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オリロワ2014

1 : 名無しさん :2014/02/22(土) 16:05:30 GTSDVrec0
ここは、パロロワテスト板にて、キャラメイクの後投票で決められたオリジナルキャラクターでのバトルロワイアル企画です。
キャラの死亡、流血等人によっては嫌悪を抱かれる内容を含みます。閲覧の際はご注意ください。

まとめwiki
ttp://www59.atwiki.jp/orirowa2014/pages/

したらば
ttp://jbbs.shitaraba.net/otaku/16580/

参加者(主要な属性で区分)
1/1【小学生】
○田外勇二
5/5【中学生】
○初山実花子/○斎藤輝幸/○詩仁恵莉/○尾関裕司/○裏松双葉
11/11【高校生】
○三条谷錬次郎/○白雲彩華/○天高星/○麻生時音/○時田刻/○新田拳正/○一二三九十九/○尾関夏実/○夏目若菜/○馴木沙奈/○ルピナス
2/2【社会人】
○遠山春奈/○ミル
2/2【警察】
○榊将吾/○ロバート・キャンベル
4/4【探偵】
○ピーリィ・ポール/○初瀬ちどり/○音ノ宮・亜理子/○京極竹人
1/1【ジャーナリスト】
○四条薫
1/1【無職】
○佐藤道明
1/1【魔女・魔法使い】
○吉村宮子
3/3【吸血鬼】
○空谷葵/○クロウ/○亦紅
1/1【ロボット・サイボーグ】
○サイクロップスSP-N1
4/4【幽霊・妖怪・人外】
○船坂弘/○セスペェリア/○月白氷/○上杉愛
3/3【ジャパン・ガーディアン・オブ・イレブン】
○氷山リク/○剣正一/○火輪珠美
2/2【ラビットインフル】
○雪野白兎/○佐野蓮
2/2【ブレイカーズ】
○剣神龍次郎/○大神官ミュートス
6/6【悪党商会】
○森茂/○半田主水/○近藤・ジョーイ・恵理子/○茜ヶ久保一/○鵜院千斗/○水芭ユキ
6/6【殺し屋組織】
○ヴァイザー/○アザレア/○イヴァン・デ・ベルナルディ/○バラッド/○サイパス・キルラ/○ピーター・セヴェール
3/3【殺し屋】
○アサシン/○鴉/○クリス
4/4【人殺し】
○覆面男/○案山子/○りんご飴/○スケアクロウ
9/9【異世界】
○ディウス/○暗黒騎士/○カウレス・ランファルト/○一ノ瀬空夜/○オデット/○リヴェイラ/○ミロ・ゴドゴラス*鶩世/○ミリア・ランファルト/○ガルバイン
2/2【ロワ関係】
○長松洋平/○主催者(ワールド*オーダー)
1/1【無機物】
○ペットボトル

【74/74】


2 : 名無しさん :2014/02/22(土) 16:06:33 GTSDVrec0
【基本ルール】
全員で殺し合いをしてもらい、最後まで生き残った一人が勝者となる
生き残った一人だけが元の世界への生還と願いを叶える権利を与えられる
ゲームに参加する参加者間でのやりとりに反則はない
ゲーム開始時、参加者はスタート地点からテレポートさせられMAP上にバラバラに配置される
参加者全員が死亡した場合、ゲームオーバー(勝者なし)となる

【スタート時の持ち物】
参加者があらかじめ所有していた武器、装備品、所持品は全て没収(義手など体と一体化している武器、装置はその限りではない)
参加者は主催側から以下の物を支給される。
「デイパック」「地図」「コンパス」「照明器具」「筆記用具」「水と食料」「名簿」「時計」「ランダムアイテム(個数は1〜3)」
「デイパック」支給品一式を収納しているデイパック。容量を無視して収納が可能。ただし余りにも大きすぎる物体は入らない。
「地図」大まかな地形の記された地図。禁止エリアを判別するための境界線と座標が引かれている
「コンパス」安っぽい普通のコンパス。東西南北がわかる
「照明器具」懐中電灯。替えの電池は付属していない
「筆記用具」普通の鉛筆とノート一冊
「水と食料」通常の飲料と食料。量は通常の成人男性で二〜三日分
「名簿」全参加者の名前が記載されている参加者名簿
「時計」普通の時計。時刻が解る。参加者側が指定する時刻はこの時計で確認する
「ランダムアイテム」何かのアイテムが入っている。内容はランダム
          参加者に縁のあるアイテムが支給されることも

【「首輪」について】
ゲーム開始前から参加者は全員「首輪」を填められている。
首輪が爆発するとその参加者は死ぬ(不老不死の参加者であろうと例外なく死亡する)。
主催者側はいつでも自由に首輪を爆発させることが可能。
首輪には自動で爆破する機能も付いている。
自動爆破の条件は「一定時間死者が出なかった場合(参加者一人の首輪がランダムで爆破、最初は6時間がタイムリミット)」
及び「地図のエリア外か指定された禁止エリアに一定時間侵入していた場合」。

【放送について】
6時間ごとに会場全体で放送が行われる。
過去6時間に死亡した参加者(死亡順)、新たな禁止エリア、残りの参加者数が発表される。
指定されたエリアは放送による発表から2時間で禁止エリア化する。

【作中での時間表記】(深夜0時スタート)
 深夜:0〜2
 黎明:2〜4
 早朝:4〜6
  朝:6〜8
 午前:8〜10
  昼:10〜12
 日中:12〜14
 午後:14〜16
 夕方:16〜18
  夜:18〜20
 夜中:20〜22
 真夜中:22〜24

【予約について】
予約期間は5日。
一回以上作品が通っている書き手のみ2日間の延長が可能。


3 : オープニング「いつか革命される物語」(作者:◇H3bky6/SCY氏) :2014/02/22(土) 16:17:22 GTSDVrec0
そこは洋館の大広間だった。
小さな民家ならばすっぽりと入ってしまうのではないかと思えるほどの空間である。
だが、今その空間は所狭しとひしめき合う様に、80名近くの人間が蠢く様に集まっていた。

俺、尾関裕司も一団の中に立ち尽くすその一人だ。
さっきまで野球の練習をしていたはずなのに、気が付いたらここにいた。
辺りを見渡すと、目に映るのは一面の白。
地面も壁も白の大理石で埋められおり、四方には芸術性すら感じさせるような意匠の柱が立ち並んでいる。
壁際には絵画が並び、室内を照らすのは煌びやかなシャンデリアである。
およそ一般人は縁遠いような、厳かさすら感じられる絢爛さだった。
現実感がなく、白昼夢でも見ているようだ。

「――――おはよう。大半の人は初めまして、そうじゃない人はこんにちは」

白い空間に浮き上がるように現れたのは、穿たれたような黒。
一段高い壇上に立っていたのは、黒いタキシードにシルクハットを被った男だった。
映画か何かから飛び出してきたような衣装は、紳士というより道化じみた雰囲気を感じさせる。
それは白いシーツに落とされた一滴のインクのような、いやでも目に付く異物としてこちらの認識に滑り込んできた。
目元を隠すシルクハットの下から覗くのは、亀裂のような歪な笑み。

「僕を表す呼び名はいろいろあるんだが、とりあえずここではワールドオーダーとでも名乗っておこうか。
 まぁあれだ。気づいているだろうけど、君らをここに集めたのが僕というわけ、ちょっと殺し合いをしてもらおうと思ってね」

軽い。本当に軽い、友人を食事にでも誘う気軽さでワールドオーダーと名乗るその男はそう言った。
同時に、横合いから銃声が響いた。
一つや二つではない。
タタンとリズミカルさすら感じられるような発砲音が続く。
それらは全てが吸い込まれるように、男の脳天に正確に向かってゆく。

「言い忘れていたが、『攻撃』は『無意味』だ」

カランと軽い音を立ててワールドオーダーの足元に薬莢が落ちる。
何をしたわけでもない、放たれた銃弾を気にするでもなく、視線すらやらず、男はただそこに立っていただけ。
にもかかわらず、弾丸の雨にさらされたワールドオーダーは無傷だった。

その事実に、動揺が波のような騒めきとなって一団に奔った。
同時に、肌をひり付かせるような殺意が周囲から膨らんでゆく。

「うん。まあ元気があってよろしい、のだけれどまずは説明を聞いて、」

瞬間。男の言葉を遮るように瞼を焼く程の閃光が放たれた。
放ったのは額に二対の角を生やした青い男。
人間一人どころか、この洋館ごと吹き飛ばすのではないかと思われたその攻撃はしかし。

「だからさ――」
眩しくて見えない光の先から、一片も変わらぬ声が響く。
「――――『無意味』だって」
一帯を吹き飛ばすはずの光の奔流が、何一つ焼き払うでもなく霧散してゆく。
その光が晴れた先にあったのはやはり、無傷の男の姿だった。

呆気にとられたモノ。様子見に切り替えたモノ。展開についていけないモノ。
理由は様々だろうが、今度こそ会場は完全に静まり返った。

「うん。落ち着いてくれたようでよかった。
 最悪『動き』を『封じて』しまう予定だったけど、それをやると僕も動けなくなるからね」
そういってパンと仕切りなおすように手を打ち、口元だけで男が嗤う。


4 : オープニング「いつか革命される物語」(作者:◇H3bky6/SCY氏) :2014/02/22(土) 16:18:00 GTSDVrec0
「何者だ?」
静寂を割って、鋭い視線と共に問いを投げたのは剣道服の男だった。

「……『革命狂い』。国際指名手配されているテロリストだよ」
答えはワールドオーダーの口からではなく、後方にいた警察服を着た外国人から返ってきた。

「テロリスト、なんて無粋な呼び方は止めておくれよ。革命家と呼んでほしいものだね」
「何が目的だテロリスト。お前の敵対者でも集めて殺し合わせようって悪趣味な催しか?」
「まさか。僕の異名を知っているのならわかるだろう? 目的なんて一つに決まってるじゃないか」
そこで言葉を切ったワールドオーダーの口元が、これまで以上に三日月のように歪む。

「――――――革命さ。そのための殺し合いだ」

意味が分からなかった。
その言葉はきっと誰にも理解されていない。

「わけがわからねぇな。だいたいそんな言葉に、はいそうですかと我々が従うと思うのか?」
かぶりを振って肩をすくめた探偵服の男が言う。
同じく肩をすくめたワールドオーダーは答える。
「そうだねぇ。でも、できれば矯正はしたくないんだよね。
 ま、強制はするけどね。その辺を含めてまずはルールを説明しよう。ご静聴を願うよ」
そう言って、ワールドオーダーはピンと指を立てた。

「君たちはこれからとある小島で最後の一人になるまで殺し合う。
 その島の地図。数日分の水と食料。時計に磁石、懐中電灯くらいは全員に支給しよう。
 あとは名簿だね。この場にいる参加者たちの名前を記した名簿を配る、知り合いがいるかもしれないから一応見ておくといい。
 そして、先ほど僕が撃たれたからわかるだろうけど、武器を持ってる人間が何人かいるね。
 これじゃ不公平だから、武器は改めて配りなおそう。なるべく不公平のない様にランダムに配るよ。

「6時間に一度、島全域に向けて放送を行う。
 放送では進捗状況を伝える。要は死者の発表だね。
 あとはルールの変更などの連絡事項があればそこで伝えるので聞き逃さないように。

「そして首輪だ。もう気づいてる人も多いだろうけど、君たちの首についてるそれ、爆弾だから。
 本当かどうかの実演が必要かな? まあその辺は僕という人間を信じてもらうしかないね。
 貴重な参加者をそんな理由で減らすのもバカらしいしね。

「その首輪は地図に記されたエリア外に出ると爆発する、様は逃げようとしても駄目だってことだね。
 あとは放送毎に禁止エリアが設定されるので、そこに侵入しても爆発することとなる。
 猶予は発表より二時間、そのエリアにいる場合は早急に離れるように

「あとは一定時間死者が出なくてもランダムで誰か一人のモノが爆発する。
 時間は、そうだな最初は放送があるまでの6時間としよう。
 まあこれは安全装置というか本来機能すべきルールではないのであまり気にしなくていい、時間の変更があれば放送で伝えるよ。

「進行中のルールは以上だ。一応、この辺は別紙にまとめて配布するので、改めて見返すといい。
 お次は、勝者への褒賞の話に移ろう」

理解が追い付かない。頭が事態についていけない。
ただひたすらに現実感がない。
だというのに、流れるように矢継ぎ早に話は進んでゆく。


5 : オープニング「いつか革命される物語」(作者:◇H3bky6/SCY氏) :2014/02/22(土) 16:18:57 GTSDVrec0
「勝者の願いはなんでも叶える、と言いたいところだが僕の用意できるモノには限りがある。まあ最大限の努力はするがね。
 まずは僕のできることを提示しよう、入って」

その呼びかけに応えるように、カツンと足音が響いた。
ワールドオーダーの背後から現れたのは一つの影。
それは年の頃は僕と変わらないような少年だった。
そしてそれ以外に特筆するべきところのない、特徴がないのが特徴のような少年である。

「警戒しなくてもいいよ。彼は君たちと同じ参加者だ。
 そして今生まれたばかりの名もない登場人物Aでもある。だが」

少年の頭にワールドオーダーがそっと手をのせる。
そして、少年の体が一瞬ビクンと跳ねた。
少年から手を離したワールドオーダーがこちらに向き直る。

「これで、彼は僕になった」

言葉の意味が分からなかった。
だがすぐに気づく、外見は少年のままだが、少年の口元に浮かぶのは亀裂のような歪んだ笑み。
歪んだ少年の口元が開く。

「『自己肯定・進化する世界(チェンジ・ザ・ワールド)』
 僕の能力の一つさ。対象のパーソナリティを書き換える。これで僕は僕になった、そうだろ僕?」
「ああ、残念ながらこの能力自体の付与はできないのだけれど、もう一つのほうは問題なさそうだね、僕」
「無機物にも設定可能だ。そこに飾ってある絵を人を食らう呪いの絵にすることだってできる」
「勝者が望むのならば、この力でなりたい自分にしてあげよう」
「殺し合いの事実を忘れるのも自由だし、なんなら王様や大統領にだってしてあげる」

交互にしゃべる二人のワールドオーダー。
衣装も体格もまるで違うのに、雰囲気が、挙動が、存在が同じとしか思えない。
頭がおかしくなりそうだった。

「この能力で君たちに殺し合いに肯定的な設定を追加してもいいんだけど、そこはまあ君たちの自主性に期待しよう」

褒美の話どころではない。
殺し合わなければ人格を弄るぞと、そう暗に脅している。
自分が自分じゃなくなるという恐怖はある意味死よりも恐ろしいのではないか。


6 : オープニング「いつか革命される物語」(作者:◇H3bky6/SCY氏) :2014/02/22(土) 16:19:15 GTSDVrec0
「……貴方。神にでもなったつもり?」
白いローブを着た金髪碧眼の美女が問いかける。
その問いに、初めてワールドオーダーの表情から笑みが消える。

「それは違う。僕は人間だ。神などという完成物とは違う」

その声は、これまでの楽しげなものとは違っていた。
何処か熱を帯びたような、あるいは祈りのような切実さを帯びたような。

「人間には進化の余地がある、革命の余地がある、ならばその先を目指すべきだ。
 そう、人間は人間のまま、神を超えるベきだ」

その熱の正体。それは狂気だ。
その狂気を前にしてヒーローも悪の組織も龍も勇者も魔王も誰も動けない。
誰一人、彼を理解できない。
世界の支配者(ワールドオーダー) 。
この空間を彼の狂気が支配していた。

「裏社会の抗争も、悪の組織とヒーローの戦いも、タイムスリップも、異世界の発見も、慣れてしまえば日常だ。
 常に革命しづけなければならない。進化し続けなければ意味がない。世界は革命を求めている!」

両腕を広げ謳うように、踊るように。
天向かって支配者は宣言する。


「さあ革命を始めよう! 人間の可能性を見せてくれ!」



【革命――――開始】

※主催:ワールドオーダー
※『自己肯定・進化する世界(チェンジ・ザ・ワールド)』の効果により登場人物Aの設定がワールドオーダーの設定に書き換わりました
※参加者となったワールドオーダーが使用できる能力は『未来確定・変わる世界(ワールド・オーダー)』のみ
『自己肯定・進化する世界(チェンジ・ザ・ワールド)』は使用不可能


7 : 名無しさん :2014/02/22(土) 16:20:27 GTSDVrec0
パロロワテスト板より転載終了です。
経験問わず書き手の皆様の作品をお待ちしています。


8 : 名無しさん :2014/02/22(土) 16:23:19 GTSDVrec0
追記
予約はしたらばの予約スレでお願いします。


9 :   ◆C3lJLXyreU :2014/02/22(土) 23:51:27 D9.0HxgA0
りんご飴
投下します


10 : Dumme Marionette ◆C3lJLXyreU :2014/02/22(土) 23:52:13 D9.0HxgA0
りんご飴は自身のデイパックに入れられたジョーカーのトランプと携帯電話を眺めていた。
ジョーカーは大富豪最強の『2』や革命中の『3』に勝てる唯一のカード。即ち切り札だ。
このカードを如何に上手く運用するかによって勝利が決まるといっても過言ではない。少なくともりんご飴はそう思っている。
だが、今この場に於いてジョーカーのカードはその意味を成さない。肝心なのは細かく端に書かれた電話番号だ。
彼は全ての解読を終えると携帯電話に入力。通話を試みる。

「こんばんは、革命者さん!こんなバカの一つ覚えみたいな仕掛けでこのりんご飴ちゃんを試すなんてナメた真似してくれるじゃねーか」
「うん。まあナメてはいないのだけれど、とりあえず話を聞いてね。
君はこの殺し合い以前から僕と関わりがあることに気付いているかな?
「関わりどころか見た覚えすらない」
「うん。だからその辺を含めた諸々を話すために君に電話をかけてもらうことにしたんだ。ご静聴を願うよ」

初めの言動こそ乱暴ではあったが後の対応は至って冷静。
常人ならば躊躇するであろう『主催者に電話する』という行為を迷い無く実行したようにりんご飴の態度はこの状況でも普段と変わらない。

「ある日の深夜のことだ。何かを革命しようと散歩していた僕は二丁拳銃の少女と黒服の男が戦っている場面に遭遇した。
  革命狂いやテロリストなんて呼び方をされている僕が言うのもあれだろうけど、制服姿の少女がマフィアを圧倒するという異様な光景だったよ」
「圧倒的に強い二丁拳銃の少女?それはりんご飴ちゃんのことを言ってるのかなぁ?」
「うん。結局その時は君が何処かに行ってしまったのだけど、いつの間にかりんご飴ちゃんは裏社会で有名な存在になっていたんだよね。
 そこで僕は自己肯定・進化する世界(チェンジ・ザ・ワールド)を使って君の情報を調べ上げた。余すところなく、徹底的にね」

自己肯定・進化する世界――
あの反則染みた能力ならば本人にバレることなく情報を集めるのも簡単だろうと得心する。
現実離れした常識外れの能力だが、彼は最初の演説で何の変哲もない少年をワールドオーダーに書き換えるパフォーマンスを披露している。
あれが現実である以上、起こったことをそのまま受け入れるしかないだろう。

「そして気付いたんだ。君はどこか僕と似た思想を持っている。
スリルを求めるという名目で不変の日常を変えたかったんだろう? 名前を改名したのも些細なことだけれどそれも立派な革命さ」
否定はしない。革命という大きな目標はなくとも平凡な日常に飽きて非日常に身を投じたのは事実だ。
りんご飴は無言で次の言葉を待つ。

「新たな革命家の誕生に喜んだ僕は一つのプレゼントを贈った。それが数多に存在する世界を繋ぐ能力。
 君がヒーローに勧誘されたり悪人たちと喧嘩している間に別個に存在していた世界は一つのモノへと変化していたのさ
 『りんご飴はあらゆる世界を渡り歩くことが出来る。りんご飴が訪れた世界は別の世界と繋がる』
 先輩から与えられた能力で強者たちと戦えて楽しかったかな? 僕は間接的に革命を手伝ってくれた君に感謝しているがね。
 大規模な革命と同時に君の進化も促せて一石二鳥だったよ」

ワールドオーダーから告げられた真実を前に、りんご飴は動じない。
自分が覚えていない一方的な関係という面から自分に何らかの能力が仕掛けられていることは察していた。
『世界を繋ぐ能力』にしても、以前から奇妙な違和感はあった。
そもそも殺し屋組織のような人間しかいない筈の世界に突如として怪人が現れました、だなんてまるで何かのフィクションとしか思えない出来事だ。
自分が原因だったことに対する驚きもあったが、それ以上に納得したという気持ちが大きい。

「井の中の蛙は一人の革命家によって大海を知り、道化師となった。
 今の実力では異形に勝てるかどうかもわからないヴァイザーにすら及ばない君がスリルを追求する一心で強敵に挑む姿は滑稽な道化という他ないだろう。
 まあ僕は君のそういう所も買ってるんだけどね。万全の対策や作戦を練ってから戦うなんて人間臭くていいじゃないか。
 そういうことで君にはこの殺し合いで道化師(ジョーカー)としての役割を担ってもらいたい。
 了承してくれるなら特別に参加者の詳細名簿や強力な装備をあげよう」


11 : Dumme Marionette ◆C3lJLXyreU :2014/02/22(土) 23:53:25 D9.0HxgA0
「やだね。つーか、どこの組織(スート)にも属さない切り札(ジョーカー)に爆弾内蔵の首輪なんてつけて何言ってるんだお前。
 首輪付けたから従順な犬になれって言いてえのか? でも残念、生憎とりんご飴ちゃんは狂犬なんだよ。あまりナメてると噛み付くぜ。
 それにヴァイザーは最強の男だ。このりんご飴ちゃんを燃え上がらせた至高の悪人なんだよ。
 お前如きがペラペラと偉そうに語りやがって、ふざけてんのか? 表舞台にすら上がれない裏方野郎が粋がってるんじゃねえ!」

宿敵と定めたヴァイザーへの侮辱とも取れる発言。己を道化師と蔑まれても感情を露わにしない彼が怒ったのはそんな些細な言葉だった。
初めて全力で挑み、圧倒的な力の差を思い知らされ、最高のスリルを体験させてくれた人物。
スリルに満ち溢れたあの刹那を再び味わいたい――――
そんな願いを抱き始めたのはいつからだろうか。

「彼を侮辱したつもりはないんだけど、誤解されたかな?
 君の言う通り僕は裏方の人間だ。決して表舞台に上がることは出来ないし、上がってはならない。
 代わりにもう一人の僕を表舞台の役者として用意してあるけどね。君がその気なら僕と戦ってみると良い。
 ジョーカーの件については忘れてくれて構わないよ。君が乗ってくれないことも予測していたからね。
 魅せてくれ、殺し屋狩りの道化師。僕と踊って人間の可能性を――」

ぐしゃり。
相手が話終える前に携帯電話を踏みつけると、りんご飴は口元に不敵な笑みを浮かべた。
聞きたいことは聞き終えた。これ以上話しても時間の浪費でしかないと結論付ける。

「しょうがないにゃあ……いいよ。
 そこまでりんご飴ちゃんとヴァイザーくんの行為を邪魔したいならお望み通りぶっ潰してやるよ、間男がァ!」

ジョーカーのカードを空中に投げると支給された銃で射撃。狙いを定めて発射された弾丸が道化師の絵柄を撃ち抜くと力無く地面へ落下。
この宣戦布告を以ってりんご飴はワールドオーダーと敵対することを決意した。


【B-10 廃村/深夜】
※壊れた携帯電話と道化師の絵柄が撃ち抜かれたジョーカーが放置されています
【りんご飴】
[状態]:健康
[装備]:ベレッタM92改(残り14発)
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いの中でスリルを味わい尽くす。優勝には興味ないが主催者は殺す
1:参加者のワールドオーダーを殺す。ヴァイザーとはその後に遊ぶ
2:ワールドオーダーの情報を集め、それを基に攻略法を探す
※ロワに於けるジョーカーの存在を知りましたが役割は理解していません
※ワールドオーダーによって『世界を繋ぐ者』という設定が加えられていました。元は殺し屋組織がいる世界出身です
※ジョーカーのカードと携帯電話はランダムアイテムに含まれていません。

【ベレッタM92改】
殺し屋組織御用達の銃。弾数15発。
通常のベレッタM92と違い反動がない。剣をも受け止めることも出来る程に頑丈な作り 。


12 : ◆C3lJLXyreU :2014/02/22(土) 23:54:03 D9.0HxgA0
投下終了です


13 : 名無しさん :2014/02/22(土) 23:59:19 GTSDVrec0
投下乙です!
この裏取引めいた会話の雰囲気がいいなぁ…
主催者からの持ち掛けを平然と蹴飛ばして自分のスタンスを貫き通すりんご飴がいいキャラしてる


14 : ◆RKBkuJaF/o :2014/02/23(日) 04:38:57 pFOk5qw60
投下します


15 : 猫除けだって恋がしたい! ◆RKBkuJaF/o :2014/02/23(日) 04:39:40 pFOk5qw60
廃品処理場にある薄暗い倉庫。そこにはいずれリサイクルされる予定だったと思われる
無数のプラスチック容器や割れた空き瓶が山の様に積まれ放置されている。
その山から少し離れた地面に、中身が空になったつやつやと光る比較的真新しい
プラスチック製品、透明なペットボトルが虚しく転がっていた。

(……困ったな、一体どうやってここから動けばよいのだ?)

彼には他のペットボトルと違い魂が宿っていた。いわゆる付喪神という奴だ。
生まれつき備わった念動力により死ぬほど気合を入れれば身動きを取ることも可能だが、
それをやると原動力になっている中の飲料水がガリガリ消費されていってしまう為、
結局殆ど移動することも出来ない。現にスタート位置から数十メートル歩いただけで
パワーが底を尽きこの様である。

(やはり誰かに拾ってもらうしかないようだな……くそぉっ!
 もう少し中身を残しておけば良かった!美味しそうなジュース入りなら
 拾ってもらえる確率も増えた筈なのに!考えなしに動くんじゃなかった……!)

ペットボトルが激しく後悔していると、突然、倉庫の扉が勢いよく開けられた。

「はぁ……はぁ……!!」

現れたのは制服を来た金髪の美しい少女であった。彼女は息を切らしながら再び扉を閉じ、
まるでなにかに怯えるように倉庫のカギを掛けた。その右手には銃口からうっすらと煙が
出ている拳銃が握られている。そして、苦しそうに股の間を押さえながらよろよろと
地面に座り込んだ。

「なんですのアイツは!?なんで!?なんで私が命を狙われないといけませんの!?」
 う……うぅ……!こ、こんな時に……屈辱ですわ……!」

金髪少女は虚ろな表情で地面に転がる中身が空っぽのペットボトルを見て、
何かを思いついたのか覚悟を決めたような表情でペットボトルに手を伸ばしてそれを拾う。

(おお!なんだか知らんがラッキーだ!これでこの場所から脱出できる!……え?)

ペットボトルが安堵してると、少女は思わぬ行動を取り始めた。
突然その場で身に付けた下着を脱ぎ始めたのだ。
そしてペットボトルのキャップを外して飲み口をスカートの中に入れ――。

「……せめてお気に入りのパンツは守らないと……失禁なんてまっぴらですわ……」
(あの?お嬢ちゃん?何をなさるのです?ねぇ?――――あああああああああああああああ!!!!)


16 : 猫除けだって恋がしたい! ◆RKBkuJaF/o :2014/02/23(日) 04:40:11 pFOk5qw60


「ん?さっき誰かの声が聞こえました?」

パンツを履き直し、半透明の液体が入ったペットボトルのキャップを丁寧に締めて地面に置いた
女子高生、白雲彩華は支給された拳銃、ニューナンブM60の弾丸を確認しながら深呼吸をし、
冷静さを取り戻す。現在自分はワールドオーダーと名乗るテロリストにクラスメイトと共に拉致され
望まぬ殺し合いを強要されている。もちろんそんなものに乗る気はない。他のモブ連中はともかく
三条谷錬次郎を殺すなんて絶対に嫌だ。何とか脱出する方法を考えるか、救助が来るまで持ちこたえないと
いけない。それはわかっているのだが、実は彼女は開始早々に大きなミスを犯していた。
ちらりと手に持った拳銃を見つめる。

「だって仕方がありませんわ……あんな恰好で歩いてたら誰だってビビるに決まってますわ……」
『……ごほっ……なんだか知らないが、どうやらお困りのようだなお嬢ちゃん』
「!?だ、誰ですの!?」

彩華はきょろきょろと周囲を見回すが、自分以外の人間は居ない。
ふと地面に視線をやると、先ほど地面に置いたペットボトルが少し宙に浮いて体を揺らしている。

「ひっ!?」
『こ、怖がらないでくれないか?私はあなたの敵ではない』
「簡易トイレが喋ったぁ!?」
『誰がだ!……まあいいですよ。あなたのおかげで動けるようになりましたからね。
 おまけにすこぶる調子がいい』

黄色い液体の入ったペットボトルは空中で宙返りをする。その様子を呆然と見守る彩華は
しばらく沈黙した後軽く笑い始めた。

「ははっ。ココへ来てからおかしなことだらけですわね。シルクハットをかぶった基地外に誘拐されたと
 思ったら黒い鎧を着た変質者に襲われて……ねぇ、ペットボトルさん。あなたは私の味方になって下さるの?」
『当然です。あなたは私の命の恩人ですからね。恩には報いる義務がある』
「うん、ありがとう……え!?」

ようやく意思の疎通を果たした二人を遮るように、倉庫の扉が激しい金属音を立てて破られた。

『何事だ!?』
「ひっ……来た……あいつですわ……!」

「探したぞ、この卑怯者め」

扉を破壊して侵入してきたのは、全身を黒い甲冑で覆い隠した中世の騎士だった。
巨大な大剣を手に持つその姿、正しく暗黒騎士という呼び名がふさわしい。
その顔を覆い隠す兜の隙間から一滴の血が流れ続けていた。

「貴様!出会い頭に飛び道具で俺の命を狙うとはいい度胸だ!
 女には手を出さんつもりだったがもう容赦はせんぞ!」
「そんな恰好で喋りかけてきたらビビるに決まってますわ!この変態!」

彩華は震えながらニューナンブM60を両手で構えて銃口を暗黒騎士に向ける。
さっきは偶然仮面の隙間に弾丸が入り込んで暗黒騎士を悶絶させることに成功したが、
同じ強運がそう何度も続くとは思えない。お嬢様とはいえ所詮は普通の女子高生。
銃の腕は素人に等しいのだ。

「覚悟は出来たようだな。では、死ねぇ!」
『―――おい、待ちな旦那』

剣を構えて飛びかかろうとする暗黒騎士と彩華の間に、黄色い液体が入ったペットボトルが
立ちはだかった。ペットボトルは精神感応で暗黒騎士に言葉を投げかける。

「何だ貴様は!」
『見れば分かるだろう?ただの製造から4カ月のペットボトルだよ。
 悪いが、この嬢ちゃんを殺したければまず私を倒してからにするがよい。』
「ふん!その女を守るというのか!なんだか知らんがいい心がけだ!」
「ペットボトルさん!あなた……!」

ペットボトルは背後の彩華にふっと笑いかけ、彼女にだけ聞こえるように念話を送った。

『私がなんとか時間を稼ぐ。その間に裏から逃げるんだ』
(!?そんな!あなた、死ぬ気ですの!?)
『この体ではいずれにせよいつかゴミと間違われて捨てられて死ぬ運命さ。
 君のような美しい女性の為に死ねるのならそれで本望ですよ』
(……まだ私たちは会ったばかりじゃありませんの!そんな見ず知らずの人の為に命を捨てるなんて!)
『早く行くんだ!キミには想い人が居るのだろう?ならここで死ぬべきではない!』
(!!……わかりました、ごめんなさい、ペットボトルさん)

「覚悟は出来たか!?行くぞ無機物!」
『来い!暗黒騎士!うおおおおおおお!!!!』

騎士が駈け出すと同時に彩華は悲痛な表情でペットボトルを見捨てて逃げようと後ろへ走ろうとした。

―――その時だった。




ぐしゃっ!!




『……え?』
「な!?なんですの!?」
「ぎ……ぎゃあああああああああ!?」


17 : 猫除けだって恋がしたい! ◆RKBkuJaF/o :2014/02/23(日) 04:40:42 pFOk5qw60
突然、剣を振り下ろそうとした暗黒騎士の右腕が甲冑ごとあらぬ方向へ捻じり曲がったのだ。
その場にいたものは何が起こったのか誰も理解できなかった。当のペットボトルさえも。

『な……なんだこの力は!?調子がいいとはいえ普段の微力とは大違いだ!?
 ま、まさか!?――――この液体の力なのか!?』

普段の何十倍もの念動力を使っている筈なのにペットボトルの中身の黄色い液体は
殆ど減っていなかった。嫌いな炭酸やアルコールを中に入れても効果がさほど変わらなかった
超能力が、今、劇的な進化を遂げている。ペットボトルは何かを悟ったように微笑する。

「おのれ!!この物の怪がぁ!!」
『そうか、これが、愛の力なのか!!』

剣を左手に持ち替えた暗黒騎士の全身に向けて念動力を発動させる。
完全に捕捉された暗黒騎士は空中に持ち上げられ、まるで雑巾のように甲冑ごと
全身を絞られ捻じられていく。骨がひしゃげる音と共に、周囲におびただしい血が飛び散った。

「ま……魔王様……うわあああああああああああああ!!!!!!!!」

もはや兜の下がどんな顔だったのかも判別できない程の原型も留めぬ肉塊と化し、
魔王軍親衛隊隊長、暗黒騎士は4000年の生涯に幕を閉じた。






『すまない、ついやり過ぎてしまった。怖がらせてしまったな』

死臭の漂う倉庫の中、唖然としながら彩華はペットボトルを無言で見つめていた。
まだ8割ほど液体が残っているペットボトルはころんと体を横に倒して動かなくなる。

「ペットボトルさん?」
『彩華さん、今すぐ私を潰してくれないか?今の私は危険すぎる』

さっきから胸の動悸が止まらない。なんでこの無機物は会ったばかりの自分なんかの為に
ここまで尽くしてくれるんだろう?こんなヤツ、今まで出会ったことがない。

(……錬次郎……あれ?なんでわたくし、あんな人好きだったのかしら?)

顔を高揚させながら、彩華はゆっくりとペットボトルに近づいていく。

(あ、そっかぁ。これが、本当の――――)

彩華は転がるペットボトルを拾って優しく抱きしめた。

『彩華さん?』
「すぐ死ぬなんて言っちゃ駄目ですわよ、ペットボトルさん。貴方だって一つの命なんですから。
 それに、あなたは凄く強いんでしょう?だったら、これからもわたくしを守ってくださいね」


18 : 猫除けだって恋がしたい! ◆RKBkuJaF/o :2014/02/23(日) 04:40:52 pFOk5qw60

――――これが本当の、恋なんだ。



【暗黒騎士 死亡】


【F-10 廃棄処理場/深夜】

【白雲彩華】
状態:健康、恋慕
装備:ニューナンブM60
道具:基本支給品一式、ランダムアイテム3〜5
[思考・状況]
基本思考:
0:ペットボトルさん、格好いいな
1:クラスメイトを捜す
[備考]
※ペットボトルに惚れました

【ペットボトル】
状態:健康、能力変異
装備:聖水(80%)
道具:なし(白雲彩華に預けている)
[思考・状況]
0:白雲彩華を守る
[備考]
※白雲彩華の聖水で化学反応が起こり能力が変質しました
※20%消費で人間一人をミンチ肉に出来ます

【ニューナンブM60】
S&WのM36を参考にして製造されたとされる日本の警察官が正式採用している拳銃。
口径は38口径 銃身の長さは77mmであり、弾薬は.38スペシャル弾を使用し装弾数は5発。
民間向け販売や輸出はされておらず、性能や価格などは機密とされており不明である。


19 : 名無しさん :2014/02/23(日) 04:41:25 pFOk5qw60
終了です。


20 : ◆dARkGNwv8g :2014/02/23(日) 06:46:21 /ELO3ePQ0
投下乙です。自分も投下します。


21 : SILVER&RABBIT ◆dARkGNwv8g :2014/02/23(日) 06:48:22 /ELO3ePQ0
誰もいない静まりかえった夜道を、一人の男が歩いている。

引き締まった肉体をライダースーツで包む彼の両目に燃える炎……人々に殺し合いを強いる怪人ワールドオーダーへの怒りの炎は
爆弾入りの首輪を着けられても些かも減じてはいない。
彼の名は氷山リク。もう一つの名をシルバースレイヤーという。

シルバースレイヤー・氷山リクは改造人間である。
彼を改造したブレイカーズは世界制覇を企む悪の秘密結社である。
シルバースレイヤーは人々の自由と平和のために悪魔の軍団と戦うのだ!


(……山くん)
「!」
夜道を歩くリクの耳が、幽かな人の声を捉えた。

(氷山くん)
それは改造人間である彼の耳にしか届かないような幽かな声。
しかし間違いなく彼の名を呼ぶ声だった。

リクは道を外れ、声のする茂みの中へと入っていく。

「誰かいるのか」

この声が自分を誘う罠だということも充分ありえる。
しかし万が一にもその声が助けを求めるものである可能性があるなら、見過ごすことは彼にはできなかった。

「氷山くん、こっちだよこっち」
果たせるかな、声のする場所にいたのは
いたずらっぽく笑う若い女性の姿だった。





「……なんだ、社長か」
「あー、その呼び方やめてよ。
 せめて総統閣下と呼んでほしいな」

リクの冷めた反応に、ロングウェーブの髪が特徴的な娘はわざとらしく頬を膨らませる。
その様子からは、彼女……雪野白兎が社員200人を抱える新進気鋭のベンチャー企業の社長とは
ましてや世界征服を目指す(自称)悪の組織の首魁だとは想像もつかないだろう。

シルバースレイヤー氷山リクと秘密結社ラビットインフルのボス雪野白兎。
彼等は過去に、他の組織が起こした事件を捜査する経緯で出会っていた。
主張的には相容れない同士だが、ラビットインフルの武力を使わず人を苦しめず平和的に世界征服するという方針のため
お互い戦いに到ることはなく、最近では腐れ縁的な知り合いとなっている。

「なんだかとんでもない事に巻き込まれちゃったねぇ。氷山くんはこれからどうするの?」
「決まっている。俺は人々を守り、ワールドオーダーと奴の仕掛けたこの殺人計画を叩き潰す。
 それだけだ。……そういう社長はどうするつもりだ?」
「ふーん、さすが正義のヒーローだね。
 ……ま、私としても人を誘拐して脅迫して殺し合いをさせるなんて腐ったやり方気に食わないし、乗るつもりはないけどね」
「そうか」
穏やかに、しかしその底に怒気を滲ませて答える白兎に、リクは安堵と同時に呆れたような目を向ける。

「しかし……とても悪の組織の首領とは思えんセリフだな。
 ……いい加減世界征服なんてやめて普通の企業になったらどうだ? 業績いいんだろ」
「あら、わかってないなあ氷山くんは。悪はロマンよ。
 氷山くんこそヒーローやめてうちに就職しない? 給料良くしとくわよ」
「お断りだ」


22 : SILVER&RABBIT ◆dARkGNwv8g :2014/02/23(日) 06:48:59 /ELO3ePQ0





「ナハト・リッター……それにボンバー・ガールまで連れてこられたのか!」
ひと段落した後、リクと白兎はデイパックの中身、特に名簿を入念にチェックしていた。

「ナハトのおじさんと花火ちゃんもいるの?」
「ああ、不幸なことだが、彼らがいればこれほど頼もしいことはない。
 社長の方はどうだ。知ってる名前は――」
「うん……うちの社員の蓮ちゃんと……葵の名前がある」
「それって……佐野さんと空谷さんか!?」

その二人の事はリクも知っていた。
佐野蓮はラビットインフルの社員で陽気な巨漢だ。リクと同じくブレイカーズと深い因縁があるらしい。
空谷葵もラビットインフルでバイトしている時に顔を合わせている。たしか白兎の高校時代からの親友だったはずだ。

「はは……参ったね。二人とも簡単にやられるようなタマじゃないと思うけど」
「…………」
二人は仲間たちと同時に、恐るべき敵の名前も見つけていた。
「秘密結社ブレイカーズ大首領・剣神龍次郎……!!」


「氷山くん、これって……」
「あいつも連れてこられたのか、それとも自ら望んで参加したのか……。
 いずれにせよ危険だ。あいつは……自分の尺度で弱者と、劣っていると決め付けた者を容赦なく踏み躙る。
 その上、大幹部の大神官ミュートスまでいるとはな……。藤堂博士やその部下のアンドロイドがいないのがせめてもの救いか。
 それにこの森茂、半田主水、近藤・ジョーイ・恵理子という名前は――」
「悪党商会ね。悪党と正義のヒーローに居場所を与えることを目的として活動する老舗犯罪組織。
 その活動内容から一部ではヒーローショーの劇団なんて揶揄されてるけど」
「ああ……だが奴等はその『ヒーローショー』の過程で何の罪もない人々を苦しめる。
 巻き添えで死んだ人間や正義と悪のバランスをとるという名目で暗殺されたヒーローも少なくない……。
 ブレイカーズとは別の意味で危険な連中であることは間違いないぜ。
 ――というか社長、よく知ってるな。悪党商会の目的なんて連中の身内ですら知らない奴もいるのに」
「ふふふ、同業者の情報はちゃーんと調べておかないとね。
 うちみたいな新参は特に。秘密の情報網とか使って――」
「秘密の情報網?」
「おっと!ここから先は企業秘密だよ。
 氷山くんがうちに来てくれるのなら教えてあげてもいいけど」
「お断りだ」


23 : SILVER&RABBIT ◆dARkGNwv8g :2014/02/23(日) 06:50:14 /ELO3ePQ0
「俺はこの近くで人の集まりそうな場所を探ってみるつもりだ。社長も一緒に来いよ」
「こんな時にデートのお誘い? 意外と積極的なのね。葵が妬くわ」
あいかわらず茶化すような笑顔の白兎に、リクは仏頂面で応じる。
「馬鹿な冗談言うな。あんたを保護するためだ。
 俺の使命は人を守り悪を倒すこと。……殺し合いをする意志がないならあんたも保護対象だ」
「あら、私だって悪の秘密結社の総統よ。
 ヒーローに守ってもらうほど――」

一瞬、白兎の纏う空気が変わる。
そして次の瞬間、改造人間であるリクが反応するよりも早く
白兎の拳が彼の顔の前に突き出されていた。

「――やわな鍛え方はしてないわ」

「……ふん、ならば何故俺をここに呼び寄せた?」
顔の前で寸止めされた拳にも動じず、リクが無愛想なまま話を続けると
白兎はニッと笑って突き出した拳を開く。

「つまりこういうこと」
「は?」
「共闘」
「共闘?」
「そう。このむかつくバトルロワイアルを破壊するまで
 正義のヒーローと悪の総統、立場を超えて協力しようってこと。束の間の握手」
「……成る程な」
リクは半ば呆れた、半ば感心したような顔をすると、差し出された手を握った。





こうして正義と悪、異なる道を歩く二人の若者が
並んで闇夜の道を歩き始めた。

彼らの行く先にあるのは光の未来か。
それとも絶望の闇か――――


【I-6 道路/深夜】

【氷山リク】
状態:健康
装備:なし
道具:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(確認済み)
[思考・状況]
基本思考:人々を守り、バトルロワイアルを止め、ワールドオーダーを倒す。
1:雪野白兎と共に人の集まりそうな施設に向かう。
2:剣正一、火輪珠美、佐野蓮、空谷葵と合流したい。
3:ブレイカーズ、悪党商会を警戒。
※ブレイカーズ、悪党商会に関する知識を得ています。

【雪野白兎】
状態:健康
装備:なし
道具:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(確認済み)
[思考・状況]
基本思考:バトルロワイアルを破壊する。
1:氷山リクと共に人の集まりそうな施設に向かう。
2:佐野蓮、空谷葵、剣正一、火輪珠美と合流したい。
3:ブレイカーズ、悪党商会を警戒。
※ブレイカーズ、悪党商会に関する知識を得ています。


24 : 名無しさん :2014/02/23(日) 06:50:38 /ELO3ePQ0
以上で投下終了です。


25 : 名無しさん :2014/02/23(日) 08:26:56 SUpCZUNsO
投下乙です。
いやぁ〜自分の考えたキャラクターが活躍してるとこ見られるのは嬉しいですねぇ〜。


26 : 名無しさん :2014/02/23(日) 12:08:47 mxFRNhoU0
投下乙です。
ヒーローと悪の首領コンビながら、リクと社長いいなぁ…
まさに腐れ縁めいてる会話の雰囲気が好き


27 : 名無しさん :2014/02/23(日) 12:43:18 BsQ9vt/Y0
投下乙です
いやぁ、正義と悪の共闘展開って燃えるわー

ところでペットボトルさんの能力だが
>微弱ながら念動力が扱え、死ぬほど気合を入れれば少しは動ける
程度しかキャラ設定にはかかれてないのに何で中の液体がアレなだけでチートクラスになってるの?
恋したからパワーアップじゃ納得出来ないので、ここだけ説明か修正を要求したいんだが…


28 : ◆RKBkuJaF/o :2014/02/23(日) 14:00:54 pFOk5qw60
※白雲彩華の聖水で化学反応が起こり能力が変質しました
という説明の通りです。なぜ女子高生の尿を使わざるを得なかったかというと
中身をアルコールとかに変えたくらいではパワーアップできない設定だからです。
奇跡というものは常軌を逸脱した状態にならないと決して起こり得ないのです。


29 : 名無しさん :2014/02/23(日) 14:10:08 X00ZeuUg0
(この人は一体何を言っているんだ……?)


30 : 名無しさん :2014/02/23(日) 14:11:30 vEHmL.hg0
◆RKBkuJaF/oさんの作品に議論が出ているので
修正する気はあるのか無いのか、本人に結論を出してもらいたいですね。


31 : ◆EpYl4g9bvg :2014/02/23(日) 14:19:40 mxFRNhoU0
ミロ・ゴドゴラスV世、水芭ユキ
投下します


32 : Dragon Ash ◆EpYl4g9bvg :2014/02/23(日) 14:20:20 mxFRNhoU0


「ゆるさあああぁぁぁぁぁーーーーーんッッ!!!!!!!」


初っ端から彼は怒り心頭だった。
肺と喉より憤怒のままに吐き出される叫び声が周囲の雑草を揺らし空気を震えさせている。

「このぼくにむかって「ころしあえ」だと!?ぶれいにもほどがあるのだ!」

彼の名はミロ・ゴドゴラスV世。
龍王族ゴドゴラス家の正統後継者である由緒正しき龍人だ。
まず眼を引くのは2mを超す強靭な肉体。育ちの良さを伺わせる王族風の衣装の下から覗く蒼い鱗。
そして龍そのものと言っても過言ではない頭部の形状。声を荒らげる度に口からはギラリと鋭い牙が覗く。
彼の怪物じみた風貌は普通の人間から見れば余りにも異質極まりない。
しかし彼の口調は低く野太い声に釣り合わぬ程に幼稚で舌足らずである。
それもそのはず。彼はまだ人間年齢で約8歳程度に過ぎない幼子なのだ。

「あいつ、ワールドオーダーとかいったな!こんなくびわまでつけるなんて!
 くびわのばくはなんかでボクが死ぬわけがないとはいえ、みのほど知らず!ゆるさない!」

怒りの声と共に口からは火炎混じりの吐息が吐き出される。
まだ赤子だった時期より王族の後継者として甘やかされて暮らしてきたミロ。
その結果わがままで身勝手な性格に育った彼にとってワールドオーダーは許し難い存在だった。
自分を勝手に呼び出すだけに飽き足らず、こんな首輪まで付けて殺し合えと指図してきたのだ。
当然ムカついた。その上革命だの可能性だのなんか偉そうにペラペラと喋っていたのが余計に彼をイラつかせていた。

「ゴドゴラス家の血すじをてきにまわしたコトをこうかいさせてやる!!」

故に彼の方針は即座に決定される。
当然、あのワールドオーダーとかいう無礼者をぎったんぎたんにしてやるのだ。
少し前に確認した名簿にワールドオーダーの名前は記載されていた。
つまりこの島のどこかに彼がいるということになるだろう。
最初の説明の場で見た片割れの方かもしれないが、そうであったとしてもボコボコにして本物の居所を吐かせればいい。
よし、そうと決まれば行動開始だ!アテは無いが、島中を動き回っていればいつか見つかるだろう。
あ、でも出来れば部下の一人や二人―――

「ん?」

方針についての思考に没頭していたその時、ミロは気付く。
自身の後方に人影がいることに。彼はゆっくりとそちらへ振り返った。


「アイツらの、一員…だね」
そこに立っていたのは、白い髪の少女だった。
氷の様に透き通った美しい瞳がミロの姿を見据える。
その表情には明らかな警戒の色が浮かんでいた。


◆◆◆◆◆◆


33 : Dragon Ash ◆EpYl4g9bvg :2014/02/23(日) 14:21:00 mxFRNhoU0
◆◆◆◆◆◆


白い髪の少女―――水芭ユキは焦っていた。
始まりは唐突だった。いつものようにこっそり夜中にウチを抜け出し、街のパトロールを行っていた最中だった。
そうしていたらいつの間にか意識がぼんやりと薄れ、こんな殺し合いの地へと誘われていたのだ。
彼女は名簿を見た途端に焦燥と不安を抱いた。

(お父さん…みんな…!)

悪党商会のメンバーの名前。同じ学校に通う同級生の名前。
そう、名簿には自身の知り合いの名が幾つも記載されていたのだ。
それどころか、あのブレイカーズの人間まで混ざり込んでいる!
それを確認するや否や、彼女は支給品も取り出さずに走り出していた。
無論、ブレイカーズの人間が他者に危害を加える前に一刻も早く止めたいという思いもあった。

だが、その精神の根底に芽生えていた感情は『恐怖』。

お父さんや悪党商会のメンバーも、もしかしたら死んでしまうのではないか。
戦う力を持たない同級生のみんなは紛れ込んでいる卑劣な悪人に殺されてしまうのではないか。
ブレイカーズの大首領のような化け物が混ざり込んでいるんだ。
みんなを容易く殺す程の力を持つ悪人だって―――いるかもしれない。
孤児であった彼女は、再び「独りぼっち」になることを強く恐れていた。
両親を殺され、一人で泣き喚いていたあの頃に戻ってしまうことをどうしようもなく畏れていた。
故にユキは走り出していた。焦燥感が冷静さを奪い、彼女の身体を動かしていたのだ。

「はぁっ…、はぁっ…」

何も無いだだっ広い草原を駆け抜けた彼女は、一人の影を発見し一定の距離で立ち止まる。
それは2mは越えているであろう巨体の持ち主だった。
何か大きな声で喚いている。低く野太い声に反して言動は何処か子供のようだ。
背を向けながら声を上げている相手は此方に気付いていない。

恐る恐る忍び足で影の主に近付いた彼女は気付く。その姿の異様さを。

(…こいつ、もしかして)
影の主の姿は、一言で言って龍人だった。
王族風の装いから覗く肌から伺えるのは蒼い龍鱗。
両手から生えているのは鋭い爪。そして背後から僅かに伺える、龍の如し頭部。
彼女はその時、確信を抱いた。
普段の彼女ならばもう少し冷静に思考が出来たかもしれないが、今の彼女にはそれが出来なかった。
殺し合いという状況で確かな焦りを抱いていたのだから。


「アイツらの、一員…だね」


ユキがぽつりと一言を漏らす。
その直後、龍人がゆっくりと振り返った。


◆◆◆◆◆◆


34 : Dragon Ash ◆EpYl4g9bvg :2014/02/23(日) 14:22:05 mxFRNhoU0
◆◆◆◆◆◆


「こんな所で会えるなんてね。ブレイカーズ」
「は?」
「大方、あの大首領と似た様なタイプの『ドラゴンの怪人』って所かな」

右手から身構えるかの如く冷気を放出させているユキを、ミロはぽかんと見ている。
なんだこいつ。初対面の時点でミロはそう思っていた。

「だけど、好きにはさせないよ。私がいる限りは」
「おまえはなにをいってるんだ…」
「ブレイカーズの怪人!あなた達は私が徹底的に倒―――」
「いや、だからブレイカーズってなんだよ」

ミロの率直な発言を耳にして「えっ」と呆気に取られた一言を漏らすユキ。
ぱちぱちと何度か瞬きをし、ぽかんした表情でとミロを見る。
直後にむすっとした表情で腕を組むミロがユキにのそのそと近付いた。

「ボクはブレイカーズだのかいじんだのガイジンだの、そんなものはしらん。
 たぶん人ちがいだ。このぶれいものめが」

尊大な態度でグイッと顔を近づけながらミロはそう言い放つ。
龍人の顔面が目の前に迫ったユキはちょっとばかし驚いて後ずさるも、彼の顔をまじまじと見つめる。
僅かながらも落ち着きを取り戻し始めていたユキは相変わらず呆気に取られた様にミロを見ていた。
暫しの沈黙の後、誤解に気付いたユキは恥ずかしそうに目を逸らし。

「…えっと、その……ご、ごめんなさい…!」

すぐさまその場で頭を下げて謝った。


35 : Dragon Ash ◆EpYl4g9bvg :2014/02/23(日) 14:22:55 mxFRNhoU0

その後二人は草原で座り込み、情報交換を行った。
ユキはミロの外見を見て彼のことを「ブレイカーズの怪人」だと思い込んでいたのだ。
勘違いで攻撃しそうになったことに負い目と申し訳なさを感じていたユキ。
しかしミロは「きにするな!ボクはちいさいことは気にしないのだ!」と寛容な態度を見せ、これを許したという。
尤も、寛容というよりは気まぐれなだけだったのだが。

「ひみつけっしゃ…ブレイカーズ…それにあくとーしょうかい、か…」
「ええ。ブレイカーズには気をつけて…あいつらは悪の秘密結社。私も度々怪人を退治してるんだ」

名簿を確認するミロに対してそう言うユキの拳が握り締められる。
その表情にはどこか怒りと憎しみが籠っている様にも見えたが、ミロは気付いていなかった。

「あくとーしょうかい、ってのもワルいやつらか?」
「いや、悪党商会は私の家族みたいなもの。私もそこのメンバーだしね。
 悪党商会のみんなは仲間だと思っていいよ。だけど…その、茜ヶ久保ってやつは」
「なかまじゃないのか?」
「うん、仲間…なんだけど。ちょっと心配で…」

悪党商会のメンバー「茜ヶ久保一」。
ユキの脳裏に浮かぶ彼の姿は―――正義のヒーローや一般市民を殺害し、愉悦の笑みを浮かべている残忍なもの。
彼は悪党商会の中でも一際凶悪な幹部だ。
孤児をも増やしかねないそのやり方は正直言って嫌いだし、何度も反目し合っている。
あいつなら、殺し合いにだって乗るかもしれない。それ故に彼のことだけは別の意味で不安だったのだ。
ミロはそのことを聞き、一先ず危険なヤツとして頭に留めておくことにした。

「改めて聞きたいんだけど、ミロさん…だよね?貴方は殺し合いに乗るつもりは…」
「ない。ボクはあのワールドオーダーってヤツをめっためたのぎったんぎったんにしてやることがもくてきなのだ」
「それなら良かった。私もこんな殺し合いを許すつもりは無い…そうゆうわけだし、一緒に行動しない?
 あのワールドオーダーってやつを止める為にも、仲間は一人でも多い方がいいしね」
「うむ、よかろう!ひとりよりふたり。ふたりよりさんにん。さんにんより…もっとたくさん。それの方がいい!」

その場から立ち上がったミロはユキにゆっくりと手を差し伸べる。
フッと口元に笑みを浮かべながら、座り込んでいるユキを見下ろしていた。
どこか穏やかにも見えるその表情を見て、ユキの顔も自然に綻んでいた。


「いっしょにたたかうぞ、ユキよ!」
「…ええ!」


差し伸べられた手を取り、少女は立ち上がる。
『王族』の龍人と『悪党』の少女。
二人の参加者はこの殺し合いを打破すべく手を組んだのだ。


◆◆◆◆◆◆


36 : Dragon Ash ◆EpYl4g9bvg :2014/02/23(日) 14:23:25 mxFRNhoU0
◆◆◆◆◆◆


「ユキよ、ボクの『部下』になれるなんてほまれ高きことだぞ!こうえいにおもうのだ!」
「え?いや、あの私、あなたの部下になるなんて一言も、」
「こうえいにおもうのだ!!!」
「あ、はい…じゃなくて!だから、私はあなたの部下になるなんて一言も言ってないよ!」
「じゃあ「しもべ」にしてやる!」
「それ言い方を変えただけでニュアンスは全く変わってない!」

二人は歩きながら妙な言い争いを繰り広げていた。


【A-6 草原/深夜】
【ミロ・ゴドゴラスV世】
[状態]:主催者への怒り心頭
[装備]:なし
[道具]:ランダムアイテム1〜3(確認済)、基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:ワールドオーダーをこてんぱんにたたきのめす。
1:あらたな部下をあつめる。
2:じゃまするヤツらもたたきのめす。
3:くびわは気にいらないのではずしたい。
4:ユキはしばらくボクの部下としてはたらかせてやる。
5:ワールドオーダーをさがしてボコボコにする。
[備考]
※悪党商会、ブレイカーズについての情報を知りました。
※「首輪の爆破程度で龍人の鱗と皮膚が破られる筈がない。つまり自分は首輪によって死ぬことはない」と思い込んでいます。
 勿論そんなことは無く首輪の爆破で例外無く死にます。
※二人が何処へ向かうのかは後の書き手さんにお任せします。

【水芭ユキ】
[状態]:健康、不安、焦燥(少し落ち着いた)
[装備]:なし
[道具]:ランダムアイテム1〜3(確認済)、基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:悪党商会の一員として殺し合いを止める。
1:今はミロと共に行動。でも部下になった覚えは無いです。
2:殺し合いに乗っている参加者は退治する。もし「殺す」必要があると判断すれば…
3:お父さん(森茂)や悪党商会のみんな、同級生達のことが心配。早く会いたい。
4:茜ヶ久保が不安。もしも誰かに危害を加えていたら力づくでも止める。
5:ワールドオーダーを探す。
[備考]
※二人が何処へ向かうのかは後の書き手さんにお任せします。


37 : ◆EpYl4g9bvg :2014/02/23(日) 14:23:43 mxFRNhoU0
投下終了です。


38 : 名無しさん :2014/02/23(日) 15:08:40 yizLuFOg0
投下乙です

ミロもユキもキャラが特徴的でいいですね
最初は不穏だったが、いいコンビになりそうでよかった


39 : 名無しさん :2014/02/23(日) 15:19:51 WMPR5Has0
投下乙です
面白いコンビになりそうで楽しみ


40 : ◆FmM.xV.PvA :2014/02/23(日) 18:42:29 DltYx3ls0
鴉、クロウ 投下します


41 : 二人のクロウ ◆FmM.xV.PvA :2014/02/23(日) 18:43:07 DltYx3ls0
多目的ホール。
深夜0時過ぎなだけあって、人の姿は全くない。正午を過ぎれば多くの人がホール内に展示された物見たさでごった返すだろう。
だがこの殺し合いの場に選ばれてしまった以上、このホールが人の賑わいで盛り上がることはない。
盛り上がるとすれば、それは人と人とが殺し合う音であろう。その時が来るまで、このホールは沈黙を貫き通す。


「なーんて、騒ぎ立てるのが仕事の鴉が呟いてみたりするのでした」
そう呟く人物はまさしく烏と呼ぶにふさわしい格好をしていた。
上から下まで黒一色の服装であるのもそうだが、なによりも鴉だと主張している部分はその頭である。
通常顔が見えているべきそこには、烏の頭を模した仮面が着けられており、これが何者なのかわからせないでいる。
さらに変声機が備え付けられているのか、声色だけで性別を看破するのは難しい。

故にこの人物に名前を付けるなら、鴉がふさわしい。
本名性別ともに不明なこの人物は、現在この殺し合いでどのような行動をとるべきか思案していた。

「まぁ殺し合いに乗ることは確定なんだけどさ」
これについては深く考えるまでもなく即決した。名簿に案山子の名前が載っている以上、鴉のスタンスは一つしかない。
すなわちここに連れてこられる前にやっていた鬼ごっこの続きをするということだ。それにはやはり殺し合いに乗っているのが一番だろう。
奴は正義を気取った断罪者だ。この場で殺し合いを行うものを見過ごしてはおけないだろう。故にここで殺し合いを行うことに意味はある。
幸い、状況もつれてこられる前と大差ない。参加者の中には気になっていた探偵女もいるみたいだし、鬼ごっこに参加したメンバーが増えたと考えればよいだけのことだ。


「だから立ち位置には困ってない…問題はどうやってこれを渡すのかだよな…」
そういう鴉の手元には一つの予告状がある。手元にあったノートと鉛筆で作った簡易な予告状だ。
予告状つくりが趣味な彼(鴉の性別は不明だが、便宜上彼とする)からすれば、これだけの材料があれば大して時間をかけずに予告状が書ける。
問題は渡す方法だ。そのまま手渡すのは正直危険すぎる。


「なにせ相手は案山子だからなぁ…こっちの姿を確認したら速攻で殺しにかかりそうだ」
というか殺しにかかるだろう。自分もやすやすと殺されるつもりはないが、奴との殺し合いは自分の掲げる目的と異なる。
故に直接渡しに行くのは却下される。なら誰かに頼むというのが一番かもしれないが、それも難しい。
まずこの格好の時点で頼みごとを却下されるだろうし、「案山子に渡してきてくれる?」なんて頼み事はさらに却下されるだろう。
奴は正義の断罪者を気取ってるが、周りから見たら犯罪者となんら違わない。
そんな犯罪者に誰が好き好んで近づこうというのか。いや近づかない。

「というわけで参った。お手上げだ。せめてそういう道具があればよかったのに」
だが残念なことに彼の手元にはそういったことに使える道具はなかった。
いやその分他者を殺せる道具は十二分にあるということではあるのだが、それでもまずは予告状を送らなければならない。
こんな状況なら送れなくても仕方ないと思うが、それでも妥協しないからこそ彼はこれを趣味にしていた。


「まぁ希望は捨てないでおこうか、ほかの参加者のバッグとかにあるかもしれないし」
そう締めくくって、その時はたと気づいた。




誰かがこちらに向かってきている。それも強烈な殺意を抱きながら。




鴉は急いで離れようとしたが、行動するのが遅すぎた。
何故なら鴉がその場を離れようとした時には、すでにそれの首は胴体から離れていたからである。


42 : 二人のクロウ ◆FmM.xV.PvA :2014/02/23(日) 18:43:43 DltYx3ls0
×××


時間を少し巻き戻そう。鴉が思案していた時、一人の少女がホール付近で名簿を取り出していた。
髪型は黒のツーサイドアップ。ブレザーの制服に袖を通していることから高校生らしい。
こんな状況でなければ、ホールを見物にきた現役女子高生と言われても納得するだろう。
だが、この状況においてはホールに目もくれず、名簿を凝視する姿は異様でしかない。

「厄介なものに巻き込まれたわ…まぁやることはいつもと変わらないんだけど」
そう言って彼女は名簿を見る。そこには70人を超える名前が連ねられている。
この数を処理するのはめんどくさいけど、と呟きながら彼女はいくつかの名前に×印をつける。
その×印をつけられた人物に共通することは、どれもみな人殺しということであった。

彼女―朝霧舞歌―は吸血鬼である。もちろん生粋の吸血鬼ではなく、吸血鬼にされてしまったのである。
以降彼女はその憎しみから、吸血鬼や人の命を弄ぶものを殺すことにしている。彼女は殺人は忌避すべきものだと嫌悪しているが、それでも彼女は殺してきた。
いつしか彼女はクロウと呼ばれ、裏社会で恐れられるようになった。
故に彼女はこの殺し合いの場においても吸血鬼を、殺人者を殺す。



「…できれば見たくなかった名前だわ…」
一通り名簿にマークをつけ終えて、クロウはそう呟く。
名簿には彼女が通っていた頃の同級生たちが載っていた。
特に尾関夏実は高校に通っていた頃は一緒に遊んでいた。高校を辞めてからは連絡を取ってなかったが、まさかこんな状況で再開する可能性が出てくるなんて。
朝霧舞歌は彼女たちが巻き込まれていることを考え、主催者に対する怒りをさらに強くした。

「ワールドオーダーか…舞歌たちを巻き込んだことは許さないわ、けど」
半面クロウとしては、殺すべき相手が載っていることを感謝するべきなのかもしれなかった。
名簿には空谷葵の名が載っていた。現在彼女が私刑にしたい吸血鬼である。いつものらりくらりと交わされているが、この状況下ではそうもいかないだろう。


とりあえず彼女を探し出して私刑にすることにしよう。


そして彼女は葵を探そうと覗いたホールの中で、椅子に座って考え込んでいる人を目撃した。
普通の人が見たら不審者にしか思えないそれも、頭部にある烏の仮面を見れば名簿のある名前に否が応でも思い至る。

「鴉…」

それなりに有名な殺し屋で、人を殺した現場は常にゴミ袋を破ったかのように凄惨であるという。そんなになるまで人を殺す彼が命を弄んでないと言えるだろうか、否である。
彼女は持ち前の身体能力で速攻で駆けよった。
どうやら気づいたらしく、この場を離れようとしているようだがもう遅い。鴉の首は彼女が吸血鬼となって得た能力―鉤爪―によって宙へ飛んだ。


「まずは一人」
そうして彼女は今首を跳ね飛ばしたばかりの鴉を眺める。だがそこで違和感を覚えた。

「血が流れない?」
そう首を飛ばしたというのに、彼の切断面から血が流れてこない。それどころかなにやらパチパチと音が聞こえ―。
その音に気付いた瞬間、彼女は後ろに向かって爪による斬撃を浴びせようとした。
だが爪が標的に届くより早く、パチパチとなるスタンガンが彼女の意識を奪っていった。


43 : 二人のクロウ ◆FmM.xV.PvA :2014/02/23(日) 18:44:12 DltYx3ls0
▲▲▲


「ふう、上手くいったな」
そう思わず息を漏らしたのは、ついさっき首を跳ね飛ばされたと思われていた鴉だった。何故彼は生きているのだろうか。

簡単に言うなら、彼はクロウが来るよりも早く影武者を作っていたということだ。

彼の特技は影武者つくり。材料さえ整っていればたやすく作れる。支給された品が自動マネキンだったのも幸いだった。
自分の動きを真似して動くというこのマネキンは影武者役には持って来いである。

また彼が元から兼ね備えている直感も幸いした。
いち早く身の危険を察知した彼は事前に影武者をつくり、まんまとクロウを騙すことに成功したのである。

たださすがに予備の衣装などは支給されてなかったのだろう。
鴉の格好は平時の姿とは異なり、素顔を晒していた。服装も黒一色ではあるが、鴉を連想させるほどではない。
その素顔また体格がどういうものなのか、詳しく記述することも可能だが、他の参加者が鴉の素顔を見てるわけではないので、記述はしないでおこうと思う。


「まぁ衣装がもう一着あれば、わざわざ素の姿を晒さないですむんだけどさ」
そういって彼はマネキンを回収しながら、それに着せていた衣装を身に着けていく。マネキンの首が飛んだのは失敗だったが、幸いこのマネキンは超形状記憶合金らしく壊れた部分を合わせて湯につけると勝手に治るらしい。
どんなマネキンだよと説明を見た時はつっこまずにはいられなかったが、主催者の能力から考えれば自動マネキンに超形状記憶合金という設定をつけることなど些細なことなのだろう。

そうして鴉の姿に戻った後、彼はクロウの支給品を漁った。
そして支給されている支給品の説明を見比べて、ある支給品を回収した。
これも正直わけがわからない支給品であったが、現状予告状を出したい鴉からすれば、最適な支給品であった。

「よし目当てのものも回収できたし、ずらかるとするか」
鴉はそう言って、この場を離れようとした。自分を殺そうとした少女をこのまま放置するのも問題ではあったが、まだ案山子に予告状を出してない以上、殺すわけにはいかない。
先に予告状を出すことも考えたが、この支給品は準備に時間をかけるようなので、いつ目を覚ますともわからない人物のそばでやるのは得策ではない。

「というわけでお嬢ちゃん、この支給品はありがたく頂戴し――!?」
故にとっとと離れようとしたのだが、それは少し遅すぎたらしい。
彼女の方を見つめてみると、そこには殺意をむき出しにして、こちらを睨みつける少女の姿があった。


×××


「どういうことだ?スタンガンの出力を弱めにしたとはいえ、そんなに早く目覚められる程効き目薄いはずがないんだが」
混乱してるらしい鴉を視界に入れながら、クロウは状況を整理する。
どうやら自分はスタンガンを食らって昏倒していたらしい。それでもこんなに早く起きれたのは自分がすでに人間ではないからだろう。
そもそも吸血鬼なのにスタンガンがまともに作用する方がおかしいのだが、あんな常識から外れた能力を行使する主催者だ。ただのスタンガンを怪物相手にも通用するように設定を付け加えていたとしても不思議ではない。



だが今はスタンガンのことなど、どうでもいい。考えるべきは自分は問題なく動くことができて、相手は殺し屋であるから殺すべきだということだ。
彼女は自身の爪を鉤爪状に変化させて、再び鴉に襲い掛かる。



「うお、あぶね」「っち!」
だが混乱していたはずの鴉は、さっき首を簡単に飛ばせたのが嘘のように、容易くその凶刃を避ける。


―鴉とてプロの殺し屋、そう簡単には獲れる首ではないということ?


そもそも首を撥ねた筈の鴉がこうして生きているのも不思議なことだ。あるいは鴉も吸血鬼なのかとも思ったが、自分がこうして早く起きて行動し始めたことに疑問を抱いていることなどを考えると、そういうわけではないらしい。
じゃあ何故だと、攻撃を続けながら思考していると、鴉がこちらに向かって語りかけてきた。


44 : 二人のクロウ ◆FmM.xV.PvA :2014/02/23(日) 18:45:37 DltYx3ls0
▲▲▲


「待て待て、お嬢さん、少し落ち着いて、話を聞いてくれないか」


正直いっぱいいっぱいだったというのもある。
現在クロウの攻撃を避け続けることができてはいるが、それは案山子から逃げ切った経験と持ち前の直感のおかげでそう長くは続けられないだろうと感じていたのだ。
それに相手は人を超えているらしいのに対し、こちらは不気味な鴉の衣装を着てる以外はなんら普通の人と変わらない。スタミナ面でもこのまま押し切られたら、命を落とす可能性もある。
故に鴉は少女に声をかけることにした。気は乗らないが舌戦に持ち込めばこの場をしのげると感じたのだ。

「殺し屋と利く口なんて持ち合わせていないわ」
予想通りというべきか、彼女は話を聞く気はないらしい。ならば勝手に喋らせてもらおう。
幸いこうして発言してくれたことで彼女が鴉を狙った理由についても把握できたし、そこを突かせてもらう。

「殺し屋だから、殺しにかかるってのは、どうなんだ?、ひょっとすると、何か、事情があって、仕方なくって、可能性は考えないのか?」
こんな台詞を言っておいてなんだが、鴉は殺し屋なんかやってる奴に事情も糞もあるものかと、常日頃思っている。
自身の事情よりも他人の事情を優先できるような奴が殺し屋をやっているのを、鴉は見たことがなかった。
しかし避けながら話すのは正直辛い。舌噛んじゃいそうでやばい。

「人の身体をゴミ袋みたいに扱っているあなたがそれを言うの?」
目の前の少女もそう思っているらしく、こちらの発言を気にもかけない。
まぁこちらもその程度で攻撃を止めてくれるなんて思ってない。ついでに舌噛んで痛がってくれないかなとか思ってたりもしたが、残念ながらそんな様子は皆無であった。これが避けるだけしか能がない奴と攻撃だけしてればいい奴の違いか。
むかついてきたので、彼女がひた隠しに苦悩してるであろう部分を突かせてもらう。

「人殺しを愉しんでいる人が非難できるようなことでもないと思うけどなぁ」
正直、これでも攻勢が止まるとは思ってなかった。彼女自身も自覚していることだからだ。
だがその発言をした瞬間、予想に反して彼女の動きは止まった。ちょっと驚いたが、このチャンスを逃す手はない。
彼女が呆けている間に鴉は全力で高飛びした。


×××


「………そんなこと、ないわ」
その言葉を他人から言われたくはなかった。
そうこの朝霧舞歌は、深層意識では殺人を愉しんでいる。
それは実際にクロウの手にかかった人を見れば、わかる。正確にはその瞳の虹彩に写っているのだ。


その殺した人を前にして笑っている自分の姿が。


初めて見た時は驚愕した。なぜ自分が笑っているのかわからなかった。
次にまた殺害者を減らせたから喜んでいるのだと、自身を納得させた。だが警察に殺害者が逮捕される場面を目撃しても、彼女は対象を殺害した時ほどの喜びを感じていないことに気が付いた。
その時、ふと思ったのだ。自分は殺人を愉しんでいるのではないかと。

恐ろしいことだ。憎しみから始めた行いが、いつの間にか自身の快楽を満たすための行動に成り代わっている。
自身はひょっとしたら、とんでもない人間なのではと思い悩んだこともある。
それでもそんなことないのだと自分を律しながらこうして殺人を続けてきたのに、まさか面と向かって言われる日がこようとは。




よほどそう言われたのがショックだったのだろうか。気づいた時には鴉の姿は消えていた。
だが例え目の前にいたのだとしても殺すことができたかどうかはクロウにはわからなかった。

【B-4 多目的ホール/深夜】
【クロウ】
状態:健康、苦悩
装備:なし
道具:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜2
[思考・状況]
基本思考:吸血鬼や命を弄ぶ輩を殺す。
1:…面と向かって言われるなんて。
2:とりあえず殺人者は探し出して…どうする。
3:空谷葵を探し出して私刑に処す。
[備考]
※客観的に見ても自分が殺人を愉しんでいるらしいことを知りました。
※支給品の一つを鴉に盗まれました。


45 : 二人のクロウ ◆FmM.xV.PvA :2014/02/23(日) 18:46:29 DltYx3ls0
▲▲▲


「待て待て、お嬢さん、少し落ち着いて、話を聞いてくれないか」


正直いっぱいいっぱいだったというのもある。
現在クロウの攻撃を避け続けることができてはいるが、それは案山子から逃げ切った経験と持ち前の直感のおかげでそう長くは続けられないだろうと感じていたのだ。
それに相手は人を超えているらしいのに対し、こちらは不気味な鴉の衣装を着てる以外はなんら普通の人と変わらない。スタミナ面でもこのまま押し切られたら、命を落とす可能性もある。
故に鴉は少女に声をかけることにした。気は乗らないが舌戦に持ち込めばこの場をしのげると感じたのだ。

「殺し屋と利く口なんて持ち合わせていないわ」
予想通りというべきか、彼女は話を聞く気はないらしい。ならば勝手に喋らせてもらおう。
幸いこうして発言してくれたことで彼女が鴉を狙った理由についても把握できたし、そこを突かせてもらう。

「殺し屋だから、殺しにかかるってのは、どうなんだ?、ひょっとすると、何か、事情があって、仕方なくって、可能性は考えないのか?」
こんな台詞を言っておいてなんだが、鴉は殺し屋なんかやってる奴に事情も糞もあるものかと、常日頃思っている。
自身の事情よりも他人の事情を優先できるような奴が殺し屋をやっているのを、鴉は見たことがなかった。
しかし避けながら話すのは正直辛い。舌噛んじゃいそうでやばい。

「人の身体をゴミ袋みたいに扱っているあなたがそれを言うの?」
目の前の少女もそう思っているらしく、こちらの発言を気にもかけない。
まぁこちらもその程度で攻撃を止めてくれるなんて思ってない。ついでに舌噛んで痛がってくれないかなとか思ってたりもしたが、残念ながらそんな様子は皆無であった。これが避けるだけしか能がない奴と攻撃だけしてればいい奴の違いか。
むかついてきたので、彼女がひた隠しに苦悩してるであろう部分を突かせてもらう。

「人殺しを愉しんでいる人が非難できるようなことでもないと思うけどなぁ」
正直、これでも攻勢が止まるとは思ってなかった。彼女自身も自覚していることだからだ。
だがその発言をした瞬間、予想に反して彼女の動きは止まった。ちょっと驚いたが、このチャンスを逃す手はない。
彼女が呆けている間に鴉は全力で高飛びした。


×××


「………そんなこと、ないわ」
その言葉を他人から言われたくはなかった。
そうこの朝霧舞歌は、深層意識では殺人を愉しんでいる。
それは実際にクロウの手にかかった人を見れば、わかる。正確にはその瞳の虹彩に写っているのだ。


その殺した人を前にして笑っている自分の姿が。


初めて見た時は驚愕した。なぜ自分が笑っているのかわからなかった。
次にまた殺害者を減らせたから喜んでいるのだと、自身を納得させた。だが警察に殺害者が逮捕される場面を目撃しても、彼女は対象を殺害した時ほどの喜びを感じていないことに気が付いた。
その時、ふと思ったのだ。自分は殺人を愉しんでいるのではないかと。

恐ろしいことだ。憎しみから始めた行いが、いつの間にか自身の快楽を満たすための行動に成り代わっている。
自身はひょっとしたら、とんでもない人間なのではと思い悩んだこともある。
それでもそんなことないのだと自分を律しながらこうして殺人を続けてきたのに、まさか面と向かって言われる日がこようとは。




よほどそう言われたのがショックだったのだろうか。気づいた時には鴉の姿は消えていた。
だが例え目の前にいたのだとしても殺すことができたかどうかはクロウにはわからなかった。

【B-4 多目的ホール/深夜】
【クロウ】
状態:健康、苦悩
装備:なし
道具:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜2
[思考・状況]
基本思考:吸血鬼や命を弄ぶ輩を殺す。
1:…面と向かって言われるなんて。
2:とりあえず殺人者は探し出して…どうする。
3:空谷葵を探し出して私刑に処す。
[備考]
※客観的に見ても自分が殺人を愉しんでいるらしいことを知りました。
※支給品の一つを鴉に盗まれました。


46 : 二人のクロウ ◆FmM.xV.PvA :2014/02/23(日) 18:46:56 DltYx3ls0
▲▲▲


「とりあえず予告状は出せたな…」
病院で息を整えながら、鴉はそう息を漏らした。
鴉がクロウから回収した支給品はお便り箱という学校に転がってそうな物であった。
唯一学校にあるものと違うと断言できることは、このお便り箱に手紙を入れると指定した相手に手紙が届けられるというやつだ。
勿論お便り箱自身が移動するわけではないので、これを使っての相互連絡はできない。せいぜい有用に使うとするならば、狙われている相手に警告を促すとかであろう。
ただタイムラグがあり、入れてすぐに渡すのではなく、1〜2時間してから渡すとある。
病院に備え付けられていた時計によれば現在1時過ぎ。つまり3時過ぎになってようやく案山子に予告状が届くのである。

「つまり二時間ほどは暇ってことだ…全力疾走して疲れたし、ここで休むとするかな」
幸い病院なだけあって、ベッドには困らない。しばらく横になって休憩を取るのもありだろう。
鴉はそう考え、衣装を脱ぐことにした。あの衣装は暑すぎるし、全力で走ったせいで蒸れて気持ち悪い。

―これは帰ったら、衣装を風通しの良いものにすることも考えないとね

そんなことを考えながら、衣装をハンガーにかけ、マネキンをユニットバスに漬けて、鴉はベッドに横になった。
そしてさっき自分を殺しにかかってきた少女のことを考える。正直あのレベルの参加者が大半なら、殺し合いを生き残るのは辛そうだ。
そういえば案山子の名前を見た衝撃で忘れてたが、ビームとか出してたやつもいた気がする。

―案山子に殺されるかどうかとか以前に、案山子に殺される前に殺される可能性の方が高いな

さっきも正直ぎりぎりだった。あれが彼女の弱点でなかったら、容赦なく斃されていただろう。
この場で殺し合いに乗ると考えたのは早計だったかなと思わないでもない。
だがもう予告状は案山子に送ったのだ。今更予告状と反する行動をとる気はさらさらない。

―だから俺が死ぬ前に殺しに来いよ、案山子。もしその前にお前が死んだら笑ってやるぜ

そんなことを考えながら、鴉はつかの間の休息を取った。

【C-5 病院/深夜】
【鴉】
状態:疲労、休息中
装備:素顔を晒している状態
道具:基本支給品一式、鴉の衣装、超形状記憶合金製自動マネキン、超改造スタンガン、お便り箱、ランダムアイテム0〜1
[思考・状況]
基本思考:案山子から逃げ切る。
1:とりあえず3時まで身体を休める。
2:3時から殺し合いに乗った行動をとる。
3:…この先生きのこることができるかなぁ。
[備考]
※案山子に予告状を送りました。だいたい2時〜3時までに届きます。
※人を超えた存在がいることを知りました。
※素顔はまだ参加者の誰にも見られてないので依然として性別不明のままです。後続にお任せします。

【超形状記憶合金製自動マネキン】
登録した人物が行った動作をそのまま行うことのできるマネキン。
壊れてもお湯につければ直るという優れもの。直るのにはだいたい一時間かかる。

【超改造スタンガン】
怪物相手にも通用するように作成されたスタンガン。ただし怪物相手に対する威力はまちまち。
人間に限って話すなら、弱で気絶、中で心臓停止、強で黒焦げになる。

【お便り箱】
学校に置かれているようなお便り箱。
中に便りを入れると指定した相手に1〜2時間以内に便りを渡す。
なお、これを使って対象に危険物を送り込むことは不可能である。


47 : ◆FmM.xV.PvA :2014/02/23(日) 18:48:15 DltYx3ls0
投下終了です
間違って同一の内容を二度投稿してしました
>>45は飛ばしてください


48 : ◆FmM.xV.PvA :2014/02/23(日) 18:50:39 DltYx3ls0
>>47
×してしました
○してしまいました

連投すみません


49 : 名無しさん :2014/02/23(日) 19:06:54 mxFRNhoU0
投下乙です。
のらりくらりとした鴉のキャラがカッコいいなぁ…
クロウも殺意の中に苦悩を抱えてて面白いキャラだし、どちらも今後が気になる


50 : 名無しさん :2014/02/23(日) 20:13:51 onC5/g92O
投下乙
鴉はいい感じに現実的な人殺ししてて好きだ


51 : 大切なのはゲームのやり方 ◆TOKIO1KOVQ :2014/02/24(月) 21:55:37 YlikXrAg0
三名投下します


52 : 大切なのはゲームのやり方 ◆TOKIO1KOVQ :2014/02/24(月) 21:56:03 YlikXrAg0
「おー…… そろそろか〜?」

 J-10港、水平線が一望できるレストラン。
 そこのパラソル付きテーブルに荷物を置き、椅子に腰掛ける男がいる。
 流行りのサングラスをかけ、時代遅れの黒のダブルのスーツを着込み、一本数万円はするであろう葉巻を舐め味わいながら、
 目の先で行われている尋常ではない『興行』を楽しんでいた。
(スーツサングラス共に自社ブランド、高級品質、大衆向けの安価のものから高級官僚御用達まで広い範囲での製造販売している)
 
 男がこの島に飛ばされたのはほんの数十分前。
 殺し合いをしろなどという理不尽に巻き込まれながら、何一つ慌てる様子はなく
 むしろ反対に不思議なほど落ち着いていた。

 そんな男はまず『世界秩序』から配られた鞄の中身を確認することにした。
 開いた瞬間爆発したら面白い、けれども至って普通に中身を取り出すことが出来た。
 それなりに美味そうな飯と筆記用具、『使い所があるかどうかわからない物』を多数見たあと、名簿に目を通す。
 なるほど、幹部と下っ端が何人かいる。 ついでに経営している孤児院出身の子がいる。 おまけに浮気相手との…… いや止めよう。
 男はホッとした。
 孤児院の子だけは例外だが、他はいつ葬式が開催されてもおかしくはない知り合い、
 最後のは遭遇したらなにか言葉をかわす必要があるが、それ以外では特に考える必要はない。
 
 自分の嫁や子供孫、部下の伴侶子供兄弟がいない。
 これは幸運以外のなんにでもない。
 革命とか言いつつもやはりおかしな優しさがあるのは変わらないのだなと、主催者に深く感謝した。
 
 孤児院の出身の子、『水芭ユキ』の保護。
 今、最も上に置かなければならないことはこれだろう、最も彼女も決して弱くはない、
 それでも守ってやらねばならるのが保護者としての勤め。
 だから今のところは第一方針。
 他については、ユキよりもっと強いし悪運あるからどうにかなんだろと特に合流など考えない。

 名簿を一通り確認した後、男は今すぐにでは使わないものを全て鞄に収め
 あるものを鞄から取り出す。
『使い所があるかどうかわからない物』の一つ、嫁さん子供部下に散々言われ、孫の誕生と同時にやめた嗜好品、
 葉巻とライターを手に取り、点火させ咥える。
 
 うむ、5年ぶりくらいだがやはり旨い。
 口から喉へ、喉から肺へ、肺から全身へ。
 高級な煙が体全体に染みこむ、これ以上もない快感だ。


53 : 大切なのはゲームのやり方 ◆TOKIO1KOVQ :2014/02/24(月) 21:56:46 YlikXrAg0
──残念だ──

 男はテーブルの椅子に腰を掛けてじっくり葉巻を味わいながら思案する。
 
『世界秩序(ワールドーオーダー)』
 親父の最高の友人であり、誰よりも熱く美しい戦いを魅せてきた、
 ヒーローでも悪でもない、唯一無二の存在。
 男や部下たちは親しみを込めて『世界』と読んでいた。
 
 はっきり言えば残念以外の何もでもない。
 男が見ていた『世界』は『革命家』などというちっぽけな肩書きを自ら名乗る人ではなかった。
 いつからだろうか? 『世界』がこんな小物になってしまったのは、自分の父親が死んだ時出会っただろうか?
 あまりにも変わり果てた『世界』を見る今日の今日まで『世界』の存在を忘れていてた程だ。
 閉鎖空間に閉じ込めて催し物をやる、かつての『世界』なら無限の世界を巻き込んだもっと派手なイベントを開催していただろう。
 
 男は口から一旦葉巻を外しフーっと煙を吐く。
『世界秩序』の話に乗るか乗らないか?
 正直に言えばどちらでもいい、いや、そもそも何もする必要もない。
 たしかに悪党商会の方針は『ヒーローと悪の均等性を保つ』
 この催し物でも貫く事のほうが体制的にはいいのかもしれない。
 だが、この場においてはそんなことは一切考えなくていい、この場にヒーローも悪もない。
 あるのは欲だけ。
 それにあんな小物など、自らが手を下す前に打倒されるであろう。
 ハンターなら打倒派を集めてまとめ上げてぶっ飛ばすであろうし、
 先生ならまあ…… とてつもない手段でごり押すだろう。
 他の奴らでも余程間抜けではない限り『世界秩序』なんかなんとかできる。
 そんな奴のことは適当に他の奴らに任せる。
 むしろここ数年で一番の景気の良さを見せている、悪党商会の表側の事業の方を心配したほうがまだましとすら思っている。
 
 実はここ数ヶ月、表側の姿形で営業やら講演、その他のお付き合いであまり休みが取れていないのだ。
 たまの休みも末子や孫らとの家族サービス、無論これはこれで楽しいのだが、完全なフリーな時間はまるで取れていなかった。
 景気がいい反面、流石にリフレッシュしたいと考えることも少なくなかった。
 
 もしかすると『世界』は俺に休暇を与えてくれたのではないか?
 ある程度考えているうちに男は『世界』の考えを前向きに捉える。
 葉巻も禁煙しながらもずっと吸いたいと思い続けていた。
 そう願っていたら『世界』は俺の鞄に旨い葉巻を入れてくれた。
 これが考えた故の支給品ならば、やはり休暇を満喫するべきか。


54 : 大切なのはゲームのやり方 ◆TOKIO1KOVQ :2014/02/24(月) 21:57:20 YlikXrAg0
 葉巻、アルコール、そして女。
 この辺りを目一杯楽しむのは今しかない。
 葉巻は達成した、アルコールはもともそれほどきつく縛られていなかったので、そこまで優先することではない。
 
 女。
 そう女だ。
 男の嫁『お銀』は男とそう年齢が離れていないのにもかかわらず、抜群のプロモーションと若さを保っている絶世の美女である。
 今でも20代と間違われてナンパされたりグラビアにスカウトされる程だ。
 
 違う、違うのだ。
 確かに嫁は可愛くて美しくて今でも興奮する、しかしそれとは別だ。
 美味しすぎる食べ物を食べ続けたら、たまには別のものも食してみたいのが漢というものだ。
 だから一回シンデレラ・ストーリーを再現したかったこともあり、幸薄そうな無口っ娘と関係を持ち妊娠させた。
 
 だがバレた。
 お銀は男をこれ以上もなくボコボコにした挙句、
 役員総会で不信任案を可決させ、男を無一文のまま悪徳商会から放り出した(ちなみに無口っ娘はお咎めなかった、それどころか表の方の重役である)。
 その二年後、孫の誕生と同時に許され社長の席に戻ったが、それくらい女遊びはご法度なのだ。
 ちなみに末子は復帰直後に久しぶりに二人で燃え上がって生まれた。
(余談だが男は放浪最中にも何人もの女性を孕ませた、このことを知っているのは先生だけである、だから男は先生にだけは頭が上がらない)
 
 まだまだ若い、20代は無理でも30代前半には間違われたりもする。
 それに美人を落とすには十分すぎる時間はある。
 しかも今は殺し合いの最中、吊り橋効果的なことも出来るから簡単に行為まではイケる。
 妊娠させてしまっても、金銭的な問題もない。
 完璧だ、完璧すぎる。
 先生にはばれないように上手くやれば、大勢の美女を抱くことが出来る。
 ああ、でもユキにも見つかりたくない。
 確かにかわいい、だが自分は保護者なのだから、変なトラウマを植え付けてはならないのも保護者の仕事だ。
 
 男は謎の自信に満ちていた。
 全力で休暇を楽しめる、男は『世界』に二度目の感謝をした。


55 : 大切なのはゲームのやり方 ◆TOKIO1KOVQ :2014/02/24(月) 21:57:43 YlikXrAg0
 まあ、美女を探す前にまずは葉巻からだ、美女はその後だ。
 そんな謎の決意を固めて、葉巻を嗜んでいる最中であった。
 前方百メートル先、海沿いの道にて異形の者と美人の小競り合いが始まったのは。
 こちらには気づいていない、互いに互いを睨み合っている。
 もしかしたら、二人揃ってこちらに襲撃する可能性がありえたので身構えてはいた、だがそれはなさそうか。
 ならばじっくりと楽しませてもらおうか。
 
 二言三言語り合った動きがあった後、それ始まった。
 ゆったりとした海は轟々と音を響かせ、荒々しくなる。
 舗装され歩きやすくなった地面が砕けクレーターがいくつも登場した。
 地面の破片がここまでやってきた、それをテーブル付属のパラソルでなんとなく叩き落とす。
 しまった、間抜けなことをしていたら銜えていた葉巻を無駄にしてしまった。
 しょうがないからまた新しい葉巻に火を着ける。
 
 冒頭へと繋がる。
 興行が始まりに10分は経ったであろう。
 手数の差か、それとも慢心か。
 それとも『人間』を辞めてしまったからか。
 あるいは環境の違いが影響して、最善の手段を取ることが出来なかったからか。
 ひと目見た限りではそこまで差があるとは思えなかったが、その二人の争いは一方的な展開となっていた。
 少し拍子抜けだが、決着の瞬間を見届ける。
 
 暗い夜だというのに雲ひとつなかった夜空。
 そんな夜空のとある場所だけに、酷く黒ずんだ雲が集う。
 その真下に膝を揺らしながら刀剣を杖になんとか立とうとする異形。
 刹那光りだす港一体、そして鳴り響く轟音。
 
 雷
 
 それ以外には形容できないであろう光線が異形──舩坂弘──を撃ちぬいた。
 焦げたというのに、全身から血を吹き出しているせいか身体は赤いままだ。
 嗚咽だろうか噎せただけであろうか悲鳴であろうか、口から何かを漏らしつつそれでも立ち上がろうとする。
 
 直立
 しかしそれがからの最後の力振り絞ってできた唯一のことであった。


56 : 大切なのはゲームのやり方 ◆TOKIO1KOVQ :2014/02/24(月) 21:58:26 YlikXrAg0
#aa(){{ 










   帝   国………………………………………………
 









       ハ゛ン゛ サ゛ァァァァァァイ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィィィィィィィィィィ











          ,,-'  _,,-''"      "''- ,,_   ̄"''-,,__  ''--,,__
           ,,-''"  ,, --''"ニ_―- _  ''-,,_    ゞ    "-
          て   / ,,-",-''i|   ̄|i''-、  ヾ   {
         ("  ./   i {;;;;;;;i|    .|i;;;;;;) ,ノ    ii
     ,,       (    l, `'-i|    |i;;-'     ,,-'"   _,,-"
     "'-,,     `-,,,,-'--''::: ̄:::::::''ニ;;-==,_____ '"  _,,--''"
         ̄"''-- _-'':::::" ̄::::::::::::::::;;;;----;;;;;;;;::::`::"''::---,,_  __,,-''"
        ._,,-'ニ-''ニ--''" ̄.i| ̄   |i-----,, ̄`"''-;;::''-`-,,
      ,,-''::::二-''"     .--i|     .|i          "- ;;:::`、
    ._,-"::::/    ̄"''---  i|     |i            ヽ::::i
    .(:::::{:(i(____         i|     .|i          _,,-':/:::}
     `''-,_ヽ:::::''- ,,__,,,, _______i|      .|i--__,,----..--'''":::::ノ,,-'
       "--;;;;;;;;;;;;;;;;;""''--;;i|      .|i二;;;;;::---;;;;;;;::--''"~
               ̄ ̄"..i|       .|i
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           _,,  i|/"ヽ/:iヽ!::::::::ノ:::::Λ::::ヽ|i__n、ト、
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57 : 大切なのはゲームのやり方 ◆TOKIO1KOVQ :2014/02/24(月) 21:58:56 YlikXrAg0
 斃れながらも本能で愛国心を叫び、異形は爆散飛翔。
 興行のキャストはもう一人だけ。
 
 映像に残したかった。
 男は今の芸術的争いを自分しか見れていないことを嘆いた。
 誰しもが興奮し賛美を送るであろう、そんな作品を自分しか見れていないのは非情に惜しい。
 もしかしたら『世界の秩序』は録画しているかも、でもやはりリアルタイムの興奮で見せたかった。
『世界』が生放送していたことを願っている時、あってしまった。
 
 目が、美人と。
 
 瞬時に美人がこちらの方へと向かってくる、2秒もかからないだろう。
 
「ふ〜ん、なるほどね……」

 急いで立ち上がりながらも、
 男はまだ、落ち着いていた。
 
 
 
☆ ☆ ☆ 
 
 昔。
 
 昔。
 
 昔。
 
 彼に無謀にも挑んで来た誰かが言った。
 
 言った。
 
 言った。
 
 言った。
 
「お前は何故人を滅ぼそうとしている?」
「なんで人を殺すんだよ!」
「人間がそんなにも憎いものなのですか?」
「邪悪なお前なんかに愛は絶対負けない!」
「正義は勝つ! 俺は平和を守る!」
「オレ…… オマエ コロシテ…… ヒーローニ…… ナル……」

 だから彼女は言い返した。

『俺がただ貴様らを気に食ねえ、だから死神の変わりに殺してやる』
『我は人間が苦しむ姿がみたいだけだ』
『僕から言わしてみれば、人間も悪魔も変わらないよ?』
『あなたが悪というのなら、私は悪なんでしょうね……』
『わしは正義の意味など知らんよ』
『あっはっは〜! 本当にヒーローになりたいと思った時点でヒーローにはなれないよ〜? あたしでも知っているのに知らなかった?』

 言い返した、言い返した、言い返した、言い返した、言い返した。
 言い返し続けた。


58 : 大切なのはゲームのやり方 ◆TOKIO1KOVQ :2014/02/24(月) 21:59:24 YlikXrAg0
 破壊や憎しみや邪悪と毒づいた人間が死んでいった。
 正義や愛や平和を唱えていった人間が死んでいった。
 漆黒の肌をし3つの目があると世界に言いふらした人間が死んでいった。
 伝承の『邪神は聖なる力や神々の力を持つものに弱い』を信じ、勝てると思い挑んできた人間は死んでいった。
 
 そしてみんな、死んでいった。
 
 一つ世界が滅んだ、なぜなら彼が一つ滅ぼしたから。
 二つ世界が滅んだ、なぜなら彼女が二つ滅ぼしたから。
 三つ世界が滅んだ、なぜなら彼が三つ滅ぼしたから。
 たくさん世界が滅んだ、なぜなら彼女がたくさん世界を滅ぼしたから。
 
 そうして彼は山ほど世界を滅ぼした後、この殺し合いに巻き込まれた。
 
『ちょっと殺し合いをしてもらおう』

 何を言っているのだろうか。
 彼女は『世界秩序(ワールドオーダー)』と名乗った革命家の真意がわからなかった。
 
──人間はどんな世界でも殺し合いをしていた──
 
 幾千の世界を見た彼女だからこそ思えること。
 人間はどんな場所でも、どんな宗派でも、どんな人種でも、どんな世界でも。
 いつでも殺しあっていた。
 この世界では人を殺さない人間ばかりなのか、違うであろう。
 もしそうであればあの革命家の存在が矛盾してしまう。
 
 そこまで考えたものの、彼女はどうでも良かった。
 また世界を滅ぼせばいい。
 ただそれだけ。
 革命家もそれを望んでいるのだろう。
 もっとも世界を滅ぼすためには革命家も殺すのだけども。


59 : 大切なのはゲームのやり方 ◆TOKIO1KOVQ :2014/02/24(月) 21:59:53 YlikXrAg0
 海が美しく見える道路の真ん中に彼女は飛ばされた。
 どちらに向かうか、そんなことを考える前に現れた、人間の形をした何かが。
 何かを言っていたような気がする、ただ覚えておく必要もない。
 そうして異形の者は刀剣を手に挑んできた。
 そして殺した。
 弱くはなかったであろう、狭い空間なら破れていたかもしれない。
 だが、海辺は彼女の能力を最大限に活かす事ができる地形。
 だからさほど痛みを感じる前に殺せた。
 
 結局ここも変わらない、何も変わらない。
 異形も己を正義と名乗り、彼女を悪と呼び捨てた。
 どの世界も同じだ、何故革命家は殺し合いなどさせたのだろうか。
 こんなことをしなくても同じなのに。
 異形を殺して小休止がてら考量してみた。
 
 考量中ふと何気なしに海側ではない方へと目を向けた。
 
 あった。
 
 目があった。
 
 葉巻を咥えこちらを見ている男と。
 
 瞬間彼女は男の方へと飛んでいた。
 殺すか、いや、先ほどの異形も何か言っていた、ならばこいつにも同じくらいの時間は与えてやろう、どうせ同じだろうけど。
 


 二人の世界が繋がった。


60 : 大切なのはゲームのやり方 ◆TOKIO1KOVQ :2014/02/24(月) 22:00:10 YlikXrAg0
 彼女はじっと男を見つめる。
 雰囲気からは私のことを使役しようとした奴らと同じ臭がする。
 葉巻を口から外し、ふっーと彼女に煙がかからないように煙を吐く男。
 靴の踵に葉巻を擦りつけ火を消し、テーブルの上にある灰皿に葉巻を捨てる。
 そうして男もまた、じっと彼女を見つめる。
 
 何も言わずに見つめ合うまま数分が経った。
 初めての感覚だった、目の前の男は恐れる様子も殺気も無く、隙しかない。
 殺そうと思えばいつでも殺せる、だがこの感覚は決して嫌いではなかった。
 
「───」
 
 男の口が開く、まだ口が開ききっていない内から彼女は手刀の作り、それで男を刺そうとする。
 大したことはない奴だろう、素手で十分。
 だが、彼女の手刀が男を貫くことはなかった、回避されたわけではない、止めてしまったのだ。

「可哀想……?」

 彼女は男へと言葉を放つ。
 彼女の顔は、少し形を崩していた。
 まるで初めて表情を変えることができることを知った時のように。
 
「可哀想だよ…… お嬢さん、でいいのかな? お嬢さんは可愛そうだ。俺は確かにそう言ったさ」
「初めてだ、邪神で悪で憎しみの破壊の象徴『リヴェイラ』と呼ばれる私に、そんなことを言った人間は」

 リヴェイラがここでやっと手刀を下ろす。
 同時に男はテーブルを動かし、彼女が座りやすい位置に椅子を置き、自らも先ほどまで座っていた椅子に座る。
 リヴェイラも男が用意した椅子に腰掛ける。
 
「淑女に先に名前を名乗られてしまったな、俺の名前は『森茂』だ、よろしく」

 男、森は名前を告げて彼女に手を差し出す。
 握手であったであろうか、これを危険行為と思うほど無知ではない、人間の挨拶の一つ。
 こうなってしまった以上拒む必要もない、彼女も同様に手を差しでし森の手を掴む。
 その手はとても温かかった。


61 : 大切なのはゲームのやり方 ◆TOKIO1KOVQ :2014/02/24(月) 22:00:40 YlikXrAg0
「さて、何から話そうか…… いやまず『ようこそこの世界に』とでも言うべきか……」
「森、貴様は私がこの世界の者ではないと知っているのか?」
「わかるさ、お嬢さんみたいな美人で強い人間なんて存在しないよ」

 森に美人と呼ばれた時、リヴェイラは何故か口元が緩んでしまった。
 それを見て森も柔らかな顔をする。
 
「ふふ…… 久しぶりだな…… 人間とこう長く話しをするのは」
「なぜだい? こんなにも美人なのに、もしかして別世界の人間の好みは違うのか?」
「ふふふ…… 違う。 皆、私が答える前に勝手にやめてしまう」
「もったいないね、この世界でそんなコトしたら天罰が当たっちまうよ」
「そうだな、私が天に変わって全員殺してやった」

 他愛もない話が続く。
 リヴェイラはまるで自分が森と同じような人間であると錯覚しそうになった。
 
「森よ、一つ聞きたい。 なぜ貴様は誰しもが『邪悪のそのもの』であると呼ばれ続けた私を目にして
『可哀想』などと言ったのだ?
 そしてなぜ貴様はそれほど落ち着いていたのだ?」
 
 リヴェイラが本題を森に問う。
 それを耳にした森も息をふうと吐き、空になった肺に空気を補充した。
 口を開く森。
 
「お嬢さん、いや、リヴェイラ。 俺はお前を見て一目でわかったよ。
 何も決めちゃいない、何も楽しんじゃいないってね。
 性別も、年齢も、育ちも、勉強も、家族も、肩書も、正義も、悪も、全て。
 お前が自分で知ることが出来たのは力だけ、でもその力だって多数の奴が『人間を殺すための力』と
 言い続けた結果そうなった力だよ。
 俺は悲しいね。 こんなにも可愛くて美しいかっこいい人間から笑顔を奪ってしまった事実にさ。
 それに性別も奪われちまったのも酷い話だよ、男と決めつけられていたらあらゆる世界の女性を虜に出来たし、
 女だったらあらゆる世界の男のアイドルとなっていたんだぜ?
 それがはっきりしていたら邪神じゃなくて神になれてたと思うぞ?
 企業のトップとしての意見だけどもな。
 こんな美人から全てを奪った奴は幾ら損したか計算してほしいよ。
 
 なんでそんなことがわかるかって?
 色々な人間を見てきたらとしか言えんさ、それくらい簡単。
 特に、美人ならね」
 
 森は言い放った。
 そして笑った。
 リヴェイラは考えようとする、その前にまた顔が緩んだ。


62 : 大切なのはゲームのやり方 ◆TOKIO1KOVQ :2014/02/24(月) 22:01:30 YlikXrAg0
「ふふふ…… 貴様は面白いやつだ、本当に、面白い……」

 いつからであろうか、自分が邪神となったのは。
 いつからであろうか、自分が悪となったのは。
 いつからであろうか、自分が正義を憎むようになったのは。
 いつからであろうか、自分の力が人間を殺すようになったのは。
 わからないし、考えもしなかった。
 だが全て誰かが自分に言い放ったことだということは覚えている。
 
 性別は世界を滅ぼしたら交互に変えていた。
 なぜなら誰も吹聴しなかったから。
 決めようとも思わなかった。
 そう言えば自分は本当に漆黒の肌で三つ目であるのかでさえ確認はしていない。
 
 何一つ決めてはいない。
 リヴェイラは納得した。
 なぜならば事実であるから。
 誰かが言ったから、その通りに世界を滅ぼし続けた、何も考えず、何も改めず。
 
「森、もう一つ聞きたい、私は世界を滅ぼし続けた、一つや二つではない、途轍もない程の数だ。
 それは悪か? 正義か?」

 リヴェイラの問う。
 間を少しだけ開け森は答える。
 
「俺は他の世界のことなんて知らんよ、ただ、生き甲斐だったんだろ?
 人間を殺してきたのはあくまでそれしか破壊の方法を知らなかったから、
 別の方法で世界の壊し方を知っていたならそっちも試していただろ?
 だからそれは正義とか悪じゃなくて趣味に近いもんだろう。
 趣味には正しいも悪いもないさ」
「そうか…… 趣味か…… くっくっく…… あっはっはっはっは!」

 返答を聞いたリヴェイラ、間髪を入れず笑った。
 心から笑った。
 
 世界を滅ぼすのは趣味。
 なるほど、確かに自分に挑んでくる相手にそれらしい言葉をかけた時もあった。
 いつからか淡々と滅ぼして楽しむことを忘れていた。


63 : 大切なのはゲームのやり方 ◆TOKIO1KOVQ :2014/02/24(月) 22:02:30 YlikXrAg0
「さて、お嬢様? 今度は俺からお前に尋ねたい。
 お前はこの『殺し合いの世界』でどう過ごしたい?
 まあ答えによっては俺は死ぬかもしれないがね」
 
 今度は森が彼女に尋ねた。
 今までどおり人間を殺し続ける、それも悪くはない。
 しかしそれでは足りない。
 彼女は立ち上がり森の方へと近づく。
 そうして答える。
 
「決まっているだろ? 私はここでも『世界を滅ぼす』
『世界の秩序(ワールドオーダー)』と呼ばれる『可哀想』な『世界』を!」

 光り輝くような笑顔、誰しもが心奪われるそんな顔で言い放つ。
 久しぶりにこんな顔になれた、どうして忘れてしまってたのだろうか。
 
 この世界を滅ぼす、その趣味を続けるために彼女は決意した。
 殺し合いは『世界の秩序(ワールドオーダー)』の世界、ならばそれを破壊する。
 その後はどうしようか、森の世界へ行って『アイドル世界』を別の手段で破壊して見るのもいいかもしれない。
 なぜならば人間を殺す以外の方法でも世界を滅ぼす事ができるのかもしれないのだから。
 やりかたは森に聞けばいい。
 
 
 
「Hしたい」
「え?」
「ああ、いや、俺の部下にハンター(Hunter)と呼ばれる奴がいてな、そいつがメイド喫茶をやっていてだな、
 まあなんだ! その黒装束ではつまらぬだろう、このエリアには服屋もある!
 とりあえずそこで新たなる誕生日を祝う物でも探すぞ!」
「? まあ悪くはない。名残惜しさを失うほどこの服には飽きてしまった」

 こうして彼女は新たなる歩みを初めた。
 正義も悪も関係ない、ただ己の趣味のために『世界の秩序』の『世界』を壊す。
 誰かが決めたことではない、久方ぶりの時分で決めたことに。
 
 彼女が笑顔を塞ぐことは、しばらくはなさそうだ。


64 : 大切なのはゲームのやり方 ◆TOKIO1KOVQ :2014/02/24(月) 22:02:45 YlikXrAg0
&color(red){死亡【舩坂弘 死亡】}

【J-10 港付近/深夜】

【森茂】
状態:健康
装備:葉巻 ライター(スーツの上着のポケット)
道具:基本支給品一式
[思考・状況]
基本思考:休暇を楽しむ。
 0:先生(近藤・ジョーイ・恵理子)にだけは会いたくない。
 1:お嬢様に似合う服を探す
 2:ユキを保護したい

 ※彼女と子作りをしたいと思っています。

【リヴェイラ(仮)】
状態:戦闘により服が汚れている 健康 笑顔
装備:なし
道具:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3
[思考・状況]
基本思考:自分の趣味のために『世界の秩序』の世界を破壊する。
 1:森と共に服を探す
 
※性別が女性に固定されました。
※誰かがつけた名前『リヴェイラ』を必要もない限りは名乗りません。


65 : 大切なのはゲームのやり方 ◆TOKIO1KOVQ :2014/02/24(月) 22:03:36 YlikXrAg0
以上で投下終了です。
大きな誤字脱字が有りましたらご連絡下さい


66 : 名無しさん :2014/02/24(月) 22:28:00 24KbuhUk0
投下乙です。
彼の父親がワールドオーダーと旧知の仲だったとは…
やたらとお盛んのドンにちょっと笑うw
それにしても最初の死者が船坂になるとは予想外だったな


67 : ◆TOKIO1KOVQ :2014/02/25(火) 00:45:26 AGTFf1s20
なんか面倒なんで破棄します。
適当に処理して下さい。
お目汚し失礼しました。


68 : ◆lylJLXDS.6 :2014/02/25(火) 03:52:09 uQqaFlzs0
投下します


69 : 縁起 ◆lylJLXDS.6 :2014/02/25(火) 03:53:13 uQqaFlzs0
進退窮まったか。
彼は自らの失敗を悟った。

立てず、動けず、地に倒れ伏し、ただ死を待つのみ。
この殺し合いが始まって間も無く、彼はたった一人で死と直面していた。

(闇雲に動き回った結果が、これか)

倒れ伏した床は硬く、そして冷たかった。徐々に体温を奪われていく感触が近づいてくる死を連想させた。じんわりと広がる冷たさが気持ち悪かった。
更に少し視線を上げれば、そこには彼の“同類”たちの朽ち果てた姿がある。
潰されたもの、切り裂かれたもの、粉々に砕かれたもの……ゴミとして山のように放置される死体群を彼は沈痛な面持ちで眺めた。 そこには死者への敬意など一切感じられず、ただ暴力的な蹂躙の跡があった。
もう少しで自分も彼らの仲間入りなのだ。そう思うと気が気でなかった。

しかし恐怖に震えることさえ今の彼にはできなかった。それほどまでに、彼の身体は消耗していたのだ。
これもある意味では彼の自業自得だった。自分が特殊なエネルギーを必要とすること、そして決して燃費のよい身体ではないこと、そのことを彼自身しっかりと把握していたのだから。

(やっちまったなぁ……)

諦観と後悔が入り混じった思いが彼を貫く。
殺し合いが始まってからまだ十分と経っていないし、彼はまだ誰とも会っていない。
ただただ初手を誤ったがゆえに、こうもどうしようもない状況に追い込まれてしまったのだ。

何時もの自分ならばこんな間抜けなミスは犯さなかったように思う。
殺し合いに巻き込まれたことへの戸惑いから、冷静な判断力を失ってしまったのだろうか。
何にせよ、もはや自分の力ではどうしようもないところまで来てしまった。それは揺るぎない事実であり、どうしようもない現実でもあった。

つう、と彼の身体から雫が垂れ落ちた。
それは汗、でもなければ、涙、でもなかった。


70 : 縁起 ◆lylJLXDS.6 :2014/02/25(火) 03:53:56 uQqaFlzs0
「何ですの? 何で私は……!」

不意に、響いた声があった。
半ば意識を失いかけていた彼は、そこではっと覚醒し、目を凝らした。すると薄暗い部屋の中へ、かつんかつんと慌ただしく靴音を立て駆け込んでくる一人の少女が見えた。

うつくしい少女であった。
端正な顔立ちもさることながら、すらりとした長身に、無駄な肉のついていない洗練された体形は、上品な服装も合間ってまるで彫刻のようであった。
そして何より目を引くのはその髪だ。きらびやかな黄金色をしたその髪は、歩くたびに軽く揺れ、薄暗い闇の中にあってもつやつやと輝いた。

「うっ……う、うぅ……」

しかしそんな少女は、何やらひどく逼迫した様子だった。額には玉のような汗が滲み、走ってきたのか肩で息をしている。
はぁ、はぁ、と吐息を漏らしつつ、その場にへたり込んだ。

少女は、倒れ伏す彼には気づかないでいる。
そびえ立つ“同類”たちの死体の山の下、彼女は恐怖に震えているようであった。

(声をかけるべきか……)

彼は少女をじっと見つめながら、取るべき道を考えていた。
自分一人ではもはやどうしようもない。しかし、他人の力を借りられるのならば話は別だ。
ならば迷わず助けを求めるべきーーなのだが、

(これで失敗したら今度こそどうしようもねえ……死ぬだけだ)

彼はしかし、慎重に事を進めようとしていた。
助けを求めたところで、彼女がそれに応えてくれるとは限らない。今の自分は死にかけだ。そんな時に自分の位置を知らせるなど、場合によってはトドメを刺されいくようなものだ。

(ただの女の子ならいざ知らず、あんなもん持ってんじゃあなあ)

少女は手ぶらではなかった。一方の手では支給されたバッグを握りしめており、もう一方の手にはーー黒光りする拳銃があった。
銃口からは消炎の煙が漏れ出している。本物であることは火を見るまでもなく明らかであった。


71 : 縁起 ◆lylJLXDS.6 :2014/02/25(火) 03:55:27 uQqaFlzs0

急いた結果がこれ、なのだ。少女が危険な人物でないと判断できるまで口を噤んでいようと彼は思っていた。
が、

「はぁ……はぁ……どこか隠れる場所はありませんの? それこそ、トイレのような……」

少女がおもむろに歩き始めた途端、そうも言っていられなくなった。
何故ならばその歩みはまっすぐと彼の身体へと向かっており、踏み潰されることが容易に予見できてしまったからだ。
そうなればーー自分は死ぬだろう。

(ええい、ままよ……!)

こうなってしまっては選べる道は一つしかない。
彼は意を決し口を開いた。

『お嬢ちゃん、ちょっと助けてくれないか?』

そんな覚悟の上告げられた言葉は、

「は?」

そんな短い言葉で応えられた。
少女の麗しい唇が、あんぐりと大きく開かれる。
そこには突然声をかけられたことへの恐怖もなく、倒れ伏す彼への心配もなく、ましてや死に体の彼への敵意などもなくーー意味が分からない、ただただそんな思いがあるようだった。

(ま、そりゃそうだよな)

困惑に揺れる少女の瞳を見上げ彼は苦笑した。
彼の名はペットボトル。ポリエチレンテレフタラートーー通称PETを原材料とする容器である。
その照り光る半透明なボディは、廃棄処理場の埃かぶった他のゴミとは一線を画す輝きを誇っていた。





「つまり、貴方。つくもがみ? という奴ですの?」
『さぁどうだろうなぁ、そんな大層なものじゃねえ気もするが、そこんとこはさっぱり分からねえ』


72 : 縁起 ◆lylJLXDS.6 :2014/02/25(火) 03:56:14 uQqaFlzs0
彼、ペットボトルはそうして少女と会話するに至った。
座り込んだ少女ーー白雲彩華というらしいーーはペットボトルの話に耳を傾けていた。

『いやぁ、助かったぜ。俺は容器ん中の液体を原動力に動くからよ。誰が来てくれなきゃのたれ死ぬところだった』

ペットボトルは彼女の手に抱えられる形で、彩華と向き合っている。
彼女が動く度、彼の中に僅かに残った水がぴちゃぴちゃと音を立てた。

「はぁ……もう何でもありですわね」

絢華はぽつりと漏らした。
思いのほか取り乱していないのは、常識外のことが立て続けに起こったことで感覚が麻痺したからか。
それかバカバカしくなったのかもしれない。喋るペットボトルなど、悪い冗談にも程がある。自分でもそう思う。
彩華ははぁと溜息を吐いた。そして頭を抱え、

「ああもう……何て阿呆らしい。これが夢なら最低の、いえ最低より更に低い、突き抜けた悪夢ですわ」
『俺もそー思うぜえ、お嬢ちゃん。でも現実なんだよなぁ』
「分かっていますわ。だからこそ頭が痛いんですの……」

その様子を見てペットボトルはひひひっ、と意地悪く笑う。
何にせよ協力者が得られたようだ。彼女に敵意がないのは明らかであるし、その点は安心していいだろう。
とはいえ、聞かねばならんこともある。

『でさ、お嬢ちゃん。その銃は何だ?』

声色を落としてペットボトルは尋ねる。
彼女に拾われる、のはいいが、それだけは確かめておきたかった。

「え……これは、その」
『言い直すか。お嬢ちゃん、誰を撃った』

そう追求すると、彩華はうっ、と言葉を詰まらせた。
ペットボトルは無言で返事を待つ。から、とどこかで同類の山が崩れるのが見えた。

「か、関係ないですわ! 貴方には……無害のようですから持っていってあげますが、私と貴方は別に対等の関係ではなくってよ」
『そーかい、そーかい。なら言わなくていいさ』
「へ?」

あっさりと引き下がったペットボトルに拍子抜けしたのか、彩華は変な声を漏らした。
追求されることを覚悟していたのか、それか追求されたがっていたのかもしれない。罪は喋れば楽になる。
ペットボトルはしかし、それ以上聞く気はなかった。
言いたくないことを聞く気にはならないし、懺悔を聞くほど暇でもない。
ただ、敢えて一言告げるならば、


73 : 縁起 ◆lylJLXDS.6 :2014/02/25(火) 03:57:27 uQqaFlzs0
『お嬢ちゃん、物事には縁起ってのがあると覚えときな。いいことをしたら巡り巡っていいことご返ってくるし、逆もまたしかりだ。因果があるのさ』
「ぺ、ペットボトルに説教されたくないですわ」
『ひひひ、すまんね』

そこで会話が途切れた。
彩華は息を吐き、すっと立ち上がる。
その様には安堵が滲んでいたーーー

「馬鹿め! 俺から逃げられると思ったか!」

ーーその安堵を吹き飛ばしたのは、嵐のような叫び声だった。
甲高い金属音が響く。と、同時に鉄が軋む厭な音がした。

見ればそこには、扉を跳ね飛ばす一人の騎士が居た。艶のない漆黒の鎧がガチャガチャを音を立てる。

(おいおいマジかよ……)

ペットボトルは呆然とその姿を見つめた。
あの騎士はつまり、その、手に持った大剣を振るい、処理場の鈍重な扉を跳ね飛ばしたーーということらしい。恐るべきはその膂力であり、威圧感だ。鎧の奥から禍々しさが滲み出るようであった。

何だこの騎士様は。時代錯誤にも程があるだろう。
彼の困惑を他所に記事は悠然と歩いてくる。そしてまっすぐとその大剣を彩華に向け、

「いきなり俺を撃つとはな。卑怯な奴だ。俺を侮辱した罪、貴様もろとも叩き切ってくれるわ!」

そう声高に叫びを上げた。
彩華はひっと声を上げた。恐怖に竦み足元をわなわなと揺らしている。
手から伝わってくるその震えから、ペットボトルは事情を察した。

「そうよ、撃ったわ……でも、仕方ないじゃありませんの! わた、私だって怖かったんですもの!」

彩華は泣くように言った。
それは騎士への反駁というより、自分への言い訳のように、ペットボトルには聞こえた。
その声を騎士は「知らん」と切り捨て大剣を構えた。


74 : 縁起 ◆lylJLXDS.6 :2014/02/25(火) 03:58:19 uQqaFlzs0
彩華は動かない。動けないのだ。
巡り巡ってやってきた因果に、彼女は足を竦ませている。

『お嬢ちゃん、右だ!』

気づけばペットボトルは叫んでいた。
騎士は突然響いた声に戸惑ったのか、きょろきょろと辺りを見回している。
そこで彩華ははっと顔を上げ、駆け出した。

『次は左! そのまままっすぐ!』

ペットボトルの声に従い彼女は走り続ける。そのまま彼はゴミの山から山へと上手く影に隠れるように誘導した。
はっはっ、と彼女の激しく息が乱れているのが分かった。びちゃびちゃとペットボトルの体内が音を立てる。その激しい揺れは、彼女の狂乱を示しているように彼には思えた。
それでも彼女は足を止めない。止めれば次の瞬間には死が待っていると知っているから。

「なん……で、貴方、道、知っているんですの?」
『言ったろ闇雲に動いちまったって。そのせいで少しだけならこの処理場の構造も分かる』

とはいえこの逃走も悪あがきに過ぎない。
ペットボトルが自力で探索できた範囲などたかが知れているし、彩華の体力だって遠からず尽きるだろう。
何より、

「逃げられると思ったか!」

敵が規格外だ。
すと、と音を立て騎士が彩華の前に降り立った。
あの常識はずれの騎士は、見た目だけでなく身体までも現実離れしているのか、跳躍一つで彩華は追いつかれてしまった。

眼前に騎士が迫る。背を向けて逃げることなどできないだろう。
そんなことをすれば、すぐさま彩華の首が飛ぶ。ああ、とが細い吐息がキャップにかかった。

「ここまでだな、女。遺したい言葉があるなら聞いてやろう」

騎士が余裕を滲ませ言った。その大剣はまっすぐに彩華へと向けられている。その錆びた刀身が鈍く光った。その気になれば一瞬で彼女を斬り伏せるだろう。

迫る死を前にして、彩華は、

「やっぱり、貴方の言うとおりでしたわ……」

顔をうつむかせ、そう漏らした。
その瞳を赤く腫らしながら。


75 : 縁起 ◆lylJLXDS.6 :2014/02/25(火) 03:59:02 uQqaFlzs0




「縁起ってあるのね……いいことをすればいいことが、悪いことをすれば悪いことが……返ってくる」

それは、ついさきほどペットボトルが教えた言葉だった。
彼女がやったことーー騎士への発砲は、こんな形で返ってきた。
彩華は痛切な表情は、それを自分の罪と認めていることを示していた。
騎士は動かない。遺したい言葉とやらを聞くつもりらしい。それで騎士道をやってるつもりなのだろう。

だから彩華の言葉を聞いた。
だがそれがあんな騎士などへ向けられたものでないことを、ペットボトルは知っていた。

『お嬢ちゃんさ、最期に頼み聞いてくんない?』

そこでペットボトルは口を開いた。

「え?」
『アンタ、ヤバイっぽいしさ。だったら一蓮托生の俺も最期じゃん? だったら一つ聞いて欲しいことがあるっていうか……』
「一蓮托生って……貴方は別に」
『いいから聞けって』

そのやり取りを騎士は困惑したように見ていた。
突然どこからともなく響いてきた声に戸惑っているのだろう。何が起こっているのか分からない、といった様子だ。彩華の時と違ってこちらから説明していないのだから当然だ。
それを横目にペットボトルは告げた。

『俺をさ、飲んでくんない?』

え? と目を見開く彩華はペットボトルは見上げる。
僅かに残った水がちゃぷ、と音を立てた。


76 : 縁起 ◆lylJLXDS.6 :2014/02/25(火) 03:59:39 uQqaFlzs0

『俺はさ、見ての通りペットボトルだけど、実は飲まれたことねえんだ。買われた時から猫除けでさぁ、信じられるか? 新品の天然水をだぞ? 飲まねえ癖に冗談半分にジュースとかアルコールとか入れやがって。だから嫌いになるんだよ。飲むためじゃなく、遊ぶ為に入れられるんだから。猫除けはあくまで趣味で、本業は別にあるんだってのに』
「…………」
『だからなのかわかんねえが、意識を持った時に最初に思ったことは、誰かに飲まれたい、だった。口をつけてごくんごくん、とな。それがモノである俺としては正しい在り方って気がするしな』

でさ、とペットボトルは続けて、

『最期に俺を飲んで欲しい。んで潰してくれ。そしたら俺は満足して逝ける。別にさ、いいんだ、死んだって。元からイノチなんてないもんなんだからよ、そうやって役目を終えるのがいいんだ』
「……それ、私じゃなくてもいいじゃありませんこと」
『アンタがいいんだよ。少なくともあんな訳わからん騎士様よか、アンタみたいな可愛い娘のがいいに決まってる。ほらーーいいことすると思ってさ』

一瞬の間を置いて、彩華は笑った。ぎこちない、しかし綺麗な微笑みだった。
ペットボトルの身勝手な言葉をどう受け取ったのか、彩華は彼を口につけた。

『おっ、飲んでくれるか。ありがとな。じゃ、最期に言っとくぜ。アンタ別に悪くねえよ、女の子が突然殺し合いに巻きこまれたら、そりゃ錯乱の一つもするさ』

ごくん。

『だから悪い縁なんてないのさ。寧ろ騎士っぽいカッコの癖してそのくらいの機微も理解できねえアイツがワリィ』

ごくん。

『だから、まぁ、罪と思う必要はないんじゃねえのーーひひひっ』

ごっくん。





77 : 縁起 ◆lylJLXDS.6 :2014/02/25(火) 04:00:26 uQqaFlzs0


そうして彩華が彼の水を嚥下し終えた時、それは始まった。
ペットボトルは気づいた。自らの体の奥底から湧いて出てくる、異様な力の奔流に。

何だこれはーー彼自身、何が起こっているのか理解できなかった。
ちら、と彼女を見上げる。彼女はきょとんした顔でペットボトルを見つめていた。
何だ、今、絢華は何をした。
何がなんだか分からない。分からないが、ただーー

力が湧いてくる。

ーーそれだけは確かだった。

(おかしいだろ。俺の力は中に入ってる水の総量に比例する筈じゃ……)

今の自分には僅かな水も残っていない。ほんの少しだけ入っていた水も彩華に飲み干された筈ーー

(いや、ちげえ。アレがある)

今のペットボトルに残された力(水)。
それは唾液だ。彩華の、今までで唯一自分を飲んでくれた彼女が残した、本当に本当に僅かな水。
初めて手に入れたそれが、こんなにも高エネルギーだというのか。まさか、聖水でもあるまいにーー

「姿を見せぬ声など不快な……後で叩き切ってくれる! だがまずは貴様だ」

その時騎士が動いた。
大剣構え、彩華の身を斬り裂かんと迫る。
それを見たとき、ペットボトルの中で何かが弾けた。

ぴちゃ。

それは小さな音だった。本当に本当に小さな、注意深く耳を傾けなければ拾えないような、ちっぽけな音。

だが、人を殺すにはそれで十分だった。
その音は騎士ーー暗黒騎士の兜の向こう、決して余人に見せたことない頭部から響いていた。
ペットボトルの念動力が、彼を、彼の脳内の血流をほんの少しだけ乱した。

結果ーー

「なに、をーー」

ーーぱぁんと豪快な音を立て、彼の頭は飛び散った。
赤い赤い鮮血が飛び散る。誰も見た事がないその素顔は、そうして永遠に失われたのだった。

『身体の強さだけを追い求めるのが騎士じゃねえんだよ、少なくともアンタみてえな強え奴が、か弱いお嬢様の暴走さえ許せないのは、悪いことだ。騎士なら道徳も知っとくんだったな』

悪いことをしたら、悪いことが返ってくる。
当然だが、これが案外忘れやすい。


78 : 縁起 ◆lylJLXDS.6 :2014/02/25(火) 04:01:07 uQqaFlzs0




つくもがみとは、元々感謝の気持ちから生まれたものだという。
モノを大切にずっと使っていたい。それはきっとありがたいことだからーーそんな思いが日本古来のアニミズムと結びつき、この摩訶不思議で何とも温かい信仰は生まれたのだ。

自分がつくもがみかどうかは分からない。
しかし、もしそうだとすれば、彼もまた感謝の気持ちから生まれたものということになる。
だから、彼のつくもがみとしての力ーー念動力と彼が表現していたそれは、人々のペットボトルへの感謝の現れだったのかもしれない。

ペットボトルのカタチーーそれは飲まれることを第一に造られた。
故に彼に込められた感謝は、それはきっと「飲む」ことに由来しているのだろう。
だが幸か不幸か、自分はそれを知らなかった。飲まれることを、飲まれることへの感謝の気持ちを。

それを今、初めて知った。
この殺し合いの場で、白雲彩華という少女に飲まれーー初めて彼は正しく「使われ」たのだ。
それが、つくもがみとしての力を最大限まで引き出すキーとなった。
だから、あの唾液はある意味聖水のようなものだったのかもしれない。あの水により自分は穢れを祓い、モノとしての真なるカタチを取り戻した。
あれがきっかけとなって、初めて感謝を知り、爆発的な力を得たのだ。
「何が、あったんですの?」

彩華が呆然と呟く。
ペットボトルは今浮かんだ仮説を告げるべきかと思ったが、

(いや)

もっと的確な言葉があると気づき、そちらを口にすることにした。
恐らく、あんな精密操作はもう二度は使えないだろう。何故ならあれは言うなれば……

「奇跡、だ。決まってんだろ」

【暗黒騎士 死亡】


79 : 縁起 ◆lylJLXDS.6 :2014/02/25(火) 04:02:05 uQqaFlzs0
【F-10 廃棄処理場/深夜】

【白雲彩華】
状態:健康
装備:ニューナンブM60
道具:基本支給品一式、ランダムアイテム3〜5
[思考・状況]
基本思考:
1:クラスメイトを捜す

【ペットボトル】
状態:健康
装備:水(0%)
道具:なし(白雲彩華に預けている)
[思考・状況]
0:白雲彩華を守る

【ニューナンブM60】
S&WのM36を参考にして製造されたとされる日本の警察官が正式採用している拳銃。
口径は38口径 銃身の長さは77mmであり、弾薬は.38スペシャル弾を使用し装弾数は5発。
民間向け販売や輸出はされておらず、性能や価格などは機密とされており不明である。


80 : 名無しさん :2014/02/25(火) 04:03:16 uQqaFlzs0
投下終了です


81 : 名無しさん :2014/02/25(火) 04:16:54 YdXkfoos0
投下乙です。
まさかの完全リメイクは予想していなかったwwwww


82 : ◆EpYl4g9bvg :2014/02/25(火) 13:57:15 YdXkfoos0
茜ヶ久保一、スケアクロウ、麻生時音
投下します


83 : Dirty Deeds Done Dirt Cheap ◆EpYl4g9bvg :2014/02/25(火) 14:00:20 YdXkfoos0



『槙島、お前相変わらず何やっても駄目だな』
『「すいません」とか「申し訳ございません」とかいつも言ってるけどさぁ、全く進歩してないよな?』
『本当に反省してんのか?そんなんだからずっと業績最下位なんだよ、お前』

―――五月蝿ェな、畜生。俺は精一杯頑張ってんだよ。上司といい同僚といい、それが解んねえのかよ?

脳髄の中を過去の映像が鮮烈に過る。
俺の身体が宙を舞う中で、あの頃の記憶が走馬灯の如く蘇ってくる。
あぁ、何でだよ。何でだ畜生。結局俺は負け犬なのかよ。

『槙島幹也さん?お宅に借した借金、随分と返済が滞ってますよね?』
『まだ返せない?…槙島さん、貴方は自分の立場を解っているんですかね』
『我々はいつでも貴方のご自宅へ直接取り立てに伺うことが出来るんですよ?』

―――立場?取り立て?この闇金のクズ共が。ちょっと金を借りたくらいだろ、無茶苦茶な条件付けやがって。

あの頃の俺は本当に無様だった。
心の中で愚痴ばかりを零してる癖して、結局は相手の顔色伺うことしか出来ない。
社会に不満を感じているのに胸の内で吐き出すことしかやれない。
だが、今は違う。俺は変わった。変われたんだ。
あの時俺を救ってくれた『案山子』のおかげで。
俺は、『ヒーロー』になる決意をしたんだ。


84 : Dirty Deeds Done Dirt Cheap ◆EpYl4g9bvg :2014/02/25(火) 14:01:31 YdXkfoos0
◆◆◆◆◆◆


「ぐ、あ………ッ!?」

H-9の市街地に建てられた学校の中庭にて。
宙を舞っていた男の身体がドスリと芝生へと叩き落ちる。
被っていた魔法使いのような帽子が転がり落ちるも、倒れ込みながら必死に片手でそれを回収する。

「その身なり…もしかして、噂の『案山子』か?」
「はぁーッ…、くっ、が…ァ……」
「どんなものかと思って蓋を開けてみれば、ただのチンピラだな」

這いつくばる男にゆっくりと歩み寄るのは黒衣を身に纏った青年。
黒い装いとは対照的に病的なまでに白い肌が特徴的だ。
そして左右でそれぞれ色彩が違う瞳が男を冷徹に見下ろしている。
青年の名は茜ヶ久保一。秘密結社『悪党商会』の一員。
そして数々の一般人や正義のヒーローを虐殺してきた『生粋の悪』。始まりは彼の襲撃だった。
茜ヶ久保はワールドオーダーが語る『革命』を叩き潰すべく、悪党商会の手で会場を掌握しようと考えたのだ。
しかし、その方法は過激極まりない物だった。
全ての参加者を殺戮し、『人間の可能性』を踏み躙ってから主催者を引きずり出す。
それこそが茜ヶ久保の方針であり、校舎内を散策しようとしていた名も知らぬ男を襲撃した理由でもあった。

「畜、生ッ……テメェ…案山子を侮辱すんじゃねェッ…!」

そして這いつくばる男の容姿は茜ヶ久保以上に奇抜なものだった。
厚手のトレンチコートを身に纏い、麻袋で作ったかの様な粗い素材の覆面を被っている。
その覆面には、不気味な『案山子』のような顔が描かれていた。
覆面の下から何度も荒い息を吐き、両手を地面に突きながら声を上げる。
余裕綽々と言った態度の茜ヶ久保とはまるで対照的な姿だ。
茜ヶ久保から『案山子』と称されたこの男。しかし、それは誤解だった。
それもそのはず、彼の名は『案山子』ではなく。


「俺はアッ!『スケアクロウ』だアアァァァァーーーーーッ!!!!」


我武者らに立ち上がった覆面の男―――彼が自称するその名は『スケアクロウ』。本名、槙島幹也。
彼は手元に落としていた支給品の手斧を握り締め、茜ヶ久保目掛けて飛びかかる。
スケアクロウはまるで死狂いの如く雄叫びを挙げる。
右手でがっちりと握り締めた手斧をやけくそに振るい、力任せに彼を切り裂かんとした。


85 : Dirty Deeds Done Dirt Cheap ◆EpYl4g9bvg :2014/02/25(火) 14:02:07 YdXkfoos0

「そうか。ま、誰だっていい」

だが、その攻撃すらも容易く対処される。
弾き飛ばされる様な『衝撃』と共に、スケアクロウの身体が再び吹き飛ばされた。
斧に切り裂かれるよりも先に強力な超能力―――所謂『念動力』の類いを纏った蹴りを叩き込んだのだ。
そのままスケアクロウはなす術も無く無様に転がりながら校舎の壁に叩き付けられる。

「俺は、俺のやり方でやらせてもらうだけだ。悪党商会としてのやり方でな」

地面に横たわり、荒く乱れた息を何度も吐き出すスケアクロウを茜ヶ久保は冷淡な眼差しで見据える。
本来の悪党商会の目的とは『正義と悪の居場所を設けること』であるが、彼はそのことを知らない。
故に茜ヶ久保は何処までも冷酷に振る舞う。悪党商会幹部『悪の最終兵器』として。

「ちく…しょう、が……」
「死ね、虫ケラ」

すっと前に突き出された右腕が踞るスケアクロウに向けられる。
愉悦の笑みと侮蔑の視線を見せながら、茜ヶ久保の右掌に念動力が収束していく。
これが放たれれば、スケアクロウの身体を圧し潰すことなど容易く行われるだろう。

そう、彼の命は一瞬で失われる。

茜ヶ久保は右掌の中で念動力を球状に象る。
そのまま、スケアクロウ目掛け『それ』を放たんとした―――



「わあああぁぁぁーーーーーーーーッ!!!!!」



どこからともなく響き渡ったのは少女の雄叫び。

その直後、声が聞こえた方向から複数の弾丸が勢い良く放たれる。

飛来する弾丸の幾つかが茜ヶ久保の身体に着弾した。


86 : Dirty Deeds Done Dirt Cheap ◆EpYl4g9bvg :2014/02/25(火) 14:02:42 YdXkfoos0
◆◆◆◆◆◆


時を少し巻き戻す。

(…殺し合い、かぁ…)

学校の1F、下駄箱置き場の傍で座り込む一人の参加者。
長い黒髪が目を引く少女。ブレザーを着込んでいる通り、まだ17歳の高校生に過ぎない。
彼女の名は麻生時音。容姿端麗、文武両道の優等生。
通っていた高校でも生徒の憧れの的となっていた模範的な少女だ。
尤も、それは表の顔であり素はもっと腹黒い性格なのだが。

(あたしに、殺し合いなんて…出来んのかな…)

座り込みながらも片手に握り締めているのは一丁の拳銃。
コルト・ガバメント。1911年にアメリカ陸軍に採用され、現役を引退した今でも傑作と呼ばれている自動拳銃だ。
「突然襲われた時の為に」という理屈でこの拳銃を手に持っていたのだ。

(…怖いなぁ…。死にたくないし…殺したくもないよ…)

しかし、彼女は未だにこのゲームに置ける方針を決められていなかった。
殺し合いをしなきゃ生き残れない。たった一人しか生還出来ないデス・ゲームなのだから。
だけど―――はっきり言って、人殺しなんてしたくない。ゲームには乗りたくない。
同じ高校の子達の名前も名簿で見かけたのだ。自分が生きる為だけに見知った同級生達みんなを殺すなんて、絶対に嫌だ。

(どうしよう…)

故に彼女はただこうしてその場で踞っていることしか出来ない。
どれだけ学業に優れようと、どれだけ気が強かろうと、彼女はあくまで一介の女子高生に過ぎない。
『殺し合い』という現実への恐怖に耐えられる程彼女は強くなかった。

ただ踞ることしか出来ない時音。
彼女が行動を促される時がやってくるまで然程時間は掛からなかった。

(……? 人の…声?)

座り込んでいた彼女の耳に入ったのは叫び声のようなもの。
耳を澄ませて聞いてみると、男の声のようだ。
誰か人がいるのだろうか…いや、いる。
不安感を抱きながらも、彼女は声の聞こえる方向で何が起こったのかが気になった。

(殺し合いに乗ってるような奴がいるかもしれない)

無論、彼女の心中には躊躇いもあった。
しかし、こんな所で座り込み続けても何も始まらないということも理解していた。
それ故に彼女は他の参加者との接触の機会を逃したくはなかったのだ。
もしもの時はこの拳銃だってあるし、危なかったらそそくさと逃げればいい。
体育の授業でも活躍してるあたしの運動神経が有れば、それくらい容易い。…たぶん。


(こんな所で待ってたって仕方ないな…よし、行ってみよう。あたし、気合い出せ!)


立ち上がった時音は、声が聞こえた方向へ赴くことを決意した。


87 : Dirty Deeds Done Dirt Cheap ◆EpYl4g9bvg :2014/02/25(火) 14:03:22 YdXkfoos0
◆◆◆◆◆◆


そして、時は再び現在へ。


「はぁーっ…はぁーーッ…!」


時音が赴いた中庭で発見したもの。
それは黒尽くめの男が踞っている男を叩きのめしている現場。
踞っているトレンチコートの人の方は今にも黒尽くめの方に殺されそうだった。
彼女は離れた壁際でその様子を覗き込んでいた。
『今まさに目の前で殺し合いが起こっている』という現実への恐怖が勝り、動くことなんて出来なかった。
しかし、黒尽くめの方が何かトドメを刺そうとしている様な素振りをしていることにも気付いた。

故に時音は黒尽くめの男―――茜ヶ久保を止めるべく、やけくそに拳銃から発砲したのだ。

普段は猫を被っている時音と言えど、このまま殺人現場を何食わぬ顔で見過ごせる程に冷淡ではない。
一抹の恐怖を振り絞って引かれた引き金から放たれた弾丸のうち2発が茜ヶ久保の脇腹、左肩に着弾した。

「チッ、新手か」
「その人から離れろ!…ま、まだ弾はある!また撃つわよ!」

体勢を崩し、脇腹を抑える茜ヶ久保。
左肩、左脇腹から出血をしながらキッと時音を睨む。
対する時音の表情は、不安と焦燥に塗れている。それどころか銃を握り締める両手が震えてさえいる。
だが、鋭く睨む様な視線は確かに茜ヶ久保を捉えていた。

直後に動き出したのは茜ヶ久保だ。
彼は時音を尻目に見ながら、すぐさまその場から走り去る。
状況が変わった上に、負傷までしてしまった。それ故に彼は撤退を選んだのだ。
深追いが裏目に出て重傷を負い、鵜院に回収される―――そんなことを何度も経験しているからだ。
それ故に彼は冷静に頭を回転させ、逃走を選んだのだ。


88 : Dirty Deeds Done Dirt Cheap ◆EpYl4g9bvg :2014/02/25(火) 14:04:09 YdXkfoos0

呆然と銃を握り締めていた時音。
カタカタと両手を振るわせながら、去っていく茜ヶ久保を見つめていた。
ほんの僅かな沈黙の後、彼女はハッとしたように踞っている男性の方を向く。

「…!え、えっと…大丈夫!?…ですか?」

時音は黒尽くめの男に叩きのめされたスケアクロウの方へと走って近寄る。
当のスケアクロウは、踞りながら荒い息を整える近付いてくる時音の方へと顔を向けている。
そのままよろよろと立ち上がるスケアクロウの傍で時音が立ち上がった。

「お嬢ちゃん…俺を…助けてくれたのか?」
「は、はい。何ていうか…殆ど衝動的に、でしたけど…」

そう、時音はスケアクロウの命を助けたのだ。
彼女がいなければ、彼はあのまま黒尽くめの男の超能力に粉砕されていただろう。
ぽかんとしたように声を上げるスケアクロウを、時音はゆっくりと見上げた。


(…覆面?)


時音はその時になってようやく気付いた。
スケアクロウの顔を覆う奇怪な覆面に。
夜の薄暗さ故に遠目からではよく見えなかったが、この距離からははっきりと見える。


89 : Dirty Deeds Done Dirt Cheap ◆EpYl4g9bvg :2014/02/25(火) 14:04:52 YdXkfoos0


(この覆面の顔、見たことある…)


そう、彼女は覆面に描かれた顔に心当たりがあった。
遠い昔、幼稚園の頃だったか。絵本か何かで読んだことがある。
台風で家が吹き飛ばされて…魔法の国?みたいな所に飛ばされる話。
あれに出てくる登場人物。それにそっくりなのだ。


(そうだ、あれだ…『オズの魔法使い』とかいうの)


彼女は暫しの思考の後、漸くそれを思い出した。

この覆面に描かれた顔は『オズの魔法使い』の登場人物に似ている。

そう、頭の中に藁が詰まっている。

『案山子“スケアクロウ”』に似てい―――――




グシャリ。




似てい。



似て。



いる――――?



(えっ?)


唖然とした様な思考を浮かべる時音。
頭部に感じる熱すぎる感触。
何が起こっているのか理解出来なかった。
自分の身体が、ゆっくりと横倒しになって崩れ落ちているのだ。


(え?…なん、で?)


漸く異変に気付いた時にはもう遅い。
自分の頭部の左側に、手斧が叩き込まれていたのだ。
大量の血液を流しながら、時音は壊れた人形の様に転倒し。
わけが解らぬまま、その意識を闇の中へと落とした。


90 : Dirty Deeds Done Dirt Cheap ◆EpYl4g9bvg :2014/02/25(火) 14:05:34 YdXkfoos0
◆◆◆◆◆◆


「畜生ッ!!」

少女の遺体に何度も蹴りが叩き込まれる。

「畜生ッ!!!」

何度も何度も、憂さ晴らしの如くその身を嬲っていく。


「畜ッ生がアアアアァァァァァァッ!!!!」


狂気を孕んだ叫びと共に、『スケアクロウ』は麻生時音の死体を蹴り飛ばした。
何度も息を荒らげ、動かぬ人形の如く転がる時音の死体を流し見た直後に深呼吸をする。

(…初めて人を、殺しちまった)

スケアクロウは再認識する。そう、これは彼にとって初めての殺人だった。

(だが、案外なんてことはねえ…へはッ)

だが不思議と恐怖や罪悪感は沸き上がらない。
それどころか勇気が沸き上がってくる。
自分も案山子の様に誰かに手を下せたという事実が、どうしようもなく愉快だった。

「ああァァァーーーーッ、スッキリしたぜェ!畜生あの黒尽くめ、今度会ったら絶対ェ殺す…!!」

彼が時音を殺害した理由。
それは一言でいえば『ムカついていたから』だった。
彼は思う。自分は正義だ。案山子によって救われたのだ。
自らをリンチにしようとした借金取り共を余すこと無く全員殺してくれた。
『槙島幹也』が『スケアクロウ』になれたきっかけは、偏にあの案山子のおかげだ――そう考えていた。

しかし、このゲームの開始早々あの黒尽くめの男に散々嬲られた。
『悪』に対して手も足も出なかった。

そのことがどうしようもなく苛立たしかったのだ。
黒尽くめの男の見下す様な目つきがとにかく気に入らなかった。
かつて自分を無能扱いして見下していた上司も。
自分を意にも介さず冷遇していた同僚共も。
自分を淡々と追い詰め続けた借金取りや闇金共も。

槙島幹也のことを、あんな冷ややかな眼で見ていた。


「へぇははははははははははッ!!!!」


故に彼は目の前に現れたか弱い少女で苛立ちを発散させたのだ。
中々の上玉だったが故に一撃で殺したのは口惜しくは思うが、彼に取っては些事に過ぎない。
あんな弱者はどうせ犯罪者に食われて遅かれ早かれ死んでいただろう。
死期が早まっただけの話だ。自分は悪くない。
それに、『正義』は生き残るべき存在。しかしこの殺し合いはたった一人しか生き残れないデスゲーム。
つまり『正義の生還を妨げる他の参加者達』こそが悪なのだ。彼らを殺した所で何の罪がある?
正義の執行に罪などない。自分こそが正義なのだから。


「俺はスケアクロウだ!俺こそが正義だ!逆らう奴は全員ブッ殺す!!」


スケアクロウ。断罪者『案山子』に救われた男の成れの果て。
社会への苛立ちを正義の名の下、『暴力』という形で発散させている狂人だった。
彼は手斧を握り締め、狂喜を見せる。
自らこそが正義の使者であると『怪物』は嗤い続けた。


【麻生時音 死亡】


91 : Dirty Deeds Done Dirt Cheap ◆EpYl4g9bvg :2014/02/25(火) 14:06:08 YdXkfoos0
【H-9 学校/深夜】
【スケアクロウ】
[状態]:高揚、疲労(中)、全身の至る所に打撲(中)、肋骨にヒビ
[装備]:手斧、コルト・ガバメント(0/8)
[道具]:ランダムアイテム1〜2(確認済)、予備弾倉×2、麻生時音のランダムアイテム1〜2、基本支給品一式×2
[思考]
基本行動方針:正義執行。悪を殲滅し、第二の案山子となる。
1:俺はスケアクロウだ!俺こそが正義だ!
2:正義である自分こそが生き残るべき存在。よって生還の妨げとなる他の参加者(=悪)は全員殺す。
3:勝ち残る為に手段は選ばない。ただし生き残ることが優先であり、時には逃走も視野に入れる。
4:案山子に関しては保留。
[備考]
※名簿には「スケアクロウ(槙島幹也)」として表記されています。
※正義の執行という名目で暴力衝動を発散させています。
※麻生時音の支給品を回収しました。

【茜ヶ久保一】
[状態]:左肩と左脇腹に銃創(出血中)
[装備]:なし
[道具]:ランダムアイテム1〜3(確認済)、基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:悪党商会以外のメンバーを殺し尽くし、『人間の可能性』そのものを叩き潰す。
1:他の参加者を殺戮し、悪党商会の手でゲームを掌握する。
2:最終的にはこのゲームを仕組んだワールドオーダーを徹底的に殺す。
3:スケアクロウと邪魔に入った女(麻生時音)はいつか必ず殺す。
[備考]
※彼が使える超能力は『念動力(サイコキネシス)』の類いです。
他にも超能力が使えるかは後の書き手さんにお任せします。


【手斧】
スケアクロウに支給。
片手で持てるサイズの小型の斧。
柄の長さは40cm程であり、見かけ以上の重量がある。
主に薪割り等に用いられる。
現在はスケアクロウが装備中。

【コルト・ガバメント(0/8)】
麻生時音に予備弾倉×2と共に支給。
.45口径の自動拳銃。使用弾薬は.45ACP弾。
1911年にアメリカ陸軍に制式採用されて以降、半世紀もの間制式銃として活躍し続けた。
強力なストッピングパワーと高い信頼性を持ち、世代交代した現在も根強い人気を誇る。
現在はスケアクロウが装備中。


92 : ◆EpYl4g9bvg :2014/02/25(火) 14:06:33 YdXkfoos0
投下終了です。


93 : 名無しさん :2014/02/25(火) 16:00:44 njFRT7ngO
投下乙
スケアクロウも茜ヶ久保もいい感じにクズだなぁ(褒め言葉)


94 : 名無しさん :2014/02/25(火) 19:24:07 oOu42jhA0
投下乙です。
スケアクロウ……こりゃあ本家に顔向けできないぞお前。あまりのクズっぷりにゾクッとしました


95 : 名無しさん :2014/02/25(火) 21:44:08 8/3.hTp60
キャラメイクの時点ではどっちに転ぶかわからなかったけど、スケアクロウは歪んでしまいましたなぁ


96 : ◆H3bky6/SCY :2014/02/26(水) 22:59:15 KXiCUGPE0
予約してたの投下します


97 : 史上最強の弟子ケンショウ ◆H3bky6/SCY :2014/02/26(水) 23:01:30 KXiCUGPE0

なんだかよくわからない事に巻き込まれたな。
突然放り出された夜中の草原を歩きながら、呑気にも新田拳正はそんなことを考えていた。

ともすれば、状況を認識していないバカに見えるがそうではない。
まあ確かにバカではあるのだが、それでもテロリストに首に爆弾を付けられて殺し合いを強要されているという状況くらいは理解してる
ただ、状況だけでビビるほど、軟な胆力をしていないだけである。

彼は現代に生きる八極拳士である。

男子の本懐として当たり前のように強さに憧れ、
たまたま選んだ道が八極拳であり、
たまたま近所の公園を彷徨う老人と出会い、
たまたま老人がとんでもないレベルの八極拳の達人で、
たまたま行く当てもないという老人を一人暮らしの自宅に住まわせ、その代わりに老人に師事した、
そして極めつけが、その老人がタイムスリップしてきた史上最強と名高い李書文だったという事である。
期せずして彼は史上最強の弟子となったのだった。

命のやり取りというほどのことでもないが、死にかけたことは何度もあるし、ヤクザに刃物を突き付けられたこともある。
何より師匠のほうが彼にとってはよっぽど怖い。

「そういや師匠、大丈夫かなぁ……飯とか」

飯がないと暴れて家を壊されては適わないので、さっさと帰りたいというのが偽らざる本音である。
だがどうすれば帰れるのか、その方法が思い浮かばない。
殺し合いに優勝して帰るというのは選択肢にすら浮かんでいない。

どうしたもんかいのー、と無い頭と共に首をひねる拳正。
偶然その視線の先に、その場に蹲りブツブツと呟く少年を発見した。

「なんなんだよ…………なんなんだよクソ………ッ!
 ……ざけんなよ……せっかく悪魔と………………」

夜の草原に蹲る少年の名は斎藤輝幸という。
悪魔「オセ」と契約し力を得た少年だ。
「オセ」とは契約者を望む姿に変える悪魔である。
厳しい教育により抑圧された輝幸は獣じみた欲求を望んだ。
結果、彼は獣人となる力を得た。

それ以来、彼は変わった。
力は自信へと繋がり、自信は行動を変える。
悪魔のと契約により彼はクラスの日陰者から、支配者へと立身を遂げた。

だが、悪魔との契約の代償として40になればその心臓は徴収される。
26年後というまだ未来に彼は確実な死を得る。
まだ未来の話だし、人によってはそれなりに生きたと言える年齢かもしれない。なにより人間はいつか死ぬ。
だが、それほど達観した価値観を中学生である彼に求めるのは酷というものである。

誰だって中学生にでもなれば一度は死について考える。
だがそんな麻疹のようなものとは違う。
明確に命のゴールラインを切られた彼は同年代の誰よりも本気で死について考え、本気で死に怯えている。
故に、彼は彼は誰よりも死に対して敏感で、誰よりも死に対して臆病だ。
そんな彼が、首に爆弾を付けられ殺し合いの舞台に放り込まれては、生き残ろうとするのは比較的自然な思考と言えるだろう。


98 : 史上最強の弟子ケンショウ ◆H3bky6/SCY :2014/02/26(水) 23:03:51 KXiCUGPE0
「おい」

突然背後から声をかけられ、輝幸の肩がビクンと跳ねた。
声をかけたのは近づいてきた拳正である。
人を見つけたから、とりあえず声をかける。深く考えない男である。

「よう。お前も参加者ってやつだよな?
 お互い変なことに巻き込まれちまったな」

元より他者に対して物怖じしない男である。
年代も近そうな相手という事もあり拳正の警戒心はゼロに近い。
殺し合いという事態を認識しながらのこの行動は、襲われても対応できるという自信の表れか。
あるいは単純に何も考えてないだけなのかもしれない。

対する輝幸は何も答えない。
ただ手先を震わせながら、猜疑と警戒に満ちた目で拳正を見つめている。

「おいおい、別になんもしやしねぇよ。デカい図体して何ビビってんだよ」

そう言って、遠慮なしに輝幸に近づき、バンバンと肩を叩く拳正。
彼なりに怯える元気づけようとした結果なのだが逆効果と言うか、ここまで来ると普通に失礼な奴である。

「触れるなッ!」

輝幸が肩を叩く手を勢いよく振り払った。
オセの力によりクラスの支配者となった輝幸だが、元よりコミュニケーションが苦手な内気な少年である。
余りにも明け透けな拳正の態度は理解できないし、ついていけない。
簡単に言うと、この二人、相性が悪い。

「僕は、僕はな…………っ」

相手の思考は知らない。わからない。
輝幸の中には殺し合いの中で突然現れた他者に対する恐怖しかない。
だから殺される前に殺す。
単純な帰結だった。

「お前みたいなDQNが、一番嫌いなんだよぉおおお!!」

叫ぶ輝幸の筋肉が流動し、その体が膨張する。
体毛が波打つように金色の生え変わり上半身を覆う。
獣化能力。
これが悪魔との契約により彼が得た力である。

「シャァア――――――ッ!」

雄たけびを上げ、金色の獣人は拳正の頭部めがけ五指の爪を振り下ろした。
裏に生きるヒーローたちと違い、怪人などに耐性のない拳正だが、驚くより先に体が動いたのは反射となるまで積んだ功夫の賜物か。
咄嗟に震脚を打ち、大きな弧を描く一撃を横合いから掌底で弾き落とす。
猛虎硬爬山。
倒すというより、ひとまず間を取るための一撃だ。
攻撃をそらされ相手が体勢を崩した隙に、拳正はバックステップで距離を取った。

「……おいおい」

思わず呆れの声が拳正の口から漏れる。
引いた場所から改めて相手を見据えれば、そこにいたのは2メートルを超える体躯を持った金色の獣である。
2メートルを超える大男と喧嘩したことはある拳正にとって体格差はあまり問題ではない。
問題は、両の手足から鋭く伸びる爪。そして何より頭部が人のそれではない。豹である。
流石にこれはない。
しかし、これは悪い冗談でしたとはいかない。現実は非情である。


99 : 史上最強の弟子ケンショウ ◆H3bky6/SCY :2014/02/26(水) 23:06:00 KXiCUGPE0
一旦戦いの口火を切った相手がここで止まるはずもなく、容赦なく襲い来る黄金の獣。
振うその爪一本一本が、半端なナイフよりも鋭い切れ味を持っている。
それが丸太のような豪腕で振るわれるともなれば、まともに食らえば人間など輪切りになること請け合いである。
単純な能力値にはそのくらいの差がある。

だが、それを覆すのが武力である。
確実な死を持った暴風を、間合いを見極め紙一重で躱してゆく拳正。
のみならず、大振りされた攻撃の隙を見て、自ら暴風の内側に踏み込んで行く。

狙いは人体急所の一つである明星(下腹部)。
飛び込んだ勢いのまま、突き刺すように肘を打ち込む。
見事、狙い通りの外門頂肘を拳正は直撃をさせた。

「!?」

だが、返ってきたのは分厚いタイヤに打ち込んだような奇妙な手応えだった。
それは人間とは異なる外皮の硬度と肉厚な筋肉の鎧。
並みの喧嘩自慢なら一撃で吹き飛ばす威力を持った打撃が、まるで通らない。

「やべっ」

攻撃後の動きが止まった拳正に向かって、金色の獣が巨大な右腕を振り抜いた。
懐に入りすぎた。
避けられない。咄嗟にそう判断した拳正は、避けるのではなく自ら腕に向かって体を預けた。
これにより爪を避けると共に打点をずらし威力を軽減。加えて両腕を十字に重ね受け、衝撃を化勁で受け流す。

「ぐッ!?」

だが、彼が化勁が苦手というのもあるが、巨大すぎる衝撃を完全には流しきれない。
軽量級の拳正の体が木の葉のように宙を舞った。
伸身のまま空中で回転。何度か地面を擦り、飛び石のようにその体が跳ねた。

「このッ!」

回転の勢いの弱まった所で拳正は自ら捻りを加え、ネコ科動物よろしく器用に地面への着地を成し遂げる。
吹き飛ばされた距離は20メートルほど。
すぐさま立ち上がった拳正は打撃を受けた両腕の調子を確かめる。
折れてはいない。
だが、左腕はともかく、直撃を受けた右腕は痺れてしばらく使い物になりそうにない。

「ッ……やべぇな、殺される」

弱音のような言葉が拳正の口から洩れた。
その言葉は輝幸の強化された耳に届き、彼は内心でほくそ笑む。
己が強者であるという確信。
力は自信へと繋がる。自信は鎧となり彼を生き残れるという確信へと導いてくれるのだ。

「オセ」は狂気を操る悪魔でもある。
狂気に突き動かされるまま、勝利を確信した黄金の獣がトドメを刺すべく駆だした。
蹴った地面が抉れ、風切音が唸りを上げる。
人智を超えたその身体能力をもってすれば、20メートルの距離など無いに等しい。
首を刈らんと爪を付きだし一直線に駆ける姿は、大型弩砲(バリスタ)から放たれた巨槍のよう。
城壁もかくやという勢いで奔る黄金の弾丸を前に、人間は成す術などないだろう。


100 : 史上最強の弟子ケンショウ ◆H3bky6/SCY :2014/02/26(水) 23:09:27 KXiCUGPE0
だが、続く拳正の言葉がその自信を否定する。

「こんな情けない戦いを師匠に見られたら、殺される。
 っていうか猛虎を逃げで使ったとか知られたら、マジで殺される」

言って。拳正は迫る悪魔を前に慌てるでもなく腰を落とし半弓半馬に足を開く。
使い物いならない右腕はだらりと下げたまま、左腕は俯掌のまま膝内に構え。
そして、意識ごと入れ替えるように目を閉じ、大きく息を吸い、そして吐いた。

少年が目の前で化物になった驚きだとか、殺し合いだとか、首についた爆弾だとか。雑念は完全に捨てた。
今、この時、思うのは目の前の敵を打倒すというただ一つのみ。
この割り切りの良さが拳正の強みである。

「こっから本気な」

眼を開く。
既に距離はない。
眼前には悪魔の右腕が迫っている。

瞬間。輝幸が感じたのは首を撥ねる手ごたえではなく、自身の腕をすり抜ける一陣の風の感覚だった。

30の悪霊軍団を統べる大総長である「オセ」の力は凄まじい。
だが、どれだけ強靭な力を得ても、その体を動かしているのは素人である輝幸である。
どれだけ早かろうと、どれだけ強かろうと、直線的な動きでは玄人である拳正を捉えることはできない。

拳正の動きはこれまでとは質が違う。
その動きは奔いというよりも巧い。
気が付けば、彼我の距離は互いの息吹がわかるほどの超近接となっていた。
この距離こそ八極の間合い。

八極拳は、すべての動きを「一」で完結させる。
攻撃はすなわち防御であり。
防御はすなわち攻撃である。
動き出した時点ですでに攻撃は始まってる。

「―――――フっ」

息を吐く。
震脚により大地が揺れた。
身長差から、輝幸の水月がちょうど拳正の肩口にある。
踏み込んだ足を軸に半回転。流れるような動きで相手の水月を己の肩で突き上げた。
―――――鉄山靠。
八極を代表する絶技である。

輝幸は自身の鳩尾で巨大な爆発が起きたと錯覚した。

それほどの衝撃だった。
2メートル超の巨体が宙を舞う。
地面にたたきつけられた巨体は、そのままゴロゴロと転がりやっと動きを止めた。


101 : 史上最強の弟子ケンショウ ◆H3bky6/SCY :2014/02/26(水) 23:10:33 KXiCUGPE0
「ガっ……ガハ………ッ!」

輝幸はその場に咳き込みながら胃液を巻き散らかせる。
立ち上がろうと足掻くがダメージからか、それもうまくいかない。

その様子を見た拳正は内心で己の功夫の至らなさを僅かに恥じた。
先ほどの一撃は間違いなく会心の手ごたえ、今の拳正の打てる最高の一撃だったが、それでも相手の意識を奪うには至らなかった。
師の領域はまだ遠い。

「けど、もうやめとけ。決着だ」

言って。震える体で立ち上がろうとする相手を制する。
先ほどの攻撃の真価は、浸透勁による内臓への攻撃である。
こればかりはどれだけ筋肉の鎧で塗り固めようが防げない。
吹き飛ばしたのはオマケの様なものだ。
勁の通った感触はあった。もう戦える状態じゃない。
少なくとも拳正にとってこの戦いは、喧嘩の延長のようなものだ。
命を懸けるようなものではない。

だが輝幸にとっては違う。
殺すつもりだったし、殺し合いのつもりだ。
負けることは死を意味する。
何よりも死を恐れる彼が諦めることなどありえない。

「へ。思ったより根性あるじゃねぇか」

歯を食いしばり口の端から胃液を垂れ流しながら、それでも金色の獣は己の足で立ち上がった。
その様子を見て楽しげに拳正は笑った。

「けどな、足にきてんだろ!」

向かう拳正。
言葉の通り輝幸のダメージは甚大であり、足元も覚束ない。
だが、立ち上がった以上、戦士である。容赦はしない。

流星のような踏み込みで懐に入る拳正に、ダメージの残る輝幸は対応できない。
何とか振るった左腕は空を切り、合わせるように拳正の肘鉄が振り上げられる。
叩き込まれたのは先ほどの一撃と同じ水月。
重ねるように叩き込まれた裡門頂肘が、今度こそ輝幸の意識を奪い取った。


■■■■■■■■■■■■■


102 : 史上最強の弟子ケンショウ ◆H3bky6/SCY :2014/02/26(水) 23:13:15 KXiCUGPE0
「結局、何だったんだ、こいつ……」

意識を失い元の姿に戻った少年を見つめ拳正は呟く。
目の前で獣と化した少年。
常識の埒外の存在とこうして出会うのは、初めてのことである。
実際にはタイムスリップした李書文や先ほどワールドオーダーを見ているのだが、少なくとも拳正の認識では。

「ま、いっか」

すぐさま考えを放棄する拳正。
自分が考えても分からないことは分かっているので、無駄なことはしない。
分からないことを分からないで済ませられるのも、ある意味才能なのかもしれない。

「それよか、こいつどうすっか」

勢いでぶっ倒したが、意識を失い伸びてる相手をどうしたのもかと頭を悩ます拳正。
放っておいてもいいが、もしここに放置して彼が誰かに殺されては寝覚めが悪い。
目を覚ました彼が誰かに襲い掛かり被害者が出てしまったらもっと悪い。

「しゃーない。連れてくか」

そう言って輝幸を背負う拳正。
深く考えない男である。
ともすれば全力で拳を交わした以上、友情が芽生えたとすら考えているのかもしれない。

「よっと、ってやっぱデカいなこいつ」

小柄な拳正が背負うには、輝幸の体はやや大柄だった。
そして、なにより右腕がマヒしてるのでまともには背負えない。
若干、と言うかかなり引きずる形になるが、そこは許してもらうしかない。

「しかしまぁ」

実際、化物と戦った先ほどの戦いで分かったことが一つある。

「やっぱりマジモンの化けモンより化けモンだわ、うちの師匠」

【E-3 草原/深夜】
【新田拳正】
状態:ダメージ(小)、右腕麻痺(そのうち回復)
装備:なし
道具:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(未確認)
[思考・状況]
[基本]さっさと帰りたい
1:脱出する方法を考える
※名簿も見てません

【斎藤輝幸】
状態:気絶
装備:なし
道具:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(確認済み)
[思考・状況]
[基本]死にたくない
1:???


103 : 名無しさん :2014/02/26(水) 23:13:39 KXiCUGPE0
投下終了


104 : 名無しさん :2014/02/26(水) 23:24:29 rUzY44hc0
投下乙です。
拳正、獣人化能力持ちの輝幸と真っ向勝負で勝利とはやるなぁ…w
ただ力を振るうだけの輝幸と違って確かな格闘技術があるのはやっぱり強いね
肝もかなり座ってるし、安定した対主催になってくれそうだ


105 : ◆t2zsw06mcI :2014/02/27(木) 02:07:15 gzYCbY660
予約期限超過してました……
申し訳ありません、今より投下させて頂きます。


106 : 世間話 ◆t2zsw06mcI :2014/02/27(木) 02:08:23 gzYCbY660
歪は直さねばならぬ。
罪は裁かねばならぬ。
正義も邪悪も所詮は同じ、一つの穴に棲む狢。
害獣は駆逐されると知るが善い。
箍を外して道理を外れ、闇へと潜んだ外道共。
異形は排除されると知るが善い。
此世と天地に目を背け、怠惰に過す有象無象。
愚者は淘汰されると知るが善い。
最早宴は止められぬ。
客を踴らす主とて、釈迦の手中に在るのは同じ。
そして私もまた亡ぶ。
余計な物を祓い落とし、世界は真実の姿を取り戻す。
そう、最後に佇つは――唯一人で良い。

       ●

昏い――闇である。
僅かばかりの光に照らされた、闇の只中である。
その闇の中に佇む、二つの影がある。
細く靱やかな躯に玲瓏たる月光を浴びる女。
そして、それに対峙する男。
男に見据えられる女の姿は余りにも小さく頼りなく、滑稽ですらあった。
女は口を開く。
「――久しぶりね、一ノ瀬君」
未発達な声帯から発せられる声は、涼やかな、落ち着いたものである。
「本当に――久しぶり。貴方は――随分と変わったみたいね」
色色とありましたから――男は応える。
「貴女も――そうでしょう」
女は口角を吊り上げる。
しかしそれは何処か寂しげな、疲れたような仕草でもあった。

「どれくらいになるかしら。貴方がいなくなってから」
「却説。僕は時間の流れというものを実感しにくい性質ですから」
「迚も――長かったわ。また逢えるなんて、本当に」
思ってもみなかった、と女は云った。
「――可笑しくなっちゃう。こんな時、こんな状況で、こんな話なんて」
「そうですか」
男は飽くまでも無表情を保ったままに女を見下ろす。
女は機械のように正確なリズムで笑った。
「私ね、探偵をやってるのよ」
「探偵――とは」
「職業探偵じゃないのよね、まあ称号のようなものかしら。依頼なんて来ないし、来たとしても受けないわ。
 第一、公安に届出も出さずに探偵業は出来ないし。私、まだ学生だもの」
肩を竦めた女は男から目を逸らし、虚空を見詰める。
「私は自分の意思だけで探偵行為を行うの。最初は――人捜しだった」
「その人は――見つかりましたか」
「さあどうかしら」
風が吹く。
女の長髪が揺れる。


107 : 世間話 ◆t2zsw06mcI :2014/02/27(木) 02:09:00 gzYCbY660
「危ない橋も多く渡ったわ。昔は気付かなかったけれど、この世界って危険な事ばかり」
「世界?」
男が聞き咎める。
「ええ。上手い事隠蔽してるみたいだけれど、調べれば解るものよ」
「――成程。それで」
女は長い睫の目を伏せる。
「酷い目に――遭ったわ。具体的に聞きたいかしら」
「いいえ」
「優しいんだ」
「興味が無いだけです」
事実――男は眉一つ動かしていない。
けれどもそれが真実に無関心なのか、或はそう見せているに過ぎないのか、女には判別が出来なかった。
言い表せぬ感情を振り払うかのように、女は云う。
「警察は動かない。動けない、かもしれないけれど。だから」
声を振り絞る。
「――殺してやった」
女は横を向いた。
男は静かに進み、その傍らに立つ。

「罪は適当な相手に押し付けたわ。誰にもバレやしなかった。まあ――私の知性なら、皆に偽の推理を信じこませるなんて容易い事だけど」
女は虚勢を張る。
「いけない事だなんて、そんな事は勿論解ってるのよ。けれど――」
突如――女は感情を顕にした。
「みんな――簡単に人を殺してしまうのよ! どんな理由でも人殺しは駄目だなんて、子供だって知っている理屈でしょう。
 安易に人を殺しておいて、正義だとか悪だとか見苦しい云い訳をする。莫迦じゃないの?
 国家に干渉されない力があるのなら何をしたっていいの? 悪人だったら殺しても構わないと云うの?
 そんな訳がないでしょう。なのに――この世界ではそれが罷り通ってしまう」
だから。
「私も、自分の好きに生きる事に決めたのよ。一ノ瀬君」
韜晦もなく云いきった女は、莞爾とした笑みを浮かべる。
「気に入らない奴はみんな殺したわ。何人も、何十人も。そう、私が、この手で――」
「――嘘は良くないですよ」
男が、女の声を遮った。


108 : 世間話 ◆t2zsw06mcI :2014/02/27(木) 02:10:12 gzYCbY660
「嘘? 嘘ですって――」
「嘘は嘘です」
「何を――」
「慥かに貴女は幾度と無く殺人事件を起こした。それは間違いのない事実でしょう。しかし」
貴女が自ら手に掛けた相手はいない筈だと男は云った。
「――巫山戯るのはやめて」
「巫山戯てなどいません。日本警察と云う組織は貴女が思っている程に無能ではないし堕落してもいないんです。
 手出しが不可能な相手も、まあ存在はしているのでしょうがね。貴女にそんなバックは付いていない」
「何故――そんな事が云えるのかしら」
「貴女がいる世界に来たのは、今回も含めれば二十六回目になりますからね」
「え?」
混乱する女を無視して、男は続ける。
「確たる証拠もないのに犯人を逮捕する事は出来ない。してはならない。
 勿論推理や想像は必要だし時には有効なのでしょうが、その場合も必ず裏付け捜査はなされる。予断は禁物と云う訳ですね。
 況して、単なる部外者でしかない探偵の云う事を全面的に信じる事など有り得ない。
 幾ら綿密な推理であっても証明など不可能だし、証明できても法的根拠は何もない。
 犯人が自白した処で証拠能力無しと判断されればそれで終わりです。逮捕されても間違いなく不起訴だ。
 被害者の個人情報、参考人の証言、現場の有り様。少しでも矛盾している部分があれば捜査は振り出しに戻る。
 現代社会に於いては無実の人間に罪を着せるのは簡単な事じゃないんですよ――有り得ないとは云いませんがね。
 だからこそ発覚した場合は大きな問題になるし、裁判で決着した事件であっても怪しい部分があれば検証が行われる。
 冤罪事件は――何度も起こせるものじゃない」

男は女の正面に立つ。
女は動く事が出来ない。
「つまり――こう考えるしかないんです。貴女の推理は――正しい」
善く響く声が、闇の中に拡散した。
「貴女は決して自らの手を汚さない。
 事前に被害者となる人間の周辺を調べ上げ、加害者と成り得る人物に手段を提供しただけだ。罪にならない範疇で、ですが。
 当然乍ら普通の人間はそんな事をされても殺人などしない。
 しかし――その手段を取らなければならない程に追い詰められていたとすれば話は別だ。
 被害者となったのは――貴女が云う処の簡単に人を殺してしまう人間、ですね。否――加害者も、ですか。
 自らの末路を凡て諒解した上で加害者は被害者を殺害し、貴女はそれを見事に告発してみせる。
 ただ一点の間違い――そもそも、何故事件が起こったのかと云う部分を除き。
 成程慥かに――。
 貴女は自分の起こした事件を推理している振りをして、間違った推理で犯行を他人に擦りつける殺人鬼とも云える訳だ」
「だから――だから何だと云うのよッ!」
女は泣き声で喚いた。
――見苦しい。
「今更何を云ったって、私が殺人鬼である事に変わりはないのよ。そんな人間に情けを掛けて――」
情けなど掛けてはいませんよ――男は冷徹に云う。
「僕が嘘を見抜くのは――ただの趣味です」


109 : 世間話 ◆t2zsw06mcI :2014/02/27(木) 02:11:06 gzYCbY660
虚を突かれた女は蹌踉乍ら二三歩後退する。
「更に云うなら――」
男は追求を止めぬ。
「何故貴女は――偶偶居合わせてしまっただけの事件をも解決したのです。
 貴女が単なる殺人者であるのなら、そんな行為は何の益も齎さない」
半ば放心していた女は、男を睨み付ける。
最後の矜持のつもりか。
「私――は――」
女は云い訳を思い付く。
「ただ、犯罪者の――他人の絶望する顔を――見たかっただけ――よ」
強がりも程程になさい――男は見切っている。
「貴女程の才媛ならば、その行為のリスクとリターンの釣り合いが取れていない事など承知している筈です。
 警察内部でもマークされている状況となれば尚更ですね」
瞭然と云ってしまいましょう。
「貴女はただ――殺人者が許せなかっただけだ」
女は。
女は潰れるように、その場に崩れ落ちた。

「私を――如何するつもり」
「何もしませんよ。貴女の云う通り、被害者が生前どんな行いをしていようが、殺される謂れなど決して無い。
 貴女も又、正義だとか復讐だとか、そんなくだらない理由を盾に殺人を行う者と同じ位置に立ってしまった訳だ。
 そして自分で手を下さなくとも殺人は殺人。許される事ではない。
 しかし――貴女の場合は法で裁く事が不可能であるのもまた事実。精精が公務執行妨害でしょう。大体、今この状況では通報も何も出来やしないでしょうに」
「そんな事を――云ってるんじゃない」
「――勘違いをしないで下さい」
男は強い口調で云った。
「こんな――こんなくだらない、訳の判らないゲームに本気になる必要は無い。
 貴女も理解しているように、命は皆平等です。悪人だから、犯罪者だから死んでもいい等と云う理屈は通らない。
 だから――貴女がここで命を捨てたとしても、全く意味は無いのです」
「意味が――無い」
女は俯き、血が出る程に唇を強く噛み締めた。
風が止んだ。

闇を纏った男は女に背を向け、大声を上げる。
――まだ早いと云うのに。
その女への責苦はまだ足りぬと云うのに。
しかし――呼ぶと云うなら止むを得まい。
「さあ――もうこれで満足でしょう。覗見もいい加減にして出てきたらどうです!」
その声を契機に――。
私は、その場に出現した。


110 : 世間話 ◆t2zsw06mcI :2014/02/27(木) 02:11:43 gzYCbY660
       ●

再び――風が吹いた。
「全く以て――お見事な推理でしたよ、一ノ瀬空夜さん。探偵も顔負けだ」
この世の物とは思えぬ声。
真白の洋服。
剥出の骸骨。
真紅の双眼。
微かな月光すら否定する幽かな漆黒。
「あなたに褒められても――嬉しくありませんね、月白氷さん」
男――一ノ瀬は真っ直ぐに死神と対峙する。
死神――月白は静かに嗤う。
「名前を覚えていて下さったとは、光栄ですねえ。一ノ瀬さんと対面したのは一度きりだと云うのに」
「あなたの顔は忘れたくとも忘れられませんからね。出来る事なら二度と会いたくなかった」
それではこの再会は幸福ですねと月白は嘯いた。
「私が行う事は何時でも何処でも変わりません。誰かが幸福ならばそれでいいんですよ」
一ノ瀬は胎児のような姿勢で蹲る女をちらりと見遣った。
月白は塵芥でも見るような目で女を見下した。
「その女はね、迚も酷い人なんですよ。貴方は甘い。この程度で許してはいけないでしょう」
「許した覚えも無ければ糾弾した覚えもありませんね。僕はただ――世間話をしただけです」
月白は心底愉しそうに笑う。

「己の心すら解らず無軌道に他人を傷付け、挙句の果てに取り返しのつかぬ大罪を犯す愚か者。
 卑怯でしょう。矮小でしょう。穢いでしょう。だから私はこの女に――破滅の幸福を呉れてやりました」
「趣味が悪いのも相変わらずですね。こんな時くらいは自重なさったら如何です」
一ノ瀬は月白を見据える。
「こんな時だから――ですよ。あの世界の支配者とやらの力には、流石の私や貴方でも対抗できない。
 ならばこそ、せめて平素と同じ日常を送る事こそが、彼奴への反抗となるのでは?」
「冗談でしょう」
「冗談ですよ」
しかしねえ――月白は肩を竦めた。
「彼奴の力が強大である事は事実でしょう。貴方は恐ろしくはないのですか」
「真逆」
強かな顔で一ノ瀬は笑った。
「あんな男の一体何を恐れろと云うのです。それこそ冗談だ」
「ほう。その自信に理由があるなら是非伺いたいものですが」
「交換条件が一つあります」
す、と手を翳す。
「僕の話に納得が出来たのなら――手を引いて頂きましょうか」
「何からです?」
「この世界から」
月白は――大いに笑った。


111 : 世間話 ◆t2zsw06mcI :2014/02/27(木) 02:13:05 gzYCbY660
「まずは――確定事項から云ってしまいましょうか。
 あの男は口だけは達者ですがね。大した異能を持っている訳じゃないんです」
「大胆な事を云うものですねえ」
如何にも意外だとでも云いたげな、戯けた口調で月白が云った。
「言葉一つで世界を革命してしまう力を大した事がない、とは。いやはや」
「言葉で世界が変わる訳がないでしょう。否、世界を変える事など誰にも出来ない」
明瞭且つ落ち着いた口調で一ノ瀬が云った。
「水は堰き止めようが流れを変えようが、常に高きから低きに流れるもの。
 天然自然の理に逆らって物事の成る道理はない。
 革命と云う言葉も所詮は社会体制の変革に過ぎぬもの。
 指導者が変わったところで、雨を降らせる事だって出来ませんよ」
「それでは――貴方や他の方方が用いる異能はどうなのです?」
「実際に起こっている以上、それは世界の法則に逆らっている訳ではありませんね。
 単に現代の科学では解明できない現象、概念だと云うだけです」
そう、概念――一ノ瀬は続ける。
「喩えば――重力と云う概念がありますね。
 あの男が『重力の働く向きは反転する』とでも云えば、まああの男も含めて、その周辺にあるものが空に向かって落ちていく事になるのでしょう。
 しかし重力と云う概念――言葉が出来る以前から、現在僕らが『重力』と呼ぶチカラは存在しているのです。
 より解りやすく云うならば――僕には『一ノ瀬空夜』と云う名前があります。
 だが、『一ノ瀬空夜』は僕を指し示す言葉ではありますが、僕そのものではありません。
 言葉は動かないし、喋らないし、生きていない」
「意味は本質ではない、と」
「そう云う事です。そして――あの男は『攻撃は無意味だ』と云って銃弾を止めましたね。
 却説、『攻撃』とは一体何を指し示す言葉なのでしょうか。
 仮に――あの男に向けて発砲した人物は、単なる挨拶のつもりで攻撃の意図など一切無かったとすればどうでしょう。
 何故止まってしまったのか、全く理解できない筈だ。
 これはまあ極端な例えではありますがね、あなたのような方が居るくらいですから、そう云う文化を持つ世界に生まれた者だっている可能性はある。
 序に云うなら『無意味』と云うのも妙ですね。そもそも世界のあらゆる物事には意味など初めからない。
 僕達人間が勝手にこれはこう云う物だと決めているだけです」

言葉とは。
「言葉とは、受け取る側次第で如何とでもなるものです。
 発せられたあらゆる言葉は、受け取った者の数だけ別な意味を持つ。真理では有り得ない」
世界とは。
「世界とは、二つに分けられる。個人の内部の世界と、外側の世界です。
 言葉は内側から発せられて、外側に向かうものですね。内側の世界に於いては言葉は全能です。世界そのものでもある。
 しかし外に出されてしまった段階でそれは世間と云う膜に吸収され、大した効力を持たなくなってしまう。
 世界になど――届く訳がない」
解りますか。
「要するにあの男の異能は、『言葉の意味を自らの都合の良いように解釈し、それを他者に押し付ける』能力――なのです。
 ま、あの男の視点から視れば『世界を書き換える』能力とも云えない事はない――のでしょうがね。
 そんなご大層なものではないと云う事は、理解して頂けたと思います」


112 : 世間話 ◆t2zsw06mcI :2014/02/27(木) 02:14:21 gzYCbY660
ぱん、ぱんと、月白が手を叩く。
「随分と――口が能く回るものですね」
「僕は確固たる自分の世界と云うものを持っていませんからね。
 どうしても他者からの借り物の言葉が多くなる。だからと云って、僕の今の考察が間違っているとは思いませんが」
「根拠は――あるのですか?」
勿論ですと一ノ瀬は云った。
「この僕が云う以上――間違いはない」
「ああ成程。貴方はそう云う存在でしたね」
感心したように月白が云った。
「劣化すると雖も、僕は一度視れば使える訳ですからね。当然使い方も効力もその時点で把握出来ている」
そこで一ノ瀬は声を低くした。
「能力の効果範囲は最大でも200m程度。なんとまあ、随分と狭い世界もあったものです。
 『解釈の押し付け』も、ごく単純なものしか不可能だ。更に、発動するには口に出して命令する必要がある。
 ま、そうは云っても強力と云えば強力な能力なのでしょうが――対処法は幾らでもある。
 最も単純な方法は、何かを云う前にさっさと昏倒させて口を塞いでしまう事でしょうね」
世界の放浪者は――あくまでも淡泊に、世界の革命者の異能を解体した。

「中中面白い話でしたよ、一ノ瀬さん。ではもう一つの異能――『パーソナリティを書き換える』と云うのは、どうなのです。
 今この場で会話をしている我我とて、常にあの能力の危険に晒されているのではないのですか」
「あれは単なるペテンです」
一ノ瀬は断言した。
「慥かに――あの男は他者の人格を書き換えたり、異能を付与する能力は持っている。
 これも『解釈の押し付け』である事には変わりはありませんがね。能力行使が可能な範囲もごく至近に限られています。
 更に――人格の書き換えも万能ではない。こちらも矢張り、ごく単純なものしか不可能でしょうね。
 『この能力自体の付与はできない』と、あの男本人も云っていたでしょう。
 又、飽くまでも書き換えるのは人格であって存在ではない。存在自体があの男と同じになると云うのなら、肉体もまた変質する筈です。
 故に――無機物に対しても能力を行使出来ると云うのはハッタリでしかない。
 あの男が行ったパフォーマンスは、梨に赤い絵の具を塗りたくってこの梨はこれで林檎と云う存在になりましたと主張するようなものだ」
「辛辣ですねえ」
「遣り方が杜撰だからです。自分で用意した人物を使う等、怪しんで下さいと云っているようなものではないですか。
 人体切断マジックを行う奇術師だって観客の中に紛れ込ませたサクラを使うくらいの工夫はする」
大体――一ノ瀬は自らの首を指し示す。
「これを云ってしまうのは少少大人げないと云うか、身も蓋も無い話だとは思いますがね。本当に万能の能力ならば、こんな小細工は要らない。
 万能だったとしても、僕が『この殺し合いは無かった事になる』とでも云えばそれで終いですが」
「御尤」


113 : 世間話 ◆t2zsw06mcI :2014/02/27(木) 02:15:23 gzYCbY660
一ノ瀬は一度深呼吸をして、居住まいを正した。
「却説――これ迄の話でお気付きになった事がある筈ですね。
 簡単に云えば――あの男の異能では、異世界から人物を呼び寄せる事も、このような悪趣味なゲームの舞台は用意する事も出来ない、と云う事です」
「おやおや。それでは貴方の推理は振り出しに戻った事になりますが」
「戻ってはいませんよ。繰り返しになりますが、僕はあの男の異能がどんなものなのか完全に把握している訳ですからね。そこに間違いはない。
 だから――間違っているのは、あの男が一人でこのゲームを催した、と云う認識です」
「ほう。あの男は単なる操り人形で、黒幕が他にいるとでも?」
「それは違う。飽く迄も主催者はあの男です。でなければもう一人のあの男の存在が矛盾する。
 協力者か、部下か、将又何らかの物品か――まあそれは判りませんがね。あの男が単独で舞台を用意できない以上は、陰にそう云った存在がある」
「ふうむ――」
月白は腕を組み、態とらしく納得したような態度を取った。

「そして――ここからは根拠も何もない、完全な僕の予想、想像になるのですが――」
一ノ瀬は無表情のまま言葉を紡ぐ。
「あの男の言動と行動を鑑みるに、僕は――あの男は唯の臆病者だとしか思えない。
 本当に自分の能力に絶対の自信があるのならば、小細工など一切用意しなくとも良い。
 自分の能力を開示する事も、首輪の存在も、要は脅迫です。
 そんな事をしなければ自分自身が真っ先に狙われると云う事を、本人が一番解っているのです。
 単に殺し合いをさせたいだけならば、こんなだだっ広い場所に移動させずともあの場で行わせれば良い。
 そうしなかったのは、一斉に襲って来られたり流れ弾に当たってしまうのが怖かったからです。
 そもそも、殺し合いにはルールも、それを説明する必要もない。
 元元殺し合いを行っているような関係の人物同士が食料も無い孤島に突然拉致されれば、何もせずとも殺し合いは発生する。
 時間が経過すればする程、それに巻き込まれる者達も多くなる。
 皆の前に姿を現してルールを説明したのは、自分はゲームの主催者であり、参加者よりも上の位置にいるのだとアピールしたかったのです。
 だから――あの女性には痛い所を突かれたのでしょうね。
 人間の可能性等と云う、恐ろしく曖昧な、何の意味もない言葉を吐いて早々にその場を切り上げるしかなかった。
 あの場には人間でない者も多く存在していたのですが、そういった者にどんな影響を与えるのかと云う事も頭には無かったようだ。
 神を『完成物』と称する辺りは一神教的な思想の影響を受けているようにも思えますが――。
 否、単に、神と云う言葉に対して漠然としたイメージしか持っていないと云うだけの話でしょうね。
 結局――あの男にとっては自分が知るもの、信じるものだけが世界の凡てなのです」


114 : 世間話 ◆t2zsw06mcI :2014/02/27(木) 02:16:21 gzYCbY660
だから。
「僕はあんな男など、恐ろしくも何ともない。哀れだと云うなら解りますがね」
月白はくつくつと笑い声を立てた。
「いや、流石ですねえ。実はね、私は凡てを承知の上で貴方を試させて頂いていたのですが。
 私が思っていた事とぴたりと一致する。いやあ、面白かった。さあ次は――あの男に破滅の幸福を与えてやりましょうか」
月白は。
自らの頭部を、いとも容易く片手で取り外し――もう片方の手で、首輪を放り捨てた。
片腕に抱えられた髑髏が、嗤った。
「こんな物で私を拘束しようとはねえ。永く生きてきましたが、此程の愚か者に出会ったのは初めてですよ。
 いや、こんな事を云っては失礼かもしれない。何せ私は幸福を与える者。この首輪が外れたのも――奇跡の賜物なのですから」
「――勘違いをしないで下さい」
一ノ瀬は表情一つ変えず、死神を睨み付ける。
「現在此処で語られているあの男に関する話題は、現在此処に居る僕達が形成する世間でのみ有効な話題――世間話に過ぎないのです。
 此処とは別の場所に存在するであろう、あの男のペテンを信じる者達が形成する世間では、それは通じない」
「何が――云いたいのです」
「貴方もあの男と同類だと云うことですよ月白さん」

世界を渡る者は、死神へと一歩を踏み出した。
風に吹かれ、騒騒と草木が音を立てる。
「正直に云えばね、あなたがあの男を玩具にして壊してしまおうが、他の参加者を皆殺しにしてしまおうが、文句を云う気は無い。
 そうなったならなっただけの理由があるのですからね。だが」
あなたは世界を壊してしまうと一ノ瀬は云った。
「あなたは今、首輪を外しましたね」
「外しましたとも。爆破された所で意味はないんですが、気分が悪いのでね」
「そう、それ自体は全く構わない。首輪の存在など、所詮はあの男が規定したルールに過ぎない。世界の理ではない。
 外したのがあなたであると云うのが問題なのです」
「嫌われたものですねえ。知っていると思いますが、私、死にませんよ?」
一ノ瀬は月白の言葉を無視した。
「本来ならば――あの首輪はそう簡単に外れていいものではない。
 それはこの殺し合いの場に存在する七十余の存在の、それぞれの世界に存在する共通認識です。
 僕らのような存在は例外中の例外だ。
 だから解釈は多様に発生し得る。
 例えば、何らかの技術や能力によって首輪を解除したのだと素直に受け取る解釈。
 例えば、首輪が爆弾になっていると云う情報自体がブラフだったと云う解釈。
 例えば、あなたの首輪だけが偶偶不良品か何かだったと云う解釈。
 例えば、あなたは実はあの男が差し向けた手下だったと云う解釈。
 例えば、首輪の解除と云う事実を信じる事が出来ないからそれ自体を無かった事にしてしまうと云う解釈。
 人の――世界の数だけ解釈は存在する。そして、それらはその世界の中では凡て正しい。
 事実か否かは関係ないのです」


115 : 世間話 ◆t2zsw06mcI :2014/02/27(木) 02:17:52 gzYCbY660
しかし。
「あなたが関わった物事からは――解釈の余地が消えてしまう。
 願いだとか幸福だとか、奇跡だとか破滅だとか、そんな安っぽい言葉一つだけで凡てが説明出来てしまう。
 多様な解釈、多様な文化――その多様さが豊かさに繫がる。何を誰が見ても同じように考えるような世界など――僕は」
厭だ。
「――僕の云い分はこれで終わりです。さあ、どうです。納得したのならば――消えて下さい」
「ふふふ――」
髑髏は嗤う。
「本当に宜しいのですか。私があの男に破滅を与えれば、死人は減るかもしれませんよ」
「そんな事は関係がない。先程も云ったでしょう、殺し合いにルールは必要ないと。
 始まってしまった以上――もう、あの男を止めるだけではこのゲームは終わらない。
 それに――あの男もこの世界に生きる人間の一人でしかないのですからね。特別な存在などではない。
 本人がどう思っているかは知りませんが」
「屁理屈ですね」
「屁で結構」
月白は片手に自らの頭部を持ち乍ら器用に腕を組んだ。

「まあ――好いでしょう。十分に娯しませて頂いた事ですしねえ。大変愉快な一時でしたよ。
 それに――慥かにこの世界はどうもやり難いようだ。ここは貴方の顔を立てるとしましょうか。ああ、でも、その前に――」
月白は指を鳴らす。
ぱちん、という軽い音と共に――一ノ瀬の首輪が解体される。
地面に落ちた首輪は、粉粉に砕け散った。
「選別ですよ。貴方には奇跡の幸福を差し上げましょう。
 これで貴方はもうゲームの参加者ではなくなった。何時ものように世界を彷徨う放浪者へと逆戻りと云う訳です。
 嬉しいでしょう? 何、他の参加者の方方の事など気にする事はありません。命は一番大切なのですからねえ。
 ふ――ははは、ははははははははは――」

高笑いと共に死神は闇へと同化する。
何処――。
何処から来るのか。
何処へ往くのか。
その答えを自らだけが知る死神は――何の痕跡も残す事無く、この世界から消滅した。


116 : 世間話 ◆t2zsw06mcI :2014/02/27(木) 02:19:24 gzYCbY660
       ●

顔を上げて眼を開くと彼の顔がすぐ近くにあったものだから私は驚いて眼を閉じ、俯いてからもう一度、今度は薄く眼を開いた。
私のすぐ隣に、彼は腰を下ろしていた。
こう云う時。
どんな事を――云えばいいのだろう。
「一ノ瀬――君」
「貴女の事だから、あの状態でも話は確り聞いていたでしょう。まあ――僕はどうも、この世界からいなくなる事になったらしい」
「――そう」
本当に。そう、としか、云えなかった。
「あまり――驚いていませんね」
「驚いてるわ。けれど――超能力と云うか、そう云うものの存在は――私も、知ってはいたから」
――何を。
云っているのだろう。
私は。
「でも――卑怯ね、貴方。だって、自分だけ無傷で脱出してしまうのでしょう」
「僕に文句を云われたって困りますよ。好きでこんな体質になった訳じゃない」
「そう――なの」
改めて、私は彼の事を全く知らなかったのだと実感した。

「大体――僕はこの世界では何も成せちゃいない。
 普通の人から視れば、まあ訳の判らない屁理屈を唱えるだけ唱えて消えてしまった意味不明な人物としか解釈されないでしょう。
 二度とこの世界に関わる事が出来ないのだから、生きていようが死んでいようが変わりはしませんよ。
 しかし――貴女にとっては都合が良かったのではありませんか」
――嗚呼。
矢張り、彼は凡て見抜いているのだ。
「物凄い威力の異能を持っているだとか、戦闘技術があるだとか、そんなレヴェルではない――このゲームそのものの破壊者となりかねない人物。
 即ち、月白氷と一ノ瀬空夜。その二人を早々に退場させられる訳ですからね」
「何の――事かしら」
私は無駄な抵抗をする。
「お株を奪ってしまうようで、少少抵抗はあるのですが。どうせ最後なのだから云ってしまいましょうか」
彼は云う。

「――この事件の犯人は、貴女ですね」


117 : 世間話 ◆t2zsw06mcI :2014/02/27(木) 02:20:52 gzYCbY660
風が。
止んだ。
「手口は平素と変わりなく――真犯人である貴女は決して手を汚さず、決して疑われない位置に存在した訳だ」
云い訳を。
云い訳をしたら負けだ。
「何故――判ったの」
「云ったでしょう、貴女の世界には何十回と訪れたと。
 まあ――それとは別に、視なくてもいいものが勝手に視えてしまう能力と云うのも、僕は複製してしまっていると云う事もあるのだけれど――」
解らない。
けど。そうなのだろう。
「正義の味方に悪の組織、犯罪集団、連続殺人者――どれもこれも、貴女が許す事が出来ず、排除しようとした者達です。
 そうでない者達の大半も、その殆どが貴女の周辺にいる人物だ。貴女こそが――このゲームの中心だった」
そう――許せなかった。
迷うことも、悩むことも無く、皆、簡単に人を殺してしまう。
排除しなければ。彼が戻ってきたとしても、ずっと隣にいる事が出来なくなってしまうかもしれないから。
けれども。私も何時しか排除すべき者共と同じになっていたのだ。
だから――私もまた、亡びねばならなかった。
ただ。彼が静かに暮らせるような世界を――作りたかった。

「とは云え――貴女は、あの男に協力している訳ではない。飽く迄も、単なる参加者でしかない。
 単に、あの男がこの面子を揃えてこのゲームを開催するように誘導していっただけだ。
 しかし――流石の貴女でもあの男に協力する者がいるとは考えていなかった。
 だから、貴女にとって完全に想定外の存在である異世界からの来訪者までもがこの世界にやって来てしまった。
 ただまあ、貴女は排除すべき者を排除出来るのならばそれで構わないのだから、それは然程重要な事ではない」
その――筈、だった。
此処で、彼に逢う迄は。
何処で。私は、間違えてしまったのだろう。
「ええそうよ、私が犯人。けれど、貴方が云ったようにこれは犯罪にはならない。いえ寧ろ、世界は――善い方向に向かっていく筈よ。
 そうでしょう? あんな屑共、いない方がマシだもの。あの男だってこんな事をしたらタダじゃ済まない。テロリズムなんてやってる場合じゃなくなるわ。
 私だって――勿論死ぬつもりよ。あの怪人に惑わされて、貴方に、説得されてしまったけれど――」
――違う。
こんな事を――云いたいんじゃない。
彼は――。
酷く哀しそうな眼で私を視た。
「何度でも云いましょう。誰が何処で何をしようが、世界は決して変わりはしませんよ。
 そして、貴女がここで命を捨てたとしても、全く意味は無い」
そうだ。私はそれを間違えていた。
だけど。だけどだけど。


118 : 世間話 ◆t2zsw06mcI :2014/02/27(木) 02:22:31 gzYCbY660
「ふん――そうね、世界は変わらない。でも、社会は変わるでしょう?
 悪の組織だなんて子供みたいな事を云って、要は犯罪者の集まりじゃない。
 それを取り締まるんじゃなく、殲滅しようとする正義の味方だって怪訝しいわ。
 どうして国に認められているのか、私には全然解らない。
 このゲームは、そんな社会に対しての――」
違う違う、全然違う。
「いいえ、変わりません。いいですか、此処に集められた人数は――たかが七十余名でしかないのです。
 勿論その位の人数だったら死んでもいい等と云う理屈は通りませんが、今現在この時だって世界中で大勢の人達が理不尽な理由で亡くなっている。
 病気、飢餓、貧困、差別、戦争。社会には――人間には、未だ解決できていない問題は山のように積み重なっている。
 このゲームは『テロリストによって起こされた誘拐殺人事件』以上のものには決して成り得ない。
 暫くの間は世を騒がす事になるかもしれませんが、社会が変わる事は絶対にない。革命など――起こらない」
――やめて。

「何を云ったって負け惜しみよ。早く――私の前から消えて、一ノ瀬君」
顔を伏せる。
怖かったから。
「わかりました――もう僕が出来る事は何もないらしい。しかし」
貴女は何か云いたい事があるのではないのですかと、彼は問うた。
彼の顔を、私は見ることが出来ない。
「いいから――早く、消えて」
「馬鹿野郎」

「――え?」
「馬鹿野郎と言った。俺がアンタに言ったんだ音ノ宮・亜理子」
彼は。
初めて、私の名前を呼んだ。
「アンタは世界も社会も本当はどうでも良かったんだ。見ていたのは自分の周りだけだ」
「い、ち――のせ、くん」
「どうして――そんなに回りくどいんだ。たった一言、解釈の余地も何もない言葉を――どうして言えない」


119 : 世間話 ◆t2zsw06mcI :2014/02/27(木) 02:23:16 gzYCbY660
彼はすっくと立ち上がり、堂々とした態度で私に背を向けた。
嫌。
いや、いや。
「私、わたし――」
「もう遅い」
遠ざかる。
遠ざかっていく。
「世界が崩れても――」
いかないで。
「――俺は、アンタを」


そうして一ノ瀬空夜は私の前から去った。
天空を支える支柱が砕け散ったと云うのに、月も雲も平素と同じ位置に在った。
大地を支える土台が崩れ去ったと云うのに、震えているのは私の体だけだった。
私の隣にいた人は、最初からこの世界にはいなかった。
でも。
彼が云った通り、私はこの灰色の世界で、償い切れぬ罪を背負ったまま生きていかなければならないのだろう。
このゲームの中で、死に怯えなければならないのだろう。
その時になって漸く私は、自分が泣いている事に気が付いた。

そして私が――。
音ノ宮・亜理子が一ノ瀬空夜に再会する事は、二度と無かった。


【A-8 草原/深夜】
【音ノ宮・亜理子】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(未確認)
[思考]
基本行動方針:生存する
1:不明

【一ノ瀬空夜 消滅】
【月白氷 消滅】


120 : ◆t2zsw06mcI :2014/02/27(木) 02:23:59 gzYCbY660
投下を終了します。


121 : 名無しさん :2014/02/27(木) 03:06:28 huchEtiI0
投下乙です。
一ノ瀬と月白がこんな形でゲームから降りることになるとは…
音ノ宮の目的だけではなく主催者のレベルや本質をも見抜いた一ノ瀬は素直に凄い奴だった
それだけに最期の音ノ宮との別れの場面は何とも切ない…彼女の今後はどうなることか

気になる点を言うと、もうちょっと改行を使ってもいいかもしれない
地の文・台詞共に結構文章が詰められ気味で読みづらいのが気になった


122 : 名無しさん :2014/02/27(木) 06:31:57 QFjLJMHw0
投下乙
色々と規格外だった二人が一度に退場か……つーか音ノ宮に面白い設定が幾つもくっついたー!?

書き方は意図的にやってるんだと思うから、気にはならなかったけど
もしかしたら読みやすさには気を使ってもいいかもしれないな、くらい
それくらいだから、修正とかの問題じゃないと思うが


123 : ◆Y8r6fKIiFI :2014/02/27(木) 14:46:07 zZKtCkoAO
上杉愛、カウレス・ランファルト
投下します


124 : 名無しさん :2014/02/27(木) 14:49:22 zZKtCkoAO

「……これって展望台? ここ、昔人が住んでたりしたのかしら?」
殺し合いの舞台である孤島。 その中央には、小高い山が聳えている。
そこそこの標高を持った山の、更に頂上に建った展望台。
その入り口に一人の人影があった。
艶やかな黒髪をショートカットにした、傍目から見ても衆目秀麗な女性。
彼女の名前は、上杉愛という。

「建物っぽい影が見えたから近付いてみたけど……あんまり役に立ちそうじゃないわねぇ」
会場に送り込まれた直後、近場に建造物の存在を発見した彼女は一直線にその方向へと向かった。
休憩や拠点作りに建造物は便利だし、中に何か便利な物があったらちょっと失敬するつもりだったのだが……。

(展望台じゃ、ねぇ……)
拠点に向くとは思えないし、中にあまり物もなさそうだ。

「それにしても、人間の可能性って言われても……」
そう呟くと、彼女は溜息を吐く。
そう、上杉愛は人間ではない。
妖怪。
古くより日本に住まう、人間とは異なる「怪」。 彼女はその中でも強い霊力を誇る天狗であった。

「……ま、多分殺し合いに反抗的な人もいるでしょうし。 そういう人を探すべき……かしら」

(流石に、いきなり攫われて「殺し合え」なんて言われて。
 すぐに「はいそうですか」と殺し合うような人間ばかりじゃないでしょ)
そんな人間などいない、とは言いきれない。
人殺しを嫌う人間がいるように、人殺しや悪徳を好んで行う人間もいる。
人間の世を800年以上も生きた彼女は、それを知っていた。

(殺し合いをある程度円滑に進める為に、そういう奴らも招待されてるんだろうけど……私みたいなのがいるんだし、穏健な人間もいるはずよね)
思考をある程度固めながら、展望台の中へと入る。
手近な椅子に腰を下ろし、荷物も下した彼女が視線を巡らせたのは先程まで背負っていたディパックだった。

(このディパックの中に入ってるのが支給品……だっけか)
本来ならば会場に着いてすぐに確認するべき事だったかもしれないが。
天狗式柔術を使う彼女はそもそも無手でも戦える(というか、武器を使って戦うことの方が稀である)ので、一息つくまで支給品の確認を怠っていたのだ。
殺し合いに支給されるアイテムなんてどうせ武器の類だろう、と考えていたのも大きい。
ディパックの中を漁る彼女が真っ先に掴んだのは、二つに折り畳まれた用紙であった。
表紙に目を向ければ、

(……参加者名簿、ねぇ)
最初に拉致されたあの場所には、70人程度は集められていたか。
その中に田外の退魔師の誰かがいれば、大きな力になるだろう。
そうでなくても、長い時間を生きてきた彼女の知己は広い。


125 : 探し人は誰ですか ◆Y8r6fKIiFI :2014/02/27(木) 14:50:00 zZKtCkoAO

(……期待はしてない。 そもそも、こんな事には巻き込まれてない方がよっぽど幸せなのよねぇ)
そんな複雑な感情を抱きながら、彼女は名簿を開く。

「……最悪」
名簿に一通り目を通した彼女は舌打ちしながら名簿を乱暴に閉じる。
聞いた事のある名前、知った顔……それは幾らかあったが、特に彼女が親しかった名前は二つあった。
まずは吉村宮子。 上杉愛の茶飲み友達で、よく日常の愚痴を言い合う仲であった。

(……こっちは心配する必要はそこまでないかな)
彼女は魔法の力を操る者――魔女だ。 流石に800年は生きている愛には及ばないが、それでも100年近く生きていると聞いた事がある。
実力についても、正直愛には推し量れないところがあった。 こんな殺し合いとはいえ、不覚を取ることは早々ないだろう。
彼女が悪態を吐いたのは、もう一人の名前が原因だった。

――田外勇二。 上杉愛が仕える田外家の次男であり……小学生である。

(小学生をこんな殺し合いに放り込むなんて……よくよく思ってたけど、イカレてるわね)
上杉愛は、田外家では勇二の護衛兼教育係を務めていた。 彼を実の息子のように可愛がっていたのだ。
その勇二が、この殺し合いに巻き込まれている。 その事実は、愛を大いに動揺させた。
勇二も霊力こそ持っているものの、それを操る為の術はまだ教わっていない。 まったくの無力な子供なのだ。

(勇二ちゃんを生き残らせる為に、他の参加者達を殺す……)
そんな考えも頭をよぎったが、すぐに彼女はその考えを頭から追い出した。
危険人物ならばともかく、そうでない参加者達を殺していったところで勇二が生き残る確率が上がる訳ではない。
それに、無差別に人を襲う事で彼女が嫌う「人を襲う妖怪」に成り下がるのも嫌だった。

(いっそ、空を飛んで探すとか……)
これも彼女は頭の中で却下した。
人探しの観点でだけなら手っ取り早くも思えるが、今は夜間だ。
天狗である彼女は常人よりもよく見える眼を持っているが、それでも空中から人探しをするには不安がある。
下手をすれば、地上から見つかって狙い撃ちをされてしまう可能性も否定はできない。

(それに、どうもさっきから翼の調子が悪いのよね……)
今は翼を隠した状態にしているが、それでも彼女には翼の不調が手に取るようにわかる。
普段ならば音と同じ速さで飛べると自認している彼女だが、今も同じように飛べるかは怪しかった。

(……とはいえ、ここでのんびりしてる訳にもいかないわね)
最初は明るくなるまでここで休息しているつもりだったが、勇二がこの会場にいる事がわかった以上迅速に探す必要がある。
急いで椅子から立ち上がった愛は、ディパックを引っ掴んで外へと出る為に歩き出す。
そのまま展望台の玄関に手をかけた瞬間、

「……誰だ!? その中に誰かいるのか!?」
外から鋭い声が飛び込んで来た。


126 : 名無しさん :2014/02/27(木) 14:51:07 zZKtCkoAO


カウレス・ランファルトは山道を登りながら考える。

(あいつ……ワールドオーダーって言ったか。 あいつは一体何者なんだ……?)
本人は「人間」だと自称していたが、カウレスにはどうしてもそれを信じる事ができなかった。
人間が善の種族だ、などと言うつもりはカウレスにもない。
勇者としての(そして復讐の)長い旅の中で、人間の汚い面はいくらでも見てきている。
だが、その常軌を逸した実力。 そして熱を持った狂気。
それらはカウレスが今まで見たどの人間にもなかった……いや、魔族にすらなかったものだ。

(魔族……そうだ、問題はまだある)
最初に集められていた場で、ワールドオーダーへ攻撃を放った男。
その顔を、カウレスは一度も忘れた事がない。

(魔王……!)
魔王ディウス。 彼の世界を脅かす、魔族の王。
人間を塵芥とみなし、虐殺する殺戮者。 彼の復讐の対象。
魔王を連れ去り、あまつさえ攻撃を軽々といなすワールドオーダーの実力も底知れないが――

(これは魔王を殺す絶好の機会なんじゃないか……?)
今ならば幾多の魔王軍に道を阻まれる事もない。 奴の軍団の一員である暗黒騎士とガルバインはいるが、それだけだ。
元の世界での幾万幾億もの軍団に比べれば些細。 だが――

(……ミリア、オデット……)
元の世界での仲間と、そして彼の今やただ一人の血を分けた親族。
二人の姿も、カウレスの頭から離れない。
魔王を探し回っている間、二人の命に危険が迫るのではないか?
逆に二人を探している間、魔王の犠牲者が大量に出るのではないか?

その苦悩の中山道を登る彼は、いつの間にか頂上近くの建物に辿りついている事に気づいた。

(……なんだ、この建物は?)
展望台、という建物の知識は、中世に近い異世界に生きるカウレスにはない。
特殊な建物だ、という事は外観からある程度察知したが、その程度である。

(屋根から妙なものが突き出ている……あれはこの前街に寄った時に見た望遠鏡だろうか? だけど、あそこまで大きいものなど見たことがないな……
 ……物見小屋かなにかか? それにしては、望遠鏡が上を向いているのは不可解だな。 空を警戒しているのか?)
展望台に近寄らず、カウレスは外観をじっくりと観察した。
危険に対しては過剰までに臆病でいい、と言ってくれたのは最初の剣の師匠だったろうか。
最初は理解できなかったが、勇者としての旅の経験を積んだ今なら嫌というほど理解できる。

(支給品とやらに扱えそうな武器がなかったのが痛いな……敵がいるなら魔法でどうにかするしかないか)
そしてその観察力は、ドアノブのかすかな動きを捉えた。

「……誰だ!? その中に誰かいるのか!?」

「……ええ。 今出てきますから、ちょっと話を聞いてくださいますか?」


127 : 名無しさん :2014/02/27(木) 14:52:14 zZKtCkoAO



「……つまり、アイさんはユウジという子供を捜している……という事でいいのか?」
「ええ、そうですね。 私のお仕えしている家の子供で……」
「くそ……10歳足らずの子供だって? あの男め……」

少しの時間の後。 上杉愛とカウレス・ランファルトは、山から下山する道を歩いていた。
最初こそ強く警戒していたが、愛に敵対する意思がないとわかればカウレスも戦う理由はない。
それから二人は自らの事情を伝え合った結果、一時的にでも二人で行動した方がいいだろうと道を共にしていた。

「……ところで、魔王、でしたっけ? 最初の場所にいた、あの角生えてる男の人がそれでいいんですよね?」
「ああ、そうだ。 ……魔王を知らないなんて、アイさんはよっぽどの田舎にでも住んでるのか?」

カウレスの言う「魔王」なる危険人物にもし出会ってしまった場合愛一人では不安だったし、カウレスにとっても魔王への戦力は一人でも多い方がいい。
また、どこかで別れる事になっても、人探しをしている愛がミリアとオデットも探してくれるなら、カウレスもある程度安心して対魔王に望める。

「で、黒髪ロングで碧眼の女の子が妹のミリアで、いつもフードかぶってる金髪赤目さんがオデット、と」
「……ああ」
「……カウレスさんはどうするのですか? まず魔王を倒したいのか、仲間と妹を探したいのか、だとちょっとやる事が変わってくると思いますが」
「……それは……」

(……どうすればいいんだ……?)
山道を降りる間も、カウレスは苦悩する。
復讐か、それとも絆か。

(それにしても、勇者に魔王、ねぇ……。
 普通なら頭のおかしい妄言って流すところだけど、どーも嘘っぽい雰囲気は感じないし……
 最初にいたあの角が生えた男が魔王ってのも、なんとなく納得はできるのよねぇ)
そんなカウレスをちらちらと横目にしながら、愛は思考を巡らせる。

(……下手に翼とか出さない方がいいのかしら。 魔物扱いとかされたらマズそうだし)


[F-6・山道/深夜]

【上杉愛】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:田外勇二の保護。 殺し合いには極力乗らない。
1:勇二を探す。
2:山を降りるまではカウレスと一緒に行動。
3:魔王には警戒。
4:カウレスの前では翼は出さない?
※飛行速度が若干落ちているようです。

【カウレス・ランファルト】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(確認済み、カウレスに扱える武器はなし(銃器などが入っている可能性はあります))
[思考・行動]
基本方針:魔王を探すべきか、ミリアとオデットを探すべきか苦悩。
1:山道を降りるまでに結論を出したい
2:殺し合いに積極的になるつもりはないが、魔王を殺す障害は躊躇なく殺す。
3:あの男(ワールドオーダー)に奪われた聖剣を見つけたい。


128 : 探し人は誰ですか ◆Y8r6fKIiFI :2014/02/27(木) 14:53:09 zZKtCkoAO
投下終了です。


129 : 名無しさん :2014/02/27(木) 15:35:39 huchEtiI0
投下乙です。
魔王殺害か、仲間達の捜索を優先か…カウレスの苦悩がこれからどう転がることか
上杉さんが殺し合いの中で振り払った方針の様にならないことを祈る


130 : 名無しさん :2014/02/27(木) 17:07:14 uezCQL..O
投下乙です。
愛の勇二の呼び方は「勇二坊っちゃん」だと思ってたけど、ちゃん付けもありですな。


131 : 名無しさん :2014/02/27(木) 18:10:39 rM0PABxw0
投下乙です
カウレスが思ったよりも勇者らしい勇者で安心したわ
このまま魔王への復讐でプッツンしませんように


132 : ◆C3lJLXyreU :2014/02/28(金) 00:28:38 n.SSu8EM0
亦紅、サイパス・キルラ、遠山春奈
投下します


133 : アンシーズ〜刀侠戦姫贖罪録〜 ◆C3lJLXyreU :2014/02/28(金) 00:29:56 n.SSu8EM0
『寄るな化物! それ以上近付くと撃……ぐぁっ!』
『何で私たちを狙うの? 私たちが何をしたっていうの!』

細身の男が銃を持った男の首を刎ねる。
女が泣き叫ぶ。言葉を無視して心臓にナイフを突き立てると糸の切れた人形のように倒れた。
彼女は二度と口を開くことはないだろう。死んだ人間が生き返ることなど有り得ない。
心臓に刃物を突き刺しても生きているような人間がいたら、それこそ本物の化物だ。

『理由、か。考えたこともなかった』

ふと思い出したように男は呟く。
自分が殺人をしているのは組織に与えられた仕事を達成するためだ。
今回の一家も依頼を受けたからその通りに殺しただけで、何か特別な理由があって殺害したわけではない。
だから特別な理由を考えてもなかなか思い付かなかった。
組織に入ったのも父親が有名な殺し屋で、その息子である自分は父親の跡を継ぐ必要があったからでしかない。

『考えるだけ無駄か。所詮、私は父親の傀儡でしかない』
殺人という行為自体に快楽を見出す殺し屋が多い中、彼はそういった感情を持ち合わせていない少数派に分類される。
幼少期から殺戮人形としての教育を受けてきた彼は誰もが持つ喜怒哀楽が欠けていた。だから他の殺し屋が持つ感情も到底理解出来ない。
命令に忠実な狗はポーカーフェイスで冷徹にその役割を果たす。組織の裏切り者も親族すらも葬ってきた彼に殺せないものなどない……筈だった。

『お兄ちゃん、人を殺して楽しいの?』
『楽しい? そんな感情は知らない』
『とりあえず一緒に遊ぼうよ。お兄ちゃん、すごくつまらなさそうな顔してるもん。
 それに僕も退屈なんだー! お母さんやお父さんに会いに行く前に少し遊びたいよ』

キッカケは些細なことだった。
標的の一家に住んでいる子供を殺害しようと部屋に忍び込んだ時、彼は笑顔で遊びを持ち掛けてきたのだ。
父や母に会いに逝くとはつまり、死を覚悟しているわけか。死に対する恐怖が欠落しているのか。
どちらが原因なのかは不明であるが頼みを断る理由もない。時計を見て時間に余裕があることを確認すると男は頷いて承諾する。
それから数時間、男と子供は存分に遊んだ。子供が暴れてそれに引っ張られるような形ではあったが、いつしか男は殺し屋という身分も忘れて微笑んでいて。

――私は初めて『楽しい』という感情を知った


134 : アンシーズ〜刀侠戦姫贖罪録〜 ◆C3lJLXyreU :2014/02/28(金) 00:31:36 n.SSu8EM0
◆◆◆◆◆◆

「あいたたた……。ちょっとジャンプしすぎちゃいましたね」

気絶から目を覚ました銀髪の少女は涙目になりながら額を抑えて立ち上がる。
彼女の名は亦紅。元殺し屋の吸血鬼で、今は命の恩人であるミル博士や友達のルピナスと共に暮らしている元男だ。
そんな彼女が開始早々気絶していたことには一つの理由がある。
主催者から妙な設定でも加えられていないかと思い切りジャンプしたら偶然近くに生えていた木に激突、そのまま気絶していたのだ。
身体能力や生命力に優れた吸血鬼となっていたから直ぐに復活することが出来たが、人間の体でぶつかっていたらただじゃ済まなかっただろう。

「漸く目を覚ましたようだな。大丈夫か?」
「えっと、貴方誰です?」
木にもたれ掛かって自分に話しかける男に亦紅はきょとんと首を傾げる。

「遠山春奈だ。開始早々に気絶していた少女の様子を観察していたのだが……お前、誰かに襲われたのか?」
「いやー、それが思い切りジャンプしてたら木と激突しちゃって」

遠山には少女が何を言っているのか全く理解が出来なかった。
現代最強の剣術家と名高い彼ですら数十センチのジャンプをすることで精一杯だ。その程度で木に激突するなど信じ難い。
少女が木の近くで気絶していたことは事実だが、言い訳にしてはあまりにも下手過ぎる。
見たところ彼女は10代前半の少女だ。それが殺し合いの場に呼び出され、ましてや誰かに襲われたりしていたら混乱するのも当然。
であれば無理に聞き出すだけ時間の無駄。少女を刺激するのもあまり好ましくはない。

「なるほど。一先ず自己紹介でもするか。今後同行する以上、互いの情報は知っておいた方が良いだろう」
「同行するなんていつ言いました?」
「大人が子供を保護するのは当然の責任だ」
遠山の言葉に納得した亦紅がポン、と手を叩くと彼らは情報交換を始めた。


「――というわけです。つまり私は吸血鬼だから、とりあえずそのニンニクしまってくれないですか?
 弱点じゃなくても苦手なんですよ、それ!」
「ほう。どうやら吸血鬼がニンニクに弱いという伝承は間違っていなかったようだな」

情報交換を終えた二人は支給品を確認していた。
彼らは殺し屋と剣術家。得意な武器が全く違うことに目を付けた亦紅が支給品の交換をしようと提案したのだ。
現在は亦紅に支給された一振りの刀を遠山に渡し、遠山は彼女に渡す武器を探している最中である。

「あ、それ!それがほしいです!」
亦紅が指をさしたのは短く幅の狭い、両刃の直剣。マインゴーシュと呼ばれる短刀だ。
付属された説明書を読むと『相手の攻撃を受けるのに都合がよい大型のガードがついており、専ら利き手以外の手に持ち、相手の攻撃の受け流しに用いられた』と書いてある。
少女が身を守るには調度良い道具だ。本人も欲しがっていることだし、渡す物はこれで良いだろう。

「了解した。今後の予定だがミル博士とルピナスの二人を優先的に探しつつ、テロリストへの対抗手段を模索するということで良いな?」
「ついでに首輪を外すための道具を探す必要もありそうです。いくら博士が天才といっても材料がないと何も出来ないですから」
「ふむ。それも一理あるが必要な材料とやらがわからん。何を集めれば良いんだ?」
「それは私に任せて下さい! これでも博士の助手なんです、何が必要かなんてなんとなくわかっちゃいますよ!」
「何が必要だと聞いている」
「わかっちゃいますよ!」

一通りのやり取りで遠山は察した。
自信に満ち溢れた顔をしているが、この少女は間違いなく知ったかぶりをしている。
自分が元殺し屋で吸血鬼で元男だなんて言い出した頃から怪しいとは思っていたが、変な妄想癖でも持っているのだろう。
彼女が友だと語っていたミル博士とルピナスについては名簿に載っている以上信用しているが、他のは作り話だと考えるのが妥当か。
殺し屋組織の連中も名簿には載っているが彼女の話が本当ならば化物染みている。実在する筈がない。
ため息混じりに「そうか」と返事をすると亦紅は満面の笑みで頷いていた。


135 : アンシーズ〜刀侠戦姫贖罪録〜 ◆C3lJLXyreU :2014/02/28(金) 00:32:42 n.SSu8EM0
「ていうか遠山さんずっと仏頂面ですね。そんなにムスッとしてると彼女出来ませんよ? ほら、笑顔笑顔です」
「黙れ。一体誰のせいで不快な思いをしていると思っている」
「いつも変態染みた笑い方をしてるりんご飴さんを見習ってほしいところです」
「笑えない冗談だ」

――りんご飴。
要注意、しかし上手くいけば仲間に誘える可能性もあるという意味不明な紹介をされた人物だ。
亦紅曰く、ヴァイザーなる強者を付け狙っているストーカーで感性が常人とは大きくズレている。
気が狂っているようで理知的。一見凶暴そうで実に人間らしい考え方をする彼女を亦紅は獣の皮を被った人間だと喩えていた。

『りんご飴ちゃんは熱り勃ってる馬鹿は大好きでも感情のない人形みたいなヤツは大嫌いなんだよ。
 要するに超強い機械よりも必死に感情剥き出しでヤってくれる猿の方がスリルを味わえるってコト。
 もしその瞳に生気宿らせる時がきたらりんご飴ちゃんと熱く拳で語り合おうぜ?』

上記は組織に強襲して亦紅と対峙した時に吐き捨てた台詞らしい。
この台詞から大和撫子とは程遠い性格をしていることが予想できる。
もしもこの名簿に載っている『りんご飴』がそのような性格ならば見つけ次第根性を叩き直さねば。

「やっぱり遠山さん、サイパスに似てますね。そのお固い言動とかそっくりですよ」
「性格は似ていても考え方はまるで違うようだがな。俺の剣術は人を活かすための活人剣だ。
 無慈悲に人々の命を弄ぶ卑劣な輩などと一緒にされても――」

それは唐突に起こった。
一筋の光が亦紅に向けて真っ直線に飛来していた。
豪速球のような速度で迫ってきている光を遠山は多く見積もってあと数十秒で直撃すると見立てた。

(亦紅に避けろと言っても間に合わないだろう。ならば)

「ぐっ――!」

一直線に投げられたソレを咄嗟に右腕で受け止める。
鍛え抜かれた肉体はナイフが腕を貫くことを見事阻止。亦紅に傷一つ付いていないことを確認すると一先ず安堵する。
しかし、出血の量が尋常ではない。痛みには耐えることが出来ても身体へのダメージは相当なものだ。
突き刺さった異物を引き抜き、地面に投げる。流れ出る血液の量が増したが気にしている場合ではない。

「大丈夫か? 亦紅」
「それは私の台詞です!」
「俺は心配ない。この程度で悲鳴を上げているようでは剣術家失格だ」
「無茶しないでくださいよ、遠山さん。このやり口から察するに相手はサイパスです」

振り向くと亦紅は既にマインゴーシュを手にしていた。
表情を見る限り、どうやら彼女は怒っているようだ。自分が守られたことに負い目を感じたのだろうか。

――サイパス・キルラ
単純な実力ならば実質組織の№2と目される殺し屋だと亦紅からは聞いている。
戦闘技術では組織最強のヴァイザーに劣るが、殺人に関する技術に絞れば組織にて最強の男。
それが今、自分を襲撃していると少女は言う。
もしも亦紅の語った『組織』のことが妄想癖でない事実だとすると最悪の状況だ。


136 : アンシーズ〜刀侠戦姫贖罪録〜 ◆C3lJLXyreU :2014/02/28(金) 00:34:15 n.SSu8EM0
「構えて下さい。きます!」
直後に飛び出したのは漆黒の暴風。
捉えるのすら困難な程に素早いそれこそがサイパス・キルラ。
彼は人間に許された範疇を大いに超えているとしか思えない圧倒的な速度で遠山に接近する。

「なんだあれは、化物か!?」

有り得ない。
これまで様々な猛者と対決してきたが、彼らは常識の範囲内で考えられる強さで留まっていた。
自分に迫る化物はそれを優に超えていた。彼と比較すれば自分が戦ってきた猛者など赤子同然に感じられる。
テロリストの悪趣味なパフォーマンスから超能力者の存在は認めざるを得ないが、体術と超能力は別物。
剣術家である遠山には人間の身で化物染みた技術を有している彼が得体の知れない能力者たちよりもずっと恐ろしく感じられた。

「何ぼさっとしてるんですか! 早く構えて下さい!」

呆けている遠山を庇うように飛び出した亦紅がマインゴーシュを用いて刃物を受け流す。
サイパスの強さは身に染みて理解しているが、彼女も元殺し屋。攻撃を受け流すくらいは難なく出来る。
それに加え今の亦紅は半吸血鬼だ。皮肉にも組織を抜け出し、吸血鬼に襲われたことが彼女の強さを底上げする引き金となっていた。

「ほう。組織から身を引き、弱体化するどころか一段と腕を上げたか」
「知ってましたか? 生き物って守るものがあると強くなれるんですよ、どこまでも!」

傍に落ちている血塗れのナイフを拾い上げる。遠山の肉を裂き、その鮮血を浴びたモノだ。
遠山の様子は未だに芳しくない。刀を構えていても小刻みに手が震えている。
であれば、自分が彼を守らなければならない。誰かを見殺しにして博士やルピナスに顔向けなど出来ないのだから。

「随分と口が達者になったようだな。俺は機械のように冷徹な貴様を気に入っていたのだが」

ナイフを右手に迫り来るサイパス。
再度受け流そうとマインゴーシュを構えるが、何かが引っ掛かる。
彼は間違いなく一流の殺し屋だ。自分も含めた多くのメンバーが彼によって教育されている。
そんな強者が一度防がれた攻撃手段を二度も試すだろうか?
ナイフはブラフ。本命は胸ポケットに隠された――

「拳銃ですかッ!」
「遅い!」

相手の意図を理解したのと同時に弾丸が亦紅へ襲い掛かった。
亦紅は吸血鬼が有する圧倒的な身体能力を利用して大きく跳躍する。
凶弾が太ももを掠るがこの程度では致命傷に至らない。痛みにも慣れている。
問題はここからだ。サイパスの性格からして初撃で致命傷を与えられないことは計算済み。
次の本命をどう避けきるか。そこが勝利の分かれ目となる。

「散れ、裏切り者の『亦紅』」

放たれる本命。
それは無情にも必死に藻掻く亦紅の胸に着弾した。
サイパスはそのまま動くことなく落下する彼女を見届け終えると同行者の遠山に銃口を向ける。
彼に恨みはないが一部始終を見られた以上、見逃してはおけない。
亦紅から組織に関する情報を得ている可能性も考慮して現在最も始末しなければならない標的と看做す。

「これでわかったろう。殺し屋の貴様に何かを守ることなど出来んよ」
「何故、彼女を殺した!」
「裏切り者を始末することに理由など不要。組織の人間として当然のことをしたまでだ。
 無論、組織に関与した貴様もここで死んでもらう」

吼える遠山に対してサイパスは落ち着いた態度で返答をする。
亦紅を気に入っていたのは彼が組織に忠実な人間であったからだ。
一流の殺し屋として育て上げたのは彼に多大な才能が眠っていたからだ。
すべては組織のためであり、そこに特別な情などは一切存在しない。
組織に有益な人物でなくなった裏切り者を始末することは必然だろう。


137 : アンシーズ〜刀侠戦姫贖罪録〜 ◆C3lJLXyreU :2014/02/28(金) 00:35:24 n.SSu8EM0
「貴様ァ――ッ!」
「ほう。ただの臆病者でも威嚇することは出来たか」

怒り狂った遠山は刀を構えると眼前に佇む巨悪を成敗しようと我武者羅に走る。
自分を守ろうとして散った少女の死が怯える彼の背中を押したのだ。
されどここは戦場。気合で勝てる世界に非ず。
パン、パンと二度の乾いた音が鳴り響くと凶弾が左右の脚を抉る。
更にもう一発。今度は左の腕から鮮血が溢れ出した。
止めの一撃。地を這う芋虫の心臓に標準を定め、そして――

「大丈夫ですか、遠山さん!
 ……サイパスも組織を抜けただけで裏切り者だなんて好き勝手言ってくれますね」

死者が戦地に舞い戻った。
亦紅はにっこりと微笑むと遠山を背負って跳躍。
無事、近場の木に着地することで目前まで迫る銃弾を避けることに成功した。
そしてサイパスからの追撃がないことに気付くとすぅっと大きく息を吸い込み――

「元殺し屋、亦紅が宣言します!
 貴方の組織は私と遠山さんとルピナス達がぶっ潰してやりますから覚悟してください!」

声高らかに宣戦布告をするとその場から去った。

【G-3 森/深夜】
【サイパス・キルラ】
[状態]:健康、疲労(小)
[装備]:サバイバルナイフ、S&W M10(0/6)
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜1
[思考・行動]
基本方針:組織のメンバーを除く参加者を殺す
1:亦紅、遠山春奈との決着をつける
2:イヴァンと合流して彼の指示に従う

◆◆◆◆◆◆
「やっちゃいました、やっちゃいました! 私、宣言しちゃいましたよ遠山さん!」
戦線離脱した亦紅は遠山を背負いながら騒いでいた。
あの後、何度か「離せ」と命令したが亦紅が上機嫌で「遠山さんの面倒を見る!」と張り切っているためこの状態が続いている。
傍から見れば少女が長身の男を背負って歩いているという奇妙な光景であり、遠山の機嫌はあまりよろしくない。

「黙れ。間近で叫ばれると耳に響く。しかしお前、どうして生きていたんだ」
「これですよこれ。こっそりと仕込んでおいて正解でした」
亦紅は胸から幾重にも重ねられた銀の皿を取り出すと自慢気な態度で遠山に見せ付ける。
彼はそのうちの1枚を手に取ると即座に疑問を解決した。

「皿の中央が凹んでいる。この頑丈な皿を重ねて銃弾を止めたというわけか」
「そういうことです。衝撃だけはどうしようもないから気絶しちゃいましたけどね」
「ふむ。もう一つ疑問があるのだが、何故宣戦布告でルピナスの名も入れた。大切な友ではないのか?」
「ルピナスはそれなりに強くてヒーロー大好きな子ですから。きっと彼女も組織潰しに協力してくれるはずです」


138 : アンシーズ〜刀侠戦姫贖罪録〜 ◆C3lJLXyreU :2014/02/28(金) 00:35:59 n.SSu8EM0
嬉々としてルピナスのことを語る亦紅の姿からは友への信頼が垣間見えた。
ヒーローを慕っている人間が元殺し屋と仲が良いというのも妙な話だが、亦紅の振る舞いはサイパスのような殺人鬼とはまるで違う。
殺し屋でない一人の少女になった今、どんな友情が芽生えてもおかしくはないのだろう。
そう、例えば剣術家と元殺し屋の少女が友となったとしても。

「俺も強くならねばな……」
「何か言いましたか?」
「……」
「あ、これ寝ちゃったパターンですか? やっぱり遠山さんも私がいないとダメダメですね」
背後からすやすやと聞こえる寝息で遠山が眠っていることに気付くと呆れたように亦紅はため息をついた。
サイパスと戦闘した時は常人を超えた強さが原因で嫌悪されるのではないかと不安だったが、どうやら無駄な心配だったようだ。
とりあえず彼が眠っている間に『もう一人の敵』にも宣言しておこう。

「ワールドオーダーに組織ですか。色々と決着をつける必要がありそうですけど、私は意地でも日常を取り戻します。
 これが私の犯した罪に対する罰だというなら、そのすべてを償ってやりますよ」

亦紅は何処かにビデオカメラがセットされていると推測してその場で宣言した。
主催者に向けて発した筈のそれを言い終えると心の整理がついたように笑みを浮かべて歩き出す。

【H-3 森/深夜】
【亦紅】
[状態]:太ももに擦り傷、疲労(小)
[装備]:サバイバルナイフ、マインゴーシュ
[道具]:基本支給品一式、銀の食器セット、ランダムアイテム0〜1
[思考・行動]
基本方針:主催者を倒して日常を取り戻す
1:遠山さんの面倒を見る。この人も私がいないとダメダメですね
2:博士とルピナスを探す
3:サイパスら殺し屋組織を打破して過去の因縁と決着をつける
4:首輪を解除するための道具を探す。ただし本格的な解析は博士に頼みたい
※遠山春奈が居た世界の情報を得ました

【遠山春奈】
[状態]:手足負傷による歩行困難、精神的疲労(大)、睡眠中
[装備]:霞切
[道具]:基本支給品一式、ニンニク(10/10)、ランダムアイテム0〜1(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:主催者と組織の連中を斬る
1:亦紅を保護する
2:強くなりたい
3:サイパスとはいつか決着をつけ、借りを返す
4:亦紅の人探しに協力する
5:りんご飴を大和撫子に叩き治す。最低でも下品な言動を矯正する
※亦紅からミル、ルピナス、りんご飴、組織の情報を得ました
※りんご飴を女性だと誤認しています。亦紅が元男だということを未だに信じていません

【銀の食器セット】
亦紅に支給。
銀で作られた食器のセット。内容はフォーク、ナイフ、スプーン、皿、コップが各4つ

【霞切】
亦紅に支給。
業物の名刀 銘は九十九
号が示すようにその一閃は霞を切り魔を断つという
濤乱刃の見事な波紋は正に芸術品。
九十九の手を離れた後、法儀式を施され聖なる力を宿らせた

【マインゴーシュ】
遠山春奈に支給。
主にルネサンス期以降近世にかけてヨーロッパで用いられた、白兵戦用の補助的な武器で、短く幅の狭い、両刃の直剣。
相手の攻撃を受けるのに都合がよい大型のガードがついており、専ら利き手以外の手に持ち、相手の攻撃の受け流しに用いられた。

【ニンニク】
遠山春奈に支給。
ただのニンニク。新鮮で取れたて、おいしい。
網状の袋に10個入ってる。
大きさはまちまちだが最大で18cmのものもある。

【サバイバルナイフ】
サイパス・キルラに支給。
軍事行動中などにおいて遭難などで他の装備を失った場合、それのみで生存を計る目的で設計された、大型のシースナイフ。
お得な3本入りセット

【S&W M10】
サイパス・キルラに支給。
回転式拳銃。6発入り


139 : アンシーズ〜刀侠戦姫贖罪録〜 ◆C3lJLXyreU :2014/02/28(金) 00:37:32 n.SSu8EM0
投下終了です。
タイトルの元ネタはライトノベル「アンシーズ」から。
余談ですが以前投下したDumme Marionetteはゲーム「Dies irae」のBGMから取らせていただきました


140 : 名無しさん :2014/02/28(金) 01:06:13 5eDaUHDE0
投下乙です。
モコウちゃんがいいキャラしてるなぁ…元殺し屋とは思えぬ明るさがかわいいw
そして淡々と標的を追い詰めるサイパスさんがカッコいい


141 : 名無しさん :2014/02/28(金) 12:38:11 f.I8qbj60
投下乙
遠山さんは相手が悪かったか…一般人の中では十分強いがこのロワは化け物揃いだからね
いつか雪辱を晴らす時が来るといいなぁ


142 : 名無しさん :2014/02/28(金) 14:18:01 DmZRPzS60
投下乙
サイパスさん普通に強いな……


143 : ◆tcUmrFuW/A :2014/03/02(日) 19:43:59 l2k1WIkI0
投下します


144 : ◆tcUmrFuW/A :2014/03/02(日) 19:46:44 l2k1WIkI0

「ひっ、ひいいいいいっ!」


畜生、畜生畜生畜生畜生チクショウ!
なんだよこれは、一体何がどうなってんだよ!?
なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけねえんだ!
おかしい。理不尽だ。夢かもしれない。あってはならないことが起きている。
畜生、でも、でも――夢じゃねえ。
夢ならこの手の傷から血が流れる事なんてねえし、痛くだってないはずだ。
でもよ、痛えんだ。
俺の手はすげえ痛くて、熱くて、この痛みは絶対に夢なんかじゃねえ!

「ハッ、ハッ、ハッ、ハアッ……うぷっ」

佐藤道明は走っていた。
およそ数年ぶりの全力疾走。そもそも走る事すら久しぶりだ。
100キロを超える身体で走る様は、さながら肉の壁が這い回っているようにも見えるだろう。
足がもつれる。横腹が破裂しそうなくらい痛い。でも止まらない。止まる訳にはいかない。
何故ならまだ、追跡者――あの人殺しが、追いかけてきているかもしれないからだ。

「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」

いくつめかもわからない曲がり角を曲がり、佐藤は目についた自動ドアへタックルするように飛び込んだ。
幸い、まだ閉店時刻ではなかったらしく、自動ドアは静かに開いて佐藤を内部へと招き入れる。

「だ、誰か……た、た、たす、ハッ……たす……ハアァッ、ハッ……おぶっ!」

室内に入った瞬間、佐藤は床に手を着いて四つん這いになった。
意識した訳じゃない。身体が無意識にそうした。
そうするとき、身体に負担をかけない方法を、身体が無意識にセレクトした――

「うごえぇぇ……!」

盛大に、戻してしまった。
今日の夕食――というには時間が遅かったが――の、カツカレーとギョウザ、ハムとチーズのサンドイッチ、デザートのバニラアイス。
吐瀉物が静謐な空間に前衛的なシンフォニーを響かせる。
額に汗が滲む。これだけ走ったのだから当たり前だ、と佐藤は思ったが、その汗は自分でも驚くほどに冷たい。
佐藤はシャツの袖で額の汗を拭いた。5XLサイズのシャツは既にぐっしょり濡れていてさほど効果はなかった。
フル回転した足が鉛のように重い。心臓が爆発しそうだ。
多分300メートルは走っただろう、と佐藤は思う。日常行動範囲が部屋とトイレと風呂を往復するだけなので、距離感すら曖昧だ。


145 : ◆tcUmrFuW/A :2014/03/02(日) 19:47:51 l2k1WIkI0

「フゥー、フゥー、フウゥゥゥゥゥ――」

深く息を吸って、吐く。目の前の汚物はあえて見なかったことにする。
入り口でこんな粗相を仕出かしたら、どんな店だって入店拒否されても文句は言えない。にも関わらず、誰からも佐藤へと非難の声はかからなかった。
なんとか喋れるくらいまで呼吸を整え、佐藤はまず後ろを振り向いた。自動ドアは俺より後は誰にも反応していない。閉まっている。
もしかして振り切れたのかと、安堵する。
やや落ち着きを取り戻した佐藤は、規則的に並んでいる高級そうなソファを支えに何とか立ち上がり、大声で叫んだ。

「た……助けてくれ! 警察を呼べ! 銃持った頭おかしい奴がいるんだ!」

ぜえはあと荒い息を吐きながら返事を待つ。佐藤はすぐに気付いた。ここには誰もいない。
佐藤が飛び込んだこの場所は、見渡す限り無人だった。

「なんだこれ。どうなってんだ……?」

はっきりと観察した訳ではないが、この建物――ホテルの規模・設備は相当なものだった。
通常なら、一流と呼んで差し支えないホテルのロビーに、フロントやボーイなどの職員がいないはずがない。
違和感を感じた佐藤が再度呼びかけようと大きく息を吸い込んだ時。


ガシャァァァァンッッッ!!


そうとしか言い表せない、ひどく甲高い音がした。
佐藤がたった今入ってきた自動ドア、そのガラス戸が砕かれたのだ。

「ひいっ!」

何よりもまず、音に恐怖した。ガラスの破砕音が夜の静寂と佐藤の精神を同時にを引き裂く。
コップを落としたのとは訳が違う、生理的な不安を煽る音。


コーラが飲みたい。確か一昨日ババアに買いに行かせたから冷蔵庫にまだ入ってたはずだ。
キンキンに冷えた、砂糖たっぷりのいつものコーラが。ツマミのポテチはまだ残ってたはずだ。
そろそろイベントの時間だ。ギルメンを待たせる訳にはいかない。なんたって、俺はギルマスだからな。
あいつら、俺がいないと先週実装されたダンジョン死なずにクリアできないって泣きついてきて――
思わず夢の世界にログインしかけた佐藤に現実を突きつけたのは、割れたガラスを踏み越えてホテルへ入ってきた新たな人物だ。

「……驚きました。まさか私より足が遅いとは思わなくて」

現れたのは、一見して中学生とわかる小柄な少女だった。
黒髪を背中まで伸ばし、色は白く、目尻には色濃い隈がある。
引きこもりの佐藤をして陰気そうなタイプと断ずる事ができるほど、あまりにも暗い空気を纏っている。

「私、あまり運動は得意じゃないけど……それでも、わざわざ走る必要もなかったくらい」

肩で息をしていた佐藤と違い、その少女には全く疲労の痕跡がない。
明らかに文系の少女と比較してさえ、佐藤の体力の無さに軍配が上がったようだった。


146 : ◆tcUmrFuW/A :2014/03/02(日) 19:48:57 l2k1WIkI0

「お、お前……!?」
「あまり、逃げない方がいいと思う……痛いのは一瞬だから」

夜に田舎の井戸を覗き込んだらこんな感じだろうか――そう思わせる視線を銃口と共に佐藤に向けて、少女はぼそぼそ呟く。
そして少女は余りにも無造作に、引き金を引いた。

「――――ぁっ!!!!?」

頭を殴りつけられたような衝撃が佐藤を襲う。強烈なフックを打ち込まれたボクサーのようにクルクルと回転し、佐藤は転倒した。
ただでさえ限界まで運動し、さらに嘔吐したのだ。佐藤にはもう体力は残っていない。
受け身など取れる訳も無く、佐藤は床に肩を強かに打ち付け、カエルが潰れたが如き呻き声を上げた。

「あ……やっぱり、難しい。ごめんなさい、当てるつもりだったんだけど……」

朦朧とする意識は少女の言葉を理解できない。
ただ下から少女を見上げる形になった佐藤に同情するつもりは無いのか、少女は三度銃を佐藤に突きつけた。
転んだ際に落としたデイパックは、少女に奪われてしまった。

「銃で、撃たれると……当たり前ですけど、痛いです。でも、頭か心臓……即死したら、あんまり痛くないです。
 逆に一番苦しかったのはお腹かな……できればお腹は止めてあげたいんですけど……」

でも早く楽にしてあげたほうがいいかな、と少女は佐藤の様子に一切斟酌せず独り言を続ける。
その目は佐藤を映しているが、砂糖を見てはいなかった。

「まっ……待て、待ってくれ! こ、ころ、殺さないで……殺さないでくれ!
 な、なあ、お願いだ。命だけは助けて! 他、頼むよ、なあ!」
「ああ、でも頭打たれても即死じゃなかった事あったっけ。じゃあ心臓かな……?」」

必死の懇願もまるで届いた様子がない。
少女はゆっくりと佐藤の側へと近寄って来る。もし佐藤が咄嗟に暴れようとしても手が届かない、ギリギリの場所で止まった。

「く、来んな、来んなよ人殺し! 俺がお前に何したってんだよ!
 そうだ、か、金ならいくらでも払うから! だからなあ、お願いだから助け」
「あまり、動かないで……外しちゃうかもしれないから」

少女は最初からずっとこの調子だった。
大広間で革命家とか言う変な奴の演説を聞いて、FPSみたいな銃声がして、ビームらしきものを撃った奴がいて。
朝方までPCに向かっていた佐藤の頭はこれ何のイベントだっけと状況を把握していなかったが、数年ぶりに出た家の外という環境は否応なく佐藤の楽園をぶち壊した。
とりあえずこれは夢じゃない、と佐藤が認識した瞬間、影のように少女は現れ、そして言葉を交わす間も無く撃ってきた。
銃を撃つ事など当然初めてなのだろう、その初弾も見事に明後日の方角に飛んでいった。
流れ弾が自販機のディスプレイに突き刺さり、飛散した破片で腕を浅く切った佐藤はこの時点で恐慌を来たす。
訳のわからない状況、ここは家ではない、いつもうっとおしく話しかけてくる親もいない――佐藤の目前にあったのは、凶器を構えて近寄ってくる少女というリアルだけだった。
佐藤は走った。肥満体の青年はお世辞にも敏捷とは言えなかったが、人間とはいざ命の危険に直面すれば驚くほどの力を発揮する。
佐藤本人は300メートルと思った距離は実際には50メートルほどだったのだが、とにかく佐藤はその果てしなく遠い50メートルを自己最高記録で駆け抜けた。18秒。
しかし逃げきれなかった。
すぐに追いつかれ、至近距離を弾丸が掠め、転倒し――完全に追い詰められた。
今や佐藤の命はこの少女の手の上にある。


147 : ◆tcUmrFuW/A :2014/03/02(日) 19:50:17 l2k1WIkI0

「ごめんなさい。それじゃ」

そして、何ら躊躇う事もなく少女は引き金を引く――寸前、さらに少女の背後から大きな影が飛び出してきた。
影は少女の足を刈り、転倒させる。少女が握っていた拳銃は宙を舞うが、魔法のようにその影が伸ばした手に受け止められた。

「……ふう、間に合ったな。怪我ないか、君?」

滑らかな動きで転ばせた少女の手を捻り上げ、“制圧”した影――それは、大柄な男性だった。
ちらほら白髪が混じる髪とは裏腹に、その肉体は鋼のように引き締まっている。佐藤のそれとは違う――“闘うための”身体だ。
しかし何よりも佐藤を安心させたのは、男性の衣服。日本に住む者なら誰でも知っているであろう、警察官の制服だ。

「け、けいさつ……?」
「ああ、そうだ。俺は榊将吾。警視庁の警部補だ。もう大丈夫だ、安心してくれ」

榊と名乗った男は懐に片手を突っ込む。取り出したのはドラマなどでお馴染みの警察手帳だ。
よくある小道具だが、一般人には効果覿面。恐慌状態だった佐藤も、手帳と男の顔を何度も見比べているうちに徐々に落ち着いてくる。
へたり込んだまま何度も何度も深呼吸し、ようやく恐怖の震えが収まった途端、怒りが込み上げてきた。
それは部屋を家を連れ出された恨み。肉体を酷使させられた痛み。そして何より――殺されかけた恐怖。
その全てが綯い交ぜになり、やがてドロドロとした怒りへと変貌する。

「おい、君? 何を」
「この――腐れビッチ野郎がっ!!」」

榊が抑えつけたまま身動きが取れなかった少女へと走り寄り、その小さな顔を、蹴った。
少女の顔が跳ね上がる。血と共に吐出された歯が、少女へ確かな痛痒を与えた事を示している。

「ぎ……っ!!」
「ふ、ふひひ……まだだ! こんなもんじゃ済まさねえぞおっ!」

苦痛に歪む少女の表情にサディスティックな快感を覚え、再度踏みつけてやろうと佐藤は足を振り上げる。
しかし片足立ちになった瞬間、榊の拳が佐藤の出っ張った腹を打つ。バランスを崩していた佐藤の巨体は、結構な勢いで後ろに突き飛ばされた。

「ってぇ……!」
「気持ちはわかるが、止めろ。彼女はもう無力化している。これ以上は必要ない」
「ふざけんなよおっさん! 俺は殺されかけたんだぞ、そのガキに!」
「わかってる。だが、それでもだ。俺は警察官だからな、無抵抗の人間が傷付けられるのを見過ごす訳には行かん。
 君も納得はできないだろうが、今はひとまず抑えてくれ。まず俺がこの娘に話を聞くから」
「そんな悠長なこと……あんたも見ただろ! こいつ、銃を撃ってきたんだぞ! 人殺しなんだぞ! そんなやつから何を聞くってんだよ!」
「まずは、名前だな。おい君、名前はなんて言うんだ?」

佐藤の怒りもどこ吹く風、榊は抑えつける力を緩めてやった。
関節を極められ身動きの取れない少女は、お互いに蛮行を加え合った佐藤をしばし見ていたが、やがて興味を失くしたように榊へと視線を移す。

「詩仁、恵莉」
「恵莉ちゃん、だな。手荒な真似して済まないな」
「いいです。当然の事でしょうし……そっちの人が怒るのも」

淡々と。その声に感情は全く込められていない。
佐藤を殺そうとした事も、榊に力づくで抑えられている事も、どちらも大した事ではない。佐藤にはそう言っているように見えた。


148 : ◆tcUmrFuW/A :2014/03/02(日) 19:52:50 l2k1WIkI0


「……こんな状況だ、不安になるのはわかる。まして、銃なんて持たされたらな。自棄になってもおかしくは無い。
 だが、恵莉ちゃん。こんな時だからこそ、冷静になるんだ。あのワールドオーダーとか言う奴は必ず俺達警察が捕まえる。
 だからな、恵莉ちゃんも、そっちの君も。こんなつまらない事で手を汚しちゃいけねえよ」

それは、警察官としての榊の本心だ。
未来のある若者が、殺人を犯す。
たとえ自衛のためとしても、その事実は必ずその後の人生に暗い影を落とす事になる。
日本の治安と市民の生活を守る一警察官として、そんな事態は絶対に許せない。

榊将吾。
警察の闇を目の当たりにし、諦念と惰性の海に沈んだ彼を以ってしても、尚、この事件は決して看過できないものだ。
まして、まだ二十歳にもなってない子供を殺し合わせるなど言語道断。久しく忘れていた純粋な怒り――悪への怒りが、榊を満たしている。


「そっちの君。名前は?」
「え……佐藤、佐藤道明、です」
「よし、佐藤君。そして恵莉ちゃん。君達二人は俺が保護する。安心しろ、絶対に家に帰してやる。
 佐藤君、恵莉ちゃんを許してやってくれ。そして恵莉ちゃん、その銃を渡すんだ。君が持っているべきものじゃない」

榊に押し倒された際、恵莉は拳銃を持つ手を咄嗟に腹部へと押し付けた。
だから今、拳銃は恵莉と榊自身の体で隠された位置にある。
日本で働く警察官として、子供が銃を持つなどとても許容できない。誰かに仕組まれたとならばなおさらだ。

「…………」
「恵莉ちゃん」
「……わかりました」

ハア、と息を吐いて恵莉が折れた。

「守って……くれるんですね?」
「ああ、もちろんだ。これでも俺、射撃ならちょっと自信があってな。そこらの犯罪者くらいには負けないぜ」

榊が豪放に笑い、恵莉への戒めを解く。佐藤は狙われた恐怖から物陰に隠れて様子を見ている。

「私一人じゃやっぱり駄目……死に方は覚えてても、殺し方なんて知らない……」

ぼそぼそと呟き、恵莉は榊へと銃を手渡す。
相変わらず感情が読めない目だが、ひとまずこれ以上争う気は無いという意思表示に他ならない。

「よーし、いい子だ。佐藤君、もう出てきてもいいぞ。とりあえず、まずお互いの事を話し合って――」







その瞬間が、“今回の”詩仁恵莉のDEAD ENDだった。


149 : ◆tcUmrFuW/A :2014/03/02(日) 19:54:24 l2k1WIkI0


遠くから見ていた佐藤だけが、何が起きたのか把握できた。
恵莉と榊がいた場所の上、天井から、水が滴るように滑らかに、黒い影が落ちてきた。
影はするりと手を伸ばして恵莉の首に手をかけ――


ごきり。


枯れた枝を踏み折るような乾いた音が鳴った。


「え?」


それが、詩仁恵莉の遺言となった。
音もなく着地した影は、恵莉が握っていた銃――SAA(シングル・アクション・アーミー)を一瞬でスリ盗った。
その銃口が狙うのはもちろん、対面にいる榊将吾。
呆然とする榊の脳天へポイントされた銃が、引き金を引かれる。吐き出された弾丸は、榊の眉間を貫く弾道を描く。
一瞬をさらに引き伸ばした刹那の瞬間。死を覚悟する間も、現実を受け入れる間も無く――榊の額から数ミリのところで、弾丸が弾け飛んだ。

「――――ッ!?」

まさに、弾け飛んだ。
弾頭は素粒子にまで分解され、榊を傷つける事は無い。

「DrAzzilb!」

次いで、透き通るような声。叫びがもたらしたものは風、そして氷の刃。
室内に吹くはずの無い突風が、至近にいる榊を全く無視して、黒い影――ダークスーツを着こなす長身痩躯の男へと叩き付けられる。
ダークスーツの男は昆虫染みた動きで風が運ぶ刃を回避するが、風はうねり竜巻となって何度も食らいついていく。
後退していくダークスーツを睨み、榊はようやく態勢を立て直す。
榊の前に、ダークスーツとは違う黒い外套をに身を包んだ人物がやってきた。

「ご無事ですか?」
「あ……ああ。あんたは?」
「私の名はオデット。自己紹介、と参りたいところですが……お話は後で、サカキ。まだ終わっておりません」

フードを下ろせば、そこには見目麗しい金髪紅瞳の美女の顔があった。
しかし目を引くのは美貌だけでは無い。耳の上から生える山羊のような巻き角が、オデットと名乗る女の最大の特徴であろう。
榊の無遠慮な視線に気付いたか、オデットはやや目を伏せる。

「……済まない、不躾だった」
「いえ、人族には当然の反応です。気にしておりませんわ。それより……」

オデットは、柔和な顔に似合わぬ鋭い視線を前方に向ける。その先にはダークスーツの男が立っている。
吹き荒れる氷槍の嵐の只中にいたのに、傷一つなく。


150 : ◆tcUmrFuW/A :2014/03/02(日) 19:56:26 l2k1WIkI0

「気をつけて。あの方は……危険です。」
「ああ、言われんでも感じるよ。全身の毛が逆立ってやがる……!」

落ち着いてみれば、ダークスーツの男は榊よりも年下だろう。さすがに佐藤よりは上だろうが、多く見積もっても三十そこそこ。
だというのに、無言のまま撒き散らすプレッシャーで榊の本能が警告を発している。こいつは今まで渡り合ってきたどんな犯罪者よりも危険だ、と。
榊は目線だけ動かして倒れている恵莉を見る。頚骨粉砕骨折――ほぼ即死だったろう。痛みを感じる暇がなかったのは幸運かどうか。
榊を信じて銃を渡そうとしてくれた少女の命は、一瞬で刈り取られた。榊の全身を、怒りと、そしてあるいはそれ以上の戦慄が走る。
ともすれば怒りを忘れそうなほどの、鮮やかな“殺し”。ダークスーツの男は、まるで息をするように恵莉の命を奪ってみせた。

「なんなんだ、あいつは……」
「ごめんなさい、私がもうちょっと早く出て行ってたら、あの娘は死ななかったはずだわ」
「君も見てたのか?」
「はい。その……貴方達が信用できる人かどうか、見極めたかったから……」

なるほど、と得心する。ダークスーツの男が襲撃してきたように、オデットもまた接触のタイミングを図っていたのだ。だからこそ榊の名も、この場にいる人間の関係性も把握している。
ダークスーツの男は恵莉の拳銃が警察官の榊に渡る前に確保しておきたかった。
片やオデットは榊達が好戦的な人物でないか確認したかった。
これはダークスーツの男の決断が少し早かっただけで、もしオデットが先に接触してきたら今頃榊は死体になっていたかもしれない。
だから、榊にオデットを責める事は出来ない。恵莉の死の原因だ、と弾劾するなど、到底お門違いなのだ。
そう、憎むべきはオデットではなく――目前のダークスーツの男。

「貴様、誰だ? 堅気じゃあ無いな。さしずめ……殺し屋ってところか」
「武器を捨ててください。できれば闘いたくはありません。
 見ての通り、私は魔法を使います。手練とはいえ、人族であるあなたに勝ち目はありませんよ」

榊とオデット、二人からの誰何を、ダークスーツの男は聞いているのかいないのか、頓着すること無くSSAを弾倉を一度開き、閉じる。
得物の調子を確かめる仕草だ。つまり、ダークスーツの男には、降伏する気も逃げる気も無い。
榊とオデット、そして佐藤――ここにいる全員、皆殺しにするつもりであるという事だ。

「くっ、銃を奪われちまったのは痛いな。なあオデットさんよ、あんたに期待してもいいのかい?」
「ジュウ……あの鉄の箱の事ですね。あれが必要ですか?」
「ああ、銃さえありゃ誰が相手だって……ん、何とかできるのか?」
「ええ――TenGam!」

美声が紡ぐのは呪文。
榊の耳には聞き慣れない発音は、現象となって世界に干渉する。
ダークスーツの男が握っていたSAAが、糸で引っ張られたかのようにぐんと宙に舞う。
SAAが榊の手の中に飛び込んできた。

「これが魔法……か。すげえな」
「いえ、気をつけてくださいサカキ。やはり只者ではありません」

感心する榊とは対照的に、オデットの顔は暗い。
もしダークスーツの男が銃から手を離さなければ、オデットの魔法は磁力を操作して男を捕縛できていたはずだ。
さきほどの氷槍のときもそうだ。おそらく初見であるだろう魔法を、見事に回避している。危険を察知する勘が尋常ではない。
そして今、銃を奪還されたというのに、やはりダークスーツに引く気配は無い。素手でも榊達を殺せるという自信の現れか。


151 : ◆tcUmrFuW/A :2014/03/02(日) 19:58:22 l2k1WIkI0

「礼状は無えが、殺人の現行犯だ。抵抗するなら射殺する」
「…………クッ」

無駄だとわかっていたし、榊はもうこの男は射殺すると決めていたが、一応の義務として、榊は手帳を男に見せる。
男の反応は降伏ではなく――失笑だった。嘲笑でも苦笑でもない。本当に面白くてつい吹き出てしまったという、そんな笑みだ。
その笑みを見て、榊は確信した。
オデットのように明らかに人でない容姿をしていても、対話はできる。
だが外見は人間そのもののこの男には、対話交渉説得威圧相互理解、等しく無価値なものである、と。

「オデット!」
「EgdeDnIw!」

オデットが翳した手から、先ほどの吹雪以上の風が巻き起こる。
風の精霊に働きかけ、気圧を操作し鎌鼬を生み出す。
不可視の真空波――氷槍と違い目に見えず高速で飛来する刃を、人間が防ぐ手立てなど無い。
その威力は名刀の一振りにも匹敵する。手足を狙って放たれた鎌鼬は容易く四肢を切り落とすだろう。
オデットが行使できる中では、かなり強力な魔法だ。戦を嫌うオデットではあるが、ダークスーツの男が放つプレッシャーはとても手を抜けるものではない。
無力化するにも生半可な魔法では無理だ。だからこそ、力ずくで捻じ伏せるしか無かった。


しかし。
踊る。踊る。
優美な舞を見ているように。
人の目には決して見えない音速の刃は、ダークスーツの男を傷つけない。
何十と迫り来る鎌鼬を、男は首を傾けたりしゃがんだりと、極最小限の動作で全て躱している。

「嘘……!?」
「おおおぉっ!」

榊にはオデットが何をやったかわからずとも、何か予想外の自体だという事は察せられた。
故に、榊も躊躇なく発砲する。狙いはダークスーツの男の胴体。
しかし、男から血飛沫が上がる事は無かった。
榊の射撃の腕は確かだ。何度も表彰状を受けた事がある。
にも関わらず、風に舞う木の葉のような男の動きを捉えられない。

「化物か!」

そして、何としたことか――男は、銃弾と鎌鼬の嵐の中を悠々と歩いてくる。
瞬きの間に榊の眼前にまで迫ってきた男に、弾を撃ち尽くした拳銃を投げつけ、榊は自分のバッグへ手を突っ込んだ。
取り出したのは榊に与えられた支給品。恵莉を取り押さえる時にはとても使えなかった、殺傷力の有り過ぎる武器だ。

「うおおおおおおっ!」

鉄の持ち柄の先に鎖が繋げられ、またその先には重量感ある鉄球が溶接されている。
榊は知らないが、佐藤ならこの武器の名前はわかる。
モーニングスター――明けの明星を意味する、撲殺用の鈍器だ。
榊とてもちろん扱うのは初めてだが、武道の経験者だけありその打ち込みは決して遅いものではなかった――にも、関わらず。


152 : ◆tcUmrFuW/A :2014/03/02(日) 20:00:14 l2k1WIkI0

「――ガハッ!」


高速で向かってくる鉄球の鎖を指先で絡めとり、鉄球の軌道を操作。魔法のように手からもぎ取られたモーニングスターを、榊が目で追う。
空振りして隙のできた榊の腹を、ダークスーツの男の膝が深く抉った。榊がどう、と倒れる。
そして奪ったモーニングスターを、男がもう片方の手で振る。その先にはオデットがいた。

「きゃあっ!」

間一髪、オデットは魔法で鉄球を弾く。そして――そこで詰んだ。
鉄球を弾かされたオデットには男の追撃を防ぐ手段がなく、無防備なオデットの心臓を男の蛇手が襲う。
手首に隠すようにしていたペンを一瞬で引き出し、突き刺した。

「……えっ?」

傍観していた佐藤が瞬きする間に、全ては始まり、終わった。立っているのはダークスーツの男、ただ一人。

「が……う……」
「さ、榊さん!」

榊が弱々しく呻き声を上げる。生きてはいるが、完全に無力化されていた。
オデットはピクリとも動かない。

「嘘だろ……」

佐藤が立ち尽くしている間に、ダークスーツの男は落ちていた銃とデイパックを拾い上げた。
どうかそのまま立ち去ってほしい――そんな佐藤の願いは、当然のように無視される。
モーニングスターをぶんと振り回し、男が佐藤へと向かってくる。終わった。もう無理だ。あんな化物に勝てる訳がない。
佐藤は、恐怖のあまりへたり込む。腰が抜けてしまったかもしれない。
男は無表情のまま、佐藤へと近づいてきて――

「ElCriC!」

小さい――しかし確かな声が、佐藤を救った。
オデットが、倒れながらも手を男へと向けて、魔法を発動したのだ。

「サトウ……サカキを連れて、逃げて……」

その魔法は、攻撃ではなく、防御。
術者を中心に円状に結界を張り、攻撃を遮断する高位魔法。
それをオデットは、自分と男を範囲内に含める事により、即席の檻としたのだ。


153 : ◆tcUmrFuW/A :2014/03/02(日) 20:04:05 l2k1WIkI0


「お、オデットさん」
「早く……私がこの者を止めている間に……早く!」

当然、男は踵を返してオデットを殺しにかかる。が、

「確かに私を殺せば、この結界は解ける……でも、それではあなたも死ぬ事になりますよ」

か細いオデットの声が、男の行動を掣肘した。

「私を殺せば、私の内にある魔力は全て外に向かって爆発する……この閉ざされた結界の中なら、逃げ場はありません。それでもいいなら、おやりなさい」

今にも力尽きそうなオデットの眼光をブラフとは見なかったか、男の歩みが止まる。どうしたものかと思案するように。
やがて、男は待ちを選んだ。オデットが力尽き、自ら結界を解く瞬間は必ず来る。
そのとき、結界を解こうが解くまいが必ずオデットを殺す、そのために力を温存する。

「さあ、サトウ……!」

オデットは人間ではない。違う種族、魔族だ。
しかし父の背を見て育った彼女は、人間を虐げる事を良としなかった。
ワールドオーダーと名乗る謎の存在にこの場に拉致されても尚、彼女は人と共存を図ろうとして榊達と接触した。
このダークスーツの男もまた人間だが、榊や佐藤とは比べ物にならない悪意を秘めている。
ならば――守りたい。この力が及ぶのならば。かつての父のように。
オデットのその献身は、紛れも無く愛と呼べるものであっただろう。
ただオデットは、人間の悪意を知らなさすぎたのだ。



ちっぽけな人間が持つ、底無しの悪意を。



「……へ、へへへ……ハハハッ……クハッ、ハハハハハハハハハハ! アーヒャッヒャッヒャッヒャ!! ッハッハッハッハッハッハッハ!」



オデットは目を瞬かせた。
ダークスーツの男は煩わしそうに目を細める。
身を折り、哄笑しているのはダークスーツの男ではなく――佐藤だった。
佐藤は――あの、恐怖に震える哀れな弱者の佐藤は、もうどこにもいない。
そこにいたのは、高みから弱者を踏み躙る強者、傲慢なる暴君だった。


154 : ◆tcUmrFuW/A :2014/03/02(日) 20:06:03 l2k1WIkI0

「ありがとよ、オデットさんよぉぉぉ! 俺の踏み台になってくれてさぁぁあああ! そこの人殺しから守ってくれてさぁぁぁあああ!」

佐藤の手には、掌に握り込めるくらいの小さな機械があった。
その先端には、赤く丸い小さな突起がある。

目を見開いたダークスーツの男が、拾い上げていたデイパックを投げ捨てる。
だがどこに逃げられるというのか――男とオデットは、3メートル四方の結界の中にいるというのに。

「都合よく榊のオッサンは気を失ってる……じゃあさ、やるしかねえだろ!
 そうさ、あのガキだって俺を殺そうとしたんだ! 俺がやっちゃ駄目って理由なんて無いよなぁっ! 俺だってやってやるよぉっ!
 俺は、俺はなぁ――――絶対に死んでなんてやらねえんだよぉぉぉぉおおおおおおっ!」

ダークスーツの男がここに来て初めて口を開く。しかし聞こえない。
オデットは目を瞬かせて佐藤に何事か語りかけている。しかし、聞こえない。


「死ぃぃぃぃぃぃぃぃねぇぇぇぇぇえええええええええええええええええっっ――――――――!」



佐藤が絶叫とともにスイッチを押し込んだ。
瞬間――ダークスーツの男が投げ捨て、オデットの結界にぶつかって弾き返されたデイバッグが小さな太陽へと変わる。
オデットが仲間を護るために張った結界は、その瞬間――全てを焼き尽くす灼熱の牢獄と化した。


155 : ◆tcUmrFuW/A :2014/03/02(日) 20:08:21 l2k1WIkI0

 ◆ ◆ ◆





「へ……へへ……やったぜ……」

ホテルからやや離れた市街地の片隅に、佐藤は腰を下ろしていた。
隣には気絶したままの榊がいる。ホテルで台車を見つけたので運んできたのだ。
正直こんな大柄なやつは放り捨ててしまいたかったのだが、そうすると今後の佐藤を守ってくれる駒がいなくなってしまう。
だから苦労して連れてきてやったのだ。あの殺人鬼から助けてやった恩を着てもらうために。
ホテルの時もそうだったが、これだけ大きい市街地に来ても誰にも出くわさない。
やはりあのワールドオーダーの言葉は嘘ではないのだ。

「銃も弾もあるが、あの爆発に巻き込まれたから使えるかどうかわかんねえな……おっさんが起きたら見てもらうか」

佐藤はあの場所にあったバッグ全てを回収し、自分のバッグへと中身を移していた。
自分にリモコン起爆型の爆弾が支給されていたのはもう、運命としか言いようがない。
あの中学生の子供に追われていた時はパニックを起こしていてそれどころではなかったが、オデットのおかげで頭を冷やす時間は出来た。
しかもご丁寧にオデットがお膳立てしてくれていた。
だが、この経緯は榊にどうやって説明したものか。
オデットがあの殺人鬼を足止めし、その間に逃げてきた。これをメインとし、細かいところのつじつまを合わせなければ。

「ちっ、腹減ったな。まずはなんか食うか」

ここから逃げる目処もなく、人殺しが跋扈している以上、佐藤とて黙って狩られる気はない。


「フヒヒ……そっちがその気ならやってやる。誰だろうとぶっ殺してやるよ……!

呵責を感じる感性などとうに錆び付いている。
ここにいるのは一人の怪物――生きるために他者を殺す、人間でなくなった“怪物”でしか無い。



【J-8 市街地/深夜】

【佐藤道明】
状態:健康
装備:焼け焦げたSAA(2/6)、焼け焦げたモーニングスター、リモコン爆弾+起爆スイッチ
道具:基本支給品一式、SAAの予備弾薬30発、ランダムアイテム2〜6
[思考・状況]
基本思考:絶対に生き残る
1:まずは榊が起きるのを待つ
2:オデットとダークスーツの男のことをどう説明するか考える
※ヴァイザーの名前を知りません。

【榊将吾】
状態:内蔵にダメージ、気絶
装備:なし
道具:基本支給品一式
[思考・状況]
基本思考:警察官として市民を保護する。正義とは……
1:――――。
※ヴァイザーの名前を知りません。


156 : ◆tcUmrFuW/A :2014/03/02(日) 20:11:25 l2k1WIkI0
 ◆ ◆ ◆



“組織”随一の殺し屋であるヴァイザーは、敵意のある攻撃には必ず反応する。そういうふうになってしまった。
この特性のお陰で暗殺・奇襲・狙撃、尋常な方法でヴァイザーを殺すことはできない。
だが。敵対者には無類の強さを発揮する彼だが、逆に言えば、害する意思のない行動までは反応できない。
オデットがヴァイザーを攻撃するのではなく、留めるために結界を張ったのが功を奏したのだ。
そしていかにヴァイザーといえども、彼は決して異能力者ではない。
閉ざされた空間で吹き荒れる熱波の嵐を防ぐ手段など無く。
全身を骨まで焼きつくす熱波に耐えるだけの生命力もない。

ヴァイザーはこの時死んだ。
加えて佐藤は爆発が収まった後、念入りにヴァイザーにとどめを刺した。モーニングスターで頭を粉々に砕いて。
それに満足して佐藤は去った。


だから気付かなかった。
ヴァイザーの傍らにいたオデットは、まだ息があったことに。


人間なら死ぬほどのダメージでも、超越種族である魔族にはそうではない。
ヴァイザーに心臓を穿たれ、爆風で焼き尽くされても尚、オデットは生きていたのだ。
佐藤もさすがにオデットにまでモーニングスターを振り下ろすことは出来なかった。
無残な姿になったオデットを一見し、これは死んでいると判断して立ち去ったのだ。


しかし、それも無理は無い。死んでいないというだけで、いくら魔族でもほぼ瀕死の重傷だ。
放っておけばオデットは間違いなく死ぬだろう。命を賭けて守った人間の手で――


「――――ァァ――――」


だからこそ。
オデットの魔族としての本能が、目覚めた。
かつて父の咎を背負うべく魔王によってかけられた人食いの呪い――オデットが理性で押さえ込んでいたその本能を停めるものはもう無い。


「――――アア――――ガアアアアッ――――――――!」


故に。人喰いの“怪物”は躊躇なく、喰らう。
傍らにあった新鮮な“エサ”――長身痩躯の男と、年若い少女の遺体へと、牙を突き立てる。
彼らの全てを、取り込む。


ヴァイザーという規格外の“殺人鬼”と。
詩仁恵莉という規格外の“死憶”を持つ少女を喰らい。


オデットの傷が癒えた時、果たして“ソレ”が“オデット”であるのかどうか――誰にも、分からない。、




【ヴァイザー  死亡】
【詩仁恵莉  死亡】


【J-9 ホテル/深夜】

【オデット】
状態:全身に重度の熱傷(回復中)、人喰いの呪い発動
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:――――。
1:――――。
※ヴァイザーの名前を知りません。
※ヴァイザー、詩仁恵莉を捕食しました。


157 : ◆tcUmrFuW/A :2014/03/02(日) 20:14:54 l2k1WIkI0
投下終了です、タイトル入れ忘れてました 「Hello,Monster」です。
オデットの魔法は呪文があったほうがそれらしいだろうって事で英語のスペルを逆から書いたものです


158 : 名無しさん :2014/03/02(日) 20:31:51 EFzvrL/.0
投下乙です。
ヴァイザー、まさかここで落ちるとは…しかし強さは遺憾無く発揮された
しかし元神童、お前って奴は…呪いが発動したオデットもどうなることか


159 : 名無しさん :2014/03/02(日) 20:32:59 QB6IlJCY0
投下乙です
予約の時点で大乱闘は予測できたがまさかこうなるとは…ヴァイザーニキも結末は無残だったが恐ろしい強さだった
吐き気を催す邪悪と化した佐藤と、魔族として覚醒したオデットの今後が楽しみ


160 : ◆H3bky6/SCY :2014/03/03(月) 23:17:59 tmdUWMoA0
投下します


161 : 好奇心は猫を殺すか ◆H3bky6/SCY :2014/03/03(月) 23:19:12 tmdUWMoA0
跳ねるように少女が踊り、ふわりと漆黒のドレスが翻る。
銀の月光に照らされ、濡れるように輝く金の髪はさながら星屑のようである。
夜と言う舞台の下、精巧な人形と見紛うほど可憐な少女が舞う様はどこか幻想めいていた。

アザレア。

小さく可憐な毒をもつ花。
それが彼女に与えられた名前である。

少女の人生はゴミ箱の中から始まった。
親に捨てられたゴミ溜めの中で、ただ死を待つだけの赤ん坊は泣き喚くでもなく笑っていたという。
偶然通りかかった男はそれにを気に入り、赤ん坊を拾い上げ自身の組織へと持ち帰った。

その男の所属していた組織は、暗殺を生業としていた。
少女は組織に育てられ、同年代の子供たちが学校で勉学に励むように、殺しについて学んで行く。
物心ついたころには周りは殺人を生業とする暗殺者や、殺人嗜好を持つ異常者ばかり。
少女はそんな環境で育った。

決して狂っているわけではない。
ただ常識がおかしい。
ただ常識からおかしい。
異常が正常であり、正常が異常であった。
彼女にとって人殺しは仕事だし、殺時嗜好もただの趣味だ。

だから突然、殺し合えと言わても、まあそういうこともあるだろうという程度の感想だ。
そんなことよりも、思わず踊りだしてしまうほどに彼女の心を弾ませるのは、また別の事項だ。

「ああ……いい夜だわ。今夜は、とても」

何せ、仕事以外で外に出るのは生まれて初めてのことである。
目的のない散歩などそれだけで胸が高鳴る。
肌に感じる夜風の冷たさも、普段見ない夜空の星々も、風が揺らす木々の騒めきも、踏みしめる地面の感触すら愛おしい。
なんて楽しい。
わくわくする。

だが、ふと思う。
ただ歩くだけでこれだけ楽しいのなら、誰かとお話ししながら歩けたらどうなんだろう。
きっと素敵だ。
それがお友達とならなおのこと楽しいはずだ。

「〜〜♪〜〜♪」

鼻歌交じりに少女は行く。
素敵な出会いを探して。

道の角を曲がったところで、聞きなれた音が聞こえた。
いつも組織の隠れ家で聞いている音楽だ。

自然とアザレアの足がそちらに向かう。
近づくたび、どこか懐かしい匂いが鼻孔をくすぐる。
誘われるようにアザレアは自然とその場にたどり着いた。

そこには楽しげに遊ぶ、男の姿があった。

その様子を見て、きっと彼とは仲良くなれる。
そう確信めいた予感がアザレアにはあった。

遊ぶ男の背に、仲間に入れてもらおうと声をかける。

「こんばんは。おじさま。いい夜ね」


162 : 好奇心は猫を殺すか ◆H3bky6/SCY :2014/03/03(月) 23:20:23 tmdUWMoA0

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

四条薫はジャーナリズムに燃えていた。

多数の一般人を拉致して殺し合いを強要するなどと言うテロリストの暴挙。許せるはずもない。
この事実を白日の下にさらす事こそジャーナリストの義務であり使命である。

彼女の心を燃え滾らせるのはそれだけではない。
青い男やワールドオーダーの使用した魔法としか言いようのない力。
もともと彼女は魔法の存在を信じていたが、目の当たりにしたのは初めてだ。

どれもこれもが記事になる。
世間に公表されるべき事実である。

「必ず公表してやるんだからぁ」

そう決意を固め、とりあえず支給された筆記用具に、月明かりを頼りにこれまでの事実を記してゆく。
走り出したペンは止まらない。

殺し合いの舞台といえど、彼女は恐れはしない。
戦場カメラマンのように、真実のためなら命を懸ける覚悟はできている。
彼女は常々そう思ってるし、周りにもそういい続けている。
それが彼女にとってのジャーナリズムである。

「? あれは…………?」

最初は目の錯覚かと思った。
夜から闇が染み出したような黒い影を見た。
それは、闇よりも暗く、夜よりも深く、黒よりも漆い。
それがなんであるかに気づいた薫は胸の高鳴りを抑えることができなかった。

彼女はそれを知っている。
直接的な面識ではなく知識として。

覆面男。

数年おきに現われる殺人鬼につけられた名である。
決まって42人の人間を殺害すると、煙のように姿を消し数年後に再びあわられるという都市伝説めいた存在だ。
覆面で隠されたその正体を知る者はおらず、その正体は人間ではなく、幽霊や妖怪、妖精の類ではないかと言われている。

今年、覆面男に殺されたと思しき被害者は13名。
もしかしたら残り29名の生贄を求めて、この場を彷徨っているのかもしれない。

そんな都市伝説が眼前に存在している。
その事実に、薫は興奮を抑えることができない。
無意識に写真を撮ろうとして、いつも肌身離さず持ち歩いているカメラが没収されていることに気づく。

「あぁ、もぅ! カメラは武器じゃないんだから没収しなくてもいいのにぃ!」

仕方なしに筆記用具を片手に突撃インタビューを慣行する決意を固める。
確かに危険もあるだろうが、都市伝説に出会って話せるなんて、こんな機会は二度とない。
危機感よりも好奇心が先立つ彼女だ、多少の危険で怯むことはない。
それに過去にカラスのような殺し屋にインタビューだって死にはしなかった、
危険を感じてすぐに逃げれば何とかなるだろう。


163 : 好奇心は猫を殺すか ◆H3bky6/SCY :2014/03/03(月) 23:21:52 tmdUWMoA0

「すみませーん、取材いいですかぁ」

思い切って呼びかけたその声に、覆面男が反応しゆっくりと向きをかえる。
その動きは緩慢。
まるで牛かなにかのようだ。

「どぅも。私『照影新聞』の四条薫といいまぁす。ちょっとお話聞いてもよろしいですかぁ?」

軽い声掛けとは裏腹に薫は息をのむ。
目の前に対峙して分かる、体の底から震えが来るような威圧感。
殺し屋などとは比べ物にならない、いうなればこの世のものとは思えない雰囲気。
それら全てを、自身の感じた恐怖心さえも全てを余すことなく書き留める。

「彼方が覆面男さんでよろしいんですよねぇ?」

怯まず質問を続けるが相手からの反応はない。
声に反応したあたり、意思疎通が不可能というわけでもなさそうだが。
まあ、マスコミが勝手につけた通り名なので本人が知らない可能性はあるが。

「自身が覆面男と呼ばれていることをご存じですかぁ?」

ゆっくりと相手が首を振る。
意思疎通は可能なようだ。
やはり自身につけられた通り名は知らないらしい。

「それではぁ、ズバリ聞きますぅ。貴方はなぜ人を殺すんですかぁ?」

ひとまず意思疎通ができたことに気を良くし突っ込んだ質問を投げる薫。
まともな答えは期待していない。
その問いにどういうリアクションを返すのか、それを見て相手の意思、思想、思考を読み取る。
答えずとも答えを読み取り記事にする、それが一流の記者の仕事だ。

予想通り、覆面男からの答えはない。
その代わりといった風に、のっそりとした動作で覆面男が動いた。
デイパックに腕を突っ込み、がさごそと漁ると、ぬぅっとそこから何かを取り出した。

それは、ハサミだった。

もちろんただのハサミではない。
まず驚かされるのは、その巨大さ。直径は成人男性ほどはあるだろう。
そして、ただナイフとナイフただ組み合わせたような武骨なデザイン。
鈍く光る銀の刃には所々赤錆が見える。
どう考えても紙や糸を切るために作られたものではない。何を切るために作られたのか。
その禍々しい雰囲気に飲み込まれそうになるが、すぐさま我に返りそのハサミの形や印象をメモに書き残そうとした、だが。

バチン。

それは叶うことはなかった。
なぜなら、正確に記すはずの右腕がなくなっていたからだ。

「……………う、腕ぇ。腕が、腕。私の、腕、ががががが」

ペンを持った右腕は地面に転がっていた。
思わず拾い上げて切断面にくっつけようとするが、当然ながら意味はない。

「あ……ああ、あっ」

見上げればそこに絶望を示す壁のように存在する黒い影。
ここにきてようやく危機感の薄い彼女ですら理解できた。
相手は理解などできない存在なのだと理解する。


164 : 好奇心は猫を殺すか ◆H3bky6/SCY :2014/03/03(月) 23:22:56 tmdUWMoA0
右腕を投げ捨て、走る。
それを追うように、ゆっくりと覆面男が動き出す。

「ハッ……ハッ……ハッ!」

走る。走る。
夜道を後先も考えず、失われた片腕のことも考えず、全力で走る。
だが、おかしい。
どれだけ走っても引き離せない。
こちらは全力で走っているのに、ゆっくりと歩く相手から逃げられない。
安いホラー映画そのものだ。

「あっ!」

疲労と恐怖で足がもつれて、その場に転ぶ。
すぐ背後には、もう血濡れのハサミを持った殺人鬼が迫っていた。

バチン。

今度は太ももが裏側から断ち切られた。
だが、転んで動いていたためか、足は完全に切り取れておらず。
脛の肉で辛うじて繋がり中途半端に、まるで枝葉のようにプランと垂れ下がっていた。
もっとも幸運でもなんでもなく、もう走れないという事実に変わりはない。

このハサミの最悪なところは錆びた刃の切れ味が悪いということ。
本来なら使い物にならないそれを、覆面男の怪力で無理やり捩じ切っている。
そのため、文字通り死ぬほど―――

「――――痛ぁい、痛い痛いイタい、痛いイタい痛い痛い痛ぃ痛い痛いの。痛い、痛い痛い痛い、痛ぃぃいいいいいいい!!!」

痛い。
ただひたすらにそれしか考えれれないほど。
逃げ出したい。
もう義務とか、使命とか、そんなのはどうでもよかった。
全てを投げ出してでもこの痛みから逃げ出したい。
彼女の思考はもうそれだけだった。

そんな彼女の様子をお構いなしに覆面男は動く。
今度は確実に断ち切れるように、開いたハサミをザンと地面に打ち込み、左腕をロックした。

「やめて、やめてやめて。やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて」

パチン。

容赦などない。
寛容などない。
慈悲などない。
懇願など無意味だ。
そもそも価値観が違う。
同族でもない限り、彼を理解することは不可能だろう。

「あ。くっ。うそ、こんな、こんなこと。私。死、ぬ……? 死ぬの? そんな、あは、ふ、は、なんで、はは、
 あは、あはは、あははは、あはははは、あはははははははははははははあははははははははははははははははははは。あっ」

パチン。

女の声が途切れ、それから聞こえることはもうなかった。

パチン。

それでも切断音は続く。

パチン。
パチン。
パチン。
パチン。
パチン。

永遠に続くかのようなハサミの協奏曲。

「こんばんは。おじさま。いい夜ね」

そこに割り込んだのは、鈴の音のような少女の可憐な声だった。


165 : 好奇心は猫を殺すか ◆H3bky6/SCY :2014/03/03(月) 23:26:02 tmdUWMoA0

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

覆面男が作業の手を止め背後の声に、一瞥をくれた。

「あら、ごめんなさい。お楽しみ中でしたのね。どうぞお続けになって」

止めた手元の先を見てアザレアは素直に詫びた。
組織にも人間をバラすのが趣味の人間はいる。
組織にいる彼はみんなで一緒に楽しむタイプだが、覆面の彼はきっと一人で楽しみたいタイプなのだろう。
それくらいは読み取れるし、人の楽しみを邪魔するような無粋な真似はしない。アザレアは寛容なのである。

その光景を組織の面々を思い浮かべながら、ニコニコと微笑ましいものでも見るような目で見送り。
アザレアはハンカチを地面に敷きその場に座ると、デイパックから水と食料を取り出した。
その様子を見て、こちらの邪魔をする意思がないと事を確認した覆面男は作業を再開する。

小さな彼女には不釣り合いな巨大なナイフを巧みに操り、缶詰の蓋を開ける。
パンに切れ目を入れて、缶詰から取り出したスパムを挟む。
サンドイッチの完成である。

バチン、バチンと肉を断つ音をBGMに、小さな口でサンドイッチを頬張るアザレア。
味はパサパサしていまいち。ソルトやマスタードが欲しいけどわがままは言えない。
ヴァイザーが食事飯係の時の晩飯に比べれば幾分ましである。
なにより外で食べるご飯は初めてで、その喜びが最大の調味料だ。
気分はピクニックである。

しばらくして、アザレアがサンドイッチを食べ終わり。
少し手持無沙汰になった所で、ようやく覆面男が手を止める。

「あら? それだけでいいの?」

あれだけ時間をかけて覆面男がしたのは結局死体を解体しただけ。
剥製にするなり、オブジェを創るなりするのなら、ここからが本番だろうに。
そんなアザレアの問いかけに覆面男は首を振る。

「ああ、そうね。何をするにしても、ここじゃ道具が足りないかしら。残念ね」

彼の作品を見たかったのに。アザレアは残念な気持ちなる。
だが、きっとその残念さは彼も同じだ。
それでも、その気持ちをぐっと我慢し現状で出せるベストを尽くしたのだろう。
そんな彼を差し置いてアザレアに文句を言う資格はない。

「それでは改めまして。私、アザレアと申します」

スカートの端をちょんとつまみ、アザレアが可憐に名乗りを上げる。
覆面男は反応を返さないが、アザレアは構わず続ける。
彼の作業が終わるもを待ったのも、元々目的はこれである。

「こんな夜に一人でいるのもつまらないでしょう?
 よかったら。私と一緒にお散歩しませんか?」

【H-6 電波塔近く・南/深夜】
【アザレア】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜2
[思考・行動]
基本方針:自由を楽しむ
1:覆面男とお友達になってお散歩する

【覆面男】
[状態]:健康
[装備]:肉絶ちバサミ
[道具]:基本支給品一式
[思考・行動]
基本方針:ニンゲン、バラす
1:???

【四条薫 死亡】
※四条薫の荷物とバラバラ死体はその辺に放置されてます
※これまでの事と覆面男について書かれたメモがその辺に転がってます


166 : 名無しさん :2014/03/03(月) 23:27:13 tmdUWMoA0
投下終了


167 : 名無しさん :2014/03/03(月) 23:59:06 gbbZLgkQ0
投下乙
覆面男は怖いね、異常者揃いの暗殺者集団に並んでも謙遜無いキャラしてるわ
そして描写がエグいっすね…


168 : 名無しさん :2014/03/04(火) 00:02:16 9BPrsDNI0
投下乙です。
薫さんかなり悲惨な末路で可哀想だったが、警戒心そのものが薄すぎたな
あのノリじゃ遅かれ早かれ死んでそうだった
そんで予想はしていたが覆面男はやっぱりホラー映画の殺人鬼めいてる…
あとアザレアちゃん、異常ながらのらりくらりとマイペースで可愛いなぁ


169 : ◆FmM.xV.PvA :2014/03/05(水) 21:11:39 waCW1.zI0
ディウス投下します。


170 : 魔王の選択 ◆FmM.xV.PvA :2014/03/05(水) 21:12:16 waCW1.zI0
「海か…静かなものだな…」

青い肌に二本の角を生やした魔族の男―魔王ディウスは灯台で海を眺めていた。
万物が生まれた場所であるとされる海を眺めながら、彼は考えに耽っていた。
もちろんこの殺し合いにおける戦略だ。この場ではいかにして考えて動くかが重要になる。


もっとも魔王はこの殺し合いに積極的に乗る気はなかったのだが。


確かにこの場には殺すべき人間がたくさんいる。が、この会場にいる人間全員を合わせても元居た世界の人口のほうが遥かに多いのだ。
こんなところで時間を潰している暇ははっきり言ってなかった。
なら皆殺しにして脱出すればいいかと言うと、そうでもない。自分の部下がこの場にいる以上、全員を殺して脱出と言う選択肢はない。
ワールドオーダーに反旗を翻すというのもあるが、それでは時間がかかりすぎる。

故にこの場における行動はただ一択。首輪の解除に専念する、ただそれだけだ。


色々考えた挙句、彼は虚空に右手を差し出した。

「Etag」
そのまま呪文を唱える。すると目の前に一つの扉が現れた。禍々しい色をしたその扉を眺めながら続いて呪文を唱えていく。

「NepO SseRdA NO ??????」
いよいよ人には聞き取れない言葉を紡ぎながら、魔王は魔力を込める。
すると扉はギギギと音を立てながら開いていく。その扉の先には見覚えのある部屋がある。
かつて尖兵―サキュバス―を送り込む際にも見た部屋だ。

「ま、魔王様!?えへへ、お久しぶりです」
ゲートが開いたことに気づいたのか、家主が魔王に問いかけてくる。
サキュバスは今から出かけようとしていたのか、服装を整えている。
それはいいのだが、さっきの自分を見た時の「やべ、親に見つかった」というような表情はなんなのか。

「おい、偵察任務してるんだろうな?」
「それはもちろん、きちんとこなしていますよ、えへへ」
してなさそうだ。少し小言を言いたくなったが、今は我慢して話を進めることにしよう。


<<<<<<<<<<<

「サキュバス、お前今から出かけようとしてたんだよな、ならついでに頼まれてくれ」
「え、何をでしょう?」
「ああ、俺はしばらく旅に出ようかと思うんだが、せっかくなんでそっちに行ってみようかと思うんだ」
「えぇ!?いや、魔王様がこちらに来ることはないかと思いますが?」
「そういうな、でお前にはその世界の観光スポットを探ってほしいんだ」
「いやですから、来る必要は…え?」
「そうだな、具体的にはゆったり寛げるものが望ましい。そういうスポットを探し出して俺に提出してくれないか?」
「え?え、えぇそうですね、魔王様がそこまでおっしゃるならこのサキュバス、身をこの地に沈める思いで取り掛かることにします」
「そこまで本気じゃなくてかまわんよ、ではまた連絡するから、その時までに頼むな」
「わかりました、では」

>>>>>>>>>>>


171 : 魔王の選択 ◆FmM.xV.PvA :2014/03/05(水) 21:12:45 waCW1.zI0

 ○ ○ ○

「…な、なんだったんだろう、今の」
サキュバスは目の前で閉じる扉を見つめながら、そう呟いた。
その手には魔王様から頂いた手紙がある。表紙には『この場は合わせてくれ』という文字がでかでかと書かれている。

「いったい何を書かれていたのでしょう?」
もしかしてラブレターだったりしてー、などと思いながら読んでみたが至って普通の業務連絡であった。
がっがりしながらも読み進める。内容は下記のようなものだ。

『殺し合いに巻き込まれた、おそらくその世界の住人に協力者がいたはずだ。
 今はおそらくワールドオーダーの補助についているんだろうが、痕跡を完全に消すことなどできないはずだ。
 お前には、その痕跡を探り出してもらいたい。頼まれてくれ』

「ふーむ、なるほど…理解しました」
確かにサキュバスは偵察要員として派遣された。こういう諸作業が本来の役割ではある。
だがサキュバスは戦闘要員ではない。夢に誘うしか能のない低級魔族だ。
相手は魔王様すらも幽閉できる存在だ。はたしてこういったことに自分は役立てるだろうか。

「まぁでも、あの魔王様の頼みですし、無下にするわけにはいかないですよね」
ため息を漏らしつつも、サキュバスは意志を固めた。上手くいかないにしても、このまま立ち往生するわけにはいかない。
あの魔王は魔界の救世主なのだ。この場で失っていいお方ではない。
そうして手紙をもう一度見直す。そこには小さくこう記されていた。

『次の連絡六時間後だからよろしく』

サキュバスは急いで、潜入を依頼された組織に向かって飛び立っていった。


172 : 魔王の選択 ◆FmM.xV.PvA :2014/03/05(水) 21:13:14 waCW1.zI0

 ● ● ●

「ここまでは予想通りだな」
ワールドオーダーはこう言った。エリア外に出ると首輪は爆発すると。
だが逆に言えば、それ以外の用途でなら異世界との扉を繋げたとしても御咎めはないということだ。
もともと異世界に渡る術を会得していたディウスにとって、この程度の呪文を唱えることは容易かった。

それに自分以外にもどうやら異世界とのリンクを獲得した者がいたようだ。
通信してる最中に、微かだが時空震を感じたので間違いない。
そいつはそのままその世界に帰って行ったようだが、まだ首輪がある魔王はそうはいかない。

―しかしこの短時間で首輪を外せるとは、恐ろしい奴もいたものだ

とはいえ、魔王も黙っているわけではない。
自分は首輪さえ外すことができれば、いつでもこの場から離脱することができるぞというアピールをしたのだ。
あとはサキュバスが上手く事を運んでくれればいいのだが、サキュバスだけが救いではない。

ここに来る前に受けていた彼女の報告には面白いものが多々あった。
ヒーローだの悪党商会だのさまざまな結社が動いているさまは聞いているだけでも楽しかったが、特に耳を傾けさせるような報告もあった。

藤堂凶士郎という男の話だ。彼はなんと改造手術を行うことで、人間を魔族に変えるらしい。
人間風情が魔族になるなど、おこがましいにも程があると思ったが、しかしその技術力は素晴らしいものではある。
そして、その友人であるミルという女子もまた科学者なのだそうだ。

さらにそのミルという人間はこの場に招かれている。この時点で魔王はこのミルに協力を仰ごうと思った。
人間などの手を借りなければならないのは業腹であるが、背に腹は代えられないのも事実だ。
幸い自分には世界を行き来する力がある。女性が首輪を解除して、自分が世界に連れて帰る。これほどwin-winな関係もそうないと思う。
そうして協力を持ちかけたミルに首輪を解除させた後は、この場にいる二人の部下を連れて元居た世界に帰る。これで終了だ。

この場に連れてこられている部下は、暗黒騎士とガルバインだ。
暗黒騎士もガルバインも優秀な部下だ。少なくとも人間にやられるようなことはないだろう。

となると、優先すべきはミルの方だろう。彼女は有能な科学者かもしれないが、弱い人間であることに変わりはないのだ。
目を離しているすきに、死んでしまわれては困る。


「Ylf」
魔王は空へと飛び立った。灯台を階段から駆け降りる手間を省くためだ。
それに人を探すなら空から探した方が確実に早い。
その分狙撃されるリスクも高まるが、そう簡単に撃ち落とされるほどヤワではないし、その前に見つけ出せばよいだけのことだ。
探すのは人間の女の子。情報量が圧倒的に少ないが、そう子供が何人も参加しているわけではないだろう。

「科学者を保護して、部下も助ける…やれやれ、勇者と戦うよりも難易度高いかもな」
そういって彼は空を飛んで行った。
彼はここまで自信満々に語っていたが、二つ思い至らなかったことがある。
一つは、彼の所業を知っている者がミルと合流していた場合、ミルは絶対に協力しないだろうという事。
もう一つは彼の側近である暗黒騎士はすでに斃れているということである。


そのことに彼が気づくのは何時になるのか、今はだれにも分からない。

【D-3 灯台付近上空/深夜】
【ディウス】
【状態】:健康、魔力消費(小)、飛行中
【装備】:なし
【道具】:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜3個
[思考・状況]
基本思考:首輪を解除して、元居た世界に帰る
1:ミルを探し出して、保護する。
2:暗黒騎士、ガルバインと合流する。
3:サキュバスに第一回放送後に連絡する。
※何者か(一ノ瀬、月白)が、この場から脱出したことに気づきました。
※ディウスが把握している世界のみゲートは繋げることができます。


173 : ◆FmM.xV.PvA :2014/03/05(水) 21:13:54 waCW1.zI0
投下終了です。


174 : 名無しさん :2014/03/05(水) 23:15:21 D9f5bL020
投下乙です。
魔王は対主催か、外部と接触して情報得られるのは中々大きい
しかしカウレスがいる上に信頼している暗黒騎士さんも死んでる以上、どこまで平穏に事を進められるか…


175 : 名無しさん :2014/03/06(木) 01:32:32 D1vNJRUcO
投下乙
魔王、意外と冷静だ……
でも部下は一人既に死んでるからなぁ、もう一人が死んだらどうなるやら……


176 : 名無しさん :2014/03/06(木) 13:18:21 nfBCLN/U0
魔王様WOさんに魔法通用しなくてショック受けてるかと思ったけど
元気そうで何よりです


177 : ◆C3lJLXyreU :2014/03/06(木) 15:59:05 ox7yOVYI0
投下します


178 : Amantes amentes ◆C3lJLXyreU :2014/03/06(木) 16:00:05 ox7yOVYI0
あるところに仲の良い少年と少女がいた。
彼らは幼い頃に親を失った姉弟だ。弟の名をクリスという。

姉は消えた両親に代わってクリスを育てるために馬車馬の如く働いた。過酷な重労働に耐え、時には身体を売って必死に生活費を稼ぐ。
疲れて仕事から帰ってくる姉を笑顔で待つのがクリスの役割だ。
彼らの家庭は貧しかったが、そこには確かな幸せが存在していた。

ある晩のこと。
何かが軋む音でクリスは目を覚ました。
階段を下り、リビングに急ぐ。そこに居たのは姉に跨る見知らぬ男だった。
無垢なクリスには彼らが何をしているのか理解出来ない。
それでも本能的な部分で憎悪を抱いたクリスは隠し持っていた刃物を握る。

『ボクのお姉ちゃんをいじめないで!』
『弟か? 可愛らしい顔立ちしてるじゃねえか。後で犯してやるからそこで待――』

そこでクリスは初めて人間に刃を向けた。
何度も。何度も。何度も。何度も。
男の原型が崩れるまでひたすらに刃物を突き刺し、切り刻み。
自宅に置いてあるハンマーで頭蓋を砕き、体中の骨を叩き折り。
最終的には拳に痣が出来るまで死体を殴り続ける。
ゴツン、ゴツンという鈍い音だけが静まり返った部屋に鳴り響いていた。

『助けてくれてありがとうクリス。ごめんね、こんなに汚い姉で』
自らを傷付けてまで断罪を行う弟の姿に耐え切れず、少女は返り血で染まったクリスの身体をそっと抱き寄せた。
背中に姉の温もりを感じた少年は電源が切れた機械のようにピタリと手を止める。

『お姉ちゃんは綺麗だよ。どんなお花よりも世界で一番可愛いもん。汚いのはこの男。この人だけは……』
『もういいの、クリス。これだけやってくれたら私も満足。ほら、夕食を食べましょう?」
『わぁい! 今日の夕食楽しみー!」

姉が台所に向かうのを見てクリスも席に着く。
彼は姉を守るために勇気を振り絞って殺人に乗り切ったのだ。
だが、大切な姉は「もういい」とクリスを止めた。これ以上死体を嬲る必要はない。
その後二人は何事もなかったように笑顔で食事を摂り、普段と変わらない一日を終えた。

翌朝、クリスが目撃したのは黒服を着た男達に連れて行かれる姉の姿。
彼は何があったかも理解出来ないまま姉に駆け寄る。

『お姉ちゃん、どこに行くの?』
『ごめんねクリス。ちょっと用事で出掛けなくちゃいけないの。これをお姉ちゃんだと思って待っていてね』
姉が渡したのはクリスと姉を象った手編みのぬいぐるみ。
思いがけないプレゼントにクリスは目を輝かせた。

『うん! ボク、今日もお姉ちゃんが帰ってくるまでお利口にしてる!』
クリスは姉の帰りを待ち続け――

『お前がクリスか?』
そして日常が崩壊した。


179 : 名無しさん :2014/03/06(木) 16:00:55 ox7yOVYI0
◆◆◆◆◆◆

時は進み、現代。

「ない……ない。ないないないないないない――――」
クリスは警戒心も忘れて一心不乱にデイパックを漁っていた。
デイパック内に収納されていた物品が辺り一面散らばる。彼が異常事態に陥っているのは一目瞭然だ。

「何か探しものか?」
「わぁ!?」

不意に声を掛けられ、大袈裟に反応をするクリス。
振り向くとそこには黒色のスーツを着こなした長身の男が屈んでいた。

「驚かせて悪かった。俺は佐野蓮。君の名前は?」
「クリスだよ!」
「クリスちゃんは何を探していたんだ?」
「ぬいぐるみ。でも普通のぬいぐるみじゃないよ? お姉ちゃんからもらった大切なもの」
「思い入れのある物を諦めろ……とは言えないよな。よし、俺も探すのを手伝うよ。君みたいな少女を放置するわけにもいかないし、そのついでだ」

事情を察した佐野は迷うことなくクリスに協力を申し出た。
彼もクリスと同じく大切な者を失っている人間だ。
生物と物を同等に考えるのは良くないが、そのぬいぐるみが特別な物であることはクリスの表情からよく伝わった。

「わぁい! でもボク、少女じゃない。男だよ?」
「何を言っているんだ? クリスちゃんはどう見ても女の子だ」
「見る? それとも触る?」

クリスの言葉を聞いた佐野は恐る恐る胸に手を近付ける。
可憐な少女が男だと偽っているのだから、それは嘘だと確認するのが大人の義務。
未知の体験に股間がテントをはっても、興奮して心拍数が上昇しても、断じて疾しい気持ちはないのである。
ゴクリと生唾を飲み込む。秘境の山まであと3秒、2秒、1秒――

「うわあああああああああああああ!」
哀れにも絶壁から突き落とされた男の絶叫が響き渡った。

「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ! こんな可愛い子が男の子のはずがない!」
「佐野さん? とりあえず情報交換する?」
「そうだな、そうしよう。落ち着くんだ俺」

佐野がティッシュを鼻に詰め込み終えると漸く情報交換を開始した。


180 : 名無しさん :2014/03/06(木) 16:03:05 ox7yOVYI0
「――俺もブレイカーズに母親を殺されたからわかるよ。クリス君の気持ち」
「さっき佐野さんが言ってた怪人がいっぱい居る組織?」
「うん。クリス君も気を付けたほうが良い。奴等は他人の命を何とも思っていない悪党だ。
中でも剣神龍次郎は圧倒的な強さと残虐さを持っている。そして脱出するにはこいつを殺すしかない……!」

此処に来て初めて怒気を滲ませた声を佐野は発した。
ブレイカーズの話になると我を忘れて熱くなってしまうことが彼の欠点だ。

「そんなに強いの?」
「強いけど大丈夫だよ。クリス君は俺が守ってみせるから!」
自分が原因でクリスを怯えさせてしまったことに気付いた佐野は、彼を元気付けるために慌てて笑顔を作った。
次の行動に暫く迷ったが、上司の雪野を見習ってクリスに手を差し伸ばすことに決める。

「クリス君、これは握手っていうんだ。お互いの手を握って友情を結ぶ儀式だよ」

ぽかんと口を開いて首を傾げるクリスに説明をする佐野。
漸く意図を察したクリスは佐野につられて微笑むと彼の手を両手で包む。
その動作に佐野は違和感を覚えたが、特に注意はしない。握手の方法など人それぞれだと疑問を片付ける。

「え?」

二度目の違和感。
腕の感覚がない。代わりに体内から噴出するのは大量の血液。
洪水のように流れ出すソレは瞬く間に周囲を真紅に染め上げ、緑の生い茂った草原を鮮血が彩る。

紅色に満ちた世界で異色を放っていたのは純朴な笑顔で自分の手を握る少年。
日常風景を地獄に塗り替えた彼はさながら修羅道を支配する主だ。
佐野は常人を超越した存在ではあるが、所詮は生温い世界で暮らしていた者。阿修羅に出向かれては足が竦む。

「クリス君? どうして俺の腕を――」

言い終えるよりも早く、クリスの刃が心臓を貫いた。
呆気無く崩れ落ちる超越者。少年は狂気を含んだ笑みで彼を観察する。
どんな人間でも心臓を穿てば死は免れないが、怪物と呼ばれる存在がそうだとは限らない。
ブレイカーズなる二人の異形が存在することを知った以上、それを殺すための知識が必要だ。

「佐野さん、死んだかな?」

佐野が起き上がることなく5分ほど経過したところでクリスは結論を出した。
どんな生物も心臓の機能を停止させることで死ぬ。その至極当然な常識は怪人に対しても通用するようだ。
試しに内臓の幾つかを引きずり出す。新鮮な臓器はどれもが今まで殺してきた者と寸分違わない形状をしていた。
心臓を鷲掴みにするが、これも動作していない。間違いなく止まっている。

ぐしゃり。

少し握る力を強めるとそのまま潰れてしまった。
怪人だから多少は人間よりも頑丈に出来ていると思っていたが、そうでもないようだ。
思い返してみれば腕を引き千切った時も大した力は必要なかったし、心臓を突き刺すことだって普段と変わらない手際で行うことが出来た。
佐野は怪人やブレイカーズを強大な存在だと説明したが、改造人間クリスは怪人と人間の強さは同等だと結論付ける。
あとはここから立ち去るのみだが、最後に一つ問題があった。


181 : 名無しさん :2014/03/06(木) 16:03:54 ox7yOVYI0
「どうやって証拠を隠そうかな?」
死体処理だ。
組織に所属していた頃は勝手に処理をしてくれたが、今はそうもいかない。
暫く死体を眺めると何かを閃いたように手を叩く。
それがクリスの3分クッキングを開始させる合図となった。

ぐしゃり。
ざくり。
ざくり。
ざくり。

「こんな感じかな?」
死体は生前の姿がわからない程に分解されていた。
念入りに顔面の皮も剥ぎ、首輪を奪って証拠隠滅完了。
グロテスクなオブジェの完成である。

「ありがとう、佐野さん。この首輪とデイパックはもらうね。
ボク、優勝してお姉ちゃんと一緒になるから。殺し合いが終わったら佐野さんにもお姉ちゃん、会わせてあげる!」

佐野だったオブジェに優勝を誓い、ノートに一連の出来事を書き終えるとクリスは去った。
彼に罪悪感は存在しない。糧となった佐野へ抱いた気持ちは感謝のみだ。

【E-5 草原/深夜】
【クリス】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ
[道具]:基本支給品一式、ティッシュ、ランダムアイテム0〜4、首輪(佐野蓮)
[思考・行動]
基本方針:優勝して自分が姉になる
1:表向きは一般人を装い、隙を突いて殺す
2:ぬいぐるみを探す
3:姉に褒めてもらうために殺し合いで起こった出来事をノートに書き記す
4:姉に話す時のために証拠として自分が殺した人間の首輪を回収する
5:敵対組織に関しては保留
※佐野蓮からラビットインフルとブレイカーズの情報を知りました

【佐野蓮 死亡】
※佐野蓮のオブジェはその辺に放置されてます

【ティッシュ】
佐野蓮に支給。
どこにでも売っている市販のティッシュ


182 : 名無しさん :2014/03/06(木) 16:04:34 ox7yOVYI0
投下終了です


183 : 名無しさん :2014/03/06(木) 17:07:17 zfAWqM3k0
投下乙です。
クリスくん怖すぎィ!
他愛無い会話をしていた相手をさっくり殺してしまう無邪気な狂気…設定通りの恐ろしさ
しかし他のSSでも思ってたけど、やっぱりキャラの過去描写は興味深い…


184 : メタ・フィクション ◆Y8r6fKIiFI :2014/03/06(木) 21:37:56 D1vNJRUcO
森茂
主催者(ワールドオーダー)
投下します


185 : 名無しさん :2014/03/06(木) 21:38:35 D1vNJRUcO
島の南西。 そこには森と山に追いやられるように、草原地帯が広がっている。
まばらに木々が立ち並ぶだけの、見渡す限り遮る物のない地平。
そこに一つの異物が存在した。

西洋の貴族が住まうような、豪奢な洋館。
外観からですら、それが莫大な建築費を消費したことは明らかだ。
そのような館が周囲に何もない草原にぽつんと建っている姿は、ある種不自然ですらある。

その洋館の、二階への階段が続く玄関ホール。
そこで森茂は椅子に腰掛け、丸テーブルに肘を突き洋館の玄関口を眺めていた。
丸テーブルには、彼への支給品の一つである拳銃が置かれている。

椅子も丸テーブルも、最初からここにあった物ではない。
洋館の一室から森茂が引っ張り出して来た品だ。
ゲームの開始直後から彼はこの玄関ホールに居座り、何かを待っていた。

どれだけ待っただろうか。 やがて玄関扉が開き、来客が姿を現した。
中学生くらいの年頃の少年。
パーカーでその表情を隠しているせいか、亀裂のような笑みを浮かべた口元だけが浮かんでいるような印象を与える。
そして、その印象だけで彼が彼である証明には十分だった。
――ワールドオーダー。
この殺し合いに70余人の人間とそれ以外を拉致し、説明の場では圧倒的な力を見せた“主催者”。
それに、森茂は物怖じせず声をかけた。

「やあ。 君を待ってたよ、ワールドオーダー君」
「へえ。 僕が来るのがわかっていたのかい?」
「その通りさ。 俺はそういう能力を持ってるんだ」
「嘘だね。 君がそんな能力を持ってるという話は聞いた事がない」
「まあ嘘だけどね。 でも、ここに陣取っていれば誰かしらやって来るだろうとは思ってたよ。
 このへんに建物、これ一つしかないでしょ? 外は真っ暗だし、まともな奴なら屋内で夜が明けるまでじっとしてたいのが心情だよね」

「で、その拳銃を使ってやって来る参加者を襲うわけかい?」
「それはその時になってみないとわからないね。
 ま、実際荒事になってもこんなの使わなくてもいいんだけどさ。 脅しにはわかりやすいものが必要だろ?」

そう言うと、森茂は拳銃を手に取る。
強面の上にサングラスをかけた風貌と合わせて、常人であればかなりの威圧感を覚えるだろう事は想像に難くない。


186 : 名無しさん :2014/03/06(木) 21:40:23 D1vNJRUcO
「そういや君のこと、ワールドって呼んでいい? ほら、ワールドオーダーって長いし無機質だしさ」
「呼び方についてどうこう言うつもりはないさ。 それは本質じゃない」

その威圧感に晒されながらも、ワールドオーダーは身じろぎもしなかった。
そもそも主催者に対して馴れ馴れしい態度を崩さない森茂にしても、中々にいい性格をしているのだが。

「それにしても、僕の姿を認識して驚きも怯えも、かかって来もしないというのは少し驚いたな。
 何を考えているんだい?」
「これが後ろからなら怖かったけどねぇ。 君が真正面にいる限りには驚異を感じてないよ。
 こちらから手を出す事もできないけどね」
「へえ、僕が驚異ではないって? 今この場で『生命』を『消失』させる事もできるんだけどね、僕は」
「それができないとは思っていないよ。 ただ、実行するかどうかはとても疑問だね」

聞きようによっては挑発とも取れる発言。
それを聞いても尚、ワールドオーダーは笑みを崩さない。
ただ、森茂を観察するような気配を強める。

「……どういう事かな?」
「確かに君の能力は強力だ。
 だが、同時にアンコントローラブル……とまではいかないけれど、見境が無い。
 それは最初の説明の時に、『動き』を『封じて』しまうと自分も動けなくなる、と言っていたことからも推察できる。
 本当に『生命』を『消失』させてしまえば、俺を殺す事はできるだろうけど同時に自らの生命も失われる。
 流石にもう一人自分がいるからと言って、自殺じみた真似はできないだろう? そうなれば、直接的にゲームに干渉する方法を失うからね」
「なるほど、中々にご明察だね。 流石は悪党商会の総帥、と言ったところかな?」
「いやいや、こんなに余裕ぶっていられるのも君が真っ正面にいる間だけだよ。
 君が『何をしたか』をきちんと把握できてれば対処できる自信はあるけど、後ろから能力を使われて闇討ちされたら参っちゃうね」

自らの能力の底を明かされているというのに、ワールドオーダーは動揺すらしなかった。
「だからどうした?」と言わんばかりに、森茂をパーカーの下から観察し続けている。


187 : 名無しさん :2014/03/06(木) 21:42:34 D1vNJRUcO
「確かに僕の能力は、それ単体なら殺し合いの場じゃ大した事はない。
 一見万能に見える『未来確定・変わる世界(ワールド・オーダー)』にしたって、『この能力を知っている』相手に対して害を与える事は難しい。
 当然さ、こいつは『そういう能力』じゃないんだからね。
 僕の全ては革命の為にある。 殺し合いで役に立つか立たないかというのは、結局無意味だ。
 けれどそれは僕が無力だという訳じゃない。 その慢心の足下を掬うのが『革命』なんだから。
 もう一人の僕が持っている『自己肯定・進化する世界(チェンジ・ザ・ワールド)』もその一つだ。
 この能力は、『自らが触れている対象しか能力の対象にできない』という欠点があるけれど――
 『遠く』を『触れる』ようにしてしまえば、そんな欠点はやはりないも同然だ。
 実際、とある殺し屋にこの能力を使った時もそうやって能力を付加したみたいだね。
 如何に万能の能力を持っていても、有能な殺し屋に近付くのは骨が折れるだろ?
 能力が全てじゃない。 現実に語られた事が全てなんだよ。
 登場人物紹介を読んで全てを知った気になるなんて浅慮にも程がある。
 ストーリーとセリフ、そして生き様にこそ登場人物の全てがあるんだから」

「随分ペラペラと喋るみたいだけど、俺に手の内を明かしちゃっていいのかい?」

熱に浮かされたかのように喋り続けるワールドオーダーに、森茂も観察するような目線を向ける。
――けれど亀裂のようなその表情からは、何も窺えない。

「今ここにいる僕は『登場人物A』でしかない。 『主催者』としてのワールドオーダーとは別物なんだ。
 『参加者』としての主催者と、『主催者』としてのワールドオーダーは、よく似た、けれど違う種類の鳥に過ぎない。
 それに……君は今僕をどうこうするつもりもないんじゃないかな?」
「ま、そうなんだけどね。 なんでわかったの?」
「君が敵対者と相見えて、こうして悠長に喋っている理由がない。
 となれば、君は『今だけは』僕を敵として認識していない、という過程が成り立つ。
 ……一つ質問させて貰って構わないかな? 君はこの『バトルロワイアル』、どういう結末を望むんだい?」

「答えようじゃないの。 だけどね、少し前置きさせてもらっていいかな。
 ――正義と悪にはバランスが必要なんだよ。 悪の勝利は勿論、正義の勝利も世界を平和になんてしないんだ。
 このゲームは、正義と悪のバランスを崩してしまう。
 誰か一人が優勝する結末でも、あるいは皆が組んでゲームを破壊する結末でも。
 正義と悪が並び立つ事ができない以上、ゲームの勝利者は正義か悪のどちらかさ。 それは頂けないよね」

ワールドオーダーの意味深な問いかけに、森茂は饒舌に口を開く。
滔々と語る声には、熱――あるいは狂気が宿っていた。
「そうあらねばならない」という、義務感を孕んだ熱気。
それは、奇しくも説明の場でワールドオーダーが持っていたのと同じモノだ。


188 : 名無しさん :2014/03/06(木) 21:44:30 D1vNJRUcO
「なら、君の望む結末って言うのは――」
「そ。 ……俺が優勝して、正義も悪も潰しちゃう」
「優勝、か。 このゲームには、悪党商会の構成員もいるんだけどね。 彼らはどうするんだい?」
「これはいつもハンター――あ、これはうちの主水の事なんだけどね――に言ってるんだ」

「身内にも冷酷にならなきゃ駄目だよ、ってね」

「……なるほどね。 よくわかった。
 僕と戦わないのは、他の参加者を減らしてもらう為か」
「その通り。 70人の中で生き残るんだ、できるだけ引っかき回してもらわなきゃ困るんでね。
 でさ。 俺も質問いいかな」
「どうぞ。 こちらが一つ質問した以上、そちらからの質問にも答えるのが公平だろうからね」
「ありがとさん。 じゃ、一つ質問するけど」

そう前置きすると、森茂は椅子へと座り直す。
そして姿勢を直すと、言葉を放った。

「……君、ホントにワールドオーダー?」


「それは、どういう意味だい?」
「俺もそこそこ長く生きてるし、職業柄人は一杯見てるからね。 なんとなく感じるんだ。
 気配って奴かな。 確かに君はあの会場にいたシルクハット被ったワールドオーダーにそっくりだ。
 でも、完全に同じじゃない。 本当にちょっとだけの違いなんだけどね。
 ……ワールド。 君さぁ、“元の人格”が残ってるんじゃないの?」

(もし、ワールドオーダーの能力に隙がある事が一つでもわかれば。
 「後の展開」にも続けられるんだけどねぇ)

そう思考し、森茂は目の前の人間を注視する。 何か一つの変化さえ見逃さないように。
……果たして、変化は現れた。
くつくつ、という笑い声。 今まで変わらなかった亀裂のような笑みが、更に歪みを増す。

「残ってるのは人格じゃない。 “認識”だよ。
 現在を書き換えても、過去に僕が『登場人物A』だった事に変わりはない。 確かにそれは正しい。
 けれど、今現在にワールドオーダーと『宣言』されているなら、それが事実なんだ」
「……言ってる事がよくわからないな。
 それっぽい事言っておっさんを煙に撒こうとしてない?」
「そういうつもりはないんだけどね。
 世界が違うって話さ。 君達の世界では林檎は赤いかもしれない。
 ただ、この世界では林檎が黄色い、って言えば、それは事実になる。 少なくとも彼等にとっては」
「……いや、林檎は赤いでしょ? 青い林檎もあるけどさ」
「それを判断する術は彼等にはない。
 彼等には物語が事実で、そこで起こった事しかわからない」

「……なるほどね、よくわかったよ。
 やっぱり君等はイカレてる」

やはり、意味がわからない。
そう結論付けて、森茂は会話を打ち切った。

「そうかもしれないね。 ところで質問はもう終わりかな?
 そうなら、外に出て行かせて貰うけど」
「ああ、最後に一つだけ」

背を向け、館を出て行こうとするワールドオーダー。
彼の背中に向けて、森茂は――宣戦布告をする。

「こんなゲームを起こした以上、君も俺にとっては排除の対象だ。
 終わったら首を洗って待っておきなよ」

「……そうかい。 それも楽しみにしておこう」
重苦しい音がして、両開きの扉が開く。
まだ暗い外へと、ワールドオーダーは歩き出す。

そして館には、元のように森茂が残された。


189 : 名無しさん :2014/03/06(木) 21:47:13 D1vNJRUcO

[I-4・西洋貴族館/黎明]

【森茂】
[状態]:健康
[装備]:コルトSAA(6/6)
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜2(確認済み)、コルトSAAの予備弾丸(18/18)
[思考・行動]
基本方針:参加者を全滅させて優勝を狙う。
1:今は西洋貴族館で人が来るのを待つ。
2:やって来たのが交渉できるマーダーなら交渉する。 交渉できないマーダーなら戦うが、できるだけ生かして済ませたい。
3:殺し合いに乗っていない相手なら、相手によって殺すか無害な相手を装うか判断する。


[I-4・草原/黎明]

【主催者(ワールドオーダー)】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを促進させる。
1:適当に外を歩いて他の参加者を探す。
※『登場人物A』としての『認識』が残っています。
人格や自我ではありません。


190 : メタ・フィクション ◆Y8r6fKIiFI :2014/03/06(木) 21:47:59 D1vNJRUcO
投下終了です。


191 : 名無しさん :2014/03/06(木) 22:05:14 zfAWqM3k0
投下乙です。
ドン・モリシゲ、ゲームに乗ったか…何とも度し難い男だなぁ…
善悪の均衡を保つべく殺し合いに乗った偽悪者と呼ぶべきなのか、はたまた自分の思想を押し付けて殺戮を行う独善者か
ともかく、彼の今後は気になる


192 : 名無しさん :2014/03/06(木) 22:13:28 zfAWqM3k0
連投失礼
ひとつツッコミを入れるとすると
SAAは「Hello,Monster」で既に支給されているハズですね


193 : ◆Y8r6fKIiFI :2014/03/06(木) 22:29:55 D1vNJRUcO
サバイバルナイフが何本もあるなら同じ銃が幾つかあってもいいじゃないですか!

という冗談は置いといて、森茂のコルトSAAを次の武器に変更します。予備弾丸も同じく変更で。
弾数に変更はありません。


【S&W M29】
6発装填の回転式拳銃。
44口径マグナム弾を使用する。
映画などで“最強の拳銃”として知られる。


194 : ◆opzAAxFjbs :2014/03/07(金) 02:23:36 s3UPIFm20
短いですが時田刻 投下します


195 : メビウスの先には? :2014/03/07(金) 02:24:53 s3UPIFm20

ハァハァハァ
坑道の中を駆ける一人の影、その影の主の名は時田刻。閉ざされた時間の輪に捕らわれた少女だ。

「どうして…」

564回目の眠りから覚めた彼女を待っていたのは564回繰り返した朝ではなく醜悪な殺し合いゲームの宴だった。
『繰り返す一日から抜け出したい』そんな彼女の願いは最悪な形で叶えられてしまった。
彼女は混乱していた、次に何が起きるのかわからない状況に。

繰り返される日常の中では決まった時間に決まった事が起きた。
同級生からの電話、遅れる通学バス、テレビのニュース…
道を行くネコでさえも定められた神のスケジュールに従って行動していた。

思えば彼女はそんな状況に慣れてしまったのかもしれない。
抜け出したくて溜まらなかった日常だった、だが何回目からだろうか
彼女はそんな日々に安心を覚えていた、自分の行動によって些細な違いが起きる事が楽しかった。
学校をサボって街を散策した時に事件に巻き込まれてしまった事もあった。
殺人事件に立ち会って解決してしまったこともある。
最も彼女自身は、別の周回で偶然居合わせた人物が語った真相をそのまま喋っただけだが。
例えるなら一回見た映画を自分で演じる、といったところだろうか?
とにかく普通の自分にはできない体験ができる事がとても嬉しかった。
辛かったのはどんなに仲良くなった人物とも次の朝には赤の他人に戻ってしまうことだけだ。

彼女が今感じている不安は、次に何が襲ってくるか分からないという不安。
あの一日に慣れてしまった彼女は、通常の人間以上にそれを感じていた。


196 : 名無しさん :2014/03/07(金) 02:25:54 s3UPIFm20
「ハァハァ…疲れた」
しばらくして彼女は走るのを止めた、目的地についたからだ。
坑道の中、奥深くにその部屋はあった。
《休憩所》 かつて炭鉱夫達が採掘の合間に休憩する為に用意された部屋だ。
彼女は部屋にあった机の上に持っていた二枚の紙を広げた。
一枚の紙の正体は【地下通路マップ】、彼女に支給された品の一つである。
彼女はこの紙を頼りにこの部屋を見つけたのだ。
もう一枚の紙は全員に支給された名簿だ。

「ここなら外にいるよりは安心ね」

そう考える理由は二つあった。
一つ目は坑道の中は蟻の巣の様に入り組んでいて入る人間は少ないであろう点
二つ目は例え坑道の中に入り、進んできた者がいたとしても、
通常の地図には載っていない抗道を進み、自分のいるこの部屋を見つけることは不可能であると考えたからだ。

彼女はまず名簿にじっくり目を通した。
「無い、無い、無い…」
名簿に彼女の知り合いの名前は無かった、
友人や家族が連れられていない事にほっと安心したが、同時に孤独感を感じた。
ここには助けてくれる人が誰もいない。
広間集められた中には人を殺すのに躊躇しない人物
明らかに人間ではない容姿をした者がいた。
普通の女子高生の自分が一人で生き残れるだろうか…

暫くして、一ノ瀬空夜という名前に気が付いた。

「彼は確か…」
何回目の周期からか彼女の世界に割り込んできたイレギュラー
彼にループ脱出のカギが隠されていると思って接触していた時期もあったが…
信頼できる人物とまではいえるだろうか?
それにループの中で出会った人物なので自分の事を知っているか分からない。


197 : 名無しさん :2014/03/07(金) 02:27:38 s3UPIFm20
落ち着いた彼女は部屋の中を見回すと、ある物を見つけた
外部との連絡用の電話だ、御丁寧に島の施設の電話番号が書かれた用紙も用意されていた

「電話、か…ここに籠っているのもいいけど誰かに助けを求めた方がいいかしら」
そう呟きながら、彼女は受話器に手をかけた…
自分の安全を確保する為に誰か頼れる人物を探す必要がある。
通話先に信頼できる人物がいるとは限らないが試してみる価値はあるかもしれない。

【E-7 鉱山内部 休憩所/深夜】
【時田刻】

【状態】:健康
【装備】:なし
【道具】:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜2個
[思考・状況]
基本思考:生き残るために試行錯誤する
1:電話をかけてみようかな…
2:信頼できる人を見つけたい
3:次に…次に何が起きるの…?


【地下通路マップ】
島の各地に存在する地下通路を記した地図

通路1 廃校-研究所-地下実験所
通路2 軍事要塞跡-洞窟
通路3 鉱山-工房
それ以外にも西洋貴族館の脱出用隠し通路への入り方も記されている


198 : 名無しさん :2014/03/07(金) 02:28:34 s3UPIFm20
投下終了です。
誤字、展開に問題があったら指摘ください


199 : 名無しさん :2014/03/07(金) 04:06:28 n2UErxv.0
投下乙です。
ループから抜け出した先が殺し合い…先が読めない恐怖はつらいでぇ…
そして地下通路側マップ採用か、今後の影響が気になるなぁ


200 : ◆H3bky6/SCY :2014/03/07(金) 22:39:31 32bmyoB.0
投下します


201 : 一二三九十九の場合 ◆H3bky6/SCY :2014/03/07(金) 22:40:52 32bmyoB.0
私、一二三九十九が放り出されたのは、川沿いの寂れた場所だった。
強めの風が吹き付け短い私の髪が揺れる。

何故こんなことになったのかという疑問はあるが、このままここにぼーっと突っ立てる訳にもいかない。
ひとまず身を隠すべく、近くに見つけたオンボロ小屋に身を移した。

どうやらこの小屋はボート小屋のようで、中には水路が敷かれており、係留しているボートが二隻。
座れる場所は限られており、全体的にボロボロ。隙間風も多い。
あまりいい隠れ家とは言えないが、何はともあれひとまず腰を下ろす。

「ふぅ」

ここでやっと一息。
腰を落ち着けたところで、まずは配られた荷物を確認する。

まず気になるのは名簿である。
知り合いがいるかもしれない、というあの言葉がどうしても気にかかる。
もしかしたらおじいちゃんや、お父さんがいるかもしれない。そんな嫌な予感が脳裏をよぎる。

ゴクリと唾を飲み込み、ゆっくりと名簿を開いた。
屋根の隙間から洩れる月明かりを頼りに、名簿に書かれた名を一つ一つ確認してゆく。
知った名は幾つか。知らない名は多数。
名簿を見終わってまず思った感想を素直に述べる。

うちのクラス拉致されすぎだろ……。
去年高校辞めた舞歌ちゃんまでいるよ。
確かにうちのクラスは一芸入試者が集められており、半数が一芸組という変り種の宝庫ではあるんだけど。
あの人、何かうちのクラスに何か私怨でもあるのだろうか?

あとクラスメイト以外に気になった名が一つ。
遠山春奈。
公式・非公式含め300戦無敗。現代最強の剣術家である。
今の時代で剣に携わってれば誰でも知ってる、剣道やってて彼の名を知らなきゃもぐりと言っていい。神様みたいな存在だ。
私もお祖父ちゃんの仕事の関係で一度だけ会ったことがある。向こうは覚えていないかもしれないが。
こんな状況で頼りにするなら彼が一番だろう。

次に頼れそうなのは拳正あたりか。
拳正は幼稚園のころから一緒の、なんというかまぁ幼馴染的な何かである。

なんでも私には刀鍛冶の才能があるらしく、いろんなところからスカウトに会うことが多いのだが。
拳正には無茶な方法でスカウトにくるヤクザ紛いの連中を追い払ったりしてもらうこともある。
どうしようもないアホだが、こういう時は頼りになる。

そういや最初はこの事件も私を狙ったいつもの連中の仕業かと思ったけど、ここまで来ると無関係っぽいよなぁ。
アイツら基本的に子悪党だから、こんな大それたことをするとは考えにくい。

名簿の確認を終え、続いて支給された荷物を確認してゆく。
というか、名簿を取り出した時から気になっていた長物がある。
言わずもがなの日本刀である。
はやる心を抑えながら、ズシリと重い鉄の塊を慎重に取り出し鑑定を始める。

鞘は鉄拵。鐔や目貫も装飾が施されておりなかなかに豪華だ。
柄を外して茎に刻まれた銘の確認もしたい所だが、目釘を抜く道具がない。
小槌か何かがあれば何とかなるんだが、ここではひとまず諦めよう。

存分に外観を堪能した後は、本丸である刃の確認に移る。
刃を傷つけぬよう慎重に、まず鯉口を切りそのまままっすぐ一気に引き抜く。
露わになった刀身が夜に光る。

「ほぅ」

思わず漏れる感嘆の声。
棟は基本の庵棟。切先は大切先。
地肌は板目肌で、全体の作風は強いて言うなら美濃伝に近いが中丸に返る鋩子は地蔵鋩子というより火焔に近い。
そして刀工の技量が現れるとされる刃中の働きも多く、中でも稲妻が美しい。

うーむ。かなり独自の見たこのない作風ですが、いい仕事してますねぇ。業物ですよこれは。
やっぱり日本刀は芸術品だなぁ。思わずよだれが出そうになりますよ。うっとり。


202 : 一二三九十九の場合 ◆H3bky6/SCY :2014/03/07(金) 22:42:28 32bmyoB.0

「おーい一二三。刃物もってトリップしてんじゃねぇよ。まんま危ない人だぞお前」
「いやぁ、けど見てくださいよこの火焔鋩子、素晴らしいでしょ? って、アンタは若にゃん!」
「若にゃん言うな」

いつの間にやら背後に立っていたのは金髪ジャージの優男。
クラスメイトの夏目若菜くんである。
彼はスポーツ特待生の多い我が校でもずば抜けた存在だ。
日本サッカー界の至宝とも呼ばれ、将来日本人初の男子バロンドール獲得も夢ではないとさえ言われている。
まあバロンドールの意味は実はよく分かんないんだけど、とにかく凄いのだ。

「バロンドールはEU圏の年間最優秀選手に贈られる称号だよ。
 あと日本人初じゃなくてアジア人初な。こういうのは出来るだけ大きい範囲で括るのが習わしだから」
「ちょっとちょっと若菜さん。人の心の声に突っ込まないでいただけます?」
「声に出てんだよお前」

む。そりゃ恥ずかしい。
気を取り直し、改めて現れたクラスメイトに向き直る。

「というか、なんでここに若菜がいるの? どうやって入ったの?」
「どうって普通に入口からだよ、気づけよ。とりあえず避難する場所探して見つけた小屋に入ったらお前がそこでトリップしてたんだよ。
 こんな状況で刃物もってうっとりしてる女が居たんで普通にビビったわ。
 知り合いだったからよかったものの、撃たれも文句言えないレベルだぞ」
「は、反省してまぁす」

子供のころから工房に入り浸っていたためか、いい刀を見ると我を忘れてしまうのは私の悪い癖である。
若菜の言うとおり状況を考えるべきだったと反省する。
本当に見つかったのが知り合でよかった。

「で。こんなところで日本刀持って何してるんだお前は?」
「いや、配られた荷物の確認をね」

そういやまだ日本刀しか見てないや。
私は若菜に断り、日本刀を鞘にしまって荷物の確認を再開する。

「なんだこれ?」

荷物を漁り、見つけたのは全員に支給される筆記用具とは別の、一冊のノートだった。
既に使い古された形跡があり、中はすでにびっしりと文字が書き込まれていた。

「どうした?」
「いや、変なノートがあってさ、全然読めないんだけど」

なんせ中身は全文英語である。
純日本人の私には読めるはずもない。日本人は英語を読めなくて当然なのである。

「どれ見せてみ、えーっと」

ひょいっと私の手からノートを奪うとぺらぺらとページをめくり目を通してゆく若菜。

「え? え? なに、若菜それ読めんの? たしか若菜ってスポ特組の御多分に漏れず、成績だいたい赤点ギリだったよね?」
「英語だけはできんだよ、語学は将来必要だからな。ちなみに英語以外にもスペイン語とイタリア語話せます。
 あと成績に関しては中間赤二つのお前に言われたかねーからな?」
「な、何故そのことを!?」
「拳正に聞いた」

あ、あの野郎。自分は赤点4つだったくせに!

「まあいいでしょう。成績の話はお互い傷しかつかないのでこの辺でやめておきましょう。OK?」
「俺は別に傷ついた覚えはないが、まぁOK」

傷つけ合うだけの争いは何も生まない。
ひとまず手打ちにして若菜の解析結果を素直に待つことにする。


203 : 一二三九十九の場合 ◆H3bky6/SCY :2014/03/07(金) 22:46:16 32bmyoB.0
「内容はクリスってやつの日記だな。やたら『Sister』って単語が出てくるけど……まあそれ以外の内容は普通か。
 今日何食っただの、仕事頑張っただの、なんか遠く離れた姉に向けて書かれてるみたいだが」
「どうしよう、確かクリスって名簿に載ってたよね? 間違えて入っちゃったのかな? 届けてあげた方がいいかな?」
「……いや、この状況で日記とかどうでもいいだろ。だいたい名簿に載ってるクリスさんがこのクリスさんとも限らないし」
「うーん、まあそうだね。実際会う機会があったら確認してみるくらいでいいか」

私の発言に若菜が怪訝な顔をする。
なんか変なこと言ったっけ?

「会う機会ってお前、これからどうするつもりなわけ?」
「どうするってそりゃみんなを探しに行くよ? 心配だし」

これだけ友達がいると知ってしまったのだ、みんなの安否が心配になるのは当然である。
抜けてそうなルッピーとか特に。誰にでも犬みたいに懐いて警戒心とかなさそうだからなぁあの子。

「そういう若菜こそ、これからどうするつもりなの?」
「んなもんどっかに隠れて警察とか自衛隊の助けを待つしかないだろ」
「現実的だねえ」

この辺は現代っ子だなぁ。同い年だけど。

「この首輪がマジなのかは分かんねえけど。少なくとも拉致られたのはマジだし。配られた拳銃は本物だからな」

そう言って若菜は腰に差した自身に支給されたであろう拳銃をチラリと見せる。

「へぇ。そうなんだ、よく本物とかわかるね?」

私は刃物はともかく銃はよくわからない。
そういや興奮して失念してたが、この日本刀もマジモンだなよく考えたら。

「国際試合で海外行くことも多いからな。中東行きゃ警備員が普通に持ってるぜ、しかもゴツいの」

そう言ってエアマシンガンを構える若菜。
華やかな人生送ってるように見えて、中々苦労してるんだねぇ

「とにかく外に出るのは危ねえから、その辺で隠れてやり過ごすってのが無難だろ」
「えー。危ないなら、なおさらみんなを探そうよ。若菜はみんなが心配じゃないの?」
「そりゃ心配だけどさ、俺らが合流したところでどうにもなんねぇだろ、実際。
 動き回るだけ無駄なリスクを追うだけだって、だいたい契約近いし怪我したくねーんだよ」

かなりのワガママ発言だが、実際の所、日本の至宝とまで呼ばれる彼に怪我をさせたともなれば、全国どころか全世界のサッカーファンに殺されかねない話である。

「むぅ。じゃあしゃーない。せっかく会えたのに残念だけどみんなは私一人で探しに行くよ。若菜とは別行動ってことで」

そう言って荷物を抱えて立ち上がる。
荷物の確認もできたし、動き出すなら早い方がいい。

「じゃ、若菜も気を付けて」
「待て待て待て待て。あーもう、わったよ。相変わらずブレねえ女だなお前は」

そう言って、心底嫌そうな顔をした若菜がため息交じりに立ち上がる。

「俺も行く。それでいいだろ」
「あれ、いいの? 怪我したくないとか言ってなかったっけ?」
「アホ。女一人こんなところに放り出すとかそっちの方がねーよ」

なんとまあ男らしいセリフ。
思わずキュンと来たぜ。


204 : 一二三九十九の場合 ◆H3bky6/SCY :2014/03/07(金) 22:48:24 32bmyoB.0
「ときめくなときめくな気色悪い。大体、人の女に手を出す趣味はねーよ」
「はい?」

何を言ってるんだコイツは。
自慢じゃないが彼氏いない歴=年齢の私は誰の女でもねえよ。

「いや、付き合ってんだろお前と拳正? クラスのみんなだいたい知ってるぞ?」
「はいぃぃ!?」

今明かされる衝撃の事実!
というか、そんな事実はねーよ!
どうりで拳正が来るとユッキーや夏ちゃんが気を使ったようにどこかに消える訳だわ! 長年の謎が解けた気分だよ!

「いやいや…………ないわー」

あのサルが、彼氏とかないわー。
私の理想はどちらかと言うと遠山さんのような落ち着いた大人な人である。

「あれ? そうなの?
 と言うか、お前は見た目『だけ』はいいから、昔はそこそこ狙ってるやつもいたんだが。
 あの拳正の女だっていうから、みんな手ひいちまったぜ?」
「…………マジかよ」

私、アイツに出会いという名の青春奪われてたのかよ。
っていうか今、わざわざ『だけ』を強調しやがったなコイツ。

「どうしてそんな根も葉もない、わけのわからん話に…………」
「いや、どうもこうもお前らいつもこの前の休みがどうこうって話をしてるし。しかも大声で。
 だいたいアイツの弁当作ってるのお前じゃん。内容一緒だからバレバレだって」
「うっ」

確かにそれだけ聞くとそれっぽいが。
休みがどうこうはヤクザ紛いの連中を追い払ってもらったって色気のない話だし。声がでかいのは地声だほっとけ。
弁当に関しても、あいつ両親いないし、ボディガード紛いの事させてる借りもあるから自分の弁当作るついでにアイツのも作ってやってるだけである。
他意はない。マジでない。

「……なんて、こと。どうりでこの美少女に彼氏ができないわけだわ」
「いや、どっちにせよその性格じゃ変わんねえって」
「なんだとコノヤロー! そういう若菜さんはさぞおモテになられるんでしょうねぇ?」
「まあ実際モテるよ。それなりに」

サラリと言いやがったよ。ムカつくなぁこいつ。
まあ確かに、校内では三条谷くんの人気に霞みがちだが、外部からの人気はなかなかのものだ。
コイツを校門で出待ちしてる女学生をよく見かける。

「の割に彼女とかいないよねアンタ」
「まあ好きでもない女に惚れられてもな」
「ん?」

なぜかじっとこっちを見る若菜。何だろう?

「……ま。その辺は色々あんだよ。色々な。
 それよか、とりあえずどこ目指すんだ?」

露骨に話を変えられた気がするが、まあそこはデリケートな話題だし突っ込まないでおいてやるか。


205 : 一二三九十九の場合 ◆H3bky6/SCY :2014/03/07(金) 22:48:57 32bmyoB.0
「人探しなんだから当然人の集まりそうなところでしょ」
「人が集まるってことはそれだけ危険もあるってことだろ。
 まずは安全そうな人の少なそうなところから回るべきだと思うけど?」

確かに一理ある。
私だって別に好き好んで身を危険にさらしたいわけじゃない。

「しかぁし! おじいちゃん曰く『虎穴に入らずんば虎子を得ず』。アンタもアスリートなんだからチャレンジしていきなさいよユー」
「出たよ一二三のおじいちゃんがー。アスリートだから無謀なリスクは冒さないの。わかったかなお嬢さん?」
「うっせえ、おじいちゃんバカにスンナ、根性打ち直すぞコラ」
「俺がバカにしてんのはお前だよ」

そんな話をしながら動き出す私たち。
まぁなんだかんだで一人でこんなところに放り出されて正直不安だったし、一人じゃないというのは非常にありがたい。
誰かがいるというのはそれだけで心強い。

「よし、じゃあ気を取り直して、とりあえず出発! 目指すは人の集まりそうな施設!」
「いや、まずは人の居なさそうなところな」

意見が合うかは、不安だけど。

【D-7 ボート小屋/深夜】
【一二三九十九】
【状態】:健康
【装備】:日本刀(無銘)
【道具】:基本支給品一式、クリスの日記
[思考・状況]
基本思考:クラスメイトとの合流
1:人が多そうなところを目指す
2:クリスに会ったら日記の持ち主か確認する。本人だったら日記を返す

【夏目若菜】
【状態】:健康
【装備】:M92FS(15/15)
【道具】:基本支給品一式、9mmパラベラム弾×60、ランダムアイテム0〜2個(確認済み)
[思考・状況]
基本思考:安全第一、怪我したくない
1:人が少なそうなところを目指したい

【クリスの日記】
クリスが日課としてつけている日記。
基本的に嘘は書かれていないが、姉に送る理想の自分が描かれているため血なまぐさい内容は適度に変換されている。


206 : 名無しさん :2014/03/07(金) 22:50:04 32bmyoB.0
投下終了
テーマはラブでコメな感じ


207 : 名無しさん :2014/03/07(金) 23:17:05 n2UErxv.0
投下乙です。
此処まで血腥い戦い含めたシリアスな話が多かっただけに
この同級生同士の他愛も無い会話はなんかすごくホッとするww


208 : ◆t2zsw06mcI :2014/03/09(日) 01:04:43 o4JfHLfQ0
何と言うか、またしても申し訳ありません。
今より投下させて頂きます。


209 : 悪の女幹部 ◆t2zsw06mcI :2014/03/09(日) 01:05:26 o4JfHLfQ0
パクリじゃんよ。
何がって、どうもこうもないでしょうに。
この状況が、って言ってンのよあたしは。
分からない? あんたさ、知らないのバトロワ。
バ・ト・ロ・ワ。
高見広春センセイの『バトル・ロワイアル』の事じゃんよ。
知らないの。そう。齢幾つよあんた。十七。ふうん。まあ知らないかなあ。
原作知らなくても映画が話題になったんで名前は聞いたってのは多いと思うんだけど。それも違う。
まあいいわよ別に。
は?
いやだから、今現在の状況が、そのバトロワのパクリなんだってばさ。
拉致されて、爆発する首輪付けられて、殺し合い強制されるって話よ。
誰が、何処から、どう見たって、パクリでしょうよ。
これがパクリでないならK9999だって鉄男のパクリじゃなくなるわよけらけらけらけら。けけらけら。
つうかさ、要は中途半端すぎるって話なのよ。
やるならハッキリと、堂々とパクった方がいいのよ。
元ネタ――元ネタって言い方も何か変な気がするけど、まあバトロワ。小説のね。
あれはさ、『プログラム』の存在は作中のキャラはみんな知ってるのよ。基本的に。
だからサ、殺し合いとか絶対無理! ってキャラも勿論いるけど、まず現状が認識できない奴はほぼいないのよね。
で、まあ全員殺せば命だけは助かるって事は確定だから、ゲームに乗る奴も多くなる訳よ。
そんな風に世界観からしてきっちり設定されてるものから一部の要素だけ持ってきたって――。
どうでもいい?
はいはい分かりましたよ。
いやまあ、あたしらだって人の事は言えませんよそりゃあ。
神話と偉人がモチーフの怪人軍団とかモロにGOD機関ですよ言い訳はしませんよ。
でもねえ、あたしらの場合は、なんつうの、リスペクト? オマージュ? みたいな。アレよアレ。
ブラックオックスに対するゲッター1、ハカイダーに対するイクサー2みたいなもんよ。多分。
何言ってるのか分からない?
いいけどさあホントに。
こっちの話よこっちの話。分からないなら黙ってていいのよ。
で――さあ。
あ、何よその顔。いつまでこんな話してるんだよっつう顔したでしょう今。
言いたいことがあるんならハッキリ言いなさいよ。おい。おいコラ。
ちょっと。
何よもう、情けない声出しちゃってさあ。
怒ってないわよこれが普通よあたし。
ホンット調子狂うわもう――。


210 : 悪の女幹部 ◆t2zsw06mcI :2014/03/09(日) 01:05:56 o4JfHLfQ0
       ●

金髪の女性はそこで言葉を切り、物憂げな表情で少しだけ俯いて見せた。
先程までの油紙に火が付いたような物言いが嘘だったかのような、萎れた態度である。
あまりにも急な豹変ぶりに馴木沙奈は戸惑ってしまい、困惑を隠せないままにおずおずと発声した。
「あのう」
「あ?」
女性は鷹のように鋭い瞳で不服そうに沙奈を睨んだ。

こ――。
怖い。
すっごく怖い。
今の沙奈は蛇に睨まれた蛙、いやオタマジャクシである。
要するに全く動けない上に、大きさが全然違うのである。
一飲みにされるならまだマシで、一瞬ですり潰されてしまうかの如きプレッシャーを沙奈は感じている。

――何故こうなった。

沙奈は今日まで真面目に勉学をこなしてきた、ごくごく普通の女学生である。
幼馴染の事となればそれはちょっと見境がなくなってしまうような事もあるのだけれど、それには止むを得ない事情もあり、
まあ聖人とは言えないかもしれないが、人道を踏み外すような事をした覚えは全くない、寧ろ謹厳実直な無辜の民であって。
こんな目に遭わされる謂れは一切無いのだ。

激しく遺憾である。

沙奈は数十分前の出来事に思いを馳せた。

本当にその時まで、沙奈はいつもと変わらぬ日常の中にいた筈なのだ。
トンネルを抜けたりとか理科室でラベンダーの香りを嗅いだりとか、そんな事もしていない。
いつの間にか、人が沢山いる、見知らぬ場所にいた――としか説明しようがない。
それはもう完全に状況が理解できない訳で。
何も出来ない見えない耳に入らない、思考回路はショート寸前な硬直状態に陥っていた時――。
ぱん、と。
銃声が聞こえた。
それが本当に銃声だったのかどうかは実際の所分からないというか、沙奈は銃声なんて運動会の時くらいしか聞いた事がないのだけれど。
ともかく、大きな破裂音だったのだ。


211 : 悪の女幹部 ◆t2zsw06mcI :2014/03/09(日) 01:06:32 o4JfHLfQ0
ハッと意識を取り戻した沙奈は――。
すぐにその場に伏せて両手で耳を塞ぎ、目を強く閉じた。
まず一般的に予測されるような危険への対処法を取ったのである。
それは正しい判断だったと、常識人を自負する沙奈は今でも確信している。
何せ沙奈が伏せたそのすぐ後に、その状態でも分かるような閃光と轟音を感じたのだ。
伏せていなければ感覚がどうにかなっていたかもしれない――いや、多分大きな爆発が起こったのだろうから、絶対に無傷では済まなかった筈である。
ともかく、それから沙奈はまんじりともせずに必死に目と耳を塞ぎ、じっと蹲っていたのだ。
優先すべきは興味よりも安全である。それが常識的な対応と言うものであると沙奈は思う。
何となく辺りが騒々としているような気配も感じてはいたが、殆ど何も耳に入ってはいなかった。

それから十分は経った頃だろうか。
沙奈は慎重に、恐る恐る身を起こし、周囲を確認した。
すると。
誰もいなかった。
というか、何もなかった。
いや、何もないという事はないのだけれども、単なる道路のど真ん中に独りぼっちだった。

意味不明である。

夢か幻か、なんて事を思う程に沙奈は自分の認識を疑ってはいない。
するとまあ、今の状況は紛れも無く現実だという事になるのだが。

――どうしろと。

どうしようもないのだ。
まず何がどうなっているのか分からないのだから、何をすべきかも分からないのだ。
かと言って、じゃあ何が起こったのか調べよう、とする事もできない。
突然妙な場所に瞬間移動したかと思ったら突然爆発が起きて、更に別の場所に瞬間移動した――。
そんな事が起こるような現象、起こせるようなモノは沙奈の常識の中には無い。絶対に無い。
非常識な出来事の原因は非常識であるべきなのだ。
そうするともう、常識人であるところの沙奈が出来る事は何もない。

棒立ちである。
沙奈、ただ突っ立っているだけ。
圧倒的無為。


212 : 悪の女幹部 ◆t2zsw06mcI :2014/03/09(日) 01:07:04 o4JfHLfQ0
そんな時に――。
沙奈は金髪の女性と遭遇したのだ。
出会った、とか、接触した、ではなく、遭遇した、という表現が相応しい気がする。
何と言うか、こう、見るからに怒っているというかブチ切れ金剛というか、まあそんな様子だったのだ。
そんなのが肩を怒らせながら、沙奈の方に向かってずんずんと前進して来た訳で。
接近してきた女性に対し、沙奈は。

――こんばんは。
と、挨拶をした。

完全に頭が麻痺していた沙奈に出来る事はそれだけであった。
女性はその場で急停止し、狂人でも見るような目つきで沙奈を凝視した。

これは何か間違ってしまったのだろうと言う事はその時の沙奈にも分かった。
なので、何とかフォローしようと次に言うべき言葉を回らない頭で必死に考えたのだ。

――そもそも今は本当に夜なのか。さっきまで明るかったし。いや時差というのもあるしなあ。あ、ならここは外国なのか。
ブロンドの人がいたっておかしくはないのか。じゃあ外国の人相手に日本語で挨拶と言うのも変な話だなあ――。
いや、本当にそんな事を思ったのである。
で。

――Good evening.
と、今度は英語で挨拶をした。

発音は完璧だった。
語尾を上げてはいないから「さようなら」ではなく、きちんと「こんばんは」として伝わっていた筈である。

だがそれが逆に女性の逆鱗に触れた!

か、どうかは知らないのだが。
女性は無表情になり、半ば痙攣を始めていた。これはマジでヤバい、と沙奈が思った瞬間。
ぐい、と腕を掴まれた。
女性は凄まじい力の持ち主であり、抵抗は不可能であった。
そのまま女性は沙奈を引き摺るようにして――というか引き摺って、近くの建物へと入っていった。
沙奈と女性は座布団の敷かれた和室に土足のまま入った。
その後。


213 : 悪の女幹部 ◆t2zsw06mcI :2014/03/09(日) 01:07:44 o4JfHLfQ0
――まあ座んなさい。
と、女性は言った。
沙奈は素直にその言葉に従い、女性も机を隔てた先にある座布団に座った。
とりあえず話は通じる相手のようであると、そう判断した沙奈は、一体何がどうなっているのか尋ねたのだ。

で――。
何だか不必要にグダグダと長い説明だったような気もするが、まあそんな訳で話は冒頭に戻る。

本気で理不尽にも程があると沙奈は思う。
しかも結局、現状に関する情報は何も得られていない。と言うか、意味が分からない。
けれども――今はこの女性から話を聞くしかないのだ。

怖いけど。

ごくんと息を呑んでから、沙奈は口を開いた。
「あ、あのですね」
「しかしあんたもさあ――」
割り込まれた。
「ノーテンキよねえホント。何、自分が死ぬ訳ないとか思ってンの? だったらそりゃ間違いよ。
 あんたみたいなヒョロッヒョロで胸も無くて小便臭い小娘なんて、リボルケイン構えたRXに突進していく怪人より儚い命だわよ」
どんな罵倒だ。いやそもそも何故罵倒されなきゃならんのだ。
胸は――まあ無いのだが。

女性が顔を向けた。
「つうかさ、あんた、誰よ」
なんじゃそれは――と言いたいのを堪えて、沙奈は答えた。
「はあ、その、馴木沙奈と言いますけど」
「あーそー」
全ッ然知らないわと言って女性は反っくり返った。
まあ沙奈は同じ学校のサッカー選手や探偵みたいに有名じゃないし、外国人に知り合いがいる訳でもないのだが。
本当に、何故にこんな扱いを受けねばならんのか。

「まあ度胸はあるのかしらねえ。あたしの事は知ってるでしょ? ブレイカーズの大幹部、大神官ミュートス様」
知る訳がない。
そう言った。
「ああん?」
「あ」
言ってから――これはとりあえず頷いておくべき流れだったという事に沙奈は気が付いた。


214 : 悪の女幹部 ◆t2zsw06mcI :2014/03/09(日) 01:08:26 o4JfHLfQ0
「んー、割と有名だと思ってたけど、マイナーなのかしらうちら。まあ仮にも秘密結社な訳だしねえ」
流された。割とあっさり。

つーか。
さっきから殺し合いとか秘密結社とか何を言っているのだろうか。
オタクの人なのかこのミュートスとか言う外人さんは。コスプレなのか。

「で――沙っちゃんは、何処の組織のもんなのよ。あんたみたいな貧弱そうなのが無所属ってこたあないでしょう。ラビットインフル辺り?」
組織て。サークルか何かか。貧弱なのは関係あるのか。ラビットインフルって普通の会社じゃなかったか。
いやそれよりも。
「沙っちゃん――って、わたしの事ですか」
他に誰がいるのよとミュートスは言った。
馴れ馴れしいと表現していいのだろうかこの場合は。
ともかく、答えるしかあるまいて。
「わたしは一介の高校生であって、別にそういう活動はしてないんですが」
そういう活動とは、まあマニア的なというか、そういう活動である。

ミュートスはううんと唸り声を一つあげた。
「沙っちゃんは――ただの学生な訳? 本当に。正直に言って」
正直に言ったのだが。
「そうですが」
「あー」
ミュートスは思い切り頭を抱えた後、意を決したようにすっくと立ち上がった。

壁に向かってすたすたと歩いて行くミュートスを沙奈は座ったまま見つめた。
こん、こん、と壁をノックするように軽く叩く。
その、次の瞬間。

ホゥアチャアアアッ――と、ミュートスがブルース・リーのような怪鳥音を発すると同時に――。
すらりと伸びた脚が木製の壁を粉々に粉砕した。
ミュートスは無言で踵を返し、再び沙奈の対面に座った。
「――はっ」
沙奈は今更になって驚愕した。
あまりの事態に驚くのを忘れるというのは本当にあるものなのかと感じ、それでまた驚いた。
「んななななななな」
「その調子だと――マジに一般人っぽいわねえ。あー最ッ悪」
ミュートスは舌打ちした。


215 : 悪の女幹部 ◆t2zsw06mcI :2014/03/09(日) 01:09:16 o4JfHLfQ0
「い、一般人って――」
「だーかーらー、あたし秘密結社の幹部なんだって。あ、目的は世界征服ね。
 悪党商会やらJGOEの奴らもいるみたいだし、てっきりそういう連中だけ集められたと思ってたんだけどなあ」
せかいせいふく。
「って――マジですか」
「殺し合いやらされてる時に冗談でんな事言う奴がおるかいな」
ころしあい。
「って――」
「天丼はいいのよ沙っちゃん。それもマジ。自分の首触ってみなさいよ」

触る。
「げ」
指先から伝わってくるのは肌ではなく、金属の感触だった。
今まで気付かなかったのが不思議だ。
「それ、爆発するらしいから」
「げげげ」
「の鬼太郎――じゃなくてえ。自分以外の全員殺さないとそれ外れない――らしいのよね。
 あんたもあたしも、テロリストに拉致されて、殺し合いやらされてンの。
 あたしらみたいな所謂アウトサイダー的な奴らが沢山いたんで勘違いしてたけど、一般人がいるとは思わなかったのよあたし」

今ここになって、漸く沙奈は自身の置かれた状況を把握した。
のは、いいのだが。
「わわわわたしをどうする気ですかあああ」
「うーん、死ぬのと生きるのと、どっちがいい?」
そんな、ビーフオアフィッシュみたいに言われても。デッドオアアライブか。
「し、死にたかあないです」
「でもねー、殺し合いとか関係無しにブレイカーズの事とかあたしの正体知られちゃった訳だしー。あたしが悪いんだけどサ」
「わたしは絶対人に言いませんから。ていうか、秘密結社なら人前に出なきゃいいでしょうに」
「秘密結社だって飯は喰うし外で遊ぶ事だってあるわよ。首領なんて一般人の知り合いが少ない事気に病んでんのよ。友達はペットだけなのよ」
だから。気軽にそういう事を言わないでほしい。
「まあ――死にたくないっつうんならいいわよ別に。あたしなら楽に、一瞬で済ませてあげられるんだけど」
メリットなのかそれは。

「でもね沙っちゃん。死にたくない、はいいけど。あんた、人は殺せるの?」
「は――」
それは――無理だ。
絶対に無理だ。
物理的に実行可能か否か、ではなく。
そもそも、人を殺すと言う選択肢自体がありえない。
勿論沙奈だって死にたくはないから、もしも命の危険が迫れば全力で抵抗するし、その結果として――という事はあるのかもしれないが。
自分から人を殺す事なんて、何があっても嫌だ。というか、無理だ。


216 : 悪の女幹部 ◆t2zsw06mcI :2014/03/09(日) 01:09:46 o4JfHLfQ0
ミュートスはふん、と鼻を鳴らした。
「それでいいのよ」
「いい――んですか」
「当ッたり前でしょうが。突然殺し合い強制されて、じゃあ殺しましょう、なんつう奴がそうそういてたまるもんですか」
絶対にいない――とは言わないのか。
いや。
「そ、その、ミュートスさんは」
「無差別に殺るつもりならこんな会話してないでしょうよ。ま、さっきは真面目な質問だったんだけど。
 沙っちゃんが殺るつもりなら逃げるか先に殺るかしなくちゃいけないし」
やっぱり――怖い。

「あたしはさ、殺し合いつうか、戦いって嫌いなのよね。面倒だし。得しないし。強制されたからってやる気にゃならんわよ」
えー。
正直な話、ちょっと信じ難い。今までの言動を鑑みるに。
「お黙り。あたしらの目的はあくまでも世界征服だから。特撮じゃないんだからチマチマヒーローと戦っても意味無いの。やるとしても情報戦。
 パンピー襲うなんてもっての外よ。幼稚園バスジャックとかダム破壊とか、今時流行んないしィ。
 その辺分かってない末端の連中もいるけどさ。ま、避けられない戦いならしゃあないけどそうでなかったら避けるわよ」
「いるんだ。ヒーロー」
ヒーローくらいどこの県にも一人はいるわよとミュートスは結構無茶苦茶な事を言った。
本当なのか冗談なのか分からないのがまた嫌だ。

「あたしはともかく、ヤバ気な連中もかなりいるっぽいのよねえ。そうでなくても恨み買ってるしうちら。
 沙っちゃんはどう? 知り合いにそういうの、いる?」
「そういうのって――」
まず、ここに知り合いがいるのかどうか。
「あのさー、まあ最初の状況で混乱するのは仕方ないにしても、名簿くらいは見ときなさいよ。ほら鞄」
「カバン?」
「バッグ。デイパック」
呼び方じゃなくて。
「持ってないんですが。カバンも、名簿も」
「はあ?」
ミュートスは沙奈に蔑むような視線を送った。

「こんな嵩張るもん、何処やったのよ」
何処にもやっていない。
「いや、カバンは――最初には近くにありましたけど。自分のものでもないし、そのまんま置きっぱなしで」
「あんた馬鹿ァ?」
まあ。
状況を把握出来ていなかった事が馬鹿と言えばそうなのだろうけど、文句を言われる筋合いはないと思う。
「い、いや、ミュートスさんが無理矢理引っ張ってった事も原因の一つであってですね」
「あ、た、し、が」
悪いって言いたい訳、とミュートスはドスを利かせた声を沙奈に浴びせた。
「このわたし馴木沙奈が全面的に悪かったです」
沙奈は即座に折れた。


217 : 悪の女幹部 ◆t2zsw06mcI :2014/03/09(日) 01:10:41 o4JfHLfQ0
「ならばよし。はい、貸したげる」
ミュートスは鞄から名簿を取り出し、沙奈に手渡した。
眺めてみれば、名前だけが五十音順にずらりと書かれている、本当に名簿としか言いようがない代物である。
「どうよ。知り合い、いる?」
「――はい」
殆ど目を通せてはいないが、最上段に書かれている名前の幾つかは、沙奈と同じ学校に通う学友のそれであった。
「そ」
大変よね、とミュートスは静かに言った。
「あたしも――まあ、絶対居て欲しくない人、いたから」
「はい」
こんな時に何も言えない自分を、沙奈は情けなく思う。

はいはい暗い暗いとミュートスは手を叩く。
「前向きに考える――っつうのはまあ無理だろうけどさ。落ち込んでても始まらないわよ。
 とりあえず――沙っちゃんの知り合いの名前、教えてくんない」
「それは――どうしてです?」
「あたしと沙っちゃんの共通の知り合いがいるかもしんないから。
 あたしらみたいな連中を大量に集めといて、その中に一般人混ぜるってのはどうも得心がいかないのよね。なんか縁があるかもしんない」
普通の女子高生と秘密結社の幹部に共通の知り合いがいるものだろうか。
そもそも、それが分かったところでどうにかなるものだろうか。
けれど。
「――分かりました。わたしの知り合いもみんな普通――でもないですが、殺し合いなんてする人はいないと思います――けど」
とにかく、自分に何か出来る事があるならばそれをやるべきなのだろうと、沙奈は判断した。

「――麻生時音。天高星。一ノ瀬空夜――この人とは殆ど話もしてないんで、どんな人かはよく分かんないんですが――」
ミュートスは悩ましげに額を抑えたまま反応しない。
「――尾関夏実。ここまで全部同じクラスの人です、わたしのクラスとは違いますけど。音ノ宮・亜理子――あれ?」
「何」
「いや、ここなんですが」
指で指し示す。
『クロウ』とだけ書かれた名前には、丸括弧で『朝霧舞歌』という名前が付記されていた。

「朝霧さんって言うのはわたしと同じ高校に通ってた子なんですが、この、クロウって、何なんでしょう」
「――あたしが知ってんのはクロウの方ね。ふうん。両方に通じる名前を書いてる訳ねえ――」
今までのミュートスとは違う、何処か冷たい口調である。
現在は行方不明となっている朝霧の、何をミュートスは知っているのか。何があったのか。
それは分からないが――共通の知り合いは確かに存在した事になる。
それと同時に、自分とミュートスは、本来ならば絶対に関わってはいけない人間同士なのだと、沙奈は今更ながら実感した。
だけど。


218 : 悪の女幹部 ◆t2zsw06mcI :2014/03/09(日) 01:11:14 o4JfHLfQ0
「――しっかし、JGOEの連中は本名だけだし、逆に案山子やらりんご飴は通称だけなのよね。
 あたしなんて『大神官』まで含まれてるし。どんな基準よ全く。いや、そもそも何も考えてないのかな。
 巫山戯てんのかしらね――巫山戯てなきゃこんな事おっ始めないか。ん、続けていいわよ」
「はい」
今は。
こうして同じ場所にいる。沙奈が、一方的に背負ってもらっているような関係ではあるのだけれど。
再び名簿へと目を落とす。
そして。
「さん――じょうや――」
――三条谷練次郎。
自分が最も大切に想う人の名を、沙奈は見つけた。

息が止まる。
「どしたの」
好きな男でもいたかしら、とミュートスは問うた。
――好き。
なのだ。多分。沙奈は、彼の事を。
「図星かあ。んじゃ、も一回聞くわよ沙っちゃん。あんた、人は殺せるの? 自分じゃなく、他人の為なら」
それは。
「それは――やっぱり駄目です、そんな事。理由が何であろうが、人殺しは出来ません。
 もしも――もしも彼が目の前で殺されたとしても、敵討ちとか、そんな事も考えない――と、思います。
 別に、わたしが冷たいだけだなんて思いません。それが」
それが普通の考えだと思いますと沙奈は言った。
「沙っちゃん。それ、間違い」
ミュートスは眉間に深い皺を刻む。
「普通なんてものは、無いの。人はみんな違うから」

そう――なのだろう。
普通とは一体何だと言えば、突出したところがない、逸脱したところもない、標準的な、という意味なのだろうが。
そもそも突出も逸脱も標準も、基準がないのだから判断は不可能なのだ。
それでも――沙奈は自分は普通なのだと信じたくなる。
怖いからだ。
自分にとっての常識は、それが常識だと思い込んでいるだけであるという事に気付いてしまうのが。

「ま――いいわよ、それは別に。どんな理由でも人殺しはダメってのは、その部分は確実に正しいわ。あたしが保証する。
 沙っちゃんは善い娘よ少なくともあたし基準では。でもさ」
「でも――何でしょう」
「沙っちゃんの知り合いが、沙っちゃんをどう見てるか――つうのは分からないわよね」
「まあ、はい」


219 : 悪の女幹部 ◆t2zsw06mcI :2014/03/09(日) 01:12:09 o4JfHLfQ0
「だから――こりゃ例えだけどさ。その沙っちゃんが好きな男を生き残らせる為に、他の連中を殺しにかかるとか――。
 そんな風に思われてる可能性もあるっつう事よ」
「そ――」
そんな事が――あるのか。
「い、いや、その、確かにわたしは彼の事が――好き、ですけど。でも彼の方は別にそんなんじゃなくって。
 ていうか本当に、単なる幼馴染ってだけで。そりゃあ昔は彼を引っ張り回すことが趣味だったりしましたけども――。
 一人になれる場所が好きとか聞いてからはもうそんな事もしてないし。あ、色々あって、彼、女性不信なんです今。
 だからまあ、そういう、彼の事を考えずにずかずか近寄ってく人の事は、あんまり――良く思いませんが。
 それに――彼を独占したいだけなんじゃないかって言われたら――否定はできないかもしれないけど。
 で、でも、そりゃあ口喧嘩くらいは何度かしてますが、暴力振るったりは全然してませんし。
 誤解されても仕方ないような事も言ったかもしれませんけど、だからってそんな殺人なんて、幾ら何でも飛躍しすぎで――」
「いや聞いてないから。別にそういう事」
「あ――はい」
沙奈は目を伏せた。

「ま、例えだからあくまでも。でも、可能性は本当にあるの。記憶やら何やら弄られてるって事も有り得なくはないしね。
 そこまで考慮すると何でもかんでも後付け出来るようになっちゃうから、あんま考えたくないんだけど。
 ともかくさ、もしもそう見られてるんなら、もうどうしようもないから」
何やっても無駄。
「無駄――ですか」
「無駄よ。もう、最初っからそんなんだと決めてかかられてる訳だから、どんなに言葉尽くしても言い訳だとしか思われないって」
そうなのかもしれないけど。
それは――とても嫌だ。

「証拠なんて出せないじゃん。行動の意図なんて、正しく伝わる方が珍しいじゃん。
 あたしみたいなのは、まあ社会からはみ出してる訳で、何言われても仕方ないみたいなのはあるわよ。事実無根な事言われたら腹立つけどさ。
 沙っちゃんは別に自分で間違った事してると思ってる訳じゃないんでしょ。だったらもう普段通りに行くしかないって」
普段通り。
「人なんて――世界なんて、見方を変えりゃあどんな風にでも見えるもんだから。何やっても誤解されるときゃされるでしょうよ。
 下手な事しなくていいから、何があっても殺さないってのを貫くのよ。堂々としなさい。それだけでいいの。それっきゃないの」
「でも」
沙奈の額をミュートスの指先が軽く弾いた。
「痛う――」
「デモもストもメーデーもないッ。年上の言う事には従っとくものよ」
「わ、わかりましたから」
よし、と言ってミュートスは笑った。

多分――。
沙奈は思う。
多分ミュートスは、凄く強い人なのだ。肉体だけでなく、精神的にも。
ミュートスが普段戦っている相手は、個人でも、社会でも、世間でもなく、世界なのである。
その在り方は決して褒められるようなものではないのだろうけれど――とても沙奈が敵う相手ではない。


220 : 悪の女幹部 ◆t2zsw06mcI :2014/03/09(日) 01:12:55 o4JfHLfQ0
「ミュートスさんは――」
「あん?」
「その、こういう時にこんな事言うのは変かもしれないけど。どうして」
世界征服なんてやってるんですかと沙奈は聞いた。
意味はないのだけど、聞かずにはいられなかった。
乱暴だけれど、良識も常識も持ち合わせたミュートスが何故そんな道を歩む事になったのか知りたかったのだ。

「どうして――って言われてもねえ。強いて言えば、成り行き?」
「成り行きって」
「だってそうとしか言えないもーん。つうか世界征服とか、無理だし。だからって普段真面目にやってないっつう事は無いけどさ。
 実際無理でしょうよ間違いなく。ムリムリムリムリかたつむりよ、わはははは」
「それは、まあそうでしょうけど――」
――冗談ではないのだろう。
何故かそう思った。

ミュートスは呟くように小さな声で言った。
「男」
「え?」
「惚れた男がさ、馬鹿だったから。あたしも付き合ってんの」
「ああ――」
それならば――理屈は要らない。
否、寧ろ邪魔になるのか。

「はいダメー。沙っちゃん、それ間違い」
「な、何も言ってないじゃないですか」
「小娘の考える事なんて顔見りゃ分かるわよ」
そう言うものだろうか。
そう言われればそんな気もする。

「罪を犯したら罰せられるのは当たり前でしょ。惚れてようが、一緒になって馬鹿やっちゃいけないでしょ。寧ろ止めるべきでしょ。
 愛があれば許されるとか、そんなの無いでしょ。愛なんてカビみたいなもんよ。すぐわいちゃうの。どこでもわいちゃうの。
 結局――悪人なのよ、あたし。あの人とは関係ない所で、そうなんだと思う。方向性は、まああの人に逢って決まったんだと思うけどさ」
だから成り行き。
「悪人っつうのも豪く曖昧な言葉だけどさ。手前勝手な都合で殺人してんだから、まあ大方の人間の世界観じゃ悪人だわよ。
 仕事でやってんなら仕事人、趣味でやってんなら殺人鬼だけど。あたしの場合はただの人殺しだから」

――殺人。
口にするのは容易くとも、それを実行するというのは――この上なく大変な事なのだろう。
沙奈には、それ以上の事は分からない。
分かってはいけないと、思う。


221 : 悪の女幹部 ◆t2zsw06mcI :2014/03/09(日) 01:13:49 o4JfHLfQ0
ごめん、と唐突にミュートスは謝った。
「んな事、今はどうでもいいわよね」
「いえ――」
やっぱ調子悪いわ今のあたしと言って、ミュートスは顔をくしゃくしゃにした。
沙奈は。
何も言えなかった。

「――ふん。こういう自分語りすると死ぬってのが創作じゃ定番だけどさ。あたしは絶対死んでやらない。
 自分のガキの顔も見てない内に死んでたまるもんですかっつうのよ」
「あ――え?」
今――何と言った?
「待ってください。その、それって」
「ガキがいんの。腹ン中。今、三ヶ月」
「そ――」
そんなのは。

「そんな、ひどい――酷すぎます、そんなの。そんな時に、殺し合いだなんて、そんな、そんなのって――ない」
どうして。
どうしてそんな事をさせられるんだ。
怒るとか。悲しいとか。
そんなものじゃなく。
ただ。
分からない。

ミュートスは、沙奈を静かに睨んだ。
「あのさ沙っちゃん。酷くない人殺しなんて、無いから」
「だって――」
「だって、何よ。あたし達が殺してきた連中にだって家族はいたのよ。
 小説のアイデアパクってるアホらしい殺し合いなんて始めたセカイ系男だって、人間なんだから親はいるでしょ。
 アイツも最低だけど、あたしだって最低な殺人者には違いないわよ。
 いや、家族とか境遇なんて関係ない。殺されてもいい人間なんていないでしょうよ」

そう。
許される殺人など、ない。
近頃は犯人が生活苦だったり、被害者も犯罪者だったりするとまるで犯人が悲劇の人のように報道されたりする事はあるが。
でも、それはおかしな事なのだ。
こと殺人に関しては、同情の余地なんてものは絶対にない。
けど。


222 : 悪の女幹部 ◆t2zsw06mcI :2014/03/09(日) 01:14:32 o4JfHLfQ0
漫画に出てくるような、血も涙もない、人間らしい部分が一切存在しない、完全無欠の絶対的悪人――そんなものもいない。
人間である限りは、山にでも篭もらない限り、絶対に他人と関わらなければ生きていけない。
仮に三度の飯より殺人が好きなんて人間がいたとしたって、飯を喰わなきゃ死ぬのは自分だ。
社会生活を送る以上、そこには人間同士の関係は必ずあるのだ。
だから、上手く言えないのだけれど。
糾弾すると言うのならば、犯行の動機だとか、加害者、被害者の人格等は関係なく――。
殺人という行為を行ってしまった事こそを糾弾すべきなのだろうと沙奈は思う。

それでも。
「それでも――それでも、絶対間違ってます。こんな――こと――」
「そうよ、間違ってんのよ。あたしも、この島にいるあたしと同類の連中も、あのセカイ系男も、みんな間違ってる。
 正しいのは沙っちゃんみたいなカタギだけ。そんな一般人でも、ここじゃ一歩間違えるだけであたしらと同じトコにまで落っこっちゃう。
 やむを得ないような理由だって、例え罪にならなくったって、人殺したら一生それ背負ってかなきゃならないのよ」
だから。
「こんなクソみたいなゲーム――ぶッ潰してやるわ、あたし」
「――はい」
ミュートスの宣言に、沙奈は頷いた。
そうしなければならないと、思った。

沙奈は二三度目を擦ってから、無理に声を出した。
「御免なさい、わたしが変な事言ったせいで。じゃあ、続きを――」
「――沙っちゃん立ちなさい」
言ってから、ミュートスは音も無くゆらりと立ち上がった。
慌てて沙奈も後に続く。

「あの、何か――」
「後ろ。下がって」
部屋の隅、壁際を顎で指し示す。
沙奈は何も言えず、指示に従った。

ミュートスは拳を構え、部屋の入口を見つめている。
しんとした一室。
足音も何もない。
沙奈の呼吸と心音だけが沙奈の中で響いている。

――ふふふふ。

何処かで。
笑い声が聞こえた気がした。
その瞬間。


どすべしばき。

と、馬鹿みたいなオノマトペと共にドアが粉砕された。


223 : 悪の女幹部 ◆t2zsw06mcI :2014/03/09(日) 01:15:09 o4JfHLfQ0
「どーもー、いつもニコニコあなたの隣に這い寄る悪党商会でぇーす」
ドアがあった場所の先にいるのは、長身のスーツ姿、長く靱やかな脚の――女性である。
「ぐぬぬぬぬううう」
ミュートスが敵意を剥き出しにした猛獣のような唸り声を上げた。
女性を凝視するミュートスの顔は、ジェイソンもレザーフェイスも裸足で逃げ出す程に猛々しい、悪鬼羅刹のような形相であった。

こ――。
こええ。
めっちゃこええ。

「近藤ォ――生きとったんかワレェ」
やくざ映画のような口調でミュートスが言った。
「勝手に殺さないでくださーい。それとわたくしの方が年上なんだから呼び捨てやめてくださーい」
え。
ミュートスの方が年上――じゃないのか。
「ええい黙れ! 齢とか顔とか今は関係ないじゃろがああああああ」
「顔には触れてませーん。ていうか、触れてよかったんですかあ?」
近藤と呼ばれた女性は笑顔で言った。
ミュートスは絶叫と共に何だか分からない未知のエネルギーを噴射した。

まあどっちが年上に見えるかはともかく、黙っていれば相当な美人だと思うが。ミュートスも。
この二人――知り合いではあるらしいが、決して仲は良くなさそうというか、最悪のようである。

近藤は肩で息をしているミュートスを無視して沙奈に話しかけてきた。
「はーい、初めましてー、わたくしはー」
「コイツは日本印度化計画を企む秘密結社ダークガラムマサラーの幹部、近藤・ヨーガ・ダルシムよ沙っちゃん。
 関わったら一生カレーライスを手掴みで食べるように強制される呪いを掛けられるから近寄っちゃダメ」
「変な嘘つかないでくださーい。近藤・ジョーイ・恵理子でーす、あなたは馴木沙奈さんですねー」
近藤は沙奈をフルネームで呼んだ。
「えーと。はい、どーも」
「オイ近藤。何であんたが沙っちゃんの事知ってんのよ」
「わたくしは部下の情報は周辺関係まできっちり全部把握してますからー。可愛い部下と同じ学校に通う方の名前と顔くらいは分かりますわよ」
部下だア――ミュートスは頓狂な声を出した。

「まさか、クロウってあんたらのお仲間?」
「ふふふ、さあどうでしょう。少なくとも保護対象ではありますわね」
「ケッ、なあにが保護だ。ここじゃあんたらも首輪付けられてペットにされちゃってんじゃないのサ」
「まあご自分を棚に上げるのが御上手でいらっしゃる」


224 : 悪の女幹部 ◆t2zsw06mcI :2014/03/09(日) 01:16:13 o4JfHLfQ0
凄いと言うか何と言うか。
何だか巌流島みたいだと沙奈は思った。

「どっちにしてもあんたらの権威なんて地に落ちたわよ今回の件で。丁度いいからこれ片付いたら解散しろ。
 テロリスト如きの動向一つ把握出来ずに大物気取ってんじゃないわよ全く」
「おほほ。拉致されて殺し合いなんてやらされていいようにされちゃってるからって、如き、なんて悪口はみっともないですわよ。
 ご自分の方がよっぽど小物に見えちゃいますわー」
「やってる事は単なる誘拐殺人だろが。そんなもんにデカいショボいの差があるかい。犯罪者は犯罪者だろうに。
 大体、あのセカイ系男が大物だろうが小物だろうが強かろうが弱かろうが、今の状況には全然一切これっぽっちも関係ないでしょうよ。
 いきなり人を拉致して殺人強要するような奴、相手がチャック・ノリスだろうがアーノルド・シュワルツェネッガーだろうが文句言ってやるわよ。
 つーか、こんなもんあたしにとっちゃ悪口の範疇にも入らん。本気でディスるつもりだったら五分でも十分でもディスり続けてやるわよ。
 人間の可能性って、お前それ自慢の能力で『お前は人間の可能性を僕に見せる』ってやればいい話だろとか言っちゃうわよ。
 大人なあたしはんな事やっても無意味だって承知してるから言わないの。こんな事しでかしてる時点でアレが馬鹿だなんて分かりきってるから」
「まーこわーい」
ミュートスと近藤は暫く微動だにせず対峙していたが、やがて近藤がにっこりと笑った。

「そんな事よりも――ミュートスさんと沙奈さんが仲良くしていらっしゃる事がわたくしは気になるのでーす。
 弱きをくじく秘密結社の幹部と一般女子学生、どんな経緯があって一緒にいるのでしょうか。ねえ沙奈さん」
「え?」
ここでこっちに振るのか。
それはまあ、成り行きで――。
「沙っちゃんは」
あたしの部下よとミュートスは言った。

いや。
何時からそんな事になっちゃったのか。

「へー、初耳ですねー」
沙奈も初耳である。
「わたくし共のデータベースにはそんな情報は無かった筈なんですけどねー」
あったら困る。
「ていうかこんな速攻で合流できるなんて、随分ラッキーですねー」
至極当然な突っ込みだと思う。
「何とでも言いなさい。事実は事実だから」
事実なのか。


225 : 悪の女幹部 ◆t2zsw06mcI :2014/03/09(日) 01:17:28 o4JfHLfQ0
「ふうん? まあいいですけど――じゃあ、ちょっとテストでもやってみましょうか」
言うと同時に。
近藤は一瞬で沙奈の目の前に移動していた。
「は――」
「エイッ」
何かが身体を掠めたような感覚を沙奈は感じた。

「はい、合格おめでとうございまーす。無駄に動かずやり過ごせるくらいの反応はあるって事で。
 それこそラッキーかもしれませんけど、でも、ま、それはそれでー」
沙奈が瞬きを繰り返している間に、近藤はいつの間にか元の位置まで戻っていた。
ミュートスが舌打ちをする音が聞こえる。
沙奈は恐る恐る後ろを振り向き、壁を確認した。
壁の、沙奈の頭があった場所のほんの近くには。
ナイフの、柄だけが突き刺さっていた。
刃の部分は全て壁にめり込んでしまっている。

これは、その、もしかして、いやもしかしなくとも、非常に危険というか、一歩間違えたら即死していたと沙奈は思うのだが、如何な物だろうか。

「ごめんなさいねー、あんまり怪しかったんでこんなやり方になっちゃいましてー、ミュートスさん怒ってますう?」
「あんたらのやり方なんてとっくの昔にご存知だっつうの。今に限らず怒りっぱなしよあたし」
「それは失礼致しましたわ。改めるつもりはありませんけどー」

近藤は沙奈の方を向いた。
「あ、さっきは疑ってしまって申し訳ありませんでしたわ沙奈さん。
 今後はあなたもブレイカーズ――悪党の一員として、わたくし共が保護させて頂きますのでー」

いや、意味が分からない。

ホントに相変わらずね、とミュートスが抑揚のない声で言った。
「あんたらに管理して欲しいなんて言った覚えはないし、される謂れもないわ」
「だってぇ。それが悪党商会の理念ですもの。あ、これ秘密だった。まあ知ってる人多いし、別にいいですよねー」
「あたしらは悪も正義も名乗った事ないんだけど。ただの世界征服を企む秘密結社よ」
「社長が悪党って認めてますしねえ」
「自分の意見ってもんが無いんだ。格好悪ゥ」
「あら嫌だ。自分なら」
ここに沢山いますわよ、と言って、近藤は自分の頭を指さした。


226 : 悪の女幹部 ◆t2zsw06mcI :2014/03/09(日) 01:18:24 o4JfHLfQ0
「今だってわたくしはわたくし達と相談してるんですからー。どう動くにせよ、保険は必要ですからねー。
 まずは一人確実に死亡者が出て貰わないと困るんですが、沙奈さんがミュートスさんの仲間なら仕方ないっか、てへ。
 怪しいとは思うんだけどなー。でも、ま、生きていたいですよね沙奈さん? それとも――死んだ方が楽でしたか」
莞爾と笑う。

「あんた――何がしたいワケ」
「何って、わたくしは悪党商会の理念通りに動くだけですわ。ここのわたくしはそういう存在ですから。
 これからの方針を教えろと言う事でしたらー、とりあえずは先も言ったように正義でも悪でもない方を、一人。
 どなたかの死体が確認できたらば、一先ずそこは飛ばしても構いませんけどー。
 それからは、まあ首輪を外す手段の確保ですわね。構造などは今もわたくし達が分担して調べていますからご心配なく。
 それが上手くいったなら――あ、長話になっちゃいますねー、何かを教えることは好きだけど、これは頂けませんわ」
「自分が何言ってんのか分かってんの、あんた」
「うーん、確かにこれはあくまでも一案なんですよねー。
 ミュートスさんみたいな凶悪な人、せっかくの機会だから潰しておいた方がいい結果になるかもしれませんしー」
「それも正義と悪の居場所を与えるとか言う理念に従って考えた結果って事かしら」
「はーい」

ミュートスは机に脚を載せて啖呵を切った。
「はン、正義って何よ。悪って何よ。世の中にゃロクでもない人でなしは腐る程いるけど、そいつらは全部悪人なのかしら。
 そいつらに泣かされて酷い目に遭ってる奴らは全部善人なのかしら。んなわきゃあないでしょうが。
 ちょっと立ち位置変えるだけでオセロみたいに幾らでもコロッコロひっくり返るわよ正義も悪も。
 戦争の時は正義の日本の盟友だった独逸のヒットラーだって、今じゃヒトデとくっつけられて出オチ怪人にされちゃったりすんのよ。
 そんな意味不明なもんのバランス取って何になるの? それは人殺しても許しちゃうような理由になんの?
 無意味な戦い続けさせて死人増やす事に一体どんなメリットがあるのよ。頭に蛆沸きすぎて脳ミソ喰われちゃってんじゃないの。
 んでもって自分達も悪だからその居場所は与えられるべきってさあ、笑わせんじゃないわよ。寝言は寝て言いなさいよボケ。
 あんたらの理念って、要は正義や悪の居場所を確保する為なら他の人間が多少犠牲になるのは仕方ないっつう事よね?
 その正義と悪って、あんたんとこのボスが勝手な基準でこれは正義だこれは悪だこれはどっちでもないって決めつけてるだけじゃん。
 餓鬼でも分かるように言ったげましょうか。そういうのをね、現代社会じゃ差別とか選民思想って呼ぶのよ。
 あのセカイ系男も言葉の意味も知らずに革命革命連呼してりゃそれっぽくなると思ってる相ッ当の馬鹿だけど、あんたらよりはまだマシだわ!」

沙奈には――正直言ってよく分からない話ではある。
けれども。
善と悪とか、弱者と強者とか、聖と邪とか――対立する二項の概念を闘わせて物語を作るのは、簡単だし分かりやすい。
でも、世界というものは、決して物語ではないのだ。
白黒はっきりしている物事など、この世には無い。
それだけは理解できる。


227 : 悪の女幹部 ◆t2zsw06mcI :2014/03/09(日) 01:19:55 o4JfHLfQ0
近藤は全く動じない。
「きゃー、強者が弱者を支配するべきなんていう選民思想のカタマリみたいなブレイカーズの人にそんな事言われるなんて。
 でも、ま、そんな突っ込みも言われ慣れてるんですけどね。他ならまだしも、ここのわたくしは悪党なので、そんなのは気にしないのでーす」
「ああそうですか。あたしがあんたらを嫌ってるのは分かったでしょうから、さっさと消えてくんない」
「えー? 保護してあげるって言ったじゃないですかあ」
「消えろっつったのよあたしは」
「嗚呼これがもうすぐ母親になろうという方の言葉でしょうか。現代のモラル低下はここまで深刻なところに来てしまったのか。
 しかしここは年上として、様子を見守る事に致しましょう――あ、そうだ。沙奈さーん」
「あ――あ、はい」

はい、である。
それしか言えない。

「このデイパック、多分あなたのものですよねー。お返ししておきますわ」
言いながら、近藤は床に鞄を置いた。
よく見てみれば、本人はもう一つ鞄を所持している。
「え――ええと、有り難うござ」
「いいからさっさとどっかに行っちまいなさい!」
「はーい。では、しっつれー」
ピースサインを突き出すと、近藤・ジョーイ・恵理子は踵を返して姿を消した。


最悪よおおおおおおッとミュートスは金切り声をあげた。
「あー最悪。ホントに最悪。それ以外何も言えない」
「あのう。わたし、ずっと蚊帳の外だったんですが、結局どういう」
「自分のされた事分かってないの沙っちゃん。一言で言えば、頭イカれてんのあいつ」
それは――まあ早々に殺されかけたのだろうけども。
現実感がないというか。
二人の会話にも殆ど付いていけていない。
自分が殺し合いの場にいるって事を意識しなさいよと半ば呆れたようにミュートスが言った。

「ああもう。本当だったらこういう時は拠点作って引き籠もるのが正解なんだけど――そんな余裕無さそうだし」
「あの――近藤って人は首輪を解除するって言ってましたが。出来るんですかそんな事」
「セカイ系男はエリア外とか禁止エリアに出ると爆発するって言ってただけで、外せない、外そうとすると爆発する、なんて事は一切言ってないからね。
 まあ出来るんでしょうよ。それなりの手段は必要なんでしょうけど」
「はあ」
沙奈はどれも聞いていない。

「あいつらと協力するのは――本ッ当に本ッ当の最終手段ね。こっちはこっちで脱出手段を捜すしかないわ。
 心当りはない事もないけど、何にせよ数が要るか。闇雲に歩き回るなんて下策を取らなきゃいけないなんて、ああ腹立つ」
「ごめんなさい――わたし、役立たずで」
「何言ってんの」
沙っちゃんの存在は重要よ、とミュートスは言った。


228 : 悪の女幹部 ◆t2zsw06mcI :2014/03/09(日) 01:21:35 o4JfHLfQ0
「あたしはまあ、大半の連中から間違いなく危険人物だと思われてるだろうからね。
 沙っちゃんみたいな一般人と一緒にいるなら、JGOEの連中なんかには協力を求められる可能性もちょっとは上がるから」
「さっきの――部下って言うのは」
「方便に決まってんでしょうが。あいつがああいう奴だって事は知ってたから、あたし」
「はあ――あ、それは」
本当に今更になって――自分の命はミュートスに救われたのだということに、沙奈は気が付いた。

「――有り難うございます。わたし――絶対に死にません。殺しもしません。ただ、普段通りで――いいんですよね」
「ふん――分かってんじゃない」
ミュートスは笑顔を見せた。
それにつられて、沙奈も、笑った。

「あー、本当に沙っちゃんがあたしの部下だと思われて問答無用で一緒に襲われる可能性もあるんだけどね。
 でもまあ、何やったって誤解される時はされるっつう話もした訳で――あん?」
「何か?」
「いや、なんか――」
近藤が置いて行った鞄へとミュートスは向かい、中身を確認した。
次の瞬間、即座にミュートスは沙奈の近くに移動していた。
「――逃げるわよ」
ミュートスが無表情で沙奈の腕をとった。


最初に出会った時のように、沙奈はミュートスに思い切り引き摺られている。
違う点は、ミュートスが全力で疾走しており、沙奈は声を出すことすら出来ないという事である。
「ええい、あいつがあんな殊勝な事する時点で警戒しとくべきだったわ!
 これで辺りに人が集まってきちゃうだろうし、まともに脱出の為に動けるかどうかも怪しくなっちゃうじゃないのよおおおおおおッ!」
意味不明な事を喚きながら、沙奈を連れてミュートスは温泉旅館から飛び出した。

その数瞬後。

旅館は――爆発した。

ミュートスは後ろを顧みることなく一目散にその場から逃走する。
その内、引き摺るのが面倒になったか、沙奈をお姫様抱っこのように抱えて再び駆け出した。

――何故こうなった。

沙奈は今日まで真面目に勉学をこなしてきた、ごくごく普通の女学生である。
幼馴染の事となればそれはちょっと見境がなくなってしまうような事もあるのだけれど、それには止むを得ない事情もあり、
まあ聖人とは言えないかもしれないが、人道を踏み外すような事をした覚えは全くない、寧ろ謹厳実直な無辜の民であって。
こんな目に遭わされる謂れは一切無いのだ。

激しく遺憾である。


229 : 悪の女幹部 ◆t2zsw06mcI :2014/03/09(日) 01:22:53 o4JfHLfQ0
【D-6 草原/黎明】
【馴木沙奈】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本行動方針:ゲームから脱出する
1:ミュートスに従い、旅館跡から離れる
2:協力者を探し、首輪を外す手段を確保する

【大神官ミュートス】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(確認済)
[思考]
基本行動方針:ゲームから脱出する
1:旅館跡から離れる
2:協力者を探し、首輪を外す手段を確保する

【D-4 草原/黎明】
【近藤・ジョーイ・恵理子】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜4(確認済)
[思考]
基本行動方針:悪党商会の理念に従って行動する
1:正義でも悪でもない参加者を一人殺害し、首輪の爆破を回避する。確実に死亡している死体を発見した場合は保留
2:首輪を外す手段を確保する


【サバイバルナイフ】
一般にサバイバルナイフというと、多くはブレードの背に鋸刃があり、中には柄が中空のパイプ状になっていて薬品等サバイバルギアを収納できるようになっている。
このスタイルの各種要素は、古い時代の軍用ナイフに見られたものである。
第二次世界大戦以降は、航空機のパイロットが脱出用ツール、サバイバルツールとして携行するナイフなどでこうした機能を持ったナイフが登場するようになった。
現代に於いては近接戦闘に向かない事から軍用ナイフとしての価値は低く、専ら民間で用いられる。
フィクションに登場する武器としてのサバイバルナイフのイメージは、1982年公開の映画『ランボー』で定着したと言える。
ベトナム帰還兵を主人公とした悲哀に満ちたストーリーには反発も大いに存在し、続編は単純なアクション路線へと転換されていった。
馴木、若しくは近藤に支給されたものは、銃器メーカーであるスミス&ウェッソン社の製品。
厚さ約6.5mmのブレードは不用意な光の反射を割ける為にブラックのチタニウムパウダーコーティングがされている。
ダイアモンドの砥石も付属する優良品だが、爆破によって失われた。

【時限爆弾】
やたらと小型な割にやたらと破壊範囲が広い、フィクションでよく登場する便利な爆弾。
赤いコードと青いコードのどちらかを切るのが正解というのが定番である。


230 : ◆t2zsw06mcI :2014/03/09(日) 01:23:34 o4JfHLfQ0
投下を終了します。


231 : 名無しさん :2014/03/09(日) 03:27:10 OdL1HeMU0
投下乙です
なんというかミュートスがオタいwww
そして貴重なサバイバルナイフが…


232 : 名無しさん :2014/03/09(日) 03:57:49 eCVeTsrs0
投下乙です。
ミュートスさん思いの外まともだったなぁ、オタクめいた発言多いけどw
何気に沙奈ちゃんにもいい感じに姉さんっぽく相手してくれてたし
そして悪党商会、揃いも揃って一癖も二癖もある危険人物多いなぁ…
善悪の均衡保つ為に優勝狙うドン・モリシゲ、悪党商会によるゲームの掌握を狙う茜ヶ久保
そして今回の何ともつかみ所の無い近藤さん…現状まともなのがユキちゃんくらいしかいないw


233 : 名無しさん :2014/03/09(日) 09:37:39 dAH.EH760
投下乙です。
長いけど引き込まれるように一気に読んでしまった……!!


234 : ◆H3bky6/SCY :2014/03/11(火) 22:56:36 pGtsiB6k0
投下します


235 : 俺がお前でお前が俺で ◆H3bky6/SCY :2014/03/11(火) 22:57:42 pGtsiB6k0
それは中肉中背の、あまり特徴のない少年だった。
強いて特徴を上げるのならば、色素の薄い茶色の髪だが、これも個性と呼ぶにはあまりにも薄い。
彼、天高星の外見から感じられる印象はその程度のモノだった。

そんな彼にも、人とは違う特別な点が一つある。
それは、彼が女性と頭をぶつけると魂が入れ替わってしまうという稀有な特異体質の持ち主であるという事である。
とは言え、まともに生きていれば、人生において女性と頭をぶつける経験などそうあることではないのだが。
何故か彼は頻繁にそういう機会に恵まれるのだった。
そのため、そうならないよう意識的に女性を避けていたら、周囲からはホモ疑惑をかけられる始末だ。
彼は至ってノーマルである。

彼がこの能力に目覚めたのは小学4年の頃だった。
いや、あるいは自覚していなかっただけで生まれつき持っていた能力なのかもしれないが。

初めての相手は、近所に住む女子大生のお姉さんだった。
もはや名前も忘れてしまったが、綺麗なお姉さんだったことはだけは覚えている。
元気よくアパートの階段を登る星少年だったが、途中勢い余って足を踏み外し、その拍子に後ろにいたお姉さんともつれ合う様に転倒。
そこで偶然頭をぶつけ、初めての肉体交換は見事成された。

不幸中の幸いか、お姉さんは頭をぶつけた拍子に意識を失ってしまったため、相手にばれることはなかったが。
なにせ思春期に入ろうかという多感な時期である。
熟れた年頃のお姉さんの体と言うのは純粋な星少年には少々刺激が強すぎた。
元に戻る方法を模索するという名目の下行われた様々な実験は、初心な少年の心に衝撃と共にトラウマを刻むこととなる。

あれは間違いなく人生最大の衝撃だった。
あれを超える衝撃は今後もないだろうと思ったし、その確信は今も変わっていない。

故に、これだけの異常事態に巻き込まれてもパニックにならずにいられるのも、あの経験があったればこそだろうと彼は思う。
まさか間接的とはいえ、この体質が役に立つ日が来るとは思いもしなかったが、異常事態に対するちょっとした耐性というものが付いているようだ。

「すぅ〜。ふぅ〜」

まず深呼吸をして、心を落ち着け、事態を冷静に考える。
当然、殺し合いなどに応じるつもりはない。というかそんなことは不可能だ。
人を殺せと言われて、殺せる人間なんてそうはいないだろう。
だが首には爆弾が巻かれており、6時間死者が出なければランダムで爆発するという。
その事実に恐怖がないと言えば嘘になるし、この恐怖に負ける人間がいるかもしれないという可能性は考慮すべきである。
まずは早急に安全な場所に避難すべきだろう。

足元を見れば、自身に支給されたであろう荷物があった。
これを回収して、急ぎ足でその場を離れる。
とはいえ、やはり荷物の中身は気になるもの。
なので、歩きながら中身を漁ることにする。

まず気になるのは、やはり名簿である。
取り出した名簿を開き、知り合いの名を探し出すと、程なくしてそれは見つかる。
しかも一つや二つではない。
どういう基準で選ばれたのかはわからないが、抽出範囲はかなり狭いという印象を感じられた。

名簿を見ながら考える星。
だが、やはりながら歩きはよくない。
名簿を見ながら歩いていたため、彼は曲り角の先にいる誰かに気が付かなかった。

「わっ!?」
「きゃ!?」

あるいは彼がしょっちゅう女性と体を交換する憂き目にあってるのは、こういう所に原因があるのかもしれない。


236 : 俺がお前でお前が俺で ◆H3bky6/SCY :2014/03/11(火) 22:58:23 pGtsiB6k0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

それは中性的な顔をした少女だった。
器量はそれなりに良いが特筆すべき点は少なく、強いて言うなら同年代の少女に比べ発育が遅い事くらいだろうか。
とはいえ、それも年齢を考えればまだまだこれから期待は持てるだろう。
彼女、裏松双葉の外見から感じられる印象はその程度のモノだった。

そんな彼女にも、人とは違う特別な点が一つある。
それは、彼女がとある条件で自身の性別が男になってしてしまうという稀有な特異体質の持ち主であるという事である。
その条件とはずばり、男性に触れられること。
服越しではなく直接接触に限るのだが、油断すれば街中で発動しかねない条件である。
そのおかげで男性を避ける生活をしていたため、周囲には男性恐怖症として通っている。

とはいえ、凹凸の少ない体型が幸いしてか肉体的変化は主に下半身にとどまり、例え変化をしてもバレることは殆どないのだが。
まあ、その辺は乙女心の問題である。
股間に妙なものがぶら下がる違和感は筆舌に尽くしがたい。

「…………はぁ」

思わず双葉の口からため息が漏れた。
何故こんなことになったのか。
何故自分がまきこまれてしまったのか。
何とも気分が滅入る。
この変な体質になってから不幸続きである。

俯いて下を見れば、足元に転がる荷物に気づいた。
説明に会った支給物だろうか。
どちらにせよ緊急事態だ、もらえるモノはもらっておこうと拾い上げる。
それなりの重さを覚悟していたが、思いの外荷物は軽い。
中身を確認してみると、説明にあった食料などの基本セットの他にナイフなどの武器もある。
これで殺しあえという事だろうか。

続いて名簿を確認したところ、同級生の名が4つ確認できた。
だが、全員あまり親しいというわけではない。
いつも避けてる男子2人はもとより、どこか秘密を見透かすような初山は苦手だし、電波っぽい詩仁も苦手だ。
つまり、別段頼るような相手もいない。
ある意味フリーな状態だともいえる。

「…………殺し合い、か」

手に持ったナイフを見て考える。
彼女だって人並みに死にたくないと思う。
だが、乗る乗らない以前に、感覚がマヒしていて現実感がない。
本当にこんな首輪に爆弾なんて仕込まれているのだろうか?
考えは纏まらない。
纏まらないまま、ひとまずナイフをナイフケースにしまって動き出す。

浮かない頭のまま、ビルの先を曲がる。
そこで死角にいるに人の気配に気が付かなかったのは、注意深い彼女にしては珍しいミスだった。
あるいはこの状況への動揺があったのかもしれない。

「わっ!?」
「きゃ!?」

そんな二人が、出会い頭に衝突する。
ゴチンと音を立てて頭部と頭部が衝突する。

「ぃ……っつ。ごめん大丈夫かい?」

頭部をさすりながら、やってしまったと思いながら立ち上がる星。
目の前にある自分の顔に、いつも通りの肉体の入れ替わりが完了したことを認識する。
だが微妙な違和感がある。主に下半身に。
いや、違和感というより実家にいるような自然さ、とでも言えばいいのか。
ありていに言うと『アレ』がある。

「いえ、大丈夫です。こちらこそ不注意でした。」

頭部を押さえながら、立ち上がる双葉。
股間にはいつもの不快な感触。男性化してしまった証拠である。
目の前の男性に気づかれぬよう、股間を気にしながら立ちあがる。
だが微妙な違和感がある。
服装が違う? いや、服だけではなく全体的になにかが違う。
そして目の前には、いつも見慣れた自分の顔が。

「「なんだこれ?」」


237 : 俺がお前でお前が俺で ◆H3bky6/SCY :2014/03/11(火) 22:59:38 pGtsiB6k0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「なるほど。お互い苦労してるんだね」

うんうんと頷くのは裏松双葉、の肉体に入った天高星である。
それに、はぁと気のない返事を返すのは天高星の肉体に入った裏松双葉だ。

お互いこうなってしまった以上、秘密にしても意味はない。
何より緊急事態であるし、二人は互いに己の秘密を打ち明け合った。
互いに特異体質で思い悩んでいるもの同士という事もあり、比較的すんなりと理解に至ったのは幸運だったといえるだろう。

「とりあえず、元の体に戻ろうか。ちょっとごめんよ」

そう言って天高星in裏松双葉は裏松双葉in天高星に頭をぶつける。

「あれ?」

だが、何の変化起こらない。
肉体はそのまま、残った結果は頭の痛みだけである。

「う〜〜ん」

なぜ失敗したのかを考える星。
発動の主導権が肉体にあるのか、それとも女性ではなく異性との接触が条件だったのか。
今の肉体は男と男。
現状では魂の交換を発動させる条件を満たし得ない。
まずは裏松双葉を元に戻す必要があるようだ。

「裏松さん。君の体って、どうやったら戻れるのかな?」
「…………えっと、あの、ですね」

双葉は思わず口ごもる。
当然ながら元に戻る方法は知っている。
だが、それは乙女の口から説明するのは、余りにもはばかられる方法である。
言ってしまえば、ナニをアレしてアレを出すという方法である。
この方法が彼女がこの体質を恥じる大きな要因であるのだが。

「あの、時間が経てば……そのうち、戻るといいなぁ……なんちゃって」

後半に行くにつれ聞き取れないほどの小声になっていった。
むろん時間経過では戻らないことはさんざん証明済みである。

「時間経過を待つしかないってことか、困ったなあ」
「ええ…………困りましたねぇ」

殺し合い云々の前に頭を悩ます問題が増えてしまった。
彼女にとって、あるいは彼にとってそれは幸運なことと言えるのか。
それはまだ誰にもわからないだろう。

【I-9 市街地/深夜】
【天高星】
[状態]:健康、裏松双葉の肉体(♂)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(確認済)
[思考]
基本行動方針:殺し合いはしない
1:とりあえず、元に戻りたい

【裏松双葉】
[状態]:健康、天高星の肉体
[装備]:サバイバルナイフ・改
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜2(確認済)
[思考]
基本行動方針:未定
1:どうしよう

【サバイバルナイフ・改】
とある暗殺者が自分用にカスタマイズしたサバイバルナイフ。
小回りが利くよう刃渡りは通常のモノよりやや短く、闇に溶け込むよう全体を黒く染められている
グリップは逆手に握りやすいよう加工されており、手に馴染むよう動物の皮が巻かれている
刃には毒が塗りこまれており、掠っただけでも致命傷となるため扱いには慎重さを要する


238 : 名無しさん :2014/03/11(火) 23:00:17 pGtsiB6k0
投下終了


239 : 名無しさん :2014/03/11(火) 23:51:20 tKmdolhk0
投下乙です!
TSFコンビ誕生!果たして二人の運命やいかに!?
密かに新規のサバイバルナイフも増えてきましたね


240 : 名無しさん :2014/03/12(水) 00:04:13 ng95YK7k0
投下乙
肉体転移と性別転化って似ている体質持ちの二人が組んだか〜
それにしても皆さんサバイバルナイフ好きですねぇ


241 : ◆FmM.xV.PvA :2014/03/13(木) 23:45:51 OcJXQxJA0
アサシン、イヴァン・デ・ベルナルディ投下します。


242 : 人選ミス ◆FmM.xV.PvA :2014/03/13(木) 23:47:29 OcJXQxJA0
自分は何時から暗殺稼業を始めたのだったか。はじめて浮かんだ疑問はそれであった。
そう考えようと思ったのは、自身がいつの間にやらこの手の業界の有名人になっていたからだ。
つまりそう呼ばれるほど長く暗殺稼業に携わっているということだが、いつから始めているのか見当もつかない。
まさか生まれてからずっと暗殺業に携わっているという事はないだろうが。

そうして延々と悩んでいた間も、仕事は舞い込んでくる。だから殺す。
そうして悩んでいる最中でも、対象はのほほんと隙を見せている。勿論殺す。
あまりに悩み過ぎて仕事をしくじりかけたこともある。だが殺す。

最早殺すためだけに思考しているような気さえしてくる。
自分が安らかだと確信できるのは刀を研いでいる時くらいだろう。
だから今の自分はこうしてのんびりと思考に耽っているのだろう。

支給されてたサバイバルナイフを研ぎながら、アサシンはそう締めくくった。

「………」
だが刀は研ぎ過ぎても問題なので、しばらくしたら研ぐのをやめた。そして研いだナイフを懐にしまう。
途端に暇になった。そろそろ動かなければいけないとは思っているのだが、如何せんやる気がおきない。


「アサシンだな?」
故にその時、声をかけられたのは僥倖であった。
これで暇を潰せそうだと話しかけてきた相手を見る。だがそんなのんきに過ごせそうもない。
何故ならその人物は、とある組織の若幹部イヴァン・デ・ベルナルディだったからだ。
昔はそこいらの支配人とは見分けがつかなかったが、事故にあってからはすぐに判別できるようになった。

「そういう貴方はイヴァン・デ・ベルナルディで間違いありませんね?」
とはいえ、他人の空似と言うものがある。確認をしておく。
というか他人であってほしい。ここで知り合いと会うのはできれば勘弁願いたかった。

「…そうだが、なんだ?いつもと態度が違うじゃないか、どうした?」
残念ながら本人のようだ。参った。本当に参った。
別に知り合いに会うこと自体はいいのだが、タイミングがまずい。
事故にあったという事を聞いた時もそうだが、この男、運がなさすぎるんじゃないか。
だがもう会ってしまったのは仕方ないのでこのまま話を続けることにした。

「まぁ状況が状況ですから、ところでいいのですか?組織の人に見られたらまずいでしょう」
したのだが一応、忠告を飛ばしておく。もっとも彼がこうして話しかけているという事は、そんな心配無用なのだろうが。
いつも彼は周りに組織の人がいないことを確認してから話しかけてくる。まぁ当然だろう。
彼には組織直属の殺し屋がいるというのに、実は秘密裏にフリーに依頼してただなんて知れたら、組織からの粛清は免れないだろう。
外部に情報を漏らすこと自体がタブーなのだ。現に赤紅とかいう殺し屋は、組織を抜けた後も追っ手を放たれているとか。
だからここでも彼はおいそれと自分との関わりを公言しないようにするはずだろう。

「ああ、それだけどな、全員切り捨てることにした」
そう思っていただけにこの発言には度肝を抜かされた。
いつも無表情な自分も流石に表情を変えてるんじゃないかと、近くの水面を見てみる。
あ、変わってなかった。どんな局面におかれたら自分の表情は変わるのだろうか。


243 : 人選ミス ◆FmM.xV.PvA :2014/03/13(木) 23:48:24 OcJXQxJA0

「…本気ですか?切り捨てるなどと」
ともかく話を続ける。なぜ彼は全員切り捨てるなどと言う暴挙に出ようとしているのか。

「ふん、簡単な話だ…ここに俺がいる、それが問の答えだ」
…意味がよくわからない。もう少し掻い摘んで説明してくれないだろうか。
声には出さなかったが、雰囲気で察したのだろう。彼は言葉を続けた。

「俺はいずれ組織のトップになる男だ。そんな男がこんなところで廃れていいわけないだろう?」
それはつまりこの殺し合いに乗って優勝するという事だろうか。だがそんな事なぜ自分に話したのだろうか。

「決まっているだろう、お前は仕事は忠実にこなす奴だ。依頼をしてきた俺が言うんだから間違いない」
ほう、そこまで高評価だったとは。組織の殺し屋たちには申し訳ないことをしてきたのかもしれない。
で、それがなぜ自分に話す理由になるのだろうか。

「簡単な話だ。俺以外の参加者を皆殺せ、これは依頼だ」
…なるほど、確かに組織の殺し屋たちにはこの依頼は無理だろう。
自分すらも殺害対象に入れるとなれば、我の強い彼らのことだ。反発をするに違いない。
サイパスが受けるかどうかといったところだろうか。

そして自分は確かに依頼を完璧にこなす人物という評価を受けている。流石に今までそんな依頼受けたことはなかったが。
しかし依頼としては成立している。実際自分という核が見えてないし、受けてやってもいい。
だが本当に彼は運がない。あともう数分早く会えていれば受けてやっても良かったのだが。

「すみません、すでに依頼を受けているんです。その依頼と今の依頼は内容が反するので、今回は縁がなかったということで」
そう、自分は彼がここに来る少し前に依頼を受けている。内容が反しないようなら受けても良かったのだが、見事に反してしまった。
故にここは断りを入れておいた。というか入れるしかない。

「……依頼?つまり俺がここに来るまでに誰かに依頼されたってことか?誰だ」
イヴァンが自分を睨みつけながら問いかけてくる。まぁ不可解に思うのは当然だろう。
なにせこの島に送られてからまだ三十分も経ってない。それだけしか経ってないのに殺し屋にスムーズに依頼できるかと言うと難しいだろう。
私でもそう考える。故に正直に話すことにする。他人に話してはいけないなどとは頼まれてないし。


「ワールドオーダーにですよ」


その瞬間の彼の動きは思いのほか、俊敏であった。
懐から拳銃を取り出すのに、0.5秒。さらにその引き金に指を伸ばすのに0.1秒。
最後まで引けば計1秒で銃弾が飛んでくるとは、殺し屋も真っ青な早業だ。そういえば彼はカジノの支配人であった。
なるほど支配人ともなればイカサマの瞬間を逃さず、相手を押さえることなど日常茶飯事だろう。
そのテクニックを使ってこのような妙技を生み出すとは、幹部と言うのも伊達ではないらしい。


それでも私を殺すには遅すぎた。
そもそも既知の仲と侮って彼は私との距離を詰め過ぎていた。なによりその力量を買っていたとはいえ、少しばかり過小評価していたのだろう。
なにより運がなかった。よりによって支給されたサバイバルナイフが俗に妖刀と言われるものでなければ、私を撃つことができたかもしれない。


「……はぁ」


だがまぁ過去を振り返っても仕方ないので、これからのことを考えることにする。
足元ではイヴァンが倒れている。顔中から汗が垂れているが、まぁ生きているようだ。
そして彼が倒れている床には血が広がっている…というなら事は簡単なのだが彼自身には外傷はない。

「い、いったい…なにをした…」
故にイヴァンがそう問いかけてくるのは仕方がない。だが私にも説明するのは難しい。
このナイフはそういうものなのだとしか言いようがない。そもそもナイフと呼んでいいものやら。
まぁだが説明を求めている以上話した方が良いだろう。私は懐にしまったメモ帳をイヴァンの手元に置いた。


244 : 人選ミス ◆FmM.xV.PvA :2014/03/13(木) 23:50:01 OcJXQxJA0

「…なんだ…この紙は」
「そこに依頼内容が書かれていますので、それを読めばご自身が何をされたのか理解できると思いますよ」

そうして私は彼の元を去ることにした。
正直こうして斬ってしまった以上、今更ぼーっと時間を潰すことに戻ることはしばらくできそうにない。
幸いこの依頼は非常にやりやすい。ただ参加者を斬ればよいだけの単純作業だ。
とりあえずは第一放送までに十人斬りを目指して頑張ろう。
そう思いながら彼は先ほどまで居た山荘を後にした。


××××××××


そうして残されたイヴァンは手元に置かれた紙を震えながら、顔の前に持ってくる。
外傷がないのは救いであるはずなのだが、どうにも身体が動かしづらいのだ。
ほうほうの体で持ってきた紙を読み上げる。

『妖刀無銘』
 この刀はまだ生まれたばかりの妖刀です。初期段階では刀身を伸ばすことができます。
 この刀の特徴は参加者の身体に毒を残していくことです。斬られた後しばらくは対象の身体を麻痺させます。
 対象を麻痺させた後、毒は一時間程度で潜伏期間に入ります。潜伏期間から六時間経つと対象の設定を<<殺人者>>に変えます。
 いまいち理解できない方にわかりやすく言うならば、その被害者が殺し合いをすることに快楽を感じるようになります。
 つまり参加者を斬るとマーダーが増えていく感じです。別の殺し合いではこの刀によって人生を狂わされた人がいるとかいないとか。
 言うなればマーダー病という新たな病気です。病気である以上もちろん治療法はございます。
 主な治療法は意志を強く持つとか、聖者に治療してもらうなどです。残念ながら薬によって治療される例はございません。
 またこの刀は対象に外傷を残すことはありません。はたから見ても何をされたか理解することはできないでしょう。
 さらにこの刀は参加者を斬れば斬るほど成長します。五人斬ればさらに刀身が伸び、十人斬れば壁越しに人を斬ることすら可能になります。
 この刀で二十人斬るとなんとスペシャルな報酬が与えられます。これを逃す手はありません。
 ぜひともこの刀を振るって、私たちを愉しませてください。

 BY 主催陣営


………い、依頼書じゃない…だと。
どう見てもただの説明書にしか見えないぞ。良く見ても募集してるだけで頼み込まれてるわけじゃないだろ…。
どうしてこれが依頼内容になるんだ…。


そういえば聞いたことがある。アサシンはどこか間が抜けていると…。
つまり最後の方にある報酬という言葉で依頼と勘違いしたってことか…。
な、なんて奴だ…。まだヴァイザーの方が理性的じゃないか…。

しかもそんなありもしない依頼のために斬られたってのか…。厄介な毒まで仕込まれて…。
とりあえずこのままでは俺は望む望まない限らずにマーダーにされるわけか…。
早くなんとかしなくては…。


そう思っても動けないでいる自分が情けなくて、ちょっと泣けてきた若き幹部の姿がそこにあった。

【F-7 山荘付近/深夜】

【アサシン】
[状態]:健康
[装備]:妖刀無銘
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜2
[思考]
基本行動方針:依頼を完遂する
1:とりあえず第一放送までに10人斬ろう
2:二十人斬ったら何をするかな…

※依頼を受けたものだと勘違いしています。
※あと19人斬ったらスペシャルな報酬が与えられます。

【F-7 山荘/深夜】

【イヴァン・デ・ベルナルディ】
[状態]:麻痺、マーダー病感染中
[装備]:なし
[道具]基本支給品一式、ランダムアイテム0〜2
[思考]
基本行動方針:生き残る
1:とりあえず麻痺が早く治ってくれないとどうしようもない
2:治療できる人を探す
3:仲間は切り捨てる方針で行く

※一時間で麻痺は解けます。
※マーダー病に感染してしまいました。
※近くに支給された拳銃が落ちています。

【トカレフTT-33】
正式名称トゥルスキー・トカレヴァ1930/33。
装弾数は8発。7.62mmのトカレフ弾使用。
撃発能力確保に徹した拳銃であり、過酷な環境でも耐久性が高く、弾丸の貫通力に優れる。

【妖刀無銘】
妖刀と言う名前なのに見た目はどう見てもサバイバルナイフ。
まぁそれも当然の話でもともとはサバイバルナイフ。マーダー病なる病を広げる設定を付け加えられた結果晴れて妖刀に進化した。
性能自体は本文の説明通りの性能。
ただし説明書には10人以降斬ったらどう進化するのかは省かれており、参加者の視線では実際に目の当たりにするまでは知ることができない。
作成者はもちろんワールドオーダー。


245 : ◆FmM.xV.PvA :2014/03/13(木) 23:51:04 OcJXQxJA0
投下終了です。
問題点などありましたら、指摘よろしくお願いします。


246 : 名無しさん :2014/03/14(金) 00:23:12 C7uEJ.vw0
投下乙です!
アサシン、意外とバカだった!イヴァンさんどんまい
そしてこれまた新しいサバイバルナイフが


247 : 名無しさん :2014/03/15(土) 16:46:00 TEXbqmtM0
そういや月報かな?集計者さん乙です。
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
20話(+20)   66/74 (-8)      89.1 (-10.9)


248 : ◆rFUBSDyviU :2014/03/16(日) 18:44:40 K/j8kHIs0
短いですが、初山実花子 投下します


249 : ◆rFUBSDyviU :2014/03/16(日) 18:53:01 K/j8kHIs0
「ねー、せんせい。せんせいがいちばんしあわせなときっていつ?」
「それはね、みんなと遊んでいるときよ。先生はみんなと一緒にいるだけで幸せなのよ」
「え?でもせんせい、いまはだかのおとこのひとのことかんがえてたよ?」

「ままー、このたいそうのおねえさん、おかねのことしかかんがえてないよ」
「あら、よく分かってるじゃない実花子。あなたのそういう鋭い所、私好きよ」
「わたしもおかあさんだいすき!」


@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
病院のとある一室で、一人の女子中学生が、名簿を読んでいる。
「双葉ちゃん、童貞、詩仁恵莉、斎藤輝幸、尾関夏実。私の知り合いは5人か」
殺し合いの場でいながら、割と冷静なこの少女の名は初山実花子。つまり私だ。

私の初期位置はこの部屋。意識が覚醒した私がやったことは、名簿と支給品の確認だった。
結局名簿に載っていた自分の知り合いは5人。

裏松双葉。クラスメイト。私のことを避けてる。
『男性恐怖症』という『嘘』をついている女の子。信用できない。
もし、この殺し合いの場で会ったらどうするか。
日常でも仲良くできない少女と非日常で仲良くできるわけがない。
殺し合いにこそ発展しないと思うがが、一緒に行動しないほうが賢明だろう。

尾関裕司。筋肉。こういう場ではあの体は頼りになるかもしれない。
でも、所詮中学生だからそこまで期待しない。
「ど、どどど童貞ちゃうわ!」ってこの前言ってたけど、あれ『嘘』だったから童貞は確定。
双葉ちゃんと比べて扱いやすそうだし、そこそこ仲は良いから合流するべきかもしれない。

詩仁恵莉。なんかやばい子。
よく電波みたいな独り言を呟いてるけど、全部『本当』だからたちが悪い。
できれば会いたくない相手。会ってもすぐ逃げる。

斎藤輝幸。違うクラスの男子。名前と顔は知ってるけど、喋ったことは一度もない。
あんまりいい噂は聞かない。

尾関夏美。童貞の姉。
童貞を半殺しにしたことがあるらしいが、あのマッチョマンをぼこるとはなかなかの剛の者だと思う。

そう、私にはある能力がある。
『他人の言葉の真偽がわかる程度の能力』
元々は言葉どころか心の内まで全てを読む読心能力だったのだけれど、年齢を重ねるにつれてだんだん劣化。今ではただの人間嘘発見器だ。

まあ昔から周りの人間の心の声が聞こえた結果、私は周りの子供より冷めた性格になってしまったの
だけれど。
幼稚園の頃から先生や友達のお母さんを通して大人の心の闇を見せられ続けられるのだ。
小学生高学年のころに能力が薄れてきた時は、逆に嬉しく思ったほど。
もちろん、学校や家では私は年相応の可愛らしい女の子を演じている。
親にも自分の能力は明かしていない。

名簿を確認した私は支給品の武器を構える。スパス12。それが私に支給された武器だった。
銃にはほとんど詳しくない私だけれど、一緒に配布されてた説明書を読むと、それが散弾銃だという
ことがわかった。
なかなかの当たり武器。
他の支給品もわりと面白かったのだけれど、やっぱり他者にも脅威がわかるこの武器はつねに手元に
置いておこう。


250 : ◆rFUBSDyviU :2014/03/16(日) 18:54:11 K/j8kHIs0
さて、私は今からどうやって行動するべきか。
せっかく散弾銃があるんだしこんなのはどうだろ。
とりあえず他者に会ったらこれを突きつける。
そして、『ゲームに乗っていますか?』と尋ねるのだ。
もちろん相手は『乗っていない』と答えるだろう。その状況で『乗ってる』なんて答える奴は馬鹿だ。
もしその言葉が本当なら、銃を下ろして一緒に行動。
私は可愛いから、正義感の強い人ならきっと守ってくれるだろう。
もしその言葉が嘘なら迷わず発泡。適当に足か腕に何発か当てて無力化して、支給品を奪って逃走。
「完璧ね」
まて、相手が銃でもどうしようもない化物だった場合。
さっきの大広間に居た鬼みたいな怪物なんかだ。
こういう相手はどうする。
決まってる、私の切り札を使えばいい。
「ワイルドオーダーの言葉の真偽」
そう、それが私の切り札。
さっきの開会式でのワイルドオーダーの言葉にはいくつか『嘘』が紛れ込んでいた。
この情報は他の参加者にとって貴重なはずだ。
上手く使えれば、大きなアドバンテージになる。
「よーし、なんか生き残れそうな気がしてきたよ」
クラスで普段使っている口調で喋りながら、私は鞄を肩に下げ、スパス12を両手で持つ。
この部屋から出て、行動を開始しよう。
そういえばこの部屋はなんなのだろう。
最初から何故か電気が点いていたので名簿の確認はスム−ズに出来た。
殺風景な部屋だが、なぜか大きな冷蔵庫のようなものがある。これってなんだったっけ。
誰かの心の中で見たことがあるのだけれど、どんな用途だったのか思い出せない。
まあ、たいして重要じゃないしいいか。

部屋の外は、私にとって馴染みが深いわけではないが、何なのかは理解できた。
「ここって病院じゃん」
僅かに灯った非常灯。
長い廊下に点々と続くそれは、ホラー映画のワンシーンのようでどこか不気味だ。
私は、さっきまで自分がいた部屋を見てみた。外に掲げられているプレートにはこう書いてあった。
『霊安室』
ということは、あの冷蔵庫のようなものの中に入っていたものは……。え、まじで。
「びびってないわよ。私は殺し合いの最中なんだから、死体の一つや二つでびびるわけないじゃん」
そりゃあさっきまで死体のあった部屋に一人っきりだったって考えたらちょっと怖いけど、それだけ。
リアクションするまでもない。しようとも思わない。
こんなのでいちいち驚いてたら、先が思いやられる……。

ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォン!

突如、霊安室の中から大きな音が聞こえた。
私は全力で駆け出した。




【C-5 病院/深夜】
【初山実花子】
状態:健康、現在動揺中
装備:スパス12
道具:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜2
[思考・状況]
基本思考:生き残る。
1:きゃああああああああ!出たあああああああ!(霊安室から全力で遠ざかる)
2:誰かに会ったら銃を突きつけて質問する。
3:『ワイルドオーダーの言葉の真偽』は上手く使う。
[備考]
※ワイルドオーダーの言葉にはいくつか嘘がありました。どの部分が嘘なのかは後続の書き手さんにお任せします。
※霊安室に『何か』います。
※霊安室は病院の地下2階にあります。


【フランキ・スパス12】
イタリアのフランキ社が設計した散弾銃。先端部のボタンを押しながらフォアグリップを切り替え位置にずらすことで、自動式(セミオート)から手動式(ポンプアクション)に切り替えることが可能。


251 : ◆rFUBSDyviU :2014/03/16(日) 18:55:56 K/j8kHIs0
以上で投下を終了します。タイトルは『嘘喰い』です。


252 : 名無しさん :2014/03/16(日) 22:48:30 D.mA.N0IO
投下乙
自信満々……だと思ったらビビって逃げ出すあたり可愛い

それと指摘になりますが、スパス12の弾数表記が無いのと、ワイルドじゃなくてワールドオーダーです


253 : ◆Y8r6fKIiFI :2014/03/18(火) 16:50:21 apKzmfYwO
投下します。


254 : 戸惑うドラゴモストロ ◆Y8r6fKIiFI :2014/03/18(火) 16:51:32 apKzmfYwO

彼を知る人物ならば皆が驚く事実であったが、剣神龍次郎は冷静さを保っていた。

突如として何処とも知れぬ離島に拉致され、殺し合いを強制される。
「強さこそ正義」が信条であり、当然の如く「己こそ最強」を掲げる龍次郎にとって、当然ながら許し難い事である。

それでも冷静さを保つ事ができたのは、ワールドオーダーの「強さ」故である。
説明の場でワールドオーダーが見せつけた「強さ」は、彼をして賞賛に値する物であった。
憤りより先に、彼の心にはワールドオーダーへの尊敬の念が湧いたのだ。

……ではあるが、彼はワールドオーダーに従って殺し合いをする気は更々なかった。

「そうだ。 単純に従っただけじゃ奴に負けを認めたのと同じ事だ」

己の中の感情を再確認するように、剣神は独り言を発する。

「“最強”は俺だ。 それを曲げるつもりはねェ。 だから……この殺し合い、俺がひッくり返してやる。
 手前の筋書き通りにはいかせねえぜ、ワールドオーダー。 このゲームをぶッ潰して、ついでに手前も潰す。
 そして俺の最強を証明してやるよ」
今彼我の強さに開きがあろうとも、下剋上する事は不可能ではない。
関東の一部で活動するのみだったブレイカーズを、世界的な組織に伸し上げたように。
そう言い切った剣神は、確認するように周囲を見渡した。

(……それにしてもここァ何処だ? とある小島、つッてたから無人島か何かだと思ッてたが……、
 こんなビル街があるって事ァ、開発の手が入ってるのか?
 それにしては人ッ子一人の気配もしねェし……奴の秘密拠点か、放棄された廃墟を占拠したのか、あるいは住民を無理矢理排除したのか……)
島へ送り込まれた彼の周囲に建ち並んでいたのは、コンクリートのビルであった。
何か目立つ建物はないか、と目を凝らすが、どうやら見える範囲にビル以外の建物はないようだ。
少し歩いてから手近なビルに入り込み、椅子に座って一息つくと剣神は今後の方針について思案する。

(まずはこのディバックか。 ワールドオーダーの奴が色々と入れてある、と言ッてたな。
 そんなつまらねえ所で嘘を吐く筈もねェし、確認してみるか)
計画より先に手近な物の確認から行う事にした剣神は、ディバックの口を開く。
中に手を突っ込んだ剣神が一番に取り出したのは、島の地図であった。


255 : 名無しさん :2014/03/18(火) 16:53:09 apKzmfYwO
(……結構な数のランドマークがある島だな。 普通に住むにはちと建築物過多過ぎやしねェか?
 やっぱワールドオーダーの拠点の一つ、ッてセンが強そうだな。
 ……今俺がいるのは上か下の市街地か? どッちかはわからんが、後で見つかッた建築物でわかる事か)
この小島と現在地についての考察を簡単に済ませた剣神は、地図をディバックに戻す。
次にディバックから出てきたのは二つ折りにされた名簿だった。

(「知り合いがいるかもしれない」ねェ……言ッてくれるぜ、全く)

最初に集められた場でワールドオーダーに問いかけた女性。
彼女を剣神はよく知っている。 というか何度かベッドを共にした仲だ。
大神官ミュートス。
神話怪人を率いるブレイカーズの大幹部であり、彼の女の一人である。
あくまで女の一人であり、決して実は頭が上がらないとかそういう事はない。 と剣神本人は主張している。
本人にそういう台詞を聞かれたらどうなるかは言ってはならない。

(どうする?
 アイツがそう簡単にくたばるとは思えないし……いやそもそも所詮は部下の一人じゃ……、
 いやいや、下手にブレイカーズが散らばるよりは一度合流した方が利口だな。
 ああ、うん、そうだ、知り合い同士一度合流した方が都合がいいのであッて心配な訳じゃねェ。 本当だ)

幾らかの混乱を経て自分の中で強引に結論を付けた剣神は、名簿の中身に視線を巡らせた。

(……他にブレイカーズの構成員はいねェか。 厄介だな……。
 手駒に使えそうな奴は現地調達するしかねェか。
 他には悪党商会にジャパン・ガーディアン・オブ・イレブン……裏の殺し屋連中まで混じッてやがる)
知った名前が載っている、あるいは載っていない事に舌打ちしながら、乱暴に名簿をディバックへと押し戻す。
続けて、その他食糧や筆記用具などの細々とした支給品の確認。 そして……

(……武器を支給し直すって聞いてたが、こういう物も入ってるのか)
剣神が取り出したのは、一つの鍵だった。
装飾は銀。 鍵本体は金で作られた、正直無駄に豪華な代物である。
鍵を使う為の錠はついていない。 何か説明書きがないかと探してみたが、ディバックの中には入っていないようだ。

(なんだこりゃ……? 無駄なガラクタ配るとも思いたくねェが、使途が全く思い付かん。
 こんなの渡したところで、殺し合いに何の役に立つんだ? ハズレかどうかさえわからねえじゃねェか。
 ……それとも、『この鍵を使える支給品を持った参加者が何処かにいる』……要するに、支給品の奪い合いでも狙ッてるのか?)
幾らか頭を悩ませたが、結論は出しようがない。 剣神は鍵を再度ディバックに戻すと、もう一つの支給品に目を向けた。


256 : 名無しさん :2014/03/18(火) 16:54:51 apKzmfYwO
(こいつが俺に巡って来るとは、何とも因果ッてのかね……)

柄の部分に「新撰組」と彫られている、黒い木刀。
一見ただの観光土産にしか見えないこれは、その実剣神のよく知る人物の武器であった。

ナハト・リッター。
ジャパン・ガーディアン・オブ・イレブンに所属するヒーローの一人である。
人間としての名前は、剣正一。 剣神にとっては、親戚に当たる男だった。

(名簿にもあいつの名前は載ってたな……甘ちゃんのあいつの事だ、こっちに下ったりはしねェだろうが、殺しをしたりもしねェだろ。
 やりようによっちゃ協力はできるかもしれねェな)
彼を頭の片隅に留め置きつつ、剣神は木刀を片手に握る。
外見こそただの観光土産だが、その実この木刀はかなりの硬度を誇る。
剣神の膂力をもってしても折れはしないだろう。

(ディバックの中身はこれで全部か。
 気になるのは鍵くらいだな……それッぽい鍵穴があったら試してみるか)
中身の確認を終えたディバックの口を閉じると、剣神はさらなる思考――今後の方針について思案する。

(なんにしても、まず首輪を外さなけりゃどうにもならんな)
この首輪のある限り生殺与奪を握られている、というのは勿論だが。
そもそも根本的に、この首輪のある限りワールドオーダーの元へ辿り着く事すらできない。
どれだけワールドオーダーが自信家だろうと、(能力で作った偽物ではなく本物が)流石にこの島の中にいるなんて事はほぼないだろう。
禁止エリアに入れば爆発する……という事は、恐らく島の外も対象。 この首輪がある限り、犬死にすらできない。

(……藤堂博士がいれば、その辺楽に進められたんだがな。 ミュートスがいるッてのに他の連中が居ねえのはどういう了見だ。
 ッつーか悪党商会だのJGOEだのはそこそこ数いるのにブレイカーズは二人しかいないってどういう事だ)
気が利くのか気が利いていないのかわからない参加者に悪態を吐きながら、思考は「次の懸念」へと移る。


257 : 名無しさん :2014/03/18(火) 16:55:10 apKzmfYwO

(……そうだな。 一応試しておくか)

剣神は立ち上がって構えを取ると、精神を集中した。
それから瞬き数回の内に剣神の肉体は映画に出てくる怪獣のような、現実離れした姿へと変異していく。

――ドラゴモストロ。
ブレイカーズ首領たる剣神の変身する、「龍」を司る最強の怪人。
けれども剣神は、己の体に発生した異変を明確に察知していた。

(変身自体は封じられたりしてねェか。
 だが……外皮に違和感がある。 強度が落ちてるのか? チッ……面倒な真似を)
変身を解きながら、再度剣神は悪態を吐く。
実のところ、単純な殺し合いならば攻撃力など大したアドバンテージにはならない。
人間一人殺すのに核爆弾など使う必要がない事は明らかだ。 ナイフや銃があれば事足りる。
しかし防御力は別だ。 ナイフや銃が通らないという事は、大きなアドバンテージとなる。
そのレベルまで柔くなってはいないようだが、気をつける必要はあるだろう。

(首輪……首輪ッてか。 こいつにワールドオーダーの奴が細工してるのか……?)
それは大いに考えられる可能性ではあった。
本来の強度のドラゴモストロならば、首の周辺で爆発が起きたところで痒くすら感じないだろう。
無論ワールドオーダーがそんな事すら考えていない訳がない。 何らかの対策は取られていて当然だ。
それが防御力の低下なのか、あるいは首輪の爆発そのものなのかはわからないが。

(……どっちにしろ、首輪を外す時には慎重にならなきゃならんな。
 変な仕掛けがしてあってドカン、じゃ洒落にならねぇ)

「ッたく……最初から懸念だらけだ。 やってられねェぜ、なあチャメゴン」
考え疲れた帽子の中にいる筈の、数少ない友人へと語りかける。
しかしいつもは反応を返してくるチャメゴン……シマリスは、何の反応も返して来ない。
というか、何時もならば感じる筈の気配がない事に今更気付いた。

「……チャメゴン?」
不安になった剣神は、帽子を脱ぐとその中身と、近くにあった鏡を使って自らの頭の上を確認する。
癖のある縮れ毛の上にいる筈の、剣神龍次郎の「友人」は――そこにいなかった。

「うォぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、チャメゴォォォォォン!?」


[I-8・ビル街/深夜]

【剣神龍次郎】
[状態]:健康
[装備]:ナハト・リッターの木刀
[道具]:基本支給品一式、謎の鍵
[思考・行動]
基本方針:己の“最強”を証明する。 その為に、このゲームを潰す。
1:協力者を探す。 首輪を解除できる者を優先。 ミュートスも優先。
2:役立ちそうな者はブレイカーズの軍門に下るなら生かす。 敵対する者、役立たない者は殺す。
3:チャメゴンはどこだァ!?
※この会場はワールドオーダーの拠点の一つだと考えています。
※怪人形態時の防御力が低下しています。
※首輪にワールドオーダーの能力が使われている可能性について考えています。

【ナハト・リッターの木刀】
柄の部分に「新撰組」と書かれた、黒い木刀。
一見ただの観光土産にしか見えないが、滅多な事では壊れない強度を持つ。


258 : ◆Y8r6fKIiFI :2014/03/18(火) 16:55:38 apKzmfYwO
以上、投下終了です。


259 : 名無しさん :2014/03/18(火) 17:17:44 QrIjmP5M0
投下乙です
剣神さん案外ペットをかわいがっていたんですねwww
そして鍵の使い道とチャメゴンはどうなるのか…


260 : 名無しさん :2014/03/18(火) 19:52:56 mlJBwmIs0
乙です。
はたして、チャメゴンの行方は!?


261 : 名無しさん :2014/03/18(火) 20:11:34 nB5QJO.w0
投下乙!
チャメゴンなくて焦る大首領可愛いww


262 : ◆H3bky6/SCY :2014/03/18(火) 23:14:57 tEfn3Ia60
投下します


263 : 俺の知ってるバトルロワイヤルと違う ◆H3bky6/SCY :2014/03/18(火) 23:16:32 tEfn3Ia60

――――それは天から降り注ぐ流星だった。

流星の筋道から空気が逃げ出し、轟と悲鳴のような唸りを上げる。
真下に落ちる軌跡を描くその流星の正体は、岩石の様な巨大な拳だった。
放つのは天を突くような体躯の化物。その外見のどれをとっても人外のそれだ。
おそらくこの一撃の破壊力は、本物の流星と比べても遜色はないだろう。

流星が向かう行先に立っているのは一人の人間だった。

響くのは籠った爆発ような重低音の衝突音。
衝突点を中心に衝撃波が広がり空間が震えた。
およそただの打撃によって生み出されたとは思えない衝撃だった。
人間など容易く、吹き飛ばしてしまうだろう。

されど、その一撃を受けるもまた魔人である。

石壁すら打ち崩さんという怪物の一撃を、魔人は片腕を盾に真正面から受けとめた。
衝突の勢いに受けた腕の表面が弾け飛び、赤い筋肉と白い骨が露わになる。
衝撃に引きずられ、踏みしめた地面が一筋の線を描いた。

だが、踏み締める足には微塵の揺らぎもなく、魔人の眼光は一瞬たりとも怯むことなどなかった。
一撃を受け切った魔人は、すぐさま踏みしめる足を踏みこむ足に変え反撃へと転ずる。

先の一撃が流星ならば、こちらは閃光だった。
その動きは無駄がなく、ただ早く速く奔い。
それは全ての力を凝縮した一点を貫く光の矢。
無駄な音など鳴らない。鳴り響くのは空気の壁を破る乾いた一音のみ。
その拳は容易く鎧のような皮膚を破り、分厚い肉をも穿ち、怪物の脇腹を抉った。

だが、風通しのよくなった怪物の脇腹の肉が蠢いた。
紐のように伸びた肉が絡み合い、傷口が再構築されてゆく。
この怪物が持っている再生能力である。

同時に、弾けた魔人の腕の肉も巻き戻しのように再生を始めた。
魔人もまた強力な再生能力を持っている。
互いにこの程度では大した傷にはならない。

再生の完全な完了を待たず怪物が動く。
鉞の様な左フックが放たれ、魔人の頬を強かに打たれた。
肉が削がれ歯茎を露わにしながら、魔人は打たれた勢いのまま回転。
放たれた鞭のようにしなやかな回し蹴りが怪物を直撃。
怪物の肩肉は吹き飛び、青い血が周囲にまき散らかれた。

「―――――――――!」

怪物が声にならない雄たけびを上げた。
怪物の頭部には三本の角、赤い瞳が夜に光る。
三メートルに迫る巨漢に、岩肌のようにゴツゴツした緑色の肌。
怪物の名はガルバイン。
魔王軍の地方部隊長を任された、人間界侵略の最前線を担う精鋭中の精鋭だ。
オーガ族という腕力と体力に特化した種族あり、その中でもガルバインは傑出した存在である。
単純な腕力だけならば恐らく魔王すらも上回るだろう。

その怪物と、大人と子供以上の体格差を持ちながら、真正面から対峙する魔人。
見ようによってはこちらの方が化物に見えるかもしれない。
軍服に身を包んだ、その魔人の名は船坂弘。
日本帝国を支配する皇であり、幾多の不可能とされた作戦を成功に導き、連合国との圧倒的戦力差を個人の力でひっくり返した正しく魔人である。
とある呪術師によって時の呪いを病み外見は20代で時を止めているが実年齢は100に近い。

怪物と魔人の戦い。
この戦いの始まりに理由はない。
目の前に敵(ヤツ)がいたから戦った。それだけである。

一撃ごとに互いの身が削れ、血肉が舞い飛ぶ。
繰り返される破壊と再生。
小細工などない、力と力のぶつかり合い。
そのいずれの攻撃も常人ならば小指の先が掠めただけでも即死するほどの苛烈さを秘めていた。
人智を超えた激戦は続く。


264 : 俺の知ってるバトルロワイヤルと違う ◆H3bky6/SCY :2014/03/18(火) 23:17:42 tEfn3Ia60
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

その戦いを遠く離れた草むらから見つめる男がいた。
男は草陰に身を隠し、支給された狙撃銃のスコープ越しに戦いを見つめている。
スコープを覗く左目の周囲は火傷により醜く歪み、もう片方の右目は潰れ、左手も手首から先がない。
まるで戦場でも超えてきたような有様の男だった。

長松洋平。
彼はバトルロワイアルの優勝者である。
もちろんこのバトルロワイアルではなく『別の』バトルロワイアルの優勝者である。
そのバトルロワイアルは勝者への褒美として、願いを叶えられるというものであり、優勝者となった彼が望んだの願いは、殺し合いの継続だった。

元は彼は殺し合いとは無縁な、どこにでもいるような自動車修理工だった。
それが殺し合いに巻き込まれ、殺し合いを経験し、殺し合いを勝ち抜いた。
初めて人を殺した高揚感は忘れ難く、彼は殺し合いの味を覚えてしまった。

この殺し合いは、彼の願いによって始められたといっても過言ではないだろう。

彼は大望ともいえる願いを叶えた。
だが、願いを叶えた彼の心に到来しているものは歓喜ではなかった。
彼の心中に吹きすさぶのは失望と怒り。

これは違う。
こんなモノは違う。
彼が涙が出るほどに焦がれ、歯を食いしばりながら渇望し、胸を焼くほどに追い求めたのは、決してこんなモノではない。

こんなものは彼の知るバトルロワイアルではない。

長松は怒りを噛み締めるように砕ける勢いで歯を食いしばる。
スコープ越しに繰り広げられていた戦いは彼の願いとは違っていた。
彼の望みとは程遠い、人外と人外のぶつかり合いである。
彼が望んだのは人間同士の殺し合いだ。

求めるのは肌を焼く様な殺意と悪意の海、溺死するような緊張感。
矮小な人間が全てを振り絞り、火花のように命を散らす。
殺し合い。
それは崇高な儀式であり、人から外れた化け物なんぞに汚されていいものではない。
あんな化物の存在など、許せるはずもない。

「純粋な願いを汚す汚らわしい化物どもめ、一匹の残らず駆逐してやる―――――!」


265 : 俺の知ってるバトルロワイヤルと違う ◆H3bky6/SCY :2014/03/18(火) 23:18:26 tEfn3Ia60
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

キィンと、甲高い金属音が響き、夜に火花が散った。

怪物と魔人の戦闘はより一層激しさを増し、戦いは次のステージへ移行していた。
互いに素手では相手の再生能力を突破できないことを認め、武器を取り激しく打ち合っている。

怪物が手にしているのは、紺碧の槍だった。
優に三メートルを超えるその槍を、片腕で棒切れのように握りしめるガルバイン。
槍というより相手を叩き潰すための鈍器のような扱いだが、十分である。
ガルバインの剛力をもってすれば、振り下ろすだけで人間など弾け飛ぶ。

対して、魔人が取るのは真紅の中華刀。
禍々しいという言葉が似合う、業火のような赤い刃を船坂は右脇に構える。
脇構えに近いが、刃渡りを隠すためというより振りかぶるための動作である。

ガルバインが振り下ろした鉄棒を、船坂は目一杯に振りかぶった一撃で迎え撃つ。
蒼と紅の軌跡が交差し、閃光のような火花が弾けた。

単純な腕力はガルバインが上だが、槍を棒切れとしてしか扱っていないガルバインに対して、剣の技量は圧倒的に船坂が上
どれほどの力押しであろうとも、すべて撃ち落とし、弾き落とす。
対武器戦では船坂が有利だ。

攻めあぐね業を煮やしたガルバインが、決着をつけるべく動いた。
これまで片腕で乱暴に振るうだけだった槍を、両手でしっかりと持ち直す。
これにより威力は倍。
ガルバインの怪力を持ってすれば相手の防御ごとへし折り、直撃すれば相手を跡形も残さず消し飛ばす、正しく必殺だろう。

だが、その必殺の一撃は空を切った。
いや、正確には、空すら切らなかった。

ガルバインが振り上げた腕を振り下ろしきるよりも早く、船坂の斬撃が肘から先を切り飛ばしたのだ。
槍を握りしめたまま宙を舞うガルバインの両腕。
船坂はその光景に目もくれず、返す刃で間髪入れずガルバインの膝関節を切り裂いた。
両腕両足の機能を失い崩れ落ちるガルバイン。
もちろんここで手心など加える船坂ではない。

「チェりゃぁぁああ――――――!!」

裂帛の気合いと共に振り抜かれた唐竹割りが、崩れ落ちたガルバインの頭部に振り下ろされた。
一撃は頭蓋を真っ二つに切り裂き、断面から脳がうどん玉のように零れる。
いかなる再生能力を持とうと、こうなってはもはや無意味である。

怪物同士の戦いは魔人の勝利で決着がついた。

【ガルバイン 死亡】


266 : 俺の知ってるバトルロワイヤルと違う ◆H3bky6/SCY :2014/03/18(火) 23:19:29 tEfn3Ia60
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

そして、タイミングはそこしかなかった。

怪物同士が潰し合い、一匹が死に、また一匹が決着により気を緩めた瞬間。
引き金が引かれ、銃声を置き去りにする速度で弾丸が放たれた。
胴の中心を狙った弾丸は、船坂の脇腹を貫き風穴を開ける。
急所ではないが、夜闇の中当たっただけ大したものだろう。

着弾を確認して長松はひとまず安堵の息を漏らす。
化物相手にこれが通らなければという不安はあったが、さすがに鉄板すら貫く狙撃銃による一撃ならば通じるようだ。

対して、不意を打たれ腹部を撃ち抜かれた船坂は、崩れ落ちるでもなくすぐさま体勢を立て直す。
そして撃たれた傷から狙撃の角度を割り出し、その方向へ向かって迷いなく駆け出した。

長松に迫る船坂。
だがこの動きも、先の戦いから予測済みである。
あの化物相手に近接戦で勝ち目はない、近づかれれば終わりだ。
故にそれまでに仕留める。

猶予は距離にして約500m。相手が世界新で走れたと計算しても、到達まで約45秒はかかる。
M24 SWSは手動装填(ボルトアクション)であるため片腕のない長松では次弾装填まで約10秒。
そこから狙いを定め直し、引き金を引くまでの時間も計算すれば、到着までに撃てて後2発と言ったところか。

長松は肩と先のない片腕を巧みに使い、発射済み薬莢の排出と実包の装填を行う。
完了まで7秒。装填を終え、スコープを覗きなおしたところで、長松は全力でその場から転がるように飛びのいた。
瞬間、先ほどまで長松がいた位置を蒼い軌跡が過ぎ去ってゆく。

それは投槍だった。
いつの間に拾い上げたのか、千切れたガルバインの腕から回収した槍を船坂が投擲したのだ。
その速度はライフルとは比べるべくもないが、素手による投擲であることを考えれば恐ろしい速度だ。
加えて、たった一発の狙撃で相手の完全に位置を特定しそこを狙える正確性は脅威の一言である。

すぐさま立ち上がった長松は内心で舌を打つ。
躱しはしたものの狙撃銃と離れてしまった。
船坂はすでに肉眼でも認識できる距離まで迫っている。その速度は予測よりも早い。
もはや狙撃銃を構え直して狙撃するだけの余裕はない。
そう瞬時に見切りをつけた長松はガンベルトからショットガンを抜いた。

躊躇いなく引き金を引く長松。マズルフラッシュが夜に咲く。
散弾銃による制圧射撃。面による圧殺はさすがの船坂でも躱すことはできない。
だが、駆ける船坂の動きは止まらない。
遠距離からの散弾では、船坂の皮膚を破るに留まり、大したダメージにはなっていない。

だが、足は鈍った。
長松は僅かに後退しながら片腕で器用にポンプアクションを行い次弾を放つ。
これに対して船坂は、顔面を両腕で守るだけの正面突破。
躱せないのならば最短距離を突き進むのみだ。

長松は動じず次弾を発射。
流石に距離が詰まった状態での近接射撃には船坂も僅かに怯むが、それだけだ。
その足は止まらず、すぐさま持ち直し距離を詰める。

もはや距離は50mもない。
船坂にとっては一息で詰められる距離。長松にとっての絶対的な死の領域。
踏みこんだ船坂がその腕を振るえば、瞬きの間に長松の首は跳ね飛ぶだろう。


267 : 俺の知ってるバトルロワイヤルと違う ◆H3bky6/SCY :2014/03/18(火) 23:21:44 tEfn3Ia60
そして、ここまでが長松のプラン通りである。

長松とてガルバインと船坂の戦いを何もせずただ見守っていた訳ではない。
この領域は既にトラップが仕込まれている。
投槍により座標がずれたのは予想外だったが誘導と修正は完了した。
そして仕込んだのは最もシンプルかつ有効なトラップ。

落とし穴である。

最後の一歩を踏みこんだ船坂の足場が崩れた。
同時に底から水音が跳ねる。
蓋をされていた臭いが解き放たれ、船坂の鼻孔を刺激する。
独特のこの匂いは、ガソリンだ。

落とし穴の中で気化したガソリンは空気と混ざり、既に危険な領域に達していた。
そこに容赦なく打ち込まれる、ショットガン。

地響きのような爆発音と共に、天に向かって豪快に炎が舞い踊った。
熱風が僅かに離れた位置の長松の喉を焼いた。
視界全てが黒煙とキノコ型の赤に染まる。

それでもなお、魔人は止まらなかった。

踏みしめるような一歩。
炎の中から悪夢のような人影が写る。
燃え盛る炎を割って、全身を焼かれながら魔人が姿を現した。
酸素を奪われ呼吸もままならない状態でなおも動く。
化物と呼ぶのも生ぬるい異能生命体の本分である。

「生きてるのも予想通りだよ、アホめ」

船坂を誘導するとともに、自らも初期位置に戻った長松。
その足元にはもちろん、置き去りにした狙撃銃がある。

確実に当てることができるほど近接し、相手が足を止めている状況。
全てはこの状況を作るための布石に過ぎない。

松永が飛びつくように狙撃銃を拾い上げる。
この距離ならば狙いをつけるまでもない。
そして何よりM24 SWSが敵を貫けること既に証明済みである。

「――――死ね、化物」

音速の約2.5倍で飛来する7.62x51mmNATO弾が、炎の魔人の心臓を正確に打ち抜いた。

【B-7 草原/深夜】
【長松洋平】
[状態]:健康
[装備]:M24 SWS(3/5)、レミントンM870(2/6)
[道具]基本支給品一式、7.62x51mmNATO弾×5、12ゲージ×8、ガソリン9L、ガルバインの支給品0〜2
[思考]
基本行動方針:殺し合いを謳歌して、再度優勝する
1:化物どもを駆逐する
2:もちろん人間も殺す

※B-7で中規模な爆発が起こりました
※蒼天槍はその辺に飛んでいきました、どこまで飛んで行ったかはわかりません
※船坂の基本支給品一式は燃え尽きました

【蒼天槍】
属性:天
透き通った空のような紺碧が特徴的な、天すら割かつと謳われる名槍
紺碧の柄は球蒼鉱という特殊な鉱石で出来ており、穂先は銀でできている
見た目以上に軽く丈夫な槍であり、装備者の俊敏をワンランク向上させる

【鬼斬鬼刀】
鬼を斬るために生み出され、これを振うものもまた鬼となるとされている刀
燃えるような真紅の刀身が特徴の中華刀で、鬼属性を持つ相手に追加ダメージを与える
装備するとターン毎に狂気値が加算され、判定に失敗すると戦うだけの鬼神と化す。確率は理性値で軽減される
すでに精神障害を受けている者や、精神耐性などのスキルを持っていれば判定を回避できる


268 : 俺の知ってるバトルロワイヤルと違う ◆H3bky6/SCY :2014/03/18(火) 23:22:58 tEfn3Ia60
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆













勝者は去り、残ったのは未だ燻る炎と敗者の亡骸である。

全身を炎で焼かれた死体の皮膚は焼き爛れ、心臓を弾丸に貫かれて風穴があいている。
どこからどう見ても死んでいる。

だが、この男に関しては、死んでからが本番である。

ムクリと死体が起き上がる。
意識がハッキリとしていないのか、口はだらしなく開き目の焦点はあっていない。
だが生きている。

呪術師により、彼の時は止まっている。
その瞬間から成長と共に代謝も心拍も止まったのだ。
心臓など元からその役割を果たしていない。
その証拠に、あれほどの激戦を繰り広げておきながら、彼は傷口から一滴の血液も流していない。
故に長松は船坂の心臓ではなく、核のある脳を吹き飛ばすべきだった。
松永がこの事実に気づいていれば、対処もできただろうが、夜の闇の中あの状況でそれに気付けというのは酷だろう。

僅かずつながら時が巻き戻り、皮膚と心臓が最低限形を取り戻したところでやっと船坂の意識は覚醒した。
思考を取り戻した船坂が、最初に感じた感情は屈辱だった。

――――敵に情けをかけられた。

敗北を期した己が生きているという事はそう言うことだ。
憤怒にも似た感情が船坂の身を包む。
これは彼にとって耐え難い恥辱である。

「あの男、許すまじ! この屈辱は必ず…………ッ!」

決意と共に憎悪に燃える魔人の遠吠えが響いた。

【B-7 草原/深夜】
【船坂弘】
[状態]:全身に重度の打撲(修復中)、腹部に穴(修復中)、全身に重度の火傷(修復中)、心臓破損(修復中)
[装備]:鬼斬鬼刀
[道具]なし
[思考]
基本行動方針:自国民(大日本帝国)以外皆殺しにして勝利を
1:長松洋平に屈辱を返す


269 : 名無しさん :2014/03/18(火) 23:23:59 tEfn3Ia60
投下終了
没タイトルは『こんなバトルロワイヤル、修正してやる!』


270 : ◆H3bky6/SCY :2014/03/18(火) 23:46:24 tEfn3Ia60
しまった、タイトル間違えた、修正で

『俺の知ってるバトルロワイヤルと違う』
        ↓
『俺の知ってるバトルロワイアルと違う』


271 : 名無しさん :2014/03/19(水) 00:32:10 blSnNIf60
投下乙です。
ガルバインさん、奮戦したけど此処で脱落か…信頼されていた魔王軍配下が二人とも早期脱落…
魔人船坂はやっぱり化物めいてるけど長松も普通に強いなぁ。
単なる殺戮者じゃなくて人外相手に策を弄す知恵もあるし、流石はロワ優勝者なだけある…


272 : 名無しさん :2014/03/19(水) 00:55:43 32Ht7qpE0
投下乙
長松やるなぁ。長松の前のバトロワは原作小説のバトロワと
近いんだろうなぁ
「経験」で戦って勝つってのは面白いね


273 : ◆C3lJLXyreU :2014/03/19(水) 01:14:34 v32t7zEI0
あわわ、大遅刻すいません
ミルと葵投下します


274 : チーム名は…ミルファミリー! ◆C3lJLXyreU :2014/03/19(水) 01:17:26 v32t7zEI0
D-9 草原。
そこには小柄な幼女が名簿を片手に呆然と佇んでいた。

「亦紅、ルピナス。二人も巻き込まれてしまったのか、この殺し合いに」
羅列された名前には幾つか見覚えのあるものが含まれていたが、幼女が真っ先に目を付けたのは友の名だった。
絶対に見たくない名が二つも連ねられている。まるで悪夢のような光景だ。
試しに頬を叩いてみるが、やはりその名は消えない。何故ならこれは紛れも無い現実なのだから。

「……ミルたちは三人まとめて目を付けられたというわけか。まったく。ほんとは真実から目を背けたい気持ちもあるけど、友がいるなら立ち向かうしかない」

そう言って手を掛けたのは自身の首に巻き付けられた首輪。
それを引っ張って強引に外そうとするが、幼女の微弱な力では微塵も動かない。
次に首輪の至る所を触れて抜け道を探す。当然、解除ボタンのような便利なものは一切付いていなかった。

「むー、やっぱりそう簡単に外せないか。成果といえばこれが科学の力で作られていることがわかったくらいなのだ」

一通り思いついたことをやり終えて、ミルは結論を出す。
この首輪は高度な科学技術で製造されている。まだ素材や構造を特定するまでには至っていないが、それだけは確かな自信を持って言えた。
当初の予定では更に様々なことを知るつもりでいたが、支給品を見たところそれに使えそうな道具が何一つない。

「亦紅! ……は、いないのだったな。いつもならすぐに必要な物を用意してくれるのに」

何かあると亦紅を頼ってしまうのはミルの悪い癖だ。
日頃から頼りにしていることもあって、つい名前を呼んでしまう。
不審者に絡まれた時も、ルピナスと喧嘩した時も、どんな面倒事でも亦紅が解決してくれた。
よく亦紅が『博士は私がいないとダメダメですね』と言っていたが、まったくもってその通りだ。

「亦紅ー! ルピナスー! はやくミルのところに戻ってほしいのだ! ひとりぼっちは寂しいのだー!」

少しでも亦紅を頼ろうとしたことがキッカケとなり、ミルの感情を揺さぶる。
強がってはいても、寂しいというのが本音だ。普段は亦紅かルピナスが必ず居たこともあって、ミルには孤独に対する耐性が全くない。
気付けば瞳からは大粒の涙が溢れていた。

「お、おう。確かにそーだよな、ひとりぼっちは寂しいもんな! ていうか、よくわからないけど大丈夫か?」

ミルの声に駆け付けたのは亦紅でもルピナスでもない、青色の瞳を持った茶髪の少女。
夜風に靡く蒼いマフラーはヒーローを彷彿とさせるが、その態度はどこか頼りない。
少女は涙を流すミルを見てあたふたとしながらハンカチを差し出した。

「ほ、ほらこれあげるから涙拭けよ! あたしは空谷葵。別にてめえをとって食うわけじゃないから泣くな!」

すかさず葵から渡されたハンカチで涙を拭うミル。
『泣き落とし』はミルもたまに使うが、本気で泣いている場面を見られたのは少し恥ずかしい。
だが、見知らぬ少女に慰められたことが嬉しいのもまた事実。このまま孤独でいればどうなっていたか、それはミルにもわからない。
そんな二つの感情があわさって、ミルの涙は止まらない。ミルは満面の笑みで涙を流す。

「な、泣くのか笑うのかどっちかにしろよ! ていうか人を見て笑うなバカ! あたしは本気で心配してるんだからな」
「葵の焦る姿が可愛くて面白いから悪い! ほら、ミルは泣いてないから勘違いしないでほしいのだ」

先程までの涙はどこへやら。
葵の頑張りもあってか、ミルは泣き止んでいた。
亦紅やルピナスでなくとも、誰かと共にいるということがミルにとっては何よりも心強い。
誰かが傍にいることで、彼女は明るく元気に振る舞えるのだ。

「それにしても葵、なかなか揉み心地の良いおっぱいだな! たまには貧乳以外も悪くは……」
「うわっ! いつの間にあたしの胸触りやがったんだてめえ!」

「下心丸出しで胸を揉むミルに葵の鉄拳が炸裂!
ミルに多大なダメージを与えた!」

「サラッと捏造するな!」
「細かいこと気にしてるとハゲますよって亦紅が……」
「人の胸揉んどいて何が細かいことだ! あたしまだ処女貫いてるんだからな、お嫁に行けなくなったらどうすんだ!」
「葵は処女なの? しょうがないにゃあ、ミルちゃんはこう見えて亦紅と何度もアッーしてるから優しく手解きしてあげても……」

「てんちょー、死刑希望一名入りまーす」

流石に死刑まではしていないが、この後ミルが説教されたのは言うまでもない。


275 : 名無しさん :2014/03/19(水) 01:19:41 v32t7zEI0
♂♀♂♀♂♀♂♀

「うう……今でも耳が痛いのだ。フォーゲルくんも居たなら葵の説教を止めてくれても良かったのに」

あれから情報交換を終え、支給品を確認していた。
そこで葵の見せた支給品の1つがフォーゲル・ゲヴェーア。ミルが発明した鳥型のロボットだ。
彼は亦紅やルピナスと違い参加者には数えられていないが、代わりに支給品として連れ去られていた。
当のフォーゲルはミルの言葉に対して『自業自得だろ』と言いたげな態度でそっぽを向いている。

「紳士なフォーゲルくんは胸を揉むような変態幼女は怒られて当然だって言いたいみたいだな!」
「そ、そうなの? でもでも、おっぱいを揉むのって紳士として当然の嗜みだとミルは……」
「へえ? じゃあ、あたしもミルの胸揉んでやろうか?」
「えっ、葵はそっちの趣味があったの? やだー、ミルちゃん幻滅しちゃうのだ」
「てめえが紳士の嗜みだって言うからだろ!」
「だってほら、ミルは元男だし? 紳士とロリの属性を兼ね備えてるから葵と違って健全なのだ」

自信満々に言い切るミルを見て葵は呆れ返っていた。
情報交換の時は元男と言ったのに、こっちがやり返そうとするとレズと言われる。
葵は『元男だというのは冗談だと思っているけど、それでもこの仕打ちは酷いだろ!』と心の中でツッコミを入れた。
声に出さないのは、大声でリアクションをしすぎて喉がそろそろ痛くなってきたからだ。

「よし、話題変えるぞ! なあミル、これからどうする? 名簿にはブレイカーズみたいな危ない奴らも載ってるけど」
「うーむ。ブレイカーズ、すっかり見落としていたのだ」

再度、名簿を確認すると『剣神龍次郎』と『大神官ミュートス』の名前があった。
亦紅とルピナスに気を取られて見落としてしまっていたが、確かに彼らはブレイカーズの大首領と幹部だ。

「バカ兇次郎が巻き込まれていない辺り、嫌な予感しかしないのだ」
「兇次郎? 誰のことだ?」
「ブレイカーズの科学者、藤堂兇次郎。研究のためならどんな犠牲も厭わないバカヤローなのだ。今まで多くの人々があのバカによって殺されてきた」
「それって、もしかして佐野さんの母親を殺したのも……」

佐野と親しかった葵は彼の母親がブレイカーズの実験で殺されていることを聞いていた。
普段は明るく、温厚な佐野があの時だけは怒りに満ちた表情をしていたからよく覚えている。
『いつかブレイカーズを潰し、復讐をする。母親を殺した科学者を■して、仇を討ちたい』
葵はたまに怖くなる。いつか佐野が復讐鬼に成り果ててしまうのではないかと。

「あのバカ以外に考えられない。それにしても母親を殺して、子供まで実験道具にするなんてとんでもない悪趣味ヤローなのだ」
「そいつはここから帰った後に、あたしと佐野さんでぶっ飛ばす必要がありそうだな。でもミル、佐野さんは実験道具になんてされてないと思うぞ」
「佐野以外にミルや葵も実験道具にされてる可能性はある。バカ兇次郎はブレイカーズに対しても忠誠心が皆無なのだ。ワールドオーダーに協力して、この首輪を作っていたとしても不思議ではない。
ほんとに迷惑極まりない存在なのだ。だからミルはあのバカが嫌い!」

正直、葵はこれまでミルの言葉をあまり信用していなかった。
ふざけている時のノリに加え、話す内容がぶっ飛びすぎて出鱈目な冗談を言っているようにしか聞こえなかったからだ。
しかし今、ミルが話していることを嘘だとは思えなかった。何よりも、彼女の瞳を見ればわかる。
兇次郎とミルがどんな関係であったかは知らないが、それでもこれは他人について語る時の表情じゃない。

「よしっ! もしその兇次郎ってやつがいたらミルとあたしと佐野さんで倒すか! 何ならタイマンでもいいぜ! そいつに言いたいこと、色々あるんだろ?」
「ありがとう、葵。でもタイマンなんてする必要はないのだ。バカ兇次郎が人々の命を弄ぶなら、ミルは絆の力で未来を切り開きたい!」
「よく言った! それじゃあチーム組もうぜ、ミル! 絆の力でバカな主催者共をぶっ倒すんだ!」

そう言って葵が取り出したのは桔梗の花の形をしたドクロマークのバッチ。『悪党商会のバッチ』と呼ばれる物だ。
6つあるうちの1つをミルに投げ、一つを自分の服に付けた。


276 : 名無しさん :2014/03/19(水) 01:20:21 v32t7zEI0

「うむ! 絆の証、確かに受け取った!」
葵が付けたように、ミルも白衣にバッチを付ける。

「それじゃ、いっちょチーム名でもつけてみるか?」
「それはもう決まっている! チーム名は……ミルファミリー! 絆の力を尊重するなら、『家族』を意味するファミリーが最もチーム名に相応しいのだ!」
「おい、あたしの名前無しかよ! ……でもその由来は気に入った! だからミルファミリーで許してやるよ!」
「元々異論は認めないけど許してもらえたからまあいいのだ! 葵、次はアレやるのだアレ。チームが格好つける時のアレ」

ジェスチャーで懸命に説明しているミルを見て、葵の口から笑みが零れる。
終いにはノートに台詞を書き記して葵に差し出した。
多少照れ臭いが、こういうのはノリでやるものだ。それを知っている葵はミルのノリに乗ることにした。
お互い知り合って間もないが、こうして絆を結ぶのも悪くはない。

「ほらよ。そんじゃ、いくぜ!」

互いの掌を重ねる。
伝わる温もり。種族は違えど、それは人間も吸血鬼と相違ない。

「あたしは吸血鬼と人間が共存する未来のため――」
「ミルは大切な友を守り抜き、もしかしたらいるかもしれないバカの根性を叩き直してやるため――」

「「バカな主催者共を倒すことをここに誓う! 死人は出させない! 意地でも生き抜いてみせる! だから待っていろバカ共! 我らの絆で貴様の腐った野望など、必ず打ち砕いてみせる!」」

♂♀♂♀♂♀♂♀
「葵ー、ミルは歩き疲れたのだ! だからおんぶプリーズ! おんぶプリーズ!」
「イマイチ締まらねえな! ていうかどうしてあたしがミルをおんぶする必要が……」
「トマトジュースあげるから! おねがいなのだー!」
「と、トマトジュース!? そ、それなら仕方ないな。ほら、おんぶしてやるよ」

ミルが葵にトマトジュースを渡すと、それをデイパックに入れてからミルを背負った。
吸血鬼にとっては苦にならない重さだ。口だけは偉そうだが、やっぱり幼女なんだなと実感する。

「護衛のためにフォーゲルくんを渡したのはいいけど、やっぱあたしも何か武器いるよなぁ。それにしても支給品のバッチもフォーゲルくんもミル持ちってすごい状況だ」
「む?」
「なんでもねーよ。あたしの独り言だから気にするな! それで、次はどこ行く?」
「葵に任せるのだ! ミルは首輪を外すためにがんばるから、葵も歩くのがんばれなのだー」

【D-7 草原/深夜】
【ミル】
[状態]:健康、疲労(極小)、葵におんぶ
[装備]:悪党商会メンバーバッチ
[道具]:基本支給品一式、フォーゲル・ゲヴェーア、悪党商会メンバーバッチ(6/4)ランダムアイテム0〜2
[思考・行動]
基本方針:ミルファミリーで主催者の野望を打ち砕く!
1:亦紅とルピナスを探す!葵の人探しにも手伝ってやるぞ♪
2:首輪を解除したいぞ。亦紅、早くいつもみたいに必要な道具を持ってきてほしいのだー
3:ミルファミリーの仲間をいっぱい集めるのだ
※ラビットインフルの情報を知りました
※藤堂兇次郎がワールドオーダーと協力していると予想しています

【空谷葵】
[状態]:健康、ミルを背負い中
[装備]:悪党商会メンバーバッチ
[道具]:基本支給品一式、トマトジュース(5/5)、ランダムアイテム0〜1
[思考・行動]
基本方針:ミルファミリーで主催者の野望を打ち砕く!
1:ミルはあたしが守る!
2:亦紅、ルピナス、リクさん、白兎、佐野さんを探す
3:ミルファミリーの仲間を集める
※ルピナス、亦紅、藤堂兇次郎の情報を知りました
※ミルを頭の良い幼女だと認識しています。元男は冗談だと思っています。ただし藤堂兇次郎についての情報は全面的に信用しています

【フォーゲル・ゲヴェーア】
空谷葵に支給。
ミルが発明した鳥型のロボット。高度なAIを搭載している。
仲間と認識した者が指示をすることで銃に変化。周囲の風を弾丸のように撃ち放つ。
風を溜めることも可能で、溜めれば溜めるほど威力が高まる。

【悪党商会メンバーバッチ】
空谷葵に支給。
悪党商会の一員である事を示すドクロマークが描かれたバッチ
桔梗の花の形をしている。
通話機能も備えており固有のバッチ番号を知っていれば通信できる

【トマトジュース(3リットル5本セット)】
ミルに支給。
文字通りトマトジュース。
3リットルなので撲殺にも使用可。
いつもキンキンに冷えているので打ち身を冷やす手段としても有効。
吸血鬼の皆さんにどうぞ。


277 : 名無しさん :2014/03/19(水) 01:21:43 v32t7zEI0
投下終了です
ほんとに投下遅れごめんなさい


278 : 名無しさん :2014/03/19(水) 01:48:57 blSnNIf60
投下乙です。
ミルファミリーの絡みかわいいなぁ…w
一般人が多かった対主催だったけど、戦力持ち+首輪解除要員で安定したチームなだけに今後を期待したい


279 : 名無しさん :2014/03/19(水) 02:28:41 RSeRiM7c0
投下乙です。
修正ですが、悪党商会メンバーバッチ(6/4)→悪党商会メンバーバッチ(4/6)が正しいですね


280 : ◆C3lJLXyreU :2014/03/19(水) 16:34:03 v32t7zEI0
>>279
ご指摘ありがとうございます
wikiでメンバーバッチの数を修正と、固有の番号を忘れていたのでそれも付け加えました。
また、位置ですが冒頭でD9と表記したのに間違えていたので
【D-7 草原/深夜】→【D-9 草原/深夜】に修正しました


281 : 名無しさん :2014/03/19(水) 23:19:22 iRflrCU.0
投下乙!
ミルと葵っちも可愛いなー
このロワはマーダー多いけど安心して見れる対主催も多いのが特徴だね


282 : ◆FmM.xV.PvA :2014/03/20(木) 02:32:53 D8djpkMU0
鵜院千斗、バラッド、ピーター・セヴェール投下します。


283 : 殺し屋二人とどうしようもない悪党(戦闘員) ◆FmM.xV.PvA :2014/03/20(木) 02:35:31 D8djpkMU0

「…どうしてこうなった」

鵜院千斗はかなり落ち込んでいた。
無論殺し合いなどというものに参加されてしまったせいである。
名前はちょっと普通じゃないが、身体能力や性格など全般において普通の彼がなぜこんなことに巻き込まれてしまったのか。
始まりは誤って悪党商会の面接を受けてしまったことだろう。あの時、間違えなければこんなことに巻き込まれることはなかっただろう


後になって受けようとした会社が超ブラック企業だったと知ったが、こちらも大差ないように思える。

何せヒーローと衝突しなければならないのだ。最悪人間の原型を保ったまま死ねないかもしれない。
戦闘員として戦地に駆り出されている以上、死体は見慣れてはいる。だが千斗はそんな死に方御免であった。
故に本気で悪党商会の仕事に取り組むことはなかった。取り組んだところで死ぬだけなら、のらりくらりと過ごした方が良い。
それがヒーロー側にも伝わってたりするかなと思ったことはあまりない。毎回こちらが軽く死ねる攻撃をしてくるヒーローは最早恐怖の

対象でしかない。

無論そこまで嫌なら仕事を辞めるという選択肢もあった。だが主に二つの理由が彼を辞職という選択肢をさせないでいた。
まず一つ目は社長の森、上司の茜ヶ久保、近藤らにその事を言い出せる勇気がないからである。
むしろ「仕事辞めます」などと言い出したら「じゃあ死んで」などと言われそうで怖いからだ。
実際彼らは一般人に対して酷く冷たい。そりゃ悪党なんだから当然なんだが、正直善良な一般市民を手にかける姿を見ていると気が重くなる。
茜ヶ久保なんかは嬉々としてそれを実行するもんだからはっきり言ってドン引きである。
勿論例外もいる。半田幹部や孤児のユキがそうだ。彼らは一般人を手にかけることはない。
悪党としては失格だとは思うが、むしろ千斗は常識人が俺以外にもいたとひそかに喜んでいた。
まぁそのやり方が社内で内部対立を起こしかけているのだが、それは別の問題である。

二つ目は、あまり認めたくないことだが、社員の皆に情が移ってしまっていることである。
やってることは極悪非道だが、なんだかんだ社員をやっているとみんなどこかしら良い奴に見えてしまうのである。
半田は体格の割に先述のように一般人に手をかけないジェントルマンだし、ユキもこちらを本当の家族のように思っていると態度で感じ

ることがある。
先ほどドン引きすると言った茜ヶ久保に至ってはなぜか気に入られる始末で、なんだかんだコミュニティを築いてしまった結果やめづら

くなってしまった。

「でもこんなことに巻き込まれるならやっぱ辞めときゃよかったかなぁ…」
そう言いながら歩道を歩んでいく。地図によれば現在地はJ-8、警察署がある地区だ。
まぁいるとは思ってないが、せっかく近くにいるのだから警察署に寄ってみたくなる心理を理解してほしい。
決して警察官がいたら助けを求めようだなんて思っていない、ホントだよ?
などと考えながらようやく警察署が見えたあたりで、彼は聞いてしまった。
戦地での指示を正確に聞き取るために鍛えられた聴力を彼はこの時ばかりは恨んだ。

というのも聞こえたのは何かを振るう音だったのである。音からすると棒状の何かを振った音だろう。音源は警察署で間違いない。
警察署で何を振るうというのか、いやむしろ何に向かって振るっているのか。
人に向かって振るっているのなら、止めなければならないだろう。


千斗はそう考えて、警察署まで急いだ。

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284 : 殺し屋二人とどうしようもない悪党(戦闘員) ◆FmM.xV.PvA :2014/03/20(木) 02:36:00 D8djpkMU0

鵜院千斗が警察署にたどり着く前。

「殺し合いか…」
警察署でそう呟いたのは、銀髪の女性であった。ハンチング帽と厚手のコートがボーイッシュな雰囲気を漂わせている。
彼女の名前はバラッド。本来警察署にいることがおかしい人物である。
というのも彼女は殺し屋なのだ。それもその職に特化した組織の一員である。

もともとは殺し屋などと縁のない彼女だったが、ある日を境に組織に入ることとなった。
そのある日とは彼女の父親の命日でもある。もっとも殺したのは彼女なのだが。
というのも彼女の父親は娘に虐待を施していたのである。それでも相手が父親だからと彼女はされるがままになっていた。
だがその日の虐待は限度を超えており、このままでは殺されると感じたのであろう。ついに父親を手にかけてしまったのだ。

もしあの時、組織に拾われていなかったら今のバレットはいない。そういう意味で彼女は拾ってくれた組織の上司に感謝していた。
だが今はもういない。彼は組織のトップに立つという理由で実の息子に殺されてしまった。
そう今の上司であるイヴァン・デ・ベルナルディに。

―…見方によってはチャンス…?
そうこの殺し合いというイベント下なら、普段は護衛に守られている彼も一人で動かざるを得ないはずだ。
それにこの場にいる殺し屋は、サイパスを除けば、イヴァンにもコントロールができない奴らばかりだ。
イヴァンを守るために動く、なんて殊勝な奴はいないだろう。
殺すならこのタイミングを逃す手はない。

そう思い立った彼女は警察署を出ると同時に見たくない奴の顔を見ることになった。

「…ピーター」
「おや、バラッドですか、こんな所で会えるとは」

ピーター・セヴェールは殺し屋組織における美男子である。
殺しの腕自体はそこまで立つほうではない。むしろバラッドよりも低いだろう。
だがそれでも彼には一種の恐怖心がある。というのも彼は一種の変態だからである。
そりゃこの職業上変態趣味な輩は多くいることは解っている。ピーター以外にも組織には何人か変態がいるから実感している。
だがピーターはその中でもよりによって女性を殺すことに悦を感じるほうの変態なのだ。たまにこっちを見る目が気持ち悪くてたまらない。
しかも気に入った女性の死体を保存して弁当にして食しているという。ドン引きもいいところである。

「いや、しかしこんな所で会えたのも何かの縁、どうです?共に行動でもとりませんか?」
「せっかくだけど、遠慮させてもらうよ」

故にこのような会話の流れになるのも至極当然であった。

「そうですか、それは残念、ではせめて少し雑談でも」
「それもお断りで」

当然であった。大事なことなので二回言った。

「じゃあ、せめて支給品の交換くらいしませんか?」
「……いや、それも」

当然おこと「ちょうど日本刀が支給されていたのですが」
「ぜひとも交換しよう」

……まぁこんなこともある。

人には誇れない趣味だが、私は刀剣を暇があれば収集している。
その数は最早一つの部屋では飾れないほどであり、コレクションルームなんてものをわざわざ借りているくらいだ。
一時期、高校生にしてかなり切れ味のよい刀鍛冶がいると聞いて、組織専属にしてみたらどうかと直談判したことさえある。
無碍もなく断られてしまったが。

「おお、これは凄い」
そして交換して手に入れた日本刀を見て、私は思わず頬を綻ばせる。というのも先述した人物がかつて打った刀だったからである。
デビュー仕立ての頃の作品なのかところどころムラがあるが、確かに素晴らしい刀だと手放しで褒められるモノである。
戦闘に特化しているところもまた非常に好印象だ。こんな名刀を渡されたら試し切りせずにはいられない。

「斬っていい?」
「ダメに決まってるでしょう」

このやり取りも組織ではお約束である。
ショボンとしながらも、こちらも交換する品を提供する。

「ほう、これは…いいのですか?」
「もともと銃は嫌いだし、私は刀があれば十分だから」
そう言ってピーターに手渡したのは、機関銃だ。
ピーターは機関銃と刀は釣り合わないのでは考えているみたいだが、私の場合はそうでもない。
少なくとも刀を手にした私は機関銃の銃弾くらい避けるのはたやすい。そういう考えもあって渡した。

「では交換はこれで終了ですね」
「ああ、そうだね」
そしてしばらくの間無言になる。どう切り出すべきか悩んでいたが、思い切って話す。

「じゃあ、始めようか」
「何を?」


「殺し合いに決まってるでしょ。つかあんたそうするつもりだったんでしょうに」
そう言って私は刀を構えた。対するピーターは驚いた表情でこちらを見つめる。


285 : 殺し屋二人とどうしようもない悪党(戦闘員) ◆FmM.xV.PvA :2014/03/20(木) 02:36:41 D8djpkMU0


「何故…というかいつ頃気づきました?」
「最初から、その様子じゃあんたは何故気取られたのか理解できてないようだけどね」
「…どうして気づいたのか、教えてくれませんかね、今後の参考にするので」

あいにくながら、こっちはそこまで親切にするつもりもない。一気にピーターの懐まで踏み込む。
日本武術で言うところの縮地というやつだ。ヴァイザーならともかく戦闘に不向きなピーターではこの攻撃を回避できまい。
機関銃で抵抗されることも考えていたが、あまりに突然すぎて対応もできないようだ。
だが運がいいのか悪いのか、ピーターは後ろに倒れることで最初の一刀を回避した。

しかしここまでだ。相手が倒れている以上こちらの優位は絶対に揺るがない。
今度はこっちが質問する番だ。

「何故殺そうとしたの?私とあんたの力量差を計れないほど馬鹿じゃなかったでしょう?」
本当に疑問に思っていたことであった。何故この男は私を殺そうと動いたのだろう。

「……支給品にね、弁当がないんですよ…」
「「……は?」」
…何を言っているんだ、こいつは。
だがそれよりもおかしな現象が起きている。別の方向からも「は?」と聞こえたんだが。
ピーターもそう思ったのか、別方向で上がった声の方向に顔を向けている。

「「「あ」」」

そうして私たちは出会ってしまった。

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>

―どうしてこうなった。

鵜院千斗は頭を悩ませていた。先ほどまで自分は誰か襲われているなら助けようと考えてここまでやってきた筈だった。
なのに現在その選択を後悔しているのは、助けた相手がカニバリズムの変態だからである。

―茜ヶ久保といい、どうして俺が助けるやつは異常な人ばっかなんだろう…

しかも女性を襲った犯行動機が食欲を抑えきれなかったってバカすぎる。
知り合いらしい女性も机に座りながら頭を悩ませている。当の被疑者は床に正座して頭を垂れている。
正確には強制的に正座させている。どうも戦闘力はさほど高くないらしく、俺でも押さえつけることができた。
どうも戦地で幾分か鍛えられてしまったらしい。あまり嬉しくないが。

「…えと、そろそろ反省したか?」
とりあえずそう問いかける。何度目かになるその問いかけに男は、正座の影響だろうか、顔を青ざめながら叫んだ。

「反省って、貴方は私に餓死しろとおっしゃいますか!」
「携帯食料があるだろ!それで我慢しとけよ!」
「先ほども言いましたけど、私の舌があの味を受け付けないのです」
「だからって女性襲うやつがいるか!」

ちなみにこのやり取りは、双方から話を聞いてからこれで五度目である。
いい加減このループから抜け出さなくてはならない。
そう思っていたら、女性が正座している男にこう言った。

「…死体で譲歩できる?」
「「…死体?」」

「そう、もうすでに殺し合いが始まってから二時間は経過してる。何も全員が全員殺し合いに乗らないわけじゃないでしょう。
 となると、絶対に死体が出てると思う。中には女性の死体だってあるはずよ。それを食すってことでどう?」

それはそれで吐き気がするが、現状この提案を飲むしかないのだろう。
男は頷いた。「もうそれでいいです」ってかなり投げやりではあったが。

「これでいい?…そういえばまだ名前を聞いてなかったな」
「鵜院千斗っていいます。そちらも無理な事を聞いていただきありがとうございます」
「いや、こっちもあんな動機で人を殺すのはちょっとね…」

このやり取りはどういうことかと言えば、単にこの変態を殺さない方法を考えてくれないかとお願いしたためである。
襲われた側にそんな事懇願するのは非常に酷な事だと思うが、どんな人間であれ死んでほしくはないと千斗は思っていた。
だからいつも茜ヶ久保も助けてやっているのだろうと思う。例え相手がどうしようもない変態でもその方針は変えるつもりはなかった。

「あの、その蔑んだ目つきやめてくれませんか…ちょっと新たな境地に至りそうで怖いんですが」

「…やっぱ殺しましょうか」「その方が人類のためかな、主催者もそう言うと思う」
「あ、すみません、許してください、なんでもしますから」

ひと悶着あったがとりあえず状況は解決した。


286 : 殺し屋二人とどうしようもない悪党(戦闘員) ◆FmM.xV.PvA :2014/03/20(木) 02:37:42 D8djpkMU0

「しかしウィンセントだっけ…君はお人よしなんだね」
女性がそう問いかけてくる。
男の手首を縄で縛りながら、俺は答える。

「いや、それは違います。俺はただの悪党ですよ」

実際、これは女性と男性が知り合いだから比較的穏やかに話はまとまったのだ。
もしこれが親を殺した犯人とその犯人に復讐したい人という構図ならこうも話はとんとん拍子に進まなかっただろう。
そして例え話が解決に導けたとしても、復讐をしたい人に残った心の蟠りが消えるわけじゃない。むしろ溜る一方だろう。
それを承知で助けているというのだから、大悪人と言われても仕方がない。

なんだかんだで俺も悪党商会の一員だったんだなとふと思った。

「…ふーん、そういえば私の名前を言い忘れてたけど、聞きたい?」
そういえば、名前を確かに聞いていなかった。

「あ、じゃあお願いできます?」
「…バラッド、これからよろしくウィンセント」

そう言って握手して、この人も女性なんだと実感した。
そういえばさっきからイントネーションがおかしいような気がする。指摘してみようか。

「メイド服着てくれませんか?」「は?」「あ」

次の瞬間、腕を締め上げられて、この人には冗談でも軽口は言わないようにしようと心に誓った。

<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<

「名前を名乗るだなんて何を考えているのですか?」
手首を縄で縛られているピーターがそう問いかけてくる。ウィンセントは少し見回りに行ってくると席を外している。
問いかけるならこの瞬間しかないと踏んで声をかけてきたのだろう。

「…なにが?」
「いや、組織の秘密は他人にばらすのはNGでは…?」

「ああ、それね、私は組織を抜けることにしたよ」「は?」
実際前からずっと考えていたことではあった。もともと組織に所属したのはイヴァンの父親が拾ってくれたからだ。
そしてイヴァンの父親に恩を返したくて、組織の殺し屋として尽力したが、今はもうその人はいない。

「今私が組織にいるのは仇であるイヴァンを殺すためだけと言ってもいい…」
そしておそらくこの島でイヴァンは死ぬ。私の手にかかるか、その他の手にかかるかはわからないが。
生きて帰ることは絶望的だろう。

「…なるほど、だから抜けると言ったのですね」
「ええ、幻滅した?」

「いえ、貴女が抜けるなら私も抜けようかと考えただけで…ぶっ!?」
「あ、ああ、ごめん。意外なことを言いだしたのでつい殴っちゃった」
「ちょ、酷くないですか?!普通『私のために組織を抜けてくれるなんて…』とか思いません!?」
「実際ちょっとだけ思った。だから殴ったんだけどね」「ナンデ!?」

「なんでってあんたの言動で嬉しくなる時、たいていはこっちを殺す気だってもうわかってるからさ」
実際、最初にあった時、一緒に行動しませんかと言われた時少し嬉しく感じたので、殺す気できてるのだなとわかったのだ。
おそらく彼自身は無自覚なのだろうが、動作や言動に女性の心にピンとくるモノがあるのだろう。
それを女性は彼に惚れたと勘違いしてしまうのだが、彼の手口をわかっている者からすれば罠だとすぐにわかってしまう。

「つまり女性だからといって、同一組織の女性に通用すると思ったら大間違いと言うわけよ」
「なるほど、それは盲点でした……ん?でもそれだと私が殺すかどうかやっぱわからなくないですか?」
「え?なんで?」

「だってさっきの言葉は演技でもなく、本気でしだだだだだだだ」

「その言葉が既にウソじゃん」「ちょっとぉ!?この人かなり理不尽なんですが!ダレカタスケテー!」


見回りから戻った鵜院千斗はこの光景を見て、ラブコメしてるなぁとか思ったとか思わなかったとか。


287 : 殺し屋二人とどうしようもない悪党(戦闘員) ◆FmM.xV.PvA :2014/03/20(木) 02:38:02 D8djpkMU0

【J-8 警察署/深夜】
【鵜院千斗】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜3
[思考・行動]
基本方針:助けられる人は助ける
1:しばらくはバラッド、ピーターと行動する。
2:できれば悪党商会の皆(特に半田と水芭)と合流したい。
3:バラッドさん、俺の名前のイントネーションおかしくないですか?

【バラッド】
[状態]:健康
[装備]:朧切
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:イヴァンは殺す
1:しばらくは鵜院千斗、ピーターと行動する。
2:ピーターを殴る
3:試し切りしてみたい
※鵜院千斗をウィンセントと呼びます。言いづらいからそうなるのか、本当に名前を勘違いしてるのかは後続の書き手にお任せします。


【ピーター・セヴェール】
[状態]:顔に殴られた痕、手首拘束
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、MK16、ランダムアイテム0〜2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:女性を食べたい(食欲的な意味で)
1:しばらくは鵜院千斗、ピーターと行動する。
2:誰かバラッドとめてー!
3:早く女性が食べたいです。

【朧切】
銘は九十九一二三。
その刀は朧すらも断ち切るという刀。
ただ初めて打った刀なので、若干たどたどしく感じられるところもある。

【MK16】
特殊部隊用戦闘アサルトライフル、SCAR-Lの通称。
装弾数20発/箱型弾倉30発。
狙撃から近距離射撃などの状況でも対応できる多様性がある。


288 : ◆FmM.xV.PvA :2014/03/20(木) 02:38:52 D8djpkMU0
投下終了です。
問題点がありましたら、指摘お願いします。


289 : 名無しさん :2014/03/20(木) 02:53:05 0LkMSQ8k0
投下乙です。
殺し屋のコンビが何か微笑ましい…ww
いきなり曲者の殺し屋達と同行することになってしまったウィンセントくん(仮称)の明日はどっちだ


290 : 名無しさん :2014/03/20(木) 17:32:10 FG7Ji.cY0
ちょ、なにこのアットホームな組織ww
二人とも一般人から見たら超変態で危険人物なのに微笑ましいww
千斗は……うん、頑張れ、


イヴァンさん人望ねえなあ……


291 : ◆rFUBSDyviU :2014/03/21(金) 12:24:42 plpRppds0
ロバート・キャンベル、リヴェイラ 投下します


292 : 邪神降臨 ◆rFUBSDyviU :2014/03/21(金) 12:26:06 plpRppds0
ロバート・キャンベルは顔をしかめた。
名簿に載っていたのは、自分の宿敵ヴァイザー。
その他にも、ブレイカーズ、悪徳商会、そしてあの裏の殺し屋組織。
さらにはりんご飴や鴉、案山子といった凶悪犯。
犯罪者のオールスターズがこの場に呼ばれているのだ。
「やれやれ、酷いことをするな『革命狂い』」
思わず舌打ちをする。これだけ悪人を呼んでおいて、自分の仲間は一人もいないのだ。
強いて言うなら日本の警察官で何回か一緒に仕事をしたことがある榊だが、彼は榊のことがあまり好きではなかった。
「どうにも彼は頼りにならない。警察官でありながら、案山子に憧れているなんて、私には理解できない。まだ探偵連中のほうがましだ」
榊とロバートの違いはその正義の心。彼の心は依然として燃え続けている。


なぜ、ロバートがここまで正義感の強い男になったのか。
「やはり、父の影響でしょうね」
彼の父親も優秀なFBI捜査官だった。
ロバートが7歳の時のことだった。
彼は父が大事にしている高級な皿を割ってしまった。
父に怒られることを恐れたロバートは、とっさに飼っていたロアルドという犬のせいにした。
もちろん、7歳の浅い考えなど父にはすぐ見抜かれ、強く顔面をひっぱたかれた。
その時、父はこう言ったのだ。
「私が怒ったのはお前が皿を割ったことじゃない。お前が嘘をついたことに怒っているのだ」
よくある、ベタな話だがこの時ロバートの心に炎が灯った。正義の炎だ。
彼は自分が嘘をついたことを恥じ、自分も父のような正義の味方―捜査官になる、と固く決意したのだ。
しかし、父親は殺された。ロバートの父は優秀すぎたのだ。
彼は上層部とある組織に繋がりがあることを知ってしまった。普通の人間なら、そこで命の危険を感じで引き下がっただろう。
だが、ロバートの父親はさらに踏み込んだ。その組織を白日の下に晒し、断罪しようとした。
そして、彼は組織の刺客によって殺された。
「ここにいるんだろ、ヴァイザー。」
ロバートの顔が獰猛に歪む。ハンサムでハリウッドの俳優のような顔立ち、既婚者にも関わらず、捜査局の中で一定の女性ファンを獲得しているロバートだが、この瞬間の彼の顔を見たら、全員悲鳴をあげて逃げ出すだろう。
逃げ出していない女性が一人いたとしたら、それは彼の妻だ。

「苦労したんだぜ。親父と同じ失敗をしないように、じっくりじっくり探したさ。お前に辿り着くまで、なげえ時間がかかった」
次第に口調も荒くなるロバート。
彼は認めたがらないが、ロバートは父親を遥かに超える優秀な捜査官だ。
裏の殺し屋組織、悪徳商会、ブレイカーズの全容を明らかにし、幹部クラスにいたっては名前や顔、性格までおおよそ掴んでいる。
あの『革命狂い』にしても、ある程度の情報を掴んでいるのだ。
もっとも、上層部の圧力によって世間に好評されず、警察の中でもタブーとされたが。
鴉と案山子についても彼はあともう少しで把握できたはずだった。
おそらくこの殺し合いに招かれなければ、数ヶ月の間に解明できた。
「まあこれだけ調べたわりには、父のように刺客は来なかったが」
舐められてるんだろうな、とロバートはため息をつく。
「来てくれたらことは単純なんだぜ、ヴァイザー。俺がお前を返り討ちにして死刑台にしょっ引けばいいんだからよ」


293 : 邪神降臨 ◆rFUBSDyviU :2014/03/21(金) 12:27:54 plpRppds0
そのための訓練は積んできた。奴の強さは充分分かっているが、負けるつもりはない。
「いいぜ、ここで決着つけようじゃねえかヴァイザー。ついでにお前の仲間もみんな拘束してやるよ。餓鬼だろうと容赦しねえぜ、俺は」

とりあえず、洞窟を目指そう。悪人ならば逮捕し、一般市民なら保護。


「ああ、ついでにこんな首輪もさっさとはずして、『革命狂い』も捕まえるか。私はテロリストも大嫌いだからな」




やあ、ようこそ僕の庭へ。
僕の名前はリヴェイラ。邪神だよ。
君の名前は?
ああ、ごめん。喋ろうと思っても無理だよね。
今僕の魔術で口が開けないもんね。っていうか動けないないもんね。
ははは、そんなににらまないでよ、嬉しくなってきちゃうじゃないか。
ああ、勘違いしないでね。君に睨まれたのが嬉しいわけじゃないよ。
可愛い子供ならともかく、君みたいなおっさんに睨まれても気持ち悪いだけだよ。
僕が嬉しかったのは、怒ってる君の顔をこれから恐怖と絶望で塗りつぶすのが楽しみだったからさ。
ああ、もっと怒ったね。いいよ、その顔すごくいい。
でも、むかつくから死ね。

おっと、悪いねえ。つい右腕を千切り取っちゃったよ。うわー、血がいっぱい出てるねえ。
これだけ血を流したら、きっと君失血で死んじゃうね。どんまいどんまい、運がなかったよ。
いきなり僕に出会うなんて君も不運だね。
まあ、この洞窟に入ったことが君の失敗だったね。

君すごいね、顔色一つ変えないんだ。痛みを感じてないのかな?
いやー、たいしたもんだよ本当ー。
そうだね、君が失血死するまで僕の話を聞いてくれない。人間と喋るの久しぶりなんだ、僕。
ああ、気まぐれで君の体に悪戯するからよろしく。
僕はね、自分がいつ生まれたのか分からないんだ。気がついたら魔界にいて、邪神だった。
で、邪神として僕は大暴れしたわけ。
魔界の一国を滅ばしたり、戯れで人間界に行って適当な大陸を沈めたりしてたんだけど、ちょっとやりすぎてね。
他の神に封印されちゃったんだ。今から10万年前かな?
いやー、まああれはしょうがないと思うんだ。
当時の僕ってほら、なんていうか慢心状態っていうか、「敗北を知りたい」ってドヤ顔で言っちゃってたみたいな。
すっごい調子にのってたんだ。
本気出したらいつでも世界滅ぼせたしね。
でまあ、その結果他の神に封印されて長い眠りについたんだ。
あ、今度は右足千切るね。なるべくゆっくり筋繊維一本一本丁寧に壊すから、いい悲鳴を聞かせてね。

わお、まじで君痛覚ないの?近頃の人間ってみんなそうなの?
まあいいや、でさ、つい最近蘇ったわけ。
ディウスだったかな、そう名乗った小僧がさ、僕を封印から解き放ったんだ。
まあその後はディウスを見守る守り神として、魔界で楽しく暮らしてたのさ。
適当に魔王軍の何人かと遊んだりしてね。
そしたらこの殺し合いだよ、もうね、ふざけてるよね。
いや、僕も封印される前はこういうのちょくちょく開催してたから、あんまり強く言えないけどさ。
あ、鼻削ぐのはさすがに痛かった?それともそろそろ意識が朦朧としてきたのかな?
できれば、もうちょっと生きてて欲しいんだけど。


294 : 邪神降臨 ◆rFUBSDyviU :2014/03/21(金) 12:29:54 plpRppds0
さて、いよいよ本題だ。僕はこの殺し合いでどう動くべきか。
最初はディウスも合わせて、全員さっさと殺して帰ろうかと思ったんだけど、ちょっと違うかなって思ってさ。
ほら、僕って邪神じゃん?神が人間ばっかりの殺し合いで本気出すってどうかなって思ってさ。
いや、地上では僕の力は数千分の一に落ちるから、瞬殺は無理だけどね。
ここが魔界だったら一撃で全部終わらせれるんだけど。ああ、その目、本気にしてないな!
罰として小腸見せてもらうね。

へえ、こんなの中に着てたんだ。硬い服だねえ、これなら僕のパンチくらいなら防げるんじゃない?
あ、ごめん破いちゃった。
まあ、それでね。僕はこの殺し合いで悪を育てることにしたんだ。
僕本人は率先して殺し回ったりはしない。ただ、常に悪が有利になるように立ち回って、正義側の人間がなるべく苦しむように細工をしまくる。
裏方に回るのさ。邪神らしくね。

さて、ここで提案だ。名も無き生贄くん。君はここで死にたいかい?
こんなところで死んで満足かい?
助かりたいだろう?なあ、そうだろ?
ここまで痛みを我慢した報酬だ。君のその体、治してやろうか?
別に僕に忠誠を誓う必要もない。そんなのは、魔王みたいな格下がやらせることだ。
ただ、悪になってくれればいい。この殺し合いで悪として振舞ってくれればいいんだ。
そうだ、さらにサービスとして君の願いを叶えてやろう。
首輪を外せ、とかはちょっとズルするみたいで嫌だけど。
……復讐を手伝え、でもいい。
……愛すべき人にもう一度会いたい、でもいい。
さあ、僕に縋れ。僕に甘えろ。僕を信じろ!死の淵に立たされて、君は何を望むんだい!?

「そうですね。では、私の願いを一つ。……人間を、正義を舐めんなよ、死ねや糞餓鬼」
「残念だよ、愚かな人間さん」

リヴェイラの手刀がロバートの首に触れる瞬間、彼は奥歯を強く噛み締めた。
カチリ、と小さな音が聞こえ、洞窟内は爆炎に包まれた。

ロバート・キャンベルは邪神を巻き添えにこの世を去った。


「ふう、ひどい目にあったな、『私』」
草原を歩く、中年のハンサムな男がいた。
彼の名はロバート・キャンベル。
FBI捜査官で、先ほど邪神に殺される前に自爆した男である。

「まあこれに命拾いしたな」
彼がポッケから取り出したのは、一本のサバイバルナイフ。
これはただのナイフではない。
その名前は『サバイバルナイフ・裂』
「斬った相手を分裂させるナイフ……か。まさか、こんなのがあるなんてな」
このナイフに斬られた人間は『二人』になる。
そう説明書に書いてあった。
三回しか使用できないが、最初は性能を信じていなかったロバートだが、F−1にある洞窟の前まで来た時、嫌な予感がしたのだ。
長年の経験から生まれる勘というやつだが、この時彼はこの洞窟に何かがいると感じ取った。
この時、彼の脳裏に浮かんだのは二つの選択肢だった。
一つは洞窟の中の危険な相手を無力化するために中に侵入する。
もう一つは洞窟の中に入らず、軍事要塞跡へ向かう。
普段なら思い悩まず即座に行動するロバートだが、この非常事態では僅かな判断ミスは命取りになる。
僅かに考え込んだロバートが取った手段とは、自分を二人にすることだった。


295 : 邪神降臨 ◆rFUBSDyviU :2014/03/21(金) 12:32:42 plpRppds0
ナイフで小指を僅かに斬った結果、確かに自分は二人になった。
互いに名前や誕生日、妻のほくろの位置を言い合い、本人であることを確認すると、自分(ロバートA)は洞窟に入らず、灯台へ向かって歩き、もう一人の自分(ロバートB)は洞窟へと入っていった。
なお、バックは分裂しなかったため、二人の長い討論の末、ナイフと基本支給品はロバートAが、ロバートBは支給された超小型爆弾を歯に仕込み、同じく支給された防弾チョッキを着込んで洞窟内へ入っていった。
ちなみに鞄はロバートAが持った。
そして、しばらくした後、ロバートBの記憶が頭の中に流れてきた。
どうやら、洞窟の中にいた怪物になすすべもなく甚振られ、最後は自爆したらしい。
我ながら情けない死に様だ。
どうやらどちらかが死んだ場合、もう一方に記憶が戻ってくる仕組みのようだ。
当然、リヴェイラよって行われた凄惨な拷問の痛みも体感したのだが、ロバートの表情に変化は無かった。
「しかし、『私』の犠牲は無駄にはしません。『私』のおかげでずいぶん情報が手に入った」
洞窟の中をしばらく進んだロバートBは、リヴェイラを発見した。
しかし、彼(彼女?)が何かを呟いた途端、ロバートBは動けなくなった。
「おそらくあれが『魔法』か……。やっかいな能力だが発動の前に何かを呟いていた―『呪文』というやつか。だったら、奴が『呪文』を唱える前に遠距離から狙撃するなりなんなりで対処は可能」
そして、動けなくなったロバートBは一方的に甚振られることになった。
「私の腕をたやすく千切ったあの怪力は驚異だな。接近戦は不利……か」
やっぱ狙撃かな、とロバートは思う。
500メートルくらい離れて狙撃すれば、勝てるだろ。
むしろそれに対処出来る奴がいるとは思えない。さすがにそんな奴を倒すのは『骨が折れる』。
「しかし、私を拘束している間、奴の顔からわずかに汗が流れていた。発汗機能は人間と変わらない。あの『魔法』も体力を消耗するようだな。ふむ、突ける穴はいくらでもある」
そしてなにより、とロバートの目が鋭く輝いた。
「あいつが自分が封印された話をした際、僅かに顔の表情がためらった。『神々に封印された』。これは奴を攻略するヒントになるかもしれんな」
邪神リヴェイラ。能力は驚異的、おそらくまだ明かしてない力をいくつも持っているだろう。
先ほどの自爆攻撃でもおそらく生きている。そう思わせるほどの威圧感を感じた。
だが、決して無敵ではない。
「その前にヴァイザーだ。弱っているはずのリヴェイラよりあいつのほうが危険だ」
第一方針はヴァイザーを探して捕らえる。依然変わらずだ。
「なあリヴェイラ。お前は悪の味方をするといったな。けどよ、お前が味方する悪がこの島にいつまでものさばってるとは限らないぞ」
すでにロバートは決めていた。邪神には、人間の法律は適用されない。
彼は、悪人はなるべく殺さず、一緒に脱出して法の裁きを受けさせるつもりだ。
しかし、リヴェイラはこの場で殺すつもりだった。
FBI捜査官ロバート・キャンベルは軍事要塞跡に向かって進む。


296 : 邪神降臨 ◆rFUBSDyviU :2014/03/21(金) 12:33:26 plpRppds0
【F―1 洞窟跡/深夜】

【リヴェイラ】
状態:ダメージ(小)(回復中)、少しテンションダウン
装備:なし
道具:不明
[思考・状況]
基本思考:邪神として振舞う。
1:悪人は支援。善人は拷問した末に、悪に改宗させる。
※ロバート・キャンベルの名前を知りました。
※リヴェイラのバックや支給品、ロバートBの死体、防弾チョッキも全て燃え尽きました。
※洞窟は崩落しました。



【サバイバルナイフ・裂】
斬った相手を『分裂』させるナイフ。使用回数は三回で、使い切るとただのナイフになる。
『分裂』した対象は、持ち物までは分裂せず、どちらかの手元に残る。

【小型爆弾】
ブレイカーズの科学者、藤堂兇次郎 が作った超小型爆弾。歯の裏側や、指の隙間に仕込めるほどの小ささだが、威力は半径100メートルを焼き尽くし、学校一つを半壊させるほどの威力を持つ。

【防弾チョッキ】
普通の防弾チョッキ。ショットガン撃たれると結構痛いくらいの防御力。


297 : ◆rFUBSDyviU :2014/03/21(金) 12:34:52 plpRppds0
すいません、さっき投下した文章に間違いがあったので修正します


298 : 邪神降臨 ◆rFUBSDyviU :2014/03/21(金) 12:36:18 plpRppds0
【E―2 草原/深夜】

【ロバート・キャンベル】
状態:健康
装備:サバイバルナイフ・裂(使用回数:残り2回)
道具:基本支給品
[思考・状況]
基本思考:ヴァイザーの逮捕
1:軍事要塞跡へ向かう。
2:悪人は見つけ次第逮捕。
3:リヴェイラは殺す。ディウスも警戒。
※このロワに参加している悪人や探偵達の顔と名前、性格を知っています。



「ふー、びっくりした」
自分が甚振っていた男が突如爆発した。
その結果、洞窟は崩れ、リヴェイラは生き埋めになった。
なんとか這い出した彼(彼女?)は、月を眺める。
「あー、なんか萎えた。しばらくここで休憩しよっと」
月に映える美しい体には、ほとんど傷は無かった。



【F―1 洞窟の外/深夜】

【リヴェイラ】
状態:ダメージ(小)(回復中)、少しテンションダウン
装備:なし
道具:不明
[思考・状況]
基本思考:邪神として振舞う。
1:悪人は支援。善人は拷問した末に、悪に改宗させる。
※ロバート・キャンベルの名前を知りました。
※リヴェイラのバックや支給品、ロバートBの死体、防弾チョッキも全て燃え尽きました。
※洞窟の一部は崩落しました。



【サバイバルナイフ・裂】
斬った相手を『分裂』させるナイフ。使用回数は三回で、使い切るとただのナイフになる。
『分裂』した対象は、持ち物までは分裂せず、どちらかの手元に残る。

【小型爆弾】
ブレイカーズの科学者、藤堂兇次郎 が作った超小型爆弾。歯の裏側や、指の隙間に仕込めるほどの小ささだが、威力は半径100メートルを焼き尽くし、学校一つを半壊させるほどの威力を持つ。

【防弾チョッキ】
普通の防弾チョッキ。ショットガン撃たれると結構痛いくらいの防御力。


299 : ◆rFUBSDyviU :2014/03/21(金) 12:37:01 plpRppds0
以上で投下を終了します


300 : 名無しさん :2014/03/21(金) 12:49:35 sTeFzohw0
投下乙です。
リヴェイラは属性的には扇動マーダーに近いかな
爆発に耐えられるレベルの身体スペックもあるし厄介な奴になりそうだ…

一つ気になったことを言うと、りんご飴が犯罪者扱いされてるのはちょっと違和感かな
人格や動機はともかく、ヒーローとのコネを得て悪人退治に協力してるんだし


301 : 名無しさん :2014/03/21(金) 13:13:33 Miw4v1QsO
犯罪者を勝手に殺していい法律があるのか……(困惑)


302 : 名無しさん :2014/03/21(金) 14:06:51 sTeFzohw0
ヒーローのコネを得て犯罪者狩りしてんだから立場上はヒーローの協力者じゃないの?


303 : 名無しさん :2014/03/21(金) 15:13:58 15XYC4ZE0
ヒーローさんサイドも一枚岩ではないかもしれないからな
りんご飴ちゃんみたいな毒を持って毒を制するって考え方のヒーローが個人的に情報を流してるだけかもしれないし


304 : ◆t2zsw06mcI :2014/03/21(金) 21:57:06 QDzH/77Q0
投下させて頂きます。


305 : You should be SARTRE than that ◆t2zsw06mcI :2014/03/21(金) 21:59:03 QDzH/77Q0
I cannot forbear adding to these reasonings an observation, which may, perhaps, be found of some importance.
In every system of morality, which I have hitherto met with,
I have always remark'd, that the author proceeds for some time in the ordinary way of reasoning,
and establishes the being of a God, or makes observations concerning human affairs; when of a sudden I am surpriz'd to find,
that instead of the usual copulations of propositions, is, and is not,
I meet with no proposition that is not connected with an ought, or an ought not.
This change is imperceptible; but is, however, of the last consequence.
For as this ought, or ought not, expresses some new relation or affirmation,
`tis necessary that it shou'd be observ'd and explain'd; and at the same time that a reason should be given,
for what seems altogether inconceivable, how this new relation can be a deduction from others,
which are entirely different from it. But as authors do not commonly use this precaution,
I shall presume to recommend it to the readers; and am persuaded,
that this small attention wou'd subvert all the vulgar systems of morality,
and let us see, that the distinction of vice and virtue is not founded merely on the relations of objects, nor is perceiv'd by reason.

(A Treatise of Human Nature)

       ●

私の心は乱れていない。
動揺はなかった。今もない。私は冷静だ。
それは――。
間違っているのではないか。

目の前で人間が惨殺されたのである。
怖いとか気持ちが悪いとか、普通それくらいは思うものだろう。
なのに私は、級友を探したいだとかいう意味のない事を考えている。
――探してどうする。
この狂った状況下で、友人と再会して、それが一体何になると言うのか。
単なる学生である自分達が合流して、この状況の打開策が見つかるとでも言うのか。
それとも――合流するつもりなどないのか。
私は。

或は、自分は鈍感なのか。
そんな事もないと思う。
取り分け混乱している訳でもない。
此処に級友がいる事を把握出来ているという時点で、混乱などしている筈もない。

ただ、落ち着いているのだ。
先迄の、自らの生命が危険に晒されている状況――。
そこから脱する事が出来たのだから、確かに安堵はするべきなのかもしれない。
だけれども、落ち着いているというのは如何なのか。
そう思っているのに。
何も心は動かない。

心――。
心というものは、何も特別なものではない。
脳こそが理性、感情、意識、精神――即ち心を生む。
古代希臘のヒポクラテスが唱えたその学説は17世紀より広まり、現代に於いては半ば常識となっている。
脳が、身体が無くしては心も無い。心身二元論など只の幻想である。
突き詰めてしまえば、心の動き、つまり思考、知的活動も、生命活動イクォール化学反応の一環に過ぎない。
現在の私の身体はそれが正しく機能していないという、それだけの話なのだ。
だから。
正しくない。

正しくないのだから――間違っている。


306 : You should be SARTRE than that ◆t2zsw06mcI :2014/03/21(金) 21:59:47 QDzH/77Q0
間違っているのだろう。
私も。
――あれも。

私はぼんやりと鞄を眺めた。
中に、あれが入っている鞄。

『力を使いすぎた』だとか、意味の分からない事を私に伝えてから、あれは言葉を発しなくなった。
中身が無くなっても死んだ訳ではない、ジュースがあればまた力を使える、とも言っていたか。

愚かだ。
そも、無機物は最初から生きていない。
仮に――本当に仮に、強いAIが実現し、無機物に精神と呼べるものが宿る事があるのだとしても。
あれは複雑なコンピュータでも何でもない。
単なるペットボトルだ。
そんなものに心があったとしても、ヒトのような視点でものを見て、ヒトの声を発する事など出来る訳がない。
中国語の部屋の中には、英国人が居る。
そう。

あれはただの塵芥だ。
あれを使って、私を騙そうとしている者がいるのだ。
小娘だと思って馬鹿にして。
そんな低レヴェルな作り話で私を騙せるとでも思ったか。

ひひひ――。

笑い声が聞こえた気がした。
下卑た、鄙俗しい笑い声。
大嫌いだ。
今だって――私を見張っている者は笑っているのだろう。
何処から見ている。
何時から見ている。
反吐も出やしない。

動物の中で笑うものは人だけだと宣ったのはアリストテレスだったか。
笑いというのは良心の呵責もなしに他人の不幸を喜ぶことだと記したのはニーチェだったか。

殺したよ、とあれは言った。
お嬢ちゃんを守る為に殺したんだよ。
そんな事は聞きたくない。
自分の為に人を殺したと言われて、あら嬉しいと喜ぶ者が居るとでも思っているのだろうか。


307 : You should be SARTRE than that ◆t2zsw06mcI :2014/03/21(金) 22:00:25 QDzH/77Q0
良い事をすれば良い事が、悪い事をすれば悪い事が返ってくる――。
そんな説教をしておいて、自分は罪の意識もなく人を殺してしまう。
頭がおかしいのではないか。
自分は人の価値観に支配されず、裁きを下す神だとでも思っているのか。
この――塵芥が。

そもそも。
少し考えれば、私が錯乱して人を撃った訳ではない事など分かる筈である。
拳銃を鞄から取り出し、安全ゴムを外し、何時でも撃てるような状態にして。両手に構え、人に向けて、狙いを定め――。
発砲した。
そんな者が、錯乱などしているものか。
怖がってなどいるものか。

その上で――。
あんな規格外の身体能力を持つ相手から、何故一度は逃走する事が出来たのか。
どれほど離れた所から撃っても、すぐに追いつかれてしまうだろうに。
何故に如何でもいい事ばかりに気を取られ、本当に重要な事に気が付かないのか。

お前の罪を許してやるとでも言いたいのか。
歪んだフェミニズムにでも取り憑かれているのか。
それとも――私に恩でも売って、利用する腹積もりなのか。
だとすれば。
愚かだ。

精々私を利用しているつもりでいるがいい。
利用するのは――私の方だ。

私は立ち上がり、出口へと向かった。
理由など見当たらなくとも、級友を探そうと思ったのなら、そうするべきなのだ。
それ以前に、もうこんな所からは一秒でも早く離れたかった。
途中、血溜まりを踏んでびちゃびちゃと音が鳴った。

何とも思わない。

外に出る。
そして私は。
木に凭れかかって目を瞑る、見慣れた少女の姿を見た。


308 : You should be SARTRE than that ◆t2zsw06mcI :2014/03/21(金) 22:01:16 QDzH/77Q0
       ●

心など無い。
有るのは軀だけである。
軀があるのだから、生きている。
生きているのだから、生きていればいい。
軀が生きているという事にこそ、意味がある。
何もしなくとも、何も考えずとも、生きていれば意識は生まれる。
それを解らぬ愚者が、瑣末な、本質的に如何でもいい事で騒ぎ立てる。

私は私だ。
私というものはこの軀でしかない。
全身を覆う鎧。大剣。
騎士と呼ばれる者――それが私だ。
だからこそ、この場でも私は武具を失っていないのだろう。
それが私という軀、存在であるからだ。
如何なる時も、それは揺らぐ事は無い。

故に。
この場で私が取る行動は決まっている。
主を守り、敵――あの男を打ち倒す。
私が私である限り、それは決定されている。

僅かな間行っていた思考を一時止め、私は歩みを再開した。
今行うべきは、首に嵌められた忌々しい縛めを解く事である。
その為ならば、人間――勇者と手を組む事も考えねばなるまい。
決着をつけるべき場所は、此処ではない。

木々を掻き分け、草を踏み締めて進む。
森は視野が狭窄される、限られた世界である。
それに加え、灯りもない。月光だけが頼りだ。
輪郭が蕩けそうな闇。
樹木も、花も、昆虫も、本来の彩を失った闇。
その中を、ただ、進む。

歩き続けると、視界が開けた広場に出た。
息を吐く。
一旦昏黒の闇に身を委ねてしまえば、生物は却って安心を覚えるのかもしれぬ。
まるで自分が地面から顔を出した土竜になってしまったかのような、妙な気分である。


309 : You should be SARTRE than that ◆t2zsw06mcI :2014/03/21(金) 22:02:19 QDzH/77Q0
顔を上げる。
と。
夜の中に――一際黒い影が浮かんだ。

――少女。
少女が、靱やかな動きで愉しそうに舞っている。
蒼白い太陰の光の下――少女は、ただ、少女だった。

寸刻、私は何も考えずに少女を見詰めていた。
闇の中、少女にだけ色が付いていた。
白い肌。茶色の髪。茶色の瞳。
少女はぴょん、と跳ね。
こちらを向いた。
微笑っている。

自然な微笑みだった。
恐怖も狂気もない、純粋な笑み。
本当に愉しいのだろう、と思った。
私の目の前までやって来た少女は口を開いた。

「――今晩は。貴方、月はお好き?」
如何にも唐突であった。
戸惑いはしたが、何事か答える事は出来たように思う。
「そう。私、月が好き。視ていると、何だか昔を思い出しそうな気がするから」
私の答えに対し、少女はそう言った。

「私――今は人だけど。昔は、そうじゃなかったの」
そうなのか。
そう謂う事もあるのだろう。
「でも――」
そこで少女は口を一旦閉じ、空を見た。
かあ、かあ、と、烏が鳴いている。
少女は目を細めた。
「月の光には魔力が有るとか云うけれど、私はそうは思わない。動物も、人も、平素と変わらない。だから、気のせいなの」
あの烏だって、言っている事は昼も夜も同じ――。

「ねえ。動物って、言葉を話すかしら?」
又しても唐突に少女は質問した。
話さないだろうと私は言った。
そうよね、と少女は笑う。
「そう、言葉や文字は、人間の偉大な発明。動物には言葉はない。だから動物は心配も不安もないの。
 時間という言葉――概念がないのだから、未来も、過去もない。明日がなければ心配は出来ないの」


310 : You should be SARTRE than that ◆t2zsw06mcI :2014/03/21(金) 22:03:16 QDzH/77Q0
だから。
「私の過去は、作りもの――物語でしかない。昔は人じゃなかったなんて、気のせい。きっと――嘘」
なのに私、動物の言葉が解るみたいなの――と、矢張り愉しそうに少女は言った。
「そんなのも有り得ないでしょう? 学はないけれど、それ位は判るわ、私」
有り得るかもしれないだろう、と私は言った。
何故そんな事を言ったのかは、判らなかった。

「――そうね。そうかもしれない。だけど――過去なんて、思い出なんて、凡て嘘」
くるくると回りながら少女は言う。
「動物が人になるのも、昨日友達と遊んだ事も、今ここにいる事も、全部引っ括めて、嘘。
 物理的に有り得ないとか、そんな話じゃないの。口に出した途端に、過去は嘘になってしまうの」
判らないでもない。
確かに、今日の私は昨日までの私と乖離している。
人間との戦いも、勇者との決斗も、現在と何の関連も無くなっている。
記憶を口に出して語るなり文字にして写すなりすれば、それは物語になるのだろう。
私の過去は私の過去の物語になり、現実は生々しさを失ってしまう。

「言葉って、便利だけど、みんな嘘だものね。ただの空気の振動に、人が意味を与えただけ。
 物事は人と関係なく、有るだけだから。どんな言葉だって、本当はけだものの嘶きと何ら変わりない。
 私が、わん、って言えば、英語が解る人なら数字の一の事だと思うかもしれないけど、そうでない人にとっては、犬の真似なの」
言葉の意味なんて、聞く人によって違ってしまう。
「現実は決して語れない。どれだけ客観的に、事務的にしようと試みても、言葉にすれば現実じゃない。
 同じ言葉でも、聞く人、読む人に依って立ち上がる物語は違うもの。語り手にとっての現実は、聞かれた段階で聞き手の物語になってしまう。
 それに、語られた言葉を最初に聞くのは、言葉を発した人間だから――その時点で、現実は物語になっているの」
少女は真っ直ぐに私を見た。
「自分の想い出だって、心だって、同じこと。どこまでが真実でどこまでが空想かなんて、誰にも判らない。今起きている事だって」
嘘か真か判らない。

「だからね。私は、貴方をいい人だと思う。根拠なんてないけれど、私の物語では、貴方はいい人」
――それは。
如何いう事か。
繋がりが見えない。
少女は顔を俯かせた。
「本当に――ただの直感。私、莫迦だから。能く判らないの。何もかも。
 言葉でどうこう云っても、伝わる気がしなかったから。でも、貴方はいい人だと思ったから。それで色色理屈を並べてみたの。
 うん。結局ね、何が云いたいのかって云うと」
護って欲しい、と少女は言った。


311 : You should be SARTRE than that ◆t2zsw06mcI :2014/03/21(金) 22:04:05 QDzH/77Q0
少女の声は――少しだけ震えていた。
それは恐らく気のせいだったのだろうが、私にはそう聞こえた。
「――御免なさいね。急に、こんな事云われたって、困るだろうけど。でも」
心細かったから。

――噫。
私は、少女の手を取った。
騎士としての誇りの為か。
利用できると思ったのか。
それとも。
否――何も考えていなかった。
――理由など必要ないのだ。
そうしたから、そうなったのだ。

少女ははにかみながら顔を上げ、仔犬のように笑った。

暫く二人で歩いていた。
途中、様々な話をしたと思う。
何を言い、何を聞いたかは記憶に残っていない。
ただ、少女の人懐こい笑顔を覚えている。

数分もしない内に、森を抜けた。
あ、と少女が頓狂な声を発した。
「――においがする」
友達の。
少女は一通り周囲を見渡した後、一点を見詰めた。
四角い建築物の陰。
蹲るような姿勢の人影が見える。
「行くね」
短く、それだけ言って、少女は人影に向かって駆け出した。
私は――やや逡巡した。
自分が共に行って良いものか。
考えてみれば――いや考える迄もなく、私は本来ならば、普く人間から恐れられている筈なのである。
私が姿を見せた事で、悪い結果を招く可能性が無いとは言えまい。
結局私は、その場に留まった。


312 : You should be SARTRE than that ◆t2zsw06mcI :2014/03/21(金) 22:04:49 QDzH/77Q0
少女が走りながら声を上げる。
人影が立ち上がる。
貌は見えない。
手を大きく振り、少女が駆け寄る。
そして。

乾いた音がした。
少女は。
小石にでも躓いたように蹌踉け、そのまま地面に倒れ伏した。

私は。
その時私は、何処か遠い処からまるで他人事のように、〈私〉を見下ろしていた。
「貴ッ様ア――」
〈私〉は大声を出して剣を抜き、人影へと向かっていった。
再び乾いた音が響いたが、それは〈私〉が飛来した何かを弾き飛ばした音だった。
人影は身を翻し、建築物の中へと這入った。
〈私〉は一瞬人影を追おうとした様子を見せたが、直ぐに倒れた少女の元へ向かい、その躰を抱えた。

赤く染められた唇。
あどけない、整った顔立ち。
肌理細やかな、雪のような皮膚。
――違う。
そんな言葉は、目の前の現実を何一つ表現していない。
少女は。ただ、少女だった。
ゆっくりと口を開く。
「――ほら、ね。云ったでしょう? 言葉なんて、みんな、嘘。
 私はあの娘を友達だって思ってたけど、それは、多分、あの娘にとっては、違っていたから――」
「喋るな――」
〈私〉は、そう言っただけだった。
少女は、無視して言葉を続ける。
「勿論――今の言葉だって、嘘。だって、どうして撃たれたかなんて、私にも、あの娘にも、わからないもの。
 若しかしたら、貴方の事を何か知っていて、それで一緒にいた私を怪しんだのかもしれないし。
 ただ怖くって、思わず撃ってしまったのかもしれないし――ううん。それも、全部、嘘」

少女は泣き笑いのような表情を作った。
「済んでしまったことは、もう二度と起こらないの。
 未だ起きていない事は、起きてみる迄判らないの。
 明瞭としているのは、今この一瞬だけ。こうして喋っているうちにも、今はどんどん消えてなくなってしまう。
 だったら――もう、如何だって良いじゃない」
「良い訳が――良い訳が、あるか。俺は」
――なんだと言うのだ。
〈私〉は、そこで言葉に詰まったようだった。


313 : You should be SARTRE than that ◆t2zsw06mcI :2014/03/21(金) 22:06:19 QDzH/77Q0
「死後の世界っていうのも、あるけれど――あれも、やっぱり嘘。死んでしまったら、もう何も無いのだから。
 死後の世界があるのは、生きている人だけ。生きている人が、死人は死後の世界で何をしているのか、何を考えているのかって、想像するの。想像も」
嘘。
「それは悪い事じゃないけれど、でも、生きている人を死人が縛ってしまうのは――私は、何か違うと思う。
 貴方も、あの娘も、私に、縛られて欲しくなんて、ないから。私のことは――もう、いいの」
「――違う。お前は――死なん」
そう言って、〈私〉は少女の小さな頭に手を当てた。

「いいか。今――俺と、お前の生命を、共有した。方法や原理などは一々説明せん。兎に角――俺が生きている限りは、お前は死なん。
 俺にも相応の負担は掛かるが――死に易くなったところで、俺を倒せる相手などそうはいない。お前は――死なん」
「有り難う。慰めでも――嬉しい」
「嘘ではない」
嘘ではないと繰り返しながら、〈私〉は立ち上がり、少女を大木に凭れかからせた。
「俺は――彼奴を追う」
「駄目って云っても――駄目なんでしょうね」
俯いた少女の表情は、見えない。
「――傷付けはせん。多少乱暴な手段にはなるかも知れんがな。何故お前を撃ったのか、聞き出す」
「それ、脅迫よ」
「そんな遣り方しか知らない男だ」
そう。
何千年と生きてきて、同じ事だけを繰り返していた。

「意味なんて――ないのに。真実とか事実とか、みんな嘘で、無意味なのに」
「ああ」
その通りだ。
「そう、無意味だ。だが――意味がある事にどんな意味がある。無意味な事は、意味のある事よりも劣っているのか」
「それだって――嘘よ」
少女は僅かに片頬を引き攣らせた。
「――嘘か実か、決める事なんて、ないの。本当でも、本当でなくても、いいの。言葉にしてしまえば、みんな」
おはなしになるから。

「――そうか。そうだな。ならば俺は――物語を、聞きに行こう」
「やっぱり――行ってしまうんだ」
「直ぐに戻る。お前の友人も――連れて戻ってこよう」
「ああ――」
そうか。
「物語になれたんだ、私。ただの想い出じゃなくて、むかしむかしのお話になれたんだ。
 過去も未来も現在もない、お話の中に私はいる。貴方の――物語の中に。
 他の誰にも知られていなくたって、それは――きっと、素敵な事。生きていても、死んでいても――関係はないの」
お話の中だから。

少女は顔を上げ、笑った。

そして私は。
少女に背を向け、真っ直ぐに建築物の扉へと突進した。


314 : You should be SARTRE than that ◆t2zsw06mcI :2014/03/21(金) 22:07:29 QDzH/77Q0
       ●

腹部から血を流している級友の少女は、何処か眠たげにも見える仕草で目を開け、いつものような笑顔で私を見た。
そして何か言いたげにぱくぱくと口を動かした後、血を吐いて、死んだ。

ああ、死んだ。
私は。
そう思っただけだった。


【ルピナス 死亡】

【F-10 廃棄処理場付近/深夜】

【白雲彩華】
状態:健康
装備:ニューナンブM60
道具:基本支給品一式、ランダムアイテム3〜5
[思考・状況]
基本思考:
1:クラスメイトを捜す

【ペットボトル】
状態:不明
装備:水(0%)
道具:なし
[思考・状況]
0:白雲彩華を守る


315 : ◆t2zsw06mcI :2014/03/21(金) 22:08:05 QDzH/77Q0
投下を終了します。


316 : 名無しさん :2014/03/21(金) 22:31:57 63BHhJN.0
投下乙です
暗黒騎士フォローされて良かったね
白雲はマーダーか、ペットボトルさんはどうなるのか…

以下疑問に思った所
鞄にペットボトルさん入ってますけど、一応あんなナリでも参加者ですから鞄に入れちゃまずいんじゃないですかね


317 : ◆t2zsw06mcI :2014/03/21(金) 22:44:54 QDzH/77Q0
参加者って鞄に入っちゃダメなんでしょうか。
今の所特に作中でそういう描写も説明もないように思うので、特に問題はないかと思ったのですが。


318 : 名無しさん :2014/03/21(金) 22:55:56 z8ngeD.w0
投下乙です

暗黒騎士よ、なんかちょっぴりかっこよくなってるじゃないか…


指摘について
まぁ確かにペットボトルを運ぼうと思ったら鞄ですよね
問題としては他の参加者に合わない事で表舞台での行動や描写が制限されてしまうことでしょうか?
まぁキャラの性質上仕方ない気がしますが


319 : 名無しさん :2014/03/21(金) 23:10:49 sTeFzohw0
投下乙です。
まさかの暗黒騎士さん汚名返上
そしてペットボトルと彩華ちゃん、危険な匂いがプンプン漂ってきた

ペットボトルに関してはまぁ、片手を塞いでまで持ち運ぶよりは鞄でいいと思います
参加者とはいえペットボトルだし…


320 : 名無しさん :2014/03/22(土) 06:30:53 KKSI1.5s0
投下乙!
暗黒騎士かっけえ!そしてめっちゃ悲しい……
「ひひひ」じゃねえよペットボトル……


321 : 名無しさん :2014/03/22(土) 17:05:25 CgDs1IhI0
投下乙
やっぱり暗黒騎士は人間の鑑じゃないか!(人間じゃねーけど)
ペットボトルは悔い改めて†


322 : 今、此処に目覚めた深紅の影を称えよう ◆C3lJLXyreU :2014/03/22(土) 21:14:52 BfWSWX/k0
E-10。
あたしのスタート地点は、地図にそう書かれている場所だった。
生い茂る木々は夜の雰囲気をより不気味にさせている。
でも、あたしは諦めない!
名簿を見たら大親友のルッピーとユキの名前が載っていたから。諦めるわけにはいかないんだ。
旧友、舞歌の名前も載っていたけど、これは多分別人かな。大親友だったあたしでも、行方不明になってからはどこにいるのかわからないままだし。
もし舞歌があたしの知ってる舞歌ならルッピーやユキと一緒に昔みたいに遊びたいけど、こんな場所で出会うのも何か複雑。
弟の裕司はまあ、喧嘩強いし大丈夫だと思う。気持ち悪いくらいのマッチョマンだし。
他にクラスメイトで気になるのは九十九と星くらいかな。あとはまあ、どーでもいいっていうか。
星はちょっと影が薄いように見えるから親近感を覚える。九十九は単純に接しやすい。
ちなみに拳正とかいう最強八極拳がいるけど、これはもう完全にどーでもいい。死ぬのが想像出来ないから、助けあうのには調度良いのかな。
ていうか、この人はクラスのアンケートで『サバイバルでも生き残りそうな漢ランキング1位』だったから、誰にも心配されてなさそう。今頃、そこら辺の熊とでも格闘していても違和感はない。

そんなことを考えながら歩いていると、人影が見つかった。
最初は遠くて誰かわからなかったけど、近付くにつれてはっきりと見えてくる。
あの特徴的な犬耳。色違いだけど、あたしと同じポニーテール。それだけ見れば、誰なのか想像するのは簡単だ。

「ルッピー!?」
目を瞑って木にもたれかかっている少女は間違いなくあたしの愛する大親友で。
ドジな彼女は赤色の液体――ケチャップを付けて、眠っていた。

「こんなところで寝てたら危ないよ! ルッピー、起きてルッピー!」
何度も身体を揺さぶるけど、起きなくて。

「ルッピー!」
起きなくて。

「……ッ!」

いつもは温かいはずなのに。
今のルッピーはユキよりも、ずっとずっと冷たくて。
すぐに起きそうなのに、まだ悪戯で起きてくれない。

「まだ起きないの? しょうがないから、起きるまで運んであげるよ」

軽い。
確かに小柄な少女だけど、こんなに軽かったんだ。
あたしとユキはルッピーが犬だったということを知っているけど、犬の時から重さは変わってないのかな?
死んだらその分軽くなるって噂があるけど、ルッピーはこんなところで死んだりしないと思うし。
誰かに恨まれたり、敵を作る性格じゃないから絶対にまだ生きてるよね。起きないけど。

「目を覚ましたら、一緒にユキを探そうね。絶対にユキも見つけるよ、ルッピー」

「な……つ……」

「あ、やっと起きた?」

「なつ……み。だ……いす……き……」

今にも消えそうな声で話してくれたのは間違いなく、愛する友達。
苦しそうにしてるから、気になって下ろしてあげた。
よく見たら、口から血が流れ出してる。ルッピー、喘息だったのかな?
とりあえずルッピーの大好物だった夏みかんの缶詰を開けてみる。
いつもは、寝てる時にこれを近づけるとガバっと起きるんだ。ルッピー、食欲旺盛だから。

「夏実が夏みかんを開けてるよ!」

こう言えば笑ってくれるのがルッピーのいいところ。
ルッピーが『夏実と夏みかんが似てるから私は夏みかんも大好き!』と言ったのが始まりで、この寒いギャグはあたし、ユキ、ルッピーの間で徐々に流行り出した。
ユキがいたらクールにツッコミを決めてくれるんだけど、いない時はツッコミ不在ということでボケ合戦が始まるのがお約束。

「ルッピー……?」
でも、今の彼女は笑ってくれない。
相変わらず、一人だけ満足そうな顔をして寝ている。

「ルッピー! あたしは、ルッピーを世界で一番愛してるよ!」

ちょっとだけ、本音を耳元で叫んでみた。
普段は恥ずかしくて冗談半分なんだけど、今回はちょっとだけ本気で。
こうやって顔を近付けて「愛してる」って言うと、やっぱり照れるけど心の底から思ってることだからスッキリもする。

「どうして、起きてくれないの?」


323 : 名無しさん :2014/03/22(土) 21:15:41 BfWSWX/k0
返事はない。
ルッピーがあたしを無視するなんて初めてだ。いつもは騒がしくあたしの名前を呼んでくれるのに。
このままだと起きそうにないから、物は試しにデイパックから一つの石を取り出した。
死人と会話出来るっていう怪しい石。それを取り出して、念じてみる。
すると――

「久しぶり、夏実!」

いつもの元気な笑顔でルッピーが現れた。隣には黒い鎧をきた怖い人もいたけど。

「ルッピー……ここにいるっていうことは」

「そう。こいつも、私も、死人さ。裏切り者の女とペットボトルに殺られた犠牲者だ」
「暗黒騎士さん、彩華は裏切り者じゃないよ!」
「わ、悪い悪い。とりあえずそのペシペシ叩くのをやめてくれないか……地味に痛い」

紳士のような態度で説明してくれる暗黒騎士さん。
ペットボトルに殺されたっていうのが意味不明だけど、悪い人には見えない……かな?
ていうか、死んだとは思えないくらい元気だね、二人共。
何か、コントまでやってるし。あたしやユキにはかなわないけど、いいコンビかもしれない。
あれ? 彩華って聞き覚えがあるような――

「もしかして、白雲彩華にルッピーは殺されたの?」
「うーん、違うよ? 私は自殺したの。だから、夏実は気にしなくていい!」

絶対に嘘だと思う。
ルッピーには何を言っても事実は話さないだろうけど、彼女が嘘をつくと露骨に目を逸らすからすぐにわかる。
それに暗黒騎士さん、すごく哀しそうな態度をしてるよ。まるで、ルッピーの心境をわかってるような。
あたしのルッピーを奪われたみたいでちょっとだけ嫉妬したくなるけど、やっぱりすごくいい人だと思った。
けれど、どうしてもあたしは真実を知りたい。それを察したのか、暗黒騎士さんは豪快にフリスビーを投げてくれた。
案の定、フリスビーをとりに行くルッピー。見慣れた光景だ。

「夏実殿が希望するなら、知っている限りのことを話しても良い。ただし、ルピナスには秘密だ。彼女はあまりにも優し過ぎる。……本当は知らない方が良いかもしれないが」
「聞きたいです。あたしは、ルッピーの大親友だから!」

◆◆◆◆◆◆

「へー、そんな哲学的なことをルッピーが? 正直、あたしには意味が……」
「見てわかるように、此処にきてからは元気だがな。あれは戦場だったから緊張していたのかもしれん」

私が暗黒騎士さんから全ての話を聞き終えた頃には、フリスビーを片手に笑顔で戻ってくるルッピーが見えた。
二人は出会ってからまだあまり経ってないらしいけど、ほんとに懐いてるんだねー、ルッピー。
暗黒騎士さんも暗黒騎士さんで、魔界の人とは思えないくらい良い人だ。この人になら、ルッピーを任せられるかな。
ルッピーが戻ってきてからも、3人で普段するような他愛のない話を繰り広げた。
ユキがいないのは残念だけど、暗黒騎士さんはユキと正反対で面白い。ユキと同じツッコミ属性持ちみたいだけど、ユキみたいにクールだったり毒舌なツッコミじゃないからそれがまた新鮮で。
こんな楽しい時間がずっと続けばいいのに、とかそんなことを考えていたらルッピーが驚いた顔でこっちを見てた。

「あれ? 夏実の足が消えかかってる!」
「ありゃりゃ、そろそろ時間……なのかな?」
「ふむ。それでは暫しの別れとなるな。どうやら、まだ4つ所持しているからまた出会うことになりそうだが」
「うん! その時はルッピーも暗黒騎士さんもよろしくね!」

なんて言ってると、ルッピーが全速力で三脚とカメラを持ってきた。人がいなくても写真を撮れるのがこいつの利点。
ユキが居たら「天国ってこんなに便利な場所なんだね」とか、そういうツッコミをしそうだ。

「暗黒騎士さん、夏実! 記念に写真撮ろうよ!」
「写真か。まぁ良いだろう。少しの時間であったが、私もそれなりに楽しめた。それに女を泣かせるような真似は騎士道に反する」
「あたしもオッケー! それじゃあ、ルッピー。暗黒騎士さん」
「「はい、チーズ!」」
「……流石にそれを言うのは騎士として恥だ」


324 : 名無しさん :2014/03/22(土) 21:16:24 BfWSWX/k0
その後、ルッピーから写真を渡された。
あたしとルッピーは笑顔でピースだけど、暗黒騎士さんだけ何かぎこちないポーズをしてる。
あんな外見なのになかなか可愛い人だなぁ、暗黒騎士さん。

「さて、そろそろお別れの時間かな。でも、その前に」
「その前に?」
「愛してるよ、ルッピー! 私は世界で一番ルッピーが大好きだー!」
「……私も夏実のこと大好き!」

そして――
私とルッピー、二人の唇が重なり合う。
なかなかに柔らかい感触。こういうのは初めてなのか、ルッピーの顔がちょっと赤い。
暗黒騎士さんは焦って必死に他の場所を眺めてた。ルッピーほどじゃないけど、やっぱり可愛い。

「夏実の顔が赤い!」
ぐぬぬ。
まあ、あたしもファーストキスだったから緊張してたのは事実だけど、まさかルッピーに言われるなんて。

「ルッピーも赤いよ! あたしのファーストキス奪った責任とってよねっ!」
「いや、どう見ても夏実殿から襲っていたが……」
「私もふぁーすときすだったよ。初めてのキスっていう意味の英語だよね?」
「お、おう。そうやって意味を日本語で説明されると、すごく照れ臭い気持ちになるよ、ルッピー」
「えへへ。私はいつでもここに居るから、寂しくなったらまたきてね。生きている人を死人が縛るのは、よくないことだと思うけど。やっぱり、たまには家族や友達と少し会いたいなって……」
「もちろん! あたしもルッピーいないと寂しくて寂しくて仕方ないからね。今度はミルさんや亦紅さん、ユキも連れて来れたらいいなーって思ってる。それに、またキスしたいし?」

本当はルッピーや暗黒騎士さんとずっとここにいたいけど、それを言ったらきっとルッピーは心配するから。
ここは天国。死人の街。
ルッピーはよくあたしの夢を応援してくれたり、バスケの練習に付き合ってくれたりした。
此処に残るっていうのは、夢を捨てるっていうこと。それだけは、ルッピーの前で言っちゃダメだよね。

「さらば、夏実殿。ご武運を祈る」
「バイバイ、夏実!」
「さらばでも、バイバイでもなーい! またね、二人共! また絶対会いに来るから、それまで待ってて!
愛してるよ、ルッピー。――思い出は、不滅だから。あたしはルッピーや皆との思い出を魂に刻み込んでるから。それを嘘だなんて思ったら、やだよ」

一方的に言ってやってから、あたしの身体は現実に引き戻された。
あたしはルッピーが大好きなんだ。その気持ちや過去の思い出を『嘘』だなんて言葉で終わらせたりはしないよ。

「良かった。天国製でも写真は無事なんだね」

とりあえず持ち帰ってきた写真をデイパックに入れる。
これは大切な宝物だ。絶対になくすわけにはいかない。

「ルッピー、ごめんね。狭いと思うけど、少し我慢してよ、っと」

次にデイパックに入れたのはルッピーの身体。
魂と身体は別物だって暗黒騎士さんが言ってたけど、やっぱりルッピーの身体をデイパックに入れるのには罪悪感があった。
それでも入れたのは、絶対にルッピーと離れたくなかったからっていう身勝手な理由なんだけど。
ちなみに、暗黒騎士さんの死体は見つからなかった。というよりも探すなと暗黒騎士さんから忠告されている。
あまりにもグロくてトラウマを植え付けかねないから、見ない方がいいらしい。
ほんとは死体を見られるのが恥ずかしいっていうのもあるかもしれないけど、暗黒騎士さんの意思を尊重して探さないことに決めた。

最後に支給されたある刀を見てから――あたしは歩き出す。
あまり良いことじゃないし、ルッピーには怒られるかもしれないけど。
暗黒騎士さんの犠牲を無駄にするのは何か悪い気がするし、ルッピーを殺すようなクラスメイトその1を放っておこうと思えるほど、優しくないから。


325 : 名無しさん :2014/03/22(土) 21:16:44 BfWSWX/k0
◆◆◆◆◆◆

「こんばんは、白雲彩華。綺麗な月だね。あんたみたいなヒトモドキには、似合わないくらい……」
「私のクラスメイトですの?」

「そう、あたしはあんたのクラスメイトその1。ハーフのお嬢様とは正反対の、ちょっと影が薄くて地味なやつ」
「……自虐しにきましたの?」
「うーん、それは違うかな。影が薄くて、友達が少ない私にも親友がいるんだ。……そうだよね、ルッピー。ユキ」
「ルッピー?ユキ? ああ、あの煩い犬人間と毒舌電波で有名な――」

「黙れ。今度同じ台詞を言ったら、殺すよ。あんたがあたしやルッピーのことをどうでもいいように、あたしもあんたのことはクラスメイトその1としか見てないんだから」

やっぱり予想通り。あいつにとってもあたしはどーでもいい人間みたいだよ、ルッピー。
だってほら、今こうしてあたしに銃口を向けてるもん。まだあたしは武器も取り出してないのにね。
暗黒騎士さんの気持ちも、ちょっとわかった。こんな下衆を見かけたら話を聞く前に殺したいと思っても……仕方ないと思う。

「あんたみたいな外道女を友達だと思ってたルッピーって、ほんとに優しいんだね」

発射される銃弾。でも、あたしは逃げ出さない。
こいつはルッピーを殺した悪人なんだから。ユキの手も汚させたくないし、あたしがやるしかない。
あたしは覚悟を決めて、デイパックから取り出した刀を握る。

「御刀の本に著ける血も、湯津石村に走りつきて、成りませる神の名を此処に刻む――」

目の前に炎の壁が現れて、あたしを包み込む。弾丸はそれに遮られて総て消えた。
熱くはない。痛みもない。ルッピーへの思いの方が、熱くなれるし、死んだことを思い出すと胸が苦しくなるよ。
ねえ、だから――力を貸して、二人共。

「力を貸してもらうよ! ――甕速日神(みかはやひのかみ)!」

炎の壁が消えて、純白の刀が紅蓮色に染まる。
これがあたしに支給された武器の効果らしい。詠唱以外は使うまでよくわかったけど、刀の色が変わった途端に使い方がすぐに理解出来た。
脳に直接インプットされたみたいな不思議な感覚だよ。ルッピー、今からこのブスを殺すから、少し待っててね。

「な、なんですのそれ!?」
「あんたみたいなブスに教えると思う? さて、それじゃあ始めようか。その醜悪な姿を見てるとムカつくし」

醜悪。美にやたらと拘ってる人間なら誰しもが嫌う言葉だ。
例に漏れず、金髪ナルシストその1は銃の引き金に手をかけ、迷うこと無く引いてきた。

「あんたはそうやって、罪のないルッピーを殺したんだね。自分が可愛いから、それだけのために誰よりも優しいあの子を殺したんだ。話し合えば、殺す必要なんてなかったのに……!」
「自分の身が可愛いのは誰だって当たりま――」
「腕一本もーらった。こんなブスの腕いらないから、そこの似非騎士にあげるよ。あんた、お姫様守るの好きなんでしょ? 本物の騎士に説教したくらいだもんね。根性見せてよ」

銃を持っていた右腕を斬って、それをナルシストのデイパックに投げ付ける。

「あんた、奇跡を起こせるんでしょ? じゃあその奇跡を起こしてみてよ。たとえば、大切なお姫様の腕を治したりさ」
「そ、そうですわ! 奇跡が起こせるなら私の腕を――」

ぐしゃりと小気味の良い音が響いて、その中に入っていたゴミは潰れた……と、思う。
呆気無いけど、これで暗黒騎士さんの仇は殺せたかな。
だから次は――

「あんたの番だよ、鬼。そういえば、甕速日神っていう神様は、火之迦具土神を殺した血が原因で生まれたんだってね」
「何を言っていますの……?」
「知らないなら簡単に教えてあげるよ。火之迦具土神。古事記に出てくる神様なんだけど、生まれた時に伊邪那美命っていう神様が死ぬ原因を作った神様。
 それで、怒った伊邪那岐命が首を斬ったら、その血から甕速日神からうまれたってワケ。……ていうか、あんたさぁ。こんなことも知らないでよくお嬢様面していられたね」

まあ要するに、私が火之迦具土神ならぬナルシブス神を殺して、ルッピーの仇討ちするっていうのを少しロマンチックに言いたいだけなんだけど。
バカナルシストにはわかなかったみたいで、疑問符を浮かべている。やっぱり外面だけの人間は、そーいう愛がわからないんだね。
自分を守っていたゴミが潰れても何も動じてないし、こんな自分勝手な女に愛なんてわかるわけないか。
必死の形相で銃を撃ちまくってるのが面白い。私は些細な力しかない炎――怪火っていうやつで撃ち落としてるけど、それにビビっていちいち反応するなんてほんと情けないよ。


326 : 名無しさん :2014/03/22(土) 21:17:10 BfWSWX/k0
「はい、これで弾切れだね。ていうかさ、いい加減に学習したら? 今の私にそんな玩具効かないんだって」
「う、嘘ですわ! こんなところで私が死ぬなんて――」

今度は喚き散らした。
ルッピーは死んでも笑顔だったのに、こいつの表情は苦悶に満ちている。
まあ、当然と言えば当然かな。こういう外道は、愛の力に負けて悲惨な死に方するっていうのがお約束だし。

「ゲームオーバーだよ。ルッピーと暗黒騎士さんは天国に行ったけど、あんたみたいな悪魔は地獄行き確定だね」

首を刈り取り、悪魔を討伐することでこの復讐劇は終わった。
燃え上がる死骸。こんな人間失格なやつは、塵も残さずこの世から消えてほしいと切に願う。
でも……人を殺したという罪悪感がないかといえば、嘘になる。正直、すっごく悪いことしたなーっていう気分はあるんだ。
それでも後悔はない。あるとするなら、ルッピーと暗黒騎士さんを助けられなかった後悔だけ。
もっと前に出会っていれば、助けられるか――最悪、ルッピーの盾くらいにはなれたのに。

「ほんと、あんたっていいトコ何もないよね。騎士気取りで自分に酔ってるペットボトルも気持ち悪いけど、あんたはそれ以上に気持ち悪いよ。あの世で閻魔様に拷問されて、少しでも改心出来たらいいね」

その後、ゴミが入っている筈のデイパックを確認した。
中身に入っていた不吉の象徴は、残念ながら潰れていない。ある意味、ラッキーなのかもしれないけど。
とりあえず水を移す。暗黒騎士さんはエスパー染みた能力を持つペットボトルだって言ってたけど、多分それは中の飲み物を消費して使ってるんだと思う。
だから、ほら。気持ち悪い気配が漂ってきて――

「ひひひ――」

不気味な笑い声と共に、化物が本性を現した。

「こんばんは、騎士気取りのゴミ。あんた、奇跡を起こせるって本当なの?」
「奇跡? 確かに起こせたな。一度だけ」
「じゃあ、今からその奇跡を見せてくれない? ほんとに奇跡が起こせるなら――この子を生き返してほしい」

そう言ってデイパックから出したのは、ルッピー。
願えば起こる奇跡なんて信じてないけど……こいつが本当に奇跡を使えるなら、生き返らせることが出来るかもしれない。

「それは無理な相談だな。俺はそこで倒れてる嬢ちゃんを助けるために奇跡を使ったが、死人を蘇らせるなんて出来るはずがない」

そう。
出来るはずがない。それは、わかっていたんだけど。

「……だったら、あんたのソレは奇跡じゃないよ。そういうのは、呪術っていうんだ。人の命も助けられないで、一方的に誇り高き騎士を殺しておいて――何が奇跡だッ!」
「ひひひ――どうだかね。少なくとも、嬢ちゃんを助けようと思った俺にとっては、紛れも無い『奇跡』と呼べる現象だったと思うが。美人に俺の中身を飲んで貰って奇跡が起こったんだよ」
「違う。それは、あんたが悪魔の下僕になったからだよ。友達を――ルッピーを殺した悪魔を守ろうとしたから、そんな最低な呪術が使えるようになったんだ。
 悪魔のくちづけで狂ったんだよ、あんたは。あたしは天使とキスをして勇気をもらったけど、あんたは違う。同じキスでも、天使と悪魔では全然違うんだよ」

なんて、天国で見ているルッピーや暗黒騎士さんに見られたら恥ずかしいような台詞を言って。
そうするとペットボトルはまた不気味な笑い声を出し始めた。

「ひひひ――」
「白雲と一緒に行動してるくらいだから予想はしてたけど、やっぱりあんたって気持ち悪い存在だね。
 だから、今すぐ消え失せてよ。あんたみたいな人の愛を邪魔する奴らは――今すぐ表舞台から消えちゃえばいいんだ!」

ぐしゃりとさっきと同じ音がして、今度こそペットボトルは死んだ。中に水は入っていても、それ以降何も語ろうとはしないのが何よりの証拠。


327 : 名無しさん :2014/03/22(土) 21:17:51 BfWSWX/k0
復讐を一通り終えて、あたしは少し背伸びをした。
普段なら夜風が冷たい――はずなのに、何故か温かい。
これが刀の能力なのかな?

『ありがとう、夏実』
『感謝する、夏実殿』

――ううん、やっぱり違う。
なんとなく、そんな声が聞こえた気がして。これは刀の能力なんかじゃないんだなって思った。
ルッピーの声は、少し涙声にも聞こえるけど。

「ルッピーと暗黒騎士さんも、力を貸してくれてありがとう。愛してるよ」

この勝利や温もりは友情の力とか、愛の力とか。そういうものだって信じたい。
三人の力で悪鬼を討伐したって何か格好いいし。それに、二人に出会ってなければ私は鬼の正体もわからなかったから。
ほんとはあの石で今すぐ天国に行きたいけど……それをするのはユキを探してからかな。それまでは記念写真で我慢する。
どうしようも耐え切れなくなったらユキを見つける前でも使うかもしれないけど。意外と私も、寂しがり屋だしね。

「時よ巻き戻れ――ルッピーは誰よりも可愛いから!」
天国にいるルッピーへの熱烈なラブコールを贈ってから、冷たくなった彼女の唇にキスをする。
今のルッピーは、ユキみたいに冷たいけど……それなら、あたしが温めてあげなきゃね。
だから、5分くらいはそうして二人の愛を確かめていた。頬に冷たいモノが流れた気がするけど、きっと気のせい。

「それじゃー気合入れていきますか! 喘息の薬が効いてるうちにそれも探さなきゃだし。悩んでる暇なんてないよね、ルッピー!」

ラブラブタイムを終えてから、あたしは歩き始める。
ここで俯いていたら、ルッピーや暗黒騎士さんに失礼な気がしたから。
せめて、新しく得たこの能力をルッピーの好きな『ヒーロー』や暗黒騎士さんみたいな『騎士』のように役立てたらいいなって。
刀が折れたら死ぬみたいだけど――その時はその時。天国には二人がいるし、怖くなんてないよ。

【ペットボトル 死亡】
【白雲彩華 死亡】


【F-10 廃棄処理場付近/黎明】
【尾関夏実】
状態:疲労(小)
装備:神ノ刀(甕速日神)
道具:基本支給品一式、ランダムアイテム3〜5(この中に喘息薬は無し)、夏みかんの缶詰(残り4個)、黄泉への石(残り4個)、記念写真、ルピナスの死体
[思考・状況]
基本思考:殺し合いから脱出する
1:ユキ、星、九十九、『朝霧舞歌』、ルッピーの家族、魔王軍を探す。他の同級生は保留
2:朝霧舞歌が自分の知っている少女なら同行したい。同姓同名の別人なら?
3:能力を人助けのために役立てる?
※魔王軍の情報、ルピナスと暗黒騎士が死んだ原因を知りました。ただし全て暗黒騎士の主観です
※火に関する能力を習得しました
※喘息薬を飲まなければ最悪、吐血します

【黄泉への石】
天国へ行くことの出来る石。持続時間は30分程度。意思を集中させる必要が有るため、戦闘中は使用出来ない

【神ノ刀】
その名の通り、古の神の力が宿った刀。天之尾羽張のような固有の名前は持たない。
最初の詠唱でどの神に力を与えられるかが決まる。簡単に言えば超能力の習得であり、極端に強大な力を得るわけではない。
契約者は『神』の聖なる力に加護されているため、呪術やその類の技は一切通じない体質となる。また、基礎的な身体能力や戦闘面での技術も上がる。
ただし刀が折れたら契約者の魂は燃え尽きて死亡する。基本的な形状は日本刀だが、本人の意思で自由自在に変更することも出来る。


328 :   ◆C3lJLXyreU :2014/03/22(土) 21:18:49 BfWSWX/k0
投下終了です。
投下してから気づいたけど、投下しますの一言を忘れてごめんなさい


329 : 名無しさん :2014/03/22(土) 21:24:48 KKSI1.5s0
投下乙です!
夏みかんさんの活躍に期待!


330 : 名無しさん :2014/03/23(日) 01:19:49 vp7Gx6Iw0
マジキチ夏みかん


331 : 名無しさん :2014/03/23(日) 10:01:50 Vwz6UQ0E0
投下乙

しかし天国の扉を開ける支給品って大丈夫なのかな
天国なら悪人も善人もみんな楽しくやっていけるから
生きるより死ぬ方が楽って結論になったら
生きてる奴全員バカって事になるけど


332 : 名無しさん :2014/03/23(日) 14:15:34 vo4eB2UE0
それで死んだ方がいいって結論に至って死んでくれるなら
殺し合いさせたくてこの道具を支給した主催としては万々歳じゃないか


333 : 名無しさん :2014/03/23(日) 14:22:15 ZfkEltBo0
まぁリレー次第では如何様にもなりそう
本当にあれが「あの世にいた本物の死者」であるのかも解らないし…


334 : ◆H3bky6/SCY :2014/03/25(火) 22:15:30 c0bF0/SE0
投下します


335 : 工房の魔女 ◆H3bky6/SCY :2014/03/25(火) 22:18:52 c0bF0/SE0
どうもみなさん、始めまして。私は吉村宮子と申します。年齢は17歳です。おいおい。
と言うのは冗談で本当は100歳くらい生きてます。秘密ですよ?
え? そんなお婆ちゃんには見えないって? ふふふ。お上手ですね。ありがとうございます。

何故私が若さを保っていられるかというと、それははなんと私が魔女だからです。正確には魔法使いなんですけど。
定期的に自作の若返りの薬を飲んで、こうして若さを保ってるんです。今流行りのアンチエージングというやつですね。

しかもただの魔法使いじゃありませんよ?
魔法使いの中でも真髄を極めた者にしか与えられない第零の階位を与えられているんです。
これ、なんと日本人では初めての事なんですよ? 凄いですよね?
第零階位の魔法使いは現在世界に7人しかいなくて、各々にオリジナルの称号を得られます。
称号があると便利なんですよ? 禁止指定図書も借りれますし、色々と割引が効きます。ちょっと恥ずかしいですけど。
私の称号は「ユルティム・ソルシエール」。究極の魔女という意味です。
黒いローブで箒に乗って杖を振って猫の使い魔を扱う。正しく魔女ってイメージだからそう付けられたんだそうです。

まあ、それもどれも没収されちゃったんで、今はただのお姉さんなんですけどね。
使い魔のバステトちゃんもいないし、特に杖のマリアンヌを没収されちゃったのは困りましたねえ。
無くても魔法は使えるんですけど、そこは魔女としての気分の問題なので。

確認した名簿にはお茶飲み仲間の上杉愛さんの名前がありました。
彼女は何を隠そう800年を生きる鴉天狗さんなので、余り心配はいらないとは思いますが。
それよりも気になるのは、愛さんが仕える田外さん家の勇二くんの方ですね。こちらはかなり心配です。
なにせ、まだ小学校に入ったばかりの年端もいかないお子さんですから。
勇二くんが霊能の大家田外家の嫡男であるとはいえ、あんな少年まで平然と巻き込むなんて、やはりあの人正気ではないですね。

地図を見た感じどこかの孤島みたいですけど。どの辺の島なんでしょう?
気候からいえば日本に近いですけど、少なくとも私の知る限りこんな島は存在しないんですよね。
そもそもここが既存の島であるとは限らないですしね。
少なくとも私ならこの規模の島なら創造は可能です。もちろんある程度の下準備は必要ですが。
と言ってもそれは私が創造(クリエイト)に特化した魔法使いだからの話で、仮に他の零位の方々がやろうとしても難しいと思います。
あのワールドオーダーさんが零位レベルの魔法使いだとは思えませんし。と言うより魔法じゃないですよね、あの人の力。

どんなに不思議に見えても魔法とは術式という式がある学問です。
そこには理があり法則があり法がある。故に魔法と呼ばれるのです。
けどあの人の力は、そういう過程をすっ飛ばしてる。少なくとも魔法とは呼べません。
生態として異能を持つ人外や法則を無視した力を操る超能力者というのも珍しくもないんですが、その類でしょうか?

あと、あの方、ワールドオーダーさんに関してなんですけど、なんか見覚えあるんですよねえ。
80年くらい前…………いや、8年くらい前だったかも?
長生きすると時間の感覚って狂っちゃいますよね。ね? 年のせいとかじゃないよ。
まあ顔が隠れてるから、はっきりと断定はできないんですけど。
あの特徴的な口元が何か記憶のどこかに引っかかるというか。はっきり思い出せない時点で大した記憶じゃないと思うんですが。
うーん。どっちにせよはっきり思い出せないので、保留で。


336 : 工房の魔女 ◆H3bky6/SCY :2014/03/25(火) 22:31:14 c0bF0/SE0
とりあえず、地図の端っこがどうなってるのかが知りたいですね。
この島が作られたもだとしても、その辺の海原に島を作るか、世界ごと構築してしまうかで方法は違いますし。
難易度は当然ながら後者が圧倒的に上で、私でも100小節くらい呪文を唱えなければ無理なくらいの難易度です。
その辺が端っこを見ればどうなってるのかが大体わかるんですが。
ひとっ飛びして見てこようかしら? となると箒が欲しいですね。

支給品にあるかも、と期待してみたんですが、出来たのは斧にカメラにポテトマッシャーでした。
あとマリファナないかな? ないよね。残念。

うーん。斧とか直接的な武器はあんまり必要ないんですよね。どうせ扱えないですし。
一般的なイメージに違わず、魔法使いって基本引きこもりの研究職なんで体力はないんですよ。たまに例外はいますけど。

この妙に四角いカメラ。私知ってます。これデジタルカメラというやつですね。
けど私、機械は少々苦手でして、デジタルってよくわからないんですよね。
どうやって現像するんでしょう? フィルムとか何処から入れれば? どうやってフィルムを回すの?
そもそもカメラなんて何に使えっていうんでしょうか? 記念撮影?

あとはポテトマッシャー、ですよねこれ? ちょっと違う?
料理でもしろというんでしょうか。しかも5個くらいありますけど、料理するにしても1個で十分ですよね?
あの人、本当に殺し合いさせる気あるんでしょうか? よくわかりませんね。

しかし、これだけのものが入るリュックってすごいですね。斧の重さもないですし。
これもやっぱりワールドオーダーさんが作ったんでしょうか? 魔法の匂いはしませんし。
無機物にも設定可能って言ってましたから、リュックを『いくらでもモノが入る』ようにした、というところですかね。

取り合えず、確認作業はこのくらいにしておきましょう。
地図によると近くに工房があるみたいですね。
使えそうな道具が置いてあるかもしませんし、魔女としては気になるところです。ちょっと調べておきましょうか。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「――――近づかないでください」

明かりもついてない工房の片隅から、聞こえてきたのはそんな声でした。

工房には先客がいました。
暗がりに隠れてシルエットの切れ端しか見えないですが、声からして高校生くらいの男の子でしょうか。
強張った声色からは緊張が伝わってきます。

少なくとも、相手からは魔力も霊力も何も感じません。
完全に魔力の気配を消せる使い手であるという可能性はなくもないですが、その可能性は低いでしょう。
そんな使い手なら、隠れるにしても他にやりようがあるはず。

つまりは彼はただの一般人ということ。
勇二くんの様な特殊な子だけじゃなくこんな普通の子も巻き込まれているのか。
そんな子がこんな状況に追い込まれては、精神的に参ってしまって凶行に走ってもおかしくはありません。

「驚かせて申し訳ありませんでした。私は吉村宮子と申します。
 いきなり信じてもらうっていのは難しいかもしれないですけど、信じてください。
 私は争う気はありませんし、君にも何もするつもりはありません。ですからお話だけでもしてみませんか?」

極力敵意がないことをアピールしながら、相手を刺激しないように話しかけます。
もちろん手を出されれば、対応せざる負えないですが、まずは何事も対話から。それが私のスタイルです。


337 : 工房の魔女 ◆H3bky6/SCY :2014/03/25(火) 22:37:23 c0bF0/SE0
「……僕も争うつもりはありません。貴方の言葉も疑うわけではありません。
 けど、近づかないでこのまま引き返してほしい」

だが帰ってきた声は思った以上に冷静でした。錯乱している様子もありません。
しかし頑ななまでの拒絶の意思は変わりませんでした。

「だったら、」

せめて顔だけでも見せてください、と一歩相手に近づいたところで、甘ったるいような妙な感覚が脳裏に奔りました。
これは魅了(チャーム)…………じゃないですね。
どちらと言うとこの子の体質? いや、この感じは薬でしょうか?

「ひょっとして君、惚れ薬でも飲んだのかな?」

その言葉に暗がりの少年が強い反応を見せました。
慌てたようにこちらを見る少年の驚いたような顔が暗がりから僅かにこちらを覗きます。

「解かる……んですか? というか、その……大丈夫なんですか?」
「ええ。少しばかり薬をかじってまして、それなりに知識もありまして耐性も少々」

そう言って、安心させるように少年に笑いかけます。
少年は反応を見せませんが、頑なだった拒絶の意思も見せませんでした。
それを肯定とみて私は少年に接近し、その症状を観察します。

「体質まで変わるというのは相当性質の悪い強力な薬ですね。
 けど、惚れ薬としてのの効果は、すでにある想いを上書きできるほど強力じゃないみたいですね。
 これまでだって老若男女誰彼構わず貴方を好きになってたってわけじゃないでしょう?」
「……ええ、まあ」

とはいえ、中高生くらいの年代だと、ちゃんとした想いの固まってる人なんて少ないですから、その程度の効果でも大変でしょうけど。
思春期真っ盛りの少年にしたら一大事でしょうね。

「でも、いけないですよぉ。こういうのは薬に頼るんじゃなくて、正々堂々勝負しないと」

め。っと叱りつけると、少年は暗い顔をして俯いてしまいました。
少し言いすぎてしまったでしょうか?

「僕も、好きでこうなったわけじゃなくて…………」

そう言って、口ごもる少年。
ふむ。何か事情がありそうですね。

「何か事情があるみたいですが、私でよろしければ聞かせて頂いてもよろしいですか?
 それで楽になることもあるかもしれませんよ?」

少年は僅かに躊躇うように口を開いた後、意を決したように語り始めました。


338 : 工房の魔女 ◆H3bky6/SCY :2014/03/25(火) 22:39:15 c0bF0/SE0
「……子供の頃、お爺ちゃんの家の蔵によく忍び込んで遊んでたんですけど。
 一度、幼馴染の女の子と倉の中で遊んでた時に閉じ込められたことがあって。
 その日は真夏日で倉の中も蒸されて、ものすごい暑さでした。
 その日はたまたま爺ちゃんも遠出していて、誰にもなかなか気づいてもらえなくて、ただ時間だけが過ぎて。
 お腹もすいて、喉も乾いて、熱は籠って、もう限界だって時に、幼馴染の子が蔵の中から、ラベルのはがれた瓶を見つけて見つけて……」
「それが惚れ薬だったって訳ですね。
 それは、君のお爺さんの作ったものなんですか?」
「それは……わからないです。
 ……けどそうかも、僕の家、代々薬師の家系なので」
「なるほど」

古くから続く薬師の家系という事はそれなりに名の知れた方なのかもしれません
とはいえ、ここまで強力な薬が作れるとなると、私も知ってるような名である可能性もあります。
そこでハタと、私としたことがまだ彼の名を聞いていないことに気がつきました。

「そう言えば、まだあなたのお名前も聞いてませんでしたね。
 今更ながらお伺いしてもよろしいですか?」
「そうでしたね。すいません。僕の名前は三条谷錬次郎といいます」
「三条谷錬次郎くんですね。三条谷…………ん? 三条谷…………?」

何処かで聞いたような……三条谷、三条谷。あ、思い出しました。
60年くらい前に酒の席で仲良くなった薬師が、たしかそんな名前でした。
薬の話で盛り上がって、話の流れで好きな人がいるっていうから、酔った勢いで手製の惚れ薬を譲与したような、しなかったような……多分したな。
それが蔵に残ってたってことは使わなかったんですね、偉いですね。
そしてつまり、錬次郎くんが飲んだ惚れ薬って私が作ったやつだってことだよね。そりゃ症状も分かるし耐性もあるってものだわ。
元々は人妻だろうが恋する乙女だろうが、通りがかるだけで問答無用で釘付けにするレベルの惚れ薬だったはずなんですけど。
50年倉庫で眠ってたせいで、だいぶ効力自体は薄れてた見たいですね。
不幸中の幸いと言えるかな? 言えないよね。正直すまんかった。

「この体質のせいで、いろいろと苦労して……。
 その幼馴染も変になるし、変なお嬢様には付け狙われるし……。
 巻き込まないようにって女の子避けてたら、影で同性愛者とか噂されるし……」
「お、おう」

初めての理解者を得て心の枷が取れたのか、堰を切ったように語り始める錬次郎くん。
そう切々と苦労話を聞かされると、責任の一端を持つものとしては正直心が痛むんですが。

「だ、大丈夫! 大丈夫ですよぉ。その体質、治せますから。うん」
「ほ、本当ですか!?」

ものすごい勢いで食いついてくる錬次郎くん。
うんうん。そうですよねそうですよね。それだけ苦労してるんですよね。ゴメンて。

「い、いやぁー。今すぐここでっていうのは無理ですけど」
「そうですか……そうですよね」

目に見えて露骨に落ち込む錬次郎くん。
体質まで変わってしまったのをチチンのプイで解呪はさすがの私でも無理です。
さすがに腐っても私の薬だけあってその辺は強力です。厄介ですねーホントに。
新たに薬を精製する必要がありそうですなんですが、設備はこの工房を使えば何とかなるでしょうけど材料がありません。

「そう気を落とさないでください錬次郎くん!
 すべては生き残ってからですよ。まずは生存と脱出を目指しましょう!」
「あ、はい。そうですね」

この場でも、材料があれば何とかなりますけど。
自宅の工房に戻ればいくらでも材料はあるんで、脱出してしまえば最悪どうとでもなります。


339 : 工房の魔女 ◆H3bky6/SCY :2014/03/25(火) 22:41:14 c0bF0/SE0
「まずはこの工房を調べましょうか。使える物があるかもしれませんし。手伝ってもらえますか錬次郎くん?」
「はい。もちろん。喜んでお手伝いさせてもらいます」

快く引き受けてくれる錬次郎くん。
私たちは手分けして工房の調査を開始しました。

【E-8 工房内/深夜】
【吉村宮子】
状態:健康
装備:なし
道具:基本支給品一式、魔斧グランバラス、M24型柄付手榴弾×5、デジタルカメラ
[思考・状況]
基本思考:脱出を目指す
1:工房の調査
2:世界の端を確認したい
3:材料が揃えば三条谷の体質を治す薬を作る
※三条谷錬次郎に対して若干の罪悪感を感じてます

【三条谷錬次郎】
状態:健康
装備:なし
道具:基本支給品一式、不明支給品1〜3
[思考・状況]
基本思考:脱出して体質を治す
1:工房の調査

【魔斧グランバラス】
攻撃力:125 属性:闇 売値:売れない 効果:戦闘中に使用できる
巨大な両刃の斧で、元は選ばれ者にしか扱えない聖斧だったが魔王ディウスの手によって属性を変化させられた
属性変化後も選ばれし者以外に扱えないという特性は変わっておらず、選ばれた者が扱えば羽のように軽くなるが、それ以外の者が触れると鉄よりも重くなる
魔斧と化してからはガルバインがその怪力で無理矢理に扱っており、鉄以上に重くなるという特性を逆に生かし強力な一撃を生み出していた
このロワでは選ばれし者以外に扱えないという設定は解除されているため、見た目相応の重さになっている


340 : 名無しさん :2014/03/25(火) 22:41:48 c0bF0/SE0
投下終了
なんかしたらばクソ重い


341 : 名無しさん :2014/03/25(火) 22:55:23 MM3IBOO20
投下乙です。
宮子さんが惚れ薬の遠因だったとは…w
しかし宮子さんなら錬次郎の体質も治せそうだし、それまでがんばって生㌔錬次郎


342 : 名無しさん :2014/03/26(水) 11:33:45 34sGD4Is0
乙です。
宮子さんは魔法使いらしい考察をしてて、らしさがありました。
マリファナ好きだからちょっと不安もあるけど・・・まぁ大丈夫だろ(投げやり)。


343 : 名無しさん :2014/03/26(水) 19:41:57 yLn.ZdlQ0
投下乙です
100小節唱えれば世界構築できる宮子さんぱねえww


344 : 名無しさん :2014/03/26(水) 20:09:29 naqqq1f60
100小節すべてを咬まずに言わなければならないのかもしれない

この斧破棄しようとしたら「それを捨てるなんてとんでもない」とか言われそうだな、非売品だし


345 : ◆FmM.xV.PvA :2014/03/28(金) 04:56:02 PLFrBERQ0
予約してた七人投下します


346 : ◆FmM.xV.PvA :2014/03/28(金) 04:57:43 PLFrBERQ0

「…やっぱり電話をかけましょう」

黎明の刻、時田刻はそう決意した。
電話先に人がいるとは限らないし、必ずしもこちらが期待するような人格者ではないかもしれない。
それでも一人でこの休憩所に籠るのは限界であった。

というのも、時田刻は本来は快活な少女である。
この坑道に籠るということ自体が性に合ってなかったのだ。
誰もこの坑道付近の休憩所を訪れないというのも災いした。

ようするに暇になりすぎて籠ることに耐えられなかったのである。

だが流石に誰かと合流する勇気もなかった。

―せっかくだから私はそれなりに近くてそれなりに遠い研究所に電話してみるわ


そう考え、彼女は電話をかけた。
プルルプルルと呼び出し音がなるが、出る様子はない。
研究所には誰もいないのかなと思い次の場所にかけようかと思ったとき、ガチャという音が聞こえた。

―つながった!

「あ、もしもし」
だが電話相手から返事がない。
もう一度呼びかけようとした時、不意に耳が冷気を感じた。

「ひゃ、冷たっ」
思わず受話器から耳を離し、眺める。
するとどんな現象か、受話器から液体のようなものが垂れていた。

「ひ!?」
わけのわからない怪現象に思わず受話器を手放す。
受話器からはなおも液体があふれ出ており、そろそろこの休憩所の床全体に広がりそうだ。

―な、なんかやばいわ!逃げましょう!
とっさにそう考えた時田刻は休憩所から離れる。
外は危険かもしれないが、得体のしれない液体があふれた部屋よりかは安全だろうと判断したのだ。
だがそこでさらなる不運が彼女を襲った。

休憩所を出た瞬間に彼女は地面に組み伏せられたのだ。

「うあっ、なっなに!?」
時田はすぐさま立ち上がろうとしたが、後ろから抑え込まれて立ち上がれない。
なるべく首を後ろに反らしながら、横目で自分を押さえている相手を見ようとしてみた。

そこには黒い和服で全身を包んだ男がいた。
顔はいかにも不健康そうな顔つきで、見る者を不幸にさせるように感じた。
うつぶせでは相手の左半身しかよく見えない。だがやけに衣装が土に汚れているなと思った。

―もしかして初期配置坑道だったのかしら!?

それならここに平然といるのも、土に汚れているのも納得だ。
開始してからずっと迷い続けて、ようやく人に出会えたので辛抱たまらず押し倒したのだろう。
これなら現実的じゃないかなとみじろぎしながら考えているとその男と目があった。

男は言った。
「許してほしい、こうでもしないと僕は理性的でいられないんだ」
「…そりゃ迷い続けていれば人のぬくもり知らなきゃ、落ち着かないわよね?」
などと応えていたらチャキンという音がした。
見えてないが、男がなにやら刃物を取り出した音らしい。

「え、わ、私を殺すの?」
「許してくれ…」

―嘘でしょ?!混乱してるせいで…頭がおかしくなってるこの人!

「ちょ、ちょっと落ち着いて!話せばわかります!」
「これでようやく落ち着ける…」
「落ち着いてないから、落ち着いてって言ってるんでしょおおおお!」
思わず時田は暴れだす。だが相手は成人した男性。
所詮ただの女子高生である時田には為すすべもなかった。
男ももう何も言う気がないのか、手にした凶器を振り下ろす。


347 : ◆FmM.xV.PvA :2014/03/28(金) 04:58:59 PLFrBERQ0

「い、いやああああ!こんな所で死にたくなあああああい!」

その時。

男は何かが衝突する音を聞いた。

そして時田は、その瞬間を目にしていた。


男がふっ飛ぶその瞬間を。


おそらく男にも何が起こったか解らなかっただろう。
目には驚愕の色が色濃く表れている。
だがどうすることもできずに、男は見事壁面に叩きつけられた。


「え、嘘、死にました?」

壁に叩きつけられてのびている男を見て、時田は思わずつぶやく。
男はかなりの勢いで叩きつけられたように見えたが息はしているようだ。
ほっとした時田は男を吹っ飛ばしたと思われる人を見てみる。

そこには金髪で凄い美人の女性がいた。
こういうのを美女と呼ぶのだろうと時田は思った。
だが次第に時田の顔は強張っていった。

それは目の前の女性の身体が溶けかかっているからである。
いや正確にはもともとが液体のようなもので、それがかろうじて人の身体を象っているだけなのだろう。
どのようであれ少なくとも人間ではないのは確かだ。

そして彼女の身体を見て、さっきの男のざまを思い出す。
あの時、男のふっとぶ瞬間、何か液体のような腕が伸びてきて男を弾き飛ばしのが見えたのだ。
そして平然と立つ彼女の腕を見る。そこにはわずかにだが血が残留していた。

―この人がやったんだ

命を助けられたのだから、礼を言わなきゃならないとは思った。
だがとてもそんな勇気はなかった。目の前の相手は人ではない。
身体は液体で人間をはるかに超える力を持っている。

そんな化け物がはたして自分も手にかけないと言えるだろうか。
そう考えると時田は目の前の人物をただ震えて眺めることしかできなかった。

「…」
女性は時田をひとしきり眺めた後、その場に腰を下ろした。
そしてゆっくりと時田の顔をなでる。

「ひっ」「怖がらないで、土を拭っているだけだから」
思わず悲鳴を上げてしまったが、言われてみれば確かにその冷たい手で拭っているだけである。
身体が液体なためか、手から直接土を吸い取っているようだ。
その割に彼女の身体に土が混じらないのは不思議パワーのおかげか何かなのだろうか。

「あ、ありがとうございます…でもなんで?」
「顔が汚れたままなのは気分が悪いでしょう?怖がってもいるみたいだから少し気分を楽にさせてあげようと思って」
どこかずれているように感じたが、その態度から自分を本当に心配して行っている行為なのだと感じた。
なんだか人間じゃないからと怖がっていた自分が馬鹿に見えて恥ずかしかった。

「わ、私こそ命を助けてもらったのに、すみません…もう大丈夫です」
照れながら時田がそう言うと、女性は時田に向かってこう告げた。

「むしろ先に助けてもらったのはこちらなのだからお互い様よ」「え?」


348 : ◆FmM.xV.PvA :2014/03/28(金) 04:59:19 PLFrBERQ0

女性はセスペェリアと名乗った。彼女は気が付けばこの島の研究所にいたらしい。
そして研究所ともなれば、首輪に関する情報があるのではないかとその場所にあったコンピュータを片っ端から探っていたようだ。
その時、彼女は二人の男女と出会ったらしい。

「男性の名は剣正一、女性の名はミリア・ランファルト…あの二人に出会ったときは救われたと思った」
実際セスペェリアがコンピュータを弄って情報を探ろうとしたのも、そんなことでもしないと不安で仕方なかったからだそうだ。
だからこそ、その二人と出会った時思わずほっと溜息が出たという。

だがそんなセスペェリアの気持ちを彼らは裏切った。
そうその時のセスペェリアの姿は先ほどのスライム体だったのだ。
それでもいきなり攻撃を仕掛けるような真似はしなかったという。彼女が研究所のデータを探っていたからだ
だがいざ肝心の首輪の情報が研究所にないと知った時、彼らはセスペェリアが故意に削除したのではないかと疑った。

そして彼女を殺すことにした。

無論彼女も反論した。だが化け物の言葉に貸す耳なし。その二人はセスペェリアに向けて攻撃を開始したのだという。
それでも彼女は反撃をすることはなかった。二人程度の攻撃までならなんとか捌けていたのだという。

そう運が悪いことに研究所に来訪者が現れたのだ。
ミルという幼女に空谷葵という少女。彼女らは剣を知り合いなのだという。
そして剣は彼女らにとっては信頼できるヒーローでもあった。

「そんなヒーローが化け物に向かって攻撃しているのだから…彼女らが私に攻撃を加えても仕方がないよね」

こうしてセスペェリアは4対1を強いられることになってしまった。
なんとか抵抗した彼女だったが、多勢に無勢、ついに研究所の通信室まで追い込まれてしまった。
万事休すかと思ったその時、電話がなったのだ。

「私はとっさに支給品を使った」

そうして彼女が私に見せてくれているのが、この電気信号変換装置である。
これは電話と電話がつながっている状態なら電話した、あるいはされた場所に移動することができるというものだそうだ。
ただし移動中に電話が切れると、転送が中断され元居た場所に戻されるらしい。
つまりこの時セスペェリアは全てを賭けたのだ。

「あの場から逃げれたのも、この場にきちんとたどり着けたのも、貴女が電話をしてくれ切らないでいてくれたおかげだよ」
本当にありがとう。そう言ってセスペェリアは時田に頭を下げた。
研究所でそんなことがあったなんて露知らずに電話をかけた時田であったが、礼を言われて顔を赤くした。

「いや、それこそお互い様です!私も命助けられちゃったことですし」
「でも怖がらせちゃった…そういうのはトラウマになっちゃうんでしょ?」
勿論、液体人間だなんてもの滅多に見れるわけではない。中にはトラウマになる人もいるだろう。
だが彼女は必死で自分を助けようとして相手を止めようとした結果、力を入れ過ぎて吹っ飛ばしてしまったのだ。
彼女を責めるのは酷というモノだろう。むしろあんな怪しい男に気づかず、まんまと押し倒されてしまった自分が悪い。

「…それでこの後、どうしましょうか…」
「この場にいるのは危険だね。向こうも電話の着信履歴からどこから電話が来たのか把握するだろうし」
なにせ電話がつながったら、その場から受話器に吸い込まれていくのだ。発信先の方へ移動したと考えるのも当然だろう。
故に早急にこの場から離脱しなければならない。

「…じゃあこの男の人も一緒に連れて行きましょう」
「え?でもこの人は貴女を殺そうとしてたよ?いいの?」
「そうなんですけど…彼、かなり混乱してたみたいですから」

それは時田がそう思っただけなのだが、せっかく出会えた人を殺そうとする彼の心境を考えるとかわいそうに思えたのだ。
その証拠に彼が時田を殺そうとした時の表情は、見えづらかったがどこか哀しそうに見えた。

「だから…その…」
「…貴女は優しいね、いいよ、ちょうど休憩所に荷台があるし、それに乗せて連れていこ」
「あ、ありがとうございます!」

そうして彼女らは名も知らぬ加害者も一緒に連れて行った。


349 : ◆FmM.xV.PvA :2014/03/28(金) 04:59:39 PLFrBERQ0


               ★ ★ ★

ここで時間を巻き戻そう。

場所は研究所。二階建てのその建物を眺めている人物がいた。
鍛え抜かれた肉体。眉の間にある三日月傷。それを隠すようにソフト帽に手をかける男。
一見近寄りがたい雰囲気ではあるが、反面その瞳はどこまでも澄み切っていた。

男の名は剣正一。ジャパン・ガーディアン・オブ・イレブンに所属するヒーローの一人である。
表ではしがない貧乏探偵と名乗っているが、事件が起これば夜の騎士、ナハト・リッターとして悪人を追い詰める。
知名度もシルバースレイヤーに次いで高いほど名の知れたヒーローなのである。

そんな彼が研究所を前にして立ちつくしているのは原因があった。

「……なんでお前はそんなに震えているんだ」

そう言って彼が帽子を外すと、彼の頭の上には一匹のシマリスがいた。
名はチャメゴン。彼の従兄である剣神龍次郎のペットである。
龍次郎は悪の組織ブレイカーズの大首領で、ヒーローである正一からすればチャメゴンは敵のペットということになる。
だがペットに罪はないし、たとえ罪があったとしても殺す気にはならない。

それにチャメゴン自体は頭が良くて長生きしているだけのシマリスである。
正一に反抗したとしても、せいぜい噛みつくくらいが精一杯であろう。
チャメゴンもそれが解っているから、不満ながらも正一の帽子に入っていたのだ。

そんな彼が研究所に近づいた瞬間、ぶるぶると震えだした。
まるでこの研究所には何かあると言いたげに。

―それでも入らないわけにはいかないだろう
正一はそう思っていた。無論研究所には首輪の情報があるかもしれないという考えもある。
だがそれよりも入りたいと強く感じさせたのは、この研究所にブレイカーズのマークが印されていたからである。

―龍次郎はここに研究施設があることを知ってるのか…いや知らないだろうな
知っていたなら、龍次郎は参加者ではなく主催者として参加していたはずだ。
つまりこの研究所はブレイカーズを騙る者によって建てられたか、あるいは龍次郎に反旗を翻したブレイカーズの構成員の仕業と見るべきだろう。

―反旗を翻した…そんな心当たりのある人物なんて一人しか思い当たらないけどな
彼が思い浮かべたのは、藤堂兇次郎というマッドサイエンティストである。
何度か彼と接触したことがあったが、そのときの態度からは龍次郎に対する忠誠心のようなものを感じることはできなかった。
もしワールドオーダーが実験の場を提供すると言われたら、喜んで彼は自らの雇い主を売ることだろう。

―こうなると首輪も兇次郎が作成したって線もないわけじゃないか…?
しかし騙る者によって建てられたという考えも捨てられない。首輪に対する考えを兇次郎が作成したという方向へ誘導されてる可能性があるからだ。

―やはり研究所を調べるまでは保留だな
結論としてはやはり研究所に入る必要があるということだ。
故に入ろうと研究所の前までやってきた。

―あの子は研究所の扉の前で何をしているのだろう…

そんな研究所の前では、一人の少女が自動扉の前を往復していた。
文字通り、自動扉の前に行ったり来たりしているのである。
なにやら楽しげに行ったり来たりしているが、何がそんなに楽しいのだろう。

「あー、ちょっといいか?」
「すごい!この扉!勝手に開くなんてすご……!?」

瞬間、なぜかビンタされた。解せぬ。

               ★ ★ ★


350 : ◆FmM.xV.PvA :2014/03/28(金) 05:00:31 PLFrBERQ0
「す、すみませんでした」
「いや、こっちもいきなり声をかけてすまなかった」
ひと悶着あった後、互いに自己紹介をした。
彼女はミリア・ランファルトと言い、今年もう15になる少女だ。
兄もこの殺し合いに連れてこられているらしく、なんとか合流したいと思っているらしい。

―兄妹関係の人たちをこんなモノに巻き込むなんて…ワールドオーダー、思った以上にゲスらしい

「あの、その表情は怖いです…」「え、あ、ごめん」
どうやら怒りのあまり、表情が強張ってしまったようだ。
ミリアを怖がらせてしまったので、正一は謝罪する。

「…正一さんもワールドオーダーさんは許せませんか?」
「…当たり前だ、あいつはこのまま野放しにはしておけない」
「…そうですよね、このままじゃいけませんよね」
「…?」

何故だかわからないが、正一はミリアは何やら怒りを覚えることに憂いているように感じた。
何やら空気が重くなってしまったので、別の話題を振ってみる。

「そういえば、なんで扉の前を行ったり来たりしてたんだ?」
「あ、そ、それは、…自動ドアなんて見たことなかったので…その、つい」
「???」
「こ、この話はいいですから!中に入りましょう!」

そう言ってミリアは先に研究所に入ってしまった。
後を追って、正一も中に入る。

「…これがブレイカーズの研究所か」
中に入った正一はそう呟く。
一階には受付カウンターがあり、中央には階段とドラゴモストロを模した銅像がある。
その他のスペースは見てみないとわからないが、おそらく資料の保管庫や倉庫だろう。
受付に電話が設置されてないことを考えると別の場所に通信室のようなものもあるのかもしれない。
階段は上だけのではなく、下にも続いており、どうやら地下にも階層があるらしいと解る。

―となると研究スペースは地下か?

おそらく地下に実験ルームを設置しており、そこのデータを二階に保存しているのだろう。
その証拠に各フロアを塞げるように、防護シャッターが備え付けてある。
おそらく地下も急場の際にはシェルター化するのだろう。そう考えると地下にデータがあるとは考えにくい。
データの捜索をするべきなら二階を重点的に調べるべきか。正一はそう考えていた。
ふとミリアのことを忘れて思考に没頭していたのに気づき、あわてて様子を見る。

そこにはじっと銅像を眺めるミリアの姿があった。
その瞳に映る色はなにやら哀しそうに見えた。

「…?ミリアちゃん?」
「…え、ああ、すみません、つい先走ってしまって」
「いや、いいんだ、とりあえず二階に行ってみようかと思うけどいいかい?」
「はい、二階ですね!」

そう言って彼女は二階へ上がっていく。
先ほどの銅像を見つめる目つきはなんだったのか問いかけてみたかった。
だがあまり踏み込み過ぎるのも失礼だろうと思い正一は踏みとどまった。
ふとそういえば震えていたチャメゴンはどうしただろうかと思った。

頭に触れると何時の間にやら抜け出したのか、チャメゴンの気配はなかった。

「え?あれ?チャメゴン!?」

思わず声を上げる。龍次郎ほどチャメゴンを愛しているわけではないが、ここは殺し合いの場だ。
流石にチャメゴン一匹だけで行動させるのは危険だと思い、探しに行こうとした。

「きゃあああああああああ!!」
「!?どうした!」

だが今度は二階でミリアの悲鳴が上がった。

―ごめん、後で探すからしばらく一匹で頑張ってくれ!
チャメゴンには申し訳ないと思ったが、一般人の救助を優先し、ミリアの元へ向かう。
二階のどこから悲鳴が上がったのかは、すぐにわかった。
ミリアは二階の部屋に入らず、廊下の前で立ち尽くしたままだったからである。
ミリアはその部屋を青ざめた表情で眺めている。

「一体何が…」
正一も続いてその部屋を見る。

「            な」
思わず息を漏らす。
そこは巨大なモニタールームであった。
所狭しと100台近いパソコンが並べられており、まさにデータを閲覧するにはうってつけの部屋に見える。

だが二人が驚いたのは、そこではない。
その部屋には先客がいたのだ。

その人物は椅子にただ座っているだけだった。
髪は金髪で体格からすると女性のように見える。
女性はただ椅子に座って何かを考えるしぐさをしていた。

その背中から触手が伸びているという点を除けば、全くもって普通であった。


351 : ◆FmM.xV.PvA :2014/03/28(金) 05:00:51 PLFrBERQ0
触手は忙しそうにパソコンを操作していた。いや操作しているように見える。
実際には電源を点けて、触手をケーブルに差し込んでいるだけだ。
良く見てみれば触手の形状はケーブルの差込口に入るように変形している。

―データを片っ端からダウンロードしているのか…?

このような存在をなんというのだろう。
少なくとも人間ではない。だが怪人かと言うとそんな風にも見えない。
悪党商会にもこんなに奇怪な形態をとった人材などいなかったと思う。
ありえるとしたら地球外から訪れた第三者。

「…う、宇宙人か?」

正一は知識の中からそれを無理やり絞り出す。
彼が気づけたのは、JGOEにたまにそう言った情報が流されることがあるからだ。
だがその報告をほとんどの同僚はデマだと考えていた。
正一も一応目は通していたものの、本当に実在するとは思っていなかった。


「…データ回収完了…さてこれからどうするべきかな…」
データをあらかた調べ終えたのか、女性はそう言葉を漏らした。
そしてこちらの方を向き、二人を眺めてしばらく静止した。
どうやら作業に集中していて気づいてなかったらしい。

「…そこで何をしている?」
彼女はそう問いかけてきた。
正一が宇宙人に応える。

「あんたこそ、こんな所でなにを回収してたんだ?」
「質問したのはこっちなんだが、まぁいい…首輪に関係するデータをあらかた回収して回ったのだよ」

やはりここに首輪のデータがあったようだ。
ならここで首輪の解析をすれば首輪を外すことが―

「残念ながらそれは不可能だ」「…どういう意味だ?」

「何故なら私はお前の敵だからだよ、剣正一」
「…なぜ俺の名前を?」

敵と言う言葉も気になるが真っ先に浮かんだ疑問を先に聞いた。
だがある程度の推測はできている。ここはブレイカーズの研究所だ。俺のデータだって―

「確かに載っていたが、それはあくまで変身後のデータだけだ。ここの首領は従弟思いらしいな」
「…さっきからまるで俺の考えを先読みしてるかのようだな…まさか」
「その通りだよ剣正一。私は人の思考が読むことができる。…流石だな、探偵をやっているだけあって思考速度が速い」

何に対して流石と言ったのか、剣正一にはわからない。
だがさっき浮かんだ考えの中には最悪のパターンがあった。もしその通りなら―

「逃げるぞ!」「え!?」
とっさにミリアの手を引いて、この場から離れる。
ミリアはわけがわからないような顔をしているが、説明している暇はない。
もし考え通りなら―

「流石にヒーロー、その勘は大切にするといい…この場から逃げ切れたらの話だがな」

その時、反応できたのはヒーロー経験で鍛えられたある種の勘とその鍛え抜かれた肉体のおかげとしか言いようがない。
実際抱きかかえたミリアも「え?」となにが起こったのか把握できていない。
当たり前だ。相手はノーモーションで攻撃を仕掛けてきたのだ。

先ほどまで自分たちがいた場所の床下から触手が生えてくるなんて想像できるわけがない。

「…な、なんで?」
「あいつは首輪のデータを回収したって言ってた。この研究所にはそれ以外のデータもあるって言ってた」
「そ、それが?その中から首輪のデータを回収するのは普通じゃ」
「じゃあ」

「そんな膨大なデータの中から首輪のデータだけをピンポイントで回収できるのは何故だ?と言いたいのだろう?」


正一の言葉の続きを語りながら、宇宙人はゆっくりと歩を進める。
背中からは触手が蠢き、その両の手も獲物を刈り取らんと様々な凶器に変形している。

「考え通りだよヒーロー、私は主催者が送り込んだもう一人のジョーカーだ」

そうして宇宙人は二人に向かって、襲い掛かってきた。


               ★ ★ ★


352 : ◆FmM.xV.PvA :2014/03/28(金) 05:01:13 PLFrBERQ0

ミルファミリーの面々は研究所を目指していた。
理由は正一と同じくこの研究所に首輪に関する情報があるのではないかと思ったからだ。

「でも実際首輪の情報なんて残ってるのか?」
葵は懐疑的であった。
こんな場所にそれみよがしと設置されている研究所にデータなんてあるわけないと考えているのだ。

「いや、もし藤堂兇次郎が協力者なら間違いなくデータが残っている」
「その根拠は?」
「長年の付き合いから導き出された直感だな!」
葵はため息を漏らすが、ミルは真面目な表情で続ける。

「実際データは残してあると思う、あいつは自分が実験できれば良い奴だからな。
 そういうデータの管理には疎いのだ。あいつの助手もそういう管理には疎い戦闘用アンドロイドだったしな」
「…それなりにデータが残ってると思われる根拠はあるんだ」

「うむ…故にもしデータが無いとすれば、この会場に招かれた第三者の仕業だろうな」
「…もう一人のあいつか、そういや忘れてたな」
この会場には急場で書き換えられたもう一人のワールドオーダーがいた。
そいつなら確かに首輪のデータを削除するという行動にも移りそうだ。
奴らの目的はこの殺し合いを迅速に進めることで、脱出の鍵となる首輪の情報は是が非でも隠匿したいはずだ。

「いや、むしろミルはそれとは別に協力者がいると考える」
「…あれの他にも協力者が?」
その可能性は考えてなかったので、葵は思わず尋ね返す。

「…簡単に言えばあからさますぎるのだ。あれじゃあ皆に警戒してくれと言っているようなモノ。
 ジョーカーとして機能しているとは言い難い。むしろあれは周囲の警戒を引きつけさせるためだけに書き換えられたのではないかとミルは思う」

「つまり本命は別にすでに動いているっていうの?」
この場にはジョーカーが二人いるかもしれないと知って、半ば表情が強張る葵。
そんな彼女らに一匹の獣が近づいて行った。


               ★ ★ ★

ジョーカー。
無論剣もあのワールドオーダーがもう一人の自分を送っただけで満足するとは思ってはいなかった。
だが、彼は人間の可能性が見たいと言っていたはずだ。それが何故宇宙人をジョーカーとして送っているんだ?

「余計なことを考えている暇はあるのか?」
宇宙人はそう言いながら攻撃してくる。こうした思考も読み取られているのか。
正一は向かってきた触手をなんとかそれを避けながら一階へ降りる。余計なことは後回しにする。今とにかく逃げなくては。
本当ならアレを野放しにするのは得策ではない。だが特製のスーツを着ていない正一は鍛えただけの一般人と大差ない。
それに今はミリアがいる。彼女を危険に巻き込むことはできなかった。
そうして一階へ降りた時、彼は違和感に気づく。

―な、なんで防護シャッターが下りてるんだ!?

ここは仮にも研究所。万が一のために防護シャッターくらいは備え付けてある。
正一も実際その目で確認している。だが先ほどは降りていなかったはずだ。それが何故―

「先ほどお前たちの姿を確認した時に起動させてもらった」

宇宙人がそう言ってきた。手にはいつの間にかリモコンのようなものがある。
そうこいつは自分たちよりも早くに研究所に入っていたのだ。
ならばこの施設の機能のすべてを頭に入れてないだなんて、どうして考えられたのか。

「まぁ焦りを覚えても仕方がないさ、お前はただの人間で、私は宇宙人なんだ、焦りを覚えない方がおかしい」
「…俺はただの人間じゃない」
「ナハト・リッターだろ?だが鎧がなければお前は鍛えただけの人間だ」

そう言って彼女は触手を再度伸ばしてきた。前方には触手、後門にはシャッター。
万事休すか。思わず正一は目を瞑った。

「ElCriC!」


353 : ◆FmM.xV.PvA :2014/03/28(金) 05:01:40 PLFrBERQ0

ふと横から声が聞こえた。
目を開いてみると、触手は自分たちを避けるようにシャッターを貫いていた。

「え?」「黙っていてすみません、剣さん」
そうして先ほどまで抱き上げていた少女を見つめる。
少女はいつの間にか手に杖を持っていた。その杖は先端からわずかながら光を発している。
よく見れば、それは自分のバッグに入っていた杖である。
魔法を習得していれば有用なようだったが、自分には使い道がなかったので入れっぱなしだった物だ。

「ほう、それが魔法とやらか」
宇宙人がそう呟く。
正一も実際に目の当たりにしたのはこれが初めてだ。そしてそれを使える人物と出会うのも。
剣は思わずミリアに尋ねる。

「ミリアちゃん、これは」
「すみません、でも今は説明してる場合じゃないですよね」
そう言って、ミリアはさらに呪文を唱える準備をする。

「ほう、魔法と言うのは一度に別の魔法を使うことはできないと聞いたが」
「…詳しいんですね、確かにその通りです、でもそれは詠唱が終わればの話、詠唱が続いている間は前の魔法は発動したままなんです」
なるほどと納得した様子を見せながら、宇宙人は静観を決め込んだ。
触手は円状に広がった盾の周りをうろついている。

「…これから逆転の秘策でもあるのか?」「いいえ、残念ですけど逃げるのが精一杯です」
正一はそう尋ねたが、ミリアは申し訳なさそうに笑う。
逆転の秘策はなくても、この場から逃げ出せるのならそれだけでも上出来だ。

「今から行う魔法は帰還魔法です、私たちをはじまりの場所に転移させます」
「なるほど、つまり一旦離れ離れになるわけだ」
「ええ…すみません、この場所からも遠ざけることになってしまいます」

それ自体は別に構わない。だが何故だろうか。正一にはミリアが嘘をついているように見えた。
宇宙人の方の態度からもそれを窺える。攻撃が通用しない盾を広げているのにもかかわらず、奴は触手を展開したままだ。
そして先ほどのやりとりから考えると―。

「正解だ、剣正一。その娘は自分を犠牲にしてお前を助けようとしているのだよ」
宇宙人の返答に剣は答えない。ただミリアに確認する。

「…本当にそうなのか、ミリアちゃん」
「…仕方がないんです、私この場の皆さんの役に立てませんから」
ミリアは悲しそうにそう告げる。

「…そんなことはない、君がいなければ俺はここで死んでいた」
「もともとこんなことに巻き込まれたのも私のせいです…それに私はツルギさんのように頭もよくありません」
「いやそんなこと言ったら俺だってスーツがなければ戦いには参加できないし」
「…でもこの場で求められるものは賢者です」
彼女はそう言った。

「…どうして?」
「首輪が解除されればみんな、この殺し合いがいかに無益なのかわかってくれます。
 でも私の魔法ではこの首輪を解除することはできません。
 ですから私のように魔法を使う事しか能がない人よりも、ツルギさんのように考えを巡らせることの出来る人の方が生き残った方がいいんです」
「…そうかもしれないな」

実際そうかもしれない。
いくら戦いが強いものだけが生き残っても最終的に首輪を解除できなければ反旗を翻すことはできない。
それで困らないのは、すでに乗ってしまったものか、目の前にいるジョーカーくらいだ。

「だけどだからといって犠牲になるのは早計だ」
「でも、この盾もいつまでも展開できるわけじゃありません、このままじゃ」
「いや秘策ならもう浮かんだよ」


354 : ◆FmM.xV.PvA :2014/03/28(金) 05:02:02 PLFrBERQ0

宇宙人が驚いた表情を浮かべた。
当然だろう。その浮かびあげた秘策は完全に他人任せだからだ。
思わず彼女は口を開いた。

「…正気か?シマリスに一縷の望みを託すなど」

「本気さ、あいつはただのシマリスじゃないからな」
おそらくチャメゴンはこの宇宙人がこの建物にいることを悟っていて震えたのだろう。
そしてこのままでは死ぬと思い逃げ出した。ここまでは間違いない。
だがあれはあんなナリでもブレイカーズの大首領のペットだ。やられっぱなしなんて認められるわけがない。

「だが、それはお前がそう思っているだけだろう?実際はそんな殊勝な奴じゃないかもしれないぞ」
「それこそ可能性の話さ、あいつが龍次郎のペットなら必ず戻ってくる」
―そしてその時こそが俺たちがお前を追い詰める時だ

そんな思考を読み取り宇宙人は思わず失笑する。
「こんなものに付き合って命を無駄にするつもりなのか?」
そしてミリアにそう問いかける。
ミリアもはたして正一の秘策をどこまで信じていいものかと困惑していた。
そして正一の表情を見る。彼は目を閉じていた。いや正確には何かが来るのを待っていた。

「…わかりました、待ちます。でももしもの時は魔法を使います」
「勿論、そうなったら仕方ないな」

本気で意志を固めたらしい。これだから人間は理解できない。
彼女がそう考えた時、それは来た。

突然防護シャッターごしに強風が研究所の二階に吹き荒れた。

「!!?」
気を緩めすぎていたのだろう。突然の強風に宇宙人は耐えきれず後方に吹き飛ぶ。
防御魔法で周りを覆ってなかったら、正一たちも吹き飛んでいただろう。

「と、とりあえず撃ったけど、これでいいのか?」
「さぁ?ミルはそこらへんはテキトーだからな」
「…ちょっと不安になったがまぁ大丈夫だろ」
そう言って青いマフラーを靡かせた少女と小さい幼女が二階にやってくる。
幼女の手にはなにやら鳥の頭の形をした特徴的な銃が。
そして少女の肩には一匹のシマリス―チャメゴン―が乗っていた。

チャメゴンは正一を見ると、感謝しろとでも言いたげに踏ん反りがえっていた。
正一は苦笑しながら、宇宙人に勝ち誇った。

「賭けは俺の勝ちだな」

「まさか本当に救援にくるとは思わなかったな…」
宇宙人はそう呟く。廊下の奥まで吹き飛ばされたが、負傷してはいない。
まだ戦うことはできる。

「…四人か…さすがにこの数を相手取るのはめんどうだな」
とはいえ風で吹き飛ばされた際は身体中がバラバラに散らばっていた。相手がその隙をついてくることはなかったが、次もそうとは限らない。
マフラーの少女が「…新種の吸血鬼?」などと呟いているのを、尻目に見ながら宇宙人は床に手を当てた。

「…何をする気だ?」
「お前たちを殺してやってもいいんだが、この場ではあまり消耗をしたくない」

―故にこの場はお前たちに勝ちを譲ってやる。

そう言って彼女は姿を消した。
正確には床に穴をあけてその下に降りた。
思わずその穴まで向かう。
そこには宇宙人の姿はなく、繋がりっぱなしの電話が転がっていただけであった。

「…逃げられたか」
あれほど危険な人物を野放しにしてしまったのは痛手であった。
だがとりあえず今は誰の命も失うことなく、戦いを終わらせたことを素直に喜ぶことにした。


355 : ◆FmM.xV.PvA :2014/03/28(金) 05:02:23 PLFrBERQ0

【C-10 研究所二階/黎明】

【剣正一】
[状態]:健康、疲労
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜1
[思考・行動]
基本方針:ナハト・リッターとして行動する
1:とりあえず疲れたな…
2:この場に集まった人たちと自己紹介を踏まえた状況確認をしたい
3:チャメゴンには助けられたな…
※宇宙人がジョーカーにいると知りました。
※研究所がブレイカーズの研究所だと知りました。
※藤堂兇次郎がワールドオーダーと協力していると予想しています

【ミリア・ランファルト】
[状態]:健康、疲労
[装備]:オデットの杖
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜3
[思考・行動]
基本方針:この殺し合いの無意味さを説く
1:賭けが成立してよかったです…
2:この場に集まった人たちはどのような人たちなのでしょう
3:兄さんと合流したい
※宇宙人がジョーカーにいると知りました

【ミル】
[状態]:健康
[装備]:悪党商会メンバーバッチ(1番)
[道具]:基本支給品一式、フォーゲル・ゲヴェーア、悪党商会メンバーバッチ(4/6)ランダムアイテム0〜2
[思考・行動]
基本方針:ミルファミリーで主催者の野望を打ち砕く!
1:亦紅とルピナスを探す!葵の人探しにも手伝ってやるぞ♪
2:首輪を解除したいぞ。亦紅、早くいつもみたいに必要な道具を持ってきてほしいのだー
3:ミルファミリーの仲間をいっぱい集めるのだ、この人たちも仲間に入れるぞ
※ラビットインフルの情報を知りました
※藤堂兇次郎がワールドオーダーと協力していると予想しています


【空谷葵】
[状態]:健康、肩にチャメゴンを乗せている
[装備]:悪党商会メンバーバッチ(2番)
[道具]:基本支給品一式、トマトジュース(5/5)、ランダムアイテム0〜1、チャメゴン
[思考・行動]
基本方針:ミルファミリーで主催者の野望を打ち砕く!
1:ミルはあたしが守る!
2:亦紅、ルピナス、リクさん、白兎、佐野さんを探す
3:ミルファミリーの仲間を集める
※ルピナス、亦紅、藤堂兇次郎の情報を知りました
※ミルを頭の良い幼女だと認識しています。元男は冗談だと思っています。ただし藤堂兇次郎についての情報は全面的に信用しています


               ★ ★ ★


356 : ◆FmM.xV.PvA :2014/03/28(金) 05:02:41 PLFrBERQ0
宇宙人―セスペェリア―は考える。
受話器から出た先では、なにやら殺人が起こりそうであった。
このまま眺めるのも一興だったが、自分がジョーカーだと剣たちに知られてしまったので、仕方なく男を叩きのめした。

そして助けた少女に事情を偽って説明する。
こうすることで自分は少女には、姿かたちのせいで誤解されている哀れな化け物に見えたことだろう。
剣たちが自分をジョーカーだ、マーダーだと訴えたところでそんなに早く人の考えを変えさせることはできない。
そしてその隙に乗じて殺す。現状ではこれが理想の形に思える。

―まぁやばくなったら切り捨てればいいだけか

滑車に乗せた男を気にかけている時田を見ながら、セスペェリアはそう思った。

―時田は優しいな、自分を殺そうとした男を混乱してたからだという理由で許してやるとは

しかし残念ながら、その男は混乱してたから時田を殺そうとしたのではない。
男―京極竹人―は一種の我慢弱い人間だ。ひとたび殺人衝動を引き起こしてしまうと誰かを殺すまで治めることができない。
故に京極は時田を見つけた時、こう思ったはずだ。

―この娘を殺せば、理性的な人間に戻れる。

実際そのような台詞をセスペェリアは受話器から這い出る際に聞いていた。
だからこそこの男を生かしたのだ。殺し合いの円滑な進行こそがジョーカーの役割。
マーダーを減らすような真似はしたくなかった。

―とはいえ、目が覚めたら殺人衝動も収まっていたなんてこともあるかもしれないが。

だがそれはそれでいいかと彼女は思う。
むしろその方が悲惨かもしれない。仲が良くなった少女を果たして京極はどのような心境で殺すのか。

近い未来訪れるやもしれない未来図を想像して、セスペェリアは密かに笑みを浮かべた。

彼女が何故ジョーカーになったのか、あるいはなれたのか、その答えを明かすのはまた今度にしよう。

【セスペェリア】
[状態]:健康、疲労(ふり)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、電気信号変換装置、ランダムアイテム0〜2
[思考・行動]
基本方針:ジョーカーとして振る舞う
1:とりあえずしばらくは時田らと行動するか
2:ついでに剣たちの悪評をばら撒こう
3:京極が起きた時が非常に楽しみだ
※この殺し合いの二人目のジョーカーです
※何故ジョーカーとなったあるいはなれたのかは、後続にお任せします

【時田刻】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、地下通路マップ、ランダムアイテム0〜2
[思考・行動]
基本思考:生き残るために試行錯誤する
1:とりあえずセスペェリアさんは信頼できそう
2:この男の人も運んであげよう
3:次に…次に何が起きるの…?

【京極竹人】
[状態]:負傷、気絶
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、アイスピック、ランダムアイテム0〜2
[思考・行動]
基本思考:???
1:???
※次起きた時、殺人衝動が収まっているかどうかは後続にお任せします

支給品説明
【チャメゴン】 
秘密結社ブレイカーズ大首領・剣神龍次郎の飼っているオスのシマリス。 
龍次郎が大首領になった際に、先代大首領であった龍次郎の叔父から就任祝いとしてプレゼントされた のが出会い。遺伝子操作が施されており、そこらのシマ

リスより長生きで頭も良い。
一般人の知り合いの少ない龍次郎にとって唯一とも言える親友と呼べる存在。 
ちなみに名前の由来は、特撮コメディドラマ「快獣ブースカ」に登場する同名の快獣から。

【オデットの杖】
魔女オデットが扱う杖。これを魔法を扱う者が持てば通常よりも効果の良い魔法を扱うことができる。

【電気信号変換装置】
電話がつながった状態で使用すれば、その場所へ受話器を通じて移動することができる装置。
ただし移動途中で電話が切れると、元居た場所に戻されてしまう。
使用後2時間経たないと再使用できない。

【アイスピック】
氷を割るための道具。ロワでは刺殺専用。


357 : ◆FmM.xV.PvA :2014/03/28(金) 05:05:18 PLFrBERQ0
投下終了です。タイトルは『エイリアン』でお願いします。
前篇後編に別れるようなら>>348までを前篇でお願いします。

なにか問題や誤字、矛盾などありましたら、指摘お願いします。


358 : 名無しさん :2014/03/28(金) 15:45:23 LWgb4Q/I0
投下乙です。
ジョーカーと危険人物を抱えてしまった時田ちゃんの明日はどっちだ!?
剣たちは危機一髪だったけど、チャメゴンのおかげでミルファミリーと合流できたし良い対主催チームになりそうだな
悪評を広められるフラグもあるけど…


359 : ◆FmM.xV.PvA :2014/03/28(金) 17:26:52 P79phjfI0
すみません、時田、セスペェリア、京極の場所を書き忘れてました。
【E-7 鉱山内部 休憩所付近/ 黎明】でお願いします。


360 : ◆HI3AkvaUlU :2014/03/28(金) 20:04:54 /SMgJXO60
投下します


361 : Eyes Glazing Over ◆HI3AkvaUlU :2014/03/28(金) 20:05:53 /SMgJXO60
ねえねえ見て見てルッピー!朝焼けだよ!紫色だった世界が黄金色に染められてくよ!
綺麗だねえ。私、こんな草原で朝焼けを見るのって初めて。ルッピーはどう?
そうだね、出来ればルッピーと二人で夜明けを見たかったな。二人で一緒に、寄り添って……。
なんてね!せっかく新しい一日が始まるのに湿っぽいことなんて言いっこなしなし。
ルッピーも今ごろ天国からこの美しい朝焼けを見てるよね。だけど君のほうが朝焼けの何兆倍も何京倍も綺麗だぜ、ルッピー。

「――動かないで!」
デイパックに入ったルッピーの死体とお話しながら歩いていた私は、背後から聞こえた女の声に呼び止められた。
「はい?」
振り返ると私に向けてショットガンを構える髪の長い女が見えた。
トレンチコートなんか着こんで、海外ドラマに出てくる女探偵みたいだ。

「初対面の人間に銃を突きつけるなんて、かなり無作法じゃありません?」
「貴女が廃品処理場から出てくるところを見かけたの」
私の軽口を無視して女は銃口を突きつけてくる。
見られてたのか。

「それがどうかしたんですか?」
「廃品処理場前でまだ煙が立ち上ってる切断された焼死体を
 それに処理場内では頭部が損壊した人間とは思えない生物の死体を発見したわ」
あぁ、後者はきっと暗黒騎士さんだ。彼のことを思うと胸が痛む。

「あの二つの死体について、貴女は何か知っているの?」
何か知ってるか?とは随分と遠慮した質問をする。
面白いので少し煽ってやることにした。
「人にものを尋ねるなら、まずは自分の氏名と身分くらい明かしたらどうです?」
「……私の名前は初瀬ちどり。職業は探偵よ」
へーえ、本当に探偵なんだ。
そういえばうちの学校にも「驚異の高校生探偵」とかマスコミに騒がれてるいけ好かない上級生がいたっけ。
まあいいや。私も誤魔化すつもりはないし、教えてやろう。
「処理場前で燃え残ってる害獣を殺処分したのは私ですが、何か?」

探偵が息を飲むのがわかる。あっさり認めたのが以外だったのだろうか。
「……どうして、そんなことを?」
どうして? どうしてかって? 知りたいなら教えてやるさ。
「あの糞滓が……あの下衆女が私の友達を殺したから!」

最後まで冷静に言おうとした。だけど無理だった。
私の叫びが草原に消えると、静寂が戻ってきた。
探偵は私を見つめたまま、何も言わない。
元よりわかってもらおうだなんて思っていない。
くだらない法律やくだらない道徳に邪魔されて、人を愛する気持ちを理解できないつまならい人間には
私が行なった仇討ちの価値なんて理解できるわけないんだ。
勘違いしたエセヒューマニズムを振り回して説教するか、人殺しだと悲鳴を上げて逃げ出すか、好きにすればいい。
捕まえようとしてきたらぶっ飛ばしてやる。火の力を使えばショットガンにだって負ける気はしない。
殴り合いになったって神ノ刀で強化された今の私なら勝てる。今ならはっきり言ってうちのクラスの八極拳バカ一代にも勝てる自信がある。

「貴女を……責めるつもりはないわ。そんな資格は私にはない」
しかし探偵がぽつりと呟いたのは意外な言葉だった。

「私も、復讐を果たしてきたから」
そう言うと、探偵はショットガンをゆっくりと下ろした。


362 : 名無しさん :2014/03/28(金) 20:06:43 /SMgJXO60
◆◆◆◆◆◆

地下に広がるその広大で殺風景な空間は、見ようによっては古代の闘技場に見えなくもない。

その広場の中心に、案山子は倒れていた。

襤褸切れを継ぎ合わせたコスチュームは、出鱈目に赤インキを垂らしたロールシャッハテストのように血に塗れ
頭に被っているトレードマークの稚拙な顔の描かれたボロ袋は、口に当たる部分が赤く汚れている。


初瀬ちどりは案山子の体に散弾を叩き込んだショットガンを油断することなく構えながら
ゆっくりと案山子に近づいていった。

ひゅー、ひゅーという呼吸の音が聴こえる。
まだ完全に息絶えてはいないようだった。
初瀬ちどりはその側に屈むと、案山子の顔を覆うボロ袋をゆっくりと捲くっていく。
長い間追い求めてきた相手の素顔を、彼女はようやく知ることができた。

「……意外と、平凡な顔をしてるのね」

そしてその顔に向けてショットガンの銃口を突き付けると、引き金を引いた。

【E-10 地下実験場/深夜】
【案山子 死亡】

◆◆◆◆◆◆


363 : 名無しさん :2014/03/28(金) 20:07:18 /SMgJXO60
「――結局私は、口先では法の裁きを受けさせるなんて言いながら
 心の中では自分の手で殺したやりたいと思い続けていたのよ。
 昔捕まえ損ねた犯人に言われた通りになってしまったわ。
 こうやって機会を与えられたら、躊躇うことなく殺してしまった。
 情けない限りよね……ワールドオーダーの企みにまんまと乗せられて」
「そんな、悪いのは初瀬さんじゃなくてその案山子って奴じゃないですか!
 初瀬さんは何も悪くありませんよ!」
私は初瀬さんの手を思わず握り締めていた。
意外だった。まさかこんな所で私の復讐を理解してくれる人と出会えるなんて。
誰からもわかってもらえないだろうと諦めていた。でもこの人なら私がした事の本当の意味をわかってくれる。
それは彼女が私と同じ復讐者だから。ルッピーやユキのような愛する友達とはまた違う、同志と呼べる人だからだ。
気がつくと私は、処理場で何が起こったのかをしゃべり始めていた。


言葉は堰をきったように溢れて止まらなかった。
きっと私も、誰かに自分の事を聞いてほしかったんだ。
私は一方的にしゃべり続けた。

私が殺した白雲彩華という女が、いかに醜悪残虐惨忍冷酷非情外道無道無情卑怯卑劣下劣下等劣等な
世に存在する全ての悪逆を集めて煮しめたような最低最悪の汚物であったか。

そんな邪悪の権化というべき怪物に無辜の命を奪われたルッピーが
いかに美しく、優しく、可愛く、気高く、清らかで可憐な魂を持った女神の如く愛らしい乙女であったか。

そしてルッピーを護る為に戦って死んだ誇り高き暗黒騎士さんと、彼を殺した天魔白雲彩華の眷属の穢らわしい妖怪のことも。

天国に行って真実を知り、神と契約して悪魔を討滅したことを語り終えると
初瀬さんは優しい笑顔を浮かべて言ってくれた。
「……辛かったのね。友達を失って」

その言葉で不覚にも涙が溢れてきた。
私は慌てて泣きそうなのを誤魔化すと、バックの中から天国で撮った記念写真を取り出した。
「ほら、これが天国でルッピー達と一緒に撮った記念写真です」
私の宝物だけど、復讐仲間である初瀬さんには特別に見せてあげることにする。
「これが天国?普通の街と変わらないわね。
 でもこの鎧は、たしかに処理場内で死んでいた人ね……。……この可愛い子が貴女の友達?」
「はい、ルッピーです!」

可愛いだって、エヘヘ、やっぱルッピーを見たら一億人中一億人がそう思うんだなァ。
嬉しくなったので大サービスしてあげよう。
「それじゃルッピーに会わせてあげます」
私はバックに手を突っ込むと、ルッピーの死体をそっと取り出した。
「ひっ」
ルッピーを見て初瀬さんが小さく悲鳴を上げた。
何を驚く必要があるのだろう。こんなに美しいルッピーを見て。
「夏実さん……その子は……」
「ルッピーです。ほらルッピー、この人が初瀬さんだよ」
「本当に連れて来てたの……」
あっ、ルッピーの鼻から少し汁が零れてる。
死ぬと体の力が緩むから仕方ないね。ぺろりと舐めとってあげる。しょっぱい。
初瀬さんが「うっ」と呻いて口元を押さえた。人前でちょっとはしたなかったかな。
ちょっと髪を梳かしてあげてから、私はルッピーを丁寧に仕舞い直した。

「本当は天国に行って生きてるルッピーに会わせられれば一番いいんですけど……
 ごめんなさい。黄泉の石は貴重品なんです」
「え、ええ、結構よ。もう充分だわ」
黄泉の石はあと4個しかない。初瀬さんには悪いけどこれは私がルッピーに会うために使いたかった。

「兎に角、それがあの処理場で起こった事の全てです。信じてもらえますか」
「私の知る常識では測りきれないような部分もあったけど……信じるわ。貴女の話を」
初瀬さんならきっとそう言ってくれると思っていた。


364 : 名無しさん :2014/03/28(金) 20:08:02 /SMgJXO60
「ねえ、夏実さん。この島から脱出するのに力を貸してもらえないかしら」
そう言って初瀬さんがバックから取り出したのは血に塗れた首輪だった。
「初瀬さん!これ……」
「案山子の首輪よ。これを解析すれば、私たちに嵌められた首輪を外すことができるかも。
 これを知識のある人に渡すことができれば……」
さすがプロの探偵、復讐を果たしながらもちゃんと脱出するために首輪のサンプルを回収することを忘れなかったんだ。
そして解析できる人と聞いて、私の頭に一人の人物が閃いた。

「そうだ!ミルさんなら何かわかるかも!」
「心当たりがあるの?」
「はい!知り合いならこれを解析……それどころか外すことだってきっと可能です!」
それを聞いて初瀬さんの顔もほころぶ。

「夏実さん。力を合わせてこの殺し合いから脱出しましょう」
「はい!」
「そしてこの島から脱出したら、一緒に自首しましょう。罪を償ってもう一度やり直すのよ」
「は?」

◆◆◆◆◆◆

え、自首?なんで?

「ええ、自首すれば罪は軽くなるわ。だから――」

なんで自分から言う必要があるんですか?
黙っていればこの状況だもの、警察にも誰が殺したかなんてわかりませんよ。
それに、私も初瀬さんも人殺しの怪物を退治しただけなのに。

「私達が殺したのは人間よ。たとえどんなに邪悪だったとしても。
 人を殺した、その罪は償わなければいけないわ。
 大丈夫よ。真実を述べて、友達を殺された貴女の苦しみを訴えれば、情状酌量の余地は充分にあるわ」

いやいやいや
そりゃ私だってサイコパスじゃないんだから人を殺したという罪悪感はありますよ。すごく悪いことをしたって気持ちはありましたよ。
でもあの×××に蛆が湧いた豚淫売を始末しただけで、そんな罪悪感まで感じてやったんだからもう別にいいでしょう。それだけでお釣りがくるくらいでしょう。
つーか殺し合いに乗ったキチガイを処分して何がいけないんですか。正当防衛じゃないですか。

「流石に手を切り落として銃弾を全て防いだ後に首を切断して遺体に火を点けたら正当防衛は無理よ。
 でも状況を考慮すれば過剰防衛で――」

いや、そもそもさ、私が殺しをした原因ってあのワールドオーダーとかいうバカが殺し合い始めたからですよね。
つまり悪いのはあの革命キチであって私じゃないでしょ。白雲彩華が地獄の肥溜めから這い出てきた悪魔の糞以下の最低存在だってことだけは変わりはないけど。

「ええ、殺し合いを強要された状況下で、貴女は未成年者、きっと執行猶予がつくわ。知り合いの弁護士も紹介するから――」

百歩譲って私が捕まること自体はいいよ。
でもそうしたらルッピーと約束したプロのバスケ選手になれなくなるじゃん。
あのゴミクズクソブスを殺した咎で警察なんかに引っぱられてみろ
ルッピーが信じてくれた、ルッピーが協力してくれたバスケの選手になるっていう私の夢が果たせなくなる。
これからが大切な時期なのに全部ブチ壊しになる。それこそ人生終わりだよ。
私にはこの世のどんな法律よりたった一つのルッピーとの約束のほうが大事なんだ。

「貴女はまだ若いんだもの。罪を償って人生をやり直せばいいのよ」

無理だって。
今の世の中、未成年だろうが執行猶予がつこうが一生風評被害がついてまわるって。
同級生を刻んで燃やした前科者がプロ選手になれるわけないじゃん。
約束を果たす途中で戦って死ぬのはいい。でも約束を守れずに罪人として生き続けるのは嫌だ。
大体、白雲なんかを殺したせいで私の人生が台無しになったら、それこそルッピーが悲しむよ。

「ねえ、夏実さん。本当に天国があって、そこから貴女の友達が見守っているとしたら
 罪を隠し続ける貴女を見ているほうが悲しむとは思わない?」



は?

五月蠅い。

何も知らないくせに知った風な口を利くな。


365 : 名無しさん :2014/03/28(金) 20:08:53 /SMgJXO60
ルッピーは悲しんでなんかいない。むしろ喜んでくれたんだ。

ルッピーと暗黒騎士さんはあの悪鬼波旬どもを殺した私に感謝してくれたんだから
『ありがとう、夏実』って
『感謝する、夏実殿』って
あの二人の声は今でもはっきりと耳に残ってるんだ。だから

「――気になっていたんだけど、その最後に聞こえた二人の言葉は、黄泉の石を使って聞いたものなの?」

違う
けど私には確かに聞こえたんだ。二人の感謝の声が

「ならば――それは本当の彼らの言葉じゃないと思うわ」

はぁ?

なんでそんなことがお前にわかるんだ
ルッピーに会ったこともないくせに

「何故って……
 貴女の友達と、その友達を命がけで護った人は
 貴女が人を殺すのを見て喜ぶような人たちだったの?
 話を聞く限り、私にはそうだとは思えないわ」



ぐにゃり
足元がふらつく
頭の中が熱くなる

そうだ
私も最初は良くないことだとわかってやったんだ
ルッピーに怒られるってことを覚悟してやったんだ

でもルッピーたちは感謝の言葉をくれた


『ありがとう、夏実』
『感謝する、夏実殿』


たしかに聞こえたんだ

だから私は、あの二人が力を貸してくれて
三人で力を合わせてあいつらをやっつけたんだと


「三人の力なんかじゃない。白雲さんを殺したのは貴女一人よ。その罪を負うのも、貴女一人」


あの時信じられた友情が、愛が、温もりが消え失せていく
ああ嫌だ
こいつがいるから
この女が


「復讐したって死んだ人間は喜ばない……当たり前よね。
 仇を討って救われるのはただ独り、復讐した自分だけ。
 他人の為に復讐するだなんて、そんなの只の欺瞞。
 どんな理由があろうとも、復讐は自己中心的で利己的で自分勝手な単なるわがままに過ぎない。
 復讐の道を選んだ人間は、その事実からだけは目を逸らしてはいけないのよ。きっと」


結局この女もくだらない法律やくだらない道徳に囚われたつまらない人間だったんだ
クソ、こんな奴に何もかもを教えるんじゃなかった
せっかく仲間だと思ったのに
裏切りやがって


366 : 名無しさん :2014/03/28(金) 20:09:25 /SMgJXO60
「夏実さん、貴女の選んだ道を責める資格は私には……私にだけは絶対にない。
 だけど自分の犯した罪と向き合って、ちゃんと償わなければ、
 そうしなければ新しい道には進めないわ。
 私も一緒に行くから――」

「――甕速日神」


◆◆◆◆◆◆


元々激しやすい性格なんだ。
火のように、一度点くと一気に燃え広がってしまう。

昔、弟に体型(主に胸)の事をバカにされて、怒りのあまり発作的にバットで滅多打ちにして殺しかけたことがある。
またあの時と同じようなことをしてしまった。結果はこっちのほうが最悪だけど。

目の前で黒焦げになっている初瀬さんだったものを見つめる自分の顔は、きっと無表情だと思う。

これで私が白雲を殺したことを知る者はいなくなった。
それだとまるで口封じのために初瀬さんを殺したみたいだが、そんなことはどうでもいい。
正直、警察に捕まったってよかった。
あのまま説得が続いていたら、私も自首する覚悟をしていたかもしれない。
初瀬さんがルッピーを引き合いに出して、私たちの絆を否定するようなことを言わなければ。
私は絶対に初瀬さんを殺したりしなかった。


「ルッピー」

口に出した自分の声は震えていた。

ルッピー、あの時、あの正義の戦いの後で聞こえた言葉はあなた達のものじゃなかったの?
ルッピー、ルッピーは私の罪を許してくれたんじゃなかったの?
ルッピー、私が感じた絆は、私一人ででっち上げた幻想だったの?

今すぐ天国に行きたい。天国に行ってルッピーに確かめたい。
でも、怖い。
もしもルッピーに違うと言われたら?
もしもルッピーに拒絶されたら?
もしもルッピーに見捨てられたら?

優しいルッピーが私を見捨てるわけない。
頭ではわかってる。だけど黄泉の石を握ろうとする手が震える。

ねえ、ルッピー、ルッピー、ルッピー、ルッピールッピールッピールッピールッピールッピールッピー、


『夏実』


聞こえた。

確かに今、ルッピーの声が聞こえた。


『ありがとう、夏実』


367 : 名無しさん :2014/03/28(金) 20:10:02 /SMgJXO60


ああ


『ありがとう、夏実』


ルッピーの声が聞こえる。
確かに聞こえる。

やっぱりあの女探偵は間違っていたんだ。私達の絆のほうが正しかったんだ。
あんな女は殺して正解だった。あいつは私を唆して地獄に落そうとする毒蛇だったんだ。


『ありがとう、夏実』


ほら、ルッピーもうれしそう。
きっと私が悪魔の囁きに打ち勝って、悪魔を倒したから喜んでくれてるんだね。
ありがとうルッピー。感謝するのは私の方だよ。
ルッピーのおかげで、私は自分が正しい道を歩いてると確信できた。

そうだ、あの女を殺したことで、私が新しく得た力を何に使うか。はっきり決まった。
まずはこの島にいる悪人を全員殺す。
この島から出ても、悪人を殺し続ける。
愛を理解せず、愛の邪魔をする奴こそが悪だ。全員殺す。悪人を殺すことこそ『ヒーロー』の、『騎士』の役目だ。
殺して、その正義を天国のルッピーに捧げる。
きっとルッピーはまた喜んでくれるだろう。


『ありがとう、夏実』


黄泉の石はまだ使わない。
今はルッピーの声が聞けるだけで十分だ。

◆◆◆◆◆◆

焼け残ってる女のデイパックから、役に立ちそうなものは頂戴することにした。
ショットガン、その他の支給品、血塗れの首輪も。
パックを漁っていると何かが地面に落ちた。
拾ってみると、変な模様の描かれたボロ袋だった。一部が血で汚れている。
汚いから草原に投げ捨てようと思ったが、なんとなく思い直してポケットに仕舞っておく。
ひょとしたら何かの役に立つかもしれないしね。




私の罪はルッピーによって許されている。私の罪はルッピーによって清められている。
だから私は、人殺しだったとしても『正義の人殺し』なんだ。

【初瀬ちどり 死亡】

【F-10 草原/黎明】
【尾関夏実】
状態:健康
装備:神ノ刀(甕速日神)
道具:基本支給品一式、ランダムアイテム4〜8、夏みかんの缶詰(残り4個)、黄泉への石(残り4個)、記念写真、ルピナスの死体
   ショットガン(5/7)、初瀬ちどりのランダムアイテム0〜2、案山子のランダムアイテム1〜3、案山子の首輪、案山子のマスク
[思考・状況]
基本思考:殺し合いから脱出する。ルッピーを喜ばせるために悪人は殺す。
1:ユキ、星、九十九、『朝霧舞歌』、ルッピーの家族、魔王軍を探す。
2:悪人は殺してルッピーに捧げる。
3:朝霧舞歌が自分の知っている少女なら同行したい。同姓同名の別人なら?
※魔王軍の情報、ルピナスと暗黒騎士が死んだ原因を知りました。ただし全て暗黒騎士の主観です
※火に関する能力を習得しました
※喘息薬を飲まなければ最悪、吐血します
※ルピナスの声が聞こえています。


368 : 名無しさん :2014/03/28(金) 20:10:46 /SMgJXO60
投下終了です


369 : 名無しさん :2014/03/28(金) 20:24:53 SQKKLW7w0
投下乙です
いやー廃品処理場の周りは死体の山ですなぁ、ある意味一番の激戦区か…?
案山子が死んで、スケアクロウと鴉はどう動くか…


370 : 名無しさん :2014/03/28(金) 20:40:26 jtlFjCis0
投下乙
夏海ちゃんヤンデレ怖い


371 : 名無しさん :2014/03/28(金) 22:13:01 kqJLGIKQ0
投下乙です
夏みかんさんまじキルスコアトップww
そして案山子先生ェ……


372 : 名無しさん :2014/03/28(金) 22:49:11 LWgb4Q/I0
投下乙です。
まさかの案山子先生死亡…そしてちどりさんも夏みかんの逆鱗に…
親友の舞歌ことクロウが自分の殺人に疑念を抱き始めてるのに対して
夏みかんちゃんは真逆の方向へ進んでるのが面白い


373 : 名無しさん :2014/03/29(土) 01:56:12 sVJEcz0Y0
投下乙
オリロワの女子高生は強すぎる


374 : ◆C3lJLXyreU :2014/03/30(日) 23:51:11 aVEszbd.0
投下します


375 : 遊宴の幕開いた :2014/03/30(日) 23:52:19 aVEszbd.0
[ボンバー・ガール=火輪珠美]
シルバースレイヤー率いるジャパン・ガーディアン・オブ・イレブンに所属する凄腕のヒーロー。
変身前の正体が判明している数少ない人物であり、彼女が巫女を務める神社には観光客が絶えない。
ヒーロー6人掛かりで挑んでも勝てなかったブレイカーズの幹部を謎の少女、りんご飴と抜群のコンビネーションで撃退した武勇伝が有名だろうか。
この騒動以降りんご飴を連れて現場に訪れる機会が多くなり、一部ファンの間では絶壁コンビとして

「は?」

この雑誌は何を言っているんだ?
天下の火輪珠美様を野郎の胸板と同等扱いしてやがるのか?
あたしの視力は悪くねぇはずだけど、見間違いの可能性もある。もう一度読み返してみるか。

一部ファンの間では絶壁コンビとして。
イチブノファンノアイダデハゼッペキコンビトシテ。
いちぶのふぁんのあいだではぜっぺきこんびとして。

「この雑誌の編集者、見つけ次第汚ねぇ花火にしてやるから覚悟してやがれよ」

巫山戯た編集者の野郎に苛立ちを覚えながら、あたしは雑誌を閉じた。
そりゃあ、あたしの胸は小せえさ。どこぞの大神官が山ならあたしは壁だって自覚はしてる。
してるけどよ。さすがに野郎と同じ扱いってのはないんじゃねぇか?
喧嘩売ってるのか? もしかしなくても売ってるよな。絶対に煽ってやがるよな、この雑誌。

「そんで、次はこれかよ。こんな葉っぱどうしろってんだ」

説明書には『やくそう。RPG御用達の道具だから用途は説明しなくてもわかるよね』なんて書いてやがる。
ここに使い方がわからねえ美少女がいるんだけどな。ワールドオーダーはあたしに殺されたくてしょうがないらしい。
こんなもんよりは褌の方がまだ使える。

「で、最後の一つは……」

また本だった。
表紙には禁断の愛 ヴァイザー×りんご飴って書いてある。
人間を掛け算するってどういうことだよ。よくわからねえけど、興味を惹かれたから読んでみるか。

……。
…………。
………………。

「なるほどねぇ」

今まで考えもしなかったけど、りんご飴はあっち系の趣味があるらしい。
そういや、あいつ『ヴァイザーくんはりんご飴ちゃんの嫁!』とかよく言ってたな。
あたしはヴァイザーは自分が仕留めるから手を出すなって意味だと思ってたけど、言葉通りの意味で使ってやがったのか。
これはリクや正一に見せたら面白い反応が返ってきそうだ。ケツに注意しとけって意味も込めて、脱出したらあいつらに見せてやろう。

「りんご飴か。あいつは今頃どこで何してっかなぁ」

本をデイパックに戻していると、ふとそんなことが気になった。
これだけあいつの名前が載ってる物をデイパックに入れたのはそういう目的もあるのかねぇ。
いきなり大量のグッズを見せられるとと、あいつと出会った頃を思い出しちまうじゃねぇか。


376 : 名無しさん :2014/03/30(日) 23:52:55 aVEszbd.0
◆◆◆◆◆◆
あれは、あたしが喧嘩自慢のゴロツキ共が集う大会に出場した時だった。
これで通算何度目かの出場。あたしは普段のように何の快感もなく決勝戦を迎えた。
そこで出会ったのが漆黒のセーラー服に日本刀をぶら下げ、両手には二丁拳銃を握って不敵な笑みを浮かべる狂人――りんご飴だった。

『あんたが決勝戦の相手か。初出場の癖に決勝進出なんて、やるじゃねぇか』
『こんな雑魚しかいない大会でりんご飴ちゃんが負けるかよ、バーカ』

いつもなら世界的に有名なヒーローである火輪珠美様を前にビビりやがるヘタレばかりなのに、あいつは堂々と舌を出して煽ってきやがったんだ。
鵜院とかいう悪党商会のヘタレ戦闘員でもヒーローが来るとわざとらしく負けやがるのに、一般人の癖して動じないのはこいつくらいだろうな。

『そうかい、そうかい。まぁ言いたいこたぁわかる。あたしも此処の雑魚共じゃ物足りなかったと思ってたところだ』
『ま、そうだろうな。りんご飴ちゃんは観察眼にも自信あるけど、お前は俺様と同じ臭いがする』
『そいつぁ奇遇だな。あたしもあんたから飢えた獣みたいな臭いを感じ取ってた』

あたしはヒーローの間ではあまり評判が良くない。本来なら悪に属するであろう獣を好むヒーローなんて滅多にいないからだ。
普通のヒーローは平和を守るために志願するのが多いが、あたしは違う。戦という祭りを愉しむのに都合が良いからヒーローになっただけの戦闘狂だ。
だから確固たる信念もなければ、特別な正義感や悪に対する恨みも持ち合わせちゃいない。世界の平和とか、そんなもんはどーでもいい。
ヒーローとは名ばかりの狂犬。それがボンバー・ガールの正体ってわけさ。

『そーいうコト。りんご飴ちゃんは強すぎるせいで誰をぶっ倒しても飢えが収まらないんだよ』
『あたしも同じ気持ちさ。ヒーローになって強い奴らと戦えると思いきや、相変わらず雑魚の敵しかいやしない。あたしより強い奴が存在しねぇんだよ。
 だから、なぁりんご飴。あんたはあたしを愉しませろよ?』
『それはこっちの台詞だよ、おねーさん。それだけ自信過剰の癖に弱かったりしたら、りんご飴ちゃん怒って狂ってぶち殺しちゃうかもしれないよ!」

『はっ、上等だ。そんじゃあ始めるか、りんご飴。あたしはジャパン・ガーディアン・オブ・イレブンのヒーロー、火輪珠美。能力は今までの試合見りゃわかると思うけど、花火を生み出すことだ。
 あんたも名乗りな。全力で戦いを愉しむにゃあ、こういうのも大切だろ?』

『くははっ、名乗りかよおねーさん。いい趣味してるねぇ、りんご飴ちゃんはそーいう熱血展開大好きだぜ。ああ、もう――濡れるッ!』
『いいから名乗れよ。ちゃっちゃと観客共に格好付けた姿見せ付けて盛ろうや、りんご飴のお嬢ちゃん? そしたら後はあたしが絶頂までエスコートしてやるからよ』

『いいぜ、よーく憶えときな。殺し屋狩り、りんご飴。てめえを斃す――男の名だ!
 ほら、名乗ったから早くその太くて熱い花火をりんご飴ちゃんにぶち込んでイかせろよ、おねーさん! もうりんご飴ちゃん我慢出来ないよぅ!』

『大きく出たねぇ。やっぱ戦ってのはそうじゃなきゃつまんねぇや。そんじゃ、お望み通りお互い枯れ果てるまで祭りを愉しむとするか!』

それがあたしとりんご飴の初試合。
手榴弾や銃弾、花火が飛び交うルール無用の戦いは時間切れの引き分けで幕を引いた。
観客からは盛大な拍手が贈られたが、そんなこたぁどうでもいい。あたしは早々に会場を出たりんご飴を追い掛ける。

『気に入った。あんたをヒーローの協力者に誘ってやる。どうせヒーローそのものにはなりたかねえだろ?』
『ははんっ、おねーさんはりんご飴ちゃんが飼い犬になると思ってるのか?』
『協力者はヒーローと違って組織に縛られないんだよな、それが。あんたの気まぐれで気に入った悪人を倒せばそれで任務達成ってワケさ』

というのは嘘だ。
正しく言うなら、この時点では嘘だった。
後でお偉いさん共に交渉して嘘を本当にしてやったが、リクや正一なら認められなかっただろうねぇ。
なにせ、あたしは実力だけを認められてヒーローになった身だ。そんな存在が自分と互角だと認めた益荒男を推薦したら、協力してもらいたいって思うのは当然だろ?
結局りんご飴は協力者になって、その名が裏社会に知れ渡るようになった。
あいつがヴァイザーに挑んで惨敗したのは少し後の話だ。
この日を境に強者がゴロゴロと現れるようになったのは、ただの偶然なのかねぇ。


377 : 名無しさん :2014/03/30(日) 23:54:18 aVEszbd.0
◆◆◆◆◆◆

思い出した。ヴァイザーだ。
名簿には確かにその名前が載っていた。
過去にりんご飴を倒して、あいつにライバル視されるようになった男がこの祭りに参加している。
そう考えるだけで自然と胸が高鳴ってきた。今すぐにでも見つけ出して戦いたいと思っちまう。
ヒーローらしく振る舞うならリクや正一と合流してワールドオーダーを斃すってのが一番それっぽいんだろうけどねぇ。
楽しそうな祭りに放り込まれたのにそんなつまんねえことするってのは、あたしの性に合わない。

「悪いな、二人共。あんた達のことは嫌いなわけじゃねぇけど、やっぱりあたしは祭りが大好きなんだ」

詫びなら後で腐るほどしてやらぁ。愚痴も大量に聞いてやる。
今はこの祭りを愉しませてもらうぜ。それが火輪珠美って人間だからよ。
ただし、狙うのは祭りに乗ってる参加者だけ。殺すのは無差別で殺しまくってる参加者限定にしてやっから。
これでも正一にバレたら説教されそうだけど、殺るか殺られるかの世界で危険人物を放っておくなんて甘い考え、あたしが貫く義理はねぇ。
せっかくの祭りなんだ。傾いていこうや。

「楽しくなってきやがった。これだけ興奮させといて期待はずれならてめえのタマ切り落としてやっから覚悟しとけよ、ヴァイザー!」

【G-4 廃墟遊園地/深夜】

【火輪珠美】
状態:健康
装備:なし
道具:基本支給品一式、ヒーロー雑誌、薬草、禁断の同人誌
[思考・行動]
基本方針:祭りを愉しむ
1:祭りに乗っている強い参加者と戦いを愉しむ
2:祭りに乗っていない参加者なら協力してもいい
3:りんご飴がライバル視しているヴァイザーを見つけ出して一戦交える
4:他のヒーローと合流するつもりはない
※りんご飴をヒーローに勧誘していました

【禁断の同人誌】
裏社会で流通している同人誌。ヴァイザーとりんご飴がアッーする内容で一部の紳士淑女に大人気

【ヒーロー雑誌】
ヒーローが特集された雑誌。なぜかりんご飴も載っている


378 : 名無しさん :2014/03/30(日) 23:55:24 aVEszbd.0
投下終了です
これでりんご飴ちゃんのツッコミどころは多少消えたかな


379 : 名無しさん :2014/03/31(月) 01:25:45 G9XVriG60
投下乙です。
珠美姐さん、根っからの喧嘩屋だった!
とはいえ乗ってる人物限定だからまだ大丈夫そうか
しかしヒーローと渡り合うりんご飴ちゃんが惨敗したと考えるとヴァイザーほんと化け物じみてる


380 : 名無しさん :2014/03/31(月) 23:37:56 izFJb37E0
投下乙です。
ボンバー姐さんの期待を裏切るヴァイザーニキはやっぱり人間の屑じゃないか(確信)


381 : 名無しさん :2014/04/02(水) 20:53:32 3aTbV85Q0
>>380
もうやめたげてよぉ!


382 : ◆rFUBSDyviU :2014/04/04(金) 23:35:09 SswbJ.eI0
田外勇二 近藤・ジョーイ・恵理子 投下します


383 : ◆rFUBSDyviU :2014/04/04(金) 23:36:31 SswbJ.eI0
草原に焦る小学生がいた。

「あっれ。おっかしいなあ」
バックをひっくり返す。無い。
ポッケを漁る。無い。
辺りの草原を懐中電灯の光を頼りに探す。無い。
「ネックレス、どこー?」

田外勇二はただの小学生ではない。
彼の家、『田外家』は日本有数の霊能力者の大家である。
そのルーツは平安時代まで遡ると言われている。
当時から天皇が助言を求められるほどの権力と霊力を持っていた田外家は移りゆく時代の波を乗り越え、現代まで続いている。
他の霊能力の一族が没落したり、断絶したことを考えると、国内に対抗馬がいない今は田外家の全盛期であるといっても過言ではない。
彼の家族は皆日本に名を轟かす霊能力者だし、彼本人も神と同レベルの霊力を体に秘めている。
しかし現在、彼の霊力を抑えるネックレスは主催者の手によって没収されていた。

勇二は自分が普段身につけているネックレスに、そんな効果があることを知らない。
ただ、大好きな宮子おばちゃんに貰ったものだ。常に身につけておくように言われたものだ。
それが、今手元にない。

「ど、どうしよう」
少年は軽いパニックに包まれた。
草原がざわめき出す。
きっとおばちゃんは怒りはしないだろう。
彼の頭上に黒雲が集まり出す。
でも、きっと悲しむに決まってる。
ビリビリと空気が震える。
おばちゃんを悲しませることはしたくない。

その時、勇二の頭に舞い降りたのは、教育係の上杉愛の言葉だった。
『何か困ったことがあったら、周りの大人に相談すればいいんですよ』
「そうだよ!他の人に聞けば良かったんだよ!」

問題の解決法が分かり、勇二は胸をなでおろした。
と、同時にざわめきは消え、空は晴れ始める。
空気ももとの寒い静かな空気へと戻っていた。

そうと決まれば話は簡単。
これから会う人間、いや妖怪だろうが人間だろうが、出会った者にネックレスのことを相談する。
あわよくば一緒に探してもらう。
勇二の家にはたくさんの妖怪が働いている。彼にとって妖怪とは猛獣やアイドルよりも身近な存在だ。
殺し合いのことなどすっかり忘れたかのように、勇二は鼻歌を歌いながら草原を進む。

そして。
霊能力者の少年は、悪党に出会った。
「ふふふ、僕ー、どうしたんですかー?」
突如、勇二を通せんぼするかのように現れたのは背の高いスマートな女。
少年は一瞬驚いた。
が、幼く無邪気な性質からかすぐに警戒を解く。
「お姉さん、誰?」
「いつもニコニコあなたの隣に這い寄る悪党商会でぇーす」
名前を聞いたのに、所属する組織名を言われ勇二は面食らう。
「あ、悪党商会って名前なの?」
「いえいえ。私の名前は近藤・ジョーイ・恵理子。好きな風に呼んで構いませんよ」
「んー、じゃあ恵理子おばちゃんで」
ぴしっ、と恵理子の笑顔が一瞬凍りつく。
近藤・ジョーイ・恵理子。年齢27歳。若々しい姿はその年齢を5歳ほど下げて見させる。
彼女本人も自分はまだまだ若いと思っている。
それをこの少年は何と言った。おばさん、と。ミュートスならともかく私をおばさん扱いだと?
別に勇二も彼女をババくさいと思って発言したわけではない。
ただこの年代の少年は単純なのだ。彼らからすれば20歳より上の女の人はみんなおばちゃんである。
恵理子と外見年齢が近い吉村宮子を勇二は宮子おばちゃんと呼ぶため、恵理子もおばちゃん扱いされることは仕方のないことであった。
「僕の名前は田外勇二。ねえ恵理子おばちゃん、僕のネックレスを一緒に探してくれない?」
田外、という言葉を恵理子は知っていた。
(あの霊能力者一家の田外家ですねー。ということは、この子はそこの坊ちゃんということですか)
「ええ。いいですよー。恵理子『お姉さん』も暇ではないんですけどぉー、協力してあげますよー」
「わーい。ありがとう、恵理子おばちゃん」
ぎゅっと、恵理子は固く拳を握り締める。しょうがない、相手は小学生だ。


384 : ◆rFUBSDyviU :2014/04/04(金) 23:39:02 SswbJ.eI0
「それで勇二くん。勇二くんは最初どこにいたんですかぁ?」
「向こうのほう。ここから歩いて20分くらい」
勇二は夜の草原の一地点を指差す。
「そうですか。私たちの勘だと、最初の場所に落ちてると思うんですよねー」
『私たち』という言葉に勇二の脳裏に疑問符が浮かんだ。が。きっと背後霊でも憑いているのだろうと納得する。彼からしたら背後霊や地縛霊など珍しくも何ともない。
「え?でも、さっき探したけどなかったよ」
「一人より二人ですよー。単純に考えて懐中電灯の明かりが2倍になりますからねぇ」
「そんなもんかなー。んー、じゃ、行こっか」
そう言って、勇二は恵理子に背中を向けて歩き出した。
恵理子を自分の初期位置まで案内するためだ。
この時、勇二の視線が恵理子から外れた。

恵理子の目つきが変わる。
さっきまでの柔和を装っているような目が、鷹のように鋭く。
恵理子の長い足はしなやかな軌道を描きながら、勇二の首元へと進む。
しかし、その速さは常人では目視も不可能なほど。
当然、背中を向けている勇二は、今自分の危機に気がつかない。
そして、恵理子の蹴りは勇二の頭を西瓜のように砕き割った。

何かに止められた。
空間にバチッ!と雷のような音が響く。
恵理子の顔が驚きに染まる。
とっさに後方へ飛び退く。
右足からは鈍い痛みが広がっている。
私は今何を蹴った?鉄の塊か?なんだ、さっきの硬さは?
勇二は、ゆっくりと振り返る。
「恵理子おばちゃん、今、何した?」
田外勇二は幼い風貌と優しい口調から純粋培養の無垢な少年と、周りからよく思われる。
完全な勘違いである。
むしろ同じ年代の子供と比べると、腹黒といっても過言ではない。
小さい時から幽霊や妖怪が当たり前だった生活。さらに、天狗の愛や魔法使いの宮子による教えで、彼は小学生とは思えないほどしっかりした少年になった。

最初のワールドオーダーの説明。彼は恐怖に囚われながらも、しっかりとワールドオーダーの話を聞いていた。ルールを心に刻み込んでいた。

この島に飛ばされてからも、彼は真っ先に支給品を確認した。全ては身を守る準備ができてから。
そして、彼は当たりを引いた。
『守護符』。田外家でも使われている御札が支給されていたのだ。
この符は、身につけている人間の周りに薄い霊的障壁を張る。
防御力は薄い鉄板ほど。その時の術者の精神状態によって多少上下するらしいが。
他に大きな特徴として、持続性が挙げられる。
この符は誰が使っても防御力に大きな差は現れない。
しかし、持っている術者の霊力が強ければ強いほど、障壁の持続時間は長引くのだ。
普通の人間なら三分ほど。霊能力者なら数十分はいけるだろう。
田外家の人間なら数時間は持つはずだ。
そして、神クラスの霊力を持つ勇二は、ほぼ無限。
その効果を知っていた勇二は迷わず、『守護符』をポッケにしまった。

支給品を確認して、名簿も確認して。名簿に宮子の名前を見つけて。
この時初めて勇二はネックレスがないことに気がついたのだ。
そして冒頭に戻る。
つまり勇二はこの状況をしっかり認識し、冷静な判断で行動していたのだ。
初対面の恵理子をすぐに信用したのは純粋だからではない。
攻撃されても痛くも痒くもないからだ。


385 : ◆rFUBSDyviU :2014/04/04(金) 23:40:26 SswbJ.eI0
現在、悪党商会幹部、近藤・ジョーイ。恵理子は、冷静に勇二の動きを観測していた。
「無駄だよ。どんな攻撃をしても無駄だよ恵理子おばちゃん。僕は無敵だから」
さっきまでとは違う、どこか突き放したような口調で勇二は語る。
恵理子の顔に僅かに汗が垂れる。
が、
「ふふふ、失敗しちゃいましたー。ちょっと油断しすぎましたね」
再び恵理子の顔に余裕の笑みが浮かぶ。
そして、恵理子はバックから武器を取り出した。
マシンピストル。イングラムM10。
小学生を殺すにはあまりにもオーバーキルなそれを構える。
パラララララと、タイプライターのような音が響き、勇二に無数の弾丸が発射される。
「だから無駄だって」
全て勇二に当たる前に弾かれる。
「そんな武器じゃ、この障壁は破れないよ恵理子おばちゃん」
「そうみたいですねー」
そう言って素直にイングラムをバックに仕舞う恵理子。
その態度に、勇二は不思議そうに眉を顰める。
「どういうこと?恵理子おばちゃんはゲームに乗ってるんだよね」
「いえいえ、違いますよ。私はどちらかというと脱出派でーす」
じゃあなんで自分を蹴った。と、勇二は思う。
『守護符』が反応するということは、さっきの蹴りをくらっていれば自分は大きなダメージを負うことになるはずなのだ。
軽いツッコミや、遊びのような攻撃ではこの符は反応しない。
「6時間以内に誰かが死ななけれなば、全員の首輪が爆破されますよねー」
「もしかして、それを防ぐために僕を殺そうとしたの?」
「ええ、そーですよ」
くるり、と恵理子は回転した。
さっきの勇二のように背中を向ける。
「なんの真似、恵理子おばちゃん」
「何って、逃げるんですよ私はー」
その言葉に勇二は拍子抜けする。
「あなたを殺すのは骨が折れそうですしね。そのバリアーが消えるのを待ってもいいんですけどぉ、時間がもったいないですしねー」
そう言って、のんびりと恵理子は遠ざかっていく。
呆気に取られていた勇二だったが、ふとある事実に気がついた。
この女を逃がしていのだろうか。恵理子おばちゃんは、愛お姉さんや宮子おばちゃんを襲わないだろうか。
自分の好きなヒーロー達ならどうする。あんな意味わかんない悪人をみすみす逃がすだろうか。
この防御符はあいつの攻撃を通さない。
ここで、あの女を倒すべきじゃないか。
そう結論づけた勇二は、大声で叫んだ。
「待ってよ恵理子おばちゃん。そう簡単に逃がさないよ!」
その声は、恵理子の足を止めた。
「恵理子おばちゃんはこの場で僕がやっつける!僕には、まだ秘密兵器があ」

「―――少し黙れ」

勇二の声を遮った恵理子の声は、氷点下のように冷え切っていた。
「勇二さん、何か勘違いしちゃってませーんか?私は逃げてるんじゃないですよー」
ぐらぐらと、地面が揺れている。地震でも起こっているのかな、と勇二は思う。
「私が、貴方を、見逃したんですよー?そこを勘違いしちゃ駄目ですよぉ」
違う、揺れてるのは僕だ。僕は、震えてるんだ。
「分かりましたかぁ?」
そう言って、振り向いた恵理子の顔は何度も見せた余裕の笑み。
しかし、その瞳から放たれるのは底知れない、深すぎる殺意。
勇二は恐怖で動けない。
それは初めての経験だった。
イジメっ子に殴られる恐怖など比にならない。
大人を怒らせた時の恐怖など取るに足らないもの。
さっきの蹴りは早すぎて、勇二自体はまったく反応できなかった。
さっきの銃撃は、どちらかというと実験のようなもので、殺意は薄かった。
今、生まれて初めて勇二は殺意を全身に浴びた。
一流の、へらへら笑いながら人を殺す悪党の、本物の修羅の殺意を感じた。


結局、勇二がまともに動けるようになったのは、恵理子が見えなくなって、それからさらに1時間後のことだった。


386 : ◆rFUBSDyviU :2014/04/04(金) 23:41:12 SswbJ.eI0
【Dー4 草原/深夜】
【田外勇二】
[状態]:恐怖による疲労、
[装備]:『守護符』
[道具]:ランダムアイテム1〜2(確認済)、基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:愛お姉さんと宮子おばちゃんを探す
1:恵理子おばちゃん……怖い…… 。
2:ネックレスを探す。
[備考]
※ネックレスが主催者により没収されています。そのため、普段より力が不安定です。

【Eー4 草原/深夜】
【近藤・ジョーイ・恵理子】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:イングラムM10(22/32)、時限爆弾、ランダムアイテム0〜1(確認済)、基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:悪党商会の理念に従って行動する
1:正義でも悪でもない参加者を一人殺害し、首輪の爆破を回避する。確実に死亡している死体を発見した場合は保留
2:首輪を外す手段を確保する
3:とりあえず温泉旅館へ向かう
[備考]
※18話「悪の女幹部」に登場する以前です。

【守護符】
身につけておくだけで自動でバリアーを張ってくれる優れた御札。防御力はそこまで高いわけではなく、通常の拳銃なら通さないが、ショットガン程になると破られるくらいの強度。
持っている人の霊力によって持続時間が増えるが、制限によりどれだけ霊力が高くても最大6時間までに調整されている。なお、最後の文章は説明書に書かれていないため、勇二はこの制限を知らない。

【イングラムM10】
アメリカ製の短機関銃。原作バトロワで桐山が使ってた物と言えば、わかりやすいかも。
装填数32。


387 : ◆rFUBSDyviU :2014/04/04(金) 23:42:42 SswbJ.eI0
以上で投下を終了します タイトルは笑う悪党です


388 : ◆t2zsw06mcI :2014/04/04(金) 23:55:23 cOOx3LY60
投下させて頂きます。


389 : 探偵がリレーを/矛盾る ◆t2zsw06mcI :2014/04/04(金) 23:56:02 cOOx3LY60
ttp://uploads7.wikipaintings.org/images/rene-magritte/the-treachery-of-images-this-is-not-a-pipe-1948(2).jpg
La trahison des images / Ren&eacute; Magritte (1929)

       ●

脇目も振らず階段を駆け上り一階に辿り着いてから、漸っと私は落ち着きを取り戻した。
――怖かった。
幽霊だとかUMAだとか、そんなものは勿論信じていない。
というか、そんなのはどう考えたって、存在しないのだ。
信じる信じない以前の問題である。
有り得ないという事では今の状況だって似たようなものではあるのだが、まあ現実なのだから仕方ない。
私が恐怖の対象としているのは――話が通じない相手、である。
そんな輩がここにいるのは、まあ確実だと思う。
いきなり拉致されたからと言って即座に発砲する奴やら、それを見ても一切動揺しない奴やらがいるのだから。
そういう連中は、拙い。
何せ、交渉の余地も何もないのである。
私にとっては最悪の相手だ。私でなくともヤバいのだが。
で。

あんな所でデカい音を立てる奴なんてえのは、ダメだ。色々と。
仮にゲームに乗っていない人間だったとしても、不用心若しくは粗忽者だろう。
守って貰う相手としては不合格である。
なんだか偉そうな感じではあるが、自分の命がかかっているのだからやむを得まい。
ともかく――今は一刻も早く霊安室から離れるに限る。
私は一度深呼吸をしてから、出口へと向かおうとした。
そこで、私は息を呑んだ。
病院の中へと入ってくる人物を発見したのである。

華奢で小柄で、一見すると少年のようにも見える。
しかしそれは服装と髪型のせいで、よくよく見れば凛とした美人である。
女性だ。
ハンチング帽を被った女性はきびきびとした動作で周囲を見渡した後、まっすぐに階段へと歩き出した。
つまり――私がいる方向に向かっている。
――迷っている暇はない。
ええいままよ、と心の中で叫び、私は両手で銃を構えて女性の前に飛び出した。


390 : 探偵がリレーを/矛盾る ◆t2zsw06mcI :2014/04/04(金) 23:56:36 cOOx3LY60
「う――う、動かなんで」
噛んだ。
それでも意図は伝わったらしく、女性はあっさりと鞄を地面に落として両手を挙げた。
冷静過ぎて、どうにも不気味ではある。
――だが。
私ならば。
言葉さえ聞けば、如何にポーカーフェイスを装おうと、どんな人物なのかは理解るのだ。
「あなたは――ゲームに乗っていますか?」
言った。

女性は――。
何も答えなかった。
どころか、眉一つ動かさなかった。
――あれえー。
完全に予想外の反応だ。
いや、まあ、よく考えてみれば、銃を突きつけられて、ハッキリとした返事を返せるような人間は中々いないとは思うが。
それにしたってこの反応は如何なものか。
もしやすると、聞こえていないのか。
きっとそうだ。
気を取り直して、もう一度。
「ん、うぉっほん。あなたは――ゲームに乗っていますか?」
「君は、一体何が云いたいのかね」
と――眉間に皺を立てて女性は言った。
犬の糞を両足で同時に踏んでしまったかのような仏頂面である。

「何って、その」
「君の云う、ゲーム、の意味が僕には判らんのだ。生憎僕はその方面には疎くてね。チェスのルールすらよく知らない」
「ぼ、僕ゥ?」
女性は益々不機嫌そうな表情になった。
「突然人に銃を突き付けておいて一人称にまでケチを付けると云うのは、一体どんな了見なのかなこれは。幾ら児童と雖も――」
そこで女性は言葉を切り、やれやれ、とでも言いたげな様子で首を振った。
なんか――凄く腹が立つ。

「――巫山戯てないで、早く答えて」
「だから、君が何を云いたいのか判らないと云ってるじゃないか」
「ああもう――」
これは――わざと私を挑発しているのだろうか。


391 : 探偵がリレーを/矛盾る ◆t2zsw06mcI :2014/04/04(金) 23:57:17 cOOx3LY60
「だから、この――殺し合いよ。あなたは――やる気は、あるの?」
「殺し合いとは何だね」
「へ?」
「君は目の前で死人が出るのを見たのか? この、首輪が爆発するというあの男の言葉が本当だと証明出来るのか?
 違うだろう。軽挙妄動は慎み給えよ。その物騒な物も手放したがいい。
 万が一君が人を殺すような事があったら大変だ。状況が状況と云っても、緊急避難が適用されるかは怪しいぞ」
――何なんだこいつは。
現実を見ていないのだろうか。

大体ね、と女は続けた。
「要するに君は、僕がこの状況下に於いて殺人を犯すような人間なのかと聞きたい訳だ。
 で、それを聞いて如何しようと云うのかね。殺しませんと云えばそれを全面的に信用するのか? そりゃ危険だと思うがな」
まあ。
これに関しては尤もな疑問かもしれない。
よく喋るこの口を黙らせる為にも――私の能力を喋ってしまうべきか。
その後、改めて質問すればいいのである。
乗っていないなら良し。
何も答えなかったとすれば――それは要するに、喋れば、都合が悪い事を私に知られてしまうと言っているようなものだ。
その場合は、乗っている場合と同じ対応をする。
――完璧ね。
小さく独りごちた後、私は女に言った。

「私は、他人の言葉の真偽が分かるの」
このくらいシンプルな方がいいだろう。
さあ――どう出る。
「はあ――」
心の底からうんざりしたような顔付きで女は深く溜息をついた。
言葉も無い、という感じである。
――想定の範囲内だ。
というか、この段階ですぐに納得してしまうような相手は、それはそれで大層不安だ。

私は、予め用意しておいた科白を言った。
「じゃあ――何か言ってみて。それが本当か嘘か、当ててあげるから」
「児童の遊びに付き合ってはいられない。これでいいだろうか」
女は辛辣な態度で言った。
ムカつくなあ、本当に。
「――今の言葉は、本当ね」
「だからそう云っているだろうに。嘘だと思われたくないから少少キツく云ってやったんだ。判ったのならさっさと解放してくれ」
「あー、いや、その。そうじゃなくって。もうちょっとこう、普通じゃ判らないような事をというか」
もう一度溜息をついてから、女は顔を上げた。
「ζ(s)の自明でない零点sは、全て実部が1/2の直線上に存在する」
「――は?」
「ζ(s)の自明でない零点sは、全て実部が1/2の直線上に存在する。さあ云ったぞ。是か非か、二択しかないんだからすぐに答えられるだろう」


392 : 探偵がリレーを/矛盾る ◆t2zsw06mcI :2014/04/04(金) 23:57:46 cOOx3LY60
意味が分からない。
だが――本当か嘘かは、解る。
私は、答えを口にした。
「ああそうなのか、そりゃあ凄い」
明らかに適当な調子である。

流されてはならない。
――ここで畳み掛けてやる。
「ほら、これで解ったでしょう? 私の能力は、本物」
「それだけ云われてもなあ。それじゃ証明になってないよ」
「あ?」
いかん、地が出そうになった。
「だから、今云った事の真偽は僕にも解らないんだから、その答えが真であると云う証明を君がしてくれなきゃ困る」
「んな――卑怯じゃない、そんなの」
「卑怯も何も、君が勝手に墓穴を掘っただけじゃないか。解らない物は解らないと云えばいいんだ。解らなくて当たり前なんだから」
「な、な――」
なんじゃあそりゃあ。

「今僕が云ったのは、リーマン予想という数学上の未解決問題の一つなんだな。
 数には素数と云って、一とその数自身でしか割り切れないものがある。この素数の出現パターンは不明だ。
 で、その素数の出現する個数が計算出来るんじゃないかと考えられている式がある。
 この式に重大な影響を与えるのがリーマン予想だ。詳しく説明する意味もないから要点だけ云うとだね、ゼータ関数の――」
そこで女は眉を吊り上げて如何にも困ったなと言う表情を作り、
「――まあ要するに、約百五十年間誰も解けていない問題なのだ。数学者でもない僕にとっては理解すら出来ない。
 当然君に解ける訳もない。違うと云うなら数式でも書いてくれ」
と言った。
お前は何を言っているんだと言ってやりたい気分である。

「で、君の証言からは信憑性が失われた訳だがね。まあ最初からそんなものは無いんだが。そろそろ銃を下ろしては貰えまいか」
「な、なんでそうなるのよ」
解らないかなあと女は言った。
解る訳がない。
「途中の計算式を書かずに答えだけ出したってテストの点は貰えないと云う事だ。仮令その答えが正しくても駄目だ」
「他人に証明出来なくたって――私には分かるもん」
「そりゃ一般的には直感とか山勘とか云うものだよ」
こいつ、ムカつく。
「そんなものを当てにしてどうするか。仮に僕が殺人なんか絶対にしないと云って、君がそれを本当だと判断したとしてもだね。
 君の判断が絶対に正しいとは限らないんだから、この問答は全くの無駄だよ。
 何時迄もこうして睨めっこをしている訳にもいかんだろう。いい加減腕が痛くなってくる」
「――駄目」


393 : 探偵がリレーを/矛盾る ◆t2zsw06mcI :2014/04/04(金) 23:58:25 cOOx3LY60
怪しい。
絶対に怪しい。
屁理屈を並べ立てて、なんか有耶無耶のままにホールドアップを解除させる気なのかもしれない。
「あなたも、最初に集められた時に色々変な事が起こったのを見たんでしょ? あんな魔法や超能力が実在するんだから、心が読めたっておかしくないじゃない」
「ん、君は読心術を使うのか? あれは表情やらを読む技術であって魔法でも超能力でもないんだが。それと他人の言葉の真偽が分かるというのは全く関係ないよ」
「あああああもおおおおお」
揚げ足取りもいい加減にしなさいよと私は怒鳴った。

「ともかく、私には、他人の言葉の真偽が分かる程度の能力があるの。これは確定事項なの」
「無理だよそりゃあ。他人の言葉の真偽が分かる、なんてのは絶対に不可能だ。というか、魔法も超能力も存在しないだろうに」
「実際目の前でビームみたいなの出してる奴がいたじゃない」
「それと『魔法も超能力も存在しない』は矛盾しないよ。そもそも絶対に実現不可能と云う訳でもないしな。君のは無理だが」
「そんなの――」
逆じゃないのか。
「それがそうでもないんだな。まあ何もないところからエネルギーを取り出すのは無理だ。エネルギー保存則に反するからね。
 しかし空気中の分子の熱運動エネルギーを少しずつ貰ってエネルギーを取り出す事ならばどうか。
 この場合はエントロピーの増大が問題になる。エントロピーは分かるかな」
「まあ」
アニメで聞いた事がある程度だし、理解できているかどうかは相当怪しいが。

「結構。これには一応抜け道がある。マクスウェルの悪魔のパラドックスとも関係する話だが――まあ物凄く簡単に云えばだね。
 この世界に関する情報をこの世界の外側と無償でやり取りする方法があれば、第二種永久機関を実現し、熱力学第二法則を覆すことが出来る。
 この世界の外側とは情報のやり取りだけをするので、この世界のエネルギー保存則は破られない。
 ただまあ、この世界ならぬ場所の無尽蔵の情報メモリーにアクセスするなんて事は人間には不可能だと僕は思うが」
「無理なんじゃない」
「だから、人間じゃないのさ。判り易く云うなら、神――かな」
「神ィ」
「判り易く云うなら、だよ。しかし神と云う言葉の定義も中中難しい所があるからなあ。
 日本の神観念とキリスト教の神観念じゃ全然違う。違うんだが、何故かごっちゃになってしまっているし、それを理解できる人は少ない。
 ゴッドを神と訳してしまったのがいかんのだろうな。初期の信者を中心に使われていた天主様と云う言葉を使っておけば良かったと思うんだが――。
 ううん。神じゃどうも好くないな。魔女――も駄目か。日本で魔女と云うと鬼女みたいな一般名詞的な使い方もするからなあ。ウィッチとは違う概念になっている」
「どうでもいいから」
つーか、散々理屈を並べておいて、神ってなあ何だ。
「今の話題とはあまり関係無いけれど、理神論的な神は決して物理法則と矛盾しないと思うがな。
 まあ喩えだ喩え。何でも良いよ。大体、魔法も超能力も定義が曖昧だ。取り敢えず、科学的に説明のつかない能力が魔法や超能力だとしよう。
 本当に科学的に説明のつかない能力が存在するのならば、それを説明する理論が時を待って完成するだろう。
 で――理論が完成すれば、それは科学的に説明のつく能力という事になる。
 つまり、科学的に説明のつかない能力が存在したとしても、それは魔法や超能力ではない。従って、魔法や超能力は存在しない。
 尤もこれ以外の定義を取れば話は変わる。しかしそんな定義が受け入れられるだろうか。ま、慥かに如何でもいいと云えば如何でもいい話ではあるが。
 ああ、一応念の為に云っておくが、先程の僕の説明を本気にするのは止め給えよ。単にごく僅かな可能性が存在すると云うだけの事だ」


394 : 探偵がリレーを/矛盾る ◆t2zsw06mcI :2014/04/04(金) 23:59:14 cOOx3LY60
どうでもいいのである。
つーか、長いよ。
「因みに――本当に無理矢理だが、あの場で起こった出来事を科学的に説明する事は出来ないでもない。聞きたいか」
「聞きたくない」
多分、聞いても絶対に理解できない。
そもそも、何を言いたいのかも分からない。
私に理解るのは、本当か嘘か、それだけである。
「僕が主張してる事はずっと同じだよ。その銃を下ろして欲しい」
「いや、だから」
だったら、ゲームに乗っているかと言う質問に答えればそれで済むのだ。

「残念ながらそれは駄目だな。君が妙な事を言い出すおかげで僕はこんな長話をしなきゃならんのだ」
「妙な事って――」
「君の云う、他人の言葉の真偽が分かる程度の能力の事だよ。苦呶いようだが、そんなものは無い。
 無いのだが、君はそれがあると固く信じているらしい。だから、それは違うという事を説明してあげているんじゃないか」
「んな事言われたって、あるものはあるから」
「だからその証明が出来ないと云っている。堂堂回りだなあ。せめて根拠の一つくらいは出せないのかね」
根拠――。
あるには、ある。
でもなんか、言ったら言ったで馬鹿にされそうで嫌な感じもするが。
しかし、話が一向に進まない事も確かである。
仕方があるまい。
私は、自分の能力について知る限りの事を女に語った。

女はまるで興味がないと言う様子を剥き出しにして、加えて面白く無さそうに話を聞いた後、なんだかなあ――と呟いた。
「君ね、そういう事は最初に云うものだよ。ただ他人の言葉の真偽が分かると云うだけじゃ言葉足らずだ。
 他人の思考を音声として認識して、その結果として嘘を云っていると判る――とするべきだろう」
言わなくたって判るだろう、普通そのくらい。
「判らないよ。あらゆる命題に対して必ず的中する答えを出す事はゲーデルの不完全性定理に矛盾するから絶対に実現不可能だ。
 他人の思考を知る事は、まあ、絶対に不可能とは云い切れないからな。全然違う」
「そうなの?」
基準が判らない。
「テレパシーやらの研究は一定の成果を上げていると云うしなあ。臓器移植の際に起こる記憶転移というのも聞いた事くらいはあるだろう。
 あると証明する事も出来ていないし僕自身も全く信じちゃいないしまず間違いなく不可能だろうが、完全に否定するだけの材料もない」
「はあ」
いちいちまわりくどい。
て言うか、その何とかの定理とやらを最初に言っとけば良かったと思うのだが。
そう言うと、ありゃ説明が難しいんだと真顔で女は言った。
今までのは簡単なのか、おい。


395 : 探偵がリレーを/矛盾る ◆t2zsw06mcI :2014/04/05(土) 00:00:02 H9OXEu0s0
いやもうそれはいい。
「えーと――とりあえず、これで私の能力を信用するって事でいいのよね? だったら、改めて質問に答えてくれない」
「何故そうなるんだ?」
「は?」
いやほんとに、なんなのコイツ。

「君が本当に他人の思考を聴く事が出来るというのは、まあ取り敢えず真だと云う事で話を進めよう。
 でもね、そりゃ余計に良くない。君の判断が正しいとは限らないからだ」
「意味分かんない」
「君は飽く迄も意識的な思考を聴く事が出来るだけだろう。それで嘘か本当かを判断しているだけだ。
 現在の状態は、まあ無意識にプロセスを省略しているのだろうな。
 私の言葉全てに反応している訳でもなし、ある程度意識する必要もあるらしい。これは予測だが、脳にかかる負担が――ああ話がズレた。
 だからまあ、判断しているのは君なんだ。君は単なる児童である訳だから、判らない事も沢山ある。
 事実、一度頓珍漢な答えを返してしまっているじゃないか。判断が付かない事を無理矢理判断してしまう能力なんて無い方がマシだよ」
「それは――あんな訳の判らない事言うからよ。もっと、日常的な事だったらあんな事にならないし。
 例えば、昨日の夕食とかなら大丈夫よ。言ってみてよ」

女は顰めっ面のまま口を開いた。
「昨日は剃刀を喰ったな」
「は?」
ふ――。
「ふざけないでよもう。真面目に答えて」
「真面目に云っている」
そんなのは決まっている。
これは――嘘だ。
「嘘ね。そう囁くのよ、私の能力が」
「残念乍ら本当だ。外れだな」
「はあ?」
コイツ、ムキになってないか?

女は哀れむような視線で私を見た。
「剃刀と云うのは鮎の事だよ。魚の鮎だ。知らないか?」
聞いたことがない。
いや、鮎は知っているが、剃刀なんて呼び方はしないだろう。
「するよ。主に僧侶の間で使われる、まあ隠語だな。『まんが日本昔ばなし』でも取り上げられた事があるメジャーな隠語なんだが」
知らなかったそんなの――。
って。
「や――やっぱりインチキじゃない」
「だから、そのインチキに引っ掛かる時点でその能力は信用出来ないんじゃないか。
 インチキでなくとも本人がそう思い込んでいるだけで実は違うだとか、間違いが発生する原因は多くあるだろうに」
それに、と女は付け加えた。
「僕はまあ、騙すつもりでやった訳だが、騙すつもりがなくったって君は判断に失敗するだろう。
 魚の鮎と剃刀はまるで別物、無関係だが、言葉の上では同じものになってしまう。かみそりの四文字の上で区別はない」


396 : 探偵がリレーを/矛盾る ◆t2zsw06mcI :2014/04/05(土) 00:00:46 H9OXEu0s0
簡潔に言って欲しい。
「同じ言葉でも個人によって想像するものは違うと云う話だよ。そうだなあ。
 富士山は高いというのは、大抵の人間は肯定するだろう。しかし『富士山』は兎も角『高い』と云う言葉に明確な定義はないからな。
 八千米峰以上の高さでなければ高いとは認めないという人間だったら否定する。
 まあこれは極端な喩えだが、どうとでも取れる言葉、文章なんてのは幾らでもあるよ」
言いながら、女は両手を下ろして鞄を手に取った。
「あ、ちょっと」
「何もしないよ。この状況で反撃したって僕の方が早く撃たれてしまう」

腰を下ろした女は鞄の中から四角い紙を取り出し、広げてみせた。
絵――のようである。
大きなパイプが一杯に描かれている。
その下には、何やらアルファベットで書かれた文章がある。
他には――何も描かれていない。
実にシンプルな絵である。
「これはマグリットの『イメージの裏切り』だ」
勿論本物じゃないが、と女は付け加えた。
「で?」
だから何だと言う話である。

「何に見える」
「何って」
パイプである。
どこからどの角度でどう見てもパイプである。
「違うよ」
これはパイプではないのだと女は言った。
「じゃあなんなのよ」
「さあね。とにかく、パイプではない事は慥かだ。そう書いてあるんだから」
「書いてある?」
「書いてあるだろう。仏語だが」
そうなのか。
英語なら一般的な中学生程度には出来るが、他はさっぱりである。
――いや。
「いや、だから何なのよ」
「これはパイプではない。『これ』は何を指しているのかで意味が変わる。
 これはそう云う――こんな云い方は誤解を招きかねんのだが――まあ、そう云う絵なのだ」
さっぱりである。
「『これ』が上方に位置するパイプの図像を指示している場合、この文は『それはパイプという文字ではない』と解釈できる。
 下方に位置する文章を指示すると仮定した場合、この文は『下方の文章は、上方の絵と同じではない』と読むことができる。
 勿論解釈は他にも沢山ある。『これはパイプの絵であって、パイプそのものではない』とかな」
とりあえず、理解し難い事は理解出来る。

「芸術とか意味不明だし。こういうのって、なんか偉そうな学者みたいなのが決めるんじゃないの」
「作者の意図なんて、一体どうすれば判ると云うんだね」
「判らないの?」
「判らないからあれこれ詮索を重ねるんだよ。判るなら歴史の研究はもっと進んでいる。どんな解釈だって所詮は推測だ」
私には女の言っている事の方が判らなかった。


397 : 探偵がリレーを/矛盾る ◆t2zsw06mcI :2014/04/05(土) 00:01:27 H9OXEu0s0
「でも――専門家は一般人よりは上手いんじゃないの、評価とか」
「そんな訳が無いだろう。そうだな――喩えば、君が小説を書いて、それを発表したと思え」
「何でよ」
「喩え話だと云っているだろうに。で、だ。君の書いた小説が、まあそれなりに売れたとする。
 それで、大層有名な書評家三人に取り上げられたとしよう。で、君の小説は三人全員に襤褸糞に書かれた。どう思う」
書いてないしなあ、小説。
「まあ――誰だって自分の作った物を貶されたなら、嫌じゃないの」
「正当な評価なら仕方ないだろう」
「でも悪く言われちゃ気になるでしょう」
「そんなもの気にする方がおかしいんだ。何せ反論の仕様がない。批評は皆正しいのだからね。
 テクストをどう読み取ろうと、どんな感想を抱こうと、読んだ者の勝手なのであって、作者が口を出せる類のものじゃない。
 小説は読まれる為に書かれるものだし、読んだ者の解釈は凡て正解だ。小説の場合、誤読と云うものはない。
 作者の意図と違う読み方をされたなんて小説家が文句を云うのはお門違いも甚だしい事だよ」
だから正しいのだと女は念を押した。

「勿論――作者である君には君なりの制作意図があるのだろう。だが、書評家は君の事なんて知らないからな。
 親切に指導をしてやる義理など一切存在しない。だから君から見て的外れな意見であっても仕方がないのだ。
 君にそんなつもりは無くったって、その書評家が読者を馬鹿にした作品だと思えば、書評家の中ではそれは正しい」
「指摘されてるとこを直さなきゃいけないって事?」
どうしてそうなるんだと女は呆れたように言った。
「書評は総て正しい。正しいが――いちいち耳を傾けて考え込む程作者の役に立つような評は皆無だ。
 肯定的であろうが、否定的であろうが、だ。残念だがその程度だ。これは仕方のない事だよ。
 書評や感想と云うのは自分の為に書くものであって、作者の為に書く物じゃない。
 世の中には作者の為に書かれた書評など一つもない。悪罵痛罵であろうと、取り上げて貰っただけ有り難いと思えばいいのだ。
 読んで腹立って破いて捨てて踏んだなんて云われた日には小説家冥利に尽きる。たかだか文章でそこまで人を突き動かせた訳だから、凄い事だよ」

どうも納得がいかない。
「だったら君は書評を真に受けて作風を変えるのか? 作者の意図はこうですと云う注意書き付きの小説でも書くか?
 それとも貴方は間違っていると指摘し、理解力に乏しいと糾弾するか?」
「それは――そんな事出来ないでしょう」
「するべきではない、だ。君の小説を百人が読んでいるとすれば、百通りの感想がある。皆必ず異なった読み方をしている筈だからね。
 そうしてみると、その書評は百通りの内の三人に過ぎないんだぞ。たった三人、百分の三だ。
 まあ有り得ない事ではあるが――残りの九十七人は現状でいいと思っている可能性だって、全く無い訳じゃない。
 たった三人の云い分を聞き入れて作風を変容させてしまったら、残りの九十七人の立場が無いじゃないか。
 これを入れるなら、当然他の九十七人の意見も聴くべきだ」
「じゃあ、無視するべき?」
「無視しなくてもいいよ。ああ成程ねと思えばいいだけの事じゃないか」
「でも――書評家っていうのは、一般の読者よりも、その、何と言うか、具体的な」
「読書に上手も下手もないよ。感想の価値は皆等しく尊いものなのだ。
 書評家だから読むのが巧みだとか評論家だから読み方が間違っていないとか、そんな事は絶対にない。
 さっき云った通り作者の主張が伝わらないってのは当たり前の事だ。小説は幅があってなんぼの娯楽だよ。高が娯楽だ。
 作者本人がこの作品はこんなつもりで書きましたなんて云っても、それを証明する方法なんて無いからな。
 本人が云った事が何よりの証拠になると云うのなら、犯罪者が自分は犯罪を犯していないと云ったら警察は釈放しなきゃいけなくなるよ。
 もしも君が文章を読んで作者の主張が伝わってると思った事があるなら、そりゃ単なる思い込みだ。
 そもそも文字に具体的も抽象的もない。字なんだからね。読者が字の羅列から何を喚起するかだ。
 良い評論と云うのは面白い評論の事だ。仮令自作が貶されていたって、面白ければああ良く出来ている書評だなあと感心すれば良いのだ」
そういうものなのか。

――いや。
いやいやいやいやいや。


398 : 探偵がリレーを/矛盾る ◆t2zsw06mcI :2014/04/05(土) 00:02:23 H9OXEu0s0

「ぜ――全ッ然関係無いじゃないのこの状況と。今の話、何の意味があったの」
関係はあるよと悪びれもせずに女は言った。
「君以外の人間にこんな事を云ったってそれこそ無意味じゃないか。世の中には絶対的な判断基準など存在しないと云う話をしているんだ。
 強いて云うならば科学がそうだが、それも世俗には無効だよ。俗説だ俗説、世の中は俗説で動いているのだ。
 地球が丸くなかった時代は天動説が正しかったのだ。事実と真実はまるで違うものだ」
「だったらもうちょっと短く言ってよ。わざとやってない?」
「勿論わざとやっている」
「ああ?」
あのなあ――女は居住まいを正した。

「僕は今、銃を向けられている訳だ。撃たれたら、まあ困る。
 君だって前途ある少女から前科ある少女に転身したくはないだろう。ここまでは判るな」
困るて。まあそうだろうが。
「で、僕がこの状況から脱する為の方法は色色あるが、まず手っ取り早いのは君を説得する事だ。
 その為には、最初の質問から察するに、この状況下で自分が殺人を犯すような人間ではないと証明すればいい。
 とは云ってもそんな事を証明する事なぞ不可能だから、要するに君にそう思い込ませればいい」
やな言い方だなあ。
「真実だもの。で――その為には、君の持っていると云う能力が問題になる。
 これは本当に心が読めるかどうかなど保証できない、寧ろ適当に答えを出している可能性が高い。
 そうじゃないのかもしれないが、僕にはそうとしか思えない。だから自分は殺人などしないなどと迂闊に云ってしまう事は極めて危険だ」
「何でよ」
「間違った判定を下されてしまう可能性があるからだ。こうなると、直接質問には答えず、君が僕を解放するように仕向けなきゃならん」
悪戯っぽい口調の割に女は深刻な目つきだった。

「僕は先程からずっと、自分がガチガチの合理主義者で現実主義者であり、尚且つ冷静さを保っているという事を過剰な迄にアピールしている訳だ。
 そんな人間が殺人などするかという事は少し考えりゃ判るだろうと、そう云いたいんだよ僕は」
「ううん――」
「判り易く説明できるところをあえて迂遠な話をしたり、論点をすり替えたりしているのも当然意図的だ。
 君には指摘されなかったが、明らかにおかしな事や間違った事を云ったりもしている。
 考えられた嘘の場合は、嘘と云わず作戦と云う。加えてそれが何かの役に立ったのなら、嘘も方便と呼ばれる。
 僕は他人の心なんて読めないが、思考の方向性をある程度コントロールするくらいなら出来るからな。要は印象付けだ。
 そうは云ってもこれは天気予報みたいなものだから、不測の事態というか予測不能の反応と云うのは少なからずある。
 聞き手の中にどんな化学反応が起きるのかは千差万別で、語り手として完全に見切れるもんじゃない」
君はどうだと女は言った。

まあ――。
理屈は判らないでもない。
判らないでもないが。
それでも矢張り――私の拠り所は、自らの能力なのである。


399 : 探偵がリレーを/矛盾る ◆t2zsw06mcI :2014/04/05(土) 00:03:17 H9OXEu0s0
「君も強情だなあ。止むを得ないか。これは反則に近いんだが――君の能力を無効化しない限りは話を進められないらしい」
「何を――」
「これから僕が一度だけ発言をする。それを判定するだけでいい。もしもこれが通じなければ、潔く質問に答えよう」
私が何か言う、その前に――女は口を開いた。

「この発言は嘘である」

そんなものは決まっている。
「それは、う――え?」
――おかしい。
絶対におかしい。
本当か、嘘か。
「え、あ――あ?」
判断が――できない。

この発言が本当だとすると、この発言は嘘だということになって。
この発言が嘘だとすると、この発言は本当だということになって、つまり、嘘だということに――。

「これを自己言及のパラドックスと云う。これの成り立ちは――と、おい」
女の声で、私は我に返った。
「な――なんなの、これ」
「何と言われても、ただの言葉だよ。君の処理能力が追いつかんだけだ」
女は頬を引き攣らせて、頭を掻いた。
「ま、これにも穴はあるんだが――君にはこれで十分らしい。さて」
これから僕はもう一度発言してみようと思うと、何処か加虐的にも見える顔で女は云った。

「僕は嘘しか云わない」

「それは――」
何が本当で。
何が嘘なのか。
「さあ如何する。君はこの状態で真偽を正しく判断出来るか?」

私は――。


400 : 探偵がリレーを/矛盾る ◆t2zsw06mcI :2014/04/05(土) 00:03:51 H9OXEu0s0
       ●

それで結局――と、ベッドに腰掛けた女は首を鳴らしながら、私に問うた。
「一体全体、君は何がしたいんだね」
「いや、だから――」

結局――私は折れた。
まあ実際こんなのは事故みたいなものであって、こんな、けったいな奴に対してムキになることはないのである。
いや、真面目な話。
決められないのなら決められないで別に構わないのであって、他の相手を探せばいいだけなのだ。
それで。
取り敢えず銃は突きつけたまま、一先ず近くの病室に入って休む事にした。
地下まで作られているだけあって、この病院は、大きく、広い。
霊安室にいたであろう奴も、そうそう都合良くここに来たりはしないだろう。多分。
で――。

「私は――こんな能力を持ってたって、か弱い女の子な訳だから。誰かに守って貰おうと思って」
「だったら他を当たってくれ。こんな状況下じゃ、僕は他人と一緒にはいられんからな」
言われなくたってそうする。
つーか、なんか微妙に死にそうな発言だったぞ、今の。
「まあ一応聞いておくけど――あなたがゲームに乗っていないとして、の話だけど――あなたは、これからどうするの?」
「それを君に云う必要があるのか?」
いやまあ、無いのだが。
ほんっとにとことん感じ悪いなあ、こいつ。

「で、もう一度聞くがね。君は何がしたいんだ。誰かに守って貰って、それでどうする」
「それは――」
正直――考えていない。
死にたくないのは確かだし、出来ることなら殺したくもないが、具体的な展望は、無いのだ。
「いや、その、だから――あなたを参考にしときたいの」
私は誤魔化した。
ふうん、と女は如何にも興味なさそうな相槌を打った。
「僕はまあ、何もしない」
「え?」
「何もしない。殺しはしないのは当然として、別段する事もないからな。何もしない、というか、出来ない。
 こんな事件は探偵の出る幕じゃない。だからここに引き籠もらせて貰う。襲って来るような輩がいたら逃げるしかないな。
 君みたいに一応は話が通じる相手ばかりでもないようだし、引き篭もっていれば安全とも云えないが――。
 そんな事は外に出たって変わらんからな。ま、なるべく早くに事態が解決する事を祈るしかないよ」
「い、いや、あなたねえ」
いくら何でも楽観的じゃないのかそれは。
つーか、本格的に死にそうな発言というか旗というか。
それと、なんかさらっと流されたが。


401 : 探偵がリレーを/矛盾る ◆t2zsw06mcI :2014/04/05(土) 00:04:50 H9OXEu0s0
「あなた――探偵なの?」
だったら訳の判らない事を色々知ってそうなのも、少しは納得がいきそうな――。
「漫画の読み過ぎだよ、君。探偵という職業の仕事は調査をする事であって、事件を解決する事じゃないからな。
 僕はまあ、偶発的に事件に関わってしまう事は何度かあったが、そりゃ僕の運が悪いだけだ。
 表彰状なぞ貰っても迷惑だ。記者にも追われる始末だし、おかげで仕事が遣り辛くなってしまった」
「表彰されてるんじゃない」
「その辺の子供だって捜査協力すれば表彰くらいされるよ。そもそも警察は決して探偵を頼ったりしない。
 探偵だろうが何だろうが、民間人に捜査をさせたなんて事が露見したら大問題になるぞ」
なんだかなあ――。

「いや、まあいいけど――何もしないってのはどうなの?」
「何をどうしろと云うんだね」
「それは、脱出の手段を捜すとか」
「まあ船なり飛行機なりはあるかもしれんが、僕は免許を持っていないからなあ。沈めるのがオチだ」
どうしてこう変な所で現実的なのか。
いや、現実なんだけども。

「これは要するに現在進行形の大量誘拐事件であって、僕らはその被害者な訳だからな。
 下手に動いたって状況を悪化させるだけだ。一日二日じゃ無理だろうが、助けは来るよ。それまでじっと待つしかない」
「助け――」
全く想像していなかった。
「そんなの――無理じゃないの。ここが何処かだって判らないのに」
「少なくとも地球上ではある事は疑いない。気候も変わっていないから日本国内、でなくともそう遠くない筈だな」
「異世界――とか、そういうのだったらどうするの」
「超弦理論や膜宇宙理論があるから並行宇宙の存在自体は単純に否定できる物じゃないが、そう簡単に行ったり来たりは出来ないだろう。
 異世界が存在するとしたって、現実世界同様の物理法則は成り立たないと僕は思うがな」
「ちょっとくらいなら変わったっていいんじゃないの、法則」
「馬鹿云っちゃいけない。仮に運動の第三法則が成立しない世界があったとしたら、人は歩けない。建物は崩れる。
 あらゆる物体が形を保つことができない。まず人類が生まれない。それ以前に地球が形成されない。
 僕らが生きている世界の法則が通用しないってのはそういう事だよ」
こういう事を言われてしまうと反論のしようがない。
する必要もないし、それを見越して言っているのだろうとは思うけども。
思うけども、なんか腹立つのである。

「科学自体が正しいって保証はないじゃない」
「いいや、科学は信用できる。論理的整合性があるからこそ、間違っていないからこそ、科学なのだ。
 科学的疑問を持つ事は大いに結構だが、科学的思考自体に不信を抱くと云うのは基礎的な教育がなってないとしか云いようがない。
 疑うべきは科学を用いる人間の側の方だ。例えば、あらゆる物事は科学で説明できる、等と云う人間は信用出来ない。
 説明できない事は数え切れない程あるのだからね。非科学的な発言を科学的に見せかけるペテン師は多いものだ。
 科学は判らない事は判らないままにしておく。仮説は立てられても、完全に証明出来なければ意味は無い。だからこそ科学は信用できる。
 ただ――それでも感情は時に論理に勝るからなあ。執拗いようだが、正しいからといってそれが常に通るとは限らんのだ」
まあ――そうなんだろう。
こいつが、一般人にはついていけないような理屈屋である事は諒解出来たが。


402 : 探偵がリレーを/矛盾る ◆t2zsw06mcI :2014/04/05(土) 00:06:28 H9OXEu0s0
「そんな理屈捏ねられるんだから、脱出手段とかあのテロリストをどうにかする手段とか、思い付かないの?」
「無いことは無いが、上手くいく保証はない。それで事態を悪くするのは御免だな」
「私でなくったって、もっと頼りになるような、積極的にこのゲームを止めようとしてる他の人と協力するとか――いるのか判らないけど」
「嫌だ」
女は片方の眉を吊り上げた。
「出来ない、ではなくて、嫌だ。そんな連中に協力したって状況は絶対に改善しない」
い――。
いくら何でも、それはどうなのか。

「一体何をどうすれば殺し合いを止めさせられると云うんだ? 殺人をしようとしている者を見つけたら説得でもするのか?
 話が通じなかったら力尽くで止めるか? 上手くいくならそれでいいかもしれないが、死人を出す事になったら結局何も変わらないよ。
 いや、その手の連中は自分が正しいと盲信している事が多いからな。尚更悪い」
「それは――その、もっと根本的なルールから変えるとか――そう」
私には切り札がある。
「あの、ワイルドオーダーだかワールドオーダーだか知らないけど、あいつが言ってた事には嘘があるから」
「だから?」
だから――って。
「考えても見給えよ。いいか、仮に――何もかもが嘘だとしよう。あの男が何らかの力を用いている事も、首輪が爆発するというのも、総て嘘だとしよう。
 それでも、突然拉致されて孤島にいるという現在の状況は何も変わらないんだぞ。首輪が爆発しないからって、泳いで内地に渡れるか?
 具体的な脱出手段を提示できるならまだしも、その程度の、本当だろうが嘘だろうが大して変わらないような情報を有難がる人間は少ないと思うよ」
そもそも――女は続けた。
「あの男自体、本物だと断定する事は不可能じゃないか。用意された台本を読んでいるだけだとしたら本当も嘘もない。
 入って、と云われてすぐに現れて、訳の判らない芝居を始めるような協力者がいるんだから、あの男も協力者だとしても怪訝しくはない」
「し、芝居?」
「芝居じゃないか。芝居じゃないのかもしれないが、初対面の人間が初対面の人間の物真似をする所を見せられたって怖くもないし怒りも沸かない。
 笑う事すら出来ない。僕の友人や家族を連れてきてあんな事をするのなら兎も角――いや、特定の人間を挑発している可能性も無いことは無いのか――」
女は何やらぶつぶつと呟き始めた後、急に顔を上げた。

「何にせよ――殺し合いを止めようとしてる人間がいるのなら、まあ本人も必死なんだろうから止めはしない。
 だが、協力は絶対にしない。そいつが殺人を犯しでもして、相手も殺人者だから仕方なかっただとか云い訳をしようものなら」
僕はどうしてしまうのか判らんからなと、今迄で一番兇悪な面相で女はぼそりと呟いた。
ちょっぴり――怖かった。

「でも、だったら――どうしろって言うのよ」
「何もしないのが最良の選択だ。僕が云えるのはそれだけだな」
「そんなの――」
嫌だ。
何だか判らないけど、それは絶対に嫌だ。
「もういい。あなたの事なんて忘れちゃう。もっと頼りになりそうな人、捜すから」
「例の能力を使ってか? 止したがいい。大体、自分の考えている事なんて、自分でも能く判らないものだよ。
 それに、思い通りに身体が動かない事なんてざらにある。煙草も酒も、辞めようと思って辞められるなら依存症なんてすぐに治る」
だから僕は――と、女は何事か言おうとした後、一度口を閉じ、またすぐに開いた。


403 : 探偵がリレーを/矛盾る ◆t2zsw06mcI :2014/04/05(土) 00:07:28 H9OXEu0s0
「一番の問題はね――」
女は顔を曇らせた――ように、見えた。
「殺そうだなんて思わなくったって、人は人を殺せてしまうものなんだ。逆に、殺したい程憎い相手なんてのは、大抵は殺せない。
 動機くらい誰にだってある。いや、実行しないし口に出さないだけで、殺人計画なんて皆立てている。
 殺そうとは思わなくても、殴ってやりたいくらいの事なら君だって一度も考えた事がないとは云えんだろう。
 考えただけで罰せられるなら、殆どの人間は罪人になってしまうよ」
「何が――言いたいのよ」
「却説、それこそ僕にも判らない事だ。あえて理由付けをするなら、昔を思い出した――のかもしれん」
「ムカシ?」

「昔だ。僕にも君のように、何でもかんでも物事をハッキリ二つに分けようとしている時期があったからな。
 君はまあ、子供の頃を思い返すと恥ずかしい、程度で済むようなものだが、僕はもっと酷い病気に罹っていた」
女の言う事は、嘘か本当か――。
何故か、判断する気になれなかった。
「駄目なもの、良くないもの、劣ったもの、危険なもの、好ましくないもの、悪影響があるもの、まあそう云ういかんものは沢山ある。
 それはまあ、なくせりゃ楽だよ。それが理想だ。そんなものはなくしたほうが良いに決まっている。
 だが、世の中はそういうもの込みで回っているのが現状だ。だから一斉になくしてしまえば不具合が出る。
 立場が変われば評価も変わる。なくなったら困る者からは反対意見だって出る。
 利権を貪っているような輩に限った事ではなく、いかんものに頼らざるを得ない弱者である場合も多くある。
 それは切り捨てにくい。下手を打てばよりいかん事になってしまう。ドラスティックに変えてしまおうという意見は、正論ではあるが無謀なんだな。
 そもそも簡単に代用案が見つかるのなら、いかんものと知りながら温存などしてないんだが。
 だからと云って――理想を持つのは駄目だ、などと云う者は馬鹿だ。理想を掲げるのはしなきゃいけない事だよ。
 ただ、中中理想の形に近づかないからといって現実を全否定するような奴は矢張り馬鹿の仲間だ。
 馬鹿の内はまだいいが、酷いものになると理想の為に人命を疎かにするようになるからな。そうなると」
馬鹿ですらなくなると吐き捨てるように女は言った。

「それを自覚した後も、自身の抱えた矛盾をどうにか解決しようとしていた時期もあったがね。
 宗教も科学も、学べば学ぶ程、自分は如何しようもない存在だとしか思えなくなってくる。
 そもそも人間と云う存在そのものが、生物として何処か間違っているのではないか――等と考えた事すらある」
猿の話を知っているかい、と唐突に女は言った。
「年老いた子連れの母猿が嵐に見舞われて、濁流に呑まれたとしよう。
 その猿は泳げない程の幼い子猿と、もう泳げる子猿とを連れていた。流れは速く、大人の猿でも命が危ない。
 助けられる子猿は一匹だけという状況だ。両方助けたら親も死んでしまう。
 そんな時――母猿は迷わず大きい方を助けるんだよ。種を保存する上で一番適切なのは大きい方の子猿なんだ。
 生物の母性とはそういうものだ。そもそも人間で云うところの愛情なんて、猿は持ちあわせていない。
 だが人間は違ってしまった。種を保存する事が唯一無二の目的ではなくなってしまったんだ。
 それを文化と呼ぶか、知性と呼ぶか、人間性と呼ぶか、それは勝手だが――ともかく、人間はもう一つの価値観を生み出してしまった。
 生物としての価値観と人間としての価値観が同じ方向を向いている内はいいが、逆の方向を向いた時、我我は戸惑ってしまう」
だがね。
「人を殺しちゃいけないなんてのは、どんな価値観や理屈を持ちだそうが絶対に肯定できないし、してはいけない、当たり前の事なのだ。
 死んでも悲しむ人間はいない、悔しがる人間も怒る人間もいない、寧ろ生きていると多くの人間が苦しむような人間だって、殺していい訳がない」
それは――。
能力を使わなくったって理解る、本当の事である。


404 : 探偵がリレーを/矛盾る ◆t2zsw06mcI :2014/04/05(土) 00:08:37 H9OXEu0s0
「ま――済んだ事を反省するなら兎も角、悔やんだって仕様がない事は慥かだ。
 何をやったって過去は変えられんからな。極力過ちを繰り返さんようにするしかないのだ。
 だからまあ、僕はなるべくならこんな所で死にたくはない。死ぬならきちんとした手続きを経た上で、責任を取って死にたいからな」
で――。
「何もしないんだ」
「何もしない。何度でも云わせて貰うが、これが最良の選択だ。
 不意討ちされるとかこの病院ごと崩落するとか、僕が死ぬヴィジョンなんて無数に思い浮かぶ訳だが、それでも妙な行動をするよかマシだ。
 出来る事は何もない。仮にあの男を殺して脱出する事に成功したとしても、それは何の解決にもなっていない。
 一つだけ云えることは、我我は自らを律するルールの中で不条理に立ち向かっていくしかないと云うことだ。
 何もせず時を待つ事が、僕に出来る細やかにして最大の反抗だ」

そうなのだろう。
でも。
嘘とか、本当とか、そんなんじゃなくて。
私は――違うと思う。
やっぱり、具体的な展望は思い浮かばないけど、違うと思う。

「じゃ――私、行くから」
それだけ言って、私はドアに手をかけた。
「止めはしない。だが、忠告しておくぞ。僕にやった事を続けるようなら――」
顔の見えない女の声。

「――死ぬよ」

直ぐにドアを閉めて全力で病院の外に駆け出した後。
どうしたらいいのかなあ――と、私は大きく溜息を付いた。



【C-5 病院付近/深夜】
【初山実花子】
状態:健康
装備:スパス12(22/22)
道具:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜2
[思考・状況]
基本思考:生き残る。
1:不明

【C-5 病院/深夜】
【ピーリィ・ポール】
状態:健康
装備:無し
道具:基本支給品一式、『イメージの裏切り』、ランダムアイテム0〜2
[思考・状況]
基本思考:殺し合いに一切関わらない
1:病院に籠る

【『イメージの裏切り』】
ベルギー出身のシュールレアリスムの画家、ルネ・マグリットの作品のカラーコピー印刷物。
パイプの絵の下に「これはパイプではない」という言葉が書かれている、自己言及の矛盾を題材とした作品。


405 : ◆t2zsw06mcI :2014/04/05(土) 00:09:40 H9OXEu0s0
投下を終了します。


406 : 名無しさん :2014/04/05(土) 07:17:51 zVZcamOI0
投下乙です!
ピーリィさんめんどくせえええ!
実花子ちゃん完全に翻弄されてますねww

病院には鴉がいるけど二人とも大丈夫かな?


407 : 名無しさん :2014/04/05(土) 11:59:21 jnHo1wog0
お二人とも投下乙です。

恵理子さんはやっぱり中々タチの悪そうな…
子供相手にも一切容赦なしか
勇二くんが黒くなかったら危なかったな

そして実花子ちゃんは翻弄されまくったなw
今回の話を見る限りだと読心能力は本人の認識への依存が大きい?
そして鴉に気を付けてねピーリィさん…


408 : ◆C3lJLXyreU :2014/04/06(日) 23:11:10 3FduBMRM0
投下します


409 : 俺、美少女になります! ◆C3lJLXyreU :2014/04/06(日) 23:12:13 3FduBMRM0
むかーしむかーし、じゃなくて現代。
あるところに尾関裕司という非モテ少年がいました。
少年は一部の同級生(主に初山実花子とか初山とか実花子とか)から童貞と呼ばれて悔しい思いをしていました。
そこで少年は考えたのです。
そうだ、女の子になれば童貞って言われないんじゃね?と。

「なんだこの美少女!?」
鏡に写っている黒髪セミロングの美少女を見て、俺、尾関裕司は驚いていた。
それと同時に鏡の中の少女も可愛らしい声で驚愕する。
次に俺は頬を軽くビンタしてみた。ワールドオーダーの言ったことが未だに信じられなくて、これが悪夢ならすぐに覚めたいからだ。
すると少女も俺と全く同じ動作で頬を叩く。パチンと小気味の良い音が鳴った。

「あいたたた……」
またしても聞こえたのは、少女の可愛らしい声だ。
男の俺が声を発しても、何故かその声が掻き消されて彼女の声がする。
こんなことが連続すると、自分がこの美少女になったみたいな感覚に陥りそうだ。

(あ、そうだ)
思い出した。

(性転換薬。これの影響なのか?)
近くに放置されていた薬袋を拾い上げる。
殺し合いに混乱していた俺は、一時的な気の迷いで開始早々にこれを飲んだ。
それから急に体が苦しくなって、結構な時間寝ていたけど、この薬の効果は本物だったのか?
よく見れば、筋肉で苦しかったはずの制服がぶかぶかだ。不思議と少し重くも感じる。
嫌な予感がした俺は、意を決して股間に手を当てた。

「うわぁ! 俺の未使用バナナがぁ!」
男なら誰もがあるべき聖槍がない。
それだけのことが俺にとって恐怖であり、同時に存在の否定でもあった。
一度でもいいからコンニャク以外のものを貫きたかったなぁ。ごめんなぁ、俺のグングニール。

「何がどんなむさ苦しい男でも一粒で美少女に♪だ! バーカ!」
死刑執行!
俺はストレス発散で性転換薬の説明書を八つ裂きにしてやった。
自分で飲んだのに理不尽だって言われそうだけど、説明書には槍が消えるなんて書いてなかったもんね! バーカ!

「ワールドオーダー! よくも俺のバナナ奪い去ってくれたな! ぶっ倒してやる!」
男の象徴を奪われた俺の怒りは、留まることを知らない。
必ず、かの邪智暴虐のワールドオーダーを倒さなければならぬと決意した。
あいつは色々と変な能力を持ってるらしいけど、それよりも俺の息子を盗んだことの方が重罪だ。死刑だ!
ワールドオーダー殺すべし。慈悲はない。

「何か困ったことでもありましたか? レディ」
トントン、と背後から肩を叩かれて、振り向くとそこには気持ち悪いイケメンが笑顔で立っていた。

「非モテの敵は見つけ次第殺せぇ!」
出会い頭に一発殴ってやった。殺すぞ、むかつくんじゃ!
八つ当たりですけど、何か?
美人のお姉さんと気の良さそうな男が来たのはそれから少し後だ。

♂♀♂♀♂♀♂♀


410 : 名無しさん :2014/04/06(日) 23:13:11 3FduBMRM0

それから俺は、後で来た二人に嘘だらけの事情を話したり、情報交換を始めたりで大忙しだった。
可愛い女の子が怖い男の人に襲われたって言えば、誰でもそっちを信じる。俺でも信じる。
しかもこのピーターとかいう男は、究極の変態らしい。
結果的に、俺の話だけが全面的に信用されることになった。
ちなみに俺以外の三人は悪党と殺し屋らしい。
野球少年の俺には彼らが本当にそういう人間なのかは判断出来ないけど、ピーター以外、性格は悪そうじゃないからどうでもいいや。
同級生や姉の友達が癖のある人ばかりだから、こういう相手には慣れてるつもりだ。

「まだ反省してなかったのか……」
話を聞いた鵜院さんが呆れるように呟く。
俺もレズな姉がいるから、この人の苦労はわからないでもない。
鵜院さんはバットでボコられないだけまだマシだと思うけどな!

「君はすごいね。……何か特殊な技術でも?」
問いかけてきたのはバラッドさんだ。
ピーターはナンパテクがすごいから、訓練を受けている女性以外には全くフラれたことがないらしい。

「わ、私は本当に何も……」
俺はわざとらしく震えながら答えた。
元男の俺にとってピーターはうざい存在だから殴っただけで、野球以外の技術なんてないから嘘はついていない。

「バラッドさん、一般人をからかうのは良くないですよ」
鵜院さんは本当にいい人だなぁ。
惚れそうになるぜ!

「ちょっと待って下さいよ。その少女が言ってることは全部嘘だって言ってるじゃないで……」
「「嘘をついてるのはどっちだ!」」
うんうん、これぞ俺の理想だ。非モテの苦しみを味わえ、ピーター!
俺が双葉からガン無視されてた苦しみ、お前にはわかるまい!

「それで、今後の方針はどうする?」
「とりあえず商店街でユージーちゃんが着る服でも探しませんか?」

ユージーちゃんとは、女の子を演じるために名乗った俺の偽名だ。
名簿に名前がないから怪しまれたが、名前が似ている尾関裕司と間違われて拉致された、という我ながら完璧な言い訳をしたら信用された。
男子制服を着ているのは尾関裕司のつもりが間違えて転送されたから、その時に服も間違えられたっていう設定。

「この制服は重いから、そろそろ着替えたい……かな?」
俺は鵜院さんの意見に賛成する。
ユージーちゃんを演じていると、女の子も悪くないなぁと思えてきた。
可愛い服で着飾って、もっと可愛くなるのも、いいかもしれない。

「私も賛成です。幼くてもレディはレディ。いつまでも男性の服を着せるのは、酷だと思いませんか?」
さっすがピーター!
いいことを言ってるのに縄で腕を縛られてるせいで残念なイケメンにしか見えないぜっ!

「そうだね。それにウィンセントの仲間、イヴァン、女性の死体。人が密集しそうな商店街なら、ユージーの服以外にも1つくらいは見つかるかもしれない」
バラッドさんが皆の意見をまとめるように方針を決めた。
俺的には殺し屋の幹部らしいイヴァンと女性の死体は見つけたくないけどな!

「戦力がバラッドさんしかいない今の状況で、茜ヶ久保とは会いたくないですけどね」
「さらっと私を戦力外通告してませんか!? これでも殺し屋ですよ!」
「ピーターとウィンセントで遠距離支援、私が接近戦で追い詰める。この戦法ならどう?」
「ユージーちゃんが危険じゃないですか」
「わ、私も武器があれば少しは戦える……かも?」

俺がその言葉を言うことを待っていたのか。
バラッドさんがシュバッとデイパックから何かを取り出すと、俺に渡してきた。


411 : 名無しさん :2014/04/06(日) 23:13:55 3FduBMRM0

「それ、ただの金属バットじゃないですか?」
すかさずピーターがツッコミを入れる。

「ユージーは野球少年の尾関裕司と間違えられた子だよ。野球が強くても、不思議ではない」
「そーですね。これなら私も戦えそうですっ!」

普段よりも少し重く感じるけど、使い慣れた得物があれば俺も戦えるかもしれない。
試しに素振りをするとひゅん、と良い音がした。
ここに来てまだ数時間しか経ってないのに、バットの感触が随分と懐かしく思える。

「これで戦力は整ったね。商店街に行こうか」
「……茜ヶ久保と会ったら戦うんですか?」
「それは彼の態度次第だね。実際に会ってみないとわからないこともある。ウィンセント、君も覚悟を決めた方がいいと思うよ」

そう言うと、バラッドさんは商店街に向かって歩き始めた。
それにつられて俺たちも移動するけど、鵜院さんの顔がちょっと暗い。

「だ、大丈夫ですよ、鵜院さん! 私たちが付いています!」
俺は彼を元気付けてあげようと、だらりとぶら下がっている手を力強く握った。
普段なら意識しないのに、鵜院さんの手が少し大きく感じる。
女の子から見た男の手はこんなにも大きくて、頼もしいものだったのか。

「ありがとう」
鵜院さんは顔を赤らめて礼を言うと、デイパックから変な物体を取り出した。
どこかで見たことがあるような、人と鹿が融合した怪物だ。

「もしかして、せ○とくん?」
「えと、感謝の気持ちだ。ユキが欲しがるくらいだから、女の子はこういうのが好きだと思って」
うわぁ。ユキさん、すごいセンスしてるんだな。
姉ちゃん、ルピナスさん、ユキさん、舞歌さんの中では一番の常識人だと思ってたけど、感性だけはズレてるのか?
電波っぽい発言の数々は悪党商会や能力絡みのことだとしても、この趣味だけは理解出来そうにない。

「ウィンセントに、せ○とくん? ワールドオーダーも粋なことをするね」
「「なるほど」」
俺と鵜院さんの頭がピコーンとなる。これはワールドオーダーのギャグだったのか。
支給された鵜院さんも気付いてないって、バラッドさんが言わなかったらワールドオーダー渾身のギャグも台無しだったな。

「なんですか、それ?」
「せ○とくん。日本の名物、ゆるキャラよ」
俺たちの行動を不思議そうな目で眺めてやがるピーターに、バラッドさんがせ○とくんの説明をしていた。
少しだけ行動してわかったけど、この人は日本刀に限らず日本のこと全般に詳しいようだ。
そんな人が奈良のマスコットキャラクター、せ○とくんを知らないはずもなく、こうして会話が成り立っている。ワールドオーダーはバラッドさんに感謝しろ。

「それって小馬鹿にされてるだけじゃ……ぶっ!?」
お前はちょっと黙ってろ!
俺は空気を読めないピーターの足を思い切り踏んでやった。

「あ、ありがとうございます! 私もせ○とくん大好きで、ずーっと欲しかったんですよ! 絶対になくさないように、大切にします!」

鵜院さんからせ○とくんのぬいぐるみを受け取った俺は、笑顔でくるりと一回転。喜びを全力で表現する。
この化物が可愛いとは思わないけど、男が女の子にプレゼントを渡したんだ。美少女ならどんなものでも喜んで受け取るべきだと、俺は思っている。
ホワイトデーで小馬鹿にしやがった実花子やガン無視の双葉、爆発物とか言ってチョコをぶん投げた恵莉も俺を見習え!


412 : 名無しさん :2014/04/06(日) 23:14:33 3FduBMRM0

「……興味がないとはいえ、私も女性だよ。ウィンセント、君はデリカシーがないね」
「え?」
「商店街に急ごうか。遅いと置いていくよ」

バラッドさんの声が少し怖い。かっこいい美人だと思ってたけど、意外と可愛い物好きだったりするのか?
彼女に言い返す言葉もなく、俺たちは早足で歩くバラッドさんに追い付くために走った。
目指すは、商店街だ!

【I-8 市街地/黎明】
【尾関裕司】
[状態]:健康、女体化
[装備]:金属バット
[道具]:基本支給品一式、手鏡、せ○とくんのぬいぐるみ、ランダムアイテム0〜1
[思考・行動]
基本方針:俺はユージーちゃん!
1:しばらくはバラッド、ピーター、鵜院千斗と行動する。
2:商店街に向かう。
3:可愛い服で着飾って、もっと可愛くなりたい。

【鵜院千斗】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜2
[思考・行動]
基本方針:助けられる人は助ける
1:しばらくはバラッド、ピーター、ユージーと行動する。
2:商店街に向かう。
3:できれば悪党商会の皆(特に半田と水芭)と合流したい。

【バラッド】
[状態]:健康
[装備]:朧切
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜1(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:イヴァンは殺す
1:しばらくは鵜院千斗、ピータート、ユージーと行動する。
2:商店街に向かう。
3:試し切りしてみたい
※鵜院千斗をウィンセントと呼びます。言いづらいからそうなるのか、本当に名前を勘違いしてるのかは後続の書き手にお任せします。

【ピーター・セヴェール】
[状態]:顔に殴られた痕、手首拘束
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、MK16、ランダムアイテム0〜2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:女性を食べたい(食欲的な意味で)
1:しばらくは鵜院千斗、ピーター、ユージーと行動する。
2:商店街に向かう。
3:早く女性が食べたいです。

【性転換薬】
尾関裕司に支給。
飲むと性別が転換する薬。
使用することで女性の場合、筋肉がついたり、身長が伸びたり、モノがついたりし、男性の場合、胸が膨らんだり、肉付きがよくなったり、モノがなくなったりする。
性格に影響はない。


413 : ◆C3lJLXyreU :2014/04/06(日) 23:15:01 3FduBMRM0
投下終了です


414 : 名無しさん :2014/04/06(日) 23:54:21 LOKM96Bc0
投下乙です
モテないのなら女の子になればいい!童貞くん乱心しすぎィ!
バラッドさん達のチームがどんどん楽しくなってきたよ!


415 : 名無しさん :2014/04/07(月) 00:14:43 EtMFFEkY0
連投ながら、ちょっと気になったところが
>>411から>>412の繋がりが少し不自然に感じたのですが、仕様でしょうか?
(台詞や描写が唐突に鵜院の視点に変わったので間の文章が抜け落ちてるような印象)
勘違いだったら申し訳ございません…


416 : ◆C3lJLXyreU :2014/04/07(月) 01:22:22 S7UQC45I0
ご指摘ありがとうございます!
視点を変えたつもりはないけど、誤解を招きやすいと思ったので、修正しますね。
これでどうですか?

>>411の最後に

「そ、そうか! それなら良かった、大切にしてくれ」
鵜院さんの顔が、ぱあっと明るくなる。
俺も鵜院さんが元気を取り戻せたみたいで嬉しいですよっ!

>>412
「……興味がないとはいえ、私も女性だよ。ウィンセント、君はデリカシーがないね」
「え?」
「商店街に急ごうか。遅いと置いていくよ」

バラッドさんの声が少し怖い。かっこいい美人だと思ってたけど、意外と可愛い物好きだったりするのか?
彼女に言い返す言葉もなく、俺たちは早足で歩くバラッドさんに追い付くために走った。
目指すは、商店街だ!

「……興味がないとはいえ、私も女性だよ。ウィンセント、君はデリカシーがないね」
「「え?」」
バラッドさんの呟きに、俺と鵜院さんは首を傾げる。
その声色は、どこか怒っているようにも聞こえた。

「商店街に急ごうか。遅いと置いていくよ」
女と付き合った経験ゼロの俺には、バラッドさんの気持ちがよくわからない。
かっこいい美人だと思ってたけど、意外と可愛い物好きだったりするのか?
彼女に言い返す言葉もなく、俺たちは早足で歩くバラッドさんに追い付くために走った。
目指すは、商店街だ!


417 : 名無しさん :2014/04/07(月) 01:31:51 EtMFFEkY0
修正乙です!
態々指摘に応じて下さってありがとうございます!
そして描写のことで勘違いをしてしまい申し訳ございませんでした…orz


418 : 名無しさん :2014/04/07(月) 05:54:19 .W4GnXxo0
投下乙です
なんだこのチームおもしろすぎww
童貞卒業できないなら女の子になればいい←天才


419 : ◆H3bky6/SCY :2014/04/08(火) 23:28:16 1.Rrbg2Y0
投下します


420 : Circus Night ◆H3bky6/SCY :2014/04/08(火) 23:31:04 1.Rrbg2Y0

斎藤輝幸は夢を見る。

厳しいだけの親。つまらないクラスメート。
そんな奴らに、何も言えず従うだけの自分。
何もかもどうでもよかった。
どいつもこいつもバカばかりだ。消えてしまえばいい。毎日そう思っていた。

その日常が壊れたのはいつか。
その日も、いつものようにネットで調べた黒魔術に興じていた。
魔法陣を描きこのくだらない日常の破壊を願った。
本気だったわけじゃない、ストレスを発散するための遊びの様なものだ。

だが、悪魔は本当に表れた。

そこから彼の人生は変わる。
世界が変わるほど劇的に、取り返しのつかないほど致命的に。

混濁した意識が波の様な緩やかな動きに揺すられる。
それは揺り籠のようであり、このまま意識を奥深くに預けてしまいたくなる。
だが、足元を引きずるような感覚がその心地よさの邪魔をする。

「よう。目ぇ覚めたか」
「ッ!?」

なにがどうなってこうなったのか。
輝幸が目を覚ましたのは、先ほどまで殺し合いをしていた相手の背中の上であった。
自分がどうなって、どういう状況なのか。まるで訳が分からない。
混乱に陥った輝幸は、ひとまずこの状況から逃れるため、身を捩じらせ藻掻き始めた。

「うぉ!? いきなり暴れんなって」

突然の輝幸の行動に驚きつつも、相手をなだめようとする拳正。
だが、静止の声も輝幸には届かず、自らの背中の上で暴れる相手に対して徐々に苛立ちをため込んでゆく。
元より我慢強い性格ではない、それはすぐに爆発した。

「だから、暴れんな、って!」

トン、と地面を踏み、背中越しの発勁を放つ拳正。
その反動で輝幸は背中から弾かれる。
結果として、望み通り拳正から離れられたものの、輝幸は受け身もとれず尻もちをついて地面に落ちた。

「あ、悪ぃ。思わずやっちまった」

すまんすまんと軽い調子で謝りながら、輝幸を引き起こそうと左腕を差し出す拳正。
だが、輝幸は差し出された腕を見ようとすらせず、俯いたまま微動だにしない。
何を思ったか、拳正は俯いているのを引きずってきたためドロドロになってしまった右足を気にしていると解釈した。

「ああ、足が汚れてんのは許せ。
 つかうまく背負えなかったのは、右手痺れさせたお前のせいだかんな?」

ブンブンと具合を確かめるように右手を振り回す。
動作に問題はない、ひとまず握力は戻ったようだ。

「ええっと、そういやお前名前なんだっけ?」

問いかけにも反応せず、輝幸は無言を貫く。

「おーい。聞こえてんのかー、おーい」

しかしそこは空気の読めない男だ。
先ほど似たような流れで諍いになった反省など無く、しつこく問いかけていくスタイルの拳正。
もはや素直に答えるか、先ほどの繰り返しを演じるかしかない状況である。
拳正と違い学習能力のある輝幸がいい加減折れた。
いやいやながらも口を開いた。

「斎藤…………輝幸」
「お。輝幸な。俺は新田拳正。よろしく頼むわ」

返された拳正の名乗りを聞き、俯きっぱなしだった輝幸がゆっくりと視線を上げた。


421 : Circus Night ◆H3bky6/SCY :2014/04/08(火) 23:34:02 1.Rrbg2Y0
「…………新田、拳正…………お前『桜中の悪魔』か」
「……あー、後輩かお前」

拳正は困ったように頭を掻き、少しだけばつの悪そうな顔をする。
『桜中の悪魔』
拳正がかつて呼ばれていた名である。

新田拳正は不良(ワル)だった。

元よりやんちゃの過ぎる悪童ではあったのだが、転機は小学五年の時。
とある事故で彼は両親を亡くした。
その後、親戚に引き取られたものの、そこでの義理の両親との折り合いが悪かった。

そんな理由で、彼はわかりやすいくらいに荒れた。
喧嘩に明け暮れ、家にもほとんど帰らず、危ない連中とつるみだした。
教師も義理の両親も完全に匙を投げた。子供のころから通っていた道場も破門された。
もはや悪友以外で彼に普通に話しかけるのは幼馴染の少女とその家族くらいのモノだった。

曰く、ゲームセンターを物理的に破壊したとか。
曰く、暴走族を一人で潰したとか。
曰く、パトカーを破壊したとか。
曰く、ヤクザに喧嘩を売ったとか。

その真偽こそ不明ながら、数多の悪名は学内に止まらず、地域一帯に響き渡り、彼は『桜中の悪魔』と呼ばれて恐れられた。
それが3年前までの出来事。
中学二年の終わりごろに、公園でとある老人に出会ってからその悪名はプツリと途絶えたが。
今でもその噂を覚えている者は少なくはない。

「なんで…………殺さない」

そんな相手が、自分を殺そうとした相手を何故生かしているのか。
様々な噂を知る輝幸からすればこの状況は不気味で仕方がない。

「いや、真顔でそんなマンガみたいなセリフを吐かれてもだな……。
 戦いの中で死んじまったんならともかく、決着ついたのにわざわざトドメなんて刺さねぇよ。
 あんなもんただの喧嘩だ。お前が売った、俺が買った、んで俺が勝った。それだけだろ」
「…………それだけで済むわけないだろ!
 いきなり浚われて、首に爆弾までつけられて、これは喧嘩じゃない殺し合いだぞ!?
 自分を殺そうとしたやつなんて、殺すだろ普通!? いったい何企んでるんだお前!?」

少なくとも輝幸は本気で殺すつもりだった。
だからこそ、負ければ殺されると思ったし、敗北に対して全力で抗った。
自分を殺そうとした相手が生きているなど、安心できるはずがない。
まして、そんな人間を連れ歩くなど、何か企んでるとしか考えられない。

「普通って言われてもなぁ、別になんも企んでねぇよ。
 あのまま放っておくのも危ねーな、ってくらい?」

何とも曖昧な拳正のとぼけた態度は輝幸をますます苛立たせた。
だが、企みどころか、割と本気で何も考えてない拳正は、輝幸の剣幕に戸惑うばかりである。

「なんだそれは? 強者の余裕か? 僕なんかには殺されないそう思ってるのか?」
「いや、んなこたねぇよ。お前は強かったよ。次やったらわかんねぇし。まともに一発でも食らったらマジで死んでたかもな。
 けどまあ、死んだら死んだで、そん時はそん時だろ。戦いなんてそんなもんだ」

あっけらかんと言ってのける。
拳正は積極的に殺す気などないし、自ら死ぬ気もない。
だが、自分が死んでしまっても、相手を殺してしまったとしても。拳正にとって、それはただの結果だ。
その結果を受け入れる覚悟がないのなら、そもそも戦わなければいい。
それが拳正の価値観。
この年にして些か達観した生死感である。
それは長年武に身を置いてきた経験故か、それとも両親の死を経た事による結論か。


422 : Circus Night ◆H3bky6/SCY :2014/04/08(火) 23:35:33 1.Rrbg2Y0
「…………意味が分からない。僕は嫌だ。死になくなんか、ない……!」

輝幸にはその価値観は理解できない。
輝幸は誰よりも死にたくない。
自分だけじゃなく、人間は誰だって死にたくないと思っているはずだ。
それが輝幸の価値観。
覚悟とか、矜持とか、そんなもののために命を懸けるだなんて信じられない。
ただ、分かるのは、その理解できないモノによって輝幸の命は奪われなかったという事だけだ。

「お前は……お前は、死ぬのが怖くないのかよ……?」

吐き出すような輝幸の問い。

「それは――――」

そこで言葉を切った拳正が突然、輝幸に向けてディパックを投げつけた。
正確には輝幸にではなく、その後ろ。
サク、と布を破る軽い音が鳴り、ディパックに飛来したナイフが突き刺さった。

「な、」
「――――森か」

突然の事態に戸惑う輝幸を置いて、拳正は目を細めナイフの飛んできた方向を鋭く見つめる。

「輝幸。お前は、その辺で隠れてろ」

言うが早いか、拳正は襲撃者の待つ魔の森に向けて、迷いなく駆け出して行った。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「ほぅ」

ナイフを投げた襲撃者、サイパス・キルラはその対応に息を漏らした。
彼が立っているのは森林地帯の中でもひときわ高い木の上だ。ここからナイフを投擲した。

相手の力量を図るべく、まず投げナイフから入るのはサイパスの癖だ。
今回の場合、高々子供2人に貴重な弾丸を使うまでもないと思ったという理由も大きい。

なにせ殺害すべき対象は70名近くいるというのに残弾は30発しかないのだ。
相手がよほどの強敵だと判断した時でもない限り、できる限り弾丸は温存したい。

(もっともヴァイザーがいる限り、その心配も杞憂だろうがな)

組織の最強戦力にして、サイパスの育て上げた最高傑作。
あの稀代の暗殺者がいる以上、70名すべてをサイパスが殺すなどと言う事態にはならないだろうが。

(さて、あの小僧は果たして銃を使うに値する相手か)

木の幹を蹴り、サイパスが動く。
向かいの木へと跳躍したサイパスは、たどり着いたところで再びその幹を蹴り次の木へ跳ぶ。
その動きを繰り返して、稲妻のような軌跡を描きながら漆黒の影が空中を行く。

森に侵入した拳正は自らを取り囲むように飛び交う黒い影を見た。
目にもとまらぬ速度で踊る影。

その異様な光景を拳正は横目で見送り、足を止めずその場を突っ切り森の奥へと進んでいく。
相手の動きを見て、木々の密集したこの場での戦いは不利と判断し、少しでも開けた場所に戦場を変えるつもりなのだろう。
来た道を引き返さなかったのは、残してきた輝幸に目を向けさせないためか。

その背を狙い、躍る暗闇から一筋の銀光が放たれた。
回転しながら飛来するナイフは走る拳正の肩口を掠め、スコンと小気味良い音を立てて木の幹へと突き刺さった。
縦横無尽に行きかう影は、刺さったナイフを回収。再びナイフが投擲される。

前後左右の区別なく、およそ一本のナイフで成されているとは思えないほどナイフが次から次に絶え間なく飛び交う。
走る拳正を中心に絶対的な暗殺空間(キリングフィールド)が展開された。
黒のコートが縦横無尽に闇に躍る様は、まるで不気味なサーカスか何かだ。
その中央にあって、拳正は動きを変えない。
ナイフを紙一重で躱しながらただ走る。


423 : Circus Night ◆H3bky6/SCY :2014/04/08(火) 23:38:00 1.Rrbg2Y0
落ち着いている。
それが拳正に対するサイパスの感想だ。
その実、行きかうナイフのほとんどは本命を隠すための幻影にすぎない。
体に当たる本命だけを見極めれば、十分に躱せる代物だ。
そして、拳正はこの状況でそれを見事に成し遂げている。

サイパスの行う、派手な動きはすべて精神的優位に立ち、主導権を握るための演出だ。
先ほどの剣術家のようにサイパスの超人的な動きを見た者はまず精神的に飲まれる。
だが、拳正はサイパスの多角的な動きに翻弄もされず、動じた様子もない。
この場での不利を認め、焦れて一か八かに奔るでもなく状況の打開に全力を注いでいる。

サイパスに誤算があるとしたらそこだった。
確かにサイパスの動きは凄まじい。
拳正からしても規格外の動きであり、その動きを再現することは不可能だろう。
だが、同じことはできないが、同じことをやれそうな人間ならば日常的に見ている。
素手でビル解体できるビックリ人間を超えない限り、拳正にとっては驚くには値しない。

どうやら、この戦術で敵を仕留めるのは難しそうである。
そうサイパスが判断を下したタイミングで、舞台は深い森を抜け、木々の開けた空間に出た。
拳正はその中央まで突っ切るとクルリと後方へと振り返り、最期に飛んできたナイフを明後日の方向へと蹴り飛ばした。

「よお。ようやくまともにツラ拝めたな」

周囲に足場となる大樹はなく、そこにはようやく地に足を付いたサイパスが立っていた。
初めて真正面から対峙する二人。
互いの間に遮蔽物もない。

「そんじゃま、こっからは単純な喧嘩しようか。おっさん」

言って、拳正が動く。
対するサイパスは格闘戦に応じるはずもなく、迷いなく懐からS&W M10を取り出した。
遮蔽物のなさが仇となった。身を隠す術はない。
盾を求め、森林地帯に戻ろうと背を向けようものなら、その瞬間に撃ち殺されるのがオチだろう。

銃口を突きつけられ、絶体絶命ともいえるこの状況。
銃の登場にさすがに驚いたように目を見開くがそれも一瞬、拳正は迷わず前に加速した。

距離を詰めれば射角は狭まり、射線の外に出やすくなる。
実行できるかはともかく、理屈としてはそれは正しい。
だが、相手は百戦錬磨の殺し屋サイパス・キルラだ。
引き金を引く瞬間を読み切りたとしても、躱せるのは最初の一発までだろう。
右か左か。避けたところで回避後の硬直を狙い撃ちにされてお終いだ。

さあ、どうする?
運命の引き金が引かれ、問いかけの様な弾丸が放たれる。

その瞬間、拳正がサイパスの視界から消えた。

(下か……!?)

拳正の選択は右でも左でもなく下。
サイパスの足元に向けて、ヘッドスライディングのような体制で滑り込むように飛び込んだ。

すぐさまその動きに対応し銃口を下へと向けるサイパス。
だがそれよりも一手早く、飛び込んだ拳正は両腕で体を支え、逆立ち様な体制のままほぼ真上に向けて蹴り足を跳ね上げた。
その動きは蟷螂拳の穿弓腿に近い。

サイパスの顎下から槍のように鋭い蹴りが奔った。
顎を砕かんと一直線に迫るその一撃。
サイパスは冷静にその間合いを見極め、半歩下がるだけでこれを回避。
拳正の右足が空を切る。

だが、蹴りを躱された拳正は止まらず、地突いた腕を交差させ空中で無理矢理に身を捻った。
その動きと連動するように、後ろ脚が跳ね上がる。
跳ねあがった左足の踵が、サイパスが右腕に握る拳銃のグリップを強かに打った。
その勢いに弾かれ、S&W M10が宙を舞った。

(最初からそれが狙いか)

まずは武器を無力化するというのは狙いとしてはよい。
そうサイパスはこの動きを評価する。
だが。


424 : Circus Night ◆H3bky6/SCY :2014/04/08(火) 23:40:01 1.Rrbg2Y0
「詰めが甘い…………ッ!」

無理な体制で蹴りを放った拳正は完全に死に体だ。
逆立ち状態の拳正の顔面を、サッカーボールのようにサイパスが蹴り上げる。
まともにもらった拳正が地面を転がった。

「ぐっ!」

受け身をとり、揺れる視界のまますぐさま立ち上がり追撃を警戒する拳正。
だが、意外にも追撃は来なかった。
見ればサイパスは距離を詰めるでもなくその場に直立していた。

ふん、と詰まった鼻血を出しながら、相手の出方を伺う拳正。
その様子を見ながら、サイパスが口を開いた。

「小僧。名を、聞いておこうか」
「…………新田拳正。おっさんは?」
「ただの殺し屋だよ。名乗るほどの者じゃない」
「だったら俺も、ただの八極拳士だ。名乗るほどのモンじゃない」
「…………」

ああ、バカなんだな。とサイパスは気づく。
まぁこの程度の常識の欠如したものならば組織にもいるか、と気を取り直して話を続ける。

「ではケンショウ。殺す前に三つ聞いておこう」
「あんだよ」
「その戦い方、誰に教わった」

その戦い方は明らかに実戦を想定している。
ただの子供の護身術にしては物騒すぎる代物だ。

「李書文とかいう爺さん」

その返答にサイパスは思わず噴き出した。

「はっ。そうか」

この状況で言う冗談にしては気が利いている。
仕込んだのが音に聞くあの『神槍』というのならば納得できる話だ。
とはいえ80年近く前に死んだ名だ、もちろん本気にしてはいないが。

「二つ目の問いだ。貴様、死が怖くないのか?」

銃を前にして、迷うことなく踏み出してきたあの動き。
ヴァイザーのように死を読み切れるのならばできる。
アザレアのように死を恐怖として認識していないのならばできる。
目の前の男の場合はどうか?

「? いや、普通に怖いけど?」
「なるほど」

銃を見て具体的な死を想像できないただの平和ボケか、ただ壊れている狂人か。
それとも、死を恐れていてもなお踏みこめる逸材なのか。

「最後の質問だ、お前――――殺し屋になる気はないか?」
「ねーよ」

即答だった。
予想通りの返答だったが、それでも面白い逸材を見ると引き込みたくなるのはサイパスの悪い癖だ。
組織の奇人変人も半数近くはこうしてサイパスが集めたようなものである。

「そうか。ならば、お前はここで殺しておこう」

だが、引き込めないのならば殺すまでだ。
これまでも気に入った相手に誘いをかけてきたが、断った相手は例外なく殺してきた。
将来的に組織の危険因子となりうるからだ。


425 : Circus Night ◆H3bky6/SCY :2014/04/08(火) 23:42:05 1.Rrbg2Y0
もはやサイパスに躊躇いはない。
静かに地を蹴り、サイパスが動く。
音もなく一瞬で最高速まで達するその動きは正しく死神。
身を低く、命を刈らんと死神が奔る。

対する拳正は跳ねるように前へ。
拳を突き出し最大速度で突進する、絶招歩法。

互いに全速。
交差は一瞬で終わるだろう。

交差の瞬間、拳正の視界が黒で染まった。
それは黒いコートだった。
視界を塞ぐように、サイパスが己のコートを大きく翻したのだ。

拳正は構わず打つが、その先にサイパスの実体はない。
打撃に絡め取られたコートの下から、滑り込むようにサイパスが現れる。
下から現れた相手に対して、打ち込んだ腕を曲げ、肘を落とす拳正。
だが、地面スレスレを走るサイパスの異常な動きにその一撃は空を切る。
カウンターを取られ、鳩尾に強烈な膝が叩き込まれた。

「ふん。体術なら勝てると思ったか?」
「ッ…………思ってる、よ!」

だが、打撃を喰らい身をくの字に折ながらも、拳正の右掌はサイパスの胸元に置かれていた。
その密着状態から放たれる、掌打による寸勁。
サイパスの体が後方に大きく吹き飛んだ。

だが、浅い。
勁も殆ど通った手ごたえがない。あれではただ押し出しただけだ。
この機を逃さず、吹っ飛んだサイパスに向かって追撃に走る拳正。

瞬間、脳天に斬撃を喰らった。

「なっ…………!?」

それは天から落ちてきたナイフだった。
視界を塞いだ瞬間にサイパスは隠し持っていた最後のナイフを上空に投げていたのだ。
体術ならばという挑発もそれに気付かせないためのブラフ。
その挑発に見事に嵌った。

幸運にも裂かれたのは額だけだ、致命傷ではない。
だが頭部の傷は流血量が多い、ザックリと裂かれた傷口からは血液が垂れ流れ、その両目を汚した。
反射的に瞼が閉じられ、視界が失われる。

サイパスが体制を立て直し距離を詰めるか、拳正が視界を取り戻すか、どちらが早いか。
拳正は片目を拭いすぐさま目を開く。

そして、赤く染まる視界の先にあったのは、拳銃を構えるサイパスの姿だった。
そこで悟る。サイパスは吹き飛ばされたのではない。拳正の打撃を利用し自ら拳銃が落ちた場所まで飛んだのだと。

「チェックだ」
「くっ」

この銃弾は躱せない。
互いにその確信があった。


426 : Circus Night ◆H3bky6/SCY :2014/04/08(火) 23:44:27 1.Rrbg2Y0
「!?」

だが、その確信を裏切るように、次の瞬間に響いたのは銃声ではなく獣の咆哮だった。
生い茂る枝葉を薙ぎ払いながら、夜闇を切り裂くように現れたのは豹の化物。

「輝幸!?」
「亦紅と同じ人外の類か!」

恐るべき速度で森を駆け抜けた獣は、五指の凶爪をサイパスに向けて振り下ろした。
尋常ならざるその一撃を、サイパスは後方に飛ぶことで避けながら、同時に弾丸を数発撃ち込んだ。
だが、鎧のような表皮はそれをそれをものともせず、豹の悪魔の突進は止まらない。

「ちぃ! 9mmの豆鉄砲では貫けんか」

サイパスは舌を打ちながら、突進してきた化物に対応する。
振り下ろされた一撃を素早く横に回り込んで躱した。
同時に、重心の乗った足を払うとともに、付き出された肩を押し出す。
自らの突進の勢いを利用され、悪魔の巨体が空中に投げ出された。

瞬間。宙を舞う巨大な影と入れ替わるように、小さな影が飛び出した。
拳正だ。

サイパスの内懐へ向けて踏みこみ、足裏を大地に叩きける。
そこから踵を捻じ込み、全ての運動エネルギーを肘へと伝える。

体当たりの様な勢いで打ち込まれた裡門を、サイパスは独楽のように回転して受け流した。
その勢いを利用したまま、バックハンドを放ち拳正の後頭部を打った。
直撃を受け、前のめりに倒れこむ拳正。
トドメを刺すべく銃口を向けようとするサイパスだったが、横目に豹の悪魔が復活していたのが確認できた。
その悪魔に意識をやった隙に、拳正が跳ねあがるように起き上がる。

(…………キリがないな)

状況は完全に二対一。
それでも負ける気はしないが、弾丸の消耗も避けれないし、無傷ともいくまい。
相手を見くびったのは間違いだったと認める。
ただの子供二人と思いきや、とんだ食わせ物二人だったようだ。
どうやら、この場にはまともな人間はいないようだ。
次からはどんな相手にも手を抜かない様にしよう。そうサイパスは肝に免じる。

「ここは引くとしよう」

引き際だ。
この場で殺しておきたかったのは確かだが、この会場に囚われている以上、殺す気いくらでも機会はあるだろう。

サイパスは地に落ちたナイフとコートを回収し、すぅ、っと影に溶けるように森の奥へと消えていく。
当然ながら二人はそれを追わず、緊張感を保ったままその姿を見送った、

そして、完全にその姿が見えなくなったところで、ようやく拳正は残心を解いた。
緊張を解くように息を吐き、同じく変身を解いた輝幸へと向き直る。


427 : Circus Night ◆H3bky6/SCY :2014/04/08(火) 23:46:26 1.Rrbg2Y0
「助かった」
「……別に。借りを返しただけだ」

ぶっきらぼうに輝幸は返す。
トドメを刺されなかった借りと、サイパスの襲撃から助けられた借り。あるいはその両方か。
借り? なんかあったっけ? と拳正は疑問符を浮かべているがそれはいい、義理は果たした。

歪んではしまったが、元より真面目な義理堅い少年だ。
これだけの借りを受けながら、どうしてもそのまま放置しておくことができなかった。
だが、最後まで迷っていたのも確かだ。
実際、探してみて見つからなかったら諦めようという消極的な気持ちだったのだが、不運にも見つけてしまった。

「しっかしバカ強ぇおっさんだったな。結局一発もまともに当てれなかったぜ」

当てられたのは当てさせられた寸勁だけ。
実力の差は歴然だった。
手と足くらいは出たあたり体術のレベルは師ほどではないが、あの男の本領は単純な強さとは別だろう。

「この調子だとさすがにしんどいな」

輝幸にサイパス。今のところ拳正の出会った相手は強敵ばかりである。
どうやら簡単に帰るのは厳しそうだと、この段階にきてようやくこの男も思い至った。
早期帰宅を諦め、腰を据えて事に当たることを決意する。

「まぁ最悪、師匠のメシは九十九が何とかしてくれんだろ」

そうごちる拳正だったが、まだ名簿の確認すらしていない彼はその少女がこの会場にいることを未だ知らない。

【F-4 中央・森/黎明】
【新田拳正】
状態:ダメージ(中)疲労(中)
装備:なし
道具:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(未確認)
[思考・状況]
[基本]帰る
1:脱出する方法を考える
※名簿も見てません

【斎藤輝幸】
状態:健康、微傷
装備:なし
道具:基本支給品一式、サバイバルナイフ、ランダムアイテム1〜3(確認済み)
[思考・状況]
[基本]死にたくない
1:???

【F-4 南・森/黎明】
【サイパス・キルラ】
[状態]:健康、疲労(中)
[装備]:S&W M10(3/6)
[道具]:基本支給品一式、サバイバルナイフ、38スペシャル弾×24、ランダムアイテム0〜1
[思考・行動]
基本方針:組織のメンバーを除く参加者を殺す
1:亦紅、遠山春奈との決着をつける
2:新田拳正を殺す
3:イヴァンと合流して彼の指示に従う

※F-4のどこかにサバイバルナイフが1本落ちてます


428 : 名無しさん :2014/04/08(火) 23:47:10 1.Rrbg2Y0
投下終了


429 : 名無しさん :2014/04/09(水) 00:31:10 BnOwnyhU0
投下乙です
八極拳ってすごい。殺し屋ってヤバイ。改めてそう思った
そして輝幸くんは果たしてこのまま更生できるのか


430 : 名無しさん :2014/04/09(水) 01:13:16 m5FHJXUU0
投下乙です。
拳正マジで強いなぁ…しかしやはりサイパスも化物だった
しかし輝幸がこのまま味方になれば拳正にとっても心強くなりそうだ
あと名簿見てあげて!九十九ちゃんいるで!


431 : 名無しさん :2014/04/09(水) 06:39:19 YMc4bG9g0
投下乙です!
戦闘描写がすごくて話に引き込まれました!
拳正が思ってた以上に強くてビックリ


432 : 名無しさん :2014/04/09(水) 20:29:05 g6OFauvo0
投下乙
悪魔の力を得ながら俗っぽくて裏のない輝幸と
人の身で超人と正面からやりあえてどこか達観してる拳正と
人の身で裏の世界に身を通じて卓越した技術で戦うサイパスの
ズレてるところが面白いな


433 : ◆opzAAxFjbs :2014/04/13(日) 03:27:15 ko0w8.cY0
投下します


434 : Terminators :2014/04/13(日) 03:30:48 ko0w8.cY0
黎明、草木も眠る時間に廃村を出たりんご飴、彼の現在の目的は強者との出会いだ。
ワールドオーダーとの対話の前に確認した参加者名簿には彼を喜ばせる名前が大量に載っていた。
ヴァイザーはもちろんの事、「剣神龍次郎」「森茂」そして殺し屋組織の精鋭達と裏世界のビッグネームが揃っていた。
歓喜のあまり思わず舌なめずりをするりんご飴、全員と戦える機会を作ってくれたワールドオーダーに感謝してしまう。
もっとも主催者の思い通りに動くのは癪だが…我慢できるハズもない。
「全員大人しく待ってろよ、今からこのりんご飴ちゃんが直々に遊びに行ってやるからよぉ!」

熱い交戦の時を今か今かと心待ちしながら、鬱蒼とした森の中を静かに駆け抜ける。
しかし意外に、その時は直ぐ彼に訪れた。

遠く前方に人影を発見、写真で何度か見た見覚えのある顔と筋骨隆々の体格。
間違いない悪党商会の始末人半田主水、ヴァイザーや首領クラスと比べたら格は落ちるがメインディッシュの前哨戦としては不足はない相手だ。
懐から銃を取り出し素早く近づき、さっそく戦闘開始の宣言をする。
「よう!おっさん、あたしと遊ぼうぜ」

主水はその声に気付き、焦りながら叫んだ。
「お前は…りんご飴ッ!待て危険だ、こっちに近づいて来るな!」
警告に構わずりんご飴は主水との距離をさらに詰めた。
「ハッ、弱腰とはなぁ悪党商会のエースも底が知れるぜッ!危険だとォ?危険なのはお前の方だよォ、観念してこのりんご飴ちゃんと…ッ」
言葉を言い終わる前に、突然眼前にメタリックボディの巨人ロボが姿を現した。

「second target...... captured......」
電子音声が辺りに響くと同時にそのロボットは既にりんご飴に対して攻撃を仕掛けていた。
ロボットの指先から発射されるバスターミサイル、小型ではあるが直撃すれば普通の人間なら跡形もなく吹き飛んでしまうだろう。
不意を着かれたが反射的に避けの体勢を取るりんご飴。
超人的な身体能力で、寸前に迫るミサイルを避ける事ができたかに見えたが…
避けれるはずのミサイルがすぐさま方向を修正し再び彼を襲った。

「しまった、追尾機能か…」
爆発が起き、光が辺りを眩く包んだ


435 : 名無しさん :2014/04/13(日) 03:32:31 ko0w8.cY0
…………………………………………

…………………………………………

どうやら少しの間、気を失っていた様だ、ミサイルを避けた所までは覚えているが…直後の記憶がない。
我ながら不甲斐ない…危うく命を失う所だった、死ぬのは恐ろしくないが
自分の認めた相手以外にくれてやるほど命の安売りをしてないぜ。
……………………
しかしこの宙に浮いてるような感覚はなんだ…?例えるなら誰かに担がれてい様な…

不思議に思ったりんご飴が目を開くと、むさ苦しい男の顔が飛び込んできた。
「うぉッ!!」
「気が付くのが早いな小娘、あの反射神経…さすがにヴァイザーを殺すと大言を吐くだけの実力はあるようだな
しかしまぁ体は女みたいに軽い、おかげで動きに支障は出てないがね、それにあのロボットも見かけ通り動きが鈍いし簡単に撒けた」
主水はりんご飴を担ぎ、森の中を駆けながら喋った。
「おいッ!放せおっさん!セクハラで訴えるぞコラァ!!」
ドスン、主水の肩から突然地面に落とされるりんご飴
「痛ってぇ!、嫁入り前の体を乱暴に扱うなって…」
「放せと言ったからだ、しかし命の恩人に対しておっさんはないと思うがねェ」

「命の恩人だァ…?そういえばミサイルが直撃する直前に誰かに抱えられたような…
もしかしておっさん、その刀でミサイルを撃ち落としてくれたのか…?しかし何故あたしを助けた…残忍な知能犯とも呼ばれるあんたがよォ」

「何故かだと…?、悪党商会の管理対象者である小娘が…
商会の管理外でどこの馬の骨とも分からぬ奴に殺されたとあっては、後で俺がドンに叱られるのでな。それに…」
りんご飴は何時の間にか管理対象などという物にされていることに内心イラッとした我慢して聞き返す。
「それに…?」
少し間を置いた後に主水は先ほどの続きを口にした。
「いつかお前を俺の店で働かせたいと思っていてな…」
それは、思わず「なんだこのおっさん!?」と言いたくなるほど、呆れた理由だった。


436 : 名無しさん :2014/04/13(日) 03:49:23 ko0w8.cY0
半田主水
悪の秘密結社『悪党商会』の幹部である。
創立時からのメンバーの一人で優秀な掃除人として悪党商会を支えてきた。
命令次第では誰でも殺す冷酷な始末人として畏怖され、決まった暗殺方法を使わずに毒殺・射殺・撲殺・事故偽装とTPOに応じて万能に暗殺を行っていた。
いつからか「残忍な知能犯」と呼ばれるようになったが、逆に命令外で人を殺すことはめったに無い。
ある時期から暗殺仕事から手を引き、対ヒーロー作戦立案幹部の一人として現場に立ち合い、指揮を執っている。

組織内でも人望が厚く、風貌に反して紳士的な人格と実力から次期社長であると噂されているが、本人にその気はない。
所謂、筋肉モリモリマッチョマンの見た目に反して彼の表の顔はメイド喫茶の店長である。
元々資金繰りに困っていた時期に嫌々始めた仕事だったが、接客とメイドのマネジメントに少しずつのめりこんでいき、今では本業以上に入れ込んでしまっている。

最近は不況で売上げが悪化し、どうしたものかと頭を悩ませていたが
女装をしたフリーの暗殺者(りんご飴)のウワサを耳にし、ある起死回生の妙案を思い付いた
それは彼とうまく交渉して自分の店でメイドとして働いてもらい、男の娘メイドという新サービスで客足を伸ばす事だった。

「返事はまた今度でいいさ、さて…と、体が動くなら逃げるんだな、今はお前の相手をしてる暇は無いんでね」
「アァン!?あたしを舐めてんのかッ!」
命を助けられた上に、相手にもされないと言うのでりんご飴の苛立ちが一層高まる。
「俺は戻ってあいつを倒す、このままあいつを放っておいたのではこの会場でのバランスが崩壊してししまう、巨体に備わる強大な力、強力な兵器…悪党商会の排除対象だ」
主水はりんご飴に背を向けて腰に差した刀を抜きだしながら言った。
「殺し合いの会場に来てまでバランスとか管理とか相変わらず悪党商会の連中は頭がおかしいねぇ
チッ、興が削がれたぜ、今回は見逃してやるが次に会った時は容赦しねーからなァ、だがよォ、いつかその甘さが命取りになる事を覚えておきな!」
りんご飴は銃を突きつけ威圧しながら、そう告げた。
「ふむ、人に助けられておいてそのふてぶてしさ益々気に入ったぞ」
こいつには何を言っても無駄だ…りんご飴はそう思った。

【Bー9 草原/黎明】

【りんご飴】
[状態]:疲労(小)
[装備]:ベレッタM92改(残り14発)
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いの中でスリルを味わい尽くす。優勝には興味ないが主催者は殺す
1:参加者のワールドオーダーを殺す。ヴァイザーとはその後に遊ぶ
2:ワールドオーダーの情報を集め、それを基に攻略法を探す
3:サイクロップスSP-N1と半田主水に借りを返す。

※ロワに於けるジョーカーの存在を知りましたが役割は理解していません
※ワールドオーダーによって『世界を繋ぐ者』という設定が加えられていました。元は殺し屋組織がいる世界出身です
※ジョーカーのカードと携帯電話はランダムアイテムに含まれていません。

【半田主水】
[状態]: 健康
[装備]:レーザーブレード「サミダレ」
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:悪党商会として、会場内のバランスを保つために動く
1:あのロボットを破壊する
2:ドンと再会し、命令を受ける

【レーザーブレード「サミダレ」】
弾圧される近未来のレジスタンスが通常攻撃の通用しない敵ロボット兵と対抗するために製作された秘密兵器
刀身の周りに高圧のレーザー粒子を纏わせることで強力な装甲を断ち切る
出力の問題から継続使用時間は数分しか持たない、エネルギーは3時間ほどで回復する。
刀身に使われている刀には旧時代の名工 九十九の作を使っている為、出力が切れている間も効果的に戦闘できる


437 : 名無しさん :2014/04/13(日) 03:51:12 ko0w8.cY0


emulated... emulated...

暗闇の中、微かに光る赤い眼は逃した獲物を探すために動く、まさにライオンや猛禽類の持つ野獣の眼光そのものだった

サイクロップスSP-N1
近未来の管理社会世界の都市国家「アーク・シッド」の管理コンピューター「Babylon」が開発したレジスタンス「RE-tune」鎮

圧用ロボットだ。
その強固な装甲はどんな銃火器をも寄せ付けず、搭載された兵器は何者でも前に立ちはだかる事を許さない。
それは考えず、ただプログラムの命令通り動くのみ
それの行動理由は常に一つ、反乱分子の抹殺だけ。

二人の熱源が観測範囲外に出た事を確認すると、記憶回路に逃がした二人の分析結果を記録する。
次に出会った時に確実に排除できるように。
---------------------------
個体名:不明
攻撃性C+ 知能B-
危険度B+ 成長性D
データ分析終了 次回排除可能

個体名:りんご飴
データ量不足
---------------------------
ターゲットを見失ったそれは新たな獲物を求めて再び会場をさまよい始めた。


【Cー10 草原/黎明】
【サイクロップスSP-N1】
[状態]: 健康
[装備]:バスターミサイル(残り4発)
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜1
[思考・行動]
基本方針:反乱分子を抹殺する
1:次の標的を見つける
※通常兵器を外されない代わりに支給品が少なく設定されました。
※りんご飴、半田主水のデータを収集しました。


438 : 名無しさん :2014/04/13(日) 03:52:39 ko0w8.cY0
以上で投下終了です


439 : 名無しさん :2014/04/13(日) 13:52:30 H0Ulov8A0
投下おつかれナス!
サイクロップスの強力そうでいいゾ〜これ
巨大ロボットと、筋肉モリモリマッチョマンの戦いは
まるで洋画みたいだぁ…(直喩)


440 : 魔王と悪党 ◆Y8r6fKIiFI :2014/04/14(月) 23:36:03 X14edS.A0
予約延長するって言いましたが嘘になりました。
投下します。


441 : 魔王と悪党 ◆Y8r6fKIiFI :2014/04/14(月) 23:36:47 X14edS.A0

「70余名か。 この島がどれだけ広いかは知らんが、人一人を見つけるにも難儀だな」
夜闇の中でディウスは呟いた。
魔族の特性としてディウスは十分に夜目が利く。
夜の暗さも飛行と探索の障害には成り得ないが、そもそも探すべき対象が探索範囲にいないのでは話にならない。
スタート地点である灯台から周を描くように飛行し人の姿を探していたが、運が悪いのか幾らかの時間が経っても収穫はゼロであった。

「探し方が悪いか……?
 あるいはこの近くには人間が配置されていないか、既に他の場所へ移っているかだが――」
魔族にとっては当然の事なので今まで失念していたが、人間は夜目が利かない。
陽が昇るまでどこかに隠れているという事は、気がついてみれば十分に想像できた。

(……失策だな。 脆い人間にとって、視界の利かぬ中を移動するのは危険であったか)
既に堂々と飛行している事からもわかる通り、彼は魔王であるという事に自信を十分持っている。
そんな存在である彼にとって、隠れるという行為は縁が薄いのもこの発想が遅れる原因であった。

「何の目的もなく探索するより、空振りに終わっても建造物を目指した方が見つかりやすいかもしれぬな……」
そう考えた魔王は、既に頭の中に入れている島内の地図から最初の目標を選び出す。

「……研究所にするか」
探している目標であるミルが科学者だから、という単純な理由もあるが。
研究所内に何か首輪の解除について有益な物が残っているかもしれないという考えもある。
ミルを保護した際にそれを渡せれば十分な手土産になるだろうし、万が一ミルに何かがあった場合自分での首輪解除を考えねばならない。
それを考えても、首輪に関する手がかりは何としてでも欲しいところだ。

(……首輪の手掛かりか。 いっそ一人くらいは首を斬って首輪を引き抜くのも手だな。
 爆破の危険性を考えずにテストに使える首輪は、解除を考えるなら有効だろう。
 無論それよりも優先すべき事はあるので、機会があったら程度に考えておくか。
 人間を殺す手間があるならば、今は探索に集中したいからな)

新たな方針を決めたディウスが、東へと進路を変えようとした瞬間――

眼下の闇に包まれた大地に、赤い花が咲いた。

「……む?」
爆音。
中世に似た剣と魔法の世界の住人であるディウスにとっては魔法や大砲以外では馴染みのない音ではあるが、確かに彼の耳はそれを聞き分けた。

「爆発……魔法か? だが、魔力を感じないな……あれだけの規模ならば発散される魔力も相当の筈だが。
 ならば……異世界の文明の利器とやらか」
上空から見る限り、爆発は何らかの建造物を完膚なきまでに吹き飛ばした上で炎上させている。
それだけの威力を持つ魔法ならば消費、そして大気中に発散される魔力も尋常の物ではない。
それが感知できないならば、魔法による爆破ではないと見ていいだろう。
異世界の技術は発達していると聞く。
火薬などの技術もこちらの世界の比ではあるまい。

「人を選ばず、手持ちの範囲であれだけの爆破を起こせるとは恐ろしい物よな。
 ……さて、どうするか?」
何の理由もなく建造物を爆破する者はいない。
あの周囲で何かが起きたのは間違いがないが――

「……いや、ガルバインや暗黒騎士、もしくはミルが巻き込まれている可能性がある以上様子を確認せねばならんか。
 やれやれ、難易度が高いな」
迷うそぶりも無く即断すると、ディウスは爆発の起きた方向へと飛んだ。


442 : 魔王と悪党 ◆Y8r6fKIiFI :2014/04/14(月) 23:40:34 X14edS.A0



近藤・ジョーイ・恵理子は旅館を爆破した後、今後の行動を考えていた。
自分にわかる形で一人を殺し、首輪の爆破の発生を防ぐ。
方針はそう決定しているが、その方針を実行する為にどう行動するべきか。

(当然だけど、まずは一人見つけるのが先決ですよねー。 となると)
この島は北と南に街があり、中央を山と森林が遮る形となっている。
恵理子がいるのは山の北側。 北の街からは南に離れた平原だ。
北にある街に人が集まる可能性は考えられるが――

(いやー……南ですよね)
だからこそ恵理子は南へ向かう。
南から街を目指してやって来る相手を見つける事ができるし、人が密集しかねない街では恵理子の行動を邪魔される可能性もある。
そう結論付けた恵理子が、南へ進路を取ろうとした瞬間――

風を切る音と共に、何かが空から地面へと衝突した。
地を叩く轟音と共に舞い上がる砂埃の中に、人影らしきシルエットが浮かび上がる。

「……あらあらー、誰ですかー?」
「魔王だ」


443 : 魔王と悪党 ◆Y8r6fKIiFI :2014/04/14(月) 23:41:08 X14edS.A0



爆発の起きた方向へと飛んでいたディウスは、眼下に一人の女を発見した。

(見たところ人間だな。 ミルでもないようだが、こちらの探している者を見かけていないとも限らん。
 接触すべきか)
そう結論づけたディウスは、恵理子の前へと勢いをつけて降り立つ。

「質問だ、答えよ。 黒い鎧を纏った騎士、緑色の肌をした巨人、白衣を着た人間の少女。 この内の誰かをここで見た事があるか?」
「……いーえー。 ありませんねぇ、魔王ディウス様?」
突然の強襲にも近い登場からの、威圧感のある『質問』。
それにも動じず、飄々とする女の答えに、しかしディウスは構えを取る。

(私は名乗っていない。 この女の顔も見た事がない。 いや、というより――)
「装束から見て、異世界の人間かと思ったが――貴様、我の世界の人間か?」
魔王であるディウスの顔は、彼の世界の者には広く知れ渡っている。
とはいえ、目の前の女は彼の世界の人間には見えない。 彼の事を知っている筈がない。
人間離れした外観だ、人間扱いされない事はわかっていたが――というより、人間と同じ扱いにされるのは彼にとって屈辱である――名前と『魔王』という素性を知られているというのは、彼にとって予想外の出来事であった。

「いーえ、違いますよぉ。 貴方とは別の世界の人間ですわ。 貴方の世界の記憶は持っていますけどね」
「……記憶だと?」
「えぇ。 私は並行世界の私の記憶を共有できるんですぉー。 ――って言っても、見られるのは私だけですから、むしろ覗き見っていう方が近いのかもしれませんけどね?
 貴方の世界では、光の賢者ジョーイ……なんて名乗ってるみたいですねぇー、私は」
「……ふむ」
確かにディウスも、その名前には聞き覚えがある。
光の魔法を扱う人間の賢者で、人の住む領域を守護していると聞いたが――。

「その光の賢者の同一存在という割には、貴様からは私に対する殺意を感じぬ。
 光の賢者とやらが噂通りの人物ならば、魔王を目の前にして大人しくしているとは思えんがな」
「そこはまぁ、同一存在ってだけで同じ人物ではありませんからねぇー。
 私は『悪党』なのですよ。 ちなみに、どの平行世界にも私以外の悪党である私はいないので、
 つまりわたしは全並行世界でオンリーワンの存在という訳ですね」
オンリーワン。 『唯一』と言えば聞こえがいいが、それはつまり裏を返せば『異常』だという事だ。
――まあ、ディウスにとっては興味のある事柄ではない。
人間の事情など、彼にとっては関係のある事柄ではない。

「まあいい。 貴様にもう一つ質問だ。 あの爆発は貴様の仕業か?」
「そうですが、それに問題が?」
「いや、ない。 貴様が嘘を吐いていないならばな」
この女の言が嘘でない限り、こちらの探している対象はあの爆発には関わっていない。
ならば問題はないし、それ以上は関係がない。

「……こっちからも質問があるんですけどぉー」
質問したきり興味をなくした様子の魔王に向かって、女が質問する。

「まあ、貴方は悪なので、特に敵対対象って訳じゃないんですが……。
 一応聞いておきましょうか。 魔王様、どうするおつもりなんです?
 私をいきなり殺しにかからないあたり、殺し合いをする気はなさそうですけど」
「貴様らにかかずらっているほど暇ではないのでな。 首輪を外してここを出ていかせてもらう。
 私は元の世界で人間との戦争を続けねばならん」
「そうですかぁー。 応援はいたしますよー?
 私としても首輪は外れて欲しいですからねぇ。 あ、私の目的も聞きたいですかぁ?」
「知らぬ、興味もない」

「そうですか、それは残念。
 ――それでは魔王様、御機嫌よう。 私はあなたに用事はないですし、あなたの用事も終わったみたいですからねぇー。
 私の名前は近藤・ジョーイ・恵理子。 他の悪党商会の方に出会ったらよろしくお願いしますー」
「……貴様のような人間離れした考え方の人間が他にもいるというのは驚きだな。 せいぜい遭わない事を祈らせてもらおう」
「酷いですねぇ。 悪党商会は正義と悪の味方ですよぉー?」
「――魔王に味方はいない。 いるのは敵と、配下だけだ」
「くすくす。 格好いいですねぇ、悪党商会に付く前だったら惚れちゃってたかも」
「戯言を。 貴様は――他人になど興味はあるまい」
「……そうかもしれませんねぇ」
恵理子の台詞を聞いた魔王が、再び魔法を使い空へと飛び上がる。
そうして、魔王と悪党の少しの時間の邂逅は終わった。


444 : 魔王と悪党 ◆Y8r6fKIiFI :2014/04/14(月) 23:41:59 X14edS.A0



恵理子とディウスの目的は、実のところ協力できた筈である。
ディウスの最優先目標は『首輪を外す為にミルを探す』事だ。
恵理子の目的の一つも『首輪を外す手段を探す』であった以上、二人で手分けしてミルを探す選択肢も存在した。

恵理子の最優先目標である『首輪の爆破を防ぐ為に誰か一人を殺す』というのも、ディウスからすれば受け入れられない事ではない。
人間の命などディウスにはどうでもいいし、殺した相手から首輪を奪う事ができれば彼の目的も一歩前進する。

そうならなかったのは、ひとえに彼らに共通するスタンス故に他ならない。

魔王であるディウスにとっては人間など興味はなかったし、
恵理子にとっても善悪というレッテル以外には興味などない。

無論どちらかから交渉を持ちかけていれば、どちらも協力を承諾しただろうが――
そもそも相手を交渉相手とさえ見ていないならば、協力など発生しよう筈もない。

このスタンス、そしてすれ違いがどのような結果をもたらすのか――

それはまだ誰にもわからないことだった。

【黎明/D-4 草原】

【近藤・ジョーイ・恵理子】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:イングラムM10(22/32)、ランダムアイテム0〜3(確認済)、基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:悪党商会の理念に従って行動する
1:正義でも悪でもない参加者を一人殺害し、首輪の爆破を回避する。確実に死亡している死体を発見した場合は保留
2:首輪を外す手段を確保する
3:南へ移動し、街へ移動してくる参加者を待つ。


【黎明/D-5 草原】

【ディウス】
【状態】:健康、魔力消費(小)、飛行中
【装備】:なし
【道具】:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3個
[思考・状況]
基本思考:首輪を解除して、元居た世界に帰る
1:ミルを探し出して、保護する。
2:暗黒騎士、ガルバインと合流する。
3:サキュバスに第一回放送後に連絡する。
4:研究所へ移動し、何らかの資料がないか探索する。
※何者か(一ノ瀬、月白)が、この場から脱出したことに気づきました。
※ディウスが把握している世界にのみゲートを繋げることができます。


445 : 名無しさん :2014/04/14(月) 23:42:30 X14edS.A0
投下終了。


446 : 名無しさん :2014/04/15(火) 21:17:15 KY/pc10Q0
乙です!
魔王と恵理子さんはそのまま別れましたか
やっぱり恵理子さんは異常みたいやね
魔王は今は対主催だけど放送後はどうなるかわかんないね


447 : ◆rFUBSDyviU :2014/04/15(火) 21:41:42 KY/pc10Q0
アザレア 覆面男 氷山リク 雪野白兎 投下します


448 : ◆rFUBSDyviU :2014/04/15(火) 21:42:13 KY/pc10Q0
月に照らされた道を歩くのは二人の男女。
美しい金髪に紅眼の可憐な少女、アザリア。
覆面で顔を隠した巨躯の不気味な怪物、覆面男。
ひらひらとダンスを踊るかのように体を揺らしながら、アザリアは満面の笑みで笑う。
その後ろを無言で歩く覆面男。
「ねえ覆面さん、これからどこへ向かいましょう」
「……」
「ここから近い電波塔なんでどうでしょう」
「……」
「ふふ、無口な方ですね」
アザリアの言葉を全て無視する覆面男だが、アザリアはそれで構わないと思う。
この殺し合いに呼ばれて直後、アザリアの心を襲ったのは寂しさだった。
そばに誰もいない。サイパスおじさんもヴァイザー兄さんも、バラッド姉さんも、ピーターもいない。
物心ついた時から彼女の周りには常に誰かがいた。
組織でお留守番をする時も必ず彼女以外にも必ず誰かいた。
一緒に『お仕事』に行く時も誰かが一緒について来た。
今は誰もいない。彼女は一人ぼっち。
だから、この場所で最初に趣味が合う『同士』に出会ったのは幸運だった。

「作品を作っているあなたを見た時、すぐにわかりましたのよ。あなたとは上手くやっていけそうって」
覆面男は何も言わず、ゆっくりとその巨体を揺らして歩いている。
手にもつ血濡れの大鋏を引きずりながら。
ついさっき一人の無鉄砲な記者を解体した凶器を引き摺りながら。
「私とあなたはきっといい友達になれるわ。ねえ、覆面さんもそう思うでしょ?」
覆面はゆっくりと首を横に振った。
「あらあら残念。ふられちゃいました」
言葉とは裏腹にアザリアさほど残念そうな顔をしなかった。
「でもいいんです。私が覆面さんを友達と思っていれば、いつか覆面さんも私のことを友達と思ってくれますから。本で読んだ知識なので確証はないんですけど」
覆面男はやはり答えない。
彼が何を考えているのかを判断できる者は非常に少ない。
かつての初山実花子なら可能かもしれないが、今はその力を失っている。
それでもアザレアは信じている。
いつか覆面男が自分に心を開いてくれることを。
「もし友達になれたら、素顔、見せてくださいね」
そう言って笑うアザレアの顔はまるで天使のように清らかだった。

電波塔が近づいてきた。
リクは僅かにため息をつく。
「あらら、気が緩んでるわよ、氷山くん」
白兎の茶化すような声にむっとするが、同時にこの場でも余裕を保つ白兎の胆力に感心する。
「なあ社長。電波塔には先に俺が入っていいか。社長は俺が合図をするまで外で待っててくれ」
いくら悪の秘密結社の総統で傭兵仕込みの戦闘技術を持つとはいえ、雪野白兎は生身の人間である。
自分のような改造人間ではない以上、自分が先に電波塔内部の安全を確認するべきだとリクは判断した。
「ちょっと、私は保護対象じゃないって言ってるでしょ」
「だが、このほうが安全が増す。後は社長のプライドの問題だぜ」
確かにリクの言うことはもっともだ。
弱者として扱われるのは癪に障るが、別に死に急ぎたいわけではない。
「分かったわ。ただし危なくなったらちゃんと逃げてよ」
「おいおい、俺は『政府特別公認英雄』だぜ。危ないやつがいたらやっつけてやるさ」
「葵がいたら抱きしめておっぱい揉みなさい」
「セクハラじゃねえか!いや、そんなことしたらヒーロー失格だぞ俺」
「合意を得てるからただのいちゃいちゃで済むわ」
「いつ得たんだよ。空谷さんなら怒るに決まってるだろ」
じと目で白兎はリクを睨む。
「鈍感はこれだから」
「おい、どういう意味だ」
「いいからもうさっさと電波塔へ踏み込みなさい。そして中で待ち構えてる大首領とドン・モリシゲとヴァイザーと戦ってきなさい」
「ボスラッシュじゃねえか」
なんだ急に不機嫌になったんだ、と呟きながらリクは電波塔へ向かって歩いて行った。


449 : ◆rFUBSDyviU :2014/04/15(火) 21:43:38 KY/pc10Q0

一人、白兎は座ってリクの合図を待つ。
「あーあ、あれじゃあ葵の恋が実るのはいつになるやら」
「あら、何か悩み事ですか、お姉さん」
その声を聞いた瞬間、白兎は体を翻して後方へ跳ねとんだ。
「いつから後ろにいたの?」
白兎の視線の先にいる者は幼い少女だった。
金髪の、西洋人形のような美しい少女はナイフをを持っていた。
「さあ、いつからでしょうね」
雪野白兎は実力者だ。
身体能力もそうだし、気配察知能力も一流である。
もし、彼女を不意打ちで殺せる人間がいるとすれば葵や蓮のような心を許した人間。
もしくは、アサシンレベルで殺気を隠せる人間。
殺し屋組織のマスコット、アザレアは決して強い人間ではない。
白兵戦能力は組織の中でも限りなく下のほうだし、銃火器を使ってもヴァイザーやサイパスの足元にも及ばない。
しかし、『殺気を消す』。この一点において、アザレアはヴァイザーを上回る天才だった。
「まさか私がそう簡単に後ろを取られるなんてね。しかもこんな小さな女の子に。世界って広いわ」
アザレアは殺人を何とも思わない。
彼女にとって殺人は『作品』を作るための手段でしかない。
普通の人間が紙に絵の具を滴らすような感覚で、彼女は人を殺せる。
ゆえに、殺気は発生しない。
「しかし私としたことがうっかりしてました。つい、『恋』なんて言葉を聞いて好奇心が抑えられなかったんです」
「だから思わず聞いちゃったと」
「はい、恥ずかしながら」
かっわいいー、と白兎は囃したて、アザレアは顔を真っ赤にする。
「ま、それはおいといてさ。アザレアちゃん、私の後ろをとったことは水に流すからさ、私と一緒に行動しない。一緒にあの革命野郎を倒しましょう」
白兎はそう言った。もちろん、アザレアがただ背後をとっていただけとは思っていない。
きっと彼女はその手に持ったナイフで自分を殺すつもりだったのだろう。
が、それぐらいのことは笑って許せなくて何が悪の秘密結社か、と白兎は思う。
仲間達に合わせる前に『教育』する必要はあるが、もし彼女と一緒に脱出できればラビットインフルにロリ枠が増やされるのだ。逃す手はない。
「私と一緒に行動したいのですか、お姉さん。どうして、どうして私と」
「可愛いから、じゃ駄目?」
アザレアは困った。殺すつもりだった人間に同行を求められる。
しかし、覆面男のようなシンパシーは感じない。一緒にいてもつまらない、と判断した。
「最初に出会ったのがお姉さんでしたら、また違った答えだったかもしれませんけど、私は今の同行者に満足しています。だからこの話はなかったことに」
「ありゃりゃ、振られちゃった」
残念そうに白兎は肩を落とす。
その隙を突こうとアザレアはナイフを構えて疾走する。
相変わらずアザレアに殺意はなく。
やはり一瞬、恵理子は反応に遅れる。
しかし、この場合はそれで構わなかった。
アザレアが笑いながら振り抜いた銀の軌跡は、白兎の腕によって絡め取られる。
突っ込んだ勢いを殺しきれず、アザレアはそのまま前に引っ張られる。
「え、あら、ら……」
そして、彼女の首筋に白兎の手刀が叩き込まれた。


450 : ◆rFUBSDyviU :2014/04/15(火) 21:45:44 KY/pc10Q0
アザレアが完全に気を失っていることを確認した白兎はリクのようにため息をついた。
「まあ氷山くんを呼ぶまでもなかったわね」
雑魚、と断言するつもりはない。彼女が本気で殺す気だったなら自分はもう死んでいる。
だが、アザレアにとって殺しは遊びであって絶対ではない。
実際、彼女は殺し屋組織に属してはいるが、今の段階では優秀なヒットマンとはとても言えない。
気まぐれだし、ナイフや素手喧嘩では一般人に毛が生えたようなもの。
「できればこんな可愛い娘はそういう血なまぐさい組織から抜けて欲しいんだけど」
そもそも彼女が最初の一撃を不意にした瞬間、白兎の勝利は確定していたのだ。
暗殺や重火器を使った撃ち合いならともかく、面と向かった白兵戦では圧倒的に白兎に分がある。
「さてと、何かロープのようなものあるかしら。っていうかリクくんのほう全然見てなかったわ」
いきなりの命の危機に緊張してたのかな、と自分を納得させながら彼女は電波塔のほうへ視線を向ける。

電波塔の外で、変身したシルバースレイヤーと謎の覆面の大男が戦っていた。
「え、なにこれ」
白兎の呟きが夜の闇に消えた。

「何怒ってんだ、社長のやつ」
同じ大学に通っている彼女を、しかしリクは詳しいことはよく知らなかった。
彼女とは一緒に授業を受けたり、何度か戦ったりしたが(といってもごっこ遊びのようなもの)、彼女の生い立ちやあの強さの理由をリク知らないし、聞いたこともない。
「さて、合図は何にするかな」
やはり、大声で叫ぶのが王道だろう。こんな殺し合いの場でそんなことをするのは自殺行為だということはもちろん承知しているが、しかし他に方法はない。
まさか、懐中電灯でモールス信号を打つような真似はしない。光というのは音以上に遠くへ居場所を伝えるものだ。
と、こんなことをリクが考えていた時だった。
もうすぐ着くはずだった電波塔。その入口である扉が、内側から開いた。
リクは様子を見るために立ち止まる。
現れたのは異様な風貌の男だった。
2メートルを越す巨躯に顔を覆面で覆い、手には血濡れの大鋏。
そう、それは恐怖の申し子。
「まさか本当にいるとはな、覆面男!」
そう言って、リクは力ある言葉を唱えた。
「シルバー・トランスフォーム!」

「今度は私が作品を見せる番ですね」
電波塔に着いてすぐ、アザレアはそう覆面男へ言った。
その言葉を無視して、覆面男は部屋の隅に座り、石のように動かなくなった。
「覆面さんはここで待っていてください。後で批評会をしましょうね」
健やかな笑みでそう言って、アザレアはバックを置いて出て行った。
それに一瞥もくれず、覆面男はじっと座っている。

なぜ、彼はアザレアを殺さないのだろうか。
彼女が言っているように仲間意識を感じているからか。
ただの気まぐれか。
はたまた、子供は殺さない紳士的な殺人鬼なのか。
その真相は誰にも分からない。


451 : ◆rFUBSDyviU :2014/04/15(火) 21:53:00 KY/pc10Q0
【h-6 電波塔前】


【氷山リク】
状態:健康 シルバースレイヤーに変身
装備:なし
道具:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(確認済み)
[思考・状況]
基本思考:人々を守り、バトルロワイアルを止め、ワールドオーダーを倒す。
1:覆面男を倒す。
2:剣正一、火輪珠美、佐野蓮、空谷葵と合流したい。
3:ブレイカーズ、悪党商会を警戒。
※ブレイカーズ、悪党商会に関する知識を得ています。


【雪野白兎】
状態:健康
装備:なし
道具:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(確認済み)
[思考・状況]
基本思考:バトルロワイアルを破壊する。
1:氷山リクの合図を待つ。
2:佐野蓮、空谷葵、剣正一、火輪珠美と合流したい。
3:ブレイカーズ、悪党商会を警戒。
4:アザレアの処遇をどうするか考える
※ブレイカーズ、悪党商会に関する知識を得ています。

【アザレア】
[状態]:気絶
[装備]:サバイバルナイフ
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜2
[思考・行動]
基本方針:自由を楽しむ
0:気絶中
1:覆面男とお友達になってお散歩する
2:覆面男に自分の作品を見せる


【覆面男】
[状態]:健康
[装備]:肉絶ちバサミ
[道具]:基本支給品一式
[思考・行動]
基本方針:ニンゲン、バラす
1:???
※アザレアをどう思っているのかは不明です。というか何を考えてるのか不明です。


452 : ◆rFUBSDyviU :2014/04/15(火) 21:54:54 KY/pc10Q0
以上で投下を終了します
タイトルは「アザレア、友達できたってよ」です


453 : 名無しさん :2014/04/15(火) 22:03:29 UeKvd.fY0
お二方とも投下乙です。

魔王にまで人間離れした考えと言われる悪党商会って一体…

そしてアザレアちゃん無殺気kawaii!笑って許せる白兎ちゃん大物
覆面男さんは…もしかしてただのロリコn

それとちょっと気になったんですが>>449の下から六行目は白兎の間違いでは?


455 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/16(水) 22:13:22 qJw9T/ZA0
投下します。タイトルは
「魔女特製惚れ薬を飲んだ俺の青春がハーレム化して大変なことになっている件について。」
です。


456 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/16(水) 22:13:56 qJw9T/ZA0
はい、みなさんこんにちはこんばんは、そして御機嫌よう、吉村宮子です。
さて、前回のお話で三条谷錬次郎クンと合流してから、工房内を探索して役に立ちそうなものを探したり
錬次郎くんと情報交換をしたりと割と順調な私達でしたが、ここにきて急激にある問題が発生しました。
主に私に。


「はぁ……はぁ……////」

頬が熱くなる、胸が締め付けられるように切なくドキドキが止まらない、頭がポ〜ッとして何も手につかない。
この心がキュンキュンする感覚、これは間違いなく――
……今「単なる更年期障害だろ」って言った子、後でご不浄の裏に来なさい。究極魔法を拝ませてやんよ。

「あの、大丈夫ですか」
「ひゃい!?だ、大丈夫ですよぉ!」

どきーん!
錬次郎くんに話しかけられ、思わず変な声を出してしまいました。
心配そうに私を覗き込む錬次郎くん。その顔を見てるともう気持ちが溢れてどうしようもなくなるのです。
この気持ち……まさしく恋!KOI-GOKOROですよ!そんな題名の歌をビーゼットってバンドが最近歌ってましたね。
ってそんなことはどうでも宜しい!

魅了解除の呪文を自分にかけて……はい、これで大丈夫です。心拍血圧も元に戻りました。
それにしても、嗚呼……ユルティム・ソルシエール(究極の魔女)ともあろうものが何たる醜態!
ありとあらゆる恋愛の酸いも甘いも噛み分けたこの私が、初恋を知ったばかりの乙女のような心持ちにされるなんて!
くやしい……でも……

「やっぱり……僕の体質のせいですよね……。
 ごめんなさい。お爺ちゃんの薬が切れてきたせいで……」
「お爺さんの薬? どういうことですか?」
「僕、いつもはお爺ちゃんに作ってもらった体質を抑える薬を飲んでいるんです。
 だけどそれは半日しか効かなくて、最後に飲んだのは多分12時間以上前だから……」

なん・・・だと・・・?
てっきり蔵の中で経年劣化して惚れ薬の効果が落ちているんだと思ってたら、まさか改善薬で効果を抑えてこの威力だったとは
この吉村宮子の目をもってしても見抜けなかった!
いや〜、これは劣化どころかバッチリ効いてますよ。
人妻だろうが乙女だろうが老婆だろうが幼稚園児だろうが、すれ違っただけで首を180°回転させて振り返るレベルの魅了ですよ。

「飲むと性別が逆転する薬だの、注すと周囲の動きがゆっくり見える目薬だの
 色々な薬を作ってきたけど……この惚れ薬は間違いなく私の最高傑作の一つね……」
「えっ、吉村さん? それって――」
「あっ」

いけない、つい漏らしちゃった。
でも隠しておくのも気分が悪いので、この際すっぱりと全部教えちゃいましょう。


457 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/16(水) 22:15:00 qJw9T/ZA0
「御免なさいね。貴方が飲んだ惚れ薬。実は私が作ったものなの」
「ええええっ!?」
「昔まだ若かった貴方のお爺さんにあげたものがまだ残っていたんですね。
 それにしても作り手で耐性のあるはずの私まで魅了するなんて……。
 よほど貴方の体と薬がマッチングしたんですね。偶にあるんですよ、摂取する側の体質によって薬の効果が増すことが」
「はぁ……」

錬次郎くんはポカンとしています。
そりゃそうでしょうね。こんな状況で薬の作り手である私と出会うなんてなんと奇遇な。

「大丈夫ですよ。作ったって事は治し方もわかるって事ですから。
 たとえ効果が増していようと必ず解呪してあげます。
 ……もっとも、それにはまず此処から脱出しないといけないようだけど……」
「はい……」

工房内をくまなく探しても薬の材料になりそうなものは無し。
まずはこの島から脱出する方法を探すことのほうが先決みたいですね。

「ここは探索したし、他の場所に移動しましょうか。
 ねぇ、錬次郎く――」

私はセリフを最後まで言うことができませんでした。
錬次郎くんが突然抱きついてきたからです。

どっきーん!!

平静だった脈拍が一気に上昇します。頭の中が桃色のお花畑になり、まるで空を飛んでいるよう。

「れれれれれれれ錬次郎くん!!?
 いいい一体何ををををを!!!!?」
「ごめんなさい宮子さん。
 でも僕……怖くって……もしかしたらここで死んじゃうんじゃないかって……」

そう言うと、錬次郎くんは涙で潤んだ瞳で私を見上げました。

ああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!
これは大変なことやと思うよ。恋心と母性本能が同時に刺激され、これはマジでヤバイ。
魅了解除の呪文なんてどこかにすっ飛んでしまっただがや、もう思考の地の文すらグダグダでメロメロになっていますわ。

「だだだ大丈夫ですよ錬次郎きゅん!!!
 ワールドオーダーなんて私がチチンのプイで一ひねりにしてやりますから!」
「宮子さん……」

錬次郎くんは更に強く、私を抱く腕に力を込めました。
私は思わず彼の背に手を伸ばし、私たちはひっしと抱き合いました。
嗚呼、駄目。駄目よ宮子。
錬次郎くんは、この子はまだ子供なのよ!未成年者なのよ!
そんなことこれ以上の領域に足を踏み入れるなんて外道よ!犯罪よ!アズカバン刑務所送りよ!
清く正しい魔女としてそれだけは駄目よ。それだけは―――


「――後ろ、向いていてもらえますか。恥ずかしいから」
「ええ」

駄目でした。
服を脱ごうとする彼に背を向けた私の胸を、ときめきと罪悪感が同時に駆け巡ります。
でも!しかし!考えてもみてください!
恐怖に怯えているいたいけな若者を抱きしめ、受け入れ、その不安と恐怖を癒してあげるのも年長者としての務めではなくって!?

嗚呼、それにしても夜の魔法も究極と呼ばれた私がまるでLike A Virginなんて!
殿方と閨を共にするなんて何十年ぶりかしら……。
こんな事ならもっとイマいヤングな下着をはいておけばよかった……


458 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/16(水) 22:15:37 qJw9T/ZA0


 ガシャーン

桃色で頭が一杯だった私は、突然のガラスが割れる音で驚いて振り返りました。
そこには錬次郎くんの姿はなく、彼のすぐそばにあった窓が割れてそこから風が吹き込んでいます。

「錬次郎くん?」

窓の外を見ると、背を向けて走っていく錬次郎くんの後姿が見えます。
あらあら、きっと土壇場になって怖くなったんですね。わかります。若い頃にはよくありますよそういうこと。
若さって躊躇わないことですけど、こういう初心なのも実に可愛いですね。窓を破るのはちょっと過激だけど――

「ん?」

おやおや、さっきまで錬次郎くんがいた場所に何かが落ちていますね。
これは……?

「なんでポテトマッシャーが?」

私のデイバッグに入っていたポテトマッシャーですね。
持ち上げてよく見てみますけど、やっぱりポテトマッシャーじゃなさそうでポテトマッシャーじゃなくない少し変なポテトマッシャーですね。
どうしてこれが床に?
あれ、そういえば私のバッグはどk






次の瞬間
爆発したM24型柄付手榴弾によって、吉村宮子の身体は工房の一角ごと粉々に吹き飛ばされた。


【E-8 工房内/黎明】

【吉村宮子 死亡】


◆◆


「ハァ――!ハァ――!」

背後から聞こえた爆音に振り向くことなく、錬次郎は走り続ける。
爆発した工房から少しでも遠くに逃げようとするその姿はまるで、たった今自分が犯した罪から必死で逃れようとしているようにも見えた。

「ハァ――ハァ――ハハ、ははははははは!!」

しかし息を切らせて走る彼の口から漏れてきたのは、罪の悔恨からは程遠い哄笑だった。

「ははははは!やった!あのクソババアをぶっ殺してやった!!あはははははははは!!」

滴る汗の下、普段は特徴のない彼の顔が、今は狂喜と憎悪に歪んでいた。


つい先程まで、三条谷錬次郎には吉村宮子を殺す気はなかった。
そう、つい先程まで……惚れ薬を作ったのが彼女だと――彼の人生を狂わせた原因が彼女だったと知るまでは。


459 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/16(水) 22:16:21 qJw9T/ZA0
◆◆


あの夏の日、蔵の中で飲んだ惚れ薬によって平和だった彼の人生は一変した。

ただ存在しているだけで老若関係なく女性を魅了してしまう――
そんな異常体質となった錬次郎は、祖父の調合した体質改善薬を日常的に飲まなければ、外を出歩くことすらままならない体になってしまった。


まだ錬次郎が幼く、彼が惚れ薬を飲んで間もない頃、うっかり薬を服用するのを忘れて外出したことがある。
その外出先で、錬次郎は見知らぬ女に誘拐された。
元々そうした性癖を持っていた犯人の女は、錬次郎の体質に中てられて完全に気が狂っていた。
彼は女の部屋に監禁され性的な虐待を受けた。
幸いすぐに救助され犯人の女も捕まったものの、この事件で受けたショックは錬次郎を女性不信にするに充分すぎるものだった。

その一件以来、彼が体質改善薬を飲み忘れることは二度となかった。
自分の体質が命の危機すら招きかねないことを身をもって学習したためだ。

しかし、彼の問題は体質改善薬を飲み続けても解決しなかった。
薬を飲んで魅了効果を抑えていても、彼のハーレム体質に魅かれる女性が一定数存在したためである。(今のクラスメイトでは白雲彩華がそれにあたる)
錬次郎がハーレム体質だとすれば、魅了に罹りやすい彼女らはちょろイン体質とでも呼ぶべきであろうか
ちゃんと薬を服用していても、必ず何人もの女が自分に寄ってくる。その状況を羨ましいと思う者もいるかもしれないが
女性に対して深いトラウマを持つ錬次郎にとっては悪夢以外の何物でもなかった。


体質のせいで、小学生の時から彼の周りでは争いが絶えなかった。
錬次郎に魅了された少女たちは彼の愛を独占せんと彼自身の意思を無視した争奪戦を繰り広げ
それは間を待たずして邪魔な恋敵を排除するための陰湿な潰し合いに発展した。

また男子たちは男子たちで錬次郎を目の仇にした。
何人もの女を侍らせて楽しんでいるような奴は全男子共通の敵だ――というわけである。
その中には惚れていた娘を錬次郎に魅了され、彼を怨んでいる者も少なからず存在した。

こうして表では女子の醜い争いを見せつけられ、裏では男子に殴られ蹴られのサンドバッグにされる、というのが彼の小学生の頃の日常生活だった。
そんな彼の様子を見る教師の反応は大体二つに分けられる。
「いつも争い事の中心にいる困った児童」と厄介者扱いするか、もしくは彼に対し変態的な欲望を燃やすか、どちらかである。
こうして普通の子どもにとっては楽しいはずの学生生活は、錬次郎にとってとてもつらいものとなっていった。
このような環境下で、普通の少年だった錬次郎が人間不信に陥り、独りでいることを望む性向になっていったのは当然であるかもしれない。


中学に上がる頃には、彼は人との交わり……特に女性との接触を可能な限り避けるようになっていた。
その頃には錬次郎の気を引くために狂言自殺する女や待ち伏せやストーキングする女なども現れ、彼の人生が社会的にも危険な状況になっていたためである。
町を離れて遠くの男子校に通うことも考えたが、体質改善薬の安定した供給などの事を考えて断念した。

中学に上がってからも何人もの女に纏わりつかれたが、それらから全力で逃げ
生活において極力女性との関わりを避け続けたおかげで、彼の学生生活はようやく何とか平穏なものとなった。
同性の友人もでき、彼らとカラオケに行けるようにまでなった。
あるいはこの頃が彼にとって最も幸福な青春時代だったのかもしれない。

ある日の友人たちと行ったカラオケの帰りに、錬次郎は同性の友人から告白された。
『お前のことが好きだ』と、真剣に告げる友人を、女性不信ではあっても同性愛者ではない錬次郎は拒絶するしか出来なかった。
それと同時に、彼は自分の生活がなぜこのところ平和だったのか、その理由を知ることができた。
女性を避け続けていたせいで、彼は周囲にホモセクシャルだと思われていたのである。
自分がどう思われているか知ってから自分の周りに集まっていた友人たちを見ると、もう普通の『友人』として付き合うことはできなかった。
こうして彼は、ようやくできた友達も失ってしまった。


460 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/16(水) 22:16:56 qJw9T/ZA0


両親の強い希望で進学し、高校生になる頃には、彼はもう全てを諦めていた。
どうせ自分はまともな恋愛どころかまともな人付き合いすら出来ないのだと。
なるべく目立たず、孤独に学生生活をやり過ごすことだけが彼の望みになっていた。

しかしそんな彼の望みは儚くも打ち砕かれた。
白雲彩華に惚れられたためである。

高校に入ってすぐの頃、錬次郎はさっそく何人かの女子に惚れられ
その様子が気に障った不良グループに『ホモのくせにスケコマシのカマ野郎』と罵られて集団リンチされた。
ここまではいつも通りの流れであり、彼も慣れていた。
しかしその数日後、学校に行くと彼をリンチした不良たちが消えていた。
全ては彼に魅了された女子の中にいた白雲彩華の仕業だった。

名門一族の生まれであり、錬次郎たちの通う学園に対して大きな影響力を有する肉親を持つ彩華は
自分が持てる権力をフル動員して錬次郎に仇なす者達の排除を謀ったのである。
こうして彼の学生生活は平和になった――ワケがない。
彩華に追い出された生徒やその父兄、また学園に残っている生徒達から錬次郎は彩華の仲間と見做されて非難を受けた。
曰く「自分の恨みを女を頼って晴らしてもらったクソ野郎」、曰く「権力者の犬」、曰く「女を誑かして利用する女性の敵」
彩華による制裁が恐ろしいので表立って言うものはいなかったが、また近寄るものもなく、彼は学園内で孤立していった。
孤独自体は彼の望むものだったが、誤解による的外れな非難は実際の暴力以上に彼の心を傷つけた。

進級して新しいクラスになる頃には(当然のごとく白雲彩華と同じクラスだった)錬次郎の存在は完全にアンタッチャブルなものとして認知されていた。
同じクラスで彼に普通に話しかけてくれるのは、ゴシップの類に頓着しない新田拳正、一二三九十九、ルピナスくらいのものだった。
(九十九はすでに拳正と付き合っているらしいので、錬次郎に接触してきても彩華は気にしなかった。
 逆にルピナスが屈託なく話しかけてくると、彩華が凄まじい憎しみの篭った表情で睨みつけている事を彼は知っている)
後は白雲彩華、彩華の妨害を物ともせず錬次郎に纏わりついてくる幼なじみの馴木沙奈、そして彼のハーレム体質にやられたその他の女どもだけが
彼をとりまく人間関係の全てだった。

あるいは彼を無視し、傍観者に徹している他の生徒にとっては
彩華や沙奈、その他の女に囲まれ、引っ張り回されて目を白黒させる錬次郎は中々面白い見世物であったかもしれない。
しかし『ハーレム主人公』などと揶揄される錬次郎本人にとっては堪ったものではなかった。
あの夏の日に蔵の中で飲んだ薬によって、彼は普通の人間が味わう恋愛の喜びも、青春の楽しさも、全て奪い去られてしまったのだった。


そう、恋愛の喜び――皮肉にもそれは惚れ薬を飲んだ錬次郎から最も遠いものだった。
例えば(絶対にしないが)錬次郎が秘かに憧れているクラスメイトの麻生時音に告白して
時音が「YES」と答えたとしよう。
しかし錬次郎はこの答えを信じることが出来ない。
自分に寄せられる好意がその人の心からのものなのか、それとも惚れ薬の効果に過ぎないのか
彼はもう見分けることが出来なくなっていた。

これこそ本当に恐ろしい――見ず知らずの家庭持ちの女に突然無理心中をもちかけられたり
惚れてきた女の元彼が金属バットを振り回しながら追いかけてきたりする事よりなお恐ろしいことだった。

自分の周りにいる人間は全て、惚れ薬の効果に操られているだけのマリオネットなのではないか?
ルピナスや九十九や拳正が自分に接してくれるのも、彼らが幾許かの影響を自分の体質から受けているためではないか?
祖父や両親が自分を愛してくれるのも、見知らぬ人から受ける善意も、全て惚れ薬の効果がもたらしたものなのではないか?
皆が相手にしているのは惚れ薬の効果であり、『三条谷錬次郎』という人間自身は誰からも認められていないし必要とされていないのではないか?
いや、とっくの昔に『三条谷錬次郎』なんて人間は消え失せて、自分は単なる惚れ薬の入れ物に過ぎないのではないか?

この疑念は、錬次郎の自己存在を破壊する恐怖だった。
この考えが頭に去来する度に、彼は髪を掻き毟って大声て泣き叫びたい衝動に駆られた。
惚れ薬を呪い、それを飲んだ自分の運命を呪い、自殺を考えたことも一度や二度ではない。


――だから惚れ薬を作ったという女が現れ、悪びれもせずヘラヘラしているのを見て
彼はそいつを生かしておくことができなかった。


461 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/16(水) 22:17:44 qJw9T/ZA0
◆◆


あの魔女を殺したことで錬次郎のハーレム体質を治す術は失われた。
しかしまだ方法はある。

その方法こそ、最初に集められた大広間で殺し合いの説明を聞いている際に一瞬彼の脳裏を過ぎり
慌てて否定した悪魔の囁きだった。

あのワールドオーダーという男……周囲の物理法則を捻じ曲げ、他人の能力を書き換えることのできる
あいつなら錬次郎の体質を変化させることが可能なはずだ。
『自己肯定・進化する世界(チェンジ・ザ・ワールド)』とかいう力を使えば、彼を苦しめ続けたハーレム体質を無くすことなど簡単だろう。

だから……三条谷錬次郎はこのバトルロワイアルで優勝する。
優勝してワールドオーダーに自分のハーレム体質を治させる。
無論それが安楽な道でないことは承知している。倒すべき相手は七十名以上、その中には『普通じゃない連中』も混ざっている。
あの吉村宮子だって、彼女の言葉を信じればとても正攻法で彼が勝てる相手ではなかったはずだ。
そんな中でほとんど普通の人間である錬次郎が生き抜くのは至難の業だろう。


しかし彼には特別の武器がある。
この忌々しい『ハーレム体質』が。

この魅了という能力は使いようによっては中々役に立つ。
効くのは女性限定だが、相手の警戒を解いたり、油断を誘ったりできる。
あの吉村宮子だって彼の魅了に罹っていなければ
後ろを向いている間に彼がデイバッグを盗んだり、爆弾を仕掛けたりしたことに気がついたはずだ。
ましてや彼が窓を破って逃げ出しても不審に思わず、その結果むざむざ爆死したりすることもなかっただろう。

魅了をもっと上手く使えば、徒党を組んだ集団に入り込んだり
力のある者の庇護を受けることも可能だろう。

更に上手くすれば、自分から進んで彼の盾となり
殺人の共犯者となるような奉仕者を作ることが出来るかもしれない。


例えばあいつ――馴木沙奈。
錬次郎は名簿に載っていた幼なじみの名前を思い浮かべる。
彼が惚れ薬を飲む原因を作ったもう一人の元凶。今となっては早く殺してやりたいが、その前にこいつは利用できる。
沙奈は錬次郎と離れているときは、極めて真っ当な考え方をする真っ当な娘だ。
だが、錬次郎が近くで、この体質を最大限に発揮すれば――
あいつの理性や真っ当な考え方など、破壊するのは容易いことだ。
彼女ならきっと錬次郎の目的達成のために役立ってくれるだろう。


無論、この体質を過信するのは危険だ。
魅了は男には効かないし、慎重に行動しなければならない。
しかし搦め手としてこの体質を使えば、勝ち残ることができるかもしれない。いや、絶対に勝ち残ってみせる。

死を願うほど彼を追い詰めたハーレム体質が、今は勝ち残るための切り札というのも皮肉な話だ。
だが彼はもう自分の体質を利用することに躊躇いはなかった。

ワールドオーダーはこの殺し合いを革命だと言った。
だが錬次郎にとってそれは違う。
これは復讐だ。
運命の悪戯で青春を奪われた男の、人生を奪い返すための復讐だ。

工房から充分離れたことを悟ると錬次郎は走るのを止め
呼吸を落ち着けると、再びゆっくりした歩調で夜明け前の薄闇の中を歩き始めた。

【E-8 草原/黎明】

【三条谷錬次郎】
状態:健康
装備:M24型柄付手榴弾×4
道具:基本支給品一式、不明支給品1〜3、魔斧グランバラス、デジタルカメラ
[思考・状況]
基本思考:優勝してワールドオーダーに体質を治させる。
1:自分のハーレム体質を利用できるだけ利用する。
2:正面からの戦いは避け、殺し合いに乗っていることは隠す。


462 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/16(水) 22:18:07 qJw9T/ZA0
投下終了です。


463 : 名無しさん :2014/04/16(水) 22:38:54 W7hoQWSE0
投下乙
優勝報酬がようやく参加者にとって意味ある物になったな


464 : 名無しさん :2014/04/16(水) 23:58:31 EhQ6XLjs0
投下乙です。
やっぱり当人からすれば自分の人生を狂わせた呪いに過ぎないよなぁ…


465 : 名無しさん :2014/04/17(木) 10:07:49 Al7OtIr.O
投下乙
ハーレム物は怖いと思った(小波感)


466 : 名無しさん :2014/04/17(木) 20:11:37 9XeE82xU0
投下乙です!
レンジローも悲惨な人生送ってきたんだなぁ
一般人マーダーだけど、女限定だとかなりやっかいなマーダーになりそうだ


467 : ◆H3bky6/SCY :2014/04/20(日) 03:10:40 jvIp6QpQ0
投下します


468 : 罪と罰 ◆H3bky6/SCY :2014/04/20(日) 03:11:33 jvIp6QpQ0



  僕は君にひざまずいたのではない。

    人類のすべての苦悩の前にひざまずいたのだ。


                 フョードル・ドストエフスキー:著 『罪と罰』より


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

時刻はきっちり3時。

仮眠をとっていた、鴉がパチリと目を開け意識を覚ます。

いつもの衣装に着替え、気分も新たにカーと啼いた。
思考はクリアだ。
気分はいい。

カーテンを開き窓の外を見る。
そこには月が出ていた。

絶好の犯罪日和だ。
いや、夜だから夜和だろうか?

勢いよくクルリと振り返る。
黒翼が大きくはためいた。

さあ、殺し屋の時間を始めよう。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


469 : 罪と罰 ◆H3bky6/SCY :2014/04/20(日) 03:12:50 jvIp6QpQ0





「――――さて、今から君は死ぬわけだが」

とある病院のとある一室。
白いカーテンで区切られた先に四つのベットが並ぶ大部屋である。
白い壁、白いシーツに彩られた白い世界を、くるくると練り歩くのは漆黒の鴉だった。

「何か言い残すことはあるかな?」

鴉が問いかけるのは、座り込んだ体制のままベットに両腕を縛られた女、ピーリィ・ポールである。
不意を突かれ、抵抗する間もなく彼女はスタンガンで意識を奪われた。
意識を取り戻したところで気づいてみればこの状況だ。
自由を奪われ、荷物もすべて奪われた。
こうなってはお手上げだ。手は縛られて上げられないけれど。

「…………言い残すことはあるか、だって?
 あるね。大いにあるよ、大ありだ。
 有難い事に、君はこの僕にそのすべてを語らせてくれるというわけかい?」
「……いや、自分で言っておいてなんなんだけど、あんまり長話に付き合う気はないからね?」

軽い気持ちで遺言くらいは聞いてあげようかと思ったが、思いの外喰いついてきた。
今のところ計画性のない行き当たりばったりの彼といえども、忙しいと言えば忙しい。
なにせ案山子に予告状が届いている頃合いだ、ここであまり時間は取りたくないというのが本音だ。

「それは残念。長話にはなるかもしれないね、でも聞いておいて損はないと思うぜ?
 きっと君も興味のある話だ」
「へえ、どんな話だい?」

その意味ありげな話口に、鴉の興味が僅かにそそられる。
だが、彼が興味を持つ話題といえば、言わずもがな案山子についてだが、彼女が案山子について彼以上に知っているとは考え辛い。
仮に彼女が案山子と個人的な知り合いで、彼以上の情報を知っていたとしても、鴉と案山子の関係性を把握しているとは思えない。
故に、鴉が興味を持てるような共通の話題があるとは思えないが。

「――――ワールドオーダーについてだ」

だが、あった。
参加者全員に対する共通の話題が。
それは案山子にばかり興味を向けている鴉とて例外ではない。
あの男が、何のためにこんなことをしたのか、鴉とて気にならないと言えば嘘になる。

「ふーん。面白うそうだね。いいよ、話してみなよ」

いったい何を話すのか、それが気になり鴉は話を促した。
だが、長話に付き合うつもりはないという点は変わっていない。
つまらないと思ったらその時点で殺して次へ向かうつもりである。

「最初に断っておくけれど、これから話すのは探偵としての僕の個人的な考察という名の愚考であって。
 ただの卓上の空論、言葉遊びであり、実在の人物、団体、真実などとは、まぁ、あんまり関係ないことを理解してくれたまへよ」
「外れてても怒るなってことだろ、それくらいはわきまえてるよ。
 けどイイのかい? 遺言があんなのの話で」
「いいんだよ別に、思いつきとはいえ、誰にも話さず死ぬのも勿体ないしね」

そう言ってピーリィは縛られてままの肩をすくめる。
そう言うものかね、と鴉は思うものの異論をはさむほどのことではない。
では、と前置きを入れて、探偵ピーリィ・ポールが口を開く。


470 : 罪と罰 ◆H3bky6/SCY :2014/04/20(日) 03:14:06 jvIp6QpQ0
「まず『ワールドオーダー』って何なんだろうね?」
「何って……それが分かれば苦労はしないだろう。
 というより、君がそれを語ってくれるのを期待してたんだけど」

露骨な落胆を見せる鴉。
だが、ピーリィはいやいやと首を振る。

「そうじゃなくて、『ワールドオーダー』なんて明らかに本名ではないだろう。
 偽名、というよりあだ名や二つ名の類だね。それにしたって個人を表す記号としては似わないだろう?
 だというのに、彼は何でそんな妙ちくりんな名前をわざわざ名乗っているのかってことさ」

「さあ? けどまあ彼なりに何か意味があるんだろうね、知らないけど」
「そう、だからその意味を考えようという話さ。
 『ワールド』はとりあえず『世界』でいいとして、『オーダー』って何を意味しているのかな?
 一言にオーダーといっても直訳だけでも秩序、順序、命令、注文と意味は沢山あるよ。
 ランダウの記号におけるO-記法でもあるし、物理学における量の基準でもあるね」

「秩序とかそんな感じじゃないかな? 世界の秩序を司る支配者的な」
「支配者ねぇ。君はあの男に対してそんな風に感じたのかい?」

これは心外といった風に鴉の面を被った頭が振られる。

「まさか。支配者気取りだとは感じたがね。
 とはいえ、これだけのことをしているわけだから、なんでも思い通りになるような力を持っているのも確かだろう?
 案山子や俺たちを拉致した手腕もそうだし、あの攻撃無効化能力をとっても大した脅威だぜ?」
「攻撃の無効化ねぇ、僕はあれには演出的な意図を感じたけどどうなんだろうね」

ま、あれに限った話ではないが、とピーリィは付け足す。
だが鴉はその言葉を否定する。

「いやいや、あれは演出ではないよ」
「何故そう言い切れるんだい?」
「俺もあの時彼を撃った一人だからね」
「なるほど。それはまたぐうの音も出ない証拠だね。
 けどまあ、それでも演出だったという意見は変わらないかな。
 あの時、君たちが銃を持っていたのがその証拠だ。この孤島に運ぶ際には奪われているわけだからね。
 没収できるのにしなかった、というのなら使ってくださいという事なのだろう」

ふむ。と鴉が息を漏らす。
おそらくワールドオーダーの意図通りに動かされたという点が気に食わないのだろう。

「じゃあどうやってあの弾丸を防いだというんだい?」
「却説。奇跡的に全弾外れたのか、透明な防弾ガラスでもあったんじゃない?」
「適当だなぁ。超能力で防いだとかそういう解説はないのかい」

鴉の言葉に今度はピーリィは表情を曇らせ露骨に嫌そう顔をする。

「君も超能力を信じている口かな? 真逆自分も超能力者だとか言い始めないだろうね……。
 まあその辺に主義、思想に口を挟むつもりはないが」

こう続けざまだとね、と誰にでもなくピーリィは呟いた。

「信じるというか。あれだけのものを見せられたんだから、その方が説明しやすいってモノだろう?」
「説明しやすいねぇ……よくわからないものの理屈を考えながら説明するほうがよっぽど大変だと思うが、まあいいだろう。
 じゃあ、お望みとあらばここからは『超能力』が有るという前提で話をしようか。
 却説。少し話がそれたかな。何の話だったか、そうそう『オーダー』の意味だったか」

仕切り直すようにピーリィはコホンと咳をする。
ベットに縛られたままで恰好はつかないけれど。


471 : 罪と罰 ◆H3bky6/SCY :2014/04/20(日) 03:15:03 jvIp6QpQ0
「僕の見解を述べると――――注文者だと思う。彼はきっと注文を出すだけなんだよ」

ピーリィの言葉を噛み締めるように鴉がうーんと唸った。

「……注文者、ねぇ。それってなんかしょぼくないかい? 言葉の響きというか印象としてさ」
「いやいや、注文を出す対象は何せ『世界』だぜ? スケールとしては十分だろうさ。
 尤も、その世界ってのが何を示しているのかまでは知らないがね。
 自身の認識による世界なのか、世界そのものなのか、あるいは両方かもね」
「つまり、世界を思い通りにできるのではなく、世界に何でも注文が出せるということか。
 …………それって何が違うの?」

鴉の疑問にピーリィは呆れたように答える。

「何って全然違うだろうに。
 注文を出せるだけじゃあ全能とはまったくもって言い難い。
 尤も、全能の逆説にもあるように、真の万能なんてのはあり得ないんだけれど。
 仮に超能力を肯定したとしても、之ばかりは承服しかねるがね。
 そして注文するだけじゃあ、そこからもほど遠いよ。
 多分、注文を受けて世界がどういう結果を出すのは彼にもわからないんじゃないかな? だからこんな事をしているんだろう」

「こんな事とは、この殺し合いのことかな?」
「そうだよ。他に何があるというんだい。
 彼は場を造り、駒を配するだけよ、この殺し合いだってそうだろう?
 ルールからしたって強制力なんてあったもんじゃない。褒美をちらつかせ、首輪で脅しているだけだ。
 そりゃあ死ぬのは誰だって嫌だし、脅されればある程度動く者もいるだろう。
 褒美って言葉を鵜呑みにして権力欲しさに殺し合いに奔る者だっているだろう。
 だがそれだけだ。我々を動かそうという努力は見えるが、けれどそれを受けて僕らがどう動くかなんて僕らにしか、いや僕らにだってわからない。
 と言うか、それがわかってるんならこんな事はしないさ、わかりきった事なんてする必要がないだろう?」

確かにと鴉はその言葉に頷いた。

「他にも彼についての推察はいくつかあるが、聞きたいかい?
 それとも、お急ぎのようだしそろそろお開きにして、僕を殺すとするかい?」
「おいおい、ここまで来てそれはないだろう? 聞かせてくれよ」

ピーリィの話にノッてきたのか、鴉は寝話をせがむ子供のように先を促す。

「ひも解くカギはあの洋館での彼の言動にある。
 というかまあ、我々とあの男の接点はあれだけしかないのだから当然と言えば当然なんだけど。
 あの時の彼の言動には幾つかおかしな点があった。君は気づかなかったかい?」
「おかしな点ねぇ。とりあえず頭がおかしいなとは思ったよ」
「ま、それは確かだろうが、そうじゃなく」

言われて鴉は考え込むが、これという答えは出ない。
何せおかしいというのならば、あの空間は全てがおかしかった。
その中の一つを上げろという方が無理がある。
答えの出せない鴉を見かねたのか、ピーリィは仕方ないといった風にため息をつくと具体例を挙げる。

「わかりやすいところで言うとアシスタントのA君を呼び込んだ時かな。演出的だというのならばあれが一番演出的な場面だったね。
 A君の頭に触れて、A君を自分にしたと言った後、確かあの男はこう言ったはずだ。
 『この能力自体の付与はできなかったが、もう一つのほうは問題なさそうだ』と。
 あの発言を聞いた時、君はどう思った?」
「どうと言われてもね」

鴉はお手上げといった風に肩をすくめる。
どうせわからないのだから、考えるのも面倒だという様子である。


472 : 罪と罰 ◆H3bky6/SCY :2014/04/20(日) 03:16:12 jvIp6QpQ0
「じゃあもっとわかりやすく言おう。
 AはコピーできたBはコピーできなかった。却説、之を聞いて君はどう思った?」
「うーん。そうだなぁ、コピーできないBは凄いんだなぁとしか」
「そうじゃない。まあそれも間違いではないのだろうが。そういう印象付けもあったのだろう。
 けれど、あの発言を受けて感じるのはAとBがあるという事だ」

「それが何か?」
「逆に言えば、AとBしかないと思わされたという事さ。
 真逆、あの流れでCがあるとは思わないだろう?」

ふむと鴉は考える。
つまり、その発言の意図としては。

「まだ見せていない切り札があるとでも?」
「さあ? そこまではわからないよ。けれど、あの場で手の内全てを明かすとも考えづらいがね。
 とはいえ、彼の全てが書かれた説明書でもカンニングしない限り、その答えはわからないだろう。
 ま、何事も決めつけはいけないという話さ。
 大体、嘘つきの言葉を元にして愚考を並べても仕方がない。
 言葉なんてのに意味はないんだ。大事なのは、その言葉を話したという事実の方だよ。
 発言内容から考察できる事柄なんてこんなものだけど、発言したという事実からは更に別の考えだってできる」

「ほぅ。例えば?」
「おかしいと思わないかい? コピーできなかっただなんて、なぜわざわざそんなことを言う必要があるんだい?
 あそこはさ、大見得を切って大物ぶる場面だぜ。
 たとえ出来ていなかったとしても出来たと言い張ればいいし、最悪口にしなければいい」

「言われてみればその通りだね。なら、あの発言が嘘だとでもいうのかい?」
「かもしれないね。では嘘だと仮定して考えてみよう。
 ならその嘘は――――いったい誰に向けての嘘だ?」

「……誰って、そりゃあ我々だろう、他に誰がいる?」
「いただろう? 主催者でも参加者でもない曖昧な人間が一人」

その問いには鴉もすぐに思い至る。

「ああ、君のいうところのA君か。けど彼をだまして何の意味があるというのさ?」
「意味ならいろいろとあるさ。喩えば自分と全く同じ能力を与えて、反乱なんてされたら大変だろう?」

「そんなことがあるのかい? 自分とまったく同じ思考にできるのなら、それこそ自分を裏切る心配なんてないと思うが」
「却説、全く同じにできるというのが嘘なのか、それとも自分で自分を自分すら裏切る人間だと思っているのか。
 なんにせよあちらも、一枚岩とは限らないということだ。まあ、あくまで可能性の話だし、可能性は低いがね。
 どちらかと言うと素直に我々についた嘘と考える方が可能性は高いだろうよ」

まあそうだね、とこの言葉には鴉も同意する。

「コピーできたものをできなかったと我々に思わせたかった、というのなら俺にもわかる。
 この場にいるA君の戦力を見誤らせるためにね」
「慥かに。それも可能性と言う意味では高いだろうね。
 だが、もう一つの可能性もある」

それは? と問いかける鴉。

「あの男にコピーされていないというのは本当で、できなかったのではなく、しなかったという可能性さ」
「いや、それは最初の話に戻るんじゃないか?」

A君を騙しているという話である。

「違うよ。言っただろう、今論じているのはこの嘘を我々に向けて話している場合の話さ」
「どう違うと言うんだい?」
「嘘をついた目的が違うという話だ。
 この場合、完全なコピーは不可能だと、我々にそう思わせるのが目的となる訳だね」
「それはつまり、自分を過小評価させるためってことかい?
 うーん。誰かが脱出して実際対峙するときには多少は有利に働くだろうが、なんというか、気の長い話だね」

鴉の言葉にピーリィは首を振る。

「違う違う。わからないかい? あの能力も付与できるという話になれば、彼は完全なコピーが創れるという事だぜ。
 それはつまり、その気になればネズミ算式に増えていけるという事だ」

周りの人間全てが、あの歪んだ笑みを浮かべる。
そんな気味の悪い光景が一瞬、鴉の脳裏に浮かんだ。


473 : 罪と罰 ◆H3bky6/SCY :2014/04/20(日) 03:17:06 jvIp6QpQ0
「となると、必然。わいてくる疑問があるはずだ。
 我々の前に立っていたあの男は――――本当にワールドオーダーなのか。
 いや、彼の定義によるとワールドオーダーには違いないのだろうが、オリジナルなのか、という点だね。
 つまり、あの嘘は自分の正体を隠すための嘘だった、という話さ。
 そうなると外見も変えなかったのか、変えられなかったのかが疑問だねぇ。
 加えて言うなら、完全なコピーができるというのなら増殖のみならず擬似的な不老不死も可能だろう。
 年老いてきたら適当な若い人間を自分にしてしまう。それを繰り返せば100年どころか1000年だって存在していられる。
 尤も、スワンプマンじゃないけれども、完全に同じ人間がいたところでそれが本当に本人が生きていることになるかどうかは甚だ疑問だがね」

鴉は語られた内容をどう受けとめたモノかと若干考えたのち。

「何とも、ゾッとしない話だねぇ」

そう言った。

「一応、フォローと言うか、超能力を否定した立場からの異見も述べておくと。
 あの一連の流れは全て演技で、ただの茶番だったという説も唱えさせてもらっておくよ。
 ま、どれが嘘でどれが真実かなんて誰にもわからないだろうし、真実は結局―――闇の中さ」

ピーリィはそう言葉を締めくくった。
鴉が黒翼をはためかせ、パチパチと拍手を送る。

「いや、なかなか面白い話だったよ。
 こんなところで出会わなければ、君とはじっくり食事でもしながら話でもしたかったところだ」

賛辞と共に一歩、拘束されたままのピーリィへと近づく。

「―――――まあ、殺すんだけどねぇ」

情を移したりしないし、心変わりなどしない。
いいことを聞かせてくれたお礼に見逃してあげよう、なんてご都合展開にはならない。
彼女の死は、この期に及んで覆ることはない。

「思いのほか随分と話し込んでしまったな。もういいよね? 殺すよ」
「ああ、けど、最期に一つ。
 語るだけじゃなく、こちらから質問をしたいんだけど。いいかな?」
「いいよ。なんだい?」

ピーリィの提案に、鴉は快く応じる。
恐らくピーリィを気に入っているのは本当なのだろう。

「君は―――――どうして人を殺すんだい?」

ピーリィの最期の問い。
それに、鴉は対して迷うでもなく答える。

「好きだからだよ、それ以上の理由がいるかい?」

鴉の答えは簡潔だった。
簡潔故に、酷くわかりやすい。

「好きなのは殺人だけじゃないぜ? 俺は犯罪行為全般が大好きだ!
 善行は頼まれたってやる人間は少ないが。悪行は禁止されたってやる人間はたくさんいるだろう。
 それはつまりみんな悪行をやりたがってるってことだ。性悪説というヤツさ」

楽しげに躍るように漆黒の鴉は言う。

「性悪説の誤用は置いておくとしても、他はともかく殺人は違うだろう。
 頼まれたってやりたがる人間は少ないと思うが」
「そんなことはないさ。誰だって一度は誰かをぶっ殺してやると思ったことくらいはあるだろう?
 やらないのはやり方を知らないだけさ、一度やってみれば誰だって気づくよ。意外と大したことじゃないってね」
「――――最低だね」

ピーリィの辛辣な一言に、鴉は気分を悪くするどころか、翼を模した両腕を広げ喜ばしそうに応える。

「――――何を今更。お前の目の前にいるのは全てを食い散らかす鴉だぜ?
 最低なのは――――当たり前さ」

カーと喉を鳴らして笑う鴉。
それに対してピーリィは、そうじゃない、と静かに首を振る。


474 : 罪と罰 ◆H3bky6/SCY :2014/04/20(日) 03:18:21 jvIp6QpQ0

「最低なのは――――僕の方さ」

これまで長々とピーリィは語ってきたが、あんなものは全て適当な戯言である。
相手の興味のを引いて、自分の言葉に聞く価値があると思わせるための方便だ。
ワールドオーダーなんて男にまるで興味などないし、超能力なんてそもそも最初から信じちゃいない。

そんな回りくどいことをしたのも、全てはこの回答を得るためだった。
その結果。
得られたのは、わかりきった、当たり前の事実だけ。
そう。わかりきっていた、最低の事実だけ。

「君の言葉は、難解だけど。それにもまして何の話なのか解かり辛いね」
「いや、すまない。これはただの――――独り言さ」

――――ピーリィ・ポールは人殺しだ。

諍い様のない、殺人衝動を抱えている。
彼女は幾多の罪を暴き、罪を暴いた幾多の相手を殺してきた。
少し名が売れてきたせいで、それもやり辛くはなってきたけれど。

彼女が罪を暴いて、殺してきた相手には聞けなかった。
彼らは彼女とは違う、動機のある殺人者だったからだ。
だから、どうしても――聞いておかなければならなかった。
動機のある殺人者ではなく、自分と同じ動機のない殺人鬼に。

鴉は本当に、どうしようもない理由で人を殺している。
けれど、どうしようもなくとも理由はあった。
彼女はそれ以下だ。
彼女には、本当に理由がない。
本当に――どうしようもない。
最低な殺人者の、それ以下だと思い知らされる。

彼女が最初に殺したのは、幼馴染の少年だった。

理由なんて――何もなかった。
二人で近くの山に遊びに行って、崖を覗く少年の背を押せそうだから押した。
恨んでいた訳でも、喧嘩をしたわけでもない。
本当に――彼のことが好きだったのに。

結局その件は、事故として処理された。
当然だ、10にも満たない少女が、仲違いしたわけでもない少年を殺すなど誰が思うというのか。

罪は暴かれることはなかった。
罰は訪れることはなかった。

彼女の罪は彼女しか知らない。
だから彼女の罪を背負い続けれるのは彼女だけだった。
彼女を罰せるものまた。
彼女の一人称が僕になったのはそれからだった。

どうしようもない後悔は残る。
それでも、この殺人衝動にどうしても抗えなかった。
彼女は――――弱い、人間だった。
どうしようもなく、弱い。
自分で死ぬこともできない。

だからこの場でも何もしない道を選んだ。
関わろうとする相手を適当に追い払って、一人でいる道を選んだ。
誰かと共にいるときっと、殺してしまうから。
何の理由もなく。何の動機もなく。何の理論もなく。何の感傷もなく。何の大義もなく。

そんな自分が最低なまでに許せないから。
過ちを繰り返さないために。

「――――僕は別に特別、死にたくないわけじゃないんだよ。ただ、死に方を選びたいだけなんだ」
「死に方ねぇ。殺す立場としてはできる限り努力はしてみるけどさ。望む死にかたって何なの?」

そう問われピーリィはふっと笑う。
自傷的な笑みだった。


475 : 罪と罰 ◆H3bky6/SCY :2014/04/20(日) 03:19:12 jvIp6QpQ0
「僕はね、『正義』に裁かれたかったんだ」

「それは難しいなぁ。『正義』なんて俺から一番ほど遠い言葉だからね。
 案山子あたりなら喜んで君を殺しそうなものだが」

「そう、無理なんだ。君だろうと誰だろうと同じさ。
 そもそも『正義』なんて、この世界のきっとどこにもないんだから。
 間違いを正せば『正義』なのか? 正しさを貫けば『正義』なのか? 『悪』を殺せば『正義』なのか? そんな訳が――ないだろうに。
 『正義』などどこにもなく、現実は『正義』どころか正しさすら曖昧だ。
 そんな事は、知っていた筈なのに――――」

それでも――――求めてしまった。
それは彼女の弱さなのか。

「まあ、正義が欺瞞だというのには同意するがね」

その点ではピーリィと鴉の価値観は共通だ。
だからこそ彼は断罪者を謳う案山子が気に食わない。

「結局、何が言いたいわけ? 僕には殺されたくないって命乞いかい?」
「命乞い? 違うよ、これは――――」

ゴキンと言う音。

「――――時間稼ぎと言うやつだ」

ピーリィが動いた。
両手の関節と共に拘束は外れた。
スタンガンによる痺れも時間経過により完全に取れた。

武器はない。手も動かない。
彼女の武器は――――いつだって口だけだ。
殺人衝動に突き動かされるまま、獣のように牙をむき出しにして、頸動脈を噛み千切るつもりで飛びかかる。

「残念」

だが、鴉はそれをヒョイと躱し、すれ違いざま衣服と共にピーリィの胸元を引き裂いた。
黒翼のような袖口に隠れて分からなかったが、鴉の腕には鍵爪が装備されている。
それは彼女から奪ったものだった。

「ま。君がそう来るのは、なんとなく予想がついていたよ」

危機に対する直感。
鴉をここまで生き長らえさせてきた能力である。
それを感じながらここまで話に付き合ったのは、来られても返り討ちにできるという確信からか。

「いや、チートな奴らばかりかもしれないと思っていたから、君みたいなのもいると分かって安心したよ。
 ひょっとしたら、君は頭脳担当として呼ばれたのかもね」

力なく倒れこみ、ピーリィは自らの血だまりに沈む。

「さて、このまま放っておいても死ぬだろうけど。
 一応、本当の遺言でも聞いておこうか。それとももう喋れないかな?」

チャプと水音を立て、赤い水たまりに踏み込んだ鴉が、ピーリィの前に座り込んだ。

「いや……喋れる、さ」

血の気の引いた蒼い顔でピーリィは言う。


476 : 罪と罰 ◆H3bky6/SCY :2014/04/20(日) 03:19:30 jvIp6QpQ0
「…………これから、君は、どうするつもりだい?」
「そうだな適当に殺しまわって案山子を待つさ。
 案山子は知ってる? 断罪者気取りの殺人鬼なんだけどさ」
「断罪者……ねぇ」

ピーリィは立ち上がろうとするが、血と共に力が抜けてゆき、その場に跪く様に崩れた。

「罪には、必ず罰があるだなんて……そんなものは…………幻想だ。
 …………ただ、法があり……法にのとった罰がある、現実はそれだけだ。
 人を、殺しても…………のうのうと生きている、君のような、人間も……いるし。
 …………人殺さなくても……理不尽な、運命に、見舞われる人間もいる」

だからこそ。
人を殺してはいけないなんて、当たり前のルールを守れなかったモノを。

「だからこそ…………そんな奴らを……僕は、永遠に軽蔑する」

目の前の鴉に向けて、そして自分に向けて彼女は言う。
それは、血だまりの中心で跪きながら述べるその言葉は懺悔のようでもあった。

だが、その言葉を聞くのは神父でも娼婦でもない。
死肉を啄む鴉である。

「クッ、カーカーカー! 軽蔑ねぇ! いいねそれ!
 悪態も誹りも大好物だよ! あ、Mって意味じゃあないぜ」

この鴉も、救いようのなさでは負けていない。
あらゆるものを喰らい尽くす雑食。
それが鴉だ。

「俺にとっての罰は案山子なのかな?
 まあせいぜい逃げ延びて罪には罰などないという君の持論を証明してあげるさ」

そんな鴉の声がピーリィの耳には遠く聞こえる。
いよいよ意識が遠のいてきた。

ピーリィを殺した鴉は、案山子に裁かれるのだろうか。
そして鴉を裁いた案山子も、きっと誰かに殺されるのだろう。
その誰かも、きっとまた他の誰かに――――。

永遠と死が巡り、死が廻る。
ここは、あの男が創ったそういう『世界』だ。

たっだら、その輪廻の果てに残った、最後の一人は何になるのだろう。
嗚呼――――もしかしたら。

「…………それが、彼の、望むモノ………なのかも、しれ……ない、ね」

最期に――――そんなどうでもいい事を思った。


【ピーリィ・ポール 死亡】

【C-5 病院/黎明〜早朝】
【鴉】
状態:健康
装備:鴉の衣装、鍵爪
道具:基本支給品一式、超形状記憶合金製自動マネキン、超改造スタンガン、お便り箱、ランダムアイテム0〜2
[思考・状況]
基本思考:案山子から逃げ切る。
1:殺し合いに乗った行動をとる。
[備考]
※人を超えた存在がいることを知りました。
※素顔はまだ参加者の誰にも見られてないので依然として性別不明のままです。

【鍵爪】
アサシンが好んで使う仕事道具の一つ。
フックがついてる特別性で、移動にも使える優れもの
扱いに慣れればこれ一つで壁も登れるし背中も掻ける


477 : 名無しさん :2014/04/20(日) 03:19:58 jvIp6QpQ0
投下終了
鴉さんの笑い方は正直どうかと思う


478 : 名無しさん :2014/04/20(日) 13:24:32 FgIS1IcE0
投下乙です。
正義に裁かれたかった、だけど求めていた正義はあまりにも曖昧な概念でしかなかった
そんなピーリィさんの価値観は興味深かったし2話退場の短い出番ながら印象的だったな
あと鴉さんの笑い方ちょっと楽しい


479 : 名無しさん :2014/04/20(日) 20:15:35 P3nnsh3M0
乙!
ピーリィさんと鴉、似たもの同士でどっちも最低か……
イフだけど案山子に断罪されることがピーリィさんの救いだったのかもね


480 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/24(木) 21:28:13 ZABAWzHw0
投下します。


481 : 転・交・生 ◆dARkGNwv8g :2014/04/24(木) 21:29:21 ZABAWzHw0
「判りませんよ、私には。脳が一時的に狂ってるとか、そんなことしか――」
「それが正解だ」

                       ――西澤保彦『人格転移の殺人』


482 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/24(木) 21:30:11 ZABAWzHw0
《茜ヶ久保一》


一がその女を見つけたのは、べたついた潮風の吹きつける港近くの道路だった。

「なンだおい、随分と酷くやられてんな」
それが女を見つけた時の一の第一声だった。

女の様子は酷いものだった。
身体は一糸纏わぬ裸。しかし元々は美しかったであろうその顔も、身体も
全身が余すところなく重度の火傷を負っており、まだこうして生きて動いているのが不思議なくらいだった。
これでは余程の異常者でもない限り、全裸で歩いていたとしてもこの女を襲う者はいないだろう。
女は気が狂っているのか、あーとかうーとか意味のない言葉を漏らしながら徘徊していた。

「おい」

道のど真ん中に立って話しかける一の存在に気づいていないのか
大火傷の女は一の横をふらふらと通り過ぎようとする。

「無視してんじゃねーよ」

足を引っ掛けると、女は簡単に転んだ。
何のアクションもなく道路の上に転がると、女は初めて一の存在に気がついたというように胡乱な瞳で一を見上げている。

「なんだその角、お前、もしかしてブレイカーズん所のバケモンか?」

一が気になっていたのは、火傷よりむしろ女に頭に生えている山羊の様な角の存在だった。
何かの装身具かとも思ったが、近くで見てみると本当に頭から生えているようだ。
確か悪徳商会の商売敵である秘密結社ブレイカーズは、人間を改造してこういうイカレた形の化け物を作り出しているらしい。
ブレイカーズ製の改造人間なら、全身にこれほどの熱傷を負ってもこうして生きて活動していることにも合点がいく。

「まァ、それならそれで好都合だわ」

この女を殺すことでブレイカーズに対しても宣戦布告できるなら
一にとっては一石二鳥だった。


思わぬ横槍が入ったせいで初戦が不首尾に終わった後
一は次の獲物を探して港の方へ移動していた。
こちらを目指したのは、しばらく前にこの方角から爆発音が聞こえてきた為だ。

この火傷の角女は、恐らくその爆発でやられたのだろう。
ならばこの先には、爆発を起こし、このブレイカーズの改造人間をここまで痛めつけた何者かがいる筈だ。
その強者を打ち殺す。蹂躙する。踏み潰す。
そうやって今度こそ自分の力を、どこかで様子を窺っているであろうワールドオーダーに見せつけてやる。
この女はメインディッシュの前の、云わば前菜といったところか。


ずきり、と左肩と左脇腹の応急処置をしただけの銃創が痛んだ。
スケアクロウを殺す直前に闖入してきた娘にやられた傷だ。あのクソガキにもいずれ死に勝る返礼をしてやらねばならないが
まずは目の前の女だ。

失敗した初戦の厄落としも兼ねた記念すべき一人目の生贄がこんな死に損ないの『中古』とは少々物足りないが
ブレイカーズに痛手を負わせることができるなら良しとしよう。


この女の死を通じて、その後に続く悪党商会会員以外の全ての参加者の死を通じてワールドオーダーとブレイカーズに教えてやる。
本当に強いのは誰かを。
本当の悪党が誰かを。
この『悪の最終兵器』茜ヶ久保一が、一流の悪党の美学を奴等に教育してやる。


483 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/24(木) 21:30:46 ZABAWzHw0


一のオッドアイの瞳が妖しく輝き、掌にサイコパワーが集中する。
出来れば少しは楽しみたいが、この女の様子では一撃でくたばるかもしれない。
まあいい。どうせ先は長いんだ。お楽しみのチャンスはこれからも沢山ある。

「ま、とりあえず死んどけ」

こうして茜ヶ久保一は、虐殺への第一歩を踏み出した。



《尾関裕司》

皆様方、ごきげんよう。わたくしの名前は尾関裕司。
当年とって芳紀14歳の花も恥らう乙女でございます。
習い事は野球を少々嗜んでおりますの。好きな食べ物は焼肉丼。好きな漫画家はちばあきおと矢吹健太朗でございますですわ。

筋肉モリモリマッチョマンの変態童貞男と馬鹿にされていたのも今は昔
今のわたくしはフリルのついたピンク色のドレスに身を包んだ美少女ですのよ。ごきげんよう。

「うん、よく似合ってるよユージーちゃん!」
「エヘヘヘヘ、それほどのこともありますけどォ……」

鵜院さんがにこにこ笑いながら俺……じゃなくてわたくしの新しい服を褒めてくれましたわ。
ここは商店街。このお洋服は商店街の中にあった洋服屋から男臭い学生服に変わる服としてギッてきたものですわ。
私と鵜院さんが服探しをしている間に、バラッドお姉様はピーターを引き連れて
イヴァンとかいう奴を見つけるためにそこら辺を探し回っておられますですことよ。

「……君を見てると、郷里にいる妹が小さかった頃を思い出すよ」
「妹さんがおられるんですか?」
「うん、そういえば実家にはもう何年も帰ってないなぁ……」

愛らしいわたくしの服装を見ながら、しみじみと望郷の念を呟く鵜院さん。
その様子はとても悪の組織の一員とは思えません。この人本当に悪党なのでございますか? 悪党って何だよ(哲学)


「クソッ、イヴァンの奴、どこに隠れているんだ!」
合流場所の広場に行くと、いつになく荒っぽい苛立った声を上げてバラッドお姉様が帰ってらっしゃいましたわ。

「ごきげんようお姉様。見つかりませんでしたの?」
「お姉様? ――まあいいや。駄目だったよ。あの卑怯者のことだ、どこかの建物にコソコソ隠れているだろうと思ったんだが……」
「はははっ、わかってませんねぇ、バラッドさんは」

苛ただしげに髪をかき上げるバラッドさんの横で、相変らず手首拘束されたままのお供のピーターがなんか言っています。

「……何が言いたいんだピーター」
「イヴァンさんのように計算高く臆病なタイプはこんな人の集まりそうな場所に篭城したりしませんよ。
 そうですねぇ……この近くでいえば見晴らしがよくて篭城しやすい山荘か、人目につかなそうな鉱山あたりにでも陣取るんじゃないかな。
 いやはや全く、バラッドさんは殺しの腕は立つのにこういった人心の機微に頭が回らないのだから……」
「ピーター」

あ、バラッドさんがいい笑顔で笑っていますわ。
うちの姉ちゃんでも経験あるけど、女がこんな笑い方をする時ってのは……

「ヴゲェ!?」
「わかってんならもっと早く教えやがれッ!このダボがッ!」

おおう、綺麗な腹パンがピーターに極まりましたねぇ!
堪らず倒れたピーターにバラッド姐さんは容赦ない追撃の蹴りを浴びせています。
ピーターは悶絶しながら「ありがとうございますありがとうございます」って言ってますね。仲いいなこいつら。


484 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/24(木) 21:31:20 ZABAWzHw0
「お、お二人とも落ち着いて!ねっ、ねっ」
慌てて鵜院さんが仲裁に入ります。本当にこの人は苦労性ですね。
ピーターは別に死んでもいいけどオロオロする鵜院さんが気の毒なので、わたくしも助け舟を出しますわ。

「まあまあバラッドさん、ほらこれ」
「ん?」
そう言ってバラッドさんに渡したのはせ○とくんのぬいぐるみ。

「憤った時にはモフモフするものをモフモフするのが一番ですわ」
「わ……私は別にこんな物……」

そう言いつつもドギマギしてぬいぐるみをモフるバラッドさん。
ふっふ、やっぱこのぬいぐるみが気になってたんすねえ。
こうした些細な気配りも美少女のたしなみですことよ。
思いやりの欠片もない実花子とか初山とかいう女は俺の爪の垢でも煎じて召し上がったほうがよろしいのではなくて?
……それにしてもユキさんといいバラッドさんといい、こんな怪人のぬいぐるみが好きなのか……女心は複雑怪奇ですわ。

「それでその……バラッドさん、
 わたくし、お花摘み(←これを言ってみたかった!)に行きたいのですけど……」
「あ、ああ、便所ね。早く行っておいで」

あらやだバラッドお姉様ったらお下品。

「ユージーちゃん、一人で大丈夫かい?」
「ええ心配ありませんことよ。では皆様方ごきげんよう」

不安そうな鵜院さん、俯き気味でせ○とくんをモフるバラッドさん、その足蹴にされ続けているピーターに背を向け
わたくしは一番近くのショッピングモールにあるトイレに入っていきました。




あったあった。ちょうど階段の上り口の所におトイレがありましたわ。
早速――っていつものくせで男子便所に入っちゃったよ。失敗失敗。
今の俺は大手を振って女子便所に入れるんだからよォ〜たまらねえぜ。いい時代になったもんだ。


さて用を足そう、と思ったときに気がついた。
そういや女の子になってから出すのって初めてだな。
いや、そもそも今の俺の体、着替えるときにちょっと見たけど
あの時は更衣室の近くで鵜院さんが見張っていたせいでじっくりと確認できなかったんだよなあ。

でもこの女子便所という空間なら誰にも邪魔されず
この現在の俺の女の子の体を隅から隅まで隈なく調べられるんじゃないかな?

「いいの? そんな事して」

思わず自分で自分に問いかけてしまったが
いいに決まってるだろ!誰に迷惑かけるわけでもない、俺の体なんやで!

「よ、よし。やるぞ。やってやるぞ!」

フンスと鼻息を吐いて気合を入れると、俺は個室の一つに入り、服を脱ぎ始めた。

「夢幻の彼方へ、さあ、いこう!」


485 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/24(木) 21:31:52 ZABAWzHw0







――数十分後――



「ああぁ〜〜〜」



カ・イ・カ・ン


すごい世界だった。

未知への冒険だった。

今まで厚いベールで隠されていた神秘の秘密を、こんな形で知ることができるなんて。


僕が伝えたいことは一つだけ。


「スゴいね。女体(はぁと)」




荒い息と満足感に包まれ、俺は幸福だった。

しかし、ただ一つだけ満足できない、満たされないことがあるとすれば……

「これでチ○ポさえついていれば完璧だったのに……」


元が男だからか。
股間に性剣エクスカリバーがないとやはり物足りない。
女体の神秘は堪能できたが、約束された勝利の剣が消え去ったことだけは残念無念だった。

だが止むをえまい、全てを得ることは叶わぬ。それが人生なのだから――

「あっそうだ」

そういや随分長く神秘の探求をしていたが、今何時くらいなんだろ。
時計を見てみる。

「ゲェーッ!?」

もうン十分も経過してんじゃねーか!

「やべえ……バラッドさんに殺される……」

バラッドさんのハイパーヤクザキックを思い出し、俺は真っ青になって服を着直すと個室から飛び出した。
せめて誰か迎えに来てくれればよかったのに!


486 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/24(木) 21:32:24 ZABAWzHw0
慌てて便所から飛び出す直前、遠くで爆発音がした。

「ん?」

それに気をとられて便所から出た瞬間

何かが俺にぶつかってきた。

「げッ!?」

頭に強い衝撃を感じ、俺は意識を失った。



《天高星》


「……今、人の声が聞こえませんでした?」
「聞こえ……たかな?」
「どう……でしょう」
「どう……なんだろうね」

困ったように呟く自分の顔を見ながら、天高星は曖昧に応えた。
おそらく目の前の裏松双葉の目にも、困っている彼女(今は彼だが)自身の顔が映っているのだろう。


入れ替わりと性別転換という特殊体質の他は普通の人間である彼等二人は
とにかく夜明けまでは建物の中に隠れてやり過ごそう
暗いうちに出歩くのは危険すぎるし、明るくなったら救助が来るかもしれない
そう考えて、とりあえず商店街にあるショッピングモールの二階、その一番奥の狭い部屋に隠れてじっと息を潜めていた。

只でさえ心細い状況であるのに、今は身体すら自分のものではない。
それがより一層彼らの不安を掻き立てていた。

「あのさ、裏松さん。
 君の体が女の子に戻るのって、大体どれくらいの時間がかかるとか、わからないかな?」
「ひぇ!?」

星としては当然の質問をしただけなのだが、双葉は何故か顔を赤らめている。
(顔は星自身のものなので自分でその様子を見るのは気持ち悪いことこの上ない)

「そ、そうですね、人によって違う……ん、じゃ、ないかな?と思います……
 人によっては一週間くらい平気かもしれないけど、私は数時間で……」
「は?」
「い、いえ!なんでもないです!そのうち!そのうちです!」

慌てて首を振る双葉、どうも彼女は自分に対してまだ何かを隠しているらしい。
しかし荒っぽく聞き出す気は起きなかった。彼自身争いや暴力は大嫌いだし、自分の体を傷つけたりもしたくない。

結局は待つしかないのか。彼はぼやくことしかできなかった。

「僕はこれから何をすればいいんだろうなあ……」
「そうですね、ナニを擦れば……」
「は?」
「ナンデモナイデス……」


487 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/24(木) 21:33:01 ZABAWzHw0





部屋に隠れてしばらく経った頃、星はついに我慢できず立ち上がった。

「天高先輩!? どこに行くんですか!?」
突然の星の行動に双葉が驚きの声を上げる。
「トイレに……」
「へっ?」
ポカンとした双葉に、申し訳無さそうに星は告げた。
「ごめん、出来るだけ見ないようにするから」
「あ、は、はい。気にしないでください」
複雑そうな表情の双葉を残して、星はそっと部屋の外に出た。


足音を殺して歩きながら、星は考え続ける。
とにかく、一刻も早く元の体に戻りたい。
その為には、現在のこの体を女性体に戻さなければならない。
しかし一体何が変化のスイッチなのか? 双葉は時間経過だと言っていたが、どうも何か誤魔化している様だ……


そんな考えに熱中していたのがよくなかったのだろう。

気もそぞろに階段を降りている途中、遠くで爆発音がした。

「ん?」

不意に聞こえてきた爆音、それに気をとられ、彼は階段を踏み外した。

「うわッ!?」

階段を転げ落ちる瞬間、階段降り口にあるトイレからフリフリの服を着た少女が出てくるのが見えた。

その少女との距離は一瞬で縮まり、そして――


頭に強い衝撃を感じ、彼の意識は闇の中へと落ちていった。


488 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/24(木) 21:33:40 ZABAWzHw0
《鵜院千斗》

「遅い!」

バラッドの苛立ちを含んだ怒声に、鵜院千斗は思わず
自分が怒られたわけでもないのに首を竦めてしまった。

「まあまあバラッドさん、まだ十五分程度じゃありませんか。
 レディは色々と時間がかかるものです。貴女も淑女ならそれくらいグオェッ!」
「まだ十五分!? もう十五分の間違いだッ!」

地面に伸びたままのピーターに蹴りを入れるバラッド。
その手に抱えられたままのせ○とくん人形のモフモフでも、最早彼女の苛立ちは抑え切れないらしい。
まあ宿敵を探すのに既に時間を無駄にした彼女からすれば、一刻も早くここから出発したいのだろう。

それにしても……矢張り長過ぎる。千斗も心配になってきた。
一応ショッピングモールの面している通りからガラス越しにトイレの入り口は監視しているが
ひょっとしたら急に気分が悪くなって中で倒れているかもしれない。

「俺、ちょっと声をかけてきます」

ユージーの様子を見に行こうとした矢先だった。
千斗にその『声』が『聞こえて』きたのは。

(――――タス――ケ――――)
「!! 茜ヶ久保さん!?」
「何!?」「何ですと!?」

突然叫んだ千斗に驚くバラッドとピーター。
彼らの耳には何も聞こえていない。それはそうだろう。千斗に聞こえているのは彼の上司である茜ヶ久保一からの
超能力による精神感応によって届けられる特殊な『念波』だった。それも救助を要請する内容の。

「茜ヶ久保さん!どちらに居られるんですか!」
(ウイン―――タ――スケ―――――)

しかも今までに経験したことのない嫌な念波だった。
テレパシーが恐怖と苦痛のノイズで掻き乱されている。今まで幾度も窮地はあったが、こんなことは初めてだった。

「茜ヶ久保さん、待っていてください!今すぐ行きます!」
内容は混乱しているが、この念波の発信元を探せば茜ヶ久保の居場所がわかる。
彼の尋常でなさそうな様子に、千斗は矢も楯もたまらず走り出していた。

「ウィンセント!」
「ウィンセントくん!」

バラッドとピーターの声に、千斗は一度だけ振り返り、深々とお辞儀した。

「バラッドさん、ピーターさん、お世話になりました。
 俺、これから茜ヶ久保さんを助けに行きます。ユージーちゃんも、皆さん、どうかご無事で!」

尚も背にかかる二人の声を振り切り、千斗は茜ヶ久保の念波を感じる方向へ全力で走る。

茜ヶ久保は間違いなく殺し合いに乗っているだろう。
別にワールドオーダーに従う訳ではない。ただこんな環境を与えられて、あの男が大人しくしている筈がないのだ。
恐らく現在彼が見舞われている危機も、その行動に端を発したものに違いない。
彼にとっては悪党商会の構成員以外の全てが敵だ。ユージーもバラッドもピーターも、その例外ではない。
彼らを庇おうとするなら、千斗自身も。
茜ヶ久保を助けるということは、今まで行動を共にした彼らと敵対するという事だ。

しかし、鵜院千斗は茜ヶ久保を助ける道を選んだ。
たとえ悪党であっても、彼は仲間を見捨てることは出来なかった。


489 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/24(木) 21:35:18 ZABAWzHw0





どれほど走ったのか、千斗は港近くの倉庫まで来ていた。
その内の一つ、屋根や壁の破れた廃倉庫の中から念波の発信を感じ取る。

「茜ヶ久保さん!」
叫びながら倉庫に駆け込むと、仄暗い倉庫の中に土埃が濛々と舞い上がった。
思わず噎せそうになりながらもう一度名を呼ぶ。
「茜ヶ久保さん!ここにいるんですか!」

その呼びかけに応じ、薄闇の中から不明瞭な声が聞こえた。

「ゔい゙ん――か――?」
「茜ヶ久保さん!僕です!悪党商会戦闘員鵜院千斗ただ今参りました!」
「ゔい゙――だすげ――」
上ってきた朝日が差し込み、割れた壁や天井から光が注がれ、倉庫内が明るくなる。

「茜ヶ久保さん、一体何が――――」

朝日に照らされた光景を目にした千斗は
そこで言葉を失った。



倉庫の奥の壁に、茜ヶ久保一は磔にされていた。

大の字に開かれた両手両足の付け根部分に鉄棒が突き刺さり、彼の体を地上から1m弱ほどの高さに固定している。
更に彼の串刺しにされた手足の先は、左手を残して全て途中から出鱈目に捩じ切ったように切断されていた。
残された左手も、有り得ない方向に曲がって途中から骨が突き出ている。
まるで残酷な子供が壊したオモチャの残骸のような出鱈目な姿で、千斗の仲間はそこに存在していた。

「ゔい゙ん――」

動けずにいる千斗を見る、茜ヶ久保のアルビノの白面は半分が黒く焼け爛れ
オッドアイだった片目は抉り抜かれ、血とも膿ともつかない液体が涙のように流れ出していた。
鼻は削がれ、耳は千切られ、言語が不明瞭なのは顎が砕かれている為らしい。
長い付き合いの千斗でも一瞬見分けがつかないほど、茜ヶ久保は破壊され、しかもまだ生きている。


「どうして――?」

何も考えられなくなった頭で、千斗の口から零れた言葉がそれだった。

「や゙られ゙だァ――あ゙い゙つに゙」
「あいつ――?」
「あ゙のお゙んな゙」

女――?

「あ゙いづお゙れ゙のごうげぎ
 ぜんぶよ゙げやがっだ
 な゙に゙する゙がぜんぶわがってるみだいにぃぃぃ」


490 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/24(木) 21:35:45 ZABAWzHw0
千斗には信じられなかった。
茜ヶ久保は他の悪党商会の幹部と比べれば格は劣るものの、その超能力を使った攻撃は凶悪無比
単純な戦闘能力でいえば半田やユキを上回るポテンシャルを秘めた強者なのだ。
事実、今まで何人ものヒーローが彼の超能力によって屠られている。
そんな彼が、只やられるだけでなく、こうまで拷問されるなんて――

「と、兎に角すぐ降ろしますから――」

早速行動に移そうとして、千斗はまた固まった。
茜ヶ久保の切断された手足の断面が、毒々しいピンク色の肉に覆われて血が止まっている。
傷が回復しているのだ。彼がここまで肉体に損傷を受けてまだ生きているのは、この治癒の所為だろう。
これはとても自然に治ったものではない。

どんな手段を使ったのかは知らないが、敵は茜ヶ久保の傷を『治療』したのだ。
恐らく、すぐに殺さず、出来るだけ長く彼を苦しめるために。

不気味に肉の盛り上がったその断面を見て、千斗は全身に冷水を掛けられたような戦慄を覚えた。
それは、悪党である彼の心でさえ底冷えのするような悪意だった。

「あ゙いづお゙れ゙のでとあ゙じをぐい゙やがっだ
 お゙れ゙のみ゙でるま゙え゙でお゙れ゙のであ゙じをぐい゙やがっだぁぁぁ」

虚ろな眼窩から血の涙を流し、茜ヶ久保が叫ぶ。
千斗はこみ上げてくる吐き気と砕けそうな膝を堪えながら、茜ヶ久保に近づいた。

「だ、大丈夫ですよ、ドンの知り合いの病院に行けば、きっと治療を――」
「あ゙ーーーー!あ゙ーーーー!!」

突然茜ヶ久保が磔の身体を揺らし、絶叫した。
彼の残った片目は恐怖に限界まで見開かれ、それは千斗の背後を見ている。

「えっ」

そこにきてようやく背後の気配を感じた千斗は振り向いた。


そこには

頭に角の生えた
全身が焼け爛れた女が
緋い瞳をこちらに向けて
笑っていた。


「ウィンセント!危ない!」

そんな声が遠くから聞こえた気がした。

「EgdeDnIw」


491 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/24(木) 21:36:27 ZABAWzHw0
《オデット》


熱い

痛い
苦しい
饑い
憎い
穢らわしい
嫌だ
否だ
厭だ

燃えている。
世界が燃えている。
たとえ現実には夜明けを前にして静まりかえっている街角の風景の中にいるとしても
オデットの目に映る世界は劫火の地獄だった。
世界は何時までも劫火に包まれている。
あの時、あの灼熱地獄の中からずっと。

『ありがとよ、オデットさんよぉぉぉ! 俺の踏み台になってくれてさぁぁあああ! そこの人殺しから守ってくれてさぁぁぁあああ!』

何故?
私は彼を守ろうとしたのに
何故彼は私を

「そりゃあ、それが当然の事だからだ」

声が聞こえる。
そしてオデットは死ぬ。劫火の街の中で、何度も、何度も

餓死焼死爆死病死戦死自死事故死溺死轢死圧死撲死中毒死窒息死出血死感電死転落死横死惨死斬死慙死頓死憤死狂死殉死脳死衰弱死即死枯死餓死
死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死
死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死
死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死
死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死
死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死
死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死
死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死
死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死
独りで看取られて惜しまれて望まれて望んで選ばれて選ばれなくて侵されて食らわれて静かに騒がしく諦めて抗って次を望み天を望み何も望まず
どんな死でも苦しくない死など無いどんな死でも自分が消える意味のある死など無い

嫌だ
否だ
厭だ

違う
これは私じゃない
死ぬのは死んだのは私じゃない違う違うちがうちがう

「死ぬなんてのは一回きりのお楽しみだと思ってたが、こんな大盤振る舞いで楽しめるなんて
 中々いかしたアトラクションじゃねえか。え?」

また声が聞こえる。

声の主はあいつだ。

燃える世界の中、長身痩躯のダークスーツの男が笑っている。


492 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/24(木) 21:37:04 ZABAWzHw0


「しかし折角の見せ物を楽しむにはよ、肴が足りねえな」


そう言いつつ、ダークスーツの男は何かを摘み上げる。
それは人間の眼球だった。奇妙な色に虹彩が輝くそれを男は口に放り込むとぐちゃぐちゃと咀嚼する。

「こんなもんじゃまだまだ食い足りねえよ。なぁ?」

あの眼の色、私に話しかけてきた黒ずくめのオッドアイの白い顔の男
の瞳を私がわたしが口に

わたしが?

ぐちゃぐちゃ、ごくり。と嚥下すると、業火の渇きが癒される。

癒される、癒されたのは私。
食べたのも私

じゃあ

私が



食べた物は

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!!!!!!!!!!!」

思い出した思い出したおもいだあしたあ

熱くて死んで飢えて死んで渇いて死んで苦しくて死にたくなくて
苦しくて食らいたくて飢えて食らいたくて渇いて苦しみをなんとかしたくて食らいたくて
食いたくて死にたくなくて食らいたくて楽しみたくて楽しみたくて楽しいから
楽しい楽しい楽しい楽しい美味しい美味しい美味しい美味しい楽しい美味しいから
あの人をあの男の人をあの人間を人間を嬲って捥いで潰して削って奪って
食らって

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙」

喉に指を突っ込む。吐く。吐き出す食べたものを全部
食べた物全部
だってそれは

「勿体ないことするんじゃねえよ。
 それともアレか、次の飯を賞味する為に腹を空けとこうって寸法か?」

劫火の中、相変らずダークスーツの男は厭らしい笑みを浮かべている。

「あ゙なた」

そうだこいつ
思い出した
こいつが


493 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/24(木) 21:37:43 ZABAWzHw0
「あなたが わたしを おかしく したのね
 あなたが あんなひどい ひどいこと させたのね わたしを あやつって」

そう言うと、黒い毒のような男は面白そうに笑った。

「おいおい、勘違いするな」

男は楽しげな足取りで近づくと、地に崩れ落ちた私を覗き込んだ。

「やったのは俺だ。やったのはお前だ。それは同じことだ。
 何故なら俺はお前なんだからな」

「なに を いう の」

「俺はお前自身だ。何故なら――」

いつの間にか、男の顔は私の目の前にあった。

「俺がお前の本当の姿だからだ」








ふらふらと、さっきまでいた倉庫に戻る。

「おい、新しい獲物がいるぜ」
私の傍らにいるダークスーツの男が言うとおり、そこには見知らぬ人間が一人増えていた。


自然と

私は

笑顔になった


新しい食べ物

新しい玩具

新しい人間


「EgdeDnIw」


494 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/24(木) 21:38:19 ZABAWzHw0
《バラッド》

「ウィンセント!危ない!」
叫ぶと同時に、バラッドは持っていたせ○とくんのぬいぐるみを全力で鵜院に投げつける。

「うわっ!」
剛速球で投げられたせ○とくんをもろに食らった鵜院は、その場から弾かれて倉庫の床に倒れる。

「EgdeDnIw」
それは火傷の角女の口から奇怪な呪文が漏れる直前の出来事だった。


次の瞬間、バラッドの超人的な動体視力は信じ難い光景を捉えていた。
鵜院の体を弾いた直後の、中空に留まったままのせ○とくんぬいぐるみに
頭からつま先まで、平行して何本もの切れ込みが入る。
まるでハムの塊がスライスされるように空中で輪切りになったぬいぐるみは、バラバラの残骸となって地面に落ちた。

その、ぬいぐるみの背後
一瞬前まで鵜院が立っていたその場所の後ろに磔になっている茜ヶ久保の体にも
頭部から水平に、幾筋もの血の線が走っていた。

「だ

   ず

  げ

     で」

そして、地獄の悪魔が考えた積木崩しのように
輪切りにされた茜ヶ久保一の体はボトボトと嫌な音を立てて床に散らばった。
鉄棒で突き刺されたままの肩と腿の一部だけを壁に残して。


全ては一秒にも満たない間の惨劇だった。




「なんとか間に合いましたねぇ」
ようやく彼女に追いついてきたピーターの呑気な声が背後から聞こえた。
状況はその通り、間一髪だった。床にへたりこんだままの鵜院の様子を見て、バラッドはとりあえず安堵する。
目の前で起きた出来事に固まっているが、彼自身の体に怪我はないようだ。

彼を追いかけた理由は、自分でも上手く説明できない、言ってみれば殺し屋の勘が働いた所為だった。
本来であれば全ては鵜院自身が決めたこと、彼が死のうがそれは彼自身の責任だし、彼女に彼を助ける義理など無い。
しかし彼女は鵜院の後を追っていた。
自分にこんなお節介な一面があるとは、彼女自身意外だった。
もっとも、本当ならこんな修羅場に突撃する前に鵜院を見つけて止める心算だったのだが……


修羅場――そんな言葉すら生易しい地獄絵図を作り出した女は、新たな闖入者には一瞥くれただけで
一跳躍で今しがた自分が作った地獄の上に移動する。
そして茜ヶ久保だった部品が散らばる上に四つ這いになると、床の血溜まりに顔を埋めた。

ぐちゃぐちゃぐちゃ

胸が悪くなるような音が、女の口元から響く。


495 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/24(木) 21:39:00 ZABAWzHw0

(死体を食ってる――)

うどん玉のように零れ落ちた脳を、湯気と臭気の立ち上っているまだ温かい臓物を、
餌にありついた豺狼の如く、女は夢中で咀嚼し、飲み下していた。

血の海の中、山羊の様な角を持つ全身焼け爛れた女が
細切れになった人間の死骸を只管貪り喰っている。
それは殺し屋であるバラッドですら目を背けたくなるような、酸鼻を極めた凄餐だった。

「うええええええええ」
身内の無残な最期に耐え切れなかったのだろう、鵜院が嘔吐するのが目の端に映る。
あのピーターですら、この光景には珍しく顔を顰めていた。
「なんて下品な食べ方を……」
――どうもその理由はズレているようだが。


「ウィンセント」

バラッドは努めて静かな声で、えづいている鵜院に声をかけた。
鵜院が涙に濡れた顔を上げる。

「ユージーはまだ便所にいる。連れて逃げろ」

そう言いつつ、バラッドは死体を喰らい続ける女から瞳を離さない。
敵は『この女一人』だ。この女の近くには『誰もいない』、この倉庫の周りにも。

まだショックから回復していないのか、鵜院が逡巡しているその時、女が腸の一部を咥えたままこちらを振り向いた。

「早くしろッ!」

バラッドの怒号と、弾かれた様に駆け出す鵜院と、食事を止めた女と
全てはほぼ同時だった。



「哈ッ!」

バラッドは既に用意していた苦無――日本のニンジャの武器だ。ピーターに支給されていたのを彼女がブン取った――を
女に向けて投擲する。
彼女の手を離れた苦無は目に留まらぬ速さで、過つことなく女の急所へと向かっていった。

「DlEihs」

しかし苦無は突然女の前に出現した光の盾によって弾かれた。
女は逃げるウィンセントよりバラッドのほうに気が向いたのか、こちらを見て血塗れの顔で笑っている。

(茜ヶ久保を殺したあの攻撃……そして今の防御。
 こいつ、超能力者か? それともこういう能力を持った改造人間ってヤツなのか?)

高速で思考を巡らせながらも、バラッドは次の攻撃に動いていた。

「ピーター!」
「はいはい」

既に両手の戒めを解かれていたピーターがMK16を構え、女に向かって連射する。

「吻!」

それに併せてバラッドは円を描くようにして女との距離を縮めると、別方向からもう一本の苦無を投擲した。


496 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/24(木) 21:39:35 ZABAWzHw0
二方向からの同時攻撃。
先程の苦無を打ち落とした一方向だけに対応するバリアではこの連携攻撃は防げない。

「ElCriC」

しかし、今度は女を包むように現れたドーム型の光によって
銃弾も苦無も床に弾き落とされるだけの結果に終わった。

(厄介だな……。
 それにしてもコイツが攻撃前に唱える言葉、WOと同じようにそれが能力のトリガーになっているのか?
 ふん、まるで呪文を唱えて魔法を使う御伽噺の魔法使いだな――)

思考の中で軽口を叩きながらも
現実では、滅多な事では動じないバラッドの頬を一筋の冷や汗が伝っていた。
殺し屋の勘が、最大級で危険信号を告げている。

(だからこそ……コイツは此処で一気に始末する!)

苦無を失ったバラッドが朧切を取り出すと同時に
女の指先がゆらりとバラッドを指した。

「EgdeDnIw」

それは茜ヶ久保を殺害したのと同じ呪文。
大気を操ることによって発生した真空の刃が、バラッドを切り刻まんと殺到する。
それは人の目には見えざる不可避必中の惨殺魔法。

しかし

(視える――――!)

先のピーターによる銃撃とバラッドの立ち回りによって
ただでさえ埃舞う倉庫の中には巻き上げられた土煙が充満している。
その土埃が、大気の僅かな変化をバラッドに可視化させて教えてくれた。

(矢張りカマイタチか。
 見えてさえいれば――――!)

見えてさえいれば、対処できる。

「疾!」

朧切を振り下ろす風圧によって、真空刃を打ち消す。
彼女の体を輪切りにしようと迫っていた見えない刃は、虚しく埃の中に溶けて消えた。


己の攻撃を防がれて尚、女は血塗れの歯を剥き出して笑っていた。
しかしその目、先程まではどこか胡乱だった女の目は、今はバラッドを見据えている。


興味を持ったか。
殺したいのか。
私を。


鎌鼬を破った朧切を正眼に構え、バラッドは女と対峙する。
じりじり、と向かい合った、それは数瞬だったが、バラッドには永劫の時のように感じられた。


497 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/24(木) 21:40:48 ZABAWzHw0



――そして、機は訪れた。

女が動こうとした。
手を伸ばし、何ごとかを唱えようとする。
その瞬間に、バラッドは女に切っ先を向けて朧切を投げつけた。

「DlEihs」

端から見ればバラッドの行動は自分の唯一の武器を投げ捨てる愚行にしか見えないであろう。
朧切は当たり前のように光の盾に弾かれて宙を舞う。

それがバラッドの狙いだった。

女の注意を、目の前の朧切に集中させること。

その間に、女の背後にはその命を刈取る本命の刃が迫っていた。

それは、最初に弾かれて床に落ちていた二本の苦無だった。


仕掛けは単純である。
苦無には最初から、細く頑丈なテグスが結ばれ、その糸はバラッドの両手と繋がっていた。
使用したテグスは先程イヴァンを探している最中に商店街で手に入れたものだ。

彼女は朧切を手から離した次の一瞬に、両手の糸を繰って苦無を引き寄せる。
そして朧切に集中した女にとって完全に死角になる背後から攻撃する。
バラッドの卓越した熟練の操作がこの魔技を可能にしていた。

最初からこれが狙いだった。
女の作るバリアはいつまでも持続して存在するものではない。
また、バリアを張れば女自身もこちらに対して攻撃が出来なくなる。
故にバリアが張られるのは朧切を弾く一瞬、そのバリアが消えた瞬間を見計らって
攻撃の呪文を唱えられる前に死角から急襲した苦無が女の体を切り裂く。

狙うは首輪の上、首の頚動脈だ。

極細の糸を結んだ刃物を操り、遠距離にいる相手を斃す。
これはバラッドが最も得意とする殺人術の一つだった。

即席作りの凶器だが、バラッドの操作に問題はない。


(お前の喉笛を掻っ切ってやる!)


498 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/24(木) 21:41:23 ZABAWzHw0
光の盾が消えた瞬間、死角から二本の刃が女に襲い掛かる。

 貰った――――!

女目掛けて殺到する苦無に
バラッドは勝利を確信する。

女の喉が切り裂かれる。

そうなるはずだった。



それは奇妙なダンスのようにも見えた。

体を傾げた女がくるりと舞う。

その間に、二本の苦無は一瞬前まで女の喉が存在していた空間を
虚しく通り抜けた。



「なっ……!?」

バラッドには眼前で起きたことが信じられなかった。
苦無は完全に死角から襲い掛かっていた。その存在を、少なくとも目視するのは不可能だったはずだ。
片方だけを避けたのなら偶然ということも有り得る。
だがこの女は苦無を二本とも避けてみせた。
まるで何処から攻撃が来るのか、最初からわかっていたみたいに――

唖然としながらもバラッドが飛んできた苦無をキャッチし
更に宙を舞う朧切(これにもテグスが結んであった)を回収できたのも
彼女の身体に染み付いた無意識が為せる技だったであろう。

しかし奇妙なダンスを終えた女が再びこちらを向いた時
バラッドの動きは一瞬だけ停止した。

楽しげに笑う異形の女。
その女に重なるように
いや、その女の存在と交ざるように
長身痩躯の男の幻影が彼女には見えた。

「ヴァイザー?」

バラッドは思わずその男の名を呟く。

その一瞬の空白が、致命的な隙となった。


499 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/24(木) 21:41:49 ZABAWzHw0
《裏松双葉》


遠くで爆発音がした直後、何かが倒れるような大きな音が聞こえた。
次いで、人の叫ぶような怒鳴るような声。

「ひっ!」

暗い部屋の中、裏松双葉は自分の耳……正確には入れ替わった天高星の耳だが……を塞いで、部屋の隅に蹲った。

どれだけの時間そうしていたか。
次に恐る恐る耳から手を離した時、既に彼女が隠れる店の内は再び静寂に包まれていた。

(天高先輩……もしかして天高先輩が襲われたの?)

自分の身が安全だと安心した後、ようやく彼女は
今は彼女自身の体を操っている同行者の安否に思い至った。

(まさか、殺されたんじゃ……!?)

最悪の想像が頭を過ぎる。
血溜まりの中に突っ伏した死体、その顔は……
その死体は、彼女の身体。

「嫌――――!!」

頭を抱えて、彼女は再び床に蹲る。
天高のことも心配だが、それ以上に自分の身体が死んでいるかもしれないという想像
もう永遠に、永久に、元の自分自身の肉体に戻ることが出来ないという想像は彼女に嘗て無いほどの恐怖を齎した。

今まで何度も、いや何時でも心のどこかで常に、こんな厄介な体質の身体なんて無くなってしまえばいいのにと思っていた。
しかし本当に自分の身体が無くなったかもしれない状況に置かれた今
彼女はまるで一条の光もない暗黒の宇宙に身一つで放り出されたような絶望と恐怖を感じていた。


(こんな事になるなら、元の身体に戻っておけばよかった!
 恥ずかしがらずに、彼に女の身体に戻る方法を教えればよかった!)

絶望と共に途方もない後悔が彼女の中を駆け巡る。

オブラートに包まず言ってしまえば
彼女の身体が男から女に戻る方法は一度射精することである。
そうすれば肉体は一気に男性から女性へと戻る。
単純な方法だが、初心で内気な双葉は、どうしてもその方法を出会ったばかりの男性に打ち明けることが出来なかった。
だけどこんな事になるなら、ちゃんと伝えておけばよかった。


……いや、まだ手遅れだと決まったわけじゃない。

「……行かなくちゃ」

勇気を振り絞って立ち上がると、そっとドアを開けて隙間から周囲を窺う。
安全を確認すると、双葉はトイレに向かって走る。
同行者と彼女の身体の安否を確かめるために。

天高に会うことが出来たら、今度こそ女に戻る方法を彼に話そう。

(だからお願い……!どうか無事でいて……!お願い……!)

心の中で祈りながら、彼女はトイレのある一階へと階段を駆け下りた。


500 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/24(木) 21:42:58 ZABAWzHw0
《バラッドとピーター・セヴェール》

「ヴァイザー?」

それはバラッドのよく見知った男の姿だった。
何故ヴァイザーがここに?
自分は確かあの女と対峙していたはずでは――

「ッ!?」

一瞬の忘我の後、バラッドが気を取り戻した時には
女は既に呪文の詠唱を終えていた。

「DrAzzilb」

空中に出現した無数の氷槍が、凍てつく突風を伴って
バラッドの体を貫かんと襲いかかる。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!」

飛来する氷刃に、バラッドは神速で朧切を乱れ打った。
刀さえあれば機関銃にも対応できるという自負を裏付けるように、彼女は自分を狙った氷槍の全てを斬り弾く。

しかし、実体のない突風だけはどうにもならない。

「がっ!」

バラッドの体は突風に吹き飛ばされ、倉庫の壁に叩きつけられる。

「ぐぁっ」

全身を襲う衝撃に、動きが止まる。
幼い頃、父親に床に叩きつけられた記憶が脳内でフラッシュバックした。

迎撃の態勢を立て直すまで数秒かかる。
目の前の女が彼女を切り刻むには充分な時間だ。

(殺られる――)

血塗れの女の笑い顔を見ながら、バラッドは己の終わりを覚悟した。



彼女を救ったのは、MK16の連射音だった。

タタタンという小気味よいリズムで発砲された弾丸の群れに
女は振り返りもせずに指だけを向けて唱える。

「DlEihs」

しかしその防御呪文が弾丸を弾いている間に、バラッドは何とか臨戦態勢を取り戻していた。


「バラッドさん、大丈夫ですか」

相変らず緊張感の欠けた声でそう言いながら、ピーターはMK16を続けざまに連射する。
女は銃弾全てを防御しながら、今度は倉庫の入り口近くにいるピーターに指先を向ける。

「EgdeDnIw」
「ピーター!避けろ!」

うおっ、っと間抜けな声を出しながらピーターが転がるようにその場を離れる。
その頬が裂かれて血飛沫が上がったが、ギリギリで鎌鼬の直撃は回避できたらしい。運のいい奴だ。


501 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/24(木) 21:43:29 ZABAWzHw0
(好機か――?)
バラッドはこの隙に女に攻撃しようかと思考を巡らせる。
今なら女はピーターのほうに集中している。
バラッドに対しては無防備になっている。今ならこの女を殺すことが――
いや、無防備過ぎる。
まるでバラッドに対して注意を向けていなさ過ぎる。まるで彼女が何をしようが即座に対応できるとでもいう様に――
彼女の勘が、危険を知らせる。
故に、彼女は攻撃するのを止め、ピーターに向けて叫んだ。

「退くぞ!」
「イエス、ユアハイネス」

ピーターの答えを聞くまでもなく、バラッドは彼女に支給された切り札を取り出していた。
それは3つセットのダイナマイトだった。バラッドはそのうちの一つを取り出すと
口ともう片方の手で持った苦無を打ち合せた火花で着火させ、こちらを無視したままの女に放り投げる。

「これでも食いな」

そして破壊されていた倉庫の壁の穴から外へ飛び出すと、一目散に走り出した。


やがてすぐ背後から耳を聾するような爆発音がしたが、彼女は振り返ることなく、その爆風に背を押されるがままに走り続けた。





夜明けの町を、二つの影が走る。
二人の殺し屋。常ならば標的を追う側の彼等が、今は只管あの呪わしい廃倉庫から少しでも遠くへ逃げ延びるために走り続けていた。

「いやはや、大変な目に遭いましたねぇ。
 全く簡便して貰いたいですよ。僕はバラッドさんたちと違って荒事は専門外なんですから」
走りながら軽口を叩くピーターだが、その整った顔の片頬は切り裂かれ、血が流れ続けている。
バラッドも体中に軽い痛みを感じるが、あの怪物と対峙してこれ位のダメージで済んだのは、むしろ幸運といえるだろう。

「……よく援護射撃したな。もう逃げたかと思っていたぞ」
「僕としてもまだバラッドさんに死んでもらっちゃ困りますからね。
 逃げたところで、あそこでバラッドさんが殺られたら遠からず僕もあの女に殺られるでしょう。
 自分が食べられるってのにはちょっと興味はありますけど、あんな犬食いをされるのは御免です」
走りながらペラペラとよく喋るピーターの言葉を聞きつつ、バラッドは鵜院とユージーの事を考えていた。
あの二人は無事にこの区域を離れただろうか。
他の場所が安全であるという保証はないが、あの女は危険すぎる。あいつは――

「彼女、ダイナマイトで殺れたと思います?」
「…………」
「ですよねぇ」
ピーターの問いにバラッドは沈黙で答える。

そもそもあの戦いは、戦いと呼べるようなものではなかった。
あの女は、バラッドたちを本気であの場で殺そうとすれば、もっと楽なやり方で
――例えば磁力を操作する呪文でこちらの刀や銃を無効化したり――彼女たちを殺せたはずだ。
それをしなかったのは、あの戦闘が女にとって、猫が鼠を甚振って遊ぶような単なる遊戯に過ぎなかった所為である。
根拠はないが、彼女の殺し屋の勘がそう告げていた。
二匹の鼠は運よく死の遊戯から逃げだす事ができた。
しかし幸運というものは長くは続かないし二度目は望めない。


それにバラッドが気になるのは、あの時見えた幻覚だった。

ヴァイザー

なぜあの男の姿が、女に被って見えたのか。


502 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/24(木) 21:44:19 ZABAWzHw0

確かにヴァイザーなら、バラッドの死角からの遠隔攻撃を感知し避けるなど容易いだろう。
あの動き……まるであの女に、ヴァイザーが憑依でもしているかのような――

(いや、攻撃を避けられたのは偶然か、もしくはまだ知らないあの女の特殊能力の所為に違いない。
 その避け方を見て私はヴァイザーを連想した。だからヴァイザーの幻覚が見えた。只それだけのことだ)

自分の心に浮かんだオカルトじみた考えを、バラッドは無言のままで揉み消した。


「嗚呼、それにしてもひどい。大事な商売道具の顔にこんな傷をつけられるなんて。
 これじゃ本当に殺し屋は廃業するしかないかもしれないなあ。
 ねぇバラッドさん、この怪我って手術や化粧で消すことができると思います?」
「……今は口より足を動かせ。そのご自慢の顔を犬食いされたくないんだったらな」
「イエス、ユアハイネス」

赤い太陽が、波間から昇っていく。
皮肉にも二人の明日なき逃亡者たちの前で、新しい一日が始まろうとしていた。


【J-10 港付近/早朝】

【バラッド】
[状態]:全身にダメージ(小)、疲労(小)
[装備]:朧切、苦無×2(テグス付き)
[道具]:基本支給品一式、ダイナマイト(残り2本)
[思考・行動]
基本方針:イヴァンは殺す
1:今はオデットから逃げる。
2:ウィンセント、ユージーらと合流したい。
3:ヴァイザー……?
※鵜院千斗をウィンセントと呼びます。言いづらいからそうなるのか、本当に名前を勘違いしてるのかは後続の書き手にお任せします。

【ピーター・セヴェール】
[状態]:頬に切り傷、全身に殴られた痕、疲労(小)
[装備]:MK16
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜1(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:女性を食べたい(食欲的な意味で)
1:今はオデットから逃げる。
2:ウィンセント、ユージーらと合流したい。
3:早く女性が食べたいです。


503 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/24(木) 21:45:05 ZABAWzHw0
《????》


世界は相も変わらず燃え続けている。
しかしオデットを中心とした周囲、半径数mの世界は静かだった。

「ElCriC」

爆発で燃え盛る廃倉庫の中、オデットは自分の張った結界の内で
床に散らばったままになっていた食べ残しを腹に収めていた。
彼女は死骸の傍からほとんど動くことなく、二人の殺し屋の相手をしていたのだった。

耳まで裂けた彼女の本当の口で、骨も腱も気にすることなく噛み砕き、飲み込む。
あっという間に茜ヶ久保の残骸はオデットの中に消えた。


「どうだ、いい気分だろ」

いつの間にかまた現れたダークスーツの男が、厭らしい笑いを含んだ声で話しかけてくる。

「楽しいだろ」

オデットも認めざるを得なかった。
自分が虐殺と食人にこの上ない愉悦を感じていることを。


「どう して?
 わたし こんなひどいこと 悦ぶなんて
 人喰いの呪のせい?
 それとも わたしが魔族だから?」
「ブフォッ!」

オデットの呟きを聞いて
ダークスーツの男は信じられないバカを見たといった風に噴き出すと、ゲラゲラと不快な笑い声を上げた。

「まだわかってねぇのか。
 お前が特別なんじゃねえ。殺すのが楽しい、苦しめるのが楽しい、それが当たり前なんだよ」

ダークスーツの男がまたオデットの目を覗きこむ。

「人間も魔族も関係ねぇよ。
 人喰いの呪いなど知ったことか。
 どんな種族だろうが、表向きどんな面をしていようが
 自覚があろうが気づいてなかろうが、どんな世界に属していようが関係ねぇ。

 ものを考える頭のある奴なら皆同じだ。

 殺したい
 喰らいたい
 嬲りたい犯したい奪いたい壊したい苛みたい苦しめたい虐げたい躙りたい

 誇り高い騎士だろうが、聖人然とした教祖だろうが、孤児を引き取って育てる篤志家のババアだろうが例外はねえ。


 何故なら、悪意こそが精神の本質だからだ。


 だから俺は誰の中にでもいる。お前の中にもな」


そう なのか
ならば わたし は


504 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/24(木) 21:46:01 ZABAWzHw0

「お前は俺だ」





業火に崩れる廃倉庫から出ると、町は朝焼けに包まれ、また燃え続けていた。
白む空には、パノラマのように無数の死の瞬間が映し出されている。


苦しみの劫火と死の景色が世界を満たしていた。


しかし、苦しみと死こそが真実であり
それを楽しむ事こそが正しい心の在り方だというのなら――


いつの間にかオデットは哄笑していた。
その哄笑は止むことなく大きくなり、やがて魔物の咆哮となって、夜明けの町に響き渡った。


一瞬だけ、聖剣を携えた雄雄しい青年の姿が見えたような気がしたが
それは劫火と死の記憶によって忽ち塗り潰され、掻き消されてしまった。


【J-10 港付近の廃倉庫/早朝】

【オデット】
状態:????
   全身に熱傷(回復中)、人喰いの呪い発動
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:嬲る壊す喰う殺す
※ヴァイザーの名前を知りません。
※ヴァイザー、詩仁恵莉、茜ヶ久保一を捕食しました。

【茜ヶ久保一 死亡】

※茜ヶ久保一の支給品入りデイバッグが港付近のどこかに放置されています。


505 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/24(木) 21:46:37 ZABAWzHw0
《鵜院千斗と天高星》


(茜ヶ久保さん……!クソッ―――!!)
鵜院千斗はユージーのいる商店街に向けて走る。走り続ける。
その間も、彼の頭の中では茜ヶ久保の死への悲しみ、あの場に残った二人への罪悪感、そして自分の無力さへの怒りが渦を巻いていた。

来た道を戻り、商店街のショッピングモール前にようやく辿り着いた時
千斗は彼が走ってきた方角から大きな爆発音がするのを聞いた。
(バラッドさん!ピーターさん!)
一瞬、彼の思考は二人のいる倉庫へと飛ぶ。しかしそれは直後にショッピングモール店内から聞こえてきた音によって引き戻された。

「うわッ!?」「げッ!?」

二つの異なる叫びと共に、何かが転がるような倒れるような音が彼の耳に飛び込んできた。

「ユージーちゃん!?」

千斗は慌てて店内に飛び込む。
そこにはトイレの前、階段の降り口に重なって倒れる、二つの影があった。

「ユージーちゃん!しっかりしろ!」

倒れ伏しているうちの一人はユージーだった。愛らしいドレスに身を包んだ彼女は、瞳を閉じて眠っているように応えない。
しかし呼吸と脈拍は正常だ。どうやら気を失っているだけらしい。

それを確認して安心した千斗は、倒れているもう一人の人物へと目をやる。
少女……いや少年か? 服が女性のものなのでやはり少女なのだろう。
中性的な顔立ちの、少なくとも千斗は今までに会ったことのない少女だった。彼女も気を失っている。

(階段から落ちたのか……?)

この周囲の状況を見れば、そう考えるのが自然だろう。恐らくこの少女が先程の爆発音に驚いて階段を踏み外し
偶々トイレから出てきたユージーが運悪くそれに巻き込まれた――そんな所だろう。

爆発――そうだ。こんな所で留まっている場合じゃない。
あの女が自分の後を追ってすぐ後ろまで来ているかもしれない。そう考えて千斗は戦慄した。

「ユージーちゃん!起きろ!」
声をかけて体を揺するが、ユージーは目を覚まさない。
「君も起きろ!ここは危険なんだ!早く逃げなきゃ危ないんだ!」
次いで中性的な少女の方も起こそうとするが、彼女も
「う〜ん、姉ちゃん……胸囲の海抜ゼロメートルなんて言った事は謝るからよぉ、命だけは助けて…」
と何やら魘されて寝言を言うばかりで一向に起きない。

「クソッ!……どうする?」
二人の気絶した少女を前に、千斗は考える。
自分が背負って逃げるとしても、二人はとても運べない。
どちらか片方だけ、どちらか――
――それならばもう答えは決まっている。

「――――すまない……!」
ユージーを背負うと、千斗は床で気絶したままの少女を残して店を出た。
悔しかった。
自分にもっと力があれば、二人とも助けることができたかもしれないのに。
いや、自分にもっと力があれば、目の前で茜ヶ久保が死ぬのを防げたかもしれないのに――

そんな思いを振り払うように、千斗は夜明けの商店街を駆けていった。
背中に感じるユージーの重さだけが、何とか彼の足を支えてくれていた。


506 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/24(木) 21:47:09 ZABAWzHw0


(……あれ?)

人の背に揺られる感覚に、天高星は意識を取り戻した。
自分の置かれた状況が飲み込めない。確か自分は拉致され、裏松さんと入れ替わって、トイレに――
ああそうだ、確か階段から足を踏み外したんだった。それで……

それで今、自分は見知らぬ男に背負われて街中をひた走っている。

(この人、誰だ?)

息を荒げながら走っている男の目は充血し、涙ぐんでいるように見える。

「あの……」

頭の痛みを堪えて星が声をかけると、男は走り続けるままに顔だけを星のほうに向けた。

「ユージーちゃん!気がついたんだね!」

ユージー?
男にそう呼ばれて、星は己の体を確認してみる。
先まで着ていたのとは違うフリフリの洋服、胸や髪、体のサイズもさっきと違う。
これは――
もしかして――

(また入れ替わっちゃった!)

そこで漸く星は理解した。
階段を踏み外して転倒する一瞬前に見えたあの少女、自分は彼女とぶつかり
その際に頭をぶつけて、再び人格が入れ替わってしまったのだ。

入れ替わった先でまた別の女性に入れ替わるなんて、こんな事は初めてだった。
なにしろ女性に入れ替わった状態で別の女性と頭をぶつけるなんて、彼にとっても今までに経験がない事例なのだ。

(あわわわ、えっ、どうしよう、これ、えっ)

混乱する星の心中など知る由もなく、男はどんどん街中を駆け抜けていく。

「ユージーちゃんは絶対に守ってみせる……ユージーちゃんだけは……!」

泣きそうな声で呟きながら走り続ける男の背に揺られて
自分はこれからどうすればいいのかと、星はぶつかった場所がまだ痛む見知らぬ少女の頭を抱えるのだった。


【I-9 街中/早朝】

【天高星】
[状態]:健康、混乱、頭にたんこぶ、女体化した尾関裕司の肉体(♀)
[装備]:フリフリの可愛いドレス
[道具]:基本支給品一式、手鏡、金属バット、尾関裕司のランダムアイテム0〜1
[思考]
基本行動方針:殺し合いはしない
1:ここはどこ?
2:この身体は誰?
3:この人(鵜院千斗)は何者?

【鵜院千斗】
[状態]:疲労(中)、精神的疲労(中)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜2
[思考・行動]
基本方針:助けられる人は助ける
1:今はユージーちゃんを連れて逃げる。
2:茜ヶ久保さん……
3:バラットさん、ピーターさん、どうかご無事で……。
4:できれば悪党商会の皆(特に半田と水芭)と合流したい。


507 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/24(木) 21:47:42 ZABAWzHw0
《尾関裕司と裏松双葉》

だから違うんだって姉ちゃん、貧乳は稀少って言ったのはそういう意味じゃなくてさ
ちょっと待ってこれ以上はほんと無理むりやめてマジでむりむりむり
「モンテスキュー!?」

ガバッと跳ね起きて周囲を見渡し、俺は姉がいないことと自分が死んでいないことを確認する。

「なんだ……夢か……」

ほっとした俺の頭にズキリと痛みが走った。思わず頭に手をやり、それで思い出す。
そうだ、女体化した自分は確か便所から出て、そこで何やら強い衝撃を受けて気絶したのだった。
「痛ッてぇ〜……なんだよもう」

愚痴りながら立ち上がった俺が真っ先に感じたもの……それは強烈な尿意だった。

「なァッ!? さっき出したばっかなのに!?」

寝てる間にもうこんなに溜まったのか!?
兎に角すぐ便所に直行だ!もっちゃうもっちゃう。

便所に入ると、見知らぬ人の顔が見えた。
「あ、ども」
反射的に挨拶するとその相手も頭を下げる。
「ん?」
何かおかしいと思ってよく見てみると……それは洗面台の鏡だった。
鏡の中から、見知らぬ顔がポカンとしてこちらを眺めていた。

「―――また変身してるーーーーーー!?」



「どういうことなの……」

俺は唖然としながら鏡の中の顔をまじまじと見つめた。
整った、中性的な顔立ちだった。
器量は中々良い。いや、中々というか結構いいんじゃないかな。
人目を引くような派手さはないが、見る人が見ればわかる奥深さというものを感じる。
先程まで俺がなっていたユージーが可憐で華やかな西洋人形だとすれば
こちらは一見地味だがよく見れば幽玄な宇宙的美を感じさせる日本人形といったところか。
あえて人目を引かないように野暮ったくしているような幾つかの箇所を整えれば見違えるような美人になる、そんな顔だった。

しかし何ゆえ西洋人形から日本人形にクラスチェンジしたのか? 俺の肉体に何が起こったのだ?
そんな事を考える暇もなく、膀胱からのSOSが俺を突き動かした。

「やべえ漏れそう!漏れる!」

慌てて個室に駆け込み、スカートと下着をズリ下ろした瞬間
俺は再び驚愕の叫びを上げた。

「―――付いてるーーーーーーーーー!!?」



理解不能ッ!理解不能ッ!理解不能ッ!理解不能ッ!

俺は確かに女の子になり、その時股間の未使用バナーヌも失ったはずだった。

しかし今、俺の眼前にあるのは間違いなく性槍グングニール。
しかも……気絶からの寝起きのせいか若干血液が集まっているのだが……

それは、俺のバナナというにはあまりにも大きすぎた。
長さ、太さ、形の美しさ、張り、角度
全てが俺の元のブツを凌いでいる。

これは――神の性槍《グングニール》やない!神殺しの性槍《ロンギヌス》や!


508 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/24(木) 21:48:37 ZABAWzHw0


「何故だ……」

我が股間には御立派様が鎮座する代わりに、先程まで確かに存在していたはずの神秘世界が消失していた。

何故ついさっきまでフリフリ美少女だった俺が、今は中性的女顔イケメンになっておるのか?
俺のピンク色の脳細胞はフル回転し
0,05秒の熟考の末に答えを導き出した。


「これは……完全変態っちゅうやつや……」


完全変態といってもそっちの意味ではない。
即ち、イモムシが蛹を経てチョウへと成長するように
俺の肉体も薬によって筋肉モリモリマッチョマン変態童貞→美少女→中性的イケメンという変化のプロセスを辿ったのだ。
そうとしか考えられない。


「これが俺のパーフェクトボディーか……」

用を済ませた俺は、鏡の前でしげしげと自分の中性的フェイスを観察する。
さっきのユージーでなくなったのは残念な点もあるが、一方で俺は現在のこの身体にも満足していた。
その理由の一つは、俺が元々中性的な女顔に憧れていたためである。
ちっちゃな頃からゴッツくて、姉にもゴリラと呼ばれたよ。クラスのナヨナヨ野郎どもが女子とイチャイチャしているたびに
殺意と同時にこうも感じたものだった。俺がもっと優しげな顔ならば、きっとモテたに違いないのに……と。
しかし俺は今、ついに念願の女顔を手に入れたぞ!それも股間の特秘性遺物をバージョンアップさせてだ!これで童貞喪失待ったなし!
自分が美少女になるのもいいが、やっぱり俺は女顔イケメンになって美少女と突き愛たい!

もう一つの理由は単純に、中性的な顔が俺のタイプだったからだ。
そう、クラスの裏松双葉のような――

「あっそうか、この顔、裏松に似てんだなあ」

どこかで見たことがあると思ったら、今の俺の顔はクラスメイトの裏松双葉にそっくりなのだ。
もちろん似ているのは顔だけで、裏松は女だし股間にこんな立派な対人宝具を所有しているワケがないのだが。

裏松双葉……うちのクラスにいる地味で目立たず、特に男には絶対に近寄らない、影の薄い女子。
しかし俺は、彼女は磨けば光る逸材だと見抜いていた。
だからこそ今年のホワイトデーでも、数撃ちゃ当たると配ったクラスの他のブスどもとは違い、双葉には本命のチョコを渡したのだ。
結果は完璧にガン無視されただけだったけどな!クソァ!!

「その俺が今はあいつそっくりの女顔のイケメンになってるんだから人生というのは奇なものよ……」

そんなワケで俺が俺のニューフェイスにうっとりとなって良い気分だったとき
突然知らねえ男が便所のドアを開けて飛び込んできた。



「だ、大丈夫ですか!」
「はぁ……まあ」

どちら様?
俺たちよりは年上の、高校生くらいだろうか。
少なくとも俺は初対面の、妙にナヨナヨした奴だ。クラスのもててた連中を思い出して気分悪いぜ。
そいつははぁはぁ息を切らしながら俺を見つめている。
我が新たなボディーに魅せられているのだろうか? だとしても俺にそっちの趣味はないし
ましてやこんなナヨ男なんかノーサンキューだ。


509 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/24(木) 21:49:14 ZABAWzHw0
「あの……その……」
「なんスか」

ナヨナヨ男は俺を見てもじもじしている。
女の子みたいな動きしてんなお前。

「なんスか。用が無いなら……」
「あ、あの!」
痺れを切らして押しのけようかと思った時
その男はこう言った。

「お、オナニーしてください!」


次の瞬間、俺の右フックが男の顔面を打ち抜いていた。
男は「おごぉ」とか変な声を出しながら回転しつつ吹っ飛ばされる。

「ぢ、ぢが、じゃ、射精しないど」

まだ何か変態的なことを口走っている男の襟首を掴んで持ち上げる。
念の為弁解しておくが、俺は同性愛その他の性癖を理由に人を不当に扱う差別主義者ではない。
人が誰を愛そうが何に興奮しようがそれはいいこと。自由とはそういうものだ。うちの姉ちゃんもレズだしな。
だがしかし、いきなり便所に入ってきて見ず知らずの男に自慰を要求するような変態は死すべし。慈悲は無い。
ましてや殺し合いなんて非常時下を利用する卑劣ッ!貴様がやったのはそれだ!

次いで俺のアッパーが男の顎に炸裂する。
男は「ぐぇぇ」と呻いて口から血を吐きつつのけぞった。

そもそもオナニーってのは人に強要されてするものじゃないんだ。
オナニーを擦る時はね、誰にも邪魔されず、自由で
なんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで……。

とどめのストレートパンチが変態の顔に突き刺さる。
まるで間欠泉のように鼻血を噴き出しながら男は吹っ飛ぶと、壁に激突し
ずるずるとその場に崩れ落ちて動かなくなった。
呼吸はしているので命に別状はないだろう。
なにも生命まで奪うつもりはねぇ。そこで頭を冷やして反省するんだな。


「あぁやべぇ!こんなことしてる場合じゃねぇ!」

変態を成☆敗したところでようやく俺は当初の目的を思い出した。
早くバラッドさんや鵜院さんの所に戻ってザ・ニューユージーをお披露目しなければ。

倒れたままの変態男を残して、俺は意気洋洋とお花摘み場を後にするのだった。


【I-9 商店街・ショッピングモール/早朝】

【尾関裕司】
[状態]:健康、裏松双葉の肉体(♂)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、天高星のランダムアイテム1〜3
[思考・行動]
基本方針:これが俺の完全変態だ!
1:バラッド、ピーター、鵜院千斗が待ってる場所に戻る。
2:どうよこの女顔。どうよこのロンギヌス。
3:次は童貞卒業を目指す。

【裏松双葉】
[状態]:失神、顔面殴打、天高星の肉体
[装備]:サバイバルナイフ・改
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜2(確認済)
[思考]
基本行動方針:未定
1:――――


510 : ◆dARkGNwv8g :2014/04/24(木) 21:52:43 ZABAWzHw0
以上で投下終了です。
ながい(反省)
一応
>>482-490が転
>>491-499が交
>>500-509が生
の区分になっています。


511 : 名無しさん :2014/04/24(木) 22:01:46 QoMof6Ac0
長編投下乙です。
オデットさんつええええ!!
魔族としてのスペックに加えて殺意察知まで備えるとは
ヴァイザーの殺意は死後も呪いのように他者を蝕むことに…やっぱり恐ろしい男である
しかし茜ヶ久保はかなり惨い結末を迎えてしまったな
見事なまでの無差別マーダーだっただけにもうちょっと活躍は見てみたかったけど、相手が悪すぎた
そしてTS組がユージーまで巻き込んで更にややこしい事になってるwww


512 : 名無しさん :2014/04/24(木) 22:21:01 e7wKEaSU0
投下乙

恵莉ちゃんもヴァイザーさんも死んでから輝く奴らだったか
茜ヶ久保一さんもひょっとしてこれから輝けるか?


513 : ◆C3lJLXyreU :2014/04/25(金) 00:19:38 RRsa/SZ20
予約していた舩坂弘と以前に予約破棄したクロウ、ミロ・ゴドゴラスV世、水芭ユキで投下します


514 : 名無しさん :2014/04/25(金) 00:21:51 RRsa/SZ20
「ぐわあああああああああああ!」

草原に絶叫が響き渡る。
そこに居るのは、左腕を切り落とされた龍人と白髪の少女。ミロとユキの二人だ。
絶対無敵を誇っていた鱗と皮膚を豆腐のように切り裂いた男の名を、船坂弘。
腹に穴が空いても戦に臨むその姿は、スプラッター映画のゾンビを彷彿させる。

「よくもボクの腕を! ゆるさない!」

憤怒したミロが繰り出したのは、雷の中級魔法。彼が使用出来る魔法の中では最も威力の高い技だ。
凡人が使用しても化物を殺すには至らない殺傷力だが、ミロ・ゴドゴラスⅤ世は違う。
優秀な血統、歴代最優と名高き才能。
生まれた瞬間から王族が持つべき素質を最高レベルで備えた彼の魔法は、この年齢で既に親や使用人を超越している。
耳を劈くような轟音が鳴り響く。闇を切り裂いて表れたそれは、ミロの魔法だ。
明確な殺意が込められた必殺技を一瞥して、船坂は体内の気を最大限に漲らせた。
武士道を重んじる彼は迫り来る死の奔流を恐れることなく、真正面から迎え撃つことを選択したのだ。

「ぬんッ!」

眼前に迫る雷を受け止めたのは、一振りの刀。鬼斬鬼刀だ。
盾や特殊な武器など、舩坂弘には不要。武士道を生きる者の武器は、いつだって刀である。
武士にとって刀とは己が魂と同然。
腕を失って喚く龍人に折られる程、我が魂は柔でない。だから鬼斬鬼刀が折れる筈がない。
その理論は滅茶苦茶だが、舩坂の信念に応えるように鬼斬鬼刀はミロの魔法と拮抗している。
初めて必殺技を受け止められたことに憤怒したミロは、ギロリと鋭い目付きで舩坂を睨んだ。

「そんな……」

ユキは絶望の声を漏らす。
出会ったばかりで未だによくわからないし、妙な言い争いばかりしていたけど、彼女はミロを悪く思っていない。
焦っていた自分が冷静さを取り戻せたのも、彼が居てくれたおかげだ。
数時間でも一人で孤独に彷徨っていたら、また過去を思い出して悲しみに明け暮れていたかもしれない。
それなのに自分は血塗れで歩く死人に驚いて、ピンチに陥っているミロに守ってもらっているだけじゃないか。
部下をまもるのが王のつとめ。そう言って前線に立ったミロに甘えてるだけじゃないか。
渾身の一撃が受け止められて危ない場面でも、こうして悩んでしまう。あの男が放つ強大な殺気に、足が竦んでしまう。

(わたし、は……)

また繰り返してしまうのか?
あの日を。
あの殺戮劇を。
二度と思い出したくもない、あの悲劇を。

「嫌だよ。そんなことは、絶対に嫌だ。もう、私は誰も失いたくなんてない――!」
「そうね。私もユキや夏実や、ルピナスを失いたくないわ」

凛と透き通った声で紅い瞳の少女が言った


515 : 名無しさん :2014/04/25(金) 00:22:30 RRsa/SZ20


前へ、前へと突き進もうとする意思に反して、舩坂の身体は徐々に後退してゆく。
異世界の化物と張り合える舩坂の異常な怪力を、ミロの魔法が上回ったのだ。
舩坂が押されている主な原因は、肉体の負傷とミロの怒り。
ミロはとても傲慢な性格だ。
鱗や皮膚に絶対の自信を持っていたのもそうだし、初対面の相手を部下扱いすることも、それをよく表している。
その鱗が切り裂かれ、腕を切り取られ、あまつさえ最強の必殺技まで刀一本で受け止められる醜態を部下の前で晒してしまった。
人生最大の屈辱だ。このまま一方的に負けるということは、彼のプライドが許さない。
怒りは負の感情だが、それは時として生物を成長させる。
ミロは生まれて初めて勝利を狂おしい程に渇望して、内に眠る才能を更に開花させた。
姿形は変わらずとも、彼の放った魔法は中級魔法から、上級魔法に進化していたのだ。

「ゆるさない! このまま殺して「喝!」

船坂が吼えた。
大日本帝国の英雄に、二度の敗北は許されぬ。
既に幾つもの骨が折れ、身体が悲鳴をあげているが、そんなことは関係ない。
これは己が矜持を掛けた男の戦。先に諦めた者が、敗北者となるだろう。
肉体は負傷しても修復すれば良い。今までもそうして幾つもの戦場を駆け抜けてきたのだ。
ゆえに大日本帝国の軍人、舩坂弘はただ勝利だけを求めて前進する。

「あ、ありえない」

つい先程まで押されていた男が、肉を撒き散らしながら雷を斬って走っている。
あまりにも現実離れした光景を見て、ミロは僅かに狼狽えた。
もっとも、雷を切った男は過去にも存在しているのだが。
雷切という刀をご存知だろうか?
インターネットで検索するとカ○シ先生が出てきたり、11ey○sを思い浮かべたりする人もいるだろうが、実在する刀だ。
元の名は千鳥。とある武士が雷を斬ったから、雷切。
舩坂の想像を絶する行動も、その逸話を再現したに過ぎない。

「くるな!」

正真正銘の鬼神を見たミロは、魔法の威力を高めようと精一杯に力を込める。
彼を支配する感情は恐怖。
死に恐怖を感じるのは生物として当然のことだ。それはゴドゴラス家の正統後継者であれど、変わりない。
敵対する龍人の必死な形相を確認して、船坂は自らの勝利を確信する。
戦に敗北するのは、先に精神が折れた者だ。
いくら強大な力を有していようとも、敵に恐怖を抱いた臆病者が勝利することは出来ない。
己が勝利を疑わない船坂の刃がミロの首筋に届くまで、あと数メートル。


516 : 名無しさん :2014/04/25(金) 00:23:19 RRsa/SZ20



「……おかえり、舞歌」
「ただいま、ユキ。……なんだか、こうして話すのも久しぶりね」

水芭ユキと朝霧舞歌。
親友だった二人の再会は、皮肉にもワールドオーダーが用意した催しで果たされた。
処刑対象の空谷葵が参加していて感謝したのは“クロウ”だが、“朝霧舞歌”もこの瞬間ばかりは、ワールドオーダーに感謝するべきなのかもしれない。
この場に尾関夏実がいれば、運命の赤い糸とでも言って狂喜乱舞していただろう、彼女が。

「うん。それにしても、随分と普通の態度だね。
私たちは一生懸命舞歌を探して、お父さんに怒られても頑張ったのに。
だいたい、舞歌と私は友達なのに、どうして大切なことに限って教えてくれないのか、わからないよ。
もしかしてまだ罰ゲームでかき氷を奢らせた時のことを……」

ユキはムスッとした態度で長々と説教を始める。
再び独りぼっちになることを恐れる彼女は、行方不明になった友人を探そうと様々な無茶をしていたのだ。
時には、ルピナスと怪しげなバーに通って情報を集めたり。
時には、誘拐事件が起こるたびにルピナスと犯人を探したり。
時には、ルピナス、亦紅、ミルと四人でブレイカーズの支部まで乗り込んで、後から心配して様子を見に来た千斗に三人(亦紅だけ適当な言い訳をして逃れた後に支部長を退治してた)で説教されたり。

そうして舞歌が連れ去られそうな場所をルピナスと協力して手当たり次第に探しているうちに、一年はあっという間に過ぎていた。
ルピナスは『これが青春なんだね!』とわけのわからないことを言っていたが、ユキにとっては迷惑な話である。
もっとも、彼女はそれが原因で説教しているわけではないのだが。

(相変わらず、不器用な子だわ)
昔と変わらないユキの態度に、クロウは顔を綻ばせる。
それを見たユキは、頬を膨らめて何か抗議しようと口を開いた。

「むぐっ!?」

(――私としたことが、久し振りだからすっかり油断していた。
 舞歌は夏実に負けず劣らず、過剰な愛情表現をすることがあるんだ。
 それも私やルピナスが落ち込んでる時に限って、こうやって抱きしめてくる。
 ってゆうか私はいつまで舞歌に子供みたいな扱いをされるんだろう……)

舞歌に抱きしめられてユキの顔が赤くなる。

「ごめんなさい、ユキ。けど、貴女たちを巻き込みたくなかったし、私が人外になったことを知られたくなかった。それが本音だわ」
「喜びも悲しみも分かち合うのが友達だって、夏実が言ってたよ」
「ええ。けど、今の私はクロウ。悪党商会に所属しているならユキも聞いたことあるでしょう?」
「うん。それは名簿で気付いてたよ。悪党商会だけ襲われないのは変だと思ってたけど、舞歌がクロウなら納得。それでも私は、舞歌を退治しないけどね」
「不殺主義で有名な貴女がクロウを見過ごすの? 面白い話だわ」

「そっ、それは舞歌だって悪党商会を見逃してるからだよ。それに私は、友達と戦いたくない」
「私も同じ理由だわ。貴女が大切にしている悪党商会を襲う気にはどうしてもなれない。……割り切って生きるのって、難しいのね。
 それと貴女、孤児でしょう? 私も両親を殺されて孤独になったけど、変な偶然ね。ルピナスも自分は捨て犬と言っていたわ。
 とりあえず再会祝いに貴女に力を貸すわ、ユキ。説教を聞くのはあそこの化物を斃した後よ」

「それなら私にいい作戦があるかもしれないし、ないかもしれない」
「どっちよ。いつまで不貞腐れてるの、ユキ」
「あるひょ。とりふぁえずほっぺ引っ張るのやめふぇ、いふぁいから」
「相変わらず可愛いわ」


517 : 名無しさん :2014/04/25(金) 00:23:51 RRsa/SZ20


船坂の刃がミロの首筋に届くまで、あと数メートル。
己が勝利を疑ったミロの魔法は、船坂にとって紙切れ同然の脆さとなっていた。

「止まれ止まれ止まれ――!」
「諦めろ。厳然な実力差とはこういうものだ」

甘やかされて育ったミロは自分が殺される覚悟など決めていない。
数々の死線を潜り抜けてきた軍人の船坂は戦死する覚悟など、とうの昔に完了している。
それが彼らの明暗を分けた。
必殺技と刀の真っ向勝負で破れ、怖気づいた時点でミロの敗北は決していたのだ。

「!」

されど、この戦場に立つ者は彼らだけではない。

足元が凍てつくような感触を覚え、船坂の猛攻が止まった。
何事かと咄嗟に地面を眺めると、大量の雪が彼の進路を阻むように積もっていたのだ。
その先に居る犯人と思わしき少女を一瞥して、船坂は舌打ちする。


「……間に合って良かった。
 ひとりよりふたり。ふたりよりさんにん。さんにんより、もっとたくさんだよね。ミロさん」

ミロの安全を確認したユキは、地面から手を離すと堂々と立ち上がった。
船坂から感じる殺気は途轍もなく強大なものだ。
茜ヶ久保と互角程度に戦えるユキでも、こうして船坂と対峙しているだけで全身が震えそうになる。
雪で足止めが出来たのも僅か一瞬。
今度は身動きの取れるユキに標的を変更して、船坂は疾走する。

「舞歌!」

鬼神の如き形相で迫る船坂を確認して、ユキが叫んだのは親友の名前。
その叫び声に反応して現れたのは、新たな乱入者だ。この暗闇ではよく見えないが、舞歌という名前から女性だろうと船坂は推測する。
彼女が視界ギリギリの場所で呆然と立ち尽くしているのを一瞥して、不意打ちを狙っていると船坂は分析。
ミロに気を取られていた先の不意打ちは見事に嵌められたが、大日本帝国の英雄に同じ手段は二度も通用しない。
彼女たちの策略を見破った船坂は、より近くに佇む乱入者を優先して排除することに決める。

「――――」

それでも乱入者は動かない。
船坂は長松のように数多の罠を用意して待ち構えているのかと考えるが、乱入者が持っているのは剣のみ。これでは罠を用意しているとも思えない。
このまま船坂が突っ込めば、船坂と乱入者の真っ向勝負となる。
乱入者はよほど自分の腕に自信があるのか。もしくは、ただの阿呆か。
どちらにせよ、船坂がやることは変わらない。このバトルロワイアルに参加している者たちを斬るだけだ。
一騎打ちの勝敗は一瞬で決する。白髪の少女が不意打ちをする暇もないだろう。

「チェりゃぁぁああ――――――!!」

唐竹割り。
ガルバインを葬った技を呆然と佇む乱入者に叩き込んだ。
渾身の一撃を受けた乱入者の頭部はパキリと砕け散り、周囲にクリスタルのような粒子が舞う。
その手応えは人間というよりも、固形物だ。コンクリートを砕いた感触によく似ている。

「もしや……ッ」
船坂が気付くと同時に背後から氷の刃が彼の心臓を穿った。
それこそが真の乱入者、クロウだ。
付近の木陰に潜んでいた彼女は、船坂がクロウを象った氷像を砕いた直後に移動を開始。
吸血鬼の優れた身体能力と暗闇でもよく見える瞳を持つ彼女が瞬時に船坂の背後をとるのは、造作も無いことだった。

「作戦成功だわ、ユキ」
喜怒哀楽の様々な感情が混ざったような表情でクロウは報告した。
作戦の成功は喜ばしいことだが、鴉の指摘が頭から離れない。
親友と共闘しても、それすら吸血鬼の本能に従って人殺しを愉しんでいるだけではないか?
表向きは平静を装っていても、彼女の内面はそんな不安で満たされている。

「ユキ。今の私は笑っている?」
「笑ってないよ。クロウの噂は間違いだったみたいだね」
「そう。それは良かったわ」

“朝霧舞歌”は素直に笑う。
“クロウ”が殺人をしたのに笑っていない。
その事実が嬉しくて仕方がなかった。

(この変化は忌まわしき“クロウ”が死んで“朝霧舞歌”が蘇った。そう受け取っていいの?)

朝霧舞歌は自分の中に存在する吸血鬼が嫌いだ。
彼女は人間だった頃の思い出を捨て切れていない。
吸血鬼の“クロウ”はいつしか人間の“朝霧舞歌”に戻りたいと密かに考えている。
憎しみから始めた殺人が、快楽を満たすための行動に成り代わっている。
それを気付いた時に、“吸血鬼”の彼女は自分がとんでもない“人間”なのではと思い悩んだ。
そうこの朝霧舞歌の心は人間の頃から変わっていないのだ。
自分を蝕む“クロウ”が死んで“朝霧舞歌”が蘇る。
それは彼女が無意識的に求めていた理想の展開だった。


518 : 名無しさん :2014/04/25(金) 00:24:24 RRsa/SZ20

「これで私も夏実やルピナスに顔見「舞歌、危ない!」

そんな彼女の夢物語を壊すのは鬼神、舩坂弘。
しぶとく生存していた彼は、油断している舞歌を容赦無く斬り掛かった。
それを阻むように表れたのは雪の壁。
だが、そんなものは無意味だと言わんばかりに船坂はそれごと舞歌を斬る。

「感謝するわ、ユキ。貴女のおかげで致命傷は避けられた」
雪の壁が崩れて舞歌の姿が現れる。
雪で威力が落ちた船坂の攻撃を咄嗟に腕でガードに成功した彼女は、両腕に大きな傷を残して戦場に立つ。
ユキのサポートがなければ今頃彼女はミロよりも酷い惨状になっていただろう。
両腕に大きな痛みを感じながら、舞歌は船坂と相対した。
彼女はまだ戦える。今は自分に出来ることをやるだけだ。



「ユキがたすけてくれたのか?」
「うん。あそこにいる、舞歌と一緒にね。それでミロさん、改めてお願いがあるんだけど……」
「なんだ?」
「私たちと一緒に戦ってほしいんだ。だからその、もう一度さっきの技を使ってくれたら嬉しいなって」
「おやすいごようだ。一緒に戦うぞ、ユキよ!」

一緒に戦う。
出会ったばかりの頃と同じ言葉を、当時よりも力強くミロは叫んだ。
この戦でミロはユキに守られ、ユキはミロに守られている。
それが二人の距離を縮め、互いの信頼を高めたのだ。

「こんどこそ負けないぞ!」
再度発動される雷の魔法。
一度対処された技を二度も使うなど、愚の骨頂だ。
船坂は前回のように雷を切るべく鬼斬鬼刀を構えた。

(ミロさん……がんばって)
自分に出来ることはもうやり尽くした。
ユキはミロの勝利を祈る。

「残念ね、軍人。勝つのは私たちだわ」
舞歌は船坂に勝利を宣言した。
これまでに幾人もの吸血鬼を殺してきた彼女だからわかる。
どれほど人間を超越した存在でも、氷の刃と雷の攻撃を連続で受けて平気でいられる生物など存在しない。
船坂と戦っていた彼女は後方に跳躍して、魔法が及ぶ範囲から撤退する。

「な、に!?」
想定外の展開に船坂は目を見開く。
以前は受け止められたミロの雷魔法が、鬼斬鬼刀を無視して彼の全身を襲ったのだ。

「水は電気をよく通す。これで死ななければ、吸血鬼以上の化物ね」

舞歌を助ける際に、ユキは能力で雪の壁を作り出している。
彼女の行動を船坂は子供の悪あがきと判断して盛大に砕いてしまった。
雪の塊が破壊されれば雪が飛び散り、溶けた雪は水になる。
自分が水で濡れていることに気付かぬまま雷に挑んだ船坂は、為す術もなくその餌食となったのだ。


「まりょく切れだ」
数分経過。
ミロの魔力が切れた。魔法が強制的に中断される。
一層悍ましさを増して舩坂弘の姿が現れた。
それは生きる屍だ。常人であれば致命傷になり得る傷を負いながら、彼は生存していた。

「とんでもない化物ね。少しはバランスを考えて参加者の選定をしてほしかったものだわ」
愚痴を零した舞歌は空を見上げる。
そこに広がるのは月と星々が彩る夜空だ。
流れ星でもないかと探してみるが、やはり見つからない。
彼女はふぅっとため息をつくと震えるユキの肩を叩いた。


519 : 名無しさん :2014/04/25(金) 00:25:11 RRsa/SZ20

「この化物は私が始末するわ。ユキは今すぐ逃げること」
「え? どうして急に、」
「役割分担よ。私はこの化物を殺すけど、ユキには夏実とルピナスを守ってほしいわ。
 もう相手の命は風前の灯火。一人で勝てる相手に三人で挑む必要なんてないじゃない。
 それに夏実とルピナスを探すにしても、集団より手分けをして探した方が効率がいいわ」
「それは、そうだけど……」
「一人で残る私が不安?」
「うん。また勝手に消えたりしないよね?」

「当然よ。このリボンに誓うわ。私はもう勝手にいなくなったりしない。
 だって“朝霧舞歌”はここから脱出して、貴女たち三人と旅行や花見を楽しみたいもの。
 その時はこのリボンでより可愛くなった貴女を堪能したいわ」

そう言って舞歌は髪のリボンを解くと、ユキに渡した。
ユキはそれを受け取るとデイパックに仕舞う。

「そうゆうのを死亡フラグっていうんだよ。もしホントに死んだら、お墓の前で説教してあげるから、覚悟するといいよ」
「死なないわ。吸血鬼は不死身なのよ」
「……指切りげんまん」
「懐かしい行いね。久しぶりにやるのも悪くないわ」

ユキと舞歌は互いの指を結ぶ。
約一年ぶりにする指切りげんまん。
それは四人の間で約束をする時に必ずしていた行為。
発案者のルピナスは不在だが、それでも二人は笑顔で行う。

「「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲〜ます、指切った」」

そしてユキとミロは別の場所へ向かった。
まだまだ舞歌と話したい気持ちもある。けど、夏実とルピナスも助けたいから。悪党商会の皆も心配だから。
昔の水芭ユキは無口で無愛想で泣き虫だった。
そんな凍てついた心を溶かしてくれたのは彼女を見守る周囲の人々だ。

(私は絶対に皆を守る。だから舞歌もがんばってね)
今度は自分が彼らを守ろう。ユキは固く決意した。

【B-5 草原/黎明】
【ミロ・ゴドゴラスV世】
[状態]:右腕損傷、ダメージ(中)、疲労(大)、魔力消費(極大)
[装備]:なし
[道具]:ランダムアイテム1〜3(確認済)、基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:ワールドオーダーをこてんぱんにたたきのめす。
1:あらたな部下をあつめる。
2:じゃまするヤツらもたたきのめす。
3:くびわは気にいらないのではずしたい。
4:ユキはしばらくボクの部下としてはたらかせてやる。
5:ワールドオーダーをさがしてボコボコにする。
[備考]
※悪党商会、ブレイカーズについての情報を知りました。
※二人が何処へ向かうのかは後の書き手さんにお任せします。

【水芭ユキ】
[状態]:疲労(中)
[装備]:なし
[道具]:ランダムアイテム1〜3(確認済)、基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:悪党商会の一員として殺し合いを止める。
1:今はミロと共に行動。部下も悪くないかな
2:殺し合いに乗っている参加者は退治する。もし「殺す」必要があると判断すれば…
3:お父さん(森茂)や悪党商会のみんな、同級生達のことが心配。早く会いたい。
4:茜ヶ久保が不安。もしも誰かに危害を加えていたら力づくでも止める。
5:ワールドオーダーを探す。
6:夏実とルピナスを守る。
[備考]
※二人が何処へ向かうのかは後の書き手さんにお任せします。


520 : 名無しさん :2014/04/25(金) 00:25:31 RRsa/SZ20


ユキとミロを見送った舞歌は、ボロ雑巾のようになりながら刀を構える鬼神を見据えた。
彼女とユキが会話をする程度の時間は稼げたことから、先の大技でダメージを受けていることは明らかだ。
心臓を刺して、雷を受けて、それでも戦える程度の余力は残っている。
舞歌の背筋が寒くなる。ユキの前では格好付けていたが、彼女も船坂から尋常でない恐怖を感じていた。

(やっぱり怖いわ。けど、漸く復讐以外で戦う理由が出来た)

もしかしたら彼女は、ずっとそれを求めていたのかもしれない。
復讐を続けるたびに彼女の心は蝕まれた。
殺人に快楽を見出して憎き存在を殺戮する吸血鬼。自分が最も憎んでいた存在に彼女は徐々に近付いていたのだ。
それを変えたのは鴉の一言と彼女の旧友、水芭ユキだった。
鴉の言葉は彼女を悩ませ。
ユキと共闘することで憎しみ以外に戦う理由を見出すことが出来た。
もちろん殺人を愉しむという根本的な問題の解決にはなってはいない。
それでも友達のために力を振るえるというだけで今の“朝霧舞歌”には十分だった。
悩むのは全てが終わってから。今は全力を尽くして相手を殺すことに専念する。

(暴走するのは怖いけど……手加減はなし。全力でいくわ)
デイパックから輸血パックを取り出して一気飲みした。
彼女は吸血鬼。血を吸うことで力を上げる存在。
輸血パックは切り札だ。
暴走の危険があるため親しい人間の前で使う気にはならないが、今は遠慮をする必要もない。

「最終ラウンドよ、化物。あなたはこの“クロウ”が葬るわ」

飲み終えた輸血パックを投げ捨てると、彼女は力強く宣言する。
不思議と今の“朝霧舞歌”は怪物が相手でも負ける気がしなかった。

親友を想う吸血鬼と大日本帝国英雄の戦がここに始まる――!

【B-6 草原/黎明】
【クロウ】
状態:ダメージ(小)、疲労(中)、ダメージ回復中、身体能力上昇
装備:なし
道具:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜1
[思考・状況]
基本思考:吸血鬼や命を弄ぶ輩を殺す。脱出も視野に入れる。
1:軍人を全力で殺す。
2:夏実とルピナスはユキに任せる。
3:空谷葵を探し出して私刑に処す。
4:暴走しないことを願うわ。
[備考]
※客観的に見ても自分が殺人を愉しんでいるらしいことを知りました。
※自分が殺人を愉しんでいる原因は吸血鬼の本能だと思っています。
※輸血パックを飲みました。効果は以下の通り。時間が経てば元に戻ります。
・身体能力の上昇
・傷の回復
・血の気が多くなる
※短時間に血液を飲み過ぎると自我が消失して暴走すると思っています。

【船坂弘】
[状態]:全身に軽度の打撲(修復中)、腹部に穴(修復中)、全身に軽度の火傷(修復中)、心臓破損(修復中)、ダメージ(大)、疲労(中)
[装備]:鬼斬鬼刀
[道具]なし
[思考]
基本行動方針:自国民(大日本帝国)以外皆殺しにして勝利を
1:クロウを殺す
2:長松洋平に屈辱を返す


521 : ひとりが辛いからふたつの手をつないだ :2014/04/25(金) 00:27:11 RRsa/SZ20
投下終了です。
タイトル書き忘れてた


522 : 名無しさん :2014/04/25(金) 00:57:44 V4Zc8lF.0
投下乙です。
夏みかんサイドは波乱だったけど、こっちの親友二人は生きて再会する事が出来たね
それだけに今は亡きルピナスの話も交えるのが何とも切ない…
親友と再会して覚悟完了したクロウこと舞歌ちゃんには頑張ってほしいな
しかし船坂さんはマジで化け物じみたしぶとさだな…w


523 : 名無しさん :2014/04/25(金) 21:03:37 pSvhiPiA0
投下乙です!
普通ならクロウの勝利だろうけど、船坂さんはまじで何したら死ぬんだろうな


525 : ◆dARkGNwv8g :2014/05/02(金) 20:39:05 jxJ3tvRI0
投下します。


526 : Yes-No ◆dARkGNwv8g :2014/05/02(金) 20:40:28 jxJ3tvRI0
「ままー、このたいそうのおねえさん、おかねのことしかかんがえてないよ」

これは本当

「あら、よく分かってるじゃない実花子。あなたのそういう鋭い所、私好きよ」

これは、嘘
でもそれでもいい

「わたしもおかあさんだいすき!」

そう、これは本当


◆◇

人を探しがてら、夜道を休み休み歩き続けて、遠くから聞こえる破壊音と思しき轟音に怯えながら
か弱い少女の脚で、それでも病院を出発してから少なくとも二時間以上は経っただろう。
私は市街地の外れまで来ていた。

(どうしたらいいのかなあ――)
すっきりしない気分のまま、私は一時立ち止まってこれから何処へ向かうか考えることにした。

『ゲームに乗っていますか?』と尋ねて、乗っていないと嘘をついた奴には銃弾をお見舞いし
本当に乗っていない人ならば守ってもらう。この折角のアイディアを実行しようにも
病院で変てこな女探偵と出会ってから後、私は一人の参加者とも遭遇できていなかった。

このまま進んで橋の向こうの施設を目指すか。研究所とか、首輪を調べる人が集まってるかもしれないし。
それとも引き返してもう一度街中を探してみようか。例えば「殺し合いの最中に映画を見る奴なんているわけない」と
スルーした映画館とか、向こう側の住宅街とか、あの探偵のいる病院には戻りたくないが――

「あー!もう!!」

思わず口に出して悪態をつく。しかしそれでも、私の中に蟠ったイライラは一向に軽減しなかった。
この蟠りの原因は判る。あの変てこな探偵だ。
自分の能力を活かせると上々だった私の調子は、あいつに会ってすっかり狂ってしまった。

◆◇

人の心が読めることを他人に知られてはいけないと何時気がついたのか。
きっと生まれたときから、少なくとも物心ついたときにはもう、私は本能で知っていた。
自分に読心能力があることを悟られてはいけないと。

それでも子供の頃、二回だけ実験したことがある。
自分の能力を人前で使ったらどうなるか。一度目は他人である保育園の先生、二度目は身内である母親で。

そのさり気ない実験で、私は自分の危機感が思い過ごしではないことの確証を得た。
男との情事を指摘されて青ざめた先生の顔、そして「あなたのそういう鋭い所、私好きよ」と口で言う母の心中に過った
(気色悪い子)という思考。それは私に金輪際他人に能力の秘密を明かすまいと決心させるに充分な実験結果だった。

以来、私は読心能力の秘密を隠し続けてきた。
心を読む力があると知られたら、私は人間社会の中から排除される。
本当の自分を隠し続けるのは孤独だったが、どうということはない。
大体この世に100%の自分を曝け出して生きている人間などいないということは、人の心が読める私が一番よく知っている。

この能力は、私にとっては厄介な宿痾のようなものだった。
実際、この能力があって得したことと蒙った心労その他の損害を比べたら、きっと損のほうが多いだろう。
極力心を読むまいと努めていても、ふとしたはずみに他人の心が読めてしまうことがある。
そのせいで私は、生徒に邪な欲望を抱く教師の心中だの、成績のいい他の子供の家庭に嫉妬する保護者の心中だの
読みたくもないものを勝手に読まされてきた。
それでも表面上はそれを顔に出さず、普通の生活を演じ続けていたのだから我ながら大した精神力だと思う。
対して良かったことといえば、まあ、友達の心を読んで上手く人間関係を立ち回ることができたとか、そのくらいだ。
しかし、人付き合いの上手い者ならその程度のこと、超能力などなくても普通にできるだろう。
或いは占い師になるとかスパイになるとか、そんな方面なら力の活かしようもあったかもしれないが
生憎私は平凡な家庭に生まれ平凡な学生生活を送る普通の少女だったし、敢えてそんな世界に飛び込もうと思わない程度には
自分に与えられた環境に満足していた。


527 : Yes-No ◆dARkGNwv8g :2014/05/02(金) 20:41:07 jxJ3tvRI0
だから数年前、小学生高学年の頃に読心能力が薄れてきた時には真っ先に喜んだ。
自分の人生を煩わせるものが一つが消えるのだと、素直に嬉しかった。

だが、能力が減衰するにつれて、私は喜びと同時に
一種の空しさを感じるようになっていた。

心を読む能力は、別に私が望んで得た力じゃない。
しかしこの力は、間違いなく私を、初山実花子という人間を構成する要素の一つだった。
その力が何の役にも立たないまま私の人生から消えていくのは
まるでこの力のせいで私が人知れず傷ついたり、孤独だったりした記憶までが無意味なものとされていくような
なんとも言えない空虚さを私に感じさせた。

だからこの殺し合いに巻き込まれた時、こう思った。
能力が完全に消えてしまう前に、自分の読心能力を活かすことのできる、これは最初で最後の機会だと。
人間社会では忌避されるだけのこの力も、殺し合いという舞台でなら有意義に使うことが出来ると。
力はすっかり弱って今は嘘の判断くらいしかできないが、その正確さには自信を持っていた。
今こそこの力を使って生き残る。それが自分にこの能力が与えられた意味なのだとすら思った。


しかし最初に出会った探偵によって、私の自信は脆くも打ち砕かれた。

◆◇

あのピーリィと名乗った女探偵は、私の能力への信頼を見事に解体してみせた。
悔しいが、私も自分の嘘か本当かを見分ける力の弱点を認めざるをえない。

第一に、「この発言は嘘である」と言ったような矛盾した発言には対応できない。
これは私の嘘発見能力が元々読心能力由来のものなのだから、まあ当然と言えば当然だろう。
嘘・本当の部分で引っかけようとしている相手の思考になど対処できるわけがない。

第二に、発言する相手の認識が狂っていた場合。
『殺人』を『現世からの救済』だと思い込んでるキチガイがいたとして
そいつに「(自分の行っていることは殺人ではなく救済なので)殺人などしない」と言われると
私はそいつが本当のことを言っている=危険人物ではないと判断してしまう――可能性がある。
或いは「ゲームに乗っていない」と本心から答えた奴が、「バトルロワイアルのルールには従わないけど人は殺す」と思っていたら
私の判断能力はそれに対応できない――可能性もある。

第三に、「昨日は剃刀を喰った」のケース。
あれだって落ち着いて対応していれば、私は正しく判断できたはずだ。
それができなかったのは、私に「カミソリが食えるわけない」という思い込みのバイアスがかかっていたからだ。
私の思い込みと知識不足(悲しいかな私は平凡な中学生なのだ。短い人生で学んだ知識など高が知れている)によって
嘘か本当かの判断を誤る場合もある。
つまり相手の認識だけでなく、私自身の認識の錯誤によって正しい判断が下せなくなることも有り得る――その可能性がある。


こうして見るとまるで欠点だらけのようで、私は思わず溜め息をついた。
しかし、と気を取り直す。この様なケースは例外で滅多にある事ではないはずだ。
万能でないからといって、私の能力が役立たずということにはならない。

それに、あの探偵の説明を聞いても腑に落ちない点がある。
彼女が最初に言った「ζ(s)の自明でない零点sは、全て実部が1/2の直線上に存在する」という発言。
私はいつも通り相手の心を読んで嘘か本当か判断したつもりだったのだが、探偵曰くこれはリーマンだかパーマンだか言う
探偵自身にも判らない、それどころか世界中でまだ誰にも真偽の判定がついていない数学上の大問題だったらしい。
しかし私にはこれが本当か嘘か判った。何故だろう? 発言した本人が判らないのなら、私に判るはずがないのに。
「ζ(s)の自明でない零点sは、全て実部が1/2の直線上に存在する」、これは本当か嘘か、その答えは――――


「おい、娘」
「は?」

突然『上』から声をかけられ、物思いに沈んでいた私は思わず頭を上げた。

見上げると、上空に頭から角の生えた青い顔の男が浮かんでいた。


「――――えっ、な、何!?」
「魔王である」


528 : Yes-No ◆dARkGNwv8g :2014/05/02(金) 20:41:50 jxJ3tvRI0

◆◇

「その様子だと、お前は我が世界を知らぬらしいな」

男が道路に着陸するのを、私はスパス12を構えるのも忘れて馬鹿みたいにポカンと口をあけて見ているしかできなかった。
最初の大広間で見た時から異様だとは思っていたが、こう実際に遭ってみると異様どころの騒ぎではない。
超能力がある/ないといった次元どころの話じゃない、もっと非常識な存在が、今私の目の前に降臨していた。
あの魔法や超能力の存在を否定していたピーリィ・ポール探偵がここにいたらどうしただろう? 腰を抜かして驚いただろうか?
――いや、あの女はこの光景を見せられたとしても、あの亜細亜が全部沈没してしまったかのような仏頂面を崩さない気がする。

「一応聞いておこう。娘よ、私を知っているか?」

角男に聞かれて、私は口がきけないまま、ふんばっふんばっと首を横に振った。

「ウム、では本題だ。娘よ、我が質問に答えよ。
 ―――お前はミルという科学者を知っているか?」

ミル? 確か名簿にあった名前だ。科学者なのか。
私にとっては一面識もない、名も知らなかった人物だ。おずおずと首を横に振る。

「そうか。では、黒い鎧を纏った騎士、緑色の肌をした巨人、白衣を着た人間の少女。この内の誰かをここで見た事があるか?」

いずれも見たことがない。私はまだあの変てこ探偵にしか会っていないのだから当たり前だ。
というかそんなバラエティー豊かな面子が集められてんのか、このバトルロワイアル。

「そうか」
私が三度首を横に振ると、角男は急に私への興味を失ったようだった。
(あ、あれえ? 私、助かった?
 ……そもそも、この魔王って私を襲うつもりなかったの?)
男の異様な姿と登場の仕方に度肝を抜かれていた私も、ようやく普通に頭が回るようになってきた。
角男はこれ以上私に関わる気はないのか、私に背を向けた。
次の目的地へと飛んでいくつもりなのか。

この男に敵意がないのなら
私を攻撃する気がないのなら
異様な姿でも言葉が通じるのなら
尋ねてみようか
この男に

『ゲームに乗っていますか?』と


いや、余計な質問をしてこの男を刺激したらどうする。
怒らせでもしたら、それこそ薮蛇だ。
このまま私が大人しく黙っていれば、この魔王は私に何もせずにこの場から去るだろう。

そのほうがいいのではないか?
余計なことをしてリスクを背負うより、このまま去ってもらったほうが――


 ――止めはしない。だが、忠告しておくぞ。僕にやった事を続けるようなら――
 ――死ぬよ――


「!!」

瞬間、あの探偵に最後に言われた言葉がフラッシュバックした。

ここで尋ねなかったら、あの探偵に負ける気がした。
だから、私は証明したかった。舞台に上がることを拒み、勝手に退場したあの探偵より、自分は正しい道を歩いていると。
あの時、違うと思った、その感情を。

「あっ、あのッ!」

口から出た自分の声は、どうしようもないほど上ずっていた。

「あなたはゲームに乗っていますか?
 ――ゲームってのはつまり……ここで殺し合いをする気がありますか?」


完全に後ろを向いて今にも宙に浮かぼうとしていた魔王は、私の質問を聞いて振り返った。


529 : Yes-No ◆dARkGNwv8g :2014/05/02(金) 20:42:33 jxJ3tvRI0
「笑止。私にこんな催しにつきあっている暇はない。
 さっさと首輪を外してこの世界から抜け出す。それだけが私の目的だ」


この発言は……『本当』だ。
魔王は一つも嘘をついていない。
ほっとした。とりあえず今の所は、この魔王は私に危害を加えるつもりはないらしい。

だから安心した私は、今の発言で気になった部分を更に突っ込んで尋ねてみることにした。

「この世界から抜け出すって、そんなことができるんですか?」
「無論だ。時空操作魔法の一つや二つ、出来ずして何が魔王か。
 この忌々しい首輪さえなければ、今すぐにでも我が世界に還るものを」

これも……『本当』だ。
つまり魔王が思い込みや勘違いをしていない限り、彼は今すぐにでもこの島の外へ出る手段を持っている――
ということだ。今の口振りからすると魔法で別の空間と行き来ができるらしい。魔王だもの、そういうことも可能なのだろう。

首輪がなければ――それで思いついた質問を口にする。

「ひょっとしてさっき尋ねたミルって人……
 その人ならば、この首輪を解除することができるんですか?」
「ミル博士は極めて優れた科学者との報告を受けている。
 この首輪が貴様らの世界の技術で作られたものならば、ミル博士なら解明できるであろう」

これも『本当』。
つまりそのミルって人は首輪を外す手段を、このディウスって魔王は島の外に脱出する方法を、それぞれ持っているのだ。
つまり魔王ディウスに同行し、ミル博士を見つけることができれば――
――そうすれば、私もこのバトルロワイアルから脱出することができる。

見つけた。
生還への糸口を。


「さて、それでは――――」
「まっ、待って!待ってください!」

再び背を向けようとした魔王様を必死で呼び止める。
ここからが本当の正念場だ。
奇跡的に掴んだ脱出のチャンス。ふいにしてなるものか。

「私も!私も連れて行ってください!きっと魔王様のお役に立てると思います!」
「……役に立つ? 貴様のような人間の娘がこの魔王の役に立つだと?」

魔王が氷のような冷たい目で私を見据える。
その視線に威圧され屈しそうになるけど、私は勇気を奮い起こした。
今は自分を売り込むことだけを考えろ。私の利点、『他人の言葉の真偽がわかる程度の能力』のことを。

「私、人の言葉の真偽を聞き分けることができるんです。
 聞いただけで、その人が本当のことを言っているか、嘘をついているかが判るんです。
 魔王様はこれから、ミル博士と首輪を外すために交渉するわけですよね?
 その時私がいれば、きっと魔王様に有利なように交渉を進めることができると思います」

魔王は無表情なままで私を見ている。
だからここでもう一押し、私は最後のカードを切ることにした。

「それに私、真偽を聞き分ける能力があるからわかったんです。
 ワールドオーダーってこの殺し合いを開いた奴、あいつが最初の大広間で言った発言には幾つもの嘘がありました。
 嘘をついたってことは、その誤魔化した部分があいつにとって不都合な、弱点だってことです。
 魔王様にとっても、いきなり拉致してこんな事に巻き込むような奴なんて邪魔ですよね?
 だから、あいつが嘘をついた部分を知ることは、ワールドオーダーを――あの男を……始末する上できっと役に立ちます。
 もしも同行させていただけるなら、この島から脱出する時に魔王様にだけあいつが吐いた嘘の内容をお教えします。どうですか?」

私は必死になって一気に喋った。
途中、ピーリィが言った『あのワールドオーダー自体が偽者である可能性』が頭を過ったが無視することにした。
今は魔王に取り入ることだけを考える。
仮令その結果――魔王がワールドオーダーを殺す手助けをすることになっても。でも、それはあの男の自業自得というものだ。


530 : Yes-No ◆dARkGNwv8g :2014/05/02(金) 20:43:20 jxJ3tvRI0

「だから、だからお願いします!魔王様、私に脱出するお手伝いをさせてください!
 貴方に協力させてください、お願いします!」

そう言って、私は90度の角度で頭を下げた。
魔王がこれ以上黙ったままだったら、土下座していたかもしれない。
殺し合いから生きて還れる絶好無二のチャンスなのだ、恥も外聞も構っていられない。

私が深々と頭を垂れたまま固まっていると
今まで無言で私の話を聞いていた魔王が、ようやく口を開いた。


「協力……人間が私に協力か。
 ……よかろう。そこまで言うのならば、貴様に協力してもらおう」


この発言は……
――――『本当』だ。


やった。
魔王の協力を取り付けた。

正直もっと疑われるとか、能力が本物かテストされるとか
そんな展開を想像していたけど、現実は私の予想より遥かにスムーズに進んだ。

勿論まだ全てうまくいくと決まったわけじゃない。
しかし生還できる可能性はこれで大きく上がる。

どうだ見たか名探偵。
私は自分の能力で、自分の力で、未来への道を切り拓いてやった。

「ありがとうございます!」

私は最高の笑顔を浮かべながら、頭を上げた。


◇◆

実花子には何が起こったのかわからなかった。

魔王ディウスの、さほど力を篭めたとも思えない、しかし常人の目には留まらぬ速度で横薙ぎにされた拳が
頭を上げた瞬間の実花子の頭部側面を打った。
頭だけ猛スピードのトラックにぶつかったといった様子で、実花子の脳は彼女の身に何が起こったのか認識するより早く
痛みを感じることさえできない一瞬の間に、脳を護る頭蓋骨と共にひしゃけ、砕き潰された。
衝撃で飛び出た目玉、折れた歯、割れた頭蓋からはみ出た脳髄の一部などが宙を舞った。
その衝撃で同時に頚骨も完全骨折し、首周りの血管、筋肉、皮膚も一気に千切れ飛んだ。

ディウスの一撃によって吹き飛ばされた初山実花子の頭部は、近くの建物の壁に激突し、血と肉の染みとなって悪い冗談のように飛び散り
広がった。壁にへばり付いた赤いペイントの中で、その中から生えた新種の苔とでもいった風に黒さを強調しているポニーテールの髪の毛
だけが、それがかつて人間の頭部であったことを示していた。

脳を失ってデタラメに痙攣を始めた実花子の手足を押さえると
ディウスは血を噴出させ続けている千切れた首の下に光る首輪を取り外してバッグに仕舞った。

「これでミル博士への土産が出来た」

それだけ言い残すと、まだ痙攣を続けている実花子の死体には目もくれず
ディウスは再び空へと飛び上がっていった。


531 : Yes-No ◆dARkGNwv8g :2014/05/02(金) 20:44:31 jxJ3tvRI0


ディウスにとって、首輪を手に入れることの優先度は高くなかった。
彼の目的は第一に脱出のためにミル博士を探すことと部下たちと合流することであり
解除のためのサンプルとしての首輪を手に入れることは、『出来れば』『機会があれば』程度の消極的な目標だった。
しかし都合よく「魔王に協力したい」などという珍しい人間と遭遇したのだ。
ミル以外の人間と協力するなどディウスの発想には無かった。それが向こうから協力させてほしいと申し出てきたのだ。
だから協力させてやった。首輪の供給元として。

娘が語った人の言葉の真偽云々など、ディウスはてんで興味が無かった。
彼にとってみれば人間の如き下等生物に係う気など毛頭無いし、故に人間が嘘をつこうが本当のことを言おうが
そんな事は『羽虫が右に飛ぶか左に飛ぶか』という程度のどうでもいい問題だった。

それに彼は人間の中で唯一、ミルにだけは協力を要請する心算だったが
そのことに関してミルと交渉する気など更々無かった。
『協力してもらう』のではない、『協力させる』のだ。
ミルが自分に協力することは、既に魔王の中では確定事項だった。
人間などという浅はかな生き物は、脱出というエサをちらつかせれば九割は矢も盾もなく飛びつき
自分から進んで協力を申し出るとディウスは確信していた。
もしもミルが残り一割の目先のエサに動かない奇特な人間で、協力を拒んだり、嘘をついてこの魔王を謀ったりするようなことがあれば
その時はそれに応じた処置をして、協力するように仕向けるだけだ。
首輪の解除など、最悪でも頭脳と目と両手さえ無事ならば可能だろう。それなら如何様にでも仕様はある。

また主催者のワールドオーダーやその協力者については現在、彼の部下で異世界に潜入中のサキュバスが探っている。
あれは享楽的でサボリ癖があるのがたまに瑕だが、その探査・偵察能力は確かなものだ。
サキュバスが駄目でも、元の世界に帰れば探索や追跡、隠密行動に長けた部下の魔物など五万といる。
そいつらを異世界に送り込んでワールドオーダーについて調べさせ、目障りならば暗殺すればいい。
要するに、元の世界にさえ帰ることができればどうとでもなる。
人間の小娘の読心術などより、部下の魔物の能力に信頼を置くのは彼にとって当然のことだった。



「無駄な寄り道だったが、首輪も手に入れたし、好しとするか」
そう独りごちながら、ディウスは橋の向こう、研究所を目指して飛び去る。

その後を追うように昇ってきた太陽の、不気味なほどに赤い朝焼けが
血の海の中で動くのを止めた首のない少女の死体を赤く照らしていった。


【初山実花子 死亡】

【C-7 街外れ/早朝】

【ディウス】
【状態】:健康、魔力消費(小)、飛行中
【装備】:なし
【道具】:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3個、初山実花子の首輪
[思考・状況]
基本思考:首輪を解除して、元居た世界に帰る
1:ミルを探し出して、保護する。
2:暗黒騎士、ガルバインと合流する。
3:サキュバスに第一回放送後に連絡する。
4:研究所へ移動し、何らかの資料がないか探索する。
※何者か(一ノ瀬、月白)が、この場から脱出したことに気づきました。
※ディウスが把握している世界にのみゲートを繋げることができます。

※初山実花子の支給品一式がC-7 街外れに放置されています。


532 : ◆dARkGNwv8g :2014/05/02(金) 20:44:56 jxJ3tvRI0
投下終了です。


533 : 名無しさん :2014/05/02(金) 20:54:05 vGokUwak0
*投下乙です。
>第二に、発言する相手の認識が狂っていた場合。
まさにここが仇になったよなぁ…
真偽の能力は交渉で優位性を発揮するとはいえ、相手との認識の違いに対応出来ないのは痛い
魔王相手に真っ当な意思疎通が図れる筈も無かった


534 : 名無しさん :2014/05/02(金) 21:12:05 e/qH8i8Q0
投下乙
C-7ってことはもう他の参加者と合わないで研究所まで直通するのもありえるな
はたしてディウスさんはこのまま順調にミル博士に出会えるのか


535 : ◆C3lJLXyreU :2014/05/03(土) 05:54:26 u3HwWgfw0
遅刻して申し訳ないです!
投下します


536 : 名無しさん :2014/05/03(土) 05:55:44 u3HwWgfw0
「っち、もう食料切れか」
支給された食料を貪っていた道明は顔を顰めて空袋を放り投げた。
成人男性が食べて二〜三日分は量がある食料も、大食いの彼には全く足りない。
苛立ちを募らせた道明は眠っている榊を一瞥して、彼のデイパックから食料を奪い取った。

「あんたが起きるの遅いから悪いんだぜ、榊さんよぉぉぉ!」
むしゃりむしゃりと盗んだ食料を豚のように頬張る。
罪悪感はない。榊を助けた自分が相応の対価を得るのは当然だと考えているからだ。
ひと働きした後の食事は普段よりも数倍おいしく感じられた。
この食料はキンキンに冷えたコーラやツマミのポテチと比較して質素なものだが、他人の不幸という最高の隠し味がよく効いている。

「アーヒャッヒャッヒャッヒャ! 他人の不幸で飯が美味い。正にメシウマ!」

ダークスーツの男とオデットを殺した光景を思い返すだけで笑いが止まらない。
道明にとって他人の不幸は最高のスパイス。蜜の味だ。
匿名掲示板で著名人を不幸にした時を超える快感の波が彼に押し寄せる。
通り魔が幸せに生きる人々を殺害する事件を愉快に感じる彼は、心の奥底で密かに殺意を燻らせていた。
決して我慢強い分類には入らない道明が殺意を抑えていたのは社会の掟に背き、逮捕されることを恐れていたからだ。
現実はゲームと違い、少し他人を殺すだけで法に裁かれる。それでも罪を犯す輩はいるが、それで人生を台無しにするほど道明はサイコパスでもない。
目の前で呑気に眠っている榊も法の番人だ。未だに目が覚めない彼を見て警察も軟弱なんだなと道明は嘲笑した。

「ワールドオーダーとかいうゲームマスターはプレイヤーごとのバランス配分も考えないクソッタレだけど、ルールだけは面白い。
 いやそもそも、ルールなんてねえ。これはルール無用のデスゲームだ。他者を踏み台にして、騙して、窃取して、裏切って、そして殺す。
 ここにはキリトみたいなご都合主義の主人公もいねえ。警察の介入もねえ。他人を殺すのがゲームの趣旨なんだから、これはもう殺戮するしかねぇよなぁぁああ!?
 PKすら出来ないクソゲーの開発者共はワールドオーダー様を見習えよ。これが新時代のゲームだぜ、アーヒャッヒャッヒャッヒャ!」

それは歓喜の叫び。
バランス配分がおかしいと不満を垂れ流しながらも、ボスクラスの性能を持つ二人の強者を葬った道明はこのゲームはスペックが低くても生き残れると確信していた。
どんなネットゲームでも火力だけ高いのでは意味が無い。重要なのは中身。俗にいうプレイヤースキルだ。
スペックだけ化物級のオデットはそれが足りなかったから死んだし、自分は他者を平気で切り捨てたから生き残ることが出来た。
ルール無用のゲームでは、より狡猾に自分以外の参加者を利用した者が勝利する。
様々なネットゲームを経験してきた道明には他者を利用する方法がある程度わかっているし、生き残るための戦術を考えることにも慣れている。
彼は人生経験に乏しいが、ネットゲームなら伝説のプレイヤーと噂されるほど経験豊富なのだ。

「ふ、ふひひ……バランス配分は滅茶苦茶だが、参加者向けのアイテムを支給してくれることはありがてえ……ありがてえ……」

一通り喜びを堪能した彼が食料を片手にデイパックから取り出したのは一冊のノートと謎の機械だ。
表紙に『組織』構成員リストと書かれたノートを開くとそこには様々な殺し屋の情報が顔写真付きで紹介されていた。

(参加者で一番強いのがヴァイザーとかいうさっきの男。次いで強いのがサイパスと……。あ? こいつ、名前と写真が消されてるじゃねえか)

ヴァイザー、サイパス、××。
バトルロイヤルに参加している上位三人のうち、最後の一人だけが名前と顔写真、更には経歴まで塗り潰されていた。
書かれているのは組織No.3を務めていた殺し屋だということと、少しの特徴のみだ。
誰よりも冷淡で冷酷。サイパスと同レベルで組織に従順な狗。話し合いすら全く通じない男で、出会ったらすぐに逃げろと記されている。
もっとも、現在の彼は改名して怪人を倒したり、愉快な仲間たちとコメディーを繰り広げたりしているのだが、そんなことを知らない道明はヴァイザーやサイパス以上に××を警戒しようと気を引き締めた。


537 : 名無しさん :2014/05/03(土) 05:57:52 u3HwWgfw0

(バラッドは利用出来そうだな。組織同士で潰し合いをしてくれるのは大いに結構だし、サイコパスな面や組織に忠誠を誓っていることもなさそうだ。
 サイパスも組織の構成員には甘いだろうからこいつも利用候補に入れておくか。××は論外だ。情報を見る限り組織の人間と特別仲が良いようにも見えねえ。
 イヴァンとピーターは実際に会って見極めるしかねえ。こいつらは危険過ぎるが、強さだけなら大したこともねえからいざとなれば榊を捨て駒にして自分だけ逃げればいい)

道明は構成員リストを参考に組織の情報を整理すると、謎の機械を操作して画面に表示されたアザレアの名前をタッチ。
命令を受け取った機械は彼の指示に従って、その機体を揺らしながら不気味な動作を開始する。
数分後、トースターのような軽快な音を鳴らして機械から排出されたのは皮だ。役目を果たし終えた機械は小さな音をたてて爆発した。
それを満足気に眺めて道明は衣服を脱ぐと、製造された皮をゆっくりと慎重に着始めた。

「いいフィット感だ。思ったよりきつくねえぞおっ!」
皮の着用を終えてアザレアの肉体を得た道明は、多大な緊張感から流れた汗を拭き取ると水を飲んで一息ついた。
彼は皮のサイズが合わずに破れることを危惧して慎重に着用したが、この皮はどんな体型でも馴染む特殊なものだ。
その代償として一度着ると二度と元に戻ることが出来なくなるが、道明もそれを承知した上で使用している。

「っち、やっぱりぶかぶかだな」

先程脱ぎ捨てたばかりの服を再び着ると、道明は不満を零した。
皮で小柄な少女へ変容した彼の肉体に、肥満体型の男が着ていた服はあまりにも似合わない。
今までは脂肪でパツンパツンだった服やズボンが随分と大きく感じる。このままでは脱げてしまいそうだ。
想定外の事態に若干の焦りを覚えた彼は急いでデイパックを漁り始める。
裸体を榊に見られることに抵抗があるわけではないが、信頼を得るには普通の衣服が最適だと考えたのだ。

(警察の前で着替えるのは気が引けるが、状況が状況だから仕方ねえ。可愛いロリの着替えが見れなくて残念だったな、榊さんよぉぉぉぉ!)
そんなくだらないことを考えつつも道明は桜中の制服に着替えた。
そこに迷いは一切ない。少女の肉体になった道明が少女の制服を着るのは当然のことだからだ。
余談だが下着も変えている。ワールドオーダーが気を利かせたのか、制服に付属されていたからだ。

「今日も素敵ですね、道明お兄様。アーヒャッヒャッヒャッヒャ!」
道明は機械に付属された手鏡で自分の顔を見つめると、頬を赤らめてそう言った。
肉体が別物になっても、人格が変わるわけではない。その笑い方も可憐な容姿からは想像もつかないほど下品なものだ。

「この体なら他人を騙すのも、利用することも簡単に出来そうだな。バラッドやサイパスに出会えば保護してもらえる可能性も高い。
 生き残れるのは一人だけだから、こいつらも用済みになったら最善のタイミングで殺す。俺はヴァイザーを殺したんだ。神童と呼ばれた俺様が策を弄せばどんな化物だって殺せるんだよぉぉおお!」
道明は鼻息を荒くして興奮気味に叫んだ。
現在の彼は神童と呼ぶには程遠い存在に落ちぶれてしまったが、過去の栄光を彼は未だに捨てていない。
世間の人間がなんと言おうが、彼の考える佐藤道明は神童なのだ。

(問題は榊のオッサンだな。今までの行動から察するに、こいつは正義感が強いタイプの人間だ。
 それだけなら利用しやすいから大いに結構だが、そういう人間特有の不殺主義がいらねえ。
 あの時も俺を殺そうとしたビッチを許せ、なんてふざけたことを平然と言いやがって! 向こうが勝手に襲い掛かったのに、どうして俺は報復も出来ねえんだ!
 それに俺が目指すのは最後まで生き残ることだ。一人でも多くの参加者を殺さなきゃならねえのに、榊のオッサンは参加者を保護しようと考えてやがる。
 こいつはヴァイザーのような卓越した技術があるわけでもねえし、他の駒が見つかり次第、隙を伺って適当に切り捨てるか、捨て駒にするのもありか?
 オデットは無駄な動きのない最高な駒だった。榊のオッサンにはそこまで期待してねえが、利用された挙句に裏切られた無能警察官はどんな表情で死ぬのか、気になるよなぁぁああ!)


538 : 名無しさん :2014/05/03(土) 05:59:28 u3HwWgfw0

ちっぽけな人間の悪意はヴァイザーとオデットを殺害したことで数倍にも膨れ上がっていた。
道明は榊の寝顔を覗いてほくそ笑む。

「フヒヒ……呑気な間抜け面で寝てる榊さんよぉぉおお、あんたも俺が骨の髄までしゃぶり尽くしてやるよ。
 ルールブックには他人を利用することが禁止だなんて一切書いてねえからなぁっ!
 どいつもこいつも俺が利用し尽くして! 裏切って! ぶっ殺して! 最後まで勝ち残ってやるよぉぉぉぉおおお、このデスゲームをなぁぁぁあああ!
 アーヒャッヒャッヒャッヒャ!」

体を張って自分を助けようとした男を容赦無く駒扱いする少女の姿は、正に悪女。
一度他人を殺害して道を踏み外した悪女は、二度と神童に戻ることが出来ないだろう。
彼女は奥深くの闇を目指して突き進んでしまったのだ。今から正しい道に導くことは、警察官の榊でも難しい。

(俺の姿が変わったのはオデットがヴァイザーから俺を逃すために使用した魔法が原因。俺はあの男に姿がバレてるから再び狙われることを阻止するために魔法を使われた。
 俺が無事逃げられたのはオデットが魔法でヴァイザーの足止めをして榊を連れて逃げろと言ってくれたから。焼け焦げた銃はオデットが炎の魔法を使用してヴァイザーに隙が出来たうちに俺が拾った。
 榊のオッサンはこれで騙せるか? デイパックの中身を回収してることは自分から教えなければバレねえはずだ。
 もちろん組織の連中に出会ったらアザレアを演じて榊のオッサンは切り捨てる。この見た目でアザレアじゃなくて佐藤道明だ、と榊が主張しても根拠がなければ信じねえはずだ。
 それにしても組織の連中は人数が多いな。他の殺し屋や組織がいる可能性も考えて、おっさんが起きたら警察署に向かって資料でもねえか探すか)

思考を粗方整理し終えると、道明は黙々と読書を始めた。
人殺しの人殺しによる人殺しの為の本。
著者、ケビン・マッカートニーの経験に基づいて様々な殺しや拷問のテクニック、アドバイスが網羅されている優良な本だ。
値段は一冊6000ドルと少々お高いが、その丁寧な指導法や誰でも一人前の殺人鬼になれるという口コミから裏社会ではベストラセラーになっている。
道明がそんな物騒なものを読んでいるのは、単純に興味が惹かれたからだ。スナップ写真もネット上に転がっているグロテスクな画像より緊迫感があって、道明はそれをみるたびにニヤリとしてしまう。

(ふ、ふひひ……今なら寝てるし、この本を参考に無防備な榊のオッサンを拷問するのもありかもしれねえ)
そんな危険なことを考えながら道明は本を読み進める。
華奢な少女の肉体に変化した悪女は、果たして一人前の殺人鬼になることが出来るのだろうか。

【J-8 市街地/黎明】

【佐藤道明】
状態:健康、アザレアの肉体
装備:焼け焦げたSAA(2/6)、焼け焦げたモーニングスター、リモコン爆弾+起爆スイッチ、桜中の制服
道具:基本支給品一式、SAAの予備弾薬30発、手鏡、『組織』構成員リスト、人殺しの人殺しによる人殺しの為の本 著者ケビン・マッカートニー、ランダムアイテム0〜2
[思考・状況]
基本思考:このデスゲームで勝ち残る
1:榊が起きたら警察署へ向かう
2:オデットとヴァイザーのことを自分の都合の良いように説明する
3:可憐な容姿で参加者を騙し、利用する
4:利用出来ない駒、用済みの駒は切り捨てる。榊は捨て駒にすること前提で利用する
5:組織の参加者に出会ったらアザレアを演じて駒にする。相手がピーター、イヴァンなら利用可能か見極める
6:榊のオッサンを拷問するのもありかもしれねえ
※人殺しの人殺しによる人殺しの為の本で殺し・拷問のテクニックを学習しています。

【榊将吾】
状態:内蔵にダメージ、気絶
装備:なし
道具:基本支給品一式(食料なし)
[思考・状況]
基本思考:警察官として市民を保護する。正義とは……
1:――――。
※ヴァイザーの名前を知りません。


【皮製造機】
任意の参加者に変身出来る皮を製造する機会。
皮は性別や体型関係なく馴染み、声や性別も対象の人物に変質させるが不可逆。
一度使うと壊れる。確認用の手鏡付き。


539 : 名無しさん :2014/05/03(土) 05:59:44 u3HwWgfw0

【『組織』構成員リスト】
FBI捜査官ロバート・キャンベルが独自に調査し纏めたブラックリスト。
組織の主要な殺し屋の情報が彼の調査の範囲で記されている。

【人殺しの人殺しによる人殺しの為の本 著者ケビン・マッカートニー】
ケビンが気紛れに書き上げた本。ケビンの殺し・拷問のテクニックのすべてと殺人の趣向などや経験に基づいたアドバイスが、ご丁寧に実演中のスナップ写真つきで書かれている。
独学でも一人前の殺人鬼になれる非常にレベルの高い理想の教本……という名の恐ろしい人殺し量産物。
裏社会でベストセラーになったとかならなかったとか……
定価一冊6000ドル


540 : 名無しさん :2014/05/03(土) 06:00:30 u3HwWgfw0
投下終了です。
タイトルはヒッキーな彼はロリ悪女(♂)


541 : 名無しさん :2014/05/03(土) 09:14:42 5/WeEDKM0
投下乙
呆れるほどのゲスだな


542 : 名無しさん :2014/05/03(土) 11:27:48 /0s.ybOA0
投下乙です
ゲスからゲスロリにジョブチェンジ!
近場に殺し屋組がいるけど、ニートは上手く騙し通せるか…


543 : 名無しさん :2014/05/03(土) 21:51:53 t2O.9ZFI0
投下乙!
下衆ロリ道明ちゃんの明日はどっちだ!


544 : ◆VofC1oqIWI :2014/05/04(日) 01:26:55 69AZJsrc0
バラッド、ピーター・セヴェール
ゲリラ投下します


545 : ◆VofC1oqIWI :2014/05/04(日) 01:31:35 69AZJsrc0

H-10、市街地の一角に建つ数階建てのオフィスビル。
その一階の休憩室にて、二人の『殺し屋』がテーブルを挟んで向かい合っていた。

「……ッ、やっぱり不味いな。非常食か、これ」

殺し屋の片割れ、銀髪の女『バラッド』は荷物から取り出した缶詰の携帯食料を口にしながら呟いていた。
何とも素っ気ない味わいというか、薄くてつまらない味が口の中に広がる。
食べれないことは無いのだが、正直言ってかなり味気ない。
不満げに表情を歪めつつも一食分を完食したバラッドは向かいに座っている男へと目を向ける。

「バラッドさんはいいですよね。一応食事を楽しめるんですから」
「…舌が受け付けないんじゃなかったのか、それ」
「流石に空腹には勝てませんでしたよ。まっっっっったく美味しくないのでやっぱり女性が食べたいですけどね」
「だろうな…」

金髪の男『ピーター・セヴェール』は少しだけ貪った携帯食料をテーブルに置き、不貞腐れた様子で頬杖を着いている。
二人は茜ヶ久保を葬った『怪物』との交戦の後、兎に角あの廃倉庫から離れるべく町を走り続けた。
どれだけ闇雲に走り続けたのかも解らないが、それなりの距離を移動したのは間違いない。
結果として先の戦闘と全力疾走による二乗の疲労がのしかかった二人は、目についた建物の中で休息を取ることにしたのだ。

「それにしても…バラッドさん、コート脱がないんですか?いつも着てますよね。たまには脱いでもいいと思うんですが」
「……………」
「おや、これは余計なことを聞いてしまったようですね。だからその、睨まないで」

休息の中、こうしてピーターがバラッドに話しかけることも何度かあった。
あんな地獄のような修羅場を乗り越えた後なのだ。ピーターにとっては気晴らしなのかもしれない。
尤も二人は組織内でも別段親しい仲と言うワケではないし、そもそも猟奇性の薄いバラッドは殺し屋館の中でも浮いている方だ。
それ故に会話が弾むこともなく、適当に数回言葉を交わして話が途切れるといった状況の繰り返しだった。
(因みにバラッドが常に厚手の服を着ているのは虐待の古傷を隠す為だが、ピーターは当然そんなことを知らないしバラッドも詮索はされたくない)


546 : ◆VofC1oqIWI :2014/05/04(日) 01:34:36 69AZJsrc0

「で、お喋りはもう十分か?私としては休息も取ったことだし、そろそろ行動に出たいんだけど」
「…その、まだ休んでから15分程度しか経ってなくないですか?」
「まだじゃない。もう15分だ」
「やれやれ、僕はバラッドさんと違って肉体派じゃないんですよ?」

はぁ、と露骨に不満げな様子で溜め息をつくピーターをバラッドは適当に流し見る。
そのまま傍らに立てかけていた日本刀を手に取って椅子から立ち上がり、休憩室を後にしようとしていたが。

「バラッドさん、これからどこへ行くんですか?」
「一先ずウィンセント、ユージーを探しに行く。勿論お前も一緒に、だ」
「イヴァンは探しに行かないのですか?」
「…今は先回しだ。あんな化け物がこの会場にいると解った以上、ウィンセントらを放っておく訳にもいかない」

バラッドは先の戦闘でこの殺し合いのレベルを思い知らされた。
この会場には魔法じみた多彩な異能力、不意打ちの攻撃にも完全に対処するほどの身体能力を併せ持つ『怪物』が存在している。
敵対すれば強敵になると予想していた茜ヶ久保一でさえあの怪物の前には手も足も出なかったのだ。
あれと同格の化け物が他にもいないとは限らないのだ。

(『化け物』といえば、身近な所にも…いるしな)

バラッドの脳裏に過るのは、ダークスーツを身に纏った男。
組織最強の鬼札『ヴァイザー』。彼女でさえ恐れる程の強者であり、生粋の狂人。
根っからの殺人者である彼のことだ。恐らくこの殺し合いには乗っていることだろう。
出来ることならば、ウィンセントやユージーが彼と出会っていないことを祈りたい。
あの怪物との戦いの際に見えた『幻影』のことを振り払いつつ、未だに椅子に座って動こうとしないピーターの方へと振り返る。

「…バラッドさん、提案なのですが」

バラッドが目を向けた直後、ピーターが口を開いた。
その面持ちは先程までの軽い態度で話しかけるような表情ではない。
冷徹な雰囲気を漂わせる仏頂面だ。
そんなピーターの様子に違和感を覚えつつも、バラッドは彼の言葉に耳を傾ける。


「ウィンセントくんとユージーちゃんはこの際放っておきませんか?」


悪気も無さげに言ったピーター。
その言葉を耳にしたバラッドの表情がぴくりと動いた。


547 : ◆VofC1oqIWI :2014/05/04(日) 01:35:15 69AZJsrc0

「………本気で言っているのか、ピーター」
「勿論。はっきり言いますけど、僕には彼らと同行した所で利益があるのかが解りませんね」

キッと睨むバラッドをよそに、ピーターは飄々とした態度を崩さぬままそう語る。

「人殺し程度『も』出来ないような素人を連れていた所で荷物にしかならないと思うのですよ。
 あぁ、そういう僕は人殺し程度『しか』出来ませんけどね。それでも一応殺し屋なので、彼らよりは役立つつもりですよ」

饒舌な言葉がピーターの口から次々と吐き出される。
その一言一言から滲み出るものは堅気の人間を見下すような傲慢な意思。
そして不都合な人物を体よく切り捨てるかのような冷徹な意思だった。

「お前、まさか二人を見捨てろと―――」
「ええ、はい。その通りですよ」

驚愕を隠せぬ様子にバラッドに向けて、ピーターはきっぱりとそう口にした。





「たかが数時間程度の仲じゃないですか。切り捨てた所で何の損失にもなりませんよ」





―――カチャリと、研澄まされた金属音が休憩室に響いた。


548 : ◆VofC1oqIWI :2014/05/04(日) 01:37:33 69AZJsrc0


「………クク、どうして刀を抜くのですかね?組織の仲間である僕よりも彼らに情が移ったのでしょうか」
「黙れ」

気がつけば、バラッドは手元の刀を鞘から抜いていた。
そのまま日本刀の刀身を椅子に座っているピーターの首筋へと向けたのだ。
淡々としながらも静かな怒りを秘めた表情で睨むバラッドとは対照的に、ピーターは刃を向けられながらも不敵な笑みを崩さない。

「―――ま、組織を裏切るつもりの人間ですし。当然といえば当然ですかね」

バラッドを煽るような一言をふっと口にする。
しかしあくまでバラッドは平静を装いながら彼を睨む。
そんな彼女の反応を見てどこか詰まらなそうな様子を見せていたピーターだったが、ふと身内話のことを思い出す。

「あぁ、そういえば忘れていませんよね?裏切り者の『ルカ』のこと」
「……。……あいつは優秀な殺し屋だったんだ…勿論覚えているよ」
「確か名簿にも偽名の方で記載されていましたね、彼」

裏切り者の『ルカ』。彼は殺人に嫌気が差したことで組織から離反し、『抹殺対象者』として認定されている。
つい最近では組織の構成員による調査で彼の消息と『亦紅』という偽名が判明し、近い内に追っ手を差し向けられる手筈だった。
『組織を抜ける』ということはそうゆうことなのだ。一度離反したならば最後、『裏切り者』として死ぬまで追われ続けることになる。

「彼のことを覚えているというのに組織を裏切るつもりなんですか?死にたいんですかね、バラッドさん」
「……………」

ピーターからその言葉を投げかけられ、何も答えずに沈黙を貫くバラッド。
宛も無く組織を抜けるつもりなのか。逃げ込む宛があるのか。
それとも、『裏切り者』として逃げ続ける覚悟があるのか。
彼女の思惑は解らないが、一先ずピーターは少々脱線してしまった話を主題を戻すことにした。

「あぁ、断っておくとウィンセントくんやユージーちゃんのことは『提案』に過ぎませんので。
 あくまでバラッドさんの意思を最優先に尊重しますよ」

フッと口の両端を釣り上げながらそう言うピーター。
バラッドは変わらずに彼を睨み続け、日本刀の刃を首筋に向けていた。
暫しの間、沈黙の時間が続いたが。


「今は、お前も仲間だ。それにお前だって一人では生き残れないだろう。だからこそ…協力して貰うぞ」
「…貴方がそう仰るのならば、それに従いましょう」


バラッドのその言葉と共に、日本刀の刃がゆっくりと下ろされる。
不服げな表情を浮かべつつ刀身を鞘に納め、ピーターに背を向け歩き出す。
休憩室を去ろうとしたバラッドを見て、彼もまたゆっくりと立ち上がる。


「当面の目的はウィンセント、ユージーの捜索だ。行くぞ、ピーター」
「イエス、ユアハイネス」


549 : ◆VofC1oqIWI :2014/05/04(日) 01:39:41 69AZJsrc0



(直接戦闘、暗殺の双方において組織内上位に位置する殺し屋…だと言うのにこれだ。
 尤も、そんな性格だからこそ僕もこうやって庇護を受けられているのでしょうけどね)

休憩室を後にし、廊下を歩くバラッドの背を眺めながらピーターは思考する。
彼女は忠誠心でもビジネスライクでも欲望の為でもなく、個人への恩義の為だけに組織に在籍していた。
殺し屋として冷静を装っているものの、はっきり言って『二流』だ。
わざわざ何の縁も恩義も無いウィンセントやユージーを仲間のように看做している時点でお人好しもいい所。
戦力を集めるのならばまだしも、彼らのような素人同然の連中を周りに置いた所でどうなるというのか。

(実力を備えていても、下らない私情に流される辺りではやはり『一流』とは言えませんね。
 バラッドさん、貴方はそれだからサイパスの『後継者候補』から外されてるんですよ)

ふん、と彼女を内心鼻で笑いながら思う。
サイパスから気に入られているピーターは彼の趣向を良く理解している。
殺し屋としての純度を高める『悪意』や『残虐性』も、組織の狗となれる『忠誠』も持ち合わせていないバラッドが気にかけられる筈も無いのだ。
とはいえ、戦力としては申し分無いのも事実。
それ故に彼女と協力関係を結び続けることは一応の確定事項だ。

尤も――――


(―――使えなくなれば切り捨てますけどね。当分は僕の役に立ってもらいますけど)


ピーターの狡猾で残忍な本性が心中で嘲笑を浮かべる。
はっきり言って、組織の仲間のことなど―――どうでもいいのだ。
最優先事項は自分が生き残ること。
その為にはヴァイザーだろうと、サイパスだろうと、イヴァンだろうと、アザレアだろうと。

そして、バラッドだろうと―――踏み台にしたって構わない。

ピーター・セヴェールとはそうゆう人間だ。
その狡猾さはサイパスからも一目置かれている程である。
目的の為に仲間を切り捨てることなど、子蠅を潰すことと同じくらい容易く出来るのだ。
仲間の命と自分の命を天秤にかけるのならば、迷わず自分の命を選ぶ。

今後殺し合いがどのように動くのか。じきに訪れるであろう放送で誰が名を呼ばれるのか。
兎に角自分は、状況を見極めて生き残る為の算段を重ねるだけだ。



(………あぁ、それにしても早く麗しい女性を食べたい)



【H-10 市街地/早朝(放送直前)】

【バラッド】
[状態]:全身にダメージ(小)
[装備]:朧切、苦無×2(テグス付き)
[道具]:基本支給品一式、ダイナマイト(残り2本)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いに乗るつもりは無いが、襲ってくるのならば容赦はしない
1:ウィンセント、ユージーらと合流したい。
2:オデット(名前は知らない)はいつか必ず仕留める。
3:イヴァンのことは後回しにするが、見つけた時は殺す。
※鵜院千斗をウィンセントと呼びます。言いづらいからそうなるのか、本当に名前を勘違いしてるのかは後続の書き手にお任せします。

【ピーター・セヴェール】
[状態]:頬に切り傷、全身に殴られた痕
[装備]:MK16
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜1(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:女性を食べたい(食欲的な意味で)。手段は未定だが、とにかく生き残る。
1:早く女性が食べたい。
2:バラッドに着いていく。貴重な戦力なので可能な限り協力はする。
3:オデット(名前は知らない)を始末する為の戦力を集めたい。
4:生き残る為には『組織』の仲間を利用することも厭わない。


550 : ◆VofC1oqIWI :2014/05/04(日) 01:40:55 69AZJsrc0
投下終了です。
タイトルは「Hitman's:Reboot」で。


551 : 名無しさん :2014/05/05(月) 01:12:30 FtAKEbt.0
投下乙です
非情になれないバラッドと狡猾なピーター
明日なきヒットマンたちの明日はどっちだ


552 : 長松洋平は回想する/音ノ宮・有理子は殺さない ◆Y8r6fKIiFI :2014/05/06(火) 00:41:33 pjhgmak20
長期の遅刻お詫びします。
長松洋平、音ノ宮・有理子、ミロ・ゴドゴラスV世、水芭ユキ
を投下します。


553 : ◆Y8r6fKIiFI :2014/05/06(火) 00:42:27 pjhgmak20

長松洋平は回想する。

この殺し合いに連れて来られる直前の記憶――彼の地獄であり、生まれ変わった場所である殺し合いを。
あの殺し合いも、今回の殺し合いのように孤島で行われていた。
よく覚えている。 何故なら、最初に殺した相手は海に突き落として殺したのだから。
あの時は状況に流されて恐怖のままに、訳もわからずただ殺しただけだった。
もっと冷静になれていたならば、今の自分とは別の未来があっただろうか?

――くだらない。
今の自分は今を最高に楽しんでいる。 それがわざわざ他の未来を考える必要はどこにあるのだ?

ああそうだ。
あの島での時間は、それまでの退屈な生活を消し飛ばしてしまう程に刺激的だった。
剣道家との格闘戦。
自衛官を名乗る男との射撃戦。
罠を使って強豪を嵌め殺した達成感。
首輪を解除し、禁止エリアで主催者への犯行計画を建てていた集団を、自分も首輪を解除して襲撃した時の緊張感。
全てが自らの命をチップにした、一瞬とて気を抜けない脳髄に焼けつくようなゲーム。
あの時間を二度と味合わないなど、考えられない事だ。
だからまた、この殺戮舞台に自分は立っている。

しかしやはり殺し合う相手は人間同士がいい。
人間であるからこそ、生と死を賭けた戦いに臨み、恐怖や怒りの感情を覚え、勇気を絞り、知恵を使い、死力を尽くす。
殺し合いの快楽は、それでこそ味わえる。
怪物相手のスリリングな戦いも悪くはなかったが、やはり人間同士の殺し合いには及ばない。
怪物相手じゃ『戦い』だ。 『殺し合い』にはならない。
だから今の自分は、殺し合いに飢えていた。

しかし次の相手は見つからない。
もう1、2時間は歩いていると思うのだが、人っ子一人いない。
始まって早々に2人と出会えたのは、ある種幸運だったのかもしれない――それが両方とも化物だったのは不運な話だが。

このままでは日が昇ってしまう。 日が昇るのは良くない。
今の自分には左手が無いのだ。 いくら武器があろうと、正面からの戦闘になれば不利。
先程怪物相手にやったように、罠と奇襲を十全に使わないとなるまい。

となると、これから先も草っ原でボーっとしているのはよくない。
この辺は遮蔽物もないし、罠を仕掛けるような工夫もしにくい。
地図によれば、丁度よくこの近くには街があるらしい。
ここからはそこに寄って、ゲリラ戦の要領で殺していく必要があるだろう。

と、決めた矢先に――長松洋平は、待ち望んだ人間を発見した。


554 : 名無しさん :2014/05/06(火) 00:44:04 pjhgmak20




ミロとユキは夜の闇の中をひた走る。
軍服の男との戦いに残して来た舞歌が心配でない訳ではないが、彼女に託された以上今は自分の事に集中するべきだと彼女は一心に走る。
向かう方向は、丁度南に広がっている街。

(やっぱり、人が集まる場所って言ったら街だよね)
単純な考えと言ってしまえば否定はできない。 が、他の情報もない彼女にそれを言うのは酷だっただろう。
今はただ、街を目指して全力で走るだけ。 それだけをユキは考えていた。

「そういえばミロさん、……腕は大丈夫?」
「……へいきだ。 その内、なおる。
 ドラゴンのせいめい力はさいきょうだぞ。 うでがきりおとされたくらい、すぐにもとどおりだ」
(……確かに、手当てとかした覚えがないのに血が止まってる)
中程から綺麗に切断を受けた筈のミロの左腕は、ユキの見立て通り完全に出血を止めている。
切断された腕を持ってきていれば接合する事もできたのかもしれないが、ミロにそんな事を考える余裕はなかったし、ユキは考えもしなかった。

「そっか、よかった……って、んぅ?」

一目散に突っ走る視界の中に――というか、真ん前に。 草原の中で、突っ立っている人影を見つけた。
ミロに合図して一時停止。 目を凝らして、よく観察する。
夜の闇で、相手の姿はよく見えない。 
こっちから人影が見えている以上あちらもこっちの存在には気付いている筈だが、動く気配はなかった。

(……どうしよう。 ……って言っても、近付くしかないよね)
怪しくない、と言えば嘘になるけれど。 人探しが目的である以上、ここでチャンスをふいにする訳にはいかない。
決断したら即行動。 ユキは警戒しながらも、相手の先手をとって声をあげる。

「……あなた。 殺し合いには乗ってる?」
質問に答えたが返って来たとして、殺し合いに乗っている人間が「はい」と答えるかどうか。
我ながら間の抜けた質問だとは思うが、ユキにはこれ以外質問を思い付かなかったのも事実であった。
緊張を解かないまま、目の前の人影を注視する。
何か不審な動きをしたら、すぐに能力で動きを――

「……『乗っていない』と言ったら、それで信用してくれるのかしら? 水芭ユキさん」

「……あれ?」
腰まで伸びた黒髪。 小学生にすら見える幼い風貌。  ゴシック・ロリータの趣味があるドレス。
目を凝らす内に見えたソレらで、ユキは目の前の人間が知っている人物である事に気がついた。
ユキやルピナス、舞歌の通う高校――その上級生。
もちろん、単なる同じ高校の上級生というだけでは、大した接点もない人間が記憶に残る事など有り得ない。
その人物には、記憶に残るだけの理由、そして個性があった。


555 : 名無しさん :2014/05/06(火) 00:44:29 pjhgmak20


音ノ宮・有理子。
彼女の名前とその名声は、ユキ達の高校だけではなく近頃のお茶の間にさえ音の聞こえる――それでも、彼女のクラスに在籍しているサッカー界の超新星とさえ呼ばれる彼には及ばないが――話題である。
数々の難事件を解決したその知能。 ある種現実離れしたその容姿。
メディアが彼女を『美少女高校生探偵』とセンセーショナルに書き立てるのも、無理のない話ではあった。

もっとも、悪党商会という一味も二味も癖のある面々を相手にして来たユキは、彼女については『胡散臭い』という印象を抱いていたのだが。

(なんていうか……恵理子さんとかと同じような雰囲気がするのよねぇ、音ノ宮先輩)
悪党商会の中でも1、2を争う曲者である近藤・ジョーイ・恵理子。
正直、ユキにとっては悪党商会の中でも絡み辛いタイプの女性である。 人聞きに、悪い人間ではないとは聞いているけれど。
いわんや、その人格について聞こえて来ない音ノ宮をユキがなんとなく避けてしまうのは当然ではあった。

(……でも、まあ。 探偵ってくらいだし、この状況で襲いかかって来るとも考えづらい……かしら?)
舞歌の次にすぐに出会えた知り合いでもある。 幸先がいい、と考え方もできなくはない。
できるだけ友好的に接触しよう、とユキは考え直す。

「ユキ、なんだこいつは? しりあいか?」
「あ、ごめんミロさん。 ええと、この人は音ノ宮先輩。 私の……高校って言って通じるかな。 そこの先輩なんだ。
 ……それにしても、よく音ノ宮先輩は私の名前知ってましたね」
「探偵として、同じ高校に通う生徒の名前くらいは全員覚えているわ。
 それで……その後ろの人はどなたかしら?」

(……あっ)
ここでユキは一つ重大な事に気が付いた。
ミロの外見は明らかな人外だ。 裏の世界を知らない一般人からしたら、十分に驚きや恐怖の対象だろう。
悪党商会で育ったユキからしたら、その辺りは完全に盲点だった。

「あ、ええと。 この人はミロさん。 この外見は、その……」
「そう、ミロ。 よろしくね」
「呼びすてにするな! ぼくはえらいんだぞ!」

しかし音ノ宮、これを意外にもスルー。
明らかな異形を目の前にしても、まったく怯んだ様子がない。

(……もしかして、音ノ宮先輩も裏の世界の人?)
探偵は表向きの顔で、実際は違う職業に就いているのだろうか、とユキは考えた。
実際探偵と兼任しているヒーローもいるし、そこまで裏の世界と親和性のない職業でもないだろう。
恵理子と同じような印象を得たのも、なんとなく説明がつく。

(聞いてみるべきかな……いや、もし無関係な人だったら問題だし、
 そもそも本当に裏の世界の人でも無理に探るのはよくないか)
怪人やヒーローはまことしやかな噂にこそなっているが、未だ世間にとっては明かされた真実にはなっていない。
裏の世界は、表の世界からは隠れているからこそ裏の世界なのだと、その事はユキも知っている。
そして彼等は、同じ裏の世界の住人からも隠れたがる。
一歩間違えれば奈落の底へと落ちる世界なのだから、下手に情報が漏れるリスクを減らすのは当然の事だ。

(悪党商会はその性質上「裏の世界皆に知られている」必要があるから、表の世界の相手じゃないなら好きに話していいとパパから言われているけど)
音ノ宮が裏の世界の住人だったとしても、自分の情報を探られるのは好まないだろう。
そう判断したユキは、内心の動揺を誤魔化し普段通りを装いながら音ノ宮に近付こうと――

(……あれ?)
暗いのと距離が離れているのでユキにはよく見えなかったが、音ノ宮が左手に何かを握りこんでいるのに気付いた。
よくよく見てみれば、音ノ宮はそれに何度か視線をやり、何かを確認しているような――


ぱぁん、という耳を突き抜けるような音がした。


556 : 名無しさん :2014/05/06(火) 00:45:05 pjhgmak20




音が響いた瞬間に、ぐらりと華奢な体が傾ぐ。
そしてそのまま、草原へとうつ伏せに倒れ伏した。
――倒れたのは、音ノ宮・有理子である。

「……!?」
狼狽しながらも、ユキは何が起こったのかを一瞬で把握する。
――狙撃!?
悪党商会で戦うユキにとって、銃声は聞き慣れた音に他ならない。
上司や森茂――彼女の言うところのパパに、狙撃についての訓練を受けた事もある。

(音ノ宮先輩は無事!? いや、それよりも今ここで立ち尽くしていたら狙い撃ちにされる!)
音ノ宮が無事にしろそうでないにしろ、ここに留まる事は最悪の選択に他ならない。
狙撃を受けた時にやってはいけない事、それは撃たれた仲間を助けようとすることだ。
撃たれた相手を中途半端に生かし、助けにやって来た仲間を鴨撃ちにしていく。
それが狙撃の常套戦術だから、とはユキが恵理子に散々聞かされた事だった。

「……音ノ宮先輩、そこで待ってて! ミロさん、行くよ!」
幸いにも、先程の銃声で具体的な位置は把握できている。
狙撃銃の弾も、氷の盾を張れば1発、2発は耐えられるだろう。
そう判断したユキは、ミロに声をかけると一目散に駆け出す。
脳裏には、舞歌に助けられなければ無惨な結果に終わっていただろうつい先程の戦いがある。

(……今度は、さっきみたいにはならない!)





茂みの中に潜んだままうつ伏せになり、長松洋平は狙撃銃を構えていた。

ゴシックロリータの少女を狙ったのは、単に一番狙いやすい場所にいたからだ。
個人的には化物の風体をした奴から狙いたかったが、茂みの場所が悪く射線を取り辛かった。
だから一番手近な人間を狙い、うろたえているところを狙い撃ちにするつもりだったが――

(判断が早いな)
茂みに隠れただけのおざなりな狙撃位置だったとはいえ一回の狙撃のみでこちらの位置を見破り、撃たれた者を置いて突っ込んで来た。
高校生くらいの小娘と侮っていたが、中々に慣れているらしい。

(だが、俺だって慣れている)
落ち着いて狙撃銃をリロードし、走り寄って来る少女に射撃。
音速超で飛んで行く銃弾は、しかし少女の眼前で固い音を立ててなにかに弾かれる。

(……無策で突っ込んでくる筈もないか)
実のところ、長松にも異能の人間との戦闘経験がない訳ではない。
元々殺し合っていたバトルロワイアルには、少ない数だが超能力者もいた。
ここで最初に戦った人間の形をした化物は、そんな連中をはるかに超えていた為化物と認定したが。

(ならば……)
狙撃銃をディバックに突っ込み、代わりにある物を引き出しながら飛びずさる。
見たところ相手は飛び道具を持っていない。 ならば上手くやれる可能性はあるはずだ。

足音が聞こえる。茂みを突っ切り、少女が飛び出して――

「――ここだ」
手に持った物体――火炎瓶を投げつけた。
地面に叩き付けられた火炎瓶が、急激に発火し炎の柱を作る。
狙撃銃の銃弾を弾く相手だ、これだけで傷付けられるとは思っていない。
更なる狙いは、事前に茂みの中に撒いておいたガソリンへの――

発火。
豪炎が一気に巻き上がる。
少女の姿は炎に遮られ、見えなくなった。

(焼け死んでくれればありがたいが……んな訳はないな)
油断なくガンベルトへ吊ったショットガンを構えて、燃え盛る茂みへと撃ち込む。
殆どめくら撃ちに近いが、効果があれば儲け物だ。

(もう片方の化物の方にも対処しなけりゃならんからな……ゾクゾクするぜ。
 これだ、やっぱり殺し合いはこうでなけりゃな)
ショットガンをリロードし、炎の向こうを睨む。
口元には、隠し切れない程の笑みが浮かんでいた。


557 : 名無しさん :2014/05/06(火) 00:45:41 pjhgmak20



「く、ぅ……っ!」
放たれた炎は、長松の予想以上の効果を発揮していた。
長松が知る由もない事だが、ユキの能力は『氷や雪を操る』能力だ。
当然ソレを溶かしてしまう炎とは非常に相性が悪い。
反射的に飛び下がったおかげで炎に包まれる事は避けられたが、追撃するように放たれたショットガンを足に受けてしまった。

(右足を撃たれた……まずい、この足じゃ狙い撃ちにされる。
 流石に何度も撃たれたら氷の盾が持たない!)
今ユキに考え付く道は二つ。
氷の盾と雪を展開して炎を強行突破するか、炎を迂回するか。
後者がまずいのはユキにでもわかる。 普段ならともかく、足を撃たれた状態で悠長に炎を迂回していたら鴨撃ちだ。
だから、選択肢は実質前者しかない。

(でも、あの炎の中を私の能力で突破できるの……?)
かなりの量のガソリンを撒いたのか、目前の炎は轟々と燃え盛っている。
ユキが例え全力で能力を使ったとしても、無事に突破できるとは限らない。
だから思わずユキは、逡巡してしまう。 
無意識の内に、軍服の男との戦いのように。


「――うああああああああああああああっ!」

そんな彼女の逡巡を破壊したのは、後ろから聞こえてきた叫び声だった。

「……ミロさんっ!?」

この数時間の内に、見慣れてしまった竜人の姿。
左腕を切り落とされ、残った右腕に剣を振りかざして炎の中へと突撃する。
蛮勇。 人によっては、そう呼ぶだろう。
例え竜族の末裔であっても燃え盛る炎は確実に身を焼き、炎の向こうから放たれる弾丸は肉を抉る。
それでも竜人は狂乱したかのように剣を振りかざし、その度に炎は薙ぎ払われていく。
そして、それを見つめるユキは――

(……っ、このままじゃ駄目だ! また、さっきの二の舞!)
奥歯を噛み締め、決意を固める。
力の抜けかかっていた両足を踏み締め、氷の盾を展開。
更にミロの周囲に雪を降らせ、炎の勢いを弱める。

「……行って、ミロさんっ!」
「ああああああああああああああっ!」
そして竜人は、炎の壁を抜ける。
剣を再度振りかざして、炎の向こうにいる隻手の男へと駆け寄り――

銃声。 そして爆発。

「……え?」
思わず、ユキは間の抜けた声を上げていた。 燃え盛る炎を吹き散らし、更に爆炎が噴き上がる。
何が起こったのか理解できない――いや。

「……まさか、火炎瓶?」
一般的な火炎瓶は、内部に可燃性の液体が詰められている。
何割かは気化しているだろうそれを、ショットガンで撃ち抜けば――
生ずる火花などで、爆発が起こってもおかしくはない。

そう。 おかしくはない。 けれど、それを実行できるかどうかは別の話だ。
ショットガンの射程はそう長くはない。 火炎瓶を撃って爆発させるには、かなり近くでなければならない。
そんな距離で爆発を起こせば、ミロだけではなく爆発させた本人も巻き込まれる事は避けられない。
――その状況で、平然とそれを実行する精神。 それこそが長松洋平の最大の武器で、ユキが読みきれなかったものだった。


「ミ、ミロ……さっ……!」
爆炎により立ち昇る煙の晴れない中、反射的にユキは茂みの奥へと駆け寄る。
煙が晴れ、視界が開ける。
見えたのは、二つの影。 ミロも、あの男も、まだ立っている。
けれどミロは剣を取り落とし、茫然と立ち尽くしていた。 そして男はショットガンを油断無く構え、引き金に指を――

「駄目ぇぇぇぇぇぇっ!」
ミロと男の間に、ユキが強引に割り込む。
氷の壁が、散弾を弾き切る。

「……2対1をこれ以上続けるのは無理だな」
乱入者に舌を打った隻手の男は、隙を見せずショットガンをリロードしながらじりじりと後退する。
下手にユキが追う姿勢を見せれば、全力で抵抗してくるだろう。

(……無理だ。 もう、追えない)
男が爆発でダメージを受けているのは間違いない。 だがユキは足を撃たれているし、ミロのダメージもかなり大きい。
ここで下手に追えば、ユキとミロのどちらかが命を落とす危険がある。
逃げていく男を、見逃す事しかできなかった。


558 : 名無しさん :2014/05/06(火) 00:47:23 pjhgmak20



男の姿と気配が完全に消えた事を察して、ユキは安堵の溜息を吐いた。

(……生き……残れた)
あの男は、先程戦った軍服の男には実力では及ばないだろう。
だがその代わりに、軍服の男にはない危険さがあった。
一歩間違えれば、自分もミロも――。

ぶんぶん、と頭を振ってユキは浮かんだ考えを否定する。
何があったにしろ、自分達は生き残れたのだ。 暗い考えをする必要なんてない。

「そうだ。 ありがと、ミロさ……ん?」
今回なんとか生き残る事ができたのも、彼のおかげだ。
思えば彼には、軍服の男との戦いといい傷ばかり負わせてしまっている。
そんな彼に感謝の言葉を告げようとして、ユキは気付いた。

「……ミロさん?」
戦いが終わったというのに、ミロは棒立ちのままだった。
取り落とした剣を拾う事もしない。

「ミロ、さん……大丈夫?」
心配したユキが近付き、声をかけようとして。
そして、その異常を理解した。

「あ、あ、あ……あああ……」
歯の根は噛み合わず、ガチガチと牙が音を鳴らす。
口から漏れ出る言葉は、殆ど意味を成していない。
目の焦点は合わず、何も見ていない。 否、見えていない。

――一度死の恐怖に怯えたら、簡単に克服する事はできない。

先刻の軍服姿の男――船坂弘との戦い。
その戦いで、自らの魔法を斬り迫ってくる船坂の姿に、ミロは恐怖を抱いた。
人知を逸した力を持つ船坂だけでなく。 その先に見えた、死の姿に。
恵まれた生まれと、温室育ちの生活。 そこから逸脱した死の気配に初めて触れたミロは、それを乗り越える事ができなかったのだ。

蛮勇の如き特攻も、死の恐怖への裏返しだった。
恐怖を振り払う為に必死で突撃し――そして、反撃された。
だから、ミロ・ゴドゴラスV世の心は、完全に折れてしまった。

「み、ミロさん! 落ち着いて!? あいつはもういない! しもべの前で無様な姿を見せちゃいけないでしょ!」
「お前なんか、もうしもべじゃない!」
「……えっ?」

「ユキはぼくがきられそうになってるとき、ぼくがあぶなくなるまでむししてほかの女とだきあってたじゃないか!
 すぐにあるじをたすけないしもべなんていらない!」

「み、ミロ……さん……それは……」
ミロの言っている事は子供の理屈で、わがままだ。 けれどミロの言葉を聞いて、ユキは初めて自分の過ちに気付いた。
自分は、『自分の事情に思考を傾けすぎた』のだ。
出会いではユキの事情をミロに話すだけで、ミロの話を聞こうと努力した事はなかった。
軍服の男との戦いでは勝手に足が竦んでしまい舞歌が来るまで立ち上がる事もできなかったし、
舞歌が来てからは舞歌の事で頭が一杯になっていた。 舞歌に軍服の男を任せるのも、ミロに話をせずに決めてしまった。
今回の戦いでも、ユキはミロとまともな会話をしていない。

ミロが子供っぽくて精神面に難がある事は、ちゃんと話をしていたらわかった筈だ。
そうでなくても、ミロが怯えている事がわかっていたら、もっとちゃんとした対処もできたのに。

(これから先、私たち二人はどうすればいいんだろう……?)


[B-5 草原/早朝]

【ミロ・ゴドゴラスV世】
[状態]:左腕損傷、ダメージ(大)、疲労(大)、魔力消費(極大)、恐怖、ユキへの不信
[装備]:なし
[道具]:ランダムアイテム0〜2(確認済)、基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:こわい。
1:あらたな部下をあつめる。
2:くびわは気にいらないのではずしたい。
[備考]
※悪党商会、ブレイカーズについての情報を知りました。

【水芭ユキ】
[状態]:疲労(大)、右足負傷、後悔
[装備]:なし
[道具]:ランダムアイテム1〜3(確認済)、基本支給品一式、クロウのリボン、風の剣
[思考]
基本行動方針:悪党商会の一員として殺し合いを止める。
1:今はミロと共に行動。部下も悪くないかな
2:殺し合いに乗っている参加者は退治する。もし「殺す」必要があると判断すれば…
3:お父さん(森茂)や悪党商会のみんな、同級生達のことが心配。早く会いたい。
4:茜ヶ久保が不安。もしも誰かに危害を加えていたら力づくでも止める。
5:ワールドオーダーを探す。
6:夏実とルピナスを守る。
7:これからどうしよう……

【風の剣】
風の属性を持った魔法の剣。
振るえば一陣の風が吹き、達人が使えば真空波が敵を切り刻む。


559 : 名無しさん :2014/05/06(火) 00:48:23 pjhgmak20



夜の草原の中を、一心に走る。
あの化物と少女はうまく撒けたようだが、派手に炎を焚いた以上あれが目についた参加者がやってくる可能性はある。
そうなる前に、できるだけ離れる必要があった。

爆発で火傷を負った筈だが、不思議と痛くは感じなかった。
アドレナリンが出ているせいだろう。 自分は高揚している。
当然だ。 あの殺し合いが帰って来たのだから。
それがたまらなく嬉しくて、いつしか哄笑を挙げながら走っていた。


一瞬の浮遊感。
視界はいつの間にか横倒しになっていて、口からは笑いではなく蛙の潰れたような声が漏れた。
――何が起こった?
体が上手く動かない。 痺れのような感覚が神経を伝う。

――奇襲、されたのか?
いや、疑問系ではない。 そうとしか考えられない。
だが、どうやって? 周囲に人影など見当たらなかった。 それは事実の筈だ。
そもそも、この症状はなんだ? 狙撃を受けたにしては痛みが無さ過ぎる。
高揚していた頭の中が一気に冷え上がり、疑問符で埋め尽くされる。

「……俺は死ぬのか? ここで?」
疑問は身体の中を競り上がり、口を突いて出た。
答えが返って来ないだろう、虚空への問い。

「いいえ、死なないわ」
それを聞き漏らさず、襲撃者は答えを返した。

横倒しになった長松の視界の中に、一人の少女が現れる。
腰まで伸びた黒髪。 小学生にすら見える幼い風貌。  ゴシック・ロリータの趣味があるドレス。
手には何かの端末と、少女趣味の過ぎたデザインの杖が握られている。

――つい先程狙撃した少女だ。
長松はすぐに、そう直感した。
だが、何故ここにいる? 殺す事が目的の狙撃ではなかったにしろ、ここまでついて来られるような傷ではない筈だ。

――そしてようやく長松は、自分が謀られていた事に気が付いた。
自分の動きは把握されていたのだ。
元々あんな爆発を起こした以上、遠くから見られていてもおかしくはない。
そこからこの女は何らかの手段で自分の行動を逐一確認し、自分とあの二人が近付いた時にあの二人に接触した。
そうすれば、そこを見つけた自分が襲撃にかかるとふんで。
そして狙い通り狙撃しに現れた自分があの二人と戦い消耗するのを待って、戦いが終わった所を叩く。

――完全に掌の上で踊らされていた。
その事実に、長松の頭は更に冷えていく。 高揚していた感情は、急速に別のものへと塗り替えられる。

「この殺し合いは、俺が、俺の願いで――」

無意識の内に発した、願望の言葉。

「いいえ、違うわ。 これは私の仕立てた殺し合いよ」

それすらも打ち砕いて、少女は杖を構え直す。

「マジカル! シニカル! 放て……マジックブリッド!」

真っ白な光が、長松の視界を包み込み――彼はそのまま、自分の意識を手放した。


560 : 名無しさん :2014/05/06(火) 00:53:02 pjhgmak20



長松洋平のディバックを漁り、音ノ宮は自分のディバックへと中身を移し変える。
長松の推測は、大方の的を得ていた。
隣のエリアで起きた爆発を察知した音ノ宮は、支給されていた双眼鏡と『首輪探知機』で隣のエリアで起きていた戦闘の一部始終を見ていた。
そして『透明化の魔法』で隠れて長松の動きを首輪探知機と双眼鏡で探りながら、この状況に持ち込む機会を狙っていたのだ。

――長松の最大の武器が狂気に陥った精神ならば、音ノ宮の最大の武器はその頭脳である。

そう。 平素から『どのように人間と動機を配置すればどのような事件が起こるか』を計算しているように。
そして、この殺し合いを引き起こしたように。
問題から解答を生み出す推理ではなく――望む解答を生み出す為の問題を作り上げる。
それが彼女の『推理』。

「……まあ、こんなものですか」

作業を終えた音ノ宮は、息を吐くと歩き出す。
長松洋平は殺していない。 気絶させただけだ。
それがこの支給品――『魔法少女変身ステッキ』の制限でもあるし、音ノ宮としてもそれで問題はない。
音ノ宮・有理子は殺さない。
しかしそれは自分の手は汚さないというただそれだけの話で、他人が他人を殺す事に関して忌避感を持ち合わせている訳でもない。
気絶させたまま放置した長松が死のうと生きようと、彼女には関係の無い話だった。

「そう。 これは私の仕立てた殺し合い。 だから――私が解決する」


【B-4 草原/早朝】

【音ノ宮・亜理子】
[状態]:疲労(小)
[装備]:魔法少女変身ステッキ
[道具]:基本支給品一式×2、双眼鏡、首輪探知機、M24 SWS(3/5)、レミントンM870(3/6)、7.62x51mmNATO弾×3、
12ゲージ×4、ガソリン7L、火炎瓶×3
[思考]
基本行動方針:この殺し合いを仕組んだ者として、この事件を解決する。
1:この場を離れる。


【B-4 草原/早朝】

【長松洋平】
[状態]:気絶、全身に軽度の火傷、ダメージ(中)
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本行動方針:殺し合いを謳歌して、再度優勝する
1:――。
2:人間と殺し合いたい。
3:化物も殺す。


【首輪探知機】
読んで字の通り、首輪を探知する機械。
掌に収まるサイズで、スマートフォンのような形状をしている。
探知する範囲は500m四方ほど。
首輪ならばそれが首から外れていても、また装着している者が生きている死んでいるに関わらず探知してしまう為、使用には細心の注意を払う必要がある。

【魔法少女変身ステッキ】
文字通り、魔法少女に変身するステッキ。
ステッキを構えて呪文を詠唱する事により、魔法少女へと変身する事ができる。
魔法少女に変身する事により、所持者が想像する限りの魔法を扱えるようになる。
ただし、行う事象が大きくなるごとに魔法少女に変身した者の体力を奪う。 また、治癒系の魔法を使う事はできない。
なお、呪文の詠唱自体は必要だが、呪文の内容は自由。
男性が使用した場合の効果は不明。


561 : 名無しさん :2014/05/06(火) 00:53:37 pjhgmak20
投下終了です。
もう一度長期の遅刻をお詫びします。


562 : 名無しさん :2014/05/06(火) 01:18:16 4QGsR9.E0
投下乙です。
幾ら実力と才能に恵まれていようと、死の恐怖に耐え切れる程ミロは強くはなかったか…
意思疎通の不足も相俟ってコンビに大きな亀裂が入ってしまったがどうなることか
そしてあの長松すらも出し抜いてみせた亜理子ちゃんの今後も気になる


563 : 名無しさん :2014/05/06(火) 11:35:49 ei4cVqo20
投下乙
ここでコミュニケーション不足のツケが回ってきたか
まあ、ミロ視点で見ればそうなるわな


564 : 名無しさん :2014/05/06(火) 19:07:13 AsP1Ekrk0
投下乙です!
ちゃんと掛け声を考える魔法少女探偵アリスちゃんかわいい
ところでタイトルと本編で名前が有理子になってますけど本当は亜理子ですよね?


565 : 名無しさん :2014/05/06(火) 20:25:35 1Jju/1wA0
投下乙です
ミロとユキのコンビについに亀裂が!?
長松さんは完全に亜理子にしてやられたけど、これからどうなるのか


566 : ◆dARkGNwv8g :2014/05/09(金) 02:08:40 wGLDJVeo0
投下します。


567 : 戯れ ◆dARkGNwv8g :2014/05/09(金) 02:09:56 wGLDJVeo0
「Tell this soul with sorrow laden if, within the distant Aidenn♪
 It shall clasp a sainted maiden whom the angels name Lenore♪
 Clasp a rare and radiant maiden whom the angels name Lenore♪
 Quoth the Raven “Nevermore”!……っと、こんなモンでいいかなぁ――」

即興の出鱈目な節で口ずさんでいた鼻歌を止めると、鴉は血塗れの手を休め
足元に広がっている彼の作業の結果を見下ろした。

そこに転がっているのは、彼が先程殺した探偵ピーリィ・ポールの亡骸だった。
彼女の死体は殺害場所である病院内から病院前の道路脇にまで運び出され、今は道端に打ち棄てられたように横たわっている。

体内の殆どの血液が流出したために、元々色白だった彼女の肌は今は完全に血の気が失せ、白蝋細工の様に見える。
真っ白な肌とコントラストを為す鮮やかな赤毛の髪の下に存在する彼女の顔は
しかし、横死と言っていいその最期には似つかわしくない程の静かな表情を湛えていた。
彼女の整った怜悧な美貌には、恐怖や苦痛によって引き起こされた歪みは微塵もなく
両目は何かを考え込んでいるように閉じられ、口は不思議な沈黙を保っているように固過ぎない程度に結ばれて
色の失せた唇から垂れる一筋の血が無ければ、彼女はただ睡っているだけのように、或いは何時も通りの仏頂面で
何事かの思考に深く没頭しているように見えた。

しかし彼女の肩より下の様相は一変していた。
生前身に着けていた衣服は一糸残らず剝ぎ取られ、曝け出された彼女の既に体温を失って冷たくなった肉体は
鉤爪によって斬り潰された両乳房の真ん中下、鳩尾から股間にかけて、胴体が真一文字に切り裂かれて大きく開腹されていた。
そして彼女の腹腔内に詰まっていた内臓が、上は胃袋から下は膀胱、子宮に至るまで全て体外に引き摺り出され
裂かれ、抉られ、破られ、切り刻まれて、死体の周囲に滅茶苦茶に打ち撒けられていた。
その量は、ピーリィの小柄な身体の何処にこれほどの臓物が詰まっていたのかと思わせるほどだった。
ドス黒い血の池の中で、異世界から現れた深海生物の様なプリプリした腸がある部分はブツ切りに切断され、またある部分は縦に裂かれて
切断箇所からは中身が零れ落ちて血と混ざり合っている。引き出されて裂かれた時は軟く湯気を出していたそれは、今は冷えて固まり始めていた。
その全体に散りばめられるように、血に塗れ不気味に着色されたゼリーといった風の細切れにされた他の臓器達が撒き散らされている。
まさしく人間という皮袋を搔っ捌いて中身を荒らし晒した地獄の光景であり、血と内臓の飛び散ったその景色の中で
ピーリィの胴より他の部分は無傷のまま、まるで白い塑像か人形がバラバラに切り取られて汚物溜めに放置されているが如く存在しているのは
穢れた泥の中に白い花が咲いているような、一種の奇怪な地獄美すら見る者に感じさせた。


とは言え、この惨状を作り出した鴉自身には損壊された死体に美を感じるような変態的美意識は備わっていない。
彼がピーリィの死体を無惨に刻み晒し者にしたのは、一つは死者を冒瀆する行為によって悪を為したいという彼の欲求を満たすため
そしてこちらの理由の方がメインだが、この犯行が鴉によるものだと不特定の多くの参加者に知らしめるためである。
この凄惨な死体の有様そのものが、鴉の犯行署名だった。
案山子か、裏社会にある程度の知識を持っている者ならば、この死体の様子を一目見ただけで
これが鴉による犯行だと分かるであろう。案山子その他の正義を気取る連中を挑発するために、彼は被害者の内臓を大道にぶちまけたのだった。
それにカラスが破いたゴミ袋には、やはり早朝の街の道端こそが最も相応しい風景だろう。

「んじゃ、仕上げといくか」
そう言うと、鴉はピーリィの内臓を凌辱し尽くした血塗れのサバイバルナイフ――これも彼女から奪った物だ――を
ピーリィの閉ざされている瞳に突き刺した。
ぶちゅぶちゅとナイフを回して視神経を切断し、眼球を抉り取ると、もう片方の目にも同じ処理をする。
眼球の喪失した両目から血を滴らせるピーリィの貌は、猛禽に眼球を啄ばまれた遭難者か、或いは血の涙を流す聖母像のように見えた。


「これで良し――ッと」
二つの眼球を抉り棄てると、鴉は署名の出来映えに満足してカーと一声啼いた。
凶器を仕舞うと、大きく背伸びをして深呼吸する。
彼の周囲には大量の血と、各内臓から分泌された腥い体液と、消化器官に残されていた排泄物の臭いが溶け合った
死骸の放つ耐え難い悪臭が立ち込めている。
早朝の清凜な空気と入り交じるその屍臭を、鴉は胸一杯に吸い込んだ。
「ああ、いい空気だ」
そう言ったついでに、彼の腹がぐうと鳴った。


568 : 戯れ ◆dARkGNwv8g :2014/05/09(金) 02:10:32 wGLDJVeo0
「おっ?」
一仕事した所為か、彼の腹の虫が窮状を訴えていた。
そういえばもう夜明けだし、ひとまず病院に戻って少々早めの朝飯を済ませておくのもいいかもしれない。
もっと早くに探偵を殺して病院を立ち去るつもりが、予想以上に長居をしてしまった。
ついついピーリィの話に聞き入ってしまったせいだ。
それにしてもあの探偵、時間稼ぎのためとはいえ、中々に面白い話を聞かせてくれた。
そう、あの考察、主催者ワールドオーダーに関する――

その時、鴉はちょっとした『悪戯』を思いついた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


病院の中庭に備え付けられているテーブルにて
鴉は片方の手で支給された食事を口に運びつつ、器用にもう片方の手で鉛筆を執り
何事かをノートに書き付けていた。

その内容は、ピーリィ・ポールが生前彼に語ったワールドオーダーに関する考察の
彼なりのまとめだった。


----

・ワールドオーダーのオーダーは注文の意味。
 彼は世界に注文を出すだけで、注文を受けて世界がどういう結果を出すのは彼にもわからない。

・ワールドオーダーは『未来確定・変わる世界(ワールド・オーダー)』と『自己肯定・進化する世界(チェンジ・ザ・ワールド)』の他にも
 能力を隠し持っているかもしれない?

・登場人物Aをワールドオーダーに変えたとき、『自己肯定・進化する世界(チェンジ・ザ・ワールド)』をコピーできなかっただなんて
 なぜわざわざそんなことを言ったのか?

 仮説① 付与できないというのは嘘で、実はA君にも『自己肯定・進化する世界(チェンジ・ザ・ワールド)』もコピーされている。
      理由⇒この場にいるA君の戦力を見誤らせるため

 仮説② 『自己肯定・進化する世界(チェンジ・ザ・ワールド)』がコピーされていないというのは本当で
     できなかったのではなく、あえてコピーしなかった。
      理由⇒完全なコピーは不可能だと我々に思わせるのが目的
           ↓
      自分がオリジナルのワールドオーダーではないことを隠したかった?
       ⇒完全にコピーできるのであれば、幾らでもワールドオーダーを増殖させられる。
        ◆現主催者がオリジナルのワールドオーダーとは限らない。
      本当は外見も変えることができる?
      完全コピーなら擬似的な不老不死も可能?

----


「…………う〜ん、確かこんなもんだったかな。
 あらためて見ると役に立つんだか立たないんだかわからん話だな。聞いてるときはもっと面白いと思ったんだが」

取り急ぎ腹を満たすと、鴉は自分の書き付けを読み返してみる。
しかしこれだけの情報でワールドオーダーを打破できるとは、鴉にはとてもじゃないが思えなかった。
この考察が鴉を惹きつけたのは、やはりピーリィの語りの上手さが大きな要因だったのだろう。

もっとも鴉は元々物事を論理的に考察したり、考察で得た情報を応用して更に推理したり、といったことが得手ではない。
彼の頭脳の殆どは、自分が如何に獲物を殺すか、また如何に自分が危険から逃れるか、という極めて動物的な思考の為にのみ働いていたし
その割り切った思考配分こそが、彼が今も殺し屋として捕まることも殺されることもなく生き続けていられる理由だった。

しかし自分以外の何者かなら、この考察を活かせる奴がいるかもしれない。
だから彼はちょっとした悪戯を試みることにした。
彼が所持している『お便り箱』を使って。


569 : 戯れ ◆dARkGNwv8g :2014/05/09(金) 02:11:23 wGLDJVeo0
彼はピーリィの考察をまとめたページを破ると、その裏面に名簿の中から適当に選んだ何名かの名前を宛先として幾つも書き連ねた。
この紙切れは一枚だけ。そこに複数の宛先を書いたら、この紙は誰にどの様に届くのだろうか。

紙をお便り箱に放り込んでフタを開閉させると、紙は無事消えていた。どうやら送信はされたらしい。

複数の宛名が書かれた一枚の紙が数時間後に誰かに届くのか
一枚の紙がコピーされて宛先とされた全員に届くのか、あるいは複数の宛先の中から選ばれた一名のみに届くのか
もしくは一枚に複数の宛先が書かれた不正な形式として、誰にも届かず何処かへと消えたままになるのか
――だがそんな事は、鴉にとってどうでもいいことだった。

また、この書き付けを受け取った相手が考察を活かしてワールドオーダーの打開策を思いつくか、逆に考察に惑わされて愚行を演じるか
もしくはこの考察を一笑に伏してクシャポイするか、或いは全く無視するか、そもそも受け取ったことに気付かないか
――それも、鴉の知った事ではない。

彼にとってこれは単なる悪戯なのだ。目的も理由もない。
ただ単に彼がピーリィ・ポールの推理を聞き、ただ単に彼が不思議なお便り箱を持っていたから思いついただけの
何の意味もない、単なる戯れに過ぎない。
この手紙で他の参加者に何らかの影響が生じようが生じまいが、鴉には興味が無かった。


「ついでにもう一丁送っとくか」
玩具で遊ぶ子供のような調子で、鴉はピーリィから奪った最後の支給品、『イメージの裏切り』の複製の裏へと
先程送ったのとは別の、短いメッセージを書き付ける。
今度はたった一つだけの宛先を記して。

その宛先はこう記されていた。
『会場にいる方の主催者(登場人物A)様へ』
と。


----

会場にいる方の主催者(登場人物A)様へ

君に『自己肯定・進化する世界(チェンジ・ザ・ワールド)』をコピーできなかったというワールドオーダーの言葉は本当か?
コピーできなかったのではなく、しなかっただけではないか!?
ワールドオーダーは君が反逆することを恐れているのかもしれない!

                                by ピーリィ・ポール

----


送り主としてピーリィ・ポールの名前を使ったこと、煽るような文面にしたこと、『イメージの裏切り』を葉書代わりにしたこと
このうちのどれ一つとして、鴉には何の意図も何の意味もなかった。
全てはただ思いついたからやってみたという小学生のような動機で行なわれた
単なる鴉の食中食後休憩の暇潰しとしての悪戯に過ぎないのだ。
これを受け取ったワールドオーダーA君がどう思おうが、それは鴉には関係ないことだ。



「さてと」
お便り箱に『イメージの裏切り』を放り込んで送信されたことを確認すると、鴉は装備を整えて再び病院の門を出る。
「腹もくちたし、また本気で遊ぶとするか」
病院前の道に散らばった残骸の中の、血の溜まった眼窩でこちらを見詰めるピーリィの顔にひらひらと手を振ってカーと一声啼くと
貪婪な凶鳥は次なる餌を求めて朝日が照らす街へと躍り出る。
その仮面の嘴からは、再び調子が外れた適当な節回しの鼻歌が漏れ出していた。

「And the lamp-light o’er him streaming throws his shadow on the floor♪
 And my soul from out that shadow that lies floating on the floor♪
 Shall be lifted - nevermore!」


570 : 戯れ ◆dARkGNwv8g :2014/05/09(金) 02:11:54 wGLDJVeo0


【C-5 病院前の道路/早朝】
【鴉】
状態:健康
装備:鴉の衣装、鍵爪、サバイバルナイフ、超改造スタンガン
道具:基本支給品一式、超形状記憶合金製自動マネキン、お便り箱、ランダムアイテム0〜1
[思考・状況]
基本思考:案山子から逃げ切る。
1:殺し合いに乗った行動をとる。
2:次の獲物を探しにいく。
[備考]
※人を超えた存在がいることを知りました。
※素顔はまだ参加者の誰にも見られてないので依然として性別不明のままです。
※多数の宛先を書いてワールドオーダーについてのピーリィの推理を記した紙を送りました。届くとしたらだいたい6時〜7時までに届きます。
※主催者(登場人物A)にメッセージを記した『イメージの裏切り』を送りました。だいたい6時〜7時までに届きます。

※ピーリィ・ポールの屍体がC-5 病院前の道路に遺棄されています。


571 : ◆dARkGNwv8g :2014/05/09(金) 02:12:26 wGLDJVeo0
投下終了です。


572 : 名無しさん :2014/05/09(金) 09:20:03 XyzlFcXc0
投下乙
手紙は誰に届くのやら


573 : 名無しさん :2014/05/09(金) 13:27:50 f38Y/u7oO
投下乙
やっぱ鴉さんは面白いなぁ
悪戯の結果はどうなるのやら


574 : 名無しさん :2014/05/10(土) 21:13:20 Bqc4Rbkk0
投下乙!
うわ、鴉こええー!
飄々としてるし戦闘力は低めだと思うけど、この強敵感はなんだろう?


575 : ◆rFUBSDyviU :2014/05/10(土) 21:15:52 Bqc4Rbkk0
遠山春奈、亦紅、火輪珠美 投下します


576 : ◆rFUBSDyviU :2014/05/10(土) 21:16:16 Bqc4Rbkk0
亦紅は春奈を背負いながら、森の中を歩いていた。持つのは二つのバック。
(遠山さんも寝てるし、起こさないように気をつけて歩かないといけないな)
そう考えゆっくりと歩いている亦紅だが、ふと気づく。
遠山春奈はさっきのサイパスとの戦いで右腕にナイフが深く刺さり、左腕、右足、左足を銃で撃ち抜かれている。
さっき応急処置は済ませたが、このまま放っておいていいものだろうか。
「やっぱり病院へ連れて行ったほうが……」
しかし、病院はここからだいぶ離れている。
それに病院に行ったところでそこに医者がいるわけではないのだ。
今よりしっかりした処置はできるが、治療はできない。
「ま、銃弾が全部貫通してたのは不幸中の幸いってやつですね。もし残ってたらもっと酷いことになってました」
さて、どうするか。
「うーん、でもやっぱり病院へ行ったほうがいいですよね」
しばらく考えた末、亦紅の判断は病院を目指すことだった。
もちろんその道中でミルやルピナスと合流できれば御の字だし、組織の連中がいればなるべく倒す。
さっきサイパスに殺されかけたことを踏まえて、もう少し武装を強化したいし仲間も欲しい。
「遠山さんは私と違って普通の人間ですからね、ここまで怪我をすると死にはしないまでも後々の人生に響くと思うし」
自分ならばしばらくすれば完治する。純粋な吸血鬼なら半日もかからないのかもしれない。
けれど遠山春奈は鍛えてこそいるが普通の人間。この島で負った傷はすぐには治らない。
ならば、慎重で迅速に判断するべきなのかもしれない。一瞬の油断や思い込みが死に繋がることは経験上、亦紅は十分に理解している。春奈とはこれから一緒に組織と戦う長い付き合いになる。死んでもらっては困るのだ。

「なあ、ちょいと聞きたいことがあるんだが」
亦紅がそう呼び止められたのは歩き出してしばらくした時だった。
現れたのは黒髪ロングの女性。彼女は腕を組み、挑発するような目つきで亦紅を睨んだ。
亦紅はこの女性に見覚えがあった。
直接会ったことはないが、雑誌で見たことがある。
「えっと、ボンバー・ガールさんですよね?」
おそるおそる、亦紅は問いかけた。
いつものスーツを着ていないので確証はない。が、もし本物ならこの場でヒーローに出会えたことは幸運だ。
彼女なら組織やワールドオーダー打倒に協力してくれるかもしれない。
「あ?あたしを知ってるのかメイドさん」
「え、ええはい、知ってますよ。こう見えても私あなたの大ファンですからね」
これは嘘である。協力を持ちかける前にとりあえず持ち上げてみようという亦紅なりの作戦である。
「へー。じゃ、このあたし。ボンバー・ガールの何を知ってるんだい?」
相変わらず挑発的な笑みを浮かべ続ける珠美。それは試験のようなもの。口から出まかせを吐いているかもしれない妄言野郎(一応合ってる)を試すため。
もしくはいちゃもんをつける理由を探すため。
亦紅はついこの前見たある雑誌を思い出す。そこには特集でボンバー・ガールとりんご飴のコンビのことが掲載されていた。
「りんご飴さんとコンビを組んでるんですよね?」
「ああ、そうだ。あいつはあたしの協力者さ」
雑誌に載っていたコンビ名を思い出す。このコンビ名は一部のファンしか知らないらしいから、これを言うことで自分の彼女への信頼と信用をアピールすることができるはずだ。
「二人とも、絶壁コンビとして大活躍してますよね!」
「……よし死ね」
試験は失格。
亦紅に向かってロケット花火が発射された。


577 : ◆rFUBSDyviU :2014/05/10(土) 21:18:17 Bqc4Rbkk0
火輪珠美の胸中は熱くなりだしていた。
(ただのむかつくメイドだと思ってたんだけどな)
自分のことを絶壁呼ばわりした愚かなメイドを「汚ねえ花火」にしようとロケット花火を作り出して発射。
当然殺さないように加減はしたが、それでも火傷を負わせる程度はばらまいたのだ。
が、なんとメイドは剣道着の男を背負いながら全てを回避し、高速で自分の背後に回り込もうとしたのだ。
もちろん自分もそう簡単に後ろはとらせまい、と体を大きく回転させた。
と、同時にさらにいくつかのロケット花火を生成する。
空中にロケット花火を漂わせながら不敵に笑う黒髪美人と、剣道着の男を背負い苦笑いを浮かべるメイドが互いに向かい合って臨戦態勢というカオスな状況ができつつあった。
「なあメイドさんよ。今の動き、ちょっと人間辞めてなかったか。もしかしてお前も氷山みたいな改造人間だったりするわけ?」
「嫌だなー。私はただの日常を愛する一般人ですよ。ダメダメなミル博士や遠山さんを支える有能メイドですよ!」
男を背負いながらあそこまで俊敏な動き。あれだけの動きをしたのに乱れていない呼吸。
そして、なにより珠美のロケット花火を的確に捌いた判断力。
(場馴れしてやがんな、こいつ。ただの身体能力任せの脳筋じゃねえ)
もしかしたらりんご飴と同程度の強さはあるのかもしれない。
戦闘狂の血が騒ぐ。ぜひとも戦いたい。
「よし、メイド。お前の名を聞かせろ。一緒に楽しく派手に乱れようじゃねえか」
「お、思ってた以上に野蛮な人ですね、ボンバー・ガールさん……」
よく考えたらあのりんご飴と組むような人だ。まともな人間であるはずがなかったか。
しかし、亦紅は諦めない。
自分は半吸血鬼で向こうはちょっとネジがはずれてそうな人だけど、言葉が通じあえばきっと理解しあえるはずだ。
「私は亦紅と言いまして、殺し合うつもりないんですけど」
「ああ!?挑発しといて今更何言ってやがるんだ。もうあたしは体が火照って火照ってしょうがないんだぜ!」
「やっぱ色々ダメな人だー!」
もうこうなりゃしょうがない、と亦紅は春奈を木陰にゆっくりと下ろした。ついでサバイバルナイフとマインゴーシュも自分のバックに入れ、春奈の近くに置いておく。
「お、やる気になったか」
嬉しそうな珠美の言葉を聞いて、亦紅はため息をつく。
まさかヒーローと戦うことになるとは。しかし、りんご飴と協力しているくらいだ、ろくな人間じゃないのは推測できていた。
亦紅は無造作に視線を珠美に向ける。
珠美はそれに無言で応じる。
「じゃ、行くぜ!」
その言葉と共に、彼女の両掌に再びロケット花火が生成される。その数は、さっきの2倍以上。
「さっきみたいに避けてみろよ」
放たれるロケット花火。いかなる原理か、それは複雑な線を描きながら亦紅に向かって進む。
が、当たらない。
体を捻り、飛び上がり、屈み、すりぬけ、弾く。
無数の弾幕はすべて無駄になり、亦紅と珠美の空間に遮蔽物はなくなる。
だん、と地面を強く蹴り亦紅はまっすぐに珠美に進んだ。
近接戦で取り押さえる、と亦紅は考えている。
自分は遠距離で攻撃できる手段は限られている。
落ちている小石を吸血鬼の馬力に任せて投擲するくらいだ。
そして、それでは殺傷力が高すぎる。
(殺すつもりは無い、私もあの人も)
珠美の攻撃には殺意はない。
さっきからこちらに飛んでくる花火は、たとえ直撃しても軽い火傷で済むようなものだった。
(模擬戦、ってこと)


578 : ◆rFUBSDyviU :2014/05/10(土) 21:19:20 Bqc4Rbkk0

力比べとも言い換えれる。
きっと珠美はゲームに乗っていない。ただ、自分の実力を確かめたいだろう。
もしくは喧嘩馬鹿なだけか。いや、たぶんそうだろう。
(別に私はそういうの興味ないけど、これで実力を示しておくのも大事)
だから、亦紅は殺す気はなくても勝つつもりだった。
珠美に向かってまっすぐ走る。
フェイントを入れたり、ジグザクに走行して惑わすような真似はしない。
愚直なまでに直線移動をする亦紅の狙いは珠美の攻撃を誘うためであった。
これから行動を共にするのなら、どういう攻撃手段を持っているのか把握しておきたい。
最初に出会った春奈は格好や雰囲気でだいたいの戦闘スタイルは理解できた。
まさか剣道着を着ているおっさんが発勁の使い手だったりはしないだろう。
「さあ、どうするんですかボンガルさん!」
「略すな、馬鹿!」
そう言って繰り出されたのはヘビ花火。
普通のヘビ花火の2倍の大きさのものが二つ。
地を這いながら火花を上げて亦紅へ近づく。
「足元を狙うとはなかなかせこいんじゃないですか!」
そう言って、亦紅は高く跳躍した。
そのまま珠美の頭上へ移動する。
「おいおい、あたしの『上』に来るなんて自殺行為だぜ」
そう言って珠美は花火を準備する。
亦紅だって花火使いの頭上がどれだけ危険か理解している。
しかし、虎穴に入らずんば虎子を得ず。
亦紅は身構える。どっちみち空中では避けることはできないのだ。
直撃を耐え忍んで、脳天に一撃を与える。
どんな花火が飛んでこようと耐え切ってみせる、と亦紅は小さな声で気合を入れた。
「打ち上げ花火verあたし!」
しかし、飛んできたのは花火ではなく珠美だった。
足元の打ち上げ花火を爆発させることで、珠美はまるでロケットのように亦紅で突っ込むことができる。
そして、珠美はまるでスーパーマンのように右腕を天高く突き出していた。
「む、無茶苦茶ですねあなた!」
計算されたように鳩尾に入ろうとする珠美の豪腕を咄嗟に腕を交差させてガード。
両腕に重い痺れを感じるが、まだ戦いは終わらない。
地面に降り立ったのはほぼ同時。
そして亦紅は再び珠美へと前進する。
そのスピードはさっきより遥かに早く。
さらに今度はジクザク走行やフェイントを駆使した高度な走法だった。
「ようやく本気かメイド!あたしは最初から全開なのによー!」
その言葉通り彼女の周りに再度出現した花火はバリエーション豊かだった。
定番のロケット花火、ヘビ花火、さらに今度は両手に長い手持ち花火を装備している。
「ははっ」
思わず亦紅は苦笑い。と、同時に走りながら拳を強く握り締める。
彼女は決意した。殴る、と。乙女に腹パンしようとしたそこの貧乳女に制裁をくわえると。
結論から言うと、亦紅は少しキレていた。さっきのように戦闘方法を確かめるとかそういうのは考えていない。
そして、珠美は相変わらず嬉しそうな笑みを浮かべるのみ。
「一発、殴ります」
「その前にあんたは花火さ!」
乙女の模擬戦、白熱。


579 : ◆rFUBSDyviU :2014/05/10(土) 21:20:08 Bqc4Rbkk0

数十分後。
森の真ん中で大の字で寝ている女がいた。
その横で立ち上がり、支給された水を美味そうに飲んでいる女がいる。
それは明確な勝者と敗者の図。
「あー、服ボロボロですー」
「多少焦げてるが大丈夫だろ。今の格好のほうがエロくていいと思うよあたしは」
「殺し合いにエロは必要だと思いますか」
「さあ、知らんな」
まったく、誰のせいですかと愚痴りながら亦紅は体を起こす。
祭りのせいだろ、と珠美は水をバックに仕舞いながら返す。
二人の顔には爽やかな疲労と、気心の知れた友人のような近い距離感があった。
「で、ボンガルさん。私達に協力してくれませんか」
さりげない亦紅の問いに、
「ああ、別にいいぞ。ただその呼び方は止めろ」
珠美も自然と返した。
この言葉を聞くために体を張った甲斐があった、と亦紅は思う。
でも、ヒーローなら無条件で協力してくれるもんじゃないの、とも思った。
組織を相手取る上で自分や春菜だけでは戦力不足。そう考え、珠美の心中を推理してこの模擬戦を戦ったたのだが、思ったよりも疲れた。
というより疲れてしまったという感じか。
きっと珠美はさっきの戦いで自分を試したのだ。自分を協力するに値するかどうかを戦いのなかで測ろうとしたのだろう。
けど、途中からムキにならずにきりのいいところで敗北を認めていれば、ここまで疲れずに、またここまでメイド服を汚さずに済んだ。半吸血鬼なので体力自体はすぐ回復するからそこは些事だが。
(でも楽しかった)
それは、初めての感情だった。彼女にとって最初はただの作業だった、次は守るための過程だった。
だがこの戦いは純粋に楽しかったのだ。花火をすり抜けて珠美に近づくのが。出し抜かれて花火をくらうのが。出し抜いて拳を当てるのが。全てが刺激的で楽しかった。
そして亦紅は何発も花火を浴びて、ボンバー・ガールを2、3発殴って。最初に倒れ込んだのは亦紅だった。
もちろん、互いに全力は出さなかった。珠美からすればこれはヴァイザー戦の前の前座なのだから。亦紅からしても命を懸けた戦いでもないのに必死に戦う必要はないのだから。
(けど、こんなに楽しいんだったら、全てに決着が着いた後、もう一回戦うのもいいかもしれませんね。今度はお互い全力を出し合って)
それを想像し、亦紅は小さく笑った。


580 : ◆rFUBSDyviU :2014/05/10(土) 21:22:42 Bqc4Rbkk0
遠山春菜は木の木陰で静かに眠っていた。この時、彼を病院に連れて行くことを亦紅がすっかり忘れていたし、珠美はそもそも彼が眼中になかった。
現代最強の絶技を、我々が目にするのはまだ先の話である。



【H-4 森/深夜】
【亦紅】
[状態]:太ももに擦り傷、疲労(中)、全身に軽いやけど、(いずれもゆっくりと回復中) 焦げて一部敗れたメイド服
[装備]:サバイバルナイフ、マインゴーシュ
[道具]:基本支給品一式、銀の食器セット、ランダムアイテム0〜1
[思考・行動]
基本方針:主催者を倒して日常を取り戻す
1: 今は戦いの余韻に浸りたい
2:博士とルピナスを探す
3:サイパスら殺し屋組織を打破して過去の因縁と決着をつける
4:首輪を解除するための道具を探す。ただし本格的な解析は博士に頼みたい
5:一応遠山さんを病院に連れて行き、しっかり応急手当をする(現在忘却中)
※遠山春奈が居た世界の情報を得ました
※すぐに遠山春奈のことは思い出します


【遠山春奈】
[状態]:手足負傷による歩行困難、精神的疲労(大)、睡眠中
[装備]:霞切
[道具]:基本支給品一式、ニンニク(10/10)、ランダムアイテム0〜1(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:主催者と組織の連中を斬る
1:亦紅を保護する
2:強くなりたい
3:サイパスとはいつか決着をつけ、借りを返す
4:亦紅の人探しに協力する
5:りんご飴を大和撫子に叩き治す。最低でも下品な言動を矯正する
※亦紅からミル、ルピナス、りんご飴、組織の情報を得ました
※りんご飴を女性だと誤認しています。亦紅が元男だということを未だに信じていません

【火輪珠美】
状態:疲労(中)
装備:なし
道具:基本支給品一式、ヒーロー雑誌、薬草、禁断の同人誌
[思考・行動]
基本方針:祭りを愉しむ
1:亦紅としばらく一緒に行動。
2:祭りに乗っている強い参加者と戦いを愉しむ
3:祭りに乗っていない参加者なら協力してもいい
4:りんご飴がライバル視しているヴァイザーを見つけ出して一戦交える
5:他のヒーローと合流するつもりはない
※りんご飴をヒーローに勧誘していました
※亦紅とはまだ情報交換していません。そのため、亦紅がヴァイザーを知っていることを把握していません


581 : ◆rFUBSDyviU :2014/05/10(土) 21:23:48 Bqc4Rbkk0
これで投下を終了します。タイトルは 昏睡放置!空気と化した最強 です


582 : 名無しさん :2014/05/10(土) 22:12:50 8oleK1WE0
投下乙
仮にも歩けないほどの重症を負っているのに
数十分間夜の森に寝かされた現代最強さんの今後はいかに


583 : ◆dARkGNwv8g :2014/05/14(水) 23:59:47 zDk3EL8Q0
ギリギリ間に合ったので投下します。


584 : 最後に君臨する覇者 ◆dARkGNwv8g :2014/05/15(木) 00:00:38 wMNzUDtg0
地図上でC-5に当たる地区に建つ病院の地下二階。
他所の喧騒が及ばぬこの場所に霊安室はある。

皆様は覚えているであろうか。
かつてこの霊安室が初山実花子という少女の出発点であったことを。
そして彼女がこの部屋を後にした瞬間、室内から謎の轟音が響き渡ったということを。

音に驚いた少女が逃げ去った後、霊安室は再び元の静けさを取り戻していた。
しかしその室内は、一箇所だけ音が響く前と異なっている。
薄汚れた霊安室の床に、先程まで室内にいなかった筈の一人の男が倒れていた。
男の身体にはナイフが突き刺さり、それを電灯が冷たく照らしている。
今は動かないその男こそ、轟音を立てた張本人だった。

最初にこの部屋にいたのは初山実花子ただ一人だった。
そしてこの部屋の唯一の出入り口である扉の前には、中から音がするまで実花子がおり、他に出入りする者はなかった。

ならば、どうやって男は霊安室の中に出現したのか?

それにはこの男が辿った数奇な運命について語らなければならない。



「クソッ、アサシンの阿呆め!」

何度目になるかわからない悪態を吐きながら、イヴァン・デ・ベルナルディは床に倒れたまま麻痺する体を芋虫のように動かして
苦心の末にようやく近くに転がっているトカレフを回収することができた。
このような醜態を演じるなど屈辱の極みだが、この状況では命があるだけましと言えよう。
アサシン、やはり怖るべき手練だった。暗殺の腕前は間違いなく自分が属する『組織』の全ての殺し屋より上だろう。
だから最初に奴と接触できた時はラッキーだと思った。
アサシンが自我というものに乏しい、一種の異常性格であることを、イヴァンは鋭くも見抜いていた。
奴ならば、『他の参加者を抹殺した後で自分の命も絶て』と命じてもその通り依頼を遂行するだろう。そう踏んでいた。
しかし奴はアホだった。支給品の説明書きを依頼書と勘違いするとは。
きっと今頃は次の獲物を探して、妖刀という名のサバイバルナイフ片手にそこらを飛び回っているに違いない。

「フン――、ならばそれでいいさ」
まだ起き上がれないので寝転んだまま、イヴァンは冷笑する。
アサシンが勘違いして妖刀を振るい続けるのなら、それはそれでいい。
あの説明書きには二十人斬るとスペシャルな報酬が与えられると書いてあった。おそらくアサシンはこの部分を読んで勘違いしたのだろう。
つまり奴はあと十九人を妖刀で斬る。奴ほどの腕前ならしくじる事はないだろう。

故にあと十九人、イヴァンと同じようなマーダー病の感染者が生まれる。
つまり十九人の参加者が無差別に他の参加者を襲うようになる。

実際は麻痺してる間に殺されたりしてもっと少なくなるだろうが、無差別殺人者が大量生産されることは間違いない。
そしてその事を知っているのは元凶であるアサシンと、この説明書きを読んだ自分だけなのだ。

ならば自分はどうすればいいか。簡単だ。
殺し合いに参加せず、ずっと隠れていればいい。

放っておいても勝手にマーダーは増え、勝手に殺し合ってくれる。
ならばその事を知っているイヴァンは他の参加者から身を隠し、彼らが殺し合う様を高みの見物と洒落込めばいいのだ。

増えたマーダー達は無差別に殺し、殺され合い、勝手に消耗して数を減らしてくれる。
そうやって殺し合って疲弊した所を、イヴァンは狙い撃てばいい。
『組織』最強の殺し屋であるヴァイザーや、当のアサシンですら、何人ものマーダーと戦えば流石に草臥れる筈だ。
それならば自分でも勝てる。


585 : 最後に君臨する覇者 ◆dARkGNwv8g :2014/05/15(木) 00:01:18 wMNzUDtg0
いや、勝たなければならない。
勝ち残って、この島から生還しなければならない。
『組織』のトップに立つために。
そして、闇の玉座に坐るために。



『組織』の次期首領に選出されるよう、既に手は回してある。
その為に邪魔になる者は懐柔し、脅迫し、始末した。始末した者の中には彼の実父も含まれている。
『組織』の現在のボスは病のためにもう長くはない。後幾許もせず、『組織』のトップの座はイヴァンのものとなる。

だがイヴァンの野望は『組織』だけで終わるものではない。
イヴァンのボス就任と時同じくして、闇の世界で大きな抗争が勃発する。否、勃発するようにイヴァンが仕組む。
既にアサシンに依頼した幾つかの暗殺によって、抗争のための火種は撒かれている。
大規模な抗争、その混乱に乗じて、イヴァンは他の組織を乗っ取り、合併し、傀儡にして、暗黒世界に一大勢力を築く。
その規模は嘗てのアル・カポネやラッキー・ルチアーノのそれを凌ぐものとなるだろう。
そうすれば、もう闇の世界でイヴァンに逆らえる者は誰もいなくなる。

いや、闇の世界だけではない。彼らの属する闇とは、詰まるところ社会の陽の光が当たる部分の影である。
光ある限り影もあり続けるように、一見平和に見える社会とイヴァン達の住む闇の世界は不可分であり
社会が立ち行くためには『組織』のような闇の存在が必要不可欠なのだ。
素人目には同じ「悪の組織」だとしても、『組織』はブレイカーズや悪党商会のような
社会に真っ向から対立しようとする馬鹿どもとは性質からして全く違う。
『組織』はあくまでも社会の一部分であり、表の社会の欲望を叶え、表の社会が恙無く運営されるように汚れ仕事をこなしてやる。
所詮平和など争いの作る均衡に過ぎない。イヴァンたち闇の勢力こそ、そのバランスの調整者なのだ。
闇の頂点に立つとは、実社会に対しても隠然たる影響力を持つことを意味する。

自由を蝕み、弱者を喰らい、正義を引き摺り倒し、悪徳をこの世に蔓延らせる。
その権利を持つ覇者こそ、このイヴァン・デ・ベルナルディだ。
自分にはそれだけの才覚がある。そうイヴァンは確信していた。


だから自分はこんな場所で死ぬわけにはいかない。
故に『組織』の殺し屋たちを切り捨てることに何ら躊躇は無かった。
其れ所か、これは残っている邪魔者を一掃するいい機会かもしれない、とイヴァンは北叟笑んでいた。


586 : 最後に君臨する覇者 ◆dARkGNwv8g :2014/05/15(木) 00:01:51 wMNzUDtg0
邪魔者――そう、例えばヴァイザーだ。
ヴァイザー……『組織』の最大戦力である殺し屋、その名前は脅威を伴って闇の界隈に広く知られている。
確かに奴は殺し屋として十年に一人、いや百年に一人の逸材と言えるかもしれない。
だが手に余る。
実際彼も父親の殺害をヴァイザーに任せたが、『組織』の権威に対しまるで忠誠を持たない奴の言動のせいで依頼交渉には非常に難儀した。
結局『実の息子が実の父親を殺す』という部分がウケて奴は依頼を引き受けたわけだが、単身で強大すぎる力を持つこの男を生かしておけば
いずれ『組織』に、つまり自分の将来に大きな禍いを引き起こすことになるとイヴァンは確信していた。
この場で奴を始末できれば、それに越したことはない。
確かに奴は優秀だ。だがイヴァンが必要とするのは優秀なスタンドプレイヤーではない。彼が求めるのは自分の命令に忠実に従う『駒』なのだ。

忠実な駒――その点ではアザレアも失格だ。
その特異な生い立ちに由来する『殺気を消す』才能を持つ少女。彼女は確かに貴重な存在ではある。
しかしあのイカレ小娘を組織の役に立つ殺し屋に仕込めるか、イヴァンには甚だ疑問だった。
『組織』の、自分の役に立たないのであれば、いかに優れた才能だろうと宝の持ち腐れだ。
将来役に立つか立たないかわからんガキに心を割いている暇などない。あの娘にもここで消えてもらおう。

バラッドに至っては論外だ――。
あの女、何処から嗅ぎつけたのか、イヴァンが老ベルナルディ殺しの黒幕だと気付いて秘かに彼の命を狙っているらしい。
全く理解できない。次期首領である自分に刃向かってまで死んだ老害に忠を尽くすなど。
過去に命を救われたからといってそれが何だというのか。自分に従っていればこれからも『組織』の中で生きられたものを。
……ひょっとして自分が知らないだけで父と愛人関係か何かだったのか? イヴァンは下衆な勘繰りをして勝手に顔を顰めた。

それにサイパス・キルラ――あの男もイヴァンが父親殺しの黒幕であることに気付いているが、『組織』のために彼に忠誠を誓っている。
奴は有能な男だ。殺し屋としても、『組織』の構成員としても……
……そう、奴は有能過ぎた。
現在『組織』に属している殺し屋の半数以上がサイパスによって育成、もしくはスカウトされた者たちだ。
故に彼らの殆どがサイパスに対して好意的であり、中には次期首領としてサイパスの名を推す者さえいる。
無論サイパス自身は『組織』のボスとなる心算などないし、誘いがあったとしても断るだろう……あの男は自分の分を弁えている。
だが奴を担ぐシンパが多くいる、それが問題なのだ。殺し屋の半数といえば『組織』の中でも無視できない勢力になる。
これから勢力を拡大するにあたって足元は磐石にしておかねばならない。危険要素は排除する――それが忠実なサイパス・キルラであっても。

後はピーター――まあ奴は仕方ない。
性癖は異常だが、殺し屋としては奴程度の替わりなど幾らでもいる。

他にも組織を裏切った元殺し屋や、イヴァンが『組織』を裏切って秘密裏に依頼をした張本人であるアサシンなど
生きていれば邪魔になる連中が見事にこの島に集められている。ワールドオーダーも中々気の利く男だ。
優勝したらあの革命キチガイと友誼を結んでおくのもいいかもしれない。奴の力はこれから先も役に立つ。

だから殺し屋達には精々、他の参加者たちを殺し回って疲れ果ててもらおう。
そうやって連中はイヴァンが優勝するために尽くせばいい。無論、最後は己自身の死を以って。
そして、誂えられた屍の荒野にイヴァンは君臨する。

唯一の問題は彼が感染しているマーダー病だが……なに、気にすることはない。
この説明書きにも書いてあった。要は強い精神力があればマーダー病は克服できる。一番重要なのはその事実を知っているか否かだ。
マーダー病について何も知らないものは、わけも分からぬまま快楽殺人者に成り果てるしかない。
しかしこの説明書を読んでマーダー病に対する心構えが出来ていれば、これを克服することができる。
そして今、説明書はイヴァンの手の内にあり、彼はこの知識を他者に分け与えるつもりは更々なかった。
彼が為すべきことは、マーダー病を堪えつつ、他の参加者が潰し合うのを待つだけである。

そうだ。走り回り、殺し合うしか能の無い殺し屋どもには分かるまい。
最後に勝利する者とは圧倒的な戦闘力の持ち主でも奇特な能力者でもない、大局を見据えて動くことのできる者だということを――――




その時、壊れそうな音を立てて山荘のドアが開かれ、イヴァンを思索の世界から現実へと引き戻した。


587 : 最後に君臨する覇者 ◆dARkGNwv8g :2014/05/15(木) 00:02:34 wMNzUDtg0
大きく開かれた扉の向こうには、堂々たる体躯を軍服で包んだ一人の男が立っていた。

「だ、誰だッ!?」
思わず叫び声を上げながらも、イヴァンは男の正体に見当がついていた。
実際に会ったことはないが、国際警察の指名手配写真でその顔は見たことがある。
しかし――いや、認めたくない。見当が間違っていてほしい。何故ならその男は――

「誰――だと?」
男は厳つい顔に冷たい笑いを浮かべると
イヴァンにとって絶望に等しい己の名を告げた。

「我は秘密結社ブレイカーズ大首領『剣神龍次郎』である」




ロープウェイから降りた剣神龍次郎が山荘に寄ってみたのは本当に単なる気紛れだった。



本来、彼が気になっていた施設は山荘とは別に二つあった。

一つは『研究所』。
現在地から大分離れた場所にあるが
ここに行けば首輪の解除に必要な道具や設備があるかもしれない。

(何より、俺と同じように考ぇた首輪を解除する意志のある奴等が集まってるかもしれねぇな。
 そん中に役に立つ奴がいりゃあ話は早いんだがなァ……)


もう一つは、こちらは研究所よりは近い場所にある『放送局』。
放送局内の設備を使えば、この島中に放送を行き渡らせることも可能だろう。
つまり、この島のどこかにいる大神官ミュートスに……そしてチャメゴンに、召集令をかけることができる。
無論、集合場所と時刻に関してはブレイカーズのメンバーにしか解らない符牒を使って伝える。
そうすれば集合を狙ったさもしい連中の闇討ちを防ぐことができる。
また、放送後に放送局の近辺で待ち伏せされる可能性もあるが――

(望むところだァ――)

ちょうど他の参加者にも会ってみたかった所だ。
襲ってきたら返り討ちにして叩き潰し、無能な弱者だったらそのまま殺す。
役に立ちそうだったら軍門に下るよう告げ、従わないのなら殺す。従えば仲間に加え入れる。
それだけだ。




『研究所』か『放送局』か。
どちらへ向かうにせよ、ロープウェイでF-7地点まで移動したほうがいい。

そう思いロープウェイに乗った龍次郎だったが、車窓からちらりと見えた山荘が彼の気を惹いた。

(あの山荘――俺の持ってたヤツとソックリじゃねぇか)

そう、偶然か、はたまたワールドオーダーが謀ったのか、ロープウェイ降り口のすぐ近くに建つ山荘は
龍次郎がG県に所有していた別荘と瓜二つの外観をしていた。

G県の別荘――ブレイカーズの大首領になってから殆ど働き通しだった龍次郎にとって、そこは数少ない癒しの場だった。
一年に一度、下手したら数年に一度の頻度でしか訪れることはできなかったが
別荘で寛ぎつつチャメゴンと遊んだり、敬愛する織田信長の伝記を読み耽ったり
連れてきた大神官ミュートスの作った料理のようなケシズミに舌鼓を打ったりした時間は
野望と戦闘と殺戮の連続である彼の人生において数少ない、心安らげる経験だった。
……もっともその別荘は数ヶ月前、龍次郎自身が企画立案し直々に陣頭指揮を執った
G県山中に配備したロケット弾で一千万都民ごと東京を焼き尽くす『東京ヘルファイア作戦』の指令基地として使用したために
計画を阻止しようとやって来たシルバースレイヤーその他のJGOEヒーローズとの戦いの舞台となった結果焼失してしまったのだが。
(ついでに作戦も阻止されて失敗した。
 その上ブレイカーズ本拠地に戻った彼は大神官ミュートスから「他の幹部に相談もせず勝手な作戦を実行するな」と滅茶苦茶怒られた。)


588 : 最後に君臨する覇者 ◆dARkGNwv8g :2014/05/15(木) 00:03:20 wMNzUDtg0

(まさか、似てるからってェこんな所にミュートスやチャメゴンがいるわきゃあねぇよなァ――)
そう思って何となく近寄った龍次郎の目が、一瞬にして険しくなる。

(扉ァ開いてやがる――)
つまり、何者かがこの山荘から出て行ったのだろう。
扉を半開きにしたままで、まさかまだ誰かが中にいるわけじゃあるまいが、何かの痕跡は残っているかもしれない。
龍次郎は軍靴のまま山荘内に上がり込むと、その中の部屋の戸を思い切り押し開けた。
果たして、そこには彼の予想を裏切り、一人の男が床に伸びていた。



(コイツァ、確か殺し屋組織の元締めの一人だったな。
 名前はイワン…イワン…イワン――イワン何とかだ、名簿に載ってたから間違いねぇ)


「だ、誰だッ!?」

床に転がったまま、イワンは叫ぶように声を上げた。
その顔には恐怖の表情が張り付いている。
ああ、矢張り弱者が恐怖し絶望しながら自分を見上げるのはいい気分だ。

「我は秘密結社ブレイカーズ大首領『剣神龍次郎』である」

愉悦を噛み殺し、龍次郎は外行き用の軍人口調で答えてやった。
彼は公の場では大首領としての威厳を見せるために態と堅苦しい口調を使う。悪の首領もイメージ戦略が大事なのだ。
(ちなみに彼が素の口調であるべらんめえ口調を使うのは独白する時と親しい者と話す時だけである。
 だからこの秘密は現在ではチャメゴンと大神官ミュートスしか知らない)

「ひっ、ひぃぃ!」
イワンは悲鳴を上げ、逃げようとする。
が、体が言うことを聞かないのか、その場で芋虫のようなダンスを踊るだけに終わった。

(何してやがんだァ? コイツは――)

その動きに不信を抱きつつ、龍次郎はイワンの手に握られている紙片に注目した。
近づいて分捕る。イワンは指先にも力が入らないのか、あっけなく紙を奪い取ることができた。

紙片には、『妖刀無銘』なるナイフに関しての説明文が記されていた。




まずい。この男はまずい。
イヴァンの体から血の気が引いていった。

暗黒街のエリートとして、イヴァンは今までに数え切れないほどの極悪人と面識を持っている。
ヴァイザーやアサシンのような殆ど人知を超えた超人魔人と言うべき存在の事も知っている。
しかし目の前の男、国際的テロリスト組織『ブレイカーズ』の大首領・剣神龍次郎はそれらの怪物たちと比べてなお規格外の存在だった。
又聞きでこの男の話を聞いた時には、世界征服なんて目的を本気で掲げている傍迷惑な誇大妄想狂だと鼻で笑っていたイヴァンだったが
こうして遭ってみると、まるで太古に絶滅したはずの巨大肉食恐竜と向かい合っているような、生物レベルでの危険信号を全細胞が送ってくる。
百戦錬磨のイヴァンすら圧倒する気力を、この大首領は発していた。

「成程、詰り貴様はこの妖刀無銘とやらを持った輩に敗北し
 今は床に転がって、その様な醜態を晒しているという訳か」

既に大首領がイヴァンを見る目は、取るに足らない塵芥を見下す目となっている。

「ま、待ってくれ!話し合おう!
 俺は『組織』のイヴァン・デ・ベルナルディだ!」
イヴァンは思い切って自分の身分を明かす、が、大首領の侮蔑の視線に変化は無い。


589 : 最後に君臨する覇者 ◆dARkGNwv8g :2014/05/15(木) 00:04:56 wMNzUDtg0
「妖刀を使って貴様を斬った者は誰だ。教えろ」
「あ、ああ、アサシンってケチな殺し屋さ。あの間抜け、その説明書を依頼書だと勘違いしたんだ」

麻痺の中で唯一まともに動く動く口で答えつつ、イヴァンは何とか目の前のこの男を殺す手段はないかと考えを巡らせていた。
得意の早撃ちはどうだ!? 駄目だ この麻痺した指では撃つ前に殺される!!
そもそもコイツは改造人間らしいが、改造人間って普通の銃撃で殺せるのか!?

「アサシンの奴、同業者のよしみで俺が油断した所を襲ってきたんだ。全く狡い野郎だよ――」
大嘘を吐きながらも、イヴァンはたった一つしかない結論を何度も頭の中で反駁する。
しかし、どうやら手はこれしかないようだった。


「そ、そんなことより大首領閣下!閣下と私で共に力を合わせましょう!
 貴方のブレイカーズと私の『組織』が手を結べば無敵!あの革命キチガイなど恐るるに足りません!」

唐突に口調を変えると、イヴァンは大首領に思いきり擦り寄った。
倒すのが無理である以上、剣神に殺されないためには奴の協力者になるしかない。
無論本当に協力する気は無い。一時的にこの場を凌げればいい。そうすればまだ打つ手はある。
きっと凌げる筈だ。自分には王座の運命が味方している。四年前の自動車事故だって、本来なら死んでいてもおかしくない大事故にも拘らず
自分は片目だけを犠牲にして生き残ることができた。今回も、この殺し合いもきっと――


「閣下の偉大な御御力に、微力ながらこのイヴァンも協力致します!
 我ら二人の力を以ってすれば、こんなふざけたバトル・ロワイアルなど潰ぶぶっ!!」

必死で阿ろうとするイヴァンの声は、しかし最後まで言い終わることなく途切れさせられた。
倒れたままのイヴァンの顔面を、大首領の軍靴が踏み付けた為である。

「協力するだと?
 説明書と依頼書を間違えるマヌケに騙されて敗北を喫した貴様の如き敗残者が――」
「うごごごごごおおおおおお!!!!????」
塵を踏み躙るように押し付けられる靴の下で、イヴァンは声にならない悲鳴を上げていた。
(だ、駄目だ――コイツにおべんちゃらは通じねえ!こ、殺される!!)


590 : 最後に君臨する覇者 ◆dARkGNwv8g :2014/05/15(木) 00:05:33 wMNzUDtg0

「しかも一定時間が経過すると無差別殺人者になる精神疾患付きとはな。
 敗残者の上に時限式の欠陥品とは、つくづく救い難い……」
「あがああああああああああああああ」
「弱者は死ね」
「おげええええええええええええええ」

頭に置かれた靴に篭められる力が徐々に強くなり、イヴァンの頭蓋が軋んだ。
自分の意志とは無関係に口から声が漏れた。
股間から尿が迸り、高級ブランドのズボンを濡らすが、自分では止められない。
目の前が真っ赤になり、世界が遠くなっていく。何も考えられなくなっていく。

(馬鹿な 莫迦な そんなバカな
 俺はこんなところで死ぬのか? 闇の世界の頂点に君臨するはずだった俺が
 運命が みかた していた筈の 俺が
 こんな所で 虫けら みたいに
  いやだ なにか なんでもいい
     たすかる  しゅだん    ほうほう
      ばっぐ     なか       
                     きゅう     ひ      )








「そうだ。殺す前に貴様にもう一つ質問がある」

急に、頭蓋に加えられていた圧力が失せた。

「かはッ」

鬱血したままでイヴァンが頭を動かすと、大首領は相変らず塵を見るような目のままで彼を見下している。

「我が部下の大神官ミュートス……白いローブを着た金髪碧眼の女だ。
 そして大変愛らしくて大変賢いチャメゴンという名のオスのシマリス。
 この二名に関して、この島に転送されてより何事か見聞きしたか。答えろ。
 拒絶や虚偽の答えを述べた場合はより惨い最期を迎えることになると心得ておけ」

自分はこの男に殺される、だがこれはラストチャンスだ、この場から逃れる
この場から逃げる
生き残る
その為には――





「――は――ねえ」
「ん?」

イワン…いやイヴァンか
ドス黒く鬱血したままのイヴァンの唇が何事か不明瞭な音を漏らした。
龍次郎が思わず聞き返した、その瞬間、イヴァンが顔を上げた。

その顔つきは一変していた。そこには先程まであった恐怖も、媚び諂う笑みもない。
絶望的なまでに生きようとする意志が、追い詰められた男の顔に張り付いていた。

「俺は死なねえ!!
 俺はこんな所では終わらねえ!!
 最後に玉座を手に入れるのはテメェじゃねぇッ!!このイヴァン・デ・ベルナルディだァァァァ――!!」


591 : 最後に君臨する覇者 ◆dARkGNwv8g :2014/05/15(木) 00:06:16 wMNzUDtg0

「――お前ェの最後の言葉ぁそれでいいんだな?」
冷めた目のまま、龍次郎は片足を上げる。
今度こそ力を篭めて、一踏みでイヴァンの頭蓋を粉砕する。
言葉が素のべらんめえ口調に戻っているが、なに、気にすることはない。
この場には彼とこの男しかいないし、どうせこの男はもうすぐ死ぬ。その運命は確定しているのだ。


龍次郎が脚を踏み下ろそうとした瞬間、イヴァンの麻痺している腕が今までの動きからは信じられないほどの速さで動いた。
イヴァンは己のバッグから、何か輝くものを取り出した。輝くもの、刃だ。

(ナイフかァ――だが無駄だ)

イヴァンの手の動きは素早いとはいえまるで本調子の速度ではない。
ナイフの刃が龍次郎に突き立てられるより先に、龍次郎の足がイヴァンの頭を踏み抜く。
また仮に斬りつけられたとしても、奴の麻痺したへな猪口の力では、いかに研ぎ澄まされたナイフを使っても
龍次郎に傷をつけることは出来まい。よくて軍服を少々切り裂く程度だろう。


ナイフを握ったイヴァンの頭に向けて、龍次郎の足が踏み下ろされる。

その寸前、イヴァンは


自分自身の身体にナイフの刃を突き立てた。


(何ィ――――!?)

突然なイヴァンの自殺に、流石の龍次郎も心の中で叫び声を上げる。
他人の手にかかって殺されるくらいなら潔く自死を選ぶ。この男にもその程度の誇りが残っていたのか。
しかし既に踏み下ろされた龍次郎の足は止まらず、自身をナイフで刺したイヴァンの頭部を今まさに砕かんとする。




その時、イヴァン・デ・ベルナルディの姿が忽然と消えた。





「何ィィィィ――――!!?」

今度こそ、龍次郎は口に出して思わず叫んだ。
それと同時に、踏み下ろした彼の足は床板をブチ破っていた。






「如何いうこったこりゃァ……」

軍人口調にするのも忘れて、龍次郎はつい数瞬前までイヴァンが横たわっていた筈の床を呆然と見つめる。
確かにそこにあったはずのイヴァンの肉体は、まるで煙か幽霊のようにこの山荘内から掻き消えてしまっていた。


592 : 最後に君臨する覇者 ◆dARkGNwv8g :2014/05/15(木) 00:06:56 wMNzUDtg0
何らかのトリックか、姿を消して龍次郎を狙っているのかと思って身構えたが、どうもそういうわけでもないらしい。

(ワケがわからねぇ……こいつァ奴の能力か何かなのか?
 否ぁ、んな力があんならもっと早くに使ってた筈だ。それなら――――)

龍次郎はイヴァンが倒れていた辺りに抜け穴でもあるのかと、自分でもバカバカしいと思いながらも一応調べてみる。
すると彼の倒れていた陰に、一枚の紙片を発見した。

(また紙っキレか……ちゅうことはまた――――)

その紙はまたもや支給品の説明書だった。


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【サバイバルナイフ・魔剣天翔】
このナイフで刺した参加者を、身につけている物品ごとバトルロワイアル会場の何処かにワープさせます。
ワープする場所は地図上内で完全にランダムです。とんでもない所に転送される可能性もあるのでご承知ください。
一度ワープさせた参加者は、もう一度刺したとしてももう二度とワープできません。
また、参加者以外は生物無生物問わず刺してもワープ効果は起こりません。

ps.このナイフは非殺傷使用なので普通に切ったり刺したりということには全く使えません。あしからず。

主催陣営より♡
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「……要するに、奴ぁ支給品の力で逃げたッつーことか」

ヘッと吐き捨てると、龍次郎は説明書を丸めて投げ捨て、山荘を出て行った。
イヴァンを討ち漏らしたことは不快だが、まぁあの程度の小物など放っておいても構わない。
どうせ遠からずこの殺し合いの中でくたばるだろう。

既に興味を失った山荘に背を向けて、大首領は再び目的地に向けて歩き始める。

その恐怖が及ぶ先は、研究所か。
或いは放送局か。
もしくは、そのどちらでもない第三の場所か。

何処に向かうにせよ確かなことは、彼こそがその場を支配し、君臨するということだ。
彼の名は剣神龍次郎。秘密結社ブレイカーズの大首領である。

【F-7 山荘/深夜】

【剣神龍次郎】
[状態]:健康
[装備]:ナハト・リッターの木刀
[道具]:基本支給品一式、謎の鍵
[思考・行動]
基本方針:己の“最強”を証明する。その為に、このゲームを潰す。
1:研究所か放送局か、どちらかを目指す。
2:協力者を探す。首輪を解除できる者を優先。ミュートスも優先。チャメゴンも優先。
3:役立ちそうな者はブレイカーズの軍門に下るなら生かす。敵対する者、役立たない者は殺す。
※この会場はワールドオーダーの拠点の一つだと考えています。
※怪人形態時の防御力が低下しています。
※首輪にワールドオーダーの能力が使われている可能性について考えています。
※妖刀無銘、サバイバルナイフ・魔剣天翔の説明書を読みました。


593 : 最後に君臨する覇者 ◆dARkGNwv8g :2014/05/15(木) 00:07:37 wMNzUDtg0





サバイバルナイフ・魔剣天翔を突き刺したイヴァンが転送されたのは
地図上でC-5に当たる地区に建つ病院の地下二階、他所の喧騒が及ばぬ霊安室の中空だった。
ちょうど初山実花子という少女が辞したばかりの室内に忽然とワープしてきたイヴァンの身体は
床から1m弱くらいの高さに出現した。
イヴァンの身体はその後当然ながら重力に従って霊安室の床に落下し
麻痺のせいで受身もとれない彼は寝そべった態勢のまま思い切り床に全身を叩きつけられた。

ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォン!

「ぐえっ」
轟音と共に全身を衝撃が襲い、イヴァン・デ・ベルナルディはそのまま意識を手放した。

扉の前にいた少女は突然の轟音に驚き、霊安室の中を覗くことなくその場から逃げ去っていった。
こうして霊安室の中には、動かなくなった男が一人取り残された。

その身体に突き刺さったナイフ……突き刺さっているように見えたナイフは、イヴァンの身体を離れて床に転がり、乾いた音を立てた。
その様子を見守っているのは、冷たい電灯の光だけだった。






「ぐっ……が……」

どれほどの間気を失っていたのか。
イヴァンはどうしようもないほど痛む全身に呻きながら周囲を見回す。
そこは彼がいた山荘ではなかったし、あの剣神龍次郎もいなかった。

(あのナイフの効果……本物だったのか)

最初に説明書を読んだときは笑えないジョークグッズだと思って仕舞い込み、すっかり忘れていたが
妖刀と同様に、このサバイバルナイフには本物の謎の力が宿っていたらしい。

(ここは霊安室……つまり俺がいるのはC-5の病院内か……)
周囲の様子から自分のいる場所を確かめると、彼は痛む身体を引き摺って
死者を安置する寝台の下の暗がりに身を押し込める。

(どの程度気絶していたかはわからんが――
 意識を失っていた俺がまだこうして生きているということは、この部屋は取り敢えず安全なのだろう。
 ならば今は身体を休め、麻痺から回復するのだ……。
 あと数時間……いや、立ち入り禁止区域が発表される六時の放送まではここで休もう。
 今は――逃げても――俺は――必ず――――頂点に――――――――)

そして再びイヴァンの意識は闇に溶けていった。

しかし、果たしてイヴァンの思惑通りに事が運ぶだろうか。
この霊安室は本当に安全な場所なのか。
第一回放送までに、彼は再び目を覚ますことが出来るのか?
そして……剣神龍次郎の存在によって大きな恐怖を受けた彼の精神は、彼の目論見どおりにマーダー病を克服することが出来るだろうか。

イヴァン・デ・ベルナルディの運命は、彼を玉座に運ぶのか。それとも――――

【C-5 病院地下二階・霊安室/深夜】

【イヴァン・デ・ベルナルディ】
[状態]:気絶中、精神的疲労、全身に落下ダメージ、マーダー病感染中
[装備]:サバイバルナイフ・魔剣天翔
[道具]基本支給品一式、トカレフTT-33、ランダムアイテム0〜1
[思考]
基本行動方針:生き残る
1:少なくとも禁止エリアが発表される第一回放送まではこの部屋に隠れる。
2:何をしてでも生き残る。
3:仲間は切り捨てる方針で行く。
※マーダー病に感染してしまいました。(発症まで残り4,5時間)


【サバイバルナイフ・魔剣天翔】
このナイフで刺した参加者を、身につけている物品ごとバトルロワイアル会場の何処かにワープさせます。
ワープする場所は地図上内で完全にランダムです。とんでもない所に転送される可能性もあるのでご承知ください。
一度ワープさせた参加者は、もう一度刺したとしてももう二度とワープできません。
また、参加者以外は生物無生物問わず刺してもワープ効果は起こりません。

ps.このナイフは非殺傷使用なので普通に切ったり刺したりということには全く使えません。あしからず。


594 : ◆dARkGNwv8g :2014/05/15(木) 00:08:06 wMNzUDtg0
以上で投下終了です。


595 : 名無しさん :2014/05/15(木) 00:49:58 dWobKwR20
投下乙です。
イヴァンさんホント見てて切ねぇ…
敵対者始末して次期ボス候補になれる辺りマフィアとしての実力はあるんだろうけど、
超人揃いのロワだと別に活かせる要素でもないのがますます悲しくなってくる…


596 : ◆VofC1oqIWI :2014/05/15(木) 02:29:45 dWobKwR20
尾関裕司、裏松双葉、スケアクロウ
ゲリラ投下します


597 : Hyde and Seek ◆VofC1oqIWI :2014/05/15(木) 02:30:51 dWobKwR20

「―――あれ?」


I-9、ショッピングモール近辺の商店街。
新たな肉体を手に入れた(ついでに変態を殴り飛ばした)この俺、
『尾関裕司』改め『ユージーちゃん』はぽかんとしていた。

「鵜院さん?」

周囲をきょろきょろと見渡してみる。
いない。忽然と姿を消している。

「バラッドさーん?」

少し声を張り上げて呼んでみる。
返事は返ってこない。やっぱりどこにも姿は見えない。

「…ピーター、……さーん?」

一応ピーターの名前も呼んでみる。
呼び捨てにしようかと思ったけど一応さん付けで。
結果、無音という名の返事だけが戻ってくる。
予期せぬ状況に俺は困り果ててしまった。

トイレ後の待ち合わせ場所である洋服屋前に誰もいないのだ。

―――どうゆうことだコレ。もしかして俺を無視して先に行っちゃったのか?
流石にションベン長過ぎたかな?…バラッドさんとか怒っちゃった?
いやいやいや、鵜院さんとかめっちゃいい人だったし女の子一人置いてくワケないって。
バラッドさんもぬいぐるみに興味津々の愛嬌ある人(?)だったし、そこまで薄情じゃないだろ。
たぶん。


598 : Hyde and Seek ◆VofC1oqIWI :2014/05/15(木) 02:31:19 dWobKwR20
(もしかして、俺を脅かす為のドッキリか?)

そんなポジティブな発想を頭の中に浮かべた。
しかし多分有り得ないだろう。
一応殺し合いの場なんだし、三人ともそんなおふざけをするようなタイプでもなさそうだし。
じゃあ何で忽然と姿を消しているんだ?

「…………」

考えた所で理由なんて浮かばない。
そりゃあそうだ。見当自体が全くついていないんだから。
もしかしたら殺しに乗ってる奴に襲い掛かられて…とかみたいな深い理由なのかもしれないが。
ともかく、一人置き去りにされた今の俺がやることは一つ。


「…よーし!このザ・ニューユージーの披露も兼ねて探しに行ってやるぜ!」


待ってろよ、皆!
とっとと合流して俺のパーフェクトボディーを見せなくっちゃあな!


599 : Hyde and Seek ◆VofC1oqIWI :2014/05/15(木) 02:32:47 dWobKwR20
>>>>>>>>>>>>>>>>>



くらくらと歪んだ感覚が目覚める。
直後に認識したのは、ピンとが合わないレンズのようにぼやけた世界。
まるで無理矢理眠りから起こされた時のような不快感が頭の中に滲む。
先程までの記憶がはっきりしない。
一体私は、どうなったんだろうか?


「…う、うぅ…………ん……………」


『青年』の肉体を持つ『少女』―――裏松双葉は、少しずつ意識を取り戻し始める。
漸く世界への認識がはっきりと確立し始めたのだ。
そうして双葉はパチパチと目を瞬かせながら現状を把握し始める。

「…あれ…、私……そういえ…ば……!」

その時、双葉はハッとしたような表情で周囲をきょろきょろと見渡す。
彼女は見ての通り、先程まで女子トイレ内で気絶していた。
同行者である「天高星」と合流すべく女子トイレまで赴いたのが発端だ。
尤も、彼女が女子トイレで出会った天高星は『天高星が入れ替わっていた裏松双葉の肉体へと更に入れ替わった尾関裕司である』という大変ややこしい事態になっていたのだが、
無論双葉はそのことを知らずに『裕司』に話しかけた。
その際に訳あって(しかし双葉にとっては切実な)セクハラ発言をしてしまい、誤解から裕司に殴り飛ばされ…こうして今に至る。
急所である顎を殴られたものの素人のパンチであった為、気絶から目覚めるまで然程時間はかからなかった。
不幸中の幸い…かもしれない。


「天高先輩!…天高先輩っ!?」


そんな彼女は目覚めてすぐに立ち上がり、自分を殴った同行者の名を呼ぶ。
しかし当然の如く返事は返ってこない―――双葉の背筋が凍るような感覚が走った。
完全に天高先輩の怒りを買ってしまった。そう思い込んだのだ。

(まずい、まずい、まずいまずいまずい――――!)

彼女の中で再び焦燥と動揺が渦巻き始め、汗が頬を流れ落ちる。
殺し合いの場で元の肉体を持つ天高を見失ってしまったのだ。
そう、いつ誰に殺されるかも解らないこの島の中で!
ぞっとするような思いが胸に込み上げる。

もし、彼がショッピングモールを後にしていたら。
もし、彼が肉体に構うこと無く自分を見捨てていたとしたら。
もし、彼が自分の知らない場所で『死』を迎えていたとしたら――――

(早く探さないと!このままだと、本当に…!)

底知れぬ焦りが胸中に込み上げる。
『二度と元の肉体に戻れなくなるかもしれない』という事態が彼女の不安と恐怖を駆り立てる。


600 : Hyde and Seek ◆VofC1oqIWI :2014/05/15(木) 02:34:17 dWobKwR20

(嫌だ!元に戻れなくなるのだけは!そんなの、絶対に嫌だ。怖い、怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い――――)


その恐れは双葉の心を強引に後押しする。
すぐさま彼女は女子トイレから立ち上がり、移動を始めようとした―――のだが。


(人?もしかして…!?)


走り出そうとした双葉は、女子トイレの外に人影が見えることに気付いた。
誰だろう―――一瞬そう思った彼女が連想したこと。
『もしかして、天高先輩が戻ってきたのでは?』という期待。
落ち着いて思考すれば別の回答を出せたかもしれない。
しかし、焦燥に駆られて冷静な判断力を失っていた彼女に考える暇など無かった。


「―――天高先輩っ!!?」


彼女は淡い希望に満ちた表情で駆け出す。
もう二度と合流出来ないような気がしていた同行者が戻ってきたかもしれないのだ。
宛の無い虚空に放り出されかけていた彼女が安堵を覚えるのは当然だった。
しかし、『人影』は何も返答を返さない。
そのことに双葉がほんの少しだけ違和感を感じた時。



『人影』は女子トイレの中へと『何か』を投げ込む。



「…えっ?」


カラン、カランと床を転がる『何か』。
呆気に取られた様子で足下に目を向ける双葉。

「……これって、」

ぽかんと口を開けた時にはもう遅い。
一度は彼女が思った『永遠に、永久に、元の自分自身の肉体に戻ることが出来ない』という想像。
それは予期せぬ形で果たされることになる。





「残念、人違いでしたァ―――――けははははッ」





下品な笑い声が双葉の耳に入った直後。
彼女の視界は、強烈な爆炎に包まれた。


601 : Hyde and Seek ◆VofC1oqIWI :2014/05/15(木) 02:35:58 dWobKwR20
>>>>>>>>>>>>>>>>>



女子トイレの床が、壁が、個室の扉が、無惨に焼け焦げていた。
『人影』が投擲したのは焼夷手榴弾。
対象を燃焼することを目的とした軍用兵器。
ピンを抜かれて投げ込まれたそれは女子トイレの内部を焼き付くし。



「………ア……あァ…………ァ……………」



少女が持つ青年の肉体を、微かに抱いた希望を、無惨に焼き尽くした。
地面に俯せに倒れた彼女の姿は見るに絶えないものだった。
衣服の大半は焼かれ、殆ど全裸に近い状態だ。
そして両腕、両足、胴体、顔―――ほぼ全身を余すこと無く爆炎によって焼かれた。
黒く焼け焦げ壊死した皮膚は最早死体同然にさえ見える。
特に顔面には重度の大火傷を負い、人相の判別は完全に困難になっていた。


「もォーしもーし。生きてまーすかァーーーーーーーーーー?」


案山子のような覆面を被った『人影』―――『スケアクロウ』が女子トイレの中へと足を踏み入れる。
俯せに倒れる双葉の前に立ち、どこか戯けた様子で彼女の姿を見下ろしていた。

「………あ゛…ア゛……がァ……ッ……」
「おォ?生きてんだその傷で?凄ェなオイ?人間サマって結構しぶといのなァ――――――!」

言葉にならぬ声を上げる双葉。
爆炎によって失われた顔を辛うじて動かし、近付いてきたスケアクロウを見上げる。
それを見下ろすスケアクロウの声色はどこか軽妙で、愉しげであり。


「………だず…………げ………………」


「あ?」


「ごろ……ざ………な…………で」



掠れた声と共に、双葉の右腕が弱々しく伸ばされる。
彼女の命は風前の灯。
元の身体のことも、天高のことも今の彼女の頭には無い。
ただ死への恐怖と絶望だけが彼女の意識を支配していた。
底知れぬ闇の中へと飲み込まれつつある感覚を只管に畏れていた。
故に彼女は、目の前のスケアクロウに向けて『救い』を求めるが。




――――焼け爛れた顔面が、容赦無く踏み躙られた。





「ッせぇな、ゴミ野郎」


602 : Hyde and Seek ◆VofC1oqIWI :2014/05/15(木) 02:38:01 dWobKwR20

悪党は天へ向かって叫ぶ。“助けてくれ!”と。
断罪者は答える。“嫌だね”と。
突きつけられた答えは残酷なものだった。

駄目押しと言わんばかりに、双葉の顔に蹴りをもう一発。
ぐしゃりと鼻の骨がへし折れる音がした。

双葉の首が力を失い、がくりと冷たく熱を帯びた床に頭が落ちる。
最早何もかもおしまいだ。
彼女の中の希望は、完全に打ち砕かれた。
じわり、じわりとその意識は絶望の沼へと落ちていく。
そんな双葉の思いなど、彼に取っては知った話ではなかった。






「ンな気色悪ィツラで生きてんじゃねえよ、吐き気がする。さっさと死ねや」






―――裏松双葉が最期に目にしたものは、手斧を振りかぶる『案山子』の姿だった。




【裏松双葉 死亡】


603 : Hyde and Seek ◆VofC1oqIWI :2014/05/15(木) 02:39:06 dWobKwR20
>>>>>>>>>>>>>>>>>


(あー、疲れた)

女子トイレ内で血塗れの手斧を握り締め、スケアクロウは『死体』を見下ろす。

(やってみたはいいものの、やっぱ上手くいかねェわ)

裏松双葉――肉体は天高星のものだが――の死体は凄惨な状態へと変貌していた。
全身に大火傷を負い、衣服の大半を焼き焦がされた死体の四肢は乱雑に切断されている。
切り落とされた手足の周囲には肉片や皮膚、血液が塵のように散らばっている。
手斧で執拗に斬り付けた顔面は叩き割られた西瓜のように潰れており、ただでさえ判別が困難だった人相が完全に解らなくなっている。

(まァいいか。何事も経験って奴だ…クズ共を殺すならこれくらいが丁度いい)

悪趣味な殺人現場と化した女子トイレだが、スケアクロウに裏社会の人間のような異常嗜好がある訳ではない。
単に「案山子の断罪の模倣」をしただけだ。
かつて『槙島幹也』の目の前で借金取り達を断罪した時も案山子はこうやって猟奇的な死体を作り上げていた。
彼はその真似をしてみただけ。
死や殺人への抵抗感が欠落した彼にとっては躊躇も無く行えることだった。

(そういや、もうすぐ放送か)

そんな中でふと現在の時刻のことを思い出す。第一回放送が目前に迫っているのだ。
最早裏松の死体には目を向けておらず完全に興味を失っている。
そのまま彼はゆらりとした足取りで女子トイレから出つつ、今後の方針について思考した。

(悪を殲滅するのは確定事項だが、取りあえずもう一つ面白ェ目標が出来たからな…。
 やっぱり俺が『案山子の手記』を引き当てるなんてツイてるぜ、ヒヒヒッ)

スケアクロウは心中でほくそ笑み、トイレの近くに存在する階段へと腰掛ける。
彼に支給されたもう一つのランダムアイテム。
それは「案山子の手記」。あの断罪者が日々の記録を記したノートだったのだ。
麻生時音の殺害後、休息を取っていた際に彼はその内容を読んだ。
標的に選んだ犯罪者の情報。犯罪者の断罪記録。極稀に些細な日常の出来事。
淡々とした文体ながら、時には犯罪者への罵言雑言や皮肉も織り交ぜられている。
言語自体は日本語だが、恐ろしく乱雑な字体で書き連ねられていた。
その手記を読み進めた中で、一つ目についた名前があったのだ。

(『鴉』とかいう殺し屋…あの手記に何度も書かれていた。名簿にも鴉って名前は載っている)


604 : Hyde and Seek ◆VofC1oqIWI :2014/05/15(木) 02:39:58 dWobKwR20
『鴉』。
案山子を幾度と無く挑発し、凄惨な犯罪を繰り返す殺し屋。
裏社会の情報に全く精通していないスケアクロウにとって初めて知る存在だ。
手記によるとあの案山子でさえ足取りを掴み切れずに何度も取り逃がしているという。
名簿にも『鴉』という名前は存在していた。
案山子もこの殺し合いに巻き込まれているのだ。参加しているのは間違いなく案山子と縁のある『鴉』だろう。


(鴉とかいう野郎を探し出す。案山子よりも先にだ。
 そして、このスケアクロウが―――――徹底的にブッ殺してやる)


鴉の殺害。
それは案山子ですら成し得ていない断罪。
あの案山子から逃げ延び続けている悪党―――己の力を示す為の相手として最適だろう。
故に彼は「鴉の殺害」を当面の目標とすることにしたのだ。

(『こいつ』で探し出したいモンだが…まぁ、上手くは行かねえだろうな。
 近くにいる参加者しか捕捉出来ない上、個人の特定も無理だからな…使えることに変わりはねェが)

そう思いつつ、スケアクロウは自らの右腕を見る。
彼の右腕に腕時計のように羅針盤が巻き付けられていた。
「生命探知の羅針盤」。一瞬のマジックアイテムであり、焼夷手榴弾と同じく麻生時音のデイパックから回収した支給品だ。
近くにいる参加者を一人探知し、その方角を指針で正確に知らせる機能を持つ。
指針の側には目盛があり、探知した相手との距離や高低差すら正確に計測する。
スケアクロウが女子トイレ内にいる裏松双葉の存在を探知出来たのはこの支給品を装備していたからだ。
一見暢気に殺人現場の近くに居座っているように見えるが、度々羅針盤を確認しており決して警戒を怠っていなかった。

(ま、今は一先ず放送だ。鴉に関しては宛もねェからな…それに)

心中でそう呟いた後、スケアクロウは羅針盤へと目を向ける。
哀れな少女を死に追いやった指針は、再び別の方角を指していた。
それを目にする彼は正義の覆面の下でほくそ笑む。
獲物を捉えた断罪者は、歪な愉悦の笑みを浮かべていた。



(まだまだ退屈せずに済みそうだぜ、ヒヒヒッ―――)



【I-9 商店街・ショッピングモール/早朝(放送直前)】
【スケアクロウ】
[状態]:高揚、全身の至る所に打撲、肋骨にヒビ
[装備]:手斧、コルト・ガバメント(8/8)、生命探知の羅針盤
[道具]:焼夷手榴弾(4/5)、案山子の手記、ランダムアイテム0〜1(確認済)、予備弾倉×1、基本支給品一式×2
[思考]
基本行動方針:正義執行。悪を殲滅し、第二の案山子となる。
1:第一回放送を聞いた後、接近しつつある他の参加者を殺す。
2:正義である自分こそが生き残るべき存在。よって生還の妨げとなる他の参加者(=悪)は全員殺す。
3:鴉を探し出して断罪する。
4:あの黒尽くめ(茜ヶ久保)もいつか必ず殺す。
[備考]
※「生命探知の羅針盤」「焼夷手榴弾」は麻生時音のランダムアイテムです。
※生命探知の羅針盤が尾関裕司を探知しています。

※焼夷手榴弾の爆炎によって裏松双葉の基本支給品が焼失しました。
サバイバルナイフ・改、ランダムアイテム0~2は死体の側で焼け焦げた状態で放置されています。
ランダムアイテムは基本支給品同様、焼失している可能性もあります。

<焼夷手榴弾>
麻生時音に支給。
攻撃目標を燃やすことを目的とした手榴弾。
テルミット反応を用いて激しい燃焼を起こす。

<生命探知の羅針盤>
麻生時音に支給。
外見は掌サイズの羅針盤でありベルトによって腕時計のように装着出来る。
近くにいる生存者を探知し、その方角を指針によって知らせる機能を持つ。
指針のすぐ側には目盛が存在しており、探知した生存者との距離や高低差を正確に計測し表示する。
ただし一度に探知出来るのは一人だけ。

<案山子の手記>
スケアクロウに支給。
悪の断罪者「案山子」が日々の出来事を記しているノート。
主な内容は犯罪者の情報、断罪の記録等だが極稀に日常の些事に関するものも見受けられる。
淡々とした文体で書き連ねられているが時には犯罪者に対する罵言が織り交ぜられている。
また、相当に乱筆。文章は日本語だがこれがオリジナルの手記であるかどうかは不明。


605 : Hyde and Seek ◆VofC1oqIWI :2014/05/15(木) 02:41:04 dWobKwR20



「……………」


――――いない。
マジでどこにもいない。
鵜院さんが。バラッドさんが。ついでにピーターが。
商店街のどこを探しても見当たらない。


「…マジでどうしよう、これ」


今に至るまで、ユージーは商店街をくまなく探索していた。
およそ数十分に渡る小さな冒険である。
しかし、鵜院達の姿が見つかることは無かった。
最初にユージーとしての衣服を拵えた洋服屋にも、その近くにあった化粧品店にも、バラッドさんがちょっと興味を持ちそうな人形屋にも、
そこそこいい雰囲気の料理店にも、ショッピングモールに商売で負けてそうな小さなスーパーにも――――どこにもいないのだ。

「つか、え、これってもしかして、ホントに置いてかれた?」

頭をぽりぽりと掻きながら漸く危機感を覚え始めるユージー。
広大な殺し合いの場にて、たった一人取り残されたのだ。
正直ヤバい。生き残れる気がしない。つーか死ぬ。
さっきまでは暢気に「ニューユージーを披露する為に俺が探してやるぜ!」とか言ってたけど。
ぶっちゃけ、このまま一人で会場を動き回るのは正直不安で仕方が無い。
探すにしても、宛が無い―――


「いやいやいや。一応あるだろ」


首をぶんぶんと横に振ったユージー。
やっぱり鵜院達が自分を見捨ててどこかに行くとは思えなかったのだ。
もしかしたら、中々戻ってこない自分を心配してショッピングモールへ向かったのかもしれない。
一か八かだが、もう一度ショッピングモールに戻ってみる価値はあるだろう。

(…鵜院さん達のこともあるけど、あの変態野郎もぶっ倒れてるだろうしな。
 勢いでブン殴っちまったが、流石にあのまま放っておくのも酷だろ。自業自得だけど、うん)

あくまで主な目的は鵜院達との合流だが、ユージーは女子トイレで出会った謎の変態のことをふと思い出した。
今頃女子トイレで気絶しているのだろう。
あの時は無駄に驚いた勢いでぶん殴ってしまったが、正直気絶したまま放置は申し訳ない気がしてきた。
それ故に一応彼のことも見に行ってやることにした。
一応だけど。


606 : Hyde and Seek ◆VofC1oqIWI :2014/05/15(木) 02:41:54 dWobKwR20

再び進路を定めたユージーは、意気揚々と駆け出す。
向かう先はショッピングモール。


「とにかく、今度こそ待ってろよ皆!さっさとザ・ニューユージーを披露したくてウズウズしてるんだぜ!」


暢気にそんなことを口にしながらユージーは商店街を走る。
不安を感じているのも確かだが、それを振り払うかの如く明るく振る舞っていた。


―――そんな彼は知らない。向かう先のショッピングモールに、最悪の断罪者が待ち構えているということを。


【I-9 商店街/早朝(放送直前)】
【尾関裕司】
[状態]:裏松双葉の肉体(♂)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、天高星のランダムアイテム1〜3
[思考・行動]
基本方針:あれ?みんなどこ行っちゃったの?
1:取り敢えずバラッド達と合流出来ることを祈ってショッピングモールに戻ってみる。
2:バラッドさん、鵜院さん(あとついでにピーター)にザ・ニューユージーを披露する。
3:どうよこの女顔。どうよこのロンギヌス。
4:次は童貞卒業を目指す。
5:一応心配だし、オナニーを促してきた変態野郎の様子も見に行ってやるか。
※第一回放送のことを忘れています。


607 : ◆VofC1oqIWI :2014/05/15(木) 02:42:44 dWobKwR20
投下終了です。
期限超過をしてしまい申し訳ございませんでした。


608 : 名無しさん :2014/05/15(木) 21:19:22 MlapfMSE0
投下乙です!
双葉ちゃん不憫……
中学生女子組はこれで全滅か


609 : ◆H3bky6/SCY :2014/05/15(木) 23:47:21 SUyd722M0
遅くなりましたが投下します


610 : 第五十二話 恐怖!怪人覆面男の正体!! ◆H3bky6/SCY :2014/05/15(木) 23:49:25 SUyd722M0

「シルバー・トランスフォーム!」

氷山リクの叫びに腰元のベルトの音声認識が反応し、その体内に埋め込まれたシルバーコアが起動する。

[Authentication Ready... ]

機械音と共に変身プログラムが作動。
暗闇に淡い銀の輝きが浮かび、その光がリクの全身を流れるように包みこむ。
エネルギー装置であるシルバーダイナモが活性化し、身体能力が引き上げられる。
光は四肢の先端から集約してゆき、構成物質が塗り替えられてゆく。

[Transform Completion]

これらの変換作業は瞬きの間にも満たない一瞬の出来事である。
晴れた光の中から現れたのは、メタリックな強化服に包まれ首元に白いマフラーをはためかせた白銀の騎士。
それは数多のヒーローの中で唯1人、政府から実力行使を認められた『政府特別公認英雄』。
悪を討つ白銀の刃。その名も。

[Go! ―――――Silver Slayer]

銀の仮面を被る白銀の騎士に対するは、黒い覆面を纏った漆黒の怪人。
無差別に幾多の人間を殺害してきた都市伝説、覆面男。
変身の間に距離を詰めた怪人が、錆びつき血のこびり付いた大鋏を振り上げる。
叩きつけるような豪快さで振り下ろされる大鋏を、シルバースレイヤーは瞬時に腰元のシルバーブレードを抜き受け止める。

「ぐっ」

受け止めたものの、凄まじい衝撃がシルバースレイヤーの両手を襲う。
何と言う怪力。
シルバースレイヤーの体が圧力に沈む。
特殊金属により生成されたシルバーブレードでなければ、刀身は欠け最悪折れていたことだろう。

そのまま鍔迫りのような形となり、覆面男は巨体を生かし上からリクを押し込んでゆく。
覆面男の剛力は、改造人間であるシルバースレイヤーを圧倒的に上回っていた。
このままいけば、その怪力を前に押し切られてしまうだろう。

だが、所詮そんなものはただの力押しに過ぎない。
ただの力押しで勝てるほどシルバースレイヤーは甘くはない。

シルバースレイヤーは手首を返し、押し潰さんとする圧力を受け流す。
あの遠山春奈にこそ及ばないものの、剣道家としての技量も一流である。
この程度の受け捌きなど造作もない。

前方へとかけた圧力を受け流され、バランスを崩した覆面男がたたらを踏んだ。
ベルトのボタンを押しながら、その背に向けて白銀の戦士が跳ぶ。
シルバーダイナモからエネルギーが右足に流れこむ。

[Right Leg Charge Completion]

月光を背にしたシルバースレイヤーの右足に銀の稲妻が迸る。

[Go! Silver Break]

急転直下の軌跡を描き、必殺のシルバーブレイクが炸裂する。
爆発するような衝撃が直撃し、覆面男の巨体が大きく吹き飛んだ。


611 : 第五十二話 恐怖!怪人覆面男の正体!! ◆H3bky6/SCY :2014/05/15(木) 23:52:02 SUyd722M0
だが、その豪快な光景とは裏腹に、着地したリクは仮面の下で違和感を感じる。
今の一撃は妙な感触だった。

(軽い…………?)

あの巨体で加えてあれほどの怪力ともなれば、かなりの重量があって然るべきだが、想像以上にその手応えは軽かった。
自ら飛び衝撃を殺すなどという、そんな器用な真似ができるとも思えないが。
大きく吹き飛んだように見えるが、宙を舞う綿毛を殴った所で効果がないように、おそらくダメージもそれほどではないはずだ。
そのリクの推測を裏付けるかのように、覆面男は何事もなかったかのようにムクリと立ち上がる。
のっそりとした怠慢な動きだが、ダメージによるものではないだろう。

何が飛び出すかわからない怪人を相手にするにあたって、この手の違和感を無視してはならないというが鉄則だ。
恐らく覆面男に打撃は通じないとみていい。
ならば斬撃で仕留めるまで。
そう考えを纏め、シスバースレイヤーはシルバーブレードを構えベルトを操作する。

[Silver Blade Charge Completion]

銀の刃が青白い輝きを帯びた。
シルバースレイヤーが夜の闇に銀の軌跡を描きながら、疾風のように加速する。

[Go! Silver Thrasher]

すれ違い様に横薙ぎに振るわれた一陣の銀光。
暗闇に一文字の残光が描かれる。

「――――地獄で詫びろ」

覆面男の丸太の様に野太い首が、パックリとがま口のように切り裂かれた。
首を完全には撥ねきれなかったが、首を中ごろから真っ二つにされて、生きていられる生物などいない。
ヒーローは怪人に対して当然のごとく圧勝した、かに思われた。

「なっ…………!?」

だが、それは間違いだった。
残心のためシルバースレイヤーが振り返った眼前に、巨大な腕が迫っていた。
驚きを得ながらも。反射的な動きでシルバースレイヤーはその腕を躱す。
だが、その腕は人間の関節構造では不可能な動きで稲妻のように折れ曲がり、シルバースレイヤーの動きを追い、その首をがっちりと捉えた。

「ぐッ!」

首を締め上げられ、体を持ち上げられながら、シルバースレイヤーは見た。
覆面男の正体を。

そこには、奇妙な光景が広がっていた。
端的に見たままを述べるなら、切り裂いた首元から黒い手が生えていた。
更に言うなら、切り裂かれた隙間から覗く先に肉体など無かった。
その中には黒い靄の様な渦が、蠢く様に満たされていた。

(そうか……こいつは、こいつの正体は…………ッ!!)

それはリクと同じ改造人間か、それとも魑魅魍魎の類か。
覆面男に肉体などなかった。
衣服の中にみっしりと詰まっていたのは黒い霧の様な不気味な何かだった。
それは黒煙というより粘ついたヘドロやタールの様に濁り、水に溶けた油のような不気味な斑模様が流動しながら揺蕩っている。
まるで怨念や憎悪を煮詰めたような、見る者に不気味な嫌悪感を抱かせる、先の見えぬほど濃い闇。

その正体が実体のない存在であると判明しようとも、その剛力は変わることはない。
シルバースレイヤーの首を締め上げる腕はその力を強め、強化服がミシミシと軋みを上げた。
強化服は弾丸などの瞬間的な衝撃には強いが、緩やかな圧力には意外なほどに脆い。
このままいけば強化服を破壊され、生身の喉ごと握りつぶされるのも時間の問題だろう。


612 : 第五十二話 恐怖!怪人覆面男の正体!! ◆H3bky6/SCY :2014/05/15(木) 23:54:12 SUyd722M0

「こ…………の!」

宙ぶらりんに拘束された体制のまま、シルバーブレードを振るって首を絞める手を切り裂くが、返るのは空を切る感触のみ。
煙を切ることなど叶わず、拘束はまったくと言っていいほど緩まない。

隕石から採取された特殊金属『コスモ・メタル』により精製されたシルバーブレードに斬れないモノはない。
だが、斬っても意味のない相手ともなると、さすがに相性が悪い。

これは煙を完全に吹き飛ばせるボンバー・ガールか。
それとも悪霊の類だというのならシュバルツティガーの領域である。

多種多様を極める怪人に対して対応できるあらゆる人材を網羅する。
ジャパン・ガーディアン・オブ・イレブンが11人もいるのにはそういう側面もある。

「……それでも、引けないってのがヒーローの辛いところだな、っと!」

シルバースレイヤーは圧力に抗いながら、右手を伸ばしてベルトを操作する。

[Left Hand Charge]
[Left Hand Charge]
[Left Hand Charge Over]

閃光と共にシルバースレイヤーの左腕が弾けた。
左腕へ溜めたエネルギーを意図的に暴発させたのだ。
爆風により、シルバースレイヤーを縛り付けていた闇の腕は一時的に霧散する。
その拘束が解けた一瞬を逃さず、素早く身を引き退避するシルバースレイヤー。
それに僅かに遅れて空中に霧散した闇の破片が再度集約してゆき、腕を模った。

予測通り爆発は有効である。
だが、ほとんど自爆技のため、これを繰り返すのは暴発した個所の負荷が高い。
何よりエネルギーの消費が激しいため多用はできない。
はやり正攻法で行くしかなさそうだ。

とはいえ倒すと決めたはいいが、現在の近接戦闘フォームのままでは覆面男に有効打を与えられないだろう。
今のところ具体的な打開策はない。なにか攻略法を考える必要がある。

しかし、バチンという音がシルバースレイヤーの思考に割り込むように鳴った。
覆面男が大鋏の繋ぎを外し二つに分けた音だ。
考えがまとまるのを敵が待ってくれるはずもなく、覆面男が動く。

二刀流となった大鋏に加え三本目の腕。
流石にこれを掻い潜るのは並大抵の事ではない。
だが、それをやってのけてこそ、最優と呼ばれるヒーローである。

覆面男の剛腕により豪快に振り降ろされる二刀。
これをシルバースレイヤーは一方を刀身で弾き、一方は身を屈めその下を掻い潜った。
そして残るは、縦横無尽の軌道をたどる三本目の腕。

「遅い――――!」

その腕が追いつくよりも早くシルバースレイヤーは駆け抜ける
そして、すれ違いざまに覆面男の右足を切り裂いた。
足を崩せばさすがにバランスを保っていられないだろう、という試みだが、覆面男は片足のまま不動。効果は余りなさそうである。

どころか、覆面男の切り裂いた足から新たな黒靄が噴出し腕の形をした何かヌルリと伸びた。
加えて、首から生える腕が八岐大蛇の如く八股に分かれた。

「……………マジ?」

より怪人染みた外観となった覆面男がシルバースレイヤーに襲いかかる。
覆面男の戦法は相も変わらず、ただ振り上げた腕を振り下ろす、その一点のみである。
だがそれも、限度を過ぎれば十分に脅威となる。
これほどの手数、さらに覆面男の剛力を思えば一撃貰うのすら不味い。

総じて十三の腕による猛攻をシルバースレイヤーは躱し続けるが。流石に反撃へと転じる余裕はない。
というより、攻撃すればするだけ相手の噴射口を増やすことになる。
加えて、大したダメージになっていないのだから泣きたくなってくる話だ。


613 : 第五十二話 恐怖!怪人覆面男の正体!! ◆H3bky6/SCY :2014/05/15(木) 23:58:33 SUyd722M0

(いや、待てよ…………?)

そこで、リクにある気づきがあった。

覆面男の性質は気体に近い。
切り裂いた裂け目から腕が現れたように、形にとらわれないその自由度は脅威である。

ならば何故、衣服などという拘束具にその身を押し込めているのか。
まさか公序良俗を気にしてなどという理由ではあるまい。
そこには何か理由があるはずだ。

(突破口になるか?)

その思い付き。
全部その衣服を剥ぎ取ってみればどうなるのか。
もしかしたら相手の自由度を上げるだけで現状以上に不利になるかもしれないという一種の賭けだが、それ以外にプランもない。

「いっちょ試してみますか」

そう気合を入れ直し、シルバースレイヤーはシルバーブレードを構え直した。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

繰り広げられるシルバースレイヤーと覆面男の激戦。
その光景を、僅かに離れた場所から見つめる者がいた。
気絶したアザレアを小脇に抱えた雪野白兎である。

状況は見れば彼女にもだいたいわかる。
安全確認に行って、安全ではなかったという事だろう。

(邪魔しないほうがいいかしら)

苦戦しているようだが、手助けに入ろうという発想は白兎にはない。
何故なら、白兎はシルバースレイヤーの力を知っている。
強いだけなら彼以上の者はいくらかいるが、それとはまた違う、言うならば状況打開能力がずば抜けてる。
相手がどれだけ強くとも、まっとうな一騎討ちで、彼が負けることはないだろう。

それよりも、今は小脇に抱える少女の対処をしないといけない。
彼女を拘束するような道具を探して辺りを軽く探索しようとしていたのだが。
探索するにしても意識を失った少女をその辺に放置しておくわけにもいかず、直接小脇に抱えたという状況である。

だが、リクの合図が来るまでの軽い探索のつもりだったが、リクが戦闘に巻き込まれていることが分かった以上、やめておいた方がいいだろう。
リクの勝利を信じて戦闘が終わるまでは巻き込まれない様に退避するのがベストだ。
となると直接相手の体に触れているだけに、相手が意識を取り戻したり動き出そうとすれば分かるのだが、少女が意識を取り戻した場合を思うと早めに少女を降ろしてしまった方がいい。

「…………っ!」

そう考え。動き出そうとした所で、白兎は手の甲に鋭い痛みを感じた。

白兎の失点は二つ。
相手に触れているのはアザレアも同じであること。
そしてアザレアが不意打ちと騙し討ちに特化した暗殺者であったということ。
この二点である。

相手の意表を突くのはアザレアの得意技だ。
一瞬落ちていたのは本当だが、その後程なくして意識は取り戻していた。
その後は気絶したふりをしながら機を伺っていた。
そして、白兎が一旦探索を諦めアザレアを手放そうとした、そこしかないというその瞬間に動いた。

アザレア最大の武器はその自然体である。
殺意もなければ、文字通り相手の手の内で堂々と寝たふりを決め込めこんでいても緊張すらしない。
そのため筋肉の強張りといった動きの前兆が限りなく少ない。
実際、白兎も痛みを感じた瞬間、手の内のアザレアの犯行を疑うどころか第一に第三者による外からの襲撃を疑ったくらいだ。
それほどに、彼女には不自然さはなかった。

白兎につけられたのは、鋭く研いだ爪による引っ掻き傷である。
ダメージと呼べるほどのものではないが、痛みによる一瞬のスキを得るには十分だ。
アザレアは緩んだ拘束をネコ科動物のようにしなやかにすり抜け、着地すると同時に白兎の腰元から没収されたナイフをくすねる。
その一連の動きは速いというより迷いがない。

それに僅かに遅れ白兎はアザレアを止めるべく手を伸ばすが、その手をすり抜けるようにアザレアは白兎の方ではなく激戦の渦中へ向かって駆け出して行った。
ナイフを片手に駆ける少女の背を止められず、白兎は叫ぶ。

「ごめん! そっち行った!」


614 : 第五十二話 恐怖!怪人覆面男の正体!! ◆H3bky6/SCY :2014/05/16(金) 00:04:08 rMmMniyY0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「さて、もう時期夜も明ける、そろそろ決着といこう覆面男」

シルバースレイヤーは眼前の覆面男へとそう言い放つ。
ヒーローと怪人の戦いは、佳境を迎えようとしていた。

これまでの戦闘でかなりの無茶を通したのか、シルバースレイヤーも無傷ではない
白銀の強化服は所々汚れと傷が目立ち、中のリクにも少なからずダメージがある。

だが、それ以上にボロボロなのは覆面男の方である。
その衣服はズタズタに切り裂かれ、もはや残っている面積の方が少ない。
そして破れた隙間と言う隙間からは数えるのもバカらしい程の手とも足ともつかない触手の様な細い黒蔦がうねりを上げていた。
元あった二本の腕など既に見る影もなく、もはや人型ですらない。

「だいぶ薄くなってきたな」

リクは目を細め、うねる触手を見つめてそう言った。。
先の見えない濃霧はいつしか、薄らながらも先の透ける濃度となっていた。
分散しすぎたというのもあるだろうが、恐らく煙を密封する衣服がなければ体を維持できないのだろう。
覆面とは覆面男にとって身を縛る拘束具であり、身を守る鎧でもあったのだ。
時間はかかるだろうが、このままいけば時期に覆面男は霧散するだろう。

闘う内に、煙の密度とその怪力は比例する事もわかった。
手数を増やせば煙の密度も落ち、力も落ちる。
これではどれだけ手数が増えても大した脅威ではない。
部位ごとに密度の違いを生み牽制と本命を混じらせるなどの戦術があれば話は別だが、覆面男にはその知恵もない。
本能のまま増やし振うだけだ。

ここまで特性が見えてしまえば、もはやシルバースレイヤーに敗北はない。
宣言通り、決着をつけるべくシルバースレイヤーが動く。

「ごめん! そっち行った!」

だが、動き出そうとした背に声がかかった。
シルバースレイヤーは瞬時にその声に反応して、後方の対処へと動きを変える。
その判断も、反応速度も圧倒的に早い。
後方から迫る襲撃者に対して振り返りざまに刃を振った。

(女の子…………!?)

だが、敵を一刀両断にするはずの刃がピタリと止まる。
それは氷山リクの甘さ。
凶器を持ち迫る少女、アザレアを斬れない。

無理に攻撃を止めたため、リクの体制が崩れた。
そこにアザレアの刺突が容赦なく襲い掛かる。

「きゃ!」

だが、悲鳴を上げたのはアザレアの方だった。
アザレアの腕力では強化服を通せず、突きの反動で逆に衝撃を受け弾かれるようにその場に尻もちをついた。

だが、アザレアの襲撃を凌いでもリクの心中に安堵はない。
何故なら問題はそちらではない。
ゾクリとリクは後方で闇が蠢く気配を感じる。

僅かに残った衣服を完全に捨てて覆面男が動いた。
完全に衣服を捨てた今、その動きに、規模に、範囲に制限はない。
暗闇は爆発的に広がり、空を地を全てを覆ってゆく。

(やべェ…………ッ!)

それは黒い津波だった。
視界一面が黒に染まる。
とても躱しきれない。
それどころか、この規模だと白兎まで巻き込まれる。

一か八か全身にチャージを行い、暴発させ爆風で対抗するしかない。
実質上の自爆技を使う覚悟をリクは決め、ベルトに手を伸ばした。


615 : 第五十二話 恐怖!怪人覆面男の正体!! ◆H3bky6/SCY :2014/05/16(金) 00:10:05 rMmMniyY0
[Full Charge―――――]

シルバースレイヤーの全身が光り輝く。
しかし覆面男は、意外にもこれをスルー。
津波のような黒渦はリクでも、ましてや白兎でもなく、アザレアを包むように渦となった。
渦は一瞬で黒い繭となり、アザレアを内包したまま上空へと舞い上がっていく。
上空に対して追っていく手段のない二人は、その光景を見送るしかない。
明るみ始めた空の彼方に黒い繭が消えていくのを確認したところで、二人はトボトボと合流を果たす。

「ゴメン、私のミスだ。油断したわ」
「いや、いいさ。合図を出すと言ったのにそっちを気にかけられなかった俺も悪い」

そう言いながらベルトを操作しリクは変身を解除した。

「それで、何だったの今の?」
「覆面男だよ。社長も噂くらいは知ってるだろ?」
「覆面? あれのどこに覆面があったっていうのよ?」
「あったんだよ、俺が剥ぎ取ったけど。中身がアレだ」
「ブレイカーズあたりの怪人だったのかしら? あんなのがいるなんて話は聞いたことがないけど。
 それにしてもずいぶんと苦戦してたようだけど、そんなに強かったの?」
「強かったというより相性が悪かったな。
 お蔭で思いのほか長期戦になってしまったから、少しエネルギーを消費しすぎた」

それでも退けてしまうのは流石と言った所か。
リクの言葉に白兎は思い切って前々から思っていた疑問をぶつける。

「ところで前から疑問だったんだけど。あなたのエネルギーって、どうやったら回復できるの?
 というかこの状況で回復はできるの?」
「そんなの商売敵に教える訳ないだろ、っと言いたい所だが、そんな場合でもないか。
 こっから先はオフレコで頼むぜ」

考えとくわ。と白兎は軽い返事だが、その辺はリクも信用している。
無暗に言いふらすようなことはしないだろう。

「エネルギーの回復には専用のエネルギーユニットが必要だ。
 あの時も予備は何個か持ってたから、ひょっとしたら誰かに支給されてるかもしれない。
 一応聞いとくけど社長はそれっぽいの持ってないよな?」
「ないわね」
「だよな。
 本部に戻れば設備があるから、そこでも回復は可能だが、それはさすがにここでは期待できないな」
「自然回復はしないの?」
「一応、日光と月光でも回復もする。けど回復量は微々たるものだな。
 それに日光の回復量は月光の5分の1ってところだから、もうすぐ夜が明けちまう、今からじゃちょっと厳しいな。
 そのうえ光を取り込むためコアを晒す必要があるからリスクも高い」
「コアの位置は?」
「ここ」

リクは親指でトンと己の胸元、心臓を指さす。

「まあ最悪、私が哨戒(スカウト)しながらなら何とかなるか、エネルギー残量はどのくらい?」
「半分ちょいくらいだな」
「となると……自然回復分を考えても戦えて2、3回、下手すりゃ1回って所かしら」

口元に手をやり、白兎は少し考え込んで結論を述べる。

「不味くない? そりゃ私もあなたも生身でもそこそこやれないことはないけど」

変身出来ない状況でボスクラスに合ったら確実にアウトだ。

「そうなると、いざと言う時の事を考えたら、まずは氷山くんの回復手段を探すのを優先した方がいいかしら」
「当初の予定通りナハト・リッター達と合流して戦力を増やす方向でもいいと思うがな」
「なら並行していくしかないわね。どうせあなた以外に使い道のない道具なんでしょ?
 持ってる人がいたら物々交換でもして平和的に譲ってもらいましょう」
「持ってるやつが話し合いの通じる相手とは限らないだろ、その時はどうするんだ?」

決まってるでしょ、と白兎は当然のごとく言い放つ。

「その時は仕方ないわ。平和的じゃなく譲ってもらうとしましょう」


616 : 第五十二話 恐怖!怪人覆面男の正体!! ◆H3bky6/SCY :2014/05/16(金) 00:11:32 rMmMniyY0
【H-6 電波塔前/早朝】
【氷山リク】
状態:全身ダメージ(小)左腕ダメージ(中)エネルギー残量55%
装備:なし
道具:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(確認済み)
[思考・状況]
基本思考:人々を守り、バトルロワイアルを止め、ワールドオーダーを倒す。
1:エネルギーの回復手段を探す
2:剣正一、火輪珠美、佐野蓮、空谷葵と合流したい。
3:ブレイカーズ、悪党商会を警戒。
※ブレイカーズ、悪党商会に関する知識を得ています。
※心臓部のシルバーコアを晒せば、月光なら1時間で5%、日光なら1時間で1%エネルギーが回復します

【雪野白兎】
状態:健康
装備:なし
道具:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜5(確認済み)
[思考・状況]
基本思考:バトルロワイアルを破壊する。
1:氷山リクの回復手段を探す
2:佐野蓮、空谷葵、剣正一、火輪珠美と合流したい。
3:ブレイカーズ、悪党商会を警戒。
※ブレイカーズ、悪党商会に関する知識を得ています。





「すごい! すごいわ覆面さん!」

遥か上空で風を切りながら、アザレアは歓喜の声を上げた。
空中遊泳にはしゃぐ姿だけを見れば、ただの年相応の少女である。

卵形の繭だった覆面男の形状は変わり、今は平らな下敷きのような形となりアザレアを乗せている。
それはお時話の魔法の絨毯のようでもあった。
メルヘンとは程遠いヘドロのような余りにもおどろおどろしい色合いではあるのだが。

「覆面の下はそんな顔をしてらしたのね」

そっと足元の黒渦を撫でる。
さっきの仮面の人と言い外にはいろんな人がいるのね。とアザレアはそんなことを思った。

覆面男は何も言わない。
と言うよりそもそも喋れるのかも怪しい。
何故アザレアを連れて逃げたのか、その理由は分からない。

空が黄金に染まる。
仕事の時は基本的に夜が明ける前に撤退するため、アザレアにとってこれが生まれて初めて見る日の出の瞬間である。
その眩しさにアザレアは思わず目を細めた。

「ああ――――綺麗ね、本当に綺麗」

【G-6 上空/早朝】
【アザレア】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:自由を楽しむ
1:空中遊泳を楽しむ
2:覆面男に自分の作品を見せる

【覆面男】
[状態]:濃度60%
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:???
1:???
※アザレアをどう思っているのかは不明です。というか何を考えてるのか不明です。
※外気に触れると徐々に霧散します、濃度が0になると死亡します


617 : 名無しさん :2014/05/16(金) 00:13:01 rMmMniyY0
投下終了
もう(覆面男でもなんでも)ないじゃん・・・
首輪とかどうなっとるんや


618 : 名無しさん :2014/05/16(金) 00:16:44 IwaU.B5g0
投下乙
たぶん首輪も気体になって覆面男にくっつく仕様になってるんだよ


619 : 名無しさん :2014/05/16(金) 00:19:09 kLByHV6.0
投下乙です!
シルバースレイヤーかっこいいゾー
覆面男まさかの正体、アザレアちゃんとの空のお散歩は微笑ましいけど
濃度が下がらんように早くなんとかせな


620 : 名無しさん :2014/05/16(金) 00:27:58 aaDoJ/V20
投下乙です。
覆面男さん怖ェ!完全にこれ化け物や!
でもしっかりアザレアちゃん連れて浪漫飛行する辺りマジ紳士やで
外気にモロ触れてるけど大丈夫だろうか…
しかしやっぱりシルバースレイヤーさん強いなぁ
変身にエネルギーが必要なのはネックだけどやっぱりヒーローなだけあって強力な対主催や


621 : 名無しさん :2014/05/16(金) 21:31:53 ozm04Xtc0
投下乙です!
シルバースレイヤーやっぱかっけえ!
そしてアザリアちゃんを回収して一緒に逃げる元覆面さんは紳士の鏡


622 : ◆t2zsw06mcI :2014/05/18(日) 23:38:08 571mRgSI0
投下させて頂きます。


623 : MI・XY ◆t2zsw06mcI :2014/05/18(日) 23:38:41 571mRgSI0
他人の体から見ても、世界は同じに見えるんだろうか。
ぼうっとした頭で、そんな事を考える。
おそらくは、違う。
クオリアだとか、そんな哲学的な事はよく分からないけれど、少なくとも、視力が全く同じという事は有り得ない。
身長も、眼の位置も違う。
それだけじゃない。
唾の味とか、歯の裏の舌触りとか。
普段意識しないような事だって、他人の体のそれは僕とは違う筈なのだ。
歩幅が全然違うんだから、歩くことだってままならない。
呼吸だって、いつも通りには出来ない。
身体のつくりからして違う相手だったら尚更だ。
詳しくは知らないが、男性ホルモンと女性ホルモンの量が異なれば、性格に影響を与える事もあるだろう。
なのに、体が入れ替わっても、僕は変わらず、僕として生きている。

きっと――考えるべきではないのだ、そんな事は。
そう、考えずとも良い事はある。

――それは。
それは、とても気持ちが悪い。
気持ち悪いのに、気持ち良い。
あの時の事は、二度と忘れないと思う。

僕にとって初めての性行為は、僕に犯される事だった。
その行為そのものは――かなりの困惑はあれども――ある程度は、僕自身も一応は納得して行われた事ではある。
でも。
あの――混ざり合う感覚が。

そもそも性交というものは、自慰と比べればプロセスは格段に複雑なのである。
まず、全身の皮膚と皮膚が触れ合う。
勿論視覚的な刺激もある。加えて聴覚も働く。
嗅覚も、味覚もそうである。
感触、音、味、匂い、目、耳、舌、鼻、皮膚。
五感の全てが使われる。
のみならず相手の反応を考えて動かなければならない。
受けた刺激に対する反応も、適宜しなければいけない。
頭も動くし、気持ちも動く。
劣情と興奮と罪悪感と自己嫌悪感と、色々な感情が綯い交ぜになる。
相手の事を考える。相手を受け入れる。
相手そのものになる。
そうして、舌を絡ませ、局部を観察し、体液を交換して――。
肉体と精神の両方を動員した結果、絶頂感が齎される。

それ自体は、良い事でも悪い事でもない。
性交が快楽を伴うのは、生殖行為が生物にとって必要不可欠な行為だからである。それ以上のものには成り得ない。
だけれど――それは、僕には当て嵌まらないのだ。

他人の体を奪い取れば、僕という存在はずっと生き続ける事ができる。
遺伝子も子孫も必要無い。
そんなもの、人間としての生き方じゃない。それ以前に、生き物として間違っている。
怖い。
だから、普段はそんな事は頭に浮かべないようにしている。
ただ、あの事を思い出す度に思うのだ。
僕にとっては、性交というものは、子孫を残す為の活動でも、情愛の結果行われる行為でもない。
相手と混ざり合うものだとしか捉えられないのではないか。
自分と相手の区別がなくなって、僕という存在は何処かに行ってしまうのではないか――と。


624 : MI・XY ◆t2zsw06mcI :2014/05/18(日) 23:39:13 571mRgSI0
いや。
もしかしたら、もう僕は、とっくの昔に僕でなくなっているんじゃないだろうか。
そうでなくったって、こう何度も入れ替わっては、もう元の体には戻れないんじゃないか。
――違う。
違う違う。
思考が飛躍している。
今はそんな事を考えたって仕方がない。
僕は僕だ。
でも、僕の体は、今こうしている間だって、僕とどんどん離れている。
いや、僕の体は僕だから僕なのだ。
けど、今の僕の体だって、僕だから。
僕は、僕は僕は。
僕は――誰だ。

「大丈夫だ、ユージーちゃん、君は僕が――」
見知らぬ人は譫言を呟いている。
でもさ。
でも、そうじゃない。そうじゃなくって。
違うよ。全然違うよ。
全然違うよ。全く関係ないよ。
僕はそんな名前じゃない。
僕には違う名前があって。
けれど。
それも、本当は僕じゃないのかもしれない。
僕はずっと、僕じゃない誰かを僕だと思い込んでいたのかもしれない。
ああ厭だ。

だから僕は元に戻らなければいけないのに、僕が遠ざかっていく。
早くしなきゃ、僕の体は死んでしまうかもしれない。
噫。
死んだらどうなるのだろう、僕は。
死んでからも、頭をぶつければ体は入れ替わるのだろうか。
また入れ替わってしまったという事は、この現象は僕の身体ではなく、僕の人格が原因なのだから、有り得ない話ではない。
そんなのは厭だ。
入れ替わりたくなんてない。
普通に生きていたい。
そもそも、僕は生きていると言えるのだろうか。
人格と言っても、結局それは脳から発生しているものだ。
僕を知らない他人の脳で、僕という人格を、記憶を、再現する事なんて不可能な筈なのに。
駄目だ駄目だ、そんな事はどうでもいい。
だから僕は元に戻らなければいけないのに、僕が遠ざかって――。

やめてくれ。
何度もそう言っているのに、見知らぬ人は無視をする。
聞こえていないのかもしれない。
或いは、僕の方が言葉を発しているつもりになっているだけで、何も言えていないのかもしれない。
どっちが本当なのか、分かりゃしない。
現実と夢が混ざり合っている。
ここでは僕は何も出来ない。
ただしがみついて、体を揺らしているだけの存在なのだ。
この――背中。
背中。
背中の上には首があって、その上には
あたまが。


厭だ。


625 : MI・XY ◆t2zsw06mcI :2014/05/18(日) 23:39:44 571mRgSI0
       ●

背に伸し掛かる重さが消えた事に違和感を覚えた鵜院千斗は、直ぐ様状況を確認しようと後ろを振り向いた。
先程まで自分が背負っていた少女が、仰向けに倒れている姿が目に入る。
――しまった。
焦っていた。
止むを得ない状況だったとはいえ、三人もの人間を見捨てるような形での逃走。
親しい人間の死。自分の無力さへの怒り。そして純粋な恐怖による混乱は、少女への配慮を忘れさせていた。
加えて、ユージーは先程意識を取り戻したばかりなのである。
何かの拍子に背中から手を離してしまっても怪訝しくはない。
――畜生。
矢張り、自分は無力だ。
少女一人連れて逃げるだけの事すら満足にこなせない。
後悔とも諦観とも知れない、遣り切れない気持ちがある。
歯が鳴っている。全身が震えているのだ。
もう、どうなってもいいのではないかという、投げ遣りな気分さえ覚える。

千斗は犯罪者だ。しかも、三下だ。
幾ら無理矢理に働かされていたとしても、抜け出す機会が一度も無いという事は無かった筈だ。
十分に屑である。
人生の敗残者だと自覚している。
それでも。
この殺し合いは許せないと思った。
思ったところで如何する事も出来ない。
組織での立場と同じである。
知恵もない。度胸もない。腕っ節も弱ければ押しも弱い。
だから何度となく死線を潜った今となっても、下っ端達のまとめ役程度の事しか任せられない。
その程度の人間だと周囲からは認識されているし、事実そうなのだろうと千斗は思う。
千斗に出来る事は逃げる事と隠れる事しかない。
そして。
今は、それすらも上手くいかなくなったのだ。

現実から目を背けるように、千斗は倒れたままの少女へ向けていた視線を外した。
整備された道。その片隅に、何かがあった。
――あれは。
千斗の視線が、その一点に吸い寄せられる。
それは――。
茜ヶ久保一の死体だった。
血塗れの、醜悪な面の、虚ろな眼。
それが、悲しそうに、恨めしそうに、千斗を責め立てていた。
勿論それは幻である。
確認するまでもない、当たり前の事である。
幻覚の茜ヶ久保は一瞬で消え去った。しかし。
千斗の眼にはその光景が焼き付いていた。

――何もしないのか。
そこまでお前は堕ちているのか。そうなら屑の中の屑だ。
仮令出来ないことだって、しなければならぬ事はあるだろう。
それでもお前は人間か。


626 : MI・XY ◆t2zsw06mcI :2014/05/18(日) 23:40:15 571mRgSI0
そろりそろりと、千斗は顔を上げた。
身体の震えは止まっていない。
それでもゆっくりと、ユージーに向けて歩を進めた。
足取りは重い。
情けない。
でも仕方がない。出来る限りやるだけである。
自分が駄目でも。
この少女だけは生きていて欲しい。

少女のすぐ側まで近づき、膝をつく。
「すまない、ユージーちゃん――」
すまないすまないと繰り返しながら、千斗は少女の名を呼んだ。
ユージーは眼を瞑っている。
反応は無い。
一時安定しかけていた千斗の内部で矢庭に不安感が増大した。
また気を失ってしまったのかも知れぬ。
動揺を抑えながら、ゆっくりと、刺激しないように、後頭部を持ち上げる。
そうすれば、ユージーの顔が間近に近づき、否応なしにその幼気な造形をじっくりと認識させられる。
しかし、その目は固く閉じられ、唇から言葉が紡がれる事もない。
動きというものがない。
それが意味するものは。
――息を、していない?
そう、千斗が思い浮かべた瞬間。
ぬるりと。
厭な感触があった。
片方の掌を見る。
赤く、生暖かい。
それは。

――う。
「うあ、ああ、ああああああああ」
ユージーの頭が滑り落ちて、地面に当たった。
厭な音がした。
「ああああ、あああああああ――」
尻餅をついた千斗はただ、赤ん坊のように唸り続けた。
制御不能の混沌とした感情の嵐の只中で、涙が溢れた。
嘘だ。
嘘だ嘘だ嘘だ。
こんな――。
こんな事で。
こんな簡単に、人が死ぬものか。
こんなのは嘘だ。
こんな展開は起こってはならない。
周りにあの女のような危険人物がいるでもない、自分とユージーしかいない状況で、死んでしまう訳がない。
本当なら、今頃は何処か落ち着いた場所で、ユージーと会話でもしていた筈だ。
あの、場違いな程に明るい声を聞いていた筈だ。
――違う。

これはただの逃避だ。
自分にとって都合の良い展開を妄想しているだけだ。
人は誰でも、簡単に、あっけなく、死ぬ。

子供でも知っている事を、千斗は考えないようにしていたのだ。
それは千斗が死に対して無知である訳ではなく、その逆で、近くで見すぎていた為である。


627 : MI・XY ◆t2zsw06mcI :2014/05/18(日) 23:40:38 571mRgSI0
戦場で千斗が出来る事など何もなかった。
引っ切り無しに起こる閃光と爆発と共に、火の粉と血飛沫が飛んでいく風景の中、何人もの同輩が死んだ。
新入りに対する千斗の教えなど、実戦では何の役にも立たないものだった。
それでも。
千斗は生き残った。
それだけならば――ただ運が良かっただけだと思う事も出来た。
だが。
千斗の近くには、矢張り何度も死ぬような目に逢って、それでも生きてきたもう一人の男――茜ヶ久保一がいたのである。
茜ヶ久保は、千斗と比べれば遥かに強靭な肉体の持ち主である。
それでも、死なない訳ではない。不死身の人間など、この世にはいない。
寧ろ、自身の能力に任せて、無茶な戦法を取り、無謀に敵に挑んでいく茜ヶ久保は、千斗よりも死の可能性が高いポジションにある。
事実として、茜ヶ久保は幾度も重傷を負っている。
その度に前線に出られるまでに回復する事が出来たのは本人の精神力の賜物ではあるのだろうが、死んでいない方が奇妙な程である。
五体満足でいられた事すら奇跡的だと言っても良い。
そんな茜ヶ久保と共に過ごす内に――千斗は、思ってしまったのだ。

悪の組織。ヒーロー。超能力者。
そんな馬鹿馬鹿しいフレーズが、現実のものになっている。
まるで、非現実の、物語の中にでも入り込んでしまったようである。
ならば。
本当に、死なないのではないか。
自分の周りで死んでいった連中は殆ど自分と関わりのない人間だった。
それは、名も無き背景と同じようなものではないのか。

無論――そんな馬鹿げた思い付きを本気で信じ込んでいた訳ではない。
ただ、頭の片隅には、何時でもその思い付きが存在していた。
そんな妄想を浮かべていなければ、死と隣り合わせの現実には耐えられなかった。
それを、いつの間にか現実と混同していた。
全ての結果はテレビの中の特撮番組の如く、予測可能な、予定調和な物だった。
ヒーローには負ける。酷い目にも逢う。それでも自分と、その周囲の者は死にはしない。
その筈だった。
そして――。
茜ヶ久保は、千斗の目の前で死んだ。
現在になって、その幻想は完全に打ち砕かれたのだ。

――畜生。
「畜生オッ」
意味のない叫びを上げる。
これは紛れも無い現実である。それは理解出来ている。
理解っているからこそ何も出来ない。より一層腹立たしい。
おう、と虚空に向かって吠えた後、コンクリートの地面へと思い切り拳を叩き付ける。
ただ痛みを感じるだけである。
遣り場のない感情を外部に向けて発散する行為は、更に感情を増幅させるだけに終わる。
結果、行為はエスカレートしていく。
拳に代わり、頭部が地面に当たる。
痛みが増した他は、何が変わる訳でもない。

それは無意識に行われる、千斗にとっての一種の自己防衛法であった。
先を予測する事が出来ない局面に立たされてしまえば、行動を起こす前に逡巡せざるを得ない。
しかし、それでより良い判断が下せるとは限らない。
迷いの末に導き出された行動の結果として事態が悪い方向に推移していけば、後に残るのは余分な後悔のみである。
そこで、思考自体を停止する。
同じ行為が繰り返される限り、それは単なる予定調和に過ぎない。
予測不能の現実よりも余程安心できる。
自虐的な意味すら持たず、ただ行為だけを繰り返す。
肉体的苦痛にはいずれ慣れる。
慣れてしまえば、現実感は急速に失われていく。
混濁する意識の中で――千斗は、過去という名の夢に浸っていた。


628 : MI・XY ◆t2zsw06mcI :2014/05/18(日) 23:41:08 571mRgSI0
       ●

その日、千斗は組織の一員である水芭ユキと共に喫茶店で食事を摂っていた。
未だ未成年の少女のユキから食事の誘いを受けた時には驚いたが、事情を聞けばどうという事はない。
以前にユキが行った単独行動を目撃した千斗に対する、いわば口止め料のようなものだという事だった。
それならば、千斗も最初から報告する気は無かった。
ユキの行動に感ずる所があった訳ではなく、単に、自分の監督不行届を咎められる事が嫌だったからである。
本当にユキの事を思うのならば――こんな組織など、一刻も早く辞めさせるべきなのだ。
そんな事は実行に移せないし、口にも出せないのだが。

「私の――」
ぼそりと、ユキが呟くように言った。
「私の両親は、ブレイカーズに――」
「ああ――いいよいいよ、そういうのは」
その手の話は苦手だ。
第一、ユキの両親の話は本人から何度も聞かされている。
それだけ尾を引いているという事なのだろうし、心情は理解できなくもないが、千斗としては下手な事を言う訳にもいかず、黙って頷く事しかできない。
気が重くなる。
どうせ組織から抜け出せないのならば、気楽にやっていきたいと思っていたのである。
「――そうですね。近くから見守ってくれてるって、そんな風に思うだけで、いいのかもしれません」
口調に反して、ユキの表情は硬い。
本心から出た言葉ではないのは明白である。
それが分かっていても千斗が言える事など何もないから、黙したまま下を向き、コップに注がれた氷水を一口だけ飲んだ。
舌が痺れるような冷たさだけを感じた。

――氷。
異なる液体同士が一度混ざってしまえば、元の状態に戻す事は不可能であるという。
ユキの能力ならば、どうなのだろうか。
温度の差などを感知して、特定のものだけを凍結させるような事は可能なのだろうか。
そんな、今の状況と全く関係のない、どうでも良い事をぼんやりと考えていた。

「あ――」
緊張したようなユキの声が聞こえ、慌てて千斗は顔を上げた。
「あ、ああ――済まない、ユキちゃん。少し疲れててね――」
「そりゃ大変だなァ鵜院。こんな奴と付き合ってねえでさっさと帰って寝るといいぜ」
唐突に、聞き覚えのある声が聞こえた。
千斗が恐る恐る顔を向けた先にいた人物の顔は、予測通りのものだった。
「あ、茜ヶ久保さん――」
オウ、と横柄に応えた茜ヶ久保一は、そうする事が当たり前のように千斗の隣に腰を下ろした。

「――貴方がどうしてここに?」
白地に警戒した態度を取りながら、ユキが問うた。
「喉乾いたからサ店でジュース飲む事にして、偶々お前ら見つけたんだよ。それとも何か? 俺はこんな場所に来ちゃダメとか抜かす気か?
 つうかさ、お前が俺のやる事に口出しする権利があると思ってンの? 俺は幹部、お前はヒラだろうがよ」
物凄く凶暴な面相で茜ヶ久保が反応した。
茜ヶ久保の言う事が本当かどうかはさて置き、警戒心を浮かべられるのも無理はない。
「ま――まあまあまあまあ、二人共落ち着いて。あ、どうも――ああいや、注文は後でいいですから」
困惑していた店員からコップとおしぼりを受け取りながら、何とか場を落ち着けようとする。
組織内でも問題児として有名な茜ヶ久保と言えども、流石に白昼堂々、人目に付く場所で暴れ出すような事はない――と、思いたい。
「俺は落ち着いてるっつうの。先に喧嘩売ってきたのはユキの方だぜ――」
文句を言いながら茜ヶ久保は氷水を一息に飲み干し、更に、千斗のコップにも口を付けた。
喉が乾いていたと言うのは事実だったようである。

「で、疲れてるんじゃねえのか鵜院。何ならタクシー代くらいは出すぜ」
「い、いや、そこまでして貰わなくとも」
「ふん――まあいいけどな。ああ、何黙ってんだよユキ。オハナシ続けりゃいいじゃねえかよ。
 見守ってくれてるゥ、とか、面白そうな事言ってたろ」
挑発するように茜ヶ久保がユキに向けて言う。


629 : MI・XY ◆t2zsw06mcI :2014/05/18(日) 23:41:42 571mRgSI0
「――ええ、言いましたが。何か気に障りました?」
ユキも茜ヶ久保をキッと睨む。
この二人、齢は近いが非常に相性が悪い。
茜ヶ久保の所業とユキの性格を考えれば当然とも言えるのだが、それにしても積極的に争う姿勢を示すのは如何なものかと思う。
千斗と違って――。
茜ヶ久保もユキも、悪党商会という組織に対して特別な思い入れを持っているという事は共通しているのだから。

茜ヶ久保は顎を引く。
「別にィ――ただ、お前の両親は不幸だろうなって、そう思っただけだよ」
「どういう――ことです」
「どうもこうもねえよ。自分の娘が悪事に手染めてて、それを見てる事しかできねえんだから不幸だろうよ。
 ああ――お前の両親も悪人だったとしたら喜ぶかもしれねえな。訂正するわ、悪りぃな」
「――」
一瞬、場の空気が凍った。
文字通りの意味で――で、ある。

「オイオイオイ、何湿気た面してんだよユキ。お前が言ってたのはそういう事じゃねえかよ。
 まさか悪党商会がどんな組織か知らねえとは言わねえよなあ?」
「それは――」
反論できない――のだろう。
確かに、ユキが一般人に対して手を出す事は――少なくとも千斗の知る限りでは――無い。
しかし、自ら望んで犯罪結社に身を置いている事は如何ともし難い事実である。
更に言うなら、茜ヶ久保のような人間とは反目してはいるが、組織の方針自体に意見をする事は無い。
公私混同をしていないと言えば聞こえはいいが、結局のところ、消極的であれ、殺人行為そのものは受け入れてしまっているのである。

面白くねえと茜ヶ久保は毒づいた。
「け――この程度で黙るなよ。あのな、徹頭徹尾終始一貫した行動を取れる奴なんていねえだろうよ。どんな奴にも矛盾はあるぜ。
 俺だって人間嫌いだが、悪党商会の人間だけは別だとかも思ってる訳だからな。問題は」
手前がそこんとこを分かってるかどうかだと茜ヶ久保は言った。
「ええと――それはどんな意味なんです? 茜ヶ久保さん」
黙っているユキに代わって千斗が質問した。
本当に気になる事があった訳ではなく、単に間を持たせようとしての行動である。
「あ? 大した意味なんてねえよ。ただ、コイツが死んだ人間にも出来る事があるような事言ってたからな。
 ロクに考えもせず適当な事抜かしてるんじゃねえかって腹立っただけだ」
「はあ」
死後の世界や霊魂などの存在を信じていない――という事だろうか。それにしては黒魔術なるものにも興味を持っているようだが。

――まあ。
黒魔術と一言に言っても、様々な種類がある事程度は千斗にも分かる。
茜ヶ久保が行う黒魔術が特定の宗教に則ったものならば、その宗教の教義も信じているという事もあるだろう。
キリスト教にしろ仏教にしろ、現世を彷徨う所謂幽霊の存在そのものを否定する教えも多いと聞く。
死後の世界観など、それこそ宗教によって異なるものである。天国も地獄もない宗教もある。
ならば、黒魔術を信じて霊魂を否定するという事も有り得ない話ではないのだろうと、千斗は一人納得した。

「――霊能力者の存在は貴方もご存知でしょう。それは」
どうなんですかとユキが尋ねた。
話題がズレている。
本人もそれは承知で、多少なりとも反論めいたものをしたかったのだろうと千斗は察した。
「インチキに決まってんだろうが。いや、超自然的な力があるってのは本当なんだろうがな、そんなもん俺もお前も持ってるだろ。呼び方変えてるだけだよ。
 霊感持ってる奴にしか霊は見えないとか抜かす奴は、それの証明も絶対にできねえって事を分かってて言ってる訳だからな」
「何故――断言できるんです」
「あのな。本当に幽霊がいるとしたって、何も出来ねえだろ。生きてる俺達だって好き勝手出来る訳じゃねえんだぞ。
 取り憑かれただの声を聞いただのは、確実に、全部、そう思い込んでるだけだ。ただの幻覚。
 自分が殺した人間に追い掛け回されたり、逆に人格乗っ取られたりとかあるだろ。ありゃ要するに、罪悪感のせいだろうな。
 んな事出来るなら生きてる内にやれるだろ。死んだ方が強くなれるならみんな死んでるよ。直接やらなくても祟りで人を殺せるなら、喜んで死んでやるよ」
吐き捨てるように茜ヶ久保は言った。
本当に自殺しかねないのが茜ヶ久保の恐ろしい所である。
「つうかよ、幽霊いるんなら殺人事件の被害者でも何でも呼び出せば大抵は事件解決できるだろ。俺らのやるような工作も無効化されるだろ。
 何でやらねえんだ? んな事も思いつかないような馬鹿なのか? それとも死人なんてどうでもいいと思ってんのか? だったら霊能力者名乗んなよ」
「ここで言ったって仕方ないですよ」
千斗が宥めた。
あまりヒートアップされると後が怖い。


630 : MI・XY ◆t2zsw06mcI :2014/05/18(日) 23:42:35 571mRgSI0
「お前に言ってんじゃねえんだよ鵜院。なあおい、ユキ。そんなに言うなら今ここで死ね。
 そんで幽霊になって俺の前に出てこいよ。お前の死を通じて人間的に成長してやるからよ」
まるで子供である。
――本当に。
その精神は、子供のままなのかもしれないが。
茜ヶ久保が続けた。

「幽霊なんてのは嘘ッ八だよ。そうでないなら」
どうして俺が殺した連中は出てこないんだよ。
「どいつもこいつもそりゃあ酷え面だったよ。超恨んでますって感じだったよ。化けて出たっておかしくねえよ。
 でも出ねえ。出てきたら出てきたで、もう一回ぶっ殺してやるけどな。
 まあ俺の所に直接出なくてもよ、ヒーローの連中にチクるなりなんなりすりゃいいだろ。それもねえ。
 お前だって実際見た事はねえんだろ」
「それは――そう、ですが――」
ユキが言葉に詰まった。
それこそ単なる方便で、ユキ自身も霊の存在など信じていなかったのかもしれないが――話題が混線した今はもう関係なくなっている。
「俺らの仲間だって――そうだろ。ヒーローに殺られて怪人に殺られて訳の判らねえ連中に殺られて、それでも一人も出てこねえよ。
 特別な存在の悪党商会だってそうなんだよ。死んじまったらどうにもならねえんだよ」
それは道理だ。

確かに――死後も尚強い想いを抱いていた恋人からのメッセージを受け取っただとか、そう言った美談はある。
しかしそれは逆説的に、それが無かった者は強い想いを抱いていなかったという事にもなってしまう。
意識して行っているものではないにしろ、死者と自身を特別視しているだけの差別的な行い――というのは極論かもしれないが。
ユキの言うように、近しい者が見守ってくれていると思うだけで救われる人間も存在はする筈だ。
だが、ユキの場合は――死者に顔向けできないような犯罪行為もしているのだ。
辛いだろうと思う。

「だから――何なんです」
ユキが弱々しく言った。
どうもこの娘は普段気丈に振舞っている分、一旦崩れてしまうと脆い部分がある。
「大した意味なんてねえっつったろうが。あのなユキ、俺は何もお前を虐めようとか思ってんじゃねえんだよ」
茜ヶ久保はそう言った。
「お前がどう思ってんのかは知らねえけどな、俺は悪党商会のメンバー全員を特別だと思ってるよ。お前だって例外じゃねえ。
 だからお前がいい子ちゃんぶってる事に腹立ててんだ。お前だって」
殺人者だからな。
「ブレイカーズの怪人殺してるだろお前。知ってるよ。別に止めねえぜ。
 だがな、それを良い事だとか勘違いしてんじゃねえぞ。殺される側としては、殺す側の事情なんて一切知ったこっちゃねえだろ。例外なく悪なんだよ」
ユキは――。
何かに気付いたような、それでいてそれを無視するかのような、形容しがたい表情になった。

――本当なのだろうか。
茜ヶ久保のハッタリか、勘違いという可能性もある。
あくまでも退治をしているだけだ――とユキ本人は言っていた。
しかし、ユキが原因で死んだ者がいないとも限らない。
――いや。
何にせよ、自分には関係のない事である。

「だからよ――」
言いながら、茜ヶ久保が千斗の肩に腕を回した。
「お前も鵜院の奴を見習えってこった。こいつは弱ェしクズだけどな、自分のやれる事は弁えてるからな。なあ?」
「は――はあ」
げらげらと茜ヶ久保が笑う。
肯定も否定も出来ず、何も解らないまま、千斗も曖昧に笑った。

千斗は――何も解っていなかった。


631 : MI・XY ◆t2zsw06mcI :2014/05/18(日) 23:43:42 571mRgSI0
       ●

本当に――本当に、自分は何も解ってはいなかった。
今だって解らない。
何が正しいのか、何をすれば良かったのか、何をすれば――。
茜ヶ久保を、ユージーを、救えたのか。
少しも考えていない。
ただ懸命にやればいずれは何とかなると、そう思っていただけだ。
――例外なく悪なんだよ。
混然とした状況に流されたと言っても、流されるままでいる事を選択したのは千斗本人なのだ。
見て見ぬ振りを続けて、自分はただ流されているだけだと誤魔化して、見逃す事で殺人を幇助していた屑なのだ。
矢張り、何も――変わっていない。

――だったら。
変わらねばならないのだ。

「畜生――」
一言だけ呟いた後、千斗は立ち上がった。
何をするかは分からずとも、まずそうしなければ始まらないと思った。
少女は、倒れたままだった。
――当たり前だ。
そうは思っても、嫌な気分になる。

第一、本当に千斗に出来る事など何もないのだ。
例えば――奇跡的に、ここにいる人間全員が傷一つ負う事もなく、死者も出ないまま脱出できたとしても――。
絶対に、元の生活には戻れない。
悪党商会が全力を挙げたとしても、これだけの事件を完全に隠匿する事は不可能であろう。
そうなれば、ユージーのような一般人はどうなるか。
結局――死ぬしかないのだ。

――自己満足だ。
良心でも義憤でも同情でもない。何もかも、狭量な小物の自己満足なのだろう。
何が起きたかよりも、起きた事で自分がどんな気持ちになるかの方が重要なのだ。
それでも。
これ以上は、絶対に死なせたくない。
その為の手段も――思い浮かばないのだが。

ふと、目が眩んだ。
太陽が登っている事に、今更気が付いた。
その瞬間――。
倒れたままの少女が、びくんと震えた――気がした。

ば――。
馬鹿じゃないのか。
お前は何を考えている。死んだ人間に出来る事など何もない。況や、蘇る筈がない。
――ありゃ要するに、罪悪感のせいだろうな。
そうだろう。

しゃがんで少女の顔を見る。目を瞑ったまま、何も変わっていない。
ああ、でも。
本当に。
本当に、死んでしまったのだ。
「ごめんよ」
千斗は、少女に謝った。
謝らねばならなかった。



その途端。
少女は、目を見開いた。
完全に硬直した千斗の、その首に向けて、少女の腕が伸ばされた。
同時に、恐怖と狂気に満たされた表情がすぐ近くまで迫った。

何だ。
死んだはずの少女が、自分に襲い掛かって来る。
こんな事があるものか。
こんな事は、絶対に――。
違う違う違う。思考停止は逃げだ。だが。
――殺される側としては、殺す側の事情なんて一切知ったこっちゃねえだろ。
ああそうだ。ユージーには恨まれても仕方のないような事をした。
でも、そうじゃない。そうじゃなくって。
息が出来ない。
やめてくれ。
何度もそう言っているのに。
死にたくない死にたくない。

――出てきたら出てきたで、もう一回。


厭だ。


632 : MI・XY ◆t2zsw06mcI :2014/05/18(日) 23:44:33 571mRgSI0
       ●

馬鹿だ。
やる気になったと思ったら、すぐにこうなるのだ。
全く学習していない。嫌になる。

すぐ近くに転がっているのは少女の亡骸である。
確実に死んでいる。
首が折られているのだから当然である。
それ以前から死んでいたのだけど。
――そうだろうか。

まだ疑問はある。それでも――ここで逡巡しているようでは、一生先には進めないだろう。
――どこに進むと言うのだろうか。

――大体。
あのまま首を絞められたとして、死ぬ訳がないのだ。
幻覚なのだから。
その感触はどうしようもなくリアルなものだったが、区別が付かぬからこそ幻覚なのである。
実際に――自分は茜ヶ久保の死体という幻覚も、また見ていた。
あれは確実に幻覚だと断言できる。しかし、見た瞬間は本物だった。
所詮は個人的な認識に過ぎぬ訳だから、それが客観的な事実かどうかなぞ、体験者本人には判断出来ないのだ。
だから――。

――待て。
待て、待て。
そうだ。ならば。
ユージーの死、それそのものが自分の勘違いだったという事は――あるのではないか。
血が付いていたのは自分の掌だ。
そこに付着していたのは茜ヶ久保の血――だったのでは、ないのか。
息をしていなかった事も――きちんと確認をした訳ではない。
心臓の鼓動も確認していない。そもそも、蘇生処置も行っていない。
あの状況の自分がまともに判断を下す事が出来たのかという疑問はあれども――。
それは言い訳だ。しかし。

本当に死んでいたという可能性も、勿論存在している。
今行っている思考は、ただ自分を追い詰めるだけ追い詰めて、それで罪悪感を薄めようという卑怯な行為なのかもしれない。
自分は――。

何を殺した。
何をしている。
何をしてしまった。
何も解らない。
何も――。


延々と続く自己否定と自己嫌悪の中で只管に混乱した鵜院千斗が自身によって殺害された人物の名を聞いたのは、それから数分後の、午前六時のことである。


【天高星 死亡】

【I-8 街中/早朝】

【鵜院千斗】
[状態]:疲労(大)、精神的疲労(大)、混乱
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜2
[思考・行動]
基本方針:不明


633 : ◆t2zsw06mcI :2014/05/18(日) 23:45:09 571mRgSI0
投下を終了します。


634 : 名無しさん :2014/05/18(日) 23:59:26 GY3LvimM0
投下乙です。
これは…天高くんは事故死?それとも自殺したんですかね…
いずれにせよウィンセントの精神がマッハでヤバイ


635 : 名無しさん :2014/05/19(月) 00:04:58 Rg9saUAk0
投下乙です。
天高先輩、背中から転落して事故死か…
個人的に茜ヶ久保の掘り下げが行われたのが嬉しいなぁ
彼の言う通り死人に口無し、だけど茜ヶ久保の死に加えてユージー(実際は天高先輩だけど)を死なせてしまったことは
ウィンセントの背中に重くのしかかるだろうな…
一気に泥沼化した彼は自己嫌悪と逃避の中から抜け出せるのかどうか


636 : 名無しさん :2014/05/19(月) 00:30:32 uB7ZEoYg0
投下乙
天高は体が死んだから意識も一緒に死んだのか
それとも単に自分から落ちてしまって死んだのか

まぁこれも次の書き手の裁量次第?


637 : 名無しさん :2014/05/19(月) 00:32:28 GuxL0Dt.0
投下乙
裁量する必用もないだろ
結果だけが残ってるんだから


638 : 名無しさん :2014/05/19(月) 00:38:59 Rg9saUAk0
自問自答による混乱の末に背中から落ちて血ぃ流して死んでるし、普通に転落からの事故死だと思ったな
自分を背負ってる鵜院の頭(=肉体が入れ替わる引き金)を見て混乱がピークに達したっぽいし


639 : 名無しさん :2014/05/19(月) 01:01:50 Rg9saUAk0
あー、ちゃんと読み返したら事故死じゃないかこれ
天高先輩が背中から転落→鵜院が天高死んだと思い込む→罪悪感で天高の幻覚に襲われる→鵜院が衝動的に天高を絞殺
って流れか


640 : 名無しさん :2014/05/19(月) 01:21:40 KD0HOFv2O
鵜院視点でも混乱してるし、どういう流れなのかは正確にはわからんな
鵜院がヤバいのは確かだけど


641 : ◆C3lJLXyreU :2014/05/19(月) 03:43:58 p91fSAyQ0
遅刻申し訳ないです
投下します


642 : 我はこの一刀に賭ける剣術家 :2014/05/19(月) 03:45:47 p91fSAyQ0
渺――。
猛々しく吹き荒れる疾風に、遠山の髪が靡く。

現在、彼がしているのは黙想と呼ばれる行為だ。
剣道の稽古などでは、乱れた精神を整えるため、稽古前に行うのが基本。
これを行わずして稽古に臨むなど、言語道断。
そもそも武道とは、己の精神を磨き上げるために存在するのだ。
真面目に黙想を取り組まない者に、武道を学ぶ資格などありはしない。
遠山春奈がこうして黙想をしているのも、己の未熟な精神を見直すためである。

「春奈、まだ終わらないの?」

花と戯れていた童女が、遠山に尋ねた。
顔立ちは年頃の少女に見えるが、彼女には奇妙な点がいくつかある。
風に揺れる優美な黒髪に似合わず、彼女が着用しているのは、竹刀の柄が印刷された不格好なTシャツだ。
幼い容姿に見合わず、漂う雰囲気は王族のように荘厳。見る者が見れば、彼女が一般的な少女ではないとすぐに気付くだろう。

「ああ。悪いが、今回は反省せねばならんことが山積みなのでな」

遠山は無愛想に返事をする。
彼が振り返っているのは、数時間前に行った初戦。
現代最強の剣術家と謳われていた自分は、そこで初めて敗北を喫した。
それも惨敗だ。手も足も出ずに倒れ込み、幼い少女に命を助けられてしまう始末。
あまりにも不甲斐ない結果だ。ここに師がいるのなら、今すぐに根性を叩き直してもらいたい。

井の中の蛙大海を知らずという言葉がふと思い浮かんだ。
世間がどれだけ遠山を持ち上げようと、彼より強い者はいくらでもいる。
それなのに彼は、現代最強の名に自惚れていた。自分より体術で優れている者などいないと、心のどこかで思い込んでいた。
自分を上回る力量を持つサイパスに恐怖を抱き、我を見失ったのも、それが大きな原因だ。
己こそが最強の剣術家などと思い上がっていなければ、相手が自分より強くとも、冷静に対応出来たはずである。

それに、相手に動揺して怒り狂ってしまったことも大きい。
武道において、精神の乱れとは最たる敵だ。フィクションでよくある仲間の死で憎しみに支配され覚醒、などというご都合主義、武道ではまず有り得ない。
大切なのは明鏡止水の心である。恐怖や憎悪に支配された精神では自分がどれだけ強くとも相手に勝つことが出来ない。
初戦でもサイパス・キルラを恐れ、怒りを抱かなければ多少は結果が変わっていたかもしれない。
されど、それはもう過ぎ去ったこと。一度迎えた幕引きを繰り返すことなど出来はしない。
だから次こそは。次こそはサイパス・キルラに勝ちたいと心の底から渇望する。
久しい感覚だ。現代最強の名を得てから、己が勝利を願ったことなど一度もなかった。
それは幼き頃の自分が持っていた、清く純粋な心。それを再び思い出し、男は剣を執る。

「壱与に話さねばならないことがある。長らく現代最強と呼ばれていた俺だが、殺し屋を相手に手も足も出ず敗北した」
「うん、知ってるよ。私はシャーマンだから。それに春奈がこんなに悩むことなんて、珍しいもの」
壱与と呼ばれた少女が蒲公英の綿毛に息を吹きかけると、綿毛が空高く飛んでゆく。


643 : 名無しさん :2014/05/19(月) 03:46:38 p91fSAyQ0

「それでも春奈は、現代最強の剣術家だよ。私はそう信じてる」
澄み渡る青空を眺めて、少女は微笑んだ。
天気は快晴。数時間前までは雲に隠れていた太陽が、今は彼女を焼き尽くすように燦々と輝いている。

「そうか。ならば俺は、現代最強の剣術家であり続けよう」
壱与の信頼に応えるように、遠山は力強い声で言った。
今までのマスコミが勝手に付けた名とは違う。本当の意味で現代最強の剣客を目指すと決意する。
惨敗を知っても尚、現代最強と呼び続けてくれる少女がいるのだ。遠山はそれを否定するような女々しい男ではない。

「覚悟は決まった?」
「ああ。それと言いそびれていたが、家事洗濯や食事は棚に財布が置いてあるから、それで買うといい。洗濯はコインランドリーという便利な施設があり」
「う、うん。大丈夫だよ春奈、私にはシャーマンの秘術があるもの。これでも私は邪馬台国、最後の女王なのよ。昔はよくシャーマンキングと呼ばれていたものだわ」
「キングは王という意味だ。お前は自分が男だと言いたいのか?」
「じょ、じょじょじょ、冗談よ! 春奈の緊張を揉みほぐしてあげただけなのよ!」

自信満々の顔から一変、赤面であたふたと言い訳をする壱与。
英語が苦手な彼女は、愛読している現代の漫画に登場した英語を意味も知らずに使っていたのだ。
シャーマンが題材にされているから喜んでいるのだろうが、クイーンとキングの違いくらいはわかってほしいものである。
世間では今頃、キングを自称する変人少女とでも噂されているのだろう。遠山は少し頭を抱えたい気分になった。

「俺が戻る頃には、現代最強の変態と噂されているかもしれんな。少女を男のように育てた同居人とでも誤解されたら、師に合わせる顔がない」
「そ、外ではシャーマンキング自称してないし」
「どうして震え声で、しかも目を逸らす。意味もわからぬ言葉を乱用するなとあれほど言っただろう」
「説教だけは勘弁を! 慈悲深き現代最強のマリア様ー!」

ぷちんと血管が切れる音がして、地雷踏んだと壱与が気付く頃には既に遅い。
約数十分にも及ぶ怒涛の説教が始まり、壱与はその間ひたすら正座を強要されていた。

「さて、ではそろそろ俺も行こう。待たせている少女がいるのでな」
「うん。がんばってね、春奈。傍に手紙が置いてあるから、それも読んでほしいよ」
「了解した。それでは、行ってくる」


暫しの休息を経て、男は目覚めた。
負傷していた手足が何事もないように治療され、自由自在に動く。
自分の身に何があった? そう思考を巡らそうとするが、やはり理由はわからない。
夢の中で壱与に言われた通り周囲に手紙でもないかと探すと、それはすぐに見つかった。

----
春奈へ。
すごい怪我だったから、勝手に飛び出して治療しちゃった。
それとね、怖い人が相手だと目を瞑るといいって聞いたことがあるの。
相手を視力で追うのはやめて、気配で察知する戦法らしいよ。
あとね、ここにいた二人は地図の西洋洋館っていうところから気配を感じるよ
----

「ほう。見覚えのある式神だと思っていたが、そういうことか」
手紙を見て得心した。
つまり彼に支給されていた物の一つは、壱与の式神だったのだ。
デイパックの中で静かにしていたが彼女だが、遠山の負傷が心配で勝手に治療した、ということだろう。
このタイミングで夢に壱与が出たことが不思議であったが、彼女の式神がいたのなら納得がいく。
夢の中に現れ、自在に話すのは日頃から壱与が気まぐれでしていた悪戯だ。シャーマンの秘術を使えば簡単に出来るらしい。

「西洋洋館付近か。急がねばならんな」


644 : 名無しさん :2014/05/19(月) 03:47:40 p91fSAyQ0

♂♀♂♀♂♀♂♀
夜空の月光に照らされて、亦紅のサバイバルナイフが銀に光る。
彼女が横薙ぎにナイフを振るうと、自分たちを囲む木々が数瞬の間に伐り倒されてゆく。

「ナイフでこの威力って、えれぇ強さだな」
「吸血鬼でもないのに、パンチ一つで木を倒す珠美さんもかなり強いじゃないですか。本当に人間なのか疑いたくなりますよ」

情報交換を終えた彼女たちがしていたのは、腕試しだ。
珠美と喧嘩を楽しんでご満悦の亦紅は、遠山のことも忘れて遊びに興じていた。
汎用性の高い道具である丸太を回収しつつ、腕試しで互いの強さを見せ付けるという一石二鳥の行動だ。
出来上がった丸太を亦紅と珠美は拾い集める。

「人間も極限まで鍛えればあれくらい出来るもんさ」
「その代償におっぱいが……いふぁいいふぁい、じょーふですよ巨乳のボンガルさん」

唐突に頬を引っ張られて涙目になる亦紅。
口の中に生えている犬歯を発見して、彼女が吸血鬼なのは本当なんだなと珠美は再確認した。
普段はりんご飴や正一が頭脳や戦略面を担当していることもあり、珠美はあまり頭が良くない。
犬歯があるから吸血鬼なんだろ、とかそういう適当な理由だけで納得できてしまう人種だ。

「女の価値は胸より心意気だぜ」

亦紅の頬から手を離すと、珠美はない胸を張ってそう言った。
これはりんご飴や瑞雨に貧乳ネタを吹っ掛けられた時の決め台詞だ。
口喧嘩ではプロ級に駆け引き上手なりんご飴に言い負かされるが、何故か最後に決め台詞を言うのは珠美。
そこに瑞雨が『男の価値も女の価値も心意気だよね、ボクの価値観は違うけど』と便乗してさり気なくボク世間とは違いますよ発言をするのが恒例となっている。
三人が同じ豪邸に暮らしていることもあり、このやり取りをする頻度は週に一回や二回。家を尋ねたヒーロー仲間が口喧嘩に巻き込まれた時は、その独特な雰囲気に恐れて裸足で逃げ出したとか。

「博士はロリなら誰でも国宝とか言ってましたね。あと、おばさんのおっぱいはしわしわだから価値がないとか」
「あ? 汚ねぇ花火希望か?」
「ボンガルさんが犯罪者の顔で私を睨んできます。遠山さん、助けてください!」

振り返り、背負っているはずの遠山に助けを求める亦紅。
そこであることに気付くも、どうしようかと複雑な表情になる。珠美も気付いたようで、彼女はコホンと咳払いした。

「遠山は置いてきた。常人代表みたいなあいつがいても、こっから先の戦いにはついてこれないから放置だ放置」
「あの芋虫状態で置いてきても死んじゃいます!」
「芋虫ってまずいよな」
「そんなもの食べたことありません、っていうか普通食べないです!」
「ほう、誰が芋虫だと? 是非とも聞いてみたいものだな、亦紅」

背後から聞こえる声に、ビクッと肩を震わせて亦紅は振り向く。
そこにいたのは、やはり遠山春奈だ。芋虫談義を聞かれたからか、降り注ぐ鋭い視線が痛い。


645 : 名無しさん :2014/05/19(月) 03:49:01 p91fSAyQ0

「遠山さん! 私は信じていましたよ。芋虫は芋虫です、青虫です」
「意味不明な言い訳だな。まあ良い。それで、そこにいる巫女服の女は誰だ?」
「あたしは火輪珠美。ヒーローという名の喧嘩屋だぜ」
「ヒーロー? お前は何を言っているんだ? いい歳をして特撮ごっこでもしているのか?」

頭に疑問符を浮かべる遠山。
表社会しか知らない彼にヒーローは馴染みのない言葉だ。
だから遠山に悪気はないのだが、真顔で質問をする彼に、亦紅は笑いを堪えるので必死だった。

「あちゃー、これは地雷踏んじゃいましたよ遠山さん! ダッシュで逃げて、ゴーゴーですよ遠山さん!」
「いちいち説明するのは面倒だが、社会は広いってことよ。
 それと亦紅、あたしやりんご飴は善や悪に拘ってねぇから、これは地雷じゃないぜ」

ふざけて遠方に指をさす亦紅を一蹴して、珠美は遠山にヒーローのことを説明した。
彼女独自に価値観で語られたヒーローは強者を見つけてフルボッコにして金を得るという、とんでもないものだ。
ふざけ半分にフォローをする亦紅と、それを面白がって更にふざけたことを言い出す珠美に息があっている二人だな、と遠山は呆れた。
そんなこともあって、遠山はヒーローのことを強者を見つけては喧嘩を売る変人集団だと認識した。正一とリクは泣いてもいい。

「それにしても、りんご飴を大和撫子に叩きなお……ぷぷっ、叩き直す……って、あんたそりゃあ……」
「ほらほら、あれですよ。きっと遠山さんはアッーな趣味なんですよ」
「アッーだと? 何を意味不明なことを言っている」
「だってほら。りんご飴さんは女装してるけど男ですから、アッーですよ。意味不明って言われても、アッーはアッーですよ」

衝撃の事実!
自分をちゃん付けしていることから、遠山はりんご飴を女だと思い込んでいたが彼は男だ。
つまり遠山は男を大和撫子に叩き直すという、ホモホモしいアッー!なことを言っていたということになる。
新鮮なリアクションをする遠山に、亦紅と珠美は腹を抱えて笑い転げた。
その後、彼女たちが遠山に理不尽な説教をされたのは言うまでもない。

♂♀♂♀♂♀♂♀

「西洋洋館。ここから鋭い殺気を感じるな」
「行くかい?」
「無論だ」
「気合!入れて!行きますよー!」

亦紅が洋館の扉を開くと、そこにはサングラスを掛けた巨漢が座っていた。
彼は三人を見渡すと、順々に指をさして名前を読み上げてゆく。

「ヒーローのボンバーガールに、現代最強の剣術家、遠山春奈。そして元殺し屋の――」
「亦紅です。それ以外の名前はありません」
「なるほど。何が原因だか知らないが、訳有りということか。俺は悪党商会の代表。森茂だ、よろしくね」

全ての正義の味方、悪党を知り尽くしている森茂は、亦紅が組織を抜けたことも当然知っている。
組織の狗、ルカが抜け出して裏切り者になったということは裏社会で有名な話だ。
元からルカはヴァイザー、サイパスと肩を並べられるほどに裏社会の有名人である。
ヴァイザーは割愛するが、サイパスとルカが恐れられていたのは組織にどこまでも忠実なその性格。
彼らの忠実さを試すために幹部が死ねと命じた時も、ルカは無表情で、サイパスは喜んで自らの命を差し出そうとした。
ヴァイザーやピーターのようなサイコパスは裏社会によくいるが、組織に忠誠を誓い、自殺する者など滅多にいない。
そこまで従順だったルカが、何の脈絡もなく組織から抜け出したのだ。噂にならないはずがない。


646 : 名無しさん :2014/05/19(月) 03:49:34 p91fSAyQ0

「訳有り、じゃなくて亦紅だから亦紅なんですよ。名前に理由なんてありません」
「ま、君の事情なんてどうでもいいんだけどね。本題に移るけど遠山君と亦紅君は正義? それとも、悪?
 そんなに難しく考えなくていいよ。ゲームを破壊したいか、一人だけ生き残って優勝したいか」

「決まっている。ワールドオーダーを斃し、無力な人々を救うのが剣術家たる俺がここで果たすべき役割だ」
「私も遠山さんと同じです。皆を殺して自分だけが生き残るなんて、そんなの有り得ないじゃないですか」
「そ。ちなみに俺は後者だ」

森茂の言葉に、亦紅と遠山が臨戦態勢に入った。珠美だけは飄々とした態度で次の言葉を待つ。
森茂の性格を知っている彼女は、彼ならそういう選択をするだろうと思ってたし、特別なリアクションをとる気がない。
これで森茂がゲームを破壊すると言っていたら腹を抱えて笑っていたかもしれないが、予想通りの台詞を言われてもつまらないだけだ。

「ま、そう構えないでよ。君たちに危害を加えるとは言ってないんだからさ」
「戯言を。貴様が何を考えているか知らんが、参加者を殺すというのなら斬るだけだ」
「そういうことです。それにユキちゃんの保護者が彼女を殺すなんて言ってるのに、黙って見過ごせるわけないですよ」

「保護者? 君からはそういう目で見られていたのか。ユキの親友であるルピナス君の保護者、亦紅君」
「まるで自分が保護者でない、赤の他人とでも言いたそうな台詞ですね」
「そういうこと。俺にとってユキなんて、赤の他人と変わらない存在さ。彼女が死のうが生きようが、どうでもいい」

それは明らかな挑発。遠山と珠美はそう捉えて平静を保っていたが、亦紅だけは違う。
イヴァンを超える早業でスプーンを取り出し、そのまま森茂へ向けて超速で投擲する。

「怖いね。他人の君がユキのことでそんなに怒る必要ないじゃない」
怒りに駆られて投げられたスプーンの軌道は、標的から少しズレている。
森茂は余裕の態度を崩すことなく、首を傾けてスプーンを避けた。

「あなた、ユキちゃんが嫌いなんですか?
 今まで彼女に向けてきた笑顔は総て偽りだとでも言うんですかッ!」

亦紅はユキと面識がある。ルピナスと彼女が友達のように、亦紅とユキ達もまた、友達だ。
ユキたちとブレイカーズ支部に殴り込んで千斗に怒られたことも。
夏実、ユキ、舞歌、ミル、ルピナスとかき氷大食い大会に参加して決勝戦でユキと激闘を繰り広げたことも。
バレンタインで撃沈した裕司をユキやルピナスと励ましたことも。
総てが大切な思い出だ。
そして亦紅がユキと遊んでいる時に、森茂を見たこともある。
優しく頭を撫でる森茂に、顔を赤くして照れるユキの姿は親子のようであった。
あれが本当に偽りの笑顔だというのなら、大した役者だ。

「俺は悪党商会を例外なく愛しているよ。便利な道具として、だけどね。
 中でも一とユキは良かった。信頼出来る相手が不在だった彼らは簡単に懐いてくれたからね」

返ってきたのは、最悪の答え。
森茂にとっては当然のことであり、遠山や亦紅にとっては信じ難い言葉である。
我慢の限界だ。そう思った亦紅は一歩前に出ようとするが、遠山の手が制した。

「なんですか、遠山さん」
「少し頭を冷やせ、亦紅。怒り狂っては相手の思うつぼだ」

初戦で遠山は怒りに突き動かされ、銃弾に対処することなく惨敗してした。
どれほど高等な技術を有していようとも、精神が乱れていると実力を十全に発揮出来ないことを思い知った。
それに相手は明らかに挑発を狙って発言している。そのままのせられるのは、危険だ。
ひとまず亦紅には下がらせ、自分が前線に立つのが最善だろう。


647 : 名無しさん :2014/05/19(月) 03:50:23 p91fSAyQ0

「こんな外道を見て頭を冷やせなんて、よく言いますよ。遠山さんは少女を見捨てて殺そうとしてる保護者を放っておくつもりですか?」


「阿呆が。誰も外道を放置するとは言っていないだろう。理解出来ないのならば、言葉を訂正しよう。
 ――あいつは俺が斬る。だからお前は下がっていろ」


「表社会だけで強者を気取っている君が俺の相手をする? 君さぁ、悪党商会をなめすぎじゃないの? 素直にそこの二人に守られていた方が身のためだよ」

森茂は自分に鋭い視線を向ける遠山の言葉をため息混じりに一蹴すると、彼に見せ付けるようにS&W M29を握った。
わかりやすい威嚇行為だ。銃で撃たれたら痛いや怖いで済まないのは稚児でも知っている。
銃口が向けられた先は遠山春奈。現代最強の剣術家と名高い男はゆるりと瞳を閉じた。
そして森茂は機械のように精密且つ素早い動作でS&W M29の引き金を引く。
ここまでに要した時間は僅か0.4秒以下。サイパスやイヴァンをも凌駕する超人的な速度だ。

常人では捉えることが困難な音速で銃弾が遠山を迫る。

「そこだ!」
自身を押し潰そうとする死の奔流を察知して、遠山は駆けた。
それはあまりにも無謀な行動。ついに壊れて自殺行為に走ったか、と森茂は呆れ返る。
命の危機に瀕した者が恐怖のあまり自殺するのは、それほど珍しいことでもない。
己が勝利を確信してS&W M29の銃口を残る二人に向けようとした、その瞬間。


「おおおッ!」

雷光と見紛うほどの速度で、銀の閃光が彼を穿たんと奔る。
それは人間に許容された限界領域で放たれる最速の突き。
そのスピードは暴風の如く吹き荒んだサイパス・キルラに劣るが、それでも常人に成せる業ではない。
恐るべき攻撃に死を直感した森茂は、咄嗟にS&W M29を横へ向けると、頑丈な銃身で突きを受けた。
渺と遅れてやってきた暴風が彼の頬を裂く。流れ出す鮮血は、敵対者の強さを雄弁に物語っていた。

(怖いね。少しでも反応が遅れていたら、今頃俺はあの弾丸と同じ目に遭っていたわけか)
からんからん、と洋館に響く2つの金属音。
S&W M29の銃弾が真っ二つに斬られたことを彼は悟った。

「素直にそこの二人に守られていろだと? つまらぬ冗談だ。
 女の陰で守られているだけの男など、死んでいるも同然だろう」

森茂と鍔迫り合いを演じる青年が口にしたのは、現代では廃れきってしまった歪な男女論。
元男の亦紅や悪党商会社長の森茂にも到底理解出来ない、男の信念。
その強固な意思は、彼の威風堂々たる出で立ちが如実に表している。


「―――俺は現代最強の剣術家、遠山春奈だ。矜持を捨て、醜く生き延びるつもりなど毛頭ない!」

男には、貫くべき矜持がある。
男には、守るべき少女がいる。
男には、惨敗した自分を現代最強の剣術家と呼び続けてくれる存在がいる。
だから男は、現代最強の剣術家であり続けると誓った。
マスコミ風情に付けられたものではない。真の意味で現代最強になりたいという渇望を抱いたのだ。
自ら現代最強を名乗ったのは、慢心でも驕りでもない。そうあり続けようと決意したから、吠えた。ただそれだけのことである。


648 : 名無しさん :2014/05/19(月) 03:52:15 p91fSAyQ0

「そのためなら命を奪われても構わない、と?」
「無論。最後まで矜持を貫いて死ねるならば、それが日本男子としての本懐だ」
「なかなかどうして、狂ってるね。君はもっと冷静な人だと思っていたが、俺以上にイカレてるようだ」
「貴様のような性根が腐った男には、そう思えるかもしれんな」

善悪のバランスを保つため、このゲームに参加した正義と悪、そして仲間をも滅尽滅相すると決めた森茂。
己が信念を貫き通し、どんな強敵が相手でも“現代最強の剣術家”として対峙すると決意した遠山春奈。
全く異なる思想を持つ両者は、互いが互いを異常者だと認識している。
唯一共通しているのは、勝者が正しいという絶対のルールを理解していることのみ。勝負の世界において、敗者の言い分は負け犬の遠吠えでしかない。

数度言葉を交わし、後方へ下がりつつ遠山が見舞ったのは唐竹割り。
剣道で鍔迫り合いになれば、どちらか一方が引き技を打つのが定石。彼が行ったのはそれだ。
先の突きと比較して圧倒的に威力の劣る攻撃は、S&W M29の銃身で容易に防がれたが、距離を空けることには成功。
一瞬の隙でも見逃さまいと音速で射撃体勢に入った森茂の視界に映る遠山は、既に刀を構えて深呼吸をしていた。
これでは同じ行動の繰り返しだ。消耗戦に持ち込む手もあるが、一度の戦闘で大量の銃弾を消費するのは惜しい。
1秒にも満たない僅かな時間で思考を終えた森茂は、懐から不思議な形状のベルトを取り出した。

[Authentication Ready... ]

「現代最強の名は伊達じゃないか。たしかに君は俺の見てきた一般人の中では最強の男かもしれない」

だが、それがどうした。
そう言わんばかりに歪に口角を曲げた森茂の肉体が漆黒の鎧に包まれる。

[Transform Completion]

現れたのは、黒のシルバースレイヤー。
その禍々しいオーラは、彼が正義と対極の位置にあることを告げている。
予め用意されていた漆黒の刃を握り、森茂は駆けた。
遠山も動じることなく疾走し、互いの刃が交じり合う。

「問おう。森茂、貴様は何がために剣を執る」
「善悪総てを相殺して、正義と悪のバランスを保つ。そのためさ」
「ならば俺は正義を名乗ろう。現代最強の剣術家はこれより『正義』を名乗り、貴様ら悪鬼羅刹を斬り伏せる」

それは誓いの言葉。
元の世界にいるはずの壱与に。
自分を見守ってくれている亦紅と珠美に。
仮面の奥底で禍々しいことを企んでいる森茂に。

「なるほど。君は余程、俺に始末されたいようだ」
剣を弾き、両者は後方へ飛び退く。

(やはり力では俺が劣るか)
着地した遠山が感じたのは、防具も無しに籠手を打たれたかのような痛みと痺れ。
血の滲むようなトレーニングを繰り返し、努力を積み重ねても、人外と常人では決して埋めることの出来ない差がある。
それが身体能力だ。漆黒の装甲で人外同等のチカラを得た森茂と、生身で戦に臨む遠山春奈には圧倒的な力量差が開いていた。

(短期決戦。それしかないようだな)

彼我に大きな差があるのなら、体力が尽きる前に決着をつければ良い。
実に単純明快な結論を導き出して、遠山は地面を蹴る。
たん、と軽快に響き渡る足音。それはすぐさま、機関砲を彷彿とさせる轟音に掻き消された。
遠山の命を刈り取らんと押し寄せたのは黒き濁流。出処を辿ると、それは漆黒の砲台から流出していた。
絶望的なまでの力量差だ。剣一つであの闇を斬り裂くのは不可能に近い。
そう考えていた遠山の前に、颯爽と巫女服の女が躍り出た。


649 : 名無しさん :2014/05/19(月) 03:52:54 p91fSAyQ0

「こいつはあたしに任せろ、遠山!」

目には目を歯には歯を、大砲には大砲を。
彼女は大砲級に巨大な花火を形成すると、それを闇に向けて放つ。花火と闇は拮抗し、遠山の危機を救った。
三人で唯一遠距離攻撃を持つ珠美が足止め役を買って出たのだ。

「しかし、それではお前が――」
「さっさと行け! ちったぁ他の奴らを信じろよ、女だからってボンバーガール様をナメんじゃねえ!」

珠美、りんご飴、瑞雨は自由人でありながら己が矜持を貫いて生きている。
男だとか、女だとか、そんな記号は関係ない。自分が止めると決めたのだから、意地でも止める。
それに珠美は、りんご飴や瑞雨と同じく相手が強い方が燃える人種だ。
こうして強大な闇と拮抗しているだけで胸が高鳴る。最後に残るのはどちらか一方だろうが、それまでは愉しめそうだ。

「済まない。すぐに終わらせる」
迷っている暇はない。
遠山は珠美を信じて走り続けた。
出会っても間もないが、彼女も矜持を持って生きているということは、その台詞から理解出来た。
彼女が誇り高き戦士であるなら、心配無用。戦士への過度な心配は侮辱になる。

「ボンガルさん、私は」
遠山に一喝された後、冷静さを取り戻した亦紅が呟いた。
「遠山が心配なんだろ? 亦紅、あんたもさっさと行け。遠慮しなくていいぜ、このビームは絶対に食い止めてやっから」
「……わかりました。ご武運を祈ります!」

互いに右手を突き合わせて、亦紅も遠山の後を追う。
強敵と戦う時に拳を突き合わせるのはりんご飴発案の行為だが、珠美は相手がりんご飴や瑞雨以外でもこれをするのが癖になっていた。
敵はあらゆる面でサイパスを上回る強者だ。珠美がいなければ遠山は為す術もなく暗黒の津波に飲み込まれていただろう。
だから三人で挑む。一人では勝てない相手には二人や三人で勝つ。珠美が今までしてきたことだ。
押し寄せる闇の津波は過去最大級の威力を持っているが、それでも珠美は勝利を信じて踏ん張り続ける。

「うおおおッ!」

袈裟、逆袈裟、右薙ぎ、左薙ぎ、唐竹、逆風――
刹那の間に目にも留まらぬ神速で繰り出される剣技の数々。
その絶技は剣の道で一定の境地に達していない者が見れば、6つの刀が同時攻撃をしているかのように錯覚するだろう。
それは森茂とて、例外ではない。彼は対処が遅れた幾つかの斬撃を、その身に浴びせられている。

「剣の腕は俺が上のようだな」
人間は身体能力で化物を上回ることは出来ないが、これまで培ってきた技術だけは違う。
技術だけはどんな生物でも皆平等だ。素人のゴリラに真剣を持たせて、高度な剣技を披露させることなど不可能だ。
森茂の腕もプロの剣術家より数段は優れているが、それでも剣術だけなら遠山に軍配が上がる。

「ああ。たしかに剣術『だけ』は敵わないね。
 さて、そろそろ茶番は終わりにしよう」

「ほう」

転がり落ちていた弾丸が再び動き出し、遠山を目掛けて射出される。
サイコキネシス。 茜ヶ久保一の有する超能力と同等のものだ。
頭上から振り落とされたのは氷塊。
他者を嬲ることを目的としているような荒々しい殺気と、命の鼓動を凍て付かせるように冷ややかな殺気の二重攻撃。
前者は現在の茜ヶ久保一が持っているもので、後者は親を殺戮されたばかりのユキが纏っていた雰囲気そのものだ。


650 : 名無しさん :2014/05/19(月) 03:53:54 p91fSAyQ0

「あの頃のユキは優秀な道具になると思ったんだけどね」

過去を懐かしむように呟く森茂に、

「ふざけるのも、いい加減にしてくださいよ。ユキちゃんはあなたの操り人形なんかじゃない!」

亦紅が吠えた。
彼女は森茂が心底気に入らない。
彼を見ているだけで、自分を傀儡のように操っていた父親の顔を思い出してしまうのだ。
亦紅は空高く飛翔すると、矮躯に見合わぬ怪力で降り注ぐ氷の鉄槌を粉微塵に粉砕した。
天からの殺気が消えたことで残る殺気は一つのみ。

「よくやった、亦紅」

遠山は横薙ぎに剣を一閃するとそこから生じた剣圧が弾丸を切り刻む。
されど、相手は超能力で操られた凶弾だ。その存在を消し去るまで追跡は終わらない。
その執念に呆れ果てるも、銃弾をただ斬るのではなく、木端微塵にすることに方針転換。
銃弾が落ちるまで、何度も。何度も。破竹の勢いで素振りをする。

「お見事」
ぱち、ぱち、ぱちぱち。
やがて弾丸が消え失せ、彼ら三人を褒め称えるように拍手が贈られる。

「貴様、それは何のつもりだ?」

顔を顰めた遠山が、問いを投げかけた。
三人の視線を一身に受け止め、森茂は彼ら三人を順番に見回す。
彼らは皆、戦士の表情をしていた。
元からヒーローの珠美はもちろんのこと、他の二人も負けず劣らず、戦士と認めるに相応しい佇まいだ。
亦紅から再び遠山に目線を合わせ、森茂は口を開く。

「合格だということさ」

森茂の言葉に遠山が反論しようとした、その刹那。
真剣が宙に舞い、洋館の壁が崩れ落ちた。
亦紅に衝撃が走る。
あの刀を持っている男はこの場に一人しかいなくて、つい先程まで共闘していた益荒男が消えていたから。

「遠山さん!」

亦紅は仲間の名を呼ぶが、返事はない。
代わりに飛び込んできたのは、鉄槌を手にした漆黒の戦士。
それを見た、亦紅が遠山を壁に叩き付けた武器を察すると同時に、鉄槌が振るわれる。
その速度は、遠山の剣と同レベルに疾い。殺気もサイパスやヴァイザーの比ではない程に膨れ上がっている。
亦紅は咄嗟にバックステップして躱すことに成功したが、風圧だけでどこか遠くへ吹き飛ばされてしまいそうだ。
それでも意地で踏ん張り、お返しとばかりにフォークを投擲。
たかがフォークだと侮る無かれ。半吸血鬼の剛力と元殺し屋のテクニックを併せ持つ亦紅が放てば、威力は弾丸相応か、それ以上となる。

「どれだけ速くても通用するなんて、厄介な能力ですね」

ため息混じり亦紅がサバイバルナイフで弾いたのは、彼女が投擲したはずのフォークだ。
フォークは彼女に投げられた後、森茂の目前で止まるとくるりと方向転換。亦紅へ向けて再び動き出したのである。
今回は相手が念動力を扱えると判明していたから対処に成功したが、イヴァンやピーターならそれを知ることもなく即殺されていただろう。
そう考えると、念動力を用いた不意打ちに対処した遠山は大したものだ。表社会で最強の名を冠していただけはある。
亦紅は遠山が飛ばされた方角を一瞥すると、敬意を払って微笑んだ。

「仲間が殺されたのに、随分と冷静だね。元殺し屋の君には、遠山春奈の死が大したことなかったかい?」
「遠山さんは生きてますよ。あの人がそう簡単に死ぬわけないじゃないですか」

亦紅には何故かそんな確信があった。
まだ知り合って数時間しか経たないが、遠山が死ぬ光景だけは想像出来ないのだ。
彼ならどんな攻撃を受けても、己の矜持を貫くために立ち上がると亦紅は信じている。

「遠山さん。あなたの力、少し借りますね」

抜身で絨毯に刺された霞切を手に取る。
天井の照明に反射して煌めく刀身は、森茂を覆う闇に対抗するよう、光り輝いていた。
それは希望の光。凛とした輝きは、遠山の気高き魂のようだ。


651 : 名無しさん :2014/05/19(月) 03:54:40 p91fSAyQ0

「死んだ仲間の力で悪党を斃そうと思っているのかい? 泣けるね」
「こんな簡単な問題も間違えるなんてダメダメですね、森茂さん。
 正解は生きてる仲間や友達と未来を切り拓くためにあなたを殺す、ですよ」

西洋館に漂う瘴気を斬り裂いて、亦紅は風のように駆け抜ける。
こころ密かに燃える華ひとひらを走り出す勇気に添えて、止まらない嵐の中へ。
行く手を遮る氷雪、テレキネシスの数々を戦友(とも)と共に貫いてゆく。
その姿は全盛期のルカを彷彿とさせるが、希望を胸に舞う亦紅の動きはルカよりも鮮やかだ。

「ルピナスには悪いけど、披露しちゃいますよ」

それは夢か現か――。
縦横無尽に疾走る亦紅を中心に、次々と新たな彼女が生み出されてゆく。
現れた三人の亦紅は、その誰もが行動を乱すことなく、森茂に押し寄せる。

「分身……いや、残像か」

元から常人には捉えられない速度であったが、そこから更に加速することで達人にも視認が困難なスピードに達する。
この状態で右往左往に動けば残像が生まれ、大半の相手は亦紅が分身していると錯覚を引き起こす。
これぞ野生の力と犬の脚力を併せ持つルピナスの身体能力が可能にした正真正銘の専用技。
発案者の亦紅も、練習することでこの境地に辿り着くことが出来たが、効力は半分以下の劣化版だ。

亦紅が創造した加速世界(アクセル・ワールド)を森茂はじっくりと観察した。
2つ以上の残像を作り上げる化物と対峙したのは初めてだ。
ブレイカーズ支部長の怪人を一瞬で斃した銀髪少女の噂。それが実話だと理解する。
されど、恐れる必要はない。彼女を止めるための駒は、沢山あるのだから。

「あなたは、どれだけ自分の仲間を侮辱したら気が済むんですかッ!」

森茂を庇うように聳え立ったのは、水芭ユキと鵜院千斗の雪像。
ご丁寧に氷の涙を装飾された二人の役割は肉壁。
僅かに鈍った亦紅の動きを、森茂は見逃さない。収束された念動力で一人の亦紅が掻き消される。
本来なら避けられる攻撃だが、対象が残像であれば、無駄な動作をする必要はない。
残像が消されたことを気にすることもなく、亦紅は2つの雪像を両断した。

「悪党商会に所属する総ての人間は、誰でも平等に俺の駒だ。
 駒を利用して何が悪い? 君は将棋の駒を動かさずに、詰むのを待つのか?」

世間話をするかのように、軽快な口調で森茂は尋ねる。
亦紅の言葉は的外れだ。従順な駒を犠牲にすることに、何の迷いがあろうか。
むしろユキと千斗は喜ぶべきである。半田や近藤なら、目的達成の礎となれたことに感謝の涙を流すだろう。

「人間として終わってますね。あなたからは腐った海の匂いがします」
「それが元殺人鬼、ルカの台詞かい?」

上空から降り注ぐ氷柱が二人目の亦紅を貫通する。
彼女はやがて空気になり、消失した。残像だ。
これで残りは残像一人に、本物一人の合計二人だ。
森茂は漆黒の剣を引き抜くと右手に握った。槌と剣の二刀流だ。

「阿呆。そいつはルカではない、亦紅だ」

満身創痍の身体に構わず、益荒男は再び立ち上がる。
今は不在のミルやルピナスに代わり、亦紅の存在を肯定したのは遠山春奈。
彼の力強い言葉が亦紅の背を押し、少女は無邪気に笑った。

そう。ルカは組織を抜けたあの日の夜に、死んだ。
此処で剣を執るのは希望を宿した一人の少女。――ミル博士の助手、亦紅だ。

「誰がなんと言おうが知ったことじゃありません。私は亦紅です」

最後の残像を犠牲に、空を切ったハンマーを蹴り飛ばす。
互いに残る武器は剣のみ。先に仕掛けたのは森茂だ。
彼我の体格差を利用した、上段からの斬り下ろしが亜音速で亦紅に迫る。
これを受けるのが困難だと察した亦紅は、極限のタイミングで斬撃を躱すと、横薙ぎに剣を振るう。
彼女の一撃は剣を振り上げ、がら空きになった森茂の胴へ命中。漆黒の装甲に傷が入った。
そこから更に、胴を蹴り飛ばして後方へ下がる。矮躯だからこそ出来る身軽な体術だ。

「お見事。なかなかやるじゃないの」
「全く通じてないのに、何がお見事ですか」


652 : 名無しさん :2014/05/19(月) 03:55:31 p91fSAyQ0

落ち着いた声音で、亦紅の華麗な動きを褒め称える森茂。
動揺する心を誤魔化すように、亦紅は苦笑する。
遠山の絶技がまるで通用しないのだから、装甲の耐久性が高いことには気付いていた。
だから初撃で胴を両断出来るという常識は切り捨て、連撃でダメージを与えることに重点を置いたのだ。
これまでもブレイカーズ怪人などの、頑丈な鱗を持つ相手は同じ箇所を集中攻撃することで斃してきた。
今回も相手の余裕を崩す程度には出来ると思ったのだが、自分の考えが甘かったことを痛感する。

「そんなことはない。骨の何本かは折れたよ。だから次は、俺の番だ」

森茂の言葉に偽りはない。
遠山春奈、亦紅と連戦で幾つもの骨や内臓に負担がかかっている。
それでも彼が平然としていられる理由は、先天性無痛無汗症を患っているからだ。
この病気はその名の通り、痛みを感じず、汗もかかない。戦士としては理想的ともいえる病である。
本来は先天性なものだが、なんと森茂は悪党商会の技術を用いて人為的に、発症させることに成功した。
それもユキや千斗、茜ヶ久保など悪党商会でも拒否する構成員が多い中、彼は自ら実験台になったのだ。
森茂は正義と悪のバランスを保つためなら、自分の肉体すらも犠牲に出来る。自分の命を惜しいとも思わない。

[Black Blade Charge Completion]

漆黒の刃が妖しく煌めいた。
それはルピナスが憧れて止まない青白い輝きと対を成す、深淵の闇。
ヴァイザーやサイパスの比ではない。端的に言って、次元が違う。
今の森茂が放つ悪意なき殺気は、組織の誰よりも鋭く、冷ややかだ。
彼はこの技で罪のない人々を屠ってきたのだろう。対峙しているだけでも足が竦みそうだ、と亦紅は苦笑いした。

「どうした、何を震えている」
「と、遠山さん!」
「あいつの相手は俺だと言ったはずだ。お前が無理をする必要はない」

いつからそこに現れていたのか。
亦紅が握る刀を強引に奪い取り、遠山は鋭い視線で森茂を見据える。

「遠山さん、目を瞑らなくても大丈夫なんですか?」
「恐怖は克服したはずだ。俺より優れた体術を有した者が相手でも、二度と怯えたりはしない」

「……死なないですよね?」
「案ずるな、剣術は俺の専門分野だ。邪な心を持つ者には、負けんよ」

「また男の矜持ですか?」
「ああ。男には貫かねばならん意地がある。それに今は、阿呆な少女を守らなければならんからな」

そう言って、遠山は駆けた。
相手は闇を具現化したような存在だが、恐れることはない。
自分は現代最強の剣術家であり続けると誓ったのだ。闇を恐れているようでは、現代最強の名を語れはしない。

[Go! Silver Thrasher]
「はぁぁああああッ!」
一瞬の交差。
銀光と暗黒が交わり、両者は刹那の攻防を終える。

「やるじゃないの」

漆黒の剣はその闇を失い、砕け散り。

「無論だ。現代最強の剣術家が一騎討ちで負けるわけなかろう」

遠山は勝ち誇ると、その誇りを胸に崩れ落ちた。
胴から溢れ出す鮮血は、彼に死期が近いことを告げている。
それでも男に後悔はない。彼は少女を守り抜き、己が矜持を貫けたのだ。
剣の道に生き、剣の道に死す。それは侍として、最高の終焉なのだろう。

「壱与を頼む。お前ならきっと良い友になれるだろう」

呆然と自分を見つめる少女に後を託して、剣客は深い眠りにつく。
その表情は死人と思えないほど穏やかで、達成感に満ちていた。


現代最強の剣術家、ここに散る――。

【遠山春奈 死亡】


653 : 名無しさん :2014/05/19(月) 03:56:55 p91fSAyQ0


「遠山春奈が時間を稼いでくれたのに、逃げないのかい?」
「当然です。遠山さんが作ってくれたチャンスを無駄にするわけ、ないじゃないですか」
「これを見てもそう言えるかい?」

[Right Leg Charge Completion]

森茂の右足に闇が収束してゆく。
それは小規模なブラックホール。見る者総てを飲み込むような圧倒的な殺意と存在感。
呪詛に満ちた呻き声は、これまで殺された者達の怨念か。

「私には男の矜持なんてわからないけど、遠山さんは命を賭けて勝利を託してくれたんです。
 だったら私は、彼が創った道筋を閃光のように駆け抜けてやりますよ」

だから逃げない。
そう決心した亦紅の肩を、トンと叩く手があった。
彼女が振り向くと、そこには不敵に笑う巫女服の女。
砲台を撃破した珠美が巨大な打ち上げ花火を用意してそこに佇んでいた。

「世話の焼けるヤツだぜ。この見せ場はあんたに譲ってやっから、存分にその強さを魅せてくれよ」
「もちろんです。さあ、いきますよ、ボンガルさん!」

二言だけ言葉を交わして、亦紅の足元に現れた打ち上げ花火が爆発する。
それは彼女たちが互いの拳をぶつけ合った時に珠美が使用した、出鱈目な技。

「「打ち上げ花火、ver亦紅!」」

声高らかに叫び、亦紅は上空へ飛翔する。
闇で充満した漆黒の虚空で待ち構えているのは、最凶の一撃を放たんとする黒き悪魔。
急降下する森茂が叩き込むのは、深き絶望。
仲間の力を借りて空高く跳ぶ亦紅が拳に宿すのは、希望の光。

「「はぁぁあああッ!」」
そして、希望と絶望が交わった。
最後に立っていたのは――。

「いつかルピナスが言ってました。希望を宿した戦士は、どんな絶望が相手でも勝てるって。
 つまりは、そういうことです。託された力で頑張りましたよ、とおや、ま、さん……」

「それがあんたの強さか。良いものを魅られたぜ、亦紅」

倒れ込む少女の矮躯を、珠美が支える。
結果は森茂の勝ち。それなのに亦紅が勝ち誇っているのは、漆黒の装甲が壊れたからである。
希望は絶望を打ち砕く。ヒーローに憧れた犬の少女は、そんな台詞を毎日のように繰り返していた。
ミルや亦紅が絆や希望に拘っているのは、ルピナスの影響も非常に大きい。
どんな生物でも最期は物語を終えてしまう。だからこそ、それまで希望を灯して生きようともルピナスは言っていた。
物語になることは、悪いことじゃない。むしろルピナスが心から望んでいたことだ。
それでも人生は素晴らしいから。ミル博士や亦紅と過ごす他愛のない日常を愛していたから、彼女はここでも希望を信じて騎士に助けを請い、そして友を信じた。
その結果は残酷なものであり、彼女の救いがない最期は一人の親友を狂わせてしまったのだが、それはまた別の物語。

「けど、悪ぃな。あたしが戦う前に逃げられちまった。だからあたしも寝るぜ、流石に能力使い過ぎ、ちまった」
洋館の壁にもたれ掛かって、珠美も眠る。
普段ならここまで消耗しないのだが、今回は出血大サービスをした反動が大きかったようだ。

『春奈を守ってくれてありがとう。春奈も、よくがんばったよ』
静かになった西洋洋館に、遠山春奈のデイパックから一人の童女が現れた。
彼女は珠美と亦紅を発見すると、最大限の感謝を込めて頭を下げる。
少女はデイパックの中で眠っていたが、大体の経緯は理解していた。そういう存在なのだ。

『だからこれは、私からのお礼』
三人の額に手を翳して、不思議な呪文を詠唱する。
この世ならざる者の力を借りたその秘術は、彼女たちの傷を瞬く間に癒してゆく。
最後に遠山の傷を癒やし、手紙を書き終えると少女の姿は煙のように消え去る。
三人の中で最初に起きた遠山が手紙を読むと、それはすぐに誰の仕業なのか判明した。


654 : 名無しさん :2014/05/19(月) 03:57:45 p91fSAyQ0

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亦紅、ぼんがる。春奈を助けてくれて、ありがとう。
これはしゃーまんくいーんからのちっちぇえお礼だよ。
春奈は現代最強の剣術家の最強な剣客で、すごくつよいから三人でがんばって、なんとかなるよ。
私もどうやら後一回だけはおーばーそうる出来るみたいだけど、時間が限られてるから手紙だけ置いておくね。
また傷付いたら式神で私を呼び出して。式神だけど、私は私だから、協力するよ。
でも無茶しないでね、春奈。今回は致命傷で助かったけど死んだ人は蘇らないよ、しゃーまんきんぐじゃないからね
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「壱与の仕業か。どうやら、俺は死に損ねてしまったようだな」
「良かったじゃないですか。私の傷も消えて元気全快だし、気分は最高ですよ!」

遠山の背後から手紙を覗いて、亦紅はくすりと微笑んだ。
命拾いをしたのなら、これほど良いことはない。素直に喜ぶべきだと彼女は思う。

「それにしても、ボンガルさん寝過ぎじゃないですか?」
「あいつも回復されているはずなのだがな。元から寝坊助なのだろうか?」
「とりあえずボンガルさんが起きるまで待ちましょうか。その後は必勝祈願で神社参りでもします?」
「神頼みか。たまにはそういうのも悪くはない。しかしこの巫女、下品すぎるだろう」

涎を垂らしてだらしなく眠る珠美に呆れて、後で説教せねばと遠山は彼女が起きてからの方針を決める。
そんな他愛ない日常の延長線で、亦紅は心の底から笑っていた。

「それにしても、風切が無事に届いて良かったです。これで私も本格的に戦える」
デイパックにある剣と機械を確認する。それは亦紅が過去に使用していた愛刀、風切と相手のランダムアイテムを1つ奪う道具であった。
サバイバルナイフとあまり使い慣れないマインゴーシュよりも、風切の方がしっくりくる。レプリカではないかと疑いもしたが、その手触りからして本物に違いない。
相手の隙を見てこっそりと道具を操作した甲斐があった。どうやらこの判断は正解だったようだ。

「遠山さん」
「なんだ?」
「強くなりましたね。それでこそ、現代最強の剣術家ですよ」
「当然だろう、改めて言われるまでもない」
「あ、照れてます? 顔赤いですよ、照れますよね?」
「ええい、黙れ! 貴様のせいで締まらんだろうが!」

【現代最強の剣術家 復活】

【亦紅】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ、マインゴーシュ、風切
[道具]:基本支給品一式、銀の食器セット
[思考・行動]
基本方針:主催者を倒して日常を取り戻す
1:博士とルピナスを探す
2:サイパスら殺し屋組織を打破して過去の因縁と決着をつける
3:首輪を解除するための道具を探す。ただし本格的な解析は博士に頼みたい

【遠山春奈】
[状態]:健康
[装備]:霞切
[道具]:基本支給品一式、ニンニク(10/10)、壱与の式神(残り1回)
[思考・行動]
基本方針:現代最強の剣術家として、主催者と組織の連中を斬る
1:現代最強の剣術家であり続けたい
2:亦紅を保護する
3:サイパスとはいつか決着をつけ、借りを返す
4:亦紅の人探しに協力する
※亦紅が元男だということを未だに信じていません

【火輪珠美】
状態:健康
装備:なし
道具:基本支給品一式、ヒーロー雑誌、薬草、禁断の同人誌
[思考・行動]
基本方針:祭りを愉しむ
1:亦紅、遠山春奈としばらく一緒に行動。
2:祭りに乗っている強い参加者と戦いを愉しむ
3:祭りに乗っていない参加者なら協力してもいい
4:りんご飴がライバル視しているヴァイザーを見つけ出して一戦交える
5:他のヒーローと合流するつもりはない
※りんご飴をヒーローに勧誘していました


655 : 名無しさん :2014/05/19(月) 04:01:12 p91fSAyQ0

♂♀♂♀♂♀♂♀
「どうやら、俺が優勝するのも骨が折れるようだ。実際に骨が折れているけどね」

つまらないオヤジギャグを呟きながら歩く森茂。
強制的に変身解除をされてしまった彼は、今後の方針で悩んでいた。
彼にとって理想的な状況は、他者を殺して生き残ろうとする者。つまりマーダーだけが残ることだ。
そうなればマーダー同士は勝手に潰し合いを始め、自分がどこかに身を潜めているだけでも参加者の数が大幅に減るだろう。
最悪なのは、ゲームを破壊しようとする者。つまりは対主催ばかりが生き残ることだ。
目的が一致している彼らは間違いなく徒党を組み、マーダーを各個撃破する展開になるだろう。
そうなってしまえば、自分が優勝出来る可能性は格段に下がるし、マーダーによる参加者の殺害も困難になる。
だから自分が優先的に潰すべきは、対主催の参加者だ。マーダーはワールドのようにやり過ごし、新たな犠牲者を増やしてもらうのがベスト。

(それであの三人に挑んだのに、遠山春奈の実力を見誤ったかな)
亦紅と珠美が他の強力な参加者と手を組むと厄介だと思い、排除しようとしたのに自分も大きな損害を出してしまうとは。
遠山は死んだし、他の二人にも大ダメージを与えることは出来たが、剣や装甲が破壊されたのはあまりにも痛い。
遠山春奈もある程度の強さを持つ参加者だとわかっていれば見過ごしていのに、強さを見誤った。それが森茂の敗因だろう。
それでも2つの収穫はある。一つは遠山春奈が死んだこと。彼は一騎討ちで必殺技を破るほど厄介な参加者であったし、真っ当な対主催を減らせたのは大きい。
もう一つは、亦紅がユキを全面的に信用していると判明したことだ。

(悪党商会の構成員も利用したいけど、やっぱりユキが厄介だ。悪党商会の秘密を握っている彼女はそれだけでも厄介なのに、亦紅、クロウ、ルピナスと強いお友達も参加している。
 それに悪党商会の構成員でも、彼女を気に入っているハンターや千斗を仲間に引き入れる可能性があるし、全参加者で一番厄介な存在と言えるかもしれないね。徒党を組まれる前に始末するのが最善だ)

ここにきて初めて、ユキの秘める可能性に気付いた。
彼女は学生、悪党商会の二大勢力に属する人間だ。放置しておくと多数の対主催を引き連れて、ゲームの破壊を狙う可能性がある。
元殺し屋で半吸血鬼の亦紅、吸血鬼のクロウ、亦紅の使用していた技を見るに相応の実力を持っているルピナス。
それだけでも厄介なのに、そこに悪党商会幹部の半田と悪党商会構成員の千斗が加入する可能性も高い。
千斗自体は他の構成員と比較してひ弱な男だが、彼を気に入っている茜ヶ久が問題だ。千斗と共にユキの味方になる可能性も少なからずある。
そう考えると、ユキは厄介極まりない存在だ。彼女が苦手意識を抱いている恵理子だけは自分に反旗を翻さないと信用出来るが、他の構成員がユキのために反旗を翻してくるのは勘弁願いたい。
彼女は過去のトラウマから無差別的に殺すのを拒否するだろうから、利用するのも難しい。殺すのが最善である。

(しかし、困ったね。この装備だけで能力者のユキを殺すのは難しい。
 賢い彼女は騙し討ちにも引っかからないだろうし、ユキを殺すのは鎧が回復した後かな)

そう結論付けて、森茂は草原を彷徨う。鎧の修復が完了することに要するのは約4時間。
修復が終われば再び悪党商会構成員の技能や闇の力を扱う強力な鎧を装備出来るが、それまでは鎧無しで行動するしかない。

【I-4 草原/早朝】
【森茂】
[状態]:健康
[装備]:コルトSAA(5/6)
[道具]:基本支給品一式、コルトSAAの予備弾丸(18/18)、ヒーロー変身ベルト
[思考・行動]
基本方針:参加者を全滅させて優勝を狙う。
1:交渉できるマーダーとは交渉する。交渉できないマーダーなら戦うが、できるだけ生かして済ませたい。
2:殺し合いに乗っていない相手はできるだけ殺す。相手が大人数か、強力な戦力を抱えているなら無害な相手を装う
3:悪党商会の駒は利用する
4:ユキは殺す


656 : 名無しさん :2014/05/19(月) 04:01:29 p91fSAyQ0

【壱与の式神】
シャーマンの壱与特製の式神。
彼女の式神を呼び出すことが出来る。式神は意思を持ち、彼女の性格通りに行動する。
戦闘に参加することは出来ないが、シャーマンの秘術で治療することは可能。ただし呼び出せる回数は三回のみ。

【風切】
雷切と共に伝説となっている名刀。
力で制するのではなく、手数で攻めることを重視して作られている。非常に軽く、使用者の速さを全く落とすことなく振るうことが出来る。
殺し屋時代に受けた依頼の報酬として亦紅が所持していたが、組織を抜ける際に長年付き合ってきた相棒であるからとそのまま持ち去った。
雷切と同じく様々な災害や能力に耐性があるが、それらを斬るには雷切以上に実力が必要とされる。

【ヒーロー変身ベルト】
悪党商会が「偽ヒーロー量産計画」の為に用意したベルト。
着用してポーズと掛け声をとれば誰でも自分のイメージしたヒーローになれる。
装甲を破壊されると修復に4時間を要する。剣の修復には6時間必要。砲台は修復不可

【盗賊(シーフ)】
相手のランダムアイテムを一つ選択して奪う道具。
選択後、一定の時間が経つと自分のデイパックに転移する。


657 : 名無しさん :2014/05/19(月) 04:02:59 p91fSAyQ0
投下終了、と三人がいる場所の明記を忘れていたからwikiで修正しますね


658 : 名無しさん :2014/05/19(月) 09:16:02 v9rzBXCk0
投下乙です。面白かった!
一度は惨敗を喫してしまった遠山さんの名誉挽回
マイナスの状態から再び真の「現代最強」として巨悪に立ち向かった彼はかっこよかったし、そして強かった
ユキと友達のもこたんとユキすら道具として見なすモリシゲの因縁も見逃せない
あとシャーマンキング好きな壱与ちゃんかわいかったww
モリシゲはやはり強者だったけど、彼は素のスペックでの強者っていうより変身ヒーロー的な強さなのかな
自己申告では武装なしじゃ突出してるわけでもなさそうだし


659 : 名無しさん :2014/05/19(月) 21:11:10 MpOhn6fI0
投下乙
遠山さん!ワイもずっと遠山さんのこと信じてたで!(テノヒラクルッ


660 : 名無しさん :2014/05/19(月) 21:21:45 xX3noLFg0
おおお、投下乙です!
三人ともかっけえ!
春奈、珠美、亦紅の三人が死力を賭けて戦っても墜ちないドン・モリシゲはさすがの貫禄
そして壱与の力で完全回復した三人のこれからの活躍に期待

前半のチャオズネタで不覚にも笑ったww


661 : ◆H3bky6/SCY :2014/05/27(火) 21:53:28 DiJ8I8gw0
投下します


662 : スポーツ支配計画 ◆H3bky6/SCY :2014/05/27(火) 21:55:12 DiJ8I8gw0

――――中学卒業前から多数のクラブからオファーがあったという噂ですが、夏目選手が進学を選んだ理由は何なのでしょう?

ありがたい事に様々なチームからお声を頂きました、特にトップチームからは中学在籍中からお誘いを受けていたんですが。
けれど、将来のことを考えると今はまだ焦る時期ではないかなと。
進路に関しては家族でだいぶ話し合いましたし、高校だけは出るべきという母の声も大きかったですね。

――――夏目選手のお父様は嘗ての名選手でしたね。現在トップチームのコーチであるようですが

名選手(笑)と言っても父は日本リーグで少しプレーしててだけなんですけどね。
自分はサッカーが下手でJリーガーになれなかった、その悔しさから指導者の道を志したとよく話してくれます。

――――夏目選手がいわゆる強豪校ではなく、まだ創立三年の新設校を選んだ理由はなんなのでしょう?

伝統校や新設校と言うのには、特にこだわりはなかったですね。
僕はすでにユースに所属してますので、特待生としても迎えられても部のほうには参加できないので。
それでもこれまでの僕の実績を最も高く評価して下さり迎え入れてくれたというのが大きいです。

――――先日のワールドユース(以下:WY)での活躍は記憶に新しいですが。16歳でU20代表への招集というのは、やはり緊張などはありましたか?

そうですね。最年少という事で気後れせず強気で行こうと決めていきました。
年代に関わらず、代表として戦う以上、日の丸を背負っているという覚悟と責任は常に意識して、恥ずかしくないプレーをするよう心がけています。

――――初戦のナイジェリア戦でキャプテンである長谷原選手が負傷しキャプテンマークを託されましたが、これは事前に決まっていた事なのでしょうか?

いえ、ハセさんのアドリブです(笑)僕自身、試合中ハセさんに呼ばれてビックリしました。
このキャプテンマークに恥じないプレーをするよう身が引き締まる思いでした。
初戦でのハセさんの離脱は大きかったですが、ハセさんのためにという気持ちでチーム全体の結束力は高まったと思います。

――――以後の試合もキャプテンを任されていましたが、チーム内ではどういった話し合いがあったのでしょう?

話し合いと言うか監督やチームメイトもみんなそのままでいいだろう、という、何だろう流れ?
元々最年少で弄られるポジションだったので、キャプテンを任されてることになって代表の中でだいぶ弄られました(笑)

――――そのWYも王者ブラジルを破り見事優勝。夏目選手も7試合9得点でMVPと得点王の二冠と大活躍でしたね。

個人技ではまだまだ力負けする場面もありましたが、チームとして一番纏まっていたのが日本だったと思います。
得点王になったのは僕個人の力というより、戦術が嵌ったというのが大きいかったと思います。
後はPKを譲ってくれたヒデくん(田中英明選手)のおかげっていうのもありますね。

――――夏目選手の今後の目標は?

もちろん、W杯の優勝です。これは子供のころからずっと掲げてる父と僕の夢です。
昔は笑われることもありましたが、今ではきっと皆さんも同じ夢を見てもらえると信じてます。

――――我々もその夢を信じています。本日はありがとうございました。

ありがとうございました。

『月刊ライトニングイレブン 8月号 特集:世界に羽ばたく日本の至宝 夏目若菜』より抜粋


663 : スポーツ支配計画 ◆H3bky6/SCY :2014/05/27(火) 21:57:06 DiJ8I8gw0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

辺り一面に夜の帳が落ち、薄ぼんやりとした月明かりしか頼れるものはない。
虫の声すらしない静寂に響くのは、自らと連れ合いの二つの足音。
俺、夏目若菜は周囲を警戒しながら共に行く、一二三九十九を先導して草原を進む。

幸か不幸か、ボート小屋を出てから誰に会うでもなく、その道のりは山道へと差し掛かった。
目の前に広がるのは整備された登山道などではなく、木々の生い茂る獣道である。
余り通りたい道ではないが、どこに進むにしてもここを避けては通れない。

「足元、気を付けろよ」

そう後方に注意を促しながら、なるべく荒れ具合のましな道を選び、歩きやすくなるよう地面を踏み鳴らしながら進んでゆく。
傾度は大したことはないが、それでも夜の山道なんて歩くだけでかなりの体力を使う。
ましてや木々の犇めく獣道である、慣れない人間にはかなりつらい道のりだろう。

「うゎ………とっと!」

しばらく進んだところで、後方から声が上がった。
慌てて振り向くと、そこで一二三が木の根っこに足を取られてよろけていた。

「…………セーフ」

一二三はたららを踏むが、何とかバランスを取り戻し、野球のアンパイアの様なジェスチャーで踏みとどまった。
伸ばしかけた手を下げ、代わりに時計を確認する。
もう2時間ほど歩きっぱなしだ。
俺はトレーニングの一環でトレイルランニングを行っているため山道も多少は慣れてるが、一二三はそうではないだろう。

「山道も険しくなってきたし、そろそろ一回休むか?」
「平気平気。休日とか、お祖父ちゃんと山菜取りに行ったりしてるしこれくらいの山道なんのそのっすよ」

謎の元気元気ジェスチャーでアピールしてくるが、その顔には僅かに疲労の色が見える。
この状況だ、強がっているが精神的なものも大きいだろう。

「それにしても若菜はこんな道をスイスイ進んじゃって、ホント運動神経いいよね」
「おいおい、誰に向かって言ってんだよ」

適当に返事をしながら、地図を見て近隣で休めそうなところを探す。
地図で確認したところ、それほど離れていないところに山荘があるようだ。

「いやー。けど、スポーツテストであの体力バカが負けるの初めて見たよ」
「……ま、あいつはスポーツマンじゃないからな」

むしろスポーツ理論も知らず素の運動神経であそこまで食らいついてくる時点で脅威だ。

「近くに山荘があるみたいだから、とりあえずそこに行くぞ。安全そうならそこで休む」
「いや、だから大丈夫だって」
「お前が大丈夫でも、俺が休みたいんだよ。いい加減夜も遅いし、ここに連れてこられたのも自主トレ終わりでだいぶ疲れてるからな」

そういって、ワザとらしく肩を回す。
一二三は一刻も早くと気が逸っているが、こう言っておけばこいつは断れないだろう。

「…………息ひとつ切らしてないくせに」
「なんか言ったか?」
「なんでもないよ」

不満げながら一二三は承諾する。
抗議は聞かないふりをして、俺たちは山荘に向かうことにした。


664 : スポーツ支配計画 ◆H3bky6/SCY :2014/05/27(火) 22:01:54 DiJ8I8gw0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「一二三ストップ」
「ん?」

しばらく進み山荘が視界に入ったところで、後方へ静止をかけた。
そして、口元に指を当て一二三に沈黙を促す。
物音が聞こえる。
耳を澄まして、音の発信源を探ってみると、どうやら目的地であるこの先の山荘からのようだ。
物音の中には怒号と争うようなモノが含まれている。

「……ヤベえぞ。山荘で誰か争ってるみたいだ」
「そうだね。助けなきゃ」
「待て待て」

シークタイムゼロで動き出した一二三の襟首をつかむ。

「おー前ぇはーバーカーなーのーかー?」
「ふぁ、ふぁにふんみょのみょー」

バカの頬っぺたをむにーと餅の様に引っ張る。

「何自ら修羅場に突っ込んで行こうとしてんだよ」
「襲われてるのがクラスの誰かかも知れないじゃん。っていうかそうじゃなくても誰か襲われてるなら助けなきゃでしょ?」

赤くなった頬を擦りながら、一二三は当たり前の様な顔をしてそう言い切る。
予想してきたことだが、いまだ連れ合いがそんな認識であることにため息を漏らす。

「いいか。お前のガキ大将みたいな正義感について今更どうこう言うつもりはねえよ。
 ただ、その正義感を振う状況を考えろっつてんだよ」
「今がその状況じゃん、誰かが襲われてるかもしれないんだよ?」
「考えんのは俺らの状況だっての。いつもみたく拳正の後ろ楯がある時とは違うんだぞ」
「後ろ楯って…………なにそれ」

むっとした顔でこちらを睨む一二三。
本人にそんな自覚はないのだろう。それは知ってる、けど言わなくてはならない。

「そのままの意味だよ。無鉄砲に突っ込んでっても、盾がなきゃ俺らが死んじまう。
 見捨てろとは言わねぇ。俺だってクラスの連中を助けれるなら助けたいさ。
 けどな、それもこれも全部俺らが生き残るってのが前提の話だ。
 危険なところにホイホイ突っ込んでってむざむざ死ぬなんて俺はゴメンだ」
「けど……ッ!」

一二三は反論しようとするが、言葉が出ず、しゅんと悲しげに項垂れた。
言い過ぎたかとも思うが、これくらい言わないと止まるようなタマじゃない。
それでも諦めきれないのか、項垂れたまま一二三は言葉を紡ぐ。

「……それでも、できる限りのことはしたいよ。
 私は誰か死ぬのなんて嫌だし。大事な人が死んで悲しんでる人を見るのも…………もう嫌だよ」

そう言って、ぐっと悲し気な瞳で懇願するようにこちらを見上げる。

「…………勘弁してくれ」

心底、溜息をつく。
そんな目をするのは卑怯だと思う。
わざとやってんのかこの女。

「……わかったよ。じゃあ俺が様子見てくる、一二三はその辺に隠れてろ」
「え?」

こちらが折れたのがそれほど意外だったのか、一二三はしばらく目を丸くした後、慌てたように言葉を放った。

「いや、私のわがままで若菜にそんな危ない事させる訳には……」
「いいつーの。お前じゃドジ踏みそうだから運動神経抜群の俺様が行ってやるって言ってんだよ。
 それに、ちょっと様子見てくるだけだ。危ないと思ったらすぐ戻る」

こいつは突っ込んでって事態に切れ込んでゆくことはできても、こっそり様子を探るとかには徹底的に向いてない。
一人で行った方が何倍もマシなのも事実である。

「ごめん…………若菜」

危険な役割を任せてしまった責任からか、一二三は表情を曇らせる。
その表情が気に食わなかったので、しょぼくれた額にデコピンをくれてやる。

「バーカ。こういう時は、ありがとうだろ」

少しだけポカンとした後。
額を抑えながら、一二三は少しだけ表情を和らげ。

「うん。ありがと若菜。気を付けてね」

そう、こちらを送り出した。


665 : スポーツ支配計画 ◆H3bky6/SCY :2014/05/27(火) 22:05:13 DiJ8I8gw0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

足音を殺しながら、物音のした山荘へと近づいてゆく。
物音は既に止まっている。
それはつまり事が終わったという事。
最悪、死体と殺人犯とご対面なんて事になりかねない。
そうならないよう、窓の隙間からさっと覗いて、さっと逃げる。
それだけを心に決めながら、山荘の前までたどり着いた。

そのタイミングで、ガチャリと山荘のドアノブが動いた。

突然の事態に心臓が跳ねる。
動揺を抑え、物音を立てない様に細心の注意を払いながら、近くの物陰に身を潜めた。
気配を殺しながら、そこからちらりと顔をだし、山荘の様子を伺う。

(軍服…………軍人か?)

扉を開き山荘から現れたのは、白い軍服を着た大男だった。
雰囲気からしてミリオタのコスプレというわけでもないだろう。
こちとら世界で戦うトップレベルのアスリートだ。その辺の喧嘩自慢とは鍛え方が違う。
だが流石に戦う事を目的として鍛え上げた戦いのプロが相手となると分が悪い。

「―――――おい」

大男から声が上がった。
その呼び声が、こちらに向けてのものだと気づいた瞬間、全身が総毛立ち、痛みの様な怖気が奔った。

「10秒待つ。それまでに姿を見せなければ、敵対意思ありと見なして即刻攻撃を行う」

重く、無感情な声。
応じるか否か、判断を迫られる。

サッカーは瞬間的判断の連続だ。
限られた時間の中で最善を導き出さなければならない。

呼びかけを無視して逃げるか?
ダメだ。俺一人なら何とかなるかもしれないが、一二三を置いていく事になる。
あっちが見つけられたら、確実に逃げられない。それは駄目だ。
ならどうする? 呼びかけに応じて姿を見せるか?

問答無用で攻撃をしてこず、わざわざ声をかけたという事は、姿を見せれば交渉の余地はあるという事だ。
どちらにせよ姿を見せなければ攻撃されるのだ、選択肢はないに等しい。

ゴクリと唾を飲みこみ、意を決して男の前へと姿を見せる。
警戒を怠らず、相手に対して半身の体制にして、気づかれないよう死角側にある手は腰元の拳銃の上に添える。
いざとなれば、コイツを使うことも念頭に置く。

「いや、すいません。僕は怪しい者じゃないっすよ。
 物音がしたのでなにかなーっと思って様子を見に来ただけでして、もちろん争う気なんて全然」

あえて軽い調子で適当な言葉を並べつつ、相手を視界の中心に捕えながら周辺視力を駆使して扉の開かれたままの山荘の中を確認する。
乱雑に倒れたいくつかの家具に、ぶち抜かれた床板。
そして床のに広がる水たまりから風に乗って僅かに漂うアンモニア臭。どう考えても小便である。
まさか目の前のおっさんが漏らしたものではないだろう。

山荘で何か諍いがあったのは間違いなさそうだ。
先ほどの物音からして、誰かがこのオッサンと争って、小便漏らして逃げ出したって所だろうか?
それにしては誰かが出て行ったような様子はなかったが。
殺して死体を隠してるって可能性もあるだろうが、ここからでは血痕らしきものは見当たらないし、この状況では隠す必要性もないだろう。

「争う気はないか。銃に手かけながら言う台詞ではないな、小僧」

抜身の刃の様な鋭い視線で睨みつけられる。
睨みだけで人を殺せるようなプレッシャーに晒され息を飲む。
目ざといな、さすが軍人って所か。
飲まれない様にグッと気合を入れる。
世界の大舞台で日の丸背負って戦ってきたんだ、緊張の殺し方なら慣れたモノだ。

「いや、この状況でしょ? 警戒は必要だと思うんですよね、お互いに」

はいそうですねと言って手放しになって警戒を解いていい状況じゃない。
多少の敵対心を煽ってでも、有事にすぐさま動ける体制は最低限維持しておかなければならない。

「ふん。まあよかろう」

よほど自信があるのか、相手も無理強いはしない。余裕の態度である。
男は仕切り直すように、ダンと木刀を地面に付いた。

「それで、なにをこそこそと嗅ぎまわっている」

地の底から響く様な重々しい声で男が問う。
返答を一つ間違えば、即刻切り捨てられそうな剣呑な雰囲気がある。

「ちょっと人探しをしてましてね。名簿に同級生の名がいくつか在ったもんで。
 俺と同年代の学生とか見かけなかったっすかね?」
「知らんな」
「そっすか」

返答にはにべもない。まあ食いつかれても困るが。
学生を見ていないという今の言葉が嘘じゃない限り、ここでいざこざを起こしたのはクラスの連中じゃないという事だ。
とりあえず、最低限必要なことは分かったのでよしとしよう。


666 : スポーツ支配計画 ◆H3bky6/SCY :2014/05/27(火) 22:12:13 DiJ8I8gw0
「こちらからも問わせてもらう。
 白いローブを着た金髪碧眼の女と。大変賢く可愛いオスのシマリス。
 この二名に関して、何か見聞きした事があれば包み隠す述べよ」
「知らないっすね。北のボート小屋から真っ直ぐ南下してきましたけど、その間、誰も見かけてないっすよ」

ボート小屋で一二三とあったが、ボート小屋からは誰にも会っていないので嘘ではない。
この怪しげな男になるべく一二三に関していらん情報は渡したくない。
そんなこちらの小細工に気づいていないのか、それとも特に気にしてないのか男はふむ。とだけ答えた。

「んじゃお互い収穫なしってことで、もう行っていいっすかね?」

正直、知り合いじゃないのなら消えた被害者の謎とかどうでもいいので。
聞くことも聞いたし、深入りせずにとっとと去ってしまおうと試みたが。

「――――待て」

残念ながら引き止められてしまった。
振り返った先、男がこれまで以上の威圧感を放ちながら立っていた。
ビリビリと空気がひり付かせながら、男が重々しく口を開く。

「夏目若菜。我がブレイカーズの支配下に入れ」

突然の宣言。
名乗った覚えはないが、名を知られてるなんて珍しい事でもないのでそれはいい。
いきなり支配下とか何言ってんだこいつ。

「……そのブレイカーズってのは何なんっすかね?
 申し訳ないっすけど、聞いたことがないんすけど」

訳の分からない展開だが、なるべく相手を刺激しないよう問いかける。
その問いに男は、よかろうと応じる。

「ブレイカーズとは! この我、剣神龍次郎を大首領とする秘密結社である!
 腐りきった支配構造を破壊し、正しき強者が正しき支配を行い正しき世界に戻す、これこそがブレイカーズの目的である!
 まずは、我らブレイカーズはワールドオーダーが掲げるこの殺人遊戯を力を以て破壊する!」

ノリノリで説明を始めるオッサン。
その説明はまんまテロリストのそれである。
となるとブレイカーズとはあの男とは別の、武装テロ集団か何かだろうか。
そうなると白い軍服の意味合いも変わってくる。
というか、目の前の男の雰囲気から、軍人と言うよりその線の方が大いにありうる。
何にせよ危ない集団であることは確かなようだ。

「えっと、その支配下に入って、俺に何の得があるんっすかね?」
「さしあたってはこの場での安全を保障しよう。我と行動を共にしていればまず死ぬことはない。
 そしてこの舞台から帰り次第、貴様は改造人間となり素晴らしき世界支配計画の尖兵となるのだ!
 望むのならば、その働き次第では国の一つや二つくれてやろう。悪い話ではあるまい?」

ヤバい。
銃を握る手に自然と力が入る。
さっきまでとは違う意味でヤバい。
いい年扱いて世界征服? 改造人間?
本気で言ってんのかこのおっさん。
冗談かと思ったが目がマジだ。
ネジがぶっ飛んでやがる。かなりアブない人だ。
危険思想のテロリストなんてシャレにならんぞ。
いや、危険思想だからテロリストなんてやってんのか?

「……ちなみにそれ断ったらどうなるんですかね?」
「我らブレイカーズに敵対すると?」
「いや敵対とかじゃなく、遠慮しとくってことで」
「何故だ? 男子と生を受けた以上、世界の頂点を目指すという野心が分からぬという訳ではあるまい?
 それに改造人間となれば人知を超えた力を得られるのだぞ? 我に従えばその力をくれてやる」

やるからには頂点を目指す気概は分かるのだが、そういう次元の話ではない。
と言うか、従えば力を獲れるってんじゃ、あの男と言ってることが変わらない。
テロリストのトップってのはこんなのばっかなのか。

「貴様にも野心があろう。身に余る野心も、我らが力を得れば、手に届くのではないか?」

俺は基本的に現実主義だ。
叶わない夢など見ないし、手に入らないものは望まない。
その上で、あの黄金の杯を取れると言っているんだ。
他人の手など借りる必要などない。
その辺の覚悟を無神経な言葉で荒らされると、さすがにちょっとムカつくぞ。

「必要ないっすね。別に与えられなくても、力も夢も全部自分で勝ち取れるんで。
 と言うか――――そうじゃなければ意味がない」

適当にやり過ごすつもりだったが、思わず感情が出てしまった。
不味いかと思ったが、男はしばらく不動のまま無言。
しばらくの後、重々しく口を開いた。

「相分かった。ならば、これ以上は言うまい」

言って、男は踵を返しこちらに背を向けた。
もう行けという事だろう。


667 : スポーツ支配計画 ◆H3bky6/SCY :2014/05/27(火) 22:13:25 DiJ8I8gw0

「最後に一つ問わせろ」
「? なんすか?」

去ろうとした所で、背を向けたままの男から声が上がる。

「――――――」
「はい?」

その問いに、思わず素で間の抜けた声を返してしまった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

男からは離れて程なくしたところで、物陰から物凄い勢いで人影が飛び出してきた。
思わず反射的に身構えるが、現れた相手の顔を確認して緊張が解けた。

「大丈夫? 怪我とかしてない? なかなか帰ってこないから心配したよ!」
「大丈夫だよ。とりあえず、変なオッサンが一人いただけだった」
「そっか」

こちらが五体満足であることを確認して、一二三はほっと胸を撫で下ろす。
そして、少しだけ難しそうな顔をしてこちらに向けて言う。

「若菜に危ない事させるはめになって私もいろいろ反省した。これから気を付けて行動するよ」

そう一二三は反省の弁を述べる。
何とも信用できない言葉だが、今はまあいいだろう。
あのオッサンは問答無用で襲い掛かってくることはなかったが、危険人物であることには変わりない。
今は、急いで距離を置きたい。

「とりあえず、さっさとこっから離れるぞ。悪いけど休憩は後だ」
「うん。全然いけるよ」

気丈に答える一二三と共に足早に山荘を離れる。
道筋を確認しながら、山荘でのやり取りを思い返す。

「…………しかし、何だったんだろ、最後の質問?」

【F-7 山荘周辺/黎明】
【一二三九十九】
【状態】:疲労(微)
【装備】:日本刀(無銘)
【道具】:基本支給品一式、クリスの日記
[思考・状況]
基本思考:クラスメイトとの合流
1:人が多そうなところを目指す、が無茶はしない(多分)
2:クリスに会ったら日記の持ち主か確認する。本人だったら日記を返す

【夏目若菜】
【状態】:健康
【装備】:M92FS(15/15)
【道具】:基本支給品一式、9mmパラベラム弾×60、ランダムアイテム0〜2個(確認済み)
[思考・状況]
基本思考:安全第一、怪我したくない
1:人が少なそうなところを目指したい


668 : スポーツ支配計画 ◆H3bky6/SCY :2014/05/27(火) 22:15:51 DiJ8I8gw0
■Side:B

イヴァンが支給品の力により消えた直後。
山荘を出たところで、龍次郎は僅かな違和感を感じた。
先ほど消えたイワンのやつかと思ったが、わざわざ戻ってくるとは考え辛い。
気のせいか、はたまた動物である可能性もある。

「10秒待つ。それまでに姿を見せなきゃ敵対意思ありと見なして即刻攻撃を行う」

とりあえず、声で牽制を入れてみる。
こう言っておけば、気配が気のせいでない限り、逃げなり攻撃してくるなり、どうあれ状況は動くはずだ。

身構えながら相手の出方を待つと、5秒ほど過ぎたあたりで物陰から人影が現れた。
その男の顔を確認して、龍次郎は内心で驚きを得る。

(……夏目若菜じゃねぇか)

龍次郎は休日に野球を見ながらビールと言う野球党の人間ではあるのだがフットボールにも精通している。
と言うか龍次郎はアスリートという人種が好きだ。
改造人間の素体として優れているという理由もあるが、ひたすらに自分を磨き強さを追い求めるストイックさが実に好ましい。

龍次郎は強さを信仰している。
どんな強さであっても、そこには一定の敬意を払う。
テレビ越しとはいえ、その身一つで世界と戦う夏目若菜という存在には非常に好感を持っている。
無茶な夢を掲げる姿勢も良い。
何だったらサインがほしいくらいだ。
秘密結社ブレイカーズ大首領としての威厳を保たねばならないためそうはいかないが。

適当に言葉を交わしながら、よし。と心中で心を決め、立ち去ろうとした夏目若菜を引き留める。
そして言う。

「夏目若菜。我がブレイカーズの支配下に入れ」

強者の強者による強者のための支配。
それがブレイカーズの掲げる世界征服である。
強者は優遇するし、才能は取りたてる。
才能の損失は日本の、ひいてはブレイカーズの支配する世界の損失である。看破はできない。
ヒーローどもに関してはその強さは認めるが、奴らとは理念が相容れない。
奴らが宗旨替えして忠誠を誓うというのなら、受け入れてやってもいいという程度には間口はあいているが、敵対するなら容赦なく叩き潰す。

「……そのブレイカーズってのは何なんっすかね?
 申し訳ないっすけど、聞いたことがないんすけど」

夏目若菜からの問い。
知らぬと言われた所で激高するほど龍次郎は狭量ではない。
何せ悪の秘密結社である、知らぬというのも致し方あるまい。
知らぬものに組織としての野望を語って聞かせるもまた大首領としての勤めである。

「ブレイカーズとは! この我、剣神龍次郎を大首領とする秘密結社である!
 腐りきった支配構造を破壊し、正しき強者が正しき支配を行い正しき世界に戻す、これこそがブレイカーズの目的である!
 まずは、我らブレイカーズはワールドオーダーが掲げるこの殺人遊戯を力を以て破壊する!」

龍次郎の言葉を聞いた夏目若菜は言葉を失っているようだが、壮大すぎる野望を聞いた後とあっては無理もあるまい。

「えっと、その支配下に入って、俺に何の得があるんっすかね?」
「さしあたってはこの場での安全を保障しよう。我と行動を共にしていればまず死ぬことはない」

どんな輩であれ身内は護るし、敵対者は叩き潰す。
これはブレイカーズというより龍次郎個人の信条である。

「そしてこの舞台から帰り次第、貴様は改造人間となり素晴らしき世界支配計画の尖兵となるのだ!
 望むのならば、その働き次第では国の一つや二つくれてやろう。悪い話ではあるまい?」

改造人間によるスポーツ支配計画。
人々を熱狂させるスポーツ界にブレイカーズの刺客を送り込み、蹂躙し頂点を取り支配する。
民衆にブレイカーズの力を知らしめるという趣味と実益を兼ねた計画である。
勿論ミュートスには秘密の計画だ。

身体能力を強化すれば、一般人など物の数ではない。
問題は一朝一夕では習得できない経験と技術だが、現時点で最高レベルでその二つを併せ持つ夏目若菜は最高の素体である。
計画の先兵として申し分ない。

「……ちなみにそれ断ったらどうなるんですかね?」

余りにも意外な言葉だった。
龍次郎は手段や過程に拘らず、己の力として取り込めるものならばすべて呑み込み取り込んでゆく。
その見境のなさこそが『暴食のドラゴモストロ』の二つ名で呼ばれる由縁である。
そんな龍次郎からすれば、断る理由など見つからない話なのだが。

ほぼ無条件で力が手に入るこの提案にメリットはあってもデメリットなどまったくもって見当たらない。
強いて言うなら改造手術の失敗というリスクくらいのものだが、近年は改造手術の成功率も安定してきている。
まずはその辺から説明しておくべきだったか?


669 : スポーツ支配計画 ◆H3bky6/SCY :2014/05/27(火) 22:18:42 DiJ8I8gw0
「我らブレイカーズに敵対すると?」
「いや敵対とかじゃなく、遠慮しとくってことで」

ヒーローどもと同じく理念の違いかと思ったがそうでもないらしい。
となると龍次郎にはますますわからない。

「何故だ? 男子と生を受けた以上、世界の頂点を目指すという野心が分からぬという訳ではあるまい?
 それに改造人間となれば人知を超えた力を得られるのだぞ? 我に従えばその力をくれてやる。
 貴様にも野心があろう。身に余る野心も、我らが力を得れば、手に届くのではないか?」

龍次郎は夏目若菜の掲げる野心が現状では決して届かぬものだと知っている。
しかしその夢も、我らの力を得れば夢ではなくなる。その確信が龍次郎にはある。
だが、夏目若菜の返答は龍次郎の予想とは違った。

「必要ないっすね。別に与えられなくても、力も夢も全部自分で勝ち取れるんで。
 と言うか――――そうじゃなければ意味がない」

言葉と共に、意志の籠った瞳で見つめられる。
成程。他者の手を借りぬという矜恃か。
龍次郎とは異なる価値観だが、その心意気やよし。
逃すにはますます惜しいが、その矜恃に敬意を払おう。

「相分かった。ならば、これ以上は言うまい」

言って踵を返す。
誘いを断った所で叩き潰す様な真似はしない。強者が好きだからだ。

「最後に一つ問わせろ」

背中越しに夏目若菜の離れてゆく足音が聞こえ。
別れを前にして、ふと龍次郎の脳裏に一つの噂が思い出されて、口を付いた。

「貴様――――ドイツの名門と契約決まったというのは真実か?」
「はい?」

抑え切れず、思わず聞いてしまった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

やってしまったな、と若干の反省をしつつ、龍次郎はすぐさま気を取り直す。
過ぎ去った事はあまり気にしない性質である。

ふと振り返れば、遠く木々の向こうに離れてゆく夏目若菜の姿が見えた。
最強の改造人間である龍次郎は視力からして違うし夜目も効く。
どうやら何者かと合流している様子である。女だ。

何か隠しているとは思ったが、成程女か。
得心がいったところで、女好きの性として品定めするように自然と視線が滑る。
器量はなかなか良いようだが、まだ女と言うより少女と言った風だ。
龍次郎の好みは熟れた果実の様な女性だ、まだまだケツの青いガキは好みではない。

「ん…………?」

そういえばと、興味を失いかけたところでその顔に見覚えがあることを思い出す。
思い出すに、確か刀匠一二三千万(せんまん)の孫だったか。
一二三の姓は名簿にもあったはずだ、間違いないだろう。
ブレイカーズは肉体改造が主流で武器をあまり重視していないため直接的な関わりはないが、その腕は祖父をも凌ぐという噂だ。

「そういや、何人か同級生がいるつってたな」

世界的サッカー選手に、天才的刀匠。
互いに若くして超が付くほどのスペシャリストである。
しかし、ジャンルが違いすぎる。
そんな人間を集めた学校とは――いったい、どんな学校だ?

「どうにもきな臭ぇな」

我らブレイカーズが二人しか呼ばれていないのに、ただの学生が最低でも二人以上呼ばれているというのも解せない。
それはつまり、たかが学生よりもブレイカーズを軽視しているという事。
それとも、我らブレイカーズを超えるような、重要な何かがあるというのか。

「嘗められてるな」

ここにいない誰かに向けて、怒りを込めて呟く。
龍次郎は改めて、ワールドオーダーにブレイカーズの恐ろしさを思い知らせてやることを誓う。
このバトルロワイアルの破壊を持って。

【F-7 山荘周辺/黎明】
【剣神龍次郎】
[状態]:健康
[装備]:ナハト・リッターの木刀
[道具]:基本支給品一式、謎の鍵
[思考・行動]
基本方針:己の“最強”を証明する。その為に、このゲームを潰す。
1:研究所か放送局か、どちらかを目指す。
2:協力者を探す。首輪を解除できる者を優先。ミュートスも優先。チャメゴンも優先。
3:役立ちそうな者はブレイカーズの軍門に下るなら生かす。敵対する者、役立たない者は殺す。
※この会場はワールドオーダーの拠点の一つだと考えています。
※怪人形態時の防御力が低下しています。
※首輪にワールドオーダーの能力が使われている可能性について考えています。
※妖刀無銘、サバイバルナイフ・魔剣天翔の説明書を読みました。


670 : 名無しさん :2014/05/27(火) 22:19:35 DiJ8I8gw0
投下終了
悪の組織特有の回りくどい支配計画


671 : 名無しさん :2014/05/27(火) 22:31:46 1TrNxH3w0
投下乙です。
どうなるかと思ったけど、悪の首領との邂逅が平和的(?)に済んでよかった
クールだけど熱い若にゃんかっこいい


672 : 名無しさん :2014/05/27(火) 23:04:38 Axi12PEE0
投下乙です。
龍次郎、危険対主催とはいえ認めてる人材には相応に寛容だな
単なる暴君ではなく相手の才能や意志をしっかり認められる器の大きさが大首領足り得る所以か
しかし若にゃんはやっぱり冷静というかそこそこ肝が座ってるなw
何だかんだでやっぱり九十九ちゃんに惚れてそうだなぁ…


673 : 名無しさん :2014/05/28(水) 20:14:14 asMUcyzU0
投下乙です!
おお、やっぱり才能ある人材には寛大だな大首領
魔王より比較的安全、なのかな?


674 : ◆dARkGNwv8g :2014/05/31(土) 09:25:23 ZPELdmHw0
ああああああああああああ!!!!!!!!
無断大遅刻すいません!許してください何でもしますから!
剣正一、ミリア・ランファルト、空谷葵、ミル、サイクロップスSP-N1でゲリラ投下します。


675 : 暁の騎士 ◆dARkGNwv8g :2014/05/31(土) 09:26:30 ZPELdmHw0
窓もない部屋の中、無数のパソコンの稼動音に混じって、高速でキーボードを叩く音が響く。
キーを弾いているのは白衣を着たまだ幼い少女だった。キャスター付きの椅子に乗って幾つものPCの間を動き回り
幾つもの作業を平行して迅速に済ませていく、その様子は外見年齢からは想像もつかないものだった。

「……駄目だ。首輪のデータだけ完全に抜き取られているのだ。
 データを回収したという宇宙人の言葉はハッタリではなかったようだな」

やがて手を止めると、見た目は少女・中身は五十代男性の科学者ミルはそのツインデールの髪を横に揺らした。

スライム状の怪生物から剣正一とミリア・ランファルトを助けた後、彼らは情報交換と基地内の探索を終え
今はあの宇宙人と名乗ったスライムが、本当に首輪の情報を回収したのかを確かめている所だった。

近くで作業を見守っていた葵がミルに声をかける。
「自分の身体でデータを吸い出すなんて……んなこと出来るのかよ?」
「うむ、宇宙は広いからな。身体を変形させて情報を吸い取ることの出来る生物がいたとしてもおかしくない」
「マジか」

あの、と二人のやり取りに割って入ったのはミリアだった。
彼女には目の前に並んだ無数の光る箱の正体も、ミルが行なっていた作業の意味もわからなかったが
何か良くない事態であるということはわかった。
「それでは……この首輪を外すことはできないんですか?」
「うむ……」
そんな、とミリアは悲しい顔で俯いた。
彼女が落ち込むのも無理はない。主催者の用意したジョーカーによって、この殺し合いを止める希望を目の前で奪われたのだから。

「ミル博士、この研究所内の設備で一から首輪を解析することはできませんかね?」
一瞬落ちた重い静寂を破ったのは剣正一だった。
この研究所には様々な設備がある。それを利用すれば首輪のデータを取り直し、解除することができるのではないか。

「やれんことはない」
正一の問いに、ミルは腕組みをして答える。
しかしそのあどけない顔は渋面を作っていた。
「……ただし、解析のためのサンプルとなる首輪がいるのだ」

再び、場に重く暗い沈黙が落ちた。
サンプルの首輪を手に入れる――取りも直さず、それはこの場に招かれた参加者の死を意味する。

 ガタン

大きな音を立てて、突然葵が立ち上がった。
急な動きに、葵の肩に乗っかったままのチャメゴンが驚いて飛び上がる。

「葵、急にどうしたのだ?」
「決まってるだろ、あの宇宙人をとっ捕まえに行くんだよ!
 あいつを捕まえて盗まれたデータを奪い返せば、この首輪を外してバトルロワイアルをぶっ壊すことができるんだろ!?」

青い瞳に怒りの炎を燃やしながら葵が叫ぶ。
その気勢に怯えて、チャメゴンが近くにいたミリアの胸へと飛び移った。

しかしそんな葵の決意に対して、ミルは呆れたような視線で応じる。

「まったく葵は単純なのだ。あの宇宙人が何処に逃げたのかわからないのにどうやって探すのだ」
「うっ」
「それに見つけたところで、アイツをどうやって捕獲するのだ。無策で突っ込んでも返り討ちなのだ」
「あー……」
「葵ももっと頭を使わなきゃ駄目なのだ。いや、葵の場合はきっと頭の養分までおっぱいに行ってるせいで――」
「あんだと!? コンニャロー!」
「ギャー!暴力はやめるのだー!」
「まぁまぁ」


676 : 暁の騎士 ◆dARkGNwv8g :2014/05/31(土) 09:27:08 ZPELdmHw0
ミルの頭をぐりぐりする葵を宥めつつ、ミリアは黙ったままの正一に目を向けた。
目の前の喧騒にも関せず、正一は顎に手を当てた姿勢のまま動かない。
「ツルギさん? どうかしたんですか?」
「ああ――ちょっと考え事をしていたんだ」
ミリアの呼びかけでポーズを解くと、正一は一拍置いて口を開いた。

「おかしいとは思わないか。
 何故ワールドオーダーは首輪のデータを研究所に残して、それをジョーカーに回収させる、なんて回りくどい真似をしたんだろう。
 首輪のデータを俺達に見せたくないならば、最初からそんなデータは処分しておけばいい。
 確かにプロフェッサー藤堂やその部下のアンドロイドならデータを放置していってもおかしくないが、あのワールドオーダーが
 首輪のデータの事にまで頭が回らず放置した――とは、俺にはどうも思えない。
 そもそも奴は何故この研究所を会場内に設置したんだろう。首輪の解析に使えそうな施設をわざわざ建てて残しておくなんて
 まるで首輪を解除してゲームを破綻させてくれと言わんばかりじゃないか」

「そう言えば……
 じゃあワールドオーダーさんはどうしてこの研究所を建てたんですか?」
「ああ……」
正一は再び顎に手を当てると、三人の少女たちを見回して言った。

「恐らくだが……俺達に首輪を解除させることが奴の目的なんだ」

えっ、とミリアが目を丸くした。
葵も意味がわからないといった顔で頭に「?」マークを浮かべている。
ミルだけは、この答えがわかっていたように黙したままだった。

「でも、ワールドオーダーさんは私たちに殺し合いをさせたいんですよね?
 この首輪も、その為に私たちに着けたものなのに――」
「最初に集められた場所で奴が言っていたことを思い出してくれ。
 奴は最後に『人間の可能性を見せてくれ』と言っていた。
 つまり奴の目的は単純に殺し合いを見ることじゃない。
 元より、ただ殺し合いが見たいだけなら奴の能力で俺たち参加者が殺し合うよう人格を弄ればいいんだからな……。
 恐らく奴の目的は、このバトルロワイアルの中で俺たち参加者が何を選択し、いかに振舞うか――それを見ることなんだ。
 言われた通りに人を殺すのか、それとも命令に抗ってゲームを破壊しようとするのか、或いは殺し合いの優勝を目指すのか
 他人を助けるのか、自分だけ生き残るのか、脱出を試みるのか、主催者であるワールドオーダー自身に牙を向けるのか
 ……そしてその数多の選択の中で、最後に残るものが何なのか――
 それを確かめるために、ワールドオーダーはこのバトルロワイアルを仕組んだ……まだ何の裏付けもない推測だが、俺はそう思う」

「そんな……そんな事のために沢山の人の命を弄ぶなんて……」
そう呟くとミリアは絶句する。
「いかれてる」
ミリアの背後で、葵が吐き捨てた。

「じゃあ、この施設やデータを残しておいたのも……」
「俺達に首輪の解除という選択肢を与えるためだと思う」
そう言いつつ、正一はパソコンの虚ろな画面へと目を向ける。

「こう考えると、ワールドオーダーが宇宙人をジョーカーとして選んだことにも納得がいく。
 奴は恐らく、俺たち参加者を試す為の障害としてあの宇宙人を差し向けたんだ。
 人外の脅威に接した時、人が何を選び何を為すかを観察するためにな。
 多分、ミリアちゃんの言っていた『魔族』という存在がこの場に送り込まれた理由も同じだろう」

魔族と聞いた時、ミリアの肩が微かに震えた。
正一は再び彼女へと向き直る。

「だからミリアちゃん、この場にいる『魔族』について、そして君のいた世界について、もっと詳しく教えてくれ」


677 : 暁の騎士 ◆dARkGNwv8g :2014/05/31(土) 09:27:46 ZPELdmHw0





それからしばらくの間、正一、ミル、葵の三人はミリアの話に聞き入っていた。
彼等三人もかなり数奇な人生を送って、色々と奇妙な物事を見聞きしてきたが、ミリアの語る話は今までのものとは別格だった。
何しろ、彼女とは今までいた世界すら違うのである。

「魔王ディウスは恐ろしい男です。
 強大な力と魔力を持ち、魔術、剣術ともに魔族の中でも屈指の使い手であると聞いています。
 それに、魔王は人間の命を何とも思っていません。塵を払うよりも容易く、魔王は大勢の人々の生命を奪います。
 私と兄が暮らしていた村も、あの男が指揮する軍に襲われて、みんな殺されてしまいました。私と兄さんだけが運良く助かったんです」

魔族の、特にディウスという魔王の話になると彼女は声を詰まらせた。
故郷を滅ぼされ、家族を殺されたのだ。無理もないだろう。

「それに魔王の部下の暗黒騎士とガルバイン……
 彼らは単純な戦闘力でなら魔軍でも一、二を争う力の持ち主です。
 暗黒騎士は魔族の中でも人の話の通じる方ですが……魔王に絶対的な忠誠を誓っていることに変わりはありません。
 それと――名簿に載っていたリヴェイラという名前には聞き覚えがあります」

ミリアの声が一段と重くなった。

「お師匠様――身寄りを失くした私たち兄妹を助けてくれて、私に魔術を教えてくれた人なんですけど、その人から聞いたことがあります。
 遥か太古に魔界で発生し、あらゆる世界で破壊と殺戮を尽くした邪神がいたそうです。
 邪神は最後には他の神々によって封印されたそうなのですが、今の時代になって魔王がその封印を解き、邪神を復活させた、と。
 その邪神の名前が――」
「リヴェイラ、か」

ミリアが頷くと、三度場に沈黙が訪れた。
強大な力を持つ魔王、そしてその魔王すら凌ぐ力を持つ邪神。
そんな連中を相手に、人間が勝つことが――生き残ることができるのだろうか。

ええいもう!
と大きな声で静寂を破り、葵が再び立ち上がる。

「やっぱりあの宇宙人を捕まえに行こうぜ!
 そんな危ない連中がウロウロしてるなら、尚更さっさと首輪を外してこの島から脱出しよう!
 それに、ミルの家族やミリアちゃんのお兄さんや、白兎や佐野さんやリクさんたちを探さないといけないだろ!」

葵の瞳には、怒りと同時に切実さが滲んでいた。
知り合いを探したい、それは正一も同じだった。しかもミルの話では、この場には少なくない数の普通の学生たちが集められているらしい。
彼等も一刻も早く見つけ出して保護しなければならない。
しかし、逸る心を押し止めて正一は葵を制した。

「動くのは明るくなってからの方がいいだろう……。
 魔物や先程の宇宙人に、暗闇に紛れて襲われたらまずい」
正一の制止に、葵は小さく唸ると再び椅子に腰掛けた。
次いで正一はミルに話しかける。
「ミル博士、首輪の解除に役立つ器具の中で持ち運びできる物があったら纏めておいてもらえますか。
 次の放送でこの建物が禁止エリアとやらに選ばれるかもしれないし、念の為にいつでも移動できるようにしておいてください」
「わかったのだ」

時計を見ると、夜が明けるまでまだかなりの時間がある。
「明るくなるまでここで待つとして……哨戒はしたほうがいいな。
 確か屋上に出る階段があったが――」
「なら自分がやりますよ。吸血鬼だから夜目がきくし」
「わかった。俺は一階の入り口を見張ろう」
「ならば正一と、それにミリアも、これで連絡を取り合うのだ」
そう言ってミルが二人に渡したのは、桔梗の花にドクロマークのバッチだった。


678 : 暁の騎士 ◆dARkGNwv8g :2014/05/31(土) 09:28:12 ZPELdmHw0
「これはミルたちの絆の証なのだ。みんなで力を合わせて、バトルロワイアルをぶっ壊してやるのだ!」
ミルの手からバッチを受け取り、正一とミリアも決意を込めて深く頷いた。


○ ○ ○


どれ程の時間が経っただろうか。
一階入り口を監視しつつ、正一はこの会場に用意された『脅威』について考えていた。

首輪のデータを盗んだ宇宙人――変形自在の身体だけでも厄介なのに、奴は超能力まで使える。
ミリアの魔術がなければ、そしてミルと葵の登場とチャメゴンの活躍がなければ、自分は間違いなくあいつに殺されていただろう。

魔王ディウスを頭とする魔族と、邪神リヴェイラ――時空を渡り、国すら滅ぼす怪物たち。
そんな強大な敵に勝つ手段などあるのだろうか?

そして――正一の眉間に皺がよる。

剣神龍次郎

正一にとって実の従兄に当たる、幼い頃は兄弟同然に育った男。
そして――今は打破すべき相手、秘密結社ブレイカーズの大首領にして最強怪人ドラゴモストロの正体。

負けず嫌いな龍次郎のことだ。ワールドオーダーの言いなりになって殺し合いに乗っている――なんて事はないだろう。
やりようによっては協力できるかもしれない。
しかし、龍次郎がこの場においても弱い者を傷つけるようならば、その時は――



『あの、剣さん。聞こえますか』
正一の思考を破ったのは、バッチから聞こえてきた葵の声だった。
何事かあったのかと正一は身構える。
「ああ、葵ちゃん。どうしたんだ? 何か異変でも――」
『いやいやいやっ!何かあったとか別にそういうことじゃねーんすけど……』

何やら言いよどんでいる様子の葵に、正一は逆に気になっていたことを尋ねてみた。
「そういえば、君は日光は大丈夫なのか?」
葵が生まれついての吸血鬼だとは聞いている。吸血鬼といえば日光を嫌うものだと思っていたが――
『いや、全然平気ッスよ!
 自分、むしろ長く陽に当たらないと具合悪くなる方っすから!』
「……そういうものなのか」
――どうやら吸血鬼間でも個人差があるらしい。
正一が自分の吸血鬼に関する知識を修正している間に、意を決したように葵が話しかけてきた。

『それで……その、実は剣さんに質問があってですね……』
「質問? 何だね」
『あの、このバトルロワイアルに関係することとかじゃないんですけど
 剣さんってジャパン・ガーディアン・オブ・イレブンのメンバーなんですよね?』
「ああ、そうだが――」
『じゃあリクさん……シルバースレイヤーさんとも親しかったりするんですか?』

シルバースレイヤー、氷山リク。彼は仲間であり、年の離れた友人であり、ある意味息子のようなものだ。
戦闘中は正一のことを「ナハト・リッター」として、そして戦いの時以外は「剣のおやっさん」として慕ってくれる青年のことを思い返す。

彼がどうかしたのだろうか?
そういえば葵の所属するラビットインフルとは親しくしているようだったが……

『その、リクさんについてなんですけど――』

まさかとは思うが、この機にヒーロー、シルバースレイヤーに関する情報を収集するつもりなのだろうか。
非戦的とはいえ、ラビットインフルも一応悪の組織を標榜している。


679 : 暁の騎士 ◆dARkGNwv8g :2014/05/31(土) 09:28:45 ZPELdmHw0
迂闊なことは答えまい――と思っていた正一の杞憂は、次の質問で一気に破壊された。

『リクさんってその、今お付き合いをされている方とか、いらっしゃるんですか?』
「……は?」

思わず聞き返してしまった。
この質問がどんな意図で訊かれたのか、名探偵でなくともすぐに分かる。
安心した、それと同時に、皮肉でなく正一は微笑んでいた。
まったく、若いというのはいいことだ。勇気も、そして恋も――

『いやっ、こんな時に聞くのも不謹慎かもしれないっすけど!
 でもこんな機会じゃないと聞けないし!あの――』
「いや、いや、いいんだよ。
 そうだな、俺の知る限りではいないと思うが――」
「ほほう、葵が操を立てている相手はあのシルバースレイヤーなのか」

背後から突然聞こえた声に驚いて正一が振り返ると、いつの間にか現れたミルがニヤニヤと笑っていた。
驚いたのはバッチの向こうの葵も一緒だろう。狼狽した声が聞こえてくる。
『ミ、ミル!? お前荷物纏める仕事はどうしたんだよ!?』
「今きゅーけー中なのだ。そしたらたまたま葵が正一に何やら面白そうな相談をしている所に通りかかったのだ」

わーわー言う葵の声を尻目に、ミルは分別あり気な顔をして何度も深く肯く。
「うちのルピナスもシルバースレイヤーのファンなのだ。
 でも悪の組織の一員とヒーローの恋なんて、禁断の愛なのだな」
『ミルてめー!おちょくんな!』
「まあ、アオイさんが心を寄せるなんて、きっと素敵な方なんですね」
『げぇ!ミリアちゃんまで!』

いつの間に現れたのか、ミリアも話しに加わってきた。
「何か楽しい事が起きてるって、チャメゴンちゃんが教えてくれたんです」
そう言うミリアの肩では、チャメゴンがキシシと笑っていた。

『お、お前らなー!』

バッチ越しに葵が怒り、ミルが混ぜっ返し、ミリアが天然ボケしたコメントで更に話をかき乱す。
殺し合いの場において恋バナで盛り上がるなど、不似合いで或いは不謹慎なのかもしれないが
その光景を見ていると、いつの間にか正一も連られて笑顔になっていた。


そうだ。――正一は心の奥であらためて誓う。

俺はヒーローとして、一人の人間として、この笑顔を、この平和を守る。
たとえ何者であろうと、どれ程強大な力を持った者が相手であろうと、平和を破り、この笑顔を奪おうというのなら
俺は命を捨ててでも戦う。人々を守る。それが俺の、ナハト・リッターの変わる事のない使命だ。



「ん? 葵、急に黙ってどうしたのだ? ヘソを曲げたのか?」
正一の胸のバッチに向かってミルが話しかけた。
今まで騒がしくやり取りしていた葵の声が急に途絶えたのだ。

「葵ちゃん、何かあったのか?」
尋常でない様子を察知し、正一が呼びかける。
すると、先程とはうってかわった震え声が返ってきた。

『やべぇよ……やべぇよ……朝飯食ったから……』
それはうわ言のようで、しかも後半は掠れて空耳でしか聞き取れなかった。
しかしそれを聞いた瞬間、正一たちは屋上に向かって走り始めていた。


680 : 暁の騎士 ◆dARkGNwv8g :2014/05/31(土) 09:29:18 ZPELdmHw0




「葵ちゃん!」
「アオイさん!」
「葵!大丈夫なのか!?」

正一、次いでミリアとミルが慌てて屋上に飛び出す。

葵は屋上に棒立ちになったまま、呆然と一方向を見据えていた。

「あ、あれ……」

葵が見つめる方向へと目をやった三人が見たものは、地の向こうから姿を現す

銀色のクッソ汚い巨人の姿だった。


「「「えっ、何あれは……(ドン引き)」」」


○ ○ ○


「なんだあのでっかいモノ……」
「はえ〜すっごい大きい……」

見つからないようにしゃがみ込んだ四人は、こっそりと巨人の観察を続ける。

クソデカの上にメタリックなので、巨人の姿は夜明け前の薄明かりの中で離れた場所にあってもよく見えた。
体長は5mほどだろうか、頭部には赤い光が一つ目のように輝いている。どう見ても人間ではない。当たり前だよなぁ?
先の宇宙人にも匹敵する異様な相手の登場に、四人の間にも困惑が走る。

「見かけは一つ目鬼(キクロプス)に似てますけど、動きはまるでゴーレムみたいです」
「恐らくロボットじゃろう……だがあんなロボットが開発されてるなんて聞いたことがないのだ」
「どうする……こっち向かってきてるぞ、アイツ」

こうしている間にも、正一たちの存在を知ってか知らずか、謎の怪ロボットは一直線に研究所へと進み続けていた。
その歩みは重鈍だが、このままではもうすぐこの研究所に辿り着くだろう。
あいつの目的は何なのか。物か? 金か? 交渉の余地はあるのか? それとも――

「奴も人間の可能性を見る為にワールドオーダーが用意した『脅威』なのか……?」

いずれにせよ時間がない。巨人は進撃を続けている。



「――俺が、様子を探ってくる。皆はここで待っていてくれ」

屋上から退却した部屋の中で、正一は己の決断を告げた。

「そんな、ツルギさん一人で行くなんて危険過ぎます!私も一緒に――」
「行くんならあたしが行きますよ!吸血鬼だから体力には自信あるし、少しなら重力も操れるし――」
案ずるミリアと葵の声を正一は途中で遮る。
「だからこそ君達には、この研究所に残ってミル博士を守ってもらいたいんだ。
 宇宙人やロボットの他にも、この研究所を狙ってくる奴がいるかもしれないからね。それに――」

そこまで言うと、正一はニヤリと笑った。

「今の俺には、とっておきの秘密兵器があるさ」


681 : 暁の騎士 ◆dARkGNwv8g :2014/05/31(土) 09:29:49 ZPELdmHw0





デイパックから取り出されたのは、車体に星のマークが入った流線フォルムのバイクだった。
バイクの名は『ブレイブスター』。本来はシルバースレイヤー・氷山リクの専用マシンであり
このバトルロワイアルにおいてはミリア・ランファルトに支給されていたものだ。
持っていてもミリアは使えないということで、正一が譲り受けたのだった。

『おはようございますナハト・リッター。
 私のマスター、シルバースレイヤーは何処ですか』
幾つかの手順を踏んで起動させると、エンジン音と共に女性の電子音声が流れた。
ブレイブスターのAIである。

「おはようブレイブスター。
 我々は現在テロリストに拉致され、孤島に閉じ込められている。
 シルバースレイヤーもこの島の何処かにいるはずだ。
 俺達の最終目的はこの島から脱出してテロリストを打破することだが
 差し当たっての目的はこの建物に向かって来ている怪ロボットに接触して、危険な存在であればこの建物から引き離すことだ。
 ブレイブスター、協力を頼む」
『了解しました。
 JGOEのヒーローには協力するようマスターから指令を受けています』

エンジンが唸りを上げるブレイブスターに跨ると、正一は心配そうに見つめる少女たちに微笑む。
「危険が迫ったら、研究所を放棄してすぐに逃げてくれ。連絡はバッチで取り合おう」
「正一、くれぐれも無理はするなよ」
「ツルギさん、お気をつけて」
「ミルとミリアちゃんはあたしが絶対に守ります」

少女たちに肯くと
ナハト・リッター、剣正一は暁の平原に向かってブレイブスターを疾走させた。


○ ○ ○



走り始めてすぐ、正一を乗せたブレイブスターは怪ロボットを視認できる位置にまで達した。
どうやら向こうもこちらに気付いたらしい。頭のセンサーが不気味に赤く光っている。

「ブレイブスター、お前の通信機能であのロボットとコンタクトをとれないか?」
『了解。当方ニ交戦ノ意志無シ。対話ヲ求ム。と送ります』

距離をおいて一旦止まり、正一は通話を試みてみる。
一応念のためだ。ひょっとしたらナリに似合わず、平和を愛するロボットの鑑かもしれない。

『対象から返信が来ました。返答はただ一言。
 EMURATED. E M U R A T E D. E M U R A T E D. と』
「EMURATED? スペルミスじゃないのか?」
『いいえ、確かにEMURATEDと言っています。
 恐らく、我々の知らない未知の言語なのではないでしょうか』
「未知の言語だって……?」
ブレイブスターの電子頭脳には地球上のあらゆる言語がインプットされているはずだ。
(じゃあ奴もミリアちゃんと同じ、俺達とは別の世界から連れて来られたってことか……)

ブレイブスターのエンジンが唸る。それと同時に、怪ロボットのセンサーが一際大きく光った。

「来るぞ!走れブレイブスター!」

ブレイブスターが駆ける。
それと同時に、ロボットの頭部センサーから放たれた強烈なレーザー光が
ブレイブスターの動きを追うように大地を横薙ぎにした。


682 : 暁の騎士 ◆dARkGNwv8g :2014/05/31(土) 09:30:55 ZPELdmHw0
熱と破壊音、振り返った正一が見たものは、ごっそりと抉られた地面だった。

「なんて威力だ!」

ブレイカーズの研究所には並みの建物以上の災害対策が施されているはずだ。
しかしこのロボットに搭載されている兵器の前では一たまりもないだろう。

やはり、奴を研究所に向かわせるわけにはいかない。
それは首輪を解析する設備が失われることを意味するのだ。

バイクを駆りつつ、正一は胸のバッチを押す。

「こちらナハト・リッター。怪ロボットと交戦に入った!
 これから奴を研究所から引き離して適当な場所まで誘導する!」

『正一!無茶するなよ!』
『ツルギさん!』
『剣さん!』
「大丈夫だ。奴の動きは鈍い。
 ある程度引き離したら、上手く撒いてそちらに戻るよ」

連絡を切り上げ、バックミラー越しに背後を走るロボットを見る。
その巨体故か、ロボットの移動速度は遅い。これなら速度を落として蛇行運転してもブレイブスターが捕まる事はないだろう。

それよりも、正一が気になっていたのはロボットの首に自分達と同じように嵌められている首輪の存在だった。

(あの首輪……何とか回収できないか……?)

首輪を手に入れ、サンプルとして研究所で調べることができれば
宇宙人を捕まえずとも首輪を解除し、殺し合いを破綻させる切欠を掴むことができる。
もっとも、その為にはロボットを破壊しなければならない。どうやってあの巨人を倒せばいいのか――

(ん?)

ミラー越しに、ロボットの右手から火花と共に何かが発射されるのが見えた。
こちらに向かって飛んでくる。あれは――

「ミサイルかッ!」

正一はハンドルを切り、ブレイブスターの速度を一気に上げる。しかしその動きに合わせてミサイルも進路を変えた。

(しかも追尾弾だと!?)

駆けるブレイブスターの背後に、ミサイルが迫る。

「うおおおおおおおおおおおおおおッッッッッ!!!!!」



正一を乗せたブレイブスターが、宙へ大きく翔んだ。

そのバックで、大爆発が起きる。



(何とか――かわせたか――)

決死の大ジャンプでミサイルを凌いだブレイブスターは、再び大地を走り始めていた。
爆風の煽りをもろに食らいながらも転倒することなく着地できたのは、正一の卓越した運転技術の賜物だろう。

(まったく……首輪を回収するどころじゃないな。
 油断大敵だ。まずは自分が消し飛ばされないように気をつけにゃあ――)


683 : 暁の騎士 ◆dARkGNwv8g :2014/05/31(土) 09:31:18 ZPELdmHw0

苦笑する正一の頬を冷や汗が伝う。

バックミラーを覗くと、ロボットは相変らず一定のペースで追跡を続けている。

厄介な相手だ。だが負けるわけにはいかない。

(つまり、いつも通りってわけだ――!)



ハンドルを握り締め、鋼の巨人を背に
夜の騎士は暁の天の下を駆け抜けていく。

己の使命を果たすために。


【C-9 草原/早朝】

【剣正一】
[状態]:健康
[装備]:ブレイブスター、悪党商会メンバーバッチ(4番)
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜1
[思考・行動]
基本方針:ナハト・リッターとして行動する
1:サイクロップスSP-N1を研究所から引き離す。
2:ミリア、ミル、葵と後で合流する。
3:殺し合いに巻き込まれた人々を保護する。
4:氷山リク、火輪珠美と合流したい。
5:可能ならばサイクロップスSP-N1の首輪を手に入れたい。
※宇宙人がジョーカーにいると知りました。
※研究所がブレイカーズの研究所だと知りました。
※藤堂兇次郎がワールドオーダーと協力していると予想しています
※ファンタジー世界と魔族についての知識を得ました。

【サイクロップスSP-N1】
[状態]: 健康
[装備]:バスターミサイル(残り3発)
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜1
[思考・行動]
基本方針:反乱分子を抹殺する
1:剣正一を抹殺する。
※通常兵器を外されない代わりに支給品が少なく設定されました。
※りんご飴、半田主水のデータを収集しました。
※剣正一のデータを収集中です。


684 : 暁の騎士 ◆dARkGNwv8g :2014/05/31(土) 09:31:43 ZPELdmHw0
【C-10 研究所/早朝】

【ミリア・ランファルト】
[状態]:健康、肩にチャメゴンを乗せている
[装備]:オデットの杖、悪党商会メンバーバッチ(3番)
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜2、チャメゴン
[思考・行動]
基本方針:この殺し合いの無意味さを説く
1:兄さんや他の人たちを探す。
2:首輪を外す協力がしたい。
3:ツルギさん……。
※宇宙人がジョーカーにいると知りました

【ミル】
[状態]:健康
[装備]:悪党商会メンバーバッチ(1番)
[道具]:基本支給品一式、フォーゲル・ゲヴェーア、悪党商会メンバーバッチ(2/6)ランダムアイテム0〜2
[思考・行動]
基本方針:ミルファミリーで主催者の野望を打ち砕く!
1:亦紅とルピナスを探す!葵やミリア、正一の仲間たちも探すぞ!
2:首輪を解除したいぞ。でも解除のためのデータをとるにはサンプルの首輪が要るのだ……
3:ミルファミリーの仲間をいっぱい集めるのだ
4:正一、無事に戻ってくるのだぞ
※ラビットインフルの情報を知りました
※藤堂兇次郎がワールドオーダーと協力していると予想しています
※宇宙人がジョーカーにいると知りました
※ファンタジー世界と魔族についての知識を得ました。

【空谷葵】
[状態]:健康
[装備]:悪党商会メンバーバッチ(2番)
[道具]:基本支給品一式、トマトジュース(5/5)、ランダムアイテム0〜1
[思考・行動]
基本方針:ミルファミリーで主催者の野望を打ち砕く!
1:ミルとミリアちゃんはあたしが守る!
2:亦紅、ルピナス、リクさん、白兎、佐野さん、ミリアちゃんのお兄さんを探す
3:宇宙人(セスペェリア)を捕まえて首輪の情報を吐かせる!
4:ミルファミリーの仲間を集める
5:剣さん、気をつけて
※ルピナス、亦紅、藤堂兇次郎、カウレスの情報を知りました
※ミルを頭の良い幼女だと認識しています。元男は冗談だと思っています。ただし藤堂兇次郎についての情報は全面的に信用しています
※宇宙人がジョーカーにいると知りました
※ファンタジー世界と魔族についての知識を得ました。



【ブレイブスター】
シルバースレイヤーこと氷山リクの専用マシン。
車体に星が描かれたフルカウルの流線型バイクで、ブレイカーズ基地から脱走した際に半ば強奪する形で入手した。
超小型原子力エンジンを搭載しており、最高速度時速800㎞で走る。
これも藤堂博士の発明品で、シェリルと同型のAIが内蔵されている。


685 : ◆dARkGNwv8g :2014/05/31(土) 09:32:31 ZPELdmHw0
以上で投下終了です。
無断遅刻、本当にすいませんでした。ポッチャマ…


686 : 名無しさん :2014/05/31(土) 13:05:54 CS8iM1i.0
投下乙です。
何だこのマーダーは…たまげたなぁ…
対話に応じず即刻排除に乗り出す先輩はロボットの屑
恋バナでいじられてた葵ちゃんすっげえかわいいゾ^〜


687 : 名無しさん :2014/05/31(土) 16:11:08 DZrQhTpY0
先輩!?何してんすか!?やめてくださいよホントに!


688 : 名無しさん :2014/06/01(日) 00:00:02 KSlEomP20
投下お疲れさまナス!
か弱い女性を襲おうとするサイクロップスSP-N1は
ひょっとしてノンケじゃない・・・・・・?

剣とのカーチェイスが始まりそうで今後のバトルも面白くなりそうだ


689 : 名無しさん :2014/06/04(水) 22:48:29 aKl4RwWg0
ホモビに出ただけで別世界でロボットになって殺し合いに参加させられるとか波乱万丈すぎんよ〜


690 : ◆H3bky6/SCY :2014/06/06(金) 22:39:10 vvIrx6so0
投下します


691 : vsジョーカー ◆H3bky6/SCY :2014/06/06(金) 22:41:02 vvIrx6so0
周囲には濃い水の匂い、立ち込める朝靄が世界を薄く染めあげる。
朝独特の雰囲気の中、湖の周辺を行くのは三人の男女だった。

「ふぁ〜。あー寝たりねぇ」

その中の一人、気だるげに歩く巫女服を着た女、火輪珠美が大きく伸びをして欠伸をかみ殺した。

「弛んでいるぞ火輪。もっと気を引き締めろ」

その様子を気難しそうな顔をした剣道服の男、遠山春奈が窘める。

「それになんだ、その着崩した服は、着衣の乱れは心の」
「まーまー遠山さん。落ち着いてくださいよ」

いち早く、遠山の説教が始まりそうな雰囲気を察したメイド服の女、亦紅が二人の間に入る。
亦紅の仲裁に遠山もむぅと不満気ながら引き下がる。
だが、当の珠美がどこ吹く風といった態度で欠伸を繰り返したため結局、説教は回避できなかったのだが。

森茂との死闘を繰り広げた後だというのに、意外にも彼らの雰囲気は明るい。
森茂は決して許せないし、力及ばずという悔しさはもちろんある。
だが、彼女らが知る限り、森茂は参加者の中でも最強クラスの実力者である。
そんな相手を真正面から相手取り、今もこうして全員が五体満足で生きている。

彼ら自身も決して弱くはないがエースや絵札のような強力なカードではない。
それでも力を合わせれば最強のキングを退けられると証明できた。
その事実が自信となり三人の士気を向上させていた。

意気揚々と三人は登り始めた朝日を見つめ、目を細めた。
夜を超え、昇る朝日は希望の光ようにも見える。

「誰にだって負けませんよ、私たちなら!」
「ったりめぇよ。この私がいるんだからな」

遠山も無言ながら、同意するように表情を和らげる。
三人は光に向かって踏み出した。
その眼前。

朝日に照らされ伸びる一つの影があった。


「――――やあ。出会ってしまったね」


それはゾッとするほど色のない声だった。

その存在を認識した瞬間、三人は反射的に飛びのき臨戦態勢となっていた。
現れたのは何の変哲もない少年だった。
少年は構えるでもなくハンドポケットのまま不動。殺意も敵意も感じられない。
それ故に、どうしようもなく不気味だった。


692 : vsジョーカー ◆H3bky6/SCY :2014/06/06(金) 22:41:46 vvIrx6so0
その歪に吊り上る口端だけは見紛い様もない。
あの始まりの場所で生み出された掛け値なしのジョーカー。

「ワールド…………オーダー」

苦々しいものを噛み締めるような遠山の呟き。
敵意を露わにする三人に対して、少年は肩をすくめて返す。

「そう警戒しないでよ。別に君たちを待ち伏せていた、という訳ではないんだから。
 僕は適当にここでサボってるだけで、なんと言うかまあ通りすがりというやつさ」

その言葉に三人は怪訝な顔をする。
余りにも含みのある態度に、思わず珠美が食って掛かる。

「随分と呑気してんじゃねぇか。いったい何企んでやがる」
「そうだねぇ。何を企んでいるかと聞かれれば、まあ色々企んではいるんだけど。
 序盤の僕は基本的に調整役だから。今のペースは悪くないし、あまり積極的に動く必要はないんだよねぇ。
 だからさ、君たちも見なかったことにしてあげるよ」

そう言って、少年はひらひらと手を振り、三人をスルーして通り過ぎようとする。
だが、その行く手を遮るように、三人が立ちふさがった。

「バカかテメェ。逃がす訳ねぇだろ」

道を塞ぐ三人を見つめ、少年は心底めんどくさそうに溜息交じりで言う。

「好戦的だねぇ。まあそれは結構なんだけど。その積極性はできれば参加者同士で発揮してほしいんだよね。
 別に僕は殺人嗜好の変人という訳じゃないから、順調な段階で無駄に僕が駒を減らしてもいいことないんだよねぇ」
「は。殺し合いなんて悪趣味な真似始めた諸悪の根源が何言ってやがる」
「それを僕に言われてもね。その辺の抗議は僕じゃなく僕に言ってほしんだけど」
「あ? 分けわかんねぇこと言ってんじゃねぇよ」
「そう? そんなに難しい言い回しをしたつもりはないけど」

少年の言葉はのらりくらりと掴み所がない。
ただ、どういう訳かこちらとの戦闘を回避しようとしていることだけはわかる。

「ずいぶん逃げ腰ですね。負けるのが怖いんですか?」

そう亦紅が相手を挑発する。
なにせ主催者に直接つながる手がかりである。
捕えてから、拷問でも何でもすれば有用な情報が効き出せるだろう。
ここで見逃すつもりはない。

「そりゃ怖いさ。なにせ僕は喧嘩が弱いからねぇ。
 けど、まあ君たちには負けないかな?」

嘲るような笑いを含んだ声に、珠美が青筋を浮かべ蟀谷をひくつかせた。

「よーく分かった。要はテメェ、私らの事嘗めてんだな」
「いやいや、嘗めるだなんてとんでもない。ただ僕と戦うには君たちは少し――――強すぎる」

言って支配者は薄く笑う。

「どういう意味だそりゃ?」
「そのままの意味さ。止めておいたほうがいい」

もはや話にならない。
そう判断した珠美が二人にアイコンタクトを送り、戦闘を始める意思を告げる。
二人は頷きを返し、亦紅を先頭に隊列を組んだ。

「まず私が突っ込みます、遠山さんは後詰を。ボンガルさんは援護をお願いします!」

亦紅の指示が飛び、応と珠美が応え、遠山が刀を鞘から抜いた。

「あらら聞いてないよ」

完全に戦闘準備を始めた三人に、少年は呆れを返す。
ここに至ってもまだ少年は構えもしない。
あくまで余裕の態度のまま。

「油断するな二人とも!」
「わってるよ。相手が相手だ油断なんてするかっての!」
「大丈夫ですって、正義は必ず勝ちます! いけますよ私達なら!」

言って。片手に愛刀風切を担ぎ、一番槍を請け負った亦紅が駆けだした。
それは弓から放たれたような矢のような速度でありながら、その動きは直線的なモノではない。
残像すら置き去りにする速度で、獣ですら不可能な多角的な動きで敵を翻弄する。
正しく目にも留まらぬ動き。
常人にはその残像すら捕えることはできないであろう。


693 : vsジョーカー ◆H3bky6/SCY :2014/06/06(金) 22:44:34 vvIrx6so0



尤も、捕える必要すらないのだが。





「――――『吸血鬼』は『死ぬ』」




ドサリと、何かが倒れる音が聞こえた。

「………………………………は?」

その光景を目の当たりにした二人の口から思わず声が漏れた。
一瞬。何が起きたのか理解できなかった。

「さて、少しは頭が冷えたかな?」

穏やかさすら湛えた仇敵の声。
地に落ち伏せピクリとも動かない亦紅を見る。
冷えたどころか心臓に冷や水をかけられた気分だった。
遠山と珠美の全身を温い汗が伝う。
あれほど熱狂していた余韻は一瞬で醒めた。
動かない亦紅を見てた震える視線が、眼前のワールドオーダーへと移る。

「おいおい、睨むなよ。襲ってきたのはそっちだぜ?
 相手は殺したいけど自分が殺されるのは嫌なんて、そんな都合のいい話はないだろう?」

悪びれもせず平然と言う。

「テメェ…………ッ!!」

珠美がなわなわと震え、砕ける勢いで奥歯を噛み締めた。
遠山も目に見えるほどの怒気をその身から漂わせている。
その様子にワールドオーダーが肩をすくめた。

「いや、すまない。いきなり三人に襲われて思わずやってしまっただけなんだ。
 本当だ。怖かったんだ。殺すつもりなどなかった。
 今は良心の呵責で押しつぶされてしまいそうだ。すまない本当に反省してる、許してくれ」

そう言って頭を下げた。
突然の態度の急変に二人は思わず怒りも忘れ呆気にとられる。

「どうだろう。これで納得できたかな? 納得だよ納得。重要だろ、そういうの?
 それがないと引きどころというか落としどころがないだろう? これで手打ちという事で」

聞き分けのない子供を窘めるような物言い。
その言葉に、プチンと、何かが切れる音がした。

「ざぁああああけんなああああぁぁぁぁぁぁあああ!!」

ボンバーガールの絶叫。
一。二。四。八。十六。三十二。
その背後に凄まじい量の花火が生まれ、その輝きに世界が染まる。
際限なく増え続ける光の数はもはや数えきれない。
眼前に広がる色とりどりの極光に照らされながら、少年の口が亀裂のように吊り上がる。


「『火薬』は『暴発する』」


生み出された花火は、炸裂する前に暴発し、目を焼くような閃光と、耳を劈く程の轟音が響いた。
当然の事ながら、その爆心地いるのは花火を生み出したボンバーガールである。
爆風によりボンバーガールの体はポーンと人形のように飛んでいき、成す術もなく地面に落ちた。

「おっと、銃弾がダメになってしまったか。相変わらず、融通の利かない能力だなぁ。
 ま、銃は余り使わないから別にいいけど」

言って、墜落したボンバーガールなど見向きもせず、己の荷物から取り出した弾倉と黄金の銃をポイと捨てる。
この一連の流れに取り残された遠山は一人、動くことすらできなかった。


694 : vsジョーカー ◆H3bky6/SCY :2014/06/06(金) 22:48:35 vvIrx6so0
ワールドオーダーはその場を一歩も動いてないどころか、指一本動かしていない。
強すぎる。
戦っている次元が違う。
そもそも戦いにすらなっていない。

「もともと戦闘用の能力じゃないからね、戦いにならないのは当り前さ」

遠山の思考を読んだようにワールドオーダーは答える。
その声に、あまりの光景に呆然としてた遠山がハッとする。

「さて君はどうする?
 感情論は抜きにして冷静に行こうぜ。怒っても良いことなんてないよ?
 君がここで逃げるというのなら僕は追わない、もったいなからね」

ワールドオーダーは遠山へと問いかける。
冷静さを欠いてしまえばどうなるか、
サイパスに失態を演じた経験から、それは遠山も十分に理解している。
だが。

「戦友(とも)の死を怒れぬ者は人ですらない。畜生にも劣る」

遠山は刀を正眼に構える。
それでも、譲れぬ心(もの)があった。

「やれやれ。僕的には特別な属性を持たない君が一番厄介だったんだが、仕方ない」

言いながら何をするでもない相手に先んじて遠山が動く。
重さを感じさせない、流水の様な滑らかな足運び。
瞬きの間に制空権まで間合いを詰めた遠山は、落雷の如き鋭さで白刃を振り降ろした。

余りにも流麗なその動きにワールドオーダーは反応することができない。する必要もない。
ワールドオーダーは棒立ちのまま、成すはただ一言。

「『攻撃』は『跳ね返る』」

その言葉により、世界の法則が塗り替えられる。
振り降ろされた斬撃は、弾かれるように跳ね返った。

「…………ッ!」

衝撃は己へと返る。
凄まじい衝撃が遠山の手首を襲う。
だが、この程度で済んだのは幸運ともいえる。
武器が刀でなく、弾丸などの遠距離攻撃ならば跳ね返りが直撃し死んでいただろう。

「分ったろう? 君ではどうあっても僕を傷つけることはできない。
 この辺で止めときなよ。攻撃してもむしろ自分が傷つくだけだぜ?」

ただ事実を告げるようなワールドオーダーの言葉。
それに対して遠山は答えず。無言のまま上段の構えで応える。
愚直なまでに攻めの意思は崩さないという意思表示。
その態度に、ワールドオーダーはやれやれと頭を振る。

「ぅおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉおお!!」

雄叫びとともに突撃する遠山。
ワールドオーダーはその愚直な特攻を他人事のように見送る。
その突撃を止めるモノなどなく、斬撃が振り下ろされる。

「!?」

瞬間。
違和感に気付いたワールドオーダーが、身を引くようにその場から飛びのいた。
ワールドオーダーが戦闘開始から初めてその場を動いた瞬間である。

「いや、凄いことするね君」

距離を取り、息をついたワールドオーダーが本当に感心したような声で言う。
その言葉と同時に、攻撃の通じないはずのワールドオーダーの服がハラリと切れた。

今この世界において、攻撃は当たらないわけでも無効化されるわけでもない。
ただ跳ね返る。それだけだ。
遠山は初撃を反射されたあの瞬間、反射される刹那の拍子を掴んだ。
そして二撃目の斬撃が跳ね返った瞬間、その軌跡を自らの方向に引くことにより、その方向をさらに変えた。
そんな無茶を己の技量一つで押し通した。


695 : vsジョーカー ◆H3bky6/SCY :2014/06/06(金) 22:52:06 vvIrx6so0
「お見事だけど、その手首で斬れるのかい?」

無理矢理に斬撃の軌跡を変えた、その代償は安くない。
手首へとかかる負担は半端なものではなく、その手首は目に見えるほど赤く腫れ、とても重い真剣など振れる状態ではない。

「――――斬れるとも」

だが、その返答に一分の迷いもなかった。
ハッタリではないことはその眼光が物語っている。
次の一撃で例え己の手首が壊れようともこの男は放つだろう。

「そうかい。なら戦法を変えよう」

パンと切り替えるように手を叩く。

「君はもう近づかせない」

ワールドオーダーがニィと笑い、世界を切り替える言葉を紡ぐ。

告げる言葉は『速さ』は『痛みに変わる』。
移動を封じる心積もりだ。

だが、その言葉は最後まで紡がれることなく途切れた。
突然、背後から現れた影に、関節を固められ口元を塞がれたのだ。
そのワールドオーダーを背後から拘束する人物を見て遠山が驚きの声を上げる。

「亦紅!?」

それは、死んだはずの亦紅だった。

「残念でしたね。生憎私は吸血鬼じゃなく、半吸血鬼なんですよ! おかげ様で半分死んじゃいましたけどね!」

彼女が吸血鬼の成り損ない、半吸血鬼という半端な存在であるというのが幸いした。
吸血鬼としての部分は死んでしまったけれど、人間としての部分で生きていた。
実際死ぬほど苦しかったのだが、そのまま死んだふりをしたまま気を窺っていた。
何せ本当に死んでいたのだ、演技としては完璧だろう。

「喧嘩が弱いってのは本当みたいですね。
 殆ど力の入らない今の私でも十分抑えられますよ!」

今の世界は『攻撃』が『反射』される設定のままである。
だが、亦紅が行っているのは『攻撃』ではなく『拘束』。
首を絞めようものならすぐさま弾かれるのだろうが、動きを封じるだけなら世界の判定には抵触しない。
亦紅は半死半生で殆ど力が入らない状態だが、それでも抑えることができる。

「今ですよボンガルさん!」

亦紅の呼び声。
その先には、焼け焦げボロボロの服を着た少女が、中指を立てて叫ぶ姿があった。

「爆破の天使、ボンバーガール様が爆発で死ぬかっての!」

衝撃と轟音で一時的に意識を失ってしまったが、彼女自身、高い爆破耐性を持っている。
吹き飛び落下したダメージはあるが、爆破による直接的なダメージは殆どない。

ボンバーガールが指を鳴らすと、ワールドオーダーを取り囲むように周囲一帯から閃光が放たれた。
これもまた攻撃ではなく目くらまし。
威力よりも光量を重視した炸裂花火である。

朝日を超える光の奔流がワールドオーダーの視界を白に焼いた。
だが、これはやりすぎである。
これでは、ワールドオーダーのみならずその場にいる遠山たちも同じく何も見えない。

「遠山さんここです!」

視界の効かぬ状況の中、ワールドオーダーを抑える亦紅が声で彼我の位置を遠山に知らせた。
『攻撃』が『反射』される世界で、ワールドオーダーを傷つけられるのは遠山だけだ。
その声を頼りに、視界のない白の世界を剣術家が駆けた。

「私を気にせず、私ごとで斬るつもりでやちゃってください!」

亦紅の声が響く。


696 : vsジョーカー ◆H3bky6/SCY :2014/06/06(金) 22:53:21 vvIrx6so0
この状況でワールドオーダーがとった手段は『待ち』だった。
手段を選ばなければ弱り切った亦紅の拘束を解くのは実は容易い。
それをしないのは、遠山には斬れないだろうという予測があるからである。
視界のない中で刀を振えば密着している亦紅ごと斬りかねない。
遠山にそれが実行できるのか。

その予測を裏切るように遠山は駆ける。
脳裏には世界が光に包まれる直前の光景を浮かべながら、五感すべてを使って視界を補う。
目印となる亦紅の声はもとより、僅かな動きによる布ずれの音すら聞き漏らさない。
風に乗る匂いを感じ、肌に感じる風の感触を探る。
踏み込めば敵は眼前。
後は刃を振るう覚悟ひとつ。

ヒュンという風切音。
刃は迷いなく振り切られた。
それは反射を潜り抜けているとは思えぬほど滑らかな斬撃だった。
済まし通すような刃は、亦紅を傷つけることなくワールドオーダーの肩口から袈裟を通り抜ける。

一瞬の間。
傷口が沸き立ち、噴水のように鮮血が噴射する。
生温い液体が遠山にシャワーのように浴びせられた。

眩いばかりの閃光が徐々に晴れてゆき、視力も徐々に戻りつつある。
肩口より切り裂かれたその傷は浅くはない。
ワールドオーダーの口からヌルリとした血が吐かれ、口元を塞ぐ亦紅の手を滑らせた。
一瞬ながらその口が自由となる。

だがもう遅い。
遠山の技量であれば返す刀で首を撥ねられる。
悪鬼羅刹を斬るのに躊躇いはない。
腕はすでに限界を過ぎているが、あと一刀振るえるのならば壊れてもいい。

言葉を紡ぐ猶予はない。紡げてせいぜい一言。
既にその傷は致命傷。
遠山の追撃を防げても、亦紅は再び拘束をするだろうし、放っておけば出血多量でいずれ死ぬ。
たった一言で、この状況を逆転させる言葉などありはしないはずだ。

だが、晴れる視界の中で遠山は見た。
赤い血を垂らしながらも、満足気に釣り上げられた歪な口元を。

そして余裕をたたえたまま、その口が開かれる。





「――――『時』は『巻き戻る』」






全てが逆行する。






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697 : vsジョーカー ◆H3bky6/SCY :2014/06/06(金) 22:55:04 vvIrx6so0
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「ぅおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉおお!!」

雄叫びとともに突撃する遠山。
ワールドオーダーはその愚直な特攻を他人事のように見送る。
その突撃を止めるモノなどなく、斬撃が振り下ろされる。

「!?」

瞬間。
違和感に気付いたワールドオーダーが、身を引くようにその場から飛びのいた。
ワールドオーダーが戦闘開始から初めてその場を動いた瞬間である。

「いや、凄いことするね君」

距離を取り、息をついたワールドオーダーが本当に感心したような声で言う。
その言葉と同時に、攻撃の通じないはずのワールドオーダーの服がハラリと切れた。

今この世界において、攻撃は当たらないわけでも無効化されるわけでもない。
ただ跳ね返る。それだけだ。
遠山は初撃を反射されたあの瞬間、反射される刹那の拍子を掴んだ。
そして二撃目の斬撃が跳ね返った瞬間、その軌跡を自らの方向に引くことにより、その方向をさらに変えた。
そんな無茶を己の技量一つで押し通した。

「お見事だけど、その手首で斬れるのかい?」

無理矢理に斬撃の軌跡を変えた、その代償は安くない。
手首へとかかる負担は半端なものではなく、その手首は目に見えるほど赤く腫れ、とても重い真剣など振れる状態ではない。

「――――斬れるとも」

だが、その返答に一分の迷いもなかった。
ハッタリではないことはその眼光が物語っている。
次の一撃で例え己の手首が壊れようともこの男は放つだろう。

「そうかい。なら戦法を変えよう」

パンと切り替えるように手を叩く。

「『生物』は『触れ合えない』」

後方から不意を突いて飛びついた亦紅がワールドオーダーに触れ合う前に弾き飛ばされた。
まるで亦紅が来ることが分かっていたような注文(オーダー)を絶妙のタイミングで切り替えた。

「くっ、頼みますボンガルさん!」

弾かれながら、視線の先に佇む巫女服のヒーローへと呼びかける。
声に応じボンバーガールは相手の視界を奪うべく、生み出した花火に点火しようとした。

「『火薬』は『不発に終わる』」

だが、仕掛け花火は弾けることなく不発に終わる。
完璧な対応を行うワールドオーダーに、相手の隙を窺っていた遠山も動けず。戦闘はいったんここで途切れた。

「あー危なかった。危うく死ぬところだったよ」

服についた汚れを払いながら、危機感なんてまるで感じてない声で言う。
完全な対応をされた後ではその言葉は嫌味にしか聞こえない。


698 : vsジョーカー ◆H3bky6/SCY :2014/06/06(金) 22:56:51 vvIrx6so0
「生きていたのか二人とも」
「ったりめぇよ。爆破の天使、ボンバーガール様が爆発で死ぬかつーの」
「私も吸血鬼じゃなく、半吸血鬼だったんで。おかげで半分死んじゃいましたけどね」

遠山はひとまず変わらぬ二人の様子に安堵の息を漏らした。

「それで、まだ続けるかい?
 二人とも生きていたわけだし、誰も死んでない今が最後の落としどころだと思うんだけど」
「は、冗談。逃がす訳ねぇ、」

あくまで食らいつこうとする珠美を、一歩前に出た遠山が片手で制する。

「――――行け」

言って。道を譲るように身を引く遠山。
そんな遠山に、おいと食って掛かる珠美だが、その珠美を亦紅が抑える。

「無理ですボンガルさん。今の私たちでは勝てません」
「あ゙ん?」

仇でも見るような形相で珠美が亦紅を睨みつける。
そでも亦紅は怯まず、珠美の眼光を真正面から見つめ返して言う。

「今は、です」

強い意志を込められた言葉。
数秒見つめあった後、舌打ちと共に珠美が引く。

「賢明な判断だ」

ジョーカーたる少年は、悠々と三人の間を通り抜けてゆく。
手を出すこともせずその歩を見送る三人。
ケっと吐き捨て、珠美は拗ねたように明後日を見ていた。

「ああそうだ」

三人の前をすり抜けた所で、少年が思い出したように足を止め振り返る。

「君たち、いいところまで行ったからヒントをあげよう」
「…………ヒント?」

振り返った少年は指を立て言う。

「――――まずは宇宙人を探せ」

「そして機人を、悪党を、怪人を、魔王を、邪神を乗り越えろ。
 僕の前に立つのはそれからかな。その時はちゃんと相手をしてあげるよ。
 まあ段階を飛ばす裏技もあるけど、あまりお勧めはしないかな? きっと碌な事にならないから」

疑問を挟む余地はなかった。
言いたいことを言い終わると、ワールドオーダーはすぐさま踵を返す。

「じゃあね。それまで生きてたらまた会おう」

帰り道に友人と分かれるような気軽さで、ジョーカーは去って行った。
それと同時に、先ほどのまでと同じ声が流れ聞こえてくる。

放送の時間である。


699 : vsジョーカー ◆H3bky6/SCY :2014/06/06(金) 22:58:16 vvIrx6so0
【I-4 泉周辺/早朝(放送直前)】

【亦紅】
[状態]:半死半生
[装備]:サバイバルナイフ、マインゴーシュ、風切、適当な量の丸太
[道具]:基本支給品一式、銀の食器セット
[思考・行動]
基本方針:主催者を倒して日常を取り戻す
1:博士とルピナスを探す
2:サイパスら殺し屋組織を打破して過去の因縁と決着をつける
3:首輪を解除するための道具を探す。ただし本格的な解析は博士に頼みたい

【遠山春奈】
[状態]:手首にダメージ(中)
[装備]:霞切
[道具]:基本支給品一式、ニンニク(10/10)、壱与の式神(残り1回)
[思考・行動]
基本方針:現代最強の剣術家として、主催者と組織の連中を斬る
1:現代最強の剣術家であり続けたい
2:亦紅を保護する
3:サイパス、主催者とはいつか決着をつけ、借りを返す
4:亦紅の人探しに協力する
※亦紅が元男だということを未だに信じていません

【火輪珠美】
状態:ダメージ(中)全身火傷(小)能力消耗(大)
装備:なし
道具:基本支給品一式、ヒーロー雑誌、薬草、禁断の同人誌、適当な量の丸太
[思考・行動]
基本方針:祭りを愉しむ
1:亦紅、遠山春奈としばらく一緒に行動。
2:祭りに乗っている強い参加者と戦いを愉しむ
3:祭りに乗っていない参加者なら協力してもいい
4:りんご飴がライバル視しているヴァイザーを見つけ出して一戦交える
5:会場にいるほうの主催者をいつかぶっ倒す
6:他のヒーローと合流するつもりはない
※りんご飴をヒーローに勧誘していました

【主催者(ワールドオーダー)】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを促進させる。
1:適当にうまい具合に色々まあ何とかする
※『登場人物A』としての『認識』が残っています。
人格や自我ではありません。

※I-4に黄金銃が落ちています

【黄金銃】
スパイ的なアレ
売るといい金になる


700 : vsジョーカー ◆H3bky6/SCY :2014/06/06(金) 22:59:04 vvIrx6so0
投下終了
タイトル思いつかなかったので超テキトー


701 : 名無しさん :2014/06/06(金) 23:11:48 WCCOnozU0
投下乙
ひょっとして主催者ここで退場か…?と思いきやそんなに甘くはなかったか
果たして彼らにリベンジの時は来るのか


702 : 名無しさん :2014/06/06(金) 23:18:19 Fje55cWE0
今後の強敵との戦闘を期待させるセリフがいいですね。
はたして何人と無事対峙できるのか…


703 : 名無しさん :2014/06/06(金) 23:25:26 GwrfRHaM0
投下乙です。
WOA初戦闘だったけ途轍もない能力だな…
そんな彼を相手に奮戦した現代最強さん達もやはり強い
しかし一部のメンツはやっぱり当て馬的な意味合いで呼び寄せた感じっぽそうだな


704 : 名無しさん :2014/06/07(土) 00:05:11 kdHITe/I0
投下乙
ワールドオーダーAさんやっぱつええな
しかしそれに喰らいつく3人もかっこいい!
やっぱり人間以外の参加者の中に攻略するための手段があるのかな?


705 : ◆dARkGNwv8g :2014/06/12(木) 02:47:16 iPIbgoAc0
懲りもせずの無断遅刻、お許しください!
ミロ・ゴドゴラスⅤ世 、水芭ユキ、ロバート・キャンベルでゲリラ投下します。


706 : 正義と悪党と――(Justice Act) ◆dARkGNwv8g :2014/06/12(木) 02:48:47 iPIbgoAc0
人界から遥かに隔絶した深い山奥、魔法の結界で守られた中に、龍人達の暮らす龍王の隠れ里はある。

龍族の住居に相応しい巨大で堅牢な建物が並ぶその隠れ里の中でも、一際目を引く巨大で荘厳な城、代々里の長である龍王を務めてきた
ゴドゴラス家の、その威光を称える居城の屋根に座って、龍王の次期後継者であるミロ・ゴドゴラスⅤ世は眼前に広がる景色を茫洋と眺めていた。

彼の見下ろす先には清澄な水を湛えた広大な湖が広がり、陽の光に湖面を煌かせている。
その向こうには緑の木々が茂る深い森が続き、更にその奥には万年雪を頂いた巨峰が蒼く連なり天に向かって聳える。
見る者を驚嘆させずにはいられない、美しい光景だった。が、屋根に座ったミロは、目の前の壮麗な景色には目もくれず、彼の興味は
ひたすら絶景の上を通り過ぎていく雲と、雲たちの流れていく行方にだけ向けられていた。

「ミロ様!またその様な場所に上がって!」

悲鳴にも似た叫びが下から聞こえる。
その方を見ずとも、ミロには声の主が誰なのかわかった。彼付きの召使のランズ・セルベラドだ。

「危のうございます!
 お坊ちゃまの玉体に万一の事があれば、このランズ、龍王様に申し訳のうて生きてはおれませぬ!」

屋根の上の主にむかってランズは殊勝な言葉を吐くが、それは彼が真にミロの事を心配しているからではなく
ミロが怪我をするようなことがあれば御付であるランズの監督責任が問われるからである。
しかしそんな下僕の諫言にも内心にも注意することなく、ミロは大声で叫んだ。

「ランズ!」
その目は、変わらず雲の流れへと注がれている。
「ぼくは、あの山のむこうのせかいにいきたい!」

「な、何をおっしゃる!? この里の外世界へ出るなどと、何故左様な途方もないことを!?」
狼狽するランズに、雲を見つめたままミロは応える。
「としょ室にかくしてあったそとのせかいの本をよんだぞ。
 そとのせかいにはここにはいないヘンテコな生きものや、みずうみよりも大きい水たまりや、ふしぎなたてものがたくさんあるんだ。
 ぼくは、じぶんの目でそれをみてみたい!」

「為りませぬ!」
即座にランズから否定の言葉が返ってくる。
ここに来てようやく、ミロは空から目を離し、眼下で口の端から焔を上げている御付の龍人に向きあった。

「どうしてだよ!いまはむりでも、いつか森や山をひとりでこえられるようになるんだ!そしたらぼくはそとのせかいを見にいく!」
「為りませぬ為りませぬ!外世界は恐ろしい場所なのです!この里から出る事は、己から死に行くと同じ事!」
「ぼくたちドラゴンはせかいでもっともすぐれた、さいきょうの生きものだっておしえてくれたのはランズ、おまえじゃないか。
 さいきょうのドラゴンのなかでもさいきょうの、りゅうおうのむすこであるぼくが、なにをこわがることがあるっていうんだ!」
ミロの問いに、ランズは一瞬ぐっと言葉に詰まった。
だがしばらくすると、落ち着いた、諭すような声でこう言った。

「宜しいですかミロ様。この隠れ里より外の世界は、『人間』というサルの一種によって支配されているのです。
 『人間』は恐ろしい生き物です。凶暴で、自分たちと異なる姿の生物に無条件で襲い掛かる性質を持っています。
 斯様に危険な生物が外の世界の至る所を闊歩しておるのです。故に、この里から出ることは危険なのであります。」

完全論証終了。とばかりに自慢げに焔煙を鼻から吐き出すランズ。だが彼の与えた答えに、ミロは納得しなかった。

「ニンゲン? サルのいっしゅ? ははは!
 ドラゴンがサルにまけるわけがないぞ。もしもぼくをおそってくるようならば、かえりうちにしてギタンギタンにしてやる!」
自信満々なミロの言葉に、ランズは再び渋い顔になる。


707 : 正義と悪党と――(Justice Act) ◆dARkGNwv8g :2014/06/12(木) 02:49:50 iPIbgoAc0
「確かにミロ様のおっしゃるとおり、我等誇り高き龍の血統がサルごときに力負けするなど、絶対に有り得ません。
 しかしミロ様、『人間』は我々ドラゴンが思いもよらないほど卑怯な事をする生き物なのです。
 奴等は平気で嘘をつき、欺き、裏切ります。我等龍族の遠い昔の英雄たちの中にも
 捧げ物として出された酒を飲んで酔った所を騙まし討ちされたものや、魔法で眠らされて抵抗できなくなった所を討たれたものなど
 正々堂々とした戦いで勝てぬ人間の仕掛けた姦策に嵌められて命を落とした者たちが大勢おります。
 また、人間は卑怯なだけでなく狂暴な生き物です。際限ない欲望を満たすために物を奪い、食用でなく生き物を殺し、天と地と水を汚し
 時には同じ人間の仲間同士ですら殺し合うのです。
 彼奴等こそ冥府の神が地上にばらまいた災いそのもの、地獄からまろび出た悪魔そのものなのです。斯様な悪魔に支配された世界のことなど
 お気に召されるな。何よりミロ様は私の元で勉強し、いずれは里を支配する龍王になるという定めが――」

しかしランズが言葉を終える前に、ミロは屋根から飛び降りていた。
ランズが思わず悲鳴を上げる中、彼は怪我一つすることなく見事にバルコニーへと着地していた。

「ふん、なにがニンゲンだ!
 そんなやつらちっともこわくない。そいつらがなにしようが、なん百人なん千人でかかってこようが
 ぼくがぜんいんまとめてやっつけてやる!やっつけてみんなみんなぼくのしもべにしてやるんだ!」

そう言うと、後を追うランズの叫びには耳も貸さず、ミロは城の廊下を走り抜けていった。

きっと父上も母上も、自分が外の世界に出る事を反対するだろう。
今はまだ、一人であの険しい山脈を越える力も持っていない。
だがいつの日か、必ず外の世界に出て、外の世界を冒険してやる。それで人間が襲ってきたら、全部退治してやるんだ。

「ぜったいに!ぜぇ〜ったいにだ!」

両手を振り回しながら、ミロは夢を誓うのだった。


 ✲ ✲ ✲


どうしてこんなことになってしまったのだろう?


目の前をずしずしと歩いているミロ・ゴドゴラスV世の背中を必死に追いかけながら
水芭ユキは負傷した右足に走る激痛と息切れする思考の中で、もう何度目にもなる自問を再び繰り返していた。

「ミロさん、ちょっと待って――」
「うるさい!おまえはもうしもべじゃないんだからついて来るな!」

決別宣言をした後、ミロは取り付く島もなく、歩みを止めてユキに向き合おうともしない。
その足の向かう先に、おそらく目的地などないのだろう。
ただ恐怖を誤魔化し、苛立ちを解消し、忌々しい場所と煩わしいユキから逃れるためだけに、彼の足は動きを続けていた。

(私のせいだ――)

そんなミロの様子を見て、ユキは取り返しのつかない後悔に襲われる。
自分がもっとちゃんとミロに向き合い、彼のことに気をかけていれば、今のこんな状況にはならなかった。
それが分かっているからこそ、彼女はミロから離れることができない。彼女の責任感がそれを許さなかった。


708 : 正義と悪党と――(Justice Act) ◆dARkGNwv8g :2014/06/12(木) 02:50:28 iPIbgoAc0

(どうしよう――
 こんなことしてる場合じゃないのに――
 早く夏実とルピナスを見つけなきゃいけないのに――
 舞歌と約束したのに――舞歌、舞歌は大丈夫かな? あの軍服ゾンビを倒せたかな? 酷い怪我をしたりしていないかな?
 怪我といえば、あの時狙撃されて倒れた音ノ宮先輩はどうしただろう? 彼女のことも――)

ああ、駄目だ。
またこうやって自分の事情ばかり考えている。
こんなだから、自分はミロに信用されなかったのだというのに。

「ミロさんお願いだから落ち着いて。話を聞いて。
 今の私たちは傷を負って、体力も消費してる。こんな状態で一人になるのは危険でしょ。
 私たちはこれからも一緒に――」
「うるさいうるさいうるさい!」

駄目だ。駄目だ。ダメだ。
こんな言葉や理屈ではミロを止められない。

こんな時、お父さんならどうするだろう。どんな言葉を彼に掛けるだろう。
社会経験の豊富な半田さんや鵜院さんたち大人なら、ミロの心の扉を再び開ける術を心得ているのだろうか。


いや、駄目だ。

人ならどうするかとか、そんな自分には出来ない事の上っ面だけを真似たところで、ミロの心に響くはずがない。

今の自分に出来ることは、ただ誠心誠意ミロに謝ることだ。自分の思いにばかり捉われて、彼のことを蔑ろにした事に。

「ミロさん!」

痛む右足を無視して、ユキはミロの前に回りこむ。

「ミロさん、本当にごめんなさい。私――」
「だまれ!」

しかし、彼女の謝罪の言葉が届く前に、ミロの拳が振るわれた。

確かにミロは怒っていた。自分の感じている恐怖を紛らわせるために、そして最強の龍王の息子としての誇りを傷つけられたことに。
ユキに対して腹を立てていたのは、半分くらいはそれらの八つ当たりであった。
だから、彼にユキを本当に傷つけるつもりなど無かったのだ。
彼が拳を振るったのはただ喧しい彼女を振り払うための脅しとしてであり、精々が彼女に尻餅をつかせてもう追ってこないようにするためだった。

だがタイミングが悪かった。

ミロの歩みを止めようと急に動いて位置を変えたユキ。
そして未熟さゆえに、初めて会った人間という生き物に合わせた力加減のコントロールが出来ないミロ。

不運が重なり、振り回されたミロの右腕が、ユキの顔面を強かに打った。


 ◇ ◇ ◇


「きゃあっ!」

悲鳴と共に、ユキが道路に倒れ伏した。
体長2mの巨体であるミロの腕はまた材木のように太い。
ミロの感覚では軽く振られたそれは、ユキの体を殴り飛ばすのに充分な威力を備えていた。


709 : 正義と悪党と――(Justice Act) ◆dARkGNwv8g :2014/06/12(木) 02:51:18 iPIbgoAc0
「あっ……」

自分の拳が齎した予想外の結果に、ミロは思わず足を止める。

ユキは道の真ん中に倒れたまま起き上がろうとしない。
横たわった彼女の瞳は閉じられ、鼻孔と口端から流れ出した一筋の赤い血が、彼女の氷のように真白な肌の上を汚していた。
無理矢理引き千切られて捨てられた花のように、彼女の身体はピクリとも動かなかった。

それを見て、ミロは自分の仕出かした事が急に恐ろしくなってきた。
腹を立ててはいたものの、ミロはユキの事が嫌いにはなりきれなかった。
それに本来、ミロはわがままで聞かん坊だが、本当は素直で心優しい性格なのだ。

「お、おい。だいじょうぶか……?」

ミロは恐る恐る意識を失ったままのユキに近寄り、起こそうとする。

ユキは目を覚ますだろうか。
目も覚ましてくれたら、今までの事は全部水に流して、またしもべにしてやってもいい。
その為なら、偉大なる龍王の息子である自分がごめんなさいしてもいいとすら、彼は思っていた。


「その子から離れろッ!」


完全に目の前のユキに気をとられていたその時
鋭い叫びと共に頭に衝撃が走り、ミロの脳を揺らした。

そしてユキに伸ばした手が彼女に触れる前に、ミロの身体はその場に崩れ落ちていた。


 ☆ ☆ ☆


埃っぽい室内に日焼けした窓ガラス。
お世辞にも景気がよさそうには見えない探偵事務所の中に、鉛筆を走らせる音だけが響いていた。
音の主である一人の白人男性は、スチールデスクに広げられたノートに素早く、しかし異国人にも読み易いような筆記体で文字を連ねていく。

そこには彼、ロバート・キャンベルが――正確には彼の分身がだが――F-1エリアの洞窟内で遭遇した
邪神リヴェイラと名乗った生物に関する報告が、余す所なく記されていた。
奴の怪力と強靭な生命力、そして詠唱と共に発動する魔術、それに対するには狙撃が効果的ではないかというロバートの私見
またリヴェイラが『神々』『封印』といったキーワードに怯えの反応を示したことまで、彼は細大漏らさず支給されたノートに記録していった。

ノートに記されているのはリヴェイラの情報ばかりではない。
ヴァイザーをはじめとする『組織』の殺し屋ども。
国際的テロ組織『ブレイカーズ』の大首領と大幹部。
犯罪結社『悪党商会』の首魁と構成員。
更には案山子、鴉、アサシン、クリスといった犯罪者たち。
そしてこのバカげたバトルロワイアルの主催者を名乗るテロリスト・ワールドオーダーに至るまで
ロバートが今まで収集した、この場にいる犯罪者・危険人物に関する彼が知る限りの全ての情報が、この一冊のノートには書き連ねてあった。

このノートはいざという時のための保険だった。
もし自分がこの場で死んでも、自分の情報を正義のために生きる他の参加者に役立ててもらいたい。
彼が書き連ねている数多の情報は、云わば彼の長大なダイイング・メッセージだった。

「――こんな事をしても、無駄かもしれんがな」

自嘲と共に最後の情報を記し終え、ロバートはノートをデイパックにしまう。
自分が斃れるとしたら、それはこの場にいる悪人か怪物に殺される時だろう。
そいつ等がこのノートを見つければ、たちどころに破棄してしまうに違いない。
だからそうなる前に、誰か信頼できる人物にこの記録を渡したかった。そう、例えばこの事務所の持ち主である探偵のような人物に。


710 : 正義と悪党と――(Justice Act) ◆dARkGNwv8g :2014/06/12(木) 02:52:00 iPIbgoAc0
ロバートは一部テープで補修してある窓ガラスに目をやった。そこには『剣探偵事務所』と白字で書かれている。
この事務所――まさか本物の事務所をこの島に移築したわけではあるまいが――の主、剣正一とは以前
日米に跨る巨大な国際犯罪シンジケートを叩き潰す際に協力してもらったことがある。
モノローグで「まだ探偵連中のほうがましだ」と言ったのは彼の存在によるところが大きい。

「それに、今回も助けてもらったからな」
たった今自分の身を包んでいる色褪せた探偵服を見て、ロバートは苦笑する。
彼が現在身につけている衣服のほとんどは、この事務所に置いてあった物を勝手に拝借したのである。
何故なら、数十分前にこの探偵事務所を訪れた際には、ロバートはデイパック以外はボクサーパンツだけを身につけた
ほとんど真っ裸といっていい姿だった為である。


ロバート・キャンベルに支給された『サバイバルナイフ・裂』。この不思議なアイテムを使ってロバートは分裂し
リヴェイラとの遭遇を生き延び、逆に幾許かのダメージを奴に食らわせることができた。
だが、このナイフには使用回数以外に一つの制限がある。
それは、このナイフを使って分裂した対象の『持ち物までは分裂しない』ということ。
つまりナイフを使って分裂した時、片方のロバートは丸きり素っ裸の状態だった。
その後の自分と自分による協議の末、裸のロバートA(今生きているロバート)は下着とデイパックを持って軍事要塞跡へ向かい。
洞窟を探索するロバートBはその他の衣服と爆弾、防弾チョッキを着用していくことになった。
その後ロバートBがどうなったかは、以前に述べられた通りである。

裸の方のロバートは軍事要塞跡を探索した後、他にも放送局や灯台など気になる施設はあったものの、それらを全て無視して
この探偵事務所へとやってきた。何故なら、ここがこの付近の施設の中で最も衣類のある可能性が高かったためである。
やはり下着一枚というのはどう考えてもまずい。これでは他の参加者と接触しても変質者と間違えられるのがオチだろう。
軍事要塞跡から探偵事務所まで、一人の参加者にも遭遇しなかったのは幸運というべきか
こんな格好で外をうろつき人に話しかけるなど、彼の祖国だったら射殺されても文句は言えない。

「おかげで大分移動が強行軍になったが……そのお陰で爆弾から解放されたのだからよしとするか」

そう言ってロバートは首筋を撫でる。
そこからは、参加者に科せられているはずの首輪が無くなっていた。


『分裂した対象の持ち物までは分裂しない』
このルールは参加者たちを縛る首輪にすら適応された。
そして首輪が嵌っていた方のロバートBが死んだため、現在のロバートは首輪の呪縛から完全に解き放たれている。
つまりロバートの支給品である『サバイバルナイフ・裂』は、使いようによっては(かなり強引な手段ではあるが)首輪を外すことができるのだ。

「一体ワールドオーダーの奴は何故、こんなナイフを支給したんだ。
 自分から自分の計画を破綻させるようなものを配るなど、理解できん」

ロバートはそうぼやくが、この理解できない支給品のお陰で首輪の恐怖から解放されたことは間違いない。
そしてサバイバルナイフ・裂が使用できるのは後二回だけ。慎重に使用しなければ。
勿論、サバイバルナイフ・裂の使い方や特性、使用回数といった情報の全ても、ロバートはノートに記録してある。


「もっとも、首輪を外せたからといってすぐに脱出できるわけではないが……」

首輪を外した後も問題は山積していた。
島外へ脱出する方法の模索、島内にいる民間人たちの保護、リヴェイラ及びその仲間の怪物の撃滅
そして、この島に集められた悪党どもの逮捕――

ロバートの目は探偵事務所の古びてスプリングが飛び出したソファの上に放り投げてある古新聞へと走っていた。
紙名は照影新聞。日付は2月9日号とある。
そこには一面で「秘密結社ブレイカーズ、悪党商会と全面抗争勃発か!?」と大見出しが書かれており
その記事の最後には『四条薫』とスクープ記事をものにした記者の署名が入れてあった。

ブレイカーズ 悪党商会 抗争

ロバートのハリウッド俳優顔負けの貌が、苦虫を噛み潰したように歪む。
この狭い島に、幾つもの組織の悪人どもが集められているのだ。
連中の間で争いが勃発していたらまずい、無辜の人々がそれに巻き込まれていたりしたら最悪だ。


711 : 正義と悪党と――(Justice Act) ◆dARkGNwv8g :2014/06/12(木) 02:53:03 iPIbgoAc0
「本当は何が武器になりそうなものが欲しかったんだがな――仕方がない」

現在のロバートの特別支給品で残っているは、その性質上武器になりにくいサバイバルナイフ・裂のみ。
この装備で動くことは危険かもしれないが、それは何もせず悪を放っておくことの言い訳にはならない。

「とにかく、ここから街の方を探ってみるか」

ロバートは探偵事務所を後にする。
今度は必要以上に人目を気にせずに済むのがありがたかった。




だが、他の参加者との出会いは探偵事務所を出てから程なくして訪れた。
野太い男の声と若い女性の争っているような声を聞きつけ、ロバートは気配を殺して
物陰に隠れつつ声のする方の様子を窺う。
まず彼の目に飛び込んできたのは、身長2mを越える巨体を鱗で覆い、竜の頭を頂いた怪人の姿だった。

(あれは――ブレイカーズの改造人間か!?)

その異形に、思わずロバートは息を飲む。
世界各地で犯罪・破壊活動を行なうテロリスト組織ブレイカーズ。元は日本の一弱小組織に過ぎなかった奴等が近年急激に勢いを伸ばしてきたのは
現大首領である剣神龍次郎の手腕もさることながら、それに協力する狂科学者・藤堂兇次郎が組織に齎した改造人間技術の存在が大きい。
いまや改造人間といったらブレイカーズというほど、怪人はブレイカーズの十八番となっていた。
ロバートもブレイカーズの大首領である龍次郎と大幹部の大神官ミュートスについてはある程度知っていたが、流石に全怪人のデータまでは
網羅していない。あの二人の他にも、参加者の中にブレイカーズのメンバーが紛れ込んでいたのだろう。

それに対峙する女性の方に目をやり、再びロバートに電流が走る。
声の通り、彼女はまだ少女というべき年齢に見えた。
だがその少女の雪の様に白い肌と、触れたら溶けて消えてしまうような儚げな面影に、ロバートは見覚えがあった。

(水芭ユキ―――!!)


水芭ユキ。ロバートは彼女の名を、犯罪組織悪党商会の一員として知っている。

ロバートは正義感の強い人間だ。彼は犯罪行為を憎み、それを為す犯罪者にも普通は断固として厳しい態度で接している。
しかし彼はこの島に集められた悪党どもの中で唯一、ユキだけは怒りの対象にすることができなかった。
彼女は、水芭ユキは騙されて利用されているだけなのだ。
悪党商会のボス、ドン・モリシゲ――森茂によって。

ドン・モリシゲは表向きの顔として孤児院を営んでいる。
それは社会貢献活動、慈善活動などと併せて悪党商会社長という裏の顔を覆い隠すためだが、実はもう一つ
奴が孤児院を経営するのには実利が絡んだ理由がある。

おぞましいことだが……ドン・モリシゲは孤児院に引き取った子供たちを洗脳し、悪党商会の駒として操っているのだ。
幼い頃から悪党商会の理念と忠誠心を教え込まれた子供は、やがて悪党商会の命令なら死をも厭わない狂戦士へと成長する。
だが、ドンの本当の目的は成長した戦士を手に入れることではない。
幼い脳に狂った教義を完全に刷り込まれた、まだ小さい子供こそがドンの求める貴重な資材だった。

どんな強すぎるヒーローでも、貴方のファンですと駆け寄ってくる子供の前では無防備になる。
あまりにも凶悪な力を持つ悪党といえど、街で子供とすれ違う時には警戒などしない。
彼らヒーローとヴィランを暗殺するのに、子供はうってつけの凶器だ。
役割が終わったら、暗殺方法が明るみに出ないよう使った子供は処分される。
他にも身体の小ささや警戒され難さを利用しての破壊工作や、送り込んで『不適切な関係』を演出することによって邪魔者を社会的に抹殺するなど
幼い子供には色々と利用法があるのだ。ドン・モリシゲの中では。

入念で慎重な捜査活動の末にこの事実を知った時、ロバートは怒りのあまり目の前が真っ赤になった。
ロバートも私生活では、愛する妻との間に授かった子供を世界で一番愛する一人の平凡な父親である
それだけに、身寄りのない子供を利用する悪党商会とドン・モリシゲは、彼にとって絶対に許すことのできない『邪悪』だった。


712 : 正義と悪党と――(Justice Act) ◆dARkGNwv8g :2014/06/12(木) 02:53:46 iPIbgoAc0
水芭ユキ――冷気を操る能力を持った少女。
彼女がドンの孤児院に引き取られたのは、おそらくその強力な超能力が目当てだったのだろう。
ドンを信じ、悪党商会の理念を信じる彼女を憎むことは、ロバートにはできない。
彼女は……ユキは悪党商会の被害者の一人なのだ。


ブレイカーズの怪人と悪党商会の少女。
二人は何やら言い争っている。
こちらはほとんど丸腰だ。どうする? 今すぐ割って入るか、それとももう少し様子を窺うか……?

だがロバートが素早く決断を下すより前に、状況が急速に動いた。
龍型怪人の振るった腕が、水芭ユキの顔を打ち据える。
吹き飛ばされた少女が地面に転がった。
少女は動かない。その目は閉じられ、鼻と口からは血を流している。
怪人が、倒れたままの少女に近寄り、止めを刺そうと手を伸ばす――――


その瞬間、ロバート・キャンベルは一切の打算保身を捨てて走り出していた。

彼の同僚に、上司に、そして妻に、彼という人間について尋ねればこう答えが返ってくることだろう。
彼は正義感に溢れ、優しく、強く、タフで誇り高く、悪には厳正な態度で臨み、決して諦めず弱音を吐かず、正義のために命を懸ける男だと。
なら彼に欠点はないのかと聞いたら、彼らはやや顔をしかめてこう答えるに違いない。
彼は『正義感に溢れ過ぎている』。そしてそれ故に『時々暴走する』。それが彼の唯一の欠点だ――と。


  ◇  ☆


「その子から離れろッ!」
このバケモノ野郎と心の中で付け加えつつ、ロバートは助走の勢いで飛び上がり
ブレイカーズ怪人――その正体はブレイカーズとは何の関係もない龍人種のミロ・ゴドゴラスV世――の顎目掛けてハイキックを叩き込んだ。

「あ―――が――――?」

蹴りは見事に命中し、脳を揺すられたミロは地面に跪く。
どんなに改造されていても元は人間である以上、脳を攻撃することが有効だ――ロバートが苦し紛れに考えた手は当たっていた。
その前提である元は人間という部分は大間違いだったが。
ミロが行動不能になっている隙に、ロバートはユキを抱き上げると走り出した。

「おい!大丈夫か!目を覚ませ!」
頭を揺すらないように気をつけながら、ロバートはユキを抱きかかえて走る。
再三の呼びかけにもユキは応えない。呼吸はしているが、もしかしたら脳震盪を起こしているのかもしれない。
自分がもっと早く割って入れば――ロバートの胸に後悔と共に、この少女に暴力を振るった龍怪人への怒りが込み上げてくる。

「まてぇ――――!!」
凄まじい地響きに振り返ると、そこには二人を追ってくるミロの姿があった。
「かえせえぇ――――!!それはぼくのだぁぁぁ――――!!」

ミロの叫びを背に受けても、ロバートは止まらない。
全身に傷を負い、脳を揺すられてなお追いすがってくる驚異的な生命力。
そして取り上げられた自分の獲物に対する執念。
(流石はブレイカーズの改造人間といったところか……知能は低いようだがな)
しかしこのまま、ユキを抱えたままでは奴から逃げ切ることは難しい。
(対決するしかないか。あの怪人と――――!!)
生身の自分でどこまで戦えるか、それは分からない。だが、この意識を失った哀しい少女を怪物の手に渡すわけにはいかない。

しばらく走った先にある建物の陰にユキを隠すと、彼女のデイパックの中から一振りの剣を借り受ける。
「すまないが、少し使わせてもらうぞ」
風のように軽い見事な剣を携え、彼はユキの元を離れる。


713 : 正義と悪党と――(Justice Act) ◆dARkGNwv8g :2014/06/12(木) 02:54:39 iPIbgoAc0
そして、FBI捜査官ロバート・キャンベルは、彼らを追いかける怪人の前に自ら姿を現した。




「かえせえぇ――――!!それはぼくのだぁぁぁ――――!!」
ユキが、ユキがさらわれた!
ぼくのしもべのユキがさらわれた!
ユキがたいへんだ。はやく見つけてあのニンゲンのおとこからたすけなきゃ!


突然の出来事に混乱しながらガムシャラに追いかけるミロの前に
ユキを攫った男が自ら姿を現した。その片手には、元々ミロの支給品である風の剣が握られている。

「おまえ!それもぼくのだぞ!このどろぼう!」
それがまた頭にきて、ミロは叫んだ。
『人間は卑怯なだけでなく狂暴な生き物です。際限ない欲望を満たすために物を奪い――』
ランズの声が聞こえた気がする。でも今はそんなの気にしてる場合じゃない。ユキを助けなきゃ。

「FBIのロバート・キャンベル捜査官だ。無駄な抵抗は止め、大人しくしろ」
剣を構えつつ、ニンゲンの男はそう言った。

「えふ……びぃー……なんだそれ!そんなもんしるかぁ!」
怒りに任せてミロは自分に残された右腕を力を篭めて振り回す。
ミロの拳は巌の硬さだ。振り回すたびに周りのコンクリートやアスファルトを破壊していく。
しかし、ニンゲンの男には当たらない。

「ぐっ!えいっ!このぉ!」
焦って更に腕を振り回すミロの拳に、焼けるような熱と痛みが走った。
思わず腕を止めると右手の指が何本か無い。
指が切り落とされた切断面から、龍族の青い血が噴き出していた。
「うわあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」




「うわあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

指を切断されたことに気付いたミロが悲鳴を上げると、ロバートは風の剣の切っ先をミロに向けて突き付けた。

「改造されてもいない普通の人間に負けるわけがないとでも思っていたか?
 これで分かっただろう、貴様に勝ち目は無い。これ以上の無駄な抵抗は止め、速やかに武装解除し投降を――」
「ああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」

しかしロバートの再度の警告にもかかわらず、ミロは先程以上に無茶苦茶に暴れ始めた。
周囲の建物がまた破壊される。しかし、その攻撃の全てを避け続けるロバートの顔に動揺はない。

(確かにコイツの力は強い。脅威的だ。
 だが動きはてんで素人だ。対応は問題なく出来る)

よくプロの型通りの訓練では素人の出鱈目な動きに対応できないというが、そんな事はない。
どんな動きにでも瞬時に臨機応変に対応出来るようになる為に、プロは型を身体に覚えこませるのだ。
それはFBI捜査官であるロバート・キャンベルとて例外ではない。
恐慌を起こして暴れまわるだけの怪人相手に不測をとるような軟な鍛錬を、彼はしていない。

(と言っても……厄介なのは奴の鱗に覆われた皮膚だ。
 これでは斬撃が通用し難い。となると狙うべきは――)

しかしロバートの思考は、ミロのまだ血を噴き出している右腕に出現した光の眩さによって遮られた。

「きえろぉ―――――――――――!!!!!!」
「ッッ!!」


714 : 正義と悪党と――(Justice Act) ◆dARkGNwv8g :2014/06/12(木) 02:55:43 iPIbgoAc0
ミロの指先から雷光が迅る。

(これは――プラズマ兵器か!!)

電撃を操る装置が体内に埋め込まれているのか、それともこうした超能力の持ち主なのか。
何れにせよ、あの雷が直撃したら待ち受けているのは死だ。
ロバートはどうする? 後ろに下がるか? 左右に逃げるか?

否、ロバートは前に、ミロに向かって突撃した。

「YAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」

 WHIZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZ!!!!

ロバートの気迫と共に刀身から放たれた一陣の疾風が、雷撃の行方を逸らした。
強い光と熱が過ぎ去り、オゾンの強い匂いだけが後に残される。

「ひぃ!!」

その様子を見て、ミロの動きが止まった。
彼はロバートの行動を見て思い出してしまったのだ。数刻前に戦い、彼に傷と屈辱と恐怖を与えた船坂弘のことを。
その隙に、ロバートはミロに向かって跳ぶ。そして――――




「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!?????????????」

先の悲鳴とは比べ物にならないミロの絶叫が、周囲に響いた。
悲鳴を上げるミロの顔から左目が失くなっていた。
剣により眼球が斬り抉られた眼窩から、際限なく青い血が噴き出す。
それはまるで、絶叫を続けるミロが片目だけ滂沱の涙を流しているようにも見えた。




「チェックメイトだ」
悲鳴を上げ続けるミロに、ロバートは冷厳に告げる。
自分が少女のパックから持ち出した風の剣については、ちゃんと説明書を読み、多少ではあるが性能も試していた。
この剣が自分にある限り、奴の電流攻撃には対抗できる。
そうなった場合圧倒的に不利なのは、既に全身傷だらけで疲労し、今また左目と右指数本を失ったミロのほうだ。
それに、先程放たれた雷の一撃は、ミロにとって渾身最後の切り札の一撃だった――とロバートは読んでいた。
何発も放てるようなら、奴はもっと早くこの攻撃を仕掛けていたはずだ。
とっておきを使い切った今――奴にはもう、戦う力は残されていない。

「これが最後の警告だ。
 私はFBIのロバート・キャンベル捜査官だ。少女を暴行した傷害の現行犯でお前を緊急逮捕する。
 無駄な抵抗は止め――――!!」

しかしロバートの読みは外れた。
ミロの指先に再び光が集まっていく。
しかしその明かりは、先の攻撃に比べると小さく、弱々しかった。
おそらく今度こそ最後の力を振り絞った攻撃だ。

「言っても聞かないか!悪党!」

ロバートは三度剣を構える。
怪人でも元人間である以上、できることなら殺したくはない。だが、今度こそ再起不能になってもらおう。
左目跡から血を噴き出させたミロが、意味の通らないわめき声を上げながら雷撃を放とうとする。
それより早く、ロバートの剣は動き、雷を吹き飛ばす――――


「駄目ぇ――――――――――――――――――――っ!!!!」


少女の叫び声と同時に、ロバートが持つ風の剣が凍り付いた。
「なっ……!!?」
剣だけではない。ロバートの腕も、足も、全身が氷で止められて動くことが出来ない。




ミロが最後の力を振り絞って放ったのは、船坂との戦いで覚醒した上級魔法とは比べ物にならないほど威力の小さい中級の雷魔法だった。
しかし、氷で動きを止められたFBI捜査官ロバート・キャンベルの肉体を焼き尽くすには、それで充分だった。


715 : 正義と悪党と――(Justice Act) ◆dARkGNwv8g :2014/06/12(木) 02:56:14 iPIbgoAc0


 ✲ ✲ ✲


どうしてこんなことになってしまったのだろう?

全身を雷で焼かれたロバート・キャンベルの死体を前に、水芭ユキはただ呆然と座り込んでいた。


ミロさんは泣きながら何処かに走っていってしまった。

追いかけなきゃ

でも、もう立ち上がることも、私にはできない。

目の前で焼け死んでいるこの人は、私のせいで死んだんだ。
この人がFBIの捜査官だと名乗るのを聞いた。
きっとこの人は勘違いをしていただけなんだ。ミロさんに最初に出会った時、私がミロさんのことをブレイカーズの怪人だと勘違いしたように。
私は、ミロさんと話し合うことで誤解を解けた。
でも今度は、この人は私を守ろうとして、ミロさんも私を助けようとして、それで――――

咄嗟に、ミロさんが斬られると思ってこの人の動きを凍らせた。
そんな事をしなければ、この人が死ぬことはなかった。ミロさんが、いや、私達が人を殺すことも……


「ごめん……なさい……」

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。



少女はもう動かない人型に向かって、涙を流して謝り続ける。
彼女は以前にも人を殺したことがある。だがその相手はブレイカーズの怪人たちであり、生かしておいたら多くの犠牲者が出るような奴等だった。

この人は違う。

勘違いしただけの人間を殺してしまった。
その罪悪感が、今は恐ろしい氷塊のように、彼女の心を押し潰そうとしていた。


「ごめんなさい。ゆるしてください。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」

ただ壊れた機械のように、ユキは謝罪の言葉と涙を流し続ける。


その時、死体の腕が動いてユキを掴んだ。





絶叫した。

黒焦げの手を振り払い、へたり込んだままで後ずさる。

そして恐怖でそれ以上動けなくなったユキの前で、男は――ロバート・キャンベルは微かに呻くと、熱で白濁した瞳を開いた。


716 : 正義と悪党と――(Justice Act) ◆dARkGNwv8g :2014/06/12(木) 02:57:23 iPIbgoAc0
(ウソ……生きてる……?)

信じられなかった。
雷撃の直撃を受けて全身を焼かれて、なお命を保っているなど。
それは強靭な肉体と精神力の持ち主であるロバートだからこそ為し得た奇跡だった。

「水……芭……ユキ
 無事……か…………」

「は、はい!」

しかしその奇跡が繋いだ命は、今にも途切れようとしていた。
だがロバートは恐れることなく、ゆっくりと焼け爛れた口で言葉を紡いでいく。

「君が……気に病むことはない……
 どうやら……ミスをしたのは……俺……」
「おじさん!しっかりして!」

今にも息絶えそうなロバートの手を握り、ユキは必死で話しかけた。
されど彼の魂は、無情にも彼の身体から過ぎ去っていく。

「邪神…………」
「えっ」
「邪神リヴェイラ……そう名乗る生物に……洞窟で遭遇した……
 奴は……危険だ…………人間同士で……争っている場合じゃない……
 あいつを倒せ……さもないと皆……殺される……」
「そ、そんなこと――」
「俺のデイパック……ノートとナイフを……」

ロバートに指示され、ユキは彼のパックを開けてみる。
彼の言ったとおり、中には支給品のノートと一本のナイフが入っていた。

「そのノートに……詳しく書いてある……
 ヴァイザー……他の連中……危険…………」
「おじさん!目を閉じちゃ駄目!寝たら駄目だよ!」
「ナイフ……切る……分裂……
 身体だけだ……物はそのまま……
 上手く使えば……首輪を外せる…………」
「おじさん!」

再びロバートの意識が途切れそうになり、ユキは悲鳴を上げる。
だが、ロバートは再び踏み止まった。
彼にはまだ、伝えるべき言葉が残っている。
焼かれ盲いた目は見えないが、肌に感じるこの雫は、ユキの流した涙だとわかる。
この少女に伝えなければならない言葉が、俺にはまだ残っている。

「水芭、ユキ」

自分の名前をはっきりと呼ばれたことに驚き、ユキは涙で覆われた目を瞬く。
瀕死の男の声は、それでも強く、強く、彼女へと向けられていた。

「水芭ユキ……君は……騙され……利用されている……
 ……あの男に……君が……慕う…………
 君も……被害者……だから…………」

ロバートの焼かれた瞳が彼女を見る。何も映らないはずのそれに、ユキはしかし何かの輝きが見える気がした。

「奴に……囚われるな……
 正しく……生きろ……正しい……行いを……自分の…………
 殺し合い……止め……力を合わせて……い……き……」

その輝きも、徐々に消えていった。
だが最期の瞬間まで、ロバートはユキが握った手を力強く握り返し、その瞳は彼女を見据えていた。

「頼……む…………正義……を…………」

それが最後だった。
ロバートの瞳は再び閉じられ、二度と開くことはなかった。
彼の力強い手は力を失い、ユキがいくら呼びかけても、いくら泣いても、二度と再び応えることはなかった。


最後に彼の瞼の裏に浮かんだのは、仕事帰りの彼を迎える愛する妻と子供の姿か、それとも先に逝った彼の誇りである父親の微笑みか。
FBI捜査官ロバート・キャンベルは、その正義の道の半ばにて、永遠の眠りについた。

【ロバート・キャンベル 死亡】


717 : 正義と悪党と――(Justice Act) ◆dARkGNwv8g :2014/06/12(木) 02:58:16 iPIbgoAc0






「無理だよ……」

ロバートの遺体の前にしゃがみ込んだまま、ユキは小さく呟いた。

正しく生きろとこの人は言った。
正義を頼むと、この人は言った。

だけど、私は悪党なんだ。
この人を殺した悪党なんだ。
自分のあるじに人殺しをさせた悪党なんだ。

仕方ないことだと悪事に加担し続けた悪党なんだ。
悪いやつだったけど人間を何人も殺した悪党なんだ。
友達を、本当に大切な友達を失って、探して、見つけられなくて、でもやっと会えて、そんな友達と交わした約束を果たさなきゃいけないのに
この人の前から動けない、動かない、どうしようもない、最低の、最悪の悪党なんだ。

そんな悪党に正しいことなんて、正義なんてできない。


「できないよ……」

再び、ユキの目から涙が零れた。
それは地面に着く前に雪の結晶に変わり、風に飛ばされて何処かへと飛んでいった。

「舞歌……舞歌……」

再会し、再び別れた親友の名を呟く。
彼女に会いたい。また彼女に抱きしめてもらいたい。また昔みたいにキスしてもらいたい。
だけどもうきっと二度と、こんな自分を舞歌は友達だと思ってはくれないし、自分にはそんな資格はないんだと、彼女は理解していた。

「お父さん……」

だから、彼女はこの世で最も信頼する人を呼んだ。
いつも自分を温かく迎えてくれる人を呼んだ。
いつも自分に正しい道を教えてくれる人を呼んだ。

彼女の『お父さん』を。
悪党商会社長ドン・モリシゲを。

「お父さん……助けて…………」

彼女が遺体の前でしゃくりあげる度に、その目元から生まれた雪が、風に乗って空へと舞っていった。


もうすぐ『第一回放送』が始まる――


【C-4 探偵事務所付近/早朝(放送直前)】

【水芭ユキ】
[状態]:頭部にダメージ(中)、疲労(大)、右足負傷、精神的疲労(大)、深い後悔
[装備]:なし
[道具]:ランダムアイテム1〜3(確認済)、基本支給品一式、クロウのリボン、風の剣
    ロバート・キャンベルのデイパック(武器の類なし)、サバイバルナイフ・裂(使用回数:残り2回)、ロバート・キャンベルのノート
[思考]
基本行動方針:悪党商会の一員として殺し合いを止める。
1:私はどうすればいいの
2:お父さん(森茂)に会いたい
3:舞歌……夏実……ルピナス……


【ロバート・キャンベルのノート】
現地調達品。ロバート・キャンベルが彼の基本支給品であるノートに記述した。
このバトルロワイアルに集められた悪人に関する、彼の知っている限りで全ての情報が書き記されている。
また邪神リヴェイラに関する情報と、サバイバルナイフ・裂の使い方及び使用回数についても記してある。


※ロバート・キャンベルのデイパックの中に軍事要塞跡で発見した物品が入っているかどうかは次の書き手にお任せします。


718 : 正義と悪党と――(Justice Act) ◆dARkGNwv8g :2014/06/12(木) 02:59:04 iPIbgoAc0





 ◆ ◆ ◆


いたい

いたい

いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいいい

めがいたいみれないいたいいたいいたいいたい

いたいこわいたすけてたすけてこわいこわいたすけてたすけてたすけてよおおお


『宜しいですかミロ様。この隠れ里より外の世界は、『人間』というサルの一種によって支配されているのです。
 『人間』は恐ろしい生き物です。凶暴で、自分たちと異なる姿の生物に無条件で襲い掛かる性質を持っています。
 斯様に危険な生物が外の世界の至る所を闊歩しておるのです。故に、この里から出ることは危険なのであります。』


ああああああいつかランズのいっていたことはほんとうだった
そとのせかいにでたいなんておもわなきゃよかったここはいやだいやだいやだ

めがいたいてがいたいからだじゅうがいたいいたいいたい

こわいにんげんがこわいこわいこわい

あいつらがぼくのめをぼくのてをぼくのからだをああああああああいたいいたいいたいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい


『ミロ様、『人間』は我々ドラゴンが思いもよらないほど卑怯な事をする生き物なのです。奴等は平気で嘘をつき、欺き、裏切ります。』


ユキはたすけてくれなかったぼくはユキをたすけようとしたのにぼくがめをつぶされてもゆびをきられてもたすけてくれなかった
ぼくはたすけようとしたのにユキはたすけてくれなかったユキはゆきはゆきゆきゆきゆき

ゆきも


『際限ない欲望を満たすために物を奪い、食用でなく生き物を殺し、天と地と水を汚し
 時には同じ人間の仲間同士ですら殺し合うのです。
 時には同じ人間の仲間同士ですら殺し合うのです。
 同じ人間の仲間同士ですら殺し合うの
 人間の仲間同士ですら殺し合う
 仲間同士ですら殺し』


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


もういやだ
かえりたい
うちにかえりたい

うちにかえってちちうえやははうえといっしょにあったかいごはんをたべてあったかいベッドでねむりたい
かえりたい
りゅうのさとにかえりたい

かえして
ぼくをかえしてよお

ちちうえたすけて
ははうえたすけて
ランズたすけてみんなたすけて


たすけて
たすけて
たすけて

【C-4 草原/早朝(放送直前)】

【ミロ・ゴドゴラスV世】
[状態]:左目完全失明、左腕損傷、右指数本喪失、ダメージ(極大)、疲労(極大)、魔力消費(極大)、恐慌状態、人間への恐怖
[装備]:なし
[道具]:ランダムアイテム0〜2(確認済)、基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:いたいいたいいたいいたいいたいいたい
1:うちにかえりたい
2:にんげんがこわい
[備考]
※悪党商会、ブレイカーズについての情報を知りました。


719 : ◆dARkGNwv8g :2014/06/12(木) 03:02:57 iPIbgoAc0
以上で投下終了です。
ミロの召使のランズ・セルベラドさんは惜しくも投票漏れしたキャラですがチョイ役で登場せてみました。
サバイバルナイフ裂によって首輪が外せるというのは勝手につけた設定なので、問題があるようでしたらその部分を修正します。


720 : 名無しさん :2014/06/12(木) 09:38:30 WDwtIEsQ0
投下乙です。
自分の事情に傾きすぎたユキ、恐怖で不安定になっていたミロ
出来ることなら無事を祈りたかったけど結局チーム崩壊に進んだか…
亀裂が入るまでミスに気づかなかったユキもだけど、ミロも流石に頑なすぎたな
ロバートも誤解からとはいえ結果的にミロに大きな追い討ちかけちゃってるよなあ
ともあれ彼の遺したノートが今後対主催の役に立つことを信じたい
しかしユキは強いとはいえやっぱり年相応だな

ナイフのことで言うと、回数制限つきとはいえ支給品ひとつで首輪解除できるのはちょっと強力すぎる気が…?


721 : 名無しさん :2014/06/12(木) 22:27:52 EM5Js/Pk0
投下乙
ミロが襲われてる最中に再開を祝ってた時に出来た亀裂が広がりきったな…
まあさすがの竜人も連続で3回も襲われたらパニクるわな

首輪解除できるって言っても強力なジョーカーが二人いるし、
首輪を解除して禁止エリアに逃げ込んでも、制限解除で無双しようとしても
主催側から手のうちようはありそうだし別にいいんじゃね


722 : 名無しさん :2014/06/14(土) 15:02:01 fQkPEmWg0
投下乙です!
ロバートは最後までかっこよかったなぁ、ミロとユキは現在精神不安定なんだけど大丈夫なんだろうか

ナイフ・裂だけ使って首輪解除は確かに簡単すぎるかもしれないけど、あるロワでは主催者がもう一回首輪ハメにきたし、大丈夫じゃないかな


723 : ◆rFUBSDyviU :2014/06/22(日) 00:24:30 R06m0PgU0
遅刻してすいません……
クロウ 船坂弘 投下します


724 : ◆rFUBSDyviU :2014/06/22(日) 00:25:56 R06m0PgU0
吸血鬼クロウと魔人皇船坂弘の戦いは、激化していた。

最初はゾンビのような姿で動きも緩慢だった船坂も、この長時間の戦いで傷を回復させ、完治とは言わないまでも、重症の人間程度の外見にまで治っていた。
そして、輸血パックを飲み干した朝霧舞歌はその姿を大きく変えた。
黒髪は脱色したような白髪になり、犬歯が鋭く尖り、背中には悪魔のような美しい黒翼。
鴉と戦った時よりいっそう禍々しくなったその爪をふりまわすその姿は、吸血鬼というより悪魔のようだ。
身体能力が上昇して、回復力も段違いになっている。

クロウは、翼を羽ばたかせ、夜天の空へ飛翔する。
後を追うように、船坂も体を浮かび上がらせる。

戦いの舞台を空中へと移した二人は、ぶつかっては離れて、ぶつかっては離れてと何度も衝突を繰り返す。
その度に、二人の体に傷ができるが、それは瞬時に回復する。

長松が見たら舌打ちをしそうなほど、その戦いは人間離れしていた。

ガルバイン、長松と連戦を繰り返した疲れか、はたまた心臓を短時間で二度も破壊されたことが効いているのか、船坂の力は何割か減少していた。
一方、舞歌は時間制限ありとはいえ、輸血パックを飲んだおかがで一時的に真祖とほぼ同等の力を手に入れている。
よって、この戦いだけに限定するなら、朝霧舞歌のスペックは船坂を凌駕していた。
もっとも、たかが戦闘力で上をいった程度で勝てるほど、船坂は甘くないが。

何度目かの激突を終え、二人は同時に地面に降り立つ。



暴れ狂う『クロウ』を、『舞歌』は必死に押さえつけている。少しでも気を緩めれば、『クロウ』は理性のない怪物として暴れまわるだろう。周りには船坂以外誰もいない。どうせあと少しでこの状態は終わるのだから、無理に押さえつけなくてもいいのかも知れない。
ただ、問題は理性を無くしては船坂に勝てないだろうということだ。
この男の技術にはそう感じさせる『凄み』がある。



近づいてきた船坂が繰り出す雷切による袈裟斬りを、クロウは右腕の爪5本で受け止める。
そして、残った左腕を船坂の首を薙ぐように動かす。
狙うのは人体の急所、首。そして、首輪。

が、船坂が執った行動は後退でも回避でもなく、頭を突き出すことだった。

結果的にクロウの斬撃は首ではなく船坂の額を切り裂くだけで終わる。

攻撃が失敗したことを認識すると同時にクロウはバックステップで距離をとる。

再び、二人の距離は広がる。

(私にはもう時間がない。朝になったら私は弱体化するし、それ以前にこの状態はそう長く持たない)
多く見積もっても後三分程度か。そして、その三分で船坂を殺すにはどうすればよいのか。


725 : ◆rFUBSDyviU :2014/06/22(日) 00:27:48 R06m0PgU0
今までの戦いではダメだ。傷付けることはできても、致命傷にはほど遠い。

頼みの綱の支給品が入ったバックはちょっと前に遠くに投げ捨てたし、あれは私には上手く扱えない。

逃走。もし、こいつが私ではなく、ユキを追ったらどうする!?

「……やっぱり、これしかないか」
どこか虚しさを含ませながら舞歌は呟いた。
「ごめん、ユキ、約束、守れないかもしれない」

(まずい!)
船坂の直感が警鐘を鳴らした。
小娘の目が変わったのだ。
それは死を覚悟した者だけが見せる輝きだ。
今からあの小娘は、決死の特攻をするつもりなのだろう。
事実、彼女の魔力がさらに跳ね上がっていくのが分かる。
(次の一撃で決めるつもりか?)
ならば、
(迎え撃つのみ!)

魔力を凝縮する。

―もっとだ、もっとだ強く。

―次はない。この一撃で終わらせる。

―私が、ユキを、夏美を、ルピナスを、クラスのみんなを……!

「守るんだあああああああああああああああ!」

そう叫んで、舞歌は疾走した。
いや、黒翼を使って低空飛行で突っ込んだ、というほうが適切なのか。
その様はまるでミサイル。後先を考えずに高めた魔力は肉眼でくっきりと見えるほど濃くなり、舞歌を流星のように彩った。

三分しか持たない魔力を、いや、それどころか命を賭けたその一撃。
それは、舞歌の攻撃で最強のもの。
小競り合いを繰り返しては、時間制限があるこちらが不利。
ならば、圧倒的な攻撃力で、打ち砕く!

そして、その白い流星を迎え撃つのが、大日本帝国英雄、船坂弘。
逃げも隠れもしないと、堂々と待ち構えるその姿はまさに益荒男。

そして、両者は激突した。
すでに、10を越すほどぶつかりあった二人だが、今回は今までとは密度が違う。

舞歌の爪と、船坂の鬼斬鬼刀が鍔迫り合い、草原に耳障りな金属音が響く。
しかし、その音を打ち消すのは二人の魂の叫び。

「はあああああぁAAAAAAAAAAAAAAAAAAH!」

「ちぇりゃああああああああああああああああああああああ!」

半ば理性が消えた舞歌の獣のような咆哮と、船坂の狂気を感じる烈光の気合は。
重なり合い、どこか美しい音楽のように響き渡る。

途切れそうになる理性は必死に手繰り寄せる。
まだだ、まだ呑まれるな。
こいつを殺しきるまでは、理性を手放すわけにはいかない。

限界まで魔力を捻り上げる。
この鍔迫り合いで押し切れば勝てる。そう、舞歌は確信していた。

至近距離で船坂と目が合う。
鬼気迫る眼光だった。
絶対に負けない、と魂に伝わるほどのオーラだった。

舞歌の脳裏に突如、知らない記憶が流れ込んでくる。
銃弾が飛び交い、戦車が進軍する戦場を駆け抜ける。
敵兵を斬り殺し、薙ぎ払い、吹き飛ばす。

戦場にいるのは有象無象の雑兵ではなく、全てが国のため、家族のために命を賭けた、
必死に戦った英雄達だった。
それを更なる気迫で、闘志で、根性で斃す。
そして、その後ろには部下がいた。自分を信じてついて来た、こんな魔人を信じてくれた忠実で勇敢な部下がいた。

何人もの上官が、同僚が、部下が国のために戦って散っていった。
それでも自分は戦い続けた。
全ては御国のために、守るべき民のために。
今、ここで死ねば、大日本帝国はどうなる?
まだ、ドイツには魔王ルーデルがいる。
自分がいないうちにドイツに侵略される可能性は十分に考えられる。

私は大日本帝国の魔人皇。


726 : ◆rFUBSDyviU :2014/06/22(日) 00:29:22 R06m0PgU0
散っていった戦友のために、殺してきた強敵たちのために、国に残してきた民のために。

「私は、負けられんのだああああああああああああああああああああっ!」

そう、それがあなたの強さの理由なのね。
舞歌は、今の記憶が船坂の者だとすぐに理解できた。
魂で、理解できた。
この男は、悪ではない。
ただ、純粋な、誰かのために戦う戦士なのだ。
でも、だからこそ相容れない。
この男の敵とは、私であり、私の友達なのだから。

(ユキ、夏美、ルピナス。私に力を貸して!この男を倒す力を私に!)

「絶対に!」 
「負けない!」

「「勝つのは、私だああああああああああああああああ!」」













船坂弘は、止まらない。
その首は、半分ほどまで切れ込みが入り、まさに薄皮一枚繋がっている。
しかし、首は落なかった。首輪は、爆発しなかった。
だから、船坂は死なない。単純な話だ。
さっきまでの戦いが幻だったのかのように、草原には静謐な静かさが満ちていた。
もうすぐ、日が昇るのだろう。
体を静かに回復させながら、船坂はゆっくりと歩き出した。


727 : ◆rFUBSDyviU :2014/06/22(日) 00:30:19 R06m0PgU0
「まちな、さい、よ……」

弱々しくて小さい声だったけれど、船坂は立ち止った。

「まだ、お、終わってないわ。私は、まだっ、戦える……!」

船坂はゆっくりと振り返った。

無残だ。
一時的なブーストが終わったのだろう。髪は黒髪に戻り、牙も小さくなっている。
おそらく、目が見えていないのだろう。さっきの力を得た代償か、それとも。

心臓に、大穴が空いているからか。

魔人の核が脳ならば、吸血鬼の核は心臓だ。そこを潰されれば、死ぬ。
ましてや、ここまで大穴が空いているならば、とっくの昔に即死しているはずである。

けれど、舞歌はフラフラと立ち上がった。
生物的にも、吸血鬼的にも致命傷だけれど。
精神の力だけで、立ち上がった。
目も見えない。体中が寒い。魔力どころか普通の力さえ沸き上がらない。
それが、どうした。私は、まだ負けてない。

一歩、一歩踏みしめるように船坂に近づく。
目が見えないから、船坂がどこにいるのか分からない。
そもそも、自分は船坂に近づいているのか。
(これで離れてたら、傑作ね……)

「もう、やめろ」

それは、今までの怒気を含んだ声とは違って、別の感情が込められていた。

「お前は立派に戦った。見事な生き様だった。だから、もう休め」
「ふざけた、こと、を言うな……!お前を殺すまで……、私は何度でも、なんどだって、たちあが、るんだ……!」

そうか、と船坂は静かに呟いた。
そして、鬼斬鬼刀を構えなおす。

「介錯をしてやろう、戦士への手向けとしてな」

「ああ、きなさい、よ……。まだまだ、勝、ぶはこれから、なのよ……」

ぱきり、と奇妙な音が響いた。
やがて、ぱきぱきという音に変わる。
初めて、船坂の表情が崩れた。
『鬼斬鬼刀』が、ヒビを立てて割れ始めたのだ。
そして、亀裂が刀身全てに広がり、やがて粉々に砕け散った。
何も見えない舞歌でも、聞こえてきた音だけで何が起こったのかは把握していた。
『鬼斬鬼刀』は、消滅した。

驚愕に目を見開いていた船坂は、諦めたようなため息をついた。

「刀は武士の魂。それが砕けたのだ。この戦い、勝ったのはお前だ、朝霧舞歌」

「なん、で、私の名前を……?」

いや、きっと自分に船坂の記憶が流れ込んだように、船坂にも舞歌の記憶が流れ込んだのだろう。

「私に勝ったことを冥府で自慢するといい。この私に敗北を認めさせたのは今まで五人しかいないのだぞ?」

「意外と、あなた……負けてるのね……」

「ぬ、そう捉えるか。失礼なやつだな」

どこか牧歌的な、まるで平和な日常のような談笑。
それは、さっきの戦いからは想像できないものだった。
そして、

「お願いです。ユキに、夏美に、ルピナスに、クラスの皆に、手を、出さないで……」

それは嘆願だった。棺桶に片足どころか辛うじて首だけ出している少女の、精一杯の願いだった。

「分かった。私はお前のクラスメイトを、仲間を、殺さない。約束しよう」

その言葉を聞いた瞬間、舞歌は安心したような笑みを浮かべて、崩れ落ちた。

(結局、ユキとの約束は守れなかったな……)

体中が冷たいのに、ユキと指切りをした指だけは、まだ人肌の暖かさがあった。

(鴉みたいな悪人はいっぱいのさばってるし、皆大丈夫かな。特に、夏美なんかは心配だな……。ああ、やっぱり私)

(死にたくないな……)

【朝霧舞歌 死亡】

船坂弘は、息絶えた舞歌を舞歌のバックに収納した。そして、それを掴んで歩き出す。
下衆な理由ではなく、舞歌のクラスメイトにこれを託すつもりだった。
もちろん、舞歌に関係ない参加者は今までどうり戦うつもりだが。

「ここにいるのはいずれも一騎当千の強者ばかりのようだな。魔人である私でさえも、この戦場では弱者か」

それでも、なお、船坂弘の進軍は止まらない。

【B-6 草原/黎明】


【船坂弘】
[状態]:首に深い切傷(修復中)、全身に無数の切り傷(修復中)、腹部に穴(修復中)、、心臓破損(修復中)、ダメージ(極大)、疲労(大)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜1、輸血パック(2/3)、朝霧舞歌の死体
[思考]
基本行動方針:自国民(大日本帝国)以外皆殺しにして勝利を
1:クロウの仲間は殺さない
2:長松洋平に屈辱を返す


728 : ◆rFUBSDyviU :2014/06/22(日) 00:32:12 R06m0PgU0
以上で投下を終了します
タイトルは「友のために/国のために」です


729 : 名無しさん :2014/06/22(日) 19:53:48 M83e1mic0
投下乙です。
クロウはここで逝ったかぁ…
それでも朝霧舞歌として逝ったのは幸いだったのかな


730 : 名無しさん :2014/06/23(月) 11:09:47 kq.oqpSA0
投下乙です


731 : ◆t2zsw06mcI :2014/06/30(月) 00:14:51 Lg8R37Vc0
遅刻申し訳ありません。
今から投下させて頂きます。


732 : 金色の眠りから覚めない ◆t2zsw06mcI :2014/06/30(月) 00:15:35 Lg8R37Vc0
当てが外れるという事は嫌な事だと思う。
それなりの根拠あっての行動と思えばこその動きで得るものがなかったのならば、
その根拠を導き出した自らの考えもまた、役に立たない物ではないかと思えてしまう。
一寸先も見えないこの地で、それは致命的である。
なればこそ、今この時からでも、どのような事態にも対応出来る自分を作る事に力を注がねばならないとは思うが、不安感は拭いきれるものではない。

何をごちゃごちゃ考えているのかと言えば、要するに自分の行動はあまり上手くはなかったのである。
と――佐藤道明は思っている。

まず、榊が起きない。起きる気配すら見せない。
まああれだけの事があったのだし、今までに治療を行ったりもしていない訳で、そう簡単に気絶した状態から意識は戻らないのかもしれないが。
それにしても、起きない。
死にはしないだろうが、一日中寝ていてもおかしくはないのではないかと思える程に、起きない。
いっそこのまま殺してやろうかとも思うが、諸々のリスクを考えればそれは不可能である。
そもそもこの殺し合いに乗ると決めたのは、自分の命を守るためであって、殺人を楽しむためではない。
先程までは随分と興奮していたが、時間が経てばそれも覚め、思考も纏まってくる。
自分一人で生き残る事が不可能である事が自明の理である以上は、暫くは生きていて貰わなければ困る。

拷問を行うという方法も、一度は考えはした。
が、基本的に、拷問とは時間がかかるものである。
それを短縮し、より効果的に情報を引き出す為に様々な方法が考案されてきた訳だが、それでも簡単に行えるものではない。
誰かに目撃でもされれば非常にまずい事になるし、拘束衣やロープ等も自分は持っていない訳で、抵抗されたら確実に負ける。
そういった問題点の解決策があるものと期待して、佐藤は本を読み進めていった訳だが。

役に立たねえ――というのが素直な感想であった。
確かにテクニックに関しての記述は多いが、その全てが相手が無抵抗、ないし拘束済みである事が前提のものだった。
それに加え、文中で行われる拷問は、相手から情報を引き出したり脅迫を行う事よりも、致命傷にはならない程度に痛めつける事に重きを置いていた。
じわじわと嬲り殺す事が目的なのである。
まあ。
現在の状況に合致するような事が書いてあるというのは流石に都合が良すぎるという物だとは佐藤も思う。
思うが――腹が立つ。

大体、殺人者が経験に基づいて書いた本を読むだけで殺人の技術が身につく訳がないだろう。
手順が分かっても、それを実行可能かどうかは全く別だ。
プロ野球選手が書いた本を読めば野球が上手くなって、格闘家が書いた本を読めばそれで強くなれるのかという話である。
つうか何だよ定価6000ドルってふざけてんのかよ。日本円にして幾らだと思ってんだよ。
いや、プレミアでも付いてれば薄い本だって高値で買う奴も当然いるだろうさ。
でも定価だぞ、定価。どれだけ強気な値段設定だよ。
それに裏社会で人気と言っても、その裏社会とやらの存在が意味不明だ。
作者が現役の殺人者ですと宣言してるのに捕まらないって、それはもう裏どころか堂々と表に出ていると思うのだが。
それともアレか、裏出版社に裏印刷所、裏製本所だとかがあるとか言うつもりかよハハハ面白くねえよ畜生――。
と――こんな心底どうでもいい事にまで突っ込んじゃったりしてしまうのである。
いや、まあ――これは『作者が殺人者である』という体裁、設定の元に作られた、所謂同人誌なのだろう。
装丁をそれっぽくした物は、割とある。
それと分かっていても、添えられていた説明書きの内容をほんのチョッピリでも信じてしまった自分に腹が立つ。

腹が立つと言えば。
ダークスーツの男、ヴァイザーに襲われた時の事も、思い返すだに腹が立つ。
榊は、完全に自分の事を無視していた。
その余裕もなかったのかもしれないが、逃げろ、の一言すらなかったのだ。
オデットにしてもギリギリの所になって漸く語りかけてきたのだから、同じようなものである。
更に。
あの二人は、完全にヴァイザーを殺す気でいた。少なくとも、佐藤にはそう見えた。
危険人物だから殺してもいいと言うのなら、佐藤を襲った少女とて完全な危険人物である。
結局。あの少女と違って、自分の手に負えない、強い相手だから、死にたくないから――ヴァイザーを殺そうとしたのだろう。
どんな言い訳をしようとも、取り押さえようとする努力を殆ど行っていない時点でそう判断されても仕方がない。
少なくとも、あの時までは――あの場で一番まともな人間は、佐藤だった。


733 : 金色の眠りから覚めない ◆t2zsw06mcI :2014/06/30(月) 00:16:39 Lg8R37Vc0
それでも――佐藤も結局は殺人を行ってしまったのだが。
死にたくないのは誰でも同じなのだ。
榊も、オデットも、あの少女も、ヴァイザーだってそうだろう。
いきなりこんな所で殺し合いを強要されて、おかしくならない方がおかしいのだ。
佐藤が殺人を行ったのは、自分が生き残る為である。
ああしなければ自分が死ぬと思ったからこその行動である。
しかし、そんな事情は他人から見れば分からない――というか、どうでもいい。
殺人者は殺人者でしかないのだ。
それは理解している。しかし――。

――しかし、何だよ。

今更終わった事を蒸し返したとて、どうにもならない。
とはいえ、自分の行動に腑に落ちない点が感じられるのも事実である。
まず、ヴァイザーには念入りに止めを刺したが、オデットにはそうしなかった事。
勿論、止めを刺さなかったところでオデットの死が覆る訳ではない。
だが、それを実行できなかったのは――心の奥では多少なりとも罪悪感を抱いていたせいではないのか。
或いは、恐怖を感じたからか。もっと単純に、オデットが女性であるという、それだけの理由だったかもしれない。
いずれにせよ、他人を犠牲にする事で生き延びると決めた佐藤には不似合いな考えである。

そしてもう一つ――自分の外見を変えた事。
これは明らかに悪手だ。
大まかな情報こそ把握してはいるが、会った事すらない人物を演ずる事など、対人能力に欠ける佐藤にはほぼ不可能である。
榊は良しとしても、『組織』とやらの構成員を騙せるとは思えない。アザレア本人に出会ってしまった時の事など、考えたくもない。
自分の手で殺したヴァイザーを除いたとしても、六人。
出会ったら確実にまずい事になる人物が、それだけいる事になる。
更に――名前を消されていた人物のように、あのリストに載っていない構成員がこの島に存在する可能性も捨てきれない。
そうでなくとも、アザレアが殺し屋である事を知っている相手の場合は、外見で油断させる事など当然不可能となってしまう。
本物のアザレアが既に死んでいた場合は論外である。
少し考えただけでも、デメリットが次々と浮かんでくる。
にも関わらず、あえて外見を変えた理由――。
それは、殺人というタブーを犯した佐藤道明というアバターを変更する事で、罪の意識から逃れたかったのではないのか。

――んなワケねー。

頭を振る。
ともかく、自分は他人を殺す事を選んだ。
そう決めた以上は、現在の外見を最大限に活かす方法を考えるだけである。
要はデメリットを上回るメリットがあれば良いのだ。
例えば――この姿になったことで危険な状況にある、という事を自分から話せば、榊に説明する予定だった『オデットの魔法によって今の姿になった』という嘘の説得力も多少は上がるだろう。
また、あえて偽物がいるとアピールする事で、『組織』の連中を疑心暗鬼に陥らせる事も出来るかもしれない。
「ともかく、もう少しこの身体に慣れとかなきゃいけねえな――」
今の所、調子が悪くなったり妙な気分になったりといった事はないが、いざという時に全力で逃げ出せないような事があれば困る。
改めて、自らの身体のそこかしこを小さな手で直接触ってみる。
そして。

「――あ?」
この身体から、あるものが欠けている事に――佐藤は気が付いた。
――付いていない。


734 : 金色の眠りから覚めない ◆t2zsw06mcI :2014/06/30(月) 00:17:37 Lg8R37Vc0
――待て待て待て待て。
自分は服を脱いで、その上から皮を被った。
しかし、どうしても取り外せないものは存在している。
それは当然、

首輪――である。
それが消えてしまったのだ。これは一体、どういう事か。
「糞ッ――」
喉から発せられる声は、聞き慣れた自分のものではない。
文字通り皮を被って佐藤は姿を変えた訳だが、声も体型も違う人間となってしまっている。
きぐるみのようなものではなく、肉体が完全に変化しているのだ。そして、元に戻る事も不可能だ。
つまり、皮の下の元の身体というものは、無い。
その元の身体に付けられたままの首輪は――。

元の身体と一緒に消滅した――それならば良い。
その場合、もうすぐに発表される禁止エリアに引き篭もっていればいいのだ。
食料の確保は必要になるが、殺し合いなどする必要はなくなる。
だが、そうでなかったとすれば――疑われる材料が増えただけである。

――落ち着け。
あの機械には説明書があった筈だ。
とにかく焦っていたから簡単な概要だけが書かれた紙を読んだだけで使用したが、あの説明書には『皮』の仕組みも記されているかもしれない。
その可能性に思い至った佐藤はデイパックへと手を伸ばし、それなりの厚さの説明書を取り出した。

       ●

 ミル博士の皮製造3Dプリンター&reg;をご購入いただき、誠にありがとうございます。
 本製品は安全かつ確実なTS(Trans Sexual)を実現します!
 現実に皮モノを再現可能! もうモロッコへと向かう必要はありません!
 TSの他、同姓、動物、無機物などのTF(Trans Formation)にも対応!
 楽しんでね!

 注意:9歳未満のお子様の使用はお勧めされません。
 拳銃の製造には利用できません。
 皮製造3Dプリンター&reg;の誤用の結果もたらされる如何なる損害に関しても、ミル博士は一切の責務を負いません。 

       ●

頭が眩々とした。
そっとページを閉じた方が良いのではないのかという衝動に襲われる。
何とか気を取り直し、適当な頁を捲る。

       ●

 さて、前項ではTSFにおける大まかなジャンルを説明してきましたが、ここでは『TSとは呼べないもの』についての解説です。
 両性具有(いわゆるふたなり)、女装等が該当します。
 その中でも『男の娘』というジャンル。
 これについてよく言われる意見の中に、「萌え美少女にちんちん付けただけじゃねえかこんなん男じゃねえ」というものがあります。
 しかし、考えてみてください。
 『萌え美少女』は『現実の美少女』でしょうか?
 そう、『美少女の絵』と『3次元の女性』もそもそも似ていないのです。
 極端な言い方をするならば、『萌え美少女』は『美化した人間』。
 女装した少年が美化されたならば『ちんちん付いた萌え美少女』になるのは当然の流れなのです。
 男だけが現実に似せなければならない理由はどこにもありません。
 勿論この意見は『雄々しいショタ萌え』や『体格とのギャップがあってこその女装萌え』という皆様について、何ら異議を唱えようというものではありません。
 単に『ちんちん付いた萌え美少女』というジャンルも存在するという事です。
 即ち『男の娘』はあくまでも男であって、美少女にTSしたからと言ってそれを男の娘と呼称するのは明らかに誤りであり


735 : 金色の眠りから覚めない ◆t2zsw06mcI :2014/06/30(月) 00:19:19 Lg8R37Vc0
       ●

そっとページを閉じた。
――よし落ち着け。
深呼吸を行った後、改めて本を開く。
目次を確認し、自分の求めている情報がありそうな箇所を捜す。
装着方法(六二頁)という文字を見つけた佐藤は、その部分を開いた。

       ●

 装着方法はとってもカンタン!
 先程製造したTS皮&trade;をそのまま着ればそれでOKです。
 体型の心配はありません! どんな方にもぴったりフィット!
 TS皮&trade;が素肌に触れたしばらく後に、接触点周辺領域の分子凝集力が失われ、一方を他方へと押しこむことができます。
 その後は細胞に結合し、█████████████████████。
 更に体内へと人体に優しい成分を含むTS波動&trade;を放射します。これは生物の染色体を変更するタンパク質相互作用を引き起こします。
 最終段階では、█████████████末梢神経系中の細胞に███████████。
 ███████████████████████████の危険性がありますので、注意してください。
 おめでとう! これで装着は完了です!

 注意:妊娠中の方は絶対に使用しないでください。
 TS波動&trade;の効果には個人差があります。
 ████████████████████████。
 TS皮&trade;を着る前の身体、脳、及び意識について知りたい方は、█████を参照してください。

       ●

「ふざけんな死ね!」
叫びながら説明書を地面に叩き付けた。
大体、佐藤は説明書というものを基本的に読まないタイプの人間なのである。
適当に弄りながら、自己流で基本操作をマスターするのが佐藤流の電化製品の扱い方だ。
知らない単語や意味不明な用語が出てくる事に、佐藤は我慢ならないのだ。

「はあ、はあ――はあ」
ひとしきり悪態をついた後、何とか落ち着いた佐藤は腕を組んで考え込んだ。
――これは、元々こうなってる訳じゃねえよな。
理解させる気がないとしか思えないやたらと専門的な用語は元々のものだろうが、黒塗りの部分は違うだろう。
『組織』の構成員が書かれたリストの一部分と同じく、後から塗り潰されたと考える方が自然だ。
支給される際にワールドオーダーに検閲されたのか。
だとすれば、塗り潰された部分は参加者に知られたら困る情報という事だろうか。
いやしかし、単に混乱させる事を狙ってのものという可能性もある。
――わかんねえ。
佐藤は、自分で考える事を放棄した。

――だが。
確か、ミルという名前の参加者がいた筈だ。
そいつがこの機械を作った奴ならば、何らかの情報は得られるだろう。
それこそ拷問でも何でもすればいい。
ひとまず、新たな目標は定まった――が。

――マジでいつまで寝てんだよこのオッサン。

ぴくりとも動かない警官をちらりと見やって、佐藤は再び殺意が湧くような気が抜けるような、何とも言えない気分になった。


736 : 金色の眠りから覚めない ◆t2zsw06mcI :2014/06/30(月) 00:19:59 Lg8R37Vc0
【J-8 市街地/早朝】

【佐藤道明】
状態:健康、アザレアの肉体
装備:焼け焦げたSAA(2/6)、焼け焦げたモーニングスター、リモコン爆弾+起爆スイッチ、桜中の制服
道具:基本支給品一式、SAAの予備弾薬30発、手鏡、『組織』構成員リスト、人殺しの人殺しによる人殺しの為の本 著者ケビン・マッカートニー、ランダムアイテム0〜2
[思考・状況]
基本思考:このデスゲームで勝ち残る
1:榊が起きたら警察署へ向かう
2:オデットとヴァイザーのことを自分の都合の良いように説明する
3:ミルを探し、変化した身体についての情報を聞き出す
4:利用出来ない駒、用済みの駒は切り捨てる。榊は捨て駒にすること前提で利用する
5:組織の参加者は可能ならば駒にする。無理だと判断したら逃げる

【榊将吾】
状態:内蔵にダメージ、気絶
装備:なし
道具:基本支給品一式(食料なし)
[思考・状況]
基本思考:警察官として市民を保護する。正義とは……
1:――――。
※ヴァイザーの名前を知りません。


737 : ◆t2zsw06mcI :2014/06/30(月) 00:20:30 Lg8R37Vc0
投下を終了します。


738 : 名無しさん :2014/06/30(月) 00:52:45 Lgd6QSeo0
投下来た!乙です!
佐藤…テンションに任せてTSした結果がこれだよ!
ミル博士もなに作ってるんすか…
そしてこのオッサンいつまでも寝てんな


739 : 名無しさん :2014/06/30(月) 02:07:48 xwMIRqzg0
投下乙です。
皮のやつミル博士作かよw
そして榊さんそろそろ起きろww


740 : ◆Y8r6fKIiFI :2014/07/01(火) 01:49:35 b8E4bw8w0
遅刻申し訳ない、投下します。


741 : 邪神、歓ぶ ◆Y8r6fKIiFI :2014/07/01(火) 01:50:19 b8E4bw8w0

「ふぁ〜あ……よく寝た」
元々は洞窟であったのだろう、岩や瓦礫の積み上がった廃墟。
その天辺で、落ちて行く月を背にしてもぞもぞと起き上がる人影があった。
その肌は黒く、足まで伸びている白い髪とのコントラストを作り上げている。
服は着ていない。元は祭祀服のようなものを着用していたが、この洞窟を瓦礫に変えた爆発の際に焼け落ち、失われた。
その黒い艶やかな肌は月の光を反射し、艶めかしく裸身を彩っている。
肌を晒し、隠すものはなにもない――というのにその性別は判然としない。
その美しさも。その不可思議さも、この世のものとは思えなかった。
当然のことだ。彼――彼に性別は存在しなかったが、便宜上彼と呼称する――はこの世の存在ではないのだから。

「服は……まあいいか」
彼の力ならば服を再構成する程度はわけもなかったが、暑さや寒さを感じることもない彼にとって服とはたいして必要なものではない。
神である彼には羞恥心などという下等なものも存在しない以上、裸身を隠す意味もない。

「それになにより、この方が神っぽいだろう?」
彼の名はリヴェイラ。
三千の世界と時間軸において、邪神と呼ばれた神だ。



洞窟の中にやって来た男を拷問していたらいきなり爆発した。

「ほんとさー、テンション落ちちゃうよねぇ……」
溜息を吐きながら、リヴェイラはふわりと宙へと浮き上がる。
だんだんと遠くなる地上を下に見ながら、邪神はらしからぬ愚痴をこぼしていた。

「彼、悲鳴も上げないしさぁ。悪への改宗とかどうでもいいから泣き喚くのが見たかったんだけど」
単純に悪へと堕落させるだけなら、拷問などという手段だけに拘る必要は一切無い。
人間を堕落させるならもっと多彩で簡単なやり方が存在する。
そこを拷問――それも肉体的苦痛のみの――に拘ったのは、苦痛に悶え苦しむ人間の姿が見たかったからだ。

そういう意味ではあの男は、とても面白くない玩具だった。

「はー……やめよ。思い出すとまたテンション落ちる。
 ……そうだな。適当に新しい玩具を探そうか」
舌打ちすると、リヴェイラは新たな玩具を探して島の上空を飛び始める。
自らの加護を与えた魔王であるディウスが、島の東へ向かっていることは察知していた。――その魔王の加護下にある、ガルバインと暗黒騎士が死んでいることも。
彼としては現状ディウスの邪魔をするつもりはないし、極力出会わないようにしようと思っている。
――と。

「――見つけた」
眼下の草原に小さな人影を見つけたリヴェイラは舌舐めずりし――顔に確かな喜色を浮かばせた。


742 : 邪神、歓ぶ ◆Y8r6fKIiFI :2014/07/01(火) 01:52:09 b8E4bw8w0


田外勇二は、夜のまだ明けぬ島の草原を一人歩いていた。
先程出会った近藤・ジョーイ・恵理子からは逆方向へ。
決して出会うことはないだろう方向へと移動――いや、逃げていた。

田外勇二の人生において、明確な――少なくとも、悪人であることを自我とした悪人に出会ったことはない。
小学生にそのようなことを求めても酷だろうが。

初めて出会った真性の悪人――本人の言を借りるなら「悪党」だが。それと出会った衝撃は、勇二を酷く動揺させた。
彼の保護役である上杉愛やその親から、悪しき人間についての話を聞いたことはある。
勇二の飛び抜けた霊力を狙う妖怪に出会ったこともある。
だが、同じ人間が、悪意――あるいは、何の感情も持たず。他人を害し、そして何事もなかったかのように笑う。
そんな人間に――あるいは、そんな人間が存在するという事実に。
田外勇二は、確かに恐怖したのだ。

「……どうしよう……」
人を殺そうと考える人間が一人もいない、なんていう楽観的な考えはしていなかった。
だが、それを差し引いても――近藤・ジョーイ・恵理子という悪党は彼にとっては埒外の存在だった。
ネックレスを探さなければ、とは思う。
上杉愛と吉村宮子に会いたいとも思う。
けれど――下手に歩いて、近藤・ジョーイ・恵理子のような人間に出会ってしまったら。
それを思うと、どこかに隠れていた方がいいのではないかと思ってしまう。
上杉愛は、勇二が迷子になったり、どこかに隠れたりした時も見つけて家へと連れ帰ってくれた。
だから、この島でも隠れていても、いつか見つけ出してくれるのではないだろうか。
目の前には、丁度森が広がっている。この中に隠れて、上杉愛を待とう。
そう結論しようとしたところで――

田外勇二は、神と出会った。


743 : 邪神、歓ぶ ◆Y8r6fKIiFI :2014/07/01(火) 01:53:22 b8E4bw8w0


空中から田外勇二の目の前に舞い降りたリヴェイラは、驚き竦む勇二へとにこりと笑いかける。

「やあ。楽しんでいるかい?」
「……たの、しむ?」
――何を言っているのか、勇二には理解できなかった。
ここは殺し合いの会場だと言うのに。田外勇二は、生まれて初めての恐怖を味わったというのに。
そこで、何を楽しむというんだ?

「そうだね、例えば……」
リヴェイラが勇二に近寄る。
気を抜けば見蕩れてしまうような美貌が、勇二の眼前まで迫って――そして左腕を伸ばし、

「君の右腕をもぎ取って、君が泣き叫ぶ姿を見ることかな」
勇二の右腕に触れようとして、白い光に弾かれた。

「……む?」
怪訝な顔で、リヴェイラは勇二を見つめる。
そして、目を凝らすように細めて――にやり、と笑った。

その表情に、勇二は恵理子を思い出し――びくり、と身を竦める。
いや――そもそも、目の前の『それ』は、今、自分になにをしようとしたのだ?
守護符が働いたということは。――自分に、危害を加えようとした?

「……っ!?」
「おや、怯えられてしまったか。
 まあいい、一つ自己紹介としようじゃないか。
 僕の名前はリヴェイラ――邪神さ」
飛びずさるように一歩を引いた勇二に、リヴェイラが笑いかける。
その笑みはとてもこの世の物とは思えない――いや、勇二は確かに、目の前の存在が『まともな世界のモノ』ではないと確信した。
そう。今となればわかる。目の前の邪神と名乗ったモノから溢れ出ているのは――

「邪、気……!」
「わかるかい。ま、君は中々にスジがよさそうだからねぇ。
 そして、その才能に免じて君の名前を聞いてあげよう。さぁ、名乗りなさい」
勇二の中に眠る霊力――神にも匹敵するそれを理解したリヴェイラが、にやにやと笑う。

「……田外、勇二」
そして、田外勇二はリヴェイラを警戒しながら名を名乗る。
退魔師として、まだ真っ当な訓練を受けてもいない勇二にもわかる、濃密すぎる邪気。
それは全て、目の前の邪神から放たれている。

(……こいつ。今まで見たことがないくらいに強い……!)
人生経験の少ない小学生ではあるが――勇二の生まれた家である田外の家は、霊能力の大家だ。
当然、妖異の類への遭遇経験はある程度ある――そもそも、彼のお目付け役の上杉愛からして800年を生きた大妖怪である。
その彼をして、見たことがない邪気。
一瞬でわかる。
目の前の存在は、確かに神――あるいは、それに匹敵する存在なのだ、と。

「……神、と言ったよね」
「ああ、言ったよ」
勇二は、慎重に、言葉を選びながら、リヴェイラに問いかける。
彼が神だというのなら――

「……神っていうのは、本来善も悪もない存在だ、って聞いた」
そう。
少し前、家で父に聞いた言葉。
神とは本来、善も悪もない、そのような人間の価値観では括れない超越した存在なのだと聞いた。
世に言う善神・悪神とは、人間の信仰の結果引き出された神の側面なのだ、とも。

ならば、このリヴェイラと名乗った邪神にも元となった神格があり――それを探ることができれば、鎮めることができるのではないか?
それが勇二の咄嗟の機転だった。

その言葉を聞いたリヴェイラは怪訝そうに首を捻って、

「……ああ、うん、なるほど」
くつくつと嗤った。

「よく知っているね。その霊力といい――もしかして、神に詳しい生まれかい?
 ああそうだ、確かに普通の神格は善悪の概念に囚われず、人間の信仰によってのみその形を固定される
 ――ただし、一部の例外を除いてね」

「……一部の、例外?」
怪訝な顔をするのは、今度は勇二の番だった。
そんな勇二の顔を見ながら、リヴェイラはさも愉快そうに嗤う。

「――世界は、善性で満ちている。そう、聞いたことはないかい?
 確かに善神も、悪神も、元は善悪関係のない神格から生まれた神だ。
 けれど、世界に満ちる神は、悪神よりも善神――要するに、人間にとって好都合な神の方がずっと多い。
 ――当然だね。人間だって、自分に害をもたらす神など増やしたくはないし、信仰したくもないのだから」
「人間だって同じさ。
 完全なる善性の人間――そんなものはとんと見ないが、それでも世界はプラスの事象で満ちている」
「けれど、世界は天秤がどちらか片方に傾いた状態を嫌う。
 そんな時、なにが起こると思う?」

「――そう。『邪神』を、生み出すのさ」
『自己紹介』を終えた『邪神』リヴェイラは、くつくつと嗤った。


744 : 邪神、歓ぶ ◆Y8r6fKIiFI :2014/07/01(火) 01:54:15 b8E4bw8w0


「……まさか」
「そう。僕がその『邪神』さ。
 三千世界の彼方で世界の均衡の為に生み出された、マイナス事象の集合体。
 元の神格を持たない、正真正銘の悪神というやつだよ」
唖然とする勇二に、出来の悪い生徒を教える教師のようにリヴェイラは講釈する。

「ま、だからこそ正の事象にはとても弱いんだけどね。
 『善神』だの、『勇者』だのに封じられたことは一度や二度じゃない」
それを聞いた勇二は、きっとリヴェイラを睨んだ。

「……なら。霊力で、お前を浄化することもできるってことじゃないの?」
霊力。それは間違い無く、正の力だ。
であるならば、邪神であるリヴェイラを封印――あるいは浄化することだって、できる筈なのだ。
式神を操れる程度の霊力しか持たない普段の勇二なら――これは本人の思い込みであって、本来の彼の霊力は神にも匹敵するのだが――足元にも及ばないだろう。
だが、今の勇二には“秘密兵器”がある。

――それを聞いて尚、リヴェイラは嗤う。

「君の霊力ならば、確かに僕を浄化し得るかもしれない。
 けれど、本当に君にそれができるかな?
 先程まで怯えていた君に?」
そう。
田外勇二は、つい先程まで怯えていた小学生に過ぎない。

「確かにその符の守護はそれなりに強力だ。
 だが、僕に破れないわけじゃあない。
 その符が破られた時に、君がどんな悲鳴を上げるか――試してみたいのかい?」
如何に力があろうと、田外勇二は同じ人間に怯えた、ただの少年に過ぎない。
そんな人間が、邪神に立ち向かうことなどできるのか?

「さて。さっきの宣言通り、右腕をもぎ取ってあげよう。
 その次はどこがいい? 嫌な場所をもいであげるよ」

リヴェイラは立ったままの勇二へと左腕を突き出し、守護符の結界を叩き割る。
そのまま勇二の右腕へと、邪神の腕は伸びて。

白い電撃が、邪神を吹き飛ばした。

「ぐっ……!?」
この島に降りてより初めて、邪神の顔が驚愕に歪んだ。
反撃を受けることを考えていなかったわけではない。
追い詰められた者の決死の抵抗を想定できないほど、邪神は愚かではない。
ならば何が邪神を驚かせたのか。

「それは……その剣は……!」
邪神が睨む先。勇二の左腕には、いつの間にか一本の剣が握られている。
ただの剣ならば、恐れるべくもない。
魔剣であっても、邪神には届かない。
ならばこそ、それは邪を払う剣。
かつて勇者の振るった聖剣である。


745 : 邪神、歓ぶ ◆Y8r6fKIiFI :2014/07/01(火) 01:59:58 b8E4bw8w0


「……なるほどね。それが君の秘密兵器か」
思わず身構えながら、リヴェイラは勇二を――正確には、その手に握られている聖剣を睨む。
聖剣とは、ただ切れ味が鋭いだけの剣でも、ただ魔法が付与されただけの剣でも、ただ神々の加護を与えられた剣でもない。
人々の希望を集め、竜種の炎で鍛え、星の輝きを載せたその剣は――持つに値する者を、魔王と斬り合える決戦存在へと変える。

「なるほどね……その霊力。
 異世界の勇者として聖剣に選ばれても不思議ではない、か。
 むしろ不思議なのは――」
聖剣は勇有る資格を持つ者に、その力を与える。
怯えた人の子に、邪神を相手にすることができるのか?

「……僕は、田外家の子供だからさ。
 邪なるモノには、負けるなって……教えられてきたんだ。
 だから……父さんの言いつけを、信じる」

――できる。できるのだ。
田外の――霊能力の家に生まれた勇二は、小学校に入学する前から邪なるモノに対する心構えを教えられている。
だから、人間よりも――「それ以外」の方が、彼にとっては慣れた相手だった。

「……人間より邪神の相手の方が御しやすい、と来たか。
 つくづく面白い子だな。
 いいだろう。退屈凌ぎに付き合って……」

将来有望な相手だ。
そう見極めた邪神はふわりと浮き上がり、左腕に魔力を集め――

「……む?」

――不意に、頭にある感覚がよぎった。

この島のどこかに、魔王にも匹敵するかもしれない邪が生まれた――かもしれない感覚。
――この邪気の持ち主は、きっと目の前の少年よりずっと面白い。
一瞬で、リヴェイラはそう確信した。

「……ど、どうした?」
聖剣を構えたまま拍子抜けしたかのように問いかけて来る勇二へと、リヴェイラは背を向け――そのまま高度を一気に上げる。

「……えっ!?」
驚きの声を上げる勇二を眼下に、リヴェイラは別れの言葉を吐いた。

「ごめんごめん、もっと面白そうなことを見つけたから後にしてくれる?
 もっと成長したら付き合ってあげるよ」
その言葉と同時に空中のリヴェイラは速度を上げて飛び――あっという間に、地上の勇二からは見えなくなった。


746 : 邪神、歓ぶ ◆Y8r6fKIiFI :2014/07/01(火) 02:04:45 b8E4bw8w0
【E-3 上空/早朝】
【リヴェイラ】
状態:健康、飛行中
装備:なし
道具:不明
[思考・状況]
基本思考:邪神として振舞い退屈を潰す。
1:悪人は支援。善人は拷問した末に、悪に改宗させる。
2:島の南東に現れた邪気の主(オデット)を見に行く。
※ロバート・キャンベルの名前を知りました。

【E-3 草原/早朝】
【田外勇二】
[状態]:恐怖による疲労、覚悟
[装備]:『守護符』、『聖剣』
[道具]:基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:愛お姉さんと宮子おばちゃんを探す
1:ネックレスを探す。
2:リヴェイラは絶対に探し出して浄化する。
[備考]
※ネックレスが主催者により没収されています。そのため、普段より力が不安定です。
※自分の霊力をある程度攻撃や浄化に使えるようになりました。

【『聖剣』】
異世界に伝わる、邪を祓い悪を討つ為の『聖剣』。
見た目は単なる剣にしか見えないが、一度聖剣に『使い手』に選ばれた者が握ればその潜在能力を引き出し、更に強力な能力へのブーストをかける。
『使い手』に選ばれる資格を持つのは、勇者、あるいは聖なる力に溢れた者に限られる。
それ以外の者が握っても、単なるナマクラでしかない。


747 : 名無しさん :2014/07/01(火) 02:05:07 b8E4bw8w0
以上、投下終了です。


748 : 名無しさん :2014/07/01(火) 02:21:24 .mbtOYb.0
投下乙です!
神クラスの霊力を持つTさんかっけえ
田外家生まれってスゴイ、改めてそう思った
そしてリヴェイラは市街地に襲来か…みんな逃げてー


749 : 名無しさん :2014/07/02(水) 07:37:56 TiYcT5fk0
投下乙です!
さすがTさん、邪神と遭遇して生き残りましたね
でもリヴェイラが市街地に突っ込むのはやばすぎるww


750 : 名無しさん :2014/07/13(日) 18:53:54 FEkGMDP60
続きまだかなぁ〜


751 : ◆rFUBSDyviU :2014/08/05(火) 21:50:59 T1/t5OII0
上杉愛、カウレス・ランファルト、アサシン 投下します


752 : ◆rFUBSDyviU :2014/08/05(火) 21:52:21 T1/t5OII0
勇者と天狗は山を降り、森を歩いていた。

「それで、カウレスさん。どうします?」

愛の言葉は、カウレスに向けたものだ。
下山までに行動方針を決めておいて、と愛は言った。
しかし、山を降りてもなお、カウレスは黙していた。
いつまでもフラフラしてる奴と行動するのは愛も嫌だし、こんな風にじっくり考えることができるのも今だけかもしれない。方針は早めに決めるべし。と愛は思っている。

現在、カウレスが辺りを警戒しながら歩き、愛はそれに追従している形をとっている。
本来なら天狗、妖怪である愛が前を歩くほうが理に適っているのだが、愛が自分が人間ではないことを隠していることから愛はカウレスに追従する形になっている。

愛の問いかけを聞いて、カウレスの脳裏に浮かび上がったのは、自分が勇者になった時。
つまりは、聖剣を抜いた時のことだった。

(あの時僕は、何を考えていた?)

・ただ無心に、自分を信じて柄に手をかけた。
――否、この心にそのような空虚が訪れた時などない。常に何かの感情で満たされていた。
・唯一の妹を守りぬくと誓い、これ以上奪われないと力を求めた。
――建前だ。誰かに聞かれた際に答えてきた答えは、しかし彼の正確な本心ではない。


・魔族を、魔王を、自分から家族を友人を奪った外道の化物共を滅ぼす力を求めて、自分は勇者になろうとした。
――そう、これが僕の本質だ。

「アイさん、僕は魔王討伐を優先します」

迷いなく言い切って、カウレスは後ろを振り返った。
歩みは止めない。前など見なくとも、彼の両足は安定感を持って体を進めている。
彼のギラギラとした瞳を見て、愛は彼を心配すると同時になぜか背筋が寒くなった。
その目には、魔に対する深い憎悪が見えたから。


753 : ◆rFUBSDyviU :2014/08/05(火) 21:53:19 T1/t5OII0
「仲間は探さなくていいの?」

それはさっきまでカウレスが悩んでいた、もう一つの選択肢だ。

「ミリアやオデットも確かに心配です。……けれど、二人の安全を確保する上でも、早急に魔王を殺す必要がある」

しかし、もはや彼に迷いは見られない。
彼は絆ではなく復讐を選択した。

そうねえ、と愛は心中でカウレスの言葉に同意した。
確かに彼の言う魔王は恐ろしい相手だ。天狗の中でも上級の部類に入る彼女だからこそ、カウレスの語る魔王のヤバさが理解できる。

(私と宮子、二人がかりで戦っても厳しいでしょうねぇ。甲児さんも合わせて、三人で互角くらいかしら)

それはつまり、この島では魔王には勝てないことを意味していた。
しかし、それはカウレスも同じことのはずだ。

「でもカウレスさん、あなた武器がないじゃない」

カウレスは剣技、身体能力、頭脳、魔法は人間の中でも最高峰のスペックを誇る完璧超人だが、彼が魔族と戦える最も大きな理由は彼が振るう聖剣だ。
それは邪神にさえ届き得る神々が作りし宝具。
それを抜いたことでカウレスは勇者と呼ばれるようになった、カウレスの相棒とも呼べる武器。
しかし、現在は革命家によって没収され、愛のよく知る小学生の所持品となっている。
代わりとなる支給品は、愛のも合わせてもカウレスの好みの支給品はなかった。

「丸腰で勝てるような相手ではないんでしょう?」

「もちろんです、だから譲ってもらう」

ああ、そういうこと、と今度は声に出して愛は呟く。
他の人間から武器を借りるなど、中々勇者らしい発想だ。ここが殺し合いの舞台でなければ、きっと理に叶っている。
そして、やはり愛はカウレスに違和感を抱くのだ。
カウレスの言葉は続く。


754 : ◆rFUBSDyviU :2014/08/05(火) 21:54:29 T1/t5OII0
「参加者がこの世界でまずするべきことは何か。殺し合い、騙し合い。脱出のために首輪を解除したり、ワールドオーダーについて情報を集めたり、マーダーを討伐したり」
そこで、一拍置く。

「そんなことは、別に後回しでいいでしょう。この島にいる参加者全員が何よりも優先することは魔王軍の掃討のはずだ」

なるほど、ゲームに乗った愚者は確かに敵だが、被害者であり、人間だ。
この殺し合いに参加している人間全員の共通の敵は魔王軍なのだ。

「ディウス、ガルバイン、暗黒騎士。他にも何人か魔王の傘下が参加しているかもしれない。そいつらを全員駆逐した後、あらためてバトルロワイアルをすればいい」

カウレスの考えは愛を大きく驚かせた。
面白い考えだとは思う。
殺し合いのルールを、ワールドオーダーを無視して、まずは人間vs魔王軍で戦おうというのだ。脱出派も優勝派も手を取り合って魔王を脱落させることに全力を尽くす。
人間とはいがみあう生き物だ。
しかし、共通の敵がいれば、結束する。その敵が強大であればあるほど、結束は強くなる。

「確かに魔王はその条件を満たしてるわね、十分なほど。でもカウレスさん、もし魔王が脱出派だったらどうするの?」

「関係ないでしょう」

即答。その言葉に愛は首を傾げる。しかし、これはカウレスと愛の住む世界の違いによる違和だった。

「魔王が脱出を目指そうが、ここでどれだけ人間のために行動しようが、あいつが今までたくさんの人間を殺してきて、脱出した後もたくさんの人間を殺すことは変わらない。むしろこの閉ざされた空間で、あいつが一人でいるんだ。ここで討たないでいつ討つんですか」

「……ああ、うん、なるほど」

カウレス曰く、世界の脅威である魔王。しかし、愛は聞いたことがなかった。
カウレスが嘘を言っているようにも、妄想が見えているわけでもないようなので、きっとこの島には魔王がいるのだろう。それは愛も信用している。
しかし、自分がいた日本にも、いや地球にはその魔王はいたのか?


755 : ◆rFUBSDyviU :2014/08/05(火) 21:56:44 T1/t5OII0
(世界中探せばいるかもしれない。けど、カウレスさん言うとおりなら世界中にその名を轟かせているという……聞いたことがないわ)

毎日人間の新聞を読んでる自分が、知らないなど少し異常じゃないだろうか。
愛は静かに考察を進める。
さっきから感じているカウレスと自分の認識のズレ。
人類の敵、魔王の存在。
自分の古い友人、吉村宮子が言っていたある魔法。
そもそもこのカウレスさんって、何人よ?
このことから導き出された結論は。

「もしかして、異世界?」



さて、さっきも述べたが上杉愛は天狗だ。
彼女の五感は人間を遥かに上回り、誰かが近づけばすぐに察知することができる。
……しかし、ここにその定義を覆す者がいた。
生い茂る木々の中に紛れて気配を消す存在が一人。
超能力でも、人外の力でもない。
磨かれた技術のみで、天狗の感知能力を欺く。
彼に名前は無く、彼に心は無く、彼に顔は無い。(本当はあるけど)
人は彼を敬意と畏怖を込めて「アサシン」と呼んだ。

さて、アサシンの現在の目的はワールドオーダーからの依頼、20人斬りの達成にある。
第一放送前に10人は斬るつもりだと、つい数時間前まで考ええていたアサシンだが、現在その目標に暗雲が広がりだしていた。

(まいりましたねえ、隙がありませんよ)

なぜか心中で丁寧語で呟きながら、アサシンはゆっくりと追跡する。
自分は今まで何人もの強者を暗殺してきたが、ここまで殺しづらいと感じる相手は久々だ。
しかも、問題なことにとある革命家が殺し合いを宣言してしまった。
あの言葉には参加者を恐怖のどん底に落とすと同時に、全員に警戒心を植え付けた。
その結果がこのざまだ。アサシンは惨めにも追跡を続けることしか出来ない。
彼は「殺せる瞬間」というものを知っているため、それをじっと待っているのだが、いつまでたってもチャンスは訪れない。
かといって焦って正面から突っ込んでも返り討ちにされるだけ。
元々戦闘は得意ではないし、目の前の獲物が規格外だということは理解している。

では、見逃して次の獲物を探すべきでは?
そのほうがいいかもしれない、と一瞬考え、アサシンは自分が弱気になっていることを感じる。
後10分だ。10分以内にチャンスが訪れなければ、次の獲物を探そう。
アサシンがついに、そう決めた時だった。

「もしかして、異世界?」

チャンスが、来た。



最初に言っておこう。
アサシンの攻撃は失敗した。
愛の一瞬の集中力の欠如。
そこを狙って、アサシンは飛び出した。
しかし、この時アサシンは二つの失敗を侵した。
一つは、森に紛れながらも害意をわずかに出してしまったこと。
殺すつもりはないので、殺意は発生しない。
殺意ではなく、とても小さな害意。
しかし天狗である上杉愛の耳にかかれば、それは大声を上げることと同じに他ならない。
アサシンにとってさらに不幸なことは、愛の同行者、カウレスもまた一流だということ。
愛が驚いたように後ろを振り返ったことで、全てを察し、すぐさま臨戦態勢に入った。
結果的に暗殺者は来るなら来いと構える妖怪と勇者に突っ込まなければならなくなった。

愛は最初、信じられなかった。
突然現れた敵意。その発生源は自分のすぐ後ろ。

(いつの間にこんな近くに!?)

慌てて後ろを振り返る。
と、彼女の目が捉えたのは自分に向かってナイフを振り下ろす黒ずくめの何か。
迎撃か回避か。
いや、そのようなことを考える間もなく彼女はその妖怪としての身につけた本能で。
攻撃を選択した。


756 : ◆rFUBSDyviU :2014/08/05(火) 21:58:42 T1/t5OII0
アサシンは嫌な雰囲気を感じた。感じると同時にそれは来た。
突風。今まで静かだった森に、突如、風が暗殺者へと吹き荒れる。
思わずアサシンは吹き飛ばされた。元々暗殺のために体は身軽に絞っている。
絶命確定だった距離が、大きく開く。
アサシンの攻撃は失敗した。
暗殺者が第一撃を失敗する。
それは致命的。この時点で、アサシンの末路は真っ暗だ。
が、アサシンの表情に変化は見られなかった。

「やっぱり能力者でしたか」

そう言いながら、アサシンは吹き飛ばされた先にあった木の幹に着地すると、そのまま夜の闇に消えた。
カウレスも愛も警戒は解かない。
次はどこから仕掛けてくるのかを見極めるために、二人は背中合わせになり、身構える。
愛は持って生まれた天狗の勘で気配を探ると、襲撃者が自分たちの周りを移動しているのが感じ取れた。
その移動速度は野生動物並で、改めて愛は襲撃者の技量に戦慄した。
一度姿を視認し、いることを確認しているからこそ、今は動きを追えるが、自分にあそこまで近づいた隠密性は人間業とは思えない。

「カウレスさん、どうします?」

「安心してください、僕に考えがあります。……まだ、この近くにいるんですよね?」

「ええ、私たちの周りをぐるぐる回ってる。きっと仕掛けるタイミングを図ってるんだわ」

カウレスは闇の向こうに飛び回っている暗殺者の姿を幻視した。

「襲撃者よ、共に人類のために戦おう!」

「は?」

突然のカウレスの勧誘に、愛は大きく目を見開いた。
アサシンも思わず動きを止め、カウレスを見る。
カウレスの顔に浮かぶのは、絶対の自信。

「襲撃者よ、出てこなくてもいい!まずは、僕の話を聞いてくれ!」

「ちょっとカウレスさん、貴方何考えてるの!」

愛の言葉をカウレス無視。

「いいか、今やるべきことはなんだ、襲撃者よ。優勝を目指すことか?違うだろ!」

別に狙ってないんですけどね、とアサシンは心中で呟く。

「君は一人で魔王と戦うつもりなのか!?なるほど確かに君の隠密性は目を見張るものがあるが、それだけで魔王に勝てると思っているのか!?」

「魔王?」

森の中からアサシンの不思議そうな声が聞こえてきた。
脈アリだ、とカウレスは判断する。

「魔王は恐ろしい相手だ。数多くの呪文を使い、身体能力も高い。恐らく、この殺し合いでもっとも優勝に近い男だ」

「呪文……というものがよく分かりませんが、なるほど強敵ですね」

「ああ、だから今僕らは争うべきじゃないんだ」

茂みの向こうから、アサシンはカウレスの表情を確認する。
偽善者の顔ではない。
あれは、復讐者の顔だ。何を犠牲にしても、どんな手を使っても相手を殺そうとする、アサシンが何度も見てきた顔だ。

(面と向かって依頼せず、報酬も後払いのワールドオーダーと、正面から依頼したカウレス。個人的には後者のほうが好みなんですけど)

しかし、アサシンのポリシーで依頼を実行している最中に別の依頼は受けない。

「一つ聞きます。貴方は魔王に勝てる算段があるんですか?」

「すまないが、必勝の手段はない。だがぼくは何年もあいつを殺すために戦ってきた。この島であいつを殺せる可能性が一番高いのは、きっと僕だ」

「なるほど、わかりました」

見逃してあげます、の声を最後にアサシンの気配が完全に消える。

「……」

カウレスは無言で、アサシンの声がした方向を見つめていたが、残念そうにため息をついた。

「すいません、仲間に引き込めませんでした」

「ねえ、カウレスさん」

ここに来てカウレスは、愛の顔から表情が消えていることに気がついた。

「あなた、これからもああいうこと続けるわけ?」

「ええ、魔王を倒すまでは」


757 : ◆rFUBSDyviU :2014/08/05(火) 21:59:49 T1/t5OII0
そう、と愛は言った。そして、

「別々に行動しましょう。私とお前は相容れない」

それは、決別の言葉だった。
カウレスの顔が驚きに染まる。

「そんな、何でですか?」
「分かっているはずよ。お前はそこまで馬鹿じゃないでしょうに」

ぎりっ、と歯ぎしりの音が響く。

「愛さん、魔王に勝つには人間は群れなきゃダメなんだ。僕だってあいつは危険だったと思う。でも、このままだと僕らは一人一人殺されていく……!」

「じゃああなたはさっきの襲撃者が勇二ちゃんを襲ったら、どう責任をとるの?確かに魔王は恐ろしいわ。でもね、この島には魔王以外にも残虐な奴がいっぱいいるのよ?」

「それは僕でも分かるさ!でも、魔王に対抗するには一大勢力を築かなくちゃダメなんだ」

「だから、それはカウレスさんに任せるわ。あなたたちが魔王と戦っている間に、私は勇二ちゃんを保護して安全な場所に隠れてるわ」

「そんな、身勝手な……!」

「何言ってるのよ。勇二ちゃんはまだ六歳よ。いくら賢いといっても、六歳の男の子をお前は魔王戦線に居させる気なの?」

「……そういうことを言ってるんじゃありませんよ」

「そういうことを言っているのよ、お前は」

愛はカウレスに後ろを向け歩き出す。

「お前は魔王退治に全力をつくす。私は勇二ちゃんを探す。ついでにミリアちゃんとオデットちゃんも探してあげる。ほら、役割分担をしただけよ私たち」

じゃあね、短い間だったけど、色々タメになったわ。
そういう風なニュアンスの言葉を紡いだ後、愛もまた夜の闇に消える。
それを見送って、カウレスはもう一度憂鬱なため息をついたのだった。

【G-5 森/黎明】


【カウレス・ランファルト】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(確認済み、カウレスに扱える武器はなし(銃器などが入っている可能性はあります))
[思考・行動]
基本方針:魔王を探しだして、倒す。
1:愛を追うか、それとも……
2:魔王を倒すために危険人物でも勧誘。邪魔する奴は殺す。
3:ミリアやオデットとも合流したいが、あくまで魔王優先。
4:あの男(ワールドオーダー)に奪われた聖剣を見つけたい。


758 : ◆rFUBSDyviU :2014/08/05(火) 22:01:32 T1/t5OII0


「おやおや、面倒なことになりましたねえ」

カウレスたちを見逃した後、アサシンは自分に向かって迫る何かを感じた。

(もしかして、私の居場所バレてる?気配は消しているはずなんですが)

だが、いい機会だとアサシンは思った。
ここで完全に隠れてやり過ごす。なるほど、いい判断だ。
だが、一回目の放送までに10人を斬るという目標がある。
いまだ斬ったのは一人だけ。残り数時間で、9人斬るために、ここはあえて勝負に出よう。

(カウレスさんですか?いやはやこの速さ、あの人人間離れしてますよ)

そう考えながら、殺意を放つ。
それに呼応するように、漠然と進んでいた気配がこちらに向かってまっすぐ進んでいる。
暗殺者である自分が待ち構えるのも不思議な話だが、まあたまにはこういうことをしよう。
そして、それは姿を現した。
背中から大きな翼を生やした、美しい女。
その眼光は、まっすぐこちらを捉え、自分を啄まんと突っ込んでくる。

「本当に人間じゃなかったんですね、もしかしてあなたが魔王ですか?」

そう軽口を叩きながら、アサシンは愛の突進をひらりと躱した。
が、車に轢かれたように吹き飛ばされる。
愛は全身に風の鎧を纏っていた。
幹に体を叩きつけられ、アサシンは苦しそうな声を上げる。
そこを愛はすかさず追撃。
両手の掌に風を集めると、気団のように放った。
とっさにアサシンは地面を這うように回避する。
が、愛が放つ気団は止まることがなく、漫然とアサシンを襲う。
山の斜面を利用して、アサシンはごろごろと転がる。
転がりながらも立ち上がったアサシンは空中に高く飛び上がった。

「あら、天狗に空中戦を挑むつもり?」

そう嘲笑うと愛は羽を羽ばたかせ、天空へと躍り出る。
アサシンは木の枝を軽快に蹴りながら、どんどん自分の体を上に進める。
空へと登っていく二人の男女。
だが、どうあがいてもアサシンは人間。天狗である愛より上に行くことは不可能。
常に自分の頭上にいる愛を、アサシンは無表情に見つめる。

「落ちろ」

その言葉と共に上から竜巻が落ちてくる。
巻き込まれれば、ただでは済まない。

「では、人は人らしく地面で暮らします」

その言葉と共に、アサシンは体を空中へ躍らせる。
後を追うように竜巻もアサシンへと迫る。

そこを見逃さなかった。

アサシンの右手から放たれた妖刀無銘が竜巻の目を掻い潜り、愛に近づく。
愛は、それを右手で弾いた。ただのナイフで、自分に致命傷を負わせれるわけがないのだから。
そして、それが彼女の敗因だ。

「がっ……」

突如、彼女の体中に痺れが広がった。

(しまった、ナイフに毒物が……)

落下しながら愛に広がるのは焦操と後悔。
地面に激突した衝撃に顔を歪めながら、愛は気を失った。

[G―4・森/黎明]


【上杉愛】
[状態]:気絶 麻痺 マーダー病感染
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:田外勇二の保護。 殺し合いには極力乗らない。
1:(気絶中)
2:勇二を探す。ミリアやオデットもなるべく探す。
3:勇二を襲う可能性がある者は排除。
4:カウレスに苛立ち
※マーダー病に感染しました。


759 : ◆rFUBSDyviU :2014/08/05(火) 22:02:00 T1/t5OII0


「いやー、天狗は強敵でしたね」

表情をまったく変えずに呟いたアサシンは、妖刀無銘を拾い上げると、闇の中へと消えていく。
暗殺者と天狗の対決は、暗殺者の勝利へと終わった。
本来の実力なら上杉愛の方が格上である。
もし、アサシンの武器が妖刀無銘でなかったら、いや愛が無銘の効果を知っているだけでも、この戦いの結末は変わっていただろう。
しかし、それは所詮イフの話。
アサシンは野に放たれ、愛はマーダー病に感染した。
それが、この戦いの結果である。



【アサシン】
[状態]:健康 疲労(小)
[装備]:妖刀無銘
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜2
[思考]
基本行動方針:依頼を完遂する
1:第一放送までにもう少し斬りたいけど、ちょっと無理そうかなと考えている。
2:二十人斬ったら何をするかな…
3:魔王を警戒

※依頼を受けたものだと勘違いしています。
※あと18人斬ったらスペシャルな報酬が与えられます。


760 : ◆rFUBSDyviU :2014/08/05(火) 22:07:37 T1/t5OII0
題名は「勇者の世界」です


761 : 名無しさん :2014/08/05(火) 22:22:54 31RAZQps0
久々の投下キタ━━━━(。A。)━(゚∀゚)━(。A。)━(゚∀゚)━(。A。)━━━━!!!!
勇者のスタンスが独特で面白い。乙です!


762 : 名無しさん :2014/08/05(火) 22:37:17 ht5FMJfA0
投下乙です。
兎に角魔王撃破が優先、カウレスは勇者としても復讐者としても直情的だな…
しかし愛さんもマーダー化感染、どうなることか


763 : 名無しさん :2014/08/05(火) 22:55:11 E8aPizY20
なんとなーくと勇者から某キャラと同じ様な匂いがしてきたが…おや、霧が濃くなってきたな


764 : 名無しさん :2014/08/06(水) 14:57:53 nZJZOsUs0
あ、愛さんがマーダー病に!? 
愛さんがマーダーになったら、誰が勇二君を救うんだ!?


765 : 名無しさん :2014/08/06(水) 20:39:39 KDI50dt20
なんで救う必要があるんですか?(正論)


766 : ◆H3bky6/SCY :2014/08/07(木) 22:07:45 6cUNUJos0
投下します


767 : 混沌ロボ!野獣と化したダルビッシュ ◆H3bky6/SCY :2014/08/07(木) 22:10:41 6cUNUJos0
太陽が昇り、時刻は明け方より朝へ移行しようとしていた。
朝日の下で繰り広げられるのは、巨大な機人とバイクに跨るヒーローのカーチェイスである。

ブレイブスターを駆る剣正一。
それを追うのは、クソ汚いとしか形容できない巨大な機人だ。

正一は狙いを定めさせないよう蛇行運転を繰り返しながら、後方からの攻撃を警戒。
機人の単眼から奔る白い閃光を、正一は先読みし進路を変えることで紙一重で躱しきる。
狙いを外れた熱光が地面を撃ち抜き、爆音と土煙が吹き上がった。

宙に飛ばされた砂利が雨や霰と降り注ぐ中を、速度を緩めず突き進みながら、正一はミラー越しに後方をチラリと見た。
正一とロボットの距離は10mほど。
攻撃を躱しながらという事もあるが、中々引き離せていない。
ロボットの動きは怠慢に見えるが、その実5mを超える巨体ともなれば歩幅が違う。
敏捷性こそ低いものの単純な移動速度ならばそれなりモノだろう。

ブレイブスターは最高時速800㎞というモンスターマシーンだ。全速で走ればこの機人を引き剥がすのは容易い。
だが、そんな速度を出しては操る人間の体が持たない。
変身したシルバースレイヤーならまだしも、肉体的に常人の範囲を出ない正一ではそのポテンシャルを完全に引き出すのは不可能だ。
加えて、今走っているのが整備されていない地面という事もあり、中々に苦戦を強いられている。

そんな正一の事情などお構いなく、ロボットは追撃の手を緩めない。
後方から花火のような白い閃光と共にシュバっという音が正一の耳に届く。
確認するまでもない。先ほど放たれたものと同じミサイルだろう。
逃れても対象物を追尾してくる厄介な代物だが、巧く引付けて敵にぶつけるという手もある。

その策を実行に移すべく、正一は僅かに体制を傾け、進行方向を変えた。
だが、予想外の事態が起きる。
ミサイルが正一の動きを追わなかったのだ。
つまり、ミサイルの狙いは正一ではない。

ミサイルが着弾したのは正一の行く先となる地面だった。
爆発した地面が隆起し、行く手を塞ぐ壁となる。

「チィ…………!」

咄嗟にハンドルを切り、横滑りしながらギリギリで衝突を回避。
眼前の土壁を蹴りつけ、バランスを整えながらアクセルを捻り再加速する。

(誘導されているな…………)

このロボットの行動に正一はそんな印象を持った。
直接攻撃ではなく地形を歪め行く先を誘導している。
研究所から引き剥がすべく誘い出していたはずが、いつの間にか立場は逆転していた。
このまま下手をすれば、いつの間にか研究所の目の前でした、なんてことになりかねない。
それだけは避けなければならない状況だ。

「仕方あるまい。ブレイブスター、予定変更だ。ここで迎え撃つ」

卓越した運転技術で正一は180度ターンを決める。
急なこちらの方向転換に相手が適応する前に、まずは先制の一撃を叩きこむ。
そう心に決め、ブレイブスターのアクセルを固定し、正一は支給品である鞭を取り出した。

急接近してきた正一にロボットが対応すべく手を振るうが、遅い。
その腕を掻い潜り、すれ違いざまに鞭を振るう。
バシィンと空気の炸裂するような音が響き、銀の肌を強かに打った。
そのまま駆け抜けた正一は、一旦その場で動きを止め、いつでも動けるようエンジンを吹かせたまま相手を見つめる。

「……無傷か」

迫真だったのは音だけのようだ、メタリックボディには傷一つない。
鞭とは痛みを与えることを主題にした武器である、痛みを感じないロボット相手では効果は薄い。
予想していたことだが現在の正一の火力では、ダメージを与えるだけでも一苦労のようだ。


768 : 混沌ロボ!野獣と化したダルビッシュ ◆H3bky6/SCY :2014/08/07(木) 22:11:44 6cUNUJos0


ポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポ


唐突に、不気味な警告音のようなモノが鳴り響いた。
聞くだけで何故か不快感を煽られるような、そんな音である。

「何の音だ、ブレイブスター!?」
『わかりません。あのロボットから発せられているようですが』

言われて、正一は注意深くロボットを見つめ、その出方を窺った。
キュイーンというワザとらしい様な機械音と共に、黒から青に文字通り機人の目の色が変わる。
逃げるばかりだった相手が攻撃に転じたことにより、ロボットの内部で何らかの計算が走っているのだろう。
蒼く浮かんだ単眼が揺れ正一を捕らえる。

『darvish......』

正一を真正面から見つめるロボットから、電子音声が発せられた。
ハウリングのようなノイズが混じり、その音質はあまりよろしくはない。

「ダルビッシュ…………?」

聞こえた音を率直に単語にするならそれだった。
捉えようによっては人名のようにも感じられる。
このロボットのコードネームである可能性は高いだろう。

『captured......』

メタリックボディから緑の光が網の様に放たれた。
正一はとっさに身構えるが、ダメージのようなモノは感じられない。

『攻撃ではありません、スキャンを行うセンサーのようです』

光を解析したブレイブスターの言葉が聞こえると共に、センサーは正一の体を舐めるようにスキャンしていく。

『戊辰戦争......』

続いてロボットより聞こえた言葉は戊辰戦争としか聞こえなかったが、まさか日本語であるはずもない、おそらくは未知の言語だろう。
それとも、何かのヒントなのだろうか?
おそらく制圧用に作られたであろう機械兵士、旧幕府と新政府が戦った戊辰戦争。
この共通点とは? ここから関連性を見出すことは難しくはない。
そう、例えば支配者と革命者の戦いと考えれば、レジスタンス鎮圧のために生み出されたロボットであるという可能性も考えられる。
あくまで可能性の話だが。

ポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポ

再び鳴り響く警告音。
ロボットの横長の瞳が攻撃性を示す真紅に変わる。

---------------------------

エネミー解析完了

個体名:ナイトリッター
攻撃性:D 知能:A 危険度:B 成長性:D-

特記事項:機動二輪車を装備
同機動二輪車:解析済

データ分析終了
対象 排除可能

戦闘モードに移行

---------------------------


769 : 混沌ロボ!野獣と化したダルビッシュ ◆H3bky6/SCY :2014/08/07(木) 22:13:01 6cUNUJos0

「来るぞ、ブレイブスター!」

正一の叫びと共にブレイブスターが急発進する。
同時に、先ほどまで正一のいた位置を、ロボットの左腕が薙ぎ払った。
左腕はビームサーベルに換装されており、地面を滑るような軌跡からして狙いはブレイブスターだ。
まずは機動力を奪うつもりだろう。

『2秒後、左方向からレーザーが来ます』

ブレイブスターの指示と同時に正一はハンドルを切り、レーザーを躱す。
倒すと決めた以上、正一とてこのまま逃げているだけなどというつもりはない。
そのままドリフトでロボットの懐に潜り込み、鞭を振りかぶり反撃に転じる。
だが、先の一撃の結果が示す通り、このメタリックボディに鞭打は通じない。
ならばどうするか。

「鞭の使い方は、叩くだけじゃないぞ!」

風切音と共に振りぬかれた鞭は打ち付けるのではなく、大樹に巻きつく蔦のようにロボットの右足に絡まった。
そのまま正一はブレイブスターのエンジンをフルスロットルに回す。
引かれたピンと鞭が張り、ブレイブスターの約1万馬力がロボットの片足を思い切り引っ張り上げる。
だが、

「なにィ!?」

その光景を見た正一が驚愕の声を上げる。
片足を取られながらロボットはその場に踏みとどまったのだ。
何と言うバランス感覚。この状況で踏みとどまるバランサーの鑑。

だがこれはまずい。
動きを封じられているのは鞭を引く正一も同じである。
好機が一転してピンチとなる。
この状況でレーザーを打たれれば躱しようがない。

その機を逃さず、機人の眼光が白く瞬く。
そして閃光が今にも放たれんとした、その瞬間である。

片足で踏ん張るロボットの尻に、ミサイルのようなドロップキックが突き刺さったのは。

その衝撃は片足では支えきれず、バランスを崩したロボットが前のめりに倒れ、伸びきった鞭が切れる。
ロボットはそのまま大股を広げ転げまわり、放たれたレーザーは明後日の方向へと飛んで行った。
だが、正一の視線はあられもない姿で倒れるロボットではなく、ロボットに豪快な一撃を繰り出した主の方へと向けられていた。
正一が声を荒げその名を叫ぶ。

「貴様は、半田主水!?」
「ふん。ナイト・リッターか」

それは悪党商会の幹部、半田主水だった。
敵対組織の幹部の登場に正一は警戒心を強める。
下手をすればこれまで以上に厄介な事態になりかねない。

「どういうつもりだ?」
「別に貴様を助けたつもりなどないさ」

倒れこんでいたロボットが立ち上がる。
その巨大な機人の前に、ヒーローと悪党の両雄が立ち並ぶ。

「今はアイツの排除が優先だ。その後でなら相手をしてやろう」
「なるほどな。目的は同じという訳か」

他の者ならばあるいはこのまま三つ巴となっていたかもしない。
だが、組織の中でも比較的柔軟なスタンスであるこの二人だからこそ成しえた共闘である。

「それで、あのロボットの名前はなんなんだ?」
「名前?」
「そう名前だよ、まずは名乗りだ。悪役にはそういうのが大事なんだよ」

ふむと正一は思案する。
ヒーローとしては分るような分らないような価値観である。
そう言われても、正一も相手の名前をはっきりと知っているわけではないのだが。

「…………ダルビッシュ」
「ん?」
「おそらく、ダルビッシュだ」
「ダルビッシュ、ね」

半田が名を噛み締めるように呟き、一歩踏み出して巨人を指さす。
そして堂々と宣言する。

「敵性機人ダルビッシュ! 悪党商会のハンターが我らが理想のため、貴様を排除する!」

ハンターの名乗りを受け、ロボットの単眼が赤く揺れる。


770 : 混沌ロボ!野獣と化したダルビッシュ ◆H3bky6/SCY :2014/08/07(木) 22:14:18 6cUNUJos0

ポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポ

---------------------------

エネミー追加
解析済みエネミー
個体名更新

個体名:半田主水(ハンター)
攻撃性:C+ 知能:B- 危険度:B+ 成長性:D

既存エネミーと総合戦力を算出
戦力比計算中

.
.
.

排除可能

戦闘を継続します

---------------------------

最初に動いたのはハンターだった。
日本刀を片手に、ダルビッシュ目がけ真正面から駆けだす。
対するダルビッシュは、左腕のビームサーベルでこの突撃を迎え撃つ構えだ。

「そいつには、半端な攻撃は通じんぞ!」

ナイトリッターの言葉にハンターは、はっと笑う。

「半端じゃなければよいのだろうがぁ!」

ハンターが雄叫びと共に刀を振り上げ、遥か高みより振り下されたビームサーベルを豪快に弾き飛ばした。
そして返す刃でダルビッシュの手首を斬りつける。
斬撃は手首を中ほどから抉り、無敵を誇ったダルビッシュに初めてまともな傷を付けた。

この成果はハンターの実力もあるだろうが、それ以上に彼が持つ刀に大きな要因あった。
それは刀身の周りに高圧のレーザー粒子を纏った対ロボット兵器『サミダレ』。
エネルギー兵器であるビームサーベルを防げたのも、この武器によるところが大きい。

「これはこちらも負けてはいられないな。ナイトリッター参る!」

ハンターに倣い名乗りを上げながら、その成果を見たナイトリッターがブレイブスターを加速させる。
だが、強力な武器を持たないナイトリッターでは、ダルビッシュにダメージは与えられない。

ブレイブスターでの突撃という手段もあることはある。
だが、一定速度を超えた時のみ生み出される空気の壁『エアロウォール』がなければ突撃は自爆技にしかならない。
シルバースレイヤーと違ってナイトリッターは自爆技をする趣味はない。

ならば手段がないかというと、そういう訳でもない。
どんな相手だろうと、脆い部分は確実にあるはずだ。

「例えば、関節部なんてどうだ?」

ハンターが注意を引いている間にナイトリッターはダルビッシュの後方へと回り込んだ。
そしてバイクの前輪を上げウィリーをしたままエンジンを回し跳躍。
ダルビッシュのひざ裏を高速回転を続ける後輪で打ち付け、ギュリギュリと金属が削れる音を響かせる。

ブレイブスターはそのままダルビッシュのひざ裏から発射するように離脱する。
発射したひざ裏にはハッキリとタイヤ跡がついてた。
ツルツルのメタリックボディだから、傷跡がハッキリ分かんだね。

とはいえ、この程度では大したダメージにはならないだろうが、こちらが少しでも脅威であると示すことが重要だ。
そうすればある程度狙いは二分され戦いやすくなる。

狙い通り、今しがたダメージを与えたナイトリッターへとダルビッシュが向き直った。
ナイトリッターを薙ぎ払うべく、ビームサーベルを振り上げようとした、瞬間、その腕が両断され宙を舞う。
切り落とされたビームサーベルが空中でクルクル回って、地面へと突き刺さる。

「こっちを忘れてもらっては困るな」

その左腕を切り落としたのはハンターである。
ダルビッシュの首が180度回り、懐に忍び込んだハンターをレーザーで狙うが、ハンターは深追いはせずバックステップですぐさま離脱する。

基本は一撃離脱。
ナイトリッターもハンターも語らずとも共に数的優位の活かし方を心得ており、サミダレという決定打もある。
故に、現状はこの強敵を相手に戦況を優位に運ぶことができている。

対するダルビッシュはこの不利を受けても機械であるが故、この状況に焦るでも戸惑うでもない。
ただ、左腕を損傷するという事態に、ダルビッシュの瞳がイエローの警戒色へと変わった。


771 : 混沌ロボ!野獣と化したダルビッシュ ◆H3bky6/SCY :2014/08/07(木) 22:15:53 6cUNUJos0

ポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポ

---------------------------

左腕を損壊

敵装備をデータベースと照合
検索中

.
.
.


該当兵器『サミダレ』と99.85%の一致
脅威度:A+

最優先排除対象に認定

敵戦力:危険領域

緊急時により姿勢制御をヨツンヴァインへと移行
モード:ビーストを起動します

---------------------------

ピーという機械音と共にダルビッシュが動いた。
切り落とされた左腕を換装し、膝を付いて両腕を地面へ。
それは、いわゆる一つの四つん這い。
その外観がクソ汚いステロイドハゲから、四足の獣へと変貌を遂げる。

「…………なん、だっ!?」

突然の行動訝しんでいたナイトリッターの横を、一陣の旋風が駆け抜けた。
旋風の正体はダルビッシュだ。その動きはこれまでのモノとは明らかに違う。
ダルビッシュが疾風のごとき勢いで襲い掛かったの先にいたはハンターである。

「ぐぉ……ッ!?」

大質量による単純な突撃。
それ自体は何とか刃の腹で受けとめたものの、ハンターの体が吹き飛んだ。
吹き飛んだハンターを逃さず、追撃にダルビッシュが四足で駆ける。
その様はまさしく野獣だ。
混沌とした戦場でダルビッシュは野獣と化した。

「こ、のッ!」

ハンターは両足で地面に着地し、向かいくる野獣にサミダレを振るう。
だが、野獣は横へ跳ねこれを躱し、バネの様な俊敏性で反撃に転じる。
この反撃もハンターは何とか防いだ。

四足となったことで俊敏性がこれまでとは比べ物にならないほど向上している。
これほどの速度、ブレイブスターを操るナイトリッターはともかく、生身のハンターでは対応できない。

「来い、こっちだ!」

ナイトリッターは野獣の注意を惹きつけるべく縦横無尽に駆け回る野獣をブレイブスターで追従し挑発する。
だが、野獣はナイトリッターを見向きもせず、ハンターへと襲い掛かっていく。
先ほどまでとは違い、完全に狙いをハンターに集中している。

ハンターもその猛攻を防いでいるが崩されるのも時間の問題だ。
瞬間、ナイトリッターとハンターの視線が交錯する。
ナイトリッターは野獣への追従をやめその場から距離を取った。

残されたハンターに野獣の猛攻が襲い掛かる。
繰り返される突撃に力負けしたのか、ついに手にしたサミダレが弾き飛ばされた。
サミダレが宙を舞う。
その軌跡を追うように野獣のセンサーが動いた。


772 : 混沌ロボ!野獣と化したダルビッシュ ◆H3bky6/SCY :2014/08/07(木) 22:17:21 6cUNUJos0
「よう、やっとこっちを向いたな」

弾き飛ばされたサミダレを掴みとったのはナイトリッターだった。
勿論偶然ではない。

「この刀が狙いなんだろう? 機械は解りやすくていい」

言って、加速するブレイブスターを野獣が追う。
ハンターに攻撃が集中していた理由はこのサミダレの存在である。
故に、ハンターは野獣のスピードに対抗できるブレイブスターを持つナイトリッターの方へワザとサミダレを弾き飛ばしたのだ。

小競り合いを繰り返しながら、ブレイブスターが駆け、野獣が追う。
あるいはそれは先ほどまでの焼き直しの様でもある。
だが、当然ながら違う点も大いにある。

二足歩行から四足歩行へと移行した野獣の変化というのもあるが。
それよりも大きいのは、高速移動の代償か、走りながらでは狙いがつけれないため野獣がレーザーを打たないことだ。
故に、ブレイブスターと野獣の純粋な機動性の勝負である。
先ほどのまでよりも幾分かやりやすい。

そして違う点と言えばもう一つ。

ハンターの存在である。

「後ろ取ったぞ!」

待ち構えていたハンターが木の上から野獣へと飛びかかった。

野獣を傷つけることのできる唯一の武器サミダレ。
そして僅かながらダメージを与えられるブレイブスター。
その両警戒対象が一点に集中した以上、取るに足らないハンターの優先順位は大きく落ちる。

故に、この状況でハンターが野獣の後ろを取るのは非常に容易いことであった。

だが、この戦闘機人を傷つけられる唯一の武器サミダレはハンターの手にない。
攻撃手段のないハンター一人でどうするというのか。

だがあるのだ。武器はある。
ハンターが手にしているのは、ハンター自身が斬り落としたダルビッシュの左腕だった。
正確にはその先に装備されているビームサーベルである。
敵の持つ最強の矛だ、最強の盾であろうと切り裂けない道理はない。

これがハンターとナイトリッターが無言のまま通じ合った策である。
この瞬間、ハンターのみならずナイトリッターも勝利を確信した。
だが二人は失念していた。
いや、忘れていたわけではないが、完全には理解できていなかった。
敵は人ではなく、機械であるという事を。
機械に前も後ろもない。人間には不可能な動きもできる。
視線も姿勢も動かさず、後方への攻撃が可能である。

ぶっちっぱ。という音と共にロボットの尻部から黒茶色の粘体が発射された。
粘液は野獣に襲いくるハンターへとぶちまけられた。
鼻を突くようなこの独特の匂いにハンターの全身が総毛立つ。

(これは、可燃性…………!)

気付いた時にはもう遅い。
ビームサーベルの熱に気化した粘液が着火し、ハンターの全身が炎に塗れた。
特殊な液体なのか、炎は絡みつくように皮膚を焼き、どうあっても鎮火する様子はない。

「半田ァ!」

ナイトリッターの叫び。
それを打ち消すようにハンターの雄叫びが響いた。

「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

全身を炎に焼きながらハンターは止まらなかった。
いや、炎に身を焼かれたからこそ、止まるわけにはいかなかった。
燃え尽きる前に、最後の抵抗を見せなければ。

その身を業火に焼きながらハンターはバットをフルスイングするようにビームサーベルを振った。
業、と炎火を帯びたビームサーベルが野獣の左足が切り裂き、片足を失った野獣がバランスを崩す。
ハンターは吹き飛んでゆく足を見届けニィと口元を歪めた後、パタリとその場に倒れた。


773 : 混沌ロボ!野獣と化したダルビッシュ ◆H3bky6/SCY :2014/08/07(木) 22:18:33 6cUNUJos0
ハンターの決死の覚悟を受け、ナイトリッターも動く。
この瞬間を、ハンターが命懸けで生み出したこの好機を逃すわけにはいかない。

真正面から最短距離を突き進むナイトリッター。
剣を手に鋼鉄の馬を駆るその様は正しく騎士である。

それを捕らえた野獣の眼光が輝く。
放たれる閃光。

それを前にして、ナイトリッターはブレーキではなくアクセルを回す。
バランスを失い照準のズレた攻撃など躱すまでもない。
身を低くして加速するだけで十分だ。
ナイトリッターの頭上を閃光が掠める。

一直線に野獣の眼前へと迫る騎士は、加速の勢いをのせた刃を振るう。
キィンという音と共に火花が散り、野獣の肩口に刃が食い込んだ。

「ぉおおお――――――――――――――ッ!」

強引に刃を喰いこませたまま、ブレイブスターを加速させ突き進む。
火花と共に、銀のキャンパスを刃が奔る。
肩口から刻まれた一文字は股間へと伸びる。
騎士の一撃は駆け抜けるように野獣の体を両断した。

真っ二つになった野獣の体が崩れ落ちる。
その光景をしり目に、ナイトリッターはハンターへと視線を移した。
完全に全身が炭のように黒く焼け焦げ、もはや動くことはない。
この勝利は彼のお蔭で得たものだ。
敵対組織の人間とはいえ、放っておくのは忍びない。
ハンターの亡骸を弔うべく、ブレイブスターを降りようとしたところで、

ナイトリッターの胸を、小さな閃光が貫いた。

「ぐっ……がっ…………!?」

血を吐いた。
驚愕と共に後方を振り返る。
断面から火花を散らし、三枚に下ろされた魚のような状態でありながら、それでもまだ、その野獣は生きていた。

いや、生きていたという認識が間違いだったのだ。
そもそもロボットは生きてなどいない。
ただ生きているように動いているだけだ。
人のような外観に惑わされずに、殺すのではなく徹底的に壊すべきだった。

機械音が響く。


ポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポ


---------------------------

右半身を損傷
修復不可能

残燃料15%
出力30%に低下

.
.
.

戦闘継続可能

戦闘を続行します

---------------------------


774 : 混沌ロボ!野獣と化したダルビッシュ ◆H3bky6/SCY :2014/08/07(木) 22:20:14 6cUNUJos0

「ハっ…………ハっ…………」

貫かれたのは右胸。
心臓は無事だが、肺に穴が開いた。
呼吸がままならない。

口から垂れる血と共にその苦しみをかみ殺して、ナイトリッターはブレイブスターを動かす。
同時に野獣から閃光がほとばしる。
ジッとしていても狙い撃ちになるだけだ、今は動くしかない。

『警告します。心拍、バイタル共に低下。これ以上の戦闘続行は危険です』

ブレイブスターの警告が響く。
だが、その忠告を聞くわけにはいかない。

このまま逃げても奴は追ってこれないだろう。
レーザーにも先ほどまでの威力はない。威力は確実に落ちている。
だが、それでも人一人を殺すには十分な威力だ。
ここで放置するわけにもいかない、決着をつけなければなるまい。

暫く進んだ所で、アクセルターンを決め後方へと向きなおる。
野獣は片腕でズルズルと地面を這いずりながらこちらへと迫っている。
互いの間に障害物はない、一直線上には互いしかいない。
決着には相応しい状況だ。

「……決着を…………つけよう」

ナイトリッターはブレイブスターのアクセルをフルスロットルに回した。
モンスターマシーンブレイブスターは一瞬で最高速まで到達する。

音速に迫る鉄の騎馬。
そこに、撃退のレーザーが放たれる。
眼前に迫る閃光をナイトリッターは避けない。
避けずとも、閃光は弾かれるように霧散し消滅していく。
それはブレイブスターが600kmを超えた時のみに発生する風の壁『エアロウォール』。
出力の弱まったレーザーならばこれで弾き飛ばせる。

その代償として襲い掛かる常人には耐えられない強烈な圧力。
全身の細胞が押しつぶされて死んでいく感覚。
それでもなお、アクセルを回す手は緩めない。

最高速に達した鉄の騎馬が流星と化す。
それはシルバースレイヤーの必殺『スタークラッシュ』だ。

破裂するような衝突音。
『スタークラッシュ』はレーザーごと野獣の頭部を押しつぶし、完膚なきまでに粉砕した。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


775 : 混沌ロボ!野獣と化したダルビッシュ ◆H3bky6/SCY :2014/08/07(木) 22:20:54 6cUNUJos0

決着をつけたナイトリッターがブレイブスターからゆっくりと降りた。
胸に空いた穴はもとより、圧力つぶされ全身から血を流しながら、ふらふらとした足取りで野獣の残骸へと近づいてゆく。

完全に機能が停止したことを確認し、残骸の中から首輪を回収する。
その巨大な体躯に見合う、通常の物より二回りは大きい特別性だ。
通常の首輪の解析の足しになるは疑問が残るが、特別ゆえに別の何かが分かるかもしれない。

首輪を回収したナイトリッターは、懐からバッチを取り出し通信を繋げる。

「…………怪ロボットを、破壊した。
 ロボットの首輪を、載せた…………バイクが、そちらに……向かったので…………受け入れてやってくれ」

相手の応答を待たず、余計な追及を避けるため、言いたいことだけを言って通信を切る。
立っているのも辛いのか、ナイトリッターは木の幹へともたれかかった。

「と、いう訳だ…………ブレイブスター、研究所まで…………この、首輪を、届けて…………くれ」

そう言って、震える手でブレイブスターの荷台に首輪を掛ける。

『それはよろしいのですが、ナイトリッターはどうされるのですか?』
「俺は……少し、無茶をし過ぎたのでな……………………しばらく…………ここで、眠る。
 研究所、に、は…………自動操縦で、向かって…………く、れ」

研究所をロボットから守る。
首輪を入手し研究所に届ける。
その全ての任務を完了したナイトリッターが、寄りかかってた木からズルズルと崩れ落ちた。
眠りに落ちたのか、ナイトリッターはそこから動かなくなった。
その様子を見届け、ブレイブスターが出発する。

『了解しました、おやすみなさい、ナイトリッター。よい夢を』

【C-9 草原/早朝(放送直前)】

【剣正一 死亡】
【半田主水 死亡】
【サイクロップスSP-N1 完全破壊】

※サイクロップスSP-N1の首輪を載せたブレイブスターが自走操縦で研究所へと向かっています


776 : 混沌ロボ!野獣と化したダルビッシュ ◆H3bky6/SCY :2014/08/07(木) 22:21:26 6cUNUJos0
投下終了です
匙加減が難しい


777 : 名無しさん :2014/08/07(木) 22:51:35 uJH/J5ok0
投下乙
なんという壮絶な死闘
正一、主水安らかに眠れ…

ダルビッシュは悔い改めて


778 : 名無しさん :2014/08/07(木) 23:33:29 zydxQzHc0
投下乙
先輩!(2人も巻き込んで死ぬなんて)何してんですか!
やめてくださいよ本当に!
まずはワールドオーダーが用意したと思われる壁、
サイクロップスSP-N1を撃破したか。
持っていた支給品にも重要なものが入ってるかもしれないな


779 : 名無しさん :2014/08/07(木) 23:48:46 JIjneBZY0
投下乙です。
強マーダーの一角がここで墜ちたか、先輩は汚すぎるけど見事なまでに中ボスだったな
ヒーローと悪党の共闘はかなりアツかった…!
決死の攻撃で立ち向かった主水も捨て身の一撃で先輩を撃破したナハト・リッターもカッコよかった
彼の託した首輪がミルファミリーの役に立ってくれる事を願いたい

それはそうとヨツンヴァインになったり尻から可燃性の物体を発射したり汚すぎるんだよなぁ…


780 : 名無しさん :2014/08/08(金) 02:38:41 azPtYPaA0
投下乙。
ヴォースッゲー!!正義も悪党もステハゲも、三者が三者とも己の持つ全ての力を出し切った
ベストバウトだったってハッキリわかんだね
しかしこれで放送前に1/3以上が死亡、参加者は残り50人を切ったか


781 : 名無しさん :2014/08/08(金) 07:33:34 zeQMIZjE0
投下乙です!
まさかの三人死亡にいい意味で驚愕してる……
お互いが全力を駆使して戦った熱いバトルでした!
ナハトも主水もかっこよすぎぃ!
先輩?ああ、いい中ボスでしたね


782 : 名無しさん :2014/08/26(火) 19:16:38 iP55ahOsO
◆dARkGNwv8g氏が本スレに書き込めないようなので、仮投下スレの内容を転載します


783 : 百鬼夜行――通り悪魔 ◇dARkGNwv8g :2014/08/26(火) 19:17:21 iP55ahOsO
通り悪魔――――


むかし川井某といへる武家ある時当番よりかへり、わが居間にて上下服を著かへて座につき、庭前をながめゐたりしに、縁さきなる手水鉢の
もとにある、葉蘭の生ひしげりたる中より、 炎々ともゆる三尺ばかり、その烟さかんに立ちのぼるをいぶかしくおもひ、心づきて家来をよび、
刀脇指を次へ取りのけさせ、心地あしきとて夜著とりよせて打臥し、気を鎮めて見るに、その のむかうなる板 の上より、ひらりと飛びおりる
ものあり、目をとめて見るに、髪ふりみだしたる男の白き襦袢着て鋒のきらめく鎗打ちふり、すつくと立ちてこなたを白眼(にらみ)たる面ざし
尋常ならざるゆゑ、猶も心を臍下にしづめ、一睡して後再び見るに、今まで燃立てる もあとかたなく消え、かの男もいづち行きけん、
常にかはらぬ庭のおもなりけり、かくて茶などのみて何心なく居けるに、その隣の家の騒動大かたならず、何事にかと尋ぬるに、
その家あるじ物にくるひ白刃をふり廻し、あらぬことのみ匐り叫びけるなりといへるにて、さては先きの怪異のしわざにこそとて、
家内のものにかのあやしきもの語して、われは心を納めたればこそ、妖 (わざはひ)隣家にうつりて、
その家のあるじ、怪しみ驚きし心より邪気に犯されたると見えたれ、これ世俗のいわゆる通り悪魔といふものといへり


――――山崎美成/世事百談 巻之四





…………ブウウ――――――ンンン――――――ンンンン………………。

薄暗い裸電球の明かりと、何処からか聞こえてくる蜜蜂の唸るような音に、男は目を覚ました。

体が痛む。
どうも少し寒いようだ。

「あっ、よかった。気がつきましたね」

最初に目に飛び込んできたのは少女の姿だった。
短く切り揃えられた茶髪の頭頂から、時計の針のような形をしたアホ毛がピョンと飛び出している。
このアホ毛の形、見間違えるわけがない。間違いなくこの少女は、男が意識を失う前に襲い、殺そうとした娘だった。
そしてその娘の背後にいるもう一人の女。
まるで星辰の女神の如き怜悧玲瓏冷厳たる美貌の麗女。
彼女は――――

「ヒィッ!」

襲いかかってくる、やわいのに固いアミーバの衝撃。
自分が気絶した原因、この体に残る痛みの由来、そしてこの美しき金毛白皙の妖女の正体を思い出し
男は咄嗟にその場から逃れようとする。
だが男の体がその場より動くことは叶わない。その時になって初めて、男は自分の身体がロープで縛められていることに気付いた。

「待って!落ち着いてください!
 この人は宇宙から来た宇宙人で……でも悪い人じゃないんです。
 あの時も、私を助けようとして攻撃したんです」

蛾眉を寸毫も動かさぬ女の代わりに、アホ毛の少女が必死になって弁明してきた。
宇宙人。
そんな事もあるのだろう。
この世には不思議な事など何もないのだから。
ただ己の知る微小な知識や常識を森羅万象の総てと勘違いした愚か者が、己が内的世界の常識に当てはまらぬからと言って
ヤレ不思議だのソレ奇態だのと騒ぎ立てる。それだけの事なのだ。

「えっと……私の名前は時田刻。この人はセスペェリアさんです」

もがくのを止めた男に、娘……時田は自己紹介をしてきた。
背後のセスペェリアと呼ばれた異星の客は、言葉を発するどころか顔の筋一つすら動かさない。


784 : 名無しさん :2014/08/26(火) 19:18:19 iP55ahOsO

「あの、よければ貴方の名前も教えてもらえませんか?」

時田の問いに、男は粘着く喉から掠れた声を絞り出して答えた。

「京極……竹人……」





こうして――
京極と彼がつい数刻前に殺そうとした娘……時田刻の会話は始まったのだった。

会話の内容は、要は現在の状況についての情報交換だ。
何故自分が殺し合いに巻き込まれたのか心当たりはあるか。この島に来てから誰か他の参加者と出会ったか。
他の参加者の中に知り合いはいるか――等々。

時田はまず一通り自分の知っている情報を述べると、京極にも同じ内容を尋ねた。

それに対して京極は答えようとするが――何せこの京極竹人という男、ただでさえ日常生活においては口数の少ない上に、喋り方もボソボソしていて大変聞き取りにくい。

要するに口下手なのである。

更に、アホ毛をチクタクと動かしながら彼の話を懸命に聞き取ろうとする娘――時田に対する罪悪感が、京極の心に重く圧し掛かっている。

やろうと思えば、この少女は自分を殺そうとした相手に制裁を加えることができた。
しかし彼女は意識を失っている襲撃者に危害を加えたりしなかった。それどころか、彼を坑道内に見捨てず台車でこの休憩所まで運んでくれたのだ。
京極は――そんな優しい娘を殺そうとしたのだ。
慙愧の念が、呵責の思いが重石となり、京極の口下手に更なる拍車をかける。


違う。
自分は好き好んで、彼女を殺そうとしたわけではない。
ただ、
『あいつ』が
『あいつ』が来ると、京極は京極でいられなくなるのだ。

『あいつ』が何処から湧いて来るのか、京極には分からない。
自分の内から湧くのか、自分の外から来るのか。
神経細胞のシナプスから湧くのか、それとも不可知の因果地平の果てより来るのか。
或いは、部屋の四隅の隙間――遍く空間の境界より、『あいつ』は湧いて来るのか。

京極には分からない。ただ一つはっきりしていることは、『あいつ』は京極自身の意志ではどうすることもできないという事だけだ。
だから『あいつ』が通り過ぎるのを待つしかない。それが出来ない時は――――
『あいつ』の願いを叶えるしかない。そうしなければ、『あいつ』から理性を取り戻せない。京極は京極でいられなくなる。

だから殺さなければならないのだ。
『あいつ』の命じる通りに。


そんな余計な事を考えている所為か、京極の口下手は余計に悪化する。
故にどもる。つっかえる。同じ話繰り返す。言葉を失って黙り込む。
黙り込んでいると時田が心配そうな目でこちらを見てくる。
その時田の目に羞恥心と罪悪感が刺激される。赤面する。喋らなければと焦る。慌てる。
故に更にどもる。更につっかえる。
そんな事を続けるうちに、羞恥と自己嫌悪から京極の声はますます陰気になる。
それに伴ってただでさえ不健康で陰気な面相もますます陰気になって
まるで五大陸全てが沈没した上に一族郎党姻族に至るまで全員が死滅したかのような、陰々滅々たる表情と化していく。最早陰気を通り越して凶相ですらある。


785 : 名無しさん :2014/08/26(火) 19:19:13 iP55ahOsO
しかし時田は天性の根明さゆえか、京極の話の拙さ陰気さに嫌気が差しても話を打ち切ることなく、粘り強く会話を続けてくれた。
そんな聞き上手な少女のお陰か、京極もこの男にしては珍しく他人に胸襟を開き
自分が古本屋兼小説家を生業としている事
このバトルロワイアルの参加者に知り合いはいない事
初期配置は鉱山内で遭遇した参加者は時田たちのみという事
自分は平々凡々な小市民でありテロリストに拉致され殺し合いを強いられるような覚えは一つもない事
実家で芋虫という名前の猫を飼っている事
……等を、時田につっかえつっかえながらも教えたのだった。
(その間セスペェリアは一言も発さず、ただ会話する二人を観察するように眺めているだけだった)


こうして、嘗ての殺そうとした者と殺されかけた者の対話は平和に進行していった。
否――していくかと思われた。





「――でも安心しました。京極さん、やっぱりあの時は混乱してただけだったんですね」
「混乱?」

暫しの会話の後、時田が気の抜けたような笑顔で言った台詞。
それが、京極には引っかかった。

「私を襲った……私と最初に会った時ですよ。
 京極さん、急にこんな場所につれてこられて混乱してたんですよね? 殺し合いだなんて言われた所為で――」
「――――否、それは違う」
「へっ?」
「あの状態の僕を君が混乱状態だとカテゴライズするならばそれは宜しかろう。
 だが殺し合えと言われ、次の瞬間には一瞬で空間を飛び越え暗黒の坑道内に送られたが故に僕が混乱状態に陥った
 ――と君が考えているのであれば、それは間違っている」

時田はぽかんとしている。
京極の話の内容もさることながら、彼が突然饒舌になったことに驚いたのだろう。

嗚呼、自分は余計なことを言おうとしている。そう京極は思う。
彼女の言うとおり、殺し合いの場に放り込まれて混乱していたのだと言っておけば
――仮令それが嘘だったとしても――全てが丸く収まるのに。
そうすれば京極は少女の常識内の人間、少女の世界の人間として存在できるのに。
しかし京極は耐えられない。自分の行為が、他者の狭量な常識とやらに当て嵌められて解釈されることに、彼は耐えられない。

「えっ、だけど、それじゃ何で私をその、襲ったりしたんですか?
 ま、まさか殺し合いに乗って本当に他の人たちを皆殺しにする気だったとか……?」
「真逆――あんな誇大妄想狂の戯言を真に受けるつもりはないよ。
 ただこの状況下、この場所で君と出会ったというだけで、僕が君を襲った事に何らあの虚気者の影響はない」
「でも、それじゃあまるで私を襲う理由がないじゃないですか」
「理由……犯罪を行う動機か」

京極の無精髭の生えた口元を歪ませる。嘲笑ったか。それとも顔を顰めたか。両方だ。

「動機……動機など世間を納得させる為だけに必要とされる幻想に過ぎない。
 そんなものには何の価値もないよ」
「はい?」

京極の答えに、時田が頓狂な声を出す。

「で、でも、動機って大事なんじゃないんですか?
 刑事ドラマでもみんな動機を調べて犯人を捕まえてるし……」

しどろもどろに問いかける時田に、京極はいいかね、と打って変わって落ち着いた態度で、諭すように前置きをした。


786 : 名無しさん :2014/08/26(火) 19:20:02 iP55ahOsO
「犯罪、特に殺人などといった行為はね、並べて痙攣的な行いなんだ。
 犯罪者と非犯罪者を隔てるのは、犯行を行う切っ掛け……ほんの一瞬に魔が差すか差さないかという、たったそれだけの違いに過ぎない。
 しかしそれを――犯罪者の精神と自分たちの精神の間に大した違いなどないことを認めたくない市井の自称罪無き一般市民とやらが
 自分たちは犯罪者とは違うのだと遠まわしに証明するために動機などというものを必要とし、動機などというものを信じ込むんだ。
 動機を自供する犯罪者自身にしたってそうさ。自供内容を考えている時点で、犯人は自分の過去の犯罪を客観的に観察している
 第三者に過ぎなくなっているんだからね。そして動機などという自己欺瞞を考え出すのだ。
 成程――君はこう反論するかもしれないね。世には予め計画の準備された殺人もあるのではないかと。
 しかしね、誰かを殺したいなんて思考は、僕でも君でも、程度の差こそあれ誰でも心の中に持っているものなんだ。
 それを現実に犯行を為すには、やはり『魔が差す』必要があるのさ。それだけの違いなんだ。
 しかし世間の人間はそれを認めたがらない。自分も魔が差せば犯罪を行う……という事実を直視するのが恐ろしいのだね。
 それ故に世間の人間は犯罪者に動機を求める。犯罪者は異常な環境下、異常な心理状態でこそ悪行を為したのだと納得したいのだ。
 故に、犯罪者の動機がありがちであればあるほど犯罪は信憑性を増し、深刻であればあるほど世間は納得する。
 そうやって犯罪者を自分たちの日常から切り離し、穢れとして彼岸の匣に封じて安心を得ようとする……。
 無意味蒙昧な愚行だ……愚行だよ……愚行愚行……」

長口上を休みなく澱みなく述べる京極は、先程の口下手な男とはまるで別人のようだった。
呆気にとられて彼の語りを聞いている少女の目には、京極が何かに取り憑かれたように映るかもしれない。
しかしこれこそが京極自身の、京極の理性の叫びだった。
其の様子はまるで、自分が殺そうとした少女に対して必死に何事かを釈明しているように
否、少女を越えた向こう側にある世界に対して、誰にも理解されない真実を必死で暴き立てているように見えた。


「つ、つまりですね……京極さんが私を襲ったのは、単に魔が差したからだと……?」

京極の突然の変化に面食らい、混乱し、頭のアホ毛を?の形状に変形させながらも
時田は何とか彼の話を理解しようと努め、質問を続ける。

その発言を受けて京極が更に言の葉を紡ごうとした其の時――


やって来た
再びやって来た
『あいつ』が、京極の心の中にやって来た。





呼吸が荒くなり、目が充血し、体中から脂汗が湧き出すのが分かる。

京極の異変に気付いたのか、目の前の少女は怯えた顔になった。

この娘を□したい。■したい。■■したい。

沸き上がるこの衝動は自分の意志ではどうすることもできない。
今の自分は身動きが取れない。今の自分は凶器を持たない。
そんな事情などでは、『あいつ』を止める事など出来はしない。

『あいつ』さえ――『あいつ』さえ来なければ、自分も人を殺したり、その罪を他人に擦り付けたりせずに済んだのに。

少女は怯えて後退る。その背後にいる異星の美女の貌は――

女の彫像のような口元が、笑っているように見えるのは気のせいだろうか?

女のその顔を見た時、少しだけ、何故だか京極は理性を取り戻した。


787 : 名無しさん :2014/08/26(火) 19:21:13 iP55ahOsO
「匣……」
「えっ?」
「匣は……匣はないかね……
 人が一人入れるくらいの大きさの匣だ……」
「箱って……セスペェリアさん、そんなものありましたっけ?」
「そうね……たしか物置部屋に人が隠れられそうなダンボール箱があったけど」

僥倖だ。
最早一刻の猶予もない。自分の理性が潰える前に、『あいつ』が通るのをやり過ごさなくては。

「その匣をここに持ってきて……匣の中に僕を詰めてくれ」
「――えぇ……?」

唐突な謎のリクエストに、時田は狂人を見るような目でこちらを見てくる。
この娘は分かっちゃいない。狂ってるから匣に入るんじゃない。狂わないために匣に入る必要があるのだ。

『あいつ』に憑かれる前に――――

故に京極は叫ぶ。

「早く……!早くしてくれ!間に合わなくなっても知らんぞ!」





持ってきたダンボール匣に、時田とセスペェリアは二人がかりで拘束されたままの京極の身体を詰めてくれた。

「隙間の無いようにみつしりと詰め込んでくれたまえ……。隙間はいかんのだ。隙間には良くないモノが湧く……」

京極の面倒臭い要求通りに、二人の女性は京極をみつしりと匣の中に詰め込んだ。



今、京極の身体は匣の中にみつしりと詰まっている。


嗚呼
安心する。

こうして閉ざされた空間の中にみつしりと詰まることが、『あいつ』を遣り過ごす唯一の手段なのだ。
何時でもこう上手くいく訳ではない。今回はダンボールがあって幸運だった。




親指を内側に握りしめる。



ここは暗い。

そして静かだ。



「ほう」


溜め息が、京極の口から漏れた。





そしてそれきり、京極竹人は何も答えなくなった。


788 : 百鬼夜行――うつろ舟 ◇dARkGNwv8g :2014/08/26(火) 19:22:27 iP55ahOsO
うつろ舟――――


享和三年亥八月二日常陸国鹿嶋郡阿久津浦小笠原越中守様知行所より訴出候に付早速見届に参候処右漂流船其外一向に相分り不候に付
光太夫ェ遺候由之紅毛通じも参り候へ共相分り不申候由ウツロ船能内年能此廿一二才ニ相見ェ候女一人乗至て美女之船の内に菓子清水も沢山に有之
喰物肉漬能様成品是又沢山に有之候由白き箱一ツ持是ハ一向に見せ不申右の箱身を放さす無理に見可申と候ヘハ甚怒候由
船惣朱塗窓ハひいとろ之大きさ建八間余横十間余
右ハ予御徒頭にて江戸在勤のセつ能事之江戸にて分かり兼長崎へ被遣と聞しか其の後いつれの国の人か分かりや聞かさりし


――――駒井乗邨/鶯宿雑記 14巻 常陸国うつろ船流れし事





「なんか、とんでもない人でしたね……」

箱詰めになってブツブツと独り言しか喋らなくなった京極をこりゃもうダメだと部屋に残し
より広い、椅子とテーブルのある食堂のような部屋にやってきた時田刻の第一声がそれだった。

「京極竹人……かなり変わった人間みたいね」
「本当に、とんでもはっぷんですよ」

セスペェリアの言葉に、刻は頬を膨らませながら椅子に腰掛ける。

最初は落ち着いているかと思ったら、突然興奮して演説をぶち始め
急に様子がおかしくなったかと思うと、自分の身体を箱詰めにしろと言い出す
そして言う通りに箱に入れたら……会話が通じなくなった。

わけのわからない人物である。
刻が今まで出会った人の中で、間違いなくトップレベルの奇人だ。
ループの中で出会った一ノ瀬空夜という時空の放浪者も不思議な人だったが
京極は彼とは別のベクトルで不思議である。不思議というより不気味である。こわい。

最初に襲ってきた時点でまともじゃないと言われればその通りかもしれないが――

(予想以上に、厄介な人だった……)
そんな事を思って、刻は小さく溜息をついた。


「ならば、あんな厄介な人間はここに置いていく?」
「そ、そんなこと出来ませんよ!
 京極さん、早く正気に戻ってほしいですけど……あ、でもずっと箱詰めになって貰ってた方がむしろめんどくさくないかなあ……」

刻はうむむと考える。いつ発狂するか分からない状態で京極にウロウロされるより、箱に入れたまま台車で押していった方が遥かに楽かもしれない。

「――刻、あなたは怖くないの? 自分を殺そうとした男と一緒にいるなんて」

テーブルの真正面に座るセスペェリアが問いかけてくる。
呼び方が名字から下の名前に変わっているのは、親密さの増した証拠だろう。

彼女の瞳は、刻の目をまっすぐに見つめていた。
刻は思わずドキリとする。
セスペェリアの艶やかなブロンドの髪、均整のとれた端正な顔立ち、そして金色の瞳。
ゾッとするくらい美しいその顔で見つめられると、相手が同性にもかかわらず
刻はクラクラするような、ゾクゾクするような、何だかヘンな気分になるのだった。
彼女の本当の姿はスライム状の生命体だと頭では分かっているのだが、ドキドキする心はどうしようもない。


789 : 名無しさん :2014/08/26(火) 19:23:40 iP55ahOsO

えーと、と刻は慌てて自分の中の雑念を振り払う。

「そりゃあ、急に様子がおかしくなった時はちょっと怖かったですけど……
 でも京極さんは体を縛られてるし、武器のアイスピックは私が預かってるし
 それに……セスペェリアさんがいてくれましたから。だから平気です」

刻は笑顔でそう答える。本当はちょっとどころではなく怖かったし、半ば空元気だったが。
その答えに、セスペェリアも菩薩像のような微笑みを浮かべて返した。



「ワールドオーダー……あの男が言っていた放送まで後2時間もないですよね。
 それまで京極さんはそっとしておきましょう」
「そうね――後2時間。……ねぇ、刻」

ふと、セスペェリアは女神像のような顔を翳らせ
愁いを含んだ儚げな表情を浮かべた。

「私は――本当にこの鉱山内にいていいのかな?
 もし剣正一たちが追ってきたら貴女たちにも迷惑がかかるわ。やっぱり私はいないほうが……」
「そんな!何も悪いことしてないのに、セスペェリアさんが逃げる必要なんてありませんよ!」

先程とはうって変わって弱々しい貌を見せる宇宙の美女を、刻は必死で励ます。
そう、セスペェリアは最初に配置された研究所で不幸な誤解を受け、剣正一なる人物とその仲間たちに追われて
命からがらこの鉱山に逃げ延びてきたのだ。刻はそう聞かされている。

「誤解されたままにしておくなんて、絶対によくないです!
 大丈夫、剣って人たちは私が説得しますから!」

聞けば、剣という人は警察に捜査協力する事もある有名な探偵らしい。
そんな人であれば、普通の人間である自分の説明なら聞き入れてくれるだろう。
少なくとも自分の言うことを言下に切り捨てるようなことはするまい。――刻はそう予測していた。

むしろこのまま誤解を放置して、それが他の参加者たちの間に広がったほうが拙い。
刻はそう言って不安がるセスペェリアを説得し、とりあえず第一回の放送までは鉱山で追ってくる研究所の者たちを待つことにしたのだった。



――尤も、研究所にいた参加者が追ってくるかもしれない、というセスペェリアの懸念は杞憂だった。
セスペェリア自身は電気信号変換装置を使って受話器から逃げる所を目撃されたと思い込んでいたが
セスペェリアを追っていたミルファミリーが見たものは、行き止まりの部屋の中に受話器が転がっている光景だけだった。
電気信号変換装置の存在を知らない彼らは、いまだにセスペェリアの逃げた先と電話が繋がっていた先を結びつけて考えてはいない。
…………少なくとも今のところは。



「ありがとう、刻。
 ――人間が皆あなたのように優しい人だったら、私も正体を隠さずに生きていけるのにね……」

セスペェリアの悲しげな微笑みに、刻の胸は締めつけられるように痛む。
彼女が何故この地球にやって来たのか、その一部始終は京極が目覚めるまでの間にすでに聞かされていた。

セスペェリアの故郷はレティクル座にある惑星で、彼女は故郷の星からUFOに乗って宇宙を横断する旅をしていたそうだ。
しかしちょうど地球の引力圏内を通過している時にUFOが故障してしまい、地球の引力に引かれたUFOはロズウェルという町に墜落してしまった。
地球の科学ではUFOを修理することができず、そのうえMIBやMJ6といった闇の組織から調査対象として身を狙われた彼女は
やむを得ず人間に擬態して人に紛れて暮らすことで、闇組織の魔の手から逃げ回っていたのだという。

見知らぬ星で遭難して、しかも遭難中にこんな奇禍に巻き込まれるなんて。
刻は俯いている不幸な異星の佳人の横顔を見つめる。
なんとしてもこの人の誤解を解いて助けなければ。
儚げな横顔を見ていると、そんな気持ちにさせられる。
刻にとって彼女は命の恩人であり、そしてループから抜け出したこの未知の世界で出会った初めての仲間なのだ。


790 : 名無しさん :2014/08/26(火) 19:24:23 iP55ahOsO



それにしても――
セスペェリアの話を聞いてから、刻にはどうしても気になっていることがあった。

「あの……UFOを作れるってことは
 セスペェリアさんの星って、やっぱり地球よりも科学が発達してるんですよね?」
「ええ……確かにそうだけど……」

ひょっとしたら、地球より進んだ科学の星からやって来たこの異星人なら
彼女の抱えている『問題』を解決する方法を知っているかもしれない。

「じゃあセスペェリアさんも私たち人間以上の科学知識とか、持ってるんですか?」
「そうね、まあ多少は……」

「それじゃあ――」


刻はゴクリと息を飲み込んでいた。


「同じ日を何度も繰り返す――
 同じ時間が何回もループする現象って……知りませんか?」





「――つまりこういうことね。貴女の友達が、同じ一日を563回も繰り返す現象に遭遇した。と――」
「はい!なんでループするのかとか、なんでその日なのとか、そんなことは全然分からないんです。……分からないらしいです」

刻が気になっていたこと……それは、自分が陥った時間のループ現象について
宇宙人のセスペェリアなら何か知っているのではないか。という期待だった。

正直に自分自身の出来事として話すと、自分まで××××扱いされるかもしれないので
友達の身に起こった出来事を聞いた――というフウを装って話す。

彼女自身、今まで時間のループ現象から脱出する手立てはないかと、八方手を尽くしていろいろと調べてみた。
時間だけはたっぷりあった為、学校や地元の図書館に通いつめ、本屋やネットも使って、とにかく時間に関係する情報を読み漁った。
何が書かれているのかすら分からない最先端の科学論文から、果ては三文SF小説やいかがわしいオカルト系の本まで
とにかく何か自分が置かれた状況を理解し、解決する手立てになりそうなものはないかと探し続けたが
……結局、何も見つけることはできなかった。

しかし地球より進んだ科学を知っているセスペェリアならば、時間のループについて何事か知っているかもしれない。
逸る胸をおさえて、刻は尋ねる。

「同じ日がループするなんて信じられませんよね。えへへ……
 私も信じられないんですけど……その、ループしてる本人はすごく悩んでるみたいだから、もし何か知ってたら教えてもらえればなーって……」


期待をこめて上目づかいで見上げる刻に対し――


「――ごめんなさい。分からないわ」
セスペェリアは、申し訳なさそうに首を左右に振った。


791 : 名無しさん :2014/08/26(火) 19:25:37 iP55ahOsO




「そう……ですか……」

刻は肩を落としてうつむいた。
それと連動するように、頭上のアホ毛も元気を失ってしおれる。

「ごめんなさいね。貴女の力になれなくて」
「そんな、私のほうこそ、こんな時に変なこと聞いちゃってすいません……」

そうだ。こんな時に自分勝手だった。
時間のループは原因不明とはいえ既に解決した問題だし、それに刻一人の問題だ。
たった今、この場で皆が巻き込まれている殺し合いという異常な状況を何とかする方法をこそ、真摯に考えるべきなのに――

うなだれる刻の両手が、不意に冷たいものに包まれた。
驚いて見ると、セスペェリアの手が彼女の手を、励ますように握っている。

「諦めないで。私は役に立てなかったけど……きっと解決法が見つかるわよ。
 ……貴女のお友達にもね」
「はい……」

宇宙人の手は冷たかったが、刻の心は暖かくなった。
それと同時に……気が緩んだせいか、刻の口から思わず欠伸が漏れる。

「ふわぁ……すいません」
「貴女、眠いんじゃない? いろいろあったし疲れているのよ。
 確か、向こうの部屋に簡易ベッドがあったから、そこで放送まで
 少し仮眠をとるといいわ。地球人にとって睡眠は大事な生理活動なんでしょう?」
「でも……誰かが来たら……」
「私が見張っておくよ。京極のこともね。何かあったらすぐに起こすから――」

そう言って微笑むセスペェリアの顔は、まるで母親のような慈愛に満ちていた。
不思議な人だ、と刻は思う。肉感的かと思えば儚く守りたくなるような面もあり、また母のような安心感も与えてくれる。
宇宙人って、みんなこんな不思議な人なのだろうか?


「それじゃ……お願いします……」


刻は彼女の行為に甘え、少しだけ仮眠をとることにした。
考えてみれば、こんな非常事態の中では眠れる時に眠っておいたほうがいい。



「――時間操作――平行世界の――全宇宙規模――時空因果への干渉――特異点――アレフ・ゼロ――調査の必要――最重要――」


部屋を後にして扉を閉める時、セスペェリアが何事か呟いているようだったが
時田刻はその内容を聞き取ることができなかった。


792 : 百鬼夜行――逢魔時 ◇dARkGNwv8g :2014/08/26(火) 19:26:35 iP55ahOsO
逢魔時――――


黄昏をいふ。
百魅の生ずる時なり。
世俗、小児を外にいだすことを禁(いまし)む。

一節に王莽時(おうもうがとき)とかけり。
これは王莽前漢の代を簒ひしかど程なく、後漢の代になりし故、昼夜のさかひを両漢の間に、比してかくいふならん。


――――鳥山石燕/今昔画図続百鬼 雨





音も無く――
まるで水が床の上を無音で流れるかのように
物音一つ立てることなく、セスペェリアは仮眠室の前にやって来た。
扉は閉まっているが鍵はかけられていない。だがドアを開ける音で目を覚ますかもしれない。念のためだ。
セスペェリアの体が崩れる。ゲル状になったそれは、ドアの隙間から、鍵穴から部屋の中に進入し、そこでまた美しい女性の姿と変わる。
だが再成されたその貌には、先程まで時田刻に見せていた魅力的な笑顔も、慈愛の微笑も、それ以外のいかなる表情も存在してはいない。
生命の存在しない、石塊と砂だけの冷たい惑星の表面のような無表情――それが、彼女の本当の貌だった。

地上では陽光が暗闇に取って代わろうとしている、この夜と朝との境界の時間に
優しい宇宙人は、侵略の尖兵へとその本性を露わにしていた。

枕元にセスペェリアが立っていることも知らず――
時田刻は、静かに寝息を立てている。
その規則正しい寝息だけでも十二分に彼女が眠っていることが分かるが
セスペェリアは更に念を入れ超能力で時田刻の脳波を探り、睡眠状態であることを確認する。

――殺し合いの場で完全に寝入るなど、この娘は完璧に自分を信頼しているのだろう。
当然だ。そうなるようにセスペェリア自身が仕向けたのだから。
彼女の中には今まで蓄積された膨大な量の人間の表情に関するデータがある。
そのデータを使い分けて、時には顔の微細な一部すら作り替えることによって
ある時は情欲を刺激し、ある時は庇護欲を掻き立て、ある時は安心感を与える。
人間とは単純な生き物だ。そうした視覚を使っての心理操作で、時田刻の自分に対する感情をコントロールするのは容易い事だった。
なればこそ、時田刻は彼女が来歴として語った一から十までデタラメな作り話を信じ込み、心底から彼女に同情したのであろう。

宇宙人は無言のまま、眠る少女を見つめる。
その寝顔は、普通の少女と変わりはない。
その安らかな寝息からは、少女が時間重複・563回に及ぶ時間のループを経験してきた時空遡行者だとは想像すらできなかった。



探査用侵略改造生物兵器セスペェリアの持つ超能力の一つに読心能力がある。
研究所の戦いで剣正一とミリア・ランファルトを追い詰めたこの能力によって
セスペェリアは話を聞いている時から既に、時間のループ現象を経験したのが時田自身であること
そしてそれが嘘でも冗談でもない真実であることを見抜いていた。
時田刻が完全な狂人で、自分の時間がループしていると信じ込んでいるのでない限り、彼女は本物のタイム・リーパーということになる。


(だから、もっと詳しく調べてみる必要がある。この娘の、タイムリープに関する記憶の全てを――)

その為には遠距離からの読心だけでは足りない。
もっと近距離から、少女の脳内の記憶をスキャニングする必要がある。


793 : 名無しさん :2014/08/26(火) 19:27:43 iP55ahOsO



無言無音のまま、セスペェリアの体の一部分から触手が屹立した。
これは調査用の触覚である。
セスペェリアは硬直した触手を、あどけない顔で眠る時田刻の口元へと近づける。
形のよい、やわらかな桃色のくちびるに触手が押し当てられた。
口と鼻からの吐息が、触手をくすぐる。

「……ん…………」

少女が起きる気配はない。

「…………」

少女の目を覚まさぬよう注意しながら、セスペェリアはゆっくりと触手に力を込めて、触手の先端を少女の口に含ませる。
触手は閉じられた二枚のくちびるを押し広げ、その下のつややかな白い歯をこじ開けて、ぬるり、と少女の口腔内へと侵入した。
柔らかい頬肉とぬめる桃色の舌に包まれながら、触手はさらに先を目指して、温かな口内を侵していく。

「んんっ…………」

体内に侵入した異物感の所為か、時田刻が微かに呻く。
しかしまだ目は覚まさない。

セスペェリアは気道を塞がないよう慎重に操作して、少女の狭隘な粘膜の奥の地へと触手をゆるやかに進ませる。
そして脳により近いポイントに触手を到達させると、スキャニングを開始した。
目的はループした時間の記憶。


スキャニングを開始する。


ループ開始から563日目の記憶
ループ開始から562日目の記憶
ループ開始から561日目
ループ開始から560日目
559日目
558日目
557日目
556日目
…………
………
……













……
………
ループ開始3日目の記憶
ループ開始2日目の記憶
ループ初日の記憶


スキャニングを終了する。



「ふぅ……」

目的のデータの読み取りを終えると、セスペェリアはゆっくりと少女の口から触手を引き抜く。
触手の先端と少女のくちびるとの間に、まるで別れを惜しむような粘液の、銀色に輝く橋が架かり
一瞬後にはそれも途切れて、少女のくちびるの周りをぬらぬらと穢した。


794 : 名無しさん :2014/08/26(火) 19:28:37 iP55ahOsO

少女の唾液に塗れた触手を仕舞うと、セスペェリアは現在得たデータを整理する。

この記憶が植えつけれた偽物か否か。彼女にはすぐ判別がつく。

時田刻は時間遡行者だ。間違いなく。

そして過去563日のデータを照らし合わせた結果
各一日に生じる変化は全て、彼女の行動の変化のみを原因として発生している。
繰り返される世界に変化をもたらしているのは彼女だけだ。
つまり、彼女自身は気づいていないが
時田刻こそが特異点。タイムループの原因である可能性が高い。


(なんということだ……)

今まで、セスペェリアは時田刻という少女を全く重要視していなかった。

せいぜいが、剣正一たちと戦う際に盾として一緒に始末するか
もしくは京極に殺される所を観察するか
その程度の使い道しかない女だと、そう思っていた。

だが時田刻が時間遡行者――それどころか、時空因果に干渉する能力を持っているとすれば
話はまったく変わってくる。

この少女が時間操作という、まさしく奇跡を引き起こす力を秘めているというのなら
時田刻は、セスペェリアにとって最優先に調査するべき最重要人物となる。


――このイベントでは、君にとっても面白いものが見つかるかもしれないよ――

(お前が言っていたのはこの娘の事か。ワールドオーダー)


全く予想外の最重要対象――その寝顔を見ながら
セスペェリアは自分をこの殺し合いの場に巻き込んだ、『共犯者』の虚ろな笑顔を思い出していた。





あの男と出会ったのは、空が黄昏から宵闇の藍色に変わっていく、そんな時間だった。

――やあ、こんにちは、いや、もう今晩はと言うべきかな――

――僕はワールドオーダー。しがない革命家さ――

――もしよかったら、なんで君が人間のふりをしているのか、その理由を教えてもらえないかな――


黒の紳士服に黒のシルクハット。
白い顔に空ろに穿たれた、歪な笑い。

まるで光と闇の隙間から抜け出してきたようなその男は
自分の正体を知った対象を排除せんと繰り出したセスペェリアの攻撃の悉くを一言の元に封殺し
更に彼女が自分に危害を加えぬよう彼女の情報を書き換えた挙句
能力によって、セスペェリアが絶対に秘すべき彼女の目的までもを聞き出した。


795 : 名無しさん :2014/08/26(火) 19:30:01 iP55ahOsO

――興味深い。矢張り君に話しかけて正解だったよ――

最終手段として自己破壊による証拠隠滅を行なおうとするセスペェリアを、奇怪な革命家はこう言って引き止めた。

――実は今、おもしろいイベントを企画しているんだ――
――なに、企画と言っても、プラン自体はある人物から貰い受けたものなんだけどね――
――君にはそのイベントに、僕のジョーカーとして参加してもらいたいんだ――

そしてワールドオーダーは、彼の企画したイベント――バトルロワイアルについて語った。
正直、セスペェリアには彼が目的として熱っぽく語る『革命』だの『進化』だの『神を超える』だのといった題目は
理解できなかったし、興味もそそられなかった。
しかし、バトルロワイアルに参加して得られる見返りについては心を引かれた。

――このイベントには、かなり個性的な人たちに集まってもらうつもりだよ――
――君の使命が世界を観察し、情報を収集することなら、かなり面白いデータが採れるんじゃないかな――
――このイベントでは、君にとっても面白いものが見つかるかもしれないよ――
――それと……そうだな、君がジョーカーとしてバトルロワイアルに参加し、ゲーム終了まで生き残ることができたなら――
――僕を好きに調査していい。君も知りたいだろう? 君を下した僕の『能力』について――
――それが報酬だ。解剖、生体実験、好きなように検査してくれて構わない――
――本当さ。約束するよ。革命家、嘘つかない――


彼の言った報酬の約束が守られるとは信じていないが、彼が集めるといった面子は『観察対象』として確かに魅力的だった。
それにこの申し出を拒絶したところで、ジョーカーとして従うよう思考を弄られでもしたら仕方がない。

かくて、セスペェリアは男の持ち掛けた『ゲーム』に乗った。



彼女がジョーカーとしてワールドオーダーから受けた指令は二つ。

一つは、研究所のコンピューター内にある首輪のデータを回収すること。
もう一つは、それを他の参加者に目撃させること。

その役目だけ果たせば、後はバトルロワイアルの運行に問題が生じない限り、好きなようにしていていい。
――というのが、彼女がワールドオーダーと交わした契約の内容だった。





(しかし――参加者の中に時間遡行者がいるとは聞いていない)

尤も、セスペェリアがワールドオーダーから聞かされた参加者に関する情報はそう多くない。
精々が名前と顔と簡単なプロフィール程度だ。

ワールドオーダーもこの少女が時間遡行者だということを知らなかったのだろうか?
否、それは考え難い。この娘を選んで連れてきたのは奴自身なのだ。
彼女が特異な存在と知っているからこそ、この催しに参加させたのだろう。

(つまり意図的に――私に情報を隠していたという事か。
 危うく他に二つとない観察対象を見逃すところだった)

誰が本当に重要な参加者なのか。自分で見分けろということか。
あの男は……ワールドオーダーは、宝探しゲームでもさせる気なのだろうか。
セスペェリアは無表情のままだったが、彼女が人間だったなら思わず舌打ちをしていた事だろう。


796 : 名無しさん :2014/08/26(火) 19:32:25 iP55ahOsO



何も知らないまま眠る少女を見下ろしながら、セスペェリアはあの革命狂いが最後に言っていた台詞を思い出した。

――僕はね、このイベントを通じて、ジョーカーである君自身にも良き『革命』の起こらん事を、心から願っているんだよ――

下らない、と彼女は心の中で冷笑する。

ワールドオーダーは何も分かってはいない。幾ら強力な能力を持っていようとも
あの男も所詮は人間――己が信じる乏しい認識が万象の理だと思い込み、己の知悉する狭い世界が宇宙の全てだと思い上がりながら
ちっぽけな星の上をうろつき回っている愚かな哺乳動物の一種――の内の一体に過ぎない。
自分は侵略の為の情報収集用に作られた存在だ。そこに革命の起きる余地など無い。
彼女はただ観察し、調査し、収集した情報を彼女たちの主人に送る。
それだけだ。それだけが生体兵器として作られた彼女にプログラミングされている『悦び』の全てだ。



だから――

目を覚まさない時田刻を前にして、セスペェリアは身体から生やした無数の触手を蠢かせた。。

この娘は、未だ嘗てない程の貴重な調査対象だ。

報酬として提示されたワールドオーダーのデータも、この娘の存在に比べたら物の数ではない。。
ワールドオーダーも時間操作能力を持つが、それはあくまでも限定された時間・空間の範囲内でしかない。
しかしこの少女は、それこそ全宇宙の時間因果へと干渉していたのだ。
それは――奇跡と言うより他にない。



だからこそ――

時田刻を調べたい。
その肉体と精神を検査したい。その動作を余すところなく観察したい。
思いつく限りの実験を施してみたい。彼女が起こす時間の異常を観測したい。その身体を隅から隅まで解剖したい。
少女の脳を、神経を、内臓を、筋を、肉を、骨を、皮膚を、体液を、体毛を
ありとあらゆる手段を使って、この娘の細胞の一欠片に至るまで、徹底的に調査したい。


そして時田刻の時空を操る力の秘密を分析し、解明した時――
この宇宙の因果を震わせる秘密を手に入れた時――
セスペェリアは今までに経験したことのない、至上の『悦び』を味わうことが出来るだろう。



興奮に打ち震えた無数の触手が、健やかな寝息を立てている少女の身体へと殺到する。

だが、その柔肌に触れる直前になって、セスペェリアは触手の動きを止めた。


(待て――落ち着くのだ。時田刻は無二の貴重な調査対象……壊してしまっては元も子もない。
 慎重に調査するべきだ――――慎重に――――)


心中でそう呟くと、彼女は硬化してうねり狂う触手たちをそっと体内に仕舞い込んだ。


闇が光に変わろうとする時間の曖昧な光も届かぬ暗い窟の中
あどけないまま眠る少女の枕頭に、まるで愛し子を見守る女神のように立ちながら
セスペェリアはその無表情な外形の奥で、湧き上がる喜悦に声も出さず嗤っていた。


797 : 名無しさん :2014/08/26(火) 19:33:16 iP55ahOsO
【E-7 鉱山内部 休憩所/早朝】


【京極竹人】
[状態]:負傷、ダンボール箱にみつしり詰まり中
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜2
[思考・行動]
基本思考:???
1:匣にみつしり詰まって殺人衝動から理性を守る。
※次起きた時、殺人衝動が収まっているかどうかは後続にお任せします


【時田刻】
[状態]:健康、睡眠
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、地下通路マップ、ランダムアイテム0〜2、アイスピック
[思考・行動]
基本思考:生き残るために試行錯誤する
1:zzz……
2:セスペェリアさんに対する他参加者の誤解を解きたい。
3:第一回放送までは鉱山にいる
4:京極さんはどうしよう……


【セスペェリア】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、電気信号変換装置、ランダムアイテム0〜2
[思考・行動]
基本方針:ジョーカーとして振る舞う
1:時田刻を調査して時間操作能力を解明したい。
2:他にも調査する価値のある参加者が隠れているのか?
3:剣たちはいずれ始末する
※この殺し合いの二人目のジョーカーです


798 : 名無しさん :2014/08/26(火) 19:33:49 iP55ahOsO
代理投下を終了します


799 : 名無しさん :2014/08/26(火) 19:47:04 byD/u7eU0
代理投下乙です!
三人の魅力がそれぞれ書かれてて、この話で一気にキャラが濃くなった印象
文体が怪奇物っぽいのも雰囲気出てていい感じ
セスペと京極はどっちもやばいし、刻ちゃん心配だなあ
でも刻ちゃんアホ毛カワイイ


800 : 名無しさん :2014/08/26(火) 20:07:34 KlKkkcOI0
代理投下乙です


801 : ◆Y8r6fKIiFI :2014/08/29(金) 00:19:08 JjBmWf3o0
投下します。


802 : ああ、それにしても腹が減る…… ◆Y8r6fKIiFI :2014/08/29(金) 00:20:30 JjBmWf3o0

私――馴木沙奈は、一つの問題に直面していた。
いや、問題って言ったらもうこの状況自体が一つの問題なのだが、とにかくその問題の中でまた難題に直面したのである。

結構歩いた気がするが、誰とも出会わない。
平野をとっとこ歩いている以上、人影のひとつくらいは見つけてもよさそうなものなのだが、人っ子一人見つからないのだ。
あんだけ派手に爆発が起きたっていうのに誰一人寄って来る人はいなかった。
いや、むしろ爆発したから誰も寄ってこないのか。
そりゃ建物が思いっきり爆発するのなんか見たら、普通の人間は逃げるだろう。
寄ってくるのは普通じゃない人間だろうし、そういう人間に対して話が通じる確率は普通の人間と比べれば低いと思う。
だから誰とも出会わなかったのはもしかしたら幸運なのかもしれないが、しかし問題はそんなことではなかった。

ミュートスさんは夜歩きに慣れないこちらに歩調を合わせ、何度か休憩をとってくれている(思えば、これも他人と出会わなかった原因である気はしなくもない)。
その休憩で発覚した――というか、気付かされた事実がある。

「……ない」

私に配られたらしい鞄は旅館ごと爆発していたので、当然のことながらその中身もなくなっていた。
いや、別にその中に個別に入っていたらしい武器やなにやらが恋しくなったわけではない。
そんなものを配られたところで、一般人で、今まで清く正しく――かどうかはともかく、ともあれ普通に生きてきた私に使えないのはわかっている。
ミュートスさんなら使えるかもしれないが、まあそこは今直面している問題とは離れたことだ。
問題は、

「水が、ない……」

そう。基本支給品、という奴である。
名簿や地図はミュートスさんに見せてもらったものが頭の中に入っているが、食料や水はそういうわけにもいかない。
この島は真夏みたいな暑さではないし、ちょっと水分補給を怠った程度で脱水症を起こすわけでもないが、それでも飲まず食わずで生きていられるわけがないのである。
飲まず食わずでは三日、水を飲んでいても一週間――だっただろうか。
サバイバルなんてやったことのない女子高生のうろ覚えの知識だから実際にそうなのかは微妙なところだったが、別にもつのが何日だろうと、飲まず食わずの衰弱した状態でこんな場所にいれば命が危ういのは間違いのない話だ。

年下の女の子に飢えた思いさせるほど薄情でも間抜けでもないわよ――とは、ミュートスさんの言だったが。
単純に分け合うにしたって、二人で一日半――もうちょっと小分けにしても、二日程度が限度だろう。

「――おっかしいのよね」

何度目かの休憩。
ミュートスさんは、そんなことを言った。

「おかしいって、なにがですか」
「だってさ、考えてもみなさいよ。三日分よ、三日。
 沙っちゃんみたいな間抜けな話がなくっても、食料と水は三日で終わり。おかしいって思わない?」

言われてみれば、三日という日数は微妙なようにも思える。
三日。この島にいる数が70余人だから――単純に言えば、一日25人ペースで人が死なないといけないわけである。
もちろんこんな状況下で常識の範囲の物言いはできないが、それにしたってそんな速度で人死にが出続けるものだろうかとは確かに思う。

「三日以内にケリつけてほしいのかとも思ったけど、そンなら『三日以内に終わってなかったら全員の首輪を爆破する』って言っておけばいいでしょ。
 わざわざ遠まわしな『6時間ルール』なんて必要ないじゃない」

それもごもっともな話だ、とは思う。
なにかこちらに制限を科したいのなら、あちらから言えばいいのだ。
それをするための生殺与奪の権利は握っているのだから。


803 : ああ、それにしても腹が減る…… ◆Y8r6fKIiFI :2014/08/29(金) 00:20:56 JjBmWf3o0
「わざわざこんな御大層なことしといて、食糧をケチったとかでもあるまいし。
 ……とーなるとー。やっぱりそーいうことかしらねえ」

綺麗な顔を忌々しげに歪めながら、ミュートスさんは一人で納得したかのように呟いた。
――別に特段興味のある話題というわけでもないのだが、それでもあちらから話題を振っておいて一人で納得されると、少し気になるものがある。

「うん?
 いやいやいやいや沙っちゃん、簡単な話よ。食糧が足りなくなるとして。一番単純な食糧を手に入れる手段はなにかってハナシ」

ああ、なるほど。
そう言われれば、沙奈にだってその辺は理解できる。
足りないものを手に入れるための一番単純な手段。あるところから持ってくる。
それはこの島では、他人から奪ってくることを意味する。
――要するに、食料を巡っての殺し合いだ。

「タイムリミットっていうよりは、速度を上げるための仕掛けね。
 ――ただまあ、あたしらにとっちゃタイムリミットにもなるけど」

他人を襲って食糧を奪うという選択肢は、私達にはない。
友好的な相手なら食料を分けてもらうという選択肢はあるが、それにしても絶対量は変わらない。
相手の方から襲ってきたならともかく――いや。そもそも襲ってきた相手だろうと、殺すことなんて考えたくもなかった。

「ま、島の中に食糧がある可能性はないとは言えないけどね。
 食糧が無くなってから島の中で食糧が見つかったら、それこそ奪い合いになるわよ。
 そもそも水は上水道が生きてるなら街から手に入るし、そうでなきゃ川の水なりを煮沸するなりすれば飲めなくはない。
 食べ物は保存食とか残ってる可能性もあるし、動物とかいるならそいつを調理すればいいし」

半ばサバイバルめいたことを言いながら、ミュートスさんはけらけらけらと笑った。
この状況でも、そんな風に笑える在り方を、ちょっとだけ羨ましく思う。

――絶対に死なないし、殺しもしない。
そう啖呵こそ切ったが、それは自分も言ったように『普段通り』――一般的な学生にとって、当然のことでしかない。
そもそも、沙奈が殺そうとして殺せる相手の方が少ないだろう。
こんな場所でそんな『普段通り』を貫く方が苦しいし、ミュートスがそれを自分に期待しているのは理解している。
それでも、誰かのために動けて、誰かを守れる在り方に、羨望を感じないとは言えなかった。

――もちろん、ミュートスがその在り方に行き着くまでには色々とあったのだろうし(本人の言が正しければ、ヒーローとの戦い――あるいは殺し合いは日常茶飯事のはずだ)。
簡単に考えていいものでもないとはわかっているけれど。

「さて、と。
 ンじゃ休憩終わり、でいいわよね?」

当のミュートスさんは服の埃をぱんぱん、と払いながら立ちあがっている。
慌てて私も立ち上がった。

「よし、そンじゃちょっと明るくなってきたし走るわよ。全速前進ってやつね」

――え?

「え? じゃなくて。さっき話したでしょ? 街目指して突っ走って、食べ物と水探しよ。
 ああ、大丈夫大丈夫。
 一応妊婦だし、走る速度は加減するわよ」

そんなことを言いながら、既にミュートスさんは街へと走り出していた。

――やっぱり、激しく遺憾である。

[E-6・草原の北端/早朝]

【馴木沙奈】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本行動方針:ゲームから脱出する
1:ミュートスに従い、街へと向かう
2:協力者を探し、首輪を外す手段を確保する

【大神官ミュートス】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(確認済)
[思考]
基本行動方針:ゲームから脱出する
1:北の市街地へと向かう、食料と水を探す
2:協力者を探し、首輪を外す手段を確保する


804 : 名無しさん :2014/08/29(金) 00:21:25 JjBmWf3o0
投下終了です。


805 : 名無しさん :2014/08/29(金) 00:49:24 snGsVU5s0
投下乙です!
やっぱミュートス姐さんは頼りになる大人だ
そして食糧問題を殺し合いのエサにするとは。その発想はなかった


806 : 名無しさん :2014/08/29(金) 19:32:46 mYR2.pI.0
投下乙
他は激戦区だったが、この組は他の組に比べると結構安全に進んで行けましたね
ミュートスも考察を進めてるのでなかなか順調ですね、果たしてこの後も無事で協力者に合う事ができるか…?


807 : ◆H3bky6/SCY :2014/08/31(日) 14:20:15 jYqOhghQ0
問題なさそうなので仮投下したやつ投下します


808 : 内緒話 ◆H3bky6/SCY :2014/08/31(日) 14:20:55 jYqOhghQ0
粉雪の様な粒子が蝶のように舞い飛び、描く光の螺旋は渦となる。
渦は徐々に人型を描き、その中心に一つの存在を浮かび上がらせた。
形どられたのは一ノ瀬空夜という人間の形。
世界を渡る旅人が次に向かう世界は如何な世界か。

新たな世界に辿り着いた一ノ瀬は僅かに目を細め辺りを窺う。
冷静な洞察力こそ彼の最大の武器である。
だが、彼の洞察力を持ってしても、現状は殆ど解らなかった。
なにせ目に入るのは見渡す限り切り取られたような四角のみ。
四方に窓などはなく、外部の様子は見てとれない。
足元から伝わる僅かな揺れと独特の上昇感。地鳴りのような唸りが一ノ瀬の耳を打った。

どうやらここはエレベーターの中のようである。
偶然にも呼び出されたエレベーターの中に降り立ってしまったのか。
目的地に向かうエレベーターの中には彼以外に誰もいない。

直通エレベータらしく、階数表示や開閉以外のボタンは見当たらなかった。
いったいどこからどこに向かおうというのか。
不安など抱く性質ではないが、不気味といえば不気味な状況である。

チンと到着を告げるベルが鳴り、二重構造の扉が開く。
エレベータを呼びたしたと思しき人物は確認できない。
その先に見えたのはただ一直線に続く薄暗い通路だった。
はたして何処に繋がる道で、そこに何があるか。
様子を窺おうにも視線は闇に薄くぼやけ確認することはできない。

一ノ瀬はそんな暗闇を一瞥すると、対した躊躇いもなくエレベータから一歩踏み出た。
薄暗い空間にカツンという足音が反響する。
前に進む動きに合わせて、左右の天井からライトグリーンの淡い光が燈った。
踏みしめる地面の感触は鉄とも石ともつかない。
この空間自体、無機質な、どこか牢獄のような圧迫的な閉塞感を感じる。

どれほど歩いたのか、異様に長い廊下を進んでいた一ノ瀬が足を止めた。
目の前には冷たく閉じる扉が一つ。
これまでの道筋は一本道で途中扉らしきモノはおろか窓一つなかった。
踵を返しエレベーターまで戻るか、この扉を開くしか選択肢はなさそうである。

誘われるような感覚を覚えながらも一ノ瀬は扉横のスイッチを押した。
スイッチの光が赤が緑に切り替わり、鋼鉄の扉が軽やかにスライドする。

「やあ」

部屋の中心から色のない声があった。
扉を開いた先に待ち受けていたのは、3人は座れるであろう皮張りの高級ソファーに我が物顔で座る一人の男だった。
パーカーにジーンズというずいぶんラフな格好になっているが、口元に張り付く笑みの禍々しさは何一つ変わっていない。
思わず一ノ瀬の口が、見覚えのあるその男の名を衝いた。

「――――――ワールドオーダー」

それは今しがた一ノ瀬が脱出した、バトルロワイアルの主催者。
その魔の手から逃れたはずの世界を渡る旅人だったが、結局は彼の手元に戻ってきた。

「とりあえず座りなよ。アイスティーでいいかな? それとも君の故郷の日本茶や抹茶の方がいいかな?」

テーブルを挟んだ対面のソファーへ着席を促されるが、一ノ瀬は視点を一点に向けたまま動かない。
一ノ瀬の視線が向けられるのはワールドオーダーにではなく、その足元。
床に転がる砕けた黒い水晶髑髏に対してだった。

「ああ、これ? 別に僕がやったわけじゃないよ。彼が勝手に死んだだけだから」

その視線に気づいたワールドオーダーが何でもない事のように言う。
余りも投げやりなその物言いに、一ノ瀬は僅かに眉を潜めた。

「真逆。勝手に死ぬ訳が無いでしょうに。何より彼は殺した所で死ぬ相手でもない」
「いやいや、本当だって。確か――――」


809 : 内緒話 ◆H3bky6/SCY :2014/08/31(日) 14:22:46 jYqOhghQ0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「おや、おかしいですねぇ。こんなところに来たつもりはないのですが」
「ああ、悪いね。あの世界はどういう手段、過程、方法を辿ろうと、脱出するとまず最初にここに辿り着く。そういう設定になってるんだ。
 まあ、とりあえず掛けなよ。お茶でもどうだい?」
「いただきましょう。あ、出来ればコーヒー頂けます?」

ふと道すがら知り合いと出会った時の様な、互いに特に気張るようでもない会話だった。
月白氷は平然とした足取りでワールドオーダーに近づいてゆくと、対面のソファーに深々と腰掛けた。
その前には既に白い湯気の立つコーヒーカップが置かれている。

「ミルクはいるかい?」
「いえ、私ブラック派ですので」

そう、と相槌を打つとワールドオーダーは差し出そうとしたミルクを自分のティーカップに注いだ。
注がれたミルクが拡販し、白い模様が花のように広がり交じり合う様に融けていく。

「でさぁ、困るんだよねぇ。首輪を外すのは別にいいんだけど、君はあの場で誰かに倒されてちゃんと死んでもらわないと。
 ま、今となってはちょうどいい代わりが出来そうからいいんだけどさ」
「と言われましてもねえ、そちらの事情なんて知らないですし。そもそも私、死にませんからねぇ」

そう言って漆黒の髑髏は漆黒の珈琲を啜る。毒殺など微塵も警戒していない様子だ。
何故なら死神に死などない。故に死を恐れる必要など何一つないのだから。

「ああ、その辺は大丈夫。僕がその辺の設定は既に変えてある。
 君はもう不死じゃないから安心していい」

平然とそう言い、ワールドオーダーもミルクティーを一口飲んだ。
その言葉に月白氷の動きがピタリと止まる。
一瞬の沈黙の後、カタカタと音を立てて髑髏が嗤う。

「笑えませんねぇ、その冗談」
「え、そう? 大爆笑だったじゃん」
「私の不死を無くしたっていうのはあれですか? パーソナリティを書き換えるとか言う? 私そんな事された覚えはないんですけど?」
「そ。『自己肯定・進化する世界(チェンジ・ザ・ワールド)』っていう名前の能力なんだけど。まあ覚えがないように変えたからねぇ」
「たしか、聞いた話ではその能力って書き換えられるのは人格だけって話じゃありませんでしたっけ?
 私の不死を無くすとか、そんなことができるんですか?」
「誰がそんなこと言ったのか、は、まあ知ってるんだけど。できるよ、少なくとも僕のやつは。疑うのなら試してみるといい」

そう言ってワールドオーダーが対面の月白へと向かって何かを弾いた。
テーブルの上を滑るように転がり、月白の手元でピタリと止まったのは、大口径のマグナムだった。

「お友達の言葉と自分の不死を信じるなら、自分の蟀谷に向けてその引き金を引いてみればいい」

沈黙が下りる。
死神である月白氷は拳銃程度では死なない。
それどころか何をしたところで死なない。死など生まれながらに超越している。
だが、ワールドオーダーは言った、月白氷の不死を打ち消したと。

「別に不安なら使ってもいいんだよ? 君のお得意の能力を」

侮蔑するような笑みと共にワールドオーダーが言う。
その言葉の通り、例え本当に不死が失われていたとしても、『奇跡の幸福』を使えば引き金を引いたところで『幸運』にも弾丸は発射されないだろう。
だが、それを使用するという事はワールドオーダーの言葉を認めるというのと同義だ。
真にワールドオーダーの言葉を否定るするならば、彼の言うとおりこのまま引き金を引くしかない。
ワールドオーダーは能力ではなく、言葉だけで『奇跡の幸福』を封じた。


810 : 内緒話 ◆H3bky6/SCY :2014/08/31(日) 14:23:26 jYqOhghQ0
互いににらみ合う様に動きを止め沈黙が空間を支配する。
その沈黙を打ち破ったのはワールドオーダーの方だった。

「うそうそ、冗談だって」

そう言って、ワールドオーダーが月白の眼前のマグナムを取り上げ破顔する。

「いや、そこまで君がマジになるとは思わなかよ。
 てっきり簡単に引き金を引いて見せてくれると思ってたからさ」

ワールドオーダーはクルクルと銃で手遊びしながら、言葉の端々から漏れる笑みを噛み殺す。
そして、遂には堪えきれずにケタケタと声をあげて笑い始めた。

「大体、死神のくせに死に怯えるだなんて恥ずかしくないのかい?
 仮に本当に死ぬのだとしても、そこは笑って死んでおけよ、死神としてさ」

ワールドオーダーの言葉に月白は何も言い返せない。
一瞬でも躊躇った時点で、月白の負けだった。

「ほら」

ワールドオーダーはポーンと山なりに銃を投げ渡す。
反射的に月白はその銃をキャッチしてしまった。

「もう一度チャンスを上げるよ。
 別にもう強制はしないさ。
 さっきの続きをするでも、それを僕に向けるでも好きに使うといい。
 僕はその決断を見守ろう」

慈悲深い聖者のように優しく、ニッコリと笑う。
その笑みに導かれるように死神が銃を動かし、引き金に指を掛ける。
その銃口の先は、

「さあ――――――撃て」

銃声が響いた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


811 : 内緒話 ◆H3bky6/SCY :2014/08/31(日) 14:25:00 jYqOhghQ0

「――――あとは勝手に彼が自殺しただけさ。
 ま、彼の強さは自分が死を超越した存在であるという前提があってのものだったからね。
 種として強いだけの存在なんて、強みを取っ払ってしまえば面白くもない」

そう詰まらなさ気に締めくくるワールドオーダー。
話を聞き終えた一ノ瀬は、呆れたように首を振った。
一ノ瀬から言わせれば話に乗った時点で月白氷の負けだ。
話の流れなど無視して、問答無用で『奇跡の幸福』を使えばよかったのだ。

とはいえ、一ノ瀬も現在の世界の設定を把握できない以上、迂闊には動けない。
相手は大胆なようで慎重。
無防備なようで用意周到。
考えなしの様で幾重にも策を巡らせている。
そういう相手である。

「けれど結局、不死が解除されたというのは嘘だったんでしょう?」
「ああ嘘だよ、彼に『自己肯定・進化する世界』を仕掛ける暇なんてなかったからね」

一ノ瀬が先ほどの話の嘘を暴くと、嘘つきはあっさりとその言葉を肯定した。
だが、事実として不死の死神が死んでいる。
ならば、どういう手段をとったと言うのか。

「本当に仕掛けがあったのは銃の方でね。銃に『不死殺し』の設定を加えていたのさ。
 それに世界は『攻撃』は『跳ね返る』設定になってたし、どう転んでも同じ結果だったという訳だよ」

楽しげにネタ晴らしをするその言葉は、他愛もない悪戯をした少年のようもあった。

「とんだペテンだ。真逆、口八丁で死神を自殺させる人間がいるとは思いませんでしたよ」
「そう? 口八丁って意味じゃ君も似たようなモノだろう?」

その言葉に一ノ瀬の脳裏に思い返されるのは、先ほど会場で交わした音ノ宮・亜理子とのやり取りである。

「同じにされるのは心外ですね。あの時の彼女には必要な言葉だった。
 それにあの推論も外れているとは思っていませんよ」
「くく。なんだっけ? 僕がただの一介の女子高生の願いによってこの殺し合いを開いたとだっけ? なかなか、面白いことを言うねぇ」

小バカにしたようにワールドオーダーは喉を鳴らしてくつくつと笑う。

「――――まあその推察は正解なんだけど。
 けど正確ではないな。僕が叶えたのは彼女だけの願いではないよ」

そう言ってワールドオーダーはピンと指を立てる。

「悪を成したいという悪人の願いも、悪を裁きたいという探偵の願いも、魔王をこの手で討ちたいという勇者の願いも、殺し合いを続けたいという優勝者の願いも、意中の相手と危機的状況を乗り越えて思いを深めたいという少女の願いも、強くなりたいという剣術家の願いも、外の世界が知りたいという竜族の願いも、忠義を尽くしたいという忠臣の願いも、再び輝く舞台欲しいという元神童の願いも、人間を知りたいという宇宙人の願いも、ループから抜け出したいという少女の願いも、己の体質を治したいという少年の願いも、最強を証明したいという強者の願いも、戦いたいという戦士の願いも、ただ殺したいという殺人狂の願いも、etc、etc」

次々と指折り並べ立て、数えたるや74本。
そして、ゆっくりと最後の指を折る。

「そして、僕の願いも、か。
 殺し合い、という大前提があるせいで多少人選が偏ってしまったけれど、まあそこはご愛嬌。
 誰もが願いを叶えられる可能性のある。ここはそんな夢の舞台だよ。君もそうは思わないかい?」

ワールドオーダーの問いに、一ノ瀬は呆れたように口を開く。

「真逆。その殺し合いと言う前提が最悪なんですよ。
 大体、誰も貴方なんかに願いを叶えてくれなどと頼んだ覚えもない。
 それに叶え方も最悪の一言だ。これじゃまるで猿の手か何かだ。
 こんなのは有難迷惑にもなりはしない。ただの迷惑です」

率直かつ辛辣な叩きつけるような意見だった。
この批判を受けても、ワールドオーダーは変わらず口元を楽しげに歪めている。


812 : 内緒話 ◆H3bky6/SCY :2014/08/31(日) 14:26:40 jYqOhghQ0

「これは手厳しいね。せっかく君の願いも叶えてあげたというのに」
「却説。僕に願いなどありませんよ」
「そう? なら目的と言い換えようか」
「何の話か分かりかねますね」

応えるその声に感情の色はない。
一ノ瀬は変わらず無表情のまま、眉ひとつ動かさない。
対して問い詰めるワールドオーダーはドラマのようなオーバーなアクションで楽しげな表情を張りつかせていた。

「おいおい、どうして知らないふりをするんだい?
 とっくに気づいているんだろう? だって君は――――」

そこでワールドオーダーは溜めを作るように言葉を切る。
笑みの張り付いた口端が、徐々に地割れのように歪に吊り上っていく。

「――――最初から『自己肯定・進化する世界』が使えたんだから」

突きつけられた言葉に対して、一ノ瀬は何も言い返さない。
ただ無言のまま目を細め、冷たい視線を返すのみである。

「君に『異世界の放浪者(ワールド・トラベラー)』を与えた時に、君は僕の『自己肯定・進化する世界』を見ている訳からねぇ。
 君のためにわざわざあの場で使ってやったんだぜ?
 あの瞬間君は確信したはずだ。僕こそが君の探し求めていた相手であると。
 僕を探すのが君の目的だったんだろう?
 それを目的にずっと旅を続けてきたんだろう?
 だとすると、もう旅をする理由がなくなってしまったねぇ。
 つまり、ここが君の結末(ゴール)だ。おめでとう一ノ瀬くん」

全てを操る主催者から、パチパチパチとまばらな拍手が送られる。
一ノ瀬は何も言い返さず、ただ大きな溜息を一つ零した。

「――――莫迦らしい。
 そこまで見え透いた挑発なんて、迚も乗る気も起らない」
「おや、自らの始まりを否定するのかい?」
「別に『自己肯定・進化する世界』を知っていた、という点は否定しませんよ。
 だがそれだけだ。僕の探し人は貴方ではない。あの男と貴方では余りにも違いすぎる。
 それに、僕のためにあの場で能力を使っただなんて、笑わせるなよ道化師」

その言葉はナイフのような鋭さを持って突きつけられた。
一ノ瀬の記憶に焼きついた男と目の前の男の外見は似ても似つかない。
あれ程熱烈に焼付いた相手を一ノ瀬が見間違うはずもない。

「その違いの意味も君なら理解できているだろう?
 『僕』は『僕』さ。細かいことを気にするなよ」
「話になりませんね。どうやら貴方とは個人に対する認識があまりにも違いすぎるようだ」
「そうかな? それでも話し合いで解決できるレベルの齟齬だろう」
「これ以上続けても水掛け論にしかなりませんよ。そんなに納得させたければお得意の解釈の押し付けでもしてみたらどうです?」

突き放すような一ノ瀬の言葉に、はて、とワールドオーダーは首をかしげる。

「何のことだい?」
「貴方のもう一つの能力の事ですよ。こちらはあの場が初見だったが既にこの目で見ている。
 あなたの能力のカラクリなど、既に察しがついている」
「ふむ。何か誤解があるようだ。
 君の能力はあれだね、火を使える能力だという事は分るし火のつけ方もわかるが、何故火が出るのかまでは理解できないようだ。
 僕の『未来確定・変わる世界(ワールド・オーダー)』は言葉の解釈を押し付ける能力なんかじゃないよ。そじゃあただの言霊使いだろう?
 この能力はさ、文字通り『世界』を変える能力なんだぜ?」

自慢げに口を吊り上げ俯き加減にワールドオーダーは笑う。

「貴方からすればそうなるのでしょうね。だが貴方の言う世界とは、貴方の主観的世界の話でしょう?
 言葉は物事の本質足りえない、言葉の解釈など個人によって異なる。故に言葉が客観的世界に影響を及ぼすことなどありはしない。
 だが事実として貴方は能力により現象を引き起こしている。
 ならば、それはその言葉を貴方が解釈をしそれを他者に押し付けているという証明に他ならない。そうでなければ齟齬が起きる」

事実を解体していくような一ノ瀬の言葉。
それに対する採点者の態度は余りよろしくない。


813 : 内緒話 ◆H3bky6/SCY :2014/08/31(日) 14:27:56 jYqOhghQ0
「それは君の解釈だ。君が使えばそうなるだろうね。
 習うより慣れろだ、試に一度使ってみればよかったんだよ。
 そうすれば、この能力の本質につには君ならばスグ気づけただろうに。
 まず、この能力が言葉を起点としているという認識が間違いだ。仮に起きる結果が同じだとしても過程が違う。
 それにこの能力が自分の解釈を好きなように押し付けられるような便利な能力ならば、自分だけは例外とでもするさ」

自嘲するような笑みと共にワールドオーダーは言う。

「なら、意味の解釈による齟齬をどう解決すると言うんです?」
「簡単さ、意味を解釈し処理を実行する第三者が常に存在すればいい」

あっさりと提示された答え。
第三者、と反復しその言葉の意味する所を一ノ瀬は瞬時に理解する。

「その第三者があなたの言う『世界』だと?」

然りと、この言葉を肯定する。

「それこそ不可能だ。世界に意思などない。
 意思がなければ、言葉の解釈などできるはずがない」
「だから、この能力の対象は『言葉』ではなく『世界』なんだって。
 君も言ったろ世界は主観的世界と客観的世界の二つに分けられると。
 そして個人が自由にできるのは主観的世界だけ。ならば答えは自ずと見えてくるはずだ」

思考を導くような言葉が並べられる。
それだけのヒントが提示されて理解できぬ一ノ瀬ではない。
その結論は呟きとして漏れた。

「入れ替える…………?」
「そう 主観的世界を作り変えたうえで、客観的世界と入れ替えればいい。
 君の言い方を借りるなら押し付けるでもいいけどね」

世界の秩序を入れ替える改革の能力。
故に――――ワールドオーダー。

「そのため効果範囲は僕の認識している範囲の世界に限られるがね。
 わざわざ測ったことなんてないから正確な数字は知らいけれど。
 まあ個人に認識できる世界なんて大した範囲ではないのだろうね」

正確な数字を知らないというワールドオーダーと違い、一ノ瀬は己の能力により効果範囲が200mという事は知っている。
だが、半端な効果範囲の意味はここで初めて知った。
これが本来の能力者とコピー能力者との認識の違い。

「ならば、貴方はその能力で世界を自在に組み替えられると?」
「だから、そこまで便利な能力でもないさ。制約は君の知っての通り山のようにある。
 この辺は、まあ能力の限界というより世界の限界だね。
 完成された神様の作ったシステムを弄るんだ。齟齬が大きければ世界が破綻してしまう」

言って、ワールドオーダーは言葉を切った。
一ノ瀬はその発言を吟味する。

「『完成』された『神様』、ね」

先のどの発言の中で、一ノ瀬が最も気になったのはその一点だ。
初めて述べられた言葉ならともかく最初の説明の時も出た単語である。
それはつまり、根強く彼の思考に根付いた言葉という事だ。

「貴方は神様に対して、随分と特別なイメージを持っているようだ。
 それが宗教的なモノなのか、漠然とした妄想なのかは知りませんが」

だが、目の前の男はどう見ても信心深いようには見えない。
十字架や数珠と言った宗教的なアクセサリーはどこにも見受けられない。

「君は信じてないのかな、神様?」

この問いに一ノ瀬は答えず、僅かに肩をすくめる事で返した。

「ふむ。君は無神論者かな? 死神の知り合いがいるのに? まあ日本人だしね、その辺の価値観は独特だ。
 けど僕が言っているのはそこに転がってる死神や、会場にいる邪神のような名ばかりのちゃちな神の話じゃない。
 偶像だとか宗教だとか想像上の存在だとか、そんな曖昧で漠然としたモノの話でもない。
 ――――『神様』は居るんだよ、本当に」

告げる口元は、これまで以上に邪悪に歪んでいた。
人間らしい感情の色など見えなかったこれまでと違い、その言葉にはむせ返るような熱が帯びている。


814 : 内緒話 ◆H3bky6/SCY :2014/08/31(日) 14:29:09 jYqOhghQ0

「支配者がいると知ってしまった以上。『革命』するしかないだろう?」

言って革命者は天を指さす。
そこにいる何かに向けて、付きつけるように。

こちらに向けて指をさしていた。

その神が何を指しているのか。
神に対する革命とは何か。
それがこの殺し合いとどう繋がるのか。
一ノ瀬の理解力を以てしても分らないことは山のようにある。
ただ、感想だけならば一言で言い表せた。

「――――イカれてる」

「その感想は今さらだろう」

一ノ瀬の侮蔑も気にせず、ワールドオーダーは笑みを浮かべた。
どこまでも楽しそうに。狂ったような笑みだった。

「さて、じゃあそろそろ本題に移ろうか。ここに来てしまった君をどうするかという話さ。
 ここは第二ステージみたいなものでね。まあ、流れによっては、最終ステージになるかもしれないけど。
 どちらにせよ、まだ参加者が訪れる段階じゃないんだ。
 そこで、だ――――君には三つ選択肢をあげよう」

言ってワールドオーダーは一ノ瀬に向けて三本の指を突き付ける。

「まず一つ。首輪を付け直して、元の会場に戻る」
「貴方の手駒として、という事ですか?」
「ん? まあその辺はどっちでもいいよ。そうしてくれるならありがたいのは確かだけどね」
「つまり何の縛りも制約もなく、ただ戻す、と?」

ワールドオーダーは軽く頷き、この言葉を肯定する。

「物好きですね。そんなことをしたら確実に僕はあの殺し合い自体を破壊しますよ
 正直、貴方が何をしようが興味はないですが。これ以上付き合わされるのも煩わしい」
「そうなの? まあ別に止めはしないよ。そうしたいなら思うがまま好きに動けばいいさ。
 会場には僕もいるしね、その辺は心配はしていないさ」

そう言ってワールドオーダーはズズと冷めたミルクティーを啜った。

「そして次の選択肢は有体で申し訳ないのだけど、そこのそれのようにここで死んでもらうかだね」

そう言って、視線で地面に転がる砕けた髑髏を指す。
その死の宣告に対して動じるでもなく一ノ瀬は平然と応える。

「それは無理でしょう」
「無理とは?」
「だって貴方、参加者を攻撃できないじゃないですか」

当たり前の事のように放たれた一ノ瀬の言葉に、ワールドオーダーはニィと笑った。

「何故、そう思うんだい?」

待ちきれないと言った風に目の前の相手の言葉を促す。

「最初の違和感は首輪を爆破しなかったことだ。
 首輪は大事な強制力だ。その信用を高める意味でもあそこで見せしめとして一つ爆発させるべきだった。
 参加者が惜しいというのならば、デモンストレーション用の人員を別に見繕えばいいだけの話だ。
 あの少年を用意した、貴方にその程度の事ができない訳もない。
 次に月白氷をわざわざ自殺するよう導いたこと。
 彼を排除したければ貴方の能力で『死神』は『消滅』するとでも言えばいい。
 そのほうが圧倒的に手っ取り早いし確実だ。
 そして決定的なのが、いまだに僕を攻撃する気配を見せないこと。
 以上の点から――――貴方は参加者を攻撃できないと推測できる」

滑らかに一ノ瀬は根拠を述べ、最後に結論を告げる。
ワールドオーダーは反論もせず、ただ静かにその弁論を聞いていた。
その態度は、不気味と言えば不気味だった。


815 : 内緒話 ◆H3bky6/SCY :2014/08/31(日) 14:32:47 jYqOhghQ0
「――――いいね。君はいい、すごくいい。
 だけど、聊か情熱に欠けている。それじゃあ、ダメだ」

パァと花のように喜びを見せたかと思えば、すぐさま頭を振るう。
その態度が何を意味しているのかは分からないが、どうやら推察の内容に対してではないらしい。

「推察自体はご明察。
 と言いたいところだけど、確かにそういう縛りは設けているが、正確には攻撃できないのではなくて、攻撃しないだけだよ。
 今はまだ、その段階ではないからね」
「段階ね、さっきから何の段階なんですか?」
「計画の段階さ。何の計画かは秘密だがね」
「…………」

一ノ瀬は押し黙る。
目の前の相手はお喋りなようで、意図的に情報を漏らし操作してる節がある。
問い詰めたところでこれ以上の情報を漏らすことはないだろう。

「そして最後の選択肢だ。元の世界に戻って平穏に暮らす」

流石にこの選択肢は予想外だったのか、これには一ノ瀬も目を見開いた。

「元の世界とは?」
「そのままの意味さ。世界を漂流する以前に君が暮らしていた本当の君の世界だ。
 なんだったら、元の学校に学生として復学させてあげてもいい」
「…………そんなことがあなたに可能なんですか?」
「可能だよ、そもそもその『異世界の放浪者』を誰が与えたと思っているんだい?」

一ノ瀬は押し黙る。
他の選択肢に比べ、話が旨すぎるなんて次元じゃない。
ここまで露骨に怪しいとその真意を推察すらできない。

「そう訝しむなよ。これは純粋な善意の提案だぜ」

そう言って、ワールドオーダーは机に三つの物を並べてゆく。
一つはあの会場で一ノ瀬がつけていたのと同じ首輪。
一つは月白氷を撃ち抜いた銃。
そしてもう一つは一ノ瀬が肌身離さず持っていた、そしてこの殺し合いの際に没収された高校時代の集合写真である。
それぞれが三つの選択肢を示していた。

「そろそろ放送の時間だから僕は少し席を外させてもらうよ。
 それほど急ぐ必要はないけれど、せめて僕が放送を終えて戻るまでにどれにするかは決めておいてよ」

そう言って、ワールドオーダーは立ち上がると、あっさりとその部屋を後にする。
残されたのは一ノ瀬と砕かれた水晶髑髏だけだった。

そして、彼の目の前には首輪と銃と写真がある。

こんな選択肢は無視して、ここを脱出するという選択肢も当然ある。
だが、その程度相手も承知の上だろう。
何らかの対策は打たれていると考えるべきだ。

『異世界の放浪者』の力ならば、問答無用で世界を渡れるが、『異世界の放浪者』は一ノ瀬の任意では発動できない。
それ以前に、役割を終えたという『異世界の放浪者』が発動するどうかも怪しい。

放送のためにどこまで行ったのかは分からないが、放送自体は連絡事項を告げるだけだ。恐らく戻ってくるまで10分とかかるまい。
戦うにしても逃げるにしても選ぶにしても、それまでに決断を下さなければならない。

世界を渡る旅人が下した結論とは。

【月白氷 死亡】

【???/??】
【一ノ瀬空夜】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:選択する


816 : ◆H3bky6/SCY :2014/08/31(日) 14:33:13 jYqOhghQ0
投下終了です


817 : 名無しさん :2014/08/31(日) 20:59:12 y2egb6kc0
投下乙です。
いよいよ第一回放送ですね。


818 : 名無しさん :2014/09/01(月) 03:07:18 zLYs3Rro0
放送案募集開始

期間は9/8の23:59:59まで

放送案を出したい人は仮投下スレに随時投下してください

複数放送案が集まったら、9/9の00:00:00〜23:59:59で投票を行います

ではよろしくお願いします


819 : 名無しさん :2014/09/01(月) 12:37:15 WwAUA.hE0
投下乙です

放送まで行けたか


820 : 名無しさん :2014/09/02(火) 23:54:31 a.eMoWBQ0
投下乙です。ワールドオーダーの能力壮大すぎるw
今までの名誉挽回って感じかな?
ついに第一放送か。こっちも結構脱落者がいるんだっけ
こっちも楽しみ


821 : 名無しさん :2014/09/08(月) 22:13:31 1UmkMVwY0
告知

現状、放送案が一つしか集まってませんので、
9/9 00:00:00から通常予約を再開したいと思います。
通常投下の再開は本スレに第一回放送が投下されてからです。

また放送案の期限は本日の23:59:59まであります。
今からでも放送案出してみたいと思う方、ぜひ仮投下スレに投下してください。

その場合、通常予約の再開時刻を一日ずらし、
9/9 00:00:00〜23:59:59まで投票期間を設けます。

以上でよろしくお願いします。


822 : 名無しさん :2014/09/08(月) 22:31:29 ZgYYkWsw0
別の候補来とるで


823 : 名無しさん :2014/09/08(月) 22:50:24 1UmkMVwY0
書き込む前に仮投下スレチェックしとくべきだった、すみません
どっちが第一回放送になるのか楽しみです


824 : 名無しさん :2014/09/09(火) 00:27:29 HgIA4rWM0
第一回放送の投票が始まりました。
投票したい人はオリロワ2014掲示板の投票スレまでお越しください。
期間は9/9の23:59:59までです。


825 : ◆H3bky6/SCY :2014/09/10(水) 00:25:46 7KDR4psk0
それでは第一放送投下します


826 : 第一放送 -世界の終り- ◆H3bky6/SCY :2014/09/10(水) 00:27:25 7KDR4psk0
おはよう。朝だね。
最初に告知した通り放送の時間だ。
まずは、ここまで生き残った君たちに敬意を表するよ。

それじゃあ禁止エリアの発表から行こう。
重要な事なので忘れないよう、支給物に筆記用具があるからそれでメモしておくといい。
無くしてしまった人は、頑張って記憶してくれたまえ。
では発表する、禁止エリアは。

『H-4』
『F-9』
『B-5』

以上の三か所とする。
最初にも言ったが、禁止エリアの適用はこの発表より2時間後となる。
発動後にうっかり入らない様に気を付けるようにしてくれ。

では続いてお待ちかねの死者の発表へと移ろうか。
少し多いから聞き洩らさない様に注意してくれ。

01.茜ヶ久保一
04.麻生時音
05.天高星
06.暗黒騎士
09.ヴァイザー
11.裏松双葉
17.案山子
20.ガルバイン
23.クロウ(朝霧舞歌)
25.サイクロップスSP-N1
30.佐野蓮
32.四条薫
33.詩仁恵莉
35.白雲彩華
41.月白氷
43.剣正一
51.初瀬ちどり
52.初山実花子
54.半田主水
56.ピーリィ・ポール
62.ペットボトル
70.吉村宮子
73.ルピナス
74.ロバート・キャンベル

以上だ。
うん、なかなかいいペースだね。

この調子なら大丈夫そうだし、6時間死者が無ければ誰かの首輪を爆破するという話だったけど、少し制限時間を狭めようか。
制限時間を半分の3時間とする。つまり次の6時間で誰も死ななかった場合、最大2人が爆破されるという事だね。
もしこのルールが適用された場合、誰が死ぬかは放送時に発表する事にしよう。爆破の執行もその時だ。
ルールが適用されたのか、誰に適用されるのかは次の放送までのお楽しみという事だね。それまで待っていてくれたまえ。

第一放送は以上だ。
これからの放送もこんな感じになるから、覚えておいてくれたまえ。
では、また6時間後に生きて僕の声を聴いてくれる事を願っているよ。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


827 : 第一放送 -世界の終り- ◆H3bky6/SCY :2014/09/10(水) 00:28:20 7KDR4psk0
放送を終えたワールドオーダーが薄暗い通路を進んでゆく。
向かうのは一ノ瀬の待つ一室である。
扉の前で立ち止まると、ワールドオーダーは扉の鍵となるスイッチを押した。
音もなく自動扉が開かれる。

「待たせたね。決断はでき、」

その言葉は最後まで紡がれることなく、鳴り響いた轟音にかき消された。
ワールドオーダーが部屋に入った瞬間、巻き起こったのは空間を破裂させたような大爆発だった。
爆心地はワールドオーダーの眼前。
部屋の入り口を巻き込みながら、ワールドオーダーの頭部が爆竹を仕込んだ西瓜のように爆ぜた。

「ええ、面倒がないように貴方をここで殺しておくことにしましたよ」

一ノ瀬の言葉。
その爆発は言うまでもなく一ノ瀬の先制攻撃である。
ワールドオーダーの体が勢いよく地面に倒れ、葡萄酒のような赤い液体がむき出しになった頭部からぶちまけられた。
どう見ても絶命した相手を一ノ瀬は油断なく見届け、そこに容赦なく追撃の攻撃を放つ。
放たれる刃のように鋭い氷塊の矢。
だがその攻撃は、ある種の予測通り、機敏に動く死体に躱された。

「――――不意打ちだなんて酷いなぁ」

クルリと前転する形で立ち上がった、頭部の半分吹き飛んだ死体が言う。

「けど、言ったはずだぜ? 君の選べる選択肢は三つだけだって。
 これは、ここで死ぬという選択肢を選んだと解釈していいのかな?」

中身がむき出しになり下顎だけになった口がパクパクと動く。
ブクブクと泡立つように肉が蠢き、頭部が再生されていく。
むき出しの口元が嗤う。

「……貴方、本当に人間なんですか?」
「勿論人間だよ。さて今この世界はどういう世界なんだろうねぇ?」

そう言って世界を包み込むように両腕を広げるワールドオーダー。
一ノ瀬は大よその設定を察する。
具体的な設定は不明だが、おそらくこの世界は『死』を『容認』していない。
事前にそんな世界を敷いていたという事はつまり、一ノ瀬のこの行動も想定内という事だ。

「さて、君の相手をしてあげたいところだが、この傷だ。
 どう見ても、とても戦える状況じゃあない。
 そこでだ、僕の代わりに彼が君の相手を務めよう」

言って、先ほどの爆破で損傷した壁の破片を拾い上げ、手にした拳大の瓦礫を投げる。
それは狙いも甘く、大した速度もない石礫だ。
そんなものは一ノ瀬ならば目をつむっても躱せるだろう。

苦も無く身を躱し、一ノ瀬の脇を礫がすり抜ける。
だが、躱したはずの礫がブーメランのように軌道を変えた。

追尾性の石礫。
その事自体は驚くには値しない。
一ノ瀬からしても予測の範囲内の出来事である。

だが、そんなものがワールドオーダーの切り札であるはずがない。
その真価は別にある。

追尾性である以上避けるのは無意味と悟った一ノ瀬が、礫を撃ち落とすべく打って出る。
幾多の世界を渡り数多の異能を見てきた一ノ瀬が有する異能は千を超える。
向かってくる瓦礫へと向けて、一ノ瀬が全てを切り裂く風の異能を発した。
迫るカマイタチ。

だが、次の瞬間、礫は意思を持ったように流動し、風の刃を潜り抜ける。

「ちっ…………!」

飛来した礫は一ノ瀬の額を霞め、その頭部から僅かに血が流れた。
だが、それは問題ではない。
それよりも、意思を持ったような今の礫の動きは。

「気付いたかな? 紹介しよう彼は瓦礫Aくんだ。君の相手をしてくれる」

【名前】瓦礫A
【詳細】意思を持った瓦礫。敵に向かって自由自在に飛び回る。

それは、意思を持ったような動きではなく、本当に意思を持った動き。
『自己肯定・進化する世界(チェンジ・ザ・ワールド)』によってそういう設定を加えられた、意思を持った瓦礫である。

「……巫山戯た真似を」
「いやいや、至って真面目だよ。彼はなかなかの強敵だぜ?」

シュンと風を切り自ら動いた瓦礫Aが迫る。
それに対し、一ノ瀬は腕から蜘蛛の糸のような白い網を展開した。
その網は直進してきた瓦礫Aを絡め取り、その動きを拘束する。
完全に動きを封じられた瓦礫Aを一ノ瀬の掌が包み込む。
すると瓦礫Aは溶けるように一握の砂へと分解されていった。

【瓦礫A 死亡】


828 : 第一放送 -世界の終り- ◆H3bky6/SCY :2014/09/10(水) 00:29:00 7KDR4psk0
「話になりませんね」

先ほどはただの礫であると油断したが、相手が意思を持っていると理解すれば、この程度の対処は容易い。

「お見事。では次だ」

トントントンとワールドオーダーは軽い調子で地面に転がる瓦礫に次々と触れて行った。

「―――――――」

その光景に一ノ瀬が言葉を飲んだ。
震えと共に次々と浮かび上がる瓦礫たち。
宙を舞う瓦礫は踊るような軌跡で一ノ瀬の周囲を取り囲む。

【名前】瓦礫B
【詳細】意思を持った瓦礫。相手が朽ち果てるまで追尾する。

【名前】瓦礫C
【詳細】意思を持った瓦礫。音速での移動を可能とする。

【名前】瓦礫D
【詳細】意思を持った瓦礫。瓦礫始まって以来の神童。

【名前】瓦礫E
【詳細】意思を持った瓦礫。強力なエネルギー波を放つ。

【名前】瓦礫F
【詳細】意思を持った瓦礫。通常の概念では破壊できない硬度を持つ。

「さあ、彼らが次のお相手だ」

再生途中の頭部のまま、口だけの支配者が嗤った。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

..............................................................
...............................
......................
...........
......
...
..
.
.


「はっはっは。見事見事。良い戦いだったよ。
 特にDくんとの激戦は久々に興奮したなぁ。それにまさかFくんをあんな方法で攻略するだなんてまったく驚かされたよ。
 流石だねぇ、一ノ瀬くん」

ワールドオーダーのが演劇を見る観客のように拍手を送りながら、目の前で繰り広げられた戦いの感想を述べる。
既に頭部は再生されているが、立ち位置の関係か影がかかってその素顔は見えない。

方や舞台上の主役たる一ノ瀬は既に満身創痍である。
衣服はズタぼろに切り裂かれ、全身は痣と流血に塗れいてた。
能力による消耗も激しく、苦しげに息を切らしている。

瓦礫でありながら、意思を持ち戦略を練り能力を多用する、そんな相手を複数同時に相手取ったのだ。
むしろ一人で勝利を得た事を褒め称えるべきだろう。

「――――では次だ」

容赦なく放たれる言葉。
一ノ瀬が戦っている間に既に仕込みは終わっていたのか、その言葉と共に周囲に散らばった瓦礫が浮かび上がる。

その光景は絶望に近い。
先ほどの戦いの余波で周囲に転がる瓦礫は無数。大小無数の瓦礫の数はもはや一息では数えきれない。
こんな雑多な石ころの一つ一つが、強力な参加者に匹敵する戦力を有しているのだから、正しく悪夢である。
一人で戦争に立ち向かうようなものだ。
圧倒的物量に押しつぶされるしかない。

この状況に一ノ瀬がぐっと忌々しげに唇を噛む。
一ノ瀬の中に、この戦力差をひっくり返す能力は数えるほどしかない。
その中でも、確実に打破できる能力と言えば一つしかなかった。
だがその能力をこの相手に使うのは屈辱とも言えた。

そんな一ノ瀬の葛藤など知らぬと、瓦礫の軍が迫りくる。
確実なる死の嵐。
それを前にして。

「――――『無機物』は『無に還る』」

一ノ瀬は世界の秩序を変革する言葉を紡いだ。

『未来確定・変わる世界(ワールド・オーダー)』。
それは目の前の相手の代名詞ともいえる能力である。

これにより世界は変わる。
どれほどの大群であろうとも世界の法則には逆らえない。
瓦礫たちは世界の法則に従い無に還る。


829 : 第一放送 -世界の終り- ◆H3bky6/SCY :2014/09/10(水) 00:30:09 7KDR4psk0
その、はずだった。

だが瓦礫たちは消滅することはなかった。
消えるどころか、勢いを止めることなく、無数の瓦礫の突撃が一ノ瀬の体を蹂躙する。

「がっ…………はッ」

岩石に全身を打たれ、レーザーのような小石に身を貫かれ、足を掬われ倒れこみ、血を吐いた。
能力は確かに発動したはずだ。
その感覚はあった。
なのに何故。

「信じる心が足りなかったねぇ」

そんな一ノ瀬の疑問に、観客の様に戦いを見守っていたワールドオーダーが応えた。

「コピーだからランクが足りないとかそういう話じゃあないぜ?
 言ったろ。その能力は世界を取り換える能力だと。
 まずは自分がそうであると信じなければ、自らの中に、己の世界に『革命』を起こさなければ」

この能力は使えない。そうワールドオーダーは言い切った。
世界を変える事など誰にも出来ないという思いを抱えたままでは、世界は何一つ変わらない。
世界を変えるには、まず自らが変わらなければならない。

「さて、言い残したことはあるかな? この状況だ。大抵の質問には答えるよ」

倒れこむ一ノ瀬へと問いかける。
幾重もの致命傷を負い、一ノ瀬の意識は既に遠のき始めている。
だが、血が抜けたせいか、頭の中だけはひどくクールだった。
その頭で、問うべき言葉を思案する。

これまでの彼の語った言葉。
その意味する所。
実在するという神様。
この殺人遊戯の目的。

その全てが繋がる根本的な疑問。

「…………貴方は、どうやって『神』を打倒するつもりなのですか?」

その問いに、ワールドオーダーは感心したように、ふむと唸った。

「いい質問だ。だけど残念ながらいい質問過ぎて、それだけは答えられない」

その返答を聞き遂げることができたのか、それともできなかったのか。
一ノ瀬は限界を迎え、その意識を手放した。
斯くして一ノ瀬空夜という一つの世界は終わりを告げた。

【一ノ瀬空夜 死亡】

その終わりを見届け、ワールドオーダーはパチンと指を鳴らした。
瞬間、世界は正しく変わり、周囲を飛び回っていた瓦礫たちが無に還る。

「世界は変わる。変わらなければならない。進化を止めた生物に生き残る価値はないからね」

呟きは誰に届くことなく世界に溶ける。
その意味も心もまた、きっと誰にも理解されないまま。


830 : 第一放送 -世界の終り- ◆H3bky6/SCY :2014/09/10(水) 00:30:21 7KDR4psk0
投下終了です


831 : 名無しさん :2014/09/10(水) 01:01:01 s1/62O0c0
告知

本日1時から予約再開です。
これからもオリロワをよろしくお願いします。


832 : 名無しさん :2014/09/10(水) 11:30:49 eDfnPTMY0
投下乙です


833 : ◆FmM.xV.PvA :2014/09/18(木) 23:47:18 yseFxVHk0
鴉とイヴァン投下します


834 : ◆FmM.xV.PvA :2014/09/18(木) 23:47:45 yseFxVHk0

「…………今何時だ…?」

イヴァン・デ・ベルナルディは霊安室で長い眠りから目覚めた。
あまりにも長い時間、床で眠っていたせいで身体中がバキバキするが、麻痺は完全に解けたようだ。
肩を回したりして、身体をならしてから、霊安室を出る。

どうやら病院には人はいないようだ。自分はとことんツイているらしい。
こうして無事に目覚めることが出来たのも、病院には端から人っ子一人いなかったからに違いない。
病院に立てかけられている時計を見ると、そろそろ6時になりそうであった。

「…そういえば、放送とやらが流れるんだったか…」

確か流れる情報としては、これまでに死んだ参加者と禁止エリアの発表だったか。
特に禁止エリアの情報は、今後のことを考えると、聞き漏らしたりすることはできない。
放送前に起きることができたことに、安堵を覚えながら、再び病院の奥へと戻る。

これでも組織の幹部である彼は、暗殺の常套手段をある程度熟知していた。
それは対象が最も油断しているところを狙うという事である。
放送は参加者全員にとって重要だが、つまりそれだけ隙を見せやすいという事でもある。

そこを狙われるわけにはいかない。
彼は病院の奥で放送を聞くことにした。


―――では、また6時間後に生きて僕の声を聴いてくれる事を願っているよ。


放送が終わった。
手元にあるメモには禁止エリアがきちんとメモしてある。
誤って、該当エリアに立ち入るという事態は避けられるだろう。


「…………ば、バカな!?」


だというのに彼は酷く動揺していた。
理由は彼の手元にある参加者名簿を見れば、はっきりわかる。
参加者につけられている×印。死者の全てにつけられてしかるべきそれは、ある参加者の名前で止まっていた。


09.ヴァイザー


組織の殺し屋が早期に退場した事実は、イヴァンにとって予想外のものだった。
それはそうだろう。何故ならヴァイザーこんなにも早く死ぬ殺し屋じゃないからだ。
特に奴は殺意や敵意のある攻撃を事前に察知することができるのだ。
そんな能力の持ち主がこんな早期に死ぬとは一体何があったのか。

イヴァンは酷く混乱した。だがすぐに頭を振り、混乱を打ち消す。
マーダー病のことを思い出したからだ。気を強く持たなければ、マーダー病に発症してしまう。
すでに死んだ者に意識を奪われて、病に発症してしまったなんてお笑い話にもならない。

―それに冷静に考えれば、これはチャンスだぞ

そう、ヴァイザーは組織の最高戦力であった。
という事は、彼の死で動揺しているのは自分だけではあるまい。
バラッドやアザレア、ピーターは言わずもがな、あの冷静沈着なサイパスですら冷や汗をかいているかもしれない。
上手くそこを突くことができれば、自身にとっての障害を一気に消すことができる。

―…いや、それは賢くないな

だがこの殺し合いに呼ばれている面子は、自分たちだけではない。
先ほど自分を殺そうとした剣神龍次郎を思い浮かべる。あれは危なかった。
魔剣天翔が支給されてなかったら、今頃ヴァイザーと共に名前を呼ばれていたことだろう。
あれを単体で倒すのは、はっきり言って不可能だ。
ならばいっそヴァイザーが死んだことを利用して、他の面々と協力関係を取った方がいいだろう。
そもそも自分は彼らの上司なのだ。切り捨てると言っても、利用できるなら利用するに越したことはない。

その時、どこかで笑い声が聞こえてきた。

△△


835 : ◆FmM.xV.PvA :2014/09/18(木) 23:48:48 yseFxVHk0

鴉は参加者名簿をぷらぷらとさせながら、眺める。
そこには×印が24個ついている。今回の放送で呼ばれた死者の総計だ。
だがその中でも、特に色濃くマークされている名前がある。


17.案山子


鴉にとって、遊び相手であった彼は、どうやらもうすでに逝ってしまったらしい。
その真実が俄かに信じがたい鴉は、しかし自分が殺した女のことを考え、恐らく本当に案山子は逝ったのだろうと悟る。


「………カ、カカ」

はたして、鴉は口を開いて何を言おうとしているのだろうか。
宿敵であった案山子が死んで思わず、その名前を口に出そうとでもしているのだろうか。


否。


「カカ、カカカ、カカカカカカカカカカカカ!!
 カアアアアアアアアアアアアアァァァァァァーーーーーーーーーーー!!!
 カカカカカカカ、カーーーーッハッハッハ!!
 あ、やべ、思わず普通の笑い声になってしまった、ククク」

そんな風におどけながら、盛大に笑い飛ばす。
鴉は仮眠前に案山子が自分より先に死んだら、笑い飛ばそうと考えていた。
故にこれは鴉にとっては、至極当然の行いであった。


「カ、カカ、案山子よぅ、まさかお前がこんなに早く死んじゃうなんてなぁ
 正直あまりにも呆気なさ過ぎて、まだ信じられないぜ…カカカ
 それに罪に罰なんて与えられないって証明が、こんなに早く為されちまうのも、また拍子抜けでさぁ
 これはあれかな?案山子は俺にとって罰ではないってことでいいのかねぇ?
 所詮一時の暇つぶしの相手にすぎないってこと?哀れだと思わないか、案山子くんよぉ、カー!」

一通り、案山子に対して嘲り言葉を浴びせながら、再び名簿を見つめる。
そこには二人ほど、知り合いの名前がある。初瀬ちどりと四条薫だ。
といっても、四条薫とはあまり面識はない。せいぜい一回気まぐれに取材を受けてやったことくらいの間柄だ。
どうせここでも、自分と同じような感じで取材をした結果、死んだのだろうし、興味もない。

それよりも鴉が重視するのは、初瀬ちどりだ。
彼女は案山子への殺意を隠し切れないでいた。
そんな彼女がこの殺し合いでどのような行動に出るのか、非常に興味はあったのだが。

「まさか女探偵も逝っちゃったなんてなぁ…」

面白そうな奴だったのになぁ、と呟きながら鴉は続けて名簿の名前を見る。
といっても、彼にとって知り合い以上に重視しなければない名前など一人しかいない。

ヴァイザー。殺し屋をやっていて彼の名前を知らぬ者などいない。
戦闘スタイルやその常識離れした回避能力など、伝聞でしか知らないが、どれも自分以上のスペックだ。
正直、名簿で名前を見た時に、自分の知らない所で落ちてくれないかなとすら思っていた。
だが、こうも早く落ちるとは。

「これは、いよいよムリゲーじみてきたかねぇ」

あの殺し屋ですら、早期に落ちてしまうのだ。
無論鴉とてあっさりと殺されるつもりなどない。が、それでも少し自信を保てずにいる。
それだけヴァイザーという男の脱落は衝撃的だったのだ。


836 : ◆FmM.xV.PvA :2014/09/18(木) 23:49:24 yseFxVHk0

「まぁ弱気になっても始まらんし、これからどうするか、考えないとな」


陰気な考えを頭から振り払ってこれからどうするか考える。
と言っても鴉自身にあるのは、これから何を遊び相手に添えようかという考えのみ。
生き残っている参加者で、唯一知り合いと言えるのは、榊という警察官だ。彼をからかって遊ぶとしようか。

それとも案山子の英語読みのスケアクロウとかいう参加者と遊ぼうか。
わざわざ案山子の名前を英語とはいえ騙っているのだから、それなりに腕に自信はあるのだろう。
からかってみると面白い反応をするかもしれない。

「うーん、悩むなぁ…どうしようかなぁ…」

うーんと首をこくりこくりしながら、悩む鴉。だが実際のところ、そこまで悩むつもりはない。
案山子を通してでしか接点がない上に、元からその二人に鴉は興味がないのだ。
つまり自分の遊び相手は必然的にこの場に呼ばれている赤の他人の誰かとなる。
とはいえ、自分にとって赤の他人という事は、向こうからしても鴉は他人でしかない。

なので餌を撒いておいた。と言ってもそんなに難しいことはしていない。ただ大きめに笑っただけだ。
先ほどの笑い声は相当響いたはずだ。この殺し合いに否定的な者も肯定的な者も、近場にいたのなら聞こえただろう。
特に肯定的な者からしてみれば、殺し合い中に大声を上げている鴨にしか見えないはずだ。
そんな彼を殺そうと向こうから勝手にやってくることは十分にあり得る。鴉は動かずともよい。

―…これで化け物とか来られるとちょっと不味いけどな

まぁそれはそれでリアル鬼ごっこみたいで面白そうだ、と鴉が考えたその時。
近くで足音が鳴った。


―……どうやら餌にかかったようだ


さて果たして来るのは、玩具か化け物か。


■■


イヴァンは笑い声の元に近づいていった。と言っても鴨だと思って近づいたわけではない。
彼はその独り言の人物が危険人物だと解ったうえで近づいていた。

―まぁあんなものを見ればな…

顔を青くしながら、イヴァンは先ほどのことを回想する。
突如湧いた笑い声に興味を持ち、近づいてみようかと病院の門を出た時だった。
その近くに無残にも破壊され尽くされた人間の死体があったのだ。

はっきり言って、カニバリズムの常習犯が身内にいなければその場で吐いていた。
いや実際吐きかけた。だがすんでのところで耐えた。ここで嘔吐なんかしてみろ。格好の餌食だ。
それにマーダー病のこともある。気は強く持たなければならないと言い聞かせ、なんとか耐え抜いたのだ。
馴れている筈の幹部を動揺させるほど、その死体は解体されつくされていた。

―まるでカラスがゴミ袋をついたような凄惨さだ…そういえば名簿にも名前があったな
―…鴉…確か極東の島国で主に活動している殺し屋だったか…

その殺し方は非常に汚いとこちらでも噂になっている。
だがその特徴の中でも最も秀でている物は生存能力の高さだ。
はっきり言って鴉の居場所が警察組織にばれる確率は非常に高い。
まぁこんな殺し方を毎回続けているのだ。ばれない方がどうかしている。


837 : ◆FmM.xV.PvA :2014/09/18(木) 23:49:51 yseFxVHk0
だがそれでもなお鴉は警察から逃げおおせている、何故か。

鴉は記者の取材を受けたことが一回だけある。
その記事は本物にしろデマにしろ、話題になった。イヴァンの拠点近くにある本屋でも売られていた。
それによれば、彼が警察組織から容易く逃げおおせるのは単なる勘によるものらしい。
その記事では、それが本当かどうかは読者の想像に任せる旨が書いてあったが、イヴァンはそれが本当だろうと思った。

殺気や敵意を事前に感じ取る者がいるくらいなのだ。勘が常人より優れている者もいるだろう。
ただ鴉に対する関心はその程度だ。元々優れた殺し屋が組織にいたので、ただ勘が優れているだけの殺し屋などいらないと感じたのだ。


―だが、その勘もこの場でなら有効に使える


そうイヴァンは鴉と手を組めないか考えていた。
その危機に対する直感があれば、自分の生存率も上がる。
それに鴉は曲がりなりにも殺し屋だ。アサシンみたいに命を捨てることはないだろうが、依頼を断ることはないだろう。


そう考えながら、イヴァンはついに鴉の元へやってきた。
視線の先には、黒い装束を身に纏い、鴉の仮面を被った男がいる。
壁を背にし、デイバックに座りながら鴉はこちらを見据えている。


「……鴉だな?」


イヴァンは問いかける。
鴉は無言のまま微動だにしない。

「おい、聞いているのか?」

先ほどの笑い声から打って変わってやけに無言だ。
だがイヴァンはそれを気のせいだと打ち払い、再び問いかける。

「…………」

しかし目の前の鴉は微動だにしない。
流石におかしいと思い、イヴァンは鴉に近づく。
そして違和感に気づく。

「……呼吸音がしない?」

まさかと思い、鴉の身体に触れる。
イヴァンは自分がここに来る前に、誰かにやられたのかと考えたのだ。
だがその身体はあまりにも損傷がない。故に近づいてしまった彼を誰が責められよう。


「ひっかかってくれてありがと」


そんな声が聞こえたと思った時、イヴァンはすでに意識を失っていた。


△△


838 : ◆FmM.xV.PvA :2014/09/18(木) 23:50:13 yseFxVHk0

「……意識を失ってるよな?…ふー、こいつは人間みたいだな」

そんな風に息を漏らしながら、鴉は目の前の人形から衣装を剥がして着る。
そう再び鴉はマネキンを自分の影武者に仕立て上げたのだ。
といっても今回は自分の動きを真似させる事なく、ただ壁にもたれかからせただけだが。

―これ便利だけど、毎回衣装を着せるの面倒なんだよな

いっそ俺の衣装が支給されてればいいんだけどな、などと思いながら気絶している男を見下ろす。
正直な話、人形に動きをトレースさせなかったのは、この男になんの危機感も覚えなかったからである。
足音は聞こえてくるのに一向に勘が危険を訴えることはなかったのだ。

その時点で鴉はこれは玩具でもつまらない玩具と判断した。
何よりこの男は開口一番に「鴉だな」と問いかけてきた。こいつが自分の事を知ってるのは明白だ。
にも関わらず危機を覚えないという事は、こいつは自分に依頼を持ち掛けに来たということだろう。
だがこの場において鴉は依頼といったものを受ける気はなかった。

―だってそうだろう?依頼なんて受けて行動の自由を狭めてどうするんだよ

そして男を眺めながら、サバイバルナイフを抜き出す。
頭の中でどうしようか考える。つまらない奴だけど、先ほどの女のように遺言でも聞いてみようかと。
だがコイツを起こしても依頼依頼とうるさそうだと考え直すと、ナイフを構えながら近づいていく。


「まぁあれだ、殺し屋みんながみんな、依頼を受けたがるわけじゃないのさ」


来世でちゃんと活かしてくれよ?


そう言って、ナイフを首に振り下ろす。
気絶している人間には避けることは到底不可能だ。
気絶している人間には。


「ああ、覚えておくよ、お前には絶対に依頼なんか持ち掛けないってことをな!」
「あれ?」

だがイヴァンは起きていた。そして迫りくる斬撃を間一髪で避ける。
耳のあたりを少し切ったようだが、逆に言えばその程度ですんでいる。
イヴァンは機敏な動きで懐に手を入れる。

―…なんで起きてるんだ?つか動きが早いな、おい

仮面の裏で訝しみながらも、鴉は冷静であった。
勘は未だに危険を察知していない。この勘が自分を裏切ったことはない。
故に懐から出るのは武器ではありえない。


だがイヴァンの懐から出たのは一つのナイフだった。
それは魔剣天翔。対象に傷を与えることはできないが、ランダムに転移させる道具。
傷を与えることができないため、武器ではない。


「…はぁ!?」

が鴉にとってはそれは武器にしか見えない。今度こそ鴉は動揺し、すぐさま離れようとする。
だが距離が近すぎた。完全に避けることはできず、足のあたりを斬りつけられる。
しかし当然ながら鴉が痛みを感じることはない。

―さっきから何が起こってるんだ!?

とうとう鴉の理解に及ばないことが、起こっていると思った瞬間。
鴉はこの場所から消え失せた。


839 : ◆FmM.xV.PvA :2014/09/18(木) 23:50:35 yseFxVHk0
■■

何故イヴァンが起きることが出来たのか。
それは彼に支給された最後の支給品によるものだ。

『現象解消薬』。効き目は十分しか持たないがその効能は抜群だ。
事前に飲んでおくことで、十分間に渡って発生した身体の影響をすべて、十分後には無効にするのだ。
あのアサシンに斬りつけられた時から、今度誰かに取引を持ち掛けるときはこれを飲んでおこうと思っていた。

効き目が短すぎて、長期にわたる戦闘などにはまるで使えないが、短期の戦闘ならこれほど使えるものはない。
しかし内心イヴァンは戦々恐々としていた。ナイフが振り下ろされる寸前で起きれたのは、完全にまぐれなのだ。
冷や汗をかくのも無理はないだろう。

―だがこの運の良さ…やはり天は俺に味方をしている

イヴァンは心中で笑みを浮かべた。
マーダー病もこの気分を継続させることができれば恐れることなどない。

「…しかし殺し屋ってのはどいつも信用ならんな」

心中では笑みを浮かべつつ、イヴァンはそうつぶやきながら、ナイフを懐にしまう。
無論懐にはトカレフもある。がそれを出さなかったのは、鴉の勘を警戒してのことだ。
もしあの勘がヴァイザーと同じく、殺気や敵意に反応するものならば、トカレフを出しても避けられる可能性が高い。
ならば害を与えないナイフで奴を転移させればいいのではないかと思い、ナイフを出したが結果としてそれが功を為したようだ。

―まぁ同じ相手には二度は通じない手だが…しかしこれは使える

魔剣天翔自体に殺傷能力はない。
だがこの魔剣はランダムに対象を移動させる。
そしてその移動させる場所には勿論、禁止エリアも含まれている。

―上手くいけば、あの剣神すらをも殺せる…

「やれる、いややってやるぞ、俺は…ふ、ふふ」

そう笑みをこぼしながら、ようやく組織の幹部は行動を開始した。
だが果たしてこの殺し合いで、そのような高揚感を持続できるのだろうか。
運などという不確かなものを彼はいつまでも信じられるだろうか。


…マーダー病発症まであと30分。


【C-5 病院前の道路/朝】
【イヴァン・デ・ベルナルディ】
[状態]:気絶中、精神的疲労、全身に落下ダメージ、マーダー病感染中
[装備]:サバイバルナイフ・魔剣天翔
[道具]基本支給品一式、トカレフTT-33、現象解消薬残り9錠
[思考]
基本行動方針:生き残る
1:何をしてでも生き残る。
2:仲間は切り捨てる方針で行く。
3:天は俺の味方をしている…!
※マーダー病に感染してしまいました。(発症まで残り30分)


840 : ◆FmM.xV.PvA :2014/09/18(木) 23:50:56 yseFxVHk0

△△

「今度は何!?……って、おお?!」

地上から数メートル離れたところに転移させられた鴉は落下に備え、受け身をとる。
急なことで上手くは受け身を取れなかったが、幸い何処かを痛めることもなく下りれた。

「はー…はー……くそ…どこだよここは」

いきなり風景が変わったことに鴉は毒づきながら、辺りを見渡す。
どうもここは地下のようだ。非常に広大な空間だ。ゴミの廃棄場からゴミを取り除いたらこんな風になるのかもしれない。

「まぁ俺は屋内廃棄場なんて知らないけどな…と?」

そんな風にぼやいた鴉の視線の先に、何やら襤褸切れを纏った死体が見える。
頭部は完膚なきまでに破壊され、首輪もないが、おそらく参加者の死体だろう。
だが鴉にはそれが誰なのかわかった。トレードマークである覆面がなくとも、その身に纏う襤褸切れには見覚えがある。

「おやおや、誰かと思ったら案山子じゃないか
 こんなところで何してんのー?とそうだ、死んだんだったな」
 
ごめんごめん、などと笑いながら、死体を眺める。
どうも死体の状況から考えるに、案山子は銃で撃たれたらしい。
そして止めに頭部にズドンといったところだろうか。

「はー、銃持ちと当たったのか、しかもこんな殺風景な場所で
 ツイテないねー、お前は近接戦闘が主流だもんなぁ
 これじゃ早期退場もやむ無しかもしれんね」

そう笑いながら語る鴉であったが、ふと違和感を覚えた。
自分は見てすぐに銃にやられたと思ったが、それがそもそもおかしい。
何故なら身体はうつ伏せだ。つまり真正面から銃弾を受けたことになる。
ここは見ての通り、殺風景な場所だ。不意を突かれて後ろから撃たれたのならわかる。
だが真正面からなら、案山子にも敵が見えたはずだ。ならば回避行動を取ることも可能だったはず。
何故死んでいる?


「…あれ、どういうこと?」


笑うのをやめて、真剣に鴉はどうやって案山子が死んだのか考察することにした。
頭を使うのは鴉はあまり得意ではない。が、それが死体関連となると別だ。
さらに案山子の死体だというのだから、なおさらどう死んだのか想像しやすかった。
故に鴉はある一つの可能性に思い至った。
そして鴉からすれば、それは絶対に認められないものだった。


841 : ◆FmM.xV.PvA :2014/09/18(木) 23:51:23 yseFxVHk0
▽▽

地下実験場。
地下に広がるその広大で殺風景な空間は、見ようによっては古代の闘技場に見えなくもない。

そして彼は幽鬼のように、その場所に立っていた。
襤褸切れを繋ぎあわせたかのような、コスチュームを身にまといながら彼は考える。
この場所でどのように行動するのかを。

彼は断罪者だ。
このような催し物を開いたワールドオーダーは許しておけない。
故に至急速やかに彼をくびり殺さなくてはならない。

ここは見た所殺風景だ。長居する必要がない。
そう考えた男は、地下実験場の出口へ向かおうとする。


カチャ


その時、正面から銃を構える音が聞こえた。
なるほど、すでにこの殺し合いに乗ってしまった者がいるらしい。
こちらにまで構えたとわかるくらいの音だ。おそらく素人だろう。

元は善良な市民だったであろうその者に対して、失望の念が強まる。
何故人を殺す道を選べてしまうのか。自分さえ良ければ他人はどうでもいいのか。
だがそう決意を終えてしまったのならば、例え数分前まで善良であったのだとしても、絶対的な悪だ。

故に男はその者の方をしっかりと見る。
放たれるであろう銃撃に対応するため。そしてその隙を速やかにつくために。


だが、男が見た下手人の顔は、彼の想定とは異なっていた。
そこにいたのは復讐者だった。決して殺し合いに乗ると短慮に決めた者の顔ではない。
あれは何もかも捨てた者の目だ。そうかつて自分がそんな目をしていたと思う。


―なるほど、そういうことか…


彼は自分が悪と断じられるのが、好きではない。
それは自分が正義と信じている行いが悪と言われるのが耐えられないからだ。
だが、耐えられないということは、言外に認めているようなものなのではないか?


自分が世間一般では、悪人と大して変わらないという事実を。


それが形となって現れているのが、目の前の女だ。
今まで彼がそうしてきたように、彼自身もついに裁かれる時が来たのだ。


そう理解が及んだ瞬間、彼は一切の抵抗を放棄した。


△△


「……は、ないない。ありえないありえない。だって案山子だぜ?あのシリアルキラーだぜ?
 それが…なに?自分の正義が間違ってたと認めた上で、一切抵抗することなく殺される?
 ないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないない
 ナイナイナイナイナイナイナイナイナイナイナイナイナイナイナイナイナイナイナイナイナイナイ
 ありえない!!」

鴉はこの殺し合いにおいて、初めて激昂した。
あの案山子が自ら死を選んだ可能性。その可能性に気づいてしまった以上激昂せずにはいられない。

「てことはあれか?俺なんて初めから眼中になかった?
 あんだけ予告状出して、手前のやってることは間違ってると煽って、しまいにゃ直に対立したことすらあったのに!?
 お前にとって俺はその程度の存在でしかなかったっつーのか!!?
 俺の存在を欠片も思い出さず、死を選べる程度の相手だったってーのか!!!」


ふざけんな!と言って、首がない死体を蹴りつける。


ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな
   ガッ、   ガッ、    ガッ、   ガッ、   ガッ、   ガッ、   ガッ
ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな
   ガッ、   ガッ、    ガッ、   ガッ、   ガッ、   ガッ、   ガッ 


「ふざけんなああああああああああああ!!!」


842 : ◆FmM.xV.PvA :2014/09/18(木) 23:51:43 yseFxVHk0
思いっきり死体を蹴り飛ばし、肩で息をする。
そして思う。なんだこれはと。
何故生き残っている自分が、こんなにも敗北した気分になっているのかと。

案山子が抵抗を選ばずに初瀬ちどりに殺されたという考えは、所詮鴉が勝手に思いついているものだ。
実際のところ、本当に真正面の相手に気づかず、撃たれた可能性もある。

だがやはりそれはありえないと鴉の勘が告げている。
トレードマークである覆面がないのが、その理由だ。
ここに覆面がないという事は、下手人が案山子のマスクを剥いで持って行ったと考えるしかない。
そして案山子への止めは至近距離からの頭部への射撃だ。
死んだ後に顔を破壊したという考えも浮かんだが、そこまで恨んでいたのなら胴体の方がこんなにも元の形を保っているのはおかしい。
つまり下手人が近づいた時、案山子はまだ生きていたのだ。
身体に弾をうけて動けない?そんな程度で目の前の悪を見逃すようならば、案山子はとっくの昔にくたばっている。
案山子自身が死を選ばなければ、この状況は生まれない。

そしてマスクを生きている内に剥がすという行為。
これもまた妙だ。そんな行為をただ案山子と敵対した奴がするだろうか。
ありえない。よほどそいつとの因縁がない限り、そいつはマスクを被ってるだけの奴だ。
生きている内にその素顔を見てやる!だなんて脳内回路にそうそう至れるものか。

となると消去法で、初瀬ちどりか鴉かのどちらかとなる。
鴉は案山子を殺していない。よって下手人はちどりということになる。
そうして導き出されたのが、先ほどの可能性だ。
そしてそれが鴉にとって許容しきれないのだ。


これでは、まるで逆だ。
遊んでいたのは自分じゃないみたいだ。むしろ遊んでやっていたのは案山子。
まるで近所のおじさんが悪ガキを適当に相手にするような態度であの男は鬼ごっこに興じていたのだ。

初瀬ちどりもそうだ。
彼女が案山子を殺す瞬間、またその後の死に様を見れてないのも、癪だった。
まるで自分の知らない所で、面白い遊びをされたみたいだ。

まるで鴉ではなく、ピエロみたいだ。あまりにも滑稽すぎる。あるいはこれが自分に与えられた罰なのか。
宿敵だと思っていた案山子が実は俺のことなど歯牙にもかけてないというのが、俺に対する罰だというのか?

「…なめやがって……何が罰だ、ふざけるな…!
 むしろ後悔させてやる…俺を放置して死んだのは間違いだったと後悔させてやるからな…
 手前の罰は自身が生んだ復讐者なんかに殺されることなんかじゃないってことを思い知らせてやる!」

物言わぬ死体に対し、鴉はそう宣言する。
死人に対してそう宣言するさまは、かなり滑稽だろうと思う。
だがそうでもしないとどうにかなりそうだった。そのくらい今の自分は冷静ではない。

「…とりあえず…その死体を喰い散らかさせてもらうぞ…俺なんかにやられることからまず後悔するんだな…!」

他人が殺した死体を解体しても得られるものはない。
だがこれ以上、顔もないのに自分を嘲笑っているように見える死体を放置することはできなかった。


【E-5 地下実験場/朝】
【鴉】
状態:健康、凄まじい苛立ち
装備:鴉の衣装、鍵爪、サバイバルナイフ、超改造スタンガン
道具:基本支給品一式、超形状記憶合金製自動マネキン、お便り箱、ランダムアイテム0〜1
[思考・状況]
基本思考:案山子を後悔させる。
1:この死体を原型も留めないほどに破壊しつくす。
2:?????
[備考]
※人を超えた存在がいることを知りました。
※素顔はまだ参加者の誰にも見られてないので依然として性別不明のままです。
※案山子がわざと死んだ可能性に気づきました。
※多数の宛先を書いてワールドオーダーについてのピーリィの推理を記した紙を送りました。届くとしたらだいたい6時〜7時までに届きます。
※主催者(登場人物A)にメッセージを記した『イメージの裏切り』を送りました。だいたい6時〜7時までに届きます。


843 : ◆FmM.xV.PvA :2014/09/18(木) 23:56:18 yseFxVHk0
投下終了です。
タイトルは『彼にとっての罰』でお願いします


844 : 名無しさん :2014/09/19(金) 00:24:13 SU5jaZ8Y0
投下乙です。
案山子先生の死がこう活きてきたかァ??ッッッ


845 : ◆FmM.xV.PvA :2014/09/19(金) 00:50:13 ig1AlMxw0
>>839のイヴァンの状態表に支給品の説明を入れ忘れたので今追記します

【現象解消薬】
服用してから十分間の間に身体に与えた影響を、十分後には全て無効にする薬。
例えば、この薬を服用した十分以内に眠り薬で眠らされても、十分後には目覚めることが出来る。
また、火傷を負った場合でも、十分後には火傷の痕は消えているし、腕が千切れたとしても十分後には元に戻っている。
ただ一つの例外は死んだ場合。この場合薬を飲んでいたとしても復活することはない。
支給された錠数は10錠。


846 : 名無しさん :2014/09/19(金) 01:33:39 YF2/nEvM0
投下乙です

イヴァンさんはまたも生き延びたか…
もしかして只の自惚れやじゃなくて凄い人なのか…?


847 : ◆H3bky6/SCY :2014/09/19(金) 22:04:39 ojkZjZGI0
投下します


848 : Child's Play ◆H3bky6/SCY :2014/09/19(金) 22:05:48 ojkZjZGI0
唐突に天より響いてきた声に、馴木沙奈は打ちのめされていた。

淡々と告げられた大量の死。
これだけの人が死んだというそれ自体もショックだけれど。
何より沙奈を打ちのめしたのは、その中に含まれていたクラスメイトの名である。
中でも、恋敵である白雲彩華の名が告げられた事に、彼女は自分でも意外なほどにダメージを受けていた。
それは呼ばれた名の中で良くも悪くも一番関わりが深かったせいだろう。

沙奈と彩華は仲が良かったわけじゃない。
むしろ沙奈は彼女の事が嫌いだった。大嫌いだった。
嫌いだった、けれど、彼女の死を知って、それを喜べるはずもない。
かと言って悲しいかと聞かれればそう言うわけでもない。

なにせ名前が呼ばれただけでは実感がなく、まともに悲しむこともできない。
ただ胸にはポッカリ穴が開いたような痛みがある。
沙奈はその痛みに対して抗う術を持たない。

何をすべきなのか。
何が出来るのか。
何もわからない。
何も考えられない。
何も思いつかない。

何も持たない馴木沙奈は、ただ呆然とすることしかできなかった。

「……なるほどね」

対して、放送を聞き終えたミュートスは一人ごちた。
龍次郎の名が呼ばれる事など初めから心配などしていない。

厳しい表情をしているものの、その態度に動揺した様子はなかった。
だた動揺こそしていないが、その内容に驚きがなかったわけじゃない。

死者は質、量ともに盛りだくさんだ。
僅か6時間の間に全参加者の約3分の1が死んだ。
しかもヴァイザーにハンターにナハトリッターと裏のビックネームも何人か呼ばれている。
まさかノリノリで殺し合いを始めるバカが近藤以外にもこれほどいるとは、流石に予想外だ。

それに追加で発表された制限時間の短縮。
これでは先ほど推察した三日分の食糧の意味合いも変わってくる。
つまり、三日後を想定しての事ではなく、最初から三日もかけるつもりがない。

これは布石だ。
禁止エリアも時間制限の短縮も、正直現時点では大した痛手ではない。
現在の死亡ペースからいって、三時間にしたところで適用される確率は低く、意味は殆どないだろう。

このルールが生きてくるのは、参加者が減り死者の出にくくなる後半である。
だから極端な話、参加者が死ににくくなった終盤に、いきなり1時間でも30分でもすればいい。
どのような理不尽なルールであれ、こちらは享受するしかないのだ。
だというのに、わざわざ少しずつ刻んでゆく必要性とは何か?

プレイヤーにフェアであろうとするゲームマスターとしての矜持か。
それとも真綿で首を締めるのが趣味なのか。
どちらも可能性はあるだろうが、ミュートスが考える結論はそのどちらとも違う。

実質上の制限時間の存在を示す事だ。
制限時間を示すことで、焦りを生み出す意図がある。
三日というのも食糧量からの推察だが、あの男が本当に三日を想定しているかも怪しい。
何しろ目的が全く不明なのだ。
主催者の気まぐれでいつ終わらされてもおかしくない。


849 : Child's Play ◆H3bky6/SCY :2014/09/19(金) 22:06:29 ojkZjZGI0
(……となると、少し急いで事を運んだ方がいいかしら?)

少なくともいつ爆発するともしれない首輪に関しては早々に解除した方が良い。
行動を促されている感がするのは気に食わないが今は動くしかない。
ミュートスはいまだに呆然としている沙奈へと向き直り、その両肩をガシっと掴んだ。

「え、あ…………ミュートスさん?」

呆然としていた沙奈の瞳が、吸い込まれるように目の前にあるサファイアのような青い瞳を映した。

「沙っちゃん。お友達の名前が呼ばれてつらいとは思う。
 これまで普通の世界で生きてきた彼方には受け止められないかもしれない。
 それをスグに受け止める必要はない、と言ってあげたいところだけど状況はそうもいかないの」

普段は多弁なミュートスだが、慰めの言葉などかけない。
そんな上辺だけの言葉など意味がないと知っているから。
これは沙奈の心が、どう折り合いをつけるかという問題だ。彼女自身が乗り越えるしかない
時間が解決することもあるだろうが、現状はそれをのんびりと待ってはくれない。

「辛くても、それでも今は動きなさい。足を止めれば――――死ぬわよ」

ここはそういう世界だから。そうミュートスは言う。
ここはあの男によって区切られた一つの別世界である。
区切るという事はそれだけで世界を生み出す。
ここは足を止めたものから死んでゆく、そういう世界なのだ。

「すいません、大丈夫です。えっと市街地に向かうんでしたよね?
 大丈夫です…………大丈夫」

自分に言い聞かせるように沙奈はそう呟く。
決心がついたわけでも、心の整理がついたわけでもない。
それでも、今は動くしかない。
ミュートスの突き放すような言葉とは裏腹に、その瞳には真剣さと真摯さがあった。
それは、ひとまず沙奈を動かすには十分なモノだった。

放送と共に止めていた足を動かし始める二人だが、市街地に向かい進むその足取りは重い。
放送前までの軽やかさは失われ、進む速度は亀のように遅かった。
先ほどの考察から事を急ぎたいミュートスだったが、沙奈を急かすでもなく黙って哨戒しながらその歩調に合わせている。

「待って、沙っちゃん。誰かいるみたい」

漠然と進んでいた沙奈をミュートスが片手で制する。
言われて見つめた沙奈の視線の先。市街地に入ったところに一つの人影があった。
警戒を強める二人だったが、それが泣いている子供であると気付くと高めていた緊張を緩めた。

「子供、ですね」
「そうね」
「あの……」
「分ってる」

なにか物言いたげな沙奈の視線にミュートスが先んじて応える。
こんなところで一人で泣いている子供を放っておけないと言いたいのだろう。
この状況で他人に構う余裕があるというより、この状況だからこそだろう。
ミュートスとしても一児の母となろうとする身だ、幼い子供を放っておくのは流石に忍びない。

「ちょっとそこの君」

声に反応し、俯いていた顔が上がる。
そして声の発信源を探るため、辺りの様子を窺うようにキョロキョロと首を振った。
ミュートスたちを発見したその子供は、それが女性二人であることに気付いて、安心したような表情で彼女たちの方へパタパタと駆け寄って行った。


850 : Child's Play ◆H3bky6/SCY :2014/09/19(金) 22:07:30 ojkZjZGI0
「お姉ちゃんたち、怖い人じゃないよね?」

不安げな声で尋ねてきたのは少女とも少年ともつかない、中学生になろうかという年頃の子供だった。
中性的な外見はまだはっきりと男女の垣根がない年齢だからだろうか。

「そうねぇ。怖いか怖くないかで言うと、ものすごーく怖ーいお姉さんよ」
「……ちょ、ミュートスさん!?」
「けど、殺し合いなんてするつもりはないお姉さんでもあるわ。
 一応あたしたちはこのゲームをぶっ潰そうって側の人間よ」

物騒な物言いをするミュートスに怯えてしまったのか。
若干腰の引けた相手を落ち着けるように、沙奈は少しだけ膝を曲げ相手に視線を合わせながら話しかける。

「えっと、私は馴木沙奈って言うの、お名前聞かせてもらってもいいかな?」
「……クリス」
「クリスちゃんか。クリスちゃんはこんな所で一人で泣いてどうしたの?」
「一人で心細くって、怖くって。それに大事なぬいぐるみも無くなっちゃって……ねえ沙奈お姉ちゃん、ぬいぐるみ、知らない?」
「ゴメン、私は心当たりがないや。ミュートスさんは知ってます?」

知らないわ。とミュートスが首を振る。
だが、クリスが反応したのはその回答ではなく、沙奈の問いに紛れたミュートスの名だった。

「ミュートス……ってブレイカーズの?」
「あら、ブレイカーズを知ってるの?」

問い返すミュートスの声のトーンが僅かに下がる。
そうは見えないがブレイカーズを知っているという事は裏の人間である可能性が高い。

「うん。ここで会った佐野さんに聞いたんだ」
「……佐野? ああ、あの弱小組織の弱小怪人ね。それでその佐野はどうしたの?」

現在クリスの側に佐野の姿はない。
そもそも佐野の名は先ほどの放送で呼ばれたはずである。

「わかんない…………佐野さんとは、すぐに別れちゃったから…………。
 佐野さんが言ってたけど、ブレイカーズってもの凄く悪い連中だって、本当なの?」

不安げに上目使いでミュートスを見上げ、瞳を潤ませる。

「そうね。別に正義を名乗るつもりもないし、あたしたちが世間一般で悪と呼ばれる存在であるという事も否定しないわ。
 実際ドギツイことも結構してるしね。あたし自身もあたしたちは悪人だと思ってる。
 けどね漫画やアニメのキャラじゃないんだから、鋳型に入れたような誰にとってもの悪人なんていないの。
 今重要なのは、本人にとって、つまりあなたにとってあたしが悪かどうか、言い方を変えれば役に立つかどうかって話じゃない?
 その辺の基準って自分の中にしかないんだから、自分の目で見て、聞いて、それで自分で決めなさい。
 ま、初対面の人間の何を信じろって話なんだけどさ。それでどう? あなたの目に私はどう映るのかしら?」

子供相手であっても容赦せず、ミュートスは問いかける。

「うぅ。ミュートスさんはやっぱり少し怖いよ……」

正直ね、とミュートスは苦笑する。
ブレイカーズに恨みを持つ佐野から話を聞いたのではそうなるだろう。
この辺の誤解は解くのはなかなか難しい。
というよりそもそも誤解でもないのだからなおの事である。

「そ、そんなことないよ。ミュートスさんはいい人だよ!」

沙奈が慌てたように必死のフォローを入れる。


851 : Child's Play ◆H3bky6/SCY :2014/09/19(金) 22:08:08 ojkZjZGI0
「怖いか怖くないか、って言ったら…………そりゃ何とも言えないけど。
 何言ってるのかわかんないことも多いし、相手を置いてきぼりにして自分の言いたいこと言っちゃう人だけど。
 頭もよくて美人だし、すんごく強くて頼りになるし。
 確かに悪の組織の人だけど、何も知らない私の事だって助けてくれたし、」
「沙ちゃん、それあんまりフォローになってないから。
 けど、ありがと。特に美人って所は喜んでおくわ」

沙奈へとツッコミを入れたミュートスがクリスへと向き直った。

「少し聞き方が悪かったわね。要するにあたしらを信用して一緒に来るかってこと。
 別に完全にあたしの事を頭から信用しろって訳じゃない。
 あたしの事を行動を共にできるほど信用できないって言うんなら仕方ないわ。
 それにもし一人で居たいというのならば止める気もない。
 ただ、あたしらとしては、あなたみたいな子を放っておくのも寝覚めが悪いし。
 あたしも万能って訳じゃないから保障まではできないけど、ある程度なら守ってあげられるわ。
 それでどうなの? 来るの? 来ないの?」

ミュートスの問いかけにクリスは戸惑うように口ごもる。

「私たちと一緒に来るの、嫌?」

不安げな顔をした沙奈の問いかけに、クリスは勢いよく首を振った。

「ううん。嫌じゃないよ!
 沙奈お姉ちゃんは優しいから好きだし。
 ……ミュートスさんは少し怖いけど、別に嫌いって訳じゃないんだ。
 だから、僕も一緒に行っても……いいの?」
「いいに決まってるよ。よろしくねクリスちゃん!」
「うん! ありがとう! 沙奈お姉ちゃん」

そう言って勢いよくクリスは沙奈に抱きついた。
戸惑いながらも、沙奈はその頭を撫でてクリスを落ち着かせる。

庇護対象を得たことで沙奈の心に若干の余裕が生まれたのか
胸の中に納まるクリスの体温を感じながら、改めてその小ささに気付かされた。
こんな小さな子供が巻き込まれているという事実に、沙奈の中に改めてふつふつと怒りがわいてくる。

「まったく。こんな小さな女の子まで巻き込むなんて、本当に許せませんよね!?」

そう言って握りしめた拳を振るわせる沙奈。
クリスはきょとんとした顔で沙奈を見る。

「沙奈お姉ちゃん。僕、男の子だよ?」
「えぇー−! うっそぉ!?」

衝撃のカミングアウトに戸惑う沙奈。
となると抱きつかれているこの状況は想い人がいる身としてはマズイ気がしないでもない。
ひとまず、こほんと一つ咳払いをして先ほどの発言を訂正する。

「こんな小さな男の子まで巻き込むなんて、許せないですよ!
 大体ミュートスさんみたいな妊婦さんまで巻き込むなんて、本当に何考えてるんでしょうね!?」

気恥ずかしさを紛らわせるように、ぷんすかーと気合を入れて怒りをあらわにする沙奈。
その怒りをよそに、別の所にクリスが大きく食いついた。

「妊婦さん? ミュートスさん赤ちゃんいるの!?」
「まあね。といってもまだ三ヵ月だから、全然腹も出てないけど」
「いいなぁ。すごいなぁ。ねえミュートスさん、触らせてよ!」

うきうきとした態度でクリスは純粋な子供の笑みを浮かべた。


852 : Child's Play ◆H3bky6/SCY :2014/09/19(金) 22:09:30 ojkZjZGI0
「まだ動きもしないし触ってもつまらないわよ」
「それでもいいから! ねーいいでしょ?」

しつこくせがむクリスに、ミュートスは困ったように眉をひそめる。
その様子を沙奈は微笑ましいものを見る顔で眺めていた。
クリスの無邪気さに、落ち込んでいた雰囲気が僅かに和らいでいるのを感じていた。

「もぅ。仕方ないわねぇ」

子供の我侭なんて断ってもきりがないと、溜息交じりにミュートスが折れた。
許可を得たクリスはわーいと無邪気に喜びながらミュートスの腹部に触れ。
同時に、水音が響いた。

「え?」

何が起きたのか。
傍から見ていた沙奈には理解できない。
その動作は余りにも自然で、彼女には違和感を感じることすらできなかった。

「ねぇ『直接』触らせてよ」

天使の笑みのまま、返り血を浴びたクリスは容赦なくミュートスの腹部に突き刺したナイフに捻りを加える。

「っ……この…………!」

だが、その直前でミュートスはその手首を掴み、ギリギリでその動きを制した。
ミュートスがギリと歯を噛み締め、悲痛なまでに顔を歪める。
それは肉体的な痛みよりも、精神的な痛みの方が大きい。
刃は胎児までは届いていない。中の子供は無事であるミュートスは確信している。
いや、そう信じなければ、大事な何かが崩壊してしまう。

沙奈に抱きついた時点で、クリスは沙奈が完全な素人であることは察した。
ぬいぐるみの行方も知らないみたいだし、これ以上彼女らに付き合う必要も警戒する必要もなくなった。
後は佐野から聞いた厄介そうなブレイカーズの一員であるミュートスを己の特技を生かして排除すればいいだけである。

『玄人殺し』。それがクリスの殺し屋としての異名である。
離れした玄人ほど騙しやすく、どんないてでも先手を取れる。
不穏な動きがあれば、とミュートスも最低限の警戒はしていたが、『玄人殺し』相手に最低限では足りなかった。

だがそれでも、全盛期のミュートスであれば、この不意打ちも躱せただろう。
相手が子供でなければ、こんな油断はしなかった。
子を身籠ったことにより、無意識なレベルで彼女は子供に対して甘くなった。
弱くなってしまった。

加えて、最初に出会ったのが沙奈というのも不運だった。
沙奈と出会ったことによりこの場には一般人もいるという認識を持ってしまった。
ここに来た当初の参加者は全員、裏の人間であるという認識を持ったままならば対応も可能だっただろう。

「沙っちゃん、行きなさい!」

腹に突き刺したナイフを押し込もうとする相手の腕を抑えながら、怒鳴りつけるような声でミュートスが叫ぶ。
倒れるつもりは毛頭ないが、彼女がいては戦いづらいし、なにより万が一という事もある。

だが、ミュートスの声に対して、未だに事態についていけないのか、それとも足がすくんでいるのか沙奈は動こうとはしなかった。
いつもそうだ。
許容量を超える出来事に出合うと、彼女は途端に動けなくなる。


853 : Child's Play ◆H3bky6/SCY :2014/09/19(金) 22:11:13 ojkZjZGI0
「止まるな! いいから走れぇ! 馴木沙奈!」
「ッ!?」

怒鳴り声に弾かれるように沙奈は動いた。
僅かにつんのめりながらも、一心不乱に脇目も振らす駆け出して行く。
クリスの特性からいって、手口を知っている人間に逃げられるのは非常に大きい痛手となる。

「あ、待ってよ沙奈お姉ちゃん。逃がさない……っ!?」

手負いとなった目の前のミュートスをさっさと片付けて、沙奈の後を追おうとするクリスだったが、その動きは右腕に奔った痛みに止められた。
ミュートスに掴みあげられた腕がミシリと軋みを上げる。

「舐めぇとったらいかんぜよ! こんクソジャリがぁ!」

声を荒げ叫ぶミュートス。
パキパキと焚火のような音を立てて、その皮膚が彫刻のように高質化してゆく。
象られるのは輝くような白銀の鎧。朝日に照らされ純白の衣が羽のように揺れた。
変貌を遂げた、その姿は神々しさすら感じられる。

それはギリシャ神話における芸術と戦いの女神アテナの化身――――アテナモストロが顕現する。

「痛いってば! ねぇ、離してよ。おばさん…………ッ!」

クリスは凄まじい握力で右腕を掴まれながら、左腕の袖口から滑るようにデリンジャーを取り出した。
その銃口は頭部に向けられ、眉間に一発。眼球狙いで一発。計二発のヘッドショットが叩き込まれる。

ミュートスは咄嗟に仰け反るように顔を斜めに逸らす。
その結果、一発は頭部を掠め頭蓋を滑り、一発は直撃を避けたものの眼球を霞めた。

「っ…………ぁ」

右目を抉られミュートスが苦しげな声を漏らす。
ギリシャ神話において、アテナと同じく戦争を司る戦神アレスが攻戦の神であるとするならば、アテナは防戦の神である。
本来であればアテナモストロと化したミュートスを傷つけることなど、核を持っても難しいだろう。
だが、その鉄壁を誇る防御力が、ただの小銃の弾丸によってあっさりと破られた。

怪人の中でもとりわけ強力な力を持つ神話怪人であるが、伝承に伝わる元ネタと乖離するほどその力は失われてゆくという欠点を持つ。
アテナとは永久に純潔を守る処女神である。
故に、その純潔を失った時点で、その力は大きく劣化している。
この事実は彼女自身と改造を施した藤堂兇次郎しか知らない。

ゴルゴネイオンもイージス盾も失われた。
今の彼女が顕現できるのはアテナが生まれながらにして身に着けていたとされる鎧のみである。

当然覚悟はしていた。
様々なところで相当な恨みも買っている。
こんな状況になる事も想定したうえで受け入れたのだ。
そのリスクを承知の上で愛する男に抱かれ、その子を宿した。

だから決して、死ぬために受け入れたわけではない。

視力が失われた右目の死角から、ナイフを持ったクリスが迫る。

「ガキの顔見るまで死んでやるもんかってぇのッ!
 ブレイカーズの幹部を、嘗めんじゃ、ないわよ…………!」

自らを奮い立たせる叫びと共に、振るわれたサバイバルナイフの刃を腕部の鎧で弾く。
むき出しの部分はともかく、鎧部ならまだナイフや弾丸程度なら受け止められる。
そしてそのまま腹部のダメージを堪えながら、ミュートスは反撃に転じる。
衰えようとも力を是とするブレイカーズの幹部が、一介の殺し屋ごときに後れを取っていいはずがない。


854 : Child's Play ◆H3bky6/SCY :2014/09/19(金) 22:11:54 ojkZjZGI0
「ッ!?」

下からの衝撃。
次の瞬間、クリスの小さな体がビルの三階ほどの高さまで打ち上げられた。
何もない空間から出現し、クリスを下顎を打ったそれは、急成長したオリーブの木だった。
都市アテネの支配権を海神ポセイドンと争った際、住民にオリーブの木を送りアテナが支持を得た逸話から、アテナモストロはオリーブの木を自在に生み出すことができる能力を持つ。

打ち上げられ、空中で何とか体制を整えたクリスは、回転しながら衝撃を分散させ着地する。

「…………本当に変身するんだ。面白いなぁ」

たらりと垂れてきた鼻血を拭いながら、珍しい玩具を見るようにクリスは目を輝かせる。
話には聞いていたが実物を見ると感動も一入である。

目の前の玩具をどう壊すか。
劣化した模造品とはいえ、敵は神である、生半可な武器など通用しない。
むき出しの部分はともかく、拳銃やナイフで鎧部分を通すのは難しい。
ならば、とクリスの顔に昆虫の羽をもぎ取るような子供特有の残酷な笑みが浮かぶ。

そしてクリスは佐野蓮から奪い取った荷物の中から、神を刈るに相応しい道具を手に取った。

「――――――シッ」

荷物を漁り僅かに動きを止めた隙を見逃さず、ミュートスがクリスの周囲八方を取り囲むようにオリーブの木が生み出した。
生み出された木々は一瞬で大樹へと育ち、出口などない大樹の檻がその中心にいるクリスを圧殺すべく迫る。

瞬間。その檻を食い破るように、馬の嘶きのようなけたたましい音が響いた。

檻の中央から響く異音。
それ共に、オリーブの大樹が根元から両断された。

切り開かれた前方を見つめ、後方の木の幹を蹴り飛ばし飛び出すクリス。
その手に握られていたのは巨大なエンジンのついた電動式の刃。

チェーンソーである。

足止めに生み出される木々を次々と切り裂きながらクリスが駆ける。
元より森林伐採用の道具なのだ。
立ちふさがる大樹を伐れない道理がない。

そして、そのままミュートスに迫ったクリスは、一気にチェーンソーを振り下ろす。

「くっ…………!?」

ミュートスはなんとかその一撃を両腕のガントレットで受け止める。
ズギャギャギャと何かを削るような音と共に、噴水のような物凄い量の火花が散った。

「ハハハッ!」

クリスの笑み。
負傷したミュートスの腹部から血と共に力が抜ける。
回転する鋭利な刃の圧力に耐え切れず、弾けるように籠手が吹き飛び。
振り下ろされた勢いに力負けして、ミュートスが膝をついた。

クリスは振り抜いたチェーンソーの勢いを止めず、その場で独楽のように回転した。
体制を崩したミュートスに向かって、遠心力を込めた第二撃が迫る。

殺し屋であるクリスが相手の弱点を見逃すはずがない。
軌跡からして狙いは腹部だ。
それは母としての本能か。
その狙いを読み取ったミュートスは咄嗟に身を抱くように腹を庇った。


855 : Child's Play ◆H3bky6/SCY :2014/09/19(金) 22:12:43 ojkZjZGI0
「――――――ハズレだよ!」

だが、それはそうなる事を見越したクリスの誘いだった。
隙だらけとなった、首に向かってチェーンソーの軌道が強引に跳ね上がり、その首をいとも簡単に両断した。

上空に舞い上がったミュートスの首が地面に落ちた。
残ったのは首を失ったアテナモストロの死体である。
高質化した彫刻のように白く美しい肌。
サモトラケのニケのようでもあり、これはこれで一種の芸術品のように美しい。

だが、それはそれ。
もう遠くまで行ってしまったであろう沙奈を追う前にやるべきことがある。

「赤ちゃん〜♪ 赤ちゃん〜♪」

鼻歌交じりにクリスは再度チェーンソーのエンジンを掛ける。
回転するチェーンソーの刃。
それを動かなくなったミュートスの腹部に絶妙の力加減で突き刺すと、一気に股下まで振り下ろす。
そして、その傷口に何の躊躇いもなく手を突っ込み、グチョグチョと音を立てながら中身を漁ってゆく。

「うーんと、えーっと……あ、これかな!?」

ミュートスの腹部を漁っていたクリスは手ごたえを感じる。
目的の物を握りしめると、一気に引きずり出す。
紐の様なものと共に引きずり出されたのは、辛うじて人型をしている拳大の肉片だった。
血まみれのそれをまじまじと見つめ、クリスは素直な感想を漏らした。

「気持ち悪い」

【大神官ミュートス 死亡】

【D-5 市街地/朝】

【クリス】
[状態]:右腕亀裂骨折、ダメージ(中)
[装備]:サバイバルナイフ、チェーンソー、レミントン・モデル95・ダブルデリンジャー(0/2)
[道具]:基本支給品一式、ティッシュ、41口径弾丸×10、ランダムアイテム1〜5、首輪(佐野蓮)、首輪(ミュートス)
[思考・行動]
基本方針:優勝して自分が姉になる
1:表向きは一般人を装い、隙を突いて殺す
2:手口を知ってる馴木沙奈を探し出して殺す
3:ぬいぐるみを探す
4:姉に褒めてもらうために殺し合いで起こった出来事をノートに書き記す
5:姉に話す時のために証拠として自分が殺した人間の首輪を回収する
※佐野蓮からラビットインフルとブレイカーズの情報を知りました


856 : Child's Play ◆H3bky6/SCY :2014/09/19(金) 22:13:00 ojkZjZGI0
朝日が照り始めた市街地を、馴木沙奈は走る。

息が切れることも忘れて走っていた。
足がもつれて躓きかけても。
曲がり角を曲がりきれずに塀に体をぶつけても。
ただがむしゃらに走り続けていた。

何処をどう走ったのか。
ここはどこなのか。
そんな事もわからないくらいに。

彼女の頭の中はぐちゃぐちゃだ。

突然巻き込まれた殺し合い。
悪の組織の女幹部との出会い。
爆破される旅館。
クラスメイトの死。
恋敵の死。
少女のような少年。
一時の安息。
血塗れたナイフ。
ミュートスの叫び。

全ての考えがまとまらず、ただ頭の中を過っては消える。
あの時何が起きたのか。
そんな事すらも何も考えられない。
今の彼女にできるのは、言われた通りただ走る事だけだった。

もはや何故走っているのか。
何のために走っているのか。
何処に向かって走っているのか。
そんな事すらわからなくなる。

もはや彼女には何もわからない。

何も。

というより、考えることを放棄している。
考えてしまえば、何か恐ろしいものに追いつかれてしまう気がして。
追いつかれてしまえば、足を止めてしまいそうだから。
ここは足が止まれば死んでしまう世界。

それだけが、唯一彼女の知る真実だった。

【C-6 市街地/朝】
【馴木沙奈】
[状態]:混乱
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本行動方針:ゲームから脱出する
1:?????


857 : Child's Play ◆H3bky6/SCY :2014/09/19(金) 22:13:37 ojkZjZGI0
投下終了
そろそろ血とか出ないほのぼのした話が書きたい


858 : ◆dARkGNwv8g :2014/09/20(土) 05:05:09 g81XHs5I0
遅刻してすいません。
投下します。


859 : ハーヴェスト ◆dARkGNwv8g :2014/09/20(土) 05:05:56 g81XHs5I0
市街地にある建物の一つ、ダイナー(簡易食堂)なのだろう
さほど広くない店内にカウンターがあり、その前に並べられたテーブルと椅子のうちの一つに腰掛けながら
可憐な美少女アザレア……の皮を文字通り被った佐藤道明は、ひたすら時計の針を睨み続けていた。
すぐ傍の床には、未だ眠ったままの刑事・榊将吾が転がっている。
しかし、今の道明を懊悩させている問題は刑事が目を覚まさないことではない。
美しく変貌した道明の首筋――その部位から消滅した……ように見えている……首輪こそ、彼の最大の懸念材料だった。

美少女の貌を醜く歪ませながら、道明は時計の針を見遣る。
イカレたゲームマスター――ワールドオーダーが約束した第一回放送の時刻までは、残り五分もなかった。

「クソッタレ……。
 こうなりゃ正直に言うしかねえか――」

首輪の消失に気づいてから考え続けた結果、彼の出した結論がそれだった。

無論、自分がヴァイザーとオデットを殺したことを正直に告白する――という意味ではない。
正直に言うのは、自分がミル博士謹製の皮製造機を使って美少女に変身したことだ。
矢張り、首輪がどうなっているのかわからないというのは不味い。
元の醜い身体ごと消滅したなら兎も角、見えなくなっているだけだとしたら最悪だ。
解体しようにも、もう外しようがないのだから。

いや――本当に最悪なのは、他の参加者たちに与える影響だ。
参加者全員が科せられているはずの首輪が無い、ということは、まず間違いなく他参加者の警戒心を呼び起こす。

一等最悪なのは、参加者の枷である首輪をはめていないが故に
最初の舞台で見たワールドオーダーに似た奴と同じような『主催者側の仲間』だと思われることだ。

そうなったら、他の参加者連中に何をされるかわかったもんじゃない。
奴らは間違いなく皆ワールドオーダーを憎んでいるだろう。
その仲間だと思われたら――

殴る蹴るでは済まない。
何故なら今の道明は絶世の美少女の姿をしているのだから。

ゾッ、っと全身から血の気が引いた。
道明は今の自分の華奢な両腕を見詰める。
か弱く美しい少女を、怒りにブチギレた獣どもの檻に放り込んだらどうなるか。
道明はそれを、ネット上で手に入れた数多のゲームやマンガで嫌と言うほど知り抜いていた。

まず××の×という×を×される。
×××も×も××も×××されて、×の××まで××で×される。
それだけでは終わるまい。
×××に×や××××や××××を××られたり、×を×××××××れた×に××××まで×××を××××れたり
××ながら×を×××れたり×を××れたり××××を×××××れたり、××や×××××を××××されたり
×××に×××××××れて×を××まで×××れた×で×を××××××××られたり
××や××の××や××を×××れたり、×を××××れて××××に×××を××××れて×××に×××れたり……

およそ思いつく限りの陵辱を受けるだろう。
そのことに思い至り、道明は絶望の震えとともに女になったことを心底後悔した。

だから一刻も早く、皮製造機の詳しい情報をミルから聞き出す必要があった。
だがミルを探すのは道明一人では厳しい。矢張り榊の協力が必要だろう。
榊の協力を得るためには、皮製造機のことを一から正直に話すしかない。
幸い皮製造機の残骸とマニュアル本はとってある。これを見せれば榊も信じるだろう。
……使った動機に関しては、パニック状態だったからとでも言っておけばいい。

榊はいかにも義理堅そうな男だし、命の恩人である道明の頼みなら聞くだろう。

そんなことを考えている間に、時計の針は六時ちょうどを指し示していた。

 ――おはよう。朝だね。――

ゲームマスターの声がプレイヤーたちに響き渡る。
道明は榊を起こそうとして――思い止まった。
放送された情報は自分が独占しておいたほうがいい。そうすれば榊は否応なく道明に依存せざるをえなくなる。

(そこに気がつくとは……やはり俺は天才だ。そうだ、俺は神童だ。この程度のミスなんざすぐにカバー出来るぜ)

勝利への妄想に酔いニヤニヤ笑う道明の思惑に関せず、放送は禁止エリアの発表から死者の公表へと進んでいった。


860 : ハーヴェスト ◆dARkGNwv8g :2014/09/20(土) 05:07:07 g81XHs5I0


 ――では、また6時間後に生きて僕の声を聴いてくれる事を願っているよ。――


ワールドオーダーの、この狂った殺人競技の主催者の放送が終わった。

おかしい。

呆けたままの頭で聞いていた鵜院千斗は、空ろな瞳を目の前の少女の死体に向ける。

おかしいのは二十四名もの名前が死亡者として呼ばれたからではない。
呼ばれるはずの名前がその二十四名の中に含まれていなかったからだ。

ユージー、もしくは彼女が連れて来られる過ちの元になった尾関裕司という名前は
ワールドオーダーの発表で呼ばれることはなかった。
目の前でこうしてユージーが死んでいるにも関わらず――だ。

否――
本当に……ユージーは死んでいるのだろうか。
まだ生きているのではないか。
そんな筈はない。目の前に転がった彼女の身体は首があらぬ方向に曲がったまま、ぴくりとも動きはしない。

本当か――
今お前が見ているユージーの死体は、本当に死んでいるのか。
本当に――
本当にお前が今見ている景色は信用できるのか?

ぐにゃり、と眩暈がした。
そうだ。先程自分は茜ヶ久保の幻覚を見たじゃないか。
存在しない、恨めしそうな茜ヶ久保の顔を。
それだけじゃない。
ユージーが、倒れて血を流して死んだはずのユージーが自分の喉に手を伸ばす姿だって見たじゃないか。
だから、だから自分は、鵜院千斗はユージーを

違う
それらが幻覚なら、今目の前に転がっているユージーも
ユージーが死んでいるという事実も幻覚でないと、どうして言い切れる?
むしろ――ユージーが死んでいるこの景色のほうが幻覚なのではないか。
そうでなければ、ユージーの名前が呼ばれなかったこととの辻褄が合わない。

子供の頃、理科の授業か何かで聞いたことがある。
人間はありのままの世界を直接見ているわけではない。
物体に反射した光を眼球が集め、その情報が神経を通して脳に至り、そこで景色を結んでいるのだと。
この事を知った後は、何とも言えない不思議で不安な気持ちになったものだった。

つまり、景色を見ている自分の眼や神経や脳がおかしいのならば
ユージーが死んでいるというのは鵜院の眼か脳か神経かが見せている、誤った世界なのではないか。

本当のユージーは、今も道路に横たわったまま、明るい笑顔を自分に向けているのではないか。
(ウィンセントさん)
本当のユージーは、今も鈴の転がるような声で自分に笑いかけているのではないか。

「あっ――――おっ――――」

何も言えない。
呻くようにしてユージーの身体を再び背負う。

以前、近藤さんだか誰だかが言っていた。
ボタンを押すとランダムに毒ガスが発生する箱の中に猫を入れてボタンを押す。
箱を開けて猫の生死を確認するまで、その猫は箱の中で生きているとも死んでいるとも確定しない状態にあるのだと。
確かこんな話だったような気がする。
今の鵜院にはユージーが死んでいるように見える。
しかし、鵜院は自分の観測結果をすでにまったく信用することができない。
それなら、ユージーの死は観測されていないも同じだ。
だからユージーは生きている。
生きて自分の背中で笑ってくれているのだ。
――早くバラッドさんやピーターの所に戻りましょう――
屈託のない声で、そう言っているのだ。
だから、鵜院は

「……じゃあ、行こうかユージーちゃん。
 バラッドさんたち、きっと待ってるよ」

背負ったユージーに声をかけると、朝日が照らす街の中を再び進み始めた。

その拍子に、背中に担がれている少女の首から上だけが仰向けになって後ろをむいた。


861 : ハーヴェスト ◆dARkGNwv8g :2014/09/20(土) 05:08:05 g81XHs5I0



 ――では、また6時間後に生きて僕の声を聴いてくれる事を願っているよ。――


ワールドオーダーの、このエキサイティングな殺人ゲームのゲームマスターの放送が終わった。

おかしい。

佐藤道明は、血走った眼で死者の上に赤線が引かれた自分の名簿を見詰める。

おかしいのは二十四名もの名前が死亡者として呼ばれたからではない。
呼ばれるはずの名前がその二十四名の中に含まれていなかったからだ。

オデット、ホテルで殺し屋ヴァイザーと共に始末したはずのバケモノの名前は
ワールドオーダーの発表で呼ばれることはなかった。
あの時オデットは確かに黒焦げになって死んでいたにも関わらず――だ。

否――
本当に……オデットは死んでいたのだろうか。
執拗に止めを刺したヴァイザーと違い、道明は碌にオデットに対して注視しなかった。
それは或いは、怯儒に似た罪悪感のためだったかもしれない。

考えてみればあの女は人間ではない。魔族だ。そう名乗っていた。
少なくとも人外のバケモノであることは間違いない。ならば人間ならまず助からないような大怪我でも生き残ることが――出来るかもしれない。

迂闊だった。
佐藤の喉からうめきが漏れる。
だがそれは、後悔というより怒りの表れだった。

折角、首尾よく殺り遂げたと思ったのに。

強者二人をまんまと潰してやった、という愉悦が、音を立てて崩れていく。


だが佐藤は怒りに浸りきる前に現実に呼び戻された。
目の前に転がっていたオッサン……警視庁の榊将吾警部補が唸り声と共に覚醒し始めたからである。

「ぐっ……此処は……?」
「もうちょっと眠ってろやオッサン!!」
「がッ!?」

起き上がろうとした榊の頭を
道明はすかさず手に持っていた人殺しの人殺しによる人殺しの為の本(著者ケビン・マッカートニー)の角で思い切り殴りつけた。
殺し屋の大著で殴られた榊は再び意識を失い、床に倒れこむ。

「ちいぃッ!面倒な時に面倒かけさせやがってよぉ!」
転がった榊の頭を苛立ち紛れに踏みつける。だがこのままではまた起きてくるかもしれない。
「……しゃーねえ、やっとくか」
思い切り舌打ちすると、道明は榊の服を脱がせに掛かった。
無論そういった目的のためではない。そういった意味で道明の眼鏡に適うのは、男なら二次成長前の小児だけだ。
下着靴下以外の服を脱がすと、それをロープ代わりにして榊の両手両足を縛る。
クソの役にもたたねぇ人殺しの人殺しによる人殺しの為の本(著者ケビン・マッカートニー)には被害者の縛り方は書いていないため
縛り方は仕方なく全部適当だ。ついでに口には榊自身の靴を突っ込んで猿轡とし、ネクタイで目隠しをする。

「これでようやく考え事に集中できるぜ……クソがッ」
転がる榊に唾を吐くと、道明は再びオデットの問題に集中する。


862 : ハーヴェスト ◆dARkGNwv8g :2014/09/20(土) 05:08:58 g81XHs5I0
オデットが生きてることはほとんど間違いないだろう。死者関係でゲームマスターが嘘をつくのは利が薄すぎる。
しかも、オデットが爆殺されかけたのは今から六時間も前。その間ずっと瀕死で寝たきりのまま辛うじて生きてるような状態でいるのか。
そうであれば何も問題はない。
だがあのバケモノが人間離れした再生能力を持っていたとしたら。
あの女はバケモノのくせに対ゲームマスター派……世間一般で言えば良識派のヤツだった。
ならばゲームを破壊するため、同じく乗り気でない仲間を集めている可能性が高い。
そしてまず間違いなく、危険人物として道明の名を仲間たちに教えているだろう。

自分の名が人殺しとして、自分の知らないところで広まっていく。
道明はめまいと一緒にゲロを吐きそうな気分だった。
誹謗中傷を広めるのはネトゲと並ぶ彼のネット上での楽しみだったのに、まさか自分がされる側になるなんて。
「畜生が――ッ!」
怒りに任せて、芋虫のように這い蹲る榊の腹に蹴りを入れる。
流石に現職の警官だけあって、腹の硬さはいつも殴っているクソババア(母親)のたるんだ腹とは比べ物にならない。
蹴り飛ばした道明のほうが倒れかかり、慌てて椅子に座り直した。
「クソッ、クソッタレッ」
榊はまだ気絶しているらしく、身動き一つしない。


「こんなことしてる場合じゃねえ……どうする、どうする――」
美しいアザレアとそっくり同じ爪を、道明はガジガジと噛む。
今こうしている時にも、仲間を引き連れたオデットがやって来て道明をリンチにかける気がしてならない。

屈強な仲間に押さえつけられた道明に向かって、全身に火傷を負ったオデットはこう叫ぶ。

「こいつが佐藤道明、仲間である私を裏切って殺そうとした、人殺しよ!」

その後どうなるか、待っているのは死の制裁だろう。
だがその前に、この美少女と化した身体はレイプされ尽くすに違いない。
犯される道明を見て笑うオデットの復讐に燃える瞳が、道明には見えるようだった。

「――ん? レイプ?」
真っ青になったり真っ赤になったりして自分の未来の悲惨を妄想していた道明は、そこに至って急に冷静になった。
あらためて持っていた手鏡を覗く。そこには天使のような美少女の貌があった。

「は、ははは―――
 そうだよ!今の俺はもう佐藤道明じゃねえんだよ!」

乾いた笑いはやがて爆笑となり、狭い店内に響き渡った。

「今の俺は『アザレア』。裏切り者で人殺しの佐藤なんて奴ぁ知らねー。
 アテクシは今日も昨日も一昨日も、ずーっとアザレアでしてよ、ゲヒャヒャヒャヒャ!!」

その美しい外見とは明らかに不釣合いな下卑た笑いで、道明は手を叩いて足を踏み鳴らす。
外見を変えた判断はやはり正解だった。これで自分は裏切り者人殺しの危険人物として死にぞこないのバケモノに追われずに済む。
これで万事OKだ。これで万事――


なら、首輪はどうなる。

『アザレア』が首輪をつけていないことはどうやって説明する。
皮製造機を使ったことを話せば、自分がアザレアではないことが明るみに出る。
かといって皮製造機の存在を隠せば、首輪が無い=主催者側の人間として襲われる。

ここに来て、道明の思考はフリーズした。

自分が皮製造機を使った、佐藤道明以外の人間として名簿から適当な名前を名乗れば――
その本人が、オデットの仲間の中にいたらどうする。

そもそも、最悪の想定として、オデットが既に本物のアザレアと知己を結んでいたらどうする。
今まで考えた全てのプランが破綻する。そしてそれは十分に有り得る可能性だった。


863 : ハーヴェスト ◆dARkGNwv8g :2014/09/20(土) 05:09:30 g81XHs5I0


「ッッッッッああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」

奇声と共に、道明は持っていた手鏡を思い切り床の榊の頭に投げつけた。
鏡が砕け床中に飛び散る。榊の頭からも血が噴き出した。

「うがああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」

道明の狂乱は終わらない。
倒れている榊の腹に、背に、何発も蹴りを入れる。
更に店の椅子を持ち上げて、榊に向けて振り下ろす。
神経の反応なのか無意識の生存本能なのか、暴虐を受けた榊の身体は海老のように縮こまった。

「がー、ふっ、クソッ……」

暴れ疲れて冷静に戻った――というよりは怒る体力を使い果たした――道明は
荒れ果てた店内にも体中から血を流す榊にも注視することなく、再び椅子に腰を下ろした。

「大丈夫だ、大丈夫……
 俺は佐藤道明、佐藤家始まって以来の神童だ。この程度のクソゲーム、クリアできる、クリアできる……
 兎に角あのバケモノに会わないようここから離れることだ。
 あいつも大火傷を負ったからにはそう遠くまで移動していねぇはず……仲間を集めるのにも市街地のほうが都合がいいだろうしな。
 だったらこの市街地区域から逃げりゃいい。そうすりゃ当座は安心だ。
 ここで逃げるのは負けじゃねえ。俺にはこのゲームで完全勝利するだけの才能がある……
 ヴァイザーの奴はぶっ殺してやった。殺し損ねたオデットだって撒ける。
 後はミルとかいうクソ科学者を探し出して拷問して首輪がどうなったか確かめりゃいい。
 上手くいけばバカどもを残してこの島を脱出できるかもしれねえ。それが無理でも全員ぶっ殺すだけだ。
 俺なら殺れる。クソババアも言ってたもんなぁ、俺は殺ればでKILL子だってよヒヒヒ!
 そうなったら後は楽勝だ。この美貌で金持ちのバカ男を騙して結婚して、残りの人生は優雅なセレブ妻生活だ。勿論子供は0人!家事は全部召使!薔薇色の人生だぜヒャーハハハハーッ!」



「成る程、そういうことか」

驚くほど冷たい声に、道明は高笑いの姿のまま固まった。

恐る恐る振り向いたその先には、縛られて床に倒れているはずの榊将吾が
全身に冷ややかな憤怒を漲らせながら立ちはだかっていた。





なんで?
いつから?
まさか最初から?
本で殴りつけた時から、気絶する振りをして俺を窺ってたのか?
まさか――クソ――引き篭もり生活のせいでついた興奮すると口に出してしゃべる癖が、こんな時に――


予想外の出来事に固まったままの道明を、榊は冷たく睨み続ける。

「なん、で――縛られ――」
「素人の捕縛で動きを失うほど、こちとらヤワじゃねぇんだよ」

下着姿の榊の周りの床には、解かれたロープ代わりの上着が散らばっていた。


864 : ハーヴェスト ◆dARkGNwv8g :2014/09/20(土) 05:10:03 g81XHs5I0
「――ッッ!!」

弾かれたように、道明はパッグに手を突っ込んで拳銃を取り出そうとする。
だが銃を探り当てて取り出した瞬間、道明の腕は榊の万力のような手で握られていた。
「ギャッ!」
激痛でなんとか手を振り解こうとする道明の動きで、手に持った銃が誤射され、店の入り口に嵌め込んであったガラスを破壊した。
「ギャーッ!」
もう一度今度は榊に向けて撃とうとする道明の腕は壁に何度も叩きつけられ、ついに力尽きて銃を取り落とした。
榊は即座に拳銃を遠くの床へ蹴り飛ばす。
攻撃を諦め、道明は何とか逃げようとする、が、榊の手は緩まるどころか強さを増し
もがいた道明は顔面から思い切り壁に叩きつけられた。
「グゲっ!」
熱い痛みと共に、道明の鼻腔から血が噴き出し、壁と道明自身の顔面を伝う。
道明の抵抗が緩んだ一瞬の隙に、榊は握っていた道明の腕を後ろ手に捻り上げた。
「アガッ!?ガガガガガガガガ!!!」
今までの生活で経験したことの無い、想像を絶する激痛に道明の抵抗する意志は忽ち霧散した。
榊は容赦なく、後ろ手を決めたまま床へと道明を倒す。
「ゲェー!」
先程より酷い、星の飛ぶような激痛が顔で爆発し、道明は顔中を血塗れにしながら悲鳴と思しき奇声を上げた。

今や、無様に床に転がるのは道明の番だった。
後ろ手を決められているせいで、動くどころか呼吸するだけで激痛が走り、悲鳴と涙と鼻水がこぼれた。

「や゙や゙めで――――」
「話は聞かせてもらった。お前がオデットさんを黒服の男と一緒に殺そうとしたことも
 これ以上の罪を重ねる気であることも全部な」
「ででめえ、警察のくせしてこんなことしていいと思ってんのか!
 コクミンにボーリョクを振るうなんて、ソショウだ!ここ出たらぜってぇ訴えてやっかんなテメェアガガガガガガガ!?」

再び腕を捻られ、道明の罵倒は無理やり中断させられる。
だが道明を押さえつける榊に、憤怒の熱気は無い。
刑事の心は、どこまでも冷えていた。

「やはり……やはり『彼』が、『彼女』のほうが正しかった」
「お゙、お゙ま、何を――」
「お前らはクズだ。
 社会という畑を荒らし、平和という実りを蝕む害獣だ。
 お前らは法で裁くに値しない。お前らに法の裁きなど意味が無い。
 害獣に必要なのは人間の法ではない。もっと容赦呵責の無い裁きだ」

言いながら、榊のもう片方の腕が
血塗れで床をのたうつ道明の喉に巻き付けられた。

「ヒッ、う、嘘だろオッサン!?
 テメェ刑事だろうが!刑事が人殺していいのかよ!」

その腕の意味を理解し、道明が絶叫する。
だが対する榊の反応は静かだった。

「俺は田畑の収穫の守護者として、悪に対し正義を執行する。
 たとえ法に背くことになろうとも、それが害獣への断罪だ」

まるで神に奉げる詩のように呟くと
榊は首に回した手に力を込め始めた。

「うげッッッ!ッッッッッッ!!」

道明は必死でのたうち回ろうとする。が、完璧に押さえ込まれている為に現実では身動き一つ出来ない。
自由になる片腕だけが空しくパタパタと無駄な動きを続けている。
口から血の混じったピンク色の泡が溢れる。止め処なく流れる鼻血がその泡に混ざる。
苦しみのあまり、遂に道明は失禁した。血とは違う生暖かい液が下腹部に広がる。
意識が殆ど失われると同時に肛門の括約筋も緩んだのだろう。尾籠な音を立てて、尿塗れのスカートの中に大便が射出された。
当然耐え難い悪臭が立ち昇るが、榊は一切無表情のまま、正義執行の力を減ずることはなかった。

「悪よ滅びろ!!正義を為す者に栄光あれ!!」

道明の顔は既に真赤を通り越して青黒く変色し、白目を剥いている。
彼の命脈は完全に絶たれていた。


865 : ハーヴェスト ◆dARkGNwv8g :2014/09/20(土) 05:10:48 g81XHs5I0








店の扉が弾けた。
それと共に、一個の疾風が店内へと雪崩込む。

疾風は床で組み合った二人に殺到すると、上に乗っていた榊将吾を吹き飛ばした。



「君!大丈夫かい!」

正義の執行者を弾き飛ばし、半死半生の佐藤道明の介抱をする。

疾風のように現れた男の名は鵜院千斗。
秘密結社悪党商会戦闘員・鵜院千斗は、空ろな微笑みを瀕死の道明へと向けた。





最初は物音と人の声だった。
バラッドさんたちかと思い探していると、強い衝撃が来た。
鵜院は耐え切れずよろめいて倒れこみ、何事かと思って一緒に倒れたユージーを見ると
彼女の頭に穴が開いていた。
一つの穴は小さく、もう一つの穴はそれより大きい。そこから中身がこぼれ出していた。

目をやると、一つの店の扉が壊れている。
あそこから銃弾が飛んできたのだろう。
頭の中身をこぼし続けるユージーを安全な場所に隠すと、鵜院は破れた扉の隙間から店内の様子を窺った。
ダイナー(簡易食堂)なのだろう
さほど広くない店内にカウンターがあり、その前に滅茶苦茶にテーブルや椅子が倒れた床の上で
下着姿の中年男が制服姿の少女の首を締め上げ、今にも殺そうとしていた。





「君!大丈夫かい!」

少女の様子は酷いものだった。
元は美しかったであろう顔は血塗れに砕け、制服は血と汚物でぐしゃぐしゃになり悪臭を放っている。
呼吸が止まっていたので鵜院は口を付けて人工呼吸を施した。
幸いなことに、少女はすぐに痙攣と嘔吐と激しい咳き込みと共に息を吹き返した。

「早く逃げて!」

蘇生したばかりで状況が理解できない少女は、それでも悲鳴を上げると、汚物塗れの体を引き摺るようにして店の前の通りへ逃げていった。
彼女の無事を確認してから、鵜院は下着姿の男へと向き直る。
男は突然乱入してきた鵜院が何者なのか、値踏みしているようだった。
しかし鵜院にはそんなことをする必要はない。
悪党である鵜院にもわかる。ユージーやユキと同じくらいの少女を暴行し惨殺しようとした
この男は悪だ。

「どうも……状況的に見て誤解しているらしいな」

下着男は困ったように頭を掻く。
鵜院は動かない。男の前に立ち塞がり、店の入り口へは、少女の逃げた方向へは絶対に行かせない構えだった。


866 : ハーヴェスト ◆dARkGNwv8g :2014/09/20(土) 05:11:15 g81XHs5I0

「まいったな……
 あの男は……あれは娘に見えるが、中身は娘の皮を被った男なんだ――
 あいつは凶悪な犯罪者だ。即刻処刑しなけれりゃならん。そこを通してくれ」

男の言ってることは無茶苦茶だった。
狂っているのか。
悪の上に気違いなのか。

男を止めなければ。
そのときになって初めて、鵜院は自分が徒手空拳だったことを思い出した。
何か武器を取り出そうとパッグの中に指を入れようとしたその瞬間

世界が回った。

まるで豪風に巻き込まれたかのように、鵜院の体は回り
そして床に叩きつけられた。

「―――――ッッッァ!!」

圧倒的な衝撃に全身の機能が麻痺する。
男に柔道で投げられたのだと――黄色い反吐を吐きながら、ようやく気づいた。





彼には申し訳ないことをしたが、仕方ない。
自分は早く正義を完遂せねばならぬのだから。
床に叩きつけられ嘔吐する青年を残したまま、榊は
逃げ出した害獣――佐藤道明を追って店の外に踏み出そうとする。
榊はもう法の番人ではない。
今の榊は正義の執行者、一体の案山子だった。

だが、
その案山子の足に、手をかける者がいる。
下を向くと、先程投げ飛ばされて悶絶しているはずの青年が、榊の足にしがみついていた。
榊は思わず感心する。
見上げた根性だ。この正義の執行が終わったら、この青年とゆっくり本当の正義について語らってみたい。
だが、今は

再び挑みかかってきた青年を、再び投げる。
倒れたテーブルか椅子の角にでも身体の一部をぶつけたのだろうか。
青年は声にならない絶叫を上げている。
その背後から、榊は彼の首を抱いた。

「――――!!」
「一先ずの正義が終わるまで、眠っていてもらおう」

抵抗しようとした青年は、すぐ意識を失った。榊が絞め落としたのだ。

これで邪魔は入らない。
後は手早く、あの害獣に相応しい裁きを与えるだけだった。





正義の執行者――榊将吾は知らない。
彼が一時的に排除した青年が、秘密結社悪党商会戦闘員――鵜院千斗だということを。


867 : ハーヴェスト ◆dARkGNwv8g :2014/09/20(土) 05:11:56 g81XHs5I0
榊は知らない。
確かに鵜院の戦闘力は、常人と比べても飛び抜けて高いとは言えない。
ましてやヒーローであるシルバースレイヤー・ナハトリッター・ボンバーガールや
鍛え抜かれた肉体を武器として戦う半田主水たちとは比べるべくもない。
しかし、鵜院は彼らにはない唯一つのアビリティーを持っている。
鵜院千斗は誰よりも負け続けた男だ。
敗北即ち死の戦場で、延々と負け続けていた男だ。
負けながら、誰よりも負け続けながら死ななかった男。
彼は詰まり――誰よりも、何よりも早く、敗北から復活できる男。
その再起能力を、榊は知らない。知る由もない。

絞め落とされて、榊が歩み去った次の瞬間には、鵜院は既に完全覚醒していた。
周囲を見渡す彼の目に留まったのは、床の片隅に追いやられた焦げた拳銃。
可能な限り無音で動き、可能な限り早く狙いをつける。
戦闘員として実弾を使った射撃訓練を受けてはいたが、鵜院の成績はお世辞にも良好とは言えないものだった。
良くて当たり外れは五分五分という結果だった。
それを焦げた銃で、正しく作動するかもわからない。
そもそも弾丸が込められているのかすら知らない。
しかし鵜院は引き金を引く。
今まさに店外へ出ようとしている下着男に。
銃は鵜院の腕の中で弾け、

五分五分の確率は正義を貫いてくれた。





榊は店入り口の前の床に膝を着いて、信じられないものを見るような目で腹部からの出血を眺めている。
その間に、鵜院は動いていた。
この一発では完全に殺しきれなかった。
銃にもう弾丸は無い。確認済みだ。
凶器になりそうなもの――銃底? しかしまだ使える武器だ。乱暴に扱って壊したくない。
その時、道明が置きっ放しにしていた『それ』を見つけて、鵜院は会心の笑みを浮かべた。
それは分厚いページ数に頑丈な装丁が施された一冊の本。
人殺しの人殺しによる人殺しの為の本 著者ケビン・マッカートニー だった。

裏社会の出版業者が裏の印刷所で印刷し裏の製本所で製本したこの煉瓦のごとく厚い本の仕上がりが
果たして実際の殺人にもご利用いただけますという著者からの溢れるサービス精神の賜物なのかは定かではないが
事実、この本は立派に殺人凶器の役割を果たすことができた。
呆然とした榊が動く前に、この重い本を両手に持ち上げた鵜院は
榊の後頭部目掛けて思い切り振り下ろした。
榊が倒れる。
その榊の背に馬乗りになる形で、鵜院は何度も本を振り下ろす。
ちょうど片膝を榊の背の銃創に乗せて、榊が起き上がろうとすると傷口に膝を立てて思い切り抉り回した。
そうして抵抗の意志を奪うと、鵜院は何度も何度も、榊の後頭部に本を振り下ろし続けた。

何十回振り下ろしたことか。
やがてメキッと音がすると、榊の頭の形が変わり、中身が漏れ出していた。
鵜院にはこれで大丈夫かどうか確信がもてない。ユージーからしてそうなのだ。
だが男はもう立ち上がる気配を見せない。それなら大丈夫だろう――と
恐々と納得して、鵜院は血と脳漿と毛髪塗れのゴミになった本を捨て、ユージーと逃げた少女を追って町へ出た。


868 : ハーヴェスト ◆dARkGNwv8g :2014/09/20(土) 05:12:24 g81XHs5I0


多分、もう大丈夫だと思うよ――

乱入してきた青年はそう言っていた。

でも確かめない限りあの男も生きてるかもしれないよ。そういうものなんだって――

そんなことも言っていた。頭がおかしいのかもしれない。

だから、本当ならもう二度と訪れたくなかったあの店に、佐藤道明は再び足を踏み入れていた。
榊は入り口の近くで倒れていた。びびって足が止まってしまったが、奴は本当に動かない。
頭から何かがはみ出しているので、本当に死んでいるのかもしれない。
それでも、オデットのように甦って襲ってくるかもしれない。

死体に近づきたくないので裏口を壊して店内に入り、自分のデイパッグからモーニングスターを取り出した。
恐怖を堪えて死体に近づき、頭目掛けて鉄球を振り下ろす。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も
死体の形が変形していくにつれ、恐怖は消え失せ、代わりに信じ難いほど激しい怒りが込み上げて来た。
道明は泣きながら鉄球を振り下ろした。叫びながら鉄球を振り下ろした。喚きながら鉄球を振り下ろした。罵りながら鉄球を振り下ろした。
やがて榊の死体の背骨と四肢の骨がぐにゃぐにゃに砕け、榊の頭が赤と黒のスープのようになった頃
道明はようやく鉄球を振り下ろすのを止めると、全ての力を使い果たして店の壁にもたれかかり、ずるずると滑り落ちた。


「大丈夫? 終わったかい?」

喘ぐように息をする道明に穏やかに声をかけると、先程の青年が店の中に入ってきた。

彼は背中に娘を背負っていた。

娘の首は真横に有り得ない角度で折れ下がり、側面に開いた穴からは脳味噌の残骸がぶらんぶらん垂れ下がっていた。

もう何も考えたくない道明と、榊だったでたらめな残骸を交互に見ると
青年は困ったような笑顔で「この男、死んだの?」と聞いてきた。

見りゃわかるだろうが、テメェは×××か――と普段の道明なら罵声の一つでも掛けただろうが
今の道明にはそれほどの体力も無く、ただ首を上下に揺らすことしかできなかった。

「本当に、死んでるの?」

男がしつこく食い下がってくる。道明は惰性で首をカックンカックンと上下に動かす。

「そうか、君は……君なら、人が本当に死んでいるのかどうかが分かるんだね」

その時、道明は初めて青年の瞳を真正面から見た。
青年は狂っていた。


狂人は特徴のない顔にどこか寂しげな笑いを浮かべながら、特徴のない声で自己紹介を始めた。

「僕は鵜院千斗。彼女はユージーちゃん。
 僕たちはこの島に閉じ込められてから会って――他にも仲間がいるんだよ、それと悪党商会の人たちも。茜ヶ久保さんとハンターさんは死んじゃったけどね」

青年はしゃべる。壊れたおもちゃだ。

だがもう道明には、目の前のキチガイを押しのけていく力など残されていなかった。

「でも、僕はおかしくなっちゃってね、もう人が生きているのか死んでいるのかわからないんだ。
 だから、君ならわかるだろ? ユージーちゃんが今生きてるって事を」

そう言って、鵜院千斗と名乗った男は背中に背負ってる娘を揺らす。
その時、ずっと垂れ下がっていた脳の一部がべちょりと落ちたが、その音は鵜院千斗には届かなかったらしい。


そんなもん確かめるまでもねえ。死んでるに決まってんだろうが。


869 : ハーヴェスト ◆dARkGNwv8g :2014/09/20(土) 05:12:48 g81XHs5I0


そう言おうとして

道明はぐっと言葉を飲み込んだ。


もしかしてこれは、自分に与えられた最後のチャンスなのではないだろうか。

榊将吾というカードを大火傷で失った今、道明の利用できる駒は一人も存在しない。
だが目の前のこのキチガイ男を自分の手札にできたならば――
否、手札に加えねばならない。
幾ら知性と才覚に優れているとはいえ、道明一人で出来る事には限界がある。
事実、自分はあのクソカスキチガイ刑事に殺されかけたのだ。
そのキチポリをこのキチ男は殺した。戦闘力としては申し分ない。
しかも他に仲間がいると言う。本当かどうかは甚だ怪しいが、もし本当ならばその集団に潜り込み
ステルスマーダーとしての本領を発揮することができるのだ。
だから――後はいかに、この男の信頼を得て、仲間になるか、ということだ。
相手はキチガイ、一つ下手を打っただけで自分のほうが殺されるかもしれない。

しかし、この他にもうチャンスは無いのだ。

賭けるしかない。

「あれ――君、そういえば首輪、どうしたの?」

邪気を含まぬ、純粋に不思議そうな声で、鵜院千斗が話しかけてくる。
早速、最も目立つ、そして最も痛い部分を突かれた。

さあどう答える。 このチャンスをどう使う。

困ったように笑う青年と、その背中の死体を見比べながら
神童は疲れ切った頭をフル稼働させ、最適解を導き出さねばならなかった。


【J-8 市街地・ダイナー/朝】

【鵜院千斗】
[状態]:ダメージ(中)、疲労(大)、精神的疲労(大)、錯乱
[装備]:焼け焦げたSAA(0/6)
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜2、ユージー(天高星)の死体
[思考・行動]
基本方針:ユージーと一緒にバラッドさんたちと合流する
1:君(佐藤道明)の首輪は……?

【佐藤道明】
状態:ダメージ(大)、疲労(大)、アザレアの肉体、首輪が見えない、体中に汚れ
装備:焼け焦げたモーニングスター、リモコン爆弾+起爆スイッチ、桜中の制服
道具:基本支給品一式、SAAの予備弾薬30発、皮製造機の残骸とマニュアル本、『組織』構成員リスト、ランダムアイテム0〜2
[思考・状況]
基本思考:このデスゲームで勝ち残る
1:このキチガイ(鵜院千斗)に何て説明する?
2:一刻も早くオデットのいるこの市街地近辺から逃げる
3:ミルを探し、変化した身体についての情報を拷問してでも聞き出す
4:可憐な容姿で参加者を騙し、利用する
5:利用出来ない駒、用済みの駒は切り捨てる
6:組織の参加者は可能ならば駒にする。無理だと判断したら逃げる


【榊将吾 死亡】


870 : ◆dARkGNwv8g :2014/09/20(土) 05:13:53 g81XHs5I0
投下終了です。


871 : 名無しさん :2014/09/20(土) 05:55:18 ChaXRtEw0
お二人とも投下乙です
ミュートスがここで落ちたか…
そして馴木さんはクリスから逃げ切ることができるのか

ウィンセントぶっ壊れちまったか…
佐藤くんはどうコミュを取るのか、神童ここにありきって事を発揮できるのか?
榊さんは…どんまい…まぁ起きれただけ良かったって事で…


872 : 名無しさん :2014/09/20(土) 11:12:38 OPtodFoY0
投下乙です。
錯乱の末に勘違いで榊さん殺害にまで乗り出してしまったウィンセント…
言動といい行動といい案山子になりつつあった榊さんも気になったけどここで落ちたか
神童はどうにか助けてもらったけど、ウィンセントが合流しようとしてる仲間こそがまさにアザレアの知り合いなんだよな


873 : ◆H3bky6/SCY :2014/09/27(土) 00:07:46 ypI0xJlg0
投下します


874 : 空の会遇 ◆H3bky6/SCY :2014/09/27(土) 00:08:33 ypI0xJlg0
雨雲の様な黒い靄の塊を足場に、白く靄のかかった空を行く少女アザレア。
彼女は展望台すら見下ろす遥か高みから、朝日を返し光り輝く水平線を臨む。

「あら、死んでしまったのねヴァイザー」

少女は放送を聞き終え、事も無げにそう呟いた。
呟かれた言葉は上空に吹きすさぶ突風に浚われ消えてゆく。

その簡素な感想は、少女がその幼さ故に死の意味を理解できないから、という訳ではない。
彼女は正しく死を理解している。
それどころか、彼女ほど多くの死に触れてきた少女はいないだろう。

誰かに死を遣わすのが彼女の仕事であり。
任務に失敗したモノが死ぬなんてことも珍しくない。
昨日隣にいた人間が翌日にもう会えなくなってるなんてことは、彼女にとっては日常茶飯事だ。

彼女にとって死など日常の一部にすぎない。
彼女にとって死とはそういう存在である。

もう会えないという意味での感傷はあるが。
それはクラスメイトがどこか遠くに転校てしまったという程度のモノである。

しかし、真っ先に呼ばれたのがヴァイザーというのは意外と言えば意外である。
脱落するにしても、最初に脱落するのはイヴァン辺りだと思っていた。
確執があるというよりは、純然たる実力を鑑みての予測である。
アザレアはイヴァンが上の方で行っているその辺のパワーゲームには興味ない。
組織内のヴァイザーの立ち位置にも興味がなく、彼の死による影響など想像する価値もない。
殺し屋はただ生きて、死ぬだけだ。

アザレアはすっぱり気持ちを着換え、次はどこに向かおうかと辺りを見渡す。
山頂に見える不思議な池の様な所なんかもいいな、などと考えていた彼女の前に――それは何の前触れもなく現れた。

アザレアが気付いた時、それは豆粒ほどの点でしかなかった。
だが、豆粒のような人影は一瞬で人影となった。
ミサイルの様な勢いで空中を疾走する人影は、アザレアの眼前でピタリと止まる。
速度は最高速から一瞬で無(ゼロ)へ。
それは、空を飛ぶことの適わない人間にはおろか、空を自由に飛ぶ鳥にも、飛行機にすら不可能な動きだった。

その急停止によって押し出された空気が、固まりとなって叩きつけるようにアザレアに向かって吹きつける。
足元の黒靄の端々が千切れるように吹き飛び、アザレアはその風を前に思わず目を閉じた。

そして、ゆっくりと目を開いたアザレアの眼前には、朝日を背にした人知を超えた存在が立っていた。
輝くような白銀の髪。
闇すら届かぬ漆黒の肌。
光のようではなく黒曜石のような暗い輝き。
その美貌は無条件に脳髄が美しいと感る、正しく魔性。
一糸纏わぬことすら気にかからぬほど、その存在は全てを超越していた。

「やぁ。こんにちは。いや、もうおはようの時間かな?
 僕は邪神リヴェイラ。僕は気さくな邪神だからね、気軽にリヴェイラ様とでも呼んでくれて構わないよ」

邪神が声を発した。
何の事はないただそれだけの行為で、気を失いそうなほどの威圧感が辺りを包む。
まるで空気がヘドロの様な淀みを持っているようだ。

「ええ、おはようございます、リヴェイラ様。
 初めまして。私はアザレアと申します。こちらは覆面さん。無口な方ですので気を悪くしないでくださいね」

だが、アザレアはその空気を気にした風でもなく、ごく自然に応対する。
奇人変人の巣窟で育った少女だ。
三つ目の瞳も一糸まとわぬその姿も自分の肉体を改造が趣味の変態どもの延長にしか見えず。
流石に空を飛んでいるというのは、アザレアにとっても驚くべきところなのだろうが、何せ今は自分も飛んでいる。
ならば、アザレアが気おくれする要素など一つもない。


875 : 空の会遇 ◆H3bky6/SCY :2014/09/27(土) 00:09:10 ypI0xJlg0
「しかし。驚いたな、まさか君みたいなモノと会えるだなんて」

邪神のその言葉は、アザレアに向けられたものではなかった。
その視線は、アザレアの足場となっている漆黒の雲へと向けられていた。

「あら、リヴェイラ様は覆面さんについてご存じなの?」
「知らないね。だから驚いているんだよ。
 まさかこの僕が知らない魔の物がいるとは」

自らに知らぬことがあるのが悔しいのか、嬉しいのか。
邪神は深く観察するように三つの目を細めて目の前の影を見つめる。

「……エレメンタル、いや。どちらかと言えばゴーストやリビングデッドに気配は近いか。
 だが僕の知るどれとも違うな。そうだな、強いて言うなら……」

リヴェイラは己の世界に入り一人ブツブツと呟きを漏らす。
その呟きの意味がかわからずアザレアは不思議そうに首を傾げた。

「ちょっと失礼するよ」

そう言って、返答も待たず邪神は黒靄の中に顔を突っ込んだ。
もっともアザレアもその奇行を止める気はなく、微笑を湛えたままその行為を見送っているし。
当の覆面男も暴れるでもなく、成すがままにされているので何の問題もないのだが。

黒靄の中をに突っ込んだ首をグリングリンと回して覆面男の中を舐めまわすように見分してゆく。
邪神はその目で、その鼻で、その耳で、その舌で、その触覚で、その魔力で覆面男全てを感じ取る。

「ふむふむ。なるほどなぁ」
「覆面さんの事、何かわかりましたの?」

アザレアはスカートの裾をまくりながら座り込み、足元の覆面男に首を突っ込んだままのリヴェイラに問いかける。
スポンと勢いよく首を抜いたリヴェイラは、仕切りなおすようにコホンと咳払いをすると分析結果を告げた。

「どうやらこの子は一定の条件によって出現し、一定の条件に従い消えてゆく現象化した魂のようなモノのようだね。
 どこかの世界でが独自進化をしたんだろうが……普通はこんなモノは生まれない」

少なくともリヴェイラはこんなモノ初めて見たし、知識としても知らない。
三千世界を渡り破壊してきたリヴェイラが知らないのだ、偶然的に生まれたとは考えづらいだろう。
それこそ意図的に手を加えられない限り、ごんな都合のいい現象は生まれない。

「うーん。つまり覆面さんは、自然現象みたいなものという事なのかしら?」

折角できた友達が意思を持たないただの現象かもしれない。
告げられたその事実に、残念そうにアザレアは眉尻を下げた。

「まあそうなんだけど、元となった人間がいるはずだよ。だから元人間と言った方が正確かな?
 これほど邪気に満ち漆黒に塗れているのは魂の元となった人間が血と殺戮を好む殺人嗜好だったのだろう。
 ただ、魂というのは実に不安定な存在でね。それ単体だと、世界に在留できず消滅してしまう。
 世界に定着させるべき触媒か、存在を維持するための核が必要だ」

リヴェイラの話す言葉がいまいち理解できないのかアザレアは首を傾げる。
その見た目や嗜好に反して、彼女は意外とオカルト話にあまり造詣が深くない。
本は好きだが、好んで読むのは拷問などの実用本やファンタジーな物語が主だし、あまりその手の本は読まないのだ。

「つまり、どういう事なんですか?」
「ま、要点だけ言えば、このまま放っておけば彼は消えるという事さ。
 だから拡散を防ぐために、袋詰めにでもしておいた方がいいかな。そうすればこれ以上の希薄化は避けられる」
「袋詰めですか」

相手の言葉を反復しつつ、そんなところに閉じ込めてしまうのは可哀そうだな、とアザレアは思う。
狭い世界に閉じ込められるというのは不幸なことだ。


876 : 空の会遇 ◆H3bky6/SCY :2014/09/27(土) 00:10:30 ypI0xJlg0
「後は、単純に濃度を回復させることだね」
「回復? それは、どうすればいいんですか?」

僅かに不安げな声でアザレアが問いかける。
果たしてそれは自分にもできる事なのかと。

「簡単だよ。そいつは魂なんだから他の魂を喰らえばいい」
「食べる?」
「そう。魂の補充は魂でしかできない。だから人を殺せば彼は回復するということだ」
「あら。そんな事でいいの?」

想いのほか簡単な方法にアザレアはほっと胸をなでおろす。
腰を下ろしていたアザレアはその場に立ち上がると、改めてリヴェイラに向き直った。
そしてスカートの両端を吊り上げ、最大級の礼を込めて頭を垂れる。

「リヴェイラ様。この度は我が友人の為にお知恵を頂き感謝いたしますわ」

異常な環境で育ち、まともな教育を受けていないアザレアだが。
暗殺の手段として、いかなる場所にも溶け込めるように礼儀作法だけは叩き込まれている。

「いやいや、いいよ。彼については僕としても興味深いことだったし、何より君みたいなのは支援するという元からの方針だったしね」

魔族を従えた魔性。
問うまでもなくアザレアがこの殺し合いに肯定的な人間であることは一目で理解できた。
邪神にとって支援すべき対象である。

「それじゃあ、そろそろ僕は行くよ」
「リヴェイラ様はどちらまで向かわれるおつもりなのです?」
「あちらの方に面白い気配があってね。それを見に行くところだったのさ」

そういってリヴェイラは東南を指さす。
その先にあるのは市街地の様だ。

「じゃあね。頑張って殺し合いに励んでくれたまえよ」

現れた時と同じく、掻き消えような加速で邪神は一瞬で去って行った。
姿を手を振ってその見送り、その姿が見えなくなったところでアザレアは、足元の覆面男へと声を掛ける。

「覆面さん、そのままだと消えてしまうんでしたよね。
 どうしましょうか? リュックも無くしてしまいましたし、困りましたね……」

うーんとアザレアは思案する。
正直、考えるのはあまり得意ではないアザレアとしては覆面男にも知恵を出してほしいところだが生憎とこの友人は無口である。
その辺の貢献は期待できないだろう。

「あ、そうですわ! とりあえず私の中に入ります?」

これは名案とアザレアは声を弾ませた。
勿論、中とは衣服の中という意味である。
アザレアの衣服はゴシック調の厚手の生地だ。
袖口や襟元をきつく締めてしまえば、ある程度は密封できる。
何よりこの方法なら共にいるという感覚の方が強く、閉じ込めるという感覚が薄い。


877 : 空の会遇 ◆H3bky6/SCY :2014/09/27(土) 00:11:12 ypI0xJlg0
その案が気に入ったのか、足元の覆面男が僅かに沸き立った。
絨毯状だった黒靄から、触手の様なモノが数本のびた。
触手はアザレアの足元に絡みつく様に伸びてゆき、スカートの内に忍び込んでゆく。

「ん………ぁ……くすぐった…………んっ」

シュルシュルと下半身を上り詰めてゆく触手の感覚にアザレアは思わず声を漏らした。
細く柔らかな感触のモノが巻き付いていくのは少しこそばゆい。
触手は徐々に上半身に迫り、まだくびれのない胴を、膨らみの殆どない胸を、その未成熟な少女の体を包んでゆく。
そして、足元から黒靄が完全に消え、すべてがアザレアの体に納まった。

「すごいわね。まるで自分で飛んでいるみたいだわ」

浮遊する覆面男に乗るのではなく、全身に巻きついた覆面男が浮遊を補助しているため、飛行しているという感覚は強くなるのも当然と言える。
そして、濃度が半分ほどに薄れたとはいえ、覆面男には2メートルを超える大男並みの体積があったのだ。
それが小柄な少女の服に納まっているのだから、その密度は半端な刃など通さないほどである。

「さて、それじゃあ私たちもいきましょうか、そうですね」

何かを思案するように言葉を切ると、アザレアはリヴェイラが飛んで行った先を見つめる。

「市街地ですか。リヴェイラ様の言ってた面白そうなモノっていうのも気になるし。私たちも行ってみましょうか、覆面さん?」

【I-8 上空/朝】
【リヴェイラ】
状態:健康、飛行中
装備:なし
道具:不明
[思考・状況]
基本思考:邪神として振舞い退屈を潰す。
1:悪人は支援。善人は拷問した末に、悪に改宗させる。
2:島の南東に現れた邪気の主(オデット)を見に行く。

【H-7 上空/朝】
【アザレア】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ、覆面男
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:自由を楽しむ
1:リヴェイラを追って市街地に向かう
2:覆面男の回復のため適当に殺す
3:覆面男に自分の作品を見せる

【覆面男】
[状態]:濃度50%、アザレアに巻き付き中
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:???
1:???
※アザレアをどう思っているのかは不明です。というか何を考えてるのか不明です。
※外気に触れると徐々に霧散します、濃度が0になると死亡します


878 : 空の会遇 ◆H3bky6/SCY :2014/09/27(土) 00:11:36 ypI0xJlg0
投下終了


879 : 名無しさん :2014/09/27(土) 01:16:18 Wr7LVy3k0
投下乙です
リヴェイラさんに加えてアザレア、覆面さんまで南の街入りか
殺し屋コンビ、ユージー、スケアクロウ、オデニキ、キチったウィンセント、ニートと
一癖も二癖もある奴らばかり揃う状況と化している南の街の明日はどっちだ
幼女の服に入り込む覆面さんの紳士っぷり半端無い


880 : 名無しさん :2014/09/27(土) 08:23:08 D1PhmE1c0
投下乙です!
ついに覆面男の正体が判明、そして南の街がどんどん危険地帯になってくな
後アザレアちゃんの服の中に入り込む覆面さんは安定の紳士っぷり


881 : 名無しさん :2014/10/01(水) 02:04:04 BSKmuNOYO
現在したらばの管理人が不在なのでしたらばを移動するそうです
ttp://jbbs.shitaraba.net/otaku/16903/


882 : ◆H3bky6/SCY :2014/10/02(木) 22:11:34 qogi01FI0
投下します


883 : 勇者システム ◆H3bky6/SCY :2014/10/02(木) 22:12:03 qogi01FI0









勇者とは世界を救うシステムである。









■■■■■■■■■■■■


放送を聞き終え、田外勇二は絶望に震えていた。

吉村宮子の死。
それは少年の心を押しつぶし、絶望の淵へ叩き落とすには十分な衝撃だった。

勇二にとって宮子はもう一人の母親と言っても過言ではない女性だった。
幾つもの彼女との思い出が、勇二の脳裏を走馬灯のようによぎる。

あれは勇二が4歳のころの話だ。
勇二は原因不明の怪奇現象に悩まされていた。
それは、彼の周囲の物が突然動きはじめ、勇二が触れた瞬間に粉々に砕けると言ったものである。
初めはいつも彼に悪戯を仕掛ける妖怪たちの仕業かと思ったが、まったくその気配は感じられない。
なにが原因なのか全くが不明。不気味な出来事だった。
いつ何が壊れるともしれず、幼心に恐怖に夜も眠れなかった。
頭まで布団にもぐり何も起きないように祈りながら眠る。そんな日々を過ごしていた。

その怪奇現象について相談を受けた宮子は、そんな不安を抱えた勇二を安心させるように。
私に任せておいてください。と、そう言って柔らかに笑い、勇二の頭を優しく撫でてくれた。
それだけで勇二の心の中の不安の種は僅かに小さくなっていく。

そして数日後、彼女がお守りと称してプレゼントしてくれたのはネックレスだった。
その日以降、怪奇現象はピタリと収まった。
だが、怪奇現象が収まったことよりも、彼女がわざわざ自分の為にネックレスを作ってくれたという、そのことの方が勇二にとっては嬉しかった。
ネックレスをつけていると、彼女との絆の証を、常に身に着けているような気がしたのだ。

ポカポカとした陽だまりの様な女性だった。
彼女の膝の上で眠るのが好きだった。
じゃれつくように彼女にすり寄ると、彼女は優しく笑って受け入れてくれた。
彼女に優しく髪を撫でられると安心して眠ることができた。

彼女の語る物語が好きだった。
心躍る冒険活劇や、思わず感心してしまうためになる話。
さまざまな物語を聞かせてくれた。
そして、何より語る彼女の声が好きだった。

だが、その陽だまりは失われてしまった。
死に目にも会うこともできず、このような理不尽な形で命が奪われるなどあってはならないことだ。

親しい人間の死。
それは6歳の子供が背負うには重すぎる重荷だ。

絶望に膝を折りそうになる。
悲観し慟哭しそうになる。
思わず目を伏せ、視線が落ちる。

だが、俯いたその視線の先。
自らが手にしていた両刃の西洋剣がふと目に入った。

剣はどこか温かみのある淡い光に包まれれていた。
一片の曇りもない聖なる輝き。
その輝きを見ると、荒れ狂う波の様な心が不思議と落ち着いて行くのがわかる。
まるですべての悲しみを呑みこんで行ってくれているよう。
重荷となっていた絶望が湧き上がる勇気に少しずつ溶けて行く気がした。

落ち着いた心で、改めて考える。
そして、すぐに自分が何をしなければならないのかに勇二は気が付いた。

「愛お姉さんを探さなくちゃ」

彼の家族はまだここにいる。
悲しみに暮れるにはまだ早い。
ここでひざを折っている暇などないのだ。

そのために脅威となるのならば、相手が悪党だろうと、邪神だろうとその全てを打ち倒す。
愛する者を守るために、もはや恐れはない。
親しき者の死は、少年を一歩成長させたのだ。

勇二は聖剣を太陽に掲げる。
この剣を持つと困難に立ち向かおうという勇気が湧いてくる。
きっとこの剣は布都御霊や天叢雲剣の様な由緒正しき厳かな剣なのだろう。

■■■■■■■■■■■■


884 : 勇者システム ◆H3bky6/SCY :2014/10/02(木) 22:13:22 qogi01FI0


放送を聞き終え、勇者カウレスは歓喜に震えていた。

20名余りの死者が出た。
幾多の戦場を超え、数万単位の死者を見てきたカウレスには、これが多いのか少ないのか判断がつかない。
それほどまでに彼にとって死は見慣れていた。

戦争があった。
人類と魔族と長い長い戦争が。

カウレスが生まれた時から、いや生まれるはるか以前から人々は魔族と争っていた。
魔族の理不尽な暴力に晒され殺される人々を見てきた。
田畑を荒らされ飢餓に苦しみ餓死していく人々を見てきた。
追い詰められ絶望という病に侵され人間同士で殺し合う様を見てきた。

人間と魔族は百年以上も殺し殺されを繰り返してきたのだ。
今更、手を取り合って分かり合う事などできはしない。
積りに積もり蓄積された嘆きや恨みは、もはやどちらかが滅びるまで消えることはないだろう。
彼の世界はもう、そんなどうしようもない所まで至っている。

そしてそれはカウレスも同じだ。
故郷を魔王軍に滅ぼされ、妹以外の家族、友人、隣人その全てを皆殺しにされた。
その事実を忘れることはないだろうし、許すつもりも毛頭ない。

無論、カウレスとて魔族の全てが悪だとは言わない。
オデットの様な魔族もいる。
だが、その頂点たる魔王は別だ。
全ての元凶であり魔族の頂点。
奴は、奴だけは討ち滅ぼさなければならない。

だが、魔王は通常、魔界領の奥深く魔王城に居を構え、その周囲を常に親衛隊に守護されている。
大軍をもってしてもその膝元にすらたどり着けず。
命を懸けても、その顔を拝むことすら難しい。
通常ならば。

放送で告げられた事実は、この世界では彼の世界の通常が通じないということを示していた。
ガルバインと暗黒騎士が死んだ。
誰が倒したのか、どこでどう死んだのかなどそんなことに興味がない。
重要なのは、幾万の兵を持って成しえなかった事がこの6時間で達成されという事実だけだ。
たった20名余りの犠牲で魔王軍の重要人物討伐を成しえたという事実は、散って行った幾万の命を思えば偉業といってもいい。
この場には護衛軍もいない、つまり、魔王を守護する者は誰もいないという事である。
これはまたとない好機である。

まずは聖剣を取り戻す。
そう目標を定める。
聖剣を手にしてミリアやオデットの様な優秀な魔法使いの援護を受けられれば、苦戦は強いられるだろうが魔王相手でも十分な勝機はある。
最悪、仲間と合流できず一対一で戦うことになったとしても、聖剣さえあれば同士討ちくらいには持ち込んでみせる。
逆に言えば、ミリアやオデットの援護があったとしても、聖剣なしではかなり厳しいという事。
それくらい聖剣は重要な要素である。

聖剣。
そう聖剣だ。

聖剣を抜いたものは、女神の加護を受け世界を救う勇者として相応しい力を得る。
それが聖剣に纏わる伝承である。
事実として聖剣を抜いたカウレスは世界を救う力を得た。

だが、世界を救う力とはなんなのか。
世界を滅ぼす力と世界を救う力。
果たして、それらの何が違うというのか。

本質は同じ力だ。
全ては扱う者の心ひとつ。

かつて聖剣を手にした歴代の勇者がどうだったのかは知らない。
純粋な正義心や使命感で手にしたものもいるのだろう。
だというのに復讐に取りつかれたカウレスが聖剣を抜けたのは何故か?

それは偏に目的が一致したからだろう。
魔王軍を滅ぼすというその一点において勇者としての役割と、復讐者としての目的は一致していた。
それ故に、聖剣はカウレスの求めに応じ力を与えたのだ。

曰く、勇者とは餓えず、食事を必要とせず。
曰く、勇者とは眠らず、睡眠を必要とせず。
曰く、勇者とは休まず、その命続く限り延々と戦い続けられる者である。
故に、勇者は人から外れた存在である。

聖剣を手にした時点で人としての人生は終わり、勇者としての宿命と運命を決定づけられる。
あの聖剣を手にするという事はそういう事だ。


885 : 勇者システム ◆H3bky6/SCY :2014/10/02(木) 22:15:44 qogi01FI0
そもそも聖剣に挑もうという者がいなかったというのも頷ける。
勇者とは文字通り勇気のある者とするならば。あの剣を抜こうとした時点ですべての者はその資格を得ていると言っていい。
世界の歯車となる覚悟があるか、あの剣が問うのは純粋にその一点。
なにせ目的が善なのだ。使い手の善悪など問うべくもない。

覚悟無き者が握ったところで、聖剣は応じず、ただのなまくらにしかならない。
あるいはその法則(ルール)を無視できるほどの、素質を持つ者もいるのだろうが、少なくともカウレスはそうではなかった。
カウレスはその復讐心という名の覚悟を買われ、聖剣を担う勇者(システム)となった。

それはカウレスにとっても都合がよかった。
魔王軍を討ち滅ぼすためならば、手段など選ぶつもりはない。
例え人でなくなろうとも、奴らを倒せる力を得られるならばそれでよかった。
その覚悟を持った上で、カウレスは聖剣を手にしたのである。

聖剣を手にした勇者カウレスの名が世界に知らしめられたのは、メルゲン地方での戦いを起としていた。
メルゲン地方は聖剣の眠る聖地であり。
その事実を知った魔王軍は聖剣を封じるため大規模侵攻を仕掛けたのだ。

魔王軍を率いるのは剛力無双のガルバイン。
その拳は石壁を容易く砕き、その皮膚は刃をも通さない。
人間など叶うべくもない魔王軍随一の猛者である。

ガルバインの率いる部隊は、魔界の中でも最前線で戦い続ける精鋭揃いである。
対する聖地守護隊は、使い手の現れぬ聖剣の守りなど無駄という世論もあり、各地の前線に人材を奪われ弱体化していた。
正しく無勢に多勢。戦力差は歴然であった。

そうして正規軍はあっという間に半壊。
聖剣の眠る聖なる森へと繋がるタバサ草原まで戦況は後退を余儀なくされた。
もはやこの地を守るのは護るのは疲弊した正規軍の生き残りと、集まった僅かな義勇軍だけである。
防衛に徹する義勇軍であったが、魔族たちの猛攻に窮地へと立たされ、もはや滅びを待つだけに思われた。

そんな時だ。
彼らの前に、聖剣を手にした勇者は現れたのは。

そこからは伝説の始まりだった。
後にこの戦いを勇者の武勇を語る吟遊詩人は謳う。
勇者は万の軍勢を前に怯むことなく立ち向かい、黄金の草原を駆ける。
獅子奮迅の働きで、不眠不休のまま七つの夜を越えて戦い続けたという。

その姿に鼓舞された義勇軍たちは士気を向上させ、戦況を僅かに押し返した。
そして義勇軍の支援を受けた勇者は大将首にまで迫り、一騎打ちの末、敵大将ガルバインを敗走させた。
これにより魔王軍は撤退に追い込まれ、聖地メルゲンは解放された。
それは勇者カウレスの伝説の始まりにして、人類の反撃の狼煙となる出来事であった。

この戦いで初めて聖剣を手にしたカウレスは、その力を知った。
伝承に伝わる潜在能力の開放や、体力と精神力が続く限り永遠に戦うという選択肢を選び続けられる力。
それすらも勇者の特権的能力の一部に過ぎない。
それほどの力だ。
聖剣は正しくカウレスの望む力の具現であった。

だが、カウレスに言わせれば、同時にあの剣は呪具の類である。

魔族が相手とはいえ、あれほど大量の敵を殺した剣は歴史上存在しないだろう。
カウレス自身もあの聖剣で数えきれないほどの魔族を切り捨ててきた。
あれ程の血を吸いながら、穢れ一つなく絶対的な正義を謳い、聖なる光を発し続けるあの剣は不気味でしかない。
正直、あの光を見るたび生理的な嫌悪感さえ覚える。

だが、それでもいいとカウレスは思う。
勇者と聖剣の間にあるのは信頼関係などではなく、利害の一致のよる利害関係である。
カウレスにはあの剣が必要だし、聖剣には使い手が必要なのだ。
それ以上の関係など望む必要もない。

所詮、勇者と聖剣など、世界を救うためのシステムにすぎないのだ。

だが、ふと思う。
正しき資質(ライトスタッフ)により聖剣を手にする者は不幸だなと。
なにせ何の覚悟もなく、世界のシステムになってしまうのだから。

もっとも、そんな者が本当に存在するのかは、カウレスにはわからないが。

【F-5 山道/朝】
【カウレス・ランファルト】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(確認済み、カウレスに扱える武器はなし(銃器などが入っている可能性はあります))
[思考・行動]
基本方針:魔王を探しだして、倒す。
1:まずは聖剣を取り戻す。
2:魔王を倒すために危険人物でも勧誘。邪魔する奴は殺す。
3:ミリアやオデットとも合流したいが、あくまで魔王優先。


886 : 勇者システム ◆H3bky6/SCY :2014/10/02(木) 22:16:27 qogi01FI0
■■■■■■■■■■■■

聖剣を手に勇二は行く。
その足取りは軽く、その目には迷いもない。
奥底から湧き上がる勇気が少年の心に満ちていた。
今の彼に恐れなどない。
この会場にいる者のみならず。
全ての元凶たるワールドーダーすらも討ち倒せる自信すらあった。

意気揚々と草むらを進む幼い少年。
何の異常もない、ともすればどこにでもありそうなこの光景である、
だがおかしい。

異常な空間で正常を維持すること、それはもはや異常であると言っていい。

どれほどの才覚を持とうとも、勇二はまだ年端もいかぬ小学生である。
夜の九時には眠りに落ちるし。
朝昼晩と食事を抜いたこともない。

だというのに、眠らず夜を明かしたにもかかわらず、まったくもって眠くもないし空腹も感じない。
それどころか疲労らしき疲労も感じられない、健康そのものだ。
自宅ならまだしも、あれ程の恐怖と緊張の中、慣れもしない野外で過ごしたにも関わらず、だ。

疲労や眠気があるというのならば、自覚できたかもしれない。
だが、それがないという感覚は当たり前すぎて、少年は疑問にすら思わない。

己が持つ聖剣が、果たしてどういうものなのか。
その正体を知ることもなく。

少年は勇者になる。

【E-4 草原/朝】
【田外勇二】
[状態]:覚悟、勇者化進行中
[装備]:『守護符』、『聖剣』
[道具]:基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:愛お姉さんを探す
1:ネックレスを探す。
2:リヴェイラは絶対に探し出して浄化する。
[備考]
※ネックレスが主催者により没収されています。そのため、普段より力が不安定です。
※自分の霊力をある程度攻撃や浄化に使えるようになりました。


887 : 勇者システム ◆H3bky6/SCY :2014/10/02(木) 22:17:18 qogi01FI0
投下終了
コントローラ放置しとけばレベルが上がる系男子


888 : 名無しさん :2014/10/03(金) 14:52:01 LLAOPuog0
投下乙です
まさか聖剣にそんな効能があったとは…今はいいけど後が怖そうだ

指摘
>オデットの様な魔族もいる
設定によるとカウレスはオデットが魔族であることを知らないようなので、この思考には至れないと思います


889 : 名無しさん :2014/10/03(金) 16:22:12 ej2B86zw0
投下乙
カウレスは魔王軍壊滅を喜んでるけど
裏ボスの存在とオデットの現状を知ったらどうなることやら

カウレスがオデットの正体を知ってるのは
オデットは隠してるつもりだがカウレスは知ってるとか
明確な証拠はないけど大体察しがついたとかでいいんじゃないか?


890 : ◆H3bky6/SCY :2014/10/03(金) 21:22:04 9tV1oAw60
>>888
ご指摘ありがとうございます
修正しなくてもいいというご意見もありますが
カウレスのぶっ殺思想が加速するのは喜ばしい事なので修正します

> 無論、カウレスとて魔族の全てが悪だとは言わない。
> オデットの様な魔族もいる。
> だが、その頂点たる魔王は別だ。
> 全ての元凶であり魔族の頂点。
> 奴は、奴だけは討ち滅ぼさなければならない。

上記の部分を下記に修正

> もしかしたら人間と同じくいい魔族もいるのかもしれない。
> もしかしたら争いを好まない魔族もいるのかもしれない。
> だが個々の善悪などどうでもいいことだ。
> 魔族は存在自体が人間にとっての害悪である。
> 問答の余地はなく、その全てを根絶やしにしなければならない。
> それが勇者の背負う責務である。
> 特に全ての元凶であり魔族の頂点たる魔王は、勇者としてなんとしても討ち滅ぼさなければならない。

wikiも修正しておきます


891 : 名無しさん :2014/10/04(土) 06:04:44 7W9vILsc0
投下乙です
勇二くんは、勇者になっちゃったのか
ロワの環境では不眠不休は便利だけど、やっぱ不気味なアイテムだよな
後聖剣カウレスはものすごい強いのね、対主催の希望の星になりそう


893 : 名無しさん :2014/10/09(木) 01:15:46 As3tyZ760
投下乙


894 : ◆uoBAVUNs42 :2014/10/10(金) 22:34:18 ouSR4yeU0
作品が完成しましたので予約していた三条谷錬次郎を投下します


895 : ◆uoBAVUNs42 :2014/10/10(金) 22:35:35 ouSR4yeU0
 あの魔女を爆殺した後、僕はしばらく当てもなく歩いていた。
 だが、僕には一晩中歩き回るだけの体力はなく、その事を自覚していたので探索を早めに切り上げ適当な物陰で休息を取っていた。
 そうして幸か不幸かそのまま誰にも会うことはなく、僕はこの6時間を生き延び、第一回目の放送の時間を迎える。

 どこから流れているのかわからないな不気味な声。
 その声が告げる禁止エリアなどの情報をメモしてゆく。
 そして事は死者の発表の段階に至り、僕のメモを取る手が止まった。

 白雲彩華。

 その名前を聞いた瞬間、喉の奥から笑いが止めどなく溢れてきた。
「あは…………あははははははははははははははははははははははははははは! 死んだ! あのお嬢様が死んだのか!」
 腹を抱えて狂ったように爆笑する。
 人生を狂わせた元凶である魔女も。
 現在進行形で人生を狂わせているお嬢様も。
 みんな死んだ。

「ざまーみろ! ははは、ふははははっはははははは!!!」

 これで人生がリセットされた訳じゃないが、気分は晴れやかだった。
 自分を縛りつけていた目に見えない何かが、一つ一つ解けて行くようである。
 その解放感に笑いが止まらない。
 ここにきて人生は好転している、後は前に進むだけだ。

「あははははははははははははははははは、ははっ、は、はぁ…………」
 だが、徐々に声のトーンは沈み、歓喜の笑いが乾いた笑いへと変わってゆく。
 彩華の死は喜ばしいことだが、他のクラスメイトの名も呼ばれてしまった事に思うところがないわけじゃない。

 彩華に縛り付けられたこちらの境遇など気にせず、天真爛漫に接してくれた数少ない人物であるルピナスが死んでしまったことは少しだけ残念に思うし、何より――――麻生時音が死んでしまった。
 彩華に知れてしまったら彼女にどのような咎が及ぶか分かったものではないから、決して表には出さなかったけれど、僕は密かに彼女に憧れていた。
 いつも凜として、体質改善薬で抑え込んでいるとはいえ、この体質になびかない意志の強い女性だった。
 それは彼女に別の想い人がいた事を示していたのかもしれないけれど、それでもよかった。
 ただそういう存在がいるという事が僅かながらの救いだった。

 けれど、勝者となると決めた以上、いつか殺さなければならない相手である。
 いつも本当に欲しいものは手に入らない。いらない物ばかりがついてくる。
 悲しさという感情は確かにあるが、今は己の手で殺す必要が無くなったという事を喜ぼう。

 死んだクラスメイトの名を元に、生き残ったクラスメイトを確認する。
 馴木沙奈、新田拳正、一二三九十九、夏目若菜、尾関夏実、水芭ユキ。
 生き残りは6人。
 あとは先輩が一人いるみたいが、探偵として名を知っている程度で、直接的な関わりはないので思うところはない。
 女だから利用できるかな、というくらいだ。

 沙奈はまだしぶとく生き残っているようだ。
 惚れ薬を作った吉村宮子は死に。
 惚れ薬の効果に狂った白雲彩華も死に。
 後は惚れ薬を飲む原因となったこいつも死んでいれば、この体質に纏わる因縁の人物は殆ど一掃できたのだが、まあそれはいい。
 こいつは利用できるだけ利用して、ボロ雑巾のように捨ててやる。
 それまでは死んでもらっては困る。


896 : ◆uoBAVUNs42 :2014/10/10(金) 22:39:16 ouSR4yeU0
「……あとは、新田くんも生きているのか」
 やはり、というか彼も生き残っている。
 自分だけじゃなく、あのクラスの全員に共通する認識だろうが、彼が死ぬ様は正直想像しづらい。
 本物の魔女と出会った後でもその認識は変わらない。

 そう思うのはきっと、自分が新田拳正に対して憧れの様な感情を抱いているからだろう。
 もちろん麻生時音にむけた恋慕の感情とは別の、ああ成れたらいいなという男としての憧れである。

 それは腕っぷしではなく、風評に流されず己を突き通す、その在り方に憧れた。
 それは彼が何も考えていないバカなだけだと言う人もいるけれど、そうは思わない。
 少なくともあのお嬢様に対しても一歩も引かず真正面から噛みついて行った人間は、自分の知る限り拳正だけである。
 自分が彼のような強さを持っていれば、こんな体質でも周りにいいように流される生き方じゃなく、もう少しマシな生き方ができたのかもしれない。

 優勝を目指すのならば、どちらかが死なない限りはいずれ出会う。
 そうなれば僕は彼を、憧れを乗り越えねばならない。
 そうでなければ未来がない。

 もちろん真正面から勝てる相手ではないことは分っている。
 男性である彼には僕の魅了体質も通じない。
 彼を倒すためには武器が、使える女が必要だ。

 彼の恋人である一二三九十九を利用するのもいいだろう。
 改善薬で押さえていた時ならともかく、今の自分なら恋人がいようともお構いなしなはずだ。
 一二三九十九には恨みもないが、必要とあらばその心を弄び利用することも厭わない。
 弱い自分が勝つためにはどんな汚い手も使う覚悟が必要だ。

 ハッキリ言って今のままでは拳正に勝つどころか、誰かに襲われただけで抵抗する間もなく殺されてしまうだろう。
 手榴弾は奇襲をかけるには適しているが、撃退には向かない武器だし。斧は重すぎて扱えない。
 襲撃者が女ならばこの体質でやり過ごせるかもしれないが、男だったらひとたまりもない。

 まずは盾が必要だ。
 そのために人の集まりそうなところを目指す。

 現在地はD-10。
 周囲にあるのは廃村や廃校、地下実験場なんてよくわからない物もある。
 その中で人の集まりそうな場所と言えば、研究所くらいのものか。

 研究所と言うくらいだ。
 それなりの設備は整っているはずだ。
 そこでこの首輪を何とかしようとしている輩が集まっている可能性もあるだろう。
 その中にはきっと女もいるだろう。
 利用できればいいのだが。

【D-10 草原/朝】
【三条谷錬次郎】
状態:健康
装備:M24型柄付手榴弾×4
道具:基本支給品一式、不明支給品1〜3、魔斧グランバラス、デジタルカメラ
[思考・状況]
基本思考:優勝してワールドオーダーに体質を治させる。
0:研究所に向かって利用できる人間を見つける。
1:自分のハーレム体質を利用できるだけ利用する。
2:正面からの戦いは避け、殺し合いに乗っていることは隠す。


897 : ◆uoBAVUNs42 :2014/10/10(金) 22:40:04 ouSR4yeU0
以上で投下終了しました。
タイトルは『憧れ』でよろしくお願いします。


898 : 名無しさん :2014/10/14(火) 05:41:44 ao0lXMnoO
投下乙
そっち行くのか錬次郎……研究所に火種が集まっていくな
しかし拳正に憧れてたっていうのはなんかわからんでもないな


899 : ◆FmM.xV.PvA :2014/10/15(水) 00:40:31 ub/02QnM0
『彼にとっての罰』の

>何故なら身体はうつ伏せだ。つまり真正面から銃弾を受けたことになる。

という箇所が、うつ伏せなのに真正面から銃撃という部分で矛盾してるので

>何故なら身体は仰向けだ。つまり真正面から銃弾を受けたことになる。

へ修正します。wikiの方も修正しておきます。


900 : ◆H3bky6/SCY :2014/10/15(水) 22:13:11 .pYfVXBY0
投下します


901 : ヒーローと案山子 ◆H3bky6/SCY :2014/10/15(水) 22:14:22 .pYfVXBY0
私とルッピーの楽しい談笑を邪魔するように、どこからともなく不愉快な声が響いてきた。
この声を発しているのは確かワールドオーダーとかいう気狂いだったか。
この人もいずれ殺さなければならない相手だ。
何故なら私は正義のヒーローだから。
私はルッピーの代わりにあの子が憧れた正義のヒーローとして、皆に殺し合いなんかを強要した巨悪を許すことなんてできない。
そうだよねルッピー?
ルッピーはうんと言ってお日様のように笑い声を聞かせてくれる。
ルッピーはいつだって天使の様にかわいい。
だというのに、天から響く声がうるさい。
邪魔をするな。ルッピーの声が聞こえないじゃないか。
こんな輩の話す言葉なんかにまったくと言っていいほど興味はない。
だから、ルッピーの名前がこんなやつに読み上げられた事は非常に腹立たしい。
こんなやつが気安く呼んでいい名ではないのだ。
しかもルッピーだけじゃない。
こいつは今、舞歌の名を呼んだ。
何のために?
これは確か何の名を呼んでいるんだっけ?
確か、死者の名前だったか。
けれど大丈夫。何の問題もない。こんな戯言は信じるに値ししない。
だっててて同じく放送ででで呼ばれれたたルッピーはここにいる。
こううして今も私に向かっててて語りりりかかけけけけけてくれててててている。
つまり、死んででででいるけどどどどどどど、生ききていいいる。
むしろ死んでるんだだだだだだだから生きてるるるに決まっているるるるるるる。
だからだからだからだからだからだだかかかから舞歌にもスグにまた会ええるししし、昔のようにユキと四人でででいつまでも一緒にいられるに決ままままままままっててててる。
また、みんな、みんながみんなみんなががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガgggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggggg。








誰かの悲鳴が聞こえた気がした。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


902 : ヒーローと案山子 ◆H3bky6/SCY :2014/10/15(水) 22:16:32 .pYfVXBY0

尾関裕司はバラッドたちの合流を目指し、来た道を辿るように引き返していた。
だがショッピングモールに差し掛かったところで何処からともなく声が聞こえてきたため、その足を止める。
言うまでもなく、それは主催者ワールドオーダーによる定時放送ではあるのだが、放送なんてものがあるなんてことを完全に忘れていた裕司は、突然の声に驚きながら、漠然としたままその内容を適当に聞き流していた。
そしてその声が、死者の発表に移ったところで、ようやく『ひょっとしてこれ聞き逃しちゃマズイ情報なんじゃね?』という発想に至った所で。

「…………ぅわぁぁああああああああああああああああ!」

唐突に響いてきた断末魔の様な叫びによって、天から響く声は上書きされた。

「かぁ、案山子ィ! うっそだろお前…………!」

慌てて背後の声の発生源を見ればそこには、頭を抱えた――いやそんなレベルではなく顔面を引き剥がす勢いで爪を食い込ませ掻き毟る男がいた。
その顔面も拙い手製の覆面で覆われており、その隙間から覗く血走った眼からは狂気の色が色濃く滲んでいる。
加えて、片手に握られた手斧からはまだ付着して間もないであろう血液がポタリポタリと滴り落ちており、疑うまでもなく明らかな危険人物である。

大声を上げたからこそ気付けたものの、物陰に隠れていた様子からして、放送に乗じて裕司に襲い掛かる算段だったのだろう。
だが、放送を聞いてそれどころではなくなったらしい。
そのお蔭で襲われる前に、発見できたのは裕司にとって幸運だった。
裕司は迷うことなく回れ右して、陸上選手の様な完璧なスタートを切る。

「ッ! ……あっ。ま、待てこの野郎ッ!」

その足音に、呆けていた相手が気づいたようだがもう遅い。
裕司は1番センターを任される野球部のホープだ。
その俊足は陸上部にだって負けない自信がある。
いかに成人した大人といえど容易く追いつける代物ではない。
ショッピングモールを抜け、商店街のアーケードを一直線に駆け抜ける。

(ヤベェ、ヤベェ。さっさとバラッドさんたちを探してと合流しないと…………!)

これまで直接的な危険人物と会う事もなく、バラッドといった頼れるお姉さんと首尾よく同行できたり。
なんだかんだでのらりくらりと安全に過ごしてきた裕司にとって、初の直接的な危機である。

商店街を抜け大通りに出た所で、どの程度引き離せたのかを確認すべく、裕司は走りながら後方を僅かに振り返る。
そこには変わらずの距離に、案山子の面を被った殺人鬼がいた。
50mを6秒台で走る俊足をもってしても、なかなか引き剥がせないどころか、むしろ先ほどより距離が詰められている。
呼吸しづらい覆面を被りながら、それなりの重量のある斧を片手にしていながら、この速度である。
変態的な見た目とは裏腹な高い運動神経の持ち主だと言えるだろう。

このままではいずれ追いつかれると悟り、裕司は自慢の俊足で相手を置きざりにするという方針を変える。
大通りから脇道に入り、道の入り組んだ住宅街へと逃走劇の舞台を移す。
細かくコースを変え、障害物を越えてゆき、機敏さで相手を巻く作戦だ。
まずは目の前にある小さな公園を突っ切るべく、その入り口にある車止めの柵をハードル走のように飛び越える。

「…………ぶッ!!」

だが、飛び越えようとした後ろ足を柵の上部に引っかけ、見事に顔面で着地してしまった。
豚のような悲鳴と共に、鼻から鮮やかな赤い血がドロリと零れる。

「あれ、なんで…………?」

いつもなら楽勝で飛び越えられる高さだというのに。
それに野球の練習で生傷など日常茶飯事だが、こけた程度でこんなに鼻血が出るのも珍しい。

だが、そんなことを気にしている場合ではない。
スグに立ち上がろうとする裕司だったが、ガクンと体を起こそうとした腕から力が抜けた。
一度立ち止まってしまったためだろう、そこで自分が全身で息をしているほど疲労していた事に気付く。
何故という疑問が頭の中を過る。
この程度の全力疾走で動けなくなるような軟な鍛え方はしていないはずなのに。

だがそれもそのはず、現在の裕司の肉体は裏松双葉のモノである。
裏松双葉も少女にしては運動神経は悪い方ではないが、日ごろから地獄のシゴキに耐える野球少年とはレベルが違いすぎる。
つまり、相手を振り切れないのは、相手が早いのではなく、単純にこちらが遅かっただけの話だ。
この感覚のズレに気付いていれば、あるいはやりようもあっただろうが、裕司はその事に今の今まで気付く事が出来なかった。


903 : ヒーローと案山子 ◆H3bky6/SCY :2014/10/15(水) 22:17:45 .pYfVXBY0

「――――フゥ………フゥ。追いついた」

そして裕司が立ち上がる前に、後方から声が追いついた。
首だけで振り返れば、そこには斧を振り上げ、覆面の口元をペコペコと上下させながら息を切らした狂人がいた。
どこか追いつめられたような血管の浮いた赤い瞳。
その覆面の中心に描かれるのは――――案山子だ。

案山子面の男、スケアクロウは何の躊躇もなく、倒れこんでいる裕司目がけて斧を振り下ろした。
何とか逃れようと裕司は転がることでその一撃を回避する。
車止めのポール越しの攻撃だったためか、その一撃は狙いが甘く、直撃を避けられたものの太ももを刃が掠めた。

「ぅわあぁぁぁぁあああああああ!」

鋭い痛みに悲鳴が上がる。
それほど深い傷ではないが、これほどまで深く刃物で刻まれるのはこれが初めてである。
バットで殴られたことや、骨折したことは何度か経験があるが痛みの質が違う。

とはいえ、身が固まってしまう程の痛みではない。
気力を振り絞れば動くことは可能だろう。
だが、走ることは難しいのも確かである。
つまりもう、

「逃げらんねぇなぁああ!!!」

車止めを越え、近づいてきたスケアクロウの絶叫する様な声。
それに対して、地に伏せたままの裕司は祈るように身を縮こまらせることしかできなかった。
そこに、狂気を以て凶器が振り下ろされる。

「ッ。ぎゃあぁあぁぁぁあああああああぁあぁぁ!!」

野太い男の悲鳴が公園に響き渡る。

「…………え?」

その悲鳴は裕司の口から漏れたモノではなかった。
何が起きたのかわからず、おずおずと面を上げた裕司の目に入ったのはオレンジがかった赤い光だった。
それは炎。

裕司の前で案山子が炎に包まれ燃えていた。
正確には、案山子の描かれた麻袋が、つまりスケアクロウの顔面が炎上している。
顔面を炎に包まれたスケアクロウは悲鳴を上げながらその場にゴロゴロと転がった。

ザッという足音。
それは、いつの間に現れたのか。
生命探知の羅針盤も最も近い裕司を指していたため、スケアクロウも気付く事が出来なかった。
公園の中心にあるひときわ高い滑り台の頂点に、日本刀を手にした女子高生が立っていた。

「え? 姉、ちゃん…………?」

それが己の実姉であると気付き、裕司は戸惑いの声を漏した。
外見は間違いなく毎日見ている己の姉のソレである。
だが、纏う雰囲気が別物だった。
余りにも剣呑としており、加えてどこか神々しさの様なモノも感じられる。

「…………誰?」

だがそれは夏実からしても同じである。
夏実とは逆に雰囲気は裕司のソレであるのだが、外見が完全な別人である。
これでは気付けるはずもない。


904 : ヒーローと案山子 ◆H3bky6/SCY :2014/10/15(水) 22:19:29 .pYfVXBY0
夏実は見覚えのない少年の言葉に首を傾げた。
だが、スグに中学生という年の頃からして、弟の友達だろうと中りを付ける。
無駄に友人の多い弟は、よく家に友人を連れてきていた。
弟にもその友人にあまり興味がないのでいちいち覚えてはいないけれど、向こうはこちらを見かけて覚えていたのかもしれない。

「まあいいわ、その辺に隠れてなさい」

構っている状況でもないので、適当にあしらいながら滑り台の頂点から飛び降り、裕司の隣へと着地する。
夏実から見て中学生に一方的に襲い掛かっていた卑劣漢はまだ生きている。
ならばとどめを刺さなければ。

「ルッピーも、ちょっと下がっててね」

裕司に向けた声とは明らかに声色を変えて、己の背負った荷物に語りかけた。
これからここは戦場となるのだ。
大事な大事な友人に万が一があっては困る。
彼女には安全な場所に待機してもらわなくてはならない。

とは言え、現状彼女は自力で動ける状態ではない。
故に、夏実は断腸の思いながら、弟の友人と思しき少年へと彼女の入った荷物を預けた。

「貴方に一時預けるわ。ルッピーの事よろしくね。
 けど、もしルッピーに何かあったら――――――殺すわよ?」

有無を言わせぬ一方的な命令。
姉弟間において年長者がそのような理不尽を行うのはそれほど珍しい事ではない。
裕司としてもその言葉に従うのに抵抗はない。

だが、その中に含まれた『殺す』という言葉には僅かに背筋を凍らせていた。
それは、いつもの冗談めかしたモノとは根本から違う、本気の色が見えたからだ。
冷たさを帯びた本当の殺意が。

「っあぁぁぁあ、こ、のっ…………!」

地面を転がるスケアクロウはなんとか炎上する仮面を脱ぎ捨てることに成功する。
そして未だ炎の止まぬそれを、勢いに任せて地面へと叩きつけた。
放り投げた後でハッとして、慌てたように何度も炎を踏みつけ消火を試みる。

「ぁあ…………俺の、俺の案山子が!」

だが、必死の消火活動も空しく、案山子を描いた手製の麻袋を炎が伝い、中央から消えてゆくように焼け落ちてゆく。
それはただの麻袋で作られた仮面ではない。
彼の案山子信仰の象徴ともいえる代物なのだ。
その象徴が、燃えカスとなって消えてゆく。

そして、全てが黒い消しクズになってしまったところで、絶望したようにスケアクロウが膝をつく。
信仰の対象たる案山子が死に。
信仰の象徴たる仮面をも失った。
残った燃えカスは風に浚われ塵すらも残らない。
全てが燃え尽きたスケアクロウはただうわ言のように案山子と繰り返す事しかできなかった。

「……案山子?」

だが、スケアクロウのうわ言に、意外にも夏実が反応した。
何かに思い至ったのか、そう言えばと己の荷物を漁る。

「ねぇあなた」

かけられた声に反応して、地に落ちたスケアクロウの視線が上がる。
夏実は荷物から取り出した仮面を、前方に突きつけながら尋ねた。


905 : ヒーローと案山子 ◆H3bky6/SCY :2014/10/15(水) 22:20:51 .pYfVXBY0

「あなたが案山子?」

スケアクロウが目を上げた先。

そには聖遺物があった。

見紛うはずもない。
それは、運命を変えたあの日、痛烈に脳裏に焼き付いた。

――――案山子の面だ。

スケアクロウが、ゆらりと幽鬼のように立ち上がる。
天啓を受けた気分だった。
その瞬間、スケアクロウの中で全てが繋がった。

「そうだ、俺が、案山子だ。いや――――案山子が俺だ」

取りつかれたようなスケアクロウの言葉に、やっぱり、と夏実は納得を得る。
案山子は彼女が殺した初瀬ちどりが殺したはずである。
その案山子が生きているという事は、やっぱり死んだ人間は生きている。
彼女の望む人物は死しても死なず。
彼女の望まぬ悪は死すれば滅ぶ。
そんな彼女の無茶無茶で矛盾だらけな生死感は、肯定を得ていよいよ確信へと至った。

「そう、なら」

死になさいと、夏実が無慈悲な再殺を行おうとした瞬間、その眼前を缶の様な物体が山なりに横切った。

それはスケアクロウの放り投げった焼夷手榴弾だった。
手榴弾が地面に落ちると同時に、爆炎が上がり少女を中心とした一帯が炎に包まれ、鉄骨すら溶かすとされる燃焼温度がその身を焼く。

だが、その少女を確実に焼殺せしめるはずの凶器はしかし。
少女の命はおろか、その身を焼く事すら叶わなかった。

彼女の宿す甕速日神は彼の武甕雷男神と同格とされる炎の神だ。
炎は彼女の支配下に置かれ、彼女を焼くことなど叶わないのである。

だが、彼女が防げるのは炎だけであるとも言える。
炎以外の爆風やそれによって巻き上げられた砂塵などは防ぐことが出来ない。
右腕に剣を、左腕に仮面を持ちながら、夏実は鬱陶しげに口と鼻を二の腕で覆い、炎が止むのを待つ。

だが、そこにスケアクロウが炎の壁を破って飛び出してきた。

己が身を焼きながらの特攻に虚を突かれ、夏実の対応が遅れる。
どころか迫る相手に夏実は反射的に目を閉じてしまい、致命的なまでの隙を晒してしまう。

だが、スケアクロウはそんな事には目もくれなかった。
ただ一直線に、夏実の左手に飛び掛かり、傍から見ればどうでもいいような仮面を手に取った。

「ふへ…………ふははははは…………」

飛び掛かった勢いのまま炎の外へ離脱したスケアクロウの口から、狂気を秘めた乾いた笑いが漏れる。
何の防御もなく炎の中に突撃したため、僅かに身を焼かれ火傷を負ったが、そんなことはどうでもいい。
今彼の手の中には何物にも代えがたい聖遺物がある。

案山子と共にこの場に呼ばれた自分。
余りにもあっけない案山子の死。
己の手に案山子の手記が渡った事。
そして今、この手の中にある案山子の仮面。
まるで何かに導かれるように、おあつらえ向きに集められたこれらの材料には運命が感じられた。
スケアクロウの中で脳内シナプスがかつて無いほど活性化し、ただ一つの冴えた答えを導き出す。

案山子の仮面を被る。

案山子の後継者になるのではない。
第二の案山子になるのではない。
案山子を生き続けさせる方法それは。


906 : ヒーローと案山子 ◆H3bky6/SCY :2014/10/15(水) 22:21:49 .pYfVXBY0

「――――俺自身が案山子そのものになる事だ」

そこにいたのはスケアクロウでも、ましてや槙島幹也でもなかった。
それは案山子と呼ばれる正義の断罪者であった。

脳内麻薬がドバドバと溢れ興奮が冷めない。
股間はギンギンに勃起し絶頂にも似た幸福感に全身が包まれている。
頭痛や苛立ちも、火傷や骨折の痛みと共にどこかに吹き飛んだ。
今ならば出来ない事などないという万能感すら感じている。

既に日記は熟読した。案山子の思考はトレースできる。
いや、もはや案山子をトレースする必要すらない。
案山子とは彼であり。彼の行いが案山子の行いとなるのだ。
案山子とは民間習俗の中では田の神の依代であり、山の神の権現とも言われている。

今この瞬間、狂信者は神となった。

スケアクロウ、否、案山子が両手を広げる。
それは巨大な十字の様でもあり、田畑に突き立てられた案山子の様でもあった。

君臨する案山子を前に、夏実はブンと日本刀を振った。
その行為に、勢いを弱めつつあった炎は完全に鎮火され焼け跡を境に案山子と夏実は対峙する。

そもそも彼女が裕司を襲っていたスケアクロウを攻撃したのに深い理由はない。
ただ、人を襲っているのだから悪い奴に違いない。その程度の浅慮である。
それだけの理由で躊躇いなく人間に火を放ち焼却できる。
それが今の尾関夏実という人間である。

もとより彼女の精神は限界だったのだ。
親友である朝霧舞歌の死が完全な引き金となった。
いや、もうとっくに壊れてしまっていたのかもしれない。
今の彼女に残っているのは親友たちの幻影。
その親友が残した、残したはずの夢だけだった。

故に彼女は正義を行う。
悪を挫くヒーローとして、あるいは弱きを助ける騎士として。夢を引き継ぐモノとして。
正義という名の元ならば、どのような行為も許される。
卑劣も卑怯も、人殺しさえも正義ならば許される。

『大丈夫だよ夏実。夏実は何時だって正しい』
「そうだよねルッピー!!」

晴れやかな声で夏実は叫ぶ。
彼女の中のルピナスが彼女を肯定する限り、彼女は正義のヒーローであり続けられる。

「我は正義の断罪者。これより正義を執行する! 故に―――――」

バネ仕掛けの玩具が跳ねるように案山子が動く。
拳銃を取り出し、少女へと銃口を向ける。

「悪は許しちゃいけないんだよね。全部全部駆逐しないと! だから―――――」

ゆらりと陽炎のように揺らめき少女が動く。
少女の眷属たる炎を尻尾のように従えて。

『―――――死ねよ、悪党』

二つの声が交錯する。
銃声と共に消炎と弾丸を掠め取る炎が揺らめく。

互いを悪と断じる、正義のヒーローと正義の断罪者が衝突する。


907 : ヒーローと案山子 ◆H3bky6/SCY :2014/10/15(水) 22:22:38 .pYfVXBY0
【H-8 公園/朝】
【スケアクロウ】
[状態]:案山子、絶頂(脳内麻薬により痛みを感じない)、全身の至る所に打撲、肋骨にヒビ、顔面に中度の火傷、全身に軽度の火傷
[装備]:手斧、コルト・ガバメント(6/8)、生命探知の羅針盤、案山子のマスク
[道具]:焼夷手榴弾(3/5)、案山子の手記、ランダムアイテム0〜1(確認済)、予備弾倉×1、基本支給品一式×2
[思考]
基本行動方針:俺が案山子だ
1:案山子として悪を捌く

【尾関夏実】
状態:健康
装備:神ノ刀(甕速日神)
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:殺し合いから脱出する。ルッピーを喜ばせるために悪人は殺す。
0:目の前の案山子を殺す。
1:ユキ、星、九十九、ルッピーの家族、魔王軍を探す。
2:悪人は殺してルッピーに捧げる。
※魔王軍の情報、ルピナスと暗黒騎士が死んだ原因を知りました。ただし全て暗黒騎士の主観です
※火に関する能力を習得しました
※喘息薬を飲まなければ最悪、吐血します
※ルピナスの声が聞こえています。
※荷物は裕司預けていますが、もしかしたらいくつかの武器は手元に置いているかもしれません

【尾関裕司】
[状態]:裏松双葉の肉体(♂)、右太ももに中度の切り傷
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、天高星のランダムアイテム1〜3
    夏実の荷物(基本支給品一式、ランダムアイテム5〜13、夏みかんの缶詰(残り4個)、黄泉への石(残り4個)、記念写真、ルピナスの死体、ショットガン(5/7)、案山子の首輪)
[思考・行動]
基本方針:バラッドさん達と合流したい
1:姉ちゃん…………だよな?
2:バラッドさん、鵜院さん(あとついでにピーター)にザ・ニューユージーを披露する。
3:どうよこの女顔。どうよこのロンギヌス。
4:次は童貞卒業を目指す。
※放送を途中から聞けていません。


908 : ヒーローと案山子 ◆H3bky6/SCY :2014/10/15(水) 22:23:17 .pYfVXBY0
投下終了です
喘息? 知らない子ですねぇ


909 : 名無しさん :2014/10/15(水) 23:12:33 /1Td4udc0
投下乙です!
目には目を、歯には歯を、狂人には狂人を!
誰もが死ぬと思っていたであろうスケアクロウ、まさかの超覚醒!
案山子と化し最高にHighになったスケアさんvs精神を摩耗させながら突き進む夏みかん
どっちが勝ってもおかしくない狂人対決の行く末は果たして
しかし鴉が彼と遭遇したらどうなることか…


910 : ◆H3bky6/SCY :2014/10/17(金) 00:28:34 zeA00OI.0
『ヒーローと案山子』にて
夏美が荷物を裕司に預けているのに、案山子のマスクを取り出してる点が若干おかしいので、wikiの方で修正しました


911 : ◆uoBAVUNs42 :2014/10/21(火) 00:07:39 Z4yTuSQw0
予約していた斎藤輝幸と新田拳正を投下します


912 : ◆uoBAVUNs42 :2014/10/21(火) 00:10:17 Z4yTuSQw0
 死線を超え、ようやく迎えた朝だ。
 東方から白色の光が昇り、暗闇に満ちた世界を溶かしてゆく。
 誰もがこの光を臨めた事に僅かながらの安堵を得るだろう。
 そんな朝日の照る中で、何故か僕は戦い方の指導を受けていた。

「まあ教えるつっても俺もまだまだ人に偉そうに物の教えられるほどの領域じゃあねぇんだが、そこは勘弁な。
 それに技術的なもんは一朝一夕で身に付くもんでもなし、とりあえず基本的な心構えと立ち回り方だけ教えとく」
 指導するにあたって、そう前置きをするのは悪名高き桜中の悪魔『新田拳正』だ。
 この島に来て早々、僕を吹き飛ばした張本人でもある。
 こんな事がなければ、きっと一生関わり合う事のない人種だろう。

「まず戦う上での心構えだが、基本は三つだ」
 そう言い三本指を立てる。
「まず『躊躇うな』」
「躊躇うって…………相手を、傷つけることをか?」
 殺すことをか? とは聞けなかった。
「それもあるが、自分が傷つくのもだな。とにかく迷うな、雑念が入るってのが一番マズい」
 そうだな、とそこで言葉を切り腕組みをして僅かに思案した後、これは師匠の受け売りだけどな、と言葉を切りだす。

「『まず目的を定めろ。そしてそこに到達するまでの余計なものをそぎ落とせ』ってな。
 目的ってのは別に『相手に勝つ』とかじゃなくても『逃げる』でも『生き残る』でも何でもいい。
 例えば腕一本失えばあのオッサンを倒せるとして。あのオッサンを倒すのが目的ならそれは『あり』だ。
 けど、『生き残る』のが目的だってんなら、先々を考えると腕一本失うのは旨くねぇな。
 ま、あのオッサンに負けちまったら生き残るもないわけだから、その辺は匙加減が難しいところなんだけどな」
 そう言って腕組みのまま能天気に笑う。

 目標を定める、か。
 その辺は両親から受けてきた勉強法にも通じるものがある。
 たしか大きな目標を定めて、小さな目標を積み重ねてゆく、だったか。
 そこまで思って、こんな時まで何を考えているのかと自嘲する。
 いつまで両親の呪縛に苛まれているのか。

「そして二つ目だが『呑まれるな』。要はビビんなってことだ。
 喧嘩なんてのは呑まれたら終わりだ。竦んで動きが鈍っちまえば勝てるもんも勝てなくなる」
「いや、無理だろそれは」
 簡単に言ってくれているが、それができるなら苦労はしない。
 人間誰しもビビりたくってビビっているわけではない。

「まあそりゃそうなんだが、そう思って腹に力入れるだけでちったあマシになる。
 要は覚悟しておけってことだ」
「…………覚悟」
 その言葉を口の中で反芻したものの、いまいちピンとこない。
 少なくとも普通に学生やってる限りは、本気で向き合うような機会のない言葉だ。

「んで、最後は『考えろ』だな。
 自分には何が出来て、相手には何が出来るのか、自分の目的は何か、そのために如何すればいいか、どう戦えばいいのか」
 考えて、考え続けて、思考を止めるな。そう言っていた。
 正直それは目の前の相手から出るには意外な言葉である。
 どちらかと言えば『考えるな感じろ』とでも言いそうなタイプだと思っていた。
「ああ、ブルース・リーな、俺も好きだぜ」
 率直にその感想を伝えた所、そんな事を言ってきた。

「けどまあそれも真理さ。考えるのと同じくらい考えないことも大事だ」
「どっちなんだよ」
「まあこの辺はぶっちゃけ人による。本能だけで戦う野生児みたいなのもいれば、とことん理詰めで戦うタイプもいる。
 例えばさっきのオッサンとかはタイプで言や後者だな」
「アンタはどうなんだ?」
「俺か? まあ半々だな。理想を言えば、意識と無意識を切り替えるんじゃなく同時に行えるようになるのがベストなんだが。
 ま、この辺は反射になるまでひたすら功夫や実戦経験積むしかない領域だからなぁ」
 余程の天才でもない限り、と注釈する。
 スポーツ選手は反復練習により無意識に最適化された行動をとることができるというが、それと似たようなモノだろうか。
「まあお前の場合、まずは余計なことは考えないことからだな。さっき言った目的とそれに必要な事だけをひたすらに考えるようにしろ」
 かなり無茶苦茶を言っている気がするが、思考を最適化しろという事だろうか。

「心構えはとりあえず以上だな。ま、心構えはあくまで心構えだ、この辺は頭の隅にでも置いとけばいい。意識しすぎるようなもんでもないさ」
 難しそうな顔をしていたこちらに対してそう締めくくる。
 最初に前置きした通り一朝一夕で身に付く物だとは思っていないのだろう。
 それでも知らないよりはと、心構えを説いたのだ。


913 : ◆uoBAVUNs42 :2014/10/21(火) 00:12:22 Z4yTuSQw0
「んじゃ具体的な立ち回り方に話を移すか。
 とりあえず、お前の欠点から指摘しとくと、大振りをしすぎだな。あれじゃ相手に楽に躱されちまう。
 まずは当てることだけを考えろ、お前のパワーなら細かく当てに行くだけで大抵の相手なら十分倒せる」
 そう言って演武のような動きで大振りのモーションを見せた後、鋭いく細かい動作を見せる。
 実際見せられた後で、実戦的なのがどちらかと問われればなるほどわかりやすい。

「あと少し爪に頼り過ぎだな。
 確かにありゃ立派な武器だし使いたくなるものわかるが、爪ばかり使われるのは相手する側からすれば正直やりやすい。
 ナイフとかと一緒で、余程の達人でもない限り、ああ言う見た目からしてイカにもな武器は牽制に使ったほうがいい。
 例えば相手が右の爪に注目してる間に死角から左のローとかな。
 どうしても爪使いたいんなら、それで体制の崩れた相手に使えばいい。そっちの方が効果的だ」
 僕自身、人間相手にオセの爪を振るったのは、ここに来て目の前の相手に振るったあれが初めての事だ。
 ナイフに例えられた通り、あの爪は当たれば致命傷を与えられるほどの凶悪な凶器である。
 その使用を否定しないどころか、効果的な使い方を指導する辺り、ずいぶんと物騒なことを言ってる。

「で、あんまりむやみに突っ込こむな。
 お前のスピードと重量なら、突撃って選択肢は状況によっては有効ちゃあ有効なんだが。
 インファイトってのは技量がモノを言うからな。相手の攻撃を捌く技量がないと正直お勧めできねぇな」
 自分の技量のなさ目の前の相手や殺し屋のような男を相手にして、身に沁みて分かっている。
 悪魔の力を得ても、格闘の心得などない自分ではプロには勝てない。それが事実だ。

「その辺を踏まえた所で考えるとだ、お前の場合リーチとパワーをもっと生かした方がいいな。
 それに重量級にしてはフットワークもスピードもあるわけだから……そうだな。
 戦い方としてはアウトボクサーみたくヒットアンドウェイで細かく立ち回るのが一番手っ取り早いかな。
 それでもお前のパワーなら威力も十分だろうし、これなら爪も生かしやすい」
 そう言って見本を見せるように蝶のように軽やかにステップを踏み、刺すようなジャブを放つ。
 それは僕と戦った時の山のようにずっしりと腰を下ろした構えとはまったく違う動きである。

「つってもこれも俺が見た感じで、スグできてかつ、お前に合いそうな戦い方ってだけだから。
 合わないと思ったり、逆にもっといい戦い方が見つかったってんなら止めればいいさ」
 気軽にそう言いながらも、見本を見せるようにステップを繰り返しシャドーを続ける。

「アンタのスタイルとはずいぶんと違うんだな」
「俺じゃなくてお前に合ったスタイルだからな。
 お前が八極拳を覚えたいってんならそれはそれで別口で教えてやるしよ。
 なんなら昔俺が通ってた道場でも紹介してやってもいいぜ?
 けどよ、功夫なんて付け焼刃で身に付くもんでもないから、やるにしてもこのゴタゴタが終わってからだな」
 己の流儀を押し付けるのではなく、本気でこちらに合った戦い方を提案しているようだ。

「……と言うか僕に戦い方なんて教えて。アンタに何の得があるっていうんだ」
 その真剣さに、思わず疑問が口を付いていた。
 心得の無い僕とが彼に学ぶのはいい。そう思ったからここまで黙って聞いてきた。
 けれど、彼が僕に教えを説く理由がない。
 成り行きで何故か一緒にいるが、彼と僕は友達でもなければ仲間でもない。むしろ敵対していたはずだ。
 教わった知識を使って自分に襲い掛かってくるとは思わないのか?

「何って、生き残るためにお前の力が必要だからだよ。
 さっきも、お前の加勢がなけりゃやられてたしな」
 この問いに対して目の前の男は当たり前のことのように言う。
 期待の目が向けられる。

 やめてくれ。
 その眼差しは両親を思い出させる。
 過度な期待は嫌いだ。
 期待を掛けられても、応えられない自分が嫌になる。
 劣等感に苛まれる。
 中学受験に失敗したあの時を思い出させる。
 最悪だったあの日々を思い返す。

 僕はそれが嫌になって、悪魔の力を手にしたというのに。

 なのに。悪魔の力があれば何でも思い通りになるという自信は、この場における度重なる敗北により打ち砕かれた。
 己を支えていたその自信が打ち砕かれてしまえば、残るのは図体だけがでかい冴えない根暗な中学生だ。
 そんな自分に、力などない。


914 : ◆uoBAVUNs42 :2014/10/21(火) 00:13:34 Z4yTuSQw0
「……そんなのは、たまたまだ。
 結局、手も足も出なかったし、お前だってそうじゃないか。
 あんな相手とまた戦っても……殺されるだけだ。
 大体なんで、僕がお前に協力する前提なんだ。
 さっきのは借りを返しただけだ、僕は…………!」

 お前に協力する気なんてない。
 そう啖呵を切ろうとしたところで。

 放送が、流れ始めた。

「――――――――ッ」

 自らの胸を掻き毟るように掴む。
 鼓動が早い。
 背中を冷たい汗が伝い、喉が渇く。
 何だろうこの感覚は。

「おい、大丈夫か?」
 余程僕の様子がおかしかったのか。
 放送が終わったところで、そんな声がかけられた。

「別に…………知り合いの名が何人か呼ばれただけだ。大したことじゃない」
「そうか」
 それ以上深く問うでもない、簡素な相槌だった。

 そう、それだけの話だ。
 死者の中に知った名は確かにいくつかあったが、学校が同じなだけでクラスも違う、碌に話したこともない。
 ただ名前と顔を知っているだけの間柄な相手である。

 なのに、何故だろう。
 この胸には日常の欠片が取り返しのつかない所に転げ落ちてしまったような感覚がある。
 これが喪失感というものなのだろうか。

「…………そういうアンタはどうなんだ?」
 その痛みを誤魔化すため、おぼろげに問いかける。
「俺か? そうだな、俺もダチの名が何人か呼ばれた」
 友達。
 その言葉に文芸部の皆の顔が浮かぶ。
 僕の数少ない、友人と言えるみんなだ。
 悪魔の力を得る前からの、大切な。

 知ってるだけの相手が呼ばれただけで、胸の中心を締め付けるような痛みがあるのだ。
 友人を失うという感覚は、どれ程のなのか。今の僕には想像もつかない。
 かける言葉が見つからず、戸惑いながらもその顔をを見つめる。
 そこで思わずギョッとしてしまった。

「お前…………大丈夫か?」
 気付けば、そう訊ねていた。
 その問いは何に対しての物なのか。
 漠然とした不安感が湧き上がり、自分でも何を問うたのかわからなかった。

「ん? ああ心配してくれたのか? ま、大丈夫さ心配すんな」
 そう言いながら、名簿を取り出して中身を確認してゆく。
 そして何かを見つけたのか、そこで大きく舌を打った。

 返ってきた答えは、あくまでも冷静で、本当に心配がいらないと言った風であった。
 だが、友人が死んだ直後だというのにこの反応は余りにも冷静すぎる。
 僕にはそれが、余りにも不気味に見えた。

 先ほど見た彼の顔に浮かんでいた感情。それは、悲しみでも怒りもなかった。
 それは、ただこの理不尽をすんなりと受け入れてしまった、享受の顔。
 それは強さというよりは、諦めにも似ているように感じられて。
 目の前の存在が僕の中に潜む悪魔とは違う意味で危うい存在なのだと気づかされた。


915 : ◆uoBAVUNs42 :2014/10/21(火) 00:14:41 Z4yTuSQw0
「やっぱり……ついていけない」
「ん?」
「放送で途切れた話の続きだ。
 僕は――――お前とは一緒に行けない」
 改めて放送で途切れてしまった言葉を、それ以上の意思を込めて告げる。

 第一印象の通りだ。
 僕と彼では致命的に合わない。
 無駄な期待も、根拠のない信頼も、理解不能の強さも。
 何もかものが劣等感を煽る。

 それが子供の我が侭じみた勘定だというのは分ってる。
 一緒にいた方が互いに安全だというのも分ってる。
 それでも、一緒にはいけない。
 ついていけそうにない。

 突然の申し出に、相手は訝しそうにこちらを見つめてくる。
 その視線を最低限の意地を込めて、真正面から見据えて目を逸らさなかった。
 そうして、こちらの本気を読み取ったのか、仕方ないという風に相手は溜息を付いた。

「まあ、お前がそう決めたなら引き留める理由はねえよ。無理強いできる話でもねえしな。
 お前もお前で思うところもあるんだろうし、お前が無差別に誰かを傷つける奴だってんなら力づくでも止めるけど、お前がそういう奴じゃないってのはもう分ったしな」
 何を。いったいこの僕の何をわかったというのか。
 僕はそんな上等な人間じゃないというのに。

「ここがどの辺のエリアかわかるか?」
 そうと決まれば目の前の男の切り替えは早い。
 すぐさまこれからについて話を進める。

「F-5あたりだと思うけど」
「となると西南の森にあのオッサンがいるのか……そっちは避けたいな。
 それじゃ別れるとして、それぞれ北と東に進むとするか。お前はどっちがいい?」
「どっちでもいい」
 どうせ行く当てなどないのだ、どこに行こうと同じだろう。
 行く先も、探す相手もいない。

「んじゃこれで決めるか、さっき荷物確認した時ちょうどいいのがあったし」
 そう言ってデイパックから取り出したのは巨大なクロスボウだった。
 これで決めるという事はクロスボウの矢を回して倒れた方向に進むとかそういう感じだろうか。

「って。ちょっと待て、こんな武器があるなら、なんでこれまで使わなかったんだ?」
 これほど巨大な代物であれば威力も相当だ。
 きっとオセの装甲すら容易く破るだろうし、これがあればあの殺し屋とももう少し楽に戦えただろうに。
 まあ僕に使われていたら危なかったけれど。

「いや。慣れない武器なんて使っても仕方ないだろ、槍ならともかくよ。
 まあ確認してなかったってのもあるけどな」
 理屈は分るが、この状況でこれほどの武器を腐らせておくのは些かもったいない気もする。

「はっはっは。こりゃあれだな。うん、あれだ、あれだよ…………何だっけ?」
 恐らく宝の持ち腐れと言いたいのだろうがいちいち教えたりはしない。
 というか戦い方とかそういう話はスラスラ喋れてたというのに、この程度のことわざが一字も出ないっというのはどういう事だ。

 まあいいかと言葉が出ない事実を切り替えると、クロスボウ本体を杖のように地面に着いた。
「おいそっちを回すのか?」
「矢がねぇんだよこれ」
 そう言ってクロスボウを指先で弾くと、独楽のように勢いよく回転を始めた。
 そしてその勢いは自然の摂理として時と共に失われる。
 ジャイロ効果が弱まったクロスボウは軸を揺らして、最後に大きく楕円を描くとその場に倒れた。
 倒れたクロスボウの取っ手は、北方を指していた。


916 : ◆uoBAVUNs42 :2014/10/21(火) 00:15:33 Z4yTuSQw0
「北か。じゃあ輝幸は東だな。
 とりあえず、この辺の奴らにあったらよろしく言っといてくれ」
 そう言って勝手に僕の荷物から名簿を取り出し、幾つかの名前に丸を付けてから付き返してきた。
「そっちも誰かに何かあるか?」
「いや、別に」
 もともと大した数のいなかった知り合いは、先ほどの放送で殆ど死んでしまった。
 その生き残った相手も、わざわざ何かを伝えるような仲じゃない。
 相手はそうか、とだけ答えた。

 とりあえず、進む道は決まった。
 もう止まっている理由もないだろう。

「じゃあな。お互い無事に地元で会おうぜ」

 その言葉に返さず、僕は無言のまま東方へと進んで行く。
 そこから少し遅れて別方向へ進む足音が聞こえた。相手も動き始めたのだろう。
 だが、少し進んだところで足音が止まり、こちらを振り返る気配を感じた。

「――――輝幸。最後の助言だ。拳士としてじゃなく俺からのな。
 殺すなとは言わねぇ。身を守るために必要なら全力を尽くせ。
 そしてその結果がどんな結果でも、受け入れる覚悟を決めろ。
 それが出来なきゃ――――」

 ――――心か、体が、死ぬだけだ。

 今までにない真剣な声で、そんなことを言った。

 振り返ると、既に相手は背を向け歩き始めていた。
 だから、本当にそれで最後。
 そこから僕たちは振り返ることもなく、違う道を進み始めた。

 僕は朝日に向かって進む。
 その眩しさに少しだけ眩暈がした。

【F-5 道上/朝】
【斎藤輝幸】
状態:健康、微傷
装備:なし
道具:基本支給品一式、サバイバルナイフ、ランダムアイテム1〜3(確認済み)
[思考・状況]
[基本]死にたくない
1:東へ向かう
※名簿の生き残っている拳正の知り合いの名に○がついています

【新田拳正】
状態:ダメージ(中)
装備:なし
道具:基本支給品一式、ビッグ・ショット、ランダムアイテム0〜2(確認済み)
[思考・状況]
[基本]帰る
1:北へ向かう
2:知り合いを探す
3:脱出方法を考える
※名簿を確認しました

【ビッグ・ショット】
スイス某所でブレイカーズ支部長を勤める狙撃怪人『ウィリアムモストロ』が愛用する超大型レーザークロスボウ。
その外観及びサイズは最早クロスボウというより対物ライフルに近い(ウィリアムモストロはこれを片手で扱う)。
高出力で貫通力に優れる矢型レーザーを放つスナイプモード、低威力の矢型レーザーを機関銃の如く連射するマシンモードを任意で切り替えられる。


917 : ◆uoBAVUNs42 :2014/10/21(火) 00:16:50 Z4yTuSQw0
以上で投下終了しました。
タイトルは『戦士の心得』でよろしくお願いします。


918 : 名無しさん :2014/10/21(火) 02:09:27 dbRHW3Gs0
投下乙です。
ここで拳正と輝幸は離別か…
拳正は相変わらず恐ろしく肝が座ってるなぁ、同級生の名前が呼ばれても一切取り乱さないとは
メンタルが常人の輝幸からすれば不気味に感じるのも仕方無いやろな
拳正のアドバイスが戦闘素人の輝幸に影響を与えられるかどうか


919 : 名無しさん :2014/10/21(火) 23:03:12 /BxS48Iw0
投下乙
名前だけ知ってるような相手の死にも心を痛めるとか輝幸繊細だなぁ
逆に同級生呼ばれても受け入れきる拳正は達観しすぎてる
この二人じゃあ別れるのもやむを得ないな
果たしてこの二人の道が再び交わることはあるのだろうか


920 : ◆H3bky6/SCY :2014/10/25(土) 14:51:31 oafwr.kc0
投下します


921 : 殺し屋の殺し屋による殺し屋のための組織 ◆H3bky6/SCY :2014/10/25(土) 14:52:51 oafwr.kc0

―――では、また6時間後に生きて僕の声を聴いてくれる事を願っているよ。

天からの声が途切れる。
このゲームの支配者から告げられた言葉には、幾つかの者にとって衝撃的な事実を含んでいた。
それは森不覚に佇むこの初老の男、サイパス・キルラにとっても例外ではない。

最高戦力であるヴァイザ―の死。
組織の者にとって、その事実が意味する所は大きい。
中でもヴァイザ―を手塩にかけて育てたサイパスにとってその衝撃は一入だろう。
単純にバカなという思いと、彼の死を受け入れ今後の組織をどう編成するかと言う冷静な考え。
さまざまな思いが一瞬でサイパスの頭の中を駆け巡る。

そこに生まれる僅かな意識の空白を狙って、上空から漆黒の影が舞い降りた。

その影に気配などなく、サイパスの耳に届いたのは虫の羽音のような僅かな風切音だけだった。
しかし、サイパスはその僅かな違和感を疑わなかった。

迷うことなく全力で身を捻りながら、手にしていたナイフを振り上げる。
キィンという甲高い金属音が響いた。
振り上げた刃は、上空から振り下ろされた刃と衝突する。
気のせいだったのならばそれで良し、と振り上げた狙いは見事に成功した。

ヴァイザ―の死というサイパスにとって動揺を生む瞬間だからこそ、サイパスは警戒していた。
何故なら自分が襲撃者ならばそんな隙を見逃すはずがないからだ。
殺し屋とは常に最悪を想定して行動するものである。
そんな状態でもしっかりと対応できたのは、心と体を切り離すという殺し屋の基本にして究極ともいえる技術をサイパスが体現していたからだろう。

「いやー放送でショック受けてるかなぁ、と思ってその隙を狙ってみたんですけど流石ですね〜」

不意打ちを弾かれた襲撃者はクルリと空中で身を捻ると、飛び降りてきた木の幹を蹴って体勢を立て直す。
そして地面に着地した黒衣に身を包んだ細身の優男は、悪びれもせず笑顔すら称えた表情を浮かべる。

いかに不意を打ったとはいえ、こうも容易くサイパスの背後を獲れる者などサイパスの知る限り参加者の中に2人しかいない。
いや参加者に限らずとも、この業界広しといえども5人といないだろう。
そして参加者の内1人が、今しがたの放送で死亡が告げられたとなれば、残るは1人しかいない。

「――――――アサシンか」
「どもども、お久しぶりですサイパスさん。死んじゃいましたねヴァイザーくん。
 この場合、お悔やみ申し上げますとでも言った方がいいですかね? それともご愁傷様ですか?」

そう言うアサシンは、何か喜ばしいモノに会ったようにどこか楽しげだった。
対するサイパスは実に不愉快そうである。

「ふん。ライバルの死が余程喜ばしいと見えるな」
「ライバル? いやいや。僕は彼をライバルと思ったことなんてありませんよ。彼もそうだったんじゃないかなぁ?
 彼は殺人者としては優秀だったとは思いますが、その気質は暗殺者とは程遠い。
 だからね、僕がそう思ってるのはどちらかと言えば貴方の方。いや、ライバルというより尊敬してると言った方が正確かな?」

アサシンの言葉を聞き流しながら、サイパスは相手を睨みつけたまま懐の銃に手を伸ばした。
その様子を見てアサシンは慌てたように弁明する。

「あーやりませんやりません。僕らの基本は一撃離脱でしょ?
 奇襲に失敗したら素直に引きますって」

アサシンは腰元にナイフをしまうと、両手を振って交戦の意思がない事をアピールする。

「ならばなぜここに留まっている」

銃に手を掛けたままサイパスは問う。
アサシンの言葉の通り、失敗した以上、彼がここに留まっているのは理に合わない。

「いやね。こうして落ち着いてサイパスさんとお話しできるなんてなかなかないじゃないですか?
 だからちょうどいい機会かなと思いまして。前々から少し気になってた事を聞いてもいいですか?」

互いにその業界では名の知れた二人であるとはいえ、商売敵であるサイパスとアサシンが顔を合わせる機会などそうはない。
あったとして、例えばそれは標的がバッティングした時などの剣呑極まる状況下でしかない。
とはいえ、この状況を落ち着いて話せる機会と評するアサシンも相当なものである。

「えっと、なんて言いましたっけ。サイパスさんのいる所?」
「……組織に名など無いよ。組織は組織だ」
「そうですか。じゃあ寄り合いという事で。その殺し屋寄り合いについてなんですけど。
 なんでそんなところにサイパスさん程の人がいるのかなって」

アサシンの言葉にサイパスが目に見えて殺気立つ。

「組織への侮辱は許さない」


922 : 殺し屋の殺し屋による殺し屋のための組織 ◆H3bky6/SCY :2014/10/25(土) 14:53:46 oafwr.kc0
殺気立ったサイパスの様子を見てアサシンが慌てて弁解する。

「あっ。違います違います! そんなところっていうのは別にバカにしてるわけじゃなくてですね。
 ほらマフィアとか組織の子飼いの殺し屋ってのは珍しくもないですけど、殺し屋の組織って結構珍しいじゃないですか」

殺し屋は大まかに、誰からでも依頼を受けるフリーランスと特定の組織に属する者に分けられる。
参加者で言えば前者がアサシンで後者がクリスだ。
だが、サイパスの属する組織はそのどちらでもないし、そのどちらでもあると言える。
彼らの組織は『殺し屋の組織』であり、金銭次第で誰からでも依頼を受けるし、彼らは殺し屋の組織に属する殺し屋である。

「そりゃあ、フリーランスでもとるに足らない木端殺し屋が集まって半人前が一人前の仕事をこなすっていうのは偶にありますけどね。
 それでも2、3人、多くとも5人がくらいが精々だ、サイパスさんの所みたいな大所帯は珍しい」
「そうでもあるまい。イスラムの『山の翁』という前例もある」

アサシンの疑問に対してサイパスは伝説の暗殺教団の名を上げた。
自らが称される『アサシン』の語源となった組織を知らぬはずもない。

「あれはもともと宗教団体でしょう? そこを目指している訳じゃあるまいし。
 思想の違う――いや思想なんてないか――そんな連中集めても面倒が多いだけだと思うんですけど?
 実際好き勝手やってる貴方たちを目の敵にしているところも少なくないですしね。
 そこまでしてわざわざ殺し屋を集める理由ってなんなんですか?」
「時代の流れだよ。顧客は様々なニーズを求めている。
 それに応えるには、わざわざ貴様の様に万芸に通じる必要はない。
 個人では不可能な要求に対して適切に人材を割り振るため一芸に秀でた者がいればいい」

ジェネラリストよりもスペシャリストを。
適材適所割り振ることができるのならばそれは最強の精鋭部隊となる。
それがサイパスの考えである。
だが、その言葉に対してアサシンの反応は冷ややかだ。

「流れもなにも、それを言うなら暗殺者なんてそもそもが時代遅れでしょう。
 暗殺者なんて表では生きていけず、そう生きるしかない爪弾き者が成り果てる仕事だ。それは貴方も僕もそうでしょう?」

アサシンはそう吐き捨てる。
殺し屋など成りたくて成るものではない、成るのではなく成り果てる。
そんな最低な職業だと、暗殺者の理想を体現しているとされるアサシンが言う。

「それに適切なニーズに応えるというのならば、そんなのは仲介人にでも任せればいいだけの事だ。
 なにも拠点を設けて住処まで用意する必要はない。
 殺し屋はフットワークの軽さが命綱だ。それが一か所の拠点に根を張るだなんてデメリットにしかならない。
 多分に恨みを買っている貴方たちならなおさらだ」
「ふん。敵対する者が現れたのならば、そんなものは斬って捨てるまでだ」

敵対者には死を。
現に組織に敵対した者は一族郎党を皆殺しにして、つるし上げてきた。
死を司る組織として徹底してその掟を実行してきたたからこそ、今の組織があるといえる。

「確かに貴方たちには敵対者を跳ね除けるだけの武力はありますね。けど逆に言えばそれしかない。
 ギャングやマフィアは地域に政治的な影響を及ぼしているからこそ、その地に根付いていられる。
 けれど、殺しだけを生業とする暗殺組織じゃそれを得ることもできない。
 にもかかわらずこれだけ勢力を拡大できているのは、今のボスが余程優秀な方なんですかねぇ? どうなんですその辺?」

適当に受け流すつもりだったのだが、アサシンのしつこいまでの追及にサイパスは呆れたように溜息をこぼした。

「結局貴様は何が聞きたいのだ。私が組織にいる理由か? それとも組織の存在意義か?」
「うーん。両方ですかね。
 いやね。手足である殺し屋を、中心として据えた組織っていうのは僕も面白いとは思ってたんですよ。
 僕も駆け出しのころに貴方に誘われた時は心惹かれるモノがあった。
 実際その謳い文句に惹かれて寄り合いに参加した殺し屋も少なくないでしょうし。
 けれど、そんな中でもあなたは手足たろうとしている、僕はその理由が知りたい」
「私は組織に忠誠を誓っている。理由などそれだけで十分だろう」
「何故その忠誠を誓ったのか、なんですけどね。僕が知りたいのは。
 確か、サイパスさんは創設からのメンバーでしたよね?
 貴方は何に惹かれて、何に忠誠を誓ったんですか?」

その組織の掲げる理念に共感したか。
その組織の長の人柄に惚れ込んだか。
その組織に何らかの恩義があるか。
別に裏社会に限らず人が組織に忠誠を誓う理由は様々だ。
サイパスが組織に忠誠を誓う理由とはなんなのか。


923 : 殺し屋の殺し屋による殺し屋のための組織 ◆H3bky6/SCY :2014/10/25(土) 14:55:57 oafwr.kc0
「そんなものに理由は必要あるまい。組織に属しているのならばその組織に忠義を尽くすのは当然の事だ」
「またまたぁ。何か理由がなければそもそも属しもしないはずでしょう?
 あの組織の成り立ちから知ってるサイパスさんなら存在目的とかもご存知のはずでしょう?」
「さてな。そんな事は一構成員に過ぎない私の知るところではないよ」
「ご冗談を。サイパスさんが一構成員だなんて、そんな言葉誰に言っても信じませんよ」

本当に冗談だと思ったのか、アサシンはハハハと笑う。
しかし、サイパスとしては本気の回答である。
彼はあくまでも手足であり、頭ではない。
手足に意義を問うなどという行為は必要はないし、するべきではない。

「あ、ひょっとしてアレですか? もしかしてあの寄り合いのルールを作ったのが実はサイパスさんだったとか?」
「まさか。そんなわけがあるまい。組織の目的も理念も私などではなく全て彼女が創ったものだ」
「彼女? ああ、そういえば初代のボスは確か女の方でしたっけ?」

サイパスは心中で舌を打つ。
彼にしては珍しく口を滑らせた。
表には出さずともヴァイザ―の死に対する動揺がまだ残っているのかもしれない。

「確かイヴァンさんの父親がお亡くなりなったんで。もう直接面識があるのは今のボスとサイパスさんくらいでしたっけ?」

ボスとサイパスだけ、というのは誤りだが、アサシンの言葉の通り組織の創立当時を知る者はもう殆ど残っていない。
その在り様も組織を成す構成員も、ずいぶんと様変わりしてしまった。
殺しだけを行う組織が、いつの間にかカジノの取り仕切りなどのマフィア紛いのシノギを始めるようになった。
そのような取り組みを広げようと積極的なのがイヴァンである。
奴は組織に殺し以外の力をつけさせ革新を齎そうとしている。
それが奴個人の功名心によるものであろうとも、それが今の組織に必要であるとサイパスも理解している。
これもまた時代の流れ、なのだろう。

「ずいぶんと組織の内情に詳しいようだな」
「まあ仕事柄、商売敵の情報収集はしておきませんと。
 それにサイパスさんのいるところですからね」
「…………なぜそこまで私にこだわる?」
「言ったでしょう? 僕はサイパスさんの事を尊敬してるって。
 だからサイパスさんの事は気になりますし、そんな貴方の境遇も気になってしまうんですよ」

その言葉をサイパスは一笑に付す。
戯言である。
何故なら彼とサイパスの間に尊敬が生まれるようなエピソードなどない。
確かに10年以上前に一度アサシンと呼ばれる前の男を誘いはしたが、明確な接点などそれだけだ。
仕事がバッティングすることはあったが、その場合はアサシンが勝利するのが常なのだ、彼がサイパスを認める要因など無い。
一体何が狙いなのか。

「いらぬ世話だな。貴様に口を出される謂れはないし。なにより私は今の境遇に満足している」
「満足ですか」

サイパスの言葉にアサシンはつまらなさ気に頭を掻く。

「僕はね、やはり暗殺者とは万芸に足るべきでだと思うんですよ。貴方や僕の様に」

アサシンは暗殺者という仕事に誇りなど持っていないが、矜持はある。
暗殺にはどのようなアクシデントがあるか分からない。
どのような困難な状況であろうとも、クリアして完璧な仕事をこなす。
それのためにはあらゆる能力が求められる。

「その点で言えば、ハッキリ言って貴方の所にいるのは殆どが失格だ。
 彼らは暗殺者じゃなくただの殺人者でしかない。
 だから、僕からすれば素人が群れてるだけの寄り合い所にしか見えないんですよ。
 そんな所に僕の尊敬するサイパスさんがいるのは嘆かわしいなって、そう思うんですよ。
 表から弾かれて、裏でもまともに生きていけない半端者が集まって、まるでファミリーみたいに楽しく馴れ合ってるだけ。
 貴方たちのやりたいのはマフィアごっこですか? それとも本当に家族ごっこでもやりたいんですか?」

言ってアサシンが嗤う。
もはやアサシンは嘲りの感情を隠そうともしていない。

「――――言ったはずだ。それ以上の侮辱は許さない、と」

その言葉に、サイパスの周囲が黒く歪んだ。
それは研ぎ澄まされた刃の様な殺意、そしてそれ以上の怒気である。
当然、アサシンがそれに気が付かぬはずもない。にも関わらず彼は言葉を続ける。


924 : 殺し屋の殺し屋による殺し屋のための組織 ◆H3bky6/SCY :2014/10/25(土) 14:57:05 oafwr.kc0
「侮辱ですか? それは組織に対する? それとも――組織を作った『彼女』に対す、」

アサシンの言葉を最後まで聞くことなく、サイパスが動いた。
銃を抜きアサシンの脳天に照準を定め、迷いなく引き金を引く。
一連の動作は素人目にはサイパスの手がぶれたようにしか見えないだろう。
その速度はイヴァンなどとは比べもにならないほどの速度である。
加えて、銃声が一つに重なるほどの三連射。
その全てが正確にアサシンの急所めがけて襲い掛かる。

それほどの神業に対してアサシンは、半身になり僅かに首を傾ける事しかできなかった。
アサシンにできたのはただそれだけ。
ただそれだけで、その全弾を回避した。

「嫌だなぁ。冗談ですよ」

アサシンがしたことは見た物をただ躱した、それだけである。
それは殺意を読み相手の動きを予測する、究極の先読みを行うヴァイザーの対極。
相手の動きを『見てから』反応する究極の後出し。
ひたすらにシンプルで、それ故に最強。
それを実現するのは極限にまで鍛えられた動体視力と反射神経、加えて観察眼である。
弾丸が撃たれてからでも躱せると本人が謳っているが、それもあながち冗談ではないだろう。

「少し冗談が過ぎましたね。どうやら本気で怒らせてしまったようだ。
 流石にサイパスさんの相手をするのは今の装備だと少し骨が折れる。
 なので、そろそろ素直に消えますね」

言って、音もなく地を蹴ると、バックステップで大きく距離を取った。

「ではでは。お達者で」

軽い調子でアサシンが消える。
一瞬、サイパスはその背を追撃しようかと思うが踏みとどまった。
そこで判断を誤るほど、冷静さは失ってはいない。
ただ不愉快そうに舌を打つと、無言のままその場を後にした。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「さすがに隙が無かったなぁ。サイパスさん」

会話をしている間も、アサシンは隙あらば即斬りかかろうとしていたのだが、残念ながらその隙は伺えなかった。
とは言え、会話の内容が単純に出鱈目だったのかというとそうでもない。

アサシンの持っている組織の知識の殆どは、イヴァンの仕事を受けた際に報酬の一部として得た情報である。
そのため、イヴァンの知る以上の知識は得られない。
故に、古株であるサイパスに探りを入れてみたのだが、応答は無難な受け答えで躱されてしまった。
そのあたりはイヴァンと違って流石と言える。お蔭で組織について新たに得られた情報はない等しい。

だが、別の収穫はあった。
サイパスの感情を乱すポイントが知れただけでも良しとしよう。
途中から挑発に切り替え、サイパスの感情を引き出してみたが、あの男があそこまで感情を表に出すのは珍しい事だ。
それで戦闘力が落ちるタイプとも思わないが、使いどころによってはいい切り札になるだろう。

ちなみにサイパスを尊敬しているというのも本当である。
あの年で現役を続けているだけで、アサシンからすれば十分に尊敬に値する。
並みならとっくに死んでるだろうし、自分なら適当に稼いだら引退してる。

「さてさて、思いのほか死者のペースが速いなぁ。仕事を少し急がないと」

ノルマは残り18人。
生存者がそれ以下になってしまうと達成不可能になってしまう。
一度依頼を受けた以上は完璧にそれを達成するのが彼の矜持だ。
暗殺者を体現していると謳われるアサシンは、次の獲物を求めて動き始めた。


925 : 殺し屋の殺し屋による殺し屋のための組織 ◆H3bky6/SCY :2014/10/25(土) 14:57:47 oafwr.kc0
【G-5 神社付近/朝】
【サイパス・キルラ】
[状態]:健康、疲労(小)
[装備]:S&W M10(3/6)
[道具]:基本支給品一式、サバイバルナイフ、38スペシャル弾×21、ランダムアイテム0〜1
[思考・行動]
基本方針:組織のメンバーを除く参加者を殺す
1:亦紅、遠山春奈との決着をつける
2:新田拳正を殺す
3:イヴァンと合流して彼の指示に従う

【アサシン】
[状態]:健康、疲労(小)
[装備]:妖刀無銘
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜2
[思考]
基本行動方針:依頼を完遂する
1:次の獲物を探す
2:二十人斬ったら何をするかな…
3:魔王を警戒

※依頼を受けたものだと勘違いしています。
※あと18人斬ったらスペシャルな報酬が与えられます。


926 : 殺し屋の殺し屋による殺し屋のための組織 ◆H3bky6/SCY :2014/10/25(土) 14:58:07 oafwr.kc0
投下終了です


927 : 名無しさん :2014/10/25(土) 19:16:21 Vv6ClZ7M0
投下乙
放送直後でアサシンと遭遇は危ないかと思ったが軽く迎撃とは流石
心と体を切り離す技術もヴァイザーの先読みやアサシンの後出しじみてるな
あのサイパスがかなり拘り、
アサシンも関心がある組織の真相とは一体


928 : 名無しさん :2014/10/25(土) 21:37:57 kNuMlpN60
投下乙です。
流石にサイパスは強いな、アサシンの奇襲も迎撃か
しかしやっぱり殺し屋でビジネスをやる組織ってのも異様だしなぁ
そうゆう意味でも組織を次の段階に至らせようとしてるイヴァンはかなりマフィア気質だな
話で触れられた初代ボスにもどんな思惑があったのか

ちょっと気になる所を指摘すると、サイパスって基本的に一人称「俺」だった気が


929 : 名無しさん :2014/10/26(日) 06:21:19 IGh70ufQO
一人称なんてTPOによるんじゃない?


930 : ◆H3bky6/SCY :2014/11/01(土) 22:01:16 N49Ds.zk0
投下します


931 : 前回のあらすじ ◆H3bky6/SCY :2014/11/01(土) 22:02:11 N49Ds.zk0
長松洋平は夢を見る。
蕩けるように甘美な悪夢を。

彼の脳裏に思い返されるのは、地獄の様な戦場だった。
まるで空襲でもあったかのように一帯は燃え盛り、業火は謳うように空へと上り詰めて行く。
朱色だった空は灰が混じり血の様に仄暗い赤黒色に染まり、地上は揺らめく焔を前に全てが紅に染まる。
地面には人の形をした黒い消し炭が転がっており、砂の城の様にボロリと崩れた。
そんな地獄のような世界の中心で、自らの顔を焼きながら高笑いしている男の姿があった。
この地獄を作り上げた男は心の底から楽しくって笑っていた。

それがこの戦場の最後の光景であり。
男が描き、追い求め、そして生み出した地獄の姿である。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

1989年某月某日。S県T市にて長松洋平は生を受けた。
洋平という名は亡き父が付けたもので、海の様に広く平等な心を持つ人間になって欲しいという願いが込められている聞いている。
彼は昔から物弄りが好きで、ラジオなどを分解してはよく母親に叱られていた。
将来の夢は宇宙飛行士、ではなくそのロケットを作る技術者になりたいというそんな少しだけ変わった少年だった。
そして成長した洋平少年は地元工業高校へと進学するも、家庭の経済状況から大学進学を断念。高校卒業後は地方の自動車修理工場へと就職する事となる。
安い給料やキツイ労働環境、人間関係の悩み。そんな世の中への不満もあったが、そんなものは社会に出て生きているのなら誰もが抱える程度のモノだ。
その人生において、殺し合えと言われて何の疑問もなく人殺しが出来るほどの異常性は抱えてはいなかった、はずである。

だから殺し合いの舞台に呼ばれた時も、最初はむしろ殺し合いには反対のスタンスだった。
当然だろう。
それまで彼は普通に生きてきたごく平凡な人間だったのだ。
最初から殺し合いに歓喜する異常者だったわけではない。

そんな長松が最初に殺したのは、殺し合いの開始直後に彼に襲いかかってきた男だった。

出会い頭にボウガンを突きつけられ硬直する長松に、容赦なくボウガンの矢は打ち込まれた。。
恐怖に竦み動く事すらできない長松だったが、相手も恐怖に駆られただけの素人だったのか、放たれた矢は見当違いの方向へと飛んで行った。
けれど、長松にとっては命を狙われたという事実が恐ろしくて仕方がなかった。
訳も分らず長松は走り、相手も当然のようにボウガンを片手にその背を追う。

相手は逃げる長松の背に向けて矢を放つが、素人が走りながら当てられるはずもなく、放たれた矢がその後姿を捉える事はなかった。
だが、そんな状況も分らぬまま、自分が果たして生きているの死んでいるのかすらも分らぬまま、長松は森を抜け、平原を超えていく。
続く逃走劇はついに海岸沿いの崖際までたどり着き、逃げ場を失い長松は追い詰められる。
だが幸運にもそこで相手も全ての矢を打ち尽くしたようであり、男は悔しげに歯噛みしてボウガンを投げ捨てるとヤケクソ気味に雄叫びを上げながら長松へと飛び掛かっていった。

ゴロゴロと地面を転がり、もみくちゃに絡み合い、無茶苦茶に腕を振るい、腕に噛み付き、爪で引っ掻き。
それは素人同士の完全なる泥仕合だった。
そして、相手が疲労し組みついていた力が弱まった所で、長松は相手を引き剥がすように思い切り押し出した。
結果、相手はバランスを崩し、たたらを踏みながら崖へと進み、そこから足を踏み外した。
悲鳴を上げて落下してゆく男を長松は呆然と見送る。
長松はその結果を受け入れられないのか、その場でしばらく呆然としていたが、徐々に自分がやってしまったことへの混乱と恐怖が湧き上がり、その場から逃げるように走り出してしまった。

それが最初。
あくまで自衛のための殺人だった。
悪いというのなら襲ってきた男が悪いし、何より殺し合いなどという事を強要してきた奴らが何より悪い。
それは事実であるし、そう長松も理解していたけれど、どうしても崖から落ちてゆく絶望に塗れた男の顔が離れなかった。
その顔が思い出される度、異常なまでに胸の鼓動は早まり、熱病のように脳が蕩ける。
それが罪悪感によるものだと、その時の長松は信じて疑わなかった。
胸に生まれたその感情が、高揚感だと気付く事が出来ないまま。


932 : 前回のあらすじ ◆H3bky6/SCY :2014/11/01(土) 22:02:50 N49Ds.zk0
二人目は仇だった。

逃避を続けていた長松だったが、彼はその後、老齢の外国人に保護される事となる。
老男は幾多の戦場を駆け抜けてきた退役軍人という経歴の持ち主で、正しく歴戦の勇者と言った落ち着きと勇敢さを兼ね備えた戦士だった。
こんな事を始めた主催者への義憤に燃え、正しくその力を振う、そんな男である。

長松は男から銃器の使い方、戦い方、そして生き延び方、様々な事を学んだ。
僅か6時間程度の関係だったが恩人であり、師と呼んで差支えない男であったと思う。

その老男が殺された。
殺したのは、若い女だった。いや、若いどころではなく若すぎる女だった。
外見年齢は恐らく10にも満たなかっただろう。
だが、女は外見通りの年齢ではなかった。
小人症(リリパット)かなにかだろうと思っていたが、今思えばそういう異能の使い手だったのかもしれない。

実に打算的に利己的な考えの元に女は殺し合いに適応しており、幾多もの戦場を越え子供たちを守ってきた勇者はそれ故に油断し、あっけなく殺害された。
男の息の根を止めた女は、隣にいた長松にまでその魔の手を伸ばそうとする。
だが、老男が殺される瞬間を見ていたから女の見た目に騙されることもなかったし、外見が幼女であろうとも長松は容赦などしなかった。
老男から教わった技術を用いて、長松は女を殺害した。

復讐と言う大義名分があったからだろう。
女を殺した時に長松は己の中に湧きあがった歓喜と興奮を素直に認めた。
血に酔いながら、相手の死に歓喜し咆哮をあげた。

そこから長松は自衛のためと自分に言い聞かせながら、積極的に戦場に打って出るようになる。
女を殺した興奮が、崖から落ちてゆく男の顔が忘れられず、血を求めていたのかもしれない。

だが、結果として優勝を勝ち取る長松ではあるのだが、その後の彼が連戦戦勝だったのかと言うと、そうではない。
いきなりスムーズに事が運ぶわけもなく。勝利のために様々な代償を払う事となる。
辻斬りを楽しむ剣術家との戦いでは左腕を切り落とされ、自衛官を名乗る傭兵崩れには右目を撃ち抜かれた。
昔テレビで一時期有名になった手も触れず物を操る元・超能力少年と戦った時なんて、身ぐるみはがされて下着姿で放り出される始末だ。

その度に、幸運と偶然により生き延び、そして、その度に学んで行った。
ただの素人である長松が勝ち抜くためには様々な思考錯誤が必要だった。
失敗点を洗い出し、改善案を模索する。
繰り返されるシミュレーションとトライアンドエラー。
元より職人気質な男である。
その手の作業は得意だった。

戦術を。
戦法を。
殺し方を。
何が悪くて、何をすればいいのか。

敗北から学び、数少ない勝利からも貪欲に学んで行った。
長松が生き残れた要因を一つ上げるとするのならば、その学習能力の高さが上げられるだろう。
彼は経験に学ぶことに異常なまでに長けていた。
恐らく普通に生きて、普通に一生を終えていたのならば、気付く事すらなかった才能だろう。
こんな状況だからこそ、己の中の戦士としての才能に気付くことができた。

そして何時しか、生きるために繰り返していた思考錯誤を楽しんでいた自分に気付く。
片腕を失い、片目を失い、身ぐるみをはがされてなお自分は楽しんでいる。
ああそうかと、そこでようやく長松は己の本質を認めた。
認めてしまえば堕ちるのは早かった。
己を認めた男にもはや躊躇いなどなく、そこからは急転直下だった。

強者は真正面からの戦闘は避け持ち前の器用さを活かしてトラップを駆使し葬った。
弱者は武器の試し打ちや、戦術の実験台として経験値を高める餌とした。
一度敗北した相手たちも、詰将棋のように嵌め殺していった。
剣術家は道中で保護した女学生を囮にして、遠距離から狙撃して殺害した。
自衛官は直接殺す事が出来なかったけれど、彼を殺した青年はこの手で殺せた。
元超能力少年との決着は最後まで持ち越されることになった。
結果、全参加者64中、実に11名をも殺害して長松は勝者となった。

そして最後の敵をエリアごと焼き払い、彼の優勝が確定すると同時に、長松の意識はブツリと途絶えた。
恐らく優勝者が確定した時点で睡眠ガスか何かが散布される主催側の仕掛けがあったのだろう。
長松はそう理解している。


933 : 前回のあらすじ ◆H3bky6/SCY :2014/11/01(土) 22:04:26 N49Ds.zk0
『おめでとう。長松洋平君。
 君はこのバトルロワイヤルを勝ち抜き、見事にこの物語の主人公足りえた』

目を覚ました彼を出迎えたのは、ワザとらしいまでの軍服を着た老齢の男であった。
目深に被った戦闘帽により、その容貌は見てとれない。

何者か、などという事は問うまでもない。
長松たちに殺し合いをさせた主催者の一人だろう。
とはいえ、長松からすれば、彼らに別段恨みもない。むしろ感謝したいくらいだ。

ベットから身を起こし長松は周囲を見る。
当然と言えば当然だが、長松がいるのは戦場だった孤島ではなかった。
部屋全体が波の様な揺れており、部屋の小窓から見える水平線からして、どうやらここは船の一室のようである。
この部屋の規模感からいってかなりの豪華客船だろう。

『何の用だ。口封じにでも来たのか?』

主催者がわざわざ接触してくる理由がわからない。
分らないと言えば、そもそも何故長松たちに殺し合いをさせたのか。
全てを終えた今となってもその理由は分らない、尤も興味もないが。

『まさか。労いに来たんだよ。それと報酬の確認をね。
 最初の説明の通り、勝者となったご褒美として、君の願いを叶えよう。さあ何なりと言ってみたまえ。
 君が望むならそれこそ死者の蘇生すら叶えよう』

そう言って男は両腕を広げる。
背後の机の上にはピラミッド状に積まれた札束の山が乗っていた。
命でも金でも何でも、望むならくれてやるという事なのだろう。

だが長松に別にこれといった願いなどない。
蘇らせたい人間などいないし、金は欲しいと言えば欲しいが、こんな機会にわざわざ求めるほどの執着心はない。
とはいえ、願いなどいらないと言えるほど無欲でもない。

どうするかと考えた所で、ふと小窓から見える小さな孤島が目に入った。
恐らくあれが長松が三日を過ごした戦場だったのだろう。
あれ程熱狂した夢の孤島が遠ざかっていく。
その情景に、長松の心中に祭りの終わりの様な寂しさが到来した。
あれ程燃え上がった熱病が醒めていくようだった。

『…………決めたぞ。俺の願い』

長松が望みを告げると、男はほぅと驚いた顔をした後、楽しげに口元を歪めた。

『よろしい。では次の殺し合いにも君を招待することを約束しよう。
 今すぐ、というのはフェアじゃないな。まずは傷を癒したまえ。
 そこのお金はオマケとして差し上げるから、それでも使って十分に英気を養うといい』

そう言って軍服の男は去って行った。
そこで気が抜けたのか、鉛の様に瞼が重く落ちてきた。
考えてみれば、興奮状態で眠気は感じなかったが、気絶は何度かしたものの、三日近くまともな睡眠をとっていない。
肉体は相当疲労しているようだ。
体が泥のように沈む。
このまま意識は眠りへと誘われてゆくのだろう。
その直前。
既に去ったと思っていた男が、ドアに手を掛けた所で立ち止まっている事に気づいた。

『いや、僕としてもこんなケースは初めての事だからね。
 そこで一度勝ち抜いた君がどう立ち振る舞うのか、楽しみだ』

まどろむ意識の中で、男の声が遠く響いくのを感じていた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


934 : 前回のあらすじ ◆H3bky6/SCY :2014/11/01(土) 22:04:59 N49Ds.zk0
長松洋平は目を覚ます。
夢を見ていたようだ、彼の始まりとなる甘美な夢を。

目を覚ましたところで、まずは自身のコンディションを確認する。
どこも拘束されていないし、それほど目立ったダメージも残っていない。
あの黒いドレスの女が放った異能は気絶させるだけのモノだったようである。
今後の行動に支障がなさそうなのは幸運だと言える。

続いて、どれほど眠っていたのか時間を確認しようとした所で、荷物がないことに気付いた。
当然と言えば当然なのだが、荷物は奪われてしまったようである。

身ぐるみをはがされたこの状況は、前回の殺し合いで超能力者に敗北した時と似ている。
だったらイケるぜ、と長松は確信する。
あの時はそこから巻き返して優勝したのだ。
それどころか衣服があるだけあの時より幾分かマシである。
ならば負ける理由がない。

日の昇り具合からいって、もう放送は終わっている時間だろう。
死者の発表などには興味がないが、禁止エリアの発表を聞き逃したのは痛い。
何かしらのルール追加があった可能性もある。
とりあえず適当な相手を見つけて、荷物を奪うと共に放送内容を確認せねばなるまい。

とはいえ、こちらも万全でない以上、相手は吟味する必要がある。
格闘戦で勝利でき、骨の一本でもおれば喋るような素人。
学生辺りが理想的だが、先ほどこちらの意識を奪った女のように異能力者である可能性もあるため油断はできない。
前回のように見た目通りの中身をしているとも限らない。
いざとなれば切り札を使う事になるだろう。
流石にこればかりは奪い取ることはできなかったようだ。
どころかあの女は気づいてすらいなかっただろう。
オマケと称して渡された三億円を使って、治療のついでに仕込んだ切り札である。

そういえばと、先ほどの女が気になる事を言っていたのを思い出す。

『いいえ、違うわ。これは私の仕立てた殺し合いよ』

だがそれは間違いだ。
間違いなくこの殺し合いは長松の願いによって実現したものである。
彼が望み、誰かが叶えた。
ここにこうして成っている以上、この関係性に疑問を挟む余地はない。

ならば、考えられる可能性は二つ。
あの女も彼と同じく殺し合いを願った人間であるという可能性と、あの女がこの願いを叶えた側の人間であるという可能性だ。

後者ならどうでもいいが、前者ならば面白いと内心で笑みを作る。
己と同じ価値観の人間がいるのなら、きっと最高の殺し合いが出来るだろう。

想像に劣情が燃えたぎる。
脳髄がしびれるようだ。
SEX以上の最高のコミュニケーションができるだろう。

だが、ならばこそ殺さなかったのは不可解だ。
あれ程見事にこちらを嵌めておいて、最後の一手だけ躊躇うのは理に合わない。
相手を貶める過程に快楽を見出すタイプなのだろうか?
答えを知るにはもう一度あの女に合う必要がある。

殺し合いは続く。
夢の続きはまだ終わらない。
次はどんな夢のような殺し合いが待っているのか。
それが楽しみで仕方なかった。

【B-4 草原/朝】
【長松洋平】
[状態]:全身に軽度の火傷、ダメージ(中)
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本行動方針:殺し合いを謳歌して、再度優勝する
1:適当な相手を脅して放送内容を確認する
2:人間と殺し合いたい
3:化物も殺す
4:ゴスロリ女(音ノ宮・亜理子)が殺し合いを望んだ側なら殺し愛いたい


935 : 前回のあらすじ ◆H3bky6/SCY :2014/11/01(土) 22:05:47 N49Ds.zk0
投下終了です


936 : ◆FmM.xV.PvA :2014/11/02(日) 10:11:19 /yRFflsQ0
投下乙です
長松、支給品全部取られて参ってるかと思いきや、逆にやる気になってるとは
これからの活躍に期待せざるを得ない

さて、遅れに遅れましたが
ディウス、ミル、ミリア・ランファルト、空谷葵、りんご飴のゲリラ投下はじめたいと思います


937 : ◆FmM.xV.PvA :2014/11/02(日) 10:12:56 /yRFflsQ0
第一回放送が終了した。
研究所内は静けさに満たされていた。
それも当然だろう。ついさっきまでこの研究所で共に行動していた剣正一の名前が呼ばれたのだ。
それだけでも十分だというのに、あろうことか放送は元からの知り合いの名前すら読んでいた。
ルピナス。佐野蓮。前者はミルの後者は葵の知り合いである。
この中で知人の名前が呼ばれなかったのはミリアだけだ。

「…あー、そろそろこれからどうするか、話し合わないか?」

だがそう最初に声を上げたのはミルであった。
無論ミルとてルピナスの死を悲しんでいないわけではない。
ただこの中でも最年長なのは自分なのだ。
その事実がミルに一先ず悲しみに暮れるという選択肢を後回しにしていた。

「…そうですね…いつまでもこうしてるわけにはいきませんし」

続いてミリアもそう呟く。
ミリアも魔王軍との戦いに参加しているだけあって、知人の死に慣れている。
自分よりも年の若い少女が死に慣れているという状況に思うところがないわけでもない。
大人である自分でさえ、知人の死に感じないものがないわけではないのに。
この少女は知人が死んでも仕方ないものと思っている。

「………」

だから空谷葵が沈黙したまま答えを返さないのを責めるつもりはない。それが普通の反応だ。
いくら吸血鬼だからといって、葵自身の内面は普通の大学生の女性そのものだ。
ましてや彼女のバイトしていたラビットインフルは『暴力』を扱わないことを信条としている。
そんな彼女に知人の死に対する耐性なんてついている筈がなかった。

「…ごめん、ちょっと屋上行ってくる」
「…わかった、何かあったら連絡頼む」
「…ああ、そっちもこの後どうするか決めたら連絡入れてくれ」

故にそう言い出した時もそのまま行かせた。
気持ちの整理をつけに、一人きりになりたいという気持ちが良くわかったからだ。
幸い、この研究所に備え付けられている監視カメラには、何も映っていない。
葵が一人で考えるには十分な時間が与えられるだろう。

「…さて、これからだが…まずはブレイブスターを待とうと思う」
「ツルギさんが回収した首輪の解析ですか?」

放送の前に剣正一から繋がったラストメッセージ。
それによると、あのロボを倒しその首輪をブレイブスターに載せたので回収を頼むとの事だった。
剣正一が命を懸けて手に入れた解析のチャンスを無駄にしないためにも、その首輪が手に入るまではここから離れるわけにはいかない。

「…ブレイブスター、無事についてくるでしょうか」
「…今はそれを信じるしかないのだ」
「はい、そうですね」




「…………」「…………」





そして沈黙が訪れた。
監視モニターが備え付けられている部屋で、ブレイブスターの到着を待つ。
だがその間にやらなくちゃいけないことなどさしてない。
しいて挙げるなら、剣正一に言われていた外に持ち出せそうな道具をバッグに詰め込むことくらいか。
あとはただ静かに待つだけ。故に部屋は非常に静かであった。

(……なんか気まずいのだ)

黙々と作業するのを中断して、ミリアの方を見る。
ミリアはモニターの方を見ているだけで、何も言葉を発さない。
その様は自分が幼女化していることを抜きにしても、自分よりも大人に見えた。
先ほども思ったが、何故このような少女がそんな風格を醸し出さなければならないのか。

「…なぁ少しいいか?なんでミリアは魔王との戦いに参加しようと思ったのだ…?」


938 : ◆FmM.xV.PvA :2014/11/02(日) 10:13:30 /yRFflsQ0
故に質問を投げかけようと思った。
そこまで深く踏み込んでいいのか、悩んだが心に靄をかけたままではいけない。
ミリアは突然のことで、少し驚いていたが、快諾したようで口を開いた。

「…兄が、魔王軍との戦いに参加していたからです」

兄と言うとカウレス・ランファルトという人物のことだろう。
魔王や邪神の説明の際に勇者の話の時に、実の兄だという話も出てたと思う。
なら兄をサポートしようとして、戦いに参加したのだろうか?

「いいえ、当時の私は兄を止めるつもりで、戦いに参加しました」

その答えは少々意外だった。
ミリアの魔族に対する評価は散々なものだった。
ならその魔族と対峙する兄を支援するのは当然ではないだろうか。
何故兄を止めようと思ったのだろうか。

「……兄は復讐のために魔王と戦うことを決意しました…
 …でも思ったんです、それじゃただの繰り返しになるんじゃないかって
 魔王と人間の醜い争いは終わらないんじゃないかって、そう思ったんです」

「だから兄を止めようと?」

なるほど、その志は兄からすれば冗談じゃないだろう。
だがそれも全て修羅に堕ちんとする兄を止めようとする、健気な妹の想いから生まれるものだ。
否定される謂れはないだろう。

「でも、多分私の選択は間違いだった…
 魔王軍との戦いを繰り返して、人が死んでいく度に、魔族に対する恨みが増していく」

「…それは仕方ないのではないか?」

そう仕方のない事だ。
自分の仲間が、魔族の手によって死んでいく。
そんな状態に追いやられれば、誰だってそれらを恨むのは当然だ。

「いいえ、私は間違ってしまった、本当に兄を止めたいのなら私はそんな恨みなど覚えるべきではなかった」

「…だが」

「いいんです、私は兄を止める手段を間違った、それが事実です」

そうしてミリアは言葉を切ってしまった。
ミルとしては納得がいかない。だが果たしてなんと声をかけるべきなのか。
悩んでいる内に、ミルのバッジが反応した。
今現在バッジを持っているのはミル、葵、ミリア、そして正一のみ。

剣は死んでしまったので、必然的にこれは葵からの連絡という事だろう。

「お、葵か、どうした」

だからいつものように声をかけた。

『ミルか!屋上に魔王が現れた!急いでここから逃げ』

だからその言葉に驚いたし。

「………魔王?」

同時にその言葉に反応するミリアの様子も気にかかった。




939 : ◆FmM.xV.PvA :2014/11/02(日) 10:14:17 /yRFflsQ0
屋上についた私は、真後ろにあるドアを閉める。
これでミルやミリアがやってきても、ドア越しに気づくことができる。
これ以上自分の情けない姿はできるだけ晒したくない。

「…はぁ、なさけねえ」

そう考えていること自体情けないと考え、ため息をつく。
ミルやミリアが立ち直っていたというのに、何をいつまで悲しんでいるつもりなのか。
こうしている間に、白兎が殺されてしまっているかもしれないというのに。
だがそう強気になれないわけがあった。

「……本当に死んじゃったのかな、クロウ」

吸血鬼だという理由だけで、自分を狙ってくる危険なやつ。
だが話を聞くと、実は可哀想な人だったというか、意外とよい奴かもしれないとも思っていた。
故にいつも軽く戦ったら、すぐに逃げるのだ。自分と同じくらい強かったし。
いや本気で相手して戦ったら、自分よりも強い可能性もあると思う。

そんな彼女が逝った。
第一回放送だなんて序盤で。
呆気なく。
死んだ。

いや、殺された。



ブルッ


「……なにビビってんだ、あたしは…」

剣正一が居なくなった今、自分しか敵と面撃って戦える者はいない。
だからビビっている暇などないのだ。
自分が臆していたら、その間に下で相談している二人が殺される。
そうだ、自分がやるしかない。


だというのに身体の震えは一向に止まってくれそうにもない。


「…屋上に来て、正解だったな…」

こんな弱気な所、とてもじゃないが他人に見せられない。
深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
下に降りて合流するまでには落ち着かせなくては。


「…すー…はー……」

だいぶ落ち着いてきた。
震えも止まった。
今ならどんな相手と対峙しても倒せる、とまではいかないが相手にすることができるだろう。

「…よっしゃ、魔王でもなんでもかかってこい!」
「では相手してもらおうか、ミス?」

……おかしなことに自分の独り言に返事がきた。
返事が聞こえた方を向くと、そこには青い肌をして角を生やした男が一人。
どう見ても魔王です、本当にありがとうございました。

「…あれ?いつの間に屋上に?」
「最初からだ、たわけ…随分混乱していたようだが、落ち着いたか吸血鬼?」

つまりこの男は乙女が一人でため息ついたり、恐怖で震えてる所を、じーっと見てたというのか。
なんというか、恥ずかしさよりも怒りが湧き上がってきた。

「お、お前!女性が一人で震えてるんだから、そこは空気読んで立ち去れよ!」
「残念ながら、この我は、人間どもの言うところのAR(エアーリーディング)にはてんで疎くてなぁ」

英語読みする程度には俗世に浸りきってるんですけど?!
という突っ込みをしたい気持ちを抑える。なにこれ魔王なの?
ミリアちゃんから聞いた印象とめちゃくちゃ違うんですけど…

「……で、あんた何しにきたのさ」
「…なぁに、簡単な用事だ、すぐに終わる」


940 : ◆FmM.xV.PvA :2014/11/02(日) 10:14:43 /yRFflsQ0

そう言って魔王は私に、いや正確には私の後ろにある扉へと向かってくる。
間違いなく魔王の目的は研究所の中にある。
それが物なのか、人なのか、わからないが、好きにさせるわけにはいかない。

「動くな!」

とっさに能力を発動する。
重力操作。
吸血鬼である私が、変化や分身よりも得意としている能力。
本来は自分の重力抵抗を下げたりして、接近戦を有利にするのが主なのだが。
今回は逆、魔王の重力を上げてその動きを封じる。

「む…詠唱なしに魔法とは…これは素晴らしいな」
「魔法なんかと一緒にすんな!ひとまずアンタはそこで大人しくしてろ!」

重力の負荷がかかり、動きが鈍っている魔王に能力を継続しながら、バッジを取り出す。
魔王来襲というこの事態、今伝えないで、いつ伝える。

『お、葵か、どうした?』
「ミル!屋上に魔王が現れた!急いでここから逃げ」





「ほう、やはりこの場所にいたか」







時を放送直後まで戻そう。
魔王は廃校の屋上でその内容を聞いた。
もしこの場に魔王のことを良く知っている者がいたらさぞかし目を疑ったことだろう。
何故なら魔王が何かに驚くといった表情を隠すことなく浮かべているからだ。

正直に告白しよう。
ディウスはまさかガルバイン、暗黒騎士の両名が呼ばれるだなんて思っていなかった。
ガルバインは魔王軍でも名のある武人であるし、暗黒騎士に至っては自身の親衛隊の隊長である。
そんな彼らがまさか呼ばれるだなんてどうして想像できよう。

―いや、違う…本当はその可能性に気づいていたはずだ

そう、自身の攻撃がワールドオーダーに弾かれた時に、その可能性には気づいたはずだ。
この殺し合いにおいて、人間と魔族の種族としての優劣など、意味はないのではないかと。
ただ想像したくなかっただけだ。自身やその部下が無残に斃れていく姿を。
人間と魔族の種族の生き残りをかけた戦いではなく、こんな人間の可能性が知りたいだなんて世迷言に巻き込まれて死んでしまう様を。
だから本来なら虫けらと嘲る人間なんぞの手を借りようだなどという考えまで浮かべてしまったのではないか。

―…とんだ失態だな…そも最初の選択肢を俺は間違ってしまった

実際ミル博士にこの首輪が解除できるかどうかなんてどうして想像できる。
サキュバスからの股聞きでしか人物像を知らないのに何故そう考えられる。
確実性のない考えに従って行動した結果、二人の部下が命を落としてしまったのではないか。
本当に部下の事を考えるのなら、彼はミル博士などという者よりも先に自身の部下を探し出すべきだった。
そうすれば彼らの名前が呼ばれることだってなかったはずではないか。

「…すまない、ガルバイン…暗黒騎士」

故にこの場で散った同志に謝罪する。
部下の事を蔑ろにして、自分の都合を優先した自身を恥じる気持ちが強まったがために。
そして誓う。もう二度と魔王としての判断を間違えないと。
それがあの気に喰わない主催者とやらの思惑通りだとしても、あえてそれに乗ってやる。
乗ったうえであの男を地に下す。そして自分たちをこの場に招いたことを後悔させてやるのだ。
それこそが無念のまま散っていた二人の手向けとなるだろう。





941 : ◆FmM.xV.PvA :2014/11/02(日) 10:15:35 /yRFflsQ0
ミルの声がバッジから溢れたその瞬間。
魔王から強烈な殺意が漏れた。



『―――!―――――!!―』

ミルが何か言っている。でもそれに耳を傾ける余裕がない。

「EgrAhC」

魔王の右手に見てわかるほどの、エネルギーが溜まっていく。

重力は継続してかけている。
しかし思い出した。思い出してしまった。

それはこの島に飛ばされる前の光景。
こいつはワールドオーダーに向けて、ビームとしか形容できない一撃を放った。

そう、そもそもこいつには直に対面せずとも、人間を殺せる術を持っていたのだ。

魔王は腕を真下に向けている。



はて魔王の真下には何があったか。

研究所だ。

果たして研究所はその破壊に耐えられるのだろうか。




否。


魔王が口を開く。


「――――――させるかああああああ!」



その可能性に気づいた瞬間、私は重力の方向を変えた。
そして魔王は宙へ飛び上がる。奴にかかる重力を極限までなくしたのだ。
こうして少しでも研究所から遠ざける。
いや、むしろそのまま大気圏に突入させてやる。


だがこの程度で終わってくれるような奴なら、鼻から彼は魔王などと呼ばれてはいない。


「Etag!」

エネルギーを貯めたのとは別の腕を真上に向け、魔王が唱えた。


葵は知るよりもないが、それはサキュバスと連絡した際に使った魔法である。
だが『Etag』は元来、魔王が扱うように便利な魔法ではない。
魔王が後に続けたアドレスを唱えて、初めてあれは世界と世界を繋ぐ。
では唱える前は一体、何と繋がっているのか。
当然ドアとドアである。これは発動場所から一番近い場所のドアと繋ぐ。


空中に現れたドア。だが葵はそのドアに見覚えがある。

―あれは、中から屋上へ出るためのドア?

そうちょうど自分の真後ろにあるドア。
それに気付いた瞬間、葵は後ろのドアを開けようとした。


だが遅すぎた。


その時には、すでに魔王はドアから飛び出し、エネルギーを溜めた腕をこちらに向けていた。


942 : ◆FmM.xV.PvA :2014/11/02(日) 10:16:00 /yRFflsQ0

―あ、やばい死んだかも

あの時見たあの一撃。
あの範囲の一撃を直に喰らうとまずいかもしれない。
身体の一部が残ってたらいい方で、下手したら何一つ残さず消失するかもしれない。

今から重力をかけなおしても、おそらく奴の魔法の方が早い。
この窮地から逃れるには、蝙蝠に化けでもして、自身に対する被害を分散するほかない。
だがそれをした瞬間、魔王はためらいなく腕を真下に向けるだろう。


ならそんなことはできない。

ここでミルを、ミリアを見殺しにして生き延びる。

そのような事はしたくない。



それが空谷葵の選んだ選択肢だった。



「―ResaL」





その瞬間、世界から音が消えた。
いや正しくは、聴覚機能が麻痺した。
何せこの魔術は一度地上へ振るえば、一瞬にしてあたりを火の海にする程の威力である。
そんな魔法を己の腕から発動したのだ。その衝撃は如何ほどのものか。
いくら魔族とて発動すれば四肢の一本は消し飛ぼう。
人が放てば原型を保つことができれば良い方だろうか。

故に聴覚のみを一時的に麻痺させただけですませた自分は、他の魔族よりも上位にいるのだろう。

故にこの魔法は通常では覚えられる筈のない禁呪である。
これを覚えられるとしたら、それは魔導の果てを求めた命知らずか、元から魔と深い関わりを持つ者しかありえない。
そんな人物と言ったら、光の賢者と称されるジョーイくらいしか、魔王には思い至らない。

何故なら、この魔法をもってしても突破できない壁を張れるのが、ジョーイしかいないからである。

「…故にこの結果は必然であったな」

聴覚機能が回復した魔王はそうつぶやいた。
目の前には焼け焦げた屋上がある。屋上にも色々な飾りがあったと思うが、それらは一切合切、何もかも消失している。

視線を自分の足元に移す。


そこには下半身どころか、胴体すら残してない愚かな吸血鬼の姿があった。

残っているのは首と肩から辛うじてつながっている両腕のみ。
とても生きているとは思えない。

だが生きている。
心臓は消えている。
呼吸器官すら失せている。
故に鼓動音も呼吸音もない。

だがそれでも、この死体にしか見えない女はまだ生きている。

「流石純正の吸血鬼。首さえ残っていれば生存できるその生命力は素晴らしい」

純粋にそう評価する。
なにせあの一撃を生き延びたのだ。
それどころか、徐々にではあるが、回復してきてもいる。
再生に集中すれば次の放送までには、中身はともかく、外見上は元通りに戻れるだろう。
さらには自身に対して使った詠唱なしの重力魔法と攻撃にも秀でている。
ここまでのポテンシャルを持った眷属は魔界にもそうはいない。

「故に惜しい、こんなに惜しい気持ちにさせられたのは、オデット以来だぞ」


943 : ◆FmM.xV.PvA :2014/11/02(日) 10:16:28 /yRFflsQ0
死体は確実にじりじりとこちらに近づいていた。
これほどの衝撃だ。階下にいたものにも気づかれただろう。
足止めされたら、逃げさせることは可能かもしれない。

「…本当に解らんな、何故そんなに人間に肩入れするのか」

腕を伸ばし、首を掴んで持ち上げる。
女はその瞬間に腕を向けて能力を使おうとするが叶わない。
再生以外のことに力を使うほどの余力は目の前の女には残っていない。

だがそれでも人を守ろうとする女にデジャヴを感じた。
そうかつて人間に情けをかけた罪で追放した女と同じ感覚だ。


「…ふーむ、試してみるか」

そして魔王は女に一つの※※を課した。





そのまま魔王は階段を降りる。
多少時間を使ったと言っても、そんなに早く逃げられる筈がない。
それにサキュバスから聞く限り、あの吸血鬼が単体で魔王と挑んでいると知ってなお、逃げ出せる程ミル博士は薄情ではない。
まず間違いなく、この建物の中にまだいるだろう。

―逃げてほしいと足掻いただけに皮肉な話だな

屋上にいる吸血鬼を思い浮かべながら、魔王は研究所内を歩く。
その歩みはまるでかくれんぼで鬼をやっている童のようでもある。
そうここに至って魔王は楽しくなってきていた。

ただのくだらぬ殺し合いと思っていたが、中々どうして面白い。
すでに魔王はここに至るまで、魔力を半分以上消費している。
なるほど、この殺し合い。この魔王とて殺戮される対象になる可能性は十分にある。

だがここまで魔力を削られた事は、人間との戦いでは味わったことがなかった。
そう自分がここまで追い詰められているという経験を得て、魔王は悦を見出していた。
ましてそこまで自分を削ったのは、同じ魔の眷属だというのだから笑いが止まらない。

もしこの場に自分を超える魔がいたとしたら。


―その時は魔王の座を譲り渡してもいいな


そんな空想に耽っていると、コツコツと足音が聞こえてきた。

「……おや、かくれんぼは終わりですか?ミル博士」

魔王はそんな風に茶化して声をかける。
だが眼前から現れるシルエットを見て気づく。
どう考えても少女、いや幼女の身長ではない。

「……誰だ?ミル博士は何処へ行った?」

目の前にいる少女にそう問いかける。
少女は答えた。

「ミル博士なら私が逃がしました。魔王ディウス、お前は兄に代わって私が止めます」


少女―ミリア・ランファルト―は今、ようやく魔王に対面した。





944 : ◆FmM.xV.PvA :2014/11/02(日) 10:16:55 /yRFflsQ0
「葵それは本当なのか!監視カメラには何も映ってなかったぞ!?」

ミルさんがアオイさんにそう言っている。
でも私は知っている。魔王が私たちの村を軍を率いて襲った時。
あの時、彼は空を飛んでいたことを。

なるほど、この監視カメラはどれも室内ばかり映している。
屋外を映している物も、屋上は映していなかった。

―空中から接近されるとどうしようもないですね

何故ブレイカーズの研究所が屋上をフリーにしてしまっているのか。
答えは簡単。ロマンである。
そもそも改造人間を使って、世界征服を為そうと考えている集団だ。
なら、正義の味方が自身の施設に潜入するなら、それは正面からではなく屋上であってほしい。
そういった願望が詰まった施設であるがため、屋上はザルなのである。

もっともミリアにはそんなこと知る由がないが。

「駄目だ、葵の奴全然返事をしない…」

私はひとまず思考に耽るのをやめ、ミルさんを見る。
逃げろとアオイさんは言っていたが、どうやらミルさんはアオイさんを置いて逃げるのは嫌らしい。
まぁ私も逃げる気はないので、アオイさんには申し訳ない気持ちになるのだが。

―魔王。

ついに至れた。
兄より先に魔王に遭遇するチャンスが訪れた。
こんなチャンスは滅多にないだろう。
この場に兄がいたら、間違いなく止められる。
「一人で魔王に勝てるわけないだろ」と。

だが放送は自分たちの世界では起し得なかった結果をもたらした。
暗黒騎士とガルバインの早すぎる退場。
これは一筋の希望をもたらした。

―つまり私たちでも魔王を屠る奇跡を起こせるかもしれないという事

誰か別の人では駄目なのだ。
自分の手で、魔王を倒す。
そうでなくては、私に溜まった恨みが晴れることはない。
故にここに留まって魔王を討つ。





なんてことを考えられたら、私は勇者一行でも凄腕の魔法使いになれたろう。
残念ながら私はそこまでの自信家ではない。
いや旅をする過程で自信家から、諦観者になってしまった。

私が考えている事はただ一つ、今更ここから離れても魔王からは逃げられないだろうという事だ。

―だからと言って、ミルさんをここにいさせていいわけじゃない

だがそれでもミルをこのまま死なせるのは良くない。
彼女が首輪を解除できるかできないかで、この殺し合いの行く末が決まってしまう。
そんな予感がある。

「…ミルさん、すみません」

「え?」

だから先に謝っておく。
彼女の意に反することを行う事に対する非礼と。
自分を気にかけた彼女を裏切ることに。

「EpAcSe」「な!?」

かけた呪文は対象者を道具もろとも、はじまりの場所へ強制転換する魔法だ。
あの宇宙人と称される魔物と会った際、使おうとした魔法もこれである。
ミルがどこから来たのかはわからないが、これで魔王から距離は稼げるはずである。

「ミリア!何を―」

「魔王は私が足止めします。ミルさんはなんとか研究所から離れてください」

転移にも時間がかかる。
だから恐らくこのタイムラグがミルと交わす最後の会話になろう。
ふと肩が軽くなる。気が付けばずっと肩に乗っていたチャメゴンがミルの肩に乗っている。
おそらくこのままいると死んでしまう事を悟ったのだろう。なるほど確かにツルギさんの言う通り頭の良い動物だ。
だが気のせいか、チャメゴンは申し訳なさそうな表情を浮かべているように見えた。

「チャメゴン、ミルさんをよろしくね」

だからそう声をかけた。
そう声をかけて、少しでも罪悪感が減るようにと。
チャメゴンは申し訳なさそうながらも、顔を縦に振った。

「…ミリア」

「もう時間です、ミルさんどうか生き延びてください」




「わかった、絶対に首輪は解除する、だから死なないでくれ」


頼む、と言ってミルはこの場から消失した。
直後、屋上から大轟音が響いた。恐らくアオイさんとの決着がついたのだろう。
なら自分も行かなくては。せめて数分でいい。

魔王を足止めする。それが彼女が選んだ道であった。


945 : ◆FmM.xV.PvA :2014/11/02(日) 10:17:21 /yRFflsQ0



りんご飴は呆然としていた。
その現場にやってきた時には、すでに事は終わっていた。
自分が借りを返そうとしたロボットはすでに壊れ。
同じく借りを返そうとした男は斃れ。
ついでにヒーローでも有名な部類であるナハト・リッターも斃れ。

この場には主の命令通りに行動を開始しようとするバイクしか残ってなかった。

そしてそのバイクを追おうとした所で、放送が流れた。

そして告げられるライバルの名前。


「……………は?」


これで呆然とならないでいられる程、りんご飴は人間出来ちゃいなかった。

「おいおい、ヴァイザーちゃんよぉ、何死んじゃってんだよ
 お前はこのりんご飴ちゃんと遊んでくれるんじゃないのかよ…」

マジで寝取られる形になってしまった仇敵に対して、彼が感じたことは苛立ち。

そう苛立ちだ。せっかくのスリルを他人に取られてしまったという悔しさ。
そしてこんな早期に斃れてしまったライバルに対する悲しさ。


「……そうだ、バイクを追おう」


それらが混ぜこぜになり、そしてバイクを追おうとふと思った。
思えば結局借りは返せず仕舞いだが、あのおっさんと協力してロボットを壊したヒーローのバイクを手助けすれば。
それは結果的に借りを返したことになるのでは、とふと思ったのだ。

「…って、バイクどこ行ったのか、わからないんじゃ意味ねーか、ハハハ」

だがバイクがどこに向かっていたのかを、ノーヒントで思いつけるほど、りんご飴は天才ではない。
故にバイクで借りを返すというのは、あきらめるしかない……かと思われた。


そう研究所の屋上から突然轟音をまき散らしたのだ。
屋上からはちりちりと煙が上がり始める。


「……あっちだな、バイク行ったのは
 にしても…なんか面白そうじゃねーの!」

そうして一匹の殺し屋狩りも研究所へ向かう。
例えそれがヴァイザーが死んだ事実から、一旦目を背けただけの結果だとしても。
借りた借りは必ず返そうと思ったのは、彼自身の意志だ。

そして借りを返すついでに遊ぼうと思ったのも、彼の意志。
これより最高のスリルを味わいに、りんご飴は死地に立つ。

「さぁて、待ってろよ!バイクちゃんにまだ見ぬスリルちゃん!キャハハハハ!!」





946 : ◆FmM.xV.PvA :2014/11/02(日) 10:17:44 /yRFflsQ0
そうしてはじまりの場所、D-9へミルは転送された。
傍らには一緒に送られてきたチャメゴンとフォーゲルくん。
心なしか二匹とも心配そうにこちらを見ている気がする。

正直泣きたい。
というか涙はとっくのとうに流れている。
だってそうだろう?放送でルピナスが死んで、その事を悲しむ前に今度は葵、ミリアの二人も失おうとしているのだ。
ここで泣かずにいつ泣けと言うのだ。

それを後押しするかのように、研究所の方から爆音が聞こえてきた。

「う、ううう、ううううううううう」

泣く、泣く、泣き続ける。
自分があまりにも不甲斐ない。
戦闘能力がないからとか、自分よりも年下の少女に戦わせてるとかそういったこともあるが。

なによりミル自身、これが最善の選択なのだと理解していることが、悲しくて仕方ない。

何が正解なものか。
自分よりも年下の少女に戦わせて、逃げておきながら、これが最善だと。
そんな酷い話があるか。

「うううううう」

だが認めるしかない。
ミルがあの場にいても足手まといにしかならないと。

「うううううううううううううう」

彼女らに報いるには首輪を必ず解除させるのだと。

「ううううううううううううううううう」

だからせめて、今この瞬間だけは泣かせてほしい。
泣き終わったらいつも通りに戻るから。


今だけは悲しみを吐き出させてほしい。






焼け焦げた屋上。
そこにはおよそ死んでるとしか思えない生存者がいる。
空谷葵。純正の吸血鬼。
純正であるが故に太陽すらも弱点に成り得ぬ少女。


「           !」


そんな彼女は今苦しんでいた。
呼吸すら困難なはずな彼女は、声の出ない悲鳴を上げながら悶えている。

何に苦しんでいるのか。ミルやミリアを救えなかったことか。
魔王を足止めできなかったことか。自身の無力さか。
あるいは死に近づいている恐怖にか。

否。そのどれでもない。




彼女は自身から湧き出る食欲に苦しんでいる。





魔王は彼女に一つの呪いを課した。
それは人喰らいの呪と言われる。現在オデットがかかっている呪いの名でもある。
それは人に情けをかける魔族に対する罰。そして試練でもある。
この呪いを受けた者は、通常人喰いに抵抗するだけで、自身のパラメーターを減少させてしまう。
ただでさえ飢えたまま日々を過ごすのだ。コンディションの低下からは免れない。
では逆に受け入れればどうなるか。魔族とは悪に染まれば染まるほど、力を増していくものだ。
つまり喰えば喰うほど、力を増すことができる。

現にオデットは邪神リヴェイラが気に掛けるほどには、力を増している。
これは単なる処罰だけではなく、試練としての見方もできる魔法なのだ。

もっとも現在の時勢で、人に情けをかける魔族などそうはいない。
そういった魔族にこの呪いをかけても、本人にとって人喰いはすでに試練でもなんでもない。
そういった魔族にとっては、この呪いはデメリットでしかない。
故に罰としての役割しか効能していなかった。

だが今日、魔王は褒美として呪いを施した。
魔王は空谷葵に期待している。
はたしてどのような成長をとげてくれるのかと期待している。


その結果が、現れるのは魔王の推測では次の放送前。
だがもし呪いを受け入れれば、それ以上のスピードで再生することも可能だろう。
果たして空谷葵はどのような選択をするのか。



地獄と化す研究所で、その答えを聞こう。


947 : ◆FmM.xV.PvA :2014/11/02(日) 10:18:06 /yRFflsQ0

【C-10 研究所内二階/朝】
【ディウス】
【状態】:健康、魔力消費(60%)
【装備】:なし
【道具】:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3個、初山実花子の首輪
[思考・状況]
基本思考:この殺し合いに勝ち残り、魔王として君臨する
1:ミルを探し出して、殺害する。
2:まずは目の前にいる女(ミリア)を殺そう。
3:葵が今後どのような選択をするのか興味がある。
4:もし我を殺す魔族(人外)が現れたら、そいつに魔王を譲ってやらんこともない
4:あ、サキュバスに第一回放送後に連絡するの忘れてた。
5:ま、謝ればいいか。
※何者か(一ノ瀬、月白)が、この場から脱出したことに気づきました。
※ディウスが把握している世界にのみゲートを繋げることができます。

※初山実花子の支給品一式がC-7 街外れに放置されています。


【ミリア・ランファルト】
[状態]:健康
[装備]:オデットの杖、悪党商会メンバーバッチ(3番)
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0〜2
[思考・行動]
基本方針:この殺し合いの無意味さを説く
1:兄さんや他の人たちを探す。
2:首輪を外す協力がしたい。
3:ここから先には通しません…!
※宇宙人がジョーカーにいると知りました


【C-10 研究所屋上/朝】
【空谷葵】
[状態]:瀕死(肩から上以外の部位欠損)、再生中、人喰らいの呪
[装備]:悪党商会メンバーバッチ(2番)
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:人※食※※いという気持ちに※う
1:ミ※とミ※アち※※はあたしが※る!
2:亦※、※クさ※、※兎、ミ※アち※※のお兄※んを※す
3:宇※人(セ※ペ※リア)を※※えて首※の情※を※かせる!
4:ミ※フ※ミリーの仲※を※※る
5:はやく…再生しなくちゃ…
※ルピナス、亦紅、藤堂兇次郎、カウレスの情報を知りました
※ミルを頭の良い幼女だと認識しています。元男は冗談だと思っています。ただし藤堂兇次郎についての情報は全面的に信用しています
※宇宙人がジョーカーにいると知りました
※ファンタジー世界と魔族についての知識を得ました。
※人喰いの呪をかけられました。これからは永続的に人を喰いたい(血を吸いたい)という欲求に駈られる事になります。

※研究所内に葵のデイバック(基本支給品一式、トマトジュース(5/5)、ランダムアイテム0〜1)が転がっています


【C-9 森/朝】
【りんご飴】
[状態]:疲労(小) 、イラつき
[装備]:ベレッタM92改(残り14発)
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いの中でスリルを味わい尽くす。優勝には興味ないが主催者は殺す
1:参加者のワールドオーダーを殺す。
2:ワールドオーダーの情報を集め、それを基に攻略法を探す
3:バイクを助けることで、おっさんに借りを返す。
4:ついでに研究所で起こっているスリルにも介入してみる。

※ロワに於けるジョーカーの存在を知りましたが役割は理解していません
※ワールドオーダーによって『世界を繋ぐ者』という設定が加えられていました。元は殺し屋組織がいる世界出身です
※ジョーカーのカードと携帯電話はランダムアイテムに含まれていません。


【D-9 草原/朝】
【ミル】
[状態]:健康 、深い悲しみ
[装備]:悪党商会メンバーバッチ(1番)
[道具]:基本支給品一式、フォーゲル・ゲヴェーア、悪党商会メンバーバッチ(2/6)、チャメゴン、ランダムアイテム0〜2
[思考・行動]
基本方針:ミルファミリーで主催者の野望を打ち砕く
1:首輪を絶対に解除する。でも今は悲しませてくれ……
2:亦紅を探す。葵やミリア、正一の知り合いも探すぞ
3:ミルファミリーの仲間を増やすぞ…
4:みんな…すまない
※ラビットインフルの情報を知りました
※藤堂兇次郎がワールドオーダーと協力していると予想しています
※宇宙人がジョーカーにいると知りました
※ファンタジー世界と魔族についての知識を得ました。


948 : ◆FmM.xV.PvA :2014/11/02(日) 10:20:12 /yRFflsQ0
投下終了です。
タイトルは「ミルファミリー壊滅!魔王襲来」でよろしくお願いします。


949 : 名無しさん :2014/11/02(日) 12:48:14 tcUfNomY0
投下乙です。
部下全滅の魔王はやはりマーダー化
対主催チーム分断、更に吸血鬼の葵に呪い付加と無慈悲な展開
近辺で助けてくれそうな相手もいないだけにかなり絶望的だな
唯一の頼みの綱は喧嘩屋のりんご飴ちゃん、果たして大乱闘になるか心強い加勢になるか…!?


950 : 名無しさん :2014/11/02(日) 19:55:48 OgwjYdE20
>前回のあらすじ
ワールドオーダーはこのロワのようなことを繰り返していたのか…?
単一世界での戦いから異世界まで混ぜた戦いと何がしたいのか読めないな
超人共がうようよしてるって知ってるのに衣服があるだけで負けないとかすげぇ自身だな永松さん
彼の切り札とは一体

>ミルファミリー壊滅!魔王襲来
ついに来ちまったか…
葵があらん限りの抵抗をしてミリアが非戦闘員のミルを逃したが
結果として葵が人食いの呪いをかけられてミリアが魔王とご対面でミルがマーダーだらけの場所に1人
果たしてここから希望は繋がるのか…それともここで潰えてしまうのか…


951 : 名無しさん :2014/11/02(日) 21:30:46 P5TnzM/k0
ミルファミリー・・・もはや絶望しかないっていうのはこういうことを言うのかな。
いや、まだギリギリ希望が残ってるだけマシなのかな?それとも逆?


952 : ◆C3lJLXyreU :2014/11/03(月) 22:44:18 tglgadSg0
ミルファミリー……
亦紅、遠山春奈、火輪珠美のゲリラ投下始めます


953 : 終わらない物語 :2014/11/03(月) 22:46:02 tglgadSg0
火輪珠美には師匠と呼び、慕っていた女が居た。
複数の怪人や幹部を相手にたった一人で無双する程に強く、戦闘面に限ればどのヒーローよりも高い実力を有すると称されていた最強の戦士。
その強さゆえに様々な組織から命を狙われていたが、どんな者が相手でもその須らくを返り討ちにしてしまう。
そんな彼女が命を落とした戦場は、実力に見合わないほど小規模で。
けれども、師匠が命を散らすにはこれ以上なく映える最高の祭り舞台。
彼女一人であれば余裕で切り抜けられる場面であったが、それでも師匠は弟子の未来を選んだ。

「なんでアンタが死んで、あたしが生きンだよ。どうしてアンタが死んだ瞬間に力が湧き上がるんだよッ!
 まったく世の中、本当にままならねェことばかりだなァ、オイ―――アンタもそう思うだろ、ブレイカーズの大幹部さんよォッ!」

珠美の感情に呼応するように、極大の花火が爆ぜる。
それは師匠が死んだ哀しみゆえか。師匠が殺される原因を作った自分の弱さに対する怒りゆえか。
もしも自分がいなければ、師匠が死ぬことはなかっただろう。彼女は珠美を庇い、その結果として命を散らせたのだから。

「貴様、何者だ?」

今の珠美は喧嘩に明け暮れていた荒くれ者とは少しばかり纏う雰囲気が違い。
鬼神の如き威力で放たれた爆炎は、怪人の右腕を跡形もなく消し飛ばすほどに強力無比。
ゆえに途轍もない力を秘める新たな戦士に、何者だと敵は問うた。

『ほう、お前は花火が好きなのか。それなら、お前がヒーローになったら名前はボンバーガールだな』
『そんなべらぼうにダサい名前を名乗りたかねーよ。それに、あたしはヒーローなんてガラじゃねーっつの』
『どうだか。意外とお前みたいなヤツが次の世代を担うヒーローになると思うよ、私は』

珠美は数瞬だけ、過去のやりとりを思い返す。
それは特にこれといった特徴のない、どこにでもある普通のやり取り。
当時の珠美はヒーローになるつもりなんて毛頭なかったし、ボンバーガールという名前も恰好悪いと思っていた。
だというのに。
そんな他愛のない会話が今ではとても懐かしく―――そして、その名が誇らしく感じられる。

「耳かっぽじって聞きやがれ。そして地獄で親玉様に報告しろや。
 あたしの名は―――ボンバーガール。ヒーローでもなんでもねェけど、テメェの都合であんたを血祭りにあげてやらァッ!」

ゆえに自分を残して逝った師匠まで届くように―――珠美は大きな声を張り上げて吼える。
同時に放たれるは、極大の花火。
空高く打ち上げられた手向けの花は、怪人の肉体を飲み込み、壮大な鎮魂歌を伴って爆ぜた。
果たしてこの花火を、師匠の元まで届いただろうか?
今の珠美の視界は少しぼやけているし、何故か頬に冷たい液体が伝っているが。

「もう一緒に祭りは出来ねェけどよ、これからはあたしがあんたの場所まで花火打ち上げてやっから」

――――だからこれから暫く力を借してくれ、師匠。
特にやりたいことはない。これからも多分、今までと同じように他人と喧嘩をするだけだろう。
だけど、少しだけ。ほんの少しだけ、他人を守ってやってもいいと思った。
別に正義感や罪悪感があるわけじゃない。ただ少し自分が師匠に命を救われて、考えが変わっただけだ。



戦の直後、不快な声が再び流れる。
そいつはまるであたし達を嘲笑うように死者の名前を呼び始めた。
茜ヶ久保一、ヴァイザー、剣正一、ルピナス――――。


954 : 名無しさん :2014/11/03(月) 22:46:57 tglgadSg0

この短時間で死んだ奴らは案外多いらしい。
りんご飴のお気に入りが数人死んでるのが気になるトコだが―――ま、あいつなら自力でなんとかするだろ。
あいつは宿敵が死んだからって暴走したり極端に意気消沈するようなタマじゃねえ。むしろそれでこそ燃えるとか、強敵を倒したヤツの面を拝もうとするとか、そういうタイプだと思う。
幻術を操る敵にあたしやヴァイザーがバタバタ死んでく夢を見せられてもピンピンして倒しちまったこともあるし、それに何よりあたしが認めた益荒男だ。あいつにそういう心配をするだけ無駄ってもんだろ。
それよか心配すべきはリクの方か。あいつもあいつで正義感だけは強いから暴走するこたぁねえと思うけど、仲間の正一が死んだとなると多少は堪えるはずだ。
精神操作や幻術系の能力が全く効かないりんご飴と違って、リクは毎回餌食になって人質にされることもある始末。そういや、以前JGOEのメンバーが戦死した時は怒りが有頂天で暴走してた気がする。
ま、あいつがどうにかなった時はあたしやりんご飴が殴って目を覚ましてやりゃいいか。それにヒーローヒーローうるさいあいつなら自力でなんとかする可能性も微粒子レベルくらいはあるだろ。
そんなことよか今ヤバいのは―――

「ルピナスがそんな簡単に死ぬだなんて、ワールドオーダーも悪い冗談を言いますね。
 彼女の物語はそう簡単に終わりませんよ。私と博士とルピナス―――皆で物語を歩むって約束したこと、覚えてますから」

亦紅の精神状態だ。
放送が終わってから、どうにも調子がおかしい。
言葉に覇気がないし、ついさっきまで希望に燃えていた瞳に生気がない。態度だけは取り繕って平気な素振りをしてるが、強がりだってバレバレだぜ。
どうして無理して強がるのか――なんて、そんな野暮なこたぁ聞かねェ。どうせこいつはあたし達に心配させたくないとか、そんなことを考えてるに違いない。

「落ち着け、亦紅」

遠山が亦紅を静止しようと声を掛けるが、こいつもこいつで覇気が感じられない。
相手がガキだからあまり強く言えないのか? 悲しんでる亦紅を見るのが辛いのか?
そうだとしたら、バカバカしいこった。
師匠曰く、間違った道に進もうとするガキを止めるのも大人の役割だぜ。悲しんで現実から目を逸らしてるヤツに柔らかい物腰で落ち着けなんて言っても何も変わりゃしねーよ。

「ワールドオーダーの言葉は現実で、冗談なんかじゃないぜ。死んでないヤツの名前呼んでも、実は生きてましたーってバレた時にあいつが実は大したことない嘘吐きだって思われるだけだろ。
 最初にテメェの能力誇示するようなヤツが、そんなリスク負ってまで死んだヤツの発表程度で嘘吐くかよ」

「やめろ、珠美。亦紅はまだ少女だ」
「それがどうしたよ。相手がガキだからって手加減出来るほど、あたしは出来た人間じゃないってわかんだろ。
 おい、亦紅。あんたが今言ってることは、ダチへの侮辱と変わらないぜ」

「侮辱? デタラメ言わないでください。ルピナスのことを知らないボンガルさんが、どうしてそんなことわかるんですかッ!」

「ああ、あたしは全くこれっぽっちも知らねェよ。以前にりんご飴からルピナスって名前は聞いたことあるけど、精々そんくらいだ。
 だけどよ、ダチはあんたに何かを託して逝ったかもしれない。勇気を振り絞って悲劇に立ち向かったかもしれないんだぜ?
 そんなダチを見捨てて、あんた独りでくだらねえ幻想に逃げるっていうのかよッ!」

あたしはルピナスのことあまり知らないけどよ、あんたのダチはそういうヤツなんだろ。
それならどうして、そんな悲観的なことばかり考えてんだよ。
こいつはまだガキだし、ダチが死んで泣くなって言うつもりはない。涙ならいくらでも受け止めてやるさ。
でもよ―――ダチの死から目を逸らして冗談呼ばわりするのはダメだろ。
それはダチの存在を否定してるようなモンだ。どんな生き様をしても、どれだけ胸を張って最期を迎えても冗談なんて安い言葉で一蹴されるだなんて、死んだヤツが報われないだろうがよ。
本当にダチを信じてるなら、あんたがやるべきこたぁ主人公が死んで自慰に耽る悲劇のヒロインごっこなんかじゃないはずだぜ。


955 : 名無しさん :2014/11/03(月) 22:47:51 tglgadSg0

そんなことにも気付けないくらい悪夢にうなされてるなら―――この火輪珠美様が直々にあんたの目を醒ましてやらなきゃなァッ!

「幻想なんかじゃ、ない。ルピナスは生きてます。今もどこかで、笑っているはずです。彼女はこんなところで死んだら、いけないんだッ!」
「いいや、ルピナスは死んだ。これは冗談なんかじゃねえ、事実だ」

現実から目を背けても、意味なんざない。一時的に幻想に逃げても、死体でも見て真実を知らしめられた時に後悔するだけだ。
真実を突き付けられて反論しようとする亦紅の口を強引に塞いで、あたしは言葉を続ける。

「だけどよ―――身体は死んでも、想いは生きてるはずだぜ。
 それなのに、ダチのあんたがその想いまで殺してどうするんだよ。誰もあいつの遺志を受け継ぐヤツがいないんじゃ、本当に無駄死じゃねーか。
 本当にルピナスを大切なダチだと思ってるなら、想いの一つや二つ背負ってやれよ。何が原因で散ったのかは知らねーが、戦死したヤツの最期を冗談で済ませるなんて最大級の侮辱だって言ってるんだよ」

「想いを背負えなんて、無茶言わないでくださいッ! 私はルピナスみたいに優しくないし、元は殺し屋なんです。
 そんな私が誰かを守ろだなんて、博士やルピナスを守ろうだなんて―――それ自体が間違えだった。感情さえなければこんな哀しい想いをしなくても「―――ざッけんな!」

ふざけたことを言い始めた亦紅の頬を、すべて言い終える前に引っ叩く。
亦紅と遠山は呆然とした表情であたしを眺めてるが、そんなことで引き下がるつもりはない。

「感情があるからあたしとあんたは拳を交えることが出来たんだろうがッ!
 それによォ、あんたに感情がなかったら、誰がルピナスの死を哀しんでやれるんだよ。
 誰があいつの想いを継いでやれるんだよッ! ミルとかいう博士は、誰が守るんだッ!」

「それは、わからないです。わからないけど、でも、この感情を――溢れ出る哀しみを私はどうすればいいんですかッ!」

「もう幻想に逃げるのはやめにしようや。何も独りで無茶してルピナスの想い全部を背負え、なんて言わないからよ。
 あんた独りで辛いならあたしが居る。遠山もいる。だから分けろよ、あたし達は拳で語り合った仲だろ? 一緒に強敵に立ち向かった仲間(ダチ)だろッ!
 哀しいことがあって泣きたいなら、あんたの涙くらいあたしが受け止めてやっからよ。だから独りで溜め込むなよ。泣きたいくらい悔しくて、哀しいなら、豪快に泣け。
 互いに感情を隠すことなく接するのがダチって――」

そこまで言い掛けて―――

「拳で、語り合った、仲間(ダチ)、ですか」

気付けば大粒の涙を流して泣いている亦紅がいた。
気取らず、強がらないこいつの姿は、どことなく可愛いと思わないでもない。

「おう、それでいいんだよ。ガキが強がって泣くのを我慢したりするもんじゃないぜ」

涙は明日の為に流すもんで、恥ずかしがるようなモンじゃない。
生き物は泣いて成長するもんだ。悔し涙、嬉し涙、感涙、号泣―――種類は色々あるけど、そのどれもが欠かせない、らしい。
いつしかあたしにそんなコトを言ってた師匠(バカ)は死んじまったけど、その魂は今もあたしの中に生きている。
そして、きっと、いつか―――

「ハッ。あんたの気持ち、今になってようやくわかった気がするぜ」

泣き喚く亦紅の頭をぐりぐり撫で回しつつ、そんなことを独りごちる。
師匠が弟子を好きになることに、理由なんざない。
当時は意味不明だった師匠の言葉が、ようやくわかった。あのバカはこんな気持ちであたしを見てたのか。

「亦紅、ちょっと手出せ」
「こうですか?」

亦紅の手に、あたしの手を重ねる。
思いのほか小さな掌に、やっぱりこいつは強がっていてもガキなんだと実感する。
こんなコトをするのは生まれて初めてだが、亦紅が相手なら悪かない。むしろ最高だ。

「あたしのはでかいぜ。気合い入れて受け止めろよ、亦紅―――ッ!」




956 : 名無しさん :2014/11/03(月) 22:48:45 tglgadSg0

「すごく、大きいです……。って何するんですかボンガルさん!」

目を覚ました私の第一声は、そんな他愛のないツッコミだった。
掌が少し暖かい。私が起きたことに気付いたのか、未だに手を握っていたボンガルさんがさっと手を退ける。

「お、おうっ! いい夢見れたかい、亦紅」
「巫女服の人が私の手をぎゅっとしてる夢を見ました」
「それは夢じゃないぞ、亦紅。吸血鬼部分だけ死んだという言葉から珠美はお前の心配をしたのか、薬草を使ったり、ずっと手を握って「言うなっつったろバカ!」
「何故恥じる。亦紅を弟子にすると言っていたが、下心でもあったのか?」

そんなことを真顔で話す遠山さん。
悪気はないんだろうけど、それはかなり危うい発言だと思いますよ。
それにしてもこの人、たまに天然でさらっとすごいことを言うから油断出来ない。
っていうかボンガルさんの弟子になるなんて初耳ですよ!

「そんなんじゃねーよバカ! ただ、こういうのはちょいとあたしのキャラに合ってないっつーか!
 つーかだっ! そんなことよりっ! 亦紅、あんたちょいと線香花火を作るように念じてみろ」

そう言い終えて、すごい勢いで水を飲み始めるボンガルさん。
とりあえず指示に従い線香花火を思い浮かべ、それを現実に創造するよう念じてみる。
力の説明書は手元にないし、力の条件、使用法、詳細なんかまったく知らない。
それでも、魂で理解出来る。もしかしたら、私は既にボンガルさんの弟子になっていたのかもしれない。

刹那――小さな線香花火が、私たちの絆を祝福するように気高く咲き誇っていた。

「綺麗な線香花火だ。戦場に咲く花とは、かくも美しきものなのか」
「契約成功。これで亦紅はあたしの弟子だぜ。ある条件を満たすまでは全力の花火は無理だが、ないよかマシだろ」
 つーか遠山、あんたはポエマーか何かか」

弟子、か。さっきボンガルさんに言った夢の内容は当然、嘘だ。
本当はルピナスと少しだけ会話をする夢を見ていた。夢の中でもルピナスは相変わらずで、私に物語の続きと彼女の想いを託してくれた。

これから続く物語の結末はわからない。
この先に更なる悲劇が待ち受けているかもしれない。博士を守り切れるという保証もない。
だけども―――自分がハッピーエンドを目指さなくちゃ、幸せな結末なんて訪れるハズはない。
だから私はルピナスに託された物語を紡いで、ハッピーエンドを目指すんだ。この先にどんな困難が待ち受けていても、遠山さんとボンガルさんが一緒なら絶対に切り抜けられると信じているから。

線香花火を眺めて感心している遠山さんと、どこか勝ち誇ったような表情をしているボンガルさんに、私は問いを投げかける。

「遠山さん、ボンガルさん―――私と一緒に幸福な結末(ハッピーエンド)を目指してくれますか?」
「たりめぇだろ。平和になんざ興味ないけど、アンタが望むならアタシはいつまでも一緒に戦ってやるよ。
 だから遠慮せずに地獄の果てだろうが、なんだろうが、好きに連れてけや。あたしはあんたの師匠なんだぜ」

―――亦紅は見込みのある女だ。こいつは口だけの臆病者(ざこ)と違って、強敵が相手でも堂々と対峙出来る勇気の持ち主だ。
遠山や亦紅本人は知らないだろうけどよ、森茂と対峙してまともに戦えたヒーローってあまり居ないんだぜ。どいつもこいつも本人を目の前にするとビビって逃げ帰るらしい。
口では人を助けるとか平和の為とか言ってる連中が、敵前逃亡なんて笑える話だ。田外甲二とかいう才能だけのヘタレはジャパン・ガーディアン・オブ・イレブンの癖に小便漏らして帰ってきて、ありゃもう最高のギャグだったな。
ま、あいつはりんご飴にオカマのレッテル貼ってタイマン挑んだ癖に惨敗してるようなヤツだから一種のギャグキャラみたいなもんか。
あたしにはヒーローってのがよくわかんねえけど、天才だとか神童って、そんなくだらねえ御託を並べてデカく見せようとしてる田外甲二(かませいぬ)よかりんご飴や亦紅、遠山の方があたし的にゃよっぽどヒーローしてるぜ。

「ま、そういうこったから改めてよろしく頼むぜ。ヒーロー見習い」

宇宙人、機人、悪党、怪人、魔王、邪神。
上等じゃねえか。弟子が望むならそいつら全員ブッ倒してあのガキと祭りの主催者を殴り飛ばしてやるよ。
元からあたしは祭りを愉しむつもりなんだ。それに弟子の頼みが加わっても負担になるわきゃねーだろ。

―――少女の覚悟を見届けたヒーローは、ニッと笑って拳を突き出す。


957 : 名無しさん :2014/11/03(月) 22:49:35 tglgadSg0

「無論だ。亦紅、お前が未来を望むのならば―――俺はお前の未来を切り拓く剣となろう」

現代最強であり続けることを望んだ剣術家は、少女の未来を切り拓くことを誓った。
その願いは容易に叶うものではない。現に亦紅の親友、ルピナスを初め多くの犠牲者が出ている。
されど、その道が困難を極めるものであっても、不可能ではない。
そこに1%でも可能性があるのならば、それを無理矢理こじ開ければいい。可能性が無くとも、作り出せばいい。
今の自分には希望を灯した少女と肝の座った益荒女がいる。背中を預け、共に戦う仲間がいる。

ゆえに不可能という言葉は存在しない。そんな戯言は、己が剣で斬る為に存在するのだ―――ッ!
我ながらなんとも滅茶苦茶な理論だと苦笑したくなる気持ちを抑え、遠山も拳を突き出す。

「後はあんただけだぜ、亦紅」

「決まってるじゃないですか。ワールドオーダーが絶望の物語(バッドエンド)を作り出そうとしているなら、私はこの手で望む物語(ハッピーエンド)を切り拓きます。
 それは独りでは難しいことかもしれないけど、仲間と一緒なら、神や悪魔が相手でも戦えるはずですから」

遠山と珠美の顔を一瞬眺めた後、ぐっと力強く拳を突き出す。
そうして鳴り響くは、友情賛歌。この絶望的な状況でも諦めない三人が生み出した、勇気の音色。
これからも終わることがない無限の未来を心に抱き、少女は巨悪に立ち向かうことを改めて誓う。
気付けば亦紅の瞳には、希望の光が先よりも強く、凛と輝いていた。

「一本の矢で打破出来ない状況でも、互いに信じる者が束になればそれは忽ち強固な矢となり、どんな絶望をも撃ち抜く武器と成り得る。
 現に俺たちは三人の力で森茂を退けた。そして一度束ねられた矢が離れることは二度とない」

彼らが森茂に勝つことは出来たのは、三人の力が合わさった結果だ。
遠山が活路を見出し、亦紅の存在を肯定した。
亦紅が遠山の意志を継ぎ、森茂に決定打を加えた。
珠美が絶望的な状況をひっくり返し、亦紅に助力することで決定打を与えることに成功した。

「手を貸してくれるかとか、今更そんな水くせぇこと聞くなよ。嫌だと言われても勝手に追いかけるつもりだったぜ、あたしは」
「その通りだ。先のやり取りで珠美が仲間と言っていたのを、忘れたわけではあるまい」

皆の瞳に迷いはない。
この場にいる三人、その誰もが未来を見据え、幸福な結末(ハッピーエンド)を目指している。
ワールドオーダーに彼我の圧倒的な差を見せ付けられても、彼らの剣(こころ)は折れたりしない。
いや―――何度折れても、そこから不屈の精神で立ち上がることだろう。
サイパスに惨敗した遠山春奈が現代最強の剣術家として蘇ったように。
亦紅がルピナスの死を乗り越え、より一層決意を固めたように。
珠美に至っては、強者と出会うことで闘争心を燃え上がらせている程だ。

「三人でワールドオーダーぶっ飛ばして、祭りにでも行こうや。遠山の奢りでっ!」
「うわー。やけに遠山さんの奢りを強調しましたよ、この師匠」
「うむ。珠美は少々欲望に忠実すぎるな。亦紅はこんな下品な女にならないように」
「おい、丸聞こえだぜ。自称現代最強と自称元男!」
「自称ではない。俺は現代最強の剣術家だ。それを此度の戦で証明する」
「私も自称じゃないですよ。本気と書いてマジってやつです」
「いや、亦紅が元男だというのは俺も自称だとしか思えないのだが……」

皆の希望が未来を切り拓き、深淵の闇をも特大の花火で打ち砕くことが出来ると信じて三人は歩き始める。
天から見守る太陽が、亦紅たちを元気付けるように燦々と照り輝いていた。


958 : 名無しさん :2014/11/03(月) 22:50:19 tglgadSg0

【I-4 泉周辺/朝】
【亦紅】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ、マインゴーシュ、風切、適当な量の丸太
[道具]:基本支給品一式、銀の食器セット
[思考・行動]
基本方針:ワールドオーダーを倒し、幸福な物語(ハッピーエンド)を目指す
1:博士を探す
2:サイパスら殺し屋組織を打破して過去の因縁と決着をつける
3:首輪を解除するための道具を探す。ただし本格的な解析は博士に頼みたい
※少しだけ花火を生み出すことが出来るようになりました

【遠山春奈】
[状態]:手首にダメージ(中)
[装備]:霞切
[道具]:基本支給品一式、ニンニク(10/10)、壱与の式神(残り1回)
[思考・行動]
基本方針:現代最強の剣術家として、未来を切り拓く
1:現代最強の剣術家であり続けたい
2:亦紅を保護する
3:サイパス、主催者とはいつか決着をつけ、借りを返す
4:亦紅の人探しに協力する
※亦紅が元男だということを未だに信じていません

【火輪珠美】
状態:ダメージ(中)全身火傷(小)能力消耗(中)
装備:なし
道具:基本支給品一式、ヒーロー雑誌、禁断の同人誌、適当な量の丸太
[思考・行動]
基本方針:祭りを愉しみつつ、亦紅の成長を見届ける
1:亦紅、遠山春奈としばらく一緒に行動。
2:祭りに乗っている強い参加者と戦いを愉しむ
3:祭りに乗っていない参加者なら協力してもいい
4:会場にいるほうの主催者をいつかぶっ倒す
※りんご飴をヒーローに勧誘していました
※亦紅に与えた能力が完全に開花する条件は珠美が死ぬことです


959 : 名無しさん :2014/11/03(月) 22:54:54 tglgadSg0
投下終了です。
亦紅とルピナスが話す夢を全カットした上に推敲が甘いので後々wikiで加筆修正すると思います
番外編でボンガル師匠の話を書く可能性あり


960 : 名無しさん :2014/11/04(火) 16:34:22 nlP14UTc0
投下乙
やっぱこいつらには多少のことが会ってもすぐに直る安定感があるな
しかし本当にルピナス意志は生きてるんだよな…悲しいことに…
おまけにミルも先が暗いしまだまだ前途多難だな


961 : ◆H3bky6/SCY :2014/11/09(日) 21:53:08 hqYbgiM.0
拳正とユキ投下します


962 : 氷柱割 ◆H3bky6/SCY :2014/11/09(日) 21:53:46 hqYbgiM.0
ミロさんを怒らせ、ロバートさんを殺してしまった。
私はその場から動くこともできず、俯いたままでいた。
どれくらいそうしていただろう。
泣き疲れて少しだけ顔を上げてみれば、目の前には自分の責任で死んでしまったロバートさんの死体があった。

「ッ…………!」

私はそれを直視できずに目を逸らす。
そして、私はその場から離れていってしまった。
自らがしでかしてしまった罪から逃げるように。

『おはよう。朝だね』

どこからともなく聞こえる声に私は足を止めたのは、それからしばらくしての事だった。

「……………えっと」

頭が働いていないのか。
それがあのワールドオーダーとかいう男の言っていた放送だと気付くのに、少しだけ時間がかかってしまった。

『重要な事なので忘れないよう、支給物に筆記用具があるからそれでメモしておくといい』
「そうだ、メモ…………メモしないと」

殆ど言われるがまま、働かない頭のままメモを取り出す。
そして、聞こえる声の通りに禁止エリアを書き記していった。
何も考えずただ、聞こえてくる声を書くだけの作業に没頭する。
そうしている間は何も考えなくて済んだから、少しだけ気が紛れた気がした。

『では続いてお待ちかねの死者の発表へと移ろうか』

死者の発表。
その言葉に、心臓が跳ねた。
これまで止まっていた思考が蘇り、私の体は固まったように動かなくなる。

01.茜ヶ久保一

最初に呼ばれた名前は私のよく知ってる名前だった。
同じ悪役商会の一員。
そりゃあ仲が良かったかと問われれば、困ってしまうような仲だったけれど。
死んでいいと思えるほど致命的に険悪という訳でもなかった。

無謀に敵に突っ込んではしぶとく生き延びる。
そんな人だったから、そうなったかと納得する思いと、こんなにあっさり死ぬだなんて信じられないという思いが同時にあった。
ただ、もう会えないのかと思うと、不思議と寂しいと感じられた。

04.麻生時音
05.天高星

連続して呼ばれるクラスメイトの名。
ああ、彼らも、死んでしまったのか。
彼らはなんの力もない一般人だった。
そんな彼らがこんな地獄に放り込まれれば、こうなってしまうのは必然だったのだろう。
決してそうは思いたくはないけれど、頭の隅でどうしてもそう思ってしまう。

23.クロウ(朝霧舞歌)

ガツンと、本当に後頭部を殴られたような衝撃が奔った。
その場に崩れ落ちるように座り込む。

もしかしたらと、いう不安がなかったわけじゃない。
彼女を一人残した時点で、この可能性を少しも考えなかったといえば嘘になる。
けれど、約束をしたのに。
形見となってしまったリボンをギュッと握りしめる。
血がにじむほどに強く。

54.半田主水

その名前が呼ばれたことに、先ほどとはまた違う衝撃を受けた。
舞歌の事は心の底で最悪の事態として予測はしていたけれど、今度は予想もしていなかった。
強く賢い人だった。そして優しい人だった。
優しすぎて、悪党には向いていないじゃないかと思ってしまうような、そんな人だった。

そんな半田さんが死ぬなんてとてもじゃないが信じられない。
これも、舞歌の事だって何かの間違いなんじゃないかという思いが頭をよぎるが。
そんなわけがないと、私は心のどこかで認めていた。
こんな時でもそんな考えしかできない自分が心底嫌になった。

73.ルピナス
74.ロバート・キャンベル

最後に。
呼ばれると知っていた自ら原因で死んでしまった相手の名と、呼ばれるとは思ってなかった最愛の友の名を聞いた。

そこで私の思考は完全に停止してしまった。


963 : 氷柱割 ◆H3bky6/SCY :2014/11/09(日) 21:54:56 hqYbgiM.0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

そこから先はいまいち記憶が定かではない。

はたと気づいた時には周囲の風景は先ほどまでとは変わっていた。
どうやら銃で撃たれた足の痛みすら忘れて、私はトボトボと歩き回っていたようだ。

「…………寒い」

知らず呟く。
どこをどう歩いたのか。
どれくらいそうしていたのか。
数分だったのかもしれないし数時間だったのかもしれない。
何もかもが曖昧だ。

ふらふらと歩いていた割に、近くだった禁止エリアに足を踏み入れなかったのは悪運が強いなと思う。
誰かに狙われていたらきっと成す術もなく殺されていたに違いない。
いや、いっそ、そうなっていればどれだけ楽だったのか。

「……ぉぃ」

頭痛のような目眩に頭を押さえた。
思考を取り戻したせいで、色々なことが思い返される。
いっそ誰も死んでいないと現実逃避できれば楽だったのに、頭の奥底の冷めきった自分が全ては事実だと告げていた。

舞歌もルピナスも、茜ヶ久保くんも半田さんも、みな死んだ。
死んでしまった。
それに、自分が余計な事をしたせいで、死んでしまった人がいて、

「おい、水芭――――!」
「――――はい!?」

怒鳴りつけるような大きな声が思考を中断せさた。
私は反射的に返事をして、慌てたように振り返った。

「あ、え? 新田…………くん?」

振り返った先。
そこには見知った顔があった。
クラスメイトの新田拳正くんだ。
そう言えば彼の名も名簿の中にあったっけ、などと働かない頭でぼんやりと思い返す。

「ったく。さっきから呼んでんのに、なにぼけーっとしてんだよ」

どうやら何度か呼びかけていたらしく、中々気付かかった私に呆れているようだ。
そして振り向いたこちらをまじまじと見つめた後、何か怒ったような顔をしながら近づいてきた。
いや、気付かなかったのは何というか申し訳ないけれど、そんな怒ったような顔をしなくたっていいじゃないか。

「見せろ」

そう言って近づいてきた新田くんが私の肩と腰にスッと手を掛ける
何を、と抗議する暇すらなかった。
ストンと体から力が抜けて、ふわりと強制的にその場に座らされた。
そして彼は何の遠慮もなく私の右足を手に取り、靴と靴下を脱がせて生足に触れてきた。
どうやら彼は傷を見ているようだ、足からの出血を放置してるの見て怒っていたらしい。

「痛…………ッ」
「我慢しろ。ったくこんな血だらだら流しながら歩いてんじゃねぇよ」

傷口付近を触られて麻痺しかけていた痛みが再び蘇る。
こんなに悲しいのに、傷は痛むものなのか。
その事実がなんとなく空しく感じられた。

「弾は残ってねぇみたいだな。掠めただけか。肉は抉れてるけど…………血は殆ど止まってんな」

新田くんは傷口を見て不思議そうにそう呟いた。
それはそうだろう。既に傷口付近の血管の先端は凍らせてある。
今垂れ流しているのは、さっき呆けてる間に緩ん分だろう。
肉が抉れるほどの深い傷にもかかわらず、血が殆ど流れていないという奇妙な傷口を不信がっていた。

「まあ歩けてたみたいだし、とりあえずは問題ねぇか」

だが、物事を深く気にする性質ではなかったのか、そう言って締めくくると傷口にハンカチを当てた。
傷口を圧迫するように押さえつけた後、上からクルクルと包帯代わりの布きれを巻いてゆく。
そして、足の傷の処置が終わると、彼はこれまた遠慮なく私のおでこにさわり前髪をかきあげ、そこにある額の傷を確認してゆく。
私の不注意でついた傷、ミロさんにつけられた傷を。

「頭の傷はちょっと深えが、見た目ほどじゃねぇな。
 ま、傷跡は残るだろうが大したことなさそうだな」

言いながら、ペットボトルの水で簡単に傷口を洗って手当を済ませる。
顔に傷跡が残るというのは女子的には大した問題なのだが。
その辺のデリカシーを彼に求めても仕方ないだろう。

「うっし。他に痛むところはねぇな?」
「…………え、うん。ありがとう」

なんだかあれよあれよと応急手当てをされてしまい、反射的にお礼を言ってしまった。
別に、私の傷なんて手当てする必要なかったのに、余りにも手際が良すぎて抵抗する暇がなかった。


964 : 氷柱割 ◆H3bky6/SCY :2014/11/09(日) 21:56:15 hqYbgiM.0
「ったく、らしくねぇな。
 んな状態でボーっと歩き回ってんじゃねえよ。
 いつもの氷みてぇな冷静さはどうしたんだよ」

覇気のない私を叱咤するように新田くんは言う。
その言葉で、私は自分の置かれてる状況を思い出してしまった。
ジワジワと私の中から黒いものが込み上げてくる。

「冷静さ…………? 何それ? 冷静でいられるわけないでしょ!?
 新田くんだってあの放送を聞いたんでしょ? 死んじゃったのよ!? みんなが! 舞歌も……ルピナスも…………。
 むしろなんであなたはそんな平然としていられるの? 悲しくないの!? 悔しくないの!?」

徐々に声が上ずる。
自分の中でもヒートアップしていくのが分かる。
目の前の相手に、声を荒げて八つ当たりのような叫びをぶつけた。
それに対して彼は怒るでもなく、普段と変わらぬ調子で答える。

「そりゃ俺だって悲しいしとは思うさ。けど、悲しいだけだ。
 今それを悔やんだところで、どうこうなるもんでもないだろ」

どうにもならない?
本当にそうなのか?

「あなたは、自分がもっと頑張っていれば、死ななかったんじゃないかとか思ったりしないの?」
「思わねぇよ。こんな広いところで、出会う事も出来なかった奴を助ける事なんて、誰にだって無理だ。
 自分が居もしなかったところで死んだ人間の事を悔やんで、その後悔に、何の意味があるんだよ」

自らの失点を悔やむことに意味はないと。
いや、それは失点ですらないと彼は言っていた。

確かに私はルピナスの死に関わることすらできなかった。
今も彼女がどこでどう死んだのか、そんな事すらすら知らない。
そんな自分が、彼女の死を回避するには、こんな事態を起こす前にワールドオーダーを仕留めるしかないだろう。
それは実質不可能なことである。

ならば確かにルピナスの死に、私が余計な重みを感じる必要はないだろう。
だから感じるのは悲しみだけ。悲しいだけ、か。
けれど、私の場合は、舞歌の場合は違う。

「違うわ。私は、出会う事も出来なかった訳じゃない……ッ。
 私は舞歌と出会ったのよ、ここで! この場で!
 だから、私は舞歌を助けることが出来た! 出来たはずのなのよ!
 なのに、なのに私は…………! 私は、私は敵の前に舞歌を一人で置いてきてしまった…………」

後悔に両手で顔を覆う。
舞歌はきっと、あの敵の強大さを理解していた。
だから、私を護るために足止めを買って出たんだ。
私は、そんなことも分らなかった。

私があの場で判断を誤らなければ、もしかしたら舞歌は死ななかったのかもしれない。
意地でも一緒に戦うべきだった。
あれでは、見捨てたも同然だ。
私は舞歌を、一人きりにしてしまった。

「舞歌を、見捨てるくらいなら、私は…………ッ!」

例え一緒に戦たせいで、あそこであの強敵に敗れたとしても。
例えともに逃げる道を選択し、後ろから切られてしまっても。
彼女を、失ってしまうくらいなら。

「…………一緒に死にたかった」

それが私の本心だった。
自らの死など怖くはない。
死ぬ覚悟など、悪党商会の仕事をした時から、とうの昔に決めている。
それよりも、失ってしまう事の方が私にとっては何倍も恐ろしかった。

「バカかテメェは」

つまらなさげな声で。
そんな私の本心を、新田くんは吐き捨てるように切り捨てた。

「よくわかんねぇけど。朝霧はお前を守ろうとして、お前はこうして守られたんだろ。だったらそれでいいじゃねぇか」
「ッ!? いいわけないでしょ!」

平然とした声で、舞歌の死をそんな風に――!
殺意にも似た怒りを込めて目の前の少年を睨みつける。
だがその視線に怯むでもなく、彼は言葉を続ける。


965 : 氷柱割 ◆H3bky6/SCY :2014/11/09(日) 21:57:19 hqYbgiM.0
「いいんだよ、それで。
 助けられたんなら素直に助けられたことを受け入れてろ。
 喜べとまでは言わねぇけど、せめてシャンと前向いて歩け。助けられた側にできる事なんてそんなもんだろ」
「なに、よ。それ。
 …………無理よそんなの。みんながいないのに、前を向いてなんて歩けない」

独りになるのは嫌だ。
みんながいるから、私は笑っていられるんだ。
みんながいないと、私は立ってすらいられない。
みんなを失った私に、どうやって前を向いて歩けと言うのか。

「誰だってそうでしょ?
 あなただって親しい人間が誰も死んでないからそんなことが言えるのよ。
 あなたもし恋人が死んだとしたら、同じことが言えるの?」

こちらの発言の何かに引っかかったのか、僅かに首を傾げるがすぐさま気を取り直してこちらに告げる。

「親だろうと兄弟だろうと恋人だろうと同じだよ。
 誰が死んだって、それは受け入れるしかない事だ」

そう、何の迷いもなく断言した。
それはきっと彼にとっての真実なのだろう。
そう思わせるに足る、意思の篭った言葉だった。

けれど、私はそんな風に簡単に受け入れられない。
悲しみも後悔もどうしても抱いてしまう。
そんな生き方は、できない。

「私にはそんな風に簡単には割り切れない。
 誰もがあなたみたいに、強い訳じゃないのよ」
「強い? こんなのは普通だろ」

当たり前の事のように言う。
それは驚くべきことに謙遜ではなく、彼の本心からの言葉だった。

「…………それ、本気で言ってるの?」
「本気だよ。別に腕っ節の話をしてる訳じゃねぇんだろ。
 人は死ぬぞ。誰だってそれを、受け入れながら生きてくしかないんだ」

人は死ぬ。
それはそうだろう。
産まれた以上、それは当たり前のことだ。
そんなことは誰だって、私だって知っている。

だけど違う。
こんなのは違う。
こんな死に方は、余りにも違うだろう。

「受け入れられるわけないじゃない!
 殺されたのよ!? こんなわけのわからない所で!
 誰だってみんな、こんな理不尽に死ぬために生きてるわけじゃない!」

こんな理不尽に殺されるなんてあってはならない事だ。
死ぬにしたって、こんなのはあんまりじゃないか。

「別にそれも、珍しい事じゃねぇだろ。
 殺人事件なんてそこいらで起きてるし、事故で死ぬこともある。通り魔に刺されることもあるかも知れねぇ。
 ただここで、それがそうあったってだけの話だ」

死に貴賤はないと。
どんな死に方でも同じことだと、彼は言っていた。

「…………そう。強いんじゃなくて、イカれてるのね、あなた」

2年間クラスメイトをやっていたが気づくことのできなかった新田拳正の異常性。
それが先天的なモノか後天的なモノかは知らないけれど。
日常生活ではそれに触れる機会がないから露わにならなかっただけで、彼は生死感だけが狂ってた。
あるいはそれは人生を生き抜いた老人の様な達観の境地なのかもしれないけれど、少なくとも私にはそうとしか思えなかった。

「……新田くん、私はあなたのそういうところが大嫌いよ。
 自分の強さに無自覚で。他人にもその強さを押し付けるところが」
「人をバカみたいに言うなよ。俺だって自分の立ち位置くらいは理解してるつもりだぜ?」
「どうだか」

知らず刺々しい言葉になっていた。
目の前の相手に、苛立っているのが分かる。


966 : 氷柱割 ◆H3bky6/SCY :2014/11/09(日) 21:59:17 hqYbgiM.0
「だいたい、もう私には、堂々と面を上げて生きていく資格なんてないのよ。
 私は、人殺しの悪党なんだから」

全てを諦めたように自嘲しながら、私は罪を告白する。
その告白に、新田くんが目を細めた。

「殺し?」
「そうよ。私は人を、何の罪もない人間を死に追いやってしまったのよ?」

そうして私は、私の罪を語った。
きっと彼は私を軽蔑するだろう。
彼だけではない。
友達に嫌われて、もう二度とみんなと一緒にいられない。
きっと私は一人になる。
それが私への罰。
罪は裁かれなくてはいけない。
そうでなければならないのだ。

「確かに、そのオッサンが死んだのはお前が悪い」

話を聞き終えた新田くんは第一声でそう言った。
その言葉の通りだ。
ロバートさんの死は私の責任で、私の罪である。

「それに、そのミロってガキも悪いし、そのオッサンも悪かった。それはそれだけの話だろ」

だと言うのに、彼は私の罪を、ただそれだけと言い切った。

「それだけ? 人が死んだのよ? 私がいなければ死ななかった人がいたのよ…………?
 それをあなたは、簡単に赦すっていうの?」
「赦すも何もないだろ。別には俺はそのオッサンの身内でも警察でもないんだからよ。
 そのオッサンが恨んでない以上、その件に関してオレから言う事ぁ何もねぇよ」

いや、それは、そうだけれど。
だけど、それでいいのか?
悪意がないから赦されるだとか、相手が納得していたら殺していいだなんて、そんな法は存在しない。
人殺しは悪であり。
罰せられるべき罪である。
そんな理屈が、まかり通るのだろうか?

「それでいいの? 私は人を死なせた悪党なのよ?
 そんなのが目の前にいて、怖くないの、気持ち悪くないの? 赦せないとは思わないの?」
「別に。善とか悪とか、んな細かい事は俺の知ったこっちゃねぇよ。
 そのオッサンが赦したっていうのが実は嘘で、お前が誰彼かまわず襲い掛かるつもりだった、とかでもない限り、俺には関係のない話だろ。
 だから――――責めも赦しも、俺に請うのはお門違いだ」

息をのむ。
真意を、見抜かれた気がした。

「ちがう、そんなんじゃ…………」

知らず、後ずさる。
頭を抱えて、その言葉を否定するように首を振る。

私はただ責められたかっただけなのか。
私はただ赦されたかっただけなのか。

私はただ、楽になりたかっただけなのか。

「じゃあなんで俺に言う。それを知った俺になんて言ってほしかったんだ?」
「それは…………」

言葉に詰まる。
本当にそうなのか。
私は、あれだけの事をしておいて、ただ自分が救われたいだなんて思っていたのか。

何て醜い。
私はこんなにも身勝手で醜悪な人間だったのか。

「…………ぅぁ」

頭が痛い。
どうしようもない己の醜さを突き付けられて。
逃げ場すら奪われた私はどうすればいい?

「お前が楽になるために、他の人間を利用するな」
「ぁあ――――っ!」

その言葉が、最期の引き金だった。
その瞬間、追い詰められていた私の理性は制御を失い、氷が暴走するように周囲を凍てつかせた。
私を中心にして、華の様に刃が咲く。


967 : 氷柱割 ◆H3bky6/SCY :2014/11/09(日) 22:00:56 hqYbgiM.0
しまった、と思った時にはもう遅い。
既に暴走気味に放たれた氷の刃が、一直線に目の前の相手へと襲い掛かる。
それは無力な相手の身を貫き、鮮やかな血の華を――――

「え?」

――――咲かせなかった。

目の前に広がっていたのは、砕かれ粉々となった氷の残骸と。
腰を落とし掌打を放った体勢をした新田くんの姿だった。
空手家が何本も積んだ氷柱を割るなんて映像はテレビか何かで見たことがあるが、それにしたってデタラメすぎる。

「うぉ。なんだ今の……!?」

新田くんが、驚きの声を上げて僅かに飛び退いた。
それは目の前にいきなり氷の刃が発生したことに対しての驚きだろう。
だとしたらそのリアクションは遅すぎる。

彼は目の前に迫った脅威に対して、驚いてから対処するのではなく、対処してから驚いていた。
順序がアベコベだ。どういう脳の構造をしているのか。

「今のはお前のアレか?
 いや驚いたぜ。前々から只者じゃないとは知ってたけど。んなことができるとはな」

何故か彼は感心したようにシミジミと頷く。
いやそれよりも、今彼は聞き捨てならない事を言わなかったか。

「前から、知ってた…………?」
「ん? ああ。だってお前、明らかに普段の身のこなしが素人のモンじゃないだろ。あとはそれで言ったら去年辞めてった朝霧もか。
 いや、バレバレだったぜ? 気づいてねぇのは九十九のアホくらいのもんだろ」

なんて、平然と当たり前の事のように言ってのける。
いや、そんなわけがあるか。
その辺は気を付けて生活してきたし、学校で異能を使ったことなど一度もない。

そもそも、ずっと一緒にいた私ですら、舞歌の正体に気づかなかったというのに。
こいつは普段、どういう視点でクラスメイトを見ているんだ。

「攻撃してしまったのはごめんなさい、謝るわ。
 けど、もう私のことは放っておいて…………」

そう言って彼の前から立ち去ろうとする。
今の私はどうしようもないほど不安定だ。
そう自覚できてしまう程、本当にどうしようもない。

「そうもいくか。んな状態ならなおさら放ってもおけねぇだろ」

だと言うのに、彼は当たり前のような顔を押して、私の行く先に立ち塞がった。

「いい加減にして。今のを見たでしょう?
 このままだと、私はあなたまで殺してしまうかもしれないわ。
 あなたの死まで、私に背負わせないで…………っ」

いい加減に目の前の相手へのイライラも限界だ。
私は私を、制御できる自信がない。

「殺す? 笑わせんなよ水芭。お前に人なんて殺せねぇよ」

だと言うのに、そう言ってバカにするように、こちらを嘲った。

「――――何ですって?」

明らかな挑発に、受け流す余裕のない私はさらに苛立つ。
苛立ちのまま、目の前の相手を睨み殺す勢いで睨み付ける。


968 : 氷柱割 ◆H3bky6/SCY :2014/11/09(日) 22:02:18 hqYbgiM.0
「あんな攻撃じゃ人は死なない。人間はそんな簡単には死なねぇんだよ、水芭」
「嘘よ。そんなのは嘘じゃない…………!」

半田さんも茜ヶ久保くんも。
舞歌もルピナスも。
お父さんも、お母さんも。
みんなみんな、死んでしまったじゃないか。
みんな簡単に、死んでしまったじゃないか!

「そうだな。けど、何の覚悟もないお前に殺されるほど人間はヤワじゃない」
「はっ。覚悟、何それ?」

笑える。
表の世界で生きている少年が、裏の世界で生きている少女に覚悟を説くのか。

「新田くん。あなたは知らないでしょうけど、私はね、とっくに人殺しなのよ。
 ここに来る前から沢山、殺してきた。殺す覚悟だって殺される覚悟だってずっとしてきたんだから」

悪党商会の仕事で、沢山の怪人を殺してきた。
殺す覚悟も、殺される覚悟だって、とうの昔にできている。
そんな私に何が足りないというのか。

「殺す覚悟? だったらなんでロバートとかいうオッサンの事を引きずってるんだよ」
「当たり前でしょ、あの人は何の罪もない人だったのよ!?」
「一緒だろ。何が違うんだよ」
「何ってそれは、私がこれまで殺してきたのは人に害をなす悪人で、」
「だからなんだ。何が違う、人殺しは人殺しだろ?」
「それは…………」

言われて、言葉に詰まる。
果たして何が違うというのか。

人殺しだから殺していいのか?
これからきっと人殺す相手だから殺していいのか?

もともと人間だった怪人もいたし。
生まれたばかりでまだ何もしてない怪人だっていた。

それでも私は殺してきた。
化物だから、人に害成す相手だから殺していいなんてルールもないのに。

そこで、よせばいいのにふと疑問に思ってしまった。
それなのに、これまで私がその重さに耐えられてきたのは何故なんだろう、と。

「なぁ水芭。お前、何のために戦ってるんだ?」

黙りこくっていた私に彼が問いかける。

「何のため? この喧嘩はあなたが売った事でしょう?」
「そうじゃねぇよ。これまでだって戦って来たんだろ? 沢山殺してきたんだろ?
 だったら、お前はいったい何のために戦ってきたんだ?」
「――――――――」

それは水芭ユキの根本を問う問いだった。
答えようとして、何も思い浮かばない事に気付いた。

私は何のために、戦ってきたんだろう?
復讐のため?
自分みたいな人間をこれ以上作らないため?
どれも本当だけど、そうじゃない。


969 : 氷柱割 ◆H3bky6/SCY :2014/11/09(日) 22:03:49 hqYbgiM.0
「……やっぱりお前は戦うって意味を理解してねぇよ。
 多分、朝霧は解ってた。うちのクラスで解ってんのは、あとは若菜くらいのもんか。
 あいつらならスグに答えられただろうぜ」

戦う意味。
それを、舞歌は解かっていたのだろうか?
だからクロウとして戦ってきたのだろうか?

「じゃあ、そう言うあなたは何のために戦っているっていうのよ?」
「戦うためだよ」

何の迷いもなく即答した。
戦うために、戦っている。

「なにそれ。そんなの答えになってないわ」
「そうかもしれねぇな。
 けど、つまるところ俺にとって戦いなんてそんなもんだ。
 高尚な理由なんて必要ないし、そもそも持っちゃいけねぇ。
 ただ、この拳を振った責任は全部自分で背負う、それだけだ」
「自分で、背負う…………?」
「そうだ。そしてお前が一番分かってねぇのはそこだよ。
 だから、それが分からないお前には人は殺せない、お前にできるのはせいぜい人を殺してしまう事だけだ」
「…………それの、何が違うって言うのよ?」
「意思だよ。殺意を持って戦ったかどうかだ」

睨み付けるようなその視線に、心臓がトクンと跳ねた。
彼はとっくに気づいている。
私がこれまで、理由すらわからないのに戦えてきた理由を。

私がずっと目を逸らしてきた、その事実に。

「お前に覚悟なんてないよ。自分が死ぬ覚悟はあるかもしれねぇが、殺す覚悟ができてない」

だから、言うな。

「なのにこれまで殺してきたってんならそれは」

その先を、言うな――――!

「お前は本当に、自分の意思で戦ってきたのかよ?」
「――――――ぁ」

それが答え。

お父さんが命じて、私はお父さんの殺意を実行するだけの手足だったんだ。
私はただ殺していただけ。
死の重さは、全てお父さんが背負ってくれた。
本当の両親の死だって、お父さんが背負ってくれた。

だから、ここに来て私は初めて人の死を背負ってた。
お父さんの命令じゃなく、私は私の責任で生まれた死の重さを感じていた。

だから、こんなにも、痛い。
その重さに、私はきっと耐えきれない。


970 : 氷柱割 ◆H3bky6/SCY :2014/11/09(日) 22:05:42 hqYbgiM.0
「ッ…………もういい。もうわかったから、もう私の事は放っておいてよぉ……。
 あなたは、私をイジめてそんなに楽しいの…………?」

こんなのはイジメだ。
慰めの言葉もかけず、傷口を癒すどころか抉り。
知りたくもない、自分の醜さにまで気づかされてしまった。
水芭ユキという人間を丸裸にしてしまった。

「別に楽しかねぇな。
 俺はただ、気に喰わねぇもんを気に喰わねぇって言ってるけだ」
「私の…………何が気に食わないって言うのよ」

震える声で問いかける。

「お前が朝霧やそのオッサンの死を、無駄死ににしようとしてるのがだよ」

鋭く怒りすらこめた瞳でこちらを見た。
こちらを非難するような声で彼はそう言った。

「無駄、死に?」

私が舞歌やロバートさんを?

「違う、そんな」

そんなつもりはない。

「今のお前はさ、逃げ出るだけだよ。何もかもから目をそらしてなかった事にしようとしてる。
 そんな事をしてもお前が楽になった気になるだけで、何の意味もないぞ」
「意味が、ない?」

私が楽になることに意味はない?
逃げても意味はないのか?

「逃げることは…………そんなに悪い事なの?」
「別に逃げること自体は悪手じゃねぇさ。戦力足りてないのに立ち向かうほうがバカげてる。
 けどな、逃げられない状況ってのはあるもんだ。逃げちゃいけない状況ってのもな」

今がそうだと、彼は言っていた。
つまり彼は真正面から、彼らの死を背負えと言っている。
私には、この重みは背負いきれないと言うのに。

「無理よ…………私にはできない」

舞歌に守られて生き延びても、彼女を失った私は死にたい。
正義を託されても、悪党である私にはそれを受け継ぐことなんてできない。
私には彼女のたちの遺志を継ぐことなんて、できない。

「お前の出来る出来ないなんて知らねぇよ。
 問題はするかしないかだ。自分から逃げ出してんじゃねぇよ。
 お前は守られて託された側だろうが。
 だったら素直に守られて託されてろ、そうでなければ無駄死にだ」

彼の言葉は正しいのだろう。
正しすぎて、間違った私には耐えられない。

「…………うるさい」

知らず、口からは氷のように冷たい声が漏れていた。

「うるさい、うるさいうるさいうるさい!!
 何も失ったことのないあなたに、何がわかるっていうのよッ!!
 そうしなきゃいけないで生きてけるほど人間は簡単じゃないのよ!!
 あなたに私の、何がわかるって言うのよ!!?」

私にできるのは耳を塞いで、癇癪を起した子供のように喚き散らす事だけだった。
そんな私に対しても、彼は一切の手を緩めなかった。

「だから、お前の気持ちなんて知らねぇよ。
 そいつらの死を、お前が足を止める言い訳にするな」

「うるさい! 黙れ黙れ黙れ、黙れ!」

「お前の弱さを、死人にまで押し付けてんじゃねぇよ」

「黙れええぇぇぇぇぇ!!!」

叫ぶように、鏃のような形の氷粒を無数に生み出す。
目の前の相手を強制的に黙らせるために、その全てを叩きつけるように放ち、氷矢を雨を降らせる。


971 : 氷柱割 ◆H3bky6/SCY :2014/11/09(日) 22:07:30 hqYbgiM.0
「狙いが甘えよ」

だが、ただ打ち出しただけの氷の矢は、そのことごとくが躱された。
氷の雨の中、彼は一歩、こちらに向けて歩を進める。

ああクソッ、思考がまとまらない。
集中が出来ない。
頭の中はぐちゃぐちゃだ。

「この………………っ!」

ならばと、今度は、どこに触れても突き刺さるウニのような氷の針鼠を生み出す。
全体を棘で囲んでいる以上、打撃で破壊することは不可能だ。

「脆すぎる」

だが、そんなことは知らないと、彼は何の躊躇もなく拳を振り下ろし、針の上から叩きつぶす。
形状が複雑だったためか、あっけなく氷棘は砕け散った。
棘が刺さり血塗れになった拳を全く気にせず、彼はまた一歩を進める。

何だこれは。
私は今、何いてにしている?
まるでブレイカーズの上級怪人とでも戦っている気分だ。

「話になんねぇよ。お前。何がしたいんだよ?」

何がしたい?
そんな事はこっちが聞きたい。

私は何をしているんだ。
何故、私はこんなところで。
こんな無意味な戦いをしているのか。

「分らない…………分らないわよそんなの! なんなのよ…………ッ!
 あなたは私に、どうしろって言うのよ!?」
「知らねぇよ。お前がどうしたいかなんて俺が知るか。そんな事はお前が決めろ。
 お前はどうしたいんだ、水芭。ここでうだうだ言ってんのがテメェの望みかよ」
「違う! 私は――――」

違う。そうじゃない。
私の望み。
私の望みは。

「お前は何のために戦ってんだよ」
「私は――――ッ」

また一歩、距離が近づく。

私は何を、何のために。

家族のように暮らしてきた悪党商会のみんな。
ずっと一緒に居ようと誓い合った親友たち。
もう顔も思い出せない両親。

いろんな人の顔が思い浮かぶ。
大事なものがあって。
失ってしまったものがあった。

彼が歩を進める。
距離は既に、手の届く範囲にまで近づいていた。

「私は、私はただ――――――!」
「ただ何だよ、何が望みなんだよ、水芭ァ!?」

怒鳴りのような声。
それに私は。

「私はただ――――みんなと一緒に居たかった!
 誰も、失いたくなかっただけなのにッ!」

悲鳴のように叫ぶ。

だから。

それだけだったんだ。

それだけだったのに。

父さんも母さんも。

みんないなくなってしまう。


972 : 氷柱割 ◆H3bky6/SCY :2014/11/09(日) 22:10:23 hqYbgiM.0
「独りは嫌なの…………寂しいのは嫌なの…………!
 みんながいなくちゃ…………ダメなの。
 私は誰にも、いなくなってほしくなかったのに…………」

その場に崩れ落ちて、グチャグチャに涙を流しながら、心中を吐露した。
そしてそのまま、子供の様に泣き喚いた。

結局、私は今も独りぼっちの子供だった。
お父さんとお母さんが殺されて独りぼっちになってから、私の時は凍ったまま。
取り残されて泣いている子供のままだ。

心が寒い。
体は寒さなんて感じないくせに、心は人一倍寒がりなんだ。
誰かのぬくもりを感じていないと、寒さで凍えてしまいそうになる。

なのに、私の大事なモノは消えていく。
大事に大事に手の中で守っていたはずなのに、
いつの間にか氷は解けて、水となって私の手の中から零れ落ちてしまう。

それが嫌だった。
そうならないために、私は今の居場所を護るため必死だった。
だというのに、現実はいつも私から全てを奪っていく。

泣き崩れる私の様子を、慰めの言葉も掛けず、ただ黙って見守っていた。

「ねぇ…………新田くん、教えてよ。
 苦しいの、辛いの! この痛みはどうしたらいいの?
 私はどうしたらいい? 分からない、分からないの……。
 …………教えてよ、ねぇ…………っ」

胸が痛い。
胸が痛い。
胸が痛い。
どうしようもないほど胸が痛い。

この痛みから逃れる術を、私は知らない。
だから、藁にでも縋る思いで、ただ目の前にいるだけの相手に助けを求めた。

「――――それは無理だ。
 その痛みは、どうしようもないんだよ水芭」

期待していなかった返答があった事に驚いて、私は顔を上げる。
そこには、今まで見たこともないような表情をしたクラスメイトがいた。

「だから、お前は楽にはならない。
 その痛みは、ずっと抱えて生きていくしかないんだ」

静かに、穏やかさすら湛えた声でそう言った。
それは冷たく残酷で、そして限りなく優しい言葉だった。

ああそうか。

それを聴いて、やっと理解できた。
思えば、彼は最初からそう言っていた。

「そう、なのね」

どんなに苦しくても辛くても逃げたくても。
この痛みからは逃れられない。
楽になる方法なんて初めからないと、彼はそう言い続けていた。


973 : 氷柱割 ◆H3bky6/SCY :2014/11/09(日) 22:11:11 hqYbgiM.0
だから彼は痛みを受けろと言っていた訳じゃない。

「そうするしか、ないのね」

それしか道はないとただ示していただけなのだ。

いや、本当を言えば、他にもいくつか道はある。
失ってしまったことも、奪ってしまったことも、いっそ忘れしまえばいい。
もう二度と、彼らの事を考えないようにしてしまえば、この苦しみもそれで終わる。
現実逃避をして幻想の世界に逃げ込めば、それはどんなに楽だろう。
全てをなかったことにしてしまえば、もう苦しむことはない。

だがそれは、何もかも無意味にしてしまう行為だ。
私に残されたモノ。
私が奪ってしまったモノ。
それら全てがなかったことになってしまう。

この胸は痛くて辛くて苦しいままだけど
息苦しさも、何一つ変わってなどいないけれど。
それでも、本当に彼らの死を想うのならば、抱えていくしかないんだ。
この痛みを、苦しみを。
彼らの残した想いと共に。

そう、たとえそれが、抱えきれないものだったとしても。

それは辛く険しく、残酷な道だ。
それでも私には、他の道など選ぶことはできなかった。

「私は生きて、託された遺志を継がないといけないのね」

それが私に与えられた罰。
この痛みを抱えて生きていくことこそが私の果たすべき償いだったのだ。

「ま。あんま抱え込むなよ水芭。
 耐えきれなきゃ今みたいに吐き出しゃいいんだ。むしゃくしゃしてんなら暴れりゃいい。
 そん時は誰かにぶつけりゃいいさ。八つ当たりくらいなら俺が付き合ってやるからよ」

そう言って、彼ははにかむように笑った。

「なにそれ」

それがなんだかおかしくって、私もつられて笑ってしまった。

空を見る。
いつの間にか、涙は止まっていた。
涙の跡は氷となり、指で拭うと溶けるように消えていった。

そして初めて目の前の相手を真っ直ぐと見据える。
新田拳正と言う人間を初めて認めた。

「そうね。あなたには女の子を散々イジめてくれたお礼をしなくちゃね」
「けっ。女の子ってがらかよ。おら来いよ氷女。返り討ちにしてやんよ」
「ふん。嘗めないでよ一般人が」

互いに悪態をつきながら、楽し気にニィと笑った新田くんがクィクィと手首を返してこちらを挑発する。

白い息を吐く。
落ち着いて気持ちを切り替える。
目の前の失礼な男をぶちのめしてやると言う気持ちがわいてくる。


974 : 氷柱割 ◆H3bky6/SCY :2014/11/09(日) 22:12:01 hqYbgiM.0
「それじゃ、行くわよ―――――!」

そう言って、広範囲に氷の散弾をバラまいた。
こちらは足の負傷もあり、あまり早くは動けない。
相手を近づかせないことが重要だ。

だが、彼は散弾など気にせず真正面から突撃してきた。

「―――――ふッ」

散弾故に密度が低いと踏んだのか。
彼は自らの眼前に迫る氷塊を拳で打ち砕き、突破口を切り開く。
勢いを殆ど止めることなく距離が詰まる。

「このッ!」

近づいてきた彼に、私は氷の槍を生み出し横凪に振った。
それに対して新田くんは、身を低くすることで氷槍の下を潜り抜ける。
その体勢のまま一歩踏み込み、次に気づいた瞬間、彼は私の眼前、右手側にいた。
パキンと、足元の氷が踏みつぶされる音が響く。

「くぅ…………!」

放たれる掌打を受け止める。
予想以上の衝撃。
その衝撃を、自分の足元に氷を作り出すことにより、摩擦係数を0にして受け流す。
押し出され、スピードスケーターも真っ青の勢いで氷の上を滑っていく。
いや、滑り過ぎだ。どこまで滑る。どんな威力だ。

「このっ」

適度に氷のバランスを調整して、うまくブレーキをかけやっとのことで止まった。
すぐさま体勢を整え、慌てて顔を上げ敵を確認する。
だが、そこにはすでに追撃の矢が迫っていた。

「ちょ……待っ!」

眼前に迫る小兵。
慌てて右腕に張った氷の盾に、流星の様な肘が突き刺さる。

「ッ〜〜〜」

均衡できたのも一瞬。
氷に放射状のヒビが奔り、盾は跡形なく粉々に砕け散った。
キラキラと輝く氷の粒が周囲に舞う。

その一瞬の間に私は必死で後方に飛んで距離を取る。
当然、彼もその動きを追って追撃に奔ろうとするが、打ち付けられたようにその動きが止まった。

それも当然、彼の両足は氷で固定され地面に張り付いている。
これでもう彼はその場から動くことはできない。
動ない以上、あとは狙い撃ちにして私の勝ちだ。
そう確信した次の瞬間。

ドシンと、大地が揺れるような轟音が響いた。

「嘘…………」

それは蹴りだった。
彼は両足を地に固定されたまま、地面に向けて蹴りを放っていた。

突きは手で打つモノではなく、蹴りは足で打つモノではない。
拳法において打撃とはつま先から頭の先まで全身を使って打つモノである。
彼の行動は、その事実を如実に示していた。

都合二発。
それで新田くんの足を拘束する氷が砕けた。
砕けると同時に駆ける。
あっと言う間に距離がつめられ制空権へと間合いが詰まる。

「……ちょ、これって私の八つ当たりじゃなかったの!?」
「おおぅ。そうだった」

ヤケクソ気味に訴えた抗議に対して、彼は素直に拳を打ち出そうとした動きを止める。
そしてそのままワンステップで後方へ下がると、腰を落として待ちの構えを取る。

「おっし、なら手番をやるよ。来な」

何にせよ間が出来た。
落ち着くため、ふぅー、と白い息を吐く。


975 : 氷柱割 ◆H3bky6/SCY :2014/11/09(日) 22:12:30 hqYbgiM.0
目の前の相手は強い。
余計なことは考えていては勝てる相手でない。
今はただ彼に勝つことだけを考えよう。
私も今は、戦うために戦ってみよう。

「じゃあ。全力を出させてもらうわ」

冷気を解放する。
次の瞬間、辺りに深々と白い雪が舞い散り、一帯は完全なる銀世界に染まった。

「綺麗だな」

構えたまま、彼は呟く様に銀に光り輝く私の世界をそう評した。
それは不思議な光景だった。
スポットライトの様に区切られた空間に雪が積もり、世界は彼と私の中心に区切られたよう。

そしてここから先は、私の世界だ。

「行くわよ」

鏃を抜いた氷弾を放つ。
真正面から迫るそれを撃退せんと新田くんが拳を振った。
だが、その拳は何もとらえることなく空を切り、氷弾が彼の肩口へと激突する。

「これは…………」

新田くんが戸惑の声をあげる。
それも当然だ。
彼には今、この氷弾が見えていなかったのだから。
いや、正確には見えていたが、てんで見当違いの光景を見ていたのだ。

この銀世界はただのこけおどしではない。
反射率を高めた氷が、チャフのように細かく空気中に散布されているのだ。
これにより、視力は役に立たない。
この世界において真実の光景を捉えられるのは私だけ。
加えてこの結界は相手の体温を奪い取り、皮膚感覚をも失わせる。

相手から視力と感覚を奪い取る結界。
幻惑の氷の世界に相手を閉じ込める『幻惑の氷迷宮(クリスタル・キュービック)』。
領域内にいる私以外の全ての人間を巻き込んでしまうため一対一限定でしか使えない、私の切り札。

視力が役に立たないと悟ると、新田くんは静かに目を閉じた。
明らかに異質なこの結界内に閉じ込められて、戸惑うでもなくその判断ができるというのは素直に感心する。
彼は『何故そうなったのか』と問う前に『如何すべきか』で動いている。
だから、こそ迷いがない。

だがこちらも容赦はしない。
目を閉じたままの相手に、生み出した氷の球体を弾丸の様に放つ。

その攻撃に対して彼は、目を閉じたまま身を躱した。
完全に躱しきれている訳ではないが、氷弾は僅かに掠めるだけにとどまった。

すごいな。
風切音だけで判断しているのか。

「そっちか――――」

そして氷弾の弾道から私の位置を予測して、回避から間髪入れず拳を突き出し矢の様に跳躍する。
だが、はやり聴覚のみでは完全ではないのか。その突撃は僅かに私の横を過ぎ去って行った。

狙いをハズレたが、それでも十分驚異的な行為だ。
下手な動きはこちらの位置を知らせる行為になるだろう。
小細工を弄するよりも、一撃で仕留めるほうが確実か。


976 : 氷柱割 ◆H3bky6/SCY :2014/11/09(日) 22:13:37 hqYbgiM.0
ならばと、雪の上を走る。
ザッザッザッという雪を踏みしめる音が響いた。

彼はその足音に反応するものの、こちらの出方を伺っているのかすぐには動かなかった。
きっとこちらが間合いにまで近づくのを待っているのだろう。

だが、すぐには近づかない。
確実に仕留めることができ、相手の攻撃の届かないギリギリの範囲を見極める。

新田くんの周囲を取り囲むように足音が響く。
視界と感覚を封じられ、唯一の便りである聴覚に不穏な音が響いている。
そんな状況においても、彼はまるで眠っているように不動である。

彼を取り囲む円は徐々に狭まり、不動である彼の背後で足音が僅かに止まる。
ここだと、正気を身だし、一歩、足音が彼にめがけて近づいた。

だが、安全圏だと思われていたその領域は、すでに彼の間合いだったのか。
新田くんは物凄い勢いで反転すると、一息で間合いを詰める。
今度は狙いを外していない。
正確に足音のあった位置へと迫り、容赦なく肘を鳩尾へと突き刺した。

そしてその一撃を打たれた体は、真っ二つに両断された。

「氷…………!?」

手ごたえに違和感を感じたのか。
新田くんが閉じていた眼を見開き驚愕の声をあげる。

それは囮の氷像である。
彼が足音だと思っていたのは、足音に見立てて順番に放った氷の落ちる音だった。

私の体は既に地上にはなかった。
氷の階段を駆け上がり、彼の頭上を取った私は、そこから落下するように攻撃を放つ。

だが、氷像を砕き終えた彼は、超人的な反応速度で上空へと向き直った。
そして上空から落下する私を撃墜せんと空を見上げ構えをとる。

だがこちらも、そちらがそう来ることなど、予測済みだ。
相手が滅茶苦茶に馬鹿げた化物である前提で策を練ったのだ。
相手がどう反応しようとも打ち倒す術は既に手の中にある。

「……マジ?」

それを見た新田くんが、冷や汗と苦笑いを浮かべた。

そこにあったのは10m級の雪だるま。
チャフも何も関係ないレベルで視界に入る圧倒的巨大物。

ここまで来たら技も何もない。
ただ、物量で押し通す。
今の私に作れる最大級の雪玉を、防げるものなら防いで見せろ―――――!!

「ぶほ…………っ」

なんて間の抜けた声をあげて、新田くんは成す術もなく雪玉に押しつぶされていった。
とはいえ、雪の密度はかなり低めにしておいたので、押し物されたというより埋もれたと言った方が正しいだろうけど。

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977 : 氷柱割 ◆H3bky6/SCY :2014/11/09(日) 22:15:28 hqYbgiM.0

「だぁー、負けたぁー」

雪だるまを解凍して、新田くんを救出すと、彼はそう言って大の字で転がったまま、悔しげな声を空に響かせた。
私も、もう全力を使い果たしたため、その場に座り込んでおり、起き上がる気力もない。

「ったく女に負けるのなんてガキの頃以来だぜ」
「それって一二三さんの事?」
「ノーコメント」

コメントを控えた時点で語るに落ちてる。
それなら子供の頃どころじゃなくいつも負けてるじゃない、と言いかけて止めた。

「けど負けたって言っても。新田くん、全力じゃなかったでしょ」
「あぁ? なんでだよ。喧嘩で手抜く訳ねぇだろ」

本気で心外そうな声で言う。

「だってあなた、右側からしか攻めなかったじゃない」

こちらの右足の負傷を気にしてか、右足で踏ん張らなければならない左側からは一度たりとも攻めてこなかった。

「別に気を使ったわけじゃねぇよ。テメェの拳が鈍るような事はしない信条ってだけだ」

それはあくまで全力で戦うための戦法だったと彼は言う。
まあ、そういう事にしておこう。

「本当、誰にでも厳しいのね、あなたは」

他人にも、そして自分にも厳しい。
彼は一度たりとも私に優しい言葉などかけなかった。
誤魔化しや慰めの言葉などかけず、ただ残酷な現実だけを突き付けてきた、
きっとそれは、彼なりの優しさだったのかもしれない。

「ん? 別に誰でもって訳じゃねぇぞ。見込みのない奴にわざわざ忠告するほど酔狂じゃねぇからな俺は」

どうやら私はそれなりに見込まれているようだ。
それは喜ぶべきことなんだろうか。

「それで、ちったあすっきりしたのかよ?」

倒れこんだまま子供じみた笑みを浮かべる。
それが妙に悔しかったのでそっけなく、そうね、とだけ答えておいた。

「だろ、むしゃくしゃしてる時ぁ、思い切り暴れんのが一番だからな」
「いや、そんな脳筋理論を私に当てはめてほしくないんだけど……」

だけど、恥ずかしいまでに心の中を吐き出して、頭空っぽになるほど全力で戦って。
悔しいことにスッキリしたのは本当だけど。
何かが解決したわけじゃないけれど。
少なくとも。

「けど、そうね。頭が―――――冷えたわ」

頭は冷えた。
それこそ氷の様に。

「夏美を探すわ。まだ、膝を折るには早かった」
「そか」
「それにミロさんを探して、許してもらう」
「うん?」
「他のクラスメートも心配だし、悪党商会の皆も探したいわね」
「おいおい」

呆れたように声を漏らす。
けれど、こればっかりは譲れない。

「あんま抱え込むなって言わなかったっけ?」
「言った。けどね新田くん。やっぱり私欲張りみたい。
 なにもかもを諦めきれないの」

照れ隠しをするように笑いながら言う。

「あっ、そ。まあお前がそう決めたんならそうすりゃいいさ」

呆れながらも、彼は止めることはしなかった。
困難な道だと知りながら歩むのならば、彼にとっては止めるべきものではないのだろう。


978 : 氷柱割 ◆H3bky6/SCY :2014/11/09(日) 22:16:47 hqYbgiM.0
それに、彼には言わなかった目的がもう一つ。

お父さんを探す。
これまでと方針としては一緒だけれど、その目的は違っていた。

ロバートさんが最後に残した言葉を、確かめなければならない。
私はお父さんを信じている。
世界で一番、信じている。
それでも、だからこそ、確かめなくてはならない。
それがロバートさんの死の原因を作り、彼に託された私の義務だ。

「よっと」

新田くんが寝ころんだ体制から一息で跳ね上がり立ち上がる。

「回復した」
「え!?」

いくらなんでも速すぎない?
こっちはまだ全然体力回復していないんだけど!?

「よし。んじゃ行くか」
「ちょ……ちょっと待って、私、まだ」
「だらしねぇなぁ。あんだけ目標掲げたんだ、ちんたらしてる暇はねぇだろ」
「くっ」

ここで立ち上がらないのは何か負けた気がするので、ガクガク震える足を抑え付けて何とか立ち上がる。

「はは。何なら負ぶってやろうか」

そんな私の様子をからかうように、新田くんは言う。

「結構よ。一二三さんに悪いし」

なんでそこで九十九が出るかなぁ、と不満げに呟いたあと、彼は先に進んで行っていった。
その背を見つめ、私もその後を追う。

私の心の中に落ちた氷塊は、どうやら力技で叩き壊されてしまったようだ。
前ほどの息苦しさは感じない。
けれど、舞歌やルピナスを失った悲しみは癒えないそ。
ミロさんを傷つけ、ロバートさんを殺してしまった罪悪感も消えない。

私はずっと、この痛みを抱えて生きていく。

【D-5 草原/午前】
【新田拳正】
状態:ダメージ(中)、疲労(中)
装備:なし
道具:基本支給品一式、ビッグ・ショット、ランダムアイテム0〜2(確認済み)
[思考・状況]
[基本]帰る
1:クラスの面子を探す
2:脱出する方法を考える

【水芭ユキ】
[状態]:疲労(大)、頭部にダメージ(治療済み)、右足負傷(治療済み)、精神的疲労(小)
[装備]:なし
[道具]:ランダムアイテム1〜3(確認済)、基本支給品一式、クロウのリボン、風の剣
    ロバート・キャンベルのデイパック、サバイバルナイフ・裂(使用回数:残り2回)、ロバート・キャンベルのノート
[思考]
基本行動方針:この痛みを抱えて生きていく
1:夏美を探して守る
2:ミロを探して許してもらう
3:悪党商会の皆も探す
4:お父さん(森茂)に会って真実を確かめたい


979 : 氷柱割 ◆H3bky6/SCY :2014/11/09(日) 22:17:15 hqYbgiM.0
投下終了


980 : 名無しさん :2014/11/11(火) 18:35:12 M3aqTpfc0
そろそろ次スレが必要かな?


981 : 名無しさん :2014/11/11(火) 18:56:17 M3aqTpfc0
ここは、パロロワテスト板にて、キャラメイクの後投票で決められたオリジナルキャラクターでのバトルロワイアル企画です。
キャラの死亡、流血等人によっては嫌悪を抱かれる内容を含みます。閲覧の際はご注意ください。

まとめwiki
ttp://www59.atwiki.jp/orirowa2014/pages/

したらば
ttp://jbbs.shitaraba.net/otaku/16903/

前スレ
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/14759/1393052730

参加者(主要な属性で区分)
2/5【中学生】
●初山実花子/●詩仁恵莉/●裏松双葉/○斎藤輝幸/○尾関裕司
7/10【高校生】
○三条谷錬次郎/●白雲彩華/○馴木沙奈/○新田拳正/○一二三九十九/○夏目若菜/○尾関夏実/●天高星/●麻生時音/○時田刻
0/2【元高校生】
●一ノ瀬空夜/●クロウ
1/3【社会人】
○遠山春奈/●四条薫/●ロバート・キャンベル
3/3【無職】
○佐藤道明/○長松洋平/○りんご飴
2/3【探偵】
●ピーリィ・ポール/○音ノ宮・亜理子/○京極竹人
2/3【博士関連】
○ミル/○亦紅/●ルピナス
2/3【田外家関連】
○田外勇二/○上杉愛/●吉村宮子
2/5【案山子関連】
●案山子/○鴉/○スケアクロウ/●榊将吾/●初瀬ちどり
2/2【殺し屋】
○アサシン/○クリス
5/6【殺し屋組織】
●ヴァイザー/○サイパス・キルラ/○バラッド/○ピーター・セヴェール/○アザレア/○イヴァン・デ・ベルナルディ
2/3【ジャパン・ガーディアン・オブ・イレブン】
○氷山リク/●剣正一/○火輪珠美
2/3【ラビットインフル】
○雪野白兎/○空谷葵/●佐野蓮
1/2【ブレイカーズ】
○剣神龍次郎/●大神官ミュートス
4/6【悪党商会】
○森茂/●半田主水/○近藤・ジョーイ・恵理子/●茜ヶ久保一/○鵜院千斗/○水芭ユキ
6/8【異世界】
○カウレス・ランファルト/○ミリア・ランファルト/○オデット/○ミロ・ゴドゴラスⅤ世/○ディウス/●暗黒騎士/●ガルバイン/○リヴェイラ
2/5【人外】
○船坂弘/●月白氷/○覆面男/●サイクロップスSP-N1/●ペットボトル
2/2【ジョーカー】
○主催者(ワールドオーダー)/○セスペェリア

【47/74】


982 : 名無しさん :2014/11/11(火) 18:56:53 M3aqTpfc0
【基本ルール】
全員で殺し合いをしてもらい、最後まで生き残った一人が勝者となる
生き残った一人だけが元の世界への生還と願いを叶える権利を与えられる
ゲームに参加する参加者間でのやりとりに反則はない
ゲーム開始時、参加者はスタート地点からテレポートさせられMAP上にバラバラに配置される
参加者全員が死亡した場合、ゲームオーバー(勝者なし)となる

【スタート時の持ち物】
参加者があらかじめ所有していた武器、装備品、所持品は全て没収(義手など体と一体化している武器、装置はその限りではない)
参加者は主催側から以下の物を支給される。
「デイパック」「地図」「コンパス」「照明器具」「筆記用具」「水と食料」「名簿」「時計」「ランダムアイテム(個数は1〜3)」
「デイパック」支給品一式を収納しているデイパック。容量を無視して収納が可能。ただし余りにも大きすぎる物体は入らない。
「地図」大まかな地形の記された地図。禁止エリアを判別するための境界線と座標が引かれている
「コンパス」安っぽい普通のコンパス。東西南北がわかる
「照明器具」懐中電灯。替えの電池は付属していない
「筆記用具」普通の鉛筆とノート一冊
「水と食料」通常の飲料と食料。量は通常の成人男性で二〜三日分
「名簿」全参加者の名前が記載されている参加者名簿
「時計」普通の時計。時刻が解る。参加者側が指定する時刻はこの時計で確認する
「ランダムアイテム」何かのアイテムが入っている。内容はランダム
          参加者に縁のあるアイテムが支給されることも

【「首輪」について】
ゲーム開始前から参加者は全員「首輪」を填められている。
首輪が爆発するとその参加者は死ぬ(不老不死の参加者であろうと例外なく死亡する)。
主催者側はいつでも自由に首輪を爆発させることが可能。
首輪には自動で爆破する機能も付いている。
自動爆破の条件は「一定時間死者が出なかった場合(参加者一人の首輪がランダムで爆破、現在は3時間がタイムリミット)」
及び「地図のエリア外か指定された禁止エリアに一定時間侵入していた場合」。

【放送について】
6時間ごとに会場全体で放送が行われる。
過去6時間に死亡した参加者(死亡順)、新たな禁止エリア、残りの参加者数が発表される。
指定されたエリアは放送による発表から2時間で禁止エリア化する。

【作中での時間表記】(深夜0時スタート)
 深夜:0〜2
 黎明:2〜4
 早朝:4〜6
  朝:6〜8
 午前:8〜10
  昼:10〜12
 日中:12〜14
 午後:14〜16
 夕方:16〜18
  夜:18〜20
 夜中:20〜22
 真夜中:22〜24

【予約について】
予約期間は5日。
一回以上作品が通っている書き手のみ2日間の延長が可能。

【予約破棄後の再予約について】
予約を破棄した場合、他の書き手が破棄したキャラを予約するか、別のキャラで作品を投下するまで、
破棄したキャラの再予約をすることはできない。
再予約は不可能だが、まだ他の書き手に予約されていなければ作品の投下は可能


983 : 名無しさん :2014/11/15(土) 02:12:53 lVUjXawg0
一応今期分の月報です
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
80話(+13) 49/74(-2) 66.1(-2.7)


984 : ◆H3bky6/SCY :2014/11/24(月) 23:52:19 Wc3f6fOk0
ギリになっちゃいましたが、埋め立てついでにこっちに投下します


985 : 魔法使いの祈り ◆H3bky6/SCY :2014/11/24(月) 23:53:48 Wc3f6fOk0
世界征服を目論む悪の秘密組織ブレイカーズの大首領、剣神龍次郎は放送により告げられた結果を当然のモノとして受け入れた。
ブレイカーズの大幹部たるミュートスがそう簡単に死ぬはずもない。
元とはいえブレイカーズ所属の近藤・ジョーイ・恵理子の名もまた呼ばれることはなかった。
ブレイカーズ製の改造人間の優秀さはこの場においても証明されたようなものである。

告げられた幾多の死。
死したものがみな弱かったとは言わない。
だが、強者もまた、より強いものに敗れたのだろう。
強ければ生き、弱ければ死ぬ。
それが世の理。
この閉じられた世界においても、それは絶対不変の真実である。

「――――逝ったか、正一」

宿敵にして従兄弟である男の名を呟く。
ブレイカーズ初代大首領の実子。
悪の組織を継ぐを良しとせず、相対する正義の組織へと身を置いた裏切り者。

奴の強さは龍次郎が誰よりも知っている。
故に、奴がどれほどの強敵を前に散ったのか。
思いを馳せど、この身に知る術はない。

散った命に憐憫も同情もしない。
それは侮辱に当たるだろう。
ただ戦士の魂へ、せめてもの手向けとして黙祷を送る。

だが、周囲に何者かの気配を感じ龍次郎は黙祷を中断する。
この距離まで龍次郎に気配を悟らせないなどという芸当は、世界最高峰の殺し屋と呼ばれるアサシンでもない限り不可能だ。
だがそれにしては、現れた気配はザルすぎる。素人のそれだ。
故に、近づいてきたというより、そこに現れたと言った方が正確か。

龍次郎はその気配を確認すべく、気配を押し隠しもせず堂々とした足取りで近づいてゆく。
危険人物だったら、などという警戒は龍次郎に限っては必要ない。
何故なら彼は最強である。
誰であろうと向かってくるのならば切り捨てるだけだ。

そして僅かに進んだ先。
龍次郎はそこに人影を見つけた。

「なっ!? お前は…………!?」

そこにいるのが誰を確認した瞬間、龍次郎の顔から厳格な大首領の仮面が剥がれ、驚愕を表情に張り付けた。
龍次郎は予想外の相手に出会う事となる。



「RetTucDnIw――――!」

戦場となった研究所の一室に、魔法使いの凜とした声が響いた。
その詠唱に従い幾重もの風の刃が生み出され、視覚化された鎌鼬が魔王を切り刻むべく襲い掛かる。
だが、魔王は事も無げに上体をそらすだけで、あっさりとその刃を躱した。

「WorRaecI」

それを追撃する氷の矢。
雨のように降り注ぐ氷粒を、ディウスはその場から僅かに後退することで回避する。

放たれた二つの魔法は相手に傷一つつける事すら叶わず、ミリアが僅かに消耗しただけで終わった。
互いの距離すら変わらず、魔王の表情には変化すらない。
どうやらディウスは、ようすをみている様だ。

だが、それでいい。
目的は勝利ではなく、ミルが遠くまで逃げる時間を稼ぐ事。
攻撃は近づかせないための足止めで十分である。

ミリアは非力な魔法使いだ。
近づかれたら、それこそ一瞬で終わる。
故に近づかせないために、攻撃の手を休める訳にはいかない。

とはいえ、オデットなどと違い、攻撃呪文に関してはミリアは中級呪文までしか扱えない。
彼女が得意としているのは味方を癒す白魔法であり、敵を攻撃する黒魔法は不得手である。
そんな彼女が、足止めだけとはいえ魔族の頂点である魔王と対峙するには創意工夫が必要だった。

「ElDeendNuoRg」

コンクリートの地面から薔薇の棘の様な円柱が浮き上がり、山脈の様に連なってゆく。
自らを貫かんとする死棘を踊るようなステップで躱してゆくディウス。
その視線は足元を見るでもなく術者であるミリアを捉えていた。

ここまでのミリアの魔法を観察していた魔王は、放たれた攻撃魔法が全て中級レベルである事を察した。
これがこの術者の限界。これ以上はないと確信を得た。
ならば警戒する必要はないと、反撃に転じるべく、次の詠唱が完成する前に間合いを詰めるべく、棘を躱しながら前へと踏み出す。

瞬間。ディウスの眼前に巨大な火球が襲い掛かった。

ディウスは咄嗟に火球を右腕で掴み、投げ捨てるように後方に弾き落とした。
それ自体はダメージと呼べるほどのモノではないが、今の攻撃は通常はありえないタイミングだ。
先の魔法から殆ど間がない連続魔。
これほどの連射を実現できるのは詠唱の一部を破棄する高速詠唱(クイック・スペル)だが、それにしては威力も劣化していない。


986 : 魔法使いの祈り ◆H3bky6/SCY :2014/11/24(月) 23:54:57 Wc3f6fOk0
「遅延詠唱(ディレイ・スペル)か」

通常、魔法とは同時に唱えることは不可能とされている。
故に一つの魔術を行った後には、どうしても次の詠唱という隙が生まれてしまう。
その隙を補うべく、魔法使いは前衛となる戦士とパーティを組むのが常である。

魔法使いは一人では戦えない。
その常識を覆すために生み出された技術が、遅延詠唱である。

それは、完成した魔法を発動させず待機させ、任意のタイミングで起動させる高等技術。
つまり必要に応じて魔法を詠唱するのではなく、必要に応じて事前に待機させていた魔法を発動させるという技術だ。
これにより理論上不可能とされた二重詠唱(ダブル・スペル)を擬似的に実現させる。

既に待機させた魔法は後から変更できないため柔軟性に欠け、待機させた魔法を維持させるため魔力を消費するなどのデメリットはあるが。
弾幕を張り足止めをするという、この状況ならば最も適った選択だろう。

「なるほど。人間にしてはやる」

魔王ディウスは目の前のミリアの実力を認めた。
攻撃呪文を苦手とする不足を補うに余りある能力である。
この歳して、ミリアの魔法使いとしての実力は十分に一流と呼べる領域にあった。

「だが、それだけだ」
「…………ッ!?」

魔王の突撃。
巨大な体がそれ以上の圧を持って小柄な少女に迫る。
これに対してミリヤは待機させいた爆破呪文と風刃呪文を同時に発動させ迎え撃った。

発動する爆炎と風の魔法。
凝縮された爆破の破壊と、全てを切り裂く風の刃が向かい来るディウスへと襲い掛かる。

だが、魔王はその脅威に対して、何の反応もしなかった。
そのまま何の策もなく破壊の渦へと突き進んでゆく。
いや、策はないのではない。策が必要ないのだ。

魔王はただ純粋な肉体の強度のみで強引に爆炎と刃を掻い潜ると、無力な魔法使いへと肉薄する。
多少のダメージはあるようだが、膨大な魔王の生命力からすれば、蟻に噛まれた程度のものだ。
絶対に埋まってはいけない距離が埋まる。

ディウスのこうげき。
魔王の剛腕がミリアへと叩き込まれた。
防ぐことも叶わず、直撃を受けたミリアの体が人形のように吹き飛び、叩きつけられた石壁が崩れる。

「…………カハッ」

血を吐いた。
叩きつけられた衝撃に息が止まる。
壁をぶち抜き通路に叩き出されたミリアの体が瓦礫に飲み込まれるように沈む。

「ゲホッ…………ゲホッ…………!」

少し大きめの瓦礫が背に落ち、咳き込むことで喉に詰まった血が吐き出されようやく息ができた。
自らの上に乗る幾つかの瓦礫を振り払いながら身を起こす。

「ッ…………ぁ……」

見れば、打たれた左肩は拳大にへこんでいた。
左腕はもう動きそうにない。

一撃でこれか。
ミリアも実力差があることは想像はしていた。
想像していたが、これは想像以上だ。
実力の差がありすぎる。

ミリアは身をもって実感する。
これが兄の、人間の宿敵。
こんなモノと兄は戦おうとしているのか。
目の前の男を倒さねば人類に未来はない。
その途方もなさに目眩がしそうだった。

だが人類の行先以前に、ここを越えねば彼女に先はない。
待機させていた仕込みは、今の衝撃ですべて解けてしまった。
もはや次元違いの魔王相手にまともに戦う術はない。
手の内がばれてしまった以上、再び仕込むような隙はもう与えてくれないだろう。
だが、まだ時間稼ぎは十分とは言えない。
どうするか。

活路を見出すべく必死に思考を巡らすミリアだったが、その思考が強制的に中断される。
それは魔王の手によるものではない、ただそれほどの衝撃的な光景が彼女の目に飛び込んできたのだ。

それは彼女の吹き飛ばされた通路にある屋上へと続く階段にあった。
腹から零れる血液で地面に赤い一文字を描きながら、それは這いずる様に階段を下っていた。

「葵、さん…………!?」

それは空谷葵のなれの果て。
あるのは腕と頭だけ。下半身はおろか胸から下がない。
誰の目にもわかるほど、限界などとうに超えていた。
それはひとえに仲間たちを守りたいという一心だったのだろう。
そんな状態で、もう意識もないのだろう、ほとんど本能で動いている。
どうして生きているのかわからないような、動けるはずがない体で空谷葵はミリアたちを守るべく進んでいた。


987 : 魔法使いの祈り ◆H3bky6/SCY :2014/11/24(月) 23:56:02 Wc3f6fOk0
「ふん。結局はそれか」

そんな葵の姿をミリアと同じく見つけていた魔王が、つまらなそうに吐き捨てた。
死に瀕してなお人間に肩入れするその執念の凄さはディウスとて認めよう。
だが、血に酔い、闇に歓喜するのが魔族の本能だ。
喰らいたいなら喰らえばいい。
奪いたいのなら奪えばいい。
人喰いの呪いを受けてなお、それが出来ないのならば、魔族としては失格だ。
オデットと同じく彼女も魔王の期待には答えられないかった。

「…………っく」

その鬼気迫る葵の覚悟に負けじと、ミリアもよろけながらも杖を突き通路の壁を背にして立ち上がる。

「ほう。それでどうする。よもや魔王相手に策なしという訳でもあるまい。
 切り札の一つでも見せて見せろ」

葵から立ち上がったミリアへと視線を戻した魔王が言う。
期待外れに終わった葵の分を楽しませろと言っている。

「そう、ね。じゃあお見せしようかしら、私の切り札を」

苦しげに息を吐きながら、ミリアが壁を背にズリズリと進んでゆく。
それは葵の方へと近づいているのかと思ったが違った。
葵にたどり着く前に、ある程度進んだ地点でミリアはその足を止める。

「EdiSouo」

そして、唱えたのは切り札と呼ぶには余りにもありふれた呪文だった。
魔法使いとしてそれなりの修業を積めば誰にだって習得できる。
仲間と共に迷宮や建物から脱出する。
遠くに逃れられるわけでもない、相手がスグに追いかけてくればお終いの、ただそれだけの転移呪文だ。

「逃すか!」

その呪文がなんであるか気づいたディウスが、転移が完了する前に仕留めるべくコンクリートの地面を蹴った。

「逃げないわよ」

そう答えたミリアが思い切り右腕を振り下ろし、壁に設置されたカバーをバンと叩き割り、その中央にあった赤いスイッチを思い切り押した。

「何だ…………!?」

地面が揺れ、魔王の足が止まる。
否、揺れているのはこの研究所全体だ。
半端な揺れではない、この世の終わりとばかりに盛大に振動している。

それは、葵の存在が気がかりで使えなかった最終手段だ。
だが、葵が近くにいるのならば、何のためらいもなく切り札が切れる。
この赤いスイッチこそ研究所を調査した時、ミロに教えられた絶対押していけないスイッチ。

すなわち自爆装置である。

データ管理に疎い藤堂兇次郎のため、もしもの際に情報流出を避けるため。
そう言った保安上の理由で設置したと彼の大首領は述べているが、そんなものは建前である。
こんなバカみたいな装置がある施設など現実にはありえない。

何のためにあるのか。
その答えは一つ。

自爆は悪のロマンである。

転送が完了しミリアと葵の姿が研究所から消えると殆ど同時に、轟音を上げて研究所は爆発した。



崩れ落ちる研究所の前に転送陣が敷かれ、その陣の上にミリアと葵が転送された。
すぐ後方では、どう調整されているのか謎のドクロ型の爆炎をまき散らしながら、研究所の破片が天へと巻き上げられている。

雨のように瓦礫が降り注ぐ中、ミリアは迷うことなく葵へと駆け寄ってゆく。
葵は自らに近づいてくるミリアを否定するように喘ぐが、もうそんな体力もないのか大した動きにもならなかった。

「め……は、な…………れ……」
「喋らないで、今すぐ治療を!」

そう言って地面に杖を突き回復の詠唱を始めた。
ミリア自身の左肩も魔王に打たれ悲惨な状況ではあるのだが、その治療よりも目の前の葵の治療を優先する。
いかにミリアが回復魔法を得意としているとはいえ、完全に死亡してしまえば死者蘇生は不可能だ。
生きているのが不思議な状況の葵に、一刻も早く治療を施さなければならなかった。
ミリアが詠唱を開始する、その時だった。

「――――今のは少し驚かされたぞ」

空から声がした。
ミリアの顔から血の気が引き、詠唱が中断される。
見上げば、そこにあったのは灰色の球体だった。
薄皮の様な球体の中央には絶望を形度ったような形があった。
ゆっくりと、重力に縛られない速度で空から絶望が下りてくる。


988 : 魔法使いの祈り ◆H3bky6/SCY :2014/11/24(月) 23:57:44 Wc3f6fOk0
「バリアを張るのが遅ければ致命傷とっていたかもしれんな」

音もなく静かに魔王が地面に降り立つ。
事もなげにいう言葉に危機感なんてものはない。
そしてバリアを解き、羽のようにマントを翻した。

流石の魔王とて、あの爆発で無傷という訳ではなかった。
衣服を汚し、右角の先端を欠けさせ、額からは青い血を流している。

だが、それだけだ。
あれだけの爆発と瓦礫の雨に晒されながら、五体満足で生きながらえている。
それがミリアにとってどれほどの絶望なのか、語るまでもないだろう。

「思いのほか楽しめたか。褒美だ。少しばかり我が力を見せてやろう。
 苦痛を感じず一瞬で消滅するがいい」

そう言ってミリア一人を屠るには行き過ぎな魔力がディウスの右腕に収束を始めた。
それは魔法使いであるミリアから見ても桁違いの魔法行使だった。
上位の魔法行使は見る者が見れば美しさを伴う物なのだが、魔王の魔法からは身の毛もよだつような悍ましさしか感じられない。

あんな攻撃は防げない。
ミリアだろうと、ミリアの師匠だろうと、きっと彼女の兄にも防げないかもしれない。
防げるとしたら、音に聞く光の賢者くらいのモノだろう。

「さらばだ。人間の魔法使いよ」
「くっ…………!」

ミリアは無意味と知りながら、葵を庇うように覆いかぶさる。
それが彼女の人間性なのだろう。
唇をかみしめ、ギュッと目をつむる。

「Res――――」
「――――ヒャッホー!」

今にも閃光が放たれんとした瞬間、魔王の背後に衝撃が走った。
それはバイクによる突撃だった。いわゆる一つの衝突事故である。
その衝撃に流石のディウスもバランスを崩し、放たれた閃光は明後日の方向へと消えていった。

それは自動運転(オートパイロット)で徐行運転をしていたブレイブスターを発見し、それにあろうことか走って追いつき無理やり乗り付けたりんご飴である。
そして、嫌よ嫌よと暴れ馬のように抵抗するブレイブスターを無理やり組み伏せながら、アクセルを捻って発見した魔王へとブチ当てたのだ。

「…………新手か」

魔王は平然とした声で冷静にりんご飴を認める。
体勢こそ崩したものの、大したダメージにはなっていないのか。
バイクに突っ込まれたままの体制でブレイブスターに手をかける。

「いっ!?」

魔王はぐっと力を込め、ブレイブスターを押し返す。
ありえない怪力に、ブレイブスターを駆るりんご飴が驚愕の声をあげた。
素手の力押し、しかも片腕で、一万馬力を誇るブレイブスターが押し返されている。

りんご飴は自身の中に広がる悪い予感に従い、ブレイブスターを乗り捨てそのシートを蹴って思い切り飛びのいた。
同時にブレイブスターの後輪が浮き上がり、そのままボールの様に巨大な鉄の塊が放り投げられる。
跳ぶのが一瞬でも遅れたいたら、りんご飴ごと吹っ飛ばされていた。
直前で危機を回避したりんご飴は、バク宙の要領で飛びのきながら、空中で上下逆さの状態のまま拳銃を取り出し魔王を狙い撃つ。

「むッ?」

重火器による狙撃はディウスからして未知の攻撃だったのか。
その反応が遅れ、弾丸がその頬を霞め、僅かに跡を残す。

遠く後方でバイクが落ちる破砕音が響く。
それとは対照的に、回転を決め両の足でスチャリと着地するりんご飴。
そしてそのまま目の前の魔王と対峙する。

別にりんご飴にミリアたちを助けようという意図があったという訳ではない。
一番強い奴に喧嘩を売った、それだけである。

しかしながら改めて目の前の観察すると、若干早まったかなーなどという考えが脳裏をよぎる。
喧嘩は売ったが相手から感じられる威圧感(プレッシャー)は組織のボスクラス。いや、それ以上か。
前情報なしでやり合うには厳しすぎる。
半田に借りを返すにしても、これじゃ追加料金をもらわなければ割に合わないレベルだ。

だがしかし売ってしまった以上、もう後には引けない。
こうなったらいつも通り、テンションで乗り切るだけだ。

「んじゃま、行っくぜぇ―――――!!」

自信を鼓舞する叫びと共に、りんご飴が駆ける。
その獣じみた速度は半端なスプリンターなど足元にも及ばない。
加えて緩急自在の足運びともなれば、この動きを捉える事はどんな達人であろうとも困難だろう。

だが、それは人間レベルの話だ。
その程度、魔王にとっては遅すぎる。
その動きを退屈そうな目で捉えながら、向かいくる小蠅を一息で叩き潰さんと、魔王が腕を振り上げた。
そしてその腕を振り下ろそうとした、次の瞬間だった。

突撃するりんご飴が幾重にも分裂したのは。


989 : 魔法使いの祈り ◆H3bky6/SCY :2014/11/24(月) 23:59:10 Wc3f6fOk0
それはミリアの施した幻影魔法による効果だった。
本物とまったく同じ動きをする幻影体が群を成して魔王へと迫る。
いかに魔王とはいえ、一瞬で本物を見つけ出すことは不可能だろう。

だがそれがどうしたと、魔王は相手を叩き潰す縦の動きから、全てを薙ぎ払う横の動きに切り替えた。
本体が見つけられないのならば、全て刈り取ってしまえばいい。
刃のように研ぎ澄まされた爪を突出して、豪快にその剛腕を振るう。

甲高い呻きのような風切音。
その死神の鎌のごとき一撃は、目の前に迫る羽虫の群れを一息で完全に消滅させる。

だが、躱した。
本体であるりんご飴は過敏に死の予感を感じ取り、その場から大きく飛びのく事でギリギリながら攻撃範囲から逃れることができた。
逃れたが、今の攻撃速度は尋常ではなかった。
幻影という囮(デコイ)がなければ、確実に直撃を受けていただろう。

ひとまず生き残れたことにりんご飴が、ふう、と息を吐いた所で。
服が裂け、その胸元から噴水のように血が噴き出た。

「んなぁ…………ッ!?」

慌てたようにたたらを踏みつつ後退する。
直撃したわけではない。確かに躱したはずだ。
ただ、爪の先端が僅かに掠めただけ。
それだけの事で、日本刀で切られたような斬り傷が、りんご飴の胸元に刻まれたのである。

だが、りんご飴は二度驚かされる事となる。
気付けば、その傷がふさがっていた。
躱したと思った攻撃が当たって治ってる。
狐にでも化かされた気分である。

「大丈夫ですか」

それは先ほど援護と同じく、ミリアの放った回復呪文である。
敵の敵は味方、とは言いきれないが。
今は状況が状況だ。
ミリアは突然現れたりんご飴を援護すると決めた。

「ちぃ。余計な真似を」

りんご飴は悪態をつくが否定はしない。
勝手なことをされるのは気に喰わないが、こちらを害しない以上否定する理由はない。
意外かもしれないが、りんご飴にとって誰かと共に戦うこと自体は珍しい事じゃないのだ。
と言うより、目の前の相手はそんな余裕を持てる相手ではない。

「お気をつけて、そこにいるのは魔王です」

ミリアの言葉にヒューと口笛を吹く。
これまで殺し屋とも怪人とも戦ってきたが、魔王と戦うのは初めての事だ。

「へ。そりゃいい。最高だね」

流れる冷や汗をペロリと舐め、そんな言葉を口にした。



見た目可憐な少女二人が強大な魔王に立ち向かい、戦いを繰り広げていた。
二対一とはいえ、戦力の差は歴然である。
魔王は圧倒的に強く、人間など物の数ではない。
にも関わらず、その戦いは意外にも拮抗していた。
と言うより互いに決定打に欠けている状態である。

戦いが拮抗している理由は三つあった。

一つは魔王の現代兵器への理解の無さが上げられる。

魔王の住む世界は剣と魔法が行き交う世界であり、重火器など存在しない。
あるいは異世界を偵察したサキュバスが真面目に仕事をこなしていれば、このような事態はなかったのかもしれないが。

ディウスは慎重な性格だ。
大抵の戦闘では数ターンはようすをみるタイプである。
急ぐ必要があればその限りではないが、殺害対象であるミルはもう既に逃げ遂せた頃だろう。
ならば、この戦闘では無駄な消耗を避け、リスクを負う戦い方はしないと決めていた。

実際の所、弾丸の直撃を喰らったところで、恐らくディウスは大したダメージを受けない。
しかし、それがディウスには分らない。
弾丸の威力や仕組みが分からない以上、おいそれと喰らう訳にはいかなかった。
仮に大したダメージを受けなくとも、より魔力を込めれば威力の増す代物かもしれない。
その仕組みを解明するまでは、迂闊には動けない。

もう一つは、りんご飴の戦い方だ。

優れた観察眼を持つりんご飴はディウスが自分の持つ銃に必要以上に警戒している事に気付いていた。
だから、いやらしくもワザと意識させる様に銃をチラつかせ、もったいぶる様に出し惜しむ。
その動きを囮にしながら一撃を見舞うべく近接する。

「右に来ぃ!」

そう強烈に念じながら、りんご飴が相手の懐に飛び込んでいった。
その読み通り、りんご飴の右側をディウスの爪が引き裂いてゆき、風圧だけで髪が舞い飛ぶ。
いや、それは動きを読んでいるというより、こう来るはずだと賭けている博打的な動きだった。


990 : 魔法使いの祈り ◆H3bky6/SCY :2014/11/24(月) 23:59:55 Wc3f6fOk0
殆ど決めつけで動いている。
だからこそ、先読みで動くよりも早く決断でき、彼は相手が格上だろうと十分に戦えるとも言える。
だが、それは外れれば即死。
もしかしたら、などという自らの決断に対する迷いが少しでもあれば、躊躇いが足を止め、その優位を打ち消してしまうだろう。

だが彼にはそれがない。
生死をかけた博打。
そのスリルこそ、りんご飴の望むモノだからだ。
恐怖がないのではない。
恐怖を楽しんでいる節がある。

そしてこれまで、彼がこの博打を外したことは一度もない。
こうして彼が生きているのがその証拠である。
その上で彼が敗れるとしたら、先んじて動きを読んだところで、どうにもならない相手だけだろう。

最後の要素はミリアの援護である。

回復と補助こそ彼女の真骨頂だ。
期せず前衛を得たのは彼女にとっての幸運である。
ミリアにとって素性も事情も知れない相手が、その実力はかなりのものだ。
多少のミスはミリアがフォローする。

危ういバランスながらこの三要素が上手くかみ合い、何とか戦況は維持できている。
だが、それでも現状では防戦が精いっぱいだ。
このままではいずれジリ貧で負ける。

真綿で首を締め付けられるような焦りがミリアの心を支配する。
ミリアの眼前で戦っている少女はよくやっている、あの魔王相手に上手く立ち回っていると言っていい。
だが、あと一人強力な前衛――兄レベルの戦士――がいればと思ってしまう。
そうすれば拮抗どころか勝機すら見出せるだろう。
魔王を打ち取る千載一遇のチャンスとなるかもしれない。

ミリアは歯噛みして、首を振る。
今はそんな欲を出している場合ではない。
目の前の状況に集中せねばと意識を切り替える。
状況は切迫している。

ミリアの魔力が尽きるか。
りんご飴の賭けが外れるか。
ディウスが銃に対して対処をするか。

そのいずれかが成立するだけで終わりだ。
口にしないだけで、三者ともに誰もがその思いを抱えていた。
この拮抗は長くは続かないと。

だが、この拮抗は意外な形で崩れる事となる。



「チャーメゴォーーン!!」
「キュキュゥウウウ!!!」

仲間たちとの別れに涙にくれていたミルの目の前に、ガシィと勢いよく抱き合う二人、いや一人と一匹の姿があった。
と言っても大男とシマリスなので、抱き合うというより両手で握りしめ頬ずりしていると言った方が正しいのだが。
ともあれ、親友同士の再会である。感動的な光景だ、泣けよ。

しかしそれを見つめるミルは、むしろ泣くどころか逆に先ほどまで流れていた涙が止まっていた。
あまりの光景にポカンとしてしまったのだ。
しばらく呆けていたが、ハッとして出会ってしまった最悪の名前を呼ぶ。

「剣神…………龍次郎」
「む。貴様、ミル博士か」

第三者の存在に今気づいたのか、仕切りなおすようにコホンと咳ばらいをする。
龍次郎はチャメゴンへの頬ずりを辞めて肩へと乗せた。
そして、ミルへと向き直り仁王立ちとなる。

「まずは礼を言おうぞ。我が盟友チャメゴンが世話になったようだな」

先ほどの光景はなかったかのように悪の組織の大首領に相応しい威厳らしきものが龍次郎の身に纏わされていた。
どうやら威圧感は出し入れ自在なようである、

「そしてミル博士よ、我は貴様を探していた。
 貴様を役立たずなモノばかりを研究する無能と誹るものもいるが、我がブレイカーズは違う。その技術を高く評価している。
 我らブレイカーズの軍門に下れ。そして、この忌々しい首輪を解除するべくその力を振うのだ」

言われずともミルは首輪を解除するつもりだ。
だが、それは当然誰彼かまわずという訳ではない。
当然解除するにしても相手は選ぶ。

「……断る。と言ったらどうするのだ?」
「叩き斬る。と言いたいところだが、我が盟友チャメゴンを保護してもらった恩もある。
 ここで断ったとしても、この一度に限り見逃してやろう」

偽るでもなく龍次郎は自らの判断を告げる。
悪の組織の頂点とはいえ、これでも義理は通す男だ。
ミルからすれば断ったところでリスクが無いというのなら従う理由はない。
いや、例え本当に殺されるとしても従うことはなかっただろう。
悪の組織に協力するなど、本来ならあり得ない。
だが、

「協力してもいい、のだ。
 ただし…………条件がある」

ミル博士は躊躇いがちに、震える声でそう言った。


991 : 魔法使いの祈り ◆H3bky6/SCY :2014/11/25(火) 00:00:55 2dMgpZVc0
「聞こう」

促され、決心するようにゴクリと唾を飲む。

「研究所で戦っている私の仲間を助けてほしい。そうすればお前に協力することを約束するのだ」

より多くを生かすためミリアと葵を見捨てるという非情の決断を受け入れた。
それはミルを含めたあの場にいる戦力がどうあがいたとしても、魔王に勝つことなどできないからだ。
だが、この剣神龍次郎ならばあるいは。
助けられる可能性があるのならば、彼女たちを見捨てる理由はなくなる。

「協力をする。という事はつまり、貴様が我がブレイカーズの傘下に入る、という事でよいのだな?」

この場における一時的な協力、などという半端を剣神龍次郎は許しはしない。
義理は通すが我も通す。
それが剣神龍次郎という男である。

この提案を受けるという事は、つまり悪の手先となるという事。
決断を迫られるミル。
判断を躊躇えば躊躇うだけ今も戦っているであろう二人を危険にさらすという事だ。
一刻も早く決断を下す必要がある。

悪に手を貸すなんてことはできないし。
何よりブレイカーズの藤堂兇次郎とは同じ研究者として相容れない。
奴と肩を並べて研究をするなど研究者としての矜持が許さない。

だが、それでも。
その矜持は、残してきた葵とミリアこの二人の命とでは天秤に釣り合わない。

この決断を、正義のヒーローに憧れていたルピナスは怒るだろうか。
それとも二人を助ける決断を褒めてくれるだろうか。
もはや答えを知ることはできない。

「そういう事なのだ。ミルはこれからブレイカーズの一員となるのだ」

その決断を受け大首領はドンと力強く木刀を叩きつけ、地面を打った。

「相わかった。これより貴様は我がブレイカーズの一員となった。
 この瞬間から貴様の血は我が血であり、我が血は貴様の血である!
 そして貴様の望みは我が望みでもある。これより我が同胞の望みをかなえるべく尽力しようではないか!」

大首領は新たな同胞の誕生に、力強い声でそう宣言した。



死の一撃を掻い潜り、魔王の懐に踏み込んだりんご飴が支給品である二刀を取り出し全力で振り下ろしていた。
攻撃後の隙を狙ったこれ以上ない完璧とも言えるタイミング。
だが、それでも足りない。
あろうことか、振り下ろすだけのりんご飴より体制を立て直し身を躱すディウスのほうが早い。

「PudEes」

そうはさせじと、ミリアがりんご飴の動きを加速させる。
加速した一撃はディウスを捉え、その鎖骨を打った。

「固ぇ…………ッ!」

打った手に痺れるような衝撃が奔る。
ディウスの皮膚の表面は削れたようだが、リスクに対してこのダメージでは割に合わなすぎる。

「ッ!? 避けて!」

ミリアの声が飛ぶ。
動きの固まったりんご飴に向けてディウスの巨大な手が振るわれる。
りんご飴はディウスの胴体を蹴ってその反動で離脱する。
先ほどの支援魔法の効果が残っていた恩恵か、何とか逃れることができた。

「…………ふぅ、セーフ」

先ほどからこんな綱渡りのような紙一重の攻防の繰り返しだった。
今は何とか戦えているが、もはや限界に近い。
特にりんご飴は息を切らし目に見えて疲労の色が現れている。
それも当然。全ての動きに一切の手抜きなど許されない、緊張感の中で戦っているのだ。
動きの精度が僅かでも落ちれば、一瞬で捉えられる。

状況を打開するためにはこれまで以上の一手が必要だった。
そうでなければ死ぬだけだ。

決して手がない訳ではなかった。
その実、逆転の一手にミリアは心当たりがある。

基本的に敵に放つ魔法が黒魔法、味方を支援する魔法が白魔法と呼ばれ分類されているが。
彼女の得意とする白魔法にも敵を攻撃するモノはある。
それは聖域を作り上げ、魔を滅し、邪悪を打ち消す、領域型対魔魔法。
師に天才を持つと称されるミリアですら、未だ習得できていない究極とも言える白魔法である。
これならば魔王にも対抗できるだろう。

だが、当然リスクもある。
詠唱に時間がかかるため、その間援護は行えない。
完成するまで前衛一人で持ちこたえてもらう必要がある。
そもそも、習得していないこの魔法を完成できる保証すらない。
これを行うのは正しく賭けだ。

賭けに負けて、自分が死ぬのはいい。
けれど、失敗すれば死ぬのは彼女一人ではない。
誰かの命をチップにするには、ミリア・ランファルトという少女は優しすぎた。


992 : 魔法使いの祈り ◆H3bky6/SCY :2014/11/25(火) 00:01:21 2dMgpZVc0
「――――やれよ」

声がした。
そんな余裕もないだろうに、思いつめたミリアの様子に気づいたりんご飴が声をかけてきた。
魔王と直接対峙してミリアの何十倍も危険に晒されている彼がその背を押す。

「何だか分かんねぇけど。どうせこのままじゃヤベえんだ!
 何もしない事を選択するくらいなら、大穴一点張りで全財産賭けて見ろよ!」

魔王へと向かいながらミリアに背を向けたまま声だけで叫ぶ。
そんな怒鳴りのような乱暴な声に押され、彼女の心は決まった。
りんご飴に倣いミリアも賭けに出ることにした。

「時間稼ぎお願いします」

それだけを告げて、天に祈りを捧げる様に両腕で杖を構える。
目の前で命懸けの死闘を繰り広げる彼女が突破されることなど考えない。
目を閉じ全てをこの詠唱に集中する。

呪文を唱えた瞬間、自身の体は歯車となる。
己の限界を超えた魔力行使に肉体を魔力が蹂躙する感覚。
心臓がポンプして脈動する。血の流れが速くなる。
体内を暴力的な速度で血液が巡る。
肩の傷から止まりかけていた血が噴き出した。
体内で毛細血管がブチブチと切れるのが分かる。
脳の血管が切れたのか頭が痛い。
それでも詠唱は止めなかった。

茨の道を突き進むような詠唱の果て、魔力と言う触覚が魔法に繋がる感覚を得る。
届いた。
届いた手綱を手放さないようにしっかりと手繰り寄せる。
詠唱が完了し魔法が完成する。

「――――YrauIcnas――――」

完成した聖魔法により、天界が地上に降臨する。
不浄なる者は存在することすら許されない。
世界は変わり聖なる光に包まれる、はずだった。

だがその魔法は発動することはなかった。
完全に発動するよりも一瞬だけ早く、魔法使いの声は途切れた。

「――――――」

声にならない声が上がる。
魔法を詠唱していたその喉元には、深く牙が喰らいついていた。
細い喉の肉を食い破り、溢れる血を啜る。
それは彼女が守るように後ろに庇っていた、吸血鬼の牙だった。



乾く。

痛みのような乾きがこの身を責める。
砂でも詰まったみたいに喉がへばり付く。
胃なんてとっくに消し飛んだ癖に、異常なまでの空腹感が全身を支配している。
半身を失った痛みよりも、この渇きに気がおかしくなりそうだった。

ビチャリと、突然口元に何かが付着した。
それが水分であると分かり、乾きに乾いた意識はそれを得ようと下品なまでに舌を伸ばす。
伸ばした舌先で舐めとって、こくんと喉をならす。

――――甘い。

何だこの味は!
空腹は最高のスパイスと言うが。
乾ききった喉にこの味は犯罪的な美味さだ。

何だれは?
その正体を探るべく、眼球を動かす。
程なくして、この渇きを癒す泉の源泉を見つけた。

こんなに乾いているんだ。
一口くらい許してもらえるはずだ。

どこにそんな力が残っていたのか。
アレを飲むと決めた瞬間、体の奥から力が湧き上がり、突き動かされる。

「ヵ―――――――ッ」

腕だけで跳ねて、飛びつき齧る。

ごくん。と一口。

甘く、熱い。
何と言う至福の味。
天にも昇るとはこのことか。

一口。
もう一口だけ。

ごくん。
ごくんごくん。

美味しい。
舌が蕩けるようだ。
地獄の様に熱く、恋の様に甘い。
これが直接飲む人間の血の味。
我慢してトマトジュースなんて飲んできたのがバカみたいだ。
世界に、これほどの美味があったなんて!


993 : 魔法使いの祈り ◆H3bky6/SCY :2014/11/25(火) 00:02:51 2dMgpZVc0
ああ。
とまらない。

もう一口。
もう一口だけ。

ごくん。
ごくんごくん。

テーブルマナーなど気にしない。
思い切り喉を鳴らして飲み込ほしてゆく。

美味しい。
ここまで飲んだんだから後一口飲んでも変わらないだろう。

ごくん。
ごくんごくん。

美味しい。美味しい。美味しい。

なんて美味しい人間の味。

「…………どう、して」

食料から声が聞こえた。
どうして?
そんなの。

美味しいからに決まってるじゃないか。



戦況は決着した。

ミリアは吸血鬼の手により倒れ。
疲弊しミリアの援護を失ったりんご飴はあっさりと敗北した。

「ぅ………ぁ」

双剣は根元から砕かれ
りんご飴はその細い両足首をディウスの巨大な片腕で掴まれ、吊るされた男(ハングマン)の様に逆さ吊りとなっていた。

「こん、のぉ…………!!」

その逆さ吊りの体勢のまま隠し持っていた銃を取り出し至近距離から眼球を狙う。
だが、

「無駄だ。それもだいたい理解した」

ディウスの手に拳銃が引き寄せられ、そのままグシャリと握りつぶされる。
手の内で弾丸の火薬が弾けたが、その程度魔王にとっては大したことではない。
重火器の仕組みも理解した魔王に恐れるものなど無い。

武器を奪われても、なお抵抗の意思を衰えさせないりんご飴。
それを黙らせる様にボディブローが鳩尾に叩き込まれる。

「…………ガハッ!!」

血反吐の混じった胃液が吐き出される。
そしてりんご飴はそのままグッタリとして、力なく宙づりになった。

「ほう。選んだか」

りんご飴を抱えたまま、ミリアの喉元に喰らいつく葵の様子を見て満足げに呟いた。

吸血鬼が当たり前にもつ吸血衝動が人食いの呪いとの相乗効果により、その衝動は尋常なレベルではなかったはずだ。
それでも耐えていた彼女の精神力は賞賛に値する。
だが、その理性を崩壊させる出来事が起きる。

ミリアの無茶な魔力行使により、吹き出した血液が偶然、後方にいた彼女の口元に付着したのだ。
うら若き生娘の血である。
加えて多大な魔力を含む魔法使いとなれば、その血の味は極上だろう。
その味は獣が血の味を覚えるには上等すぎ逸品だ。
彼女はこの味が忘れられず、これからも人を襲い続ける事だろう。

「まだ完全に再生するには足りまい。餌をくれてやろう」

新たなる魔性の誕生を祝い、ディウスは物でも投げるような気軽さで、両足を潰したりんご飴を放り投げた。
捕え殺さなかったのはこのためだ。
活きのいい獲物だ、いい栄養分になるだろう。

「がっ…………くっ、そ」

受け身も取れず、りんご飴は背中から地面にたたきつけられる。
首を起こし見上げた先には、小動物のように小首を傾げる化物がいた。

「クソッ、クソクソッ! ざっけんな! こんな所で、こんな奴にッ!」

りんご飴は悪態を垂れるが、武器を失い、両足も潰され動くこともできない。
嬉しげに笑う化物の口元からは飲みこぼした血液が涎の様に垂れ流されており、正気を失った目をしてキキキと笑う。
上半身だけで這うように近づき、涎の引く大口を開けて、その牙がりんご飴の青白い喉元に突き立てられる。
だがその直前、りんご飴の体が掻き消え、ガキンと空振った牙が音を立てた。


994 : 魔法使いの祈り ◆H3bky6/SCY :2014/11/25(火) 00:03:31 2dMgpZVc0
「キキィ?」

目の前で起きた不可思議な現象に葵が首を傾げる。
周囲を見渡せど、得られるはずの獲物がどこにもにもいない。
吸血鬼のくりくりとした瞳が捉えたのは、俯き地にひれ伏したまま、血の気を失った青白い腕をりんご飴のいた方に向けて掲げている少女の姿だけだった。

それはミルに施したのと同じ転移魔法である。
ミリアは名前も知らない誰かを助けるために、最後の魔力を使ったのだ。

均衡は崩れ、賭けにも負けた。
もはや勝ち目どころか戦える要素すらなくなった。
死ぬだけの負け試合に、誰かを付き合わせる必要はない。

「ほぅ。まだ息があったか」

一連の様子を見守っていた魔王が感心したように言うが、ミリアにはもう答える気力もない。
血液のほとんどを失い、魔力も今しがた完全に尽きた。
放っておいてもミリアは時期に息絶える。

「そういえば、楽しませてくれた褒美もまだ渡せずじまいだったな。この私が手ずから、とどめを刺してやろう」

とどめを刺そうと、魔王が動けないミリアへと近づく。
ミリアは全てを諦めたように目を閉じて。


「――――させねぇよ。アホが」


声と共に稲妻のような一撃がディウス目がけて振り下ろされた。
ディウスは咄嗟に身を躱すも、一撃を叩きつけられた地面が火山の噴火の様に沸き立っていく。
これがただの木刀によってもたらされた結果だというのだから恐ろしい威力である。

「……まったく。次から次へと」

後方に距離を取りながら呆れたように魔王が言う。
立ち塞がるのは木刀を手にした白い軍服。
ブレイカーズ大首領。剣神龍次郎の推参である。



「んで。ミルよ。俺ぁどいつを倒してどいつを助けりゃいいんだ?」

龍次郎は後方のミルへと問いかける。
目の前の魔王然とした男が敵で、今にも死にそうな血の気のない少女が庇護対象と言うのはわかる。
分からないのは、キキキと涎のように血を垂れ流す少女の姿をした化物だ。

「…………あそこの魔王の相手だけを頼むのだ。
 あとの二人はミルに任せほしい」

ミルの言葉に、龍次郎は目を細め真剣な声をして問い返す。

「言っちゃなんだが、手遅れだぜ、ありゃ」
「…………」

ミルに返す言葉はない。
何故葵があんなことになってしまったのか。
そんな事すらミルには分からない。
それでも、葵がああなってしまったのは、ミルたちを逃すためにああなったのだという事だけは解かる。

「貴様に死なちゃ困る。それだけは忘れるな」

ミルの意思が固いと知った大首領はそれだけを言うと、踵を返し魔王へと向けて踏み台してゆく。

「チャメゴン、隠れてな」

言われてチャメゴンが龍次郎の肩から降り、素早い動きで遠くへと避難する。
その慣れた動きは、龍次郎が本気で喧嘩をするという気配を感じているからだろう。

「よう、魔王様。次は俺が相手だが構わねぇよなぁ?」
「構わぬよ。貴様ら人間が何人来ようとも我が身に敵うことなどありえんからな」

魔族を率いる魔王の言葉にブレイカーズの大首領は笑う。

「テメェにゃ、俺が人間に見えんのか?」

吊り上がった口元から牙が生える。
骨格が歪み、筋肉が盛り上がる。
ただですら巨大な体躯が、人間を超えた怪物のそれへと変わっていく。
全身を包む鎧のような鱗。
指先から伸びる刃のような爪。
龍次郎の身が最強の怪人ドラゴモストロへと変身する。

「なるほど。龍族か」

幻想世界における最強種。
力を持つ龍族は人化の法を扱えると聞くがその一種だろうか。
ディウスはそう思い至る。

「違げぇよドアホ。ブレイカーズの大首領ドラゴモストロ様だ。しっかりとその身に刻んで、これから向かう地獄で宣伝してこい」

ドラゴモストロの挑発。
はっ、と応える様にディウスは嗤う。

そして、踏み込みは同時だった。
刹那の間に間合いは詰まり、轟音と共に振われた竜の爪と魔王の爪がぶつかり合う。
その衝撃の余波に、目に見えて空気が裂けた。


995 : 魔法使いの祈り ◆H3bky6/SCY :2014/11/25(火) 00:04:41 2dMgpZVc0
「おるるるらぁああああ!!!」

舌を巻きながら、ドラゴモストロの雄叫びを上げた。
渾身の力でぶつかり合った腕を振り切り、魔王の巨体を後退させる。
単純な膂力はドラゴモストロが上だ。

「ッ…………面白い!」

ニィと口の端を吊り上げ楽しげにディウスが笑う。
力負けするなど何百年ぶりの事だろうか。
いや、ディウスが魔王となってからで言えば初めての事かもしれない。
ディウスの中で、闘争を楽しむ魔性の本能が蘇る。

魔王にとって力負けしたところでそれは大した問題でもない。
何故なら魔王とは、魔の頂点に君臨する王である。
その真価は魔を操る能にある。

「「「「「EgrOgecI」」」」」

五重詠唱(クイン・スペル)。
理論上不可能とされた魔法の同時起動を重ねて五段。
もはやそれは技術と言う領域を超え、人間と言う種では届かぬ神域の御業である。

一瞬で詠唱は完成し、ドラゴモストロを取り囲むように人間大の氷塊が五つ生み出された。
氷塊は巨大な物量に見合わぬほど速度を与えられ、その速度は音速に迫る亜音速。

それは全て必殺。
一撃で強固な城壁すら打ち崩すほどの破壊力である。
それが取り囲むように五つ。
直撃を喰らえばどのような生物であろうとも即死は必至だろう。

「ガァアアアアアアアアアッ!!!!」

その死の嵐の中心に置かれたドラゴモストロが吠えた。
死の嵐を消し飛ばす暴風の様に、その場で回転しながら両腕を振う。
そしてその爪で、その尾で、その牙で、迫る氷塊を例外なく破砕してゆく。

氷の破片が宙に舞う中、互いの視線が交錯する。
この僅かな攻防で互いに理解した。
目の前の相手は己が戦うに足る相手であると。



「どうしてしまったのだ葵!」

正気を失った葵に向けてミルが叫ぶ。
葵の様子はミルの知るものとは一変していた。
下半身はなく、断面は目に見えて蠢き再生を繰り返している。
その眼に正気の色はなく、可憐だった顔つきは狂気の色に染め上げられていた。

その耳にミルの声は届いてはいない。
何故なら今の彼女に言語を理解する理性など無い。

今の彼女は血の味を覚えたばかりの獣だ。
本能のまま血を啜る食欲の権化である。
思うがままに人を襲い、思うがままに喰らい尽くす。

そんな彼女が、どういう訳か戸惑っていた。
ミルに襲い掛かるでもなく、目の前の相手に困惑している。
それは目の前にいるのが命を懸けて護ろうとしていた仲間だから。
という訳ではない。

そもそも個人を判別する理性はない。
人間など彼女にとっては血の詰まった食料袋だ。
あるとしたら美味いか不味いかの違いだけだろう。

その点で言うのならば、目の前にいるのは幼女である。
その柔い肉に包まれた血液は、熟成こそされていないものの出来立てのワインのような若い味わいがある、はずなのだが。
どういう訳かあまり食欲をそそられない。

匂いだろうか。
匂いが違う。
余りおいしそうな匂いがしない。
そう、それこそ脂ぎった中年男性のような豚の匂いがする。
そのギャップに吸血鬼は戸惑っていた。

「ぁぅーぁー」

だが、この空腹を前にしては多少の悪食も致し方ない。
多少不味かろうと腹の足しにはなるだろう。
長く伸ばした舌先から、涎をぼたぼたと零しながら、両腕に力を込める。
突撃を受ければミルに回避する術はない。

絶体絶命かと思われたその瞬間、ミルと葵の間に銀の光が割り込んだ。

「お前は、ブレイブスター!」

それはヒーローシルバースレイヤーの愛機。
ディウスに放り投げらた衝撃で、一時的にAIの思考ルーチンを損傷したが。
自己修復機能によりエラーを解決して復旧を果たしたのだ。

『お待たせしましたミル博士。ナハトリッターの命に従い首輪をお届けに参りました』


996 : 魔法使いの祈り ◆H3bky6/SCY :2014/11/25(火) 00:05:54 2dMgpZVc0


「――――DroS」

詠唱の完成と共に、魔王の手の内に漆黒の剣が顕現した。
いともたやすく行われた魔力の物質化という行為が、どれほど異常な技術であるかなど語るまでもない。

形状は両刃の西洋刀。
黒い刀身は魔王の体躯よりも一回り大きく、振うどころか持ち上げる事すら困難な大剣である。
だがディウスは魔界でも指折りの剣の技量を持つ剣士でもある。
それを片腕で振り上げ、目の前の怪獣へと向かってゆく。

その踏み込みは人知を超え神速。
振う腕は音速の壁を容易く突破し、刃の穂先は視認する事すら困難な速度で弧を描く。
その刃の振るわれた軌跡に存在するものは例外なく両断されるだろう。

だが、受ける龍もまた人知を超えていた。
全てを切り裂く一撃を前にして後退するのでなく前へと踏み込んでゆく。
そして自らを両断せんと迫る刃を、鱗の生えた手の甲で受け止めた。

ぶつかり合った刃と鱗が火花を散らし、鍔迫りのような形となる。
如何に魔王の一撃であろうとも、このドラゴモストロの鱗を切り裂くことなど叶わなかった。
例え主催者による制限を受け弱体化しようとも、ドラゴモストロの装甲が全参加者の中でも最強の硬度を持っているという事実に変わりはないのだ。

「PureWop」「NwoDesNefed」

鍔迫りを行いながらディウスが呪文を唱えた。
瞬間。赤い光がディウスを包み、青い光がドラゴモストロを包む。
プスと、刃が沈み鱗が裂けた。
裂け目は一瞬で亀裂となり、そのまま漆黒の剣が振り抜かれる。

ディウスが唱えた呪文は自信の身体強化と敵装甲の弱体化だ。
水爆すら寄せ付けぬドラゴモストロの鱗も、制限に加え魔法の加護により強度を落とせばディウスの実力があれば十分に斬れる。
魔法を駆使すれば、近接戦闘を最大の売りとしているドラゴモストロにすらディウスは優位に戦えるのだ。

振り抜かれた刃の勢いに、ドラゴモストロが僅かに後退する。
そして切り裂かれた手の甲の傷口をまじまじと見つめ、あふれ出る血液をペロリと舐めた。
この鱗が切り裂かれるなど、シルバースレイヤーと戦った時以来の事である。

「それじゃあ。こっちの番だぜ!!」

雄叫びを上げながらドラゴモストロが拳を振りかぶる。
何の捻りもない振り被ってただ殴る、それだけの攻撃だった。
無論、そんなテレフォンパンチを素直に喰らうディウスではない

「DlEihs」

一瞬で闇の盾が完成し、ディウスの左腕に掲げられる。
だが、敷かれた完全防御を目の前にしても、ドラゴモストロは一切の軌道変更をしなかった。
盾を避けるでもなく、そのまま愚直に拳を突きだし漆黒の盾にブチ当てる。

何かが破砕する炸裂音が響く。
漆黒の盾が中央から龍の拳に貫かれ、盾をぶち抜いた拳はその勢いのままディウスの顔面を強かに打つ。
何の魔力もない筋力だけの拳が、他でもない魔王の張った結界をぶち破った。
魔王と同じ世界の住民が見れば誰しもが腰を抜かす光景だろう。

「近接戦でオレに勝てるヤツぁいねぇよ」

ふんと豪快に鼻息を漏らし、打った拳を見せつけるようにガッツポーズをとるドラゴモストロ。
敵を倒すのに、小賢しい技術や千の技を使う器用さなどいらない。
どんな相手をも圧倒する筋力。
そしてどんな攻撃をも堪え切れる耐久力。
この二つがあれば十分に最強足り得る、それが龍次郎の掲げる最強理論だ。

「そのようだな」

接近戦での不利を認め、魔王はドーナツ状になった盾を打ち消した。
そして空いた腕に新たに右腕に握った大剣と同じモノを生み出した。

「あん? 二刀流なら勝てるとでも思ってんのかぁん?」

二刀になったところで、近接戦においてのドラゴモストロの優位は変わらない。
それはディウスも理解している。

「そうだな。二刀でも勝てんだろうな。
 ――――二刀、ならな」

ディウスの背に、羽を広げた孔雀のように黒い剣が広がった。
その数は八本。両手の分も含めれば十本の大剣が存在することになる。
その一本一本が手ではなく魔力によって操作され、空中に浮き上がった。

「では中距離戦と行こうではないか」

魔王が指揮者のように指を振い、踊る様に剣が舞った。
これが魔王ディウス、真の剣技――ソードダンスの始まりである。



空谷葵の視線は、現れた銀のボディに釘付けとなっていた。
それはミルに対する戸惑いとは違う。
本能しかないはずの少女が、その銀の輝きに本能を上回る何かを感じ取ったのか。
どういう訳か、その動きを止めていた。

「しうぁー、うぇいぁー」

そんな嗄れた呻きのような声を上げる。
その呻きの意味をミルには理解することができなかった。


997 : 魔法使いの祈り ◆H3bky6/SCY :2014/11/25(火) 00:06:48 2dMgpZVc0
次の瞬間、葵の体が砕け散った。
無数の黒い蝙蝠へと変化したのだ
蝙蝠はブレイブスター目がけて跳び、その銀の輝きに群がってゆく。
白銀の鉄馬があっという間に漆黒に染まる。

当然と言えば当然なのだが、ブレイブスターに目や触覚はない。
ならばどうやって周囲を判別しているかというと、超音波によるソナーと熱源感知によるものである。
だが、ディウスより受けた衝撃により熱源感知が壊れてしまったのだ。
故にブレイブスターは現状正確に周囲の状況を把握できないでいた。

ブレイブスターに分かるのは。
現在何者かが自らを操ろうとしているという事だけだ。
それが何者であるのかを知るべく、操縦者の生体認証機能を走らせる。
センサーの光が放たれる
瞬間、それに合わせたようにブレイブスターに群がる蝙蝠の一匹が眼球へと変化した。
その眼球に向けて網膜認証が行われる。

『96.87%個体名:空谷葵と一致』

主人である氷山リクの友人、空谷葵であるとブレイブスターは判断する。
ナハトリッターより得たテロリストに拉致され孤島に閉じ込められているという情報から緊急時と判断。
AIの自己判断により、自身の操作権を明け渡した。

黒に染まった鉄馬が奔る。
運転手はなく、周囲には纏わりつく様に黒い蝙蝠が群がっている。
まるで人馬一体化したような状態だった。
心を満たす獲物を得て、もはや粗悪な餌などに興味をなくしたのか、モンスターマシンは圧倒的な加速を始める。

「ま、待つのだ葵――――!!」

静止の声も虚しく、その姿はあっという間に彼方へと消えていった。

【D-9 草原/午前】
【空谷葵】
[状態]:食欲旺盛(腰から上以外の部位欠損)、再生中、人喰らいの呪
[装備]:ブレイブスター、悪党商会メンバーバッチ(2番)
[道具]:サイクロップスSP-N1の首輪
[思考・行動]
基本方針:血を吸いたい
1:できればおいしいの(若い女の子)がいい
※いろいろ知りましたがすべて忘れました
※人喰いの呪をかけられました。これからは永続的に人を喰いたい(血を吸いたい)という欲求に駈られる事になります。



命を貫かんを矢のように迫る十本の大剣。
それを前にドラゴモストロが両腕を振い、隙間なく放たれた十連撃を全て弾き飛ばした。
だがディウスがくぃと指を捻ると、弾き飛ばされた全ての剣がクルリと回転してその切っ先がドラゴモストロへと向き直る。

「そら、踊れ」

再び襲いくる十の黒剣。
今度は正面からではなく、前後左右から剣が飛ぶ。
ドラゴモストロは全身を使ってこれを捌くが、完全ではなくそのうち一本が背を掠めた。
背の鱗が裂かれ、僅かに血が滴り落ちる。
分かっていた事だが、この剣はドラゴモストロを斬れる。

剣の舞いは終わらない。
過ぎ去った先でまたクルリと軌道を変更すると再度ドラゴモストロへと一直線に向かってゆく。
ドラゴモストロが反撃を行おうにも、ディウス本体は一定の距離を保っているため届かない。
近づこうにも、それはディウスも警戒しているのか、守護者のごとく十本の黒剣がその行く手を塞ぐ。

「嘗ぁめんんじゃあああねぇえええええええよ!!」

ドラゴモストロの叫び。
弾丸の如き勢いで眼前に迫る刃を、ドラゴモストロは素手で掴みとった。
爪で弾き飛ばしたところで帰ってくるのならば、弾くのではなく受け止めればいい。
両腕でつかみ取った二本の剣同士を思い切り打ち付け叩き折る。
折れた剣は実態を失い、魔力となってその場から掻き消えた。

「流石だな。だが詰めだ」

剣を受け止め僅かに動きを止めたドラゴモストロの背にザクリと剣が突き刺さった。
そしてそれを合図に、墓標のように次々と剣が突き立っていく。
何本もの剣が刺さった様子はまるでハリネズミの様だった。

「む…………?」

戸惑いの声はディウスのモノだった。
ドラゴモストロに刺さった剣を押し込もうと魔力を流すが、どういう訳かそれ以上刺さらない。
いや、刺さらないどころか抜くことすらできそうにない。

「どうしたよ。これで終わりか、あぁああん!?」

全ての剣を背に受けながらドラゴモストロがディウスに向けて進む。
その強靭な筋肉によって固められ、剣が抜けなくなっていた。

魔王自慢のソードダンスですらドラゴモストロを仕留めるには至らなかった。
連戦に続く連戦により、この先を見越して無駄な消耗を避けるべく剣技を中心に挑んだが、どうやら出し惜しみをできる相手ではないようだ。

「EgrAhC」「EgrAhC」

二重詠唱により、ディウスの両腕が光り輝く。
ディウスはついに禁術を解禁した。


998 : 魔法使いの祈り ◆H3bky6/SCY :2014/11/25(火) 00:08:29 2dMgpZVc0
凄まじいまでの魔力の篭った両腕を突出し、手首を合わせるように構える。
それは砲台のようでもあった。
その尋常ではない様子に、ドラゴモストロも警戒を強めた。

だがそれは無意味だろう。
禁術の重ねあわせ。
魔道を極めたディウスを以てしても制御できるギリギリの最大攻撃である。
何をしようと、誰であろうとこの攻撃は防げない。

「――――――NonNacResaL」

余波だけで辺りの地形すら変えかねない白い閃光が迸った。
世界から音は消え。
世界は白に染まる。

世界すら塗り替えた閃光。
それに対して。

「―――――――――――!!」

ドラゴモストロは相撲取りのように腰を据えて、真正面から受け止めた。
足で地面を握りしめるように踏ん張って、歯を砕ける勢いで噛みしめる。
地面を削りながら後方に押し出され、鱗や肉、あらゆるものが彼方へと吹き飛ばされてゆく。

「ぉおおおおおおおおおおお――――――!」

閃光の放つ極音に負けぬドラゴモストロの怒号。
押し出す圧力に抵抗し、受け止めながら、一歩前へと踏み出した。

「墳――――――!」

気合の声と共に。
全身で受け止めた白い閃光を、抱きしめるように握りつぶした。

「ぅぷ――――ぁ!! ゲホッ、うっぷ…………ぁああッ!
 …………んだぁ、今のはぁ。まったくもって……効かねぇなぁ。蚊でも刺したか?」

受けとめた皮膚の表面は焼きただれ、肉体からは黒い煙がプスプスと上がっていた。
その熱は内臓にまで届いているのか、赤黒い血を吐いた。
無事な場所など見当たらない。
余裕の言葉は誰がどう見ても強がりである。

だが、事実として魔王の最大魔法をドラゴモストロは真正面から耐え切った。
ワールドオーダーの様にこの魔法を防いだ者は確かにいる。
だが、ドラゴモストロは防ぐのではなく耐え切った。
この禁術に対してこんな事をした馬鹿者は恐らくこの男が初めてだろう。
その衝撃は計り知れず、ディウスも思わず呆けた。

「オラァァアアアア!!!」

その間にドラゴモストロが迫る。
僅かに遅れ魔王もそれに気づくが、焦ることはないと己が心を落ち着ける。
だが相手は既に息の虫である。
あと一撃。
それで確実に仕留められる。

「EgrAhC」

ディウスが再び禁術を唱え、右腕が光り輝いた。

「二度も喰うかよ、ボケナスがぁ!!!」
「なっ!?」

だが、そうはさせじとドラゴモストロが大口を開け、光り輝くその腕に噛みついた。

この禁術は溜めて撃つというツーステップが必要なため他の術に比べ発動が遅い。
既に距離を詰めていたドラゴモストロのほうが一手速い。
勝負を焦りによって判断を見誤ったディウスのミスである。

魔力の詰まった右腕にドラゴモストロの牙が食い込む。
空気の張りつめた風船に圧力を加えればどうなるかなど、答えは一つ。
ディウスの右腕が暴発するように吹き飛んだ。

「ぐぉ…………ッ」

ディウスが失った片腕を押さえたたらを踏む。
だが、確かにディウスは片腕を失ったが、その爆破の衝撃を口内で受け止める事となったドラゴモストロにもダメージはある。
むしろどちらのダメージが大きいかと問われれば、それは後者だろう。
まともな頭をしていれば、ドラゴモストロの行動は愚かな判断だったと言わざる負えない。

「きふぁふぇなぁ」

だがしかし。
自慢の牙は全て吹き飛び、口から煙を吐いて、見るからにフラフラになりながら、
それでも呂律のまわっていない口で吠え、ドラゴモストロは避けた口で強気にニヤリと笑った。

「――――――プッ」

そして、口内で砕けた牙の欠片を、マシンガンのように吐き出した。
ただの礫でダメージを受けるディウスではないが、それでも僅かな隙を作るだけならば十分だった

ドラゴモストロが全ての力を込める様に拳を握り思い切り振りかぶる。
捻りを加えすぎて後ろを見るほどに振り被られた拳がロシアンフックの様な軌道で放たれる。
片腕を失ったディウスにそれを防ぐ手立てなどない。

「ごっ」

直撃を受けた魔王の体が大きく宙を舞った。
右角が完全に根元から叩き折れ、飛び石の様に地面を何度か撥ねる。


999 : 魔法使いの祈り ◆H3bky6/SCY :2014/11/25(火) 00:09:35 2dMgpZVc0
新スレに続く
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/14759/1416153884/l50


1000 : 名無しさん :2014/11/25(火) 00:49:08 2dMgpZVc0
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