって」

最後に残った水滴を踏みつぶす。
ジュと煙を立てて水滴は完全に消滅した。

あれから行われたのは一方的な蹂躙だった。
セスペェリアは最後までまともに戦おうとせず、徹底してフロアの破壊に努めていた。
この実験室の使用目的上、上階との間は相当分厚く作られているようで、今のところ上階に影響は出ていないようだが。
おかげでフロア全体が瓦礫で覆われ、出入り口も塞がった。

「さて、どうするか」

ドラゴモストロがその気になれば積み重なる瓦礫を吹き飛ばすのは簡単な事だ。
だがドラゴモストロの力は強すぎる。
今の崩れかけた状態でそんな事をすれば、本当に施設が崩壊しかねない。
例えこの施設の崩壊に巻き込まれたところでドラゴモストロが死ぬことはないだろうが、上階にいるミルと亜理子の二人が死ぬ。

上手く加減できればいいのだが、生憎力加減の調整といった細かい作業は苦手だ。
人間体に戻って、一つ一つ瓦礫を撤去していくのが確実だが、それでは少し時間がかかる。
襲ってきた脅威が今の水人間一人なら時間がかかろうと問題ないだろうが。

「どうにも嫌な予感がするな」

壁にさえぎられた上の階を見つめ、大首領は一人呟いた。

【セスペェリア 消滅】

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


675 : Role ◆H3bky6/SCY :2016/04/18(月) 02:15:35 91g0Knnw0
龍次郎が襲撃者を追って行き、二人と一匹は休憩室に取り残された。
龍次郎に二人を護るという役割を任されたチャメゴンはミルの方の上で張り切るように首を振って周囲を警戒しているが、ミルと亜理子の表情には若干の不安の色が見えた。
龍次郎は味方だったとしても目の前にいるだけで息が詰まるような存在だったが、その庇護が無くなると途端に不安になる。

伏兵がいるかもしれないと言う龍次郎の言葉は、確かにその通りである。
どうやって首輪探知を潜り抜けたのかは不明だが、それができるのが一人とは限らない。
指示通り念のため避難しておくべきだろう。

だが、避難すると言ってもどうすればいいのか。
どこか適当な一室に籠り、龍次郎が戻るまでやり過ごすか。
それともいったん地下から離れ、地上に出ておくべきか。

孤島で殺人鬼から身を守る術ならば熟知しているが、ここは探偵と犯人の世界とは違う。
ロジックが通用しない、よりシンプルでより残虐な、獲物と狩人の世界だ。
何せ犯行を隠す気がない、の上常識外れた異能がある。
そんな相手から身を守るにはどうすればいいのか。

「えっと、そうですね。とりあえずここから移動を」

このままジッとしていても仕方がない。
ひとまず休憩室から移動しようと、亜理子がミルへと声をかけた、その時。

「キュキュゥ!」

チャメゴンが叫んだ。
背後からコポォと気泡が沸き立つ音が届く。
振り返った視界の端に、動く水溜りを捉え、亜理子の背筋が凍る。
その悪寒に従い亜理子がその場を飛びのくと、直後アメーバがその上空を通り過ぎた。

狙いを外したアメーバが壁にへばり付いた。
宇宙生命体であるセスペェリアは細胞一つ一つが生きている。
例え砕かれバラバラになったとしても、それら全てが死亡したとは限らない。

龍次郎の一撃に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた細胞の大半の死んでしまったけれど、全滅したわけではない。
生き残った部分を全てかき集めても、もはや小さな水たまりとしか呼べないみすぼらしさだが、まだそこに存在している。
1細胞でも生きていれば、セスペェリアの活動は止まらない。

この時点ではまだセスペェリアと龍次郎の戦闘は続いているが、セスペェリアでは龍次郎には勝てないだろう。
だが、龍次郎がどれだけ強かろうとも所詮は一人だ。
戦闘で勝てずとも戦略で勝てる。
分離した体で龍次郎を引付け、奴が戻ってくる前に二人を喰らって、回復した後この場を離れる。

生き残り、龍次郎のスペックを母星の本隊に持ち帰る事こそ先兵としての役割である。
その役割を果たすべく、侵略者が動く。

「逃げるのだ!」

二人分の荷物を抱えたミルに引き起こされ立ち上がると、亜理子たちはそのまま休憩室から脱出し走りだした。
当然の如くセスペェリアもその後を追う。
もはや人体を象ろうともしない、形のないモンスターが二人の少女に迫る。
コップ一杯分の水滴に殺されそうになっている、悪い冗談みたいな状況だった。

迫り来るアメーバーは床のみならず壁や天井に張り付きながら360度全方向から、獲物を追い詰めていく。
その動きは不定不形にて変幻自在。
通常(ノーマル)でしかない二人ではこの追手は振り切れない。

「マジックブリッド!」

距離を詰められ追い詰められた亜理子が、駆けながら後方に振り返り魔力弾を放つ。
だが、変幻自在のスライムはするりと身を躱す。
体積も戦闘能力も、万全の状態の1割にも満たない。
恐らく単純な性能(スペック)では魔法少女の力を得た亜理子の方が上だろう。

だが、この二人は戦士ではない。
侵略の先兵であるセスペェリアにとって追い詰めるのはさほど難しい事ではなかった。
後方からプレッシャーをかけるだけで、こんな風に焦れて追い詰められ下手な手に出る。

後方に攻撃を仕掛けたことにより、僅かに動きを緩めてしまった亜理子へとセスペェリアが襲い掛かった。
回避は間に合わない。
これで終わりかと、一瞬悲痛な覚悟が脳裏をよぎった、次の瞬間、施設全体が大きく揺れた。

最下層で戦う龍次郎の戦闘の余波だ。
その揺れに亜理子が体制を崩し倒れこむ。
その結果、飛びかかったセスペェリアから偶然ながら身を躱すことに成功した。


676 : Role ◆H3bky6/SCY :2016/04/18(月) 02:16:07 91g0Knnw0
「このッ!」

着地したセスペェリアにむかってミルが火炎瓶を投げつけた。
瓶が割れ中から飛び出したガソリンに火が付き、炎の壁が生み出される。
セスペェリアは怯むように動きを止めると、炎から距離を取る様に飛び退いた。

「今のうちに!」
「え、ええ」

手を引かれ走る。
どうやら炎を苦手としているのか、水の怪物は立ち塞がる炎の壁を越えられず立ち往生しているようだ。
火炎瓶による炎は広範囲に広がり、何より消えづらい。
しばらくは時間を稼げるかもしれない。

この間に逃げなくては、と亜理子は走る。
だが、逃げると言ってもどこへ?
龍次郎が戻るのを待つのが、いや、最悪龍次郎が戻らない可能性も考慮すべきか。

どんな隙間からでも忍び込むことのできる相手に籠城は無意味だ。
かと言ってこのまま床、壁、天井どこからでも相手が忍び寄れる地下にいるのはまずい。

このフロアから脱出しようにも隙間から忍び寄ってくるかわからない相手から逃げるのに、閉鎖空間であるエレベーターは論外だ。
となると、この地底の密室から地上に出るための手段は非常階段しかないが、非常階段は逆方向だ。
何より、経路が一つしかないのだから、そこで待ち伏せされている可能性も高い。
待ち伏せの危険性を考えると、もしかしたら追手を振り切れたようで相手を完全に見失ってしまったのは失策だったかもしれない。

少しずつ思考の深みにはまる亜理子。
その思考を遮る様に、遠くで何かが砕ける低い音が響いた。
同時に、ズドドドと断続的な激しい音が続く。
異様な音に思わず足を止める二人。

「…………嘘っ」

その音を聞いた亜理子の顔から血の気が引く。
何が起きたのか、そしてこれから何が起きるのか、聡い彼女はそれらを瞬時に察した。

今のは水道管が破裂した音だ。
もちろん、このタイミングで老朽化による不幸な事故が起きたなんてことはないだろう。

間違いなく襲撃者の手によるもの。
先ほどの炎を消化するためだけのものではない。
恐らくあの液体生物は、このフロアを水浸しにするつもりだ。
フロア全体に溢れた水の中に紛れられては、敵を認識することすらできなくなる。

この先の最悪を想定して動きを止めてしまう亜理子。
そこにズドンと。
またしても同じ音が、今度は別の方向から響いた。

「ッ!? 止まっているのはまずい、走りましょう……!」
「う、うむ」

そう言って走りだす。
その後にミルが続いた。

「ッ!?」

だが、走り出した先に静かに広がっている水溜に気づき行く先を変える。
この水全てに敵が潜んでいる訳ではない。
だが、いるかもしれないという疑念がある限り、近づくことがきない。
彼女は人一倍聡いからこそ、その可能性を無視できない。

「こっちへ!」

水のない方へと、浸水したエリアを避けて走る。
だが、どこか誘導されている気がする。
いや、実際誘導されているんだろう。

その間にも、またどこかで壁の崩れる音がした。
継続的に破壊工作は行われている。
こちらの動けるエリアを徐々に狭め、最終的に袋小路に追い詰めるつもりなのだろう。

このままではジリ貧だ。
いっそ一気に大跳躍の魔法で足元の水を飛び越えるか。

だが、その場合、ミル博士はどうなる
見捨てるという選択肢が頭の中にチラつく。


677 : Role ◆H3bky6/SCY :2016/04/18(月) 02:19:04 91g0Knnw0
亜理子の目的はワールドオーダーに敗北を認めさせることである。
そのためにミル博士は有用か?
ここで亜理子が命を賭けてまで護る価値はあるのか?

利己的な自分可愛さという訳ではない。
ミルの方が有用ならば、亜理子が命を懸けたっていい。

目的のため誰かを切り捨てる事に何の情もわかない。
そう言う考え方しかできない女だ。

だが、このままでは両方死ぬ。
取捨択一以前の問題だ。
どうする、どうする、どうすればいい?

「落ち着くのだ、亜理子!」

そこで、唐突に後ろから手が引かれた。
急に腕にかかった重さに思わず足が止まる。
ミルが小さな体で亜理子の腕に飛びつく様にしがみついていた。

「けど、こののままじゃ…………!」

逃げられない。
こうしている間にもフロアは水に覆われてゆく。
止まっていては逃げ場は失われ状況は悪くなるばかりだ。

「なら、戦おう。戦って勝つのだ」

ミルの言葉に亜理子が目を見開く。
その発想はなかった。
シャーロック・ホームズじゃあるまいし探偵は戦う職業ではない。
どう時間を稼ぐかにしか頭が言っておらず、相手を倒すと言う当たり前の発想が抜け落ちていた。
だが、この状況ではもうそれしかない。

「なら―――――」

探偵が、これまで人を嵌めて陥れる事ばかりしてきたその頭を、初めて敵を倒すという目的に向けて働かせる。
その考えを、仲間へと話した。

そんな亜理子の言葉を遮る様に爆発のような音が響く。
またどこかで水道管が弾けた。
そして通路の先から満ち潮のように水が迫る。
これ以上止まってはいられないようだ、二人は再び走り出した。

既にフロアの大半は水没しており、動ける経路は限定されている。
その限定されている経路を辿った先。最後の角曲がる。
先にあるのは当然、逃げ場のない袋小路だった。

後方は既に水溜りが広がっていた。
じわりじわりとその範囲を広げている。
彼女たちの足元に届くまでそれほど時間はかからないだろう。

「この…………ッ!」

ミルが取り出したショットガンを撃った。
散弾ならば当たるかもしれないという考えなのか、追い詰められた苦肉の策である。
小さなミルの体では反動に耐えられなかったのか、銃口は明後日の方向にブレて散弾は壁に穴を開けただけだった。

「クッ」

ヤケクソ気味に連射されたショットガンは今度は天井に穴をあけた。
その光景を水中のセスペェリアが嘲笑う。
弾丸など当たったところで大した脅威でもない。
そもそも無意味な行為だ。

「ダメよ、引きましょう!」

亜理子がミルの手を引くが、その先はない。
あっという間に壁際に追い詰められる。
水流はもう目の前にまで迫っていた。

絶体絶命である。
水が足元に達した瞬間、セスペェリアは彼女たちを足元から溶かしつくだろう。


678 : Role ◆H3bky6/SCY :2016/04/18(月) 02:19:55 91g0Knnw0
「…………今よ!」

だが、そこで亜理子が叫んだ。
次の瞬間、先ほど空いた天井の穴から、コードを加えたチャメゴンが飛び降りてきた。

敵は水の中に紛れ、この大量の水の中のどこにいるのかは分からない。
逆に言えば、これだけの下地を用意したのだから、敵を追い詰め後は仕留めるだけという段階になれば、確実にこの水の中のどこかに紛れているという事だ。
こうなればこの素人集団からすれば、むしろ的が広がって当てやすくなったくらいだ。

破裂した水道管から水が漏れだしたように、この施設のライフラインは生きている。
それは水道に限らず電気も同じこと。
ならば、当然それを通す電線が引かれているのである。

ショットガンで壁や天井を破壊したのは電線を見つけるためである。
体格の小さいミルに撃たせることで見当はずれな方向を狙ったように見せかけたのだ。
後は見つけた電線にチャメゴンが忍び寄り、自慢の牙で齧り漏電させる。
セスペェリアは小さなチャメゴンの存在を軽視していた。だから追い詰めた時にその姿がない事を見落とした。

噛み千切られた電線の先が地面の水に触れた。
紫電が弾け、雷速で電撃が駆け抜け地面がフラッシュする。
チャメゴンは絶縁体であるコードにしがみついているが、水の中にいるセスペェリアに逃げ場はない。

だが、セスペェリアは体成分を自在に変化できる。
電線と共に向かってくるチャメゴンの姿を認識した瞬間、りんご飴のスタンガンをやり過ごした時のように純水となり感電から身を護っていた。

「見つけた」

だが、それでいい。
水の中に一カ所だけ、明らかに反応の違う箇所がある。
そんな違和感を洞察力に優れる探偵が見逃すはずがない。

そこに向けて火炎便を投擲する。
地形を塗り替えると言う搦め手に出て、強引に攻めてこないのは必要以上に火炎を恐れていたからだ。
つまり、向こうにだって余裕はない。
水の中でも炎は燃え広がり、断末魔を上げる暇すら与えずアメーバを焼き尽くした。

「やった! やりましたよ、ミル博士!」

産まれて初めての闘争での勝利に、亜理子がらしからぬ喜びの声を上げ振り返った。

「ぁ………………っ」

そこで、彼女は天井から垂れる、一滴の水滴を見た。
水滴がミルの口元が落ち、止める暇もなくスルリと口内へと侵入していく。

念のため地面とは別に体の一部を天井に這わせ忍ばせていた。
一粒の水滴など見つかるはずもない。
策と言うより保険のようなものだが、思いのほか役に立った。

セスペェリアは侵略の先兵を任された精鋭中の精鋭である。
亜理子たちとセスペェリアでは戦士としての経験値が違う。
勝利した瞬間とは最も隙だらけになる物、所詮は素人。
頭のいいだけの素人の付け焼刃などに敗れるはずがない。

「ご、ブハ…………っ!」

ミルが血を吐いた。
強力な消化液となった一滴の水が内側から身を焼いていた。
内側から溶かされながら、ミルがポケットから取り出したデータチップを亜理子へと投げ渡す。

「――――――頼む」

既に喉が溶かされているとは思えないほど、ハッキリとした声だった。
託したのは希望。
ミルは亜理子に希望を、意思を、未来を託した。

直後、ミルの顔面がヘドロのように融解する。
内側から全身を溶かしつくした怪物が表に出た。
その大きさは先ほどの前の比ではない、ミルを骨まで喰らい尽くしその栄養と水分を糧とした。
これでやっと龍次郎にやられた損失の補填が出来たと言った所だが、目の前の亜理子も喰らえばここに来た採算は取れるだろう。

亜理子は託されたデータチップを抱え、動くことができなかった。
策を上回られ、仲間を殺され絶体絶命の状況であると言うのもあるが。
誰かに何かを託されたことなんて、これまで一度もなかった。
どうしていいのか分からなかった。


679 : Role ◆H3bky6/SCY :2016/04/18(月) 02:20:21 91g0Knnw0
液体生物が襲い掛かる。
先ほどまでの小さな水滴ではない。
巨人の手のひらのように大きく広がったアメーバが蛇のように絡みつく。
コップ一杯の相手に追い詰められていたのだ、こうなっては勝ち目など無い。

「へぇ、普通の衣服じゃないようね」

巻きついたアメーバは捉えた獲物を消化しようとしたが、上手くいかなかった。
亜理子の来ている服は魔力で編まれた魔法少女の服だ、その耐久性は通常の代物ではない。
ならば、とミルの時と同じく内部から食い破ろうと亜理子の口内へとローションめいた水塊が侵入を試みる。
だが、口の中に展開されたシールドに侵入を阻まれた。

「面白い工夫だが、無駄な抵抗だ」

その言葉の通り、ただの足掻きに過ぎない。
魔法少女の衣服は高い耐久性を持っているが、無敵ではない。
生み出された溶解液に、分厚く幾重にも重なったゴシック長の衣服が徐々に溶けてゆく。
いずれ衣服は溶かされ、亜理子の体も溶けてなくなるだろう。

「キューーーゥ!」

亜理子を締め上げる水の蛇にシマリス、チャメゴンが喰らいついた。
拘束を引きはがさんと牙を立てるが、水に噛み付いたところで何の意味もない。
それで何とかできる不条理は彼の主人だけだろう。

それどころか、逆に噛みついたチャメゴンの体が液体生物の中に飲み込まれた。
溶解液が分泌されシマリスの皮膚が、肉が、骨があっという間に溶けてゆきタンパク質とアミノ酸になっていく。

「………………?」

液体生物であるセスペェリアは食事を行う際に体液の成分を消化液に変化させている。
生物を溶かす時には肉用の消化液に、無機物を溶かす時には鉱物用の消化液に、何を食べるかによってその時々によりその成分は微妙に変わる。
だが、腹の中に何か、どうやって熔かせばいいのかわからない識別不可能な物体がある事に付いた。

チャメゴンではない。
脳に肥大化がみられるが、それ以外は間違いなくただのシマリスだ。
違和感はその中、チャメゴンを溶かして出てきた胃袋の中にあった。

それは不死殺しの爆弾だった。
チャメゴンはその爆弾を飲み込んで、セスペェリアに飛び込んだのだ。
主人であり親友である龍次郎に託された役割を果たせなかった事を悔やみ、亜理子を絶対に守ろうとする決意の表れだった。

セスペェリアはまんまと自らその爆弾を取り込んでしまった。
元は首輪に組み込まれていた代物だ。
当然の機能として、破壊しようと刺激すれば爆発する。

セスペェリアの内部で爆炎が炸裂する。
規格外の死神を殺すために世界の支配者が誂えた特別性の爆弾だ、無事では済まない。
水滴が吹き飛び四方八方へと飛び散ってゆき、亜理子の体が放り出される。

だがまだだ。
これで終わりではない。
セスペェリアの特性上、まだ再集結して復活する恐れがある。

「――――そんな事は、させない」

亜理子は立ち上がると荷物から取り出したガソリンを周囲一帯にぶちまけた。
どこまで飛び散ってるのか分からないのならば、この辺一帯を焼き払えばいい。

『ゃ、ゃあめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』

周囲に跳びった水滴が叫ぶ。
そんな事は知った事ではない。
亜理子が火炎瓶用の着火剤で火をつけると気化したガソリンに引火し、周囲一帯が爆炎に包まれた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


680 : Role ◆H3bky6/SCY :2016/04/18(月) 02:21:22 91g0Knnw0
「ぅ…………ん」

爆発に巻き込まれる覚悟だったが、どうやら亜理子の体は無事のようである。
見れば、目の前の巨大な壁が爆炎を遮っていた。

「遅くなったな」

壁の正体は龍次郎だった。
ようやく駆けつけ、ここまでたどり着いたらしい。

「チャメゴンとミルはどうした?」

全て消化されてしまった彼女たちはもう死体すら残っていない。
彼女たちを探し問いかけた龍次郎に、亜理子は静かに首を横に振る。
それで伝わったのか、龍次郎は、そうかとだけ呟いた。

「では、チャメゴンは俺の指示通り、お前を護って死んだんだな」

この問いに、亜理子ははっきりと首を縦に振った。
揺らめく炎に照らされ、龍次郎の表情は見えない。
龍次郎は何も言わず、亜理子の体を抱えて立ち上がった。

「ここはもうだめだな、出るぞ」

そう言った龍次郎が炎の道を突っ切って走る。
力強い何かに包まれる妙な安心感に緊張の糸が途切れたのか、限界が訪れ、亜理子は意識を手放した。

【ミル 死亡】
【チャメゴン 死亡】

【セスペェリア 完全消滅】

【E-10 地下実験場/午後】
【剣神龍次郎】
[状態]:ダメージ(小)
[装備]:ナハト・リッターの木刀
[道具]:基本支給品一式、謎の鍵
[思考・行動]
基本方針:己の“最強”を証明する。その為に、このゲームを潰す。
1:研究所から脱出する
2:協力者を探す。
3:役立ちそうな者はブレイカーズの軍門に下るなら生かす。敵対する者、役立たない者は殺す。
※この会場はワールドオーダーの拠点の一つだと考えています。
※怪人形態時の防御力が低下しています。
※首輪にワールドオーダーの能力が使われている可能性について考えています。
※妖刀無銘、サバイバルナイフ・魔剣天翔の説明書を読みました

【音ノ宮・亜理子】
[状態]:気絶、左脇腹、右肩にダメージ、疲労(大)
[装備]:魔法少女変身ステッキ、オデットの杖、悪党商会メンバーバッチ(1番)
[道具]:基本支給品一式×2、M24SWS(3/5)、7.62x51mmNATO弾×3
    双眼鏡、鴉の手紙、首輪探知機、引き寄せ棒、データチップ[05]、データチップ[07]
[思考]
基本行動方針:この事件を解決する為に、ワールドオーダーに負けを認めさせる。
1:ワールドオーダーの『神様』への『革命』について推理する。
※魔力封印魔法を習得しました

※地下実験場で火災が発生しました
※基本支給品一式、電気信号変換装置、地下通路マップ、アイスピック、セスペェリアの首輪、ランダムアイテム0〜4が地下実験場入り口に放置されています


681 : Role ◆H3bky6/SCY :2016/04/18(月) 02:22:01 91g0Knnw0
投下終了です


682 : 名無しさん :2016/04/29(金) 23:20:57 XNoiVquM0
こちらにも連絡を
場所はオリロワ2014したらばにて


◆第二回オリロワ2014キャラクター人気投票
期間:2015/04/30 00:00:00 ��� 2015/04/30 23:59:59

■投票ルール
・1人10票まで
・同一キャラに複数票投票するのは禁止
・分割投票は認められない
・多重投票が発覚した場合全ての票は無効とする
・投票対象は参加者名簿に記されている者のみに限る(ワールドオーダーは主催者と同一とする)
・投票は下記のフォーマットに準ずること

【キャラクター名】
【キャラクター名】
【キャラクター名】
【キャラクター名】
【キャラクター名】
【キャラクター名】
【キャラクター名】
【キャラクター名】
【キャラクター名】
【キャラクター名】

◆第一回オリロワ2014作品人気投票
期間:2015/05/03 00:00:00 ��� 2015/05/03 23:59:59

■投票ルール
・1人各放送毎に5票まで
・同一作品に複数票投票することは出来ない
・分割投票は認められない
・多重投票が発覚した場合全ての票は無効とする
・投票は下記のフォーマットに準ずること

【第一放送までの作品】
【作品名】
【作品名】
【作品名】
【作品名】
【作品名】

【第二放送までの作品】
【作品名】
【作品名】
【作品名】
【作品名】
【作品名】

【第三放送までの作品】
【作品名】
【作品名】
【作品名】
【作品名】
【作品名】


683 : 名無しさん :2016/04/30(土) 00:27:31 hl9f5GbQ0
一応したらばの投票スレのリンクも
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/16903/1427020652/l50


684 : ◆H3bky6/SCY :2016/05/16(月) 01:56:55 ddYxvIKU0
投下します


685 : 夢をみるひと ◆H3bky6/SCY :2016/05/16(月) 01:57:23 ddYxvIKU0
「馴木、おい大丈夫か? 馴木?」

こちらからの呼びかけにも馴木は反応を示さなかった。
その場に座り込んでいる相手に、腰をかがめる視線を合わせる。
見る限り意識がないという訳ではなさそうだが、声に視線すら向けることなく、ただ虚ろな瞳のまま曖昧に何もない空を見つめていた。

「何があったのか」と問うべきか逡巡する。
様子がおかしいのは見るからに明らかだった。
茫然自失としており、その目からは生気という物が感じられない。
わざわざ問うまでもなく、散々な目に遭ってきたのだろう事は見て取れる。

こっちだってそれなりボロボロだが、馴木の在り様は比較にならなかった。
泥や吐瀉物の付着した衣服の汚れもそうなのだが、彼処には不穏な血の跡が見受けられた。
彼女自身に目立った外傷はないようだが、どうやら返り血の様である。
それが付着した経緯について、最悪の想像が頭を過る。

そうなると、その過程について問うのは躊躇われる。
仮にその返り血の意味が想像通りだったとしても、この状況だ。緊急避難として理解はできるし別に彼女を責めるようなマネをするつもりはない。
ノリノリで殺人に目覚めました、と言うのならともかく、その様子から止むに止まれてという状況だったのだろうと予想できるし、同情の余地はある。
その心的外傷を抉るような真似はなるべくならしたくない。

とは言え、彼女が巻き込まれたであろう危険がまだ近くにあるのならば把握しておくべきだろうとも思うが。
今の沙奈に問うたところで答えが返ってくるとも思えない。

「…………錬次郎」

どこを見ているでもない曖昧な視線のまま、絞り出すような掠れた声が女のか細い喉から漏れた。

「錬次郎……? 悪ぃが、三条谷は見てねぇな」

初めて紡がれた意味のある呟きに、とりあえず返答をしてみるが残念ながらそれに対する反応は返ってはこなかった。
何とも打っても響かない相手に自然と溜め息が漏れる。
残念ながらここで辛抱強く問答をしているほど余裕のある状況ではない。

ここでじっとしていては危険だ。
何とか撒いたものの、まだ近くにあの殺し屋のような男がいるかもしれないのだ。
今は現状の確認よりも行動すべきである。
何より、分れた一二三と輝幸の身も心配だ。
速く合流したい所である。

「とにかく一緒行動しよう馴木。危ない奴が近くにいるかもしれないんだすぐにここから離れたい」

危機を伝え退避を促すがやはり反応はない。
このまま黙って動かないままでいられても困るので、ひとまず説得を試みる。

「辛いのは分かる。しんどいのもわかる。けど頼む動いてくれ。
 このままこうしてたんじゃ、三条谷にも会えなくなるぞ」
「……錬次郎に………………遭えない…………?」

人の恋心を利用するようで少しばかりズルいやり方だが、初めてまともに反応を示した。
やはり馴木にとって三条谷は特別なようである。

「そうだ、だから今は立ってくれ」

励ますような言葉を掛けつつ、腕を取って引き上げる。
意外にも抵抗は殆どなく、すんなりと立ち上がってくれた。
と言うより、抵抗する気力もないと言った風であるのだが、まあ今はそれでいい。

ここからなら第二合流地点に指定した探偵事務所がすぐ近くである。
別れてから2時間以上が経過している、一二三たちが既にそこに辿り付いているかもしれない。
いなかったとしても、そこから第一合流地点である温泉旅館に向かえばどこかしらで出会えるはずだ。
何のトラブルもなければ、の話ではあるが。


686 : 夢をみるひと ◆H3bky6/SCY :2016/05/16(月) 01:57:40 ddYxvIKU0
「とりあえずそこにある探偵事務所に行こう、そこで一二三とあと……」
「嫌っ!!」

突然の大声に驚きに思わず目を見開く。
動き出そうとした足を止め、振り返ると、そこには胸の前で両手をグッと握りながらなわなわと振るえる馴木の姿があった。

「そっちには、行きたくない!」

人形みたいに無気力だった馴木が、突然声を荒げて明確な拒否反応を示した。
何かに怯えるように目を逸らし、歯の根を鳴らして全身を震わせている。
その尋常ではない反応には、追及することを許さない真に迫った迫力があった。

移動を強硬するのは難しそうだ。またここで固まられも困る。
まずは移動することが先決である。
効率は悪いが近場の探偵事務所を諦め、予定通りまずは温泉旅館を目指すべきか。
温泉旅館にいなかった場合はその時だ。その時に考える事にしよう。

「……じゃあ、仕方ない探偵事務所は後回しにして温泉旅館に、」
「嫌…………ッ! そっちも行きたくない、行きたくないの…………」

弱弱しくそう言って両腕で頭を抱えた。
どうやらそっちにも何かトラウマがあるらしい。

いや、さすがにそれは困るぞ。
こっちが頭を抱えたくなる。
状況が状況だけに、これ以上我侭に付き合ってる暇はない。
女相手に強引に出るのは趣味じゃないが、最悪弱った女子一人くらいなら無理やり抱えて連れて行ってしまうことくらいはできる。
だが、それは最終手段だ。
強硬策は心的外傷を強めてしまう可能性もある。

馴木を宥めつつ、どうすればいいか頭を捻る。
こんな状態の馴木をこの場に放置して行くわけにもいかないし、一二三と輝幸を無視するわけにもいかない。
両方やらくちゃならないのがつらいところだ。

馴木が合流地点に行けないという以上、馴木とは別行動をとるしかない。
となると馴木を何処か安全な場所に避難させてから、一二三たちと合流して、馴木を迎えに行く。
これが現状とれるベストだろう。
そう考え、隠れられそうな場所を探すべく地図を広げた。

位置的には灯台がベストだが。
そちらは方向的に殺し屋のような男がいるかもしれない方向だ、できれば避けたい。
少し遠回りになるが、北の多目的ホール当たりにすべきか、と考えたところで。
ふと、馴木の様子がおかしい事に気づいた。

これまでとは違う、明確な何かに怯えるような反応で、どこか一点に視点を向けていた。
その視線を追う。

そこには、見覚えのある死神が迫っていた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


687 : 夢をみるひと ◆H3bky6/SCY :2016/05/16(月) 01:58:14 ddYxvIKU0
1997年11月16日。
後にジョホールバルの歓喜と呼ばれる、日本が初めてワールドカップ出場を決めた日本サッカー界の転機。
そんな日に夏目若菜は生を受けた。

親父は元日本リーグの選手で、ワールドカップ初出場を掛けた試合と妻の出産を天秤にかけて、真剣に思い悩んだ挙句。
深夜の病院のロビーでテレビを勝手につけた挙句、熱狂して病院から追い出されるようなサッカーバカだった。

日本リーグの選手だったと言っても、実力はお世辞にも高いとは言えなかったようだ。
代表なんかともまったく縁はないし、下位チームのベンチを行ったり来たりで試合に出てる方が珍しい。
そして念願のプロリーグ元年。当然の如くスカウトからお声がかかることもなくプロになりそこねた、それが親父の実力である。

だからこそ、サッカーに対する情熱は凄まじいモノだった。
悲願だったプロになれず、自分にサッカー選手としての才能がないという残酷なまでの事実を突き付けられても、サッカーを愛し続けた。
指導者としての道を志し順調にライセンスを取得して、現在はプロチームのコーチとしてそこそこ名を馳せているようだ。
現役時代から下手だったからこそ研究を重ね、教え上手で指導者としての才能はあったらしい。

いずれはチーム監督となり、最終的に代表監督となる。それが今の親父の夢である。
だが、それは監督としての夢だ。選手としての夢は当然のように息子である俺へと受け継がれた。

プロ選手となって、日本代表になって、W杯に出場して、あの黄金の優勝杯にキスをする。
サッカー小僧なら誰もが一度は憧れる夢だろう。
だが、それは日本という国で見るにはあまりにも壮大な、現実離れしたバカみたいな夢だった。
それでも俺たち親子は本気だった。

そんなことは無理だと言うヤツがいた。
出来るわけがないと笑うヤツもいた。
そういう輩は全員、実力で黙らせてきた。
一度でも俺のプレーを見て、同じ言葉を吐けたやつはいない。

親父と違って俺には才能はあった、0歳から親父に叩き込まれた英才教育の賜物でもあるだろう。
夢を示し続けて、上り詰め結果を残し、今はもう俺達の夢を笑う人間は日本中のどこにもいなかった。

この夢は親父に強制された夢ではない。
これは紛れもない俺の夢だった。
そして日本中のサッカーファンが俺の背(No10)に同じ夢を見ている。

だけど、結果を残して同じ夢を見るものたちが増えるたびに、日本中の夢を背負った責任と重圧は増していった。
国内では勝って当然。代表に選ばれて当たり前。アジアで負けるのは問題外。国際大会でも実績を残して当然。
いつの間にか俺たち親子の夢は俺たちだけの夢ではなくなっていた。
夢を見せた責任を取らなくてはならない。

どれだけ国内で天才ともてはやされても世界は広い。当然、挫折もあるしキツイこともある。
試合は疲れるし、怪我だってするし、負ければ死ぬほど叩かれた。
どんな天才だって常勝無敗とはいかない、勝利を掲げた代償として敗北の責任は常に俺へと降りかかる。
スポーツが爽やかだなんてイメージは偏見だ、実際は嫌がらせや不幸の手紙めいたものが送られるなんて日常茶飯事だった。
そのしんどさに辟易して嫌になった事だって一度や二度じゃない。

そういう意味じゃ今の学校の居心地は悪くなかった。
中学卒業前にトップチームからのお声はかかってた、公表こそしていないが海外からのオファーもなかったわけじゃない。
正直、俺の将来設計的に高校に進学する必要はあまりなかったのだけど、母さんは当然のように最低限高校は出ておけと口酸っぱく言い続けており。
親父も体の出来きる前に急いで環境を変える必要はないとか、高校生やれるのは人生に一度だけだとか言って反対意見を表明したため進学を余儀なくされた。


688 : 夢をみるひと ◆H3bky6/SCY :2016/05/16(月) 01:58:28 ddYxvIKU0
まあぶっちゃけ進学するにしてもサッカーはユースでできるし、高校はどこでもよかった。
神無学園を選んだ理由としては、AO入試があったため自分のこれまでの実績からすればほぼ確実に入学できるし、何より家から近い、なんて安直な理由だった。
そんないい加減な動機で選んだ進学先だけれど、今のとなってはサッカーの事を忘れられる数少ない空間だった。

クラスの連中は一癖も二癖もあるおかしな連中ばかりで、俺だけが悪目立ちすることもない。
当たり前だがサッカーに興味のない奴だっているし、そんな奴らとも仲良くなれた。
辛さも苦しさもない、普通の高校生としての生活、それはそれなりに楽しかったけれど。。

ああ、それでも。
それ以上に、フットボールは楽しかった。
辛くとも苦しくともここまで続けてこれた理由はそれだけだった。

ドリブルで敵を躱した瞬間の快感。
パスがイメージ通り繋がった瞬間の達成感。
シュートが決まった瞬間の喜び。
一つのボールを追ってグランドを駆けまわって、勝って、負けて、また勝って。
その喜びや悲しみを仲間たちと分かち合う。

これに勝る楽しさを俺は知らない。
結局は、俺も親父と同じサッカーバカなのだ。

夏目若菜にとっての夢とは実現可能な目標でしかない。
この道筋は、確実に夢の彼方へと繋がっている。
そのための努力を続けることは当たり前のことで、多少の辛さや苦しさは当然の対価だ。
その程度は覚悟の上である。

それに、どれほどの重圧がかあろうとも、試合が始まれば足は廻る。
最も重圧のかかるはずのその瞬間だけは、背負った重圧を忘れられた。

震えるほどの高揚感に胸が高鳴り、鼓動を抑えるように深く呼吸をすれば、肺が熱気で満たされる。
周囲からは超満員の客席が生み出す地鳴りのような声援が響き、人々の熱気が白い蒸気となり景色を歪ませた。
空はどこまでも抜けるような深い蒼。
むせ返るような熱を含んだ風が吹き抜け、緑の芝が波のように騒めく。
足には羽が生えたよう。
白いボールを追いかけて、緑のピッチを駆け抜ける。

ここが俺の戦場。

夢へと至る、その道程。
黄金の杯を掲げるその夢に向かって、夏目若菜はこの道を進み続ける。

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689 : 夢をみるひと ◆H3bky6/SCY :2016/05/16(月) 01:58:48 ddYxvIKU0
現れた死神。
沙奈は純粋に漆黒の殺し屋の放つ殺意に慄いていた。
息を飲んだのは若菜も同じだ。

沙奈とのやり取りに時間をかけ過ぎた。
振り切ったはずの死神が追い付いてしまった。

死神はゆっくりとこちらに近づいている。
まだ距離はあるが、今度こそ逃げられない。

何故なら沙奈がいる。
沙奈はまともに動けない。
任せられるような人間もいない。
かと言って無理矢理沙奈を抱えて走った所で逃げられる相手ではない。
沙奈がいたのではどうしようもない。

「……ああ、くそ、嫌になるね。ホント」

沙奈を庇うように前に出る。
助かる気のない奴を助ける義理などない。何て事は言わない。
正直な話、相手が助かりたいかなんて知った事じゃない。
正義感とかじゃなく助けたいから助けるだけだ。
ここで女を見捨てるような自分が許せそうにない。

自分を裏切るような生き方はできない。
誰よりも器用なくせに、不器用な生き方しか選べなかった。

そんな自分が本当に嫌になるけれど、仕方ない。
だってそれが夏目若菜なのだから。

沙奈が動かない以上、九十九を逃した時のように足止めだけすればいいとはいかない。
敵を制圧する必要があった。

絞め技で落として意識を奪うか、極め技で脚の一本でも折れば追ってこれないはずだ。
この期に及んで殺すつもりがないと言うのは覚悟が足りないのか、それとも殺さないという覚悟の表れか。

格闘経験なんて、体育で選択した柔道くらいのものだが。
その授業内で拳正だって投げ飛ばしたし、黒帯の教師から一本取った事もある。
何にせよ組みつくところまで行かなくては話にならない。

緊張のあまり手足が痺れて吐きそうだ。
恐怖に体の芯が震え、今すぐここから逃げ出したくなる。
まぁ、つまりはいつも通り。ベストコンディションだ。

距離が詰まり間合いに入ったのか殺し屋が銃を構える。
それを合図にして殺し屋に向かって若菜が駆けた。

迎え撃つサイパス。
その脳裏に深夜に繰り広げられた拳正との戦闘が思い出される。
恐らく狙いは同じだろう。
今度はあの時のように出し抜かれぬよう下の動きにも警戒を強める。
奇策はもう通用しない。

走る若菜。視線と踏み込みは右、だが重心は左に偏っている。フェイントだ。
それを見抜いたうえで、左への初動をしっかりと確認してから、サイパスは引き金を引いた。

だがその弾丸は外れた。
若菜は銃弾の逆を突き、鋭い動きで切り返す。
奇策ではなく純然たる駆け引きで殺し屋を上回った。

当然だ。
右か左かの駆け引きなど世界の超一流のディフェンダー相手に毎日のようにやっている。
この分野において一日の長があるのは若菜の方だ。

100mを11秒フラットで駆け抜ける速度で放たれた胴タックルが、トライデントの如く突き刺さる。
サイパスはタックルを切るべく若菜の肩に片手をかけると、跳び箱を跳ぶように跳躍。
肩を支点として伸身のまま弧を描くと、上下逆さの体制で無防備な若菜の後頭部に向けて銃口を構えた。

対して、タックルを躱され背後を取られた若菜は、止まることなく身を捻った。
天を仰ぐような体制で自転車を漕ぐ様に足を空中で回転させ、上空へと足を振り上げる。
ローリングオーバーヘッド。
とあるブラジルの天才が編み出した反転とシュートを同時に行う絶技である。

跳ね上がる様に振り抜かれた蹴り足に、突き出していた銃が蹴り飛ばされる。
空中で繰り広げられたアクロバティックな攻防は互いを喧嘩独楽のように弾き飛ばした。

先に地面に着いたのは体制が下になっていた若菜だ。
受け身を取り瞬時に体勢を整えると、サイパスを狙って再びタックルを仕掛ける。
着地を狙われては然しものサイパスとて躱しきれない。

地面に押し倒され、組みつかれる。
組みつかれてしまえばそう簡単に引きはがすことは出来ない。
若菜は相手の体を滑るように後方に回り込むと、襟元を掴み上げ変則的な送襟絞を完成させる。


690 : 夢をみるひと ◆H3bky6/SCY :2016/05/16(月) 01:59:11 ddYxvIKU0
「ぐ…………っ」

酸素を遮られサイパスの顔色が徐々に紫がかって行く。
サイパスは首元に右腕を差し込み頚動脈洞圧迫に抗いつつ、左腕を何とか自らの腰元まで伸ばした。
その手に捕まれた銀の輝きに若菜が気づく。それと同時に引き抜かれたナイフが一閃される。
若菜は瞬時に拘束を解くと、その場から離れ身を躱した。

組技は基本素手対素手が前提だ。
どれだけ上手く組みついても刃物で脇腹を刺されればそれで終わりだ。
無論、対武器の技術も存在するが授業で習った程度の若菜にそれを実戦しろと言うのは難しい話である。

ナイフの一撃は躱せたものの、間合いが開いた。
立ち上がった敵の腕にはナイフが握られている。
どんな動きも見逃さないように凄まじい集中力でナイフを警戒する。

だが。そのナイフが飛んできた。

唯一の武器を投擲するその奇策に虚を突かれたが、持ち前の反射神経で何とか躱した。
だが、ナイフを注視しすぎた事で、肝心のサイパスの姿を見失った。

瞬間。横合いからの衝撃。
意趣返しの様な胴タックルが若菜の腰ともへと浴びせられた。
スラムで鍛えられた喧嘩術は格闘技などとは違う小奇麗なモノではない。
地面に引き倒すと同時に、倒れこむ勢いを載せた肘が鳩尾に落とされる。

「ぐ…………はっ!?」

肺の空気が胃液と共に吐き出される。
そのままサイパスにマウントポジションを取られた。
口の端から垂れた胃液を拭う事も出来ず、歯を食いしばりながら両手で覆うように顔面をガードするが、上からリズムよく振り下ろされた拳がガードの隙間を縫って突き刺さった。

このままでは嬲り殺しである。
若菜は止まらない拳の嵐に耐えながら、グッと腹の底に力を溜めた。
そして瀑布のように降り注ぐ拳の一瞬の切れ目を見極め、肩を軸としたブリッジで馬乗りになったサイパスを跳ね上げる。
バネの様な背筋力に対して、サイパスも咄嗟に両足で若菜の体を挟んで堪えるが踏ん張りが甘い。
ズルリと滑る様にすっぽ抜け、サイパスの体は宙に放り出された。

サイパスとて超人ではない。
肉体の全盛期はとうに過ぎており、拳正、輝幸、ゴールデン・ジョイ、イヴァンとここに来てからの戦闘回数も多く、体力的にも精神的にも疲労が見える。
平気な顔をして表に出さないようにしているが、実際手合わせした若菜には分かった。
負傷でもしたのか先ほど追いかけっこをした時に比べて随分と動きが鈍い。
そうでなければとっくにやられているだろう。

怪物の様な相手だと思っていたが、相手だっても人間であると今更ながらに実感した。
疲れもあるしミスもする。
イケるかもしれない。

拘束から抜け出した若菜はサイパスが体制を整えるより早く駆けだした。
サイパスに向かってではなく、最初に弾き飛ばした銃の方向だ。
サイパスもその狙いに気づき、駆け出すがもう遅い。
若菜は銃を拾い上げると反転してサイパスへと銃口を突きつけた。

形勢が逆転する。
銃口に晒されたサイパスが駆けだした足を止める。
このまま一発足を撃って、沙奈を抱えて逃げる。
そう心の中で決め、人を撃つ決意を固めた。

サイパスは焦りのような表情を見せ、逃げるように僅かに身を引いた。
逃すまいと若菜はにじり寄るように距離を詰める。
無論、罠の可能性も考慮して目の前の相手に対する警戒は怠らない。

そして銃声が響き、夏目若菜は倒れた。

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691 : 夢をみるひと ◆H3bky6/SCY :2016/05/16(月) 01:59:39 ddYxvIKU0
「今日も冷えるわね」

霜の張った窓から外を見つめ、車いすの少女が呟くようにそう言った。
そうだね。と応えながら、端の欠けたカップに茶色の液体を注いだ。
湧き上がった白い湯気が部屋に満ち、心が落ち着くような暖かな香りが辺りに漂う。

二人分の紅茶を入れ、一杯を車いすの少女アンナへと手渡す。
アンナは待ってましたと嬉しそうに両手でカップを持つと、ゆっくりと紅茶へと口をつけた。

アンナは足が悪かった。
継母から階段から突き落とされ、その後遺症で右脚がほとんど動かない。
脚がもう治らないと知るや否や、労働力として使えなくなった彼女を寒空の下に無一文で放り出したらしい。

調子がいい時は歩く事も出来るのだが、今日みたいな冷える冬の日には車いすが必要となる。
その間の身の回りの世話は自分の仕事だった。

「サイパスって何か夢はある?」

紅茶で暖を取り一息ついた頃合いに、突然アンナはそんな事を聞いて生きた。
そんなものあるはずがない。
明日生きているかもわからないこの生活の中で、そんな余分な幻想に思いを馳せる余裕などない。

「あら、夢は大事よ? 明日を生きるための活力になるもの」

活力だとかそう言う精神論は好きじゃない。
そんな不確かなモノこの街で生きるには何の役にも立たないのだから。

そんなこちらのつれない反応が気に喰わなかったのか。
アンナはムッとした顔で車いすを動かすと、こちらの後ろに回り込んできた。

「えいや」

間抜けな掛け声とともに膝裏に衝撃を受けバランスを崩す。
倒れそうになったところを後ろから受け止めれ暖かく柔らかな感触に包まれた。
この温もりに包まれると、母に抱かれた赤子のように心が安らかな気持ちになる。
まあハッキリ言って躱すのは簡単だったが、アンナはしてやったりと得意気なのでいつも甘んじて受けてしまう。

本物の母の記憶は殆どない。
娼婦だった母は5歳の頃に息子を捨てて客の男と高飛びした。
それまでだったまともに育てられた覚えがない。
家には殆ど帰ってこず、たまに返ってきたと思ったら代わる代わる男を連れ込み、その間外に追い出されるような生活だった。
互いに親子としての情など無い。
互いを疎んじながらも血と言う下らない柵に囚われていただけの関係だった。


692 : 夢をみるひと ◆H3bky6/SCY :2016/05/16(月) 01:59:55 ddYxvIKU0
アンナと出会ったのは母に捨てられ、一人ストリートチルドレンとして生きていたスラム街でのことだった。
片足を引き摺った女が、逞しくもゴミ箱から食料を漁っていた。
こちらに気づき、ゴミ山から見つけた腐りかけの林檎を片手に悩んだ声でこう言った。

『ねぇ少年。これ食べられると思う?』

それが出会い。
聞けば、女は家を追い出された直後であり、行く宛もなかったため、とりあえずの宿と食料を探していたらしい。
だが、法律なんて適応されないこの地区で女一人で出歩くなど、犯されも殺されても文句は言えない立場である。
女を犯すにはサイパスはまだ幼かったし、殺しを楽しむ趣味もない。
最初に出会ったのがサイパスだったというのは互いにとって幸運だったのだろう。

「サイパスは不愛想だけど意外と面倒見がいいし、教えるのも上手いから、ひょっとしたら先生なんか向いてるんじゃないかしら?」

何を、馬鹿な。
学校に通うどころか碌な教育すら受けた事のないドブネズミが人にものを教えるだなんて、あり得ない話だ。
それこそ夢物語だろう。

「えー、そうかなぁ。似合ってると思うけどなー」

拗ねるように口をとがらせる不満を垂れる。
そのとても年上とは思えない子供じみた態度に呆れてしまう。

自分のことなんかよりも、そう言うアンナはどうなのかと問い返す。
アンナは「そうだねぇ」と呟き、柔らかくこちらの頭を撫でた。

「私はみんながちゃんと生きて大人になれる世界が見たいかなぁ」

アンナの周りには不思議と多くの人が集まった。
それは己も含め、社会から見捨てられ打ち捨てられたような人間の集まりだったけれど。
彼女が偏見や差別とは無縁な、どんな人間にも平等に、あるがままを受け入れる女だったからだろう。
自分を虐待していた養父母にすら恨み言を吐かず、足が動かなくなったことも運命と受け入れ、地の底に落ちても夢を語るそんな女だった。
昨日話した人間が次の日に死んでいるなんてことは珍しくない世界だった。
そうではない世界が、どこかにあるのだろうか。

「だから、サイパスがどんな大人になりたいのか、知りたいな私は」

話を引き戻された。
けれどやっぱり、そう言うのは己とは無縁な話だ。

夢なんてものは贅沢品である。
そんなものはまともに生きている連中が見ればいい。
ただ何事もなく、彼女と共に生きていければそれだけで十分だった。

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693 : 夢をみるひと ◆H3bky6/SCY :2016/05/16(月) 02:00:34 ddYxvIKU0
呆然とした表情で、引き金を引いた体制のまま沙奈は動きを止めていた。

これまで曖昧な態度だった沙奈だったが、決して考えを放棄したわけではない。
むしろ、ずっとずっと考えていた。
これまでの事。
そしてこれからの事を。

普通は人は人を殺さない。

この地獄に招かれて最初に出会ったミュートスは沙奈にそう言った。
それはその通りだと思う。
沙奈も望んで人を殺そうだなんて思わない。
誰かが誰かを殺すなんてことは異常な事だ。赦される事ではない。

けれど、状況が普通じゃなければどうなのだろうか。
状況が異常なんだから人が人を殺しても仕方ないのではないか。
それは戦争と同じだ。
異常な状況で異常な行動をとるのは、むしろ普通のことなのではないだろうか。

それでも赦される殺人などないと、ミュートスは言った。

本当にそうか?

カルネアデスの板という命題がある。
紀元前2世紀のギリシアで一隻の船が難破した。
その船から海に投げ出された一人の男が、波に飲まれながらもなんとか壊れた船の板切れにすがりついた。
するとそこへもう一人、同じ板につかまろうとする者が現れた。
しかし板は小さく、二人がつかまれば板そのものが沈んでしまうかもしれない。
そう考えた男は、後から来た者を突き飛ばして水死させてしまった。
その後、救助された男は殺人の罪で裁判にかけられたが、罪に問われなかった。

生きることは生命の本分だ。
緊急避難や正当防衛という法(ルール)が認められている事から示すように。
自らの生命を守るためならば殺人とて正当化される。

彼女はこれまでずっと錬次郎を見てきた。
そして錬次郎を通して多くの人間を目の当たりにしてきた。
直接その愛欲と悪意に晒される彼ほどではないけれど、彼を通して私も人間の黒い欲望を見てきたのだ。

それ故か、彼女は人の本質を見抜くのが得意だった。
惚れ薬と言う異常性が加わったとはいえ、人の本質など一皮むけばどれもこれもが同じだった。

人の本質は己の欲望を叶えるためならば、どのような犠牲も問わない身勝手な獣だ。

そしてここに来るまで自分もその獣の一人であると気づくことができなかった。
そんな事にもっと早く気が付けばよかったのに。

生を勝ち取り、己の願いを叶えるためになにをすべきか。
その手段は既に彼女の手の中にあった。

「…………がぁ……ッ! くっ…………!」

地面に転がった若菜が歯を食いしばりながら腰を押さえた。
弾丸は腰元に直撃し骨に食い込みめり込んでいた。

その弾丸は別段、若菜を狙ったわけではなかった。
そもそも銃なんてものは素人が狙ったところでそう簡単に当てられるようなものではない。
沙奈は勝つために銃を撃つというプロセスをこなしただけに過ぎない。
ただ、いち早く殺気に気付いたサイパスが射線から弾丸の軌道を読んで若菜の動きを誘導した、程度の事はあったのかもしれないが。

腰を押えていた手の平に血がべったりと張り付く。
土を掻く様に地面を握り締める。

痛みには慣れている。
骨折だって一度や二度じゃない。
この程度の痛みで立ち止まったりしない。

それよりも、そんな事よりも。
彼にとって何より絶望的なのは

「…………あぁ、くそ」

当たり所が悪かった。
弾丸が脊髄を損傷させたのか脚が動かない。

世界を魅了し、世界中に夢を魅せた。
風の様にフィールドを駆け抜け、一振りすればフィールドに美しい虹を生み出す黄金の足がピクリともしない。

手術すれば治るか?
リハビリに何年かかる?
フィールドに復帰するにはどれくらいかかる?
脳裏に浮かぶのはそんな事ばかりだ。


694 : 夢をみるひと ◆H3bky6/SCY :2016/05/16(月) 02:00:48 ddYxvIKU0
「…………まだだ、まだ、俺の夢は」

諦めない。
諦められない。
何のための戦うのかと問われれば夏目若菜は迷わずこう答えるだろう。
夢を叶えるためだと。
彼の戦いは全てそこに繋がっている。

「生きるんだよ…………生きて、夢を叶えるんだよ俺は!」

歯を食いしばって両手を伸ばして身を起こす。
立って、歩かなくては。
遥か遠く、目指す場所に至るために。

「――――――死ぬんだよお前は」

冷徹な声と共に何かの終わりを告げるように銃声が響いた。
倒れた体に向けて頭部に一発、心臓に二発。
脳症が飛び散り、穴の開いた心臓から漏れだした血液が地面に血だまりを作った。

若菜にとどめを刺したサイパスは残った沙奈を睨みつける。
女の構えた銃口がこちらを向いているが、そんなものは躱すまでもない。
狙いすら定まっていない弾丸は見当はずれの方向に飛んでいった。

沙奈が続けて銃口を引くがカチ、カチと空を告げる音が鳴るだけだった。
デリンジャーは携帯性に優れ暗殺に向いた銃ではあるが、込められる弾数はほんの僅かで威力も低く実戦には向かない。

サイパスは転がったナイフを拾い上げると無造作に沙奈の眼前まで近づいた。
壊れた様に空の引き金を引き続ける沙奈の顔面のを容赦なく蹴りあげる。
怯んだ沙奈のぼさぼさに乱れた前髪を掴み上げ、晒された喉にナイフを宛がう。

沙奈は、抵抗することすら諦めたのか、それとも現状が理解できていないのか。
ぶつぶつと何かわけのわからない言葉を呟いていた。
まるで夢と現が逆転したような、そんな目をしていた。

何の躊躇もなくサイパスはナイフを引き沙奈の喉笛を切り裂く。
だが、次の瞬間、不可解な事が起きた。

女の姿が掻き消えたのだ。
掴んでいたはずの髪の毛もすり抜けるように消えていた。

何が起きたのか? サイパスが辺りを見渡すが影も形もない。
消滅した? それとも瞬間移動だろうか? あの少女も異能者だったというのだろうか。
否。そんな力を持っているのならばとっくに使っているはずだ。ここまでもったいぶる意味がない。
油断を誘うつもりだったと言うのなら、消える前にサイパスに一刺しあるはずなのだがそれもなかった。
そうなると考えられそうな原因は一つ。

「このナイフか」

少女が消えたのはナイフで切りつけた瞬間だった。
そのタイミングからして、イヴァンから奪い取ったナイフが原因とみるべきだろう。
相手をどこかに飛ばす一時しのぎの武器。
あいつらしい小賢しい道具だ。

だが、殺せない道具はいらない。
サイパスはナイフを破棄すると、再び移動を開始した。
終わってしまった少年の亡骸を残して。

【夏目若菜 死亡】

【C-3 草原/午後】
【サイパス・キルラ】
[状態]:疲労(大)、火傷(中)、右肩に傷(止血済み)、左脇腹に穴(止血済み)、右腰に銃痕
[装備]:M92FS(6/15)
[道具]:基本支給品一式、9mmパラベラム弾×45
[思考・行動]
基本方針:組織のメンバーを除く参加者を殺す
1:ピーターとの合流を目指す?
2:亦紅、遠山春奈との決着をつける
3:新田拳正を殺す
4:決して油断はしない。全力を以て敵を仕留める。

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695 : 夢をみるひと ◆H3bky6/SCY :2016/05/16(月) 02:01:16 ddYxvIKU0
錬次郎は昔から王子様みたいだった。

小学生になったばかりの男子たちはいつもバカみたいにグラウンドを元気よく駆け回っている。
そんな少年たちを尻目に成熟の早い少女たちは教室の隅で噂話に花を咲かせていた。
アイドルの誰が好きだ。あの先生が好き嫌いだ。クラスの誰がカッコいい。好きな人は誰だ。
かしましくも、そんなとりとめのない話題は矢継ぎ早に流れゆく。

その中にあっても、三条谷錬次郎は話の種になること自体が珍しいような、目立たない存在だった。
稀に話題が上がっても何の特徴もない地味な男子である。というのがクラスの女子たちの評価である。
だけど、そんな評価は間違いであると私――馴木沙奈だけが知っていた。

幼稚園の頃、私はみんなの後ろをいつもカルガモの子供みたいに付いて行くだけの引っ込み思案な子供だった。
元気に駆け回るみんなの背中をおっかなびっくり追いかけるけれど、足の遅い私では付いていけずその内足がもつれて私は転んでしまう。
そんな私に誰も気付くことなんてなくて、みんなの背中が遠ざかって行く。
すりむいた膝は痛くて、置いて行かれた事が悲しくて、世界から置いて行かれた気がして視界が滲む。
私は立ち上がる事も出来ず、その場でわんわん泣きだいてしまった。

だけど、そんな世界から置いていかれた私に、気付いてくれた人がいた。
それが錬次郎だった。
みんなと一緒に先に行ってしまったはずの彼は、私がいない事に気が付き一人引き返して私に優しく手を差し伸べてくれた。
私はどこか呆然としたままその手を取って、その手をつないだまま私はみんなの所に引かれ行った。

彼にとってはただ転んで泣いている少女に気付いて、手を差し伸べただけの特別じゃない行為。
だけど特別じゃないその行為で、彼は私の特別になった。

それから私が何度転んでも錬次郎は一度も見捨てるようなまねはしなかった。
いつだって人好きする屈託のない笑みで、私の手を引いて光のある方に連れて行ってくれる。
それはまるで物語に出てくる白馬の王子様のようで。

錬次郎は誰よりも優しくてカッコいい。
そんな彼の素晴らしさを私だけが知っている。
自分以外の誰かが錬次郎を好きになるのは嫌だからその素晴らしさを誰にも語らず。
その優越感にも似た感情を、宝石箱の奥に隠すように大事に大事に心の奥にしまっておいた。
そから私は錬次郎にべったりだったから、もしかしたら周囲や親なんかにはバレバレだったのかもしれないけれど。

私は錬次郎が大好きだった。
けれど錬次郎にとって私は特別なのだろうか。
そんな不安が幼い小さな胸を締め付ける。
錬次郎が私の事を好きになってくれればいいのに、なんて思ってしまったんだ。
それは幼さ故の、なんて無邪気で残酷な願い。

私は悪い遊びに誘うように錬次郎を彼の祖父の蔵に忍び込もうと誘い出すと。
大人たちがひた隠しにしている美味しいジュースがあるのだと、そんな嘘を並べて惚れ薬を飲むように仕向けた。

その行為に疑いなんてなかった。
何かの物語で読んだ惚れ薬は飲んだ人間が初めて見た相手を好きになるとかそう言う代物だったから、二人きりの倉庫で惚れ薬を飲んだ錬次郎は私の事を好きになってくれると思っていた。
そうなれば彼が私を好きになって物語のお姫様みたいに王子さまとハッピーエンドを迎えられるのだと、ただ純粋にそう信じて疑っていなかったのだ。

けれどのその結末は違った。

その効果は私の思う物とはズレがあった。
そしてそのズレは、彼の人生を歪ませ、私の恋も狂わせた。

錬次郎は女性ならば誰彼構わず惹きつける特異体質となり。
最初から彼の事が好きだった私の心は変わらなかったけれど、彼の世界は革命が起きたように劇的に変化した。


696 : 夢をみるひと ◆H3bky6/SCY :2016/05/16(月) 02:01:28 ddYxvIKU0
錬次郎は翌日から異様なまでに女子に好かれ小学1年生にして一躍学校一のモテ男となった。
同級生だけではなく上級生を含んだ学校中の女子たちが休み時間の度にわざわざ1年生の教室を訪れては錬次郎を取り囲み醜い争奪戦を繰り広げた。
それだけならまだいい。その影響は生徒に留まらず教師まで巻き込んでいだ。
担任の40を超えた女は授業内外に関わらず露骨な色目を使うようになり、成績も不自然なまでに色がついた。
教師が一人の生徒を贔屓すれば他の生徒から不平不満が噴出するのは当然だろう。
惚れ薬の影響下にないはずの男子たちも錬次郎を疎み始めるのに大した時間はかからなかった。

女子に纏わりつかれ、男子に嫌われ、女教師に贔屓され、男教師には疎んじられる。
彼に向けられる感情にまともな物など一つもない。
それからの彼の学園生活はきっと針の筵だっただろう。

そんな状況に彼を追いやったのは他ならぬ私である。
彼が追いつめられるたび、その責任を幼い心が潰れるほどの重圧を感じていた。
それこそ錬次郎が誘拐されたと聞かされた時は心臓が止まるかと思った。
もう子供特有の短慮では済まされない。

その悪意から彼を守護らねばと決意した。
真実を知る私が、私だけが彼を護ってあげられるのだ。

けれど錬次郎は幼馴染である私すら避け始めた。
近づくことも許されず、守るどころか話す事も出来なくなってしまった。
その間に彼は多くの心の傷を負ってしまい、全てを遠ざけ一人になりたいと引きこもりに近い生活を送る難しい時期もあった。

その間も定期的に彼の両親とは話をしてたため彼の様子は常に把握していた。
学校にすら通わなくなった彼の将来を思い不安になったりもしたけれど、ちゃんと進学を決めたと聞いた時には本当に安心した。
なんでも創立間もない新設の学園で、薬師としての才能を評価されたと聞いている。

既にAO入試は終わっていたけれど、一般入試はまだ募集があり、私は彼を追いかけるように進学先を変更した。
偏差値は県内でも上位に入るような学校だったけれど、周囲に群がる有象無象に負けない様に憧れの王子様に相応しい女になろうと努力を重ねてきたかいがあった。
私は無事、神無学園の受験に合格する事が出来た。

だが、また錬次郎と同じ学校に通えることに安堵したのもつかの間。
いざ入学した神無学園は、どいう訳かこれまでにないほどの個性の塊の様な連中の集まりだった。
三つ編み眼鏡のヤンキー。未亡人女子高生。ボーイッシュシスター。突然現れた謎の転校生。獣耳犬少女。スポーツ図書委員。金髪ツンデレ巫女。酒乱教師。
そして学園を牛耳るお嬢様。
それら全てが錬次郎に心奪われ彼へのアプローチをかけた。
最も、水面下で白雲彩華による工作により大半はすぐにいなくなってしまったが。

個性豊かな恋のライバルに対して、私は普通の少女でしかない。
特別などではなく、あるのは幼馴染という強みだけ。

だけど、私と彼女たちは違う。
彼女たちは所詮、錬次郎ではなく、錬次郎が放つ惚れ薬によるフェロモンに惑わされただけの偽物たちだ。

今は避けられて、冷たい言葉を投げかけられ傷つく事もあったけれど、大丈夫。私はちゃんとわかっている。
錬次郎が本当は優しい人だってことを知っている。
少しだけひねてしまったけれど彼の心根は何も変わっていない事をちゃんと理解している。

私はちゃんと彼の心根をちゃんと理解して、彼を好きになった。
私だけがその素晴らしさを、その暖かさを、その尊さを理解している。
惚れ薬なんて如何わしい物によって拐かさてただけの奴等と私の想いは違う。

だから最後はきっと錬次郎は私を選んでくれる。
だって最後に勝つのは本物の想いでしょう?

特別でなく何者でない、何の特技もない冴えない誰かが、個性豊かな恋のライバルに勝つ。
それはなんだか、少女漫画の主人公のようだ。
私は特別な人間ではなかったけれど、特別な彼の特別にはなれるはずだ。

そんな都合のいい夢を見ていた。

ああ……そう言えば。私が錬次郎のお祖父さんの蔵に惚れ薬があると知っていたのはどうしてだったろう?
誰かに教えてもらったような気もするが、よく思い出せない。

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697 : 夢をみるひと ◆H3bky6/SCY :2016/05/16(月) 02:02:33 ddYxvIKU0
空間を越え転移した、沙奈の体は地面へと放り出された。
受け身も取れずに転がり、勢いを失ってようやく停止する。

辺りの景色は一変していた。
草原ではあるが、先ほどとは何もかもが違う、沙奈を殺そうした殺し屋のような男もいない。

何が起きたのか、沙奈が辺りを見つめる。
しばらく辺りを見渡していた所で、草原の上に誰かが眠っていることに気づいた。

「錬次郎…………!!」

見紛うはずもない。
それは三条谷錬次郎だった。

これまで氷のように固まっていた沙奈の表情が春に芽吹く花のように綻ぶ。
あれ程求め熱望した想い人との再会を果たし、これまで砂漠のように乾ききっていた沙奈の心が満たされていった。
いつもみたいに冷たくあしらわれたっていい。
この地獄のような世界で巡り合えただけで、ここまでの全てが報われる思いだった。

「錬次郎?」

首を傾げる。
呼びかけるも相手からの反応がない。
錬次郎が沙奈を無視する事は珍しくはないが、それにしたって反応がなさすぎる。

「眠ってるの錬次郎? こんな所で寝てたら危ないし、風邪を引いちゃううよ…………?」

近くに寄って見えたのは、ひどく穏やかなこれまで見たことないような満足そうな寝顔だった。
多少薄汚れているが、身形は整えられており、槌の上で花なくやわらかな草原に寝かされている。
腹の上で組まれた両手には一輪の小さな花が添えられていた。

確かめるように、そっとその頬に触れる。
こうして彼に触れられたのは何年ぶりの事だろう。
仄かに温かいのに、なにか。何か大事何かが感じられない。
それが何なのか認めてしまえば。
決定的な何かが壊れてしまいそうで。

「起きて…………起きてよ錬次郎!! ねぇ!!」

掴みかかる様に彼の体を揺すり、顔を近づけ叫んだ。
だが、何の反応もない。

「………………嘘」

そこで気づいてしまった。
彼が呼吸をしていない事に。
恐る恐る心臓に、耳を当てる。
鼓動は、聞こえなかった。


698 : 夢をみるひと ◆H3bky6/SCY :2016/05/16(月) 02:02:50 ddYxvIKU0
「嘘、嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘うそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそよ!!!
 れんじろうれんじろうれんじろうれんじろうれんじろうれんじろうれんじろうれんじろう!!」

チカチカと視界が白く点滅した。
脳を貫くような耳鳴りがして、世界がぐるぐると廻るようだ。
足元はグラつき天と地が逆さまになる。

私の世界の全て。
世界が音を立てて壊れ落ちる。

「……………ぁぁあああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

慟哭する。
声にならない嘆きを上げた。

崩壊した世界の修復は不可能だ。
壊れた物は戻らないし、死者は蘇らない。

私の世界は彼と共に崩壊し彼岸の先に行ってしまった。

だったら私は、何のために。
私は、私は何を。
私は。
わたしは。

「――――――ぁっ」

そこで、ふと気づいた。
啓示の様なひらめきだった。

彼に会いに行ける方法は、既に手の中にあった。

それに気づいた瞬間これまでの苦しい気持ちが嘘みたいに軽くなった。
愛しい人に会いに行ける直通列車の切符を手に入れた気分だ。
震えの止まった手で弾倉を開いて弾丸を詰める。

「今、逢いに行くよ錬次郎」

愛しい王子様に逢いに行くお姫様のように。
夢を見るようにそう言った。

【馴木沙奈 死亡】


699 : 夢をみるひと ◆H3bky6/SCY :2016/05/16(月) 02:03:21 ddYxvIKU0
投下終了です
毎度毎度遅くなってすいません


700 : ◆H3bky6/SCY :2016/06/03(金) 02:08:31 oQWx0iHE0
投下します


701 : 世界の中心で愛を叫んだけもの ◆H3bky6/SCY :2016/06/03(金) 02:08:59 oQWx0iHE0
「ああ――――――いい気分だわ」

上質な風鈴のように凛とした声色が響いた。
太陽を背に夜の眷属が漆黒の翼をはためかせる。
葵は病的なまでに白く細い指先で口の端から滴る赤い雫を拭った。
その仕草からは妖艶な色気すら感じさせる。

口元には蠱惑的な笑みが浮かぶ。
その笑みは儚げで美しいのに、どこか作り物めいていて酷薄な印象を受ける。
吸血鬼の持つ力には魅了があると言うが、それが納得できるようなこの世の物とも思えない魔的な美しさがあった。

ドレスのように闇を纏う漆黒の吸血姫は愉しそうに笑った。
足りなかった血液が脳にめぐり、酷く気分がいい。
満たされる気分だ。

微笑を浮かべたまま「来なさい」と誘うように手招きすると、傅くように鉄の馬が夜の女王の下にはせ参じる。
それは先ほど白兎によって前輪を破壊されたはずのブレイブスターだった。
破裂した前輪は酸化した血液のような赤黒い膜に補われていた。恐らく蝙蝠化した葵の一部だろう。
前輪のみならずその漆黒の表面(フォルム)には血管のような赤い線がいたるところに広がり、臓物の様に脈打っている。

吸血姫は手懐けた鉄馬に横乗りになると、誇らしげにその表面を指先で滑る様に撫でた。
吸血鬼には暗示や動物を操る力があると言うが、AIであるブレイブスターに対してまでその力が及んでいるのか。
それとも単純に度重なる衝撃に壊れてしまったのか、その真偽は不明である。

「どうリクさん、私すごいでしょう!?」

両親に構って欲しがる子供の様な無邪気さで、自らの手に入れた力を誇示するように熱烈なラブコールを送った。
だから私を見て、と。

「空谷さん…………君は」

白銀の戦士は悔しさをにじませた声で呟き、変わってしまった目の前の少女を見つめシルバーブレードを強く握り締める。
リクはこれまで葵を殺さないよう努めてきた。
空谷葵という存在は自分にとっても、白兎にとっても大切な友人だったからだ。
だが、その躊躇いが、白兎の犠牲という結果を生みだしてしまった。
判断を、誤ったのだ。

「君は、自分が何をしたのかわかっているのか…………!
 手にかけた社長の姿を見ても、君は何も感じないのか!?」

何の意味もないと理解しつつ、リクは感情のまま叫んだ。
白兎は命を賭けて親友である葵を救おうとした。
だと言うのに、白兎は喰らわれ葵は彼女を一顧だにしない。
これでは余りにも報われない。
そんなリクの叫びを受け、葵は不思議そうな顔をして首を傾げる。

「何を言うのリクさん。ちゃんと感じてるわよ? 今だって私の中に白兎を感じているもの」

ゾッとするほど赤い舌で唇を舐めずり、慈しむように自らの下腹部を擦る。
優雅さすら感じさせるその所作からは、先ほどまでの理性を失った獣のような凶暴性は感じられない。

一見すれば理性を取り戻したように見えるがそれは違う。
余りにも平然としたその態度からは、罪悪感という物が欠片も感じられなかった。
正気を取り戻したと言うのならば、今まさに親友を手にかけこんな悠然としていられるはずがない。

彼女は自分が何を喰らったを認識しているし、食材に対する感謝もある。
だがそれだけである。
捕食者と被食者。
吸血鬼が人を血を吸うのは、人が家畜を喰らうの同じ事だ。

あれ程否定していたその価値観を彼女は肯定してしまったのか。
そうでなければ、自らが親友を喰らってしまったことに納得する理由を見いだせない。
皮肉にも彼女を止めようとした彼女の犠牲が決定打となってしまった。

ただ一つ、確実な事実として。
もはやリクの知る空谷葵はそこにはいなかった。
目の前にいるのは理性の箍が外れた、ただの血に飢えたヴァンパイアだ。


702 : 世界の中心で愛を叫んだけもの ◆H3bky6/SCY :2016/06/03(金) 02:09:18 oQWx0iHE0
「吸血鬼、貴様はここで討伐する――――」

ならば斃さねばならない。
人々に仇成す悪とならば、家族であろうと友人だろうと恋人だろうと即刻斬り捨てる。
それが正義の味方であるヒーローの宿命だ。
その事実を深い後悔と共に受け入れる。

苦悩も後悔も銀の仮面の下に押し隠し、剣の切っ先を突きつけ感情を殺した声で宣戦布告を叩きつける。

「酷いわ。どうしてそんな事を言うの?」

本当に分らないと言った純粋無垢な問い。
吸血鬼が血を吸うのは当たり前のことだ。
おかしいと言うのなら、その摂理に逆らってきたこれまでの方がおかしかったのだ。

「お前の存在が、人を傷つけるからだ」

友を殺された復讐などではなく。
人々を護る正義の味方としての答えを告げる。
如何にそれが自然の摂理であろうとも、そこに悪意が無かろうとも、無辜の人々を護るためならば彼は刃を振るう。

「違うわ。私は貴方が欲しいだけ」

彼女に誰かを傷つけるつもりなんてない。
実際に吸血して理解できた。吸血鬼の本能。
求めるという事は食べるという事だ。
食欲は満たされた、次は心を満たすための求愛行為。
これは彼女にとって愛の戦争だ。

葵はリクを愛したい。
リクは葵を排したい。
愛と正義。
理由は違えど互いの立場は明白だった。

ならば、するべきことなど一つだ。

「さあ――――殺(あい)し合いましょうリクさん」

蕩けるような声で吸血鬼が愛を謳った。
応えるようにベルトから無機質な機械音が響く。

[Both Leg Charge Completion]

両足に銀の瞬き。
稲妻の如き俊敏さで銀光が吸血鬼の正面まで到達する。
容赦なく振り抜かれた刃が少女のか細い首を撥ねた。

だがそこに残っていたのは猛スピードで急発進したした事で生み出された、少女の残像だけだった。
一瞬で離脱を果たした鉄騎はスピンするようなターンをして静止する。
鉄馬に乗る吸血姫は行儀よく両足を揃え横乗りになっており、アクセルグリップすら握っていない。
急加速やターンによる負荷も重力制御でキャンセルしているのか、まったく意に介さず涼しい顔のままである。

「行きなさい」

漆黒の吸血姫の声に再び血の鉄騎が駆る。
山岳地帯と言う整備されていないオフロードは、バイクが走るには余りにも適していない。
だが、そこは常識外れのモンスターマシンだ、加えて操るのは正真正銘のモンスターである。
慣性も体勢も関係ない無軌道の動きで、その規格外のスペックを存分に発揮する。

やはりブレイブスターによる機動力は厄介だ。
先ほどまでは疎らだった重力による負荷も、吸血による能力強化により常時展開されており、鈍った足では対処しきれない。
エネルギーチャージを行えば重力すら振り切り瞬間的に張り合う事は出来るが、エネルギー残量を考えれば多用で切る手段でもない。
持続的なスピードでは圧倒的に劣る。

ブレイブスターに腰かける本体はその機動力の盾に守られ、このままでは攻撃を当てる事すら叶わない。
まずはブレイブスターを破壊する。
相棒ともいえる存在の破壊を躊躇していたが、加減できるほど生易しい相手ではないのはもう明らかだった。

腰を落としシルバーブレードを構える。
フレームやタイヤと言った単純な外装は見ての通りすぐさま補修されてしまう。
となると修復不可能な箇所を徹底的に破壊する必要がある。


703 : 世界の中心で愛を叫んだけもの ◆H3bky6/SCY :2016/06/03(金) 02:09:42 oQWx0iHE0
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

愉しそうに謳うように、高らかな嘲笑が響く。
遊んでいるのか、ぶんぶんとケツを振った田舎の暴走族のような蛇行運転で漆黒の鉄騎が迫った。
だが、その動きも亜音速で繰り広げられれば、捉える事が不可能な悪魔染みた突撃となる。
無茶な動きにも関わらずどういう訳か転倒することなくバランスが取れているのは重力制御の賜物だろう。

「くっ」

躱すこともままならず、すれ違いざまに火花が散り、シルバースレイヤーの体が撥ね飛ばされた。
だが掠めただけだ、ダメージは軽微である。
すぐさま受け身を取って、地面で一回転して立ち上がる。
顔を上げた時には既に、Uターンしてきた漆黒のブレイブスターが迫っていた。

[Silver Blade Charge Completion]

シルバースレイヤーは受け身と同時に既にベルトを操作していた。
銀の光がブレードに満ちる。

「舐めるな」

野球のバッターの如く、待ち構えるようにしてシルバーブレードを振り被った。
左右にブレながら迫る亜音速の突撃は脅威だが、同じ技を二度も喰らうほどシルバースレイヤーの学習能力は低くない。
いかに速かろうともタイミングさえ見誤らなければ、左右の二次元的な動きであれば線を描く横薙ぎの斬撃で両断できる。

[Go! Silver Thrasher]

だが、タイミングを合わせて振り抜かれたその一撃は空を切った。
銀の軌跡を描くシルバースレイヤーの頭上に巨大な影がかかる。

「なっ…………!?」

見れば、そこには鉄塊が浮いていた。
重力操作により超重量を無くし、地面の凹凸を利用して跳び上がらせたのだ。

前輪を掲げたウィリーのような状態のままシルバースレイヤーの真上に来たところで、無重力から解放された0.5tの鉄塊が落ちる。
標的を押しつぶすべくスタンプのように後輪から落ちた。
シルバースレイヤーは咄嗟に両腕でガードするが、ズギャギャギャと、プレス機によりスチールが潰れるような甲高い音が鳴り響く。
猛回転を止めない後輪が腕の装甲を削る音だ。

「ぐ…………っ!」

丹田に力を込めその衝撃を堪えるシルバースレイヤー。
回転の摩擦によりブレイブスターが腕から弾かれ、跳躍するように離れる。
摩擦によって生まれた白い煙で尾を描きながら、その巨体はそのまま宙を進んでダムの壁面へと張り付いた。

「どうしたのリクさん? もっとカッコいい所を見せて!」

驚くべきことに、それは煽りではなく本心からの言葉だった。
自らを倒そうとする相手の活躍を願う倒錯した言葉だが、好きな相手の活躍を見たいという少女の心と、好きな相手を喰らいたいいう吸血鬼の心は彼女の中で矛盾なく両立している。

超重量の大型マシンが天地などないかのような縦横無尽さでダムの壁面を直走り、頂点近くで切り返すと落下するように滑り落ちた。
垂直に近い壁面を発射台をして最高時速に乗った黒い流星が白い戦士に襲い掛かる。

大きく飛び退き身を躱すシルバースレイヤー。
同時に、物言わぬ白兎の傍らに落ちていた銃――『ナハト・リッター』の扱う万能銃リッターゲベーアを拾い上げる。

三次元的な縦の動きまで加わるとなると近接戦のみでは捉えるのは難しい。だからこれを使う。
ダイヤルをフックモードに切り替え、先端のフックにシルバーブレードを連結する。
Uターンの隙を狙って引き金を引くと、漁に使う銛のように勢いよく刃が射出された。

だが、そんなものは常識外れた機動力の前には無意味だった。
自らを亜音速の弾丸としながらも、放たれた刃に超反応し常識はずれの軌道でこれを避ける。
刃は明後日の方向に飛んで行き、漆黒の吸血姫は健在だ。
愉しげな笑みを浮かべながらシルバースレイヤーを轢き殺さんと加速する。

「ぐぁ…………ッ!」

その衝突を躱し切れず、吹き飛ばされるシルバースレイヤー。
だが、吹き飛ばされながらも焦ることなく、握りしめたリッターゲベーアの引き金をもう一度引いた。
ワイヤーの巻き取り機能が動き、勢いよく刃が引き戻される。

背後から急接近する刃の存在に吸血鬼も気付き回避行動に移ったが、逃すまいと手首を返して鞭のようにワイヤーを振るう。
鞭の先端は音速に迫る。
たとえ相手が亜音速であろうとも逃しはしない。

引き戻ってきた刃がすれ違いざまブレイブスターの表面を掠める。
だが、いかにシルバーブレードと言えども掠めただけでは大した損傷を与えることはできない。
小さな穴を開けるのが精々だ。
シルバースレイヤーは地面に着地すると戻ってきたシルバーブレードを掴む。


704 : 世界の中心で愛を叫んだけもの ◆H3bky6/SCY :2016/06/03(金) 02:10:06 oQWx0iHE0
「ちょっとだけ危なかったわ。けれどそれでおしまいなの?」

悪くない手だったが、ワイヤーが戻ってくると分っていれば同じ手は通用しない。
血の鉄騎は止まらない。
今度こそ敵を喰らわんと稲妻のような軌跡で悪魔が迫る。

「ああ、おしまいだよ」
「!?」

突然、ブレイブスターの動きが大きく減速した。
原因不明の現象に吸血姫が初めて戸惑いの表情を見せる。
シルバースレイヤーが動く。

[Right Leg Charge Completion]

弧を描くような軌跡で静止したバイクの背後へと回り込んだ。
そこには線を引かれたような水たまりがある。
そして、パチンと銀の火花弾ける右足で地面を踏みつけた。

飛び散った火花が水たまりへと引火し、炎の道が描かれた。
炎は一直線にブレイブスターへと延びると、爆発を引き起こしその表面にこびり付いた漆黒を吹き飛ばした。

使い手であるシルバースレイヤーはブレイブスターの構造は誰よりも理解している。
狙いはガソリンタンクだった。
ガソリンがなければエンジンは廻らない。
ここならば大きな損傷を与える必要なく致命的な打撃を与える事が出来る。

爆発したブレイブスターを見送りリクは心の中で戦友に詫びる。
だが足は完全に潰した、前哨戦は終わりだ。
シルバースレイヤーはキッと鋭く上空を見つめる。

そこには爆発の直前に離脱していた吸血鬼が翼をはためかせていた。
本番はここからである。

「……いいわ、いい。リクさん。ますます貴方が欲しくなっちゃった」

両手を上気した頬に添え、うっとりと恍惚の表情で呟く。
その肌から薄く白い湯気が沸き立った。
亜音速により生まれた空気の壁と言う盾を無くし、直射日光を浴びた弊害だろう。
上気分に水を差されたのか、恨めしげに空を見上げる。

「……これからデートは本番だって言うのに、舞台が悪いわね」

彼女がこれまで『陽の下を歩く者(デイウォーカー)』足り得たのは、吸血鬼としての吸血行為を行わなかったからだ。
だが二度の吸血により吸血鬼の属性が強まった今の彼女にとって日光は天敵足りうる。
強力な力を持つ彼女が一瞬で灰になるなどと言う事はない。
少々皮膚が焼かれる程度で、その程度の火傷など吸血鬼の再生力で瞬時に回復される。
致命的ではない、だが煩わしい。

「少し場を整えましょうか…………!」

片腕を天に掲げ頭上の太陽を握りつぶすように閉じる。
ぐにゃりと空が捻じれた。
周囲の風景が色あせるように影を落とす。

――――――夜が来る。

天には闇の帳が落ち、その中心には黒い太陽。
暖かな太陽が好きだったあの頃の自分を否定するかのように、日の光を否定する。
葵は天空に重力レンズを生み出し、光を歪ませてこの一帯に夜を作り上げたのだ。

闇の世界。
怪異の世界。
吸血鬼の世界。

この世界こそ、彼女が最大限の力を発揮できる世界だ。
世界の中央では、夜の女王が薄く笑う。
漆黒の闇の中に発光するような白い髪が煌々と輝き、朱色の薄い唇が吊り上がる。

「なん…………だと」

限定的とはいえ世界を塗り替えるほどの力にヒーローは僅かに驚愕した。
吸血鬼の力とは、これほどまでに強力なモノなのか?

空谷葵は、クロウや妹紅と言った吸血鬼によって噛まれた結果、吸血鬼に為ってしまった者たちとは違う。
彼女は生まれながらの吸血鬼。真祖と呼ばれる純血種である。
その潜在能力は元人間の吸血鬼どもとは比べ物にならない。

吸血を否定していたからこそ、その力を十全に発揮する事ができずにいたが。
その枷が解かれた今、彼女は世界をも塗り替える怪異となった。


705 : 世界の中心で愛を叫んだけもの ◆H3bky6/SCY :2016/06/03(金) 02:10:25 oQWx0iHE0
だが、夜戦を得意とするのはシルバースレイヤーも同じである。
しかしそれは彼の象徴たる月の恩恵によるもの。
この偽りの夜には月は存在せず、その位置には黒い太陽が鎮座していた。
つまりこの世界は吸血鬼のみが一方的な地形効果を得られるフィールドである。

闇の濃度が増す。
キーキーと音波のような甲高い鳴き声が幾重にも重なるように鳴り響いた。
吸血姫が周囲に侍らせたのは使い魔である蝙蝠たちだ。

本来であればシルバースレイヤーにとって使い魔である蝙蝠などは脅威ではない。
使い魔程度の力ではシルバースレイヤーの装甲を破ることはできないからだ。
だが真祖の力を発揮した今、使い魔の特性もまた変化していた。

宙に浮かぶ蝙蝠たちが一斉に羽を畳む。
その身を閉じた傘の様に捻ると、先端を高質化させ鋭利に尖らせた。
それはさながら槍のようである。

「行きなさい」

優しく囁くような声を合図に、一斉に槍が降り注ぐ。
シルバースレイヤーはバックステップで回避を試みるも、後方に跳んだ体は重く思うように動かなかった。

夜の訪れによって吸血鬼としての力がさらに高まったのだろう。
それに伴って周囲に圧し掛かる重力も増していた。

シルバースレイヤーの体をダーツの的にするように、ズガガガガと小気味良い音を立てて幾つもの槍が突き刺さる。
一つ一つは大した損傷ではないが、確実に小さな亀裂を広げてゆく。

「ちっ!」

[Body Charge Completion]

銀の閃光。
エネルギーをスパークさせ纏わりついた蝙蝠どもを振り払う。

そこで何とか体勢を建て直し、周囲を見渡せば、見えるのは闇。闇。闇。
前後左右、天を含めた全方位を取り囲むようにして、視界を埋め尽くす程の密度で蝙蝠たちが犇めき合っていた。

無限にも近い蝙蝠を生み出す吸血鬼に対して、白銀の戦士が持ちうる武器はそのは四肢と一本の剣のみ。
対応することは不可能に思われた。

一片の隙間もない豪雨のごとく漆黒の影が降り注ぐ。
もはや回避など不可能なその絶望的な光景を前にして、シルバースレイヤーは引くのではなく前に出た。

この程度の窮地乗り越えられずして何がヒーローか。
全てを切り裂く必要などない。
敵と自分を結ぶ最小限の道筋が開けばそれでいい。

[Go! Silver Thrasher]

振り上げた白銀の刃を一閃する。
縦に振り抜かれた一撃は蠢く闇を切り開いた。
それはさながら夜闇の中で人の足元を照らす月光の如く道筋を示す。

[Right Leg Charge Completion]

蝙蝠たちが再集結して道が閉じてしまう前に駆け抜ける。
シルバースレイヤーの戦いは如何に近接戦に持ち込むかに集約されている。
近づけば勝てるという訳ではないが、近づかなければそもそも始まらない。

その足を止めんと左右から蝙蝠たちが突撃してくるが、多少のダメージは気にせず、上空に浮かぶ夜の支配者の下へ一直線に突き進む。
密集した蝙蝠たちを利用して、踏みつけながら天へと駆け昇る。

「あぁ…………っ」

そんな決死の想いで自らの下とへと駆け付ける愛しい人を見て吸血姫は股座に手をやり熱い吐息を漏らした。
高鳴る胸を押さえきれず、待ち構えるのではなく迎えに行くように真正面から距離を詰める。

[Go! Silver Break]

昇り竜のように飛び上がりながら、横に振り抜く回し蹴りを放った。
蹴りの軌跡に銀の粒子が飛び散り瞬く。
銀光に中てられた吸血鬼の体がバラバラに砕け散った。

だがそれはダメージによるものではない。
自らの体を無数の蝙蝠に変えシルバーブレイクを回避したのだ。
蝙蝠たちはシルバースレイヤーの背後へと回り込むと、再集結して再び人型となる。

身動きの取れない空中で背後を取られたシルバースレイヤーだが、空振り行き所のなくしたエネルギーを推進力に変えグルリと背後へと反転する。
そのまま反転する勢いを乗せて、遠心力の篭った一撃で背後の敵へと斬りかかる。


706 : 世界の中心で愛を叫んだけもの ◆H3bky6/SCY :2016/06/03(金) 02:10:47 oQWx0iHE0
だが、その途中で振り抜かんとする腕をガシリと掴まれた。
動きが読まれたという訳ではないだろう。
それは単純な反射神経と運動能力によるもの。

技術や経験を凌駕する、人間離れした力がそこにはあった。
単純なスペックが違う。
ただの素人ならまだしも、シルバースレイヤーの近接戦における実力は裏の界隈でも右に出る者はそうはいない。
そんな百戦錬磨のシルバースレイヤーと比較しても、なお化け物じみている。

シルバースレイヤーの視界がブレる。
吸血鬼が腕を掴んだまま空中で勢いよく回転を始めたのだ。
さながらダンスのターンのようだが、振り回されている方からすれば地獄である。
遠心力と高重力により、内蔵が飛び出るのではないかというほどの圧力が全身を襲う。

そして、吸血姫はそのまま地面へと急降下を始めると、勢いを乗せシルバースレイヤーの体を地面へと叩きつけた。

「がは…………ッ!!」

仮面の下の口元から血の混じった胃液が吐き出され、その体がバウンドする。
轟音と共に砂煙が舞い、地面に大きなクレーターを作り上げた。
使い魔たちは女王に道を開けるように一斉に周囲へと散る。

倒れこんだシルバースレイヤーの上に、ゆっくりと吸血鬼が馬乗りになった。
その体勢のまま両手を抑え、動きを封じると、口元から白く鋭い牙をむき出しにする。

「……リクさん。リクさん。リクさん! 貴方の血を頂戴!」

想いが成就される瞬間を前に、言葉に熱が籠る。
腕に力が入り、先ほどブレイブスターによって削られた腕部の特殊装甲が空き缶のように音を立て軋む。

吸血鬼とは吸血、飛行、魅了、蝙蝠化、再生力、葵に限って言えば重力操作といった数多の異能を持つ怪異の王だ。
しかして、吸血鬼の恐ろしさはそこではない。
その真の恐ろしさは、単純なその怪力にある。
振り払おうとするが、ビクともしない。

「ずっとそうしたかった。体が熱いの! あぁ……心臓がバラバラになってしまいそう。
 さあ、私と一つになりましょう。そうすれば、もう寂しくなんてなくなるわ」

乙女は熱に浮かされたように思いの丈を吐露する。
だが、男はその言葉に引っ掛かりを覚え、思わず問い返した。

「寂しい…………?」
「だって、リクさん独りぼっちじゃない」

氷山リクは言葉に詰まった。
それが的外れだったからではない。
それは紛れもない事実だったからだ。

彼は独りだった。
別にハブられているとか、いわゆるボッチだったという話ではない。
困った人を放っておけず、誰にでも優しい彼の周りにはいつだって多くの人がいたし、通っている大学にだって友人と呼べる人もいる。

けれど、彼は誰と付き合うにも一つ線を引いていた。
一定以上は近づけないような、見えない壁のようなものがあった。

彼には正義の味方として全ての人間を守ると言う使命がある。
巨悪との戦いでいつ命を落とすとも知れないし。
自分の知り合いだからと言う理由で家族や友人、恋人なんかを巻き込んでしまうかもしれない。

誰かの大切になる訳にもいかず、誰とでも分け隔てなく付き合うか誰の心にも残らない。
自然とそんな生き方をするようになっていた。

「だから、私がずっとそばにいてあげる」

そして彼と同じ光と夜の狭間、夕暮れに立つ者として彼女には彼の引いたその線が見えていた。
そうじゃなくても、ずっと彼を見てきた。
ずっと彼を想ってきた。

全ての人間が大事だという事は、全ての人間が特別ではないという事だ。
彼の生き方は満ち足りているようで酷く孤独だ。
詰まる所、彼には背中を預けられる戦友はいても、心を預けられる親友はいないのだ。

人々の輪に加わって笑うのではなく、人々の輪を一歩引いたところから見守って満足気に笑うような。
そんな彼の笑顔が好きだった。
そんな彼の笑顔が嫌いだった。

優しい笑顔の中、時折見せる寂しそうな顔。
彼を心から笑わせてあげたいと思った。
その寂しさを癒してあげたかった。
寄り添っていたかった。
ずっとあなたの側に居たいと願ってしまった。


707 : 世界の中心で愛を叫んだけもの ◆H3bky6/SCY :2016/06/03(金) 02:11:59 oQWx0iHE0
だが、その言動が一致していない。
傍に居たいと願った相手を、今ままさに血を吸い絶命至らしめんとしている。
単純に理論が破綻する程壊れてしまっただけなのか。
その真意がリクは分からなかった。

「私気付いたの! これまで拒否していた血を吸って、分かったの。
 血を吸うって、命を喰べるってそう言う事なんだって」

空谷葵は吸血鬼と人間が共存できる世界を夢見ていた。
夢見るという事はつまり、そんな世界は現実のどこにも存在していないという事である。

だが、その答えは、最初から己の中にあったのだ。
あれ程否定していた、吸血鬼と言う己自身の中に。

生きた人間から血を吸うと言うのは、子供のころ飲んでいた吸血パックや、ましてやトマトジュースなんかとは違う。
命を喰らうという行為だ。
それは血を対価に相手の存在その物を己の中に取り込むという事である。

生きた証を。
生きた意味を。
その人間が生きた全てを、己の物にしてしまう行為だ。
本来、命を喰らうとはそいう行為なのだ。

「私の中で生きるの、ずっと一緒よ。永遠に。
 白兎もいるわ、これからもっともっとたくさんの人が一緒に居られる」

それは一つになって生きるという事。
別れることも、争う事もない。
それは平穏が約束された永遠の世界。

「だから、貴方の血を吸うの! 貴方が欲しいの!
 貴方の事が好き! 好きなの! 貴方が好き! 大好き、愛してる!!
 だから私と生きて、私のために死んで! シルバースレイヤーァア!!!」

悲鳴のような絶叫。
熱に浮かされた声に目眩がする。
先ほどから拘束から逃れるべく抵抗しているが、まるで引きはがせない。

機関銃の様にぶつけられる愛の言葉に思う所がない訳じゃない。
リクだって葵の事は憎からず思っていた。
だけど、

「悪いけど、お断りだ」

それが答えだ。
見知らぬ誰かのための命を懸ける正義の味方は、特定の誰かのために死ぬことは許されない。
彼女のために死ぬことなど出来ない。

確かに正義の味方の生き方は孤独なのかもしれない。
切っ掛けはブレイカーズに浚われ、ナハトリッターに助けられた事だ。
最初は巻き込まれただけだったのかもしれない。
彼にそんな義務などないのかもしれない。

「それでも、俺が自分で選んだ道だ。寂しいとは思わない。余計なお世話だ」

その言葉に、腕を拘束していた握力が弱まる。
その隙を逃さずシルバースレイヤーは右腕で素早くベルトを操作した。銀の光が奔る。
だがエネルギーチャージをしたところで、この怪力に拮抗できるかどうか。

三行半をつきつけられた葵が呆然としていたのも一瞬。
ギリと噛み締めた口を開き、激昂したように牙を首筋へと突き立てた。

[Energy Type Change ―――――Mode Wizard]

変化は仮面に隠れたその下で起きていた。
氷山リクの赤い前髪と青い後ろ髪の色が入り混じり紫へと染まる。
それに呼応する様にシルバースレイヤーの全身を包む銀の輝きが紫電へと変わった。

今まさに牙を突き立てんとしていた葵の体がその輝きを受け、弾かれる様に引き剥がされる。
何が起きたのかわからず、葵は焼けるような痛みを全身に感じながら呆然とその紫の輝きを見つめる。
それはずっと彼を見てきた葵ですら見た事のない、シルバースレイヤーの姿だった。

―――――モード・ウィザード。

近接戦闘特化という戦い方が変わるわけでもない上に、単純な出力はモード・ファイターよりも3割程落ちる。
それ故に、リクがあまり好んで使用するモードではない。
だが、その攻撃には一つの大きな特徴があった。


708 : 世界の中心で愛を叫んだけもの ◆H3bky6/SCY :2016/06/03(金) 02:12:51 oQWx0iHE0
ブレイカーズ製第三世代型怪人、『月』を象徴(モチーフ)とした惑星型怪人No.009(ラストナンバー)。
第三世代型にはその設計にこれまでの怪人にはない一つの要素が組み込まれている。

それは魔術的要素である。
実験的に神話型怪人に取り込まれ、惑星型怪人に正規導入された代物だ。
いわば科学と魔術のハイブリッドである。

惑星型怪人にはその設計にカバラの生命の樹(セフィロト)の見立てが組み込まれていた。
シルバースレイヤーに組み込まれたのは、セフィロトの樹における月を象徴とするセフィラ『イェソド(基礎)』である。
『イェソド』はアストラル界を表し、関する色は紫。数字は9。守護天使はガブリエル。そして金属は銀を示す。

モード・ウィザードにはその属性を付与する効果があり、銀は悪魔の弱点である。
紛いものである覆面男には効果がなかったが、吸血鬼と言う生粋の怪異には銀の属性は効果的だろう。
出力の落ちるこのモードは、高重力下の活動には適していないが、確実に当てられる距離ならばこのモードこそがベストだ。

エネルギー残量:8%。
行動可能時間はあと僅か。

空に逃げられる前に一気に片を付ける。
周囲には視界を埋め尽くす程の蝙蝠による漆黒の壁ができているが、使い魔に構っていられる余裕はない。
残りエネルギー全てを目の前の相手に注ぎ込む。
防御はなしだ、刺し違えても仕留める。
そうシルバースレイヤーが決死の覚悟を固めた所で。

瞬間、空を埋め尽くす蝙蝠の天蓋が五つの閃光により焼き払われた。

「ッ!? なに?!」

蝙蝠たちを焼き尽くした閃光はダムの壁面へと衝突し、穿たれた穴から大量の水が瀑布となって溢れだす。
だが、彼らの視線はそんな方向には向けられていなかった。
彼らの視線は閃光の発生源に向けられる。

「なんで――――」

恋に喜憂していた夜の支配者が不快感に表情を歪める。
それほどまでに、それはこの世界において在ってはならない異物だった

現れたのは黄金。
黄金の歓喜。
背に猛き日輪を背負う。
その名は――――

「…………ゴールデン・ジョイ」
「どもどもぉ〜」

黒い太陽が支配する闇の世界に、光を放つ黄金の太陽が地上より昇り来た。
その登場が余程意外だったのか、白銀の戦士もまた呆れたように言葉を失っていた。

「何で、お前」
「ははっ。ボロボロですねぇ。シルバースレイヤー」

傷付いた無様な様を笑い飛ばす。
元よりピンチだからといって助けるような間柄じゃない。
彼女にはわざわざ彼を助ける理由がない。

「まあ、その辺の事情はいろいろあるんですが。
 ま、これだけ異界化してれば嫌でも目立ちますからね、来てみればこれですよ」

そう言いながら、ゴールデン・ジョイは地面に転がった白兎の死体を見つめる。
それで大体の事情は察したらしい。

「いきなり出てきて何なのよ! 邪魔しないでよ!!」
「はは。振られ女のヒステリーは見苦しいですよぉ」

言って。ぎらついた赤い瞳で吸血鬼を睨み付けながら前へと踏みでる。
日輪に中てられ、知らず吸血鬼が一歩引いた。

「あなたも。血を吸わないままであれば見逃してやってても良かったんですけどねぇ。
 残念ですが。吸血鬼、特に真祖はぶち殺せが社是ですので。あなたはここで消えてください」

軽い調子でそう言ってのける。
だが、その言葉には軽さとは裏腹に確信に近い自信に満ち溢れていた。

太陽の化身たるゴールデン・ジョイは正しく吸血鬼の天敵である。
事実、彼女はこれまで何人ものバランスブレイカーである真祖を狩ってきた。
例え今の葵が相手だったとしても、ほぼ間違いなく勝利を収める事だろう。


709 : 世界の中心で愛を叫んだけもの ◆H3bky6/SCY :2016/06/03(金) 02:13:22 oQWx0iHE0
「引っ込んでろ。俺がやる」

だが、その肩に制止の手がかかった。
ボロボロの銀の手甲。シルバースレイヤーだ。

「勝てるんですかぁ? あなたで」

試すような、嘲笑うような声。
正義の味方として、悪を滅ぼすためなら確実に勝てる手段を取るべきだ。
矜持や感傷など、そんなもののために意地を張るべきではない。

「そんな分かり切った事、いちいち聞くじゃねえよ」

そう言って、白銀は金色の横を通り抜ける。
金色はその返答に「ですか」とだけ言って肩をすくめた。

「いいでしょう。まあ私も逢瀬を邪魔するような野暮はしませんよ。
 お膳立てはしました、ここから先はお二人で存分にどうぞ」

そう太陽に送り出され、月の戦士が一歩踏み出す。
その足元からは水音がした。
見れば、ダムの穴から溢れた大量の水が流れ、そこには小さな川が出来上がっていた。
そしてこれこそが、自らが行う筈だった吸血鬼退治のためにゴールデン・ジョイが打った布石だった。

吸血鬼は流水を渡れない。
にも拘らず、彼女は流水の真っただ中にいた。
不文律を破った吸血鬼は、その存在を一段階落とす。

空からは流水。
地上には太陽。
そして手には銀の刃。
吸血鬼退治に必要な舞台は十分すぎるほどに整った。

吸血鬼は絶大な力を持つ怪異の王であるが故に、その在り方に縛られる。
一つ一つは大した効果はなくとも、三つ重なれば十分な効果を発揮する。

「重力を全体に張ったのは失敗だったな」

重力の弱まりと共に力の弱体が手に取る様に把握できる。
今の葵からは白兎の血を吸う前程度の力しか感じられない。
今ならば勝てる。
そう確信する。

だが、それだけの悪条件を前にしても葵は引かなかった。
力の衰えは感じている、だけど。

溶けてしまいそうな日輪の輝きよりも。
流水に足を生み入れる嫌悪感よりも。
銀による全身が燃え上がるような痛みよりも。
内側からそれこそ自らの身を焼き尽くしてしまいそうな衝動があった。

彼女はどうしても彼が欲しい。
燃えるような恋慕の炎。

周囲に散らばった使い魔の蝙蝠たちを呼び寄せる。
それは元は葵の体の一部だ。
力の分散を避け、一点集中することで失った力を補ってゆく。


710 : 世界の中心で愛を叫んだけもの ◆H3bky6/SCY :2016/06/03(金) 02:13:58 oQWx0iHE0
「どうしても貴方が欲しいの……欲しいの! リクさん!!」
「来い。決着をつけよう。吸血鬼」

吸血鬼が駆ける。
力を落としているはずなのにその動きは速く。
その瞬発力はブレイブスターのそれに匹敵するだろう。
待ち構える白銀の戦士は動かず、ベルトへとそっと手を添えた。

[Full throttle Charge]

残り全エネルギーを注ぎ込む。
全身が紫がかった光に包まれる。

その間に吸血鬼が距離を詰めた。
そして、人を濡れ紙のように引き裂く剛力が振るわれる。

[Go! Break Atack]

その一撃を紙一重で避ける。
僅かに掠めた頭部のパーツがはじけ飛んだ。

カウンターで胴の中心を殴り抜ける。
葵の全身が爆発するように弾け飛ぶ。
蝙蝠化による回避だ。

[Go! Silver Break]

その群体を散らすように回し蹴りを放つ。
紫の瞬きが横一文字を描き、蝙蝠たちか四方へと散り散りとなった。
如何に蝙蝠を仕留めようとも、本体である吸血鬼を倒すことは不可能である。

だが、倒す手段がない訳ではない。
全身を蝙蝠化しようとも、必ず核となる心臓が存在する。
蝙蝠たちの外見に差はなく、その心臓を見つけ出すことは困難だが、見つける方法はあった。

紫に輝く刃を手に、シルバースレイヤーが駆ける。
向かうのは、ばらけた蝙蝠たちの向かう先。
一旦ばらけた蝙蝠たちは心臓を中心に集結するのだ。

その中心にあるのが、吸血鬼の心臓だ。

[Go! Silver Thrasher]

斬。夜を切り裂き紫電が奔る。
鋭く醒めた月光が、一匹の蝙蝠を両断した。
僅かに遅れ、両断された蝙蝠を中心に空谷葵という型が復元される。

「か…………っは」

力を失った少女の体が、青年の胸に倒れこんだ。
それは受け止めたと言うより、倒れた体の先に青年がいたという形である。
しかし、圧し掛かってくる葵の体をリクは振り払わなかった。

もう彼女に彼を害するだけの力はない。
心臓を破壊した時点で消滅は免がれないのだから。

夜が明ける。
使い手が力を失い一帯を包んでいた重力レンズが崩壊した。
差し込んだ陽の光を浴びて、吸血鬼の体が徐々に灰となってゆく。

体を灰と溶かしながら、吸血鬼は目の前の首筋に噛みついた。
だが、弱弱しい牙では白銀の装甲は貫けない。
それでも愛する人に熱く情熱的な口づけでもするように、自身の消滅も気にせず首筋を啄み付た。

そんな、どこか憐れを誘う姿で消えゆく女を見ながら。
仮面の下の感情を隠して告げる。


711 : 世界の中心で愛を叫んだけもの ◆H3bky6/SCY :2016/06/03(金) 02:14:53 oQWx0iHE0
「――――――地獄で詫びろ」

奪ってしまった命に。
己の為してしてしまった罪を。

彼女に悪意がなかったとしても。
誰かに陥れられたことだったとしても。
どんな理由があれ許される事ではないのだから。

「 」

首元から口を離し、耳元で少女が口を開いた。
けれどそれは言葉になる前に、少女の体は灰になって崩れ落ちた。
白色の灰が空に舞う。

[Energy Depletion Forced Release Transform]

同時に、エネルギー枯渇により変身が強制解除される。
生身となった体に強い風を感じながら、どこまでも飛んでいく白い灰を見送った。
途中、日の眩しさに目を細めると、その行先は見失われてしまった。

「お見事でした」

横合いから手を打つ音が響いた。
同じく変身を解除した近藤・ジョーイ・恵理子である。

「結局、何が目的なんだお前」

何故リクを助けたのかの理由ははぐらかされて聞けず終いだ。

「いろいろあるんですって、じゃあその辺のお話をしましょうか。と、その前に」

そう言って、熱閃を放ちボコンと音を立てて地面を抉った。
人一人が入れるような大きな穴だった。

「まずは白兎さんの供養でもしましょうか」

【空谷葵 死亡】

【F-6 山中(ダム付近)/午後】
【氷山リク】
状態:疲労(大)、全身ダメージ(大)、両腕ダメージ(大)、エネルギー残量0%
装備:リッターゲベーア
道具:悪党商会メンバーバッチ(2番) 、サイクロップスSP-N1の首輪、基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(確認済み)
[思考・状況]
基本思考:人々を守り、バトルロワイアルを止め、ワールドオーダーを倒す。
0:恵理子に対処
1:エネルギーの回復手段を探す
2:火輪珠美と合流したい
3:ブレイカーズ、悪党商会を警戒
※大よその参加者の知識を得ました
※心臓部のシルバーコアを晒せば、月光なら1時間で5%、日光なら1時間で1%エネルギーが回復します

【近藤・ジョーイ・恵理子】
[状態]:疲労(大)、胴体にダメージ(小)、左肩に傷(大)、左胸に傷(大)、右腕に銃創
[装備]:なし
[道具]:イングラムの予備弾薬、シルバーコア、ランダムアイテム0〜3(確認済)、基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:悪党商会の理念に従って行動する
1:リクと話す
2:二時間たったらまた正義でも悪でもない参加者を一人殺害し、首輪の爆破を回避する
3:首輪を外す手段を確保する


712 : 世界の中心で愛を叫んだけもの ◆H3bky6/SCY :2016/06/03(金) 02:15:04 oQWx0iHE0
投下終了です


713 : 名無しさん :2016/06/06(月) 23:42:30 OJ2tPrf.0
投下乙です

>Role
神の視点で見てる読者よりも少なく、明快な情報で読者よりも深く考察するアリス恐るべし
そして龍次郎、理屈なしに強いな
序盤から2014のコメディ役として活躍してたチャメゴン、ミルの壮絶な死はショックだわ……悲しい
でも宇宙人も凄い怖くて憎めなかったなあ…

>夢をみるひと
夢を見る人、夢を叶える人、夢から叩き起こされた人
夢を叶える若菜を、夢が過ぎたサイパスがぶっ殺すという構図がこの上なく寂しい
若菜…お前ほんとに凄かったし頑張ったよ…
そして沙奈ちゃんはロワという現実に対して寝ぼけたまま夢の続きに行ってしまったか…

>世界の中心で愛を叫んだけもの
葵の愛とリクの正義、どちらも一歩も譲らなかったという一点だけでしか交わらなかった悲愛だな
地獄で詫びろって元の設定からあるセリフなのね…ここで持ってくるとは心ニクい演出


714 : ◆H3bky6/SCY :2016/06/21(火) 01:56:21 5R5c/cV60
投下します


715 : Forest ◆H3bky6/SCY :2016/06/21(火) 01:57:22 5R5c/cV60
男の話をしよう。

調停者にして裁定者。
全ては世界を回す歯車である。
時計を壊すような歯車はいらない。
それらを見つけ世界を回すのが男の役目。

強者と弱者。
世界には二種類の人間がいると、男は生まれながらに理解していた。

両者の隔たりは深く、乗り越える事も分り合う事も困難だ。
強者には強者の生き方がある様に、弱者にも弱者の生き方がある。
強者が弱者を蹂躙するように、弱者にも強者を淘汰する群体としての術がある。
触れ合わぬ事こそが幸福である。

両社に必要なのは理解し歩み寄り手を取り合う事ではない。
必要なのは住み分けなのだと、男は最初から悟っていた。

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716 : Forest ◆H3bky6/SCY :2016/06/21(火) 01:57:57 5R5c/cV60
男の父は武器商人だった。
他人の命を売って私腹を肥やす死の商人。
正義も信念も理想もない平等主義者にして拝金主義者。
国軍だろうとテロリストだろうとマフィアだろうと、それこその辺の主婦にだって。
金さえ払えば誰にだって望まれるままに分け隔てなく武器をばら撒く正真正銘の悪党である。
間接的に殺した人間の数は恐らく小国の人口よりも多いだろう。

男が物心ついた頃には既に母の存在はなかった。
離縁したのか死別したのか詳しい事情は知らないし、父が説明することもなかった。
気にならなかったと言えば嘘になるが、男からそれを尋ねるのは憚られた。
それは多くの幼子がそうであるように、男にとって父とは口答えなど許されない絶対的な存在であったからだ。
父か語らぬ事であれば、知る必要のない事なのだろうとそう理解していた。

男と父の間に親子らしいやり取りなど皆無だった。そもそも会話する事自体が稀である。
ただ朝と夜の食事だけは一緒に取るのが習わしだった。
別段取り決めがあったという訳ではないし、状況によっては遵守される訳でもかったが。
それでもそれだけが唯一の親子らしいやり取りだった。

と言っても食事をするだけで特に何を話すでもなく、ただナイフとフォークの音だけが響く少なくとも男にとっては気の休まらない時間だったけれど。
そんな時間を忙しい父がわざわざ何故不合理に割くのが、それが男にとっては不思議だった。

それでも親としての最低限の義務は果たしていたのか、衣食住、そして教育は最大限に提供されていた。
武器商人の息子ともなればさまざまな危険が付きまとうため、男は学校という物に一度も通ったことがなかったが。
その都度、雇われた専属の教師によって英才教育と言っていい高水準の教育を施され、父の後継を担うに相応しい優秀な子供に成長していった。

だが父は男に自らの跡を継がそうなどと言う考えは元よりなかった。
息子だから、などと言う曖昧な理由で後釜を任すつもりはなく、欲しいのならば自らの実力で奪い取れという考えだった。
尤も、男にも跡を継ごうなどという意思はなかったのだが。

男は武器が嫌いだった。武器商人と言う職業を嫌悪していた。
争いの火種を生み出し、死を撒き散らす。
武器商人が存在しなければ幸福を迎えられた人々だって沢山いるだろう。

そんな存在は世界にとって不要なのではないか? 男は己の存在意義に疑問を持った。
それは思春期特有の疾患のよなものだったが、多くの恨みを買う父の生き方を間近で見ていた男の悩みは真に迫っていた。

そんな心中を誰に吐露する事もないまま、男は父に引き連れられ世界中を渡り歩いた。
父は交渉を決めるのは顔であると、最低限の護衛をつけて自ら現場に赴くことを信条としていた。
争いの種火は世界中の何処にでも転がっており、男は15に満たない人生の間に世界中の殆どの土地に足を踏み入れるこことなった。

南米、アフリカ、亜細亜、北中米、欧州、オセアニア、中東。多くの土地、多くの国を巡った。
だが一か所、極東の小さな島国だけは、ただの一度も訪れる事はなかった。

奇しくもそれは男の祖国であった。
祖国と言っても、男は移動中の船で生まれ、両親の国籍がそうだったと言うだけで本当に一度たりとも足を踏み入れたことがない場所なのだが。
戦場を巡り武器をばら撒く男の祖国が、武器を必要としない国だと言うのは皮肉と言えば皮肉だった。

武器商人が赴く先は殆どが戦火が燻る紛争地である。
ハイエナの様にその匂いを嗅ぎつけては火種が大きくなるようまき散らすのが彼らのお仕事だ。
男が巡るのは人間の極限がぶつかり合い命が火花のように散る世界。
男はそこで様々な人間を見た。

武器商人を神のように崇める人を見た。
武器商人は悪魔だと罵る人を見た。
仲間を護るため先陣を切る兵士を見た。
保身のために部下を売る将校を見た。
子を護るため命を落とした母を見た。
自らの命を省みない少年兵を見た。
神業のような技術で人を殺す英雄を見た。
無辜の人々に排他される英雄を見た。
追い詰められ私欲に走る聖人を見た。
朽ち果てる悪人の最後の良心を見た。

人間の美しさを見た。
人間の醜さを見た。
人間の善意を見た。
人間の悪意を見た。
人間の欲望を見た。
人間の強さを見た。
人間の弱さを見た。

そうして男は悟った。
世界に善悪などないという事を。
あるのはただ立場と力だけである。


717 : Forest ◆H3bky6/SCY :2016/06/21(火) 01:59:00 5R5c/cV60
鋳型に入れたような悪人はおらず。それと同じく罪を犯さない聖人もいない。
世界平和を謳う人間もいたけれど、争いを無くすことなどできない。
悪意を排除し争いを無くそうと言う発想自体が人類への冒涜だ。
悪徳は人間の本質ではないが、人間の一部ではあるのだ。
人が善行を成すように、誰だって悪行を為す可能性を持っている。

善悪どちらが欠けても成り立たない、清濁併せ持ってこその人間なのだ。
食物連鎖の様に、全ては一つとして成り立っている。

ならば戦争は人の営みの一つに過ぎない。
事実人類の歴史を紐解けば戦争により生み出された技術は枚挙に暇がない。
私欲の為に戦火を広げる父を肯定する訳ではないけれど、男は自分たちが世界に必要な一部であるとようやく認める事が出来たのだった。
それが男の幼年期の終わりである。

それからも武器商人の旅は続き、男がじき成人を迎えようという頃だった。
一つの転機が訪れる。

それは東欧の某国で反政府組織との取引を行った時の話である。
取引は自体は順調に進み、後は商品を引き渡すだけという段階となっていた。
だがこの商売の場合、このタイミングで条件などの話が拗れて撃ち合いになるなんて話はよくある事だった。
そのため双方警戒を怠らず、武装した護衛を背後にずらりと立ち並らばせていた。
互いにそんな状況にも慣れたもので、問題なく金と商品を交換が完了したしようとしていた所で、それは現れた。

武器商人としてここまで生き残ってきた嗅覚が、いち早く危機を察知した父は男を連れその場から逃げ出した。
次の瞬間、男は父に腕を引かれながら、紙屑のように命が吹き飛ぶさまを見た。

――――怪物。
この取引に介入するためだったとか、何か恨みを買ったとか、そう言う正当な理由などなかった。
それは“そういうモノ”だった。

あっという間に取引相手は壊滅し、護衛の私兵も全滅した。
男は戦場で多くの死を見たが、この光景に比べればまだ人間らしい死に方をしていただろう。

父の仕事柄、世界の裏側に、そう言う存在がいる事は知っていた。
だが、目の当たりにして理解した。世界には存在してはならない者が存在していると。

男と父は命辛々ながら逃げ延びる事に成功した。
犠牲になった者たちの功績もあるだろうが、あの怪物に追う意図がなかったと言うのも大きいだろう。
自然災害のような暴威に壊滅的な打撃を受けたが、潰れたのは取引の一つに過ぎない。結果的には大した痛手ではない。
財産は残っていたし、精鋭揃いの私兵を再編するには時間がかかるだろうが、PMC(民間警備会社)を雇えば一時的には補える。
いずれも致命的ではない。ならば怪物の居る土地など一刻も早く離れるべきだろう。

だが、何故か父はしばらくこの地に留まると言い出した。
少し離れた片田舎にある小さな一軒家を買い取り、そこでの暮しが始まった。
それまでは渡り鳥のような生活ばかりをしてきたから、一つの土地に腰を下ろすなどと言う自体が男にとって生まれて初めての事である。

当然の如く男に生活能力はなかった。
家で生活すると言うのはサービスの行き届いたホテル暮らしともサバイバルのような野宿とも違う。
食事や掃除と言った金銭である程度何とかなる要素は何とかなったが、どうしても細かい問題は生じる。
器用で要領のよい男だったが、勝手が分らないのではどうしようもない。

古今東西、そんな時に助けてくれるのが近隣住民という存在である。
生きるか死ぬかの世界で打算に塗れた大人たちばかり見てきた男は、その損得のない助け合いという物に最初は戸惑ったが。
新鮮な驚きと共に受け入れ、徐々に男もそんな生活に慣れ始めた。

そして周囲と交流を持つうちに、世話になってる一家の娘と恋に落ちた。
裏社会とは関わりのない素朴な女だった。
北欧に積もる雪の様な透き通った白い肌。サファイアのような蒼い瞳を見つめると吸い込まれそうになる。
生まれつき体が弱いという女は、触れれば折れてしまいそうな儚さがあった。

同年代の人間と交流を持つこと自体初めての事だったから、舞いあがっていたと言うのもある。
変化していく父の様子に、初恋に入れ込む男は気付く事が出来なかった。


718 : Forest ◆H3bky6/SCY :2016/06/21(火) 01:59:56 5R5c/cV60
あの日――怪物の襲撃を受けて――以来、父は買った家にも殆ど戻らず日長どこかに出かけていた。
ふらりと戻ってきては、慌ただしく出ていく。そんな生活を繰り返していた。
これまでだって父が仕事をしている間、ホテルなりの拠点で数名の護衛と待機しているのが常だった。父の不在自体は珍しいことではない。
だが、今の父は武器商人の仕事をしていると言う風でもなかった。かといって目的なくふらついているという風でもない。
何をしているのかまったくの不明瞭だった。
いつの間にか、共に食事をとることもなくなっていた。

唐突に父が国へ帰ると言いだしたのは、東欧の片田舎で1年を過ごそうかという頃合いだった
国と言うは父の祖国、そして訪れた事のない男の祖国だ。
女との別れは惜しかったが、それ以上に心惹かれるモノがあった。
何時か迎えに行くと約束して連絡先だけを渡して女とはそれで別れた。

一度も踏み入れた事のない祖国への帰国というのは不思議な気分だった。
その国は紛争地の様な苛烈さはないものの、かと言って東欧の片田舎の様な穏やかさもなく、何とも雑多な国だった。
少なくともこれまで訪れてこなかったことが示すように、武器商人の需要はないように思えた。

帰国して、父がまず行ったのは孤児院の設立や、潰れかけた廃病院の立て直しといった慈善事業だった。
あれ以来、武器商人の仕事はしていなかったから、宗旨替えしてこのまま慈善事業の道楽にでも走るのかと思った。

だがそれは違った。
東欧での1年は次の事業に取り掛かるための準備期間でしかなく。
極東の島国に移住したのは望郷の念などではなく、その土地が色々と都合がよかったからに過ぎない。

父が行おうとしてたのは、異能力者の商品化だった。
あの時、親子は同じモノを見たけれど、感じた思いは違ったのだ。
異能、異形、自らが扱う兵器などでは届かない、世界を歪めるその力に父は魅入られたのだ。

正真正銘の人身売買だが、武器商人が今更その程度の倫理観を気にするはずもない。
問題があるとするならば倫理ではなく、現実的な仕入れの問題だろう。
製造ラインを構築すればいい兵器とは違って、能力者は偶発的に生まれる存在である。
太古からごく稀に生まれては、聖人として崇められたり、あるいは魔女として断罪されてきた存在だ。

それらを回収して売るにしても、偶発的な存在である以上、供給は安定はしないだろう。
希少だったからこそ商品価値があるのだが、商品とするにはそれでは落第だ。
安定した供給を行うためには安定した確保が必要である。

そのために父が取った選択は能力者を製造するという方法だった。
製造技術を独占できれば、販売市場も独占できる。

何故能力者には能力が宿るのか。
能力者のどこに能力が宿るのか。
通常の人間とはどこが違うのか。
どうすれば人は能力者為りうるのか。

それらを解明するため、世界中に手を広げ集められるだけの能力者をかき集めた。
孤児院を装い子供たちを押し込め、病院を裏で研究に利用した。

問診や診察。カウンセリング。脳波の計測。血液検査。DNA解析。
当時最先端ともいえる技術を駆使して徹底的に調べ上げた。
それのみならず、非人道的な行為も当然のように行われていた。

頭皮と頭蓋を蜜柑の皮みたいに綺麗に向いて、生きたまま脳に電極を刺して能力使用時の反応を計測したり。
脳以外の部位に宿る可能性を調査するため、四肢などの部位がどこまで削がれても能力が発動できるか試してみたり。
脳を各部位毎にケーキみたいに切り分け、細胞ひとつ無駄にないよう丁寧に調べ上げた。

だが、開始から半年ほど経過した所で、研究は行き詰りを見せた。
成功すれば量産できるとはいえ、先行投資するにしても数が足りなかった。

元となる素材がなければ研究は進まない。
材料を手に入れるためなら、いよいよ手段を問わなくなり、拉致まがいの行為にも手を出した。
違法行為は武器商人時代に築いた政府や警察組織とのコネクションで強引にもみ消したが。
いよいよ成功を治めなければ後ろに引けない段階に突入していた。

そんなある日、男の下に一通のエアメールが届いた。
送り主は東欧に残した女だった。
手紙には、女は男の子を身籠っており一人で産むつもりだったが両親から堕胎を迫られているという内容が書かれていた。

それを受けた男はこちらに来てはどうかという旨を書いた手紙と旅費となる金を送り、女を迎えた。
男と女は再会を果たし、数か月後、父の病院で二人の子供は無事この世に生を受けることが出来た。
ケージの中の我が子をその手に抱え、男はそこで気付いた。
子供は能力者だった。


719 : Forest ◆H3bky6/SCY :2016/06/21(火) 02:00:38 5R5c/cV60
その後、男の危惧した通りの事態が起き、目の前で子を奪われた女は精神を病んで程なくして死亡した。
それを契機に男も姿を消した。
その後は地下組織に身を窶したとも、傭兵として紛争地に向かったとも言われているが不明確である。

そんな多くの犠牲の下に、能力者研究は成功を収めた。
だが、いよいよ実用化に向かおうかと舵を切る丁度その時期に予想外の事が起きた。
世界的に能力者の爆発的増加が始まったのだ。

世界は革命され、人類は原因不明の進化を遂げる。
能力者の希少性は薄れ商品価値はなくなった。
これにより、能力者販売計画はあえなく廃止となった。

姿を消した男が次に明確に舞台に登場するのは、悪党商会の社長が“不慮の事故”で死亡した直後の話になる。
突然指導者を失い混乱する組織を、息子の立場を利用した上で圧倒的実力で纏め上げた。

男は能力者研究の副産物であるデータを利用し、悪党商会に更なる発展を齎した。
全権を握った男は、使える全権限を利用して世界を表と裏に切り分けた。
どちらを重視している訳でも軽視している訳でもない。
強すぎる力は世界を歪ませる。故に住み分けが必要だ。
双方は双方に応じた世界で生きるべきである。
それが世界の為である。

そう信じて、世界を正しく回すために。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

『まあそれで死んだと思っていた子供が実は生きていて、その子供が産んだ娘が水芭ユキって訳なんだけど』

電話先の声は何の情緒も風情も伏線もなく、そんな事情を暴露した。

『つまり今の奥さんとの間にできたお孫さんとは違う、君にとっての本当の初孫になる訳だね。
 君がその事実を知ったのは何時なのかな? 孤児院に引き取る前? それとも引き取った後なのかな?
 なんにせよそんな相手にお父さん呼びさせるのは何というか……はは、倒錯的だねぇ』

オデットの足止めという役割を果たし、水芭ユキの居場所という報酬を受け取るべく発注元へと連絡をしたのだが。
電話の先では友人と雑談でもするようなノリで笑う男の声が響いていた。

「長々と一方的に捲し立てて、結局、言いたかったのはそれかい?」
『ああ。そうだよ。依頼をした時にも聞いたけど、もう一度聞くよ。本当に殺すつもりなのかい?
 いやね。君の父親みたいに日和ったりされて困るんだよ。口では殺すと言っていたものの本当は護るつもりだったとか、そう言うオチは止めておくれよ?』

電話先の嗤い顔が見えるような声だった。
遥か高みより男の真意を見透かしたように超越者が言う。
それに対して、男は大きくため息を漏らした。

「ねぇワールド。一つ言ってもいいかな」
『いいよ。なんだい?』


「――――――あんまり嘗めるじゃねぇぞ」


電話先の相手の心臓を凍りつかせることが出来るような、重く冷たい声だった。

「ワールド。君は色んな事情を知ってさぞ物知りなのだろうけど、君に分かるのは何が起きたかまでのようだね。
 どう思ったかまでは君には理解できない。勝手に人の気持ちを察して分かった気になってるだけさ」
『へぇ? それはどういう?』
「俺はね、親父を否定したわけじゃないよ。むしろその在り方には感銘を受けた口でね。
 だから俺も俺なりに手段を選ばなかっただけさ、俺の目的の為にね」

男の父親は目的のためなら手段を選ばない正真正銘の悪党だった。
男はそのやり方に倣っただけだ。だからこそ今の男がある。
男と父は互いの目的の上に互いがいただけの話だろう。

『父親を恨んではいないと?』
「ああ、むしろ被害者だろ。ああいうのを生まないためにするのが俺の役目でね。
 強すぎる力ってのは良くも悪くも世界を歪める、適度に刈り取り適度に整備だ」

人は己が領分を越えた世界では生きられない。
ならば触れ合わず、己が領分を越えぬ世界で生きるのが幸せだろう。


720 : Forest ◆H3bky6/SCY :2016/06/21(火) 02:00:57 5R5c/cV60
「それに擁護するわけじゃないが、別に親父もあの子を使わなかったのは日和った訳じゃないだろうさ。
 赤ん坊じゃ使い物にならないから、ある程度育つまで置いておいたというだけじゃないかな。
 身内だから、なんて曖昧な理由で目的のための手段を選ぶ男じゃあないよ」
『だから君も実孫を切るにも躊躇いはないと?』
「最初に言っただろ。身内にこそ厳しくってね」

それは愛がない故の言葉ではない。
愛があるからこその言葉である。

『なるほど。つまり彼女は君にとって正しく最大の敵という訳だ。君がわざわざ彼女の位置を聞き出してまで執着した理由が分かったよ』

唯一倒すのに心を砕く相手だ。
目的のために手段を選ばないと言うのならば、だからこそ手ずから殺すのだ。

『あぁ……悪かった。認めるよ森茂。君を倒される側に配したのは間違いだった。君にも十分に勝ち残る資格がある』

敬意と喜びを含んだ声だった。
男は表情を変えぬまま電話越しに肩をすくめる。

「それってこれまでなかったって事? 酷いね」
『そう言う訳じゃないさ。けどまあ僕にとっては悪くない展開だ。君は君の目的のために励みたまえ森茂。
 水芭ユキは北西の市街地にいるよ。近づいたらもう一度連絡してくるといい、その時にまた詳しい場所を教えるから』
「また君お話しないといけない訳だ。正直君と話すのは疲れるから嫌なんだけどねぇ」
『そう言うなよ。もう無駄話はしないさ。これからは君を応援するよ』
「だからって何かしてくれるって訳でもないんだろう?」
『こうして話してやってるだけでも結構な贔屓だと思うけどねぇ』

こうして主催者と参加者が話をしているというのも結構な例外である。
他の参加者に知られたらつるし上げられても言い訳できない程に。

「ま、いいさ。とりあえず市街地を探して見つけられなきゃ連絡するよ」
『それでいいよ。精々己が理念に殉じたまえ』

電話はそこで途切れた。
森は片方を失ってしまった腕で携帯電話をしまいながら、その内容を反復する。

「勝利者の資格、ねえ」

つまり資格のある参加者とない参加者がいるという事だ。
そして森にはその資格がなかった。
これは恐らく、実際に勝ち残れる勝ち残れないの話ではない。
勝ち残った際に奴の目的に沿っているかどうかの話だろう。

「まあいいさ」

意識を切り替え視線を北西へと向ける。
今から彼はそこに向かわなくてはならない。
己の孫娘を殺すために。

【H-7 市街地/夕方】
【森茂】
[状態]:右腕消失、ダメージ(大)、疲労(極大)
[装備]:悪砲(1/5)
[道具]:基本支給品一式、携帯電話、S&WM29(0/6)、鵜院千斗の死体
[思考・行動]
基本方針:参加者を全滅させて優勝を狙う
1:ユキの下に向かい殺害する
2:他の『三種の神器』も探す
3:交渉できるマーダーとは交渉する。交渉できないマーダーなら戦うが、できるだけ生かして済ませたい
4:殺し合いに乗っていない相手はできるだけ殺す。相手が大人数か、強力な戦力を抱えているなら無害な相手を装う
5:悪党商会の駒は利用する
※無痛無汗症です。痛みも感じず、汗もかきません


721 : Forest ◆H3bky6/SCY :2016/06/21(火) 02:01:08 5R5c/cV60
投下終了です


722 : ◆H3bky6/SCY :2016/07/13(水) 02:30:01 scHr5VA60
投下します


723 : 炎のさだめ ◆H3bky6/SCY :2016/07/13(水) 02:30:48 scHr5VA60
「くそッ、どこに行った!」

市街地を駆ける純白の乙女が周囲を見渡し、その麗しき見た目にそぐわぬ荒い悪態をつく。
ワールドオーダーの乱入を受けたあの後、バラッドはすぐさま森の後を追ったのだが、その姿はどこにも見当たらなかった。

信用してしまったバラッドが馬鹿なのか。
彼に預けたヴィンセントについて聞く約束だったのが、まんまと反故にされてしまった。
どういうつもりなのか。その意図を問いただし、もしヴィンセントに何かあったのならば相応の報いをくれてやらなければならない。
そう決意し、周囲の捜索を再開しようとしたバラッドだったが、そこでふと相棒の様子がおかしいことに気付いた。

「どうした? ユニ。何か気づいたのか?」

傍らへと問いかけると、輝く鱗粉が舞い散り、バラッドの顔前に小さな妖精が姿を現した。
バラッドの助けとなっている妖精ユニだ。
何やら考え込んでいるのか、珍しく思案顔で黙りこくっている。

『いや、大した話じゃないんだけど。気づいたっていうか、気になるっていうか』

どうにも歯切れが悪い。
言いづらいというよりは、自分の中でも確信を持てていないのだろう。

「いいから行ってみろ」

なんにせよ聞いてみない事には始まらない。
バラッドにそう促されて、ユニはおずおずと口を開いた。

『そうね、あの男のことなんだけど』
「あの男……? 森茂の事か?」

あの男と言われバラッドの脳裏には先ほどまで探していた森の顔が浮かんだが、そうではないらしくユニは首を横に振る。

『そっちじゃなくて、最後に出てきて言葉一つで戦闘を止めた男の事』
「戦闘を止めたって……ワールドオーダーのことか……?」

全ての現況。この殺し合いを主催した男。正確にはその同一存在。
そんな男に対して気になることがあるというのは、なんとも気になる話である。

『ワールドオーダーって言うの? 変な名前ね』
「知らないのか? あいつがこの妙な催しを始めた男だぞ?」
『え、マジ?』

そこでふと疑問がわいた。
そういえば、物言わぬ道具や何かはいいとして、ユニのような意思を持った支給品はこの事態についてどういう認識なのだろうと。

『今の認識? まあ正直よくわかってないんだけど』

あっけらかんと答える。

「その割に最初から戸惑った感じではなかったじゃないか」
『元々あたしはそういう存在なのよ。私の封印を解いた資格を持った人間に力を与える役割の精霊。
 それができるのならば状況なんて言うのはあまり関係ない話ね』

いついかなる状況であろうとも与えられた役割を果たすだけ、ということなのだろう。
ある意味、潔い生き方である。

『それでその黒幕男に話を戻すと、黒幕男というか能力の方なんだけど。
 気のせいかもしれないけど、なんかあたしの力に近かった気がするのよねぇ』
「近い? そうか?」

疑問符がバラッドの頭に浮かぶ。
こうしてユニの能力を行使しているバラッドからしても、似ているとは思えなかった。
その疑問に答える様に、妖精は教師のように指をぴんと立て、自らの能力について解説を始める。

『あたしの能力って結局のところ、世界を変える能力なのよ』
「世界を、変える?」
『そう。世界といっても自分の世界だけどね』

契約者の想像した通りに己の世界を創造する。
それがユニコーン・ソウル・デバイス・エンチャントの能力だ。

『あいつがさっき使った能力もその能力と同じ類な気配がしたのよ。
 たぶんあいつの能力も、世界を変える力なんだと思うわ』

ワールドオーダーの使用した能力は己の想像した通りに世界を塗り替える能力だろう。
規模と方式は違えど、世界を変える力であるという点は共通している。
内の世界を変えるか、外の世界を変えるか。その違いでしかない。

「つまり、同じ系統の能力ということか?」

確かに、それは有用な情報かもしれない。
同系統の能力だというのならば、起源を同じくする能力である可能性が高いだろう。
もしかしたら正体不明のあの男の出自を知る切っ掛けになるかもしれない。


724 : 炎のさだめ ◆H3bky6/SCY :2016/07/13(水) 02:31:14 scHr5VA60
『うーん。それはないと思うんだけど』

だが、この問いに対するユニの返答は渋いものだった。

「何故だ?」
『あたしってばこう見えて神の眷属な訳なのよ。
 まあ、あたしがって言うより精霊って存在がそうなんだけど』
「そうなのか?」

軽い調子のユニを見る限り、神の使いなどという高尚な存在には見えないが。

『とてもそうは見えないとか思ってるでしょ?』

見抜かれていた。
バツが悪いので苦笑いを返す。
そう言う評価は慣れているのか、ユニは気にしていない風ではあるが。

『まあいいわ。あたしの世界には創造神ヴァルナ様と破壊神リヴェイラっていう二柱の神様が居るのだけど』
「…………リヴェイラ?」

聞き覚えのある、どうしようもなく不吉なその響き。
バラッドの脳裏に浮かぶ、どうしようもない絶望の権化。

『そう。あの邪神ね。まああたしも実物見たことないから、あれが本物かどうかまではわからないのだけど』
「神の眷属って、倒してしまったけれど、いいのか?」

主に逆らうようなモノである。
とんでもない反逆行為に手を貸してしまったのではないだろうか。
今更ながらにそんな恐れを抱いてしまった。

『うーん。まあいいんじゃない?』
「適当だな……」

それでいいのだろうか。
聞いているバラッドの方が不安になる軽さだった。
もしかして最初から下剋上を狙っていたのだろうか。

『まぁあたしは、創造神様の眷属だからね、破壊神の方は別に敵対しているってわけじゃないけど、特に義理立てする相手でもないのよね』

というより、創造するのは創造神の役目な訳だから、必然的に眷属を生み出すのも創造神だけで破壊神には眷属などいないらしい。
それにしたってという態度ではあるが。

『それで話を戻すと、あのワールドオーダーとかいう男は間違いなく人間だった。
 だからあいつがあたしと同じ神様の眷属だったっていうのは考え辛いのよね』

まあそれはそうだ。
ワールドオーダーもユニと同じ妖精だったとか言われても困る。
あの男の印象は余りにも妖精という言葉の響きとミスマッチだ。

「なるほどな。じゃあ結局、何なんだ? ただの偶然、そとも勘違いってことか?」
『そんなのあたしにはわかんないってばぁ。
 だから最初に行ったじゃんかよー。気になるだけだって』

オチのない話だった。
まあ最初から期待はしていないが。

「――――待て、誰かいる」

話が途切れた丁度そのタイミングで、バラッドが前方に気配を感じユニを制する。
ユニの姿は限定的な人間にしか見えないが、警戒はしておくべきだろう。

森茂だろうか。
それとも別の誰かか。
警戒しつつも、バラッドはその気配の主に接触すべくビルの角を曲がった。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


725 : 炎のさだめ ◆H3bky6/SCY :2016/07/13(水) 02:32:04 scHr5VA60
「……遅いですね。遠山さん」

心配そうに呟いて亦紅は落ち着かない足取りで周囲を右往左往していた。
すでに遠山が周囲の偵察に出てから1時間以上経過している。

遠山が偵察に出てから程なくして珠美の痺れは収まった。
入れ違いになることを避け、そのまま遠山の帰りを待っていたのだが、さすがに遅すぎる。
無理はしないという遠山の言葉を信じていないわけではないが、この場では何が起きても不思議ではない。
それだけの危険地帯であるという事はこの場にいる誰もが嫌と言うほど理解しているだろう。

「しゃーねぇ。探しに行くぞ」

そう言って立ち上がった珠美が自身の復調を見せつけるように、手のひらから線香花火の様な火花を散らした。
自らの無様で引き起こした事態だと、挽回すべく意気込んでいるのかもしれない。

「遠山さんが戻ってくる可能性もありますけど」

亦紅の言葉は、遠山が戻ってくる可能性を考えれば一人この場に残すべきではないか、というという提案である。
だが、珠美は首を横に振る。

「遠山が戻ってこねぇって時点で何か起きてる可能性が高いんだ。
 一人で行っても、木乃伊取りが木乃伊なんてことなりかねねぇ」

遠山が何かに巻き込まれている可能性が高いのならば、これ以上の戦力分散は避けるべきだ。バラけるのは得策ではない。
提案しながらもその可能性には思い至っていたのか亦紅もすぐさま同意を示した。

「一応、メモだけ残しておきましょう。私達が書いたって証明はサインでいいですかね」
「アイツ、私らの筆跡なんざ知ってんのか?」
「なら、キスマークでもつけときましょうか」

軽口を交わしつつ、この場を離れる旨を書いたメモを探せば見つかる程度の物陰に隠す。
これでここに珠美たちがいたことを知る遠山以外に発見されることはないだろう。

「で、どっちに行く?」

珠美が問いかける。
既に事態が収まったのか、遠山が偵察に向かう切っ掛けとなった異音は既に聞こえなくなっていた。
だが、それとは別に、違う方向から断続的に破壊音が聞こえていた。

距離的に遠いためか音は小さく、異音と呼べるような特殊性もないが、現在何か起きているのはそちらだろう。
遠山が向かった方向とは違うが彼が何かに巻き込まれているのならば、そこに遠山いる可能性も否定できない。

「そうですね……今音の聞こえる方向にしましょうか」

考え込んだ末に、亦紅はそう決断を下した。

「一応、聞いとくが理由は?」
「遠山さんとの合流を最優先で目指すのなら、遠山さんの向かった異音のしていた方向に向かうべきでしょうけど。
 遠山さんの安全を最優先で考えるのならば、既に事態が終わったであろう場所に行くよりは、進行形で事態が起きている場所に向かうべきです」

そこにいる可能性は低くとも、巻き込まれているのならば助けられる可能性の高い方向に行くべき。と言うのが亦紅の判断だった。
それに対して珠美は少しだけ驚いたような表情を浮かべる。

「あれ? 何かおかしかったですか?」
「いや。えらく冷静と言うか合理的な判断だなと思っただけだ」
「………………」

要するに、亦紅が提案したプランは遠山が最初に向かった場所で既に死亡している可能性を含んだ上での合理的判断である。
正しく、合理的で、冷徹だ。
そんな自分を指摘され、一瞬、亦紅が凍り付いたように表情を固めた。

「いや、忘れろ。確かにお前の言う通りだ、そっちに行こうぜ」

激励するように乱暴に肩を叩く。
力を籠めすぎた激励に凍り付いた表情は無理やり破顔させられた。


726 : 炎のさだめ ◆H3bky6/SCY :2016/07/13(水) 02:32:38 scHr5VA60
「ボンガルさん」
「ああ、わってるよ」

少し進んだところで、二人はビルを曲がった先に何者かがいる事に気づいた。
向こうもこちらに気付いた気配があるが、隠れるつもりもないのか、そのまま足音が前へと進む。

現れたのは純白。
頭部には白鳥の羽衣めいた飾りがあり、どこか透明感のある白鎧と合わさり北欧のワルキューレを思わせる。
その奇抜な衣装からヒーローコスか何かだと思ったが、現役ヒーローとヒーローマニアから色々聞かされている二人からしても覚えがない。

対してワルキューレの方は違ったようで。
亦紅の顔をまじまじと見つめ、何か信じられない、と言うより信じたくない物を見る様に目を細めて表情を歪ませた。

「お前……ルカ、なのか?」

問われ、その顔を見つめ返す。
衣服こそコスプレした痛い輩だが、よく見れば顔立ちは旧知のそれだった。
そして半信半疑ながら亦紅がその名を呼ぶ。

「ぅん? あれ、もしかして…………バラッド?
 ……何でそんな恰好してんですか。そんなキャラでしたっけ貴方?」
「お前がそれを言うのか……ルカ」

うっと言葉詰まらせながらも、白の戦乙女はメイド服の元男殺し屋へと反論する。
変わったと言うのなら性別に性格まで変わっている分こちらの方がよっぽど性質が悪い。

「ルカじゃありません。私は、亦紅です」

それだけは譲れないと、頑なな声でそう告げる。
見開いた瞳が真剣な色を帯びた。

バラッドは組織の調べにより、現在の変わり果てたルカの顔も、亦紅を名乗っていることも知っている。
だが、そこまで頑ななのは、この名に余程こだわりがあるのか、それともルカであった事を捨てたいのか。
バラッドには判断がつかなかった。

「おい亦紅。知り合いか?」
「ええ、なんと言うか……昔の同僚です」

その言葉に、珠美が警戒する様に片眉を吊り上げる。
亦紅の昔の同僚という事はつまり。

「元同僚ってことは――――殺し屋か」

こくりと神妙な表情のまま亦紅は頷きを返す。
珠美に答える間も、視線はバラッドから外さない。
亦紅は敵の一挙手一投足を見逃さぬよう、最大限に警戒をしながら構えていた。

裏切り者である亦紅には組織から抹殺命令が下っている。
組織の人間と出会った時点で殺し合いが始まる運命だ。
つまり既にいつ戦いが始まってもおかしくなない状況である。

「待て。勘違いするな。私はもう組織を抜けた、お前と戦う理由はない」

そう言ってバラッドは軽く両手を上げ敵意がないことを示した。
だが、告げられたその言葉が信じられないのか、亦紅は訝しげな視線を返す。

「あなたが組織を抜けたなんて話は聞いたことがないですけど」
「それはそうだ。組織と決別したのはこの場に来てからだからな」

つまりは勝手に抜けた気になってるだけということである。
もっとも、殺し屋の組織に正式な手続きも何もないだろうが。

「…………それって、抜けたって言わなくないですか?」
「いいだろ別に。要は心情的には私はあの組織と関わりがないって事なんだから。私にはお前を殺す理由がない」

何がいいのかまったく分からなかったが、互いに子供のころからそれなりに長い付き合いのあった相手である。
嘘をついて不意を突こう、などというタイプではないという事は理解していた。
やるんなら正面から来ると言う、殺し屋にあるまじきタイプである。

「まあ、組織に従う気がないって言うのは信じてもいいですけど。
 だからってそれがこの場で殺し合いに乗ってないって話にはならないですよね」

今は殺し合いゲームの最中だ。
組織の人間としての任務とは別に、殺し合いに乗っていたのでは同じことである。
アヴァンによってだいぶ更生したようだが、組織に入った直後の結構な狂犬だった時期を知る者としてはその可能性を否定できない。
もっとも、子供の頃の荒れっぷりに関しては亦紅も人の事を言える立場ではないが。


727 : 炎のさだめ ◆H3bky6/SCY :2016/07/13(水) 02:33:20 scHr5VA60
「殺し合いに興味はない。ただ私としてはイヴァンのやつを殺せればそれでいい」
「イヴァンを?」
「ああ。放っておいても死ぬだろうと思っていたが、ここまで来てもまだ奴の名は放送で呼ばれてはいないからな。
 どんな手段で生き延びてるのかも知れない。もしかしたら、私が手ずから殺さねばならないかもしれない」
「いや、そうではなくて。どうしてイヴァンを?」

確かに昔から仲のいい二人ではなかったが、殺し合いに発展するほどこじれてはいなかったと思うのだが。

「知らないのか? まあ……当然か。イヴァンはな、先生を殺したんだ」
「…………アヴァンが?」
「裏切り者の汚名を着せヴァイザーに粛清させた。あの人がそんなことをする筈がないのに」

悔しそうに拳を握りしめ歯噛みする。
自らの恩人であり、師である人間の潔白を疑っていないのだろう。

だが、亦紅はその答えを知っていた。
ルカが組織を裏切ると決めた時、協力を買って出たのがアヴァンだった。
組織の中で生まれ育ち、組織以外を知らなかったルカに日本に住むミル博士と渡りをつけ、組織からの離脱を手引きしたのも他ならぬ彼である。
あの男はどう言う訳か殺し屋を殺し屋でなくすことに熱心だった。
何故、危険を冒してまでそんな事をするのか、その行動原理は理解できなかったが、何にせよ彼には返しきれない恩があった。

もしそんな彼が、それが原因で死んでしまったのだとしたら。
そのまま亦紅は顔を伏せ無言になってしまった。
珠美は様子を窺っているのか、だんまりを決め込んでいる。

「まあ私の事はもういいだろ。そういうお前らは何をしているんだ?」

妙に気まずい雰囲気を換えるべくバラッドが話題を変えた。
問われ、ちょうどいい機会だと、亦紅は意識を切り替え遠山の事を聞いてみた。

「えっと、私たちは遠山さんという人を探しているんですけど、剣道着のごつい日本人なんですけど知りません?」
「トーヤマだと? それは"あの"トーヤマか?」

バラッドが驚きつつも喜んでいるような妙な喰いつきを見せた。

「遠山さんの事を知ってるんですか?」
「当然だ。剣の道で生きる者でその名を知らぬ者などいない。確かに名簿にも名があったが、そうかこの辺りにいるのか……」

妙に早口でまくしたてると、口元に手をやりなにやら考え込むような仕草をみせた。
きっと手合わせしたいとでも考えているのだろう。
剣の事になるとこうなってしまうのはバラッドの悪い癖である。
そんな自分の様子に気づいたのか、バラッドははっと顔を上げ、コホンと気恥ずかしそうに咳払いをした。

「いや、悪いがMrトーヤマには会っていないな。
 私もちょうど人を探してる所でな、森茂という男を探しているんだが、」
「モリシゲが近くいるんですか!?」

今度は亦紅が喰い気味に声を荒げる番だった。
その反応にただならぬ気配を感じバラッドが眉を顰める。

「知っているのか、奴を?」
「ええ、この場で交戦しました」
「交戦だと?」

不穏な響きにバラッドの不安が強まる。
その不安を払拭すべく、これまでの簡単に経緯を説明する。

「危険ですね」

この場で行動を共にしていた仲間を森茂に預けたという話を聞いて、亦紅はそう断言する。

「何故だ? ヴィンセントは悪党商会の社員だぞ、奴はそこの社長なんだろ?」

希望に縋るようなバラッドの問いに、残酷な事実を告げるように静かに首を振る。

「モリシゲは悪党商会の仲間を道具としか見ていない外道です。
 ヴィンセント……という人は良く知りませんが、幹部でもない限り切り捨てられるのがオチだと思います」
「くそっ! なんということだ」

あの状況では仕方がなかったとはいえ、信じるべき相手ではなかったのだと、今さらになって理解した。

「すまん。私はもう行く。何としても急いで森を探さねばならん。情報感謝する」

矢継ぎ早に礼を言って、バラッドが踵を返し立ち去ろうした。
次の瞬間。その背に向かって、七色の閃光を放つ流星が降り注いだ。

降り注ぐ虹色。
それを一つの白い閃光が切り裂いた。
振り向きざまに剣を振るった殺し屋は、刀身に付いた汚れを払うように剣を払うと、睨み付ける様に双眸鋭く細める。


728 : 炎のさだめ ◆H3bky6/SCY :2016/07/13(水) 02:33:42 scHr5VA60
「…………何のつもりだ?」

突きつけられた敵意に対して、不快感を隠そうともしない棘ような声。
ちぃ、と攻撃を防がれた襲撃者が舌を打った。
赤と白。二人の乙女が無言のまま、絶対零度の視線を交わす。

「ちょ、ちょちょ!? どうしちゃったんですかボンガルさん!?」

亦紅が両手をわちゃわちゃと広げて、二人の視線を遮る様に間に割り込んでいった。
そんな慌てた亦紅とは対照的に、珠美は片手を開いて平然とした態度で告げる。

「いや、こいつ殺し屋なんだろう、だったらここでぶっ殺しとくべきだろ?
 火事になりかねぇ危ねぇ火種は問答無用で潰しとく。それがあたしのやり方だ」

確かに、ヒーローボンバー・ガールは最初からそういうスタンスだった。
その理屈に何もおかしなところなど無い。
だが、何かが違うと、亦紅は違和感を感じた。
いくらなんでも性急すぎる。

「『元』殺し屋だと言ったはずだがな。なんにせよ来るというのなら止めはしないさ。降りかかる火の粉は、払うまでだ」

バラッドは人格破綻者達の集う組織の中ではまともな人間だったかもしれないが、売られた喧嘩を笑って流せる程お優しい人格者でもない。
人格的にはまともではあるが、むしろ好戦的な性格であるといえる。

バラッドは静かに腰を落とし、脇構えに朧切を構えた。
その研ぎ澄ました刃のような殺気に珠美は好戦的な笑みで応じる。
燃え上がる炎のような殺気と冷たい刃のような殺気がぶつかり合ってその温度差に空間が歪む。

「ちょ、待っ……」

突然の一色触発な空気を察し、亦紅が制止ししようと声を上げるが、皮肉にもその声を合図にして二人が動いた。
中心の亦紅を迂回するように、火花を上げ回転する車花火と真空を切り裂き飛ぶ斬撃、曲線を描く二つの軌跡が交錯する。
パァンと互いの手元で爆炎と刃がぶつかり合い、衝突点で火花が弾ける。

同時に地面が蹴りだされ、叩きつけるような突風が亦紅の脇をすり抜けた。
トップヒーローであるボンバーガールは元より、バラッドの動きも亦紅の知るレベルではなかった。
亦紅が組織から離れた間に鍛え上げたなどという次元ではない。

超人の域に踏み込んだその動きはそうやすやすと身に付くものではない。
吸血鬼性を得るために人間性を半分失った亦紅のように、何か犠牲が必要な領域の力だ。
そんな二人を、吸血鬼性が失われた今の亦紅では止める事などできなかった。

戦乙女は距離を詰めるように前へ。
戦巫女はそうはさせじと後方に跳躍し、突き出した片腕からガトリングのようにロケット花火を連打する。
開戦の火蓋は切られた。
二人の戦女はもう止まらない。

黄味がかった閃光を前にバラッドが眩しそうに目を細める。
攻撃と同時の目晦まし、訓練された暗殺者としてこの程度で標的を見失うことはないが、花火が武器というのは少々厄介だ。
バラッドは迫りくるロケッド花火を撃墜せんと、構えた刃を切り払う。
だが、刃が花火に触れた瞬間、爆炎が炸裂した。
絢爛な炎の花が咲く。

舞い跳ぶ花火一つ一つに込められた火薬量が桁違いだ。
もはや触れた瞬間暴発して、周囲へと被害をまき散らす炸裂段と化していた。

切り抜けるには全て躱すしかない。
瞬間的にそう判断したバラッド。

こうなると目晦ましが鬱陶しい。
目だけではなく耳と肌で音と熱を感じ取り、その軌道を予測し身を翻した。
狙いを外れ後方にそれたロケット花火が地面に着弾し炸裂する。
下手な銃弾よりも破壊力がある炸裂弾が市街地の景色を削り取る。

さすがのバラッドとは言え降り注ぐ隙間ない流星群の全てを躱しきれるわけではない。
躱せない流星は飛ぶ斬撃で撃ち落とす。
それでも殺しきれない爆風は甘んじて受け、前へ、前へ。
バックステップを繰り返しながら花火を放つボンバーガールに、前進を続けるヴァルキュリアが間合いを詰める。

「チィ」

追いつかれると悟ったボンバーガールは一つ舌を打つと、その場に足を止め近接戦用の花火を手のひらに生み出した。
弾。と戦乙女が刃と共に前へと踏み込み。
業。と戦巫女が爆炎を手に迎え撃つ。
衝突は必至。

「ひゃっはーーーーーーーーーーぁ!」

だが、その刹那。
横合いから、奇声を上げ何者かが飛び出してきた。


729 : 炎のさだめ ◆H3bky6/SCY :2016/07/13(水) 02:34:51 scHr5VA60
バラッドへと襲い掛かる影。
その不意打ちに対してバラッドは超反応を示し、咄嗟に横合いへと刃を振るった。
白刃が閃光の如く煌く。

襲撃者はその一撃をディバックを盾にして受け止める。
人体をも容易く両断する純潔体の一撃は、そんな守りなど容易く両断するが、重ねた守りが三つともなれば流石に勢いもそがれた。
ディパックの中身が周囲へと飛び散り、その雨のような荷物の間を縫ってボンバーガールが拳大のボールを投げ込んだ。
バラッドの眼前で打ち上げ花火に込められる火薬星が爆発する。
赤と白の火の花が咲き、バラッドへと襲い掛かった。

「いよぅ珠美ぃ。遊んでんなら俺も混ぜろよ」

可憐な少女のような顔に浮かぶのは狂犬のような笑み。
絢爛な花火を背景に、胸元の裂けた漆黒のセーラー服が翻る。

「あんだよ。いたのか――――りんご飴」

ボンバーガールが楽し気にその名を呼ぶ。
ヒーローボンバーガールのバディを務める絶壁コンビの一角だ。

錬次郎の死を受けりんご飴は勝ち残ってやろうと、戦うと決めた。
元からそう言うつもりだったし、別に錬次郎の自己犠牲に心打たれて、心動かされたたと言う訳ではない。
ただ、自分のために命を投げ出すようなバカ野郎のために、証明しなければ嘘だと思っただけの話だ。

バラッドは眼前で炸裂した花火は咄嗟にガードしたが、僅かに純白の腕が黒く焼け焦げていた。
その腕を調子を確かめるように振るいながら、現状を冷静に分析する。

これで二対一。
いや、亦紅がボンバーガールに付けば最悪三対一になる。
如何に純潔体のバラッドとはいえ、手練れ三人を同時に相手取るのは少々厳しい。
多人数数戦を想定し背後を取られないようバラッドが一歩後退したところで。

「よぅ。そっちに付くのかぁ? 亦紅」

何処か嬉しそうに口を吊り上げ、ボンバーガールが言う。
その言葉の通り、バラッドの横に追いついてきた亦紅が並び立った。

「…………いいのか?」

意外そうな声でバラッドは亦紅に問う。
亦紅は珠美と行動を共にしていたはずだし、バラッドを含む殺し屋組織を敵対視していたはずである。

「ええ。今のは明らかにボンガルさんが悪いです。
 というか今のボンガルさんは何か変です」
「あんだよ、あたしのどこが変だって? 敵対するってんなら容赦はしねえぞ」

性格的に何が変わったという訳でもないのだが、何か一つ決定的な歯車がずれてしまったような違和感を感じる。
そこを無視して珠美の味方ができるほど、亦紅も考えなしではない。
これで二対二。数の上では互角となった。

「よくわからねぇが、とりあえず頭数はそろったな。
 そんじゃま、おっぱじめようぜ!!」

そう叫びながら、先陣を切って突撃したのはりんご飴だった。
相棒であるボンバーガールはその真後ろに構え、両手を上げ手の内から白い閃光を放った。
滝のように火花が降り注ぎ、しだれ柳が視界を埋めつくす。

光を背にしているりんご飴には効果は薄いが、対峙しているバラッド達には十分な目つぶしになる。
この優位を生かしてりんご飴が鍵爪を振るった。
亦紅は何とかこれを風切で防ぐが、反撃することができず防戦を強いられる。
そこにバラッドが割り込みりんご飴に刀を振るうが、光で狙いが甘くあっさりと躱された。

そうやって、りんご飴が二人を惹きつけている所に後方からボンバーガールが何かを投げ込んだ。
放り投げられたのは打ち上げ花火の大玉だ。
爆発すれば下手な爆弾なんかよりも周囲に大きな被害をもたらすであろう火薬の塊。
その被害に巻き込まれぬよう、咄嗟にバラッドと亦紅は身を引く。
だが、りんご飴だけが、両腕で自らの耳を塞ぎながら前に出た。

大玉が地面に叩き付けられる、瞬間、劈くような炸裂音が響く。
放り投げられたのは火薬玉ではなく癇癪玉だった。
音の爆弾が亦紅とバラッドの耳を貫き、思考を奪い取る。
りんご飴は動きの止まった二人の間を駆け抜ける様に鍵爪を振るった。

だが、同じ男から徹底した教育を施された二人の元殺し屋は思考を奪われながらも、生存ため反応を示した。
亦紅はほとんど反射でその場を飛びのき、鍵爪による被害をわき腹を掠めるに留める。
バラッドは亦紅が狙われている僅かな間に建て直し、朧切を盾にりんご飴の一撃を受け止めた。
そして撥ね上げる様に弾き飛ばし、その衝撃でりんご飴の体勢を崩す。
その隙を逃さず、バラッドが刀を振りかぶった。


730 : 炎のさだめ ◆H3bky6/SCY :2016/07/13(水) 02:35:47 scHr5VA60
「…………なんっちゃって。誘い受けってなぁ」

悪戯な表情で舌を出すと、体勢を崩していたはずのりんご飴が機敏な動きでバク転しその場を離脱。
りんご飴がいなくなったその先にには、同じく攻撃しようとしていたのか蹴りを放つ亦紅の姿があった。

「ッ!?」
「えぇえ!!?」

バラッドはなんとか振り上げた剣を止めたが、跳び蹴りを放っていた亦紅は止まらない。
蹴りはバラッドの胴体へとぶち当たり、もみくちゃになって二人して倒れた。

「邪魔だルカ!」
「そっちこそ!」

ガバと身を起こし互いに文句を言い合う二人。
そんな二人が言い争っている間に、絶壁コンビが左右に並び互いに向かって手を伸ばした。
横に並ぶ絶壁コンビは水平に、シンクロするように膝を屈める。
そんな尋常ならざる様子に気付き、バラッドたちはすぐさま立ち上がり身構える。

「打ち上げ花火 verスカイラブツイン」

二人の足元ある打ち上げ台から、爆音とともに跳躍する。
打ち上げ花火の如く片腕を繋いだままの二人の体が水平方向に射出された。

砲弾と化した二人が低空を飛行する。
狙いはバラッドだ。
空中で繋いがれた腕は、首を両断せんとする断首刃である。

そうはさせじと、その手を両断すべくバラッドが刃を振り下ろした。
だが、その直前に、砲弾は繋いだ手を離し分離。
飛空する二人は左右へと別れ、すれ違い様にバラッドの胴体に前後から同時に蹴りを叩きこむ。
二人はそのまま滑空を続け、少し離れたアスファルトに滑りながら着地した。

「グッ!」

まったく同時に前後から叩き込まれた打撃は衝撃が逃げることを許さず体内で爆発させる。
純潔体の耐久度をもってしてもダメージを殺しきれない。
僅かにたたらを踏むと、ダメージを受けた腹を押さえ、二人の敵と一人の味方を交互に見た。

バディを組んでいただけあって連携がうまく、共闘しなれている。
対して殺し屋は個人主義者の集まりだ、連携などしたこともないし上手くいくはずもない

「連携勝負じゃ分が悪い。分断(ばら)すぞ」

これでは二対二ではなく二対一対一だ。
一対一の状況を二つ作った方がまだましだろう。

「だったら一つ。お願いが――――」

亦紅がバラッドへと耳打つ。
バラッドは少しだけ意外な顔をしたものの、その提案を受け入れる。

「よし、行くぞルカ」
「亦紅ですって!」

今度は亦紅たちの方から動いた。
同時に駆け出し、絶壁へと迫る。

これに対応するのは前衛を務めるりんご飴だ。
上段蹴りで、向かってきた亦紅の足を止めさせる。
バラッドはりんご飴が亦紅が相手をしている間に、前衛を迂回して後衛であるボンバーガールを狙う。
先に後衛を仕留める算段だろう。

「甘えんだよ!」

だが、後衛であるからと言ってボンバーガールが近接戦に弱いとは限らない。
むしろ、彼女自身の気質からして、近接戦は得意としている。
振り抜かれた刃を躱しながら、同時に5つ炸裂玉を放り投げる。

バラッドは咄嗟に後退して爆破範囲から逃れたが、その背にトンと何かがぶつかった。
同じく追い詰められて後退していた亦紅の背だ。
立ち位置を誘導されたのか、前後を挟まれ挟撃のような形になっている。

「――――今です!!」

だが、そこで亦紅が叫んだ。
その合図とともに亦紅とバラッドが同時に相手目がけてダイナマイトを放り投げた。

導火線が燃え尽きるまでの刹那の間に戦闘経験の豊富な各々が対応する。
その中で、いち早く動いたのは、ダイナマイトを放り投げたバラッドだった。
爆発に乗じて、刃を寝かせ突きの構えで特攻する。
狙いはボンバーガールではなく、りんご飴だ。


731 : 炎のさだめ ◆H3bky6/SCY :2016/07/13(水) 02:36:23 scHr5VA60
相棒の属性的に爆発に対する対処には慣れているのか、地面に伏せ爆風をやり過ごしていたりんご飴はすぐさま襲撃に気づいた。
瞬時に立ち上がると、真っ直ぐに突き出された刺突をクリスタルジャックを盾にして受け止める。

「ぅぉおおおおおおおおおおおお!」
「お、お、おおおぅ!?」

だが、バラッドは止まらない。
咆哮と共に地面を蹴り付け、止まることなく相撲の押し出しのように敵の体ごと駆け抜ける。
その突撃の勢いに押され、りんご飴の両足が地面より浮き上がり、そのまま連れ場外へと引きずられて行った。

「おっと。追わせませんよ、ボンガルさん、ってあれ?」

その後を追わせないよう、亦紅がその行く手に割り込んだのだが。
ボンバーガールは引っ張られてゆくりんご飴を追おうとはせず、割り込んできた亦紅の姿を確認して楽しそうにヒーローらしからぬ邪悪に口元を吊り上げていた。

「よう亦紅。てっきりあっちがこっちに残ると思ったんだがな」

分断という狙いはとっくにばれていたのか、ボンバーガールは慌てるでもなく仁王立ちで構えいている。
そもそも高い爆破耐性を誇るボンバーガールがダイナマイト如きで怯むはずがない。
動かなかったのは、わかっていながらその策に乗ったのだ。

それは単独でも勝てるという自信の表れか。それともそっちの方が面白いとでも思ったのか。
恐らくは両方だろうと亦紅はにらむ。単純に一対一が好みなんだろう。

「お前じゃあたしにゃ勝てねぇのは既に分かってんだろ?」

その言葉の通り、亦紅と珠美はすでに一対一の模擬戦で格付けは済んでいる。
亦紅では珠美には勝てない。
ましてや、吸血鬼性を殺され、弱体化した今ではなおさらだ。

実力的にはバラッドが残るべきだった。
だと言うのになぜ残ったのか、好戦的な光を放つその目がそう問いかけていた。

「私はボンガルさんと戦うためだけのために残った訳じゃありません。話すために残ったんです。
 いきなりバラッドを攻撃するなんてどういちゃったんですかボンガルさん」

何か催眠や操作でも受けているのではないかと疑うほど、唐突な行動には違和感をぬぐえない。
その違和感を問いただす前に、戦うことなどできはしない。
だがしかし、その問いに対して珠美の反応は平然としたものだった。

「どうしたもこうしたも元からあたしはそういう奴だろうが、戦いを楽しめりゃそれでいいのさ」

元々ヒーローなんて柄じゃない。
ただ面白おかしく戦えればそれでいい。
そんな咲いては消える花火みたいな刹那を生きているのが火輪珠美という女だ。

「確かにボンガルさんは口が悪くて喧嘩早くて、とてもヒーローとは思えないほどロクでもない人ですけど。
 少なくとも、理由もなく誰かに噛みつくような人じゃありません」
「理由ならあっただろうが、危険の芽を摘むってな」

確かに、それらしい理由ではあるが、間違っている。
そもそもボンバーガールが仕掛けなければ争いにはならなかっただろうし。
バラッドを信用できないにしても、いきなり仕掛けるなんて方法じゃなくもっと別の方法があったはずだ。

「それを言うなら私も危険な元殺し屋です、私も処分するとでも言うんですか?」
「別に、今さらテメェを危険視はしねぇよ」
「だったら」

珠美と亦紅が戦う理由がない。
元は珠美がバラッドを危険視して始まった戦闘だ。
その二人を一時的とはいえ引きはがした以上、この場で戦う理由がない。
その理由を問いただし、話し合いで解決できる問題だ。
少なくとも亦紅はそう考えている。

「けどな。お前とあたしが戦う理由ならあるぜ」

だが、珠美はそれを否定する。
ザっと地面を踏みしめ、闘気を放ちながら踏み出した。

「まず、危ねえ危ねえ殺し屋と戦ってる相棒をとっとと助けに行かねえとなならねえ。
 それを邪魔するんなら、お前だろうとぶっ倒さなくっちゃな」

そう珠美は闘う理由を捻出する。
戦いの火蓋を切った以上、戦う陣営を決めた以上、どちらかが敗北するまでは都合よく止まることなどない。
そう珠美は考えている。

「それにな亦紅。こうならなかったとしても、お前があたしの弟子になった時点であたしたちは戦う運命なのさ」
「……どういう意味です」

言葉の意味が理解できず亦紅が問い返す。
確かに、亦紅はボンバーガールから力を分け与えられた。
それが戦う運命とどう関係があるのか。

ボンバーガールの花火精製能力。
それは彼女が師匠から受け継ぎ、また亦紅に託したその力である。
だがそれは正確に言えば花火の生成ではない。
花火として発現するのは珠美の気質によるものであり、その本質は火薬と炎の支配と創造である。


732 : 炎のさだめ ◆H3bky6/SCY :2016/07/13(水) 02:36:48 scHr5VA60
「あたしがお前にしたように、種火を他の誰かに引き継がせることができるのさ。聖火みたいにな」

ボンバーガールが先代からこの能力を引き継いだように、力の種火を聖火のように次の世代へと受け継いでゆく。
そうやってこの力の使い手は、代々この能力を引き継いできた。

「けどな。この力はそんな美しい、綺麗事みたいな能力じゃあねえんだよ」

その本質はもっと強大で悍ましいものだ。
師匠の死を契機にボンバーガールがその力を得たように、この力は種火を持つものへと移動してその者の糧となる。

つまり、ボンバーガールが死ねば、その炎は種火を託した亦紅へと移り、その力は受け継がれるだろう。
だが、逆に亦紅が死ねばどうなるのか?
ボンバーガールが託し、亦紅の中で育った炎もまた、亦紅が死ねばボンバーガールへと戻ってゆくのだ。

「つまりは、私とお前、勝った方が総取りできるって訳だ。
 強くなれんだ、戦う理由としては十分だろう?」

種火を巻いて、継承者の中で育った炎を、最終的に一人が総取りする
そうやって雪だるま式に力を大きくしていった、この炎はそんな呪われた力だった。
下手をすればそこら中に種火をバラまいて、自分の手で殺して一気に収穫する何て事が出来る危険な力である。

だからこそ後継者は慎重に選ばねばならない。
決して誤らず、道を違えない。そういう人間にしか託してはならない能力だったのだ。

「本当に…………それでいいんですかボンガルさん」

それらしい理由をつけているが、明らかにおかしい。

珠美が語った内容が真実だとしても、与えられた力の種火は一日二日で育つものではない、亦紅の中にある炎はまだ収穫するに値しない種火でしかない。
そして何より、そういう事をしてこなかったからこそ珠美だったのだ。
力を受け継ぐに値する人間だったはずなのに。

それが急な心変わりをしたというのは明らかにおかしい。
まるで殺しあうという結論が決まってて、その理由を後からなぞっているようだ。

「ああ、いいんだよそれで」

珠美だってそんなことには気づいている。
火輪珠美というキャラクター性が失われたわけではないのだ。
亦紅に対する愛着もあるし、弟子にすると言った約束だって覚えている。
けれど、

「どうしようもなくあるんだよ。私の中にお前と戦いたいって気持ちがな」

内から沸くその衝動には抗えない。
これは間違いなく珠美の感情。強い相手と戦いたがる珠美という人間の本性だ。
その珠美を前に、亦紅は観念したように目をつむり静かに決意を固める。

「わかりました。今のボンガルさんは病気のようです。
 だから、私が止めます。私が、目を覚まさせてあげます!」
「できんのかよ! お前に、今のお前によぉ!」

吸血鬼の力を持った状態ですら勝てなかったのだ。
吸血鬼性の失われた今の亦紅ではどう足掻いても勝ち目がない。

「できます!」

だが強く、真正面から否定した。
亦紅が地面から何かを拾い上げる。
それは、りんご飴がバラッドの攻撃を防いだ際にぶちまけられた荷物の一つだった。

ブレイカーズ印の薬品『ブレイカーズ製人造吸血鬼エキス』。吸血鬼を生み出す薬である。
亦紅はその蓋を捻ると、中身を一気に煽った。

ドクン、と心臓が跳ねる。
失われた吸血鬼性の復活。
半端な薬では完全な吸血鬼にはなれず、半人半吸血鬼にしかなれない。
その光景を、ボンバーガールはつまらなさそうに手を組んで見送る。

「へぇ。それで? だからよぉ。そりゃ失った吸血鬼性を取り戻しただけだろうが。
 それじゃ私にぁ勝てねえってんだよ!」

ボンバーガールが勝利したのは半人半吸血鬼の亦紅。
つまりは今の状態の亦紅である。
同じ条件で戦ったところで同じ結果にしかならない。

「まあ慌てないでくださいよ。こっちにだってまだ切り札の一つや二つくらいはありますよ。どっちもあんまり切りたくない札ですけど」

そう言って僅かな躊躇いの後、亦紅は自らの口元に手をやると、その腹に牙を突き立てた。
そして自らの血液を啜る。
だが、吸血鬼が自らの血を吸うなどと言う自飲行為は不可能である。
そんなことができるのならば吸血鬼は人を襲う必要がない。

だが、亦紅は吸血鬼ではない。
半人半吸血鬼。半分は人間部分がある。
だからその半分から血を啜る。
効果も半分、覚醒する部分も半分のクォーターだが、強力な吸血鬼の力の恩恵を4分の1でも得られるならば十分である。
ボンバーガールは強敵の予感に震え、衝動を吐き出すように叫ぶ。

「おもしれぇ!! そんじゃあ、おっぱじめようぜ! 模擬戦じゃねえ、ホントの勝負をよぉ!」


733 : 炎のさだめ ◆H3bky6/SCY :2016/07/13(水) 02:37:48 scHr5VA60
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「う、お、おお、お」

炎の師弟が争う戦場からもう数百メートルは離れただろうか。
りんご飴はダンプカーの様な突撃に押し出され続けていた。
宙に浮いた足を地面に付けて抵抗を試みるが、水辺を撥ねる小石のように跳ね飛ばされ止まることがない。
すさまじい推進力だ。

「この……! 猪女、が……………ッ!!」

刺突を受け止めていたクリスタルジャックの角度を僅かに逸らす。
透明なクリスタルの刀身を刺突が滑り、そのベクトルが斜め上へと受け流された。
その勢い余って、バラッドの体が前へとつんのめる。
そこに、りんご飴が後方に押し出された体制のまま、宙浮いた足を振り子のように振り上げ、バラッドの鳩尾目がけて振り抜いた。

だが、その振り抜かれた蹴りの足裏に、バラッドは自らの足裏を合わせ、そのまま柔らかく跳躍する。
りんご飴を大きく飛び越えると、体重を感じさせない足取りで音もなく着地した。

「この辺でいいだろう。近くにいる面倒なのに集まられても困る。早々に終わらせよう」

振り返り銀の髪を翻しながら告げる。
華麗に着地したバラッドとは対照的に、無様に背中で地面を滑りながら着地したりんご飴は、立ち上がりながら唾を吐き捨て嗤う。

「いいねぇ。その余裕。自分が格上だって信じて疑ってねぇって顔だ。
 これからその余裕面が、こんなはずじゃなかったってバカみたいに歪むと思うと、最っ高にそそるぜ」
「そうか。出来るといいな」

バラッドは戦えばわかるとでも言いたげな態度で表情を変えない。
その態度が雄弁にりんご飴の言葉を肯定していた。

「お前、知ってるぜぇ。バラッドだろ」
「名乗った覚えはないんだがな」

誰かに聞いたか、元から知っていたか。
目の前の相手は果たしてどちらか。
怪訝そうにバラッドが目を細める。

「調べたからな。ヴァイザーに関することは何でも」
「ヴァイザー……ああ、思い出したよ。確かヴァイザーにちょくちょく挑んでた奴だったか」

そんな事ばかりしているから、殺し屋なのに変に名が売れてしまったのだが。
限界が見たり見込みがない場合は即殺していたが、愉しめそうな見込みがある奴は見逃したりもしていた。
その気まぐれさは、やはり殺し屋と呼ぶにはふさわしくなかった。

「けどお前みたいなのはごまんといたよ。どいつもこいつもあの男には勝てなかった」
「はん。他人事みたいに言ってんなよ。お前もだろ、お前もアイツには勝てなかった」
「勝つも何も、組織内での殺し合いはご法度だ。別に私はヴァイザーに勝とうとなど思ったことはない」

バラッドがヴァイザーの強さに畏怖と憧憬を抱いていたのは事実である。
だが、組織内のルール以前に、本気で奴と戦おうなどと思ったことはない。

「言い訳だな。お前はただブルって挑むこともできず、負け犬にもなれなかった憐れなみっそカスさ」
「なに…………?」

ピクリとバラッドの眉が吊り上がる。

「だからヴァイザーがオッ死んじまって、テメェが強くなった気になって調子に乗ってんのさ。
 挑まなかった後悔を、ビビってブルってた自分を無かったことにすためにな」

だからヴァイザーを感じるあの女にも拘ったのか。

「んなザコにこのりんご飴ちゃん様が負けるかよ!」
「黙れ!」

りんご飴が飛び退くと同時に、振り下ろされた斬撃にアスファルトが弾ける。
反応した、と言うより、攻撃のタイミングを誘導して躱したと行った方が正しい。
そして飛び退くと同時に鍵爪を振り下ろす。
バラッドも身を引きこれを躱すが、一瞬でも反応が遅れていれば、首が撥ね飛ばされていただろう。

「ハハッ!」

りんご飴が、踊るようなステップで後方に跳び、楽しそうに笑い飛ばす。
そして、両手を羽のように広げ、はしゃぐ子供のように駆けだした。

それを抜刀のような構えで待ち構えるバラッド。
りんご飴がその間合いに張り込もうとしたその瞬間、その眼前に光が瞬いた。
デジタルカメラのフラッシュだ。

だが、この程度の光で怯むバラッドではない。
目を細めつつも相手の動きから目を離さず、正確に敵を両断すべく刃を振り上げた。
空間ごと切り裂くのではないかという斬撃は、直前で足を止めたりんご飴の表面を撫でた。
胸元の皮膚が縦一文字に避ける。
りんご飴はそれを気にせず、片腕を突き出しグッと親指で押さえた人差し指に力を込めた。

「――――BAN」

そして銃のように小石ほどの何かを指先で弾く。
弾かれた何かは正確にバラッドの口元へと吸い込まれた。


734 : 炎のさだめ ◆H3bky6/SCY :2016/07/13(水) 02:39:47 scHr5VA60
「ぅッ!?」

口内に入ってきた異物を反射的に飲み込んでしまった。
吐き出そうと指を使って胃を流動させるが、既に溶け出してしまったのか何も吐き出されることはなかった。

「毒か?」
『いいえ。それらしい反応はないわ。むしろ回復している』

確かに、ダメージが回復しているのを感じる。
わざわざ敵を回復させたというのか。不可解だ。
毒と薬は表裏一体ともいう。
何か副作用があるとみるべきかもしれない。

「……何をした?」

口元をぬぐいながら問いかける。
その問いをりんご飴は馬鹿にするように舌を出して笑い飛ばす。

「はん。んなことわざわざ説明するわけねぇだろうが。俺ぁお前のお母さんじゃあねぇんだぜ?
 それとも何か? 俺にママになってほしいんですかぁ? そう言う趣味ですかお嬢さぁん?」

挑発するようにスカートをヒラつかせ、煽情的な生足を見せつける。
それに乗せられるように、バラッドが苛立ったような表情で剣を振るう。

その動きを読んでいたりんご飴はこれを躱し身を引く。
バラッドは追撃に出るが、相手は援護があったとはいえ、前線一人で魔王を相手どったりんご飴だ。
バラッドと言えどもそう簡単に打ち崩せる相手ではない。

二合、三合と打ち合い、その全てが受け切られる。
そうして、ようやく頭が冷えてきたところでバラッドは気づいた。
時間を稼いでいるのか、りんご飴からは攻める気配が感じられない事に。

防戦に徹されては確かに打ち崩すのは難しい。
だが、一対一の決闘なのだから攻めなくては勝ちはない。

ボンバーガールがルカを倒して援護に来るのを待っているのだろうか。
それとも何か別の狙いがあるのか。
何にせよ向こうの狙いである長期戦に付き合う義理はない。
バラッドにはこの後も、森とヴィンセントの捜索が待っているのだから。

「おらどうした、腕が止まってるぜ。歳だからお疲れか? ババア」

りんご飴の挑発。
この期に及んで叩かれる軽口に怒りを通り越して呆れのような感情を抱きながら早々に勝負を決めるべく、戦乙女が動いた。

両足で地面を蹴る。
これで決着をつけるつもりなのだろう。
反応すら許さない速度で放たれた光の矢のように戦乙女が駆ける。

次の瞬間、バラッドの視界は闇に染まった。

目の前がふさがれ真っ暗に落ちる。
バラッドの眼前が何かに覆われていた。
それは何の変哲もないただの布切れだった。
お便り箱によってバラッド宛に届けられた荷物である。

あの時、ボンバーガールと戦っているバラッドを見た時点で、りんご飴はこうなる事を予期して送っておいた。
全てはこの一瞬、この瞬間のために。
そう言う可能性の積み重ねこそ、りんご飴の戦い方である。

達人の境地にあるバラッドにとって視界を塞がれたところで問題ではない。
他の感覚で補える。
だが、予想外の形で急に視界を奪われた混乱までは避けられない。

待ちに待った、その一瞬の虚を突いて、りんご飴が駆ける。
走る勢いのまま、押し出すように両手で構えたナイフをヴァルキュリアの心臓へと突き立てた。

「っ…………硬ってえな、くそが!」

人体ではなく砂袋でも刺したような重い手ごたえに押しとどめられ、心臓にまで刃が届いていない。
だが、その程度の事態は想定していたのか、バラッドが体勢を立て直すよりも早くりんご飴はスタンガンを取り出し、突き刺した刃に押し当てた。
スタンナイフ。
心臓付近にまで達した、刃を通じて内側に電撃が流し込まれる。
改造されたスタンガンの電力は肉を焼き、白の乙女を汚すように傷口から黒い煙が噴出し、戦乙女の心臓は静止した。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


735 : 炎のさだめ ◆H3bky6/SCY :2016/07/13(水) 02:40:18 scHr5VA60
「――――征きます」

吸血鬼の跳躍力を以て亦紅が跳んだ。
正面ではなく横、市街地に立ち並ぶビルの側面へと飛びつきその壁を更に蹴りだし対面へと跳ぶ。
それは深夜の森でサイパス・キルラが見せた動きにも似ていた。
だが、人間の範疇だったサイパスの動きに対して、吸血鬼の身体能力で行われたそれは人の域を凌駕していた。
この動きの中にも緩急が加えられており、分身したように残像が流れる。
繰り返される動きは九つの球が飛び交うビリヤードのテーブルのようだ。

その動きは確かに早い。
確かに早いが。

「捕えられねぇほどじゃねえ!!」

飛び交う影に目がけて、火花が伸びるススキ花火を炎剣のように振るう。
炎剣はすれ違い様に亦紅の足を捉え、バランスを崩した亦紅の体がビルの側面に叩き付けられ地面に落ちた。

JGOEは剣神龍次郎や森茂といった怪物中の怪物との戦闘を想定した集団だ。
そのメンバーであるボンバーガールが、この程度の動きで惑わされるはずがない。

「おら加減してやったぜ。立てよクソメイド。がっかりさせんなよ
 まだあるんだろ切り札。出せよ。ねえってんなら即終わりにしてやんよ」

期待外れだと。失望の声を上げる。
この先がないのならば、彼女は本当にそうするだろう。

「ぐ…………っ」

壁ぎわに手を付きながら立ち上がる。
言葉通り火加減が為されていたのか、足の火傷は立てないと言うほどではない。

吸血鬼性を覚醒させても、トップヒーローには届かない。
その先に届かせるには、別の何かが必要だった。

「……私はね。殺し屋なんて大っ嫌いなんですよ」
「は?」

語り掛けるように亦紅は言う。
突然に何の話だと、珠美の頭に疑問符が浮かぶ。

殺し屋が嫌いだった。
父が嫌いだった。
自分勝手で自分のことしか考えてない、最低最悪の生き物。
そんな殺し屋を誰よりも体現してる自分が何より嫌だった。

「だから決めたんです。組織を抜けて亦紅という名前になったあの日。
 たとえ自分が死ぬようなことがあってもこの技術だけは、二度と使うまいと、そう誓ったんです」

殺し屋からかけ離れるために、思考も殺し屋と真逆の能天気な生き方をしようと決めた。
最終試験と称して息子に自らを殺させる父親に、父親を殺す愚かな子供。
実の息子に殺されて、満足げに笑った父の顔が忘れられない。
その日以来、誰を殺しても、どれだけ殺しても、心が動くことがなかった。

「けど」

ああ、けれど。
今まで誰の死も何の感傷もなく受け入れられたのは、それは結局。
あんな父親でも、大切だったんだろう。
大切だったから、それ未満の死をなんてことない事だと割り切れてしまったのだろう。

ルピナスの死を知り、生まれて初めて大事な誰かの死を悲しんで。心を乱して絶望して。
そこで今頃になって気づかされた。
気づきたくもなかったけれど、気づいてしまった。

「あなたを失うのは嫌だから」

それよりも恐ろしい事がある。
そんなものがあるだなんて知らなかった。
大切な人が失われるという事は、自分が死ぬよりも恐ろしい。

「だから、全部使います。私の、全部を」

静かに、亦紅の目の色が変わった。
一片の光も届かない水底に暗く沈む様に。

瞬間。珠美の視界から亦紅の姿が消えた。

背筋に寒気が奔り、その本能に従いボンバーガールがその場を飛びのく。
同時に首筋からつぅと一筋の血液が垂れた
背後にナイフを振り抜いた影。
一瞬でも反応が遅れていれば、頸動脈を切り裂かれていただろう。


736 : 炎のさだめ ◆H3bky6/SCY :2016/07/13(水) 02:40:40 scHr5VA60
先ほど超速度を捉えたボンバーガールが亦紅の動きを見失った。
つまり速さではない。技術だ。
事前動作を悟らせない、殺し屋の技術。

「はっ! やる気まんまんじゃねぇか!」
「ええ。あなたを死なせないために。殺してでも止めます」

機械のように感情のない冷たい声で答える。
人を殺すためだけに練り上げた、人殺しの強さ。
その強さはモリシゲともワールドオーダーとも違う。
そしてヴァイザーやアサシンのような突然変異の天才ではない。
バルトロ・デル・テスタによって生み出され、サイパス・キルラによって鍛え上げられた極地。殺し屋の体現者。
正確に心臓だけを射抜く研ぎ澄まされた氷の刃。これこそが『完成された殺し屋(ルカ・デル・テスタ)』。

殺し屋が跳んだ。
先ほどと同じくビルの側面から側面へ。
蜘蛛のような動きで、獲物を追い詰めるべく迫る。

だが、この期に及んで一度防がれた同じ手を使うとも思えない。
そう考え、ボンバーガールは相手の動きに囚われず周囲を注意する。
だからこそだろう、その一瞬の光を見逃さなかったのは。

キンという音。
飛んできたのは短剣だった。それをボンバーガールは裏拳で弾き飛ばす。
派手な動きは、最初に投擲したマインゴーシュから注意をそらすための目くらまし。
そちらに注意を裂けば、ダーツの的みたいに投擲されたナイフを額に受け終わっていた。

だが防いだ。
今度は火加減なしの炎刀で、跳ねまわる体を胴体ごと両断してやろうと前に出たところで。
上から降ってきたナイフが、ボンバーガールの肩へと突き刺さった。
マインゴーシュを投擲すると同時に上へとナイフを放り投げていたのだ。

「ッッ! 全部囮かよ……ッ!」
「ええ――――全部囮です」

死神の声は背後から。
爆炎の巫女の背筋に氷塊が落ちる。
マインゴーシュもナイフも注意を逸らして近づくための囮。
本命は殺し屋自身に他ならない。

「ッ……のォ!」

狙いも何もない。
なりふり構わず爆炎を周囲全体へとばら撒いた。
ボンバーガールを中心としたドーナツ型の炎の輪が波紋のように燃え広がる。

(逃した…………!?)

だが、手応えがない。
攻撃こそさせなかったモノの既に気配はなかった。
気配のみならず、いつの間に回収せしめたのか、マインゴーシュとナイフが消えていた。
既に殺し屋は次の殺しに動いており息つく暇がない。精神が削られる。

「ハッ…………ハハ」

思わず口元から乾いた笑いが漏れた。
強い。
珠美の知るこれまでの亦紅とは別種、否、異質の強さだ。

当然ながら、人を殺す技術と怪物を殺す技術は違う。
今彼女が対峙しているのは、その二つの技術をないまぜにしたハイブリッド。
ルカの鍛え上げた人を殺す技術と、亦紅が培った怪物を殺す技術。
違う人生を歩んだからこそ生まれる事の出来た最強のキリングマシンだった。


737 : 炎のさだめ ◆H3bky6/SCY :2016/07/13(水) 02:40:53 scHr5VA60
(どこだ…………!?)

周囲を見渡すが、既に建物の陰にでも隠れたのかどこにも姿が見当たらない。
遮蔽物の多い市街地戦は暗殺者に有利だ。
どこから来るとも分からない。

「だったらぁよお――――っ!」

蜷局を巻く龍の花火が周囲の建物を飲み込んだ。
打ち崩されるビルや民家。地形が更地へと変わってゆく。
少なくとも、一息で距離の詰められる範囲は平らにした。
警戒していれば襲撃を見逃すことはない。

周囲に意識を張り巡らせるボンバーガールに影が重なった。
遮蔽物のない空間で影。それはつまり。

「上ぇ…………ッ!!」

対空砲として設置したスターマイン(速射連発花火)から連続して火薬星が射出される。
上空の影は炎の矢に撃たれ、着火して炎上を始めた。
それは亦紅ではなく、人間大の丸太だった。

「ハッ! 忍者かよ……!」

上に注意を引き付けたということは本命は下。
その基本に従い、地面へと意識をやる。

「そこかぁ……ッ!!」

地面に現れた気配に向けて、ありったけの花火を薙ぎ払う。
だが、そこにあったのは、転がってきた丸太だった。
これも違う。ならば本命はどこへ。

「まさか…………!?」

空を見る。
そこには先ほど撃ち落とした、炎上しながら落下を続ける丸太がある。
その死角となる裏側に、燃え盛る炎も気にせず暗殺者は隠れていた。
落下地点で丸太から飛び出した亦紅が、風切を振り下ろす。

「亦紅おおぉぉぉぉおお!!」
「――――――!?」

その襲撃に対し、ボンバーガールが選んだ選択肢は防御ではなく攻撃だった。
刃を肩に喰いこませながら、特大の火薬玉を生成する。
子供の身長ほどの高さもある正四尺玉。
地上で爆破すれば辺り一帯は火の海になるだろう。

「ッ!?」

亦紅はその場から逃れようとするが、肩に食い込んだ刃を掴まれ逃れられない。
すぐさま風切を放棄し、離脱を試みようとするが、もう遅い。

「このボンバーガール様を、嘗めんじゃねぇぞ!」

市街地の一角が極彩色の炎の渦に包まれた。

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738 : 炎のさだめ ◆H3bky6/SCY :2016/07/13(水) 02:42:05 scHr5VA60
『大丈夫!? バラッド!?』
「っ…………うっ」

耳元の声に叩き起こされ、倒れこんでいたバラッドが苦しげな息を漏らした。
純白だった薄手の鎧が、漆黒の厚手のコートへと変わっていた。
純潔体が解かれている。
それは完全に死亡する前に純潔体を解除したユニのファインプレーだった。

頭を抑えつつ立ち上がり、周囲を見渡す。
そして小さな相棒へと問いかける。

「……あいつは?」
『行っちゃったわ』

ユニの姿は見えなかったようで。
心臓の停止を確認して、りんご飴は立ち去った。

言い訳のしようがない。
バラッドの完全敗北だった。

「ユニ。もう一度、純潔体いけるか…………?」
『無理! 破壊された純潔体が治らないとすぐには使えないわ』

ユージー並みの妄想力があれば10分もあれば再構築可能だろうが、バラッドの場合はそうはいかない。
純潔体の再構築に数時間は要するだろう。

「そうか。ならこのまま戦うしかないということか」

ふらりと、覚束ない足取りのまま刀を支えに立ち上がる。

自らの力に驕りがあった。
手に入れた力に慢心があった。
目の前の敵を軽んじて、先のことを考えてしまった。
それが敗因だ。

『大丈夫バラッド?』

思いつめたような神妙な顔をする相棒へと妖精が問いかける。

「いや。なんでもないさ。気にするな。ただ感謝すべきなのだろうな。初心に立ち返れた」

そう吹っ切れたように応える。

『本当に大丈夫?』

いきなり妙に悟ったような事を言い始めた相棒に、ユニが心配そうにもう一度問いかけた。

【I-9 市街地/夕方】
【バラッド】
[状態]:ダメージ(中)
[装備]:ユニ、朧切、苦無(テグス付き)
[道具]:基本支給品一式
[思考・行動]
基本方針:殺し合いに乗るつもりは無いが、襲ってくるのならば容赦はしない
1:森茂を追って何があったか問いただす
2:ウィンセントを探す
3:ユージーの知り合いと会った場合は保護する。だが、生きている期待はあまりしていない。
4:アサシンに警戒。出来れば早急に探し出したい。
5:イヴァンのことは後回しにするが、見つけた時は殺す。
※純潔体が破壊され、現在修復中です。
※6時間以内に参加者を一人殺害、12時間以内に参加者三人殺害しなければ死亡します

【りんご飴】
[状態]:疲労(中)、全身に火傷
[装備]:クリスタルジャック
[道具]:鍵爪、サバイバルナイフ、超改造スタンガン、お便り箱、ハッスル回復錠剤(残り1錠)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いの中でスリルを味わい尽くす。優勝には興味ないが主催者は殺す
0:珠美と合流する
1:ディウスと空谷葵を殺す
2:参加者のワールドオーダーを殺す。
3:ワールドオーダーの情報を集め、それを基に攻略法を探す
※ロワに於けるジョーカーの存在を知りましたが役割は理解していません
※ワールドオーダーによって『世界を繋ぐ者』という設定が加えられていました。元は殺し屋組織がいる世界出身です


739 : 炎のさだめ ◆H3bky6/SCY :2016/07/13(水) 02:42:41 scHr5VA60
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

燻った炎がパチパチと音を鳴らしていた。
大気が揺らめき、景色をゆらゆらと不安定なものとする。
市街地の一角が完全な焦土と化していた。

何者の生存も許さぬ爆心地に、陽炎で揺らめく影があった。
白衣に緋袴という神聖さを感じさせる巫女衣装は、所々が焼け落ちずいぶんとパンクな仕様になっている。
爆破の天使ボンバーガール。
全てが燃え落ちた爆心地にて、無事でいられるのは彼女ただ一人しかいないだろう。

「…………なんで生きてるんだテメェ」

だが、しかし。
立ち上がった影がもう一つ。
かわいらしいフリルや装飾は、ほとんど焼け落ちてしまったメイド服。
全身を赤黒く焼け焦がし、白い煙を口から出しながら、そこに亦紅は立っていた。

ありえない。
自らをも巻き込むつもりで放ったのはボンバーガールの文字通りの最大火力だ。
怪人だろうとヒーローだろうと誰であろうと吹き飛ばせる火力である。
これに耐えられるのは爆破耐性を持つボンバーガールだけだ。
あの爆炎の直撃を受けて耐えられるはずがない。

吸血鬼の不死身性?
ちがう。単純な耐久度であれを堪えるのならば龍次郎級の規格外さが必要だ。
クォーター覚醒した半吸血鬼程度に耐えられるものではない。
ならばなぜ。

「……全部使うって……言いましたよね…………!」

亦紅の中にある全部。
その中にはボンバーガールから引き継いだ力だって含まれている。
つまりは爆破耐性だ。

ボンバーガールの爆破耐性だって、結局のところ身に浴びる爆炎の操作に過ぎない。
同じ能力を持つ亦紅にだってそれは可能だ。
あの瞬間、亦紅の中の種火が炎となった。
自らの力で己の中の炎を燃やしたのだ。

「はっ。そうかよ!」

花火しか攻撃手段のないボンバーガールにとっては敵が爆破耐性を持つのは致命的だ。
にも拘らず、弟子の成長を喜ぶ師のように、どこか嬉しそうに笑い飛ばす。

「だったら。超えて見せろよその力でこのあたしを!」

珠美が亦紅へと殴りかかる。
ロケットの推進力で加速する拳だ。
爆破耐性のある相手だろうとやりようはある。

その一撃を避けることもできずに亦紅は喰らう。
ダメージが足に来ているのか、先ほどまでの俊敏性はない。

「この……ッ!」

何とか踏ん張り、殴り返す。
打たれて頬が切れたのか、珠美の口元からつっと血が垂れた。

「いい加減…………目を醒ましてくださいよ……ボンガルさん!」
「は。とっくに醒めてんよ。最っ高に楽しいじゃねぇか!」

珠美は口元の血を拭って、脇腹を蹴り上げる。
亦紅は歯を食いしばってそれを堪えると、仰け反った体勢から頭突きを放つ。
ゴッと言う鈍い音。ぶつけ合った互いの額が避け血が流れる。

「楽しくなんか……ありませんよ。こんな事の何が楽しいって言うんですか!」
「喧嘩だ喧嘩。亦紅。お前は最高だぜ。こんなに楽しいのは初めてだ! 何の不満があるってんだよ!」


740 : 炎のさだめ ◆H3bky6/SCY :2016/07/13(水) 02:43:29 scHr5VA60
胸倉を掴み上げ、お返しとばかりに頭突きを叩きこむ。
割れた額と額がぶつかり合い、赤い飛沫が舞った。
亦紅は膝から崩れ落ちそうになるが、胸元を掴みあげた腕がそれを許さない。

頭突きを更にもう一発。
その勢いに掴んだ胸元の衣服が破れ、ようやく拘束から解放された。
額から血を噴水みたいに吹き出しながらたたらを踏む亦紅。
今度こそ倒れるかと思ったが、片腕を付きながらも地面を踏みしめ踏みとどまった。

「不満なんて……あるに決まってるじゃないですか……!」

ふらふらとした足取りながら前へと歩く。
ギュッと拳を握りしめ、自らの想いを伝えるために。

「私たちは手を取り合うって誓ったじゃないですか。こんなの事をしている場合じゃないでしょうが」

取り合う筈の手で何故殴り合っているのか。
踏み出した足は、いつの間にか駆だしていた。

「私達は――――ハッピーエンドを目指すんじゃないんですか!」

振りかぶった亦紅の拳に炎が灯る。
これが亦紅の炎。
振り抜かれた拳は珠美の頬を打ち抜き、堪えることもできず、珠美はその場に倒れこんだ。

躱せなかった。
大したパンチではなかった。速度も遅く、狙いもバレバレ。
ただ、その炎の眩さに、少しだけ目がくらんだ。

ダメージは大したものではない。まだ戦える。
珠美は立ち上がると亦紅へと向き直った。
新しい力を得た強敵を祝福する様に。

だが、ズルリと、目の前の亦紅の体が力なく崩れ落ちた。
珠美が何をしたわけではない。
炎拳を撃ったその体勢のまま倒れて、動かなくなった。

耐性はあくまでも耐性だ。
無効化できるわけでもなければ、耐性にも程度がある。
極大の爆炎を受けた時点で亦紅はとっくに限界だった。

「……何だよ」

最高に盛り上がったところに冷や水を浴びせられた気分だった。
突然、祭りの終わりが訪れたような侘しさが、珠美の胸を吹き抜ける。

同時に胸の内に燃えるような熱さが到来した。
流れ込んでくるのは亦紅の炎だ。
その熱が、亦紅の命の炎が終わったことを告げていた。

【亦紅 死亡】

【I-8 市街地/夕方】
【火輪珠美】
状態:左肩負傷 ダメージ(大)全身火傷(大)能力消耗(大)マーダー病発病
装備:なし
道具:基本支給品一式、ヒーロー雑誌、禁断の同人誌、適当な量の丸太
[思考・行動]
基本方針:祭りを愉しむ?
1:『邪神』を捜索する
2:祭りに乗っている強い参加者と戦いを愉しむ
3:会場にいるほうの主催者をいつかぶっ倒す
※りんご飴をヒーローに勧誘していました
※ボンバーガールの能力が強化されました


741 : 炎のさだめ ◆H3bky6/SCY :2016/07/13(水) 02:43:43 scHr5VA60
投下終了です


742 : ◆H3bky6/SCY :2016/08/13(土) 01:31:55 GTTV92Kg0
大変遅くなりましたが、投下します


743 : Negotiation ◆H3bky6/SCY :2016/08/13(土) 01:33:45 GTTV92Kg0
南の市街地は多くの強者同士のぶつかり合いにより、中央部は見る影もない悲惨な有様となっていたが郊外は比較的健在であった。
発展した中央部に集約した清閑なビジネス街は、外周に近づくにつれ複雑に入り組んだ住宅街へと顔を変えてゆく。
郊外に向かうにつれ車線の通った大通りは先細った迷路のような小道へと変わり、その複雑な道筋を森茂は音もたてず足早に進んでいた。

森は南の市街地を抜け、北の市街地を目指していた。
目的は一つ。唯一残った自らの弱さを殺すため。
それは不倶戴天の敵から仕事を請け負ってまで為そうとする絶対の目的だった。

だが、南の市街地を抜ける道中は既に禁止エリアとなっており、何かしらの方法で迂回する必要があった。
そのための選択肢は三つある。
ロープウェイを利用して山頂に向かいそこから山路を下るか。
市街地を東へ突っ切り島を大きく回り込むか。
森が取った選択はそのどちらでもない、第三の選択肢だった。

市街地を北に抜け、陸地を隔てる川を超える。
右腕を失ったこの状態で泳ぐのは少々困難だが、森の身体能力であれば問題ないだろう。
それが最短の選択肢であり、最も早く目的地に到達する最速の選択肢である。

だが、市街地を抜けようとしたところで先を急ぐ森の足が唐突に止まった。
幾多の戦場で培われた気配察知能力が、その行く手、市街地に侵入する何者かの気配を感じたのだ。

森は音もたてずそっと物陰に隠れて様子を伺う。
市街地に足を踏み入れたのはスーツ姿の伊達男だった。
高級そうなスーツは所々が薄汚れており、整った顔にも傷が幾つも見てとれる。
とても紳士とは形容しがたい有様だが、この戦場で半日も過して無傷でいる人間の方が稀だろう。

スーツの男はその動きからして玄人のようである、がはっきり言って練度は低い。少なくとも一流とは呼べない。
周囲を警戒しているようだが、幾つもの戦地を超えてきた森から言わせればザルだ。
実際、気配を殺した森の存在にも気づいていないようである。

森はそのまま気づかれぬよう注意を払いつつ、相手の顔を確認する。
情報部を預かる理恵子ほどではないが、悪党商会がかき集めた膨大な善悪全ての人間の記録をある程度は記憶している。
その知識を思い返し脳内で一致する人間がいないか照合する。

そして思い出した。
『組織』に属する殺し屋、で名前はたしかピーター・セヴェールだったか。
女専門の殺し屋で、死体をバラして喰らうことを趣味にしている食人鬼だったはずである。
その経歴からして、ピーターが殺し合いに対して消極的であるとは考えづらい。

周囲を探る。他の人間の気配はない。
どうするべきか、森は僅かに思考する。
無視して先を急ぐか、それともここで仕留めておくか。

ユキの殺害が最優先ではあるが、他の参加者を皆殺しにするという方針が変わったわけではない。
そのために殺し合いに積極的に参加者は見逃していく方針だったが、もう殺し合いも煮詰まってきた頃合いだ。
そろそろ次の段階に移行してもいいかもしれない。

ならば、優先順位の違いはあれど、やれるならやるべきだろう。
なにより時間はかからない。悪砲があるのだから決着がつくのなら一瞬だ。
もし初撃で仕留められず戦闘が長期化しそうになったのならば、その時は退けばいい。

初撃必殺。一撃離脱。
成功しても失敗しても一撃で引く。
そう決めて静かに荷物の中の悪砲に手をかける。

だがそこで、ふと地雷原に足を踏み入れたような違和感が森の脳裏を貫いた。
ピーターの動きが、ここまで生き残った参加者にしては無防備すぎる。
まるで何かに守られている事を前提とした動きにも見えた。
その予感に従い背後を振り返る。

その影は、すでにそこにいた。

それは漆黒。
天に太陽が輝く光の世界にて、ただ眼光だけを不気味に輝かせた夜のような黒だった。
何の感情もないような不気味な影が禍刃を振るう。


744 : Negotiation ◆H3bky6/SCY :2016/08/13(土) 01:34:56 GTTV92Kg0
森は動き出しの遅れを取り戻すような超反応で、振るわれたナイフの握られた腕を掴んだ。
初撃を防がれた暗殺者は咄嗟に掴まれた腕を振り払おうとするが、拘束は固く、容易く脱することはできなかった。

これにより武器を握った手を封じられた暗殺者だったが、その表情に焦りの色は見られなかった。
揺れず変わらず、淡々と仕事をこなすように冷たい目のまま、手首を掴まれた状態で指を動かしナイフの柄を挟みこんだ。
そしてそのまま先だけの力を使って弾くような動作で指妖刀無銘をパスする。

受け取ったのは左腕。逆手に握られた妖刀が奔る。
森の左腕は敵を捕まえるために塞がっており、右腕は消滅砲により失われている。
文字通り、森にはこの一撃を防ぐ手がない。

森は咄嗟に相手を掴んでいだ腕を振るって相手を放り投げようとするが、僅かに遅い。
振り抜かれた刃の先端が森の胸元を掠めた。

「――――退きます」

即断即決。
仕事を果たせば迷うことなく引き下がる。
着地した漆黒の影が素早い動きでそれだけを言うと、地面を蹴って後方に跳んだ。

「おやおや」

ピーターが気付く前に事は終わていた
その声を聞いて初めて自分が襲われかかっていたということに気付いたくらいである。
それ程に森の気配遮断は巧みだったし、それを上回ったアサシンは常軌を逸していた。

アサシンに切られた相手は麻痺して動けなくなる。
これはピーターも実際に体験したことであるため間違いはない。
ピーターもその間に悠遊とこの場を離れることができるはずだったのだが。

びちゃ、と水音と主にぶよぶよとした肉片がピーターの足元の地面に叩き付けられた。

飛来物が飛んできた方向にピーターが視線を向ける。
そこには片腕の大男、森茂がしっかりと両の足で立っていた。

禍々しいナイフの放つ空気、そしてアサシンが僅かに斬りつけただけですぐ退くと判断したことから、毒刃であると判断した。
痛覚がないからこそ、そういった事態には過敏になるように心がけている。
故に森は迷うことなく傷口を周囲の肉ごと引きちぎったのだ。

ナノマシンの活動率が低下しているため、すぐに止血は為されず傷口からボタボタと紅い血が流れ落ちる。
だが、血液中に巡る前に対処はできた。
そのため麻痺することなく、森は動ける。

猟犬のような動きで森が駆け出す。
すでにアサシンは存在そのものが消えたのではないかと錯覚するほどに完全に気配を消しさっていた。
ならば狙うべくは。

「Oh No! 私ですか!?」

森が突撃する、その先にいるのはピーターだ。
実際に麻痺の効果を体験したからこそ、ピーターは動き出すのが遅れた。

「ちょっとちょっと……! 私こういうの苦手なんですって!」

ピーターは逃げ出しつつも、アサルトライフルをフルオートで打ち鳴らし弾幕を張る。
だが、走りながらではろくに狙いも定まらず、ピーターの細腕では反動を片腕で支えきることもできない。
弾丸の雨は森を捉えることなく、あっと言う間に懐まで忍び込まれた。

実力差は明白。こうなると勝負は一瞬だ。
森の実力ならばピーター程度なら片腕でも制せる。
足払いで地面に押し倒したピーターの体を、踏み耽るような形で押さえつけ、残った片腕を喉元に宛がった。
森が力を籠めれば人間の首の骨など簡単に折ってしまえるだろう。


745 : Negotiation ◆H3bky6/SCY :2016/08/13(土) 01:36:58 GTTV92Kg0
「出てきたらどうだい。アサシンくん」

森が周囲に向かって呼びかける。
一瞬の交錯だったが、組織の末端に過ぎないピーターと違ってアサシンの方はわざわざ思い返すまでもない大物だ。
確証があるわけではないが、言う必要のない退くという合図と狙いすましたような襲撃のタイミングからして二人が組んでいる可能性は高いと森は踏んだ。

「出てこなければ、このまま彼の首をへし折らせてもらう」

反応を伺うように手元に力を籠める。
喉を押さえられたピーターは声も出せず、何やら命乞いらしき女々しい視線を向けてくるがそれらは黙殺する。

アサシンからの反応はない。
気配もないため、もしかして、すでに立ち去ってしまったのではないか?
という不安が残された一瞬二人の頭によぎったが、その心配は杞憂だったらしく、しばらくしてどこからともなく声が響いてきた。

『……そうですか。それじゃあここまでにしましょう。さようならピーターさん』

無機質な声。
その声も直接ではなくどこかに反響させて潜んでいる場所を特定させないよう細かい工夫がなされている。
あっさりとピーターを切り捨てながらも、別れの言葉を告げるのは歪な律儀さからか。

「待った待った。冗談。冗談だよ、だから待ってよ。お話がしたいんだ君と」

森は慌てて拘束を解きピーターから距離をとった。
森が用があるのはアサシンの方だ。アサシンにここで去られるのはまずい。
だからこそ、悪砲での砲撃をせず、わざわざ引き留めるために人質を取ったのだから。

だがこの二人の関係性は薄いことが分かった。
協力関係というより利用関係でしかない。
これでは人質にはならない。
ならば無駄な人質などさっさと解放して、そこまでして話したい要件がある意思を示した方が有用だ。

『はぁ、なんです?』

警戒しているのか、アサシンは姿を現さず声だけを響かせる。
それでも、どうやら話に応じるくらいの興味は引けたようだ。

「いやね。ちょっと君の着てるその服についてなんだけど」

そう。森が用があるのはアサシン。もっと言うなら彼が来ているその服である。
森がアサシンにしてやられたのは、アサシンの手際が見事だったというのもあるが。
アサシンの身にまとった漆黒の服に一瞬気を取られたというのも大きい。

『服、ですか…………?』
「ああ、それ実は俺の服なんだ、大事なモノなんだよね」

一見しただけでは何の変哲もないただの黒い全身タイツに見えるが、それは違う。
悪党商会の粋を結集して生み出した三種の神器に於ける『鏡』。
対規格外生物殲滅用兵装三号『悪威』である。

防弾チョッキというモノは弾丸は防げるが、刃は防げない。
同じく、防刃チョッキは刃は防げるが、弾丸は防げない。
あらゆる防具は構造上防げるものと防げないものがある。

だがこの悪威は違う。
あらゆる衝撃に対して自動的に耐性を作り無効化する『万華鏡』の如く変わる万能耐性。
それは物理的なダメージに限らず、魔法や超能力といった異能にまで及ぶ最強の防具だ。

だがそれも『万華鏡』を起動させればの話だ。
体内にナノマシンを保有する資格者にしか『万華鏡』は発動できない。
そうでない人間にとっては、何の変哲もないちょっと丈夫なただの服に過ぎないのだ。
アサシンが持っていたところで宝の持ち腐れにしかならない。


746 : Negotiation ◆H3bky6/SCY :2016/08/13(土) 01:38:36 GTTV92Kg0
『つまり、もともとはこの服は貴方の物だったというのですか?』
「ああ。きっとワールドオーダーに奪われたんだろうね。できれば返してもらいたいんだが…………」

長期的な視点で考えるのならここでの悪威の入手は必須だ。
なぜなら優勝を目指すのならば、最終的にはあの剣神龍次郎との対戦が控えている。
あの暴威と戦うのならば悪威は必要不可欠である。

手っ取り早く殺してでも奪い取るという選択肢もあるだろうが、生憎、対象を丸ごと消滅させてしまう悪砲は鹵獲には向いていない。
かといって逃げに徹するアサシンを悪砲なしで仕留められるとも思えない。
故に、悪威を手に入れるにはアサシンと交渉するしか手はないのだ。

『この服が貴方の物であったという証拠は? どこかに名前でも書いてます?』

アサシンからの問いは当然の物である。
今のところ森の物言いは支給品を奪うための言いがかりでしかない。
だが森にはこれに答える用意がある。

「その服の襟元に『最高の善意には最高の悪意が必要だ』という刺繍があるはずだよ。確認してもらっていい」

実際アサシンの纏った服の襟元には達筆な文字で刺繍が施されていた。
技術部部長である半田が手ずから縫ったお手製である。

『なるほど。確かに、ありますねぇ』

あの一瞬の交錯で内襟まで確認できるはずもなく、それはつまり元より知っていたことを意味している。
動きやすくそれなりに気に入ってはいたが、アサシンからすればただの服だ。
別段、執着するほどのものではない、持ち主が返せと言うのなら返却するのも吝かではないのだが。

「――――待ってください」

横合いから待ったがかかった。
割り込んできたのはピーターだ。
服についた砂を払い、襟元を正して不敵な笑みを浮かべている。

「仮に元は貴方の物だったとしてもですよ、今現在服を所有しているのはアサシン氏です。
 少なくともこの場での所有権は彼にあるはずだ。それを無条件で寄越せと言うのは些か横暴なのでは?」

先ほどまで無様に転がされていたとは思えない強気な態度だった。
殺せる相手を解放してまで、わざわざアサシンを引き留めたということは、それほどにこの服に執着しているという事。
それを見抜いた故の強気である。
要するに、ピーターは森の足元を見ているのだ。

「所有権の話がしたいのかい? それとも」
「誠意のお話ですよ。まさか元の持ち主だったからただで寄越せ、なんて言いませんよねぇ?」

誠意なんて言葉からもっともかけ離れた男がそう口にする。
言っている内容も遠まわしに対価を寄越せと要求していた。

「そうだねぇ。じゃあ情報を提供するっていうじゃあダメかい?」

ワールドオーダーから提供された首輪の情報がある。
再配布も自由と言っていたしこれを餌にしても問題はないだろう。
だが、ピーターのNonと首を振る。

「ダメですね。この状況じゃ裏が取れませんから」
「こちらが嘘をつくとでも?」
「ええ、何せそちらからの申し出ですからねぇ。でまかせを言ってでも手に入れようとする可能性は否定できない。
 どうしてもと言うのなら、ここは実物のある物々交換でしょう。何だったら死体でも構いませんよ?」

ピーターはここぞとばかりに趣味丸出しの提案をし始めた。


747 : Negotiation ◆H3bky6/SCY :2016/08/13(土) 01:39:33 GTTV92Kg0
「……死体、ねぇ」

確かに森の荷物の中には鵜院千斗の死体がある。
しかし、引き渡すつもりなんて端からないので、適当に否定しておくことにした。

「――――あるんですか、死体?」

だが、ピーターは思案に耽るその一瞬の間を見逃さなかった。
絡みつく蛇のような瞳に、誤魔化しきれないと悟ったのか、森はため息交じにこれを認める。

「ああ、あるよ。けど君のお眼鏡に叶う品ではないと思うけれど……」

そういって森が荷物の中から引きずり出したのは首なし死体だった。
いまさら死体の一つや二つ持ち運んでる程度で咎めるような良識のある人間など、この場には一人もいない。
あくまで取引材料になりうるか、道具として吟味するのみである。

首はなくとも体格からこの死体が男性であることは見て取れる。
女性専用の食人鬼の琴線には引っかからないため、すぐに引き下がるだろう。
そう思ったから見せたのだが、ピーターの反応は森の予想とは少し違った。

「いいですね。その死体、頂けませんか?」

顔はなくとも死体に造詣の深いピーターであれば身体的な特徴で本人と判別できる。
森の計算外は、二人が顔見知りであったという点だ。
千斗がバラッドのみならず、ピーターともつながっていただなんて予測できるはずもないのだが。

「男だよ? 君の趣味には合わないと思うけど?」
「私なんかの趣味をよくご存じで。ですが食用とは別に入用というだけですよ」

知り合いのよしみで弔ってやろう、などという殊勝な考えでは当然ない。
彼の死体はバラッドに対して切り札になるかもしれない。
次の放送で彼の死は知られるだろうが、現物を見れば多少の隙もできるだろう。
そうなれば彼女を喰らうチャンスが巡ってくるかもしれない。

そういう私利私欲でしかない目論見の元、死体の提供を求めるピーター。
森もこの展開には困った。
鵜院千斗の死体は大事な研究材料である、引き渡すわけにはいかない。
どうしたモノかと考え込む森だったが、そこに意外な助けが入った。

『いや、そもそも死体なんていらないですけど』

アサシンからの至極まっとうな突っ込みであった。
そもそも悪威の所有権を有するのはアサシンなのだから、その取引内容に口を出すのは当然と言えた。

「……そうですか。まあ仕方ありませんね」

残念そうにそう言ってピーターは引き下がる。
ピーターの立場は勝手に交渉を進めるおせっかいな人に過ぎず、強行できる立場でもない。
もとより使えるかもしれない程度の物なので、ここで喰らいつくほどのことでもなかった。
ピーターが引き下がったことに、森は静かに胸をなでおろした。

しかしこれで話が終わったわけでもない。
悪威を手に入れるためには別の何かを提示しなくてはならないという状況は変わってはいない。
死体は引き渡せない、かと言って、悪砲を引き渡す訳にいかない。
三種の神器を手に入れるために三種の神器を手放していては本末転倒だ。
取引材料となりそうな物と言えば、弾切れした拳銃と、あとは。


748 : Negotiation ◆H3bky6/SCY :2016/08/13(土) 01:41:26 GTTV92Kg0
「携帯電話ですか」

森が交換材料として取り出したのは主催者より渡された携帯電話だった。
ユキの居場所の詳細を追って聞くという役割があるため、森にとってもまだ必要な道具ではあるのだが。
大よその位置は知れているため、自力で探せないということはないだろう。
そうなるとユキが北の市街地を離れるまでに到達せねばならないという制約は増えるが、悪威が手に入れば釣りがくる計算だ。

「しかし。この場で電話がつながるとは思えませんが」

ピーターの疑問は尤もだ。
隔離された孤島に電波など届くはずもないだろう。
電波がなければ携帯電話などただの光る時計にかならない。

「いやいや、よく見てよバリサンだよ」
「はぁ。バリサン、ですか」

死語ですねぇ、と思いつつピーターは携帯画面の電波状況を確認する。
確かに圏外ではなくアンテナが三本立っていた。

「ほら地図に電波塔があっただろう? あれが電波を中継しているみたいでね」

その話が本当なら、外部と連絡が取れるということだ。
ならば、これは服一つとは釣り合わない程の凄まじい価値がある。

「けれど、なにか制限はあるのでしょう?」

だが、ピーターはこれに簡単には喰いつかなかった。
契約書を隅々まで読むような抜け目のなさで問題点を指摘する。

「どうしてそう思うんだい?」
「外部に助けを求められるようなものをわざわざ用意しないという単純な予想ですよ。
 かと言って支給された以上、無意味な品物であるとも考えづらい。
 わざわざ電波塔までよういしてるんですからね。どこかには繋がるはずだ」

正確には支給品ではなく主催者が直接持ち込んだ道具だが、いい線はついている。

「そうだね、その通りだ」
「なら、どこにならつながるんです?」

核心を突く問い。
それに対して、何の隠し立てもなく正直に答える。

「――――ワールドオーダー」

その名に僅かにピーターが目を見開く。
予測していなかったわけではない。
選択肢としては、他に支給された電話か、会場内の施設か、主催者の所か、と考えてはいた。
だが一番低い可能性を告げられ僅かばかりに驚いてしまった。

「それは、どちらのワールドオーダーですか?」
「この場にいない方のワールドオーダーだよ。恐らくね」

主催者と繋がる電話。
それに対して、こちらが差し出すのは服一つ。
相手にとってどれだけ価値がある代物かは知らないが、失ったところで損失は殆どないと言っていい。
悪い話ではないだろう。


749 : Negotiation ◆H3bky6/SCY :2016/08/13(土) 01:42:51 GTTV92Kg0
「それが真実であればの話ですがね。その電話が本当に主催者に繋がるという証拠はありますか?」
「それに関しては実際に使ってみてもらうしかないねぇ。かと言って確認のためにお試しで使わせたんじゃあ商品価値がガタ落ちだ。
 まさか試すためだけにワンコールしてガチャ切りするわけにもいかないしねぇ」

それはその通りだ。おいそれといたずら電話の出来る相手ではない。
そうなると森茂の言い分を信じるしかないという事だ。

ピーターは考える。
どのような形であれ携帯電話が携帯電話なりの機能を有しているのは間違いはない。
だが、仮に携帯電話が限定的とはいえ通話できるとしたならば交換条件としては十分だ。
わざわざ主催者との通話という破格の価値を付ける意味がない。
嘘をつく意味がないのなら、事実であると考えるべきだろう。

だがしかし、こちらがその価値を見誤っているだけで、正しくその価値を知る相手が釣り合うよう商品価値を吊り上げようとしているとも考えられる。
もしそうならば、もう少し足元を見るべきか。

『いいじゃないですか、受けましょう。その取引』

思案するピーターの思考を終わらせる鶴の一声がアサシンから発せられた。

「いいんですか?」
『ええ。もともと僕としては返却するのも吝かではなかったですし、それにワールドオーダーさんとはちょっとお話したいこともあるので』

そりゃあ全参加者、ワールドオーダーに対して一言いいたいことはあるだろうが。
アサシンの物言いはそう言った者とは少々違っているように感じる。

『まあ、契約内容について少し』
「はぁ。しかし本当につながるかは確証を持てませんが」
『いいんじゃないですか別に。少なくとも携帯電話の電波が生きているのは事実なんでしょう?
 だったらそれで十分ですよ。使い道はそれからでも考えられます』

アサシンはアサシンでピーターと同じ思考には達していたようである。
その上で、良しと決断を下したのだ。
この男やはり、抜けているようで抜け目がない。

「話は纏まったようだね」
『ああ、その前に、僕からも条件が一つ。よろしいですかミスター?』
「なんだい?」

これまで交渉の内容自体には口を挟まなかったアサシンが条件を口にした。
どのような内容が提示されるのか、森が僅かに身構える。

『この服を脱いだら裸になっちゃうんで、代わりの服を用意してください』

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

「やれやれ身ぐるみ剥がされるとはこのことだね。ぼったくられたものだ」

その後、ピーターがごねた交渉は最終的に携帯電話と千斗の死体から脱がせた服、ついでに弾切れした拳銃を交換するという形で落ち着いた。

結局、アサシンは森の前に一度も姿を見せず、悪威を民家の中に置いてきたとだけ残して去っていった。
それは目的の物を手に入れた瞬間、手の平返しする可能性を警戒してのことだろう。
あくまで相手を信用しない二人の殺し屋らしい判断だろう。

その実、この判断は正しい。
悪威を手に入れた時点で森にとって二人は用済みだ。
悪砲で消し去る事に躊躇いはなくなっていただろう。

引き渡し二人が去った後、森は指定された民家の一室で、ようやく念願の悪威を手に入れた。
漆黒の悪威を、身に纏う。
体内ナノマシンを制御し、悪威を目覚めさせる。

果たして、ぼったくたのはどちらだったのか。
その真実を知るのはここにいる一人しかいない。


750 : Negotiation ◆H3bky6/SCY :2016/08/13(土) 01:44:01 GTTV92Kg0
「――――『悪威』を開始する」

その言葉とともに、森の隆々とした肉体が急速にしぼみ始めた。
そして、そのシルエットがスラリとした細身の物へと変貌する。
だがそれはやせ細ったのではない。
筋肉がダイヤモンドの如く凝縮されたのだ。

肉体の『最適化』。
これもまた悪威の持つ機能の一つだ。

「ふぅ」

大きく息を吐く。
全身に力がみなぎる。
久しく忘れていた、満たされるような感覚。
第一線から退き、裏の仕事も理恵子やハンターに任せっきりだったからこの感覚も久しぶりである。

表に出る。
軽く地面を蹴ってタッと駆ける。
全てを置き去りにするような、本当に風になってしまったような高揚感。

現在の身体能力ならば、水の上くらいなら走り抜けることができるだろう。
交渉でのタイムロスなどすぐさま取り返せる。

悪威と悪砲。
三種の神器を二つ携えた今、どんな相手であれ間違っても敗れることはなく仕損じる事はない。
例外があるとするならば、剣神龍次郎とオデットくらいのものだが、少なくともユキを殺すには十分すぎる戦力だ。

悪意を持って悪法を敷く悪党は行く。
自らの良性を否定する様に。

【H-6 川岸/夕方】
【森茂】
[状態]:右腕消失、ダメージ(大)、疲労(極大)
[装備]:悪威、悪砲(2/5)
[道具]:基本支給品一式、鵜院千斗の死体(裸体)
[思考・行動]
基本方針:参加者を全滅させて優勝を狙う
1:ユキの下に向かい殺害する
2:『悪刀』を探す
3:そろそろスタンスにかかわらず皆殺しに移る
4:悪党商会の駒は利用する
※無痛無汗症です。痛みも感じず、汗もかきません

【H-7 市街地/夕方】
【アサシン】
[状態]:疲労(小)、右腕負傷、右足裂傷、左足に火傷
[装備]:妖刀無銘、悪党商会一般戦闘服
[道具]:基本支給品一式、携帯電話、爆発札×2、S&WM29(0/6)
[思考]
基本行動方針:依頼を完遂する
1:ピーターを囮に数を稼ぐ
2:二十人斬ったら何をするかな…
3:魔王を警戒
4:ワールドオーダーに連絡?
※依頼を受けたものだと勘違いしています。
※あと12人斬ったらスペシャルな報酬が与えられます。
※5人斬りを達成した為、刃の伸縮機能が強化されました。
※6時間の潜伏期間が4時間に短縮されました

【ピーター・セヴェール】
[状態]:頬に切り傷、全身に殴られた痕、マーダー病感染(発病まで3時間)
[装備]:MK16
[道具]:基本支給品一式、MK16の予備弾薬複数、焼け焦げたモーニングスター、SAAの予備弾薬30発、皮製造機の残骸とマニュアル本、『組織』構成員リスト、エンジンボート
[思考・行動]
基本方針:女性を食べたい(食欲的な意味で)。手段は未定だが、とにかく生き残る。
1:市街地に戻って状況の確認
2:生き残る為には『組織』の仲間を利用することも厭わない。
3:ミル博士との接触等で首輪解除の方法を探る。とはいえ余り期待はしていない。
4:亦紅達に警戒。尾行等には十分注意する。


751 : Negotiation ◆H3bky6/SCY :2016/08/13(土) 01:44:12 GTTV92Kg0
投下終了です


752 : 名無しさん :2016/09/07(水) 09:32:49 jaqW24qc0
お疲れ様です


753 : ◆H3bky6/SCY :2016/09/11(日) 23:30:24 2OZ8J.l20
遅くなりましたが、投下します


754 : 導かれし者たち ◆H3bky6/SCY :2016/09/11(日) 23:31:00 2OZ8J.l20
豊穣の大地リヴェルヴァーナ。
その大地は女神の愛に満ちていた。
空も大地も人も家畜も全てがみな等しく創造神たる女神により生み出された稚児である。

様々な生命が息吹き、吹き抜ける風は輝き、水は煌めくように澄み渡り、空はどこまでも深く、大地は豊穣に満ちる。
その美しい風景は女神の心と謡われ、人々は女神に祈りを捧げながら穏やかに日々を過ごしていた。

だが、そんな平和の日々は脆くも崩れ去った。
何処から湧き出たのか、ある日病魔のように地上に魔物が蔓延り始めたのだ。
生まれ落ちた魔族たちは、最初からそういう存在であったかのように次々と人間を襲い始めた。
その力は凄まじく人々は為すすべなく蹂躙されてゆき、文字通り食い物にされていった。

まさに暗黒の時代。
絶望に満ちた嘆きが大地に溢れ、空は昼でもなお人々の心のように昏く陰りを帯びた。
希望などどこにも見当たらず、誰もが夜を恐れ日が昇るたびに今日も生あることに安堵する。
そんな嘆きの祈りが繰り返される終わりの見えない絶望の日々で、繰り返される絶望の果て。
それらを切り裂く一筋の光のように、黄金に輝く剣を手にした青年が現れた。

それは何の前触れもなく、ある日そこにあった。
女神を祀る深き森の奥深くに聳える切り揃えられたような岩石。
そこに人類を護るようにその剣は突き刺さっていた。

岩の剣を引き抜き絶望に屈する人々の前に姿を見せた青年は一方的に蹂躙されるかりだった人類の反撃の狼煙を上げた。
聖なる光に満ちたその姿に人々は希望を見出し、民衆はこれを女神の奇跡だと称えた
絶望に膝を折っていた人々は立ち上がり、呼応してその後ろに続いた。
青年もこれに応え、先頭に立って戦場を駆け抜け、人類に光をもたらした。

そして『聖剣』を手にした青年は伝説となる。
絶望に立ち向かう力と、そしてなにより勇気を持った者。

聖剣を持つ者は『勇者』と呼ばれるようになった。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


755 : 導かれし者たち ◆H3bky6/SCY :2016/09/11(日) 23:31:29 2OZ8J.l20
頂点を過ぎた太陽が僅かに傾き始めた。
草原を薙ぐ風からは、血と泥の混じったような臭いが漂う。
それは小山のように聳える朽ち果てた龍の残骸から漂うものである。

蒼い龍の躯を背景にしながら、青年と少年が向かい合う。
青年は静かに槍の石突を地面に突き立て、立ち塞がるように。
少年は今にも駆け出さんと、ただですら小さい身を獲物を狩る肉食動物のように更に低く構えた。

「…………勇者」

青年――カウレス・ランファルトの口から呟きが漏れる。
懐かしさと羨望、そして痛みを堪えるような、様々な感情をないまぜにしたような表情で目の前の少年とその手に輝く黄金の剣を見据えた。

勇者を選び、勇者を導き、勇者を生み出す、人類の希望。
創造神たる女神の生み出した最終決戦兵器。
かつてカウレスが手にしていた、そしてカウレスの手から失われた――――『聖剣』。

少年――田外勇二は両手を固め、痛いほど強く『聖剣』を握りしめた。
カウレス越しに忌々しそうな目で少女を担ぎ遠ざかってゆく少年の背を見つめる。
そして天敵を前にした小動物のように身を震わせ、憚ることなく全身で敵意をむき出しして吠える。

「退けッ! 邪魔するんならお前もやっつけるぞ!!」

混じりっ気のない殺意が咆哮と共に放たれカウレスの皮膚がビリビリと痺れた。
だが子供の癇癪なんかにいちいち付き合ってなどいられない。
カウレスはその激情には取り合わず、努めて冷静に返す。

「――何故あの娘を狙う?」

その問いに勇二は一瞬目を見開くと、ギリィと砕ける勢いで奥歯を噛んだ。
問われれば応じるその素直さは幼さ故か、はたまた世話係の教育の賜物か。

「あいつが! あいつの……あの魔物の味方をしたからだ!
 だから悪いやつなんだ、悪いやつらはやっつけなきダメなんだ!」

見るからに激高しながら聖剣の切っ先で蒼い血に沈んだ龍の亡骸を指す。
魔物を庇ったから、それだけの理由で、勇者は少女を殺そうとしていた。

魔族殺すべし。
勇者の基本思考であり、最終目標である。
それにはカウレスも異論はない。
だが、

「彼女は人間だぞ。それでも殺すというのか?」

勇二が狙っていたのは間違いなく人間だった。ましてや女の子だ。
確かにあの少女は龍に好意的であったのかもしれない。
何やら説得めいたこともしていたように思える。
カウレスも人を殺すなとは言わない。状況によっては殺さねばならないこともあるだろう。
だが少なくとも、カウレスの目から見てあの少女から邪気は感じられなかった。
更生の機会があるならば与えられるべきだ、人間には。

「知るもんか! あの魔物に味方するんならみんな悪者だ! 愛お姉さんを殺したあの魔物の味方する奴はみんなみんな!!」

だが、その全ての可能性を突っぱねる。
その言葉にカウレスが目を細めた。

「…………愛。そうか君が勇二くんか」

この世界において最初に出会い、袂を分かった同行者。
その名が呼ばれたことにより目の前の少年が何者であるか理解した。
そして少年の行動原理がなんであるかも。

「――――復讐か」

自らの胸の奥に沈む黒いマグマを吐き出すように告げる。
少年の目の奥で燃える黒く澱だ炎は、かつてのカウレスと同じ物である。

多くの勇者には、聖剣を手に取るに足る理由がある。
聖剣に認められる、勇者足る理由が。


756 : 導かれし者たち ◆H3bky6/SCY :2016/09/11(日) 23:31:48 2OZ8J.l20
『正義』であれ『慈悲』であれ『義務』なんでもいい。
世界を救い、滅ぼしもする力を、一切の迷いなく魔族殲滅のためだけに振るい続けられるだけの理由。
それこそが勇者の資格である。

カウレスはそれが『復讐』だった。この少年もそうなのだろう。
だがしかし、カウレスと勇二では決定的に違う点が一つある。

「だが、君は既に復讐を果たした。自らの手で邪龍を討ち果たしたじゃないか。
 それとも、あの少女も君のお姉さんを殺すのに手を貸したとでもいうのか?」

もしそうならばその復讐は正当なものだ。
同じ復讐者としてカウレスに勇二を止める理由がなくなる。
だが違うと、少年は髪を振り乱しながら首を振る。

「そうじゃない。そうじゃないけど、あいつの味方をしたあいつは僕の敵だ!
 邪魔するんなら敵だ! 敵は倒す! 悪いやつらはやっつけるんだ!」

敵だから倒す。その一点張りだった。
同じ内容を繰り返すばかりで話に進展がない。
冷静な話し合いなど不可能に見える。

「それは勇者としての役割か? それとも君個人の復讐者としての目的なのか?
 今、聖剣は君になんと告げている?」

それでも根気よく問いを投げる。
カウレスも魔族は滅ぼすべきだと考えているが、関わった人間まで全て一族郎党根絶やしにしようと思うほど過剰思考ではない。
この暴走は勇者の使命に基づくモノなのか、それとも復讐を遂げ矛先を失った復讐者の末路か。

復讐を果たしたその後など、カウレスは考えたこともなかった。
魔王は死に、仇も討った。
そんな世界で、現勇者は何を成すのか。

何としても問わなくてはならなかった。
元勇者として。
同じ復讐者として。

「知るもんか! 悪い奴らはやっつけるんだ、全部! 全部だ! お前だって!!」

だが明確な答えは得られなかった。
思考を止めたように。そうしなければ崩壊してしまいそうなほど少年の心は追いつめられたように。
聖剣より与えられた勇者としての使命感と悪に対する復讐心、そして幼さゆえの純粋性が合わさってカウレスよりも拗らせている。

答えの代わりに、全方位に散漫にまき散らされていた敵意がカウレスに向かって集約する。
もう話は終わりだと言わんばかりに、勇二の構える聖剣から太陽のような黄金の輝きが漏れ出した。
正義を体現したような聖光。

「……そうか、そうやって君は魔族に関わった全員を殺しつくすつもりなんだね」

疑わしきは根絶する。
魔族に関わった人間に関わった人間すら殺しつくす。
悪の根絶する独善的で清廉潔白なる勇者の所業。

「死ぃねぇええええええ――――!」

問答無用とばかりに勇二が幅跳びのような跳躍でカウレスに向かって跳びかかった。
一瞬で間合いを詰めた勇二は幼子が扱うには不釣り合いな西洋剣を全身を大きく使って豪快に振り上げた。
雷光のような圧倒的スピード。単純に早くて強いというそのシンプルなスペックは小手先の技術など凌駕する。

「ああ。それも、『勇者』の在り方だろう――――」

その価値観を否定はしない。
極端な話、勇者は魔族殲滅という使命を果たせれば、過程はどうでもいい。
それが勇者だ。カウレスだってそうだった。
その過程は問うべきものではない。

「――――だが、少し行き過ぎだ」

カウレスは半歩下がると槍の端を持ち蒼天槍を横薙ぎに振るった。
宙に蒼碧の弧が描かれ、振り下ろされようとしていた聖剣を横合いから打ち払う。
槍と剣。大人と子供。そのリーチ差を生かして、間合いに入られる前に攻撃の芽をつぶして撃退する。

軌道を反らされた聖剣は地面に叩き付けられる。
打ち付けられた大地が粉々に砕かれ、砂塵が舞った。
威力を削がれてもなおこの破壊力。常識外れた髄力だ。


757 : 導かれし者たち ◆H3bky6/SCY :2016/09/11(日) 23:32:01 2OZ8J.l20
その幼い外見に惑わされてはならない。
勇者にとって幼さは問題ではない、強さなど、聖剣がいくらでも補ってくれる。
実際に歴代最年少の勇者は今の勇二と同年代だった。

だが、勇者の力は魔物を倒したり試練を乗り越えるなどの様々な経験を経て、段階的に解放できるものである。
少なくとも、この場ではじめて聖剣を手にした少年がここまでの力を発揮してるのは異常だ。
それだけこの少年の才覚が神域にあるという事なのか。
身に纏う聖気は既にかつてのカウレスを上回っていた。

打ち付けた勢いでバウンドするように勇二の身が浮き上がる。
そのまま空中で身を捻らせると、プロペラのように回転して間髪入れず再び切りかかった。

カウレスは上半身を仰け反らせこれを回避。
鼻先を通り過ぎる聖剣の軌道に槍を重ねて押し出す。
振り抜いた聖剣が不意に勢いづき、勇二がバランスを崩した。
そこにカウレスが前蹴りを入れる。

「ぐ……っ!」

胸の中心を蹴り飛ばされ、小さな悲鳴と共に勇二の体が後方に弾かれる。
受け身も取れず尻餅をつくと、そのまま僅かに二度三度と地面をはねた。

「……このぉ!」

すぐさま立ち上がった勇二が、地面を蹴り聖剣を振りかぶりながら突撃する。
まるでダメージを感じさせない、一歩で最高速に達する凄まじい加速。

その推進力を乗せた重い一撃をカウレスは槍を盾にして受け止める。
真正面からの押し合いでは力負けすると判断し瞬時に槍を回転させ衝撃を受け流す。
突撃の勢い余ってたたらを踏みつつも、勇二はなんとか踏みとどまった。
その勇二へとカウレスが語りかける。

「今の僕なんかよりも、いや、もしかしたら勇者だったころの僕よりも君の方が強いのかもしれない。
 だが、君では僕には勝てない、なぜだ分かるかい?」

カウレスは歴代勇者の中では秀でた存在ではなく、むしろ凡才だった。
そんなカウレスが、歴代でも群を抜く神域の天才に勝てると断言する。

「そんなこと、知るもんか!」

その問いを挑発ととらえたのか、勇二が怒りに震えるように猛った。
対するカウレスは氷のように冷静さで声を発する。

「まず、元勇者である僕には君のできることややりたいことは大体わかるし、その弱点も知っている」

カウレスは勇者の特徴は嫌という程理解している。
なにせ現勇者と元勇者が直接相対するなど前代未聞の事態だ。
このような事態に陥った勇者も存在しないだろう。

「それが、どうしたぁああ!!」

叫びをあげ、黄金の剣を振りかざし幾度目かの突撃を繰り出す。
その一撃は直撃すればカウレスでもひとたまりもない破壊力を秘めているだろう。
だが、それほどの力を前にしてもカウレスの冷静は崩れず、猛牛を相手取る闘牛士のように突撃してきた勇二を後方へと受け流した。

「まず、君は酷く冷静さを欠いている。それでは勝てない」

どれだけ強力な力を持とうとも、駆け引きも何もなくただがむしゃらに聖剣を振るうだけでは脅威にはならない。
戦闘の素人である輝幸にすら翻弄された事からもその単純さは推して知れる。
カウレスからしてみれば先ほどまで戦っていた相手が厄介な手合いであったためなおの事その単純さは目に余った。
勇者ほどの能力であればそれでも十分な脅威であるのが、歴戦の戦士が相手では分が悪い。

戦闘において重要なのは状況を見極め対処する冷静さだ。
最愛の家族を目の前で失ってから激高し続けた頭はマグマのように沸き立っている。
だが、例え憎い仇を目の前にしたとしても頭の中だけは氷のように冷静に冷徹に努めるべきだ。

「……っ。うるさいうるさい、黙れ!」

叫びながら勇二が突き出した掌に光が灯った。
ようやく剣では勝てないと理解したのか。
消耗から僅かに回復した魔力を神聖魔法に還元し詠唱する。


758 : 導かれし者たち ◆H3bky6/SCY :2016/09/11(日) 23:32:27 2OZ8J.l20
「させない」

だが、それも読んでいた。
今度はカウレスから間合いを詰める。
風のような動きで一瞬で勇二へと肉薄すると、槍を突き出し詠唱を妨害する。

カウレスの手にしている蒼天の槍。
冒険の始まりに聖剣という最強の剣を手に入れてしまったため使う機会こそ少なかったが、天界を攻略した際にカウレス一行が天空王より賜った宝槍である。
これには装備者の身を軽くするという天の加護が付与されていた。
その加護を受けた速さは勇者に匹敵するだろう。

カウレスはその俊敏さを最大限に生かし、細かく突きを繰り出し手数で押し込んでゆく。
勇二は次々と打ち込まれる瀑布のような槍の散弾を聖剣で打ち払う。
一撃は軽く勇者の性能をもってすれば捌くのはそれほど難しくはない。
だが、リーチの差も相まって反撃しようにも届かず、絶妙に鬱陶しい攻撃である。

「あ゙ぁ…………もう!」

勇二はこの状況を打開せんと、相手の体制を崩すべく向かってくる槍を力いっぱい大きく弾いた。
だがカウレスはその動きすらも読み切っており、タイミングを合わせて槍を持つ力を抜く。
想像以上に軽い手ごたえに、大きく聖剣が空を切った。

体勢を崩したのは勇二の方だった。
そこに石突での打突が放たれる。
脇腹に直撃を受けた勇二がせき込みながら倒れた。

「そして経験が足りない」

カウレスは勇者の弱点を知ると言ったが。
実のところ結論から言うと、勇者に弱点などない。

一流の戦士と互角に渡り合える近接能力と、熟練した魔法使い級の魔法力。
加えて勇者のみに与えられる幾つもの女神の加護がある。
こと戦闘においては万能とも呼べる勇者を総合力で上回ることなど人間には不可能だ。

弱点などない、その万能性が弱点である。
何にでも対応できるからこそ、何にでも対応してしまう。

カウレスが不得意とする魔法戦に持ち込まれれば勝ち目はなかった。
だが逆に言えば白兵戦であれば戦士であるカウレスは勇者である勇二に拮抗できる。
ゼネラリストは一定の分野においてスペシャリストには及ばない。
かつてカウレスが暗黒騎士に敗れたのはそのためだ。

そこを補うのは聖剣を操る本人の経験値だ。
大小合わせて万を超える戦闘経験を誇るカウレスに対して、勇二はこの戦場が初めての実戦である。
相手の得意分野で戦わず、自らの持ち味を生かすという当たり前の発想にすら思い至らない。
最初から強大な力を得た勇二の場合、何も考えずともその圧倒的なスペックで大抵の相手は叩き潰せてしまうため成長の機会すらない。

「要するに、君の戦い方が通用するのは頭の足りない魔物だけだ。
 まあ勇者としてはそれでいいのかもしれないけれど、僕に勝つには不十分だ」

倒れた勇二の喉元に槍の矛先を突きつける。
詠唱などさせないし、妙な動きがあればすぐに対応する、ここからの逆転はない。決着だ。

「少しは頭が冷えたかい?」

その槍を少し突き出すだけでその命を奪えるだろうが、そんなことをしても意味はないし、とどめを刺すつもりなど初めからなかった。
カウレスが勇者との相対を願ったのは敵対するためではない、確かめたいことがあったからだ。

今更、聖剣を手にして勇者に戻りたいなどとは願っていない。
ただ自分にできることをしようと、自分らしい生き方をしようと亡き妹に誓った。
だが、それが何なのか、その答えが知りたかった。

勇者を失い、魔王を失い、妹も失い、復讐(じぶん)すらも失った。
そんなカウレスが何をすればいいのか。
その答えを得るために、勇者と、聖剣ともう一度向き合う必要があった。

だが、どんな言葉で何を問うべきか。
いざとなるとうまく言葉にならず、僅かに逡巡しながらもカウレスは口を開く。

「現勇者よ。君は、」

だがカウレスの言葉が止まる。
僅かに目を落としてそこで気づいた。
少年の指が動き、次々と奇妙な形を描いている事に。

百戦錬磨のカウレスらしからぬミスだ。
それも勇者を知るが故だろう。
勇者の力ではない別の力の存在を考慮に入れていなった。


759 : 導かれし者たち ◆H3bky6/SCY :2016/09/11(日) 23:32:52 2OZ8J.l20
よもや詠唱なしで発動する能力がある可能性を見落としていた。
瞬間。勢いよく勇二の背から光の糸が伸び、カウレスへと迫る。
カウレスは咄嗟に後方に跳び身を躱すも、糸は槍に巻き付いてそのまま掠め取ると後方へと放り投げた。

「くっ」

肉体は怪我なく着地するも、武器を失いさらに距離も離れた。
その隙に勇二はここぞばかり呪を口にして指を切る。

「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」

魔法詠唱ではない。カウレスにとってまったく聞き覚えがない音の連なりだった。
勇二の武器は『勇者』だけではない。
1500年の長きにわたり社会の裏で対魔に努めてきた陰陽の力。
元より彼には『田外』がある。
その積み重ねの集大成が田外勇二という神童だ。

まだ正式な修行を受けたことがあるわけではない。
年の離れた兄たちが戯れに見せた術式をただ見ただけで覚えた。
否、正確に覚えてすらいない。曖昧に呪の意味すらも理解せず、それでも再現できる。
凡才が一生かけても届き得ない領域になんとなくで踏み込む傲慢な才能。
――天才。そう称するしかない圧倒的才覚。

「――――――斑陰陽蜘蛛地獄」

ビッと二本の指を前へと突き出した勇二の背から四方八方へと光の糸が射出され、さながら蜘蛛の巣のように辺りを取り囲んだ。。
そして、数本の極太の光の糸が鞭のようにうねり、花のように咲いた。
それはまるで光り輝くイソギンチャクのようでもあった。

「行けェ――――――!」

少年の号令と共に、光の鞭が鎌首をもたげカウレスへと襲い掛かる。
カウレスの世界とは違う未知の力。
だがカウレスは正体不明の怪物など何匹も倒してきた、怪物退治は領分である。

その経験から、怪しげに光る触手は触れてはならない類のものだと判断する。
柔軟に変幻自在の軌道を描く触手は厄介だが、動き自体は遅くカウレス程の実力者ならば躱せないというほどではない。
カウレスが周囲に張り巡らされた糸に注意しつつ素早く身を引いた。

「っ!?」

だが、唐突にカウレスがバランスを崩した。
糸は躱したはずなのに何かに足を取られたのだ。
バランスを崩したカウレスに向かって容赦なく触手が迫る。

地面に手をつき体勢を立て直そうとするが、それよりも早く躱しきれなかった一本の触手の先端が腹部に直撃した。
強烈な一撃にカウレスの体が吹き飛ばされる。

「ッ…………ぐ」

胃の奥からせりあがってきた胃液を飲み込む。
叩きこまれたのは単純な物理的な衝撃だけではない、接触部から熱い何かが流し込まれきた。
それは魔に属するものなら一瞬で内部から破裂してしまう程の濃厚な聖気だった。
陰陽の力のみならず勇者の力も合わさった攻撃である。

腐っても元勇者だ、聖気に対する耐性は僅かながらに存在している。
一撃でやられることはないが、これは厄介な技だと理解した。

カウレスの足を取ったのは透明な糸だった。
目につくような光る糸とは違う、細く透明な目立たない糸。

この技により生み出された糸は大まかに分けて三種。
太い触手と光る糸に見えないほど細い糸。
どれかに気を取られれば別のどれかに捕まる。
これはそういう仕掛けの業だ。

よくできていると感心する。
考えのない目の前の少年が考えたとは思ない、おそらくそう言う技なのだろう。

ひとまずカウレスは後方に下がり距離を取ることにした。
少なくとも見える範囲では蜘蛛の巣と同じく中心部に向かう程、糸の結界は濃くなっている。

無論、後方にも少なからず糸はあるだろう。
カウレスは見える糸を避けるのではなく、敢えて見える糸に向かって行く。
見える糸が張っている場所には見えない糸はないという判断だ。


760 : 導かれし者たち ◆H3bky6/SCY :2016/09/11(日) 23:33:10 2OZ8J.l20
それをナイフで切り裂きつつ、安全を確保しながら進む。
リーチのある槍があれば適当に振るって糸を切り裂きつつ進めるのだろうが、手元に残った小ぶりなナイフではそうもいかない。
一つ一つ確実に切り裂いてゆくしかない。

そうしている間にも背後からは容赦なく光の触手が襲い掛かる。
ひとまずの安全確保が為された空間に飛び込み退避するが、動きを制限された状態では完全に躱しきれない。
直撃こそ避けたが、光の鞭は掠めるだけでダメージを負う。
流し込まれる聖気に痺れのような痛みが走る。

このままではジリ貧だろう。
槍が転がっている所までは距離がある。回収しようにも勇二を突破しなければならない。
初級魔法程度の遠距離攻撃しか持たないカウレスでは遠距離から仕留めることは出来ない。
何とかして、陰陽斑な蜘蛛の巣地獄を突破する方法が必要だ。

カウレスが進む軌道を変えた。
どこに向かおうと言うのか。
後方でも前方でもなく、槍の転がっている方向でもない。

「どこに行こうと一緒だよぉ!」

前後から迫る光の鞭を躱す。
だがそこで見えない糸に足が引っかかり、つんのめるが両手をついて強引に前に進む。
そこに容赦なく迫る光の鞭が迫る。

絶体絶命かと思われたが、カウレスは物陰に隠れ触手は遮蔽物へとぶち当たる。
だが、平坦な草原にそう都合よく隠れられるような物陰ががあるはずがない。
カウレスが隠れたのは龍の死骸の裏だった。

そこで変化が起きた。
龍の躯が風船のように膨れ上がり、次の瞬間。
爆発が起きた。

龍族は魔に属する生物である。
死に絶えたところでその事実は変わらない。
光の鞭により流し込まれた大量の聖気により龍が内部から破裂したのだ。

爆発により巻き上げられた蒼い血が雨の様に辺り一帯へと降り注ぐ。
飛び出したカウレスが駆ける。
その動きに迷いはなかった。

透明な糸に蒼い色がついていた。
こうなれば糸の結界の効果は半減だ。
見えてしまえばどうという事はない。

勇二も咄嗟に触手を向かい来るカウレスへと差し向ける。
だがカウレスの動きを捕えることができず、ただ地面を爆ぜさせるばかりだ。
カウレスが懐に迫る。

「くっそぉ!」

勇二が声を上げ、懐に迫ったカウレスに向け全ての触手を差し向ける。
だが、その判断は間違いだ。
聖剣という最高の武器にして防具が手元あるにもかかわらず、『斑陰陽蜘蛛地獄』の制御に気を取られた。
戦闘は近接戦に移ったのだから、制御を手放し聖剣で防ぐべきだった。

「君は、一度死んで頭を冷やしたほうがいい」

突く。
人を殺すのに山一つ消し飛ばすような派手な力など必要などない。
一切の無駄なく、遊びもなく、ただ最短を刺突する。

「…………………ぁ」

トス、と小さな刃が少年の胸を貫いた。


【田外勇二 死亡】


761 : 導かれし者たち ◆H3bky6/SCY :2016/09/11(日) 23:33:37 2OZ8J.l20
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「………………はッ!?」

勢いよく身を起こし、田外勇二が目を覚ました。
訳も分からないまま慌てたように自らの胸元をさする。
傷はなかった。
あれは夢だったのかと一瞬思ったが。

「う……っ」

口元を押さえる。
心臓を貫かれる感触が蘇り吐き気が込み上げた。
このリアルな感触が夢であったはずがない、確かに田外勇二は死んだはずだ。

「やあ、目を覚ましたようだね」

声に顔を上げる。
見上げた先に、先ほどまで殺し合っていた男の顔があった。
勇二は咄嗟に聖剣を探すが、取り上げられたのか手元にはない。
そこにカウレスが目線を合わせるようにかがみこむ。

「まずは殺したことはすまなかった。謝罪しよう。だがこれで冷静にはなれただろう?」

殺した。
その言葉に胸に突き刺さった冷たい感触が蘇る。
目眩と吐き気を堪えつつ、勇二は疑問を投げた。

「どうして……僕は生きてるの……?」

それは当然の疑問だった。
勇二は確かに死んだ。なのにこうして生きている。
幾らなんでもこれはおかしい。

「どうしてって……蘇生したからに決まっているだろう?」

カウレスが当然のことのように言う。
勇二がその事実に疑問を持つことはおかしいと言わんばかりに。

「蘇ったってお兄さんが反魂の術を使ってくれたってこと?」
「はんこん? いや、君が蘇ったのは君の力、というか勇者の力だけど……?」

話がかみ合っていない。
何か致命的なまでにズレている。
その原因が何であるか。
その可能性に思い至り、信じられない、とカウレスが目を見開く。

「まさか……君は、契約を果たしてないのか?」

勇者と聖剣はまず契約を結ぶ。
勇者は聖剣に人間性を捧げ、聖剣は勇者に力を与えることで成り立つ契約関係だ。
勇者の権能に関する基本知識は使命と共に契約時に聖剣より与えられる。
これを知らないなどという事はありえない。

だが、勇二の場合は違う。
そういった手続きを介さず力を得た。
勇者が聖剣に捧げるのではない。聖剣が勇者に捧げたのだ。
そんな例外(はなし)は聞いたことがない。

「なるほど、だが合点はいった。それが君の歪さの原因か」

納得がいったと一人頷くカウレス。
だが、勇二はますますわからないと言った表情である。

「いいかい。勇者は『死なない』んだ」

カウレスは説明を始める。
女神の祝福(のろい)は勇者の死を容認しない。
勇者に与えられた最後にして最大の権能『絶対蘇生の権利』。
修復不可能なレベルで肉体が損傷するか、聖剣に見放され勇者の権利が剥奪されない限り。
つまり不屈である限り勇者は不滅である。


762 : 導かれし者たち ◆H3bky6/SCY :2016/09/11(日) 23:34:30 2OZ8J.l20
カウレスも魔王討伐の旅の折に2度ほど死亡している。
一度は魔王軍の幹部である暗黒騎士に敗北し、一度は試練の塔で命を落とした。

だがあくまで保有しているのは権利のみであって、蘇生するには別途蘇生手段が必要となる。
蘇生魔法は存在するが、蘇生の権利を持たない勇者以外にほとんど使い道のない魔法だ。
加えて習得難易度は最高難度ともなれば好き好んで覚える物好きはそうはいない。
習得しているのは精々が勇者を支援することを目的とした教会の大司教くらいのものである。
当然カウレスも使えない。では勇二はどうやって蘇ったのか。

勇二が蘇ったのは『自動蘇生』によるものだった。
最上位の神聖魔法であり、数多の冒険を潜り抜けたカウレスですら至れなかった勇者の極地。
その領域に既に勇二は才覚のみ達していた。

それに気づいたからこそ、カウレスはこのような強硬手段に出た。
感情や常態を強制的にリセットしたのだ。

なにより死ぬというのはとかく気持ちが悪い。
二度死んだカウレスから言わせてもらえば、それこそ死んだほうがましというレベルの苦痛である。
根っからの狂人でもない限り、その衝撃で復活直後は否が応でも頭が冷える。

「そう言えば、まだ名乗っていなかったね、僕はカウレス・ランファルト。元勇者だ。よろしく勇二くん」
「……どうして、僕の名前を知っているの?」
「この場に来た直後、愛さんと少し行動を共にしていね。その時に君の事は聞いた」
「愛、お姉ちゃん」

その名に。
勇二の中の黒い炎が再燃し、自らの為すべきことを思い返す。

「落ち着け。僕は君の敵ではない。当然、魔族の味方でもない」

動き出そうとした勇二を制する。
確かにカウレスが敵ならとっくに殺さている。
それくらいは勇二でもわかる。

「……そう、なんだ。ごめんなさい、襲い掛かってしまって」

素直に謝罪し反省できるのは美点だ。
これも幼さ故の素直さだろう。
カウレスはもういいとぽんと勇二の頭を叩く。

「君は未熟だ。勇者としても人間としても」

勇二は見た目通りの幼子である、精神的未熟さは当然ともいえる。
だが、勇者がそれでは困る。
素直さは美点だが間違った方向にも容易く染まってしまうのは欠点である。

「だから君を僕が導こう。正しい勇者として在るように」

勇者を導く。
それがカウレスが見出した自らの役目。
世界を救う力を持った少年を正しく世界を救う勇者に導く。
故郷を滅ぼされ、行く当てのなくなったカウレスたちを助け、道を示してくれた魔法使い――光の賢者ジョーイ様のように。

「僕が、君を『真の勇者』に導いて見せる」

それがきっと生き残った自分にしかできない使命である。
そう、信じて。

【D-5 草原/夕方】
【カウレス・ランファルト】
[状態]:ダメージ(大)、魔力消費(大)
[装備]:サバイバルナイフ、蒼天槍
[道具]:『聖剣』
[思考・行動]
基本方針:勇者を導く
1:オデットと合流したい
※完全に勇者化の影響がなくなり人間になりました

【田外勇二】
[状態]:勇者、消耗・大(回復中)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:勇者として行動する
[備考]
※勇者として完成しました


763 : 導かれし者たち ◆H3bky6/SCY :2016/09/11(日) 23:34:42 2OZ8J.l20
投下終了です


764 : ◆H3bky6/SCY :2016/10/02(日) 01:17:56 jLKfg/1U0
投下します


765 : Lunar Eclipse ◆H3bky6/SCY :2016/10/02(日) 01:19:53 jLKfg/1U0
騒めきを立てる木々の影がゆっくりと伸び始めた。
巨大なダムの陰に隠れていた太陽が、傾き始めたことにより山頂に顔を見せ始める。

雪野白兎の埋葬は速やかに終了した。
超人的な能力を持つ二人にとっては大した労力ではなかったが。
出来上がったのは土の下に死体を埋めるだけの簡易的な墓となった。

添える花はなかったので、理恵子は適当な長さの枝木を拾い上げると墓標代わりに土塊に刺した。
そこにリクが後ろから二本目を刺す。

「二人分だ」
「お優しい事で」

皮肉気な理恵子の言葉を無視して、リクは言葉には出さず心中で二人分の別れを告げる。
灰になって消えてしまった彼女は埋葬することなど叶わないけれど、それでも弔う事は出来るだろう。
こんな縁もゆかりもない島に墓標を立てられても嬉しくはないだろうが、かと言って死体を連れ帰るというのも現実的ではないのだから我慢してもらう他ない。

「さて、弔いも終わりましたし、それじゃあこの先に向けて動き始めましょうか。
 まずは残った荷物を検めましょう」

理恵子は早々に追悼を切り上げ立ち上がると、地面に放置された荷物へと手をかける。

「おい、勝手に、」
「おや、なんでしょうこれ?」

それを咎めようとしたリクだったが、それよりも早く何かを探り当てたのか理恵子が声を上げた。
そして荷物の中から取り出したのは、車のタイヤ程のサイズのつるりとした銀のリングだった。
一瞬、リクはそれがなんであるかわからなかったが、よく見ればそれは参加者全員の首についている首輪であると気付く。
サイズは明らかにおかしかったが。

「デカいですねぇ。こんなサイズの参加者でもいたんですかね」
「さぁな。よっぽどデブでもいたのかもよ」

普通の首輪に比べて、直径だけなら3倍近くはあろうかというサイズである。
単純に考えるとこれが着けられていた参加者は5メートル超の巨人という事になるだろう。

「はてさて。これだけ大きければ用意するのも大変でしょうに。
 ドデカい参加者がいて用意せざる終えなかったのか、それとも、この首輪のために参加者を用意したのかどっちなんでしょうね」
「そんな卵か鶏の話じゃあるまいし。普通に参加者に合わせたんだろ」

いきなり何を言い出すのか。
首輪のために参加者を用意するなんて本末転倒すぎて意味が分からない。
それじゃあ優先順位がアベコベだ。

「まあ確かに普通に考えるとそうなんですが。この事件を普通もへったくれもないでしょう。
 ほら、デカすぎると途端にチャチくなると言うか、まるで初心者向けの食品サンプルって感じがしません?」
「なんだそりゃ」

よくわからない例えだったが、サイズ感がおかしくてリアリティが薄れるというのはわからないでもない。
しかし、これは紛れもなく参加者を殺せる、参加者を殺すために作られた道具である。

「逆の可能性は考えられる訳ですよ。この参加者は首輪の規格(フォーマット)に合わないから見送ろう、ってね。
 だがそうはならなかった、こんな代物まで用意して謎の巨人を参加させた。それは何故なのか、という話です」
「これだけ大掛かりな事を仕掛けたんだ、今更、特注の首輪の一つや二つ作る手間は惜しまないだろ?」
「それはそうですね。ですが手間は手間です削減するには越したことはないと思いません?
 それほどまでに重要だったのはこの首輪をつけていた参加者なのか、それとも」

この首輪か、という推論らしい。

「……妙なところに目をつける奴だな」
「まあ、そういう性分ですので」

分からないことは追及したいという探求心や知識欲。
これらは近藤・ジョーイ・理恵子という人間を構築する大事な要素だ。

着眼点もそうだが、それが知れたところでどうなるというのか。
リクにはよくわからない話だった。


766 : Lunar Eclipse ◆H3bky6/SCY :2016/10/02(日) 01:22:23 jLKfg/1U0
「まあ考えても仕方ないというのは確かですね。それよりも、バラしてみましょうか? これ」
「やめておけよ。下手に素人がいじってダメにするくらいなら、知識のある人間に預けるべきだろう」

何せ爆発物だ。取り扱いには細心の注意が必要だ。
理恵子は雑な扱いで、大きな輪っかを指先の上で器用に回転させているが。

「私もそうしたかったのですが、残念ながら、もうそういう段階ではないんですよ」
「段階?」
「ええ、あと2時間ほどで次の放送です。これまでの流れからしておそらくタイムリミットが縮められるでしょう。
 いいですか? 参加者は減って死にづらくなるのに、一人死ぬまでの制限時間は減るんです。
 そうなればいよいよ首が回らなくなる。そうなる前に、首輪は何とかしておかなくてはならないんです」

否が応でも時間と共に状況は進む。
もう慎重に事を運ぶ段階はない。

「唯一救いがあるとするならば爆破の実行は放送のタイミングで行われるという事です。
 仮に制限時間を超過したとしても放送までに首輪をクリアすればいい。
 それにしても猶予は8時間後までだ。解析スキルを持っている人間を探す時間もなければ、そもそも生きているかどうかも怪しい。
 だからもう持てる手札で何とかするしかないんです」

首輪のサンプルを手に入れたんだから、それを自力で調べる努力くらいはすべきである。
そう理恵子は主張していた。
それは確かに急ぐには納得のいく理由ではある。

「だとしても、ここでやる気か?」

ここは野ざらしの屋外だ。
やるにしても道具の揃った場所でやるべきだと思うのだが。

「この首輪を頂けるんでしたらそうしますがね、貴方と私が行動を共にしない以上ここでやるしかないでしょう」
「だからって、できるのか?」
「そうですねぇ。少なくとも普通の首輪よりかは簡単でしょう。
 ドを超すとアレなんで一概には言えませんが、デカいっていうのは扱いやすいって事ですから」
「そんな単純な話かぁ? お前、確か技術畑の人間じゃなくて情報畑の人間だろ?」

どんな仕組みになっているのかわからない爆発物だ。
状況に迫られているとはいえ、それと解析できるものではない。
必要なのは患部を適切に処置する手術のように、どこをどうすればいいのかという知識と技術だ。

「首輪の内側に沿って薄く切れば多分バラすだけなら可能だと思いますよ?
 参加者の首を吹き飛ばすために首輪の内側が脆くして爆発に指向性を持たせているはずですから」
「待て、どうしてそんな事を知っている」

理恵子の言葉は推測にしては妙に確信めいている。

「さあ、どうしてでしょうねぇ〜?」
「はぐらかすな。答えろ」
「たまたま、首輪が爆発する場面に遭遇する機会があったというだけですよ。
 禁止エリアに踏み込む間抜けがいましてね、まあ区切り線もないわけですしあなたも注意された方がいいですよ?」

理恵子は疑われたこと自体が心外だと言わんばかりに肩をすくめて、何でもないことのように言う。
リクもさすがに禁止エリアに向けて人間を放り投げた、何て発想には至らなかったのか。
それ以上の追及が為されることはなかった。

「それで、どうやって解体するんだ? シルバーブレイドで削れってか?」

白兎の使っていた工具セットもあるがドライバーで削るというのは無理がある。
このサイズの首輪なら刃をねじ込むこともできないこともないだろうが、若干厳しい感は否めない。

「いえいえ、私のブリューナクを限定開放すればいいでしょう。
 これならミスっても最悪片手を持っていかれるだけで済みますしね」

平然とそう言い切ると、理恵子は緊張や覚悟を決めるなんてプロセスは時間の無駄とばかりに、何の躊躇いもなく巨大な首輪の内側に手をやった。
そして指先からブリューナクをレーザーメスのように放ち、中身を傷つけないよう一枚一枚表面をはぎ取るような慎重さで外装を削ってゆく。
力加減一つ誤れば片腕を失いかねない作業ではあるのだが表情には笑みすら湛え顔色一つ変えていない。
素人の恐ろしさというか、本職の技術畑の人間ではできない、見ているリクの方が緊張してしまうくらいに大胆な手際だった。

「おや、中身が見えてきましたね」

露わになった内側から中身を引きずり出す。
大胆すぎる手際とは対照的な震え一つない精密動作。
引っ張り出されのは配線で円状に繋がれた黒い爆弾だった。

「確かに硬度は相当なものですが、外側から削り取る手段も決してないわけじゃあありません。
 ただ配線が切れた段階で爆発するんじゃ首から取り外すのは難しいですね。やはり爆弾自体を何とかする必要がありますか」


767 : Lunar Eclipse ◆H3bky6/SCY :2016/10/02(日) 01:24:41 jLKfg/1U0
外装自体に仕掛けがない事は確認できた。
後は中身をどうするかだ。
勿論、この規格外の首輪の構造が同じであればだが。

「あれ? なんでしょうこれ?」

首輪の中に何かを発見したのか不思議そうな声を上げて何かをつまみ上げた。
理恵子が手に取ったのは『02』と書かれたデータチップだった。
首輪と同じくビックサイズ、という事もなく、これに関しては一般的な規格である。

「おいおい、取れちゃってる見たいだけど大丈夫なのか?」
「取れたと言うより元から関係ないパーツみたいですね、紛れちゃったんでしょうか?」

そう言って理恵子は手元のチップを日にかざすように見つめる。
そしてしばらく無言のまま何やら考え込み始めた。

「これ私が頂いても?」
「ダメに決まってんだろ。こっちで調べる」
「ですよねぇ。ま、調べ事なら私の方が適任だと思うんですがそれはいいでしょう。貴方の戦利品ですしね。
 首輪の解除にも直接関係なさそうですし」

そうどうでもよさげな口調で言うと、データチップをリクに向かって弾く。
この首輪は元は空谷葵の持ち物である、彼女を斃したリクにこそ所有権があるものだろう。
それを無理やり奪うようなまねはさすがにしない。
リクはデータチップを受け取ると取り出された首輪の中身と共にバックの中にしまいこむ。

「……それで、結局のところお前の目的は何なんだ? なんで俺を助けた?」

埋葬も解析もひと段落したところで、改めて問いかける。
シルバー・スレイヤーとゴールデンジョイは互いを助けるような間柄ではない。
同型機の仲間意識があるという訳ではなく、むしろ同型機だからこそ譲れない敵愾心と言う物がある。
これは恐らく他の誰にも分からない彼らだけに理解できる感情だろう。
そんな相手をわざわざ助けるからには、何か明確な目的があるはずである。

「目的ですか? とりあえずは死にたくはない感じですかねぇ。
 安全に脱出できるのならそれに越したことはありませんし、ワールドオーダーを殺して何とかなるんならそうしますけど?」

生き残りというのは全参加者が例外なく目指す目的だろう。
当然と言えば当然の目的である。それは嘘ではないのだろうが。

「それは優勝を目指す事もある、という事か?」

鋭く切り込む言葉に睨みあう二人の空間の温度が下がる。
他の参加者と違ってゴールデンジョイにはその力がある。
リクは返答次第ではこの場で戦うことも辞さないという構えだ。

「まあ場合によってはそうですが、実際問題、難しいでしょう、社長もいる訳ですからねぇ」

それは実力的な意味か、立場的な意味かは明確ではないが。
参加者を皆殺しにしてただ一人の生き残りを目指すつもりはないというのは本当らしい。

「ま、そうだろうな。お前の苦手な大首領様もいる訳だしな」

ブレイカーズ大首領、剣神龍次郎。
あの男のでたらめさを知るものであれば、あれと戦って勝たなくてはならない道など険しすぎて選ぼうとすらしないだろう。
だが、理恵子は然りとリクをピンと指さす。

「そこです」
「どこだよ?」

首を傾げるリクに、理恵子は指を突きつけたまま言った。
自らの目的を。

「大首領ですよ、大首領。
 悪党商会の抹殺対象でありながら今の今まで逃げ延びた、大首領の殺害。
 それが私の目的であり、貴方を助けた理由です」

逃げ延びたというより仕留め切れていないというのが本当のところなのだが。
それ故に悪党商会としても忸怩たる思いだろう。


768 : Lunar Eclipse ◆H3bky6/SCY :2016/10/02(日) 01:26:44 jLKfg/1U0
「いや、それは……分かるが」

リクは僅かに言葉に詰まる。
剣神龍次郎はリクにとっても倒すべき宿敵である。
奴を倒すべきであると言うのは理解できるし同意もできる、だが。

「……今ここですべき事か、それ?」

勝者が一人だけなんていうのはゲームマスターであるワールドオーダーが勝手に決めたルールだ。
そんなものに従うつもりなどリクには最初からない。

まずはこの事態の解決が第一だとリクは考えている。
元の世界の因縁は元の世界に戻ってから晴らせばいい。
龍次郎との決着もその後でいいだろう。
だが、理恵子はこの疑問にそうではないと応える。

「今だからこそですよ。この状況だからチャンスなんです」
「なぜ、そう思う?」
「まず厄介な三幹部がいない。一角であるミュートスも死にましたしね」

龍次郎は大首領と言う立場上、単独でいること自体が珍しい。
中でも常に大首領の周囲に張り付いているのがブレイカーズの誇る三人の大幹部だ。
確かにそれらがいないこの状況は大きなチャンスのように思えるが、そもそも龍次郎は護衛などいらないほどに強い。
これを勝機と呼ぶには弱すぎる。

「そして、ここならば派手にやらかしてもかまいませんから」

悪党とはいえ秘密組織である以上、真昼間の街中で派手にやりあう訳にもいかない。
特にゴールデンジョイの全力戦闘はとにかく目立つため、おいそれと全力戦闘とはいかない。

「確かにお前が一対一でやりあうにはいい条件なんだろうが、勝ち目があるかどうかは別の話だろ」

確かに条件はいいかもしれない。
だがそれは元の世界と比べて幾分かマシと言う程度だ。
龍次郎との戦力差が縮まるわけでもなく、勝算があるとは思えない。
ゴールデンジョイがいかに強かろうとドラゴモストロの最強を上回ることは不可能だ。

「正直、死にに行くようなものだぞ。生存を目指すんじゃなかったのか?」

その目的は生存を掲げる理恵子の行動方針とは矛盾する。
極端な話、優勝を目指すのではない限り、龍次郎は完全に無視しておいた方がいい。
龍次郎はバカではあるが、無作為に暴れまわるようなバカではない。

「それは違いますよ。私が忌諱しているのは無意味な死です。
 死なんて今更恐れちゃいない。貴方だって誰が相手であれ必要があれば戦うでしょう?」

裏の世界に生きる人間は死を恐れない。
それ程に皆、己の役割に準じている。
恐れるのはその役割を果たせず無意味に死ぬことだ。

「貴方はこの場においてもなお『正義』を為そうとしている。
 それと同じく、私も『悪党』を為そうとしているに過ぎない。それだけの事です」

こうして理恵子を窘めているリクだって一対一でこそなかったけれど、実際に東京大空洞で龍次郎と死闘を演じた。
もし龍次郎が力なき参加者を虐殺しているというのなら戦うだろう。
理恵子は自分が行おうとしていることはそれと同じだと主張していた。

「わからねぇな。なんでそこまでする、個人的な因縁でもあるのか?」

同じ改造人間として、理恵子が元ブレイカーズである事は知っている。
だが、理恵子がブレイカーズを抜けた経緯やブレイカーズ時代の詳しい事は知らない。
ここまでこだわるからには何かあったのだろうか?


769 : Lunar Eclipse ◆H3bky6/SCY :2016/10/02(日) 01:28:54 jLKfg/1U0
「まあ無くもないですが、どちらかと言うとそれがあるのは社長の方ですね」
「社長? モリシゲが?」

意外な名前が出てきた。
悪党商会社長、森茂。
この男とブレイカーズの間に何かあったと言うのは初耳だ。

「ええ、社長がブレイカーズを抜ける時に色々ありまして」
「おい、ちょっと待て。いまとんでもないことを言った気がしたんだが?」

さらりと告げられた言葉にリクは自分の耳を疑う。
対する理恵子は意外そうな顔で、首を傾げる。

「あれ? ご存じありませんでした? 社長も元ブレイカーズですよ?
 と言うか私をブレイカーズに引き込んだのが社長です。そうじゃなければ私が悪党商会に入る縁がないでしょう?」

リクは言葉を失う。
そんな事知るはずがない。

「確かに社長は世襲ですが、諸事情により悪党商会を離脱していた時期があったんです。
 戦場を転々としてたらしいですが、その中で最後に所属していたのがブレイカーズです。
 といっても社長がいたころのブレイカーズなんて吹けば飛ぶ程度の弱小組織でしかなかったようですが。
 どちらかというと研究畑、今でいうあのマッドサイエンティストの役割を果たしていたらしいですよ?」
「待て待て待て待て」

リクは頭痛をこらえるように片手で自ら頭を押さえて理恵子の言葉を制止する。
いきなりそんな情報を叩きつけられても受け入れ態勢が整っていない。
だがそんな事はお構いなしに理恵子は言葉を続ける。

「社長がブレイカーズを離脱して悪党商会の新社長となった時に少々面倒が起きましてね。色々巻き込んでまぁ色々あった訳ですよ。
 そして悪党商会の仕事を始めた社長がブレイカーズの初代首領を殺害し龍次郎が現首領になったのが辺りで私が悪党商会に移りました」

混乱するリクだが、必死で頭の中で受けた情報を吟味し考えを整理する。
とりあえず悪党商会とブレイカーズに因縁があることだけは分かった。
だが、やはりそれはモリシゲと龍次郎の、ブレイカーズと悪党商会の因縁だ。

つまり理恵子はあくまで悪党商会の幹部の責務として、あんな常識の箍が外れた怪物と戦おうとしている。
リクが正義を為すのは自らの奥底から湧き上がる正義感に寄るものだ。
彼女にとっての悪党はそこまでするほどのものなのか。

「ええ、この自分が割と好きなんですよ。悪党やってる自分がね」
「この自分?」

そこまでおかしな言い回しではないが妙に引っかかった。
まるで、他の自分がいるような言い回しである。

「そうです。私には複数の自分がいるんです」
「複数の自分って……お前、多重人格だったのか……?」
「いいえ。多重存在とでも呼ぶべきなのでしょうか。私という存在はいろんな世界に点在しているのですよ」

平衡世界における記憶の共有。
それが改造人間として与えられた力ではない、近藤・ジョーイ・理恵子の本来の能力である。

「複数の自分がいるというのは、自分というモノが希薄になるんです
 いろいろな人生、いろいろな私を見ているとその内に境界が曖昧になる。
 その考えが私自身の考えなのか、『私』という総体の考えなのかも曖昧になって分からなくなってしまう。
 実際、幾つもの私も似たり寄ったりのいいこちゃんばかりですからねぇ。その考えに侵されそうになる」

そう言って両手で自らを抱く。
人間は一人分の人生しか生きられない。
その膨大な人生が共有される。
その負担は如何程か、想像すら難しい。

「だが、そうではないと証明しなくてはならない。
 故に私は唯一無二を行使します。私が得た『悪党』を実行します。目的に固執します。私が私であるために」

それが近藤・ジョーイ・恵理子が『悪党』を為す理由である。
頑なにこの場においてもぶれない方針はそのためだ。
そして「……あぁ」と、どこへ向けてか理恵子が呟く。

「もしかしたら、あるいは……奴もそういう気持ちなのかもしれないですねぇ」

独り言のような呟きは落陽に溶ける。
いつの間にか日は沈みかけていた。
その呟きの真意を完全に測ることはできなかったが、ここまでの話を聞いて何のために自分を助けたのかは理解した。


770 : Lunar Eclipse ◆H3bky6/SCY :2016/10/02(日) 01:30:54 jLKfg/1U0
「ともかく、お前の目的は分かった。決意が固いのもな。
 つまりは、俺に龍次郎を倒すための力を貸せってことだな?」
「違います」

ぴしゃりと言い切られる。
話の流れからして間違いないと思ったのだが違ったらしい。
理恵子は吐き捨てるように笑う。

「貴方と私が手を組むなんてのはあり得ない話だ。
 保護や庇護といった上と下の関係ならまだしも、肩を並べるて共闘なんてできるはずがない。そうでしょう?」

それに関してはリクも同意見だ。
リクだって背中を預ける相手は選ぶ。
彼女と共に戦うだなんてありえない話だ。

「いや。それに関しては同意けどな。ならどういう事なんだ?」
「簡単ですよ」

そう言って理恵子は何かを投げ渡してきた。
受け止めたそれを見てリクは驚愕に目を見開く。

「なっ!? これは」

それは改造人間であるシルバースレイヤーのエネルギー源であるシルバーエネルギーの貯蔵ユニット=シルバーコアだった。。
エネルギーの尽きたリクにとって喉から手が出る程欲しかった代物である。
それを何故、理恵子が持っていて、それをリクに渡すのか?

「戦いましょう。私と」
「……なんでそうなる?」

リクには理解できない、話の流れと逆をいくような提案だった。

「前回出会った時に言ったでしょう、あなたと私の力を合わせればあの大首領にも勝てる、と」
「ああ、たしか兇次郎の野郎がそういってた、とかだったか?」
「それはね。一緒に戦うって意味じゃあないんですよ」

怪しげに悪だくみをたくらむ子供のような笑みで理恵子は口元を歪めた。
不穏な気配を感じリクは眉をひそめる。

「私たち惑星型怪人の性能は現時点において改造人間の中で最高ランクですが。
 神話型や幻獣型といった後期第二世代型と比べて世代を分けるほどの革命的な大差はない」

理恵子は後ろで手を結び、講義を始めた大学教授のようにリクの周囲をゆっくりと歩きはじめる。
そして半周してリクの目の前に来たところで立ち止まるとピンと一本指を立てた。

「ではここでクエスチョン。なぜ惑星型怪人は第三世代型とカテゴライズされているのか」
「魔術的要素を組み込んでるからだろ」

これまでにない新要素を組み込んだからカテゴリが上がったものだと、リクはそう認識している。
だが、理恵子は作ったような渋い顔で首を振る。

「30点です。そもそもですね、No.009であるシルバースレイヤーがラストナンバーという時点でおかしいのですよ」
「なんでだ? 惑星型の大本(モチーフ)は10大天体だろ? お前がNo000だからNo009で10体、計算は合うぜ?」
「いやいや、カバラの魔術式を組み込んでいる以上、惑星型の大本は10大天体ではなくセフィロトの樹なんです」
「セフィロト?」
「ええ。タロットカードなんかにも使われているのが有名なところですね」

魔術などのオカルト方面には明るくないリクは、あー。と生返事を返すことしかできなかった。

「その辺はよくわかんねぇんだよ。詳しい説明受ける前にブレイカーズから逃げ出しちまったしな」
「我ら惑星型には魔術的な要素が組み込まれているのですから学んでおいた方がよいですよ。
 このくらいは占い好きの女子中学生でも知ってるレベルの知識ですから」

惑星型怪人にとって魔術的知識は重要な要素だ。
ゴールデンジョイも自らの魔術的な属性に太陽神の要素を見立て能力を強化している。

「惑星型怪人は各々がセフィロトにおけるセフィラに対応しています。
 セフィロトには10のセフィラの他に、別の次元に存在しているとされている隠れた叡智(ダァト)があるんです。10では1体足りません」

つまり、本来であれば惑星型には11体目が存在しているはずだ。
理恵子はそう言っていた。


771 : Lunar Eclipse ◆H3bky6/SCY :2016/10/02(日) 01:33:24 jLKfg/1U0
「いや、それは分かったが、なんでいきなりそんな話になる?」

惑星型に隠れた11体目が存在すると言う話は、なる程驚きではあるのだが。
ここにいない11体目の話と、リクと戦うと言う話や龍次郎を倒すと言う話には繋らない。
そんなリクの疑問にかまわず、理恵子は講義を続ける。

「これは流石にご存じでしょうが。
 私の『無限動力炉』然り、貴方の『完全制御装置』――そのベルトですね――も然り。
 惑星型はそれぞれに特化した機能を持っている特殊パーツ有しています」

そう言ってリクの腰元を見つめる。
完全にリクの体と一体化しており変身時にのみ表面化するため今はそこには何もないが。
ベルトはシルバーコアから流れる特殊エネルギーを制御し配分する高次元の制御装置である。

「これらの特化パーツをかき集めて作る一人の究極の改造人間。それが11体目の正体です。
 まあそれもこれも、計画の『基礎』を担う貴方が逃げ出してしまったため、めでたくご破算というわけですが」

ハハとここにいない誰かを嘲笑うように声を漏らす。
11体目の正体。それはリクにも理解できた。
だが、ふとした疑問がある。

「だったら最初からそのパーツを組み込んだ究極の怪人ってのを作ってればよかったじゃないのか?
 いったん俺らに組み込んで泳がす必要がないだろ」

はっきり言って無駄手間だ。
そんなことをして実際パーツに逃げられてるんだから目も当てられない。

「それがそういう訳にもいかないみたいで、各パーツは素体の中で運用して実戦の中で魔術的な属性を成長させる必要があったらしいですよ?」

使い込むほどに属性は定着し強化される。
そのための魔術式だ。
つまり惑星型怪人とは苗床に過ぎないという事である。

「すべてを組み込んだ最終型は生命の樹そのものが象徴となり。
 カバラにおけるセフィロトは宇宙、つまり世界そのものを指し示しています。故に冠する名は世界(タイプ=ワールド)。
 そして生命の樹は人間世界(アッシャー)から神の世界(アツィルト)へと至る道筋を示しており、人が神に至る手段を示したものであるとされています。
 ――――つまり、第三世代惑星型怪人計画とは『神』を作る計画だったという事です」

神、世界。
どこかで聞いたような単語が出てきた。
妙な符号に気持ち悪さを感じる。

そしてシルバースレイヤーとゴールデンジョイの力が合わさればラゴモストロを超えられる。
ここにきてリクはその言葉の意味を正しく理解する。
『無限動力炉』と『完全制御装置』のみ段階で、あのドラゴモストロを超えられるという事だ。
それが正しければ、なるほどすべてを取り込んだ暁には確かに神の領域に届くだろう。

そして、ここに惑星型が二人いる。
最初から一つになることを前提として作られた同型機が。

「まあ、やるっていうなら相手になるさ」
「そうこなくっちゃ」

どうあっても理恵子が向かってくるのならば止める理由はないし、止める手段もリクは一つしか持たない。
間に入ってこの二人を止められる者も、もういないのだから。

「その前に、最後に一つ聞かせろ」
「何です?」
「なんでわざわざ説明した? 正々堂々って性質じゃないだろお前」

問われた所でごまかす手段もあったはずだ。
理恵子を警戒しているリクに騙し討ちは難しいだろうが、少なくとも話しても理恵子に特はないはずである。

「おやおや失敬しちゃいますね。意外と素直ですよ私?」

軽い調子で受け流そうとするが、リクは真剣な眼差しで理恵子の目を見つめ続ける。
その眼光に、誤魔化しきれないと悟ったのか仕方ないとため息を一つ。

「正直、どっちでもいいんですよ私にとっては」
「何がだよ」
「どっちが勝っても、ですよ。
 悪党商会(わたしたち)にとってあれが最大の障壁だ。
 私が勝って貴方を取り込んでも、貴方が勝って私を取り込んでも。
 アレを排除できるのなら、私にとっては都合がいい。
 なら、強い方が得るべきでしょう?」

美しさすら感じさせる酷薄な笑み。
自らの敗北や死すら目的のための道具としてしか考えていない。
役割に殉じている。


772 : Lunar Eclipse ◆H3bky6/SCY :2016/10/02(日) 01:35:34 jLKfg/1U0
リクは神妙な面持ちでその答えを受け止める。
理恵子もこれ以上は言葉は不要と笑みを作る。

「シルバー・トランスフォム――――――!」
「――――――ゴールド・トランスフォム」

情熱と冷静。
対局の二つの叫びが重なり響く。
そして、同時に同じ言葉を唱える。

『――――――変身』

黄金と白銀の輝きが放たれ、己が光を主張する様に互いの領域を染め上げんと入り混じる。

[[Authentication Ready... ]]
[[Transform Completion]]

両面から機械音がハウリングする。
解き放たれた光は徐々に人型へと集約してゆく。

一方は鋭く尖った三日月のような刃。
反り返った刃を手にした白銀の鎧に身を包んだ騎士。
白銀の断刃。

[Go! ―――――Silver Slayer]

一方は正義そのもののような太陽の具現。
目を奪われるような絢爛さを湛えた、黄金の光に包まれる金色の異人。
黄金の歓喜。

[Go! ―――――Golden Joy]

どちらの時間でもない、月と太陽が入り混じる黄昏時。
赤く染まる落陽の世界で二人の改造人間が衝突する。

[Both Leg Charge Completion]

牽制も様子見もない。
両足に溜めたエネルギーを解き放ち、銀の刃が最短を最速で突貫する。

[-Counter of Fragarach-(返す光の刃)]

これを迎え撃つは、間合いに入った敵を寸分の狂い無く両断する光の刃。
光速を超え、物理法則すら超える刃を回避することなど不可能だ。

弾けるように光の花が咲く。
それは絶対に回避不能なはずの光の刃を、振り上げられた銀の刃が受け止めたという合図だった。

フラガラッハは敵に向かって〝自動的”に正確無比の光速を超える斬撃を発動させるカウンターである。
それは逆を言えば、有効範囲さえ分かっていれば、いつどこに飛んでくるかも事前に知らされているようなものだ。
ならば、それに合わせて攻撃しながら間合いに入れば撃退は可能である。

とは言え、一ミリも狂いが許されない迎撃作業を成し遂げるには神がかり的な技術と一発勝負を成功させる度胸が必要となる。
その両方がシルバースレイヤーには兼ね備えられていた。

「ははっ。互いに手の内ばれてますからねぇ!」

必殺の刃を破られも黄金の歓喜は余裕を崩さない。
この相手ならば、この程度の事はしてくるだろうと言う信頼にも似た確信。
敵対心と共にそのような感情が互いの中にあった。

[-Spear the Brionac-(貫く光の槍)]

ゴールデンジョイは間髪入れず五又の光槍を放つ。
そして光槍を放ったまま右腕を横薙ぎに振るった。
爪で空間ごと切り裂くように薙ぎ払う。

だが、閃光は指先の五指から放たれる物だ。
直線的な光の槍は指の延長線上として捉え、指先を注意深く観察していれば軌道は読める。
シルバースレイヤーは僅かに跳躍すると、広がった指の隙間に身をねじ込ませた。

躱されたが、跳躍させ駆ける勢いは削いだ。
接近させてはならないというのは対シルバースレイヤーの鉄則である。
近接戦に置いて最強を誇るシルバースレイヤーだが射程はない。
まずはその足を止められたことを良しとすべきだろう。


773 : Lunar Eclipse ◆H3bky6/SCY :2016/10/02(日) 01:37:57 jLKfg/1U0
[Right Leg Charge Completion]

否。シルバースレイヤーの右足に走る輝きを見て、その考えは間違いであると思いなおす。
シルバースレイヤーは止まってなどいない。

[Go! Silver Break]

そのまま空中で錐揉み回転すると大鉈の様に右足を振り下ろす。
この大振りの一撃をゴールデンジョイは避けるのではなく、両手を交差させ受け止めた。
警戒すべきはこの一撃よりも絶対防御である『-Right Light Wall-(正しき光の壁)』すら切り裂くシルバーブレイドによる斬撃である。
そのまま間合いを詰められることを良しとせず、その場に踏ん張らずに蹴りを受けた勢いのまま自ら後方へと吹き飛んだ。

[-Snipe of Tathlum-(喰らいつく光の猟犬)]

吹き飛んだゴールデンジョイが地面に着地するまでの一瞬の間にポポポポと奇妙な音を立て幾つもの光点が宙に生み出される。
光の玉は喰らいつく様に一斉にシルバースレイヤーへと襲い掛かった。
それは太陽光を除く熱源を感知し自動的に敵を追尾する光の猟犬。

[Silver Blade Charge Completion]

幾つもの光玉を前に白銀の騎士は足を止めると、ベルトを操作してシルバーブレイドへとエネルギーを流し込む。
そしてそれをすぐには振るわず、弾けんばかりのエネルギーを刃の中で循環させる。
加熱した刃から、パチンと火花が散った。
その高熱源反応を感知した光球が一点へと集まる。

[Go! Silver Thrasher]

そこを狙って一振りの下に全ての魔弾を薙ぎ払う。
タグラムは消滅。だがその隙にゴールデンジョイは地面を滑るように着地して体勢を立て直す。

「…………さすがに、強いですねぇ」

極端に相性の悪い覆面男や心に迷いの在った吸血姫戦とは違う。
そしてシルバーコアを補給し、エネルギー残量を気にすることもなくなった。
つまりこれが、ここに来て初めて見せる本領を発揮したシルバースレイヤーの力。

ゴールデンジョイは蹴りを受けた手に痺れがある事を確認する。
足に纏ったシルバーエネルギーが光の壁を超えて伝わってきたのだろう。
想像以上に成長しているという事か。兇次郎の目論見通り。

「では――――こちらも出し惜しみはなしで、切り札を切りましょうか」

取り出したのは、親指ほどの長さしかない小ぶりなナイフだった。
その柄までが漆黒に染まった刃に、どうしようもない不気味な悪寒をシルバースレイヤーは感じる。
あれはまずいものだと戦士の本能が告げ、そうはさせじと全力で駆ける。

だが、遅いと。
ゴールデンジョイは自らの血を吸わせる様に指先を切り裂いた。
鮮血が舞い、同時に唱えるように告げる。



「――――――悪刀開眼――――――」



黒刃がハラハラと解けてゆく。
花吹雪のように宙に舞う。

悪党商会の誇る三種の神器における剣、無形刀『悪刀』。
一定の形を持たないナノサイズの刃の集合体。

だが、何故理恵子がこれを使用出るのか。
三種の神器を使用するには体内ナノマシンが必要となるはずである。


774 : Lunar Eclipse ◆H3bky6/SCY :2016/10/02(日) 01:39:36 jLKfg/1U0
ナノマシン定着のテストとして秘密裏に悪党商会幹部にのみ移植手術実験が施されていた。
茜ヶ久保は手術中に意識を失った。
半田は二時間で根を上げた。
恵理子だけが耐えきった。

適合率3%。
常人と変わらぬような適合率でありながら、能力と精神力で強引に耐えきった。
そのため、理恵子の体には微量ながらナノマシンが含まれている。
回復が促進されるわけでも直接武器として使用できるわけでもなく。
吹けば飛ぶような適合率で有りながら副作用だけはある。
ほぼマイナスしかない状態だが、神器の認証をスルーするだけなら十分だ。

一瞬で一帯を覆いつくした無数の花びら。
悪刀は本来なら発動した瞬間解けるように刃は消える。
ナノサイズの刃が呼吸器から入り込み敵を内部から切り裂く、目視すら不可能な剣の嵐だ。

薄い花びら程度にしか細分化できないのは適合率の低さ故である。
目視可能であるがゆえに分析は可能だ。
目の前に広がる隙間なく漂う刃は回避不可能であるが、刃一つ一つの殺傷力は低い。
下手に躱そうとするよりも、シルバースレイヤーの装甲であれば強引に突破した方が被害は少ないはずである。
ならば、とシルバースレイヤーはブレーキではなくアクセルを踏む。
更に加速するべく、強く地面を蹴りこんだ、ところで。

「な、にィ…………!?」

背後から右腿を貫かれた。
傷口から感じる熱と閃光。
ブリューナクの一閃だ。
だが、ブリューナクは直線的な軌道しか辿れないはずである。
ゴールデンジョイは目の前にいる、背後からの狙撃などありえない。。

何が起きたのか。
その答えを知らしめるようにゴールデンジョイは天空に掲げた五指を広げた。

[-Spear the Brionac-(貫く光の槍)]

瞬間。別方向に放たれた光の槍が、シルバースレイヤーに集約するように襲い掛かった。
前後左右から迫る五つの槍がシルバースレイヤーの手足を掠める。

それは宙に舞う刃の花びら。
これを反射鏡として光槍を捻じ曲げている。
あらゆる方向から迫る光の槍の速度はまさしく光速。
シルバースレイヤーをもってしても予測も回避もままならない。

ゴールデンジョイから延びる光の軌跡はまるで長腕のようである。
一度放てば意思を持ったような動きで敵を捉え、使い手に勝利をもたらす光の槍。
正しく太陽神ルーの魔槍ブリューナクそのものだ。

だが、無数に漂う刃の反射角をすべて計算して対象を狙い撃つ。
そんなことが可能などと、シルバースレイヤーには俄かに信じがたい。

だが、そんなことを可能とするのが黄金の歓喜だ。
全てを読み切り一瞬で計算しきる頭脳を近藤・ジョーイ・恵理子は持っている。
理恵子だけが持っている。

[Body Charge Over]

根源を断つべくエネルギーをバーストさせ、爆風で空中に散布された悪刀を吹き飛ばす。
切り開かれた空白に向けて、シルバースレイヤーが駆ける。
だが、次の瞬間、背に小さな衝撃が走った。

「駄目ですよ〜。吹き飛ばした程度で終わったと思っちゃ」

それは悪刀の反射鏡ではなく刀としての本来の使用法。
ズガガガガと次々と小気味よく背中に刃が突き立ってゆき。
シルバースレイヤーの背は一瞬のうちにハリネズミのように棘だらけになった。
一撃の殺傷力が塵のように低くとも、これだけ手数を重ねればダメージも山となる。
動きを止めかけた白銀の騎士に向けて、金色の異人は畳みかけた。


775 : Lunar Eclipse ◆H3bky6/SCY :2016/10/02(日) 01:41:37 jLKfg/1U0
[-Unsinkable Golden Sun-(沈まぬ黄金の太陽)]

日の沈みかけた世界の、最も高い山頂に新たな太陽が顕現する。
太陽そのものと言える光量と熱量を黄金の異人が放つ。
大量の紫外線に晒され続ければ人体などあっという間に被曝するだろう。

「くっ」

シルバースレイヤーの強化外殻であれば太陽光に含まれる有害物質の大部分はカットできる。
光もマスクによってある程度は遮断可能だ。輪郭くらいは捉えられるだろう。
問題は熱。こればかりは無効化できない。
中心部に近づく程、その温度は跳ね上がる。
そのため迂闊に近づくことが出来きなかった。

[-Snipe of Tathlum-(喰らいつく光の猟犬)]

そこに更に追撃。
ゴールデンサンにタグラムを併用し白銀の騎士を追い詰める。
加えて左右と背後からは悪刀の散弾を叩きこむ。

シルバースレイヤーの最も恐ろしいところは近接戦における技量でも、すべてを切り裂くシルバーブレイドの切れ味でもない。
どんな状況でも勝利をもぎ取ろうとする不撓不屈の意思だ。
逆転などさせない。ここで仕留めるべくゴールデンジョイは一気に畳み掛ける

攻勢にでる金色の異人だが、その実かなり無茶をしている。
無限動力炉という文字通り無限のエネルギーを持っているにも拘らずゴールデンジョイが複数の技を併用しないのは暴走のリスクがあるからだ。

限界を超えて無限に回せる動力炉、それが惑星型怪人計画の心臓『無限動力炉』だ。
理論上、無限動力炉は、全開で回し続ければ最高温度は1000万度にまで至れる。
だが、そんなことをすれば当然ゴールデンジョイの体が持たない。
加えて、その出力は放物線を描くように加速度的に跳ね上がってしまう。
一たびアクセルとブレーキの踏みどころを間違えただけで、たちどころに自滅する。
恐らく担い手が近藤・ジョーイ・理恵子でなければとっくの昔にゴールデンジョイという怪人は自滅していただろう。

前方から追尾する光の玉。
左右、後方からは無数の刃。
加えて叩き付けられる太陽光。
この四面楚歌な状況に置いて、それでも。

[Full throttle Charge]

それでも、シルバースレイヤーは止まらなかった。
全身に迸らせたエネルギーで悪刀を弾き、タグラムをブレードで打ち払う。
だが全身は過熱し、光玉は光に紛れて見え辛くなっているため全てを撃墜できる訳ではない。
数発の光の弾丸に身を晒し、ある程度のダメージを覚悟しながらブレードを振りかぶる。

[Go! Silver Thrasher]

シルバースラッシュの構え。
だが追い詰められた状況に焦りをみせたのか、然しものシルバースレイヤーと言えども一息で踏み込むにはまだ遠い。
二息かかるならば確実に躱せると、ゴールデンジョイは身を構える。

だが、シルバースレイヤーは踏み込まず、その場で刃を振り抜いた。
すっぽ抜ける刃。単純明快な一発限りの遠距離攻撃。
ブレイドを投げ飛ばしたのだ。
回転する刃は満月のような真円を描きながら黄金の怪人の首へと迫る。

シルバースレイヤーに射程はない、そう思い込んでいたゴールデンジョイはこれに虚を突かれた。
なんとか咄嗟に身を屈め、ブレードは躱した。
だが、飛んできたのは刃だけではない。
その後ろに追従するようにシルバースレイヤーが迫っていた。

太陽の中心に向かって、満月の切り開いた道筋を駆け抜ける。
間合いに入って拳を構える。
狙うは胸の中心。
改造人間の心臓たる『無限動力炉』に向けて拳を叩きこむ。

[Go! Break Atack]

光の壁を超えて息がつまるような衝撃が強かに胸を打つ。
黄金の怪人が仮面の下で血を吐き、高熱により赤い蒸気となって呼吸口から漏れだした。

「ぐ……ぼっ」

ただですら暴走寸前の動力炉に衝撃が叩き込まれたのだ。
無限動力炉は臨界寸前に暴走めいた回転を始める。


776 : Lunar Eclipse ◆H3bky6/SCY :2016/10/02(日) 01:43:27 jLKfg/1U0
その暴走を抑えるべく、ゴールデンジョイは黄金の太陽をキャンセルし全力でエンジンにブレーキをかける。
だがそれでも、その全身から漏れだす蒸気は止まらず、燃えるような痛みが理恵子を襲った。

「……くっ、ハッ。やってくれましたねぇ……!」

苦し気に胸元を押さえ恨み事のような言葉を吐く。
もうゴールデンジョイに戦えるだけの余裕はない。
動力炉の制御に全力を注がねば確実に自滅する。
だが仮面の下、赤い蒸気を吐く口元は、

「ですが――――私の勝ちです」

笑みの形を作っていた。

[-Counter of Fragarach-(返す光の刃)]

機械音が響き、シルバースレイヤーが袈裟斬りにされたように肩口から血を吹き出しながらその場に倒れた。
切り裂いたのは拳に合わせて放たれた光速を超え、時間すら逆行する刃。
最後の一撃に合わせゴールデンジョイはフラガラッハを発動させていた。

だが、このフラガラッハの発動がダメ押しとなり、無限動力炉は暴走寸前にまで追い込まれたのだが。
結果としては痛み分けと言えるが、立っている者と倒れている者に両者は明確に立場は別れている。
その明暗を分けたのは連戦の疲労だ。
吸血姫との連戦で有るシルバースレイヤーの方がゴールデンジョイよりも先に限界が来た。

覚束ない足取りながら、変身の溶けかかっているシルバースレイヤーの下へと近づき、そのベルトに手をかける。、
ベルトは完全にリクと一体化しており、表面化するのは変身中のみである。
変身が解けたらベルトはリクの体に戻ってしまう。そうなってしまう前に作業を完了させる必要がある。
ぶちぶちと音を立てて力尽くで引きはがす。

「ぐぁああああああああああああッ!」

リクが叫びをあげる。
完全に肉体と一体化したベルトを奪われるのは肉体の一部を引き剥がされる痛みに等しい。
赤い血をまき散らしながらベルトが奪い取られる。

「ハハハハハ! ついに手に入れましたよ!
 それじゃあお見せしましょう、見ていてください私の」

未だ煙を上げ続ける黄金の怪人は踊るように回転しながらその勢でベルトを腰に巻き付け装着する。
そしてピンと伸ばした腕をぐるりと回転させる。



「変―――――――――神」



金でも銀でもない、神々しいとしか形容できない光が溢れ出す。
見るだけでひれ伏したくなるような威光。
仮面には角のような尖りが突き出し、額に第三の目が開く。
死を連想させるのような醜さと、生そのものであるような美しさが混在する神人。

――――――ゴールデンジョイ=ルナティックフォーム――――――

暴走寸前だった動力炉は制御装置によって抑えられた。
神人は確かめるようにスッと静かに手を上へと向ける。
何の予備動作もなく放たれた閃光は、巨大なダムの擁壁を切り取る様に消滅させた。
漏れだした水は一瞬で蒸発し、ダムの上空で爆発が起きる。


777 : Lunar Eclipse ◆H3bky6/SCY :2016/10/02(日) 01:45:17 jLKfg/1U0
「ハハハハハハ。素晴らしい! 素晴らしいですねぇこれェ!」

全身にこれまでに感じたことのないほどの力が漲る。
暴走の気配もない。完全に自らの意思の制御下だ。

勝てると確信する。
この力ならば、ドラゴモストロにもワールドオーダーにすら負けない。
世界のそのものを手に入れたような全能感だ。

「くっ、こ……の…………待て」

立ち上がることもできず、地面を這いずりながら追いすがるが。
神人はかつての好敵手に興味を無くしたように悪刀を再び小刀に戻す。

「ベルトを失ったとはいえ貴方は正義ですから殺しはしません。
 精々、この場でも正義を果たしてください。ではリクさん。さようなら」

嘲笑うように言って理恵子はその場を後にした。
一人残されたリクは血に濡れた拳を悔し気に地面に叩き付けた。

【F-6 山中(ダム付近)/夕方】
【氷山リク】
状態:疲労(極大)、全身ダメージ(極大)、両腕ダメージ(大)、右腿に傷(大)
装備:リッターゲベーア
道具:悪党商会メンバーバッチ(2番) 、工作道具(プロ用)、データチップ『02』、首輪の中身、基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(確認済み)
[思考・状況]
基本思考:人々を守り、バトルロワイアルを止め、ワールドオーダーを倒す。
1:???
2:火輪珠美と合流したい
3:ブレイカーズ、悪党商会を警戒
※大よその参加者の知識を得ました

【近藤・ジョーイ・恵理子】
[状態]:疲労(極大)、胴体にダメージ(極大)、左肩に傷(大)、左胸に傷(大)、右腕に銃創、ルナティックフォーム
[装備]:『完全制御装置』、悪刀
[道具]:イングラムの予備弾薬、基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:悪党商会の理念に従って行動する
1:龍次郎の殺害
2:首輪の解除を急ぐ

【悪刀(アクトウ)】
対規格外生物殲滅用兵装一号。柄に『世界には悪党が必要だ』という文字が刻まれている。
平常時は果物ナイフほどのサイズしかない小さな刃だが、その密度は非常に高く、常人では持ち上げることすら難しい重量となっている。
一定の形状を持たない無形刀。厳密には刀ですらない。
発動すれば液体のように刃を流動させたり、気体のように散布することもできるが、その本質はナノサイズの刃の集合体であり。
体内のナノマシンと連動させれば自在に操作が可能となる。
適合率の低い理恵子では発動させるのに血液を直接触れさせる必要があり、加えて単純な操作しか行えない。


778 : Lunar Eclipse ◆H3bky6/SCY :2016/10/02(日) 01:45:31 jLKfg/1U0
投下終了しました


779 : ◆H3bky6/SCY :2016/11/04(金) 02:02:04 mfvMRhtw0
投下します


780 : さあ、ラスボスの時間だよ ◆H3bky6/SCY :2016/11/04(金) 02:03:06 mfvMRhtw0
多くの人々の運命を捻じ曲げた激動の一日の終わりを告げるように、太陽が地平に沈んでゆく。
人々が生活するために作られた町並みは死に絶え、平穏だった面影どこにも見当たらなかった。
空爆を受けた紛争地のように全てが等しく平らに均されており、凹凸をなくした街並みに傾く影はない。
ただ山のように積みあがった瓦礫の頂点は、廃墟に聳える王座のようでもあった。

その王座に一人の男が鎮座していた。
それは王と呼ぶにはあまりにも不釣り合いな、人混みにいれば紛れてしまう、どこにでもいるような特徴のない平凡な男である。
少年は死にゆく世界を謡いながら、終わった世界の頂点に座す。
終わりを愛でるように。

「さて、そろそろお話も終盤だ。分不相応な役者は退場している頃合いだろう」

平凡でありながら、何故かどこまでも通る不思議な声が響く。
見ていた映画の感想でも述べるような、日常と変わらぬ平坦な声はこの地獄において異常であり異物だ。
日常に溶け込むような平凡さは、この非日常とは相容れない。
少年は誰よりも当事者でありながら、他人事のように舞台を見つめる傍観者のようでもある。

世界に沸いた染みのような少年は血のように赤く染まった空を見つめる。
そして日差しが眩しかったのか目深に被ったパーカーをさらに深く被りなおした。

「誰が最後まで残ると思う?」

どこか跳ねるような声で未来の展望でも語るように問いかける。
だが、少年の目の前には誰もいない。
ただ荒廃した街並みが広がるばかりである。

「…………ッ!」

返事代わりの呻きは彼の足元から漏れ聞こえた。
正確には足元ではなく彼が腰かける尻の下からである。

そこには女がいた。
男は地面にひれ伏す妙齢の美女を、椅子のように文字通り尻に敷いていた。
女は何もできず、悔しげに歯を噛み締め、噛み切った唇から赤い血を流す。

「ねぇ――――どう思う、オデット?」

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


781 : さあ、ラスボスの時間だよ ◆H3bky6/SCY :2016/11/04(金) 02:03:53 mfvMRhtw0
時は僅かに遡る。
日はまだ沈んではおらず、街並みは健在、とまでいかずともしっかりと原形をとどめていた。

悪党と戦乙女、そして怪物。
主催者は魑魅魍魎が跋扈する地獄と化した戦場の中心に飛び込み、激化する嵐を一言で収めた。
そして人払いをすると笑みを浮かべたままひらひらと手を振って、立ち去る悪党と元殺し屋を送り出す。
邪魔者が完全に去ったことを確認すると、ようやく件の相手へと振り返った。

「さあ、それじゃあお話ししようかオデット。これからの君の処遇について……ってあれ?」

振り返ったところで、らしからぬ間の抜けた声を上げる。
オデットの姿が影も形もなく、忽然と消え失せていたのだ。

現在『未来確定・変わる世界』により、この世界では戦闘行為は禁止されている。
だが、戦闘行為でなければ禁止はされていない。
どうやらワールドオーダーが二人を見送っている隙をついて瞬間移動で逃走したようだ。

「まいったなぁ」

ため息と共に呟いて、やれやれと困ったように頭を掻く。
敵を前にして逃げるような性質の相手だとは思わなかったのだが、また追いかけるとなると少々面倒だ。
さてどうしたものかと、ワールドオーダーが考え込むように口に手を当て空を見上げた。

瞬間、ブンと、空が震えた。

ゴロゴロと雷のような崩壊音が響き渡る。
空が歪み、世界そのものが震撼していく。
神の見えざる手に押しつぶされて行くように、背の高い建造物から次々と崩れ落ちていった。

それは戦闘禁止の世界であってはならない破壊行為だった。
見えない破壊の圧が天空から地上へと迫り、ついにワールドオーダーの体を押しつぶさんとした所で。

「『魔法』など『存在しない』」

気泡が弾けるように一帯を包んでいた圧力は消滅した。
だが魔法は消えても、魔法によって生み出された破壊までが消える訳ではない。
ここまでに崩れ落ちた建造物の破片が雨となって降り注ぎ、粉塵と小石が辺りに巻き上がった。
そんな豪雨をワールドオーダーは直立不動のまま避けるでもなく、運命にでも守られているようにやり過ごす。

「小賢しいやり口だ。茜ヶ久保辺りか」

余裕の笑みでその手腕を褒めたたえる。
オデットは敵前逃亡した訳ではない、戦闘禁止の世界から逃れたのだ。
ひとまず離れて、自らの戦闘欲が復活した地点、つまりワールドオーダーの能力の範囲外から攻撃を仕掛けた。

遠距離からの魔法攻撃を防ぐために、世界は魔法が存在しない世界に成った。
それはつまり、先ほどまで敷かれていた戦闘禁止の世界ではなくなったということだ。
世界は既に戦闘可能になっている。
再度、戦闘を禁じた世界にしてたところで、先ほどの大規模攻撃を繰り返されるだけだろう。
これで迎え撃つしかない状況となったという事だ。

ワールドオーダーが周囲を見る。
舞い上がった粉塵で先は見えず、敵の姿は取られられない。
初期位置から動いていないワールドオーダーの位置情報は割れている。
今から移動したところでワールドオーダーの身体能力では、移動できる範囲などたかが知れているだろう。

現在のアドバンテージは圧倒的にオデットにある。
魔法が使えなくともオデットの身体能力は並ではない。
瞬間移動が封じられた世界でも距離を詰めるのはあっという間だろう。

「まいったね、このままじゃ嬲り殺しだ」

視界を封じられ、いつ襲撃者が襲い掛かってくるのか分からない。
そんな絶対的不利な状況にもかかわらず、恐れなんて微塵も含まれていない楽しげな声を放つ。
ゆったりとした動作で自らの頬に指をやると、一つ息を吐いて、仕方ないと頭を振る。

「では少し、この能力の本来の使い方をお見せしようか」

そう言って、邪悪に口元を釣り上げた。


782 : さあ、ラスボスの時間だよ ◆H3bky6/SCY :2016/11/04(金) 02:04:16 mfvMRhtw0
「『重量』は『制御』できる」

ふわりと月にでもいるように、ゆったりとしたスローモーションのような動きでワールドオーダーが跳んだ。
重力操作。自らにかかる重力をほぼゼロにして跳躍したのである。

だが、重力ならオデットにだって操ることは可能だ。
故に重力制御の力をワールドオーダーが手に入れたとしても、オデットにとって大した脅威ではないのだが。
これは少し、趣が違う。

能力の一般化。
『未来確定・変わる世界』は世界を変える能力だ。
ワールドオーダーではなく世界の方が変わった。
直接的な干渉など二の次である。
この瞬間、神の奇跡は一般化し、誰にでも再現可能な行為へと堕としめられたのだ。

「見つけた」

遥か高みから地上を見下ろし、砂埃の向こうに大通りを駆ける敵影を捉えた。
だが敵を捕捉したのは相手も同じである。
空高くに浮かぶワールドオーダーの姿をその瞳に見据え、オデットが急ブレーキをかけ足を止めた。

「シィ――――――ッ!」

オデットが宙に浮かぶ標的目がけて手刀を振り抜いた。
その先から空間を断絶させるような不可視の刃が放たれ、宙にゆっくりと浮かぶワールドオーダーに迫る。
これに対し、ワールドオーダーは回避を選択しなかった。

「『物質』は『創造』できる」

世界を革命させる。

突き出した腕の先に枯葉色の歪な壁が生まれる。
それは鉄でも木でもない、不可思議な何かで編み上げられた盾だった。

盾の召喚。否、創造である。
一見すれば行為が現象を生み出す神の奇跡と似ているがその本質はまるで違う。
それは質量保存という世界の法則を無視した新世界の法則だ。

障壁は斬撃を受け止める。
これにより盾は両断されたが斬撃から身を護ることに成功した。
だが、世界は変わり重力制御の法則は失われた。
その身は天高くから滑落するしかない。

ワールドオーダーは落下しながら宙に足を踏み出した。
コンという音。踏み出した何もないはずの足元に、濁った泥沼のような色をした霜柱が連なる。
そうしてそのまま階段を下りるように一歩一歩、地面を生み出しながらオデットの前まで踏み出してゆく。

「落ち着けよオデット。僕に君と争うつもりはない、話をしに来ただけだと言っただろう?」
「知るかよ、死ね」

問答を求める言葉は問答無用と切って捨てられた。
殺し合いに乗った乗らないに関わらず、主催者である彼は参加者全員の敵である。
大人しく聞く理由がない。

オデットは近づいてきたワールドオーダーを爆殺すべく、握り拳を振りかぶった。
だが、その拳が振り抜かれる前に、ねじ曲がった歪な柱が組みあがり、肘の関節を固定して拳の動きを差し止める。
そして次々と体の隙間を埋めるように柱が生まれ、気づけば神を取り囲む檻が完成していた。

可動範囲をすべて埋め尽くし、完全に動きを封じた。
神の動作が奇跡を生むのならば、そもそも動作などさせなければいい。

「ッ、のぉおおおお……ッ!」

オデットが苛立ちを露にした鬼の形相で敵を睨む。
その視線の先に変化が生じる。

ワールドオーダーの頭上に漆黒の巨大な棘の塊が生まれたのだ。
物質創造は世界の法則である。
それは誰にでも、当然、オデットにも扱える。

「おっと」

重力に従い落下する黒棘を飛び退いて躱す。
その隙にオデットは全身に力を籠める。
細腕の筋肉が膨み、何かが折れるような音と共に拘束がはじけ飛ぶように破壊された。

「やだねぇ、こういうなんでも筋力で物事を解決する輩は」


783 : さあ、ラスボスの時間だよ ◆H3bky6/SCY :2016/11/04(金) 02:04:45 mfvMRhtw0
ワールドオーダーは後方に下がりながら、空を撫でるように右腕を振るう。
その軌跡に沿うように、空一面を埋め尽くすように雨雲が浮かんだ。
それは小さな石の集合体だった。
一瞬の間の後、礫の豪雨が落ちる。

いかにオデットとはいえ空から降り注ぐ雨粒をすべてを回避することは不可能だろう。
だが、それがどうしたというのか。
自由落下する小石など、当たったところでオデットどころか子供ですら殺せない。
そんなものは無視したところで何の差支えもない。
オデットが攻撃に移ろうとする、ところで。

「『一撃』で『死に絶える』」

世界が一変する。

何事もない俄か雨は触らば死する即死の雨に変貌した。
世界の法則は平等だ。
当たれば即死という条件はワールドオーダー自身にも当てはまる。
とはいえ、攻撃の当たる直前にルールを定義するのは後出しジャンケンもいいところだ。
ワールドオーダーは事前に生み出していた毒々しいお化けキノコみたいな傘で余裕顔のまま死の雨をやり過ごしていた。

一面に落ちる雨を回避すべく、オデットは全力で跳んだ。
その方向は前後左右ではなく、落ちる雨粒に立ち向かうように上へ。
ぶつかるかと思われたその身が掻き消え豪雨をすり抜けるように空中へ瞬間移動した。
そしてそのまま空で静止すると、両手を天に上げる。

「テメェがぁ、死ね!」

振り上げた両手を勢いよく振り下ろす。
一撃死の世界。
それを利用し威力よりも当てることを目的とした面による範囲攻撃を行う。

回避不能な絶対の死。
そう来るのを最初から分かっていたようにワールドオーダーは慌てるでもなく一言。

「『魔法』は『消滅』する」

攻撃が霧散する。
同時に飛行魔法を打ち消されオデットの体が落下した。
魔法を奪われたオデットは何とか空中で身を捻り体制を立て直そうとするが。

「『落下』は『加速』する」

そこに追撃するように世界が変わる。
落下速度が急激に加速し、オデットの体が地面に突き刺さるような勢いで叩き付けられた。
落下音とは思えない耳を劈く破砕音が響く。

目ざとい小手先の技術も、殺気を読むなどという能力も、神の奇跡すらまるで通用しない。
能力の規模が、強さの次元が、戦っている舞台が、見ている世界が、何もかもが違う。
こんなのは反則もいいところだ。
世界の法則(ルール)そのものを塗り替えるゲームマスターにプレイヤーが勝てる筈がない。

ワールドオーダーは変わる世界に対して、事前に応用、対策まで練っている。
それどころか次の、そのまた次の世界の法則までもが自由自在だ。
一撃死の世界すら行動を誘導するためのブラフだろう。
新しい世界の法則にいちいち振り回されているようでは話にならない。

「ぐ、ぎ…………この…………っ!」

人体などバラバラになってもおかしくない墜落事故のようなダメージを受けながらも、すぐさま立ち上がった。
タフネスも人外の域である。

「丈夫だねぇ、これは面倒だ」

その様子を見て、関心と呆れが混ざったような感想を漏らす。
動けない程度に痛めつけるつもりだったのだが、ここまでタフだと加減が難しい。


784 : さあ、ラスボスの時間だよ ◆H3bky6/SCY :2016/11/04(金) 02:05:53 mfvMRhtw0
能力を使って一発で制圧しようにも、残念ながらワールドオーダーの力は使用者の認識に大きく依る力である。
ワールドオーダーにとって目の前の相手は神様などではない。
彼にとっての神様とはもっと別の概念だ。
能力の対象は個人ではなく世界の定義である。
目の前の対象が定義できない以上、対象にはできない。

「お遊びはこの辺で手打ちにして、少しはお話を聞く気にならないかい?
 さっきも言ったけど、僕はあくまで君とお話しに来たんだ。君にとってもそこまで悪い話でもないと思うのだけれど、」

ワールドオーダーが言葉を言い終わる前にオデットの体が掻き消えた。

「『攻撃』は『跳ね返る』」

死角へと瞬間移動を果たした相手を振り返ることなく、背後に迫りくる灼熱の劫火を跳ね返した。
オデットは自らに跳ね返って来た炎の渦を、超反応で瞬間移動することで躱した。

「ま、そう来るよねぇ。となると、残念だが強制的に動けなくするしかなさそうだ」

面倒そうに肩をすくめる。
自身が勝つと微塵も疑っていないその態度に、オデットがピクリとこめかみをヒクつかせた。

「はっ! 調子に乗んなよクソが。
 さっきだって今のだって、一瞬遅けりゃテメェは丸焦げだっただろうが」

純粋な移動速度や反応速度はオデットが圧倒的に上回る。
瞬間移動からの攻撃に対して能力の発動が一瞬でも遅れていたらワールドオーダーは死んでいた。
何度か繰り返せばその内決まってもおかしくはないほどの紙一重の差でしかない。
だが、ワールドオーダーは自身の健在を主張するように両手を広げる。

「その通り。だが僕は今もこうして無傷で生きている。
 それはつまり、今ここで僕は君に負ける運命ではない、という事だ」
「運命ィ?」

余りも場違いな言葉にオデットが思わず状況も忘れ怪訝な声を上げた。

「そんなもん信じてんのかぁ? 思春期のガキかよぉテメェは!?」
「いいや、信じているんじゃない。あるんだよ神様の決めた運命という筋書きは」

嘲笑を全く意に介さずワールドオーダーは告げる。
冗談でも何でもなく、その声色は真剣な色を帯びてた。
ともすれば狂気のような熱を含みながら。

「だから無駄なのさ。君に僕は殺せない。君にはもうその資格はないようだ」
「笑わせんなよ、殺しに資格がいるかよ!」

ありとあらゆるを殺しつくした少女の中の殺し屋が叫ぶ。
だが、少年は違う違うと指を振る。

「――――世界を革命する資格だよ」

相手の正気を伺うようにオデットが目を細める。

「ふざけてんのか?」
「大真面目だよ僕は」

もう真面目に聞く気がないのかオデットはコキリと首を鳴らす。

「ああそうかイカれてんだなテメェ。
 運命だの、資格だの、そんなウザってぇもんなくともな、人は殺しゃ死ぬんだよ」
「そう思うなら続けるといい。君が定められた運命を覆せると言うのなら、その可能性を僕に見せてくれ」

期待と失望が鍋の中でぐちゃぐちゃに入り混じった。
そんな声だった。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


785 : さあ、ラスボスの時間だよ ◆H3bky6/SCY :2016/11/04(金) 02:06:39 mfvMRhtw0
日が落ちる。
積み重なった瓦礫の山の上にオデットがひれ伏し、ワールドオーダーがその頂点に鎮座していた。
これは『踏まれる』と『何もできない』世界。
オデットは抵抗することができなかった。

重力などに貼り付けにされているのとは違う。
力技でどうこうできる次元の技ではなかった。
世界の法則に基づく絶対命令により神が下僕のようにひれ伏し動けずにいる。

「まあ想像よりは大したことなかったかな。想定の範囲内といったところか」

ワールドオーダーは別段、落胆するでも安心するでもなく、淡々とオデットの戦力をそう評した。
言葉の通り、さしたる傷もなくワールドオーダーの完勝だった。

「全盛期の僕が創った代物だから警戒はしていたんだけど、ま、一部取り込んだ程度ではこんなものか」

ぽつりと漏れた言葉の意味がオデットには分からなかった。
そんなオデットの疑問を感じ取ったのか、ワールドオーダーは説明を始める。

「僕はその昔、ある目的のためにいくつか世界を創ってね。
 勢い余っていろいろ作ってみたけれど、少し作りすぎてしまったんだよ」

さらりと、世界を創ったなどと妄言のような言葉を吐いた。

「管理するのも手間だし、中には見込みがないような失敗作も生まれるわけだ。
 そこでどうするかと考えて。見込みのない失敗作を破壊するための破壊(リセット)装置を作ったわけさ」

それが邪神リヴェイラ。
世界を破壊するために生み出された破壊神。
この話が事実ならば、神を生み出したというこの男は何なのか。

「いやしかし、世界によってはまさか二柱として同列に語られるとは思わなかったけれど、いやはや宗教というのは面白いねぇ」

予想外の出来事を思い返すように、くつくつと喉を鳴らして嗤う。
オデットは理解できず、唖然とすることしかできなかった。
仮に理解できたとして何ができる訳でもなかったのだろうけれど。

「おっと、少し話がそれてしまったか。
 ともかくこれで落ち着いて話ができるようになった訳だし話をしよう、オデット。
 まあ君は喋れないから、僕が一方的に話すだけなんだけどね。

視線は暮れ行く空に向けたまま、尻に敷いた相手へと話しかける。
何も出来ないオデットは一方的に話を聞くしかない。

「まずは僕が君に接触した理由から説明しようか。
 この殺し合いにもいろいろと順序というモノがあってね。君はそれを乱す可能性があった。
 僕らが警戒したのは君の殺傷力ではなく機動力だ。
 その機動力でピョンピョン飛び回られたんじゃ簡単に会場を巡られてしまう。
 いろんな手順が片付く前に皆殺しにされて終わらされては困るんだよねぇ」

ぼやく様に呟いた。
順序を乱す存在。
そもそも順序とは何を指示しているのか。

「と言っても、もう大分段階は進行しているようだ。
 その辺は想定よりもいくらか早く段階を進めてくれた音ノ宮亜理子や、君を差し止めた森茂のお手柄だね。
 だから君出会う目的は、君に出会う前の時点で8割がた果たしているといってもいい」

殆ど目的を果たしているというのならば、わざわざここまで手間をかけて、何の話をしに来たのか。

「君にはね、二つお願いがあるんだ」

怪しく嗤い、彼ではない彼がどこかで誰かにしたように指を立てる。


786 : さあ、ラスボスの時間だよ ◆H3bky6/SCY :2016/11/04(金) 02:08:21 mfvMRhtw0
「一つは動くのは次の放送が終わってからにしてほしいという事。
 さっきの話の続きだ。君は暫定のボスキャラという奴だから、段階的に最終章に動くのが好ましい。
 それまではその辺にでも隠れていてくれ、君が本気で隠れたなら見つけられる参加者なんていないだろう?
 と言ってもこれは殆どあってないような話だけど」

次の放送まであと1時間もない。
その程度活動を自粛したところで何の問題もないだろう。

「それともう一つ。君は西側から北へ、時計回りに会場を巡ってできる限り参加者の相手をしてほしい。
 何故かって? それは僕が逆側から回るからさ、つまり君と僕で参加者を掃討していくという訳だね」

参加者を皆殺しにすると言うのはもとよりそのつもりだ。
移動する方向だって特に目的がある訳ではない、従ったところで何か問題があるという訳でもないだろう。

確かに従ったところで何の損がある話でもない。
だがしかし、至極単純な問題として。
言いなりになるのが気に喰わない。

「まあただではそうだろうね。だから従ってくれれば条件を緩めてあげよう。
 二人とも順調に会場を回っていけば、ちょうど会場の北、時計で言う12時の辺りで合流できるはずだ。
 その時にちゃんと仕事してくれていたら君は上がりにしてあげるよ。それだけで君は生還できる」

それはつまり、ワールドオーダーに勝利せずとも生き残れる目を上げようと言う話だった。
それは暗にお前は自分には勝てないと言っているようなものである。
自尊心の高い彼らが果たしてこの条件を飲むだろうか。

「そうだなぁ。それ加えて手付としてこの場で首輪を外してあげよう」

言って、ワールドオーダーはオデットの首元に手をやった。
すると、パキンという音と共にあっさりと首輪が外れて地面に落ちる。

生還条件の緩和に首輪の解除。
実質、移動方向を誘導するだけの話で、その報酬は幾らなんでも破格すぎる。
その疑惑を見て取れたのか、ワールドオーダーはああとつまらなそうに呟いた。

「気にしなくていいよ。どうせ君は不合格だ。
 そんな奴が生きようが死のうが帰ろうが、正直どっちだっていいのさ。
 君の首輪は普通のやつだしねぇ」

目の前の相手から興味すら失いながら、利用できるから利用する。
ただそれだけの話だった。
残酷で利己的な非人間。

「それと最後に、面倒なのを解いておこうか。『呪い』など『存在しない』」

世界が変わり、オデットの中から人喰いの呪いが解呪される。
同時に『何もできない』常態が解除され、上に乗るワールドオーダーを振り払い小動物の様に機敏な動きで離れた。
僅かに離れた距離から警戒するような体制のまま、呪い殺すような怨嗟を込めて相手を睨み付ける。

「そう睨むなよオデット。怖いじゃないか」

薄く笑いながら、肩をすくめる。
オデットは自らの首元を確認する。
そこには本当に何もなくなっていた。

「……いいのかよ俺の首輪を外しちまって。そのまま会場外に逃げちまうかもよ」
「それは無理だよ」

ハッキリと言い切る。
お前には無理だ、と言うよりも。
最初から可能性なんてない、そんな言い方だった。

「だって、会場の外には何もないから」
「何も…………ない?」
「そのままの意味さ。まあ確認してもらっても構わないけど、あんまり意味はないと思うよ?」

どういう意味なのか理解しかねるオデット。
言葉の通りだとするならば、この世界は何なのか。

「まあともかく、僕からの話は以上だ。あとは君の返答しだいなんだがどうする?」

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


787 : さあ、ラスボスの時間だよ ◆H3bky6/SCY :2016/11/04(金) 02:08:53 mfvMRhtw0
一仕事終えたワールドオーダーは鼻歌交じりに廃墟を練り歩いていた。
あの後、素直にとはいかなかったものの、オデットは条件を飲んだ。
最終戦の回避という条件を突っぱねて、必ず殺すと捨て台詞を残して去っていった。

「順調だ、実に順調だ」

気が遠くなるほど願い続けた悲願の達成は近い。
そう思えば、足取りも軽くなると言う物。

「ん?」

だが、ふと何かに気付き、その足が取りが止まる。
ワールドオーダーは遠方の空を見上げた。
そこに小さな光が見えた。

それは暮れ始めた空に輝く一番星ではない。
見る者を呪うような漆黒の光。
それは虚空を裂きながらミサイルのような勢いで降り注いできた

「ッお!?」

遥か天空からワールドオーダー目がけて一直線に落ちてきたのは、鳥でも飛行機でもなく人間である。
ワールドオーダーは咄嗟に体を庇うように両腕をクロスしその流星を受け止めた。
だが、その勢いは止められず地面へと叩き付けられる。

「ぐッ……! ぉぉお!?」

背中にロケットエンジンでもついているのではないかという推進力で流星は止まらない。
荒廃した市街地をサーフィンでもするかのようにワールドオーダーの体を踏みつけにして瓦礫を吹き飛ばしながら地面を削ってゆく。

「『生、物』は……『触れ合えない』…………ッ!」

世界が変わり、蹴り続けていた体がようやく離れた。
ワールドオーダーの体は慣性のまま無様に地面を滑り。
襲撃者は空中でくるりと回転すると華麗に地面に着地した。

「ッ…………まったく。面倒なお方が来たね」

汚れを払いながら苦笑を浮かべつつ立ち上がる。
目の前に起立するのは存在感のない男とは対照的な、見るものすべてを圧倒する絶対的な存在感の男だった。
闘争其の物であるかのような強さの化身。
大日本帝国の皇、魔人皇――――船坂弘。

「余が貴様の前に来た理由は言わずともわかるな?」

深く染み入るような重さの声。
威風堂々という佇まいから放たれた問いの裏には聞くだけで身もすくむような、荒々しい海のような怒りの波が隠れている。
個の武力で一国を統べる魔人皇の怒り。
その大波を前にしながら、ワールドオーダーはとぼけるように首をかしげる。

「さてねぇ? なにしろ心当たりが多すぎてなんとも……。
 よろしければその理由とやらを聞かせてもらえるかい?」

その言葉は挑発なのか本気で言っているのか判断がつかない。
魔人皇は苛立ちと怒りを腹の底に飲み込み、その問いに応じる。

「貴様はこの俺に、日本国民を手にかけさせたな」
「そうだけど、何をいまさら。全員が殺しあうって旨は最初に説明したはずだけど?」

今更目の色変えて抗議をされるような話ではない。
危険にさらしたというのならともかく、手にかけさせようとしたというのは言いがかりだ。
殺したくないというのなら勝手に殺さなければいい。

「そうではない。俺の知らぬ日本国民を連れてきたことだ。
 皇国の守護者たる俺によもや国の未来を担う宝を手にかけさせようなどという蛮行。万死に値する」

違う世界で有ろうとなんだろうと日本人は彼にとって庇護すべき対象である。
それを朝霧舞歌という未来を担う筈の若者を殺させ、多くの者を手に仕掛けかけた。

「そっちが勝手に勘違いしただけだろう。その責任を押し付けられてもねぇ」
「確かに俺にも責はある。その責はいずれ担おう。だが貴様の始めたことだろう。その責任を貴様が取らずにだれがとる?」

一歩、前へと魔人が踏み出す。
既にやると決めている。
こうなるともう、どれほど言葉を尽くそうとも、納得して引くことはない。
これまでの相手のように戦力差を見せつけたところで退くこともないだろう。

何せほどんど私怨のようなものだ、その手の輩はどうあっても向かってくる。
しかも相手は魔人皇、逃げるのも手間だ。


788 : さあ、ラスボスの時間だよ ◆H3bky6/SCY :2016/11/04(金) 02:09:22 mfvMRhtw0
「まいいさ。君は運がいいよ、いや悪いのか。
 ちょうど一仕事終えたところだ、少し早い気もするが僕も次の段階に移行しよう」

支配者が両手を広げ、歩を踏み出す。
ワールドオーダーのこの場における役割はゲームバランスの調整と一定の流れになるための情報の流布だ。
その段階は終わり次の段階に移行する。

それは即ち、参加者の直接的な脅威となる事だ。
世界の支配者(ワールドオーダー)は高らかに宣言する。


「――――さあ、ラスボスの時間だよ」


開戦の火蓋が落ちる。
先手を切ったのは挑戦者である魔人皇である。

「――――――――墳ッ!」

なんも奇も衒わない真正面からの正拳突き。
だがそれは武を極限まで突き詰めた漆黒の波動を纏った亜音速の砲弾である。
直接触れ合えずとも纏った闘気で殴り抜ける。

「『攻撃』は『跳ね返る』」

拳がくしゃりと果実のように破裂する。
砲弾の如き威力がそのまま跳ね返れば当然の帰結だ。

だが、そんなことは知るかとばかりに船坂は間髪入れず首を刈り取るような上段蹴りを放った。
その蹴りも届かず、枯れた枝木のように右足が脛からポキリと折れる。
船坂は続けて掌打、前蹴り、裏拳、踵落としと連撃を見舞った。
止まらぬ嵐のような猛攻はしかし、その全てが跳ね返り、船坂の手足が玩具のようにひしゃげていく。

その壊れた四肢に向かって飛び散った血液が巻き戻しのように戻っていった。
船坂弘は時の呪いを病んでいる。
時間逆行による肉体再生。
手足が元の形へと直り、再生された四肢で再び殴る蹴るを繰り返す。

だが、直るからと言って痛みがないわけではない。
破損に見合う、見た目通りの激痛を感じている。
にもかかわらず表情に変化はなく、攻撃の手に鈍りもない。
慣れもあるが、そもそも痛みに対する覚悟が違う。

「そうきたか」

足元を見る。
ワールドオーダーの体にゆっくりと黒い靄が巻き付いていた。
それは視覚化できるほどの呪いの束だ。
ジワリと浸食された足が重くなるのを感じる。
直接的な攻撃ではなく呪術による干渉が本命という事だろう。

届かぬ攻撃の繰り返しは愚策に見えるがその実、ワールドオーダーの動きを封じていた。
こうも休みない猛攻に晒されていては下手に世界を改変できない。
船坂は自壊を恐れず、すべての攻撃に敵を一撃で殴り殺す力を込めている。
呪いに対処して世界を下手に変えてしまえば、その直撃を受けることになる。

「だったら逆に強めようか」

決して当たらぬ攻撃と身を蝕む呪いを前にしながら、悠然とした態度は崩さない。
条件を変えるのではなく強める。

「『攻撃』する者は『死ぬ』」
「…………かッ!?」

決して止まらぬはずの連撃が止まった。
死に絶えた街に死が転がる。
先ほどのオデットは殺害が目的ではなかったため、生かさず殺さずで時間がかかったが、単純に殺すだけなら実に簡単だ。


789 : さあ、ラスボスの時間だよ ◆H3bky6/SCY :2016/11/04(金) 02:10:32 mfvMRhtw0
だが一つ誤算があった。

それは相手が船坂弘であった、という一点だ。
この船坂弘と言う男は、死んでからが本番である。

ずっしりと重々しく踏み出された足。
死に体で倒れこむはずの体が踏みとどまる。

「ぐ……るるるる……ギぃ…………ッ!」

喰い縛った口から涎をまき散らしながら、不死の王が死に乍ら迫る。
正気を失った単純な動き、咄嗟にワールドオーダーは身を躱そうとしたが、呪いにより足が動かなかった。
そこに鞭のように上からローが振り下ろされた。
空気が破裂するような炸裂音。
ワールドオーダーの腿肉が弾け、へし折れた図太い大腿骨が肉の間がから覗いた。

片足が折れたことにより、体勢が崩れ頭部が下がる。
そこに合わせるようにして、大振りのフックが死神の鎌の如く放たれた。
骨のひしゃげる音が響く。
ワールドオーダーの体が回転しながら飛んで行く。

「ッ…………かぁ………………ッ!!」

魔人皇が声にならない声を上げる。
喉の奥の詰まりを吐き出すように息を吐き、死の淵から黄泉返る。
その目に正気の色を取り戻すと、いつの間にか溢れていた涙と涎を手の甲で拭って口を開く。

「…………二度とその口開けぬよう顎骨を狙ったのだがな」

畏れとも呆れとも取れる声。
ワールドオーダーはあの状況で、魔人皇の拳に対して自ら頭蓋を差したのだ。
最も分厚い骨で受けるという思惑もあったのだろうが、それ以上に能力発動のキーである言葉を奪われることを恐れたのか。
合理的はあるが正気ではない。

倒れこむワールドオーダーは頭蓋を拳大にへこませ、意識があるもかわからない。完全なる死に体だ。
死に体どころか死んでいた船坂は相手よりも先に完全に復活を果たし、既にある程度の冷静さを取り戻している。

警戒を怠らず、確実にとどめを刺すべく動く。
力なく地面にひれ伏すワールドオーダー。
唯一護った口が僅かに動き、ポツリと呟かれる。


「――――――『時』は『巻き戻る』」


時という決して逆流することのない川の水が逆流する。
倒れていたワールドオーダーの体が不自然な形で起き上がり、傷があり得ない形で修復されてゆく。
傷も死も、勝ちも負けも、有利も不利も。
この時間、この世界において起きた出来事の全てが、なかったことになってゆく。
世界の全てが巻き戻っていった。

ただ一つを除いて。
全てが逆行する世界の中で、タッと地面を蹴って何かが駆ける。

――――船坂弘は時の呪いを病んでいる。

船坂の時は凍り付いたように静止しており、あらゆる時の概念は船坂に干渉することは不可能だ。
故に、巻き戻り始めた世界の中で船坂だけがただ一人、正しき時を歩んでいた。

「――――――――疾ッ!」

鳩尾を正確に貫く痛烈なボディーブロー。
時間逆行が解かれワールドオーダーの体がボールみたいに吹き飛んだ。
派手な音を立てながら、強風に飛ばされる紙屑みたいに地面を転がる。

「何をしようと無駄だ。お前はここで去ね」

拳を振り抜いた体制のまま船坂は最後通告を突きつけた。
言葉の通り、船坂にはどのような世界においても喰らいつく実力と覚悟があった。


790 : さあ、ラスボスの時間だよ ◆H3bky6/SCY :2016/11/04(金) 02:11:56 mfvMRhtw0
「――――いいね、すごく”いい”よ。魔人皇」

がばりと、不死ではないはずのただの男が起き上がる。
片足は解放骨折し、もう片足は呪われている。
頭部は歪にへこみ洪水のように赤い血を垂れ流していた。
腹部は体を貫通しなかったのが不思議なくらいである。
顔面は真っ赤に染まってもはやどのような造形か分からなくなっていた。

真っ赤に染まった顔面に三日月のような亀裂が走る。
男の顔に張り付くのは、痛みに歓喜するマゾヒストというよりもサディスティックな笑み。
この男は何時だって世界に対する絶対的加害者だ。

「変動する世界で個の意思を貫き通すのは強靭の一言だ。これまで出会った中で君が近い」

変動する外側(せかい)に合わせるのではなく、確固たる自分(せかい)を貫く。
それこその船坂の強さ、ここまでワールドオーダーを追いつめられた理由だ。

「だが、それだけに残念だ。君の攻略法は見えた」

その目はもう船坂を見ていなかった。
ただ自分の中で完結した出来事として独り言のように呟いて、垂れ落ちる血を舌ですくって怪しく嗤う。

その笑みを見て船坂の中で何か怖気のような感覚が奔る。
この相手はこれまで船坂の戦ってきたどの相手とも違う。
船坂はこれまで戦場で立ち会った相手にはどのような形であれ尊敬や敬意を払ってきた。
だが、この男にそんなものはない。

私怨以上の不安と畏れのような義務感が膨れ上がる。
放置すれば船坂を、彼の国民を、世界を祟る害悪となるという確信がある。
一刻も早くこの世から排除せねばならないという焦燥に駆られ船坂が駆ける。

「『呪い』など『存在しない』」

それは先ほどオデットに向けた言葉と同じ言葉だった。
世界から呪いが排除されワールドオーダーの足を冒していた呪いが解呪される。
同時に、船坂は自分の中で何かが消えていくのを感じた。

まずは船坂を不死たらしめる厄介な『凍れる時の呪い』を解呪する。
確かに、これで先ほどのまでのような無茶な戦法は使えなくなる。
だがしかし、船坂を最強たらしめるのはいうなれば船坂が船坂である事だ。
不死身を前提とした戦略は練っても、不死身に胡坐をかいたような戦い方はしたことがない。
現にこうしてこの拳を打ち込めば、勝利はすぐにでも手に入る。

「それはどうかな? さぁ時の重さを知れ――――――魔人皇」
「!?」

ワールドトリガーにたどり着くよりも早く、船坂が唐突に膝から崩れた。
攻撃を受けたわけではない。
変化は船坂の内から生じた物だった。

凍っていた時が動き出したのだ。

100年に近い時間の奔流が船坂の身へと一斉に襲い掛かる。
逞しく鍛え上げられた筋肉が急速に萎んでゆき、肌は皺枯れて皮が弛む。
顔には深く皺が刻まれ、髪は白く斑に染まる。
薹の立った老兵は力なくその場に膝から崩れ、


791 : さあ、ラスボスの時間だよ ◆H3bky6/SCY :2016/11/04(金) 02:13:23 mfvMRhtw0
「―――――――嘗めるな、戯け」

倒れこむと思われた体が台風のように旋回した。
脚部が跳ね見惚れるほど美しい後ろ回し蹴りがワールドオーダーの顎の付け根に突き刺さる。
振り抜いた足から投げ飛ばされるようにワールドオーダーの体が飛んだ。

「老いたりといえどもこの船坂弘、貴様如きに遅れは取らん」

突き付けるように拳骨を握りしめる。
日々重ねた適度な運動、健康な食事、十分な睡眠。
この船坂、100手前で往生する程、不健康な生活は送っていない。
ここにいるのは地上最強の老兵である。

一撃は顎の付け根に直撃したし、手応えもあった。
もう喋るどころか、口を閉じることすらできないだろう。
あるいは即死している可能性すらある一撃だった。
だが、

「あーあ。痛ったいなぁもう」

悪夢の中の怪物のように凶悪な何かがぬるりと立ち上がる。
確かに船坂の一撃はワールドオーダーを捕えたはずだ。
なのに何故、立ち上がれる。
どころか、平然としゃべっていられるのか。

「……何をした? どうやって躱した?」
「別に、僕はなにもしちゃいないよ、君が外したんだ」

感覚のズレ、全盛期とは威力も間合いも違う。
例え直撃しようとも、殺しきるには足りなかった。
如何に最強の老兵とは言え、全盛期には遠く及ばない。

「それでもまだ僕なんかよりは圧倒的に強いさ。だからまあ、こうする――――」

すっと、自らの掌で相手を掴むように手を伸ばす。
底意地の悪い、邪悪な笑みをたたえながら。

「さあ、根競べといこう――――――『時』は『加速』する」

突風のように世界の景色が流れた。
点滅する様に空が変わり夜と昼を繰り返す。
周囲の風景が急速に変わり続け、足元に転がる瓦礫が風化して砂へと変わる。
意識だけが取り残されたように変わる世界を網膜に焼き付け続けた。

ワールドオーダーの狙いに気づき、焦る様に船坂は動いた。
加速する世界の中で自分だけが遅く、まるで水の中を進んでいるようだ。
一瞬が永遠のように引き伸ばされいつまでも辿り着けない、そんな錯覚に陥りそうになる。

移り行く世界の中。
時の積み重ねに少年は青年となった。
青年は大人に。
そして老兵は、

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792 : さあ、ラスボスの時間だよ ◆H3bky6/SCY :2016/11/04(金) 02:14:50 mfvMRhtw0
風景は正しく流れはじめ、時の流れは正常に還った。
完全に朽ち果て緑すら生まれ始めた廃墟に、老人が一人立ち尽くしていた。

「いや、まさかあそこから50年以上粘るだなんて、恐ろしねぇ」

呟く老人。長く伸びた白味がかった前髪でその表情はうかがえない。
それは加速した50年を過ごしたワールドオーダーである。
少年を老人にする歳月により、致命に近かった傷口は自然治癒で修復した。
その足元には干からびたミイラが転がっている。

同じ50年でも100歳の老人と、10代そこいらの若者ではそもそもスタートが違う。
公平などありえない。
勝利は最初から必然だった。

「…………き……さま」
「おや、しぶとい。御年150を超えてまだ息があるとは驚きだね」

枯れ果てたミイラが枝木のような指先で悔し気に地面を掻いた。
何とか生きてはいるが、完全に息の虫だ。
生きているのが不思議なくらいである、いつ朽ち果ててもおかしくはない。

戦場の申し子たる船坂は、どのような形であれ己は戦いの中で朽ち果てる確信していた。
畳の上で死ぬなど想像すらできない、そんな苛烈の極みのような人生だった。
それは彼の誇りであり矜持だ。

だが、ワールドオーダーはその矜持を否定した。
戦う事を放棄し、戦いの末に果てるという終りすら奪い取った。
まさか老いという時に殺される事になろうとは想像だにしなかった。

己の行った行為の残酷さをまるで気にするでもなく。
ワールドオーダーは悠然とミイラを見下ろして何かに納得したように一つ頷く。

「うん。これまで相手にした中では一番いい線いってたと思うよ。
 ――――けれどまだ届かない。僕に負ける程度ではまだまだとても」

強さで言うのならば確実に船坂の方が強かった。
だが、直接的な戦闘力では届かない。
戦っている世界が違う。
生きている世界が違う。
見ている世界が違う。
価値観が違う。
何もかもが違う。

「お休み魔人皇。畳の上とはいかないけれど、穏やかに眠るといい」

そう優しく穏やかな声で、最大限の侮辱を持って魔人皇の最期を見送った。

【船坂弘 死亡】

【I-8 市街地跡/夕方】
【主催者(ワールドオーダー)】
[状態]:初老
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、携帯電話、ランダムアイテム0〜1(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:参加者の脅威となる
1:西側の殲滅
※『登場人物A』としての『認識』が残っています。人格や自我ではありません。

【オデット】
状態:首にダメージ。神格化。疲労(中)、ダメージ(大)、首輪解除
装備:なし
道具:リヴェイラの首輪
[思考・状況]
基本思考:気ままに嬲る壊す喰う殺す
1:東側の殲滅?
※ヴァイザーの名前を知りません。
※ヴァイザー、詩仁恵莉、茜ヶ久保一、スケアクロウ、尾関夏実、リヴェイラを捕食しました。
※現出している人格は『茜ヶ久保一』です。他に現出できる人格はオデット、ヴァイザーです。
 人格を入れ替えても記憶は共有されます。
※人格と能力が統合されつつあります。


793 : さあ、ラスボスの時間だよ ◆H3bky6/SCY :2016/11/04(金) 02:15:11 mfvMRhtw0
投下終了です


794 : ◆H3bky6/SCY :2016/12/01(木) 00:37:32 4C/cd2oI0
投下します


795 : 探偵物語 ◆H3bky6/SCY :2016/12/01(木) 00:38:41 4C/cd2oI0
「………………ぅうん」

微睡むような深い混濁から、探偵、音ノ宮亜理子は意識を取り戻した。
疲労もあってか、彼女にしては珍しく寝起き特融の曖昧な意識のまま呆とした視線で辺りを見る。
視界に入るのは天に上る煤けた黒い糸。
それを見た瞬間、脳裏で赤く燃え広がる炎がフラッシュバックした。

「…………っ!?」

振り払うように押さえた頭を振る。
そうしてようやく彼女の意識は覚醒した。
今がどういう状況なのかを完全に思い返した。

「……私はどのくらい意識を失っていたのでしょうか?」

自らの手のひらに視線を落としたまま、傍らにいるはずの大男に向けて努めて冷静に問いかける。
亜理子の覚醒を待っていた白い軍服の大男、剣神龍次郎は遠く炎上する研究所跡を見つめながらこれに応じた。

「意識を失った貴様を研究所から運び出してから、まだ1時間も経ってはいない」

龍次郎の視線は研究所跡から昇る狼煙のような黒煙を見つめている。
あれを目印に誰かが集まってくるかもしれないと考えているのだろうか。
誰が集まったところで龍次郎に万が一はないだろうが、分断されてしまうリスクがあると分かった以上過信はできない。

「それよりも、ほれ」
「……え、おっと」

ポンといきなりデイパックを丸侭投げ渡され、慌てながらも何とか両手で受け止める。

「脱出の際、研究所の入口に放置されていた荷物だ。
 おそらくあの女の物だろう。これは貴様に預けておく」

道具など必要ないと、龍次郎は中身を検めてもいないのだろう。
まあその辺は適材適所、亜理子の仕事である。

簡単に中身を検める。
まず目についたのは、手の付けられていない食料やいくつかの支給品。
そして解体済みの首輪だった。

(まあ、あの液体生物ならば解除できてもおかしくはないでしょうけど……)

それでも何か違和感のような物を感じた。
構造の不明な首輪を解体すると言うのは非常にリスキーだ。
そもそも、あの液体生物なら解体する必要すらないはずである。
解除失敗により爆発のリスク負うくらいなら、するりと抜けてしまえばいい。
それができなかったという事は…………。
そう思い至り、解体された首輪を取り出し、中身を慎重に調べてゆく。

その中には『01』と書かれたチップがあった。
これで三つめのデータチップだ。
やはり、中身を調べる必要がある。
そのためにはパソコンが必要だ。

研究所と地下研究所がダメになってしまったのは痛い。
PC機器がありそうなのは残るは市街地くらいである。
北か南、どちらかの市街地が次の目的地となるだろう。

「それで、どうなのだ亜理子よ」
「え? ええ、次の目的地は市街地に向かうべきかと……」
「そうではない」

亜理子の示す方針について龍次郎に異論はない。
と言うより、下手に動かず亜理子の目覚めを待っていたのは行動方針を決めるためである。
決断を下すのは大首領たる龍次郎だが、判断を下すのはブレインである亜理子の役目だ。
だが、いま問うているのはそんな話ではない。

「貴様に――――この謎は解けそうか?」
「――――――」

根本的な問い。
剣神龍次郎は強者を好む。
音ノ宮亜理子がブレイカーズとして認められたのは、その頭脳を買われてのことだ。

「貴様にかけられた役割は分かっておろう。
 我が盟友チャメゴンに、首輪解除の要たる博士ミルは死んだ」

新旧含め、この場におけるブレイカーズはここにいる二人だけとなった。
大幹部であるミュートスは死に。特別顧問であるチャメゴンも死んだ。
そしてミル博士という人材の損失は痛手だ。
生き残り少なくなった現状では唯一無二と言っていい人材だった。
龍次郎をしても厳しい現状だ。

「だがそれでもブレイカーズは勝利せねばならない」

敵を物理的にぶち殺すだけなら龍次郎だけで十分だ。
だが、今回に限って言えばそうではない。
この事件解決に最も近いのは亜理子だ。
それは龍次郎も認めている。

「貴様はたった一人でこの謎を、本当に解けるのか?」

龍次郎に智はなく、亜理子に武はない。
互いに己が領分で頼れるものなどいないこの状況で、一人で戦いきる覚悟はあるのか?
龍次郎は亜理子の覚悟を問う。


796 : 探偵物語 ◆H3bky6/SCY :2016/12/01(木) 00:39:23 4C/cd2oI0
龍次郎は徹底的な選民主義者だ。
弱者を切り捨てることを厭わない。
下手な返答をすれば、本気で切り捨てかねない怖さがある。

「いいえ。どうやら、この謎は私一人では解けそうにありません」

だが、亜理子はあっさりと白旗を上げた。

「な、にぃ…………?」

龍次郎の蟀谷に青筋が浮かぶ。
龍次郎は挑み敗れた者は赦す。
強きはより強きに敗れるが必定。
最強を誇る龍次郎とて常勝無敗とはいかない。

だが、敗北主義者は赦さない。
諦めを知り挑まぬものを赦さない。
そのような弱者はブレイカーズに相応しくない。

「なので――――――!」

激高しかけた龍次郎を制するように、強い語気で亜理子が吠え、片腕を突き出す。

「――知恵を借ります」

その言葉に首をかしげる。
龍次郎は識者などと言う言葉から一番縁遠い男だ。
自分の事ではないことくらいはわかる。

だが、それならば誰に聞くというのか?
ここには亜理子と龍次郎以外に誰もいない。
疑問に思う龍次郎だったが、そこで亜理子が突き出した指の間に四つの石が挟まれていることに気付いた。

「なんだ、それは?」
「大首領から頂戴した引き寄せ棒を使い、手に入れた物です。
 なんでも死者と対話できるという『黄泉への石』というアイテムだそうで」

死者と対話する石。
それを聞いて龍次郎もピンきた。
この謎は一人では解けない。
ならば、

「それはつまり――死者から知恵を集めようと言うのだな?」

頷きを返す。
音ノ宮亜理子にとって、これはワールドオーダーの個人的な因縁に基づく戦いだった。
けれど、ミルとチャメゴンの命を背負ってしまった。
もうそんなことは言ってはいられない。
個人の矜持など捨てなければならない。

「ですので、これを、私が使用してもよろしいでしょうか?」

念を押すように確認を取る。
この地では既に多くのものが失われた。
誰にだって会いたい人や、失ってしまった人がいる。
それはもちろん龍次郎だって例外ではないだろう。

死者と対話できるという二度とない機会を、亜理子にくれてやっていいのかと。
今度は覚悟を問うたのは亜理子の方だった。

「構わん、好きに使え」

迷うことなく即答する。
元は引き寄せ棒が龍次郎の物だったとしても。
一度くれてやった以上、それを奪い取るような恥知らずな真似はしない。
何より、勝利のための一手だ。私情による感傷などで止める大首領ではない。

「して、誰を呼ぶつもりだ?」
「私と同じ探偵たちを。
 さしあたって、まずはこのメモ帳を私に寄越した探偵を呼ぼうかと」

亜理子がポケットから取り出したのはワールドオーダーについての考察が書かれたメモだった。
このメモがあったからこそ、彼女はあのワールドオーダーとの対峙を乗り切れた。
謎を解き、宣戦布告を叩きつけることができた。

「事件現場で何度か顔を突き合わせただけで殆ど面識はありませんが、協力してくれると思います。
 このメモを私に名指しで送り付けたのは彼女ですから、事件解決を私に託したという事でしょう」

そう言って、亜理子は石を一つ握りしめて祈る。
呼び出す者の名を呼んだ。
その名は。

「――――――ピーリィ・ポール」

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


797 : 探偵物語 ◆H3bky6/SCY :2016/12/01(木) 00:42:04 4C/cd2oI0
途端、華と香の混じったような香りが鼻孔を擽った。
景色が一変する。
巨大な雲の隙間から白く黄金の光が射し、薄靄に遠方の景色が霞む。
そこは赤い彼岸花が咲き誇り、白い石が敷き詰められた河原だった。
見るものに美しいと言うより物哀しいという印象を与える、そんな光景だった。

その二人の眼前。
亡霊のような薄ぼんやりとした影が揺れながら浮かび、徐々に色濃く実像を結んでいく。
それは周囲に咲く彼岸花のように赤い髪の女だった。
ハンチング帽を目深にかぶり直し、物憂げな表情で気怠そうに口を開く。

『まったく……死者を起こすなという』

亡霊の名はピーリィ・ポール。
亜理子は彼女の探偵としての活躍や噂は、不穏な噂を含めて把握している。
潔癖症の亜理子にとって『試し』の対象となるかという調査だったが。
結局、決定的な証拠は亜理子をもってしても掴めなかった。
簡単に尻尾を掴ませないあたり、その実力は確かだろう。

「あら、寝起きは悪いのかしら?」
『却説ね。何しろ死から目覚めるのは初めての事だ。
 いやそれも正確ではないか、僕は今だ死に続けている、死んだままこうして意識を保ち思考したまま話をしている。
 何なんだろうねこれは、確かに死亡したことを自覚している僕がいる。
 我思う故に我ありとはよく言ったもので、確かに僕はここにいる訳だが。なら、こうしている僕はなんなんだろうねぇ。
 磁気かなにかに記録された情報から僕を再現した何かなのか。
 肉体という入れ物から解き放たれ魂のみで生きる幽霊なのか。
 魂の実在を証明できた科学者は存在しないが、また魂が架空であると証明できた科学者も存在しない。
 そもそも魂とはなんなのかから定義しないといけないわけだけど
 生前の記憶と人格を有しているのならそれは、』
「悪いけれど、長話に付き合うためにあなたを呼び出したんじゃないの。
 時間も限られているんだから、本題に入らせてもらっていかしら?」

放っておいたらいつまでも話し続けていそうなピーリィに亜理子が口を挟む。
石の効果は30分。時間は限られている。
どうでもいい雑談で消化されては目も当てられない。

『本題? おやおやそんなものがあるのかい?』
「ええ、あなたには、この事件の謎を解く手助けをしてもらいたいの。どうかしら?」

攻略のヒントとなることをわざわざ他者に送り付けたのだ。
事件解決には積極的であるはずである、という算段だったの、だが。

『――お断りだね。僕には君を助ける暇はあっても、義務がない義理がない得がない、つまりは協力する理由がない。
 何が悲しくて初めて顔を合わせた赤の他人の手助けなんかしなくちゃいけないんだい?』

振り返り、話が違うじゃねぇかと非難めいた視線を送る龍次郎。
提案はにべもなく断られた。
実際のところ、あのメモを送り付けたのは鴉の悪戯だったのだから当然と言えば当然の結果である。

「じゃあ言い方を変えましょう。
 私に協力するんじゃなくて、ワールドオーダーに一矢報いる手助けをするつもりはない?
 あなただって自分が死ぬ元凶を作ったあの男に思うところはあるんでしょう?」

取引が無駄な死者に対して提示できる条件はこれくらいだろう。
死者が望むのは生前叶えられなかった未練か、自らに死を齎した者への復讐である。

『生憎だが。僕は別に怨んじゃいないさ。
 いい加減生きるのにもうんざりしていた頃合いだったし、それほど死にたくなかったわけでもないしね。
 望みどおりの最期だった、とは言い難いけれど、まあ人の死なんて大概が儘ならない物だろうしね。
 あれはあれで悪くない最期だったとおもってるよ。本当だぜ? だから君たちに協力する理由がない』

この世に正当な罪と罰があるのならば。
己のような悪人が望み通りの死を迎えられたのなら、それこそ納まりが悪い。
下手人である鴉に対する恨みなんてないし、元凶であるワールドオーダーに対してだって恨みどころか大した興味すらなかった。


798 : 探偵物語 ◆H3bky6/SCY :2016/12/01(木) 00:42:33 4C/cd2oI0
『と、言いたいところだけど。いいよ、協力しても』
「どう言う風の吹き回し?」

突然態度を変えた。
あまりの急変っぷりに何かの罠かと疑ってしまうほどだ。

『何。僕にしては珍しい気まぐれさ。本当に珍しく、今は気分がいいんだ』

ふっと笑みをこぼす。
ピーリィの人となりを知らない二人には、その表情の意味も希少性も理解できないことだったが。
彼女にしては珍しい何か思い楔から解き放たれたような柔らかな笑みだった。

『なに。バカは死ななきゃ治らないというが死んでやっと、自分はバカだったんだという当たり前の事実を突き付けられた、というだけの話さ』

どこか遠く、取り返せない何かに思いを馳せる様に呟く。
彼女を長年苦しませてきた病気は彼岸には持ち込まれなかった。
狂おしいまでの殺人衝動はどこかに消えてしまったように収まっている。
彼女の心中はこれまでにないほど穏やかだ。
元より彼女の病気(もの)ではないのだからこの結果は必然だったのかもしれないが。

事情を知らない亜理子からすれば。
いや、だったら最初から協力的な態度をとれよ、と思わなくもないが口にはしない。

『と言っても、放送を聞いているのならば君らも当然ご存じだろうが、情けなくも僕は早々に脱落したのでね。
 ここまで生き残った聡明な君たちに提供できるような有益な情報を持っているとは思えないのだけれど』
「構わないわ。私がほしいのはあなたの持つ情報じゃなくて、あなたの持つ思考なんだから。
 単純に気にかかったことや興味を持ったことでもいい、なんでもいいから話してみてもらえるかしら?」

同じ探偵だとしても、思考の深さや方向性は異なる。
何が取っ掛かりになるともわからない。
これは亜理子一人では見落としてしまう何かを拾い上げるための作業である。

『そうだねぇ、なら僕が最期に思ったどうでもいい話をしようか。
 別段珍しい着眼点というわけでもないだろうが、要はこの殺し合いの目的は何かという話だ。
 仮に自分が殺し合いを開くとして目的はいくつか考えられるわけだけど。
 趣味、遊戯、興行、復讐、儀式、実験、選別、育成、模倣、伝統、習慣、生体、偶然、冗談、気まぐれ。
 思いつく限りではこんなところか。却説、彼の場合はどれなんだろうねぇ』
「少なくとも、あの男は趣味嗜好を楽しむような性質じゃないでしょうね」

亜理子は直接対峙し感じた印象を述べる。
目的に準じた思想犯。
常に笑みを浮かべているあの男に何かを楽しむような嗜好などない。
私欲に塗れているはずなのに俗な欲求とは無縁であるという矛盾を内包した混沌。
それがあの男だ。

『だろうね。僕もとりあえず羅列してみただけだし。
 何かしらの明確な目的を果たすために行われていると考えるのが正道だろうね。
 趣味や遊戯は無しとなると。金に興味を持つ性質でもなし興行もなかろう。
 明確な目的があるとするならば、偶然、冗談、気まぐれもなしだ。
 復讐にしては対象が多すぎる上に関連性が無さすぎる、これも薄かろう。
 伝統や習慣でやるようなことでもないし、殺し合わせなきゃ生きていけない生体っていうのもないだろう。
 何かの模倣であるという可能性はあるだろうけど、これは主目的ではないだろう。
 となると残るは、儀式、実験、選別、育成だ』

可能性を網羅して虱潰しに潰してゆく。
それがピーリィ・ポールの推理方法(やりかた)のようだ。


799 : 探偵物語 ◆H3bky6/SCY :2016/12/01(木) 00:43:12 4C/cd2oI0
『そもそもなぜ殺し合いなのか。
 殺し合いってのは手間だよ〜。
 なにせ前準備、隠蔽、強制、反逆のリスクまである。僕なら他に選択肢があるんなら絶対にやらないね。
 もしこれが仮にじゃんけん大会だったら反旗を翻すものもなく穏便に終わっていただろうさ。別の不満を漏らす者はいただろうけどね。
 殺し合いでなければならない理由があるんだ。生き残りを賭けなければならない何かが』
「アレじゃねぇのか? 虫集めて壺でアレするアレみたいなもんじゃねぇのか?」
「蟲毒ですね」

口をはさんだ龍次郎の発言を亜理子が捕捉する。
蟲毒とは、昆虫や爬虫類を一つの容器に詰め、共食いさせて殺し合わせて、最後に生き残った一匹を神霊とする儀式だ。
確かに、生き残りをかけたこの殺し合いと似ている。

『蠱毒か。確かにそれは東洋呪術の知識が多少でもあるの者ならば殺し合いと聞いて真っ先に思いつく可能性だ。
 別に僕はこの儀式が=蠱毒であるとは思わないが、形式として近しいのは確かだろうね。
 いいかい。蟲毒っていう儀式はね、始めた時点で勝ちなんだよ。
 何故ならあれは特別な虫を見つけ出す儀式ではなく、生き残った虫が特別になる儀式なんだから。
 そこに特別な何かは必要ないんだ』
「特別に、なる…………」
『そう、特別なものを見つけるのではなく、最後に残ったものが”結果として”特別になるんだ。
 まあ身もふたもないことを言ってしまえば、僕はオカルトには否定的でね。
 虫を殺し合わせた所で残るのは神霊じゃなくてただの虫で、最初から意味なんてないと思うがね。
 だが問題はそこではなく。僕がどう思っているかでも実際にオカルトが存在するかでもない。
 これを実行したワールドオーダーが何を信じているかだ。
 彼の中では真実ならば、実行する理由になりえるという事だ。たとえそれが何の根拠もない妄想だったとしてもね』
「つまりワールドオーダーはこの殺し合いで特別な何かが生まれると思っているという事?」
『却説どうだろうねぇ。そこまで断言はできないさ。
 ただ、もう一つ、蠱毒で重要なのは蠱毒で生み出した神霊は、呪術なりの儀式に使う触媒となるという事だ。
 蠱毒とは目的達成のための道具作り、過程であって目的そのものではない。
 つまり目的を論ずるならば、論ずるべきはこの殺し合いが目的そのものなのか、目的に至るための過程なのかという事だ』

特別となった生存者を使って『何か』をすることが真の目的だと。
この殺し合いの、その先を示唆する。

『そして十中八九、後者だろう。
 そうなると勝者が帰れるという話も眉唾になるわけだが、まあ精々頑張ることだ』
「他人事ね」
『他人事さ。誰を心配する義理もないしね。
 脱落した僕は草葉の陰から見守っていくらいしかできないさ。
 おっと無駄話が過ぎたか、どうやらそろそろ時間のようだね』

もう時期30分。
周囲の風景ごと風にさらされた霞のようにピーリィの体が薄れてゆく。

「そのようね。参考になったわ、ありがとうピーリィ・ポール」

その言葉に、ピーリィが意外そうな顔をして目を丸くする。
純粋な感謝の言葉を受けたのはいつ以来の事だろう。
もしかしたら、初めての事かもしれない。

思えば、彼女は抑えきれない殺人衝動を晴らすべく誰かを害すための推理をしてきたが。
純粋に謎を解くために推理するのは初めての事だった。

『いやまあ、最後の最後だが、偶にはこう言うのも悪くない、か』

悪くない気分だ。
探偵は少しだけ笑って。
始めから夢であったかのように、跡形すらなく消えさった。

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800 : 探偵物語 ◆H3bky6/SCY :2016/12/01(木) 00:43:44 4C/cd2oI0
「……正一ィ」
『お前か、龍次郎』

獣の呻りのような声で悪の首領はその名を呟いた。
そこに込められた感情は、怨嗟や憎悪といった暗いものではない。
昂りと歓喜を無理やり抑え付けたような声だった。

生者と死者を分ける川越しに、二人の男が睨み合うように視線を交わらせる。
一人の名は剣神龍次郎。その正体は悪の大首領であるドラゴモストロだ。
一人の名は剣正一、その正体はヒーローであるナハト・リッターである。
対極の位置にいるこの二人は単純な敵対関係ではない。
従兄弟同士という血縁関係にある二人である。

だが、血の繋がりこそあれど、悪の組織にヒーロー集団と所属する組織も違えば、弱肉強食と不殺主義、掲げる主義主張も違う。
さらには巨人に中日と、応援する球団に至るまで何もかも異なりどうにも相容れない。
顔を突き合わせれば立場上、生死を賭けて戦いあわなければならない二人だ。
龍次郎が成人して以来、親族としての付き合いなどあろうはずもない。
だが、それでも互いに嫌悪しているわけではないというのが複雑な関係である所以である。

「ちッ……任せた」

悪の大首領は大きく舌を打つと、後方に下がって腕を組んで瞑想するように目を閉じた。
対話の時間は限られている。突っかかっていては必要な話もできなくなってしまうだろう。
自分の性格を重々理解しているのか、これが相手では私情が入りすぎると口を挟まず静観を決め込むつもりらしい。
投げやりに舞台を明け渡された亜理子は若干戸惑いつつも、時間がないこともあり話を進める。

「えぇっと、では改めて。剣正一さん、この事件の謎を解くために協力していただけないかしら?」
『ああ。もちろんだ。できる限りの協力はさせてもらうよ。
 いつだったか君には質問に答えてもらった借りがあるしね』

軽やかに応じる様は、酸いも甘いも噛み分けた大人の態度だった。
先ほどまでのどこかの誰かとは大違いである。

『そうだな、では何がヒントになるともわからない。
 ひとまず俺がこの場で体験した出来事を、一通り説明していこう』

亜理子は頷く。
時間が限られているのを察しているのか話が早くて助かる。

『スタート地点はC-10にある研究所だった。
 まずは現状確認として支給品を確認したところ、俺の支給品は魔法の杖に鞭、そしてチャメゴンだった』

それを聞いて、静観を決め込もうとしていた龍次郎がブッと吹き出す。

「…………お前かよ」
『ああ、チャメゴンには世話になった。合流は……まだでていないようだな』

龍次郎とチャメゴンが合流したならば離れるはずがない。
常に龍次郎の肩に纏わりつくようにしているはずである。
その影がないことから正一は合流できなかったと判断したが、真実は違った。

「いや、再会はしたさ……おかげさんでな」

僅かな歯切れの悪さとそこにチャメゴンがいないと言う事実。
それで事の顛末を察した。
洞察力が優れているというのも善し悪しだろう。
正一はそうか、とだけ告げ、慰めの言葉などかけず龍次郎から視線を外す。

『話を続けよう。研究所ではミリア・ランファルトと言う異世界の少女と遭遇し行動を共にすることとなった。
 彼女とともに研究所内の調査を進め、その折にモニタールームで首輪のデータを回収している女を発見する。
 すらりとした妙齢の美しいブロンドの女だったが、あれは明らかに人間ではなかった。何せ背中から触手を伸ばしていたからな。
 怪人ではなく恐らくは宇宙人。液体状する能力者、というより液体生物だったように思う。
 女は自らが主催側が送り込んだジョーカーである事を明かし、我々と交戦することとなった』

女の姿をした液体生物。
その存在に亜理子と龍次郎は心当たりがあった。
妙齢という年齢的特徴だけでは合わないが、おそらく間違いないだろう。
地下研究所を襲撃したセスペェリアだ。


801 : 探偵物語 ◆H3bky6/SCY :2016/12/01(木) 00:44:31 4C/cd2oI0
「そう……ジョーカーだったのね、あの女」

亜理子が忌々しげに呟きを漏らす。
言われてみれば思い当たる節もあった。
そうと知っていれば、別の対応もあっただろうに。

完全に滅してしまった今となっては情報を引き出すこともできない。
いや、今更悔やんでもどうしようもない話だ。
あの状況では亜理子が生き残れたのが奇跡である。
切り替えるべきだろう。

『苦戦を強いられたが、チャメゴンの手引きにより空谷葵、ミル博士の両名と合流に成功。
 不利とみた宇宙人は下の部屋に逃亡、そこから忽然と姿を消した。
 逃げた部屋には繋がったままの電話が残されていたことから、おそらく電話を使って何かしらの能力か支給品による力で離脱したものと思われる』

電話と聞いて亜理子は回収したセスペェリアのデイパックにあった器械の存在を思い出す。
『電気信号変換装置』。電話のつながった先へ受話器を通じて移動することができるという道具である。
恐らくこれを使ったのだろう。

『あの宇宙人は首輪の情報を回収していったが、あれはこちらにワザと見せつけていたように思える。
 あの研究所は調査した限りあれはブレイカーズの研究所を模したものだったようだが、だからと言ってデータまで再現する必要はない。
 そもそも会場にある施設に重要なデータなど入れておく必要がない。
 わざわざそれを回収する様を見せつけたということは、主催者や首輪の解除を促しているのだろうと思ったが、おそらくはそれだけではない。 それに彼女が自らがジョーカーである事を明かしたのにも違和感があった。
 確かに俺は彼女の行動からその疑念を持った。だからと言って、わざわざ自らの正体を明かすような真似をする必要はない』

探偵に追い詰められて潔く罪を認める犯罪者じゃあるまいし、知らぬ存ぜぬは通用しないまでも自白をする必要はない。

『俺はまずその答えを、他のジョーカーから注意をそらすためではないかと考えた』

ジョーカーが一人とは限らない。自らに注目を集め他から意識をそらすことこそ囮の役目だ。
それが指し示すのは他のジョーカーの存在。
まったくと言っていいほど態度には出さなかったが、正一は研究所に集まった人間の中にそれが潜り込んでいるのではないかと疑っていた。

『結論から言えば全員白だったので、この考えは見当はずれな推理となったわけだが、その答えは次の襲撃者の存在によって得られた』
「次の襲撃者…………?」
『ああ、次に研究所を襲撃してきたのは巨大な機人だった。
 俺はミリアより譲り受けたブレイブスターに乗り、これの対応に出た。
 同じく機人を追って行った悪党商会の半田と共闘して何とかこれを撃破したが力足りず。
 首輪をブレイブスターに預け研究所に向かわせたところで命を落とした』

それが剣正一の終わり。
顛末を聞き終え、後ろで大きく舌打ちする音が聞こえた。

「なさけねぇ」
『まったくだな。返す言葉もない。
 だが、この巨大機人の存在により俺は確信した。
 ――――――参加者には区分があると』
「区分?」
『俺の戦った機人は確かに強い、確かに強かったが、それだけだ。
 はっきり言って俺にはあの機人が生き残れるとは思えなかった。
 あれほど巨大さ、生き残りをかけたサバイバルにおいて目立つということは単純に不利だ。
 目立つということは狙われるということだからな。
 保身もなくただ戦闘行為を繰り返すための機械など、撃破されるために配置されたとしか思えない』

保身なき前進を繰り返す戦うための戦闘機械。
そんな者は参加者から狙われて然る存在だろう。
どれほど強力であれどいつか負ける。
生き残る目など最初からない。
それがわからない主催者でもないだろう。

「つまり、参加者には倒される側の参加者がいるということですか?」
『ああ、そう考えれば自らをジョーカーと明かしたことにも説明がつく。
 参加者に首輪の情報を自分が持っていると見せつけて自分がジョーカーである事を明かす。
 おそらく、それが彼女のジョーカーとしての役割だったのだろう』

首輪の情報を持つジョーカーであるということは参加者に狙われる要素でしかないだろう。
それを自ら明かしたということは自殺志願でなければ、そういう役割だったとしか考えられない。


802 : 探偵物語 ◆H3bky6/SCY :2016/12/01(木) 00:45:08 4C/cd2oI0
『彼女自身がジョーカーである自分の役割をどこまで把握していたかは定かではないが。
 おそらくは彼女が最初に殺される役目だったんだろう。
 少なくともジョーカーを遣わしたゲームマスターの意図はそこにあるはずだ。
 そもそも、宇宙人が体内に取り込んだ情報を得る手段がない。
 あの液体生物を拘束して拷問にかける事のできる能力者など限られているし、奴が吐くとも限らない。
 考えてみればあの行為は本当に、ジョーカーを狙わせるという意図以外の意味がないんだ。
 そして、ジョーカーの行動がワールドオーダーのシナリオ通りだとするならば。
 彼女に首輪の情報を得させたのは参加者の首輪を解除させるためではなく、首輪の情報を得た彼女自身が自分の首輪を解くことだろう。
 参加者に対するヒントは恐らく残された首輪の解除跡の方だ』

首輪の中にあったチップに書かれた数字が『01』であった事を亜理子は思い出す。
最初の一人であるという考察という考察を裏付けるものである。
セスペェリア自身がその役割をどこまで理解していたのかはわからない。
彼女も愚かでなければ、自分が文字通りジョーカーを引かされた事くらいは理解していただろう。

「最初があるといことは、順序に意味はあるのでしょうか?」
『さて、どうだろう。あるのかもしれないしないのかもしれない。
 ただ、これに限らず端々から主催者の意思が見て取れる点は多い。
 これはただの単純な殺し合いではない。
 ただの殺し合いにしては『必要な要素』が足りず『不要な要素』が多すぎる。
 本当にただ殺し合わせたいだけならば、こんなただっぴろい島を会場にする必要はない。
 殺され役のようなボスキャラを配置する必要もないければ、首輪を解くための情報を置いておく必要もない。
 そして、どれもこれもが一つ解けば終わりという訳ではなく段階的だ。
 まるでそう、参加者に障害を乗り越えさせているような意図を感じる。
 参加者を試しているのか、何かを確かめているのかもしれない。奴のいう所の『人間の可能性』とやらを』

人を試す悪魔のように。
人間の可能性を試すための試練。

『だが、そう考えたとしても不合理な点はいくつかある。
 これが何かを選ぼうとしている『試練』のような物だったとして
 生き残った者が=試練を乗り越えた者とは限らない。
 むしろこのような様々な事件が同時多発的に起こる舞台では、与り知らない所で事態が終わっているなんて話の方が多い。
 サバイバルにおいて臆病は十分な武器だ。何もせず隠れ潜んでいた者が最後に生き残るなんて事も往々にしてあり得る。
 何より生き残るのがボス役の参加者である可能性は大きい』
「そもそも、普通の参加者とボス参加者の違いはどこにあるんでしょうか?」
『条件は強さもあるのだろうが、最終的に討たれるという役割を担わされる以上、どういう形であれ目立つ輩であることだと俺は思う』

どれほど強かろうと、いつか討たれる。
魔王ディウスが討たれたのもそのためだ。
勝ち続けた結果、戦いを呼び最後に死神を引いた。
強いということは常に正解ではない。

『おっと、もうタイムリミットのようだ。すまないな。不明確な思いつきばかりになってしまった』
「いいえ、参考になりました」

足元から薄れ始めた正一に礼を言う。
正一は軽く手を上げこれに応え、最後に、最後に沈黙を保っている男へと視線を向ける。

『龍次郎』

正一は周囲の風景とともに消えかかりながら、その名を呼んだ。

『死ぬなよ。そしてできれば殺すな』

ヒーローとしてではなく、ただの従兄弟としての言葉を贈る。
立場上言うべき言葉ではないのだろうが、死んで今更立場もないだろう。
返事を待たず、正一の体が消え、周囲の風景が草原へと戻る。

「……けっ。誰に向かって言ってやがんだが」

そう吐き捨てる。
絶対的な最強を誇る龍次郎の身を心配する人間など、元より片手の指ほどもいなかった。
その全てはこの地においていなくなった。
とっくに消えた最後の一人もまた、幻のように消えていった。

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803 : 探偵物語 ◆H3bky6/SCY :2016/12/01(木) 00:45:56 4C/cd2oI0
『――――――絡新婦。
 400歳を超えた蜘蛛が美女に化け人を惑わすとされる妖怪で、文献などでは着物姿の美女や美女と蜘蛛を組み合わせた造形で描かれることが多い。
 取り分け多くの文献に登場する妖怪ではあるのだが、絡新婦という字を当てるのは『画図百鬼夜行』だけで、他の文献などでは『女郎蜘蛛』と書かれている。
 これは作者の鳥山石燕が『和漢三才図会』から字を当てたためだとされている。
 親蜘蛛は沢山の子蜘蛛を産み、子蜘蛛は火を吹き町や野を焼き払う
 さまざまな場所にいろいろな逸話が残されているが、共通するのはこの妖怪は姿を変えて人を惑わすという点だ。
 本当の姿は誰にも見せず、さまざまなところに糸を張り巡らせて、かかった獲物を捕らえ喰らうという』

聞く者に口をはさむ隙を与えず弁士のような滑らかさで京極竹人は捲し立てた。
唯一直接の面識がなくどう協力を取り付けるかと気を揉んだが、その心配は杞憂だったようである。
誰も彼も話が長いのは探偵という生き物の性なのか。

亜理子は京極に対してこれまでの二人と異なり、時間を割いてこれまで得た情報をある程度掻い摘んだ上で伝えた。
それで半分近くの制限時間を消費してしまったが、致し方ない事情がある。
何故なら、この男に限っては勝手が違う。
この男が所謂、安楽椅子探偵であるからだ。
彼の頭脳を借りるには事件の経緯は必要不可欠だった。

『この事件はまるで蜘蛛の巣だ。
 蜘蛛は恐ろしいまでに慎重に我慢強く、悠長と言ってもいい気長さで細い細い糸を誰にも気づかれぬ水面下で張り巡らせ続けた。
 これは恐るべき偉業だ。蜘蛛は誰にも気づかれないまま世界を自らの巣へと変貌させたのだ。
 そしてその見えない糸に絡み取られた人間はみな知らぬまま蜘蛛の糸に操られる。
 だが、何より恐ろしいのは想像もつかないほどの恐るべき執念でこの巣を張り巡らせたにも拘らず、固執しないという点だ。
 様々な事柄に手を出しているにもかかわらず見込みがないと見るや次へと移る。
 運命の糸を蜘蛛に握られ全てを狂わされる。ここに集められたのはそういう連中だ。
 その糸に雁字搦めに為った者、細い一本の糸に触れた者。程度は違えどみな糸に触れている。
 それらの糸が絡み合った終着点、蜘蛛の巣の中心それがここだ。ここはこそが――――地獄の底だ』

尊敬すら込めた感嘆の声を漏らし、黒い和装の男はそう言った。
自らは一切姿を現さず、世界を餌に人を惑わす絡新婦。
それがワールドオーダーという怪異だった。


804 : 探偵物語 ◆H3bky6/SCY :2016/12/01(木) 00:46:18 4C/cd2oI0
『それなのに私には疑問でならない』

言葉を止め、空を見上げた。
ふと息を吐く。
緩やかな風が吹き、雲が流れた。

『――――――何故、彼は姿を現してしまったのだろう?』

黒い着物が翻る。
京極の語る人物像が正しければ、蜘蛛は表舞台には最後まで決して姿を現さないはずだ。
それは制限時間がある故の焦りが見せた隙だと亜理子は考えていたが京極はもっと別の可能性を示唆していた。

『蜘蛛に限らず、古今東西、姿を変え正体を隠して人を襲う怪物が正体を現す瞬間が二つある。
 一つは退治される直前だ。この場合は必然、妖力や法力がなくなって正体が示されるという場合だ。
 そしてもう一つ、獲物を喰らうときだ。これは物語的な都合、人を喰らう怪物であるという記号的意味合いが強い。
 さて、今回の場合はどちらなのか?』
「姿を見たと言っても、あの姿も仮初の一つなのではなくて?」
『ああ、それもあるだろう。だがそれにしたってあんな形で明かす必要はない』
「姿を見せたこと自体が、なにか目的の一つだと?」
『そこまではわからない。姿を見せたといっても全世界的に公開したというわけではなく我々の前に現れたというだけの話であるわけだしね。
 只、あの露骨な演出はやはり可笑しい。あれでは自らに恨みを抱け、と言っているような物ではないか』

確かに。
あの男に、恨みを抱くのが当たり前すぎてその切っ掛けについて見落としていた。
今回のような殺し合いをさせるにしても、わざわざ姿を見せずともやりようはいくらでもあったはずだ。
これでは、恨みの向け先、対主催の指針を作っただけである。

『いいかい、お嬢さん。物事には必ず理由がある。
 魍魎のようなふとした通り物にだってそこに至るまでの因果というものが確かにあるんだ。
 後付けの動機などというものに意味はなくとも、それをなすまでの過程には意味がある。
 何もないところからは何も発生しない。
 この世には不思議なことなんて何もないのだよ』

黒い着流しの男は片目を閉じてそう言った。
だがその言葉は異能や異形が溢れるこの世界では空々しい言葉だ。

『それは違う。
 人の持つ当たり前がおかしいのなら、それは世界がおかしいのだ。
 そしておかしいにはおかしいなりの理由がある。その理由を知る事だ。
 真実は――必ずその先にあるのだから』

拝み屋が黒い着物の裾を翻す。
それはまるで黒い翼を広げた鴉のようだ。
彼岸花が揺れる。

『いいかね。他の誰にも理解ずとも、狂人には狂人なりの規則があり法則がある。
 そのことを努忘れない事だ』

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805 : 探偵物語 ◆H3bky6/SCY :2016/12/01(木) 00:47:02 4C/cd2oI0
『――久しぶり、という程ではありませんね。何せあれからまだ1日と経っていない。
 真逆もう一度再会があるとは思ってもみませんでしたが』

最後に呼んだのは探偵ではなかった。
二度と再会することはないと思っていた彼女の助手。
死者との対話は厳密には再会ではないのかもしれないが。

「一ノ瀬君――――――」

震えを悟られぬよう凛と張った声で、その名を呼ぶ。
それでも、もう会えないと思った人物を前にして、亜理子は先ほどの龍次郎のように心強く在れるだろうか。
鈴のような響きに男は視線を向け応える。

「お願い――――私を助けて」

飾り気のないシンプルな言葉で請うた。
その言葉に、何事にも興味を持たないような顔のまま、男は女の目を真っ直ぐ見つめ、当然のように言う。

『――――もちろんだ』

難しい話じゃない。
助けを求められれば助ける。
友人の頼みとあれば、当たり前のことだった。

『では、時間も限られているでしょうから手短に。
 まず一つ、貴女の不安を解消しておきましょう。
 安心なさい。あれはそういう能力ではない。我々は間違いなく本物です』
「どういうこった?」

ハッとした顔で頷く亜理子はそれだけで理解し、何かに納得したようだが。
何の話をしているのか、いまいちついていけない龍次郎は思わず口を挿んだ。

『この殺し合いに呼ばれた参加者が全員。
 あの少年Aのようにワールドオーダーの能力によって書き換えられて生み出された存在であるという可能性です』
「あぁ…………ぁ゙あ゙ん!?」

考えもしなかった可能性を提示され龍次郎は驚愕に声を荒げた。
対して、その横にいる亜理子は眉を顰め険しい表情をしているが驚いたような様子はない。
それは彼女も、最初から心の奥底で危惧していた可能性である。

『誰もが一度は考える可能性でしょうが、それはあり得ないとその不安を取り払ったというだけの事です』

片目を髪で隠した男はそう断言する。
その妙に確信めいた態度に、龍次郎は首をかしげる。

「なんでそう言い切れる」
『それは私もあの能力を使えるからです』
「あんだと?」

溜息を一つ。
時間がないと言っているのに喰いついてくる龍次郎に若干の呆れを覚えながら。
仕方ないと一ノ瀬は結論に至った根拠を明かす。

『私は、一度見た異能は自分のモノにできる力を持っています。精度は落ちますがね』

信じ難い破格の能力。
亜理子に視線を向けると、嘘ではないと肯定するように頷いた。

「なるほどなぁ、それで?」
『あれができるのは上書きではなく追記です。つまりは元の記述は残るんですよ。
 だから元となった人間がいる以上、その記憶も人格もどうしようもなく残ってしまう。
 彼が彼足りえているのは、強烈なワールドオーダーという自我がそれらを塗りつぶしてしまうからにすぎない。
 仮に我々がそうであったとしても、己が己であったと言う自覚は消去できないのです』

圧倒的な黒が全てを塗りつぶすように
ワールドオーダーという浸みが意識を侵食する。
この会場にいるワールドオーダーもそうして生まれた。


806 : 探偵物語 ◆H3bky6/SCY :2016/12/01(木) 00:47:35 4C/cd2oI0
『納得して頂けたのなら、本題に入りましょうか。
 貴女と別れてから私が如何にして死んだか。
 あの後、僕はワールドオーダーと直接対峙する機会を与えられました』
「やっぱり…………」

そんな気はしていた。
死神と一ノ瀬の死亡タイミングの誤差。
そこで行われた何らかの交渉が決裂し、一ノ瀬は殺害されたのだ。

『そこで、あの男は私に選択肢を提示した。
 もう一度殺し合いに戻るか、その場で殺されるか、帰還するか、という三つの選択肢をね』
「帰還って?」
『そのままの意味ですよ、元の世界に帰還を促された、という事です』

他の選択肢と比べ、帰還を促すというのは明らかに釣り合っていない。
どう考えても話が旨すぎる。

「そんなもん、テメェを躍らすための嘘だろ」
『いいえ、嘘ではない。この僕が云う以上――間違いはない。
 彼は本気だった。断りはしたものの僕がその選択を受け入れていれば本当に元の世界に帰してくれていたでしょう』

何とも信じがたい話だが。
観察眼に優れた一ノ瀬が言うのなら本当なのだろう。

「……けれど、それは」
『そう、この殺し合いを履行する側の人間として、そんな判断はあり得ない。
 彼が小物一人逃したところで大勢に影響がないと考えていたとしても、僕が国家なり相応の組織に知らせる危険性は見過ごせない。
 仮に彼が世界すべてを敵に回しても勝利できる力を持っていたとしても、世界すべてと戦争するような手間と僕一人処分する手間を比べればどちらを選ぶかなんて考えるまでもない。
 それこそ、まるでその先を考えていないのではないかと思うような判断だ』
「まさか、そんな」

周到に周到を重ねた男だ。
あの男に限って考えなしなんてことはあり得ない。

「……何か、別の考えがあるということかしら?」
『いいえ、考えではなく違う可能性もあるでしょう』
「どういう意味?」
『その先を考えていないのではなく、その先を考える必要がないという可能性ですよ』

だがそれは、ただの言葉遊びだ。
亜理子には理解できなかった。

『誰が何をしようと『世界』は変わらない。
 だが、『世界』は変わると信じた者が世界を変えようと、彼なりの言い方に倣えば『革命』せんとした。
 これはそれだけの話だ。前に言ったでしょう、これは認識だと』
「分からないわ……私には」

一ノ瀬の言葉は何時だって亜理子の先を行く。
早鐘のように胸が打ち痛みのような焦燥に駆られる。
一ノ瀬は気にせず、言葉を続ける。

『いいですか。『神様』への『革命』という目的が真実だとするならば、全ての始まりはそこにある。
 どうやら我々の考える『神様』と奴の『神様』には何か隔絶した差異がある。
 奴にとって『神様』とはなんなのか。それが始まりで辿り着くべき結末だ。
 この謎を解けば自ずと事件の全容は明らかとなる』

奴がこれまでしてきたこと、これから成そうとしていること。
全てはそこに繋がっている。


807 : 探偵物語 ◆H3bky6/SCY :2016/12/01(木) 00:49:04 4C/cd2oI0
「それが何なのか……貴方なら、わかっているんじゃないの?」

亜理子には分からない。
けれど一ノ瀬ならば。

『真逆。それが分かっていれば、こうして無様を晒していませんよ』
「そんな……無理よ、貴方にもできないことを私にだなんて」

龍次郎がいることも忘れ、甘えのような言葉が漏れる。
彼の前では強い自分という嘘の仮面が剥がれ、弱音を吐いてしまう。
だが、一ノ瀬は一切の甘えを許さず、ゆるりと首を横に振る。

『それこそ買い被りだ。僕はどこにでもいる平凡な高校生に過ぎない。
 僕にできることなど精々、嘘を暴く程度の事だ。
 事件の謎を解く、これは探偵である貴女にしかできなことだ、生きている貴女にしか』

亜理子が探偵を名乗ったのは居なくなった誰かを探すためだ。
それでも探偵を名乗った以上、その責務を果たさなければならない。
死者である一ノ瀬ではなく生者である亜理子が。

『そうですね。最後に一つ、特技に肖って彼の嘘を暴くとするならば。
 ワールドオーダーは――――『人間の可能性』なんて信じちゃいない。
 そもそも他人に期待なんてしてない。信じているのは自分と自分の計画だけだ
 憎悪を抱いているならまだマシだ、奴は人間に好悪すら抱いていない。
 だが人間を愛していないが、人間の為す行為は愛している。人間の住む世界を愛している。
 その執着を断ち切ることは不可能に近い。
 今となっては負け惜しみのように聞こえるでしょうが。
 奴が臆病者の小物であるという評価を覆すつもりはありません。
 小物だが、その小さな器を全てその執着に向けている』

不要なものはなく、それこそ人間性すらもかなぐり捨ててまで。
だから性質が悪いんです、と一ノ瀬は愚痴る様に言った。

そこで、一ノ瀬の体が消え始めた。
もう、時間だ。

二度目、いや三度目の別れが訪れる。
あの時の無様は晒せない。
最後に、強い意志を示す。
強がりかもしれないけれど。

「それでも、勝つわ」

震える膝を抑え付け乍ら真正面から彼を見つめ、そう宣言した。
男は感情を読み取れぬ顔で一つ眉を閉じ、噛みしめる様に言う。

『そうですか。
 ならば勝利条件を見直すべきだ、打ち滅ぼしたところで止まる類の手合いではない。
 決定的で致命的な一手を、真実共に見つけ出すんだ』

光に溶ける様に消えてゆく。
幻想的なようであり、どこか物哀しい。
消えてしまった人に、別れの言葉を。

「さようなら一ノ瀬君。私は貴方を忘れない」

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808 : 探偵物語 ◆H3bky6/SCY :2016/12/01(木) 00:49:27 4C/cd2oI0
全ての対話を終えて、亜理子がまず行った行為は食事だった。
極限状況にあったから空腹を感じる余裕もなかったが。
どうやらかなりの空腹にあったようで、普段は食の細い亜理子が男子高校生のようにガツガツと食料を口に放り込み胃に流し込んでいく。

「…………ケーキが食べたいわね」

味気のないパンを口にしながら愚痴のように零す。
将棋の棋士が対局後に2、3kg体重を落とすことがあるというように、思考には大量のエネルギーが必要である。
そして脳内を活性化させるにはブドウ糖が必要であり、そのために砂糖をたっぷり使った物が食べたいというだけだ。
甘いものが食べたいというスイーツ的な理由ではない。まったくないとは言わないが。

ともかく、ないものねだりをして仕方がない。
亜理子は口に詰めたパンをもしゃもしゃと咀嚼し水で押し流す。
ゴクンと飲み込み、頭の中で得た情報を整理していく。

【首輪】【隠されたチップ】【目的】【仮定】【繰り返し】【追記】【ジョーカー】【宇宙人】【人間の可能性】

四人から得た情報、これまでに得た情報、自分の考え。
それら全てを海を泳ぐようにして思考を巡らせる。

【絡新婦】【蜘蛛の巣】【地獄】【参加者】【区分】【蠱毒】【結果】【特別になる】【殺され役】【試練】

全てが真実ではない。
一つ一つ丁寧に真偽を精査しながら取捨択一を繰り返す。
足りないパーツは補完して、ここにある手札で勝負する。

【焦燥】【認識】【姿を見せた蜘蛛】【自殺願望】【狂人】【法則】【劣化】【順序】【段階的】【シナリオ】

様々な組み合わせのトライ&エラーだ。
パズルのピースをはめ込むようにして全ての点と点を思考の糸で繋ぎ合わせる。
少しずつ、だが確実に穴は埋まってゆき、真実という一つの絵を描いていく。

【探偵】【怪物】【恨みの矛先】【一枚の絵】【先のない】【世界】【革命】そして【神様】

その実像が明らかになって行き、全景が僅かに見えてきたところで、探偵は信じられないという表情でぽつりとつぶやく。

「嘘……こんなのが真相なの……?」

それはあまりにも荒唐無稽でバカらしい結論だった。
だが、与えられた情報を統合すれば自然と見えてきたのがそれだ。
間違っているとは思えなかった。

「―――結論は出たようだな」

呆然とする探偵に、これまでその様子を見守ってきた悪の大首領が声をかける。

「それで、説明はしてもらえるんだろうな?」
「……それはもちろん。けれどもう放送が始まる時刻ですので、ひとまず結論だけ」

四人との対話により時間を食った。
放送までもう間はない。
その前に、簡素に探偵は最終結論を告げる。


「ワールドオーダーは――――――世界を終わらせるつもりなんです」



【E-9 草原/夕方】
【剣神龍次郎】
[状態]:ダメージ(小)
[装備]:ナハト・リッターの木刀
[道具]:基本支給品一式、謎の鍵
[思考・行動]
基本方針:己の“最強”を証明する。その為に、このゲームを潰す。
1:亜理子の推理を聞く
2:協力者を探す。
3:役立ちそうな者はブレイカーズの軍門に下るなら生かす。敵対する者、役立たない者は殺す。
※この会場はワールドオーダーの拠点の一つだと考えています。
※怪人形態時の防御力が低下しています。
※首輪にワールドオーダーの能力が使われている可能性について考えています。
※妖刀無銘、サバイバルナイフ・魔剣天翔の説明書を読みました

【音ノ宮・亜理子】
[状態]:左脇腹、右肩にダメージ、疲労(中)
[装備]:魔法少女変身ステッキ、オデットの杖、悪党商会メンバーバッチ(1番)、悪党商会メンバーバッチ(3番)
[道具]:基本支給品一式×2、M24SWS(3/5)、7.62x51mmNATO弾×3、アイスピック
    双眼鏡、鴉の手紙、電気信号変換装置、地下通路マップ、首輪探知機
    データチップ[01]、データチップ[05]、データチップ[07]、セスペェリアの首輪
[思考]
基本行動方針:この事件を解決する為に、ワールドオーダーに負けを認めさせる。
1:ワールドオーダーの『神様』への『革命』について推理する。
2:データチップの中身を確認するため市街地へ
※魔力封印魔法を習得しました


809 : 探偵物語 ◆H3bky6/SCY :2016/12/01(木) 00:49:40 4C/cd2oI0
投下終了です


810 : 名無しさん :2016/12/01(木) 09:46:41 UuxjA2wc0
投下乙


811 : 名無しさん :2016/12/07(水) 15:08:44 Xdq0NrhM0
考察回をこうも面白く書けるのが羨ましい。


812 : ◆H3bky6/SCY :2016/12/26(月) 02:01:33 phqo2kKg0
投下します


813 : 夢の終り ◆H3bky6/SCY :2016/12/26(月) 02:02:10 phqo2kKg0
「………………………………………………」

夜の臭いが混じり始めた温い風が凪いだ。
誰もいない草原で、一二三九十九は立ち尽くす。
鉄の臭いが鼻を衝いて、思わず口元を押さえる。
いつも明るく光り輝いてきた瞳は色をなくし、沈んだ昏い瞳で足元の光景を映し出していた。

それを見つけたのは合流地点である探偵事務所を目指す、その道中での事である。
彼女の足元には一つの終わりが横たわっていた。

腰と胸部は黒くぽっかりと空いた穴を中心に赤く衣服が染め上げられ、周囲の地面は何かを吸ってぐずぐずの赤い土壌を作り上げている。
頭部にも小さな穴が開いており、飛び散った中身が赤とは違うグロテスクな彩となっていた。
末期の顔は苦悶と絶望に満ちたものへと成り果て、いつも自身に満ち溢れていた表情は見る影もない。

何故、という悲しみ。
どうして、と言う困惑。
こんなことができる人間がいる、という恐怖。
許容不可能なほどの様々な感情が入り混じり、少女の心をかき乱す。

だが、少女の中にはそれらの感情を塗りつぶす燃え上がる炎があった。
一二三九十九は怒っていた。
心に灯った炎はぐちゃぐちゃの感情を焼き尽くし、狂いそうなほどに頭を過熱させる。
何に対してではない。彼女はすべてに怒っていた。

睨みつけるように世界を見る。
そこで点々と続く血の跡があることに気付いた。
その道筋を辿るように視線を移す。
そして少し離れたところで、ふらふらとした足取りで立ち去っていく初老の男の後姿を見つける。
それが、自らを撃った男であると理解した瞬間、彼女の足は駆けだしていた。

「ッ…………待って!」

逃げるために立ち去るのではなく、立ち去ってゆく背を追いかけ呼び止める。
呼び止められた男、サイパス・キルラは気だるそうな態度でゆっくりと振り返った。
よほど疲弊しているのか、その態度に覇気はない。
ただその眼光だけが陰る様子もなく、剣呑な光を放っていた。

その鋭さに息を呑む。
鉄火場で打ち据えられた刃のようだ。
彼に撃たれた傷が熱を帯びたように疼いた。
ジワリと背中に汗がにじむ。

だが、ここで怯むようでは一二三九十九はやってない。
彼女は誰にだって言いたいことを言ってきた。
これまでだって、これからだって。

「あなたが、若菜を殺したの?」

真正面から相手の目を見据えて率直に問う。
己が罪科を問われた男は表情を変えず、動くべき感情は見受けられない。

「……そうだが?」

誤魔化すでもなく肯定する。
否定する理由もない。彼にとってはそれだけの事。
次の獲物が来た、それだけだ。

いつでも抜き出せるよう、そっと腰元の銃に手を添える。
殺し屋の目から見て、九十九の立ち振る舞いからは脅威を感じられない、素人のそれだ。
とは言え、ここまでこの地獄を生き延びた参加者であることも確かである。

仇討のつもりかと思ったが目の前の少女からは怒気は感じられるが、殺気らしきものは感じられない。
第一、殺したいというのなら最初にぶつけるべきは声ではなく鉛玉だろう。
一体何を考えているのか、相手の意図を測りかねている。
何か切り札があるかもしれないし、何かの罠かもしれない。
警戒を解く理由もなく、サイパスは慎重に相手の出方を窺っていた。

「どうして、若菜を殺したの?」
「どうして? 下らんな。殺し合いなのだから当然だろう」

どうしてなどと、下らない問いである。
どうして殺すのかなのかなどと、追い詰めた標的にから罵るように幾度も聞いた。
そんな言葉は聞き飽きている。

「当然……そんな訳ないじゃない! 殺しあえって言われたから殺しあうの?
 ちゃんとは考えて行動しなさいよ、バカじゃないの!」

少女は感情を爆発させるように猛った。
だが、罵りも命乞いも殺し屋の耳には届かない。
余りにも無体な相手にこれ以上は無駄かと、サイパスは腰元の銃を抜刀のように引き抜いた。


814 : 夢の終り ◆H3bky6/SCY :2016/12/26(月) 02:02:45 phqo2kKg0
「あなただって人殺しなんてしたかったわけじゃないんだから!」
「…………なんだと?」

速やかに眉間と心臓を打ち抜かんとするサイパスの手が止まり、思わず問い返す。
それほどまでに少女の言葉は場違いで、的を外れていた。
つい手を止めてしまったのは、その声に嘲りや懇願ではなく、憐憫や悲哀が含まれていからだろう。
男は奇異の目で目の前の女を見る。

「何を……」
「だってそうでしょ、理由もなく誰かを殺したい人なんていない」

一二三九十九の怒りはそういうものだった。
誰かを殺した誰かにではなく。
誰かを殺さなくてはならないこの状況そのものにだ。
この世界に、恨むでもなくただ純粋に怒りを燃やしていた。

だが、それは違う。
その認識は少女の世界が狭いだけの話だ。
血と臓物を好む異常者など吐いて捨てるほどいる。

「あなただって好き好んで人を殺したかった訳じゃない」

バカな話だ。
好きも嫌いもない。
殺す必要があるから殺すだけだ。

「…………黙れ」

彼女の言葉は徹頭徹尾どこまでも見当はずれだ。
だと言うのに。どうしてここまで彼女の言葉に苛立ちを感じているのか。

「本当に、こんなことがあなたのやりたいことなの?
 違うでしょ……! もっと別の、何か、やり方が……!」

感情は言葉にならず涙となって流れた。
整理のつかないまま感情を吐露する。
何が言いたいのか、どうしたのか、恐らく本人にも理解できていないだろう。

そうしたかったから?
違う。そうする事しか知らなかったからだ。
従う従わないの問題ではなく、それ以外の選択肢など彼にはない。

別の選択肢など無い。
別の生き方など知らない。
そんな可能性は最初から奪い取られれている。

……いや、それも違う。
一度だけ、人生においてほんの瞬き程の刹那。
そうではないと言われた瞬間があった。

ああそうか、と。
殺し屋は自らの苛立ちの根源を理解した。
その言葉は、その過去を想起させる。
失われた、もう得られないその過去を。

「私は絶対に認めない。人を殺して当たり前なんて、そんな言葉も、そんな言葉を言い訳にしてるあなたも……!」
「黙れ!」

言葉を断ち切る様に、怒声のような銃声が響いた。

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815 : 夢の終り ◆H3bky6/SCY :2016/12/26(月) 02:03:07 phqo2kKg0
『…………サイパス』

月の女神も眠るような静かな夜だった。
人通りのない通りの影となった死角に、気配すらなく立つ男が一人。
闇に光る銀の髪。その眼光は刃のような鋭さを湛えている。
全身から放たれる気配はどうしようもない暗闇。
決して日の当たるところでは生きられない影のような男だった。

『どうした? お前の方から話しかけてくるなんて珍しいな、バルトロ』

そんな男が自ら誰かに話しかけるなんて事は珍しい。
それなりに長い付き合いになるが、もしかしたら、サイパスに対して語りかけるのは初めての事かもしれない。
それだけで余程の事態だと察することができる。
少なくとも楽しい雑談などにはならないだろう。

『……俺の子を、お前に託したい』
『なんだと…………?』

それはあまりにも唐突な内容だった。
やはりこの男、圧倒的に言葉が足りない。

バルトロの息子――彼が組織の女に産ませた名はルカだったか。
母となったのは殺人と自傷に依存した心の弱い女だった。
子を産んで、虐待に走る様になり最後には自殺した、そんな女だ。

バルトロは最強の暗殺者として自らの研鑽にしか興味がないような男だった。
人間から殺し以外の機能を取っ払ったような、殺し屋としてしか生きられない男だ。
恐らくあのメンバーの中で人として一番破綻しているのがこの男だろう。

だが、ルカが生まれてからは、憑き物が落ちたように息子の育成に執心しはじめた。
あるいは親が子に自らの夢を託すように。
そんな当たり前のどこにでもあるような行為を、この男が。

『何故だ? ルカの教育はお前がしているだろう?』
『……ああ、そうだ。技術は叩き込んだ、心もどんな時でも平静で居られるよう俺が造り上げたが……まだ足りない。
 アイツはアレに似て心が弱い…………だから、これから最後の試験を課す』
『最後の試験……?』

ああ、とバルトロは冷たく静かに笑う。

『……これがクリアできれば、きっとあいつは誰でも殺せるようになる。最高の暗殺者になれる』

遥か遠く、星々を見上げる様に、彼の視線は空を見ていた。
完成した我が子の未来を夢見るように。

『……だから、その後はお前に頼む』

その言葉で、サイパスはこれから行われる試験がどういった物かを理解した。
それが本人の望みだというのなら止める理由などない。
だかわからない。

『何故、俺に。アヴァンなり、サミュエルなり、頼むのなら他に適任がいるだろう』

何故サイパスなのか。
組織の教育係として定着しつつあるサイパスに育成を任せるのはまだわかる。
だが、バルトロが言っているのはそれだけではないだろう。

こういった手合いを好き好んで引き受けるアヴァンは元より。
サミュエルもあれで、自分の兵隊(みうち)に対しては面倒見がいい男だ。
サイパスとバルトロは特に仲が良かった訳でもない。
子を任せるなら他に誰でもいるだろうに。

『何故、か。そうだな…………』

丁度いい言い回しが思いつかないのか、暗殺者は暫し無言のまま逡巡して、立ち去り際ようやく口を開いた。

『……お前になら託せる、からだ』

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816 : 夢の終り ◆H3bky6/SCY :2016/12/26(月) 02:03:39 phqo2kKg0
声を殺して泣いている少女を抱え少年が走っていた。
勇者に討たれた邪龍を助けんと少年の拘束から発狂したように暴れていた少女だったが。
距離が離れていくうちに徐々に力を失い、やがて完全に抵抗を止めた。
少女はまた友を失ってしまった。

「…………降ろして」

十分に走った後、涙と共に枯れた声が少年の耳に届いた。
少年はゆっくりと減速して足を止めると、担いでいた少女の身を下す。
少女はその場にペタンと座り込み、俯いたまま地面を見る。

頬に付いた既に乾いた涙の跡を拭う。
少女は、ここに来て少し涙を流し過ぎた。
少女にとってつらいことがありすぎた。
必死に前に進もうとしても、また振出しに戻ってしまう。
己が無力に苛まれ情けなさで死にそうになる。

「ゴメン…………何度もゴメン、私こんなで…………」

気を落とす少女を前に、少年はどうしたものかと困ったように頭を掻く。
無理矢理に引きはがしたのは自分だ。
恨み言を吐かれるくらいは覚悟していたが、沈むように落ち込まれるとどうしようもない。
生憎、優しい言葉を懸けられるほど器用な人間だとも思っていない。

「顔上げろよ、水芭。お前は頑張ってるよ」

気にするなとは言えない。むしろ大いに気にすると良い。
残念だった、なんて言葉で片付けられるものでもないだろう。
ただ己を卑下することはない。

「……ダメだよ、頑張るだけじゃ」

結果が伴わなくては意味がない。
伸ばした手が届かなったのが堪えたのか、ユキは沈んだままだ。

「いいんだよそれで、お前らはそれでいい。諦めなければそれでいいんだ」

少女は雪のように弱く脆い。
それは変えようのない事実だ。
だが、弱くとも、それでも強くあろうとしている。
それだけで十分だろう。

「結果なんてもんは水物だ。求めるなとは言わねぇが拘るな。
 足を止めて落ち込むのは、最後の最後でいい」

足掻き続けろと。
空回っても報われなくとも、足を止めることなく走り続けろ。
まだ求める物があるのならば。
そう、どこまでも残酷で優しく少年は告げていた。

「ほら、立てよ」

へたり込んだ少女に少年が手を伸ばす。
立ち上がるための手を。

「…………新田くん」

少女が手を伸ばす。
また立ち上がって進むために。

だが、その手が取られる寸前、どこかから銃声が聞こえた。

その音にいち早く拳正が反応する。
音の大きさからして、遠くはない。
銃声の方向を見つめる拳正が大きく目を見開く。
それはユキが見たことのない表情だった。

「ゥォオオオ―――――――――ォオオオッ!!」

拳正が叫んだ。
獰猛な獣のように。

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817 : 夢の終り ◆H3bky6/SCY :2016/12/26(月) 02:03:57 phqo2kKg0
それは病室のような部屋だった。
白い部屋の中心にそびえる巨大なベット。
部屋中に様々な医療器具が所狭しと置かれおり、中央に眠るやせ細った男向かって幾つもの管を伸ばしていた。
これが殺し屋組織の長たる男の自室である。

大抵は呼吸器をつけて日長眠り続けているが、数日に一度、数時間だけ目をさまし意識を取り戻すことがある。
その間に報告、連絡をまとめ組織の方針を指し示す。それがボスとしての彼の仕事であった。
主にその相手を務めるのはアヴァンの役割だが、月に2、3度だけサイパスが呼ばれることがあった。
だが事務的なアヴァンとのやり取りと違い、彼と彼が話すのは何時だって同じ内容だ。
そもそも彼らに共通する事柄など一つしかない。

『……サイパス……お前は、今の組織をどう思う…………?』

だが、その日だけは少しだけ趣が違った。
老人のように嗄れた声の中には死神すら逃げ出す程の身震いするような凄みがあった。
その言葉に、巨大なナイフで果物の皮を剥き乍ら何でもない声で答える。

『別に、何も』

その連れない返答が気に喰わなかったのか、病人は吐き捨てる様にふんと強く息を吐くと、ごほごほと咳き込み始めた。
震える手で枕元のテーブルに置いてある錠剤を一掴みにすると乱暴に口に放り込み、グラスに注がれた温い水で流し込む。
咳が納まりようやく落ち着いたのか、カイザルは本題を切り出した。

『…………俺が死んだら……組織はお前が継げ』

一瞬、空気が凍ったような沈黙が落ちる。
カイザルはそれ以上何も言わず、サイパスの返答を待っていた。

『なんだ? そろそろ死ぬ気にでもなったのか』
『……バカを言うな、クズめ。ただ……この俺は万が一を考えず、全てを台無しにする無能ではない……というだけだ』

冗談めかしてはぐらかそうとするが、誤魔化しを許さない真剣な瞳に見据えられ、観念したように溜息をつく。

『……無理を言うな。俺にお前のような才覚はない』

カイザルのように学もなければ、才能もない。
人を纏め上げる方法など恐怖しか知らない、組織の運営方法など想像もつかない。
できるのは誰かを傷つけ殺す事だけ、そんな事しか知らない。
そんな己に組織の長などできる訳がなかった。

『未だにアンナに縛られているのは俺とお前だけだ』

思わず言葉を失った。
妄執の中にいるこの男の口から、そんな言葉が出るだなんて意外だった。
それを自分に告げるというのも。

『……自覚していたとは意外だな』

動揺を気取られぬよう皮肉げにそういうと、病人は吐き捨てるように皺枯れた口元だけで笑った。

『…………そうだ。俺は、この執着に執着している』

自覚的な執着を自嘲するのではなく誇る様に。

『お前は違うのかサイパス』
『俺は…………』

違う、と言おうとしたが、どういう訳か喉に詰まったように言葉が出なかった。

『組織の運営などどうでもいいことだ……俺にとっては、そっちの方が重要だ』

組織のボスとして問題発言とも言える言葉を平然と吐く。
そう言う男だ。サイパスも今更問題にはしないが。
彼(カイザル)にとって組織とは彼女(アンナ)だ。
彼にとってはそれが全てで、それ以外はどうでもいい。

『だからお前しかいない。お前がやれサイパス』

答えられず、サイパスは顔を伏せる。
彼には理解できなかった。

何故。
何故なのか。
何故、自分なのか。

だって、自分には、何もないのに。

どいつもこいつも、自分勝手に託してゆく。
何も持たずに生まれ落ちて、何も得られずに生きてきた。
そんな自分に何の期待をかけられるというのだろうか?

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818 : 夢の終り ◆H3bky6/SCY :2016/12/26(月) 02:05:23 phqo2kKg0
銃弾は少女の首元を掠め、その髪を散らした。
つぅと垂れる首元の血も拭わず、叫びだしたくなるような恐怖を堪えるように口元を結んで、睨み付ける目は逸らさない。
叫んだら負けだ、目を逸らしたら負けだ。
それが何もできない少女の、精いっぱいの戦いだった。

サイパスが銃撃を外したのは疲弊や疲労もあるだろうが。
それ以上に、感情に任せて戦う事に慣れていなかった故か。

だが、それもここまで。
二度目の奇跡はない。
冷静さを取り戻したサイパスがもう一発引き金を引けば終わる話だ。

「ゥォオオオ―――――――――ォオオオッ!!」

だがそこに獣の叫びが響いた。
その雄叫びに中てられた土壇場の二人が反応する。

「――――――――拳正!?」
「ケンショウ―――――ッ!」

同じ名を呼ぶ驚きの声は双方から聞こえた。

その叫びは怒りでも決死の覚悟を示すものでもなかった。
自らに注意を惹きつけるためのである。
いつでも殺せる無力な女と、こちらに迫る戦力持ちの男。
これらを天秤にかけたサイパス・キルラは戦闘機械のように半ば自動的に最適解を選択する。

銃口が駆けだした男へと構えなおされ、タンタンタンとリズミカルに銃声が鳴り響く。
弾丸の雨に晒された拳正は回避などせず、頭部と心臓という致命的な急所だけを両手で覆い最短距離を駆ける。
数発の弾丸が肉体に直撃し、赤い鮮血が飛び散った。

M92FSから放たれた9mmパラベラム弾は多くの国の警察に採用されている規格の弾丸だ。
その主な用途は人殺しではない。
マンストッピングパワーが不足しているため暴徒鎮圧にも数発を必要とする。
つまり受ける、と覚悟を決めた男の足を止めるには足りない。

一切の迷いなく駆け抜けた拳正は、間合いに届く一歩手前で僅かに強く地面を蹴った。
跳躍しながら振り抜かれた蹴り足はサイパスの頭部に向けて放たれる。
サイパスは身を低くしてこれを回避。
しかし、蹴り足を下げる反動で振りあがった逆足が、下がった頭めがけて跳ね上がる。
連環腿。八極拳における二段蹴り。
サイパスは小さく舌を打つと、後方へと飛びのき大きく身を引いた。

「よう」

九十九を守るように身を割り込ませた拳正は目の前のサイパスへと声をかける。
睨み付ける眼光は鋭いが、血まみれの両手はだらりと下げたままである。
悪魔の体皮を持つ少年のように、銃弾を受けて無傷とはいかない。

「拳正、あんた……腕、血ッ!」
「九十九。俺が来た方向に水芭がいる、合流して隠れてろ」

拳正はちらちと若菜の死体を一瞥し、状況理解すると、振り返らずに後方の少女へと告げる。

「けど…………」
「うるせぇ! とっとと動け。ここにいられちゃ邪魔なんだよ!」

足手まといであるという自覚はあるのか、そう言われては返す言葉もない。

「…………死んだりしたら怒るからね」

そう言って女は去り、残された二人の男が睨み合う。

「腕は、動くのか……?」

腕はだらりと下げられたままである。
先ほどの一撃に足技を使ったのは手が使えないからなのか。
本当に動かないのか、それとも油断を誘うためのブラフか。

「さぁな、試してみろよ」
「そうだな」

サイパスが銃口を傾ける。
拳正に向けてではなく、去っていく九十九の背に向けて。
女を守るべく盾となり自ら射線に入るか、動揺に判断を遅らせるか。
いずれにせよ拳正の隙は作れる。

躊躇いなくサイパスが引き金を引く。
銃声と同時に、拳正が地を蹴った。


819 : 夢の終り ◆H3bky6/SCY :2016/12/26(月) 02:05:52 phqo2kKg0
放たれた弾丸は九十九の後頭部に吸い込まれるように飛んだ。
もはや一秒先の死を回避することは不可能である。
だが、その不回避の死が、地中から立った氷塊に阻まれた。

拳正はその結果を振り返らず、ただ前へ距離を詰めた。
隙を突かれたのはサイパスの方である。

サイパスは間合いを詰めてきた相手に対して咄嗟に前蹴りを放つ。
だがその場しのぎの一撃など、見切るに容易い。
拳正は紙一重で蹴りを避け、懐に強く踏み込むと大地に深い足跡を刻んだ。
震脚。放たれた掌打がサイパスの脇腹に直撃した。

「ぐ…………ッ!」

衝撃に肺から息が吐き出される。
腕の怪我はやはりブラフ。
だが威力は低い、十全ではない。

サイパスはその場に踏みとどまると、振り上げた銃のブリップで拳正へと殴りかかる。
それを円の動きが絡め取る、拳正の化勁。
受け流しからカウンター気味に顳を打ち、さらに返す手で腹部を強かに打つ。
三迎不門顧。流れるような連撃を見舞まわれ、これにはたまらずサイパスも踏鞴を踏んだ。

超近距離戦では八極拳士たる拳正に分がある。
距離を取らねばならない。

サイパスは手にしていた銃の引き金を連続して引いた。
狙いをつけない適当撃ちだったため弾丸は簡単に回避されたが、牽制にはなった。
獣のような動きでサイパスが後方へ跳び、距離が開く。

素手の間合いではない武器戦の間合いだ。
拳正は無理に間合いを詰めず、狙いを定めさせないための横の動きに徹する。
先ほどとは違い無理をする場面ではない、じっくりと勝機を窺う。

その動きに合わせて銃口を滑らせながら狙いを定めるサイパス。
だが、背後から首筋にヒヤリとした冷気を感じ、銃を撃つ前にサイパスは跳んだ。
次の瞬間、地面から尖った氷山が突き立ち、先ほどまでサイパスがいた位置を串刺しする。
サイパスは空中で身を捻りながら、それを確認すると、競り上がってきた氷山の側面を蹴り飛ばした。

遮蔽物を利用した多角的な動きはサイパスの真骨頂だ。
氷山を蹴ったサイパスは勢いをつけて拳正に向かい、風車のように縦に回転しながら踵を振り下ろした。
拳正は掲げた両手を交差させ、十字受けを行うが、その鉞のごとき一撃は負傷した腕では受けきれない。
何も遮蔽物のない平原こそがサイパスを封じるに最も適した地形だったのだ。
それを崩すような下手な援護は足を引っ張るだけだである。

「く…………っ!」

押し切られ膝をつく。
体勢が崩れ、そこに銃口が向けられる。
拳正は崩れた体制を整えず最速を選択、形振り構わず地面を転がった。
その動きを追うように一発、二発と弾丸が放ち、そこで弾切れしたのか、空となったマガジンを捨て取り換える。
その一瞬の隙に跳ねるようにして立ち上がった。

「引いてろ!」

怒鳴るような声は少年のものだった。
怒声を向けられ氷使いの少女は身を強張らせる。
拳正としてもこの状況に余裕はない。

「わりぃ。けど九十九と一緒に下がっといてくれ。頼む」
「けど……」

そう言われても、ユキは素直に下がることは出来なかった。
一見しただけで危険だとわかる相手である。
諦めずに走り続けると決めた直後だ。
拳正一人に任せて自分だけ隠れるだなんてできない。

それになによりユキは怖い。
喪い続けた彼女はこれ以上何かを喪うのが恐ろしかった。
だが、下手な援護はかえって邪魔になるだけ。
引けと言う拳正の言葉は正しい。
前にも進めず後ろに下がれず立ち尽くす。

「そのバカの世話、頼んだぜ」

返事を待たず拳正は自ら突撃する。
どさくさに取り出したビッグ・ショットを前に放り、それを前に向かって蹴っ飛ばした。

矢を飛ばすのではなく矢のように飛ぶ巨大なボウガンが盾として、その後を追従する八極拳士。
これでは銃で狙い撃つことは出来ない。どころか、このままではサイパスに衝突するだろう。

自らに迫る巨大な飛来物をサイパスは避けるでも受けるでもなく、真正面から蹴り返した。
破片をまき散らしながら跳ね返ってきたビッグ・ショットの残骸を、拳正はその下を潜るようにして躱す。


820 : 夢の終り ◆H3bky6/SCY :2016/12/26(月) 02:06:34 phqo2kKg0
飛び出すように顔を出した拳正の目の前には銃口が構えられていた。
同時に銃声とマズルフラッシュが響く。
直前で銃口を手首で払い、銃弾は顔面を霞めた。
頬が裂け耳朶の一部が欠けた。

近距離の銃声に耳鳴りがする。
だが、それに怯まず拳正はそのまま銃を持った手首をつかむ。
そのまま空いた逆手で殴りかかろうとして、逆にその手を掴まれた。
互いに互いの手首を握り合い、鍔競りのような押し合いとなる。

「……どうした? 一対一にこだわる性質でもないだろう。
 友の仇でもとりたいのか? それとも、それほどまでにあの女が大事か?」
「さてな。あんたの知ったこっちゃ、ねえだろうが……!」

密着した状態で掴んだ手首に打を放った。
寸勁と呼ばれる技術。
勁とは気などという不可思議な力などではなく、力の流動、伝達である。
振りかぶる必要もなく密着した状況からでも放つことが可能な打の総称だ。

寸勁により一時的に握力が失われ、手からこぼれた銃が二人の間に落ちる。
同時に互いに掴んでいた手を放して、相手より早くと素早く手を伸ばす。

いち早く銃に触れたのは拳正だった。
手の甲で遠くに向かって思い切り弾き飛ばす。
銃は遠く明後日の方向へと跳んで行った。

だが、サイパスは最初から銃など見ていなかった。

伸ばした手は拳正の顔面、右目へと向かう。
ズブリと人差し指が拳正の眼球に突き刺さった。
サイパスは突き入れた指を抜かず、そのままゼリーをかき分けるように眼球の中で釣り針のように指を曲げる。
そして頭蓋に引っ掛けるようにして、地面に向かって叩きつけるように引く。
激痛と予想外の圧力に、体勢を崩され拳正の体が流れる。

「っ……ああぁぁぁぁぁぁぁああああああッ!!!」

拳正が叫ぶ。
眼球に指を突っ込まれたまま、相手の動きに合わせて両手で抱えるようにして腕の関節を取る。
そしてそのまま自らの眼球に指を突き入れられた状況すらも利用して、一息でサイパスの腕をへし折った。

「ぐ、ぉ…………ッ!?」

ボキンという何かが壊れた低い音が響いた。
サイパスの右腕の関節が逆方向へと折れ曲がる。
そのまま二人の体は揉みくちゃになりながら地面へと倒れこみ、離れた位置に転がった。

片腕と片目。痛み分けと呼ぶにはあまりにも被害が違う。
腕は折れたとして、後遺症は残るだろうが、適切な治療を施せば少なくとも動かせる程度には治るだろう。
それに対して完全に破壊された眼球はもう元には戻らない。不可逆な損傷だ。

だというのに失明という取り返しのつかない喪失を負いながら、それに怯むどころかその状況を利用して関節を破壊する。
多くの猛者と戦ってきたサイパスの目から見ても異常だ。
これは鍛錬や経験で身につくものではない。先天性の異常性。

サイパスは座り込みながら苦悶の表情で破壊された腕を押さえる。
五体は健在である拳正は、いち早く何事もなかったようにすくりと立ちあがった。

「……おら、どうしたよ? 立てよオッサン。
 まだ腕が折れただけだろ、まだ闘れんだろ? これで終わりな訳がねぇよなぁ、こんなもんじゃねえよなぁ…………!」

喪った左目から涙のように大量の赤い血を流しながら、一片も闘気を衰えさせることなく拳正は吼える。
その顔には、傍から見ているだけで寒気がするような笑みが浮かんでいた。
修羅。この極限の状況で、少年の中で押し留めていた箍が外れかけていた。

「……なぜ笑う」

片膝をついたまま暗殺者は問う。
弾丸を喰らい両手を血で染め、片目を失い、友の仇を前にして、何故笑えるのか。

「別に、大した理由じゃないさ。あんたは許せねえし、ここで決着をつける。
 けど、それとこれとは話が別だろう? あんたと闘るのは単純に楽しい」

拳正とて人間だ、怒りも憎しみも抱かないわけではない。
だが、彼にとってそれらと闘争は別物だ。
彼はそれらを切り離すことができる、というより切り離れすぎている。
彼にとって戦いとは、より純粋な何物にも侵されない結晶体のような物だ。
怒りや憎しみは、目的にはなれど、そのものにはならない。

「…………やはり、お前はこっち側の人間だよケンショウ」
「こっち側って、そう言うあんたどうなんだ? 笑ってないぜ、オッサン」

笑う拳正とは対照的にサイパスは眉間に皺を寄せ、常に変わらぬ陰鬱とした表情である。
思えばこの男は最初からそうだった。
殺し合いを、あるいは戦いを楽しんでる様子はない。

「そうだな。生憎、一度たりとも殺しが楽しいと思ったことはない」

相手を威圧するための笑みを浮かべることはあっても。
組織に属する多くの殺し屋と違い、その行為を彼は楽しいなどと思ったことがない。
好きでやってきたことではない。必要だから、してきた事だ。


821 : 夢の終り ◆H3bky6/SCY :2016/12/26(月) 02:07:07 phqo2kKg0
「お前はどうだ、ケンショウ。お前にとって世界は、生きづらくはないか?」

人間には生きるべき世界がある。
水の中でしか生きていけない魚のように、生きる世界を間違えるというのはそれだけで苦しい。
今こうしている瞬間が楽しいというのなら、平和で温い日常は生き辛いのではないかと、息ができないのではないかと。
そう、修羅にならねば生きていけなかった男が、修羅として生まれた少年に問う。

「…………そうかもな」

拳正はその言葉を否定しなかった。
師に出会い、心の底から歓喜したのはその強さに憧れたからという理由だけではない。
始めてこの世界で同じ修羅に――――同類に出会えたと思ったからだ。

嘗てそれと同じ匂いをクラスメイトの朝霧舞花にも感じたことがある。
けれど彼女は違った。別物だった。
彼女は修羅などではなく、人間になろうとている怪物だった。
諦めず頑張り続ける怪物だった。

「ならば来い、お前の生きやすい世界はこちらにある」

一度は断られた手を再度差し伸ばす。
生きやすい世界はこちらだと。
彼にとって相応しい世界がある。

自分が世界に一人ではないという事は救いだ
同類が世界に存在するという事実は、ただそれだけで救われる。
その救いを提供するのが組織という受け皿だ。

「けど、行かねえよ。あいつにドヤされちまう」

そう言って、離れた場所にいる少女を想う。
世間とどうしようもなく折り合いが付けられない。
どこに行っても異物でしかない少年が孤独でいられなかったのは、お節介な幼馴染とその家族のお蔭だ。
それらを裏切れない。裏切るつもりもない。

新田拳正は一二三九十九が嫌いだ。
おせっかいで、揉め事にすぐ首を突っ込んでは、こっちまで巻き込んでくる
そのくせ大概の事は一晩寝ると忘れるから、悪びれもしないし反省もしない。
はっきり言ってあれを好きになるやつの気がしれない。
その辺は拳正も人のことは言えないが、ともかく拳正は一二三九十九が大嫌いである。

嫌いだけど、世界で一番、彼女が大事で大切だ。
ともすれば自分よりも。

彼女には一生かかっても返しきれない恩がある。
本人にそんな自覚は欠片もないだろうけど。

「ああ、そうか……」

少年は男が得られなかった、何か眩しい物にしがみ付いている。
それに気付いた途端、サイパスの胸の奥でどす黒い感情が湧きあがった。
少年と自分はまるで似てなどいなかった。

「俺とお前は相容れない…………!」
「はっ! 今更気づいたのかよ、ジジィ……!」

サイパスが拳正の視界から消えた。
容赦なく、喪われた右目の死角から攻め込んでいったのである。
だが、その攻め手は当然のように拳正も読んでいる。

俊敏な動きで身を捻らせ、予測軌道に拳を合わせる。
しかし拳は豪と風を切る。敵を捕らえることなく空を切った。
サイパスの実態は腰を深く落とした拳のさらに下。
拳が頭上を過ぎるほどに低い体勢で、地面すれすれを駆けていた。

サイパスは空ぶった腕を掴むと、引き寄せながら鳩尾に肘を一発。
体勢が崩れたところで襟をつかみ片腕で一本背負いの体勢に入る。

「ぐッ…………のォ!」

拳正は完全に体勢を崩し切られる前に、前に自ら地面を蹴って跳んだ。
勢いを増し加速された両足が、叩きつけられる前に地面に着地した。
拳正はそのまま身を捻り片腕だけの拘束を振り切ると、反転して踏み込む。

だが、その踏み込んだ足にサイパスの足が重なった。足の甲が固い踵で踏み抜かれる。
拳正は気にせず裡門を放つが、震脚が不確かでは威力が乗らず。
水月へと突き立てるはずの一撃も急所を僅かに逸れ、相手の肋骨にヒビを入れるに留まった。

「…………ッ!?」

踏み抜かれた足の影響で引くのが遅れた。
拳正は咄嗟に死角である右側を防御するが、衝撃は逆から訪れる。
ほぼ垂直に跳ね上がったサイパスのつま先が蟀谷に突き刺さった。
防御が崩れそこに放たれた大振りのロシアンフックが顎を打ち抜く。
脳が揺れ一瞬前後を失う拳正。

その後頭部を鷲掴みにして足を払う。
そして全体重を乗せ、倒れこむようにしてその額を地面に叩き付ける。
ゴッという堅い音。
頭部は地面に転がっていた小岩へと叩きつけられた。
投げ飛ばしたサイパスも、足元が覚束ずそのまま地面を転がる。

「ッ――――ハァ、ハァッ!」

震える足に鞭うってサイパスが立ち上がった。
意識がないのか拳正は動かない、割れた頭部からジワリと赤い水溜りを広げる。
止めを刺すべく、サイパスがゆっくりと、だが確かな動きで歩を進めた。

だが、目の前に障害を確認し、その足が止まる。
サイパスの前に、二人の少女が立ち塞がったのだ。


822 : 夢の終り ◆H3bky6/SCY :2016/12/26(月) 02:07:41 phqo2kKg0
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『だが、お前はどうなのだサイパス? 変人どもを集めて、お前の望む夢物語に届いたのか?』

何時だったかのサミュエルの問いの続きを思い出す。
その時、何と答えたのだったか。

『俺は――――俺は、夢など見ないさ、これは彼女の夢だ。俺の望みではない』

サミュエルはその答えを表情を変えぬまま聞くと、葉巻を咥え大きく息を吸った。
白い煙が天井に向かって吐き出され、煙草の臭いが部屋に満ちる。

『それは、違うなぁ。それはお前の中のアンナの夢で、結局はお前の夢だ』
『何が違う? 同じことだろう』

ムキなったように少しだけ声を荒げる。
その様子を鼻で笑って、サミュエルは咥えていた葉巻を口から離した。

『お前の中のアンナと、俺の思うアンナは違う、まあこれはアンナに限った話ではないがな』
『彼女の力を利用しようとしていただけのお前が、何を』

サミュエルは彼女のもとに集まる多くの人間の力を利用しようと近づいてきた輩だ。
だからずっとサイパスは彼を警戒し毛嫌いしていた。
そんな男が、彼女の何を語るのか。

『それも違うなぁ。アンナを利用しようとしていたというのもお前の中の俺でしかない。
 まあその一面も否定はしないが、それだけではなかったさ。俺にとってもあの日々はな。
 とどのつまり、真実など本人にしか……いや――――――』

サミュエルが言葉を切る。
手にした葉巻の灰がポトリと灰皿に落ちた。
老兵は少しだけ眉を顰め煙の満ちた天井を見つめ。

『――――――本人にだって分からんのかもしれんなぁ』

どこか寂しげに、そう独り言のように呟いた。

『俺が間違えていると言いたいのか? 彼女の意思を取り違えていると?』
『そんなことは知らんよ、知らん知らん
 あの天真爛漫な少女が何を考えていたか、なんて、俺にはまるでわからんよ。想像もつかん。
 正解も不正解もないのではないか? 正直なところ』

要領を得ないはぐらかす様な物言いにサイパスは僅かに苛立つ。

『何が言いたい?』
『結局、俺たちは自分勝手に生きて自分勝手に死ぬだけだ。
 ならば己が欲(ゆめ)を他人の責任にするな、という事だ。それが後悔しない死に方の秘訣だな』

そう言ってサミュエルはクツクツと喉を鳴らして笑い、空のグラスに琥珀色の液体を注いだ。

『だから安心しろサイパス。儂はお前に託したりなんかせんぞ。
 何しろ、これは俺の抱いた俺の野望(ゆめ)だ。貴様なんぞにくれてやるものか』

高らかに己が夢だと謳うその言葉に少しだけ心がチリつく。
少しだけ悔しさのようなものを感じてしまった。

『それに何より、儂は他の奴らと違って、お前のことが大っっっ嫌いだからなぁ!!』

そう言って一気にグラスを煽ると、旧友は豪快に笑う。
サイパスも釣られて、少しだけ噴出した。

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823 : 夢の終り ◆H3bky6/SCY :2016/12/26(月) 02:08:23 phqo2kKg0
「――――退け」

立ち塞がった少女たちに殺し屋が研ぎ澄まされた刃のような冷たい声を浴びせかける。
寒さを感じられないはずのユキの全身が震え、凍えるような悪寒が奔った。

目の前にいるのは異能を持たず、武器も持たない、片腕もへしまがった今にも倒れそうな満身創痍の老人である。
ブレイカーズの幹部連中に比べれば取るに足らないただの人間。
その筈なのに、対峙するだけで、こんなにも怖い。

「退かないよ」

動けないユキに変わるように、九十九がずいと前に出て不退転の意思を示した。
目の前の男が恐ろしくはないのか。
そう思うユキだったが、その手先が震えていることに気付いた。
これは胆力ではなくただの意地のようなものだ。
恐ろしくとも、何の力もなくとも、一二三九十九は引かないのだ。

だが、そんなことは知らぬと、殺意の塊のようなこの男は容赦などないだろう。
何の力をもない九十九がこうしているのに動けずにいる自分の情けなさに、ユキはきゅっと唇をかみしめる。

「……退けよ。九十九」

声は二人の背後から聞こえた。
割れた頭部から目に垂れる血を拭いながら、少年がふらつきながら立ち上がる。
ちぃとサイパスは舌を打つ、ほんの数秒。だが立ち上がれるだけの時間を与えてしまった。

「だから、退かないっての」

少年に対しても少女の意思は変わらない。
意地でもここは動かないと、そういう声だ。

「退かずにどうすんだよ…………なんも考えてないだけだろお前」
「殺されないし殺させない。これ以上、誰かが死ぬのなんて見たくない」

それはそうだろう。
ユキだって、拳正だってそう思う。
だが、それは現実不可能な絵空事だ。子供以下の我儘でしかない。
この地獄でそんな理屈は通らない。

「それに私は、拳正が人を殺すところなんて見たくないよ」
「――――――――」

決着をつけるという事はそういう事だ。
少女はそれを嫌っていた。

「……だったらどうすんだよ。尻尾巻いて逃げろってか?」

逃げようにも簡単には逃げられない。
何より、逃げてはならない相手だ。
そんなことはいくら九十九でも理解している。

「私も戦う、あんた一人に任せない」

そう言って九十九は刀を抜いた。
武芸者に及ばずとも、刀匠の娘として刀の扱いには多少なりとも心得はある。
どうしても避けようのない道ならば、拳正一人に押し付けない。その一部でも自分も背負う。
それが彼女の選択だった。

そしてそれは拳正としては最悪のシナリオだ。
こうならないために体を張ったというのに、この女はいとも簡単に台無しにしてくれる。

「…………ああクソッタレ、そうだったな。お前が俺の言うことを聞くわけがねぇか」

何時だって折れるのは拳正の方だ。
これ以上はいくら言い合っても無駄だと理解しているのなら、全力で肯定する方向で行くしかない。

「わ、私も戦う」

ボロボロの拳正や力を持たない九十九が戦うと決めたのなら、ユキも覚悟を決めるしかない。
怖くとも、ここで逃げるなんて選択肢は選べない。

「悪ぃ。助かる、マジで」

九十九の守りを優先してほしかったが、こうなってはユキの助けは心強い。
少なくとも九十九の云万倍は頼もしい。

「つーわけだ。卑怯とは言うまいね」

素人交じりとはいえ三対一。
絶対的不利ともいえるこの状況で殺し屋は怯むでもなく吠える。

「――――嘗めるなガキども」

サイパスが奔った。
死角を狙うのではなく真正面から拳正に向かう。
拳正も迎え撃つが、それよりも速く素早い掌打が鼻柱を打った。

拳正が真正面からの打ち合いに打ち負けた。
拳正の動きが鈍いと言うより、この状況でここまで動けるサイパスの方こそが異常である。
積み重なったダメージの度合いは互いに臨界に近いはずなのに。

そうなると主力となるのはユキだ。
素早く拳正と打ち合っているサイパスの横合いに回り込み死角から氷の矢を放つ。
だが、当たらない。
殺気を読んでいるのか視線すら向けず回避する。
サイパスの中で今、嘗てないほど全神経が研ぎ澄まされていた。


824 : 夢の終り ◆H3bky6/SCY :2016/12/26(月) 02:08:50 phqo2kKg0
「てぇやぁ!」

そこに九十九が日本刀を振り下ろした。
当然のようにサイパスの身を捕らえることはできない。
ザクっと切っ先が地面に突き刺さる。
その刀身をサイパスは横合いから蹴り付けた。

「うっそぉ…………!!?」

折れず曲がらずと謳われる日本刀があっさりと中頃から折れた。
いや、刀匠の端くれとしてそんなものは迷信だとはしってはいるのだが。
次いで跳ね上がった蹴りが九十九の胸を打ち、九十九の体が弾き飛ばされる、

「えっ」

九十九の飛んでいく方向にはユキが立っていた。
咄嗟に攻撃準備を解いてその体を受け止めるが、勢いを止めきれず互いに縺れて転がる

「こんの……ッ」

折れた右腕側から拳正が攻める。
対応に振り返るサイパス。
そこに拳正が自らの鼻をつまみ、血まみれの右目から血液を飛ばした。
水鉄砲のような赤い血液がサイパスの目を汚す。

だが、それでも目を閉じず、白目を赤く染め目を見開く。
拳正の裡門を捌き、胸倉を掴んで引き寄せる。
互いの額が勢いよくぶつかり合い、石と石がぶつかるような無骨な音が響く。
拳正の額の傷が開き赤い飛沫となって周囲に散った。

強すぎる。
この状況においても圧倒的だった。
肉体を凌駕する何かが、男を突き動かしいている。

サイパスはそのまま膝を踏みつけ拳正の体制を崩す。
猛禽類のように指を尖らせ喉を掻き斬るべく振りかぶった。
体制の崩れた拳正に、これを躱す術はない。

だが、次の瞬間、サイパスの視界に白い何かが横ぎった。

それは目晦ましにもならないくらいの淡雪だった。
何とか少しでも拳正を援護しようとユキが放った次の攻撃のための仕込み、使った本人もそんな意図はないだろう。

だがその一瞬、確かにサイパスの動きが止まったのだ。

白い雪。
男の脳裏に過るのは、華のように折れた女の肢体。
男を絶望に染めた白い闇。

時間にすれば秒にも満たぬほんの刹那、だが決定的な隙。

しかし、その隙をつける者はいない。
ユキの攻撃準備は整っておらず。
拳正の体制は崩れ、今にも倒れそうである。

「ッ! 拳正…………!」

叱咤のような少女の声が響いた。
少女の声に死にかけていた少年の目が見開かれる。
倒れそうになる体を無理矢理に踏みとどまらせ、堪える足で震脚を打つ。

「―――――ぅおおおおおおおおおおおおおおお!」

雄叫びにサイパスが現実に引き戻された時には、すでに懐に八極拳士が踏み込んでいた。
両腕は十全でなく片目では距離は掴めない、足元は確かでなく踏み込みも覚束ない。
故に使える絶技は一つ。超近接による一撃に賭ける。

八極とは八方の極限にまで至る大爆発。
加減など無い。後先も考えない。
全身全霊、拳士の全てを籠めた鉄山靠を叩き込む。

瞬間。サイパスは疾く流れる空を見た。

大きく吹き飛んだ体は地に落ちる。
その一撃は正しく必殺だった。
爆発と称するに正しい破壊は胸骨を完全に砕き、折れた肋骨の破片が肺や心臓にチクチクと突き刺さっている。

確実に致命傷だ。
これで立ち上がれれば人間ではない。
立ち上がれるはずがない、立ち上がれるはずがないのに。

「あぁ……………………」

ユキも九十九も、拳正すらも戦慄する。
なおもサイパス・キルラは幽鬼の様に立ち上がった。

ここまでして倒れないだなんて、正真正銘の怪物だ。
何がその両足を支えているのか。
肉体ではない、別の何かが彼を突き動かしている。


825 : 夢の終り ◆H3bky6/SCY :2016/12/26(月) 02:09:28 phqo2kKg0
その目は拳正たちではなく、虚ろに空を見ていた。
白い雪が見える。
深々と降り積もる。全てを白く、覆い隠す雪が。

何も恨まず何も憎まず何も考えず。
諦めた様に受け入れて生きていた少年だった。
そうしなければ生きていけない世界だった。

戦いも殺しも、辛い物でしかなかったのに。
何時しかそんな事も忘れてしまった。

けれど、あの瞬間。
白い闇に塗りつぶされた、あの時、彼は確かに恨んだのだ。
やりきれないと、胸を裂く衝動に慟哭したのだ。
こんなのは嫌だと、喚きたくなるような嘆きを叫んだのだ。

誰も彼もを救う聖人君子に為りたかった訳ではない。
そもそも破綻者を救うという事はそれによる被害者を生み出すという事である。
彼が手を差し伸べるのは、誰もが生まれながらに得られるはずだった当たり前を神様に奪われたそう言う連中だ。
修羅道、畜生道を生きる人間道を外れた連中にも、幸せに生きることは出来るはずだと、そう証明したかったのかもしれない。

その道を目指した。
そんな夢を見たのだ。

ああそうだったのかと、この瞬間、今更になって気が付いた。
これは己の夢だったのだ。
誰もが幸せにある様にと願った彼女の夢にかこつけて、己の夢を見た。
彼女の亡霊に憑りつかれているのではなく、この夢が彼女を亡霊にしていたのだ。

今更になってそんな事に気が付いた。
今更だけど、そんな事に気が付けた。

欠落は変わらず、抜け落ちたままで、それでも別の何かが埋まった気はする。
少なくとも、後悔はない。
これまでの日々が楽しかったかと問われれば疑問が残るが、充実していたというのならばそれは確かだった。

ああけれど、残念ながらそろそろ――――夢から醒める頃合いだ。

「…………そこに……いたのか、ア……ナ」

そう懐かしい何かに語り掛ける様に呟いて、糸が切れた様に男は倒れた。
それがサイパス・キルラという男の最期だった。

【サイパス・キルラ 死亡】

静寂と共に風が吹いた。
少女たちと男では生きる世界が違いすぎる。
男が何に殉じたのかなど理解できるはずもない。
語るべき言葉はない。

限界が訪れたのはこちらも同じだった。
サイパスが倒れるのを見届け、しばしの残心の後、ふらりと拳正が倒れた。

「え、ちょっと拳正!?」
「に、新田くん!?」

二人の少女が慌てて駆け寄る。
少年は瞼の落ちてきた片方の目で男の見上げていた空を見つめる。
その奥底に男の見ていた景色を見出すように。

「…………寝る」

そして、意識を失う様にして夢を見た。

【C-3 草原/夕方】
【新田拳正】
状態:睡眠、ダメージ(極大)、疲労(極大)、額に裂傷、右目喪失、両手に銃傷、右足甲にヒビ、肩に火傷
装備:なし
道具:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜2(確認済み)
[思考]
基本行動方針:帰る
1:寝る

【水芭ユキ】
[状態]:疲労(中)、頭部にダメージ(大)、右足負傷、精神的疲労(中)
[装備]:クロウのリボン、拳正の学ラン
[道具]:ランダムアイテム1〜3(確認済)、基本支給品一式、風の剣、朝霧舞歌の死体
    ロバート・キャンベルのデイパック、サバイバルナイフ・裂(使用回数:残り2回)、ロバート・キャンベルのノート
[思考]
基本行動方針:この痛みを抱えて生きていく
1:舞歌を埋葬する
2:悪党商会の皆を探す
3:お父さん(森茂)に会って真実を確かめたい

【一二三九十九】
【状態】:ダメージ(中)、左の二の腕に銃痕
【装備】:なし
【道具】:基本支給品一式×3、クリスの日記、サバイバルナイフ、ランダムアイテム1〜5(確認済み)
[思考・状況]
基本思考:クラスメイトとの合流


826 : 夢の終り ◆H3bky6/SCY :2016/12/26(月) 02:09:42 phqo2kKg0
投下終了です


827 : ◆H3bky6/SCY :2017/01/15(日) 00:26:21 3cM8xEnc0
第三放送を投下します


828 : 第三放送 -世界の始まり- ◆H3bky6/SCY :2017/01/15(日) 00:27:20 3cM8xEnc0
淡い光に照らされた薄暗い一室に一人の男が取り残されたように佇んでいた。
耳鳴りがするほどの静寂の中、男は何をするでもなく部屋の中央にある光り輝く球体を見つめ愉しげに笑みを浮かべている。
静かに静かに世界の終わりを待つように。

それは孤高でも孤独でもなく、ただ一人でいることが当たり前のような、たった一人で完結した存在。
混沌の革命者。進化の改変者。法則の支配者。世界の染み。
ワールドオーダーと呼ばれる完結者。

彼の坐する部屋は平和とは対極の平穏に満ちていた。
足元に転がる髑髏のオブジェは消え、何処かの誰かが奮起した戦闘跡もない。
全てを否定しながら、時でも巻き戻ったかのように『なにもない』を保っていた。

「やあやあ、調子はどうかネ」

この場にそぐわぬ飄々とした声が部屋の隅から響き、完璧な静寂が打ち破られる。
暗がりから現れたのは胡散臭さが服を着ているような背の曲がった男だった。
手入れを気にしていないようなボサボサの白髪交じりの黒髪。
ずれすぎたメガネはもはや視界を補正しているのか怪しい。
毎日取り換えている純白の白衣だけが唯一その男の清潔感らしきものを示していた。

その口調や雰囲気から年老いた老人のように思えたが、よく見ればしっかりとした顔立ちからまだ若い男である事が窺える。
部屋の主は突然の来客に僅かに怪訝な顔をしながら、その名を呼んだ。

「おや、君が直接こちらに来るだなんて、どういう気まぐれだい―――兇次郎?」

藤堂兇次郎。
奇人、変人、天才の名をほしいままにする狂気のマッドサイエンティスト。
数多くの非人道的兵器を生み出し、人造人間を手術を確立したブレイカーズの研究者である。

兇次郎は当然のような足取りでつかつかと暗闇から歩を進め、ワールドオーダーの対面の座席へと腰かけた。
無駄に広い椅子の端っこにこじんまりと収まりながら、姿勢とは真逆の横柄な態度で目の前の相手にではなく背後へと声をかける。

「シェリル、レモンティーを」

何時からそこに立っていたのか。
その斜め後ろにはメイド服を纏った、輝くようなブロンドの美しい淑女が傅いていた。
見るモノに氷のように冷たい印象を与える白く透き通る肌、表情もまた色のない白を保っている。
静かに待機していたメイドは無礼な主人に変わり、表情を変えぬまま恭しく部屋の主に一礼。
そして、どこから取り出したのか、重ね合わせた手元に白いティカップを携える。

美しいメイドはメイドは能面のような無表情のまま、顎が外れんばかりに口を開いた。
そして口からだばだばと黄色い液体を垂れ流し、飛沫も散らさず丁寧にカップに注がれて行く。
満ちてゆく黄色い液体から沸き立つ、白い湯気を浴びながら眉一つ動かさない鉄の女。

いや鉄の女というより、事実として彼女は鉄でできていた。
シェリルR-1。兇次郎が作り上げたメイド型アンドロイドである。

兇次郎はシェリルから熱々のレモンティーを受け取ると、テーブルに置かれていた白い瓶を開く。
そしてレモンの香りも吹き飛ぶような量の角砂糖をドボドボとカップに落としていった。
もはや飽和し砂糖の粒がざらざらと残る液体に口をつけ、半分近く飲み干したところで部屋の主を放置していた事に気付いたのか。
ああと、とってつけたように呟きカップを置いて視線を向けた。

「君もどうかネ?」
「いや結構、遠慮しておくよ」
「おや、レモンティーはお嫌いかネ? まあかく言うワタシもあまり好きではないのだがネ。
 なンだったらレモネードも作れるヨ?」
「だったら何故そんなものを飲んでいるんだい?」

シェリルにレモンティーを用意させたのは兇次郎である。
苦手というのなら何故自ら進んで頼んだのか。

「オヤオヤ。レモン電池って知らなィ? レモンは発電するのだヨ?」
「それは知ってるけれど、むしろそんなものでこのアンドロイドが動いているのだとしたらそれはそれで驚きなんだけど?」
「発電機能を賄った絞りカスの有効利用ができるんだ、普通の炉を組み込むよりお得だろゥ?」

果たしてそれはお得なのだろうか?
天才の発想は理解不能である。
二鳥を重んじて一石を軽んじている気もするが、それで成立しているのが天才というものなのだろう。

「まあいいさ。けど機能美にこだわるのは結構だけど、もう少し見栄えは気にした方がいいんじゃないかい?」
「心外だネ。これでもその辺は気にしているサ、下から出る方が下品だろゥ?」

意外なことに、そのレベルの良識はあったらしい。

「なるほど。違いない。
 だったらあと一歩、口から出すのも十分下品だと踏み込んでほしかった所ではあるけどね」


829 : 第三放送 -世界の始まり- ◆H3bky6/SCY :2017/01/15(日) 00:27:53 3cM8xEnc0
ワールドオーダーの皮肉にも兇次郎は知った風でもなく、部屋の中央に視線を移す。
そこには上下を流動する光の線で繋がれた、蒼と碧に光り輝きながらゆっくりと回転する球体があった。

「大首領たちはあの中かネ?」
「ああ。大昔に創った世界に、ちょうどいいのが残ってたんでね。
 設定をいじって再利用させてもらった。まあ、過去の遺物というやつさ」

『箱庭創造・新たな世界(ハロー・ワールド)』
世界を創造する。失われたワールドオーダーの力の一つ。
吉村宮子という創造の魔女が存在するように、世界の創造は不可能なことではない。
それよりも、世界を世界として成立させ維持させることこそが難しいのだ。

かつてワールドオーダーが創った多くの世界にも、まともな形にならなかった失敗作も多い。
その多くは削除装置(リヴェイラ)が破壊したが、取りこぼしもある。
島一つ残して生命の育たなかった世界。
それを『自己肯定・進化する世界』で削除装置にも破壊できないようにして内装を弄って再利用した。
それがこの殺し合いの舞台となった、世界の始まりだ。

「触ってもイィ?」
「駄目。ここにあるのは概念的に同期した投影のようなものだけど影響は出るから止めてくれ」

メイドに支えられながら身を乗り出して、球体を人差し指でつつこうとしている研究者を制止する。
無論、ミニチュア化した参加者がこの小さな球体に収まっているという訳ではない。
ここにあるのは世界その物といった実体などではなく、概念的な投影である。
支配者はそうして中の動向を把握していた。

「……それで何しに来たの? ここに君を呼んだ覚えはないんだけど?」
「確かに呼ばれた覚えもないネ。心配せずとも言われた通りの煽動(しごと)はしているヨ。
 頭を失った集団というのは動かしやすくて助かるヨ。まあ頭がないから崩れるのも早いのだろうけどネ」

不承不承ながらも体勢を戻しながら、心底どうでもよさ気にそう報告する。
その態度からは露骨な不満が見て取れるが、本人もそれを隠すつもりもなさそうだ。

「まあその辺は一日持てばいいさ。それもつまらなそうだね兇次郎、ご不満かい?」
「そうだネ。煽動なんてツマラナイからねェ」

藤堂兇次郎という男は自らが興味を持った事以外は絶対にやらない男である。
そんな男が嫌々ながら協力しているなど、彼を知る者ならば天地がひっくり返るほどの驚きの事実だろう。
不遜な態度の協力者にワールドオーダーは呆れながら息をつく。

「つれないなぁ。もっと協力的になってくれよ。君だって一応――――僕なんだからさ」

そう言って、支配者は不穏な笑みをこぼした。
その歪んだ口から語られた事実はあまりにも突飛なものだった。
――――藤堂兇次郎はワールドオーダーである。

だが、それはおかしい。
兇次郎のキャラクター性はワールドオーダーのモノとは大きく異なる。
外見はもとより口調も性格も行動原理すら違う。
ワールドオーダーと兇次郎の従者であるシェリルしかいないこの空間で、擬態や演技という訳でもないだろう。

「昔はそうでもなかったんだけどねぇ。最近は君のような個性派はダメだな」

過去を懐かしむ老人のようにワールドオーダーはぼやく。
ワールドオーダーは『自己肯定・進化する世界』によって対象に自身がワールドオーダーであるという事実を追記する。
それはワインに溶け込んだ泥のように、暴虐のようなドス黒い染みが元の人格を塗り潰すのだ。
それがワールドオーダーの自己増殖の仕組みだ。

だが、ワールドオーダーという自我が対象の自我を呑みこむのならば。
ワールドオーダーであるという事実に塗りつぶされない強烈な自我を持つ者ならばどうなるのか?

その答えがこれだ。
侵食を跳ね除け、設定を呑みこんだ。
ワールドオーダーでありワールドオーダーでない存在。それが藤堂兇次郎である。

これは兇次郎に限った話ではない。
こういった事例は少なからずある。
その多くは処分なりなんなりで後顧の憂いなく対応してきたが。
藤堂兇次郎はワールドオーダーに呑まれなかったにも拘らず自分から協力しているという変わり種である。

「そう言われてもネェ。ワタシがキミに協力しているのは、あくまで純粋にキミの目的に興味があるからだヨ。
 その目的が果たされた後、終わった世界がどうなるのか、終わりの先を見てみたいのサ」

終わりの先を見てみたい。
ワールドオーダーとしてではなく、藤堂兇次郎としての興味。
それが兇次郎がワールドオーダーに協力している理由である。
そこに対する純粋な興味があるからこそ、不承不承ながらも煽動なんて役割を引き受けたのだ。


830 : 第三放送 -世界の始まり- ◆H3bky6/SCY :2017/01/15(日) 00:28:07 3cM8xEnc0
「それデ? 見られそうなのかネ、その辺?」

博士は無責任に横柄な観客のように尋ねる。
主催者である男は肩をすくめた。

「見たいというのならもっと乗り気になってくれよ。何せ革命だよ革命。楽しくなって来ないかい?」
「その辺の過程には興味がないネ。失敗したなら失敗したでそれでもいいサ。キミにとっては全てでもワタシにとっては結果の一つだ」
「君は、失敗すると思うかい?」

笑みを崩さず革命者は問う。
科学者はカップに残ったすっかり冷めた砂糖水を飲み干し、同じくらいに冷めてた視点で返した。

「キミのやろうとしてることは科学どころかオカルトですらない、ワタシにはそもそも実現可能であるとは思えなィ。
 キミから記憶を得ていなければ、はっきり言って一考にすら値しない代物だったヨ。
 だからこそ付き合っていると言ってもいいがネ」

自分とは対極のあり得ない理論だからこそ惹かれるものがある。
その好奇心とも知識欲ともいえる衝動こそが兇次郎の根源だ。

「まあ、それならそれでもいいさ。
 僕の劣化の限界と水面下で進めてきた準備の完成する時期が重なったのには運命を感じるよ。
 これこそが僕忌むべきモノなのかもしれないけれど、それも終わる。
 その時こそが――――『神』から決別の時だ」

熱い吐息を吐きながら、凶悪なまでに口の端を釣り上げる。
普段の稀薄な人間性とは対極の、燃える炎のような熱量が冷めた部屋に満ちた。
生きる目的ではなく目的のために生きる歯車にして怪物。
もはや彼にはそれしかないし、それが全てだ。

ワールドオーダーでもある兇次郎はある意味でワールドオーダー最大の理解者だ。
その熱量、その狂気、その背後に渦巻くすべてを理解しながら言った。

「やっぱり頭オカシいネ、キミ」
「君にだけは言われたくないなぁ」

互いに心底本音でそう言って、呆れたようにシンクロしながらかぶりを振った。

「それで、どうするんだい。このままここで終わりまで待つかい?」
「いいや、戻るとするヨ。
 何分人見知りなモノでネ、他人と二人きりなんて耐えられないのサ。
 それにいつも20時には眠るようにしているのでネ、オネムの時間ダ」

本音とも冗談とも取れない言葉を残してマッドサイエンティストはソファーから立ち上がった。
メイドは主人に先立ち異界へとつながる扉を開いて、その横に待機していた。

「じゃあ、まあ。せいぜい頑張ってネ。ワタシに新たな世界を見せてくれることを期待しているヨ」

そう言って兇次郎は振り返ることなく先の見えない扉の先に歩を進める。
軋むような音とともに、ゆっくりと扉が閉じられて行く。
最後に、優雅に振り返ったメイドが深く一礼するのが見えた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


831 : 第三放送 -世界の始まり- ◆H3bky6/SCY :2017/01/15(日) 00:28:21 3cM8xEnc0
やぁ、定時放送のお時間だ。
もうじき陽も落ちてまた夜が来る。
疲労も溜まってきた頃合いだろうが、一度乗り越えた夜の闇に呑まれないように注意してくれたまえ。

さて前置きは短めにして、さっそく本題といこうか。
もう三度目ともなれば君らも慣れたモノだろう?

まずは禁止エリアについてからだ。
追加される禁止エリアは。

『D-4』
『D-7』
『E-6』
『G-3』
『G-7』
『H-9』

通常の禁止エリアは以上となる。
さてここから、予想している人間もいるだろうけど、その期待に応えてまた一つ世界を狭めようと思う。
外枠をさらに一つ。つまりはBとJのライン、2と10のラインをすべて禁止エリアとする。
これで随分と禁止エリアも増えてしまったね、だいぶ窮屈だろうがうっかり足を踏み入れてしまわないように注意してくれ。
ここまで来てそんなオチは御免だろう?

加えて、人死にが起きるまでの制限時間も縮めよう。
これまでの2時間から1時間とする。念のためもう一度言っておくと、これらの執行は次の放送時にまとめて行う。
つまりはこの6時間で最低6人は確実に死ぬわけだ。
もう人数も少なくなってきたから積極的に殺し殺されを頑張るといい。

それではお次は死亡者の発表だ。

07.イヴァン・デ・ベルナルディ
10.鵜院千斗
26.斎藤輝幸
27.サイパス・キルラ
29.佐藤道明
31.三条谷錬次郎
37.セスペェリア
38.空谷葵
45.遠山春奈
48.夏目若菜
49.馴木沙奈
61.船坂弘
65.ミル
66.ミロ・ゴドゴラスⅤ世
67.亦紅
69.雪野白兎

以上だ。
これで三度目の放送も終了となる。

残る参加者は4分の1を切ったわけだ。
いよいよお話も大詰め、6時間後の次の放送頃には決着に近づいている頃合いだろう。
さあ、終わりに向かって全力で駆け抜け、その結末を僕に見せてくれ。


832 : 第三放送 -世界の始まり- ◆H3bky6/SCY :2017/01/15(日) 00:28:32 3cM8xEnc0
投下終了です


833 : ◆H3bky6/SCY :2017/02/01(水) 23:14:59 P.Kejjjk0
投下します


834 : 神なき世界の創り方 ◆H3bky6/SCY :2017/02/01(水) 23:15:39 P.Kejjjk0
第三の放送が終わる。
多くの死が告げられ、闇に染まり始めた大地のような昏い影を生き残った者たちの心に落とす。
真綿で絞め続けた喉は、遂に呼吸が困難な領域にまで至った。
茨の絡みついた足は鉛のように重く、もはや一歩踏み出すのも困難だ。

だが、それでもと、唱え続ける者たちがいる。
血を滲ませ絡みついた茨を断ち切り、前だけを見て突き進むことを止めない者たちがいる。
全てを破壊し尽くしてでも突き進む、故にブレイカーズだ。

知った名が呼ばれようとも、絶望が迫ろうとも。
打倒ワールドオーダーを掲げる彼らに感傷に浸って立ち止まっている暇はない。

「それで、なんだって野郎は世界を滅亡させようなんて考えたんだ?」

放送を聞き終え開口一番、龍次郎は余程先が気になっていたのか率直に話の続きを促した。
亜理子が解いたという真相。
打倒の取っ掛かりすら見えないこの事件を解体する名探偵の手腕を期待する声だ。

それは確実にワールドオーダーを追い詰める助けとなるはずである。
逸る龍次郎とは対照的に亜理子は余裕の面持ちで、少しだけ意地の悪い笑みを浮かべながら応えた。

「滅亡? いえいえ、そんな事、私は一言も言っていませんよ?」

とぼけるような物言いに、龍次郎は怪訝そうな顔で野太い眉を寄せた。
抗議の意を示すように大きな手振りで両手を開く。

「ぁあん? 言ったろぉがよ、ワールドオーダーは世界を終わらす気だとかなんとかよぉ」
「ええ、それは確かに言いましたね。
 けれど世界を『滅亡』させるつもりだ、なんてことは一言も言ってはいませんよ?
 奴は世界を『滅亡』させようとしているのではありません、『終わらせよう』としているんです」

確かに、よくよく思い返せばそう言っていた気はするが龍次郎からすれば大差があるようには思えない。
ただの言い回し、揚げ足取りのレベルだろう。
細かいことを気にしない性質の龍次郎はこの手の指摘は大嫌いであり、通常であればブチ切れてもおかしくない案件である。

「…………どう違うってんだ?」

だが亜理子の有能さは散々証明済みである。
龍次郎は有能を許す。
議題の重要さからしても、ここは心を落ち着け素直に聞いておくことにした。

無理に落ち着こうとしている様子を見て、亜理子も少し遊びすぎたかと反省して態度を改める。
冷静に見えるが、謎解きという探偵としての檜舞台に彼女も高揚しているのかもしれない。
ましてやこれは探偵が解く他人の謎とは違う、誰でもない自分の事件だ。
己が宿敵を追い詰める推理である、気分も高まるというもの。
それを表に出さぬよう努めて冷静に声を出した。

「係ってくる意味合いが大きく異なります。
 今回の件の場合、そうですね……別の言い方をするならば――――『完結』させようとしている、と言った所でしょうか」
「完……けつ?」

首を捻り一瞬意味が分からないといった風にその単語を反復する。
いや、一瞬でなくよくよく考えても、やっぱりよくわからなかった。
どう考えても主語に対する目的語として正しくない。
『世界』というのなら『滅亡』の方がしっくりくるだろう。

「それでワールドオーダーの目的っていうのが、世界を、そのなんだ? 『完結』させるってことなのか?」
「いいえ、それは手段であって目的ではないですね。ワールドオーダーの目的は最初から明らかでした」

当然のことのように言われても龍次郎に思い当たる節はない。

「明らかだったって……なんだってんだ?」
「――――『革命』ですよ。
 『神様』の支配構造を破壊する事。それがアイツの目的です」

言われてみれば、なるほどその通りだ。
これに関してワールドオーダーはその真意を最初から隠してもいない。
問えば答えるし、端々に口にし態度からも『神様』への嫌悪は明らかだった。
ただ、それを誰も本気にせず、誰も理解できなかったというだけの話だ。


835 : 神なき世界の創り方 ◆H3bky6/SCY :2017/02/01(水) 23:16:09 P.Kejjjk0
「ふぅむ。ってこたぁつまり世界を終わらせることが、神様への革命になるってことか……」

龍次郎は腕を組み頷いているが、何がそうなるのか具体的にはよくわかっていない。
この男、雰囲気でモノを言っている節がある。
ある意味それこそが支配者としての資質なのかもしれないが。

「……って革命になるのか、それ?」

数秒ばかり考えて、ようやくそう思い至った。
その手段と目的はどう考えても繋がらない。

革命とは支配構造の改革だ。
支配者を打ち倒し、世界の仕組みを根本的に変えることである。
手段と目的がすり替わって破壊行為が目的となるテロリストなんてのは珍しくもないが、まさかその類という訳でもないだろう。
世界を壊してなにが革命になるというのか。

「そうですね。それに関しては私も同意します。
 ”そうしたかった”というより、”そうするしかなかった”のでしょう。
 何せ相手は『神様』ですからねぇ。
 『神様』は文字通り次元の違う相手で、例えるなら本の登場人物が読者や作者を殺そうとしているようなモノだった」
「確かに無理だなそりゃ」

考えるまでもないどころか考えること自体がバカらしい、そんな事くらい龍次郎でも即座にわかる。
そんなことを本気で考えているのなら、それは狂気の沙汰だ。

「奴もそれは理解してたはずです。だから早々に神様を殺すことは不可能だと見切りをつけた。
 けれどそれは諦めではなかったのです。奴は神様を打ち倒すことは不可能だと見るや否や方法を変えた。
 殺せないのなら、切り離すことにしたんです」
「切り離す?」
「そう。終わらせて、切り離すんです」

問い返す龍次郎に強調するように探偵は言う。
『世界』を終わらせて、『神様』を切り離す。

「なるほどな」

腕を組み低く唸り、龍次郎は理解した。
これは自分の頭では理解できない話だと理解した。
聞けば聞くほど分からなくなる。
その反応に苦笑をしつつも、亜理子は真剣な目をして続ける。

「できる限りわかりやすく、順を追ってご説明しますので、どうかお付き合いを。
 これは必要な行為ですので」

妙な言い回しである。
いや、これだけではない。
先ほどからずっと亜理子はそんな言い回しをしている気がする。
まるで目の前の龍次郎に話しかけているのではないような。

「『世界の完結』と『神様への革命』。
 繋がらないのも当然です。
 何故ならこれらを繋げるには、全ての謎を解き明かす必要があるんです」
「全てとは?」
「この世界の全てです、そしてこれこそがこの殺し合いの目的でもあります」

探偵はさらりと、だがはっきりと言った。
世界のすべての謎を明かす。これがこの殺し合いの目的だと。

「こんな小さな島で世界のすべてだぁ? そりゃあちと大袈裟すぎんだろ」

片眉を吊り上げ龍次郎は怪訝な声を上げた。
それにしたって聊か話が大袈裟すぎる。
探偵は抗議の声にも冷静さを崩さず、如才なく応える。

「それが大袈裟でもないのですよ。
 些事はともかく大抵のこの世界に纏わる厄介ごとは、あの男、ワールドオーダーに集約するんです」
「あー、つまりは世界全てってのはワールドオーダーに纏わる謎って事か?」
「そうですね。そう言いかえてもいいかもしれません。
 要するに奴がこれまでしてきた全てを明らかにする、と言うことですから」

確信めいた口ぶりで探偵は断言する。
そう言う物かと納得しても、まだ疑問は残る。

「んん? ワールドオーダーの目的がワールドオーダーがやってきた事の暴露って、そりゃおかしくねぇか?
 こりゃあ野郎の始めたことだ。明らかにしたいなら勝手にすりゃあいいだろ。それこそ書面でまとめてテメェのSNSにでも公開してろよ」

吐き捨てるように言う。
自分で造った謎なのだから、わざわざ謎解きを他人に託す必要がない。
意見としてはなかんかもっともな意見である。
だが、探偵はそうではないと首を振った。


836 : 神なき世界の創り方 ◆H3bky6/SCY :2017/02/01(水) 23:16:42 P.Kejjjk0
「それじゃあダメなんですよ。だってそれじゃあ、話にならないじゃないですか」
「話にならねぇって何がだよ?」
「だから、そうではなくて、いきなり謎を明かしてしまっては『お話』にならないでしょう?」
「…………は?」

理解が追い付かず、思わず間の抜けた声を上げてしまった。
その反応も予測していたのか、呆気に取られる龍次郎を気にせず探偵は淡々と話を進める。

「だからお話ですよお話、ストーリーと言い換えてもいいですね。
 順を追って謎を解いて、徐々に強い敵を倒して最後に悪の親玉を倒す、ほら物語の王道でしょう?」
「……おい、そりゃあ」
「そう。ワールドオーダーは世界を一つの物語に見立てている。
 そう考えると奴の言動や不条理なゲームルールにもいろいろと筋が通ると思いませんか?」

何が筋が通るのかまでは分からないが、そこまで聞いてようやく一つ納得できた。
物語。だから完結。
滅亡ではなく終わらせる。

「この世界とワールドオーダーに纏わる伏線を全て解き明かすことこそこの殺し合いの命題であり。
 バトルロワイアルという既存のフォーマットを用いたのも、話として成り立たせるため。
 わざわざ参加者として一人送り込むようなルールを順守する姿勢は物語の破綻を嫌ったから。
 ゲームルールが段階的なのは単純にほら、盛り上がりはクライマックスに、というお話的な都合です。
 そう考えると首輪の中にあったチップの内容もある程度予想はつきます、恐らくはこの事件の真実が書かれているレポートか何か。
 私のような存在が全滅した時に武力で全ての情報を明かせるようにという保険でしょう。
 度の過ぎた客観的視点は仮想現実性症候群(シュミレーテッドリアリティ)に近しい価値観の持ち主である事を示している。
 壇上に立って自らの能力の見せつけたのも力を示すパフォーマンスなどではなく、敵だと明確に示すことで自らにヘイトを集めるため」
 挑発めいた言動を繰り返すのも、いずれ討たれると言う最終目的を果たすためだった」

かつての何処かの少年のようにプロファイルめいた推察で男を解体してゆく。
語られる真相を聞くにつれ龍次郎の握られた拳が震えていった。

「なんだそりゃあ! ざけてんのか! ガキの学芸会じゃあねぇんだぞ!
 ンな訳の分かんねぇ事のために、野郎はこんな事をしてんのか!?」

悪の大首領として信念を持ち大義を掲げるのであれば赦しはせずとも良しとするつもりだったが。
こんなバカらしい妄想につき合わされたのでは、弄ばれた死が浮かばれない。
もはやそれは外道ですらない。

「少なくとも奴にとっては冗談でもなんでもないのでしょう。ここで猛ったところでそれは覆りません」

ふつふつと感情を沸き立たせる大首領とは対照的に、穏やかさすら感じるほど平静さを保ったまま探偵は髪をかき上げた。
怒りの感情にそぐわぬ優雅な所作に悪の大首領は僅かに頭を冷やし落ち着きを取り戻す。
大きく舌を打ち、不満を吐き出すように息を吐く。

「……それで、完結だっつう理由は分かったよ、だがよ具体的にどうやって終わらせるってんだ」
「そうですねぇ、大首領はどうお考えですか? 世界を一つの物語とするならば、お話を終わらせるにはどうしたらいいでしょう」
「あぁん? どうするってそりゃあ…………」

教師のような物言いで問われ龍次郎は素直に考える。
幾らなんでも暴れればいいと言う物ではないという事はわかる。
それじゃ話は終わらない、むしろ始まりだ。
子供のころからアウトドア派で小説はおろか漫画やアニメもあまり見る方ではなかったが。
幼いころ見た絵本だの、何度かだけ見たアニメの数少ない知識から思い返して話の終わりを想像する。

「……悪い奴をやっつけたら終わるんじゃねえか」

悪の大首領がそんなことを口にする。
言って、あまりにもバカらしい事を口にしたと思ったのか、僅かに照れたように視線をそらす。
だが、意外にも探偵はそうですねと頷き、これを肯定した。

「その通りです。大概の物語は『ラスボス』を倒せば完結するんです」

ジャンルにもよりますがと申し訳程度に補足をしながら、続いて問いを投げかける。
この物語の根幹であり本質に切り込むその問いを。

「では――――この世界においてその悪い奴とは誰なんでしょう?」

投げかけられた問いの答えなど考えるまでもない。
いくらなんでも龍次郎でもすぐにわかった。
この場でそう問われれば、答えは一つである。

「――――ワールドオーダー、だな」
「そう。あの男こそ世界の終りです」

世界と言う物語を描き、誰もにとっての敵であり、世界その物の敵。
ワールドオーダーという世界の終り。


837 : 神なき世界の創り方 ◆H3bky6/SCY :2017/02/01(水) 23:17:17 P.Kejjjk0
「出来過ぎだな」
「出来過ぎと言うより、そういう風になるようにあの男が長年をかけてそう仕向けたんです。
 あの男はあらゆる因果を自らに集約させ、排すればこの世界のすべてを解決できるような『終着点』に自らを仕立て上げた。
 それが奴が歪めて奴が創ったこの世界です」

自らを中心として、世界中に蜘蛛の巣のように細い糸を張り巡らせた。
中心を断てば世界が崩れるよう、気の遠くなる程の時間をかけて丁寧に丁寧に奇跡のようなバランスで世界を成り立たせている。
全ては世界を終わらせるために。

「――――だがそれだけでは足りない」

物語を終わらせるには『ラスボス』だけでは足りない。
決定的にかけているモノがある。
もう一つ、パーツが必要だ。

「ただ倒されるだけではダメなんです。
 倒される側がそれこそ世界の全てとも言える『特別』な人間ならば、倒す側もまた『特別』でなければならない。
 世界すべてに釣り合うだけの『特別』な存在が。そうでなければ話が終わらない。
 そのために必要な――――『主人公』の作成。これがこの殺し合いのもう一つの目的です」

物語を始めるのは『ラスボス』の役割であり、物語を終わらせるのは『主人公』の役割だ。
つまり物語を終わらせるには『主人公』が必要不可欠である。

「自らを『ラスボス』に仕立て上げ、『主人公』の生成に及んだワールドオーダーですが、ここで問題が生じた。
 その能力で自らを増やし、好き勝手人の設定を弄りまわしてきたあの男はそれだけにはなれなかった。
 何故なら、ここまで因果の糸が絡まった人間は『主人公』にはなれない。
 奴がなれるのは『黒幕』か『ラスボス』だけ。いくら自分を増やそうとも、奴は『主人公』には為れなかったんです。
 だから自分とは別に、創ることにしたんです『主人公』を」
「いやぁ…………作るって、どうやって?」

呆気に取られて思わず威厳も何もない素の口調で問い返していた。
その問いは率直ではあるが、もっともな疑問である。

それぞれがそれぞれの人生の主人公とはよく言ったものだが、実際問題として現実世界に主人公などいない。
主人公などという曖昧な存在をどう定義するのか。
そもそもそんな存在が創れるのだろうか?

「そこなんです。
 答えはこういうしかない”分からない”と。なにせ明確な定義がありませんから。
 物語によって条件は違うだろうし、そもそも現実世界に物語なんてありませんしね。
 そしてそれはワールドオーダーも同じだった。
 それで諦めて足を止めるのならよかったのですが、それでも奴は止まらなかった。
 分からないなら手当たりに試すしかない。世界中の其処彼処にあるやつの痕跡は、その産物だった」

ありとあらゆるを試した。
異界を産み出し勇者という特別な存在を作り上げた。
悲劇を産み出し底から這いあがる人間を作り上げた。
完璧な超人の失敗作が成り上がるなんてこともあるだろう。
物質に命を与えて特別な何かを産み出したりもした。
宇宙船を落として宇宙人を引き入れた。
サブカルの定番である学生を集めるべく学校を創り、特徴的な生徒を集めた。
主人公を産み出す土台を作り上げるためだけに世界中に異能の種をばらまいた。

多くの人間の人生を歪め、そして世界を歪めた。
たった一人、自分の対となる『主人公』を産み出すために。
自らを殺す存在を産み出すためだけに。

「そしてそれがこの殺し合いに選ばれた参加者の条件。
 ここに集められた人間はワールドオーダーに関わった人間ではなかった。
 単純に『主人公』たる素質を持った人間たちだった」

それが参加者の条件だった。
それは少年漫画であり、少女漫画であり、青春小説であり、恋愛漫画であり、冒険活劇であり、推理小説であり、刑事ドラマであり、サスペンスであり、ラブコメであり、ホラームービーであり、アクションムービーであり、格闘漫画であり、日常漫画であり、霊能漫画であり、アングラ漫画であり、RPGゲームであり、ハードボイルド小説であり、ルポ漫画であり、エッセイであり、更生記であり、都市伝説であり、ヒーロー特撮であり、時代劇であり、伝奇小説であり、復讐劇であり、愛憎劇であり、愛と希望の物語であり、セカイ系であり、空気系であり、スポーツ物であり、国取り物であり、世直し物であり、バトルロワイアルである。
それらあらゆるジャンルの『主人公』となる可能性を持った人間だった。

「この会場に集められた人間に奴と関わった人間が多かったのは、単純に奴がこれまで『主人公』を産み出そうとしてきたから。
 その結果生み出された副産物の多くが資質を秘めているのも道理です」

何しろ奴はそれを作り上げるために多くの時間と労力を割いてきたのだ。
たとえ失敗作とはいえ、その目的のために方向性を弄られた者である。
多くの資質が秘められていてもおかしくはないだろう。


838 : 神なき世界の創り方 ◆H3bky6/SCY :2017/02/01(水) 23:17:40 P.Kejjjk0
「だとしてもよ、結局これまでうまくいってなかったんだろ?
 一塊に集めたところで、そんなもん、どうやって成否を判断すんだよ?」
「そう。条件に明確な定義がない以上、条件で選別はできない。
 だから発想を変えて因果関係を逆転させたんです。
 『主人公』としての資質を持つ者を集めて生き残った者を『主人公』とする。
 つまり『主人公』だから『生き残る』のではなく『生き残った』から『主人公』だとそう定義した。
 だから”殺し合い”なんです」

例え非力でも、どういう過程を辿ろうとも、主人公は生き残るものだ。
主人公だから死なないのではなく、死なないから主人公なのだ。
暴論に近い論法だが、一概に間違ってはいないので否定はしづらい。

「どうあってもそのカテゴリに当てはまらない『主人公』の資格を持たなかった最終的に打倒させる運命を持つもの。
 それが特別性の首輪を持つ連中の条件です。いうなれば『中ボス』ですね」

主人公としての資格を持ちえない者たち。
ワールドオーダーと同じく、敵対者としての運命を位置づけられたもの。
それが特別性の首輪を持つ者の条件。

「……そいつらに『主人公』が全員負けたらどうすんだよ」

ある種負け役を言い渡されていたのだと知らされ、龍次郎は若干不満そうに肩をいからせながら言った。
その問いには自分が居るのだから負けるに決まっているだろうと言う子供のような意地も含まれている。

「その時は、条件に見合う資格者なしとして次をやればいいんです。
 ここに集められた面子も、あくまで可能性を持った候補者にすぎませんから。
 奴に時間がないと言っても、普通の人間くらいの寿命分はリトライのチャンスが残ってますからね。
 逆に勝ち残ったとしても条件に見合わなければ失格となる可能性すらある」
「じゃあその『主人公』ってのが創りあがったら?」
「同然、最終対決という訳です。物語のクライマックスですね」

サラリと言って、不意に夜空を見上げ最後の場面に思いをはせる。
龍次郎はまだ話の展開に追いつけないのか、頭の中の整理をしながら質問をひねり出した。
頭痛でもするのか片手で頭を押さえながら、愕然とした声で問う。

「ぁんだそりゃ……つまりアレか? 俺らは奴の盛大な自殺につき合わされてるって訳か?」

ワールドオーダーの最終目標は『世界』という『物語』を『完結』させるため、自分の産み出した『主人公』に『ラスボス』として討たれることだ。
それは己が死を望む自殺願望に他ならない。
この問いに亜理子は僅かに眼を細め首を横に振る。

「いいえ、そうではありません。
 自殺ではなく、計画のために自分が死ぬ必要があるから死ぬ。本当にそれだけなんです、奴にとっては」

自分の死も他人の死も等しく計画に焚べる燃料でしかない。
究極的な平等で公平な計画の奴隷。
それはそこまで計画に殉じているのか、それとも自らという個の命に価値を感じていないのか。恐らくは両方だろう。
我の塊である龍次郎には理解できない思考であった。

「けどよ、待ってくれ。まだだ、まだ繋がらねぇよ」

世界を完結させる方法は分かった。
だが、まだそれが『革命』へとは繋がらない。

「それに、何か引っかかんだ。何か、今の話だと何か足りないみてえな」

何というかしっくりとこない。
どうしようもない違和感がある。
上手く言語化できないが、前提となる大きな何か見落としているような気がする。
足りないという言葉に、亜理子は一つ頷く。

「その違和感の正体こそが、この事件のもっとも根幹であり最後にして最大の真実なのです」
「……俺の感じてる違和感がわかるってのか?」

大首領の問いに迷うことなく頷く。
確信に迫るその言葉に思わず龍次郎はゴクリと唾をのんだ。
最強の武を誇る龍次郎もこの場においては形無しである。
ここでは探偵の独壇場だ。
妙な緊張感を奔らせる龍次郎とは対照的に、余裕の笑みのまま丁寧に礼を一つ。

「では、僭越ながら大首領の感じている違和感をこの探偵めが代弁させていただきますと。
 『解き明かしたこの事件の全貌を、一体誰に対して明らかにするのか』でしょう?」

言葉にすればなんてことはない。
推理には須らく謎を暴くべき対象がある。
依頼なら依頼者に。
殺人犯なら警察に。
ではこの事件の謎は誰に明かす?

ここで亜理子が全ての謎を解き明かしたところで――それが仮に真実だったとしても――ただ真実を知る者が一人増えるだけだ。
自分の読んでいる推理小説の犯人を言い当てるようなものである、それでは何の解決にもならない。
謎を解き明かすことが目的だというのなら、それこそ意味がない。
ワールドオーダーは誰に向けて、何のために明かそうというのか。
探偵はスッと目を細め、どこか遠くを見つめる様にして美しく透き通るような声でその答えを告げる。


839 : 神なき世界の創り方 ◆H3bky6/SCY :2017/02/01(水) 23:18:30 P.Kejjjk0
「―――――――『神様』ですよ」

一瞬時が止まったような沈黙が落ちる。
『神様』
思い返せば、それは推理のみならずワールドオーダーの口からも何度も話の中に出てきた単語である。

「結局よぉ。なんなんだ? その『神様』ってのは…………?」

その問いに、ここまで滑らかに推理を述べていた亜理子の口が初めて言い澱むように止まった。
分からないというよりは、表現に窮しているような困り顔である。

「……一言で表すには難しいんですが。
 創造主、超越者、運命の紡ぎ手、凡てを綴り凡てを覗く者、世界の傍観者、卓上の外にいる者。あるいは世界その物。
 この瞬間も全てを綴り、全てを俯瞰している何者か。今だってほら、こうして私たちを見ている」

ブルリと訳もなく龍次郎の背が凍り震えた。
亜理子は次々とソレを指し示す言葉を並べるが、どれも正鵠を得ない。

「それはワールドオーダーじゃねぇのか?」
「いいえ違います。奴は奴で監視はしているのでしょうが、それとまた違う。もっと別次元の方法で『観て』いるんです。
 なるほど確かにこれは『神様』としか形容できないモノなのかもしれませんね」

独り言のようにそう締めくくる。
遭遇したワールドオーダーも確かにそう言っていた。
言葉では形容しがたい何か。

「けどよ。そんなのが……本当にいるのか?」

とてもではないが、そんな存在がいるなど俄かには信じられない。
世界最強を自負する龍次郎をしてスケールが違いすぎる話だ。
ただ何となく、そういった存在である事だけは伝わったが、その存在に対して想像もつかず、殆ど理解できていない。

「……さて、それはどうなんでしょう。
 事の真偽は私にはわかりかねますが、それが事実であるかどうかは重要ではない。
 あの男が世界をそうであると捉え、神様をそういう存在であると定義している
 解き明かすべき真実はそれだけです」

実のところ亜理子だってそうだ。
本当の意味では半分も理解できていないだろう。
亜理子が理解しているのはワールドオーダーがそういう存在を信じて、それを元に行動しているという事だけである。

「ワールドオーダーの目的は神様に対してこの世界のすべてを明かして。
 もう続きなんて書けないくらいに伏線も何もかも全部回収して終わらせてしまう事。
 そうすれもう続きが描かれることはないし、見るものがなくなってしまえば見なくなる。
 それこそ読み終わった本を閉じるように、この世界は神様から切り離されて、見放される」

これこそが事件の全貌。
ワールドオーダーの掲げる神殺し。
神なき世界の創り方である。

「おい、ちょっと待てよ、だとしたらマズくねぇか?」

そこで何かに気付いたのか、龍次郎がハッとした顔で待ったをかける。
それは普段頭を使わない龍次郎にしては珍しく鋭い気付きだった。

「マズい、とは?」
「野郎の目的がそうだってんなら、今こうしていることは野郎の狙い通りなんじゃねえのか?」

全てを詳らかにすることがワールドオーダーの目的だったとするならば。
『神様』がそのような超越者なら、この謎は誰がどういう形で解いてもいい。
つまり謎を解けば解くほど奴の利になるという事だ。
それどころか対主催行為が全てが計画を推し進めることになる。
進めば勝利は遠ざかり、かといって進まざるは死を意味する。
これでは手詰まりだ。勝利への道が暗雲に呑みこまれてしまった。

「いいえ、そうではありません」

闇を切り裂く刃のように、鋭く涼やかな声で否定する。
ここまで奴の意図を解き明かした以上、亜理子の知と龍次郎の暴があれば全てを台無しにするのも不可能ではない。
例えばあの死神のように、話の筋を無視して脱出する。
例えば謎を何一つ解き明かすことなく伏線を回収せずに終わらせる。
例えばワールドオーダーを倒さない。
方法だけならいくらでもある。
けれど、成すべきことはそうではない。

「確かに奴の狙いを挫くことは不可能ではありません。
 けれど逆です。奴の敷いたレールを破壊するのではなく、奴のレールに乗っかって成功させてやるんです」
「おいおい、何言ってんだ…………!? それじゃあ……!」

これまでの方針を全てかなぐり捨てるような発言に血迷ったのかと慌てる悪の大首領。
それに対し、腹の立つほど落ち着いた態度で探偵はあっけらかんと言ってのけた。

「だって、こんな事で世界が終わる訳がないじゃないですか」

その言葉に、龍次郎は目を丸くして動きを止めた。
ゆっくりと口元に手をやり、唸りを上げ熟考するように首を捻る。

「そりゃぁ…………………………」

その通りだ。
目の前でちゃぶ台をひっくり返された気分である。
当たり前のことを当たり前に言われてしまった。
話の展開に呑まれてそんな気になっていたが、そもそもワールドオーダーを倒したからと言って世界が終わるはずもない。


840 : 神なき世界の創り方 ◆H3bky6/SCY :2017/02/01(水) 23:19:17 P.Kejjjk0
「半端に奴の意図を邪魔して計画を頓挫させたところで、それは私たちの邪魔による失敗であり計画の失敗にはならない。
 そうなったら次の計画が始まるだけ、奴は成功するまで計画を繰り返すでしょう」

言葉を切った少女の顔に、敵対者に対する酷薄な笑みが浮かぶ。
機械のように冷静に推理を述べてきた探偵の顔が、私怨に燃える少女の顔に変わった。

「――――――そんなことはさせない。
 失敗なんてさせるものか。奴の計画を完膚なきまでに成功させる。
 『神様』? 『世界の終わり』? ハッ! バッカじゃないの!? そんなのある訳ないじゃない!
 お前の存在全てを費やしてきた計画は、最初から見当はずれでてんで成功の見込みなんてない無価値で無意味なモノだったんだと奴に突きつけてやるんだ…………!
 次なんてない。これで終わりだバカめ。お前が世界を終わらせるのなら私はお前を終わらせてやる…………!」

ここにいない誰かに向けて独白のように言葉を吐き出す。
ワールドオーダーの計画を成功させたうえで挫く。
それがワールドオーダーを完全敗北させるための勝利条件。
己が失敗を認められない妄執の亡霊ならば、言い訳できないほどに成功させてやればいい。
少女は己の敵に勝利する、その道筋を得た。

「だったら殺し合いも最後までやり切るって事か?」
「あくまでこの殺し合いは先ほど述べた二つの目的を達成する為の物ですから。
 その二つの条件が満たされればそもそも殺し合いを続ける必要はないんです」

殺し合いはあくまで結末に至るための手段に過ぎない。
結果が齎されたならば、奴からしてもこちらからしてもそれ以上続ける理由はなくなる。
世界の謎解きに関しては殆ど完了したようなものだ。
後はもう一つ、『主人公』の完成に至れば計画は次の段階へと移行する。

だが、話を聞き終えた龍次郎はうーんを唸り不満を漏らした。
計画の全容は明らかになったが、龍次郎にとってはあまりいい展開だとは言えない。
何故なら。

「しかしなぁ……その話だと俺ぁ野郎をぶん殴れねぇんじゃねぇのか?」

倒される側の首輪を与えられた龍次郎には『主人公』となる資格がない。
ワールドオーダーの計画を順守するというのなら、龍次郎はワールドオーダーに手が出せなくなる。

「えっと……それはそうなりますね」

この問いはさすがに予想外だったのか、亜理子は言葉に詰まった。
この段階で龍次郎の機嫌を損ねるのは亜理子としても望むところではない。

「その、この会場にいるワールドオーダーであれば、誰が倒しても問題ないかと思われますので、その……」
「まあいいさ。それで我慢しておいてやる」

理解を超える話に振り回され醜態を晒して今更威厳もないだろうが、堂々とした態度ですっぱりと気持ちを切り替えた。
何せ殴って捨てて終わりという話にはならなそうである。
そもそも殴りあって楽しそうな相手でもない。
龍次郎は喧嘩も好きだが勝利も大好きだ。
ブレイカーズの勝利を得られるのならば、それもアリである。

そうして推理を終え、次の行動をどうするかという段になったところで。
唐突に甲高い機械音が響いた。

「何の音だ?」

亜理子が自らのポケットをあさる。
音を発していたのは1番の悪党商会メンバーバッチだった。
見れば、何物かが通信機能を求めているようである。

どうするか、大首領に視線で問うと無言のまま頷きが返った。
それを確認した亜理子は通信をオンにして龍次郎にも聞こえるようスピーカー部を差し出す。
僅かなノイズの後、バッチから若い男の声が聞こえた。

『ジ……ジジ――もしもし、聞こえるか。応答してくれ――――俺は、氷山リク。聞こえていたら応答してくれ』


841 : 神なき世界の創り方 ◆H3bky6/SCY :2017/02/01(水) 23:20:10 P.Kejjjk0
【E-9 草原/夜】
【剣神龍次郎】
[状態]:ダメージ(小)
[装備]:ナハト・リッターの木刀
[道具]:基本支給品一式、謎の鍵
[思考・行動]
基本方針:己の“最強”を証明する。その為に、このゲームを潰す。
1:通信に応答する
2:協力者を探す。
3:役立ちそうな者はブレイカーズの軍門に下るなら生かす。敵対する者、役立たない者は殺す。
※この会場はワールドオーダーの拠点の一つだと考えています。
※怪人形態時の防御力が低下しています。
※首輪にワールドオーダーの能力が使われている可能性について考えています。
※妖刀無銘、サバイバルナイフ・魔剣天翔の説明書を読みました

【音ノ宮・亜理子】
[状態]:左脇腹、右肩にダメージ、疲労(中)
[装備]:魔法少女変身ステッキ、オデットの杖、悪党商会メンバーバッチ(1番)、悪党商会メンバーバッチ(3番)
[道具]:基本支給品一式×2、M24SWS(3/5)、7.62x51mmNATO弾×3、アイスピック
    双眼鏡、鴉の手紙、電気信号変換装置、地下通路マップ、首輪探知機
    データチップ[01]、データチップ[05]、データチップ[07]、セスペェリアの首輪
[思考]
基本行動方針:ワールドオーダーの計画を完膚なきまでに成功させる。
1:通信に応答する
2:データチップの中身を確認するため市街地へ
※魔力封印魔法を習得しました

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

山の頂上は爆撃でも受けた戦場跡のような有様だった。
太陽の化身が放った熱線の余波だけで周囲の木々は黒く焼け落ちていた。
グラビティーダムの分厚いコンクリート壁はチョコレートのように溶け、ぽっかりとくり抜かれたような巨大な空洞が月のようだ。
ダムの水は高熱により干上がり、蒸発した大量の水分は薄い雲となって夜空に瞬く光を遮っていた。

この世界で最も高いこの場所から見上げる空に光はない。
星ひとつ見えない夜の下、敗れ去ったヒーローは悔しげに弱々しく地面を掻いた。
立ち上がろうにもうまく力が入らず、もがくように地面を這いずる手は重い。

もがくその最中、倒れこんだ視線の先に盛り上がった土塊が見えた。
敗れ去り死した者の墓標。
墓標代わりの枝木は焼き消えて黒い炭と化している。

彼女たちの命に責任を負いながら己は今無残にもこうして生き恥を晒している。
宿命の対決に敗北し、制御装置であるベルトも奪われた。
這い蹲り地面を舐める事しかできない己はこの世で最も弱い生物だろう。

だがそれでも、こうして生きている。
まだ終わった訳ではない。
何一つ終わってなどいない。

なら立たなくては。
終わってしまった多くの死に報いるためにも。
終わっていないのならば己自身を続けなくてはならない。
だって、死んでしまっては生き恥を晒すこともできないのだから。

「っぁあああ…………!」

気合とともに腕に力を籠める。
歯を食いしばり、息を切らしながらもなんとか膝を伸ばす。
託された意思を足を支える礎にして、這いずる様にして立ち上がった。
何とか起立し天を見上げる。
雲に覆われた空は暗く、一片の星もない。

立ち上がったところで、バランスを崩してふらついた。
踏みとどまるも、腹あたりがどうにも収まりが悪い。
それがベルトが失われたからなのだと理解した。

あのベルトは望んで手に入れたものではないけれど。
拉致され改造され無理矢理につけられたものだけれど。
あれはもう己の体の一部になっていたのだと、失われてから今更ながらに実感する。

だが何時までも嘆いていもいられない。
重要なのはこれからどうするかだ。

リクは考える。
ゴールデン・ジョイを追うか。
それとも別の方策を講じるか。
いや、策を練るのは得意ではないのだが。
それは白兎の役割だった。


842 : 神なき世界の創り方 ◆H3bky6/SCY :2017/02/01(水) 23:21:20 P.Kejjjk0
(……そういや、調査しに来たんだったか)

この場に来た目的を思い返す。
厳密に言えばリクではなく白兎の目的だったが。
会場の中央に何かあるかもしれないという推察だったはずだ。

倒れながらも放送は聞いていた。
禁止エリアにより外周はさらに狭まり、ここ中央は避けられている。
まだ偶然の範疇に収まるだろうが、確かに、ここまで来るとリクでも中央に何かあるのではないかと思うほどに露骨もある。
何かあるという彼女の推察は的を射ている可能性は高い。

とは言え、白兎も理恵子もここに来て何かを見つけた様子はなかった。
白兎や理恵子が見落としたようなものを自分が見つけられるとも思えない。

「……ま、だからと言って、何もしない理由にはならないよな」

来てほどなくしてゴタゴタに巻き込まれ彼女たちも本格的な調査は出来なかった。
確率は少ないだろうが見落としがある可能性はあるはずだ。
それに自分があの二人を上回れるとしたら、奇を衒う発想力。
あの二人が思いもつかないようなところを探してみれば何か見つかるかもしれない。

「つってもなぁ。アイツのせいで地形も変わちゃって……」

周りを見渡す。
木々は焼け焦げ、ダムに至っては見る影もない。
こんな調子では何かあったとしても元の形で残っているか。

「………………元の形?」

そこで何かに気付いたのか、リクはピタリと動きを止めた。
周囲を巻き込むゴールデン・ジョイの戦いにより辺りの景色は一変していた。
それにより失われたモノもあるが、それにより現れたモノもある。

あの二人がいるときにそこになかったもの。
完全なる会場の中心。
それは熱線によって貯水が完全に蒸発したダムの底だ。

リクはボロボロの体を引きずるようにして、崩れたダム壁から内部へと侵入する。
段差を超えるだけでも一苦労だったが、時間をかけつつ何度もトライし踏み越えることができた。
そしてダムの内部。不思議な感触の地面を踏みしめ、砂利と藻にまみれた荒涼とした大地に立つ。

貯水を失ったダムの内部は広く、それこそリクの通っている大学くらいならすっぽり入ってしまいそうなほど広い。
只ですら動くのもつらい状態で、ここを一人で調査するのは骨だ。
だが、それでもやるしかない。

踏み出すと、水分を失いカラカラになった藻を踏み粉となって砕けた。
その足がズブリと僅かに沈む。
どうやら乾いているのは表面だけらしく内側は長年水分を蓄えグズグズとなっているようだ。

「うおっ」

泥に足を取られ受け身も取れず転ぶ。
幸いと言っては何だが、地面は柔らかく泥まみれになるだけで済んだ。
まともに歩くことすらできないのかと情けなさに泣きそうになる。

「……まあいいや」

どうせ地面を調べるのだ。
立ち上がるのもしんどいし億劫だ。
四つん這いのまま、泥にまみれで赤子のように進んでゆく。
派手さはなく歩みは亀のように遅い、ヒーローの有様としては余りにも無様なことこの上ない。
だが、今更格好をつけても仕方がない。

地面を凝視しながら進んでゆく。
ゆっくりと、だが確実に今の自分に出来る精一杯をこなす。
どれほどの時間がたったのか。
ダムの中央に差し掛かったところで、動きが止まる。


843 : 神なき世界の創り方 ◆H3bky6/SCY :2017/02/01(水) 23:21:44 P.Kejjjk0
風が吹いた。
太陽の産み出した雲は切れ、空に月が顔を出した。

「見つけた――――」

それは見落としてしまいそうな小さな穴だった。
リクは四つん這いのまま、両手で穴の周囲の泥と苔を払いのける。
現れたのは地面に敷かれた一面の鉄だった。
その中央に空いた不自然な穴、それは。

「――――鍵穴だ」

隠し扉。
通常の手段じゃ見つけられないようなこんな所に。
無駄ではない。
リクの頑張りも、白兎の推理も。
何一つ無駄ではなかった。

なんにせよ、できるのはここまでだ。
今のリクでは力づくで開けるもの難しいし、当然鍵なんて持っていない。
ここから先は誰かの助けが必要だ。
この発見を誰かに伝えなくてはならない。

当てはあると言えばある。
ポケットの中にある一つのバッチ。
それは悪党商会の幹部、要人のみに与えられるメンバーバッチである。
過去に戦場で悪党商会の連中と相見えた時に幾度がこれを使って通信をしていたのを見たことがある。

ナンバーは2番。ダイヤルは5まで。
恐らくは他にも支給品として配布されているだろう。
そこに1番から順に手当たり次第に通信して、協力者を募る。
もちろんバッチの持ち主が協力的な人物だとは限らない。
危険人物に中る可能性も高いだろう。
だが、一人では打倒できない、一か八かになるが状況が状況だ。

「ま、博打はそこまで嫌いじゃねぇしな」

ボンバー・ガールほど好きでもないが、ナハト・リッターほど嫌いでもない。
のるかそるか。通信機能をONにして、固唾を飲んで応答を待つ。
程なくして、通信が許可される。
それを確認して、リクはバッチ向かて話しかけた。

「もしもし、聞こえるか。応答してくれ。俺は、氷山リク。聞こえていたら応答してくれ」

【F-6 山中(ダム底中央)/夜】
【氷山リク】
状態:疲労(極大)、全身ダメージ(極大)、両腕ダメージ(大)、右腿に傷(大)
装備:なし
道具:悪党商会メンバーバッチ(2番) 、工作道具(プロ用)、リッターゲベーア、データチップ『02』、首輪の中身、基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(確認済み)
[思考・状況]
基本思考:人々を守り、バトルロワイアルを止め、ワールドオーダーを倒す。
1:通信先と交渉。協力者を募る
2:火輪珠美と合流したい
3:ブレイカーズ、悪党商会を警戒
※大よその参加者の知識を得ました


844 : 神なき世界の創り方 ◆H3bky6/SCY :2017/02/01(水) 23:22:00 P.Kejjjk0
投下終了です


845 : 名無しさん :2017/02/02(木) 00:14:07 QEKCNEJ20
うぷ乙です


846 : ◆H3bky6/SCY :2017/03/10(金) 00:17:36 Rs/aphYM0
風邪ひいてました
遅くなりましたが、投下します


847 : 祭りの終り ◆H3bky6/SCY :2017/03/10(金) 00:18:27 Rs/aphYM0
りんご飴。
本名:不明。
国籍:不明。
経歴:不明。
能力:不明。
性別:♂

セーラー服を身に纏った見目麗しい男の娘。
その中身は粗雑にして下品の極み。
正義を嗤い悪を蹴散らす。
邪道を好むが外道ではなく。
快楽主義者の刹那主義。

スリルがないと死んでしまうスリルジャンキー。
刺激物なら何でも喰らい尽くす悪食の大喰らい。
性別の区別なく、気持ち良ければオールオーケー。
欲望のまま欲しいものはどんな手を使っても手に入れ。
己が世界の中心であるかのように振る舞う暴君である。

りんご飴の名が界隈に知られたのは、過激派で知られる某国の大統領を狙った殺し屋を日本刀にセーラー服という倒錯した格好をした少年が仕留めたという噂が始まりである。
余りにも目立つ立ち姿に恐るべき実力。
卓越した戦闘技術を持ちながらその技術をどこで得たのか、何のために得たのかも不明。
本人曰くライオンが強いのに理由はないとのことだが、正確なところは秘に包まれ覆い隠されている。

鮮烈なデビューから一気に界隈を席捲したりんご飴だが、これほどの問題児が表にも裏にも誰にも知られず潜んでいたという事実はにわかには信じられない話だ。
本人の気質からして、大人しくしていたとはとても思えないからである。
これだけの強烈な個性を見逃すとも思えない。
現に彼が界隈に現れてから良くも悪くも噂を聞かない日がないほどだ。

口々に噂をする誰かが、そのうち言った。
彼はまるで唐突に世界に現れたようだ、と。




848 : 祭りの終り ◆H3bky6/SCY :2017/03/10(金) 00:18:59 Rs/aphYM0
「ひゅ〜ぅ。すげぇなこりゃ」

野次るような歓声を上げたのはりんご飴だった。
彼が居るのは市街地の端にある、細長いビルの屋上である。
一際高いそこから市街地の風景を金網に齧り付くようにして見つめていた。

りんご飴はそこで相棒の到着を待っていた。
別れ際に何の打ち合わせもなかったが、別行動をとった時の合流場所には常に決め事がある。
その地区にある二番目高い建造物の屋上。
一番高い建造物は目立ちすぎる、かと言って低い建物では目印として分かりづらい、だから二番目にしようという安直な理由である。

中央部は建造物の多くが倒壊していたため、集合場所に選ばれたのは市街地から外れたこのビルと相成った。
しかしこの状況で目利きの鋭いりんご飴ならともかく、何事も大雑把な珠美にここを見つけ出せるのか若干の心配はあるのだが。
その心配を吹き飛ばすような光景が目の前に広がっていた。
視線の先にある市街地では、何物かが暴れているのか、それとも本当にこの世の終わりか、端から砂のように建物が崩れていく。
まるで巨大怪獣が暴れる特撮でも見ているかのような気分だ。

「マジで巨大怪獣でも暴れてるのかねぇ、にちゃそれらしいのは見えねぇが……」
「暴れてんのは怪獣じゃなくて、『邪神』じゃねぇのか」

怪獣を探して当たりをきょろきょろと首を振るりんご飴に、背後から声がかかる。
金網を掴んだまま仰け反り、そこにある顔を見てりんご飴はキヒッと奇声をあげた。
無意味にド派手な後方宙返りで振り返ると、待ち人来たりと子供のように笑って、弾むような声で遅れてきた相棒を迎え入れる。

「よう。遅かったじゃねぇか珠美」

待たされた時間差は即ち敵を倒すまでのタイムアタックの差である。
優越感に浸りつつ勝利の余韻に浸り、闘争の熱を冷ましていたため待ち時間は苦ではなかったが、相棒はよほど苦戦をしたらしくどうにも元気がない。
出迎えの言葉に対して珠美は視線を合わせず、屋上の安全フェンスまで歩くとフェンスの網目を握り締めるようにして手をかける。
そして先ほどまでのりんご飴と同じく街並みを見つめた。

先ほどまでりんご飴が見つめていた戦闘は終了したのか、珠美が見下ろした街並みは静かなものだった。
地上の星のごとく輝きを放つ夜の街はそこにはなく、深く染み入るような深海がそこに広がっている。
人の息吹が感じられない街というのはどこか不気味で物悲しい。

「んで? 邪神ってなんなん?」
「さぁな。言ってみただけさ」

つれない返事だが、なにせ珠美にもよくわからない。
それを追ってここに来たはずなのに、どうしてこんなことになってしまったのか。
珠美には本当にわからなかった。

「なつかしいな、覚えてるか?」

遠くを見たまま珠美は下らない思考を振り切るように話題を変える。
この手のビルで話すことと言えば決まっているのか、何の話か察してりんご飴もああと応じた。

「忘れる訳ねぇだろ、なんせ俺らの初陣だ」

語る口に上るのは彼女たちが名を上げたブレイカーズ幹部を倒したという彼女たちコンビの初陣である。
ブレイカーズ幹部、古代系怪人アンモストロ。
それなりに名の売れた5人組のヒーロー(何故か6人いた、追加戦士だろう)がまったく相手にならず、無残に壊滅したところに騒ぎを聞きつけ駆けつけたのが彼女たちだった。

幹部というだけあって強く、後にわかったことだが初めて実戦投入された第二世代型怪人だったらしい。
喜び勇んで名乗りを上げた二人にとっても間違いなく強敵であった。

とにかく固い怪人だった。
渦巻き状の装甲はあらゆる衝撃を受け止め、ボンバーガールの花火を物ともしなかった。
ありとあらゆる手段を尽くしたりんご飴の攻撃は何一つ通用せず。
花火も手品も出しつくし、いよいよダメかと追い詰められる二人。
逃げ込んだ廃ビル。
勝ち誇るように笑う怪人。
それ以上に凶悪に笑う二人。
火花が散り、ビルが吹き飛ぶ。
瓦礫に呑まれ動けなくなった相手を二人で笑いながら凹にして、割れた装甲の隙間から内部に火薬を送り込んで汚ねぇ花火にしてやった。

「あの時のお前の抜かりなさには痺れたね」

この逆転劇はもちろん偶然ではなく、りんご飴の計らいである。
点火したのはボンバーガールだが、この策を提示しどこで覚えたのか発破解体の技術を利用して種を仕込んだのはりんご飴だ。
破壊したビルも解体予定の廃ビルだったらしくお咎めはなかった。
微に入り細を穿つというか、全てにおいて抜かりなく手練手管の限りを尽くす自分にはない能力だと、その手際の良さに珠美は舌を巻いた。

「そりゃどうも。けどどうした? 思い出話なんてらしくないじゃないか」

ボンバーガールはふっと笑い、思い出を断ち切るようにパンと手を打つ。
紅い焔が小さく舞うように散った。


849 : 祭りの終り ◆H3bky6/SCY :2017/03/10(金) 00:19:49 Rs/aphYM0
不意に世界が静まり返る。
その静寂を待っていたかのように空気が震え声が響いた。
三度目の放送が流れ始めたのだ。

最早聞きなれてしまった声。
淡々と幾つもの名が告げられる。
幾つもの死が告げられる。

りんご飴は自分なんかのために命を投げた『三条谷錬次郎』というバカな男の名を聞いた。
己の恋に生きて死んだ、熱い男だった。
その熱に報いるためにも、彼が命を懸けるに値したはずの己の価値を証明しなくてはならない。

珠美も『遠山春奈』と『亦紅』の名を聞いた。
この地で出会い行動を共にし、そしてこの手に掛けた仲間の名前。
育んだ絆以上に戦いたいという自分の衝動を抑えきれなかった。
どうしようもない己の獣性。

放送を聞き終え、それぞれの思いを胸に沈める。
互いに表には出さず飄々と己自身と背負った重みをかみしめながら、次へ向かうための気持ちを整える。

風のない静寂の夜。
二人の男女が向かい合う。
深海の街を背に、焔の巫女は穏やかに笑い告げた。

「それじゃあ――――殺し合おうぜ、りんご飴」
「…………あ?」

あまりにも場にそぐわない、いや場にそぐい過ぎている言葉であるが故に思わず素の声が出た。
おっとっと取り繕うように表情を作り直す。

「なんだよ、いきなり」

本当にいきなりだ。
アンモストロとの戦い以降、りんご飴と珠美はこれまで相棒として背中を預けあって戦ってきた。
珠美はりんご飴の用意周到さに感心し、りんご飴はボンバーガールのド派手さを気に入った。
性格的にも馬が合って、そのうち日常生活でもつるむ様になり、寝屋を共にしたこともある。
りんご飴とボンバーガールがこの場で戦う理由がない。
表情を変えぬまま、珠美はその疑問の答えを述べる。

「なんでも何も、あたしら端からそういう関係だろ?」

端的なその一言に、りんご飴は弾丸に射抜かれたような衝撃を受けた。
りんご飴と珠美は。仲間でも友達でもましてや恋人でもない。
同じ欠損(たいくつ)を抱え、欠落(たいくつ)を埋めるためにつるんでるだけだ。
共闘も馴れ合いも一時的なモノ、刹那的な、いつか決着をつけるという前提の関係だ。

りんご飴はクシャっと自身の髪を掻く。
ショックだったのは言われるまで気付かなかったという事だ。
己が首尾よく相棒と合流できて、当たり前のように一緒に戦うつもりでいたという事実に。
そんな温い思考に侵されていた。

「……ああ、そうだな。そういえばそうだった。
 ハハッ! りんご飴ちゃんとしたことがどうかしてた。どうかしてたぜ!」

何時からこうなった。
嗚呼そうじゃない。
りんご飴はそうじゃないだろ。

いつかいつかと言って結局馴れ合って終わるような、そんなダセェ関係か?
違う。
傷を舐めあって埋められない何かを誤魔化してるだけの、そんな温い関係か?
違う。

それではりんご飴たちが憐み蔑んできた連中と同類になってしまう。
そんなのはゴメンだ。
スリルジャンキーがぬるま湯の心地よさに慣れちまっていたらお終いだ。
ただひたすらに刺激を求め続けたはずだ。

「いいぜッ。闘ろう……!」

鋭く尖った犬歯をむき出しにして、全ての柵を噛み切る様に凶悪に笑う。
闘争を前に気持ちを高揚させる。
極上の御馳走を前にして涎が出そうだ。
心臓がエンジンのように唸りを上げる。

高鳴る胸、祭りの前ような高揚感。
ああ、そうだ。
戦いはこうでないと。
りんご飴はこうでないと。

応じる様に爆破の女神は凶悪に笑う。
この高揚には抗い難い。
派手さを好む戦闘狂、結局はこれが己の本質なのだろう。
一度火のついた導火線を止める術はない。


850 : 祭りの終り ◆H3bky6/SCY :2017/03/10(金) 00:20:31 Rs/aphYM0
戦闘の開始を告げるようにボンバーガールが地面に踵を強く打ち付け、カツンと音を鳴らす。
瞬間。火花が散り、闇夜に光の華が咲く。
屋上が白い閃光に包まれた。

戦いには不意打ち騙し討ち何でもござれだ。
ボンバーガールは思い出話に花を咲かしている間に夜の闇に紛れて黒色火薬を周囲にまき散らしていた。
りんご飴に気付かれぬよう、微量しか散布することができなかったため、これで焼き殺すことなどはできないだろうが屋上は一面閃光に包まれる。
もはや自分の手先すら見えない状態の中、りんご飴は躊躇うことなく駆け抜けた。

閃光の中を駆ける。
強い光を前にすれば生物の本能として怯むものだが、りんご飴にはそれがない。
生来そうだったのか、はたまた訓練の賜物か、りんご飴に目つぶしは通用しないのだ。

だが、行動できることと視界を奪われている事は別の話である。
視界は依然に白に包まれており、一体を高熱に包まれており熱源感知も不可能だ。
五感など無意味なこの状況で、敵を発見することなど不可能だろう。

だが、りんご飴は迷うことなく目の前へと蹴りを放った。
足裏に返る骨の軋む感触が返る。手ごたえありだ。
僅かに遅れてボンバーガールがフェンスへとぶち当たる音が聞こえた。

成し遂げられた要因は単純明快。勘だ。
彼は異常なまでの勘の鋭さで攻撃を当てたのである。

閃光が晴れはじめ追撃に走り出そうとしたりんご飴だったが、燃焼の音に混じった異音を捉え足を止める。
次の瞬間、四方からロケット花火が襲い掛かった。

ボンバーガールにとってもりんご飴は互いに背中を預けあった相棒だったのだ。
目つぶしが無意味などというその程度の特性は知っている。
閃光は仕込みを覆い隠すための目隠しに過ぎない。
ロケット花火を全方位に設置した。一斉射撃にてりんご飴を撃つ。

これに対してりんご飴は瞬時に大きく跳躍。高いムーンサルトで美しい弧を描いた。
その動きを読み切った打ち上げ式スターマインによる追撃が間髪入れず放たれる。
宙に浮きあがったりんご飴はナイフで火塊を弾きつつ、小さく舌を打つ。

なんとか打ち上げ花火をやり過ごし着地する
その足元でスパンという炸裂音が響き、ローファーに見せかけた安全靴がはじけ飛んだ。

気付けば、設置型炸裂花火が地面にばら撒かれ周囲を取り囲んでいた。
巧妙に夜闇に紛れた火薬玉は、注意深く地面を注視しなければ発見は不可能である。
平時ならともかく、戦闘中に注意を裂く余裕はない。
屋上は地雷原と化していた。
屋上という区切られた空間は設置型の花火と相性がいい。

安全靴のある状態出ったからこそ足裏の皮が焼け剥がれた程度で済んだが。
炸裂花火の威力はたかが知れているとはいえ、素足になった状態では下手に動けない。

りんご飴の知るボンバーガールよりも能力の生産性と正確性が向上している。
りんご飴が知る由もないが、亦紅が燃え上がらせた篝火を回収した影響だろう。
このままでは押し切られる。

足を止めたりんご飴に向けて、新たに生み出された鼠花火が放たれる。
高速で回転する鼠花火が激しい火花をまき散らしながらジグザグの軌道を描き、地を這い襲い掛かる。

動けば爆死、動かざるも爆死。
死の二者択一を迫られたりんご飴は跳躍を選んだ。
そして先行して荷物から取り出し放り投げたお便り箱の上へと飛び乗る。
1度限りのセーフティーゾーン。
地面に触れ爆裂するお便り箱を蹴り上げ、爆風に乗って跳躍する。

勢いに乗って飛びつく先はボンバーガールにではない、明後日の方向だ。
その先にあるのは屋上に備え付けられた貯水タンク。
飛びつくとと同時に給水タンクを鍵爪で切り裂く。
裂け目から水が噴き出し、飛沫が雨のように屋上へと降り注ぐ。
足がつかるほどに張った水が花火を湿気らせる。

「これでご自慢の花火も駄目になっちまったなぁ」

りんご飴は貯水タンクから飛び降り音を立てて水面へと着地、サバイバルナイフを片手に構える。
地雷原は無力化された。
少なくとも水滴が降り注いでいる間は火薬を空中に散布することも出来ないだろう。
雨のように水しぶきが降り注ぐ中では爆破の天使もその力を十全に発揮できない。

「けっ。いいハンデだよ」

ボンバーガールは箒花火の炎剣を振りかざし、その足跡に水飛沫を上げながら薄い水たまりを駆ける。
振り抜かれる炎剣をりんご飴は身を仰け反る様にして水面を滑りながら躱す。
鼻先を掠める美しい火花を見送りながら、りんご飴はハッと笑う。

滑り込みながら足を振り上げ、花火の握り手と鳩尾に二段蹴りを放つ。
そのまま反動で加速し縦に一回転して着地。反撃を捌きつつ水面を踊るように回って裏拳をブチ当てる。
変化した環境への対応力も純粋な体術もりんご飴が上だ。
水で環境を変え花火に制限をつけた以上、りんご飴が有利である。


851 : 祭りの終り ◆H3bky6/SCY :2017/03/10(金) 00:21:01 Rs/aphYM0
だが直後。りんご飴の背後で爆音が起きた。
慌てて振り返るその先に水柱が立つ。

無力化したはずの水中の花火が爆発したのだ。
一つ二つではない。続けざまに眠っていた炸裂花火が一斉起爆され、一面に水柱が跳ね上がる。

花火は水中でも燃えるのだ。花火に使用される酸化剤に燃焼のために必要な酸素が含まれているからだ。
無論、爆発力は空気中には大きく劣る、だが注意を引くだけならば十分だ。

しまったとボンバーガールへと注意を向け直したりんご飴に、水しぶきの向こうからポイと無造作に何かが放り投げられた。
それは花火の大玉だった。
これほどの大きさ。爆発すればこんな狭い屋上など一発で吹き飛ぶだろう。

「っと!?」

その危険度を瞬時に理解できたりんご飴は反射的に飛びつき、地面に落とさぬよう両手で受け止める。

「ばーか」

隙だらけとなったりんご飴の頭部に打ち上げ台から射出されたボンバーガールの飛び回し蹴りが叩き込まれる。
吹き飛ぶように倒れ、手にした大玉が落ちた。
だが落下の衝撃にも爆破することなく、大玉は濡れた地面を転がった。
それもそのはず、ブラフである。
いくらなんでもこの規模の大玉をポンと創り出すのはボンバーガールでも不可能だ。

倒れたりんご飴に追撃が迫る。
夜の屋上を輝かせながら火の雨が降り注ぐ。
咄嗟に立ち上がり回避しようとするが脳が揺れ足元がふらつく。
ナイフも落としてしまった。

火の雨に晒されながら、たたらを踏むりんご飴。
この機を逃すまいと距離を詰めたボンバーガールは爆発で加速した拳の乱打を叩き込む。
亀のように縮こまり両手で頭部を守り、守備に徹するりんご飴。
何とか凌いでいるが、この烈火のごとき猛攻を前にしては防御を崩されるのも時間の問題だろう。

度重なる連打を受けていた腕が大きく腫れ、左腕のガードが僅かに落ちた。
そこに業火を纏った右ストレートが防御をすり抜け頬を打った。

「なっ」

りんご飴は砕ける勢いで歯を食いしばりこれに耐えて、前へと踏み出る。
ここまでただ防御に徹していたわけではない。
脳の揺れが回復するのを待っていたのだ。

回復したタイミングであえて隙を見せ、カウンターのタックルを決める。
美しく胴タックルが決まった。
そのまま引き倒してマウントに持ち込むかと思われたが、りんご飴は相手を引き倒すのではなく相撲のように押し出しフェンスにへと寄り切る。

ガシャンという音。
腹の底が浮き上がるような浮遊感を珠美は感じた。
押し出し続けた圧力に安全用のフェンスが外れ、二人の体が地上100mの上空に放り出された。

「っ!? バカかテメェーーーー!?」

墜ちる。
墜ちる。
重力に従い逆らうこともできず地に向かって吸い寄せられるように墜ちる。


852 : 祭りの終り ◆H3bky6/SCY :2017/03/10(金) 00:21:50 Rs/aphYM0
5秒後には地面にキスして潰れたトマトになるこの状況で、全身の毛を逆立て冷や汗を流しながらも口元に張り付くのはこの状況を楽しむような笑み。
りんご飴は片腕で胸倉を掴み、もう片方の腕で殴る。
ボンバーガールも負けじと頭突きをかまし、次いで肘を叩き込んだ。
落下しながら状況など関係無いように拳と拳を通い合わせる。

だが、その立場は大きく違う。
珠美は爆風により体を浮き上がらせることができるが、りんご飴に落下を回避する能力はない。
何の策も講じなければ、一人滑落して死ぬだけだ。
あるいは珠美にしがみ付いて助かる算段なのかもしれない。
りんご飴のやりそうな事だ。

そうはさせじと珠美は顔面に拳を喰らい鼻血を吹き出しつつ、前蹴りで押し出すようにりんご飴の腹を蹴り飛ばした。
胸倉を掴んでいた手が離れ、空中で二人の距離が離れる。
りんご飴にこの距離を詰める術はない。

そして遠距離攻撃の手段を持つのもボンバーガールだけだ。
ロケット花火が美しい色取り取りの火花で夜を彩る。
遠距離攻撃を持たないりんご飴は極彩色の嵐に晒され続けるほかない。
そう。本当に、遠距離攻撃を持たないのならば、だ。

胸元から取り出したるは赤く発光する透明なナイフ。
悪党商会製特殊武装クリスタルジャック。
これまでの戦闘により花火による高熱エネルギーがため込まれている。

一本の赤い閃光が空へと延びるように夜を走った。

だが、この程度の反撃はボンバーガールも予測済みである。
相手はりんご飴。切り札の一つや二つ隠し持っていると見るのが当然だ。
ボンバーガールは両腕で炸裂させた花火を推進力として空中で軌道を変え、閃光をやり過ごす。

だが、回避に動いたボンバーガールの体が空中で何かに引っかかった。
それはロープだった。
りんご飴の嵌める鍵爪から射出されたものである。
それは世界最高の殺し屋アサシンの仕事道具フック付き鍵爪。
クリスタルジャックによる一撃は誘導するための布石に過ぎない。

引っかかったボンバーガールを支点に重しとなったフックが廻り、ボーラのようにロープが巻きついてゆく。
もがけばもがくほどロープは食い込み、空中で身動きが取れなくなってゆく。

「さあ――――――、一緒に墜ちようぜ、相棒」

このフックをビル方向に放てば、落下を免れる事もできただろう。
だがりんご飴は共に墜ちる道を選んだ。

「ッのおおおおおおおおおおおおおっ!!」

ボンバーガールの叫び。
二つの流星が連れ合いながら地へと落ちた。




853 : 祭りの終り ◆H3bky6/SCY :2017/03/10(金) 00:22:57 Rs/aphYM0
「……っ! くぁ…………ムチャクチャしやがる……ッ」

舗装されたアスファルトの上、苦しげに息を吐きながら全身に擦り傷を作った珠美がゆらりと立ち上がる
ロープで拘束されながらも手の平から火花を噴射させ落下に抗い、ギリギリで減速に成功した。
とはいえ完全とはいかず全身を地面に叩きつけられ、骨が数本いかれている。
この程度で済んでいるのは超人であるが故だろう。

「へっへへ……そこがりんご飴ちゃんのいい所、だろ……?」

りんご飴もふらつきながらも立ち上がった。
減速するボンバーガールに繋がるロープに直前までしがみ付いて五接地転回法で着地した。
パラシュートが開かず地面に叩きつけられた人間が無傷で生還した例があるという着地法だが、叩きつけられた地面は固いのアスファルトだ。
超人めいた身体能力を持っていようとも全身がバラバラになってのが奇跡である。

「ああ大した奴だぜ。マジでさ。
 異能もないのにここまでこのあたしと渡り合えるだなんて、正一のオッサンかお前くらいのもんだぜ」

偽りのない本音で好敵の力量を称賛する。
これに対してりんご飴は少しだけ気まずそうにあーと唸る。

「それがどうにもりんご飴ちゃんは異能持ちだったらしいんだぜ?」
「はぁ? マジかよ」

これまでバディとしてやってきたが、初めて知る衝撃の事実である。
思い返せば異能があったのなら使えよという、場面も多々あるが。
相棒だろうがなんだろうが切り札を隠すというのは悪くはないとは思う。

「それで、どんな能力なんだ?」

話の流れで自然に聞いてしまったが、問うたところで今現在戦っている相手に能力を明かすバカなどいないだろう。
そう反省するが、りんご飴は何でもないように答えを述べた。

「それがなんでもりんご飴ちゃんは、世界を繋げる能力を持ってるらしいぜ」
「なんだそりゃ?」
「何なんだろうなぁ、正直よくわかんにゃいにゃあ」

世界をつなぐ能力と言われても規模が大きすぎてピンとこなかった。
なにせこれまであると知らなかったのだ、自覚的に使用したことはない。

「しかも、厳密にはこの世界の人間じゃなかったらしいんだぜ」
「マジか」

珠美もヒーローとしての知識で異世界渡りの能力者がいるのは知っているが、会うのは初めてだった。
だからなんだと言うと、何でもないのだが。

りんご飴が僅かにふらついた。
意識が朦朧とする。
蓄積したダメージはいよいよ深刻なようだ。
ぼうとした頭で目の前の相棒を見つめた。

「あー。そういや、俺達なんでこんなことしてんだっけ……?」
「そりゃあれだ。あたしがあたしで、お前がお前だからだ」

いつもの決まり文句だ。
お互い気性が激しく勝負にこだわる性質だったから、こうして本気でぶつかり合ったことは1度や2度じゃない。
ほどほどに愉しんだら手打ちにして終わらせるというのが恒例行事なのだが、今回は。

「で、まだやるの?」
「当然、どちらかが死ぬまで、とことん」

珠美は終わりをよしとはしなかった。
まるで殺し合いを是とする答えしか出せないように、完全決着を望んでいるようだ。

「まあそれ自体はいいんだが……」

いやいいのか?
本当に?
いよいよ決着が見えてきたところで未練が湧いたのか、そんな疑問が頭をよぎった。
そもそも相棒は、ここまで決着に拘る性質じゃなかったはずだが。

「なんでそこまで決着に拘るんだよ」
「言ったろ。あたしとお前はいつか決着をつける運命だって」
「ま、それはそうだけどよ。
 今この場でそれをやるってのが、正直、野郎に躍らされてるみたいで気に食わない」

これじゃあまるでワールドオーダーに殺し合えと言われたから殺し合うみたいだ。
二人の決着がそれでいいのか。


854 : 祭りの終り ◆H3bky6/SCY :2017/03/10(金) 00:24:56 Rs/aphYM0
「あんだよ。今さら決着にビビっちまったのか。
 ここでイモ引いたら決着から逃げてるダセェ奴だぜ?」

珠美は挑発するように言う。
その言葉にりんご飴は少しだけ考え込むようにああと呻って。

「そうかもな。決着がつくのが少し怖い」

率直に、心中を吐露する。
そんな答えが返ってくるとは思ってもみなかったのか珠美は目を丸くしていた。

当たり前の話だが、決着をつけるという事はどちらかが、最悪両方が死ぬという事。
死ぬのは別に怖くはないが、死ぬというのは、もう会えなくなるという事だ。
ああそれは、きっとつまらない。

「珠美、俺はお前の事が好きだぜ。お前と出会ってからの生活もそれなりに気に入ってる。
 ま、それを失うのは…………未練だな」

りんご飴。
本名:不明。
国籍:不明。
経歴:不明。
能力:不明。
性別:♂

全てが不明の男の娘。
けれど不明と言っても過去がない訳ではない。
当然だ、この世界に突然現れたのだとしても、彼という存在が突然出来上がった訳じゃない。
語ろうとしないだけで本人の中に積み重なった過去は確かに存在する。

少年にとって祭りとは遠く眺めるだけのものだった。
暖かなに灯る雪洞の光。折り目正しく道を作るように所狭しと屋台が並ぶ。
その中心を少年と同じくらいの年をした子供たちが綺麗な浴衣を着て両親と手をつないで歩いてる。
そんな光景を今にも崩れそうなボロ家からただ羨ましそうに見ている事しかできなかった。

唐突に少年の母が祭りに行こうと言い出した。
遠く眺めるだけだったお祭りに初めて連れて行ける。
その事実だけで少年の心は高揚し胸が躍った。
周りは綺麗な浴衣姿で自分は着古したボロだったけれど、そんなのもまるで気にならなかった。
屋台の食べ物を買う金はなく眺めるだけだったけれど、一つだけりんご飴を買ってもらえた。
ごった返す人ごみ、むせ返るような熱気、鳴り響く祭囃子。
何もかもが騒がしくって目が回った、楽しさと嬉しさで胸が破裂しそうだった。

けれど、高く打ちあがった花火に見とれているうちに母はいなくなった。
置き去りにされたまま遠ざかってゆく喧騒を見ていた。
祭りが終わる。
彼を残して母が返って来ることはなかった。
父親は最初からいなかった。
祭りの終わりに少年は独りになった。

そこからが第二の人生の始まり。
挫けるでも嘆くでもなく、むしろ状況に奮起した。
ただひたすらに環境に適合し、弱さを唾棄した。
不幸だなんだ状況に下向いて生きるのなんてくだらない。
どうせ行くなら楽しく行こう。

生きることは戦いだ。
襲い掛かるあらゆる不平不満不幸不平等を、あらゆる手段を以て跳ね除けた。
闘争は高揚を産み出し、高揚すると祭りのドキドキを思い出す。
そして相棒は祭りの匂いがする。だから気に入った。

色々な出会いと別れ。
宿命の好敵手。
相棒との出会い。
つれあって、戦って、別れて、また戦って。

どのような形であれ人が人と過ごすせば、どうしても情や絆のようなものが生まれてしまう。
ヴァイザー然り、珠美然り。
いつの間にか大事なものになっていた。

絆だの情だのらしくない。
そういうのは持たないように生きてきたつもりだった。
未練無く生きてきたつもりだった。
らしくないけど、まあ生まれてしまったものは仕方ない。

嫌なことは嫌だと生きてきたんだ。
最後まで我侭を貫かせてもらおう。


855 : 祭りの終り ◆H3bky6/SCY :2017/03/10(金) 00:26:34 Rs/aphYM0
「ここで珠美とお別れなんて俺は嫌だね。そんなのはつまんねぇよ。
 戦うのは好きだがよ、決着にはあんまり興味がないんだ。
 祭りの最中が楽しけりゃいいのさ。祭りの終りに興味はないんだ。
 いい加減疲れちまったし、つまんねぇ決着は後回しにしてこの辺で手打ちにしようぜ」

照れることなくハッキリと、その思いを伝え手を差し出す。
ダサくてもカッコ悪くても、それ以上に大切だと思えたから。

その言葉を受けた珠美は固まっていた。
そんな言葉を目の前の相手から聞くとは思ってもみなかったからだ。

世間からはヒーローなんて崇められているが、火輪珠美は正義の味方なんかじゃない。
思うがままに気に食わない連中をブッ飛ばしてきただけだ。
気に食わない連中に悪党が多かっただけで、気づけばヒーローなんて呼ばれるようになっていた。

始めて聞いた相棒の本音は中々に堪えた。
それこそこれまで喰らったダメージなんかよりも。
肉体は混じり合わせようとも、お互いに心には踏み込まないようにしてきた。

自分と同類の安い見栄と矜持を死ぬほど大事にしている奴だと思っていたから。
そんな相手からの言葉はなかなかに心に響いた

珠美はギュッと目を閉じてから、差し伸べられたその手を見つめる。
そして、ゆっくりとその手に自らの手を伸ばして。

全力で生成していた花火を起爆した。

りんご飴は肉体的には常人と変わりない
何の対応無く直撃を喰らえば呆気ない物だった。
落下のさいばら撒かれてしまったヒーロー雑誌が風にページをめくられ絶壁コンビの特集ページが開かれた。
燻る残火が燃え移り、黒く灰となって風に消えた。

「ハッ……ハハハ。燃やした……燃やし尽くした…………!」

乾いた笑いが虚しく響く。
例えそれが珠美に届く言葉だったとしても。
マーダー病という意図的に歪められた珠美には届かない。
どうあっても殺し合いという結論にしか至れない。
そういう病に侵されていた。

珠美の中には獣がいる。
自分の中にある抑えきれない獣性。
何もしないと苛立ちが溜まった。
退屈を嫌い刺激ばかりを欲しがる。

闘争は衝動の発散だ。
暴れて暴れて出し尽くした夜にだけ退屈を忘れてよく眠れた。
出し尽くした夜だけ熟睡できる。
だが、すぐに乾いた。
渇きを癒す為にまた暴れて眠る。
己はどこまで行ってもただの茨掻きだ。
誰かを救うだなんてガラじゃない。
師匠との離別を経て、自分の暴力の結果として誰かが救われてもいいかと思うようになったけれど、結局そこに正義感なんてない。

「ああ、くそッ」

地面を蹴る。
苛立ちを解消すために戦っていたはずなのに、苛立ちは募るばかりだ。
胸の中にいつもの獣性とは違う抉り取るような衝動がある。
そこに不意に隠そうともしない露骨な足音が響いた。

「――――やぁ」

視線を向ける。
そこ居たのはボロボロの衣服に身を包んだ見覚えのない老人だった。
だが隠れた目元、張り付いたような笑み、そして男の纏う独特の雰囲気で目の前の男が何者であるのか嫌でも理解できてしまう。

「ワールド、オーダァ………………!」
「ああこれ。まあ回復したかったんだけど、近くに君がいるみたいだったから押っ取り刀で駆けつけたんだよ。
 あれだけ派手にやれば目立つよ。美しかったけれど」

光のない街に鮮やかな閃光を瞬かせては誘蛾灯のように人を呼び込む。
そのような些事を気にしない豪快さが彼女の売りだが、今回に限っては最悪の毒蛾を誘い込んでしまったようだ。


856 : 祭りの終り ◆H3bky6/SCY :2017/03/10(金) 00:27:48 Rs/aphYM0
「あんだよ……次はテメェか?
 ちょうどいい、イラついてんだ、相手になってやんよ」

能力を解放して構える。
一度敗北した相手だが、今は負ける気がしない。
と言うより、負けたってかまわないと思っている。
とにかく暴れたくて仕方がなかった。
そんな好戦的な態度を見せる珠美に、老人は呆れた様に肩を竦める。

「いいや、君とは戦わない。僕が試すまでもなく君は失格だ、火輪珠美」

支配者は裁定を下す声で、参加者に落第の印を押した。

「は? 失格ぅ? なんだそりゃ?」

全身に攻撃の意思を露わにする珠美を前にしても、ワールドオーダーは笑みを張り付けた表情を変えず、ゆっくりと口を開く。

「この連戦。幾度かの戦いで変わる機会は何度かあったはずだ。
 だがマーダー病という外的要因があったにしても、君は己がそう言う人間だと決めつけてしまった。
 何かを無くすのもそう言う己だから仕方がないといういい訳を言い聞かせて諦観した。
 成長にせよ退化にせよ人間は変化する。それを否定し己の形を固執してしまった、変わることを止めてしまった」

赤点の生徒を窘める教師のように寸評を述べる。
師匠を失った時から付きまとう火輪珠美の中にある己の大事なものをいつか自分の手で壊してしまうのではないかという不安。
それを最後まで拭い去ることができなかった。
己と言う人間の限界を決めつけ抗おうとしなかった。
自分はヒーローなどではないと、その自負を捨てきれなかった。

「最後まで己の中にある正義という炎を信じられなかった、それが君の敗因だ」

敗因。
どうやら火輪珠美は何かに敗北したらしい。
この胸を焦がすような苛立ちはそう言う類のモノらしい。
何より悔しいのが、何故だかすっと納得できてしまった事だ。

「……そうかい。上から目線のご高説どうも」
「僕と君たちとでは世界の捉え方が違う、世界を見ている座視が、視点が違う。
 それが上からだというのならその通りなのだろうね」

珠美の心がざわつく。
これは単純に目の前の相手が気に喰わないという苛立ちだ。
もはや是非もない。
射殺す様な目つきのまま、距離を測る様に僅かに前へとにじり寄る。
相手の意思など知った事かと、両手に火花を散らしながら殺気を放ちにじり寄る。
交戦の意思があろうがなかろうが、一発おっぱじめればそれで終いだ。

「結局何がいいてぇんだテメェは?」
「ああそうだね。君たちには期待していたんだけど残念だったという話さ。
 そこはほら、愛だとか友情だとか何かそう言うので上手い事何とかしてくれないと」

笑みが侮蔑のような嘲笑に変わる。
その笑みが、お前には闘う価値すらないとそう言っていた。
それを理解して下らなすぎて吐き捨てる様にハッと笑う。

「……ああそうかいそうかい。死にてぇんだなテメェ!!」

手元に溜めこんでいた花火を起爆させ、漆黒の爆炎が周囲一体を薙ぎ払う。
後先考えぬ己すら巻き込む程の大火力。
反動に激しく息を切らす。
燃え盛るような熱い空気が肺を燃やした。
業炎が晴れた先、そこには人影は塵一つ残らず消え去っており、残ったのは声だけだった。

『君の相手は僕じゃないのだろう。君は君で相応しい誰かに討たれて退場するといい』

少しだけ寂しげな名残を残し、風と共に声すらも消えた。
その場には一人、珠美だけが残される。
全てに取り残されるように。

「るせぇ! 訳の分かんねぇ事いってんじゃねえよ!!
 逃げんなおい! 姿見せろ! オイ!!! ちっくっしょうが!!!」

激昂する少女の叫びが虚しく夜に響いた。
その叫びは今にも泣き出しそうな慟哭のようにも聞こえた。

【りんご飴 死亡】

【I-8 市街地/夜】
【火輪珠美】
状態:左肩負傷 ダメージ(極大)全身火傷(大)能力消耗(大)マーダー病発病
装備:なし
道具:基本支給品一式、ヒーロー雑誌、禁断の同人誌、適当な量の丸太
[思考・行動]
基本方針:苛立ちを解消する
1:苛立ちを解消する
※りんご飴をヒーローに勧誘していました
※ボンバーガールの能力が強化されました

【主催者(ワールドオーダー)】
[状態]:初老
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、携帯電話、ランダムアイテム0〜1(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:参加者の脅威となる
1:西側の殲滅
※『登場人物A』としての『認識』が残っています。人格や自我ではありません。


857 : 祭りの終り ◆H3bky6/SCY :2017/03/10(金) 00:28:52 Rs/aphYM0
投下終了です


858 : 祭りの終り ◆H3bky6/SCY :2017/03/10(金) 22:02:37 Rs/aphYM0
荷物減ってなかったんで状態表を下記に修正します

【火輪珠美】
状態:左肩負傷 ダメージ(極大)全身火傷(大)能力消耗(大)マーダー病発病
装備:なし
道具:基本支給品一式、禁断の同人誌、適当な量の丸太
[思考・行動]
基本方針:苛立ちを解消する
1:苛立ちを解消する
※りんご飴をヒーローに勧誘していました
※ボンバーガールの能力が強化されました


859 : ◆H3bky6/SCY :2017/04/02(日) 20:46:42 dbS8l4Gg0
投下します


860 : 悪党商会の社訓 ◆H3bky6/SCY :2017/04/02(日) 20:47:39 dbS8l4Gg0
男は直走る。
嘗ての理想とかつての己。
捨てなくてはならなかったその残骸。
最後にして唯一の未練を断ち切るために。

悪党商会代表、森茂。
人としての道筋を外した男は、地面に敷かれた道筋すらも外れ、目的地である北の市街地までの最短距離をひた走っていた。

音も立てず風になったような軽やかさは暗殺者もかくやという動きである。
その機敏さはどう見ても初老に差し掛かろうという老人の動きではない。
それもそのはず、悪威による肉体の最適化により彼の肉体は全盛期のそれである。

駆け抜けるは深夜の山道。
多くの障害物のある舗装されていない獣道を全力疾走するというのは優れたアスリートでも難しい。
これをパルクールのような技術を使うのではなく、陸上トラックでも走るような奇妙な安定感で駆け抜けていた。

小石や段差と言った不確定要素は全て悪威により自動で補正されるのだ。
足裏に返る反発、衝撃の吸収。バランス、体幹の調整。加えて体内に蓄積される疲労物質の緩和まで行われる。
ただ走るというだけで格別の快適さを提供するのがこの悪威という神器だ。

携帯電話を手放し標的の詳細な位置を知れない森にとって、大仰な禁止エリアで行動範囲が限定されたのは都合がいい。
この速度のまま北の市街地を突っ切れば、ほぼ確実にユキに出会えるだろう。
だが、風に煽られハタハタと揺れる通す腕のない袖口が唐突にハタリと落ちた。

何か来る。
山頂に続く山道に差し掛かったところで昼のような眩しさを感じ、森がその場に足を止めた。
これに気付けたのは森が特別気配察知に優れているからという訳ではない。
むしろ、これほどの存在感、気付かない方がどうかしている。

強大にして重厚。
その気配はまるで恒星その物だ。
己が存在に曇る所一点も無しと言わんばかりに、これほどの気配を隠すつもりすらない。

星ひとつない夜に、悪党は地上にて太陽と――否――光り輝く神と、出会った。

「おやおや、社長じゃあないですか」

全てを塗り替えるような重厚な気配に合わぬ明るく朗らかな声。
それは森がよく知る物だった。
現れたのは黄金の歓喜ゴールデン・ジョイ。
森茂が代表を務める悪党商会の情報部部長、近藤・ジョーイ・恵理子である。

「あれ恵理子、イメチェンした?」

そう軽い調子で問いながら森はサングラスの奥で目を細める。
目の前にいるゴールデン・ジョイの姿は森が知るものと細部が異なっていた。

普段のゴールデン・ジョイも大概だが、今のゴールデン・ジョイは眩しさの質が違う。
サングラスでも遮れない光は直視する事すら困難だ。
心疾しき所在らば全てを露わにするような神聖な光は、眩しさとは別の理由で直視しがたい。
もはや目の前の存在を怪人と呼ぶことすら憚られる。
目の前の怪人はまるで宗教画に描かれる神のようだ。

「ええ少し。いい化粧道具を手に入れまして」

三つ目の神人は自らの腰元を軽く撫でる。
そこに付けられているのは同型機である惑星型怪人を打ち倒して得た戦利品『変身ベルト』だ。
極限に至るための一。惑星型怪人特化機能が一つ『完全制御装置』である。

「なるほど、前々から聞いてたそれが第三世代の肝ってやつかい」
「はい。まだ10のうちの2つですが。これを手に入れるために私は第三世代実験に手を上げたようなものですから」

第三世代型怪人開発実験が始まりブレイカーズ内で志願を募った際、真っ先に手を上げたのが恵理子だ。
無論、他にも志願者はいたが、恵理子は己が有能さを証明しプロトタイプの座を勝ち取った。

「ああそうだったねぇ。けどあの時は驚いたよ。
 まさか自分を改造人間の実験台にして帰ってくるとは思わなかったからねぇ」

恵理子がブレイカーズに所属していたのは急激に勢力を拡大するブレイカーズの内部調査と、藤堂兇次郎という天才科学者の技術を盗むための間諜として潜り込んだのである。
潜入に伴い経歴は完全にロンダリングして足がつかないようにしていたが、勘の良いミュートスからはその動向に対して非常に強い疑惑の目を向けられていたのだが。
潜入を命じたのは上司である森だが、自らの身を差し出せ、などとそこまでの指示はしてない。
改造人間となったのは恵理子自らの意志である。

「そうですか? 悪くないものですよこの体も、便利ですしね」

平衡世界における凡百の自分と違うものになりたかった。
悪党であり改造人間であるという個性(オリジナル)。
たった一人の我であるという証明を手に入れられただけで満足だ。


861 : 悪党商会の社訓 ◆H3bky6/SCY :2017/04/02(日) 20:48:10 dbS8l4Gg0
「へぇ。それはよかったね。にしてもなんで変身しっぱなしなの?」
「何か問題ありますかね?」

神気纏う怪人はワザとらしく首をかしげる。
動を司る太陽の化身たるゴールデン・ジョイは『無限動力炉』を持つが、変身し続ければ制御を失い自滅する。
静を司る月の化身たるシルバースレイヤーは『完全制御装置』を持つが、エネルギーが有限であるため変身し続けることはできない。
だが、その両方を得た今のゴールデン・ジョイはエネルギー枯渇の心配も暴走の危険性もない完全なる存在だ。
故に変身を解く必要性がない。

変身し続ける欠点らしい所を強いて挙げるならば目立ってしまうことだ。
殺し合いの場において見つけてくれと言わんばかりの後光は不利な要素でしかない。

だが、そんなことを気にする必要がないのが絶対強者の特権だ。
命を狙う連中に見つかったところで何するものぞ。
例えスナイパーライフルの狙撃でも今のゴールデン・ジョイを仕留める事は不可能だろう。

「そうだねぇ、問題というかとりあえず、眩しいんだけど」
「おっとこれは失敬」

気づきませんで、と軽く頭を下げてベルトの側面を叩く。
ゴールデン・ジョイの身を包んでいた光が一際強く弾ける様に散布して、体の内へと集約する。
そして近藤・ジョーイ・恵理子という人間の形を形成した。

「なんだいなんだい。珍しくボロボロだねぇ理恵子」

顔に張り付く人を食ったような自信あふれる表情こそ森の良く知る恵理子のものだが。
変身体の下から現れた生身の姿には裂傷や銃痕と言った多くの生傷が付けられていた。
いつでも完全無欠で隙を見せない彼女がここまでボロボロになるもの珍しい。
この戦場は彼女ほどの才女でも容易くはないという事だろう。
それは森もよく知る所だが。

「そういう社長こそ、その腕どうしたんです?」
「ああうん。これ? ハハッ……ちょっとね」

喪われた右腕を見つめ誤魔化すように笑う。
悪砲で撃たれた、とは言えない。
『三種の神器』の使い手は公には森一人だ、
千斗が適合者であるという事実は幹部に対しても機密の極秘事項である。

恵理子もそれが誤魔化だと理解しながら、特に追及はしなかった。
自らが知るべきではないのだろうと理解したからだ。
もっとも言及できないという時点で、ある程度の事情を察したのだろうが。
むしろ情報部を預かる恵理子ならば元より把握してた可能性もあるかもしれない。

恵理子は視線を落とし、闇に溶けるような黒衣を見つめる。
薄く表面に光るナノマシンの輝き。
すらりとした凝縮され引き締まった体格への肉体の変化からその黒衣がなんであるかは明らかだ。

「悪威ですか。どうやら悪砲も揃っているようで。この状況で装備を整えられるとは流石です社長」
「いやぁ、まだ全部って訳じゃあないさ」

『三種の神器』で揃ったのは『珠』と『鏡』のみ。
三種と呼ぶにはあと一つ、『剣』が足りない。

「ええ。ですから、これで全部、ですよね?」
「おっと」

投げ渡された夜に光る漆黒の輝きを受け止める。
受け取った手応えは、森ですら思わずバランスを崩してしまいそうなほどにずしりと重い。
それは凄まじい密度で凝縮された小刀。
悪を塗り固めたような漆黒の刃。

「おいおい、悪刀じゃないの。なんだ理恵子が持っててくれたんだ」
「はい。出会えましたらお渡ししようかと預からさせておりました」

対規格外生物殲滅用兵装一号、無形刀『悪刀』
対規格外生物殲滅用兵装二号、消滅砲『悪砲』
対規格外生物殲滅用兵装三号、万物耐性『悪威』
これで本来の使い手である森の手元に悪党商会の技術の粋を集めた『三種の神器』が揃った。

『三種の神器』を装備した森茂は文字通りの無敵である。
この装備で数多くの世界を破壊しかねない力を秘めた規格外生物を葬り去ってきた。
ただの一度の敗北もない。負ければ世界が壊れてるので当然だが。


862 : 悪党商会の社訓 ◆H3bky6/SCY :2017/04/02(日) 20:48:30 dbS8l4Gg0
「ありがとうね。これで随分としっくりきたよ」

手に馴染む感触を確かめるように黒いナイフを刃ごと強く握り締め、左腕を突出す。
そして呪文のように唱えた。

「――――――悪刀開眼」

黒刀が解ける。
無形であるという事は気体にもなれば液体にもなり固体にもなるという事だ。
解けた刃は液体のように波打ち、森の喪われた右腕に向かって集約してゆく。
メタリックな輝きを見せながら、漆黒の右腕が象られる。

「まあこんなものか」

指を何度か握りしめ動かす。
森は悪刀を操作し失われた右腕を象り補完した。
首輪によるナノマシン活動量の低下は厄介だが、悪威による肉体の最適化により活性化は成されている。
総じてトントン。十全とはいかないが悪刀を操るのに不足はない。

「お見事です社長」

恵理子が手を叩く。
悪刀を使いこなしている森だからこそ可能な精密動作、恵理子には不可能な芸当だ。
恵理子では武器として使うことはできても、義手のように扱うのはどうあがいても無理である。
あくまで一時ユーザーである恵理子と正規ユーザーである森とでは単純な適合率以前の練度が違う。

「じゃあ一応やっとこうか、情報交換。何か報告ある?」
「そうですね。ではまず首輪についての報告いたしましょうか」

上司からの要求に情報部部長は報告を上げる。

「首輪の外側は固いだけで、それほど特別なものではありません。
 爆破を通すため内側が脆く設計されていますので、解体するならそこを突けばよいかと。
 首についたままだと殆ど隙間はないのですが悪刀であれば問題なく解体(バラ)せるでしょう。
 やはり問題はいかに爆弾を無力化するかにかかっているかと」
「その辺、攻略の当ては?」
「そうですね。方法はいろいろ思いつきますが、現実的に取り得る方法は3通りかと」
「聞こうか」

悪党商会の長は提言を促す。
悪党商会のブレインは頷く。

「まずは単純に爆弾を爆破させてしまうという手ですね」
「爆発に耐えきればいいってこと? 乱暴だね」

首輪を解除するという目的は、首輪による死亡を回避するための策である。
ならば極端な話、爆発したところで死ななければいい。
それは龍次郎あたりが考えそうな余りにも単純すぎる手段だ。

「けどリュウならともかく、普通の人間が耐えられるのかねぇ」
「そうですね。鍛えた人間程度では不可能かと。
 ですが参加者一名を禁止エリアに放り込んで爆発を観察しましたが、悪威の万能耐性ならば十分耐えうる範囲かと。
 もしくは緩衝材を首輪の隙間に詰めて爆破しても問題ないようにしておくのもいいかもしれませんね。
 この場合でもある程度の肉体的強度は必要になるでしょうけど」

単純だが、単純だからこそ一つの手段としてはありのような気もしてきた。
だが、何せよ強引な方法に変わりはない。
やるにしても最終手段だろう。

「次の方法は?」
「お次は爆発させないという方法ですかね」

爆発させるという先ほどの提案とは真逆の方法である。
極端から極端な話だが、確かにそれができればそれに越したことはないだろう。

「要は爆発自体を一時的にでも封じればいいわけですから、参加者の取り得る方法では一番現実的な方法かと。
 完全に爆破を制御できたのなら首輪自体の解除は帰ってからでもいいでしょうし。
 それこそ時でも止められるのなら、その間に外せばいい。方法自体はあまり問いません」

爆発を封じるだけなら手段はいくらか考えられる。
それこそ適合した異能持ちならば、『幸運』にも爆発しなかっただけで首輪は外せる。
完全に取り外すことができずとも、首輪が脅威であるのはこの会場内のルールに過ぎない。
この世界から外に出れば、解除する方法など五万とある、付けたまま帰って後はゆっくり外せばいい。
爆発しなければ首輪なんてただのファッションなのだから。

「なんだったら悪砲で消滅させちゃうってのもアリかもしれないですね」
「いやいや、流石にそれは首ごと抉っちゃうから無理だよ」

首に張り付いた首輪だけ消滅させるというのはアンコントロールな悪砲では不可能だ。
流石にこの提案は恵理子も冗談のつもりだったのかハハと笑って流していく。


863 : 悪党商会の社訓 ◆H3bky6/SCY :2017/04/02(日) 20:49:12 dbS8l4Gg0
「後は、爆弾を処理してしまう方法ですね。
 爆弾の解体技術に、解体するための手段を用意する必要があるのでハードルは高いでしょうが、まあこれが一番の正攻法ですね」
「現状でそうするなら具体案はあるのかい?」
「首輪の中に悪刀を流し込んで四つの爆弾を同時に処理すればよいかと、私では無理ですが社長の技術なら可能でしょう。
 爆弾の構造も私がある程度は記憶してますので、何でしたらこの場でも可能かと」

滑らかに提案された解除方法は技術、手法と揃っており実現可能な手段として理にかなっている。
悪刀の操作技術もそうだが、元技術屋である森ならば構造さえわかれば爆弾解体も容易い物だ。
悪党商会が誇る技術の粋、三種の神器をもってすれば首輪の解体に何の憂いもない、かと思われたが。

「それがね、そうもいかないんだよ」

残念そうに溜息を洩らし否定の言葉と共に森は首を振る。
意外なリアクションに恵理子もつられて首をかしげた。

「どういう事です?」
「どうにも俺の首輪は特別性のようでね。ナノマシン対策が打たれていて、現に体内のナノマシンの動きも悪い。
 ナノマシン対策が為されている以上、ナノマシン兵器である三種の神器で首輪の解体ができるとはちょっと考えづらいね」

森の首輪に施されたナノマシン制限。
これらがナノマシンによる首輪解除の邪魔をする可能性は高い。
もしかしたら、そうではなく解除できる可能性ももちろんあるだろうが、失敗すれば首が吹き飛ぶ以上は冒険はできない。

それを聞いた恵理子は「なるほど」と頷き、首を捻って少しだけ考え込む。
そして考えがまとまったのか、確認するように問いかけた。

「対策が為されているのは社長の首輪だけなんですよね?」
「ああ、そうみたいだね」

ワールドオーダーは特別性の首輪は数少なく、個別の対応をしていると言っていた。
首輪を作った本人の言葉だ、間違いはないだろう。
ナノマシンの対策がなされているのは森の首輪だけのはずである。

「でしたら私の首輪の解除をして頂けますか?」
「……いいのかい?」
「ええ、少々邪魔ですので」

変身したところで首輪は変身体の内側、人間体に付いたままである。
これほどの力を得たゴールデン・ジョイにとっても首輪は未だ十分な脅威となり得る。
時間制限も禁止エリアもいい加減鬱陶しくなってきた。
取れるものなら取っておきたい。

だが、理屈として悪刀での解除が可能だったとしてもリスキーなことに変わりはない。
直属の上司とはいえ他人の技量一つに命を託すのだ。
余程の信頼と度胸がなけばできない決断だろう。

「爆弾のある位置はここ。爆弾の形状は、そうですね図面にでも起こしましょうか」

そう言ってトン、トンと自らの首輪の四点を指先で叩く。
重さを感じさせぬ軽やかさで恵理子は話を進めていった。
荷物から筆記用具を取り出すと、首輪の断面と爆弾の図面を描き込んでいく。
出来上がったモノクロの写真のような事細かな展開図に、森は感嘆の息を漏らした。

「さすがだねぇ。随分と細かいところまで調べたようだ」
「ええ、幸運にも大きめの分かりやすいサンプルを見ましたので」

巨大な――サイクロップスSP-N1の――首輪を解体した際に見た爆弾の構造を細部まで記憶した驚異的な記憶力。
そしてそれを精巧な機械のようにアウトプットする新聞記者として鍛え上げた描写力。
いずを取っても恵理子にしかできない仕事だろう。
森は受け取ったメモを月に透かすようにして眺めながら、悩ましげに唸った。

「けどねぇ、実物も見ずに爆弾処理だなんて……」
「できるでしょう、貴方なら」

否定を許さない確信にも似た言葉。
呪いのような信頼に森は悪刀で構成された黒く輝く右腕で頭を掻く。
そして観念したのか溜息を一つ。

「ま、失敗しても恨まないでね」

軽い調子でそう言って、漆黒の腕で恵理子の首輪に触れる。
右腕が溶けるように解け、黒い泥のような流体が首輪の隙間に潜り込んでゆく。
内側から浸食するように装甲を削ってゆき、流体は内部へと侵入を果たし中に配置された4つの爆弾へと辿り着いた。
その一つにでも異変があれば爆破される連動式爆弾。
解除するには完全同時に4つの爆弾を解体するしかない。

それを中身の見えない目隠しのような状態で行わなくてはならず。
無痛症である森では手さぐりすらできない、そもそも悪刀越しでは手触りもない。
最早する方もされる方も正気でいられるのが不思議なくらいの超級難度の爆弾処理作業である。


864 : 悪党商会の社訓 ◆H3bky6/SCY :2017/04/02(日) 20:49:29 dbS8l4Gg0
「どーです? いけそーですかぁ?」

そんな状況で命を預ける女は待っているのが手持ち無沙汰だったのか軽々しく声をかけた。
命を預かる側の男も、何でもない顔で汗一つかかず応える。

「さぁ。なにせ手応えってものを感じられない体質なんで何とも言えないねぇ、
 こちらとしては恵理子の描いた設計図通りに手順を踏むだけだから、まだ爆発してないってことは大丈夫なんじゃない?」

1ミリのミスも許されないこの状況で平然と軽口をたたき合う二人。
緊張感がないというより、この程度の修羅場は彼らにとっては日常茶飯事なのだろう。
世界のバランスを崩す存在を秘密裏に消すという悪党商会の仕事を最もこなしてきたのがこの二人だ。
その定義は単純な戦闘力によるものとも限らないが、多くの規格外生物と戦い屠り去ってきた。
森が隠居した今、悪党商会内の実質上の戦力的トップが恵理子である。

「はい、お終いっと」

言葉と共にパキンと音を立て、実にあっけなく参加者を縛りつけていた枷が割れ、地面に落ちる。
恵理子は解放を確かめるように首を擦った。
1日に満たない拘束だったがいざ取れてみれば思いのほか開放感がある。

「ふぅ。まったく上司遣いの荒い社員だよ。
 実のところ、今の恵理子なら自力で何とか出来たでしょ?」
「まあそう言わず。社長としても、実際生きた首輪の解体が出来てよかったでしょう?」

首輪の存在が茶番なら、解除に至るこの行為もまた茶番だ。
爆発したところで爆破以上の熱量をもって相殺できる自信はあった。
森に首輪を解除したという経験を積ませるために敢えてやらせたのである。

森は落ちた首輪を拾い上げる。
何の変哲もない鉄の塊だ。

「恵理子。どう思う?」

役目を終えたそれを指先で弄りながら問いかける。
開放感があるとか、汗疹がないか気になる、とかそう言う感想を聞いているのではないだろう。
恐らくは、本当に首輪が取れてしまったことに対する感想を問うているのだろう。

「そうですねぇ。首輪に関しては笊とまでは言いませんが、ハッキリ言って雑ですね。
 ただの人間を縛るには十分よくできた首輪だと思いますが。
 多種多様の異能者、魔道具溢れるこの殺し合いで使われる強制力としては落第です。
 ましてや参加者や支給品を選定したのは他ならぬワールドオーダー自身だというのにも関わらずこのような手落ち。
 これは私の考えるワールドオーダーのパーソナリティと一致しない」
「なんで一致しないんだと思う?」
「恐らく前提が違うのでしょう。手落ちではなくそういう狙いだった。
 解いてほしいとまでは行かずとも、解かれてもいい、あるいは解かれることを見越してる節がある」
「なんでそんなことしてるんだろうね」
「なにか役割があるんでしょう。役割が終わったんなら必要がなくなる、いや解くまでが首輪の役割だとか」
「ふーん。役割ねぇ」

呟きながら森は思案する。
ならば果たして役割を持つのは解いた首輪か、それとも首輪を解いた参加者なのか。

「そういえば首輪を解除する方法だけど、恵理子の上げた三つ以外にあと一個あるよ」
「なんです?」

聞き役に徹していた森だったが、最後に見落としを指摘する。
己の失点に恵理子は不敵な笑みを浮かべ興味深そうに問い返す。
森はその答えをズバリ言い放った。

「付けた人間に解かせる」
「なるほど」

言われて、それはそうだと恵理子も納得する。
この首輪をつけた人間ならば外す鍵も持っているだろう。
当たり前と言えば当たり前の方法である。

「ですが、それは頓智としては面白いですが、現実的な手段ではないでしょう?」
「さあどうだろうねぇ。少なくとも奴を殺せば首輪解除の鍵は貰えるらしいけどね」
「そうなんです?」
「そうみたいだよ?」

ワールドオーダーの首輪の中には爆破を無効化する装置がついている。
他でもない本人の口から語れた話だ、事実だろう
具体的にどういう代物かはわからないが、それを奪い取れば実質首輪は解除できたも同然と言える。
もっとも、その事実を知る者がどれだけいるのかは不明だが。


865 : 悪党商会の社訓 ◆H3bky6/SCY :2017/04/02(日) 20:50:28 dbS8l4Gg0
「ところで恵理子は今なにやってんの?」
「私ですか? 私はちょっと大首領を探していまして、社長の方で見かけませんでした?」
「恵理子がリュウを? 珍しいね」

意外そうに森が驚きの声を上げるが、それも無理はない。
恵理子はブレイカーズ時代の上司である龍次郎を非常に苦手としてた。
単純な戦力的な話ではなく人間的な意味でも。
避けることはあっても自ら望んで会いたがるというのは珍しい。

「はい。ちょっと倒しておこうかと思いまして。今なら勝てると思いますので」

言って、滑らかに指を動かし煌めかせる。
白く神々しい光が弾けた。
思わず目を奪われるような力の発現。

この全てを飲み込む惑星の力ならばあの剣神龍次郎に勝てる。
恵理子はそう考えているようだ。
森はそれを過信と咎めるでもなく聞き流し、ひとまず問いに答える。

「俺は南の市街地から来たけど、リュウは見かけなかったよ。多分あっちの方にはいないんじゃないかなぁ」

それなりに広い市街地で全てを回ったわけではないが、何事にも目立つ男だ。
同じ地区にいて気付かないという事もないだろう。

「なるほど、じゃあ北の市街地あたりですかね」
「いや、そこにはユキがいるらしいから、北の市街地にもいないだろう」

ユキと龍次郎が同じ空間にいれば、間違いなくユキは感情を抑え切れず龍次郎に挑み確実に返り討ちに合う。
ユキの名がまだ放送では呼ばれていないという事は、そこに龍次郎はいないという事だろう。

「あれ、そうなんですか、派手好きな大首領の事ですから人のいそうな辺りにいると思ったのですが。
 なるほどなるほど、それなら大まか特定できました」

恵理子のいた中央でも北南にある市街地でもないとなれば、自然と位置は大体絞られる。
来た道筋とは逆方向だが大した問題ではない。
今の恵理子がその気になれば、10秒もあればこの会場を1周できるだろう。

「けど社長。ユキちゃんが北の市街地にいるだなんて、そんな情報どうやって知ったんです?」

目ざとくそこに疑問を持つ恵理子。
この環境では情報を得る方法など限られている。
情報部を預かる恵理子ですら後れを取っているような状況だ。
南の市街地にいたという森が北の市街地にユキがいるなんて情報をどう知り得たというのか。

「ああ、ワールドオーダーと取引してね。あいつの仕事を手伝う代わりにユキの場所を教えてもらった」

主催者との取引、などという不穏な言葉を平然と言ってのける。
ともすれば全参加者に対する裏切りともとれる言葉だが、恵理子は気にしないし、森も恵理子がそうであると理解しているから口にしたのだろう。

ともかくゲームマスターからというのならば、これ以上ない情報源だ。真偽を疑う必要はないだろう。
主催者とどう取引したのかよりも恵理子が気にかけたのは別の事である。

「わざわざユキちゃんの居場所を聞き出してどうなさるおつもりで?」
「ああ、優勝を目指すことにしてね。そのために一番邪魔になるユキを始末しておこうと思ってさ」
「なるほど。ならば、私も殺しますか?」

真っ直ぐに目を見つめ恵理子は問う。
優勝とは自分以外のすべての屍の上に成り立つものだ。
優勝を目指すというのなら必然的にそうなる。

「いや。恵理子は後でいいや。いざとなれば死んでくれるだろう?」

恵理子は恐らく森が死ねと言えば死ぬ。
無論そこに必然性があればの話だが。
それは恵理子だけの話ではない、半田も茜ヶ久保も悪党商会の幹部ならば森のために死ぬだろう。
それほどの覚悟が彼らにはあり、それほどの覚悟があるから彼らは幹部たり得たのだ。

「それはもちろんですが、できれば死にたくないのでそ私は私で脱出を目指しますよ」
「そう、頑張ってね」

他人事のような適当な励まし。
生還が目的ならば、恵理子に協力して脱出計画に乗るのもあるのだろうが森がそれに乗ることはない。
正義も悪も勝者にしない。
森が優勝を目指すのは悪党商会の理念故だ。
森は恵理子以上に悪党商会の理念に以上に準じていた。
というより、森茂という男こそが悪党商会その物である。

「それよりも、よろしいので?」
「何が?」
「ユキちゃん、いや――――お嬢のことですよ」

ユキの出自について調べ上げ森に報告したのは他ならぬ情報部の長である恵理子である。
その本当の関係性も当然ながら把握していた。
養子ではなく、血縁関係のある実孫。
そんな相手を殺そうというのか。


866 : 悪党商会の社訓 ◆H3bky6/SCY :2017/04/02(日) 20:50:53 dbS8l4Gg0
「なんでしたら私が代わりましょうかその役目」

恵理子は恵理子でそれなりにユキを可愛がってきたつもりだ。
その可愛がりが相手にどう伝わっているかまでは知らないが。
けれど恵理子ならば殺せる。
感情を切り離して成すべきことを成すことができる女だ。

「いいやいいさ。これは俺の手で始末をつけるべき案件だ。
 それよりも恵理子はリュウをやっつけに行くんだろう? 寄り道している暇なんてないんじゃない?」
「…………そうですか。そうですね、忘れて下さい」

心中を図りきれないのか、複雑な表情で恵理子は引き下がった。
森の考えは恵理子ですら図り切れない所がある。

「しっかしリュウの奴もねぇ……。
 昔はシゲさんシゲさんと俺の後ろをついて回るカワイイ奴だったんだけど、どうしてああなったんだか」

森がブレイカーズに所属していた頃の龍次郎はまだ幼く、森に懐いてはいつも後をついて回るような少年だった。
それが、どうしてかいつの間にか森を敵視するようになってしまった。
どうしてなんだろうねぇと嘆く森に、恵理子からツッコミが入る。

「いやいや、それは社長が前首領を始末したからでしょう?」

ブレイカーズの初代首領、剣正太郎。。
現大首領である剣神龍次郎の叔父にして、ヒーローナハトリッターである剣正一のの実父。
森茂に存在する空白の数年。
戦地を転々としていた森を拾い上げてくれた恩人とも言えるその男を、森は容赦なく粛清した。

「おいおい人聞きの悪い事を言わないでくれよ、それじゃあまるで俺が正太郎さんを殺したみたいじゃないか。
 まあ二度と表に出れないよう再起不能にはしたがね」

当時、弱小組織に過ぎないと思われていたブレイカーズはその裏で大計画を主導していた。
『全世界無差別怪人化計画』
技術者として信頼を勝ち取った森は計画への誘いを受けた。
その詳細を知り、それが”本当に”世界を支配してしまえる計画であると理解し、彼は首謀者の首を切った。

「けどね恵理子、俺がリュウをこれまで処理してこなかったのは、もちろん単純に仕留めきれなかったというのもあるけれど。
 正太郎さんと違ってあいつの存在が一定の秩序を齎していたからだよ。あれはあれで色んな所の抑止力になっていたからね」

龍次郎がいるからこそ、その力を恐れ行動を控える者もいれば、その力に惹かれ付き従う者もいた。
その支配下にある以上は制御が取れる。
混沌その物のような男でも秩序を齎す事もあるのだ。
それが圧倒的な力というものである。

「それに氷山リクがいた」

つい先ほど勝利した宿敵の名に、恵理子が端正な眉をピクリと動かす。

「リュウだけならばバランスブレイカーなんだろうけど、対抗馬がいるのならそれはバランスが取れている」
「リクさんですか……彼が大首領に匹敵するほどの男だとは思えませんが」

不満そうな部下の態度に少しだけ笑って、フォローする様に付け加える。

「まあ氷山リク個人というよりJGOEだね。リュウはリュウでバカだから正面切って対抗する相手には正面から相手するのさ。
 だからあれはあれで噛み合ってバランスが取れていた。少なくとも奴らと遊んでる間は善と悪のバランスが崩壊することはない」

世界のバランスを取ることこそ悪党商会の真の目的だ。
バランスブレイカ―の排除は手段に過ぎない。
バランサーが調和を乱しては本末転倒だ。
バランスが取れているのならわざわざそれを崩す必要はないだろう。

「ならば、剣神龍次郎は殺すべきではない、と?」

目を細め珍しく神妙な面持ちで問う。
龍次郎の死が世界のバランスを崩す行為なら、悪党商会の一員として恵理子が龍次郎を仕留める大義名分はなくなる。
だが森は顔色を変えぬまま社長としての結論を述べた。

「いいや、やれるならやればいいさ。主力が3人も抜けたんじゃJOGEも立ち行かないだろうし、どうせ均衡は保てない。
 だったらあんなのは倒しちゃった方がいい。めんどくさいしねアイツ、色々と」

上司からの見解にほっと息をつく。
あれだけ息巻いてお預けではあまりにも締りが悪い。

「そうですか。それなら社長の代理戦争という訳ではありませんが、私が因縁の清算を見事果たして見せますので、ご期待ください」

恵理子が不敵に笑い、ベルトが嘶き突風が吹く。
天地開闢の光が放たれ恵理子の姿が変わる。
ゴールデン・ジョイ=ルナティックフォーム。

恵理子は龍次郎。森はユキ。
それぞれの獲物に向かって動き始める。


867 : 悪党商会の社訓 ◆H3bky6/SCY :2017/04/02(日) 20:51:09 dbS8l4Gg0
「それじゃあ。征って行きますね」

重力にすら囚われぬように猛き黄金の体が浮かび上がる。
夜空がまるで昼と見紛う白に染まった。

「恵理子」
「はい?」

だが、立ち去ろうとする神人が呼び止められる。

「――――変わろうか?」

投げられたのは先ほど恵理子が投げたのと同じような提案だった。
意趣返しという訳でもあるまい。
暫しの沈黙が流れ、三つ目の神人は仮面の下の笑顔を崩さぬまま問い返す。

「どういう意味です? まさか私じゃあ大首領に勝てないとでも?」

今のゴールデン・ジョイは最強であるという自負と確信が恵理子にはあった。
これは慢心ではない。
その神の如き強さは森の慧眼にも見て取れる。

「うーん。そういう訳じゃあないんだけどね。俺の見立てでも多分お前の方が強いよ、恵理子。
 三種の神器がそろった俺よりも強いだろうね。けれど…………」
「…………けれど?」

恵理子は言葉を待つ。
全身から放たれる黄金の光に揺らぎはない。
森は言葉を繋がず、張りつめた空気から気を抜くように息を吐いた。

「……まあ、いいさ。
 幹部である君に今更いう事でもないのかもしれないが、力に呑まれるな。俺から言えることはそれくらいだね」

魔王を殺した勇者が次の魔王になるように、災厄が次の災厄を生む。
そうならないように全てを処断する調停者が必要なのだ。
悪に非ず、かと言って善にも非ず、全ての悪を担う悪役たれ。
力の連鎖を断つ最後の刃それこそが悪党商会である。
世界の秩序を破壊する怪物を破壊する力を持たねば秩序の管理者とはなりえない。
だからこそ、己の力に呑まれない強い心が必要だ。

「社訓を忘れないように。俺も部下を処断したくはないからねぇ」

森をはるかに超える力を得たはずの恵理子が思わず息をのむ。
戦闘力の問題ではない。
この男は超えられれないとそう思わせる何かがある。

「ええもちろん。努々忘れぬよう心に留めておきますよ」

では、と別れの挨拶を述べて夜空を駆ける一筋の流星となり、金色の星は一瞬で見えなくなっていった。
東に消えて行く流星を見送りながら、悪党はあの時言いよどんだ言葉を呟いた。

「ま、強い方が勝つとは限らないってね」

ゴールデン・ジョイは確かに強い。
だが勝負とはそういうモノだ。
それを知らない近藤・ジョーイ・恵理子でもないだろうが。
人の身に余る力を手に入れた今のゴールデン・ジョイはどうだろうか。

ゴールデン・ジョイとドラゴモストロの決戦は恐らくこの地に置いての最大の決戦になるだろう。
だが、どっちが勝つかは興味がない。
恵理子が勝つなら手間が省けていいという程度の話だ。
今更あの男との因縁の清算になど興味はない。
清算すべきは別の因縁だ。

「さて、行くとしますか」

男は直走る。
最後にして唯一の未練を断ち切るために。

【G-6 山道/夜】
【森茂】
[状態]:右腕消失(悪刀にて補完)、ダメージ(大)、疲労(大)
[装備]:悪刀、悪威、悪砲(2/5)
[道具]:基本支給品一式、鵜院千斗の死体(裸体)
[思考・行動]
基本方針:参加者を全滅させて優勝を狙う
1:ユキの下に向かい殺害する
3:そろそろスタンスにかかわらず皆殺しに移る
4:悪党商会の駒は利用する
※無痛無汗症です。痛みも感じず、汗もかきません

【近藤・ジョーイ・恵理子】
[状態]:首輪解除、疲労(大)、胴体にダメージ(極大)、左肩に傷(大)、左胸に傷(大)、右腕に銃創、ルナティックフォーム
[装備]:『完全制御装置』
[道具]:イングラムの予備弾薬、基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:悪党商会の理念に従って行動する
1:龍次郎の殺害


868 : 悪党商会の社訓 ◆H3bky6/SCY :2017/04/02(日) 20:51:20 dbS8l4Gg0
投下終了です


869 : ◆H3bky6/SCY :2017/05/04(木) 03:55:05 zVlJQOrA0
非常に遅くなりましたが投下します


870 : 復讐者のイデオロギー ◆H3bky6/SCY :2017/05/04(木) 03:55:56 zVlJQOrA0
「才能がない」

歴史を感じさせる六畳一間のボロアパートは夏の太陽に蒸され熱気に満ちていた。
空調などという気の利いた現代文明の利器などこの家には存在せず、開いた窓から不規則に温い風だけが一時の慰みとして通りぬけてゆく。
狭い部屋の中心で老人は行儀悪く畳の上に寝ころび、片手で筑前煮を摘まみながら大袈裟に嘆くように言う。

「才能がねぇよ拳正。お前には才能がない」

部屋の隅で固まる少年に辛辣な言葉を浴びせる。
そんな言葉に晒されながらも少年は微動だにしない。
というよりその体勢から動くわけにはいかなかった。

足を馬歩に開き両手を突出し中腰の体制のままの姿勢を保ち続ける。
これは站椿功と呼ばれる同じ姿勢を維持する修行である。
なみなみと水の注がれた茶碗を両肩と両膝、頭部に乗せて朝からすでに6時間ほどこうしていた。
本来、站椿功に水瓶を乗せる必要は全くないのだが、どうやら師匠が最近ハマっている映画鑑賞の影響らしくこんなことをさせられていた。

「なんだよいきなり……いや、そりゃ師匠から見りゃそうなのかもしれないけどよ」

それでもその体勢を維持したまま反論を試みる。
人間と怪物を比べるなと言う話だ。
普通の人間にしてはよくやっている方だと思う。

その反論に、何が楽しいのか老人はカカッと笑った。
傍らの酒瓶を傾け、透明なコップに注いだ安酒を煽る。
少年の苦悩は老人にとって酒の肴でしかないのだろう。

「その年にしてみりゃそれなりのモノだよお前は。オレのお前くらいの頃に比べればちぃとばかし物足りねぇがな。
 けどまぁ今のうちからオレがみっちり仕込んでやりゃあ、山の頂が見える位置には届くだろうぜ」

武という山の頂は遠く厳しい。
少年は麓を踏み、ようやく1合目に差し掛かったに過ぎない。
魔拳士と謳われた師ですら未だ頂点に至らず、8合目に届くかどうか。

「そこまで至れりゃ、十分じゃねえかよ」
「まあ聞け。一口に才といってもいろんな要素があってな。
 中には能と適ってのがある。こりゃどちらかが欠けても才能とは呼べねぇな。
 能があっても適がなければ苦しいだけだし。適があっても能がなければ無様なもんだ」

そう師は弟子に説く。
能力的な向き不向きと、性格的な向き不向きがあるという話だろうか。

「俺はどっちだってんだよ?」
「お前はどっちでもねぇよ。能と適がかみ合ってる、オレと同類だな」
「ぅん……? じゃあ何が悪ぃんだ?」

能力的にも性格的も向いているというのなら、これ以上ないと言える。
少なくとも才能がないなどと罵られる謂れはない。

「別に悪かねぇよ。けどな、ここまで行くと生き方を縛られちまう」
「構わねぇだろ、むしろ上等じゃねぇか。師匠もそうだったんだろう?」

生き方を縛られると言われても、それを悪いとは思わない。
そう生きると決めているのだから、縛られたところで望むところだ。
そんな生き急ぐような少年の答えに老人は苦笑する。

「オレの場合とお前の場合は違うさ。そしてオレとお前のこれが一番の違いだ。
 才にはな、もう一つ機ってのが絡む。
 こりゃあ個人に宿る才じゃなくて、時代に適合するかという話だ。
 詰まる所、今の時代お前の才は使いどころがない」

断言される。
才能がないのではなく才能の生かしどころがない。
弟子の道を示すはずの師に、その道の先はないと諭すようにそう言われた。

「こっちで数年過ごしただけの俺でもわかる、今の時代この国で武力でできる事なんざ限られてんぜ」

様々な情報に溢れた雑多な世界。
より多くが求められ、一つ一つの意味は稀薄となる。
そんな世界では比類なき武力をもつ魔拳士ですら、一介の老人として埋もれてしまう。


871 : 復讐者のイデオロギー ◆H3bky6/SCY :2017/05/04(木) 03:56:19 zVlJQOrA0
「武力が全くの無意味だとは言わねぇさ。自分と周囲の人間程度を護れる護身は必要だ。
 けどな、オレの教えてるのは人間を効率的に破壊する技術だぜ? 護身の域なんてのはとうに過ぎてる。
 強くなってどうする? 人と人が戦う時代でもあるまいし、武功を上げるって時代でもねぇだろう?
 テレビの中で見世物になるのが望みか? それとも嬢ちゃんの護衛してれば満足か?」

不良どもの喧嘩に使うには少し強くなり過ぎた。
幼馴染を付け狙う悪漢の撃退。拳正の武が必要とされる場面などそれくらいだ。
格闘家にでもなって、総合のリングにでも立てばいいのか。
それは果たして、少年が望むような生き方なのか。

「過ぎたるは猶及ばざるが如し。むしろ強すぎれば危険人物扱いだ。過ぎた力は足かせになる。
 拳ならまだしも、槍術なんてのは完全に殺しの技術だからな。使いどころもねぇだろう」
「……急になんだよ師匠。俺に教えんのが嫌になったとか言うんじゃねぇだろうな」

史上最強と謳われた魔拳士。
これほどの傑物がただの学生に物を教えているというのも元より気まぐれのような物であり、いつ終わってもおかしくはない関係だ。
それが面倒になってしまったのだろうか。
そんな不安がよぎる。

「そうじゃねぇさ。俺なりにバカな弟子の将来を心配してやってんだよ。
 今だって千万からの将棋の誘いも断って、こうしてお前の功夫に付き合ってやってんだろう?」

見てるだけじゃん、という言いかけたが飲み込む。
そんな少年を見て老人は筑前煮を一つまみしてカカと笑う。

「お前はどうにも世間様と折り合いが悪いみたいだからな。
 お前にもちっと器用さがあれば、世間様に受け入れられる俺みたいな好々爺になれるだろうに」
「けっ。何が好々爺だよ。黑社會(中国マフィア)の首領にしか見えねぇよ師匠は」

師の纏う雰囲気はどう見ても堅気の物ではない。
こんなのが受け入れられてるんだから現代日本の度量は広く平和なものである。
だからこそ、使い道がないのか。

「どうにもお前は闘争を手段じゃなく目的として据えてる節があるからな。
 そういう生き方しか選べないお前が、戦えなくなったらどうする?」

挫折か怪我か、あるいは死か。
戦っている以上、戦えなくなることなんてよくある話だ。
人生すべてともいえる価値を奪われた時どう生きるのか。
それが生き方を縛られることの危うさである。

「もしそうなったら、師匠はどうするんだよ?」

自らが歩む道のりの先駆者に問う。

「オレか? オレぁいい年だからなぁ、できなくなったら耄碌する前にくたばるだけさ」

それは老い先短い老人の意見だ。
これから先、人生の続く少年には参考にならない。
はぐらかされてしまったようだ。
答えは己で出せという事だろう。

「結局のところ、武道を極めて何がしてぇんだぁお前は? 何に為りてぇんだ手前は?
 それを見定めておきゃあ、ダメになっても意外と何とかなるもんだ。
 逆に、それを見定めておかねぇと、碌な結果にならねぇぞ」

振りどころのない拳など虚しいだけだと、武を極めた達人は言う。
套路ではなく招法に重きをおいた実戦派だからこそ、極めた拳をどう振るうかに拘るのだろう。

「俺は…………」

少年が答えを言おうとしたところで、頭の上の水面が揺れて一筋の水がこぼれた。

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872 : 復讐者のイデオロギー ◆H3bky6/SCY :2017/05/04(木) 03:56:51 zVlJQOrA0
「…………寝る」

そう言って、少年はふらりと揺れると、完全にスイッチが切れたようにその場にバタリと倒れこんだ。

「え、ちょっと拳正!?」
「に、新田くん!?」

砂埃を上げ倒れた少年のもとへ、二人の少女が血相を変え駆け寄ってゆく。
真っ先に駆けつけたのはユキだったが、目の前まで来て突然戸惑うように足を止めた。
血塗れで倒れこむ拳正を見て、頭が真っ白になり、どうすればいいの分からなくなったのだ。
対して僅かに遅れて到達した九十九は倒れた拳正のもとに躊躇いなく駆け寄ると、すぐさま身を屈め呼吸を確かめる。

「大丈夫、息はしてる」

意識を失っているだけだ。本当に寝ているだけらしい。
とは言えその傷は深く、出血も止まっていない。
特に岩に打ち付けられた額の裂傷が酷く、銃弾をしこたま撃ち込まれた両腕にはまだ弾が残っている。

普段から生傷の絶えない男である。
傷ついた拳正など九十九にとっては見慣れたモノなのだが、ここまで重症なのは初めてだ。
いや違うと、否定の言葉が脳裏に浮かぶ。
初めてではない。
本気で死にかけた拳正を見るのはこれで2度目だ。

九十九にとっても心の疵となったあの出来事。
父親に刺された拳正を見つけたのは幼き日の九十九だった。
いつものように窓から直接拳正の部屋へと忍び込みそれを見つけた。
九十九は混乱して泣き喚くばかりで、何もすることができなかった。
異変に気付いた九十九の父が救急車を呼ばなければ、拳正もどうなっていたか分からない。

あの日のように何もできなかった後悔は繰り返さない。
キュっと唇を噛みしめる。
決意を口にするように呟く。

「傷を塞がないと」
「……どうやって?」

息を呑んでユキが問う。
その問いに答えるように九十九は支給品の中からソーイングセットを取り出した。

「……縫い合わせる」
「そんなことできるの?」
「大丈夫……私、縫い物得意だから」

そういう問題ではないのだろうが、ともかくそこは一二三九十九だ、クソ度胸の女である。
緊張した喉を潤すために唾を飲み込む。
ペットボトルのふたを開け、飲料水で傷口を洗い流してから針を宛がう。
そこで一拍。心を落ち着けるようふぅと息を吐く。

カッと目を開き、一気に力を籠め針を通した。
さすがに傷口を縫うのは初めての事だが、要領は雑巾と一緒だ。
そう言い自分に聞かせながら、止まらぬよう一気に裂傷を縫い合わせる。
チクチクと5針ほど塗ったところで糸をくくって切り離した。

続いて裂けた頬や欠けた耳へと針を移す。
一度手を止めれば二度と動かぬという覚悟で次々と縫い合わせてゆく。
これで大きな裂傷は粗方塞げた。

次はこちらに駆けつける際に受けた弾丸が腕の中に残っている腕だ。
傷を縫う前に腕の中の弾丸を抜き出さなければならない。
そのためにはナイフでいったん傷口を開く必要がある。
刀匠として刃物の扱いになれているとはいえ、手術まがいのことをするのはまた別の覚悟が必要だ。

脳裏に浮かべるのは鉄と炎。ミスの許されないひり付いた鉄火場の空気。
ナイフを握り震えそうになる手を、咽かえるような熱で塗りつぶす。
一つ息を吸い、刃を傷口に宛がうと吐くと同時に一気に引く。
そのまま血がにじみ出る前にナイフの先端で埋まった弾丸を抉り出した。
ピンと数滴の血と共に弾丸が宙に跳ねる。

「…………スゴい」

ユキが思わず呟いた。
傍から見ているだけで鳥肌が立つような凄まじい、鉄火場で鍛え上げられた職人の集中力だ。
一息のもとに作業を終わらせ、開いた傷口を縫い合わせると次の弾痕に取り掛かる。

ユキはダメだ。生々しい手術現場は見ているだけで貧血でも起こしそうである。
実戦の場に立ち凄惨な光景には慣れているはずなのに、ただですら白い顔を青白くさせ直視する事すらできない。
不甲斐なさに沈みそうになるが、このままではダメだとユキは自らを奮い立たせる。

そんな間に九十九は全ての弾抜きを終えてしまった。
息つく間もなく、九十九は何の躊躇もなく拳正の服をはだけさせ体をまさぐり次の傷を見始める。


873 : 復讐者のイデオロギー ◆H3bky6/SCY :2017/05/04(木) 03:57:33 zVlJQOrA0
「足は……ヒビってるっぽいなぁ。腫れてきてるし冷やしたいところだけど……」

靴を脱がせ、踏み抜かれた足の甲を見ながらそう呟く。
赤く腫れ始めているが、ここには湿布もコールドスプレーもない。
せめて添え木か何かで固定だけでもしておこうかと、辺りを見渡す九十九だったがちょうどよさげなものは見当たらない。

「これ、使って……!」

そこに、どこから取り出したのか、ユキが後方から氷を差し出した。
言うまでもなくユキが能力で産み出した氷である。
これがユキのせめて出来ることだ。

「ありがと、ユッキー!」

九十九はユキに礼を言って氷を受け取る。
直接では凍傷を起こす可能性があるので、ハンカチで包んで足に巻きつけた。
同じく炎症を起こしている傷にも氷を当てる。
ユキから追加で氷をもらい、ついでにハンカチも借りた。
それでも足りない部分は衣服を切り取り包帯変わりとした。

ひとまずこれで応急処置は終りである。
傷を縫い合わせて炎症を抑えるべく冷却しただけだが素人ができる範囲はここまでだ。
衛生面など気になるところはあるが、あとは拳正の生命力と回復力に任せるしかない。

「ふぅう」

一仕事終えた九十九が疲れを吐き出す様な呼吸と共に物陰に腰を下ろす。
渇いた喉を潤そうとしたところで、傷口の洗浄で飲料水を使い切った事に気付いた。

「お疲れ様」

そこにユキからペットボトルを差し出される。
ありがとうと言って受け取ると、まるで冷蔵庫で冷やされていたようなひんやりとした冷たい手応えがあった。
キンキンに冷えた水を喉を鳴らして一気に飲み込む。

「ぷっはぁーーー! 沁みるぅぅ!」

仕事帰りの一杯を呑んだ親父のような声を上げる乙女。
妙な集中力を使ったせいか、テンションがおかしなところに入っているらしい。
テンションを上げる九十九とは対照的にユキは表情を曇らせる。

「……すごいね一二三さん。私なんか全然ダメだ」

何もできなかった。
不甲斐なさに自分が嫌になる。
怪我人を前にしても何の治療もできず、殺し屋のような男を前にたときもそうだ。
ついでに言うなら裁縫もできないし、料理だってかき氷くらいしか作れない。
できる事と言えば冷たい水を差しだすだけの水汲み女だ。

だが九十九はそんなユキを見て何を言ってるんだろうという表情で首をかしげた。

「ダメなんてそんなことないよ。さっきだって私の事助けてくれたじゃん」
「え…………?」

襲われていた九十九を助けたのは拳正だ。
何の話かと思ったが、そういえば銃撃から氷の盾で九十九の後ろを守っていた事を思い出す。
ついでに言えば、蹴り飛ばされた九十九を受け止めたのもユキである。

「あれは、たまたまというか咄嗟に氷を」

拳正を追いかけて九十九に銃口が向けられる気付いて氷の盾を張っただけだ。
そこまで言ってふと疑問がよぎった。

「そういえば一二三さんは、私の力の事、不思議に思わない?」
「ん? そういえばいきなり氷が出てきてたような……そうでもないような……うーん、んんーー?」

言われて、今更になってどういう事なのかと首をかしげる。
必死で理解しようと脳内CPUが処理をはじめ、フリーズしたのかその動きが固まる。
しばらくの後、結論に達して答えを導き出した。

「えっとつまりは…………冷え症?」
「新田くんと同じボケしなくていいから」

まあそんな認識だろうと思ってはいたが。
はぁと溜息をついてユキは掌を差し出す。

「私ね氷を産み出すことができる超能力者なの」

拳正にもしたように、目の前で氷を産み出して見せる。
九十九はそれを見て、はぇ〜と感心してるんだか、驚いているんだかよくわからない声を上げた。


874 : 復讐者のイデオロギー ◆H3bky6/SCY :2017/05/04(木) 03:58:31 zVlJQOrA0
「はぇ〜すっごいねユッキー」
「驚かないの?」
「え、驚いてるよ? 割と」
「割ととかそういうレベルなんだ……」

拳正という前例があった以上今更、否定されるとも思っていないが。
こうもあっけらかんと受け入れられると、偏見の目を恐れて仲間内にもカミングアウトできなかった自分がバカみたいだ。
それができなかったのは、恵理子や半田から能力者に対する差別や迫害の話を怪談のように聞かされてきたからだろう。
せめて、舞歌や夏実に話せていれば、もっと別の可能性があったのかもしれない。
だがそれは今更考えても詮無き事だ。

「さて、それじゃ」

一息ついた九十九が休憩は終わりとばかりに尻を払いながら立ち上がる。
何をするつもりなのかと思ったが、その視線の先を見てユキも九十九が何をしようとしているのかを察した。

傍らで転がる夏目若菜の埋葬だ。
適当に掘りやすそうな地面を見つくろうと、腕を振り上げ袖をまくり上げる。

「よしっ」

掛け声で気合を入れる。
だが墓を掘るというのはなかなかに重労働だ。少女の細腕では道具があっても難しい作業である。
九十九の手元に穴を掘るに適した道具なんてないし、どうやって掘るのかなど方法など考えていないのだろう。
それでもやる。輝幸を埋葬したの時のようにいざとなれば素手で掘り進めるつもりだろう。
やるべきだと思ったからやる。彼女にとってはそれだけだ。

「手伝うわ、私も舞歌の供養をしたいし」
「舞ちゃん?」

突然出てきた名前に九十九が首を傾げる。
ユキは神妙な面持ちで頷き、そっと荷物の中から朝霧舞歌の亡骸を取り出した。
死体を持ち歩くなんて引かれても仕方ない行為だが、舞歌の弔いをするには状況の落ち着いた今しかない。

「そっか、舞ちゃん……」

九十九は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにしゅんとしょげた様に同情を示した。
友人の死体に忌諱や驚きよりも悲しみが上回ったようだ。
そっと近づきその頬に触れる。
その冷たさに思わず涙が出そうなったが、ぐっと気合で堪えた。
そして努めて元気よく声を出す。

「よーし! じゃあ始めようか」
「ええ、任せて」

そう言ってユキが地面へと手を向ける。
すると地中の水分が凝固され氷の華が狂い咲いた。
押し出されるように土塊が抉り出される。
わざわざ掘り返さずともこれを繰り返すことで穴を作れる。

「おぉ! すごい……ッ!」

目の前で繰り広げられる浮く強い超能力に手放しで歓声を上げるが、こうなると今度は九十九が手持無沙汰だ。
道具も能力もない九十九では手伝う余地がない。
仕方ないので、大人しく作業を進めるユキの背を見ていることにした。
だが、その姿に何か違和感を感じたのか、目を細めて凝視する。

「そういえばユッキー、なんで拳正の制服着てるの?」

九十九からすれば別に他意のない、なんでなんだろうくらいの疑問だったのだが。
ユキは驚いたネコのように跳ね、作業の手を止め慌てて手を振る。

「その、違うの! いや違わなくて、私の服が破けちゃって、それで」

興奮しているのかユキ白い肌が朱に染まる。
ユキ自身なんで言い訳みたいな事をしているのか自分でもよくわからなかった。

「そっか、大変だったね。そうだ……! ソーイングセットがあるから縫ってあげよっか?」
「いやッ。いい! 大ッ丈夫だから。気にしないで、うん」
「? そう? 気が変わったらいつでも言ってね」

乙女回路の欠落した女は首をかしげる。
ユキは胸に手を当てはーはーと荒げた息を整えながら、作業に戻った。

「これくらいでいいかしら」

数分後。
ユキの目の前には人一人収めるには十分な大きさの墓穴が二つ。
全く飾りのない簡易さだが、この状況ではこれが精いっぱいである。

「お疲れユッキー」

今度は九十九がユキをねぎらう番だ。
残念ながら九十九にはユキのように気の利いた差し入れを入れることは出来ないけれど。
それどころか申し訳なさそうにユキに向かって追加の要望を述べる。

「穴掘りなんだけど……あと一つ、お願いできないかな?」

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875 : 復讐者のイデオロギー ◆H3bky6/SCY :2017/05/04(木) 03:58:50 zVlJQOrA0
勇者と元勇者。
聖剣に導かれし二人の少年が向き合いながら腰を下ろして食事をとっていた。

こうしていると魔王討伐の長い旅路を思い出す。
夜はカウレスが起こした火を囲ってこうして仲間たちと食事をとったものだ。
火起こしは得意だったけれど、殺し合いの最中では目立つような行為はできなかった。

パンをかじる。
カウレスの荷物はナイフの対価としてデイパックごと少女に譲り渡したため、このパンは勇二に分け与えられたものだ。
勇二は味気のないパンに不満気だが、カウレスからしてみれば十分に美味い。

食事や休息は勇者である勇二には必要ないのだろうが、今のカウレスには必要な行為である。
体力や気力のほかに僅かながらの魔力回復にもなる。
ただ、その行為に己がただの人間になったのだと実感してしまう。

勇二の精神状況は比較的落ち着いている。
死亡による強制リセットというのもあるだろうが、これまでの暴走は庇護者を失い孤独であったというのが大きいのだろう。
姉のように慕った魔法使いと妖怪の死、聖剣の干渉。
少年の心に収めるには大きすぎる負担だった。
分かち合える誰かがいるというのは、僅かながらその重さを軽くする。

既に勇二の食事は終わっていた。
小食というより、勇者にとって食事はこれまでの習慣や嗜好のようなものだ。
味気ないパンをこれ以上齧るのは嫌になったのだろう、それは勇者に残った子供らしい好き嫌いなのかもしれない。
勇二は少しだけ気恥しそうにもじもじと窺うような視線をカウレスへと送る。
その視線に気づいたカウレスが食事の手を止め視線を合わせた。

「どうしたんだい……?」
「あの……カウレスさん。ここでの愛お姉さんがどうしてたのか、教えて」

勇二にとって、真っ先に問うべきはこれである。
勇者の使命よりも喪ってしまった家族がどうしていたのか、その動向が気になってしまう。

「……ああそうだな」

せがむ様な目に根負けして、カウレスは口を開く。
正直、カウレスもその気持ちはよくわかる。

戻らないと知りながら戻らないモノに、喪われてしまったモノに固執する。
いつまでも取り返せない過去に囚われ続ける。それが復讐者だ。
それはある意味、未来を切り開く役割を持った勇者とは対極の存在なのかもしれない。

「と言っても、あまり語れることはないんだが」

カウレスと愛は互いにこの場で最初に出会った相手ではあるが、行動を共にしていた時間は短い。
語れと言われて語ることなどさしてないというのが正直なところだが。

「そうだな……彼女は君の事を心配していた。君の事を大事に思っていたよ」

戦力として評価していたがカウレスは愛の人間性など殆ど知らない。
復讐に囚われ愛を見ていなかった。
ただ、愛は事あるごとに勇二への心配を口にしていた事だけは覚えている。
常に勇二を想っていた、それだけは確かだった。

「それに僕が語らずとも、彼女がどういう人間だったかは君の方がよく知っているんじゃないかい?」
「うん……そうだね」

勇二の中に愛と共に過ごした思い出がある。
この状況においてもただ勇二を想っていた。
それだけでも知れたなら十分だろう。

「お兄ちゃんはどうなの?」
「どうとは?」
「いないの、大事な人? 巻き込まれたりしてない?」

それは自分のような思いをしていないかという、勇二の本来の優しさからの問いだった。


876 : 復讐者のイデオロギー ◆H3bky6/SCY :2017/05/04(木) 03:59:09 zVlJQOrA0
「……大事な人、か」

カウレスの脳裏にいくつもの顔が浮かんで消える。
家族、友人、故郷。魔族によって多くの大切な人が奪われた。
そんな自分に残った大事な人。

「ここには妹と、オデットという仲間が巻き込まれている。
 そして妹は…………ミリアの名は呼ばれてしまった」
「……そうなんだ」

あの惨劇から生き残った、カウレスにとってたった一人の肉親もこのバカげた殺し合いで失われてしまった。
勇二が悲しげに目を細める。
家族を巻き込まれる痛みは嫌という程理解していた。
同じ痛みを抱えるものとして同情と憐憫の感情が向く。

「けれど、オデットはまだ生きている」

美しく心優しき魔法使いオデット。
全てを喪ったカウレスが新たに得た仲間だ。
彼女の名はまだ放送で呼ばれてはいない。

常に目深に被られたフードから時折覗く、憂いを帯びた儚げな表情の理由をカウレスは知らない。
彼女にも彼女なりの事情がある事は理解していたはずなのに、その過去を尋ねられなかった。
いや、復讐以外に囚われ、大切なはずの仲間にすら目を向けられていなかった。

「じゃあ、見つけないといけないね!」

勇二が元気のよい声でそういった。
勇二もカウレスも多くの物を失った。
多くを取りこぼした二人の手に、残った唯一残った希望だ。

「……うん。そうだね」

カウレスは少年を正しき方向に導くと決めた。
だが、道を示すつもりが逆に道を示されてしまった。

やはり、目の前の幼き勇者は純粋なまま、純真さ故に何にでも染まる白紙の器だ。
故に容易く黒い憎悪に満たされ復讐に走ることもある。
危うくも純粋。
だからこそ導き手が重要なのだ。
勇者という道を行く先導者として成すべきことを伝えなくてはならない。

空を見上げる。
そらはすっかり夜に染まっていた。
この空もどこかに繋がっているのだろうか。

オデット。
星ひとつないこの地獄で、あの心優しき少女は一体どうしているのだろうか?

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877 : 復讐者のイデオロギー ◆H3bky6/SCY :2017/05/04(木) 03:59:39 zVlJQOrA0
新田拳正が微睡みから目を覚ます。
記憶が混濁し上手く思い出せないが、どうやら夢を見ていたようだ。

「…………どこだここ?」

倒れたまま見上げる空はすっかり夜に染まっていた。
暗闇に目を凝らす妙に視界が狭い。
身を起こした拍子にハンカチに包まれた氷嚢が膝の上に落ちた。
誰が置いたものだろうか。

「…………ぃッ!」

右目に痛みが走る。
思わず抑えた右目はひんやりとしており、どうやら氷袋はそこに当てられていたようだ。

ぶるりと身が震えた。
痛みとともに殺し屋のような男との戦いを思い出す。
この右目はその戦いで喪われたものである。

実力ならば師匠や黒い闘気を纏った魔人の方が上だったのかもしれない。
だが、あれほど敵を恐ろしいと感じたのは初めてだった。
これまで拳正が戦ってきた相手の中で、一番恐ろしい相手だった。
そして同時に武に生きるものとして、あれほどの高揚を感じたのもまた初めてのことである。

それほどの強敵だった。
数枚は上手の相手だ、相手の消耗もあったのだろうが、今の拳正が勝てたのが奇跡と言える。
そんな相手に命があるだけ幸運だと割り切る。
右目一つは安い犠牲だろう。

「あ、起きた」

聞きなれた声が耳に届く。
毎日聞いている声を聴いたからだろうか、そこでようやく意識がはっきりとしてきた。
視線を向けると見慣れた幼馴染の怒ったような顔と、心配そうに顔を曇らす白い少女の姿があった。

「もう、いきなり道端で寝ないでよね。風邪ひいても知らないんだから」
「あーそらすいませんでしたねぇ」

相変わらずズレたことを言う幼馴染を適当にあしらって立ち上がる。
傷の具合を確かめると応急処置はされているようだった。
額の裂傷も縫い合わされており、銃弾で穴だらけになった腕も糸で塞がれている。
若干雑ながら弾もしっかり抜かれているようだ。
踏み抜かれた足の甲にも炎症を抑えるため氷が巻かれている。

拳を握りしめる。痛みはあるが力は入る。
片足は庇いながらならでも歩行はできるが強く踏み込むのはやや辛い。
震脚を起点とする八極拳士にとっては致命的だ。

視界は僅かにぼやけ、片目では距離感が掴み辛い。
打撃戦は厳しいか。
だが、いざとなれば聴勁でもなんでも使って戦えばいい。
無理を利かせるしかない。

楽をするには早い。
まだ、戦える。

「氷、ありがとな」

氷を包んでいた花柄のハンカチを拾い上げ、佇むユキに礼を言う。
礼を言われたユキは申し訳なさ気に苦笑した。

「あ、うん。けど手当したのは殆ど一二三さんだから」
「そーだぞー。感謝しろよ」
「へーへー。ありがとうございました」

片方になった目で盛り上がった土俵を見下ろす。
目印のように並び立つ石の墓標は三つ。
一つは夏目若菜の墓、もう一つはユキが運んでいた朝霧舞歌の死体を弔ったものだろう。
となると、最後の一つは。


878 : 復讐者のイデオロギー ◆H3bky6/SCY :2017/05/04(木) 04:00:03 zVlJQOrA0
「……あのオッサンのも作ったのか」
「うん、一二三さんが必要だろうって」

名前も知らない殺し屋のような男。
彼らを殺そうとして、彼らに殺された男。

彼を弔おうと言い出したのは九十九である。
九十九自身、友人を殺され、自らも襲われて撃たれて死にかけた。
そんな相手の墓を作る義理などないはずなのに。
拳正は幼馴染の少女に向き直り、その心中を察して言う。

「別に、お前が背負う必要はねぇだろ。お前全然役に立ってなかったし、何よりとどめ刺したのは俺だ」

結局、男の死を一番気にしているのは九十九だった。
拳正一人に背負わせない、その言葉の通り重さを背負っている。
仇だろうと悪人だろうと関係ない。ただそう言うのは嫌だった。

拳正にとっても初めて手にかけた命である。
命を砕いた感触は胸に重い物を落とすが、武の道に生きるのならばいつか避けて通れない道だろう。
大地に根を張った大樹の様に心は揺らがずその結果を受け入れている。

ユキも裏で多くの怪人を手にかけてきた。
人を殺して全く気にしていないと言えば嘘になるが、動けなくなるほど心に影を落とすこともない。
身内でもなければ慣れてしまったというのが正直なところだ。

「……そうだよね気づかなくてごめん」

今でこそそれなりに慣れたとはいえ、ユキだって最初は何かの死に触れた時、両親の死を思い出して吐いた。
ましてや九十九は当たり前の世界を当たり前に生きてきた人間だ。
どれだけ平気な顔をしていても参ってないはずがない。
その心中を察することができなかったことユキは悔いる。

「みんながみんな新田くんみたいに無神経なわけじゃないもんね……」
「おい。流れ弾で俺をディスるのはやめろ」

男の死を気にしてだから弔いを言い出したのか。
九十九は否定するように力なく笑う。

「ただ、放っておくのも可哀そうだって思っただけで、別に背負うとか気負うとかそういうんじゃないよ。そういうんじゃないけど……」

男に対して怨みがないわけではない、怒りがないわけではない。
だが死なば皆等しく躯だ。
死後までも辱める必要はない、そう思っただけ。
それは本当だ。
本当だけど、それだけじゃないのかもしれない。

ったく、と拳正は呆れたように頭を掻く。
煮え切らない様子の幼馴染の元へと近づいてゆき頭を軽く叩いた。

「ま、無理すんなってこった」
「……うん。ありがと拳正、ユッキーも」

三人は墓標の前に並び立つ。
死者の冥福を祈るように九十九とユキは静かに手を合わせた。
拳正も何も言わず、三つ並んだ墓標を見つめた。
弔いとは区切りを己の中でつける作業である。

親友に感謝を。
同類に別れを。
強敵に敬意を。
それぞれ違う思いで見送り決別の言葉を口にする。

「――――――――あばよ」

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879 : 復讐者のイデオロギー ◆H3bky6/SCY :2017/05/04(木) 04:00:38 zVlJQOrA0
「では改めて問おう勇者よ。君は何を成す者だ? 何のために生きる?」

導き手は、その意義を勇者に問うた。
突然の問いに勇者は困惑するようにたじろいだ。

「何をって、分からないよそんなの……」

明確な答えは返らなかった。
だが、これはある程度予測していたことである。
6歳の幼子に人生の意義を問うような質問を投げてもまともな答えなど返ってくるはずもない。
カウレスはそうかとだけ応え、質問を変える。

「君は正規の契約を結んでいないようだが、どうやって聖剣を扱えるようになったんだい?」
「どうって……邪神ってやつに襲われたから支給品から取り出して、後は普通に使えたけど……?」

それがどれほど恐ろしい言葉なのか、当の本人は理解していないようだが。
カウレスの世界の人間が聞けば気絶するか激怒するような発言である。
聖剣とは剣を持てば使える、などという生易しい物ではない。

「その際に、聖剣に理由を問われなかったかい?」

聖剣は所有者に問う。
自らを振るうに相応しい資格者であるかどうかを確かめるために。
偽りなど許されない。己が本質を曝け出す問答だ。

カウレスは己が目的を復讐と答え、魔王の首を必ず取ると約束した。
聖剣もまた魔族壊滅を約束させ、己が力を与える。
それが血の契約、己が魂を捧げる聖剣の試練。

「うーん。別に何もなかったけど……」

だが、これもなかったと現勇者は否定する。
ここに勇者は二人しかいないので他の勇者がどうだったかまでは分からないが。
さすがに異例なのは勇二の方だろう。

「なるほど。例外づくめという訳か」

そう言えば愛は異世界人だった。
その彼女の知り合いである勇二もまた異世界人という訳だ。
異界の勇者、例外的なのも当然と言う事だろうか。

「では改めて僕の口から説明しよう」

ともあれ現勇者がその使命を理解していない以上、言葉で説明する必要がある。
勇者の使命は契約時に聖剣より与えられる知識である。
正確には言葉ではなくもっと根本的な常識のようなものとして与えられるものだ。
余り口の立つ方ではないので、それを改めて言語化しなくてはならいというのは不安だが。

「聖剣から与えられる基本使命は魔族の壊滅だ、聖剣はその対価として使い手に多くの権能を与える」

聖剣から賦与される能力は多岐にわたるが、最初からその力全てを使える訳ではない。
聖剣との契約を果たせば果たすだけ、つまりは魔族を殺せば殺すだけ聖剣はその力を解放して行くのだ。
一定量の魔族を殺害し経験値が溜まれば段階的に解放される。
むろん所有者の才能によっては最初から一定数の権能が使える場合もあると聞くが、カウレスの場合はそうではなかった。

「どうして勇者は魔物を倒さないといけないの?」

勇二から上がったのは純粋な疑問だった。
カウレスは答えようとして言葉に詰まる。

そういえば何故なのだろう。
そんな理由は考えたこともなかった。


880 : 復讐者のイデオロギー ◆H3bky6/SCY :2017/05/04(木) 04:02:17 zVlJQOrA0
カウレスの理由は明確だ。
奪われた故郷の復讐。
ならば聖剣の理由は?
何故聖剣の絶対命令は『魔族の壊滅』なのだろう?

それは人の側としての正義に依るものか、それとも聖剣を齎したとされる創造神の意志だろうか。
だとしたならば、神の意志とはいったいどこにあるのか。
人々を救うため、生活を脅かす魔族を滅ぼすという事なのか。
それともただ滅ぼしたいだけなのか。
いや、そもそも神とは…………?

「お兄ちゃん?」
「あ、ああ……すまない」

突然固まったカウレスを心配するような勇二の言葉に思考を打ち切る。
今考えるべきことではないし、人は神を試してはならない。
そうあるの言うならば、それが全てだろう。

「勇者が魔物を倒すのは、聖剣は人を救うものだからだよ」

適当な理由をでっちあげる。
いやどちらかと言えばそうあって欲しいと、願望を口にしただけなのかもしれない。

「そう、なんだ」

勇二は完全には納得できないようだ。
カウレスはその迷いを追求するように問いかける。

「君に魔族壊滅の意思はあるのか?」
「壊滅って…………そんなの、できないよ」

魔族への敵意。
明確に理解できていないだけで、これは勇二にも衝動として与えられている。
だが結局、魔の者である愛を敵視することはできなかったように、それらを無条件で敵視するだなんて不可能だ。

勇二にとって魔物や妖怪は倒すべき対象であると同時に、共に暮らす存在である。
良い奴もいれば悪い奴もいる。それこそ人と変わりない。
とするならば、勇二には勇者としての才能はあっても適正がないのかもしれない。
そんな人間が何故勇者になれたのか。

「勇者の力は強大だ。その力をどう扱うか、君は自覚しなければならない」

聖剣は勇者に人の域を超えた過剰なまでの力を与える。
たった一人で魔族全てを相手取る決戦兵器として完成するために。

カウレスは真の勇者などではなく勇者の力を利用しただけの復讐者だった。
それでも、その力に責任を負ってきたつもりだ。
それくらいの覚悟はあった。

自覚を持つこと、それは勇者以前に力を持つ者の責務だ。
復讐であってもなんであっても、目的と言う方向性は必要である。
目的を持たなければそれは勇者ではなく、ただの聖剣使いでしかない。
無自覚な方向性のない力など魔族のそれと変わりないだろう。

「自覚だなんて、急にそんなこと言われても……」

だが勇二の戸惑いも当然だ。
責任の自覚というのは大人でも難しい。
それをいきなりやれと言われても、簡単にやれるものではない。

その反応にカウレスはため息を漏らす。
余りにも話が性急すぎただろうか。
人を導くというのはなかなか難しい。
勇者カウレスの導き手であった光の賢者ジョーイのように老獪な話運びとはいかない。

誰かを導くには導くに値する裏打ちされた経験が必要である。
カウレスが人に自慢できるほど積んだ経験なんて戦闘経験くらいの物だ。


881 : 復讐者のイデオロギー ◆H3bky6/SCY :2017/05/04(木) 04:02:44 zVlJQOrA0
「すまない。話が性急すぎたようだ。いきなり全てを決めるというのも難しいよね」

自らの未熟を認め頭を下げる。
カウレスは勇二を一人の勇者として扱おうとしているが、勇二は勇者である前に子供だ。
その辺の気遣いがカウレスには足りない。

焦る必要はない。
そう自分に言い聞かせる。
魔王は既に朽ち果て、聖剣は異世界の勇者に渡った。
この訳のわからない異世界にて、数千年に及ぶ勇者と魔王の物語は終わったのだ。

「ひとまず目の前の目標を定めよう。さしあたってこの地で君はどうしたい?」

何をすべきなのかではなく、どうしたいのか。
少年の意見を促すように問う。

「僕は…………」

少年は考える。
何をしたいのか。
自分はどうしたいのか。

帰りたい。
愛や宮子と共に、当たり前の日常に帰りたかった。
それが願いだ。
けど、それはもう叶わない。

「やっぱり僕は、悪い奴を許せない」

勇二にとっては魔族も人間もない。
あの邪龍のように、他者に害成す存在ならば懲らしめる。
悪い奴ならば倒す事に躊躇いはない。
それが勇二の望む勇者の在り方だ。
そして何よりこの場において倒すべきその名を示す。

「だから、ワールドオーダーをやっつける!」

高らかに宣言する。
勇二を巻き込み勇二から宮子を奪い、愛を奪った全ての元凶。
子供でも分かる悪い奴だ。

ワールドオーダーの撃破。
それがこの場における勇二の目標だ。

「責任だとか難しいことは分からないけれど、僕にはその力があるんでしょう?」
「ああ。では、それを当面の目標としよう」

聖剣がどう思うのかは知らないが、それが勇者の望むことであるのならばカウレスは否定はしない。
そもそも勇者にとって魔族を殺すという行為は契約の履行であり、能力解放の手段に過ぎないのだ。
最初から最大の権能『絶対蘇生の権利』まで解放されている勇二にそれを無理強いする必要はない。

「では行こう」

先導するようにカウレスが歩を進めた。
勇二は小さな歩幅でてくてくとその後に続く。

「それにオデットさんも見つけないとね!」
「ああ、そうだね」

少年の元気よい声が響く。
青年は頷きそれに応じる。
二人の勇者が新たに歩むその道は正道か、邪道か。

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882 : 復讐者のイデオロギー ◆H3bky6/SCY :2017/05/04(木) 04:03:22 zVlJQOrA0
「……くそッ。バカ野郎が」

互いにこれまでの経緯を話し合う中。
九十九から輝幸の話を聞いて、苛立ちを吐き捨てるように拳正がそう呟いた。

「そんな言い方しないでよ、輝幸くんは私を助けるために……!」
「わってるよ」

別に輝幸が悪い訳じゃない、そんなことは分かっている。
理不尽に見舞われ、その中で彼なりに全力を尽くした結果だろう。

それで九十九が助かったのだ。感謝はすれど非難する理由もない。
ただ、逃げなかった選択を褒める気にはなれなかっただけだ。

同じ話を聞いたユキの反応は違った。
ユキは真剣な表情で何かを考えている。

「……それ。多分ミロさんを殺したのと同じ子供だ」

黄金の剣を持った子供。
そもそもこの地獄で生き残っている子供などそうはいない。
特徴から言って、輝幸とミロを殺害したのはまず間違いなく同一人物だろう。

「ンだそりゃ。よっぽど凶悪なガキだなそりゃ」

率直な拳正の言葉に、九十九の表情が僅かに曇る。

「けど、私の傷を治してくれたりしたし、根っから悪い子には思えなかったけど……」
「―――――一二三さん」

棘のある声。
ユキが九十九の言葉を遮る。

「友達を殺した相手なんでしょ? 自分を守ってくれた人を殺した相手なんて庇う必要なんてないんじゃないかしら」
「う、うん。ごめん」

氷のような冷たい声に僅かに気圧される。
その顔を見て冷静さを取り戻したユキが慌てて九十九に取り成す。

「あっ、少し言い過ぎたわ……ごめんなさい」
「いいよ本当の事だし。
 ……なんか、守られてばっかりだね私」

そう言って沈むように視線を落とす。
実際のところ、ユキの言い分が正しいのだろう。
命を懸けて自分を守ってくれた相手を殺した相手を庇い立てする必要などない。

九十九を守るために輝幸も若菜も命を落とした。
拳正だって下手をすればどうなっていたかわからない。

「一二三さん…………」

沈んでしまった九十九にどう声をかけていいのか分からず。
助けを求める様に彼女をよく知る幼馴染へと視線を向ける。

「気にすんな。こいつ刃物でもやってれば元気出すから」
「ちょっと拳正。それじゃあ私が危ない人みたいじゃん」
「いや……危ない人だろお前」
「けが人じゃなかったら殴ってるよアンタ」

そんな冗談めかしたやり取りを行う傍ら。
拳正の言葉を本気にしたのか、ユキが自分の荷物から見繕った刃物を差し出した。

「えっと……じゃあ、はい」
「うわーい。西洋刀とナイフだぁ、やったぜ……!」

飴玉を与えられた子供みたいなリアクションで刃物を握った両手を上げてクルクル回る。

「正しくナントカにナントカだな」

それを見て幼馴染がシミジミと言う。
踊り狂う九十九をぽかんとした顔で見つめ、振り返って問う。

「これも無理してる?」
「いんや。これは素」


883 : 復讐者のイデオロギー ◆H3bky6/SCY :2017/05/04(木) 04:03:41 zVlJQOrA0
いつもの事と九十九を無視して拳正がユキに問いかける。

「んで、大体お互い何してたかは分かったとして。俺が寝てる間に三回のあれが流れたみてぇだが」

拳正が寝ている間に流れた放送の事だろう。
その内容、禁止エリア制限時間の更新について伝える。
そして死者についても。

「つまりは、学校の連中はここにいる三人で全員ってことか」

死者の確認をした第一声がこれだった。
放送で錬次郎と沙奈の脱落が告げられたという事は、神無学園の同級生で生き残ったのはここにいるので全てである。

「一応、音ノ宮先輩もいるけどね」

ユキが補足する。
だが殆ど面識のない上級生である。
残酷なようだが、命を懸けて合流するまでの縁はない。
手の届く範囲は限られている。

元も知り合いも、ここで出会った人間も大抵は死んでしまった。
彼らの手の届く範囲は良くも悪くもここにいる人間で全てだ。
それが揃って、ようやく次の段階へ進める。

「よし、じゃあ帰るか」

学校からでも帰るような当たり前さでそう言った。

「どうやって?」

それができれば苦労はしないと、呆れながらユキが問う。

「その辺はこれから考えりゃいいさ。まあどうとでもなんだろ、いざとなれば泳いできゃいい」
「流石にそれは無茶だと思うけど。っていうか、あんたどれくらい泳げたっけ?」
「測った事はねぇが万全なら伊豆大島くらいまで往復したことぁあるな、あーけど今の状態だとどうだろうな」
「そう言えば拳正、海とか行ってもバカみたいに遠泳ばっかしてるもんね」
「海にも入らず砂で日本の名城100選とか作ってるやつには言われたかねぇな」

どんどん話が逸れて行き無駄に火花を散らすバカ二人。
目の前で繰り広げられる頭の痛くなるようなやり取りにユキが冷静にツッコミを入れる。

「その前に首輪を何とかしなきゃ、どうしようもないでしょ」

首に巻き付いた鎖を解かなければ参加者はどこにも行けない。
命を握られたままでは脱出も何もないだろう。
おお、と二人同時に感心したような声を漏らす。

「それに私はまだ行けない、お父さんを探さないと」
「え、ユッキーのお父さんもいるの?」

九十九が驚きの声を上げる。
慌てて名簿を取り出し確認するが、その中にユキと同じ水芭という苗字は見当たらなかった。

「えっと、本当のお父さんじゃなくて私が勝手にそう呼んでるだけなんだけど」

自分のいた孤児院のオーナーで、今も世話になっている人だと自分とユキは森との関係を簡単に説明する。

「ふーん。どっちにせよ大事な人ってことだね」
「ええ、そうね……いろいろ確かめたいこともあるし」

それは必ずしも、この殺し合いの場で行わなくてはならない事ではないが。
ロバート・キャンベルに託された手前、調べないわけにもいかない。
ユキ自身としても真相は気になる。
それもこれも、森が死んではどうにもならない。

「それにすごく頼りになる人だから、首輪の解除方法だって帰る方法だってわかるかもしれないわよ!」

ユキは努めて明るく言う。
自らの中にある森に対する疑いを信頼で晴らすように。
実際、森ならばこんな事態はすでに解決していてもおかしくはない。

「じゃあ、ユッキーのお父さん探そう!」
「まーたおまえは考えなしに」
「拳正にだけは言われたかないよ!」

むかーと憤慨する九十九とは対照的にユキが申し訳なさ気に拳正の様子を窺う。

「ごめんね付き合せて」
「ん、いいさ。元からその辺は付き合うって話だったしな」

そう言って休憩は終わりと移動を開始する。
目標は首輪の解除と脱出の方法の模索、そしてユキの父親の捜索だ。

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884 : 復讐者のイデオロギー ◆H3bky6/SCY :2017/05/04(木) 04:04:17 zVlJQOrA0
「あなたは…………ッ!」
「お姉ちゃんたちは……!」

そうして歪んだ因果の糸に導かれるように、動き出した双方の運命が交わる様にして出会う。
夜の空気が一瞬でひり付く。
互いが互いに仇を睨むような目で見つめていた。

一番敵対心を露わにしたのはユキだった。
ユキにとっては勇二は目の前でミロを殺した仇だ。
目の前で友を殺され、その仇が現れたのだ、冷静でいろという方が無理がある。

そして九十九にとっても勇二は輝幸に襲い掛かった仇である。
同じ立場である九十九は予想外の邂逅に驚きの方が大きいのか、構えるでもなくその場で驚きの表情を上げていた。

勇二からしても、九十九もユキも魔族に与する悪逆だ。
特にユキは愛を殺した魔物の仲間である。
だが当の勇二は思いのほか落ち着いている。
激昂するでも戸惑うでもなく、平静のまま聖剣に手を添え目の前の三人の反応を見据えていた。

心配なのはユキの方だろう。
ユキは冷静なように見えて感情の制御が効かないところがある。
むしろその激情を凍りつかせるためにクールを気取っている節がある。
友の仇を前にしてギリギリの一線を保っていられるのは、戦えない九十九やボロボロの拳正を巻き込んでしまうという枷があるからだろう。

「よう。またあったか」
「そうだね。こうなると思っていたから、あまり出会いたくはなかったが」

不穏な空気に包まれる中、男たちは言葉を交わし合う。
拳正とカウレスはいつでも動き出せるように全体を見据える一歩引いた位置で半身に構えいた。
交戦に至ったものの、現時点では互いにそれほど悪印象は抱いていない。
他の連中はいつ爆発するとも知れない火薬庫のような状態であるため、口を開けるのはこの二人だけだろう。

「アンタ。なんでそのガキと一緒にいんだ?」

拳正の記憶では少年を止めに行ったはずだが。
その相手と仲良く連れ立ってるというのはどういう訳か。

「いろいろあったのさ」
「そうかい。まあそう言う事もあるか」

敵対していた相手と同行する。
そういえば拳正も輝幸とそんな感じだった。
そういう事もあるだろう。

「そちらも、いろいろあったようだね」
「まぁな。そう言う事もあるんだろ」

衝突からそれほど時間は立っていないが、
ボロボロの拳正を見れば、よほどの激戦を潜ったと窺える。
それに連れ合いも一人増えていた。

「で、聞くところによると俺のダチもそのガキにやられちまったって話だが」

拳正の気配が刃のように鋭く尖る。
黄金の剣を持った子供に輝幸が殺された事は聞いた。
カウレスに怨みはなくとも勇二には因縁がある。

「不幸なすれ違いがあったようだが。それに関してはこちらは悪いとは思ってはいない。
 聞いた限りだと、君の友人は魔族だったんだろう?」
「あ゙ぁん?」

カウレスもまた勇二がこれまで何をしてきたかはある程度は聞いていた。
そして勇二が殺したのは二人とも魔族だったと聞いている。
強引で行き過ぎたところはあっただろうが、その行為はカウレスには悪とは言えない。

悪びれる様子もない当然のような物言いに拳正の額に青筋が立つ。
傷が再び開いてしまいそうだ。

「ンなこたぁ知らねぇよ。輝幸は俺の後輩でダチで、それだけだろうが。
 魔族だか暴走族だがしらねぇが、だったらあんだってんだ? それなら殺してもいいってか?」

カウレスは答えない。
沈黙が答えだとばかりに口を噤む。
カウレスの個人的意見ではそうなのだろう。

「そうかい。なら、テメェらも俺の勝手でぶっ飛ばされても文句はねぇな」
「止めはしない。好きにすると良い。だがそちらに勝ち目はないぞ」
「へっ。戦う前から勝ったつもりか?」
「勝つだろうね。実際、君は立っているのがやっとだろう?
 むしろ勇者でもないただの人間がその傷で何故意識を保ってるのが不思議なくらいだ」

百選練魔のカウレスの目からしても拳正の傷は重傷だ。
平気な顔して立っているが、まともに戦えるとは思えない。
元より拳正が槍を装備した状態で互角、武器を失い手負いとなった今の状態では負ける理由がない。
少女二人も片方は見るからに素人、もう一人はそれなりにやるようだが、勇者の敵ではないだろう。

「それこそ知らねぇよ。テメェが気に喰わねぇ。だっからぶっとばす。
 勝ち目だとかそう言うのは知った事か、だ……!」
「ちょっと、拳正…………!」

九十九が剣呑な空気を発し始めた拳正を咎める。
だが拳正は構わず包帯変わりのハンカチや布の切れ端を取り去ってゆく。
半弓半馬に足を開き、すっと拳を構えた。
カウレスがそれを迎え撃つように槍を構える。
男達はそのまま隙を窺うように睨み合いを始めた


885 : 復讐者のイデオロギー ◆H3bky6/SCY :2017/05/04(木) 04:05:15 zVlJQOrA0
その様子を傍目に、少女と少年も睨み合いを続けていた。
彼らは揉みくちゃになった糸のように直接的な怨みの因果が絡まった関係だ。
どうあっても衝突は避けらず、下手に口を開けばそれが開戦の合図となりかねない。

「どうして……どうしてあなたはミロさんを殺したの?」

そんな中ついにユキが抑え切れない心中を吐露するように疑問を吐き出した。

「ミロさん?」

勇二が小さく首を傾げる。
その動作がユキの癪に障り、苦々しく奥歯を噛んだ。

「……あなたが、私の目の前で殺した龍の子供の事よ……ッ」

姿と名前が一致したのか、勇二がああと頷く。
なぜ殺したのかなど決まっている。
これに限っては勇者の使命などではない。

「あいつが…………愛お姉さんを殺したからだ……!」

ミロが愛を殺し、そのミロを勇二が殺した。
殺されたから殺しただけの話だ。

つまりは因果応報、ミロの自業自得と言える。
ミロの暴走にはユキにも責任の一端がある。
自分自身しか顧みる事の出来なかった自分の責任。
勇二を責める資格はユキにはないのかもしれない。

けれど、どうしてもそういう理屈と別のところで心がざわめく。
目の前の相手を許せないと奥底の己が叫んでいる。

「そんな事を聞くって事はやっぱり白いお姉ちゃんは、あの龍の魔物の仲間なの?」

ここで問答無用で襲い掛かるのではなく、問うだけの冷静さを得た。
ここには魔族がおらず聖剣の干渉が少ないというのも大きいだろうが。
聖剣の与える衝動に振り回されるのではなく勇二本人の倫理観で善悪の見極める。

悪意をまき散らし身勝手に他者を傷つけたミロは間違いなく悪だった。
それに与する悪ならば、この聖剣で切り捨てるまで。

「仲間? 仲間かですって…………?」

余りにも無神経な物言いにユキの握った拳がわなわなと震える。
他でもない、ミロに手を下した本人がそれを問うのか。
ユキはキッと勇二を睨み激情を吐き出すように答える。

「ええそうよ、私はミロさんの仲間だった! 友達だった! 決まってるでしょ!?」

そうでなくては怒りなど無い。
勇二はそう、と無感動に呟くだけだ。

「悪い魔物のお友達ってことはお姉ちゃんも悪い奴なんだね」

悪い奴の仲間は悪い奴。
子供らしい結論だった。

「ちがう! ミロさんは悪い魔物なんかじゃない……!
 そりゃあ確かに我儘な所もあったし、あの時は……ちょっと暴走してたけど、あれは……ッ!
 あれは………………私のせいで」

勇二がピクリと反応し目を細めた。
聖剣が抜刀される。
世界を救済する力が黄金の光となって解き放たれた。

「姉ちゃんはやっぱり悪い奴だったんだね。残念だよ」

あの邪龍を暴走させたのが目の前の女という事は、愛の死因を作ったのも目の前の女という事だ。
自分のせいだというのなら責任を取らせてやろう。

「何が残念よ……邪悪なのはそっちじゃない!」

周囲に霜が沸き立つ。
ユキも受けて立つように、冷気を解放した。

「ちょっと落ち着いてよユッキー!」
「私は落ち着ている、一二三さんは危ないから下がってて」

ユキは完全に戦闘態勢だ。
友の仇を前に冷静さを失っている。
復讐の連鎖は止めようもない。

「オラ来いよ、自信過剰野郎」
「拳正もやめなって!」

拳正も同じく頭に血が上っている。
カウレスもそれを止める意思はない。
来ると言うなら迎え撃つ構えだ。


886 : 復讐者のイデオロギー ◆H3bky6/SCY :2017/05/04(木) 04:06:16 zVlJQOrA0
「この…………」

誰もが怨みと怒りに囚われていた。
絡み合った怨みの糸を断ち切るには、片方を消し去るしかない。
津波のようなこの流れは最早止めようがなかった。

「――――バカ垂れどもがーーーぁ!」

だがそれを切り裂くような少女の叫びが響いた。
同時に勢いよく後頭部をはたかれた拳正がなすすべなくぱたりと倒れた。

「…………なんで、俺を殴る」
「それはゴメン! 殴りやすかったから」

位置的も習慣的にも。
けが人を殴れないという前言はどこへやらだ。
拳正はすっころびとんでもない隙を晒しているが、カウレスたちも突然の事態に目を丸くして驚いていた。

「みんなちょっと待ってよ! なんで喧嘩する流れになってるのよ!」

九十九は敵意渦巻く嵐の渦中へと進み、その中心で双方を窘める。
だが、その反応は冷ややかだ。

「一二三さん。どいて。そこにいたら危ないわ」

冷気を漂わせなあがらユキが冷たく言い放つ。
九十九の身を気遣うというより、邪魔だから退けという意思が強くこめられている。
その冷たさに怯まず、九十九はユキを見返した。

「もし私がどいたら、ユッキーはどうするつもりなの?」
「どうって、」
「――――勇二くんを殺すの?」

問われて息を呑む。
激情のまま戦ったとして、その結末はそうなるのだろう。
復讐とはそういうモノだ。
ユキはそれをよく知っている。

殺すのだろう、目の前の幼子を。
自分がそんな事をする光景を思い浮かべて少しだけ吐き気がした。

「ッ! けど! 一二三さんは彼のしたことを許せるの!?」

だからと言って止めるわけにはいかない。
目の前で友人を殺された、同じ痛みと怒りを抱えた同類に問う。

「許せないよ」

即答する。
一二三九十九は全てを許す聖人ではない。
勇二のしたことは九十九だって許せないと思う。

「許せない、けど」

けれど。

「だからって殺されたから殺すなんて結論を私は認められない」

許さないことと復讐することは違う。
殺されたら殺し返さなくてはならないのか。
それは違うと、九十九は思う。
復讐そのものを否定する言葉に復讐者たちは押し黙る。

「じゃあ、どうしろっていうの?」

ユキには分からない。
暴力(これ)以外の方法を知らなかった。
誰も教えてくれなかった、父も仲間も。
崩れそうな脆さを見せるユキを抱きしめる。

「悔しい思いは暴力じゃない方法で伝えよう。そうじゃないとユッキーにとっても良くないよ」

相手を落ち着けるような穏やかな声だったが、抱きしめる腕には痛いくらいに力が籠っていた。
九十九だって悔しくないはずがない、それでも堪えねばならない。
その気持ちが伝わってくるようで、ユキはその場に崩れ落ちる様にへたり込んだ。
ごめんねと小さく言ってユキから離れた九十九は今度は勇二へと向き直る。


887 : 復讐者のイデオロギー ◆H3bky6/SCY :2017/05/04(木) 04:07:04 zVlJQOrA0
「勇二くん」
「なに?」

何をしようとしているのかが掴めず、勇二は訝しそうな瞳を向ける。
構わず九十九は歩を進め勇二の目の前で少しだけ屈んで視線を合わせた。
聖剣を振るえば首が飛ぶ距離だ。

「君は輝幸君と、ユッキーの友達のミロさんを殺したんだね?」
「そうだよ、悪い魔物は倒さないと。
 お姉ちゃんも、あの猫の魔物の仲間だったよね?」

事実を確認するだけの色のない問い。
九十九は哀しそうな色を瞳に宿らせながら、その視線を真正面から見つめ返す。

「そうだよ。けどあの子は魔物なんかじゃないし、輝幸くんっていう名前があるの。魔物なんて呼ばないで」
「魔物は魔物だ」
「違うよ。輝幸くんはどこにでもいるような普通の男の子だった」

むぅと勇二が押し込まれる。
確かに単純な魔物ではないく狐憑きのようであった事は、退魔の大家、田外の者として見抜いている。
人間だったというのは確かだろう。

「そうだとしても、どうせ自ら悪魔を呼ぶような人間だ、どうせ悪者でしょ」

憑り付かれたのか憑り付かせたか。
交戦した時に主導権を握っていたのは輝幸だった。
つまりは自ら憑り付かせたのだろう。
悪魔を呼ぶなんてどうせ碌な人間じゃない。
勇二の判断は間違ってなどいない。

輝幸の事情など九十九は知らない。
知っているのはここにいた輝幸だけだ。
もしかしたら、勇二の言う通り悪魔を読んだ悪人だったのかもしれない。
それは否定できない。

「そうかもしれない。けどそうだとしても、あなたはしたことはいけない事だった」

だが勇二の判断は間違いだったと断じられる。

「いけない事?」
「そう、人を殺してはいけないの」

優しく、だが厳しく諭すように。
人殺しはいけない事だと、誰も告げなかったそんな当たり前のことを言った。

子供だからと言って有耶無耶にしない。
むしろ子供だからこそちゃんと言い聞かせなければならない。

その状況を作った人間が悪いのかもしれない。
彼を止められなかった大人が悪かったのかもしれない。
彼のせいではないのかもしれない。
けれどそれは許される事ではない。

それをしてはいけない事だと知っていたから。
だからこそ自分たちが殺してしまった命を誰よりも気にしていた。

「僕が殺したのは悪い人だ! だからいいんだよ!」

勇二が喚くように吠える。
子供が自分の正当性を主張する様に。
勇二は勇者だ。
勇者の行いは正義であるはずである。
正義であるのだから間違いであるはずがない。


888 : 復讐者のイデオロギー ◆H3bky6/SCY :2017/05/04(木) 04:08:00 zVlJQOrA0
そっと両手を添える様にして剣を握っていない勇二の手を取る。
そして意思を伝えるためにはっきりと目を見る。
何故か居たたまれなくなって勇二は思わず目をそらした。
逃すまいとその視線を追う。

「それでもダメなの、いけない事なんだよ!」
「なんでだよ! やっつけた方がいいような悪い奴だっているだろ!
 そんな奴に襲われたとしても殺しちゃだめだって言うのか!?」
「そうだね……」

実際九十九たちも殺した。
殺さなければ殺される状況だったとはいえ自分の命を守るためにそうした。

「自分や誰かを護るためなら仕方ないのかもしれない。
 けど仕方なかったとしても、仕方なかったなんて思いたくないの。
 殺さないで済むならそっちの方がいいに決まってるもの」

九十九が唱えるのは綺麗事の理想論だ。
だからこそ幼い勇二には刺さった。

正義だなんて心地いい大義名分があるからこそ勇二は罪の意識を感じてこなかった。
だが、九十九の言葉にはそのメッキをはがす厳しさがある。
勇二の胸に自分のしてきたことがゆっくりと重くのしかかってゆく。

「勇二くん、君はしてはいけない事をした。
 だから自分がしてしまったことを自覚して反省しなさい」

悪いことをしたのなら自覚して反省するしかない。
同じ間違いを繰り返されたら死んでいった者たちが本当に浮かばれない。

「でも! アイツは愛お姉ちゃんを殺したんだ、だから……!」

それは勇者ではない少年としての叫びだった。
愛するものを奪われた憎しみと悲しみ。
無性に泣き出したかったけれど、涙を流す機能(よわさ)など完成された勇者には存在せず。
そのことが余計に泣きたくるような衝動に駆られる。

そんな勇二を九十九が泣いた子供をあやすように抱きしめる。
勇二も抵抗しなかった。
ただ力を失った手から聖剣が落ちる。

「うん。そうだね。辛かったね」

九十九はそれ以上何も言わずポンポンと優しく背中を叩く。
聖剣を手放した手でしがみ付く様にして、悔しさを吐き出すようにして少女の胸で少年は哭いた。

すっかりユキも勇二も戦意を失っていた。
もう戦おうとはしないだろう。


889 : 復讐者のイデオロギー ◆H3bky6/SCY :2017/05/04(木) 04:08:45 zVlJQOrA0
「俺は納得してないんだが」

その空気を読まず、不満を漏らしたのは拳正だった。
拳正からすれば、復讐と言うよりも気に喰わないから殴りたいだけだ。
元より殺すつもりなど無いし、変わらず揺るがず、気に喰わないを殴り飛ばすいつも通りの行動原理だ。

「拳正」
「あんだよ」

どのような言い分が来るのかと身構える。
だが来たのはただ一言。

「我慢して」

はぁと大きく溜息をつき、バカらしくなったという風に肩の力を抜く。

「……俺の対応だけ雑すぎだろ」

ぼやく様にそう言ってカウレスへと視線を戻す。

「って事らしいが、あんたはどうする? もう闘争って空気じゃなさそうだが」
「そのようだね。こちらとしてはそちらが来ないというのなら戦う理由もないさ。
 こちらの勇者も戦意を失っている以上、その判断に従うまでだ」
「おいおいガキの方が主導権握ってんのかよおたくら」

拳正が呆れながら言った。
苦笑しながら、互いに構えを解く。
少女たちと少年を結ぶ因縁の糸は、これにて決着と相成った。

「ま、仲良しこよしとはいかねぇみたいだけどな」

ユキと勇二は沈んだように視線を合わせようともせず地面を見ている。
怨みは残ったのままでは、当然ながら共に行くことはできない。
互いに手を出さない。
これが最大限の譲歩だろう。
遺恨をこのしたままの玉虫色の決着となった。

カウレスも何か思う所があるのか、悩む様に硬い表情をしている。
そして拳正へと話しかけた。

「僕にも譲れないモノがある、魔族を殺したという勇者の判断を僕は否定しない」
「あんだよ。喧嘩の続きがしてえのか?」

魔族を討伐を否定することはカウレスの人生の否定だ。
そこだけは譲れない。

「だが、君の友人を侮辱したのだけは謝罪しよう」

そう言って頭を下げる。
そう来るとは思ってなかったのか、拳正は対応に困っているようだ。

「詫びと言ってはなんだが、その傷少し診せてもらってもいいだろうか」
「あん? いらねーよ」

情けはいらんと、申し出をつれなく拒否するが。
カウレスは顔を近づけ周りに聞こえぬよう小さな声で耳打ちする。

「無理はするな、まあ女の子の手前強がる気持ちもわかるけど、痛いだろう傷(それ)」

カウレスの指摘を否定せず、ばつが悪そうに舌打ちする。
顔に出していないだけで正直死ぬほど痛い。
応急手当が応急過ぎたのか治療跡もずきずきと痛んでいた。

「治療と言っても、今の僕にできるのは痛み止め程度のものだけど」

失った目を直すなどと言う奇跡のような魔法は勇者ではないカウレスには使えない。
出来るのは少々痛み止めくらいだ。

「それでも正直助かる。悪いけど頼むわ」

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890 : 復讐者のイデオロギー ◆H3bky6/SCY :2017/05/04(木) 04:10:10 zVlJQOrA0
拳正は少し離れた場所でカウレスの魔法治療を受けていた。
ユキと勇二を残しておくのは不安があるが、双方戦うような棋力はなさそうだし九十九が間に入っている分には大丈夫だろう。
カウレスは拳正の傷口に手をやりながら、遠くの九十九を見つめる。

「なかなか芯の通ったいい娘だな」
「そぅかぁあ? あいつの言ってる事なんざ大抵が爺様の受け売りだぜ?
 曲がった事はするな、胸を誇れる生き方をしろってな。ガキの頃から耳にタコだぜ」
「それを実践しているだけでも大したものさ。
 僕は余り両親の望む生き方を出来てはいないようだから、なおの事眩しく見える」

ただ穏やかにあればいいと、そう願われていたはずなのに。
カウレスの日常は休まることない魔族との戦闘の日々だった。
復讐という煉獄に踏み出したのは己自身である。
後先など考えなかった。
後先になってこんな事を考えている。

「ところで、君たちは兄妹なのか?」
「なんで思う? 似てねぇだろ」
「行動原理が似ている、表現の仕方は違えど君も先ほどの教えを実行しているように思える」
「あー。まあ腐れ縁の幼馴染って奴だよ。爺様のお小言は俺も聞いて育ったからなぁ」

他所のガキにも容赦なく拳骨をくれる昔気質のジジイである。
拳正も何度殴られたか知れない。

「元は母親同士が親友だったらしくてな。けど両方とも早くにくたばっちまってそのお蔭で……。
 ってあんたに話す様な事でもねぇか、何言ってんだかな」

残念ながら彼らは身の上話をするような間柄ではない。

「けど、なんだよあんた。あんなのが好みか? 趣味が悪いぜ」

ハハと笑って、少しだけ遠くを見る様に哀し気に表情を緩める。

「そう言う訳じゃないさ。ただ……少しだけ妹を思い出した。
 見た目が似ている訳じゃないんだけど、頑固そうなところがそっくりだ」
「……そうかい」

拳正は連れない相づちを打つだけで、それ以上追及はしなかった。
だから二人の会話はそこで終わりだ。
大きな所だけを治療したところで治療も中断された。

「すまないがこれで終わりだ。僕の魔力も限りがあるのでね。今後を考えると君に割り振れるのはここまでだ」
「十分だ。助かった」

具合を確かめる様に拳を軽く構え、目の前に向かって冲捶を打つ。
体のキレは悪くはない、幾分か調子はマシになった。

「それじゃあ僕らは行くとする。僕らはそうだな、ひとまず南に向かおうと思うが君たちはどうする?」
「また出会って同じこと繰り返してもしゃあないしなぁ、当てがある訳でもなし別の方向に行くさ」

勇二の下に向かうカウレス。
だが何かを思い出したように足を止めて振り返る。

「そう言えば、まだ名乗ってなかったね。僕はカウレス・ランファルトだ」
「新田拳正だ。ま、精々死なない様にな」
「そちらもね」

簡素な別れの言葉を残し男たちは別れた。


891 : 復讐者のイデオロギー ◆H3bky6/SCY :2017/05/04(木) 04:11:08 zVlJQOrA0
【D-5 草原/夜】
【新田拳正】
[状態]:ダメージ(中)、疲労(中)、右目喪失(治療済み)、額に裂傷(治療済み)、両手に銃傷(治療済み)、右足甲にヒビ(治療済み)、肩に火傷(治療済み)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜2(確認済み)
[思考]
基本方針:帰る
1:帰る方法の模索

【水芭ユキ】
[状態]:疲労(小)、頭部にダメージ(大)、右足負傷、精神的疲労(中)
[装備]:クロウのリボン、拳正の学ラン
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(確認済み)、
    ロバート・キャンベルのデイパック、ロバート・キャンベルのノート
[思考]
基本方針:この痛みを抱えて生きていく
1:お父さん(森茂)に会って真実を確かめたい
2:首輪の解除方法と脱出方法を探す

【一二三九十九】
[状態]:ダメージ(中)、左の二の腕に銃痕
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式×3、、ランダムアイテム1〜4(確認済み)
    サバイバルナイフ、サバイバルナイフ・裂(使用回数:残り2回)、風の剣、ソーイングセット、クリスの日記
[思考]
1:ユキの父親(森茂)を探す
1:帰る方法も探す

【カウレス・ランファルト】
[状態]:ダメージ(大)、魔力消費(大)
[装備]:サバイバルナイフ、蒼天槍
[道具]:なし
[思考]
基本方針:勇者を導く
1:オデットと合流したい
[備考]
※完全に勇者化の影響がなくなり人間になりました

【田外勇二】
[状態]:勇者、消耗・中(回復中)
[装備]:『聖剣』
[道具]:基本支給品一式
[思考]
基本方針:勇者として行動する
1:ワールドオーダーを倒す
[備考]
※勇者として完成しました


892 : 復讐者のイデオロギー ◆H3bky6/SCY :2017/05/04(木) 04:11:18 zVlJQOrA0
投下終了です


893 : ◆H3bky6/SCY :2017/06/09(金) 00:49:20 uDwIMdHc0
投下します


894 : とある殺し屋の死について ◆H3bky6/SCY :2017/06/09(金) 00:50:59 uDwIMdHc0
蒼く冴え冴えとした夜だった。
ピンとした空気は張りつめ、辺りに漂うのは何処か剣呑とした刺々しさである。
ここは戦場かはたまた廃墟か、荒廃した市街地には朽ち果てた黴臭い死の臭いが蔓延していた。
この死の世界で生きることを許されているのは、積み重なった屍の山を踏み越えた者のみである。
その世界に男が二人。
ここに立っているという事は彼らもまた、多くの死を食い物にしてきた怪物なのだろう。

『…………あのさぁ』

乾いた風の吹く中で、電話の通話口から呆れたような声が漏れ聞こえた。
携帯電話を手にしているのは長身の伊達男である。
泥中に咲く蓮のように整った顔立ちはいかに傷つこうとも紛れるものではない。
身なりは所々煤けたような汚れにまみれているが、何処か余裕のある態度からか紳士然とした印象を受ける。

『放送中にかけるの止めてくれないかな。嫌がらせかい?』
「ああ、本当にそっちに繋がるんですね」

電話をかけた男は何処か納得したように頷く。
放送にかぶせるようにコールした電話は、放送が終わった少し後に取られた。
タイミングからして望みどおりの成果は得られたようである。

『それで何の用だい、ピーター・セヴェール』
「おや、驚かれないのですね」

電話先の声は平然とピーター・セヴェールと名を呼んだ。
この携帯電話は森茂から譲渡されたものである。
名乗りもしなかったのにそれを特定できたという事は、アイテムのやり取りといった細かい動向を参加者の主催者側が把握しているという事である。
だが、周囲に監視カメラらしきものは見当たらないし、これまでそれらしいものを見た覚えもなかった。
首輪に盗聴器でも仕掛けられているのかと思ったが、それにしてはいろいろと知りすぎている。

「死者の発表などもそうですが、その辺どうやって把握してらっしゃるんです?」
『ご想像にお任せするよ』

適当にはぐらかされてしまった、答えるつもりはないらしい。
まあ問うてみたものの、別にピーターとしても聞いてみただけでそれほど知りたいという話題でもない。
動向を監視されているという事実がわかれば十分だ、方法が分かったところで何がどうなる訳でもなければ。
監視されていたところでピーターにとって不都合がある訳でもない。
今更多少のズルを咎める主催者でもないだろう。

『わざわざ電話を手に入れてまで聞きたかったのはそれかい?』
「いえいえ。せっかく得た『交渉権』ですので活用しようかと」

この携帯電話は直接主催者と会話できる貴重なチケットだ。
それを手に入れた以上活用しないのは嘘だろう。
下らない躊躇など犬にでも食わせたほうがマシだ。

『交渉権ね。本当にそんなものがあるとでも?』

主催者と参加者の関係は神と人の関係に近しい。
少なくともたまたま携帯電話を手に入れただけで、おいそれと話ができるほど気安い関係ではない。
それほど立場に差がある状態で、交渉などそれこそ成立するはずもないのだが。

「あるでしょう? そうでなければ携帯電話(こんなもの)があるはずがない」

この世界に主催者の下に繋がる直通の電話があり、わざわざ電波塔まで用意して連絡環境を整えたのだ。
電話をかけられることが前提にあることは間違いない。

『普通に考えればそれは中にいる僕との連絡用だろう、参加者(きみたち)のために用意された物じゃないと思うけど?』
「そうですね。内通者や工作員もいるでしょうし、直通の電話があるという事自体は不自然ではない。
 だが、あなたは電話が私に譲渡された事を理解していた。
 その前提がありながらこの電話に出たという事はつまり我々の話を聞く用意があるという事ではないのですか?
 参加者と会話するつもりがないというのなら、そもそも電話に出なければいい」

相手がピーターであると理解して電話を取ったのだ。
参加者と話をするつもりがあるという証明に他ならない。

『そうだとしても、ただの暇つぶしかもしれないぜ?
 憐れにもがく蟻たちをを天から眺める余裕というやつだ』
「でしたらその余裕で私の願いを聞き届けて頂きたいものですね。
 蟻一匹掬い上げるなんて、それこそ造作もないことでしょう?」

その回答に電話口からくつくつと楽しそうな笑い声が響く。
釣られるようにピーターも静かに喉を鳴らして笑った。
だが笑みを作る口元とは対照的にその眼は氷のように冷ややかだ。
恐らく電話越しの相手もそうなのだろう。
空々しいやり取りだった。


895 : とある殺し屋の死について ◆H3bky6/SCY :2017/06/09(金) 00:52:05 uDwIMdHc0
『まあ及第点にしておこうか。いいだろう。話を聞こうじゃないか。用件はなんだい?』
「用と言いますか、一つ聞きたいことがありまして」

許可を得た殺し屋は口を開く。
この殺し合いに巻き込まれて、今の今までずっと抱いていた疑問を口にする。

「私が死ぬ必要ってありますかね?」

何故殺し合いなのか、ではなく、何故自分が死ななくてはならないのか。
多くの人間を殺してきた殺し屋はあくまでも自分本位に、自らの死の必然性を問う。
それに対して彼らの死を望んだ主催者は答えた。

『そりゃまあ殺し合いだからねぇ。死ななきゃダメなんじゃないの?』

明言はせず疑問に疑問を返す。
答えを知らぬはずがないのだが、それははぐらかしていると言うより相手がどう答えるのか期待しているようでもある。

「いやね。少し考えたんですよ。貴方について」
『へぇ。それで? 何か分かったかい?』

答えに辿り着き、目的を理解した上での発言なのか。
電話先の声はそう期待して先を促した。

「いや全く。貴方が何をしたいかなんて私には全然分かりませんでした、これでは探偵にはなれませんね」

そう言ってため息を漏らし残念そうに肩を竦める。
もっとも、そんなものになる気もないが。

「ただ――――何をしたいかは分からなかったですが、何を求めているのかは少しだけ」

そう言って人差し指と親指で作った輪っかにほんの少し隙間を作る。
電話越しでワールドオーダーからそのジェスチャーは見えないが、へぇと感心したような息を漏らした。

「殺し合いを謳ってはいるものの、別に参加者を殺すための催しじゃないんじゃないか、とそう思ったんですよ」
『なぜそう思ったんだい?』

結論に思い至るには何らかの理由が必要だ。
まさか勘や思いつきという事もあるまい。
探偵のような推理力がないのならどうやってその発想にたどり着いたのか。
探偵ならぬ殺し屋は涼しい顔で根拠を述べる。

「だって死者を発表するときの声があんまり楽しそうじゃないじゃないですか」

快楽殺人者なんてものは組織に腐る程いるが、そう言う連中にとって死者の発表なんて唾涎物のイベントだ。
にも拘らず、ワールドオーダーは対して熱を上げる訳でもなく淡々と名前を読み上げるだけである。

「あなたの語気が強まるのはむしろ生き残った生者へ語りかける時だ。
 目的が参加者を殺すことにあるのならこれはおかしい」

仮に殺人自体が目的でなくとも、死の方に比重のある目的ならば熱の入り所が違う。
探偵のような理論ではなく、殺し屋の感情でそう推察した。

『そうかな? おかしくはないだろう。連絡事項だから感情を押さえているだけかもしれないぜ?』
「だとしても別に私に私怨がある訳じゃあないんでしょう?
 あなたの目的は多くの死が積み重なった先にあるのかもしれない、だけどそれは私でなくともいいはずだ。
 私一人死ななくたってあなたの目的は達成できるのではありませんか?」

僅かな沈黙。
自分だけが助かればいいという身勝手すぎる言い分を何の臆面もなく言い切った。
ピーターはワールドオーダーの目的がなんであるかなど微塵も理解していないのだろう。
ただ自分が生き残る目を敏感に察して突いているだけだ。
この嗅覚こそが彼をここまで生かしてきた強みである。

『面白いねぇ。君は自分が生き残ることし考えてない』
「ええ。当然でしょう。誰だってそうでしょう?
 ですが、生き残るのは一人だけ、というこのルールは非力な私にはなかなかに厳しい条件だ」
『その割にはなかなか生き残っているようだけど?』
「運がよかったのでしょう、どちらにせよ最後の詰めは暴力が必要になる」

最後の一人になるには最後に最低でも一人は殺す必要がある。
武力を持たないピーターとしては、そうなる前にクリアしておきたい。
優勝を目指す必要はない。
生存を確約できればそれでいい。


896 : とある殺し屋の死について ◆H3bky6/SCY :2017/06/09(金) 00:54:41 uDwIMdHc0
『それはそうかもね。では疑問にお答えしよう。
 確かに究極的に言えば個人の死には意味がない。仮に君が死んでもその死にはきっと意味はないのだろう。
 死ぬのも離脱するのも、脱落と言う意味では僕にとっては変わりがない』

殺し合いを主催し、多くの死を産み出しておきながら、死に意味はないと断ずる。
ピーター個人の生き死にはワールドオーダーの目的には影響がない。
最後の一人が選ばれるのならば、他の連中がどう脱落するかはどうでもいい事なのだ。
ピーターが「なら」と次ぐが遮るようにワールドオーダーが言葉をかぶせた。

『だがダメだ。君はダメだ。
 愚にもつかないような下らない戯言を垂れ流す愚物だったなら放逐してもよかったのだけど。
 君にはまだ芽がある。どうにかなる可能性を持っている』

無能であれば見込みなしと放逐してもよかったのだろうが、可能性がある以上逃せない。
ワールドオーダーの好みの有能さを示してしまった。
死に意味はなくとも、彼の生には意味がある。

「ふむ、当てが外れてしまいましたか。口が滑りすぎましたね」

元より期待はしていなかったのか、口ぶりに落胆はなかった。
生存の確立があるのならば全て試す、これはその一環に過ぎなかったのだろう。
これがダメなら次にかけるまでだ。

『まあ、そう悲観することはないさ。
 君には勝ち残るだけの資格があるのだろう』
「勝つ資格ですか……それって要は貴方にいいように使われる資格って事なんですかねぇ?」
『さて。どうだろうねぇ』

声は弾むように楽し気だ。
ピーターは冷ややかに目を細め、これは当たりかなと心中でごちる。
最初の館でのやり取りといい、意外と感情はストレートな男なのかもしれない。

「資格があると言うのなら、少しは私の勝ちの目に協力してくださいよ」
『具体的に何をしろと?』
「そうですね。なら市街地の状況を教えていただけますか? 私が立ち去ってから何があったのかを詳しく」

市街地に向かうのは現状把握が目的である。
絶対的強者であった邪神の死。
そして絶体絶命の状況から生き延びたバラッド。
生死が入れ替わってる。
何があったのか、ピーターには想像もつかない。

『君が立ち去った後、邪神はオデットとバラッドによって討たれた』
「オデット?」

確か道明から聞いた名である。
幾度か交戦した怪物女の名だ。
そういえばあの場にはリヴェイラとバラッド意外にもあの女がいたんだったか。
立ち去る直後の記憶ではカエルのように潰されていたはずだが。

「それで、なんなんですあのオデットって怪物は?」
『魔族の娘さ。もとはあそこまで外れた存在じゃなかったんだが、悪食が祟って少々箍が外れてね』

魔族。大真面目な声でファンタジーでもなければ聞かないような単語が飛び出してきた。
だがあの怪物っぷりを見れば納得できない話でもない。
それに邪神なる物が実在している時点で今さらだろう。

「悪食ですか」

言われてオデットに女学生の死体を横取りされ苦い経験を思い返す。
あの怪物はピーターと同じく人を喰らう食人趣味だった。
美しい女ばかり選り好みするピーターと違って何でも喰らう雑食のようだが。


897 : とある殺し屋の死について ◆H3bky6/SCY :2017/06/09(金) 00:55:49 uDwIMdHc0
「それで何か腹に当たったんですか?」
『百万の死を内包した少女に悪党の手先のチンピラといろいろだが、一番はヴァイザーとかいう毒物だろうね』
「なるほど、それは猛毒だ」

ピーターでも腹を壊してしまいそうだ。まず喰おうとも思わないが。
だがそれで色々合点がいった。
殺気を読むようなオデットの動き、バラッドが感じ入っていたモノ、全てはヴァイザーに集約する。
奴は喰らったヴァイザーに乗っ取られでもしたのか。
それこそファンタジーだが、あの男ならやりかねない。

「つまりはヴァイザーとバラッドさんの共闘という訳ですか。それはそれは」

組織ども幾度か見られた近接が優位な室内戦においては最強の組み合わせだ。
だが、それでも足りない。
ピーターは相手の強さを嗅ぎ取る嗅覚には自信がある。
これまでピーターが裏稼業で生き延びてきたのはその匂いを敏感に感じてきたからだ。
組織最強のカードを切ってもあの邪神には届かないだろう。
そんな疑問に電話先の声が答える。

『死んだ尾関裕司の使っていた力をバラッドが受け継いだのさ』
「力? ああ、ユージーの使ったあのよくわからない超能力(?)ですね」

原理もよくわからなかったが、間違いなく強力な力だった。
あの力を今はバラッドが使っているというのだろうか。
ずぶの素人であるユージーが怪物と渡り合えるほどの力を発揮したのだ。
戦闘巧者であるバラッドが使えば確かに強力だろう。

ユージーの力を受け継いだバラッドにヴァイザーの力を受け継いだオデット。
大ゴマが二枚。これなら邪神から金星を勝ち取る可能性くらいはあるだろう。

「つまり本当にバラッドさんは勝ったのですね、あの邪神に」
『そう言っただろう』

ピーターは真剣な面持ちで薄く目を細めた。
何を考えているのか、表情の読み取れない電話越しではワールドオーダーとて理解できまい。

「バラッドさんはどうされてるんです?」
『珍しいね。君が他人を気に掛けるだんて。それとも強力な力を得たバラッドにまた守ってもらうつもりかい?』
「まあそんなところです」

曖昧な肯定。
無論生存のためと言うのもあるが、喰い逃した獲物への食欲も含まれていた。
生きることも大事だが、また食う事も大事である。

「まさかその後もオデットと行動を共にしてるなんて言いませんよね?」
『直後に別れたさ。彼女はまだ市街地にいるよ、地図で言う所のI-9辺りだ。
 だが庇護を求めるのならお勧めはしないかな。
 バラッドは戦いに敗れ、死んではいないモノの精霊の力を失っている。
 何より途中にはオデットがいる。そちらに向かうなら出会う可能性は高い』

それは直接的な危機を知らせる有益な情報である。
だがなんとなくピーターの耳にはバラッドは諦めろと、試すような言葉にも聞こえた。

「それはそれは。気を付ける事にしましょう」

ピーターは表情を変えず、受け流すようにそう答えた。
肯定も否定もしなかった。


898 : とある殺し屋の死について ◆H3bky6/SCY :2017/06/09(金) 00:57:49 uDwIMdHc0
そこでピーターの方がちょんちょんとつつかれる。
振り返るとアサシンが手を差し出していた。
少し長電話が過ぎたようだ、いい加減電話を替われという事だろう。
一言電話先に断ってアサシンへと電話を手渡す。

「お電話代わりましたアサシンです」

携帯電話を引き継いだアサシンが淡々とした声でそう言った。

『ああ、君か。ちょうどよかった、僕も君と話をしたいと思っていたところだ』

思いがけない言葉だったがアサシンは動じる様子もなく「そうですか」とだけ答える。
そしてマイペースに自らの用件を切り出した。

「依頼の件について確認を」
『依頼? ああ……確かそうなってるんだったか』

ポツリと小さく呟く。
その呟きを聞き逃さなかったアサシンが首をかしげる。

「なんです?」
『こっちの話さ。それで? 達成が難しそうだから条件を緩和して欲しいとか言う話かい?』

放送により発表された死者を差し引けば生き残りは17名。アサシン自身を除けば16名だ。
さらにピーターや森というすでに切られた連中も含まれないとなると、12名を斬るというのは生き残り全員を斬るようなものである。
これはいかに最高峰の暗殺者とはいえ不可能に近いだろう。
だがそうではないと首を振る。

「いやいや。そうではなくて。具体的な報酬について確認していなかったなと思いまして。
 報酬に拘る方でもないんですが、ただ働きと言うのもなんですしね」

何せ事前準備無し、ターゲットは複数かつ超人揃い。
これまでにアサシンが受けた以来の中でも最上級の難易度の仕事だ。
これでそれ相応の報酬がなければ張合いもないというモノ。

『へぇ、だったらどうして受けようと思ったんだい?』
「どんな依頼も断らないが信条ですので」

その上で成功率100%だというのだから恐れ入る。
それはどんなガキの使いでもやるという意味ではなく、アサシンに依頼を出せること自体がステータスだ。
もっとも今回のように勝手に依頼だと思い込んで勝手に行動したという事案も少なくないが。

彼にとっての殺しとは挑戦や探究の類である。
報酬以上に彼は、己の能力を駆使することに拘っていた。
殺しには己の天才を出し尽くせる全てがある。

彼は生まれながらにして万能の天才だった。
世界中に掃いて捨てるほど存在する凡百の神童と違って彼は挫けることもく順調に全ての能力を人の極限に迫らせていった。

出来ないことなどなかったし、敵うものなどいなかった。
産まれたばかりの赤子は無限の可能性持っていると言うが、人は生きるたび何かを選択するたび可能性を失っていく。
だが彼の場合はその可能性を維持したまま育ったようなものである。

彼にはなんにでもなれた。
成功の約束された人生だった。
それがどうしてこうなった。

「それで確認しておきたいんですけど、達成したときに頂けるスペシャルな報酬とはなんでしょう?」
『一応こちらの想定したものはあるけれど、別の報酬を望むならそれでもいいよ、変更は可能だ。望みはあるかい?』

望みを聞かれるがアサシンだが、依頼と同じく報酬も依頼者の言い値で受けてきた。
報酬自体を指定したことはないが、アサシン相手に足元を見て報酬を出し惜しむような輩はいない。
不満が残る結果になった事はなかったが。

「ちなみに想定した報酬とはなんでしょう?」
『僕の首をくれてやろう、と思ったんだけど、いるかい?』
「いやまったく」

アサシンはシリアルキラーではない。
殺人はあくまで仕事である。
それでも普通ならば殺し合いに巻き込まれた怨みを持つものだが、生憎アサシンは普通ではない。

『だよねぇ。僕としてもこれだけ斬れるなら相応しい相手になると思ったけれど、どうにもそうはなりそうもないようだ。
 この辺はこちらの見込みが少々甘かった、反省点だね』
「はぁ…………?」

それは誰に向けるでもなく自省するような呟きだった。
ただ何やらアサシンに不満を持っているのも分かった。


899 : とある殺し屋の死について ◆H3bky6/SCY :2017/06/09(金) 00:59:17 uDwIMdHc0
『なら代わりの望みを言えばいい。なんだったら生存をくれてやってもいいよ。
 君が望むなら達成できた時点でこの殺し合いから生きて離脱させてあげよう』

ピーターならば飛びつきそうな条件だが、アサシンは首を捻りうーんと不満気な声を漏らす。

「いや自分で帰るので結構です」

あっさりと断りを入れる。
この報酬も最高峰の殺し屋にはあまり魅力的には感じられないようだ。

そもそもアサシンに死ぬ気などない。
幾らアサシンでも死ぬつもりなら呑気に仕事なんて受けていないだろう。
死が隣り合わせの仕事など彼の日常と何の違いがあるというのか。
難易度に差はあれどサラリーマンが毎日会社に出社するようにアサシンにとってはこれも何でもない仕事の一つだ。
それは「お前の目論見なんて無視して帰還する」と主催者に直接言っているようなものだが、気づいてないあたり天然の恐ろしさだろう。

『じゃあ何を望むんだい?』
「そうですねぇ……」

問われアサシンが考え込む。
元より物欲にかける男で、欲しい物などあまりなかったし、彼に手に入れられないモノもほとんどない。
生きるために金は必要だが、金ならすでにたんまりあるし、アサシンならばこれからいくらでも稼げる。
他に欲しい物と言えば…………。

『すぐに思いつかないようなら先にこっちの話を済ましてしまおうか』

考え込むアサシンの結論を待たず、ワールドオーダーが切り出した。
そういえば話がしたかったと言っていたのだったか。

「はい? なんでしょう」
『今君のやっている仕事だが中断してもらえるかな? 契約の変更と言うやつだ。』

突然の申し出だった。
アサシンは表情を変えぬまま目を細める。

「理由をお聞きしても?」

声にこもる不満を隠そうともしなかった。
任された仕事はやり遂げるが信条のアサシンにとって中途半端で投げだすのは納得いかないのだろう。

『君のまき散らしてるその病気は、困難を克服できるかどうかの選別でもあるのだけれど、どちらかと言うと状況を動かすための仕込みのようなものでね。
 状況がこちらの想定以上のハイペースで進んでしまったので、この段階ではあまり意味のある物ではなくなってしまったのさ。潜伏期間もあるしね。
 まあ依頼者都合の契約変更と言うやつだ君の失点ではないさ。実に見事な仕事だった、おそらく君以外には不可能だっただろう』

取ってつけられたような褒め言葉だが、一応本心からの評価だろう。
事実ここまでやれた存在はアサシンを置いて他にない。

「変更、という事は別の依頼があるのですか?」
『ああ、今度は単純だ。参加者を五人殺してほしい。方法は何でもアリだ、獲物も問わない、君にとってはこっちの方が簡単だろう?』

確かに、殺さないというのはアサシンにとっては枷でしかない。
その枷を解かれたほうが仕事がしやすいのは確かである。

「いいでしょう。新たに依頼を受け直しましょう」

アサシンは少しだけ考え、これを受ける事にした。
その前に「ただし」と条件を付けくわえる。

「改めて依頼を受け直すとして、この依頼の報酬とは別にこれまでの働き分の報酬を頂きましょうか」

違約金として当然の請求であると言える。
だが何が欲しいのか決まりもしなかった男が追加の報酬を持ち出すのは意外と言えば意外だった。

『まあそれは構わないけれど、望むものは決まったのかい?』
「ええ。決まりました」

これまでの会話の間も考えていたのか、迷いなくはっきりと言う。
何を望むのか、願いを受け届ける支配者は興味を引かれた。

「あなたの事を聞かせてください」
『…………そう来たか』

予想外の要求に支配者は電話越しの口元を歪めた。

『君はあまり僕に興味を持つ性質だとは思わなかったんだけどね』
「興味はありますよ。好奇心だけは人一倍ですから、見えません?
 とはいえ別に、知ったからと言ってどうこうするつもりもありませんが」

解決のためのヒントが欲しいという話ではなく、自分が何に巻き込まれたのかただ気になる。
彼にとってはそれだけの話だ。
野次馬根性とでも言うべきか。


900 : とある殺し屋の死について ◆H3bky6/SCY :2017/06/09(金) 01:00:30 uDwIMdHc0
『なら”僕”と『僕』どちらの話が聞きたいんだい?』
「はぁ、何がどう違うので?」

その疑問には答えず、ワールドオーダーはつらつらと己についての話を始めた。

『パティシエ見習いの21歳。容姿は中肉中背のどこにでもいるような平凡な男で、学業はやや苦手、英語が得意で数学が苦手。
 日本の岩手県という片田舎出身で農家を継いでほしい親とは喧嘩別れで半ば家出同然に3年前に上京。
 修行している店の店主とは比較的良好な関係を気づいているが、内心はあまり尊敬していない。
 恋人とは3か月前に別れ、復縁しようと画策中。こんな所かな』

一息で捲し立てる様に語られる。
それは世界を巻き込む男にしては余りにも不釣り合いな平凡すぎるパーソナリティだった。

「なんですそれ?」
『僕の話さ』

思わず問い返すがあっさりと返される。
そして皮肉めいた口ぶりで言う。

『なんだい、さして珍しい経歴でもなかったと思うが、理解できなかったな?』
「いや、要するに貴方が取り付いたその体の話でしょう?」

こちらも負けじとあっさりと返した。
とぼけた男だが、頭脳も天才のそれだ。
余りにもイキ過ぎて浮世離れしているだけである。
常人であれば持っているような常識や先入観もないため、こういった不可思議な事態に対する理解も早い。

『そう。理解が早くて助かる』
「それはどうも。けど何か誤魔化してます? そういうことを聞いてるんじゃないってわかりますよね?」
『さて、どうだろう。そろそろ話してもいい頃合いではあるんだがね。
 まあ、そっちはもう一つの仕事が終わった時にしようか。お楽しみは取っておこう。
 別に構わないだろう? どうせ君にとっては成功する仕事だ』

確実に仕事が成功するというのなら報酬は確実に手に入る。
早いか遅いかの差でしかない。
つまりは、ここで喰らいつけばそれは完遂する自信がない、という事になるという訳だ。
そんな挑発めいた言動にも感情を動かすことなくアサシンはそうですねと淡々と同意する。
何故ならそれはアサシンにとって当たり前の事実なのだから。

『じゃあ、そういう事でいこう。そろそろ切るよ、あまり暇でもないのでね』
「ええ、了解しました。依頼が達成できたらまた連絡しますね」

そう言って電話を切る。
携帯電話をピーターに返そうとして振り返った所で、アサシンは間の抜けた声を上げた。

「おや……?」

ピーターの姿は消え去っていた。
一人目の標的として電話を渡すと見せかけて、近づいた拍子に首でも折ろうかと思ったが、どうやら危機を察知して逃げ出したようだ。
あっさりと殺しにかかろうとするアサシンもアサシンだが、それを察していち早く立ち去るピーターもピーターである。
弱者たるピーターがここまで生きてこれたのはこういう立ち回りの巧さ故だろう。

「楽には行きませんか」

この場が一筋縄でいかないのは十分に理解している。
一般人ならまだしもこの場の5人殺し切るというのも簡単ではないだろう。
それでもやりきるまでだ。
最高峰の殺し屋として完全な仕事を成すために。

【H-7 市街地/夜】
【アサシン】
[状態]:疲労(小)、右腕負傷、右足裂傷、左足に火傷
[装備]:妖刀無銘、悪党商会一般戦闘服
[道具]:基本支給品一式、携帯電話、爆発札×2、S&WM29(0/6)
[思考]
基本行動方針:依頼を完遂する
1:5人殺す
※正式に依頼を受けました
※5人斬りを達成した為、刃の伸縮機能が強化されました。
※6時間の潜伏期間が4時間に短縮されました


901 : とある殺し屋の死について ◆H3bky6/SCY :2017/06/09(金) 01:01:13 uDwIMdHc0
バラッドは遠く沈んだ空を見ていた。
目に映るのは心の不安を煽るような先の見えない暗黒。
その闇を見る。
ここからは星ひとつ見えない。
彼女に相応しい、慣れ親しんだ暗闇の時間が来る。

『……大丈夫?』

小鈴のように響く心配そうな声が聞こえた。
その呼びかけにバラッドは「ああ」と応えるが心ここにあらずと言った風である。
彼女が呆けているのは今しがた流れた放送によるものだ。
訪れたいくつかの死は彼女に衝撃を与えた。

亦紅――ルカの死。
裏切り者の元仲間、いやバラッドも組織を裏切った以上裏切り仲間か。
死亡タイミングからしてあの女に敗れたのだろう。
僅かに交戦した限り強敵であることも理解しているし、バラッドもその相棒に敗れたのだ、意外と言う程の結末でもない。

だが、あの冷たい殺し屋を知る者としては受け入れがたい結果である。
天然の怪物ヴァイザーに匹敵する純粋培養の怪物。
至高の殺し屋から生まれ、妄執の殺し屋に育てられた『完成された殺し屋』。
恐ろしく強く、恐ろしく冷たい、およそ人間らしさのない殺すための機械。

だが、奴は変わった。再会したルカはまさしく別人だった。性別すら変わり果てていた。
それは堕落なのか、それとも我らにはたどり着けない境地にたどり着いた到達者なのか。
奴の歩んだ道程を知らないバラッドには分からない。
分かるのはルカは敗北したという事実だけである。

ヴィンセントの死。
保護対象とした少年を護れなかった無念に己の無力を思い知らされる。
誰かを護ろうとすること自体が烏滸がましいことだったのだろうか。
所詮この手は人を斬ることしかできない血に塗れた人斬りの手でしかないのかもしれない。
そんな後悔に拳を握りしめる。

ヴィンセントを殺した下手人として一番怪しいのは森茂とかいう男である。
見た目からして胡散臭いあんな男に託した判断は間違いだった。
止むに止まれぬ状況だったとはいえ、己の浅慮さに歯噛みする。

ヴィンセントを殺された借りは必ず返すと誓う。
それだけがバラッドのできる弔いである。
こうして殺す事でしか己が価値を見いだせない。

自らを拾い取り立ててくれた恩人に対してだってそうだった。
アヴァンの役に立とうと、ただひたすらに己の腕を磨き、青春や思春期のすべてを人殺しの技術を磨くことに費やした。
そういう形でしか恩を返せなかった。
そういう方法しか知らなかった。
それが相手の望むことなのかなども考えずに。
これがバラッドという女の真実だ。

だが、これらの死よりも衝撃的に、彼女を打ちのめしたのは別の名だ。
これは予測していなかっただけに完全に不意打ちだった。

――――サイパス・キルラが死んだ。

組織最強の鬼札すらあっさりと脱落したのだ。
ここが誰が死んでもおかしくない戦場であるなんてことは理解したはずなのに。
それでもサイパスが死ぬなどとバラッドは欠片も想像すらしていなかった。

好きだったわけでもないし、個人的に親しかったわけでもない。
巌のように頑ななあの男と親しい人間などバラッドの知る限りサミュエル翁くらいのものだ。
それでもあの男が死んだというのはバラットにとってヴァイザーが死んだという事実以上に信じがたい。

街一つ半壊させる怪物を目の当たりにしようとも、自身がそれに対抗しうる力を手にしようとも、あの男にだけは勝てる想像ができなかった。
それは単純な強さだけの問題ではなく、組織に属するものはまずあの男によって『教育』されるからだろう。
子が父に逆らえないようなものだ。
組織に属する人間はサイパスに畏怖の念を抱いており、誰も逆らうことはできない。
傍若無人なヴァイザーですらサイパスには伺いを立てていたほどである。
そしてそれはバラットも例外ではない。
面と向かって意見できるのは身の程知らずのイヴァンか古株の面々くらいのものだ。

組織の面子を追い返してそこでふと気づいた。
バラッドが組織を抜け、サイパスが死んだという事はつまり。
ここに連れてこられた組織の面々で生き残っているのはピーターだけになったという事だ。
バラッドに付き合い組織を抜けるなどと言ってい気もするが、本気にはしていない。

組織を抜けた今となってはどうでもいいと言えばどうでもいいことだが。
人生の半分以上を過ごした古巣が無残に散ったというのはどこか虚しい物がある。

組織の中でも軽んじられてきたピーターが最後まで生きこったというのは何の皮肉か。
戦闘力はヴァイザーやサイパスと比べるべくもないが、危機を察し流れを読む嗅覚は組織でも随一だった。
実際、奴は多くの危機から逃げ延びてきた。多くの死者を出した現場から一人だけ生き残ったこともある。
それを逃げ腰だと揶揄する者もいたが、サイパスだけが高く評価していたことを覚えていた。
当人は称賛も侮蔑も気にせず飄々と立ち回りっていたようだが。


902 : とある殺し屋の死について ◆H3bky6/SCY :2017/06/09(金) 01:02:12 uDwIMdHc0
邪神を前に逃げ出した時もそうだ。
あの邪神を前に逃げ出すのは正常な判断だろう、むしろ意地になって挑んだバラッドがバカであるくらいの自覚はある。
ピーターの判断を責める気はない。

今頃どうしているのか。
少しだけ気にかかった。

「…………バカらしい」

振り払うように首を振る。
何の未練だこれは。
下らないと思考を断ち切る。

「ユニ、もう一度戦えるようになるにはどれくらいかかりそう?」
『ゴメン。まだあと2時間くらいは必要』

申し訳なさ気にユニは言うが、ユニが謝るようなことではない。
敗北し純潔体が解かれたのはバラッドの落ち度だし、再生力に時間がかかるのも妄想力の低さゆえだ。
思春期に妄想に耽ることなど無く、刃と硝煙の臭いがする世界で現実と戦い続けてきた。
それはバラッドにとっての誇りではあるのだが、今はそれが足を引っ張っている。

あの力に頼り切るつもりはないが、怪物たちが跋扈するこの戦場で必要な力である事もまた確かだ。
純潔体の回復を待たねばまともに戦うことはできないだろう。

これまで自分が積み重ねた力、ここで得た新たな力。
そのどちらに頼り切ってもならないし。
そのどちらも欠けてはまともに戦えない。

復讐対象のイヴァンは死に、保護対象のヴィンセントも死んだことにより当面の目的は失われた。
探すべき仲間も知り合いもない。
新たな目標を考えなくてはならい。

先ほど敗れた相手を探し出してリベンジマッチを申し込むか。
ヴィンセントを殺したであろう森を探し出し落とし前をつけさせるか。
それともいい加減、あの怪物女との決着をつけるか。

そこまで考えて苦笑する。
どれもこれも血生臭い。
そんな選択しか思いつかない辺り、これでは何のために組織を抜けたのか分からなくなる。

そもそも考えてみればこの場の目標だけじゃなく、生きる目標も曖昧である。
部屋の隅の埃のように死が積み重なりいろんなものが見えなくなる。
この生き方しか知らない自分が、組織を抜けどう生きるというのか。

何が何でも生き延びたいかと問われれば疑問は残る。
これまで殺し屋として多くの人間を手にかけてきた。
そんな自分が穏やかで幸せな生活を送れるとも思えない。
ユニとの契約により子をなす未来もない。

それならば、この場で誰かを護って上等な死に方をした方がいくらかマシだ。
そんな自罰的な破滅願望がないとも言い切れない。
だから優勝を目指すでも脱出を目指すでもない曖昧なまま。
ヴィンセントを気にかけていたのもそういう理由だったのかもしれない。

そう思えば、別人のごとく変わり果てたルカは立派に新たな人生を歩んでいたのかもしれない。
あれほど殺し屋としての機能以外を持たなかった人間が殺し屋以外の生き方を見つけたのだ。
それは得難く尊いものだったのかもしれない。

そんな生き方が自分にもできるだろうか?
分からない。
そんなものを望んでいいのかすら。

分からなくとも、己にできることは剣を振るう事だけだ。
己の矜持に殉じる覚悟はあれど、バラッドだって死にたいわけではない。
無駄死にはごめんだ。
先があるかないかは精いっぱい生き延びた後に見えるものだろう。

「……とりあえず休むとするか」

純潔体の回復まで2時間。
素直に身を隠して息をひそめることにした。
それまでの間、何事もなければいいのだが。

【I-9 市街地/夜】
【バラッド】
[状態]:ダメージ(中)
[装備]:ユニ、朧切、苦無(テグス付き)
[道具]:基本支給品一式
[思考・行動]
基本方針:殺し合いに乗るつもりは無いが、襲ってくるのならば容赦はしない
0:純潔体の回復まで身を休める
1:オデットと決着をつける
2:森茂に落とし前をつけさせる
3:りんご飴に借りを返す
4:アサシンに警戒。出来れば早急に探し出したい。
※純潔体修復完了まで2時間
※3時間以内に参加者を一人殺害、9時間以内に参加者三人殺害しなければ死亡します


903 : とある殺し屋の死について ◆H3bky6/SCY :2017/06/09(金) 01:03:11 uDwIMdHc0
オデット。
それは人間に与した父を殺され、呪いをかけられて打ち捨てられた美しき魔族の名だ。
呪いに身を焦がし彷徨う中、勇者カウレスと運命の出会いを果たし共に長い旅をした。
怨みではなく人間と魔族の融和を求めた心優しき少女。

だが、今のオデットにかつての姿は見る影もない。
今の彼女は優しさとは無縁の暴虐と暴威を振るう怪物だった。
彼女の存在はもはや別の何かに成り果てた。

存在の証明とは何によって成されるものなのだろう。
肉体か精神かそれとも、魂か。
心優しき少女の存在は、どこに行ってしまったのか?

魂どこにが存在するのか証明できた人間はいない。
だが少なくとも丸ごと喰ったのだから、どこにかに魂も含まれていたのだろう。
その魂がこうしてオデットを苛み蝕んでいるのかもしれない。

だが、豚を食べて豚に意識を乗っ取られる人間はいないだろう。
例えば喰人鬼であるピーター・セヴェールは多くの人間を喰らってきたが喰った相手の意識なんて微塵もない。

では、彼女の中に取り付いたこれらはなんなのか。

全てを許す穏やかな海のような彼女の心は、荒れ狂う嵐によって千切れんばかりに張りつめていた。
その嵐の正体はノイズのように幾重にも積み重なった声。
声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。
聴覚ではなく意識に直接叩きつけるような不協和音を防ぐ手立てはない。

絹を割いたような女の絶叫が響く。
呻くような子供の断末魔が聞こえる。
低く唸るような怨嗟の声が染み渡った。
それは怨嗟であり歓喜であり渇望であり悲観の声である。
多くの人生が瀑布のように流れ込み、ドロドロの血と肉を煮詰めたスープのように意識が砕かれぐちゃぐちゃに溶けた。
こんな世界で正気を保っていられるだなんて、それこそ正気ではないだろう。

死に廻る。
死とは人生の総括だ。
百万の死があるという事は百万の人生があったという事。
百万の人生が一人の体と脳に刻まれる。

刻まれたエピソード記憶から多くの経験が思い返される。
彼女は魔族であり冒険者であり学生であり奴隷であり作家であり赤子であり貴族であり聖職者であり娼婦であり病人であり数学者であり少年兵であり詐欺師であり教師であり技術者であり剣闘士であり医者であり小市民であり政治家であり世捨人であり英雄であり野生児であり魔法少女であり社会人であり映画監督であり領主であり超能力者であり商人であり罪人であり巫女であり侍であり踊り子であり航海士であり大富豪であり悪党であり殺し屋だった。

自分で自分が分からなくなる。
自分が自分であると分からなくなる。
100万分の1になれば、どれが自分かわからなくなる。
己はただ一人の我であるという強い自我がなければ、誰にも負けない強い個を持たなければ、あっという間にこの奔流に押し流されてしまうだろう。

それを持っていたのがヴァイザーであり、茜ヶ久保である。
この二人は何事にも染められず己が黒ならば世界が白でもそれを貫く強さを持っていた。
だからこそ彼らは全てが薄まる奔流の中でも色濃く表立つ。
それが己の人生だと錯覚するほどに。

だが、その一つに揺らぎが生じていた。
揺らいだのは第一支配権を握るヴァイザーだ。

きっかけはワールドオーダーに為す術なく敗北したことである。
道明にはめられ死亡したときとも感じなかった敗北感が彼の精神を打ちのめした。

道明がヴァイザーに勝ったのは殆ど偶然のようなもの、一発限りの賭けに勝っただけである。
実力では負けていない、次があれば確実に勝つ。
森にも一杯喰わされたが、明確な決着には至らなかった。
あのまま続ければどうなっていたかはわからない。
どちらもまだそういう逃げ道(いいわけ)が残されていた。

だが今回ワールドオーダー相手に喫した敗北は違う。
恐らく10回やっても10回負ける。
言い訳のしようもない完膚なきまでの敗北だ。
それどころか、いいように顎で使われようとしている。
己にできたことは負け惜しみのような言葉を残して立ち去ることだけ。
このような屈辱を味わったのは生まれて初めて、いや死んでからも味わったことがない。

ヴァイザーの人生は最底辺の溝の中で勝ち続けた人生だった。
勝利こそがアイデンティティ。最強である事こそがヴァイザーと言う男の人間性だ。
それが否定された。


904 : とある殺し屋の死について ◆H3bky6/SCY :2017/06/09(金) 01:03:53 uDwIMdHc0
加えてサイパス・キルラの死亡。
ヴァイザーとしての記憶はなくとも感じ入る物があったのか。
その悲報が届いた瞬間、ダメ押しのように精神性が揺らいだ。

逆に活気づいたのは茜ヶ久保だった。
茜ヶ久保は負け慣れている。
良く言えば敗北を糧にして奮起する人格だ。
故に滾って燃えていた。
この屈辱を返すとリベンジに燃えていた。

頂点が下がり、次点が上がる。
上手くボトムとトップが釣り合って、溶けたアイスクリームみたいに意識が混ざり合う。
泥のように、絵の具のように、意識と意識がマーブル模様を描く。
それは美しいと言うよりも禍々しく吐き気を催すようなおどろおどろしい狂気だった。

『ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!』

弾けるような哄笑が高らかに響く。
それは怨嗟や渇望の声をかき消すような歓喜の声だ。
入り混じる。
人生が入り混じる。
人格が入り混じる。
人間性が入り混じる。

誰が誰なのか分からなくなる。
自分が誰なのか分からなくなる。
自分が自分でなくなるのはたまらなく悍ましく、たまらなく空虚で、たまらなく愉快だった。

自分は誰だ。
問いかける。
私はオデットだ。
本当に?
少なくともそういう名前のモノだった。
なら今は?

(こんな、違う…………こんなの、私じゃ)

それはか細く、逃避するような小さな声。
その細い糸はうねりを上げる死の奔流に掻き消されてゆく。
残ったのは何物にも負けず轟く誰かの笑い声だけだった。

【I-8 市街地跡/夜】
【オデット】
状態:首にダメージ。神格化。疲労(中)、ダメージ(大)、首輪解除
装備:なし
道具:リヴェイラの首輪
[思考・状況]
基本思考:気ままに嬲る壊す喰う殺す
1:東側の殲滅?
※ヴァイザーの名前を知りません。
※ヴァイザー、詩仁恵莉、茜ヶ久保一、スケアクロウ、尾関夏実、リヴェイラを捕食しました。
※現出している人格は????です。


905 : とある殺し屋の死について ◆H3bky6/SCY :2017/06/09(金) 01:05:04 uDwIMdHc0
アサシンとワールドオーダーの会話に不穏な気配を察していち早く立ち去っていたピーター・セヴェールは足早に夜の市街地を歩いていた。
端くれとはいえ殺し屋である。
足音を殺しながら、最低限気配を悟られぬよう隠密行動をとっていた。
さすがにアサシンのような規格外の化物には無意味だろうが、素人相手なら夜の闇に紛れてそうは見つかるまい。

主催者に取り入るプランは失敗に終わった。
そのプランは最初から考えていたものだったが、交渉手段を得たのは偶然に過ぎない。
携帯電話の交換材料もアサシンが用意したためピーターの払った代償はないも同然である。
別段落胆するほどの結果ではない。

だが次のプランを考えねばならないのも事実である。
ミル博士も死亡したようなので、首輪解除の当てはなくなってしまった。
どちらかと言うとこちらの方が痛い。

禁止エリアで行動が制限されるだけではなく、そう言う当ても減っていく。
状況が進むにつれ追い詰められていくのを感じる。
多分これはあの男のしつらえたそう言うシステムなのだろう。

あの男は誰かを殺したいわけでも殺し合いを完遂したいわけでもない。
何か条件に見合う人間を探している。
ピーターはあの短いやり取りでそう察した。

つまりこの殺し合いを終わらせる方法は二つ。
ピーターが条件を察してそれに見合う人間になるか。
誰かが条件を満たし取り立てられるかだ。

前者はあの男に利用される可能性が高いためできれば後者だが。
後者は後者で選ばれなかった人間がどうなるのか分かった物ではない。
なんとも痛し痒しである。

やはり横貫で帰る方法を見つけ出したほうが利口か。
生き残りの中にもそう言う方向を目指している面子もいるだろう。
そこに取り入るのが無難なのかもしれない。

そうなると顔見知りがいると便利なのだが。
生憎、組織の面々は壊滅、生き残った知り合いはバラッドくらいの物である。
まあ組織の人間がそんな平穏な方針のチームにいるとは思えないが。

組織と言えば、バラッドに組織を抜けるという話をしたことを思い返す。
あの時はバラッドに合わせた説き文句、リップサービスのような物だったが今は本気でそうしようかと考えている。

契機となったのはサイパス・キルラの死だ。
サイパスはピーターが食欲以外で興味持った初めて人間だったといえる。
異常者を束ねるモノが、誰よりも正常な人間であったという皮肉。
その事実がたまらなく愉快だった。
その矛盾と妄執の末路を見てみたいと思っていたが、どうやらそれはもう叶わないようだ。

「……残念ですね」

心の底から呟く。
ピーターが組織にいた理由は三つ。
そのうち二つはこの地で失われしまった。
去る理由が残る理由を上回ったのなら立ち去るのが道理だろう。

追手は差し向けられるだろうが、ヴァイザーもサイパスも欠けた組織など正直それほど怖くはない。
怖いと言えばボスは怖いが、積極的に追手を差し向けるような性格でもなかった。
あの男は組織の内側にしか興味がない。組織の外に逃げた相手など興味を持たないだろう。

「まあ後処理やいろいろ段取ってくれるのは、便利ではあったんですが」

その最後の理由もサイパスが消えた以上どうなるのか分からない。
イヴァンも同時に消えてくれたおかげで下手なことにはならないとは思うが、今のボスはピーターでも読み切れないところがある。
今後の組織はどうなるのか。


906 : とある殺し屋の死について ◆H3bky6/SCY :2017/06/09(金) 01:06:23 uDwIMdHc0
「ま、どうでもいい話ですが」

無感情な声でつぶやく。
本当にどうでもいいと言った色のない声だった。
サイパスと違いピーターは組織自体には何の思い入れもない。
組織に育てられたアザレアやイヴァン、バラッドなどとも違う。
確かに便利で面白くはあったが、それだけだ。一時の腰かけでしかない。

あの組織は元より5人の男の妄執で保たれた張りぼての船である。
サイパス・キルラという竜骨が折れた時点で破綻は免れない。
いや、それを言うのならアヴァンが死んだ時点で崩壊は始まっていた。

組織の行く先はとっくに暗礁に乗り上げている。
既に始まっていた崩壊に人を殺すしか取り柄のない連中は気付いてもいなかったようだが。
イヴァンは色々方策にひた走っていたようだが、それも実ることなく無意味に終わった。

そんなところに付き合う義理もない、この地でなくなった。
なら沈む前にさようなら。
ピーター・セヴェールは普通の喰人鬼に戻ります。

ひとまず離脱を目指すとして、この地に未練があるとするならば一つ。
バラッド。彼女を食せないのは未練だ。
一度諦めたご馳走を喰えるかもしれないとなるとむくむくと食欲が鎌首が擡げる。

とは言えワールドオーダーからの忠告に合った通り、オデットと出会ってしまうのは美味くない。
一対一で出会ったら間違いなく殺される。
あれが本当にヴァイザーの気質を受け継いでいるのなら見逃されることはないだろう。
禁止エリアで行動範囲が狭まった今では避けて通るのも難しそうだ。

かと言って引き返してアサシンに出会うのもまずい。
僅かとはいえ行動を共にしただけだが分かる。
対人に関してあれはオデットを超える怪物だ。
殺すつもりになったあの男に出会った時点で、否、出会ったことに気づくことなく殺されるだろう。
不意打ちを受けるような状況だけは絶対に避けなければならない。

進むも地獄戻るも地獄。前門の虎後門の狼である。
つまりはいつも通りの日常だ。
いつものように人を喰った笑顔で乗り切りながら、地獄を渡り歩くとしよう。

【I-7 市街地/夜】
【ピーター・セヴェール】
[状態]:頬に切り傷、全身に殴られた痕、マーダー病感染(発病まで1時間)
[装備]:MK16
[道具]:基本支給品一式、MK16の予備弾薬複数、焼け焦げたモーニングスター、SAAの予備弾薬30発、皮製造機の残骸とマニュアル本、『組織』構成員リスト、エンジンボート
[思考・行動]
基本方針:女性を食べたい(食欲的な意味で)。手段は未定だが、とにかく生き残る。
1:バラッドを探す?
2:脱出を目指す参加者を探して潜り込む


907 : とある殺し屋の死について ◆H3bky6/SCY :2017/06/09(金) 01:07:33 uDwIMdHc0
投下終了です


908 : ◆H3bky6/SCY :2017/07/13(木) 00:10:51 NCba6VQ60
投下します


909 : !緊急クエスト! ― 悪党をやっつけろ ― ◆H3bky6/SCY :2017/07/13(木) 00:12:00 NCba6VQ60
すっかり日の落ちた暗闇の大地。
蒼く茂る草原は夜露に濡れていた。
葉先から落ちる水滴に映しだされた丸い月が回転するように歪み消えてゆく。
そんな草木をかき分けながら、二人の男児が薄い月明かりを頼りに身を隠すように草原を進んでいた。

彼らの進む道筋の少し離れた先には整えられた街道がある。、
本気で身を隠すのならばもっと深い外れ道を歩むべきなのだろうが、生憎と彼らの目的は人探しだった。
そのためある程度身が隠せて、ある程度通りを見渡せる所を進む必要があった。
この状況でバカ正直に往来を歩くような輩がそうそういるとも思えないが、生憎探しているうちの一人はそういう輩である。
安全性との釣り合いを考えればこの辺の距離感がベストなのだろう。

一方が導く様に前を行き、もう一人は横並びではなくその後ろを縦並びに進む。
それ自体はさほど珍しい物ではないだろう。
二人の立場や力関係が対等でなく明確に上下があるのならば、行動の主導権を握るリーダーが危険を買って出て先頭を行くというのは至極当然の話である。
何より生い茂る草花は足を取られるほどではないが、そこを進むにはやや面倒な高さである。
こういった道なき道を進む場合、先頭が道を馴らして後続の道筋を作ると言うは常道だろう。
ただ、その二人組の異様な点は、先頭を行くのが小さな少年であるという点だった。

だがそれも当然の話だ。
何故なら先頭を行くのは勇者なのだから。

勇者のすることなど古今東西どこにいようと変わらない。
勇者とは正義を成す者。
勇者とは正義の体現者。
勇者は世界を救う。
手始めに、巨悪ワールドオーダーを討ちこの世界を救うのだ。

「それで、これからどこに向かうんだい?」

後方から勇者でない青年が問う。
先頭を行く勇者である少年がやや湿り気のある大地を踏みしめ、足を止めて振り返る。

「どこって?」

目的はあっても目的地などない。
探し人の情報など何一つないのだから、どこと言われても答えようがない。

「当てはないにしても、目的地は決めておいた方がいい」

旅慣れたカウレスはそう助言する。
明確な当てがないにしても目的地は設定しておいた方が行動しやすい。
そう言われては考えない訳にもいかない、勇二は考える。

「えっと、そうだなぁ……行くとしたら市街地かな…………?」

目的はオデットの捜索とワールドオーダーの討伐だ。
人が居そうなところを探すのは定石だろう。
本当であれば近場の北の市街地を探索したいところだが、引き返して少女たちとまた搗ち合うのは面倒である。

「南の市街地か。なら道筋は禁止エリアでふさがれているから中央の山に迂回する必要があるな……。
 それに禁止エリアの関係上、市街地ももう人の集まる場所とも言い難い。参加者も随分と減ってきたしね。
 まあオデットは身を潜めている可能性があるし、ワールドオーダーの行動は読めないところがある。人気の多い場所にいるとも限らない訳だが。
 むしろ陸の孤島となる前に離脱しようとする連中を狙って探した方がいいかもしれないな」

勇二の提案した方針をカウレスがまとめ、具体的な道筋を検討しだす。
そこまでするのなら最初から目的地も自分で決めればいいのに、と内心で勇二が思う。
実際何度か直接そう問うてみたが、返答は勇者は先頭を行く物であるの一点張りで、頑なに先頭を勇二に譲るのみだった。
あくまで未熟な勇者を支えるスタンスを貫くようだ。
勇二からすればよくわからない話である。

元より勇二にとってカウレスはよくわからない男だった。
よくわからないどころか、いきなり導くとか言い出したおかしな男だ。
道中も事あるごとに勇者とは、と心構えを聞いてもいないのに説いてくる。
そんなこと誰も頼んでいない、お節介、大きなお世話だ。

二人を繋ぐ接点は愛という一匹の鴉天狗だけである。
愛は勇二にとって大切な人だった。
だとしても、カウレスは勇二にとって知り合いの知り合いでしかない。
何より、聞けば愛とは知り合いと呼ぶにも足りない一時の間柄だったらしい。
この時点でカウレスに連れ添う理由が勇二にはなくなったも同然である。

だがそれでも、勇二がこのよくわからない男の同行を許しているのは至極単純な理由だった。
ただ一緒にいてくれる。
一人でいるよりもずっといい。
勇二の精神力は勇者として完成したが、精神性は幼児のまま。
一人ぼっちはさびしいと思う。

だがカウレスはどうなのだろう?
ふと、そんな疑問がわいた。
そのような幼児性があるとも思えない。
勇二を導くというが、何故そんなものに拘るのだろうか。
彼にとって勇者とは何なのだろう。
何処か愁いを帯びた固い決意は、どこから湧いてくるものなのか。


910 : !緊急クエスト! ― 悪党をやっつけろ ― ◆H3bky6/SCY :2017/07/13(木) 00:12:44 NCba6VQ60
「……ねぇ、カウレスさんはどうして僕に良くしてくれるの?」
「え、なんだって?」

口をついた疑問にカウレスが顔を上げる。
どうやらこの先について考え事をしていたため聞き逃したようだ。
勇二は同じ問いを繰り返した。

「カウレスさんはどうして僕に良くしてくれるの?」

カウレスは少しだけきょとんとした顔で勇二を見た後、茶化すでもなく真剣な面持ちで答える。

「言ったはずだよ。僕は君を正しき勇者に導くと。僕はそのためにここにいる」

それは知っている。
出会った時に聞いた話だ。
勇二が知りたいのはその動機である。
勇二を真の勇者に仕立ててそれからどうするのか。

「カウレスさんは、僕にカウレスさんの世界を救ってほしいの?」

子供らしい素直さで問う。
カウレスの世界の事は聞いている。
そう考えれば、その願いを想像するのは自然といえた。
カウレスは少し困ったように笑って、屈みこむ様にして視線を合わせる。

「それは、少し違う」

彼の魔王は倒れた。
いずれ次の魔王も現れるだろうが、少なくとも今代の勇者の役割はお終いだ。
魔王と共に勇者の役割もまたあの世界から消え去ったのだ。

「僕はダメな勇者だった。自分の復讐を果たす事しか考えず、世界も僕の復讐の結果、救われる副産物としか考えていなかったんだ。
 手に残った大切なものも見失う、そんなダメな奴だったんだ」

ぽつぽつと自身について語り始める。
己の後悔。残った未練のような想いを。

「だけど君は才能がある、勇者としての才能が」

才能。
勇二は同じ言葉を父から聞かされたことがある。
お前は全ての悪い魔物を払える退魔師になれる、とそう言われた。
その時はよくわからなかった、多くの親がそうであるように子を褒め称える無根拠な言葉だとすら思った。
だが、こうして戦う力を得て、それが真実だったと分かる。

「それは戦う才能ってこと?」
「そうだね。それもある。けれどそれだけじゃない」

戦う力と戦う意思。
聖剣が勇者を選ぶ基準はそうだろう。
だがカウレスが見出した勇者の資質は違う。

「君は家族を、仲間を、友人を、誰かを大切に思える優しい少年だ。その心があれば君はなれる。
 その心を忘れず立ち向かう勇気を持ち続ければ。”僕はなれなかった”けれど、君ならばきっと――――真の勇者になれる」

僕はただそれが見たいんだ、と。
どこか遠く届かない星を見る様な目で、願いを託すように。あるいは憧れを託すように語る。
つまるところ、真の勇者を作ること其の物こそが、できそこないの元勇者の目的だった。

そのためなら己の生還など二の次にしていいとすら思っている。
これは自己犠牲などではなく、廻り廻った役割の話でしかないのだ。
カウレスの世界では勇者であるカウレスを助けるため犠牲になった多くの人たちがいた。
勇者である恩恵を享受してきたカウレスがそれを否定できるはずもない。

「カウレスさん…………」

勇二が何か言おうとして、唐突にそこで言葉を切った。
僅かに遅れてカウレスも目を見開く。
互いを見つめていた視線が遠く先の暗闇へと移った。

――――何か来る。
この場において野生の獣と言う事もあるまい。
幸いなことに、どうやらカウレスたちのもとに向かうものではなさそうだ。
このまま何もしなければ恐らくすれ違いになるだろう。

だが逡巡するまでもなく体が動いていた。
動き出すのは小回りが利く勇二の方が早い。

身を捻って反転しながら地面を蹴り放たれた矢の様に跳ぶ。
一歩、二歩。それだけで十数メートルの距離を詰めると、飛びつきながら回転して大鉈を振るうように聖剣を振り下ろす。
その切っ先が飛び出してきた黒い影にぶち当たる。

弾けるような音が響き、夜に白い火花が弾けた。

小兵が放ったとは思えぬ凄まじい剣圧に影が後方へと跳ね飛ばされた。
影は滑るようにして地面を削ると、勢いを殺しながら着地する。


911 : !緊急クエスト! ― 悪党をやっつけろ ― ◆H3bky6/SCY :2017/07/13(木) 00:13:04 NCba6VQ60
「おいおい、いきなりだね」

動きを止めた暗闇から声が響いた。
カウレスは闇を睨みつけるように目を凝らす。
そこには夜に溶けるような黒衣を纏った男がぬらりと立っていた。

「――――何者だ」

鋭い声で暗闇へと問いかける。
吹く風に雲に隠れていた月が顔を出し、月明かりに照らされた影の全貌が露わとなった。

体格のいい男だった。
光陰のくっきりした引き締まった体からは若々しい印象を受けるが、よくよく見れば深い皺が刻まれた初老の男であることがわかる。
夜にも拘らず黒眼鏡で両目は隠されており、その表情は読み取りづらい。
左腕には先の開いた円形状の筒がはめ込まれおり、聖剣を防いだのはこれだろう。
右腕はどういう訳か指先まで黒く、時折作り物のように銀の輝きが奔っていた。
だが気配からは魔的な要素は感じられない、紛れもなく人間である。

それを理解しながら二人の勇者は警戒を解かなかった。
全身が警告を発している。
攻撃したのは勇二だが、恐らく聖剣を手にしていたならばカウレスも同じことをしていただろう。
対峙するだけで肌が泡立つような怖気。それほど禍々しい何かがあった。

「ご挨拶だね。これでも急いでいるんだが」

黒衣の男――――森茂は困ったように頭を掻く。
前方に人影があることは森も気づいていた。
引き返して大きく迂回するという選択肢もあったが、禁止エリアの兼ね合いもあり。
なにより探し人であるユキである可能性も頭をよぎり半端な距離感になってしまった。

仮にユキでなくとも悪威で強化された身体能力なら夜闇に紛れて突っ切れると判断したのだが。
急き過ぎたのか、それとも単純に相手が上手だったのか推し止められてしまった。
まさかこちらに匹敵するような速度で回り込まれるとは予想外だ。

「何者だ?」

強く念を押すように青年が同じ問いを繰り返す。
言葉と共に槍先を突き付け、誤魔化しを許さない強さを籠める。

森はやれやれと呆れたように首を振った。
いきなり割り込んできたから問答無用な輩かと思ったがそうではないらしい。
その点は幸運だったと言える。
むしろ森を警戒しているようだ。

だがわからない。
初対面である彼らが、わざわざ回り込んでまで森を止めた理由が。
何処かで森の悪評でも聞いたのか。ボンバーガール一行辺りだろうか?

「仕掛けてきたのはそちらだろう? まあ状況だから警戒するのもわかるけどさ。
 そう警戒しないでよ俺は殺し合いになんか乗っていないよ、それとも乗っているのはそっちかな?」

殺し合いの場で夜闇に乗じて向かってくる影に気付けば警戒すると言うのはわかないでもない。
だが直接攻撃を仕掛けた側が敵意むき出しで警戒心を露わにしているのは何ともおかしな話だった。

森は進路に立ち塞がるサングラス越しに二人の顔を確認する。
子供の方には見覚えがあった。
霊家の大家、田外の小倅だ。
公にはされていないが何でも神にも至る才覚を持っているという話である。

先ほどの子供とは思えぬあの一撃を思い返す。
この地でその才覚を覚醒でもさせたのか。
それにしても聞いていた才能(もの)とは違うのだが。

その手には夜にも燦然と輝く黄金の剣が握られていた。
剣術の才能があるだなんて聞いたことがない。
その輝きは太陽と言うより、先ほど出会った恵理子の輝きに近い。
どういう訳か強く目を引く。見ているだけで忌諱のような感情が浮かぶ眼の痛さがある。

もう一人は森も知らない男である。
全ての正義と悪を知る悪党である森が知らないのだ、正義でも悪でもない一般人か森の知らないこの世界ではない別の世界の猛者のどちらかだろう。
恐らくは後者。立ち居振る舞いに隙がない。
手には蒼。夜空にぽうと煌めく蒼天のような槍を深く構えていた。
何よりここまで生き残ってる以上、只者ではないのは確かである。

二人の敵対心を露わにしており、どうにも見逃してくれそうもない。
手早く始末するか、適当に話を合わせてあしらうか、次に取るべき選択を考える。
時間はできるならかけたくはない。
仕方なしに、急いでいるんだがね、と愚痴るように呟き、森は口を開く。

「俺は森茂という、しがない商人さ」
「商人…………?」

名乗られた身分を聞いて、カウレスは思わずそう問い返していた。
どう見てもそんな風体ではない。何かの冗談としか思えない。
人を見かけで判断してはいけないとは言うが、やはり人の第一印象は見た目だ。
森は外見からして見るからに怪しく、暗黒に生きる者特有の気配が漂っている。
先ほどの身のこなしから、暗殺者と言われた方がまだ納得できるだろう。

だが、残念ながらそれは事実である。
商人と言っても死の商人だが。


912 : !緊急クエスト! ― 悪党をやっつけろ ― ◆H3bky6/SCY :2017/07/13(木) 00:13:42 NCba6VQ60
「それで? こっちにだけ名乗らせて、そっちは名乗らないつもりかい?」

若干の皮肉をこめてそう促す。
そう言われてしまえば強引に名乗らせた以上、名乗り返さない訳にもいかない。
曲り形にも勇者である、この申し出を突っぱねられるほど悪には徹しきれない。

「…………カウレス・ランファルトだ」
「僕は、田外勇二です」

森は、よろしくねと適当な挨拶を交わしながら聞いた名を頭から検索する。
やはりカウレスなどと言う名は聞いたこともない。
名簿にあった知らない名の一つである、ということしか思い至らなかった。
強いて言うなら同じファミリーネームの参加者がいたという事くらいだろうか。

「それで、この先に用があるんだけど、通してもらえないかな?」
「どういう要件だ?」
「人を探していてね。この先にいると聞いたので急いでいたところさ。
 水芭ユキという少女なんだが、君たちはむこうから来たようだけど、白髪の氷のような娘を見なかったかい?」

そう問われ、二人の脳裏に一人の少女の姿が思い返される。
確かにいた。
確かにいたが、この怪しげな男にそれを伝えるかどうかは話が別だ。
相手の目的が分からない以上、伝えるべきではないだろう。

「さて、どうだろう。覚えがないな」
「そうかい? そっちの勇二くんは知ってそうだけれど……?」

そう言って森は勇二に視線を向ける。
カウレスは顔には出さなかったが、勇二に腹芸は無理だ。
心当たりがあるような反応を示してしまい、その反応から森は確信を得た。
こうなってはカウレスも認めざるを得ない。

「……確かにいたかもしれないが、何故あなたがそんなことを知っている?」

遠方に誰がいるなどと言う情報をおいそれと知れる環境ではない。
彼女がいる逆後方から来たこの男が何故それを知っているのか。

「人づてに聞いたのさ」
「人づて? 誰から?」
「近藤・ジョーイ・恵理子という女性からさ、ついさっきそこで出会ってね。話を聞いてすぐ別れたけれど」

森は迷う素振りすらなく即答するが、もちろん嘘だ。
流石にワールドオーダーからとは言えないので、さっき出会った恵理子に適当に擦り付けておく事にした。

「…………ジョーイ」

カウレスが呟く。
ジョーイという響きに育ての親である光の賢者の名が脳裏をよぎるが、この場では関係はないだろうと思考を切る。
その実、同一存在ではあるのだがカウレスも、森ですら知る由もない。

「その探している彼女とはどういう関係だ」
「俺は両親を失ったあの娘の後見人、いわゆる保護者ってやつでね。
 俺にとっても可愛がってる娘のようなものなのさ、そんな相手を心配しちゃ悪いかい?」

カウレスと光の賢者との関係のようなものだろうか
そうならば、心配すると言うのは筋は通っている
身内を心配するのは当然の話だ。
それが本当ならばの話だが。

「なんだいなんだい。質問攻めだねぇ。そんなに俺の事が信用できないかい?
 まあ少し話した程度で完全に相手を信用する事なんてできないだろうけどさ、いつまでもこうしてやってるわけにもいかないだろう?
 少なくとも、君たちと戦うつもりはないよ。本当さ、俺はこの先に行ってカワイイ娘に会いたいだけだからね。
 だから通してくれるだけでいいんだけどなぁ」

口調には余裕が含まれているが、焦れているのがわかる。
森からすれば言いがかりのような絡まれ方をしているのだそのイラつきも当然だろう。
もっとも、彼は悪人であり、真実咎められるような男なのだが。

「仮に俺が悪人だったとしても、俺がユキに会いに行くだけの話だ、君たちには関係のない話だろう?」

確かにその通りである。
手打ちにしたとはいえ、彼らにとってユキは敵対していた相手である。守る義理などない。
ここで彼を通してその先で何があろうとも、彼らの与り知る所ではない。

「関係なくとも、おじさんが悪い人なら、通すわけにはいかないよ」

聖剣を手にした勇者が言った。
無辜の民を見捨てて何が勇者か。
勇者として目の前の相手を放置しておけない。
お節介は勇者の本質である。

目の前の男はどうあっても相容れない。
ここまで森を警戒するのは彼らが勇者と言う正義の体現者だからだろう。
男から漂う悪の臭いを機敏に感じ取り、嫌悪していた。
ただそれだけの理由である。

「これ以上立ち塞がるっていうんなら、こっちとしても強引な手段に出るしかなくなっちゃうよ?」

脅しのような剣呑な言葉を吐く声色が代わる。
飄々とした好々爺を演じるのを止め、重圧をむき出しにした悪党の声に。
だが目の前の二人の揺るぎのない瞳を見て、相手が引くつもりはない事を悟る。


913 : !緊急クエスト! ― 悪党をやっつけろ ― ◆H3bky6/SCY :2017/07/13(木) 00:14:06 NCba6VQ60
「……やれやれ。ついてないねぇ」

こんなところで足止めを食うとは運がない。
大袈裟に深いため息を漏らすと、すっと身を引き半身に構えた。

力ずくで排除する気になったのだろう。
男の纏う空気の変化に勇二とカウレスが身構える。
弱きを助け悪しきを挫く勇者としては引くわけにはいかない。

相手の出方をうかがうカウレスだったが、相手は構えも取らず悠然と立ちすくんでいた。
その様子にどこか違和感を感じた。
何かがおかしい。
何か、変わった?

風が吹いた。
花弁が揺れ、月光が冴える。
風に揺らめく袖口が目に入り、その違和感がなんであるか気付いた。

あるはずのものがそこにない。
男の右腕が消えていたのだ。

「本当に――――君たちはついてない」

瞬間、勇二の全身から血が吹き出した。
口や鼻や耳、目や毛穴に至る穴と言う穴から赤い糸のような細い線が伸る。
まるで内側から圧力をかけられ破裂する果物のようだ。

カウレスは目の前で何が起きたのか理解できなかった。
魔法による攻撃かと思ったが明らかに違う。
カウレスの知る知識の中では遥か東方の国に伝わるという呪術が一番近いがそれも違う。

カウレスが理解できないのも当然だろう。
この現象を巻き起こしたのはカウレスの世界にはない技術である。
魔法でも呪術でもない、これは科学によるものだ。

森は右腕の悪刀を解放させ細分化したナノサイズの刃を周囲に散布させたのである。
一帯は分子の刃により全身を刻むミキサーと化した。
回避も防御も不可能な不可視の刃から逃れる術などない。

「ッッ……ぐぶぅうルぅうぅ……!! ギぃがあああぁあぁ…………ッ!!!」

ガラスでも飲み込んだみたいな罅割れた声が響いた。
その悲鳴のような絶叫は刃渦の中心にいる勇二から発せられた物である。
唇はズタズタに裂かれ、声帯は穴だらけ。

だが、森はその声に眉をひそめる。
叫びの意味が分かったわけではない、単純に叫びを上げたこと自体がありえないのだ。
悪刀の嵐に飲み込まれた相手は怪人であろうとも悲鳴を上げる暇すらなく10秒と掛からず即死する。
それが叫びを上げるなど、通常であればありえない。
ならば相手は通常ではないのだろう。

勇者の機能、自動再生(オートリペア)。
大きな傷を回復するには時間はかかるが、細かい傷ならばそれこそ一瞬で回復が可能だ。
悪刀の攻撃は分子レベルの細かい傷の集合体である。
ならば一つ一つの傷の修復は自動再生の範囲内だ。
細かく刻まれた傷は瞬時に回復し、勇者を絶命には至らせない。

だが、それは死なないと言うだけで全身を切り刻まれる痛みから逃れられるわけではない。
むしろその痛みは修復することによって永遠に繰り返されるのだ。

体を外と内、双方から貫かれ切り刻まれる。
皮膚が引きはがされる。
筋肉が裂かれ断裂する
骨が削られ砕かれる。
臓腑を掻き混ぜられる。
その苦痛は地獄と呼ぶにふさわしい。
拷問めいた永遠の責め苦が続く。

完成された勇者の精神は発狂すら許さない。
かと言って、全身を裂く痛みにまともな思考は途切れ。
逃れることもままならず生きながら殺され続けるしかない。

「っ!?」

余りの光景に呆けていたカウレスだったが、そんな場合ではないと気付き、蒼穹の槍を構え動く。
その地獄を断ち切るべく、森に向かって突撃を仕掛けた。
攻撃の原理が分からない以上、勇二を助けに向かうのではなく術者を差し止めるしかない。

カウレスの動きに気付いた森は、勇二の特異性に気を取られていた頭を切り替える。
槍兵の踏み込みは風の如く。
槍の加護により加速しながら己を一陣の槍としていた。

悪刀を引き戻したところで動きの鋭さから間に合うまい。
素早く相手へ向き直ると、放たれた刺突を左腕にはめた悪砲で弾き返す。
カウンという分厚い金属が衝突する音と共に、強かに槍の穂先が跳ね上がった。

カウレスは手首を返して、弾かれた勢いを受け流し体勢を立て直す。
だが、次の一手は森の方が早い。
カウレスが体勢を立て直すまでの僅かな隙に悪刀の一部を自らの下へと引きよせる。


914 : !緊急クエスト! ― 悪党をやっつけろ ― ◆H3bky6/SCY :2017/07/13(木) 00:14:37 NCba6VQ60
瞬間、何かが爆ぜるような音が響いた。

そこで森は自らの失態を悟った。
戒めを解かれた勇者が動いたのだ。

悪刀は勇者を仕留めきるに至らなかったが、勇者を封じ込める足止めにはなっていたのである。
悪刀の密度が薄くなったことにより、損傷よりも回復量が上回った。

「もう許さないぞ! お前エェ!」

解き放たれた勇二の勢いはさながらミサイルである。
激昂しているのか、動きは一直線だが、その速さは蒼天槍の恩恵を受けたカウレスを遥かに上回る。
もしかしたら悪威を装備した森よりも早いかもしれない。

その動きに合わせる様に側面に回り込んだカウレスの呼吸を合わせ同時攻撃を仕掛ける。
二方からの攻撃に片腕の森では対応できない。
この状況に陥ったのは対応が半端になった森の落ち度だ。
せめて予想外の勇二の動きに惑わされず引き寄せた悪刀でカウレスだけでも仕留めるべきだった。

だが、今更悔いても仕方ない。
森は覚悟を決めると、悪砲を嵌めた腕を大きく振るい、真正面から振り下ろされた聖剣に対応する。
衝突。
聖剣が弾かれ、振り切った森の脇が開いた。
そこに間髪入れず蒼い刺突が打ちこまれる。

「な、に………………?」

驚愕は誰の声だったか。
刺突は確かに森の脇腹に突き刺さったはずである。
だが、カウレスの手に返った感触は、今まで味わったことのないような手応えである。

その黒衣には特殊な加護でもあるのか、鉄をも穿つ一撃がどういう訳か薄い布切れのような黒衣を貫けないでいた。
固く分厚い鎧に弾かれるのとは違う、押し込む力が柔らかく押し返され無になるようだ。
手応えがないのではなく、まるで刺突すらなかったことになっているような気すらしてくる。

森の纏う漆黒の『悪威』。
対規格外生物殲滅用兵装、唯一にして最強の防具。
この悪威はあらゆる悪意を遮断する最強の鎧である。
受けた衝撃に対して自動的に耐性を作り上げ無効化する『万能耐性』を前にあらゆる攻撃は通用しない。

奇妙な手応えに一瞬動きを止めたカウレスに向かって、森は引き戻していた悪刀を差し向けた。
悪刀の攻撃は未だカウレスにとっては正体不明の攻撃である。
そもそも目視も不可能だ、攻撃されたころすら気づくまい。
勇二とは違い勇者の加護を失ったカウレスにとってそれは致命となる絶望の嵐だ。

だが、森はその攻撃の手を止めた。
否。止めさせられたと言った方がいいだろう。
強い、風が吹いていた。

何故初手で勇二だけが狙われカウレスは無事だったのか、その理由は風向きにある。
細分化した悪刀は質量相応に軽いのだ。
ある程度の操作はできるが、強風には流されてしまう。

そしてカウレスの背後から森に向かって叩きつけるような強い風が吹いていた。
無論それは偶然はない。

カウレスはその攻撃の正体を完全に掴んでいた訳ではない。
ただ状況からその攻撃は散布された毒のようなものであると予想をつけていた。
それを払うためにカウレスは風を放ったのだ。
風を起こすだけの初級呪文だがそれで十分である。

実際、その対応は正しい。
これでは悪刀を放ったところでカウレスには届くまい。

事前に仕込んでいたこの対策で、刺突の隙を取り戻すとカウレスは距離を取るためその場から退いた。
刺突が通らない以上、とどまる理由はない。
どういう原理か見極める時間が必要である。

チィと舌を打ちカウレスが仕留められないのならばと、森は勇二の方へと視線を移した。
悪刀は勇二に対して足止めにしかならないが、逆に言えば足止めには使える。
2対1という状況を崩す手としてはありだろうと考える森だったが。
その眼に移ったのは全身が聖光に包まれる勇二の姿だった。

「ArUa――――!!」

それは勇者にのみ許された神聖魔法の一つ。
聖光の衣で自らを保護する防御魔法。

勇二は勇二で悪刀を喰らい続けて小さな虫のような何かに外と内から食い破られる感覚から、どういう攻撃なのかを理解した。
小さな何かが纏わりつくのなら、聖光で全身を保護し砂一粒の侵入すら許さない。
完全にシャットアウトできる。

「お前の攻撃はもう効かないぞ!」

悪刀による損傷を完全修復させた勇二が猛々しく吼える。
勇二が飛び出し、カウレスもそれに続く。
連携と言うより勇二の動きにカウレスが合わせる形だ。


915 : !緊急クエスト! ― 悪党をやっつけろ ― ◆H3bky6/SCY :2017/07/13(木) 00:15:09 NCba6VQ60
「…………ふむ」

双方に悪刀の対策を取られたことを悟ると、森は距離を取りつつ悪刀の散布を止め右腕へと引き戻した。
流石にここまで生き残っているだけの事はある。
三種の神器をそろえた森をもってしても一筋縄ではいかない手練れのようだ。

三種の神器が揃ったと言っても万全にはまだ遠い。
ナノマシン兵器であるこれらは全てナノマシンによって機能する。
いわばナノマシンはこれらを動かすガソリンだ。
これが制限されているのは非常に痛い。

悪砲の残弾も精製により3発になったが、消滅砲はできる限り温存したい。
ユキを確実に一瞬で消し去るには悪砲が必要だ。
使えて2発。出来れば消費は1発に抑えたい所である。

「ハァ―――――――ッ!!」

小さな体が翻り黄金の剣が振り下ろされる。
その黄金の輝きを漆黒の刃が打ち払った。

思わずカウレスが眉をひそめる。
その右腕は余りにも異質だった。
森は漆黒の右腕を巨大な刃へと変形させていた。

「……何なんだその腕は?」
「なぁに、ちょっと人より柔軟なだけだよ」

細分化した軽い攻撃は通らずとも束ねて刃とすれば鉄をも通す刀となる。
今度はこちらの攻める順番とばかりに、受けた刃を振りぬき軽量級の勇二の体を弾き飛ばす。
勇二は空中でくるりと回転し体勢を立て直すと、地面に着地する。

詰め寄ろうとする動きを側面から回り込んだカウレスが制する。
服に加護があると読んだカウレスの狙いはむき出しの顔面だ。
蒼い雷鳴が奔る。

狙いは神速にして正確。
だがそれ故に読みやすく分かりやすい。
悪党は顔を逸らしてスウェイバックで刺突を躱す。
同時に足元を払う聖剣の一撃を地面に突き立てた漆黒の右腕で受け止める。

勇者としての身体能力を持つ勇二と戦士として一流の技量を持つカウレス。
森の実力は、この二人を同時に相手取って余りある。
両腕がある今ならば、同時攻撃だろうと捌くことはそう難しいことではない。

「ッぅぅぁぁああああああああああああああああああああ――――!!」
「!?」

だが、勇二は止まらなかった。
受け止められながらも、そんな事は知らないとばかりに力づくで聖剣を押し込む。
ズズ、と地面が削れ、森の巨躯が勇二の矮躯に押し込まれる。

何という馬力。
この小さな体のどこからこんな力が生まれているのか。
全身にロケットエンジンでも仕込んでいるかのようだ。

――――押し切れる。
そう勇二が確信した瞬間、その手応えが消失した。
トプン、と水でも通したように刃がすり抜ける。
振りぬいた勢い余って勇二がバランスを崩して転がった。

その隙だらけになった背中に闇よりも深い黒刀が振り下ろされる。
そこに蒼い軌跡が割り込んだ。
両腕で槍を持ち上げる様にして漆黒の大剣を受け止めるカウレス。
今度は森とカウレスが鍔競りのような形になり、押し込まれるカウレスの足元が沈む。

重い。
振り下ろす側と受け止める側の違いはあるだろうが、カウレスの手に圧し掛かる重量はあまりにも重かった。
その重さは巨人族にも匹敵するだろう。
いくら体格が良かろうとも、森の重量だけでは説明がつかないほどの重さだ。
そこで気づく。男ではなく、右腕と一体化したこの剣が重いのだと。

「ッの…………!」

片腕の力を抜き。刃を受け止めるのではなく受け流す。
刃が槍の側面を滑り落ち、重圧から解放されたカウレスは倒れこむようにして身を引こうとするが、森は重心を崩さず返す刃で追撃に迫る。
森の体幹能力もあるだろうが悪威によるバランス補正も加わり一切のブレがない。
追い詰められたカウレスが槍を引き寄せながら片腕で地面を叩き、跳ねるようにして体勢を立て直そうとするが、遅い。
避けられない。

「さぁせるかぁああ――――!!」

そこに入れ替わるように勇二が飛び込む。
森も勇二の力は警戒しているのか、「ほっ」と軽い足取りで後方へ引いた。

勇二はそれを追わずその場に留まると、両腕で振り上げた聖剣を地面に突き立てる。
すると芽吹く若葉の様に勇二の周囲から光の糸が沸き立ち鎌首をもたげた。


916 : !緊急クエスト! ― 悪党をやっつけろ ― ◆H3bky6/SCY :2017/07/13(木) 00:15:47 NCba6VQ60
――――斑陰陽蜘蛛地獄。

狂い咲く光の糸が闇を裂くようにして全方位から森を取り囲む。
まるで深海に光るイソギンチャク。
突き出された二本の指が森に向けられ、それを合図にして一斉に迫る。
そのすべての糸が、

「――――――――フっ」

一息で断ち切られる。
その光景に勇二は、カウレスすらも言葉を失う。

「な…………」

振り下ろされた森の右腕が怪しく蠢いていた。
いや、もはやそれは腕ではない。
それは複雑に折れ曲がり、枝葉のように分岐する何かだった。
数千もの光の糸を一撃で断ち切る数千に枝分かれした漆黒の刃。

「ッ!? なんだその腕は…!?」
「なぁに、ちょっと柔軟なだけだよぅ……ッと!」

同じ問いに同じ答えを返しながら右腕を大きく振りかぶる。
再び束ねられた右腕が強度など無い様にぐにゃりと曲がる。
その腕が、ゼリーの様にプルンと伸びて、三つ又に裂けた。

そして投球するようにして分かれた鞭を振り下ろす。
先端は空気の壁を切り裂き音速を超えた。
その一撃を受け止めんと、勇二は聖剣を盾のように構える。

「受けるな! 避けろ!」

飛びのきながらカウレスが叫ぶ。
鞭は剣では受けられない。
軟体である鞭は受けたところで、軌道が代わるだけである。
最悪、受けた武器を絡め取られてしまうだろう。

声に反応した勇二もその場を飛びのく。
同時に叩きつけられた地面が砕かれるのではなく、深く割れ地面に『川』の字が刻まれた。
鞭のしなやかさと斬撃の鋭さを併せ持つ、畏るべき漆黒の武器。

右腕は意思を持った生物のように蠢いている。
否。伸びながら枝分かれし、地面を穿つなど生物ですらあり得ない。
形状不定、硬柔可変、伸縮自在。
奇妙としか言いようがない兵器だった。

別れる様に別方向に飛びのいた二人に向かって、森は手についた水滴でも払うように横に腕を振るった。
ギュンと遠心力に引っ張られるように腕が伸び、悪党を中心に渦を巻くようにして広がってゆく。
一帯を丸ごと切り裂くような斬撃に逃げ場などない。

「くっ!」

勇二はその跳躍力で、カウレスは槍を地面に付き、高跳びのようにして上に身を躱した。
一時的に回避は出来たが、すぐさま刃が引き戻される。
しかも上下にも逃げ場など与えないとばかりに、今度は波打ちながら黒鞭が二重三重に交差していた。
叩き付けられた地面が砕けるのでは裂けてゆく。
その光景がこれは打撃ではなく斬撃であるという事を知らせていた。

カウレスの脳裏に浮かぶのは、森林地方の奥地に潜む巨大蛇。吸血植物の伸びる触手。暗黒騎士の剣戟。
自分のこれまでの戦闘経験に当てはめようとするが、そのいずれにも当てはまらない。
認めよう。幾千の戦場を超えたカウレスをしてもこの攻撃は未知であると。

大地を両断しながら迫る斬撃の津波を前に、カウレスは回避は不可能であると悟ると前方に槍を盾のように突き出し受け止めた。
弾き飛ばされるように地面を滑り、凄まじい衝撃に全身が痺れる。
対して勇二は地に足をつけ、剣を担ぐようにして振りかぶった。
そして引くどころか前へと押し出る。

「ぐゥ―――――うぅううああああああああああああぁあッッッ!!」

狂戦士の如き咆哮。
差し迫る黒の斬撃を黄金の剣で真正面から断ち切る。
スッパリと両断された悪刀が弾けるように吹き飛んだ。

その光景を見た森はひゅーと口笛のように感嘆の息を吐く。
その余裕は崩れない。

両断された剣先がトカゲのしっぽのように脈打った。
そして円環状に広がった刃がドロリと溶ける様に液状化する。
流体にして固体。
軟体にして硬体。
キチキチと音を立てながら流動する液体が泡立つ。
そうして漆黒のタールのような液体は地面に染み込む様にして消えていった。

剣の消失と共に漂っていた圧は消えた。
先ほどまでの慌ただしさが嘘のように静寂が訪れる。
だが、これはマズいと直感する。


917 : !緊急クエスト! ― 悪党をやっつけろ ― ◆H3bky6/SCY :2017/07/13(木) 00:16:11 NCba6VQ60
「どうしたんだい? 来ないのかな?」

手ぶらをアピールする様にして森が挑発する。
もちろんそんな安い挑発に乗るはずもないが、カウレスは念のため魔法による風を強めた。
勇二に見せた謎の攻撃を仕掛けてくるかもしれないからだ。

次の仕掛けがあるのは明白だ、迂闊には動けない。
どこから何が来るかわからないという恐怖。
全方位に神経を張り巡らせ続け精神が削れる。
焦れた勇二が聖剣を構え直し、踏み出す足に力を籠める。

「待つんだ。迂闊に動くんじゃ…………!?」

カウレスが逸る勇二を止めようとした瞬間だった。
ピシリという音。
地中より間欠泉のように黒い飛沫が吹き出した。

咄嗟にカウレスは飛び退く。
だが避けきれなった黒い飛沫が左腕に付着する。
瞬間、左腕が切り裂かれた。

「なっ…………!?」

それは紛れもない刀傷だった。
あり得ない。
固定化された水の剣とはわけが違う。

(液体状の斬撃など、そんなモノがあり得るのか!?)

数滴の飛沫だったのが幸いしたのだろう。
裂けたのは肉だけ、骨までは届いていない。
止血しながらカウレスは地面を凝視する。

次にどこが爆ぜるのか分からないのだ。
只ですら足元の不確かなこの夜に僅かな兆しを見逃すわけにはいかない。
目を皿のようにして地面を見る。

地面が罅割れ、黒い間欠泉が沸き立った。
身を躱すも、先読みしたように行く先の地面がまた爆ぜる。
飛沫一つ浴びる訳にはいかないとなると、自然と回避方向も絞られる。

「ッ…………」

身をかわし続けるカウレスだったが、その背が何かにぶつかり足を止める。
背後を見る。同じく身をかわし続けた勇二だった。
一塊になるよう誘導されていたようだ。

しまったと思った時はもう遅い。
視界を埋め尽くすほどの一際大きな黒い津波が真正面から襲い掛かる。

もろとも飲み込むつもりなのだろう。
全力で身を躱したところで躱し切れまい。
全身に聖光を纏った勇二ならばいざ知らず、カウレスは手足の一つや二つは持って行かれるかもしれない。

防御に回ってもジリ貧だ。
こうなったら聖光に身を任せ、黒い波を強引に突破してその先にいる相手に斬りかかるべきか。
そう考えた勇二が、次の動きに移ろうとした瞬間、その体が宙に浮いた。

投げ飛ばされたのだ。森にではない、すぐ背後にいたカウレスにだ。
何が起きたのか理解できない勇二。

その刹那、その答えを告げる様に、全ての音が消滅した。

それは無音になったのではない。
余りの轟音に周囲の音が掻き消されただけの話だ。

消滅砲の轟音。
悪砲の一撃が放たれたのだ。
一塊になった二人を諸共消し去るべく、黒い津波を食い破りながら、全てを消滅させる砲撃が放たれた。

カウレスは足元から噴き出す変幻自在の右腕に惑わされず、沈黙を保つ左腕を注視していた。
それゆえに対応もできた。
だが形状から何かを放つものだと予測していたが、この威力は流石に予想外だ。
破壊範囲こそ限定されているものの、威力だけなら魔王の禁術をも凌ぐかもしれない。

「ぐっ…………ぁ…………」

砲弾が霞めた左腕の表面が剥げ、肩口の肉は抉られたのではなく消滅した。
猛攻を受け続けても欠ける事すらなかった宝槍が中ごろから食い破られたように消滅する。
盾にすらならなかった。

傷口からプツプツと血が泡のように浮かび、今頃になって負傷したと気付いたように血が吹き出した。
肉を失った腕がまだくっついているのが奇跡のようだ。
左腕はもう使えまい。

「どうにも鈍ってるねぇ…………恵理子に仕事任せ過ぎたかな、こりゃ」

その結果に、森が自嘲するように呟く。
虎の子の悪砲を撃っておいて左腕を奪った程度で成果とは言えない。
第一線から退き長らく実戦から遠ざかってたからだろう。
遠山春奈を仕留めそこなったことも。
オデットを殺し切れなかったことも。
千斗に片腕を持って行かれたことも。
実戦勘の欠如による所だろう。


918 : !緊急クエスト! ― 悪党をやっつけろ ― ◆H3bky6/SCY :2017/07/13(木) 00:17:20 NCba6VQ60
「けどまあ…………1人仕留められたしいいか」
「ッ!?」

自身の置かれた状況に気づき、カウレスは咄嗟に右手で口元を抑える。
だが無意味だ。そんなことで防げるはずもない。

悪砲の余波を受け風魔法はキャンセルされた。
即ち、彼のいる位置は。
風下だ。

「………………がッ……んぅ…………!?」

カウレスの全身から血が噴き出した。
力なく膝をつき倒れる。
目と耳と鼻と口と血を吹き出しながら、カウレスはようやくその攻撃の正体を悟った。
毒ではない。魔法でもない。物理攻撃である。

これは『気体化された斬撃』だ。

痛みの許容量はあっという間に閾値を超えた。
勇者ならざる身では当然の防御反応と言える。

妙にクリアになった頭が攻撃の正体にたどり着くと同時に防御に対する疑問をよぎらせる。
あらゆる攻撃を無効化する無敵の鎧。
それを着ているにもかかわらず、この男は、何故攻撃を受けないのか?

むき出しの頭部を護るというのはわかる。
だが、受けても意味ない攻撃をわざわざ防ぐ必要はない。
むしろ防御は防具に任せてしまった方が、カウンターを取りやすいはずだ。
にも拘らず、こちらの攻撃を受け捌いてきた、その指し示すところは。

それを理解したところで、最早力尽きる直前のカウレスには打開する力がない。
血で染まった赤く染まった視界でその力を持っているはずの勇者を見る。

勇二は動けずにいた。
苦しむカウレスを前にして、駆け寄るべきか、それとも森を討たんと向かうべきか判断ができないでいた。
地獄の責め苦がどれほどのモノか嫌と言う程理解している。
勇者である勇二ならばあるいは助けられるかもしれない。
だが、そうでなかったのなら、攻撃を仕掛ける巨悪を倒した方がいいのではないか?
そんな迷いが足を止める。

迷いは数秒。
だが、致命的なまでの数秒である。

倒れこみ自らの血の海に沈むカウレス。
彼を見つめる事しかできなかった。
だが、そこで気づく。
その手には何時の間に握りしめたのかナイフが握られていることに。

そして地面に刻まれている何か。
最後の力を振り絞って地面に刻んだであろうその矢印が。
攻撃せよと。告げていた。

「うわあああああああああああああああああああ!!!!!」

勇二が叫んだ。
少年の感情の爆発に同調する様に聖剣が光を放った。
悪を断じる聖剣の聖光が世界を照らし上げる。
闇夜が黄金の白夜に染まった。

「く…………ッ」

思わずその光に森ですら、いや悪の体現者森茂だからこそ後ずさった。
爆発的な熱量に突風が吹き荒れ嵐へと化けていく。

無限に広がるのではないかという放出される風、熱、光。
それら全てが黄金の剣に収束し、一点に集う。

「ハァ―――――――――――――――――――――ッ!」

放たれる。
世界を切り裂く一筋の線。
黒衣の男が溶ける様にして光に呑みこまれる。

「う、おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

その光を前に森は避けるという選択肢を早々に放棄した。
迎え撃つように腰を据え左腕を突き出す。
この聖光に拮抗できるのは、悪砲の一撃のみだろう。
相殺するように消滅砲を放った。

白を黒が穿つ。
巨大な純白の壁を漆黒の点が飲み込んでいく。

洪水のような音と光が一帯の草木を薙ぎ払う。
衝突の熱量は太陽となって空気を燃やした。
世界が裂けるのではないかと危惧するような衝突。
それはしかし、白と黒の光が掻き消え唐突に終わりを告げた。


919 : !緊急クエスト! ― 悪党をやっつけろ ― ◆H3bky6/SCY :2017/07/13(木) 00:17:44 NCba6VQ60
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「やれやれ、ただですら少なくなってきた髪が焦げちゃったじゃないか」

ぼやきながら焦げあがり薄くなった頭を撫でる。
森茂は衝撃の余波によって戦場から離れた草原にまで吹き飛ばされていた。
吹き飛んだ先が禁止エリアでなかったのは幸運だったろう。

悪砲の反動に耐えうる重量級の森ですら軽く吹き飛ぶ衝撃だった。
彼らとて無事ではすむまい。
決着は痛み分けと言ったところか。

だが、森には最強の鎧である悪威がある。
あらゆる衝撃は万能体制によって無力化され。
分けられた痛みなどあるはずがないのだが。

「っ…………と!?」

膝をつく。
口の端からは赤い滴が垂れ落ちて地面に滲んだ。
どうやら聖剣の一撃が悪威の万能耐性を超えてきたようである。

悪威には自動耐性を作り上げる基礎として、超常、異能を含むあらゆる法則をインプットしている。
それは全ての善悪を知る森茂が想定した全てが内包された、この世全ての法則だ。
これを超える例外があるとするならばそれは、この世に存在しない未知の力くらいのものだろう。
即ち異世界の概念、異世界の勇者の力である。

絶対防御を持ちながら攻撃をわざわざ捌くようにしていたのはそのためだ。
森は悪威を信頼はしても過信はしない。
最初に目にした時に直感した通りだ。
あの黄金の剣は悪党たる己の天敵だった。

こういう時、無痛症は良くない。
自身のダメージの度合いが分からないからだ。
最大の脅威は痛みに無自覚である事である。
普段は細かなメディカルチェックは欠かせないのだが、この場では機材がないためそれができない。
故に、この状況では無茶をすべきではないのだが。

痛みを訴えているであろう体を無視して立ち上がる。
ここで逃すわけにはいかない。
居場所が分かっているうちに進むのだ。

右腕を見る。
悪刀も衝突の余波で粗方吹き飛んでしまった。
回収出来たのは3割程度。
義手として扱うなら破格であることには変わりはないが、密度はだいぶ薄れてしまった。

悪砲も撃たされた。
残弾は1発。
今の状態では消滅砲の補給も見込めないだろう。

「ふぅ…………老体にはしんどいねぇ」

何も感じない体に痛みも疲れもないが、精神的なモノだろうか。
どうにもしんどい一日だ。
あと一歩だと、自らを奮い立たせる。

市街地まで、あと少し。

【D-5 市街地近く/夜中】
【森茂】
[状態]:右腕消失(悪刀にて補完)、ダメージ(不明)、疲労(大)
[装備]:悪刀(3/10)、悪威、悪砲(1/5)
[道具]:基本支給品一式、鵜院千斗の死体(裸体)
[思考・行動]
基本方針:参加者を全滅させて優勝を狙う
1:ユキの下に向かい殺害する
2:そろそろスタンスにかかわらず皆殺しに移る
3:悪党商会の駒は利用する
※無痛無汗症です。痛みも感じず、汗もかきません


920 : !緊急クエスト! ― 悪党をやっつけろ ― ◆H3bky6/SCY :2017/07/13(木) 00:18:22 NCba6VQ60
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月すらも雲に隠れた闇の道。
小さな少年が自分よりも二周りは大きい青年を背負いながら歩いていた。
体格差のある子供が大人を背負うのは難しい上に、青年は力なくだらりと負ぶさりかかり背負うにも難しかろう。

だが、その程度、勇者の力を持つ勇二にとっては苦でもなかった。
それとも単純に血や肉の失われたカウレスが軽いのか。

勇二はカウレスを背負い、身を休められそうな場所を目指して歩いていた。
倒すべき悪党は光に呑まれ見失われた。
最早生きているのかもわからない。
それよりも優先すべきことがある。

カウレスは奇跡的に命を繋いでいた。
悪刀は彼の命を削りきる前に、聖剣の放つ暴風によって吹き飛んだ。
彼らも諸共に吹き飛ばされたが、衝突は聖剣が圧し勝ったのか勇二に大事はなかった。
すぐに勇二は傍らに転がるカウレスを発見する。

例え悪刀の攻撃が中断されようとも、それまでに受けたその傷は深い。
既に治療魔法はかけた。傷はふさがったはずだ。
だが、攻撃の特性から言って目に見えない傷も多数あるだろうし、何より失われた血肉まで戻る訳ではない。
受けたダメージを思えば、最悪の想像も難くない。

如何に勇者とは言え、死を覆すことは出来ない。
それが許されるのは『勇者』だけの特権だ。

「大丈夫、大丈夫だから! 絶対に僕が助けるから!」

自分は勇者なのだから。
助けられるはずだ。
自身に言い聞かせるようにそう言い続ける。

そんな根拠のない励ましの声が聞こえているのかいないのか。
カウレスは切り刻まれた喉でかすれた声を上げた。

「…………勇……二…………く、ん…………」
「! 何! カウレスさん!」

まだ声を発せたことに喜び、励ます気持ちを込めて元気よく答える。
だが、テレビや漫画なんかでよくある、傷が深い時は喋るべきではないというシチュエーションを思い返す。
黙るよう伝えようとして、カウレスが何かを伝えようとしている事に気づき口を閉じた。
それはきっと聞き逃してはならない事だと直感的に悟る。

途切れ途切れの言葉で。
伝える。

「…………怒りに、囚わ…………れるな…………。
 君は…………優し、い君のままで………………勇者に…………」

『勇者』
その言葉が彼にとってどれほどの意味を持つのか。
それが最後まで分からないまま、望みだけが託された。

言葉はそこで途切れたまま、その先が紡がれることもなく。

【カウレス・ランファルト 死亡】

【E-4 放送局近く/夜中】
【田外勇二】
[状態]:勇者、消耗・中(回復中)
[装備]:『聖剣』
[道具]:基本支給品一式
[思考]
基本方針:勇者として行動する
1:ワールドオーダーを倒す
[備考]
※勇者として完成しました


921 : !緊急クエスト! ― 悪党をやっつけろ ― ◆H3bky6/SCY :2017/07/13(木) 00:18:32 NCba6VQ60
投下終了です


922 : ◆H3bky6/SCY :2017/08/07(月) 01:14:06 vOx1mw5.0
投下します


923 : 死なずの姫 ◆H3bky6/SCY :2017/08/07(月) 01:15:04 vOx1mw5.0















結局のところ、私は死にたくなどなかったのです。


924 : 死なずの姫 ◆H3bky6/SCY :2017/08/07(月) 01:16:08 vOx1mw5.0















■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

「はっ…………はっ…………はっ…………!!」

静まり返った不気味な影絵の街に、息を切らせてた男の呼吸音が響いていた。
一人の男が形振り構わない様子で無人の街を走っている。
生命の息吹というモノが感じられない死んだ街中で、聞こえるのは自分自身の足音と激しく脈打つ心臓の鼓動だけだ。
街と言う物のが人の暮らしを成り立たせるものであるとするならば、ここにあるのは街ではなく、ただ目的を見失った残骸なのだろう。

ガシャンという大きな音が乾いた街に木霊した。
曲がり角を曲がったところで、ゴミ箱を気付かず蹴飛ばしてしまったのだ。
ゴミ箱の中身は空だったためゴミが散らばることはなったが、足を取られてつんのめった。
すぐさま地面に手を付き、バランスを戻すと息をつく間もなくすぐさま駆け出す。

何故こんなにも必死になって走っているのか。
それは逃げるためである。

何から?
追ってくる死からだ。
それを齎す怪物からだ。
音もなく、気配もなく、死した街に怪物が来る。

それに追いつかれないためには逃げ続けるしかない。
だが、この閉鎖された世界で一体どこに逃げると言うのか。
分からない。
ただ足を止めればその瞬間に追いつかれるという確信がある。

もはや足音を隠し気配を断つことに意味はない。
今必要なのは一刻も早く、一ミリでも遠くへ行くこと。
ただそれだけである。

どれ程の間全力疾走を続けただろうか。
一瞬のようでもあり永遠のようでもある。
疲れはどうしようもなく降り積もり、べったりとした汗でシャツが張り付き気持ちが悪い、脚に乳酸がたまり全身が鉛の様に重かった。
全力疾走のみならずこれまでの疲労もあるのだろう。
恐怖と疲労で頭はぼやけており、時間の概念が消失しているようだ。
空気の冴えた夜の街なのに、まるで霧の中を進んでいるよう。
逃げているはずなのに進めば進む程に追い詰められているような不安が胸中に靄のように広がってゆく。

その不安を解消するために意味はないと理解しながらも、振り返らずにはいられなかった。
走りながら、覚悟を決める様にゴクリと唾を飲み込み、恐る恐る振り返る。
想像通りと言うべきか。
そこには何もなかった、ただ無人の闇が広がっているだけだった。
それを確認したところで晴れる物など無く、むしろ黒い靄は濃くなるばかりである。

本当に何もない。
人影もなければ、自分以外の足音一つもない。


925 : 死なずの姫 ◆H3bky6/SCY :2017/08/07(月) 01:17:19 vOx1mw5.0
ああなんて恐ろしい。
何もないのが恐ろしい。
あの暗闇が恐ろしい。
一つ曲がった角が恐ろしい。
一歩先が分からぬというのは恐ろしい。

怪物が来る。
いつ来るのか。
どこから来るのか。
何だったら事前に知らせてほしい。
知らないというのはただそれだけで恐ろしい。

何処の何に追い詰められているのかすらわからない。
本当に自分が襲われているのかすら分からなくなる。
だが、これが強迫観念にかられた妄想だったとしてもいい。
死ぬよりは、ずっとましなのだから。

生き残るためなら全力を尽くす。
足を止めるのはその後だ。
振り返った後方には闇だった、行く先に広がるのもまた闇である。
今は闇に向かって駆けだすしかない。

追っ手を撒くような動きを思いつく限りやった。
道すがらに偽の痕跡を残し誘導した逆方向へと進む。
幾つかの角を曲がり、あえて不合理な道筋を辿ってみたりした。
大通りから細い路地を通り、往来から死角となった裏路地に入る。
そこでやり過ごすべく、ビルの裏口近くに積み重なった廃材の陰に身を潜めて、ようやく息をつく。

「こんばんは」
「ひィ!」

驚きのあまり、弾かれたように廃材を倒しながらすっころぶ。
最初からそこにいたかのような自然さでその男は目の前に立っていた。
世界に満ちる夜よりも昏い、美しさすら感じさせる完成した漆黒。
それは、この世の物とは思えぬ気配を纏った正しく死神だった。

「きゃひ〜〜〜〜〜〜ィ!」

冥府へと誘うこの世ならざるものを前に、情けない悲鳴を上げ四足のまま獣の様にドタバタと這い回りながら逃走する。
足を縺れさせながら立ち上がり、壁にぶつかりながらも走る。
裏路地から抜けて表通りに差し掛かろうかというところで当たり前の様に先回りしていた黒い影がその出口に立ち塞がった。

逃亡劇はそこで終わり。
狩猟者と獲物の関係など覆りようがない。
追い詰められて死ぬだけだ。
月明かりに照らされた表通りには届かず、光の届かぬ闇の中から永遠に出られないと告げる様に。

「そう怖がらないでくださいよ、ピーターさん」

暗殺者が標的の名を呼んだ。
ピーター・セヴェール。
暗殺者に追い詰められるのはまた暗殺者であった。

逃げるなどと言う行為は最初から無意味だった。
危機をいち早く察したピーターの逃亡行為はまるで実らず、あれからすぐに発見された。
アサシンの索敵を逃れる術などピーターには最初からなかったのだ。
暗殺者として、いや、人間としての能力値が違いすぎる。

「どうしてですか、アサシンさん!? さっきまで私たちあんなに仲良くしていたじゃないですか!?」

もう逃げられないと悟ったのか逃亡を止め、嘆く様に喚きをまき散らす。
ピーターは媚びる様に諂う。
なんてわかりやすい命乞い。
アサシンは眉一つ動かすことなく、冷たい目でそれを見下ろす。

「仲良くやっていたかはさておき、殺し屋が相手を殺す理由なんて一つでしょう? 依頼を受けたから、それ以外にないですよ。
 貴方だってそれを察したから、いち早く裏切って逃げ出したんじゃないですか?」

アサシンはワールドオーダーから20人斬れという依頼を受けていたが、新たに5人殺せという依頼を受けた。
その依頼を受けている間に、電話内容を察して立ち去ったのは他でもないピーターだ。
互いを利用し合うだけの関係だったが、確かに彼らは契約を果たしていた。
その察しは正しく、直後にアサシンが裏切るつもりだったとしても、結果として先に裏切ったのはピーターの方だったとも言える。


926 : 死なずの姫 ◆H3bky6/SCY :2017/08/07(月) 01:18:17 vOx1mw5.0
「とんでもない! この私が貴方を裏切るはずがありましょうか!
 いなくなっていたのは、少々催しましたのでトイレを探しに行っていただけですよ」
「それは失礼。在らぬ疑いをかけてしまったようで。まあそれはそれとして依頼なので殺しますけどね」

アサシンが足音もなく踏み出す。
それを否定するようにピーターが慌てて手を振った。

「Oh no!! 待って待って! 待ってください! 私を殺せと依頼されたわけではないのでしょう!? でしたら見逃してくれても良いのでは!?」
「そうですね。殺す相手はピーターさんである必要はありません。
 けれどピーターさんでない理由もありません。とりあえず手ごろだから殺しておきますね」

余りにも慈悲のない処刑宣告。
絶望に震えるピーターが頭を抱えて仰け反りながら叫びを上げた。

「手ごろだからってそんな理由で殺されるなんてあァァァんまりだァァアァ!!
 嫌だ! 死にたくなぁい! 助けて! 助けてぇ!」

命ない街に大きな泣き声が反響する。
涙と鼻水を垂れ流しながら命乞いをする様は酷く醜い。
大の大人がここまで泣き喚く姿を目の当たりにしてしまうと、さすがに少し引いてしまう。

こんなのを見てしまえば憐憫の心が湧いて同情心や温情を与えたくなるかもしれない。
あるいは、殺す価値もないとあきれ果てて侮蔑だけを残して立ち去る事もあるだろう。

だが、アサシンに限ってはそうはならない。
何故なら仕事だからである。
嫌だからとか、やる気がなくなったからなんて理由で取りやめるはずもない。
そもそもこの程度の命乞いなどもはや見慣れた光景だ。
ここで手を止めるなどありえない。

「貴方――――それでも殺し屋ですか?」

だが、今回の相手は殺されるだけの羊ではない。
アサシンと同じく、殺す側だった狼である。

それがこんな醜態をさらしている。
殺し屋や軍人と言ったプロを殺すのは初めての事ではない。
そう言った輩は皆、例外なく殺す覚悟と共に殺される覚悟を持っていた。
土壇場に来てこのような醜態を晒しはしない。

アサシンにも殺し屋としての矜持はある。
その矜持をかなぐり捨てる目の前の男の態度にはささくれのような小さな苛立ちを感じていた。

「違います! 私はもう殺し屋は辞めたんです、辞めました! ついさっき! 今! はい辞めた!
 ですからもう殺し屋じゃあありませぇえええん!! 私はちょっと食の好みが偏ったただの一般人ですよぉぅう!!」
「だとしても、殺し屋だったことに変わりはないでしょう? まさか仕事したことがないという訳でもあるまいし」
「殺し屋と言っても誘われたからなっただけなんですって! 仕方なくですって! 貴方だってそうでしょう!?」

殺し屋組織で生まれ育ったアザレアやイヴァン。拾われたバラッド。
それに限らずサイパスだって、あの怪物ヴァイザーだって、殺し屋なんてものはみんなそうだ。
他に選べる道など無く、ならざる負えない状況があって、殺し屋なんて物に成り果てた。
自ら望んでなった人間などいるはずもない。

「いいえ違います。僕は自分から選んでなったんです、殺し屋に」

だが、彼の場合は違った。
選択できる多くの道から殺し屋と言う道を選んだ。
切っ掛けらしきものはあったのは確かだけれど、最終的に選んだのはアサシン本人だ。

「……何故、貴方ほどの人が殺し屋なんかに?」

当然の疑問だ。
アサシンほどの才覚があればどんな職種に就こうと大成できるだろう。
それほどの天才がこの男にはある。
選べたというのならば何故、こんな最底辺の溝浚いのような仕事を選んだというのか。

問われたアサシンは迷うことなく端的に答える。
理由なんてものは決まっていた。

「殺しには――――全てがあるからです」

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927 : 死なずの姫 ◆H3bky6/SCY :2017/08/07(月) 01:19:21 vOx1mw5.0
とある孤児院にその少年はいた。

少年は孤児院にやってきた当時、骨と皮だけになったように痩せ細っており、栄養失調によるためか髪は白くまるでミイラのような有様だった。
ただ黒曜石のような瞳だけが昏く光を放っていた少年だった。

どういう経緯でここにやってきたのか。両親は誰なのか。それは、今となっても分かっていない。
恐らく彼が全力で調べれば容易くわかる事なのだろうが、彼はそうしなかった。
必要性を感じなかったし、単純に興味がなかったのだ。

笑わない子供だった。
語らない子供だった。
誰にも懐かず、誰とも仲良くせず、いつも独りきり。
いつも孤児院の書庫に籠りきりで一人で書物を読み漁るのが日課の少年だった。

少年の心には常に満ち足りない虚無があった。
生まれ落ちた時からあるブラックホールのような底の見えない暗闇。
何もせずにいたら深淵に飲み込まれてしまうような恐怖があった。

それを埋めるべく、多くの知識を得た。
勉学はいい。
何かが埋まっていくような充実感に満たされる。
だが、手を止めるとすぐに沈んだ。
欲求は飢餓のようである。
己が虚無に呑みこまれないためには、磨き続けるしかない。

だが5歳にも満たない少年が、書庫にこもり寝食を忘れ誰に教えられたでもない多様な文字を読み耽る様は異様であった。
その様子を心配した同じ孤児院の仲間たちは、彼を健全に表に連れ出そうとあの手この手で少年の気を引くが少年は見向きもしない。
子供たちもそのうち飽きて、誰も彼の相手をしなくなった。
孤児院で働く職員もあまりにも他者を否定するような少年の態度を窘めるが、どんな言葉も響いた様子のない不気味な少年の態度に匙を投げた。
見放され孤立するが、そもそも少年に他者など必要なかった。
最初から彼は完成されていて、最初から彼は孤高の存在だった。
少年は誰にも愛されていなかったけれど、きっと神様にだけは愛されていた。

彼は天才だった。
陳腐な言葉だが、そうとしか形容できない存在だった。
少年は一度飲み込んだ知識を忘れず、全てを己の糧とする特異な才能を持っていた。
全ては少年の中に蓄積され、もはや職員ですら敵わないほどの多くの知恵を得た。
そうして孤児院に預けられてから僅か3年ほどで彼は孤児院の蔵書全て読み切ることとなる。

その勤勉さと優秀さが目に留まったのか、彼を引き取りたいという夫婦が現れた。
彼の里親となったのは、子宝に恵まれない年老いた夫婦だった。
裕福な家庭で、温厚な養父母は引き取った子供を甚くかわいがったと言う。

少年の能力に見合う一流の教育を受けさせ、多くの英才教育を課した。
それは強制された物ではなく、少年が貪欲に望んだものである。

自らを指導する教育者をすぐさま越え、満たされない腹を満たすように次へ次へ。
より多くを学び彼は完成していく。
大抵の事は一度学べば覚えたし、決して忘れることはない。
充実を示すように白かった髪もすっかり艶のある黒に染まった。

満たされていく。
それは勉学のみならず運動、武道、芸術、発明、思想。
あらゆる分野において彼に出来ないことなどなかった。
年齢にかかわらず彼に敵う人間などいなかった。

よく笑う子供だった。
よく語る子供だった。
人懐っこく、誰とでも仲良くなり、いつも人々の中心にいた。
学校にも通い、多くの友を得た。

本当に人が変わったようだった。
引き取られた子供は孤児院にいた子供とは別人のようである。
孤児院での彼を知る物が今の彼を見たとしても同一人物だと認識することはできないだろう。

それは素晴らしき愛の話。
養父母の愛が氷のような少年の闇を溶かしたのだ。

などという話ではもちろんない。

彼は多くを学び、多くの知識を得た。
その上で、生きていく中で処世が必要であると理解した。
彼は己の中の虚無を埋めたかった。
その為にどうするべきか。
それを理解して、理想的に生きてゆくために必要な自分を作り上げた。

愛では腹は膨れない。
胸の虚無も満ちることなどない。
ただその愛情を利用し、環境を用意させ、より高みへ。


928 : 死なずの姫 ◆H3bky6/SCY :2017/08/07(月) 01:20:07 vOx1mw5.0
その為に必要な行為なら何でもした。
彼はつま先から表情筋の一つまで、己の肉体を完全に制御できた。
彼にとって表情など表情筋の括約でしかない。
その気になれば筋肉の制御だけで別人の顔にすらなれるだろう。
コミュニケーションとは書物から学んだ心理学や会話術で、会話の文脈に合わせて表情筋を動かすだけの作業である。
心の奥は昏き深淵のまま。
まるで応答するだけの哲学的ゾンビのようだと、冷めた頭でそう自覚していた。

取り繕うだけの演技などいつかボロが出るだろう。
ましてや義理とはいえ寝食を共にする家族である違和感を感じて当然と言える。

だが、それらの違和感は全て天然として処理された。
天才故の世間とのずれだと、勝手に好意的に解釈された。
有能であるという事は、ただそれだけで肯定される。
そう言う意味では、彼は誰よりも有能で、誰よりも正しい。

飛び級で国内最高峰の学園に入学し、学生の時分で当然の様にすべての分野で成功を収めた。
成功の約束された人生だった。
きっと彼は歴史に名を残す人間になれただろう。
だけどそうはならなかった。

契機は彼が初めて人を殺した事に合った。

彼の名誉のために述べるならば、ほとんど事故のような物で意図した殺人などではなかった。
全く見覚えのない男だった
酒臭い息を吐きながら理解できない罵詈雑言を吐いて男は彼に絡んできた。

どうにかわかったのは男は彼の何かの功績を嫉んでいるという事だけだった。
そんな人間は珍しくもない。
彼が何かで成功を収めればそれによってはじき出された敗者が生まれる。
それは当然の摂理である。

しつこい男に辟易して彼は足早で立ち去ろうとするが、男はなおも絡んできて裏路地に差し掛かったところで肩を掴まれた。
軽く跳ね除けただけのつもりだった。
だが、彼と他者ではそもそもの能力値が違い過ぎた。
倒れこんだ拍子に頭部を強く打ち付け、呆気なく男は動かなくなった。

冷静に生命活動を確認し、即死だと分かった。
医学の心得もある彼ならば生きていれば応急処置もできただろうがそれもできない。

無表情のままその死体を見下ろす。
胸の奥がチリチリとざわめく。
それが人生で初めて感じる恐れと焦りだと知る。

絡んできた男が悪いし、殺意など無かった。
罪悪感らしきものは感じなかったが、ただそれを世界は許さない事だけは理解していた。
例え罪に問われなくとも人殺しの汚名はついて回る。
成功を約束された人生が道端の小石に躓いてしまった。

どうしたモノかと空を見上げて、そこで気づく。
目を見開き周囲を見る。
監視カメラらしきものは見当たらず、人気のない薄暗がりに目撃者はない。

その瞬間、悪魔的発想が脳裏をよぎる。
運動能力、演技力、地学、天体学、ハッキング、解剖学、薬学、運転技術、外的信用。
自分の能力を駆使すれば、この殺人を完全になかったことにできるのではないか、と。

それは思春期特有の万能感のようでもあるが、彼は事実として万能だった。
誰に発覚することなく死体を処理して、情報を操作した。
遂には被害者の家族にすら不審がらせることなく、事件の隠蔽に成功した。

そのまま犯行は発覚する気配すらなく、何事もなかったように日々を過ごした。
事件は完全に闇の中へ。
彼はそのまま光の道を歩むことが許されていた。

だが忘れることができなかった。
殺人に快楽を感じたわけではない。
ただあの瞬間、虚無を埋める熱があった。
これまで己が学んできた全てを投じなければ解決できない事態に直面したのは初めての事だ。

そしてふと思った。
突発的な犯行ですらここまで完璧な隠蔽ができたのだ。
その能力を駆使して計画的犯行を行えば、いったいどうなってしまうのだろうか?
真の己が出せる舞台がそこにあるのではないか?

その結論が、彼に殺し屋としての道を選ばせた。

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929 : 死なずの姫 ◆H3bky6/SCY :2017/08/07(月) 01:20:42 vOx1mw5.0
「…………全て?」
「そう、全て」

己の全ての能力を発揮できる、こんな仕事は他にない。
だから彼は殺し屋という道を選んだ。

そういう意味では全て成功してしまったこれまでの仕事は失格だった。
己の底を知るには足りない。
成功率100%とはそういう事だ。

アサシンが求めるのは己の天才全てを尽くして尽くしきれないほどの地獄。
今回の仕事は悪くない。
依頼内容が変わってしまったのは残念だけれど、新たな依頼も面白かろう。
この地獄でどれほど満たされるのか。

「という訳で、仕事をさせてもらいます。貴方が一人目です」

これ以上、愚にもつかない命乞いを聞く必要はないだろう。
アサシンは腕を振り上げる。
武器はなくとも鍛え上げられたこの五体、全身が凶器である。
手刀を振り下ろせば大太刀の様に敵を切り裂くだろう。

「……嫌だ、待って……! 待ってくださいぃ…………ッ! 待って!」

ピーターは生まれたての小鹿の様に足をガクガクと震わせる。
精も根も尽き果て腰が抜けてしまったのか逃げる事すらできずその場に立ち尽くす事しかできない。
いやいやと首を振り半狂乱になって叫ぶ。

「嫌ぁだぁああああーーーーーーー!!!!!」

断末魔のような絶叫。
同時に強い衝撃が奔った。

「ッ!?」

ピーターに対してではない。
巨大な腕に横合いから殴り飛ばされ吹き飛ばされたのはアサシンだった。

それは人一人を容易く吹き飛ばす圧縮された空気の塊だった。
アサシンは不意討ちにも対処し、その衝撃を両腕で受け止めていた。
宙に飛ばされながら元いた地点を見る。
既にそこにピーターの姿はなかった。
恐怖で動けないはずの男は、捨て台詞の一つも残さず完全に消えていた。

地面を回転しながら受け身を取り、何事もなかった様な自然さで立ち上がる。
吹き飛ばされた距離は十メートルほど、
派手に転がったように見えるがダメージは分散され無傷に近い。

「…………嵌められたかな」

そうぼやき、ピーターの消えた路地に視線を向けたまま首を狩らんとする迫る風の刃を躱す。
ピーターがあれほど大騒ぎしていたのは近くにいる誰かを呼び寄せるためだったという事だろう。
ピーターの仲間という訳ではないのだろうが、示し合わせたようなタイミングは偶然ではない。

少なくとも近くに何者かがいることを確信しての動きだ。
アサシンは知らなかった。
その情報格差がどこで生じたのか。
恐らくは先ほどの主催者との電話だ。

想えば、ピーターを発見した時の状況も妙だった。
身を隠し方も、隠蔽工作も余りにもザル。
アサシンの組織に対する知識はイヴァンから得たモノである。
目の上のタンコブである幹部連中やヴァイザー、反りの合わないバラッドの情報はよく聞いていたが、ピーターについては殆ど聞いたことがない。
イヴァンからはピーターは殺し屋としては三流とだけ聞いていたためそんなものかと思ったが、
物陰から暗殺されるという最悪の事態を避けるためあえて発見させた可能性が高い。
余裕があれば相手に応じるアサシンの悪癖まで織り込んだ策だろう。

殺し屋としては無能という評価だったが、どうやらそれは誤りのようである。
あの男は蛇だったようだ。
周到で慎重、かつ大胆な蛇。

「…………面白い」

無表情のまま呟く。
風の刃を二つ三つと躱したところで、ようやくアサシンは襲撃者へと視線を向けた。

「それで、一人目は貴女ですか」

向き直った先。
そこには女の姿をした怪物が立っていた。

怪物の名はオデット。
殺人鬼を喰らい、神を喰らった、魔族の女。


930 : 死なずの姫 ◆H3bky6/SCY :2017/08/07(月) 01:21:47 vOx1mw5.0
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「…………うまく行ったようですね」

裏路地を抜け、遠く響く衝突音を感じながら、したりとごちる。
怪物は怪物同士、存分に潰しあえばいい。
ピーターは今度こそ誰にも見つからぬよう慎重に市街地を駆け抜ける。

まったく動けないと言うのは流石に演技だが、疲労がないわけではない。
体力にあまり自信がある訳でもないピーターとしては、叫びながらの全力疾走はなかなか堪えた。
それに恐怖だって大袈裟に喚いたのは確かだが、実際に感じていたものである。

だが、あれほど恥ずかしげもなく喚き散らした事は特に恥だとは思わない。
下らない外聞を気にして目的を見失う、それこそが恥だ。
何だったら必要であれば失禁、脱糞くらいはしてやるつもりだったくらいである。

最弱の殺し屋が最強の殺し屋に狙われ生き延びるにはあれしかなかった。
だからと言ってピーターもあれで逃げ切れると確信していたわけではない。
実際、分の悪い賭けだった。
だが何も手を打たなければ死ぬだけだった、だから賭けに出た。
そして勝った。生き延びた。

怪物たちがぶつかる戦場から遠く離れたところで、足を緩め僅かに振り返る。
雌雄を決する怪物の名はアサシンとヴァイザー。
裏の頂点決戦だ。
その筋の物からすれば涎垂もののカードだろう。
ピーターですら僅かながらに興味をそそられる。

「まあ立ち去る訳ですが」

未練なく前を向く。
野次馬根性に命を懸けようとまでは思えない。
その辺がピーターがピーターたる所以だろう。

アサシンとオデットという脅威は抜けた。
他の脅威がないとは言い切れないが一先ず山は越えられただろう。
バラッドはどこにいるだろう。

怪物をも騙しきる蛇は、自らの欲望に従い夜の街に消えていった。

【I-8 市街地/夜中】
【ピーター・セヴェール】
[状態]:疲労(大)、頬に切り傷、全身に殴られた痕、マーダー病感染(発病まで0時間)
[装備]:MK16
[道具]:基本支給品一式、MK16の予備弾薬複数、焼け焦げたモーニングスター、SAAの予備弾薬30発、皮製造機の残骸とマニュアル本、『組織』構成員リスト、エンジンボート
[思考・行動]
基本方針:女性を食べたい(食欲的な意味で)。手段は未定だが、とにかく生き残る。
1:バラッドを探す?
2:脱出を目指す参加者を探して潜り込む


931 : 死なずの姫 ◆H3bky6/SCY :2017/08/07(月) 01:22:22 vOx1mw5.0
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あれ程嫌悪した父さんを殺した彼らと同じ血が流れているという事実。









私はそれを否定したくてたまらなかったのです。









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932 : 死なずの姫 ◆H3bky6/SCY :2017/08/07(月) 01:23:33 vOx1mw5.0
至高の殺し屋vs究極の殺し屋。
その頂上決戦の観客は天上から見下ろす月だけだった。
あるいはこの世界の支配者も見ているのかも知れない。

音すら立てず影が動く。
残像すら置き去りにする速さで夜の街を漆黒が駆ける。
魔の血を引き神を喰らいし怪物に挑むはアサシンと呼ばれる人類の極致だ。

迎え撃つは、神の奇跡によって生み出された幾重もの不可視の刃。
その軌道は念動力により歪み、軌道を読むことすら許ない。

だが、アサシンはそれら全てを最低限の動きで避けきった。
街灯の灯っていない暗闇の中、どれ程の夜目が効いているのか。
その漆黒の瞳には空気の流れや僅かな空間の歪みすら映し出されている。
アサシンの眼は宙に舞う塵一つ見逃しはしない。
不可視の風の刃などアサシンにとってはただの斬撃と変わりない。

オデットが鳴らした指に合わせて爆発が起きる。
アサシンはバックステップを繰り返すことでこれを回避。
続いて四方八方から飛んでくる氷塊を潜り抜けるようにして躱してゆく。
爆破の瞬間も無数の氷塊も、アサシンには全て視えている。

ステップを踏むアサシンが踊るようにして前に出た。
その動きを許すまいと、オデットが強く地面を踏みつける。
すると、その足踏みに合わせてアスファルトの大地が隆起を始めた。
これにはたまらず隆起する地面を避けるべくアサシンは大きく飛び退く。

神の動きに合わせ発生する奇跡と言う名の多種多様の現象。
まるで自然と言う世界その物が襲い掛かってくるような錯覚すら覚える。
アサシンを持てしても近づくことすら困難だ。

だが、今度は距離を詰めたのはオデットの方だった。
確実な遠距離の優位を捨てて、圧倒するために近接戦を選ぶ攻撃性。

貫くような蹴りは全て貫く氷の槍を纏い。
振り下ろした手刀に合わせて空間を引き裂くような雷が奔る。
振り回した腕からは酸が放たれ、音を立てて地面を溶かした。
拳と共に放たれた炎が念動力によって渦を巻いた、それはさながら闇を裂き飛ぶ火の鳥だった。

何が飛び出すか分からない、びっくり箱の地雷原だ。
法則の読めない奇跡の優位性は近接戦においても変わらない。
何が起こるのか人の身で予測することなど不可能である。
人の身で神に挑んだ無謀のツケを払わされるように一方的な攻撃に晒され続ける。

アサシンは奇跡の発生の瞬間を見逃さぬよう目を見開く。
ここまで一歩的な攻撃にさらされながら一撃も貰うことなく躱し続けられているのは、現象が発生してから反応できる反射神経を持ったアサシンだからこそだ。
そして一方的にやられているだけのアサシンではない。
敵が近接してくれるのなら願ってもない、こちらも反撃に転じるまでである。

幾度目かの風の刃を身を捻って躱しながら前へと踏み出した。
揺さぶる様に左右に切り返し、生み出された氷を踏みつけ足場として跳ぶ。
炎の渦を潜り抜け、手を伸ばせば届く殺戮領域にまでにじり寄った。
この距離までアサシンの接近を許して生きていた標的はいない。
心臓を抉り出すべくアサシンがナイフの様に腕を振りかぶる。

瞬間。アサシンの目の前からオデットの姿が消えた。
空を切る右腕、同時に背後に気配。
振り返りながら大きく身を仰け反って、すぐ上を通過する氷の槍を回避した。
仰け反った体勢からバク転へと移行してそのまま後方へと下がる。

距離を取ったところで、つっと頭部から熱い何かが垂れてきた。
躱しきれなかった氷の槍が頭部を霞めていたようだ。
指で拭ってぺろりと舐める。

「ああ……そういうのもあるのか」

納得したように敵の情報を更新して行く。
カウンターを取られた。
後ろに回り込んだ動きは単純な高速移動ではない。
どれだけ早かろうともアサシンの眼が見逃すはずがないのだから。
例え音速を超えようとも、この両目が残像すらとらえられないなどあり得ない。
そうなると点から点への瞬間移動と考えるべきだろう。

それに動き出したタイミング。
アサシンはあの攻撃の瞬間、直前に5度ほどフェイクを入れていたが揺さぶられた様子はなかった。
適切に本物の身を見極め、適切なタイミングで身を躱し動いた。

(読まれているな)

自身の攻撃が何らかの方法で先読みされている確信を得る。
では読まれているのは何か。
予備動作か、視線か、思考か、それとも別の何か。

予知のような攻撃察知に瞬間移動。
これほどカウンターに適した能力の組み合わせはないだろう。
にも拘らず自ら攻め込む、獣のような攻撃性を有している。
攻撃的カウンターという矛盾した在り方。
それはまるで、複数の行動原理が入り混じっているようだ。

まあ、そう言う事もあるのだろう。
なぜそうなったのかは知らないが。
そう在る以上、そういう前提で動けばいいだけの話だ。

異なる二つの行動原理に共通しているのは絶対的自信だ。
絶対に自分が勝利するという絶対的自信。
それに漬け込む。


933 : 死なずの姫 ◆H3bky6/SCY :2017/08/07(月) 01:24:27 vOx1mw5.0
アサシンは奇を衒わす真正面からの打ち合いを挑んだ。
オデットは当然のようにこれに応じる。

的確に急所を抉るアサシンの猛攻は全て読まれた。
あらゆるフェイント、視線誘導などには騙されず様子すらなく。
瞬間移動などするまでもないとばかりに一撃も掠る事すらなく見事に躱しきる。

対するオデットの攻撃は苛烈を極めた。
的確に見極められる目が合っても、出てから躱すというのには限度がある。
後手にならざるおえないと言うのは致命的だ。

それでも何とか変幻自在の軌道を辿る石棘を避け、アサシンは自身の放てる最速の突きを放つ。
アサシンにとって最速という事は全人類で最速の攻撃だという事である。
だが、躱された。
アサシンのように初動から動きを読んでるのではない、動き出しが違う。
反応が早すぎる。

今度は思考を分割する。
四つに分け、それぞれで別方向に仕掛ける事を考えながら仕掛けた。
混乱した様子はない。
あっさりと背後へと転移し、踵落としを見舞ってきた。

アサシンの背骨に土塊がめり込む。
流石のアサシンと言えど背後から攻撃後の隙を狙われてはどうしようもない。
逆らわず衝撃を逃がすように回転して跳ぶ。
そのまま着地してひとまず距離を取る。

単純な速さで躱している訳はない。
動作を読まれている訳でもない。
思考を読まれいる訳でもない。

「なるほど、殺気か」

反応した攻撃の種類。
反応したタイミング。
これならば合点がいく。
これはイヴァンに聞いたヴァイザーの特性に近い。

「まさか貴女、ヴァイザーさん、という訳でもないんですよね?」

アサシンとてイヴァンの口頭で聞き及んだだけでヴァイザーの顔までは知らないが。
少なくとも彼の殺戮者が女性だなんて話は聞いたことがない。
何より彼は最初の放送で呼ばれたはずである。

「……違う」

アサシンからすれば軽口のつもりだったが、この問いかけにオデットは動きを止めた。
がりがりと頭を掻き髪を振り乱して否定する。

「違う、違う違う違う違う違う違う!!」
「そうですか。一回言えば分かりますよ」

冷めきった声で切り捨てるアサシン。
オデットは引っかくようして五指を振り切った。
その動きに合せて電撃が奔る。

流石に雷速ともなれば見てから避けるでは間に合わない。
だが電撃はアサシンが避雷針として放り投げたS&WMへと逸れた。
その動きに迷いはない。
予測不可能の神の奇跡から次に何が来るかを読み切ったような動きだった。

「ビンゴですね。だいたい解かりました」

淡々とした声でアサシンが呟く。
そして次の瞬間、跳ねる様に動いた。
その動きを追うようにして地面が鋭く隆起する。
アスファルトの地面が一瞬で串刺しの棘山へと変貌した。
アサシンは大きく回り込むようにしてそれを避けると、オデットに向かってではなく真横へと駆け抜けた。

向かう先にあるのは立ち並ぶ巨大なビル。
そのまま勢いを緩めることなく重力など無い様にビルの壁を駆け抜ける。
それを撃ち落とさんと空気の弾丸が放たれるが。
くり抜かれたように抉られるのはアサシンの過ぎ去ったビル壁であり、風のように駆けるアサシンに追いつけない。

オデットの真上近くまで来たところで所でアサシンは足を止める。
ビルの側面で停止できるはずもなく、そのまま重力に従いそのまま頭から落下していく。
それを撃ち落とすべく、振りぬいたオデットの腕から炎が撒かれ暗い夜の街を鮮やかな赤へと染めた。
自由落下の最中では軌道は変えられず回避は出来ない。

アサシンは懐から爆発札を取り出した。
爆風で自ら吹き飛んでこれを回避。
加速するとともに、落下しながら縦に回転。
女の美しい顔を叩き潰すべく、顔面にオーバーヘッドキックを叩きこむ。

鋭く呻る剛脚。
だが、標的であるオデットの姿が消える。

殺気感知からの瞬間移動。
跳躍しての蹴りなど、外してしまえば隙だらけだ。
オデットは背後に回り込んでその背を串刺しにする算段を立てる。

だが、瞬間移動で転移した先で、オデットの視界は靴底で埋まっていた。
強かに鼻柱を蹴り飛ばされ、鼻骨が折れる。

「よし、当たった」

軽い調子でそう発して地面を滑りながら着地する。
後ろ足で放たれた二つ目の蹴り。
瞬間移動の移動先を読み切っていなければできない偉業である。


934 : 死なずの姫 ◆H3bky6/SCY :2017/08/07(月) 01:25:24 vOx1mw5.0
――――神の奇跡。
神の動作は現象として奇跡を産み出す。
裏を返せばそれはつまり、奇跡は動作の延長線上でしかないと言う事である。

動作と現象の法則性。
多種多様の奇跡は法則などないように見えるがそうでもない。
恐らくオデット自身理解してない法則性をアサシンは解き明かしたのだ。

それは瞬間移動も同じだ。
移動過程を省略して移動結果へとたどり着く奇跡は確かに驚異的なことではあるが。
移動と言う動作の延長線である以上、動き出しの微かな動きを見極めれば移動結果を導き出せる。
カウンターを狙って手の届く範囲に転移したのが仇となった。
反撃可能な範囲ならそれを先読みして攻撃を合わせるだけでいい。

「ッ、のぉ…………!!」

鼻血を垂れ流すオデットが倒れることなく踏みとどまった。
怒りを込めた瞳で睨み付け、大きく振りかぶった両腕を力いっぱい振り下ろす。
地面が爆ぜる程の衝撃波が一直線に奔る。
巻き込まれれば人など容易くバラバラに砕け散るだろう。

だが、もう無意味だ。
何が起きるか分かっている以上、アサシンにはどう間違っても当たらない。
逆にカウンターを取るのはアサシンの方だ。

間合いを詰めながら衝撃波を躱して、眼球に向けて二本の指を突き出した。
殺気は読めている。
オデットはこれを瞬間移動で回避。
だが、それはカウンターを狙った紙一重の転移ではなく、ただ回避をするためだけの大く距離を取る転移だった。

「どうしたんです? カウンター、しないんですか?」

アサシンの挑発にオデットが奥歯を噛み鳴らす。
身を震わせ屈辱を噛み締めるオデットだったが、その動きが止まった。

「はっ」

吐き捨てる様に笑った。
そうして月に向かって両手を挙げる。

気づいたのだ。
攻撃が読めたところで何だというのか。

「だったら」

一帯ごと潰せばいいだけの話だ。
振り下ろす。
巨人の足のような重力場が一帯へと伸し掛かった。
建造物を砕き、街灯をへし折る。
大規模な破壊に粉塵が舞う。
人など容易く押しつぶす圧力だろう。

粉塵が晴れてゆく。
当然ながら立っている人影はオデットだけである。
逃げ場のない攻撃に人でしかないアサシンが耐えられたはずもない。

だが、唐突にクワンという音が鳴り響いた。
思わず音を追ってオデットが空を見上げた。

空には満月が二つ。
いや。一つは鈍く銅に輝く満月のような丸い何かだ。
マンホールである。

それに気づいた瞬間。
ぬらりと足元から現れた黒い影に手首を掴まれた。

「――――捕まえた」

下水管から這い出してきたアサシンだった。
自分の攻撃が読まれていると気付いたならば取る選択肢は二つだ。
読ませないようにするか、読んでも躱せない攻撃を仕掛けるかのどちらかである。

アサシンは読んでも躱せない攻撃がくる事を読んでいた。
読めていればいくらでも対処のしようがある。

咄嗟に掴まれた腕を振り払おうとするオデット。
だが、その膝が突然に崩れた。
それはいかなる魔法か。
掴まれた腕から全身に痺れのような感覚が奔り、ストンと両足から力が抜けたのだ。

それは柔と呼ばれる東洋に伝わる武術の秘伝。
魔法使いをして魔法と見紛う程の技術だった。

両足に力を籠め体勢を立て直そうとするオデット。
取られた腕が引かれ、同時にひり付くような殺気が頭部に突き刺さるのを予感した。
その予感に従うようにオデットの頭部に向けて、鋭い蹴りが放たれる。
いかに攻撃を読んでも、体制が崩れ、腕を掴まれたままでは逃れることはできない。
掴まれたままではアサシンごと瞬間移動するだけだ。


935 : 死なずの姫 ◆H3bky6/SCY :2017/08/07(月) 01:27:11 vOx1mw5.0
咄嗟に首を逸して何とかインパクトのポイントをずらす。
その結果、当たったのは踵ではなく膝裏。ダメージは軽微。
だが、勢いよく振り上げられた足がそのままぬるりと蛇のように喉元に絡みつく。
アサシンは逆足も胴へと巻き付かせ、蹴りからの飛びつき腕ひしぎ逆十字固めへと流れる様に移行する。
そして腕関節を極めると同時に、アサシンは首に巻き付けた膝を曲げギリギリと締め上げた。
気管ではなく頸動脈を絞め上げる足によるスリーパーホールド。
いかに魔族と言え脳と血液が存在する以上、この責め苦からは逃れられない。

筋力はあれど手よりも不器用な足で首を締め上げるなど通常であれば不可能である。
だがアサシンの場合は違う。彼の足は常人の手よりも器用だ。
まして足の筋力は腕の5倍あるとされている。
アサシンの筋力であれば、オデットであろうと振り払うのは不可能だ。

「ぐぅ…………が…………ぅう!!」

片腕にアサシンをぶら下げながらオデットは堪えていた。
倒れることなく両足を踏みしめ、食いしばった口元から泡のような唾液を垂れ流しながら、痛みと苦しみに耐えている。
だがそれも時間の問題だろう。
腕を極められ、首を絞められ、オデットの意識が何処か心地よい浮遊感と共に徐々に白み始めた。
その足元が僅かにふらつく。
片腕にぶら下がるアサシンの重さに耐えきれず、今にも倒れるのかと思われた。

だが――――ただ倒れるなどと、それを許すアサシンではない。

ぶら下がった状態のアサシンが大きく身を振った。
アサシンの動きに合わせて腕の肩関節が捻り上げられ、首があらぬ方向へと捻じ曲がる。
足元の確かではないオデットは、勢いにつられてバランスを失った。
アサシンはそのまま万力の様な強さで首を固定したまま重心を移動させ回転。
強く腕を引くと、ふわりとオデットの足元が浮いた。
天と地が反転する。

打、極、絞、投。
神の因子を取り込んだ魔族を追い詰めたのは、総合格闘と言う人類の英知だった。

足で首を固定したまま直下型フランケンシュタイナーのようにそのまま地面に叩きつける。
顔面から叩きつけられた衝撃は固定された首元へと集約され、頸椎が圧し折れた手応えを、いや足応えをアサシンは確かに感じた。
杭のように撃たれたオデットの体が首を固定したままズルリと崩れ落ちる。

折れた拍子に密着が剥がれた。
その一瞬を逃さずオデットが瞬間移動で離脱する。

「ぐっ…………が………………ギギぃ………」

不自然な角度で首を折り曲げながらオデットが立ち上がる。
仕損じた。
これまで人しか殺してこなかったから人外の生命力を想定していなかったアサシンの落ち度だ。
どの程度の生命力があるのかは知らないが、折ってダメなら捩じ切るまでだ。

「ああぁ…………あぁああー!! ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

追撃に向かおうとするアサシンの足が止まる。
オデットの様子がおかしい。

(何か、雰囲気が、変わった?}

訝しみ様子を伺うように目を細めるアサシンだったが。

唐突に、その体が引き裂かれた。

見えない何かによって脇腹は両断される。
左足は消滅し、右肩は根元から吹き飛んだ。
崩壊は止まらず、黒いシルエットがボロ雑巾のように引き裂かれて行く。
バラバラの黒衣が夜に舞った。

いや違う。
本当に、引き裂かれたのは黒衣だけだ。
肝心の中身は下着姿になってビルの壁に張り付いていた。
アサシンは空蝉の術のように黒衣だけを残して退避したのだ。

回避できたものの今のは危なかった。
アサシンの読みが外れた。
行動パターンが変化したのだ。
と言うより複合的だった行動原理に新たな一つが加わったと言った方が正しいだろうか。
要するに三人目が現れたということ。

「いや、一人目か」

アサシンはそう言い当てる。
恐らくは主人格。
本格的に生命の危機に瀕して表に出てきたのだろう。

「初めまして、ですかね。それとも――――最初から貴女でしたか?」

アサシンはビル壁から飛び降り地面へと着地すると、真実を言い当てるような声で問いを投げた。
数秒の間。
問いかけられた女はどこか苦し気に呻き、おずおずと口を開いた。


936 : 死なずの姫 ◆H3bky6/SCY :2017/08/07(月) 01:28:25 vOx1mw5.0
「違う…………」

両手で抱える様にしてプラプラと垂れさがる頭を振る。
先ほどと同じ、自己を否定する様に取り乱したように叫ぶ。

「こんなのは私じゃない、私のしたことじゃない…………ッ!」
「ああ、そういうのですか」

精神学にも通じるアサシンは、オデット本人よりも正確に彼女の状態を看破した。
辛いこと苦しいことを押し付ける存在が欲しいという願望は多重人格――――解離性同一性障害が生まれる典型的な要因である。

例えば両親に虐待されている子供がいたとする。
大好きな両親が自分を虐待するはずがない虐待されているのは自分ではない別の誰かだと思い込むことで多重人格を発することがある。
それと同じ事だ。

死に瀕して死にたくないと願った女がいた。
死を忌諱する自らの本性に気づいたのだ。
この世界では生き残るためには殺すしかない。
だが自分が生き残るために他者を食い物にするだなんて、これまでの自分の価値観からしてあってはならない事だ。
だから、汚れ役を押し付ける存在を作り上げた。

これは自分ではないのだから、だから殺し合いに乗っても仕方がない。
そうすれば自分だけはお綺麗なまま、怪物に乗っ取られた憐れな被害者でいられた。

無限の死を内包した少女に影響を受けたのは事実だろう。
殺し屋の精神に飲み込まれたのは事実だろう。
超能力者の脳や神の細胞を取り込んで肉体的変質があったのは事実だろう。
だが、それはオデットが主導権を握っていなかった事にはならない。
そもそも『人喰らいの呪』いはそんな呪いではない。

「あ、あ、ああああああああああああああああああああああああああ!!」

ヒステリックで女性的な叫び。
オデットは頭を抱えたまま狂ったように暴れ始めた。

アサシンの背後の街路樹が砕けた。
ビルが砕け、アスファルトが爆ぜる。
見当違いな攻撃だ。
そもそもオデットはアサシンの事を見てすらいない。

これでは読みも何もない。
読み合いを放棄したメクラ打ちだ。
アサシンは冷静に現象の発生を見極め流れるように距離を詰めると、銀の光を走らせる。

「大人しくしていてください」

オデットが崩れ落ちた。
倒れこみ、地上に上げられた魚のように口をパクパクとさせ痙攣していた。

妖刀無銘。
依頼は中断されたが、斬られれば麻痺するというこのナイフの特性は残っている。
こうなれば俎の鯉だ。
動けなくなった相手をいかに調理するかである。
如何に生命力があろうともこれで終わりだ。

「…………………?」

そこで違和感に気づいた。
見れば、アサシンの左腕がねじ曲がった。
まるで絞り切られた雑巾のよう。
中身を全部吐き出して搾りかすだけが残ったような。

それは念動力だった。
皮肉なことに、動けなくなったことがオデットに気づきを齎したのである。

念動力という動作を基点として奇跡を起こしたのだ。
こうなれば事前動作も何もない。
見て、念じるだけで人が殺せる。

危険性に気づいたアサシンは瞬時に動く。
受けけなくなったオデットの頭部を足刀で踏みつけようとするが、機敏に動くオデットがそれを躱した。

在り得ない。
この短時間で麻痺が回復するはずがない。
事実、彼女の体はまだ麻痺したままである。
彼女は操り人形のように念動力で自らの体を操ったのだ。

そうして距離を取ったオデットが絶対不可避の念動力を放つ。
見て念じるだけの人が殺せる正しく必殺。
空間が爆ぜ、領域内が消滅する。

だが、アサシンは躱した。

視線と意思があるのならば、それを読めばいいだけの話だ。
脳内エンドルフィンを調整。
痛みを緩和し行動を制御して、迷いのない恐ろしいほど機敏な動きで暗殺者が動く。

在り得ないような多角的な動きで背後へと回り込む。
一撃必殺の殺意を込めて心臓を穿つ。
瞬間移動しようとも逃がしはしない。
決して見逃さぬよう漆黒の瞳を大きく見開く。

そこで逆さの頭と目が合った。

支えを失い肉と皮だけで繋がった頭が、ぶらりと逆さに垂れさがってる。
視界がぶれ脳が揺れる。


937 : 死なずの姫 ◆H3bky6/SCY :2017/08/07(月) 01:29:28 vOx1mw5.0
幻影の魔眼。
これまでの凶行は自己ではないという否定から使ってこなかったオデットの力だ。

目の良さが仇となった。
瞳から流れ込む幻影が脳を焼き、酷い乗り物酔いのように吐き気がする。

「ハハ…………ッ!」

何故か可笑しくって口元が吊り上った。
作り笑いではなく自然に零れた笑みだった。
どういう訳か満たされる。

念動力による空間消滅。
平衡感覚を失ったアサシンに躱す術など無い筈なのだが、アサシンはそれを躱す。

「ハハッ!」

高らかに、声を出して笑う。
せっかく楽しくなってきたんだ。
すぐ死んでしまうのはもったいない。

空間が次々と消滅していく。
もはや自分がなぜ躱せているのかも分からなくなる。
麻痺した体を操り離れていく相手に追い縋った。

「離れろお!!」

悲鳴のような女の絶叫。
それを躱して、垂れさがった頭部をサッカーボールのように蹴り上げる。
骨と言う支えを失った首の肉が千切れんばかりに伸びきった。

そのまま引き千切ってやろうと頭部を掴もうとしたが、右腕もなくなっている事に気づいた。
いつの間にか攻撃を喰らっていたらしい。
なら次の手段だ。
そうアサシンが切り替えた瞬間だった。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

オデットが叫んだ。
それは悲鳴のようでもあり絶叫のようでもあった。
周囲一帯のガラスが同時に割れる。
叫びが奇跡となり、音波が衝撃となったのだ。

鼓膜が破れ耳と鼻から血が零れた。
両腕があれば耳をふさぐこともできただろうが、今の状態では難しい。

死が近い。
目の前の相手が自分の死か。
自身の死に触れて、生まれて初めて生きていると感じられた。
この瞬間、気づいた。
人は死ぬ為に生まれてきたのだと。
悲観ではなく、限りなく希望に満ちた感情でそう理解した。

その結論は諦めではない、まだ足掻く。
足掻いてこその人間だ。

蹴りを放つ。
躱された。
足元の瓦礫を蹴っ飛ばす。
瞬間移動で避けられ、背後を取られる。
振り返らず、身を躱す。
間に合わない。足先を削られた。
倒れそうになるが食い縛る。
だが、その足が容赦なく捻じ曲げられた。
こうなっては物理的に堪えようがない。
倒れる。
腕がなく受け身が取れない。
起き上がろうとする。
そこに追撃。
脇腹が消滅し臓腑が零れた。

「ガハッ…………!」

血を吐いた。
ああ、この辺が限界だろう。

これにて依頼は失敗。
初めての失敗は望んでいたものだった。
自身の全てを出し切った。
虚無はもう感じなかった。

「ああ…………楽しかっ……ザッ」

満足そうな言葉を遮る様に頭部が消滅する。
誰よりもマイペースに自分勝手生きた暗殺者は最後まで自分だけで完結したように笑いながら死んでいった。

【アサシン 死亡】


938 : 死なずの姫 ◆H3bky6/SCY :2017/08/07(月) 01:29:59 vOx1mw5.0
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■














死に瀕して私は自らの醜さを知りました。














それでも、私は死にたくなどなかったのです。

















【I-7 市街地跡/夜中】
【オデット】
状態:麻痺(行動可能)、首骨折。右腕骨折。神格化。疲労(大)、ダメージ(極大)、首輪解除、マーダー病感染
装備:なし
道具:リヴェイラの首輪、携帯電話
[思考・状況]
基本思考:誰かを殺してでも死にたくない
1:東側の殲滅?
※ヴァイザーの名前を知りません。
※ヴァイザー、詩仁恵莉、茜ヶ久保一、スケアクロウ、尾関夏実、リヴェイラを捕食しました。
※現出している人格は最初からオデットでした


939 : 死なずの姫 ◆H3bky6/SCY :2017/08/07(月) 01:30:53 vOx1mw5.0
投下終了です


940 : ◆H3bky6/SCY :2017/09/13(水) 00:03:48 1vJ9kFe20
投下します


941 : 最強の証明 ◆H3bky6/SCY :2017/09/13(水) 00:05:26 1vJ9kFe20
月は太陽に敗れ地に墜ちた。
寄る辺を失った空は闇へと染まり、希望は暗闇に飲み込まれるように消えていく。
月の力を失った男もまた泥に塗れ地に伏せっていた。

だが地に伏せ、泥に塗れ様とも、正義の炎は未だ消えてなどいない。
まだ終わりなどではない。
この炎は費やしてはならない物だ。
潰やしてなどなる物か。

「もしもし、聞こえるか。応答してくれ。俺は、氷山リク。聞こえていたら応答してくれ」

氷山リクは協力者を募るべく通信機に向けて語りかけていた。
通信が通じたという事は少なくとも呼びかけに応じた誰かがいるという事である。
だがその先の相手が協力的な人物であるとも限らない、もしかしたら危険な人物かもしれない。
固唾を呑んで祈る様に応答を待つ。
そしてノイズ交じりに通信先から返ってきたのは驚愕の声だった。

『氷山リク、だと…………!?』
「その声……まさか、剣神龍次郎か…………ッ!?」

互いに全身総毛立たせ宿敵の名を呼び合う。
正義と悪。
その運命がここで交わるなど、双方にとって予想外の出来事であった。
事故のような予期せぬ交錯に正義のヒーローは強く奥歯をかみしめ、悪の大首領は何処か楽しげに口元を吊り上げた。

「やはり生きていたか、剣神龍次郎……!」
『貴様もなシルバースレイヤー。この俺以外の者に殺されなかったこと喜ばしく思うぞ……!』

正義に見得を切るようにして悪の大首領としての声を上げ、心の底より生存を喜ぶ。
龍次郎にとって氷山リクとは自分と”戦える”数少ない好敵手だ。
そんな相手が生きていると言う事実は龍次郎にとって大変喜ばしい。

だが、リクにとっては違う。
彼にとってブレイカーズは自らの人生を狂わせ、人体実験の果てに改造した不倶戴天の敵である。
そして何より、人々の生活を脅かす悪の組織だ。
寛容になどなれるはずもない相手である。

「龍次郎。聞かせてもらうぞ、貴様はこの場で殺し合いに応じているのか?」

最大の宿敵がどう動いているのか。
何をおいてもまずそれを確認せねばならない。
返答によっては闘争も辞さない覚悟の問いを宿敵は鼻で笑った。

『愚問だな。この俺があのような愚物に言いなりになるはずもなかろう』
「殺し合いには乗っていないと? ならお前はどう動いている?」

問われ、悪の大首領は待っていたとばかりに怪しく喉を鳴らして笑う。

『決まっておろうが! いついかなる世界においても我が覇道はブレイカーズの理念は不変為り!
 我らが最強を示し、ブレイカーズの支配を世に広めるのみである!』
「逆らうもの全てを叩き潰して、か?」
『――――――然り』

迷いなく応える。
自らの信念に一切の曇りなし。

だが、ブレイカーズの覇道は龍次郎が認める強者のためのものだ。
行動理念は違えど、そんなものは殺し合いに乗っているのと変わりがない。
弱者を切り捨てるブレイカーズのやり方をヒーローとして容認できない。
例え世界が変わろうとも悪の在り様が変わらぬならば、ヒーローもまた変わぬ役割を果たすのみ。

「そうはさせない。そうはさせないために、この俺が、ヒーローがいる。お前の野望はこの俺が止めてみせる!」
『よく吠えたシルバースレイヤー! だが果たしてお前に止められるかな!? フハハハハハハハハハ!!!』

ヒーローの啖呵に悪役が高笑を返す。
正しく採石場の日常と言った光景が通信機越しに繰り広げられていた。
ある種、彼らのいつもの調子を取り戻したと言えなくもない。


942 : 最強の証明 ◆H3bky6/SCY :2017/09/13(水) 00:06:41 1vJ9kFe20
『あの、お約束に割り込んで申し訳ないのですが、通信変わってもらってもよろしいでしょうか?』

その妙な流れを断ち切ったのは、済まし通す刃のような若い女の声だった。
予想外の宿敵の登場にすっかり興奮し、通信先に誰か別の人間がいると言う発想が抜け落ちていた。
どこまでも冷静な冷や水のような声が浴びせられ、すっかり別のところに入っていたテンションが落ち着きを取り戻して、妙な気恥しさが残った。
それは龍次郎も同じなのか、おうと言うバツの悪そうな声と同時に通信機が誰かに手渡された気配があった。

『初めましてシルバースレイヤー。私は音ノ宮・亜理子と申します。
 今はブレイカーズの一員、という事になっています』
「…………なるほど」

リクもそこまで察しが悪いわけではない、言い回しからある程度は事情を察せる。
今は、という点を強調してきたのはヒーローであるリクに対して悪の組織に属する人間ではないというアピールだ。
恐らくこの場で龍次郎に徴用されたのだろう。
どうとでも身を振れるようにという保険と言ったところか、この辺の強かさは雪兎を思い起こさせる。

『早速で申し訳ないのですが本題と行きましょう。
 確認ですが、この通信は協力者を募るために連絡してきたという訳ですよね?』
「あ、ああ、そうだけど。言ったっけか…………?」

確かにリクが通信をかけたのは、協力者を募るためである。
だが龍次郎の声が聞こえ、そちらに気を取られてしまったため、勧誘の言葉を述べた記憶はない。

『いいえ。けれどこの状況で通信してくる理由なんて限られるでしょう?
 おそらく貴方は手当たり次第に通信を仕掛けて協力者を募るつもりだった、違いますか?』
「その通りだが…………よくわかったな」

理由が限られるというのは確かだが。
手当たり次第という所まで言い当てられるのは見透かされたようで少し不気味だ。

『単純に第一声が知り合いに向けてものではなかったですから、そうかなと思っただけですよ。
 それに、この1番の通信機は仲間の一人が持ち続けていたものですので貴方が意図してこれに通信したとは考えづらい
 まず1番の通信機にかけたと言うのも手当たり次第に繋げるつもりだったのではないか、とそう考えたんです』
「この通信が最初とは限らないだろう?」
『私たちは1番だけじゃなく複数のバッジを持ってますので』
「なるほど」

確かにそれなら順番もわかる。
複数のメンバーバッジを持っているからこそ成り立つ推論だろう。

『付け加えるなら殺し合いも佳境に差し掛かったこのタイミングで通信するというのも何らかの切っ掛けがあったからでしょう。
 戦利品として通信機を手に入れたか、通信せざるを得ない状況に追い込まれたか、あるいはその両方ですか』
「ご明察だ。大した推理だなあんた」
『別にこの程度推理と呼ぶほどの物でもありませんが、まあ探偵の真似事をしてましたので』

言われて、そこでようやく恵理子から聞いた情報を思い出す。
そういえば探偵カテゴリで音ノ宮・亜理子という名があったはずだ。
そして探偵と聞いてリクの脳裏に一人の男の顔が浮かぶ。

「そうか、探偵…………だったら正一のオッサンと話が合ったかもな」

喪われてしまった恩人に対する感傷めいた独り言。
相手に聞かせようとした訳ではないが、耳に届いてしまったらしく相手は小さな声で不満気に呟いた。

『…………合わなかったわよ』
「ん? 何か言ったか?」
『独り言よ。気にしないで』

何やら少女の柔らかいところに触れてしまったのか、少し棘のある突き放したような語調だった。
少女はそれを失言だったと、すぐさま気を取り直すように一つ咳払いをして、亜理子という少女らしい冷静な声に戻る。

『失礼。話が逸れましたね。シルバースレイヤー。貴方は主催者ワールドオーダーに対して反旗を翻しているのですよね?』
「もちろんだ」
『我らブレイカーズの目的もワールドオーダーの目論見の破壊にあります。
 どうでしょう。我々の目指す地点は同じであるように思われますが』

それはつまり、ワールドオーダー共通の敵がいる以上、その撃破に向けて協力できると言いたいのだろう。
確かに、協力者を求めるリクの方針に沿っている。
例え立ち位置は違えど目的が同一であるのならば協力は可能だ。


943 : 最強の証明 ◆H3bky6/SCY :2017/09/13(水) 00:08:32 1vJ9kFe20
『俺ァ反対だね』

だが反対意見は彼女の上司から出てきた。
どうやらブレイカーズ側でコンセンサスが取れていないようである。

『ヒーローと手を組むなんてまっぴらだぜ。
 ましてやシルバースレイヤーだ。俺らがコイツにどれだけ煮え湯を飲まされてきたと思っている』
「それはこちらの台詞だな。お前らブレイカーズにどれだけ手を焼かされたと思っている」

通信越しに火花を散らす。
確かに龍次郎はリクを気に入ってはいるが、それは好敵手としての好ましさだ。
正義のヒーローと悪の秘密結社。
宿命ともいえる敵対関係の二人はどう考えても相容れない。

『ふん。そうだな。貴様が我がブレイカーズの軍門に下ると言うのであれば考えなくもないが?』
「断る。事件解決に向けて力を合わせること自体は仕方ないにしても、そんな条件は飲む訳にはいかない」

ヒーローにとって事件解消が第一である以上、リクとしてはある程度は譲歩する用意があるが、軍門に下るなどとありえない話だ。
氷山リクにとってブレイカーズは自らを改造した悪の秘密結社だ。
この力のおかげで多くのモノを護れたが、決して許せぬ存在であることに違いはない。

『だったらこの話はなしだ、他を当たれ』

そう答えることなど分かりきっていたのか、膠もなく突き放す。
亜理子が間に入ったから話は続いたが、リクも通信先の相手が龍次郎だった時点で交渉は半ば諦めている。
話は決裂、かと思われたが、完全に決着する前に通信機にただ一人正義でも悪でもない少女が再び割り込む。

『――――少々お待ちを』

通信機を地面に置いたのだろう、その言葉と共に声が遠くなった。
だが完全に聞こえない訳ではなく、途切れ途切れに聞こえてくる。

『……ワールド…………の目的を…………には彼が必要に…………』
『……いらねぇ…………だろ…………』
『……ヒーロー…………担ぎ上げる神輿…………適任だと…………』
『……そぅかぁ? 他にもいんだろ……多分』

どうやら内容を補完するにリクの協力を取り付けるか否かについて相談しているようである。
まあ話の流れ的にそうだろう。
それにしては神輿だの担ぎ上げるだの不穏な単語が聞こえてくるのだが。

漏れ聞こえる声からして龍次郎は不満気だ。
リク加入に龍次郎が我儘を言っているのだろう。
だが利があるのは亜理子の方なのか、徐々に押され始める。

『……アイツぁ……敵対して…………が一番面白れぇ…………よ』
『……協力と…………一時的なモノ…………ワールドオーダーを…………後に存分に…………つければよろしいかと』
『……んん? …………あー。まーそーか………………の野郎を……して、その後に……………と決着を…………寸法だな』
『……はい…………そのために…………スレイヤーを利用して…………いいんです』

反論の声がないのか龍次郎の呻る声が聞こえる。
説得が完了したようで、通信機を拾い上げるような音の後にクリアな声が聞こえた。

『と、いう訳です』
「いや、殆ど丸聞こえだったんだが…………まあいいけど」

亜理子としてはその辺も織り込み済みだったのだろう。
リクとしてもその辺は拘らない。
というより決着をつけると言うのならば望むところである。
利害が一致すると言うのならこれ以上はない、それよりも今は目の前の事件の解決が優先だ。
だが、ただ一つ釘を刺しておく。

「対ワールドオーダーに向けて協力するという方針自体はいい。けど、その過程で弱者を蹂躙するような真似は俺が許さないぞ」
『それは問題ないでしょう。この殺し合いの参加者には全員選ばれるだけの理由(つよさ)がある。
 ましてやここまで生き残った人間に、弱い人間なんているはずもないでしょう?』

龍次郎は強者を好む。
ここまで生き残った猛者たちであれば、彼の眼鏡に適うはず、と言うのは道理である。
無意味な蹂躙など果たさない。
彼が強者でも許さないのは敵対者だけだ。


944 : 最強の証明 ◆H3bky6/SCY :2017/09/13(水) 00:09:17 1vJ9kFe20
『まさか襲ってくる敵まで傷つけるな、なんておっしゃいませんよねぇ?』
「…………ああ、そこまではいわねぇよ」

皮肉気な声。
底意地の悪さが透けて見えるようである。
この少女はこの少女で曲者だ。

『では、早速ですが合流したいのですけど、どちらに御出でで?』
「今は地図の中央にある山頂のダムにいる」

現在位置を告げると、へぇと感心したような声が聞こえた。

『なるほど。流石はヒーロー組織のリーダーというだけのことはありますね。
 ――――それで? そこで何を見つけたんですか?』

何のためにここに来たのか理解しているような確信をつくような問い。
言い当てられ驚いていることを察したのか、その理由を告げる。

『私もそうするつもりでしたから』

当然の様にさらりと答える。
会場が不自然な狭まり方をした時点で中央の調査は懸案事項の一つだった。
ブレイカーズとしての役割がなければ亜理子もそうするつもりだったという事らしい。

「ここに来たのは仲間の発案で俺が考えたわけじゃないんだけどな」

言葉通り、ここに来たのは雪兎の発案である。
手柄を独り占めするのは心苦しいので申し訳程度に述べておく。
少女は追及するでもなく、そうですかとだけ応えた。
察しのいい少女だ、リクが一人でいる事から、その仲間の顛末を察したのだろう。

『それで、そこで何を見つけたんですか?』

改めて話を戻し、余計なことを問わず確信のみを問う。
同盟を結んだ以上隠す理由もない。
リクは先ほど見つけた成果を答える。

「――――鍵穴を見つけた」
『鍵だぁ!?』

何か心当たりでもあるのか。
その報告に大きく反応を示したのは龍次郎の方だった。
興奮する龍次郎とは違い、亜理子は冷静に話を促す。

『どのような鍵穴です?』
「鍵穴自体は少し大きめだが普通の鍵だと思う。こう、何と言うか古い洋館とかにあるような多分そんなカギだ。
 それが水の抜けたダムの底にあった。地図の丁度ど真ん中辺りだと思う」
『よくそんなもん見つけられたな』

龍次郎のつぶやきももっともである。
通常の手段ではダム底に隠された小さな穴なんて見つけられない。
あるかもしれないという発想にすら至れないだろう。

少なくともダムに溜まっていた大量の水を抜く手段が必要となる。
リクの場合、偶然にも水が消滅する事態になったのだが。

「ああ、それは恵理子が…………って、そうだ! 恵理子だ!」

そこまで言って思いだす。
どうしてこんな重要な事を忘れていたのか。
龍次郎に気を取られたせいなのだが、渦中にいるのもその龍次郎である。

『あぁ? 恵理子がどうした?』
「龍次郎、ゴールデンジョイがお前を狙っているんだ!」

必死の訴えだったが、龍次郎の反応は鈍い。

『あぁん? 狙ってるからあんだってんだぁ?
 恵理子如きが俺を狙ったところでどうなるってもんでもないだろ。返り討ちだぜ』

それは戦えば勝てると言う当然の自信だ。
恵理子を侮っているのではない、事実として龍次郎は圧倒的に強い。
だから、なぜリクがそこまで必死になるのか理解できていないようだ。


945 : 最強の証明 ◆H3bky6/SCY :2017/09/13(水) 00:10:23 1vJ9kFe20
「そうじゃない。今の恵理子は普通じゃないんだ」
『元から普通じゃねえだろあの女は』
「いやまあ……確かにそうだが、そうじゃない。
 今しがた俺はアイツと交戦して敗北した――――――そしてあいつにベルトを取られた」
『はん。ざまぁねえな』

宿敵の敗北をつまらなさそうに嘲笑う。
それに関しては言い訳のしようがない。
敗れたのはシルバースレイヤーの力不足だ。
ヒーローは常に勝ち続けねばならない、連戦の疲労など言い訳にもならない。

『それで、なんか問題あんのか?』
「問題ってお前……惑星型怪人ってのは特化パーツを一まとめにする計画だったんだろ?
 『無限動力炉』を持つゴールデンジョイに『完全制御装置』が渡ったってのは、拙いだろ?」
『ぁあん? 計画ぅだぁあ? んだそりゃ? どっかで聞いた気もするが………………。
 っと。あぁ………………あーぁん? うん…………お、お、そうだ! そうだそうだ! 思い出した思い出した、あったなそんなの!』

思い出せたことに気をよくしたのか、龍次郎はガッハハと豪快に笑う。
リクとしては呆れるしかない。

「……おいおい、あんたが管理してるんじゃないのかよ」
『けっ。そういう細けぇ管理はミュートスの仕事だったんだよ。
 ま、兇次郎の野郎が勝手に進めてたなんて事も多々あったがな』

組織の長としてどうなのだろうと思わなくもないが、組織の長なんて案外そんなものかもしれないとJGOEのリーダーは思う。
その辺は役割分担というか適材適所なのだろう。

『要するに調子に乗った恵理子が俺を狙ってるってこったろ?
 なら問題ねぇよ、この俺が負けるとでも思うか?』

即答は出来なかった。
変神した恵理子の圧倒的な力の一端を目の当たりにしたが。
幾度も戦場でまみえ、龍次郎の規格外の強さも誰よりも理解している。

「だがな。恵理子……と言うか兇次郎の奴が言ってたらしいが、『無限動力炉』と『完全制御装置』を合わせたスペックはあんたを超えるらしいぞ?」
『へぇ。そりゃ面白れぇ』

龍次郎はバキバキと指を鳴らした。
失策だった。むしろやる気を出させてしまったようである。
龍次郎の性格を考えれば然もありなんだが。
何を言っても逃げるような性格でもない、これ以上の助言は無意味だろう。

「あんたら、今どこにいるんだ?」
『おい、俺ら今どこにいんだ?』
『地図でいう所のE-9辺りですね』

質問をパスされ少女が応える。
それを聞いてリクは安堵の息を漏らした。
恵理子は西に向かって行ったはずだ。

「なら、恵理子が降りてった方向とは逆方……向…………だ」

そこで唐突にリクの言葉が切れた。
龍次郎たちは通信不良かと訝しむが、そうではない。

リクは言葉を失ったように空を見上げていた。
空ではあり得ない現象が起きていた。

――――昼が来たのだ。

正確には夜と昼を塗り替える光が訪れた。
即ち太陽である。

太陽は西から東へと通常ありえぬ方向へと一直線に飛来する。
それを見て、慌てたように通信機に向かってリクが叫んだ。

「まずいッ! 恵理子が、ゴールデンジョイがそっちに向かったぞ…………ッ!」

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946 : 最強の証明 ◆H3bky6/SCY :2017/09/13(水) 00:11:34 1vJ9kFe20
リクの叫びに龍次郎が大きく舌を打った。
龍次郎にとって脅威ではなくとも、戦うにはいろいろと準備が必要な相手だ。
今ここで戦うのは状況が些かまずい。
一先ず亜理子に荷物を預けて告げる。

「聞いての通り面倒が来るみてぇだ。亜理子、お前はしばらく離れて、」

だが、そこで龍次郎が言葉を止めた。
龍次郎だけではない亜理子も言葉を失い同じ空を見上げていた。

異変は亜理子にも分かる程に明確だった。
遠方の空より世界を染め上げる黄金の光が迫る。

速すぎる。
会場の中央にいたリクの上空を通り過ぎてから数秒と経っていない。
いったい、どれほどの常識外れた速さだというのか。
飛行物体は龍次郎たちに接近すると慣性すらないように上空でピタリと停止した。

「――――――こんばんわ。大首領。お久しぶりですね」

太陽が言葉を放つ。
何せ光に包まれた真昼のような明るさなのだ、こんばんわという挨拶は不釣り合いだろう。
いやそれ以前に、亜理子にとって目の前の存在が人間の言葉を話すのが違和感でしかなかった。

目の前の存在には思わず平伏したくなるような神々しさがあった。
歴史に残る宗教画を生で観たような感動がある。
聖書には神を太陽になぞらえた一文があり、多くの宗教において太陽は神と同一視されているという。
太陽神。目の前の存在は正しくそれだ。

偉大すぎる存在を前にして、自らの矮小さを突き付けられるよう。
見ているだけで思わず自殺してしまいたくなる衝動に駆られる。
それはそうだろう。
こんなものを目の当たりにして、正気でいられる方がどうかしている。

「――――――亜理子ゥ!!」
「…………ッ!?」

鼓膜を劈くような一喝。
音という物理的衝撃に強制的に正気を取り戻される。
入れ替わりに太陽神の威光に飲まれるでもなく、一切の揺るぎなく前へと踏みでる足が一つ。
目の前の神の如き女は異常だが、この男もまたマトモではない。

「よぅ。こんな夜中にピカピカ、ピカピカと光りやがって、ちったあご近所様の迷惑考えやがれよなぁ! 恵理子よぉ…………ッ!!」
「はっ。迷惑だなんてどの口が言うのか。迷惑というならあなたの存在自体が世間様のご迷惑でしかないでしょう、大首領……ッ!!」

天と地を挟んで神人と龍人が睨み合う。
人でしかない亜理子の存在などそれだけで吹き飛んでしまいそう。
喉が渇きごくりと唾を飲む。
いや、実際に空気が乾燥している?

「なんでもシルバースレイヤーに勝って、調子に乗って俺のタマぁ取りに来たらしなぁ?」
「おや、よく御存じで。ああ……なるほどリクさんと連絡を取られたんですね。正義と悪、仲のよろしいことで」

目ざとく亜理子の手元の悪党商会メンバーバッチを認め、恵理子は大体の経緯を察した。
他ならぬ悪党商会の幹部としてメンバーバッチの機能など当然の様に把握している。

恵理子がリクに勝利し変身ベルトを手に入れた事実を知るのはモリシゲとリクだけだ。
モリシゲが話すはずもないのだから通信相手は一人に限られる。

「誰が。奴がどうしても俺の下につきたいってんでな。寛容な俺様が受け入れてやったんだよ」

亜理子の手元のバッチから抗議の声らしきものが漏れ聞こえるが黙殺する。
今はそれどころではない。

「で? オメェはどうすんだ恵理子?」
「どうとは?
「土下座して俺に忠誠を誓い直すと詫びりゃあ許してやらんこともないぜ?」

意地悪く笑いながら、土下座しろと地面を指す。
恵理子はそれをバカにしたように笑い飛ばす。

「冗談。あなたの下に付くだなんて二度と御免だ。
 私はあなたを処分しに来たんですよ、悪党商会として」

宣戦布告を受け、龍次郎の全身から放たれる圧が高まる。
龍次郎は自らに逆らう敵対者を許しはしない。
一切の容赦も慈悲もなく全てを叩き潰す破壊者にして圧制者。
それがブレイカーズ大首領――剣神龍次郎である。

「恵理子よぉ。テメェも一時とはいえ俺の下にいたんだ、俺にケンカ売るってのがどういう意味か理解してんだろうなぁ?
 テメェ―――――――本気で俺に勝てると思ってんのか?」

龍次郎の眼光が赤い殺意の色を帯び、恵理子の全身を射抜いた。
まるで重力が増したような圧に思わず息を呑む。
神にも等しい力を手に入れたこのゴールデンジョイが、一瞬とは言え呑みまれた。

否。否である。
それはこれまで龍次郎に辛酸を舐めさせられてきた心的外傷によるものだ。
龍次郎の物言いは、今のゴールデンジョイがどれ程の力を得たか知らぬ愚者の戯言である。
それを思い知らさねばならない。


947 : 最強の証明 ◆H3bky6/SCY :2017/09/13(水) 00:12:36 1vJ9kFe20
「ええ! 思ってますとも!」

叫び、目を見開く。
その心的外傷を乗り越える時。
ゴールデンジョイが眩く発光を始めた。

宙に舞う黄金の周囲に紅蓮の灼熱が渦を巻き、球体となり膨れ上がってゆく。
龍の威圧すら飲み込む超高熱の質量を持って、太陽が膨張する。

世界を染める閃光。全てを薙ぎ払う熱風が奔る。
周囲は一瞬で地獄と化した。
まさしく太陽その物と言った熱量に全ての生命は燃え尽き、世界は赤く染まる。

広域殲滅型の名に恥じぬ虐殺仕様。
ゴールデンジョイの戦い方はとにかく周囲を巻き込む。
みみっちく人一人を殺すだなんてケチな戦い方はしない。
ルナフォームになろうともそれは変わらず、むしろその規模を拡大させていた。

広がる草原は炎上し、焼け野原を超え一瞬で黒く灰になるまで燃え尽きた。
水分は干上がり、地面はこの世の終わりのようにヒビ割れる。
空は燃え上がったように灼熱に染まり陽炎に揺らめいていた。
酸素は燃え尽き息を吸う事すらままならない。
まるで地獄がこの世に顕現したかのような有り様だった。

だが、そんな地獄に在っても剣神龍次郎は健在だった。
仁王立ちで不動のまま夜の太陽を睨む。
どのような過酷さもこの男を侵すことなど不可能である。

しかし、魔法少女の力を得たとはいえただの人間には耐えきれない。
亜理子という少女は影すら残さず消滅した。跡形すらない

「…………テメェ」
「失礼。挨拶程度のつもりだったんですけど、こうも簡単に消し飛んでしまうとは思いませんでした。
 まあいいですよね? 正義でも悪でもない、ただの一般人のようでしたから」

人一人を消し去ったことに一切悪びれることなく言い放つ。
こう見えて龍次郎は仲間意識が強い。
一度認めた物はそう簡単に覆さない頑なさを持っているが故に裏切りに対してもなかなかに苛烈だ。
そんな龍次郎が目の前で仲間を殺されたのだ、激昂して隙を見せるかもしれない。
この怪物に隙の一つでも作れるなら人一人の命など安いものだ。

「恵理子――――」

努めて感情を抑えた声。
すぐさま激昂して飛んでくるかと思ったが、元より仲間と呼べるほどの間柄ではなかったのか。
確かに怒りの感情を覚えているが、爆発するほどではない。
当てが外れたか。
そう思ったが、その矛先は恵理子の予想とはまるで違う方向に向けられていた。

「テメェ……正一の木刀が燃え尽きちまったじゃねぇかッ!」
「………………なんですって?」

その言葉にハッと龍次郎の傍ら、少女の居た場所を見る。
確かに太陽が如き灼熱に中てられては、人の身など一瞬で灰塵と化すだろう。
だがしかし、骨も塵すらも残らないと言うのはさすがに在り得ない。

「…………まさか、本当に消えた?」

空間転移。
恵理子のデーターベースによれば音ノ宮・亜理子にそのような能力はない。
だがワールドオーダーの用意した支給品全てまで把握しているわけではない。
妙な格好をしているとは思ったが、魔法少女のような恰好は伊達ではなかったという事だろうか。

「あんだよ、当てが外れたって顔だな――――――――ブレイカーズを舐めんなよ。
 端から裏切るつもりだったオメェにゃわかんねぇだろうけどな。
 お前如きに殺されるような弱味噌はブレイカーズにゃ一人もいねぇんだよ」

言葉のぶつけ合いはここまでばかりに、空気が歪む。
共に放つ殺気は膨れ上がり、灼熱の空気は漆黒となる。
龍次郎の身が人の身から龍の身――――ドラゴモストロへと変化して行く。
太陽が如く天に浮かぶゴールデンジョイは地より吼える黒龍を見下ろし叫ぶ。

「これから殺されるんですよ――――――アナタがッ!」

極限にまで達した力と力が衝突する。

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948 : 最強の証明 ◆H3bky6/SCY :2017/09/13(水) 00:14:41 1vJ9kFe20
「なんだ…………!?」

リクが困惑の声を漏らす。
太陽フレアの電磁波による影響か、恵理子の登場からノイズが奔り、ついにバッチからバチバチと火花が散り始めたのだ。
爆発する!?
そう思いバッチを放り投げたところで、そこからなんとゴスロリ姿の少女が飛び出してきた。

「きゃ!?」

宙に放り出されるのは予想外だったのか
少女はそのまま尻から地面に落ちて、可愛らしい小さな悲鳴を上げた。

「…………っぅ」

打ちつけた臀部が痛かったのか、それともぬかるんだ地面の感触が気持ち悪かったのか顔をしかめる。
呆気に取られるリクの視線に気づいたのか、何事もなかったようにすまし顔で立ち上がり、尻についた泥汚れを払った。

「…………どーも」
「君は…………?」
「分からないかしら、意外と鈍いのねシルバースレイヤー」

その問いに妖艶さすら漂う不敵さで少女はクスクスと笑う。
どうやら先ほどの失態はなかったことにしたようだ。

「いや。あぁ、いや。わかる。音ノ宮・亜理子だな」

声からして先ほどまで通信していた少女である事は理解できる。

「しかし、どうやってここに…………?」

疑問があるとしたらそこだ。
瞬間移動の使い手だとして、数Kmに及ぶ遠距離移動は難しい。
ランダム転移やマーキングした場所ならまだしも、行ったこともない場所を目的地を指定して、正確に転移するなど簡単にはできないはずだ。

「支給品を使ったのよ」

少女の答えは簡潔だった。
通信を介して転移する『電気信号変換装置』。
通信状態あった悪党商会メンバーバッチを介して転移した、という事らしい。

「それよりも、まず確認させて、貴方が見つけた鍵穴というのを」
「あ、ああ」

丁寧だった通信越しの態度は上司向けの態度だったらしく、言葉遣いも幾らか素っ気ない。
戸惑いながらも案内する。
と言うより案内するまでもなくすぐ足元だった。
リクが足元の泥を払うとすぐさま鍵穴を露わになった。

「なるほど、本当に地面にあるのね」

屈みこんで、白く細い指先で鍵穴をなぞった。
鍵穴だけではなくその周囲の泥を慎重に払って行き調べていく。
リクの雑な調査とは比べるべくもない、まるで警察の鑑識のようだ。いや探偵だったか。

亜理子の調査が終了する。
鍵穴は約2m四方の鉄板の中心に配されていた。
どういう仕掛けか、ダム底に合ったにも関わらず鍵穴に泥が詰まっているという事もなかった。
鍵さえあれば開くことはできるだろう。

「鍵を開いたらどうなるのかしら…………?」
「そりゃあ扉が開くんだろ?」
「地面にある扉が?」

扉は地面にあり、鍵はその中央にある。
鍵を開いた瞬間、落とし穴みたいに真っ逆さま、なんてことになりかねない。

「大首領から荷物は預かってる、鍵はここにあるわ」

鍵を見せつける様に取りだすと、リクへと差し出す。

「俺に開けろってか?」
「ええ、運動神経はあなたの方がいいでしょ」

仮に落下しても回避できるだろう、という事のようだ。


949 : 最強の証明 ◆H3bky6/SCY :2017/09/13(水) 00:16:35 1vJ9kFe20
「……いや、今ボロボロなんだがな」

そんな罠があったら回避できる自信はない。
愚痴りつつもそれが自分の役割かと割り切り鍵を取る。

試しに鉄板の外から何とかならないかと試みるが鍵までは手が届きそうにない。
やはり鍵を開けるには上に載るしかなさそうである。

鉄板を進み鍵穴の上に立つと一つ息を呑む。
鍵穴へと差し込むと鍵は抵抗なくすんなりと刺さった。

「開けるぞ」

少女が頷きを返したのを確認して鍵穴を捻る。
ダム底に沈んでいたとは思えないほどすんなりと鍵は回った。
カチャリと、鍵が開いた手応えがある。

身構えるがとりあえずいきなり落下するという事はないようだ。
一先ず胸をなでおろす。

「と言うか、何が変わったんだ?」

鍵が開いた手応えはあったのだが、何も変わった様子はない。

「そうでもないわよ」

そう言って探偵少女が鉄板の端へと移動する。
そこにはの先ほどまでなかった溝のような凹みがあった。
恐らく鍵を開いた時にできたのだろう。

「取っ手か」
「ええ、多分これを引けば扉が開くわ。地下室への扉と言えば引き戸だって相場が決まってるもの」
「そう言うものか…………?」

よくわからない相場である。
リクが上から退き、亜理子が扉を引き上げた。
だが、少女の力では重い鉄扉は開かず、うんうんと唸る少女が睨むようにこちらに視線をやる。

「……見てないで手伝って貰えるかしら」
「へいへい。了解」

文系少女と重症者。
半人前同士がせーのと力を合わせて扉を持ち上げる。
ズズと鉄扉が持ち上がり、その中が徐々に露わになった。

「…………なんだこれ」

完全に扉を開ききり、その中を見る。
そこには地下へと続く階段などなく、ただ闇が広がっていた。
どこまで続いているのか分からないほど底の見えない暗闇だった。

【F-6 山中(ダム底中央)/夜中】
【氷山リク】
状態:疲労(極大)、全身ダメージ(極大)、両腕ダメージ(大)、右腿に傷(大)
装備:なし
道具:悪党商会メンバーバッチ(2番) 、工作道具(プロ用)、リッターゲベーア、データチップ[02]、首輪の中身、謎の鍵、基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(確認済み)
[思考・状況]
基本思考:人々を守り、バトルロワイアルを止め、ワールドオーダーを倒す。
1:穴を調べる
2:火輪珠美と合流したい
3:悪党商会を警戒
※大よその参加者の知識を得ました

【音ノ宮・亜理子】
[状態]:左脇腹、右肩にダメージ、疲労(中)
[装備]:魔法少女変身ステッキ、オデットの杖、悪党商会メンバーバッチ(1番)、悪党商会メンバーバッチ(3番)
[道具]:基本支給品一式×2、M24SWS(3/5)、7.62x51mmNATO弾×3、アイスピック
    双眼鏡、鴉の手紙、電気信号変換装置、地下通路マップ、首輪探知機
    データチップ[01]、データチップ[05]、データチップ[07]、セスペェリアの首輪
[思考]
基本行動方針:ワールドオーダーの計画を完膚なきまでに成功させる。
1:扉の先を調査する
2:データチップの中身を確認するため市街地へ
※魔力封印魔法を習得しました

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


950 : 最強の証明 ◆H3bky6/SCY :2017/09/13(水) 00:18:47 1vJ9kFe20
燃え尽きた世界は終焉を示すように赤に染まっていた。
周囲に誰もいなかったのは幸運だろう。
過酷な世界を生み出した神と、過酷な世界を物ともしない龍。
この地獄のような世界において生存を許されているのはこの二人だけである。

水分を失った空気は乾き切り、押し当てられる闘気に火花が散った。
選ばれし神と龍。
互いに己が最強を証明すべく衝突を始めた。

開始を告げる様に、何かが爆発したような轟音が響いた。
機先を制したのはドラゴモストロだ。
制空権を持つのは太陽の専売特許ではないとばかりにワイバーン・フォームとなり太陽へ向けて舞い上がる。
先ほどの轟音は一瞬で超音速に達した飛龍の巨体が空気の壁を突破した音だ。
音速を超えたことにより、産み出されるソニックブーム。
これほどの巨躯が衝撃波を伴い突撃するともなれば、触れるもの全てを例外なく破壊するだろう。

だが、ルナティックフォームとなったゴールデンジョイはそれを容易く上回った。
音速の弾丸となったドラゴモストロを、それ以上の速度で回避する。
異常な軌道で迂回して、更にその後ろへと回り込んだ。
そして超音速で移動を続けるドラゴモストロの背後に追いつき尻尾を掴む。

空中でそのまま振り回すように回転する。
残像すら振り切れる、死のジャイアントスイング。

「そぉーーぅれ…………ッ!!!」

陽気な掛け声とともに手を放す。
空中から地面へと叩きつけられ、隕石の様に墜落する。
乾いた大地が砕け散り、巨大なクレーターが生み出された。

「ハァ――――――ッ!」

ゴールデンジョイの両腕が神々しい光を帯びる。
そして地面に落ちたドラゴモストロ目がけ弾丸のような光弾を続けざまに放った。
連射連射連射連射連射。
百は下らないという連射に次ぐ連射。
一撃でブレイカーズの上級怪人すら屠り去るほどの光弾が瀑布のように叩き込まれる。

「――――ゥザってぇんだよ!!!」

降り注ぐ光の雨を打ち破るように、地面から上空に向かって赤い炎が奔った。
灼熱の塊が太陽を目指す。
ゴールデンジョイは連打の手を止め、優雅に空中で身を翻して火炎弾を躱した。
だが、火炎弾は一つではない。
お返しとばかりにドラゴモストロは魔王すら破った火炎弾を惜しげもなく連射する。

恐るべき火炎弾の嵐を太陽の化身はフンと鼻で笑う。
スッと壁を作る様に前方に手を振るった。
その軌跡に焔が舞い、業火が障壁のように形となる。

火炎弾はその炎の壁に飲み込まれて消滅した。
ドラゴモストロの切り札に対して、太陽の化身たるゴールデンジョイはすこぶる相性がいい。
どれほど強力であろうとも炎である以上、いかなる劫火とて太陽を上回ることなど出来ないのだから。

だが、その炎の壁を食い破ろうとするのは炎だけではない。

漆黒の影が炎の壁を突き破り、ゴールデンジョイの目の前に現れる。
それは野太く強靭な腕だった。
漆黒の龍が全身から煙を上げながら火炎弾に追従して距離を詰めていた。
炎の壁を突き破った腕が、そのまま顔面を掴みあげる。

「ぐっ………………のォ」

顔面を拘束するのは何の異能も変哲もない、ただの怪力だ。
だが、そのただの怪力をどう足掻いても振りほどけない。
なんて馬鹿力。
黒龍は乱暴に顔面を掴みあげた腕を、野球のピッチャーのように振りかぶった。

「ぉぉぉおるるるるるるるるああああぁぁぁあ!!!」

そのまま何の衒いもなく力任せに地面に向けて投げつける。
大地が破砕した炸裂音が響く。
神気を帯びた黄金の怪人が、ボールみたいに大きくバウンドして転がった。

天高く浮かぶ太陽を大地へと引きずりおろした黒龍はズシンと地面を砕きながら、自身も地面へと着地する。
そして倒れる相手を見下ろし、詰まった血を荒い鼻息を共に吐き出した。


951 : 最強の証明 ◆H3bky6/SCY :2017/09/13(水) 00:19:59 1vJ9kFe20
「フン。お返しだぜ」
「ぐッ…………この」

忌々しげに歯を食いしばりながら立ち上がる。
マスクの下で垂れた血液が拭うまでもなく赤い血煙となって蒸発した。
嘗めてかかった訳でもないが、やはり強い。
目の前にいる男は、間違いなく世界最強の生物であると再認識する。

「おら、お天道様は地面に沈む時間だぜ、恵理子」

腕をグルグルと回して、首をコキリと鳴らす。
その体が近接戦に特化したファブニール・フォームへと変わる。
ドラゴモストロは空中戦はおろか水中戦すら可能だが、やはり得意とするのは地上戦での殴り合いだ。
得意のフィールドに空飛ぶ太陽を引きずりおろした。

「だからって、誰が近接戦に付き合いますか…………!」

太陽を中心として放射線状に閃光が広がる。
光の扇のように広がる閃光、総じて1024本。
そのすべてが光の直進性を無視した曲線を描いて、漆黒の龍を塗りつぶすように収束する。

「――――――鬱ッッ陶しいッ!!!!」

収束した光を殴り飛ばすようにして弾き返す。
弾き飛ばされた閃光はゴールデンジョイのすぐ横の地面を大きく抉り地形を変えた。
まるで虫でも払うような気軽さで光線を払う非常識が、殴れる距離まで近づくべく前へと踏みでる。

踏みでた瞬間、その間合いに入った。
刃のように鋭い閃光が奔る。
それは近づく者すべてを自動で切り裂く自動反撃(オートカウンター)。
抜け目なく黄金の怪人はその領域を敷いていた。
知覚すら不可能な光の刃が嵐となって領域を侵す者へと襲い掛かる。

だが止まらない。
光の刃など存在しないかのような歩み。
何をしたわけでもない。
単純に刃が通じていないのだ。

防御とタフネス。
ただそれだけを極めつくした圧倒的スペックを前に自動反撃など何するものぞ。
ドラゴモストロの歩みは止まる気配すらない。

「やっぱり自動(オート)はダメですねぇ。狙いは強く正確にですかね」

そう言って差し出した指先には光が集約していた。
それは自動反撃で時間を稼いでいる間に溜めた太陽光を凝縮したような濃密な輝きである。
『完全制御装置』によるエネルギー集約。奪い取ったシルバースレイヤーの特性だ。

その光を認めて、ドラゴモストロはようやく一時的に足を止めた。
ディウスの禁術に似ていると直感するが、ディウスは腕だったのに対してゴールデンジョイは指だ、圧縮率が違う。
門を閉じる様にして両腕を顔の前に固める。
腰を据えた受けの体勢だ。

次の瞬間、灼熱の大地を貫くように赤熱色の閃光が音もなく放たれた。

閃光は急所を護る前腕部に衝突する。
その閃光には生き残った参加者全てを一撃で葬り去ることができる威力が秘められていた。
これほどの一撃、直撃すればいかにドラゴモストロとはいえ無事ではすまない。

龍鱗が弾け、ドラゴモストロの巨体が電車道を作りながら押し出される。
押し出されながら腕を捻り、最も固い龍鱗で角度をつけて閃光を受け流す。
逸れた閃光は地面を抉り、地図が書き換わるほどの損害を残しながら世界の彼方まで消えていった。

戦闘に置いてはこの男はバカではない。
受け流す事により、凝縮レーザーをやり過ごした。

次はこちらの順番とばかりに、ダン、と強い足音を立てロケットのような速度で巨体が舞った。
その勢いまま、空間ごと抉り取るような大振りの左を見舞う。

その一撃をゴールデンジョイは光が如き速度で後退し回避する。
地上においても太陽の輝きは変わらず、月光のような冴えを見せていた。

詰めた距離を開かせないとばかりに再度龍が前へと踏み込む。
ゴールデンジョイが高速で異次元な軌道をたどるUFOならばドラゴモストロは一踏みで爆発的加速を行うロケットだ。
直線的な速度ならば負けてはいない。

黄金の残滓を振りまきながら後ろ向きのまま飛行する太陽。
目の前には弾丸のような速度で邪悪に目を光らせる巨龍が迫っていた。
その様はさながら怪獣映画である。
怪獣を撃退すべく、後方に飛行しながら指先からレーザーを連射する。


952 : 最強の証明 ◆H3bky6/SCY :2017/09/13(水) 00:21:26 1vJ9kFe20
だが、速射性を重視した攻撃では肉厚なドラゴモストロの防御は打ち抜けない。
この防御を打ち抜くには先ほどの様に溜めがなければ難しいだろう。
速射の手を止め指先に力を集約する。

だが、その隙を待っていたのか、連射が止まったその瞬間ドラゴモストロは一際強く地面を踏み込んだ。
踏み込みの強さに耐えきれず地面が破砕する。

「な…………っ!?」

刹那の拍子に目の前に龍の巨体が出現した。
継続的な速度ならばワイバーン・フォームだが、一瞬の加速ならばファブニール・フォームが勝る。
間合いに入ったドラゴモストロの右拳がゴールデンジョイを捕らえた。

身を庇うようにして咄嗟にガードを差し込むが、防御の上から吹き飛ばされる。
戦艦の砲撃を近接で喰らったような衝撃が全身を突き抜けた。

ゴールデンジョイの体が弾丸のような速度で吹き飛び地面に数回打ち付けられる。
回転して飛行能力でブレーキをかけたところで、ようやく勢いを止め静止した。
ダメージは指先に溜めていたエネルギーをガードする腕に回すことにより軽減した。
そうでなければ如何に神が如き力を得たゴールデンジョイの腕といえども、容易くへし折れていただろう。

「くっ…………」

だが、ダメージは大きい。
そのまま浮き上がり宙へと退避する。

「逃ぃがすかぁよ…………ッ!」

この勝機を逃すはずもなく、黒龍は追撃に走る。
体勢など整えさせない。龍は一直線に太陽へと向かった。

「――――――――かかった」

逃避しながら仮面の下で恵理子が笑う。
駆ける黒龍、その首元が点滅を始める。

瞬間。籠った音が響き、野太い龍の首が爆発した。

恵理子が逃げ込んだここはB-9エリア。
即ち――――禁止エリアである。

既に首輪を解いていた恵理子にとって鼻歌交じりで歩ける散歩コースだが。
龍次郎、いや他の全ての参加者にとっては絶対的な死の領域である。
進入禁止のルールを侵した以上、参加者にもたらされるのは死だ。
この世界はそういう常識(ルール)で動いている。

だが、しかし。
それは常識の範囲内の話だ。
それを無視する規格外は斯様に存在する。

「………………小賢しい、こんな小細工で俺を殺せると本気で思ったのか?」

聞くだけで人が殺せるような怒りの籠った声だった。
首から血煙を上げながら怒気を放つ龍が赤く目を光らせる。
嵌められた事より、この程度で殺せると侮られたことに怒りを覚えているようだ。

参加者を殺すシステムの直撃を受けながら最強の龍は健在である。
それも当然の帰結だ。
あの程度の爆発では最強たる龍次郎の首を断つには至らない。

「あの人に期待した私がバカでしたか。まったくその辺しっかりして欲しいものですよねぇ。
 まぁ、これで殺せるとはあんまり思ってなかったですけどね、実際」

ため息交じりに、やれやれと首を振る。
呆れながらもこの結果は予測していた。
首輪とは参加者を縛り、参加者を殺すシステムだ。
龍次郎に対しても何らかの対策をワールドオーダーが取っているのならあるいは、と思ったが期待外れだ。
あるいは、龍次郎がそれ以上に規格外だったのか。

「ああ――――――なんて理不尽。なんて不条理。なんて滅茶苦茶。それがあなただ大首領」

世界のルールにすら逆らうその不条理を黄金の神人は嘆く様に吐き出す。
あるいは、そうなることを理解していたような諦めの声のようにも聞こえる。

「あなたの前ではどんな小細工も意味をなさないでしょう。
 故に、私は理解しました。あなたを倒す方法は一つだと」

一つ、と立てた指で神が如き怪人は天を指さした。

「あなたが力を振りかざすのならば、それ以上の力で叩き潰す。
 今の私になら――――――それができる」

力を叩き潰すのはより強い力だ。
小細工は無用。
神に至るこの力を持って、最強を凌駕する。
その神からの挑戦状を最強の男は、ふんと一笑に付す。


953 : 最強の証明 ◆H3bky6/SCY :2017/09/13(水) 00:24:05 1vJ9kFe20
「テメェじゃ無理だよ恵理子。本気で俺を殺したきゃシルバースレイヤーかモリシゲの野郎を連れてきな」

その言葉に、黄金の神人は仮面の下の目を不愉快そうに細めた。

「…………わかりませんね。社長はともかく、どうしてシルバースレイヤーをそこまで評価するのか。
 私、勝ってますよ彼に。私の方が強いでしょう? それともただの安い挑発ですか?」

このベルトこそ直接対決を制した戦利品である。
シルバースレイヤーよりもゴールデンジョイが優れているという証だ。

「ちげえよ。俺からしてみりゃお前らの強さなんざドッコイドッコイだ。
 けどな、あいつは挑んできたぜこの俺に、何度も何度もな。お前と対して変わらない力で、逃げも隠れもせず真正面からな。
 俺にビビってブレイカーズからケツ撒いたお前とは違う」
「…………別に、あなたにビビって逃げたわけじゃないんですけどねぇ。もともとそう言う予定でしたし。
 それに今こうして挑んでるじゃないですか」

苦手意識を持っていたのは事実だが、元より裏切る予定のスパイだった。
臆病者の誹りを受ける謂れはない。

「けっ。お前はちょっと力を手に入れたからって調子に乗って仕掛けてきただろうが。
 いいか、確かにテメェは頭がいい。けどな、その賢い頭で勝算があると思った時にしか戦わない」
「それが何か? 戦略とはそう言う物でしょう?」
「そうさお前の言う通りだ。だがな、戦う理由ってのはなそう言う小賢しい理屈じゃねえだろ。
 そんなものを振りかざしてるからお前は俺に勝てねぇんだ」
「なにをバカな。そんなだから貴方の組織の怪人たちはヒーロー相手に無惨に爆死し続けるのです。
 そんな精神論がなくても勝てますよ」
「そう思うんならやってみな」
「――――言われずとも」

天を指す指先に小さな火が灯り、打ち上げ花火のようにすーと天高くへと舞い上がった。
その光につられるように龍の瞳が空を見上げた。

瞬間、太陽が地に落ち闇を取り戻した夜の空が再び白み始める。
天に舞い上がった炎の渦は原初の惑星のように赤く溶岩のように蠢いていた。
炎が火球の周囲を渦を巻くたび球体は徐々に肥大化して行く。
その大きさはあっという間に天に浮かぶ月を超え、空一杯を埋め尽くす。

もはや昼よりも明るい白に空が染まる。
それはまさしく新たに生み出された太陽だった。

「―――――――――堕ちろ」

天を指す指が振り下ろされ、最強を謳う龍に向けて突きつけられた。
それに従うように、ゆっくりと太陽が墜ちる。
いや、火球のあまりの巨大さに相対的にスローに見えるだけだ。
実際は全てを飲み込むほど巨大な質量が躱しようのない速度で墜ち行く。

その接近に伴い、燃え上がるほどの熱風が大地を攫う。
既に燃え尽き灰となった草木が薙ぎ払われてゆく。

龍次郎の視界が世界ごと飲み込むような圧倒的な赤に染まる。
一か八かワイバーン・フォームの高速移動であればギリギリ離脱できる可能性はあるかもしれない。

「がぁ―――――――――――――――――――――ああああああああああああ!!!!」

ドラゴモストロが駆けた。
迫りくる太陽に向かって、真正面から拳を振り上げる。
逃げの選択を取るなど龍次郎に在り得ない。

巨大な熱の塊を拳で打ち抜く。
こんなもの本来であれば押し合いにすらなるはずがない。
だが、この男はその常識を容易く打ち破る。

炸裂音とも爆発音ともつかないくぐもった音が響いだ。
巨大な波のような衝撃が太陽の表面を震わせる。

「――――――――――――おおおおおるるるるあああああああああぁぁ!!」

押し返すように拳を振り抜く。
熱は弾け、巨大な太陽が内側から爆発するように膨れ上がる。
太陽は一瞬大きく光を放つと、周囲に熱風と剛炎を撒き散らしながら霧散する様に消滅した。
黒龍は太陽と打ち合た拳に息を吹きかけ汚れを払う。

「バカな――――――」

これには流石に言葉を失う。
太陽落としは収束レーザー以上の火力を持った攻撃である。
仕留めきれない可能性は考慮したが、こうも容易く跳ね除けられるとは思わなかった。
首輪という鎖が解かれたという事がどういう事か、そこで恵理子は正しく理解する。

幾つかの首輪には強すぎる参加者の制限という役割が科せられていた。
龍次郎にかかった制限は防御力の低下だ。
水爆すらも退ける漆黒の龍鱗を、殺せる強度まで落とす。
そんな枷がかけられていたのだ。

つまり首輪と言う戒めが解かれた今、ここに水爆すら退ける世界最硬の龍鱗が復活したのだ。
理論上、この鱗を切り裂けるのは全てを切り裂くシルバーブレードのみである。


954 : 最強の証明 ◆H3bky6/SCY :2017/09/13(水) 00:25:18 1vJ9kFe20
「――――――言ったろ? テメェじゃ無理だってな」

ギリと歯噛みする。
そして取り直し、吐き捨てるように笑う。

「シルバーブレードはあっち持ちですが、全てを切り裂く月の力なら我が身にすでにあるんですよ」

月光が如き銀の刃が掌に顕現する。
刃は猛き炎を纏い、黄金の刃として形を成す。
掲げた刃は徐々に厚みを増してゆき、それこそ山のような巨大な刀身となる。
見上げるほど巨大な刀身からは風景が歪むほどの熱量が常に放たれ続けていた。

宙に舞い全身で振るうようにして沸き立つ猛き黄金を振り下ろす。
咄嗟に身を躱した龍の鼻先を灼熱がすり抜け、斬撃が地面を両断した。
数百mに渡る断面が赤くマグマの様に沸き立つ。
この超高熱を帯びた刃ならば、最堅の龍鱗すら切り裂くだろう。

「ハハッ。どうしたんです大首領。攻撃を避けるだなんてアナタらしくもない」
「ケッ。あんまりトロいんで思わず躱しちまっただけだよ……!」
「だったらぁ――――受けてみて下さいよぉ!!」

狂気のような叫びと共に、惑星ごと切り裂くような一撃が再度振り下ろされる。
触れる全てを融解させる太陽剣を前にしながら、漆黒の巨龍は不動。
宣言通り、腰を据え避けることなく真正面から迎え撃つ。

「ッおるらぁああああああああ――――――――ッッ!!!」

怒声のような雄叫びが灼熱の大気を震わす。
両の拳を振り上げ、振り下ろされた刃を挟むようにして受け止める。
白刃取り、と言うよりは殴って止めたと言った方がいいくらい乱暴なやり方だった。

だが、この剣は触れるだけで猛毒だ。
太陽に匹敵する高熱を帯びた刃に触れる拳の龍鱗が、沸き立つように徐々に赤熱化してゆく。
ピシピシと破滅の音が響き、罅が広がり砕けて散った。

だが砕けたのは龍鱗だけではない。
同時に拳を押し当てた部分から蜘蛛の巣の様に罅が広がり、太陽剣がバラバラに砕け散る。
オレンジ色に発光する美しい破片が舞い散り、幻想的な輝きが辺りを照らした。

龍はそれに背を向ける様に、ぐるりと身を翻して回転する。
舞い散る破片を尻尾で弾き飛ばし、散弾となった刃がゴールデンジョイへと襲い掛かった。

月と太陽の力が込められたこの刃はドラゴモストロすら切り裂く力を持っている。
自ら生み出した物とはいえ、破片すら喰らうのは危険だ。

黄金の怪人は空中でジグザグの軌道を辿り、破片を掻い潜る。
だが、細かい散弾全ては躱しきず、小さな粒子のような棘が腕にチクチクと突き刺さった。
大したダメージではないが、これは屈辱だ。

攻撃を返された、と言うのもそうだが。
集中レーザーも太陽落としも太陽剣も、ここまでに行った尽くを跳ね除けられている事実が。
これが首輪の枷から解き放たれた本来のドラゴモストロの力だと言うのか。

「……おかしいですね。あのマッドサイエンティストによれば出力なら私の方が上回ってる筈なんですけどねぇ」

月の力を取り込み、勝てると確信した。
恵理子自身もそれだけの力の充実は感じている。
だと言うのに仕留めきれない。
あの天才科学者の計算が狂っていたのか。

「いいや、兇次郎の野郎は間違っちゃいねぇさ」

愚痴のような独り言に、意外にも返る声があった。
答えたのは当事者である張本人。
己が最強を疑わない男が、ルナティックフォームとなったゴールデンジョイが自らを上回っていることを認めた。

「――――――だがな、兇次郎が超えられるつったのはその時の俺と比べての話だろ?
 それがいつの話からは知らねぇが、お前がウチにいたのなんて何年前だよ?
 確かに、今のお前は昔の俺より強くなったかもしれねぇ。だがな、俺は日々長し進化してんだぜ?
 群がるヒーローどもを蹴散らし、シルバースレイヤーと闘りあってよ。
 今日だってそうだ。魔王ディウスと言う強敵とギリギリの死闘を繰り広げ、また一つ俺は成長した。
 つまりは――――――今のお前は、今の俺よりも弱ぇえ……!」

無茶苦茶な理論だ。
だが、絶対的な力を持つ男の言葉には妙な説得力があった。
何より、こうして押されている事実をどう説明する?
奥歯を噛み締め恥辱に頭が焼き切れそうだ。
その熱を吐き出すように息を吐して沸騰した頭を冷やす。


955 : 最強の証明 ◆H3bky6/SCY :2017/09/13(水) 00:26:28 1vJ9kFe20
「認めましょう。貴方は私より強い」

認めよう。
月の力を得た恵理子よりも、龍次郎の方が強い。
その発言に、黒龍は意外そうに片眉を吊り上げた。

「あんだよ。妙に素直じゃねぇか。そりゃ負けを認めるってことか?」
「まさか、強い方が勝つとも限らないという事ですよ、勝負ですから」

恵理子の目的は最強を証明する事ではない。
今の彼女は最強を是とするブレイカーズではない。
彼女は悪党商会。その一員として役割を果たす。
そのために最強は必要ない。強い方が勝つとは限らないのが勝負である。

「違うね。勝負ってのは強い方が勝つのさ」

だが、龍次郎はそれを真っ向から否定する。
強さを至上とする価値観。
それこそが龍次郎の、ブレイカーズの基本思想だ。

「そうですか、けど――――」

仮面の下で恵理子は下卑た笑いを浮かべ、悪党らしく最低の領域に踏み込む。
最早手段は選ばない。
そう彼女は悪党。
あの日からたった一人の我である。

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未来が知れてるって絶望だ。

私は産まれた時から自分は特別なんだって理解していた。
平行世界に存在する自分自身と記憶を共有できる。
そんな力を持って生まれて、物の道理が分かる年の頃にはその全てを正しく把握していた。

何故こんな力があるのか。
何のためにこんな力があるのか。
何一つ分からず、強制的に生き方を決定づけられる。

まるで呪いだ。
未来は未知だからこそ希望があって、決まっている未来など呪いでしかない。

正しき生き方。
それは何とも素晴らしい。

正義のヒーロー。
それは何とも素晴らしい。

誰からも慕われ敬われる人格者。
それは何とも素晴らしい。

数多の世界で私はそういう素晴らしいモノとしてあった。
そんな生き方を他でもない自分が何の疑いも持たずしているという情報がやってくるたびに吐き気がした。

私だけが違う。
私だけがそんな自分に疑問を持っていた。
私は世界の中でも異端であり、私の中でも異端だった。

ああなんて退屈。
先の見えた絶望の日々。
そんなものは嫌だと、足掻いても意味はない。
きっと私は何物にもなれず。
判を押した様に、私は私になるだろう。

だが私は出会ったのだ。

悪党という希望に出会った。

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956 : 最強の証明 ◆H3bky6/SCY :2017/09/13(水) 00:27:41 1vJ9kFe20
「そうですか、けど――――ミュートスさんは死にましたよ」

龍次郎に対して持ちうる最大のカードを切る。
だが、その言葉を龍は下らないと笑い飛ばす。

「はっ。何を言うかと思ったら。テメェが殺した訳じゃねぇだろうが」
「そうですね、けれどあなたの言う強さなんてそんなモノという事ですよ。
 愛する者も守れないそれが強さと呼べますか?」
「揺さぶりのつもりか? 下らねぇ」

ミュートスの死は龍次郎にとっては既に乗り越えた話だ。
愛した女の死とはいえ今更この程度で揺さぶられる龍次郎ではない。
だが、悪党は続ける。

「貴女の愛する女も愛する我が子も無惨に死にましたよ。
 ただ己が強いだけの在り方など、そんなのはただの弱者ではないですか」
「…………あぁ? 何言ってやがる?」

一つの単語が引っ掛かり。
本当に意味が分からないと言った風に聞き返す。

「おや、ご存じなかったんですか―――――?」

神の顔がこれ以上ないほど凶悪に破顔する。
この会場に来て偶然盗み聞いた、龍次郎にとって致命的である情報を明かす。

「妊娠してらしゃったらしいですよ。ミュートスさん」
「――――――――――――」

その言葉の槍は太陽の衝突よりも龍次郎に衝撃を与えた。

一瞬の空白。
完全に龍次郎の動きが止まる。
それは隙だらけの様に見えてこれまで隙らしい隙を見せなかった龍次郎が初めて見せた決定的な隙だった。
そんな決定的勝機を見逃すはずもなく、閃光が鱗のない左胸を貫いた。

「ゴッ…………!?」

無防備な状態では踏ん張りも効かないのか、バランスを失い龍がたたらを踏んだ。
胸に開いた穴から大量の血が吹き出し、外気に触れて蒸発していく。
これほどの勝機、一撃で終わるはずもない。
追撃は止まらない。

一撃。
二撃。
三撃。
四撃。
五撃。
容赦などない。
鱗のない肉ならば速射で貫ける。
矢継ぎ早に放たれた閃光は的確に急所を貫き、そのたび龍が躍る。

だらしなく開かれた龍の口から赤い煙が上がる。
ドラゴモストロの体に次々空洞が開けられてゆく。

「トドメです」

指先に光が集約する。
巨体がグラつき、最強の怪人が倒れる時が遂に訪れた。

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957 : 最強の証明 ◆H3bky6/SCY :2017/09/13(水) 00:28:56 1vJ9kFe20
人目につかない山奥に拵えられたボロく狭い研究室だった。
研究室と言っても大した設備もなく、書類よりも散らかった酒瓶の方が多いようないい加減な物である。
狭い部屋に数名の男たちは集い、世界征服という夢物語を語るそんな場所。
ここがブレイカーズ始まりの地。

それは秘密結社と言うよりも豪華になった子供の秘密基地のようであった。
傍から見れば下らない集まりだっただろう。
だが誰もが本気だったし、誰もが心より愉しんでいた。
同じ一つの夢を見ていた。

少年、剣神龍次郎もその一人だった。
正規のメンバーではなかったが誰よりも頻繁にアジトへと顔を出し。
首領の甥という立場もあってメンバーから可愛がられていた。

「…………何してるのシゲさん」

電気もついていない夜の研究室。
いつものようにアジトへと顔を出した龍次郎はそれを見た。

開いた扉から漏れる明かりだけが室内を照らしていた。
不確かな明かりを頼りに室内を覗く。
そこには血濡れで倒れる数名の男たち。
その中にはブレイカーズ初代首領である叔父の姿もある。

そしてただ一人、死屍累々の部屋の中、返り血を浴びて立っている男がいた。
それはブレイカーズの研究員である森茂だった。
森は悪戯がばれた子供の様にまいったなぁと頭を掻く。

「悪い子だ。こんな時間にまでやってくるだなんて」

いつもと変わらぬ気のいい笑顔を浮かべた。
それは少年が慕っていた男の笑顔その物だった。

朝方にはいつもの様に笑いながら夢を語り合って人たちが血の海に沈んでいる。
その輪の中で笑っていたこの男がそれを実行したのだ。
この状況で何故そんないつも通りの笑顔を浮かべられるのか?

「本当にすごい人だよ正太郎さんは。
 こういう発想力と実行力は中小組織だからこそなのか、いやはや見習うべき所だねぇ」

そんな事を聞いているのではない。
日常会話の様に自らが殺した相手を褒め称える。
龍次郎には最早目の前の男が理解不能の不気味な悪魔にしか見えなかった。

「ねぇ…………答えてよ」

吐き気と眩暈を押さえながら、もう動かなくなった叔父たちと不気味な男を交互に見ながら震える声で問う。
返答代わりに紙の束が足元に放り投げられる。
『全世界無差別怪人化計画』
数滴の返り血がついた表紙にはそう書かれていた。

「全世界の人間を自動的に怪人とする。最高にバカげた素晴らしい発想だ。実に面白い。
 だけどそれは、夢物語で終わっているうちの話だ」

計画の内容を具体的に聞かされそれが実現可能な計画であると気付いた。
だから、殺した。


958 : 最強の証明 ◆H3bky6/SCY :2017/09/13(水) 00:30:29 1vJ9kFe20
「だってここはそういう組織じゃないか!」

少年は叫ぶ。
弱小なれど、悪の秘密結社である。
悪を成して何が悪いと言うのか。

「違う違う、そんな理由じゃない、別に悪だとか正義だとかそういうのはどうでもいいんだ。
 問題はこの計画が良くも悪くも世界を変えてしまう計画だという事だ」
「どういう、意味…………?」
「世界のバランスを崩す。そんなのは困るんだよ。正義も悪も変わることなく遊んでいればよかったのに」
「何を言ってるの……シゲさん?」

寒気がする。
目の前の男がとてつもなく悍ましいモノの様に感じられる。

「世界は俺が管理するんだ。そのバランスを壊すような輩は俺が排除しなくっちゃ」

世界管理。
それは世界征服よりもより深い狂気だった。

「裏に深く踏み込みつつ弱小組織であるというのはいろいろと都合がよかったんだが、この場所に居られるのもこれで終わりか。
 それなりに気に入ってはいたんだがね、まあこうなってしまった以上は仕方ない」

叔父の死を、仲間の死を、ブレイカーズで過ごした日々を。
仕方ない。
この男はそのたった一言で済ませた。
その態度が許せなかった。

「――――――――モリシゲェ!!」

激昂のまま殴りかかった。
だが、あっさりと攻撃は躱され、蹴りを腹部に喰らう。
ゴミの様に吹き飛ばされ、作業机に強く背中を打ち付け動けなくなる。

「…………ぅう」
「弱い。弱いなぁリュウ。こんなに弱いお前に、一体何ができると言うんだい?」

この時の彼には相手を倒す力も。
慕っていた相手を殺す覚悟もなかった。
力のない人間には何もできない。

「今のお前は殺す価値もないよ。世界に何一つ影響を与えられない、何一つ変えられない、染みにすらなれない弱者だ」

倒れる龍次郎の横を取り過ぎる。
立ち去ろうとする男を止めることなど出来なかった。
何一つできなかった。

振り返って、憐れに俯く敗亡者に告げる。

「俺に殺してほしいのなら強くなることだ。そうだな…………それこそ、世界を歪めるくらいに」

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959 : 最強の証明 ◆H3bky6/SCY :2017/09/13(水) 00:31:34 1vJ9kFe20
死にかけていた目が見開かれ、光が灯る。
グラついていたドラゴモストロは倒れるどころか前に出た。
放たれ続ける熱線を躱すでもなく、喰らい続けながら加速する。

「――――――――俺は強えぇえッッッ!!!!」
「なっ――――!?」

放たれた閃光が空を切る。
気付けばドラゴモストロはワイバーン・フォームとなっており、超低空を高速でフライトしていた。
トドメと放たれた閃光はその上を抜け龍の背中を抉るにとどまった。
重戦車の如き突撃を受ける。
その勢いのままタックルを決めて、抱きしめる様に手を回す。

ゴールデンジョイの体は常に高熱で包まれている。
最堅を誇るファブニール・フォームならまだしも、防御の薄いワイバーン・フォームではその熱に耐えられない。
接触面からその身は紅蓮に細胞が燃え上がるだろう。
だが、ドラゴモストロは手を緩めなかった。

力に劣るワイバーン・フォームとはいえ、剛力は健在。
体中は穴だらけだと言うのに、簡単には抜け出せない。
そのまま締め上げるつもりか、それとも投げ飛ばすのか。
恵理子は次の展開を予測するが、どちらも違った。

そのまま駆け抜けるように押し出される。
龍は地面を蹴って、ロケットのように飛び立った。

「ぅぅおるるるるるるるあああああああああああああああああああああああああああ!!」
「ぅ――――――――――――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!?」

裂帛の叫びと絶叫を置き去りにして光が空を流れる。
高速で風景が流れてゆく。

この孤島の切れ端を超え、海へ。
見下ろした先に映るのは、ゴールデンジョイの輝きを照り返す一面の黄金の海となった。

「…………ケッ。なんだ海しかねぇな」

苛烈な男らしくもない酷く穏やかな声だった。
全身を灼熱に焦がしながら、流れる風景を眺めてどうでもいい感想を述べる様に呟く。

まるで無限に続くような海。
大陸は端すら見えず、島一つない。
まるでここから先は作ってないゲームの外部領域のようである。
本当に何もない。

「くっ! ッ…………どこに!?」

行こうと言うのか。
互いに首輪の縛りがなくなった以上、理屈的にはどこまでも行ける。
だが恐らくどれだけ進んでも到達する場所は変わらない。
そもそも何が狙いだ。
その疑問に答える様に、ドラゴモストロの飛行する軌道が変わった。

「ま、さか………………!」

龍次郎の意図を恵理子は察する。
更に言うならば、龍次郎以上に正しくその先に何が引き起こされるかを理解した。

恵理子を抱えたまま龍次郎は海に突っ込むつもりだ。
恐らく太陽を水中に落としてその熱を冷ましてしまおうという腹だろう。

だがそれは物理現象を理解してない龍次郎の浅知恵だ。
太陽にどれだけ水をかけたところでその熱は消えるものではない。

そもそも太陽は酸化反応によって燃焼している訳ではない、そのエネルギーは重力圧力によって引き起こされる核融合反応によるものだ。
核融合を引き起こす恒星の大質量の重力を、人間大の小質量で再現するための『無限動力炉』であり。
これがある以上、水で燃焼を消化したところで何の意味もない。

問題はそこではない。
問題は龍次郎が想定すらしていない当たり前の化学反応だ。

ゴールデンジョイの体は擬似的な核融合反応により高熱化しており、それを大量の水の中に高速で投下すればどうなるか。
急激な気化により、体積が蔵した水蒸気により引き起こされる現象。

即ち、水蒸気爆発である。


960 : 最強の証明 ◆H3bky6/SCY :2017/09/13(水) 00:32:43 1vJ9kFe20
飛沫を上げ太陽が音速で大海に放り込まれる。
時間が止まったような一瞬の真空。
直後、音が世界を揺るがした。

キノコ上の雲が巨大な輪っかとなって広がってゆく。
海と空が入れ替わり、周囲全ての海水が巻き上がって天に至るほどの巨大な水柱となって渦を巻く。
周囲に飛び散った海水は空を覆い、海底とは思えぬ平らな海底が露わになった

平らな岩の大地に浮き上がった大量の海水が雨となって降り注ぐ。
雨粒は起立する巨大な影を打ちつける。
健在を示す漆黒の龍。

「………………あんだぁ? いきなり爆発なんかしやがって」

吐き捨てるように呟く。
ここに至ってもまだ何故そうなったのか理解していない様子であった。
水蒸気爆発の直撃を受けながらも生きている。
水爆にも耐えられるのキャッチフレーズに偽りなどない。

だが、水爆にも耐えられると言っても、無傷でいられるという訳ではない。
確かに最堅を誇る龍鱗は健在なれど、身からは剥がれその多くは海の藻屑となって消えた。
水蒸気爆発の直撃を受けたダメージ其の物も体に蓄積されている。

「な、なんて…………無茶苦茶、な……」

水蒸気爆発の爆心地そのものである神人もふらふらと立ち上がった。
爆発の瞬間、エネルギーを制御し全身にバリアを張ったのだ。
そうでなければこうして五体無事ではいられなかっただろう。
それでも負ったダメージは甚大である。

だがそれでも無限の動力を持つ太陽だ。
放つ熱量は変わらず、引き戻ってきた海水が神の如き黄金の怪人を中心として割れ広がる。
太陽の放つ圧倒的な熱によって蒸発しているのだ。
ライデンフロスト現象によって球体状の水滴が躍る様に天を覆っていた。
まるで海を割ったモーゼのようである。

遥か海底の大地。
海底の太陽を中心にドーム状に切り開かれた決戦場が完成する。

「…………いい加減、倒れてくれませんかねぇ。
 あなただってそろそろ限界でしょう?」

全身に力を籠めて筋肉の収縮で止血こそしているものの、幾つも空いた体の穴は塞がっておらず。
高熱体であるゴールデンジョイを強く抱きしめていた腕と胸は溶け落ちた様に爛れれている。
幾らなんでもこれでダメージがないなんてことは在り得ない。
この男にだって限界は必ずあるはずだ。

「そうだな」

意外なほどあっさりと肯定する。

「だから――――――次の一発で終わらせる」

拳を堅く握りしめる。
それは次の一発で終わらせようという決闘の誘いだった。
海底の決戦場(コロシアム)。
決着をつけるにはおあつらえ向きの舞台だ。

「いいでしょう。いい加減にこれで終わりにしましょう」

これを受け両手を合わせ広げる。手の内より灼熱の刃を産み出す。
先ほどの巨大な刀身ではなく、手で振るえる日本刀ほどの大きさの刀身である。
無限動力炉を持つゴールデンジョイにエネルギー切れなどない。
刃の熱や切れ味が鈍ることもない。

最後に頼るのがシルバースレイヤーの十八番というのが気に食わないが、確実にドラゴモストロの首を落とすにはこれしかない。
この攻撃が有効であると言う事実は、他でもない、あのヒーローが証明している。
これが最善手だ。

対するドラゴモストロはただ力を溜めるように拳を握りしめるのみである。
握りしめるだけで圧縮ダイアモンドを作れるような超握力。
ただ強いと言うのは思わず引き寄せられてしまいそうな魔力がある。

そんなものは錯覚だと首を振り、迷いを断ち切る。
剣神龍次郎が最強であると言う幻想を破壊するのだ。


961 : 最強の証明 ◆H3bky6/SCY :2017/09/13(水) 00:33:46 1vJ9kFe20
「では――――行きます!」
「来やがれ――――ッ!!」

光のように駆ける。
拳と剣。
互いに近接にして、互いに必殺。
故に、これは如何に早く必殺の一撃を叩きこむかの戦いだ。
人知を超えた両者の交錯は一瞬で決着がつくだろう。

駆ける軌道は最短。正々堂々真正面から。
そう、この近藤・ジョーイ・恵理子らしく正々堂々。
正々堂々と――――出し抜く。

瞬間。ドラゴモストロの背後の海中に忍ばせていた光体を引き寄せ出現させる。
光体は光の槍となり背後から龍鱗の剥げた急所を的確に貫いた。
巨龍の体制が崩れる。
その隙に合わせて、首を狩るべく太陽剣を振るった。

灼熱の断刃。
この一撃は避けられない。
次の瞬間、確実に首を断つだろう。

「なっ」

だが、響いたのは首を断つ音ではなく驚愕の声。
刃を振るうその腕が止まる。
確実に首を断つその一撃はしかし、強靭な咢に咥えられ、差し止められていた。

「ぐるるるるぅううううう!!!」

口端から赤い煙を吐きながら獣のような呻りを上げる。
咥える刃は太陽そのものという熱を内包しており、龍の牙が徐々に赤く融解してゆく。
ゴールデンジョイは刃を引くがびくともしない。
恐ろしいまでの咬筋力は緩むことがなかった。

刃を咥えたまま龍が首を大きく振り回す。
つられて剣を引いていた黄金の怪人の体も振り回された。
勢いよく首を縦に振るい地面へと叩き付ける。

「ガ………………ッ!?」

背を打つ衝撃に刃から手を放す。
龍も刃を吐き捨て、地面に叩きつけられた太陽が再び立ち上がらぬよう片腕で押し潰すように抑え付けた。
もう片腕は固く握りしめたまま、これからこの拳で殴りつけると言わんばかりに。

ダメージも疲労もあるはずなのに、抑え付ける力は相変わらず規格外。
無限動力炉を持つゴールデンジョイの力をもってしても抜け出せない。
どころか、余りの圧力に指一本動かすのも困難だ。

「こ………………のぉッ!!」

地面に抑え付けられたまま、敵を睨む。
その瞳が黄金に輝く。
それは完全制御装置により眼球にエネルギーを集中させた凝縮レーザーの応用だ。

この一手は読めなかったのだろう。
両目から走る熱閃が首輪の爆発によって抉れた首元へと直撃した。

負荷により激痛が走る瞳で、与えた傷を確認する。
首が抉れ、ゴポリと龍の血が零れた。
傷口から背後の海すら見える。間違いなく致命傷。
勝利を確信する。


962 : 最強の証明 ◆H3bky6/SCY :2017/09/13(水) 00:35:52 1vJ9kFe20
だが、おかしい。
ゴールデンジョイを抑え付ける腕の力は緩む様子がない。
むしろ力を増したように押さえつけられた胸部が軋みを上げた。

握りしめる拳が臨界に達したように振り上げられる。
握り締められた拳はブラックホールができるかのような凄まじい圧力があった。

「ちょ、まっ…………!?」

地上最強の男の全身全霊を込めた一撃が振り下ろされる。
それは核弾頭より凄まじい、世界が震撼する一撃だった。

漆黒の拳は黄金の怪人の胴体へと叩きつけられた。
胴体を貫く衝撃は地面をも突き抜け、惑星の中核まで響き渡るような衝撃が奔る。
余りの衝撃に次元が揺れる。
周囲の海水は震えながら弾けてゆく。
地底が砕け世界に新たな海溝が生みだされた。

腹部を撃たれた衝撃により変身ベルトが音を立てて崩壊する。
これにより、倒れたゴールデンジョイの体から銀の光が放出されルナテックフォームが解除される。
そして次に黄金の光が放たれ、人間体、近藤・ジョーイ・恵理子の姿が露わとなった。

姿が露わになった恵理子は驚愕の表情のまま絶命していた。
世界最強の一撃を喰らって、人の形をとどめている大したものだろう。

自らの勝利を確認したドラゴモストロも変身を解除し人間体へと戻る。
怪人状態で受けた傷は人間体になっても消えることはない。
体にはいつも致命傷となる傷が刻まれている。
背中は骨が見えるほどに抉れ、首には大きな穴がぽっかりと開いていた。。
恐らく龍次郎でなければ7度は死んでいる傷だ。

「…………へっ。だから言ったろうが。俺の…………勝ちだぜ」

勝ち誇ったように呟いて、バタリと倒れる。
その体を流れ込んできた大量の海水が浚った。

ゴールデンジョイの死亡に伴い周囲の海水を推し止めていた太陽の熱が消失したのだ。
海底の決戦場は崩壊し海水が雪崩れ込む。
急激な水流に成すすべなく恵理子と龍次郎の体が流されて行く。
この地において最強の証明を成した龍は、凱歌を謳うことなく自らが生み出した深き海溝の底へと沈んで行った。

【近藤・ジョーイ・恵理子 死亡】
【剣神龍次郎 死亡?】


963 : 最強の証明 ◆H3bky6/SCY :2017/09/13(水) 00:36:12 1vJ9kFe20
投下終了です


964 : 名無しさん :2017/09/14(木) 19:24:05 /wXULcBo0
投下乙


965 : ◆H3bky6/SCY :2017/11/10(金) 00:05:23 pe6GhuWI0
投下します


966 : 人でなしの唄 ◆H3bky6/SCY :2017/11/10(金) 00:06:27 pe6GhuWI0
墨のような色をしていた西方の空が赤く揺らめいていた。
ポウと淡く揺らめく光は天からではなく地から放たれており、黒い煙と共に空に向かって吸い込まれるように消えて行く。
それは恰もこの地で死した人魂が空に還っていくような幻想を思わせるような光景でもあった。
しかしこの地に幻想はなく、あるのは現実のみである。
全てが花の様に燃えて消える、地獄のような現実のみ。

「…………火事?」

その異変を感じて建物の影からバラッドが僅かに顔を出した。
様子をうかがってみればどうにも火の手が上がっているようである。
何処かで行われている戦闘の余波だろうか。
ここはそういう魑魅魍魎が跋扈する場所である、容易く街一つ炎上させる輩がいてもおかしくない。

純潔体の回復を待って身を隠していたバラッドだったが、このままでは潜伏場所まで火の粉が降りかかるかもしれない。
いや、火の粉ならいいが、戦火そのものに巻き込まれては目も当てられない。

場所を移すべきだろうか。
そう考えた瞬間、遠方のビルが極彩色の爆炎と共に崩れ落ちた。
色とりどりの光が粒子となって降り注ぎ、溶ける様に闇へと消えていく。
爆心地は先ほど見えた火の手よりも僅かに近い。
どうやら破壊活動は現在進行形で行われているらしい。

戦闘が行われているのかと思ったが、戦闘音のようなものは聞こえなかった。
ただ聞こえるのは純然たる破壊行為の響きである。
戦うものもなく一人でこれほどの破壊行為を行うなど目的が見えない。
隠れ潜んだバラッドを炙り出そうとしているのだろうか?

目的は見えずとも祭りのように上がり続ける花火は止まらない。
音のない夜に幾度目か分からぬ艶やかな花の火が咲き、炎を纏った瓦礫が落ちて周囲の建物が崩壊していく。
偶然か、はたまた必然か。
破壊の渦は徐々に、だが確実に彼女の元に迫りつつあった。

狙いは不明確だが、下手人は明確である、
豪華絢爛ド派手に過ぎる爆破の嵐が放火魔の正体を雄弁に語っていた。

こうなれば下手に動く方が危険かもしれない。
この場から逃れようと飛び出したところを”奴”に発見されれば戦闘は避けられないだろう。
それ自体は望むところだが、今の状態での戦闘はできる限り避けたい。
純潔体に頼り切るつもりはないが、ただの人間でしかないバラッドが生き残るには必要な力ではある。

『ユニ。純潔体が使えるまで、あとどれくらいかかる?』
『そうね…………もう1時間はかからないと思うけれど』

1時間。それだけの時間を戦いながらやり過ごすのは流石に厳しい。
ならばここは下手に動かず、気配を殺して過ぎ去るのを待つべきだろう。

気配を殺して息をひそめると決める。
気配遮断は殺し屋の必須スキルだ。
直接戦闘を得意とするバラッドとしては得意な技術ではないが、腐ってもあのサイパス・キルラの教育を受けた身である、最低限はこなせる。
もっとも、最低限でやり過ごせる相手とは限らないのがつらいところだが。

色とりどりの美しい光が夜を幻想的に彩る。
近づき、たまに遠ざかり、かと思えば近づく。
鳴り止まぬ音楽のような破壊音は無軌道でどう動くのがまるで読めない。
その動きにも方向にも大きさにも間隔にも、規則性がなく、法則性がなかった。
実際、何も考えてないのかもしれない。
その行く先いかんで運命が決まる身としては、まるで伸るか反るか分からない台風の接近を待つような心境だった。

そしてバラッドの潜んでいた場所から少し離れた細長いビルディングが足元から爆発する。
まだ距離はあるが、それを見て様子をうかがっていたバラッドは慌てた様に動き出した。
物陰から飛び出すとヘッドスライディングのように大通りへと滑り込む。
次の瞬間、倒れたビルがドミノ倒しのように隣の建造物を次々と巻き込み、バラッドが身を潜めていた建物まで巻き込んで崩壊した。
バラッドが飛び込んだ背後に、炎を纏った巨大な鉄の塊とガラスのシャワーが降り注ぐ。
紙一重で何とか被害を間逃れたバラッドだったが、一息つくこともなくその勢いのまま前転するようにして勢いよく立ち上がった。

「……ったく。んだよ仕留めそこなってんじゃねぇか、りんご飴の野郎」

炎色反応に依るものか、色とりどりの炎揺らめく幻想的な地獄から、吐き捨てるような声が響く。
破壊をまき散らす紅き巫女が黄色い炎を踏みしめながら姿を現した。
炎を纏った巫女は目の前にバラッドの姿を認め、髪を乱暴に掻き上げ不愉快そうに表情を歪める。

街を焼く炎の中を悠然と行くその様は、まるで映画の安いSFXだ。
ボロボロの巫女服の所々から見える肌は火傷に爛れているが、これは周囲の炎によるものではないだろう。
見るからに満身創痍でありながら放つ闘気は衰える気配がない、その瞳は炎よりも熱くぎらついてた。


967 : 人でなしの唄 ◆H3bky6/SCY :2017/11/10(金) 00:07:24 pe6GhuWI0
「…………まるで怪人だな」

炎を従える女を見て、思わずポツリとつぶやいた。
破壊と炎をまき散らす怪人。
一言で表すならば正しくこれだ。

その呟きを受け、女は自嘲するように笑う。
かつてはヒーローと呼ばれた女も、そこまで墜ちたか。

「そうさ、あたしは怪人だ――――今のあたしはそれでいい」

その言葉を肯定し、全身からパチパチと赤い閃光を放つ。
こうなっては逃れようもない。
覚悟を決めバラッドは静かに身を構え赤い巫女に対峙する。

「……ボンガルとか言ったな」
「ボンバーガールだよダァボ、その呼び方で呼ぶんじゃねぇ……!」

周囲に火薬の臭いが立ち込め、女の苛立ちを形にしたような火花がパチンと弾けた。
その呼び方をする人間はもういない。
彼女がその手にかけた。

「…………無差別に街を破壊してどういうつもりだ? まさか私が隠れていたと知っていたのか?」
「あぁ? んなもんじゃねぇよ、ただの八つ当たりだよ八つ当たり、こちとらイライラしてんだ。
 そしたらテメェが勝手に飛び出てきただけだ、たまたまだよ、たまたま」

鬱陶し気にひらひらと手を振る。
つまるところただの八つ当たり。
ただそれを最強クラスの元ヒーローが行えばその被害はこの通りというだけだ。
無人の街であった事のは幸いだった。
そうでなければ未曽有の大災害になっていただろう。

「ま、たまたまとはいえ出会っちまったんだ。さぁ続きだ、決勝戦と行こうぜ」
「…………決勝? もう一人はどうした」
「あたしが殺したよ、当然亦紅も殺した。つまりは生き残ったのはあたしとお前だけだ」

市街地に集い争った四人のうち、勝ち残ったかはともかく、生き残ったのはこの二人だ。
その二人が出会ったのだ、決着をつけるのは当然の流れだろう。

「オラ。変身(か)われよ。それくらいは待ってやる」

姿の変化からリクと同じ変身型であると予測して珠美はバラッドに変身を促す。
だが、バラッドは静かに首を振り日本刀に手を添え、鯉口を切った。

「生憎だが、今はできない。
 そう簡単にできるものでもなくてな、今の私の武器はこいつだけだ」

すっと滑る様に抜いた刃を正眼に構えた。
純潔体の回復までまだしばらく時間がかかる。
さすがに変身できるようになるまでは待ってくれないだろう。
こうなってしまった以上、これで乗り切るしかない。

「そうかい」

期待した御馳走が食べられないと分かったような、明らかに落胆した声。
視線を外し、怪人はつまらなさそうに吐き捨て。

「――――なら、今すぐ死ねよお前」

華のような紅蓮が夜の街に咲いた。

同時に、バラッドはその場から大きく飛び退く。
純潔体の時の様に反応してからでは遅い。
人の身では予測して動かなければ間に合わない。

轟音と共に炎が過ぎる。
直撃は避けたものの、爆炎と熱風が肌を焼いた。
燃えるような熱気の最中にも拘らず肌が泡立ち寒気が奔ったように背筋がざわつく。
読みを一つ誤れば、それで終わる緊張感。
初めて仕事をした夜を思い出すような久しく忘れていた感覚だ。

足を止めず駆け抜ける。夜の街に黒いコートがはためく。
その背後を追撃のロケット花火が次々と過ぎ去っていった。
ホイッスルのように甲高い飛行音が途切れることなく鳴り響き、狙いを外れた花火が着弾点で爆発し建造物を次々と吹き飛ばしてゆく。
もはやその破壊力は花火と呼ぶのも憚られる。
ダイナマイトでも飛ばしているかのような破壊力だった。

駆け抜けるバラッドが物陰に隠れたところで、流星群が止まる。
これでは仕留めきれぬと悟ったのだろう。
代わりにパンと言う音が響いた。


968 : 人でなしの唄 ◆H3bky6/SCY :2017/11/10(金) 00:07:53 pe6GhuWI0
それは火薬の炸裂音ではない、ボンバーガールが勢いよく両手を合わせた音だった。
重ねた掌を揉み合わせると、その中にジャラリとコインのような何かが溢れ出す。
円形状の何かは端から尻尾の様な導火線が伸びており、手元から零れて地面へと散乱したそれらが一斉に激しい火花を吹き出した。

シュンシュンと音を立てて花火が高速で回転を始め、飛び散る火花が漆黒の夜を彩る。
その輝きは、宇宙に瞬く星々のようだ。
無数の回転花火がバラッドを追尾して鼠の様に地面を滑った。

ロケット花火の火力を鑑みれば、この回転花火も移動式地雷と呼んで差支えない代物だろう。
今のバラッドにとっては一撃すら貰う訳には行かない攻撃である。

障害物を迂回して迫る回転花火をバックステップを繰り返しながら躱す。
そのまま背負っていた荷物のロックを外した。
そして口を開いたまま前方に振り回して中身を辺りにぶちまける。
食料や方位磁石、懐中電灯が散らばり、バラッドを目指して一か所に集まりつつあった地雷原に衝突した。

籠った爆音が響く。
アスファルトが爆ぜ、黒い破片の混じった爆炎が辺りを飲み込む。
爆発が誘爆を生み次々と破壊の渦が生まれる。

黒い煙に包まれる夜の街。
帳のように揺らめく爆炎をバラッドは朧切で斬り裂いてアスファルトの破片が混じった煙中を突き進む。

視界の閉じたこれを好機と見た。
日本刀しか武器がない今のバラッドが勝利するには危険であろうが近づくしかない。
近接するのにこの黒煙は都合がいい。

朧を切り裂く剣を持って黒煙を抜けた、その先。
凶悪に笑う戦巫女がバーナーのように青い炎を吹き出す薄花火片手に待ち構えていた。
そうするしかないのだから、そう来る事は読めていた。
当然の様に迎え撃つ。

夜に虹色の線を描きながら薄花火が振り抜かれる。
実体のない炎剣は鍔迫りができる代物ではなく受ける事すら許さない。

だがバラッドは止まることなく刀を低く振り被り、地面を蹴って加速した。
つんのめるように身を低くして炎刃の下を潜り抜ける。
熱風が頭上を掠め、髪先を焦がしながら通り過ぎた。
サイパス仕込みの体術。近接戦の技量ならば負けていない。

懐に踏み込み、地面すれすれの体勢から真上へ刃を跳ね上げる。
七色の派手さなどない、ただ実直な斬撃。
それはしかし、半歩引いた赤い巫女の髪先を掠めるだに留まった。
躱された。
ド派手な爆破能力に惑わされそうになるが、単純な体捌きも一級品だ。
互いの髪が宙に舞ってハラハラと燃える。

バラッドは手を止めず二の太刀を放たんと手首を返す。
だが振り下ろさんとする二の太刀はそこでピタリと静止した。

ピンと指で弾かれた火薬玉がバラッドの目の前に浮んでいた。
互いの中間、産み出したボンバーガールすら巻き込む距離。
バラッドは咄嗟に攻撃を止め、コートを翻して倒れこむ様に跳ぶ。
ボンバーガールは引くでもなく躊躇うことなく火薬玉を爆破させた。

蒼銀の花弁が咲き、飛び散る爆炎が二人を巻き込む。
バラッドは爆炎と閃光に目を細めながらもコートを盾に熱を遮る。
だが、そこに炎の塊が衝突し、耐えきれずバランスを崩した所を爆風に煽られた。
吹き飛ばされるように転がってゆく。

対してバラッドと同じく爆発に巻き込まれたボンバーガールは一切ひるむ様子がない。
爆破の天使に爆炎の影響などあるはずもなかった。
炎の渦で仁王立ちのまま目を見開き、追撃の花火を叩き込まんと腕を振りかぶる。

爆風に吹き飛ばされ転がるバラッド。
体勢を立て直すよりもボンバーガールが攻撃を行う方が圧倒的に早いだろう。
だがバラッドは吹き飛ばされたままの状態で、自らの腕を後方に引いた。
その動きに連動して左腕に絡めた透明なテグスがピンと引かれる。
先端に繋がれた苦無が奔り、攻め気を出して無防備となったボンバーガールの後頭部へと吸込まれてゆく。

「見え見えッ!」

だが、振りかぶった腕を背後へと振り回し噴出花火で撃退する。
苦無を繋いでいたテグスが熱に溶け、明後日の方向へ苦無が飛んでいった。

死角からの攻撃への迷いのない対応。
バラッドが今戦っているのは怪物ではなく思考する人間だ。
ましてや実戦経験豊富なプロのプレイヤーである。
半端な方法では出し抜けない。

攻撃こそ失敗したものの、その隙にバラッドは体勢を立て直して距離を取れた。
防御に使ったコートは焼け焦げ大きな穴が開いておりもう使えそうにない。
もはやただの布きれになったコートを投げ捨て刀を構える。


969 : 人でなしの唄 ◆H3bky6/SCY :2017/11/10(金) 00:08:14 pe6GhuWI0
「その調子その調子ぃ! お次はこいつで、どう、だッ!」

ボンバーガールがいつの間にか生み出していた野球ボールをピッチャーのように振り被って放り投げる。
放り込まれたストレートはストライクゾーンを大きく外れバラッドの足元に文字通り突き刺さった。

爆発を警戒して身構えるが、その気配はない。
一瞬。不発弾かと眉をひそめるバラッド。
だが直後、ポカりと音を立てボールがくす玉のように割れた。
その中から無数が流星が四方八方へと飛び出してゆく。

火薬の臭いに取り囲まれる。
瞬く星々は飛行する蜂のような唸りを上げなあら、ジグザグとした動きで一斉にバラッドへと襲い掛かる。
無数の羽音が交じり合いまるで祭囃子のようだ。

バラッドは前後左右あらゆる方向から襲い掛かる火の蜂を刃を振るって撃退する。
だが、あまりにも数が多すぎる。
その上、一つ一つの動きもまるで本物の蜂のように予測不能だ。
重なり合うような音の重なりは個々の特定など不可能である。
死角より襲い掛かる無数の火の手を躱す術など人の身にあるはずもない。

にも拘らずバラッドはその攻撃を凌いでいた。
振り返ることなく完全な死角からの炎塊を打ち払う。
そのまま踊るように回って火の粉散らす刃を横なぎに振るった。

『次! 左斜め後ろから、来るよ!』

死角はユニが埋めいた。
純潔体になれずとも、それくらいの補佐は可能である。
打ち払い、躱し、幾合かの打ち合いの後、全ての火蜂をやり過ごすことに成功する。

凌ぎきれなかった数発は貰ったが、一発の破壊力は大したものではない。
人の身であるバラッドにはそれでもかなりのダメージではあるのだが、動けなくなる程のものではなかった。
焼け焦げた服を払って、火薬臭い空気を吸いながら体勢を立て直す。

「はっ。思いのほか生身でもやるじゃねぇか」

期待外れかと思われた相手のうれしい裏切りに爆破巫女が笑う。
どうやらボンバーガールにはユニの存在は認識できていないようである。
単純に想像以上の動きを見せたバラッドに感心しているようだ。

「そう期待されても、な」

ブンと刀を振るい、刃についた黒い煤を払う。
何とかやりあえているが、ユニの助けがあってもこれが限界に近い。
無理を利かせれば掻い潜って攻撃もできるが、それは攻撃ができるだけだ。
打ち倒すにはやはり純潔体の力が必要である。
修復まで後数十分だろうか。
この調子では流石にそれまで持ちこたえるのは難しい。

「そう言わず、もっとあたしを楽しませろよ…………!」

再び蜂の巣が生み出される。
今度は一つではない。
ポン、ポン、ポンと小気味よくポカ物を産み出してゆき、複数の火薬玉をお手玉でもするように弄ぶ。
この異能者には底がないのか。いくら生み出しても疲弊した様子もなかった。

「そぅら。祭りだ、踊れよ殺し屋」

お手玉していた火薬玉を放り投げようとしたところで、唐突にその手が止まった。
視界の端。
横合いから放り込まれた何か映ったのだ。

完全に予想外の方向からの不意打ちにもボンバーガールは高速で反応した。
殆ど体に染みついた反射運動である。
複数の花火玉を雪だるまのように連ねて片手で器用にバランスを取りながら、踵を軸に反転。
開いている腕を振るい瀑布のように花火を噴出する。
だが、放り込まれた礫の正体を見て、面倒そうに舌を打った。

山なりの軌跡で放り込まれたのは弾丸だった。
礫ではなく銃弾として放たれていたのならば、恐らくボンバーガールは素直に避けていただろう。

花火に熱された火薬が炸裂し薬莢が弾ける。
連鎖するようにパパパパンと拍手みたいな景気のいい音を響かせ白い煙が広がった。

「こちらです」

煙で見えない視界の中で、バラッドの手が背後から引かれる。
走り出した手を振り払う間もなく、釣られて駆けだしていく。

「逃がすかよッ!」

至近距離で弾丸の炸裂を浴びながらも、ボンバーガールは怯むことなくバラッドを追う。
この程度の爆発などボンバーガールには目晦ましにしかならない。
足音で方向は見えている。
すぐさま追いつき、ありったけの花火を、

「ゴッ!?」

だが、頭部に重い衝撃。
目晦ましとなった爆炎を縫って実体のある何かが頭部に直撃する。


970 : 人でなしの唄 ◆H3bky6/SCY :2017/11/10(金) 00:08:37 pe6GhuWI0
地面に落ちる重々しい金属音。
見れば、それは焼け焦げたモーニングスターだった。
適当に振り回して放り投げたのだろう。
当たったのは鉄球部分ではなく柄の部分だったが、頭部が僅かに裂けて紅い血が垂れる。
この程度で死ぬほど軟ではないが、それなりに痛かった。

同時に衝撃により手から花火が零れ落ち、地面に落としたボカ物が口を開け無数の蜂が一斉に飛び出す。
ボンバーガールの足元から無数の火の蜂が飛び交う。
その数は先ほどの非ではない。

視界は黒い爆炎とうじゃうじゃと赤く軌跡を描く蜂の群れに埋め尽くされてしまった。
重なった音はもはや不協和音となり、舞台は混沌を極める。
ボンバーガールにとって降りかかる火の粉は大した問題ではないが、こうも炸裂音がうるさくては足音も追えない。

「…………ムカついた」

呟き、傷口を拭う。
指についた血を赤く爆ぜさせ、瞳に殺意をぎらつかせる。
羽音を消し去る一際大きな爆音。
七色の光が唸りを上げて前方の黒煙と火花を薙ぎ払った。

「逃がすかぁあ! 待ちやがれッッッ!!」

炎のように猛る巫女の怒声が、陽炎に揺れる街を駆け抜けた。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■

「この辺でいいでしょう」

遠い街中に重低音が響くのを確かめて、男は足を止めた。
手を引かれていた女は未だに掴まれたままの手に気付き、慌てた様に振り払う。
そして睨むような視線を投げた。その視線には敵意こそ含まれていないものの、訝しむような懐疑の色が含まれている。

「それで、何故あなたがここにいるの? ピーター」

バラッドの窮地を救ったのは、邪神を前にバラッドを置き去りにして逃げたはずのピーターだった。
ピーターは質問には答えず、遠く鳴り響く花火の音へと視線を向ける。

「うまく別方向に誘導できたようですね」

現在この市街地は袋小路となっていた。
周囲は川と禁止エリアに囲まれており、抜け出ることのできる唯一の脱出ルートは殆ど一本道となっている。
つまりは、この地獄のような有様の市街地から抜け出すには北東を目指すしかない。
それはこの市街地にいる人間の共通認識だろう。

それを見越した上で、そちらに逃げると見せかけてあえて禁止エリアに囲まれた東方向へと迂回した。
その策にまんまと嵌った爆撃者は、彼らが逃げ出した方向とは違う場所で豪快に爆音を響かせていた。
炸裂音をド派手に響かせてくれるため、距離が離れていてもどこにいるのか分かりやすくていい。

「これでも尾行を撒くのはヴァイザーよりも巧かったですから」
「…………自慢になるのそれ?」

ヴァイザーは殺しの天才ではあったが、殺し屋としてははっきり言ってザルだった。
全て殺せばいいという単純明確な思考の元、隠密などに気をは全くと言っていいほど気にかけていない。
後始末は人任せ、足がついたらそれはそれ、新たな仕事(ころし)が増えるだけ。
そういう男だったからこそ、組織の居心地はよかったのかもしれないが。

とはいえ、ヴァイザーなどと比較せずともピーターの逃走スキルは高い。
単純な隠密のみならず、あらゆる手練手管で生き延びてきた男だ。
その生き汚さは誰よりも凄まじい。
戦闘能力もなしにここまで生き延びてきたことが何よりの証明だろう。

だが、一先ずやり過ごしたものの、窮地は去ったわけではない。
定石を外して逆を突いただけに逃げ場がなかった。
脱出口に向かえば今もなお花火を打ち上げ続けている爆破巫女とぶち当たる。

「それでどうするの。市街地から抜け出そうにもあの女がいでしょうし、西から北に抜けて川でも超える?」
「いいえ。そちらに進むのはお勧めしませんね西にはあの怪物女とアサシンがいます。
 最悪3人相手にすることになることを考えればそちらに進むのは得策ではないでしょう」
「あの女にアサシンまで…………?」

前方の爆炎の怪人、後方には二人の魔人。
確かにそれはまずい、挟撃にでも合えば完全に生き残る目がなくなる。
西に行くと言う選択肢はなしだ。

「市街地に紛れてやり過ごしますか? 幸いといいますか、相手の位置は分かりやすいですし」

二人とも元殺し屋、隠密行動は可能である。
その対極を行くように轟音を響かせ続ける相手だ、迂回するのも難しくはないだろうが。

「いえ、それも難しいでしょうね。ここから北は少し”開けすぎ”ている」

H-8ブロックは邪神の産み出したMBHにより平らに均されている。
障害物の少ない中で遠距離攻撃長けた相手から逃れ切るのは少し無理がある。


971 : 人でなしの唄 ◆H3bky6/SCY :2017/11/10(金) 00:08:54 pe6GhuWI0
「かと言って止まっているのもなしでしょう。
 相手がよほどのバカでもなければそのうち自分が見当違いの方向を追っていると気付いてすぐに引き返してくるでしょうから」
「となると、つまりは」

つまりは、逃げると言う選択肢はない。
この市街地を脱出するにはあの爆炎の化身を越えるしかない。

「それで、もう一度聞くけど、なんであなたがこんなところにいるの?
 とっくに市街地から逃げ出したものだと思っていたけど」

改めてはぐらかされた問いを投げる。
どちらに進んでも地獄。
そんな袋小路に何故わざわざ戻ってきたのか。
この市街地がそういう場所だという事は逃げ出したピーターが一番よくわかっていたはずなのに。

「貴女が心配だった、では納得できませんか?」
「できる訳ないでしょ。逃げ出しておいてどの口が」

逃げたと言ってもあの邪神を前に、逃げ出すというのは正常な判断だったのだが。
だと言うのに、わざわざ戻ってきたのは少々解せない。
戻ってくるのは理に合わないし、なによりバラッドの知るピーターらしくない。

「大方、放送で邪神が死んで私が生き残ったのを知って、また私を頼ろうって魂胆かしら?」

バラッドの問いに肯定も否定もせず、おどける様に肩をすくめる。
ピーターが生き残ることに長けていると言っても、最後には暴力がモノを言う世界だ、口先だけで立ち回るにも限界がある。
戦闘能力がないピーターにとって誰かの庇護は必須となる。
そしてサイパスが脱落した以上、ピーターが頼れるのはバラッドだけだった。

「邪神を退けた力があると思って当てにしてたなら生憎だったわね。今の私はこの通り邪神どころかあんな女ひとりに苦戦する始末よ」
「力? ああユージーが使ってたあれの事ですか」
「そうだけど……よくわかったわね。まさか、見えてる…………?」
「ん? 見えてるとはなんの事で? ただの状況からの推測ですよ」

やはりと言うか当然というか、ピーターにはユニの姿は見えていないらしい。
見えずとも言い当てられたのは、その存在を知っていたからだ。
バラッドもまさかワールドオーダーから聞かされていたとは思うまい。

「その力、今は使えないので?」
「その後の戦闘で破壊されたわ。修復は可能だけどあと何十分かはかかるわね」
「ふむ。時間が必要だと」
「ええ、それまで私の武器はこいつだけよ」

そう言って腰元の日本刀をチャキリと鳴らす。
今のバラッドの武器はこれだけだ。
長年これだけで生き残ってきたが、ここまで生き残った怪物たちを相手取るには余りにも心もとない。

「だからあまり期待はしないことね。正直、この場を乗り切れるかもわからない。
 はは。私を頼りに戻ってきたのは失敗だったわねピーター」

自嘲するように乾いた笑いを零すバラッド。
バラッドは今更自らの命に固執するような性質でもないが、状況はあまりにも絶望的だ。
自分一人すら守れるのか分からないのに、誰かを護る余裕なんてある訳がない。
責任を感じる必要などまるでないのだけれど、自分を頼ってきたと言うのならこの状況は少しだけ気の毒だ。

だが頼りが当てにならないという事実を知らされたにも関わらず、ピーターに落胆した様子はなかった。
顔を落とすバラッドの元まで近づくと、傅くように跪き、手を取ってその甲に口づけをする。

「失敗などではありませんよ。貴女にこうしてもう一度逢えたのだから」

そうして歯の浮くようなセリフを吐いた。
それをノータイムで蹴り飛ばす。

「何故です!?」
「あなたがそういう事をする時って、決まって私を食べようって時でしょ」
「まぁ。否定はしませんが」

蹴っ飛ばされた頬を擦りながらあっさりと肯定する。
ピーターの言動で嬉しくなる時、たいていはこっちを殺す気である。
そんなことバラッドにとって分かりきった事だし、バラッドが分かっていることくらいピーターにも分かってる。

「ですけど、その気持ちは本気ですよ。そうでなければ戻ってきません」

真摯に見える態度で、真摯に聞こえる声で懲りもせずに繰り返す。
座り込んだままのピーターを再びゲシゲシと蹴り飛ばしまくる。

「ああそうか、つまりは私の体目当てという事だな」
「その通りです」

もちろん食欲的な意味で。
互いに分かりきったことを確認して、耐えきれずバラッドが噴き出した。
実に下らない、これまで幾度も繰り返したようなやり取りだった。


972 : 人でなしの唄 ◆H3bky6/SCY :2017/11/10(金) 00:09:22 pe6GhuWI0
「けど、分からないわね。いや、あなたがそういうヤツだという事は知っていんだけど、どうしてそこまで私に拘るの?」

確かに女を喰らう事に命を賭けているような男だが、それはあくまで比喩だ。本当に命を賭けるような男ではない。
むしろ自分の命が一番大事な利己的な男である。
そんな男がわざわざバラッド一人を喰らうために危険を冒すだろうか。

「それに関しましては私としても意外と言えば意外なんですが、そうだったみたいですね」
「そう……とは?」

ピーターがバラッドを探していたのはバラッドの言う通り、自らの庇護が目的である。
だから見つけたところで自分の助けになれないようならば見捨てるつもりだった。
実際、発見したバラッドの状況はピーターの助けになれるような状況ではなかった。

では何故、あの時、その手を引いたのか。
それはきっとアサシンより受けた病気のせいなのだろう。

アサシン自身も勘違いしていたようだが、この病気は殺意を増大させるものではなかった。
『結果として人を殺してしまう』人間になってしまうそういう病気だったのである。
殺意程度ならば押しこめられたが、殺意に紐付く彼の中の最も強い感情を後押しされた。

元より彼はヴァイザー以上のどうしようもない怪物である。
相手を殺そうとすら思わず、ただ喰らうために殺さねばならないから殺すだけ。
『喰らいたい』があるだけの、人を人してすら見ていない、正真正銘の人でなし。
そんな彼が『結果として人を殺してしまう』のならば、その動機は『食欲』に他ならない。

彼にとって性欲と食欲はイコールだ。
殺す事は喰らう事であり、喰らう事は愛する事である。
これまで彼は彼なりの方法で人間(ダレか)を愛してきたのだ。

多くの女性を求めるのは男の性衝動がそうであるから。
多くの女性を受け入れるのは彼の守備範囲が広いから。
そして、多くの男がそうであるように、純粋にただ一人を喰らいたい(あいしたい)というごく当たり前の衝動もある。
その衝動が増大して、ようやく見えてきた想いがあった。

「どうやら私はどうしても貴女だけは喰らいたいようだ」

強まった衝動(しょくよく)が求めたのが彼女である。
だから、彼女が喰えもしない消し炭になるのがどうしても耐えられなかった。

そしてそれは、どうしようもない愛の告白だった。
そういった機微に鈍い、色恋に縁のないバラッドでもその意味が分からないほど阿呆ではない。

「いや、お前……自分で言うのもなんだけど、どうして私なんかを」
「私はサイパス氏に出会うまでただの殺人鬼でしたので。成人してから一カ所に定住することもなかったのですよ」

足跡を残さないため一か所に長く留まらずフリーのジャーナリストとして各地を転々としていた。
誰かと長く共に過ごすこと自体が珍しい、ただ独りの喰人鬼。
そんな人でなしにも共に過ごせば芽生える情もあるという事だろうか。

「あ、組織の女性でバラッドさんを選んだのはズバリ、見た目です。好みだったんです貴女が」
「なんだそれ」

身もふたもなさすぎて笑ってしまう。
大仰な理由なんてない。
誰かが誰かを想う理由なんてそんなものだ。

ピーターの眼に映るバラッドは美しかった。
見た目だけではなくその在り方が。
だから喰らいたいと思った。

「あなたは…………そんな自分の在り方に思い悩んだりしないの?」
「しませんよ。だって私は最初からそうでしたから、それ以外の自分なんて知りませんし他の人間がどうだとかは興味ありません」

最低最悪の非人間。
そんな己の究極の身勝手を悩むでもなく肯定する。
それがピーター・セヴェールだ。

バラッドはそうは為れない。
半端なところで留まり続けている。

「私は時折、自分が生きていていいのかと思うときがあるよ」

どうしようもなく血に染まった、命を喰らうだけの人でなし。
そんな自分がこれまで生きてこれたのは生きる理由があったからだ。

自分を拾ってくれた恩師に報いるために生きて。
恩師を失ってからは、恩師の仇を討つために生きてきた。
だが、その理由は失われ、この場で見つけた庇護対象(りゆう)も失った。
残ったのは後付けのような因縁だけ。
今だって、どう生きればいいのかわからないでいる。

「別にいいんじゃないですか。私たちはこれが生業でしたから、生きるための殺しは肯定されるものでしょう?」

確かに人間は誰しも生きている限り何かを犠牲にしている。
極論、生きるための行為であればどんな行為も割り切ることができる生き物だ。
だが彼女の中でどうしても割れなかったのは、きっとそれだけではなかったから。


973 : 人でなしの唄 ◆H3bky6/SCY :2017/11/10(金) 00:09:45 pe6GhuWI0
「……そうか。そうだな。そうなんだな」

誰にも吐露したことのない心中も、言葉にしてみればあっさりと答えが見えた。
人を斬るたび感じていた言いようのない感触。
あれは快楽だった。

「…………私は多分、あの時の父親を斬り続けてきたんだな」

始めて人を殺した――父を殺したあの瞬間、確かに抑圧からの解放があった。
その快楽を無意識に追い求めていたのかもしれない。
それにずっと罪深さを感じていた。
息苦しい、生き苦しい理由はそれだったのだ。

「分からないものね人間って」
「分かる必要あります? それ」

素っ気ない相槌。
愛している相手ですら、その心中を慮る事すらしない冷血漢。
そんな相手でも話してみれば少しだけ心が軽くなる。
置き去りにしてきた色んなものがあって、それでも見えてきた自分がある。

『いい感じね』
「…………何がだユニ?」

唐突に、それまで修復に集中し沈黙を保っていた相棒が語り掛けてきた。
何やら楽しげだ。

『修復速度が速まったって事。基本的にあたしは想像力、つまりはあなたの心を原動力にする力だからね。
 あなたの心に、何か嬉しい事でもあったんじゃない?』

とぼける様ないい方は少しだけムカついた。
けれど心に感じる嬉しさ大きさが、彼が彼女を喰らいたいと言う思いとイコールなのだろう。
ユニと契約したバラッドに幸せな未来はない、それでもそれくらいは許されるのかもしれない。

「どうされました?」
「なんでもないわよ」

遠くの夜空を見つめる。
爆発音は未だ遠く、見当違いの方向で等間隔に鳴り響き続けていた。

もしかしたらこのまま見当違いの方向を探し続けて、戻ってこないのかもしれない。
なんて楽観的な憶測は、直後、絶望的な直感に覆される。

「…………ッ!? 違う。動けピーター!」

音のなる間隔が”規則的”すぎる。
先ほどまでの不規則な動きに合わない。
それはつまり。

「――――あんだよ、気付いちまったのか」

ザッと言う足音。
声が響いたのはバラッドたちが動き出したのと殆ど同時だった。
振り返れば、そこには両肩にミサイルランチャーのように連なった砲筒を抱えた赤い巫女が立っていた。

そして種を明かすように遠くで花火の音が鳴り響く。
つまりは、ボンバーガールは一杯喰わされた事にとっくに気付いていていた。
引き返す前に、定期的に打ち上げる花火を仕掛けて位置情報を誤魔化していたのだ。
一杯食わされたのはバラッド達の方だった。

「もっと遠くに逃げたかと思ったがこんなところで男と駄弁ってるたぁ余裕だね。
 そんなリア中にゃあド派手な花火をしこたまブチ込んで爆発させてやろうと思ったんだけどなぁ」

そう楽し気に笑みを浮かべて、肩に抱えたミサイルランチャーを向ける。
装填された筒花火の数は100を超える。
後少しでもバラッドの気づきが遅れていたら、近づいてくる敵の存在に気付くことなく間抜けなバーベキューになっていた。
いやここまで来れば不意打ちも何もない。このまま撃ったとしても辺り一帯ごと焼き尽くすだろう。

「よぅ。さっきは下らねぇ茶々を入れてくれたじゃなえか。テメェは汚ねぇ花火確定だ」

言って、酷薄な笑みを浮かべながらピーターを睨み付ける。
だが、その燃え上がるような殺気を真正面から浴びせられながらも男は涼しい顔のまま眉一つ動かさなかった。
一秒先の死を予見できない平和ボケした人間というわけでもあるまい。
明確な殺意、明確な力量差。
そのすべてを理解したうえで平時と変わらぬ冷静な声で相手を落ち着かせるように言った。

「何やら誤解があるようだ、私は貴女と争うつもりなんてありませんよレディ」
「レディだぁ? 気色悪いこと言ってんじゃねぇぞ伊達男」

言葉尻が気に食わなかったのか珠美は声を荒げてピーターに噛みつく。
伊達男は「おっと」と肩を竦めて謝罪の意を示すように頭を下げた。

「失礼。気分を害されたようなら謝罪しましょう。それではなんとお呼びすれば?」
「あん? そんなもん、これから汚ねぇ花火になるテメェに教える必要があんのか?」
「ええ。どうせなら、自分を殺す相手の名前くらい知りたいじゃないですか」

ボンバーガールが眉を顰め、値踏みするように目の前の男を凝視する。
いつ爆発してもおかしくない火薬庫を前にして紳士然とした態度を崩さないその真意を図りかねているようだ。
素人ではないが、大して強そうな印象は見受けられない。
むしろ吹けば飛ぶような軽薄さすら感じられる。


974 : 人でなしの唄 ◆H3bky6/SCY :2017/11/10(金) 00:10:12 pe6GhuWI0
「…………ボンバーガールだ」
「ボンバーガール。名は体を表す、良い名前だと思いますよ。けれど変わったお名前ですね。コードネームでしょうか?
 私はピーター・セヴェールと申します。お見知りおきを」

紳士らしい折り目正しさで恭しく頭を垂れた。
殺し合いの場には余りにもそぐわない所作が男の異物感を際立たせる。
その態度がボンバーガールを更にいらだたせた。

「聞いてねぇよ。これから死ぬ相手の名前なんてな」
「まあまあそう仰らず。私としては知り合いであるバラッドさんをお助けしたかっただけなんですよ。
 ついああいう強引な手段をとってしまいましたが、あなたと敵対する気なんてないのです」
「なんだそりゃ命乞いか? それともなんかの作戦か?」

会話で惹きつける囮役かと思い、女に視線をやるが動きはない。
一応身構えてはいるが、動くつもりはないようだ。
それを確認してピーターへと視線を戻す。

「もちろん命乞いですよ、私は死にたくなんてないですから」
「の割に偉く落ち着いてるじゃねぇか、命乞いってのはもっとガタガタ震えてチビリながらするもんだぜ。
 あたしの事を舐めてんのか。まさかお前、殺されねぇとでも思ってんのか?」

熱を纏う苛烈な殺気が、冷気を帯びた冷たい炎となった。
こういう手合いはどうにも合わない。
のらりくらりとした態度は珠美の神経を苛立たせる。
いやそもそも――――何故こんな会話に応じているのか。

恐らく次の返答が少しでも気に食わないモノであれば即交戦の引き金が引かれるだろう。
それを理解しているのかいないのか、ピーターは相も変らぬ調子で平然と答える。

「死にたくないからこそですよ。動揺して判断を誤るだなんてそれこそ死んでしまうではないですか。
 冷静さを欠くというのは、私から言わせれば生きる努力を怠っているとしか言えません。
 本当に死にたくないのなら、心なんて動かさないほうがいい」

なかなか面白い答えだった。
何を言っても殺そうと決めていた珠美の興味を引く程度には。

それは道理だ。
常に冷静でいるというのは戦士ならば当然の心得といえる。

だが、それは戦う力を持った強者の理論だ。
闘う力もなく、絶望的な力の差を前にした弱者が平然と実戦出来る物なのだろうか?

「ですので。誤解があるのならば解いておきたいのですよ。
 冷静に話し合いで済むのならそれに越したことはないでしょう?」
「はっ。血生臭い口でほざくなよ、殺し屋」

女殺し屋のお仲間という事は十中八九同類だろう。
それ以前に、そんな推察を立てる必要ないほどに口から漂う血生臭さを隠せていない。
そんな輩がどの口で話し合いなどとほざくのか。

「いやいや、やめましたから殺し屋。平和主義の一般人ですよ、ええ」

誰が聞いても空寒い言葉を飄々と言ってのける。
滑った空気を察したのかコホンと一つ咳払いをする。

「だから争うのなんてやめましょうよ。私たちが戦う理由なんてないでしょう?」

警戒を溶かすような柔かな交友的な笑み。
軽薄さがにじみ出ているようで嫌悪しか浮かばない。

「理由もなにもねぇよ。ここはそう言う場所だろうが。殺し合って何ぼだぜ」

殺し合いが肯定される世界。
殺し合わねば生き残れない世界。
戦う理由は既に誰もに提供されている。

「なるほど。つまりワールドオーダーの言いなりという訳ですか」
「あん?」

血走った目を見開く。
ワールドオーダーの作った世界のルールに従うという事はそういう事だ。
ボンバーガールの額に青筋が浮かぶ。
あんな男に従っているなどと思われるのは屈辱以外の何物でもない。
それこそ死んだ方がましなくらいに。

「おや、違うので?」
「ったりめぇだろうが! 誰があんな、」
「――――では何故。貴女は殺し合いなんてしてるんですか?」

喰い気味に、有無を言わせず何故と問われた。
改めて問われると言葉に詰まる。
問いは相手からではなく自らの中から湧き出た。

何故。
何故殺し合うのか。
何故。亦紅を殺し、りんご飴を殺したのか。


975 : 人でなしの唄 ◆H3bky6/SCY :2017/11/10(金) 00:10:41 pe6GhuWI0
「……理由なんてねぇよ、あたしはただ闘りたかったからやっただけだ」

喉に詰まった棘を吐き出すように告げる。
苦し紛れではなく、それは心の底からの言葉のはずだ。

正義なんてなく、大義もなく、戦いたいから戦っただけ。
火輪珠美は最初からそうだった。
ボンバーガールはずっとそうだった。
この場でもそうだっただけの話である。

ピーターは平たい声で「そうですか」とだけ相槌を打つ。
その返答よりも、返答に至るまでの感情を読み取っていたような冷たい瞳が光る。
温度のない爬虫類のようで気味が悪い。

「ではもう一つ。闘いたいから闘う、大いに結構。
 ですが、ここでそれが自制できなくなったのは何故なんです?」
「…………どういう意味だ?」
「いやいや、いくらなんでも誰も彼もに喧嘩を売って生きてきたわけじゃあないんでしょう?
 友人もいれば恋人だっていたはずだ。ワールドオーダーの用意したルールに従ったと言うのではないのなら、それこそ何故?」

何故――――破綻したのか。
それは開けてはならない扉を開く、問うてはならない問いだった。

環境や与えられた状況に流されるほど弱くはない。
ならばボンバーガールはボンバーガールのまま、此度行われた所業は全て彼女の内から湧きだした物のはずである。
なのに何故。

闘いたいから闘う。それは確かに火輪珠美の行動原理である、これに間違いはない。
正義感を振りかざすつもりはないけれど、これまでだって気に食わない悪鬼羅刹をぶちのめしてきた。
だが身内に手を出すような外道でもかったはずだ。
闘いたいという理由は、それなりに気に入っていた亦紅や、それなりに付き合いの長いりんご飴と戦うに足る理由だったのか。
確かに成長した亦紅の力に興味はあったし、りんご飴との決着は求めていたけれど、それはこんな場所でこんな形ではない。
停戦を求めたりんご飴の手を、何故取れなかったのか。

『最後まで己の中にある正義という炎を信じられなかった、それが君の敗因だ』

そんなものはない。
正義などあるはずがない。
だって、そうではなくては説明がつかない。

「なるほどなるほど。サイパス氏がここにいたなら大喜びで勧誘してた歪みっぷりだ」
「…………るせぇよ」

温度のない無感情な目で嗤いながら、悪魔のような男が言葉を放つ。
この男の言葉は毒そのものだ。
聞くべきではないと理解しているのに、聞かざるおえないような魔力がある。
口元だけで笑いながら、悪魔が口を開く。

「それともアレですかね。性質の悪い病気でももらいましたか?」
「ッ! うるせぇって言ってんだよぉぉおおお!!!」

絶叫と共にボンバーガールは背負った花火を打ち出した。
この言葉の呪縛を解くには物理的に吹き飛ばすしかない。

絶叫を打ち消す轟音。
肩に抱えた全ての花火から閃光が一斉に打ち出される。
赤、橙、黄、緑、水、青、紫。
全てを滅ぼす瞬く極彩色の流星が降り注ぐ。

光の轟音。
音の濁流。
熱の牢獄。
無力なピーターは元より、辺り一帯すらも燃やし尽くすほどの灼熱の渦。
世界全ての色を詰め込んだようなその光が。

「――――――――時間稼ぎご苦労」

ただ一つの純白に打ち払われた。

「なん……だと?」

ボンバーガールの放った花火も常識外れの物量だったが、目の前で起きた光景もまた常識離れしていた。
全てを塗りつぶす圧倒的な白。
一閃した斬撃が爆炎を全て切り裂き、二つに割れた炎はピ―ターたちを避けるようにして明後日の方向に流れていった。
爆炎をこうも見事に切り裂けるものなのか。

紅蓮を纏った赤の乙女の前に純潔を纏う白の乙女が立つ。

「……ああそういう事かい、勿体ぶりやがって……ッ!」

下らないお喋りはそう言う事かと、それを目の当たりにして理解する。
そもそも口より先に手が出るボンバーガールが口で突っかかっていったのがおかしいのだ。
恐るべきはピーターの手腕である。

呼び名一つ、立ち居振る舞い、不快感すら利用して無理矢理自分の土台に立たせ、口先の戦いに付き合わせた。
無論、本気で交戦せずに終わるのならそれに越したことはなかったのだろうが。

「んな回りくどい事しなくても言ってくれりゃあ待っててやったのに…………いや、待たねぇか」

自らの短気を考えれば、待てと言われて待つわけもない。
だがまあ、こっちの方が面白い。
結果としては感謝だ。


976 : 人でなしの唄 ◆H3bky6/SCY :2017/11/10(金) 00:11:00 pe6GhuWI0
「まあ、殺すけど」

巫女の全身から殺意を形にしたような黒い煙が噴き出した。
辺りに漂う黒色火薬。
攻撃開始の意思表示に他ならない。

「ピーター! 下がってろ!」
「言われずとも!」

役目を終えれば一目散である。
バラッドの指示よりも早くピーターは既に逃げ出していた。

「逃がすかよ!」

ボンバーガールが踵で地面を打つ。
火花が散って、引火した黒色火薬の爆発がピーターの行く手を遮る様に炎の壁を創りだす。
ピーターはうひゃあと情けない声を上げながらもきっちり身を躱していた。

「Oh No!! 私なんかに構ってる場合ですか!?」

その言葉の通り、その目の前には既に白い死神が迫っていた。
紅い怪人は薄花火で迎え撃ち、炎と刃が斬り結ばれる。

シャンと滑らかな音と共に世界に白い線が引かれ、実体のない炎剣をいとも簡単に切り裂いた。
炎を両断した白刃はそのまま首を断つべく真っ直ぐに奔る。

だが、その刃が首を断つよりも早く戦巫女の首元から火花が噴出した。
ジェット噴射のような爆風で跳び出し、迫る刃を回避する。

高速で吹き飛ぶように飛行するボンバーガール。
その背に両翼のような紅い閃光が猛り、夜を燃え上がらせながら弧を描くようにして空中での軌道を反転させる。
その両手には駄菓子屋で撃っているような銃型の花火が握られていた。
銃口から暗闇に咲く色鮮やかなな火炎放射が放たれる。

「フッ――――――」

一息で振るわれた刃は網目のように細かな軌跡を描き、断続的に放たれる炎が次々と切り裂いて行った。
切かれた炎が周囲に飛び散り、街並みに火の手が移り炎上してゆく。

「ちょ、ちょっとバラッドさん。もうちょっと周りの被害を気にしてくださいますか!」

その被害に見まわたピーターが抗議の声を上げた。
だがバラッドは抗議を無視して、向かってくる炎を打ち払いながら、強く地面を踏みしめる。

「そんな余裕が――――あるか!」

白の戦乙女は瞬間移動の様に距離を縮めた。
音のない加速から、音を超えた速度で刃が振るわれる。
赤の戦巫女はその近接を予期していたかのような動きで銃を捨てて、振り抜かれた刃を高跳びのような跳躍で回避した。

純潔体となろうとも、ようやく同じ土俵に立てただけだ。
周りの被害まで考えて戦える相手ではない。

跳躍したボンバーガールは空中で爆発を繰り返し、爆風に乗って急角度でバラッドの背後に着地する。
その動きにバラッドも対応し素早く振り返ると、回り込んだボンバーガールよりも一手早く、敵の懐へと踏み込んだ。
瞬間、踏み込んだ足元から花火が放出され、バラッドの体が夜の空に打ち上げられた。

ボンバーガールの花火の使い方は大まかに分けて3通りある。
花火を直接、遠距離攻撃として放つ使い方。
火薬の爆発力を推進力として移動や近接戦の補助としする使い方。
そして事前に仕掛けを打つトラップとしての使い方だ。

「その程度は想定済みだっての!」

実体のない炎をであろうと全て切り裂く、シルバースレイヤーと同系統の相手。
そんな相手と戦うことなど”常に”想定している。
本命が近接戦であることが分かっているのだ。
距離を取りつつ、近接する瞬間を見極めればいい。

後は空中に放りだされた無防備な相手を秒間100連発のスターマインで撃ち落とす。
そう考え、生み出した発射台を地面に打ちつけ狙いを定める。

バラッドは空中で天と地を逆さにしながら、空気を蹴る様にして後方に足を振り抜いた。
くるりと身を翻し、刃で白い満月を描く様に回転する。
放たれる跳ぶ斬撃。

「ちぃ…………ッ!」

ボンバーガールは身を躱したが、設置した打ち上げ台は両断された。
何もかも想定敵と同じという訳でもない。
遠距離の対応力は銀の騎士よりこちらの方が上だ。

空中で仕留める算段は失敗した。
だったら次に狙うべきは。

「着地狩りィ!」

大量の爆竹を落下する白の乙女の足元に放り投げる。
調整された導火線が、着地のタイミングに合わせて一斉に炸裂した。


977 : 人でなしの唄 ◆H3bky6/SCY :2017/11/10(金) 00:11:23 pe6GhuWI0
「ッ!?」

咄嗟に刀身を杖のようにして足より先に地面につけた。
同時に洪水のような煙と音が周囲を埋め尽くす。

両足が吹き飛ばされるのは避けたが、煙に紛れ敵の位置を見失った。
遠距離攻撃に長けた敵である、砲撃が来るのは間違いない。
右か左か。
今のバラッドならば見てから反応しても間に合う。
白煙を縫って砲撃してきたのならば、その軌跡から位置を割り出すまで。

4時の方向。
バラッドの超感覚が白い煙の奥にひと際強い瞬きを捉えた。

身を反転させて美しくしなやかな肉食獣のような動きで駆け出す戦乙女。
だが、ふと過った直感に踏み出そうとした足を止める。

視界を奪っておきながら攻撃がシンプルすぎる。
こんなただモノ位置を知らせているようなものだ。
何らかの方法で別方向から攻撃して位置情報を誤認させたのか。それとも何か別の仕掛けが。

その答えは次の瞬間に訪れた。
天からナイアガラ滝のように炎が降り注いできたのだ。

「くっ…………おッ!」

頭上に掲げた刀の腹を盾にしながら、炎の滝を駆け抜ける。
炎の瀑布を身に浴び、純白の体に煤けた黒い跡が刻まれていく。
どうにかして炎の滝を抜けた、その先で当然の如く待ち構えるは炎の巫女。

大砲のような手筒花火を両手で抱え、飛び出した白を完全に打ち貫く構えだ。
体勢を崩しながら何とか炎の滝より逃れ出た直後のバラッドにはこれに対応して剣を構えて振るう余裕などない。

だが、打てる術がない訳ではない。

「――――来い」
「なっ――――!?」

そう言ってバラッドが腕を引き寄せた瞬間、ボンバーガールの背中に鋭い痛みが奔った。
その衝撃に筒花火の銃口がブレ、正しく花火としての役割を果たし上空に花を咲かせた。

舌を打ちつつ、背中に突き刺さった何かを引き抜いて投げ捨てる。
地面に転がるのはテグスを断ち切り明後日の方向に飛んで行ったはずの苦無だった。
テグスは確かに断ち切られている。
にも拘らず苦無が勝手に戻ってきたと言うのか。

どういう能力だ?
ボンバーガールの脳裏に敵に対する疑問が浮かぶ。

これはリクのような全てを切り裂く力ではない。
かと言って念動力ではこれまでの説明がつかない。
それともスキルの複数持ちか。

その疑問に答えを得るよりも早く、炎で焼かれた全身から煙を上げながら、流星のように駆ける白い殺し屋が迫っていた。
返り討ちだと両手を広げる紅い巫女。
握られた指の間に挟み込まれた手持ちスパークが一気に弾け、色違いの火花が散った。
耳を劈くパチパチという炸裂音が響く。
近づくもの全て焼き尽くす弾ける炎の爪。

衝突まであと一歩半。
僅かに遠いその距離で、戦乙女が刃を振るった。
瞬間、全ての光が消滅した。

「…………っ!?」

珠美も動画サイトか何かで剣を振るった風圧でロウソクの火を消すなんて曲芸を見たことがある。
だが、これは違う。
ボンバーガールが生み出した花火が風なんかで消える訳が無いし、そもそも風なんておきていない。
まるでそうなるとイメージした、結果だけを引き寄せたような現象だった。

迎え撃つ武器を失った赤の巫女に、白の乙女が距離を詰める。
閃光めいた鋭さで振るわれる刃。
ボンバーガールは後方に跳びつつ、足裏から火花を噴出する。
高速で離れてゆく標的を捉えきれず刃が空を切った。

だが刹那。
ボンバーガールの肩口から袈裟に裂け、赤い血が噴き出した。

「ぐっ……おッ!?」

びぃちゃりと大量の赤い血液が地面に跳ねた。
思わず着地の足が縺れてバランスを崩して膝をつく。

紙一重だったが確かに斬撃は躱したはずだ。
だが、斬られた。
ボンバーガールは止血のため傷口を炎で焼きながら、憎悪を籠めた視線で敵を睨み付ける。

強い。
いや、”強すぎる”。
亦紅と足を引っ張り合っていたのを差し引いても、先に戦った時よりも明らかに強い。


978 : 人でなしの唄 ◆H3bky6/SCY :2017/11/10(金) 00:11:51 pe6GhuWI0
「そうかよ……見誤ってたぜ。そういう能力か…………ッ!」

これまでの情報を統合してようやく理解する。

「ようするに、テメェが斬れたと思ったら斬れるってことかよ」

想像を現実にする力。
己の世界を世界に実現させる力である。
バラッドは否定はせず、膝をついたボンバーガールを見下ろす。

「そうだとして、ならどうする。負けでも認めるか」

苦無を引き寄せる動作も。
人を斬るという行為も。
幾度も幾度も繰り返してきた。
そのイメージは明確だ。

「冗談。面白くなってきたってもんだ……!」

膝をついた体勢から足元を爆ぜさせ飛び上がった。
煙で尾を引きながら空中で身を捻り反転する。

「シッ―――――――!」

剣士の刃が揺らめいた。
ボロボロになった巫女服をはためかせ宙に舞う巫女目がけて幾重もの斬撃を放つ。
ボンバーガールは細かに爆発と炎の噴出を繰り返しながら、空中を跳ね回るようにして斬撃の間を縫う。
そして両手に生み出した花火を、空中から絨毯爆撃の様に次々と投下していった。

何故バラッドが短時間でここまで強くなったのか。
想像力を基点とするこの能力がメンタルに作用する力ならば、先の戦闘との差は何か。
あの時との違い。
一番の違いは何か。
答えは明白。

つまりは―――――勝利したければ狙うべきは女ではなく男の方だ。

「けど――――そんなのつまんねぇよなぁ!!」

せっかく強い相手と戦える機会なのに、それをみすみす逃すだなんて勿体ない。
テンションが能力に直結するのはこちらも同じだ。
ボンバーガールの能力だって最後に覚醒した亦紅の種火を回収して上がっている。

自分から萎えるようなことをしてもしょうがない。
どうせ殺さなくてはならないのなら、強い奴の方がいい。
それがボンバーガールだ。
それが火輪珠美の生き方だ。

バラッドの能力は確かに規格外の能力であるが、言葉で言い表すほど軽い能力ではあるまい。
そうでなければ、こんな半端な使い方はしないだろう。
付け入る隙はいくらでもある。

一刀にて上空からの爆撃を両断するバラッド。
誘爆した花火が連鎖して上空が爆炎に包まれる。
だが、防いだはずの爆炎の中から、別の爆撃が降り注いだ。
防ぎきれず、爆風に見舞われるバラッド。

例えば、想定外、意識外からの攻撃。
絨毯爆撃の中にパラシュート花火を混ぜて攻撃に時間差を設けた。
想像を実現する能力ならば、対応を想像させなければいい。

ボンバーガールは鋭く早く地面へと着地すると、爆破に怯んだバラッド目がけて間髪入れず花火を放つ。
ロケット花火に手筒花火、噴出花火に蚯蚓花火、鼠花火、爆竹、癇癪玉、線香花火に至るまで。
手数で押し切るつもりなのか、質より量と言わんばかりに次々と自分の中の全てを吐き出すようにありとあらゆる花火を産み出してゆく。

例えば、対応限度を超える攻撃。
人一人、刀一振りでは対応に限界がある。
その許容量を超えるだけのありったけを打ち込めば押し勝てる。

男をわざわざ狙いはしないが、巻き込んでしまうのは仕方ない。
細かい調整など性に合わない。
気にするのは面倒だ。
それを気にするのはこちらの仕事ではない。

「巻き込みたくなけりゃ守って見せろ…………ッ!!」

光って消える夜の花。瞬く流星が地上を駆け巡る。
様々な色の光に照らし出される街中がパレードの様に華やいだ。
華やかで美しくそして儚い。
その光には見惚れてしまいそうな美しさがあった。

だが狙われている側としてはただ茫然と見惚れている訳にもいかない。
目の前を埋め尽くす美しい光を前に、白の乙女は武骨な刃一つを構える。

千を超える光。
如何に万能の力を持とうとも、斬ると言うイメージを起点にしている以上、刀を振るうという動作が必要だ。
一つしかない剣士の刃は 千を超える光を防ぐことが出来るのか?

出来る、出来るのだ。
体は休みなく滑らかに動き、光の華を斬り落とし、打ち払い、受け流す。
打ち払うたび霧散する火の粉が最後の輝きを見せて、水泡のように弾けて消える。


979 : 人でなしの唄 ◆H3bky6/SCY :2017/11/10(金) 00:12:21 pe6GhuWI0
バラッドは自身に向かう火の矢のみならず、背後への流れ弾や、弾いた火の手が逸れる方向まで気にしていた。
背後にはピーターがいる。
それ故にバラッドはそれを気にした動きしかできなかった。
後ろに足手まといを抱えていなければ、どれほどの猛攻を見せていたのか。

いや、違う。
これは後ろにピーターがいるからこそだ。
そう思えばこそ、心は軽く、守るために自分でも驚くべき速度で体が動く。
誰かを護る誰か。
殺し続けた自分とは対極の、憧れでしかないイメージ。
そのイメージは存外、彼女にあっていた。
それはあるいは後ろにいるのが彼だったからなのかもしれない。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」

光を振り払いながら前に出た。
敵も限界があるのか。
ボンバーガールの花火精製速度が僅かに落ちてきた。

これを機に、白の乙女が攻勢に出る。
祭り終わり。
勢いの落ちた花火では乙女の疾走を止めることはできない。

斬。左肩に斬撃が落ちる。
亦紅から斬撃をもらった時と同じ構図だが、殺し屋と剣士では斬撃の鋭さが違う。
すっと刃が引かれ、左腕が断ち切られる。
血をまき散らしながら、左腕が舞う。

そこで片腕の巫女はにぃと笑った。

バラッドの踏み込んだ足元に落とし穴のような巨大な穴が開いていた。
それがなんであるかを正確に認識したバラッドの背筋が凍る。

それは砲口だった。
先ほどと同じ罠。
だが、違うのはそれが打ち上げるためではなく、打ち抜くための砲撃だという事。

口径は大きさにしておよそ4尺。
戦艦砲をはるかに凌駕する大口径。
多くの花火を打ち出しながら、足元にこの切り札を作りだしていたのだ。

豪と空気が震えた。
劈くような爆破音とともに人間大の火薬玉が打ち出される。

だがそれをバラッドは飛びのく様にして身を躱した。
一度見た手だ、同じ手は喰わない。
バラッドをここで仕留めたかったのなら、同じような罠を先に使うべきではなかった。

だが、赤い巫女の勝利を確信したような笑みは変わらない。
これは打ち出した時点でボンバーガールの勝利となる祝砲だった。

打ち出された砲弾は世界最大の正四尺玉。
この火薬玉が夜に咲かせる花の直系は約800m。
つまり、これが地上で爆発すればそれだけの範囲を火の海にできるという事だ。

通常であれば1km以上の上空に打ち上げるべきそれを、100mに満たぬ低空へと打ち上げたのである。
天に彩を与える娯楽の象徴は、地にて地獄を生み出すだろう。

バラッドも気付くがもう遅い。
低空とはいえ100mは遥か上空と言える。
跳ぶには届かず、跳ぶ斬撃とてそれほどの距離を経ては0.4tの重量を切り裂くには至らないだろう。

辺りは確実に火の海となる。
生き残れるのは一人だけ。
即ちボンバーガールに他ならない。

バラッドは諦めず上空に向けて刃を振るうが無駄なこと。
何を斬ったところで爆発はもう止まらない。
到達点に達した火薬玉が世界を終焉の炎で包む大爆発を起こすべく炸裂する。

「な……………………………に?」

だが、なにも起こらなかった。

会心の手応え、不発弾などあり得ない。
バラッドだ。
バラッドが斬ったのだ。

だが、爆風を斬った訳でも爆炎を斬った訳でもない。
ならばいったい何を斬った?

バラッドは斬った。
”爆発そのもの”を斬ったのだ。

表の世界では銃器が発達し、裏の世界では異能が飛び交う、そんな世界をただ刃ひとつで乗り越えてきた。
銃に頼らず、毒に頼らず、火薬に頼らず。
人殺しの技術が発展したこの現代においてそのような沙汰を続けてきた。
この世界で一番”斬った”のは己であると自負している。

故に、一切両断。
物理、概念を問わず。
この一刀に断てぬモノなし。


980 : 人でなしの唄 ◆H3bky6/SCY :2017/11/10(金) 00:12:52 pe6GhuWI0
不可能を成し遂げた純白が紅蓮の巫女へと迫る。
切り札を破られ戦巫女は敗北を認める様に目を閉じた。
次の瞬間、その首が落ちるのは確定事項だ。

好き勝手暴れて好き勝手死ぬ。
自分が終わるには上等すぎる結末だ。
悔いはない、全力を尽くして上回られたのだ。
せめて、自らに終わりを齎せる死神の姿を目に焼き付けようと静かに目を開く。

その開いた瞳にあまりにも意外な光景が映し出された。

力なく倒れたのは白の乙女の方だった。

何が起きたのか、この場にいる誰もが理解できなかった。
何せ一番、驚いているのはボンバーガールだ。
死したバラッド本人すらわかるまい。

バラッドは敗北を受け入れていた。
自らを終わらせてくれる死神であるとバラッドを認めたのだ。
なのに、どういう訳か死んでいるのは死神の方だった。

乙女の純潔は破れ、身に纏った白が弾ける。
銀の髪が血に塗れ黒に沈む。

時間切れである。
りんご飴の置き土産。
ハッスル回復錠剤の副作用だ。

彼女が薬を飲まされて丁度6時間。
人一人殺さねば自分が死ぬという呪い。
タッチの差で、彼女は間に合わなかった。

その因果を、ここにいる誰も知る由もない。
ただあまりにも唐突に訪れた悪夢のような結末を受け入れるしかなかった。

女は呆然と立ち尽くし、隠れていた男はふらふらと姿を現し歩を進めた。
そうして夢遊病のように物言わぬ女の下に近づいてゆくと、力なく膝をつきその躯に縋り付く。
いや、違う。
あれは縋っているのではなく。

「…………何してやがる」
「食事中です、お静かに」

そう言って、口づけをするように頬の肉を噛み切った。
まだ温かい血の通った肉が千切れ噛み口から血がふつふつと噴き出す。
クチャクチャと音を立て生肉を口の中で擂り潰した。

「止めろ」

嫌悪を籠めた声で珠美がそれを制止する。
それは二人の戦いを汚す行為だ。
ただでさえ煮え切らない結末なのだ、これ以上余計な不純物を入れてほしくない。

珠美にとってピーターは闘いの結末を汚す異物であり。
ピーターにとって珠美は二人の結末に水を差す異物である。
互いにとって互いがこの世に必要のない異物だった。

だが、ピーターは止まらなかった。
最初から珠美などいないかのように食事を続ける。
血抜きもしてない肉を口元を赤く染め上げながら喰らう。

そのたび舌ではなく、脳が痺れる。
生涯最高の味だ、涙が出るくらいに美味かった。
愛の結実。
男は随喜の涙を流しながら愛した女を喰らう。
愛した人間を喰らう事しかできない怪物。
彼の愛が結実するのは、この時、この瞬間だけである。
次もなく、先もない。
だから、この至福の一時だけはせめて。

その逢瀬を爆炎が遮った。
残ったのは黒く焼け焦げた男と女の死体だけ。
重なる様に一つになったそれを見て、嫌悪を隠そうともせず、心に積もった澱みを言葉にして吐き捨てる。

「――――――――気持ち悪ぃ」

【バラッド 死亡】
【ピーター・セヴェール 死亡】

【I-9 市街地/夜中】

【火輪珠美】
状態:左腕喪失 ダメージ(極大)全身火傷(大)能力消耗(大)マーダー病発病
装備:なし
道具:基本支給品一式、禁断の同人誌、適当な量の丸太
[思考・行動]
基本方針:苛立ちを解消する
1:苛立ちを解消する
※りんご飴をヒーローに勧誘していました
※ボンバーガールの能力が強化されました


981 : 人でなしの唄 ◆H3bky6/SCY :2017/11/10(金) 00:13:35 pe6GhuWI0













多くの人間に破滅と混乱を齎したバラッドの突然死。
それに対して混乱をきたしている人間はもう一人いた。
正確には人間はなく精霊、妖精の類の存在であるのだが。

『なに!? なんなのいきなり!?』

ユニコーン・ソウル・デバイス・エンチャント。
純潔なるものにか見えない聖と性を司る神聖なる存在。
彼女はとある世界の片隅にある妖精界の存在である。

契約者バラッドの死は彼女にとっても悼むべきことではあるのだが、そんな余裕はない。
人間界で一度目覚めてしまった以上、契約者をなくしてしまえば1時間ほどで消滅してしまう。
それまでに次の契約者を見つけなくてはならなかった。

『くそっ! いない、いない…………ッ!』

焦りながら周囲を見渡しながら飛行を続けるユニ。
夜で暗い上に街頭の灯りもなく探しづらいことこの上ない。。
参加者の数ももう残り少なく、この市街地にあとどれだけいるのか。
見つけられたとして、その相手が純潔を守り続ける存在なのか。
焦りと共に不安ばかりが募る。

『あ………………!』

ユニが声を上げる。
市街地を周回する大通り。
月明かりだけが足元を照らす最中を隠れるでもなく堂々と歩く一人の男を見つけた。

ユニが目の前を通り過ぎると相手も視線を動かし反応を見せた。
どうやら見える相手のようである。
やった、と幸運を噛み締めつつ相手の近くへと向かって行った。
悪人である可能性もあるが、このままではどうせ消えるのだ、吟味している余裕はない。

だが、ユニがその男の間近まで迫ったところでピタリと動きを止めた。
すぐそこに迫る自らの消滅よりも恐ろしい物を見たように目を見開き、妖精は声を震わす。

『嘘…………なんでこんなところに』

見た目ではなく存在として目の前の存在が何者であるかを理解した。
あの邪神にすら怯むことのなかったユニが全身を震わせていた。
超越した存在として、生まれてこの方感じたとこのない痺れのような感覚が全身を支配する。

自分と同種の、それでいて桁の違う力。
同種だからこそ理解できた、目の前の存在が何であるのか。
その名を、総称される存在を呼ぶ。

『―――――――神様』
「確かに、僕は君たちの創造主ではあるのだけれど、その呼び方はやめてほしいなぁ」

神が嗤う。
いや、口元に笑みが張り付いているだけで、その男に感情などあるのだろうか。
不気味さと混沌を煮詰めたようなそんな男だった。

「さて、何故こんな所に、だったか。
 それはね、東側の殲滅をしに行ったのだけれど、僕が何をするまでもなく”東側に参加者がいなくなって”しまってね。
 おずおずと戻ってきたわけさ。いやはや息を撒いてみた物の恥ずかしいねぇ。みな積極的で結構な事だが」
『何の、話…………?』
「ああ、何にせよ説明は必要だろうと思ってね。君に言ったわけじゃないから、気にしないでいい」

ユニには理解できない言葉である。
前提である共通認識をスッとばしているような。
いやそれ以前に、確かに見えているはずのユニのことなど見ていないようにも感じられた。
訳も分からず怖気が奔る。

「結局、この市街地を抜けられたのは火輪珠美とオデットだけか。僕としてはつまらない結果だが、まあいいさ。その先を期待しておくとしよう」

遠くを見つめ、目を細める。
もはやその殆どを崩壊させてしまった市街地を俯瞰する様に。
口元はいつもの笑み、そこに込められた感情は読み取れない。


982 : 人でなしの唄 ◆H3bky6/SCY :2017/11/10(金) 00:13:54 pe6GhuWI0
遠くを見つめていた男の視線がユニへと向き直る。
口元の笑みが更に歪に折れ曲がった。
悪い予感がある。
悪い予感がある。
どうしようもなく悪い予感がある。

「よくやったね。ユニコーン・ソウル・デバイス・エンチャント。
 君のお蔭でそれなりに面白い展開になった。まあ、結局はダメだったけれど」

父とも言える創造主からのお褒めの言葉。
感涙に咽び泣いてもおかしくないこの言葉を受けて、ユニの心に到来したのは恐怖だった。

『……いや、やめて』

後ずさるようにユニが空中を滑る。
これが何が起きるのか、恐ろしい予感がある。

「さて、よくやってくれた君に暇を与えよう。ここから先、多分君の出番はない。
 放っておいても消えるだろうけど、明示的に消えておいた方が締まりがいい。憂いは少しでもなくしておきたいからねぇ」

直後、全力でユニは後方へと逃げ出した。
幸運なことに彼女は参加者ではない。
禁止エリアを気にする必要もなければ、大半の参加者には見えないから襲われる心配も少ない。
全力でただまっすぐ、あの男から逃れる事だけ考えていればいい。
その後の消滅など、それに比べれば些細な事だ。

だが、逃げるなど言う行為は無意味である。
どれだけ逃げようとも、どこまで逃げようとも、世界そのものからは逃れられない。

「『妖精』は『消えろ』」

声も遺さず妖精は消滅した。
その事実に興味すらないように、事もなげに男は呟く。

「さて、僕はどう動こうかなぁ」

【H-9 市街地(禁止エリア)/夜中】
【主催者(ワールドオーダー)】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、携帯電話、ランダムアイテム0〜1(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:参加者の脅威となる
1:参加者の殲滅
※『登場人物A』としての『認識』が残っています。人格や自我ではありません。


983 : 人でなしの唄 ◆H3bky6/SCY :2017/11/10(金) 00:14:04 pe6GhuWI0
投下終了です


984 : 名無しさん :2017/11/10(金) 01:17:48 jgcHUdvg0
投下乙です
殺し屋組織の最初から一番遠ざかったピーターとパラッドが
最後に残って、最期に歪みの果てを見せるとは皮肉というかなんというか…
ボンガルさん、どこまでも終わり際に恵まれねえなあ


985 : 名無しさん :2017/11/10(金) 01:49:20 DbQut5iQ0
乙です


986 : ◆H3bky6/SCY :2018/01/14(日) 01:06:37 ZNZW.N9o0
投下します


987 : 悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY :2018/01/14(日) 01:08:17 ZNZW.N9o0
●ドン・モリシゲ。

本名:森茂。
武器商人会社を母体とした秘密結社、悪党商会の現社長。
紛争地域である某国海域の船上で生まれたとされているが詳細は不明。
武器商人である父の事業を手伝いながら、多くの紛争地を渡り歩いていたが父の意向か某年日本へと活動の拠点を移す。
日本でどのような活動を行っていたのかその詳細を掴むことはできなかったが、何かを揉み消した跡は無数に発見できた。何らかの非合法活動に励んでいたと推察される。
程なくして一時的に悪党商会を離れていたようだが、その間は紛争地の最前線で戦っていたとも日本の秘密組織に潜伏していたとも噂されているが詳細は不明。
次に彼が表舞台に姿を現したのは悪党商会の電撃的な社長交代劇。余りの出来過ぎた革命劇に私見ではあるが前社長殺害の関与を疑っている。

悪党商会を完全に掌握し社長の座を獲得したモリシゲは事業方向を一新。
武器開発で培った技術とコネクションを社会貢献に費やす事を打ちだし、多額の寄付や投資などの多くの社会貢献活動に努め慈善家と知られるようになった。
しかし裏ではこれまで通り武器開発を進め、大規模な武器密輸シンジケートを構築。
光さす表での活動に比例して影を濃くするように裏の活動もより非合法な方向へと活動を強めた。
表の世界に秩序を齎すと同時に裏の世界に混沌を齎す、まるで二つの世界を明確に切り分ける神か悪魔のようだ。

その最たるものが孤児院運営だろう。
孤児院はモリシゲにとって都合のいい教育を行う洗脳施設であったと推察される。
彼の経営する孤児院出身の子供らには明らかに戦闘教育を受けた痕跡があり、出院後の死亡率は異常なまでに高くその死亡状況も公にはされない異常なモノばかりである。
モリシゲにとって子供たちは使い捨ての道具でしかなく、その実態は少年兵生産工場であると言えるだろう。
刑事として、親として、それ以前に人間として、身寄りをなくし道理も知らぬ無垢な子供を利用するようなやり口は到底許せるモノではない。
彼は世界から排除すべき悪党である。

                                    <<ロバート・キャンベルのノートより抜粋>>

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世界を変える者がいる。
世界を作為的に捻じ曲げる悪意。
尻尾の先すら掴ませない巧妙さで毒を巻き、気づけば世界は癌細胞の様な病魔に侵されていた。

男は別に世界を救いたかったわけではない。
何を変えようと思ったわけではないのだ。
むしろ変わらぬことを望んだのだ。
つまるところ、男は世界を護りたかったのだ。

人は自分の手の届く範囲しか守れない。
だが、人の身で手の届く範囲などたかが知れている。
人の身に余る願望を持つならば、人の身を超えるしかない。
故に人など捨て去った。
護りたかった全てを護るためにまず己を捨て去った。

そうして護れた世界がある。
だが、ふと思う事がある。
男は多くの者を捨て去ったが、捨て去った多くの者こそが本当に護りたかったものではなかったのか。
果たして男が本当に護りたかったモノのはなんだったのか?

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988 : 悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY :2018/01/14(日) 01:09:51 ZNZW.N9o0
電気により革命された世界は常に煌びやかな光に溢れ、夜を克服する事に成功した。
だが努々忘れることなかれ。その恩恵は人の営みにより与えられる物。
いかな都市とはいえ、それを維持する人間がいなければ夜はまたその猛威を振るいはじめるのだと。

街並みから太陽の日が落ちる。
街灯の光すらなく、冷たい鉄筋コンクリートの街並みを照らすのは冷たい月明かりのみである。
そんな薄暗い市街地の端にある小さな公園に集っているのは平和な国で平穏に生きてきた学生たちだった。
学業を修め学友と語らい日々を過ごす、そんな日常を送っていた少年少女。
本来であれば住み慣れた自宅で一日の疲れを癒し、明日に向け英気を養う時間である。

そして殺し合いと言う数奇な運命に巻き込まれた状況でもまた休息を取っていた。
学友たちとの合流と言う当面の目標は達せられた。
どうやって無事にこの孤島から脱出し帰還するのかという課題は残るが、先を見越して一先ず疲れ切った体を癒す事にしたのである。
今日を生き残り、明日を生きるため。

公園のベンチに腰掛けているのは二人の少女である。
どれ程の修羅場をくぐりぬけて来たのか、その身なりは薄汚れ、痛々しい傷跡がいくつも見て取れた。
応急処置はしているが素人仕事の上に大した道具もない。
このような地獄にあれば、いかなる華も薄汚れるという物だろう。
だが、男と女それぞれの学生服に身を包む二人の少女には、泥にも穢れぬ若さと可憐さの華があった。

方や溶けては消える雪のように儚げな白の少女。
方や周囲を明るく照らす太陽のような健康的な少女。
対照的な光を放つ二人の少女はパンを片手に、可愛らしいハンカチをテーブルクロス代わりにして缶詰と水をベンチの上に並べていた。

健康的な少女、一二三九十九は千切った味気のないパンを小さな口に放り込む。
家庭では台所を預かる身として食事に関して一言あるのか、缶詰とパンという味気ない食事に不満気だった。
台所でもあれば簡単な調理ならできたのに、と思うがよそ様の家に忍び込み勝手に台所を使うと言うのも流石に気が引ける。
そもそも街灯すら灯っていないこの街にガスが通っているかも怪しい。

儚げな少女、水芭ユキは黙々と割り箸の先で缶詰の鯖を解し、その身を口に運ぶ。
余り感情を表に出す方でもないが、おいしい物を食べたというリアクションでもない。
味自体は悪くないが物足りない淡白な味わいだ、調味料の一つくらいは欲しいところである。
せめて温めが出来ればよかったのだが、残念ながらユキの両手は冷やす事しかできない。
冷たい水が同行者に好評であったのがせめてもの救いか。

そんな少女たちをよそに少年は一人、休憩も取らずベンチから少し離れた公園の中心で構えた拳をゆっくりと動かしていた。
伸ばしきった拳を止め数秒。切り替えし今度は蚊の止まるような速度で足を上げてゆく。
こうやって今の自分がどの程度動けるのか、何ができるのかを確かめていた。

カウレスの回復魔法によってある程度は回復したが、あの殺し屋から受けた傷は浅くはない。
今の自分がどの程度動けるのか把握しておかなければいざと言うとき支障が出る。
目を惹くような派手さはない、だが目を離せない滑らかなその動きはまるで演武のようである。
その演武のような動きをユキは食事の手を止めぽぅと見つめていた。

「ねぇ……ユッキー」

そこに声をかけられ、慌てて視線をベンチの中央の缶詰へと戻す。
やましいことなど何も無いが、何故か取り繕うように自然さを装ってしまった。

「な、なに? どうかした?」
「……お父さんまで巻き込まれてたんだね、なんて言ったらいいかわかんないけど……心配だよね。
 早く探し出したいのに、私たちに気を使わせちゃってごめん」

血の繋がった父親ではないとは説明されており九十九も理解しているものの大事な家族であることに変わりはない。
友達が巻き込まれただけでも最低なのに、家族が巻き込まれるだなんて考えただけでも最悪だ。
その心痛は推し量るには余りある。
一刻も早く無事を確認したいだろうに、こうして足を止めているだけでも苦痛だろう。

だが、休憩を取ろうと言いだしたのは他ならぬユキであった。
疲労が見える九十九やダメージの大きい拳正を休ませたいという考えからだったが、ユキもかなり参ってる自覚はある。
この先を見越して休むべきだという判断だったが、気を使わせたと取られたらしい。
妙なところで気を回してくる少女だ。
この辺は少年とは大違いだ。いや……むしろ似ているのか?

「ぅうん。早く合流はしたいとは思ってるけど、実は心配はあんまりしてないかも」
「そうなの?」
「ええ、私なんかと違って……強い人、だから」


989 : 悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY :2018/01/14(日) 01:10:34 ZNZW.N9o0
ユキには父に対する絶大な信頼がある。
ユキなんかが心配するなんて、それこそ烏滸がましいほどに父は強い。
その強さは戦力的な意味合いだけでなく、人間としての強度が違う。
ユキにとって、いや悪党商会という組織にとって常に迷いなく決断し、決して間違う事はない絶対的主柱。
森茂とはそんな人間だ。
この場においてもその存在が揺らぐことはないだろう。

「……尊敬してるんだね、お父さんの事」
「そうだね。尊敬してる」

どれだけ悪評を聞かされようとも、それだけは断言できる。
森茂はユキを救い、ここまで育ててくれた大恩人だ。
尊敬していないはずがない。

「いいなぁ、ウチなんて喧嘩ばかりだよ」
「……そうなの?」

九十九は羨む様な声でそう言うと、難しそうな顔で腕を組んで首を捻る。
ユキの中では九十九は家族仲がよさそうなイメージだったから意外と言えば意外な話だった。

実際の所、九十九は父親との折り合いが悪い。
その切っ掛けは父が家業を継がず修理屋として独立したことにある。
その父の決断に関して祖父は何も言わなかったから、九十九も必要以上に追及はできなかったが。
あれだけの腕を持ちながら家業を継がなかった父が、九十九はどうしても許し難かった。
そんなわだかまりはずっと残り続けていて、それから妙にぎくしゃくしている。

もう時代は刀など必要としていない。
伝統工芸であり芸術品としての価値はあるものの、刀の本質は失われた。
いや、失われるのが正しい世の中になった。
それは喜ぶべきことであるのだが、刀そのものが失われる、そんなのは嫌だった。

武器としての価値も銃や戦車、戦闘機に及ばず。
時代の流れに取り残された刀鍛冶は、このまま消えてしまう。
その父の決断は、そう言われたような気がして無性に腹が立った。

九十九は刀鍛冶が好きだ、愛している。
祖父の仕事姿が好きだった。
ひり付くような鉄火場の空気を吸うと胸がすく。
命を削る様に鉄を打つ職人の業を尊敬している。
私もそう在りたいと幼い頃から想ってきたのだ。
だから自分がやらねばと立ち上がった。

「こいつのはただの反抗期だよ、反抗期」

そこで、話を聞いていたのか拳正が口を挟んできた。
状態の確認はある程度区切りがついたのか、手を止めベンチへと近づいてくる。

「それに喧嘩つーか。お前が一方的に拗ねてるだけだろ」
「な、なんだよー。そんなことは、ないぞょ…………?
 っていうか、なにさっ! こういう話のときあんたいっつもお父さんの味方するよね……!」

この手の愚痴を漏らした時、この幼馴染は常に父の味方をする。
それは彼女の父が少年の命の恩人であるから、というだけでもあるまい。
この少年は妙に義理を重んじる割に、判断にそういう情を介入しないところがある。

「そらまあ……継がなかった親父さんの気持ちもわからんでもないからな」
「え、あんたお父さんの理由知ってんの? 初耳なんだけど」

おっとと口が滑らせた事に気づき拳正が口を噤む。
だがもう遅い。その態度が語っているようなものだ。
痛い程刺さる幼馴染の責めるような視線を黙殺するが、根負けしたように溜息をつく。

「さてな。けど察しはつくだろ」
「なんだよー、知ってるんならいえよー、コノヤロー」
「うっせうっせ、俺に噛みつくんじゃなくて本人に直接聞けよ。いつまでも拗ねてねぇでよ。
 答えてくれんだろあの人は。それで納得できなきゃこんどこそ喧嘩でもなんでもすりゃいいさ」

ぐぬぬと表情をゆがめ唸る美少女。
自分より成績悪い癖に、この訳知り顔もまた気に食わない。
気に食わないが、その言葉もなかなかに的を射ている。
父を無視していたわけじゃないが、何となく避けてしまっていたのは確かだ。
自覚もあり反省もしている。
それは余り自分らしいとは言えない。


990 : 悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY :2018/01/14(日) 01:11:22 ZNZW.N9o0
「……うん。そうだね、そうする」

この激動の一日を経て九十九の心境にも変化があった。
当然だ、これだけの多くの死に触れ価値観を変えない方がどうかしている。

人は容易く別れ、合えなくなって後悔を彼岸へと持ち越す。
あっと言う間に聞きたかったことも聞けなくなるのだ。
聞けるうちに聞いておかなくては後悔する。
後悔しない生き方をしようと決めた。

「それじゃあ、お父さんと喧嘩するためにも帰らないとね!」

死ねない理由がまた増えた。
生きて帰らなければ。
九十九のその決意を聞いて、ユキがポツリと呟いた。

「喧嘩か…………私はしたことがないな」

ユキは父と喧嘩などしたことがない。
だって父はいつだって圧倒的に正しく、ユキなんかが逆らう余地などなかった。
そこに疑問を持った事などないし、疑問など必要なかった
それでいいと思ってきたし、そこに間違いなどないと思ってきた。

だけれど、今は違う。
問わなければならない。
命がけでユキに疑問を託した人がいる。
だから、このノートを託された者としての責任として。

「…………初めて喧嘩するかもね」

誰に言うでもなく一人呟く。
そうなったとき自分はどうするのだろう。
そんなことを想いながら。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

十分な休息を取り、腹も膨れた。
この状況で万全など望むべくもないが、最低限の英気は養えた。
終わりに向けて動き出すにはいい頃合いだろう。

「で、行く当てはあんのか?」

首輪の解除や脱出方法など課題はあれど、とりあえず当面の目標はユキの父親の捜索である。
どこに向かいそうなどの心当たりを訪ねてみるが、ユキは静かに首を振る。

「さすがにこれだけ状況が動いた今となってはちょっと……」
「ま、そりゃな」

殺し合いが開始してもうじき1日が経とうとしている。
開始直後なら予測もつくだろうが、ここまで来ると予測のしようもない。

「じゃあ地道に歩いて探すしかないんでない?」

身もふたもない九十九の意見だが、あながち的外れという訳でもない。
禁止エリアによって行動範囲は狭まり、参加者同士の遭遇率も上がっている。
それが望む相手とは限らないだろうが、動いていれば誰かに出会う事もあるだろう。

「ま、動き出さなきゃ始まらねぇか」
「そうだね」

二人も同意し、動き始めようとしたその矢先だった。
ふと、ユキは自らの足元を見た。

そこには月明かりから伸びる黒い影が落ちていた。
先ほどまではなかったその影を追って、ゆっくりと視線を上げる。
その影の先に、その男は立っていた。

ユキの視線に気づき、拳正と九十九もその男の存在に気付いた。
それは人相の悪い大男だった。
人を見かけで判断するような二人ではないが、殺し合いの場だ。
剣呑な空気を放つ男はその筋の人間にしか見えない。

警戒を示し二人が身構える。
だがただ一人、ユキの反応だけが違った。

「お父さん…………!」

そう言って男の元へと駆け寄っていく。
まさかこれから探そうという探し人が向こうからやってくるとは思うまい。
取り残された二人は互いに丸くし、答えを求める様に視線を合わせた。

「……偶然が過ぎんだろ」
「んー。向こうもユッキーの事探してただろうし、そう言う事もあるんじゃない?」

そう言ってあっさりと割り切ると九十九はユキの後を追おうとする。
だが、拳正は引き留めるようにその腕を取った。


991 : 悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY :2018/01/14(日) 01:12:06 ZNZW.N9o0
「? どったの?」
「いや…………何でもねぇよ」
「そう? じゃあ私たちも行こ」

腕を放す。
九十九は少しだけ不思議そうに首を傾げたが、すぐさま気を取り直すとパタパタと駆けて行った。
拳正は一人、ユキから聞かされた人物像を頭に浮かべながら、表情を険しくするのだった。

「お父さん! ああよかった無事だったのね。いいえ、無事なのは心配していなかったけれど……えっと」

いち早く男の前に駆け寄ったユキは何時になく早口で捲し立てる。
普段はクールを気取ってるユキがここまで取り乱すのは再会が余りにも不意打ちだったからだろう。
そんなまとまりのない言葉を遮る様に、大男の黒い手がその頭を撫でた。

「うん。キミも無事でよかったよ、ユキ」

見慣れた笑顔にユキも安心したように表情を崩す。
そこに遅れて二つの足音が駆け付けた。
それを振り返り、ユキは二人を父へと紹介する。

「えっと、お父さん。こちら同じクラスの新田拳正くんと一二三九十九さん。
 この場で合流できて、今は一緒に行動をしてるの」
「やあ、ユキが世話になったようだね。俺はユキの保護者をしている森茂という男さ」

強面な顔に似合わぬ温和な態度で森は応じる。
友人の親に挨拶され、九十九はいえいえと照れながら頭を掻き、拳正は無言のまま目を細める。
森はその二人を一瞥した後、キョロキョロと首を振り周囲を見渡した。

「それで、キミの仲間はこれだけかい?」
「ええ、他にも仲間はいたのだけれど、みんな…………」

ミロ、朝霧舞歌。そして夏目若菜、斎藤輝幸。
彼女たちがこの地で出来た頼もしい仲間はみんな死んでしまった。
生き残ったのはこれだけだ。

「そうかい。もう少しまとまっているかと思ったけれど、思いのほかそうでもないのか…………」

一瞬、サングラスの奥の森の瞳が怪しく輝いた気がした。
拳正と九十九を一瞥するその意味深な視線に九十九は何も感じていないようだが、拳正はその眼を睨み返した。

「こらこら、なに睨んでんのよアンタは。狂犬か」

ぺしぺしと頭を叩かれる。
しばらく無視していた拳正だが、無視し続ける限りぺしぺしも止まらず。

「だーもう! ホイホイ怪我人の頭を叩くんじゃねぇよ!」
「なにさ、大して力入れてないんだから痛くないでしょ!?」

そして、いつものようにじゃれ合い始めるバカ二人。

「いいのかい? 彼ら?」
「……うん。ほっといて大丈夫だから」

人の振り見て我が振り直せというが、彼らを見て幾分か興奮していたユキも冷静になれた。
いつまでも再会を喜んでばかりはいられないのだ。
ユキは父に聞かねばならないことがある。

「それで…………お父さん。確かめたいことがあるんだけど」
「確かめたいこと? なんだい藪から棒に」

普段と変わらぬ優しい声。
この男の人相に見合わぬ思慮深さと慈悲深さをユキはよく知っている。
これほどの大恩のある相手に、猜疑心を持っているだけで罪深い事のように感じられてしまう。
それでも告げねばならぬことがある。

「…………お父さんは、私たちをどう思ってるの?」

言い出しにくそうに歯切れ悪く、声は少しだけ震えていたかもしれない。
それでも何とか切り出した。

「私たち、とは?」
「……孤児院の、みんなの事」

なぜこの場でそんな事を聞くのか。
意図が読めずに森は不思議そうに首をかしげる。
しかし他ならぬユキの問いだ。理解できずとも答えるに吝かではない。

「もちろん愛しているよ。それこそ我が子と変わらぬくらいに。
 どうしたんだい? こんな状況で不安にでも駆られたのかい?」

親の愛情を確認したがる子供をあやす様に朗らかな声で言う。
強面な顔にくしゃりと皺を寄せた、いつも通りの父のどこか不器用な笑み。

その言葉はすごく嬉しい。
この言葉を受け入れて楽になりたいという弱さが顔を出す。
だが、それをグッと堪えて下唇を噛みしめる。


992 : 悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY :2018/01/14(日) 01:12:58 ZNZW.N9o0
「……………………お父さんが…………お父さんが、私たちを利用しているって本当?」

遠まわしな聞き方ができるような器用さをユキは持たない。
どう切り出そうか迷いに迷ったが、結局率直な言葉しか出てこなかった。
思わぬ言葉に森は悲し気に眉を寄せ、肩を竦める。

「酷い話だ。そんな話をどこで?」
「参加者の一人から、聞かされたわ……嘘をついているようには…………見えなかった」

FBI捜査官であるロバート・キャンベルがユキに託した言葉だ。
命を懸けて伝えられた言葉に嘘などあるはずもない。
少なくともユキにはそう見えた。

「だったらその人が勘違いをしていたんだろう。
 俺たちの仕事は誤解を受けやすいからね。それくらいユキも理解してくれているだろう?」

悪党商会は世間から見れば悪党だ。
そういう色眼鏡をかけた偏見の目で見られるのはいつもの事である。
気にするべきことじゃないさと森は重い問いを軽く流した。

「じゃあ、サクラやウミやモミジはどうなったの?」

先に卒院した孤児院の仲間たち。
その行く末を問う。
こればかりは軽く受け流せることではなかったのか。
その問いに森は真剣な面持ちで僅かに押し黙る。

その結末は問うまでもなくユキだって知っている。
彼らは全員死んでしまった。
なあなあでヒーローたちと戦う表の仕事と違う、危険を伴う裏の仕事に従事していた。
サクラはブレイカーズの怪人に返り討ちに合って殺された。
ウミはヒーローを暗殺しようとして失敗して死んでしまった。
モミジは、どうしたんだったか。

なるほどこれは悪党商会のための鉄砲玉として育てられたと思われても仕方ない結果だ。
ロバートの指摘でユキもその視点があるという可能性に至った。
故にその真意を知りたかった。

「……彼らは残念だった。それに関しては確かに俺の責任かもしれないね。
 だがそれも悪党商会の理想を達するための尊き犠牲だ。無駄にはしない」

沈痛な面持ちで悔やむ様にその死を悼む。
その決意もまた嘘だとは思えなかった。

確かに孤児院の仲間たちのその後は悲惨だ。
だが、それらは決して強要されたことではない。
悪党商会に育てられた恩返しとして働いていたのは彼らの意思だ。
それはユキ自身そうだったからよく理解している。
ユキだってその復讐心を晴らすように多くのブレイカーズの怪人を始末してきた。
どちらかと言えば、押しきったのはこちらの方だ。

だがそれは騙されているだけだと、都合よく使うための洗脳によるものだとロバートは告げる。
洗脳された少年兵は己の環境を疑問には思わない。
ならば、その少年兵の立ち位置から真実を判断するのは困難だ。

どちらが正しいのか。
ユキには分からなくなる。
そもそも裏の顔を隠し通していた朝霧舞歌の嘘を見破れなかったように、ユキに嘘を見破れるほどの見る目はない。

いろんなものを呑み込んで、これまでの父親としての森を信じるのか。
命を賭けてユキの身を案じたロバートを信じるのか。
結局はそう言う話なのだろう。

「私は、お父さんを信じていいの……?」

自分の迷いと不安を吐露するように。
聞くべきではないことを聞いてしまった。

「誰にどんなことを吹き込まれたかは知らないが、それはキミが決める事だ」

突き放すような言い分だが、そうなのだろう。
自分を信じろなんていう人間を信用できるはずもないし。
疑っている相手にこんな事聞くこと自体がどうかしている。

ロバートと森のどちらを信じるのか。
そう問われればユキが信じるのは森だ。
ロバートの遺志は確かに疑念の種を植え付けるには至ったが、人柄まで知っている親代わりとなった人の信頼まで覆せるかというと難しい。
彼の死を申し訳なく思っても、決定的な証拠でもなければそれまでの数年間を裏切れない。

「だがその結論の前に、俺からもキミに伝えるべきことがある」
「え、なに…………?」

ユキの結論に至ろうかというその寸前、森の方から唐突に切り出された。


993 : 悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY :2018/01/14(日) 01:13:36 ZNZW.N9o0
「俺は殺し合いに乗っている」
「え………………?」

それはユキにとって天地がひっくり返るような衝撃だった。
傾きかけた信頼の天秤がひっくり返るほどの。

「そ、そんなッ!? お父さんならそんなことしなくてもみんなで脱出だって……!」

あんな奴の言いなりになるだなんて考えもしなかった。
悪党商会の社長にして技術顧問。
その知識と技量があれば、殺し合いに乗らずとも生還の道を歩む事は難しくない。

「そうだね。不可能ではない。だが、そうはしなかった」

事実として、森は首輪の解除に成功している。
脱出方法だっていくらでも見つけられるかもしれない。

多くが生き残る可能性のある方法ではなく、ただ一人の優勝を目指す。
その道しか選べなかったのではなく、いくつかの選べる道の中からそれを選んだ。
出来る出来ないの話ではなく、するかしないかの話だ。
これはそれだけの話である。

「…………なら」

みっともないほど震える声で解かり切ったその先を問う。
殺し合いに乗ったのならば、やるべきことなど決まっている。

「ああ、全員殺さなくちゃならないね」

殺害宣言。
皆殺しの対象は、当然ユキも例外ではない。
同時にそれはユキにとって疑惑を肯定する言葉でもあった。

「キミに告げたのは最低限の義理だ。
 さあ選びたまえ。黙って死ぬか、戦って死ぬか」

ルール無用の殺し合いだ。宣戦布告めいた殺害予告など必要ない。
黙って殺しても良かったのを、わざわざ選択肢を用意してやったのは森のユキに対する最低限の義理である。
だが、そんなモノありがたくもなんともないのだが。

「…………そんな」

見るからに戸惑うユキ。
そんな選択肢を突き付けられても選べるはずもない。
父と戦うだなんて考えたこともなかった。
ロバートの手記を読み、疑念を抱いてからですらそんな展開は微塵も想像していなかったのだ。
それを甘いと捉えるべきか、それだけ信頼していたと捉えるべきか。
なにより戦ったところで絶対的存在である父に勝てるはずがない。

ユキの頭が過熱しパンクする。
眩暈がしてふらりと倒れそうになったユキを後ろから誰かが支えた。

「ユッキーのお父さん」
「なんだい?」

ただですら白い顔を青白くして言葉を失ったユキに変わり、一二三九十九が前に出る。
九十九はキッと強い視線を森へと返した。
他人の家庭の事情に口を挿むのはどうかと思っていたので黙って見守っていたが、殺す殺さないの話になってくるとそうも言ってはいられない。

「ユッキーを愛しているっていうのは嘘なんですか?」
「本当さ。けど、愛しているのと殺さないってのは別の話だろう?」

愛してるから殺さないってことはない。
むしろ愛しているから殺すなんて事も珍しい話ではない。
無理心中なんて最たるものだろう。

世界にそういう悲劇があふれているなんて事くらいは九十九だって知っている。
新田拳正だって父に殺されかかったのだから。

「ならそれは誰のためです? 自分のため、それともユッキーのためですか?」

だがそこにはそこに至る事情がある。
それを知らず他者を批判するほど傲慢ではない。
愛する者を手にかける。
それに足る理由があるのか。

「違うね。世界のためだ」

愛や情などと言った我欲だなんて入り込む余地がない絶対的な大義。
森が掲げているのはそういう物だった。

「そんなモノのために大事な人を殺そうとしているの? そんな親いるはずがない」

九十九の声が怒りに震える。
喉がヒリつく。一二三九十九はそんなモノを認めない。
世界なんて物のために子を殺そうとする親というモノを認める訳にはいかなかった。


994 : 悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY :2018/01/14(日) 01:14:28 ZNZW.N9o0
「それは君がそうあって欲しいというだけだろう。現実と願望を混同してはいけない」

だが森と言う脅威はこうして現実としてある。
ユキも殺すし、九十九も殺す。
それがこの現実の結末だ。

「いいえ、私は信じます」
「信じる? 何を?」
「ユッキーの信じるあなたを」
「…………へぇ」

ユキですら揺らいでいる中で、ユキの信じる森を信じるというのか。
森は少しだけ感心したように息を漏らす。

「面白いね、君。
 いや、本当に。そんな思考で、ここまで生き残ってるのが不思議で仕方がない」

ぬぅと九十九に向かって森が黒い手を伸ばす。
その指先が少女に触れる前に、背後から拳正が不意打ちのような形で跳びかかった。
問答無用で殴りかかる。

「そう急くなよ、少年」

だが、大男を容易く吹き飛ばす肘撃は翻した漆黒の手のひらに容易く受け止められた。
ピクリともしない。
感触は大岩のように固く、重い。
全身に痛いほどの寒気を感じながら、猫のような俊敏さで跳ねる様に引く。

「ッ…………べぇな。師匠級」

強がるように口元に笑みを浮かべるが、ゴクリと喉が鳴り背筋に冷や汗が垂れた。
初撃で嫌と言う程、力の差を理解する。
つまりは、今の自分たちではどう足掻いても勝ち目がない。

「や、やめて。お父さん! 新田くん!」

少女の叫びは届かない。
男二人は視線を交わらせる。
状況は動いてしまったのだ、もはやその言葉に耳を傾ける価値はない。

「もう止めらんねぇよ、割り切れ!」

拳正が叫ぶ。
森はここで全員殺すつもりだ。
そうであると割り切ってそう動かなければ、本当にそうなる。

「なるほど、君は君で面白い」

その拳正の焦りを見透かすように笑みを浮かべる。
先ほどまでユキに向けていた父の笑みとは違う悪党らしい、相手を嘲笑う笑みだった。

「絶対に勝てないと理解したうえで、ユキと後ろの女の子をどう逃がすかだけを考えている」
「どうかな。そう見せかけてアンタをぶっ倒すつもりなのかもよ」
「わかるさ、君と同じ状況なら俺だってそうする」

そのやり取りに自分を犠牲にするような幼馴染の選択を知り、九十九が怒りを示した。

「ちょっと拳正! あんたまたそんなこと考えてんの!?」
「わりぃけど、今回ばかしはお前に構ってる余裕はねぇ。水芭連れてとっとと逃げろ!」

要望が通る希望はないと理解しながら、そう言う事しかできない。
拳正をして、それほどに抜き差しならぬ状況にある。

「さてユキ、彼らは選んだぞ、キミはどうする?」

森は拳正らからユキへと視線を移し、再び問いを迫る様に投げる。
これが慢心による油断ならばよかったのだが、生憎と、どこにも突ける隙などない。

ユキはそれでも選べなかった。
抵抗することも逃げることもできず、ただ震える事か出来なかった。

「それがキミの限界か」

それを見て森は失望したように首を振る。
そして今度こそ拳を構える拳正とへ向き直った。

「仕方ない。まずは彼らを殺そう。その間にキミも決断出来るだろう」

拳正が息を吐く。
呑まれぬよう違わぬよう。
絶対的な死を前に平常心を保てるように心を整える。

同時に先手を取って動く。
後手に回ればその時点で終わりだ。
それほどの差が彼我にはある。

真正面から突っ込むと見せかけて、靴底に煙が出る勢いで切り替えし、側面へと回り込む。
戦士としての本能があの漆黒の右腕は危険だと告げている。
それを避け、砲のような鉄甲が嵌め込まれ、塞がっている左手側へ。


995 : 悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY :2018/01/14(日) 01:15:47 ZNZW.N9o0
小回りだけは小兵である拳正が上だ。
自身の発揮できる最速で回り込み、これが最初で最後の勝機と、全身に廻らせた気を爆発させ地面を踏み込む。
脇腹下にある人体急所『京門』を目がけ、最大級の裡門にて打ち抜く。
籠めるは渾身。狙うは必殺。
その後の防御も、躱されることも考えない。
そういう余分は全て捨て、ただこの一撃に全てを懸ける。

「な、」

拳正の持つ最高の一撃は狙い通り急所へと直撃した。
だが、まるで手応えと言う物がない。

当たらないのならばまだいい。
だが直撃して何一つ効果がないと言うのはどうか。
最大限の攻撃が直撃しても、何のダメージも与えられないとなればそれは何をしても、どうにもならない事に他ならない。
絶望的だ。

「もう反撃してもいいかい?」
「ッ!?」

左腕にはめ込まれた鉄甲で殴り飛ばされる。
化勁が間に合わず直撃を受け、吹き飛ばされるようにザリザリと地面を滑った。
自ら跳ぶ事で最低限のダメージ軽減はしたが、脳が揺れ景色が歪む。
踏み込み過ぎた代償は小さくない。

「てぇい!」
「おっと」

そんな拳正を助けようと、九十九が背後から森に斬りかかる。
太腿に斬りかかられた森は反射的に腕を振るった。
裏拳が少女に直撃し、紙人形みたいにその体が転がっていく。

ユキには常に意識は払っていたが九十九に関しては余りにも戦力外すぎて完全に意識から外していた。
不意打ちを許してしまったが特に問題はない。
悪威に刃など通らないのだから。
この通り傷一つない。

倒れこんだ九十九は鼻から大量の血を流しながら動かくなった。
意識を失ったのか、それともあるいは。

「――――――テメェ」

跳ね上がった拳正が血走らせた目を見開き飛びかかる。
だが直後、その体が空中で静止し両足がぷらんと宙に浮いた。
その腹部には黒い刃が突き刺さっている。

「ぐっ…………ぁッ!!」

森は拳正を振り返ることすらなく、佇んだままぐにゃりと曲がった右腕を伸縮させていた。
高質化した先端は飛びかかる少年の脇腹に深々と突き刺さり、その体を持ち上げている。

「フン…………!」

腕を振るう。
鞭のようにしなり、先端に突き刺さった少年の体が乱暴に投げ捨てられる。
受け身も取れず背中から叩きつけられ、その体が派手に地面を転がった。

「……生意気だねぇ」

不満そうに森がそうぼやく。
腹部を貫かれる直前になって激昂した頭を冷やしたのか、拳正は刃を躱せないと見るや否や、避けることを早々に諦め生意気にも刺され方を選んだのだ。
腹部は貫いているが恐らく致命には達して居まい。
加えて、幸運にも背負っていた荷物がクッションになったのかまだ意識があるようだ。

「く………………ッ」

だが貫かれた腹の傷は深い。
開いた穴からは大量の血が流れている。
これまで募ったダメージもあり、すぐには起き上がることが出来そうにない。

そこに一歩、森が歩を進める。
動かないユキよりも動けない拳正のトドメを優先した。

龍次郎も、ワールドオーダーも、あるいはここに集められた全員がそうなのかもしれない。
森自身も同類だからこそよく理解できた。
この手の眼をする輩は諦めるということを知らない。

こういう手合は力量に関わらず早々に止めを刺すべきである。
龍次郎を野放しにした事から学んだ森の教訓だ。

「…………いや……いや、やめてぇえええ!!」

悲鳴のような絶叫が響いた。
赤い血を流して倒れこむ少年と少女。
ユキの脳内で父と母を失った絶望の光景がフラッシュバックするように重なる。

その再現を他でもない、あの絶望から助け出してくれた恩人の手で再現されようとしていた。
それは拭いようもないより深い絶望となってユキに襲い掛かる。
そして何もできず、それを見ているしかないあの日のままの自分。

「え…………?」

だがそこでユキが言葉を失う。
目の前に誰かがいた。
何者か、などと問うまでもなく、何者であるかは理解できた。
そこにいたのは余りにも意外な人物だった。


996 : 悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY :2018/01/14(日) 01:16:16 ZNZW.N9o0
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黒く煤けた赤い空を見ている。

一組の男女が私に覆いかぶさるように倒れていた。
二人分の大人の体重は小さな私には押しつぶされてしまいそうになるほど重く身動きが取れない。
生暖かい赤い液体が頬を濡らす。
私はその液体を拭う事もせず、ただその光景を阿呆のように見上げていた。
悲鳴すら漏らせずただお父さんとお母さんと呼んでいた人間が、物言わぬただの肉袋となるのを見ていた。

お父さんが仕事先で遊園地のチケットをもらってきてくれた。
お母さんもじゃあお弁当を作ろうねと笑ってくれた。
ウチはお金持ちではなかったから、そういう所には縁遠くて私も何日も前からはしゃいで今か今かと次の日曜日を楽しみにしていた。
それなのに、どうして。

行楽日和の日曜日は地獄と化していた。
山道を走る多くの車は横転し、中から這いずるようにして多くの人が逃げ惑う。
転げたトラックから零れた荷物は逃げ惑う人に踏みつぶされ、何処かに届くはずったぬいぐるみは綿を出しながら笑っていた。

黒い煙を上げなら炎上する車の下には潰れたカエルみたいな死体がある。
暴れまわるゴリラみたいな怪人の足元には引きちぎられたみたいな人のパーツが転がってる、
お父さんとお母さんも私を庇うようにして、死んでしまった。

誰も助けてくれなかった。
誰も助けられなかった。
誰もが我先にと逃げ出し、逃げ遅れた者は皆死んだ。

ああ私も死ぬのだと、凍ったように冷めた心で理解する。
恐ろしくはなかった。
恐怖よりも絶望が勝った。

だって小さな私の世界では両親は全てだった。
その両親(すべて)を失って、この先どうやって生きていくというのか。
他の親族も、頼れるような人もいない。
私にこの先などないのだ。
ならば、ここで終わった方がいっそ。

「――――遅くなった」

その終わりを否定するようにその大きな男は現れた。
霞む瞳では陽炎に揺れるその背ははっきりとは見えず、ただその大きな背中だななんてどうでもいい事を考えていた。
あれほど恐ろしかった怪人は現れた男に一瞬で消し飛ばされた。
事もなげに事態を収束させた男は私の上に圧し掛かるお父さんとお母さんを大事なものに触れる様に引き剥がしていった。

「だ……れ…………?」

返る答えはない。
その代わりに体を抱えあげられる。

そこで初めて男の顔を見た。
皺の深い強面のおじさん。
見上げた顔はどこか泣いているようにも見もえた。

だけど、多分それは見間違い。
この人が泣く理由なんてないし、こんな強い人が泣くだなんて間違いなんだと思った。
私は両親に抱かれているように酷く安心して、微睡に落ちるように意識を手放した。

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997 : 悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY :2018/01/14(日) 01:17:54 ZNZW.N9o0
「くッ…………そ」

倒れた拳正の下へ、逃れようもない死神の足音が迫る。
立ち上がろうと地面に手をつくが、体が持ち上がらない。

この場にいる誰よりも力量差を理解して、これがどうしようもない状況であると理解しているのは拳正である。
だが、どんな状況でも最後まで絶対に諦めないのもまた拳正だ。
この矛盾を抱えた、手が悔しげに地面を掻く。

血が抜けて軽くなっているはずなのに、自らの体がどうしようもなく重い。
だが、動かねば終わる。
動いても終わるとしても動かねば始まらない。
無理矢理に腕に力を籠める。

そこでクシャりと言う音がした。

気付けば、倒れた拍子に零れ落ちたのか、その手の下に何かが転がりそれを握りしめていたようだ。
それは拳正の支給品の中にあった、用途もわからず奥底にしまわれていた何の変哲もない本の頁だった。
この状況では血を拭う足しにもならない。
何の意味もない道具のはずなのだが。

「ん…………?」

森が眉をひそめた。
目の前で起きた僅かな異変に足を止める。
ゆらりと幽鬼のように拳正が立ち上がったのだ。

「おや、まだ立てる…………」

感心の言葉はそこで途切れる。
次の瞬間。森の足元が僅かに浮き上がり、後方へと押し出された。

「何ッ、だ…………!?」

体勢を立て直しながら地面を滑る。
何が起きて、何をされた?
いや、何が起きたかなど考えるまでもなく明白だ。

掌打を打たれ、それを喰らった。
だがそれこそあり得ない。
衝撃を全て無にするはずの悪威を着ているのだ。
打撃ごときで吹き飛ばされるなどあり得ない話である。

だが、それ以外の何物でもない。
実際その動きは見えていたし、そうくる事も読めていた。
なのにどういう訳か反応すらできなかった。
油断もあっただろうが、それ以上に少年の動きはそれほどに異様だった。
明らかに異変が起きていた。
訝し気に少年を見る。

「――――呵々」

老獪さを感じさせる少年らしからぬ笑いが漏れた。
その表情を見て、油断してはならぬと数多くの怪物を見てきた森の直感が警告を鳴らす。
先ほどとは別種の必殺の決意を持って漆黒の右腕を夜に溶かすように解く。

粒子と化した右腕が死を届ける嵐となって拳正へと襲い掛かった。
回避はおろか認識すら不可能な分子に溶けた刃の渦。
一秒後にはミキサーの中に放り込まれたようなズタズタの死体が一つ出来上がっているだろう。

「――――――――空気が悪ぃな」

涼やかに言って、少年は強かに地面を踏み抜く。
瞬間。その足元を中心にして勢いよく空気が爆ぜた。

突風が吹き荒れ、森の頬に叩きつけられる。
その風に煽られて、宙に舞う粒子は彼方へと吹き飛ばされた。

驚愕に目を見開く森をよそに少年が再び笑う。
超常でも異能でもない。
つまる所、ただの震脚である。
足を上げた地面には罅一つなく、一切無駄のない踏み込みによりできた足型のみが刻まれていた。


998 : 悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY :2018/01/14(日) 01:18:47 ZNZW.N9o0
「おいおい、いきなりなんだい、変わりすぎだろ。悪魔とでも契約したのかい?」
「悪魔かぁ。よく言われる」

辺りに霧散した悪刀を腕へと引き戻しながら、意味不明の何かを見るような眼で目の前の存在を観る。
動き自体は先ほどまでの少年の延長線、八極拳士のそれだ。
だが、あまりにも質が違う。
成長などと言う次元ではない、進化したとしか表現できない別次元の領域にある。

一体何が起きたのか。
大悪モリシゲをして一目では図れぬ、何かが起きている。

ユキの周囲の人間はある程度は洗ってある。
新田拳正の事も識っている。
拳正は普通の人間だったはずだ。
このような変化はありえない。

ならば、あり得るとするなら別の、この地にしかない要素。
つまりはあの男の用意した悪意。

クシャクシャに握りつぶされた一枚の紙切れが舞う。
それは何かの1ページ。
ヘブライ語で書かれていたため、読むこともできず意味が分からず荷物の奥底に押しこめた新田拳正の支給品。
だが、見つけたその時に同行していた少年に問うべきだったのだ。

それはかつてとある中学生が悪魔を降臨させた、とある男の”悪意”によって必然的に紛れさせられだ、望んだ存在を降霊させる”本物”の魔導書の1ページ。

少年の場合は今の自分を変えたいと言う変身願望を満たす悪魔だった。
だが拳正には少年のような願望もなければ悪魔や霊に対する知識もない。
故に、思い浮かべることのできる怪物など一人だけ。

降霊憑依(インストール)――――――――李書文。

李氏八極門の開祖にして、中国拳法史史上最強と謳われる魔拳士である。
魔拳士はニカリと笑い、手首を返して挑発する様に手招きする。

見れば、先ほど刺されたはずの腹部からの流血は殆ど収まっていた。
止血をしたのではない。そんな暇はなかったはずである。

誰だって興奮や力の隆起である程度の血流を操ることは可能だ。
心を乱す、心を落ち着ける。力を籠める、力を抜く。
その誰にでもできるその行為を突き詰めればこの通り、出血量すらも制御できる。
加えて、脳内物質を操り大量に発生させたエンドルフィンによって痛みを緩和。
行動の支障を全て排除した。
もはやそれはどのような才覚があろうとも、このような若輩に至れる領域ではない仙道の域である。

魔拳士が拳を固め、悪党が兵器を構えた。
人類最古の武器と人類最新の武器を手にした二人が火花を散らした。

「呵々。どれ遊んでやろうか小僧」
「はっ。デカい口を叩くなよクソガキ」

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そして異変は少女たちの前でも起こっていた。

見上げる少女の瞳が動揺に揺れる。
無力に打ちひしがれ絶望に膝をついた少女の前に現れたは、あまりにも意外な、そしてここに居るはずのない人間だった。
何か言うべきなのに、何を言うべきなのか、何を言えばいいのかわからず言葉が出ない。

「さて、少年が惹きつけている今の内に一旦引こう」

ユキの言葉を待たず、それだけを言う。
現れた男は気絶した九十九を軽々と抱え上げ、ユキを導く様に悠然と動き出した
その背中を見るだけで涙が出そうになる。
まるで、それはあの日の救世主のようで。

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999 : 悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY :2018/01/14(日) 01:20:21 ZNZW.N9o0
次スレへつづくのであった
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/14759/1515859546/


1000 : 悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY :2018/01/14(日) 01:37:39 ZNZW.N9o0
埋めとこ


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