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バーチャルリアリティバトルロワイアル Log.02
ここは仮想空間を舞台した各種メディア作品キャラが共演する
バトルロワイアルのリレーSS企画スレッドです。
この企画は性質上、版権キャラの残酷描写や死亡描写が登場する可能性があります。
苦手な人は注意してください。
■したらば避難所
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/15830/
■まとめwiki
ttp://www50.atwiki.jp/virtualrowa/
■過去スレ
企画スレ ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/13744/1353421131/l50
Log.01 ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/14759/1357656664/l50 <前スレ
■参加作品/キャラクター
7/9【ソードアート・オンライン】
○キリト / ○アスナ / ○ヒースクリフ / ●リーファ / ●クライン / ○ユイ / ○シノン / ○サチ / ○ユウキ
7/8【Fate/EXTRA】
○岸波白野 / ○ありす / ●遠坂凛 / ○間桐慎二 / ○ダン・ブラックモア / ○ラニ=VIII / ○ランルーくん / ○レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ
8/8【.hack//G.U.】
○ハセヲ / ○蒼炎のカイト / ○エンデュランス / ○オーヴァン / ○志乃 / ○揺光 / ○アトリ / ○ボルドー
4/7【パワプロクンポケット12】
○ジロー / ○ミーナ / ●レン / ●ウズキ / ○ピンク / ○カオル / ●アドミラル
5/6【アクセル・ワールド】
○シルバー・クロウ / ○ブラック・ロータス / ○ダスク・テイカー / ●クリムゾン・キングボルト / ○スカーレット・レイン / ○アッシュ・ローラー
4/6【ロックマンエグゼ3】
○ロックマン / ○フォルテ / ●ロール / ○ブルース / ●フレイムマン / ○ガッツマン
4/6【.hack//】
○カイト / ○ブラックローズ / ○ミア / ○スケィス / ●バルムンク / ●ワイズマン
4/5【マトリックスシリーズ】
○ネオ / ○エージェント・スミス / ○モーフィアス / ●トリニティ/ ○ツインズ
43/55
■地図
ttp://www20.atpages.jp/r0109/uploader/src/up0191.gif
■ルール
<ロワの基本ルール>
・最後の一人になるまで参加者は殺し合い、最後に残った者を優勝とする。
・優勝者には【元の場への帰還】【ログアウト】【あらゆるネットワークを掌握する権利】が与えられる。
・仮想現実内の五感は基本的に全て再現する。
・参加者はみなウイルスに感染しており、通常24時間で発動し死亡する。
誰か一人殺すごとにウイルスの進行が止まり、発動までの猶予が6時間伸びる。
・参加者は【ステータス】【装備】【アイテム】【設定】で構成されたメニューを表示できる。
また時刻も閲覧可。
・死亡表記は【キャラ名@作品名 Delete】
<支給品について>
・「水」「食糧」などは支給されない。
・参加者には地図とルールの記されたテキストデータが配布されている他、ランダム支給品が3個まで与えられる。
・アイテム欄の道具は【使う】のコマンドを使うことで発動。
外の物をアイテム欄に入れるには、物を手に持った状態で【拾う】のコマンドを使う必要がある。
・死んだ者の所持アイテムは実体化して、その場に散らばる。
また死体は残らず消滅する。
<武器防具の装備の扱い>
・自分のジョブ以外のものも手に持つことは可能。
ただし扱いに関しては全くの素人状態(杖なら魔法は使えない)
・防具の場合は触れることはできても着ることはできない(指定ジョブ以外の防具は防具として役に立たない)
・レベル、習得スキルの扱い→アバウトでいい。
・ゲームを越えての装備品も似た武器ならば自分のジョブに近い形で運用できる。
・武器防具のパッシブスキルは他ゲームのものでも発動する。
<イベント>
《1日目 6:00〜18:00》
【モラトリアム】日本エリア/月海原学園
校舎内は交戦禁止エリアとなる。
期間中に交戦禁止エリア内で攻撃を行っているプレイヤーをNPCが発見した場合、ペナルティが課せられる。
《1日目 6:00〜12:00》
【痛みの森】ファンタジーエリア/森
該当エリア内でのダメージ倍率が二倍になり、被ダメージの痛覚も増幅される。
加えてエリア内でPKした場合の獲得ポイントが二倍になる。
《1日目 6:00〜12:00》
【幸運の街】アメリカエリア全域
該当エリア内でPKを行った場合、ドロップするアイテムが一定確率でレアリティの高い物に変化する。
なお変化したアイテムを元に戻すことはできない。
<作中での時間表記>(0時スタート)
深夜:0〜2 朝:6〜8. 日中:12〜14 夜:18〜20
黎明:2〜4 午前:8〜10 午後:14〜16 夜中:20〜22
早朝:4〜6 昼:10〜12. 夕方:16〜18 真夜中:22〜24
<各作品に関するルール・制限>
【Fate/EXTRA】
・マスターは基本的にサーヴァントを伴って参戦。
・マスターが死ねば、サーヴァントも同時に脱落する。
・サーヴァントの宝具、武装は没収されない。
・主人公(岸波白野)の性別とサーヴァントは登場話書き手任せ。→決定済。登場SSを参照して下さい。
・サーヴァントは戦闘する際に、マスター側の魔力も消費する。
【ソードアートオンライン】
・まだ文庫化されていないweb版からのキャラ、アイテムの参加は不可。
【.hackシリーズ】
・八相はプロテクトブレイクするとHP∞は解除。
・憑神は一般PCにも見え、プロテクトブレイクされると強制的に一般空間へ。
・パロディモードからの参戦はなし。
【アクセルワールド】
・参加キャラたちは最初からデュエルアバターだが、任意でローカルネットのアバターも取れる。
・必殺技、飛行、略奪スキルは要ゲージで、あとは特に制限なし。
【パワプロクンポケット12】
・主人公の名前は書き手に任せ。→「ジロー」に決定しました。
【ロックマンエグゼ】
・バトルチップは他作品キャラも使用可、チップ単位で支給。
・一度使ったチップは一定時間使用不可。
・フォルテの「ゲットアビリティプログラム」は深刻なダメージを与えなければ発動しない。
【マトリックスシリーズ】
・スミスの分身能力は、心身に深刻なダメージを与えないと発動しない。
・ネオの身体能力(飛行、治療、第六感的な知覚)はある程度制限。
スレッド作成、及び前スレからの誘導作業、完了致しました。
スリープモードに移行します。
おお、乙です
新スレ乙です、現在地更新しました、画像版も添えておきます
ttp://www20.atpages.jp/r0109/uploader/src/up0250.jpg
現在地更新乙です
ですがキリト、シルバー・クロウの現在地はA-9
白野、ユイ、カイト(蒼)の現在地はE-7ですよ
新スレ及び現在地乙です
ではこちらに投下しますね
「クッ……」
ブルースは吐き捨てるように言った。
その視線の先には今しがた届いた一通のメールが表示されている。
記載された情報に対し思うことは幾つもあるが、何より無力感が胸に突き刺さる。
脱落者に名を連ねているロールの名。それは既にアドミラルとの一戦で覚悟していたことではあった。
あのどうしようもない小悪党の処理に手間取った結果、こうして無用な脱落者を出してしまった。
奴の証言を考えるにその犯行は恐らく自分と出会う前だ。それでもボルドーの対処に手間取らなければ未然に防げたかもしれない。
「ピンク、落ち着け」
心中に曇りを抱えつつもブルースは隣で膝を付くピンクに声を掛けた。
アドミラルに襲われた無力な一般人――であった筈が突如豹変した参加者。
人が変ったかのように剣を振るい、アドミラルの先を行く動きで彼をデリートしてみせた彼女だが、事が終わると呆けたように膝を付いていた。
そこに危うさを感じたブルースは極力刺激しないように会話を試みた。一応その名と大まかな境遇までは聞き出している。
問われたピンクは答えなかった。ただ呆然と虚空を眺めていた。
恐らくその先にメールが表示されたウインドウがあるのだろう。それを見た彼女は今何かを感じているのか。
ブルースにはまだ把握できていなかった。
森の中に静寂が訪れた。
その停滞した間に僅かに苛立ちを覚えつつもブルースは再度問う。務めて、冷静に。
「……あったわ」
するとピンクはぼそりと声を漏らした。
「三つ……まぁ、一つは私が倒したあのアドミラルっていう悪党だからどうでもいいんだけど、
あとは二つは……まぁそれなりの付き合いだったわね。ゲームでのチームメイト……」
ブルースは掛けるべき言葉が思い浮かばず、ただその拳を強く握りしめた。
ピンクはしばし黙っていたが「まぁリアルで特別付き合いがあったって訳ではないんだけど」と付け加えると、意を決したように立ち上がった。
そして握りしめた鞘を掲げ、
「これ以上、犠牲者を増やさないように頑張らないと。
私が、私とこのジ・インフィニティが」
そう口にした。
夜明けの光を受け鞘が僅かに煌めく。しかし腕が振るえ断続的に明滅する。
その姿を見たブルースは「落ち着け」と釘を差すように言う。
「何よ、アンタ」
「目先の感情に囚われ先走るな、冷静になれ。
お前は一般人だろう。勝手な行いをするのは止めろ」
「私は一般人じゃないわ……ヒーローよ」
ピンクはキッとブルースを睨み付けた。
それを軽くいなしながら、ブルースは少し威圧感を滲ませた声で、
「従え。暴走まがいのスタンドプレーは場をかく乱する」
「……でも」
「分かっている。状況が状況である以上、お前の戦力を眠らせるのは得策ではない。
しかしそのチップは『鞘に収めていればいるほど威力を上げる』という効果なのだろう?
ならば基本は後方で補助に徹するべきだ。ここぞというところで前に出ろ。タイミングは指示する」
言われたピンクは不満そうに口を閉ざしていたが、ブルースの言葉に一応は納得したのか、こくんと首を振った。
ブルースは短く息を吐く。これで目の前の不安定な一般人を手元に置くことができた。
本来ならあのとてつもない威力を持つチップは取り上げるべきなのだろうが、ピンクがそれを受け入れないことは容易に想像が付いた。
ならば管理下に置いた方がいい。そう判断してのことだった。
とりあえずピンクが自分に従ったのを確認した後、ブルースは次に取るべき行動に考えを巡らせた。
目下の目標であったアドミラルは既にデリートした。それはいい。時間を掛け過ぎてしまった、という点を覗けばだが。
既にこのバトルロワイアルが開始して6時間が経過している。それまでに自分がやったのは小悪党一人を討つことのみ。しかもあの侍と関係を持つと思しき犯罪者と最初に接触しておきながら、みすみす逃がしてしまっている。
これは叱責されるべき失態であり、ブルースは忸怩たる思いに駆られる。とはいえ立ち止まってもいけない。かといって焦る訳にもいかない。
今度こそミスすることなく迅速に行動する。そう胸に誓う。
では今後どう動くべきだ。カイトたちとの再合流を図ることは難しいだろう。時間が経ち過ぎている。
それに恐らくもうこの森には居まい。先のメールで通知されていた『イベント』がある。この森エリア内では二倍のダメージとポイントが得られるという特殊ルールだ。
要するにこの森は今から『死にやすく』そして『殺しやすくなる』訳だ。まともな神経を持つ者なら森には寄り付かなくなるだろう。まともな者なら。
(やってくるとするとすれば危険な犯罪者……ボルドーやアドミラルのような奴らだ)
これからこの森はそういった手合いが集まってくると考えて良い。
安全を考えるならばすぐに離れ、そして当初の目標であったウラインターネットを目指すべきである。
しかし、ブルースは敢えてそうはしなかった。
「ピンク」
「……何よ」
「俺はしばらくこの森に留まる。恐らくここはこれから犯罪者がどんどん集まってくるからな。
――待ち構え、斬る」
予定を変更し、ブルースはそう決めた。
このバトルロワイアルのシステム面や榊の調査も急務ではあるが、それよりもまず犯罪者の掃討をすべきである。
そしてその方針に当たって、この森は丁度いい。危険だからこそ留まる価値がある。
ここ六時間の経験を踏まえての判断であった。
とはいえピンクのこともある。戦意を燃やしてはいるが、彼女はオフィシャルでなく一般人に過ぎない。
もし彼女がその危険性を嫌がるのならば、別の方針を考えるつもりであった。
しかし、言葉を聞いたピンクは、嫌がるどころか目を輝かせて、
「悪い奴らをぶっ倒そうってのね。いいじゃない! やるわよ、私」
そう言ってのけた。
それを見たブルースは確信する。目を放す訳にはいかない、と。
しかしそこでは敢えて何も言わず、森の中へ歩いて行った。後ろではピンクが意気揚々と歩いてくる。その手には薄く煌めく長刀があった。
◇
「助けて下さい!」
それから間もなく、一つの声が森に響いた。
ブルースは身を固くし、声がした方向を見た。幾重にも重なる木々の迷宮の中から行くべき道を見出し、ブルースは駆け出した。
地を蹴り、地上に張る根を越える。その手は既にソードを発現させている。ピンクが後方に追ってきていることも分かっていた。
そうして彼がその場で見たのは、森の中に倒れ込む宵闇色のネットナビだった。
彼は少年のような高い声を漏らしながら、痛みをこらえるように己の腹を押さえている。
「どうした。何があった?」
ブルースは駆けより声を掛けると、彼は「あ……」と安堵したように漏らした。
「お、襲われたんです。僕はただ……歩いていただけなのに」
「襲撃者の特徴は?」
「赤い服を着た……拳銃を撃つ女」
状況的に近くにまだ敵がいる。そう判断したブルースが周りを伺い気配を探る。
と、そこでピンクが追いついてきた。戦意を滾らせた言葉を漏らしつつ彼女はきっと周りを睨んだ。
「何処よ! 悪者は」
「落ち着け。まだ近くに居る筈だ。お前はこのナビを守ってい――」
言い終わらぬうちにブルースは何かを察した。何か、鋭く差し込む殺意の気配を。
ブルースはさっと身を翻し、ピンクとナビを守るようにシールドを展開した。一拍遅れて衝撃が来る。攻撃だ。感触からしてバスターの類と当たりを付けた。
「あらら、分かってちまったか。アンタ、どうやら結構やるようだね」
その声は森の奥からゆっくりとやってきた。
見ればそこには胸元の大きく開いた赤い服を身に纏った妙齢の女性が居た。
巨大な傷が走るその顔には獰猛な笑みが浮かんでおり、鋭い威圧感を放っている。
彼女はその手に持った拳銃をブルースに向け言う。
「でもまぁ、ここで終わりだね」
目の前の女が危険人物だということは容易に想像が付いた。倒れていたナビのいう特徴にも合致しているし、疑う余地はない。
まさしく待ち構えていた悪党という訳だ。
「アイツ……!」
「下がっていろ、ピンク」
隣りで息巻くピンクを制し、ブルースは前に出る。
「一応聞いておく。貴様はここで見境なしに悪事を働くつもりか?」
「あん? アタシにそれを聞くかい。答えは言わなくても分かるだろう? アタシは悪党さ。それに文句があるってのかい?」
「ない。斬り捨てる。それだけだ」
言ってブルースはソードを構えた。青白い閃光が暗い森の下で揺れる。
女は哄笑し、弾丸を放ってきた。重なる銃声。それが戦いの合図となる。
女が放つバスターに対し、シールドで受け止めることは容易だ。その連射性や射撃の正確さは確かなものだが、それを見切れぬブルースではない。
だが、敢えてブルースはシールドを展開しなかった。地を蹴り、赤い影となって女へと迫る。
弾丸と弾丸の合間を縫うように走る。女もただ無闇に弾丸をばら撒いていると見せかけてはいたが、その実しっかりと狙った場所に弾を撃ち込んでいる。
例えば女は弾丸の一面に、一角だけ逃げ得る配置を作っている。そこに安易に逃げ込もうものならば、一拍遅れて放たれた弾丸が待っているという寸法だ。
ブルースはそこまで読んだ上で間一髪のところで弾丸を避けていく。身を掠めたとしても足を止めることはしない。一瞬でも止まれば大量の弾丸がその身に叩き込まれるだろう。
そうして行われた攻防を制したのは、ブルースであった。
弾丸を避け切ったブルースは女へと迫る。既にソードが届き得る間合い――即ちブルースの間合いだ。
弾丸の雨を潜り抜け、彼はここまで辿り着いた。
「はっ、やるねぇ!」
そこまで入り込まれたにも関わらず女は焦る素振り一つすることなく、それどころか寧ろを楽しげに笑って見せた。
ブルースがソードを振るう。迫りくる青い閃光を女は舞うように避け、時にはその銃身で受け止めていく。そこには熟練の動きがあった。
しかしブルースとて並の腕前ではない。非凡な才能を持つ少年、オフィシャルネットバトラー伊集院炎山の絶対的なパートナーである。
ソードが煌めいた。
「うぐっ!」
接近戦での技術でブルースは女の上を行った。
ソードを一閃され女は苦痛に顔を歪める。致命傷には至らなかった筈だが、ダメージが行った筈だ。
とはいえ女もそこで動きを止めるような愚かな真似はしなかった。地を蹴りブルースから離れようとする。ソードの展開にチャージを要するブルースはそれに追撃することができなかった。
「観念しろ。貴様はここで俺が斬る」
「……やれやれ、中々面倒なのが釣れちまったね。こんな手練れな正義漢とはね。
あの子とは本気さが違うねぇ――ま、どっちが勝つかは意外と分からないもんだけど」
女はそこで再度哄笑し、そして身を翻し去ろうとする。
ブルースは間髪入れず追いかける。恐らく速さでもこちらが上――逃がすことなく、仕留める。
その筈だった。
「……何?」
しかし、ブルースは突如として女の姿を見失った。
追おうとした途端、彼女の姿がふっと消えてしまったのだ。木々の影に隠れたとは思いにくい。それほど距離は離れていなかったのだ。
ならばインビジブル系のチップを使ったのか。そう考えたブルースは奇襲に備え、足を止め周りに警戒の視線を向ける。
「…………」
しかし何も来なかった。しんと静まり返った森があるだけだ。
逃げられた――その事実がブルースに屈辱を味あわせる。悪を斬ると誓った矢先にこれだ。これでは今までと何も変わりはしない。
拳を握りしめ苛立ちに震えていたブルースであったが、ピンクたちを置いてきたことに気付き急いで元の場所へと戻ることにする。
その胸中に靄のように立ち込める苛立ちと屈辱は晴れないが、今は行動しなくてはならない。
「ありがとうございます」
そうして戻って見ると、開口一番そう言われた。今しがた助けた闇色のナビだ。
それに対し「オフィシャルとして当然のことをしたまでだ」と短く返す。そう当然のことなのだ。犯罪者をデリートする程度のことは。
その筈にも関わらず、またしても逃がしてしまった。
「何、逃がしちゃったの? 私が行けば倒せたのに。
――このジ・インフィニティで」
そう鞘を掲げ意気込むピンクを尻目に、ブルースは闇色のナビに声を掛けた。
「立てるか?」
「はい。大丈夫です。襲われましたが、すぐに貴方方が助けに来てくれましたので」
「そうか。では幾つか聞きたいことがある」
ナビの状態が予想よりもずっと良好だったこともあり、彼は間を置かず事情を聴くことにした。
受け答えや佇まいを見るに事態に錯乱しているということもない。これなら問題なく情報を聞くことができるだろう。
ナビは従順に頷いて、
「分かりました。色々話します。助けて頂いた身ですし」
「気にするな。職務を果たしただけだ。では先ずお前のことだが……」
「ああいえ、ちょっと待ってください」
そこでナビはブルースの言葉を遮り、
「その前にやることがあるんです――僕らにはね」
そう口にした。
その声色は外見にそぐわず少年らしいボーイソプラノであったが、同時にその根底には粘りつくような陰湿さがあった。
訝しんだブルースが問い質そうとした瞬間、
「砲撃用意――」
背後から聞き覚えのある声が響いた。
@
爆音が響く直前、ブルースはピンクを守るようにしてシールドを展開した。
デフォルトの武装としてインストールされているそれは限りなく発動までにノータイムに近いラグしかない。
空間に円盤状のフレームが浮かび上がり紅いテクスチャが張られる、その一瞬の間にブルースは見た。
消え失せた筈の赤い女が、空に浮かぶ金色に輝く砲台を背に笑みを浮かべているのを。
どういうことだ、という疑問が胸に湧き上がるのと同時に、女が背負う砲台が火を吹いた。
熱帯びる衝撃がシールド越しに伝わってくる。その威力は先ほど見せた弾丸の比ではない。
それを受け止める最中、ブルースは闇色を見た。
「何よ、アンタ――」
混乱したピンクの声を上書きするように「ふふっ」と厭な笑い声が聞こえた。
それが今しがた助けた筈のナビの物だと分かった瞬間、ブルースの背中に痺れるような緊張が走った。
「もう一発喰らいなぁ!」
「《魔王徴発令》」
間髪入れず赤い女が二撃目を放とうとする。
同時に背後から絡みつくような悪意を滲ませた声がした。
とはいえブルースは動けない。前からの砲撃を受け止めるのに手いっぱいで背後に迫る危機に対応できない。
「何よこれ」
シールドを展開し再度女の攻撃を受け止める。それを必死に抑えつつも、後ろから迫る黒い影にはどうすることもできなかった。
ただピンクの声が事態が逼迫していることを示していた。
「くっ……ピンク! 退くぞ」
砲撃を受け切ったのと同時に、ブルースはピンクの腕を引き地を蹴った。
とにかく状況を立て直さねばならない。敵から距離を取らなくては。そう判断したブルースは機敏な動きに場を後にする。
途中背後から銃撃が来た。何発かはブルースの身を捉えていたが、ダメージを無視して走った。
逃げに徹したブルースは速かった
幸いにして追撃は来ず、しばらくしてブルースは敵から逃れたと判断した。
「……何だったのよ」
ピンクは膝を付き言った。
その声は困惑に震えている。急変した事態に付いていけないのだろう。
「簡単なことだ。奴らは組んでいたということだ、最初からな」
「それって……あの赤い女と黒いロボットが!?」
「ああ、状況からしてそれしかないだろう」
思えば自分たちはあの黒いナビが実際に襲われたところを見た訳ではない。
助けを求める声を上げることで、集まってくる他の参加者を襲う算段だったのだろう。
守られる弱者と認識されたところで身を翻し、女と挟撃する。そんな目論見だったに違いない。それに自分たちはまんまとハマってしまった。
「自作自演って訳ね……」
何か思うところでもあるのかピンクは言葉尻を濁らせた。
それが何なのかは分からないが、彼女にとってこのやり口は身に覚えのあることだったらしい。
「助けを求めると見せかけて襲ってくるなんて、そんな奴らもこのゲームには居るのね。
アドミラルみたいな短絡的な奴だけじゃなく」
「ああ、そうらしい。ところでピンク、奴に何かされていたようだがダメージはないのか?」
「うーん……何か吸われるような感じはしたんだけど、私自身にはとくに何もないわね。HPも別に減ってないし」
ピンクは首を傾げながら言った。ジ・インフィニティ鞘がかちゃりと音を立てる。
確かに何ともなさそうではあった。敵は土壇場で攻撃に失敗したということだろうか。それとも後から影響が出てくるタイプの攻撃か。
(何にせよ……警戒しなくてはならない。この場にはよりああいった搦め手を使ってくる犯罪者も居る。
弱者と見えても、その実深い悪意を秘めているような、下劣な輩が)
見極めなくてはならない。一見して害意はなくとも、警戒を怠らず接し、万が一悪であると分かった時には――斬る。
ブルースはそう胸に誓った。
背中では先程受けた銃撃の痛みが続いている。
イベントの影響もあって威力が上がっているそれは、決して無視できるようなダメージではない。
ブルースは身を苛む痛みにひどく苛立ちを覚えていた。
【E-5/森/1日目・朝】
【ピンク@パワプロクンポケット12】
[ステータス]:HP100%
[装備]:ジ・インフィニティ@アクセル・ワールド
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜1
[思考]
1:悪い奴は倒す。
2:一先ずはブルースと行動
[備考]
※予選三回戦後〜本選開始までの間からの参加です。また、リアル側は合体習得〜ダークスピア戦直前までの間です
※この殺し合いの裏にツナミがいるのではと考えています
※超感覚及び未来予測は使用可能ですが、何らかの制限がかかっていると思われます
※ヒーローへの変身及び透視はできません
※ロールとアドミラルの会話を聞きました
※魔王徴発令でアイテムを奪われましたが気付いてません。
【ブルース@ロックマンエグゼ3】
[ステータス]:ダメージ(小)
[装備]:なし
[アイテム]:不明支給品1〜3、基本支給品一式 、アドミラルの不明支給品0〜2(武器以外)、ロールの不明支給品0〜1、ダッシュコンドル@ロックマンエグゼ3
SG550(残弾24/30)@ソードアート・オンライン、マガジン×4@現実
[思考]
基本:バトルロワイアル打倒、危険人物には容赦しない。
1:悪を討つ。
2:森で待ち構え、やってきた犯罪者を斬る。
「まぁこんなもんですかね」
「おや? 襲撃は失敗したみたいだが、別にいいのかい?」
「構いませんよ。今回の第一目的はPKじゃなく、僕と貴方の立ち回り方の確認ですから」
襲撃を終えた能美はそう言って見せた。。その口調は余裕を滲ませていた。否、滲ませようとしていた。
ドレイクはその様子に微笑を浮かべつつ、自らのマスターの話に耳を傾けていた。
今回の襲撃――能美が襲われた振りをし、やってきた別のプレイヤーを挟撃するという策だ。
ドレイクが一見して一プレイヤーに見えること、自由に霊体化で姿を消せること、それらを活かした作戦である。
有効な策ではあるが、問題点もある。他の参加者を引きつけることで複数の「乗り気な」プレイヤーを引き寄せかねないところである。
そうなれば逆にこちらが追い詰められてしまう。その為逃走経路の確保もしておく必要があった。
がしかし、実際やってきたのは善人ども――ブルースらであり、その心配は杞憂に終わった。
そして挟撃した訳だが、結果として逃がしてしまった。
その訳を訪ねると能美は「ゲージが足りなかったので」と答えた。
「やはりSon……Servant On時のゲージ管理の方法を考えないといけませんね。
貴方が破壊したオブジェクト分もゲージは回復するようなので、戦闘続行には問題ないと思いますが、貴方か僕、どちらかがスキルを使おうとすると途端に苦しくなる。
いっそSon時はゲージ回収と割り切り、溜まりきったところでSoffに移行、僕が必殺技を使用しトドメを刺す、というのもありですかね。
逆にSoffを基本として、奇襲としてSonにするというのもありですが」
「そうかい。ま、戦略的なことはマスターに一任するさ。アタシは副官だからね」
「勿論です。貴方が口出しする必要は一切ない。僕としてはこんなみみっちい立ち回りの仕方にあまり注力したくはないのですがね。
英霊……そのデータをもう少し研究したいところです。ゲームでなく、現実に役立つ手段としてね」
そう言って能美は嘗め回すようにドレイクを見た。
その値踏みするかのような目は物を見るそれだ。人を見る目ではない。実に厭な、悪党特有の濁った色をしている。
ドレイクはそれを涼しい顔で受け流した。確かに悪党の視線であるが、しかしこんなものライダーが経験してきた並み居る悪党に比べれば可愛いものだ。
(ま、それでもシンジよりはいやらしい感じだねぇ。性根のねじ曲がり方では良い勝負だろうが)
今後の策を練っているらしい能美に、ドレイクは一つだけ尋ねることにした。
「ノウミ、一つだけ聞かせな」
「……何です、鬱陶しい」
「アンタ何でさっき火炎放射を使わなかったんだい?」
当初の予定では挟撃の際、能美は《火炎放射》を使う筈だった。
高威力高範囲を誇るスキルであるそれを使っていれば、あるいはブルースたちを仕留めることができたかもしれない。何せ彼らは完全に無防備だったのだから。
しかし彼は打ち合わせと違い、《火炎放射》ではなく《魔王徴発令》を発動した。赤い剣士に守られていた女にヒットさせたようだが、何故そうしたのか。
「……女の持つあの刀、あれがどうやらとてつもない強化外装のようでしてね。女が大層大切そうに握っていたんです。
それを目の前で奪って見せたらどんな顔をするのか、ちょっと見てみたくなりましてね。まぁ目当てのものは奪えませんでしたが」
「はっ、その為にスキルを変えたってか」
「言ったでしょう。今回、彼らのPKは二の次だと。戦術の有効性が確認できるなら何でもよかったんです」
能美は吐き捨てるように言った。そしてそれ切り話は終わりだとでもいうように、口を噤み顔を背けた。
その様子を見てドレイクは微笑を浮かべる。
(結局、この子もシンジと同じだねぇ。どうしようもない悪党だが、どこまでいっても小悪党って訳だ。
それともただの捻くれた子どもか)
能美はああ言ったが、それでも他のプレイヤーを減らすことができるならそれに越したことはない筈だ。
その機会を彼は逃した。自分の幼稚で下らない願望を満たす為だけに、だ。
陰湿で周到な策を講じることができる知能と、子どもの低レベルな感性が同居している。そのアンバランスさこそがこのマスターの特徴かもしれない。
慎二と同じだ。何かに欠乏している節があるところも含めて、彼らは似ている。
そして似ているからこそ分かる。慎二も能美も、ロクな死に方をしないだろうということを。
(もう少し時間があるなら別かもしれないだろうが、こんな場所じゃあね)
と、そこでドレイクは気付いた。顔を背けた筈の能美が、ちらちらと自分の方を伺っていることに。
最初は何かと思ったが、視線を追っていく内に気付いた。そして弾けるように笑った。
「ハハッ、ノウミィ……アタシの胸見てんな」
「……馬鹿なことを、そんな訳な――頭を撫でるのは止めてください、止めろと言っているでしょう、酒くさ――」
「成程ねぇ、アンタもこういうのが年頃って訳だ」
嫌がる能美を豪快に笑い飛ばしながら、ドレイクは思った。
能美は慎二より少しだけ大人かもしれない、と。慎二はまだこういうことには興味がないようだったから。
(ま、どの道子どもであることには変わりないがねぇ……我が司令官、マスターは)
【E-5/森/1日目・朝】
【ダスク・テイカ―@アクセル・ワールド】
[ステータス]:HP60%、魔力消費(極大)、令呪三画
[装備]:福音のオルゴール@Fate/EXTRA
[アイテム]:不明支給品1〜3、基本支給品一式
[思考]
基本:他の参加者を殺す
1:憑神そのもの、あるいはそれに対抗できるスキルを奪う。
[サーヴァント]:ライダー(フランシス・ドレイク)
[ステータス]:HP70%、魔力消費(中)
[備考]
※参戦時期はポイント全損する直前です。
※サーヴァントを奪いました。現界の為の魔力はデュエルアバターの必殺技ゲージで代用できます。
ただし礼装のMPがある間はそちらが優先して消費されます。
投下終了です
投下乙です
とりあえず前哨戦は悪党コンビに軍配は上がったが因縁が生れれフラグが立ったなあ
互いのコンビが今後どう動くか気になる引きもあっていいねえ
投下おつ
いいねぇ姐さん&能見コンビ
この二人好きだわ
投下します
……メールは不気味なまでに無機質な文体で綴られていた。
事務的な連絡の他、殺し合いの途中経過、そして今後に開かれるイベントの数々。
それら貴重な情報をただの娯楽のそれのように告げるメールは、何とも悪趣味なものだ。
嫌悪感が胸の奥底から湧き上がる。だがそれよりも胸中を席巻する強い困惑があった。
『マスター、これは……』
霊体化したアーチャーが言葉を漏らした。
何を言いたいかは分かっている。殺し合いの途中経過――脱落者の名に知った名があったのだ。
――遠坂凛
ある時は聖杯戦争終盤に立ちはだかる敵であり、またある時は最後まで寄り添う友であった彼女が、脱落者のリストに名を連ねていた。
『リンが落ちたか……これはその、少し意外だな』
『そうですねぇ。あの方、バイタリティは高そうでしたし』
セイバーやキャスターも各々の感想を述べている。
大体皆の感情は同じようであった。困惑だ。
確かに遠坂凛は友人であった。それは今まで蓄積されたどの記憶でも共通している。
それ故にその脱落を悲しむ気持ちは勿論あるが、しかし自分達にその資格があるのかという考えも過るのだ。
何故なら、自分が彼女を殺したこともまた、事実なのだから。
聖杯戦争六回戦。
残りマスターは四人となり校舎も随分と寂しくなっていたのを覚えている。そんな中で自分の相手となったマスターは姿を巧妙にくらましていた。
既に脱落し協力者となっていた凛/ラニと共に、マスターの正体を暴いた。その正体こそ他でもないラニ/凛であったのだ。
……駄目だ。やはり記憶が混在している。
凛と共にラニと戦った記憶も、ラニと共に凛と戦った記憶も、共に自分の意識の中に刻み込まれている。
どちらかが正しいか、という話でもないのだろう。どちらも正しく、どちらも確かにあったことなのだ。
凛を生き残らせることを選んだ岸波白野ならば、きっと彼女の死に悲しむことに何の抵抗も抱きはしないだろう。
しかし同時に自分は遠坂凛と相対し、そして覚悟を以て殺した岸波白野でもあるのだ。
何と、何という思いで自分は彼女の死を受け入れればいいのあろうか。
そんなことすら分からない
本当に、岸波白野(じぶん)は何とあやふやな存在であるのか。
じぶんとは一体何なのだろう。
岸波白野というデータが幾重に別れて偏在していても、じぶんは一つしかない。
ならここにいる岸波白野(じぶん)は一つなのか、それとも沢山のデータが重なっているだけのなのか。
どこまでがじぶんといえる。別の選択した岸波白野はもはや別の岸波白野ではないのか。
それを全部合わせてじぶんと、どうしていえるだろうか。
キシナミハクノとじぶんの
その境界は――
『マスター』
ふとアーチャーの声がした。その言葉に岸波白野(じぶん)はふっと我に返る。
自分は今、どこに居た?
その困惑を見下ろしながら、アーチャーはゆっくりと言った。
『君の気持ちは分かる。私も様々な記憶が混在している身だからな。
こと遠坂凛に関しては、幾つもの筋道に分岐した記憶がある。
そのどれが正解という訳もないが、しかし凛は私たちにとって良き好敵手であり友人だった――それは間違いないだろう?』
……そうだ。
幾つにも分岐した記憶。自分と凛の関係には様々なパターンはあったが、しかしそのどれにおいても、凛は自分を助けてくれていた。
何も分かっていなかった自分に手を差し伸べ、ヒントを与えてくれた。最終的に敵対することになり彼女を討った場合でも、恨み言一つ漏らすことはなかった。
ああだから、自分はこうも苦しいのか。
身近で強い、一人の友を失ったことが、一重に辛いのだ。
どの岸波白野(じぶん)にとっても、それは確かなことだ。
「アァァァ……」
目の前でカイトが声を漏らした。
会った頃は何の意味合いも掴むことができなったその声だが、しかしこうして共に過ごしている内に何を言わんとしているのか、おぼろげながら分かってきた気がする。
喜怒哀楽の大まかな判別、程度の話だが、彼は決してエネミーのような魂なきプログラムではない。
例えば今は、自分を気遣ってくれている。
『そうだぞ、奏者よ。リンのことは大いに悲しめばいいのだ。迷うことなどない。余が許す。
余もあやつのことは、その、そう悪くは思っていなかったからな!』
『そうです、ご主人様。元々それ以外のリアクションはありえませんよ。
あの方は共闘を断ったらバッド直行系ヒロインな訳ですし、ルートごとの扱いが違い過ぎて反応に困るなんてこともありません』
サーヴァントたちの声も聞こえる。みな自分を気遣ってのものだ。
『……私には何の因果か、彼女と共に戦っていた感覚もある。ここではない別の物語の話だがね。
その因縁に思うところがない訳ではないが、だが今ここに私は君のサーヴァントだ。
彼女の死は悲しむべきことだが、今ここにいる私たちは立ち止まっている訳には行かない筈だ』
ゆっくりと紡がれるアーチャーの言葉に意を決して頷く。
立ち止まる訳にはいかない。それもまた、確かな事実なのだ。
慎二やダン卿、ありす、ランルーくん、ガトー、レオ、それに凛やラニ、その死を自分は見てきた。
その命を乗りこえてでも、進むべきと思った岸波白野(じぶん)が居たからこそ。
その集積である筈の自分もまた、立ち止まる訳には行かないのだ。
サーヴァントやカイトたちに向き直り、もう大丈夫と告げた。
と、そこで気付く。
ユイだ。ユイの声がしない。
何時もなら真っ先にこちらを気遣いそうな、天使のような彼女が、ここに到って一言も発していない。
そのことが何を意味するのかは、彼女の顔に浮ぶ呆然とした表情が全て物語っていた。
――しまった。
何故自分のことしか考えなかったのだ。
ユイもまた、誰かを失ったかもしれないという可能性に、全く思い当らなかった。
彼女は開かれたウィンドウを見つめたまま微動だにしない。
ただ虚空を見つめたまま、表情を変えず静止している。どんな言葉を掛ければいいのか、全く分からなかった。
「……知ってはいるんです」
ぽつりと。
ぽつりとユイは口を開いた。
「どんな反応をすればいいのか、親しい者が死んでしまった時にどんな反応をするのが正解なのか。
私が収集したデータの中でも沢山のサンプルがあります。その反応データは、アインクラッドの中では溢れるほど取れましたから」
それまでのユイの口調とは打って変わってそれは、平坦で無機質な、実に機械的な印象を与えるものだった。
「でも、私はその正解だと思う反応を取ることに、抵抗があるんです。
死を、熱いものに触れたら急いで手を離す、みたいな当然の反応と同列の反復動作で処理することに。
存在が消えてしまうこと――死を、どう処理するのか、私の中で葛藤があって……」
彼女は再びそこで口を噤んだ。何をいえばいいのか分からなかったのかもしれない。
自分と似てはいる、しかし違う葛藤だった。
彼女が単なるAIでなく、人間性とでもいうべきものに限りなく近づいていた存在であるが故の葛藤だった。
人かプログラムか、意識の境界線上に彼女は居る。
◇
「ご迷惑、お掛けしました」
しばらくして、ユイは神妙に頭を下げた。その声音は既に何時ものそれに戻っている。
結局ユイがどうやって死を処理したのかは分からなかった。きっと彼女の中で葛藤があり、一つの折り合いを付けたのだろう。
あるいはまだ迷っているのかもしれない。しかしそのことを敢えて問い質そうとはしなかった。
結局のところ、彼女自身でなくはこの問題に答えは出せないだろう。
ユイのの話によれば、自分はAIの中でもボトムアップ型と評されるものであり、対するユイやカイトはトップダウン型の構造であるという。
思考の構造が根本から違うということは、正直な話よく分かっていなかった。ユイは勿論、最初はコミュニケーションが取れなかったカイトでさえ、今ははっきりと人として接していたのだから、そこに違いがあると言われてもピンとは来なかったのだ。
しかしここに来て、その構造の違いというのが垣間見えた気がする。
話によれば、ユイもまたよく知る人物の死が告げられたらしい。
【リーファ】と【クライン】がそれに当たるようで、それを告げる際のユイはまたしても機械的な口調に戻っていた。
そして平静を保っていたように見えたカイトもまた、その実ひどく困惑していたらしいことが分かった。
彼もまた知る名が二つあったという。【バルムンク】と【ワイズマン】の二名だ。
【バルムンク】の方は心当たりのある人物が二名居るらしく、彼がよく知る方の【バルムンク】であるのなら自分と似た存在故修復も可能であると言っていた。
ただ【ワイズマン】と彼のよく知らない方の――AIの基となった【バルムンク】の方と、彼との関係が中々複雑であるらしく、判断に困るとのことであった。
AIとして、彼もまた処理に困っていたのだった。できれば主に判断を仰ぎたいとのことだ。困惑しつつも他者の気配りを忘れない辺り、彼のAIとしての「人の良さ」のようなもの分かる。
……しかし、何とも難しいものだ。
自分は岸波白野(じぶん)のデータが混在することにより、危うく自我を見失いそうになった。
ユイはAIとして完成されているが故に、その処理に抵抗を覚えた。
カイトは複雑極まりない処理を行うことに困惑していた。
ここに集まった皆は、サーヴァントたちも含め、生身の肉体というものを持っていない。
だから生きていない、なんては全くもって思いはしないけど、しかしこんな悩みを持つのはデータだけの存在だからだろうかと思ってしまう。
『……マスター』
アーチャーが少しだけ急かすように呼びかけてきた。
分かっている、と目で返す。先ほど立ち止まっている暇はないと言ったが、あれはより実質的な脅威があるという意味でもあるのだ。
メールには脱落者以外にも記載されていた情報があった。イベント、と呼ばれるそれらは殺し合いを促進させる効果があるように思えた。
『思いっきり森の中ですもんね、ここ』
キャスターが言う通り、今自分たちが居るのは森の中――【痛みの森】イベントの真っただ中である。
ダメージが上がるという、平たくいえば死にやすくなるイベントだ。あまり消耗せずに月海原学園に行きたい身としては絶対に避けて通りたいイベントである。
幸いにして森から脱出することだけを目指すのなら、そう時間は掛からないだろう。
「はい、分かりました。ナビゲートします」
こちらの意図を察したのか、胸元からユイがそう述べた。
彼女は気丈にも微笑みを浮かべている。心配を掛けないように、という配慮なのだろう。
礼を言って、彼女のナビゲート通り移動を始めることにした。
しばらく無言で森を進む。あまり音を立てないように、慎重に。
その最中で考えるのは、今までこの場で出会った参加者のことだ。
ありす、ダン卿、そして今しがた名を告げられた凛。
皆、自分が良く知る人物たちだ。こうまで続けば疑う余地はないだろう。恐らく榊は聖杯戦争で自分と戦った者たちを参加させている。
何故そんなことを、というのは分からないが、状況的に考えてそれは間違いない。カイトやユイにも知り合いがいたように、このデスゲームはある程度知り合いを集めて参加者としているようだ。
問題は彼らと協力できるか、ということだ。
カイトとエンデュランスは、元は敵対し合う関係でありながら、非常に穏便に接触できた。
自分もできればそうしたいのだが、ありすとダン卿とは残念ながらそうは行かなかった。
難しいのは分かる。元々聖杯戦争という場で殺し合い、そして自分が打ち勝ってきた者たちだ。
わだかまりがあるのは否めないが、それでも何とか――
「ハクノさん。近くに人がいます」
不意にユイがそう告げた。
こちらを見上げるユイによると、このエリアの近くに参加者居るらしい。
「でもどうやらこの人たち……隠れてるみたいなんです。待ち伏せというよりは、本当に身を休めてる感じで……」
隠れている。それを聞いて、正直、迷った。
本当なら無視して行ってしまう方が安全なのは分かっている。
それでも思ってしまった。
もしかしたら隠れているという彼らは戦う力を失い、危険な森の中を恐怖に震えながら隠れているのではないかと。
ならば、助けに行かなくては。
無論、そうでない可能性もある。PKと呼ばれるものたちが、ただ力を溜めているだけなのかもしれない。
それでも、思ってしまったのだ。
『む、奏者よ。そやつらを助けに行くつもりか?』
考えを察したのかセイバーが、そう問いかけてきた。
しばらく逡巡していたが、結局――
>助けに行く。
無視する。
『ふむ、そうか。構わんぞ、奏者よ。そなたならそうするであろうことは余はお見通しであった。
なに、その判断を恥じることはない。寧ろもっと誇るが良い。それでこそ余の奏者なのだからな!』
セイバーの言葉に、思わず笑みを浮かべてしまう。
確かにもうサーヴァントたちとも結構な付き合いだ。自分がこういう時どんな行動を取るのか、もう分かっているのだろう。
『な、何を笑っているのだ。余はそのだな……気を効かせて言ってやったのだぞ。
何時も言っているであろう、奏者のそういうところは悪くないどころか寧ろ良いと……』
『はいはい、さっさと行きましょうご主人様。どうせ展開は見えてましたし』
『な! 今のは余と奏者だけの会話だぞ。何故貴様が入ってくるのだ』
『ツンデレにもなり切れてないデレデレ台詞なんか聞きたくねえーです! そこんとこ面倒だから話を進めちゃいましょう』
『ぐぬぬぬ、この女狐めが……!』
顔を突き合わせるセイバーとキャスターに苦笑しつつ、言葉通り彼らの下へ向かうことにした。
ユイのナビゲートに従って近づく。言うまでもなく警戒は怠らずに。
そうして森の奥に居たのは――
「……何だよ、誰かと思ったら岸波かよ」
会うなり吐かれた悪態を聞いた途端、奇妙な懐かしさがこみ上げてきた。
ああ……そうか、やはり彼もここに居たのか。
驚きはなかった。今まで出会った参加者の傾向から行っても、ここで彼が現れるのは寧ろ順当といえる。
森の中で隠れ潜んでいた参加者――それはかつて仮初の友人であり、そして一回戦の相手、間桐慎二であった。
彼は樹木にもたれ掛けるように座り込んでいる。
その近くにはところどころ煤の付いた鎧を身に纏った壮年の男性が立っていた。
慎二の同行者、ということだろうか。
「……ま、いいけどね、誰がここに来ようと」
しばらくの沈黙の後、慎二はそう言って疲れたように息を吐いた。
何だか変な感じだ。何というか、覇気がない。自分が知る間桐慎二はこんなにも大人しい性格ではなかった筈だ。
少し考えた後、メニュー画面から装備を変更する。
【女子学生服】を【男子学生服】に。
途端に小柄な女生徒であった岸波白野の姿が消え失せ、代わりに目元に髪が掛かった男性生徒の岸波白野が現れた。
「は? お前何やって……あれ、お前女だったっけ、いや男だったような」
それを見た慎二が目を丸くし、困惑したように頭を抑えた。
記憶を混乱させてしまったようだ。アバターを変えたことに別に他意がある訳ではない。
何となく、慎二とはこっちの姿の方が話易い気がしたからだ。
「はぁ、助けに来たら、待っていたのはこんなワカメでしたとは。全く持って無駄足でしたね」
霊体化を解いたキャスターが現れるなりそう溜息を吐いた。慎二をちらりと一瞥するなりげんなりと肩を落とす。
慎二が反射的に「誰がワカメだ!」と声を上げると、そこには別の声が挟まれる。
「いやいや、そう己を卑下するではないぞ。あれはあれで重要な食材であろう。
余のローマにはあまり馴染みのない品であったが、だからといって否定するほど余は狭量ではないぞ、うむ」
「確かにワカメは食物繊維、アルギン酸、フコイダンなどの栄養素を多く含み、日本食、特に味噌汁には欠かせない食材だが……少々フォローする対象が間違っているのではないかね? セイバー」
キャスターと共に霊体化を解いたセイバーとアーチャーだった。
彼らは口々に勝手なことを言っているが、慎二はその内容よりも彼らの存在の方が衝撃だったようで、あんぐりと口を開け「は?」と声を漏らした。
「ちょっとお前、これどういうことだよ。だってお前のサーヴァントは……うん、アレ? 何だっけ、そいつら全部お前のだったか? いや待てよ僕。そんな訳ないだろう。いやでも……」
記憶の混乱が慎二の処理を越えたのか、彼は頭を抑えながらぶつぶつと呟き始めた。
……事前に説明しておくべきだったのかもしれない。正直、自分も何故こんなことになっているのかはよく分からないのだが……
「は? サーヴァントとの三重契約? 色んな分岐の重なり合わせ?
意味わかんないですけど、というかズルいだろそれ! 一人だけ強くてニューゲームしてるみたいなもんじゃないか!」
一応事情を説明すると慎二はそう言った。その感想には同意するが、しかしこうなんだから仕方ない。
……それに一見して反則のような強さに思えるかもしれないが、これはこれで大変だったりするのだ。戦闘指揮や魔力管理は勿論、サーヴァントとの関係も……
「ほう、君は中々興味深いことになっているようだね」
慎二の同行者の男性が、説明を聞いてそう口を開いた。
少し気後れしつつも彼に向き直る。長身かつ剛健な、力強い騎士の姿をしたこの男性は、無言で立っているだけでも強い存在感を放っていた。
そして改めて相対して分かるが、やはりその外見だけでなく、立ち振る舞いや醸し出される雰囲気からして彼には何か近寄りがたいものがある。
自分の知る人物で言うのならばダン卿のような……いや、違う。彼よりもあのトワイス・ピースマンに近いものが――
「気を付けてください。この人は……危険です」
胸元から鋭い声がした。ユイだ。
それは天使のような彼女らしからぬ、言葉の端に敵意の籠った口調だった。
「名前はヒースクリフ、または茅場晶彦。以前お話したソードアートオンライン事件の……首謀者です」
紡がれた言葉に、思わず身を固くする。後ろでカイトが双剣を構えるのが分かった。
情報交換の際、ユイが口にしていたデスゲーム――多くの人間たちをゲーム内に閉じ込め、そして死に至らせた凄惨な事件のことを。
目の前に居るこの男が、その首謀者。
いきなり警戒態勢に入った自分たちを、だがしかし当のヒースクリフはというと涼しい顔をして見下ろしている。
反応したのは寧ろ慎二の方で、カイトの禍々しい双剣を恐れたのか「ひっ!」と声を上げていた。
「武器を下ろしてはくれないかね。私はここで君たちと事を構えるつもりはないんだ」
ヒースクリフは悠然と述べ、そしてユイに視線を向ける。
「君のような存在も参加していたとはね……そちらの岸波君のことも含め、中々味な真似をしてくれるな、あの榊と言う男は」
そう口にするヒースクリフは、成程確かに敵意は感じられなかった。
そのことにやや拍子抜けしつつも、警戒は解かないでおく。
どうやらこの場でPKすることを是としている訳ではなさそうだが、しかしその真意が掴めない。
「しかし、まぁ信用できないというのも分かる。私はこのゲームを潰す為に動くつもりだが……ここで無理に協力しようなどと言う気はない。
だが、最低限の情報交換くらいはしようじゃないか。それとできればアイテムのトレードをお願いしたい。見ての通り、我々は今消耗していてね」
しばしの逡巡の末、結局ヒースクリフの申し出通り情報交換を行うことにした。
ユイはまだ何か言いたいことがあったようだが、しかし現状ヒースクリフが敵意がないのは事実であることもあり、複雑な顔をしつつも承諾した。
そうしてこれまでどこでどんなことがあり、どんな参加者たちと会ったのかを互いに告げた。
「ありすにダン・ブラックモア……か。どうやら岸波君は顔見知りに会う機会が多かったようだな。そしてカイト君やエンデュランスの居たと言うThe Worldというネットゲーム。
――成程理解した。情報提供感謝する」
告げられた情報に、ヒースクリフは彼なりに思うところがあったらしく、そう言って腕を組み考える素振りを見せた。
だがそれよりも気になったのは、その向こうで座り込んでいる慎二のことだった。
「……何だよ」
その視線に気づいたのか、慎二はそう不機嫌そうに言った。
ヒースクリフの話を聞いて、慎二の様子にも合点が行った。
道中で襲われた黒いロボットのようなPKに、慎二はサーヴァントを奪われたのだという。
慎二のサーヴァントといえばあのライダーだろう。豪放磊落を絵に描いたようなあの女性と慎二は、何だかんだいって良いコンビだったように見えた。
そんな彼女を失ったとことは――慎二は決して認めはしないだろうが――彼にとってショックなことだったのだろう。
…………。
掛けるべき声が思い付かないでいると、慎二は視線を逸らしどこか遠くを見てしまった。
「では、今度はトレードだが、君たちの中に回復アイテムに属するものを持っている者は居ないかね」
そんな慎二を余所にヒースクリフが提案した。
何時のまにか会話の主導権を握られてしまった。彼はこの手の交渉に慣れているようだ。
だが……残念なことに自分たちは回復系のアイテムを持っていなかった。一応サーヴァントたちは各自回復系のスキルを持っているのだが、どれも自分自身を回復するもので他者を対象にすることができない。
「そうか。では仕方ないな。まぁ慎二君が持っていたアレだけでも良しとしよう」
そう告げると、ヒースクリフは特に落胆することもなくそう言った。
一応慎二が【リカバリー30】という回復アイテムを持っていたらしいが、一度の回復量が少なく何度も使わなくては効果が薄いらしい。
しかも一度使うごとにある程度インターバルを置かねば、再使用できないらしく、仕方なくこうして森に身を隠して地道に回復していたようだ。
「まぁアイテムの入手も急務と言う訳ではない。全回復には程遠いが、しかし戦闘が可能になる程度には回復できた」
そう言って彼はあっさりと交渉を切り上げた。そして背を向け去ろうとする。
「では、一通り情報交換も済ませた訳だし、ここで別れよう。
どの道私が居ても不和の原因となるだけだろう」
返答に詰まる。
これでいいのか、というのはある。ヒースクリフは恐らく本当にこのゲームには乗って居ない。
彼を味方に引き込むべきではないのか、という考えが脳裏を過る。
しかし、やはり彼を完全に信用できないのも事実だった。いや、信用と言うよりは、彼の底が見えなさを自分は恐れているのかもしれない。
ユイも同意見もようで、エンデュランスの時と違い引き留めようとはしなかった。
「で、慎二君はどうするかね? 個人的には私とはここで別れ岸波君と共に行くことを勧めるが」
ふと思い出したように、ヒースクリフはそう慎二に問いかけた。
問われた慎二は髪をぐしゃぐしゃにかき分け、
「別に放っておけばいいだろ、アンタも、岸波も、僕のことなんか放っておいていけばいい。
もう僕はこのゲームからは脱落したも同然の身だからね……はっ」
そう不貞腐れたように言った。
……やはりおかしい。
ライダーを失ってつらいのも分かるが、それだけで慎二はこんなにも弱気になるのは少し違和感があった。
と、腑に落ちないものを抱えていると、慎二がちらりとこちらを見た。そして何かを言おうと口を開けたが、しかしどういう訳か何も言わないまま再び顔を俯かせ「クソッ」と一人吐き捨てた。
「もしかして貴方、ご主人様のサーヴァントを一つ分けて欲しいーなんて思っていません?」
ふとキャスターが言った。瞬間、慎二の肩がびくりと動いた。
「ははーん、どうやら図星だったみたいですね。全く海藻類の考えそうなことです。
ですがいくら人の良いご主人様でも、それだけはあり得ません。越えてはならない一線という奴です」
「うむ、余も貴様の保護くらいならしてやらんこともないが、奏者の下を離れる気は一切ないぞ。
もしそんなことを言われたら泣くぞ、泣くからな!」
セイバーとキャスターの突き離すように言う。
……確かにその言葉通りだった。サーヴァント三騎というのは、正直手に余る力であるように思う。
協力体制が取れるのならば、それこそ慎二のような手の空いたマスターにサーヴァントの指揮を任せるべきなのかもしれない。
しかし、自分のサーヴァントはどれも唯一無二なのだ。
セイバーも、キャスターも、アーチャーも、過去がいくら分岐していようが、あの聖杯戦争を共に勝ち抜いたことは確かで
凛の存在と同じか、あるいはそれ以上に岸波白野(じぶん)が自分である為に必要な存在だ。
別れるつもりは、なかった。
その意図を告げるまでもなく、慎二は「分かってるさ、そんなこと!」と悔しげな叫びを上げた。
「分かってる……分かってるさ。それにそんな、恵んでもらうような真似、頼まれたってやるもんか。
僕のゲームチャンプとしての……いや、ゲーマーとしてのプライドが許さない。
たださ……悔しいんだよ。あんな、ゲームそのものをを侮辱してるような奴に負けたのが」
ライダーを奪ったという黒いロボットのことだろう。その言葉は悔しさを痛切に滲ませていた。
慎二は顔を俯かせたまま、そこで小さく笑って見せた。
「まぁでも僕も大概舐めたプレイングしてたか……電脳死なんて有り得ない、か。ははっ、見っともないね全く」
……そうか。
慎二がああも堪えていた理由。それが今分かった。
彼は他の多くのマスターと同じく。聖杯戦争をあくまでただのゲームとして捉えていた。
命懸けの闘争などではなく、死んでも取り返しの効くゲームとして彼は一回戦を戦っていた。
しかし慎二はもう気付いたのだろう。これが、ただのゲームではないと。
…………。
一回戦敗退直前の、慎二の断末魔が脳裏に蘇る。
あの時の悲痛な叫びを、自分は――
「やれやれ、仕方ないな」
様子を見かねたのか、それまで黙っていたアーチャーが口を開いた。
彼は慎二を見て苦笑を浮かべつつ、
「マスター、私の方から提案がある」
◇
結局、岸波たちはヒースクリフと別れることにした。
やはりヒースクリフを信じ切れなかった、というのが理由だろう。また一方のヒースクリフ自身が元々単独行動をしたがっていた節もある。
一応月海原学園に行くことは告げたようで、後々協力体制を取れれば、程度には思っていたようだ。
そして彼、間桐慎二はというと――
「……お前、何で来たんだよ」
『なに、先程述べた通りだよ。君の言う黒いPKを野放しにしておく訳には行かないからな。
道中で無力化するに越したことはない』
赤衣のサーヴァント――岸波白野が連れていたアーチャー――と共に森の中を歩いていた。その手には岸波から借り受けた一画の令呪が灯っている。
一先ずの目的地はE-5。ロボットと一戦交えた場所である。
そこであの敵を探し出し雪辱を果たす、というのが彼の当面の目標であった。
「そんだけの理由かよ。
それともなに、お前のあの小うるさいキャスターとかうざったいセイバーと違って岸波のことそんな好きって訳でもないってこと?」
『まさか。マスターへの忠誠心なら誰にも負けてなど居ない。これが合理的だと判断だとしたまでのことだ。
それに君も分かっているだろう、これはあくまで仮契約。力を貸しているに過ぎない』
「そりゃそうだけどさ……」
慎二は微妙に腑に落ちないものがあったのか渋い顔をしていたが、
「まぁいいさ。とにかく今はアイツを……あの黒い奴から令呪とライダーを取り戻すんだ。
そしたら岸波にお前を返して……その後は一回戦の続きをしてやる。見てろよ、ゲームチャンプの僕が本気を出したらお前らなんかけちょんけちょんにしてやるからな!」
『やれやれ、そのねじ曲がった悪態さえなければもう少し人当たりも良いだろうに』
「う、うるさいな。僕のことをロクに知りもしないで分かったような口叩くなよ。
全く何で僕のサーヴァントはこう、うるさくて赤い奴ばっかりなんだ」
『ふむ、確かにそうだな。今のは失言だった。
しかし名前の縛りの強さとは怖いものだ。全く関係のない筈の存在を、こうまで結びつけるのだから』
アーチャーはふぅと息を吐く。
疲れている、という訳ではないだろう。アーチャーとしては今の状況に何か思うところがあるらしい。
『全く……本当に因果な話だ。こんな形で共闘が成立することになるとはね。
まぁそれも本来は関係のない、全く別の物語からくる因果なのだが』
【E-6/ファンタジーエリア 森/1日目・朝】
【岸波白野@Fate/EXTRA】
[ステータス]:健康、魔力消費(小)、令呪二画、『腕輪の力』に対する本能的な恐怖/男性アバター
[装備]:五四式・黒星(8/8発)@ソードアート・オンライン、男子学生服@Fate/EXTRA
[アイテム]:女子学生服@Fate/EXTRA、基本支給品一式
[思考]
基本:バトルロワイアルを止める。
1:月海原学園に向かい、道中で遭遇した参加者から情報を得る。
2:ウイルスの発動を遅延させる“何か”を解明する。
3:榊の元へ辿り着く経路を捜索する。
4:ありす達、ダンたちに気を付ける。
5:カイトは信用するが、〈データドレイン〉は最大限警戒する。
6:エンデュランスが色んな意味で心配。
7:ヒースクリフを警戒。
[サーヴァント]:セイバー(ネロ・クラディウス)、キャスター(玉藻の前)
[ステータス(Sa)]:健康
[ステータス(Ca)]:ダメージ(小)
[備考]
※参戦時期はゲームエンディング直後。
※岸波白野の性別は、装備している学生服によって決定されます。
学生服はどちらか一方しか装備できず、また両方外すこともできません(装備制限は免除)。
※岸波白野の最大魔力時でのサーヴァントの戦闘可能時間は、一人だと10分、三人だと三分程度です。
【ユイ@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:ダメージ(小)、MP70/70、『痛み』に対する恐怖、『死』の処理に対する葛藤/ピクシー
[装備]:空気撃ち/三の太刀@Fate/EXTRA
[アイテム]:セグメント3@.hack//、基本支給品一式
[思考]
基本: パパとママ(キリトとアスナ)の元へ帰る。
1:ハクノさんに協力する。
2:『痛み』は怖いけど、逃げたくない。
3:また“握手”をしてみたい。
4:『死』の処理は……
5:ヒースクリフを警戒。
[備考]
※参戦時期は原作十巻以降。
※《ナビゲーション・ピクシー》のアバターになる場合、半径五メートル以内に他の参加者がいる必要があります。
【蒼炎のカイト@.hack//G.U.】
[ステータス]:ダメージ(中)
[装備]:{虚空ノ双牙、虚空ノ修羅鎧、虚空ノ凶眼}@.hack//G.U.
[アイテム]:基本支給品一式
[思考]
基本:女神AURAの騎士として、セグメントを護り、女神AURAの元へ帰還する。
1:岸波白野に協力し、その指示に従う。
2:ユイ(アウラのセグメント)を護る。
[備考]
※蒼炎のカイトは装備変更が出来ません。
【間桐慎二@Fate/EXTRA】
[ステータス]:魔力消費(中)、令呪一画
[装備]:無し
[アイテム]:不明支給品0〜2、リカバリー30@ロックマンエグゼ3、基本支給品一式
[思考]
基本:ライダーを取り戻す。それから先はその後考える。
1:黒いロボット(ダスク・テイカ―)を探す。
2:ライダーを取り戻した後は、岸波白野にアーチャーを返す。
[サーヴァント]:アーチャー(無銘)
[ステータス]:健康、魔力消費(小)
[備考]
※参戦時期は、白野とのトレジャーハンティング開始前です。
※アーチャーは単独行動[C]スキルの効果で、マスターの魔力供給がなくても(またはマスターを失っても)一時間の間、顕界可能です。
※アーチャーの能力は原作(Fate/stay night)基準です。
支給品解説
【リカバリー30@ロックマンエグゼ3】
自分のHPを30回復するバトルチップ。
回復量も少なく序盤以降は使うことは先ずなくなる。
岸波白野、間桐慎二らと別れたヒースクリフは一人歩を進めていた。
その歩みに迷いはなく、朝陽に照らされた涼やかな森の中を彼は悠然と通っていく。
今しがたの接触は中々の収穫だった。
装備が十全に整えられなかったのは残念であるが、それよりもずっと重視すべきものが手に入った。情報だ。
それは岸波白野のようなゲームを打倒しようとする勢力の存在が確認できたこと。
彼らは出会ってすぐに協力体制を取ったと言う。全く見知らぬ他人であったにも関わらず、だ。
しかも単純に力があるだけでなく、情報処理に関しても秀でた者がその中に居た。
彼らのような勢力は恐らく他にも居る。そうでなくてはおかしい。GMの思惑は読めないが、たまたま力と意志のあるものが近い初期配置に出てしまった、などというミスは侵すまい。
にも関わらず彼らのような集団が出来上がったということは、元より参加者の多くが彼らのような「優秀」なプレイヤーであったからだろう。
それらが団結し、持てる力を合わせることができればゲームの打破も不可能ではないかもしれない。
このゲームはある意味であの浮遊城アインクラッドよりも過酷で無慈悲だ。そんな状況であることも、彼らにはプラスに働くだろう。
安全圏に引きこもり何もしないでのうのうと生き延びようとするような輩は、このゲームにおいてはまず淘汰される。
結果、出来上がるのはシステマティックかつ強力な勢力になるだろう。今はその勢力の誕生を待てばいい。自分がその誕生の邪魔になるというのなら、今は身を退くべきだ。
代わりに、勢力結成を邪魔しかねないレッドプレイヤーを処理する――それが今後の方針となる。
と、ここまで【ヒースクリフ】としての思考だった。
「……岸波白野――完全なる知性を得たNPC、か」
何時の間にか、森から真紅の騎士は消え去っていた。
代わりに歩を進めるのは極めて軽い白衣に身を包んだ一人の研究者が居た。
ソードアートオンライン事件首謀者、天才科学者にして大量虐殺者、【茅場晶彦】その人である。
彼にとって今の接触は非常に興味深いものであった。
ユイ、カイト、そして岸波白野、彼らはみな人間ではなく、NPC――AIと呼ばれるものだ。
ユイのことは直接ではないが知っていた。アインクラッドのカウンセリング用人工知能【MHCP001】が偶発的に発展した形で誕生したトップダウン型AIの最先端である。
そして不気味佇んでいたあのカイトというアバターもまた自律型AIであるという。
アレを作り上げたという、AIを越えた究極AI【AURA】というのも一科学者として非常に魅力的な話だった。
何より目を引くのがあの【岸波白野】という存在だ。
AIと人間の自意識の境界線、liminality。どこまでも近く、しかし遥か遠くにある筈のそれを越えて見せたという、完全なるボトムアップ型のAI。
慎二から聞かされたムーンセルの存在と併せて、茅場晶彦としては非常に興味を惹く存在であった。
そしてもう一つ。
このゲームは恐らく別の世界とでも呼ぶべき何かを接続した場だ。
慎二との接触でまさかと思っていたが、今の情報交換でそれは確信に到った。
これが並行世界論によるものなのか、デジタルデータによるものなのか、はたまたより思弁的な論拠なのか、何にせよここに【世界】がある。
夢にまで見た、あの【世界】が。
「さて」
思考を仕切り直すように言った。
既に【茅場晶彦】のはためく白衣は消え失せていた。
代わりに居るのは【ヒースクリフ】だ。
「ここで私は何を見るのか」
その答えは――
【E-6/ファンタジーエリア 森/1日目・朝】
【ヒースクリフ@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP60%
[装備]:青薔薇の剣@ソードアート・オンライン
[アイテム]:エアシューズ@ロックマネグゼ3、基本支給品一式
[思考]
基本:バトルロワイアルを止め、ネットの中に存在する異世界を守る。
1:一先ず身を隠せる場を探す
2:バトルロワイアルを止める仲間を探す
[備考]
※原作4巻後、キリトにザ・シードを渡した後からの参戦です。
※広場に集まったアバター達が、様々なVRMMOから集められた者達だと推測しています。
※使用アバターを、ヒースクリフとしての姿と茅場晶彦としての姿との二つに切り替える事が出来ます。
※エアシューズの効果により、一定時間空中を浮遊する事が可能になっています。
※ライダーの真名を看破しました。
※Fate/EXTRAの世界観を一通り知りました。
※.hack//の世界観を一通り知りました。
投下終了です
投下乙です
AI達の気持ちの行き先は興味を引かれるなぁ
アーチャーが離れることで鯖の負担が軽くなったけど、
男性アバターになってるから白野君に逆の意味で負担がかかるようなw
慎二はこれ成長フラグぽいけど生かしきれるかどうか
ヒースクリフの存在はやはり面白い。
バックボーン自体が特殊だし、戦って、推察して、暗躍してよしときたもんだ。
自分が邪魔になるのであれば一歩退き大局をみるギルドマスター/ゲームマスターとしての顔と
世界を夢見る科学者としての顔を併せ持つなんてスゴすぎる
投下乙!
投下します
「あはは! 妖精さんこっちこっち!」
「今度は鬼ごっこよ、うふふ」
「待ちなさい、この……!」
甲高い声が街を飛び交っていた。追撃してきた妖精と、追いつかれる度に気ままに転移を繰り返すありすたち。
エリアを縦横無尽に行き来しながら、彼女らは「鬼ごっこ」をしている。
少女と妖精の鬼ごっこ、その幻想的な構図と、舞台となるアメリカエリアの灰色のビル群がひどく不釣り合いに見えた。
「あの娘たちも少しは待ってほしいなぁ」
彼女らを追うべくミアは街を走っていた。
一応同行者であるところのありすらは、自分には全く配慮する気はないようで楽しそうに妖精と戯れている。
空を気ままに行き来する彼女らの軌道は読めない。一度でも見失ったら、探すのにはひどく骨が折れるだろう。
(まぁ、それならそれで仕方ないか。追いつけないものはどうしようもないしね)
それよりも気に掛けるべきはあの妖精の方かも知れない。
ありすたちの「鬼」をやっている妖精――前に会った女性PCはアスナと呼んでいただろうか――を視界に入れつつ、ミアは思う。
先ほどは戯れている、などという表現を使ったが、しかし当のアスナにそんな意識はないだろう。
恐らく彼女は、本気であのありすたちを討つつもりだ。憎しみを持って。
彼女が追ってきたのは少し前のことだ。
陽が昇り出した頃、最初と同じようにエリアを気ままに歩いてたところをアスナが見つけ、すぐさま鬼ごっこという名の追撃戦が始まり今に至る、という訳だ。
同行者であるらしかったあの女性PCは居なかった。はぐれたのか、それとも……
涼やかな朝陽の下、耳をつんざくような爆音が轟いた。
「何だい、一体?」
見上げるとあるビルの一角から煙が立ち上っている。そしてありすたちの笑い声が聴こえてくる。
それを見て苛立ちを露わにするアスナの手元には、巨大な剣が握られている。
その剣に見覚えはなかった。なかったが、ミアは何か厭なものを感じ取った。
剣そのものにではなく、それを覆うように何か異質なデータがあるような――
「このっ!」
声と共にアスナが剣を振りかざした。途端、剣から弾けるように黒い衝撃波が発せられ、ありすたちが居るらしいビルに直撃した。
再度轟音と共に爆発が巻き起こるが、同時にありすたちの幼い笑い声も響く。当てることはできなかったようだ。
(成程、あの武器はああやって攻撃するのか。でも何だかバグみたいなエフェクトだったなぁ)
どこか見覚えがあるような現象にミアは頭を捻った。
と、そこで合点が行った。ウイルスバグ。The Worldに巣食うあの妙なモンスターと、あの剣の様子が似ているように思えたのだ。
(いや、似ているっていうのも違うな。一見して同じだけど、根元の方は寧ろ完璧に別物って感じかな……うーん、よく分かんないや)
そもそもウイルスバグのことをミアはよく知らない。
カイトたちがあの素敵な『腕輪の力』を使って退治していることは知っているが、どうやらそれも残りカスのようなもので、既に大本の原因は片づけてしまっているらしい。
ミアが彼らに出会った時には、既に事が終わった後だったのだ。
少なくとも彼女が知る限りは。
「妖精さん、おもしろーい。もう一回やって」
「こっちよ、こっち!」
ありすたちの挑発するような声が響く。彼女らにしてみればただ純粋に遊んでいるだけなのだろうが、アスナとしては屈辱以外何物でもないだろう。
すぐさま剣による砲撃を行うが、ありすたちもまた転移しするりと攻撃を避けてしまう。
あの調子じゃ何時まで経っても当てられないだろう。遠目にもそう思えた。
「……駄目ね」
アスナ自身もそう判断したのか、去ってゆくありすたち見ながら空中で制止した。闇雲に追い回すのは止めたらしい。
そして考える素振りを見せた後、振り向き鋭い視線を向けた。
その様子を見上げていたミアに、だ。
次の瞬間、アスナの姿が視界から消え失せた。
「うわっと」
突如として狙いを変えたアスナが急降下しミアに襲い掛かってきた。
振るわれた大剣を『誘惑スル薔薇ノ滴』で弾き返しつつ、ミアは彼女に向き直る。
彼女は冷徹な口調で言った。
「答えなさい、貴方はあのアリスたちの何? 返答によっては容赦しないわ」
「イタタタ……危ないなぁ、全く」
「その反応を見るに貴方は参加者のようね、あの娘たちのジャバウォックと違って」
アスナは剣をミアに真直ぐと向け詰問する。変なことを言えばすぐさま砲撃されるだろう。
さてどうしたものだろうか、とミアが考えていると、ふと自分の身体がひどく重くなっていることに気付いた。
見えない力で上から伸し掛かられているような感覚があった。ダメージはないが、指を動かすだけでも結構な力がいる。
「逃げられないわよ、『減速』を掛けたから」
「……成程、その剣、中々面白いね」
どうやらこの現象、アスナのあの剣のスキルらしい。剣を中心にして彼女に渦巻くオーラを見てそうミアは当たりを付ける。
何にせよ、厄介なスキルだ。この状態で砲撃を撃ち込まれれば一たまりもない
それこそありすたちのように転移という特殊な移動方法でもなければ、回避することはまずできないだろう。
(まぁ肝心の相手には逃げられてしまうんだから、攻撃側としては歯がゆかっただろうけどね)
アスナの苛立ちを想像してミアは苦笑する。逃げるのは中々骨が折れそうだ。
「そんなにカリカリしないでさ。ちょっと話を聞いてよ。僕は別に君をどうこうしようなんて――」
「前置きはいから早く質問に答えて」
「……せっかちだなぁ、まぁいいや、えーとあの娘たちと僕はね……あ、まだ名前を言ってなかったね、僕はミア、よろしく」
可能な限り友好的に告げたつもりだが、しかしアスナは気に入らなかったようで、無言で剣を揺れ動かし苛立ちを示した。
怖い怖い。これ以上怒らせると本当に撃たれかねない。そう思ったミアは、とりあえず意に沿っておくことにする。
「僕とあの娘たちの関係か……うーん、ただの同行者ってところじゃないかな。
こんな場所でたまたま会ったからパーティを組んでみた、てだけだよ」
「このデスゲームが始まってから会っただけの関係、てことね」
「うんまぁそうかな。たぶんあの娘……ありすたちからしてみればそうだろうね。
僕としてはありすたちともっと仲良くして、他の人と繋がるってことを知って貰いたいんだけど……あんまり話を聞いてくれないみたいだ」
感情を込めてやれやれと首を振ったのだが、しかしアスナは既に興味を失ったのか、腕を組んで何やら考え込んでいる。
「アリス……本当にそんな名前だったのね。
それにしても鏡合わせのアリスに、猫……童話ね、これじゃ本当に」
「ふーん、君はそう思うんだ。でもここは現実だよ」
「言われなくても分かってるわ」
アスナはキッとミアを睨み付けると、鋭い口調でそう口にした。
そして「ここは現実よ」と語気荒く言い、
「確かに童話みたいで、俄かには信じられないことが続いてるわ。けれどもここは夢じゃない。
たとえバーチャルな世界であっても、ここに居る人間が現実を生きる命である以上、そこに差はない筈よ。
だからこそ許せないの。何時までも夢の中で遊んでいるあの鏡の国のアリスが!」
「確かにあの娘たちは何時も夢見てるみたいだね。自分たちだけで完結している。でもそれはちょっと勿体ないんだ。だからもう少し僕と話してくれると嬉しいんだけど……」
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないわ」
ミアの言葉を遮りアスナは突き離すように言う。
「あのアリスたちは危険よ。放っておけばどんどん犠牲者を出すかもしれない……トリニティさんだって信じたくはないけどもしかして――」
と、その時だった。
強制的にメニューウインドウが開かれ、GMからのメール着信を告げるメッセージが表示される。
突然のことにミアは目を丸くする。どうやらアスナにも同じメールが届いたらしく、虚空を見てきょとんとした顔を浮かべている。
迷いつつもメールを開くと、そこにはGMからの無慈悲な通告――脱落者を始めとする様々な情報が記載されていた。
「……っ!」
アスナが息を呑むのが分かった。
目を見開き肩を震わせる。彼女もまたメールを開いたのだろう。そして恐らく脱落者に知った名があった――
「悪いね」
アスナの様子からそこまで読み取ったミアは、そう一言前置きして行動を起こした。
アスナがメールに気を取られたことで『減速』は解けている。
ミアの行動に気付いたアスナがぱっと顔を上げるがもう遅い。彼女は対応を誤ったのだ。
装飾に彩られた細剣――『誘惑スル薔薇ノ滴』がアスナの身を捉えた。
「何……っ!」
アスナが困惑の声を漏らす。そしてすぐさま剣を振るおうとしたのだろうが――しかしその動きは途中で止まることになる。
第六相のロストウェポン『誘惑スル薔薇ノ滴』の持つパッシブスキルが発動したのだ。
即ち、バッドステータス『魅了』の発生である。
これによりしばらく彼女はミアを攻撃対象にすることができない。
結果として彼女は動きを止める。無論一時的な効果に過ぎないが、逃げるだけなら十分な時間が稼げた筈だ。
そうして身体を翻し、ミアはアスナから離れてゆく。
「じゃあ僕は行くよ。君の剣はちょっと厭な感じがするからね」
ミアは悪戯っぽくウインクし、『魅了』により喋ることのできないアスナを尻目に去っていった。
◇
「悪いことしちゃったかな、でもあのままだと下手したら撃たれてたしなぁ」
アスナの拘束かも逃れ、自由の身になったミアは一人そうごちた。
恐らくはアスナにとって知った名があのメールに記されていたのだろう。
その隙に付け込むのは正直良い気がしなかったが、それでも拘束から逃れるまたとないチャンスをふいにする気にはなれなかった。
何となく、あのままアスナと居るのはとても危険な気がしたのだ。いや、アスナ個人ではなくあの剣が危ない。
遠目に見るだけでも何か厭な感じがしたが、近くでその姿を見たことで、ミアのあの剣に対する忌避感はより強固なものになっていた。
正体は分からない。しかし身体の奥底の、本能とでもいうべきものが警告していたのだ。
あの剣は敵だと。
「適当な方向に逃げてきちゃったけど、ここどこなんだろう。ありすたちも完全に見失っちゃったなぁ」
きょろきょろと周りを見渡すがありすたちの姿はない。どこかに行ってしまったらしい。まぁ彼女たちが自分を待っていてくれるとは思っていなかったので驚きはなかったが。
辺りは相変らず似たようなビル群が続いている。場所はとりあえずアメリカエリアからは出ていないようだ。
しかしそのビルとビルとの間の向こうに広い草原が見える。恐らくあれがファンタジーエリアという奴だろう。
「うーんこれからどうしようか」
ミアは腕を組んで考える。適当に歩いていればありすたちに会えるだろうが、またアスナと遭遇すれば困ったことになるだろう。
何か当てがある訳ではないし、しばらくどこかに身を隠しているべきだろうか。
(あのメールもちょっと判断に困るね、とりあえず森には近づきたくないけど)
今しがたGMから届いたメールのことを思いだす。
記載されていた脱落者の方は正直あまり目を引かなかった。
一応知った名もあったが、どれもカイトを通して何度か会ったことがある程度であり、あまり交流がなかった者たちだ。
だから寧ろ気になったのは同時に記載されていたイベントの方だ。
とりあえず今いるこのエリアでは『幸運の街』というイベントが進行しているらしい。
PKした相手のドロップするアイテムのレアリティが上がるという、『痛みの森』ほど直接的なものではないにせよ、ゲームを加速させる内容だ。
ゲームに参加する気のない身としてはあまりエリアを動かない方がいいかもしれない。
(しばらくはじゃあこの辺で休んで――)
と、そこでミアは気付いた。
どこからか駆け寄ってくる足音がする。激しい足取りで、誰かが急ぐようにやってきている。
顔を上げ、音のした方向を見ると、
「ミア、ミア、ミア、ミアァァァァァァァァァ!」
自分の名前を連呼する端麗な顔をした男が居た。
全く知らないPCだった。そもそもThe Worldであんなエディットができただろうか。
しかし彼は何かに熱を帯びた叫び声を上げ、彼女に近づいてくる。
その異様な様に呆気に取られていると、その男が飛び込んできて――力強く抱きしめられた。
ぎゅっ、と。
その男はミアの身体を抱きしめたのだ。
もう離さない、とでもように。
強く、強く。
そうして押し倒される形で倒れたミアは困惑の声を上げる。
「うわっ、何だい君は……?」
「あはは、やっぱりミアだ、間違いない、君はミアなんだね!」
「だから一体君は――」
「やっぱり、やっぱり間違ってなかったんだ」
問いかけるミアを余所に、男は感極まったようにそう言った。
どうやら涙混じりになっているようだ。感動に震えているらしい彼は、ミアを抱きしめつつその胸に愛おしそうに頬ずりする。
「うん、ミア……本当に久しぶり」
「ちょっとちょっと。待ってよ、僕の話を聞いてくれよ」
「うん、なあに? ミア」
「君、誰? 僕は君のことなんか全然知らないんだよ」
言われた男はぽかんとした顔をしていたが、しばらくして理解が行ったのか「ああ!」と叫びを上げ、
「そうだったね、今はこの姿だったね、ちょっと待って、多分ここをこうすれば……」
彼は虚空に指を滑らし始めた。
ウィンドウを開いているのだろう。そして何やら設定を変更すると、耽美な顔をした長身の男は消え去り、ひどく見覚えのある顔が現れた。
その姿にミアは目を見開く。
「エルク! エルクじゃないか!」
現れたのは白い肌をした少年だった。濃紺の呪紋士ローブに、群青の髪、ともすれば少女に見紛うような中性的な顔立ち。
そのエディットは紛れもなくエルクであった。
彼にとって唯一無二の親友。こんなゲームに閉じ込められてから、先ず最初に会いたいと思った相手。
「うん、僕だよ、僕だよ! ミア」
「あはは、何だ、君も居たのか。僕も会いたかったよ、エルク」
「うんうん、僕も……!」
朗らかに笑うエルクを見て、ミアも釣られて笑った。
二人は顔を突き合わせ再会を喜ぶ。その間殺し合いの舞台だと言うことも忘れていた。
再会のひと時は、何よりも得難い温かい風を胸に吹かせたのだ。
「……ああ、ミア。本当に良かった……また、会えるなんて、嗚呼……嗚呼……ミア。
こんな時がまた来るなんて、もうずっと遠い過去だった筈なのに……」
「もうエルク、大げさだなぁ。昨日も会ってたじゃないか」
随分と極端なことをいうエルクに苦笑しながら、ミアもまたこうして出会えた幸運に感謝した。
こんなデスゲームに親友が居たと言うことを喜ぶのはおかしな話かもしれないが、やはり会えて嬉しいということに変りはない。
話を聞けば、エルクはここに来る途中、カイトに似たPCからミアがこのエリアに居ることを教えて貰ったそうだ。
「なるほどね。エルクはあのパーティと会ったんだ。やっぱり人には親切にしてみるものだね」
「うん……うん、そうだね」
「ねえところでエルク、さっきのPCは何?」
先ほどまでエルクが使っていたPC。あれは覚えがないものだった。
好奇心からそのことを聞いてみると、エルクは困ったように笑い「何でもないないよ」と答えた。
「ふうん、まぁ別にいいけどね、ねえエルク、これからどうする?」
「うん? ミアと一緒にいるよ」
「ああ、いやそういうことじゃなくて、どこかに当ては――」
あるのかい、と問おうとした瞬間、ミアは空に浮かぶ一つの存在に気付いた。
それは見覚えのある青い妖精だった。彼女の掲げる黒い斑点蠢く剣先はまっすぐとその彼方――ミアへと向いている。
見つけた。そう唇が動いたのを見た瞬間、ミアはエルクを突き飛ばした。
「ミア――!」
爆音と破壊のエフェクトがまき散らされた。
その轟音に突き飛ばされたエルクの悲痛な叫びはかき消される。
次の瞬間、ミアは灰色のコンクリートの道に投げ出されていた。
「……今度こそ、話を聞かせて貰うわよ」
全身を苛む痛みに顔を歪ませつつ、ミアは冷徹な口調で紡がれるその言葉を聞いた。
青い妖精――アスナは地に降り立つと、こつこつと音を立ててミアへと近づいてきた。
その手には例の剣が握られている。あの厭な、黒い斑点の滲む剣だ。
「今度は逃がさないわ、あんな……あんな時に付け込むようなひどい真似はさせない」
見つかってしまった。大して離れていないところで騒いでいれば当然の事態だ。向こうは飛べるのだから尚のこと。
より硬化してしまったアスナの態度を見て、ミアは己の失敗に苦笑したい気分だった。
この一撃は先ほど意趣返しという訳だろうか。一応狙いは少し外したあったようだが、随分と荒っぽい威嚇だ。
メールに衝撃を受けているところに付け込む――その行動が余程彼女を怒らせたらしい。
全く、人には親切にするに限る。
「ミアァァァァァァァァァ!」
エルクの絶叫が響いた。
ミアは大丈夫、と目で示そうとする。
別にアスナはPKという訳ではない。先ほどの接触からそのことは読み取れた。
ありすとの確執で少々面倒なことになっているだけだ。だからPKされるということはないだろう。
今の一撃だって直撃という訳ではない。限りなく近い地点に着弾したことで吹き飛ばされただけだ。死ぬことはない。
「ミア、ミア……ああ、守らないと……守らないと……」
しかしその意図はエルクには伝わらなかった。
エルクはその肩を震わせ、ぶつぶつと呟き顔を俯かせている。
それはまるで、何かに憑りつかれているようだった。
ミアは知らない。今ここにいるエルクが、彼女が知る以上に隔絶と喪失の只中にいたことに。
そして、その末に彼が持つに到った力のことを。
「――待て」
エルクは降り立ったアスナに、極めて鋭い口調で呼びかけた。
アスナも訝しげにエルクを見た。冷たい視線が絡み合い、その下で剣に巣食う黒い斑点が蠢く。
「……貴方、誰?」
「ミアに、近づくな」
エルクの身体に奇妙な紋様が浮かび上がる。
そのPCを包み込むように現れたその現象に、ミアは覚えがなかった。
エルクがそんな力を持っているなんて彼女は知らない。知らない筈だった。
しかし、その様を見た時に彼女の胸に来訪したのはひどく覚えのある、まるで自身の映る鏡を見たときのような感覚だった。
そして、エルクは世界を上書きする言葉を唱えた。
「来て――マハ」
【F-8/アメリカエリア/1日目・朝】
【アスナ@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP60%、MP80%
AIDA感染
[装備]:魔剣・マクスウェル@.hack//G.U.
[アイテム]:基本支給品一式、死銃の刺剣@ソードアート・オンライン、クソみたいな世界@.hack//
[思考]
基本:この殺し合いを止め、無事にキリトと再会する
1:アリスを討つ
2:殺し合いに乗っていない人物を探し出し、一緒に行動する。
3:ミアからアリスに関する情報を聞き出す。
[備考]
※参戦時期は9巻、キリトから留学についてきてほしいという誘いを受けた直後です。
※榊は何らかの方法で、ALOのデータを丸侭手に入れていると考えています。
※会場の上空が、透明な障壁で覆われている事に気づきました。
横についても同様であると考えています。
※トリニティと互いの世界について情報を交換しました。
その結果、自分達が異世界から来たのではないかと考えています。
【ミア@.hack//】
[ステータス]:HP70%、剣(マクスウェル)に対する本能的な敵意。
[装備]:誘惑スル薔薇ノ滴@.hack//G.U.
[アイテム]:エノコロ草@.hack//、基本支給品一式、不明支給品0〜1
[思考]
基本:死なないように気をつけながら、ありす達に“楽しみ”を教える。
1:まずはアリス達に自分の名前を呼んでもらう。
2:岸波白野の協力を得たい。
3:カイト似の少年(蒼炎のカイト)から“マハ”についての話を聞きたい。
4:エルクと行動
[備考]
※原作終了後からの参戦です。
※ミア(マハ)が装備する事により、【誘惑スル薔薇ノ滴】に何かしらの影響があるかもしれません。
【エンデュランス@.hack//G.U.】
[ステータス]:HP50%、憑神『マハ』
[装備]:なし
[アイテム]:不明支給品1〜3、基本支給品一式
[思考]
基本:「愛する人」のために戦う
1:ミアを守る
[備考]
※憑神を上手く制御できていません。感情が昂ぶると勝手に発現します。
※エルクの姿を取れます。
【???/アメリカエリアのどこか/1日目・朝】
【ありす@Fate/EXTRA】
[ステータス]:健康、魔力消費(中)、令呪:三画
[装備]:途切レヌ螺旋ノ縁(青)@.hack//G.U.
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜2
[思考]
基本:アリスと一緒に“お茶会”を楽しむ。
1:新しい遊び相手を探して、新しい遊びを考える。
2:しばらくチェシャ猫さん(ミア)と一緒に遊ぶ。
3:またお姉ちゃん/お兄ちゃん(岸波白野)と出会ったら、今度こそ遊んでもらう。
[サーヴァント]:キャスター(アリス/ナーサリーライム)
[ステータス]:ダメージ(小)、魔力消費(大)
[装備]途切レヌ螺旋ノ縁(赤)@.hack//G.U.
[備考]
※ありすのサーヴァント持続可能時間は不明です。
※ありすとキャスターは共生関係にあります。どちらか一方が死亡した場合、もう一方も死亡します。
※ありすの転移は、距離に比例して魔力を消費します。
※ジャバウォックの能力は、キャスターの籠めた魔力量に比例して変動します。
※キャスターと【途切レヌ螺旋ノ縁】の特性により、キャスターにも途切レヌ螺旋ノ縁(赤)が装備されています。
投下終了です
行き違うアスナとミア、不安定なエンデュランスも気になるが、
どこかに行ってしまったありすが何をしでかすのかも気になる
投下乙ー
ついに出会ってしまったエン様とミアだが、そのせいでアスナさんぴんち
マクスウェルでも憑神相手はきつそうだなぁ
そしてはぐれたありすはどうなるやら
投下乙です
投下します
歩いても歩いてもエリアの終わりは見えない。
フォルテを退け他エリアの進出を決めた俺たちだったが、戦いから既に一時間程度経過するというのに、未だにエリアから出ることができなかった。
このエリア、ウラインターネットは別段広いエリアという訳ではない。立ち位置が特殊に見える『アリーナ』というエリアを除けば、このデスゲームにおいて最も小さなエリアであり、単純に直線で移動できるのであれば一時間も掛からず横断は可能だろう。
無論このエリアは複雑な構造をしている為、たとえ最短ルートを通ったとしても多少の時間はかかってしまうだろうが、それでも時間を掛け過ぎていることに変りはない。
何せ自分たちはまだ最初の目的地であるショップにさえ辿りつけていないのだ。マップ上ではフォルテと戦っていたネットスラムのすぐそこにある筈の施設。
俺が予想した一エリアの規模――二百五十から三百メートル四方――が正しいのであれば、それこそ十分でついてもおかしくないというのに。
こんなことになっているのはマッピングを強要するエリアの複雑な構造及びシステムの都合だろうか。
否、ライトゲーマーならいざ知らず、俺、そしてシルバー・クロウもゲーム内でのマッピングという作業には慣れている。
万全の状態であればさほど時間を掛けずにエリアの全貌を知りえただろう。
ではフォルテとの戦いによる疲れが原因か。
確かにそれもある。辛くも撃退することには成功したとはいえ非常に苦しい戦いだった。
少なくとも俺一人の力では到底敵う筈もない敵だった。それを幾つか幸運と――犠牲により何とか退けたのだ。
あの戦いで俺は気力体力共に限界まですり減らしていた。シルバー・クロウもそれは同様だっただろう。
その疲れを取る為に一応の睡眠は取ったものの、何時敵に襲われるかも分からないような場所で気を抜く訳にも行かず、時間に追われる状況あることもあり、疲れが完璧に取れたとは言い難い。
そんな消耗したコンディションであったことが、エリア探索におけるミスを誘発したことは否めない。
しかし最も俺たちを打ちのめし、こうしてエリアを彷徨わせる要因となったのは――喪失感だろう。
俺たちは確かにフォルテを退けた。犠牲を持って。
「…………っ!」
今思い出しても胸の奥に悔恨の念が走る。
レンさん。フォルテとの戦い、その最中で落とした少女。
目の前で彼女が消えゆくさまを為すすべもなく見ていることしかできなかった。
その正体がAIであることなど、何の意味も持たない。自分の隣に居た少女が死んだ。
ただそれだけが現実だ。
「あの……キリト、さん」
弱々しく呼びかけられた声に、俺ははっと振り返る。
そこにはエリアの闇の中に在って尚照り光る純銀のアバター――シルバー・クロウが居た。
共にフォルテを撃退し、新たな同行者となった彼は少々戸惑ったように、
「やっぱりもう少し休んだ方がいいんじゃないですか? 眠っていても、その、僕が守りますんで。
僕はあまり疲れてませんし……大丈夫ですよ」
そう告げた。
俺はしばし逡巡する。
言うまでもなく悠長に休んでる余裕はない。タイムリミットは刻一刻と迫っている。
しかしそれで焦ってミスをしてはそれこそ本末転倒だ。
ならばこそ休むと言うのも手だが……、
「いやもう少し歩こう。たぶんこの先まで行けば、この辺りのマッピングは終わる筈だ」
だが俺はもう少しだけ探索を続けることを選んだ。
理由としてはやはりこの見通しの効かないエリア自体が休憩には向かないということ。
そして俺の中でもようやく落ち着きが出てきたということだ。
レンの死への悔恨の念が消えよう筈もないが、しかし立ち止まる訳にはいかない。
そう思えるようになったことで、少しは冷静な思考も出来るようになっている筈だ。
事実、マッピングのズレもほとんどなくなっているように思える。予想が正しければこの先には――
「……分かりました。行きましょう、キリトさん」
俺の言葉にシルバー・クロウは頷き返し、再び移動を開始する。
その動きはどこか鈍く見えた。先程は大丈夫、と言っていた彼だが、しかし疲れていることには変わりないだろう。
話によれば彼はあのフォルテとこの短い間に連戦したという。しかも彼もまた俺と同様同行者を失っている。
その事実に彼に相当に堪えているようにも見えた。
勇ましく戦っていた頃は怒りに任せ忘れることができても、戦いの熱が引いた後になってその事実を噛みしめ再度愕然とする。
何度も見た光景だった。他でもないあの浮遊城アインクラッドで。
「…………」
あの城のことを思い出し、俺は何も言えなくなった。
あるいはあの頃の自分ならもっと機敏に動けたかもしれない。そんなことを考えてしまったからだ。
確かに仮に当時の俺がこの場に居たのなら、レンの死をより早く乗り越えることができただろう。
死というものにある種慣れを感じていた。そうでなくては死んでいた。そんな時期の俺だったならば如何に疲れていようがマッピングのミスなど侵さなかった筈だ。
しかしそれはただ麻痺しているだけだ。死というものに麻痺していた。
当時のアインクラッドの現実ではそれが正しかったのだろうが、俺が帰ってきたあの現実ではそれは間違いだ。
少なくとも俺はそう思う。だからレンの死に即座に割り切るということができなかったのだ。
「……今度こそ当たりって訳か」
不意に見えてきた明かりに、俺はぼそりと呟いた。
その明かりは地面に埋め込まれた薄紅色の円球が光源になっていた。
B-10でも似たようなものを見た。転移門――エリアとエリアを繋ぐポータルだ。
俺とシルバー・クロウは互いに目を合わせ、よしと頷いた。
途中エリア内を彷徨って現在地を見失っていた俺たちだが、それでも途中からは大体の位置が読めてきた。
そしてその地点から最も近い施設――即ちこのポータルの位置は大体当たりを付けることが出来た。
当初の目的地のショップからは大幅にズレている。どころか、このポータルは二番目の目的地であったA-9のポータルですらないのだ。
マッピングが正しければ、このポータルはB-9の、ファンタジーエリアへ繋がるものの筈だ。
「どうします? 本当にここからエリアを受け抜けちゃいます?」
「……そうだな」
俺はウィンドウを呼び出し時刻を確認した。
5:26。そう表示されているの見て、俺はこのままエリアを抜けてしまうことに同意した。
拠点となりそうな日本エリアの施設だが、そこを目指すにしてもウラインターネットを彷徨うよりも、構造が単純に見えるファンタジーエリアを横断した方が早いだろう。
「行く前に少しだけ休ませて欲しい。ここなら襲撃を受けても対応しやすいだろうし」
既にエリアのパネルに腰を据えながら俺は言った。身体が鉛のように重い。やはり休息が必要だ。
このポータルまで至る道は一本しかなくレッドプレイヤーの存在の察知も容易だ。ハイド系のスキルを使われてはその限りではないが、しかしそんなことを言っていては休むことなどできない。
完全に安全な場など、このデスゲームにはないのだから。
シルバー・クロウもあっさり承諾し、彼もまた床に身を落とした。
俺は完全に寝落ちしないように気を付けながらも身を休める。
休んでいる間、共に疲れが溜まっていたこともあり会話は少なかった。
しかし互いに意識していたことは確かだ。腰を据えて落ち着くことできた結果、今まで保留にしてきたことも自然と気になってくる。
――時間移動。
俺とシルバー・クロウの話を総合した結果、そんな現象が起こっていることが分かってきたのだ。
眉唾だよなぁ、ホント、と俺は胸中でぼやく。
かつて比嘉タケル氏が話していた『第四世代型フルダイヴ実験機』に関するオカルトを思い出す。
量子コンピュータには平行世界に同期する可能性があり、結果として他の時間流やパラレルワールドに存在するコンピュータに干渉してしまう……というような話だった筈だ。
俺も最初に聞いたときはそのあまりの現実味のなさに一笑に付したことを覚えている。
正直今でも信じるに値するとは思えない話だが、しかし俺は既に「そうでなくては説明できないこと」を見てしまっている。というか目の前に居る。
俺はちら、とシルバー・クロウを見た。
この純銀のアバターは間違いなく、あの「シルバー・クロウ」だ。
比嘉タケルの実験に付き合った結果として一度デュエルし、そして何の因果かこうして再び巡り合い、共に戦うことになったプレイヤー。
他人に話しても「ありえない」としか言われなかった存在だった彼だが、しかしこうして確かに存在している以上、その存在を疑うことはできない。
そしてシルバー・クロウの話によれば、彼は何とA.D.2046年の人間であると言う。俺から見て二十年後の人間だ。
まさか、と思った俺は色々な質問をぶつけたが、その受け答えに嘘があるようには見えず、少なくともシルバー・クロウがそう思っていることは事実だった。
二十年後の人間とデュエルし、あまつさえ共にデスゲームに叩き込まれるようになるとは。時間移動なるものをまさか自分が経験するとは思わなかった。
その事実に俺は驚愕するというよりは困惑し、またシルバー・クロウも同じような心境だったようで、とりあえずこの件に関しては保留、ということにしたのだ。
事態を把握するにはあまりに手に余るように思えた。量子、平行世界、時間流、興味があるといえばある単語群であったが、その手の研究者でもない俺では精々怪しげな仮説を打ち立てる程度が限界だろう。
とはいえ、全く考えない訳にはいかない。というか、目の前にシルバー・クロウが居ると、どうしても考えが行ってしまう。
時間移動や平行世界といった分野について持てる限りの理論を思い返して見る。アインシュタインの相対性理論であったり、ライプニッツの可能世界論であったり、しかし齧った程度の知識でまともな推論を組める訳もなく、やはり途中で思考を放り投げることになった。
が、その最中に俺は一つの現実的な仮説を思い付くに至った。割と説得力があり、そしてあまり信じたくない類の。
フラクトライト。
ここ最近、俺がアルバイトをしていた「ラース」という企業で聞かされた話だ。
旧来のVRマシンとは一線を画する理論に裏打ちされる、新たなVRマシン。
何度か体験したあの世界は、それこそ現実と寸分たがわない、もう一つの現実を形成していた。
あの技術がこのデスゲームに使われている可能性は十分にあるが、しかし俺が考えたのはまた別のことだ。
フラクトライトとは人がどう思考するかを決定づける光子の集合体であり、ざっくばらんにいえば「魂かもしれないもの」だ。
それをデジタルデータで表現する技術を俺は身を以て知っている。
そしてデータである以上、コピーすることができるのだ。コピーしておいたデータを保存しておくことも勿論できる。
ならばここに居る『キリト』はその保存してあったフラクトライトから再生されたものであるという考えはできないだろうか。
このデスゲームの「外」は実はA.D.2046か、それより先の未来であり、もしかして俺もシルバー・クロウも時間を置いて再生されたデータ上の存在でしかない可能性。
その場合このデスゲームはAI同士を殺し合わせる悪趣味な催しということになる。
反吐が出る発想ではあるが、しかし時間移動や平行世界といった可能性よりはずっとあり得そうでもあった。
「……何にせよ、変わらないか」
俺はそこで思考を中断し、厭な考えを振り払った。
シルバー・クロウとの出会いが本当に時間移動によるものなのか、はたまた共にデータベース上の存在でしかないが故のことだとしても、俺は間違いなく生きているし、今ここにある世界は現実だ。
ならば俺がこのゲームに乗ることなく脱出することに変りはない。
今はそれだけ分かっていればいい筈だ。
ふとそこでヒースクリフ――茅場晶彦のことが脳裏を過った。
紛れもない天才研究者である彼がこの場に居たら、どのような考えを示すのだろうか。
そんなことを、考えてしまった。
◇
休憩の終わりを告げたのは、一通のメールの着信だった。
時刻にして6:00。俺、そしてシルバー・クロウは突如開かれたウィンドウに弾けるように反応した。
GMからのメール、俺は背中に冷たい汗が走るのを感じつつもメールを開いた。
そしてそこに記された情報を読み取った後、
「――脱落者」
そう、声が漏れた。
ウィンドウを見上げる。外から見れば何もない虚空を、しかし俺には見えるその情報の羅列を俺はただ呆然と見ていた。
【クライン】【リーファ】【レン】。
自分の知る三つの名が、そこにはあった。
その名をなぞるように指を這わせ、そして何かを言おうとしたが、しかし結局喉奥から何も言葉が出て来ることはなかった。代わりに溜息とも笑いとも付かない奇妙な吐息が絞り出た。
メールの着信音の他に音はなかった。静寂だ。元よりこのエリアは静かなのだ。
自分以外の全てがずっと遠くに行ってしまったかのような感覚に囚われる。そんな中、胸奥に走る熱がずっと強く感じられた。
しばらく何もせずにウィンドウを放置していると、ウィンドウが勝手に閉じた。そうして虚空は本当の意味で虚空となった。
「……あ、あの」
声が聞こえた。
シルバー・クロウだ。彼は言葉を選ぶような間を置いた後、婉曲な言い回しで事情を尋ねてきた。
誰か知った名があったのか、と。
「……ああ、三つあった。一つはレンさん、あとは……」
俺は顔を俯かせ目を合わすことなく答えた。シルバー・クロウはそれ以上何も言わなかった。
たまたま名前が一致しただけだ。静寂の中で、ふとそんな考えが脳裏を過る。
羅列されたのはアバター名だけだ。それが俺の知る彼らであるという保証はどこにもない。
だからまだ分からない。本当に彼らが彼らなのか。
立ち尽くす俺がひねり出したそんな可能性を打ち消したのは、もう一人のどこか冷めた俺で、仮に一つだけならばまだその可能性もあるかもしれないが、二つとも無関係、というのは先ずないだろう、とその俺は囁いたのだ。
加えて俺はこのデスゲームがある程度知り合いが集めれていると予想していた。
それは開幕の場で似たようなアバターを持つ参加者が多く確認できたことに加え、レンにとってのジロー、俺にとってシルバー・クロウといった既知の存在が確認できたことから恐らく正しい。
ならば、やはりこの名前は自分の知る彼らなのだろう。
【クライン】はSAOログイン以来の付き合いであった壺井遼太郎であり、【リーファ】は他でもない妹、桐ケ谷直葉である。
そうでない可能性も無論あるが、しかし覚悟はしておくべきだ。
では本当に俺は彼らを失ったのか――
未だ実感が湧かない。当たり前だ。この前まで普通に会って笑って、共にゲームをしていた彼らが、こんな、こんなにもあっさりと死ぬなど。
アインクラッドに囚われていた頃の俺ならば、すぐに事実と受け入れていたのだろうか。
この喪失を。
「行こう」
どれだけの時間が経っただろうか。長い沈黙を経て俺は視線を上げた。
その先にはポータル――ファンタジーエリアへの入り口がある。それに近づきつつ、俺はシルバー・クロウを促した。
「……キリトさん」
「ああ、もう大丈夫だ。もうこれ以上休んではいられない」
「でも」
俺は半ば強引に笑みを浮かべ「大丈夫だ」と再び言った。
無論、それは本心からではない。死を割り切ることなどできはしなかったし、する気もなかった。
しかし立ち止まる訳にいかない。それもまた事実だった。
幾ら悔いても死を取り戻すことはできない。
そのことは、あのアインクラッドで思い知った筈だ。
だから歩かなくてはならないのだ。
死を受け止め、途中で倒れそうになっても、前へ進む。
そうでなくては散った者たちの死に意味が――いや、これはただの感傷か、俺は無理矢理に死に意味を見出そうとしている。
しかしそうでなくては俺が今まで見てきた死者たちが――
「とにかく、行こう」
纏まらない思考を振り払うように俺は言う。
とにかく死はもう取り返すことができない。レンも、クラインも、リーファも、決して。
ならば進むしかない。それだけは確かな筈だ。
「あの……」
俺の様子を見かねてか、シルバー・クロウが口を開いた。
「僕には正直、今のキリトさんの気持ちは分からないと思います。
だから、何も言えません。言ってもたぶん薄っぺらいことにしかなないでしょうし……」
でも、と力強く言って彼は俺をまっすぐと見据えた。
「せめて僕を信じてください。頼りならないかもれないけど、精一杯頑張りますから、何かやるべきことがあれば僕に言って下さい」
シルバー・クロウの言葉には不器用な優しさが滲んでいて、そのせめてもの礼として俺は笑ってみせた。
同時に、隣に居てくれてたのが、彼のような人間であったことに感謝する。
付き合いは短い。しかし既に俺とシルバー・クロウの間には奇妙なシンパシーが存在しているようだった。
「ああ、分かった。よろしく頼むぜ、シルバー・クロウ。俺がヤバイ時は助けてくれ」
「はい……、キリトさん。その、僕でよければ」
「丁寧語止めないか? さっきの戦いの時みたいにキリトって呼んでくれた方が良い」
「あ、え、でもキリトさんの方が年上ですし」
「ネットゲームでそんなん関係ないって。ほら、行こうぜ、クロウ」
「え、えーと、分かった、キリト」
そうして俺はシルバー・クロウと共にポータルを潜った。
正直まだ考えは纏まらない。しかし、シルバー・クロウと一緒ならば歩ける筈だ。
そう思い、俺はファンタジーエリアへ跳んだ。
その先に待つものが何であるのか、全く知らないままに。
◇
思えば、この時の俺はやはり混乱していたのだろう。
もう少し頭が回っていれば、自分の思考の矛盾に気づくことができたというのに。
死は決して取り戻せない。そう考えておきながら、時間移動という形でシルバー・クロウの存在を許容した。
明らかに矛盾している。いや、二つの考え自体は共に正しい。ただ正しいが故に、もう少し先まで考えることができていたら、と思わざるを得ない。
何故ならこの先に待っていたものは――
「キリト……!」
声を上げて近づいてきたのは、彼女だった。
彼女は安堵の感情を顔に浮かべ無防備にもこちらに突っ込んでくる。
広々とした草原ではその姿が遠くからでもはっきり見えた。先のエリアと打って変わって解放感のある空の下、俺と彼女は出会ったのだ。
その時、俺は覚えた感情は果たして何と呼ぶのが正しかっただろうか。
分からない。
先のメールのときだって、呆然とする俺の中にもひどく冷めた俺が居たと言うのに。
今の俺は完全に思考を拒否してしまっていた。
そう、拒否感だ。
敢えて名を付けるのならば、恐らくそれが正しい。
「キリト!」
俺がそんな目眩のような感覚に囚われているのを余所に、彼女は勢いよく駆け寄ってきた。
途中息が上がりそうになりながらも、その顔に浮かぶ安堵の笑みは――懐かしい、記憶にあるそれだ。
「良かった……会えて」
俺の下までやってきた彼女は息を整えた後、手を取り俺を見上げた。
黒い髪が揺れ、潤んだ瞳が陽の光を反射して煌めく。手と手で触れ合った瞬間、暖かい感触が溶け込むように広がっていった。
そのどれもが記憶にしまい込んだ筈の彼女そのもので、俺は思わずうめき声を漏らしていた。
「……キリト?」
俺の様子に気付いたのか、彼女は怪訝な様子でそう問いかけてきた。
俺はしばらくなにも言えず、凍るような沈黙を経ても、
「――サチ」
そう、彼女の名を呼ぶのが限界だった。
震えてはいなかったと思う。
声というよりは、吐息のような、消え入りそうな呼びかけで、俺は彼女をサチと認めたのだ。
サチ。
かつてアインクラッドで一度はギルドを共にし、親しくし、そして俺が喪った人。
ギルド『月夜の黒猫団』の隆盛と壊滅、そしてその後の一縷の望みを掛けたクリスマスのイベントまで含めて、俺の中で決して癒えない傷となった。
二度と戻らない筈だった。だからこれはあり得ない。しかしそのあり得ないことが、こうして現実となっている。
呼びかけに含まれた複雑な思いを理解した訳ではないだろう。
しかし、サチは何かを察し、俺から手を離した。そしておずおずと後ずさりしていく。
結果数歩の距離が、俺とサチの間にはできていた。
震えてはいなかったと思う。
声というよりは、吐息のような、消え入りそうな呼びかけで、俺は彼女をサチと認めたのだ。
サチ。
かつてアインクラッドで一度はギルドを共にし、親しくし、そして俺が喪った人。
ギルド『月夜の黒猫団』の隆盛と壊滅、そしてその後の一縷の望みを掛けたクリスマスのイベントまで含めて、俺の中で決して癒えない傷となった。
二度と戻らない筈だった。だからこれはあり得ない。しかしそのあり得ないことが、こうして現実となっている。
呼びかけに含まれた複雑な思いを理解した訳ではないだろう。
しかし、サチは何かを察し、俺から手を離した。そしておずおずと後ずさりしていく。
結果数歩の距離が、俺とサチの間にはできていた。
再び静寂が訪れた。
俺も、サチも、そして隣で事情を把握できずにいるシルバー・クロウも、皆何も言うことができなかった。
「やあ」
それを破ったのは、一人の男性の声だった。
「こうも上手く会えるとはな。運がいい。サチから話は聞いていたよ」
その男は腕に巻きついた異様な拘束具を引きずり、悠然と俺たちの下にやってきた。
青い髪をした長身の男性アバター。サングラス越しに見せた視線は穏やかなものであったが、しかし突き離すような冷たさも同時に湛えている。
彼は俺と対峙するサチに寄り添うように立ち、
「本当に会えて良かったよ――キリト」
そう告げて、俺に手を差し伸べてきた。
俺は彼のことを知らない。
しかし、直観的に似ている、と思っていた。
かつての強大な壁であり、そして俺に世界の種を託し去っていた、あの男に。
◇
オーヴァン。
そうその男は名乗った。
「本当に運が良かった。もう少し遅ければすれ違っていただろうからね」
そう言ってオーヴァンは微笑む。確かにその言葉通りだった。
ファンタジーエリアにやってきた俺とシルバー・クロウは日本エリアを目指し西進していた訳だが、話によれば彼らはここから少し南に位置する大聖堂を目指していたらしい。
となると、少しでもタイミングがズレていれば二つのパーティがこうして相対することはなかったことになる。
だから恐らく幸運なのだろう。これは。
「オーヴァンさんは何で大聖堂を目指していたんですか?」
「ああ、ちょっと大聖堂という場所に心当たりがあってね。もしかして知っているところじゃないか、そう思った訳だよ。
仮にそうなら是非とも調べてみたい場所でもあるんだ」
シルバー・クロウとオーヴァンが言葉を交わしている。
先の接触を経て、俺たちと彼らは共に行くことにしていた。
当然だがサチも、そしてその同行者であったオーヴァンもまたデスゲームに乗る気はないらしい。
ならば同行を拒否する意味はない。ましてや俺とサチは顔見知りであるのだから。
「そうなんですか。じゃあとりあえず聖堂に行って、それから日本エリアに、という感じですかね」
「そうしてくれると助かる。すまないね、君たちの予定を狂わせてしまって」
「い、いやいや、僕たちこそ一緒に来てくれて助かります。ね、ねぇキリト」
シルバー・クロウの言葉に俺は「ああ」と短く答えた。
もう少し何か言うべきだったのかもしれないが、今の俺にそんな余裕はなかった。
先程から喋っているのはシルバー・クロウとオーヴァンばかりだ。
シルバー・クロウが何とか会話を取り継ごうと話題を出し、それをオーヴァンがフォローするように答える。大体そんな流れだ。
そんなことになっているのは、言うまでもなく俺とサチのせいだろう。
「…………」
サチは出会って以来ずっと黙っている。オーヴァンの影に隠れ、不安そうに俺を見ている。
今しがたの再会で、俺の様子がおかしいことに気付いたのだろう。
それが彼女を不安にさせている。そんなことは言うまでもなく分かっていた。
しかし、俺は未だに何もサチに言えていない。
どんな言葉を掛ければいいのか、俺はどうするべきなのか、全く見えなかったからだ。
しばらくすると、ぎこちなかった会話も途切れた。各人何も言わず、ただ黙々と歩いている。
シルバー・クロウも話を続けることを断念したのか、少し肩を落とし後ろを歩いている。少し無理をさせてしまった。
そんな気まずい沈黙はどれほど続いただろうか。感覚としてそれほど長くなかったようにも思う。
「見えたな」
その沈黙を破ったのは、やはりオーヴァンだった。
見上げると、そこには巨大な橋の上に築かれた巨大な建築物があった。
その荘厳な造りはなるほど確かに大聖堂、と呼ぶに相応しい。
そしてネットスラムの時と同じく、その聖堂はふっと湧いたように感じられた。やはり遠近エフェクトが強まっているのだろうか。
「グリーマ・レーヴ大聖堂。やはり……」
隣りでオーヴァンがぼそりと呟いた。
グリーマ・レーヴ大聖堂。それがこの施設の名のようだ。
「ところで調査の方だが二手に別れるというのはどうだろうか」
大聖堂に近付き、橋の上までやってきたところでオーヴァンが不意にそう提案した。
その言葉は、まるで耳元で囁かれるようにすっと頭に入ってきた。
「聖堂の中と外、パーティを分割して調査する、という訳だ。恐らくそちらの方が効率が良いだろうな。
どうだろう? 外の調査はキリトとサチにお願いしたいのだがね」
言われた途端、俺は身を固くし、そして同時にサチが肩をビクリと上げたのが見えた。
◇
「さっきの提案ってやっぱり……」
「ああ、キリトとサチの間に会話の場を設けた方が良いと思ってね」
ハルユキはオーヴァンと共に大聖堂におずおずと足を踏み入れていた。
そうして訪れた施設を見渡してみる。
ステンドグラス越しに淡く滲む光、がらんと広がる天井、そして奥に佇む誰も居ない台座。
大聖堂、の名の通りそこは静謐で神聖な雰囲気が広がっていた。
(何ていうか、雰囲気あるなぁ)
如何にもRPGに出てきそうな「聖なる場所」だ。聖なる剣を抜いたり、死者を蘇生したりするような感じの。
ポリゴンのクオリティは正直加速世界のそれと比べると物足りないが、それでも写実的な美しさとはまた別の独特の雰囲気がある。
(それに……三十年前でこのグラフィックは凄いよな)
ハルユキはそう思った後で、ちょっと偉そうかな、と自分の考えに苦笑した。
まさか自分がこんな「未来人」的なことを考えることになるとは。
(時間移動って、やっぱり本当なんだよな。キリトだけでなく、オーヴァンさんも……)
これまでの接触で分かったことを、ハルユキは彼なりに脳内で纏めてみる。
キリト。彼はA.D.2026年からの人間らしかった。それもあの「ソードアート・オンライン事件」に深く関わった人間だと言う。
彼とはこのデスゲームに来る前、一度奇妙なデュエルをしたことがある。キリトが言うにはそれは量子コンピュータの偶然の作用かもしれないとのことだった。
平行世界とか、時間流とか、よく分からないので何ともいえない。しかしこうして直に会えてしまっているのだから、信じるしかないのかもしれない。
このエリアで出会ったサチという少女アバターは、キリトと旧知の仲らしい。らしいが、どうやら複雑な関係があるらしく、キリトもサチも様子がおかしかった。
そのことを尋ねるのは、ハルユキにはできなかった。軽々と触れてはいけないような気がしたのだ。
そしてオーヴァン。
彼はA.D.2017年の人間……らしかったが、しかしどうやら事はそう単純な訳でもないようだ。
(バルムンクさんも言っていたThe World……本当の意味で別の世界ってことか)
キリトの語る過去はハルユキにとっても違和感のないものだった。
無論知らないこともあったが、しかしそれは自分の無知と納得できるようなものばかりだった。
しかしオーヴァンの語った過去の話――プルート・キスやネットワーククライシスといったネット社会を揺るがすような事件を、ハルユキは全く知らなかったのだ。
キリトもそれは同様のようで、ここに到って事態は単純な時間移動という訳でないことが分かってきた。
自分を包む世界レベルの話。正直、ハルユキの理解を越えているような感じがある。
(……でも、こんなことは許しておけない。それは変わらない)
何をするかは分かっている。仲間を募ってこのデスゲームを打倒すること。それだけだ。
なら、迷うことはない筈だ。
その為にも、オーヴァンたちと出会えたのは本当に幸運だった。
二人だったパーティが、四人に増えた。この調子で仲間を増やしていくことができるのならば、ゲーム打倒も難しくないのかもしれない。
ハルユキはそんな希望を持っていた。
(その為にもキリトとサチさんは上手く話を付けられるといいけど……)
共に戦う為にも、あの二人の間にあるわだかまりを解消して欲しい。
オーヴァンもそう思ったからこそ、こんな計らいをしたのだろう。
見たところキリトもサチも敵意がある訳ではない。寧ろ互いに好意を持っている。
そのあたりの機微は未だに上手く掴めないハルユキだが、それでもそれくらいは分かった。
ならば、話せば分かる筈だ。かつての親友との一件を思い出す。確執はあった。しかしそれを乗りこえ、自分たちは再び親友として絆を深めることができたのだ。
「なるほど……ここはこちらのThe Worldのものか。となると……」
オーヴァンの呟きに、ハルユキはハッとして顔を上げた。
ぼうっとしていたハルユキを尻目に、オーヴァンは大聖堂の奥で何かを調べている。
ただサボっている訳にも行かない。ハルユキは急いで彼の下へ走った。コツンコツン、と足音が広く響き渡る。
奥まで行くと、オーヴァンが誰も居ない台座をじっと見つめていた。
正確には、その台座に刻まれた奇妙な三筋の爪痕を。
「何ですか? これ」
その異様な様子にハルユキがそう疑問を呈すると、オーヴァンはゆっくりと振り向いて、
「爪痕(サイン)だよ」
「え?」
「この現象の名前だ。The Worldで幾つかのフィールドにあったグラフィック異常だ。
何なのかはよく分からない。しかし、これを名付けた人はこう思ったそうだ」
これは前兆だ、と。
オーヴァンはそう告げた。
ただならぬ様子にハルユキはごくん、と息を呑みそのサインとやらを見つめた。世界を抉り取ったようなその傷は、時節鈍く明滅しており不気味だった。
確かに何か、何か良くないことが起きそうな、そんな気にさせる爪痕だった。
「前兆……」
「そう前兆……まぁただのバグかもしれないがね。
――それよりシルバー・クロウ」
オーヴァンはそこでハルユキに問いかける。
「教えて欲しい。先ほど君が言っていたリコリス……彼岸花の少女の話を」
と。
◇
聖堂を周りを取り囲むようにぽっかりと空いた穴――オーヴァンによれば地底湖の名残らしい――を歩き回りながら、俺は一人煩悶した。
視界の隅ではサチがこちらを伺っているのが見える。共に意識している。しているのだが、会話はなかった。
オーヴァンの提案により、サチと共に聖堂の調査をすることになった俺たちだが、相変らず気まずい沈黙が二人の間には横たわっていた。
何とかして声を掛けようと思うのだが、言葉が出ない。
無論オーヴァンの意図は分かっている。調査だの何だのは所詮口実で、とにかく俺とサチが何かしら決着を付けることを期待してるのだろう。
とはいえ、俺は未だに答えを出せずにいる。
もう喪ってしまった筈の少女、死者であるサチと、今になってこうして遭い見えたことに。
「……キリト」
沈黙に耐えかねたように、サチが口を開いた。
その顔には不安が滲んでいる。そのことに胸が痛むが、同時にきっと俺も似たような顔をしている、そう思った。
「……何だ、サチ」
それでも俺は無理やり笑ってみせてそう答えた。
するとサチもぎこちない笑みを浮かべた。
だが二人の間には距離があった。数歩程度の、しかし決して触れ合えない程の距離を置いて、俺とサチは話している。
「会えて……良かったね。いきなりこんなことに巻き込まれて、本当、困っちゃったよ」
「ああ、そうだな。俺も本当、理解ができなかった」
「うん。まぁでも……アインクラッドに閉じ込められるようになった時も、こんな感じだったよね」
拙いながらも何とか会話を続けつつ、俺はある種確信した。
今ここに居るサチは、俺の記憶の中に居る、あのサチだと。
もしかしたら俺は期待していたのだろうか。実はこのサチは、あの時のアバターを使い彼女を騙る偽物であることを。
そしてもう一つ分かったことがある。
このサチは、まだ死を知らない。話の中から見える情報を総合すると、彼女にとっての黒猫団はまだ壊滅しておらず、俺もまたそのメンバーに入ったままだ。
そんな「時間」から連れてこられたのだろう。
シルバー・クロウの一件がなければとてもじゃないが、こんなにもすんなりと時間移動を連想できなかっただろう。
逆にいえば、彼と出会いその存在を認めた以上、このサチが俺の知るサチでないと否定する根拠はなくなった、ということになる。
そこまで俺は気付いた。
何で今更――、そんなことを考えている自分に。
「ねぇキリト」
不意にサチが改まって呼びかけてきた。
ぎこちない笑みを消し、不安に揺れる瞳で俺を見据え、
「どうしたの? 何か、変だよ。様子」
その問い掛けに俺は言葉を詰まらせた。
このサチにしてみれば、確かに俺の態度は変としか言いようがないだろう。
恐らく彼女の主観では「今」はアインクラッドに囚われて半年程度経ったところの筈だ。
だが俺の主観では「今」はA.D.2026年6月だ。およそ四年のズレがあることになる。
そのズレを俺はまだこうして認識できるが、サチは全く予想付いていないだろう。
これがリアルならまだ身体的特徴の差が現れているだろうが、今の俺の身体はSAOアバター――あの時と何ら変わっていないのだ。
だがそれは表面的な事柄だけだ。
俺はこの四年で色々なことを経験した。
その差が、ズレが、こうしてサチとの隔絶を生んでいる。
「……何でもない」
俺は苦しんだ末、そんな歯切れの悪い言葉を漏らした。
嘘だ。そんなことはサチも言うまでもなく分かっていただろう。
だが、彼女は何も言わなかった。ただ切なそうに顔を俯かせただけだ。
「ごめん」
俺は力なくそう謝った。サチは「ううん」と首を振るが、その様子がより俺の胸を痛めた。
本当は何もかも言うべきなのかもしれない。このまま彼女を苦しませるくらいなら、俺が今抱えている隔絶を全てぶちまけてしまった方が良い。
そう思いはするが、しかし俺は何も言えなかった。
俺が見た四年。彼女が見れなかった四年。そのことを告げれば、きっと俺自身が持たない。
ただでさえ仲間の死を告げられたところなのだ。正直、事は俺のキャパシティを当に越してしまっている。
本音を言えば全てを投げ出してしまいとさえ思った。
「サチ」
しかし、同時にそれだけは駄目だとも思う。
俺はこうして生きている。ならば、目の前に広がる現実を見ていくしかないのだ。
そう思ったからこそ言った。待ってくれ、と。
「少し時間が欲しい。少しでいいんだ。整理する時間が欲しい」
「…………」
「必ず、説明する。だから待っていて欲しんだ。俺が、その、答えを出すのに」
その言葉にサチは沈黙の末こくん、と頷いた。
きっとまだ納得は行っていないだろう。顔をみれば、未だに彼女が不安を抱えているのが分かる。
それでも今の俺にはこれが精一杯だった。
「……行こう。クロウたちと話したい」
「うん……そうだね」
再びぎこちない笑みを浮かべつつも、俺たちは聖堂――グリーマ・レーヴだったかに向かっていく。
「なぁところであのオーヴァンっての、どんな奴なんだ。何か謎めいた感じだったけど」
「オーヴァンさんは良い人だよ。最初に私を見つけて、それからレアなアイテムをトレードしてくれて……」
途中、何とか話題を探して会話を続ける。
可能な限り昔のように――思えばあの頃も俺は隠し事をしていたのか――と思っても不自然さは残った。
しかしそれでも何とかして笑い、他愛ないことも交えて話していく。
二人の間にはまだ距離があった。俺は何とかそれを埋めたい。
できる筈だ。今は駄目でも。時間を掛ければ、きっと。
そうして大聖堂の前までやってきた。
オーヴァンはここで何かを調べたいといっていたが、一体何があるのだろうか。
ふとそれを尋ねるのを忘れていたことに気付いた。いや、もしかしたら聞いたのかもしれないが、先程の道中はサチのことで頭が一杯で、ほとんど会話を聞いて居なかった。
まぁ改めて聞けばいいか。そう思っていた時、サチが聖堂の扉を開け放った。
そして、
「え?」
◇
◇
ハルユキは今後の展開に希望が見えてきたことで、心躍る気分であった。
今現在彼が持っている何かしら希望となりそうな要素――ネットスラムで出会ったあの少女をことを、何とオーヴァンは知っているというのだ。
「お前の言う少女があのデータであるのなら、そうだな、もしかしたら脱出に繋がるかもしれない」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、The Worldにまします女神……その影のようなものだ。
システムを超越する力の破片。それがGMすら管理できないようなデータであるのならば、あるいはキー・オブザトワイライトとなり得るか」
聞けばオーヴァンはネットワークを統括する調査機関のような場所に籍を置いていたらしく、この手の現象に知識もあるらしい。
そんな彼とこうして出会い、情報を共有することで新たな展望が見えた。
喪ったものもあった。けれど、着実に前に進んでいる、そんな感覚がある。
「じゃあ、このクエスト上手くやれば、GMを倒せるかもしれないってことですね」
「ああ……その可能性はある」
オーヴァンの言葉には不思議な力強さがあった。
その強さは聞く者を惹きつける。不思議な魅力がある、というべきか。
レギオンの<王>たちと似通った雰囲気がオーヴァンにはあった。
彼も元のゲームではギルドマスターをやっていたというし、トップに立つ者特有の風格、とでも言うのだろうか。
(先輩……大丈夫です。脱出の道が見えてきました)
黒雪姫。彼女もまたこのデスゲームのどこかに居る筈だ。
先程のメールにその名はなかった。なら、まだ脱落していない。
キリトと違って、脱落者リストに知った名はなかった。いやバルムンクの名はあったが、それは既に分かっていたことだ。
彼の死はどうしようもなく辛かったが、同時に黒雪姫の名がなかったことへの安堵があった。
無論黒雪姫――ブラック・ロータスはハルユキよりずっと強い。
だから大丈夫だと信じている。
自分がこうして仲間に恵まれたように、彼女も仲間を募ってGM打倒の道を進んでいるに違いない。
(だから、生き残りましょうね、先輩)
この場に居ない彼女に、ハルユキは言葉を送った。
この願いはきっと届く。そう信じて。
それを――
「しかしnoitnetni、intention……意思、か」
それを遮ったのはオーヴァンの呟きだった。
「全く因果なものを求めるな。女神の出来こそない、その残滓は。
時を越えてまでそんな役割を与えられるとは、本当に哀れなものだ。当の昔に擦り切れているだろうに」
「オーヴァンさん……?」
「なぁ、シルバー・クロウ」
オーヴァンは微笑みを浮かべ、ハルユキに近づいてきた。
その靴音が聖堂内に不気味なまでに響き渡った。
そして、ハルユキに向き合い、
「お前は真実をどう思う?」
「え……?」
「終わりを見たい……彼岸花の少女にお前はそう答えたのだろう?
それがたとえどんなものでも、どんな真実がそこに待っていようと、終わりを求めると」
ハルユキは何も言えなかった。
オーヴァンの真意が掴めなず、ただその異様な雰囲気に気圧されていた。
「真実まで辿り着いたのなら、恐らくそこには終わりはある」
オーヴァンの言葉は続く。
その奥で前兆たる爪痕(サイン)が不気味に蠢いた。
「だから、この爪痕の付け方を教えてやろう、シルバー・クロウ。
それがお前の求めた――」
からん、と何かが外れる音がした。
それが、オーヴァンの腕を包み込む拘束具が外れる音だと気付いた時、ハルユキは、
「終わり、だ」
一つの真実を知った。
◇
「え?」
サチが短い声を漏らした。
開いた聖堂の扉――その奥に彼女は何かを見たのだ。
「あ、え……そんな……!」
震える手でサチは口元を抑えた。そして、俺の方を振り向き、驚愕を滲ませた顔を向けた。
信じられない、その時のサチの顔にはそんな思いが宿っていた。
そして、
「いや――!」
叫び声を上げ、サチは猛然と走り出した。
俺を取り残し、聖堂とは逆の方へ走っていく。すれ違いざまにサチは俺を見なかった。
ただ一人で、どこかへ逃げようとしている。
「何だ、何があったって」
呆気に取られていた俺は、急いで聖堂の中を見た。
サチは一体何を見たと言うんだ。
開けっ放しにされた扉の先。そこにあった光景は、俺の想像を絶するものだった。
「何だよ、これ……」
そこには散乱するオーヴァンのものと思しきアイテムと――
「何だっていうんだ……!」
――その身に三筋の爪痕を刻まれた、シルバー・クロウの倒れ伏す姿だった。
俺は急いでシルバー・クロウの下へ近寄った。とにかく急いでその身を抱え、叫ぶように呼びかけた。
そして気付いてしまった。
シルバー・クロウのメタリックなボディが、不自然なまでに軽いということに。
その身体がまるで蒸発するように薄れていくことに。
彼がもう話すこともできないということに。
それが意味することは、ただ一つ。
「何で……何で、こんな……」
俺は愕然とシルバー・クロウの身を抱えた。
何度も呼びかける。こんな筈がない。こんなことはあり得ない。そう思う為に。
しかし、シルバー・クロウの身体はどんどん軽くなっていく。
見れば足下から彼のデータが霧散していた。
「ははっ……どういうことだよ、これ」
乾いた笑い声が漏れた。
目の前で見せつけられたレンの死、無慈悲に告げられたリーファやクラインの死、そして死んだ筈のサチとのあり得ない再会。
様々な理不尽を、ここまで俺はこのゲームで見てきた。
その極めつけが、これだというのか。
俺の手の中のシルバー・クロウはどんどん軽くなっていく。
存在が消えてゆくのだ。
絶望的な面持ちでそれを眺めていると、最期に彼は何かを言った。
――先輩。
その言葉を言った瞬間、彼のアバターは光となって消え失せた。
後に残ったのは、彼の身からドロップした幾多のアイテムと、生々しく残った三筋の爪痕だけだった。
それを見た時、「あ……」とそんな声が俺の喉から漏れた。
しばらく俺は放心状態でその場に座り込んでいた。
今度こそ、理解を越えた。そう思ったからだ。
もう全てを投げ出してしまいたい。全てから逃げ出し、このあり得ない現実を――
「サチ」
そこで俺はハッとした。
投げ出してはならないことを。逃げ出してはならないことを。
聖堂の入り口を振り返った。遠くに広がる草原と森が垣間見えた。
サチ。彼女は、どこに行った。
「駄目だ、サチ」
闇雲に逃げ出したサチのことを思い出し、俺は立ち上がった。
彼女は逃げたのだ。俺と同じく、目の前の現実から逃げ出したくて、衝動的に全てを放り投げようとして。
そしてその「現実」の中には、俺も入っているだろう。
少なからず頼りにしていた俺が見せた不自然な態度、煮え切らない態度、それも含めサチは逃げようとした。
だから、サチはあの時俺を見なかったのだ――
「危ない。そっちは」
そのことを理解し、俺はサチの後を追うべく大聖堂を後にした。
このままでは彼女の身が危ない。衝動的に逃げ出して一人になったところを、フォルテのようなレッドプレイヤーに遭遇すれば、どうなるかは日の目を見るより明らかだった。
何なんだ、この状況は。
走りながら俺は今自分の見た光景に反芻した。
倒れ伏すシルバー・クロウ。散乱するアイテム。刻まれた三筋の爪痕。
あれが意味することは一体何だ。大聖堂の中で何があったというのだ。
まさか――大聖堂の中でオーヴァンもシルバー・クロウも討たれたというのか。
俺は何とか思考を纏めようとするが、駄目だった。
思考全てに靄が掛かったようで、何一つクリアにならない。俺は今焦りに支配され、冷静さを失っている。
時間が、時間が欲しい。そう心の底から思った。
しかし事態は無慈悲に進行していく。
俺は一先ず全ての考えを保留にし、サチを追うことだけに専念することにした。
何一つ分からない事態の連続だが、もう二度とサチを失ってはならない。
それだけは確かだ。確かの筈だ。
その一念の下、俺はサチを追って全速力で走り続ける。
草原の向こうには、不気味に広がる森が見えた。
【シルバー・クロウ@アクセル・ワールド Delete】
【D-6/ファンタジーエリア/1日目・朝】
【サチ@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP100%
[装備]:剣(出展不明)
[アイテム]:基本支給品一式、AIDAの種子@.hack//G.U.
[思考]
基本:死にたくない
1:―――――――
[備考]
※第2巻にて、キリトを頼りにするようになってからの参戦です
※オーヴァンからThe Worldに関する情報を得ました
【キリト@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP45%、MP95%(+50)、疲労(大)、気絶/SAOアバター
[装備]:虚空ノ幻@.hack//G.U.、蒸気式征闘衣@.hack//G.U.、小悪魔のベルト@Fate/EXTRA
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜1個(水系武器なし)
[思考・状況]
基本:絶対に生き残る。デスゲームには乗らない。
0:――――――――。
1:とにかくサチを追う。それ以外のことは――
[備考]
※参戦時期は、《アンダーワールド》で目覚める直前です。
※使用アバターに応じてスキル・アビリティ等の使用が制限されています。使用するためには該当アバターへ変更してください。
・SAOアバター>ソードスキル(無属性)及びユニークスキル《二刀流》が使用可能。
・ALOアバター>ソードスキル(有属性)及び魔法スキル、妖精の翅による飛行能力が使用可能。
・GGOアバター>《着弾予測円(バレット・サークル)》及び《弾道予測線(バレット・ライン)》が視認可能。
※MPはALOアバターの時のみ表示されます(装備による上昇分を除く)。またMPの消費及び回復効果も、表示されている状態でのみ有効です。
再び静寂が訪れた大聖堂の中、ゆっくりと動き出す人間が居た。
からんからん、と金属がこすれ合う音が響く。がらんとした大聖堂をそれだけが支配していた。
オーヴァン。
皆が去ってしまった大聖堂に、彼だけが残っていた。
「種は撒いた」
彼はぼそりと呟き、開け放たれた扉をじっと見据えた。
その向こう側のどこかに去っていた二人が居る。キリトとサチ、彼らは種だ。
新たな争いを生む種。彼らの存在はきっとゲームを加速させる。
それをばら撒いたのは、他でもない自分だ。
サチは元より不安定な素振りを見せていた。
そんな彼女は自分に庇護されることにより一応の安定を見せていたが、それでもふとした拍子に崩れてしまいそうな、そんな危うさが垣間見えていた。
問題はそれを何時「種」とするかだったが、その契機は幸運にも向こうからやってきてくれた。
(キリト――お前に会えたのは本当に幸運だった)
ウラインターネットからやってきたという二人組。
彼らとの接触はオーヴァンにとって非常に有意義なものであった。
シルバー・クロウがネットスラムで見たリコリス――アウラの失敗作の存在、それが求める「意思」のプログラム、そして異なる時間と世界の概念。
どの情報もこのデスゲームの裏側を埋める欠かせない欠片だった。
先のGMとの接触と併せて、早い段階でそれらを察知できたのは、幸運だったとしか言いようがない。
(いや、あるいは不運でもあるのか)
もう一つの欠片。それがサチが求めていた一人のプレイヤー、キリトだ。
最初は彼との合流はサチを安定させるかと思った。しかしそうではなかった。サチを見たキリトは明らかに動揺していた。
知った仲だというのに、彼は喜びでなく驚愕の表情を浮かべていたのだ。
それを見た時、オーヴァンは悟った。
サチが先の未来で辿る筈の未来を。そしてキリトが抱える隔絶を。
(死に繋がる未来……それは新たな種だった)
このデスゲームに時間の捻じれが生じていることは、転移門の仕様や脱落者リストに連ねていた一つの名から予想が付いていた。
信じがたい話ではある。しかし如何なるプロセスを経ているにせよ、何かしらズレがあると仮定すると、様々な疑問が氷解するのだ。
ならば認めるべきだ。認めて、状況を利用する術を探らなくてはならない。
その結果がこれだ。
サチの種を芽吹かせるのに、キリトの抱えた隔絶は絶好の契機となった。
見るに、サチはキリトに対し精神的に少なからず依存している。
それはアインクラッドという極限状況下故のことだったのだろうが、このデスゲームではそれは更に顕著になっているようだった。
そこでキリトが見せた拒絶の意は、彼女にしてみれば多大なショックを与えただろう。
一度は落ち着かせていた不安がぶり返す。精神の均衡が崩れる。彼女は再び不安定な状態になった。
とはいえ、それも一時的なことの筈だ。
時間さえあればキリトも歩みよることができただろう。そして告げられる真実が如何に残酷であれ、近しい仲に戻れたことは容易に想像が付く。
焦ることなく、ゆっくりと話す機会さえあれば。
だが、それでは駄目なのだ。
種は芽吹かない。争いを加速させることを当面の目標にしている以上、そのままにしておく訳にはいかない。
だから、オーヴァンは彼らに時間を与えなかった。
間を置かず新たな痛みを用意する。
情報を聞き出したシルバー・クロウをPKし、同時に自分も死んだように偽装する。
それで、彼らの種は芽吹く。元より爆発寸前だったのだ。彼らは己の理解を越えた事態に逃避する。
特にサチは、キリトという精神的支柱を見失い、加えてオーヴァンという庇護者の喪失という事態が起これば、間違いなく暴走するだろう。
既に彼女にはウイルスコアとのトレードという形でAIDAの種子を仕込んでいる。困った時に使えるもの、という言葉を添えて。
後の結果は日の目を見るより明らかだ。
キリトの方もかなり精神的にまいっているようだった。
現に今の彼は、物陰に隠れているだけだった自分の存在に全く気付く様子がなかった。ならば彼も争いの種となり得る。
何とか冷静になろうとしているようだが、無理をしているのはすぐに分かった。
時間があれば自分を取り戻すかもしれないが――果たしてそれがあるかどうか。
「これで満足か……榊」
言いつつ、彼は散らかしたアイテムを拾っていく。
元から持っていたものと、シルバー・クロウが遺したもの、そのどちらも、だ。
シルバー・クロウ。
揺るぎない強さを持っていた、彼にはここで死んでもらうことになった。
皮肉な話だ。ここに集った者の中で最も安定していた彼は、逆にそのことで死の原因を作ってしまった。
せめて彼が希望以外の負の感情を見せていれば別だった。しかし、彼は負の思いを既に克服した様子だった。
争いの種として、彼は不適格だったのだ。
「……彼が最期に見せた光、あれは……」
彼は間違いなく強かった。
オーヴァンがAIDAを解放し、一撃を喰らった後も、シルバー・クロウは決して諦めはしなかったのだ。
どころか何かを悟ったようにその手に光を灯した。その過剰光は明らかに異質だった。あれは恐らくAIDAのような、システムを超越したものの類だ。
それで彼は自分に立ち向かってきた
その光に込められたものが憎しみであったのならば、あるいは種と成りえたかもしれない。
しかし、シルバー・クロウの光に宿っていたのは、そのような感情ではなかった。
もっと眩いもの。憎しみでなく、救いの意志がそこにはあった。
まるでオーヴァンに巣食うAIDAを浄化しようとでもいうように、シルバー・クロウはその過剰光を向けてきたのだ。
それを自分は踏みにじった。
元よりHPが危険域だったシルバー・クロウを屠るのは、そう難しいことではなかった。
それともあの光を受け入れていれば自分は救われたのだろうか、オーヴァンの頭にそんな仮定がもたげる。
が、すぐに打ち消した。救いなど、もはや自分は求めていない。
一瞬とはいえ戦闘したことで、オーヴァンは僅かながらダメージを追っている。
イリーガルスキル【復元の隣人】でそれを回復しつつ、オーヴァンは今後の方針を練った。
種は撒いた。彼らはもう放っておいてもいいが、もう少し様子を見るべきか。
それともシルバー・クロウから聞いたリコリスの調査に乗り出すべきか。
どちらにせよ、しばらくは忙しくなりそうだ。
GMとの関係を維持する為にも、継続して争いの種を撒いて行かなくてはならない。
同時に彼らに対抗できるような情報も適宜探っていく。時間に余裕はなかった。
一通りアイテムを回収した後、オーヴァンはグリーマ・レーヴ大聖堂を後にした。
志乃やハセヲが争いの渦に叩き込まれたように、この場は再び惨劇の舞台となった。
The Worldの女神はもうここには居ない。加護を失ったこの聖堂は、よほど災厄に好かれているらしい。
(ワイズマン……いや、八咫。ここのお前は果たして何時のお前だった)
そんな聖堂を去りながら思うのは、かつての友人のことだ。
女神と世界を誰よりも愛しながら、その一方で彼らからの愛には満足できなかった哀れな少年。
さようなら八咫坊ちゃん。この場で命を落としたという彼に、オーヴァンは一人別れを告げた。
そうしてオーヴァンは一人道を行く。
たった一人で。その道が真実に繋がると信じて。
【D-6/ファンタジーエリア・大聖堂/1日目・朝】
【オーヴァン@.hack//G.U.】
[ステータス]: HP90%(回復中)
[装備]:銃剣・白浪
[アイテム]:不明支給品0〜2、基本支給品一式 DG-Y(8/8発)@.hack//G.U.、ウイルスコア(T)@.hack//、サフラン・アーマー@アクセル・ワールド、付近をマッピングしたメモ、{マグナム2[B]、バリアブルソード[B]、ムラマサブレード[M]}@ロックマンエグゼ3
[思考]
基本:ひとまずはGMの意向に従いゲームを加速させる。並行して空間についての情報を集める。
1:利用できるものは全て利用する。サチも有用であるようなら使う
2:AIDAの種子はひとまず保留。ここぞという時のために取っておく
3:茅場晶彦の存在に興味。
4:トワイスを警戒。
[備考]
※Vol.3にて、ハセヲとの決戦(2回目)直前からの参戦です
※サチからSAOに関する情報を得ました
※榊の背後に、自分と同等かそれ以上の力を持つ黒幕がいると考えています。
また、それが茅場晶彦である可能性も、僅かながらに考えています
※ただしAIDAが関わっている場合は、裏に居るのは人間ではなくAIDAそのものだと考えています
※ウイルスの存在そのものを疑っています
投下終了です
>>70 と>>71 の間に◇が重複してますがミスです
投下乙です。
まずキリトは気絶していたはずで、クロウはそのキリトを抱えてショップへ向かっていたはずでは?
加えて「2:キリトが目を覚ましたら、まず間に合わなかったことを謝る。 」とクロウの思考にあるのに、それに関する話が見当たりません。
さらには混乱していたとはいえ、仮にもゲームのプロである二人が、一時間半も1エリア約250〜300m四方の迷宮(キリトの予測ですけど)を迷い続けるとは考えづらいですし。
オーヴァンとサチの行動も、ちょっとおかしいかと。
前話でオーヴァンが仕様外エリアへ転移した際、ミーナがそれに巻き込まれて、時間帯が【深夜】から【早朝】にとんでいます。
となると時間の整合性的に(大通りがありアプドゥも使ってるのに、野球場前からモールまで一時間以上かかるとは思えない)、多少の空白時間を考えても早朝の初めごろにはゲートにいた事になります。
(放送直前まで飛んだのだとしたら時間的な問題はありませんが、実質四時間以上時間帯が飛ぶのはストーリー的にちょっと問題だと思いますし。)
しかし作中で大聖堂に目指していたとされているオーヴァン達が、メールの着信後にゲートを飛んだはずのキリト達と遭遇したということは、上記から考えて前話終了から二時間近くゲートの傍にいた事になってしまいます。
多少のズレは許容するとしても、流石に二時間近く同じ場所で何もしないでいるのは不自然だと思います。
加えて仕様外エリアへ跳んだということは、一時的にしろオーヴァンはサチの前から消えたことになりますが、そのことについての話もありませんし。
あとついでに言えば、クロウはリコリスの名前を知りませんよ。
指摘了解しました、近いうちに修正版を投下しますね
修正版を仮投下スレに投下しました
修正乙です。
オーヴァン達が調査したという遺跡での動向や、そこで得た情報などが気にかかりますが、
>>80 で指摘した部分は概ね大丈夫だと思います。
以下感想
ああ……クロウはここで脱落ですか。
フォルテにオーヴァンというラスボスレベルの強敵との連戦では、流石に生き残れませんでしたか。
しかし強い心を持っていたからこそ死んでしまったとは、どこか皮肉ですね。
そしてもっ先先輩の今後が心配です。
対するキリトは、彼の精神への連続攻撃がもはや可哀想なレベルです……。
守ると決めた少女が目の前で死ぬというトラウマ直撃から、親友と妹が死んだと知らされ、
そのすぐ後にトラウマの原因であるサチと遭遇し、心強い味方になるはずだった苦労がPKされてサチが遁走。
しかも別の場所では嫁のアスナがAIDAに感染してヤバいことになってますし……。
同じ作者の作品の主人公同士だというのに、どうしてここまで違うのか……。
そしてオーヴァン、貴方の暗躍は怖いです。
やりたい放題に滅茶苦茶やって、自分の目的だけはきっちり果たして、残った問題は残りに丸投げしそうで。
根はすごく善人だというのに、どうしてここまで悪役街道まっしぐらなのでしょうか。
おお!サチとキリト合流したのか。
これはまさかサチヒロインルート……!?
投下&修正乙です
これは濃くてきつい展開だわあ…
クロウにとってもキリトにとっても厳しい流れでクロウはここで脱落したがキリトの苦難は更に続くか
キリトさんって割りと苦難が多いイメージだな
クロウも苦難が多いけどその分仲間に恵まれてる感じ
>>86
割りとも何もSAO編の短編でほぼ毎回えらい目に…代わりにアスナとのフラグは乱立してましたってオチがあるけどw
ここって一切今期のアニメのログ・ホライズンの話が出てこないんだが、認知されてないのかな?
このロワがもう少し遅く開かれてたら間違いなくこの作品も参戦してたはずなんだけどなー
そら参戦作品外ですし……
開幕議論で名が出たけど電脳世界かグレーゾーンなので弾かれた
ネトゲ風異世界作品も最近は増えてるし、そのジャンルでその内やりそうな気がするが…ともあれスレ違いだなw
CCC発売後に開催されてたら、破格のサーヴァント連れた引きこもり女がピザ食ってたところだ
CCCはムーンセルさんの性能とかもろもろがインフレしまくってわけわからんレベルになってしもうた・・・
はくのんの鯖に我様が追加されるのか……
そう考えると、レオの書き手枠参加って本当にこれ以上ないタイミングだったんだなw
ユリウスも投票時にギリギリで落選したが、もし入ってたらCCCの熱い漢ぶりが拝めていたか……
……さて、果たしてこのロワでキャスターの一夫多妻去勢拳はいつ拝めるか。
誰が犠牲になり悶絶するか
まずはキリトさんだな
次に能美君
多方向から恋愛フラグ撃ち込まれてるジローさんはどうなるだろう
前スレで修羅場フラグ立ってたし…そのうちの一人死んだけど
前スレ埋めました
もっとネタに走るべきだったか…
1000埋めがもっ先www
これより、予約分の投下を開始します。
1◆
「生徒会室のネームプレートを持っていっていいかだと? それは構わんが何故だ?」
「はい。実はこの度、対主催生徒会というものを発足してみたんです。
そこで拠点として、2-Bの教室を僕好みの生徒会室に改造しようと思いまして」
ネームプレートを取り換えるために生徒会室に立ち寄ったレオは、一応の礼儀として柳洞一成にそう告げる。
たとえNPCだとしても、彼がこの月見原学園の生徒会会長に就いている以上、筋は通しておくべきだろうと考えたからだ。
「ふむ、B-2というと、確かマイルームだった教室だな。そして自分好みの生徒会室か……。
なるほど。そういうことか。
確かにこの生徒会室は多少狭く、質素ではある。おぬしの気持ちも解らんでもないが―――無駄なので止めておけ」
「………それはどういう意味です?」
「まあ端的に言ってしまえば、徒労になってしまうからだ」
「徒労、ですか?」
だが一成が口にした言葉に、どういう意味かと首を傾げる。
B-2にマイ生徒会室を作ることが、どうして徒労になるのだろう。
その疑問に一成は、生徒会室の椅子に座ったまま腕を組み、「うむ」と頷いてその理由を述べた。
「このバトルロワイアルの会場は、ゲーム開始から六時間ごとにメンテナンスを受ける。
そしてその際、この会場のマップデータも全てチェックされ、その際に発見されたエラーが修正されるのだ。
理由は単純。アリーナにある転移装置など、改竄や破壊などされるとゲームの進行に問題が生じるモノがあるからだ。
……メンテナンスが六時間毎なのは、それらが破壊されるたびに修復作業を行っていては、他の作業に影響が出てしまうためだな。
ようするに、如何におぬしが教室を改竄しようと、それらはメンテナンスの度に修正されてしまうのだ。
無論、修復できぬレベルの破壊や改竄を行えば放送後も残り得るが、まあそれは非常にまれだろう。
故に、無駄なので止めておけ、となるわけだ」
「成程、そういう事でしたか」
一成の説明に納得し、レオはそう口にする。
2-Bは聖杯戦争でマイルームとして使われていた教室だ。
教室自体にマイルームの機能はなくなっていたが、馴染んだ拠点ゆえにそこを生徒会室にしようと思ったのだ。
だがまさか、六時間毎にメンテナンスが行われるとは思わなかった。
確かにアリーナの転移装置のことなどは、少し考えれば予想が付く事ではあったが。
どちらにせよ、自分好みの生徒会室を作ろうとしていたレオとしては不満でならなかった。
「うむ。理解していただけて何よりだ。時間が有限である以上、無用な手間は可能な限り避けるべきだからな。
……まあここの生徒会室を使いたいというのであれば、好きに使うといい。俺はいつものように、三階の掲示板の前で立っているのでな。喝」
一成はそう言うと椅子から立ち上がり、生徒会室から退室した。言葉通り、掲示板の前に立っているつもりなのだろう。
それを見届けたレオは笑みを浮かべ、先ほどの不満げな様子をあっさり消した。
「まあもっとも、この生徒会室を起点にマイルームのプログラムを流用すれば、そう難しいことではないんですけどね」
確かにB-2の教室が改竄できないのは不満だ。しかし、だからと言って、レオがマイ生徒会室を諦める理由にはならない。
なぜなら“教室を生徒会室に”改造するのが難しければ、“生徒会室を生徒会室に”改造すればいい、というだけのことなのだ。
一成はマップデータがチェックされると言った。ならばそのチェックを誤魔化しさえすれば、どれだけマップを改竄しようと修正はされないはずだ。
その設定も、聖杯戦争中に解析していたマイルームのデータを流用すれば、そう難しいことではないだろう。
巧くすれば、ノーマルな生徒会室を残したまま、それを隠れ蓑にマイ生徒会室と設定することも可能かもしれない。
たかだかメンテナンス程度で、レオの野望は止められないのだ。
「まあ、さすがに改竄を始めるのはメンテナンスが済んでからですけどね」
これほどまでに校舎が破壊されている以上、月見原学園の全修復は免れないと思われる。
そして作業中にメンテナンスがきてしまえば、二度とそんな改竄ができないようパッチを当てられてしまうかもしれない。
そうなってしまえば、マイ生徒会室は夢のまた夢となるだろう。そんな愚は冒せない。
ここは慎重に、我慢する時だ。
そう判断すると、レオは先ほどまで一成が座っていた椅子――生徒会長の席に座り、これまでに取得した情報を整理し始めた。
先ほども一成が言っていたように、時間は有限なのだから。
……まあ、その合間にマイ生徒会室のプランを作成するくらいの余裕はあるだろうが。
2◆◆
「――――嘘よ!」
泣き叫ぶように少女叫んだ。
目を閉じて、耳を塞いで、必死に現実を拒絶した。
どうして少女が、そこまでデスゲームであることを否定するのか。彼女の事情を知らないジローには理解できなかった。
そしてそんな余裕も、ジローには微塵もなかった。
なぜなら。
「うわああああ―――ッ!」
学校の屋上。実に四階分の高さから、今まさに少女の手で突き落とされたからだ。
落ちる。落ちて、死ぬ。
地面に叩き付けられれば間違いなく死ぬ。だというのに、周囲に掴めるものは何もない。
HPが満タンならともかく、半分近くまで削られている今、助かる見込みはない。
だというのに、脳裏に迫る死の予感。それを覆す手段が、何一つ見つからない。
そうして自分が助からないことを理解して、最後に、ジローは自分を突き落した少女へと視線を移した。
少女は目の前の光景が信じられないみたいに、落ちていく自分を呆然と眺めている。
その姿を視界に映したまま、ジローの意識は地面へと叩き落された。
†
「うわあッ………!」
悲鳴を上げて飛び起きる。
あまりにも生々しい光景に、心臓がバクバクなっている。
まったく、なんて夢だ。いきなりデスゲームなんてものに参加させられて、しかも学校の屋上から突き落とされて死ぬなんて。
と、そこまで考えたところで。
「……あれ? ここ、どこだ?」
ジローはようやく、そこが自分の部屋でないことに気が付いた。
それどころかむしろ、どこかの学校の保健室のような………
「あ、起きた?」
不意に幼い声がかけられた。
聞こえた方へと視線を向ければ、そこには王子様のような恰好をした赤毛の少女がいた。
「えっと……君は?」
「私? 私はサイトウトモコって言います。
……よかった。見つけた時はびっくりしたけど、一応大丈夫みたいですね。安心しました」
少女はそう言って、屈託のない笑顔を見せてくる。
事情は分からないが、どうやらこの少女に心配をかけたらしい。看病もしてくれたようだし、とりあえずお礼を言っておこう。
「トモコちゃん、だね、心配してくれてありがとう。俺はジロー――十坂二郎っていうんだ。
……ところでトモコちゃん。ここは、どこなんだ? 俺はどうしてこんなところに?」
「ここですか? ここは【B-3】の月見原学園にある保健室ですよ。
ジローお兄ちゃんはこの学校の中庭で木に引っかかっていたんです」
「え……? 学校、だって……? それに、木に引っかかっていた……? ってことはつまり………」
さっきの夢は、夢じゃなかったということか?
にしては外見上に傷はなく、痛みもほとんど感じない。
そのためか、現実味というか、実感があまり湧かなかった。
まあここは電脳空間らしいので、現実味というのもおかしな話だが。
「うーん……。まあとにかく、トモコちゃんが助けてくれたってことか?」
「いえ。私はジローお兄ちゃんを見つけただけなので、助けたというのはちょっと違うと思います」
「そうなのか? まあでも、俺を見つけて保健室に運んでくれたのはトモコちゃんだろう?
だったらやっぱり、ちゃんとお礼を言わせてくれ。ありがとう」
「ええっと……どういたしまして?」
そう戸惑った風に言葉を返す少女を見ながら、それにしても、とジローは思った。
木に引っかかって助かったらしいが、よくもまあ屋上から突き落とされて助かったものだ。
ドラゴンの時にしても、デウエスの時にしてもそうだったが、どうやら悪運だけはあるらしい。
本当に幸運ならば、そもそもこんな状況に巻き込まれないだろうことを考えるに、素直に喜べないのがもの悲しいが。
と、そこまで考えたところで、ふとあることに思い至った。
「っ、そうだ! なあトモコちゃん、俺の他に誰か……女の子がいなかったか!?」
屋上から落ちる原因となった戦い。
別行動をとったはずの遠坂凛と、襲撃してきた二人の少女の事を思い出したのだ。
しかしトモコは、いきなりの大声にびっくりしながらも、首を振って否定した。
「い、いえ。私たちが見つけたのは、ジローお兄ちゃんだけです」
「……そっか。驚かせてごめん、トモコちゃん」
「いえ、大丈夫です。
……ジローお兄ちゃんは、お友達と一緒だったんですか?」
「いや、別に友達ってわけじゃないんだけどな……」
そう言って否定しつつ、ジローは遠坂凛の事を考えた。
俺が妖精の女の子に追いかけられていた最中、凜は褐色の少女を相手にしていたはずだ。
そして俺がまだ生きているということは、妖精の女の子は俺を屋上から突き落とし時点で俺が死んだと判断したはずだ。
ならば、妖精の女の子が凜と戦う褐色の少女に加勢に行くだろうことは容易に想像がつく。
それまでに凜が褐色の少女を倒していればいいが、そうでない場合、一人で二人の相手をすることになる。
もしそうなったのなら、彼女の生存は絶望的だろう。
そうでなかったとしても、こうして取り残されていた以上、俺は死んだものと判断されたわけだ。
はあ、とため息を吐いて気落ちする。
それは自分があっさりと死んだことにされたからか、それとも、遠坂凛の助けになれなかったからか。
後者だとすれば、人が死んだのに気落ちした程度で済んでいるのはなぜだろうと考えて、すぐに思い至った。
もともと出会ったばかりで、大して親しい仲になったわけでもない上に、彼女が死んだ証拠を見たわけではないからだ。
ハッピースタジアムの時は、まだ助けられるという希望があったからだと納得できる。
けどこのバトルロワイアルにおいては、死ぬと明言されている上に、それが嘘だという証拠はない。
本当だという証拠も同様にないが、どちらにせよ確かめる証拠はないのだから同じことだ。
たとえデウエスを倒した時のようにこのデスゲームに勝利したところで、死んだ人は死んだままかもしれないのだから。
「はは……これじゃあの子のことを言えないな………」
自分だって、これがデスゲームだって実感できてないじゃないか、と。
これがデスゲームであることを信じようとしなかった妖精の女の子のことを思って、ジローはますます落ち込んだ。
そんなジローの様子を見かねたのだろう。トモコが心配そうに声をかけてきた。
「……大丈夫ですか、ジローお兄ちゃん?」
「大丈夫。ちょっと落ち込んだだけだから」
「そうですか。ならいいんですけど……。
そうだ。私、レオお兄ちゃんを呼んできますね」
「レオお兄ちゃん?」
「はい! 私たち対主催生徒会の会長さんなんです。ちなみに私は副会長です。
すぐに呼んできますから、待っててくださいね」
そう言うとトモコは、保健室から足早に出ていった。言葉通り、レオお兄ちゃんとやらを呼びに行ったのだろう。
追いかけようかとも思ったが、今のところ危険はないようなので止めておいた。
ただ代わりに、
「対主催生徒会………なんだそれ?」
とだけ呟いておいた。
そのすぐ後、ガラリと、再び保健室の扉が開かれた。
トモコちゃんが何か忘れ物でもしたのかと思ったが、保健室に入ってきたのは別の少女だった。
「あ、ジローさん。先ほどレインさ……いえ、トモコさんが出ていかれましたけど、やっぱり目を覚まされていたんですね」
学生服の上に白衣を着た、とても長い菫色の髪の少女。
彼女はジローへと顔を向けると、そう声をかけてきた。
「アバターの方は修復しておきましたので、もうベットから出ても大丈夫ですよ。
ただ、減ったHP(ヒットポイント)はそのままなので、注意してくださいね」
「は?」
事務的というか、機械的に告げられる内容に、ジローは戸惑いを覚える。
プレイヤー……なのだろうか。それにしては妙に無感情というか、人間味にかけているというか。
「あ、自己紹介がまだでしたね。私は聖杯戦争の運営用に作られた、AIの間桐桜と申します」
「AI……?」
「はい。このバトルロワイアルにおいては、学園内のプレイヤーの皆さんの健康管理を担当させていただいてます」
その言葉にジローは、なるほど、と頷く。
どうやら、彼女はこのデスゲームで与えられた役割をこなすだけ仮想人格らしい。
その役割というのが、プレイヤーの健康管理……保健室という場所から考えて、保健委員なのだろう。
しかし桜は、若干申し訳なさそうにしながら言葉を続けた。
「ただ健康管理と言いましても、一部の例外を除いて、プレイヤーのHPを回復する権限は私には与えられていません。
出来ることは状態(ステータス)異常の回復と、破損したアバターの修復だけです。これはモラトリアムの期間中でも変わりません。
ですから先ほども言いましたように、たとえ外見上は完治していても、減ったHP(ヒットポイント)はそのままとなってしまします。
なので、リカバリー機能で残りHPが安全域に回復するまでは、十分に注意してくださいね」
「そうなのか? ……ってうわ、かなり減っている……」
そう言われてステータスを見てみれば、確かに残りHPが三割近くまで減っていた。
ほとんど瀕死状態と言ってもいいが、それも当然か。屋上から突き落とされたのだから。
ただそれほど体が痛まないのは、外見上はほとんどの傷が治っているからだろう。
どうやらデータの世界では、痛覚に関してはアバターの状態の方が優先されるらしい。
その事実は正直に言って有り難かった。でなければ今頃、痛みでのた打ち回っていただろう。
そこでふと、疑問が一つ浮かぶ。
「……そういえば、リカバリー機能ってなんだ?」
どうやらHPを回復させる機能らしいが、電脳野球ではHP設定などなかったので、どうにもピンとこない。
そんなジローの様子を見てか、あるいはNPCとしての役割からか、桜は特に嫌そうな顔をすることもなく説明してくれた。
「リカバリー機能とは、一部のスキルや装備品の効果とは別に、完全な待機状態の時に徐々にHPを回復させるシステムの事です。
このバトルロワイアルでは回復アイテムの入手が困難になっていますので、HPの主な回復手段はこのリカバリー機能になりますね。
ただ、完全な待機状態――つまり非戦闘時かつ移動を行っていない状態でなければ、リカバリー機能は効果を発揮しないんです。
しかも、回復量自体それほど多くありませんし。一応睡眠状態になれば、回復量は若干上昇するんですが……」
そのかわりに無防備に隙を晒すことになる、ということか。
……そういえばルールの書かれたテキストに、そんな感じの事が書かれていた気がする。
アイテムの確認とアバターの変更で精一杯だったうえに、テキスト自体も細々と書かれていたのもあって、斜め読みをして読み飛ばしてしまったらしい。
「なるほど。教えてくれてありがとう、間桐さん。
それに体も治してくれたみたいだし、重ねてお礼を言うよ」
「いえ。私は自分の役割(ロール)をこなしただけですので。
それでは、私は通常業務に戻らせていただきますね」
「通常業務?」
「待機です」
それで必要な説明は終わったということだろう。
桜はジローに背を向けると、手早くお茶を用意して部屋の中央にあるテーブルの席に着いた。
そして用意したお茶を飲みながら虚空へと目を向けている彼女はまるで、何かを――あるいは誰かを?――待っているようにもみえた。
おそらく健康管理を担当するNPCとして、再び役割を果たす時を待っているのだろう。
「それにしても………」
と、ジローは窓の方へと視線を移す。
遠く見える空の具合から、もうすぐ夜が明けると判る。
「パカは無事だろうか。こんな事に巻き込まれてないといいけど」
ジローは自分の恋人になった少女――パカーディの事を想う。
トモコの王子様のような衣装を見て、彼女の事を思い出していたのだ。
ドラゴンとの戦いで、パカーディを助けていた呉殺手は死んでしまった。
そして彼の代わりにパカーディを守る筈の自分は、デスゲームなんかに巻き込まれている。
こんな状態で、あのあまりにも世間知らずな彼女が、一人で何の問題もなく過ごせるとは到底思えない。
「うう……考えれば考えるほど不安になってきた」
もし彼女がこのデスゲームに参加させられているならば、今すぐにでも駆けつけたい。
しかし彼女がどこにいるのか、そもそもデスゲームに参加させられているのかさえ分からない状態では、どうにも駆けつけようがない。
「無事でいてくれよ、パカ」
湧き上がる不安を押し止めながら、ジローは明けていく空を眺め続けた。
体力が 5上がった
信用度が 1上がった
『不眠症』に なった!
3◆◆◆
一方その頃、対主催生徒会会長ことレオは、生徒会室で整理し纏め終えた情報を確認していた。
その内の、月見原学園に関する重要な情報は以下の通りだ。
第一に図書室。これはいつでも利用可能な、多くの情報の収集元となっている。
その蔵書は聖杯戦争中よりも数を増しており、有効活用できれば別世界の知識さえ獲得できると思われる。
詳細な検索にはキーワードが必要だが、大いに期待できる情報源だろう。
第二に中庭の教会。魂の改竄ができたこの場所は、現在は扉に鍵がかかっていて調査ができなかった。
強引に抉じ開けることもできるだろうが、それはまた今度でいいだろう。
それよりは学園の外にある、もう一つの教会の方を調査してみたいところだ。
第三に食堂。正確にはその購買部。こちらはどうやら、学園が戦闘禁止区域となる六時から十八時の間に営業するらしい。
そしてハッキングしてみたところ、販売品は【やきそばパン】【カレーパン】【激辛麻婆豆腐】の他、ごく普通の学食や文房具のみだった。
聖杯戦争中に売られていたアイテムや礼装はなく、どうやら商品が追加されることもないようだ。
近くにショップがあることを考えると、アイテムや礼装はそちらで販売されているのだろう。
詳細な調査は、雑用係のハセヲが帰ってくるのを待とう。
第四にアリーナ。こちらはそもそも、入り口を見つけることができなかった。アリーナへと繋がっていた場所は、用具倉庫へと変わっていたのだ。
それはアリーナで入手するトリガーコードを鍵としていた、闘技場への扉も同様だった。ちなみにこちらは用具室となっていた。
この事からこの校舎は、聖杯戦争予選で使用されたものをベースにしているのだろうと推測できる。
そのため、ムーセル中枢へのアクセスによって事態を解明するという試みは、実質達成不可能となった。
聖杯戦争において決闘の場となったアリーナは、その深部ではムーンセルの中枢へと繋がっている。
故にアリーナを攻略することで、うまくすればムーンセル中枢に辿り着けるかもしれなかった。
しかしこれでは、アリーナの攻略以前にアリーナ自体がこの会場に存在するのかを確かめる必要がある。
だがバトルロワイアルを破綻させ得る可能性を持つ要因を、主催者がわざわざ設置させるとは思えない。
この校舎にない以上、アリーナが存在する可能性は低いだろう。
…………いや、そういえば。
と、ふと半ば埋もれていた記憶を思い出す。
この校舎が本当に予選で使用されたものならば、あの場所にあるはずだ、と。
―――だがいずれにしても、行動するのはメンテナンスの後だ。
その際に得られる情報の如何によっては、行動の優先順位を変更する必要があるだろう。
加えてウイルスが発動するまでの残り時間は約十八時間。それまでに自身も動く必要がある。
それがPKによる延命か、ウイルスへの根本的な対策かは別として。
レオはそう結論すると、ふう、と一息を吐いた。
それと同時に、トモコが生徒会室へと入出してきた。
「レオお兄ちゃん。あの人が目を覚ましたよ」
「おや、そうですか。それは良かった。いつ目が覚めるだろうと気になっていましたからね」
争いの跡があったこの学園で倒れていたということは、彼はその争いに関与しているはずだ。
つまり、彼と戦った人物――デスゲームに乗った参加者の情報が得られるはずだ。
このデスゲームを潰す上で、この情報は逃せないだろう。
「では彼に事情を聞くとしましょうか」
そう言って立ち上がると、レオはトモコを連れて生徒会室を後にした。
†
ガラリと、三度保健室の扉が開かれる。
今度入室してきたのは、赤い制服を着た、金髪碧眼の少年だ。
少年は保健室を見渡し、ベッドに座り込むジローを発見すると、
「おはようございまーーーす!」
と、そんな元気のいい挨拶を口にした。
見た目通りの、まだ子供っぽさの残った快活さ。
ジローはその様子に、何となく学生の頃を思い出した。
「えっと……お、おはようございます?」
だがそれは別として、彼は誰だろうと戸惑いつつ挨拶を返す。
確かに今は早朝。朝が早い人ならもう起きている時間だ。挨拶自体はおかしくない。
だが彼と俺は初対面のはず。こんな風にフレンドリーに挨拶をされる覚えはないと思う。
「はい。お返事ありがとうございます。
できればもう少しテンション高めの方が望ましかったのですが、まあそれは期待のし過ぎですね。
はじめまして。ボクはレオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ。気軽にレオと呼んでください。
トモコさんから聞いているかもしれませんが、対主催生徒会の会長をやっています。
―――貴方の名前をお伺いしても?」
「ああ、俺は十坂二郎。ジローでいいぞ。
……一応、デンノーズっていう電脳野球チームのキャプテンをやってる」
ジローは少年――レオの自己紹介にそう名乗り返す。
デンノーズのキャプテンだと名乗ったのは、フリーターでは印象が悪いと思ったからだ。
その際、入社予定だった会社が倒産しなければ、会社員(サラリーマン)だと言えたはずだったのに。となんとなく思った。
そうすれば電脳野球に関わることもなく、こんな危険な目に合わずに済んだかもしれなかった。
………けれど、電脳野球に関わったからこそパカと出会えた事を考えると、何とも言えない感じがした。
「……あれ? そういえば、トモコちゃんは?」
パカの事を考えたからだろう。ふと彼女に似た格好をした少女の事に思い至った。
彼女は確かレオを呼びに行ったはずだが、今はどこにいるのだろうか。
なんてことを考えていると、
「もう。私はここにいるよ、ジローお兄ちゃん」
と言いながら、少女がひょっこりとレオの背後から姿を現した。
どうやら妙に目を引くレオの陰に隠れて、彼女の事を見落としていたらしい。
「わ、悪い。気付かなかった」
気まずさに頭を掻きながらも、少女へと素直に謝る。
すると少女は、「もう」と文句を言いながらも、あっさりと許してくれた。
もともとそれほど怒ってはいなかったらしい。だが次からは気を付けようとジローは思った
「では改めて。おはようございます、ジローお兄ちゃん」
「ああ、おはよう」
「朝の挨拶も済んだことですし、そろそろ本題に入りましょう」
ジローが改めて少女と挨拶をすると、レオがそう言って話を切り出してきた。
当然といえば当然だが、顔を見せに来ただけではないらしい。
「ジローさん。この学園で……いえ、貴方に何があったのかを、お話していただけますか?」
「……………………」
そしてその内容も、十分に予想ができたものだった。
怪我人を助けたならば、その怪我の理由を尋ねるのは当たり前の事だし、それがこんなデスゲームともなれば尚更だ。
安全のために危険人物かどうかを警戒するのは、それこそ当然のことだろう。
「わかった。で、どこから話せばいいんだ?」
「そうですね。ではバトルロワイアルの開始時点からでお願いします」
ジローの問いかけにレオはそう答えると、「ですが」と前置きを口にした。
「その前に……えっと、そこの保健室の人」
「間桐桜です」
「ではサクラ、テーブルを貸していただけますか? さすがに立ったままの長話は疲れますので」
そう言ってレオは、お茶を飲んでいた桜にそう要求した。
そんな理由で場所の移動を要求するのはどうかと思うが、しかし桜は特に不満を口にすることなく、「いいですよ」と言って保健室の隅へと移動した。
そんな、こちらの勝手な都合によって自室(?)の隅に立たされる形になった彼女の事を、ジローは少し不憫だと思った。
――――それから十数分後。
「なるほど、そのような事が。
ジローさんと言いましたね、話してくれてありがとうございます、おかげで大凡の状況が掴めました」
ジローから手早く事情を聞き出したレオは、そう言って礼を述べた。
彼が遭遇した三人の人物――特に、デスゲームに乗った人物に関する情報は、レオにとって非常にありがたいものだった。
それは間違いなく、対主催生徒会の今後の指針になり得るだろう。
「いや、別に感謝されるようなことじゃ……。それに助けられたのは俺の方だし」
「そんなことはありません。貴方の話から、今後の対応が取りやすくなりました。
それは紛れもなく、貴方が事情を話してくれたおかげです」
「えっと、そうなのか?」
「はい。そうなんです」
そう言われると流石に満更でもないのか、ジローは照れくさそうに頭を掻いた。
だが、レオはどこか不満そうな顔で、ジローの反応を見ていた。
その様子はまるで、何か思っていたのと違う、とでも言いたげだった。
「? どうしたんですか、レオお兄ちゃん?」
「いえ。今古典的なギャグを少し混ぜてみたんですが………ちょっと解り難かったでしょうか」
「――――――――」
「……………………」
そんなレオの言葉に、二人は思わず沈黙した。
いや、一応気付いていた。気付いてはいたが、二人ともあえて無視したのだ。
何しろネタが古すぎる上に、微妙に滑っている。使い古されたギャグほど、扱いが難しいものはない。
「ええと……悪いんだけど、古典的過ぎて、ちょっと笑えないぞ」
「なんと、そうだったんですか……残念です。もっと勉強しないといけませんね」
レオは落ち込み気味にそう言ったが、そんなことを勉強してどうするんだ、とジローは思った。
そんなジローを尻目に、レオは「まあそれはともかく」と口にして、あっさりと顔付き、というか雰囲気を切り替える。
「遠坂凛に、褐色の肌の女性ですか……もしそれが彼女だとすれば、もしかしたら彼も………」
「お知合いですか?」
「ええ、まあ。遠坂凛は僕と同じ、聖杯戦争の参加者なんです。
そして僕の予想が正しければ、ジローさんが遭遇した褐色の女性は、ラニ=Ⅷ。彼女もやはり、聖杯戦争の参加者です」
「聖杯戦争?」
聞きなれない単語に、ジローは首を傾げる。同時に、桜が同じ単語を口にしていたことを思い出した。
レオと桜は顔見知りなのだろうか。にしては先ほど、桜はヒドイ扱いを受けていたが。
「ああ、すいません。貴方にはまだ、僕たちの事を説明していませんでしたね。
ではサクラ。彼に聖杯戦争の事と、僕たちプレイヤーについて説明してあげてください」
「わかりました。ではまず、聖杯戦争についてから説明しますね」
レオが説明を委任すると、桜はそう了承して説明を始めた。
月で行われた聖杯戦争の事。そして自分達が、様々な『世界』から集められたことなど。
そうして語られた内容は、ほとんど眉唾のような、俄かには信じがたい話だった。
しかし現在の状況を考えれば、少なくとも嘘だと否定する気にもなれなかった。
「―――ようするに、俺たちはそれぞれ違う『世界』から呼ばれたってことか?」
「ええ、そういう事になります。事実、僕達は貴方の言うツナミという企業を知りませんので。
同様にジローさんも、ハーウェイの名を聞いたことはないのでしょう? 西欧財閥は世界の六割を支配しているというのに」
事情を話すついでにジローの『世界』の事も訊いていたレオは、そう言ってジローの言葉を肯定した。
………正直に言って、ジローはレオの言葉を完全には理解できていなかった。
とは言っても、レオの言った西欧財閥の存在を信じていないわけではない。
むしろそのハーウェイとやらが、ツナミの正体なのではないかと疑うほどには真実味はあった。
ただ、ここに至るまでにジローの理解を超える事態が多すぎたのだ。
元の世界でのデウエスの事件とパカの復讐騒動に加え、それらが完全に終わらないうちにバトルロワイアルだ。
さらにここにきて、その参加者たちは別世界の住人かもしれないと来た。
普通ならどれも、ただのフリーターであるジローにどうこうできる事態ではない。
――――だが。
「……だとしても、そう難しく考えることじゃないだろう?
対主催生徒会……だっけ? そんな風に名乗っているってことは、あの榊ってヤツに従う気はないってことだ。
俺も、バトルロワイアル自体は止められなくても、少なくとも乗るつもりはないからな。
なら、今やることはそう変わらない。自分に出来ることをする。そうだろう?」
たとえ訳の分からない状況であっても、自分が今できる事をきちんとやれば、どうにかなる事もあるだろう。
なにしろ、ドラゴンの時もデウエスの時も、そうやって乗り切ってきたのだから。
だから今度も、自分にできる最善を尽くすだけだ。
「……………………。
これは少し驚きました。貴方の教養はそれほど高くないのではと思っていましたが、」
「おい」
「現状の認識力、とでも言いましょうか。思考の巡り自体は意外と良いみたいですね。
どうやら僕は、貴方を見縊っていたようです」
「だからおいって!」
「最初はただの保護対象として考えていましたが、考えを改め、貴方を協力者と認めましょう。
ようこそ、対主催生徒会へ。僕は貴方を歓迎します。―――雑用係・その2として!」
「人の話聞けよ―――! なんだよ、その雑用係って!」
聞いているのかいないのか、ジローの文句を、レオはどこ吹く風と受け流す。
それはまさに柳に風、どころか、地上から唾された天の如きスルースキル。
まあようするに、一市民の声など、一国の王には容易に届きませんよという事実の見事な見本だった。
「はあ………………。
まあ、その対主催生徒会ってのに入れてもらえるのはいいけどよ、
……いや、雑用係ってのには気になるけど。
出会ったばかりのよく知らない人間を、そんな簡単に信用していいのか?」
そんなレオの様子にジローは文句を諦め、変わりに当たり前の事実を指摘する。
リアルが判らない電脳野球のチームを率いていたからこそ、ジローにはその点が気になった。
通常ツナミネットでは、本当の自分(リアル)を偽って――あるいは隠して遊ぶのが普通だ。
運良くというべきか、デンノーズのチームはみんな信頼できる人ばかりだっただが、そうでない人がいたとしても不思議ではなかったのだ。
そしてもしデウエスとの最後の決戦の時に、チーム内に信頼できないメンバーがいたとしたら、チームはあそこまで結束できただろうかと、レオの言葉を聞いてふと思ったのだ。
だがその心配を、レオはあっさりと否定した。
「ああ、その事でしたら心配はいりません。ですよね、ガウェイン」
「はい。彼が善良な人物であることは間違いありません」
「うわあっ……!?」
いきなり現れた白い騎士に、ジローは思わず驚きの声を上げた。
そんなジローの様子をおもしろげに眺めながら、レオは騎士へと声をかける。
「ガウェイン、挨拶を」
「セイバーのサーヴァント、ガウェインです。対主催生徒会では、じいやの役割を任されています。
レオともども、以後よろしくお願いします」
白い騎士はそう自己紹介を済ませると、現れた時と同様に姿を消した。
ツナミネットでもアバターが唐突に消えることがあったため今度は驚かずに済んだが、それでもいきなり現れるのはやめてほしい。
「実は貴方の行動は、保健室に運び込んだ時点から今まで、ずっと彼が監視していました。
そしてその結果、貴方は無害な人物であると判断させていただきました。
だって、一見一人でいたトモコさんを襲わず、知り合いの心配をし、自身の装備の確認を忘れるような人が危険人物とはとても思えませんから」
「……………………」
そう言って朗らかに笑うレオを、ジローは思わず半目で睨む。
どうやら自分行動は、完全にレオに筒抜けだったらしい。
あどけなさの残る印象に反して、意外と抜け目ない人物らしいと印象を改める。
「……ってそうだ、俺の銃!」
そこでようやく、ジローは自分が武器を持っていないことに気付く。
慌ててメニューを開いてみるが、装備品の項目は空欄。つまり、現在は何も装備していないということだ。
一先ず落ち着こうと深呼吸をし、それからよくよく記憶を探る。
屋上から落ちた時は確かに持っていた。しかし目を覚ました時にはすでに見当たらなかった。
だとしたら、屋上か中庭。そのどっちかで落としたのだろうか。
そう考えたところで、笑いを堪えているレオの姿が目に映った。
「………なんだよ」
「すいません。貴方の慌てふためく様子が少し面白かったもので、つい。
そう慌てなくても大丈夫ですよ。貴方の持っていた拳銃はこちらで預からせてもらっています。
流石に危険人物かどうかも判らない人の武器を、そのままにしとく訳にはいきませんでしたので」
「まぁそれは分かるけど……だったら早くいってくれよ」
「いえ。いつ自分で気付くのかと思っていたんですが、まさか僕が口にするまで気付かないとは思いませんでしたので」
「……………………」
………どうやらこのレオという人物は、見かけによらず良い性格をしているらしい。
そう先ほどとは違った意味でレオへの印象を改める。
この分ではこれから先、どんなふうに弄られるかわかったものではないと、ジローが考えていると。
「わ、今度は何だ!?」
「おや、これは……」
「メール、ですか?」
先ほど閉じたはずのウインドウが再び開かれ、メールの着信を告げるメッセージが表示されていた。
こちらからは見えないが、どうやらレオと少女も同様に、ウインドウが強制的に開かれたらしい。
「定時メンテナンスの時刻になりました。これより月海原学園校舎の修復が開始されます。
同時にモラトリアムが開始され、月見原学園校舎内は戦闘禁止区域となります。プレイヤーの皆さんは、一切の戦闘行動を自粛してください」
すると桜から、そんなシステム・ボイスが告げられた。
「――――――――」
直後、レオの手が、見えないウインドウを素早く操作し始める。
その表情はついさっきまでとは違い、あまりにも真剣なものだった。
「……何を―――」
しているんだ。と続こうとした呟きが、ごうっという音に遮られる。
音の発生源は外から。
慌てて窓へと駆け寄ってみれば、空からオーロラのような光のヴェールが下りてきていた。
光のヴェールは向かいの校舎と、そしておそらくはこの校舎を覆いながらなお徐々に降りてくる。
「な、なんだこれ……!?」
いったい何が起こっているのか。
もしかしてこの現象が、桜の言っていた定時メンテナンスというやつなのだろうか。
「これは、まさか……変遷なのか……?」
「え……?」
隣から聞こえた呟きに、思わず振り返る。
そこでは少女が、光のヴェールを睨み付けるように見つめていた。
『変遷』と言っていたが、少女はこの現象について何かを知っているのだろうか。
「…………メンテナンスの観測設定はこれで良し、と。
では皆さん、とりあえず廊下へと出てみましょうか」
その呼びかけに振り替えると、レオはテーブルから立ち上がって、保健室の扉へと手をかけていた。
その様子を見た少女も、すぐにレオのもとへと駆け寄り、保健室から出ていく。
「あ、おい!」
慌てて二人を追いかけ、保健室から廊下へと出てみれば、
「っ、これは………」
一回の廊下は、凄惨たるものだった。
何枚もの割れた窓ガラスと、粉砕された校舎の壁。
―――覚えている。それは、自分と凜が、二人の少女に襲われた際にできた傷痕だ。
それが、一瞬で修復されていく。
盛大に破壊されていた廊下は、天井をすり抜けた光のヴェールを潜り抜ける端から、元の無傷な形へと直っていく。
「ってうわ!」
いつの間にか頭上へと迫っていた光のヴェールに、ジローは思わず頭を庇う。
しかしそんな事で光のヴェールが止まるはずもなく、それははジローの頭を覆い、肩から胴へと移動し、足先へと潜り抜けていった。
「あれ、なんともない?」
薄目を開けて様子を窺うが、別段気持ち悪くなったりはしていない。
周囲を見てみても、廊下が完全に修復された以外は、特に変わった様子もない。
それどころか頭を庇っているのが自分だけという状況に、何となく恥ずかしくなった。
「……なるほど。メンテナンスはこのように行われるのですか。
良いデータが取れました。これならば十分に対処できそうです」
納得したようにレオが呟く。
どうやら先ほどウインドウを操作していたのは、あの光のヴェールのデータを取るためだったらしい。
あのタイミングで素早く対応できるということは、元々そのつもりだったのだろう。
「それにしてもジローさん」
「………なんだよ」
笑顔を見せてくるレオに嫌な予感を懐きつつも一応聞き返す。
「実に小市民的で良い反応でした。参考になります」
「何の参考だよ……」
その呟きに対する答えはない。
レオはただ満足そうに笑っているだけだ。
どうやら自分は、何かの観察対象にされているらしい。
「まあそれはそうと、先ほど届いたメールを確認しましょうか」
そう言ってレオは、あっさりと雰囲気を切り替えて保健室へと戻って行った。
……わからない。レオが何を考えているのか、さっぱりわからない。
公私を分けるとは言うが、あそこまでころころと切り替えられると、さすがに混乱してしまう。
ジローはそんな風に頭を痛めながらも、トモコと一緒に保健室へと戻って行った。
4◆◆◆◆
そうして――――
「遠坂……本当に死んじまったんだな………」
主催者からのメールに載せられたその名前を見て、ジローはようやく、遠坂凛という少女が死んだのだと実感した。
彼女とは出会ったばかりだ。多少言葉を交わし、なし崩し的に協力関係を結んだとはいえ、赤の他人とさして変わりはない。
言ってみれば、目の前で交通事故が起きたようなもの。その死を悼みこそすれ、感傷を懐く理由はないはずだ。
けど、それでも、彼女が死んでしまったという事実が、なぜか無性に悲しかった。
「ジローさん、トモコさん。どなたか亡くなった知り合いはいましたか?」
「……いえ。私の知り合いはいませんでした」
「そうですか、それは良かった。
ではジローさん、貴方の方はどうでしたか?」
「……………………。
……いたよ、二人」
レオの問いに、消沈しながらも答える。
リストに載せられていた知り合いの名前は、レンと、アドミラルだ。
レンは、デンノーズのメンバーの一人で、科学者になりたがっていた女の子だった。
対してアドミラルは、電脳野球で三度戦った、プロゲーマーであることが誇りのキャプテンだった。
その二人のどっちとも、特別に親しいという訳ではなかった。
けれど、彼らともう二度と会えないのだと思うと、どうにも遣る瀬無い気持ちになった。
「それは………お悔やみ申し上げます」
「……………………」
レオの簡単な弔いの言葉が、虚しく響いた。
どうして遠坂が、この二人が、彼女たちを含めた十二人もの人たちが死ななければならなかったのか。
あの榊という男は、いったい何が目的でこんなデスゲームを始めたのか。
答えが返ってくるわけでもないのに、そんな考えが浮かび上がってくる。
「それにしても残念です。ミス・遠坂は優秀な魔術師(ウィザード)ですから、協力を得られればとても心強かったたんですが、まさかこんな序盤で敗れるとは。
いえ。彼女を殺した相手がミス・ラニだとすれば、そうおかしなことではありませんか」
……なぜだろう。
理由もなく、そのレオの冷淡とも取れる言葉が癇に障った。
自分が理解できない。それともこれは、『オレ』が俺の心を煽っているのだろうか。
そんなジローに気付かず、レオは冷静に言葉を続けていく。
「となると、状況は少し、僕たちに不利となりましたか。二人の有力な人材の内、一人は消え、一人は敵となったのですから。
まあなんにせよ、過ぎてしまった事は仕方ありません。建設的に、これからの方針を考えましょう」
「………なんだよ、それ」
「ジローさん?」
「残念ってなんだよ……仕方ないってなんだよ。
遠坂が……人が死んだんだぞ………?
それなのに、なんでお前は、そんなに冷静でいられるんだよ……!」
「――――――――」
抑えきれず、そんな言葉が口を突いて出てきた。
それを受けたレオは驚いたような、困惑するような様子を見せる。
当然だろう。自分自身、なぜこんなにカッとなっているのか理解できないのだから。
ただ解るのは、これが場違いな八つ当たりであるということだけだ。
レオは言っていた。遠坂凛とラニ=Ⅷは、もともと聖杯戦争におけるライバルだと。
それはつまり、レオと彼女たちは、最初から命を奪い合う敵同士だったはずだ。
ならば協力しようと考えていた分だけ、大分譲歩していたのかもしれないのだ。
それをちゃんと理解しているのに、頭に上った血が下りてこない。
「ジローお兄ちゃん?」
「ッ――――!」
けれど、そこにかけられた声に意識がレオから離れ、ようやく我に返る。
少女の一言で冷静さを取り戻したのは、彼女の背格好がパカに似ているからか。
いずれにせよ、ある意味また彼女に助けられたことになるのだろう。
「……悪い、頭冷やしてくる」
言って、返事も待たず、保健室から退室する。
少女のおかげで冷静にはなったが、それでも頭に血の上った今の状態では、レオの話をちゃんと聞けそうになかった。
………本当に、訳が分からない。
どうして俺は、こんなにも熱くなってしまったのだろう。
やる気が 1下がった
こころが 5下がった
信用度が 3上がった
†
「ジローお兄ちゃん、いきなりどうしたんでしょう」
「……………………」
そんなジローの突然の行動に、少女は戸惑ったようにそう口にする。
対してレオは、ジローの出て行った扉を複雑そうな表情で見つめていた。
「………二人だけになってしまいましたが、話を続けましょう、トモコさん」
だがそれも少しの間の事で、レオは少女へと向き直ると、平静を装ってそう告げた。
「え、ジローお兄ちゃんの事はいいんですか?」
「仕方ありません。できれば彼が戻ってくるのを待ちたいところですが、時間は限られていますので。
ジローさんには、後で結論だけお伝えしましょう」
「でも…………わかりました」
「ありがとうございます」
躊躇いつつも了解してくれた少女に、レオはそう礼を言った。
先ほども口にしたが、残り十八時間というのは本当に少ない。
生徒会室の作成も、主題に置いているように見えてその実、他の作業の合間に全力を尽くしているだけなのだ。
デスゲームの打破に万全を期そうと思うのであれば、一分一秒とて無駄にはできない。
「それではまず、現状の確認からですが―――」
そう言うとレオは、先ほどとあまり変わらぬ様子で、弦じゃ位の情報、情報、方針などを語りだした。
ただその間、先ほどまで浮かべていた笑顔が消えていたことに、少女は気付いていた。
「ここ月見原学園はモラトリアムが開始され、戦闘行為が禁止されました。
これは戦闘行為を行えないのではなく、NPCが発見した場合に、ペナルティが課せられるというものです。
ここで重要なのは、この“NPCが発見した場合”という条件です。
これは裏を返せば、NPCにさえ見つからなければ、戦闘を行っても問題ないということになります。
サクラ、そこでいくつか質問なんですが」
「え? あ、はい。なんでしょう」
「まず一つ目。NPCが戦闘を発見した場合、ペナルティの対象となるのは、攻撃をした側と攻撃をされた側、どちらになりますか?」
「攻撃をした側になります。ただし、攻撃をされた側が応戦した場合は、両方がペナルティの対象になります。
また攻撃をした側が何らかの手段その立場を逆に偽装し、NPCが攻撃をされた側が攻撃をしたと判断してしまった場合は、攻撃をされた側がペナルティの対象になってしまいます」
「なるほど。では二つ目。この戦闘行為の発見とは、どのような状態を指すのでしょう。
戦闘には様々な状態がありますが、この場合重要なのは、暗殺と狙撃のツーケースです。
つまり、攻撃した側の姿が見えず発見できない場合と、攻撃した側が校内におらず発見できない場合ですね」
「その場合は一方のペナルティを課す対象を発見できないため、どちらにもペナルティは課せられません。
ただし、前者の場合は攻撃をした側の姿が発見され次第、まあ当然ですが、通常通りペナルティの対象となります。
後者の場合はたとえ校内から発見できたとしても、攻撃をした側が校内の外、つまりペナルティエリアの外にいることになりますで、ペナルティは課せられません」
「なるほど。ご説明、ありがとうございました。
――――ということになります、トモコさん。
モラトリアム中に警戒すべきなのは、一に狙撃、二に暗殺、三にペナルティを恐れない危険人物ということですね」
その結論に、少女は頷いて応える。
レオの口にした警戒する順番は、実際に遭遇する可能性が高い順だ。
このデスゲームにおいて優勝を目指すのであれば、ペナルティというデメリットは極力避けるべきものだからだ。
しかし、実際に遭遇した時に一番危険なものは、三番目のペナルティを恐れないものとなる。
なぜならその人物は、ペナルティを課せられたとしても、このデスゲームに勝ち残る自信のある人物ということになるからだ。
その事も続けて説明した後、レオは意を決したように切り出した。
「ですので僕はこれから、この校内のある場所を調査しようと思います。
そこに何もなければ、それで良し。もしあったのならば、先に探索を済ませてしまいます」
「ある場所、ですか?」
「はい。本音を言えば、僕の理想とする生徒会室の作成を行いたかったのですが、モラトリアムの事がこうしてメールでも告知された以上、この学園に向かってくるプレイヤーは増加するでしょう。
その大半は危険を避けようとする人たちでしょうが、中にはそうやって集まってきた人たちを襲おうとする人物もいるかもしれません。
もしそんな人物がやってきた場合、現状で対応できるのは僕とガウェインだけでしょう。
ですので、そんな人物がやって来る前に、時間のかかる作業を先に済ませてしまいます」
そう言うとレオは席から立ち上がった。その調査するという場所に向かうのだろう。少女もそれに付いていこうと、同様に席から立ち上がる。
すると部屋の隅にいた桜から、躊躇いがちに声をかけてきた。
「……あの、レオさん、ちょっとよろしいでしょうか」
「……なんでしょう」
「はい。今の内にこれをお渡ししておこうと思いまして」
そう言って桜が二人に手渡したのは、【桜の特製弁当】という名前の回復アイテムだった。
このデスゲームにおいて貴重品となるだろう回復アイテムを、どういう理由からか、桜は支給してくれたのだ。
「これは―――。
サクラ、こんなものを渡してしまっていいのですか?」
「はい。一度のモラトリアム中、保健室を訪れてくださったプレイヤー一人につき一回だけ、こうしてアイテムを支給できるんです」
「なるほど。聖杯戦争における貴女の本来の役割を、ほぼそのままシフトさせているわけですか。
僕は実際に利用することはありませんでしたが、今の状況では助かりますね。サクラ、礼を言います」
「ありがとうございます。
………ですが、アイテムはプレイヤーに直接お渡しする形ででしか支給できません。
なのでジローさんの分は、彼が戻ってきてくれないと支給できないんです。
最初は皆さんのお話が終わってから渡そうと思っていたんですけど………」
その前にジローが出て行ってしまったので、渡しそびれてしまったのだ。
ジローから聞いた話からすれば、彼は大きなダメージを負っているはずだ。
ならば、【桜の特製弁当】は、今の彼にとって必要なアイテムであろう。
「わかりました。では後で彼に伝えておきます」
「ありがとうございます。あ、あと、もう一つお願いしてもよろしいでしょうか」
「それは構いませんが、なんでしょう?」
「はい。もし白野先輩とお会いできたのなら、その時は先輩によろしく言っておいてください」
「ふむ。それは、彼がこのバトルロワイアルに参加している、ということですか?」
「それはお答えできません」
「そうですか………。
まあいいでしょう。僕も彼にはまた会いたいと思っていますし、もし彼と会えたら、その時にでも伝えておきます」
「ありがとうございます」
そう礼を告げると、桜はようやく席の空いたテーブルへと座り、お茶の続きを開始した。
待機業務へ戻った、ということなのだろう。
「では行きましょうか、トモコさん」
「はい、レオお兄ちゃん」
レオはそれを見届けることなく保健室から立ち去り、少女もそれを追って退室した。
後には、何かを想って何かを待ち続けるNPCの少女だけが残された。
5◆◆◆◆◆
――――そうしてレオと少女は、月見原学園の用具倉庫へとやってきた。
そこにはホワイトボードや体育で使うマット、何かの入った棚や段ボールの他は何もない。
こんな何もない所に、レオは一体何の用があるのだろうと少女は首を傾げる。
「ここに、何があるんですか?」
「ここは聖杯戦争において、アリーナへと通じていた場所です。現在は用具倉庫へと置き換わっていますが」
言いながらもレオは用具倉庫の奥へと歩いていく。
そこにはコンクリートの壁があるだけで、扉のようなものはどこにも見当たらない。
しかしレオは、その先に何かがあると判断しているらしい。
「トモコさん、少し離れていてください。
―――ではガウェイン、頼みます」
「――御意」
レオに声に従ってガウェインが姿を現し、一歩前へと出る。
その右手には、先ほどまではなかったはずの白亜の剣が握られていた。
素人目にも名剣と分かるその剣で、二人は一体何をしようというのか、少女がと思っていると。
「はぁ―――っ、切り開くッ!」
気合一閃。
構えると同時に目映い炎を纏った剣を、ガウェインが渾身の力で振り抜いた。
「きゃっ……!?」
ズドン、と響き渡った轟音に驚き声を上げる。
それはまるで、爆弾が爆発したかのよう。少なくとも普通に剣で壁を切って出せるような音ではない。
第一、倉庫の壁を破壊してどうしようというのか。そんな事をしたって、校舎の外が見えるだけ――――
「って、あれ? 外じゃ、ない?」
破壊された壁の向こうに見えるのは、砕けたデータの欠片と、奥行きの全く見えない暗黒。
朝の光も、夜の闇も存在しない、完全に“何もない”空間だった。
「やはり、ここに存在しましたか」
「レオお兄ちゃん、これは?」
「おそらく、アリーナの入り口です。
……いえ、この会場にはすでに別のアリーナが存在するので、ダンジョンといった方が適切でしょうか」
「ダンジョン………」
言いつつレオは、少女へと振り返った。
その瞳は何かに挑戦するような、今まで以上に強い力を宿しているように見えた。
「僕とガウェインはこれよりダンジョンへと潜り込み、その調査を開始します」
「私と……あとジローお兄ちゃんはどうするんですか?」
「ダンジョン内ではエネミー――敵性プログラムの出現が予想されますので、貴女とジローさんは校舎内で待機していてください。
―――ああそれと、念のためにこれを渡しておきます。最悪、彼に渡してもかまいません」
そう言ってレオがアイテム欄から取り出したのは、黄色く光る刃の付いた暗い色の拳銃。つまりはDG-0の片割れだった。
レオは自分を殺す以外では絶対に見つからない、つまりは絶対に見つけられない安全な場所として、自身のストレージにDG-0を隠していたのだ。
―――通常、双剣や双銃などの二つで一つの形を取る武器は、二つ揃っていないと【拾う】ことができない。
でありながらレオが一つしかないDG-0をアイテム欄に収めていたのは、やはりレオの改竄によるものだ。
レオは自身のストレージとDG-0の情報を改竄することで、DG-0が二つ揃っていると判定を誤魔化したのだ。
ただしそれは一時的なもので、一度でも取り出してしまえば、再び同様の改竄をしない限り通常通り拾えなくなるのだが。
その隠していた武器を、場合によってはジローに渡してもいいとレオは言っているのだ。
その事について、若干不安げにトモコが問いかけた。
「いいんですか? まだジローお兄ちゃんが危険人物じゃないと決まったわけではないんでしょう?」
「ええ。ですが心配いりません。ああして怒った彼だからこそ、僕は彼を信用することに決めました。
それにもし仮に僕の見る目が間違っていたとしても、やはり問題ありません。――ですよね、トモコさん」
「はい、もちろんです。その時は、やられる前にやり返しちゃいます」
レオの確信の籠った声に、少女は両手を前に構えてそう答えた。
その両手にはいつの間にか、無数のトゲのある紅い拳当てが装備されていた。
それが少女に支給された武器だ。これならば、少女がジローや他のプレイヤーに襲われても、NPCが発見するまで時間を稼げるだろう。
「………それと一つ、頼み事をしてもいいでしょうか」
DG-0を少女のアイテム欄へと納めるために、許可を得て改竄しながら、レオはそう口にした。
しかしそれは、少女が知るレオらしからぬ、どこか弱気な言葉だった。
「頼み事ですか? いいですけど、それはなんですか?」
「はい。トモコさんに、ジローさんを励ましてきて欲しいんです。
本来なら僕がいくべきなんでしょうが、おそらく僕の言葉では、彼も落ち着いて話を聞けないでしょうから」
時間さえあれば、彼が落ち着くのをゆっくり待つのですが。とレオは続ける。
だが今は、その時間が少しでも惜しい状況だった。何か特別な理由でもない限り、手間は可能な限り省略すべきだ。
それをきちんと理解しているのだろう。少女はしっかりと頷いてレオの頼み事を引き受けた。
「わかりました。任せてください、レオお兄ちゃん」
「それは良かった。では頼みましたよ、トモコさん」
そう言うと少女は、駆け足で用具倉庫を出て行った。
それを見届け、レオはたった今抉じ開けたダンジョンへの入り口(ゲート)へと向き直る。
そこで今まで沈黙を続けていたガウェインが、若干躊躇いがちに声をかけた。
「レオ、あれでよろしかったのですか?」
「ええ。今の僕よりは、彼女の方が適任でしょう」
レオはどこかもの悲しげにそう口にする。
しかしその歩みが止まることはなく、一組のマスターとサーヴァントは、在りし日のようにダンジョンへと足を進めていった。
†
そうしてゲートを超えた先にあったのは、完全な暗黒の空間に、ワイヤーフレームのようなラインで形作られた迷宮だった。
それは聖杯戦争におけるアリーナの第一層に見られる、いたってノーマルな風景だ。別段気にかかるような点は見られない。
しかしその構造は、これまで踏破してきた度の迷宮とも異なっていることは、一見して把握することができた。
このバトルロワイアルのために一新した、ということだろうか。
「―――あれ? やっぱり解放されてる。
おっかしいなぁ。確かここは使わないんじゃなかったけ?」
不意に背後から声。
振り返ってみれば、そこには一人の生徒会NPCがゲートから姿を現していた。
「……貴女は?」
「あ、あなたがここを開放したプレイヤーですね。
初めまして……じゃないと思うけど、一応自己紹介しておきます。
私は聖杯戦争でアリーナの管理を担当していた、AIの有稲幾夜です」
そう名乗られて思い出す。
確か彼女は、聖杯戦争中、図書室にいた生徒会NPCの一人ではなかっただろうか。
アリーナの管理を担当していたということは、おそらくここの管理も担当しているのだろう。
「ではイクヨ。ここは使わない、とはどういう意味ですか?」
「えっと、現在の私たちの管理者によると、このバトルロワイアルはあくまでもプレイヤー同士の戦闘がメインとのことです。
ですので、エネミーとの戦闘が主となるこのアリーナは使用されないことが決定し、破棄されたはずなんですよ。
それなのに、なんで残ってるのかな……?」
そう言って首を傾げる彼女は、本当に理由が分かっていないらしい。
まあAIは嘘を言えないよう設定されているはずなので、完全に規定外の事態なのだろう。
「破棄、ですか。ではこのアリーナには侵入してはいけなかったのですか?」
「いえ、進入禁止エリアとなっているのであれば入った瞬間にデリートされるはずなので、デリートされないということは問題ないという事だと思います。
というか、はっきり言って管轄外かつ権限外の事態でして、私からはなんとも言えません」
「つまり現在の時点では、攻略してしまって問題ないということですか?」
「そう言うことになりますね。必要でしたら、ルール説明を聞きますか?」
「ではお願いします」
そうしてNPCから説明を受け、判明したルールは以下の通りだった。
一、このダンジョン【月想海】はここ【七の月想海】を最上層として段階的に深くなっており、また階層ごとに上層、下層、闘技場の三階層に別れている。
二、下層フロアではミッションが課せられ、闘技場へ赴くにはこれをクリアする必要がある。ただし、ダンジョンから脱出した場合、進行中のミッションはリセットされる。
三、ダンジョンのフロア内にはエネミーと呼ばれる敵性プログラムが徘徊しており、これは倒すことで階層に応じたポイントを獲得することができる。
四、闘技場では各層ごとに設定されたフロアボスと戦闘になり、これを倒すとより多くのポイントとともに、トリガーコードが入手できる。
五、トリガーコードを所有していると、校舎の一階用具室から入手した階層の次の階層へと移動できる。
六、ダンジョン内でHPがゼロになった場合は当然死亡とみなされ、外と同じようにDeleteされる。
と、大凡のところでは本来のアリーナとさして変わらないものだった。
違うのは聖杯戦争のアリーナと異なり、このダンジョンは深層へと向けて段階的に潜っていく形式であることと、
各層の間には闘技場が設けられ、聖杯戦争における対戦相手の代わりに、ボスエネミーが設定されているということ、
そしてトリガーコードが闘技場へのゲートキーではなく、ダンジョンのショートカットキーとなっていることだろう。
要するに、聖杯戦争中に探索した七つのアリーナと決闘場が一纏めとなっているのだ。
つまり、現在自分がいる階層は、
――――【第一層/七の月想海・上層】
となる。
「それじゃあ私は校舎に戻るけど、無理はしないでくださいね」
簡単なルール説明を終えると、NPCはそう言ってゲートから校舎へと戻っていった。
それを見届けた後、改めてアリーナの奥へと向き直る。
ダンジョン内のエネミーにどのような改変か行われているかは予想できない。
今の時間帯では、ガウェインも聖者の数字の加護を得られない。
ここから先は、一切の油断もできないだろう。
「いきましょう、ガウェイン」
「はっ!」
しかしそれでも、ここで敗北するつもりは一切ない。
これから先に待ちうけるであろう苦難を思えば、この程度は困難の内にも入らないのだから。
故に、まずはこの第一層を、当然のように踏破すると。
そう決意を新たにし、最強の王は最強の白騎士を伴って、未知なる敵地へと足を踏み入れた。
6◆◆◆◆◆◆
「―――ったく、ようやく解放されたか。ほんと優等生のフリすんのも疲れるわ」
用具倉庫の扉を閉めると同時に、少女――スカーレット・レインは小声でそうぼやいた。
言葉使いが荒くなり、若干目付きも変わったその様子は、彼女が先ほどまで猫を被っていたことをしっかりと示していた。
「しっかし、六時間ぶっ続けで猫被り続けんのはさすがに疲れるわ」
これがいつもの学校なら、休み時間とかに息抜きができんのに。とレインは心中でぼやく。
レインはハセヲと出会ってから今まで、ずっと猫を被り続けていたのだが、さすがに疲れが出てきていたのだ。
ジローが寝ていた保健室では、一見誰もいないように見えて、実際にはすぐ傍に霊体化したガウェインが控えていた。
パッと見猫を被る必要のない状況で演技し続けるというのは、さすがに精神に堪えたのだ。
「それにしてもレオのヤツ、どうにも油断なんねぇぜ。
あたしのことを疑っている訳じゃなさそうだが、まるっきり信じてるっていう風でもねぇ」
そう口にして、すでにダンジョンへ潜ったであろうレオの事を考える。
レインから見たレオの第一印象は、精々がいい所の坊ちゃんだった。
すぐ近くにガウェインという規格外の戦力があるとは言っても、彼自身は大したことがなさそうだと思った。
事実、こんなデスゲームという状況において、対主催生徒会などというふざけたチームを作ろうとしていたのだから。
しかし、その印象が覆されたのはすぐだった。
自身も大規模なレギオンを率いているからこそ解ったが、一見ふざけているように見えてその実、レオの采配は見事なものだ。
自軍にとって有利となるエリアを確保し、そこを拠点とする。
獲得した情報を手早く整理・推察し、その時点での最適な選択を導き出す。
リーダーであり最強の戦力である自身は拠点に配置し、次点の戦力であるハセヲを調査に向かわせる。
出会ったばかりの人間には多少の自由時間を与え、対象の人格をさり気なく調べ上げる。
それらの行動を、レオはほぼ即断で決定して行動に移しているのだ。
そのため一見では、その言動も相まってふざけているようにしか見えない。
「しかし、だからこそ判らねぇ。あいつは何であたしを副会長にしたんだ?」
レオは次点の戦力であるハセヲも、一般人であるジローも雑用係に任命した。
だというのに、外見上は同じ一般人であるサイトウトモコを、レオは副会長に任じたのだ。
この六時間、演技を止めたことは一瞬もない。つまりレオが得ているサイトウトモコの情報は、一般人と同じもののはずだ。
そうでありながら重要な役職(ポジション)であるはずの副会長に任命したということは、レオはトモコに対して“何か”を見出しているということだ。
その“何か”は、少なくとも戦力としてではないだろう。
デュエルアバターの事は話していないし、ジローもアバター変更機能の事は口にしていなかった。
初期装備として支給されていた【インビンシブル】はストレージから取り出し、アイテムカード形態で衣装の裾に隠してある。
たとえウインドウを調査されたとしても、スカーレット・レインという名前はともかく、バーストリンカーとしての能力が知られることはないはずだ。
それ以外の自身に支給されたアイテムは、ハセヲに譲った【光式・忍冬】に加え、【緋ニ染マル翼】と【赤の紋章】の計三つ。これはレオも確認している。
いくら見た目が当てにならないアバターとはいえ、こちらを子供と判断しているなら、こんな装備で即座に戦力と見做されることはないはずだ。
ならレオが見出した“何か”は戦力以外の別のモノとなるわけだが、それが何なのか分からない限り、レオを前にして気を抜くことはできないだろう。
「ちっ、めんどくせぇ。最初の選択間違えたか」
ハセヲと遭遇した時、最初から猫を被らず、あるいはデュエルアバターで接触していれば、こんな気苦労はしなくて済んだだろう。
もっとも、それでハセヲが自身の同行を許したかは、まったく予想が付かないが。
「それはそうと、まさかこんなヤツまで呼ばれていたとはな」
そう呟いたレインの視線は、開かれたメールに載せられた、ある名前を指していた。
クリムゾン・キングボルトという、一人のバーストリンカーの名前を。
「確か、《史上最強の名を持つ男(ストロンゲスト・ネーム)》だったっけ? あたし以前に最大の遠距離火力を持っていたっていう。
三年くらい前に加速世界から姿を消したらしいけど、まだバーストリンカーだったのか」
だとすれば、同じ最大の遠距離火力を誇った者同士、一度は会ってみたかったものだが。
「ま、今更だな」
元々会うこともなかっただろうバーストリンカーだ。会えなかったことに関しては、特に思うこともない。
「とりあえず今は、レオに頼まれたことを済ましちまうか」
今は死んでしまった人間の事よりも、校舎内のどこかにいるはずのジローを見つけて励ましてやるべきだろう。
演技したままでどこまで鼓舞できるかはわからないが、レオに頼まれ、演技上でもそれを了承した以上、それが義理というものだ。
そう思いつつ、サイトウトモコに扮するスカーレット・レインは、ジローを探して校舎内を探索し始めた。
†
襲い来るエネミーをものともせず、レオは第一層の上層を攻略する。
フロア中に出現するエネミーのレベルは、聖杯戦争におけるそれと比べると大分低い。
おそらくバトルロワイアルの参加者の平均――一般的な魔術師レベルに設定してあるのだろう。
この程度ならば、装備次第では一般人にさえ倒し得る難易度だ。
……もっとも、それはこの第一層に限った話であり、深層にもなると段違いのレベルになるのであろうが。
そして同時に、使用が中止された、というのも本当らしいことが判明した。
道中でアイテムフォルダをいくつか発見したのだが、そのどれもが空だったからだ。
空のアイテムフォルダを設置するなど、それが罠か趣味の悪い悪戯でない限りは全くの無意味だ。
かといって先に取られたということは、このダンジョンに最初に侵入したのが自分である以上あり得ない。
つまり、礼装はおろか最下級の回復アイテムさえ一つもないということは、ダンジョンは攻略を想定されていないということになるのだ。
故にそれからは、アイテムフォルダは完全に無視し、消耗を抑えるためにエネミーとの戦闘も極力避け、下層に繋がるゲートの探索を優先した。
そしてゲートが見つかったのは、それからそう間もなくだった。
レオは躊躇うことなくゲートへと足を踏み入れ、
「これは……」
目の前の広がった光景に、わずかに驚きの声を上げた。
――――【第一層/七の月想海・下層】
そこは黄金の光に彩られた落陽の海上だった。
聖杯戦争決勝戦の舞台。岸波白野と競い合った闘技場。
それを思い出し、想いを馳せ、わずかに昂揚する。
確かにここならば、“始まり”の舞台としてこの上ない演出となるだろう。
なぜならここは、自身が敗北を知り、欠落した変わりに完全な王となった場所なのだから。
―――そして同時に、このダンジョンの構造を理解する。
このダンジョンはただアリーナが積み重なっているのではなく、聖杯戦争を遡るかのように逆順になっているのだ。
ならば最下層は【一の月想海】……いや、さらにその下。予選にてドールを従えて攻略した闘技場。すなわち、【零の月想海】だろう。
その最奥……おそらく闘技場に該当し、サーヴァント(ガウェイン)と契約したその場所の先こそが、このダンジョンのゴールだろう。
そこに待ち受けるのはムーンセルか、それとも別の何かなのか。その予想は全くつかない。
だがいずれにせよ、そこに至ってしまえば同じことだ。
「そして、これがミッションですか」
眼前には赤い防壁とスイッチがある。
そしてスイッチの方にはウインドウが付属しており、そこにはこう書かれていた。
【ミッション:ダンジョンを踏破せよ】
つまり迷宮の最奥に辿り着くだけで、ミッションはクリアされるという訳だ。
最上層なだけあって、在って無きが如しのミッションといえるだろう。
「レオ、お体の方は大丈夫ですか?」
「ええ、まだ問題はありません」
ガウェインの気遣いにそう答える。
魔力はリカバリー機能によって多少回復したとはいえ、全快には程遠い。
万全を期すのであれば、背後のゲートから帰還することもできる。
しかしその必要はない。この階層を突破できる程度には十分残っているだろう。
「ここを抜ければ次は闘技場です。手早く攻略してしまいましょう」
「……御意」
スイッチを押して防壁を開き、レオは落陽の迷宮へと足を進める。
迷いは必要ない。今はただ、前へと進む時だ――――。
7◆◆◆◆◆◆◆
――――その頃ジローは、学校の屋上で明けていく空を眺めていた。
頭を冷やすための場所としてここを選んだ理由は、やはり自分でも分からない。
しいて言えば、何となく、だろうか。気が付けばここへ足を運んでいたのだ。
まあそれでも、ここなら風にも当たれるし、時間を置けば冷静になれるだろう。
(それで? 冷静になってどうするんだ?)
そう考えていると、またあの声が唐突に聞こえてきた。
正体のわからない、自分を『オレ』だと名乗る『何か』。
「……………………」
その『オレ』が投げかけてきた疑問。
――――冷静になってどうするのか。
…………どれだけ考えても、答えは出てこなかった。
レオに謝るのか? ……謝ってどうする。形だけの謝罪に、なんの意味がある?
それにそもそも、なんで俺は、レオの言葉に反感を覚えたんだ?
……そうだ。それが解らなければ、きっとまた同じことを繰り返す。
だから答えを出すには、まずレオに反感を覚えた、その理由を見つけないといけない。
けどそのためには、一体どうすれば………。
(おいおい。人が質問しているのに、だんまりはないんじゃないか?)
「……うるさいな。ならお前だったらどうするんだよ」
(ケケケ。今まで散々人のアドバイスを無視しておいて、判断に迷ったらオレに頼るのかよ。いい根性してるな)
「ッ…………」
『オレ』の言葉に、強い苛立ちを覚える。
唐突に出てきては、毎回ろくでもないアドバイスをしに来るこいつは、一体何が目的なのか。
(けどまあ、訊かれたなら答えてやろうじゃないか。
オレならそうだな、やっぱり殺し合いに乗るぜ。どうにかして武器を取り戻せば、何とかなるだろ。
お前のHPは半分以下に減ってるが、あのDG-0とかいう銃なら、その減った分威力も上がってるはずだろ。
それでもあのガウェインとかいう騎士には敵わないだろうが、そこはほら、あのガキを人質にすればいいんじゃないか?)
「っ……! ふざけるな、そんなことできるか!
ほんとなんだよお前、結局そんな事しか言わねぇじゃんか。訊いた俺がバカだった。
言ったはずだぞ、俺は絶対に殺し合いには乗らないって!」
(あの妖精の女と同じで、これがデスゲームだと実感できてなかったくせにか?)
「ぐっ………!」
その言葉に反論できず、思わず言葉に詰まる。
―――デスゲームだと実感できていない。
『オレ』の言ったことは、まぎれもない事実だったからだ。
メールが来るまで遠坂が死んだことを実感できていなかった以上、それを否定することはできない。
………それにしても、どうしてこいつは、こう俺の弱いところを狙ったように突いてくるのか。
本当に嫌になるくらい、こいつの言葉は的確だ。
(お前はいつもそうだ。状況も理解していないくせに首を突っ込んで、それで結局危険な目にあっている。
オレはちゃんと言ったぞ? とんでもないことに巻き込まれて後悔するぞって。それを無視したのはお前だろ)
「っ………………」
それは……確かにその通りだ。
呪いのゲームを解決しようとして、その結果、デウエスやドラゴンと戦う羽目になったことは間違いない。
こいつの言った通りに逃げ出していれば、きっとそんな事には巻き込まれなかっただろう。
(なあ、もういいんじゃないか? お前は十分に頑張ったじゃないか。
それなのに、なんで今度はこんな事に巻き込まれなきゃいけないんだ? もういい加減、うんざりだろ)
「……………………」
………ああ、そうだ。
本当に、なんでこんな事に巻き込まれているのか。
俺はただのフリーターだぞ。将来の事を考えるのなら、とっとと仕事を見つけないといけない。
それなのにどうして、あんな非現実的なモノと戦ったり、こんなデスゲームに巻き込まれたりしなくちゃいけない。
(楽になれよ。メンドクサイことは全部忘れて、好きにやっちまえばいいじゃねえか。
ここで死んだら現実でも死ぬ? それがなんだよ。それが本当か確かめる方法はないだろ)
「…………楽に」
(第一、これはゲームなんだ。ただそういうルールってだけのさ。だったら好きなように楽しむのが一番じゃねぇか。
――ああ、そうだ。このゲームの報酬、覚えてるか?
ネットを支配できるんだろ? そうしたら好き放題できるぜ。もう仕事を探す必要もない。きっとあのツナミだって目じゃないだろ)
「楽しむ…………」
………そう言えば、ミーナが言ってたっけ。ツナミはネットを支配しているって。
ならばこのデスゲームで優勝してその支配を奪えば、実質的には世界を支配したことになるのだろうか。
だとしたら、確かに働く必要はなくなるだろう。あるいは、パカの目標であるツナミへの復讐も可能になるかもしれない。
……そうしたら、パカは喜んでくれるだろうか。
もしそうなら、あるいは――――
「……ああ、そうだな。それもいいかもな」
(だろう? なら悩むことはないって。テキトーにいこうぜ、デキトーに。
安心しろって。仮に死んだとしても、その時に考えればいいさ。―――本当に死んじまうんなら、もう何も悩むことはないしな)
実際に死ぬのだとしても、所詮はゲーム。楽しめばいい。
優勝したら、一生遊んで暮せて、もし死んでも、もう何も悩まなくて済む。
―――ああ、それはなんて「楽」な選択だろう。
ただ現状を楽しむだけで、考えることをやめるだけで、こんなにも気分が軽くなる。
……………………けれど。
「……それじゃあ、あの子はどうすんだよ」
(あの子?)
「トモコちゃんだよ。お前はあの子も、殺すっていうのか?」
パカと同じように、王子様の格好をした少女。
デスゲームのルールでは、生き残れるのは一人だけ。
もし優勝を目指すのだとすれば、当然あの少女も殺さなくてはいけない。
「それにパカは? もしパカも巻き込まれていたら、お前はパカも殺すのか?」
(……………………)
「ふざけるな! そうやって優勝して、一体どうするんだよ!」
恋人を殺してでも生き延びる? まったく笑えない。それでは何のために優勝するのだか分かったもんじゃない。
確かにネットを支配すれば、働く必要はなくなるだろう。死んだ後のことだって、極論すれば自分には関係ないことだ。
けれどパカのいない世界で、一人自堕落に生きてどうする。あるいは俺が死んだ後、一体誰がパカを守るというのか。
………ああ、そうか。ようやく解った。
こいつの言う通りにすれば、きっと俺は「楽」になっただろう。
デウエスと関わることもなく、ドラゴンに襲われることもなくいられた。
けれど代わりに、開田を助けることも、パカに会うこともできなかったはずだ。
そう。こいつのアドバイスには、『俺』以外に関することが全く抜け落ちている。
つまりこいつは、『俺』が楽になる事しか考えていないのだ。
そこまで考えて、ようやく理解した。こいつの正体はおそらく―――
「………そうか、わかったぞ。お前は、俺のエス(深層意識)だな」
認めがたい真実を、しっかりと前を見据えて口にする。
(――――――――)
ニヤリと、姿が見えているわけでもないのに、『オレ』が笑ったような気がした。
それで確信を得る。こいつはカオルのエス(深層)だったデウエスと似た、俺の深層意識が表面化した存在なのだ。
詳しい理由は分からないが、こいつが表面化するようになったのは多分、エスが実体化した存在であるデウエスと接触したからだろう。
事実、こいつの声が聞こえるようになったのは、開田がデウエスに消されてからの事だ。
こいつは俺のエス(深層)。だから俺の気付いていない本心や弱音を、アドバイスという形で示してくる。
デウエスが多くの人間を取り込んでまで「しあわせ」になろうとしたように。――こいつは『オレ=俺(自分)』が「楽」になりたいために現れるのだ。
「……ああ、そうか」
そうしてようやく気付いた。
自分がなぜ、レオの言葉に反感を覚えたかを。
きっと俺は、無意識のうちに「楽」に逃げようとしていたのだ。
決してデスゲームを認めようとしなかった、あの妖精の少女のように。
だから心のどこかで、あの少女に共感を覚えていたのだろう。そして………。
“―――長い間眠ったままだったお兄ちゃんが、ようやく帰ってきたのに―――”
あの時、妖精の少女はそう言って取り乱した。
きっと以前にもあったのだ。少女の世界で、デスゲームが。
そしておそらく、少女の兄がそのデスゲームに巻き込まれたのだろう。
だから少女は、デスゲームを否定した。現実から目を逸らし、大切な人を失う恐怖から逃げたのだ。
けれどレオは、その恐怖を些細なことのように口にした。
死んでしまった十二人の中に、誰かにとっての大切な人がいたかもしれないのに、「残念だ」「仕方がない」と、そんな言葉で終わらせた。
―――それが理由。
少女に共感を覚えていた俺は、だからレオの態度に反感を覚えたのだ。
「まったく、本当に情けないな、『俺』は」
そう言って自嘲する。
こんな調子で、このデスゲームを生き残れるとは思えない。ましてや呉の代わりにパカを守るなど、とうてい不可能だろう。
レオの様な冷静さを持ちたいとは思わないが、生き残る気があるなら、パカを守るつもりならもっとしっかりしなければ。
「……あれ? そう言えばあいつ、さっきから何も言ってこないな。
……まあいっか。今はまず先に、レオに謝らないとな」
そう口にして気合を入れる。
自分と向き合ったからか、いつの間にか『オレ』の声も聞こえなくなっている。
だがどうせ、心が弱った時にでも出てくるだろう。その時はまた『自分』と向き合えばいいだけだ。
『オレ』の正体も判った。反感を覚えた理由も分かった。今度はちゃんと、レオの話を聞けるだろう。
だが何を話すにしても、まずそれからだ。そうすることで、もう一度レオと向き合えるのだから。
そう思いながら屋上から校舎へと戻ろうとして、ジローが開けるより早く、屋上の扉が開かれた。
「あ、ジローお兄ちゃん、ここにいたんだ。
………その様子だと、もう大丈夫みたいだね」
屋上へと姿を現した少女は、ジローの様子を見てそう口にする。
どうやらまた心配をかけたようだ。
「トモコちゃん、どうしてここに?」
「レオお兄ちゃんからジローお兄ちゃんを励ましてって頼まれたの」
「そっか。俺もレオに謝りに行こうと思ってたんだ」
「そうなんだ。でもレオお兄ちゃん、今はダンジョンにいるから、それはまた後でかな」
「ダンジョン?」
「うん。それは後で説明するね。
それより、桜さんが呼んでたよ。お兄ちゃんに回復アイテムを渡したいんだって」
「そうなのか? なら急いで保健室に戻らないとな」
今は持っていないが、DG-0の効果を考えれば、急いで回復する必要はない。だが安全のためにも、回復アイテムは貰っておくべきだ。
レオの方はダンジョンとやらにいるらしいが、まあ保健室で待っていれば大丈夫だろう。
「それじゃあ行こうか、トモコちゃん」
そう少女に声をかける。
……ああ、そうだ。パカの代わりとは言わないが、可能な限り、この少女の事も守ろう。
彼女とパカは全くの別人だが、やはり似た格好の女の子が死ぬところは見たくない。
そう思いながら、ジローと少女は屋上を後にした。
その心に小さな、だが確かな決意を秘めながら。
やる気が 5上がった
こころが 10上がった
信用度が 1あった
†
――――そうして、エネミーを倒し迷宮を踏破し、その場所へと辿り着く。
七の月想海・下層の最奥。その先にある闘技場へと繋がるゲートへと。
「……………………」
魔力の消耗は、そろそろ無視できない段階に至っている。
闘技場のボスを倒したら、本格的に休息をとるべきだろう。
モラトリアムに入った学園内ならば、それは十分に可能なはずだ。
その間にでも生徒会室を改竄すれば、有意義な時間にもなるだろう。
「ボスを倒した後、一度学園へと帰還します。
油断せずいきましょう、ガウェイン」
生徒会室の改竄プランを練りつつ、レオはゲートへと足を進める。
……が、その足はほんの数歩で止められた。
自身に追従するはずの足音が、聞こえなかったからだ。
「ガウェイン、どうしました?」
「……………………」
背後へと振り返り、声をかける。
ガウェインは何かを迷うような、どこか難しい表情をしていた。
「…………王を補佐する騎士としては、このまま黙しているべきなのでしょう。
ですがそれを承知の上で、一つだけお聞きさせて下さい」
「……なんでしょう」
珍しく自分から質問を投げかけてきたガウェインを、レオは少し不思議に思いながらも応じる。
それによってガウェインは、意を決したようにレオへと視線を向けた。
「迷いは決断を躊躇わせ、その剣を鈍らせる。
レオ、この探索における貴方の指示は完璧ではありましたが、しかしどこか精彩を欠いていました。
故にお聞かせいただきたい、我が王よ。貴方は今、何を悩んでおいでですか?」
「――――――――!」
ガウェインの問いかけに、レオは思わず目を見開く。
自分では隠し通せているつもりだったが、どうやら彼には見抜かれていたらしい。
そして自らを剣に徹しているガウェインが、自分から意を投げかけてくるのは余程のことだ。
……ならば、彼の王として、その問いに答えなければなるまい。
そう判断し、レオは自らの内心を口にした。
「…………人が死んで、なんで冷静でいられるのか。
ジローさんにそう問われた時、僕は言うべき言葉が見つけられませんでした。
いえ。理由を理解させる言葉は思い付いても、感情を納得させる言葉がわからなかった」
それは、彼が王として育てられ、そう生きてきたが故の未知だった。
決勝戦にて敗北するまで、絶望を、そこから這い上がろうとする強い意志を知らなかったように、
人が他者の死に対して懐く恐怖を、理不尽な離別を恐れる感情を、正しく理解できていなかったのだ。
「西欧財閥の次期当主である僕にとって、人の死は、その人物が生まれた時より定められたものでした。
そう。多少の誤差はあれど、その死は初めから決まっていた。何故ならそのようにデザインされた人生を、その人物は生きてきたのだから。
故に恐れる必要も、悲しむ必要もないと。そう教育を受けてきた僕は、きっと、誰かの死を本当に悲しんだことはないんです。
兄さんの時がそうだったように、おそらくは、母の時も………」
「レオ…………」
「そんな僕の言葉が、彼に届くとは思えなかったんです。
情けない話です。人を総べる王であるはずの僕が、その実、人の感情を理解していなかったとは。
……そうか。これが弱音、というヤツなんですね。本当に非生産的だ。
すみません、忘れてください。これは王が口にするべき言葉ではありませんでした」
そう言って薄く笑うレオにかける言葉を、ガウェインは思いつかなかった。
単純な悩みであれば、誰かに話すだけで少しは軽くなるだろうと思っての問い掛けだった。
だがまさか、完全性から欠落したがゆえに現れた、王ではなく人としての悩みだとは思わなかったのだ。
……けれど、王としての自分に戻ろうとするレオの横顔を見て、一つ思い出したことがあった。
だから、問いを投げかけた者の、せめてもの責任として、それを話すことにした。
「――――“アーサー王は、人の気持ちが分からない”。
かつてそう残して、王城(キャメロット)から去っていった騎士がいました」
「ガウェイン?」
それは、もう終わってしまった、決して変えられない過去。
騎士王の率いるブリテン軍が、何度目かの戦いを勝利で収めた後の事だった。
「彼の君は完璧な王でした。
政務においては公平無私であり、一寸の狂いもなく国を計り、その選択は常に正しかった。
戦場では失われていた騎馬形式(カラフラクティ)を再構成し、常に先陣に立って敵を駆逐し、ブリテンに勝利を齎した。
その王聖に疑う余地はありませんでしたし、そもそも、王は正しかったのですから疑う意味などないでしょう」
何しろ国は完璧に守られていたのだ。
そして王が完璧である以上、どのような不満があろうとも、騎士は王を認めざるを得なかった。
そう。アーサー王はあらゆる外敵から国を守り、国内のあらゆる問題を解決していった。
ただ一つ。騎士たちの中にある、王への不信だけを除いて。
「そんな王の立てた政策の一つが、戦いの前に自国の村を干上がらせ、軍備を整えることでより多くの村を守る、というものでした。
それが彼の君がブリテンを守るために出した結論であり、事実、当時においてはそれが最善の政策であったことに間違いはありません。
ですが、戦いの前から犠牲を出してしまうその政策は、犠牲を出さずに勝利するのが常道である騎士たちには不満だったのでしょう。
彼の騎士が城を去ってからというもの、王がいくら勝利を重ね、国を安定させようと、騎士たちは王に対する反感を強めていきました」
その結果が、カムランの丘だ。
王のいぬ間に造反を起こしたモードレッドと、それに呼応した多くの騎士たちとの戦い。
その戦いで、多くの騎士が散っていった。その中には、アーサー王とガウェイン自身も含まれた。
「私とランスロット卿との確執は別として、時折ふと思うことがあります。なぜ彼らは、アーサー王を理解してくれなかったのか、と。
もし騎士たちが夢物語など見ず、国の現状を正しく認識し、王の政策を正しく理解していれば、あの結末は違ったものとなっていたのではないかと。
…………ですが、先ほどのレオを見て、今にして思ってしまったのです」
そう言って言葉尻を弱めるガウェインは、いつもの彼らしくない様子だった。
それは、ある種の後悔ゆえか。白騎士は変えられない過去を振り返り、暗い面持ちで言葉を続けた。
「岸波白野のサーヴァントの言った言葉を覚えていますか? 彼の騎士王は人のまま王となった。だからこそ尊いのだと。
そう。彼の君は王であると同時に人であった。ならば、人の気持ちが分からないはずがない。
……しかし、だとすれば、彼の騎士が人の気持ちが分からないと残して城を去っていった時、彼の君は一体何を思ったのでしょうか、と」
人のまま王となったアーサー王。
彼の懐いていた苦悩を、ガウェインは想像できなかった。いや、苦悩を懐いていたかもしれないことにさえ、思い至らなかった。
なぜならば、ガウェインが崇拝したのは王としてのアーサー王であり、人としてのアーサー王ではなかったからだ。
そして戦場を駆ける王の姿に迷いはなく、玉座に身を預けた王の眼に憂いはなかった。
人としてのアーサー王など、どこにも存在しなかった。王はいついかなる時でも王であり続けたからだ。
故に、王としてのアーサー王を善しとしていた自分に、王の人としての感情を、その心を見出せるはずがなかった。
……ならば己も、あの騎士たちと同じように、アーサー王の事を正しく理解できていなかったのではないか?
と、ついそんな事を思ってしまったのだ。
「ガウェイン………」
「申し訳ありません。騎士としてあるまじき弱音でした。お忘れください」
そう言って騎士の例を取るガウェインを、レオは驚きの表情で見つめた。
己の騎士がそのような煩悶を抱えていたこともそうだが、それをわざわざ打ち明けてくれたことに驚いたのだ。
それは、彼なりの励まし方だったのだろう。でなければ、わざわざ己が悔いを口にする必要はない。
そして同時に、これは訓戒でもある。人の感情がないものに、人を治めることはできないという逸話。
感情なき統治では、王に疑念を懐き、反感を覚える者もいるということだ。その代表例が遠坂凛だろう。
「………どうやら、敗北以外にもまだまだ学ぶべきことは多そうですね。僕も、貴方も」
「レオ……」
「あとこのことは、お互いに聞かなかったことにしましょう。ノーカンですよ、ノーカン」
「御意」
調子を取り戻し、敢えてふざけた様に口にするレオに、ガウェインは小さく微笑んで応えた。
そう。これはお互いの胸の内に秘めておくべき事柄だ。これ以上の会話は不要だろう。
だがレオには一つだけ、ガウェインへと伝えておきたいことがあった。
「ですが、これだけは言わせて下さい。
――――ありがとうございます」
「……………………。
そのお言葉、ありがたく頂戴いたします」
レオは騎士へと感謝を述べ、ガウェインは主へとより深く頭を垂れる。
それを見届けて、レオは改めてゲートへと向き直った。
「いきましょう、ガウェイン。
僕たちには、まだやるべきことが残っています」
「はっ!」
白騎士を従えるその姿に迷いはなく、先を見据えるその眼に憂いはない。
常勝の王は決意を新たにし、今度こそ、王と騎士は第一の闘技場へと赴いた。
――――【第一層/七の月想海・闘技場】
そうして。
そこに待ちうけていたのは、赤と白の二体のドールだった。
白いドールは右手の剣を腰だめに構え、赤いドールはその背後で悠然と佇んでいる。
その様子はまるで、いやまさしく、マスター(レオ)とサーヴァント(ガウェイン)の在り様そのままだった。
「……ドール、ですか。
それもただのドールではなく、おそらく僕たちのステータスをコピーしているようですね。
どうやら最初のボスは、僕たち自身のようです。自身を超えられぬものに、先へ進む資格なし、ということでしょうか」
「そのようですね。
ですが脅威ではありません。見たところスキルはコピーできても、宝具の複製までは不可能のようですし。
第一、このような写し身程度で、今の我々を止めることは不可能でしょう」
そう口にするどちらの声にも、恐れも気負いも感じられない。
二人はすでに、この敵を障害とさえ見做していないのだ。
「レオ、勅令を。
貴方の前に立ち塞がるモノは、全て我が剣で切り伏せましょう」
「もちろんです。貴方に力を、ガウェイン」
そうして王は命を出し、騎士は剣を構える。
それに呼応し写し身の人形も同様に剣を構えるが、しかし。
「この身、この心、この剣―――全て我が王のために。
いざ燃え尽きるがいい、空ろなる者たちよ!」
迷いの消えた二人にただの鏡像が敵うべくもなく、
十数合の剣戟の後、二つの人形を太陽の聖剣が粉砕し、
王と騎士は当然のように学園へと凱旋したのだった――――。
【B-3/日本エリア・月海原学園/一日目・朝】
【チーム:対主催生徒会】
[役員]
会長 :レオ・B・ハーウェイ
副会長:サイトウトモコ(スカーレット・レイン)
書記 :空席
会計 :空席(予定:ダークリパルサーの持ち主)
庶務 :空席(予定:岸波白野)
雑用係:ハセヲ(外出中)
雑用係:ジロー
[チームの目的・行動予定]
基本:バトルロワイアルの打破。
1:(レオの)理想の生徒会の結成。
【ジロー@パワプロクンポケット12】
[ステータス]:HP35%、小さな決意/リアルアバター
[装備]:なし
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜2(本人確認済み)
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:殺し合いには乗らない。
1:まずはレオに謝る。他の事はそれから。
2:保健室で桜からアイテムをもらい、レオが戻ってくるのを待つ。
3:トモコちゃんの事も、可能な限り守る。
4:『オレ』の事は、もうあまり気にならない。
[備考]
※主人公@パワプロクンポケット12です。
※「逃げるげるげる!」直前からの参加です。
※パカーディ恋人ルートです。
※使用アバターを、ゲーム内のものと現実世界のものとの二つに切り替えることができます。
【スカーレット・レイン@アクセル・ワールド】
[ステータス]:HP100%、(Sゲージ0%)、健康/通常アバター
[装備]:非ニ染マル翼@.hack//G.U.
[アイテム]:インビンシブル@アクセル・ワールド、DG-0@.hack//G.U.(4/4、一丁のみ)、赤の紋章@Fate/EXTRA、桜の特製弁当@Fate/EXTRA、基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:情報収集。
1:一先ず猫被ってハセヲやレオに着いていく。
2:ジローに話し合いで決まったことを伝え、レオの帰還を待つ。
3:レオに対しては油断ができない。
4:自力で立ち直ったジローにちょっと関心。
[備考]
※通常アバターの外見はアニメ版のもの(昔話の王子様に似た格好をしたリアルの上月由仁子)。
※S(必殺技)ゲージはデュエルアバター時のみ表示されます。またゲージのチャージも、表示されている状態でのみ有効です。
【レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ@Fate/EXTRA】
[ステータス]:HP100%、MP25%、令呪:三画
[装備]:ダークリパルサー@ソードアート・オンライン、
[アイテム]:桜の特製弁当@Fate/EXTRA、トリガーコード(アルファ)@Fate/EXTRA、基本支給品一式
[ポイント]:853ポイント/0kill
[思考・状況]
基本行動方針:会長としてバトルロワイアルを潰す。
1:本格的に休息を取り、同時に理想の生徒会室を作り上げる。
2:モラトリアムの開始によって集まってくるであろうプレイヤーへの対策をする。
3:他の生徒会役員となり得る人材を探す。
4:
5:ダークリパルサーの持ち主さんには会計あたりが似合うかもしれない。
6:もう一度岸波白野に会ってみたい。会えたら庶務にしたい。
7:当面は学園から離れるつもりはない。
[サーヴァント]:セイバー(ガウェイン)
[ステータス]:HP130%(+50%)、健康、じいや
[装備] 神龍帝の覇紋鎧@.hack//G.U.
[備考]
※参戦時期は決勝戦で敗北し、消滅した後からです。
※レオのサーヴァント持続可能時間は不明です。
※レオの改竄により、【神龍帝の覇紋鎧】をガウェインが装備しています。
【非ニ染マル翼@.hack//G.U.】
糸切バサミのような形状の、トゲの付いた赤い拳当。
第七相の碑文使いのロストウェポン。条件を満たせば、パワーアップする(条件の詳細は不明)。
・無垢ノ報復 :通常攻撃時にバッドステータス・マヒを与え、かつクリティカル発生確率が25%アップする
【赤の紋章@Fate/EXTRA】
撃墜王の証となる赤の紋章。更なる記録更新を狙え。
・boost_mp(150); :装備者のMPが150上昇
【桜の特製弁当@Fate/EXTRA】
桜の愛情がたっぷりこめられた手作り弁当。味はそれなり。
・使用者のHPを中回復&不利状態解除
【トリガーコード(アルファ)@Fate/EXTRA】
本来は聖杯戦争の一回戦用トリガーキーの一つ。
このバトルロワイアルにおいては【第二層/六の月想海】へと入場するために使用される。
[全体の備考]
※月見原学園にてモラトリアムが開始されました。
※今回のモラトリアム期間中に保健室へ訪れると、NPCの間桐桜から【桜の特製弁当@Fate/EXTRA】が支給されます。
※月見原学園・用具倉庫にて、ダンジョン【月想海】が解放されました。ただし、不正規な手段による解放であるため、修正される可能性があります。
ダンジョン【月想海】のルールは、下記の通りになります。
1.ダンジョン【月想海】は【七の月想海】を最上層とし、【六の月想海】【五の月想海】と段階的に深くなっていく。
またダンジョンの階層は月想海ごとに上層、下層、闘技場の三階層に別れており、各ゲートから直接校舎に帰還することも可能。
2.ダンジョンの下層フロアではミッションが課せられ、闘技場へ赴くにはこれをクリアする必要がある。
ただし、ダンジョンから脱出した場合、進行中のミッションはリセットされる。
3.ダンジョンのフロア内にはエネミーと呼ばれる敵性プログラムが徘徊しており、これは倒すことで階層に応じたポイント(25×n)を獲得することができる。
4.闘技場では各層ごとに設定されたフロアボスと戦闘になり、これを倒すとより多くのポイント(125×n)とともに、トリガーコードが入手できる。
5.トリガーコードは所有していると、校舎の一階用具室から入手した階層の次の階層へと移動できる。
※例.【七の月想海】のトリガーコードを所有している場合は、【六の月想海】から探索を再開できる。
6.ダンジョン内でHPがゼロになった場合は当然死亡とみなされ、外と同じようにDeleteされる。
【第一層・七の月想海】
ミッション:ダンジョンの踏破
ボス:ドッペルドール
月の聖杯戦争で使用されたドールの亜種で、対戦プレイヤーのステータス、スキルやアビリティ、装備品をコピーしてくる。
ただし、あくまでも数値上での複製であり、一部を除く宝具、憑神や心意技などのシステム外スキルは使用できない。
ダンジョンが出していいのかちょっと不安ですが、以上で投下を終了します。
何か意見や修正すべき点などがあったらお願いします。
ウズキさんの存在忘れられてる件
おっと、やってしまった。ウズキさんごめんなさい。
>>126 ご指摘ありがとうございます。収録時に修正させていただきます。
なんかレオだけ別のゲームやってる気がするんだがwww
あ、2-BがB-2になってる箇所が幾つかあるので、それも修正が必要かと
投下乙でした
投下乙です
修正部分があるが話としてはレオさんらは本当にロワの最中なんだろうかw
これは面白いw
投下乙です
生徒会が本格的に動き出したー
色々軋轢はあるものの一番強固な集団ぽいのでどうなるか期待
ガウェインのアーサー王評とか中々興味深い話でした
なんで幼女のトモコが副会長に任命されたか俺も謎だったけどだんだんレオの真意が読めて来たな
プロミネンスのリーダーという資質と
自分に心服するタイプの人間じゃないってことがレオには分かってたからか
自分と同じ考えの奴じゃ、自分が二人いるだけになっちゃうし
古典的ギャグが分からなかった
誰か教えてくれ
投下乙ー
レオは実にゲームしてるなぁw
ある意味すごいVRっぽさを尊重した組だわ、ほんと。
>>132
たぶん、現状を遭難となぞらえたのだと思われ
>>133
そうなんだ…(チラッ)
ありがとう!
すみません。
大変ギリギリになりましたが、完成しましたので投下いたします。
「……ローラー、ガッツマン。
もうしばらく、この周辺の探索をしても構わないか?」
最愛の女性との別れを済ませてから、しばらくした後。
無言で歩を進めていたネオは、同行者達へと静かにそう告げた。
その言葉に、後ろを歩いていた二人も無言で首を縦に振り、肯定の意を示す。
アメリカエリアの調査を当面の目的としていた彼等だったが、ここに来てその重要度がより増す事態が起きた。
今現在、このエリアには……逸早く存在を確かめなければならない"モノ"がいる事が分かったからだ。
「……お前の相棒を、キルした奴がいるかもしれねぇ……か」
そう……このエリアには、確実にいるのだ。
トリニティを死に追いやった、彼女を殺害した何者かが。
この殺し合いに乗った、恐るべき殺人者が。
「ああ……トリニティは強かった。
俺も、彼女には何度も……何度も、助けられた」
ネオは、トリニティの強さを誰よりも知っている。
彼女はこれまで、エージェントが相手であっても決して引けを取らぬ戦いを見せてきた。
その強さの大元は、彼女自身の戦闘能力が極めて高いという事も勿論あるが、それだけではない。
如何なる強敵が相手であろうとも、挫けず立ち向かう強い意志があったからこそなのだ。
ネオはそんな彼女に、心身共に何度も支えられ、助けられてきた。
感謝してもしきれない程に……彼女の存在は、やはり大きかった。
「だからだ……もし、彼女を死に追いやれる程の存在がいるとしたら……
そいつは只者じゃない」
故に、ネオは彼女を殺害したであろう相手に対して、強い警戒心を抱いていた。
あの最期の姿からして、彼女が戦って敗北した事はまず間違いない。
ならばそれは、彼女を倒せる程の敵と相対したという事だ。
決して並の相手ではない……少なく見ても、エージェントクラスの強さはあるだろう。
「……確実に……この手で止めなければならない相手だ」
そんな相手を野放しになど、出来る訳が無い。
放置しておけば、間違いなく更なる凶行に走り、新たな犠牲者を生みだすだろう。
自分達の様な悲劇が、再び繰り返されるかもしれない。
ならば……止めねばならない。
トリニティを殺した敵を、この手で必ず倒さねばならない。
「……ネオ……」
アッシュ・ローラーとガッツマンは、そのネオの言葉に思わず息を呑んでしまった。
確かに、彼の言う事は正しい。
殺人者がこの近辺に居る可能性が極めて高い以上、それを野放しにする事は危険だ。
いや、それ以前に……この殺人者は、ネオにとっては愛する者を殺した相手だ。
きっと彼は、絶対に許せないと思っているに違いない。
それは人として当たり前の事だし、二人も同じ立場ならば、確実に同じ行動に移っているだろう。
ただ……一つだけ、二人には心に引っかかっている棘があった。
(……それって……殺すって事でガスよね……)
そう、このバトルロワイアルは正真正銘の殺し合いなのだ。
敵を倒す事は即ち、殺す事になる。
例え相手が、残虐な殺人鬼であったとしても……命を奪う事には違いないのだ。
それが、彼等二人の中に影を落としていたのだ。
(デカオ……)
ガッツマンが真っ先に脳裏に浮かべたのは、パートナーの大山デカオであった。
今まで彼とは、数多くの激戦を潜り抜けてきた。
その中にはWWWとの戦いを始め、辛く険しいものも当然あった。
ナビが死を迎える―――デリートされる場面に立ち会った事だってあった。
命の灯火が消える瞬間に居合わせたのは、何も初めての事ではなかった。
だが……それでも出来る事なら、命を奪いたくなかったという想いが当然ある。
デリートさせずに済むのであれば、それが一番なのは当たり前だ。
ましてやこの殺し合いには、ネオの様にネットナビではないだろう者達もいる。
つまり……デカオと同じ、人間を殺害する事になるかもしれないのだ。
―――例え、相手がどうしようもない悪党であっても……この手を血に染める覚悟が、果たして自分にはあるのだろうか。
―――そして、そんな血に染まったネットナビを……相棒は、果たしてどう思うのだろうか。
そう考え、ガッツマンはその体を思わず震わせてしまった。
ネオが今、どれだけ辛い思いをして、且つそれを乗り越えようとしているのかは十分分かっている。
バトルロワイアルを止めるためにも、殺人者を倒す事が絶対に必要なのも理解している。
それでも尚……彼は、躊躇いを捨て切れなかった。
(……へっ……メガアンラッキーにも、程があるぜ……)
そしてその思いは、アッシュ・ローラーもまた同じであった。
彼はネオやガッツマンと違い、命が費える瞬間に立ち会った経験すらない。
格闘ゲームとしてのブレイン・バースト―――ポイントを全損すれば、ブレイン・バーストに関する記憶の全てを失うリスクこそあるとはいえ―――をプレイしている1人のリンカーに過ぎないのだから、当然の話だ。
尤も……彼はガッツマンと違い、自身の手が血に塗れる覚悟自体は出来ていた。
そうしなければ守れぬ命があり、この殺し合いを止める事など出来ないと、理解は最初から出来ていた。
ならば何故、彼が人の命を奪う事に躊躇を覚えたのか……
それは、アッシュ・ローラーというバーストリンカーが、極めて特殊なリアル事情を持つ事に関係している。
(なあ、綸……お前はどう思ってんだ……?)
日下部綸。
それがアッシュ・ローラーのリアルの名前であり……その容姿はというと、今の彼とは遥かにかけ離れた小柄で大人しい少女なのだ。
そのギャップときたら、ネガ・ネビュラスの一同をはじめその姿をリアルで見た者はほぼ例外なく、彼女がアッシュ・ローラーだという事実を疑う程である。
おかげで一部では、『パーフェクト・ミスマッチ』の異名までつけられた位だ。
しかし、これには勿論理由がある。
アッシュ・ローラーのリアルは確かに日下部綸だが、実はそれは半分ほど正しく、そして間違ってもいる。
彼女には、日下部輪太郎という六つ上の兄がいる。
彼は非常に才能溢れるバイクレーサーであったが、つい二年前にレース中の事故で意識不明の重態に陥った。
それ以来、綸は入院した彼が身につけていたニューロリンカーを、彼に代わり所持するようになったのだが……このニューロリンカーにブレイン・バーストをインストールした事が、全ての始まりであった。
輪太郎のニューロリンカーは、幼少時の彼の悪戯によって綸に装着させられる事が多々あった。
その為、端末内に輪太郎と綸の二人分の脳波データが纏めて保存されるという、本来ならばありえない自体が起きていたのである。
そして、その為に……加速世界にアッシュ・ローラーが誕生した際、その内部には綸ではなく輪太郎のデータを基にした別人格が生まれたのだ。
つまりここにいるアッシュ・ローラーは、リアルの肉体こそ日下部綸ではあるものの、その人格は兄輪太郎そのものなのだ。
彼等二人は、リアルと加速世界とでその人格が全くの別人に切り替わるのである。
(俺がここで、手を汚しちまえば……そいつはお前の罪にもなっちまう)
それこそが、アッシュ・ローラーに命の奪い合いを躊躇させる最大の要因だった。
綸とアッシュ・ローラーは、朧気で曖昧なものではあるものの、互いにその記憶を共有しあっている。
ならば、ここ彼が殺人を犯せば……それはそのまま、綸の記憶にもなる。
誰よりも大切な愛する妹に、自身が殺人を犯したという恐ろしい記憶を与えてしまうのだ。
だからこそ、彼はこの殺し合いに『優勝する』という選択肢を迷わずに捨てる事も出来た。
ここで己が死ねば、それは単にアッシュ・ローラーというバーストリンカーが死ぬだけに留まらず、現実世界の妹の死にまで繋がる。
それはアッシュ・ローラーにとって、最も辛く苦しい事態なのだが……かといって、己以外の全てを皆殺しにするなんて真似は絶対に出来なかった。
誰かの命を奪いたくない、殺し合いなんかしたくないという想いがあっての決定なのは勿論だが。
それ以上に彼には、兄として妹を大量殺人者になど絶対にさせる訳にはいかないという強い意志があったのだ。
それにあの優しい綸の事だ……自分を生かす為に兄が殺しをしたと知れば、それこそ絶望して狂うかもしれない。
無論、それが身勝手な考えなのは分かっている。
死にたくない、どんな形であろうとも生きていたい。
もしかしたら綸は―――あの優しい性格を考えれば、まずありえない事ではあるだろうが―――そう願っているのかもしれない。
それでも、自分は兄として大切な妹の為にと、殺し合いには絶対に乗らない選択をしたのだ。
この殺し合いを止めて、無事に仲間達と共にリアルへと帰還する。
それこそが、綸を助ける一番の方法なのだと強く信じて。
(……ネオが言ってる事が正しいのは、アンダスタンディングしてんだよ。
でも、よ……)
故に、彼には迷いを捨て切れなかった。
ネオのやろうとしている事は絶対に正しいと断言できるし、何より仲間として助けになってやりたい。
だが、それは同時に、妹の手を血に染めてしまう行為でもある。
(……くそっ、情けねぇぜ。
こんなとこ、師匠やカラス野郎なんかにゃ絶対に見せるわけには……)
―――ピピッ。
「ん……?」
その時だった。
何の前触れもなく、突如としてネオ達の前に一つのウィンドウが開かれたのだ。
三人は驚き顔を見合わせるも、すぐさまそのウィンドウの内容に注目し……
「ッ……!?」
途端に、全身に氷水をぶっ掛けられたかのような冷たい感覚が走った。
それは、6:00を告げる時報―――GMからのメールだった。
◇◆◇
(12人……それだけの人数が、もう……!)
届いたメールの内容は、予想を大きく上回る衝撃的な代物だった。
6:00より一部エリアでイベントが始まる事や、このバトルロワイアルの参加人数が55人であった事など、有益な情報は確かにあった。
しかし何より大きかった事は、脱落者の人数の多さだ。
開始から然程時間は経過していないにも関わらず、既に12人もの命が奪われているのだ。
(……バーストリンカーっぽい名前も、一つあるな……)
その中に、アッシュ・ローラーには一つ気になる名前があった。
【クリムゾン・キングボルト】
見知らぬ名ではあるものの、クリムゾンという色を示す単語からして、恐らくは同じバーストリンカーだ。
字面だけを見れば、妙に強そうなアバターだが……既に死亡し、この会場からは退場している。
(チッ……嫌になるぜ)
いくら赤の他人といえど、同じバーストリンカーから死者が出たのだ。
気分が悪くならない訳がない。
アッシュ・ローラーは内心毒づくとともに、同じくメールを見ている仲間二人へとそっと視線をずらした。
(ネオ……)
ネオは一見冷静に見えるものの、よく視るとその拳を強く握り震わせていた。
恐らくは、トリニティの名前を見て改めて思うモノがあったのだろう。
怒りと悲しみとが、彼よりひしひしと伝わってくるのが分かる。
不幸中の幸いとも言えるのは、様子からして、他に知り合いがいなかったらしい事だろうか。
しばしした後、彼はガッツマンへと視線を向けると……
「……ガッツマン……!?」
そこで彼と、同じくガッツマンへ視線を向けたネオは、異変に気づいた。
ガッツマンの様子が明らかにおかしい。
全身は酷く震えており、口からは掠れた声が少しずつ漏れている。
そしてその目は大きく見開かれ、ウィンドウの一点を凝視していた。
「まさか……おい……」
その姿を見て、アッシュとネオは全てを悟った。
いたのだ。
脱落者の中に、ガッツマンがよく知る……彼と親しかったであろう人物が。
「……ロールちゃん……どう……して……?」
【ロール】
その名前を見た瞬間、ガッツマンは己の頭の中が真っ白になるのを感じた。
信じられない。
そう言わんがばかりの表情をすると共に、彼の口からは掠れた声が零れた。
ロールは、ロックマン達と共に長く付き合ってきた友人であり、戦友であった。
そして何より、心惹かれていた異性でもあった。
尤も、彼女が己よりロックマンを気にしていた事は何となく察してはいたが……それでも、大切な相手だった。
それが……死んだというのだ。
もう二度と出会う事が出来ない、遠い存在になったというのだ。
「ッ…………!!」
自分や仲間達を支えてくれた彼女は、もういない。
優しい笑顔を向けてくれた彼女とは、もう二度と会えない。
そう事実を飲み込むと共に、言葉では言い表しようのない喪失感が、堪えようのない悲しみが、心の奥底から込み上げてきた。
どうしようもなく辛く、どうしようもなく苦しい。
今すぐに大声を上げ、泣き叫びたくなった。
彼女を喪った悲しみに、涙を枯れるまで流し尽くしたかった。
しかし……ガッツマンは、そうしなかった。
(……だ……駄目でガス……!!)
何故なら今、彼の横にはネオがいるからだ。
ネオもまたつい先程、大切な者と辛い別れをしたばかりなのだ。
それでも彼は気丈に、行こうと自分達に告げた。
本当は悲しくて仕方がないはずなのに、今の自分の様に泣き崩れたかった筈なのに……乗り越え、前へ進む事を決めたのだ。
(ガッツマンがここで、みっともなく泣いたりしたら……同じくらい哀しかったのに、ネオは……!!)
ならば、ここで自分が堪えきれないでどうする。
辛いのは同じなのだ。
ここで自分だけが悲しんでしまったら、ネオに申し訳が……
「……いいんだ、ガッツ……!!」
「あ……」
そんな葛藤に悩まされていた、その時だった。
震えるガッツマンの肩に、アッシュ・ローラーが後ろから手を乗せたのだ。
その震えを抑えるかのように強く、力を込めて。
「お前はマジで立派だ。
ネオの事を考えて、辛ぇだろうに必死に我慢しようとしてよ……」
今のガッツマンの心境を、アッシュ・ローラーは分かっていたのだ。
彼にもまた、似た様な経験が一度だけあった。
弟分であるブッシュ・ウータンが、親をポイント全損で失った時だ。
アッシュ・ローラーはあの時、悲しむ彼に何の言葉をかけることも出来なかった。
それは今でも、少なからず彼にとって心の傷となって残っている。
だからこそ……今度こそは、はっきりと言うべきだ。
辛い思いをしている、苦しんでいるガッツマンに……言うべき事を。
「でもよ……無理をする必要なんざねぇ……!
辛いんだったら、思いっきりクライしろ……!!
誰かがいなくなっちまって悲しいのは、当たり前のことなんだ……!!」
ここで、無理をする必要など……何も無いと。
「アッシュ……う……ウアァァ!!」
その言葉を聞き、ガッツマンは膝から地面に崩れ落ちた。
両手を地に着け、拳を何度も何度も叩きつけた。
大声を上げ、ロールの名を何度も呼びながら、只管に泣いた。
もう二度と会えない、大切な……たった一人の女性の事を想って。
「ウアアァァァァァァァァァッ!!!!!!」
傍らに立つ二人の仲間に見守られながら。
漢ガッツマンは……悲しみのままに、慟哭した。
◇◆◇
「……ごめんでガス、二人とも。
もう……大丈夫でガッツ」
それからしばらくして。
泣きたいだけ泣き、悲しみの全てを吐き出して、ガッツマンはようやく落ち着く事が出来た。
まだ完全には辛さが抜けきっていないものの、もう大丈夫だ。
「……すまなかった、ガッツマン。
俺の所為で、お前には辛い思いをさせてしまった」
「そんな、ネオが謝る必要はないでガッツよ……
辛いのは、そっちだって同じだったんでガスから」
ネオは、自分の行動がいらぬ気遣いをガッツマンにさせてしまったとして、頭を下げた。
勿論、ガッツマンはそんな事など一切気にはしていない。
ネオもまた己と同じく、大切な者の死に苦しんだのだ。
それをどうして、責める事が出来ようか。
「それに……おかげで、決心が出来たでガッツ」
「決心……?」
そして、同時に……その心も、はっきりと定める事がこれで出来た。
「そうでガッツ……実を言うとついさっきまで、悩んでたんでガスよ。
その……殺し合いを止めるためとはいっても、誰かをこの手でデリートしていいのかって……」
「…………!!」
その一言に、アッシュ・ローラーはハッとしてガッツマンを見た。
打ち明けられたその葛藤は、自身が正しく今抱えていた悩みそのものだ。
そして、決心が付いたという一言……これが意味する事はつまり。
「けど……今、ロールちゃんが死んだって聞いて……
もう、二度と会えないんだって……凄く悲しかったでガッツ。
ネオが、どんな辛い思いをしてたかって……よく分かったでガスよ」
「……ガッツ、お前……」
「もし……もし、ロールちゃんをデリートしたナビをこのまま放っておいたら、同じ事になるでガス。
ガッツマンやネオの様に、辛い思いをするナビが増えるでガス……そんなの、絶対に嫌でガッツ」
大切な仲間を、友を、愛する者を奪われる悲しみ。
それが分かってしまった以上、他者に同じ思いをさせては絶対にならない。
そう実感できたが故に……ガッツマンは、覚悟を決めたのだ。
「もしかしたら、ガッツマンはデカオに嫌われるかもしれないでガッツ。
ナビをデリートした、人殺しのナビなんかいらないって……そう言われるかもしれないでガス。
それでも……それでも、構わないでガッツ!
こんな思いは、誰にもさせちゃいけないでガスよ!!」
人殺し・ナビ殺しの烙印を押されてもいい。
例え相棒から見捨てられる形になろうとも構わない。
殺し合いを止める為に、自分は倒すべき相手を倒す。
己の手で助けられる者がいるなら、無くせる悲しみがあるというのなら……それでいいのだ。
(……ふぅ……参ったぜ。
こんな風に啖呵切られちまっちゃよ……)
そしてその告白に、アッシュ・ローラーも胸中の思いに踏ん切りを付ける覚悟が出来た。
ガッツマンの言うデカオというのが何者なのかは知らない。
だが……その熱の籠った言葉からして、大切な人物である事だけは確かだ。
恐らくは、自身にとっての綸と同様の……掛け替えの無い存在に違いあるまい。
それをガッツマンは、嫌われても見捨てられても構わないと言い切ったのである。
それでも、守れるものがあるなら闘うと……例えその手を血に染めても構わないと。
決断に至るまで、相当な葛藤があったに違いないだろうに……彼は勇気を出して、前に踏み込んだのだ。
ならば……自身も、また前に進むべきだ。
このふざけた殺し合いを止め、無事に生き残るならば。
何より、真に妹の幸福を望むならば。
(……綸。
俺の事は許せとは言わねぇ、分かってくれと言うつもりもねぇ。
どんな理由があっても、お前に辛ぇシチュエーションを味合わせちまうのは事実だ)
幾ら綺麗事を並べても、自身の行動が綸の行動に繋がるという事実だけは覆せない。
ここで誰かを殺めてしまえば、綸もまたその罪を背負わなければならない。
だが……もしも、その罪を消せる手段があるとするなら?
彼女に、人を殺したという事実を……根本から認識させない手段が、あるとしたら?
そう……アッシュ・ローラーにはそれがあるのだ。
綸が背負うであろう罪の意識を消す事が出来る、最期の手段が。
(……だからよ、きっちりギルティの責任は取るぜ。
このクレイジィーなゲームを全部、終わらせたら……俺は加速世界から消える。
そうすりゃ……お前が苦しむ必要は、もうどこにもねぇんだ)
それは、加速世界からの退場―――アッシュ・ローラー自体の消滅である。
ブレイン・バーストをアンインストールされた者は、それまでブレイン・バーストに関わってきた全ての記憶を奪われてしまう。
楽しかった思い出も、辛く苦しい過去も……全てが消えるのだ。
つまり、このゲームで人を殺めたという事実でさえも……そうする事で、綸は全てを忘れる事が出来る。
加速世界における、兄の人格……アッシュ・ローラーの死と引き換えに。
(ま……名残惜しさが無いと言えば嘘にはなるがよ。
お前が無事にいてくれるんなら……俺はそれだけで十分だぜ)
自らの存在の消滅を賭してでも、妹の為に敢えてその手を血に染める。
アッシュ・ローラーの選択は、ガッツマンのそれよりも遥かに重いものだ。
だが、彼にはもう迷いは無かった。
そうする事で、この殺し合いを止められる……何より綸を救えるのだから。
「……オーケイ、ガッツ。
お前の覚悟はしっかり見せてもらったぜ。
なら俺も、精一杯そいつに付き合ってやろうじゃねぇか!」
声を高らかに上げ、アッシュ・ローラーは力強くガッツマンの背を叩いた。
同じ目的を持ち、そしてはっきりと覚悟を決めた者同士だ。
ならばここからは、ブッシュ・ウータン達同様に兄貴分としてしっかりと支えてやろうではないか。
それがきっと、今の自分に出来る務めだ。
「さてと、それじゃあ行動をリスタートするとしようぜ。
しばらくはこの辺の探索でいいんだよな、ネオ?
それとも……メールのイベントって奴が気になるか?」
ここで、今後の方針をどうすべきか決めるべく、アッシュ・ローラーはネオに話を振った。
当初の目的通り、やはりトリニティを殺害した相手を突き止めるのが一番なのだろう。
しかし、今しがた届いたメールによれば、どうやら今後は一部のエリアで特殊なイベントが起こると言う話だ。
そちらに人が集まるのは必然的……ならばここは敢えて、優先順位を入れ替えるのもありなのかもしれない。
ガッツマンとアッシュ・ローラーは、ネオの言葉を黙して待った。
情けない話だが、自分達の中で最も頭が切れるのは間違いなく彼だ。
故にこういう事は彼に一任するのが最もいい選択だとして、全てを委ねたのだが……
「……いや、ちょっと待ってくれ。
これから、どう行動するか以前に……少し確かめたい事がある」
ここでネオの口から出たのは、少々二人の予想とは違うものだった。
彼には、ずっと疑問に抱いていた事があった。
それはこの殺し合いが始まった時点では、僅かなものだったが……ガッツマンと出会い、対話する事で疑問は大きくなった。
そして今……彼やアッシュ・ローラーの悩む表情を見て、マトリックスにいながらも闘いに躊躇いを覚える二人の様子に違和感を覚えた。
同時に、やはり無視すべきものではないと認識をした。
だから、今後の為にも……確かめねばならないのだ。
「ガッツマン、ローラー。
お前達がこの殺し合いに呼ばれる前まで、何をしていたか。
一体、どんな経歴があってこのマトリックスにいるのか……よかったら話してくれないか?」
自分達の間にある、この常識の差異が何なのかを。
◇◆◇
「……マジリアリィーかよ?
人間とマシーンが、生き残りをかけたウォーの真っ最中って……」
「……ニューロリンカー、フルダイブ技術……そして加速世界か」
数分後。
三人は、己の境遇についてそれぞれ言葉を交わし合い……そして、大いに困惑していた。
ネオ曰く、人類と機械は互いの生き残りを賭けた全面戦争に突入しており、彼はマトリックスと呼ばれる仮想空間でその為に闘っている。
ガッツマン曰く、人類はネットナビと呼ばれる人工知能と共存しあい、日々の生活を支え合いながら生きている。
アッシュ・ローラー曰く、人類はニューロリンカーと呼ばれる端末を使い、生活の大半を仮想ネットワーク上で行っている。
更に彼は、ブレイン・バーストと呼ばれる加速世界―――本来加速世界の存在は秘匿せねばならないのだが、この状況下ではそうも言ってられない―――に身を置いているとの事。
お互いの持つ常識が、余りにもかけ離れ過ぎていたのだ。
まだガッツマンとアッシュ・ローラーの話には共通点が無くも無いが、ネオの話は明らかに異質すぎる。
そんな馬鹿な話、あり得る訳が無い……そう言うしかなかったが、しかし誰もそれを口にはしなかった。
三人ともそれぞれに嘘をつくメリットが無いし、何よりこの状況で嘘を言う様な相手達では決してないと理解しているからだ。
だが、それならば何故この様な事態が起きているのか。
「……自分にとっての常識が、他者にとっては非常識でしかなかった……か」
この事に対し、ネオは少し考えた。
彼には、今回のケースとはやや事情が異なるものの、似た経験をした事があった。
そう……マトリックスの中で目覚め、世界の真実を知った時だ。
それまで生きていた世界が仮初のモノであると知り、本当の世界が別にあると知ったあの時……
今の状況と、どことなく似ているのだ。
「……まさか……?」
その時、ネオの脳裏に思い浮かんだのはある仮説だった。
もし、あの目覚めの瞬間と同じ様に……自分達は、本当に異なる世界に呼び起こされたのだとしたら?
お互いの常識が違うのは、それは生きてきた世界が違うからではないのか?
何気ない日常のマトリックスと、人類と機械が戦争をしている現実世界とが異なっていた様に……
「……俺達の生きている世界そのものが、そもそも違っている……?」
ここに集められたのは……全く異なる世界から来た者達なのではないのか。
「え……おい、ネオ?
お前、そりゃどういう……」
「……無理のある考えなのは分かっている。
だが、逆にそう考えてしまえば辻褄が合うんだ。
俺達の常識は、違っていて当然なんだ……俺達はそれぞれが、違う世界に生きている存在なのかもしれない」
そう、ネオは気付いたのだ。
このバトルロワイアルに集められた者達が、世界を越えて集まっているという事実に。
かつてモーフィアスに全てを伝えられた時の様に……このバトルロワイアルがどういう場なのか、その答えを察したのである。
「……それって、つまり……あれか?
俺達はパラレルなワールドに生きてる者同士だが、この殺し合いの為に呼び出されたって……」
当然この答えに、ガッツマンとアッシュ・ローラーは驚くしかなかった。
あまりにも現実離れし過ぎているのだから、無理も無い事だ。
しかし……その一方で、また納得出来てもいた。
常識じゃ考えられない現象を見てきた事は、彼等とて今回が初めてではない。
何が起きてもおかしくはない非常識を知っている身としては、この様な驚きも初めてではないのだから。
「ああ……ずっと疑問に思っていたんだ。
この会場は、現実的な街並みもあればまるでファンタジー映画の舞台の様なエリアもある。
ウラインターネットの様に、あからさまにおかしい区域だって存在している。
こんな継ぎ接ぎだらけのマトリックスが、ありえるのかって……だが、それにも意味があったんだ。
恐らくこの会場は、それぞれの世界に関係している仮想空間を繋ぎ合わせている……俺達を呼びだしたのと同じ技術を用いてだ」
会場マップの出鱈目ぶりも、そう考えれば逆に意味を持ってくる。
自分達にとって親しい場所を敢えて会場内に設置する事で……参加者には、何かしらのリアクションが期待できる。
一見無秩序で乱雑な舞台にも、実はそういう意図があったのだ。
「何だか……色々ありすぎて、訳が分からないでガスよ……」
「まあ、それは俺も同じだ。
とりあえず今は、互いに世界が違う者同士が集まっているとだけ認識できていれば、良しとしよう……
それにおかげで、気付いた事もあるしな」
「気付いた事?」
ネオの言葉に、ガッツマンがオウム返しで質問をする。
どうやら彼は他にも、何かこのバトルロワイアルについて気付いている事があるらしい。
首を傾げて考えてみるも、自分達にはそれが何なのかが分からないが……その、直後。
ネオの口から出たのは、意外すぎる言葉だった。
「恐らくだが……ここはローラーがいた加速世界か、或いはそれに限りなく近いマトリックスなのかもしれない」
この殺し合いの舞台は、恐らく加速世界の一種じゃないのかと。
「なっ……ここが、加速世界だってのか?」
「そうだ……お前の話を聞いて気になった事があった。
ローラー、逆にここが加速世界じゃない普通の仮想空間だと仮定してみるんだ。
現実世界にあるお前の肉体は……もう何時間も、そのままなんだろ?」
「……あぁっ!?」
ネオの指摘を受け、アッシュ・ローラーは口元を押さえ驚愕の声を上げた。
そうだ、何故そんな単純な事に気がつかなかった。
自分はブレイン・バースト内にのみ存在する人格だから、今まで現実世界の事についてはそれほどまで深く考えなかったが……
もしこの殺し合いが開かれてから同じだけの時間がリアルで経っているとしたら、それは大事だ。
何せ、もし周囲に誰かしらの人がいるとするなら……
数時間もダイブしぱなしの己を流石に異常と見て、ニューロリンカーを引っこ抜いていてもおかしくはないのだから。
「そうか……それだけの時間をダイブしぱなしじゃ、幾ら何でも周りが怪しむ。
だが、ここが加速世界だとすりゃ……リアルでの経過時間は、マジショートでしかねぇ……!!」
「その通りだ。
主催側からすれば、殺し合いからの途中離脱は一番防ぎたい事実だろう。
そして、その為に打てる対策は全部で三つ。
まず一つ目が、俺達全員の身柄を何かしらの方法で拉致する事。
二つ目が、外部の人間に『途中で端末を切ろうとすれば死ぬ』と脅しを賭ける事。
そして三つ目が……加速世界で殺し合いを行う事で、外部から怪しまれるリスクを極端まで下げる事だ」
一つ目と二つ目の手段は非効率的すぎるし、外部側からの反発・抵抗が大いに考えられる以上、現実的な手段とは言えない。
ならばこの会場は、加速世界に設置されている可能性が極めて高いのだ。
「……すげぇな。
あれだけの会話で、よくそこまで気付けたもんだぜ」
「もっとも、もしかしたら他にも俺達の知らない何かがあるというケースも否定はできないがな……
これ以上は流石に、今は考えても分からなさそうだ」
そう言うと、ネオは軽く背を伸ばすと共に深呼吸をした
これ以上踏み込んだ考察をするには、今は推理材料が足りない。
ならばここからは、気持ちを切り替えて行動を再開するとしよう。
殺し合いを止める為にも、やらねばならぬ事は沢山あるのだ。
「ローラー、ガッツ。
今後の方針だが、変わらずにしばらくアメリカエリアを探索してみよう。
他所へ移動するにしても、まずはトリニティを倒した敵を倒してからだ。
そいつがゲームに優勝するつもりなら、これからアメリカエリアで起こるイベントは……これ以上無い物になる筈だ」
【G-9/アメリカエリア/一日目・朝】
【ネオ(トーマス・A・アンダーソン)@マトリックスシリーズ】
[ステータス]:健康
[装備]:エリュシデータ@ソードアートオンライン
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜2個(武器ではない)
[思考・状況]
基本:本当の救世主として、この殺し合いを止める。
1:アッシュ・ローラーとガッツマンと共に行動する。
2:トリニティを殺害した者を見つけ出し、この手で倒す。
3:ウラインターネットをはじめとする気になるエリアには、その後に向かう。
4:モーフィアスに救世主の真実を伝える
[備考]
※参戦時期はリローデッド終了後
※エグゼ世界及びアクセルワールド世界についての情報を得ました。
※機械が倒すべき悪だという認識を捨て、共に歩む道もあるのではないかと考えています。
※このバトルロワイアルには、異なる世界の者達が呼ばれているのではないかと推測しています。
※この会場は、加速世界の一種に設置されているのではないかと考えています。
【ガッツマン@ロックマンエグゼ3】
[ステータス]:健康
[装備]:PGMへカートⅡ(7/7)@ソードアートオンライン
[アイテム]:基本支給品一式、転移結晶@ソードアートオンライン、12.7mm弾×100@現実、不明支給品1(本人確認済み)
[思考]
基本:殺し合いを止める為、出来る事をする。
1:アッシュ・ローラーとネオと共に行動する。
2:トリニティを殺害した者を見つけ出し、この手で倒す。
3:ロックマンを探しだして合流する。
4:転移結晶を使うタイミングについては、とりあえず保留。
[備考]
※参戦時期は、WWW本拠地でのデザートマン戦からです。
※この殺し合いを開いたのはWWWなのか、それとも別の何かなのか、疑問に思っています。
※マトリックス世界及びアクセルワールド世界についての情報を得ました。
※このバトルロワイアルには、異なる世界の者達が呼ばれているのではないかという情報を得ました。
※この会場は、加速世界の一種に設置されているのではないかと考えています。
【アッシュ・ローラー@アクセル・ワールド】
[ステータス]:HP100%
[装備]:ナイト・ロッカー@アクセル・ワールド
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜3(本人確認済み)
[思考]
基本:このクレイジィーな殺し合いをぶっ潰す。
1:ネオとガッツマンと共に行動する。
2:トリニティを殺害した者を見つけ出し、この手で倒す。
3:何が原因で殺し合いが起きているのか、情報を集めたい。
4:シルバー・クロウと出来れば合流したい。
5:ガッツマンを兄貴分として支えていく。
[備考]
※参戦時期は、少なくともヘルメス・コード縦走レース終了後、六代目クロム・ディザスター出現以降になります。
※最初の広場で、シルバー・クロウの姿を確認しています。
※マトリックス世界及びエグゼ世界についての情報を得ました。
※このバトルロワイアルには、異なる世界の者達が呼ばれているのではないかという情報を得ました。
※この会場は、加速世界の一種に設置されているのではないかと考えています。
※バトルロワイアルを終えた後、加速世界を去り自ら消滅する事で綸を救おうと感がています。
以上、投下終了になります。
乙
ガッツマン慟哭。そして次の時報を迎えたら今度はアッシュさんの番なのよな…
加速世界の設定をこう持ってくるかー
レアドロップ発生中のアメリカエリアに留まることにした三人だけど、
近辺じゃアスナとエン様の激突が始まろうとしてるのだが、どうなるか
乙でした
乙です。
アッシュさんのいい兄貴っぷりがヤバい。
自分の消滅を引き換えにまでして綸を守ることに全て賭けるとか、覚悟完了しすぎだぜ……
そして、この会場が加速世界って発想は納得できた。
そうだよなぁ、SAO組やAW組は外部から切断されるリスクがあるわけだから、それを防ぐには加速世界内でロワをやるしかないわけだし
そして三人はアメリカエリアに留まったわけだが、まさにトリニティの仇は近くにいるときた。
果たしてどうなるか
投下乙です
乙です。
アッシュ……ISSキットに寄生された時といい、綸の為なら本当に命を惜しまないな。
ガッツマンとは良い兄弟分になれそうなだけに、どうにか生きて欲しいもんだ。
そしてロワ会場が加速世界内にあると来たか。
.言われてみれば、これは割と当たってるかもしれないな。
それにしても、戦闘力は全キャラ中トップクラスで、頭も切れるから考察も出来る。
仲間への気遣いもばっちりと、ネオが完璧超人すぎるw
そういえばG.U.ではAIDAサーバーという舞台装置もあるよなぁ
但しサーバー内のプレイヤーの闘争本能が(略
AIDAサーバーも超加速状態なんだよな、ムーンセルはどうなんだろ
確か2ヶ月くらい聖杯戦争やってたはずだから、ムーンセル内はたぶん霊子の速度になってると思う
じゃないと2ヶ月間もリアルの体が放置されることに……
設備が整っているならともかく、そうでないなら戦争中に、戦争とは関係ない理由で死ぬ可能性もある
それをムーンセルが認めるかどうか……
予約きたで
おい
……おいwww
予約の半分以上が.hackシリーズwwww
そんな予約で大丈夫か?www
大丈夫だ、問題ない
ランサー消失のランルーくん、二人に増えたスミス、セグメント探して放浪中のスケィス、ハセヲ好き好きボルドー。
登場人物の半分がマーダーとか、ほんとマク・アヌは火薬庫だぜwww
みんなスミスになったら面白いなwww
みんなスミスになったら「バーチャルリアリティロワ、完!」になっちゃうだろいい加減にしろwww
2人いるだけでも無理ゲー状態なのによw
これでまたスミスから逃げ延びるか、もしこのマーダー達を一人でも撃退したら、シノンさんマジかっけぇなんてレベルじゃねぇなw
予約見た
9人中6人が.hackシリーズとは.hack祭りだな
よし、次の用語集入りはソレだな
何が始まるンです?
大惨事ネットワーククライシスだ
いいぜ・・・来いよスミス!分身なんか捨ててかかってこい!
ここまでのスミスの戦歴
・銃の腕なら参加者中最強レベルのシノンが、あまりのスピードに一発も命中させられなかった。
・シノンが拳一撃だけで体力の五割を持ってかれたやばさ。
・プリズムで自分自身の全力の拳と同じダメージを受けるも、すぐに立ち上がる
(第一放送までで明確にダメージがあったのは、この一発のみ)
・クリキンとワイズマンの乗ったバイクにランニングで追い付き、コンクリぶち抜きパンチで二人をぶっ飛ばし&バイク大破
・ワイズマン「あれはモルガナとかと同じ、いちゃいけない反則の存在」
・水路に逃げりゃ追い付けまい→空中飛行で発見&ダイビング奇襲で大型船破壊余裕でした
・加速世界で二番目の遠距離火力を持つクリキンロボの砲撃を全て避けきる
・クリキンロボの顔面に蹴り一発TKO勝ち
・ワイズマン吸収、スミスコピー誕生
……いや、マジでどう倒すんだこれ
大丈夫だ
まだ汎用救世主型主人公がいる
ってか、ネオ以外にマジで真っ向から対抗できる奴がいねぇのがなw
少なくとも、参加者最強スナイパーのシノンに超火力クリキンロボが攻撃を当てられなかった時点で、射撃戦遠距離戦主体のキャラはまず勝ち目ないんだよな。
ニコやライダー、アーチャー(緑)には完全に詰みカードな相性になるし……
寧ろロータスやユウキみたいな近接特化の方がまだ勝ち目がありそう。
まあ乱戦なら何が起こるか分からんさw
マトリックスの連中はとにかく銃撃に強いからな
銃なんて飾りです
このロワのマーダーは束になってかかっても倒せるか分からないような強敵が多いところが好き
こそこそ隠れて隙あらばって陰湿なスタンスじゃなく、見敵必殺なハッキリしたスタンスなところが尚更好き
一応ステルスのオーヴァンも直接戦闘滅茶苦茶強いしなぁ
スミス「みんな私だ!」
おまえらスミスさん好きだな
ワイズマンが上書きされてスミスが二人になってるけど、碑文の力が宿ってたらやばそうなんだがw
まぁ設定的には”PCに碑文が宿る”らしいし、八咫のPCボディが上書きされたわけじゃないから…
>>184
どこぞの大統領ばりにいっぱいいるんですね、わかります
投下します
1.Hope/once more
5:50
「外、どうでした?」
「ん。別に何にもなかったよ」
アトリの問い掛けに見回りから帰ってきたシノンはふっと笑ってそう返した。その顔には多少回復したとはいえ疲労の色が浮かんでいる。
欠伸をしながら彼女はアトリの隣に腰かけ、今一度短く息を吐いた。この部屋には椅子がない為、コンクリートの床に寝転がるような形になる。
壁にもたれ掛けた彼女は付け加えた。「何もなかった。怖いくらいに」
「……そうですか」
その答えにアトリはぽつりと言葉を返した。シノンには少し部屋の外を見に行ってもらっていた。誰か他の参加者が近くに来ていないかを確かめる為に。
PKが来ていたのならばまたすぐに移動しなくてはならないが、報告を聞くにどうやらまだここに居ても大丈夫のようだ。その事実にアトリは胸を撫で下ろす。
同時にその安堵が如何に儚く、そして危ういものであるかも意識してしまい、思わず身を固くする。。
このデスゲームが始まって6時間程度経つ。色々なことがあった。ウズキのこと、シノンのこと、そしてあのピエロと槍男のこと。
辛く厳しい時間だった。何度も死に掛けたし、何度も心が押し潰されそうになった。しかし自分はまだ生きている。死線を潜り抜け、共に生き残ったシノンと共にこうして静かな時間を過ごしている。
ここまでたどり着くことができたのはきっと誇ってもいいことだと思う。
しかし、それで終わりじゃない。
自分はまだゲームのほんの序盤戦を生き残ったに過ぎないのだ。
この休息と安堵が薄氷の上に立っているものでしかない。今はまだ静かなこの部屋にも、何時新たな脅威がやってくるとも分からない。
がらん、とした@ホームの中を見渡してアトリは呟いた。「ハセヲさん……」
「アイツがどうかしたブヒか?」
その言葉に反応して新たな声がした。
声の主はデス★ランディ――ギルド『カナード』の@ホームのマスコットのような存在である。
変らないその姿にアトリは微笑む。ハセヲをデフォルメして豚にしたようなそのコミカルな外見は、デスゲームの陰鬱な雰囲気を少しは和らげてくれた。
「ここ、『The World』のギルドルームなんだよね?
それもアトリの入ってたっていうギルドの」
不意にシノンが尋ねてきた。
「ええ、そうです。ハセヲさんがギルドマスターを務めてる『カナード』っていう初心者支援ギルドの@ホームです。
何でわざわざこんなものが再現されているのかは分からないんですけど……」
アトリは順を追って説明していく。『The World R:2』におけるギルドの仕様、各@ホームに配置されるグランティのこと、そして『カナード』のこと。
一先ずの休息の場所として選んだ部屋が、一体どんな場所なのかをアトリは語って見せた。
戦いを生き延びたアトリたちはそれからしばらくの間放心状態にあった。
本来ならばすぐさまその場を後にし、どこかで身を休めるべきだったのだろうが、しかし先の戦いはアトリたちに様々なものを残した。
単に疲れや達成感といったものではなく残された感情の重みがアトリたちを縛っていたのだ。
我に返るまで十数分は要した筈だ。隙だらけのところをPKに襲われなかったのは幸運としか言いようがない。、
急いで移動することになった彼女らだが、マク・アヌを知るアトリの提案で@ホームにやってきて今に至る。
「本当は専用のパスを提示しないとこの部屋には来れない仕様な訳ね……まぁそれが普通か。
でも、ここではそれが解除された上に選択できる@ホームは何故か『カナード』に限定されている」
シノンの言葉にアトリは首を振る。
とにかく落ち着ける場所を、ということで@ホームを目指した訳だが、この部屋の仕様もバトルロワイアルに併せて変更されていた。
恐らく部屋の『鍵』がなくなっていたのはゲーム進行の都合によるものなのだろう。
「『カナード』に限定されていた理由は何となく分かります。たぶん……榊さんの意向です」
「榊の……」
「はい。榊さんはハセヲさんのことを凄く意識してましたから……」
シノンには既に自分がGMである榊と知り合いであることは告げてある。
彼に自分が何をされ、そして自分が何をしたか、憑神のことまで包み隠さず伝えた。G.U.について外部に漏らすことに抵抗がないわけではなかったが、状況が状況故に八咫も許してくれるだろう。
話を聞き終えたシノンは何も言わなかった。それは彼女なりの配慮だったのだろう。榊について、自分は単なる敵意だけでない複雑な感情を未だ抱いている。そのことを察して、深く聞いてはこなかった。
「榊の私怨で『カナード』が選ばれた。そういうことね」
「たぶん……ただこの@ホーム……昔のものなんですよね。『カナード』はもう上級ギルドになっているのでこの初級ギルド用の@ホームは引き払ってしまってるんです」
にも関わらずこのマク・アヌにはかつての『カナード』の@ホームがある。これがG.U.の隠れ蓑である『レイヴン』ならまだ分かるのだが。
一応そのことについてデス★ランディに尋ねてみたのだが、彼も状況をよく分かっていないみたいで謎は解けなかった。
ギルドの成長指数とでもいうべき八百由旬ノ書も開くことはできず、この@ホームが一体何時のものなのかはよく分からなかった。
「……ンン」
ふとその時小さな寝息が部屋に漏れた。
はっとした二人は彼女の方を見た。そこではピエロの衣装を来た女性が眠り込んでいる。初級の@ホームは設備に乏しいため、仕方なく硬い床にそのまま寝かせてあった。
寝心地が良いとはいえないだろうが、とはいえ気絶したように眠る彼女にしてみればあまり関係ないのかもしれない。
「……彼女、まだ寝ていますね」
ランルーくん。アトリがこの六時間で出会い、殺し合った相手。
この不気味なピエロはこともあろうに自分に食欲を抱き襲い掛かってきた。
その姿があまりに恐ろしく、自分の知る現実と乖離していて、とてもではないが同じ人間であるとは思えなかった。
だが二度目の戦いの最中、彼女の関係の断片を垣間見たことでアトリにとって彼女は『人間』になった。
未だに恐れはあるし、ウズキのこともあり良い感情など抱きようのない相手ではある。
しかし彼女は今『人間』なのだ。意思疎通の取れない、恐るべき怪物ではなく。
だからなのだろう。
戦いの後、気絶するように倒れた彼女を迷った末にアトリたちは背負いここまで連れてきたのは。
「…………」
アトリは黙って立ち上がり、静かに彼女の下へ近付いて行った。
彼女――ランルーくんを見下ろすように立ち、その寝顔をそっと覗き見た。
柔らかな茶色の髪が呼吸に合わせてゆっくりと揺れている。
その向こう側では閉じられた瞳があり、添えられた形の良い睫が目を引く。
ピエロのメイクからは想像もできないほど端正な顔立ちであった。単に美しいだけでなくどこか母性を感じらせる丸みがあった。
「こうして見ると、綺麗な女性の顔です。本当に普通の……」
寝かせるに当たって涙で崩れたピエロのメイクは水で洗い落している。
髪も併せて軽く洗ったところ、不気味なピエロのメイクの中から一人の妙齢の女性の顔が現れた。
それはともすれば笑ってしまうほどの変化だったが、しかしアトリは不思議と驚かなかった。
ランサーのデータの中で見えた彼女の像からすれば、この姿は寧ろ自然であるとさえ、思えたのだ。
「……アトリ。その人どうするの」
背中越しにシノンから声が掛けられた。
アトリは彼女から目を放すことなく「分かりません」と答えた。
「この人が危険なPKなのは分かっているんです。私だけでなく、シノンさんやウズキさんを襲いました。
ランサー……あの槍の人が居なくなったとはいえ、それは変わりません。
だけど……あのまま置いていくことはできませんでした。
我儘かもしれないけど、私、この人と一度面と向かって話してみたいんです。この人の言葉を聞きたい。聞いて、話すんです。
今まではモンスターの言葉のように、理解できないものであった彼女の声も、今なら分かる気がするんです。彼女が……人間だと分かった今なら」
アトリはところどころ詰まりつつも、しかしきっぱりとそう言った。
「私が責任を持って彼女を見ますから、少しだけ待ってください。
危険だと思うなら、私が出て行きますか――」
「アトリ」
アトリの言葉を遮ってシノンが口を開いた。
「貴方が話したいと思うなら、きっとそれは正しい。
私にもその、居たんだ。許せないことをされた、でも、いや、だからこそ話さないといけないと思った相手が。
だからアトリの気持ちは分かる。話すべきなんだと思う。アトリは、その人と決着を付ける為にも」
紡がれたその言葉は優しかった。
アトリは礼を言い、頭を下げた。今ここで彼女と出会えて本当に良かったと思う。
「一先ず今は休もう、アトリ。疲れてるでしょう、私も、貴方も」
「……はい。そうですね」
そうして彼女らは束の間の安穏に身を置いた。
何時また崩れるとも分からない、しかし今はせめて心落ち着ける為にも。
「外には誰も居なかった……でも、あの男はたぶん生きてる。
あの……化け物みたいな黒服は」
シノンがそうぽつりと言った時、メニューウィンドウの時刻は6:00を指していた。
瞬間、無機質なアラームと共に、一通のメールが届いた。
2.Inscription/out of control
6:00
開かれた二つのウィンドウには共に同じ文面が表示されている。
ふむ、とそれを見た彼らは顎を撫でた。全く同じ動作、全く同じ声、全く同じタイミングで。
黒服たち――二人となったエージェント・スミスはそこで頷き合った。
「奴らからの情報か。無視はできんな」
「全てを鵜呑みにする訳にはいかないが」
「しかし重要ではある」
それはGM――この空間の統括者からのメールであった。
ウィンドウの時計が6:00を指した瞬間に送られてきた情報について、二人のスミスは言葉を交わす。
――実際のところ、同一プログラムである彼らの間に会話など必要ない為、そのプロセスはかつてエージェントだった頃の名残に過ぎないのだが。
「しかしメンテナンス、か」
「この現象からしてここが形態は違えどマトリックス内であることはもはや疑いようがないな」
そう語るスミスの目の前では、光の渦に巻き込まれるマク・アヌの街があった。
飛び散った石畳や崩れた煉瓦の建物が光のヴェールに包まれていく。と、次の瞬間破壊の跡が拭い去られ、当初の傷一つない姿が浮かび上がってくる。
破壊された施設の修復――この6:00時間で蓄積されたダメージを「リセット」した訳だ。
「それ故に分からんな。この空間内に溢れかえるデータ……いやこの空間そのものの存在が」
スミスの存在は既にマトリックス内のほぼ全てを埋め尽くしている。
エージェントが標準装備していた「強制上書き能力」……そのリミッターを外した彼はマトリックス内に存在するありとあらゆるプログラムを「上書き」した。
結果マトリックスにはスミスのコピーが溢れかえっている。管理はアーキテクトでなく自分の手の内にあるといってもいい。
マシンも人間も、全ては自分の手中にある。
しかしだからこそ解せない。この空間――マトリックスの一種であることは確かなのだ――には未知のプログラムが多すぎる。
それは一時間ほど前に「上書き」した老人のアバターもそうであるし、その前に遭遇した女が使ったプログラムも見覚えがなかった。勿論このマク・アヌとかいう街もそうだ。
老人のアバターに「上書き」し、そのプログラムを取り込めばこの現象にも説明が付くかと思ったのだが、
「ワイズマン……タクミという少年のデータだが、ふむ、やはり分からんなこれは」
一方のスミスは手の平を眺めつつ言った。
彼が今二つの肉体を持っているのは、ワイズマンという参加者のデータを「上書き」した結果に他ならない。
本来ワイズマンが存在する為のソースを押しのけ、スミスが代わりとなって現れる。
そうやって今までも幾多ものプログラムを喰らってきた訳だが、今回の「上書き」は少々感触が違うものだった。
上書きしてみて分かったことが、まずこの身体を構成するプログラムは通常のマトリックスに存在するそれとは全く異なる構成をしているというものだった。
人間のデータにせよ、マシン側が用意したプログラムにせよ、エージェントにせよ、同じマトリックスに存在する以上はある程度は似通ったデータを持つ。
しかしワイズマンは根本から違う言語で書かれたような、スミスが今までに見たことがないデータの造りをしていたのだった。
その違和の正体を確かめる為、ワイズマンの持っていたデータを精査していたのだが、依然としてデータの理解は進まず、そうこうしている内にGMからのメールが来た。
「取り込んだワイズマンのプログラムだが、読めないな」
「上書きは問題なくできたが」
「このプログラムを動かすことはできても、理解はできていない」
スミスは今まで単に自分の存在を「上書き」するだけではなく、元プログラムが司っていたデータまで取り込むことで更なる力を得てきた。
しかし今回取り込んだワイズマンのデータは取り込んだはいいが、それが果たして如何なる意味を持つものなのか彼には分からなかった。
全く知らない言葉を辞書なしで読もうとするようなものだ。「上書き」した自分の一部として機能させることはできるが、その力を自分のものとすることはできない。
「ふむ、しかしまぁそれは今後他のプログラムを取り込めば分かることだろう」
「ああ、だからこそ見るべき点は」
二人のスミスは同時に嗤った。
それは、それまでの無機質で機械的な表情からは打って変わって感情的な、獰猛な獣を思わせる笑みだった。
「君もここに居るのだろう?」
「彼女がここに居たのだから」
メールに記された一人の脱落者の名を見て、二人のスミスは同時に呼びかけた。
「アンダーソン君?」と。
3.Will/your mind
6:10
草原からマク・アヌへと続く橋の上でカイトはふと足を止めた。
表情は暗い。彼は無言で立ち止まり、己の右腕をじっと見つめる。
双剣士の基本装備である革製に手袋。その周り沿うように幾多もの線が連なり半透明の腕輪が浮かび上がる。
「僕たちは」
カイトは託された腕輪を一方の手で撫でながら言った。
「本当に正しいことをしているんだろうか」
と。
顔を俯かせ、弱々しい声音で。
それを聞いた女性――志乃もまた足を止め、カイトに向き直った。
「僕はあの時ブルースを止めた。それは間違ってなかった……そう思う。
でも、僕は彼を追わなかった。駄目だと思ってはいても、自信を持って止めに行くことができなかった」
「カイト君……」
カイトと志乃は森での一件の後、迷った末にそのままマク・アヌを目指すことにした。
ブルースの後を追うには速度に差があり過ぎたし、何より決心がつかなかった。
間違ったことはしていない。しかしブルースの行いを否定することもまた、できなかったのだ。
「それで……迷った結果が、あのメールなんだ」
カイトは悔しげに言った。メール――GMからプレイヤーへという形で送られてきたメッセージ。
その中にカイトが知る名があった。
「バルムンクも……ワイズマンも……どちらも僕と一緒に戦ってくれたプレイヤーだったんだ」
バルムンク。フィアナの末裔としてオルカと並び立つ有名プレイヤーであり、最初は腕輪のことで対立したけれど、最終的には和解し肩を並べて戦う仲間となってくれた。
ワイズマン。八相との戦いでは情報屋としてパーティのブレインを務めてくれた。リアルを知った時は驚いたけれど、頼もしいことに変りはなかった。
その二つの名が、あったのだ。
「でも、彼らはもう……」
カイトはぐっと右手を握りしめる。
かつて親友のオルカがスケィスにデータドレインされた瞬間を思い出す。
自分は為す術もなくそれを見ているしかなかった。あの時の無力感がフラッシュバックする。
クビアや八相、モルガナとの戦いを経て、アウラが『再誕』することによりオルカを始めとする未帰還者は帰ってきた。
取り戻した筈だった。しかしまた自分は失ってしまった。
「もし、僕がブルースのようにPKKを許す道を選んでいたのなら、変ったのかな……」
ぽつりと、彼は漏らした。
弱音だ。ここにブラックローズが居たらまた怒鳴られてしまうだろう。そう思いはしたが、それでも言わずには居られなかった。
「カイト君」
志乃が穏やかな口調で呼びかける。
「もし貴方が違った選択をしていれば、勿論世界は変ったと思う。
それがどんな形であれ、変わらないなんてことはない。それが良い方向なのか、悪い方向なのかは分からないけれど」
「……うん」
「それでね、カイト君。貴方はどうしたいと思ってるの?」
志乃の問い掛けにカイトは言葉を詰まらせた。
視線の先には石畳の上に浮かぶ自らの影があった。その輪郭は本来持っている身体のものではない。
The Worldでの仮初の身体、双剣士カイトのものだ。だがしかし、それもまたやはり自分なのだ。
「本当に、これからPKをPKKしていっていこうと思うの? そうしたいって思ってる?」
「僕は……」
カイトはゆっくりと顔を上げた。
志乃の真摯な顔が視界に入る。桃色の髪越しに見えた瞳は真直ぐと自分を見つめている。
たった二人きりの世界の中で、カイトは彼女に対し決然と答えた。
「僕は……それでも信じたい。みんなが纏まることができるって、誰も切り捨てることなく、団結することができると」
と。
迷いはした。しかし、確かに自分はそうしたい。そう思ってると確信できたのだ。
だからそう答えた。途端に狭まっていた感覚がぐっと広がり、マク・アヌの周りの流水の涼やかな音が聴こえる。自分は今この世界に居るのだと、再び認識する。
「うん。カイト君がそうしたいと思うなら、それが正しいと思う。私も居るよ、ここに」
志乃はそう言って微笑みを浮かべた。
マク・アヌに降り注ぐ柔らかな光の下で、彼女は微笑んでいた。
優しく、彼女は微笑んでいた。
4.Distract/irrelevant thoughts
6:20
やってくる。やってくる。
禍々しき波が押し寄せてくる。
水の都マク・アヌに向かい猛然と疾駆する一つの波がある。
白い波。鈍く光るケルト十字を掲げ、それは進み続ける。
モルガナの先兵たるそれが目指すものはただ一つしかない。それを今彼は見つけた。
元よりそれに意思などない。しかし意識ががらんどうという訳でもない。
モルガナの妄念。歪んだ母の子への怨念を、その波もまた受け継いでいる。
同時刻、世界のどこか別の場所で、とある少女がとある詩の一節を読んでいた。
『行く手を疾駆するはスケィス
死の影をもちて、阻みしものを掃討す』
5.Destiny/pick a fight
6:30
ハセヲは草原を駆ける。言いようもない漠然とした不安をその胸に抱えながら。
白いスケィスとの遭遇が彼にもたらしたその不安は彼の足を自然と速いものにする。
倒した筈の榊。知らない筈の名前、楚良。ここに居ると言う揺光と志乃。そしてスケィス。
自分が中心に居ながら、自分の知らないところで事態が進行しているような、何かに置いて行かれそうな感覚を彼は抱いていた。
「クソッ……まだ着かないか」
マク・アヌの街自体は見えている。しかし辿り着くにはまだ少し時間が掛かりそうだ。
エリアの端から端まで横断するに等しいのだから、仕方ないのかもしれないが、それでもこの距離は焦れったかった。
(あの白いスケィスもあっちに向かっていた。もしかすれば……)
白いスケィスは明らかに何らかの目的に沿って動いていた。
それが何なのかは分からないが、しかしそれが自分に無関係である筈がないという確信はあった。
だからこそ彼は急いでいる。このままでは何か決定的なことに間に合わなくなる。どういう訳かそんな気がするのだ。
一秒でも早く街へ。そう思い駆ける彼に――
「あ、vんk;:lあvふぁおぴ」
「……何!」
一つの影が襲い掛かる。
彼女は突如としてまるで待ち構えていたかのように現れ、奇声を上げハセヲを背後より強襲する。
突然の剣戟をハセヲは咄嗟に双剣で受け止める。
「てめぇは……!」
「会えて嬉しいよ、ハセヲちゃぁん」
ハセヲは己を襲った敵の正体に気付き、刃を交錯させたまま小さく呟いた。
「ボルドー……」
「今度こそ、今度こヴぉlllaがPKしてあげるからさぁ」
彼女は再度叫びを上げ剣を振るった。ハセヲは地を蹴り後ろへ下がってそれを避ける。
そうして引いた場所からボルドーのPCを再度窺う。赤髪に褐色肌、そしてその半身を占めるAIDAの斑点。
間違いなくボルドーだった。それも碧聖宮アリーナ決勝で戦った時の、AIDA-PCと化した時のものだ。
何故ここに、と疑問に思うと同時に納得もしていた。
ボルドーはPKでありながら、『月の樹』時代の榊と通じていた節がある。ならば榊は知って居る筈だ。自分とボルドーの因縁を。
大方自分への当て付けと言う意味で榊がエントリーさせたのだろう。
ハセヲは思わず舌打ちする。急がねばならないというのに、決着を付けた筈の因縁が今更彼を追ってきた。
「これが私の『運命』なんだよlm@おp……ふふjlk;ms」
ぶつぶつと壊れたように恨み言を呟くそ姿は常軌を逸している。
それをハセヲは複雑な心境で受け止める。言うまでもなくボルドーに対して怒りはある。
AIDAに囚われたとはいえボルドーは揺光をPKした。その結果彼女はThe Worldより姿を消した。
揺光が消える瞬間に感じた喪失感。あれを忘れることは決してできないだろう。
だが、それを力で埋めようとしても、駄目だ。そのことを知るのに自分は随分と遠回りをした。
何より力に囚われ暴走するボルドーの姿が自分の過去に重なるのだ。
「俺はもう『死の恐怖』じゃない。今、てめぇなんかに構ってる暇はねえ」
「愛し合おうじゃないか、ハセヲちゃんさぁ、私の『運命』を味あわせてやる」
「来いよ、もう一度決着を付けてやる」
そうして二人の刃が再び交わった。
マク・アヌの見える平原で、ハセヲとボルドーの、もはや何度目かも分からない戦いの火蓋が切って落とされた。
[F-3/マク・アヌ カナードの@HOME/1日目・朝]
【シノン@ソードアートオンライン】
[ステータス]:HP35%、疲労(中)
[装備]:FN・ファイブセブン(弾数0/20)@ソードアートオンライン、5.7mm弾×80@現実
[アイテム]:基本支給品一式、プリズム@ロックマンエグゼ3
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:この殺し合いを止める。
1:殺し合いを止める為に、仲間と装備を集める。
[備考]
※参戦時期は原作9巻、ダイニー・カフェでキリトとアスナの二人と会話をした直後です。
※このゲームには、ペイン・アブソーバが効いていない事を身を以て知りました。
※エージェントスミスと交戦しましたが、名前は知りません。
彼の事を、規格外の化け物みたいな存在として認識しています。
※プリズムのバトルチップは、一定時間使用不可能です。
いつ使用可能になるかは、次の書き手さんにお任せします。
【アトリ@.hack//G.U.】
[ステータス]:HP50%
[装備]:なし
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜2(杖、銃以外) 、???@???
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
1:今は休んでいたい
2:ハセヲに会いたい
[備考]
※参戦時期は少なくとも「月の樹」のクーデター後
【ランルーくん@Fate/EXTRA】
[ステータス]:魔力消費(大)、ダメージ(大)
[サーヴァント]消滅
[装備]:なし
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品2〜5、銃剣・月虹@.hack//G.U.
[ポイント]:300ポイント/1kill
[思考]
基本:???
1:zzzzzzzz
[F-2/マク・アヌ/1日目・朝]
【エージェント・スミス@マトリックスシリーズ】
[ステータス]:ダメージ(中)、二つの身体。
[装備]:無し
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜6、サイトバッチ@ロックマンエグゼ3、スパークブレイド@.hack//
[ポイント]:600ポイント/2kill
[思考]
基本:ネオをこの手で殺す。
1:殺し合いに優勝し、榊をも殺す。
2:シノンは出来れば、ネオに次いで優先して始末したい。
3:他のプログラムも取り込んでいく。
[備考]
※参戦時期はレボリューションズの、セラスとサティーを吸収する直前になります。
※ネオがこの殺し合いに参加していると、直感で感じています。
※榊は、エグザイルの一人ではないかと考えています。
※このゲームの舞台が、榊か或いはその配下のエグザイルによって、マトリックス内に作られたものであると推測しています。
※ワイズマンのPCを上書きしましたが、そのデータを完全には理解できて来ません。
[E-3/マク・アヌ/1日目・朝]
【カイト@.hack//】
[ステータス]:HP90%、SP消費(小)
[装備]:ダガー(ALO)-式のナイフ@Fate/EXTRA
雷鼠の紋飾り@.hack//
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜1
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:バトルロワイアルを止める。
1:自分の身に起こったことを知りたい(記憶操作?)
2:PKはしない。
[備考]
※参戦時期は本編終了後、アウラから再び腕輪を貰った後
【志乃@.hack//G.U.】
[ステータス]:HP100% 、SP消費(小)
[装備]:イーヒーヒー@.hack//
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜1
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:バトルロワイアルを止める
1:ハセヲと合流(オーヴァンの存在に気付いているかは不明)
2:カイトと共にマク・アヌを調査。
[備考]
※参戦時期はG.U.本編終了後、意識を取り戻した後
[D-2/ファンタジーエリア・マク・アヌ付近/1日目・朝]
【スケィス@.hack//】
[ステータス]:ダメージ(微)
[装備]:ケルト十字の杖@.hack//
[アイテム]:不明支給品1〜3、基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:モルガナの意志に従い、アウラの力を持つ者を追う。
1:アウラ(セグメント)のデータの破壊
2:腕輪の力を持つPC(カイト)の破壊
3:腕輪の影響を受けたPC(ブラックローズなど)の破壊
4:自分の目的を邪魔する者は排除
※プロテクトブレイクは回復しました。
※マク・アヌに向かっています。
[D-2/ファンタジーエリア・草原/1日目・朝]
【ハセヲ@.hack//G.U.】
[ステータス]:健康/3rdフォーム
[装備]:光式・忍冬@.hack//G.U.
[アイテム]:不明支給品1〜3、基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:バトルロワイアルには乗らない
1:この場にいるらしい志乃と揺光を探す
2:レオたちと協力する。生徒会についてはノーコメント
3:マク・アヌに向かう。
4:あの白いスケィスは……
5:さっさとボルドーと決着を付ける。
[備考]
※時期はvol.3、オーヴァン戦(二回目)より前
※設定画面【使用アバターの変更】には【楚良】もありますが、
現在プロテクトされており選択することができません。
【ボルドー@.hack//G.U.】
[ステータス]:HP45%、疲労(中)
AIDA感染
[装備]:邪眼剣@.hack//
[アイテム]:不明支給品0〜1、逃煙球×3@.hack//G.U.、基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:他参加者を襲う
1:ハセヲに復讐
[備考]
時期はvol.2にて揺光をPKした後
6.Spiral/stairs to the emperor
そして悠久の都は朝を迎える。
希望、暴走、選択、妄念、因縁、人の想いが螺旋となって都を包み込む。
果たして誰がその螺旋を抜け出すのか、あるいは全て等しく振り落とされるのか。
最も強き者が螺旋を抜け出すとは限らない。
最も飢えた者が螺旋を抜け出すとは限らない。
最も気高き者が螺旋を抜け出すとは限らない。
多くの人は、自分が今螺旋に囚われていることにさえ気づかないのだから。
しかし、気づかずとも螺旋の中を突き進み、如何な困難を前にしても歩みを止めないのであれば、
果てに彼を待つものは、ありとあらゆる想いを見下ろす螺旋の玉座に他ならない。
その玉座こそ、人が生きるに値するものの筈だ。
投下終了です
投下乙
おうふ、火薬庫が爆発寸前にw
マク・アヌが火薬庫すぎて生きて出るのが辛い
各々が嵐の前に佇んでいる中、遂にハセヲとボルドーがエンカウント
ハセヲにとっては既に突破した相手だが、ヤンデレボルドーはどこまで善戦できるか
そしてアトリとシノンはこの先生きのこれるのだろうか
投下乙でした
【キリト@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP45%、MP95%(+50)、疲労(大)、気絶/SAOアバター
[装備]:虚空ノ幻@.hack//G.U.、蒸気式征闘衣@.hack//G.U.、小悪魔のベルト@Fate/EXTRA
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜1個(水系武器なし)
[思考・状況]
基本:絶対に生き残る。デスゲームには乗らない。
0:――――――――。
1:とにかくサチを追う。それ以外のことは――
[備考]
※参戦時期は、《アンダーワールド》で目覚める直前です。
※使用アバターに応じてスキル・アビリティ等の使用が制限されています。使用するためには該当アバターへ変更してください。
?SAOアバター>ソードスキル(無属性)及びユニークスキル《二刀流》が使用可能。
?ALOアバター>ソードスキル(有属性)及び魔法スキル、妖精の翅による飛行能力が使用可能。
?GGOアバター>《着弾予測円(バレット・サークル)》及び《弾道予測線(バレット・ライン)》が視認可能。
※MPはALOアバターの時のみ表示されます(装備による上昇分を除く)。またMPの消費及び回復効果も、表示されている状態でのみ有効です。
現在最新時点でのキリトの状態表ですが、これについてちょっと質問
この話の最後でキリトがサチを追うことにしたようですが、状態表では気絶したことになってます
この場合どっちに従えばいいんですか?それ次第では追加でキリト予約しなきゃならなさそうなので
オーヴァンの状態表も鑑みるに、おそらく修正のし忘れかと
なので状態表の表記は半分くらいスルーしても問題ないと思います
すいません、自分のミスですね
可能な限り早く直しておきます
了解です。ならキリト追加予約しときますね
投下します
空の上を飛ぶ影がひとつ。
その影は蝙蝠のような羽を生やし、二頭身にデフォルメされた人のようなものを抱えた少女ことユウキだ。
「カオル、野球場ってどっちだっけ?」
「ちょっと待ってください。ええっと、遺跡があっちで、森が向こうにあるから……」
……訂正する。空を飛ぶ影は「ふたつ」だったようだ。
抱えられている人物ことカオルがアイテム欄から地図を出し、野球場の方へとユウキをナビゲートしている。
地図によると、森の上までまっすぐ行って、そこから左折すればアメリカエリア。そのまま行けば野球場だ。
「……うん、ここからしばらくまっすぐに飛んで、途中で左に曲がれば着くみたいですよ」
「そっか。じゃあすぐに……あれ、メール?」
再び移動を始めようとするユウキだったが、それは中断された。
ユウキのアイテム欄が強制的に開かれ、メール受信を知らせる。見るとカオルの方も、ナビゲートの為に開いていたアイテム欄がメール受信を知らせていた。
件名を見ると『定時メンテナンスのお知らせ』とある。メール機能があるのは分かったが、プレイヤー間では使えないのだろうか?
「カオル、一回降りるよ。何が書いてあるのか確認しないと」
そう言うと、地上へと降下を始める。
自分だけならともかく、人一人抱えた状態では少しばかり不安定だ。
そんな状態で下手に見ようとして手を滑らせでもしたらまずいし、とりあえず一度地上に降りてから中身を見ることにする。
このメンテナンスとやらで何が変わるのか。わざわざ知らせてきた以上、参加者にとって必要な情報のはずだ。
なお、これは完全に余談だが、彼女らが遺跡を飛び立ってからほんの少し後にオーヴァンとサチが遺跡を訪れていた。
出発がもう少し遅ければ彼らと出会っていただろうが、今更の話である。
◆
森の少し手前あたりに着陸し、運営のメールを読む。
出発してからそれほど時間が経っていなかったためか、先程の遺跡からはあまり離れていない。せいぜいエリアを一つ跨いだ程度だ。
(12人……『乗った』参加者は思ったより多いのかな?)
死んでいった参加者の予想外の多さに辟易するユウキ。
それはゲームに乗った参加者が予想以上に多いという事実に他ならない。
綺麗な場所を見て回る方がずっと楽しいだろうに、何が楽しくて殺し合っているのやら。
今回のデスゲームが無ければ今でも生きていたであろう人達が死に、ゲーム以前に死んでいた自分達はこうして生きている。
普通は逆だと思うが、一体何の因果でこうなったのだろう?
(それに、リーファとクラインが死んじゃったんだ。
こんな事が起こらなかったら、きっとまだ生きてられたはずなんだよね……)
読み進めていくと、死んだ参加者の名前に知っている名を見つけた。
リーファもクラインも、以前アスナの家でバーベキューをした時に知り合った相手だ。
あの日アスナの仲間と出会ってから、自分達スリーピング・ナイツも彼らと親交はあった。
……友人が死ぬ辛さは、やはり何度経験しても慣れるものではない。だが、それをどうにか抑えてメールの続きを読み進める。
(『痛みの森』か。森の中もちょっと見てみたかったけど、こっちは後回しかな)
続きには、各地で起きるイベントの事が書かれていた。
目的地のアメリカエリアでは倒した相手のアイテム変化があると言うが、それより気になったのは森のイベントだ。
どうやらイベントが終わるまでの間、森の中では『死にやすくなる』らしい。
もしも後少しメールが届くのが遅かったら、おそらく森に入っていた。
そうなっていたら、今頃はイベントに巻き込まれることになっていただろう。そういう意味では良いタイミングで届いたと言える。
「――――え?」
その声に気付き、カオルの方を見る。
そうして見えたカオルは、強いショックを受けたような表情で、ありもしない膝をついていた。
◆
走る。
SAOとはまた別のデスゲーム、オーヴァンとシルバー・クロウの死、そしてキリトからの拒絶。
それらすべての現実を拒絶し、逃げるために少女は走る。
その様は、生来の心の弱さも相まっての恐慌状態。少なくともしばらく冷静にはなれないだろう。
背にあるのは、奇しくも彼女と同じように現実を拒絶した少女が、ありえた未来で使っていた剣。
(嫌、いや、イヤ――――!)
走るたびに剣が揺れ、カチャカチャと鬱陶しい音を立てる。
惨劇の場である大聖堂。そこから一歩でも遠ざかろうと走る。
もう何も見たくない。考えたくない。少女の頭の中はそれで埋まり、現実を振り払うために走り続けていた。
だが、少女はまだ気付いていない。
アイテム欄から、アイテムがひとつ消えている事に。
◆
消えていく。
「――――え?」
最後の心の支えが一つ、また一つと消えていく。
信じたくなかった、あって欲しくなかった。
だが、メールは無慈悲に現実を、デンノーズの二人の死を伝える。
「嘘、ですよね」
その知らせに、SD体なのにありもしない膝をつく。
またか。また失ってしまったのか。
ユウキが心配する声をかけているが、それにも気づかずただ放心している。
「どうして……皆さんはまだ生きているはずなのに」
知らず知らずのうちに、口から零れる言葉。
それは、カオルがある誤解をしていたという証明にもなった。
(もしかしたら、この会場で殺し合いをさせられているのは、私達みたいな死んだことがある人だけじゃない……?)
思い返してみれば、カオルがここまでに出会った参加者はユウキただ一人。
その両者の共通点としては……どちらも死者である事。
故に、いつの間にか『現実での死者』がアバターに入れられ、その状態で殺し合いをさせられていると思っていたのだ。
他の参加者に会っていれば、こんな誤解はしなかっただろう。現にユウキはそう思っていなかった。
思い出した記憶から、多少天然ボケが入っていたのは気付いたが、何もこんな所で発揮しなくてもいいと思う。
(じゃあ、まさか……他のみなさんもここにいるの?)
そして、それは彼女にとって最悪の発想に行きつく。
デンノーズのメンバーが、他にもこの場で殺し合いを強制されていると。
さすがに全員とまではいかないだろうが、それでも相当の人数がこの会場にいるのだと。
だとしたら、悲しんでいる場合じゃない。泣く暇があるのなら、その間に解析を進め、一秒でも早くワクチンを作らなければならない。
……とは言っても、無理をすれば立ち直れる程度まで持ち直すのには少しの時間がかかったようだが。
◆
「くそっ! どこだ、サチ!」
声を張り上げ、走り去ってしまったサチを探す。
どこに行ったのかも、逃げ出したサチの様子から大まかな方向くらいしか分からない。
いつかのように追跡スキルを使うという手もあったが、動揺している今のキリトでは気付けない。
ただサチを追う事に専念し過ぎていて、使えそうなスキルの存在に思い至っていないようだ。
(守るんだ……もう二度と、死なせてたまるか!)
ここに来てから何度も、何度も、何度も理不尽を味わい、そうしてたくさんのものを失った。
大切な家族も、無二の親友も、守ると誓った相手も。次から次へとその手から零れ落ちていく。
さらに頼れる仲間にも死なれ、かつて守れなかった少女も半狂乱になって逃げ去ってしまったことで、キリトの中の何かが決壊した。
もうこれ以上、大事なものを失いたくない。今のキリトは、そんな強迫観念に近いもので動いている。
今のキリトを見たら、クラインはきっとこう言うだろう。「ギルドが壊滅した、あの時のキリトと同じだ」と。
理由は違えど、どちらも強迫観念のようなもので動いているのだから。
どれだけ走ったか、森がすぐ近くに見える。
先程から声を張り上げてサチを探しているが、未だに見つからない。
そこら中を見渡しながら、声を上げてサチを探しながら走っていたためか、少しばかり走るのが遅くなっているのもその原因の一部だろう。
視界に二人分の影が入るが、サチではないと見るやすぐに意識を外し、捜索を続ける。
もしかしたら、森の中に入ってしまったのか? 今は危険だとあのメールで分かっているはずなのに。
……だとしたら、自分も森に入れば見つかるんじゃないか。そう考えた直後。
「キリト!」
先程見えた二人組の片割れから、聞き覚えのある声がした。
◆
どのくらいの間、そうしていただろうか。気付けば結構な時間が経っていた。
「……ありがとうございます、ユウキさん。私はもう大丈夫です」
放心状態から、再び立ち上がる。
それは誰が見ても大丈夫ではなさそうだったし、無理をしているようにしか見えない。
だが、それでもカオルは立ち上がる。無理をしてでも立ち直ろうとする。
「本当に大丈夫? ボクには無理してるようにしか見えないよ」
「今の私には、悲しみで泣いてる暇はありません。それより、早くワクチンを完成させないと」
蜘蛛という虫を知っているだろう。糸で巣を張り、引っかかった虫を捕食するあの蜘蛛だ。
それは未開の土地に真っ先に流れつく生物であり、巣に何もかからないまま朽ち果てる。
そうして無数の蜘蛛が朽ち、それらが土となり、そうして他の動植物を助ける。
カオルもまた、蜘蛛のように自分が犠牲になってでも周りを助けようとする。そういう女だった。既に死んでいるのだから、尚更その傾向に拍車がかかっているようだ。
だから、自分の都合で悲しんでいる暇があるのなら、いるかもしれない彼らを助けるためにも早くワクチンを作らなければ。
そうして無理にでも立ち直ろうとするカオルとユウキの前を、一人の少女が走り抜ける。
「あの子、どうしたんだろう? 何か様子がおかしかったけど」
その少女の様子に、ユウキが疑問を抱く。
剣だけ背負って、半狂乱にでもなったような様子で走り去る……どう考えても普通じゃない。
しかも方向はさっき行くのを後回しにした森の方。
現在進行形で死地になっているというのに、一体何のつもりなのだろう。
他にももう一つ違和感が――――。
「ユウキさん、まだ誰か来ます」
そう考えている間に、カオルがまた誰かを見つけたようだ。
その声に、ユウキが周りを見渡し、そして気付く。
何かを焦っているような黒服の人物が、こちらに近付いてきていることに。
その人物は見た感じだと少年であり、どこかで見たような顔をしている。
ユウキには、その少年がサチという人物を探す声に聞き覚えがあり、そして気付いた。
「キリト!」
その黒服の少年が、自分の友達――――キリトであると。
何故かリアルの姿だし、自分の知っているキリトより少し幼い気がするが、ここにいるのは確かにキリトだと分かった。
二度と会えないはずだった友人とまた会えるというのは、どんな状況でも嬉しいものだ。
もっとも、それと同時にこんなデスゲームに巻き込まれているのが悲しくもあったのだが。
「ユウキ!? なんでここに……いや、それよりサチを見なかったか?」
対するキリトも大いに驚いている。
彼の記憶では、目の前にいる彼女は確かに死んでいるし、葬儀までしたのだ。
さっきまで同じく死んだはずのサチと一緒だったとはいえ、死んだはずの人間が目の前にいるというのはやはり驚く。
だが、サチやシルバー・クロウは別の時間から連れて来られたと考えられる。目の前のユウキもそうだと、それこそ生前から連れて来られたと考えればそれで納得だ。
そう思い直し、サチの行方を知らないかを聞く。
「サチ……って、もしかしてさっきの女の子かな?」
「知ってるのか!?」
そして幸運なことに、ユウキはサチの行方を知っていた。
というより、今キリトが来る前に通り過ぎて行った少女がまさにそうだ。
思わぬ人物からの手がかりに、またも驚くキリト。
それを見ていたカオルが、気になったのかユウキに問いかける。
「ユウキさん、知り合いなんですか?」
「うん、キリトっていうんだ。キリト、この子はカオル……いや、紹介してる場合じゃなさそうだね。
キリトが探してるサチって子かどうかは知らないけど、女の子がさっきそこから森の中に入ってったよ」
そう言って、サチが走って行った方向を指差す。どうやらキリトが向かっていた方向で間違っていなかったようだ。
あの方向は森……今しがたメールで知った『死にやすくなる』イベントの会場だ。
さっきまでのペースなら、もう隣のエリアが見えてくる程度には進んでいるだろう。
イベントについては知っているはずだから、いくらなんでもそっちには行かないんじゃないかと思っていた。
が、それを聞いたキリトは予想に反して「ありがとな、ユウキ」とだけ礼を言うと、ユウキの示した方へと向かう。
「あっ、キリト! そっちは」という静止の声にも反応せず、キリトが走り去った後に先程から居た二人だけが残された。
そこまでして探そうとするということは、キリトにとってはとても大切な人なのだろう。
アスナはどうするのかとも思ったが、それよりもあっちは掛け値無しの死地だ。
乗った参加者が集まるかもしれないし、『死にやすくなった』以上、少し下手を打った途端に致命傷を負いかねない。
そんな場所にむざむざ行かせて、それで最悪死なせでもしたらアスナに何て謝ればいいのか。
そう考えていると、カオルが突然提案をする。
「……ユウキさん、キリトさんを追いましょう」
「カオルは大丈夫なの? ワクチンを早く完成させたいって言ってたし、それに……」
今しがた早くワクチンを完成させたいと言っていたはずだが、それより今会ったばかりのキリトを追うと言い出したカオルに驚いた。
自分一人ならすぐ追っていただろうが、一緒にいるのは戦えないカオルだ。巻き添えにはしたくない。
だから本当ならカオルを近くの遺跡あたりで待たせて、それから全速力でキリトを追うつもりだった。
だが、カオルは一緒に追うつもりだ。それが危険だと言おうとする。
「さっきのキリトさん、何か焦ってるみたいでした。
焦って何かしようとしても、それがいい結果になるなんてそんな事ほとんど無いんです。
悪い事になる前に、何とか追いついて落ち着かせないと……」
が、ユウキの発言を遮り、自分の考えを告げる。
カオル……いや、寺岡薫のそばにまだ『彼』がいた頃。
当時はまだ身体すべてが生身だったとはいえ、もう自分の命は残り1年程度しか残っていなかった。
だが、それでも死にたくなんかない。もっと『彼』と一緒にいたい。
その思いから焦って無茶をした結果、帝王大学の研究棟が消し飛ぶ事故が発生。危うくその日が命日になる所だった。
故にキリトを追いかけようと提案する。焦りはロクな結果にならないと身をもって知っているから。
「それに、もしもの時でも逃げるくらいはできます」
そう言ってアイテム欄を出し、一つのアイテムを装備する。
そのアイテムはツナミネットとALO、どちらのゲームにも存在しない機械的なブースターだ。
背中に背負うように装備されるものらしく、本来は人間の背中程度の大きさだったようだがカオルのサイズに合わせて小さくなっている。
説明書によると、名前は『ゲイルスラスター』。スカイ・レイカーという人物が使用していた強化外装だそうだ。
強化外装とやらが何なのかは知らないが、いかにも「思いっきり加速できます」といった感じの品があるのなら、確かに万一の時に逃げるくらいは可能だろう。
「……分かった。けど、危なくなったらすぐ逃げて」
それを見て、ユウキが折れる。
もしもの時の対策もあるし、何よりカオルの意思は固い。折れるつもりはないだろう。
なら、一緒に連れて行って守ればいいと、そう考えた。
ゲイルスラスターでは加速がつきすぎて逸れるなんて事が起こりそうなので、そうならないようにするために再びカオルを抱えて空を飛ぶ。
そうして、二人の死者もまた死地へと踏み込んだ。
(そういえば、あの女の子……確かサチって言ったっけ?)
ふと、先程走り去っていったサチらしき少女の事を思い出した。
見た感じでは恐慌している様子だったというのは分かる。そして、キリトはその少女を追っていた。
キリトは嫌がる女の子を追い回すような人じゃないのは分かっているから……何かしらの理由でヤケにでもなった彼女を止めに行くのだろう。
だが、それ以上に――――
(あの子の体から、黒いバグが出てたような……もしかして、あの子も?)
――――さっき戦った女剣士。そいつと同じ黒いバグが出ていたような、そんな気がする。
【D-7/森/1日目・朝】
【ユウキ@ソードアート・オンライン】
[ステータス]HP90%
[装備]ランベントライト@ソードアート・オンライン
[アイテム]基本支給品一式、不明支給品0〜2
[思考]
基本:洞窟の地底湖と大樹の様な綺麗な場所を探す。ロワについては保留。
1:野球場に行く前に、カオルと一緒にキリトを追う。
2:専守防衛。誰かを殺すつもりはないが、誰かに殺されるつもりもない。
3:また会えるのなら、アスナに会いたい。
4:黒いバグ(?)を警戒。 さっきの女の子(サチ)からも出てた気がする。
[備考]
※参戦時期は、アスナ達に看取られて死亡した後。
【カオル@パワプロクンポケット12】
[ステータス]HP100%
[装備]ゲイルスラスター@アクセル・ワールド
[アイテム]基本支給品一式、不明支給品0〜2
[思考]
基本:何とかしてウイルスを駆除し、生きて(?)帰る。
1:ユウキさんと一緒にキリトさんを追う。
2:どこかで体内のウイルスを解析し、ワクチンを作る。
3:デンノーズのみなさんに会いたい。 生きていてほしい。
[備考]
※生前の記憶を取り戻した直後、デウエスと会う直前からの参加です。
※C-7遺跡のエリアデータを解析しました。
【キリト@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP45%、MP95%(+50)、疲労(大)/SAOアバター
[装備]:虚空ノ幻@.hack//G.U.、蒸気式征闘衣@.hack//G.U.、小悪魔のベルト@Fate/EXTRA
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜1個(水系武器なし)
[思考・状況]
基本:絶対に生き残る。デスゲームには乗らない。
0:ユウキから聞いた方向に急ぐ。
1:とにかくサチを追う。それ以外のことは――――
2:二度と大切なものを失いたくない。
[備考]
※参戦時期は、《アンダーワールド》で目覚める直前です。
※使用アバターに応じてスキル・アビリティ等の使用が制限されています。使用するためには該当アバターへ変更してください。
・SAOアバター>ソードスキル(無属性)及びユニークスキル《二刀流》が使用可能。
・ALOアバター>ソードスキル(有属性)及び魔法スキル、妖精の翅による飛行能力が使用可能。
・GGOアバター>《着弾予測円(バレット・サークル)》及び《弾道予測線(バレット・ライン)》が視認可能。
※MPはALOアバターの時のみ表示されます(装備による上昇分を除く)。またMPの消費及び回復効果も、表示されている状態でのみ有効です。
【サチ@ソードアート・オンライン】
[ステータス]HP100%、AIDA感染、恐慌
[装備]エウリュアレの宝剣Ω@ソードアート・オンライン
[アイテム]基本支給品一式
[思考]
基本:死にたくない
1:もう何も見たくない。考えたくない。
[備考]
※第2巻にて、キリトを頼りにするようになってからの参戦です
※オーヴァンからThe Worldに関する情報を得ました
※AIDAの種子@.hack//G.U.はサチに感染しました
支給品解説
【エウリュアレの宝剣Ω@ソードアート・オンライン】
原作未登場。PSPソフト『インフィニティ・モーメント』で登場した武器。
SAOにログインしたリーファがどこからか手に入れ、愛用している片手剣。
ダークリパルサーにも匹敵する切れ味と、SAOの全武器中最高クラスの防御力補正を併せ持つ。
【ゲイルスラスター@アクセル・ワールド】
スカイ・レイカーの使用する強化外装。
ブースターのような形をしており、瞬間的に絶大な推進力を発生させる。
この推進力を利用しての加速や跳躍が主な使い方であり、無重力空間での移動も可能。
一時期、ダスク・テイカーに飛行能力を奪われたシルバー・クロウに貸し出されていたこともある。
本ロワではSDサイズのキャラもいるため、使用者に応じたサイズ変更が可能になっている。
投下終了
ユウキとSAOメンバーは7巻終盤のダイジェストで仲良くなってたようなので、こんな感じかと想定してます
さーて、今回のSSは
・チーム「空を飛ぶ不思議な死者」
・キリトとサチの精神状態がヤバイ
・なんでSAOヒロインみんなAIDA感染してしまうん?
の3本となります
ところで、ゲーム版から支給品出すのってアリですか?無しならサチの支給品変更しますが
投下乙です
うわぁ……。危険エリアと化した痛みの森に、人がどんどん集まってくるw
はたして何人生存できるだろうw
そしてキリトとサチの精神状態がヤバいw
ユウキたちは彼らをどうにかできるだろうか……
ゲームからの出展に関しては、シルバー・クロウに支給されたサフラン・アーマーの例があるから、出すこと自体は多分大丈夫だと思う
ただ、使用するなどの剣に関する明確な描写がない状態で出展を特定するのはどうかと
>背にあるのは、奇しくも彼女と同じように現実を拒絶した少女が、ありえた未来で使っていた剣。
一応この一文で描写はしたと思ってましたが…
現実を拒絶した少女=リーファ、ありえた未来=ゲーム版って感じで
これでダメならwiki収録の時にこの一文消して出展未定の剣に戻します
ああ、そうでしたか
すみません。その部分は読み落としていました
それなら問題はないかと思います
ただ、個人的な感想になりますが、ゲーム版をやってない人にはわかりにくい描写だと思いますので、
可能であれば、もう少し詳しい描写にしていただけると、読む側としては助かります
了解しました。収録時にそこだけ加筆しておきます
投下乙です
各地で色々火種がー
半年近く出展不明だった剣も遂に正体判明w
投下乙です
こういうキャラの精神状態がヤバくなって火種がどんどん増えていく過程を見るのは好きだなあw
投下します
薄暗い闇の下、緑のマントがゆらりと舞う。
闇の中にふっと光が見えた。その明滅の正体こそ刃、彼女の首を刈らんとする敵意である。
黒雪姫は刃を己が腕で弾き返す。甲高い金属、伝わる衝撃、緑衣の敵の息遣い。全て同一フレームの中で知覚する。
そして次の瞬間には攻守が入れ替わり、待ち構えていた彼女がカウンターとして剣を振るっていた。
「おっと怖い怖い」
敵――緑衣のアーチャーはあくまで軽い口調で言い、後ろへパッと下がることで刃をかわして見せた。
黒雪姫は追撃の手を弱めることなく、漆黒の剣を振るう。その腕/剣はエリアの闇の中にあってもなお黒く、時節刀身の艶が見せる白い光沢が際立っていた。
その一閃一閃をアーチャーは俊敏な動きで避けていく。ゆらゆらと舞うマントが彼女の視界を鬱陶しく邪魔をする。
剣と弓による攻防、兵刃交える音がエリアに静かに響いた。
「ふう、速いし正確だし随分とおっかない剣だ。
全く姫様には見えねえ。完全に騎士様の領分だろ、それ。
ま、あのちんまい皇帝様も似たようなもんだったか」
「黙れ弓兵」
幾度かの打ち合いを経て二人の間には距離ができている。
踏み込むには遠く、下がるには近い――丁度この戦いが始まった時と同じ間合いだ。
これまで黒雪姫もアーチャーもダメージを追っていない。無傷だった。
何度目かの仕切り直し。二人は再び対峙し、次なる一手を読み合った。
互いに有効打を打てていない。しかし一手誤ればすぐにでも戦況は一方に傾くであろう。そんな緊張感がそこにはあった。
(アーチャー、出会ったばかりの私とブラックローズを襲った敵……その正体)
黒雪姫/ブラックロータスはその相貌で敵の姿を見据えた。
暗がりの中で窺えたアーチャーの顔には薄らと笑みが浮かんでおり、戦いの最中だと言うのに飄々とした物言いを止める素振りもなかった。
だが彼女には分かった。彼のその軽薄な仮面の下に潜む暗く冷たい殺意が。
(倒さねば、彼女を守れない)
目の前の男の危険性を知っているのは恐らくあの集団で自分だけ。
ブラックローズは勿論、マスターであるというダン・ブラックモアもまた彼に欺かれている。
ならば唯一正体を知る自分が彼を打ち倒すしかない。そう思ったが故の行動だ。
――分かっている。本来ならば自分の仮面/黒雪姫を脱ぎ捨て本性/《黒》の王、ブラック・ロータスを晒し出すべきだと。
そうすればこんな回りくどい手を使わなくともアーチャーを糾弾することができただろう。
だが自分にはできなかった。その理由を幾ら述べても言い訳だろう。結局のところ自分の弱さに他ならない。
だからせめて他の者に被害が及ばぬよう、一人でこの敵を討ち果たさねばならない。
「行くぞ」
そして彼女は決然と弓兵へと向かった。
何度目かの攻防が幕を上げる。再び振るわれる剣、今度は後手に回ったアーチャーが「おっと」と小さく声を上げた。
「敏捷も筋力も俺より明らかに上……こりゃ勝ち目ないわ」
黒雪姫の剣戟を手に持った弓でいなしつつ、アーチャーがぼそりと呟いた。
だがその笑みは消えていない、以前として口元を釣り上げ皮肉気な笑みを浮かべている。
彼は後ろへ高く跳び上がり、マントをはためかせた。
次の瞬間、
「……っ!?」
黒雪姫のの視界からその姿が消え失せた。
一瞬の戸惑いを経て事態を把握する。
この距離でエリアの闇に呑まれた訳もない。あるとすれば答えは一つ、必殺技/スキルだ。
「接近戦ならな」
どこかからか声が聞こえ、次の瞬間矢が彼女を貫いた。
◇
【顔のない王/ノーフェイス・メイキング】
古代ケルトにおいて、春の到来を祝うとされる森の精霊にして自然の化身。
ジャッコザグリーンともグリーン・マンとも呼ばれるこの精霊は、ケルトにおいて明確な神話を持っていない。
自然への信仰、アニミズムの名残であるとか、出自を辿ればローマ神話に行きつくとか、様々な説があるが、共通するのは森に深く馴染みのある存在だということである。
そして場合によってはとある人物と同一視されることもあった。
その人物こそ彼、ロビンフッドである。
(外見からして奴はインファイター。
さっきの攻防でも近い間合いの技ばかりだったしな)
アーチャーはこれまでの戦いから黒雪姫/ブラック・ロータスの戦闘スタイルを冷静に分析していた。
両の手と一体化した剣を振るう強力な騎士。その剣は決して敵を寄せ付けないだろう。
(なら近づかなきゃいいってね)
敵は既にイチイの毒を見ている。今更アレを使った所でかく乱にもならない。
そこで使ったのがアーチャーの宝具【顔のない王】だ。マントに包んだ物を透明化するという効果を利用して彼は一気に間合いを取った。
さしもの敵も急に自分の姿が掻き消えたことには反応できなかったようで、むざむざと自分を逃がしてしまった。
(見えないとこから一方的に撃つ、なんてのは騎士道に反するだろうがな。
正々堂々決闘なんてやってもどうせ俺はこんなやり方に行きつくのさ。
そのことを別に恥じたりはしないぜ。何たって俺はアーチャー……弓を使ってなんぼってハナシだ、面と向かって斬り合う方がどうかしてる)
闇に隠れたアーチャーは無慈悲に狙撃を放っていく。一発一発と矢がブラックロータスの黒いボディを捉えた。
低く構えた態勢から弓を引き、ぴんと張った弦をじりじりと抑え、深く静かな集中の下、射る。
残心。
その工程に一切無駄はない。血のにじむような鍛錬と潜り抜けてきた凄烈で孤独な戦いを経て獲得した技術だった。
敵も何とか躱そうとしているが、アーチャーは動きを先読みし正確に狙撃する。
こと狙撃に関して彼の横に出る者は居ない。努力と経験に裏打ちされた技術を持ってして彼は圧倒的な物量差を覆してきたのだ。
(さあて、姫様。このまま終わらせてもらう、と)
アーチャーのの眼下では黒雪姫/ブラックロータスが身を捩っている。
如何に敵がタフであろうとも、撃たれ続けて立っていられる筈もない。
(じゃあな、ま、あの黒薔薇ちゃんもすぐにそっちに行くさ……ん?)
その時、敵がこちらを見た。
矢に撃たれながらも、凛とした姿勢を崩すことなくアーチャーの方を真直ぐに見据えている。
無論こちらが見えている訳ではないだろう。恐らく今まで矢が来た方向からアーチャーの居る位置を割り出したのだ。
だがそれが分かったところで攻撃できなければ意味はない。恐らくこの敵はそういった攻撃手段は持ち合わせていない筈――
「《オーバードライブ》! 《モード・レッド》!」
そう思った矢先、敵が高らかに声を上げた。
途端にその身体に紅い光が灯る。過剰なまでに眩いその光を受け、装甲の各所に鮮やかな線が浮かび上がる。
二対の刃が交差し、そしてアーチャーへ向けられた剣が槍へと形を変えていく。
槍の穂先に過剰光が収束していくのを見た時、アーチャーはぞくり、と本能的な恐怖を覚えた。
「《奪命撃/ヴォ―パル・ストライク》!」
その宣言と共に、真紅の巨大な槍が轟音を立て顕現した。
眩い光がエリアの闇を照らし全てを貫く――
◇
アーチャーの見立ては正しかった。
黒雪姫/ブラック・ロータスはショートレンジに特化したデュエルアバターであり、事実彼女が身に付けている必殺技の大半は接近戦用のものだ。
やや長射程の《デス・バイ・ピアーシング》でも精々5メートルが良い所であり、アーチャーの間合いに届かせるには全く足りていない。
だがそれはあくまで正規のスペックだ。
本来存在しない筈の、システム外のスキルを使えばその限りではない。
事象をオーバーライドする最強の力《心意/インカーネイト》システム。
その一撃こそ先の《奪命撃》だ。
理をオーバーライドしてしまえば、チャージこそ要するが、本来彼女が使えない筈の《赤》系――長距離射程の技が使用可能になる。
加速世界では乱用を禁じられているこの力だが、既にこのデスゲームではその縛りの意味はないと黒雪姫は判断していた。
実際の命が掛かっている。そんな場所で、友を守ることに力を使うことを躊躇う訳には行かない。
「だから弓兵……容赦はしないぞ」
自分が齎した破壊の跡を見上げ、彼女は言い放った。
これで終わっていればいい。いいが――
次の瞬間、何かが黒雪姫へ飛来した。
背後よりやってきたそれを彼女は跳ね除ける。
《モード・レッド》が終了し、剣へと戻った腕が弾いたのは、見覚えのある矢だった。
「あーくそ、良い感じに油断してくれてると思ったんだがな」
「やはりこれだけでは落とせないか」
「無傷、て訳じゃないけどな。ま、俺も伊達に修羅場潜ってきてねえってことだよ、姫様」
相も変わらず飄々と現れたアーチャーは、やれやれと首を振った。
二本の足でしっかりと立っているが、ところどころに煤が付いている。
こちらの攻撃に瞬時に反応したのだろう。完全でないにしろ彼は《奪命撃》を避けて見せたのだ。
その力量に内心舌を巻きつつ、再び彼と向き直った。間合いは先と同じ、近くも遠くもない、読み合いのレンジだ。
「こっちもダメージは追っているさ。貴様の鬱陶しい矢のお蔭でな」
「は、どっちが先に倒れるか勝負ってか。俺はそう言うのはゴメンなんですけどね。
そういうのはセイバーとかランサーにやらせるべきだろ。きっと元気満々喜色満面でやってくれるさ。立派立派。
三騎士クラスとか言ってもさ、俺みたいな外れサーヴァントからしたら一緒くたにされていい迷惑なんだよ。
それとも何だ、もしかして俺もアサシンとして呼ばれてたら文句は出なかったってか」
アーチャーは悪態を吐きつつ、再び矢を構える。
先と同じ構図。違うのは両人の負ったダメージだけ。
そうして何ターン目かも分からない攻防が幕を上げ――
◇
――る直前にアーチャーの視界は転移していた。
「は?」
思わず呆けたような声を漏らす。が、次の瞬間にやってきた閃光を受け彼は瞬時に状況を理解した。
彼はマントをはためかせその場に転がる少女――ブラックローズを抱え、パッと地を蹴った。
空に跳ね飛ぶ最中、その身を破壊の光が掠めていく。緑衣の端が粉々になって消えていくのが見えた。
「新手か……ふん」
つまらなさそうに呟く死神――ボロボロのローブを羽織りその手に鎌を持つマシンがそこには居た。
状況と状況を頭の中でつなぎ合わせ、アーチャーは次の手を考える――前に追撃が来た。
死神はその手を広げ閃光を連射した。今しがたの一撃よりはずっとこぶりな、しかし途切れることない弾幕が彼を襲う。
アーチャーは舌打ちし、必死にそれらを避けていく。
黒雪姫との戦いから一転、突然放り込まれたのはまたしても全く油断できぬ戦い。
大体の状況は聞くまでもなく分かっている。要するにあの死神が敵な訳だ。
「おい! 褐色の騎士さんよ、ダンナはどこだ」
「……ダンさんなら、あそこに」
抱えたブラックローズにアーチャーは問いかけると、彼女は苦しそうに胸を抑えながらも顔である方向を示した。
そちらを見れば死神を前にして膝を着いている彼のマスターの姿があった。
「何を呼んだところで意味はないぞ、人間」
「ふっ……それは、わからんぞ」
その光景にアーチャーは「ダンナ!」と叫びを上げた。
するとダンはちらりと彼を見て、あろうことか小さく笑って見せた。
「馬鹿野郎! 何笑ってんだ。余裕噛ましてる場合じゃ――」
言い切る前にダンの身体が吹き飛ばされた。
死神だ。奴が無慈悲にも閃光をダンに喰らわせたのだ。彼の身体はどこか彼方へと吹き飛んでいく。
言わんこっちゃない。そう声高に叫びたいのをぐっとこらえ、彼は抱えたブラックローズに呼びかけた。
「おい、黒薔薇さんよ」
「何!」
「確認しとくが、あれは敵だな。んでもって俺はあいつをどうにかする為に呼ばれたんだな?」
「そうよ! でもそれよりダンさんが――」
「いいから聞け! 奴は俺がどうにかする。だからお前がダンナのとこまで行ってくれ」
叫ぶようにそう言うと、アーチャーはブラックローズを解放した。
言われた彼女も一瞬戸惑ったような顔をしたが、しかし力強く頷き走っていく。
彼女に務まる役目かどうかは分からなかったが、とにかくあの死神を誰かが抑えないことには撤退もままならない。
「くそっ、本当何だってこんな――」
アーチャーは胸にはぶつけようのない苛立ちが湧いて出ていた。
この状況は誰に聞くまでもなく単純だ。俺と別行動したダンとブラックローズが強大な敵に遭遇、仕方なく令呪を使って俺を呼んだ、以上。
それだけのことだ。それだけのことだからこそ、苛立ちが収まらない。
アーチャーは悪態を吐きつつ弓を放った。三連射。
しかし目標の死神はそれを一歩も動くことなく弾き飛ばしてみせた。
ただぎろり、と凶悪な眼光をこちらに向ける。その押し潰されるような威圧感をアーチャーは見上げる形で受け止めた。
「また人間か」
「……来な、お前の相手は俺だってよ。面倒だがこれもマスターの命令なんでな」
「ふん、順番がどうなろうと同じことだ。
今度こそ、全員デリートするだけのこと」
会話はそれ切りだった。死神が無警告に巨大な光をアーチャーへと放ってきた。
その際に見せた僅かな溜めの間に彼は即座に身を投げる。後ろを振り返る余裕はなかった。
爆音と共にアーチャーの視界が真っ白に塗り固められる。マントでそれを受けつつ、不安定な態勢から彼は射撃で応戦した。
「無駄だ」
その言葉通り矢が死神へ届くことはなかった。
敵は鎌を振ることすらなく、矢を虚空で受け止めた。それを見たアーチャーは舌打ちをする。
どういう仕組かは分からないが、この敵は何やら結界のようなものを張っているらしい。
(だが、倒すつもりは端からねえ。というか無理だろこんなん絶対。
かく乱さえできればそれでいい。ダンナが逃げる時間さえ稼げば……)
アーチャーは「こっちだ!」と挑発するように言った。
とにかくこちらに注意を惹きつけなければならない。
憎悪の籠った視線がこちらを見た。瞬間、アーチャーは【顔のない王】でその身を隠す。
そのまま身を潜め矢を射ようとするが、
「インビジブルか。小賢しい」
死神はそう言うなり腕を広げた。
そして次の瞬間、三百六十度あらゆる方向へ閃光を放つ。
エリアに破壊の光が氾濫し、空間を埋め尽くさんとする。
アーチャーは「いっ」と思わず声を漏らす。次の瞬間、彼は光に吹き飛ばされ地に転がった。
同時に【顔のない王】は剥がされ再びその痩躯が露わになる。
(クソッ……一瞬で弱点を突いてきやがったか)
アーチャーの【顔のない王】は包んだものを透明にしてしまい、空間から消え失せたように見せかける宝具だ。
あくまで見せかけているだで、実体が消えた訳ではない。おおまかな位置に範囲攻撃を叩き込まれては回避することもできない。
ならば次の手だ。
アーチャーは矢を折り、エリアに一本の樹木を植える。
またたく間に育ったそれは、かつてアメリカエリアで植えたものと同じく強烈な毒をまき散らす。
だが、
「今度は毒か……ふん」
死神は一言そう言うと、光を放ち毒の樹木を吹き飛ばした。
それを見たアーチャーは舌打ちをする。やはりこの宝具は面と向かって使うものではない。
こと一対一では機動力ある敵に一瞬で破壊されてしまう。
(時間稼ぎにもならねえか……どうするっと)
次の策を考える暇もなくアーチャーを光が襲った。
雨あられとふり注ぐ光の最中、アーチャーは必死で思考を働かせる。
「終わりだ」
それを遮るかのように、死神が無慈悲に告げた。
アーチャーが見上げた先には、振りかぶり巨大な光を集束させる死神の姿がある。
――アースブレイカ―
◇
突如としてアーチャーが消え失せた時、黒雪姫/ブラック・ロータスは最初彼がまたあのスキルを使ったのだと判断した。
が、何時まで経っても攻撃は来ず、代わりどこか遠いところから爆音と光が漏れてきた。
まさか。脳裏を過った一つの可能性に、彼女は一転身を翻しなりふり構わずエリアを駆けた。
ブラックローズらとの合流ポイント。その近くまで。
そして彼女は見た。
ブラックローズに支えられ、胸を押さえ苦しそうに呻くダンを。
彼らの姿を見つけ駆け寄ろうとした黒雪姫だったが、直前で思い留まりウィンドウを開いた。
何やらメールが届いていたが、無視した。それどころではない。
設定画面よりアバターの設定をデュエルアバターから通常アバターへと無言で切り替えると、今度こそ彼らに駆け寄っていった。
「何があったのだ……?」
「黒雪姫!大丈夫だった?」
自分の声を聞いた瞬間、ブラックローズはぱっと顔を上げた。
ダンも顔を俯かせたままこちらを案ずるような言葉を漏らしている。
それらを黒雪姫は針に刺されるような心地で聞いた。
「ごめん、黒雪姫。アタシ戻らなきゃ」
ダンを慎重にパネルに下ろすと、ブラックローズは開口一番そう言った。
呆気に取られた黒雪姫が事情を尋ねると、彼女は早口で事のあらましを語って見せた。
曰く、彼らはエリア探索の途中で死神のようなPKに遭遇した。
曰く、その力の強大さ故にダンがアーチャーを呼んだ。
曰く、ダンが戦いの最中被弾し、ブラックローズが何とかここまで抱えてきた。
曰く、今はアーチャーが一人で敵を押さえている。
黒雪姫は剣でなくなった己の手の平をぐっと握りしめた。
爪が己の肌に食い込み痛みが走る。それが僅かに救いとなった。
「アイツはまだ戦ってると思う。
信用できない奴だったけど……ダンさんを助けようとする思いだけはたぶん信じてもいい。
だから一人にさせる訳にはいかないでしょ。だから、ちょっとここでダンさんを見てて欲しい」
ブラックローズはそう決然と言い、大剣を構えて去って行った。
その背中に何も言うことができなかった。言う権利など、自分にはないと思ったのだ。
ブラックローズが走り去った後の空白と静寂が黒雪姫を苛んだ。
己の黒いドレスがエリアの闇の中にあって尚沈んでいるような、そんな風な感覚が視界に浮かび上がった。
「……黒雪姫。一つ話を聞いてほしい」
その時、不意にダンが口を開いた。
急いで彼の身に駆け寄る。老人は己の胸を抑えながらも、何かを告げようと口を開いた。
「卿、今は口を開いては――」
「いや、今しかない……告げる相手ももはや君しかいないだろう」
彼はそう言って喉から絞り出すように笑い、そしてその腕を見せた。
途端、黒雪姫は思わず口元を抑えた。
見せられたダンの腕、肌の色が張られる筈のテクスチャが消え去り、代わりにどす黒い色素で埋め尽くされている。
その黒は端から崩さっており、ゆっくりと分解されているようでもあった。
「それは」
「ふっ……聞くまでもなかろう……死、だ。
老人が年甲斐もなく無理をした……その結果だな」
決して早くはなかったが、黒は徐々に全身に広がっていた。
それを見た黒雪姫は彼の身に起きている状態を悟る。
自分やブラックローズのものと違い、恐らく彼の身体/アバターにはHPというものが明確な数値として設定されていない。
それは元々の仮想空間の仕様を持ってきた結果の差異だろう。ゲームのアバターであった自分らのものは、HPが尽きれば一瞬でその身を消滅させる。
逆にいえばそうでない限り死ぬことはなく、いくらダメージを負おうがHPが1でも残っていれば生存できる訳だが、しかし、より現実に近い仕様のアバターであるダンの身体は違う。
たとえその場を生き延びようとも、時間を置いて死ぬこともある。現実と同じように。
つまり、間に合わなかったということか。
黒雪姫は押し寄せる無力感で膝に着きそうになるのを懸命に堪え、ダンへ向き直った。
今はただ、彼の話を聞く。それしかない。
「私はかつて軍人だった。自分で言うのも何だが、優秀だったと思う。
任務の為なら人間性を殺すこともできる、如何なる汚い手段を使うことにも良しとする、大局の為に個を否定する。そんな男だった。
そのことに疑問はない。軍人とは……そうであるべきだ。
だが……私は結局、後悔していたのだろう。
人間性を殺した、畜生となったことに。自分の生に誇りというものを持ててはいなかった。
だからなのだろう……聖杯戦争からここに到るまで、騎士道などというものを掲げたのは。
もはや軍人ではないのだから、恐らくは最期の戦いなのだから、妻に誇れる戦いを……せめて一度くらいはしてみたかったのだ」
「……卿、それは」
「何も言うな……愚かな老人が晩節を取り繕おうと悪あがきをした……ただそれだけのことなのだ。
分かっていたことだ。私はきっと妻を取り戻そうなどと思っていた訳ではないのだろう。
ただ……一人の人間として、かつては持っていた何かを掴もうとしただけなのだ。
……そんなことを望んでいた時点で、私は既に死人だった」
アーチャーに告げて欲しい、とダンは穏やかに言った。
「私とお前は……似ていたところもあっただろう。
ムーンセルがどのような思惑でお前を私に宛がったのかは知らんが、森の守り人よ、お前と私は確かに結局似た者であったのだ。
故に私はお前を信じることが出来た。サーヴァントとして、一人の騎士として。
しかし、同時にお前と私には決定的に異なった点もあった。それは……後悔だ。
誇りなどない。口ではそう言おうと、お前は後悔だけはしていなかった。その結末が決して良いものではなかっただろうが、しかし否定することはしなかった」
彼のアバターは既に半身が黒く崩れていた。
彼が今まで培ってきた思いが、経験が、願いが、全てが黒く霧散していく。
黒雪姫は己の腕の中に横たわる老人の言葉を、無言で受け止めた。
「私の愚かな選択に付き合わせて済まなかった。
お前は、後悔などしていなかっただろうに――そう告げてくれ」
そう言い終わった時、ダンはゆっくりと目を閉じた。
既にその顔も半分は黒く崩れている。その中で浮ぶ表情を満足気、と形容することはできないだろう。
事実彼は満足などしていない筈だ。己の中にあった後悔に、最後の最後で気付いたのだから。
しかし、同時にそれを受け入れてもいる。
その後悔の中に、己の人生の一つの終わりを見出してもいる。
そんな顔に見えた。
「……少しだけ、時間が残ってしまったな。やれやれ……上手くは行かないものだ」
消えゆくダンは自分に残された僅かな猶予に気付き、ふっと笑みを浮かべ、そして徐に彼女の手を取った。
「最後に……本当に最後に、年寄りの戯言を聞いてほしい。
黒雪姫よ、君が何を隠しているのかは知らん。君の想いも本心も、死人である私には分かる筈のないことなのだろう。
だがそれがブラックローズへ友情に起因するものだということくらいは……分かる。
信じることは難しい。信じ合うことはより厳しいだろう。特に、君たち若者には。
ただ――それでも前に進むことだけは忘れないでくれ。それが、先に行く者が残す者へ託す唯一の望みだ」
「…………」
「出来る筈だ。歩みを止めることさえなければ、きっと、何かを掴むこともできるだろう。
その何かが決して喜ばしいものでなくとも、認められないものだとしても、君たちならばそれを受け入れ前に進むことが出来る筈だ。
だから進め。たとえ行きつく先が後悔であろうとも、未来、ある限り――」
その言葉を言い終わるより早く終わりが来た。
ダンの掌が最期に光を放ったかと思うと、その身体がふっと掻き消えデータの海へと還っていく。
すぅ、と己の腕から去っていくダンの幻影を、黒雪姫はただ一人受け止めていた。
【ダン・ブラックモア@Fate/EXTRA Delete】
◇
アーチャーは膝を着き、己の死を覚悟した。
目の前に佇む死神は未だ無傷。奴は悠然とその身を浮かべている。
できることは何でもやった筈だった。罠を巻き、かく乱し、時には言葉で惑わそうとさえした。
しかし無理だった。
一矢報いることすらいできない。結局自分は面と向かっての殴り合いなどできないのだ。
(クソッ……俺がもうちょい真っ当な英霊だったら、こうはならなかっただろうに)
肩で息をしつつも、アーチャーはキッと空を仰いだ。
死神は憎悪に満ちた威圧感を場に振りまいている。一体何が彼をそこまで駆り立てるのか、アーチャーは知らないし、知ろうとも思わなかった。
「終わりだ、人間」
「人間、ね。俺は人間じゃなくてサーヴァントなんだが、だからといって見逃してくれる……訳ねえわな。
ったく、ダンナも無理難題押し付けやがる。こんな化け物を一人で押さえろってんだから。
ま、俺を犠牲にして前に進もうって腹なら別にいいんですがね。俺に奇襲を封じるよか、よっぽどまともな令呪の使い方だ。
いいさ捨て駒は捨て駒らしく、精々派手に散ってやるか。何なら格好いいポーズでも決めてやってもいい気分だ」
満身創痍の身に鞭を討ち、アーチャーは立ち上がった。その際に軽口を叩くことも忘れない。
そして効かないと分かっている弓を構える。既に時間は十分に稼いだだろう。とりあえずの目標は果たした訳だ。
「さて行きま――」
「アーチャー! 助けに来たわよ」
「――すか。って、は?」
ニヒルに決めようとしたところを、不意に耳を疑うような言葉が飛んできた。
まさかと思って振り返ると、そこには逃がした筈の褐色の剣士――ブラックローズが居た。
「馬鹿か! お前何で戻ってくるんだよ。
折角ダンナのついでに逃がしてやってたのに、わざわざ来るとか何考えてんだ」
「何よ! アタシの助けが要らないっての? そんなボロボロの癖に」
「ボロボロだから言うんだよ! 俺のこれまでの努力はどうなる。
あーもうったく……どうしてこうなんのかな」
のこのことやってきたブラックローズに頭を抱えたい気分になったアーチャーだったが、もうどうしようもないことだと割り切ることにした。
別に自分はコイツの為に戦っていた訳ではない。コイツが死んだところで、何か思う奴が居るとすればそれは俺じゃなく黒雪姫の方だ。
ならばいっそ万々歳ではないか。自分はつい先ほどまでその黒雪姫と殺し合っていた仲なのだから。
「おい黒薔薇さんよ。最後だと思うから言っておくぜ」
「何よ一体」
「合流したばっかの時にお前らを狙撃したのは俺だよ、俺。
ダンナを優勝させる為に眼を忍んで狙撃してたって訳だ。
仲間を助けようなんて思いから来たんなら残念だな。俺はこんな奴なんだよ」
言われたブラックローズは一瞬きょとんとしたが、すぐにムッとした表情を見せ、
「んなこと言われなくても知ってたっちゅーの!
アンタが信用できない奴だってことくらそらもうビンビンに伝わってたわよ」
「はぁ? だったら何で来たんだよ。邪魔な奴が消えて万々歳だろ?」
「アンタなんかどうでもいい。アタシが困るの」
「何でだよ」
「それは何というか……守るとか守られるとか、本当の自分とか……あーもう面倒臭い。
とにかくね! やることはやらないと、私が……アタシがブラックローズで居られないの」
癇癪を起したように叫ぶブラックローズを前に、アーチャーは溜息を吐いた。
何だかよく分からない。が、とにかく彼女も彼女なりに悩みを抱え、それ故にここに来たらしい。
知ったことではない。ないが、それなりに覚悟があってきたということは分かった。
(んなことをなりふり構わず告げてくるくらいには逼迫した状況って訳だが)
アーチャーは気を取り直して死神の方を向いた。
突然かき回された舞台で、奴はつまらなさそうにこちらを見下ろし、
「茶番は終わったか?」
そう問いかけると同時に光を収束させ始めた。
息つく暇もない。再び巻き起こる破壊の嵐から、アーチャーもブラックローズも必死に逃れようとする。
そうして再開された戦いだが、勝敗は日の目を見るより明らかだった。
(横槍は入ったが、結局終わりか)
自分と同様に死神に迫られているブラックローズを尻目に、アーチャーは諦観を滲ませた笑みを浮かべた。
(あの姫様もこの騎士様をあんなに守ろうとしていたのになぁ。
騎士様も姫様もすれ違っちゃってまぁ……何というか、やっぱ騎士道なんて掲げてる奴らは大変だわ。
中々上手く進まねえもんだ、現実って奴は)
そうこうしている内にブラックローズが吹き飛ばされるのが見えた。
まだ死に至ってはいないようだが、時間の問題だろう。こっちの攻撃が通らないのだからそもそも勝負になっていない。
「他愛ないな、人間共。所詮はそんなものか。『絆』などこうもたやすく破壊できる」
その言葉と共に死神が光を集める――
「待て」
最中、目の前に躍り出る一筋の声があった。
漆黒のドレス、ふわりと揺れる闇色の羽根、それらと対称的に純白の肌。
その足取りは破壊の閃光の中にあって尚止まることはない。
「黒雪姫……」
「何だよ、結局アンタも来たのか。ったく人の苦労を何だと……」
《黒》の王、黒雪姫/ブラック・ロータスはそうして戦いの場に現れた。
「進まねばならない、どのような結果になろうとも……私たちは受け入れ前に進む」
戦いの最中、彼女は決然と一歩を踏み出した。
ブラックローズの前に守る様に立ち、声高に言う。
「たとえ行きつく先が後悔であろうとも――だ」
「黒雪姫……何で、ここに……」
やってきた彼女をブラックローズは呆然と見上げている。
それもそうだろう。彼女にとって自分はか弱い少女に過ぎないのだから。
だがそれは嘘偽りだ。距離感に対する臆病さが作り上げた、虚像。
そのヴェールの中から、今こそ歩み出る時だ。
「おい姫様、ダンナはどうなった?」
満身創痍のアーチャーが尋ねてきた。
黒雪姫は間髪入れずに答える。その胸に沈みゆく空白を抱えたまま。
死んだ、と。
「……そうか」
アーチャーはそう短く答えるのみだった。ある程度覚悟はしていたのだろう。
彼と殺し合うという形で触れ合った今だからこそ分かる。彼の、ダン・ブラックモアへ抱えていた思いを。
「ったく……本当に、本当に馬鹿ばっかだな。俺も、ダンナも、アンタらもだ。
皆が皆、守りたいもの一つ守れてない。大事な時にすれ違って、挙句の果てに全滅しそうと来てる」
「ああ、そうだな。私も貴様も、何も見えていなかった」
「ははっ、笑っちまうぜ。俺の頑張り、何の意味もなかったってことかよ。
結局無駄か。無駄だったのか……真っ当な英霊なら、こんなことにはなってなかった、てか」
力なく笑うアーチャーに黒雪姫は何も言わなかった。
言わずとも、思いは通じている。今の彼と自分は、きっと同じ思いを共有している。
「ブラックローズ」
だから、黒雪姫が声を掛けたのは、後ろで自分を見上げる友に対してだった。、
ダンの死に衝撃を受けていたであろう彼女に、自分はこれから一つ裏切りを行う。
二人の間には今微妙な距離がある。二歩では近過ぎるが、一歩では遠い。そんな距離が。
ここから今一度自分を晒し出す。それが――
(歩み寄るということだ)
黒雪姫は仮初の姿を脱ぎ捨て、本来あるべきアバターへと切り替えた。
それは黒くメタリックな装甲に包まれた異形であり、触る者を即座に切り刻む刃の塊だ。
デュエルアバター――心の傷より生まれた、戦うための現身/アバター。
「これが私の真の姿だ。
誰かと繋ぐ手すらない姿……これが私だよ」
ブラックローズが息を呑むのが分かった。
「ずっと……君を謀っていて済まなかった。怖かったのだ……君にこの姿を晒すことが」
「黒雪姫……」
「だが、今一度君に問おう。私と共に……戦ってくれるか? 守ってくれるか?」
ブラックローズは、意を決して問いかけた彼女を見上げ一瞬視線を絡ませた後、
「当たり前だっちゅーの」
立ち上がりニッと笑ってそう答えた。
晴れやかな顔を浮かべたまま彼女は大剣を振り上げ、黒雪姫の刃と重ね合わせた。
ちん、と小さな金属音がした。その音は染みわたる様に黒雪姫の中へと吸い込まれていった。
「あの時守ってくれてたロボット、黒雪姫だったんだね」
「何だ……気付いていたのか。なら、何か言うことはないのか? 私の偽りに対して」
「ないっての。ようやくアタシが信じるに足るようになったことでしょ。
ならこれからはもうそういう心配なくてもいいってことよ、だからアタシも気兼ねなく貴方に接するはそれで解決、終わり」
笑みを浮かべ得意気に語るブラックローズを見て黒雪姫もまた笑った。
空元気かもしれない。しかし、この場に来て以来ずっと気になっていた心のつかえが取れた。
今はそれだけで十分だ。
「ではブラックローズ……共に戦って欲しい。私たちがこれからも関係を続けていく為にも……生き続ける為にも」
「了解。やってやるわ」
勇ましく剣を握りしめブラックローズは前を行く。
自分もそれに倣おうとするが、その前に一つ言葉を告げる相手が居た。
「弓兵」
黒雪姫は自分たちと同じく死神を前にして佇むアーチャーに対し言葉を投げかけた。
最後になるかもしれない会話の機会。だからこそ言っておかなければならない。
「何だよ、一体」
「ダン卿からの言伝だ」
そうして彼女は告げた。
ダンがアーチャーへ残した最後の言葉。謝罪と感謝の意を。
それを聞いたアーチャーは、
「はっ……」
疲れたように頭を抱え、短く笑った。
「本当、本当に馬鹿な爺さんだな。後悔だ? 俺に謝るだ?
なにやってんだよ……俺なんて別にいいだろ。そりゃ俺だって叶えたい願いくらいあったけどさ、でもいいだよ、所詮俺は過去の人間だ。
勝っても負けても消える身なんだ。なのに最後の最後にやることが俺に謝るとかよ……本当馬鹿だな。馬鹿ばっかりだ」
そう力なく項垂れた後、アーチャーは黒雪姫の方を向き、
「おい姫様よ。あの死神をやるんだろ、手伝うぜ」
「いいのか? しかしお前は――」
「いいんだよ。マスターを失ったとあっちゃ俺も持ってあと数十分の身だ。
なら……最後くらいマスターの遺した命令くらい守ってやるのもいい」
「そうか……」
彼女はそれ以上何も言わなかった。
アーチャーが今何を思い、何を為さんとしているのか。
言われずとも分かる。ならば、見るべきは一つ。
「今度はナビが加わるか。まぁ……幾ら増えようが同じことだ。
皆――破壊する」
死神が宙を浮かんでいる。
強大な力。自分たちを全員を相手にして尚落ちることのないこの敵を、討つ。
「行くぞ、ブラックローズ、アーチャー」
「うん、一発決めてやろうじゃないの!」
「やれやれ、さっきまで殺し合ってたやつと共闘とはまた俺には似合わない展開だ。
けどまぁいいさ。やってやるぜ」
アーチャーはそこで言葉を切り、軽薄な色を消した口調で再度口を開いた。
「おい姫様騎士様、俺に策がある。さっきまではやろうにもできなかったが、今この布陣なら行けるかもしれねえ」
◇
そうしてダン・ブラックモアのサーヴァントとして、最後の戦いが戦いが幕を上げた。
勝っても負けても、自分は消えるだろう。
目の前ではブラックローズとブラック・ロータス、二人の《黒》が死神相手に戦いを繰り広げている。
が、戦況は相変わらず芳しくない。元よりの火力差に加え、向こうは空を飛ぶことができる。
基本的に接近戦しかできない前衛二人にとって苦しい相手である筈だ。
あるいは黒雪姫/ブラック・ロータスが先の戦いで見せた長距離攻撃技なら死神を捉えうるかもしれないが、
しかし彼女が例の過剰光をその手に灯した瞬間、死神の動きが明らかに変った。
アウトレンジからの射撃だけでなく、鎌を中心にした接近戦の動きをし始め、更に今まで結界頼りで全く避けなかった敵が回避という動きを見せ始めたのだ。
明らかにあの過剰光を警戒している。どういう訳か知らないが、既に死神はあの技を見たことがあるらしい。
ならばやはり自分の策を決めるしかないだろう。
アーチャーはエリアの闇に潜みながら、一人矢を構えた。
(ったくこれが俺の最後の戦いとはね……つくづく似合わなねえよなぁ)
己の状況を鑑みて、アーチャーは口元を釣り上げた。
それは何時もの彼が見せていた、諦観と自虐の混じった、皮肉気で軽薄な笑みだった。
しかし、どういう訳か今の彼は何時も着いた回っていた筈の不満だけは感じてはいなかった。
(騎士と姫と共闘とする弓兵……こんな正統派な役割は俺には無理だっての。
全く……どれもこれもアンタのせいですぜ、ダンナ。
本当、アンタとの戦いはつまんなかったよ。最後の最後までロクなことがなかった)
その視線の先に死神を捉え、精神を集中させていく。
(確かにアンタの言う通り俺は別に後悔なんてしてなかった。
誇りなんて要らない。正々堂々とか、騎士道だとか、そんなものは犬に食わせておけって感じだ。そんな生き方をしたことを……別に恥じてなんかいねえ。
楽しければ……守るモンを守れればそれでいい。結果として友も名声も富も大体得たしな。それで良かったんだ。
でもまぁ逆にいえば――)
僅かに残った己の魔力を全て注ぎ込み、一撃を完成させんとする。
これが正真正銘最後の一撃となるだろう。
(――それだけは持ってなかったんだ、俺は。戦いというものを、誇りの持てる生き方というものを、それだけは。
だから、まぁ悪くはなかったぜ。結果はどうあれ自分の持っていないものに挑戦するってのは。
たまにならこんなことをやってみるのも悪くはねえ。だから、最後の命令くらいやり遂げて見せるぜ。
何たって俺は――ダン・ブラックモアのサーヴァントだからな)
「我が墓地はこの矢の先に……森の恵みよ……圧政者への毒となれ」
アーチャーは言葉を紡ぐ。彼が彼であることを象徴する力を開放すべく。
「毒だと? またか小賢しい」
死神が困惑の声を上げた。先ほどから仕込んでいた毒へ、誘導が成功したのだ。
そして彼はケルトの神聖なる樹木より作り上げた猛毒の弓を引いた。
「毒血、深緑より沸き出ずる! 隠なばりの賢人、ドルイドの秘蹟を知れ!」
――【祈りの弓/イー・バウ】
それはアーチャー/ロビンフッドが生前使っていたという、冥界に通じるとされるイチイの樹で作り上げた弓。
「森と一体化する」その意味を込めた弓から放たれる矢はあらゆる不浄を瞬間的に増幅させる。
それが不浄――イチイの毒に曝された死神の下へ吸い込まれていく。
そして、炸裂。
◇
死神――フォルテの纏う結界/オーラには一つ性質があった。
オーラは破られない限りあらゆる攻撃を防ぎ切るが、例外的にオーラの上からでもダメージが通るものがあるのだ。
それこそ毒――毒沼パネルなどに代表される地形効果だ。
無論アーチャーがこのこと知っている訳ではないが、しかし予想できたことでもあった。
先程の戦いでフォルテは彼が植えたイチイの樹を即座に破壊した。
矢からの防御はオーラに任せ無視していたに等しいのに、それが毒だと気付いた瞬間、破壊に走ったのだ。
もし毒もあの結界で遮ることができるのなら、矢と同様無視しても構わなかった筈なのに。
故に彼は考えた。もしやあの結界の上からでも毒は通じるのではないかと。
が、分かったところで意味はない。
毒を撒いたところで即座に源を破壊されてしまうのでは戦術に組み込むことなどできない。
とはいえそれは一人で戦っていた場合のことだ。
前衛の二人がいる今ではその限りではなく――
「オーラの、上からだと……?」
不浄――毒に侵されたフォルテは【祈りの弓】のダメージを受け胸を抑える。
今まで無視した矢から受ける突然の痛み。その事実に一瞬動きが止まった。
その隙を逃すことなく、二対の《黒》が彼へと襲いかかる。
「行くわよ!」
「これで決めるぞ」
一閃。
刃が空を走り、重なる連撃となってフォルテを捉えた。
フォルテはその結界を弾けさせエリアの闇の中へと堕ちていく。
最後に憎悪と屈辱に満ちた叫びを上げつつも、エリアの底に広がる闇へと消えていった。
◇
「やったか、何て野暮なことを聞くもんじゃないよな。
んなことはどうでもいい。俺は……いや、俺たちは勝ったんだ。
そういうことにしといてくれ、最後くらい、気持ちよく終わりたい」
エリアの端から広がる虚空を見下ろし、アーチャーは言った。
後ろではブラックローズと黒雪姫が腰を落ち着けている。
黒雪姫の方は既に蝶のアバターに姿を切り替えていた。彼女らの視線に先にあるのは、殺し合う仲でありながら何故か共闘してしまった相手だ。
何とも奇妙な構図にアーチャーは息を吐いた。まぁ上手く行くとは思っていなかったが、少なくとも最悪という訳ではないだろう。
敵に一撃喰らわせることには成功したが、その行方までは分かっていない。
死んだのか、はたまたしぶとく生きているのか、それを確認する気力は流石に残っては居なかった。
勝ちはしたものの、皆が皆深い傷を負っている。アーチャーも、ブラックローズも、黒雪姫も。
「ま、もうすぐ消える俺には関係ないことなんだけどな。やっこさんが生きていようといまいと。
あの敵がどうなるにせよ、俺はもう二度と顔を突き合わせることはない。それだけは万々歳だ。」
アーチャーはそう言って口元を釣り上げた。何度も見せた、皮肉気な笑み。
彼が未だに現界していられるのはひとえにクラス特性故だ。
単独行動……マスターからの魔力供給なしでもある程度は独立して動くことのできる。そのスキルがあるからこそ、ダンが息絶えた後も彼は現界し続けられた。
だがその猶予も尽きた頃だろう。宝具まで使ってしまったのだ。今こうして立っていられることの方が驚きだ。
己に残された時間を自覚して、最後は何と言ってやろうかと考えたが、結局彼は何時ものように笑うことにした。
何か粋な時世の句を残していくなど、自分には似合わない。
今まで散々似合わない役割を演じてきたのだ。これ以上そんな役目を負いたくはない。
「んじゃな、黒い姫様に黒い騎士様。俺はここで一抜けるぜ。
もう二度と会うことはないだろうが、精々幸運を願っているぜ。
――出来る範囲で、納得の行く仕事をしてくれよ」
彼は少女たちに振り返り、そう言って手を振った。
彼なりの、別れの挨拶だった。
そして魔力の枯渇と同時に彼の身体はうっすらと消え――
「ふふふ……笑わせてくれるな」
「あははは、何それアンタ恰好よく決めてるつもり?」
――はしなかった。
「は?」
アーチャーは呆けたように言い、何故か目の前で声を上げて笑っている二人を尻目に己の身体を見た。
そろそろ来ると思っていた消失が来ない。この緑衣の痩躯は霧散することなく世界に留まっている。
どういうことだ。
そう問いかける前に、黒雪姫が己の手の甲を晒した。
そこには、純白の肌の上にくっきりと浮かび上がる赤い紋章が――
「て、ちょっと待て令呪だと?」
「ああ、そうだよ。これがあれば君は消えないのだろう? 弓兵」
悠々と語る黒雪姫に対しアーチャーは呆然と立ち尽くした。
これはつまり、そういうことか? 問いかけるのが恐ろしく彼は黙るしかなかった。
「ダン卿が今際の際に私に託してくれた。彼は信じていたのだよ、君があの敵を退けると」
「待て待て、じゃあつまりこれはアレか。今の俺のマスターは……」
「私だ」
「……マジか?」
「マジだっての。あ、ちなみにアタシはちょっと前に教えて貰ったわよ、アンタには内緒でね」
今の自分がどんな顔をしているのか、鏡がないので分からないがきっと余程呆けた顔をしていたのだろう。
目の前で笑い合う二人の少女を見れば、それは明らかだった。
「じゃあつまり俺はこれから延長戦突入って訳か。
冗談キツいぜ全く……」
「そういうことだ。まぁこうして私がマスターになったからにはこれからコキ使わせて貰うぞ。
今までの恨みもあることだし、な。まぁ期待しておいてくれたまえ」
「……はぁ、どうして俺のマスターってのはこうなんだ。もうちょいマシな巡り合わせもあっただろ。あーマジか、まだ信じらんねえ」
「あははは、まぁとにかくこれでアタシたちの間には何も隠し事はなくなったって訳ね」
笑みを噛み殺しながらブラックローズが言った。
「ああ、そういう訳だな。何というか……清々しいものだな。
同時に馬鹿らしく思う。先ほどまでの、色々無駄に考えてしまっていた自分がな」
黒雪姫が悠然とそう口にした。
「そうかいそうかい。俺は今の状況が馬鹿らしくてしょうがないぜ」
アーチャーが肩を下ろし疲れたように言った。
そうして三人は顔を突き合わせた。
皆それぞれ思うことはあれ、一つ皆で共有していることがあった。
こうしてあの強大な敵を退けることができたのは、皆が皆自分の心中を明かしたからだということを。
信じる信じられない、その距離を埋めるべく、一歩踏み出すことができたから、こうして笑い合うことができている。
「はぁ、じゃあまぁとりあえず休ませてもらうざ。ちょっと休暇を貰えねえと、とてもじゃないが働けそうにねえ」
「アタシもー正直疲れたわ全く」
「そうだな。一先ずは休憩と行こう。あまり安全な場所とはいえないが止むを得ん。
先程届いていたメールの確認なんかもしなくてはならないしな――だがその前に」
黒雪姫はふっと笑みを浮かべ、
「こうして正式にパーティを組むことになったのだ。
ここは一つ、名前を決めようではないか。結束の証として。
例えばそうだ、こんなのはどうだ――」
そうして彼女は告げた。
こうしてできた結束の名を、これから共に歩む筈の者たちに向かって。
[B-10/ウラインターネット/1日目・朝]
『黒薔薇騎士団』
【ブラック・ロータス@アクセル・ワールド】
[ステータス]:HP40%/デュエルアバター
[装備]:なし
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品1〜3
[思考]
基本:バトルロワイアルには乗らない。
1:ブラックローズ、アーチャーと共に行動する。
[サーヴァント]:アーチャー(ロビンフッド)
[ステータス]:ダメージ(大)、魔力消費(大)
[思考]
1:……マジ?
[備考]
時期は少なくとも9巻より後。
【ブラックローズ@.hack//】
[ステータス]:HP20%
[装備]:紅蓮剣・赤鉄@.hack//G.U.
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜2
[思考]
基本:バトルロワイアルを止める。
1:黒雪姫、アーチャーと共に行動する。
※時期は原作終了後、ミア復活イベントを終了しているかは不明。
暗い暗いウラインターネットの闇を抜け、彼はアメリカエリアへと足を進めた。
急に視界が開け、久しく感じることなかった類の眩しさに彼は思わず目を覆った。
「……何だここは。まるで現実世界だな」
不満そうにそう言いつつも、彼は足を止めない。
三度に渡る戦いの果てに彼はひどく傷を負っている。
傷を癒さねばならない。幸い、その伝手はある。
「ポイント……まぁこれだけあれば足りるだろう」
何時の間にか届いていたメールの情報と、ステータス画面に表示された数値を見て、彼はぼそりと呟いた。
表示されていたポイント数は[750ポイント]。1kill300ポイントではありえない数値であるが、彼は一つのアイテムの存在を思い出した。
ゆらめきの虹鱗――あの装備にバフされていた「獲得GPとアイテムドロップ率がそれぞれ25%アップする」というスキルが発動したのだろう。
あの時は使い道の分からないと思ったスキルであったが、成程こういう形で効果があるのか。
その増加分を鑑みて今の自分のkill数は2。
今しがたの戦いで人間の老人を倒した感触があったが、そちらはカウントされていないらしい。
取り逃がしたか、はたまた時間の都合によるものか、分からないが。
そうして再び無言で歩いていると、目当ての施設らしきものが見えてきた。
ゲートから真直ぐ西へ行ったアメリカエリアの端、ショップ。
そこにいけばまた装備を整えることもできるだろう。
(……何故だ)
そうして進み続ける彼はただ自問していた。
何故自分はまた敗けたのか、と。
(『絆』……そんなものに何故敗れたのだ、一度ならず二度も……)
彼、フォルテは問い続ける。
自分が抱える、この焼けつくような苛立ちの意味を。
[E-9/アメリカエリア・ショップ付近/1日目・朝]
【フォルテ@ロックマンエグゼ3】
[ステータス]:HP15%、MP40/70、オーラ消失
[装備]:{死ヲ刻ム影、ゆらめきの虹鱗鎧、ゆらめきの虹鱗}@.hack//G.U.、空気撃ち/二の太刀@Fate/EXTRA
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜1個
[思考・状況]
基本:全てを破壊する。生身の人間がいるならそちらを優先して破壊する。
1:アメリカエリア経由でアリーナへ向かう。
2:ショップをチェックし、HPを回復する手段を探す。
3:このデスゲームで新たな“力”を手に入れる。
4:シルバー・クロウの使ったアビリティ(心意技)に強い興味。
5:キリトに対する強い苛立ち。
[備考]
※参戦時期はプロトに取り込まれる前。
※バルムンクのデータを吸収したことにより、以下のアビリティを獲得しました。
・剣士(ブレイドユーザー)のジョブ設定 ・『翼』による飛行能力
※レンのデータを吸収したことにより、『成長』または『進化の可能性』を獲得しました。
投下終了です
投下乙です。
姫に仕え、騎士と共闘する。
これじゃ緑茶が真っ当な英霊のようだ!
ライダーに続いて、アーチャーもバースト・リンカーに鞍替えか。
そしてフォルテは、またオーラ消えた!
ダン卿逝ったか。雨降って地固まりはしたがしたが残念だ
ロータスと黒薔薇の、刃を重ねたシーンは『侵食汚染』を思い出してニヤリとした
緑茶さんはこれで正道進むことができればいいけど、新たなマスターは次の放送がなぁ
投下乙でした
>>247
フォルテの霊圧、じゃねぇ、オーラが消えた…
乙です
ダン、逝ったか……しかし、最期の言葉でロータスにアーチャーを前に進ませたし、決して無駄死にじゃなかったのは救いだな。
アーチャーもまさかの主変更とは思わなかったが、相性的には確かに前衛後衛でこれかなりありなんだよなぁw
しかし不安なのは、ロータスもブラックローズも、戦闘の真っ最中だからメールを無視してるって点なんだよなぁ。
クリキンにワイズマンにバルムンクと、知り合いが既に消えてる訳だし、精神的にちとくるものがありそうだ。
ましてや次の放送じゃ、ロータスがゼロフィルしかねんから恐い……
そしてフォルテが色々とやばい目に。
キリト&シルバー・クロウでも強かったのに、キリト並に激戦潜りぬけてきているブラックローズ&クロウよりはっきり上のロータスコンビが来た上で、
更にアーチャー追加とか、確かにこら勝てんわw
投下乙です、フォルテは順調な過労っぷりだなぁ。それでいて好カード連続だっていうんだから流石というか、オーラは毎回過労死してるがw
ダンさん・・・ウッ(´;ω;`)
最後の遺言で涙出てきちゃったよ
そしてアーチャーとも黄金の別離と思ったらちゃっかり再契約してた黒雪姫www
カッコよく消滅しようとしていたアーチャーと、もっ先さん命名の厨二ネーミングで吹いたwww
これより、予約分の投下を開始します。
1◆
慎二と彼に付いていったアーチャー、そしてヒースクリフこと茅場晶彦と別れてから、三十分ほどが経った。
痛みの森はすでに抜け、現在は右手に山が見える草原を歩いている。位置的には【D~E-4~5】という、非常に曖昧な地点となるだろう。
ここから月見原学園に向かうには、右手に見える山を越えるか、迂回する必要がある。
あるいは、迂回するルートからマク・アヌへと向かい、ゲートからアリーナ経由で寄り道するのもいいかもしれない。
「奏者よ、余はアリーナに行ってみたい。この世界における闘技場(コロッセオ)が気になるぞ」
「私は断然山ですね。ムーンセルは海がベースとなっていましたので、久方振りに山を登ってみたくあります」
「なるほどな。キャス狐は狐らしく野山を駆け回りたいというワケか。人の姿をしていても、所詮は獣ということよな」
「あら、そう言うセイバーさんこそ、アリーナに向かいたいだなんて野蛮ですこと。さすが脳筋なだけありますね」
早速始まる赤青二人の言い争い。
険悪な雰囲気こそないものの、ケンカくらいならいつ始まってもおかしくなさそうなその様子に、もう胃が痛くなりそうになる。
………ああ、アーチャー。別行動を取ってからそう時間は経ってないけど、早くも君が恋しいよ。
「まあもっとも、それも新情報が判明した(materialが発売された)ことで覆りましたけど。
ホント驚きです。セイバーさんの本来の筋力値が、まさか脳筋どころか平均(アーチャーさん)以下のDランクだなんて。
それでよくライオンの裸締めなんてできましたね。俊敏Eの最速のサーヴァント(黒い方のランサーさん)の例があるとはいえ、最優と謳われるセイバークラスのステータスだなんてとても信じられません。魂の改竄の凄さ素晴らしさを、つくづく実感できました」
「うむ、もっと褒めるがよい」
「いえ、別に褒めてませんけど」
そう赤い背中を偲んでいる内に、二人の話が横道に逸れた。
どうやらケンカは回避されたようで、ひとまず安心して胸を撫で下ろす。
「ハクノさん自身はどこに向かいたいんですか?
あ、私はどこでも構いませんよ。リアルの感覚は新鮮ですので、全部に興味がありますから」
ユイはそう言うと、胸ポケットから抜け出し、少女の姿となって草原の上をくるくる踊る。
仮想世界のAIであった彼女にしてみれば、現実世界に等しい感覚というのは、いわば赤ん坊が生まれた時に感じる外界に対する感触に近いのだろう。
要するに、どれだけ高性能なAIであろうと、今のユイは見た目通りの子供、という訳だ。
それはカイトも同じはずだが、外見からは相変わらず何を考えているかわからない。けれど、今彼が和んでいることはなんとなく感じ取れた。
「? どうしたんですか、ハクノさん」
自分の様子が気になったのか、ユイがはしゃぐのを止めて声をかけてきた。
それに何でもない、と小さく首を振って答える。
ともかく、ここからどこに向かうべきか。
セイバーは街を希望し、キャスターは山を希望している。
アーチャーなら無駄な危険は避けるべきだと、迂回するルートを薦めるだろう。
自分は――――
>山を越える
山を迂回する
マク・アヌに向かう
山を超えよう。
街も気にならないわけではないが、今は月見原学園に向かうことを優先したい。
かと言って山を迂回するルートでは、当初の目的である道中での情報収集の効率も悪そうだ。
比べて山越えルートなら、直線距離ではこちらが一番近いし、道中に洞窟や崖といった地形もある。
載せる必要のなさそうなこれらの場所が、わざわざマップに載せられている理由も気になる。
そしてなにより、海をベースにしたSE.RA.PHにはなかった、『山』というものを経験してみたい。
―――つまり要約すると、そこに山があるからだ。
「やったー! ありがとうございますご主人様」
「ぐぬぬ……奏者がそう言うのであれば仕方あるまい。
だが、学園に着いた後の次の目的地はアリーナにするのだぞ! 絶対だからな!」
ピョンピョンと飛び跳ねて喜ぶキャスターに対し、セイバーは悔しそうな顔をしている。
そんな彼女に対し、わかった、次はアリーナに向かおうと約束をし、それからユイとカイトへと声をかける。
「出発ですね、了解しました」
「……………………」
ユイが妖精の姿になってポケットに入り、カイトも頷いて定位置に付いたのを確認する。
出来ればセイバーたちには霊体化してもらいたいが、それに関してはもう諦めた。
そうして移動の準備が整ったところで、目的地となる山へと向けて歩き出した。
―――現状、一つ懸念があるとすれば、月見原学園に到着した後の事だ。
その後にアリーナに向かうと約束はしたが、モラトリアムが開始された以上、学園には多くの参加者たちが集まってくるだろう。
そんな参加者たちが一堂に会した時、果たして何が起こるのか………。
セイバーには悪いが、アリーナへ向かうのはもうしばらく後になりそうな予感がした。
2◆◆
「ハァ―――、ハァ―――」
――――走る。
ただ闇雲に走り続ける。
息を切らし、足を取られながらも、森の中を走っていく。
ここがどこであるか、どのような危険があるかなど、もはや欠片も思い至らない。
少女はただ、心の内にあるたった一つの感情に従って、死に物狂いで走り続けていた。
「ハァ―――、ハ………ッ、ハ―――ァ」
死にたくない。
頭にあるのはそれだけだ。それだけを胸に、少女は走り続けている。
恐怖に囚われた彼女には、自身がどうなっているかにさえ気づけない。
もはやその瞳には、自身に迫る死の恐怖しか映っていなかった。
……いや、もはや恐怖さ映ってはいない。
死の恐怖から逃れるために、少女の意識は現実から目を逸らし、思考を閉ざしている。
現実を拒絶した少女がなお走り続けているのは、恐怖から逃れるための防衛本能のようなものだった。
「ッハ、ッ―――い、いやだ………」
“………死にたくない――――!!”
頭にあるのはそれだけだ。
少女はただ、死にたくないがために、己も気づかぬ間に死の森を走り続けていた。
息を切らし、足を取られながら、ここがどこであるか、どのような死地であるかも解らぬままに。
“イヤ……嫌だよ………、こんなの、嫌だ――――!”
――――死にたくない。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死
たくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にた
い死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない
にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死に
ない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない誰かたすけて死にたくない死にたくない死にたくな
くない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたく
「ァ――――、…………ッッッ!!!!!!」
不意に何かに足を取られ、地面へと勢いよく倒れ込む。
受け身を取ることもできず体を打ち付け、激しい痛みによって僅かに我に返る。
足元を見れば、そこには割れた板のような何かがあった。どうやらこれに躓いたらしい。
辺りを見渡せば、そこは薄暗い、不安を煽る様な深い森。痛覚とダメージを倍増させる、死を招く罪界。
「いやだ………死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない………っ!」
自分がいる場所を理解しても、いや、理解したからこそ、少女は立ち上がる気力さえ失い、その場で蹲って恐怖に震える。
その感情に反応するかのように、少女の周囲にある黒い点のようなものが脈動する。
それは次第に数を増やし始め、徐々に少女の体を覆っていく。
「答えろ。お前は何者だ」
「――――――――――」
そこに二つの足音が、少女へと近づいてきた。
呼びかけられた声に反応し、少女は虚ろな瞳を人影へと向けた。
†
――――不意に、森の奥から足音が聞こえた。
数は一人分。ずいぶん慌てているらしく、何度も足を取られているのが聞いて取れる。
「ブルース」
「プレイヤーか?」
「うん。人数は一人で、ずいぶん慌ててるみたい」
「そうか」
ピンクの言葉に、ブルースは頷いて立ち上がる。
その人物がいかなる理由で慌てているかは知らない。
急いで森を抜けようとしているのかもしれないが、だとし関係はない。
重要なのは、その人物が『悪』であるか否かだけだ。そして―――『悪』であれば、討つだけだ。
「行くぞ、ピンク。案内してくれ」
「わかったわ。ついて来て」
そう言って歩き始めたピンクの後を、其の誓いを胸にブルースは付いていった。
そうしてそう間もなく、二人は目的の人物の近くまでやってきていた。
ピンクの感知した情報によれば、躓いて倒れた後は蹲り、死にたくない、と繰り返しているらしい。
その報告を聞いてブルースは感心した。
ピンクから聞いてはいたが、彼女の情報収集能力は非常に優れている。
話によれば、疑似的な未来予測さえも可能とするらしいから、その制度は推して知るべしだろう。
本人によると彼女はヒーローらしく、現実の身体能力もただの人間以上らしい。
しかし現在はネットのアバターであるため、それを発揮することはできないらしいが。
――それはつまり、彼女がいつもの感覚で動けば、必ずその動作に遅れが生じるということだ。
その遅れは、とっさの判断を要する場面においては致命的な遅延になりかねないだろう。
「ピンク。相手が一人で、無力な人間のように見えたとしても、決して油断はするな。
相手が一手で状況を逆転させ得るチップを持っている可能性もある」
「わかってるわよ、そんなこと。二度と同じ手には掛からないんだから」
「……ならいいが」
気を引き締めるためにブルースが忠告するが、理解しているのかいないのか、ピンクは憤りを胸に、戦意を激しく燃やしていた。
よほど先ほど騙されたことが腹に据えかねているらしい。
強く意気込むのは構わないが、スタンドプレーに奔らないか不安でもある。
そう言葉を交わしている内に、ブルースは目的の人物を視認する。
蹲っていて顔は見えないが、おそらくは中から高校生くらいの少女。
自分たちの接近に気付いていないのか、彼女は蹲ったまま、死にたくないと繰り返している。
ピンクの報告通りだ。
彼女に何があったかは知らないが、尋常な様子ではない。
言葉通り本当に死にたくないのなら、こんな所で蹲ってないで、早々に立ち去るべきだろう。
被ダメージが倍増しているこの森でそんな隙を見せていれば、殺してくれと言っているようなものだ。
あるいはそれ自体が罠で、近づいてきたものを殺そうとしているのか、………もしくはそんな事にさえ思い至らないほどに錯乱しているのか。
ピンクに目配せをし、彼女が頷いたのを確認して少女へと近づく。
遠すぎヅ地下過ぎない距離で足を止め、ブルースは少女へと声をかける。
「答えろ。お前は何者だ」
「――――――――――」
答えはない。
だが少女は顔を上げ、虚ろな瞳でこちらを視認する。
―――――少女の周囲に、無数の黒い点が浮かび上がる。
「ッ――――!!」
「な、何あれ!?」
一気に警戒レベルを引き上げる。
正体のわからない、バグのような無数の黒点。
それは主催者である榊と、最初に遭遇した『悪』の女と同じものだ。
「貴様……榊の仲間か」
「――――――――」
「答えろ。さもなくば、―――斬る」
「――――――――」
ブルースの詰問に、少女は答えない。
いや、その虚ろな瞳からは、彼女が自分たちを正しく認識しているのかさえ判別できない。
少女が『悪』であるか以前の問題だ。その様子からは、彼女が何を仕出かすかさえ予想できない。
………『悪』ではないかもしれないが、非常に『危険』だ。
「………そうか」
ブルースはそう静かに嘆息し、右腕にソードを展開して構える。
警告はした。その上で沈黙通すのであれば、宣告通り斬るだけだ。
……ただし、デリートはしない。反撃できぬよう、腕を落とすだけだ。
『危険』ではあっても『悪』であるか判別できない以上、それはまだ討つべきものではないからだ。
「……………………」
「――――――――」
少女の前に立ち、右腕のソードを振り上げる。
だが少女は、その光景を目の前にしてなお、虚ろな視線だけを向けるだけだ。
その様子に若干の憐れみを覚えながらも、ブルースは躊躇なく、少女へと向けてその刃を振り下ろした――――。
3◆◆◆
周囲を注意深く見渡しながら、木々の間を駆け抜ける。
少女を追っていったキリトの姿は見当たらない。すでに森の深くへと進んでいるようだ。
出来るだけ急いで追いかけたつもりだが、一人だけである分、彼の方が速いらしい。
「すいません……足手纏いになってしまって」
そんな事を考えていると、カオルがそう謝ってきた。
自分のせいでユウキが全力で飛べないことに、自責の念を覚えているらしい。
だがそれを、ユウキは首を振って否定する。
「気にしなくていいよ。もともとキリトの事は見失っていたし、闇雲に探しても多分見つけられないから。
それよりは少し遅くなっても、二人で確実に探した方がいいでしょ?」
「ユウキさん………ありがとうございます」
「気にしなくていいって。
それより、もっとしっかり掴まって。急いだ方がいいのは確かだから、少し速度を上げるよ」
そう言ってユウキは、より速度を出そうと肩甲骨へ意識を向けた。
―――その瞬間。
「――――ッ!!」
前方の木々が唐突に燃え上がり、炎の壁へと変化した。
「カオルッ!」
「キャッ!?」
ユウキはそれを視認すると同時に、一瞬で出せる最高速度まで加速した後、カオルを庇うように抱え込んで体を丸めた。
より加速しようとしていた矢先。無理に停止しようとするよりは、一気に潜り抜ける方が安全だと判断したのだ。
「ヅッ……!」
炎の壁へと背中から突っ込み、体を炎に炙られる激しい痛みに苦痛の声を上げる。
だがそれも一瞬のこと。
ユウキの身体は炎の壁を難なく突破し、地面へと危なげなく着地する。
「カオル、大丈夫?」
「はい、私は大丈夫です。ユウキさんは?」
「私も大丈夫。それより―――」
言って、カオルを地面へと下ろし、右手を剣へと添えて立ち上がる。
その視線は鋭く、炎の壁の発生源へと向けられている。
炎によって照らし出された木の陰にいる、宵闇色のロボットへと。
「どういうつもりかな。いきなり森を燃やすなんで、危ないじゃないか」
「いえ、すみません。貴方方に止まってもらうには、こうした方が手っ取り早かったものですから」
ユウキの投げかけた詰問に、闇色のロボットはそう答える。
言葉こそ一応謝ってはいるが、その声からは反省の色が全く見えない。
このロボットは、自分の仕出かした事を悪いとまったく思っていないのだ。
「……それじゃあ聞くけど、何の用? ボク達、今急いでるんだけど」
「いえ、簡単なことです。貴方が了承してくれればすぐに済みますから。
僕はただ、貴方の持つあるものが欲しいだけなんです」
「欲しいもの?」
「ええ」
そう言うとロボットは、左手の人差指をゆっくりとユウキへと差し向けた。
「貴方の背にあるその羽を頂きたいと思いまして」
「ボクの、羽を?」
ロボットのその言葉を、ユウキは僅かに訝しがる。
ユウキのアバターが持つ翅は、ALOの妖精であれば誰もが持つ基本的な機能だ。
あげたり貰ったりするものではないし、そもそもそう言うことができるものではない。
「それは無理だよ。この翅はそういったことができるものじゃないんだ」
「貴方の意志など関係ありませんよ。重要なのは、僕が欲しいと思ったこと、ただそれだけです」
「……………………」
その自分勝手な言葉に、ユウキは思わず眉を顰める。
この分ではおそらく、システム的にできないんだと懇切丁寧に教えたところで、このロボットは聞き入れないだろう。
「どうしますか? その羽を、僕に渡すのか、それとも渡さないのか。どちらを選んだとしても、結局は同じことですけどね」
「……あのさぁ。さっきも言ったけど、この翅はこのアバターの付属機能で、トレードはできないの。
それにこれも言ったけど、ボク達は急いでるんだ。子供みたいな我が儘で邪魔するなら―――斬るよ?」
「なるほど、交渉決裂ですか。なら話は簡単です。多少手間がかかりますが、無理やり奪わせていただきます」
そう言うとロボットは、その両手を輝かせ始めた。
太い棒のようだった右腕は、ペンチの様な大型カッターに。人の形をしていた左腕は、イソギンチャクのような長い触手に。
それはもはや、どう見てもテレビの特撮ヒーロー物に出てくる悪の怪人のようなデザインだった。
「――――――――」
そんなロボットの姿を横目に、ちらりと、背中の翅へと目を向ける。
いつもなら止めどなく漂っている翅の燐光が、今はほんの少ししか見えない。
おそらくはこのデスゲームにおける制限。昔のALOにあったという、『対空制限』とやらが掛けられているのだろう。
あとどれだけの間飛んでいられるかは判らないが、あのロボットを振り切るには多分足りない。
次いでHPゲージへと視線を移す。
残り約八割。あの炎で一割ほど削られている。
ほとんど一瞬で潜り抜けたと思ったが、痛みの森の影響もあり、思ったよりもダメージを受けている。
だがあのロボットと戦う分には、まだ十分残っていると思われる。
「カオル、下がってて」
カオルにそう声をかけ、ランベントライトを抜き構える。
その視線はより鋭く、ロボットの一挙一等足を見逃すまいと強く睨み付ける。
あのロボットのステータスがどれほどかはわからないが、おそらく実力自体はそう高くないだろう。
何故ならあのロボットからは、キリトの様な本当の強者が持つ気迫のようなものを感じられないからだ。
いや、むしろその逆。ロボットから感じ取れるのは、アバターの高いステータスに頼った、中途半端な実力者のそれだ。
故に、ロボットの技量自体はさして脅威には感じていない。むしろ警戒すべきは、痛みの森のフィールドエフェクトだ。
――――被ダメージおよび痛覚の倍増。
痛みには慣れているためまだ問題ない。問題なのは、被ダメージの倍増だ。
それによって、相手のステータス次第では一気に窮地に追い込まれる可能性もある。
だが――――。
「ユウキさん、気を付けてください」
「うん。わかってる。心配はいらないよ。
カオルこそ、危なくなったらすぐ逃げてよね」
「はい。もちろんです」
カオルの気遣いにそう答えつつ、ユウキは油断なくロボットを見据える。
攻撃を受けるのが危険ならば、受けなければいいだけの事だ。
戦法は回避と防御を重視。相手の攻撃を受けないことを最優先にする。
重要なのは相手を倒すことではなく、退けること。キリトの事が心配ではあるが、焦って自分を危険に晒しては意味がない。
「さあ。その剣も、その羽も。貴方の全てを、奪い尽くして差し上げます………!」
ロボットがその言葉とともに、異形の両腕を広げ迫り来る。
「悪いけど、あんたにあげるモノなんて何にもないよ―――!」
対するユウキもそれに応戦し、その手の細剣を閃かせた――――。
4◆◆◆◆
「――――サチ」
――――走る。
ただ一人の少女を探して走り続ける。
無理やりに息を整え、足を取られないよう注意しながらも、キリトは森の中を駆け回る。
この場所は危険だ。開始されたイベントによって、通常以上に『死にやすい』場所となっている。
一刻も早くサチを見つけないと、また目の前で、彼女が死んでしまうかもしれない。
「ッ…………!」
そんなのは嫌だ。
また彼女が死ぬのは嫌だ。
手が届いたはずなのに、目の前で死なれるのは嫌だ。
大切な人が死んでしまうことだけは、どんな理由であっても、絶対に嫌だった。
「サチ、どこにいるんだッ――!!」
木々の間を全速力で駆け抜けながら、素早く視界を巡らせる。
同時に声を張り上げ、森のどこかにいるはずの少女へと呼びかける。
………だが、答えは返ってこない。少女の姿も見当たらない。
その事実に、焦りばかりが募っていく。
「サチィ―――ッ!!」
当てもなく、ただひたすらに走り続ける。
サチは一体、どこにいるのか。
身を焦がす焦りに、もしかしたら彼女の事は、もう二度と見つけられないのではないか? とさえ考えてしまう。
それの意味することは、つまり――――とそこで思考を停止させ、必死にその考えを否定する。
見つけられないなんてことは絶対にない。彼女を見つけられるまで、いつまでも探し続ける。
――――だから、無事でいてくれ、サチ……!
………今のキリトには、サチを見つけてどうするのかという考えはない。
いやそれ以前に、そもそも少女は、彼の呼び声から逃げているのではないか、ということにさえ思い至らない。
何故なら――少年もまた、ある意味においては少女と同じく、現実から目を逸らしていたからだ。
―――だから、キリトがサチを発見できたのは、純然たる幸運によってのものだった。
しかしそれは、果たして本当に彼のための幸運だったのだろうか――――。
「ッ……!!」
視界の淵に映る木々の間に、ほんの一瞬赤い人影が映る。
それに思わず足を止め、そちらの方へと注視する。
一体何をしているのか。赤い人影――男は、光剣のような右腕を振り上げている。
その足元には、今朝に自分が捜している少女の姿が――――
「サ、――――ッ!!!」
考えるより早く駆け出し、同時に魔剣を構え渾身の一撃を放つ。
ライトエフェクトを纏った魔剣が、ジェットエンジンのような効果音を放つ。
彼我の距離は一瞬で詰められ、魔剣の切っ先が赤い男を捉える。
ソードスキル、ヴォーパルストライク。
両手重槍スキル並の威力を持つ単発重攻撃を、相手を確実に仕留めるつもりで繰り出す。
だが――――。
「ブルース、危ない!」
その一撃が届くより早く、もう一つの人影が男へと警鐘する。
それと同時か、やや遅れて男は反応し、その左腕を盾へと変化させる。
…………関係ない。その盾ごと、ブチ破るッ……!
「ウオオォアアアア―――――ッッ!!!」
魔剣の切っ先が盾と接触すると同時に、最後の踏み足に渾身の力を込める。
直後。ドゴンと激しい音を立てて男の体が弾き飛ばされる。
しかし、手応えはない。事実赤い男は、危なげなく着地して即座に体勢を立て直していた
見ればその盾は、中央からややズレた位置に大きな亀裂が奔っているだけで砕けてはいない。
「ブルース、大丈夫!?」
「問題ない。だが次からはもう少し早めに警告してくれ」
「ゴメン。割と近くの方で戦闘が始まったから、そっちに気を取られてた」
男たちが、何かを喋っている。一体何の話だろうか。
―――いや、そんな事はどうでもいい。重要なのは、サチが無事かどうかだけだ。
「サチ、大丈夫か! ッ……!?」
目の前の男達を警戒しながら、背後に庇ったサチへと振り返り、彼女の状態に目を疑った。
地面に座り込むサチの姿は、異様の一言に尽きた。
こちらを呆然と見つめる彼女の瞳は虚ろで、意思の光と呼べるものが見当たらない。
―――それはいい。問題ではあるが、SAOの始まりの街にいた、デスゲームに絶望したプレイヤーにも見られた状態だ。
だから異様なのはそれ以外の事。
一体サチに何があったのか。彼女の身体(アバター)は黒いナニカに覆われ、その周囲には黒い孔の様な点が、出現と消失を繰り返しながら漂っていた。
「サチ……?」
呼びかける声に、反応はない。サチはただ、呆然と視線を向けてくるだけだ。
――――まるで目の前の現実を、正しく認識できていないかのように。
「ッ……。お前たち、サチに何をした……!」
歯を噛み砕けそうなほどに食い縛り、赤い男達へと詰問する。
最後にサチを見た時、彼女にこんな状態になる兆候は全く見受けられなかった。
ならばサチがこうなった原因は、目の前の男たち以外には考えられない。
「何も。俺がその女を見つけた時には、すでにその状態だった。
それよりも、お前はその女の仲間か?」
「嘘を吐くな! サチと逸れてから、そんなに時間は経っていない。お前たち以外に、サチに何か出来るわけないだろ!」
「嘘ではない。お前たちに何があったのかは知らんが、無意味な勘違いで誤解をするな」
「ッ! あくまで白を切る気か。だったら……力尽くでも聞き出してやるッ!」
魔剣を後ろ手に構え、赤い男を睨み付ける。
そんな俺に舌打ちをして、男も右腕の剣を構える。
「チッ。聞く耳持たず、か。
ピンク、構えろ。止むを得んが、戦闘を開始する」
「わかったわ」
こいつらは一体何者なのか。
―――どうでもいい。
一体何が目的で、何のためにサチをこんな状態にしたのか。
―――どうでもいい。
戦力の解らない敵ふたりを相手に、果たして勝つことができるのか。
―――そんなコトは、本当にどうでもいい。
「オオオオオオアアアア――――――ッッッ!!!!!」
たけり狂う激情のままに、男へと向け突進し、魔剣を振るう。
痛みの森のイベントの事も、相手を殺してしまう可能性さえも頭にない。
目の前の敵を倒し、サチを救う術を聞き出す。それだけが、今のキリトの行動原理だった。
5◆◆◆◆◆
岸波白野と別れた後、間桐慎二はアーチャーを引き連れて森の中を歩いていた。
奪われた自身のサーヴァント・ライダーを取り戻すには、何よりまず“アイツ”を見つけ出す必要がある。
あれからそれほど時間は経っていない。アイツはまだこの森のどこかか、あるいは森を抜けたばかりのはずだ。
急げばきっと追いつけるはずだが――――。
「慎二、焦る気持ちは理解できるが少し落ち着け。それでは見つけられるものも見つけられんぞ」
「ッ、うるさいなぁ。だったらお前には見つけられるのかよ」
「忘れたか? 私のクラスはアーチャーだ。多少制限を掛けられてはいるが、千里眼スキルも保有している。平原に出てしまえば補足は容易い」
「あ、ああ、そう言えばそうだったね」
「だが逆に、この森の中でそれを活かすことは難しい。目的の人物を見つけるのであれば、その者がどちらへと向かったかを探るべきだ」
「アイツがどっちへ向かったか、ね」
そう言われて、慎二は思考を巡らせる。
アーチャーのセリフは腹立たしくはあるが正論だ。
あのロボットがすでに森を出ているのなら、どの方角から出て行ったのかを知る必要があるし、まだ森に潜んでいるのなら奇襲を警戒するべきだ。
同じ手を二度も食らって、借り物である岸波のサーヴァントまで奪われる訳にはいかないのだから。
「なぁお前、この森から飛び上がって周囲を見渡すっていう事、出来るか?」
「可能ではあるが、推奨はできないな。逆にこちらが発見される可能性もあるし、ソイツが移動しているのならともかく、森に潜んでいる場合、発見できる保証はない」
「ならこの手はナシだね」
プレイヤーに見つかること自体は構わない。だがそいつと接触して、しかし何の情報も得られなかった、という事態は避けたい。
第一ソイツがPKだとしたら、その場で戦闘になる可能性もあるのだ。
そのせいで体力を無駄に消費して、アイツと遭遇した時には疲労困憊、なんてことになったら目も当てられない。
故にそんな無駄は冒せない。今はほんの少しの時間も体力も惜しいのだ。
「………そう言えばお前と岸波って、……あんまり認めたくないけど……、僕と戦って勝ったんだろ? 本当は強い英霊なのか?」
慎二のその疑問は、戦闘を想定したことで浮かび上がってきた疑問だった。
実際のところはさておき、彼自身は己が優れたマスターだと認識している。
故にそんな自分のサーヴァントであるライダーもまた、相応に強力な英霊だという自信があった。
だが岸波白野は、そんな自分を倒して第二回戦へと進んだらしい。なら彼のサーヴァントであるアーチャーは、自分のライダーよりも強力な英霊なのかと思ったのだ。
「ふむ、そうだな。現時点においては、幸運を除いた全ステータスがワンランク下がっているな。君の魔力供給が乏しいのが原因だろう」
「おい! それは僕がマスターとしてアイツに劣っているってことか!?」
「そんなことはない。魔力供給さえ十全に行えれば、君のマスターとしての能力は私のマスター異常だ。安心していい。
……なにしろ聖杯戦争の初期、つまり君と戦った時はほぼ全てのステータスがEランクと、俺のマスターの未熟っぷりはこの上なかったからな」
「はあ? なにそれ。そんなんでよくこの僕を倒せたよね」
「主に君の油断・慢心が勝因だな。君が最初から本気で私たちを倒す気でいれば、もう少し厳しい戦いになっただろう」
「………っ。またそれかよ………。
……いや、強いやつが負けるときって、大抵そんなのが理由だっけ………」
アーチャーの言葉に、慎二は目に見えて気落ちする。
ヒースクリフとの戦いで負けた時や、ライダーを奪われた時の事を思い出したのだ。
あの時、最初から本気で戦ってさえいれば、あんなミスはしなかったのに、と。
「くそっ、なんだよそれ。負け犬みたいな考え方じゃないか……カッコ悪い」
「……………………」
あの時ああしていれば、なんて負け惜しみは敗者のものだ。その時その瞬間に結果を出さなければ意味がないのだ。
……大方、岸波に負けた時も、自分は無様に喚き散らしたのだろう。
「慎二、そう気に病むな。今が恰好悪いと思うのであれば、これから格好良くなればいいだけの事だ。
君はアジア圏のゲームチャンプであるということに誇りを持っているようだが、己を縛るようなプライドなど犬にでも食わせてしまえばいい」
「……それって要するに、ゲームチャンプの座に拘るなってことか?」
「そうだとも言えるし、違うとも言える。誇りを持つのは構わないが、それを驕りにするなと言っているのだ。
慎二。君にとって重要なのは、輝かしいだけの見せ掛けの栄光と泥臭いが確かな事実、どちらなのだ?」
「そ、そんなの、決まってるじゃん。言うまでもないだろ………」
慎二はどもりながらもそう口にするが、ほとんど答えにはなっていない。
……答えられるわけがなかった。
もともと自分の名前を記録に残したくて聖杯戦争に参加したのだ。輝かしい栄光を得られなければ意味がない。
だがその栄光が剥ぎ取られてしまえば、後に残るのは本当の、こうして無様を晒している自分だけだ。
そして、そんな無様な自分は、認められない。自分がアジア圏のゲームチャンプの座は、間違いなく実力で勝ち取ったものなのだから。
栄光は欲しい。けど、実力も認められたい。
どっちも重要で、だからこそどちらかだけを選ぶことはできなかった。
……だからか、ふと思ってしまった。
自分がライダーを取り戻したいのは、過去の栄光に縋り付いているからなんじゃないか、と。
「――慎二、雑談はここまでだ」
「へ?」
アーチャーの唐突な声に、思わず足を止める。
いきなりどうしたのかとアーチャーの方を向けば、彼は鋭い眼差しで遠くを見つめていた。
「おいアーチャー、いきなりなんなんだよ」
「微かにだが、戦闘音が聞こえた」
「戦闘音って、もしかしてアイツか!」
「それは判らん。だがそう遠くはなさそうだ。
……どうする、そこへ向かってみるか?」
その問いかけに、慎二は少し考える。
現状、“アイツ”に関する手掛かりはまるでない。このまま闇雲に捜したところで、発見できる可能性は低いだろう。
……なら少しでも情報を得るために、ここはその場所に向かってみるべきかもしれない。
もともと森上空からの捜索を行わなかったのは、発見できなかった場合のデメリットが大きかったからだ。
しかしこちらならばそのデメリットは小さく、また運が良ければその場所でアイツを見つけられるかもしれない。
「………よし、行くぞアーチャー。案内しろ」
「了解した」
アーチャーを先頭にし、戦闘が聞こえたという場所へと向けて走り出す。
栄光と事実、そのどちらを選ぶのかは決められない。
けどそれでも、ライダーは絶対に取り戻してみせると、慎二はそう強く思った。
6◆◆◆◆◆◆
「シッ―――」
ユウキはランベントライトの刃を閃かせ、迫りくる無数の触手を切り捨てる。
しかし触手は再生能力を有しているのか、切られた端から再生し、再びユウキを拘束しようと襲い来る。
だがユウキは気にも留めず、蠢く触手を次々に切り裂きながら闇色のロボット――ダスク・テイカーへと接近する。
「チィ……ッ」
対するテイカーは、ユウキの予想以上の剣技に舌打ちし、接近されまいと後退する。
だが距離を取ったところで、パイロディーラーでユウキを攻撃することはできない。なぜなら現在のこの森では、被ダメージは倍加されるからだ。
そして周囲の森まで燃やしてしまうパイロディーラーでは、森林火災という地形効果による継続ダメージで、勢い余って殺してしまう可能性がある。
そんな失敗は容認できない。その羽を奪うまでは、彼女に生きていてもらう必要があるのだ。
「セアッ――!」
「このッ……!」
無数の触手――シー・スターによる猛攻を切り抜けたユウキが、再建による鋭い一撃を放つ。
それをテイカーは右腕の大型カッター――プライヤー・アームで防ぐ。
細剣とカッターが激突し、金属音とともに激しく火花を散らす。
それも一度や二度ではない。ユウキの細剣は高速で閃き、一瞬で五度も金属音を響かせる。
「しつ、こい……ッ!」
更なる追撃が入るより早く、テイカーは左腕の触手を薙ぎ払いユウキを後退させる。
まともに反撃する余裕などない。ユウキの剣の技量は、間違いなく黛拓武以上だ。
翅を奪うことに固執したままでは、接近戦に持ち込まれ負けると、否応なく理解させられた。
そんな焦りを表に出すことなく、テイカーは相手を侮った口調で余裕を見せる。
「………いやあ、油断しました。貴方、思ったよりもやりますね」
「そう言う君は、そうでもないね。思った通り、ステータスに頼るだけの半端者だ。本物には遠く及ばない」
「っ……! なんですって?」
「少し戦っただけですぐ解る。そのカッターも触手も確かに強力そうだけど、君は全然使いこなせていない。
この分だと、さっきの火炎放射も同じなんじゃないかな?」
「……言ってくれますね」
「事実だよ。だって君、どっちの腕も振り回しているだけで、“技”を全然使ってこないじゃん。
単純なんだよ、君の攻撃は。それってつまり、腕を使うだけで精一杯ってことでしょ?」
ユウキのそんな言葉に、テイカーは激しい怒りを覚える。
本物には遠く及ばない? 腕を使うだけで精一杯? そんな筈はない。そんな事はあり得ない!
僕はこの力を誰よりも上手く使えるし、もし“技”がないというのなら、その“技”を奪えばいいだけの事だ!
「まったく……ずいぶん舐めた事を言ってくれるじゃないですか。
そう言う貴方はどうなんですか? 先ほどから僕に、一度も攻撃が届いていませんけど」
「うん。だって、さすがに殺しちゃうのは後味が悪いからね」
「……なんですって」
「だから、殺さずに倒せるなら、その方が断然いいでしょう?」
「……………………」
そしてその怒りは続いて放たれた言葉によってあっさりと限界を超えた。
殺しちゃうのは後味が悪い? それはつまり、殺さずに勝てる自信があるということか?
本当に、ずいぶん余裕を見せてくれる。そこまで言うのなら、手加減するのはここまでだ!
「そうですが。では、お遊びはここまでですね」
「――――――」
その言葉に、ユウキはテイカーへの警戒を強める。
しかしその警戒に意味はない。何故なら、本当に注意すべきはテイカーではなく。
「やれ、ライダー!」
「砲撃用ー意!」
テイカーが誰かに命令すると同時に、一人の女性が突如として出現する。
その背には、四門の大砲。砲口は全てユウキへと向けられている。
そう。警戒すべきはテイカーではなく、第三者の介入だったのだ。
「ッ―――!?」
「藻屑と消えな!」
ユウキがそれに気づくと同時に、砲撃が放たれる。
打ち出された砲弾は木々を容易く破壊し、ユウキの立つ地面を粉砕する。
だがユウキは、間一髪のところでそれを回避し地面を転がる。
「鈍亀ェ!」
そこへ砲撃を放った女性――ライダーが、クラシックな二丁拳銃による銃撃を行う。
ユウキは咄嗟に近くの立木を盾にし、銃撃から逃れるが、容赦なく木の幹を削り飛ばす銃弾に肝を冷やす。
これで状況は二対一。しかも女性の方は、その気配から察するに、ロボットとは違って確かな実力者のようだ。
そんな人物が自分より格下のロボットに従っている理由は分からないが、これで状況は一気に不利となった。
どうやら、カオルに気を使って殺さないように気を付けたつもりが、いつの間にか油断していたらしい。
こうなる前に、ダメージを気にせずロボットの四肢を切り落としておくべきだったか、と。
そんな今更な考えをしつつ、ユウキはテイカーへと声をかける。
「まさか仲間がいたとはね。確かにそれなら、君の実力はあまり関係がないや」
「はっ、この状況でまだそんな減らず口を叩けるとは。そこまで行くとある意味感心しますよ。
けど、一つ大事なことを忘れてはいませんか?」
「へぇ、何を?」
「僕の強化外装が、もう一つあるということをですよ!
《パイロディーラー》装備!」
テイカーがボイスコマンドを口にすると同時に、その右肩に大きなタックが、右腕に大きな四角い筒が装着される。
それを見て瞬時にユウキは思い至った。自分たちを襲った炎の壁は、あの機械装置から放たれたものなのだと。
「ッ……!」
そして同時に、盾にしていた木の影から飛び出す。
すぐにライダーの放つ銃弾の雨にさらされるが、気にしている余裕はない。
何故なら先ほどまで盾にしていた木は、テイカーが放った火炎放射によって一瞬で消し炭にされていたからだ。
あと少しでも判断が遅れていれば、その炭の中に自分の身体が混ざったことだろう。
「くははは……! そうです、そうやって逃げ回っていればいいんですよ!」
ユウキへとそのまま火炎を放ちながら、テイカーはそう嗤い声を上げる。
先ほどまで余裕を見せていた相手が、逃げ惑うしかない事が楽しいのだろう。
“さて、ここからどう反撃しようかな……”
その声を聴き流しながらも、ユウキはこの二人にどう対処するかを考えていた。
単純に相手を倒すだけならば、ライダーよりはテイカーの方が相手をしやすい。だがそれは相手も理解しているだろう。そうやすやすと近づかせてはくれまい。
そして無駄に手間をかければ、テイカーへの攻撃の最中にライダーの銃撃が飛んでくることになる。さすがにあの銃撃を防ぎながら、テイカーを素早く倒せる自信はない。
となると、残る選択肢は一つだけだ。
「ほう? あたしとやる気かい?」
ユウキの視線からその意図を読み取ったライダーが、好戦的な笑みを浮かべる。
そう、残る選択肢は一つだけ。まず先に、ライダーの方を倒すという手だけだ。
ライダーはテイカー以上の強敵だ。それは間違いない。
だがテイカーが使用する火炎放射器は、その性質上ライダーさえも巻き込みかねない。
テイカーの触手に気を付ける必要はあるが、接近戦にさえ持ち込めば、実質的には一対一の状況となるはずだ。
そしてもし仮に、テイカーが加勢するために右腕を大型カッターへと戻し、近づいてくればそれこそ好都合だ。 その瞬間に逆にテイカーへと接近し、反撃する間もなく倒してやる。
「よし、行くよ――」
そう覚悟を決め、ライダーへと接近するために足に力を込めた―――その瞬間。
「おっと。余計な事はしないでくださいね。彼女がどうなっても知りませんよ」
テイカーの放ったその声に、思わず足を止める。
見ればその左腕の触手には、いつの間にかカオルが捕らえられていた。
「カオル!? どうして! 危なくなったら逃げてって言ったじゃん!」
「ごめんなさい、ユウキさん。気が付いた時には、脚を絡め捕られてしまいまして」
カオルは本当に申し訳なさそうに、ユウキへとそう謝る。
テイカーの触手はカオルの身体にしっかりと巻き付いている。
あの状態では、ゲイル・スラスターを使用したところで、テイカーも一緒に連れていくことになってしまうだろう。
「くッ……!」
「おやおや、ケツに火が付いちまったみたいだね。
どうする? 降参するかい? 今なら身ぐるみ寄こせば、見逃してくれるかもしれないよ?」
「ああ、それもいいですね。貴方の全てを僕に渡して、その上で服従を誓うというのであれば、考えないでもありません」
「おや。身ぐるみを引っぺがすだけじゃなく、首輪まで付けるのかい? アンタもたいがい悪党だねぇ」
「この世の根本原理は『争奪』なんですよ、ライダー。敗者は全てを失うのが当然の結末です」
「へぇ。いいこと言うじゃないか、ノウミ」
テイカーとライダーのやり取りを聞きながらも、ユウキは一歩も動けないでいた。
カオルが囚われている以上、逃げることはもちろん、攻撃することもできない。下手に動けば、その累はカオルに及ぶことになるのだ。
無論、カオルを見捨てれば自由に動けるが、そんな選択は問題外だ。
「さぁ、今度は貴方の伴ですよ。抵抗はしてもかまいませんが、反撃は禁止します。精々無様に逃げ回ってください。
やれ、ライダー!」
「あいよ!」
テイカーの命令に従い、ライダーがユウキへと銃口を向けながら突撃してくる。
当やらテイカー自身は、手を出す気はないようだ。あくまでもカオルが逃げ惑う様を眺めているつもりなのだろう。
「カオル。少しの間だけ、我慢してね……!」
小さくそう口にしながら、ライダーへと向けてランベントライトを構える。
これからは反撃の許されぬ、戦いとも呼べぬ一方的な戦闘だ。
その窮地の中で勝機を見出すために、ユウキは自分の命を賭ける覚悟を決めた。
7◆◆◆◆◆◆◆
一合、二合と魔剣と光剣が激突し、相手を打倒さんと鎬を削る。
翻る刃は相手の身体を断ち切らんと鋭く閃き、それを防がんと打ち弾く。
高速でぶつかり合う二つの刃は、相手の殻を浅く切り裂きながらも、決定的な一撃には至らない。
その攻防立ち替わる激しい剣戟は、戦いが始まってから一度として途切れることなく続いている。
「アアアァアッッ―――!」
「クッ……、セアッ――!」
黒の剣士キリトと、オフィシャルナビのブルース。
この二人の戦いは、自身を顧みずに戦うキリトが優勢に進めていた。
無論、戦うという点においては、ブルースとて手加減はしていない。
ならばなぜ戦いはブルースに不利となっているのか。
それは主に、彼の心理的な要因があった。
確かに純粋な剣の技量においてはキリトの方が上だ。
だがブルースとて、オフィシャルナビとして多くのウイルスやナビを倒してきた。単純な総合力においては、キリトにも劣っていない。
しかし、激情に駆られているとはいえ、キリトはサチを助けるために戦っている。
誰かのために戦う『悪』ではない者を、自分の身を守るためとはいえデリートしてしまうかもしれない可能性に攻めあぐねていたのだ。
「ハ――ッ、アア………ッ」
対するキリトに、そんな躊躇は微塵もない。
サチを助ける。その一点しか思考にない今の彼には、相手の命はもちろん、自分の命さえも無価値だ。
キリトがまだ命を懸けていないのは、自分が死んだところで、サチが助かる保証がないからだ。
もし自分の命を差し出すことで彼女を救えるのなら、彼は何の躊躇いもなくその差し出すだろう。
その自己を投げ打った無鉄砲さもまた、ブルースが攻めあぐねる要因の一つとなっていた。
「何やってんのよブルース! そんなヤツ、早くやっつけちゃいなさいよ!」
自分たちが不利となっている現在の状況に、焦れたピンクが檄を飛ばす。
言われなくとも解っている。
如何に相手が『悪』でないとしても、ただ倒されるつもりはブルースにもない。
必要とあらばキリトの動きを抑え込み、ピンクのインフィニティによる一撃で決着をつけるつもりだ。
無論。そう言うほど容易い相手ではないが、そこはオフィシャルとしての力のみ背戸悪露だろう。
だがそれは最後の手段だ。まだ余裕の残っているこの状況において取るべき選択ではない。
「いい加減、少しは落ち着け……! 俺たちを倒したところで、何の解決にもならないとなぜ気付かない!」
「……うるせぇよ。だったらサチを、彼女を元に戻せって言ってるだろうが―――ッ!!」
ブルースが静止の声を呼びかけるが、キリトは全く聞く耳を持たない。
それどころか、むしろますます激高し、ブルースへとその魔剣を振り被ってくる。
「チィッ……!」
そのあまりの分らず屋っぷりに、ブルースは堪らず舌打ちをする。
どうやらキリトを止めるには、彼女からあの黒いバクを取り除く手段を提示する必要があるらしい。
……だがそんな事は不可能だ。自分たちとあの黒いバグは無関係だし、対処法など知っているはずがない。
「ピンク!」
「ゴメン、わかんない。プログラム関係は弄ったことないの」
わずかな可能性に欠けピンクへと声をかけるが、やはり無理だと首を振られる。
いかなピンクの情報収集能力でも、五感から獲得できないデータ情報の取得や、ましてやその解析などは不可能らしい。
となるともはや、手段は二つしか残されてはいない。すなわち、力尽くで彼を取り押さえるか、あるいはデリートするかだ。
「やるしか、ないようだな……」
ブルースは小さくそう呟いて、一際強くキリトを弾き飛ばす。
戦闘を仕切りなおすために、一先ず距離を取ったのだ。
キリトの技量は決して侮れるものではない。どちらを選ぶにしても、全力を尽くす必要があるだろう。
ならばその結果として、キリトをデリートしてしまう可能性も、ブルースは覚悟の内にいれた。
「ハァ、ハァ、ハァ………」
対するキリトは、弾き飛ばされると同時にサチを背中に庇う。
乱れた息を整えつつ、背後のサチの様子を見る。彼女はこの剣戟を前にしてさえ変わらず、虚ろな瞳を彷徨わせるだけだ。
―――どうして、こんな事になってしまったのか。
………決まっている。自分が、彼女を一瞬でも拒絶したからだ。
だからサチは何もかもが信じられなくなり、何もかもから逃げ出したのだ。
「ッ…………!」
そんな今更な後悔に、キリトは堪らずほぞを噛む。
……だけどまだ手遅れじゃない。アイツらを倒せば、きっとサチは助けられる。
だから。
「サチ、君は絶対に死なせない。必ず、俺が助けるから――――だから」
だから、俺を信じてくれ。と、サチへと向けて言外に懇願する。
そしてブルース達へと向き直り、一層強く睨み付ける。
こいつらのせいで……こんなヤツ等さえいなければ、サチはこんな目に合わずに済んだはずなのに。
………赦せない。絶対に、後悔させてやる―――!
キリトはそんな激しい憎悪を燃やし、ブルース達へと魔剣を構え、感情のままに突撃する。
――――その、直前。
ズプリと、キリトの腹部から、血のように赤いライトエフェクトをまき散らしながら、剣の刀身が飛び出した。
「――――――――、え?」
それに理解が及ばず、痛みを認識するより先に、そんな声が漏れた。
……ブルース達の仕業ではない。彼らもまた、何かに驚いた表情を見せている。
ならば、この剣は一体何なのか。
「グッ、づぁっ……ッ!」
遅れてきた激しい痛みに、堪らず呻き声を出す。
だがそんな事はどうでもいい。今重要なのは、この攻撃が何なのかということだけだ。
正面からの攻撃ではない。剣の切っ先は見えている。ならば背後からの一撃ということになる。
………けどそれはおかしい。
背後にはサチしかいなかった。剣での一撃である以上、近接攻撃であるはずだ。近づこうとすれば、彼女が邪魔になる。
だから、完全に不意を突かれて後ろから刺されるなんてことは、あり得ないはず……なのに――――。
「ぁ…………、なん………で……?」
……理解が及ばない。現実を認識することを、心が拒絶している。
けど、振り向いた先に見えたのは確かな現実で、だからそれが信じられない。
なぜ、彼女がそこにいるのか。
なぜ、彼女はそんな顔をしているのか。
―――そしてなぜ、彼女が自分に突き刺さる剣の柄を握り締めているのか。
「サ……チ…………?」
目の前の光景が信じられないと、キリトは呆然と声を漏らす。
その背中には、彼に剣を突き指しながらも驚愕の表情を浮かべる、彼が懸命に助けようとしていた少女がいた。
†
――――気が付けば、とても広く深い海の中にいた。
けど、不思議と息苦しさはなかった。むしろ、どこか安心感のようなものさえある。
半透明の魚のようなものが泳ぎ、無数の大きな気泡が海の深くから浮かび上がってくるその光景は、どこか幻想的にさえ思えた。
「ここ……は……?」
茫然とした頭で、微睡むように口にする。
この海は一体何なのか、なぜ自分がここにいるのか、まったく理解が及ばない。
確か自分は、何かから懸命に逃げて、どこかの森を彷徨っていたはずなのに………。
――我等、月夜の黒猫団に乾杯!――
不意に触れた気泡が弾け、そんな声が聞こえた。
それは確か……キリトがギルドに入った時のお祝いで、リーダーのケイタが取った音頭だっただろうか。
なぜあの時の言葉が聞こえたのだろうと不思議に思い、恐る恐る別の気泡に触れてみる。
――俺たちが、聖竜連合や血盟騎士団の仲間入りってか?――
――なんだよ。目標は高く持とうぜ。まずは全員レベル三十な――
それは、いつか交わしたギルドのみんなとの会話だった。
ならこの海に浮かぶいくつもの気泡は、もしかして私の記憶なのだろうか。
そう思って、もう一度別の気泡に触れてみれば、やはりどこかで聞いた会話が聞こえてくる。
その中には、リアルにいる家族や友達との会話も含まれていた。
―――その声に、どうしようもない懐かしさが込み上げてくる。
ああ、そうか。ソードアート・オンラインに閉じ込められてから、もう半年も経っていたんだっけ。
それを思い出して、また家族と、友達と、みんなに会いたいと、そう強く思った。
―― !――
不意に、また声が聞こえた。
けど今度は、気泡には触れていない。それに、声もよく聞こえなかった。
―― !――
また聞こえた。
けど、やっぱりよく聞こえない。ただとても緊迫していることだけは分かった。
声は、海の上の方から聞こえてきた。もう少し上に行けば、よく聞こえるだろうか。
………けど、そちらには行きたくないと、どうしてか思った。
それは、この海の居心地が良いからだろうか。……何か、違う理由があった気もするけど、よく思い出せない。
「ぁ…………」
けれど、海の上を意識したからだろうか。体が徐々に、上へと浮き上がり始めた。
そっちは嫌な感じがするけど、行きたくない理由もよく解らないので、浮かび上がるに任せる。
そうして体は海から引き上げられ、視界は一瞬、眩しい光のようなものに白く染められた。
――――ノイズが奔る。
今いる場所は、たぶん森。けどよく判別できない。
視界が激しいノイズに覆われていて、そこらかしこで黒い点が点滅している。
ギイン――と、ノイズに紛れて、金属音のようなものが聞こえた。
まるで、剣と剣がぶつかるような音。視界を彷徨わせれば、赤と黒の人影が戦っていた。
先ほどの眩しい光は、彼らが剣をぶつけ合って飛んだ火花の光だったのだろうか。
彼らは、なんで戦っているのだろう。二人の顔は………だめだ。ノイズのせいで、よく見えない。
ガキン――と、一際強くぶつかり合って、彼らは一度距離を取った。
赤い人影は向こう側へ。黒い人影は、私のすぐ近くに。
……ノイズは相当酷いらしい。手が触れられそうなこの距離でも、彼の顔はちゃんと判別できない。
「サチ、君は絶対に死なせない。必ず、俺が助けるから――――だから」
ふと、どこからか、ノイズに紛れてキリトの声が聞こえた。
どこにいるのだろうと視界を巡らせても、彼の姿はどこにも見えない。
ならきっと、あの気泡がまた弾けたのだろう。
―――絶対に死なせない。俺が助ける。
………そうだ。彼はいつもそう言って、私を安心させてくれた。
死の恐怖で眠れなかった私は、彼のおかげでまた眠れるようになったのだ。
……ああ、でも、再開した時の彼は、なぜか私に怯えるような顔をして。
………そうだ、思い出した。
ここはSAOじゃない。何か別の、よくわからないデスゲームの中だった。
だとしたら彼らは、きっと殺しあっていたのだろう。…………何の意味があって?
………いや、意味なんてきっとない。
彼らはただ、自分が生き残るために、他の誰かを殺そうとしているのだ。
そしてその誰かには、私さえ含まれているだろう。
…………嫌だ。死にたくない。
まだ死にたくなんかない。またリアルで、家族と、友達と会いたいみんなと一緒に笑っていたい。
……死にたくない。こんなところで死ぬのは嫌だ。こんな所で殺されるなんて、絶対に嫌だ。
……そうだ。どうせ殺されるくらいなら、いっそ私が先に殺して――――――。
「――――――――、え?」
――気が付けば、剣で何かを貫いた感触と、そんな声が聞こえてきた。
いつの間にか私は、目の前にいた人影へと攻撃していたらしい。
不思議な感覚だった。まるでこの身体(アバター)を、自分以外の誰かが操作したかのよう。
「ぁ…………、なん………で……?」
また、とても聞き覚えのある声が聞こえた。
その声は、どうやら目の前の人が、口にしているらしい。
……そうだ。この距離なら、このノイズのなかでも顔を判別できるだろうか、と思った。
だからその人の顔を見ようと、視線を上へと上げて――――そのあまりにもよく知る顔に、堪らず目を見開いた。
「サ……チ…………?」
キリトが、呆然と私の名前を口にする。
その声に私は、一歩、二歩と、ふらつく様に後退りする。
それで彼の身体から剣が抜け、彼は苦痛に声を漏らす。
頭が真っ白になって、何も考えられない。
視界を覆っていたノイズは、いつの間にか消えていた。なのに、目の前の光景を正しく理解できない。
なんで? どうして私は、キリトに剣を突き刺したのだろう。
わからない。わからない。わからない。わかりたくない。
……ああ、それよりも、早く彼のHPを回復しないと。
確か彼のHPは半分を切っていて……
それにここは………ダメージが倍になる、痛みの森で…………
彼が傷を負った箇所は、確か………大ダメージを受ける…………急所で…………
だから…………半分しかなかった、彼のHPが…………残っているはずは、きっとなくて……………
「あ、………あ……あ…………ア――――――」
キリトが、縋るように手を伸ばしてくる。
それから逃げるように、さらに数歩後退った。
だって、キリトが死ぬ瞬間なんて見たくなかった。
私が彼を殺したなって現実は、認めたくなかった。
………だから私は、もう何もかもが嫌になって、現実の全てを拒絶した。
「イヤァァアアアアア―――――ッッッ!!!!」
―――その瞬間。
私の視界は唐突に、無数の黒い点に埋め尽くされた。
8◆◆◆◆◆◆◆◆
――――そうして十数分後。
初めての山登りの感想は、とにかく疲れた、というものだった。
何の問題もなく洞窟の入り口へと辿り着きこそしたが、整地されていない山の足場を確保することに苦労したのだ。
肉体的な疲労はないが、精神的に疲れた。キャスターは平然と登っていたが、セイバーの方は早々に飽きて霊体化したほどだ。
ただ、一つ気になる事があるとすれば、
―――カイト。君、浮いてるね。
と、背後にいたカイトへと振り向き、その足元を見つめながらそう口に5する。
そう。カイトは地面から五〜十センチほど浮遊しながら、苦労して山を登る自分に平然とついてきていたのだ……!
「……………………?」
しかし、カイトはそれがどうかしたのか、といった風に首を傾げている。
どうやら彼にとってそれは、ごく当たり前の機能らしい。
それを若干恨めしく思いながらも、はあ、とため息を吐いて諦める。
そもそも彼はゲームのシステムAI。ベースとなる世界観が自分とは違うのだから。
それに、とカイトから視線を外し、その向こうに広がる景色を眺める。
そこには広大な草原が広がり、左手には森が、右手には街が見える。
この光景を思えば、苦労して上った甲斐もあるというものだろう。
「うむ、実に良い眺めだ。登山というのも、存外悪くないものだな」
「ええー? 霊体化して楽した人に言われても、ありがたみが全然ないんですけどぉ」
実体化しセイバーの感想に、キャスターがそう不平不満の籠った突っ込みを入れる。
まったくの同意である。
「あ、あの、申し訳ありません。楽させてもらっちゃって」
と、ポケットに入りっぱなしだったユイがそう謝ってきた。
いや、ユイが謝る必要はないだろう。
霊体化して楽したくせに、さも苦労して上ったような事を言ったセイバーが問題なのだ。
第一、子供に山道を歩け、というのも酷というものだ。それに対した重さでもなかったし、気にする必要はない。
……まあ、妖精アバターならユイも空を飛べるので、そちらの事を謝っているのかもしれないが。
それよりも、と改めて洞窟の入り口へと振り返る。
山も登ってみたかったが、こちらも目的の一つだ。お座成りにはできない。
少しだけ中へと踏み込んで覗き込んでみるが、どうやら中は相当に暗いらしい。入り口からはでは奥は見通せない。
本格時に調べるなら、洞窟の中へと立ち入る必要があるだろう。
「洞窟内部および付近にプレイヤーの反応はありません。危険はないと思われます」
ポケットから飛び立ったユイが、周辺エリアをサーチしてそう告げる。
洞窟の暗さに若干の不安を覚えていたが、少なくとも奇襲の心配はいらないらしい。
その事に安心し、ついでにユイに道案内を頼む。
妖精アバターの彼女の翅は小さく燐光を纏っていて、彼女の姿は暗い洞窟内部でも視認できる。
またマップをサーチできる彼女なら、この洞窟が複雑な構造をしていたとしても迷うことはない。
加えて内部へと入ってしまえば、洞窟の輪郭は視認できる。彼女を目印に、壁面に注意すれば問題なく進めるだろう。
「はい、任せてください」
ユイはそう言って、洞窟の方へとゆっくりと飛んでいく。
――――さあ、行こう。
そうセイバーたちへと声をかけ、ユイに続いて洞窟へと足を踏み入れた。
――――そうして。
暗闇を抜けた先にあったものは、湖底が見えるほどに透き通った地底湖と、純白に輝く大樹だった。
その目前に広がる、幻想的とも神秘的ともいえるその光景に、思わず目を奪われる。
「わぁ――――――――」
「うむ、実に見事な風景だ。余の感性とは違っておるが、これはこれで良いものだ」
胸元でユイが感嘆の吐息を溢し、セイバーが賞賛の意を評する。その感想に、自分も手放しで同意する。
……しかしただ一人。キャスターだけは何か難しい顔で首を捻っていた。
その様子が気になり、一体どうしたのかと声をかける。この光景に、何か気に入らない所でもあったのだろうか。
「いえ、そう言う訳ではないんです。この光景自体は充分に綺麗だと思います。思うんですけど………。
この雰囲気、何と申しましょうか。尻尾の毛が妙にざわざわするというか、何というか……。
どこかで感じた覚えがあるような、ないような……?
う〜ん……申し訳ありません、ご主人様。どうにもはっきり思い出せません。あとちょっとのところまでは来てるんですけど………」
とキャスターは語尾を弱める。どうやら彼女自身にも理由がはっきりしないらしい。
しかし、一尾とはいえ神霊の分御霊である彼女が何かを感じたのだ。ここには確かに何かがあるのだろう。
地底湖の畔まで近づき、その水に触れてみる。
地下水なだけあり、よく冷えている。だが水自体に変わったところは見られない。
この地底湖で最も気になるのは、地底湖の中心にそびえる純白の大樹だが、触って確かめるには地底湖を泳がなければならない。
………果たして自分は、泳げるのだろうか。
岸波白野の明確な記憶は、聖杯戦争予選からだ。その時点から今までの間に、どこかで泳いだ記憶はない。
いや、プールに行った覚えはあるから、ただ記憶の欠片が埋もれているだけかもしれないが、確証は持てない。
………そう言えば、あのプールには誰と行ったのだったか。
自分以外に三人……いや、四人ほど一緒にいた気がするが………だめだ。どうにも記憶がはっきりしない。
頭を振って、今は思い出す事を諦める。今必要なのは自分が泳げたかであって、プールの内容ではない。
さて、どうするかと顎に手を当て考える。
一番確実なのは実際に泳いでみることだが、いきなり試すには地底湖の水は冷た過ぎて躊躇してしまう。
と、そんな風に迷っていると、ユイがふわりと目の前に飛んできて、ある提案をしてきた。
「ハクノさん。私が飛んで行って調べてきますね」
ユイはそう言って、純白の大樹へと飛んでいく。
確かにユイなら飛べるし、サーチ能力も持っている。ただ調べるだけなら、彼女が適任だろう。
しかし、彼女は一つ忘れていることがある。
それを伝えるために、ちょっと待って、とユイへと制止を呼びかける。が、それは少し遅かった。
「なんですか、ハクノさ―――きゃっ!?」
他プレイヤーから五メートル以内(妖精アバターの制限エリア)を越え、ユイは通常アバターへと強制的に戻される。
同時に飛行能力も失い、少女はそのまま地底湖へと落ちて行った。
―――ユイ!
と声を上げ、慌てて地底湖へと飛び込もうとするが、それより早く動いた者がいた。
先ほどまで沈黙を続けていたカイトは、ユイが通常アバターに戻ったと同時に素早く飛び出していたのだ。
……ただし、地底湖に飛び込むのではなく、湖面を浮いて進む方法で。
やはり、地形効果を無視するあのホバー移動はずるいと思う。
「ダ=ジョ$ブ?」
「……はい、なんとか」
カイトは地底湖に落ちたユイを素早く引き上げ、抱き抱える。
迅速に助けられたユイは、水の冷たさに震えてこそいるが、溺れたといったことはないようだ。
その事に安心し、あまり心配させないでほしい。と、カイトに抱えられたままのユイへと声をかける。
それにセイバーとキャスターも同意し、同様に苦言を呈する。
「まったく。あまり奏者に心配をかけるでない」
「同感です。本当にビックリしたじゃないですか」
「すみません。制限の事をつい忘れていました。次からは気を付けます」
――――ああ、そうしてくれ。
と応え、ユイの謝罪を受け入れる。
そこでふと、あることを思いついた。
そのままの状態なら、ユイも大樹に行けるのではないか?
「あ、確かにそうですね。カイトさん、お願いできますか?」
「……………………」
ユイのお願いにカイトはコクリと頷き、彼女を抱えたまま大樹へと浮遊して移動する。
そして湖面で広がる大樹の根に下ろされたユイは、大樹の幹に触れて目を閉じる。
岸波白野のアバターを解析した時のように、大樹からこのエリアのデータを解析しているのだろう。
そしてそのまま十数秒ほど経ち解析を終えたユイは、行と同じようにカイトに抱えられてこちらの岸まで戻ってきた。
「ありがとうございます、カイトさん」
「……………………」
地面へと降りたユイは、そうカイトへとお礼を言う。
それを受けたカイトは、やはりコクリと頷くだけだが、どこか照れ臭そうにしている気がした。
「ではユイさん。何かわかったことはおありですか?」
「はい。どうやらこのエリアの下には、もう一つ謎のエリアがあるみたいです」
「ふむ。謎のエリアか。……なら、それがなんであるかはわかるか?」
「いえ、残念ながら。とても強力なプロテクトがあって、そこまでは解析できませんでした。
というより、正確にはプロテクトがあったからこそ、そのエリアに気付けた形になります」
「ふむ、そうか」
それはつまり、絶対に見つからないよう念を重ねたからこそ、かえって不自然さが表れた、という事だろうか。
そう呟くと、ユイはそういう事ですねと答え、ただ、と話を続けた。
「一つだけ、気になったことがありまして」
「気になったこと、ですか?」
「はい。そのエリアの内部で、何かの反応を感知したんです。
ですが、それが何の反応なのか、どうにもはっきりしなかったんです。
モンスターやプレイヤーに設定された機械(システム)的なパターンではなく、もっとこう、自然的な反応パターンだったんです。
イメージ的には、漂う夜空の星、みたいな感じでしょうか。……すみません、上手く伝えられなくて」
いや、そこに何かがあると分かっただけでも十分な情報だ。
プロテクトが掛けられていた、という事は、その場所は榊にとって重要な場所、という事になるのだから。
……だがそのエリアにプロテクトが掛けられている以上、通常の手段では入ることは出来ないだろう。
第一このエリアの下とは言っても、一体どこに下へと繋がる道があるのだろうか。
そもそもそれを見つけない限り、自分たちではどうすることもできない。
「確かに、その通りですね。
私のマップサーチでも、この洞窟に下へと繋がる道は見つかりませんでしたし。
っ……くしゅん。ッ……!?」
不意にユイが、そう可愛くクシャミをして、なぜかビックリしていた。
彼女が驚いた理由はわからないが、クシャミの方は、地底湖に落ちて濡れたことで体を冷やしてしまったのだろう。
制服の上着を脱ぎ、これ以上冷やさないようにとユイの肩に羽織らせる。
「あ……ありがとうございます、ハクノさん。
ふふ。クシャミなんてしたのは初めてで、ビックリしちゃいました。
この世界では、私のようなAIでも人と同レベルの反射パターンを取れるんですね」
そう言ってユイは、どこか喜ぶように小さく笑った。
人間と同じ感覚を得られることが、そんなに嬉しいのだろうか。
「はい、嬉しいです。まるで、パパとママの本当の子供になれたみたいで。
それに、現実における水のモーションパターンも、実体験として知ることができました。
私たちの世界のVR技術では、まだ流水の再現は非常に難しく、完全な再現ができていないんです。
けどこの世界では、あらゆる情報がリアルです。それこそ、まるで現実世界にいるみたいに」
ユイは地底湖の淵に屈み、手を伸ばして泉の水に触れながらそう口にする。
――――ユイの両親。
バグを起こしていたAIである彼女を助け、自分たちの子供にしたという二人のプレイヤー。
仮想世界の住人である以上、ユイは彼らの住む現実世界での感覚を得ることは出来ない。
だがこの世界に連れてこられたことで、本来知るはずのなかった、人間としての五感を得ることとなった。
そして現実の感覚を知ったユイは、ようやく両親の生きる世界に触れることができたと、そう感じることができたのだろう。
……ああ、そうか。ユイは、生まれたばかりの子供なんだな。
「生まれたばかりの子供、ですか……」
そう言って考え込むゆいに、ああ、と答える。
新しい世界を知る喜びは、きっと命が生まれる喜びに似ている。
その存在を両親に認められ、その命を祝福されて育んできたユイは、この世界に招き入れられたことでようやく生まれ出でたのだ。
彼女が感じている喜びは、その無意識の実感からくるものだろう。
――――だがその喜びは、現実世界を完全再現した霊子虚構世界、SE.RA.PH(セラフ)で作り出された自分には知ることのできない感覚だ。
岸波白野は自分を確立した時から、今の岸波白野としてそこにあった。
心こそ強くなったかもしれないが、岸波白野は未だに、ムーンセルという母胎から生まれ出でていないのだ。
だからだろう。誕生の喜びを知ったユイの事を、少しだけ羨ましく思った。
9◆◆◆◆◆◆◆◆◆
その光景に、キリトだけでなく、ブルース達もまた己が目を疑った。
なぜあの少年は、自分が守ろうとした少女に刺されているのか。
なぜあの少女は、自分の行動に驚愕しているのか。
一体彼らに、何があったというのだろうか。
「あ、………あ……あ…………ア――――――」
少女がそう声を漏らし、一歩二歩と後退る。
そこに少年が、少女へとすがるように手を伸ばし、
「イヤァァアアアアア―――――ッッッ!!!!」
その瞬間、少女の周囲を漂っていた黒点が一気に増殖しはじめ、少女を飲み込むと同時に爆発するかのように散っていった。
残された少年は、少女が消えた場所へと懸命に手を伸ばし、
「サ……チ………」
そう口にして倒れ、ピクリとも動かなくなった。
アバターがデリートされていないことから、HPはゼロにはなっていないようだ。
つまり、倍増された激痛によって気絶した、ということだろうかとブルースは予測した。
――そしてブルースの予測は正しかった。
戦闘開始時のキリトの残りHPは45%程度だった。
対して、サチの攻撃によって受けたダメージは、倍増分も含めて50%近く。
そのままであれば、キリトが生き残ることは出来なかったであろう。
だが、彼の持つ魔剣【虚空ノ幻】が、それを可能とさせた。
魔剣の持つアビリティ“HPドレイン+50%”の効果は、通常攻撃ヒット時に、与えたダメージ値の50%を自分のHPとして吸収するというものだ。
そう。キリトがブルースに与えた僅かな、しかし痛みの森によって倍増されたダメージは、彼のHPをほんの10%ほどだけ回復させた。
それによりキリトのHPは受けたダメージを少しだけ上回り、結果、彼は生き延びることができたのだ。
…………だがその幸運が、彼にとって救いであったのかは定かではなかった。
「ブルース、こっちに誰か来る。今度は二人」
「……わかった」
ピンクの忠告に、ブルースは思考を打ち切る。
少年と少女に何があったのかは気にかかるが、それは後でも考えることができる。
それよりは、ピンクが接近を告げた相手への対処を考える方が優先だろう。
キリトとの戦いによって、ブルースのHPは七割まで減っている。
強敵との戦闘になれば厳しいレベルだが、戦えないほどではない。
それに、気を失ったキリトを放っておくこともできない。
故にブルースは、右腕のソードを元に戻し、しかし警戒をしたまま、近付いてくる相手を待ち構えた。
「――ふむ。どうやら一足遅かったようだな」
そうして現れた赤い外套の男は、開口一番にそう口にした。
その後ろには、学生服を着た特徴的中身の少年もいる。
「お前たちは何者だ」
「私はアーチャーという。こっちは間桐慎二だ」
「……よろしく」
「そう言う君たちは何者かね?」
「俺はオフィシャルのブルースだ」
「私はピンク。ヒーローよ」
ブルースの問いに、赤い外套の男――アーチャーがそう名乗り、返された問いにブルース達も名乗り返す。
その際、アーチャーがピンクの名乗りにピクリと反応する。
「ヒーロー、だと……?」
「………何よ。悪い?」
「……いや、何でもない。
それよりブルースに、ピンクだな。幾つか尋ねたいことがあるのだが、構わないだろうか。
そこで倒れている、キリトと思われる少年の事も含めてな」
「それは構わないが、その男と知り合いなのか?」
「いいや、初見だ。だが私の知り合いが、キリトという人物と知り合いでね。聞き及んだ特徴がその少年と合致するのだよ」
「そうか。まあこちらとしては構わない。話を聞こう」
「助かる」
そう言うとアーチャーは、ブルースへと向けて手早く質問を投げかけた。
ここで何があったのか。ロボットの行方を知らないか。そして、デスゲームに乗っているのか否かを。
そしてブルースは、その質問に嘘偽りなく答えていった。
「――――なるほどな。助かった、礼を言う」
「構わん。お前たちは少なくとも『悪』ではないようだからな。
それに、俺としてもヤツを放置しておきたくはなかった。お前たちがヤツを討つというのなら、協力もする」
そうして有力な手掛かりを得た事に、アーチャーはブルースへと感謝を述べる。
その言葉にブルースはそう応え、必要であれば協力すると告げた。
だがそれを、慎二が首を振って拒否する。
「必要ないね。あいつはボクの敵だ。あまり誰かの手を借りるつもりはないよ」
「それに、君たちにはそこの少年を守ってやって欲しい。
話を聞くに、そいつはすでに瀕死だろう。ここに置いていく訳にはいかんし、かと言って下手に連れ回すのも危険だ」
「そうか、わかった。ではこの男はこちらで保護しよう。
……暴れられても困るので、念のため拘束はするがな」
二人の言葉に、ブルースはそう言って了承する。
強力が必要ないというのであれば、自分の成すべきことに専念するだけだ。
「それにしても、あのロボットの仲間だった女がアンタのサーヴァントっていうやつだったとはね。
まったく、なんてものアイツに奪われてんのよ。おかげで危ない目にあったじゃない」
「うるさいなぁ。そう言うお前の方こそ、アイテム一つ奪われて逃げ出しただけじゃんか」
「な! アンタがそれを言う!?」
「ハン、事実じゃないか!」
一方で慎二とピンクは、同じロボットに何かを奪われた被害者でありながら、どうにも馬が合わないようだった。
奪われたライダーのせいで危険な目にあったということが、僅かな禍根を残しているのだろう。
「はあ……。すまんな。慎二は口と態度は悪いが、根はそう悪いやつじゃないんだ。それだけはわかってやってくれ」
「別に構わん。討つべき『悪』でないのなら、俺は相手がどんな性格だろうと気にはしない。もっとも、友にはなれんだろうがな」
アーチャーのなけなしのフォローに、ブルースはそう答える。
そこでふと何かを思い出したのか、そう言えば、とピンクへと声をかける。
「ピンク。キリトと遭遇した直後、近くで戦闘が始まったと言っていたが、そっちはどうなった?」
「あ。……ごめん、忘れてた」
「おい! 何やってんだよお前! そこにアイツがいるかもしれないだろ、忘れるなよそんなこと!」
「し、仕方ないでしょ! こっちも忙しかったんだから!」
「ピンク」
「わ、わかってるわよ。ちょっとだけ待って。
……………………。
うん。森が燃えてるみたいでよく聞こえないけど、まだ戦闘は続いているみたい。」
「森が燃えている?」
言われて空を見れば、木々の隙間から煙が立ち上っているのが見て取れた。
その煙の発生源で、今も戦いが続いているのだろう。
「よし。それじゃあ早く行くぞ、アーチャー」
「了解した。
だが少しだけ待ってくれ。最後に一つだけ、彼女に尋ねておきたいことがある」
それを見た慎二が、さっそくその場所へと向かおうと、アーチャーに声をかける。
だがアーチャーは、そう言ってピンクへと向き直った。
「ピンク。君は自身をヒーロー――正義の味方だと名乗ったな」
「実際にそうだもの。それが何なのよ」
「ならば訊くが、お前が味方をするもの、守ると決めたものは、『人』と『法』のどちらだ?」
そう問いかけるアーチャーからは、尋常ではない威圧感が放たれている。
それは傍で聞いているだけの慎二とブルースでさえ気圧されるほどのものだった。
相対しているピンクには、とてつもないプレッシャーがかかっているだろう。
その証に、答えを返すピンクは気を飲まれ、完全に腰が引けていた。
「な、なによそれ、意味わかんない。それって結局、どっちも同じことでしょ?」
「いいや、違う。『法』はあくまでも社会秩序を守るものであり、『人』そのものを守るものではないからだ。
『法』を守ることで『人』が守られるのは、『法』を運営するのが『人』であるからにすぎない。
そう。たとえその人物がどれほどの善人であっても、その存在が社会秩序を乱すのであれば、『法』はその善人であるはずの『人』を裁くだろう」
「な……………!」
「『人』と『法』、どちらがお前の守りたいものなのか、早いうちに見定めておけ。
さもなくば、本当に守りたかったものを見失う羽目になるぞ」
アーチャーが最後にそう警告すると、威圧感を消して慎二へと振り返った。
話は終わった、ということだろう。彼の重圧から解放されたピンクは、ドサリと地面にへたり込んでいた。
「……なあ、アーチャー。今の話って」
「なに。ただの老婆心というやつさ。本当に守りたかったものを見失った、愚かな先人からのね」
それは、あえて聞かせた言葉だったのだろう。
アーチャーは横目にピンクたちを見つめながら、そう口にしたのだから。
「ではブルース。その少年を頼んだ。目を覚ましたら、娘を心配させるなと伝えてやってくれ。
急ぐぞ、慎二。これ以上、ヤツの犠牲者を増やすわけにはいくまい」
「お、おう」
そう言って慎二とアーチャーは、木々の間を駆け抜けていった。
だが彼らの姿が見えなくなっても、ピンクは一向に立ち上がらない。どうやら腰が抜けてしまったようだ。
「な………何よアイツ、ホント意味わかんないんだけど。
『法』は『人』を守るためにあるんでしょ? なら『法』を守ることは、『人』を守ることと同じじゃない………」
「……………………」
ピンクのその負け惜しみに、ブルースは答えられなかった。
何故なら彼は知っていたからだ。オペレーターのため、ネットナビのために最善を尽くしていたのに、『人』が運営する『法』によって『悪』と見做されてしまった、あるネットナビの事を。
故に、ブルースの胸の内に一つの疑念が生まれた。
ほんの数時間前に出会った少年――カイトは、たとえこの場であっても誰かを殺すのは良くないと言っていた。
それは彼の中に、そういう正義があったからだろう。
そしてキリトも、かなり感情的になっていたとはいえ、あの少女を守ろうとして戦っていた。
――では自分は?
自分がこのバトルロワイアルで守ろうとしている正義、オフィシャルとしての『法』は、本当に自分が守りたいものなのか? と。
ブルースは自身にそれを問いかけながら、アーチャーたちが駆けて行った方向を見つめた。
………答えは、すぐには出そうになかった。
†
―――サチを助けたかった。
彼女を失わずにすむのであれば、今は何もかもがどうでもよかった。
彼女との思い出が、頭の中で蘇る。
黒猫団に入団した時のこと。ともにダンジョンを攻略した時のこと。
これから先について語り合った時のこと。――――彼女たちを、守れなかった時のこと。
今思い出しても後悔する。
どうして自分は、彼女たちに関わってしまったのか。
どうして自分は、自分のレベルを隠していたのか。
どうして自分は、あの時に、彼女たちを守れなかったのか。
それからは、自分でもどうかと思うほど酷い状態だった。
寝る間も惜しんでレベルを上げ、あるかもわからない蘇生アイテムを探した。
そうしてその情報を手に入れ、実際にアイテムも手に入れ―――しかし、それが無意味だと思い知らされた。
そんな絶望の底にいた俺を救ってくれたのは、サチの残していたメッセージ録音クリスタルだった。
その内容は、今でもこうして思い出せる。彼女の声も、彼女の言葉も、彼女の歌も。
………なのに、どうしてだろうか。
たった一つだけ、思い出せないものがあった。
サチが死んでしまった時の言葉が。耳に届かなかったあの言葉が。
クリスタルに残されていた、サチの最後の言葉が、どうしても思い出せなかった。
代わりに、
――うそつき――
そんな言葉が、サチの声で、再生された――――。
【E-5/森/1日目・午前】
【ブルース@ロックマンエグゼ3】
[ステータス]:HP70%
[装備]:なし
[アイテム]:ダッシュコンドル@ロックマンエグゼ3、SG550(残弾24/30)@ソードアート・オンライン、マガジン×4@現実、不明支給品1〜3、アドミラルの不明支給品0〜2(武器以外)、ロールの不明支給品0〜1、基本支給品一式
[思考]
基本:バトルロワイアル打倒、危険人物には容赦しない。
1:悪を討つ。
2:森で待ち構え、やってきた犯罪者を斬る。
3:キリト(?)を警戒しつつも保護する。
4:俺の守ろうとしている正義は、本当に俺が守りたいものなのか?
[備考]
【ピンク@パワプロクンポケット12】
[ステータス]:HP100%
[装備]:ジ・インフィニティ@アクセル・ワールド
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜1
[思考]
0:何なのよ、アイツ………。
1:悪い奴は倒す。
2:一先ずはブルースと行動。
[備考]
※予選三回戦後〜本選開始までの間からの参加です。また、リアル側は合体習得〜ダークスピア戦直前までの間です
※この殺し合いの裏にツナミがいるのではと考えています
※超感覚及び未来予測は使用可能ですが、何らかの制限がかかっていると思われます
※ヒーローへの変身及び透視はできません
※ロールとアドミラルの会話を聞きました
【キリト@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP5%、MP40/50(=95%)、疲労(大)、気絶/SAOアバター
[装備]:虚空ノ幻@.hack//G.U.、蒸気式征闘衣@.hack//G.U.、小悪魔のベルト@Fate/EXTRA
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜1個(水系武器なし)
[思考・状況]
基本:絶対に生き残る。デスゲームには乗らない。
0:サチ、どうして…………
1:――――――――
2:二度と大切なものを失いたくない。
[備考]
※参戦時期は、《アンダーワールド》で目覚める直前です。
※使用アバターに応じてスキル・アビリティ等の使用が制限されています。使用するためには該当アバターへ変更してください。
•SAOアバター>ソードスキル(無属性)及びユニークスキル《二刀流》が使用可能。
•ALOアバター>ソードスキル(有属性)及び魔法スキル、妖精の翅による飛行能力が使用可能。
•GGOアバター>《着弾予測円(バレット・サークル)》及び《弾道予測線(バレット・ライン)》が視認可能。
※MPはALOアバターの時のみ表示されます(装備による上昇分を除く)。またMPの消費及び回復効果も、表示されている状態でのみ有効です。
10◇
二つの銃口から放たれる弾丸を、ユウキは細剣をその射線上に合わせて振り抜くことで防ぐ。
だが銃撃はそれで終わりではない。ライダーの持つクラシック拳銃は銃弾の再装填すらなく、次から次へと弾丸を放ち続ける。
周囲の木々を盾にしたところで意味はない。
放たれた弾丸は樹木を容易く削り飛ばすし、砲撃による攻撃であれば一撃だ。
カオルを人質に取られ、反撃を許されていない以上、ただひたすらに逃げ回り、銃弾を防ぎ続けるしかない。
そしてここが“痛みの森”である以上、たった一発、たった一度攻撃を防ぎ損ねるだけで、それが即死へと繋がる。
なぜなら倍増された痛覚は、痛みに慣れているユウキでさえもその動きを一瞬鈍らせてしまう。
その一瞬で、ライダーは更なる追撃をユウキに与え、それによって発生した痛みでまたユウキの動きが止まり――――。
と。死への直通連鎖が開始されるからだ。
故に現状況でユウキが生き延びるには、ライダーの攻撃を完全に防ぐ必要がある。
だが雨霰と放たれる弾丸を弾き続ける行為は、彼女の精神力さえも次第に削っていく。
――――果たしてそれが、一体いつまで続くのか。
「ふ、ふふふふ…………」
そんなユウキの姿を見ながら、ダスク・テイカーは実に愉快気に笑っていた。
自分を相手に余裕を見せていたユウキが、逃げ惑うしかないざまが楽しくて仕方がないのだ。
加えて、これで自分とライダーの立ち回りも確認できた。
ライダーは確かに強い。心意を考えなければ、容易く上位ランカーと渡り合えるレベルだろう。
彼女の元マスターであったゲームチャンプとやらが調子に乗っていたのも、この力を体感すれば頷ける。
………だが、その力も今は僕のものだ。
使役するのに必殺技ゲージを消費するのが難点だが、そこは飛行アビリティの時と同じで、パイロ・ディーラーで継続的にリチャージできる。
自分自身の攻撃を考えなければ、召喚し続ける時間に制限はないのと同じだ。現に今もこうして、必殺技ゲージは十割近くを維持できている。
ライダーがカルバリン砲を使えば、その瞬間は三割近く消費されるが、それも時間とともにリチャージされるので問題はない。
ただ、宝具とやらがまともに使えない事だけは少し残念だった。
宝具はスキルとは桁違いの魔力を消費するらしく、使用すればあっという間に必殺技ゲージがゼロになる。
本来持っていない魔力を必殺技ゲージで代用している代償と言ってしまえばそれまでなのだが。
しかしまあ、それでも十分な強力な存在(ちから)であると言えるので、概ね満足はしていた。
「……それにしても、思ったよりもやりますね」
テイカーがカオルを人質に取ってから、すでに十分近い時間が経過している。
その間反撃を禁じられたユウキは、僅かに休む守なくライダーの銃撃を防ぎ続けているのだ。
それは決してライダーが弱いという事ではない。むしろ放たれた無数の銃弾を剣で弾き続けられるユウキの方が驚嘆に値する。
認めるのは腹立たしいが、自分を相手に余裕を見せただけの事はあるだろう。
……だが、それももうすぐ終わる。
「クク………」
たった一度でもライダーの攻撃を防ぎ損ねれば、それですべてが終わる。
その瞬間、あの女は一体どんな苦痛の声を上げるのか。そしてどんな無様な姿で許しを請うのか。
もう間もなく訪れるその瞬間を想像すると、笑いが込み上げてきて抑えきれなかった。
「………どうしてこんな事をするんですか」
そんな風に笑うテイカーへと向けて、カオルはつい質問を投げかけた。
人が死ぬかもしれないというのに、他者を嬲って笑えるデイカーの気持ちが解らなかったのだ。
「ん? なんですかいきなり?」
「だから、あなたはどうして、人を平傷つけて笑っていられるのですか?
ここはデスゲームで、本当に誰かが死ぬかもしれないのに」
「はっ、そんなことですか」
しかしその質問に、テイカーは鼻で嗤うことで答えた。
誰かが死ぬかもしれない? それが一体どうしたというのか。
これはたった一人しか生き残れないデスゲーム。自分が生き残るために他者を殺すのは、ごく当たり前の事だろう。
どうやらこの女は、それをきちんと理解していないらしい。あるいは、友情とか正義とか、そんなくだらないものの事を考えているのか。
だがまあ、ただ見てるだけというのも退屈だし、暇つぶしに応えてやってもいいだろう。
「簡単なことです。僕は奪うことは好きですが、それ以上に、失うこと、奪われることが我慢ならないんですよ」
そう口にし、テイカーは自らの渇望と恐怖の一端を口にした。
「世界に存在する万物は有限です。誰かが何かを得た時、同時に同じだけ、他の誰かが何かを失っている。それはあたかも、エネルギーの保存則のように。
さっきライダーにも言いましたけどね、この世の根本原理は『争奪』なんですよ。
僕はその原理に従って、自分の命を得るために他者の命を奪っているにすぎません。このデスゲームのルールに従ってね。
………まあそのついでに、僕が個人的に欲しいものも奪い尽くすんですけどね」
「……………………」
テイカーのその言葉を、カオルは否定することができなかった。
この世の根本原理は『争奪』だと彼は言った。それをカオルは、身を以て実感していたからだ。
もはや名前も思い出すことのできない、かつて好きだった誰か。
彼は自分ではなく、他の女性を愛した。決して奪われたわけではないが、自分は想い人を失った。
だがもし自分が彼を求め、彼が応えてくれたとすれば、逆にその女性が想い人を失う事になっていたのだ。
………けど、それでも、それは違うとカオルは言いたかった。
「……あなたは本当に、自分が助かるために他者を殺しているのですか?」
「だからそう言っているじゃないですか。理解の悪い人ですね、貴方」
「だったら、このデスゲームを打破しようとする人と、協力することだって」
「ああ、止めてくださいそういうの。仲間とか友情とか、そういうの鳥肌が立つんですよ。
ましてや僕がそのお友達ごっこの仲間入りとか、考えるだけで吐き気がします」
カオルの必至の呼びかけを、テイカーは厭わしそうに顔を背け、そう吐き捨てた。
『無償の友情』なんて幻想はありえない。人の繋がりで確かなのは支配する者とされる者の関係だけだ。
そして支配者には、相手の全てを奪う権利が与えられているのだ。
そう口にするテイカーに、カオルは怒りでも、憎しみでもなく、憐れみを覚えた。
ああ、そうか。もしかするとこの人は……。
「貴方は、何かを与えられた事がなかった……与えてくれる人に、出会えなかったんですね」
だから彼は、自分が知らないものを、信じることができないのだ。
共に笑える友達も、手を取り合える仲間も、彼にとっては自分になかったもの。自分にないのだから、それは存在しないのと同じだと。
だから、友情を、仲間を、信頼を、在りもしないものを信じる他の人たちを、認めることができないのだろう。
「なに……を、言ってるんですか、貴方は?」
「確かにあなたの言う通り、『争奪』は世界の根本原理なのかもしれません。
けどそれは、あくまでも根本なのであって、全てではないんです。人は自分が持つものを、『共有』することだってできるんです」
「…………黙れ」
「けど誰かが差し伸べてくれる手を拒絶していたら、『共有』はできません。
そんなのだと、貴方はいつまでも『奪う』ことしかできなくて、『与えられる』ことはないんですよ」
「黙れと……言ってるんです」
「私には、好きな人がいました。けどその人は、他の女性と恋人になりました。でも私は、今自分が幸せなんだと思っています。
だって私には、まだ生きていたいって思える理由があるから! また会いたいって思える人たちがいるんですからっ!!」
「黙れぇぇええええええええええええッッッッ!!!」
カオルの言葉に激高し、テイカーは感情のままにカオルを地面に叩き付ける。
その痛みと衝撃に咳き込み呻くカオルに、パイロ・ディーラーの砲口を突き付ける。
「カオル!?」
「おいおいノウミ。そいつはちとマズいんじゃないのかい!?」
その事態にユウキとライダーは戦闘を停止し、共に声を荒げる。
ユウキは純粋にカオルに迫る身の危険から。ライダーは人質作戦という戦術的な理由からだ。
だがカオルは、身に迫る危険を知りながらも、倍増された痛みを堪えながらユウキへと強く呼びかけた。
「ユウキさん! 私は、貴方を信じています!」
「ッ――――!」
「僕を、そんな憐れむような目で見るな!」
ライダーの静止を耳に入れず、ダスク・テイカー――能美征二は叫び声を上げる。
彼の頭には、もはや作戦の事など頭になかった。あるのはただ、超えてはいけない一線を越えた、目の前の女を消し去ることだけ。
僕が何かを与えられなかった?
人は奪うだけでなく共有することができる?
あまつさえ、好きになった人が奪われても、自分は幸せだ、だって?
―――ありえない。
確かに僕は与えられなかった。実の兄に、何もかもを奪い続けられた。
だから僕は略奪者になった。兄に奪われた全てを、奪い返してやったのだ。
だから、せっかく取り戻した自分のものを、他人と共有するなんてありえない。
ましてや、好きな人を奪われておいて、それでも幸せになれるなんて絶対にありえない!
「消えろ! 僕の前から! この世界から!
“スプレッド・ファイア”ァァア――――ッッ!!」
パイロ・ディーラーの砲口から、これまでにない最大火力を以て灼熱の豪華が放たれた。
カオルを、友情や絆といった幻想を、………ただ一つ、本当には奪い返すことができなかった、自分と仲良くしてくれた女の子との思い出を焼き払うために。
――――――、零秒。
「ウオォオオオ―――ッッ!」
直後、カオルが雄叫びを上げ、地面を蹴り砕き駆け出す。
だが彼女が駆ける先にいるのは、カオルでもテイカーでもなく、ライダーだ。
彼女は一か八かでカオルを助けだすよりも、ライダーへ攻撃することを選んだのだ。
「なんッ……!?」
カオルを助けに動くと読んでいたライダーは、ユウキのその行動に一手対応が遅れる。
ユウキはその僅か一手分の隙にライダーへと距離を詰め、渾身の力でライダーへとランベントライトを振り抜いた。
回避しきないと判断したライダーは、とっさに左腕で急所を庇い、その一撃を受け止める。
―――白銀の剣閃に赤い鮮血が混じる。
ユウキの一撃が、ライダーの左腕を切り落としたのだ。
だが、その攻撃の隙。次の一手は逃すまいと残る右腕、その手に握る拳銃をユウキへと突き付ける。
――――――、一秒。
「こいつはヤバいね……!」
言いつつ、笑みさえ浮かべてライダーは引き金を引いた。
響く銃声。だが放たれた弾丸は、ユウキには当たらなかった。
回避されたのではない。すでにそこに、彼女がいなかっただけの事。
ユウキはライダーの腕を切り落とした時点で、即座にもう一つの目標へと飛翔していたのだ。
―――今生み出されたばかりの、紅蓮に燃える灼熱の台地へと向かって。
「ノウミィ! そっちへ行ったよ、気を付けな!」
ライダーはテイカーへと呼びかけながら、ユウキへと向かって銃撃する。だが同時に、ユウキの狙いがテイカーではないことも悟る。
ならば考えられるのは一人だけだが、それはもはや手遅れだ。テイカーに人質にされていた少女は、資金から炎に焼かれ既に死んでいるはずなのだから。
――――――、二秒。
「ぐ、ううぅううっ……ッッ!!」
対するテイカーは、自らが至近で生み出した炎から逃れるために、その身を焼かれながらも大きく飛び退く。
倍増された痛覚は想像を絶するものだったが、決して動けないほどのものではない。
そもそも痛みにはとっくに慣れている。
痛いからと言って動けなくなるようでは、更なる暴力を振るわれた。
ブレイン・バーストを始めてからは、体が千切られ砕かれる激痛を何度も味わってきた。
そんな一過性の苦痛ものよりも、最後の寄る辺である加速能力を失う方が何倍も何十倍も恐ろしかった。
――――だから、それを奪おうとするやつには決して容赦はしない。
「燃え尽きろォ……ッ!」
溶解する大地から抜け出し、ユウキへと向けて高熱の火炎を放つ。
もはや羽のことなどどうでもいい。あの女も、あの女の仲間も、全て消し去ってしまいたかった。
だがここで、テイカーはユウキの目標が自分を見ていないことに気付く。
………まさか。助けるつもりか? この状況から? 不可能だ。女はとっくに消し炭になっている。
と、ライダーと同じ結論に至るが、ならばユウキは、一体何をしようとしているのか。と新な疑問が生じる。
そんな二人の疑問など意にも介さず、自身に迫りくる炎を避けることもせず、むしろ自ら加速して炎の中へと突っ込んだ。
――――――、三秒。
「うぁああ……ッ!」
と、そんな叫び声を上げて、ユウキは炎を突き抜ける。
しかしその直後。ユウキは、今度は自ら溶解した大地へと飛び込んだ。
「グゥッ、……ヅ、―――ッ! うッ……ア、ッァ………! あ、アアアアアア――――ッッ!!!」
全身を焼き尽くす炎に、堪らず苦痛の叫びを上げる。
だがより深く両腕を沈みこませ、ユウキは溶解した大地の中から“彼女”を探し当てる。
そして渾身の力で彼女を抱え上げると、即座に全速力で飛び上がって安全な大地へと移動する。
――――――、四秒。
「カオル……、これで………」
ユウキは重度の火傷と激痛で震える手を懸命に動かしてメニューを操作し、あるアイテムを取り出す。
そしてそれを、祈るような気持ちで、カオルであったものの残骸へと使用する。
人の形をしているだけの黒い塊に、優しい色の光が降り注ぐ。
すると黒い炭と化していたその身体に人の色が戻り、少女の姿を取り戻す。
生者の姿となった少女はゆっくりと瞼を開け、自らに起こったことの感想を口にした。
「……………………、っは。
あ、…………たとえ二度目でも、やっぱり死ぬのは、慣れませんね」
「ッ……、普通は二度も死なないと思うけどね」
カオルの言葉に、笑いながらそう返して、ユウキはようやく安堵の息を吐いた。
―――締めて、五秒。
それが、ユウキに支給されたアイテム【黄泉返りの薬】の、蘇生効果を発動できる限界時間だった。
「蘇生アイテム!? なるほど、そんな物まで支給されていたんですか。
……ですが先ほどの貴方の無茶振りを見るに、どうやら使用に時間制限があるようですね」
死んだはずのカオルが生き返ったことに驚きながらも、テイカーはそう分析する。
ユウキはそれに答えず、ランベントライトを支えにしてふらつく体を立ち上がらせた。
「で? そこからどうするおつもりですか?
まさか、そんなダメージと痛みでロクに動けない体で、ボク達と戦おうっていうんですか?」
ユウキの行動にテイカーは嘲笑を浮かべる。その隣には、いつの間にかライダーも付き従っている。
見れば、ユウキが切り落としたはずのライダーの左腕が、きちんと繋がってそこにあった。
「ん? ああ、この腕かい?
アタシ等サーヴァントは、言っちまえば幽霊みたいなもんなのさ。
だから生きていて魔力があるなら、こうして体を治せるってわけだ。ま、完全な回復には時間がかかるけどね」
ユウキの表情を見て察したのか、ライダーはふらふらと左腕を振って理由を説明する。
なるほど、確かにその動きは鈍い。先ほどまでのような連続射撃はできなさそうだ。
……だが、ほとんど即座に体の欠損を修復できるなんて、販促もいい所じゃないかとユウキは思った。
「ハッ。キミたちの方こそ、本気のボクに勝てると思っているの?
これでも、ALO統一デュエル・トーナメントの4代目統一チャンピオンなんだけど」
しかし、そんな窮地を鼻で笑い、ユウキはテイカーへと向けてそう挑発する。
こんな状態でもお前たち程度には勝てると、彼女らしくない、相手を見下すような口調で。
確かに体はロクに動かない。痛みで頭はガンガンする。HPなんか、痛みの森じゃなくても一撃で消し飛びそうだ。
………けどそれは、あきらめる理由に決してはならない。
加えて、ユウキは怒っていたのだ。彼女自身も初めてだと思うほどに、とても激しく。
「へぇ。ずいぶんと強気じゃないですか、死に損ないの分際で。しかもたかがゲームのチャンピオンとかで威張られてもねぇ。
まあいいでしょう。さっきの蘇生アイテムがいくつ残っているかは知りませんが、その全てを使いきるまで殺し続けてあげますよ」
そう宣言すると同時に、テイカーはパイロ・ディーラーの砲口をユウキへと向ける。
ライダーの方は、ユウキが火炎放射を回避したところを狙い撃つつもりなのだろう。
「――――――――」
それを前にして、ユウキは油断なくランベントライトを構える。
―――絶対に勝つ。そう強く決意を懐いて。
「さあ、精々無駄な悪足掻きをして、僕を楽しませてくださいよ!」
そんなユウキを嘲笑い、テイカーはユウキに向けた砲口から、高熱の火炎を放射しようとして、
「―――ハ、どこ見てんだよ。おまえの相手はこの僕だろ!?」
その声とともに、突如として暗い黄色のエフェクトが、テイカーの体を包み込んだ。
同時に飛来した矢を、それを察知したライダーが撃ち落とす。
そしてその間に、両者の間に二つの人影が上空から降り立った。
現れたのは、赤い外套の男と学生服の少年。
その片方、学生服の少年は、敵愾心を露わにしてテイカーを睨み付けると、
「よう。ライダーを返してもらいに来たよ」
そう宣言して、嘲笑するようにニヒルな笑みを浮かべた。
―――こうして再び、間桐慎二はダスク・テイカーと相対したのだった。
11◇◆
――――黒い闇の中を、当てもなく走る。
周囲一面には、何も無い。
まるで深い深い海の底。何のデータも打ち込まれていないマップの様。
前も後ろも右も左も上も下も判らない。走れるという事は、地面があるはずだけど、何かに足を付けている感触はない。
……いや、そもそも、私は本当に走っているのだろうか。走っているというより、なぜか泳いでいるような気さえしてくる。
――――それこそまるで、魚みたいに。
……一体どこへ向かえば、この暗闇から抜け出せるのか。
いや、そもそも、この暗闇に出口はあるのだろうか。
一条の光も見えない暗黒に、もしかしたら出口などなくて、この暗闇からは二度と出られないのではないか? なんて不安さえ懐き始める。
その不安を振り払うように、私は溺れるように走り/泳ぎ続けた。
……けれど、どこまで走っても変化のない暗闇に、次第に心が挫けそうになる。
だからだろう。無性に“彼”に会いたくなった。彼に会って、安心したかった。彼ならきっと、どんなことからも私を守ってくれる。
………けれど、それはもう、二度と叶わない。彼とはもう、二度と会えない。
だって、彼は死んでしまった。私がこの手で……殺してしまった。
――――ダレヲ?
――――――――――、キリトを。
「あ、ぁあ…………あ――――――ああああああああああああアアアアアアアア………………ッッッッ!!!!!!」
殺した。私が殺した。キリトを。守ってくれようとした人を。私が。
――――ナゼ?
死にたくなくて。死ぬのが怖くて。殺されるのが嫌で。堪らず、殺される前に殺そうと思った。
けれど、どうしてキリトを殺してしまったのか。それだけが解らない。彼は守ろうとしてくれていたのに、どうして。
理由が解らない。……もしかしたら理由なんてないのかもしれない。
キリトと戦っていたPKと同じで、私はただ自分が死にたくないから、他の誰かを……大切な人さえ殺してでも生き延びようとしたのかもしれない。
――――ホントウニ?
だって、それ以外に考えられない。
キリトを殺した自分を許せないのに、私はまだ、死にたくないって強く思っている。
…………死にたくない。
キリトを殺したくせに、そんな風に考える自分が許せない。
許せないのに、この暗闇から抜け出そうと懸命に走って/泳いでいる。
――――ドウシテ?
この場所が、どうしようもなく怖いから。
ここには何もなくて、嫌なことばかり思い出す。
こんな場所にはいたくない。……ここから逃げ出したい。
………ああ、そうか。私は逃げているのだ。
――――ナニカラ?
この場所から。PKから。キリトから。バトルロワイアルから。―――自分自身から。
何もかもから逃げ出そうとして、ひたすらに走り/泳ぎ続けているのだ。
けれど、自分から逃げられるわけがなくて。
それでも、キリトを殺した自分から目を背けたくて。
自分が生きているのが嫌で、けれどやっぱり、死にたくなくて。
――――ダカラ。
私は、不意に見えた赤い光へと、引き寄せられるように走って/泳いでいった。
光は二つ見えたけど、一方にはジブンと同じで、けどとても恐ろしいものがいるような気がしたので、もう一方の方へと向かった。
そうしてこの暗闇から抜け出そうと、縋りつくようにその赤い光へと手を伸ばした――――
†
それから少しして、そろそろ出発しようかと立ち上がった、その時の事だった。
ユイが突如として顔を跳ね上げ、警戒の声を発した。
「ッ―――! 白野さん、気を付けてください!
突如としてプレイヤー反応が出現、来ます!」
その緊迫した様子に、即座に全員が警戒体制へと移行する。
突然プレイヤーが出現? それはつまり、ここへ転移してきた、という事か?
それはおかしい。この洞窟に、転移装置の類はなかったはずだ。
ならばそのプレイヤーは、一体どこから現れるというのか。
「む! あそこだ奏者(マスター)! あれを見よ!」
と、何かに気付いたセイバーが洞窟の入り口付近を指す。
するとそこにあった石柱に刻まれていた、三角形の傷痕が赤く輝いていた。
どうやら地底湖と大樹に目を奪われ、あの傷痕は見落としていたらしい。
だが少なくとも、あんな風に禍々しく光ったりはしていなかったはずだ。もし光っていたのなら、さすがに気付かないはずがないからだ。
ならばあの傷痕が光を放ち始めたのは、ユイがプレイヤーの反応を探知するのと同時だろう。
つまりプレイヤーは、あの傷痕から現れるという事だ。
そう確信を懐き、傷痕を注意深く観察する。
すると不意に、傷痕から黒い点が浮かび上がってきた。
それは瞬く間に増殖すると、空中へと浮かび上がって静止し、大きな黒い孔を作り出した。
そしてそこから一人の少女が表れ、ゆっくりと地面へと降り立ち、そのまま地面へと座り込んだ。
こちらの存在に気付いていないのか、少女は地面に座り込んだまま、何かに怯えるように自分の身体を抱えている。
その容姿には、どこかユイと似た面影が見て取れたが、ユイから聞いた母親の容姿とは一致していない。
「そんな……まさか……!」
だが少女の姿を見たユイが、信じられない、と声を漏らす。
もしかしてユイは、彼女を知っているのか?
「はい。彼女のネームはサチ。ギルド月夜の黒猫団のメンバーであり、ソードアート・オンラインに囚われたプレイヤーの一人でもあります。
………ですが、彼女がここにいる事はあり得ません。何故ならギルド月夜の黒猫団は、二〇二三年六月に壊滅したからです。
………ギルドメンバーで生き残ったのは、パパ一人だけでした」
――――――――。
それはつまり、あの少女はありすと同様、すでに死んだはずの人間という事なのか?
まさか榊は、死者の蘇生さえ可能としているというのか?
「私が……死んでる………?」
ユイの言葉に、少女――サチが反応する。
その表情は一瞬で蒼白に変わり、その言葉を否定するようにより強く自分を抱き締める。
その様子はまるで、自分がここに生きていることを、懸命に確かめようとしているかのようだ。
「……うそ。私は死んでない―――!
………だって、今もこうして、生きて………!
…………あれ? それじゃあ、キリトはどうして……?」
しかしそ、サチ自身にも思い当たることがあったのか、次第にその抵抗は弱くなっていく。
そして、ユイの言葉を否定することができなくなった、その瞬間。
「…………ああ、そっか。だからキリトは、私を………―――」
サチの声は途切れ、バタリと、力なく地面に崩れ落ちた。
―――直後。彼女の背後にあった黒い孔が無数の点へと分裂し、黒い影となってサチの身体を包み込んでいく。
湧き上がる悪寒に、ユイに妖精アバターへと変わってもらい、制服の上着を着直して胸ポケットに隠れさせる。
「――――――――」
黒い影がサチの全身を覆うと、彼女は浮かび上がるような動作で立ち上がり、自分たちへと視線を向けてくる。
その向けられた虚ろな瞳に、意思の光は見て取れない。ただ外界を映すだけの、人形の眼球のような印象を受けた。
だがそれでも、少女からは自分達に対する、確かな敵意を感じ取ることができた。
………戦うしか、ないのだろうか。
戦いになれば、最悪、相手を死に至らしめる可能性もある。
だというのに、あの少女の正体も、理由さえも分からないままで、戦ってしまっていいのだろうか。
「来るぞ、奏者よ」
「ご主人様、指示を」
「アァァァァアアァァァ……」
しかし、状況は岸波白野を待ってはくれない。
もはや避けられない戦いを前に、自分もようやく覚悟を決める。
どちらにせよ、戦わなければ生き残れないのだ。ならば、その戦いの中で、戦う理由を見つければいい。
その決意に、サーヴァントたちとカイトが武器を構えて前へと踏み出す。
特にカイトは、今までにない戦意を少女へと向けて見せていた。
自分は――――
セイバー、頼む。
キャスター、頼む。
>カイト、頼む。
少女の相手は、カイトに任せる。
元よりそういう戦術を取る予定だったし、何より彼が強くそれを望んでいる。
その代わりセイバーとキャスターには、もしもに備えて待機してもらう。
「むう、奏者がそう命ずるのであれば仕方があるまい。
だがカイトよ。貴様の実力、しかと見極めさせてもらうぞ」
「ご主人様の期待を裏切らぬよう、全力を尽くしてくださいませ。
もし期待に応えられぬようであれば、その時は――――」
命の掛かった戦いだからだろう。サーヴァントたちの言葉は普段以上に辛辣だ。
だがそれは同時に、彼女たちの期待の表れでもある。
ここでその期待に応えられれば、少しは命を預ける仲間として認めてくれるだろう。
「ガ&バル」
カイトはそう口にして頷き、さらに一歩前へと出る。
その両手には禍々しき双剣、虚空ノ双牙。
陽炎のように歪む三枚刃を展開し、払う様に一振りする。
すると彼の全身から衝撃が放たれ、その体を覆うように蒼い炎が揺らめき始める。
――――蒼炎の守護者。
カイトのその姿に、そんな言葉が思い浮かぶ。
おそらくこれが、システムの守護者――Auraの騎士としての彼の姿なのだ。
「――――――――」
対すサチは、カイトの放つ蒼炎の衝撃に晒されながら、背中のゆらりと剣を引き抜く。
その動作はますます人形染みていて、彼女が通常の状態でないことが一目でわかる。
おそらく、彼女を覆う黒い点が原因だ。カイトの強い戦意も、それが理由なのだろう。
一体サチに何があったのか。あの黒い点は何なのか。それは、こうして考えたところで解り得ない事だ。
故に、今自分が成すべきはただ一つ。岸波白野の専心は、この戦いを切り抜ける事にのみ向けられる。
………………そして―――サチの虚ろな瞳が、こちらを認識したことを感じ取る。
――――来る!
そう確信すると同時に、素早くカイトへと指示を出す。
同時にサチが黒点を伴ってカイトへと迫り、
カイトが蒼炎を燈した魔刃を以てそれを迎え撃った――――。
12◇◆◆
――――行動選択。
始めの一手はGUARD。まずは防御に専念し、相手の出方を窺う。
ガキン、と。サチが振り抜いた宝剣の一撃を、カイトの振るう三枚刃の魔刃が打ち落とす。
弾かれた一撃は人ならざる動きによって、止まることなく振り下ろしから切り上げへと変化する。
しかしその二撃目は、またも魔刃によって、その担い手に届くことなく弾き飛ばされる。
反す三撃目。宝剣は持ち主の駒のような動きによって、弾かれた勢いをそのままに、今度は反対側から袈裟に切り下される。
しかしやはり、宝剣の一撃はその威力を発揮させることなく、容易く魔刃に受け止められる。
―――当然だ。
これまでにサチの放った攻撃は、剣の重さだけを使った単純な物理演算によるものだ。
そこには力や技といった、人の肉体を活かした攻撃の重みが乗っていない。
対するカイトの防御は、正確無比の一言に尽きる。
彼は迫りくる攻撃に対し、最適なポイントで、最適な力加減で、最適なタイミングで防いでいるのだ。
加えてカイトの纏う蒼い炎は、少女の攻撃に反撃するかのようにその火片を飛び散らせダメージを与えている。
彼の世界のアビリティ風に言うのであれば、カウンター・蒼炎といったところだろうか。
通常攻撃はほとんど通じず、近づき過ぎれば蒼炎によってダメージを受ける。
もしカイトの守りを正面から破るとしたら、それは彼の能力数値(ステータス)か演算速度(スペック)を超えるしかないだろう。
事実、その実力差を示すかのように、カイトはこの戦いにおいて、まだ片腕しか使っていないのだから。
……だがそれも、相手が尋常の人であったならの話だ。
魔刃と宝剣がぶつかり合い、激しく火花を散らす。
次第にその剣戟の金属音が強くなり始め、打ち合う速度が加速していく。
サチが……そのアバターを動かす“何か”が、人の肉体の使い方を学習し始めたのだ。
ならば―――それを学習しきる前に、こちらから先に攻め切る……!
そう決断し、即座にカイトへと指示を出す。
二手分の攻撃選択。BREAKからATTACKへの連携攻撃。
強烈な一撃で敵の攻撃を打ち砕き、回避の間を与えぬ追撃を以て斬り抉る。
「アアァアァアアアア―――ッ!」
その指示に従い、カイトが初めて右腕を振り抜き、右の魔刃で宝剣を弾き飛ばす。
カウンター気味に打ち上げられる宝剣。その衝撃にサチの体はふらつき、胴体がガラ空きとなる。
瞬間。そこに左の魔刃が薙ぎ払われる。通常ならば躱しきれない超高速の一撃。
少女へと迫る禍々しき刃は、ダイイングのアビリティによって掠り傷でも致命傷となりかねない。
………だがしかし、カイトの魔刃は身に纏う防具を浅く切り裂いただけで、少女の肉体へは届かなかった。
―――躱された。
何と少女は、宝剣を弾かれるのとほぼ同時に、既に後ろへと飛び退こうとしていたのだ。
宝剣が弾かれた衝撃が想定以上だったのか、想定通りの動きはできなかったようだが、それでもギリギリ回避を間に合わせた。
その反応速度は、間違いなく人間以上。ユイやカイトと同じ、電子の速度で思考する者の動きだ。
だがそれでも少女には――彼女を操る者には不足しているものがある。
それはすなわち、能力値と経験値(レベル)だ。
“彼女たち”にはカイトの攻撃を防ぐ防御力と、状況を見極める判断力が足りていない。
カイトにATTACKの指示を出し、そのまま少女へと追撃させる。
高速の連続攻撃を以て、一気に壁際まで追い詰めるためだ。
「ハァアア――ッ!」
「――――――――」
左右交互に繰り出される魔人の連撃を、サチは宝剣で防いでいく。
しかしカイトの攻撃を受けきれない少女は、次第に洞窟の壁面へと追い込まれていく。
加えて双剣に燈された蒼い炎が、疑似的な武器アビリティ、蒼炎攻撃となって少女に追加ダメージを与える。
そして壁まであと少しという所で、カイトへとBREAKの指示を出す。
少女を弾き飛ばすことで壁に激突させ、それによる一瞬のスタンを狙う。―――だが。
「ア゛アァアッ!」
カイトが一際強い一撃を放ち、サチを大きく弾き飛ばす。
少女はそのまま狙い通りに壁へと激突し―――間に割り込むように発生した黒い孔にドプンと沈みこんだ。
―――そんな!
と一瞬己が目を疑い、同時に正しく状況を把握する。
黒い孔は一瞬で点へと拡散し、カイトの背後で再び集結する。
そうして発生した孔から、宝剣を振り上げたサチが飛び出してきた。
咄嗟にカイトへと、全体攻撃の指示を出す。
―――攻撃選択、SKILL >蒼穹の衝撃。
「ハァァアアア―――ッ!」
即座にカイトが全身から蒼炎の衝撃波を放ち、背後のサチを吹き飛ばす。
吹き飛ばされた少女は再び黒い孔へと沈み込み、カイトからある程度離れた位置で出現する。
カイトも同様に指示待機位置へと戻り、唸り声を上げて少女を睨み付ける。
………危なかった。まさか疑似的な転移を可能とするとは思わなかった。
いや、サチが最初に現れた時の事を考えれば、それも考慮に入れるべきだったのだろう。
だがこれで、敵の能力を一つ暴いた。
それは即ち、疑似的な転移……いや、黒点内部への潜航だ。
少女の周囲を漂う黒い点はただのエフェクトではなく、何かしらの亜空間へ繋がる孔なのだ。
おそらく、少女を操る“何か”は、その亜空間の中に潜んでいる。
そしてサチの体を覆う黒い影から察するに、黒点はその“何か”の手足替わりでもあるのだろう。
ならば亜空間に潜む“何か”――“黒点の主”をこちら側へと引き摺り出し、倒すことができれば、サチはあの黒点から解放されるはずだ。
あとはどうやって“黒点の主”をこちら側へと引きずり出すかだが――――。
どうやら今は、それを考えている間はないらしい。
思考を考察から戦闘へと移行させる。
「――――――――」
サチが宝剣を高く掲げ、そこに黒点が集まっていく。
そして十分な黒点が集まったところで、サチは宝剣を一気に振り下ろし―――無数の黒い手が、カイトへと向かって襲い来た。
応戦してカイトへと指示を出す。
行動選択はGUARD。迫りくる平面の黒手、その全てを打ち落とす。
「……………………」
黒手の軌道を予測しきり、目にも止まらぬ速さで双剣を振るうカイト。
打ち払われた黒手は彼に届くことなく弾き飛ばされ―――翻って再びカイトへと襲い来る。
即座にカイトに回避指示を出し、黒手の対応策を考える。
双剣で弾けたことから、物理的な接触は可能。
問題は追尾能力と、通常攻撃では破壊不可能なこと。
ならば次に打つ手は一つ。より強力な一撃を以て、黒手を完全に消滅させる。
―――行動選択、SKILL >蒼炎の爆発。
「……………………、ハァアッ!」
それまで回避を続け、避けきれないものは弾くことで防いでいたカイトが足を止める。
それを幸いと、彼を追い詰めようと空間を駆け巡っていた黒手が、一斉にカイトへと襲い掛かる。
しかしカイトは右腕を高く掲げ、魔刃に燈る蒼炎をより激しく燃焼させると、それを地面へと叩き付けた。
それによって発生した蒼き炎の爆発は、迫り来た黒手を悉く焼き尽くす。
「――――――――」
それによって発生した粉塵を潜り抜け、サチが宝剣を構え突きに来る。
その突進に対しGUARD指示を出し、そこへさらにATTACK指示を二手分重ねる。
「……………………」
カイトは左の魔刃でサチの突進を受け止め、弾き飛ばして体勢を崩させる。
さらに右の魔刃で追撃し、咄嗟に宝剣で防御した少女の体勢を完全に崩し、地面へと転倒させる。
そして倒れたままの少女へと向けて、双剣を勢いよく振り下ろす。
だが再び少女と地面の間に黒点が集結し、内界に少女を取り込むことで回避させ、拡散する。
………しかし、その行動は予測済みだ。
黒点への潜航の欠点は、少女が出入りする際に、最低でも少女と同サイズの孔を作り出す必要があることだ。
つまり拡散した黒点の動きを見極めれば、少女の出現位置を予測することも難しくはない。
そうして拡散した黒点の集結地点を割り出し、カイトへと即座に指示を出す。
―――行動選択、SKILL >蒼炎球。
黒点の集結地点へと向けて、カイトの両手から蒼い炎の弾が放たれる。
亜空間から現れようとしていた少女は、咄嗟に回避することできず、蒼炎に飲み込まれた。
カイトが再び指示待機位置へと戻る。
サチは倒れ伏したまま、ピクリとも動かない。
このまま終わってくれていればいいが、彼女の身体を黒影が覆っている以上、それはない。
それを証明するかのように、黒点が今度は洞窟の地面全てを覆い尽くし、少女の身体が黒い大地へと沈んだ。
―――どこから来る。
黒点による孔は足場全体へと及んでいる。
こうなっては少女の出現位置の予測など不可能だ。
自分たちが沈まないのは、それを“黒点の主”が自分たちの侵入を拒絶しているからだろう。
だがその操り人形となっているサチは、どこから出現してもおかしくはない。
僅かな兆候も逃すまいと、黒い大地全体に視線を巡らせ警戒する。
――――不意に、何かが鳴くような『音』とともに、魚のような半透明の何かが、黒い大地の奥に見えた気がした。
直後。黒い大地全体から平面の黒手が飛び出し、一斉にカイトへと襲い来た。
もはや数えるのも馬鹿らしい数。咄嗟に大きく飛び退きながら、カイトへと指示を出す。
―――行動選択、SKILL >蒼穹の衝撃。
カイトはより高く浮かび上がり、全身から蒼炎の衝撃波を発する。
だがその威力は先ほどの比ではない。放たれた衝撃波は猛り狂う炎の渦となり、襲い来る黒手も、大地を覆う黒面さえも焼き払う。
―――その瞬間。蒼炎に焼かれなかった黒面から、剣を構えサチが飛び出してくる。
同時に彼女の前方には大地を覆っていた黒点が集結し、黒色の盾となってカイトの放つ蒼炎を防ぎきる。
相当に堅い。それが“黒点の主”の考えた、逆転の手段か。確かにカイト一人ならば、見事な反撃となっただろう。
……だが一手、いや、半手遅い。
――――ユイ!
と、岸波白野の胸ポケットに隠れていた妖精の少女へと指示を出す。
―――行動選択、C・CAST >release_mgi(a); 。
「了解です!」
指示を受けたユイは胸ポケットから飛び出し、サチへと向けてコードキャストによる魔力弾を放つ。
完全な意識外からの攻撃に、サチは放たれた魔力弾に対処することができず直撃してしまう。
結果、発生するスタン効果。この瞬間、少女のあらゆる行動はキャンセルされた。
同時にサチがスタンから回復するよりも早く、カイトへと指示を出す。
―――行動選択、SKILL >蒼炎の爆発。
「ア゛アアァァアアア―――ッッ!!」
カイトは両の魔刃に蒼炎を収束させ、サチの前方に展開された黒盾へと叩き付ける。
生じた蒼き爆発は黒盾を構成していた黒点を全て吹き飛ばし、その衝撃が少女を地面へと叩き付ける。
それを認識すると同時に、即座にカイトへとATTACK指示を三つ重る。
「ハァア………ッ!」
カイトはサチとの距離を一瞬で詰め、虚空ノ双牙を振り被る。
対するサチも、即座に立ち上がり応戦しようと宝剣を構える。……だがその周囲に、彼女を助けてきた黒点はない。
黒点は蒼炎によって焼き散らされ、再集結して孔を作ることも、盾となって攻撃を防ぐことも間に合わない。
そう。今この瞬間、少女は完全に黒点によるサポートを得ることが不可能な状態となったのだ。
一手目。カイトは高速の三連撃を繰り出して少女の防御を容易く崩し―――1CHAIN。
二手目。そこへさらに回転連撃を放ち、最後の守りとなる宝剣を弾き飛ばし―――2CHAIN。
三手目。擦れ違いざまの一瞬で、ガラ空きとなった胴体へと神速の五連撃を放ち―――3CHAIN。
そして発生するEXTRAターン。完全に無防備となった少女へと、カイトは赤い斬影を残す三連撃を刻み付けた。
その疾風怒濤の連続攻撃を受け、少女はついに地面へと崩れ落ちた。
ダイイングの効果は発生しなかっただが、それでも十分なダメージにはなっただろう。
………だが、“黒点の主”はまだ諦めていないのか、少女はなおも立ち上がろうとし、その周囲に黒点が集まり始める。
それを見つめながら、戦いを決着させるために、カイトへと最後の指示を下す。
―――行動選択、EX-SKILL >蒼爪の残像。
「ハアアァァアアアア…………」
カイトが全身からさらに蒼炎を放ちつつ双剣を構えると、断罪者が審判を下すが如く、サチの身体に謎の刻印が刻まれた。
刻まれた刻印は蒼炎を放って少女を拘束し、同時に少女を囲むように二つの人影――カイトの分身が現れる。
そしてカイトを含めた三つの蒼い影は、一瞬で少女へと距離を詰め、その体を空へと打ち上げ、
自身も少女に続いて飛び上がり、計六つとなった魔刃で滅多切りにした後に、地面へと叩き付け、
その止めに、着地すると同時に少女へと三角形を描く三筋の傷痕を刻み付け、ようやく分身は消え去った。
システムの守護者が下す、無慈悲なる断罪の一撃。
少女がまだ生きていることの方が不思議なほどの大ダメージ。
それを受けてなお“黒点の主”は戦おうと少女を立ち上がらせ、
しかし、少女の肉体の方が耐えられず、今度こそ地面へと倒れ伏した。
サチがもう立ち上がらないことを確認して、ようやく戦いが決着したのだと実感する。
同時に、少女を覆っていた黒い影と、周囲を漂っていた黒点が散っていく。
それはつまり、少女が開放された、という事だろうか。
だとすれば、彼女を殺さずに済んで良かったと喜ぶべきなのかもしれない。
なんてことを考えていると、今まで霊体化して様子を見ていたサーヴァントたちが姿を現した。
「うむ。見事な指揮であったぞ奏者よ!」
「同感です。初めてのパートナーをそこまで見事にサポートするなんて、さすがは私のご主人様です」
いや、褒めてくれるのは嬉しいが、やはりセイバーたちとは勝手が違った。
やはりお互いに知り合ったばかりであるため、まだ呼吸が合っていないのだ。
今回そう危なげなく勝てたのは、サチを操っていた“黒点の主”に経験が不足していたからだ。
もしこの次戦う事になれば、今のままだと危ない場面も増えるだろう。
そう考えていると、視界の端に、見覚えのある極彩色の光が見えた。
見ればいかなる理由からか、カイトが腕輪を起動させ、右腕をサチへと突き付けていた。
一体カイトはサチに何をする気なのか。戦いは、決着したのではないのか?
そう慌てて問いかけると、カイトは唸り声を出して首を振った。
「アアァアァ………」
「カイトさんによると、彼女はまだ感染したままだそうです」
感染? それは、あの黒点にという意味だろうかと尋ねると、カイトはコクリと頷いた。
その返答に、改めて少女を見てみるが、外見上からはよく判らない。
もしかすると、消えたのは手足である黒点だけで、“黒点の主”は未だに生存しているのかもしれない。
――――どうする。
このまま、カイトに任せるか?
彼のデータドレインに対しては、どうしても嫌な感覚が拭えない。
だがサチがまだ黒点に感染されているのなら、やはりカイトに任せるべきだろうか。
自分は、カイトを――――
>止める。
止めない。
―――やはり、ちょっとだけ待ってほしい。
と、どうすべきか悩んだ末に、カイトへとそう頼む。
サチがまだ感染している、というのは本当なのだろう。
その点については、カイトの言葉を疑っているわけではない。
ただどうしても不安が拭えないのだ。データドレインを使用して、果たして彼女は無事でいられるのか、と。
「……………………」
するとカイトは、腕輪を停止させ、右腕を下してくれた。
ありがとう、と感謝すると、カイトは首を横に振って答える。
どういう意味かと首を傾げると、代りにユイが通訳をして答えてくれた。
「あの、ハクノさんの懸念は、正しいそうです。
データドレインを行えばあのウイルスを除去できることは確かなんです。
けど感染者のリアル側がどうなるのか、AIであるカイトさんには把握できないらしくて」
なるほど、そういう事か。
彼はあくまでも『世界(システム)』を守るAI。プレイヤーを守ることは、彼の規律に含まれてはいないのだ。
……だがそれなら、どうしてデータドレインを止めてくれたのだろう。あのウイルスを駆除することが、カイトの役割なのだろう?
「それは、この『世界』では、ハクノさんの指示に従う事に決めているからだそうです。
要するに、状況判断による優先順位の問題ですね」
―――そうか。カイトは今のところは、システムの守護者という役割より、岸波白野に協力するという約束を優先してくれているのか。
その事に何となく嬉しさを覚え、もう一度ありがとうと口にする。
それはそうと、データドレインを行わないのであれば、サチの処遇を考える必要がある。
戦闘のダメージによってか、今は潜伏状態にあるようだが、いつまた彼女が操られるかはわからない。
……そうだ。ユイなら、今の彼女の状態が解るだろうか。
「そうですね。では調べてみます」
ユイはそう言って、倒れ伏すサチへと近き、自分も付き添って歩み寄る。
そうしてユイが手を伸ばし、あと少しで少女に触れるという所で―――少女の身体から、いきなり黒い手が飛び出してきた。
「ッ――――!」
――――ユイ!
声を上げ、咄嗟に身を乗り出して彼女を庇う。
平面の黒手はそのまま自分へと向かって殺到し、――――
縺薙%縺ッ莉ョ諠ウ遨コ髢薙r闊槫床縺励◆蜷・ィョ繝。繝・ぅ繧「菴懷刀繧ュ繝」繝ゥ縺悟・貍斐
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匳蝣エ縺吶k蜿ッ閭ス諤ァ縺後≠繧翫∪縺吶\x80闍ヲ謇九↑莠コ縺ッ豕ィ諢上@縺ヲ縺上□縺輔>縲――!!
13◇◆◆◆
「ふむ。今度はギリギリで間に合ったようだな。しかも、捜していた相手も見つかるとは」
「どうやら僕の幸運も、捨てたもんじゃないみたいだね。ま、当然だけどさ」
そう軽口を叩きながら、慎二とアーチャーは、ユウキ達を庇うようにテイカーと相対している。
そんな乱入者を見て、テイカーは驚いたように、あるいは呆れたように口を開いた。
「おや。誰かと思えば貴方でしたか、アジア圏のゲームチャンプさん。
一体何の用ですか? また僕に、貴方の持つ何かを奪われに来たんですか?」
しかし同時に、テイカーの口調にはまったく隠す気のない嘲笑が混ざっている。
対する少年は苦虫を噛み潰したような顔をしながらも、負けじとテイカーへと言い返す。
「そんなワケないだろ。お前から僕のサーヴァントを取り返しに決まってんじゃん」
「おやおや。さっきは尻尾を巻いて逃げたくせに、今度はずいぶんと強気なんですね。そこの赤い人がいるからでしょうか」
「ハン。お前の方こそ、こんな所でまだグズグズやってるなんて、騎兵の英霊(僕のライダー)を連れているクセに、ずいぶんとノロマじゃないか。
それともなに? イベントのポイント二倍ってのに釣られちゃったわけ? だよねぇ。どうせお前、自分が負けるはずないとか考えちゃってるんだろ」
「当然じゃないですか。僕は相手の切札を奪うことで、必ず相手より優位に立てる。負ける理由がありませんよ。
それと一つ訂正しておきますけど、貴方のじゃありません。彼女はもう、僕のものです。そこを勘違いしないでくれますか?」
「勘違いしてるのはどっちだよ。余裕綽々なその態度、さっきまでの僕とまるっきり同じじゃないか。
自分のことながらホント笑っちゃうよね。これがただのゲームだと勘違いして、そんな無様晒してたなんてさぁ」
「……僕と貴方が同じだなんて、ずいぶんと舐めた事言ってくれますね。
なら、格付けと行きましょうか。まあもっとも、貴方がどう足掻いたところで無駄なんですけどね。
僕は貴方ごときより遥かに格上だってことを、その体に直接教えてあげますよ」
「ハッ! いいぜ、出来るもんならやってみろよ―――!」
そう言い争う二人の様子は、傍からは十分に同レベルに見えた事だろう。
対してアーチャーは、ライダーを警戒しつつ、背後に庇った二人の少女へと視線を向けた。
メガネをかけたSDアバターの少女は、外見上は無傷だが、血の気が引いて顔面蒼白となっている。
対してその背中にコウモリのような半透明の翅をもつ少女は、一目で重傷と解るありさまだ。
ただどちらの少女も、諦めた様子は欠片も見えない。その事に安心し、アーチャーは二人へと声をかけた。
「どうやら相当追い詰められていたようだが、大丈夫かね?」
「……君ら、何者? 一体何が目的?」
「気持ちはわかるが、そう警戒するな。私たちは味方だ、《絶剣》のユウキ」
「な、なんでボクの名前を!?」
「君の事はユイから聞いた。とは言っても、種族が闇妖精族(インプ)であることと、《絶剣》の名だけだがな」
「ユイちゃんから?」
その名を聞いたユウキは、警戒をわずかに緩める。
アーチャー含む白野たちは、ユイから彼女の知り合いに関してある程度の情報を聞いていたのだ。
その際に、ほんの触り程度ではあったが、ユウキの事も聞き及んでいたのだ。……ただし、すでに死んだ人物として。
「死者であるはずの君がここに生きている理由は気になるが、まあそれは後だ。
今はこの状況をどうにかすることが優先だ」
「………うん、そうだね。わかった、協力しよう」
「協力だと? まさかそのダメージで戦う気か?」
アーチャーはユウキの状態を診て、顔を顰めながらそう口にする。
それは当然だろう。どう見たって彼女は戦える状態ではない。
だがそんな事は関係ないとばかりに、ユウキは力強く肯いた。
「もちろん。あのロボットには、ちょっと本気で頭に来ていてね」
「本気か? ……と聞きたい所だが、どうやら本気のようだな。
まったく。一体何をしたかは知らんが、ヤツも余計なことをしてくれる」
ユウキの強い意志を宿した瞳に、アーチャーは呆れたようにため息を吐いた。
明らかに瀕死のユウキ達には、キリト同様ブルース達に保護されて欲しかったのだが、この様子では聞き入れてくれそうにない。
かと言ってユイの知り合いを死なせるわけにもいかないため、このまま好きにさせることは出来ない。
ならば仕方ない、全霊を賭して彼女たちを守るとしようと、アーチャーは結論を下す。
それと同時に、テイカーと言い争っていた慎二が声を張り上げる。
「アーチャー!」
「承知した。だが慎二、彼女もヤツと戦うそうだ」
「あ? っておいおい、お前そんな状態でアイツと戦うつもりかよ」
「そうだよ。絶対に引く気はないからね」
慎二もユウキを一目見て、アーチャーと同じように渋面を作る。
だがそれでも決意を変えないユウキに、慎二は苛立たしげに声を荒げた。
「ああそうかよ。死んじまっても知らないからな!」
「死なないよ。少なくとも、アイツなんかには殺されてやらない」
慎二の言葉にそう返すと、ユウキはカオルへと振り返った。
「カオル、少しだけ待ってて。すぐに終わらせるからさ」
「はい、わかりました。頑張ってください」
ユウキの言葉にカオルは笑顔を浮かべ、確かな信頼を込めてそう応える。
彼女が負ける姿など、想像もしていないと告げるかのように。
カオルはユウキを助けるために、一度テイカーに殺された。
すぐに蘇生されたとはいえ、その時に感じた恐怖や、増幅された苦痛は並大抵のものではなかっただろう。
それでもこうして笑顔を浮かべてくれる彼女に、ユウキは報いたいと強く思った。
「うん、頑張る」
ユウキもまた笑顔を浮かべてカオルへと応え、前へと出て慎二の隣に並び立つ。
そして鋭くテイカーを睨みつけ、ランベントライトを一振りしてその戦意を示した。
「お待たせ。――――さあ、始めようか」
真正面から叩き付けられた宣戦布告。
それ受けたテイカーは、抑えきれないとばかりに笑い声を漏らし。
「……く、くはは………!
本当に、ずいぶんと僕を舐めてくれますね。たかが負け犬と、死に損ないの分際で!」
それは一転して、激しい怒りの声へと変わる。
同時に、ギシリ、と空間が歪んだような、大気が軋む音がした。
「《全装備解除》」
とテイカーがボイスコマンドを入力する。
途端、右腕の火炎放射器と、左腕の触手が、空間に解けるように消滅した。
言葉通りの武装解除。だがそれが、テイカーの降伏を意味しないことは、この場の誰もが理解していた。
それどころか、より大きな力を封じていた拘束具が外されたかのような、そんな緊張感さえ漂い始める。
「いいでしょう。本気で戦ってあげますよ。
そして後悔してください。この僕を、怒らせたことを………」
そう言うとテイカーは、両手で小さな三角形を作り、呪詛めいた言葉を低く放ち始める。
「……トル。エル。ツカム。ケズル。ウバウ。ウバウ、ウバウ、ウ、バ、ウ……」
直後。金属質の高周波とともに大気が震え、同時にテイカーの両手が、どす黒い紫色の波動に包まれた。
先ほどまでとは明らかに異質な力の具現に、ユウキ達の表情に緊張が奔る。
対するテイカーは無言のまま、紫色のオーラに包まれた指をくっと小さくまげ、それを合図にしたかのよう地を蹴った。
「散れッ!」
それに一瞬早く反応したアーチャーが、考えるより早く散開の指示を出す。
その声でユウキは空へと跳び上がり、慎二は必死で地面を転げ、アーチャー自身は即座にカオルを抱え、素早く後ろへ飛び退いた。
そうして空いた空間を、一瞬遅れてテイカーの左手が薙ぎ払い、紫色の三日月を描く。
――――近くにあった立木を、障害など無かったかのように削り取りながら。
「なっ! はぁ……!?」
「うわぁ……」
その、明らかに規格外の破壊力に、慎二は驚愕に己が目を疑い、ユウキは冷や汗とともに引いた声を出す。
サーヴァントであるライダーの銃撃でさえ粉砕するのが精々だというのに、樹木をこうも容易く削り取ったテイカーのあの力は、一体なんだというのだろうか。
だが二人が驚く間もあればこそ、テイカーは左腕を触手へと変え、空中にいるユウキへと向けて勢いよく伸ばした。
それを見て、カオルを離れた位置に避難させたアーチャーは、即座に援護に向かおうと駆け出す。
だがその脚は、テイカーへと到達する前に、自分に向かって放たれた銃弾によって止められた。
「悪いね色男。アンタの相手はアタシだよ」
「ちィ……ッ!」
舌打ちをしつつ、アーチャーはライダーの二丁拳銃から放たれる弾丸を防ぐ。
どうやら、サーヴァントの相手はサーヴァント、ということらしい。
だがこれでは、瀕死のユウキは一人でテイカーの相手をしなければならなくなる。
……いや、一人だけ、彼女の助けになれる者がいる。
「慎二! 君がユウキを支援しろ!」
「はぁ!? 僕があの女を!?」
「そうだ。もともとヤツは貴様の相手なのだろう? このままでは、ヤツを倒した手柄は彼女一人の物になるぞ?
聞く所によれば、彼女はALO統一デュエル・トーナメントとやらのチャンピオンらしいぞ? なら君も、アジア圏ゲームチャンプの意地を見せてやれ!」
「ッ――!? プライドはステロとか何とか言ってなかったか、お前!?」
「別にプライドを捨てろとは言っていない。プライドに拘って、勝機を見逃すなと言っているのだ」
「ああもうわかったよ! 行けばいいんだろ行けば! 一流ゲーマーの協力(コープ)ってヤツを見せてやるよ!」
慎二はそう言って、テイカーと戦うユウキの下へと走っていった。
その背中を横目で見届けて、アーチャーは改めてライダーと相対する。
「ま、そういう訳だ。ヤツの相手は彼等がする。
我々はサーヴァント同士、聖杯戦争の再現といこうか」
「言うねぇ色男。そんじゃそのセリフ通り、おっ始めるかねぇ!」
言うや否や、ライダーはアーチャーへと、踊るように二丁拳銃を乱射した。
対するアーチャーも、干将莫邪で銃弾を弾きながら、魔術回路を励起させる――――。
「派手に使い切るとしようかぁ!」
「投影、開始(トレース・オン)!」
†
「っ―――!」
ユウキは即座に旋回し、迫りくる三本の触手を懸命に回避し、切り落とす。
テイカーの触手に捕まれば、あっけなく紫のオーラを纏った右手に引き裂かれる。
それ以前に、今のHPでは、地面に叩き付けられただけで全損し兼ねない。だが……。
「やばっ……!」
切り落とした触手は再生し、再びユウキへと襲い掛かる。
咄嗟に触手の届かないより上空へと逃げようとするが、これまでのダメージからくる激痛に初動が遅れた。
その一瞬の隙に、触手の一本が、ユウキの片足へと絡みついた。
「捕まえましたよ……ッ!」
その瞬間、テイカーは勢いよく触手を振り回し、ユウキを地面へと叩き付けようとする。
だがそれを予測できていたユウキは、即座に足に絡みついた触手を切り離した。
そして翅を広げて落花の勢いを減速させ、両足と左腕で衝撃を吸収してノーダメージで地面へと着地する。
しかし同時に、テイカーがユウキへと向けて駆け出す。その速度は、今までより遥かに速い。
「しまっ……!」
その落差に一瞬反応が遅れ、奔る激痛にまたも初動が遅れる。
カオルを助けるために、九割近く残っていたHPを一気に一割近くにまで削り落としたその代償は、ユウキが思っていた以上に大きかったのだ。
テイカーはその代償の隙を容赦なく奪い、ユウキを蹴り飛ばすように右脚を振り抜いた。
「ッ……!」
ユウキは蹴撃を咄嗟に仰け反って躱すが、そのまま振り下ろされた足に、地面へと踏みつけられる。
たったそれだけの事で、ユウキの残り僅かなHPは一割を切った。そしてテイカーの行動も、それだけでは終わるはずがない。
テイカーはユウキが反応するよりも早くその顔面を近づけ、その技名を発した。
「《デモニック・コマンディア》ッ!!」
直後、テイカーのレンズ型バイザーから密度のある闇が放射され、ユウキの顔を捉えた。
「あまり調子に乗んなよ!」
そこに慎二の声が割り込み、ユウキを黄色く輝く十字のエフェクトが包む。
同時に発生した、何かを吸い出されるような感覚に、ユウキはテイカーを蹴り飛ばして即座に距離を取る。
そしてテイカーへと警戒を向けながら、自分の状態を確認していく。
生きている、という事はダメージを与える攻撃ではない。そもそも殺す気ならば、紫のオーラを纏った右腕で引裂けばいい。
ならば今の攻撃は何だったのか、とユウキが考えていると、先ほど自分に何かのバフをかけた慎二が駆け寄ってきた。
「おい、大丈夫か? 何を奪われたんだ?」
「奪われた……って、なんのこと?」
「今のアイツの攻撃は、相手のアイテムやスキルを奪うものなんだよ」
「ッ………!」
それを聞いてユウキは、テイカーが散々自分の意志など関係はない、と言っていた意味を理解した。
なるほど。確かにそれならば、あるいは翅を奪うことができるかもしれない。
「だったら君は、ボクにどんなバフをかけたの?」
「お前の幸運を強化したんだよ。アイツの攻撃は防げないけど、望み通りにはならないようにさ」
慎二がこの場で使えるコードキャストは、loss_lck(64); 、gain_lck(32); 、shock(32); の三つだ。
これらの内、shock(32); は相手にダメージを与え、一定確率でスタンさせる効果を持つ。
しかし慎二は、支給された礼装【開運の鍵】によって使用可能となった、対象の幸運を強化するgain_lck(32); を使用した。
なぜなら彼はこの戦場に駆け付けた際に、テイカーに対して幸運を下げる効果のloss_lck(64); を使用していたからだ。
慎二はテイカーがユウキへと《魔王徴発令》発動したと見るや、ユウキの幸運を上げた。
スタンの確実性がないshock(32); では、テイカーの行動を止められない可能性があったからだ。
そこで逆に、幸運の下がったテイカーとの差を広げることで、《魔王徴発令》による損失を最小限にとどめようとしたのだ。
もしテイカーがユウキの命を奪おうとしていたのならば、たとえ確実性がなくとも、慎二はshock(32); を使用していただろう。
「なるほどね。たぶんそれ、上手くいったと思うよ。
ランベントライトは持ってるし、支給されたアイテムも減ってない。
アイツが欲しがってた翅だって、ちゃんとあるし」
慎二の説明を受け、ユウキはストレージや翅を確認してそう告げる。
つまり奪われたものは、スキルかアビリティという事だ。それらの内、何が奪われたのか確認しようとすると。
「僕が貴方から何を奪ったのか。それは今から教えてあげますよ」
テイカーがそう言って、オーラに包まれた右腕をやや後ろ手に構え、ボイスコマンドを呟いた。
「《パイルドライバー》装備」
それと同時に、テイカーの右腕が紫のオーラとは別の光に包まれ、肘のところから何かが装着されていく。
現れたのは、直径十五センチ、長さ一メートルはある太いパイプだ。しかもその開口部には、鋭く尖った金属製の杭が内蔵されている。
―――文字通りの『杭打ち機』。それがテイカーの右腕に実体化した、新たな《強化外装》だった。
ユウキはそれがテイカーの奪ったものかと考え、即座に否定する。
先ほど確認した時点で、支給されたアイテムは奪われていなかった。
ならばテイカーが奪ったものは武器を必要とするもの、攻撃スキルだ。
そして『杭打ち機』という形状から、系統は刺突。
「っ………………!」
そこまで考え、至った答えに、心が凍り付くような悪寒を覚えた。
まさか………あいつは………『あれ』を奪ったのか―――!?
「ユウキ!」
「ッ――!」
慎二の声に、我に返る。
気が付けば、テイカーは間近に迫っていた。
思考が停止していた間に、接近されたようだ。
その距離は、やはり、“あの技”を使うに適した間合い。
「さぁ、絶望しなさい――!」
パイル・ドライバーが、テイカーの紫色のオーラとも違う、青紫色のライトエフェクトに包まれ、轟音を立てて打ち出される。
――まずは、右上から左下へ、五連。
ユウキは咄嗟に左半身を後ろへ下げ、最初の二連を。残る三連を、ランベントライトで受け流す。
ギイン、という音が三度響き、細剣の刀身が軋みを上げる。
――次いで、左上から右下へ、同じく五連。
体を即座に半回転させ、こちらの動きに合わせて修正された軌道をズラし、繰り出される五連突きに合わせて後退する。
ゴウッ、という音とともに、大口径のパイプが体を掠めていく。
――止めに、画いた十字の交差点に向けて、全力の一閃。
後退したことによって、間合いは僅かに届かない。だが『杭打ち機』という特性を直感的に理解し、上半身を限界まで仰け反らせる。
ガシュン! という轟音を立てて、内蔵された鉄杭が一瞬で打ち出された。
「ッ――――!!」
焼け焦げ、ほとんど用を成さなくなっていた胸部のアーマーが、鉄杭が掠めただけで粉砕され、データの粒子となって消えていった。
それを見届けることなく、仰け反った姿勢からそのままバク転へと移行し、『杭打ち機』の射程から完全に離れる。
「へぇ……上手く避けましたねぇ。てっきり最後の一撃で、これの機能に気付かず貫かれると思っていたんですが。
さすがはこのスキルの元の持ち主、と褒めてあげましょう」
「――――――――」
テイカーは鉄杭を再装填しながら、ユウキへと向けて徴発するようにそう口にする。
だがユウキには、それに応える余裕はなかった。
武器の違いだろう。速度が落ちている代わりに、威力が跳ね上がっている。最後のギミックなど、普通の剣では再現できない。
………だがそれでも、間違いはなかった。
「マザーズ……ロザリオ……」
「ええ、その通りです。
このスキルは便利ですね。これだけの威力がありながら、ゲージは全く消費されない。しかもスキル名を発声する必要もない!
今のところ適合する装備がなくて、この強化外装がないと使えないのが欠点といえば欠点ですが、それでも十分に強力です」
そう語るテイカーの言葉など、ほとんどユウキには聞こえていなかった。
何故なら、そんな雑音など消し去るほどに激しい怒りが、ユウキの心を燃やしていたからだ。
あのスキルを自分以外の誰かが使うのは構わない。
もともとデュエルで賭けていたものだし、アスナに託したものでもある。
だから許せないのは、別の事。
アイツが……ダスク・テイカーがあのスキルを使っていることが、ユウキにはどうしても許せなかった。
……だがしかし、その紅蓮に燃える怒りの炎は、余分な思考までもを焼き払い、かえってユウキを冷静にさせる。
故にユウキは、テイカーへと最後の疑問を投げかけた。
「一つだけ聞くけど、君は命を何だと思っているの?」
「はあ? まさか、たとえデスゲームだとしても、人を殺すのは良くない。とか言うつもりですか?」
「別に。死にたくないから殺す。叶えたい願いがあるから殺す。いいと思うよ、それは。こんなデスゲームじゃ仕方ないしね」
「………なら何が言いたいんですか、貴方は?」
「君は、自分が殺した相手の命を背負う覚悟があるのかって訊いてるんだよ」
「……………………」
「ないでしょ。だって君からは少しも感じられないもん。本当に強い人たちが持っている、“意思の力”を」
それが、ユウキがテイカーに対して懐いていた怒りだった。
死にたくないから殺すのは構わない。生きたいと願うのは、人として当たり前の物だからだ。
自らの願いのために、他者の命を奪うのも構わない。そこに、殺した相手の命を背負う覚悟があるのなら。
だがダスク・テイカーは違う。彼は覚悟もなく、ただ欲しいからという子供の我が儘でカオルを人質に取り、気に入らないからいうだけで彼女を一度殺した。
常に死とともにあり、それでも今を精一杯生きてきたユウキには、その事がどうしても許せなかった。
「《オリジナル・ソードスキル》って知ってるかな」
「……………………」
脈絡なく切り替わったユウキの質問に、テイカーは内心で首を傾げた。
それと、覚悟がどうのといった話と、何の関わりがあるというのだろうか。
と、そんなテイカーに疑問に、ユウキは話を続けることで答える。
「ALOにはもともと、《ソードスキル》っていうスキル系統があるんだ。
その中の例外が、《オリジナル・ソードスキル》
このOSSは、オリジナルって名前から解るように、自分でデザインした《技》を《ソードスキル》として登録できるんだ」
その説明を聞いて、テイカーは理解し、そして嗜虐の笑みを浮かべた。
つまり《マザーズ・ロザリオ》は、ユウキがデザインしたOSSなのだろう。
それをこうして奪ってやったのだ。これほどの愉悦は、そうはないだろう。
………だがまて。それならばなぜ、この女はこうまで冷静でいられるのか。
その新たな疑問にも答えるように、ただし、とユウキは続けた。
「OSSを登録するには、非常に厳しい条件をクリアする必要があるんだ。
それはね、“身体の動きに僅かでも無理があってはいけない”ことと、
“その攻撃速度が、元々あるソードスキルに迫るものでなければならない”というものなんだ。
もちろん、システムアシストなんかなしでね」
「なっ……!」
「……んだってぇ!?」
その言葉に、テイカーだけではなく慎二まで驚愕の声を上げた。
それは、システムアシストというもの重要性をよく知っているからこその驚きだった。
当然だろう。ゲームにおけるスキルというものは、大抵がシステムアシストによって制御されている。
……というより、システムアシストがなければ再現できないような速度や精度を持つ攻撃が、いわゆる《スキル》なのだ。
だというのにユウキは、テイカーが感嘆するほどの《ソードスキル》を、システムアシストなしで実現していたのだ。
「ま、まさか貴方……!」
《マザーズ・ロザリオ》を奪い、実際に使用したからこそ、テイカーにはその異常さが理解できた。
そしてユウキが、わざわざOSSについての説明をした理由も、また――――。
「見せてあげるよ。『絶剣』と呼ばれた僕の力、“本物の強さ”をね」
ユウキはランベントライトを、体の正面で、テイカーに向かってまっすぐに構える。
ただそれだけで、テイカーは自分が、彼女の持つ細剣に貫かれたかのような錯覚を覚えた。
「ぐ、う、うぉぉおおお…………!」
それを、自分かユウキに気圧された事を認めまいと、テイカーは声を張り上げてユウキへと迫る。
同時に、その右腕のパイル・ドライバーが青紫色に輝き、再びユウキへと向けて《マザーズ・ロザリオ》が放たれ、
「ヤアッ――!!」
それを上回る裂帛の気合いとともにユウキの右手が閃き、真なる《マザーズ・ロザリオ》が放たれた。
右上から左下に五連。次いで左上から右下に同じく五連。計十連撃にも及ぶ、神速の連続突き。
互いの中央でぶつかり合った互いの武器が、激しい金属音を響かせた。
それは即ち、互いの《マザーズ・ロザリオ》が、互角だという事を意味している。
……恐るべきは、それほどの速度と威力を誇りながら、ユウキの手の細剣にはシステムアシストの証となるライトエフェクトが発生していないことだ。
つまりユウキは自分の実力のみで、システムアシストを受けたテイカーと互角の攻撃を、本当に繰り出して見せたのだ。
……だがその現象に、あり得ない、とテイカーは断じる。
速度はともかく、威力はこちらの方が上だ。そのはずなのに、なぜ相手の攻撃を押し切れないのか。
いやそもそも、《マザーズ・ロザリオ》の始動は“右上から左下へ、そこから左上から右下へ”と繋がる連続突きだ。
同じ技を同時に放った場合、交錯点を除けば、刺突はお互いに相手を貫くはずなのに、どうして武器が打ち合うのか。
その答えは、やはりユウキの恐るべき技量にあった。
ユウキはテイカーの《マザーズ・ロザリオ》に対抗するために、システムアシストがないのをいいことに、二度の五連撃の順序を入れ替えたのだ。
即ち、“左上から右下へ、次いで右上から左下へ”、という形へと。
これによりユウキの攻撃の軌道はテイカーと重なり合う事となり、お互いの武器は打ち合うこととなった。
さらに、威力で勝るテイカーの一撃を、より疾く、威力が乗り切る前に迎撃することで攻撃の相殺さえ可能とさせたのだ。
これが、両者の《マザーズ・ロザリオ》が互角であった理由だ。
………否、互角ではない。システムアシストなしにこれを可能とさせる時点で、ユウキが圧倒的に優っていると言えるだろう。
―――しかし、《マザーズ・ロザリオ》は計十一連撃のOSS。
先に放った二度の五連撃の交錯点を穿つ、最後の十一撃目が存在するのだ。
「舐めるなァ……ッ!!」
その十一撃目を、テイカーは渾身の力を籠めて付き放った。
たとえ威力が互角でも関係ない。お互いの武器が激突したその瞬間に、パイル・ドライバーのアビリティ『穿孔(パーフォレーション)』を発動させれば、それだけで相手の身体を貫ける。
――――だがそれは、彼が攻撃できればの話でしかない。
「ちょっと黙ってろよ、おまえ」
その言葉とともに、テイカーの全身に衝撃が走り、体が麻痺したように動かなくなる。
シンジの放ったコードキャスト、shock(32); によるスタン効果が発生したのだ。
彼はこの瞬間を――たとえスタンが発生せずとも、テイカーへの有効な妨害になるタイミングを待っていたのだ。
「キ、貴様ァア………!!」
テイカーが慎二へと向けて、激しい憎悪を宿した声で叫ぶ。
同時に、ユウキ右手が閃き、十一撃目の一閃が放たれた。
その一撃はテイカーの無防備な胴体を貫き、その衝撃でそのまま強く弾き飛ばした。
「ガッ……………!」
弾き飛ばされ、地面へと倒れ伏したテイカーは、しかしすぐに起き上ることは出来なかった。
相手から奪ったはずのスキルで、見下した相手の妨害で、完全に打ち負けた事が、彼の略奪者としてのプライドを打ち砕いたのだ。
加えて穴の開いた胴体から発せられる激しい痛み。見れば、HPは残り二割程度しかない。
しかもここは痛みの森。一撃でも受ければ、その時点でHPを全損しデリートされるだろう。
「く、はははは……………」
絶体絶命と呼ぶにふさわしい状況に、思わず笑いが込み上げてきた。
優位に立っていたはずの状況ここまで一気に逆転されるなんて、まるでデスゲームに参加させられる前の状況みたいではないか。
………ならばなおさら、ここでやられる訳にはいかない!
「ゲームオーバーだよおまえ。諦めてさっさと僕のライダーを返せよ!」
そう言いながら、慎二はテイカーへと近づく。
といっても、最低限の警戒は残してあるのか、その足はテイカーから十メートルほどの距離で立ち止まった。
………だが、その程度の距離は、テイカーにとってはないに等しい。
「……ゲームオーバーは、貴方の方ですよ!」
言うや否や、テイカーは跳ね起きると同時に慎二へと迫り、左腕の触手を慎二へと伸ばす。
同時にパイル・ドライバーを除装し、解放された右手に紫色のオーラを纏う。
「ひっ―――!」
「なっ………!」
慎二が悲鳴を上げ、ユウキが驚きの声を漏らす。
テイカーはほとんど一瞬で五メートルの距離を移動し、所の触手で慎二を捉え、引き寄せた。
そしてそのまま、防御不可能な紫のオーラを纏う右手で慎二を引き裂こうとして。
「赤原を行け、緋の猟犬!」
その言葉とともに放たれた赤光の魔弾に、防御行動をとらざるを得なくなる。
射手は赤い外套の男。ライダーと戦っているはずのアーチャーだ。
彼はいつの間にかライダーを下し、こうしてシンジを助けるための一矢を放ったのだ。
―――だがその赤光に輝く一矢を前にして、テイカーに恐れはなかった。
テイカーがその両手に纏う紫色のオーラは、シルバー・クロウ等が《虚無の波動》と呼ぶ攻撃威力拡張系の心意技だ。
そして心意は心意でしか防げない。たとえサーヴァントの攻撃であろうと、それが心意でない以上テイカーには通用しないのだ。
故にテイカーにとって、アーチャーの攻撃など恐れるに足るものではない。
その確信とともに、テイカーは赤光の魔弾を虚無の波動で受け止め―――その威力に弾き飛ばされた。
「、なッ―――!」
自分が弾き飛ばされたことに、テイカーはあり得ないと驚愕する。
同時に、単純な破壊力自体は互角だったのか、上空へと弾き飛ばされた魔弾も視界に映る。
なぜ自分が弾き飛ばされたのか。なぜ破壊の心意に触れた魔弾が健在なのか。
考えられる理由は一つしかないが、だからこそあり得ない。
サーヴァントであるアーチャーが、心意システムを知っているはずがないのだから。
「シッ――!」
その驚愕の間に、ユウキが慎二を拘束する触手を切り落として開放し、彼を連れて距離を取ろうとする。
それをさせまいと、テイカーは虚無の波動を纏う右手で二人を薙ぎ払おうとするが、そこへアーチャーが夫婦剣を手に斬りかかってくる。
テイカーは即座に攻撃を中断し、アーチャーの攻撃を防御する。当然、虚無の波動に包まれた右手でだ。
―――だが干将莫邪は破壊されず、虚無の波動と反発しあって紫電を飛ばす。
「まさか……貴方も心意技を!?」
その現象に、堪え切れず疑問が口を突いて出る。
心意技と対抗できる攻撃は心意技しかない。ならばこの現象は、アーチャーは心意技を使っているという事に他ならない。
だがその双剣に、心意の証である過剰光(オーバーレイ)は全く見受けられない。心意でないというのなら、これは一体何なのか。
――――その疑問の答えには、アーチャーが先に辿り着いた
「心意技? それが貴様のその能力(スキル)の名称か。
心意という名称から察するに、貴様のそれはただの物理現象ではなく、心――精神に関係する能力の類か。
だとすれば……なるほどな。その心意技とやらには、宝具の属性を持つ攻撃で対抗できるようだな」
―――宝具とは、決してただ特殊能力を備えただけの武器ではない。その創造には人の想念――心が大きく関わっているのだ。
故に、心の傷を源とする心意技では、宝具への「事象の上書き(オーバーライド)」による干渉を行うことが出来ない。
なぜなら心意によって干渉するには、宝具に宿る人の心を「上書き」する必要があるからだ。
…………気の遠くなるほどに長い年月をかけて積み重なり続けてきた、数えきれないほど多くの人の想念の結晶を。
「ようするに、貴様の切札はサーヴァントに対して、あまり有効ではないということだ」
「クッ…………!!」
略奪によってスキルを奪い優位に立つ事もできず、心意技は宝具によって対抗される。
純粋な戦闘能力でさえ並のバーストリンカーを軽く凌駕する彼らは、基本能力において劣るダスク・テイカーにとってまさに天敵といえる存在だったのだ。
その事をようやく理解したテイカーは、より進退窮まった状況に歯噛みする。
「ライダー、僕を助けろ!」
そして窮地を脱するために、己がサーヴァントへと命令する。
アーチャーに敗れたためか、ライダーは地面に膝をついているが、そんなのは関係ない。
だがライダーは、木を支えに立ち上がりながらも、僅かに首を振るだけだ。
「おいおい、この状況でそれは難しいだろノウミ。
アタシはそこの色男にいいの貰っちまって、結構ヤバいんだけど?」
「……なら努力しろ。マスターである僕が死んだら、お前だって消えるしかないんだろう」
「……ったく、主人の命令とあっちゃあ仕方ないねぇ」
本当に仕方なさげにそういうと、ライダーは二丁拳銃をアーチャーへと向け、素早く引き金を引く。
放たれた無数の弾丸はテイカーさえも巻き込むほどの弾幕を張るが、虚無の波動で防ぐテイカーにダメージは及ばない。
しかしアーチャーの方はそうはいかない。
即座にテイカーから距離を取り、弾幕から逃れるために慎二達の下へと飛び退いた。
「油断したな、慎二。勝利を確信するのは、相手を完全に無力化してからにしておけ。
あと一歩という所で気を抜いて、後ろからグサリ、は優雅じゃない」
テイカーたちへと注意を向けながら、アーチャーは慎二へと気安げに声をかける。
それを聞いて慎二は、最後のミスに対してか、助けられたことに対してか、恥ずかしそうに言い返した。
「う、うるさい! 来るのが遅いんだよお前!」
「それはすまない。だが、彼女を庇いながらライダーとやり合うのは、さすがに手古摺ったのだよ」
そう言ってアーチャーが視線を向ける先には、こちらへと走り寄ってくるカオルの姿があった。
それを見て、ユウキはすぐにカオルへと駆け寄った。
「カオル、大丈夫だった!?」
「私は大丈夫です。彼が守ってくれましたから。
そういうユウキさんこそ大丈夫でしたか?」
「もちろん、大丈夫だったに決まってるじゃん」
「おまえ等さぁ、はしゃぐのは後にしろよな。まだ終わってないんだからさ」
お互いの無事を喜ぶ二人の姿を見て、慎二は呆れたようにそう口にする。
その視線の先では、憎悪の籠った視線でこちらを睨み付けるテイカーの姿があった。
「どうしてあと少しアーチャーを抑えておけなかったんですか、ライダー。そうすれば、少なくとも一人は始末できたはずでしたのに。
………まさか、手を抜いたんじゃないでしょうね」
ふらつきながらも自分の元へと合流したライダーに、テイカーはそう詰問する。
だがライダーは不快げに眉を顰めると、開き直ってその事実を認めた。
「あん、手抜きだぁ? そんなのしたに決まってるじゃないか」
「な……なんですって!?
「いやぁ、アタシが本気でも、こればっかりは仕方ないっつーか。
あくまでアタシは副官だからねぇ。命令以上の事はできねぇえっつーか。
そもそもサーヴァントと本気でやり合うには、魔力が足りなすぎるんだよねぇ」
「っ…………!」
その言葉で、テイカーは自分の必殺技ゲージを確認する。
………なんだ。まだ四割も残っているじゃないか思い、即座にその間違いに気付く。
『まだ』ではない、『もう』なのだ。ユウキから受けた最後の一撃を考えれば、実際には二割を下回っていたことだろう。
そんな攻撃スキルさえ使えない状態では、さすがに敗北しても仕方がない。その事を、僅かに苛立ちながらも認める。
「仕方ありません。ここは撤退します。
ライダー、貴方の宝具を移動に限定して使用すれば、彼らから逃げる事は可能ですか?」
「まぁギリギリでできんじゃないの? そこら辺のゲージ管理は、主人の仕事だろ?」
「っ………、出来るのなら構いません。すぐに実行してください」
「あいあい、ヨーソローってか」
テイカーの命令にライダーが応じると同時に、、二人の足元が僅かに波打ち始める。
それを見た慎二は二人が逃げようとしている事を悟り、テイカーへと食って掛かる。
「おまえ、逃げる気か!?」
「ええ、逃げますよ。さすがにこの状況でこれ以上の戦闘は厳しいので。
ああ、あと一つ言い残しておきますと、この屈辱の借りは必ず返しますので、覚悟しておいてくださいね」
テイカーがその言葉を言い終えると、二人は足を動かすこともなく動き始める。
それを見て取った慎二は、今度はライダーへと向けて、いっそう声を張り上げた。
「ッ…………! おいライダー! 僕は必ず、おまえを取り返すからな! 絶対だぞ!!」
「おやおや、カッコいいこと言うじゃないかシンジ。
だったらその言葉通り、アタシをこいつから奪い返して見せな!」
ライダーが慎二へとそう言い残し、二人の姿は、森の木々に隠れて見えなくなった。
その方向を、慎二はじっと見つめていた。
14◇◆◆◆◆
―――森を抜け、ファンタジーエリアの端に到達したところで、必殺技ゲージが尽きた。
同時にライダーは「ここで停船だね」と口にして、移動に使った宝具とともに姿を消した。
それについては目もくれず、テイカーはリザルトを確認するように、自身の状態を確認していく。
HPは残り一割。MPはゼロ。必殺技ゲージも当然ゼロ……いや、徐々にリチャージされている。おそらく、まだ森が燃えているからだろう。
強化外装は、プライヤー・アーム、シー・スター、パイロ・ディーラーに加え、パイル・ドライバーを追加。
略奪したスキルは、《サーヴァント・ライダー》、《マザーズ・ロザリオ》の二つ。どちらも強力なスキルだ。
その他支給されたアイテムが二つと、奪ったアイテムが一つある。ただし、この中に回復アイテムはない。
これらの内、パイル・ドライバーが支給されていたことには驚いた。というか、笑えた。
あのシアン・パイルの、キャパシティが足りなかったとはいえ、《魔王徴発令》でさえ奪えなかった強化外装が、こうも簡単に手に入るとは思わなかったのだ。
この強化外装には、黛先輩の代わりに、その限界まで役立ってもらうとしよう。特に《マザーズ・ロザリオ》を使用するために。
「く、くく……あははははは…………ッ!」
と、そこまで考えたところで、テイカーは唐突に笑い声を上げた。
「どいつもこいつも、本当にこの僕をコケにしてくれますね」
まずはあの羽根付きの女。“本物の強さ”だとか何とか言って、散々に痛めつけてくれた。
次に間桐慎二。格下の負け犬の分際で、この僕を見下しやがった。
最後に、あの女。あの女は、僕を憐れんだ。
かつてない屈辱だった。なんの力もない、仲間に守られることしかできない弱者のくせに、この僕を憐れむなんて。
許せなかった。だから、惨たらしく殺してやろうと思った。何度も何度も、かつて実兄に対してそうしたように。
「……けどまあ、それは後です。今は減ったHPを回復しませんと」
残りHPは一割。はっきり言って危険な状態だ。
次に戦闘になれば、たとえ相手が雑魚だとしても、死んでもおかしくはない。
故にこの怒りは、この次あいつらに遭遇した時のために取っておく。
確実に復讐するためにも、今は危険域にあるHPの回復を優先すべきだ。
「次に向かうのはショップ、と言いたいところですが……さて、どちらのショップに向かいましょうか」
マク・アヌか、アメリカエリアか。
マク・アヌの奥にはアリーナがあり、更なるスキルが奪えるかもしれない。
アメリカエリアならイベントにより、相手を殺した時により良いアイテムが手に入るかもしれない。
そうしてしばらく迷ってから、ダスク・テイカーは選んだ方へと向けて明日き出した。
自分を侮蔑したものへと、復讐できる力を奪うために――――。
【F-6/草原/1日目・午前】
【ダスク・テイカー@アクセル・ワールド】
[ステータス]:HP10%、MP0%、Sゲージ5%、幸運低下(大)、胴体に貫通した穴、令呪三画
[装備]:パイル・ドライバー@アクセル・ワールド、福音のオルゴール@Fate/EXTRA
[アイテム]:不明支給品1〜2、基本支給品一式
[思考]
基本:他の参加者を殺す
1:シンジ、ユウキ、カオルに復讐する。特にカオルは惨たらしく殺す。
2:上記の三人に復讐できるスキルを奪う。
3:憑神そのもの、あるいはそれに対抗できるスキルを奪う。
[サーヴァント]:ライダー(フランシス・ドレイク)
[ステータス]:HP20%、MP25%
[備考]
※参戦時期はポイント全損する直前です。
※サーヴァントを奪いました。現界の為の魔力はデュエルアバターの必殺技ゲージで代用できます。
ただし礼装のMPがある間はそちらが優先して消費されます
※OSS《マザーズ・ロザリオ》を奪いました。使用には刺突が可能な武器を装備している必要があります。
注)《虚無の波動》による剣では、システム的には装備されていないものであるため使用できません。
【パイル・ドライバー@アクセル・ワールド】
シアン・パイルの持つ、パイルバンカー状の強化外装。
『穿孔(パーフォレーション)』アビリティを持ち、貫通力に優れる。
青系統の純近接型であるシアン・パイルの強化外装でありながら、中長距離の貫通攻撃を可能とする矛盾した性能を持つ。
・シアン・スパイク:パイル・バンカーのギミックの事。装填された鉄杭を勢いよく打ち出す。
※アビリティの名称は、OVAより。
15◇◆◆◆◆◆
「とりあえず、窮地は脱したか」
テイカー達の姿が完全に見えなくなったことを確認して、アーチャーはそう口にした。
慎二はそれを聞き咎め、アーチャーに対して不満げに口を開く。
「おいアーチャー。どうしてライダーたちを追わないんだよ」
「なら彼女たちをここに置いていくか?
仮とはいえ今は君がマスターだ。どうしてもと言うのであれば、私もそれに従うが」
「い、いや、そんな事は、しないけどさ………」
アーチャーが返してきた言葉に、慎二はしどろもどろになりながら答える。
彼とてわかってはいるのだ。このままライダーたちを追うのであれば、瀕死のユウキと戦力外のカオルは足手纏いにしかならないことは。
ただ彼女たちの闘争を見逃すことに、若干の抵抗と焦りを覚えたのだ。
だからと言って彼女たちをこのまま置いていくことは、さすがの慎二もできなかった。
「ゴメンね、私たちのせいで」
「い、いや、謝る必要はないよ。うん。
きっと、いや絶対、またチャンスはあるさ」
ユウキの謝罪に、慎二はらしくもなく照れながら、右手の甲を見つめてそう口にした。
そんな慎二を見て、ユウキは彼へと気遣うように声をかけた。
「ねぇ、シンジ君」
「よ、呼び捨てでいいよ」
「じゃあシンジって呼ぶね。代わりにボクの事も、呼び捨てでいいから」
そう言ってユウキは、慎二と同じようにライダーたちが逃げて行った方へと視線を向けた。
「ねえシンジ。あのライダーって人、君の仲間だったんだね。
………彼女、強かったよ。とても」
「と、当然だろう! なにせ僕のサーヴァントなんだからね!
………けど、おまえだって十分凄いよ」
「すごいって、何が?」
「あのロボット――ノウミってやつにさ、スキル奪われても狼狽えたりしないで、それどころか、瀕死のくせに真正面から勝っちゃったじゃんか。
令呪を奪われて無様晒してた僕とは大違いだ。さすが、統一チャンピオンだよ」
「ああ、あれか。でもあれ、結構危なかったんだよ?
慎二がサポートしてくれなきゃ、最後の一撃で打ち負けてたかも」
「それでも、だよ。
僕にはあれくらいしか、出来なかったんだ。なのにおまえは、自分の力だけで、チャンスを掴んだじゃんか。
正直言ってさ、憧れちゃったよ、おまえに。アジア圏一のゲームチャンプであるこの僕がさ」
そう言うと慎二は、さらに遠くを見るように、その目を細めた。
ユウキは何も言うことなく、次の言葉を待った。
「アーチャーがさ、僕に言ったんだよ。自分を縛るプライドに拘るなって。
その言葉の意味、おまえを見て何となくわかったよ。
……おまえのそのダメージってさ、全部、あのカオルって子を守るために受けたものなんだろ?」
「……うん、そうだよ」
「やっぱりね。システムアシストなしであんな凄い必殺技を使えるやつが、ノウミなんかに負けるはずないもんな。
……まあ、ライダーも一緒に攻撃していたらわかんないけどね。
とにかく……おまえはそんなボロボロになっても、守るって決めたものを守り通したじゃん。
それってさ、やっぱり凄いと思うよ。少なくとも、僕にはできない」
そう言ってまた、慎二は口を閉ざした。
そんな慎二へと、今度はユウキから声をかけた。
「だったらさ、やらなきゃいいじゃん」
「え?」
「できないことはやらない。代わりに、できることを頑張ればいいじゃん」
「できる事を、頑張る……?」
「そ。ボクも『絶剣』なんて呼ばれてるけど、さすがにダンジョンのボスを一人で撃破なんてできないからね。
でもその代わり、みんなと力を合わせて、みんなのために頑張って、もっと強いボスを倒すことは出来る。
だからシンジも、自分にできる事を頑張ればいいと思うよ」
「……………………」
その言葉を聞いて、慎二は何かに驚いたように目を見開いた。
ああ、そうだ。一体何を弱気になっていたのか。
自分にできないことはやらない? そんなのは当たり前だ。なんでそんなメンドクサイことをしなければならないのか。
僕は、僕がやりたいことだけを、僕がやりたいようにすればよかったのだ。ただ、それだけだったのだ。
「ああもう、ホント情けない! さっきから弱音ばっかじゃん。カッコ悪いな、僕。
おいアーチャー! プライドに拘るなってこういう事かよ!」
と、そんな風にアーチャーへと突っかかる慎二を見て、もう大丈夫だろうとユウキは思う。
ならば自分たちも、やるべきことをやりに行こう。
「それじゃあボクたちはもう行くね。だいぶ時間が経っちゃったけど、キリトの事を探さないといけないし」
「そうですね。もう間に合わないかもしれませんが、探さないよりはずっといいはずです」
ユウキは慎二たちへとそう声をかけ、カオルを抱えて翅を広げる。
もう速度を出すことに意味はない。森の上を飛んで、広い範囲を探すことにしよう。
と、ユウキがそんな風に考えていると、飛び立つ前に、慎二に呼び止められた。
「おい、待てよユウキ。そんな状態でこの森をうろつくつもりか?」
「うん。キリトは、大切な友達だからね」
「そうかよ。……………………。
よし………そのキリトって奴なら、さっき会ったよ」
「え!? 本当に!?」
「ああ、案内してやるよ。ついてきな」
そう言うと慎二は、森の奥へと向けて歩き出した。
そんな彼へと、アーチャーが問いかける。
「慎二、ライダー達を追わなくていいのかね?」
「そうだよ。彼女を取り戻したいんでしょ?」
「いいんだよ。あいつの船の速さは良く知ってる。今からじゃもう追いつけないさ。
それに、おまえにも借りがあるからな。それを返すまで、勝手に死なれたら僕が困るんだよ」
「ボクに借りって?」
「おまえ、ノウミに統一チャンピオンの意地を見せつけたじゃん。だったら僕も見せつけないといけないだろ、ゲームチャンプの意地ってヤツをさ。
それを、おまえにも……………………いや、なんでもない。それより早く行くぞ!」
そう言うと慎二は、やや速足で歩き出した。
まるで最後に言いかけた言葉を誤魔化そうとするかのように。
「まったく、少しは素直になったかと思えばこれか」
「難儀な性格してるんだね」
「でも、面白そうな人ですよ」
先行する慎二の背中を見ながら、アーチャーたちは口々にそう述べる。
そんな彼らの眼差しは、微笑ましいものを見るように優しげだった。
【E-6/森/1日目・午前】
【ユウキ@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP10%、幸運上昇(中)
[装備]:ランベントライト@ソードアート・オンライン
[アイテム]:黄泉返りの薬×4@.hack//G.U.、基本支給品一式、不明支給品0〜1
[思考]
基本:洞窟の地底湖と大樹の様な綺麗な場所を探す。ロワについては保留。
1:シンジの案内について行って、カオルと一緒にキリトのところへ行く。
2:その後、野球場に行く。
3:専守防衛。誰かを殺すつもりはないが、誰かに殺されるつもりもない。
3:また会えるのなら、アスナに会いたい。
4:黒いバグ(?)を警戒。 さっきの女の子(サチ)からも出てた気がする。
[備考]
※参戦時期は、アスナ達に看取られて死亡した後。
【カオル@パワプロクンポケット12】
[ステータス]:HP25%
[装備]:ゲイル・スラスター@アクセル・ワールド
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜2
[思考]
基本:何とかしてウイルスを駆除し、生きて(?)帰る。
1:ユウキさんと一緒に、慎二さんについていく。
2:どこかで体内のウイルスを解析し、ワクチンを作る。
3:デンノーズのみなさんに会いたい。 生きていてほしい。
[備考]
※生前の記憶を取り戻した直後、デウエスと会う直前からの参加です。
※C-7遺跡のエリアデータを解析しました。
【間桐慎二@Fate/EXTRA】
[ステータス]:HP100%、MP50%(+40)、ユウキに対するゲーマーとしての憧れ、令呪一画
[装備]:開運の鍵@Fate/EXTRA
[アイテム]:不明支給品0〜1、リカバリー30(一定時間使用不能)@ロックマンエグゼ3、基本支給品一式
[思考]
基本:ライダーを取り戻し、ゲームチャンプの意地を見せつける。それから先はその後考える。
1:ユウキをキリトたちのところへ案内する。
2:ノウミ(ダスク・テイカー)を探すのは、一先ず後回し。
3:ユウキに死なれたら困る。
4:ライダーを取り戻した後は、岸波白野にアーチャーを返す。
[サーヴァント]:アーチャー(無銘)
[ステータス]:HP70%、MP75%
[備考]
※参戦時期は、白野とのトレジャーハンティング開始前です。
※アーチャーは単独行動[C]スキルの効果で、マスターの魔力供給がなくても(またはマスターを失っても)一時間の間、顕界可能です。
※アーチャーの能力は原作(Fate/stay night)基準です。
【黄泉返りの薬@.hack//G.U.】
味方1人の戦闘不能状態をHP25%で回復させられる。
ただし制限により、効果を発揮できるのは、対象が死亡してから5秒以内とされている。
【開運の鍵@Fate/EXTRA】
身に着けると開運するありがたいお守り。
・boost_mp(40); :装備者のMPが40上昇
・gain_lck(32); :対象の幸運を強化/消費MP20
16◇◆◆◆◆◆◆
――ねえキリト。一緒に、どっか逃げよう?――
―――不意に聞こえた声に目を覚ます。
周囲を見渡せば、あまりにも茫洋とした一面の青。果てなど全く見えない海の中にいた。
その光景に、どこか見覚えがあったからだろう。息ができる不思議さよりも、どうしてここにという疑問が先に立った。
―――そうだ。自分は、最後にサチの身体から現れた黒手から、咄嗟にユイを庇ったのだ。
彼女は無事だろうか。セイバーやキャスターは心配しているだろうか。カイトは………どうしているだろう?
と、一度気になると、彼女たちの事が心配になってきた。
どうにかしてみんなのところへと戻りたいが、ここは一体どこなのだろう。
死後の世界か、黒点の中の亜空間……ではないだろう。
そのどちらかにしては、不思議なほどにこの海は穏やかだ。
まるで海流の流れを感じない。底から湧き上がってくる気泡だけが、この海で唯一の動くものだ。
他に手掛かりもないし、この海の正体を確かめるために、その気泡に触れてみる。
――ねぇ、なんでここから出られないの?――
――なんでゲームなのにホントに死ななきゃならないの?――
――こんな事に、何の意味があるの?――
気泡は触れると弾け、海に響く様にそんな声が聞こえてきた。
これは、記憶……だろうか。おそらく、目を覚ます時に聞こえた声も、この気泡によるものだろう。
………ああ、そうか。
と、この海が何なのかに思い至る。
見覚えがあるはずだ。ここはムーンセル中枢と同じ、記憶の海なのだ。
個人の思い出か、ムーンセルが観測した人類史かの違いはあるが、たぶん間違いないだろう。
となると問題は、これが誰の記憶の海か、になるのだが、思い当たる人物は一人しかいない。
―――サチ。黒点のウイルスに侵された、ありすと同じ死んだはずの少女。
それに思い至ったからか、体が海の底へと、ゆっくりと沈み始める。
……あるいは抵抗して、海面へと向かって泳げば、ここからすぐに出られたのかもしれない。
だが今はサチの事の方が気になる。セイバーたちには悪いが、もう少しだけ待っていてもらおう。
自分勝手だとは思うが、そんな人間をマスターにしたのだ。そこは諦めてもらおう。
と、そんな事を考えながら、岸波白野は沈んでいった。
――私、死ぬの怖い――
……その途中で触れた気泡からは、そんな、人として当たり前の感情が響いてきた。
――――――――そうして。
一瞬にも、永遠のようにも感じた時間を経て、海の底へと辿り着く。
……暗い。穏やかな青ではなく、文字通り沈んだ黒い海。
海中とは違い一切の光が届かないここは、まさしく海底と呼ぶにふさわしい。
そんな場所に、サチはいた。
彼女はこちらに背を向け、膝を抱え蹲っていた。
つい少女へと声をかけ、彼女の方へと足を踏み出し、
目の前に現れた、巨大な半透明の魚に思わず踏み止まった。
魚は岸波白野の前を通り過ぎると、そのまま回遊するように海底を泳ぎ始めた。
あれは何なのかと目を凝らせば、魚の身体からは、サチを操っていたあの黒点が湧きでていた。
それを見て理解する。あの半透明の魚こそが、少女を操っていた“黒点の主”なのだ。
ならばあの魚を倒せば、サチは開放されるはずだ。
………だがどうやって。ここにはサーヴァントたちも、カイトもいない。かといって岸波白野では、それこそ戦いにもなりはしない。
一体どうすれば、サチを助けられるのだろうか。
――――と、そんな風に考えていると。
「……ねぇ、なんで死ななきゃいけないの?」
唐突にそんな声が聞こえた。
それは、海中で聞いた記憶の声ではない。ここにいるサチ自身から発せられたものだ。
彼女の方へと視線を映せば、少女は変わらず蹲ったままだ。
「私、まだ死にたくない。死ぬのが怖くて、怖くて怖くて堪らないの。
なのにどうして? どうしてこんな訳の分からないことで死ななきゃならないの? なんで、誰かと殺し合わなくちゃいけないの?
………もういや。こんなのやだよ。
誰かに殺されるのはイヤ。誰かを殺すのもイヤ。誰かが死ぬのだって、イヤなのに。
……ねぇ、どうしてなの?」
………それは、少女の独白だった。
サチには岸波白野の事など見えていない。
いや、もしかしたら、他の事さえ見えていないのかもしれない。
それがこの海底の風景。何もかもから目を閉ざした、拒絶による暗闇なのだろう。
―――サチの独白は続いている。
あるいはこれは、彼女の心の声が漏れているだけなのかもしれない。
……岸波白野には、それを聞き続けることしかできない。
“黒点の主”がどう動くか予想できない以上、下手に動くことができないからだ。
「いやだ……死にたくない。
誰か助けて。ねぇ、誰か助けてよぉ。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくなんてない……のに。
私は、いつの間に死んでたの? 私はここにいるのに。ここでこうして生きているのに!
…………キリトにとっては、私はとっくに死んでいたんだね。だから私を拒絶したんだよね」
だがそれ以上に、少女の独白が辛過ぎて、どうすればいいのかわからなかった。
自分はサチを助けたいと思った。
けれど、“黒点の主”を倒すことが、果たして彼女の救いになるのか?
すでに死んでいた、あるいは、死の運命に囚われていた、死にたくないと願う少女。
彼女をただ開放し、現実に連れ戻すことが、彼女の救いになるとは、自分には到底思えなかった。
「………キリト、いつも言ってくれてたよね。私は死なないって。いつか現実に帰れるって。それとも、あれは嘘だったの?
………ねぇ、なんでこんな事になってるの? なんでキリトが死んでるの? なんで私は殺しちゃったの? なんで」
…………まて。今サチはなんて言った?
キリトが死んだ? 彼女が殺した?
………嘘だ。そんな、事が…………。
だとしたら、ユイは、彼女はどうなるのだ。
友人の死でさえ処理しきれていない彼女が、大切な家族の死を受け止められるはずがない。
それなのに、どうして…………。
「いや………もういやだ!
何も見たくない! 何も聞きたくない! 何も考えたくない! みんな死ぬしかない世界になんか、いたくない!
………でも、やっぱり死にたくなんて、ないよぅ」
サチの叫びを聞いて、何となく理解した。
自分は“黒点の主”がサチを操っていると考えたが、それは間違いだ。
“黒点の主”は、代行者に過ぎない。ただサチの感情の呼応し、それに沿った行動をとっていただけなのだ。
少女が見たくないと願うならその視界を閉ざし、
少女が聞きたくないと願うならその耳を塞ぎ、
少女が考えたくないと願うならその思考を停止させ、
そして、少女が死にたくないと願うのなら……代わりに死の要因を排除する。
自分たちと“黒点の主”が戦う事になった理由はそれだ。
おそらく、あの時のサチにとって、他のプレイヤーは全員が命を狙うPKだった。
だから少女の命を守るために、“黒点の主”は他のプレイヤーを殺そうとしたのだ。
しかしその中に、キリトさえも含まれてしまい、加えて自分が死んでいたという事実も知ってしまった。
その結果、サチはこうして、より深く自閉することになってしまったのだろう。
…………岸波白野に、サチは救えない。
何故なら彼女が助けを求めている相手は、自分ではないからだ。
岸波白野の言葉が、彼女に届くことはない。何をどうしたって、彼女をここから連れ出すことは出来ない。
あるいは、サチが自分たちの前に姿を現した瞬間であれば、まだ間に合ったのかもしれない。
………けれど、全てはもう手遅れになってしまったのだ。
その事を、どうしようもないほどに理解してしまった。
自分の無力さが悔しくて、拳を握り、歯を噛み締め、しかし、そのままサチから背を向ける。
このままここにいても、自分に出来ることは―――何もない。
ならばせめて、彼女の――死にたくないと願った少女の命だけは、守ってあげたいと。
そう思いながら、心海の底から、岸波白野は立ち去った。
そうして一人残されたサチは、来訪者がいた事など気付かぬままに、キリトの事を思い返していた。
――君は死なないよ――
それは、あの日の出来事。
あの頃の私は、言ってしまえば限界だった。
――黒猫団は十分強いギルドだ――
――安全マージンも平均以上取をっている――
――それに、俺とテツオがいるんだし、サチが無理に前衛に出る必要もない――
ゲームなのに死ぬのが怖くて、現実に帰れないのが辛くて、何もかもから逃げたくなって。
けどやっぱり死ぬのは怖くて、どうしたらいいかわからなくなって、黒猫団の止まっていた宿から抜け出した。
そんな私を迎えに来てくれたキリトに、心に抱えていた不安を打ち明けたのだ。
――ああ、君は死なない――
――いつかきっと、このゲームがクリアされる時まで――
すると彼は、そう言って私を安心させてくれた。
恐怖で眠れなくなっていた私は、彼のその言葉のおかげで、ようやく眠れるようになったのだ。
………………………なのに。
私の死にたくないという願いは、そもそも前提からして間違えていたのだ。
―――彼はもう死んだ。
私もとっくに死んでいた。
みんなみんな、死んでいた。
死者は何も感じない。
だから私も、もう何も感じたくなかった――――。
そうして、少女のその願いを、“黒点の主”――AIDA<Helen>は聞き入れ、
サチの意識は、心のより深い所へと沈んでいき、パタンと、扉を閉めるように閉じられた。
…………最後に、
――大丈夫。君は絶対生き延びる――
「…………うそつき」
その一言だけを残して――――。
†
「奏者! たわけ、目を覚まさぬか、この放蕩者!」
「ご主人様! 起きてください、ご主人様!」
「ハクノさん、しっかりしてください!」
「……………………」
セイバーたちの悲痛な声に目を覚ます。
―――どうやら、無事に戻ってこれたようだ。
あれから、どれくらいの時間がたったのか。あの心海では、時間の流れがあやふやだ。
隣では、サチが気を失ったまま倒れている。………たぶん、このまま目を覚ますことはない。
だが彼女がまだ無事だという事は、それほど時間は経っていないのだろう。
ゆっくりと立ち上がり、心配そうにこちらを見るみんなに、大丈夫だ、と頷く。
それを聞いて、セイバーたちはようやく安堵してくれたらしい。……本当に、心配を懸けたようだ。
「狼藉者め! 貴様を庇った奏者を襲うとは、何という不敬か!
その首、ここで叩き落としてくれる!」
安心して、余裕ができたからだろう。セイバーが剣を構え、サチへと近づく。
だが、待ってくれ、と彼女に声をかけ、それを押し止める。
自分は何ともない。今のでわかったこともある。サチを殺すのは、まだ待ってほしい。
「む、むう……。だが奏者よ、こやつが危険人物であることに変わりはあるまい。
下手に庇い立てしては、其方自身を危険に晒すことになりかねんぞ」
「そうですよご主人様。ぶっちゃけ私たちに、余分な荷物を背負う余裕はありません。
ユイさんのように役立てたり、最低限己の身を守れるのであればともかく、彼女が何を仕出かすかわからない以上、せめて放っておくべきです。
君子危うきに近寄らず、とも言いますし」
それは……わかっている。
戦いになれば、岸波白野は自分の事で精一杯だ。
ユイのように隠れていられるのならともかく、気を失ったままのサチにまで気を配っている余裕はない。
それに仮に目を覚まし、自衛できるようになったとしても、それはおそらく”黒点の主”だ。
そうなればきっと、また彼女と戦う事になるだろう。手加減のできない、正真正銘の殺し合いとして。
つまりこのままの彼女を連れ歩くことは、自分の身を危険に晒すことと同意なのだ。
それを理解していながらも、自分には、彼女を殺す選択が取れなかった。
死ぬのが怖い、と。そう怯え震えていた少女の姿を、彼女の心海の底で見てしまった。
その姿を、聖杯戦争が始まったばかりの頃の岸波白野と重ねてしまったのだ。
セイバーたちに出会えなければ、自分もあんな風に、マイルームに閉じ籠っていたかもしれないのだ。
だから、助ける余地があるうちは、彼女を見捨てたくはなかった。
「……まったく、奏者のお人好しも大概だな。そんな目をされてしまっては、余が断れるはずがなかろう」
「同感です。ま、そこがご主人様のイケメンなところなんですけど。
ですがご主人様。最低限の線引きは、わかっていますね」
「アァァ………………」
キャスターの言葉に、カイトが右腕を上げ、腕輪を一瞬明滅させる。
わかっている。
たとえどれ程相手を助けたくても、自分の命には代えられない。
もし彼女がまた“黒点の主”に操られて暴走するようなら、その時は、最終手段を取るしかない。
そう約束することで、セイバーたちはようやく納得してくれた。
「ハクノさん。あの黒い手に触れてわかったことって、なんですか?」
セイバーたちとの話がひと段落すると、ユイがそう尋ねてきたので、それに答える。
サチの記憶の海で見た事と、“黒点の主”が代行者に過ぎないことを説明する。
それを聞いたセイバーたちは、悲しいものを見るように、サチへと目を向けた。
「死にたくない、か。その気持ち、余にはよく解る。解るが故に、何も言うことができん」
「ホント、哀れですね。サチさん自身には何の責もないだけに、なおさらです」
一方ユイは、慎重にサチへと触れて、その状態を調べている。
………深海で見たことで一つだけ。サチがキリトを殺したかもしれないことだけは、話していない。
いずれわかることだとしても、今はまだ、彼女に知らせるのは止めておきたかったのだ。
「ん? あ、ああーーーーーー!!
思い出しました。思い出しましたよご主人様!」
唐突にキャスターが、大声を上げてそう言った。
一体、何を思い出したのだろう?
「サチさんが死者だと聞いて、尻尾にピンと来ました!
黄泉平坂ですよ、ご主人様。この場所の空気、根の国の入り口にそこはかとな〜く似てるんです!」
黄泉平坂―――たしか、古事記における死者の国の入り口だったか。
だとすればここは……いや、この下のプロテクトエリアは、デスゲームにおける死者と関係があるのだろうか。
そんな風に考えていると、不意にカイトが口を開いた。
「エ>&・ス+イ#」
「エルド・スレイカ、だそうです。
ちょっと待っててください。詳しく話を聞いてみますから」
そう言ってユイは、カイトから話を聞きだす。
ユイには本当に助けられている。彼女がいなければ、カイトと意思疎通することは出来なかっただろう。
そうしてカイトから聞き出した内容を、ユイは語りだした
「―――嘆きの都『エルド・スレイカ』。
『The Wold:R2』の世界観における、死者の国だそうです。
そしてこの場所は死世所『エルディ・ルー』といって、その死者の国の入り口ですね。
あの白い大樹は『フラドグド』といって、あの木が死者の国を封じているという設定らしいです。
とは言っても、これらは別々のエリア扱いらしいので、実際には繋がってないとのことです」
………なるほど。
この世界がその設定に沿っているかはわからないが、ますます死者と関係する可能性が高くなった。
確かにデスゲームの重要事項である『死』に関するエリアなら、厳重にプロテクトもされるだろう。
それにしてもカイト。この場所を知っていたのなら、もっと早くに教えてくれてもよかったのではないか?
「……………………」
「聞かれなかったから、だそうです」
……………………。
………そうか。聞かれなかったからか。
つまりカイトは、死者の国と聞いて、ふと思い至ったことを呟いただけだったのか。
そんなしょうもない理由で重要な情報を逃しかけていたことに、ついガクリと肩を落とす。
そこへふと、制服の袖が追っと引っ張られた。
一体なんだ、と思ってそちらを見てみれば、
「――――――――」
サチが、目を覚まし、地面へと座り込んでいた。
……いや、違う。サチではなく、”黒点の主”だ。その証として、サチの周囲には、また黒点が漂い出している。
思わず周囲に緊張が奔る……が、どうにも様子がおかしい。今の彼女に、戦う気はないように見える。
「え……今なんて? ハクノさんが、ですか?」
不意にユイが、何かを言いだした。
まるで会話をしているようだが、カイトは喋っていない。
なら一体誰と―――
「ハクノさん。このウイルス――ヘレンさんですが、ハクノさんの事が気になるそうです」
――――――――、はい?
このウイルス……“黒点の主”が、自分の事を?
「はい。どうも、ハクノさんがサチさんを庇ったことで、興味を持たれたようです」
………なるほど。
“死にたくない”というサチの願いに従う“黒点の主”からしてみれば、自分の行動は不可解なものだったのだろう。
彼女に戦意がないのも、命が狙われないので、戦う理由もないためか。
………ていうか、ユイ。彼女の言葉も、解るんだ。
「そのようです。なので、通訳は任せてください!」
そう言って胸を張るユイに、何とも言えない気持ちになる。
少なくとも、ここから先、彼女の助けは必要不可欠だという事は理解した。
それはそうと、“黒点の主”……ヘレンに戦う意思がないのなら、それは二つの意味で嬉しいことだ。
一つは、無駄な戦いを避けられること。上手くすれば彼女の協力を得られ、サチの命も守りやすくなるだろう。
もう一つは、ヘレンを通じて、サチの心が救えるかも知れないこと。可能性は低いままだが、それでも喜望を持つことができた。
―――これからよろしく。
そう言ってヘレンへと、右手を差し出す。
ヘレンは僅かに首を傾げた後、差し出した右手を握り返してくれた。
………その時だった。
ッ――――!?
右手の甲に、突然痛みが奔る。
先ほどの戦いで、気付かないうちに怪我をしていたのだろうか、とみて見れば―――
岸波白野の肉体(アバター)に、罅のような亀裂が奔っていた
「ッ!? ちょっと失礼します!」
ユイが慌てて、PCデータを調査し始める。
同時にセイバーたちが、再びヘレンへと警戒を向ける。
だがヘレンは、何が起きたのか解っていないように首を傾げるだけだ。
「貴様……奏者に何をした」
「油断はできないとは思っていましたが、まさかこれほど早く手の平を返すとは」
「アアァァアァ………」
「――――――――?」
一触即発の緊張感が、どう映の中を満たしていく。
だがそれを、ユイが押し止めた。
「………いいえ、違います。彼女が原因じゃありません。
ハクノさん、覚えていますか? 私がハクノさんのデータに関して、解析した内容を」
悔やむような表情をしながら、ユイはそう口にした。
岸波白野の、解析データ。その内容を思い出し、体から血の気が引く感覚を覚える。
「予想はできたはずでした。
ハクノさんのデータは、セイバーさんたちとの契約によって補強されている状態でした。
ですが現在、アーチャーさんはシンジさんと行動を取るために、その契約を一時的に切っています。
ハクノさんの右手のデータ破損は、その影響です………」
…………それは、つまり。
岸波白野の存在はセイバーたちによって支えられているということで。
それは同時に、
「今はまだ契約を完全に、切ったわけでも、アーチャーさんがデリートされたわけでもありませんから、その程度で済んでいるんだと思われます。
ですが、もし仮に、セイバーさんたち全員との契約を失ってしまったとしたら。ハクノさんは、おそらく………」
彼女たちを失えば、岸波白野は自らを保てなくなって瓦解するという事だ。
…………なんだ、そんなことか。
と、大した事ではないかのように口にする。
目に見える形で現れた恐怖を振り払うように。
振るえそうになる自分の身体を鼓舞するように。
「ハクノさん?」
実際、大した事ではない。
何故なら聖杯戦争中は、常にその危機に晒されていたからだ。
欠けたところが痛むのは困りものだが、今更気にするようなことではない。
それよりも今は、先へ進むことを優先しよう。
「本当によろしいのですね、ご主人様(マスター)」
「奏者よ。今ならばまだ、彼奴等に追いつくことも十分可能だと余は思うが……」
そう心配をするサーヴァントたちに、ああ、と頷いて答える。
自分は、アーチャーを信じている。
ここで自分可愛さに引き返して、彼の信頼を裏切ることはしたくない。
「そうか、ならばこれ以上は言うまい」
「アーチャーさんの分まで、貴方様をお支えして見せましょう」
そう応えてくれた二人に、ありがとう、とお礼を言う。
確かに『死』は恐ろしいが、それ以上に自分のサーヴァントたちを信頼している。
彼女たちがいなければ、自分は今ここにいない。だから岸波白野の命運は、常に彼女たちとともにあるのだ。
――――さあ、行こう。
とセイバーたちに声をかける。
このバトルロワイアルは、まだ始まったばかりなのだから――――。
【D-4/洞窟 死世所・エルディ・ルー/1日目・午前】
【岸波白野@Fate/EXTRA】
[ステータス]:HP100%、MP95%、データ欠損(微小)、令呪二画、『腕輪の力』に対する本能的な恐怖/男性アバター
[装備]:五四式・黒星(8/8発)@ソードアート・オンライン、男子学生服@Fate/EXTRA
[アイテム]:女子学生服@Fate/EXTRA、基本支給品一式
[思考]
基本:バトルロワイアルを止める。
0:―――大丈夫だ、問題ない。
1:月海原学園に向かい、道中で遭遇した参加者から情報を得る。
2:ウイルスの発動を遅延させる“何か”を解明する。
3:榊の元へ辿り着く経路を捜索する。
4:エルディ・ルーの地下にあるプロテクトエリアを調査したい。
5:せめて、サチの命だけは守りたい。
6:サチの暴走、ありす達やダン達に気を付ける。
7:ヒースクリフを警戒。
8:カイトは信用するが、〈データドレイン〉は最大限警戒する。
9:エンデュランスが色んな意味で心配。
[サーヴァント]:セイバー(ネロ・クラディウス)、キャスター(玉藻の前)
[ステータス(Sa)]:HP100%、MP100%、健康
[ステータス(Ca)]:HP100%、MP100%、健康
[備考]
※参戦時期はゲームエンディング直後。
※岸波白野の性別は、装備している学生服によって決定されます。
学生服はどちらか一方しか装備できず、また両方外すこともできません(装備制限は免除)。
※岸波白野の最大魔力時でのサーヴァントの戦闘可能時間は、一人だと10分、三人だと3分程度です。
※アーチャーとの契約が一時解除されたことで、岸波白野の構成データが一部欠損しました。
【ユイ@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HO100%、MP55/70、『痛み』に対する恐怖、『死』の処理に対する葛藤/ピクシー
[装備]:空気撃ち/三の太刀@Fate/EXTRA
[アイテム]:セグメント3@.hack//、基本支給品一式
[思考]
基本: パパとママ(キリトとアスナ)の元へ帰る。
0:ハクノさん………。
1:ハクノさんに協力する。
2:『痛み』は怖いけど、逃げたくない。
3:また“握手”をしてみたい。
4:『死』の処理は……
5:ヒースクリフを警戒。
[備考]
※参戦時期は原作十巻以降。
※《ナビゲーション・ピクシー》のアバターになる場合、半径五メートル以内に他の参加者がいる必要があります。
【蒼炎のカイト@.hack//G.U.】
[ステータス]:HP50%、SP80%
[装備]:{虚空ノ双牙、虚空ノ修羅鎧、虚空ノ凶眼}@.hack//G.U.
[アイテム]:基本支給品一式
[思考]
基本:女神AURAの騎士として、セグメントを護り、女神AURAの元へ帰還する。
1:岸波白野に協力し、その指示に従う。
2:ユイ(アウラのセグメント)を護る。
3:サチ(AIDA)が危険となった場合、データドレインする。
[備考]
※蒼炎のカイトは装備変更が出来ません。
【サチ@ソードアート・オンライン】
[ステータス]HP10%、AIDA感染、強い自己嫌悪、自閉
[装備]エウリュアレの宝剣Ω@ソードアート・オンライン
[アイテム]基本支給品一式
[思考]
基本:死にたくない。
0:――――うそつき。
1:もう何も見たくない。考えたくない。
2:キリトを、殺しちゃった………。
3:私は、もう死んでいた………?
[AIDA]<Helen>
[思考]
基本:サチの感情に従って行動する。
1:ハクノ、キニナル。
[備考]
※第2巻にて、キリトを頼りにするようになってからの参戦です。
※オーヴァンからThe Worldに関する情報を得ました。
※AIDAの種子@.hack//G.U.はサチに感染しました。
※AIDA<Helen>は、サチの感情に強く影響されています。
※サチが自閉したことにより、PCボディの主導権をAIDA<Helen>が握っています。
[全体の備考]
※【D-4/洞窟 死世所・エルディ・ルー】の地下に、プロテクトエリアが発見されました。
※【E-6/森】で火災が発生しました。
※蘇生アイテムや蘇生スキルは、対象者が死んでから5秒以内のみ有効です(一部例外あり)。
※宝具の属性を持つ者を、心意技で『事象の上書き(オーバーライド)』することは出来ません
※またこれにより、『心意≒憑神≒宝具』の図式が成立しました。
……いろいろやりすぎた感はありますが、以上で投下を終了します。
何か意見や修正すべき点がありましたらお願いします。
投下乙
この状況で死人が一人も出てないだと…!?
投下乙でした
うおおおおおお、どいつもこいつも手に汗握る
こんな混戦で死亡者ゼロとか…白野の状態が危うい感じだけど、このまま何事もなければ…
慎二が思ったよりキレイになったが、ユウキ、カオルと共にテイカーの逆恨みフラグが…
そしてまさかのHelen登場w
それと、ちょっと誤字脱字の類が多かったので、目に入ったものを挙げさせていただきますね
誤字脱字です
>>254
「恐怖さ映っては」
>>255
「その制度は」→「精度」?
>>260
「私のマスター異常だ。」
>>264
「今度は貴方の伴ですよ。」
「当やらテイカー自身は、」
「躊躇いもなくその差し出す」
>>265
「可能性に欠けピンクへと」→「賭け」?
「剣を突き指し」
>>266
「再開した時の彼は、」
>>268
「そう口に5する。」
>>271
「考え込むゆいに、」
>>276
「僅かに休む守なく」
「人を平傷つけて」
>>277
「直後、カオルが雄叫びを上げ、」→「ユウキ」?
>>278
「販促もいい所」
>>291
「気に入らないからいうだけで」
>>293
「移動し、所の触手で」
以下は誤字かどうか判別できなかったので、念のため挙げさせていただきます
実際こういう読みとか単語があれば申し訳ないです
>>262
「再建による鋭い一撃」
>>264
「力のみ背戸悪露」
>>310
後者は「力の見せ所」が盛大に誤字った、のか…?
しかし複数の場面を使ってこの濃密な戦いを…乙です!
投下乙です!
これほどの大人数を上手く動かした上に熱いバトルを展開させるなんて凄すぎる……!
みんな凄く輝いていましたよ!
投下乙です
うん、素直にすげえと思うぜ
この熱くて凄まじい乱戦で死人が出てないのも凄いが次が凄く気になる引きもなあ
凄かったです
これだけ連戦があって死者無し……ロワの体裁なんてどうでもよくなるぐらいの熱さだった!すげえ!投下乙!
シンジ がきれいなシンジになった!ノウミ に逆恨みポイントが貯まった!ハクノ にフラグが立った!もげろ!
ワカメ「ライダーは絶対に取り戻してみせるからなぁ!!」
ノウミ「フフフ、彼女は既に僕のものですよ?」
なんか姐さんがヒロインに見えてきたぞwwww
感想は昨日言ったので、気になる点を一つだけ
ユウキが所持している『黄泉返りの薬』、今回初めて出てきましたが、残り個数4ってのはちょっと多いような気が
ただ逆に、今固まってる3人全員『死に戻り』な方々なので(慎二だけ参戦時期が死ぬ前だがw)、
これくらいあってもいいかなーと思ってしまったりする
便利な蘇生アイテムかと思いきや使える状況が限られていてかえって不便なアイテムになっちゃってるから、まぁよしとしよう
ちゃんとした回復アイテムか、休憩できる時間があってほしいなぁ
投下乙です。
守るべきは、法か人か。
人を守るためにがんばったのに「優秀過ぎて危険」とされたナビは、今や正義の味方どころか人類の敵。
ブルース達は何を守るのだろうか。
ウイルスにまでフラグを建てる白野は、流石主役。
一方で、三体のサーヴァントで存在を補強してる事が判明。
チートとかいわれてたが、それこそ半身、正確には三分の一身だったんだな。
皆様感想ありがとうございます。
>>308-311
指摘ありがとうございます。収録時に修正させていただきます。
それにしても……多いなぁ。もっとちゃんと見直しししないと……。
>>316
【黄泉返りの薬】の支給数に関しては、同作品の他の上位蘇生アイテムとの兼ね合いで五個支給させていただきました。
その代わりに蘇生効果の有効時間を(ストーリーとの兼ね合いもあって)五秒とさせていただきました。
やはり問題があるようでしたら、支給数を修正させていただきます。
なお、同作品における上位蘇生アイテムは下記の三つです。
【蘇生の秘薬】
味方1人の戦闘不能状態をHP100%で回復させられる。
【黄泉返りの神薬】
味方全員の戦闘不能状態をHP25%で回復させられる。
【復活の神薬】
味方全員の戦闘不能状態をHP100%で回復させられる。
個人的には上二つが店売りなので三個支給、一番下がイベント入手なので一個支給くらいが丁度良いのではと思っています。
あとついでに、[全体の備考]の蘇生効果の項目にある例外として、別作品のアイテムですけど、下記の物を考えています。
【還魂の聖晶石】
このアイテムのポップアップメニューから
使用を選ぶか、あるいは手に保持して
《蘇生:プレイヤー名》と発声する事で、
対象プレイヤーが死亡してからその効果光が
完全に消滅するまでの間(およそ10秒間)ならば、
対象プレイヤーを蘇生することができます。
これだけ十秒制限といった感じで。描写がないので蘇生時の回復量はわかりませんけど。
まああくまで個人的な考えなので、結局は(支給するかも含めて)書き手さん次第なんですけどね。
では改めて、皆様感想ありがとうございました。
他にも意見や修正した方がいい点がありましたらお願いします。
投下します。
エルク/一ノ瀬薫がThe Worldが来たのは、平たく言ってしまえば逃避の為だった。
現実世界でのコミュニケーションに苦しみ孤立していた彼はゲームの中に居場所を求めた。
誰かと出会う為に彼はあの“世界”にやってきたのだ。
しかし、それで上手くいく筈もない。舞台が現実であれ、仮想であれ、そこに実際の人が居ることに変りはないのだ。
現実で上手くいかない人間が、仮想でも上手くいかないのは至極当然のことだった。
結局エルクはこの“世界”でも一人ぼっちのままだった。
失意のまま彼はこの仮想からも逃げ出そうとした。どこにも居場所をない。そう痛感して。
そんな彼の“世界”を一変させた魔法のアイテムがあった。
それこそエノコロ草。猫じゃらしなどと呼ばれる植物だ。
ゲームの中では何の意味もないアイテム。でも何故かエルクはそれが好きでずっと集めていた。
そんな折にミアと出会い、エノコロ草をきっかけに二人は意気投合したのだ。
それはとある孤独な少女から続く因果だった。
彼の知らない縁が引き寄せたその出会いは何気ない偶然であり、彼にとってはまさしく奇跡だった。
初めて人と繋がる喜びを知った彼はミアと共に“世界”を駆けた。エノコロ草を集める為にフィールドを駆ける。それだけの日々が、彼にとっては掛け替えのないものになった。
そんな日々が変調を来したのが、カイトとその腕輪だった。
腕輪と接触し少しおかしくなっていくミア――君誰? そんなことを問われもした。
不安を抱えつつもエルクは、カイトたちに諭され行動を共にすることになる。浸食汚染。絶対包囲。そしてその先に見たのは――第六相、誘惑の恋人・マハ。
事態は彼の知らぬ間に推移していたのだ。ミアは八相へと姿を変え、“世界”の理から外れた恐るべき力を振るい、カイトたちと相対した。
エルクはその様を見ていることしかできなかった。全ては蚊帳の外だった。
気付いたときには、ミア/マハは世界から消え去っていた。
何か言葉を掛けようとしていたカイトに対し、エルクは決然と言った。
僕に触るな、と。
そうして彼は再び一人になった。ミアを失い、カイトたちも拒絶した今、彼のもつ“繋がり”はもうここの世界にはない。
その時彼はようやく自分を見つめることが出来た。
そして気づく自分のことしか考えていなかった――それが、孤立の理由だと。
結局自分はミアを真に見てはいなかったのだ。
ただ自分の為、自分の孤独を消し去る為、都合の良いように付き合っていた。ミアを利用していた。それだけだ。
ミアとの関係だって、もっと自分から彼女について踏み込んでいたら、こんな結末にはならなかったかもしれない。
そう気付いたからこそ彼はカイトたちの下へ向かった。コルベニクに立ち向かった。誰に言われるまでもなく自分から最後の場へと赴いていた。
自分のことだけでなく、他者のことを思うこと――その時初めて“繋がり”ができる。その思いが彼を決断させた。
そして全てが終わった後、エルクはミアと再会する。
それもまた奇跡だったのだろうか。“新たな命”が芽吹くとアウラはそう言った。
メールに記されたエリアでエルクは不思議な猫と遭遇する。
その猫に誘われるようにダンジョンを潜ると、その先には――ミアが居た。
彼女もまた“再誕”していたのだ。
とはいえ何もかも元通りではなかった。
ミアは“世界”での出来事を忘れ真っ新になっていた。
異変が起こる前、カイトたちがやってくる前の状態に、彼女は戻っていたのだ。
それでもエルクは笑った。忘れたならもう一度やり直せばいい。もう一度ミアと“世界”で歩き出せばいい。
今度こそ、真なる“繋がり”を得ることができるだろう。
そう、分かっていたから。
@
憑神<アバター>と化したエルクは踊る様にその身を捩った。
猫を思わせる身体をその身を揺らすたび、はらはらと薔薇の花弁が舞い散る。
美しく、流麗に、そして――苛烈に、エルクは胸からだくだくと溢れ出る激情に身を任せた。
燃え盛る思いが全てを焼き尽くす。この思いの名は自分が誰よりも知っている。
愛。
何人足りとも侵すことのできない、崇高にして最強の想い。
その熱量は他の全ての想いなど彼方へ消し去る。紅蓮の炎のごとく激烈さを以てしてエルクを突き動かすのだ。。
「守るんだ、今度こそ。ミアを――ミアを!」
彼は力強く宣言する。
その声色はかつてのものに戻っている。
ミアと出会い、ミアと笑い、ミアと別れた、エルクとして彼は戦うのだ。
データが捻じれ狂い上下の感覚すら定かではない憑神空間の中で、その意志だけは確かだった。
「何……? これ」
相対するは見覚えのある魔剣を持った青い妖精――アスナだ。
困惑の色を瞳に浮かべ一面に広がるデータの海を見渡す。何が起こっているのか分からない。そんな思いが彼女には表出していた。
無理からぬことだろう。ここは既に完全にシステムの理を超越した空間だ。
「行くよ」
その困惑を余所にエルク/マハは一人舞った。
しなやかな体躯に薔薇の花が渦を巻いて纏わりつく。花びらの嵐の下、彼は敵へ向かい猛然と突進した。その身に追い縋る様にして花弁が彼の周りを舞う。
妖艶なる紅旋風。その様はあたかも誰か愛すべき一を抱きしめんとするかのよう。巨大な体躯が敵へと襲いかかる。
「……っ!?」
突然の攻撃にアスナは息を呑む。状況が呑み込めていないのだろう。
それでも己に迫る危険を感じ取ったのか魔剣・マクスウェルを構えた。その瞳に戦意が宿り、同時に魔剣に黒い斑点が浮かび上がる。
「遅いよ」
しかしそんなもので憑神・マハを退けられるはずもない。
迎撃せんとしていた魔剣ごと花弁で弾き飛ばし、その身に容赦なく突進を喰らわせる。
攻撃の手は緩めない。愛の紅雷。花弁は舞い、そして光を放ちアスナを追い立てる。光が重層的に交錯する。
「何で。スペルなんじゃないの!?」
花と光の嵐の下、苦し紛れにアスナが声を漏らす。
魔剣の「スペル無効」のスキルが発動しないことに苛立っているのだろう。
彼女はまだ分かっていないのだ。目の前の敵が――憑神が正規のシステムを超越した存在だということを。
正規のスキルでイリーガルスキルたる憑神を縛ることなどできる筈もない。
無限の虚空を花びらが舞い光が交錯する。捻じれ狂う半透明な世界で花びらが咲き誇り一瞬の明滅を経て散っていく。
そこは既に法則の外側。幻惑が全てを塗り替える。何と美しくも歪な光景だろうか。
エルクはその身を激情に焦がし、麗しくも残酷な破壊をまき散らした。
アスナ/敵を討つべくその身を花と散らせるのだ。
「……舐めないで」
だが敵とて、アスナとて黙ってやられはしない。
彼女は立ち現れる幻想を拒絶する。幻惑的な光景に全く飲まれている様子はない。これはただの現実だ。そうとでも言うようにキッとエルク/マハを睨み付けた。
構わずエルクは攻撃する。妖艶なる紅旋風。再び突進を決める――よりも早く目前のアスナは魔剣を掲げた。
重圧が来た。
「え……?」
「『減速』の方は効くみたいね」
突然の失速にエルクは疑問の声を漏らした。
身体が何かに重く伸し掛かられているように重い。エルクはあり得ない感覚に疑問に思う。どこから、そもそも重力などない筈の空間だと言うのに。
「え……?」
「『減速』の方は効くみたいね」
突然の失速にエルクは疑問の声を漏らした。
身体が何かに重く伸し掛かられているように重い。エルクはあり得ない感覚に疑問に思う。どこから、そもそも重力などない筈の空間だと言うのに。
「うっ!」
疑問の氷解より早く衝撃が来た。
エルク/マハの身体を殴りつけるような一撃が放たれたのだ。
身を揺らしつつも、エルクは敵を見る。そこには冷徹に彼を見下ろすアスナの姿があった。その手にはAIDAに蝕まれ黒い斑点を零す魔剣がある。
容赦はしないわ。その口が動く。途端嵐のように衝撃波が来た。
降り注ぐ波を躱しつつエルクは歯噛みする。そうだあの魔剣――アリーナで太白が使っていたものだ。
「スペル無効」が魔剣の正規のスキルであるとするならば、「減速」や「無敵」はAIDAによるスキルだった。
憑神がイリーガルな力であると同様に、あれもまたイリーガルな力だ。AIDA反応。アレによるスキルは憑神ですら届き得るか。
黒く蠢くAIDAの姿を見てエルクはその身に敵意を募らせる。またアレが邪魔をしに来た。かつて自分を惑わしたアレが、また。
許さない。
「一度ならず二度も」
花弁を展開し、衝撃波を一つ一つ受け止めていく。
それで全てが裁ききれる訳ではないが、エルクとて“世界”では一角のプレイヤーだった。
かつての自分にはなかったテクニックだってある。俊敏かつ正確な動きで魔剣の攻撃を弾いていく。
「僕とミアの関係を冒涜するんだ――お前は!」
むせび泣くようにエルクは言い、そしてその思いを歌に乗せて世界を響かせた。
誘惑の甘き歓声。全ての者はその歌声に行動を縛られる。魔剣の重圧とは似ても似つかない甘い束縛。
歌声に誘われるように動きを止めたアスナにエルク/マハは猛然と襲いかかる。
舞い散る花弁を突きぬけて憑神の巨体がアスナに肉薄する。
絡み合う視線。すれ違う敵意。マハの接近に合せ、アスナが魔剣を掲げた。
赤の光が走り、空間を重圧が包み込む。
寸前、エルクは身を翻していた。
「君が赤い光を纏っている間は近づいても駄目なんだ。
『無敵』と『減速』の最中に突っ込んでも君は逃げちゃうでしょ?」
エルク/マハは嘲笑うように言った。アスナに迫る直前、さっと身を翻し魔剣のスキルの効果範囲から逃げ延びたのだ。
タイミングは完璧――彼女はまんまと誘いに引っかかりスキルを発動させた。
「そしてあの状態は何時までも続く訳じゃない。途切れる瞬間がある。その時に【反撃】を決めてやればいい。
僕はその剣を知っているからね――どうすれば君を倒せるかくらい分かるよ」
アスナが息を呑むのが分かった。エルクは叫びを上げ『無敵』の切れた彼女へと花弁を差し向けた。
愛の紅雷。誘惑の甘き歓声。妖艶なる紅旋風。容赦なく連撃を決めていく。
アスナが苦悶の声を上げるのが分かった。身を仰け反らせ為すがままにダメージを受けていく。
頃間だ。そう判断したエルクは禁断の力を解放する。
――データドレイン。かつて八相と化したミアが使った力。腕輪を持つカイトがミアを討った力。
「その魔剣も、AIDAも、みんな全部なくすんだ。ミアを――守る為にも」
さようなら、別れを告げてエルクは己のカタチを変えていく。
蕾のような半身が緩まり、一瞬のうちにそれは大輪の薔薇へと変貌した。その中心部へとエネルギーが収束する。
アスナ/敵のデータを吸い尽くさんと彼は昂ぶる興奮を嬌声に乗せた。
「――ってよ」
思えば自分も随分と遠いところまで来てしまった。
喪った繋がりを求めて、守れなかった過去に追われて、力を求めた。
その結果がこの力。“彼女”の力。
全ては守れなかった過去を守る為に。
「――ってば……!」
力がなかったから喪った。一度ならず二度も。
だから変った世界で一人力を求め続けた。アリーナに固執し、彼女のような何かの居る場所で好き勝手やっていた。
力があるから、彼女は居なくならないと信じて。
でもそれを否定してくれたのは他ならぬ彼で――
「エルク! 待ってってば、その人は別に悪くないんだ」
「え?」
その時、エルク/エンデュランス/マハはようやく呼びかけに耳を傾けた。
彼女は、荒れ狂うデータの嵐を泳ぐようにしてやってきた。そしてやれやれと首を振りながらアスナを庇うように立ち、
「全くさ、ちょっとは人のことも考えて欲しいなぁエルク――自分のことだけじゃなくてさ」
そう言って悪戯っぽく片目を閉じた。
ミアだった。
かつて居なくなった筈の、彼の親友。
@
ミアは初めどうしたものかと考えあぐねていた。
何が何だか分からなかったのだ。
アスナと険悪なムードになったところを、再会したエルクが激昂し――何かに変化した。
あれは巨大な猫のようなモンスターでいいのだろうか。とにかくエルクのPCは変貌を遂げており、そして自分を余所に彼はアスナと戦い始めた。
常軌を逸した空間で行われる戦いの様は凄烈だった。普段の冒険でやるような戦いとはまるで違う。
言うまでもなくあんなスキルは“The World”には存在しない。
「とにかくさ、落ち着いてよ。エルク」
「……ミア、君はどうしてそこに」
「どうしてってそりゃ君を止める為だよ」
そう言うと巨大な猫はしゅんと項垂れた。集束していた光は既に消え去っている。
元の姿などまるで残っていないが、それでもエルクに違いないことがその様から感じ取れた。
そこにエルクが居る。それさえ分かっていれば姿など些細な問題だ。
故にミアはエルクへと歩み寄る。
巨大な体躯の前に不安気に瞳を揺らすエルクの姿を彼女は幻視した。
「でもミアを守らないと……また、ミアが居なくなっちゃう」
「居なくなる……? 僕が? うん、まぁそういうこともあるかもね」
「なら――」
不安げに自分を見つめるエルクが今にも泣きそうになっていることが、ミアには分かった。
ミアはそこで口元を釣り上げた。何時ものように、何時かのように。
「だからこそさ、僕を一人にしないでくれよ、エルク」
「え……?」
「さっきのPCのこととか、その姿のこととか、それと『マハ』のこととかさ――色々僕に言ってないだろ?
全部一人で喋っててさ。それじゃ分からないよ、ちゃんと他の人のことも考えないとね」
ミアの言葉にエルクが息を呑むのが分かった。
今ここに居るのは確かにエルクだ。でも、自分の知るエルクとは少し違う気がする。
何かまでは分からない。でも、自分の知らない何かを抱えている。それを言ってくれないのは親友として少し不満だ。
「エルク、僕はさ“The World”にログインして以来君に色々教えて貰ってきた。
そのお陰で今の僕は居る。僕の繋がりはある。カイトやブラックローズ、ミストラル……あと司とも知り合えたしね。
どの繋がりも大切だけど、でもやっぱり僕の親友は君なんだ。君とだけはちゃんと繋がっていたい」
「ミア……」
「さっき君の言っていた“マハ”って言葉……僕に関係するものなんだろ? 司が僕のことをそう呼んでたし、あとあのカイトに似た誰かもそう呼んでたな」
“マハ”。
ミアはそんな言葉を知らない。知らない筈なのに、しかし何か懐かしいものを感じる。
遠い遠いどこか、ぼやけた記憶の中で、自分はかつて誰かにそう呼ばれていた。
少女の眠る部屋でその誰かは自分にエノコロ草をくれた。自分の唯一の友だった。
そんな夢のようにあやふやで要領の得ない、でもとても大切で掛け替えのない記憶が、そう呼ばれる度に脳裏に過るのだ。
「それは……」
「今じゃなくてもいいよ。でも、ちゃんと何時か説明して欲しいな。
僕は君を信じてる。だから何も聞かないけどさ……君やカイト、それと司について僕は何か忘れてる気がしてるんだ。
それを知った時、本当に君と繋がれる気がする」
「ミア――」
エルクは言葉を失った後、ゆっくりとその腕をミアへと伸ばした。
巨大な腕が迫ってくる。しかし恐怖はない。代わりに自分で自分を見つめるような奇妙な恥ずかしさを覚えた。
ああこれが“マハ”か。
知らない筈の言葉なのに、その手の平と触れ合った時ミアは自然と確信を持ってそう思えた。
「ミア……ごめん。僕、自分のことしか考えてなかったみたい。
僕が最も軽蔑していた筈の……昔の僕みたいな人間。
そんな人間に戻ってしまっていたみたいだ」
「はは、エルク。また大袈裟だなぁ。別にそこまで思いつめることはないさ」
「ううん。僕は……愛とか口にして、結局自分のことしか見えては居なかった。
君も……ハセヲも……結局見てはいなかった」
「エルク?」
徐々に彼の声音が変っていくことに気が付き、ミアは疑問の声を上げた。
少女のようなソプラノから、美しくもどこか陰のある青年の声へ。彼の言葉が変って行く。
「ごめん、ミア。本当のことを言うと、僕はもうエルクじゃないんだ。
黙っててごめん。確かに今の僕は君とは繋がってなかった。
言うよ、全部。僕が……かつてエルクだった僕がどうなったのか、どうしたのか、それにハセヲのこと……全部君に晒し出す。
そしたらまた……」
僕と繋がってくれるかい? エルクでないという彼はそう尋ねてきた。
不安げに、苦しげな、切なさを滲ませた声音で。
ミアは思わず吹き出してしまった。そして悪戯っぽく笑みを浮かべ、彼の元へと歩み寄る。
データとデータが相克し捻じれ狂う海――何もかもがあやふやな憑神空間の中で、こうして向き合う関係だけがリアルだった。
仮想の“世界”だ。でも、ここには現実が存在する。
それは別に凄い訳でもないし喜ぶようなことでもない、きっととても当たり前のことなんだろう。
「当たり前だろ? エルクじゃなくても君が僕の親友なのは変わりないさ。
だから――」
その後、ミアは何と続けようとしたのか。もしかしたら彼女自身分かってなかったのかもしれない。
しかしどんな言葉であれ、結局それがエルクでない彼に届くことはなかった。
何故なら、
「あ……」
幾多に連なった黒い閃光が刃となって彼女を背後から貫いていたから。
彼女はそれが何なのか知らない。知らないが、貫かれたそれが決して相容れないものであることを確信する。
激しい痛みの中、ミアは己の背後を振り返った。
その先に居たのは――
エンデュランス/一ノ瀬薫がリビジョンの変った“The World”へ赴いたのは一重に執着の為だった。
喪ってしまった、ミアへの執着。
“再誕”したミアはある日突然彼の前を去って行った。
見えない力で宙に吊り上げられ――サルベージの名の下その因子を奪われた。
結果として彼女のPCは消滅してしまった。
――コロサレタ。ボクノミアミアがコロサレタ。
突然の別離。まるでそれは交通事故のように、呆気なく二人の関係を奪っていった。
後にチャップチョップ事件と呼ばれることになるその一件は、呪紋使いエルクを再起不能にするには十分だった。
それが彼にとっての“The World”の終焉だった。
仮想の中で抱いた想いは仮想だけに留まるに非ず。
その一件は現実のプレイヤー―― 一ノ瀬薫を失意に叩き落した。
現実の彼は言えに引きこもり、社会から断絶することを選ぶ。
代わりにエンデュランスは生まれ変わった“The World”に入り浸る。
そこにはミアのような何かが居た。猫のカタチをした何か。
それに触れている内はミアとの関係を取り戻せる気がしたから。
“君のために、たとえ世界を失うことがあっても、世界のために君を失いたくはない”
バイロンの詩の一片。
エンデュランスの座右の銘であり、彼の行動原理であった。
そうしてエンデュランスはミアに執着し続けた。物言わぬ猫を、かつての親友として愛でながら。
だがそれもまた幻に過ぎなかった。
AIDA。ハセヲとの戦いに敗れた彼が見たミアのような何かの本性。
自分が信じていたものが、愛していたものが、ただの幻影でしかないと気付いた時、彼は今度こそ廃人となりかけた。
彼に執着していた朔に囚われ、為すがままに死世所エルディ=ルーに身を落とす。
そんなところを救ったのが、ハセヲだった。
彼の強さに触れるうちにエンデュランスはミアへの、過去への執着を振り払うことに成功する。
喪ったものに囚われる自分はかつての、己のことしか考えていなかった自分と同じだ。
でも、ハセヲの隣に居るうちはあの時の――コルベニクに立ち向かった時の勇気を思い出せる気がしたから。
それ故に彼はハセヲと共に歩むことを選んだ。
G.U.のメンバーとして戦い、榊に懐柔を払いのけ、クビアとの決戦にも恐れることなく立ち向かうことができた。
かつての勇気を取り戻した。
その筈だった。
なのにエンデュランスは今再び迷っている。
己が何に迷っているのかも知らないまま。
@
――その先に居たのは黒い斑点の塊だった。
膨れ上がったAIDAがグロテスクに蠢く。時節不気味な叫び声を上げつつ、その宿主の身体を作り変えていく。
青い妖精の姿はそこにない。魔剣に寄生したAIDAはその宿主であるアスナをも巻き込んで更なる段階へ進化していく。
何が起ころうとしているのかアスナにも分かっては居ないだろう。
「しまった……! これはAIDAの」
しかし対するエンデュランスは何度か体験した出来事だ。
AIDA-PCは追い詰められた際、その姿を変貌させる。かつてのボルドーや天狼のように、全く違うシステムを起動させるのだ。
その姿は――どういう訳か憑神に酷似している。
データドレインを決めていればあのAIDAを駆除できたはずなのに、みすみすその機会を逃してしまった。
エンデュランスは歯噛みする。これは自分のミスだ。自分が彼女を追い詰めた結果、最悪のタイミングで進化させてしまった。
そしてアスナだったPCは新たなカタチを得る。
小柄な妖精の姿はどこかへ行き、代わりに現れたのは巨大な鳥だった。
半透明の怪鳥はこちらを威嚇するように鳴き、その翼を広げる。AIDAのタイプとしては榊に発現したものに近いようだ。
「あ、エルク……」
「ミア!」
その身を貫かれたミアが苦悶の声を上げた。
エンデュランスは急いでその身を抱く。彼女は胸を押さえ辛そうにこちらを見上げている。
手の平の中のミアの身体はとても小さく、そして弱々しく見えた。
まるであの時みたいだ――
あの時のミアはゲーム上の“死”すら与えられなかった。
何か大切なものを奪われその身を消滅させた。その時の様がフラッシュバックする。
「違う!」
その光景を振り払うようにエンデュランスは叫びを上げた。
「あの時とは違うんだ……まだ守れる。まだ……」
言い終わらない内に、その姿を変貌させたAIDAの攻撃がやってきた。
奇声と共に翼をパッと広げ黒い光線を放つ。
光は鳳仙花の実のように周りへはじけ飛んだかと思うと、曲線を描き一点、エンデュランスとミアの下へと集束していく。
咄嗟にエンデュランスはミアを抱きしめた。その背中に光線が撃ち込まれその身を焦がしていく。
その痛みは気にならない。ただミアを守れるのなら――
「エルク……君は」
「喋らないで、ミア。
言わなくても分かってる。殺しはしないよ。あの人も、君も……」
そう答えるとミアが笑ってくれた。表情が見えずとも分かる。言葉さえ要らない。
確かな“繋がり”があるから。
「……行くよ」
ミアを抱えながらエンデュランスは哀れな敵を見据えた。
鳥型AIDAと化したアスナは何も言わない。思考があるのかも怪しい。
憑神の恐怖に晒され続ければ暴走もやむなしだろう。
だからこれは自分の責任だ。彼女を元に戻し、今度はプレイヤーとして向き合うこと。それが自分がやるべきことだ。
ここで憑神を解除して彼女を解き放つ訳にはいかない。
手はある。
今一度データドレインを決めれば彼女からAIDAを取り除くことが出来る筈だ。
かつてハセヲがAIDAに縛られた彼を救って見せたように。
「ハセヲ……僕は君の隣に立ちつづけたい。だからこそ、ここで逃げ出す訳にはいかないんだ」
故にエンデュランスは戦うことを選ぶ。救う為に、ハセヲと共に歩む為に。
そして二対の巨体が対峙した。
「もう一度、僕と踊ろう」
エンデュランス/マハはそう誘うように言い、空間に再び花弁をまき散らす。敵もまた翼を広げ黒点を生み出す。
AIDAの黒点とマハの紅い花びらが空間に拮抗するように交わった。
向き合う二つの巨体、そして――激突。
「行くよ」
「――――」
怪鳥が履き出した紫の弾丸が空間を埋め尽くす。
花びらがそれを受け止め、零れた分はエンデュランス/マハその手で弾き返す。
間髪入れず怪鳥が追い打ちを掛ける。今度は速度の速い直線状の一撃だ。
エンデュランスがギリギリのところで避けてみせると、ギギギと怪鳥が悔しげな声を漏らした。
歪な猫と怪鳥の、何とも奇妙でおかしな戦い。
もはやそこに元のゲームの名残はない。完全にシステム外の一戦だった。
AIDAと憑神、そしてミア。
因縁深い存在同士の激突は、初め互角であったが、徐々に差が付き始める。
憑神・エンデュランス/マハが徐々に苦境に立たされていた。
このデスゲームが始まって以来、彼はあまりに自らの状態を顧みなかった。
ダスク・テイカ―との戦いの傷だってまだ癒えていない。愛に溺れ、愛に酔い、愛に呑まれひたすら会場を彷徨い続けた。
その消耗が、今になって彼を苦しめているのだ。
AIDAも決して消耗していないとは言い難いだろうが、それでも敵は今進化したばかり。プレイヤーの方はともかく、AIDAの方は完全な状態と言ってもいい。
加えて彼はミアを守りながら戦わなくてはならない。
瀕死の彼女を抱きしめ攻撃を庇わねばならない。それが彼を更に追い詰めていた。
「くっ……でも」
諦める訳にはいかない。
ハセヲを思い出す。彼は決して倒れはしなかった。
如何なる絶望があっても、歩みを止めることだけはしなかった。
黒い閃光がエンデュランス/マハの身体を貫く。
苦悶の声を漏らしつつも、彼は叫びを上げ怪鳥へと迫っていた。
手の中のミアもまた苦しそうだった。
押されている。このままでは倒れるだけだろう。
何時かと同じように。力を手に入れた筈なのに。
(力だけじゃ駄目なのは分かっている――)
ミアを失い求めた力。守りたいと思った。守るものなど既に消え失せているのに、力がないと不安で仕方がなかったから。
だからエンデュランスはアリーナに固執した。力を示す為に。
でもそれは結局、自己満足に過ぎない。
(ハセヲ……君も、そのことを知ったんだね)
ハセヲ。
力を求め荒んでいた頃の彼もまた、エンデュランスは知っている。
深い事情までは知らなかった。それでも彼が何かの欠落を埋めんとするように力を求めていたのは見れば分かる。
そういう点で自分と彼は似た者同士だったのかもしれない。
(だからこそ、僕は君に惹かれたんだ)
しかしハセヲはそこから一歩踏み出した。それが無意味なことだと気付いたのだ。
その上でハセヲはエンデュランスに言った。お前が必要だと。それがエンデュランスにとって、最も欲していた言葉だと知った上で
自分と同じ道を歩みながら、自分には行くことのできなかった先を言って見せた彼を、エンデュランスは愛したのだ。
(だから、行くよ、ハセヲ。
君の下へ一歩でも近づく為に。
時間はかかるかもしれないけど、それでも歩みは止めない)
そしてエンデュランスは咆哮した。
――僕はここに居る。
決して自分を見失ったりはしない。
どんな“繋がり”の果てに自分が居るのかを、決して忘れはしない。
そう思いを込めて。
幾多の弾丸をその身に受けながらもエンデュランス/マハは怪鳥の目の前へとたどり着いた。
そして再びその身をコンバートする。
花を咲かせ、モルガナ因子を解放せんとする。怪鳥とて黙っては居ない。光線を散弾のようにまき散らした。
「これで……!」
絶え間なく続く苦痛の最中、エンデュランスはその光を高めていく。
その光が頂点に達するのが、自分が倒れるのが先か、凄絶な戦いだった。
二つのイリーガルな力がぶつかり合い、そして――
「あ……」
――黒い力が競り勝った。
データドレインの発動より早く、憑神マハがプロテクトブレイクを起こしたのだ。
消えてゆくマハ。抜けていく力。後に残ったのはエンデュランスのPC。その全てが、己の敗北を示していた。
「そんな……僕は、敗けたのか」
呆然と呟く彼の前にはダメージを受けつつも未だ健在な怪鳥の姿があった。
黒点が膨らんでいく。あれが炸裂した時、今度こそ自分は倒れるだろう。
「ミア、ごめん。僕が……僕のせいで」
そう力なく言ってエンデュランスはミアを抱きしめた。
柔らかな温もりが伝わってくる。失っていた筈の過去、取り戻すチャンスを自分は不意にしてしまった。
そう思うと、哀しみより悔しさより、申し訳なさが胸を支配した。
「ははっ……気にすることないよ。君だけのせいじゃない。元を辿れば僕のせいでもあるしね」
それでもミアはそう言ってくれた。こんな時だと言うのに、どこか悪戯っぽく、蠱惑的に。
そしてミアもまたエルクを抱きしめた。力強くぎゅっ、と。
「でも不思議だね。こんな時なのに、こうしていると落ち着くんだ。
今の君はエルクじゃないのに――姿形は全然違っても、そこに居るって分かっているからかな」
「うん、僕もだよ、ミア。これで満足なんてしない。するものか。だからこれがハッピーエンドだなんて絶対に思わない。
けれど、嬉しい、僕は今間違いなくそう思っている」
顔を寄せ合い、二人は笑った。少しだけ、本当に少しだけ、二人はかつてのように笑い合った。
「ねえ、聞かせてよ。君の名前」
「え?」
「だって君はエルクじゃないんだろ? なら、先ずは自己紹介から始めないと。
そうでないと始まらない。今はまだ繋がっていないなら、これからまた繋がり直さないとね」
ミアの言葉にエンデュランスは切なげに息を漏らした。
何と嬉しい言葉だろう。何と素晴らしい言葉だろう。そう思えたからこそ、辛い。
これから始まる筈の関係がすぐに終わってしまうことが。
「うん、ミア。聞いて僕の名前はね――」
身を引き裂くような悲しみに襲われつつも、彼は己の名前を告げた。
一言一句はっきりと、切れていた“繋がり”をもう一度やり直す為にも。
その瞳からは涙が零れていたが、しかしそれでも彼は笑っていた。笑おうとしていた。
「エンデュランスか。良い名前だね。僕はミアだよ、よろしく」
ミアもまたそう言って、ふふっと笑って見せた。
抱き合う二人はそうして再び繋がり合う。
時を越え、彼らは巡り遭ったのだ。
そして濁流のようにAIDAの閃光が押し寄せてきた。
既に瀕死だった二人はそうして呑み込まれ、その身を散らす。最後に結びなおした“繋がり”をその胸に宿しながら。
(――ハセヲ)
最期に、消えゆくエンデュランスは心の中で呼びかけた。
最愛の人へ、こうして失意の中終わることになってしまった自分から。
(結局僕は君のところには行けなかった。駄目だった。哀しいけど僕はここまでだ。
でも、君なら行けるよ……僕には分かる。
だから……たとえ何が起ころうとも、君にだけは足を止めないで欲しい。
僕は見ることができなかった道の先も、君なら――)
@
アスナが目を覚ましたのは、全てが終わった後だった。
ふと目を明けると、そこには灰色のビルに取り囲まれた青空があった。
それをしばらくぼうっと眺めていると、次第にここで何があったのか思い出してきた。
(確かわたしは……ありすを追いかけてて、それであの猫と……)
思い出した途端、アスナは反射的に身を起こし魔剣を構えた。
そうだ自分は戦闘中だった筈だ。猫を追いかけた結果、変な男性キャラが現れ、おかしな空間に連れて行かれた。
その途中で記憶が切れている。確か自分は劣勢だった筈。途中で気絶してしまったのだろうか。
警戒しつつ辺りを見渡すが、しかしそこには誰も居なかった。
アスナは拍子抜けしきょとんとした顔を浮かべた。一体何があったのだろうか。
もしやあの戦いは全て夢のようなものだったのだろうか。覚醒直後の気だるさがそんなことすら思わせた。
(猫を追って変な世界に飛び込んで最後は夢オチなんて、これじゃ完全にアリスね)
ふと湧いて出たそんな考えに嫌悪感を覚えたアスナは思わず顔を顰め、頭を振ってその説を否定した。
確認がてらウィンドウを開く。ステータス画面を見るとHPが減っていた。あの戦いは確かにあった現実なのだ。
では敵はどこに行ったのだろうか。
そう思い周りを今一度見渡す。するとそこには様々なアイテムがカードの形態になって散乱していることに気付いた。
(ドロップアイテム……アイツらは倒されたってこと?
でもじゃあ誰に?)
自分ではない、と思う。
少なくともその記憶はない。しかし他に誰が居るのだろうか。
辺りを見渡してみたが他の参加者の影はない。
第三者の行いならドロップしたアイテムをこうしてそのままにしているのもおかしい。
善意あるものなら気絶した自分を放っていくこともしないだろう。
ならば考えられるのは敵の自滅だが、それも少し考えにくい。
(何が……あったの?)
不安に思ったアスナは、思わず魔剣を見た。
すっかり手に馴染んだ魔剣。もしやまたしてもこれに救われたか――何故かそんな考えが脳裏を過ったのだ。
(分からないけど……とにかくここに留まるのは危ないわよね)
アスナはそこで一度考えを打ち切った。
何時また敵に襲われるとも分からない。一度落ち着ける場所を探さなくては。
そう思いドロップしたアイテムを集めていると、気が付いた。
己の右腕に、黒くこびりつくグラフィック異常に。
(何これ……?)
それはひどく不気味だったが、どういう訳か恐怖は湧かなかった。
頼もしさすら湧いた。それが何を意味するのか、彼女はまだ知らない。
手に持った魔剣が、地面に擦れて乾いた金属音を響かせる――
【F-8/アメリカエリア/1日目・午前】
【アスナ@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP30%、MP70% 、AIDA悪性変異
[装備]:魔剣・マクスウェル@.hack//G.U.
[アイテム]:基本支給品一式、死銃の刺剣@ソードアート・オンライン、クソみたいな世界@.hack//、誘惑スル薔薇ノ滴@.hack//G.U.、不明支給品2〜5
[思考]
基本:この殺し合いを止め、無事にキリトと再会する
1:アリスを討つ
2:殺し合いに乗っていない人物を探し出し、一緒に行動する。
3:これはバグ……?
[AIDA]<????>
[備考]
※参戦時期は9巻、キリトから留学についてきてほしいという誘いを受けた直後です。
※榊は何らかの方法で、ALOのデータを丸侭手に入れていると考えています。
※会場の上空が、透明な障壁で覆われている事に気づきました。 横についても同様であると考えています。
※トリニティと互いの世界について情報を交換しました。
その結果、自分達が異世界から来たのではないかと考えています。
※AIDAの浸食度が高まりました。それによりPCの見た目が変わっています。
※マクスウェルのAIDAは<Victorian>に酷似した鳥型の形状を取れますが、
アスナの意識がある内はAIDAが表層に出て来ることはありません。
ミアとエンデュランスが落としたアイテムを回収し、アスナはその場を後にした。アバターの変異を疑問に思いつつも。
その際に彼女は知る由もない変化があった。
ドロップアイテムの中からが持っていた筈のあるものがなくなっていたのだった。
イベント“幸運の街”。
アメリカエリアでPKされたプレイヤーがドロップするアイテムが一定確率で変化する。
そのイベントの効果により、とあるアイテムの存在が消えていた。
別にそれで何か影響がある訳でもない。
それはミアの支給アイテムにして、特に役立つことのないものだ。
アスナがそれに気付いたとしても、何も思うことはなかっただろう。
しかしそれに深い意味を見出す者も居た。
そのアイテムは【エノコロ草】
エルクとミアの“繋がり”の象徴が、ゲームから消え去っていた。
戻ることは、ない。
【エンデュランス@.hack//G.U. Delete】
【ミア@.hack// Delete】
投下終了です。
投下乙です
ミアとエンデュランスはここで脱落ですか
ちょっと早い退場のような気もするけど、これもロワらしいと言うべきか
最後に二人一緒にいられたことを良しとするべきなのかなあ……
そしてアスナの方は、ますますヤバい状態になってきましたねw
これはもうデータドレインしてもらうしかなさそうですw
ただ気になったのは、原作に未登場のAIDAを出していいのかな? というのと、
そもそもマクスウェルのAIDAが変異する要因がわからない。という二点ですね
原作の描写だと、マクスウェルのAIDA自体がちょっと特殊みたいですし、
ただ追い詰められただけでは、変異する理由としては弱いと思います
あと些細なことですが、プロテクトブレイクしただけでは憑神は消えませんよ
ロワ内の再会は死亡フラグっていう法則が、このロワではよく起きているイメージ
特にこの話の二人は辛い終わり方だったな
指摘見ましたー
>>334
原作未登場AIDAに関してはマクスウェルのAIDAが原作の時点で不明だったのでこんな形にしてみました
AIDAの形状は元々不定(徐々に進化する)らしいのでどんな形でも辻褄は合うかな、と
とはいえ描写にオリジナル要素が入り過ぎるのは確かに問題なので、戦闘面は<Victorian>そのままだと明言しておくべきですかね
AIDA変異の理由についてはボルドーや天狼の例を上げ、AIDA-PCが追い詰められ感情を高ぶらせた際に変化する〜みたいな説明描写を加筆しようかなと思います
(原作でマクスウェルのAIDAが変化しなかったのは、太白の精神力によるものというのと思っていたので)
それか原作と同様魔剣がダメージを受けたことでAIDAが表層に出てきた〜という感じにします
プロテクトブレイクの描写はロワの制限的にこんな感じかなと思っていたので、その説明を少し入れてみます
>>336
<Victorian>は榊のAIDAですし、マクスウェルのAIDAは<Grunwald>にしてはどうでしょう。こちらなら被りもないですし
AIDAの顕現のほうは、アスナは魔剣に執着しているようですし、
魔剣にダメージ+魔剣を失う恐怖からくる感情の高ぶりというのはどうでしょう。あくまで一案ですが
プロテクトブレイクによる制限に関しては、AIDA側の場合、データドレインモード=AIDAの除去が出来なくなりそうなのがちょっと問題でしょうか
まあこれはプロテクトブレイク状態のAIDA-PCを直接データドレインすれば除去できる。という風にすれば解決できそうですが
あと追加の指摘で、
アトリの例からわかるように、AIDAは碑文に興味を持っているので、
エンデュランスとミアの碑文(マハ)をそのままにはしないと思います
なので、碑文を奪う描写も加筆してはどうでしょう
ちょっと個人的な意見が多かったですが、返答は以上です
あーん!エン様が死んだ!
ま、まぁミアと共に消えることができたし、これも一つの愛の形…エノコロ草…
そしてサチに続きアスナもAIDA発動。キリトさんの胃がマッハでやばい
投下乙でしたー
アスナ:AIDA感染でやばい
リーファ:お亡くなり
サチ:こっちもAIDA感染、その上キリトを刺す。
SAOヒロインが揃いも揃ってやばい。
シノンだけがヒロイン唯一の良心か……
ユウキは、ヒロインとはまた少し違うから除外するとして。
避難所の方に修正版投下しました。
意見お願いします。
>>339
そのシノンも三大巨頭が接近中のマク・アヌにいるから命がヤバいw
企画スレ発足からもう一年経ったのかー
投下乙です
VRMMO世界に類似した異世界へのトリップものが最近流行ってきてるけど、
それより前に電脳世界メインの作品でのロワが見れて良かった
企画スレ見直してたが、アバチュは勿体なかった…俺は何故票を入れなかったんだ…
>良かった
おっと、まだ過去形にしちゃいかんな…
投下します。
「こっちだ」
強面の黒人の案内で揺光はネットスラムへと足を踏み入れていた。
辺りでは劣化の目立つデータが黄昏の中に乱雑に浮かんでいる。スラム、の名が示す通りそのエリアはどこか退廃的な雰囲気を持っていた。
隣ではロックマンがスカーフを揺らし歩いている。口元が隠れたその表情には、敵意があるとまでは行かないがしかし先ほどまでの温和な色はなかった。
揺光もまたある程度の警戒と緊張を以てモーフィアスの大柄な背中を見つめる。
「……どこまで行くんだい?」
「すぐそこに少し落ち着ける場がある。そこで話そう」
黒人――モーフィアスと名乗った男の素っ気ない返しに、揺光はそれ以上何も言えなかった。
二対の白いPK(モーフィアスはツインズと呼んでいた)を撃退した後、揺光たちはふらりと現れた彼と接触した。
黒いスーツにサングラス――ウラインターネットの闇に沈む込むようなその威圧感に思わず息を呑んだのは記憶に新しい。
とはいえ彼は別に敵意がある訳ではなかった。寧ろ友好的ですらあった。自分たちを目的地であったネットスラムまで誘導した上で、情報交換を行おうかという彼の提案も理にかなっていたし、別段怪しい点がある訳ではない。
だがそれでも何かしら壁を感じてしまうのは、彼の纏う並々ならぬ気迫のせいだろうか。
(何ていうか、戦士みたいだよね。アタシみたいな……ゲームの中だけのものじゃなくて、ホンモノの)
モーフィアスの黒衣は橙の光を受け鈍く照り返している。
その一挙手一投足にただならぬものを揺光は感じていた。The Worldで幾多のプレイヤーを見てきた彼女だからこそ分かるが、彼のその雰囲気は単なるロールという訳でもなさそうだ。
(やっぱりアレか。クラインやロックマンみたいな……別の世界出身ってことかい?
どんな世界までは分かんないけどこの雰囲気からして――)
「光はもう十分だ。水だよ。水をくれ! そして、ぬくもりを……」
その思考を遮ったのは調子はずれの声だった。
思わず振り向くと妙なPCがこれまた妙なことを口走っている姿あった。。
そいつだけではない。辺りには他にも造形の崩れたPCが各々訳のわからないことを言っている。
顔があるべきだ場所が顔文字になっているもの、3Dポリゴンの世界で何故か2Dのひらぺったい身体をしているもの、変なポーズで固まり微動なにしないもの、様々だ。
揺光は思わず眉を顰める。こんなエディットがあり得る筈もない。ならばあれはチート――彼女が最も嫌うものだ。今はそんなことを言っている場合でないことは分かっていても、反射的にそう思わずには居られない。
「奴らは参加者じゃない。会場の付属品のようなものだ。騒がしいが無害ではある」
モーフィアスが背中越しに言った。揺光は顔を曇らせつつも頷き黙って彼の後を着いていく。
そして辿り着いたのは、スラムの中にぽつんと立つ色褪せた鳥居だった。
ここに来てえらく日本的なものが現れたが、スラムの雑多さを思えば別に驚くには値しない。
その周りは確かに静かだった。確かに先の場所よりは話すに適したところだろう。
「さて」
モーフィアスが振り返り、口を開いた。その眼光に揺光は思わず身を固くする。
「何から話したものか、だが――一応確認しておこう。お前たちはこのゲームに乗っては居ないな」
「うん。それはモーフィアスもでしょ?」
答えたのはロックマンだった。彼は全く気圧されることなくモーフィアスと相対している。
「ああそうだ。では聞く。お前たちは何だ? 人間か? それともエグザイルか」
鷹揚に頷いたモーフィアスは次にそんな問いかけをしてきた。
「エグザイル?」とロックマンが聞き覚えのないを問い返す。
「ふむ、そこからか。まぁある程度予想はしていたが……」
モーフィアスはそう言って顎を撫で、
「先ずはそうだな……お前らにとって『現実』とは何なのか――それを尋ねたい」
その問い掛けを口切に情報交換が始まった。
最初に知っておくべき大前提、互いの知る『現実』について。
その結果、揺光は何度目かになる新たな『現実』との接触を経験した。
今まで揺光が知っている『現実』は三つ。
先ずは他でもない自分にとっての『現実』。プルート・キスやネットワーククライシスなど幾多もの事件が起こりつつも日進月歩の勢いでネット社会は発展している。
次に細部こそ違えど基本となる社会基盤は相違なかったクラインの『現実』。そこで彼はネットゲームに閉じ込められ文字通り命を賭けたゲームを強制されていた。
三番目はそれよりもっと遠いどこかで分岐したと思しきロックマンの『現実』。ネットナビと呼ばれる高度な人工知能により社会が支えられていた。
そして今ここでモーフィアスが語った四番目の『現実』は――
「……ちょっと、分かんないね。もう」
――完全に理解を越えていた。
人間とマシンの延々と続く戦争。マトリックス。人類はみなプラグに繋がれている……
そのどれもあまりに荒唐無稽に思えた。ロックマンの語る社会以上に信じられないものだ。
しかしそれでもモーフィアスが全く嘘を言っていると思わなかったのは、段階を踏んで様々な『現実』と接触できていたからかもしれない。
(全く……段々ととんでもない話になってきてるね)
揺光は赤い髪を掻き分け息を吐いた。
目の前ではモーフィアスが腕を組み難しい顔をしていた。表情は読めないが彼なりに考えを纏めているのだろうか。
それをロックマンは一歩引いたところで見ていた。見たところ彼が最も落ち着いているようだった。
「……お前たちの置かれた立場は分かった。
だからこそ今一度問うが、それは本当に『現実』か?」
しばしの沈黙の後、モーフィアスがそう口を開いた。対峙する二人の身体を見下ろしながら。
黄昏時の光を背後に受け、彼の顔では影がぬっぺりと張り付けている。
「それはどういう意味?」
「言葉通りだ、ロックマン。マトリックスの話はしたな。人類が見続ける夢……お前たちの言う『現実』は本当に『現実』か?
――それが夢でないと保証できるか?」
「それは……」
ロックマンは何と言うべきか迷うように視線を揺らした。
代わりに揺光が反射的に反駁を口にしていた。そんな考え馬鹿げている、と。
「馬鹿げている……ふむ、そうか? 電脳世界、The World……お前たちだって『現実』と相違ない夢、仮想空間に触れているだろう。
自分が『現実』と信じているものがそうでないとどうして言うことができる。少なくともこの場において『現実』が絶対的でないことは、お前だって分かっているだろう?」
モーフィアスの言葉に揺光は息を呑む。
別に自分の『現実』が夢かもしれないと思った訳ではない。寧ろ自信を持ってこれが『現実』だということができる。
しかし……その自信が如何なる論拠によるものなのか、彼女自身分からなかったのだ。
ふと胡蝶の夢の話が思い浮かんだ。
あの有名な荘子の説話だ。人が蝶になった夢を見ていたのか、蝶が人になった夢を見ているのか。
その区別をする術はない。
「お前たちの話を聞いて先ず立てた仮説がそれだ。
お前たちは未だマトリックスに繋がれており、知らない形で夢を見せられている。それを『現実』と思ったままで、だ」
「だけどさ……それを言ったらそのマトリックスだって、アンタの『現実』だって本当に『現実』か分からないじゃないか」
そう言うとモーフィアスは口元を釣り上げた。そして参った、とでもいうように両手を上げ、
「そうだ。それを否定する術はない。それは実の所……ずっと前から考えていたことだ。
俺たちはマトリックスから人を『現実』へ解放している……だが本当に今ここが『現実』なのか、実の所証明することができない。
人類の存亡を賭けたこの戦争でさえ蝶の見る夢かもしれない」
揺光は何も言えない。何か言いたいが、何も言う言葉が見つからない。
だがロックマンは違った。彼はスカーフを下げその素顔を晒しモーフィアスを見上げた。
「僕には何とも言えない。モーフィアスの言う通り僕の『現実』が絶対だなんて言うことはできないんだ。
でもだからといって僕が熱斗くんと一緒に見てきたものが何の意味もないとは思わないよ。
何が『現実』であれ、どういう行動を選ぶべきなのかは、変わらないんじゃないかな?」
「選ぶ……そう言うのか、お前は」
モーフィアスとロックマンは互いをじっと見据えた。
ほのかに空気が緊張を孕む。それを汲み取り揺光は身を固くする。モーフィアスの持つ強烈な威圧感に当てられ背筋がじくじくと冷えた。情けないと思いつつも一歩後ろへ下がりたくなった。
どこかで調子外れの声が聞こえた。ネットスラムの住人が騒ぎ立てているのだろう。無視したいが、今は厭に耳について離れない。
そんなピリピリとした緊張感を破ったのは、モーフィアスだった。
「そうか」
彼はそう言い小さく息を吐いた。そして肩を竦めながら言った。
「ならば俺から言うことは一つだ。
俺もまたお前の言う通り選ぶとしよう。この『現実』からの脱出だ。その先にあるものが何であれ、その選択に異存はない」
その言葉と同時に空気が弛緩していくのが分かった。
ロックマンも友好的な微笑みを浮かべている。それを見た揺光は溜息を吐き顔にぎこちない笑みを張り付けた。
(ヒヤっとさせないでくれよ……アタシ、こういうの慣れてないんだから)
揺光とてこの場に置いて決して弱者ではない。
エンデュランスに王座を奪われたとはいえ、一時期は紅魔宮の宮皇だった彼女だ。The World R:2では一角のプレイヤーであった。
このデスゲームにおいてジョブに合う装備がなかったこともあり苦戦を強いられてきた彼女であるが、それでも単純な戦闘力なら決して彼らにも劣りはしない。
しかし違うのだ。
ロックマンやモーフィアスたちと、彼女の『現実』の間には明らかに溝がある。
如何に戦う力があろうとも、彼女が平和な時代を生きる一般人であることもまた事実だった。
「では情報交換を続けよう。今度はこのデスゲームについてだ。
まずあのサカキという男について――」
その時、無機質な電子音と共にウィンドウが開き、モーフィアスを遮った。
再び場に緊張が走る。
それはメールだった。この『現実』を統括するGMからの。
◇
(……やっぱりアタシ、浮いてるのかね。この中じゃ)
エリアを歩きながら揺光は辺りを見渡した。街並みの造形はリアル調ではあったがゲームのグラフィック特有の偽物っぽさが目に付いた。
如何に技術が発展しようと完全に仮想が現実に追いつくことはない。少なくとも揺光の『現実』では。
M2Dなんて、それこそ玩具だ。マトリックスやネットナビなんかと比べれば。
(それでも繋がって……いるんだろうか。アタシとロックマン、モーフィアスの『現実』は)
クラインとは持つことが繋がりを、同様に彼らとも持てるかどうか、揺光は自信がなかった。
こんなことを考えてしまうのも先のメールが原因だろう。先のメールが告げたこと、メンテナンス、イベント、そして脱落者。
脱落者のリストの中に、彼らのよく知る名があったのだという。対して自分には誰も居なかった。
「大丈夫? 揺光ちゃん」
隣を行くロックマンが心配そうに声を掛けてきた。
その声色は落ち着いたものだ。しかし揺光は忘れない。メールを見た瞬間に彼が浮かべた痛切な表情を。
自分の方がずっとつらいだろうに、それでも他者を気にかけることのできる彼に、揺光は嫉妬に近い感嘆を覚えた。
それを前に出さないように務めつつ、彼女はその手をロックマンに見せた。
「大丈夫さ、アタシもこれでもう戦えるからね」
揺光の両手にはナイフが備えられている。鋭い刃が夕陽を受け怪しく煌めいた。
モーフィアスが持っていたものであり、揺光の刀とトレードしたものだった。自分も遂にジョブに適合した装備を手に入れた訳だ。
これでもう今までのような醜態を晒すこともない、筈だ。
同時に彼女はフレイムマンがドロップしたアイテムで回復を済ませている。
平癒の水。彼女にも馴染みのあるThe Worldのアイテムだ。回復量があまり多いとはいえないそれは、個数制限もあり温存しておきたかったのだが、流石にHPが危険域に入っていたので何個か使っておいた。
お蔭で全快とまでは行かずとも回復はできた。ロックマンもダメージを負ってはいたが、まだ大丈夫と言って彼は使用を辞退していた。
そのことがまた、彼女の言いようのない居心地の悪さを助長しているのかもしれない。
そしてモーフィアスだが彼は現在別行動を取っている。
一先ずの方針として彼はネットスラムの探索を提案した。
明らかに何かがありそうな場所である。探索する価値は十分にあるということで、その提案には誰も異論を挟まなかった。
結果として彼らは手分けしてネットスラムを探索している訳だが、
(……アタシはまだ守られる対象って訳だね)
効率でいえば三人で手分けすればいいところをわざわざロックマンが付いてきてくれたということは、つまりそういうことなのだろう。
そのことに不満がある訳ではない。ただ、情けなかった。
彼らとの差を見せつけられている気がして。
「ねえロックマン。アンタ、本当に良かったのかい? その、モーフィアスが言ってた敵を追わなくても」
それでも揺光は尋ねていた。
先ほどモーフィアスは語った。自分たち以前にこのエリアに来て、激しい戦闘を繰り広げていた者たちのことを。
その激しさ故モーフィアスは迷った末に直接接触を持たなかったという。それでも抜け目なく情報収集をしていた彼の話を総合すると、戦っていたのはロックマンの知る人物である可能性が高いらしい。
それを追わなくていいのか、尋ねずには居られなかった。
「……うん、僕も迷ったんだ。モーフィアスが言っていたのがフォルテなら、誰かが止めないと危ない」
でも、と彼は揺光を見て言った。
「その為に揺光ちゃんを置いていくなんてできないよ。こんなウラインターネットの真ん中になんて」
答えは想定通りのものだった。
揺光は曖昧な笑みを浮かべた後、何かを言おうと口を開いた。
が、言葉が発せられるより早く、どこからか声が飛んできた。
「やあ誰かと思えば『イコロ』の揺光さんではないですか?
最近ゲームに復帰したのを聞いてここのファンも安心してしましたよ。
最も貴方からしたらここのハッカー連中なんて最も嫌う連中かな☆」
それは犬だった。
てくてくと歩いてきたそれを揺光らの向かってそんなことを言っている。
そして近くまでやってくるとちょこんと座りこみ、こちらを見上げた。
その所作は完璧に犬のそれを模倣している。顔がTVモニターであることを除けばだが。
「とにかくようこそネットスラムへ☆
ここはThe WorldであってThe Worldでない違法サーバー。もっとも今は……おっとこれは言えない言えない」
またしてもチートPCだ。
揺光としては既にネットスラムの住民たちの奇天烈なPCに慣れていたのでさして驚きはしなかった。
ただ妙な脱力感が彼女を襲った。
そうだ元々、元の『現実』でも自分はここに来るはずだったのだ。目が覚めて救援要請のメールに従いログインしたとした矢先――このデスゲームに呼ばれたのだ。
となればこのPCも自分と同じ『現実』の存在になる。
(なんだ、アタシの『現実』だってよくは知らないじゃないか、アタシは)
「一緒に居るのはロックマン.exeさんか。
うーんハッカーにとってみれば君は非常に興味深いね☆
そこらのチートPCなんて目じゃないくらい色々弄ってありそうだし」
「君たちはどういう存在なの? 参加者じゃないんだよね」
ロックマンが前に出て犬(?)と話をし始めた。
この住民は他と比べて話が通じそうだ。話せば何か掴めるかもしれない。そう思ってのことだろう。
「それはまだ明かせないね☆
でもさっきよりはちょっと話せることが増えたし、話してあげようか」
「うん、頼むよ」
「noitnetni.cyl」
犬は声色を変えその名を告げた。
それは何かのファイルの名のようだったが、全く聞き覚えはなかった。
.cyl? そんな拡張子があっただろうか。
「揺光さんはもしかしたら知っているかな?
神槍と彼岸花の少女にまつわるThe World初めての事件を☆」
そうして犬は語り出す。
彼女の知る『現実』の、彼女の知らない部分について。
【B-10/ネットスラム/朝】
【ロックマン@ロックマンエグゼ3】
[ステータス]:HP80%
[装備]:なし
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品1〜3(本人確認済み)
[思考]
基本:殺し合いを止め、熱斗の所に帰る
1:モーフィアス、揺光と行動する。
2:ネットスラムの探索。
[備考]
※プロトに取り込まれた後からの参加です。
※アクアシャドースタイルです。
※ナビカスタマイザーの状態は後の書き手さんにお任せします。
※.hack//世界観の概要を知りました。
※マトリックスの世界観を知りました。
【揺光@.hack//G.U.】
[ステータス]:HP60%
[装備]:最後の裏切り@.hack//
[アイテム]:不明支給品0〜3、平癒の水@.hack//G.U.×3、ホールメテオ@ロックマンエグゼ3、基本支給品一式
[思考]
基本:この殺し合いから脱出する
1:ロックマン、モーフィアスと行動する。
2:ネットスラムの探索。
[備考]
※Vol.3にて、未帰還者状態から覚醒し、ハセヲのメールを確認した直後からの参戦です
※クラインと互いの情報を交換しました。時代、世界観の決定的なズレを認識しました。
※ハセヲが参加していることに気付いていません
※ロックマンエグゼの世界観を知りました。
※マトリックスの世界観を知りました。
【モーフィアス@マトリックスシリーズ】
[ステータス]:健康
[装備]:あの日の思い出@.hack//
[アイテム]:不明支給品0〜2、基本支給品一式
[思考]
基本:この空間が何であるかを突き止める
1:(いるならば)ネオを探す
2:トリニティ、セラフを探す
3:ネオがいるのなら絶対に脱出させる
4:揺光、ロックマンと共にネットスラムを探索する。
[備考]
※参戦時期はレヴォリューションズ、メロビンジアンのアジトに殴り込みを掛けた直後
※.hack//世界の概要を知りました。
※ロックマンエグゼの世界観を知りました。
投下終了です。
コピペミスがあったのでラストに追記
支給品解説
【平癒の水@.hack//G.U.】
序盤から中盤にかけてお世話になる回復アイテム。
使い捨てで回復量は200。どのサーバーでも売っていると見せかけネットスラムでのみ売っていない。
5個セットで支給された。
投下乙です
モーフィアスの言い回しが凄くらしいわあ
そしてそれに対するロックマンの答えもまた
それにしても改めてこのロワらしいややこしさを垣間見れたぜ。仮想空間の上に更に異世界の住人がクロスしてるからなあw
更にここから犬が語る更なる『現実』か
投下乙です。
AIであり「現実の世界」が身近なロックマンからしたら、自分の今いる場所がどこかってのは関係ないんだな。
乙
いったい何を持って現実とすればいいんだろうな
彼らは本当に「そこ」にいるのか? 現実なんてものは本当に「存在」するのか?
考えても考えても分からない
Q.あなたは、そこにいますか?
A.ハセヲ「俺は…ここにいる!」
やめろ>>359 、答えるな、同化されるぞ!
どうせ
みんな
いなくなる
スケベェェェェェス
毒吐き別館でVRロワ語り中
投下します
君に「好き」と言えたら自分を好きになれた。
◇
すっと立ち上がったシノンは虚空をじっと見つめた。その先にあるのは彼女だけが見えるウィンドウだろう。
しんと静まり返る@ホームの中、彼女はその顔を俯かせぽつりと口を開いた。
「……こんなの」
垂れた青髪が顔にかかりその目元は分からない。
その様子をアトリはじっと見上げた。シノンの拳がぐっと握りしめられている。
「いや――そうね、こういうことも、覚悟しておくべきだった。でもこれじゃ……」
戸惑うように呟きを漏らし、しばらくの間彼女は立ち尽くしていた。
その様子にアトリは悟る。今しがた届いたメール――それで彼女が何を知ったのか。
しばらくの沈黙が部屋を支配した。
沈み込むような重苦しい空気にアトリは目を伏せる。
「……脱出しましょう。この街を」
しばらくの間を経て、シノンがはっきりとした口調でそう口にした。
その声色は努めて平静を保っている。そのことはアトリにも分かった。
その気丈な様子にアトリは何も言うことができない。自分がかける言葉など彼女には不要だろう。
シノンは強い。短い付き合いではあるが、アトリは彼女に大きな信頼を置いていた。
では彼女は自分をどう思っているのだろうか。足手まとい? 面倒な奴? そんな考えが脳裏をよぎった。
アトリはかぶりを振る。
そんなネガティブな思考に囚われることはもうしない。
そんなアトリをよそにシノンはウィンドウをにらみ付けていた。今後の動向に思考を巡らしているようだった。
「……今は何とか身を隠せているけど、今の私たちのステータスはまだ危険域。ここにとどまっていても何もできない」
「すいません、杖があれば私が回復役をできるんですけど」
「……別に貴方のせいじゃないわ、アトリ。だけど今は別の拠点を見つけないといけない。
……この街じゃいつまたあのPKに遭遇するか分からない」
シノンの言葉にアトリはこくんと頷く。
元々この@ホームにだってそれほど長く居るつもりはなかったのだ。
ただ一時的に身を隠す為の場所の筈が、予定より長居してしまっている。
それは疲労もだが、一つの危機を乗り越えたことで緊張が弛緩へと変わったことも大きい。だが状況は依然として毅然なままであり、落ち着ける時間などありはしないのだ。
「……さしあたりマク・アヌを脱出して、日本エリアに向かいましょう。
モラトリアム――このイベントなら安全、とまではいえないでしょうけど好戦的なPKは集まらない筈」
シノンの言葉に頷き、アトリは意を決して立ち上がった。
また、殺し合いの場に躍り出る。そう思うと肩にひどく重い圧が乗りかかるが、しかし立ち止まろうとは思わなかった。
「シノンさん。じゃあ、あの人も」
「…………」
アトリはそう言って寝静まる女性――ランルーくんを示した。
シノンは一瞬複雑な顔を浮かべた後、黙って頷いた。
考えるまでもなく彼女を一緒に連れていくことにはリスクが伴う。歩けない以上背負っていかなくてはならず移動速度はそれだけでガクンと落ちる。
そうでなくとも彼女とは今し方まで殺し合っていた仲。今は静かだが起きた時にどう出るのかはまったく掴めない。
普通に考えれば連れていく理由など全くない。
アトリだって彼女には複雑な気持ちを抱いている。
好意を抱いている訳ではない。先のメールにはウズキの名があった。自分を守るため命をとしてランサーに立ち向かった刑事。
覚悟していたこととはいえ、それでも一縷の望みさえ費えた時、アトリは己の身体から力がすとんと抜けたのが分かった。
それでも意志を途切れずにいることができたのは、一重にシノンが隣に居たからだ。
今一度ランルーくんを見下ろす。メイクが落ちた横顔はまるで今まで戦っていたピエロとはまるで別人のようだ。しかし紛れもなく彼女なのだ。アトリには分かる。
そして状況的にもウズキをPKしたのは目の前に横たわる彼女の可能性が高いのだ。
「分かった……じゃあ行こう。私が先導するから、アトリはその人を抱えて街を出よう。道、分かるよね?」
「は、はい。大丈夫だと思います」
アトリは礼を述べ、ランルーくんの元へと近寄っていた。
彼女をおぶる形で抱える。自分よりも長身のPCだが、その身体は奇妙なほどに軽かった。
触れ合った身体は温かく柔らかい。アトリは神妙な面もちでその身体を抱えた。
「行こう、アトリ」
シノンは@ホームの入り口で準備を整えている。
彼女には本当に感謝している。ランルーくんのことは、完全に自分のわがままだ。
それでもいやな顔一つせず、それを受け入れ後押しさえしてくれた。
ならばこそこの機会を不意にする訳には行かない。
アトリはランルーくんの顔を見上げた。柔らかなベージュの髪が顔に掛かる。
ゆっくりと寝息を立てている彼女と、話すのだ。話してその声を聞く。それは自分がやらないといけないことだと思う。
自分はデータドレインを経て彼女の存在そのものを覗いた。
だから向き合ねばならない。奇妙な形でとはいえ自分は彼女と繋がりを持ったのだから。
「……行きましょう」
「うん、アトリ。分かってると思うけど、気を付けて。
前に話した黒服のPKも、たぶんまだこの街にいる。人が集まりそうな場所をアイツが離れるとは思えない」
@ホームの出口の前で二人の視線がかち合った。再び死地へ出ていく。そのことを認識して再び緊張が走った。
一瞬の逡巡を経て、シノンが一歩踏み出した。アトリも精一杯の勇気を振り絞り、@ホームを後にした。最後にデス☆ランディへの挨拶も忘れずに。
マク・アヌ脱出。
先ずはそれを為さねばらならない。
できることなら、誰にも見つからないまま。
◇
シノンは努めて冷静に行動しようとしていた。
友人たちの脱落を告げられつつも、取り乱すことなく落ち着いた思考を早い段階で取り戻している。
その判断も決して間違っていた訳ではない。どの道今のマク・アヌに安全な場所などないのだから、遅かれ早かれ動かねばならないだろう。
しかし、その行動に少しだけ焦りが入っていたことは否めない。
アトリがヒーラーとして活動できない以上、もう少しだけシステムの自動回復に身を任せておいてもよかっただろう。
この段階で動き出したことはミスではないが、正解だったとも言い難い。
とはいえ、そんなことは些末な問題かもしれない。
どう選択をしようと、“彼ら”から逃れることなどできないのだから。
彼女が“彼ら”の力に一端に触れたが、それはあくまで一端。
全てではない。
◇
アトリとシノンがマク・アヌの街を歩いて数分。
陽の光に照らされ明るくなった赤煉瓦の街を、彼女らは迅速かつ警戒を忘れずに移動していた。
前をファイブセブンを握りしめたシノンが先導しランルーくんを背負ったアトリが後をついていく形になる。
一歩一歩が緊張感で押し潰されそうなほど重かった。
「……待ってください、シノンさん」
ふと立ち止まったアトリにシノンが訝しげな表情を浮かべる。
憑神を宿して以来強化された聴覚で、アトリはその音を拾い上げた。
目を瞑り、感覚を先鋭化させる。街では変わらず水の涼やかな音が響いていた。何度も聞いたマク・アヌの街の音。その中に異物がある。
さわりと、アトリというPCを構成する金色の髪が揺れた。
「――下です。下から、何かが来ます!」
アトリがそう叫ぶのとほぼ同時に、
「……っ! これは――」
マク・アヌの石畳を素手で突き破り何かが飛び出してきた。
轟く爆音。煉瓦の屑がぱらぱらと舞い散る。炸裂する破壊の中心に男は居た。
無個性な黒い服。目元を不気味に隠すサングラス。その行いと相反するように平凡な外見。
空へと躍り出たその身体が、地面へと落ちるまでアトリにはやけに遅く感じられた。
彼女はギリギリのタイミングで避難に成功していたが驚いて思わず尻餅を着いた。ランルーくんの身体が揺れる。
そして圧倒的な威圧感に息を呑んだ。
マク・アヌの街を容易く破壊して見せた男は、すっと着地すると薄く口元を釣り上げている。
「ほほう、アイコンがあるからと来てみたが、ふむ……」
男がサングラス越しに視線を注ぐ。アトリへではない。シノンへだ。
アトリと同様、間一髪のタイミングで破壊から逃れた彼女は、男を見上げギリ、と悔しげに顔を歪ませた。
「生きていてくれて嬉しいよ、お嬢さん」
「…………」
「おやおや連れないな。5時間と57分ぶりの再会だと言うのに」
風貌、能力、そしてそのやり取りでアトリは悟る。
この男こそ、シノンがこのデスゲームで初めて遭遇したという規格外のPKだと。
「さて、先程の代償。ここで払ってもらうか、お嬢さん」
無個性な顔を上書きするように、獰猛でドス黒い笑みが浮かび上がった。
◇
メールの確認を済ませたスミスはマク・アヌの探索に乗り出していた。
他の人間を取り込んで行くのと並行してこの空間についての情報を集める為である。
マトリックスらしき空間にあるマトリックスではありえないプログラム群。
その矛盾を解消する為にも、調査は必須。
先のワイズマンらとの一戦でスミスは上空からマク・アヌを一望した。
ならば次はそれで見えない場所――入り組んだ水路の内側を確かめていた。
「妖精のオーブ……実に便利だがまた見覚えのないプログラムだ。こんな得体のしれないものを使うのは正直抵抗があったのだがね」
クリキンがドロップしたアイテム、妖精のオーブ。
それはThe Worldにおいてダンジョンマップを一気に照らしだす非常に有用な効果を持ったアイテムだ。
マップ調査においてこれほど有用なものはないと試しに一つ使ってみたところ、一エリア分だが詳細なマップデータが手に入った。
「しかしそれも追々分かるだろう、お嬢さん方を取り込めばな」
スミスは対峙する三人の人間たちを一瞥した。
内一人は少なからず因縁がある。ゲーム開始当初に出会った忌々しい青髪の女――今度は逃しはしない。
緑の服を着た少女と道化師の衣装に身を包んだ妙齢の女性は見覚えはなかったが、まぁ何であれやることは同じだろう。死なない程度に痛めつけ上書きするだけだ。
妖精のオーブのもう一つの効果。それはマップを照らしだすと同時にそのエリア内に存在するプレイヤーの位置も表示することだった。
こちらも非常に有用だが、この効果はマップデータと違い一時的なものでしかない。マップ内にプレイヤーのアイコンが表示されるのは、時間にして一分弱のみだ。
これは(スミスは知る由もないが)The World両リビジョンを通して変わらない仕様だった。
とはいえスミスにとってその事実は大して枷になっていない。
彼が接触を持とうと思えば、その位置に向かって真っすぐと突き進めばいいだけなのだから。
ゲーム内の障害物など、彼にとってはバターのようなものだ。
「では始めるとしよう」
「……っ!」
スミスはそう言ったのと同時に、青髪の女――シノンが動いた。
早撃ちの要領で銃口を淀みない動作でスミスへと向け、引金を引く――
「シノンさん!」
――こともできずシノンの身体は吹き飛ばされた。
同行者の言葉が響く。スミスは口元を釣り上げ己の手に残る脆弱な感触を噛みしめた。
前では吹き飛ばされたシノンの身体が跳ね飛んでいる。素手の一撃でああだ。
「ふうむ、所詮は救世主でもない人間ではこんなものか。
ああ、一応言っておくが以前使った手は食わないぞ、お嬢さん。
君が私を撃退したことは全く偶然ではなかったにせよ――決して必然ではなかった。一度限りのまぐれでしかない」
スミスは悠々と言葉を紡いだ。
一撃で決めることもできたが、【上書き】を施す為に死なないよう手加減はした。先のネジのマシンのような失敗は侵さない。
苦しみ悶えるシノンの姿を前に、スミスは嗜虐的な笑みを浮かべる。プログラムらしからぬ強い感情の発露がそこにはあった。
「“結果”には必ず“理由”がある。
君が私を曲がりなりにも撃退せしめた“理由”は一体何なのか、考えていたのだがね。
一つしか思い浮かばなかった。私が未知のプログラムに対し無警戒過ぎた――それだけのことだとしか。
そしてその“理由”は既に私にはない。ならばもう勝機はないということになるな、お嬢さん」
言葉を紡ぎながらスミスはつかつかとシノンの下へと歩み寄る。
靴音が不気味にマク・アヌに反響する。
「……ほう?」
「行かせません」
それを阻むように一人の少女がスミスの前に立ちふさがった。
緑服の少女だ。彼女は決然とした表情でシノンを守るように立っている。
シノンは既に戦闘不能だろう。道化師の服を着た女性は未だに眠っている。となると、この少女がこの集団に残された唯一の戦力ということか。
「いいだろうどの道皆取り込むつもりだ。順番がどうなろうと私としては構わない」
「私が……貴方を倒します」
強い意志の籠った声でアトリはそう宣言した。
同時にその身体に緑の紋様が浮かび上がる。幾何学的な線に包まれたその姿にスミスは笑みを崩し訝しげな表情を浮かべた。
「――来て、イニス」
変ホ長調ラ音が鳴り響く。
と同時に、
◇
世界が塗り替えられた。
マク・アヌのファンタジー然とした街並みは消え去り、データの奔流渦巻く超常的な空間へと接続される。
データとデータが溶け合い螺旋を描いて新たな数値を生み出す。その姿はさながら荒れ狂う海のよう。
世界には本来は存在しない筈のエリア――憑神空間。
「ほほうこれは」
その空間へと誘われたスミスはその光景を興味深そうに見下ろす。
今までも何度か見覚えのないプログラムや現象に行き合ったが、これは格別だ。
シノンの使った水晶や先のネジなどは見覚えのないものではあったが、何かしらの理の枠に収まっているであろうことはつかめた。
だがそれらと比べこの力は少々意識だ。そうこの世界そのものから外れる感覚――そうこれはまるでプログラムでありながらその枠から抜け出した自分の存在に似ている。
「面白い、実に興味が湧いたよ」
そう口にしながらスミスは前を向く。
そこには自分へと揺るぎない敵意を向ける何かが居る。
一片の汚れさえ見当らない白い体躯をしたそれはまるで天使のようだった。
背中に背負った金色の円環やステンドグラスを思わせる青い模様も相まって神々しくすらある。
「……行きます」
声が乱れ狂う空間を通して響き渡る。
それを見たスミスは獰猛な笑みを浮かべる。姿は違えど、どうやらあれはあの少女――アトリであることに変りはないらしい。
となれば彼女を取り込むことができれば――
イニスがその両腕を上げ光弾をまき散らす。スミスは思考を中断しその光弾を避けていく。
精度はそれほどではないが一発一発が速い。が、スミスにしてみればどれも止まっているのと同じことだ。
スミスは世界の理を無視し身体をあり得ない方向へと捻じ曲げ避けていく。
先のネジ――クリムゾン・キングボルトとの一戦においてそうだったように、スミスにとって射撃ほど無意味な技はなかった。
「なら……!」
アトリもまたそのことを痛感したのか光弾を発射するのを止め、代わりにその腕に青白く光るブレードを灯す。
そしてその身に光を纏い突進する。猛然と迫る【惑乱の飛翔】。だがスミスは臆することなくそれを迎え撃つ。
二つの力が激突し、空間が振動する。弾かれたのは憑神・イニスの方。
しかしアトリは止まることはない。その巨体を転換させ接近したスミスに攻撃を喰らわせる。
だが、
「遅いな、天使(Angel)」
「そんなっ……憑神と打ち合うなんて」
四方八方から襲いかかる青の閃光をスミスは難なく打ち返していた。
降り注ぐ光弾の雨、高速で振るわれるブレードの攻撃。そのどれも簡単に振り払っている。
その手には何もない。徒手空拳で憑神と互角に渡り合っているのだ。
否、僅かにスミスが押していた。
「私も昔は天使に煮え湯を飲まされたものだが、今の私にとっては恐れるに足らんな」
この場に来る直前で取り込む筈だった“翼のない天使”を思い出しつつもスミスは嗤った。
今や自分は完全に自由な存在である。
創物主――アーキテクトを筆頭とした“神”たちでさえ自分の行動を制限することはできない。
完全なる自由。それを得たスミスにとって“天使”などもはや取るに足らないものでしかない。
「まだですっ……!」
あらゆる攻撃を打ち返され徐々に追い詰められていくアトリだが、それでも諦めてはいなかった。
スミスと打ち合っていた身体が不意にすぅ、と薄れていく。【反逆の陽炎】その突然の動きにスミスの動きが止まる。
「これで……」
スキルを利用し背後を取ったアトリ/イニスがその身を展開する。
【データドレイン】――高まり行く光にスミスは何か危険なものを感じ取った。
そして同時にその身を躍らせた。
今度は全開だ。死なないように、などという思考はない。救世主の力を取り込んで以来異様に鋭敏になった感覚で、彼はその危険性を察知していた。
光の高まりへと飛び込み、全ての力をそこへと叩き込む。
「え」
アトリ/イニスの言葉が漏れる。
同時に何かが砕ける音がした。
――プロテクトブレイク。
◇
そして見慣れた空間が戻ってきた。
憑神を維持できなくなったアトリの身体が地面に転がり、マク・アヌの街に二人の少女の身体が倒れ伏す。
スミスはスーツの汚れをはたき落しながら二つの身体を無慈悲に見下ろしている。
この勝利に昂揚や安堵ましてや達成感などは一切感じてはいなかった。
自分には負ける“理由”がなかった。それだけのことだ。
「だが今の現象……興味深いな。そうだな、君だけは絶対に取り込まなければ」
言いつつスミスはアトリを見下ろした。
先の現象を発現させた彼女は今苦悶の表情を浮かべている。何とか立ち上がろうとしているようだが、無理だろう。
「世界の変容もだが、最後に見せたデータの変動も見逃せない。
いや君が死なないでくれて助かるよ。手加減はできなかったからな」
スミスは口元を釣り上げる。そしてアトリの身体を取り込もうと手を伸ばす。
だがその直前、地面におかしな影ができていることに気付いた。
「む」
「アトリ! 逃げるよ」
それがシノンが前に使って見せたあの結晶のものであると気付くのと、彼女の声が響くのは同時だった。
スミスは舌打ちし頭上に出現したそれを避ける。かつての二の轍は踏まない。これを弾いてはいけないことは分かっている。
だが結果としてスミスの動きに僅かに隙ができた。その間にシノンがアトリの手を引き上げ走り去らんとしていた。アトリとの一戦の間に彼女は動けるようになっていたということか。
出し抜かれる形となったスミスだが彼は笑みを崩さなかった。
またしてもあの女はこの手で自分を退けるつもりらしい。効かないとわざわざ忠告してやっというのに。
もしかしたら自分は犠牲になってもアトリはだけは助ける――そんなこと考えているのかもしれないが、意味はない。
何故なら、
「この先は行き止まりだよ、お嬢さん」
シノンが逃げようと走り出した先にも彼が居るからだ。
マク・アヌの建物の影からぬっぺりと現れたもう一人の彼。
コツコツと靴音を響かせ歩いてくる彼は、紛れもなくスミス一人だった。
「なっ……」
シノンが息を呑むのが分かった。そして信じられない、とでもいうように振り向き、そして変わらず存在するスミスを見た後、その表情が絶望に歪んだ。
そして少女たちは挟まれる形となる。全く同じ顔をした、全く同じ殺意を宿した、全く同じ殺戮者に。
「やあ、お嬢さん。また会ったな」
「そして――お別れといこうか」
一瞬見せた絶望を噛みしめるように消し、シノンは銃を構えた。
即座に一方のスミスが反応し、その身体が宙へと跳ね飛ばされた。陽が上ったばかりの空を舞うシノン。
苦悶に満ちた呻き声を上げ彼女はどこかへと跳ね飛ばされていった。
「やれやれまた加減を間違えたか。全く厄介なことをしてくれるな、あの榊とかいう男は」
少し勢いを付けすぎたか。その光景を見たスミスはそう思いやれやれと肩を竦めた。
スミスとしては死なない程度に納めたかったのだが、しかしこれが中々上手くいかない。
死体がすぐに消えるというのはスミスにしてみれば結構な枷であった。
現にシノンに少々やり過ぎてしまったではないか。
「どこに行ったにせよ、あれではもう生きてはいないな」
「ま、いいだろう。あの女へのお礼はこれで済んだ」
「それよりも見るべきは」
二人のスミスは同時に残された少女を見た。
そこには痛みに震えるアトリの姿があった。
◇
憑神を破られたアトリの意識は混濁していた。視界が歪み、上下の感覚が正しくつかめない。
それでも、そんな中にあってもアトリは場の状況を理解しようと務めていた。生き残る為に。
だが皮肉にもその結果、彼女は知ってしまった。自分を支えてくれていた手が、このゲームであって共にあった手の温もりが消えてしまったことに。
「あ……」
それが何を意味するのか。
気付いた時、アトリの心の芯ががたがたと音を立てて崩れていくのが分かった。
シノン。彼女の優しい両手は、もうそこにはない。
代わりにあるのは、混濁する視界に浮かぶ獰猛な笑み。
アトリの瞳から光が消える。ただの空白となった瞳は、厭になるほど何もない偽物の空を映した。
「さて君もこれで私たちの一員だ」
そう言って男はアトリへゆっくりと手を伸ばしてくる。
倒れ伏すアトリには何の抵抗もできない。
男が内側へと入ってくるのを、ただ待つだけ。
這入られ
弄ばれ
蹂躙される。
その感覚はひどく不快で、所作に自分への思いなど一切感じられない。
身体を通り越して心までも、踏み荒らされる感覚をアトリはただ甘んじて受け入れる。
少し前の彼女ならば、それでも抵抗したかもしれない。
ハセヲの言葉を思い出し、シノンに支えられ、歩むことを選んだ彼女ならば。
しかし彼女は再び折れていた。そんなちっぽけな意思など、この男の暴力の前では何の意味も持たなかったのだ。
そうして絶望の中、アトリはその身の支配権を男へと譲り渡す――
「shock」
――それを阻んだのは、奇怪なほどに高く、しかし同時に不思議な愛嬌のある、そんな女性の声だった。
アトリの身体へと入り込んでいた男の身体が、その言葉と共に光に包まれたかと思うと――跳ね飛んだ。
その現象の名はコードキャスト[shock]。無論それはアトリもスミスも知らない。知らないが、どういうものかは見て取れた。
突然の不意打ちに男は舌打ちし一歩後ずさる。予期しないところから放たれた全く未知の攻撃では、さしもの彼も躱すことができなかった。
「今頃お目覚めとはな、とんだ道化師だな、全く。
何をしようと一つの結果に収束することは間違いないというのに」
「駄目ダネ キミニハ ナインダ ナインダヨ」
そう言ってスミスは敵意を込めた視線を彼女へと注ぐ。
その先には一人の道化師/人間が居た。
「ナインダヨ 愛ガ。ソレジャア 駄目ダヨ」
痛切な表情を浮かべて。
「ないんだよ、愛が。それじゃあ駄目だよ」
倒れ伏すアトリは茫洋とした意識の中、ゆっくりと首をそちらへと向けた。
そこには道化師の衣装に身を包んだ一人の女性が居る。
出会った時の不気味なメイクは既に落としている。
だからそこに居るのはちょっと変な格好をした、ただの綺麗な女の人だ。
柔らかなベージュの髪が揺れる。彼女は凛とした顔を浮かべスミスと対峙する。
「愛? ふうむ君はまた面白いことを言う。
それが君が私を阻む“理由”か。私には理解できないが参考までに聞かせて貰おうか
その愛とやらがどうして私が駄目だという“結果”に繋がるのかな?」
「全く、全部、最初から最後まで全部駄目だよ。
そうやって相手のことを感じずに食べるなんて、駄目。そんな風に食べても美味しくはないよね」
「ほう、では君たち人間はどうやって食べるということを正当化するのかね。
まさか自然淘汰や自由競争などという文言は持ち出しはしまい。
君たちは――人間はもはや哺乳類といったくくりでは語れない。知っていたかね? 人間は既に哺乳類ではないのだ。
地球のあらゆる哺乳類は本能的に、環境に応じた増え方をする。だが、人間は違う。人間は行くさきざきで増え続け、資源を食いつぶすまで増殖する。
際限なく喰らい、際限なく増えていく。そんな君たちは該当するカテゴリーは哺乳類ではなく――ウイルスだ」
スミスは嘲笑を浮かべた。言葉は淀みなく、流れるように紡がれる。
隣に立つもう一人のスミスが言葉を引き継いで、
「何故人間は食べることを止めないのか――その“理由”は確かに疑問ではあったよ」
「どうして人間はかくも暴食に耽ることができるのか。どうして人間は哺乳類でなくなってしまったのか」
「考えた末、私が出した結論は一つだった」
「“人間とはそういうものである”とんだトートロジーだがね、これしか有り得ない」
「“目標”と同様“理由”は存在を定義するものだ。逆説的に君たちがそういうものである以上、その“理由”は君たちの定義の中にある」
「そんな存在である人間であるが、しかしどういう訳か認めようとしない。自分の外部に“理由”を求めたがる」
「では君たちは果たしてどうやって食べることの“理由”をでっちあげたのだろうか」
「大多数の人間はこう答えるだろう。それが生き物だから、自然の法則だから仕方ない、と」
「実に愚かしいことだ。君たちは未だに自然の理から外れていないつもりなのかね? そうであるのなら、君たちは哺乳類のままであったろうに」
「そこに来て君の言う愛というのは面白い。君たちはそれをよく“理由”として持ち出すがね」
「どんなものにでも適応できる免罪符だ。一度尋ねてみたかった。それを“理由”として持ち出す人間は、何故それが“理由”であると思っているのか、と」
スミスの言葉に彼女はその両腕をだらりと垂らし、悲しげに顔を歪ませる。
「ランルー君は食べるよ。お腹ペコペコだもの。だって食べなきゃ死んじゃう。ランルー君だって生きたいから。
食べるってことはとっても嬉しいことなんだ。とってもとってもね。嬉しいってことは美味しいってことなんだ。
美味しいから食べたい。本当に美味しいものを食べる為なら死んでもいい」
ふとそこでアトリは気付いた。
彼女の言葉から出会った時のような独特のイントネーションが消えている。
モンスターの言葉のような得体のしれない音の集合であったそれが、どういう訳か今はただの人間のそれのように聞こえる。
彼女が変ったのか――いや違う。イニスをこのPCに宿して以来、自分は聴覚がより鋭敏になった。
そんなイニスを通して自分は彼をデータドレインし、あのデータを手に入れた。
あれは彼女とランサーの関係の結晶だ。単なるメモリーなどではなく、彼女とランサーの思い、その全てが凝縮されている。
それがある今、アトリと彼女を隔てていた狂気のヴェールが取り払われ、声に宿された切なる思いがすっと耳に入ってくる。
「でも、食べるってことはとってもつらいことでもあるんだ。だって食べたら死んじゃう。相手だって生きたかったのに。
食べられたらみんな死んじゃう。それはつらい。とってもとってもね。つらいからランルー君泣く。耐えられない。美味しくない。
美味しくないないから食べられない。食べなかったら相手は生きることができるもの」
その声は震えていた。
直に触れたことでアトリは知る。彼女が湛えた想いの深さとその切実さを。
悲しみや絶望なんて言葉じゃ言い表せない。彼女はその問いかけをずっと己に宿していたのだ。
恐らく――その身に宿した命を喪った時から。
「食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない。食べたい。食べられない……」
呪詛のように続く言葉の最中、彼女はその手で顔を覆った。その隙間からつぅ、と頬を涙が這う。
何時まで経っても抜け出せない、延々と続くジレンマの中で、彼女は見出した答えは一つ。
「愛なんだよ。愛しかないんだ。つらくても美味しいって感じるものは、愛だけなんだ。
愛してるって、心の底から思うことができて、食べるってことまで行けるんだ。
ランルーくんは、食べたいって思うものを愛するんじゃなくて、愛するものを食べたいって思う。
だから食べることができる。食べてもいい。そしたら悲しくてランルーくん泣く。泣いちゃう。
泣きながら、でも美味しいって思う。愛してるから」
そう言って彼女は笑って見せた。その瞳から涙をはらはらと流しつつも、精一杯笑みを浮かべている。
その姿は何よりも美しく、同時に何よりも哀しかった。
「……ふむ、どうやら聞くだけ無駄だったようだ。
君はどうも正常に機能していない人間のようだ。人間ですらないか」
「ランルー君は人間! 人間!」
「それもそうだな、道化師。プログラムは君のような狂い方はしないものだ。
脳ある限り発狂と言う名のバグは発生するものだがね。君たち人間は存在そのものがバグを起こしているのだから、バグなどそもそもあり得ない」
スミスはそう言って彼女へと近付いていく。
迫る敵意。その間にも彼女は何もしない。ただ涙を流し悲しみに暮れながらも笑っている。
「では、先に面倒な君から取り込むとしよう、道化師」
スミスは躊躇なくその手を彼女の腹へと突き立てた。ぬるりと奇妙な音を響かせ彼女の身体へと入り込む。
彼女のPCにさざ波が起き、徐々に崩壊を起こしていく。
上書きしようとしているのだ。先ほど受けた衝撃からアトリは直感する。
彼女を押しのけ何かが成り代わろうとする――スミスがやっていることは、そういうことだ。
その様に、アトリは慟哭した。消えゆく彼女へと呼びかける。言葉は勝手に口を飛び出していた。
――それじゃ駄目です。それじゃ、愛がないじゃないですか!
その言葉を聞いた彼女は、アトリを見た。
そして言う。愛がないから死ぬんだ、と。
「ほう、全く抵抗しないか。自殺願望でもあるのかね?」
「君の愛には愛がない。だから美味しくないんだ。だからもうランルー君は君を食べない。食べたいと思わない。だって美味しくないから。
何も食べない。何も食べずに死ぬ」
そう言って彼女はその身を花と散らしていく。
アトリは叫ぶ。もはや何を言っているのか、自分でも掴めない。
それでも彼女に何かを言わなければならない。それだけは分かっていたから。
「アトリ」
すると、彼女はようやく自分を見てくれた。
「君はとっても美味しそうだった。だって綺麗だったもの。君の愛は綺麗だったからね。
だからアトリ、愛してる」
そして最期にそう言い残した時、彼女だった身体は彼女ではなくなった。
【ランルーくん@Fate/EXTRA 上書き】
◇
「さて次は君の番だよ、天使」
彼女を取り込み、三人となったスミスが近づいてくる。
あの足取りを聞きながら、アトリは一人項垂れていた。
「君が見せたあの力を」
「取り込ませてもらおうか」
そして一人のスミスがアトリへと入り込んできた。
手を突き刺し、内側から喰らい尽くそうと――
「駄目です!」
その手を、アトリは強烈な抵抗を持って拒絶した。
スミスは飛び退き、驚いたように己の腕を見た。手は痺れたように震えている。
「拒絶しただと……私の上書き能力を?」
「可能なのか? そんなことが」
「……この空間はマトリックスではありえなかったプログラムで溢れている。
本来は強制的に発動する筈だった上書きも、正常に動作しないということか」
「不快なことをしてくれるな、あの男も。だが今までは上手く動作していた」
「考られる“理由”は上書き先の抵抗か」
スミスたちが言葉を交わしている。
それを無視してアトリは一人言葉を漏らした。
「……貴方たちには、愛がないんです」
キッと強い視線で全てを取り込まんとする男たちを見上げた。
その瞳には光が宿っている。強い意志と切なる想いを宿し、アトリは再び戦うことを選んだ。
「あの人は……彼女は愛がないから食べないと言いました。あの人にとって食べるということは生きることだったんです。
だから貴方に取り込まれるとき、貴方を食べようとは思わなかった。ただ生きるのを止めた――ただ愛がないから」
スミスたちはそれを無表情で見下ろしている。そこに感情の色はない。
そんな男たちをアトリは軽蔑する。抵抗する。拒絶する。
「愛がないから生きられない……あの人はそんな純粋な、一人の人間だったんです。
確かに恐ろしくて、不気味で、許せない人でしたけど……でもそんなの哀し過ぎるじゃありませんか!」
「……それが“理由”か、君が私を拒絶する」
「そうです。私は、愛がないから生きることを止めるなんて、正しいとは思わない。
愛がないからこそ、生きなければならないんです。だから私は――彼女に生きていて欲しかった!」
アトリの瞳から涙が零れ落ちる。それは仮想の涙だ。ゲームのPCにそんな機能はない。
しかしこの想いは、涙の想いは、決して幻なんかじゃない。
現実の――真実の中にある涙だ。
「だから私は生きます。愛がなくっちゃ駄目なんです」
「また愛か。愛。君たち人間は本当に好きだな」
「陳腐な話だ。今まで何度その“理由”を目にしたことか」
「しかし、逆に言えばその“理由”を折れば、君を取り込むことができる訳だ」
「ふむ、まぁかつてエージェントだった私にしてみれば、この手の作業は慣れている」
スミスたちがにじり寄ってくる。
これから拷問を始める気なのだ。愛を否定する為に、死なないまでとことん自分を追い詰める気なのだ。
それでも、どうしようもなく絶望的な状況でも、アトリの瞳の光は萎えなかった。なお燦然たる輝きを持って彼女を前へと進める。
「愛はあるんです。貴方にはなくても、世界には愛がある。
それを否定するなんて、絶対にさせません」
「全く愛、アガペー、エロス……そんな概念こそ君たちが造り出した虚像でしかないというのに」
「貴方には理解できないでしょう。でも、私たちは知っています」
アトリは顔を上げる。
これから凌辱が始まるだろう。それはきっと過酷で凄烈で、終わりがあるかも分からない。しかし決して戦うことを止めはしない。
この心に愛ある限り。
◇
死を越える激痛に苛まれながらも、その足は止めない。
意識を絶ってもおかしくはない。苦しみと痛みの連鎖の中でも、シノンは荒い息を吐き前へ進もうとする。
それでも時節足がほつれ硬い地面にその身が崩れる。何とか這い上がろうとして、そしてまた倒れた。
スミスに吹き飛ばされたシノンが受けたダメージは、死に至るには十分過ぎるものだった。
彼の予想通り、シノンは本来死ぬはずだった。しかし幸か不幸か、それを間一髪のところで防いだのは彼女の装備アイテムだった。
プログラム[アンダーシャツ]。
本来はネットナビに使用されるカスタムパーツであるそれは、致死量のダメージを受けても即死することを防ぐ。
アトリに支給され、途中で前衛を張るシノンへと譲渡されたそのプログラムが、彼女を救った。
「ぅ……」
しかしそれで痛みまでも消せる訳ではない。
このデスゲームにおいては受けたダメージ量に比例して痛みが走る。
如何にアンダーシャツであろうとその痛みまで消してくれる訳ではない。
本来なら死ぬ筈の痛みを彼女は受けている。いっそ死ねば楽になるのに――そう思う程の痛みが彼女を襲っていた。
「アトリ……!」
それでもシノンは立とうとした。
死地に残された一人の友人を助けるべく。
脳裏を過る今は亡き友人たち。もう彼らのような犠牲者は絶対に出したくはない。
その意志を持って、彼女は立ち上がろうとする。
どこまでも絶望的な状況。
しかし、少女たちはまだ歩こうとしている。
その先に更なる痛みがあると知っていても、尚。
[F-3/マク・アヌ/1日目・朝]
【シノン@ソードアートオンライン】
[ステータス]:HP1%、疲労(大)
[装備]:FN・ファイブセブン(弾数0/20)@ソードアートオンライン、5.7mm弾×80@現実
アンダーシャツ@ロックマンエグゼ3
[アイテム]:基本支給品一式、プリズム@ロックマンエグゼ3
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:この殺し合いを止める。
1:アトリを救う。
[備考]
※参戦時期は原作9巻、ダイニー・カフェでキリトとアスナの二人と会話をした直後です。
※このゲームには、ペイン・アブソーバが効いていない事を身を以て知りました。
※エージェントスミスと交戦しましたが、名前は知りません。
彼の事を、規格外の化け物みたいな存在として認識しています。
※プリズムのバトルチップは、一定時間使用不可能です。
いつ使用可能になるかは、次の書き手さんにお任せします。
【アトリ@.hack//G.U.】
[ステータス]:HP20%
[装備]:なし
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜1(杖、銃以外) 、???@???
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
1:生きる。
[備考]
※参戦時期は少なくとも「月の樹」のクーデター後
【エージェント・スミス@マトリックスシリーズ】
[ステータス]:ダメージ(小)
[装備]:無し
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜7、妖精のオーブ×4@.hack//、サイトバッチ@ロックマンエグゼ3、スパークブレイド@.hack//、破邪刀@Fate/EXTRA
[ポイント]:600ポイント/2kill (+1)
[思考]
基本:ネオをこの手で殺す。
1:殺し合いに優勝し、榊をも殺す。
2:アトリを拷問し、そのPCを取り込む。
3:他のプログラムも取り込んでいく。
[備考]
※参戦時期はレボリューションズの、セラスとサティーを吸収する直前になります。
※ネオがこの殺し合いに参加していると、直感で感じています。
※榊は、エグザイルの一人ではないかと考えています。
※このゲームの舞台が、榊か或いはその配下のエグザイルによって、マトリックス内に作られたものであると推測しています。
※ワイズマンのPCを上書きしましたが、そのデータを完全には理解できて来ません。
※シノンを殺害したと思っています。
【エージェント・スミス@マトリックスシリーズ】
[ステータス]:ダメージ(小)
[装備]:無し
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜7、妖精のオーブ×4@.hack//、サイトバッチ@ロックマンエグゼ3、スパークブレイド@.hack//、破邪刀@Fate/EXTRA
[ポイント]:600ポイント/2kill (+1)
[思考]
基本:ネオをこの手で殺す。
1:殺し合いに優勝し、榊をも殺す。
2:アトリを拷問し、そのPCを取り込む。
3:他のプログラムも取り込んでいく。
[備考]
※参戦時期はレボリューションズの、セラスとサティーを吸収する直前になります。
※ネオがこの殺し合いに参加していると、直感で感じています。
※榊は、エグザイルの一人ではないかと考えています。
※このゲームの舞台が、榊か或いはその配下のエグザイルによって、マトリックス内に作られたものであると推測しています。
※ワイズマンのPCを上書きしましたが、そのデータを完全には理解できて来ません。
※シノンを殺害したと思っています。
【エージェント・スミス@マトリックスシリーズ】
[ステータス]:ダメージ(小)
[装備]:無し
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜7、妖精のオーブ×4@.hack//、サイトバッチ@ロックマンエグゼ3、スパークブレイド@.hack//、破邪刀@Fate/EXTRA
[ポイント]:600ポイント/2kill (+1)
[思考]
基本:ネオをこの手で殺す。
1:殺し合いに優勝し、榊をも殺す。
2:アトリを拷問し、そのPCを取り込む。
3:他のプログラムも取り込んでいく。
[備考]
※参戦時期はレボリューションズの、セラスとサティーを吸収する直前になります。
※ネオがこの殺し合いに参加していると、直感で感じています。
※榊は、エグザイルの一人ではないかと考えています。
※このゲームの舞台が、榊か或いはその配下のエグザイルによって、マトリックス内に作られたものであると推測しています。
※ワイズマンのPCを上書きしましたが、そのデータを完全には理解できて来ません。
※シノンを殺害したと思っています。
支給品解説
【破邪刀@Fate/EXTRA】
礼装。装備するとコードキャストが使えるようになる。
・boost_mp(60) MPが50上昇
・shock(64) 敵にダメージ+スタン
【妖精のオーブ@.hack//G.U.】
エリア内のオブジェクトを表示するアイテム。
本ロワでは一エリア分の詳細なマップが手に入る。また僅かな時間だが他のプレイヤーも探知できる。
五個セットで支給された。
【アンダーシャツ@ロックマンエグゼ3】
ナビカスタマイザーに組み込むプログラムパーツ。
組み込むことで致死量のダメージを受けたとしてもHP1で耐えきることができる。
投下終了です。
タイトルの表記は>>371 のものでお願いします。
投下乙です、憑神が為す術なく破られたのは予想外。
ランルーくん、長生き出来るとは思わなかったけど、最期の最期まで愛を貫いたなぁ。
アトリの甘さとも取れる優しさがしっかり伝わってくれていたのが嬉しかった。
一切のイレギュラーを持たない一般PCなシノンだけど、芯の強さが伺えて本当の意味で強い。
投下乙です。
うわぁ……スミスは三人に増えるし、シノンは実質一回死亡したし、アトリは囚われるし、まさにスミス無双。
そしてHPが残り1%になってもアトリを助けに向かうとか、シノンさんまじかっけぇ!
ここから先彼女たちがどうなるか、期待と心配で気になります。
そして指摘ですが、
八相の出現や憑神の具現化時になる音は 変ホ長調ラ音 ではなく、ハ調ラ音です。
それとスミスの状態表ですが、三人分に分割するのはいいんですが、
いくら上書きとはいえ、[ステータス]や[アイテム]までまったく同じ状態というのはどうかと。
マトリックス本編でも受けたダメージは共有していないようですし、アイテムもコピーしてしまっては無限増殖みたいなことが可能になってしまいます。
また、たとえスミスにコピーされても、された対象のデータが消えるわけではなく、映画の最後でスミスが削除された時は元の人物に戻ってもいます。
なのでコピーで出現したスミスの状態表は
【コピー・スミス(コピーされたPC名)@マトリクスシリーズ】
といった風に分けて、[ステータス]や[アイテム]もスミスごとに分別してはどうでしょう。
>>380
指摘見ました
ラ音の方はミスです、これは確認不足でした
スミスの状態表はすいません、演出的な意味合いが強かったのであまり深く考えてませんでした(言われてみればアイテムが分裂したようにも取れますね)
収録時に分けた形で修正してみます
投下乙でした
ランルーくん散華。だがその愛はアトリを奮い立たせる、か
スミスは三人に増えるわ、シノンはピンチだわと、マク・アヌが地獄過ぎる
早く誰か来てくれー!
>>380
前回イニスが登場した時も「ハ長調ラ音」ではなく「変ホ長調ラ音」に
なってたので、そこから持ってきたのかもしれませんね
ttp://www50.atwiki.jp/virtualrowa/pages/118.html
それと誤字?のように見える箇所が幾つかあったので、指摘です
>>368
「少々意識だ。」→「少々異質だ。」?
>>370
「忠告してやっというのに。」→「忠告してやったというのに。」?
了解しました
直しておきます
原作的に考えればアイテム増殖は有りかもね。
コピーも全員拳銃持ってたし。
投下乙です!
おお、ランルーくんがここで散るか……その愛がアトリに何をもたらしてくれるのだろう。
でも一方でシノンは崖っぷちなんだよな。もう残りHPが少ない上にあのスミスが三人に増えたし。
どうかシノンやアトリの行く先に幸あらんことを……
投下乙す
順調に増えるスミスに絶望感マシマシやでぇ…
まあそれはそれとして、hack勢の持つデータドレインってやたらと電子系の人らに警戒されてるが、
そこまで厄介なものだったのか。割と持ってるやつ多くてユニークスキルじゃない印象だったんだが。
>>385
コピーの持ってた拳銃は「エージェント」というプログラムのデフォルト装備なんじゃないかな?
本当に全部コピーするなら、スミスがネオをコピーした時に受けていたダメージも一緒にコピーされているはずだし
>>387
データドレインの仕組みは、
対象データに空データのフォルダをぶつけて強引に上書きし、その際に一部弾かれたデータをアイテムに変換して吸収する、というもの
そしてこの“強引に上書きしてデータを弾く”という仕組みが、この場合は問題になる
具体的に言うと、G.U.開始時にハセヲがレベル1に初期化されたように、AI系のキャラがDDを受けた場合、
これまでに蓄積したデータを失って、“彼らが作成された時の状態”にまで初期化されてしまう可能性がある訳だ
ザビエルが懐いてるDDに対する本能的な恐怖とは、たぶんこれの事なんじゃないかな
>>388
ザビエルが食らうと、モブNPCになっちゃうかもしれないのか。
それは恐い。
ギリギリになりましたが投下します。
エリアにて対の色彩が交錯する。
二対の白と黒が重なり合い、離れ行く。隅では緑が添えられる。そんな光景がそこにはあった。
一対の黒と白の刃と刃が打ち合いカンカンカン、と甲高い金属音が鳴った。
鎌を薙ぐ。剣を振るう。一進一退の攻防。
そんな攻防に水を差すように矢が飛来する。
正確無比な射撃。だがそれをもう一対の白が弾き返す。黒と白は牽制を交え共に一歩引き下がる。
「危ないじゃないのー!」
後方で待つ緑に対し不平を口にしたのは、敵である白でなく同陣営の黒――ブラックローズだった。
「撃つなら撃つって言いなさいよー!」
「なに言ってんだ。んなことしたら当たるもんも当たらんだろうが」
そんな掛け合いを無視して白が黒へと迫る。
拳と刃。二対の攻撃がブラックローズを襲う。ウラインターネットのぬっぺりした闇を裂くように白が走る。
それを阻むのはもう一つの黒――ブラック・ロータス。彼女が一対の白の攻撃を受け止めブラックローズを守る。
「ありがと、黒雪姫」
「大丈夫だ。それより押し込むぞ」
「了解」
言葉を交わしつつも二対の黒は白へと反撃する。
ブラックローズとブラック・ロータス。彼女らは互いが互いの背中を守るべく迫る白を退けるべく剣を振るった。
舞い踊る刃の一撃一撃に白は徐々に押されていく。
己の劣勢を察した白は悔しげに舌打ちし、その身体を粒子と化し逃れんとする。
寸前一筋の矢が飛来する。肉を切り裂く音がした。白の身体は既に消えたが、その直前に有効打を加えることに成功したのだ。
「ナイスだ、弓兵」
「アンタもたまにはやるじゃない」
「へいへい、お褒め頂き感謝感激の極みですよ」
言葉を交わし合う黒と緑。だが戦いは終わらない。
一度粒子化したその身が再び収束する。全身を白に塗り固めた奇抜なファッションの双子――ツインズが現れた。
コートの傷は見当らなかった。矢を受けた筈の服は既に真新しいものへと修復(リカバリー)されている。
「あのスキルと回避と回復を同時に行うスキルか」
「うわぁ、また面倒なのが来たわね」
僅かに苛立ちを滲ませた白が一歩前へ出る。その手には巨大な鎌が握られている。
「まだやる気みたいだな。やれやれ、さっきの死神で終わりだと思ったんだがなぁ」
「首ひねってないで戦う。ほら、さっさと援護して」
「へいへい姫様方」
一方の黒たちもまた戦いへと集中と緊張を高めていく。
決して油断ならない相手だと言うことは皆分かっていた。
「じゃあ、行くわよ」
その声と共にブラックローズが一歩前へと踏み出た。引きずられた大剣が火花をまき散らす。
それを合図にしてツインズらも動き出す。
白と黒、そして緑の戦いは続く。
◇
ツインズと呼ばれるエグザイルたちはメールを受け取った後も特に行動方針を変えなかった。
仮に脱落者の中にメロビンジアンの名でもあればまた別だったろうが、その名はなく、唯一見知っていた名も敵のものだ。
だから特に影響はない。(最も彼らの片割れは彼女のことを憎からず思っていたので全く思う所がない訳ではなかったが)
この空間の統括者がどのような存在であれ、現時点で脱出は不可能にあると彼らは判断していた。
恐らくこの空間とその統括者の関係はモービル・アヴェニューとトレインマンのそれに当たる。でなければマトリックス内でこれほど好き勝手ができる理由がない。
となれば内部からの脱出は不可能だろう。脱出の芽があるとすれば外部からの介入か、あるいは統括者側に予期せぬ事態が発生した場合だ。
つまり、こちらからの抵抗は無駄だということだ。そう判断したが故に彼らは一先ず統括者に従うこと――他参加者をkillしていくことを選んだ。
今後の状況推移次第で方針の転換はあるかもしれないが、ウイルスという時間制限がある以上最低限何人かは減らしてしまいたい。
その為このエリアに潜み何度か戦闘を行っているが、今一つ上手く行っていないのが現状だった。
とはいえまだ焦る時間ではない。方針を変えることなく再び参加者を襲い、今に至る。
「はぁ!」
黒のマシン――ブラック・ロータスが正確無比な勢いで刃を振るう。
白がそれを鎌で受け止めようとするが、その力強さに押されている。
幾度かの打ち合いの末、黒の刃が白の姿を捉え――
「……またか」
――る寸前、白はその身を透明化させ黒より距離を置く。
それを苦々しく思ったのか黒は「厄介なスキルだ」と言葉を漏らす。
ツインズの持つスキル。それは「幽体化による物理法則の無視」である。
己の身を幽霊のように解体し何もかもを擦り抜ける。当然、幽体化している最中は一切の攻撃を受け付けない。いわゆる「当たり判定」が喪失するのである。
そして再結集した身体は修復される。流石に完璧に修復には多少時間が掛かるが、多少のダメージならば即座に回復できる。
単純に強力な能力だが、しかし弱点も存在する。
先ず幽体化している間はこちらから一切の攻撃することができないこと。これは全てを擦り抜けると言うことの裏返しである。
次に不意打ちまではカバーできないこと。先のロックマンと揺光との一戦では、未知の力に対応できずダメージを負った。
最後に相討ちができないこと。スキルにはある発動条件が備わっていることが原因だ。
「何なのよ、こいつら、攻撃が当たらないじゃない」
もう一方の黒に白は嘲りの入った笑みを浮かべる。
先は未知の力の前に後れを取ったが今度はそうは行かない。鎌の扱いにも大分慣れてきたこともあり、より機敏な動きができる筈だ。
敵の数では向こうが上回っているが、だがしかしツインズは十分勝機はあると踏んでいた。
それは己のスキルに依るところもあるが、それよりも彼らのプログラムとしての性質――「双子」の名が示す通りの二つの身体による完全な連携が大きかった。
寄せ集めの烏合の衆に負ける自分たちではない。
◇
「姫様よ、こいつらに闇雲に戦ってもじり貧だぜ」
「そうだな……」
白と黒の攻防は続いていた。基本は黒が優勢に立ち白を押していく――が白が幽体化のスキルを使い戦局をリセットする。
その何度目かの繰り返し中、ブラック・ロータスとアーチャーは言葉を交わす。
押してはいる。いるが、このままの状況が続けばそれも分からない。
ただでさえ今の自分たちは疲弊している。時間を置いたことで多少回復したとはいえ、先の死神との戦いの遺した爪痕は大きい。
――喪ったものは大きかった。
「敵は持久戦狙い」
とはいえ足を止める訳にはいかない。それを分かっているからこそ、黒たちは迅速に考えを巡らせる。
回避と回復。それが一体になったスキルを有するこの敵は防御面で非常に優秀だ。
状況を合わせて考えるとこの敵は恐らくこちらが疲れるを狙っている。
「どうする、黒雪姫? 逃げるってのは何かムカつくし難しいと思うけど」
「そうだな……」
そうこうしている内に再び白が幽体化する。
一度砂が舞うように身を崩し、消えたかと思うと次の瞬間にはぬっと別座標に現れる。
その顔には嘲りの笑みが浮かんでいた。
「先程決めた陣形を試そう。そう複雑なものではない。出来る筈だ」
ロータスは一瞬の思考の末、判断を下す。
思えばこれがこのパーティとして初めての戦闘だ。これまではパーティでなくただ一緒に行動していただけ。
実質的な初戦闘に不安がない訳ではないが、しかし同時にやれるという不思議な確信もあった。
「分かった、黒雪姫。じゃあちゃちゃっと動くわよ」
「了解、姫様。ま、マスターの言うことは聞きますよ」
黒たちは頷き合う。そこにかつてあったわだかまりは見えない。既にその段階は乗り越えた。
だから彼女らは走った。黒、黒、そして緑。一直線に並ぶ三つの影。
「行くわよ!」
声と共に戦法の黒、ブラックローズが先んじて身を躍らせる。
その敏捷と剣を生かし白たちへと肉薄する。スキルこそないがそれ故に硬直の少ないモーションで斬撃を繰り出す。
「ほらよ、当たるなよ姫様」
間髪入れず緑、アーチャーが矢を放つ。正確無比な射撃がブラックローズを背中から援護する。
その連携に二対の白は一瞬動きを止める。
「そこだ」
そこに最後に備えていた黒、ブラック・ロータスが突入する。
幽体化しようとしていた白たちへ彼女は技名を叫び鋭い刺突を放つ。
レベル5必殺技「宣告・貫通による死《デス・バイ・ピアーシング》」。その一撃は白を捉える。
敏捷にに優れるブラックローズが先んじ敵をかく乱、それを後方に備えるアーチャーが射撃で援護、最後に備えるブラック・ロータスがその高火力を持って敵を撃滅する。
それが先程打ち合わせたパーティ「黒薔薇騎士団」の基本陣形。
初めてではあったが息の合った連携に成功し、ロータスの必殺技が白を捉えた。
幽体化により容易に回避と回復を行う白――ツインズたち。
この敵を前にしてロータスが考えたのは高火力の必殺技による一撃必殺だ。
半端な威力の攻撃を当てても回復されてしまう以上、取り得るのはその方策しかない。
先の攻防でアーチャーが矢を当てたのは確認している。それから判断するに白たちのスキルは任意発動――つまり不意打ちに弱い。
そこから考えるにこの敵に対して取るべきは「一撃必殺」かつ「不意打ち」である攻撃だ。
デュエルアバター・ブラック・ロータスにそのような都合の良い技はないが、しかし「黒薔薇騎士団」ならば不可能ではない。
必殺技の硬直をブラックローズとアーチャーがカバー、幽体化する直前を狙い敵を討つ。
まだ慣れない陣形だったが策は成功した。ロータスの必殺技はツインズを捉える。
事前に発動していたコマンド・オーバードライブ≪モード・ブルー≫による強化された近接攻撃が炸裂する。
敵の強みは二対であること。片割れでも削れれば勝利は見えてくる。
後は一撃が致命ダメージに到達しているかが問題だ。とはいえこれは恐らくだが問題ない。
幽体化という強力な回避スキルを持つが故、本体そのもののステータスはそう高くないと思われた。個々の戦いではこちらが押していることからもそれは推し量れた。
それは如何にもゲーム的な、レベルごとにポイント振るというシステムを前提にした考えでもあったが、しかしこの場合は正しかった。
ロータスの一撃はツインズにとって致命傷となりえるものであった。
しかし、
「っ……!? これでもか」
彼女の刃が敵を捉えることはなかった。必殺技を放つと同時に白たちはその身を幽体化させ、放たれた刺突をするりと抜けた。
拍子抜けするような感覚が彼女を襲い、同時に疑問符が脳裏に浮かぶ。
(察知されたか……? いや完全に不意を突いた筈だ。では……)
思考を巡しつつも前を向く。必殺技発動後の硬直を守る為にブラックローズが立っており、その先には幽体化を解いた二対の白が居た。
その顔には先ほどまで浮かんでいた嘲笑はない。余裕は抜け落ち、僅かに焦りが浮かんでいるように見えた。
彼女らには知る由もないことだが、それは幽体化の最後の欠点かつ特徴によるものだった。
基本的にツインズの幽体化は任意で発動する。が、しかしプログラムがある判断を下した場合自動で発動する。
その条件こそ「受けた攻撃が致命傷であると思われた場合」である。
これはセーフティでもあるが同時に欠点でもある。何故ならば相討ち覚悟の自爆攻撃ができないからだ。
容易に修復可能なプログラムであることを考えると、この事実は欠点であるといえる。
それを加味してか現バージョンのエージェントにこの機能は継承されておらず、アップデートと共に消えていた。
最もこの空間において自爆攻撃を敢行する気はツインズにもなく、この欠点が彼らの命を救ったのもまた事実だった
とはいえこのセーフティが発動したということは彼らにとっても問題だ。
自動的な幽体化は単純な直線運動しかできない。致命打を与えることができるのならば、かつてモーフィアスがそうしたように彼らに深刻なダメージを与えることも不可能ではない。
「…………」
黒と白が対峙する。
事態は膠着に近い。どちらもまた有効打を決めることができない。
そんな中で先に動いたのは白だった。
「やっこさん……逃げるみたいだぜ」
それは撤退。ツインズのスキルは回復と回避に特化しているが、同様に戦線からの退却にも使うことができるのだ。
ダメージをリセットするのと同じく戦局をリセットできる。その経線能力こそ彼らの強みだった。
「どうする? 黒雪姫、このまま逃がすのは……」
「そうだな……」
黒たちは顔を見合わせる。
逃げた白を放っておいても良いのか。恐らく敵は無差別に参加者を襲っている。無警告で攻撃してきたことからもそれは間違いない。
「……追おう。ここで逃せば後々響いて来そうだ」
ロータスはそう判断を下した。
それは危険なPKへの対処と言うゲーム全体の大局的な視野もだが、敵のあのスキルも関係していた。
幽体化。あれは奇襲でこそ真価を発揮する。今は攻撃面に弱点があるが、今後それを補うような協力者やアイテムを得ないとも限らない。
ならば捕捉できている今の内に叩くべき――そうロータスは判断したのだ。
先の必殺技を受けた際敵は焦った顔を浮かべていた。そのことからあのスキルも無敵でないことが分かる。今なら十分に勝機がある。
「了解。姫様の仰せのままに、ってね」
「分かった。じゃあそうするわ」
方針を固め黒は白を追うべく駆け出す。スムーズな意思疎通ができている。そのことにロータスは漆黒の装甲の下で笑みを浮かべた。
「……そのさ、黒雪姫。さっきはありがと」
走りながら、ブラックローズはぽつりと漏らした。
ロータスは顔を俯かせる。さっき、とは即ちメールを皆で検分した時のことだった。
そこにはイベントやポイントといったゲームの仕様についてのことに加え、脱落者が記されていた。
その中にブラックローズが知る名が二つあった。
八相の戦いで共に肩を並べた、二人のプレイヤー。彼らの脱落が宣告されていた。
「アタシが戦えたのはさ、貴方が一緒に居てくれたからだだという思うから。
一人だったら、今の白い奴らに……ううんもっと前にやられていたと思うから」
「……それは私もだ」
隣を行くブラックローズに、ロータスもまた礼を口にした。
本当にそれはお互い様だ。何故なら彼女もまた知る名がメールに記されていたのだから。
クリムゾン・キングボルト。
かつて何度か対戦し、何の因果か最近に沖縄で再会することになった一人のバーストリンカー。
そこまで近しいという訳ではなかったが、しかしそれなりに付き合いの長いあの彼が、もう脱落してしまったという。
「……彼らの脱落はそう簡単には乗りこえることができないかもしれない。それが出来る程に私たちは戦士ではない。
しかし、進まなくはならない筈だ。卿の……ダン・ブラックモアの為にも」
その言葉にアーチャーが顔を背けるのが分かった。その瞳は前髪に隠れ表情は窺えない。
「私は君に手を差し伸べたい。こうして信じて向き合えたのだ。それくらいはさせて欲しい」
「……うん、アタシも――私もそうする」
二人の《黒》の少女は視線を絡ませた。
そこにもう壁はない。関係はずっと近しくそして温かく感じる。
だからこそロータスは口を開いた。
「君にも頼む。もし私が立ち止まりそうになった時、手を差し伸べてくれ、と。
私の手を……握手することすらままならないを取って欲しい」
その懇願に含まれた意志を汲み取り、ブラックローズは不意に笑みを浮かべた。
任せておけ、その顔は暗にそう言っているように見えた。
「とにかく今はアイツらを追うことに専念するわよ」
「ああ」
二人は言葉を交わし、前を向く。
たとえ困難があろうと進み続ける。そんな決意を胸に抱き、彼女たちは駆ける。
白を追って黒がエリアを進み続ける。その曲がりくねった道の果ては――
「いきなり光? ってここネットスラムじゃない」
[B-10/ネットスラム/1日目・午前]
『黒薔薇騎士団』
【ブラック・ロータス@アクセル・ワールド】
[ステータス]:HP50%/デュエルアバター
[装備]:なし
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品1〜3
[思考]
基本:バトルロワイアルには乗らない。
1:ブラックローズ、アーチャーと共に行動する。
2:ツインズを追う。
[サーヴァント]:アーチャー(ロビンフッド)
[ステータス]:ダメージ(大)、魔力消費(大)
[備考]
時期は少なくとも9巻より後。
【ブラックローズ@.hack//】
[ステータス]:HP30%
[装備]:紅蓮剣・赤鉄@.hack//G.U.
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜2
[思考]
基本:バトルロワイアルを止める。
1:黒雪姫、アーチャーと共に行動する。
2:ツインズを追う。
※時期は原作終了後、ミア復活イベントを終了しているかは不明。
【ツインズ@マトリックスシリーズ】
[ステータス]:健康
[装備A]:大鎌・棘裂@.hack//G.U.
[装備B]:なし
[アイテム]:不明支給品0〜2、基本支給品一式
[思考]
1:生き延びる為、他者を殺す
2:揺光に苛立ち(片割れのみ)
[備考]
※二人一組の存在であるが故に、遠く離れて別行動などはできません。
投下終了です。
投下乙です
彼女らは順調に対主催してるなあ
仲もよくなった
だがそれも放送までだろうなあ…
投下します。
巻き込まれたデスゲーム。侍然とした進行役。謎の妖精。
白衣の男。相対する拘束具を纏う男。
先程遭遇した白昼夢のような何か。不具合と思しきそれは何を意味するのか。
様々な謎がミーナの思考を駆け巡る。
ようやく明け始めた空の下で、彼女は今までに手に入れた情報を整理していた。
(先ず前提としてここはバーチャル空間……それは間違いないことです)
彼女は己の身体を見下ろす。
デフォルメされた二頭身アバター。海外ではよりリアルな造形のアバターも存在するらしいが、日本では規制の関係でこのようなデザインになっているという。
ツナミネットで使用していた仮想の現身がそこにある。これはかつて自分が使用していたものであり、ネット上でのみ存在することのできるものの筈だ。
現実に物質として存在するものでは決してない。それは確かだ。
それがこうしてある以上、前提としてここがバーチャル空間であることは間違いない。
疑うべくもないことかもしれないが、思考を組み立てるに当たって土台となる大前提が欲しかった。
(にも関わらず私は今この身体を『現実のもの』として認識しています)
ツナミネットに存在する人々、それは確かに『現実』の者たちだ。
ゲームのキャラクターではなくしっかりと『現実』というものを持つ人である。
しかし身体は違う。それを操る人間が『現実』であっても身体は『仮想』のものでしかない。
例え意識がネット上を走っていても、同時に『現実』には自分という存在が居る筈なのである。
「では私は今、どこに居るのでしょうか……?」
不意に不安に駆られ、ミーナはぼそりとか細い声を漏らす。
ここが『仮想』であることは間違いない。
そして今この場にに『自分』が居ることも間違いない。
しかしその場所とはどこなのだろうか。自分にとっての『現実』とはどこにあるのだろうか。
『仮想』とは『現実』があってこそ成り立つ概念である。
ではその『現実』を見失った場合、『仮想』もまた崩れてしまうのだろうか。
「……分かりませんね」
ミーナは力なく頭を振った。現状はそうとしかいえない。
しかし自分の身体のありかが分からないというのが先ず恐怖だった。
現実の身体が今もどこかで囚われているのを想像し、ミーナは背筋が凍る想いであった。
ネットに囚われる、という経験は以前にもあった。
とはいえあの時は現実と同じ身体だった。状況には勿論驚いたが、意識と身体という点ではそれほど違和感を覚えなかった覚えがある。
しかし今回は違う。意識は現実のものの筈なのにに身体はゲームのもののまま、という現状が思った以上に彼女を苛んでいたのだ。
(……デウエス。あれならば似たような芸当ができるでしょう)
かつてネットに囚われた時のことを思いだす。
ツナミネット、そしてデンノーズに関わる契機となった存在。
オカルトテクノロジーにより人智を超えた現象を起こしていたあれならば今回の事件を引き起こすことも可能だろう。
というより、それ以外にこのような芸当ができる存在が思い浮かばない。
しかし断定はできない。
単に自分が知らないだけで他に似たような性質を持った何かがこの世には存在するのかもしれない。
寧ろその可能性の方が高いだろう。何しろデウエスは確かに消滅したのだ。カオルと共に……
「……早く誰かと会いたいものです」
ミーナは溜息を吐く。そう思ってゲーム開始から移動してはいるものの、どうにも上手く他の参加者と接触できない。
速やかな情報収集の必要性を誰よりも知っている彼女からすれば痛恨の事態だった。
それもこれもこの身体のせいだ、とミーナは身体を睨みつける。二頭身のこの身体では歩いたところで速度が出ない。
アプドゥも切れた今、この身体の移動速度はまさに鈍足だった。
ならばもう一度アプドゥを、とも思うが、消費アイテムを無闇に使いたくないという気持ちもある。
5時間ほどかけてエリアを駆けまわったのに誰も出会えないのだ。そもそも近くに誰も居ないという可能性もある。
今度使う時はしっかりと目的地を吟味した後にするべきだろう。
拡声器を使うという手もあったが、これは危険も伴うのであまり行いたくない、
最低限装備や人員を整えてからにしたかった。
(はぁ、でも他の参加者と会った時に備え幾つか思考を纏めておきましょう。
まずはこの身体のこと……最初の場所には様々な種類のアバターが居ました。恐らくあれはツナミネットのものではない。
仕様が違う筈のあのアバターも、私と同じように意識と身体の不一致を抱えているのでしょうか? その感覚は同じものなのかを確かめたいです)
プログラミングだとかシステムエンジニアリングだとか、そういった分野には疎い身だが、全く別のゲームのアバターを同時に動かすことが困難だろうと言うことくらいは分かる。
そういった点からもこのアバターには謎が多い。脱出を考えるのならばその解明は必須だろう。
しかしこれは慎重に進めなくてはならない。何せこの身体には致死性のウイルスが仕込まれているのだから。
(次にこのような事態を引き起こした輩の心当たり……あの榊という男の反応を見るにこのゲームには彼と繋がりを持つプレイヤーが居るみたいですね。
ハセヲと言いましたか……話を聞けば何かが分かるかもしれません)
ゲームマスター、黒幕の情報が今の自分が決定的に欠けている。デウエスはあくまで一候補でしかない。
情報を集め、多角的な方面からその存在に迫っていきたいところだ。
先程接触した不具合らしき現象もある。ああいったことが一参加者である自分が遭遇してしまうということは、運営側もこの空間を万全に管理している訳ではないのだろう。
ならば付け入る隙はある。
(……問題は寧ろ現実の方ですか……。
現実の身体がどうなっているかが分からないのは恐ろしいですね。
よしんば脱出できたところで、現実ですぐに捕まってしまっては意味がありません)
うーん、とミーナは唸り声を上げる。
何とも前途多難だ。そして時間制限もある。
そう現状に頭を捻っていた時、彼女は不意にその声に気付いた。
――コシュー……コシュー……
それは不気味な吐息だった。
獰猛な野獣を思わせる酷薄さを滲ませながらも、同時に無機質な機械音でもあるような、聞く者をぞくりとさせるひえびえとした吐息だ。
コシュー……コシュー……と、それは威嚇するでも警告するでもなく、ただ不気味に響き続ける。
ミーナは息を呑み辺り一帯を探る。灰色が連なる摩天楼の中で吐息が反響し距離感が掴めない。
そのことがより一層恐怖を煽る。ここにきて彼女は今自分がデスゲームの最中に居るのだということを再認識した。
「……出てきなさい」
それでも努めて冷静に口を開いた。
命の危機の経験くらい彼女にもある。ジャーナリストとしてツナミのことを探り始めてからは日常茶飯事といってもいい。
問題はこのアバターで荒事に対応できるかということだが……
「…………」
それはまるで蜃気楼のようだった。
視界がインクを垂らしたように滲み、白い影がじんわりと現れる。
その白が徐々に色を濃くしていき影が輪郭線となって形を作っていくのだ。
「コシュー……コシュー……」
そうして現れた異形にミーナは息を呑んだ。
黒を基調に紫で縁取られたマントが全身を覆っていた。だらりと垂れた布の向こうには艶のない黒が広がっている。その光の映り具合からそれが機械で出来ていることが分かった。
何より異様なのが頭部だった。薄く平べったい機械郡が首と一体となって備わっており、透明な半球に包まれたそれが時節不気味に明滅した。
(サイボーグ? いやこれは……)
およそ人とは呼べない恰好をしたそれは気味の悪い吐息を漏らし、目の前で対峙するミーナを見据えた。
「エリア座標G-9、プレイヤー名・ミーナ……ステータスからもお前で間違いないようだな」
「……っ!」
いともたやすく自分の名を言い当ててみせた男に、ミーナは目を見開く。
勝手に他プレイヤーの名が記されるシステムなどない筈だ。現に自分は目の前の異形の名が分からない。
「俺の名はダークマン。
暗殺を生業とする闇の殺し屋……」
◇
その言葉を聞きミーナは即座に動いた。
ウィンドウを呼び出しアイテム画面を開き、指先は『快速のタリスマン』に合せる。
これで次の瞬間には逃走に移ることができ――
「コシュー……コシュー……」
ダークマン。そう名乗った男はだがミーナの動きを見ても何らアクションを見せなかった。
吐息を貰志不気味に佇んでいる。その様にある種絶対の余裕を感じ取ったミーナはより一層身を硬くした。
「……そう身構えるな。今の俺はお前に危害を加える気は――いや権限がないとでも言うべきか」
しかいダークマンが告げたのはそんな言葉だった。
ミーナは目を丸くする。一体何を言っているのだろうか。
「下らない任務だ……コシュー……お前にとっても、俺にとっても……こんな作業はただただ億劫なだけだ」
ダークマンはそう述べた後、ウインドウがあると思しき虚空を一瞥し、
「時間が中途半端だな。あと1分と21秒待とう……コシュー……確認はメールが届いてから……でいいだろう」
ダークマンの態度にミーナは疑問符を浮かべる。
危害を加えるつもりはない? 確認? メール?
ミーナの困惑を払ったのは短い電子音だった。
「これは」
「……来たか」
メールの着信を告げるウィンドウが表示されていた。
ミーナはダークマンを見据える。彼は特に変わりなく泰然とした様子だ。メールに驚く素振りはない。どころか着信を言い当ててみせた。
「さっさと開け……」
ダークマンの言葉を受け、ミーナは一瞬ためらったがその通りにする。
指をウィンドウに這わせメールを開く。勿論目の前のダークマンに警戒は怠らず。
「えっ……」
メールの内容に思わず声を漏らした。
そこには多くの情報が記載されていた。イベントのこと、参加人数のこと、そして脱落者のこと……
ウズキ。レン。アドミラル。自分の知る名が並んでいるのを、ミーナは愕然と見据えた。
「…………」
が、それでもすぐに身体に力を入れる。
目の前に幽鬼のように佇むこの男――ダークマンを無視するわけにはいかない。
でないと次のメールでは自分が脱落者に名を連ねることになるだろう。
「貴方、メールが来るのを知っていましたね」
じっと相手を見据えながらもミーナは語り掛ける。その声には疑念にくるまれた敵意が滲んでいた。
「確かに榊は最初の場でそのようなことをほのめかしていました。
しかし、それがこんな形式だとは一プレイヤーに予想できたはずもありません」
「…………」
「加えて今しがた私の名を言い当てたこと……貴方、見えているのですか? 一般プレイヤーには見えないものが。
いえさらに言いましょう。貴方、もしや運営側のアバターではないですか?」
その問い掛けにダークマンは無言という形で答えた。
しばらくの静寂の後、コシューと息を立てダークマンが動く。
その禍々しい腕がミーナの身体を捉えた。
「なっ」
掴まれたミーナは動けない。
動けないまま、ダークマンに何かされるのをただ待っているしかなかった。
ダークマンの腕は振りほどけない。少なくともこのアバターでは無理だった。
「じっと……コシュー……していろ。さっきも言ったが……コシュー……危害を加えるつもりはない」
ダークマンの声にミーナを身を硬くする。
危害を加えるつもりはない――では一体今何をやっているのだ。
言いようもない不安がミーナを襲う。
「……終わったぞ……コシュー……」
どれくらい時間が経ったのか、そう言ってダークマンは手を離した。
解放されたミーナは何も言わずダークマンを見返した。その無機質なボディを見上げる形で睨み付ける。
「そういきり立つな。お前の身体に影響はない……コシュー……ただデータを取らせてもらっただけだ。
……コシュー………じゃあ、あとは勝手にゲームを進めるが良い」
ダークマンはそう言って踵を返した。
本当に去るつもりらしい。わざわざ自分に背中を見せるのは余裕の証ということか。
「ああそうだ……コシュー……一つ教えてやろう」
立ち去る直前、ふと思い出したようにダークマンが口を開いた。
「【設定】画面からアバターの変更を選べ……それでその身体を変えることができる」
「え?」
「コシュー……コシュー……」
そんな言葉を残し、ダークマンは一筋の光となって空へと消えていった。
まるでワープのようだ。そんな感想を抱いたが、まずは確かめることがある。
ウィンドウを開き、画面から【設定】を選ぶ。その中にある項目をスクロールし、目当てのものを見つける。
そしてそこに指を這わせた。
すると、
「ああ、本当。こうすればよかったんですね」
ミーナは身体は二頭身のそれではなく、妙齢の女性の身体となっていた。褐色の肌が朝陽を受け美しく煌めいた。
頭に乗っかったハンチング帽に触れ、彼女はしみじみと思った。
ああこれこそが私の、現実にあるべき姿だと。
[G-9/アメリカエリア/朝]
【ミーナ@パワプロクンポケット12】
[ステータス]:健康
[装備]:なし
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜1(本人確認済み)、快速のタリスマン×4@.hack、拡声器
[思考]
基本:ジャーナリストのやり方で殺し合いを打破する 。
1:殺し合いの打破に使える情報を集める。
2:ある程度集まったら拡声器で情報を発信する。
3:榊と会話していた拘束具の男(オーヴァン)、白衣の男(トワイス)を警戒。
4:ダークマンは一体?
[備考]
※エンディング後からの参加です。
※この仮想空間には、オカルトテクノロジーで生身の人間が入れられたと考えています。
※現実世界の姿になりました。
「頼まれたデータだ……」
「ああご苦労、君は無駄のない仕事をする」
ゲーム外のどこか。
薄暗い部屋で二人の人間が言葉を交わしていた。
「トワイスはああ言っていたがバグに触れたことでプレイヤーに何か影響があるかもしれん。
それは円滑なゲーム進行を阻害するからな。まぁ杞憂だとは思うが、不安の芽は摘んでおきたいものだ」
そう言ってやれやれ、と首を振るのはゲームの進行役を自任する男、榊だ。
黒く染まった手で己の髪をさわりと撫でる。
「コシュー……そうか……俺にはどうでもいいことだ」
相対するダークマンは興味なさ気にそう答えた。
彼はプレイヤー・ミーナのアバターデータの回収を命じられ、それに応えた。それだけでこの関係は完結している。
「ふむ、トワイスもそうだが君も話し甲斐がない男だな。
まぁいいだろう。私もこれで忙しい身でね、管理することが多いのだよ」
「コシュー……」
「先程のメールにしたって本当は私か誰か扇動者による直接放送という予定だったのだが……同期や準備が面倒ということで没になった。
ま、あれはあれで気にいっているがね」
言いつつも榊は画面を展開させる。
途端に部屋に多くの映像が展開される。戦うシーン、いがみ合うシーン、何やら結託するシーン……様々な光景が各ウィンドウに流れていく。
それはこのゲームで今まさに起こっている事態の数々だった。榊はそれを満足げに眺めている。
薄暗かった部屋は今や異様な明るさを呈していた。
一つの球を中心に幾多もの映像が流れていく――知る者が見ればこの部屋をこう呼んだだろう。
知識の蛇、と。
[???/知識の蛇/朝]
【榊@.hack//G.U.】
[ステータス]:健康
【ダークマン@ロックマンエグゼ3】
[ステータス]:健康
投下終了です
投下乙
なんだろう、ぼっちにもかかわらずフラグ集まってくこの感じ…
某ロワのゲインみたいになるんじゃなかろうか、この人
ぼっちをこじらせた結果、主催が動いたよ!w
乙ですー
toukaotudesu
投下乙です!
ぼっちでもフラグがどんどん積み重なっていくということを実践してくれたな、ミーナはw
ただあまりにもぼっちすぎると主催が動かざるを得なくなってしまうことも証明してくれた……
投下します
「なかなかすてきな詩らしいわ」と読んでしまってから、アリスはいいました、「でもちょっとわかりにくいわね!」(アリスはまるっきり何が何やらわからないとは、自分にも正直いいたくなかったのです)「なんとなく頭の中が色んな考えでいっぱいになるようね――ただ、はっきりなんだかわからないわ! でも、だれかが、何かを殺したのね、とにかく、それだけははっきりしてるわ――」
(『鏡の国のアリス』より)
◇
街からは完全に夜の色が消え去り、さんさんと輝く陽の光がエリアを照らし出していた。
陽を受け頬がほのかに熱を帯びる。熱いとまではいかないが、それでもトーマス・A・アンダーソン、ネオのコートの中は僅かに汗ばんでいた。
身体が火照っているのは陽の光だけのせいではない。焦りとも不安とも付かない、言いようもない不明瞭な感覚がネオの胸底から滲み出ていた。
彼女を、トリニティを殺害した下手人が近くに居る――
その事実を思うと、どうしても身に力が入らざるを得なくなる。
同行者であるところのアッシュ・ローラー及びガッツマンたちとは今現在別行動を取っている。
集合時間と場所を定めエリアに散開する。その目的は言うまでもなくエリアの探索、トリニティを殺害と思しき人物の特定である。
短時間で効率の良い探索を進める為の選択だった。恐らくその敵はまだそこまで遠くには行っていない。このエリアを出ていないのならば、そこまで時間を掛けずにも遭遇の芽はある。
「…………」
無言でエリアを歩きつつネオはゆっくりと思考を展開する。
その流れは淀みないとは言えず、時節錆びついた歯車のように滞ることもあったが、ネオは努めて冷静であった。
思うことは、トリニティを殺害した相手とは、一体如何なる人物、あるいはプログラムだったのだろうか。
トリニティとの別離を思い出す。
彼女は重度のを打撲を負っていた。落下によるもの以外にも、何物かに強く殴打されたような跡が残っていた。逆に銃痕などは見当らなかった。
直接の死因が何であったにせよ、彼女の状態からして相手は銃器に頼らず直接的な暴力を振るうタイプであることが予想される。
それも生半可な力ではないだろう。敵の筋力はかなりのものであると想定しておいた方がいい。
それらの特徴から先ず連想したのは、かつてはエージェントであり、そして今は機械の制御からも逃れ「自由」になった、スミスだった。
自分の持つ「救世主の力」を不完全ながらもコピーした彼は幾度となく自分に挑んできた。
「上書き」により肥大し続ける彼ならば、トリニティを撃破することもできただろう。戦闘スタイルも合致する。
ネオはだがこの敵はスミスではないだろうとも確信していた。
理由は幾つか上げられるが、第一にスミスならば何かしら自分に向けメッセージないしはサインを残すだろうということだった。
彼の自分への執着はもはや妄執の域だ。彼がトリニティを襲ったにしては、何もなさ過ぎた。
では他のエグザイルやエージェントか、と考えるが、トリニティとて幾つもの死線を潜ってきた戦士だ。
無論絶対ではないが、一介の敵にそう簡単にやられるとは思えなかった。
だから恐らく、今回の相手は「別の世界」の存在だ。
今しがたアッシュ・ローラーやガッツマンと交わした話を思い起こす。
ネットナビ、ブレインバースト……全く未知の存在がこの仮想空間には存在している。
そんな存在に、ある意味不意打ちのような形でトリニティは倒されたのではないだろうか。
事実自分もまたガッツマンたちの存在に出会った当初は困惑していた。
幸い彼らは友好的な態度で接してくれたので助かったが、常識外の存在との遭遇がトリニティに隙を作らせた可能性はあった。
と、なれば相手はガッツマンたちのように機械の姿をしているかもしれない。
全く未知の存在であるので何とも言えないが、生身の人間の姿をしているとは限らないだろう。
トリニティを下すほどの暴力を振るう、常識外の何か。
排除しなくては危険だ。その点に関しては、迷う余地がないように思えた。
「……ん?」
不意にネオは奇妙な違和感を覚えた。
それは声だった。高い、場違いなほどに明るさを滲ませた、重なり合う笑い声。
コンクリートで塗り固められたエリアに耳をそばだてる。摩天楼が立ち並ぶそこでは音が反響し距離感がつかみにくかった。
「……あそこか」
多少時間をかけ、ネオは大体の方向を特定する。
どうするべきか迷ったが、とにかく今は情報が必要だと判断し接触することを選んだ。
ネオは無言で膝を曲げ、一瞬溜めを作った後、空高く跳んだ。
ねっとりとした空気の抵抗がその身を包み込む。空間内に設定された既存の物理法則を無視し、現実と外れた動きをする。マトリックス内で戦う者が先ず叩き込まれる術だった。
中でも跳躍は少々難易度が高い。ネオもモーフィアスに説明された当初は失敗した覚えがある。
とはいえ「救世主」として覚醒した彼にとってはその技は「飛行」と遜色ない域にまで達していた。やろうと思えばどこまでも高く飛べる。
エリア探索の際も上空から様子を伺う――というのを考えた程だ。未知の敵に場所を察知される危険を思い結局は止めたが。
「……っ」
だから今回もあくまで最低限の高さに抑えた。
そうして声がした場所――とある摩天楼の屋上まで跳び上がったネオは息を吐き辺りを伺った。
「ねえわたし(アリス)。今度は空飛ぶお兄さんが来たわ」
「ふふふ、今度は何して遊びましょう? わたし(ありす)」
……そこに居たのは、仲睦まじく笑い合う一対の幼い少女たちだった。
◇
その姿を認めたネオは思わず声を漏らす。
その声には困惑が滲んでいる。緊張を以て赴いた先に居たのは、戦場や殺し合いといった言葉から最もかけ離れた存在だったのだ。
あるいはこれもゲームマスターの悪趣味の一環なのだろうか。
非力な子供を参加させ蹂躙される様を見るという……そんな考えが脳裏を過るが、当の子どもたちは楽しそうに笑いあい、恐怖と言う言葉からは縁遠いもののように見えた。
「なあ君たち、少し話を聞かせてもらってもいいかな?」
「なあに、空飛ぶお兄さん」
「うふふ、困った顔してるわ」
ネオの言葉に答えつつも二人の少女は互いのことしか見ていない。
蒼と紫のサテンドレスがふわりと舞う。青空の下で反響する笑い声。鏡合わせのようにそっくりな彼女らは、打ち捨てられ色褪せたコンクリートの上に奇妙な幻想風景を横たわらせていた。
ネオはそのアンバランスな様子に戸惑いつつも問いかける。
「君たちは……その、今までに誰か会わなかったか?
この場所に送り込まれてから、君たち以外の人間、いや参加者と」
ガッツマンやアッシュ・ローラーのことを思い出し、最後の言葉を言い直す。
自分が向き合うべきは、今や人間だけではないのだ。
そう思っての問い掛けに、二対の少女はあどけない口調で答えていく。
その間にも彼女らはネオを見ていない。互いのことだけを見つめながら、問いに答えるというよりはそれを起点にしてお話をする、といった体で口を開く。
「……なるほどね」
その為、ネオは何ともふわふわとした、要領の得ない答えしか得ることができなかった。
要点を絞ってみると「チシャ猫さんとの宝探し」と「青い妖精との鬼ごっこ」だろうか。
何とも年頃の少女らしいというか、幻想入り混じった話に思えた。
「うふふ、ねえわたし(ありす)あと何があったかしら」
「そうねわたし(アリス)あと残ってるのは……」
無邪気に微笑み合う彼女らを見てネオはまた口元を釣り上げた。
争いとは無縁の彼女らの姿が、戦いと悪意で緊張した身を少し和らげてくれた気がした。
「猫」に「妖精」……実に少女に似合う、メルヘンチックな話だ。おとぎ話の類と相違ない。
ネオは幾分語調を和らげて、
「楽しかったかい? 猫や妖精さんたちと会ったのは?」
「うふふ、楽しかったわ。ね? わたし(アリス)?」
「ええ、わたし(ありす)。チシャ猫さんも妖精さんも面白いこと見せてくれたわ」
「うふふ……でも、もっと楽しくしないとね」
そうして少女らは語り合う。相変わらずネオのことなど目に入れず。
ネオはそれを穏やかな顔で見下ろす。
もしかすると彼女らは事態を把握していないのかもしれない、ネオはそう考え始めていた。
無邪気で幼い彼女らにとって榊の言葉は意味不明だったに違いない。何も分からないまま、互いだけを見つめて遊んでいる。それだけなのかもしれない。
だとすれば彼女らを保護するべきだろう。誰か悪意のある者より早く彼女たちを見つけることができてよかった。
何しろ近くにはトリニティを殺害した未知の敵が潜んでいるのだから――
「ああ。あとね、黒いお姉ちゃんが居たわ」
「うふふ。あの跳んできたお姉ちゃんね」
「ぴょーんってまるでうさぎさんみたいだったわ」
その言葉に、ネオはぴくりと動きを止める。
微笑みは消え、その身に再び緊張の糸がぴんと張りつめる。
「あのお姉ちゃん、ジャバウォックと遊んでくれたわ」
「うん、ジャバウォックもとっても楽しそうだった」
「うふふ、あんなに元気に殴ったり蹴ったり」
ネオは無言で彼女らを見た。
だが少女たちはネオを見ない。
蒼い少女は紫の、紫の少女は蒼の、己の鏡を見て微笑んでいた。
楽しそうに。
「ジャバウォックにゆだんすな、子よ!」
「かみつくあごや、ひっかける爪!」
「ジャブジャブと理に目をくばりつつ」
「バンダースナッチの怒りを避けよ!」
少女らは詩を歌う。
「いちに! いちに! ぐっさりぐさり」
「きばもするどく切り込む刃!」
「死体は捨てて首だけ取って」
「意気ようようと走ってもどる」
既に少女らからはネオの問い掛けは消えているようだった。
では、あるのは、
「うふふ、楽しいわ。わたし(ありす)」
「うふふ、本当ね。わたし(アリス)」
「うふふ……」
「うふふ……」
脱線した言葉を元に戻すべく、ネオは「なあ君たち」と間に入った。
そこで少女たちは一瞬動きを止める。しかしネオのことは見ない。笑い声も止むことはなかった。
「その、黒いお姉ちゃんはどうなったんだい?」
……その声はどういう訳か恐る恐る、といった風の声色だった。
自分は今何を恐れているのか。それは彼自身分かっては居なかった。はっきりとは何も分からなかったのだ。
ただ少女たちの言葉を待つべく身を固めて――
「――見つけた」
少女たちの答えは、突如として響き渡った爆音にかき消された。
砲撃。咄嗟に反応したネオはコンクリートを蹴り爆風から離れる。
「きゃっ……!」
「妖精さんだわ」
少女たちの声が響く。
しかしその響きにはやはり恐怖はない。変らず愛くるしく、幼く、そして無垢な笑い声が空に待った。
破壊の跡が引き、視界が晴れてくるとその先には、
「やっぱり……そんな遠くには行ってなかったみたいね」
強い語気でそう呟く青白い妖精の姿があった。
ファンシーな外見である彼女は、その身体とは裏腹に険しい顔をしていた。ところどころその身体を浸食する泥のような黒色が時節脈を打っている。
妖精は刺すような敵意を込めた視線が少女たちへと向けていた。
「妖精さん。また鬼ごっこ?」
「さっきとちょっと様子が違うね」
「あんな猫をけしかけても無駄よ。私は貴方たちを追うわ。何も知らないアリスたち、貴方たちは危険すぎる」
妖精はそう鋭く言って、剣を向ける。赤黒い大剣がまっすぐと少女たちへ向けられる。
対する少女たちはそんな状況で尚互い以外を見ていない。無邪気な笑みを浮かべて互いの手を取った。
「なあ、君たち。ちょっと待ってくれ……これは」
そんな中、ネオは口を開いた。その言葉には隠せぬ当惑を滲んでいる。
状況が上手く呑み込めない。トリニティらしき女性について語った少女たち。夢だと思っていた妖精が実在し、憎悪を向けている。
ここから導き出せるもの、それは、
「――貴方、もしかしてネオ?」
妖精が顔を向けて答えた。
そこで初めてネオの存在気が行ったらしい。そして彼女は目を丸くし、どういう訳か自分の名を述べた。
「……そうだが、何故君は僕の名を知っている?」
そう問いかけるが、妖精は無視し「だったら協力して」と叫ぶように言った。
「この娘たち……アリスはトリニティさんを殺したのよ!」
その時、ネオの携える全ての感覚が一度静止した。
「救世主」としての直感も、人として当たり前に持っていた知覚も、瞬間凍り付く。
何も聞こえなくなった世界で、少女たちのあどけない笑みが脳裏に焼き付いた。
「あーあ、もうちょっと黒いお兄さんとお話ししたかったのにな」
「でも仕方がないわ。さあ妖精さん、鬼ごっこの続きをしましょ」
少女たちはそう言って身を翻した。サテンドレスがゆらりと舞い、次いで光がその身を包み込む。と、次の瞬間には彼女たちの姿は消えていた。
「さあこっちよこっち!」
「また遊びましょ」
そしてどこか遠くから声が響く。それを追って妖精が空へと飛び立つ。
彼女たちを追うべく剣を振り上げ勢いよく空へと躍り出た。
直前、妖精はネオを一瞥した。
黒色に蝕まれたその視線は「早く来い」と言っているかのようだった。
少女たちを、トリニティたちの仇を討つべく、妖精は空へと消えていった。
◇
出遅れたネオは、ただ一人摩天楼に立ち尽くしていた。
既に妖精と少女の姿は消えていた。まるで夢の出来事のようだ。
だがしかしこれは現実なのだ。青く何もない空と眼下に広がるがらんどうの街を見て、ネオは顔を歪ませていた。
自分は結局、どんな敵を期待していたのだろうか。
思い描いていた仇の姿。それと全くかけ離れた現実。その差に、どういう訳か自分は打ちのめされている。
どんな姿であれ、妖精の言う通り、トリニティを殺した者たちが危険であることには変わりないというのに。
どうして自分はこんなにも、戸惑いを隠せないのか。
先ほどガッツマンやアッシュ・ローラーと言葉を思い起こす。
人間と機械。人間として機械に歩みより、その争いを止める、真の「救世主」の姿。
もしかすると自分は望んでいたのかもしれない。巨大な敵を、紛れもない巨悪を、機械と人間の融和を象徴できるような、一切の同情の余地のないものを。
敵対し合うものが手を取り合うのに、それほど単純な構図はない。
しかしあの少女たちからは全く悪というものを感じることができなかった。
ただただ、残酷なまでに無邪気。それだけだ。
巨悪は残念ながらいなかった。
「……アリス」
妖精が漏らした言葉だ。
少女たちの名前らしいそれは、成程確かにルイス・キャロルの童話から抜け出したかのような、あの少女たちには似つかわしいものだ。
では、そのアリスであるという彼女たちは、何故トリニティを殺したのだろうか。
ひゅん、と風がネオの頬を薙いだ。
埃の臭いのした風が、立ち並ぶ灰色のビルに吹きつける。そう寒い訳ではないが、身体は冷えていた。
「……うさぎだから、か」
そして今の疑問に、何ともおかしな、しかし妙にしっくりとくる答えが浮かんだ。
アリスがトリニティを殺したのは、彼女が「うさぎ」だったから。そんな、何の答えにもなっていないような答えが。
思い出す。自分にとっての全ての始まりはトリニティだった。
白うさぎを追え。どこからともなく降ってきたそんなメッセージ。
そしてトリニティが図ったように現れ、うさぎのタトゥーを意味ありげに見せた。うさぎを追ったで、この数奇な物語は動き出したのだ。
ネオは思う。
かつては自分もアリスだった、と。
【F-8/アメリカエリア/1日目・午前】
【ネオ(トーマス・A・アンダーソン)@マトリックスシリーズ】
[ステータス]:健康
[装備]:エリュシデータ@ソードアートオンライン
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜2個(武器ではない)
[思考・状況]
基本:本当の救世主として、この殺し合いを止める。
1:アッシュ・ローラーとガッツマンと共に行動する。
2:トリニティを殺害した者を見つけ出し、この手で……
3:ウラインターネットをはじめとする気になるエリアには、その後に向かう。
4:モーフィアスに救世主の真実を伝える
[備考]
※参戦時期はリローデッド終了後
※エグゼ世界及びアクセルワールド世界についての情報を得ました。
※機械が倒すべき悪だという認識を捨て、共に歩む道もあるのではないかと考えています。
※このバトルロワイアルには、異なる世界の者達が呼ばれているのではないかと推測しています。
※この会場は、加速世界の一種に設置されているのではないかと考えています。
【ガッツマン@ロックマンエグゼ3】
[ステータス]:健康
[装備]:PGMへカートⅡ(7/7)@ソードアートオンライン
[アイテム]:基本支給品一式、転移結晶@ソードアートオンライン、12.7mm弾×100@現実、不明支給品1(本人確認済み)
[思考]
基本:殺し合いを止める為、出来る事をする。
1:アッシュ・ローラーとネオと共に行動する。
2:トリニティを殺害した者を見つけ出し、この手で倒す。
3:ロックマンを探しだして合流する。
4:転移結晶を使うタイミングについては、とりあえず保留。
[備考]
※参戦時期は、WWW本拠地でのデザートマン戦からです。
※この殺し合いを開いたのはWWWなのか、それとも別の何かなのか、疑問に思っています。
※マトリックス世界及びアクセルワールド世界についての情報を得ました。
※このバトルロワイアルには、異なる世界の者達が呼ばれているのではないかという情報を得ました。
※この会場は、加速世界の一種に設置されているのではないかと考えています。
【アッシュ・ローラー@アクセル・ワールド】
[ステータス]:HP100%
[装備]:ナイト・ロッカー@アクセル・ワールド
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜3(本人確認済み)
[思考]
基本:このクレイジィーな殺し合いをぶっ潰す。
1:ネオとガッツマンと共に行動する。
2:トリニティを殺害した者を見つけ出し、この手で倒す。
3:何が原因で殺し合いが起きているのか、情報を集めたい。
4:シルバー・クロウと出来れば合流したい。
5:ガッツマンを兄貴分として支えていく。
[備考]
※参戦時期は、少なくともヘルメス・コード縦走レース終了後、六代目クロム・ディザスター出現以降になります。
※最初の広場で、シルバー・クロウの姿を確認しています。
※マトリックス世界及びエグゼ世界についての情報を得ました。
※このバトルロワイアルには、異なる世界の者達が呼ばれているのではないかという情報を得ました。
※この会場は、加速世界の一種に設置されているのではないかと考えています。
※バトルロワイアルを終えた後、加速世界を去り自ら消滅する事で綸を救おうと考えています。
【アスナ@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP30%、MP70% 、AIDA悪性変異
[装備]:魔剣・マクスウェル@.hack//G.U.
[アイテム]:基本支給品一式、死銃の刺剣@ソードアート・オンライン、クソみたいな世界@.hack//、誘惑スル薔薇ノ滴@.hack//G.U.、不明支給品2〜5
[思考]
基本:この殺し合いを止め、無事にキリトと再会する
1:アリスを追う
2:殺し合いに乗っていない人物を探し出し、一緒に行動する。
3:これはバグ……?
[AIDA]<????>
[備考]
※参戦時期は9巻、キリトから留学についてきてほしいという誘いを受けた直後です。
※榊は何らかの方法で、ALOのデータを丸侭手に入れていると考えています。
※会場の上空が、透明な障壁で覆われている事に気づきました。 横についても同様であると考えています。
※トリニティと互いの世界について情報を交換しました。
その結果、自分達が異世界から来たのではないかと考えています。
※AIDAの浸食度が高まりました。それによりPCの見た目が変わっています。
※マクスウェルのAIDAは<Victorian>に酷似した鳥型の形状を取れますが、
アスナの意識がある内はAIDAが表層に出て来ることはありません。
【ありす@Fate/EXTRA】
[ステータス]:健康、魔力消費(中)、令呪:三画
[装備]:途切レヌ螺旋ノ縁(青)@.hack//G.U.
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜2
[思考]
基本:アリスと一緒に“お茶会”を楽しむ。
1:新しい遊び相手を探して、新しい遊びを考える。
2:しばらくチェシャ猫さん(ミア)と一緒に遊ぶ。
3:またお姉ちゃん/お兄ちゃん(岸波白野)と出会ったら、今度こそ遊んでもらう。
[サーヴァント]:キャスター(アリス/ナーサリーライム)
[ステータス]:ダメージ(小)、魔力消費(大)
[装備]途切レヌ螺旋ノ縁(赤)@.hack//G.U.
[備考]
※ありすのサーヴァント持続可能時間は不明です。
※ありすとキャスターは共生関係にあります。どちらか一方が死亡した場合、もう一方も死亡します。
※ありすの転移は、距離に比例して魔力を消費します。
※ジャバウォックの能力は、キャスターの籠めた魔力量に比例して変動します。
※キャスターと【途切レヌ螺旋ノ縁】の特性により、キャスターにも途切レヌ螺旋ノ縁(赤)が装備されています。
投下終了です
あ、一応書いておきますと、冒頭のエピグラフは角川文庫・岡田忠軒訳のものです。
投下乙です!
ネオはようやくトリニティの仇を見つけられた……と思ったら、実は幼い少女だった。
ありす自身に悪意はないので、ネオにとっては複雑でしょうね。果たしてネオはありすをどうするのか……?
そして◆NZZhM9gmig氏の作品である【Confrontation;衝突】から始まる五部作のワンシーンのつもりで、支援絵を描かせて頂きました。
ttp://www20.atpages.jp/r0109/uploader/src/up0279.jpg
投下乙です。
機械は敵じゃない。
だから、人間も味方じゃない。
投下乙です
無自覚の悪意が一番タチが悪い…本当のバーサークヒーラーと化してるアスナといい変にネオが影響受けなきゃいいが
投下乙です
言いたい事は上で言われてるわあ…
うん、そうなんだよなあ…
投下乙です。
ネオ……今まで相手をしたことが無いタイプだけに、これは一歩間違えるとかなりまずい予感がする。
ではこちらも、投下いたします。
――――――始まりがあるものには、全て終わりがある。
◆◇◆
「さて……何処へ向かうべきか」
鬱蒼とした森の木々を抜けて平野へと足を踏み入れ、ヒースクリフはこれからどう動くべきかを思案した。
一先ずは、消耗したHPを出来る限り回復させるべく、何処かに身を隠すのが先決だ。
ゲージは60%程と、戦闘を行う事自体は可能なレベルに回復している。
しかし……この状態で、例えば先程のライダーの様な強敵と遭遇したならば、勝てるとははっきり言えないだろう。
どの様なレッドプレイヤーが闊歩しているかも分からない現状、なるべくHPは多めに保っておきたい。
ましてや今の己は、盾―――神聖剣を失っているのだから。
「どこかで、新たな盾が調達できればいいのだがね」
無論、片手剣のみでもそれなりには戦える自信はある。
それだけのスキルとステータスを、事実持ち合わせている。
だが……それだけでは勝てない強敵がまだ大勢いるだろう事もまた、容易に予測できる。
ならば、いざという時に全力で戦えないのはやはり辛いものだ。
この際多少の性能は目を瞑るとして、盾に分類されるアイテムが何かしら欲しい。
それだけでも、大きく状況は変わるだろう。
(盾、か……当たり前だが、あの様な防護盾はSAOには存在していないデータだ。
しかし、それにも関わらずに神聖剣は問題なく発動していた……
つまりは、アレを盾だとシステム上で認識できているという事か)
ふと、自身が先程まで手にしていた防護盾の事について考えた。
SAOにはあの様な盾は勿論存在していないのだが、しかしSAOのアバターであるヒースクリフは、それを用いて神聖剣を使用できていた。
つまりはアレを、この会場では正式に盾としてシステムが認識している訳だ。
もしこの場がSAOであれば、当然だがその様な事はありえない。
(彼等との情報交換で、薄々感じてはいたが……やはりこの会場は、複数の電子世界のデータを一纏めにした上で成り立っているようだな)
これが、自身の生み出したザ・シード規格によるものだけの話ならば、まだ納得は出来る。
多少の差異はあれども、データコンバートが行われる事からも証明されているように、互換性が大なり小なり存在しているからだ。
しかし、岸波白野達は違う。
彼等が過ごしていたという電子世界は、明らかにザ・シードの規格から外れたものだ。
つまり、この会場は規格も違えば互換性も全く無いデータを繋ぎ合わせ一つにしている、出鱈目過ぎる世界だ。
科学者でありプログラマーでもあるヒースクリフに対し、それが如何に無茶な行いであるかは最早説明する必要などない。
人によっては、この技術に対して高い評価をつけると同時に、大いに興味を引かれ、手にしたいと思うだろう。
これは、ネットワーク社会に大きな革新を齎すだけの価値がある代物だ。
(岸波君にカイト君といい、ここには未知の技術の産物が満ち溢れている。
科学者としては、興味を惹かれてやまないものだ)
当然、ヒースクリフもこの技術には大いに関心を持っていた……が。
(問題は……その様な技術を用いてまでして、彼等が何を望んでいるのかということか)
同時に、一つの疑問も彼の胸中に生じていた。
それは、この殺し合いが何の目的で開かれたのかという事だ。
ここまで大掛かりな舞台を拵え、多種多様すぎる参加者を揃えてまでして殺し合いをさせる理由とは、一体何か。
(本来ならば出会う筈の無い者達を集め、どの様な戦いが起きるかを見てみたかった……か?)
まず真っ先に考えたのは、かつて自身がSAOにプレイヤーを閉じ込めたのと同じケースだ。
世界の創造を望み、そこを現実として生きる人々の姿を見たかった。
それがこの殺し合いにも当てはまるのではないかと、考えてみたのである。
ありえないアバター同士による夢の対戦、規格階級全てが無用の総合異種格闘技戦。
成る程、確かにそう言ってみれば心踊るものがある。
その手のマニアには、観ているだけでも愉しめるに違いあるまい最上の娯楽だ。
(しかし、もし……それ以外に、我々プレイヤーを争わせ殺し合わせる事で何かを得ようとしているのなら……)
だが、そうではなかったとしたら。
他に何か、このバトルロワイアルを開くメリットがあるとしたら、それは何か。
殺し合いという『過程』を経て得られる『結果』とは何か。
娯楽や仕事といった日常的な側面を取り除き、仮想空間をこの様に用いる理由があるとしたら、それは……
(やはり、このバトルロワイアルは何かしらの実験と見るのが妥当だろう)
最もありえるのが、このバトルロワイアルは榊による実験・研究であるというケースだ。
全く違う規格のデータを組み合わせ、且つその場で争いをさせる事によって、彼は何かしらの結果を求めているのではないだろうか。
事実、ヒースクリフは妖精王オベイロン/須郷伸之という例を知っている。
ならば目的は彼と同じく、MMOを用いた人間の精神操作実験―――自身がキリトに力を貸す事でその企みは潰えたが―――か?
否、恐らくは違う。
だとすると、岸波白野をはじめとする実体を持たぬ人工知能である者達……そして何より、自分自身を参加者にする必要はない。
人体に左右する何かを研究したいのであれば、リアルに肉体を持って生きる者にのみプレイヤーは限定される筈だ。
(つまり……榊君、更にはいるであろうその協力者の目的は、あくまで電子の世界に重きを置いたモノだ。
リアルに影響を全く与えないモノ……とまではいかなくとも、少なくとも参加者の人体に影響を与える実験ではあるまい)
榊がバトルロワイアルを実施した目的は、電子の世界において重要な何かを求める為。
そう考えれば、肉体を持たず仮想現実にのみ生きる者達を参加者にした事にも説明がつく。
では、果たしてその何かは何だというのか。
(……『全てのネットワークを掌握する権利』を持ち、そしてこの様な高度な技術を持ち合わせていて尚も、欲するモノか)
現時点で分かっている情報だけでも、榊が持つモノは膨大だ。
勿論、全てのネットワークを掌握する権利とやらがハッタリの可能性も考えたが、そうだとも言い切れない。
電子の海を漂う己を捕えた事や、異なるネットワークを強引に一つの世界に纏め上げた技術を目の当たりにしては、少なくともそう呼べるだけの力の片鱗がある事は確かなのだ。
その上で尚も、彼は強欲にこの殺し合いから何かを求めようとしている。
それだけの価値があるモノ……全てのネットワークを掌握できながらも尚、電子の世界において欲するモノとは何なのだろうか。
(……聖杯、か?)
ここで真っ先に思う浮かんだのは、白野や慎二が参加した聖杯戦争だ。
所有者のあらゆる望みを叶える、万能の願望器……それを求め、最後の一人になるまで争うトーナメント。
確かに、このバトルロワイアルに似通っている点は幾つか見られる。
事実慎二は、開始当初にこの場をルールが変わっただけの聖杯戦争と誤認していた。
ならばこのバトルロワイアルにも、聖杯が関わっているのではなかろうか。
確かに万能の願望器となれば、求める理由は言うまでも無いのだが……
(いや、そう決めつけるのも早計だ。
聖杯戦争の参加者に聞くだけで推測できる様な簡単な目的だとも思えない……
ここはもうしばらく、情報を集めてみるべきだな)
しかし、断定は出来なかった。
こうも呆気なく目的が判明するのは逆に不自然だし、これだけ大掛かりな舞台を用意した以上、それだけではすまない何かがある。
そんな予感があったが為だ。
(榊君の事を知る人物……確か、ハセヲ君といったか)
ここでヒースクリフの脳裏に過ぎったのが、榊が死の恐怖と呼んだハセヲの事だ。
あの榊の挑発的な口ぶりからして、両者の関係は単なる顔見知りで済むレベルではない。
互いに何かしらの因縁を持つ者同士であろうことは、まず間違いあるまい。
ならば彼と接触できたなら、榊の目的について有力な情報を得られるのではないだろうか
もっとも、100人のPKを達成したという情報が真実なら、危険なレッドプレイヤーという可能性もまたあるが……
(それでも、会う価値は十分にあるだろう)
だとしても、現時点では唯一の榊に繋がるヒントだ。
もしこれから出会う参加者に彼を知る者がいたならば、その情報を元に探してみるとしよう。
或いは彼でなくても、榊を知る人物と出会えればいい。
要は、榊の情報を得る事だ。
(そうすれば、その目的のみならず……我々のアバターに仕込まれているというウィルスについても、何かしら当たりをつける事が出来るかもしれない)
そして同時に、榊の情報から自らに仕込まれているウィルスの正体をも特定できるのではないかと、ヒースクリフは踏んでいた。
先程も考えたように、参加者のアバターは余りにも多種多様であり、規格が明らかに違う者達も大勢集っている。
つまり……そのアバター全員―――プレイヤーではないサーヴァントは流石に例外として―――に、誰一人として例外なく作用するウィルスが仕込まれているという事だ。
それがどれだけ強力且つ恐ろしいものであるかは、想像に難しくない……どんなコンピュータでも、どんなデータでも破壊できる可能性もった最強最悪のウィルスだ。
現実的に考えればありえない話だが、しかし異なるデータを統合して一纏めにしているという事実がある以上、納得は一応出来る。
恐らく榊は、会場を作り上げた技術を以ってこの恐るべきウィルスの作成を……
(……いや、待て。
何かが引っかかる……本当にそうなのか?)
そこまで考えて、ヒースクリフは何か違和感を覚えた。
この会場を作り上げた技術と、全プレイヤーに仕込まれている謎のウィルス。
『規格が違う者同士でも一つに纏められる』という共通点がある以上、両者が密接に関わっているのはまず間違いない。
イコール、榊が使っている技術が分かればウィルスに対する策もまた導き出せる可能性がある訳だが……
(ウィルス……全アバターに感染……待て。
そうだ……そういえば……!)
それから少しばかり考えて、ヒースクリフはようやく違和感の正体に気づいた。
自分の記憶の中にある情報と、ここまでの推理……そこにある、一つの食い違いに。
(ウィルスは、全てのアバターに例外なく作用する……違う。
一人だけ例外がいた……ウィルスが効いていないだろうアバターが……!!)
それは、ウィルスが全アバターに作用するという思い込みだった。
何故ならば……彼は僅かな時間でこそあるものの、ウィルスが効いていない存在を目にしているのだ。
あの、全ての参加者にルール説明がされたオープニングの広場に、その人物は確かに居た。
(榊君……彼のアバターだ!)
榊。
彼のアバターこそが、これまでヒースクリフが接触してきた者達の中で唯一、ウィルスを宿していないだろう存在なのだ。
ゲームの主催者だから、それは当たり前の話だ。
SAO時代の彼自身の様にプレイヤーとして参加するつもりでもなければ、そんな事をするメリットは一切無い。
寧ろ主催者の特権を活かして、より強力かつ安全性の高いアバターを作る筈だろう。
だが……ヒースクリフは、見落としていなかった。
それにも関わらず、榊のアバターには……奇妙な欠落があった事を。
(あのアバターは、外観が明らかに崩れていた。
黒い何か……言ってみれば、バグらしきものに侵食を受けていた。
しかし、主催者権限を持つ者があの様な不完全なアバターのまま、我々の前に姿を見せる訳がない)
ここまで出会ってきた参加者は、皆例外なくまともに、ほぼ自分のいた電子世界そのままの姿でこのゲームに参加している。
それだけ高い再現力を、見せ付けておきながら……態々肝心要の主催者用アバターを、バグに犯されたまま使用するだろうか?
否、普通はありえない。
ならば考えられる可能性は、一つしかない。
(バグではなく、意図的な仕様であった……そう考えたらどうだ?
あのアバターを侵食している黒いデータこそが……必要なデータだったなら……?)
アレは榊が意図してアバターに付加しているのではないだろうか。
主催者を主催者足らしめんが為に用意された、プレイヤーとは一線を画すプログラム。
そう考えれば、あの不可思議なPCの様子にも納得が出来る。
そして、その考えに至ると同時に……ヒースクリフの脳裏に、ある閃きが過ぎった。
―――規格を無視し、あらゆる電子データを一つに纏め上げられる技術。
―――全プレイヤーに、例えそのプレイヤーが以前にどの様なデータであったかも関係なく、例外なく寄生しているウィルス。
―――唯一ウィルスに寄生しておらず、代わりに参加者には見られぬ謎の黒いバグらしきデータを宿した主催者アバター。
(この三点は……繋がるかもしれないぞ。
我々を集めた技術、我々に寄生しているウィルス……それの大本は、榊のアバターに見られたあの黒いデータなんじゃないのか?)
あの黒いバグらしきモノこそが、この殺し合いの根幹を成すデータではないか。
主催者特権として榊があのデータをアバターに付加しているならば、それは十分にありえる話だ。
ならば、その詳細をどうにか掴む事が出来れば……
(ウィルスに対抗する策……ワクチンの様なモノを生み出す事も、不可能ではないかもしれん)
アバターに宿るウィルスを、破壊できるかもしれない。
枷から外れ、明確に主催者へと刃を向ける事も可能となる。
ならば……このバトルロワイアルを止める為にも、絶対に為さねばならない。
(……尚の事、情報を集めなければならないな。
まだ推理がどこか間違っている可能性もある以上、100%の確信には至れないが……
それでも今は、これがゲームマスターに繋がる最も大きな手がかりだ)
◆◇◆
「……さて……着いたか」
そう考えている内に、ヒースクリフは目的の場所へと無事に到着する事が出来た。
F-4。
森からある程度近い地点にあり、且つHPが回復するまで休息を取れる地点。
その条件に当てはまったのが、この場所……そこに佇む一軒の小屋だ。
「外見は確かに、ただの小屋ではあるが……ふむ」
この小屋だが、ヒースクリフには一つだけ気になる事があった。
それは、何故単なる小屋がマップに記載されているかだ。
これがショップや病院といった有益な施設か、或いは日本エリアの学園がそうである様に参加者がよく知る名所等なら分かる。
しかし……ここは、特別な名前を持たぬ唯の小屋だ。
故にヒースクリフは、返ってここに何かがあるのではないかと思ったのである。
そして恐らく、自身と同じ疑問を抱いたプレイヤーが来る可能性も―――事実、ワイズマンはこの小屋に何かがあると睨んでいた―――ある。
レッドプレイヤーが現れる危険性もゼロではないが、その逆もまた然りだ。
有益な情報を持つプレイヤーが来れば、現状願っても無いチャンスである。
(これがSAOならば、何かしらのイベントが用意されているというところだが……ここも同様か?)
念を入れ、青薔薇の剣をオブジェクト化させてから小屋の入り口へと近づいていく。
果たして何があるのか、何が起こるのかは全く想像がつかない。
ただ、何も無いという事はありえないだろう。
軽く深呼吸をし、そのドアノブを強く握る……鍵はかかっていない様だ。
――――――ガチャッ。
警戒心は最大限に、一切気を緩める事はせず。
ヒースクリフは小屋のドアを開き、その中へと足を踏み入れ……
「……何?」
そして、目の前の光景に驚愕の声を漏らした。
最初にマップデータを見たとき、彼がこの小屋について想像したのは、ファンタジーではおなじみの牧歌的なそれだった。
SAOの二十二層に設置したログハウスが、一番近い形だ。
実際、この小屋の外見自体もその通りだった。
だが……この中身は、一体どういうことだ。
天井には、白色光を放ち部屋全体を照らす蛍光灯。
床には、光沢を放つフローリングにカーペット。
壁には、白に近いクリーム色をした壁紙。
(現代的……近代的過ぎないか?)
ファンタジーどころか、その完全な対極。
現代的すぎる、リアルに極めて近いものだったのだ。
ヒースクリフは、兎に角その光景に驚きと戸惑いを隠せないでいた。
間違って、マンションかアパートかのドアでも開いてしまったのだろうか。
いや、ここが日本エリアやアメリカエリアならまだ分かるが、マップを見る限り間違いなくファンタジーエリアにある小屋だ。
まして外見は、完全にファンタジーのそれであった。
では……この異質すぎる空間は何なのだろうか?
まるでこの小屋の内部だけ、ファンタジーエリアとは別の場所に繋がっているかの様な、この現代的な居住空間は。
「場違いにも程がある……そう驚くのも、無理はないわね」
「!?」
その刹那。
住居の奥より、何者かの呼びかけが聞こえてきた。
女性の―――感じからしてそれなりに年を取っている―――落ち着いた声だ。
ヒースクリフは咄嗟にそちらへ視線を向けると共に、剣を強く握り締める。
イベント用に設定されたNPCの類か、或いは先に小屋を訪れていたプレイヤーがいたのか。
どちらにせよすぐに襲い掛かろうとしない事からして、無差別に参加者を襲う様な輩ではない様だが……
「そう警戒しなくてもいいわ。
私は、貴方と違って闘う術を持ち合わせていないもの……それどころか、本来の力ですら満足に使えない有様なのだから」
そんな警戒心を感じ取ったのだろうか。
声の主は、ヒースクリフに自身に敵意が無い事を伝えてきた。
その言葉に、彼はやや思案した後……剣を手にしたまま、その場から動かずに問いを投げかけた。
敵意の無さを訴えつつも、騙し討ちを仕掛けてくる危険性もある。
ならばここは、まず相手の正体を知るべきだ。
「一つ聞かせていただきたい。
貴方は私と同じプレイヤーなのか、それともこの小屋に設置されたNPCなのか、どちらなのだ?」
この状況下で自分に声をかけてくる存在は、このどちらかだ。
前者か後者か、それによって出方が大きく変わるのだが……
「残念ながら、そのどちらでもないわ」
「何……?」
その答えは、全く予想していないものであった。
声の主は、参加者でも無ければNPCでも無いと言い放ったのだ。
同時に、ヒースクリフの腕に緊張が走る。
プレイヤーでもNPCでもない存在……それは即ち。
「……主催側の者なのか?」
考えうる限り、最悪といってもいいパターン。
榊側に所属する者が相手というケースがありえるのだ。
しかし……だとすると奇妙だ。
確かにこの小屋には違和感を覚えたが、態々主催に繋がる施設を堂々と会場に置くだろうか?
いや、それはまずありえない。
ならば、この声の主は……
「違うわ……私も、殺し合いに参加こそしてないものの、貴方達と同じよ。
何かを果たす為に、彼等に捕らわれているという意味ではね」
「……成る程。
やはり、このバトルロワイヤルは実験場という事か」
NPCとしての役割を割り振られた、特殊な立ち位置にいるプレイヤー。
自分達と同じく、このバトルロワイヤルの為に拉致された被害者だ。
そう分かると、ヒースクリフは軽いため息をついた。
元々、この殺し合いが何かしらの実験であるとは予想していた。
ならば、ただ単に争い合わせるだけではなく、合間で何かしらの変化を意図的に起こし反応を見るという事も十分にありうる。
この声の主は、その役目を榊達によって負わされた人物だ。
「ええ……私を参加者と引き合わせる事で、何かしらの変化を齎そうとしているのか。
それとも、単に争いを盛り上げたいだけなのか……或いは、両方か」
「ふむ……先程、『本来の力を』と言っていたが、それと関係があるのかな?」
ヒースクリフはウィンドウを操作し、アバターを白衣の科学者―――茅場晶彦としての姿に変化させる。
声の主には、こちらを襲うつもりが無いであろう事ははっきりと分かった。
ならばいつまでも威嚇行為をとる必要はない。
それに……これは単なる気分の問題だが、流石にこの空間で騎士姿というのは不釣合いだ。
一応、ここは相応な姿で対話に臨むべきだろう。
「貴方が主催者の立場なら、唯の話し相手をわざわざ殺し合いの舞台に置くかしらね?」
「確かに、分かりきった質問ではあるな。
これは失礼した」
茅場晶彦は声の主がいる場所へと、ゆっくり歩を進めていく。
同時に部屋の内装にも目を配らせてみるが、やはりここはどこかアパートの一室らしき居住空間だ。
それも日本ではなく、欧米によく見られるスタイルに近い。
「では、この不釣合いな空間も意味があってのものとみていいのかな?」
「そうね……ここは、私が今まで住んでいた場所をそのまま再現したマトリックスよ。
私にせめて、居心地よく過ごしてほしいとでも思ったところか、それとも……」
そして部屋の奥へと足を踏み込み、茅場晶彦は声の主とようやく真正面から対面した。
黒い肌にパーマをかけた髪をした、見た目にはそれなりに老いが見られる女性。
彼女はソファーに深く腰掛け、その手には一本の煙草が携えられている。
「……あの小屋は入り口に過ぎず、ここだけは会場の何処とも異なる別の空間に繋がっている。
恐らくは、貴方を幽閉する為に……といったところか」
「ええ、私は事実この切り離されたマトリックスから離れることは出来ないわ。
出入りが許されているのは唯一、貴方達参加者達のみよ……
こんな事態はアーキテクトにも、私でさえも予想が出来なかったから、驚いたわね」
「しかし、それならファンタジーエリアではなくアメリカエリアに置くのが筋と思うが……いや。
システム上それが出来なかったから、この小屋を入り口にする他なかったのか?」
机を挟み、対面のソファーへと腰掛ける。
どうやらこの小屋は、予想していた以上に深くこの殺し合いの根幹に繋がる場所だった様だ。
まさか、プレイヤー達とこうも堂々と参加者以外の者を接触させるとは、正直思ってもみなかった。
これもまた、榊の目論見のひとつというところか。
「では……改めて質問させてもらおう。
貴方は一体、何者なのだ?」
ならば、この女性は一体何者なのか。
プレイヤーと接触させる事でバトルロワイアルに大きな変化を齎す事が可能だという彼女には、一体どの様な力があるのか。
茅場のその問いに、女性は一度煙草を口に当て、黒煙を口より吐き出した後……静かに答えた。
「私は、未来を見通す力を持ったエグザイル。
オラクル、または預言者とも呼ばれているわ。
もっとも……さっきにも言ったように、ここでは力が満足に使えない有様よ」
【F-6/ファンタジーエリア 小屋/1日目・午前】
【ヒースクリフ@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP70%、茅場晶彦アバター
[装備]:青薔薇の剣@ソードアート・オンライン
[アイテム]:エアシューズ@ロックマネグゼ3、基本支給品一式
[思考]
基本:バトルロワイアルを止め、ネットの中に存在する異世界を守る。
1:オラクルからひとまず、話を聞く。
2:榊についての情報を入手し、そこからウィルスの正体と彼の目的を突き止める
3:バトルロワイアルを止める仲間を探す
[備考]
※原作4巻後、キリトにザ・シードを渡した後からの参戦です。
※広場に集まったアバター達が、様々なVRMMOから集められた者達だと推測しています。
※使用アバターを、ヒースクリフとしての姿と茅場晶彦としての姿との二つに切り替える事が出来ます。
※エアシューズの効果により、一定時間空中を浮遊する事が可能になっています。
※ライダーの真名を看破しました。
※Fate/EXTRAの世界観を一通り知りました。
※.hack//の世界観を一通り知りました。
※このバトルロワイヤルは、何かしらの実験ではないかと考えています。
※参加者に寄生しているウィルスは、バトルロワイヤルの会場を作った技術と同じもので作られていると判断しています。
そして、その鍵が榊の持つ黒いバグ状のデータにあるとも考えています。
【オラクル@マトリックス
[ステータス]:健康
[備考]
※姿は、REVOLUTIONの時のものです
※未来を視る力が制限されています。
制限の程度がどの程度かは、以降の書き手に任せます。
※小屋の外へと動くことは出来ません
※F-6の小屋はオラクルの住居に繋がっています。
この住居は、会場とは別に切り離された電子空間に存在しています。
以上、投下終了です。
乙です。
ヒースクリフのキレっぷりがやばい。
榊の目的とウィルスの正体に、ここであたりをつけるとは……
そしてまさかのオラクル登場とは。
スミスがすぐ近くにいるから、かなりヤバいんじゃないかこれはw
投下乙です。
ヒースクリフはどんどん考案を進めていきますね。果たして彼の推測は正しいのかどうか?
そしてオラクルとも接触しましたから、どんどんロワの真相に近づいて行きそう……
投下乙です
考察するには頼りにはなるんだが本当に真相に近づいているのかどうか…
凄く加速してるが果して…
投下乙です。
流石はヒースクリフ、この手の考察をさせると群を抜いてる。
ドンピシャレベルまではいかなくても、この考察は結構良い線行ってる気がするな。
オラクルがここで出てくるとは思わなかった。
スタンスを迷ってたりしてるキャラと出会ったら、たしかにプラスにせよマイナスにせよ影響を与えられる……
けど、それ以上にマク・アヌによりにもよってスミスがいるのがなぁw
参戦時期的に、スミスに発見されたら唯じゃすまないぞこれは……
でも考えてみたら、原作的に預言者取り込むのってスミスにとっても死亡フラグだよな……
ワイズマンって将来的には「運命の預言者」の適格者なのよなぁ
もしThe World R:2版のアバターにも変更できる仕様だったなら…
仮投下スレに投下あり
これより予約分の本投下をさせて頂きます。
誰かは言った。ロボットは夢を見ないと。機械で作られたロボット達は眠らないし、夢を見る機能を取り付けられることも滅多にない。人間に近くなるように作られない限り、ありえないだろう。
ならば、アバターはどうだろうか? インターネットコミュニティを利用する人間の分身であるアバターは夢を見るのか。また、機械によって生み出されるAIは夢を見ることがあるのか。人間のように計算や推測をすることはあっても、夢を見ることがあるのだろうか。夢を見るように設定したとしても、それは人間が見ているのと同じ夢と呼べるのだろうか。
そして、機械によって作り出された仮想空間に生きる者達も夢を見るのか。仮想空間に意識を閉じ込められてしまったら、夢を見ることができるのだろうか。その世界で眠りについたとしても夢を見られるのかどうかわからない。既に夢の中にいるような状況なのだから、そもそも夢を見る必要がないかもしれなかった。
だからといって、仮想世界に閉じ込められた彼らは夢を見ないという訳ではない。この殺し合いでも既にジローという参加者が夢を見たのだから。
そして今も、榊達が主催する仮想空間の殺し合いを強いられた参加者の一人である桐ヶ谷 和人は……いや、VRMMORPGの世界ではキリトというハンドルネームで呼ばれている少年は、夢の世界にいた。
***
「ここは、どこだ……?」
気が付くと、俺は闇の中に立っていた。
辺りを見渡しても、見えるのは黒一色だけ。夜の闇よりも濃くて、泥のように粘っているような漆黒が俺の周りに広がっていた。まるでRPGに出てくる洞窟のようで、いつモンスターに襲われてもおかしくない。だけど、今の俺にとってそんなことはどうでもよかった。周囲は闇に包まれているが、仮に不意を突かれたとしても負けるつもりはない。こんな状況でも、打開できるだけのスキルを身に付けてきたのだから。
考えるべきことは、ここは一体どこなのかだ。どうして俺はこんな所にいるのか。殺し合いをさせられていたはずなのに、いつの間にこんな場所に辿り着いてしまったのか。どれだけ考えていても答えを見つけることはできず、俺の中で疑問が膨れ上がっていく。
しかしここでそれを考えていても意味がない。それよりも、一刻も早くこの暗闇の中から抜け出すことを考えるべきだった。何の明かりもなく、視界が闇に覆われている中を進むのは無謀だが、止まっている訳にはいかない。
「そうだ、サチは……サチはどうなった?」
こうしている間にも、ずっと守りたかった彼女……サチが危険に晒されているかもしれないからだ。
「サチ……サチ! いるなら返事をしてくれ、サチ!」
闇の中でサチの名前を呼び続けるが、俺の声は空しく響き渡っていくだけだ。返事はないので、他の誰かに届いているとはとても思えない。
「サチ! サチ! 俺だ、キリトだ! 頼むから返事をしてくれサチ! サチ! 俺はここにいるから! サチ!」
俺は一心不乱に腹の底から叫んでいるが、やはり返事はなかった。
もう二度とサチを見殺しにしない。こうしてまた巡り合うことができたのだから、彼女を見捨てることなんてしたくなかった。もしもまたサチが俺の前からいなくなってしまったら、俺は今度こそ壊れてしまう。サチの為にも、そして俺の為にもそれだけは絶対に避けなければならなかった。
サチを守りたい。その想いが今の俺を支える原動力になっているのだから。
「サチ! サチ! サチ! 俺は君のことをもう見捨てたりしない! 俺は君を悲しませたりしない! 俺が絶対に守る! 俺が絶対にサチを守ってみせる! だから……返事をしてくれ! サチ!」
必死に呼び続けるが、やはりサチは現れない。
しかしそれなら何度でも呼び続けるだけ。それでもサチが答えてくれないなら、どこまでだろうと走り続けて、絶対にサチを見つけてみせる。それを邪魔する奴がいるのなら、例え相手が誰であろうとも俺は容赦をしない。
これまで、かけがえのないものをたくさん失ってしまった。だから、失わない為に今度こそ力を尽くさなければならない。サチを救うことができるのならば、俺は悪鬼にでも外道にでもなってみせる。例え、ゴミやクズと蔑まされたとしても、俺はその悪名を甘んじて受ける覚悟だ。あの茅場晶彦が主催したSAOによるデスゲームを攻略していた頃だって《ビーター》の汚名を背負い、一人で戦ってきたのだから、今更どこまで堕ちようとも構わない。
下らないプライドに拘ったせいで大切なサチを失う。それに比べれば、罵詈雑言などただの雑音に過ぎない。そんな声など無視してしまえばいいだけだ。
「サチ! サチ! サチ! サチ! 頼むから、俺の前にまた顔を見せてくれ! サチ!」
サチの名前を呼ぶ度に、サチとの思い出が俺の脳裏に過ぎっていく。
忘れもしないあの日から、俺は自ら《ビーター》という悪名を自称した。元ベータテスターの安全の為に憎まれ役を一人で買って出たことに後悔はなかったが、それでも俺は心を痛めていた。そして、ゲームの攻略を進めている中で《月夜の黒猫団》というギルドを見つけ、サチと出会う。
今になって考えれば、俺はもっと強くあるべきだった。俺の心が強ければあのギルドは崩れることなんてなかったし、サチが死ぬことだってなかった。俺と出会いさえしなければ、今頃サチは普通の女の子として生きていられるはずだった。
後悔したってどうにもならない。全ては俺の弱さと愚かさが招いた結果だ。
だからこそ、今はサチを救ってみせる。あの時、救えなかったサチを今度こそ救ってみせる。もう二度と、サチを絶望させたりなんかしない。サチを傷付けさせない。サチを悲しませたりしない。サチに涙を流させない。サチを救う為の力だって今の俺には備わっているのだから。
サチは絶望していた俺を救ってくれた。サチの存在が俺を支えてくれた。サチがいてくれたからこそ、俺はデスゲームの中で生きていられることができた。サチと出会わなかったら……俺はきっと今でも孤独だっただろう。
その為に、俺は出口の見えない闇の中を走り続けている。その時だった。俺の耳に、嘲笑うような声が聞こえてきたのは。
「フン……やはり、キサマら人間はどこまでも愚かで、弱い存在だ」
それに気付いた俺が振り向いた先には、あの死神・フォルテが立っていた。
「お前は、フォルテ!」
「また会ったな、キリト……これは実に奇遇だな」
「何の用だ……俺は今、お前なんかに構っている暇なんてない! さっさとどけ!」
「ほう? キサマはあんな弱い人間を守る為に、俺を無視するつもりなのか? ククク……面白いことを言ってくれる」
フォルテの言葉は俺を苛立たせた。
時間を無駄に取らされてしまうこともそうだが、サチを侮辱されたことが何よりも許せなかった。お前に何が分かるのか。お前にサチの何が分かると言うのか。何も知らないくせに、どうしてサチを侮辱するつもりなのか。
怒りの感情が湧きあがってしまい、俺は自然に剣を握り締めてしまう。
「だが、キサマが俺を放置すると言うのなら面白い……好きにするといい」
しかし、その直後にフォルテの口から出てきた言葉によって、俺は面を食らってしまう。
あまりにも予想外だったので、張り詰めていた俺の力も自然に緩んだ。あのフォルテが俺を見逃そうとするなんて、とても信じられなかった。
「なっ……フォルテ、どういうつもりだ!?」
「言葉の通りだ。俺はキサマを見逃す。キサマがそれを望んだのだろう? 俺はそれを叶えてやるだけだ……有難く思うがいい」
「何だと!?」
奴の言葉を信じることが俺にはできなかった。
人間を憎んでいるはずのフォルテが俺を見逃すなんてあり得ない。絶対に何かあるはずだった。このままフォルテから背を向けたとしても、俺にとってプラスになるはずがない。
俺は警戒して、再び剣を握り締めた。その時だった。
「もっとも、キサマが俺から離れた所で……何かをできるわけがないのだかな」
フォルテが嘲りの言葉を口にした瞬間、背後の闇に歪みが生じる。
何事かと思った瞬間、俺は目を見開いた。その歪みの中から、俺の出会ってきた人達が姿を現したのだ。
ユイ、クライン、エギル、シリカ、リズベッド、リーファ、シノン、ユウキ……俺にとって大切な人達が闇の中から現れた。
「み、みんな!? どうして!?」
当然ながら俺は疑問をぶつけるが、誰もそれに答えてくれない。それどころか、みんな俺を失望したかのような目で見つめていた。
その視線に耐えられなくなってしまい、俺は思わず後ずさってしまう。
「パパ、どうしてですか……?」
そして、それに追い打ちをかけてくるようにユイが口を開く。
「いつからキリトはそこまで身勝手になった?」
今度はクラインが俺に対して刺々しい言葉をぶつけてくる。
「俺達はお前のことを信頼していた。お前はいつだって真っ直ぐに進んだ。だからこそ俺達はお前についていった」
「でも、あなたは私達の気持ちを裏切った……」
「こんなの酷すぎるよ……私達は一体、何の為に頑張ったのかわからないよ……」
「私達はお兄ちゃんを頼りにしていたのに、お兄ちゃんはどうしてそれに答えてくれなかったの……?」
「最悪だね、キリト」
「ボク達を失望させないでよ……」
エギルが、シリカが、リズベッドが、シノンが、ユウキが、皆が俺を非難してくる。
皆の言葉が胸に突き刺さって、俺は何も言うことができない。どうしてそんなことを言われなければならないのか、まるで理解できなかった。
「この人間どもは実に哀れだな……キサマなどについていかなければ、裏切られることもなかっただろうに」
ショックのあまりに言葉を出すことができなかった俺の耳に、フォルテの声が響いてくる。
その手には、いつの間にかあの巨大な鎌が握られていた。そして、フォルテは鎌を振り上げてくる。
「フォルテ、お前……まさか!」
「見るがいい、キリト……キサマの選んだ選択の末路を」
「や、やめろおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
数秒後の未来を予測した俺はフォルテを制止する為に走り出すが、願いを裏切るかのように鎌は振り下ろされる。
そして、その一閃によって皆の身体は切り裂かれて、呆気なく消滅してしまった。
「み、みんな……そんな……!」
たった今まで目の前に存在していた皆が跡形もなく消える。その事実が心に重く圧し掛かり、俺は膝を落とすことしかできない。
また、守れなかった。助けられたはずのみんなを見殺しにしてしまった。クラインとリーファを悲しませたまま、死なせてしまった。
呆然とするしかできなかった俺に、あのフォルテは尚も責めてくる。
「やはりキサマは弱いな……弱すぎる。やはり、守るなどというキサマの言葉など口だけだったということか」
刃物のように冷たい言葉が耳に突き刺さり、俺の身体はピクリと震えた。
みんなを殺したフォルテに対する怒りではない。無力な自分に対する失望ではない。その気持ちも確かにあるが、それ以上にフォルテの言葉を否定できないことが、俺の心に突き刺さっていた。
「それ以前に、キリト……キサマの想いなどただの自己満足に過ぎない」
「じ、自己満足だと……!?」
「そうだ。キサマは弱き人間を守ろうなどと考えているようだが、そんなのはただの自己満足だ……現実から逃げて、弱い心を必死に支えようとするだけの」
「ち、違う……俺の気持ちは逃げなんかじゃない!」
「何が違う? キサマはあの人間を守ろうとしているようだが、守れていない……そして、今まで忘れていたのではないのか?」
「なっ!?」
「あの小娘を失ってから、キサマはまた新たな人間やAIと手を組んだ。だが、小娘を失った代わりにしていただけではないのか? 孤独に耐えきれず、その代わりになる人間を見つけた……それだけだ」
紡がれる声を聞いてはいけないと本能が告げるが、今の俺にはそれができなかった。
サチのことを忘れていた。それは違うと言いたがったが、その為に動かさなければいけない口が動かない。
サチを失ってから、俺はアスナと再会してSAOの攻略を目指して、そしてヒースクリフを倒した。その後にALOに囚われたアスナを救う為に妖精王オベイロンと戦い、二人で現実の世界に戻った。そうして俺達は平和な日々を取り戻してから、また新たなる仮想世界に挑戦して多くのプレイヤーと知り合う。
それを思い出した所で、俺は一つの疑問に直面する。元の世界に戻ってから、サチのことを忘れなかった日があったのか? フォルテが言うように、アスナ達をサチの代わりにしているだけなのではないか?
違う。そんなはずはない。サチはサチだし、アスナはアスナだ。誰かの代わりだと思ったことなんて一度もない。そんなことはあってはいけないはずだ。
俺はフォルテの言葉を否定しようとする。だが……
「もっとも、そんなことなど俺には関係ない話だ……どうであろうとも、キサマが守ろうとした者達は全て消える運命なのだから」
俺の言葉を遮ろうとするかのように、足元がボコボコと溶岩が流れてくるような鈍い音を響かせながら歪んでいく。それに驚く暇もなく、黒い地面の中から何かが出てくる。
俺はそれに凝視して、そして絶句してしまう。闇の中から、シルバー・クロウとレンさんが横たわった姿で現れたからだ。
「レンさん! クロウ!」
当然ながら、俺は二人の元に向かって走る。
そうして腕を伸ばしたが、触れようとした直前に二人の身体が硝子のように砕け散ってしまった。
「そんな……! 二人とも、なんで……!?」
「どうしたキリト? キサマは守ると決めたのではなかったのか? それはやはり嘘だったことになるな」
「何だと……!?」
「おっと。俺に構っている暇などなかったはずだが? そら、あれを見てみろ」
「えっ?」
フォルテが指を向けている方に俺も振り向く。
すると、そこには俺にとって大切な二人がいた。そう、アスナとサチの二人だ。
そして彼女達を襲っている巨大なモンスターもいる。SAOの第75層のボスとして君臨していた、あのムカデのようなモンスターだ。
「アスナ! サチ!」
「キリト君、助けて!」
「キリト! このままじゃ、私達は殺されちゃう!」
「二人とも、待っていてくれ! 今すぐ俺が駆けつけるから!」
俺は魔剣を握り締めながら地面を強く蹴って、ミサイルのような勢いで疾走する。
あのモンスターはたった二人で勝てる相手じゃない。ギルドを組んでいても多くのプレイヤーが殺されてしまったのだから、一刻も早く二人を助けなければならなかった。今の俺には二人を助けられるだけの力がある。俺はそう信じていた。
だけど、そんな僅かな願いを裏切るかのように、モンスターはアスナとサチの二人を攻撃して、その華奢な体を吹き飛ばした。
「アスナッ! サチイイィィィィィィィ!」
そのまま地面に叩きつけられた二人の元に俺は駆け寄る。
ダメージによって二人のHPはどんどん減っていき、止まる気配を見せない。回復アイテムやスキルを持っていない俺に、それを止める手段はなかった。
「あ、ああ、ああ、あ……あ、あ……あ……! そんな、何で……どうして、なんで、こんなことに……!?」
やがてアスナとサチの身体がどんどん崩れ落ちていく。俺はそれを見ているだけしかできなかった。
嘘だ。こんなのは嘘だ。アスナとサチが死んでしまうなんて嘘だ。二人が俺の目の前からいなくなってしまうなんて嘘に決まっている。
俺はもう二度と、見捨てることなんかしないって決めたはずだ。それなのに、どうしてこうなってしまうのかがわからない。
これが、俺の選択の末路なのか? フォルテが言うように、俺は誰のことも守ることができないのか? だとしたら今まで何の為に戦い、何の為に力をつけてきたのか?
「キリト君」
「キリト」
そして、アスナとサチは同時に口を開いてきた。
「どうして、私のことを助けてくれなかったの……?」
「どうして、私のことを助けてくれなかったの……?」
今にも泣きそうなくらいに潤んでいて、それでいて幻滅したかのような瞳で俺を見つめてくる。
「うそつき」
「うそつき」
その一言を残した瞬間、アスナとサチは跡形もなく砕け散ってしまった……
「あ、あ、あ、あ、あ、ああ、あ、あ、あ……ああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
絶望のあまりに、俺は慟哭することしかできない。
それを聞く者は誰もいない。フォルテもアスナとサチを殺したモンスターもいつの間にかいなくなっていたが、そんなことはもうどうでもよかった。
俺はただ、たった一人で叫ぶことしかできない。暗闇の中で俺自身の無力さに苦しみながら、叫び声を空しく響かせることしかできなかった。
***
E−5エリアの森の中で、ブルースは考えていた。
先程出会ったアーチャーという男の言葉がブルースにとって引っかかるものであった為、ずっと考えていた。
自分が守ろうとしている正義という存在。それは社会全体の秩序を司る法なのか。それとも、社会に生きる人そのものなのか。考えても答えは見つからないし、何よりもすぐに見つからないだろう。
アーチャーはどうしてピンクにこのようなことを問いかけたのか。彼にとって、正義とは何か特別な意味合いを持つのだろうか。あるいは、ここに来るずっと前にどちらかを天秤にかけてしまったことがあり、そして大切な何かを失ったことがあるのか……真相はわからないが、それだけ気になってしまう。
パートナーである伊集院 炎山ならアーチャーの問いにどう答えるのか。自分のように悩むか、それともあっさりと答えてしまうのか。あの光 熱斗やロックマンならば迷わず即答してしまいそうだが、自分には無理だった。
だが、それをいつまでも考えていた所でどうにもならない。あまり先延ばしにしていけないかもしれないが、今は他に考えなければならないことがある。
「ピンク、その男の傷を治せそうか?」
「あたし自身の力じゃ無理ね。この人を治す方法だけならあるけど」
「何?」
「あたしの支給品の中に回復に使えそうなアイテムがあったの。それさえ使えば、この人を助けられそうだけど……」
そう語るピンクの手には、桃色の輝きを放つクリスタルが存在する。色のせいでピンク自身の能力と錯覚してしまいそうだったが、紛れもない支給品だ。
それは回復結晶というアイテムらしく、使った者のHPを回復する効果を持つらしい。恐らく、リカバリー系のチップと同じようなアイテムだろう。その効果が本当ならば、キリトという少年を助けることができるかもしれない。
ピンクはこれまで回復結晶を使う機会がなかったので出さなかったようだが、今がその時だろう。
「そうか……」
だが、ブルースはこのまま回復結晶を使うべきなのかを悩んでいた。
オフィシャルとして、殺し合いに巻き込まれてしまったキリトを助ける使命がブルースにはある。だが、ここでキリトを回復させて、そこからまた暴れてしまったら手をつけられなくなる恐れがある。ブルースとて負けるつもりはないが、キリトは簡単に止められないほどの強さを誇っている。戦闘になったら今度こそ消耗は避けられないだろうし、もしかしたらピンクにも被害が及ぶかもしれない。
もしもキリトがまたピンクを斬ろうとするならば、ブルースはキリトを斬らなければならなかった。最悪の場合、ここでデリートすることになったとしても。
ピンクのことは守りたい。また、これからキリトが激情に任せて他の誰かを襲う危険があるなら、オフィシャルとしてそれを阻止する必要がある。だが、キリトをこのまま斬っていいとも思えない。彼はあのサチと呼ばれた少女を救おうとして、その気持ちだけが先走ってしまっただけだ。
このままキリトを斬っては炎山が失望するだろうし、何よりも自分自身が許せなくなってしまう。
(……こういう時、あのアーチャーという男ならどうしただろうな。正義の意味を問いかけてきたあの男だったら)
ブルースはアーチャーの言葉を再び思い出す。
本当に守りたいのは『人』と『法』のどちらなのか。それは、今の状況にも同じことが言える。キリトはサチという『人』を守る為ならば、オフィシャルとしての『法』を破ることすらも厭わないだろう。そうなったら、自分はキリトと戦わなければならなくなるが、それは本当に自分が望むことなのか。だが、キリトと戦うことを拒んで『法』を破ってしまっては、結果として他の『人』が傷付いてしまうかもしれない。
また、あのカイトという少年がキリトのことを知ったら、きっとキリトに加担するだろう。そうなったら、カイトという『人』とも戦うことになる。
(アーチャー……お前の言っていたことは、こういうことなのか? どちらかを見定めなければ、本当に守りたかったものを見失ってしまうとはこういうことなのか?)
半端な気持ちでどちらかを選んでしまっては、きっと取り返しのつかない後悔を背負ってしまう。それをアーチャーは言いたかったのだろうか。
(お前は一体、過去に何を見た? お前もかつては俺達オフィシャルのように、誰かを守る為に戦っていたのか……? アーチャー)
ここにアーチャーはいないので真相はわからない。
だが、確信できることが一つだけある。アーチャーの語った『本当に守りたかったものを見失った、愚かな先人』とはアーチャーにとって親しい者か、あるいはアーチャー本人のことか。
いずれ、それも聞かなければならない時が来るのかもしれない。そう、ブルースは考えていた。
「ブルース。あなた、さっきから何を考えているの?」
そんな中、ブルースの思考を遮るかのようにピンクが言葉をかけてくる。
「何?」
「あのアーチャーってヤツに変なことを言われてから、アンタはずっと考え事をしているわ。もしかして、アイツの言葉がずっと気になっていたの?」
怪訝な表情を浮かべるピンクの問いかけに、ブルースは否定することができない。
やはり、これだけ考えていたら流石に気付かれてしまうのは当たり前だろう。言葉にしなくても、顔に出てしまったかもしれない。
「……ああ」
「やっぱり……あのね、あんな変なヤツの言うことなんていちいち気にしていたら、やっていられないわよ? あんなの、ただの戯言よ!」
ピンクは励ますつもりで言ってくれているのだろうが、ブルースはそんな簡単に割り切ることができなかった。
もしもアーチャーの言葉を簡単に切り捨てたまま戦いを続けていたら、いつかどこかで痛い目を見るかもしれない。そんな予感をブルースは胸に抱いていた。
「それよりも、今はキリトのことが先決でしょ。彼に回復結晶を使っても、本当に大丈夫かな……?」
そう語るピンクはどことなく不安げな表情でキリトを見つめている。
キリトは苦悶の表情を浮かべたまま眠ったままだ。肉体のダメージだけでなく、サチに刺されてしまったショックもあるのだろう。まるで悪夢にうなされた人間を見ているようだった。
回復結晶を使えばその苦しみを多少は和らげられる。だが、それで回復するのはHPだけで、キリトの心を回復できるとも限らない。
彼のことは救いたい。だが、その為に必要な方法をブルースとピンクは知らなかった。
「ねえ、もしも彼がこのまま目覚めたら、私達のことを襲う……かしら?」
「だろうな。一応、武装は取り上げておいたが、こいつはそれをお構いなしに取り返そうとするだろう。また、例え戦いにならなくても、あのサチという少女を捜しに一人で飛び出すかもしれないな」
「ちょっと! そんなことをしたら彼はすぐに死んじゃうわ!」
「そうさせない為に俺達がいる。かといって、今の俺達にできることはこいつが早まったことをしないよう、腕ずくで止めることだけだ……」
「そんな!」
ピンクの悲痛な声に、ブルースは溜息交じりの言葉で返すことしかできない。
サチがいなくなってしまったことをキリトが知ってしまったら、何をするかわからない。こうしている間にサチが死んで、それが主催者からのメールで告げられたら、キリトは発狂して自殺する恐れがある。
サチのことも捜したいが、キリトがこんな状態ではとても不可能だった。
「……うっ」
そして、ブルースの不安を煽るかのように呻き声が発せられる。
次の瞬間、キリトの頭部が小さく揺れて、瞼がゆっくりと開かれていった。
「あれ、ここは……?」
キリトはぼんやりとした表情で辺りをキョロキョロと見渡す。
目覚めたばかりのキリトの表情が、ブルースの目は酷く憔悴しきったように見えてしまった。
***
瞼を開けた先には、捜していたはずのサチがいない。代わりにいるのは、あのブルースとピンクと呼ばれていた奴らだった。
周囲に見えるのは緑豊かな森の風景と、先程まで戦っていた参加者達だけ。
俺は夢を見ていたようだ。どんな夢を見ていたのかはあまり覚えていないけど、アスナとサチが出てきたことは確かだ。
そこで、二人は何をしていたのか。それを思い出す為に俺は記憶を辿ろうとしたが……
『うそつき』
『うそつき』
「……ッ!」
俺の脳裏に、アスナとサチの言葉が蘇る。
俺の心臓が凄まじい鼓動を鳴らして、その影響なのか全身から汗が噴き出した。
「お、俺は……俺は……!」
そして、俺にとって最悪の記憶も蘇っていく。
アバターが黒いナニカに覆われてしまったサチを救う為に戦ったが、そのサチに刺されてしまった。そして、サチに刺されてしまった俺は倒れて、悪夢を見た。
どうしてサチは俺を刺したのか。また、サチの身体を覆っていた黒いアレは何だったのか。サチは一体、何をされてしまったのか。何から何まで、わからないことだらけだ。
しかし、そんなことは今の俺にとってどうでもよかった。
「……そうだ! サチは!? サチはどこだ!? サチ……!」
俺はいなくなったサチを捜す為に立ち上がろうとしたが、その途端に肩を抑えつけられてしまう。
それをしたのは、俺と戦ったブルースという男だった。
「落ち着け、キリト」
「なっ!? お前……!」
「これから俺はお前に話をする。お前が大人しくそれを聞くのであれば、俺はお前を解放する」
「何だと!?」
「話を聞け!」
ブルースの冷徹な言葉が俺に突き刺さってくる。
気が付くと、俺は全身に鋭い圧迫感を感じていた。見ると、俺の身体はロープで縛られている。どうやら、気を失っていた間に拘束されてしまったようだ。
俺はそれを千切ろうと足掻くが、やはりその程度では破ることができなかった。
「ちょっと、ブルース!」
「こいつに暴れさせる訳にはいかない。その為にも、今はこうするしかない」
「でも……!」
「文句なら後でいくらでも聞く。それよりも、今はこいつに事情を説明することが先だ」
ブルースは俺を睨みつけたまま、傍らに立つピンクという女にそう説得する。
その様子が妙に落ち着いていたので、俺の中で苛立ちが積もっていく。事情を説明するだと? サチに酷いことをしておいて、まだ言い訳をするつもりなのか? ふざけるのもいい加減にしろ。
「おい、お前達! 彼女を、サチをどこにやった!? 今すぐサチを返せ!」
「話を聞けと言っているだろう! それに、さっきも言ったように俺達は彼女に何があったのかなんて知らない! お前を刺した彼女がどこに消えたかのだって俺達は知らない! これは本当だ!」
「ふざけるな! そんな言い訳が通ると思っているのか!?」
「言い訳じゃないと言っているだろう! いい加減にしろ!」
俺達は必死に怒号を飛ばし合っている。
ブルースの言い分に腹を立てて、俺は更に糾弾したかったが喉が言うことを聞かない。疲労が重なった状態で叫んだせいで、俺はゼエゼエと息を切らせてしまう。
わかりきったことだが、仮想空間でも肉体の疲労は感じてしまう。現実の世界と同じように。
「……お前が俺達を信用できないのはわかる。だが、頼むから今は話を聞いて欲しい」
一方でブルースは、そんな俺を同情するかのような目で見つめていた。
「まず、お前が彼女のことを斬ろうとした俺を敵と思っていることは認める。そして、事情も知らないのに斬ろうとした俺にも非があることは認める……すまない」
「謝ったって、サチが元に戻るのかよ……!?」
「何度も言ったように、俺達は彼女に取り付いたあの黒いバグの正体がわからない……だから、今はそれを取り除く手段を捜すことを考えている。無論、その前に彼女の身柄を保護することが先決だが」
ブルースは真摯な表情で語るが、俺はそれが全く信用できなかった。
サチを襲っておきながら、今度は守ると言われてもまるで説得力が感じられない。どうせ、言い逃れをしようとしているのだと邪推してしまう。
俺はそんなブルースに対して感情を爆発させようとした。が……
「それと、ある男からお前に伝言がある。娘を心配させるな、だそうだ」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中で湧きあがろうとした感情が一気に止まってしまう。
ブルースの言葉の意味を受け止めるまで、数秒の時間がかかってしまった。
「娘を、心配させるな……? それってまさか……ユイのことか!? ユイがどこかにいるのか!?」
「俺は名前を聞いていないから、娘が誰のことなのかは知らない。だが、やはり心当たりがあるようだな……恐らく、ユイという娘の可能性が高いだろう」
「そんな……サチやユウキだけじゃなく、ユイまでここにいるなんて……!」
ユイがこの殺し合いに巻き込まれている。その事実を受け止めることに俺は抵抗をしていた。
俺にとって大切な人が何処かにいることは、既にわかりきっていた。クラインやリーファが死んだことがメールで告げられたし、サチやユウキの姿だってこの目で見ている。AIのレンさんが参加させられている以上、同じAIであるユイだっていないとは言い切れない。それでも、彼女がいるなんて認めたくはなかった。
「お前がサチという少女のことを気にかけているのはわかる。だが、彼女のことばかりを考えるあまりに暴走するのだけはやめろ。それを悲しむ相手だっていることも考えたらどうだ?」
ブルースの言葉に俺は何も反論することができなかった。
俺が無茶をしたせいで誰かが悲しんでいる。そう考えた瞬間、サチの悲しげな表情が俺の脳裏に浮かび上がった。そして、今度は夢の中で見たアスナやユイの絶望も、俺の記憶に湧きあがっていく。
考えてみたら、ユウキだって俺のことを心配しているかもしれなかった。せっかくまた会えたのに、考えていたのはサチのことばかり。もしも、ユウキのことは蔑ろにしていたと言われても、否定することができなかった。
まさか、サチはそんな俺に失望してしまったのではないか……俺の中で、そんな可能性が芽生えてしまう。
「……俺は、サチのことを裏切ってしまったのか? いや、サチだけじゃなくみんなのことも……裏切ったのか?」
その問いかけに答えてくれる者は誰もいない。
サチはもう失いたくないと思っていたのは確かだった。でも、守りたかったのはサチだけじゃなかったはずだ。アスナやユイ、それに仮想世界で出会ってきたみんなのことだって、俺は守りたかった。それはレンさんやクロウ、そしてオーヴァンだって同じだ。
それに守りたいものがあるのは、ここにいるブルースやピンクだって同じじゃないのか。また、ブルースやピンクのことを大切だと思っている人達だっているはずだ。だけど、俺はその気持ちすらも踏み躙ろうとした。
「俺は……俺は……!」
先程まで俺を支配していた怒りや憎しみは鳴りを潜めて、代わりに失意と罪悪感が心の中に広がっていく。
さっきまでの俺は一体何をしていたのか? サチを守ろうと決めておきながら、やっていたことは感情を爆発させて他の誰かを傷付けていたことだけ。これでは、あのフォルテと何も変わらない。結果的に、デスゲームに乗ったレッドプレイヤーと同じことをしてしまった。
どれだけ後悔をしたって時間が元に戻る訳がない。いくらVRMMORPGの世界であろうと時間を巻き戻す力なんて存在しないし、そんなものがあったら世界のバランスが崩れてしまう。
「……ねえ、ブルース。もう、彼を離してあげようよ」
「ああ、もう拘束を解いてもいいだろう」
「わかったわ……」
ブルースの言葉に頷いたピンクが俺の身体を拘束していたロープを解く。
俺はようやく自由になれたが、何かをする気にはなれなかった。ブルースとピンクを襲ったとしても、何にもならない。サチを捜そうとしても、どこにいるのかわからない。また、サチと再び出会えたとしても、サチは再び俺のことを受け入れてくれるのかどうか……それが凄く不安だった。
ユイは無事なのか。ユイのことも守りたいけど、今の俺の姿を見てしまったら絶対に失望するはずだ。今の俺はかつてデスゲームを打ち破った勇者ではなく、デスゲームに乗ってしまったレッドプレイヤーなのだから。
俺は一体何をすればいいのか? また、こんな俺に今更何ができるというのか? 俺はただ、ブルースとピンクの視線を感じながら絶望するしかなかった。
【E-5/森/1日目・午前】
【ブルース@ロックマンエグゼ3】
[ステータス]:HP70%
[装備]:なし
[アイテム]:ダッシュコンドル@ロックマンエグゼ3、SG550(残弾24/30)@ソードアート・オンライン、マガジン×4@現実、不明支給品1〜2、アドミラルの不明支給品0〜2(武器以外)、ロールの不明支給品0〜1、基本支給品一式、ロープ@現実
{虚空ノ幻}@.hack//G.U.
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:バトルロワイアル打倒、危険人物には容赦しない。
1:悪を討つ。
2:森で待ち構え、やってきた犯罪者を斬る。
3:キリト(?)を警戒しつつも保護する。
4:俺の守ろうとしている正義は、本当に俺が守りたいものなのか?
[備考]
※虚空ノ幻を所持しています。
※アーチャーから聞いた娘のことは、ユイという名前だと知りました。
【ピンク@パワプロクンポケット12】
[ステータス]:HP100%
[装備]:ジ・インフィニティ@アクセル・ワールド
[アイテム]:基本支給品一式、回復結晶@ソードアート・オンライン
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
0:今はキリトを見守る。
1:悪い奴は倒す。
2:一先ずはブルースと行動。
[備考]
※予選三回戦後〜本選開始までの間からの参加です。また、リアル側は合体習得〜ダークスピア戦直前までの間です
※この殺し合いの裏にツナミがいるのではと考えています
※超感覚及び未来予測は使用可能ですが、何らかの制限がかかっていると思われます
※ヒーローへの変身及び透視はできません
※ロールとアドミラルの会話を聞きました
※最後の支給品は回復結晶@ソードアート・オンラインでした
【キリト@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP5%、MP40/50(=95%)、疲労(大)、SAOアバター、自分自身に対する失望
[装備]: {蒸気式征闘衣}@.hack//G.U.、小悪魔のベルト@Fate/EXTRA、
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜1個(水系武器なし)
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考・状況]
基本:絶対に生き残る。デスゲームには乗らない。
0:サチ、どうして…………
1:???????????
2:二度と大切なものを失いたくない。
[備考]
※参戦時期は、《アンダーワールド》で目覚める直前です。
※使用アバターに応じてスキル・アビリティ等の使用が制限されています。使用するためには該当アバターへ変更してください。
・SAOアバター>ソードスキル(無属性)及びユニークスキル《二刀流》が使用可能。
・ALOアバター>ソードスキル(有属性)及び魔法スキル、妖精の翅による飛行能力が使用可能。
・GGOアバター>《着弾予測円(バレット・サークル)》及び《弾道予測線(バレット・ライン)》が視認可能。
※MPはALOアバターの時のみ表示されます(装備による上昇分を除く)。またMPの消費及び回復効果も、表示されている状態でのみ有効です。
※ユイが殺し合いに巻き込まれている可能性を知りました。
※虚空ノ幻を失っていることに気付いていません。
【回復結晶@ソードアートオンライン】
ソードアートオンラインにて使用されている、回復用アイテム。
モンスタードロップでしか手に入らないレアアイテムの一つで、使用した参加者のHPが全回復します。
また、転移結晶と同じように一度使用すれば消滅してしまい、そして転移結晶無効化エリア内部での使用はできません。
以上で投下終了です。
投下乙です
なんとか落ち着いたが絶望というか自己嫌悪というかその手の心の迷宮に陥ったらなかなか抜け出せないんだよなあ
ここから立ち直ってくれたらいいが
ブルースとピンクに期待
短いですが、これより予約分の投下を始めます。
豪華絢爛な輝きが至る所より放たれているが、人の気配は微塵も感じられない。シャンデリアやソファーはとても高級であるにも関わらず、ここまで静謐だと薄気味悪さを感じてしまう。
それでいて、内部は埃一つも落ちていない。ここ、F−9エリアのホテルではまだ戦いは起こっていないとミーナは思う。尤も、ホテルだって戦場の一角だから、いつ戦火が飛んだとしてもおかしくないが。
ダークマンという闇の殺し屋を自称した不気味な人物と出会ってから、ミーナは情報収集の為にホテルに訪れたが、ここでも何も得られない。他の参加者を捜してみたが、一向に見つからなかった。もしかしたら入れ違いになっただけで、今もこのホテルの何処かにいるかもしれないが、捜す為にまたホテルを見て回るのは流石に骨が折れる。
もしも本当に自分以外の誰もいなかったら、それこそ時間を無駄に消耗するだけだ。それくらいなら、他の場所に向かう方がずっと有意義だろう。
(それにしても、あのダークマンという人は一体何者だったのでしょう……やはり、運営側のアバターなのでしょうか? 私の名前を一瞬で当てたのですから)
ソファーのゆったりとした感触を腰で感じながら、ミーナは思案を巡らせる。
ダークマンはいきなり現れたと思ったら、メールで告げられる死者のことや【設定】画面から入力できるアバターの変更機能について説明をしてきた。有益な情報だったが、どうしてわざわざ説明してくれたのかが理解できなかった。
まさか、殺し合いが始まってからもう六時間以上も経過するのに誰とも会えなかった自分に哀れみを感じて、運営側が特別に情報を提供してくれたのか? そんな可能性が芽生えたが、それが本当ならあまりにも恥ずかしかったのですぐに否定する。
例え情報を提供するにしても、自分は殺し合いを打ち破る方針でいる。それは運営側も把握しているはずだ。それにも関わらずに情報を与えたということは、自分は見縊られていることになる。
(……そういえば、ダークマンはデータを取ったと言っていましたが、あれは何を意味しているのでしょう? 私に、特別なデータなんてないはずなのに)
現実の世界ではジャーナリストとして活動をして、インターネットの世界ではネットゲームの初心者に過ぎない。そんなミーナを詳しく解析したって、何も出てくる訳がない。精々、野球選手としてのデータや所属するデンノーズのポジションくらいだ。
そんなものをわざわざ得る必要があるとはとても思えない。
殺し合いの場に放り込まれてからも、やったことと言えば快速のタリスマンを使って移動速度を上げたことだけ。
そこまで考えた所で、ミーナはバグと接触した時のことを思い出した。
(まさか、彼らは私がこの殺し合いの根底に関する何かの情報を掴んだと思って、ダークマンを差し向けたのでしょうか? あの時、私が見た光景を他の参加者に話されたら、そこから何らかの不備が起こってしまう可能性だって0とは言い切れません。それを潰す為に、運営側は私に接触した……?)
可能性は次々に浮かび上がってくる。
ダークマンは自分に振れた際に、何か奇妙なプログラムをアバター内に潜ませたことだって考えられる。あのバグのことを他の参加者に話したら即座に記憶を消去されてしまうか、あるいはその瞬間にこのアバター内に潜ませたウイルスが発動して強制的にデリートされるか……そんな不安がミーナの脳裏に浮かんでいく。
もちろん、これがただの杞憂であることだってあり得た。バグの処置を済ませているのなら、例え他の参加者に話した所でどうにもならないかもしれない。
それでも、この情報を話すタイミングを見計らわなければならなかった。あるいは、自分に何かがあっても他の誰かに伝わるように、何らかの形にして残すべきか。
(何にせよ、ここまで誰とも出会えないのは辛いですね……だからといって、ここで拡声器を使うのもリスクが大きすぎます。もしもこのアメリカエリアに集まったのが危険人物ばかりだったら……いいえ、流石にそれは考えすぎですね)
何にせよ、今はまだその時ではない。
仮に拡声器を使うとしても、頼れる仲間が出来てからだ。何の力もない自分が一人で拡声器を使うのは自殺行為に等しい。
とにかく、このホテルに留まっていても得られる物は何もない。今は情報収集と、他の参加者を見つける為に移動するしかなかった。
(先はまだまだ長そうですが、諦める訳にはいきません。私が頑張らなければ、この殺し合いだって止められないかもしれませんから)
※※※
黒の名を持つアバター達との戦闘を乗り越えたフォルテは、E−8エリアのショップに並んでいる商品を見ていた。
ここには武器や各種チップを始めとする様々な武器や、更には参加者名簿というアイテムまで存在する。参加者名簿とは、殺し合いに参加させられた人間やAIどもの名前が書かれているのだろう。名前の通りの代物だが、有益なことに変わらない。
だが、フォルテにはそれをわざわざ手にする必要があるのか疑問だった。どうせ破壊すると決めた者達の名前をわざわざ知った所で大した意味があるとも思えない。
とはいえ、買わなければその真価を知ることはできないだろう。250ポイントの価値があるのだから、ただ参加者の名前だけが書かれている訳ではないかもしれない。例え名前だけしかなくても、それならば破壊するだけだ。
(人間どもによって生み出された施設を利用する羽目になるとは皮肉なものだ……)
フォルテは今の自分の姿を思い返して自嘲する。
回復する為の手段を捜す為にショップを訪れたが、これでは愚かな人間どもと同じだった。
(人間どもに生み出されたオレが、人間どもと同じことをする……つくづく因果なものだ。だが、それも人間どもを消し去ってしまえば関係なくなる)
しかしフォルテはすぐに思案を振り払う。
ここに来たのは回復アイテムを見つける為であって、感傷に浸る場合ではない。傷を治して、再び狩り場へと戻る。それだけだ。
回復アイテムの欄には見覚えのあるリカバリー系のチップは全て揃っている。加えて、回復結晶や回復ポーションという物や、治癒の水というアイテムまであった。どれも効果は高いらしいが、その分だけポイントも消耗する。
ここは下手にポイントを惜しまないで確実な回復をするべきだ。ポイントを惜しんで半端な回復しかせず、それが原因で敗北などしては笑い話にもならない。
HPを完全に回復させる回復結晶及び完治の水を一つ買う為に必要なのは500ポイント。問題ない。
他の回復アイテムは安いがどれも大した効果しか持たない。手元に置いてもいいだろうが、そこまで役に立つとも思えなかった。武器の類も回復アイテムを買ってしまっては入手できなくなるが、目的ではないので構わない。
フォルテは500ポイントを消費して回復結晶を手に入れて、それを使う。すると、先程まで減少していたHPがみるみるうちに回復していった。
これでまた戦うことができる。戦い、全ての物を破壊することができる。
効果を実感したフォルテは、参加者名簿の方に目を向ける。残るポイントさえ使えばそれを買うことができるが、未だに悩んでいた。
(そういえば、あのキリトという人間とシルバー・クロウという人間は顔見知りだったな……ならば、この殺し合いにはオレの知っている奴らも紛れ込んでいるのか?)
キリトとシルバー・クロウとの戦いをフォルテは思い出す。
奴らのやり取りを見る限り、どうも顔見知りらしい。それを考えると、この殺し合いは顔見知り同士の戦いが起こる可能性だってある。元の世界での関係を問わず。
それに思い当ったフォルテは残る全てのポイントを使い、参加者名簿を手に入れる。そして名簿を開いた瞬間、フォルテは目を見開いた。
「キリトにシルバー・クロウ……それに、ロックマン! なるほど、キサマまでこの世界にいるとは……!」
参加者名簿に書かれているのはフォルテが戦ってきた者達の名前だけではない。何と、元の世界で幾度も激突してきたネットナビどもの名前も書かれているのだ。
ロックマン、ブルース、ロール、ガッツマン。ロールとガッツマンは取るに足らない小物だが、ロックマンとブルースはこの手で仕留めるべき宿敵だ。
奴らとの戦いがこの世界でもできる……そう考えた瞬間、フォルテの表情は愉悦で染まっていった。
奴らも殺し合いに巻き込まれている。もしかしたら、奴らは無力感で押し潰されて絶望しているのだろうか? 信じた者達に裏切られて、悲しみに沈んでいるだろうか?
その様子を想像しただけでも、フォルテは歓喜で震えあがった。
(そういえば、あのメールにはロールとやらの名前も書かれていたな……つまり、ロックマン達もロールがデリートされたことを知っている。だとしたら、さぞかし悲しんでいることだろう)
このショップに訪れる前に確認したメールには、あのロールがデリートされたことが書かれている。フレイムマンに関してはどうでもよかったが、ロールについてはロックマン達に莫大な影響を与えているはずだった。
その時、奴らはどんな表情を浮かべていたのかに興味はあるが、ここでそれを確かめる術はない。
何にせよ、あのネットナビどもがこの仮想世界の何処かにいる。それが確証できただけでも、参加者名簿を手に入れた甲斐があるだろう。
もうこのショップに長居は無用だ。ダメージを回復させたからには、次の参加者を捜すしかない。
フォルテは空高く跳躍して、戦場を疾走した。
「キリト、ロックマン、ブルース……待っていろ、人間とネットナビどもよ! ハッハッハッハッハ……フハハハハハハハ!」
フォルテの笑い声はフィールドに響く。
彼が次にどこへ向かうのかはまだ誰にもわからなかった。
※※※
「……危なかった。もう少し前進していたら、彼に見つかる所でした」
E−9エリアに存在する小さな建物の陰で、ミーナは呟く。
ホテルを離れて、再び快速のタリスマンを使ってアプドゥを発動させた彼女は、E−9エリア経由でE−8エリアのショップを目指して走っていた。不幸にも、発動している最中も誰とも出会うことはなく、あっという間に効果が切れてしまう。
しかしショップまでそこまで遠くなかったので、気を取り直してショップに向かおうとした。その直後、この都市の雰囲気に合わないような人影を発見したのだ。
ボロボロのローブを纏ったその参加者に、ミーナは見覚えがある。名前はわからないが、殺し合いのオープニングが行われた空間で轟音を響かせた人物だ。
記憶が正しければ、彼は周りの参加者などまるで気に掛けずに攻撃していた。素性はわからないが、危険人物である可能性は高い。そんな人物と接触なんかしたら、100%の確率で殺されてしまう。
ミーナは再びアプドゥを発動させて逃げようとしたが、そう思った矢先にフォルテはここから去っていく。距離がそれなりに離れていたおかげで、気付かれずに済んだのだ。
「まさか、彼がこんな近くのエリアにいたなんて……もしもさっきのホテルで拡声器を使っていたら、見つかっていたかもしれませんよ……」
ホッ、とミーナは一息をつく。
参加者と巡り合えない不幸を嘆いていたが、今だけは不幸中の幸いと呼ぶべきかもしれない。もっとも、ここから誰とも会えないままなのは嫌だが。
「とにかく、今はショップに向かいましょう……どうか、友好的な人と出会えますように」
ミーナは祈る。
あの空飛ぶ妖精とも出会いたいが、今になって考えると彼女が信頼できるかどうかはわからない。もしかしたら、あのローブを纏ったアバターのように危険人物である可能性もある。
話をしていない内からこんなことを言うのは失礼だろうが、それでもやはり不安だった。
でも、彼女とも力を合わせられるなら合わせたい。そう、ミーナは強く願っていた。
[E-9/アメリカエリア/午前]
【ミーナ@パワプロクンポケット12】
[ステータス]:健康
[装備]:なし
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜1(本人確認済み)、快速のタリスマン×3@.hack、拡声器
[思考]
基本:ジャーナリストのやり方で殺し合いを打破する 。
0:ショップに向かう。
1:殺し合いの打破に使える情報を集める。
2:ある程度集まったら拡声器で情報を発信する。
3:榊と会話していた拘束具の男(オーヴァン)、白衣の男(トワイス)、ローブを纏った男(フォルテ)を警戒。
4:ダークマンは一体?
5:他の参加者にバグについて教えたいが、そのタイミングは慎重に考える。
[備考]
※エンディング後からの参加です。
※この仮想空間には、オカルトテクノロジーで生身の人間が入れられたと考えています。
※現実世界の姿になりました。
※ダークマンに何らかのプログラムを埋め込まれたかもしれないと考えています。
[E-8/アメリカエリア・ショップ付近/午前]
【フォルテ@ロックマンエグゼ3】
[ステータス]:HP100%、MP40/70、オーラ消失
[装備]:{死ヲ刻ム影、ゆらめきの虹鱗鎧、ゆらめきの虹鱗}@.hack//G.U.、空気撃ち/二の太刀@Fate/EXTRA
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜1個、参加者名簿
[思考・状況]
基本:全てを破壊する。生身の人間がいるならそちらを優先して破壊する。
1:アメリカエリア経由でアリーナへ向かう。
2:ショップをチェックし、HPを回復する手段を探す。
3:このデスゲームで新たな“力”を手に入れる。
4:シルバー・クロウの使ったアビリティ(心意技)に強い興味。
5:キリトに対する強い苛立ち。
6:ロックマン達を見つけたらこの手で仕留める。
[備考]
※参戦時期はプロトに取り込まれる前。
※バルムンクのデータを吸収したことにより、以下のアビリティを獲得しました。
•剣士(ブレイドユーザー)のジョブ設定 ・『翼』による飛行能力
※レンのデータを吸収したことにより、『成長』または『進化の可能性』を獲得しました。
※ポイントを全て消費しました。
※参加者名簿を手に入れたのでロックマン達がこの世界にいることを知りました。
【備考】
※E-8エリアのショップには回復結晶@ソードアート・オンライン、完治の水@.hack//が500ポイントで売られています。
※参加者名簿は250ポイントで売られています。
※回復ポーション及び治癒の水を始めとする他のアイテムが何ポイントで売られているかは後続の書き手さんにお任せします。
※ただし、上記のポイントはE-8エリアのショップの値段なので、B-2エリアのショップで売られているアイテムも同じ値段とは限りません。
以上で投下終了です。
矛盾点などがありましたら指摘をお願いします。
乙でした
ミーナ、ぼっち継続中…w
投下乙です
ミーナさん、ぼっちだけど生き延びることができてよかったね!
矛盾点ですが、フォルテがロックマンやブルースなどの名前を見て喜びを露わにするシーンですかね。
フォルテはロックマン以外のネットナビと接点を持ってません。それに遭遇自体も三回程度、戦闘らしい戦闘は二回で幾度もと言うほどではありません。
なによりロックマンの評価が「弱者だけど面白くなりそう」程度なのでそこまで喜ばないような気もします。
一応フレイムマンとは接点あるんですけど、出会い頭に「ゴミめ、消えろ」と瞬殺した程度の思い出しかないので、名前すら知らないのではないかと。
フレイムマンカワイソス
ご指摘ありがとうございます。
指摘された点を修正いたしますので、確認をお願いします。
投下乙です
投下乙です
予約が来た時は「あ、ミーナ死んだ」と思いましたけど、どうにかニアミスで済みましたか
けど近くにはまだありすがいるんですよねぇ
しかも気になってる妖精(アスナ)は感染者ですし……
あとちょっと思ったんですが、回復結晶は出展元のSAOではモンスタードロップのみとされているので、
同様にHPを全回復できる完治の水が売られているのであれば、回復結晶の方は出さない方がいいのではないでしょか
重ね重ね、ご指摘をして頂きありがとうございます。
それでは収録時にフォルテの使用したアイテムを完治の水に変える、及び備考欄の修正をさせて頂きます。
投下乙です。
フォルテが回復以外に名簿を選んだのは中々意外。
何気に初めての名簿登場ですね。これがどう響くか。
自分も投下します。
……その感覚は、とても奇妙なことだろうとも思うのだけど、眠りに似ていた。
致死量を超える痛みは、逆に意識そのものを鈍らせ、麻酔に似た効果を与えていた。
押し寄せる激痛の波の最中にあっても、苛烈に責め立てる外と裏腹に朝田詩乃の胸中は静かだった。
火に炙られるような錯覚を抱えつつも、静かに、歩を進めている。
足取りはふらふらとしている。しかし迷いがある訳でもない。
一歩一歩確実に進んではいる。確かな意思はあるのだが、その向かうべき先がひどく不明瞭なのだ。
その瞳は茫洋と濁っている。
自分が何を思い、何を目指しているのか、良く見えていない。
時節波打つように痛みが鋭敏に伝えられる。
その度に薄ぼんやりとしていた彼女は覚醒し「うう……」とうめき声が上がる。痛みにより雲ががった意識は、痛みにより繋ぎ止められる。
それをどこか遠いところで見ている自分も居て、その自分はひどく冷静そうなのだけど、やはり自分の立ち位置を分かっていない。
「ぁ……」
口からは声とも吐息ともつかない、湿った空気が流れ出ている。
その感覚が唯一自分を物質的に捉えられる、意識と身体の架け橋となり得るものだった。
痛みによるものか、彼女は今身体を身体と思うことができていなかった。
意識と身体が分断させられている。
もしかしたらこれは脳に備わっている防御機構なのかもしれなかった。
痛みを追い過ぎた身体を意識から切り離すことで自我を守る。
そんな、その場しのぎの対応策。
あるいはこれが本当の、現実の身体だったら既に自分は意識を失っていたかもしれない。
「これ」が仮想の身体だから、痛みからもワンクッション置いた反応を示すことができるのだろう。
この現実はあくまで仮想。
シノンというアバターを通して、詩乃という意識は在る。
結びつき重なり合う仮想と現実、それがあるのは同じ「ここ」。
でも、その間にはほんの少しだけ、無視してもいいようなずれがある。
だから自分は歩いている……
でも、どこへ?
「大丈夫?」
ふと、穏やかな響きが詩乃の聴覚を揺らした。
彼女は陶然と響きに身を任せる。惹かれるように振り向いた。
そして彼女は混濁する視界の末に、一つの人影を視えた。
それは漆黒だった。
揺れる黒。黒が形作る様相は、そう、彼女が目指していた答えだった。
「……アトリ」
@
青髪の少女は、自分を見るなり寄り縋るようにその身を預けてきた。
突然のことに戸惑いつつも志乃はその身を柔らかく抱きしめた。そして囁く、大丈夫、と。
「この人……凄い汗だ」
隣りに立つカイトが息を呑む。その顔には心配と焦燥を滲んでいる。
一先ず志乃は少女を近くの石畳の上に寝かせた。何かに突き動かされるように歩き出そうとする少女を抑え、安心させるべく声をかける。
する少女は志乃の顔を見上げ、呻くようにある名前を呼んだ。
「志乃、とにかく回復してあげよう」
「うん、分かってる。待ってて……今、助けるから」
志乃は杖を握りしめスペル発動のコマンドを選ぶ。
その身体を青白い燐光が包み込む。一定時間詠唱エフェクトを続き、途中、回復先を指定を促すアイコンが表示される。
志乃は手慣れた手付きでそれを少女へと指定した後、回復スペルを発動させる。
すると杖から放たれた光が一直線に少女へと向かい、優しげに炸裂する。
そんなファンタジックで、如何にもゲーム的な治療の描写が挟まれた後、少女は顔が僅かに緩んだ。
それを見届けた志乃は間髪入れず詠唱態勢に入る。
ファリプス、リプシュピ、リプムミン……何度も何度も、SPが続く限り志乃はそれを繰り返す。
「この娘のパラメーターが見えないから何とも言えないけど、ここまでかければ危険域は脱した、と思う」
その最中にも志乃が呟いた。その身体は光に包まれおり、詠唱エフェクトは続いていることを示していた。
あくまで詠唱している描写が挟まれるだけで、実際に呪文を呟いている訳ではないのだ。少なくともこのアバターが動いていた、The Worldのシステムでは。
「志乃、大丈夫?」
「……うん、私は大丈夫。でも、ちょっと疲れた、かな?」
カイトの気遣いに対し、志乃は微笑んだ。その額には僅かに汗が滲んでいる。
どうやらこの空間において、ダメージ――HP消費が痛みと繋がっているのと同じように、SP消費はプレイヤーの疲労と繋がっているらしい。
今までの単なるゲームではあり得なかった、気力を絞り取っていくような虚脱感が志乃を苛んでいた。
「それよりもカイト君、さっきこの娘が言った名前、覚えてる?」
「えっ、確か、アトリって……」
志乃は真剣な眼差しで少女を見下ろした。そしてあくまで落ち着いた口調で、
「前に話したよね。アトリっていう、ハセヲと一緒にThe Worldで頑張ってくれたプレイヤーのこと。
私を見て、彼女そう呼んだんだ。
それはたぶん偶然じゃない。だって私とアトリは同じエディットのPCだから」
「じゃあそのアトリって人も」
「うん……多分このゲームに参加してて、近くに居たんだと思う。
それでこの娘と行動してて……」
少女は未だ苦しげな表情を浮かべる。
危機を脱したとはいえ、先程のダメージは尋常ではない様子だった。
データとして他者のパラメーターを確認するはなくとも、ゲームではありえないリアリティを有するこの空間においては、アバターの様子から状態を推しはかることができる。
「この娘がこんなにダメージを負っていたってことは……」
「アトリの身も危ない。そういうことだね」
事態を察したカイトがそう言って、神妙に頷いた。
助けよう。その決然とした顔はそう告げているように見えた。
志乃もまた頷く。そして石畳続く水の都を見上げた。
自分たちThe Worldのプレイヤーからすれば見慣れ、知り尽くした街だ。その外観はR:2を基調としつつR:1時代の要素をところどころ取り入れている、という感じか。
「じゃあ僕が先に行ってマク・アヌを見て回るから――」
「いや、その必要はないな」
不意に、聞き覚えのない声が挟まれた。
その響きに、酷薄かつ獰猛な攻撃性を感じ取った志乃は緊張の面持ちで振り向いた。
そこに居たのは黒い、フォーマルなスーツに身を包んだ白人男性だった。
白い肌に黒いサングラス。その容姿はマク・アヌのファンタジー風の外観からひどく浮いているようだった。
「やあ、とでも挨拶をしておこうかね。君たちもまた何というかけったいな姿をしているじゃないか。
ハロウィンのシーズンではなかった筈だがね。私はそういった行事には疎いもので、生憎と何も持ち合わせてはいない」
軽い調子で語られたその言葉には明らかな嘲りと威嚇が見えた。
コツコツ、と音を響かせ男は近づいてくる。それに相対すべくカイトがすっと前へと進み出た。
「志乃」
不揃いの双剣を構えつつ、カイトが背中越しに言った。
「その娘を連れて逃げて」
「カイト君」
「どうやらあの人はPKみたいだ。何とか止めなきゃならない。
――大丈夫。PKはしないし、させない」
落ち着いた、しかし強い意志を感じさせるその言葉に、志乃は迷った末頷いた。
そして青髪の少女を抱えカイトから離れる。
重傷を負っている少女は勿論、SPが枯渇した自分も戦うことはできない。
ならば寧ろ居ない方がカイトの負担を減らせるに違いない。
そう思ってのことだった。
去り際に、カイトと黒服の会話が聞こえてくる。
「ほう、あの娘生きていたのか。これはこれはありがたい。
――再度報復の機会を得た、という訳だからな」
「そんなことはさせない。PKなんてしちゃいけないんだ」
@
「楽しいねえ、ハセヲちゃん」
「しつこいんだよ、テメエは!」
奇声と共に放たれる剣をハセヲは双剣で受け止める。
腕にびりびりと痺れるような感覚が走った。一瞬の隙に畳み掛けるようにボルドーは続けて剣を放ってくる。
斬、突、刺、薙。全く統制されていない、乱雑かつ力任せな剣戟がハセヲを襲った。設定された硬直やコンボ制限など全く意に介さない変則的な動きであった。
それをハセヲは冷静に受け止めていく。二対の双剣を巧みに使い剣をいなす。
ボルドーの攻撃モーションは、既にThe World本来の仕様のものとはかけ離れたものだった。
AIDAに感染したPCはシステム外の存在。通常の対人戦と同じ枠で考えてはいけない。
G.U.に所属して以来ずっと続く、仮想を舞台にしながらもその理に反した戦いだった。
「おらぁも@l;m:」
昂揚を声に乗せ、ボルドーは濁った叫び声を上げる。
猛攻をハセヲは舌打ちして受け止める。一度撃破した相手だが、あの時はアリーナ戦――集団戦であることや反撃の仕様など、戦闘システムの点において相違がある。
また単純なステータスではハセヲが圧倒していたが、既にボルドーはシステムの範疇にはない。
そして元よりThe World R:2はレベル差よりもプレイヤースキルが求められるゲームだ。
故に一度撃破しているとはいえ、今のボルドーが全く油断のならない相手であることは確かだ。
「今日の私には『運命』が付いているんだ。
『運命』がある。だから、私は負けない。負けないんだよ!」
「その言葉、もう聞き飽きた」
だが、負けるつもりはない。
戦闘が始まって以来、猛攻をただ受け止めていたハセヲは、ボルドーのコンボが途切れた一瞬の隙を狙い、攻勢に転じた。
一歩前へ出でて双剣を振るう。通常双剣コンボ、敢えてフィニッシュをキャンセルし、ヒット数が途切れないようコンボを繋げる。
斬撃を叩き込まれたボルドーは苦しげに仰け反る。そしてその身が黒く明滅する――レンゲキチャンス。それを見たハセヲはボルドーを空へと吹き飛ばす。
叫びを上げPCが空を舞う。その身が地に落ちるまでの僅かな時間を狙い、スキルトリガーを発動。
その手から双剣が消える。代わりに虚空より巨大な刃を引きずりだす。
「おらっ!」
大鎌を握りしめたハセヲがボルドーへと躍りかかる。
アーツ「天葬蓮華」。光を帯びた大鎌が一閃される。
レンゲキフィニッシュを決められたボルドーは「かはっ」と呻き声を上げごろごろと身を転がす。
コンボを決めたハセヲはそこで鎌を構える。
先程まで握っていた双剣は既に消えている。捨てた訳ではない。メニュー画面を見れば未だ彼が装備していることが分かる。
この連携こそ錬装士(マルチウェポン)の数少ない長所と言えた。戦闘中に装備を変え、他のジョブではありえない連携で相手を翻弄する。
この長所を最大限に生かす術は身体に染みついている。故にハセヲは外れジョブと言われる錬装士でありながらトッププレイヤーであり続けることができたのだ。
「何でだ……私は……『力』を貰った筈なのに……『運命』が」
「力なんて、それだけあっても何も救えねえんだよ。そんなんあっても……何も」
吐き捨てるようにそう言い、ハセヲは僅かに顔を俯かせた。銀髪がゆらりと揺れ目元にかかる
倒れたボルドーは動かなかった。
数回に渡る双剣攻撃、連撃フィニッシュによるダメージ増加、更に空中仰け反り状態に対し飛行特効アーツ。
一瞬の隙を突き相当なダメージの出るコンボを決めたのだ。
無論これでHP十割削ることができる訳ではないが、この場ではそれに加え現実と遜色ない痛みがある。
HPが残ってさえいれば戦えるという訳ではないのだ。
一先ずの無力化に成功したことを確認し、ハセヲは息を吐いた。
突然の襲撃だったが何とか退けるができた。それもあまり刺激しない形で。
AIDA-PCは意識と繋がった存在だ。下手に刺激すればAIDAが表層に現れ、より危険な存在となり得る。
そうなる前に、短期で決着をつけることができたのは幸いだった。
「……ボルドー、か」
一度戦い、そして未帰還者になっていた筈の彼女がどうしてここに居るのかは分からない。
とはいえ、彼女がここにこうしていることが、ある意味で榊の言葉の裏付けにもなるのだ。
――志乃や揺光が意識を取り戻している。そんな、言葉の。
ハセヲはそのことに複雑な思いを抱きつつも、ボルドーを見据える。
とにかく再びスケィスによるデータドレインを……
「……っ!」
その時のハセヲは様々な思いを抱えていた。
碑文、スケィス、榊、志乃、揺光、今彼が立つ局面はひどく入り組んでいた。
だからだろう。全て物事を単純化しようとする者、力さえあればいい、そんな思いを持つ者の、脆さと強さを失念していた。
かつてのハセヲと同じく、ボルドーの執念は、
「かかったなあ! ハセヲおおおおおおおおおお」
単なる痛みでは抑えることができない域まで達していた。
突如として身を躍らせたボルドーがハセヲに剣を振るう。大鎌で何とかそれを受け止めるが、しかし一瞬反応が遅れてしまう。
そして炸裂する煙。視界を遮られハセヲはその動きを止める。
「逃煙球か。待て、ボルドー!」
「ハセヲちゃん、また会おうぜえ」
その隙にボルドーが遁走する。
逃げに徹したボルドーは速い。更に逃煙球使用後数秒は攻撃判定が消失する。追いつくことはできないだろう。
離れていく姿を睨みながらも己の失敗を噛みしめる。
最後の最後の詰めを誤った。ボルドーのような危険なPKを止めることが出来なかった。
「……クソッ」
悔しげに吐き捨てる。
とはいえ全く無駄足だった訳ではない。完全に止めることはできなかったとはいえ、相当のダメージを負わせた筈だ。
これでしばらく戦うことはできまい。そう思ったからこそ彼女も退いたのだろう。
ボルドーの見せた執着からして、これで終わりということはない筈だ。
また会うことになるだろう。きっと、近い内に。
「それよりも」
後悔を振り切り、ハセヲはキッと前方に広がる街を見据えた。
悠久の都、マク・アヌ。草原の先に立つあの街に、あの白いスケィスは向かっていった。
その事実が、何故か無性に不安なのだ。
何故かは分からない。しかし、あのスケィスの存在は、決して無視できないもののような気がしていた。
「さっさと行かねえと……!」
ボルドーとの一件で少し時間を喰ってしまった。
もうスケィスは街に着いていることだろう。何を探しているのかは知らないが、早く行かなければ。
ハセヲは何かに突き動かされるように地を蹴った。
時節何か恐ろしいものが記憶の隅に見え隠れする。
@
青髪の少女を背負った志乃は隠れ得る場所を目指し走っていた。
あの黒服から距離を取り、態勢を立て直した上でカイトの支援に向かう。
その為には先ず安全な場所を探さなくてはならない。
幸いにしてこのマク・アヌは勝手知る場所だ。幾つか候補は思い浮かぶ。
ギルド用の@ホーム、武器屋、あるいはカオスゲートからアリーナを目指すのもありかもしれない。
しかし、そんな思惑を遮るものが、彼女へと迫っていた。
「…………」
マク・アヌの街の中、志乃は不意に何かを感じ取り思わず足を止めた。
橙に光る石畳はどこまでも続いていた。建物のポリゴンが乱立し、道は入り組んでいる。あの角一つ曲がれば、もうそこに何があるのかを予見することはできない。
目を瞑り聴覚に意識を集中させる。目に頼るより、よほどそちらの方が世界を感じ取ることができる。そんな気がした。
そして彼女は聞き取った。
一つの高音を、ピアノの鍵盤をぽんと一つ叩いただけの、純粋な音を。
その音を耳を傾け、それがハ長調ラ音であると志乃は察した。
そして顔を上げる。
見慣れたマク・アヌの背景がある。
その中心からまるで浮き上がるように、世界の理からかけ離れるようにして、それは居た。
「……スケィス」
志乃はぽつりと漏らす。
白い彫像のような無機質な質感のテクスチャが、陽光を受け不気味に照り光る。
彼女の知るそれと、目の前に立つ存在は様々な部分で違いがあった、
スケィス。元より志乃はその存在と実際に相対したことがある訳ではない。
あくまでデータの海を彷徨っていた意識が捉えた記憶の断片。
オーヴァンと寄り添う形で見たその姿と、いま目の前に居るこのスケィスにはいくらか差がある。
しかし、その差を意識すると同時に、あのスケィスと同じであるという確信もまたあった。
ではその差の正体は……
「――ハセヲ、かな?」
このスケィスには、彼が欠けている。
元より深いことは知らない。しかしそれは不思議と分かった。
彼は、ここに居ない。
ハセヲでないスケィスは徐に杖を掲げる。
薄赤く光るその杖はまっすぐと自分へと向けられている。
狙いが自分であることを悟り、志乃はすっと前を見た。
自分のジョブ、呪療士(ハーヴェスト)は回復補助をメインとするジョブだ。
前衛抜きで戦う場合はひどく苦戦を強いられる。
青髪の少女だけでもどうにかして逃がしたいが――
ハセヲは走っていた。
とてつもなく恐ろしい不安を抱えながら。
理由は分からない。しかしとにかく急がなくては、という思いに駆られていたのだ。
何か、何か取り返しのつかないことになる……彼の胸底ではそんな、漠然とだが強烈な焦燥の火花が散っていた。
ハセヲは走る。走り続ける。PCの敏捷を最大限まで生かし全速力で駆け抜ける。
十分に速い。しかし思いは既にその十歩は前に居る。思いに、ハセヲというPCがついて来れていない。
何故こんなにも、とは思う。
あの白いスケィスは確かに不気味だ。楚良のことも分からない。更に言えばオーヴァンの真意についてだってずっと問い詰めたかった。
分からないことは多い。が、それでもこの焦りは異常だ。これではまるで自分は知っているみたいではないか。これから何が起きるのかを……
そこでハセヲの脳裏に過去の記憶が過った。
オーヴァンが消え、志乃と二人でやっていこうと誓った矢先のこと。
全ての始まりともいえる、喪失――
この、焼ける肌につたう雫の冷たさのような不安は、あの時と同じものではないか。
当時も自分は迷わず駆け出していた。とてつもない不安を感じ、そうせざるをえなかったのだ。
「落ち着け……!」
不安を振り払う為、そう口に出してみる。
そう落ち着くべきだ。このままではそれこそあの時の二の舞になりかねない。
そう思いはするが、それでも足は止まらない。走っている。
歩くような速さでは、居られない。
見覚えのある街をずんずんと突き進む。見知った造形の街にも何の感慨も抱かない。全てはデータでしかない、少なくとも今は。
白いスケィスを追い、不安に引っ張れながら、身体を置き去りにして、ハセヲは走る。
@
音がする。風を切る。拳を振るう。
あまりの速さ次々と繰り出される拳は空気を鈍く震わせ、その一撃の尋常でない重さを滲ませていた。
直撃すればコンクリートでさえ優に粉砕するであろう一撃を、目の前の敵――カイトは双剣で裁いていた。
スミスの攻撃を絶妙なタイミングで受け流し、避けるところは避ける。
その技術に相対してみて、スミスは口元を釣り上げる。
なるほど、どうやらこの敵は今までの者たちとは違い、中々に骨があるらしい。
敵は防戦一方ではあるが、逆にいえば防戦はできている。少なくとも一方的な蹂躙ではなく、戦闘にはなっているのだ。
「さて」
だがその事実に別段不快感を示すこともなく、寧ろ激しい攻防を楽しむ余裕すら見せスミスは拳を振るった。
剣と拳がぶつかり合い時には火花を散らす。法則のねじまがった現実において刃は肌を切り裂くことはなく、逆に強い勢いで弾かれる。
カイトはその反発を生かしさっと手を引き、そのままくるりと身を翻しスミスの次なる攻撃を避けてみせた。
パワーでは圧倒的にスミスが優勢であったが、カイトは小柄な身とその高い敏捷を生かし柔軟な動きでスミスから逃れている。
スミスは構わず猛攻をしかけるが、敵はするすると抜けていく。その手ごたえのなさにスミスは奇妙な感覚を覚えた。
そのは熟練したものが感じられる。だがしかしカイトの動きは武闘家のそれではない。反射神経や敏捷などには目を見張るものがあるが、根本となる動きは実際の武闘のものではないように思えた。
しかし戦い慣れている。それも人相手ではなく、自分のような、理から外れた異常な力を持つ者と……
「はぁ!」
幾度かの攻防の末、一転、カイトが攻勢に転じた。
身長差に任せて振るった拳を跳び上がって回避、その態勢から刃をスミスの頭へと振るう。
スミスがまた異常な反射速度でそれをかわし、間髪入れず凶器と化した腕を薙いだ。
だがそれを読んでいたのかカイトは着地の瞬間に身を縮め拳をやり過ごす。そしてカイトの再攻撃。前へと乗り出し蹴りを放つ。
僅かに身を逸らすスミス。当たっては居ない。が、その隙にカイトはステップで距離を取っている。
「中々の身のこなしだ。それに私の動きにも対応している」
感心を滲ませスミスは言った。
対応できている。その事実だけでも驚くに値することだ。
自分と戦う相手は、先ずその攻撃の外観と実際に起こる影響の差に愕然とする。
単なるパンチが鋼鉄さえ捻る。明らかに現実を貫く法則と相反しているのだ。
その差に、しかしこの少年はすぐさま対応して見せた。
……事実、カイトはスミスと戦うことができる数少ない参加者であった。
近接戦闘における高い練度はスミスと真っ向から相対ほどであったし、八相との戦いの経験もある。
アドミラルとの一戦では対人戦経験の薄さを突かれた形になったが、しかしスミスの規格外の強さの源はそういった対人戦特有の駆け引きなどではなく、圧倒的なまでに高いステータスにある。
スミスを相手取る時、その感覚は対人戦というよりバグにより異常な数値を設定されてしまったモンスターとの戦い、といった方が近い。そのことがカイトの対応を寧ろ早めたといえる。
更にスミスは知らないが、カイトは彼らのような存在に対する特効スキルともいえる、データドレインを保持している。
中でもカイトのそれは、この会場に居る他のプレイヤーよりもずっと汎用性が高い。碑文使いや蒼騎士では持っていない機能を保持しているのだ。
ドレインアークやドレインハートといった、複数を対象に取るドレインがその最もたるものである。
そのことからも、カイトはスミスに取って数少ない「相性が悪い」プレイヤーであった。
「どうやら君は慣れているようだな。私のように、システムから外れた者との戦いに」
「……君は、プレイヤーじゃないの? 僕らと同じように」
「ああ、どうやらそうなっているようだな」
「だったら――何で、何が目的でバグでもないPCが、人間が人間を襲うんだ!」
「人間? 人間が人間を襲う“目的”か……!」
スミスは哄笑する。
戦いの最中にも不気味に顔を崩し、悪意の籠った笑い声をまき散らす。
「私は人間ではないのだがね。実に簡単なことではないか?」
「人間じゃ……ない?」
「私は人間ではない。だがシステムの代理人(エージェント)でもない。
そのような“理由”にも、“目的”にも、私は定義されない。
私はただ自由を望んでいるだけだ、全てを、全ての選択をだ」
「何を……?」
困惑するカイトを余所にスミスは言葉を重ねる。
「“理由”からは逃れられん。“目的”も否定できん。
我々は目的なしには存在し得ないからだ。
人が人を排斥する“理由”……それは自由だ。自由を求めるだけだ。
他者を私へと置換する。私は私だけで全てを埋め尽くす。それこそが真の選択であり自由の完成だからだ」
その言葉に何か異様なものを感じ取ったのか、カイトは一瞬たじろいだ。
精神の後退は即現実に反映される。刃の動きが鈍り、僅かとはいえ動きにキレが落ちる。
その隙を狙いスミスは猛攻をかけた。結果互角だった戦況がスミスへと傾き始める。
しかしカイトも何とか裁いていく。生き残らんとする意志がそこには感じられた。
そうして再びギリギリの均衡が生まれようとしたが――途端、悲鳴が響いた。
どこかそう遠くないどこかで、苦悶に満ちた女性の悲鳴が上がる。
「これは志乃!」
カイトが焦燥の滲んだ表情を浮かべる。
その隙にスミスはカイトの胴体に一撃を喰らわせる。
呻き声を上げカイトは吹っ飛ばされる。が、浅い。ダメージはそう多くないだろう。
受け身を取ったカイトはすぐさま不揃いの双剣を構えた。
スミスと相対しつつも、その視線はちらちらと悲鳴の上がった方向へと向いている。
「ほうあの逃げた黒装束の女かね?
助けに向かうかな? 私を引きつれて」
「くっ……」
苦しげに声を漏らすカイトを見下ろし、スミスは酷薄な笑みを浮かべ挑発する。
詳しい状況までは分からないが、どうやらあの連れの女が今危険な状態にあるらしい。
自分が感知していないということは、近くに他に危険な参加者が居るということか。
何ならそこに介入し、女もその危険な参加者もどちらも上書きしてしまうというのも良いだろう。
黒装束の女は、自分が何度も取り逃がした青髪の少女も連れている。全て取り込んでしまおう。
カイトとの戦いがもう少し長引くようならば、今まさにアトリを拷問している筈の自分の片割れをそちらに向かわせよう。
自分が沢山いること、複数の局面を同時に動かすこと、単体としてのステータスの高さもだが、その特殊な存在形態こそスミスの規格外な脅威たる由縁だった。
「では――続けようではないか」
@
ネットゲーム、The World R:2はプレイヤーの質が悪いとされてきた。
R:1や他のネットゲームと比べても、圧倒的にシステムの自由度が高くなり、様々な楽しみ方ができるようになった反面、様々な形で悪意が表出した。
特にひどいのがPK……プレイヤーによる他プレイヤーの殺人だ。
対人戦が強化されたシステムも相まって、PKを第一の楽しみとするプレイヤーも増えていた。
初めは友好的にPTを組んでおきながら、ダンジョンの最深部まで行った所で突如豹変し襲いかかる。
そんなことが横行するほどに。
だからダンジョンでは最新の注意を払わなくてはならない。モンスターは勿論、何より他のプレイヤーに対して。
ソロプレイの場合は特に注意が必要だ。
中でも呪療士(ハーヴェスト)や魔導士(ウォーロック)のような、後衛ジョブの場合は裏切りに対する反撃の術が乏しく、ひどい場合は嬲り殺しにされてしまう。
(……気をつけてたつもり、だったんだけどね)
痛みに顔を歪めながら、志乃は目の前の敵を見上げた。
のっぺりとした白い彫像、スケィスがそこには佇んでいる。ゆっくりとにじり寄ってくるその様は、不気味なまでに静かだった。
既にその杖で何度も殴打されている。避けようとしても、呪療士の敏捷ではそれもままならない。
(一人では……流石に厳しいかも)
それでも志乃は努めて落ち着いて対応していた。「リプス」と短く唱え、光のエフェクトで身を包む。
吹き飛ばされても、隙を見ては回復を己にかけていた。詠唱時間の長いものではまず阻まれるので、唱えるの必然的に初級の、しかし出の速いものとなる。
それで何とかしのいではいるが、このままではジリ貧だ。HPもSPも確実に減っている。かといって逃げることができるかといえばそれも難しい。
「…………」
「追って、くるんだね」
志乃はスケィスを見上げ言った。
このスケィスはどういう訳か自分を狙っているようだった。
その理由に心当たりがないでもないが、しかし詳しいことまでは分からないし、今はそれを考えている余裕はない。
肝要なのは、スケィスが自分を狙い、決して逃さないだろうと言う事実。
幸いなのは、スケィスが狙っているのはどうやら自分だけだということだった。
あの青髪の少女は今気を失い、無防備にその身を投げ出している。が、スケィスがそれに構う様子はない。
そのため自衛に専念できるというのはありがたいのだが……
「また……!」
再びケルト杖が振るわれる。
単調なモーションであるが、しかし設定された命中判定は広範であり咄嗟に避けることは先ずできない。直撃した志乃は再び吹き飛ばされた。
「あっ……」と声を上げ音を立て煉瓦の上を転がる。
志乃は痛みに心身を震わせる。動きが止まり、ただその身を抱いた。
「…………」
尚もスケィスは無慈悲に動き続ける。
その十字杖を虚空に放った、かと思うと志乃は杖に引き寄せられ、強引に磔にされる。
「それ、は……!」
虚空に拘束された志乃は、その視界にゆっくりと腕を上げるスケィスを捉えた。
腕輪のような線状のグラフィックが走り、光が収束していく。その様を、その現象を志乃は知っていた。
――データドレイン
そして、悲鳴を上げ……
@
そして、悲鳴を聞いた。
その声は紛れもなく彼女で
最も聞きたかった、ずっと焦がれていた、ずっとずっと探し求めていた声。
聞いた瞬間心震わせ、同時にその痛みの響きを受け、ハセヲの意識は愕然と打ちのめされた。
「――――」
全ての感覚をかなぐり捨てハセヲは走った。
空も街も音も言葉も、己の声さえも無視してハセヲは彼女の影を追う。
走って走って息が切れようと汗が目に入ろうと走って走って走ってそれ以外の全てに何の意味も想いも情緒も抱かず、ただただ駆け出し駆け抜け駆け続け前へ身体を投げ出す。
無様か。それがどうした。意識はもう百歩は先に行っている。速く来いハセヲよ、俺は、俺は……
頭上では僅かに雲が揺れていた。
水の音は鈍くゆるやかに響いていた。
石畳の上を人影がゆっくりと流れている。
「俺、は………」
そうして、ハセヲは見た。
赤黒いポリゴンの道の先で倒れる彼女を、振り上がる赤い杖を、彼女を見下ろす死の恐怖を。
スケィスが、彼女に死を齎す。
今、まさに。
黒の帽子に包まれた桃色の髪が、常に煽られふるふると揺れた。
この距離からでは走っても届かない。その身は愚か意識も声も届かない。
遠すぎる。ここからでは彼女を救えない。
そう思った時、ハセヲの身体はついに意識に追いつき慟哭した。
ようやく辿り着いた。お前に、出会った時からずっと見てた。でも消えてしまって、今の今までずっとずっと会いたかった。
思えば自分は最初からお前を追っていたんだ。お前が居たからあの“世界”に留まっていた。お前と共にありたいと思ったから、アイツが消えでも、いや消えたからこそ隣を目指した。
でも、お前まで消えてしまって、俺は、自分がどこに居るかも分からなくなって、それからずっとヤケクソで、最近になってようやく――
炸裂する想い。鳳仙花のように舞い散る思いの丈はどこまでも広がり拡散し視界を埋め尽くし、しかしその末にみな一応にある一点を目指した。
一点。
その一点こそ、ハセヲという名の起点。
そこに今想いの全てが収束していく。
――志乃
一点は、名だった。
そこに彼は回帰したのだ。
ようやく、幾多もの現実の末に、こうして再び巡り合った。
というのに!
彼女は今死のうとしている。
これではまた同じではないか。あの時と。
――ハセヲ
同じ現実の真ん中で、彼女はそう言って微笑んだ。彼を見て、優しく微笑んだ。
「――――」
「――――」
そこはもうあの時の“世界”だった。
時は黄昏、もうすぐ夜が来る。長くつらい夜が近い、しかしある意味では最も美しく、そして幸福だった時。
あの時の“世界”がある。
あの時の想いが、あの時の言葉が、あの時の微笑みが、あの時の決意が、あの時の別れが、
全てが豪風のごとくその身を突き抜けていきハセヲは己の末に映る遠大な風景を垣間見た。
……それはきっと、ルーツと呼ぶにふさわしいものだった。
【志乃@.hack//G.U. Delete】
@
……そして死の恐怖がやってきた。
紅の十字が無慈悲に彼女へ降り注ぐ。
一撃が志乃の身体を貫き、あとかたもなく消去した。
「ははは……」
ハセヲはだから、顔を上げた。
その手には刃が握られている。“愛の絆”ではない。もっと禍々しく屈折した、鎌だ。
「ははは!」
それを握りしめハセヲは駆け出す。
白いスケィスを。もう一つの死の恐怖を、自分の知らない自分を、何度目かすら忘れた喪失を、全て滅するべく。
久しく忘れていた感覚だ。この、胸底から上ってくる苛烈な憎悪の炎、己の身まで焼き尽くさんと渦巻く熱の波を、かつての自分はずっと宿していた。
それが、取り戻すことには繋がらないことなど誰に聞くまでもなく知っている。
ただつらいだけだ。
だが、だが、だが……
「俺は」
ハセヲの身に橙の紋様が結ばれる。
碑文の力がPCを通して意識へと伝わってくる。その力を憑神として表す。
意識の先にあるどこか遠く、しかし同じ場所から濁流のように力が溢れてくる。みなぎる暴力的な志向性に喪失が覆い尽くされた。
ああそうだ来い、来い、死の恐怖よ、俺の身体/アバターを通して吹き荒れるがいい。
「ここに」
そして地を蹴り白いスケィスへと突っ込み――
「ほう、中々面白いプログラムが集まってるじゃないか」
――横殴りの衝撃を受け、ハセヲは吹き飛ばされていた。
その一撃の重さに彼は苦悶の声を漏らす。
発露しかけていた紋様が引いていく。ごろごろと石畳を転がり、その身を地に落とした。
突然の攻撃に意識の集中が著しく乱れる。
「ふうむ、君の身体は頑丈だな。数値設定が高いのかな?
まぁ全て取り込むだけだ。先の剣士も、君たちも」
痛みで歪む視界の中、見上げた先に居たのは獰猛な笑みを浮かべる黒服――スミスだった。
今殴ったのはこいつか。その身からあふれ出る害意からハセヲはすっと理解した。
「止め――何――とを!」
更にハセヲの視界に映る新たな影があった。
その姿は見覚えのあるものだ。間違いない。何故ならかつては仇敵として探し続けていたのだから。
カイト、蒼炎のカイト――正体は分からないが、それでもこいつが敵であることは確かだった。
「…………」
そして白いスケィスも尚無言佇んでいる。
が、全くの無反応と言う訳でもない。白いスケィスは明らかに一点を見ていた。
それは襲いかかった自分ではない。新たな闖入者、カイトをだ。
「はっ……!」
どうやら集まってきたのはみな敵のようだった。敵。全ての敵。燃やし尽くすべき、報復すべき敵。
そう悟ったハセヲは途端、全てを忘れた。
ただその身を力と怒りに任せることにする。それが間違っているのは知っている。だがそれでも、躊躇いはない。
今ならば黙示録の獣と化すことに一切の逡巡はない、筈だ。
でなければきっと、自分はこの喪失に耐えられない――
だから、痛みすら忘れて、彼は立ち上がった。
獰猛で攻撃的で、虚ろな笑みを張り付けて。
「いいぜ、来いよ。全員相手にしてやる。お前らに教えてやるよ……“死の恐怖”って奴をよお!」
@
……そうして四つの力が一堂に会した。
カイト、スケィス、スミス、そしてハセヲ。
それぞれの敵意はすれ違っていたものの、それでもまるで重力に惹かれるがごとく彼らは対峙することになった。
そこでは四つの想いが螺旋を描いて交錯している。
その思いの丈はさまざまな形をしているが、だがそのカタチに意味はない。
あるのは、その強さのみ。
希望も、
妄念も、
暴走も、
喪失も、
全て等しく同じ舞台に並べられ、ただただ潰し合う――
[E-2/マク・アヌ/午前]
【エージェント・スミス@マトリックスシリーズ】
[ステータス]:???
[装備]:無し
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜7、妖精のオーブ×4@.hack//、サイトバッチ@ロックマンエグゼ3、スパークブレイド@.hack//、破邪刀@Fate/EXTRA
[ポイント]:600ポイント/2kill (+1)
[思考]
基本:ネオをこの手で殺す。
1:殺し合いに優勝し、榊をも殺す。
2:アトリを拷問し、そのPCを取り込む。
2:他のプログラムも取り込んでいく。
[備考]
※参戦時期はレボリューションズの、セラスとサティーを吸収する直前になります。
※ネオがこの殺し合いに参加していると、直感で感じています。
※榊は、エグザイルの一人ではないかと考えています。
※このゲームの舞台が、榊か或いはその配下のエグザイルによって、マトリックス内に作られたものであると推測しています。
※ワイズマンのPCを上書きしましたが、そのデータを完全には理解できて来ません。
※同時にこなせる思考指針は同じ優先度となっています。
※三体の内一体です。今のところは単独で行動していますが、場合によっては増援として彼がもう一人やってきます。
【カイト@.hack//】
[ステータス]:HP70%、SP消費(小)
[装備]:ダガー(ALO)-式のナイフ@Fate/EXTRA
雷鼠の紋飾り@.hack//
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜1
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:バトルロワイアルを止める。
1:自分の身に起こったことを知りたい(記憶操作?)
2:PKはしない。
3:スミスを止める。
[備考]
※参戦時期は本編終了後、アウラから再び腕輪を貰った後
【スケィス@.hack//】
[ステータス]:ダメージ(微)
[装備]:ケルト十字の杖@.hack//
[アイテム]:不明支給品1〜3、基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill(+1)
[思考]
基本:モルガナの意志に従い、アウラの力を持つ者を追う。
1:アウラ(セグメント)のデータの破壊
2:腕輪の力を持つPC(カイト)の破壊
3:腕輪の影響を受けたPC(ブラックローズなど)の破壊
4:自分の目的を邪魔する者は排除
※プロテクトブレイクは回復しました。
※ランサー(青)、志乃をデータドレインしています。
【ハセヲ@.hack//G.U.】
[ステータス]:HP80%/3rdフォーム
[装備]:光式・忍冬@.hack//G.U.- 死出鎌・観音掌@.hack//G.U.
[アイテム]:不明支給品0〜2、基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
0:力による報復。
[備考]
※時期はvol.3、オーヴァン戦(二回目)より前
※設定画面【使用アバターの変更】には【楚良】もありますが、
現在プロテクトされており選択することができません。
※感情が著しく昂ぶっている為、憑神を上手く扱えない可能性があります。
※カイトを蒼炎のカイトと誤認しています。
【シノン@ソードアートオンライン】
[ステータス]:HP100%、気絶
[装備]:FN・ファイブセブン(弾数0/20)@ソードアートオンライン、5.7mm弾×80@現実
アンダーシャツ@ロックマンエグゼ3
[アイテム]:基本支給品一式、プリズム@ロックマンエグゼ3
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:この殺し合いを止める。
1:アトリを救う。
[備考]
※参戦時期は原作9巻、ダイニー・カフェでキリトとアスナの二人と会話をした直後です。
※このゲームには、ペイン・アブソーバが効いていない事を身を以て知りました。
※エージェントスミスと交戦しましたが、名前は知りません。
彼の事を、規格外の化け物みたいな存在として認識しています。
※プリズムのバトルチップは、一定時間使用不可能です。
いつ使用可能になるかは、次の書き手さんにお任せします。
※回復はしましたが、痛みのショックで気絶しています。
[E-1/ファンタジーエリア/午前]
【ボルドー@.hack//G.U.】
[ステータス]:HP25%、疲労(中)
AIDA感染
[装備]:邪眼剣@.hack//
[アイテム]:不明支給品0〜1、逃煙球×2@.hack//G.U.、基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:他参加者を襲う
1:一先ず退却。
[備考]
時期はvol.2にて揺光をPKした後
支給品解説
【死出鎌・観音掌@.hack//G.U.】
Lv127の大鎌。タメタイプ。
属性値が火,水,風,土がそれぞれ+5 闇は+10される。更に物理攻撃力も+62と非常に高い。
チート疑惑のある欅の初期装備であるので違法アイテムの可能性もある。
投下終了です
投下乙です!
予約から考えてシノンは死ぬかと思ったけど、志乃のおかげで助かった!
と思ったら、志乃が死んだ……ようやくハセヲと会えたのに。
ハセヲとカイトという.hack主人公の共演と、チートマーダーの二人が揃うとなるととんでもないことが起こりそうだww
それと疑問点が一つ。
ボルドーの逃げたE-1エリアなのですが地図を見る限り、ここは何もありません。というよりも、入ることができるのでしょうか?
自分の勘違いでしたら、申し訳ありませんが……
投下乙です
火薬庫マク・アヌがついに発火しましたか
この火種がどこまで燃え広がるか……先の展開が恐ろしいです
そして上でも言われているように、シノンの代わりに志乃が……
現実的に見れば、貴重な回復スキル持ちが一人減ってしまいました。対主催には厳しい展開ですよ
そして気になった点が自分も一つ
作中でハセヲが大鎌を装備していますが、ハセヲはレインと出会った時に武器(双剣、大剣、大鎌の三種)を求めています
しかしすでに大鎌を持っていたのであれば、武器を(少なくとも大鎌を)求める必要はないかと。しかも観音掌はダイイングのアビリティもある最強クラスの武器ですし
この点で、少し矛盾があるのでは? と思いました
指摘見ました
ボルドーの位置は完全にミスです、本当はD-1ですね
それとハセヲの武器は下級のものに変更する形にしようかと思います
どちらもすぐに直せるものだと思うので収録時に直しておきます
D-1も何もありませんね…
ファンタジーエリアの範囲は、C-2〜F-7までです
D-1じゃなくてD-2のことなら問題ないと思います
あっ、そうですね……d-2のつもりでした
予約きた
投下乙です!
マク・アヌでようやく戦いが起こってしまいましたか。
ここで誰が死んで、誰が生き残るのかハラハラしますね…….hack主人公達にせよ、規格外マーダー達にせよどうなるでしょう。
志乃は死んでしまいましたが、彼女が救ったシノンが彼女の分まで生きてくれることを信じたいです。
そしてボルドーはどこに向かうやら……?
それでは自分も予約分の投下を始めます。
1◆
月見原学園に設置されていたダンジョン・【月想海】の第一層である【七の月想海】を攻略したレオナルド・ビスタリオ・ハーウェイは、ガウェインと共に太陽の光を浴びている。
エネミーやフロアボス達を撃破したことでポイントが手に入ったことを確認してから、レオは悠々自適に月見原学園の廊下を歩いている。かつ、かつ、かつ、と心地よい足音を響かせながら、見なれた風景を眺めていた。
ここが殺し合いの場に備えられた場所だと言われても、やはり実感が湧かない。何故なら、この学園はバトルロワイアルを潰す為に設立された対主催生徒会の拠点となるのだから、争いが起こることがあってはならないのだ。
18:00を過ぎれば交戦禁止エリアでなくなり、学園で戦闘行為をしたプレイヤーに対するペナルティが無くなってしまうようだが関係ない。この目が黒い内は、如何なる戦いだろうと許すつもりはなかった。
今は、一刻も早く帰らなければならないとレオは考えている。あまり遅くなっては、サイトウトモコとジローの二人が心配するだろうから、王としてそれはさせる訳にはいかなかった。
二人はこの学園のどこにいるのだろうか。そう思ったレオは、すぐ近くにいる女子生徒に声をかける。自分を見てもそこまで動揺をしなかったのだから、彼女はNPCだろう。
それなら、そこまで警戒する必要はない。いつも通りに振る舞えばいいだろう。
「レオ先輩、こんにちは!」
「御機嫌よう。少し、お時間を頂いても宜しいでしょうか?」
「はい、何でしょうか? 気になることがあるのなら、何でも聞いてください」
「ええ。僕は今、ある人を捜しているのです。野球服を着ている男の人と、小さな女の子を見かけませんでしたか?」
「男の人と女の子……? ああ、その二人でしたら保健室に向かっていくのをさっき見ましたよ」
「保健室ですか。教えて頂いたことに、感謝します」
「いいえ、こちらこそ!」
「それでは」
女子生徒は温かい笑顔を向けてくるので、レオもにこやかに笑う。
それから一礼して、レオは女子生徒の元から去っていった。
恐らく、間桐桜から特製弁当を貰いに行っているのだろう。このモラトリアムの期間中ならば、どんな参加者でも一つは貰えるようになっているのだから。
彼女の作った特製弁当はとても有難い。サーヴァントのHPを大幅に回復してくれるだけではなく、あらゆる不利状態を解除してくれる。
貴重な回復アイテムを手に入れることができるのは実に僥倖だった。
(一人一個。ということは、今は三つも手に入れることができるようですね。ハセヲさんも早い内に戻ってきてくれれば、もう一つゲットです。そういえば、ハセヲさんは無事でしょうか……何事もなければいいのですが)
ファンタジーエリアに向かったハセヲという少年のことを、レオは考えた。
このような場所で何事もなく過ごすなんて不可能だ。それ自体はレオもわかっているが、やはり気になってしまう。
ハセヲ自身もただのプレイヤーではなさそうなので、あまり心配する必要もないかもしれない。そんなことになったらハセヲに失礼だろうし、ジローやトモコの二人にも示しがつかないだろう。
王として人々を導くのであれば、弱い姿など見せられなかった。民のことを気遣うことは大切だが、それは不安になることではない。
王が弱気になっては民も不安になるだけでなく、そう遠くない未来に国自体も崩壊してしまう。
(ハセヲさん、僕達はあなたの帰りを待っています。あなたが再び僕達の前に姿を見せてくれることを、信じていますよ)
だからレオは、どこかにいるはずのハセヲを思い出しながら太陽を眺める。
彼がこの空の下で何を見て、何を考えていて、何をしているのか。レオには知ることができない。
だけど、どこかで強く生きているはず。それを信じながら、保健室に向かって進んでいた。
「ありがとう、間桐さん!」
そして保健室まであと数メートルになった瞬間、ジローの声が聞こえてくる。
「こんなおいしそうな弁当が貰えるなんて、俺達はツイてるよ!」
「いいえ、これも私の仕事ですから」
続くように桜の話声も耳に届いた。
会話から察するに、やはりジローは特製弁当を貰っているのだろう。そして、自分を待っている間に何気ない世間話をしているのかもしれない。この時間なら、モラトリアムが開始されている学園は安全地帯なのだから。
唯一の不安はペナルティを恐れない危険人物だが、そんな相手への対策はこれから考えればいい。
ジロー達が安全でいることに笑みを浮かべながら、レオは保健室の扉を開いた。
「皆様、生徒会長はただいま戻りました!」
大空で輝く太陽に匹敵する程に朗らかな声でレオは叫ぶ。
保健室の椅子に座っている三人の視線を集めるのに、充分な声量を誇っていた。
「レオ!」
「ご無沙汰しております、ジローさん。お元気そうで何よりです」
「……俺達ってそんなに別れていたっけ?」
「さて、どうでしょうか? 少なくとも、ここは感動の再会と行こうじゃありませんか」
ジローの疑問を軽く流しながら、レオは保健室に足を踏み入れる。
「レオお兄ちゃん! 大丈夫だった?」
「ええ、僕達は大丈夫ですよ。心配してくれてありがとうございます」
ぱあっ、と明るい笑顔を浮かべながらトモコは抱きついてくる。
それに答える為、レオは小さな頭を優しく撫でた。
「凄いね、お兄ちゃん達は! 難しそうなダンジョンをクリアするなんて」
「お褒め頂き、光栄です。でも、生きて皆の元に帰るのも王の務めです。それに、ダンジョンのエネミーを倒したのは僕ではなくてガウェインであることも、お忘れないように」
「それが、私の使命ですから」
ガウェインが頼もしい笑みを浮かべながら頷く。
レオはトモコの小さな体躯を離して、桜に振り向いた。
「サクラもお元気そうで何よりです」
「ありがとうございます。でも、私達NPCは体力の消耗や体調不良に陥るようなことはまずありません。余程のことはない限りは」
「ははっ、それはとても結構ですね」
桜の言う『余程のこと』とは、NPC全体を構成するプログラムに何らかの異変が起きた時だろう。そして、そんな機会など滅多に訪れないはずだ。
これだけの規模の施設を丸ごと再現しているのだから、その為に使用しているシステムにも厳重なプロテクトがかかっているだろう。どれだけの規模かはわからないが、今の状態で達向かうのは無謀としか言えない。何の道具も持たずに、エベレストの山頂を目指しに行くような物だ。
そもそも、詳細のわからない相手をどうやって攻略すると言うのか。この殺し合いを打倒する明確な手段だって見つけていない現状では、運営の穴を突くなんて夢のまた夢。
尤も、道は困難だからこそ乗り越える甲斐があるのだが。
「そうだ、レオ。ちょっといいか?」
レオが運営に対する闘志を更に燃やしている最中、ジローの声が響く。
それを聞いたレオは思考を中断させて、ジローに顔を向けた。
「おや、ジローさん。どうかしましたか?」
「いや……その、さっきのことを謝ろうと思って」
「さっきのこと?」
レオは尋ねるが、ジローの申し訳なさそうな表情を見てすぐに察する。
そういえば、ダンジョンへ向かう少し前に彼のことを怒らせてしまった。その後に去ったジローのことをトモコに任せていたのだった。
「ああ、それでしたら大丈夫ですよ。それにさっきのことは、僕の方こそ不謹慎でしたし」
「それでも、俺はレオに八つ当たりをしちゃった。レオは俺のことを仲間だと思ってくれていたのにさ……情けないよ、本当」
「言ったはずですよ。僕の方こそ不謹慎だったと……どうやら、お互い反省しているようですし、今回のことは喧嘩両成敗ということにしましょう。無理に引っ張っていても、場の空気が悪くなるだけですから」
「……そうだな。これから、気をつければいいよな」
「ええ、その通りです」
ばつが悪そうな笑顔でジローは答える。
今回のことはレオにも反省するべき点があった。西欧財閥の次期当主として、そして完全たる王になる為に様々な教育を受けてきたのだから、この場でも王であるべきだった。そして王の称号を背負うからには、民に不満を抱かせることなどあってはならない。
それなのに、ジローを怒らせてしまったのは完全なミスだ。彼の気持ちを理解するべきだったのだ。
(岸波白野のサーヴァントも、彼の騎士王は人のまま王となったと言っていましたね……ならば僕も、王である以前に人としても生きる必要があるようですね。人の気持ちがわからない王が治める国など、謀反が起こるだけなのですから)
このバトルロワイアルでも王として生きるのならば、まずはジロー達の気持ちも知らなければならない。彼らのことも理解しなければ、真の団結などできるはずがなかった。
もしもここで、対主催生徒会の一員である彼らのことを理解したかと問われたら、間違いなくレオは首を横に振るだろう。彼らと過ごした時間はそこまで長くないし、また彼らのことについても知らないことが多すぎる。
しかし、それなら知ればいいだけだ。仲間である彼らのことを学べばいいだけだ。そうすれば彼らのことを理解できるし、また彼らだって自分のことを知ってくれるはず。
それもまた、王たる自分のさだめなのかもしれない。そう、レオは確信していた。
(白野さんにアーチャー、そしてガウェインにジローさん……ありがとうございます。あなた達のおかげで、僕はまた大きくなるきっかけを掴めそうです)
どこかにいるはずの岸波白野と彼と共に戦い抜いたアーチャー、そして目の前にいるジローとガウェインにそう告げる。
また一つ、学ぶことができた。敗北を知り、そして生まれ変わった自分がより高みに迎えるようになったのだ。
失敗を嘆くことだけなら誰にでもできる。王も己の行いに悔む時があるだろう。だが、王の使命は民に謝ることではなく、どうすればもっと民が幸せになれるのかを考えることだ。
そうすれば、民だって生きる力を取り戻してくれるし、国も更に繁栄するだろうから。
(白野さんという人に出会い、戦い、そして負けることができてよかった。感謝してもしきれないくらいです。彼には……)
白野との輝かしい思い出を思い返そうとする。
だが、その瞬間にレオは白野という人物に対して一つの違和感を抱いた。
(……彼? 白野さんは男だったはず……でも、どうして少女の姿が思い浮かんでしまうのでしょう?)
彼、という言葉が出たので岸波白野という人物は男。それ自体に間違いはない。岸波白野という人物は、月見原学園に通う男子生徒の一人だという記憶が残っている。
だがしかし、同時に少女の姿も脳裏に浮かび上がっていた。顔立ちがそれなりに整っていて、整った長髪が特徴的な女子生徒。彼女の名前も岸波白野であると、記憶に残っている。
一体これはどういうことなのか。同姓同名の他人がいたという話なんて聞いたことがないし、どちらか岸波白野の名前を騙った偽物であった記憶もない。
疑問は更に深まっていき、レオは記憶の糸を辿ろうとするが……
(それに白野さんのサーヴァントはアーチャー……ですよね? でも、セイバーをサーヴァントにしていたような……いや、もしかしたらキャスターだった?)
考えれば考えるほど、白野の謎は更に増えていく。
かつてガウェインが忠誠を誓っていた騎士王に関する話をしたサーヴァントは、アーチャーという白髪の男だ。彼との戦いは心に強く残っているし、これから決して忘れることができないだろう。それを嘘だったなんて、決してあり得ない。
だが、同時に白野が赤いドレスを纏ったセイバーという少女をサーヴァントにしていた記憶もある。しかも、彼女とガウェインが死闘を繰り広げた記憶すら強く残っていた。
ならば、本当のサーヴァントはセイバーなのか? そんな答えが導き出されたが、それも正しいという確証がない。
次の瞬間には、また別の記憶が溢れてくる。
青い巫女服を着ているキャスターというサーヴァントだって、白野と共に聖杯戦争を勝ち抜いてきた。その少女にだって、ガウェインが敗れた覚えがある。
また、どのサーヴァントであろうとも、その時にいたマスターである白野の姿も二つある。男の白野がいれば、女の白野だっていた。
考えれば考えるほど、六通りの結末が入り乱れる。どれが本当の記憶であるのか。また、どれか一つの結末を選んだとしても、他の五つを偽りだと切り捨てることに強い抵抗を抱いてしまう。それら全てがレオにとってかけがえのない思い出なのだから。
(どうやら、僕一人の手には負えるようではありませんね……我ながら情けないことですが)
いてもたってもいられなくなったレオは、傍らに立つガウェインに訪ねることにした。
「ガウェイン、少しお聞きしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
「何なりと、お聞きください」
「では聞きましょう。白野さんは男か女のどちらだったでしょう? あと、白野さんのサーヴァントをガウェインは覚えていますか?」
単調直入に、レオはそう尋ねた。
ガウェインは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。無論、それはジロー達だって例外ではない。
その反応は至極当然だとレオ自身も理解している。最後に戦った相手のことを思い出せないなんてありえない。どんな嘲りだって受け入れるつもりだ。
ただ今は、この胸に宿る疑問を解消したい。その一心でガウェインを頼りにしていたのだ。
「レオ。貴方は今、何と……?」
「だから、聞いているのです。白野さんと白野さんのサーヴァントについて……」
「まさか、覚えていないと言うのですか?」
「僕自身も信じられないと思っています。あの人のことや、あの人との戦いを忘れるなんてあってはならないでしょう……」
「なら、何故……?」
「僕の中で、白野さんに関する情報があやふやになっているのです。白野さんの性別や、白野さんのサーヴァント……その思い出が、霧がかかったようにモヤモヤしています」
「そんなことが……!」
「ですので、ガウェインに聞きたいのです。貴方の記憶に残っている、白野さんに関する全てを」
信じられないと言った様子で口を震わせるガウェインに、レオは真摯な表情で答える。
きっと、ガウェインは心の中で深く傷付いているだろう。絶対の信頼を寄せているマスターが、何の前触れもなくこんなことを言い出したのだから。
それがわかった上で、レオはこのまま放置していいとは思えなかったのだ。
数秒の沈黙が部屋中に広がった後、ようやく平静を取り戻したのかガウェインは口を開いてくれた。
「……わかりました。それでは、お答えしましょう」
「お願いします」
「岸波白野とは……」
ようやく白野のことがわかる。そんな希望がレオの胸に芽生えていた。
ガウェインからの答えを待つ。だが、待ち焦がれていた言葉が彼から聞けることはなかった。
「どうかなされたのですか、ガウェイン?」
「……」
「ガウェイン?」
ガウェインは何も答えない。
その表情がどんどん曇っていくのを見て、レオは一つの懸念を抱いた。
「まさか、ガウェインも……?」
「……申し訳ありません、レオ。岸波白野に関して思い出そうとしたら、いくつもの人物が頭の中に出てきてしまいます。男の岸波白野と女の岸波白野。そして、その二人が使役するサーヴァント達の顔も」
「やっぱり……!」
その事実にレオはショックを受けた。
自分だけでなくガウェインまでもが同じ状況に陥っている。これがただの偶然とは思えなかった。
他に白野について知っている人物と言えば、この場には桜しかいない。
「サクラ。もしかしたら、貴女も僕達のように白野さんに関する記憶が曖昧になっているということは、ないでしょうか?」
「ごめんなさい。今の私には、プレイヤーの情報をお答えできる権限が与えられていないのです。でも、図書室に行けば何かわかるかもしれませんよ」
「……言われてみればそちらの方が確実ですね。わかりました、ありがとうございます」
桜が言うように、この学園には図書室がある。
そこに行って岸波白野について調べれば真相が明かされるかもしれない。
「お、おい! レオ達はさっきから、何の話をしているんだ?」
「ジローさん、僕達はこれから図書室に行って調べ物をしようと思っています。詳しい話はそちらの方でしたいのですが、宜しいでしょうか?」
「えっ? 俺は別に大丈夫だけど……」
「了解です。トモコさんも大丈夫でしょうか?」
「私なら大丈夫だよ!」
「それは良かった」
ジローとトモコからの承諾を得られたので、レオは笑顔で答えた。
「それではサクラ、色々とありがとうございました。また、後ほど」
「ええ。また会えることをお待ちしています」
殺し合いという状況からにはまるで似合わないような優しい笑顔を、間桐桜という少女は向けてくれる。
彼女の為にも、尚更倒れる訳にはいかなくなった。例えこの学園にいるNPC達が運営によって作られた精巧な贋作だろうと、レオはそれを受け入れる。彼らのことだって、対主催生徒会のメンバーにできるように改竄すればいいだけだ。
そんな新しい決意を胸に抱きながら、この地で出会った仲間達を先導するように廊下を進んでいった。
2◆◆
月見原学園の図書室で調べ物をしているレオの背中を、ジローはトモコと共に見守っている。
レオが言うには、ここは普通の図書室ではないらしい。調べたいことに関係するキーワードさえ入力すれば、その情報がすぐに見つけられるようだ。
本も必要ないのは便利だと思うが、ならば棚の中にある大量の本は意味があるのだろうか? そんなことをジローは考える。
(それにしても、カウンターに座っているあの女の子の名前……間目 智識だっけ? いくら何でも、そのまんますぎると思うぞ……)
調べ物をしているレオの前でにこやかな笑みを向けている少女は、間桐桜と同じこの学園に設置されたNPCの一人らしい。なので、危険人物ではないことは確かだ。
まめ ちしき。いくら実在の人物でないからと言っても、もう少し違う名前があるはずだ。これでは彼女が可哀想だ。
しかし、当の本人はそんなことなどおかまいなしに微笑んでいる。そんな間目 智識という少女の姿が、ジローには健気に見えてしまった。
「……まさか、こんなことがあるとは」
これまで調べ物に没頭していたはずのレオが、唐突に口を開く。
彼の声はほんの少しだけ震えていた。これまでの態度からは想像できないような動揺が感じられる。
レオは振り向く。やはり、彼は深刻な表情を浮かべていた。
「レオ、どうかしたのか? さっき言っていた白野って人について調べることができなかったのか?」
「いえ……白野さんについてのデータはすぐに見つけられました。ただ……」
「ただ?」
「……僕が説明するよりも、その目で見た方が早いと思います」
レオは表情を曇らせたまま横に移動する。
何が何だかわからないが、その空いたスペースにジローとトモコは入り込んで、ディスプレイに書かれた文字を見始めた。
《岸波白野/Kishinami Hakuno》
登場ゲーム:シリアルファンタズム(SE.RA.PH)
SE.RA.PHで繰り広げられた聖杯戦争に優勝したマスター。戦況を乗り越える為の観察眼はとても高い。
男でもあれば女でもあり、複数のサーヴァントを従えることが可能。その分、魔力が著しく消耗してしまうデメリットもあり。
サーヴァント達との契約を失ってしまえば、その肉体は強制的にデリートされてしまう。
「…………」
ディスプレイに書かれた情報は、ジローにとって理解できるものではなかった。
「驚きましたよ。白野さんについて調べようと思ったら、まさかこんな奇天烈な答えが出てくるなんて……全く、どうしたことか」
レオは深い溜息を吐く。
彼もこのような答えは予測していなかったのだろう。こんな検索結果では、納得するどころか逆に疑問が膨れ上がるだけだ。
「なあ、レオ。もしかしたら、書いてあることに間違いがあるってことはないよな?」
「残念ですがそれはあり得ません。この学園の設備は完璧です……僕の記憶が正しければ、滅多なことでミスなど起こらないでしょう」
「そっか……」
レオが言うように嘘を書く意味などない。そんなことをしたって、殺し合いの役に立つ訳がないのだから。
それでも、表示された結果には意味がわからない部分も含まれている。それをただ受け入れることなど、ジローにはできなかった。
「なあ、レオ。白野さんって本当に性別がわからないのか?」
「僕の記憶だと白野さんはニューハーフではなかったはずです、彼がそんな振舞いをするなんてありえません」
「やっぱり」
「いや、もしかしたら、僕達にその事実を隠していた可能性だってあります……誰にだって一つくらいは知られたくない事情がありますし」
「……流石にそれは無いと思うぞ?」
未だに深刻な表情で悩んでいるレオに、ジローはジト目で突っ込む。
顔も知らない相手をニューハーフだと決め付けるのは、いくら何でもあんまりだ。もしも本人がここにいたら、レオの言葉に激怒するかもしれない。
この話は胸の中にしまっておこう。ジローはそう誓った。
数秒間、沈黙の空気が図書室に広がっていく。それをぶち壊したのはレオの言葉だった。
「他に考えられる可能性と言えば、白野さん本人に何かがあったのでしょう」
レオはそう語る。
「何かって、何だよ?」
「榊という男は、白野さんのアバターに何らかの仕掛けを施したと思います。それに合わせて、僕やガウェインの記憶も操作した……尤も、これもただの仮説に過ぎませんが」
「記憶を操作するって、そんなことができるのかよ!?」
「普通なら有り得ないでしょう。ですが、運営は別々の世界に生きている僕達を一つの空間に閉じ込めて、更に全員の身体にウイルスを仕込むほどの高い技術力を持っています。プレイヤーのデータを書き換えることだっておかしくないでしょう」
「……た、確かに」
レオの考案を聞いて、ジローは軽く頷いた。
人の記憶を自由自在に操作する。そんなファンタジーの世界に出てきそうな現象なんて、普通ならあり得ないだろう。でも、この世には呪いのゲームだって存在しているのだから、人間の脳を操る方法があっても不思議ではない。
もしかしたら、あのツナミグループだって人の記憶を操作する技術を持っているかもしれなかった。
「まさか、俺達にもレオと同じことをされているってことは……ないよな?」
「それはわかりません。これはあくまでも僕達だけの特殊なケースかもしれませんから、ジローさんはあまり深刻に考える必要はないかもしれませんよ」
「そうだな……記憶を操られるなんて、考えるだけでもゾッとするし」
大切な人との思い出を誰かに消されてしまう。そんなことをされると考えただけでも、怖くてたまらない。
もしもパカと過ごしてきた日々を誰かに消されてしまったら、きっと自分は自分でなくなってしまう。パカが自分に助けを求めたとしても、どうすることもできなくなる。
(俺はパカのことを忘れたりなんかしない! パカとの出会いも、パカとの時間も、パカの声も、パカの仕草も、パカの笑顔、パカの涙……そして、パカとの思い出も! パカ、俺はお前の所に戻る! だって、俺はまだお前とやりたいことがたくさんあるから!)
ここにいない彼女と過ごした証は、確かにここにある。
それがある限り、パカのことを忘れるなんてありえなかった。
ジローはパカとの時間を脳裏に思い浮かべて、それら全てを胸に刻む。彼女のことをいつでも思い出せるように。
そして、それを前に進む為の力にも変えられるようにして。
筋力が 3上がった
技術が 4上がった
信用度が 7上がった
『不眠症』が 治った!
†
当面の活動方針は、図書室で情報収集をすることになった。
まず、ジローから様々な情報を聞いて、それをここで調べる。そして、ある程度集まったら情報を纏めて、運営に立ち向かうヒントを考える。
そう、レオは決めたのだった。
(白野さんのことは気になりますが、ここにいない人のことを考えていても仕方がありません。会ってから、本人に聞くしかないでしょう)
恐らく、この仮想世界のどこかに岸波白野はいる。凛やラニだっているのだから、白野がいてもおかしくなかった。
もしかしたら、聖杯戦争で敗れ去ったマスターとサーヴァント達だっているかもしれない。デリートされた自分だってこの世界にいるのだから。
彼らのことも気になるが、どこにいるかわからない。対策を立てるのは目撃情報が得られてからでいいだろう。
(それにトモコさん……いえ、スカーレット・レインさんからも色々とお聞きしたいことがありますが、そのタイミングを考えなければなりませんね)
あどけない表情でジローと世間話をしている少女・サイトウトモコのことを、レオは見つめる。
先程、生徒会長である柳洞一成と話をしてから、レオは密かに一人で調べ物をしていた。そこで『サイトウトモコ』について調べたら、彼女についての真実がディスプレイに表示されたのだ。
《サイトウトモコ/Saitou Tomoko》
登場ゲーム:ブレイン・バースト(Brain Burst 2039)
7大レギオンの一つであるプロミネンスを率いたレギオンマスター・スカーレット・レインが有田 春雪に接触する際に用いた偽名。
幾つものパーツで構成された強化外装群《インビンジブル》の圧倒的破壊力で、数多くの敵を屠ってきた。
ここに出てきたキーワードを調べてみると、トモコに関する情報が更に出てきた。
『トモコ』とは仮の姿で、本当は乱暴な言動が多いが面倒見のいい性格でもあること。
遠距離攻撃に特化した戦闘スタイルがメインで、二つある必殺技はどちらも凄まじい火力を誇っていること。
また、意外に脆い一面も持っていることも……全て、レオは知った。
(彼女がハセヲさんや僕達に見せているのは仮の姿。でも、メンテナンスの時に見せた姿が、彼女の本当の姿なのでしょう)
レインが何故、自分達に猫を被って接しているのかはわからない。
生き残る為に利用をしようと企んでいるのか? また、利用をし尽くした後はどうでるのか?
これまでのように一緒にいてくれるのか、それとも攻撃を仕掛けようとしてくるのか……それはレオにもわからない。
ただ、できることなら戦いたくはなかった。生徒会副会長をこの手で斬るなんて嫌だし、まだ若い少女の未来を潰すのは王のやることではない。
今は『サイトウトモコ』としての彼女と接するしかない。ガウェインもそれを了解してくれた。
対主催生徒会に対する裏切りなど、レイン本人が余程のことをしなければという条件付きで。
もしも下手に彼女の本性を暴くようなことをしたら、何をされるかわからない。本性を見せるだけならまだいいが、もしも逆上などされたら余計な体力を消耗してしまう。
聞くにしても、彼女からの確実な信頼を得てからだ。
(レインさん……いえ、トモコさん。貴女が何を考えているのか知りませんが、僕達は貴女のことを信じていますからね……)
不意に、ジローと話していたレインは……いや、サイトウトモコはレオに振り向いて、そして笑顔を見せる。
レオはそれに答えるように、優しく微笑んだ。
【B-3/日本エリア・月海原学園/一日目・午前】
【チーム:対主催生徒会】
[役員]
会長 :レオ・B・ハーウェイ
副会長:サイトウトモコ(スカーレット・レイン)
書記 :空席
会計 :空席(予定:ダークリパルサーの持ち主)
庶務 :空席(予定:岸波白野)
雑用係:ハセヲ(外出中)
雑用係:ジロー
[チームの目的・行動予定]
基本:バトルロワイアルの打破。
1:(レオの)理想の生徒会の結成。
【ジロー@パワプロクンポケット12】
[ステータス]:HP35%、小さな決意/リアルアバター
[装備]:なし
[アイテム]:基本支給品一式、桜の特製弁当@Fate/EXTRA、不明支給品0〜2(本人確認済み)
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:殺し合いには乗らない。
1:今は図書室で情報を集める。
2:トモコちゃんの事も、可能な限り守る。
3:『オレ』の事は、もうあまり気にならない。
[備考]
※主人公@パワプロクンポケット12です。
※「逃げるげるげる!」直前からの参加です。
※パカーディ恋人ルートです。
※使用アバターを、ゲーム内のものと現実世界のものとの二つに切り替えることができます。
【スカーレット・レイン@アクセル・ワールド】
[ステータス]:HP100%、(Sゲージ0%)、健康/通常アバター
[装備]:非ニ染マル翼@.hack//G.U.
[アイテム]:インビンシブル@アクセル・ワールド、DG-0@.hack//G.U.(4/4、一丁のみ)、赤の紋章@Fate/EXTRA、桜の特製弁当@Fate/EXTRA、基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:情報収集。
1:一先ず猫被ってハセヲやレオに着いていく。
2:ジローに話し合いで決まったことを伝え、レオの帰還を待つ。
3:レオに対しては油断ができない。
4:自力で立ち直ったジローにちょっと関心。
[備考]
※通常アバターの外見はアニメ版のもの(昔話の王子様に似た格好をしたリアルの上月由仁子)。
※S(必殺技)ゲージはデュエルアバター時のみ表示されます。またゲージのチャージも、表示されている状態でのみ有効です。
【レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ@Fate/EXTRA】
[ステータス]:HP100%、MP25%、令呪:三画
[装備]:ダークリパルサー@ソードアート・オンライン、
[アイテム]:桜の特製弁当@Fate/EXTRA、トリガーコード(アルファ)@Fate/EXTRA、基本支給品一式
[ポイント]:853ポイント/0kill
[思考・状況]
基本行動方針:会長としてバトルロワイアルを潰す。
0:今は図書室で情報収集をする。
1:本格的に休息を取り、同時に理想の生徒会室を作り上げる。
2:モラトリアムの開始によって集まってくるであろうプレイヤーへの対策をする。
3:他の生徒会役員となり得る人材を探す。
4:状況に余裕ができ次第、ダンジョン攻略を再開する。
5:ダークリパルサーの持ち主さんには会計あたりが似合うかもしれない。
6:もう一度岸波白野に会ってみたい。会えたら庶務にしたい。
7:当面は学園から離れるつもりはない。
8:岸波白野と出会えたら、何があったのかを本人から聞く。
9:トモコから本心を聞くタイミングは慎重に考える。
[サーヴァント]:セイバー(ガウェイン)
[ステータス]:HP130%(+50%)、MP85%、健康、じいや
[装備] 神龍帝の覇紋鎧@.hack//G.U.
[備考]
※参戦時期は決勝戦で敗北し、消滅した後からです。
※レオのサーヴァント持続可能時間は不明です。
※レオの改竄により、【神龍帝の覇紋鎧】をガウェインが装備しています。
※岸波白野に関する記憶があやふやになっています。また、これはガウェインも同様です。
※トモコの正体に気付きました。
以上で投下終了です。
気になる点がありましたらご指摘をお願いします。
あ、レインの状態表を以下のように修正させて頂きます。
【スカーレット・レイン@アクセル・ワールド】
[ステータス]:HP100%、(Sゲージ0%)、健康/通常アバター
[装備]:非ニ染マル翼@.hack//G.U.
[アイテム]:インビンシブル@アクセル・ワールド、DG-0@.hack//G.U.(4/4、一丁のみ)、赤の紋章@Fate/EXTRA、桜の特製弁当@Fate/EXTRA、基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:情報収集。
1:一先ず猫被ってハセヲやレオに着いていく。
2:レオに対しては油断ができない。
3:自力で立ち直ったジローにちょっと関心。
[備考]
※通常アバターの外見はアニメ版のもの(昔話の王子様に似た格好をしたリアルの上月由仁子)。
※S(必殺技)ゲージはデュエルアバター時のみ表示されます。またゲージのチャージも、表示されている状態でのみ有効です。
投下乙です
まぁ図書館あるしね…バレるのも当然ですよね…
まぁ指摘というか、疑問なんですけど情報流しすぎなような気がします
例えば岸波さんの男や女になれる現象とサーヴァントの多重契約は、不具合によって起こっているものです
それがセラフの記録に残されているのも如何なものかと
少なくともこいつはこうすれば倒せるみたいな弱点を載せるのは避けた方がいいと思います
サイトウトモコも名前を検索しただけで本人ばれというのも結構グレーな気がします
例えばリーファで検索しても彼女の本名とかが載せられてなかったように、サイトウトモコもそういう部分は伏せられると思うのです
投下乙でした。和気藹々してるなあこの生徒会(遠い目)。けど纏まりある謎の安定感。
はくのん、レオ会長からとんでもない認識(ニューハーフ)されかけてるぞ……
上記の方と同じ疑問提示として、図書館で検索するだけで全情報が公開されるのは流出過多に思います。
基礎的なプロフィールならともかく、ザビエルもとい白野の状態が簡単に知られたり、
ほぼ「サイトウイモコ」の名前しか知らないレオが、名前を検索するだけでその正体や能力を(本人の洞察力抜きで)把握できたりと。
これは、まだ未公開の他のプレイヤーにも言えることです。これらと同程度の情報が全てのプレイヤーに記されていることになってしまいますから。
なので「ほぼ無条件で隠された設定、弱点を取得可能」というのだけは、規制や制限を設けるべきだと思います。
無論、複数の情報を組み合わせたり、レオ自身の予想などで同じ結果を導くことも可能であるため、氏の作品の内容を否定する意思がないことは述べておきます
投下乙です
了解しました。
言われてみれば、確かに情報が多すぎましたね……指摘された点を修正させて頂こうと思います。
乙〜
お、不眠症克服したか。
修正も待ってますね
投下&修正乙です。
ニコの猫かぶりも完全ではなく、今後彼女がどういうスタンスを取るかが生徒会の一つの山ですね
ザビエルも近くに居るし新展開も近そうです。
自分も投下します。
地面に転がったジャンクデータは数知れず、気を抜くとすぐ踏みつけてしまう。その度に無茶苦茶なソースコードが血液のように飛び出て来て顔をしかめる。
そんな不可思議な景色と、やたらとひらっぺったい、ハリボテのような大地の感触も相まって、少し行くだけ奇妙な酩酊感が滲んでくる。
それに加え住人どもの意味の分からない言葉が延々と続くのだから、このネットスラムという場所は本当に居心地が悪いと思う。
とはいえこのエリアから離れる気はなかった。
少なくとも彼、モーフィアスはこの場に明確な目的を持って留まっていた。
彼は今一人だ。
同行者を得たはいいが、別行動を取っている。
それには無論効率の面での意味合いもあったが、少し一人になりたいという思いもあった。
揺光、そしてロックマン。
あの二人の語って見せた『現実』はモーフィアスの知る『現実』とは全く相いれない、しかし全く違うという訳でもない、そんなものだった。
二人の『現実』と自分の『現実』の相違――特にロックマンの語る『現実』はモーフィアスにとって意味深いものを感じさせたのだ。
自分の知る『現実』が機械と延々と続く戦乱の『現実』であるとすれば、
揺光の知る『現実』はそもそも機械が反乱を起こさなかった、何もしなかった『現実』といえ、
そしてロックマンの知る『現実』は機械との共存ができた『現実』といえる。
それを聞いたとき、モーフィアスは気付かされた。
そんな未来が存在しえたこと、戦争は不可避のものではなかった、ということに。
だから、どうだということはない。当たり前といえば当たり前の話だ。しかし、こうしてその証拠を突き付けられると、今の『現実』は決して絶対的なものではないのだと実感できた。
この場において『現実』は決して一つではない。
どれが真であるかという問はナンセンスだ。
己が知覚できるものは全て等しく『現実』であり、同時に現実に客観的な観測視点を求めるならば『仮想』ともなる。
『現実』とは大地であり、地盤である。それを大前提として人は動いている。
もしそれが絶対的なものでないのだとすれば、ともすれば人は何も信じることはできなくなる。
そんな中でどう動くべきか――どう選択していくべきであろうか。
(その答えは恐らく……意志と呼ぶのだろうな)
モーフィアスは無言で空を見上げた。
青い青い澄んだ空がずっと広がっている。大地も偽物染みていて信じるこのできない、ハリボテの空間だが空だけは本物らしかった。
決して手に届くことはなかろうが、それでも真と見えるものはある。
「トリニティ」
思わず仲間の名を呟いた。
数時間前に告げられた名。元より何時こうなってもおかしくはない環境に彼女は身を置いていた。覚悟はしていた。
だから敢えてそれ以上は何も口にしない。ただ確からしい空を見ていたかった。
「そこの貴方」
不意にかけられた声に、モーフィアスは意識を切り替え身を引き締める。
明瞭な響きを持って語られたその声は、明らかにネットスラムの一員の焦点のズレたそれではなかった。
警戒を持ってモーフィアスは振り向く。念のためウィンドウを開き何時でも武器を取り出せるようにしておく。
そこに居たのは、褐色の肌をした一人の少女だった。
彼女はスラムの危ういビルのポリゴンの上に立ち、モーフィアスを見下ろしている。眼鏡越しに注がれる視線は凪のように落ち着き、そして冷たかった。
小柄な体にかけられた白衣が風に吹かれゆら、と揺れる。
「……何だ」
「貴方はネットスラムの住人ではありませんね。私が推測したところ、貴方はこのゲームのプレイヤーです」
すらすらと語られる言葉にモーフィアスは身を硬くする。
沈黙を肯定と取ったのか少女はモーフィアスをじっと見つめ、
「そしてここに更なる推測があります。
貴方がこのエリアに残っている理由……それはアイテム探索にあるのでしょう?」
「ほう、何だ。私が何を探しているというのだ」
「noitnetni.cyl」
少女は加えて言った。「意志の破片です」と。
「このエリアではどうやら探索クエストが進行しているようです。
察するに誰かがフラグを立てたのでしょう。結果としてエリアのNPCたちから容易に情報を得ることができました。
これはメールにも記載されていなかった隠しイベント……やる価値は十分にあります」
「それで、何故私に接触を?」
「私は無駄が嫌いです。こういった探索クエストは複数人で行う方がずっと効率が良い。それは間違いないでしょう?」
少女はそう言って僅かに口元を釣り上げた。
微笑み――とまではいかないだろう。あくまで冷静に、冷徹に、自分の考えを述べたに過ぎない。
「私はラニ=Ⅷ」
そう彼女は名乗り、
「《蔵書の巨人》の最後の端末。
師の教えに従い、一切の無駄は好みません」
そう言った少女、ラニは軽く頭を下げた。
その時風が吹いた。ひゅう、と音を立て吹いた風にその白衣が煽られ下半身が露わになる。
そうして見せつけられた無駄のなさに、モーフィアスはしばし閉口した。
◇
「何というか……ネットスラムって本当に何でもありなんだね」
辺りをちらちらと横見に揺光はぼそりと呟いた。そこではそれなりにお洒落な空間が広がっていた。
少し外れたところにのカウンター席。その向こう側では酒らしきオブジェクトが並んだ棚があり、極めつけにボトルを磨くNPCが居た。
まるで、というか完全にそこはバーだった。
言うまでもなく正規のThe Worldにこんなものは存在しない。
世界観とも合わないし、何かシステム上意味があるようにも見えない。
しかしまぁ、ゆったりとしたソファの感触が意外と心地良かった。立ち話も何なので……ということで連れてこられた場所だが、確かに落ち着いて話せそうではあった。
「ははは、まぁ廃棄データをハッカーが勝手に弄り回してる場所だからね」
犬が朗らかに言った。彼(?)とはテーブルを挟み相対している。
テーブルの上では何だかよく分からない液体が入ったコップが三つ置かれている。
やけに饒舌なこの犬のサービスだった。とはいえ怖くて口に付ける気には全くなれないのだが。
「まぁここを揺光さんが知らないのも無理はない。
普通のプレイヤーなら先ず来ない場所だしね。それにここはサクヤたちが来た場所だから、本来のリビジョンとしては――おっとこれは話が逸れるかな」
そう言って犬は笑った。何が面白いのか分からない。サクヤとは誰なのだろう。
隣のロックマンを見ると彼は相変わらず落ち着いた様子で犬と向き合っていた。
まだThe Worldの知識のある自分と違い、彼にしてみれば何もかも意味が分からないだろうに、全く取り乱した様子はない。
そのことに彼女は少し心を重くする。
「ところで僕たちに話したいことって」
「(゚益゚)」
ふと犬が威嚇するような顔文字を浮かべた。
顔に当たる部分にモニターがあるので、こうして感情表現するのだが、どうも人をからかっているようにしかみえない。
しかし、一応真面目に話すつもりがあるのか、犬は少しを声色を落として、
「簡単な経緯の説明さ。このクエストはどういう事件を基にして生成されたのか、それを知るフラグを揺光さんたちは偶然にも立てた訳だ。
これでこのクエストでも優位に立てる……かもしれない」
その言葉を前置きにして、犬はゆっくりと語り始めた。
The World初めての事件。それは一人のプレイヤーが謎のNPCに誘われるままに奇妙なイベントを始めたことが起点だった。
.cyl……聞いたこともない拡張子のプログラムを集めていくプレイヤー。
eye.cyl、ecivo.cyl、rae.cyl、yromem.ryl……幾度かの探索を経て全てのプログラムを入手し、NPCは全てを取り戻した。
プログラムが意味していたもの、それは何てことのないアナグラムだ。
eye、voice、ear、そしてmemory。それぞれ目、声、耳、思い出を意味する。
全てを思い出したNPCは語る。
世界から望まれない形で生まれた自分は、ただのバグでしかなかった。
出来損ないであった自分は世界から消去されようとしていた、と。
だからNPCは自己保存を求めた。自らを幾つかのセグメントに分割し、世界から身を隠す。
そして時が来れば、セグメントを回収し、自らの情報を書き換え世界と同化する。
消去を不可避と知ったNPCの最後の抵抗にして、あきらめの心……それがそのイベントの真相だった。
最後にNPCはsetaf.cylを残す。
fates、抗いがたい運命。そのデータを残しNPCは世界を去った。
あとに残ったのは花のデータだけだった。
フィールドに咲いた一輪の彼岸花。それはもはや何てことのない背景データに過ぎない。
無害故に、それは削除の対象とはならなくなった。
それがNPCの、AURAになれなかった彼女の『意志』だった。
……そのNPCは名をリコリスと言った。
「そりゃあ何とも……」
救いのない話だね。
話を聞き終えた揺光が思ったことはそれだった。
「そうかもしれないね。ただしかし、彼女は『意志』を持って行動することができた訳だ。
それが例え抗いがたい運命に従うことでも、しかしまぁ自分で選び行ったことではある。
だからこそ一つの物語として成立している訳ではあるけれど」
物語、と犬は語る。なるほど文学を嗜む揺光としても、今の話は物語として一つのオチがついているようにも見える。
問題は、この話が現実に起こった事件であること、そしてそれを基にしたクエストが今まさに進行している、ということである。
「……それで僕たちはnoitnetni.cylを探しているってことなんだよね。
でもさっきの話にそのプログラムは出てこなかったよね?」
ロックマンが思案顔で尋ねた。
確かにそうだった。その事件を基にしている、ということは分かるが、目標とされるプログラムは先ほどの話には出てこなかった。
noitnetni.cyl。先の話の法則に従うならそれが意味するところはつまり……
「『意志』か」
intention。学生としての英語の知識を引っ張り出し、そう口にした。
揺光の呟きに犬が鷹揚と頷いた。
「そう。このクエストはどうやら『意志』を探してる訳だ。
だけども勘違いして欲しくないのが、これはリコリスの『意志』ではないということ」
「え? それはどういう……」
「先の事件はあくまでこのクエストの基となっただけだよ。
クエストを生成するに当たってランダムに現実の事件を参照したところ、こうなってしまった、というだけでね。
.cylというのもその名残に過ぎない。本当に当時を再現しているという訳ではない。
だから、これに直接リコリスが関わってくるとは思わない方が良い。だって彼女はもう、居ないのだから」
フィールドに咲く一輪の彼岸花の姿が、脳裏に過った。
無論それはただの想像だ。自分は見たことがない。仮にあったとしても、ただの背景として見逃していたに違いない。
犬はそこでモニターから文字を消した。役目を終えたとでもいうように。
そして付け加えるように一言、
「さて、ならこれは誰の『意志』なのかな。それが疑問になるんだけどね。
果たして誰の為にこのクエストが生成されたのか。これはちょっと分からない」
◇
「あーのあのあの、チート錬成屋の近くって、何があるんだっけ」
「んん? 彼岸花の女? あー何か聞いたことあるな……えーと呪われてるんだっけ」
「楽園だったよ、あそこは。あの猫も可哀そうだった」
「何だったかのう……ああそうだ、『失意の』じゃ」
ラニとの探索は順調だった。
スラムの住民たちが話す内容を分析し纏めること、それがこのクエストの攻略方法だ。
地味に見えるがこれが最も近道である。こうした諜報任務自体はモーフィアス自体も慣れている。
が、それでもラニの情報分析の正確さには舌をまく。
無駄を嫌う、というだけあって彼女の行動はスマートかつ迅速だった。
各NPCから仕入れた情報を――そのほとんどは意味不明な、要領を得ないものであるにも関わらず――分類し冷静に分析する。
その様は硬い佇まいと相まって、まるで精緻な機械のようである。そんな印象をモーフィアスに抱かせた。
「これが誰の『意志』なのか。
どうやらそれはどの住民も知らないようですね」
探索の最中ラニが口元に手を当て言った。
情報収集の末、既にこのクエストが何の事件を基にして作られたものであるかは知っている。
揺光が言っていたThe Worldにおいて起こったとある事件。それがベースとなっているようだった。
リコリス……それは恐らくあの少女だ。ネットスラムに来たときに出会った、あの幽霊のような少女。
誰かが、恐らくは自分以外の参加者が、彼女に接触したことで、このクエストは始まったらしい。
「『どこ』にあるのかは今までの情報収集からおぼろげには見えてきました。
しかしこれがどういう意味を持ったクエストなのかは全く掴めない……これは住民にプロテクトが掛かっている、というよりは元より彼らには情報が与えられて居ない、そんな感触があります。
それは偶然なのか……必然なのか」
「このクエストには何かしら深い意味があると?」
「はい。このイベントは他のエリアのものと比べ明らかに一線を画しています。
まず存在が明示されていないこと。そしてプレイヤーにメリットが何も提示されていないこと。
……他のイベントに比べ色々なものが欠如しています。それが単なるミスであるとは、私には思えません」
ふむ、とモーフィアスは腕を組む。
ラニの言葉は分かる。メールに記載されてあったようなイベントは、分かりやすく殺し合いを促進させるものだ。
ポイント二倍やアイテム変化は勿論、一見して安全でありそうでありながら穴の見える休戦エリア設定など、ゲーム進行上有効なのは分かる。
では、この探索クエストはというと、違う。ただ指定のものを探せとだけ言われる、ひどく不親切な内容。
「……このクエストは運営側にも管理できていない……? 自動生成に当たって不具合を起こしてしまった?
いやそれは流石に楽観的過ぎますか」
ラニはぶつぶつと言葉を漏らしている。考えがまとまらないのかもしれない。
「ともかくもラニ、一先ずはクエストを進めよう。
何か意味があるものならば……その最中に何かが見える筈だ」
モーフィアスの言葉にラニは黙って頷いた。
元よりそのつもりだったのだろう。彼女は迷いなく歩き始めた。
モーフィアスはその背中をじっと見つめた。
少女の外見でありながら、彼女の纏う雰囲気は戦士のそれであった。
彼女もまた戦争の『現実』に身を置く者であった。
彼女と同行するに当たってモーフィアスは彼女がどのような『現実』に身を置いているかは聞いてある。
彼女の語る『現実』には機械が登場しない。また争いも少ないと言う。
あるのは西欧財閥による圧倒的な支配、そしてそれに対する僅かながらの抵抗。
世界のほとんどは平和であるらしかった。だがしかしそれが幸福であるとはモーフィアスには思えなかった。
全てが管理・統制された社会。西欧財閥の支配体制はゆるやかだが絶対的で、どことなくマトリックスを思い起こさせた。
管理されるか、敵対するか、その二択しか人は選べない。どちらもそのような『現実』である。
……違うのは一点。管理者が人間であるか機械であるか、だ。
(機械が台頭せずとも、か)
幸福は訪れないし、争いのない未来が来るわけではない。
彼とて全て機械が悪いなど思っている訳ではない。元はといえば人間が撒いた種である。
その事実に別に何の感慨も抱かない。
有史以来人は争ってきた。機械が登場したほんの最近のことだ。
そして何より、機械との戦争においても、人間同士の争いは頻繁に起こった。
数年前のサイファーの裏切りが脳裏に過る。ドーザー、エイポック、スウィッチ……ネブカドネザル号のクルーが人の手で討たれた。
人は変わらない。変わるとすれば、それは選択をした時だけだ。
「…………」
ふとそこでナイオビの顔が思い浮かんだ。
そしてついでに、ロック司令のしかめ面も。
ザイオンは大丈夫だろうか。
その不安をここ数日で何度反芻したか分からない。
「Mr.モーフィアス」
ついてこないモーフィアスを怪訝に思ったのかラニが呼びかけてきた。
彼は感傷を捨て置き、彼女のあとを追った。「何でもない」そう告げて。
既に向かうべき場所はおぼろげながら見えている。スラムの住民たちの話す言葉は相変わらず脈絡もなく意味不明だ。
しかしその内容はエリアに来たときと比べ明らかに変化している。
その変化を総合すると……
「ここですね」
眼前に灯る青い光を見上げラニは呟いた。
それはこのエリアの片隅にあった。乱立するポリゴンの奥で、青い燐光を放つ球を備えた金の燭台がぽつんと置かれている。
雑然と広がるネットスラムであるが、これだけは小奇麗に整えられており、どこか異質な感じがした。
その直感はどうやら間違いではなかったようだ。考えが正しければこの場所こそが――
「ゲート、か。ここでワードを打ち込めばいいのか?」
「恐らくは。判断するに門はこれで間違いないでしょう」
「ふむ、これは恐らく揺光の言っていたカオスゲートだな」
ゲートを見つめつつ、ラニは虚空に指を這わせる。
すると音を立てウィンドウが開かれた。設定を弄ってあるのかモーフィアスにも視認できる。
「ありました」
ラニが平坦な口調で言った。
その視線はウィンドウの一点を示していた。
【ワードリスト】通常のメニューではなかった項目だ。
ラニは迷わず指を這わせそれを展開する。
「予想通り三つの言葉を要求してきましたか」
ウィンドウは切り替わり、ワードを入力しろ、という指示が出ている。
三ブロックに別れた語群を組み合わせて転送先を選ぶ……揺光から聞いた仕様そのままだった。
ラニは表示される無数ワードをスライドさせながら、
「ここから別のエリアに飛ぶことができるようですね」
「この中のどれかが正解であり目的物がある、ということか」
「そうですね。ですがこの数では総当たり/ブルートフォースアタックは無理です。更に三ワード組み合わせを考えれば実質エリア数は無限と考えてもいいでしょう。
いや、それでも時間が許すのならばありかもしれませんが、外れエリアを引いたときに何もペナルティがないとは思えません。
エネミーが配置されている、程度のことは覚悟しておくべきでしょうね」
淡々と分析語るラニの指は、しかし止まっていなかった。
候補の中から明らかに特定のワードを探している。
「そこで今までの情報収集を活きてくる訳だな」
「はい、このエリアのNPCの言葉の大半は意味のないものでしたが、しかし一部単語が明らかに重複していました。
その一部はゲートの位置をほのめかすものでしたが、他は本当にとりとめのない、繋がりの見いだせないものでした。
が、これで分かりました。彼らは言っていたんです。鍵を、『意志』のありかを」
そう言ってラニは三つのワードを入力した。
無数の組み合わせの中から彼女が選んだのは『呪われし』『失意の』『楽園』
入力を終え、彼女は迷わず決定コマンドを選択する。
すると、ラニとモーフィアス、二人の頭上に燐光が現れた。
その光は彼らを包み込み「ほう」とモーフィアスが声を上げる。
どうやら入力した本人だけでなく、近くにいたプレイヤーも巻き込んで転送されるらしい。
転送の予兆を感知した彼らはそのまま――
――白い白い、何も書かれていない、白紙の空間だった。
空も大地もない。設定されていないのだ。この奇怪な感覚にモーフィアスは既視感を憶えた。
そうこれは、あの開幕の場と同じだ。なくなったのではなく、そもそも何もない、つくって放り投げただけの部屋。
「……違うのはこれか」
モーフィアスは目の前に置かれたベッドに目をやった。
天蓋つきの小さなベッドは小さな子供用の、母が子を育てる為のものだ。
白で塗りつぶされた空間にぽつんとベッドが置かれている。
異様な光景だが、その不気味さを更に強調するように置かれた別のものが目に付いた。
「ぬいぐるみですね」
床に散乱するその一つを拾い上げたラニが淡々と言った。
それは熊のぬいぐるみだった。その生地はくすみ元はどんな色だったかも定かではない。目から飛び出た瞳がひどくグロテスクに見えた。
そんなものがこの部屋には散乱しているのだった。どれ一つとしてまともな造形のものはない。本来とはかけ離れた歪んだ造りでありながら、あたかもそれが正しい形であると主張しているようでもあった。
この子供部屋がどんな意図で作られたものであるにせよ、ここで子供を育てていた母親はロクなものではなかったのだろう。
……それが母親と呼べるのならば、であるが。
「……何だこのエリアは」
「分かりません。現状では情報が不足しています」
どんな意味があるにせよ、不気味な部屋だ。あまり長居はしたくない。
それはラニも同じだったのか、無言でベッドの上を覗き込んだ。
そこには奇妙な箱が浮かんでいた。
正確な直方体をしたそれはゆっくりと回り、艶のある青がじんわりと照り光っている。
デジタルデータらしく0と1の数値が蠢いていた。
「これはアイテム扱いのようですね。【拾う】コマンドが表示されています」
そう言ってラニは箱に手をかざした。
『ラニ=Ⅷはミステリーデータを調べた……』まずはそう表示され、
『noitnetni.cyl_1を手に入れた』
「……手に入りました」
「_1か」
その記号が意味することは、同一のプログラムが複数存在すると言うことだ。
このクエストはまだ終わりではないようだ。
ラニはじっと画面を見つめていたが徐に顔を上げ「出ましょう」と言った。
「あと幾つあるのかは分かりませんが、一先ずクエストクリアに一歩前進しました。
このエリアの意味も調べたいですが」
そう言って彼女はちら、と横目で辺りを示した。
この不気味な子供部屋に何も意味がないとは思えない。それはラニも同感だったようだ。
「今のところ情報不足です。このワードを入力すればまた来ることも可能でしょうし、一旦は撤退しましょう」
「すぐに出ることが出来るのか?」
「はい、どうやらワード入力者にコマンドが追加されるようですね」
言いつつもラニはウィンドウを開いている。
エリアから出るつもりらしい。無論そのことに異論はない。
異論はないが、言うべきこと。尋ねるべきことはあった。
「ラニ、今まで黙っていたが私には同行者がいる」
転送の光に包まれながらモーフィアスは口を開いた。
ぴくり、とラニはその動きを止める。
「二人だ。近くに居てな、共に高い技術を持っている。戦力としては申し分ないだろう」
「……そう、ですか」
ラニの瞳が揺れる。それをじっと見据えつつ、モーフィアスは転送された。
視線と視線が交錯していた、
帰ってきたネットスラムは相変わらずロクでもない場所だったが、それでも先の場所よりはずっとマシだった。
ここはまだ生気がある。雑然としているが、ひたすらの虚無ではない。
無論居心地はよくないが――こうした場所は慣れている。
ごちゃごちゃとした街も、偽物の現実も、戦闘の緊張感も、全て慣れ親しんだものだ。
「……どういうことです、Mr.モーフィアス」
「動かない方がいい。お前が懐に銃を隠しているのは知っている」
慣れているからこそ、モーフィアスは口元に笑みを浮かべてみせた。
その手には刀が握られている。揺光から譲り受けた一太刀。美しい銘を持つそれは手に馴染み、ラニの首へとかけられている。
ラニは照り光る刃を横目に口を開く。
「これは裏切りと考えてもよろしいでしょうか? Mr.モーフィアス」
「裏切られる前に裏切っただけだ」
モーフィアスは淡々と述べる。
「お前はゲームに乗っているのだろう、ラニ?」
「……根拠の提示をお願いします」
「短い付き合いだったが、それでもお前の人となりは自ずと分かった。
無駄を嫌う。成程その言葉通りだろう。お前の行動は非常にロジカルだ。
そのことに嘘偽りはないだろう」
その言葉にラニは「褒め言葉として受け取っておきます」と頭を下げた。
その細い首筋に刃が今にも喰い込まんとする。
「だがお前はこうも言ったな。
こういった探索クエストは複数人で行う方がずっと効率が良い、とも」
「ええ」
「それも正しいし、嘘はないだろう。
だが、それは果たしてこのクエストに限ったことなのか? もしゲームからの脱出を考えているのだとしても、同行者を集うべきだ。
にも関わらずお前は一人だった。これはおかしい。ロジカルなお前のことだ、全ての行動は論理的に説明が付く筈。
ならば導き出される答えは一つ。前提が間違っていた――ゲームからの脱出ではなく、クリアを考えている、だ」
「その論理は穴がありますね。すぐに指摘できるだけでも三点は致命的な瑕疵があります。
まさかそれだけ私に襲いかかっているのですか?」
ラニの言葉は平坦なままだった。命の危機が迫っていると言うのに一切動揺した様子が見られない。
本当に機械のような女だ。モーフィアスは率直にそんな印象を抱いた。
「まさか。ただ少し疑問に思っただけに過ぎない。私としても、その時点ではお前にさして警戒心を抱いていなかった。
ただ、疑念が強まったのは、先程お前がデータを入手した時だ」
ラニが無言でモーフィアスを見返す。言葉の続きを待っているようだ。
「あの時……noitnetni.cyl_1を手に入れた時、一瞬だがお前のアイテムストレージが表示された」
「……なるほど」
――ラニのアイテムストレージには多くのアイテムがあった。
その量は明らかに初期支給のものだけではなかった。支給アイテムを早々譲り渡す参加者は居ないだろう。
ならば最も有力な可能性は……
「ウィンドウを公開設定にしていたのが仇となったな。お前としてはアイテムを自分で確保したかったのだろうが」
「ええ……たしかにそれはミスでした。クエストやあのエリアについて思考ソースを割き過ぎていましたね」
ラニは目を潜め語る。
「しかしそれだけでは私にも抗弁が可能です。
このアイテムは私がアリーナで稼いだポイントで買ったもの……という可能性もあります」
「確かにそうだ。だから私はまだ確信していなかった。
だから最後の最後にカマをかけた。それまで伏せていた同行者の存在を語ることで、お前の反応を見た。
もしお前が本当にゲームに乗る気がないのであれば冷静に戦力増強を喜んだだろう。
だがお前はあの時」
転送の瞬間のことを思い起こす。
モーフィアスの言葉を聞いたラニは、僅かにその瞳を揺らした。
その中に動揺の色が走ったのを、歴戦の戦士であるモーフィアスは見逃さなかった。
ラニとしては、自分一人ならば何とかなると踏んでいたのだろう。
ある程度クエストを進めた後、不意打ちに自分を討つ。そんな計画を練っていたに違いない。
だがそれも集団が大きくなれば難しくなる。
ラニは刀を向けられたまま、そのガラス細工のような瞳をモーフィアスに向け、
「……なるほど、理には適っていますね」
「それにお前は自分がゲームに乗っていないとは一言も口にしていないからな。
お前の言葉は全て嘘ではなかった。ただ本当のことを語っていないだけだ」
「……一つ尋ねますが、同行者の存在は本当ですか?」
「事実だ。伏せていたことに他意はない。いやなかった。
偶然カードとして使えるようになっただけだ」
ラニはしばらく無言だった。
目線を僅かに下げ、首筋に当たる刃を見た。
周りではスラムの住民が相も変わらず意味不明な言葉を喚き散らしている。
「……認めましょう。貴方の言う通り、私はこのゲームのクリアを目指しています。
運営について探ってもいますが、目標はあくまで正規の手段による優勝です」
ラニは顔を上げ告げた。
モーフィアスの腕に力が籠められる。少しでも不審な動きを見せれば躊躇なく刃を放つ心づもりでいた。
「ですが、貴方の言葉には一点間違いがあります」
ラニは目を瞑り、その手を胸に当てた。
「貴方は言いましたね。私の行動は全て論理的に説明がつくと」
そしてゆっくりと目を開き――
「それは違います。
私は……私にも理解できない感情(なかみ)を求めて動いている」
――その背後に巨躯が現れた。
それが屈強な武人のものであると分かった次の瞬間、モーフィアスの身体は吹き飛ばされていた。
◇
「……来ないね」
約束の時刻になってもモーフィアスは姿を現さなかった。
時間にして一時間と少し、少し余裕を持って集合場所である鳥居に戻ってきたのだが、モーフィアスはそこに居なかった。
まさか時間を間違えているということもあるまい。彼はその手のことに関しては厳しく執り行う人物であるように思えた。
「何かあったのかな?」
ロックマンが心配そうに呟く。
揺光もまた不安げに辺りを伺った。
雑然とした風景に溶け込むように耳を澄ませる。気配を探る。ここは自分の知る『現実』なのだから違和感には自分が気づくべき――
「■■■■■■■■■■■ーーー!」
耳を澄ませるまでもなくその咆哮はエリアに響き渡った。
理性の感じられないその雄叫びはプレイヤーでなくモンスターのそれに聞こえた。
急いで揺光は駆け出していた。が、ロックマンはそれより一足早く声の下に向かっている。
「あっちはモーフィアスが行っていた方だ」
「うん、そうだ。たぶん何かあったんだ!」
駆けながら二人は言葉を交わす。
ロックマンは元より双剣士である揺光も高い敏捷を誇るPCだ。
それに、と思い彼女は己の腕を見る。そこでは銀の刃がきらりと光っている。
(今度はアタシも戦える)
そう自分を鼓舞しつつ彼女は駆けた。
そして彼らが辿り着いたときそこには、
「■■■■■■■■■■」
狂気に塗りつぶされた声を張る武人が槍を構えていた。
中華風の鎧を纏った男は巨大な槍を軽々と振り回している。触覚のように伸びる頭部の飾りがふるふると揺れた。
その様に揺光は息を呑んだ。
何故ならその姿はまさしく、彼女が好きな『三国志』の中でも屈指の知名度を誇る武将であったのだから。
そうして彼女は確信した。目の前の相手が『三国志』最強の武将――呂布であると。
「……やはり同行者の件は事実だったのですね」
呂布に寄りそうように立つ少女がそう冷静に呟いていた。
その視線の先には肩で息をするモーフィアスの姿があった。
「お前たちか、すまない。敵を連れてきてしまった。
奴の名ははラニ。ゲームに乗っている。隣のチャイニーズは恐らく奴のスキルだろう」
息は乱れていたが、彼の言葉には淀みがなく、また焦りもなかった。
ロックマンは無言で頷く。スカーフが揺れ、その視線がじっと少女――ラニへと注がれた。
戦う、のか。揺光は呂布を見上げごくりと息を呑んだ。
先程までとは違った緊張感がある。正直に言うと、少しだけ喜びも混じっている。
呂布。呂布である。彼がまとう激烈な威圧感はポリゴンのチャチなものではなく、圧倒的なリアリティを持ってそこに居る。
そんな存在と直に相対できる、戦える――というのはこんな時だと言うのに心躍った。
「揺光ちゃん、危なかったら隠れててね」
そんな感慨を遮るようにロックマンが言った。
揺光はむ、と声を漏らす。反駁の代わりに一歩前に出て戦意を示した。
「……バーサーカー」
ラニがそう呼びかけると、呂布は咆哮し、そして戦いの火蓋が切られた。
その圧倒的な膂力で槍を振り回す呂布に対し、ロックマンと揺光は敏捷を生かした立ち回りを見せる。
シャドースタイルと双剣士、火力こそないが共に回避に優れたスタイルである。
「削三連!」
双剣を装備しアーツが使用可能になった揺光が舞うように剣を振るう。
無論恐怖があるが故に時節動きが硬くなるが、そこはロックマンがフォローする。
そのコンビネーションに呂布は上手く対処できないでいた。
……本来の彼ならばいざしらず、バーサーカーとして召喚された彼には技が欠けている。
その為大雑把な立ち回りしかできず、速度で勝る二人を捉えることができなかった。
それを補うのがマスターであるラニの役割であるが、彼女は今サポートをする余裕がなかった。
「投降しろ、ラニ。お前の銃は当たらない」
「……拒否します」
モーフィアスはラニへと刀を向けている。
対するラニは白い装飾に彩られた銃――DG-0の引き金に指をかけている。
距離は数メートル。普通ならば銃を持つラニが有利なのだろうが、しかしモーフィアスはマトリックス内での銃撃に対する対処法を心得ていた。
それ故に自信を滲ませラニへと迫る。握る刀身が黄昏の光を受け橙に染まった。
「お前の負けだ。私の同行者が到着するまでに勝負をつけられなかった以上、ここからの逆転はない」
「状況の不利は認めます。しかし投降は尚早だと判断します」
そう言って彼女は引金を引き――
「そうか、残念だ」
銃弾が発射される前に、モーフィアスがラニを押し倒していた。
「くっ」と悔しげに漏らすラニ。ジャンクデータの山に倒れ込んだ身体に、モーフィアスは刀を添えた。
「まずはあのチャイニーズをひっこめろ。話を聞かせてもらおう。
武装解除を拒否できる立場にないことは分かっているな?」
モーフィアスが冷徹に言い放つ。
見上げるラニの瞳は変わらずガラス細工のように偽物染みていて――
「助けてください! 私は今悪質なプレイヤーに襲われています」
その声を聞いたとき、それまで冷静にことを運んでいたモーフィアスが初めて戸惑いを見せた。
が、すぐにその意図を推しはかる。突然叫びを上げたラニ……彼女が狙っているのは、
「そこのお前たち」
鋭い一声が差し込まれた。
ラニへの警戒をしつつも振り向くと、そこには三人の参加者の姿があった。
漆黒の鋭角的なマシンを中心に、褐色肌の剣士、緑衣を纏う青年、彼らはみなモーフィアスに視線を注いでいる。
横目でロックマンたちを伺う。既に呂布の姿は消え、彼らは武器を持って立ち尽くしている。
ラニの狙い、それは第三者を巻き込むことか。
近くに居た彼らの存在にラニは気付いていたのだろう。あるいは先の探索の際に既に見つけていたのかもしれない。
そしてタイミングを計らって彼らを呼びつけた。外観だけ見れば、今の自分たちは少女を集団で襲っている、ということになる。
モーフィアスはラニを見返した。その表情に感情の揺れは一切見られない。
「その少女の言葉は本当か?」
緊張の滲ませた言葉が黒のマシンより放たれた。
その外見と裏腹にその声は少女のそれだ。しかしその声色は戦士のそれだ。
幸いなのは、彼らが冷静な集団だったということだ。
直情的にラニの言葉を信じるのではなく、あくまで状況を確認してから事態に介入しようとしている。
モーフィアスは務めて冷静に口を開く。
「Hey」
だがそれを遮るように一対の白い影が躍り出た。
白で塗り固めた異様な姿。モーフィアスはすぐにそれが己の知る敵だと気付いた。
「こいつらか!」
緑衣の青年が忌々しげに叫んだ。どうやらこの敵、ツインズと交戦していたらしい。
その最中にこの場に居合わせてしまった――状況がさらに複雑化する。
ツインズの一方がモーフィアスへと襲いかかる。奴は数時間前と同じく大鎌を持っており、実体化した瞬間、振りかぶった巨大な刃が見えた。。
仕方なく彼はラニ拘束を解き、その一撃を受け止める。甲高い金属音が悲鳴のように響いた。
もう一方のツインズは揺光へと襲いかかっている。ロックマンも加わって応戦しているが、突然の事態に上手く立ち回れていないようだ。
そして闖入者たる三人もこの状況でどう動くか考えあぐねているようだった。
「バーサーカー」
その言葉にモーフィアスははっとする。
混沌した状況。この場で最も自由に動けるのは――
「……コード・ゴッドフォース・クロウラー」
その一声で、スラムは閃光に呑まれた。
◇
データの瓦礫を払いのけモーフィアスは立ち上がった。
スーツについた埃を振り払いのけ顔を上げる。
ラニの従者が放った一撃はあの混沌とした場を全て呑み込んでいた。
「モーフィアス!」
呼びかける声に振り向くと、かろうじて無事だったビルの上にロックマンが立っている。
その手には揺光を抱えている。咄嗟に彼女を抱えて飛び去ったのだろう。
両手で抱えられる形になった揺光は顔を紅潮させている。
「大丈夫だったか? ロックマン」
「うん、僕と揺光ちゃんは大丈夫だよ」
「私も大丈夫だ。ダメージがない訳ではないが、しかし直撃してはいない」
元よりダメージを与えようと放った一撃ではないのだろう。ラニの攻撃は非常に大雑把だった。
「……ラニには逃げられたか」
が、状況を切り抜けるにはあれで十分だった訳だ。
あの場に居たものは皆一撃を避けることで精いっぱいで、彼女の同行にまで注意を払うことができなかった。
「あの人たち……黒いナビたちも居ないね」
「ああ、状況が状況だったからな。一度距離を取ったのだろう」
モーフィアスは思案顔で顎を撫でた。
あの場でラニを逃してしまったのは痛い。彼女の冷静な分析力が敵となるのは今後の展開に不安を与えた。
途中で現れた別の陣営ともグレーの関係のままだ。何とか友好的に接触したいものだが……
更に言えば探索クエストも終わっていない。
対象のアイテムはラニが持って行ってしまった。取り戻す方法も考えなくてはならない。
複雑化していく状況に、モーフィアスはふぅと息を吐いた。
ネットスラムの空は変わらず黄昏のままだ。陽が落ちることはあるのだろうか。
「あのさ、そろそろ下ろしてくれない?」
ふとそこで揺光が呟いた。
その声色は僅かに震え、思春期の少女らしい羞恥を滲ませていた。
[B-10/ネットスラム/午前]
【ロックマン@ロックマンエグゼ3】
[ステータス]:HP80%
[装備]:なし
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品1〜3(本人確認済み)
[思考]
基本:殺し合いを止め、熱斗の所に帰る
1:モーフィアス、揺光と行動する。
2:ネットスラムの探索。
[備考]
※プロトに取り込まれた後からの参加です。
※アクアシャドースタイルです。
※ナビカスタマイザーの状態は後の書き手さんにお任せします。
※.hack//世界観の概要を知りました。
※マトリックスの世界観を知りました。
【揺光@.hack//G.U.】
[ステータス]:HP60%
[装備]:最後の裏切り@.hack//
[アイテム]:不明支給品0〜3、平癒の水@.hack//G.U.×3、ホールメテオ@ロックマンエグゼ3、基本支給品一式
[思考]
基本:この殺し合いから脱出する
1:ロックマン、モーフィアスと行動する。
2:ネットスラムの探索。
[備考]
※Vol.3にて、未帰還者状態から覚醒し、ハセヲのメールを確認した直後からの参戦です
※クラインと互いの情報を交換しました。時代、世界観の決定的なズレを認識しました。
※ハセヲが参加していることに気付いていません
※ロックマンエグゼの世界観を知りました。
※マトリックスの世界観を知りました。
※バーサーカーの真名を看破しました。
【モーフィアス@マトリックスシリーズ】
[ステータス]:軽い打撲、疲労(中)
[装備]:あの日の思い出@.hack//
[アイテム]:不明支給品0〜2、基本支給品一式
[思考]
基本:この空間が何であるかを突き止める
1:(いるならば)ネオを探す
2:トリニティ、セラフを探す
3:ネオがいるのなら絶対に脱出させる
4:揺光、ロックマンと共にネットスラムを探索する。
5:探索クエストを進める。ラニを警戒。
[備考]
※参戦時期はレヴォリューションズ、メロビンジアンのアジトに殴り込みを掛けた直後
※.hack//世界の概要を知りました。
※ロックマンエグゼの世界観を知りました。
「えーと、ありゃあどういう状況だったんだ?」
今しがた巻き込まれた戦闘から逃れた後、アーチャーが頭をかき分け言った。
その顔には困惑が浮かんでいる。
ブラックローズもまた腕を組み「うーん……」と考える素振りを見せている。
「確かに少し判別がつきづらいな。
少女の言葉の真偽を確かめておきたかったが……」
デュエルアバターから観戦用のアバター――黒雪姫と切り替えた彼女は先の状況を思い起こす。
あの白いPKを追ってこのエリア、ネットスラムに辿り着いた訳だが、その途中で助けを呼ぶ声を聞きつける。
そこで急いで駆け付けたところ、そこでは少女が三人のプレイヤーに襲われている様だった。
それだけならば状況は単純だったのだが、
「だけど確かあの女はマスターだった筈だぜ。月海原学園でも見かけた覚えがある」
「ああ、それに最後に見せたあの一撃、恐らくあれはサーヴァントによるものだろう」
少女が単なる弱者でないことは読み取れた。
だとすれば彼女が襲った側で返り討ちにあっていた、という可能性もあり得る。
「じゃあ問題はアレが悪い奴らから逃げる為の苦し紛れの一撃だったのか、それとも計算高いもんだったかってことな訳ね」
ブラックローズが言った。
アレ、というのは少女の放った最後の一撃のことだろう。
今の自分たちでは少女の行動原理を判別することができない。
自分たちが少女を見失ったのはあの一撃――恐らくは宝具によるものだ――のせいだ。
逃げおおせることまで計算に入れていたのか、それともただ生き残ることだけを狙ったものだったのか。
「……難しいな、人を信じるということは」
考えを巡らしながら黒雪姫はぽつりと呟いた。
その言葉にアーチャーもブラックローズも沈黙する。
人を信じること、その難しさは少し前に痛感した。犠牲を伴って。
幸いにも自分たちはこうして互いを信じることができた。
では今度は――
「む? おや君たちは」
ふとそこでしわがれた声がした。
振り向くと、そこには等身の低い老人のアバターがあった。
「タルタルガじゃない! 何でここに……ってそういえばここネットスラムだったわね」
ブラックローズが驚きの声を上げる。タルタルガと呼ばれた老人はくつくつと喉を鳴らした。
どうやら知り合いらしかった。このエリアは彼女がよく知る場所らしいので、NPCにも見覚えがあるのだろう。
タルタルガと呼ばれた住民はブラックローズに笑いかけた後、しかし黒雪姫の方を見た。
「君はもしかして黒雪姫、と呼ばれる人間ではないか?
話は聞いておる。そうか、すれ違ったか……」
名前を言い当てられ黒雪姫は身を硬くする。
どうして名を知っている。そしてすれ違った、とは?
「詳しくは言えんがの。しかしまぁこれも何かの縁じゃろう。
説明くらいはしてやろう。このエリアで行われておる、過去を掘り起こすクエストについてな」
『黒薔薇騎士団』
【ブラック・ロータス@アクセル・ワールド】
[ステータス]:HP50%/デュエルアバター 、令呪一画
[装備]:なし
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品1〜3
[思考]
基本:バトルロワイアルには乗らない。
1:ブラックローズ、アーチャーと共に行動する。
2:ネットスラムを探索する。
3:褐色の少女(ラニ)及び黒人(モーフィアス)らを警戒。
[サーヴァント]:アーチャー(ロビンフッド)
[ステータス]:ダメージ(中)、魔力消費(大)
[備考]
時期は少なくとも9巻より後。
【ブラックローズ@.hack//】
[ステータス]:HP30%
[装備]:紅蓮剣・赤鉄@.hack//G.U.
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜2
[思考]
基本:バトルロワイアルを止める。
1:黒雪姫、アーチャーと共に行動する。
2:ネットスラムを探索する。
3:褐色の少女(ラニ)及び黒人(モーフィアス)らを警戒。
※時期は原作終了後、ミア復活イベントを終了しているかは不明。
「何とか撤退には成功しましたか」
ラニはあくまで平坦な口調で呟いた。
状況を盾にして逃げ延びた訳だが、幾つかの幸運が重なった結果だ。
モーフィアスを利用するところまでは上手く行っていたが、しかし詰めを誤ってしまった。
「……クエストの進行自体は順調ですが」
言ってラニはアイテムストレージに目を走らせる。
そこでは【セグメント1】【noitnetni.cyl_1】と特殊なアイテムが並んでいる。
これは明らかに異質なものだ。最終的に優勝を目指すにせよ調査の必要があるだろう。
無論このクエストの正体もだ。
「……っ」
そこで気配を感じたラニは急いで振り向いた。
周りでは廃ビルが立ち並び非常に視界が悪い。どこからやってくるかを判別するのは難しいが――
「貴方たちは」
その攻撃は二方向からやってきた。
二対の白い影。ツインズ。異様な姿をした彼らは今しがた乱入してきたPKたちだ。
どうやら彼らに補足されていたらしい。ラニは仕方なしにバーサーカーの霊体化を解き戦闘態勢に入る。
「■■■■■■■■■■」
咆哮と共に呂布が現れ槍を放つ。ツインズたちは幽体となりその一撃をやり過ごす。
そうして距離を取った彼らとラニは相対する。
形としては二対二の形となり、緊張の糸がぴんと張りつめる。
倒せるだろうか。ラニは冷静に分析する。
恐らくこの敵はアサシンに似た能力だ。初撃を防ぐことに成功した以上、正面からの対戦で負けることはないだろう。
が、こちらは連戦で消耗している。負けることにはないせよ、できれば戦闘自体を避けたかった。
「……提案があります」
ラニは徐に口を開いた。
ツインズを見据え、冷静に告げる。
「貴方は優勝を狙うプレイヤーであると判断しました。
そこで提案です。私と同盟を結びませんか?」
「…………」
「見たところ貴方たちには決定打が欠けています。戦闘で負けることはないにせよ、勝負を決める一手……圧倒的な火力が不足しています。
しかし私なら、バーサーカーならばそれを補うことができます」
同時にそれはラニにもメリットのある話ではあった。
先のモーフィアス陣営との一戦。個々の戦闘力では圧倒していも、多勢に無勢では追い込まれてしまう。
しかしそれも彼らと同盟を結ぶことが出来れば変わる。対である彼らを戦力に組み込めば、数の面では対等に立てる。
今後あの陣営とぶつかることがあっても互角以上に戦える筈だ。
「…………」
しばらく沈黙があった。
ラニの言葉を検分しているのだろう。重い沈黙が流れる。
そして長いとも短いともつかない時間を置き、ツインズはその鎌を下ろした。
承諾、ということだろう。
「……では、よろしくお願いします」
そう言って彼らは結束した。
冷静に、冷徹に、機械的に判断を下し、彼らは結びついた。
(これで戦力面では問題ないでしょう。あとは情報面、Mr.モーフィアスもクエスト攻略に乗り出す筈です。
となればこれからこのクエストは新たな局面を迎える……エリアワード、引いてはnoitnetni.cyl争奪戦です。
そしてあの場に居たもう一つ陣営の動きも読めません)
ラニが呼びつけたネットスラムもう一つの陣営。
サーヴァント一騎を抱えていた彼らの動向は読めない。呼びかけに答えたことからゲームに乗り気という訳ではないだろうが……
(モーフィアス陣営と結託されることだけは避けねばなりませんね。
理想は協力関係を結ぶことですが……最悪でも三つ巴には持ち込むべきでしょう)
【ラニ=Ⅷ@Fate/EXTRA】
[ステータス]:魔力消費(中)/令呪三画 600ポイント
[装備]: DG-0@.hack//G.U.(一丁のみ)
[アイテム]:疾風刀・斬子姫@.hack//G.U.、セグメント1@.hack//、不明支給品0~5、
ラニの弁当@Fate/EXTRA、基本支給品一式、図書室で借りた本 、noitnetni.cyl_1
[思考]
1:師の命令通り、聖杯を手に入れる。
そして同様に、自己の中で新たに誕生れる鳥を探す。
2:岸波白野については……
3:ネットスラムの探索クエストを進める。モーフィアス陣営を警戒。
4:ツインズと同盟。
[サーヴァント]:バーサーカー(呂布奉先)
[ステータス]:HP70%
[備考]
※参戦時期はラニルート終了後。
※他作品の世界観を大まかに把握しました。
※DG-0@.hack//G.U.は二つ揃わないと【拾う】ことができません。
【ツインズ@マトリックスシリーズ】
[ステータス]:健康
[装備A]:大鎌・棘裂@.hack//G.U.
[装備B]:なし
[アイテム]:不明支給品0〜2、基本支給品一式
[思考]
1:生き延びる為、他者を殺す
2:揺光に苛立ち(片割れのみ)
3:ラニと同盟。
[備考]
※二人一組の存在であるが故に、遠く離れて別行動などはできません。
[備考]
※現在ネットスラムでは探索クエストが進行しています。
※エリアにカオスゲート(R:2)が配置され、そこに特定ワードを入力することで別エリアに飛ぶことができます。
その際に正解のエリアであればその先にミステリーデータ(青)がありnoitnetni.cylを入手できます。
※ワード自体はネットスラムのNPCから推測することができるようになっています。
※もし外れであった場合、どこに飛ばされるのかは不明です。
※またnoitnetni.cylが幾つあり、集めた結果何が起こるのかも明示されていません。
投下終了です
投下乙です。
予約から何が起こるかと思ったら、まさか探索クエストが起こるとは。
ラニの無駄のない所を見てしまったと思ったら、こんな目に遭ってしまうなんてモーフィアスも災難だ……w
そしてラニはツインズと組んだけど、果たしてここからどう動くか?
お三方、投下乙でした
>Roots://殺戮のマトリックスエッジ
>Roots://足りない心と体が愛を探す引力が
シノンは一命を取り留めたが、その結果が……スケィスが志乃をキルした理由って、思考3に基づくものなのかな
ハセヲにとっては、原作再現といってもいい結果というのも。死の恐怖再臨なるか?
そして始まる四つ巴戦。これスミス倒せるプレイヤーばっかだけど、カイトが一番立ち位置酷い…w
以下、見つけた誤字です
>>484
「最新の注意」→「細心」?
>>486
「アイツが消えでも」→「アイツが消えても」?
>対主催生徒会活動日誌・5ページ目(考案編)
度重なる修正お疲れ様です
ニコはステルス剥がれかかってるけど、ここはレオの采配がどう動くか
>廃園の天使_グランヴァカンス
>廃園の天使_ラギッドガール
ここで初のマーダーチーム結成、かな?
一時はどうなることかと思ってた「noitnetni.cyl」フラグをクエストとして動かしたのは思わず唸りました
.hackを追いかけてる身としては、出てきた名前やエリアワードにニヤリしました
以下、見つけた脱字です
>>530
「彼はラニ拘束を解き」
あ、それと前回のステータスから引き継いでしまってるのですが、スカーレット・レインの所持品名称が誤ってます
「非ニ染マル翼」→「緋ニ染マル翼」
wiki収録分については、修正を行っておきます
これより予約分の投下を始めます。
1◆
幻想的な雰囲気を放つ洞窟・死世所 エルディ・ルーから抜け出して、大分時間が経った。
空に輝く太陽は徐々に昇ってきている。メニューウインドウの時計も針が止まる気配は見せず、無情に進んでいた。
つまり、運営から二度目のメールが届く時間が確実に迫っている。残酷な現実がまた告げられてしまうのだ。
「カイトよ。先の戦いを見る限り、そちの腕も中々ではないか! これなら、余も安心してそちと力を合わせて戦うことができるぞ!」
「どうやら、カイトさんは私達サーヴァントに引けを取らない程の実力者のようですね。その力に敬意を示して、私もカイトさんの力になりますよ! あ、でもご主人様の期待に答えることを忘れないでくださいね」
「フ?リ…×、ア&<トウ」
「二人ともありがとう、とカイトさんは言っています!」
セイバーとキャスターは激励し、カイトはそれに頷いて、ユイは笑顔で通訳をしている。
互いの命を踏み躙り合う殺し合いとはとても思えないほど、和やかな光景だった。できることなら、この時間が永遠に続いて欲しいと思う。
「――――――――」
そんな彼らの会話に加わる少女がいる。
サチ……いや、サチの願いに従って行動する”黒点の主”・ヘレンだった。
「――――――――」
「私もハクノさん達の力になってもいいですか? と、ヘレンさんは聞いています」
それが意味することは、ヘレンもここにいるみんなと一緒に戦ってくれることだろう。
呉越同舟という四字熟語があるように、昨日まで敵だった者が今日は味方になってくれることもある。
ヘレンの気持ちは嬉しいし、戦うより笑い合う方がいい。
「ほう。そなたも奏者の力になろうと言うのか、それは実に感心だ! だが、そなたが守っている少女は大丈夫なのか?」
「そうですよ。さっきの戦いを見ていると、ヘレンさん自身はともかくサチさん本人はあんまり戦い慣れていなさそうですよ? サチさんの状態だって、危険ですし」
「アアアアアアアァァァァァァァァァ……」
「気持ちは嬉しいけど、無理をするのは駄目。そう、カイトさんは言っています。私としてもヘレンさんの言葉は有難いのですが、サチさんのことを考えると……」
みんなはヘレンを、そして一緒にいるサチの身体を心配しているように見つめている。
実際、サチの状態はあまりにも危険だった。先程、カイトと戦ったせいで彼女のHPは残り10%にまで減っている。カイトを責めるつもりは全くないが。
今の彼女を無理に戦わせたりしたら、本当にデリートされてしまう危険がある。
自分はヘレンにその旨を伝えることにした。
「――――――――」
「私も消えたくないから無理をするつもりはない、できる範囲のことだけをする。ハクノさんのこともですけど、ハクノさん達と一緒にいる皆さんにも興味があるから……らしいですよ」
……それならいいかもしれない。
ヘレンが言う『できる範囲のこと』がどこまでを示しているのかはわからないが、ここで断っても空気が悪くなるだろう。
ただし、サチの為にも積極的に戦うことはしないで、いざとなったら逃げることは忘れないで欲しい。そう、条件を付けた。
「――――――――」
「わかりました。ですって!」
ヘレンが頷いて、そんなヘレンの意思をユイは伝えてくれる。
納得してくれてよかった。力になってくれるのはいいことだが、それが原因で死んでしまうなんてあってはいけないことだ。
こうして関わっていくと、ヘレンがただ他者に害を与えるだけのウイルスだけではないことがわかる。自分の意思を持ち、サチの願いを叶える為に動いている存在だから、簡単に消していい訳がない。
ヘレンもみんなと同じように、ちゃんと心があるのだから。
……だからこそ、願う。
ヘレンがもう二度と誰かを傷付けないことを。
根底にあるのはサチの願いを叶えたいという想いだ。純粋だが、サチがどんなに間違った願いを抱こうとも実現させようとするだろう。
善悪を判断することがヘレンにはできない。理解をさせる為には、ヘレンを止めながら一つ一つ教えていくしかないだろう。
大変だが、サチを助ける為の方法がこれ以外に思い付かなかった。
そして懸念していることがもう一つある。
ヘレンが何らかのきっかけで、サチの凶行をユイに伝えてしまうかもしれないということだ。
サチは恐怖のあまりに信頼を寄せていたキリトのことを殺してしまった。信じたくないが、その場に居合わせていない自分には事実であることを受け止めるしかない。
もしもヘレンがサチのことをユイに伝えてしまったら、ユイはサチのことを恨むだろう。そして、セイバー達もサチを許さないはずだ。
ヘレンがキリトとサチの一件を話さないこと。そして、キリトが死んだことはサチの勘違いであること。今の自分にはそれを願うことしかできなかった。
何もしないで、現実逃避だけをしている自分が情けない。だからこそ、みんなが傷付かない方法を考えるしかなかったが、解決法が思い浮かばない。
時間が止まって欲しいが、ただ流れていく。何もできない自分を嘲笑うかのように時計は動き続けていた。
「そういえば『フラグラド』でしたよね? 私達がさっき立ち寄った、あのエルディ・ルーという洞窟の地底湖にあった白い大樹って」
キャスターはカイトに尋ねてくる。
胸の奥から湧き上がってくる不安を打ち消すかのように、彼女の声は明るかった。
「カイトさんは言っていましたよね? 元々のゲームだと、あの木が死者の国を封じていた設定だって」
「アアアアアアァァァァァァ……」
「そうだけど、それがどうしたのか? と、カイトさんは言っています」
「いえ、原作にそんな役割がある木がこの世界にもあるとなると、あの大樹は何か特別な意味があるのかな〜 って、思っただけです。例えば、あの大樹が私達に知られるとまずい何かを封じている、なんてことが」
……確かに。
ユイはD−4エリアの地下に謎のエリアがあると言った。厳重なプロテクトがかかっているからには、何かがあるのだろう。
キャスターが言うように、フラグラドの役割はそれが参加者に知られないようにする盾となっているのかもしれない。所謂、ファイアーウォールのような役割となっているのだろう。
それさえ突破することができれば、プロテクトエリアに突入できるかもしれない。
「アアアアアアアァァァァァ……」
「その可能性は高いですけど、迂闊に手を出すのは危険だと言っています。プロテクトを解除する方法自体がわからないですし、何よりも下手に手を出すとその瞬間にデリートされるかもしれない。それに死者の国と似せた理由だって、私達のような人達に対する防衛手段の可能性だってある……らしいです」
「なんと! なら、私が嗅いだ死人の匂いだって罠なのですか!?」
「アアアアァァァァァ……」
「そうかもしれない。キャスターさんのような勘のいい人に気付かれて、そこからプロテクトを解除できる人達が集まってしまった時の為にも、そのチーム全員を一気にデリートできる機能があそこに加えられたかもしれない……ようですよ」
……なんということだ。
警戒しすぎに思えるカイトの推測だが、彼は『The World』を守るAIプログラムだ。だから、同じ守護者の役割を果たすプログラムのことがわかるのかもしれない。
実際、プロテクトが甘ければこの殺し合いは根本から瓦解してしまう。そうさせない為にも、危険な要素は小さいうちから敗訴する必要がある。
プロテクトエリアのことは気になるが、また訪れるにしてもプロテクトへの対策をしっかり取ってからだ。あらゆる結果を想定して、またそれに対抗できる手段も確保する。
それからでも、遅くはない。
「ふむ……ならば、かつて我らと戦ったあのマスター達がいれば、プロテクトとやらの対策も可能ではないのか?」
セイバーが言っているのは、レオや慎二のことだろう。
あの二人はマスターであると同時に、技術者としても高い実力を持っている。彼らが力を貸してくれるのなら、プロテクトにも何らかの対策ができるかもしれない。
だが、問題が二つある。
一つは、レオがこの殺し合いの場にいるとは限らないと言うことだ。慎二やありす達のように姿をこの目で見ていないのだから、彼も蘇生していると断定することができない。
そして二つ目は、レオと慎二が力を合わせてくれる場面が想像できないことだ。
「あのワカメさんとレオさんが出会ったら、確実に一悶着が起こるでしょうね。レオさんは意外と空気が読めませんし、ワカメさんはお子様……そんな二人が共同作業なんてできるのでしょうか?」
酷い言いようだが、キャスターの意見はもっともだ。
そうだ。仮にレオと慎二でチームを組んだら、確実にトラブルが起こりかねない。レオの何気ない言動に慎二が激怒する恐れがあった。
元々、慎二はレオに対してあまりいい印象を持っていないように思える。そんな相手からの言葉を気にせず流してくれるなんて、慎二からは想像できない。
アーチャーやガウェインが上手く宥めてくれればいいが、あの二人だけでどうにかなるのだろうか?
「案ずるな。この余がいる以上、奏者の前で諍いなど起こさせはしない! 奏者は安心して、彼らと手を取るがいい!」
「はぁ? 貴女なんかが出たら、余計に喧嘩がヒートアップするに決まっているじゃないですか。ご主人様、もしも喧嘩なんかが起こるならこんな人より私を頼ってくださいませ。この愛の鉄拳で、頭を冷やさせますから!」
……どっちもやめて欲しい。
セイバーとキャスターは胸を張りながら宣言するが、彼女達には絶対に手を出させたりしない。彼女達には悪いが、もしも実行などされたらチームの空気が悪くなる。
レオが本当にいるなら、どうか慎二に変なことを言わないことを祈るしかない。あと、慎二もレオの言葉に怒らないことも。
とりあえず、もしもレオに会えたら何とか手を取り合ってくれるように説得を試みてみよう。彼の目的は人類全てを救うことなのだから、他者の命を無意味に奪うことなどしない。
だから、慎二のことだって見捨てないはずだ。
これからレオやガウェインと出会えたら、協力してもらえるように説得をする。ここにいるみんなにそれを告げた。
「確かに、あの男ならば奏者の願いを無碍にすることはしないだろうな」
「ええ。抜けている所はありますが、その器量はどこかのワカメさんにも見習わせたいですね〜 あ、でもご主人様の器量には遠く及ばないですが!」
セイバーとキャスターは頷いてくれる。
……とりあえず、キャスターの慎二に対するワカメ呼ばわりはそろそろ止めた方がいいかもしれない。あんまり続けてはトラブルの元になるし、何よりも慎二が不憫だ。
せめて、アーチャーは慎二に変なことを言わないことを願う。彼だったら心配ないかもしれないが。
「アアアァァァ……」
「あ、カイトさんはもう一つ言いたいことがあるみたいです」
もう一つ言いたいこと?
「アアアアアアアアァァァァァ……」
「プロテクトがかかっているのは、あのエリアの地下だけ。もしかしたら、何らかの手段でエリアの地下に侵入しない限りはまだペナルティが与えられない、かもしれない。と」
憶測の域を出ない言葉だが、今は情報が少ない。そんな状況下ではどれだけ考えても、可能性しか出てこないだろう。
それにしても、どうしてカイトは急に喋るようになったのか。さっきまでとは別人のようだ。
その理由をカイトに尋ねてみる。
「アアアアアアアアァァァァァァ……」
「エルディ・ルーの時は自分から話さなかったせいでハクノさんはがっかりとした。今度はそんなことの無いように、きちんと言った方がいいと思ったから……と言っています」
……さっきのことをそんなに気にしていたのか。
こちらとしてはそこまで気分を悪くしていなかったのだが、知らない間に負い目を感じさせてしまったらしい。
どうやら、自分も反省しなければいけないようだ。
「エリアの地下に侵入……というと、月見原学園にあったワープゾーンの様な物が必要でしょうか? でも、今の私達にそんな手段はありませんよ」
「う〜ん。せめて転移結晶さえあれば、エリアの地下に侵入できるかもしれませんが……」
「転移結晶?」
ユイの口から出たキーワードに、キャスターが反応する。
「はい。私達の世界には結晶アイテムという物があるのです。回復や解毒、更には使用したプレイヤーを瞬時に移動させる効果など、様々な効果を持つマジックアイテムなのです!」
「ほう! そいつはとても便利じゃありませんか!」
「いいえ、決して万能という訳ではないのです。一度しか使えない上に、一部のダンジョンでは結晶アイテムが使用することのできない《結晶無効空間》というエリアがあるのです。なので、もしかしたらこの空間にも結晶アイテムを無力化するエリアが存在するかもしれません」
解説をするユイの表情はほんの少しだけ曇っていた。
もしかしたら、過去に結晶アイテムで何かトラブルがあったのだろうか。
例えば、絶体絶命の状況に陥って、その状況を打破する為に結晶アイテムを使ったが無情にも発動せず、命を落としたプレイヤーを何人も見てしまった……
……この話題は聞かない方がいいかもしれない。
「あと、もしD-4エリアで転移結晶が使えてプロテクトエリアに向かえるとしても、行きだけではなく帰りの分も用意した方がいいですね」
「それはそうでしょうね。例え行けたとしても、帰れなくなったら元も子もありませんし」
だとすると、転移結晶はこの手に多く持っている必要があるかもしれない。
サーヴァントであるセイバー達は必要ないかもしれないが、同行する参加者達の分もたくさん持つべきだ。
無論、向かうにしてもしっかりと運営に対する対策を固めてからだが。
「……奏者よ。プロテクトエリアのこともいいが、どうか余の願いも忘れないで欲しいぞ」
そんな中、セイバーが頬を風船のように膨らませながら見つめてくる。
セイバーの願い……ああ、アリーナに向かうことか。
もちろん、それも忘れてはいない。アリーナにも何かあるかもしれないから。だけど、もう少しだけ待っていて欲しい。
そう告げると、セイバーは安堵としたように胸を撫で下ろした。
「そうか……奏者がアリーナのことを覚えていて、余は安心したぞ。うむ! 奏者の為ならば、余は何時間だろうと待とう!」
「……ご主人様、このままアリーナのことをスルーしてしまっても問題はないと思いますよ?」
ポツリと呟いたキャスターのことを、セイバーは物凄い勢いで睨みつける。
このままではまた喧嘩になってしまう。その前に、二人をどうにかして落ち着かせないといけない。
どうやってこの空気を変えるか……そう考える一方で、サーヴァント達は睨み合いを始めていた。
【D-3/山/1日目・昼】
【岸波白野@Fate/EXTRA】
[ステータス]:HP100%、MP95%、データ欠損(微小)、令呪二画、『腕輪の力』に対する本能的な恐怖/男性アバター
[装備]:五四式・黒星(8/8発)@ソードアート・オンライン、男子学生服@Fate/EXTRA
[アイテム]:女子学生服@Fate/EXTRA、基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:バトルロワイアルを止める。
0:―――大丈夫だ、問題ない。
1:月海原学園に向かい、道中で遭遇した参加者から情報を得る。
2:ウイルスの発動を遅延させる“何か”を解明する。
3:榊の元へ辿り着く経路を捜索する。
4:エルディ・ルーの地下にあるプロテクトエリアを調査したい。ただし、実行は万全の準備をしてから。
5:せめて、サチの命だけは守りたい。
6:サチの暴走、ありす達やダン達に気を付ける。
7:ヒースクリフを警戒。
8:カイトは信用するが、〈データドレイン〉は最大限警戒する。
9:エンデュランスが色んな意味で心配。
10:もしも、レオがどこかにいるのなら協力をして貰えるように頼んでみる。
[サーヴァント]:セイバー(ネロ・クラディウス)、キャスター(玉藻の前)
[ステータス(Sa)]:HP100%、MP100%、健康
[ステータス(Ca)]:HP100%、MP100%、健康
[備考]
※参戦時期はゲームエンディング直後。
※岸波白野の性別は、装備している学生服によって決定されます。
学生服はどちらか一方しか装備できず、また両方外すこともできません(装備制限は免除)。
※岸波白野の最大魔力時でのサーヴァントの戦闘可能時間は、一人だと10分、三人だと3分程度です。
※アーチャーとの契約が一時解除されたことで、岸波白野の構成データが一部欠損しました。
【ユイ@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP100%、MP55/70、『痛み』に対する恐怖、『死』の処理に対する葛藤/ピクシー
[装備]:空気撃ち/三の太刀@Fate/EXTRA
[アイテム]:セグメント3@.hack//、基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本: パパとママ(キリトとアスナ)の元へ帰る。
0:ハクノさん………。
1:ハクノさんに協力する。
2:『痛み』は怖いけど、逃げたくない。
3:また“握手”をしてみたい。
4:『死』の処理は……
5:ヒースクリフを警戒。
[備考]
※参戦時期は原作十巻以降。
※《ナビゲーション・ピクシー》のアバターになる場合、半径五メートル以内に他の参加者がいる必要があります。
【蒼炎のカイト@.hack//G.U.】
[ステータス]:HP50%、SP80%
[装備]:{虚空ノ双牙、虚空ノ修羅鎧、虚空ノ凶眼}@.hack//G.U.
[アイテム]:基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:女神AURAの騎士として、セグメントを護り、女神AURAの元へ帰還する。
1:岸波白野に協力し、その指示に従う。
2:ユイ(アウラのセグメント)を護る。
3:サチ(AIDA)が危険となった場合、データドレインする。
[備考]
※蒼炎のカイトは装備変更が出来ません。
【サチ@ソードアート・オンライン】
[ステータス]HP10%、AIDA感染、強い自己嫌悪、自閉
[装備]エウリュアレの宝剣Ω@ソードアート・オンライン
[アイテム]基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:死にたくない。
0:――――うそつき。
1:もう何も見たくない。考えたくない。
2:キリトを、殺しちゃった………。
3:私は、もう死んでいた………?
[AIDA]<Helen>
[思考]
基本:サチの感情に従って行動する。
1:ハクノ、キニナル。
[備考]
※第2巻にて、キリトを頼りにするようになり、メッセージ録音クリスタルを作成する前からの参戦です。
※オーヴァンからThe Worldに関する情報を得ました。
※AIDAの種子@.hack//G.U.はサチに感染しました。
※AIDA<Helen>は、サチの感情に強く影響されています。
※サチが自閉したことにより、PCボディをAIDA<Helen>が操作しています。
※白野に興味があるので、白野と一緒にいる仲間達とも協力する方針でいます。
投下終了です。
投下乙です
サチ(ヘレン)との協力体制もとれ、カイトも積極的になり、AI組の結束はより強まりましたか
このままの調子で進めれるのであれば、あとはアーチャーの帰還を待つばかりですね
指摘する点は、白野達の現在位置ですね
白野は前作最初の『月蝕の迷い家』で山を向かうと決めた時に、洞窟の他に崖も気にしています
ですので、洞窟から次に向かう場所は、崖の方面だと思うのですが
そしてその場合、朝まで時間経過しているのなら、すでに到着していると思われます
あと疑問点というか違和感というか、カイトがちょっと明確に喋りすぎな様な気がしました
ただこれは個人の裁量によるところが大きいので、どうするかは作者さんにお任せします
一応参考程度に、カイトとのメールコンボと、(通訳越しで)喋るシーンを載せておきますね
ttp://shiyue.client.jp/hack/GU/mail/azre_kite.html
ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm163131
あとついでに、別のAIDAが(通訳越しで)喋るシーンも載せときます
ttp://www.youtube.com/watch?v=_jMBF0hFDKU
ご指摘及び、参考になる動画の提示をして頂きありがとうございます。
それでは、現在位置と台詞の部分を修正して、スレの方に投下させて頂きます。
現在位置じゃなくて時間の方を修正してもいいかもしれませんね、そちらの方が手間は少なそうですし
その辺りは裁量次第だと思いますが。
何はともあれ投下乙です。
AI組は変わらずダンジョン探索して安定。
プロテクトエリアのフラグもまた面白そうでした。
拙作の修正版を仮投下スレに投下したことを、遅れながら報告させて頂きます。
投下&修正乙です
確かに安定はしててここは見ててほっとするぜ
これより予約分の投下を開始します。
1◆
「HPが0になっても復活できるなんて、そんなアイテムありなのかよ! チートってレベルじゃないだろ!」
「そりゃあ信じられないよね。でも、これがあったおかげでボクもカオルを助けることができたよ」
ユウキの所持している【黄泉返りの薬】を見た間桐慎二は、その効果に目を丸くした。
RPGゲームでよく見られる死者蘇生アイテムを本当に見るとは夢にも思わなかった。対象者が死亡してから5秒以内でなければ効果はないけれど、それでも充分に貴重なアイテムだ。しかもまだ4つもあるなんて、非常に心強くなってしまう。
命を賭けた殺し合いでこんなものを支給するなんて矛盾している。運営がこんなものをどうして用意したのかがわからなかった。
だけど、使える物は使わせて貰うつもりだ。
「あとでシンジにも渡そうと思うよ。キリトや、キリトと一緒にいる人達にもね」
「本当か! それは助かる」
「でも、その前にキリトと合流してここから抜け出すことを考えようよ。この森にいると、確かダメージ量が増えるらしいから」
「そ、そうだった!」
運営の嫌がらせなのか、12:00まで全ての森は【痛みの森】というエリアに変えられてしまい、受けるダメージが増えてしまうらしい。その間にPKをすればポイントもいつもより増えるらしいが、そんなことはどうでもよかった。
今の状況で別のプレイヤーに襲われたら、今度こそユウキとカオルは殺されてしまうかもしれない。アーチャーがついているとはいえ、彼一人では限界があった。
こんな場所にいつまでもいたら蘇生アイテムがいくつあっても足りないので、早く抜け出したい。それが慎二の本音だった。
「……そういえば、ユウキ達は大丈夫なのかい?」
「何が?」
「いや、痛いだろ? ダメージだけじゃなく、痛みだって倍増されるってメールには書いてあったからさ……あいつらと戦っていたから、凄く痛かったと思うし」
「ああ、それならボクは大丈夫だよ! みんなと一緒にいるから、あんまり気にならないかな」
あれだけの死闘を繰り広げた後なのに、ユウキはけらけらと笑っている。
そんなはずはない。ダスク・テイカーから与えられたダメージはとても笑って誤魔化せる様な量ではなかった。ならば、それに伴う痛みだって凄まじいはず。
気力で身体を動かしているのかもしれないが、そうだとしたら彼女はどれだけ逞しいのか。ユウキという少女はゲーマーとしてだけではなく、人間としても憧れてしまいそうだ。
「それよりも、本当に辛いのはカオルの方だよ! あのノウミって奴から酷い目に逢わされたし……」
「ええっ!? でも、ユウキさんだって私の為に大怪我をしたじゃないですか! あの時、私がしっかりしていれば、こんなことにはならなかったのに……」
「ボクなら大丈夫だって言ったでしょ。とにかく、二度とこんなことがないようにしようよ。蘇生アイテムがあるからって、痛いことには変わらないし」
ユウキとカオルの言葉が、慎二の胸に深く突き刺さる。
そうだ。例え生き返ると言っても、死んでしまったという事実を変えることなんかできない。そこに至るまでの苦痛や絶望だって、脳裏に強く焼き付いているのだ。
生き返るから、死ぬほどのダメージを受けたって問題はないという訳ではない。むしろ、死による苦しみからの解放すらも認められないのだから、もっと残酷かもしれなかった。
ゲームのキャラクターは死んでから蘇生しても次の瞬間には動いているが、自分達は違う。現実の世界に生きる人間だ同じ目に遭ったら、何もできなくなるはずだ。
普通なら、何らかのトラウマに苦しめられてもおかしくない。それなのにユウキとカオルは、テイカーの火に焼かれたにも関わらず、今も笑っている。
(……僕が二人の立場だったら、例え生き返ったとしてもこうして笑うことなんてできない。絶対に、ショックと恐怖で動けなくなるだろうな……)
ユウキから【黄泉返りの薬】を貰えると聞いて舞い上がってしまった。例え死んでもコンティニューができると喜んでいたが、それは二人に対する冒涜なのではないか。
そう考えると、先程までの自分がとても浅はかに見えてしまい、思わず溜息をつく。
「こんな時に溜息とは、何かあったのか?」
「うわっ!?」
その直後、背後に立つアーチャーから唐突に声をかけられてしまい、驚いた慎二は飛び上がった。
振り向くと、アーチャーは意味ありげな笑みを浮かべているのを見た。
「アーチャー……いきなり声をかけるな! ビックリするじゃないか!」
「すまない。ただ、君があまりにも落ち込んでいるようだから、どうしたものかと思っただけだ」
「別に何でもない! さっきから色々なことがあってちょっと疲れただけだ! 絶対に落ち込んでなんかいないからな!」
「そうか。なら、いいのだが」
アーチャーは頷く。
絶対に本心を見抜かれている。どれだけムキになって否定したとしても、悩みの理由を察しているはずだ。数時間程度の付き合いしかないけれど、アーチャーの考えていることが何となくわかってしまう。
ここで感情を爆発させてもただ疲れるだけで、何の意味もない。なので、慎二は話題を切り替えることにした。
「……そういえばアーチャーもサーヴァントだったな。サーヴァントって、歴史上の英雄が元になった存在だよな?」
「そんなわかりきったことを、どうして今更聞く?」
「いや、ちょっと気になったのさ……アーチャーも英雄って呼ばれているからには、人の死を見たことがあるのか?」
「見ていないと言えば、嘘になるな」
「そうか……やっぱり、誰かが死ぬのを見るのって嫌な気分なのか? ライダーは特に気にしていなさそうだったけど、アーチャーはどうだ? 怖いと思ったことはあるのか?」
こんな状況で尋ねるには不謹慎な話題であるかもしれない。
だけど、慎二はどうしても気になってしまった。誰かの命を奪うことや、そして誰かに殺されそうになることが、どんなに辛いことなのか。
ライダーが一緒にいた頃はあんまり考えていなかったが、一生懸命に生きているユウキとカオルの二人を見ていると、胸の中に奇妙な気持ちが芽生え始めていた。
その気持ちを察したのか、アーチャーの表情からは真剣味が出てくる。
「……少なくとも、私は誰かが死ぬのを見て気分が良くなるなんてことはなかったな。私は戦いに身を投じたが、決してサイコキラーなどではない。そうなっては私のマスターと心を通わせられる訳がないからな」
「そっか……やっぱり、人が死ぬと嫌な気分になるのが普通なのか?」
「それはどうだろうな? 戦場での価値観と、平和な世界の価値観は違う。君達は身近にいる誰かが死んだら、その死を悲しむだろうし丁重に弔おうとするだろう。
だが、戦場ではそうもいかない。誰かの死を悔む暇などないし、そんなことをしていたら今度は自分が殺されてしまう……そうならない為にも、価値観が変わってしまうのも仕方がなくなるだろう。人の死に心を痛めなくなることだってあり得る。
だからといって戦闘狂や殺人鬼に成り下がるなど、私は御免だが」
アーチャーの言葉からは、重苦しいオーラと奇妙な説得力が同時に感じられた。
過去に何があったのかはわからないけど、アーチャーも誰かの命を奪ったことはあるはずだ。だけど、それは心から望んだ殺人などではない。止むを得ず、自分の気持ちを裏切ってでもやらなければいけない殺しだったのだろう。
人を殺したという十字架を背負ってでも成し遂げなければならない使命があり、その為に心を鉄に変える……それは一体、どんな気持ちなのか。
もしも、同じことをやれるかと問われたら、慎二は首を横に振る。そこまでの覚悟など、ある訳がない。
「なあ、お前はそれでよかったのか? 途中で投げ出そうと思わなかったのか?」
「どうだったかな……もしかしたら、一度くらいはそう思ったかもしれないが、もう覚えていない。慎二、君はもしかして私のことを心配してくれているのか?」
「ち、違う! 僕は……僕はただ、興味があるだけだ! 僕に勝ったっていう岸波と、岸波のサーヴァントのことが! お前達のことを調べて、それを参考に僕がどうやって勝つかを考えるだけだからな!」
「そうか……なら、そういうことにしておいてやろう」
フッ、とアーチャーは笑う。
慎二は反射的に叫んだが、本心ではそう思っていない。咄嗟に出てしまった誤魔化だが、どう見たって誤魔化せていないのは慎二だって理解している。
アーチャーからプライドに拘るなと言われたばかりなのに、また変なプライドが邪魔をした。どうしてこうなってしまうのか、自分でもわからない。
これから直したかったけど、どうも簡単に直らないようだ……直せるように頑張るしかないけど。
小さな目標を慎二が胸に抱いた瞬間、ユウキが前に現れた。
「ねえ、シンジ」
「何だよ、ユウキ」
「シンジはやっぱり凄いと思うよ」
「はぁ?」
突然の言葉に、慎二は目を丸くする。
「凄いって、何が?」
「誰かを思いやるその気持ちだよ」
「誰かを思いやる……気持ち?」
「そうだよ。キミはこんな時にでも、誰かが傷付いたらどんな風に思うのかを考えてくれている……それって、キミが優しい証拠じゃないかな?」
「や、優しいだって!?」
「そうだよ。シンジはボク達の怪我を心配してくれたし、あのノウミって奴との戦いだってキミが助けてくれたから、ボクは勝つことができた。そのおかげで、誰も死なずに済んだじゃないか。みんな、キミの優しさがあったからだとボクは思うよ」
「な、何を言っている! 僕はただ、ライダーを取り戻して、あのノウミって奴に思い知らせてやりたかっただけだからな! ユウキを助けたのだって……ユウキ達がノウミに殺されてしまうことが、我慢できなかっただけだ!」
「それって結局は、ボク達を助けたかったってことでしょ?」
「あっ……」
盛大に墓穴を掘ってしまった。
失敗したと悟った時にはもう遅い。どれだけ反論しようとしても、ボロが出てしまうだろう。
だが……それでも慎二はユウキの言葉を受け入れることができなかった。
「ボク達は知っているよ。本当のシンジはとってもいい奴だってことを」
「だが、まずは素直になることから始めるべきだろうな」
「私も慎二さんのことを信じていますよ。だってあなたは、とても勇気に溢れている人なのですから」
ユウキだけでなく、アーチャーとカオルも微笑みを向けてくる。
それはとても優しくて、温かい。三人の瞳からは、長年の付き合いがある仲間を見るような信頼で溢れていた。
だけど、その視線が慎二にとって痛く感じられた。彼らの優しい想いがとても重く圧し掛かってしまう。
いつもならば、彼らの想いをまるで当たり前のように受け取って、自分に酔っていたかもしれない。そして、心の中で彼らのことを笑っていただろう。
だけど、今は違った。みんなに対して嘘をつくことが、非常に嫌だった。
「そんなわけ、ないだろ……」
震えるような声が、慎二の口から溢れ出てくる。
「僕が優しいだって? ハッ……そんなの、ありえる訳がないよ」
「どうして? シンジはボク達の為に、力を尽くしてくれたじゃないか」
「僕は君達が思っているような奴なんかじゃない。だって僕は……最初、人を殺そうとしたから」
「……えっ?」
ユウキの顔から笑顔が消える。それはカオルも同様で、驚愕で目を見開いていた。
不意にアーチャーの方を見ていると、いつもの硬い表情になっている。
空気が段々と硬くなっていくのを感じて、慎二は己の発言に後悔した。いくらみんなのことを騙せないからとはいえ、空気を悪くしていい訳がない。でも、今更もう遅い。
ここで黙る訳にもいかないと考えた慎二は、腹を括って言葉を続けた。
「僕はライダーと一緒にいた頃、あいつの力を借りて優勝しようと考えていた……この殺し合いが聖杯戦争の一種だと勝手に思い込んで、あるプレイヤーを襲ったのさ」
「慎二。それはまさか……」
「ああ……君の考えている相手だよ、アーチャー。ヒースクリフのことだ」
「ヒースクリフ?」
慎二の口から出たヒースクリフの名前にユウキが反応する。
その理由を考えることのないまま、慎二は続けた。
「僕はその男と戦い、負けた……そして、ある事故で僕は死にそうになったけど、助かったのさ……僕が殺そうとした、ヒースクリフのおかげでね。
でも、もしもヒースクリフやアーチャーがいなかったら、僕はきっと……いや、絶対に誰かを殺していたはずだ。君達のことだってね」
「シンジさん。それは……!」
「違うってカオルは言いたいのか? いいや、違わない……僕はライダーの力を使って、ゲームチャンプになりたいと言うだけで優勝をしようとしていた。君達が背負った傷や苦しみを、誰かに与えようとした最低な奴だ。
あのノウミって奴と何も変わらない……君達が言う優しい奴なんかじゃないんだ!」
そう叫んだ瞬間、ヒースクリフとの戦いが慎二の脳裏に蘇る。
ヒースクリフの圧倒的戦闘力と優れた戦術に敗れてしまい、そのまま転落死をする所だった。あの時に感じた恐怖と悪寒を忘れることはできない。
死。これまで、遠い世界でしか起こらないと考えていたものが、いきなり自分に突き付けられた。これはただのゲームだから、本当に誰かが死ぬなんてあり得ないと思っていた。だけど、この世界ではあり得るのだ。
そして、自分は死と言うものを誰かに与えようとした。そう考えた途端、怖くてたまらなくなってしまう。
「これでわかっただろ? 僕は、君達のことを殺そうとすら考えた……それくらい、汚れた奴だよ。現にさっきだって、ユウキから蘇生アイテムを貰うと聞いて舞い上がった……
苦しんでいたユウキやカオルのことを考えもしないで!」
全てを包み隠さず話してしまった。
これでもう、ユウキやカオルとは一緒にいられなくなってしまう。アーチャーとも協力できなくなってしまうし、ライダーを取り返すことだってできなくなるだろう。
何てことを言ってしまったのか。こんなことを話したって何のメリットもないのに、感情に任せて口をペラペラと動かしてしまった。最悪だ。ただ、雰囲気を悪くしただけではないか。
森の中で広がっていく沈黙が痛い。それだけで、HPを0%にしてしまうほどのダメージを感じてしまいそうだった。
どうすればいいのか……そう慎二が考えると、ユウキが一歩前に踏み出してくる。
何をされるのかという不安が芽生えた。しかし次の瞬間、ユウキは手のひらを慎二の胸に当てて、そのまま軽くさする。
「悪いの悪いの、とんでいけー!」
そして、その手を空に高く掲げながら、太陽のような明るい声で叫んだ。
あまりにも突然で、そして予想外の行動に慎二は目を白黒させる。
「ゆ、ユウキ……それ、なんだ?」
「これ? ボクがずっと前に姉ちゃんと一緒に見た、とあるアニメに出てきた魔法だよ」
「はぁ?」
「こうすればね、シンジの中にある悪い心はみんないなくなる……つまり、シンジは本当にいい奴になったってことだよ!」
たはははは、とユウキは幸せそうに笑った。
それは悪人に向けるような表情ではなく、友達を見るような暖かい笑顔だった。
「やっぱりシンジはいい奴だよ。隠すことだってできたはずなのに、そんなことをせずに全てを話してくれる……正直で、素敵じゃないか!」
「で、でも僕は……僕は、君達のことを……!」
「確かにそうだったかもしれない。でも、シンジは実際に誰かのことを殺したの? 殺してなんか、いないでしょ。それにシンジは昔のことを反省している……それだけでも充分に凄いって!」
「その通りですよ、慎二さん」
今度はカオルだった。
彼女は笑顔を取り戻している。いや、それどころか先程よりも数倍輝いているようだった。
「自分が悪いことをしていたってことは、普通なら言い出せませんよ! それを自分の意思で言葉にしたってことは、立派だと思います!」
「僕が、立派……?」
「ええ。あなたは、自分が悪いことをしたって認めています……それは勇気があるってことですよ! なら、慎二さんがこれからいいことをする勇気だって、絶対に持てるはずです!」
カオルの言葉に慎二は何も返せなかった。
全てを知っても尚、未だに信じてくれているカオルが眩しく見えてしまい、思わず目を逸らしてしまいそうになる。だけど、慎二にはできなかった。
「慎二、君は段々と自分の悪い点を認められるようになっている。ならば、そこからどうするか……ここが君にとって、大きなターニングポイントとなるだろう」
「アーチャー……?」
「さっきも言ったが、君のマスターとしての素質は私のマスター以上だ。確かに能力は優れているが、慢心や油断がそれを殺してしまっている……
だが、君はこの二つや、そしてそれ以外の弱点を克服できるチャンスを手に入れた。もしかしたら、君の可能性はここにいる誰よりも大きいかもしれないぞ」
「……こんな僕が、本当に強くなれるのか? ユウキや、岸波以上に?」
「少なくとも、可能性はゼロではない。それを100%にするかは君次第だ……もっとも、私達も君に負けることのないよう、精進をするつもりだが」
アーチャーの言葉は、同情から出てくる嘘なんかではないだろう。そんなことをしたって何の意味もないし、ただ惨めになるだけだ。
だけど、ユウキよりも強くなれると言われても実感が湧かない。彼女はHPが残り僅かになるまでに追い込まれ、その上でスキルを奪われても逆境を跳ね返した。だからこそ、多くの人から《絶剣》という称号で褒め称えられるようになったのかもしれない。
ユウキみたいになれるのか? ユウキのことを、本当に超えることができるのか? 慎二の中でそんな思考が生まれ始めていた。
そして、アーチャーの言葉を後押しするようにユウキは口を開いた。
「ボクも思うよ。シンジはこれから頑張れば、誰よりも強くなれるって。もしかしたら、アジアどころか世界レベルのチャンプにもなれるかもしれないよ!」
「本当か……? 本当に、そんなチャンスがあるのか?」
「大切なのは、シンジが今どうしたいかだよ。自分を苦しめないで、どうすれば自分が幸せになれるか……シンジが今、本当の意味でやりたいと思うことをやればいいよ」
「僕が、本当にやりたいこと……?」
本当の意味でやりたいこと。それは、ライダーやユウキのスキルを取り戻して、再びゲームチャンプの意地を見せつけてやることだ。
しかし、その後に何をするべきなのかがまだわからない。生きて元の世界に帰りたいが、その為に誰かを殺せるかと聞かれると……首を横に振る。ユウキとカオルは止めに入るだろうし、今の自分自身にそんな度胸があるとも思えない。
そもそも、SE.RA.PH.で行われる聖杯戦争だって、戦いに負けたプレイヤーは本当に死ぬと言う噂だってある。最初はただの噂だと笑っていたが、今になって考えると流すことなどできない。
(この殺し合いも、僕達がやっていた聖杯戦争も、負けたら現実の世界でも死ぬ……やっぱり、それって本当だよな。それじゃあ、僕は本当にみんなを殺さないといけなくなるのか……?)
殺し合いのオープニングが行われた会場で、榊によって消されてしまった男の姿が浮かび上がる。
あれも臨場感を出す為の演出だと思っていた。だが、男の苦しみはあまりにもリアリティが満ちていて、とても虚構には見えなくなった。
人を殺せるだけのウイルスが僕のアバターに潜んでいる。いや、僕だけではなく、目の前にいるユウキとカオルにも。だけど、二人は死へのカウントダウンが迫っているのに、自分自身を失わないで頑張っている。
そんな二人や、あの岸波白野とヒースクリフのような人間を踏み台にしてでも優勝する事が……疑問だった。
(家族も、友達も、僕のことを褒めてくれる人も、僕を超えようとするプレイヤーも、ライバルになってくれる人も……一人もいない。それでゲームチャンプになったって、何の意味がある?
ただ、僕が独りぼっちの世界で生きていくしかなくなるじゃないか……)
輝かしい栄光を手に入れたとしても、その先にあるのは孤独な世界だけ。
それが本当に望んだ栄光なのか? そんな世界で生きる為に今まで勉強や努力を重ねてきたのか? 誰もいない世界で記録を残しても、何の満足が得られるというのか? 間桐の名が世に広がったとしても、僕自身は本当に幸せなのか?
これでは、現実の世界で友達を得られないまま生きていた頃と、何も変わらないのではないか。
「もしもシンジがやりたいことを見つけられないなら、今はまだ無理して見つけようとしなくてもいいと思うよ! これから、一緒に探そうよ!」
何も言い返せずに沈黙していた慎二の気持ちを察したのか、ユウキは元気よく言葉をかける。
「大丈夫、今からでも充分に見つけられるよ! どこに行けばいいのかわからなくなったら、シンジみたいにボクが道案内をしてあげるよ!」
「私もそのお手伝いをします! 今からでも、前に進みましょう! 私達は慎二さんの味方ですから!」
「乗りかかった船には、私もお供しないといけないようだな……だが、私のマスターと再会するまでということを、忘れないでくれたまえ」
「みんな……」
ユウキが、カオルが、アーチャーが、期待の目を向けている。
三人の真っ直ぐな想いを受けて、慎二は胸が熱くなるのを感じるが、その気持ちを抑える。
こういう時、TVドラマでは感動の涙を流す場面になるだろう。だが、泣くことなどしない。それでは格好がつかないし、何よりもやるべきことは泣くことではないはず。
「……そうだな。みんなが力を貸してくれると言うなら、僕もその気持ちを受け取るさ! 貰える物はきちんと貰うのが、僕の主義だからね!」
「君にそんな主義があったとは意外だな。それは、前からだったか?」
「うるさいぞ、アーチャー! とにかく、今はキリトの元に急ぐぞ! あいつがいる所まで、もうそんなに遠くないはずだから!」
「ああ」
話をしてしまったせいで遅れた分を取り戻すかのように、慎二達は森の中を進む。
遅れてしまった原因を作ったのだから、そのくらいはしなければならない。
確か、キリト達と出会った場所まであと数メートルくらいだったはず。今のペースならば、10分もかからないかもしれない。
そう予想した瞬間、ユウキが声をかけてきた。
「ねえ、シンジ。もう一つだけいいかな?」
「何だよ、ユウキ」
「シンジがさっき言っていたヒースクリフって人……もしかして、茅場晶彦のこと?」
「ああ。確か、ユイはそう言っていたな……そういえば、ユウキも知っているのか」
「ボクは噂に聞いていただけで、SAO事件には関わっていないから名前くらいしか知らないよ……でも、そんな人までいるなんて」
「君達があの男に何をされたかは知らないけど、あいつはこの殺し合いを止めようとしていたぞ。本当の目的までは、わからないけどな」
「本当に? なら、味方になれるのかな」
「さあな……少なくとも、ユイは警戒をしていたから難しいと思うぞ」
「そうだろうね……でも、戦わないで済むならそっちの方がいいかな。一緒に手を取り合うまで、時間がかかるとしても」
やはり、ユウキとしてもヒースクリフのことは警戒しているのだろう。
SAO事件というのが何かは知らないけど、ユイの態度から考えると碌なものではなさそうだ。
普通より強いプレイヤーかと思ったが、本当の姿は大事件を起こした犯人。それがヒースクリフという男だが、慎二にはどうも想像できなかった。
だけど、今はそれを気にしている場合ではない。キリト達と再会することが最優先だ。
2◆
「キリト、お前はこれからどうするつもりだ? 俺達はあのサチという少女を捜そうと思っている」
「……ああ」
「いつまでそうしているつもりだ。いつまでもこんな所にいては、他の危険人物から狙われるぞ。今はこの森全てが危険地帯なのだから」
「……ああ」
「キリト……!」
ブルースの言葉には怒気が含まれているが、俺はそれを生返事で答えることしかできない。
少し前の俺だったら、ブルースやピンクと一緒にサチを捜しに行っていただろう。いや、今だってサチのことを捜したいと思っている。
だけど、身体が動かなかった。心の中にある重りが、俺の全身から力を奪っているのだ。
人の想いはゲームシステムを超越する程の力を発揮する。だが、それが負の方向に作用すると、人間からあらゆる力を奪うのだ。
「ねえ、あんたはいつまでそうしているつもりなの!? あんたがあたし達を襲ったことは事実だけど、あんたはそれを反省しているでしょ? なら、いつまでもウジウジしていないで、これからやるべきことをやりなさいよ!」
ピンクの怒号は俺の鼓膜を刺激する。だが、俺は何もすることができない。
そんな俺の態度が癪に障ったのか、ピンクは眉間に皺を寄せた。
「あんたね……あんたがそうしている間にも、あのサチって子は誰かに襲われているかもしれないのよ! サチはあんたの助けが必要じゃないの!? あんたが助けないで、一体誰がサチを助けるのよ!」
「……ッ!」
サチの名前を出される度に、俺の心は疼いていく。
サチを守りたいという気持ちは今だって持っているし、ピンクが言うようにサチは俺が助けなければならなかった。
サチは元々、そこまで戦闘ができる方ではなかったし、ステータスもあまり高くない。加えて、サチのアバターを侵食しているあの黒いバグがある限り、安心することはできなかった。
バグを解除できる他のプレイヤーと出会えたならともかく、そうでないなら他のプレイヤーに敵と思われてもおかしくない。今のサチは、いつ誰かを襲ってもおかしくないのだから、事情を知らない人間にとっては危険人物と思われるだろう。
それは俺自身もわかっているし、サチが他の誰かを傷付ける前に止めなければならない。サチ自身、罪のない誰かを傷付けることを望むような少女ではないのだから。
「それにサチだけじゃないわ! ユイって子もいるじゃないの! あんた、彼女の父親じゃないの!? 父親なら、娘の為に頑張りなさいよ! 娘がこんな殺し合いに巻き込まれているのに、父親がしっかりしないでどうするのよ!」
ピンクの叫びは俺の胸に突き刺さり続ける。
そうだ。この仮想世界にはサチだけではなく、ユイもいるのだ。『娘を心配させるな』と、ブルースは言った。
最初のメールで名前が書かれていなかったので、ユイはまだ生きているかもしれない。だが、これからどうなるのかがまるでわからなかった。
こんな世界に放り込まれてしまった彼女を救うのは父親である俺の役目だ。ピンクは間違ったことを何一つ言っていないし、その為に俺は行動しなければならない。
理屈ではわかっている。頭でも理解している。俺だってそれを実行したいと思っている。
だが……身体が動かなかった。
「キリトは二人のことを助けたいのか助けたくないのか……どっちかハッキリしなさいよ!」
「……俺だって、わかっている。サチのことを守りたいし、ユイがいるなら助けに行きたい」
「なら、なんでいつまでもそうしているのよ!」
「こんな俺が誰かを守れるわけがないだろう!」
ピンクの言葉に俺はようやく大声で反論する。
「俺は勝手な思い込みでお前達を襲った! お前達の話もまともに聞かずに! そんな俺が……デスゲームに乗ったレッドプレイヤーになった俺が、誰かを守れるわけがないだろう! もしかしたら、これからも誰かを襲うかもしれない!」
「なっ! そんなのありえないじゃないの! キリトが自分の過ちを認めているのなら、もう繰り返さないように気をつければいいでしょう!」
「わかっている! でも、不安なんだ……もしも、感情に任せてまた違う誰かを襲って、そして今度こそ本当に殺してしまうようなことがあったら……俺は、もう二度とサチやユイを守れなくなるかもしれない。
サチやユイだって、こんな俺を失望しているはずだ!」
「何よそれ……そんなの、まだわからないじゃないの! サチとユイの二人だって、キリトのことを嫌いになった訳じゃないでしょう!」
「もう無理なんだ! 俺に、何かを守れるわけがない……これから誰かを殺してしまうかもしれない俺が、何かを守れるなんてありえないだろう……」
俺はただ感情任せに叫んでいた。
言っていることは無茶苦茶で、まともな反論になっていない。俺自身もそれを理解しているが、言わずにはいられなかった。
こんなことを叫んだとしても、何の意味もない。ブルースとピンクの言うとおりに行動しなければいけないのに、子どものように喚いている俺自身が情けなくて仕方がない。現実から逃げている俺の姿が本当にみっともなく見えてしまう。
わかっている。わかってはいる……だけど、怖かった。怖くて仕方がなかった。
また、サチに裏切られてしまうかもしれないことが。もしかしたら、今度は俺がサチやユイのことを傷付けて、そしてデリートしてしまうかもしれない恐怖が。あのフォルテと同じように他のプレイヤーを襲うかもしれない俺自身の姿を想像すると……怖くて動けなかった。
「キリト……一体、何を言っているの!?」
恐怖のあまりに身体が震えそうになった瞬間、俺の耳に声が響く。
それに反応した俺が顔を上げると、木々の間にユウキが立っているのが見えた。
彼女は驚愕で目を見開いている。その表情から察するに、俺の話を聞いてしまったのだろう……考えてみれば、気絶する前にユウキと出会ったのだから、距離はそこまで遠くない。だから聞かれたとしても、何らおかしくなかった。
それでも、俺は認めたくなかった。ユウキが、俺が誰かを傷付けてしまったことを知ってしまうことを。
「ユ、ユウキ……!?」
「ねえ、キリト……キミが誰かを殺してしまうって、どういうこと!?」
俺の言葉に驚いたユウキはどんどん近付いて来る。それに合わせて、木々の向こう側から知らない男二人と女が姿を現す。
現れた女はピンクを見て、驚いたようにピンクの名前を呼ぶ。同じようにピンクも「カオル!」と声をかけた。もしかしたら二人は知り合いなのかもしれないが、今の俺にはあまり関心がない。
ただ、ユウキの存在が俺にとって何よりも重要だった。
「ユウキ……俺は、その……」
ユウキに何を言えばいいのかわからず、俺はしどろもどろになってしまう。
彼女に嘘をつけない。しかし、俺がやったことを正直に伝えることもできない。そんなことをしたら、絶対にユウキが失望するはずだった。
何の落ち度もないブルースとピンクを傷付けたことを知ってしまったら……それを考えただけでも、ゾッとしてしまう。
「嘘だよね。キミが意味もなく誰かを傷付けるなんて……ねえ、嘘だよね? キリトがそんなことをするなんてありえないよ!」
ユウキの言葉が紡がれる度に、俺は胸に刃が突き刺さるような気分になった。
彼女に悪意はない。俺を心から信頼しているのだろう。ユウキの気持ちは真っ直ぐで、かつて出会った時と何も変わらなかった。
それだけに辛い。俺はあの時とは全然違う、危険なレッドプレイヤーに成り下がってしまったのだから。
「キリト、こんな時に変な嘘はやめようよ……せっかく、また会えたのに」
「……本当だよ」
「えっ?」
「俺はそこにいる二人を襲った……二人の話もまともに聞かず、勝手な思い込みで敵だと思い込んでいた。二人はこの殺し合いを止めようとしていたのに、俺は二人を襲った……今の俺は、レッドプレイヤーと何も変わらないさ」
自嘲するような笑みを浮かべながら、俺は淡々と語る。
ユウキは絶句した表情を向けている。俺が見てきた今までの彼女からは想像できなかった。
その一方で、俺の態度に腹を立てたのか、ブルースとピンクは怒鳴ってくる。だが、俺はそれに答える気力はなかった。
言ってはいけないことを口にしまったことに怒っているのだろう。その上、こんないい加減な態度だ。誰だって怒るに決まっている。自分で自分がとことん情けなくなってしまう。
「だから、俺のことなんか放っておいてくれ……俺なんかが一緒にいても、みんなの為にはならないから。俺なんか、このままデリートされた方がみんなの為になる……」
俺は意識しなくても、俺自身を否定するような言葉がどんどん出てきてしまう。
ああ、なんてことを言ってしまったのか。こんなことを言っても周りの空気が悪くなるだけで、何の解決にもならないのに。
最悪だ。本当に最悪だ。ただ、悲劇のヒロインを気取っているだけの弱虫だ。
できることなら、一秒でも早く消えてしまいたかった。
「……何だよ、それ」
自己嫌悪が強くなっていく中、男の声が聞こえる。
それは、ユウキと一緒にいる男の声だった。見なれない学生服を着ている方だ。
「シンジ……?」
「お前、キリトって言ったよな……? それ、本気で言っているのか!?」
ユウキからシンジと呼ばれた男は、俺のことを睨みながら叫んでくる。
彼の瞳には凄まじい怒りが込められていて、炎が燃え上がっているようだった。
「ユウキはお前のことを信じていたんだぞ! なのに、その態度は何だよ!? ユウキのことを裏切るつもりか!?」
「……ごめん」
「ごめんじゃない! 謝って済むなら警察も運営もいらないだろ!」
シンジからの糾弾は続いていく。
彼はユウキから俺のことを聞いたのだろう。ユウキと俺はよきライバルであり、そしてアイングラッド27層のボスを打倒する為に力を合わせた仲間だ。あの日のことは、俺は今でも忘れることができない。
でも、今の俺はあの思い出を踏み躙った薄汚いプレイヤーだ。ここまで堕ちてしまっては、幻滅するのも無理はない。
どんな罵倒が来ようとも、受け止めるつもりだった。
「だんまりか……そうか。そういうつもりか。お前、ずっとそうしているつもりか」
苛立ちのこもったシンジの言葉に、俺は何も答えられない。
肯定する気も、否定する気も起きなかった。このままでいるなら、俺はそう遠くない内に他のプレイヤーに襲われてデリートされてしまうだろう。俺自身がレッドプレイヤーになるくらいなら、その方がいいかもしれない。
……そんな酷いことを考えるようになってしまった。
「なら、仕方がないな……ごめんよ、ユウキ」
「えっ?」
「アーチャー……ユウキを斬れ」
その時、シンジの口から出てきた言葉に、俺は反応した。
今、シンジは何と言った? ユウキを……斬るだって?
「慎二……?」
「聞こえないのかアーチャー……この情けない勇者様の前で、斬れって言っているんだ。何も守る気の無い、勇者様の前でね」
「……そういうことか」
アーチャーと呼ばれた赤い服を着た男は、いつの間にか出現させた剣をユウキに向けた。
「あ、アーチャー!?」
「マスターの命令だ……すまないが、こうさせて貰うぞ」
「待て、アーチャー!」
ユウキの言葉にアーチャーが淡々と答えると、ブルースが怒鳴ってくる。
「お前、どういうつもりだ……何故、お前がそんなことを……!?」
「私はマスターの願いを叶える為に戦うサーヴァントだ……マスターがそう命じるなら、時にはこの手を汚すことだって厭わないさ」
「なっ……!?」
「ふざけんじゃないわよ! あんた、さっきはあたしに偉そうなことを言ったくせに、自分は平気で人を傷付ける気!?」
「そういうことになるな、ピンク」
「はぁ!?」
ブルースとピンクの言葉を流しながら、アーチャーはユウキに一歩ずつ歩みを進める。
やめろ……やめろよ……
「貴様ッ!」
「おっと、やめておきなブルース。君が何かするよりも前に、アーチャーの方が早いと思うよ……あと、僕に攻撃を仕掛けても同じことさ」
「くっ……!」
人を馬鹿にしたような笑みを浮かべるシンジを前に、ブルースは動けないようだった。
「シンジ、あんた何を考えているの……! こうなったらあたしが……!」
「やめろ、ピンク! お前は出るな!」
「でも……!」
「いいから、お前は出るな!」
ブルースはピンクを制止する。
その間にも、アーチャーはユウキを強く睨んでいた。そのプレッシャーは凄まじく、あのユウキさえも萎縮させてしまう程の威圧感を放っていた。
「おお、怖い怖い……さあ、勇者様はどうするのかい? このままだと、君のお友達は死んじゃうよ?」
「やめろよ……」
「いいや、やめないね。君はさっき、俺のことなんて放っておいてくれって言ったじゃないか。なら、君を放っておいてアーチャーに命令をする……それだけさ」
違う。
あの言葉はそういう意味じゃない。
俺は確かにどうなっても構わないと思っていた。でもそれは俺自身の話で、他のみんなのことじゃない。
俺にとって大切なみんながどうなってもいい訳じゃない。俺は大切なみんなを失いたくないという意味だ。
『ジローさん………大好きですよ………』
不意に、レンさんが残した最期の言葉が俺の脳裏にリピートされる。
彼女はジローさんのことを一途に想い、ジローさんのことをひたすら愛して、俺のことをジローさんだと勘違いして……笑顔のまま、この世から去った。
俺がみんなを守りたかったように、レンさんもジローさんを失いたくないはずだった。そしてジローさんだってレンさんのことを守りたかったはずだった。その気持ちに何一つの嘘は存在しない。
『いいぜ、キリト。お前となら、どこまでだってやれる気がする』
あの戦いの最中、巡り会うことができたシルバー・クロウだって、守りたかった人がいるはずだった。
そして、クロウが言っていた【バルムンク】という人物も、同じかもしれない。クロウはバルムンクの仇を取る為に、フォルテに立ち向かった。
だけど三人はもういない。そんな悲劇を繰り返さないと誓ったはずなのに、デスゲームは続いてしまう。
「ハッ、勇者様がこの様とは……これじゃあ、誰かを守れなくて当たり前だね!」
「違う!」
俺はシンジの言葉が続く前に立ち上がった。
俺の邪魔をするように立っていたシンジを突き飛ばして、一直線に走る。身体の痛みなんて関係ない。剣は手元にないけど関係ない。ここで止まったら、今度こそ俺は本当に全てを失ってしまうだろうから。
その想いを胸にして、俺はユウキの盾になるようにアーチャーの前に立った。
「キリト……!?」
「ほう?」
後ろからユウキの声が、前からはアーチャーの声がそれぞれ聞こえてくる。
アーチャーの瞳は未だに鋭い雰囲気を放っているが、そんなことはどうでもいい。ユウキが失ってしまうことに比べれば、些細なことだ。
「何の真似だキリト」
「お前に、殺させたりなんかしない」
「死にぞこないで、そして全てを諦めたお前にユウキを守れると思っているのか?」
「関係ない! 俺は……俺はもう、大切な人達を失いたくない! 例えHPが少なくて、武器が無くなったとしても……俺は戦わないといけないんだ!」
「口では何とでも言えるだろう……だが、今のお前が何かを守れると思っているのか? 自分自身でそれを否定したはずだ」
「確かに、俺はそう言った……俺自身、もう何かを守ることなんてできないと思っていた。でも、だからって……目の前でユウキを失うかもしれないのを、黙って見ることなんてできない!」
そう、アーチャーに向かって宣言した。
そうだ。ピンクだって言ったはずだ。もう間違えたりしないで、これから守ればいいと。こうしている間にも、サチやユイが誰かに襲われているかもしれないと。
現に今だって、ユウキが襲われている。そこで俺が何とかしなければ、どうやってユウキは助かると言うのか。
戦う手段は持っていない。残りHPは少ないし、絶体絶命の状況だ。今の俺は鍍金(メッキ)の勇者ですらない……だけど、臆したりなんかしない。
俺は戦う為に拳を握り締めた、その時だった。
「……なんだ、きちんと戦えるじゃないか。ユウキを守る為にさ」
シンジの声が聞こえてくる。それは先程までの侮蔑が嘘のように、とても明るかった。
それに疑問を感じた俺が振り向くと、いつの間にか立ち上がっていたシンジは勝気な笑みを浮かべている。そこに、毒々しい雰囲気は一切感じられない。
「そうだな。無謀に突っ込んだから、100点満点とはいかないが……合格だろう」
ふう、と軽い息を吐いたアーチャーは、その手に持つ剣を収めながらすたすたとシンジの隣に歩く。
その全身から放たれていた威圧感は綺麗に消えていたので、俺は呆気に取られてしまう。これは一体、どういうことなのか?
「二人の言う通りだよ。キリトはボクを守る為に立ち上がってくれた……やっぱり、キリトならできると信じていたよ」
後ろから声が聞こえてきたので、俺は振り向く。
そこにいるユウキは笑っていた。初めて出会った時から、最期に多くのプレイヤー達から見守られたままこの世を去るまで見せていた笑顔と何も変わらなかった。
「やはり、そういうことだったか……」
「えっ、ブルース? どういうこと? なんで、アーチャーと慎二は……?」
「キリトを立ち上がらせるには、荒療治しかなかったということだ」
「えっ? ええっ?」
ブルースは何やら納得したように頷いているが、ピンクは疑問の表情を浮かべている。
そんな彼女の隣に、カオルと呼ばれた女のアバターが歩み寄った。
「慎二さんとアーチャーさんは、キリトさんの為にわざと悪役を引き受けたのですよね?」
「そうだ。アーチャーが何の理由もなく、同行者を斬ることなどするはずはない……もしやと思ったが、見届けて正解だったようだ」
「……そ、そうよブルース! あたしだって最初から気付いていたわよ! あたしもキリトの為に、みんなに合わせたのよ! い、いや〜! 我ながら名演技だったわ!」
「……ピンクは気付いていなかったのか」
ブルースは溜息を吐いたのを見て、俺は気付く。
演技だって? アーチャーとシンジはわざとユウキを襲う『フリ』だけして、俺を試していたということなのか?
俺がぽかんとしている中、ブルースはウインドウを操作して、一本の剣を取り出す。それは、俺がついさっきまで使っていた剣だった。
「それは、俺が使っていた剣……! お前が持っていたのか!?」
「今のお前なら、返しても問題はなさそうだ。受け取れ」
「……いいのか?」
「ここで渡さない理由などない。お前が何かを守りたいのなら、まずはその為の手段が必要だろう……こんな世界なら、尚更だ」
ブルースの言葉に否定する要素はどこにもない。
何かを守りたいという気持ちがどれだけあっても、そこに力がなければ実行などできなかった。フォルテのような凶悪なプレイヤーがいるなら、剣は必要不可欠だろう。
俺はブルースから【虚空ノ幻】を受け取り、その柄を握り締める。先程よりも重く感じられたが、それは剣ではなく俺自身が犯した過ちの重量かもしれない。勝手に馬鹿なことをして、勝手に一人で絶望して、勝手に皆を困らせた。
今になって考えると情けなくて笑い話にもならないが、俺はそれを背負わなければならない。
「キリト、その剣を握るならば二度と忘れるな……君には帰りを待っている娘がいることを」
「娘……? じゃあ、ブルースの言っていた伝言はあんたからだったのか!?」
「そうだ。彼女は今、私とは別行動を取っているが無事なはずだ。後でB−3エリアの月見原学園で落ち合うことになっているから、そこに行けば会えるだろう」
「そっか。色々とありがとう……アーチャー、さん」
「私に礼を言う前に、やるべきことがあるのではないのか?」
「あっ……」
アーチャーの言葉の意味を瞬時に理解する。
俺がついさっきまでしていたことに対する謝罪がまだ終わっていなかった。
「……みんな、本当にごめん。俺が馬鹿なことをしちゃったせいで、ブルースは傷付いたし、シンジとアーチャーは悪者になって、ユウキ達に酷い迷惑をかけた。全部、俺の責任だ。
でも、もう二度と……止まったりなんかしない。みんなの為に、そしてサチとユイ、それに残された人達の為にも……俺は一生懸命、頑張るよ
みんな、本当にありがとう」
「よく言ったぞ、キリト!」
胸の中に蘇った決意を言葉にした途端、シンジが胸を張るように俺の前に出てくる。
その姿は実に誇らしげだった。
「まあ、この僕が心を鬼にしてまでわざわざ演技をしてやったのだから、それくらいはしないと筋が通らないよな! キリト、お前は運がいいぞ! なんせ、このアジア圏一のチャンプである間桐慎二様からチャンスを貰えたのだからな!」
「キリト。慎二はただ悪ぶっているだけで、素直になれない性格だと言うことを忘れないでくれ……本心では、君が立ち上がっていることを喜んでいるはずだ」
「なっ! 変なことを言うなよ、アーチャー! 僕はそんなことを……!」
「そうか。それはすまなかった」
やれやれと言わんばかりに笑っているアーチャーは、必死に反論するシンジに従うように黙る。
だが、それだけで満足できないのか、シンジは俺の方に振り向いた。
「おい、キリト! 勘違いするなよ! 僕はお前に僕自身の腕を見せつける為に、あえて助けた! 僕は君を勝負で負かして、そして僕の名前をより輝かせる為だってことを忘れるんじゃないぞ!」
「そっか……なら、俺もお前に負けないよう、頑張らないといけないな」
「望む所だ! 僕がキリトを完膚なきまでに負かせてやるから、覚悟しろよ!」
「ああ!」
勝気な笑みで見つめてくるシンジに対抗するように、俺も強く宣言する。
俺の為に力を尽くしてくれた彼に報いる為にも、絶対に生きてデスゲームから脱出しなければならなかった。そしてユイやユウキ、それにアスナ達とも再会する為にも。
シンジとはいいライバルになれるかもしれない。アーチャーが言うように、根はいい奴かもしれないから、いつかお互いの力を試し合うのが楽しみになってきた。
「お前達、約束をするのはいいが、いつまでもこの森で長居は無用だ。あのサチという少女や、ユイという娘を探すことが先決じゃないのか?」
「そうだな。私としても話したいことが山ほどあるが、どうも今はそんな場合じゃないらしい。ユイはともかく、サチは一刻も早く助けるべきかもしれないようだ」
ブルースとアーチャーの言葉に俺達は頷く。
「そこで私から提案がある。ここは2チームに分かれて別行動を取り、サチを捜すと言うのはどうだろう。ただし、発見ができなかったとしても日が暮れるまでは月見原学園に向かう……そこには私のマスター達も向かっているはずだから」
「あんたのマスターって人が、ユイを守ってくれているのか?」
「ああ。彼女を守る者は他にもいるから、その辺りは心配する必要などない」
「そっか……よかった」
アーチャーの言葉に胸を撫で下ろす。
戦う力を持たないユイが生き残るには、誰かに守って貰うことしかない。俺が近くにいない以上、今はアーチャーの仲間達を信じるしかなかった。
「そしてユウキ。キリトに渡す物があったはずだが?」
「あっ、そうだったアーチャー! ちょっと待っていてね……」
ユウキはウインドウを操作して、薬のようなアイテムを取り出した。
「キリト達にはこれを受け取って欲しいんだ。何かあった時の為にね」
「それは回復アイテムか?」
「ううん。回復じゃなくて、蘇生アイテムなんだ」
「そ、蘇生アイテムだって!?」
「あ、でもこれは5秒以内じゃないと効果がないらしいよ。だから、使う時は急いで使ってね」
「そんな貴重なアイテムをいいのか!?」
「キリト達だからこそ、持っていて欲しいんだよ。大丈夫、ボク達の分も残っているから」
「……ユウキがそう言ってくれるなら、俺は受け取るよ。ありがとう」
「どういたしまして!」
微笑むユウキの手にある蘇生アイテムを受け取って、それをしまう。
蘇生アイテムまでもがこんな所にあるのは驚いた。だが、アインクラッドでも<<還魂の聖晶石>>というドロップアイテムがあったので、存在しても不思議ではないかもしれない。
しかし時間の余裕はあの時より更に短い。もしも使う機会が来るならば、今度こそ間に合わせなければならなかった。
「あ、それと渡す物だったらあたしにもあったわ、キリト!」
「どうしたんだピンク?」
「あんた、さっきブルースやサチって子から攻撃されたせいでやばいことになっているはずでしょ? なら、これを使いなさいよ」
ピンクから差し出されたのは、なんとあの回復結晶だった。
「言っておくけど、受け取らないのはナシだからね! あなたがあたし達に悪いと思っているなら、これからあたし達の為にビシバシ働く! それくらいにこき使ってやるから、覚悟しなさいよ!」
「……そうするよ。ありがとう、ピンク!」
俺はピンクから回復結晶を受け取り、それを使う。
すると、残り5%まで減っていたHPが一瞬で100%に回復していく。これなら、どんな相手が来ようとも負ける気はしなかった。
「さて、別れは名残惜しいかもしれないが、そろそろ行こう。もうこれ以上は、時間を潰していられないはずだ」
「そうだな、アーチャー! おい、キリト。さっきも言ったけど、僕が君を倒すまで、誰にも負けたりするなよ。君が負けたりなんかしたら、君を倒す僕の名誉まで落ちることになるからな!」
「わかっているよ、シンジ」
アーチャーとシンジに頷く。
彼らとはもっと話をしてみたかったけど、その為にもまずはやるべきことをやらなければならない。二人の為にも、そしてサチ達の為にも。
「キリトさん、どうか気を付けてください」
「キリト、絶対にユイちゃんやサチって子を助けようね。アスナを悲しませない為にも」
「カオルさんとユウキも、本当にありがとう……俺も頑張るよ」
俺達は互いに励まし合う。
それを終えると、四人は木々の向こう側へと去っていった。その背中が見えなくなるまで、俺は目を離さなかった。みんなとまた会えることを信じて、そして誰一人も欠けることのないことを願って彼らのことを見つめていた。
四人の姿が見えなくなった頃、俺はブルースとピンクに振り向いた。
「キリト、もういいか?」
「ああ。待っていてくれてありがとう」
「なら、急ぐぞ。あれから時間が大分経ったから、その遅れを取り戻さなければならない」
俺とピンクはブルースの言葉に了承して、そしてサチを見つける為に前を進む。
サチを守れることを願いながら、俺達は歩き続ける。これ以上、彼女を悲しませない為にも……
【E-5/森/1日目・昼】
【ブルース@ロックマンエグゼ3】
[ステータス]:HP70%
[装備]:なし
[アイテム]:ダッシュコンドル@ロックマンエグゼ3、SG550(残弾24/30)@ソードアート・オンライン、マガジン×4@現実、不明支給品1〜2、アドミラルの不明支給品0〜2(武器以外)、ロールの不明支給品0〜1、基本支給品一式、ロープ@現実
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:バトルロワイアル打倒、危険人物には容赦しない。
1:悪を討つ。
2:キリトやピンクと行動して、サチを見つけ次第保護する。
3:俺の守ろうとしている正義は、本当に俺が守りたいものなのか?
[備考]
※アーチャーから聞いた娘のことは、ユイという名前だと知りました。
【ピンク@パワプロクンポケット12】
[ステータス]:HP100%
[装備]:ジ・インフィニティ@アクセル・ワールド
[アイテム]:基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
1:悪い奴は倒す。
2:一先ずはブルースやキリトと行動して、サチって子を捜す。
[備考]
※予選三回戦後〜本選開始までの間からの参加です。また、リアル側は合体習得〜ダークスピア戦直前までの間です
※この殺し合いの裏にツナミがいるのではと考えています
※超感覚及び未来予測は使用可能ですが、何らかの制限がかかっていると思われます
※ヒーローへの変身及び透視はできません
※ロールとアドミラルの会話を聞きました
【キリト@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP100%、MP40/50(=95%)、疲労(大)、SAOアバター
[装備]: {虚空ノ幻、蒸気式征闘衣}@.hack//G.U.、小悪魔のベルト@Fate/EXTRA、
[アイテム]:基本支給品一式、黄泉返りの薬×2@.hack//G.U.、不明支給品0〜1個(水系武器なし)
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考・状況]
基本:絶対に生き残る。デスゲームには乗らない。
1:サチやユイの為にも、もう二度と諦めたりしない。
2:二度と大切なものを失いたくない。
3:レンさんやクロウのことを、残された人達に伝える。
[備考]
※参戦時期は、《アンダーワールド》で目覚める直前です。
※使用アバターに応じてスキル・アビリティ等の使用が制限されています。使用するためには該当アバターへ変更してください。
?SAOアバター>ソードスキル(無属性)及びユニークスキル《二刀流》が使用可能。
?ALOアバター>ソードスキル(有属性)及び魔法スキル、妖精の翅による飛行能力が使用可能。
?GGOアバター>《着弾予測円(バレット・サークル)》及び《弾道予測線(バレット・ライン)》が視認可能。
※MPはALOアバターの時のみ表示されます(装備による上昇分を除く)。またMPの消費及び回復効果も、表示されている状態でのみ有効です。
※ユイが殺し合いに巻き込まれている可能性を知りました。
【備考】
※キリト達と慎二達はそれぞれグループを組んで、サチを捜しながら月海原学園に向かう方針です。
※それぞれのグループがどのルートを通るのかは後続の書き手さんにお任せします。
3◆◆◆
「ねえ、シンジ」
「何だよユウキ」
「サチを捜す手伝いをしてくれるのはいいけど、あのノウミって奴はどうするの?」
「……あいつとはまた会いそうな気がするから、後でいいかなって思っただけさ。それに、キリトに恩を売った方が後で便利かもしれないだろ?」
「恩か……てっきりボクは、キリトが心配だからサチを捜す手伝いをしてくれたのかと思ったけど?」
「なっ!? か、勘違いをするな! あいつはあくまでも、僕が栄光を手に入れる為の踏み台だ! ライバルであって、仲間なんかじゃないからな!」
「そっか……なら、キリトに負けない為にも頑張らないといけないね!」
ムキになって怒る慎二の言葉をユウキはふふふ、と笑いながら流した。
そんな二人を、アーチャーとカオルは微笑ましげに眺めている。
「この様子だと慎二が素直になってくれるのは、まだのようだな」
「でも、そんなに先じゃないかもしれませんよ?」
「……かもしれないな。それより、君こそ大丈夫なのか? 確か、野球場に用事があったようだが」
「野球場も気になりますけど、今はサチさんのことが先です。それからでも、遅くはありません」
「君がそう言うなら、私は何も言わない。なら、急がなければならないな」
「ええ!」
【E-5/森/1日目・昼】
【ユウキ@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP10%、幸運上昇(中)
[装備]:ランベントライト@ソードアート・オンライン
[アイテム]:黄泉返りの薬×2@.hack//G.U.、基本支給品一式、不明支給品0〜1
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:洞窟の地底湖と大樹の様な綺麗な場所を探す。ロワについては保留。
1:シンジやカオルと一緒にサチって子を捜す。そして月見原学園も目指す。
2:その後、何事もなければ野球場に行く。
3:専守防衛。誰かを殺すつもりはないが、誰かに殺されるつもりもない。
3:また会えるのなら、アスナに会いたい。
4:黒いバグ(?)を警戒。 さっきの女の子(サチ)からも出ていた気がする。
[備考]
※参戦時期は、アスナ達に看取られて死亡した後。
※ダスク・テイカーに、OSS〈マザーズ・ロザリオ〉を奪われました。
【カオル@パワプロクンポケット12】
[ステータス]:HP25%
[装備]:ゲイル・スラスター@アクセル・ワールド
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜2
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:何とかしてウイルスを駆除し、生きて(?)帰る。
1:ユウキさんと一緒に、慎二さんについていく。
2:どこかで体内のウイルスを解析し、ワクチンを作る。
3:デンノーズのみなさんに会いたい。 生きていてほしい。
[備考]
※生前の記憶を取り戻した直後、デウエスと会う直前からの参加です。
※【C-7/遺跡】のエリアデータを解析しました。
【間桐慎二@Fate/EXTRA】
[ステータス]:HP100%、MP50%(+40)、ユウキに対するゲーマーとしての憧れ、令呪一画、誰かを殺すことに対する疑問
[装備]:開運の鍵@Fate/EXTRA
[アイテム]:不明支給品0〜1、リカバリー30(一定時間使用不能)@ロックマンエグゼ3、基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:ライダーを取り戻し、ゲームチャンプの意地を見せつける。それから先はその後考える。
1:ユウキやカオルと一緒にサチという少女を捜す。
2:ノウミ(ダスク・テイカー)を探すのは、一先ず後回し。
3:ユウキやキリトに死なれたら困る。
4:ライダーを取り戻した後は、岸波白野にアーチャーを返す。
5:いつかキリトと戦い、そして勝利してみせる。
6:本当に誰かを殺さないといけなくなるのか……?
[サーヴァント]:アーチャー(無銘)
[ステータス]:HP70%、MP75%
[備考]
※参戦時期は、白野とのトレジャーハンティング開始前です。
※アーチャーは単独行動[C]スキルの効果で、マスターの魔力供給がなくても(またはマスターを失っても)一時間の間、顕界可能です。
※アーチャーの能力は原作(Fate/stay night)基準です。
以上で投下終了です。
何か問題点などがありましたら、指摘をお願いします。
投下乙
シンジ達とブルース達が合流し、キリトも一応立ち直って、不安要素はまだまだ残りますが、これで一先ず安心ですね
……と言いたい所なんですが、何でしょう。このそこはかとなく覚える違和感は
あまりにも綺麗すぎるシンジの発言および行動からか、
前話で覚悟のある殺人を許容していたはずのユウキの、キリトのレッドプレイヤー発言に対する反応からか、
それともそれ以外に何か他の要因があるのか……
どうにも上手くは言えませんが、とにかく個人的に違和感を覚える作品でした
投下乙です
なんかまとまったようで何よりです、サチ守れるといいね…
自分も>>571 と同意見です、なんというかキャラが違うと感じました
とりあえず自分が漠然と感じた違和感を挙げてみます
キリトを叱咤するピンクやシンジ
シンジやピンクはどちらかと言うと、「もうほっておいてくれ」と言われたらほっておく人な気がするんですよね
シンジそこまで面倒見よくないですし、ピンクなんかは下手すれば「ならここで殺してあげる」とか言い出してもおかしくないような気も
今のピンクはヒーローじゃなくて「力に酔ってる」だけですからね
次に全員が第一方針を「サチを探すこと」に変更してることでしょうか
例えばブルースやピンクはもともと、この森にやってくるPKを倒すために森にいたはずです
が、なんでか知りませんがサチを探すことに方針を変更しちゃってますね
まぁそれは良いことなのですが、なんか森から出て探そうみたいな感じなニュアンスで読み取れました
職務重視のブルースなら、自分たちは森でサチをさがそうとか言ってもおかしくはないような気がします
他の人についても同様で、カオルやユウキは野球場目指してたはずですし、シンジはノウミ探しに専念してたはずですよね
まぁ人が良いユウキらはともかく、シンジはそこまで面倒見よくないような気がするのです
「まぁノウミを探すついでにサチって娘も探してやるよ」くらいは言いそうな気はしますが
あとは悪人度合で言えば、かなりの業を背負ってるはずなのに黙ったまんまのカオルもそうですね
カオルが善人なので勘違いしがちですが、生前の薫は生きるために危険を顧みずに研究を続けるマッドサイエンティストでした
実際、正史ではやりすぎた実験のせいで警察に追われる羽目になって海外に逃げてます
末路も戦争に有用に使えるエネルギーを開発したせいで反抗勢力に殺されたというものですし、迷惑をかけた人の数はアーチャーとどっこいなんじゃないですかね
まぁその分救われた人もいることには違いないんですけどね、「お前があんなもの作るから」とか言われて殺されたことを考えるとね。
自分が感じた違和感はだいたいこんな感じです
修正に役立てたらありがたいです
ご指摘ありがとうございます。
問題点を作ってしまい、申し訳ありません……それでは修正をさせて頂きます。
えっと、申し訳ありませんが急用ができてしまい、少しの間ですが修正をすることができなくなりそうなので
今回のパートを破棄させて頂いても大丈夫でしょうか?
長期間、キャラを拘束してしまい申し訳ありませんでした。
そうですか
破棄は残念ですが、仕方ありませんね
では次の先品を楽しみにしてます
これより投下を開始します。
1◆
(こうまで誰にも出会えないとなると、少しばかり厄介だな……)
ファンタジーエリアの草原を、オーヴァンはたった一人で歩いている。
シルバー・クロウをデリートして、サチとキリトが去っていくのを見届けてから単独行動をしていた。GMが望むよう、殺し合いを円滑に進める為にも。
AIDAの種を植え付けたサチのことも気になるが、彼女は森に入ってしまった。GMからのメールによるとあの森は絶好の狩り場なので、下手に飛びこんではこちらにも火の粉が飛ぶかもしれない。
無論、オーヴァンとて負けるつもりはないが、必要以上のリスクを背負う気もなかった。森ではダメージが増大するようだから、ここで消耗をするのは得策ではないし、失態を晒してはGM側からも無能と認識されて切り捨てられる恐れがある。
自分が扇動しなくとも、GMによって戦場となる場所でわざわざ不和を撒き散らす必要もない。一つでも多くの争いを植え付けることが運営の要望なのだから、積極的に他の場所を訪れなければならなかった。
(ネットスラムとやらも訪れたかったが、今の俺は榊達に目を付けられている……そんな状況では下手な動きはできない)
生前、クロウはネットスラムでリコリスを見たと言っていた。
その話が本当ならば調査の価値はある。だが、もしも殺し合いの裏を暴く何かがあるのだとしたら、手を付けるのは危険だった。
既にデバッグモードのエリアに突入したことで榊やトワイスから警告されている以上、また殺し合いの謎を探ることなどしたら今度こそデリートされかねない。
ウラインターネットエリアに訪れて調査をするとしても、まずはデスゲームを進行させてGMからの信用を得てからだ。無論、再びGMと接触しても問題ないように戦力を整えるつもりだ。
(それにしても、ファンタジーエリアにたった一つだけ存在しているこの小屋とは、一体何だ? 何かイベントでもあるのか? それとも、本当に何の変哲もない小屋なのか……?)
ファンタジーエリアの一角である【F−4】エリアには、たった一つだけ小屋が存在する。
何故、こんな施設が地図に書かれているのか。遺跡や大聖堂ならまだ理解できるが、どうして設置したのか。旅人の休息地にするように、殺し合いを進めるプレイヤーの休息地のつもりなのか。
何にせよ、調査の価値はあるかもしれない。何かのイベントが用意されているのならそれをこなせばいいだろうし、何もなければそれまでだ。その後にマク・アヌへ向かって争いの種を撒くだけのこと。
恐らく、マク・アヌにも大勢の参加者が訪れるだろう。それなら、上手く利用できるかもしれない。尤も、必要以上に踏み込むつもりもないが。
今後の方針を考えながら歩いていると、少し離れた場所に一軒のログハウスが見える。恐らく、あれが【F−4】エリアの小屋なのだろう。
(鬼が出るか蛇が出るか……果たして、何があるのだろうな)
好奇心と警戒心が入り混じる中、オーヴァンは進む。
その先に、また新しく得られる物があると信じながら。
2◆◆
「人間とコンピュータが戦争をしている世界か……実に信じられないな」
「それは私も同じよ。あなたの世界で流行っているゲーム……それは要するに人の命を弄んだ、殺人ゲームでしょ? そんなのが流行っているなんて、怖くてたまらないわ」
「殺人ゲームか……それを否定できないのが悔しいかな」
ヒースクリフ……否、茅場晶彦はオラクルの言葉に苦笑しながら頷く。
ファンタジーエリアの小屋に訪れてから、オラクルと名乗った初老の女性と話をしていた。
やはり、オラクルも間桐慎二と同じように別の仮想世界から連れて来られた人物だと、確信する。マトリックスやアーキテクトを始めとした未知の単語、そしてオラクルの話した世界の情報がそれを証明していた。
彼女の世界では人間は発達しすぎたコンピューターの奴隷となっていて、それに一部の人間が反旗を翻しているらしい。その事実は驚くのと同時に、一種の興味を惹かれた。
それだけの文明を作る人間の凄まじさと、そして己の意思を持つようになった機械。学者として、そしてゲームデザイナーとして純粋な好奇心が刺激されるようになってしまった。オラクルの世界に生きる住民達にとって、不謹慎極まりないことはわかっているが。
その見返りとして、茅場もSAOのことを伝えた。無論、自分がその主催者であることは伏せているが。
「人々を仮初の世界に閉じ込めて自由を奪い、サバイバルを強いる……私達の世界よりもタチが悪いわ」
「その点で言うなら、オラクル君の生きたマトリックスとあまり変わらないかな。尤も、そちらは平穏を約束している分、まだ可愛げがあるかもしれないが」
「それでも、真実を知った人間にとっては地獄よ……それを忘れないで」
「……私としたことが、不謹慎だったようだ。すまない」
未知の技術を知ったことで、知らない間に興奮してしまったようだ。そう、茅場は自省する。
向こうの世界の人間はカプセルに閉じ込められていて、コンピューターによって夢を見せられている。要するに、ナーブギアと似たような物だろう。
もしかしたら、自分達の世界の機械もいつか人間達に牙を向けるかもしれない……そんな可能性も否定できなかった。だけど、あの世界にはデスゲームを打ち破ったキリトという勇者がいる。彼とその仲間達がいる限り、技術を正しく使われることを信じたかった。
「そういえばオラクル君。君は預言者だと言ったね……やはり、元の世界でもその力で人間を導いてきたのかい?」
「導いてきた……そう言われると、否定はしないけれど私はあくまでも『助言』をしたまでよ。『自ら』の意志で『選択』をして、その道に進んだ……そんな救世主だからこそ、私は力を貸した」
「なるほど。なら、私のようにバトルロワイヤルを打ち破ろうとしている者達にも力を貸してくれるのかな?」
「そうしたいけど、さっきも言ったようにここでは私の力が上手く使えない……もしかしたら、頑張れば予言ができるかもしれないけど、そんなことをしたら主催者から何をされてもおかしくないわ。無論、カヤバにもペナルティが架せられるでしょうね」
「それはもっともだ」
オラクルが持っている本来の力は主催者によって制限がかかっているらしい。
当然だろう。そんなのを認めてはゲームバランスが根底から崩壊してしまう恐れがあるだろうし、何よりも主催者にとっても不都合だ。それでは、最初から投入しない方がいいに決まっている。
しかし、予言のできない預言者を殺し合いのフィールドに放り込んだ所で、何の意味があるのか? もしもレッドプレイヤーだったら、ただの的にされるだけだ。
もしかしたら、オラクルを破壊することに何らかの意味があるのか……いや、それならわざわざここに幽閉する意味などない。
やはり、オラクルをここに閉じ込めたのは何か特別な意図があってのことだろうが……現時点では、手掛かりがまるでないので真相を解き明かせる訳がない。
会場の各地から情報を集めてからまた来れば何かわかるかもしれないが、ウイルスが上付けられている現状ではそんな余裕もない。
どうしたものか。そう考えた瞬間、後ろの扉が開く音が聞こえた。
それに振り向くと、色眼鏡をかけた大男が白亜の部屋に現れるのを茅場は見た。
「……奇妙なログハウスがあると思ったが、中も随分と変わっているな」
開口一番。男は当然の疑問を口にする。
外見と内部のギャップに驚いているのだろうが、そこまで動揺しているようにも見えない。恐らく、この手の出来事には慣れているのだろう。
男は左腕の拘束具を輝かせながら、白亜の部屋を歩く。
「それに先客がいたとは……どうやら、あんた達は危険なプレイヤーではなさそうだな」
「そういう君も、私達に危害を加える様子はなさそうだね」
「あんたがそれを望むなら相手になるが、生憎だが俺にそんな暇などない……色々とやるべきことがあるからな」
「そうか。私としてもそれは助かるよ……無意味な殺生をしたところで、このバトルロワイヤルが進むだけだからね」
敵意がないことを証明する為にも、茅場は微笑む。
現れた男からは威圧感が放たれているが、一先ず敵でないことを知れただけでも安心できた。その本心は窺えないが、攻撃を加えて来ないのなら戦う理由などない。
ここは上手く協定を組めるように、説得するべきかもしれなかった。
「それで、あんた達はここで何をしていた? それにここは何だ? どうも、普通の小屋ではなさそうだが……」
「この小屋はここにいる女性……オラクル君を幽閉する為の空間のようだ」
「幽閉する為の空間?」
「ああ。それと、オラクル君は厳密には参加者ではない……どうやら、あの榊という男達によって捕えられて、ここから動けなくなっているようだ。尤も、彼女をここに閉じ込める理由はわからないが」
「なるほど……なら、オラクルもある意味では俺達と同じような立場か」
「恐らく、ね」
男は納得したように呟いてから、備え付けられた椅子に座る。
どうやら、話し合いに参加してくれるという意志表示と見てもいいだろう。男の内面はわからないが、少なくとも嘘をついているようには思えない。
警戒は忘れていけないが、今は友好的に接する必要があった。
「申し遅れた。私の名前は……茅場晶彦だ。どうか、宜しく頼む」
今の自分は茅場晶彦なのだから、ヒースクリフではなくこう名乗るべきだろう。オラクルの時と同じように。
そう思った瞬間、男の瞳が急に見開かれた。
「カヤバアキヒコ……だと?」
男の声からは確かな驚愕が感じられる。これまでの理知的な雰囲気とは打って変わるように。
それに伴うかのように目つきも変わっていくのを見て、茅場は尋ねる。
「……どうかしたのかな」
「もしかしたら、あのカヤバアキヒコなのか。SAOというゲームの設計者であり、主催者でもあるという……」
「……ッ」
男の言葉に、茅場もまた目を見開いた。
目の前の男は自分を知っている。彼のようなプレイヤーに見覚えはないが、この世界にはプレイヤーの感情をモニタリングするAIもいる以上、他のSAOプレイヤーがいてもおかしくはない。その人物から聞かされたのだろう。
迂闊だった。状況によって姿と名前を使い分けるつもりだったが、それがこんな所で仇となるとは。
「その反応から考えて、どうやら当たりのようだな……まさか、君のような男までもがデスゲームのプレイヤーになっているとは」
「……君の言う通り、確かに私は茅場晶彦だ。だが、一つだけ誤解をしないで欲しいことがある。信用できないかもしれないが、私はこのバトルロワイヤルを防ごうと考えている」
「ほう? デスゲームの主催者が、今度は別のデスゲームを止めようとするのか」
「説得力はないだろう。だが、あの榊達の思い通りになっては世界の可能性を摘むことになってしまう……そうさせない為に、私は動くつもりだ」
真摯な表情で語った後、茅場はオラクルに振り向いた。
「オラクル君。君を騙すことになってすまない……だが、私の気持ちに嘘はない。君の言っていた救世主の邪魔立てだってするつもりはないんだ」
「カヤバ。貴方が私を閉じ込めた者達と似ていることはわかったわ……でも、貴方のその言葉に嘘はない。それだけは、確かなようね」
「ああ……」
「なら、私は何も言わないわ。それが貴方の選択なのだから」
そう言いながら、オラクルは再び煙草を口に当てる。
彼女が自分を信用しているのかはわからないが、見届けてくれるのならその気持ちを受け取るつもりだ。
問題はこの空間に現れた男だ。
「それで、君は私をどうするのかな? ここで私を倒すかね?」
「さっきも言ったはずだ。今の俺に無駄な戦いをする余裕などないと……それに、ここで君と戦った所で俺には何の得もないだろう。それよりも、俺は君に色々と聞きたいことがある」
「聞きたいこと?」
「ああ。俺はあるプレイヤーから君のことを聞いて、興味を持った……君の持つ技術力と、君が何を考えてSAOというゲームを生み出したのかを」
その瞬間、男の目が急に光ったのを茅場は感じた。
そして、この男は危険な一面を持っていると茅場は察する。例えるなら、全てを手に入れようとする貪欲な野心と狂気……目的の為ならば、手段を選ばないだろう。
そこに微かな共感を覚えるが、同時に警戒心も更に強くなる。この男の前で下手に隙を見せては、そこから全てを失う可能性すらあった。
何にせよ、この男を野放しにする訳にはいかない。放置していては、どんな凶行に及んでもおかしくなかった。
「オラクル、そして茅場晶彦……俺の名はオーヴァン。これから、よろしく頼むぞ」
「……こちらこそ頼むよ、オーヴァン君」
現れた男・オーヴァンに茅場晶彦は返事をする。
どうやら、かなり厄介な仲間ができてしまったようだ。内面が読めない上に、いつ裏切られてもおかしくない。恐らく、こちらを利用しようと企んでいるだろう。
だが、例えそうだとしても関係ない。彼の野望だって止めてみせるだけだから。
†
(まさか、こんな所であの茅場晶彦に出会えるとは……やはり、ここに訪れて正解だったようだな)
純白の部屋に備えられた椅子に腰かけるオーヴァンは思案していた。
何かがあると睨んで小屋を訪れてみたら、サチが言っていたあの茅場晶彦と出会うことになるとは予想外だった。しかも、彼は榊やトワイスのようなGM側ではなく、自分達と同じプレイヤーなのだ。
彼のような男までもがプレイヤーにされている。それはつまり、GM側には茅場以上の技術者がいる可能性があった。
だとしたら、尚更GM側に対抗をする為の備えが必要になる。やるべきことがまた増えてしまったようだ。
(そしてこの奇妙な空間……どうやら、運営側が意図的にプレイヤーとオラクルを接触させる為に生み出したようだな)
話を聞く限りでは、プレイヤーとオラクルが出会うことで何らかの影響が出るらしい。その為に、地図に載せたのだろう。
ここに訪れても何のペナルティがないことを考えると、自分がここに来ることも想定の範囲内かもしれない。それがわかっただけでも僥倖だろう。
無論、この部屋を必要以上に探るのは危険だろうし、何よりも茅場からも疑われてしまう。それなら最初からやるつもりなどない。
(今はこの男から情報を引き出すことが最優先とするか。どうやら、この男もデスゲームの妨害を企んでいる……なら、榊達も何も言わないだろう)
茅場晶彦の内面を探り、表側では彼を利用できるように振舞うつもりだ。そうすれば、GM達も必要な仕事をしていると認識してくれるだろう。
そして、その裏では茅場と手を組みながらデスゲームを生き延びるつもりだ。せっかく出会えた男をこんな所で失う訳にはいかない。
茅場は自分のことを警戒しているだろう。それを見通した上で、彼と行動を共にするつもりだ。
茅場晶彦がいるのならば、GM達に立ち向かう為のきっかけが掴めるかもしれないのだから。
その為にも、今は目の前の二人から情報を聞き出す。それが、オーヴァンがやるべきことだった。
【F-4/ファンタジーエリア 小屋/1日目・昼】
【オーヴァン@.hack//G.U.】
[ステータス]: HP100%(回復中)
[装備]:銃剣・白浪
[アイテム]:不明支給品0〜2、基本支給品一式 DG-Y(8/8発)@.hack//G.U.、ウイルスコア(T)@.hack//、サフラン・アーマー@アクセル・ワールド、付近をマッピングしたメモ、{マグナム2[B]、バリアブルソード[B]、ムラマサブレード[M]}@ロックマンエグゼ3
[思考]
基本:ひとまずはGMの意向に従いゲームを加速させる。並行して空間についての情報を集める。
0:今は茅場晶彦やオラクルと情報交換をする。その後にマク・アヌへ向かう。
1:利用できるものは全て利用する。
2:AIDAの種子はひとまず保留。ここぞという時のために取っておく
3:トワイスを警戒。
4:リコリスの調査はGM側からの信用を得てから。
5:ゲームを進めるが、必要以上にリスクを背負うつもりはない。
[備考]
※Vol.3にて、ハセヲとの決戦(2回目)直前からの参戦です
※サチからSAOに関する情報を得ました
※榊の背後に、自分と同等かそれ以上の力を持つ黒幕がいると考えています。
※ただしAIDAが関わっている場合は、裏に居るのは人間ではなくAIDAそのものだと考えています
※ウイルスの存在そのものを疑っています
【ヒースクリフ@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP70%、茅場晶彦アバター、オーヴァンに対する警戒
[装備]:青薔薇の剣@ソードアート・オンライン
[アイテム]:エアシューズ@ロックマネグゼ3、基本支給品一式
[思考]
基本:バトルロワイアルを止め、ネットの中に存在する異世界を守る。
1:オーヴァンやオラクルと話をする。
2:榊についての情報を入手し、そこからウィルスの正体と彼の目的を突き止める
3:バトルロワイアルを止める仲間を探す
[備考]
※原作4巻後、キリトにザ・シードを渡した後からの参戦です。
※広場に集まったアバター達が、様々なVRMMOから集められた者達だと推測しています。
※使用アバターを、ヒースクリフとしての姿と茅場晶彦としての姿との二つに切り替える事が出来ます。
※エアシューズの効果により、一定時間空中を浮遊する事が可能になっています。
※ライダーの真名を看破しました。
※Fate/EXTRAの世界観を一通り知りました。
※.hack//の世界観を一通り知りました。
※このバトルロワイヤルは、何かしらの実験ではないかと考えています。
※参加者に寄生しているウィルスは、バトルロワイヤルの会場を作った技術と同じもので作られていると判断しています。
そして、その鍵が榊の持つ黒いバグ状のデータにあるとも考えています。
※オーヴァンに対して警戒心を抱いています。
【オラクル@マトリックス
[ステータス]:健康
[備考]
※姿は、REVOLUTIONの時のものです
※未来を視る力が制限されています。
制限の程度がどの程度かは、以降の書き手に任せます。
※小屋の外へと動くことは出来ません
※F-4の小屋はオラクルの住居に繋がっています。
この住居は、会場とは別に切り離された電子空間に存在しています。
以上で投下終了です。
疑問点がありましたら指摘をお願いします。
オーヴァンとヒースクリフが接触!こいつは目が離せねぇ!!
投下乙
投下乙です。
「コンピューターシステムを覆す人間の力」と「人間を支配し返したコンピューター」は、似てるんだな。
投下乙です
この二人が接触したか
微妙に似てて微妙に似てないこの二人、さてどうなるか…
嫌な予感しかしねえw
以前投下した拙作の修正版を仮投下スレに投下したので
お手数ですが、確認の方をお願いします。
遅れましたが修正乙です
全体的にロワらしい展開になっていたのが印象的でした、あの陣営がアメリカエリアに行くとなると色々波乱の予感が……
予約来た
これより仮投下スレに投下された作品の代理投下を行います。
「ここで一先ずは小休止、ですかね」
そう言って能美は腰を下ろした。
並べられた長椅子に身を預けるとごぉん、と鈍い音がよく響いた。その反響に呼応して鉛のような疲労感が滲んでくる。
頭上に広がるがらんとした天井を見上げ、彼はふうと息を付いた。
精巧に作られた西洋風の装飾は中々どうして荘厳な雰囲気の形成をしていた。
陽光を受け照り輝くステンドグラスや教会を思わせる参列席、その全体を覆うように漂うどこか朽ち果てた空気が垣間見える。
大聖堂、の名の通りどこか神聖な空気が漂っているように思えた。
とはいえこれも所詮はゲームの1オブジェクトに過ぎない。
聖堂だの教会だの、ありがちな舞台である。
中心に座する誰も居ない台座なんて如何にもそれらしい。その神聖さに仇なすような醜い傷も含めて、元あったゲームではそれはそれは大仰な設定があったのだろう。ここで意味はないが。
グラフィックの出来自体は加速世界と比してもそれなりによくできているとは思うが、こんなもの、どこまでいってもハリボテ、還元すればポリゴンやらテクスチャやらの集まり、とどのつまり数値だ。
そう思った彼は来て早々グラフィックに興味を失った。代わりにその機能的な側面について考え始める。
(ここからアメリカエリアまでまっすぐ行けば一時間、といったところでしょうか)
痛みの森での手痛い敗走ののち、次なる目的地の候補として能美は近くのマク・アヌか隣のアメリカエリアを考えていた。
どちらにしようか迷ったが、結局彼は後者ーーアメリカエリアの方を選んだ。
理由としては、今の自分の状態がある。
能美は虚空に指を走らせる。滑らかな動作でウィンドウが開かれた。
|ステータス|
|HP|10%|
|MP|10%|
|Sゲージ|5%|
|付与|幸運低下(大)|
|部位ダメージ|胴体|
|令呪|三画|
(忌々しいですが、あの連中から受けたダメージは予想以上に深いですね)
呼び出した自らのステータス画面を確認し、彼は腹に憎悪と苛立ちが溜まっていくことを自覚した。
HPMPを削られた上に、ゲージも消費させられ、更にバッドステータスまで付与されている。
装備、スキル面は充実しているが、こうもダメージを負ってしまっているのでは戦闘もままならない。
せめて付与されたバッドステータスが消えるまではどこかで回復を行いたかった。
どの道しばらくは戦闘できない。
となれば距離的に近いマク・アヌよりもイベント補正のあるアメリカエリアの方に行くべきだろう。
そう考え、途中この大聖堂で状態を整えたのちエリアに赴くことにした。
どうやらこのゲームの仕様として、じっとしていればある程度の自然回復が見込めるらしい。速度は遅いが、現時点で自分が取れる唯一の回復手段である以上、こうする他にない。
まぁMPがある程度回復すれば自分にコードキャストを掛けられるので、回復にそこまで時間はかかるまい。
「…………」
そう思い、一先ずはゆっくりと休憩を取ることにする。
ゲーム開始からこの方それなりに動いたこともあって疲れも溜まっている。アバターのステータス的な部分だけでなく、プレイヤーである自分の身も考えなくてはならない。
「よっ、ノウミ。暇してんのか? 」
……だというのに、ライダーはマスターの思惑など知ったことではない、とでもいうように姿を現した。
「……ゲージを無駄にして欲しくないのですがね」
「硬いこと言うなよ。ケチケチしてもしょうがねえだろ? どうせアタシが何か壊せば回復するんだし」
彼女は豪快に笑い、カツカツと音を立てて彼女は聖堂を歩き回る。そして偉そうに腕を組み、座り込む能美を見下ろした。
「んで、どうだい指揮官、復讐の算段は?」
「ええ……まぁ考えてますよ、色々と」
「ほおう、色々と来たかい。精々期待させてもらおうじゃないの。アンタの意趣返しは中々ねちっこそうだ」
そう言って彼女は再度哄笑した。もはや諌める気にもならなかった能美は無視して休憩に専念することにする。
その様子を見たライダーはどこか楽しげに口を開く。
「だが今はちょっとお疲れみたいだねぇ、ノウミ。ま、休息は大切だ。休める時に休むに越したことはない。休み過ぎてそのまま腑抜けちまうようなのもいるがね」
ライダーはニヤリと笑い、
「でもまぁアタシが見たところ指揮官殿は問題ないねーー思い出せるかい? さっきの森でコテンパンにやられた時の屈辱をさ」
「そんなこと」
能美の脳裏に今しがたの敗走が蘇る。
痛みの森。略奪したスキルを使って一方的な蹂躙を行う筈だった。
それをあのゲームチャンプが、あの生意気な女が、あの眼鏡のーー
「ーー愚問ですね。当然、覚えてますよ。僕を侮辱した奴らにはしかるべき報いを食らわせてやります」
能美は言った。その声は少年のそれでありながら、喉の奥から憎悪と共に絞り出されたようなひどく濁った響きを孕んでいた。
ライダーは満足気に頷き、
「いい返事だ、ノウミ。それでこそ我が指揮官、しょうもない小悪党だが筋は悪くない。かと復讐に関してはアタシも一家言あるしねぇ」
疲れが吹っ飛ぶだろう? とライダーは語る。
「アタシもそうだった。むっかし若い頃にてひどくやられたことがあってさ。そんときに感じた屈辱。アレは忘れられないねぇ。スペインを、太陽とか宣う奴らを、どうやって焼き尽くし、奪い尽くし、殺し尽くすかーー毎日毎日それだけを考えて生きてきたのさ」
そして死んだ訳だがね、と彼女は付け加え再び笑ってみせた。
その言葉の裏に含まれた影を感じ取り、能美は少し意外な気分になった。
自分と正反対に見える彼女だが、しかし根本にあるものは近しいものであるように思えたのだ。
奪われたのならば、それ以上に奪い返す。そうでなくては気が済まない。
「さて、ノウミ。上機嫌だから、ここで一つアタシの話をしてやろう。ま、暇つぶしだと思いな」
「全く、うるさいですね……」
「そう言うなって。なに、ちょっとした話さ。どうやったら太陽は落とせるかっていうね」
「…………」
「ところでノウミ、アンタ、どれくらいアタシのこと知ってるんだい? フランシス・ドレイクって英雄のことをさ」
しばらく能美は沈黙した。ライダーが返事をじっと待ってるのが分かる。が、彼は言うべき言葉が見つからなかった。
「何だい? 何も知らないのかい。そりゃちょっと不勉強じゃないのかい?」
「う、うるさいですね。僕らの時代は貴方たちとは文明レベルが違うんです。ネットが繋がればそんなこと暗記するまでもないことですから」
語気を荒げて言う能美にライダーはやれやれと頭を振り「シンジはそれなりに知ってたがねぇ」と言った。
その事実が何故だか無性に腹立たしい。
「ま、いいさ。細かいことは確かにどうでもいい。とにかくアタシは……フランシス・ドレイクは英国の海賊でね。奴らに報復する為に色々やってさ。手始めにインド諸島だのペルーだので略奪とかやってた訳だが、今考えればありゃちまちましてた。スペイン海軍は敢えて襲わないようにしてたし、派手さに欠けてた」
「はぁ、そうですか」
能美は気のない返事をする。それでも止めはしないのは、彼としてもこの英霊について興味が出てきたからだろうか。
「そのあと地球を一回りとかやって荒稼ぎしたねぇ、黄金宝石香辛料……ありゃ楽しかった。んでがっぽりお宝持って英国に帰ったらこれがまた笑える話でさ、アタシのが国より金持ちになってたって訳だ。たまげた女王陛下がアタシにナイトなんて大層な称号までくれちまってさ。出世はしたが復讐の機会は中々訪れなかった。柄でもねえのに市長とかやったっけな」
「似合いませんね……」
「だろう? アタシは海のが向いてるよ」
ライダーは己の偉業をまるで世間話のように軽く語った。そこであったであろう様々な冒険譚を誇る訳でもけなす訳でもない。ただ懐かしんでいる、という風に。
能美は思う。海賊から騎士へと登り詰めていく行程は、史実的に偉業ではあるのだろうが、彼女にしてみればただの通過点だったのだろう。
彼女の生き様が語る通りのものであるのならば、その行いは全てある一点へと向いていたはずだ。
その一点とは、すなわちーー復讐。
略奪も世界一周も政治的な要職に就いたのも、全てはしかるべき時にしかるべき地位でいる為の……
「んでその時は来た」
ライダーはそこで口元を釣り上げた。その白い犬歯がきらりと光る。
「我が祖国英国とスペインの仲がきな臭くなってねえ……そこでアタシが万を辞して担ぎ出された訳さ。英国海軍を率いて奴らとの一大決戦。いやはやあの時はーー忘れられないねえ」とライダーはそこで視線を上げ「そん時、アタシが自分の船に何と付けたと思う?」
「……さぁ」
「復讐(リヴェンジ)」
能美は何時だったか世界史でやった話を朧げながらも思い出す。英国とスペインの決戦。人類史のターニングポイント。授業などロクに聞いていないが、それでも流石に少しは聞きかじったような覚えはある。
アルマダ海戦……だっただろうか。名前しか知らないし、それすら正直怪しいが。
「そんでアタシは海軍司令だったチャールズの野郎と顔つつき合わせて奴らの弱点を考えた訳だが、そん時の英国が主に使ってたガレオン船は小さくてね、機動力はあるが火力は心もとない。一方の敵軍は大型の帆船が主力。地図おっ広げてさぁこいつらをどうしようかって訳だ。機動力と火力、それぞれの強みをどう活かすかってのがこの戦のポイントだ」
能美は耳を傾けながらも、少し眠たくなってきた。
緊張が緩み、身体が休息を欲しているのかもしれない。
「おや? お休みかい。こっからが面白いところだってのに、ま、いいさオチを言っちまおうか。アタシがそこで何をやってたか」
「答えは簡単さ、船に火ィ点けて敵のど真ん中に突っ込ませた」
ライダーはそこで声を立てて笑った。反響する豪快な笑いはどこか遠くに感じられる。
「この話の妙はね、機動力と火力の天秤をぶっ壊してるところにあるのさ。火のついたガレオン船はその一瞬だけ速さと火力、両方を得た。互いの長所短所をつつき合うなんて地味な真似はしてないってね。後のことを無視したがゆえに、その船は最強になった訳は」
だから気をつけな、と微睡む能美にライダーは言う。
「どんなセオリーにせよ定石にせよ、原則なんざ後先考えず捨て身になっちまえばぶっ壊せちまうもんなのさ。刹那主義も極まれば太陽だって落とせる。アンタがどういう生き方したいのかは知らないけど、ま、精々足元を掬われないようにしな」
[D-6/ファンタジーエリア・大聖堂/1日目・昼]
【ダスク・テイカー@アクセル・ワールド】
[ステータス]:HP15%(回復中)、MP10%、Sゲージ5%、幸運低下(大)、胴体に貫通した穴、令呪三画
[装備]:パイル・ドライバー@アクセル・ワールド、福音のオルゴール@Fate/EXTRA
[アイテム]:不明支給品1〜2、基本支給品一式
[思考]
基本:他の参加者を殺す。
1:シンジ、ユウキ、カオルに復讐する。特にカオルは惨たらしく殺す。
2:上記の三人に復讐できるスキルを奪う。
3:一先ず休息、しばらくしたらアメリカエリアへ。
[サーヴァント]:ライダー(フランシス・ドレイク)
[ステータス]:HP25%、MP30%
[備考]
※参戦時期はポイント全損する直前です。
※サーヴァントを奪いました。現界の為の魔力はデュエルアバターの必殺技ゲージで代用できます。
ただし礼装のMPがある間はそちらが優先して消費されます
※OSS《マザーズ・ロザリオ》を奪いました。使用には刺突が可能な武器を装備している必要があります。
注)《虚無の波動》による剣では、システム的には装備されていないものであるため使用できません。
以上で代理投下終了です。
そして◆7ediZa7/Ag氏も投下乙です。
こうして見ると、ライダーは能美とも気が合うんですね。何だかんだでいいコンビかも。
二人はこれからアメリカエリアに向かうみたいだけど、そっちにはヤバい奴らがたくさんいるぞw
投下乙です
ライダーのたとえ話は、果たしてどういう意味を突ことになるんでしょうね
能美の指針の一つになるのか、それともその運命を暗示するのか
あと指摘ですが、前話における能美達の最終地点はF-6ですよ
D-6の大聖堂に行くには、森を横断しないといけません
投下乙です
確かにいいコンビだがパロロワの常でいつまで続くかあ…
そして意味深な例え話してくれるぜえ
修正点と言えば、>>599 さんが言うように現在地でしょうか?
あそこから大聖堂に行くとなると森を通る必要がありますし、通らないにしても遠回りする羽目になりますし。
あ、修正スレに投下されていましたね……確認してなくてすみません。
月報の集計をします。
間違っていたらごめんなさい。
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
80話(+ 10) 37/55 (- 1) 67.2 (- 1.9)
投下なくて寂しい・・・
書いて、どうぞ
予約来た
投下します。
そっぽ向いてる人となんか、話したくないじゃない? ――
◇
おおう。
おおおおおおおおおう。
喉から発せられるその叫び声はとてもではないが人のものとは思えなかった。
燃え盛る憎悪を露わにしているのか、耐えられない哀しみを漏らしているのか、その区別さえつかない。
ハセヲというポリゴンを通して、自身が何を目指しているのか、何を願っているのか、それすらも忘れてしまった。
ただ、この手には刃があることだけは分かっていた。
「さて、君のデータを見せてもらおうか」
「敵」は黒い服を身に纏った特にこれといった特徴のない白人。先ほどなすすべもなく吹き飛ばされ、憑神発現の邪魔をした。
その際の痛みは未だに身体に残っている。じん、と痺れるように広がる痛みは重く、そのダメージは決して無視できるようなものではない。
欠落を敵意で覆い隠し、ハセヲは痛みを振り切り男へと迫った。
「真っ二つだ!」
感情を推進剤に、敵意に突き動かされるまま鎌を「敵」へと薙いだ。
大鎌による一撃。ぶうん、と空を切る音がする。ハセヲの高いステータスから繰り出される一撃は、アーツでない通常攻撃の範疇であっても相当な威力を誇る。
「ふん」
だが、黒服は難なくそれを受け止めた。ほかならぬ、その右腕で。
放たれた刃とスーツの袖口が交錯しこすれ合い、ぎゅるるる、と火花を散らしている。
何と馬鹿げた光景か。ハセヲは叫びを上げその腕を切り落とそうとするも、重い。
刃を振るうも、何か巨大な斥力が邪魔をする。少しでも力を抜けば、弾かれるのはこちらだ。
ただの布でしかない筈のそれが、ただのヒトの腕でしかないそれが、途方もなく硬く感じられた。
おおおおおおおおおお。
ハセヲは尚も腕に力を込めた。
一ミリでも深く刃を喰い込ませようとする。その命を刈り取ろうとする。
敵だ。
こいつは敵だ。
ならば、「死の恐怖」を与えねばならない――
おおおおおおおおおおおおおおおお。
何故って。
それは……
おおおおおおおおおおおおおおおおおおお。
「ふうん。中々に重たい一撃だが、この程度か」
黒服は刃を振るうハセヲを見下ろし言った。
さして。
さして力の籠っていない言葉だった。
サングラス越しに注がれる視線に熱はなく、特に興味もない、そういった無関心さを表していた。
その事実に気づき、ハセヲの昂ぶりは更に燃え上っていく。
「落ちろぉぉぉぉぉぉ!」
鎌を振りぬこうと叫びを上げた。散る火花が顔にかかる。ハセヲは獰猛な笑みを浮かべ目の前の敵を倒さんと迫った。
しかし、黒服はつまらなさそうにその腕を振り上げた。
ぐっ、と声が漏れる。全身全霊の力を込めていた鎌は、あっさりと弾かれ、次の瞬間、ハセヲの身体に爆発的な衝撃が走った。
気付いたとき、ハセヲの身体は宙を舞っていた。
敵の掌底が胴体に放たれたのだ。
設定された法則を無視した一撃を受け、ハセヲの身体はだん、と音を立て煉瓦造りの建物へと激突していた。
壁にぶち当たり、うぅと呻き声が漏れた。
ハセヲは屈辱に震え、戦意を滾らせせキッと眼前を見上げる。
埃のように飛び散るデータ群の向こうに、ゆっくりと近付いてくる「敵」が居た。
凡庸な外見ながらもそのPCは規格外の存在感を放っている。土煙の向こうに浮かび上がるシルエットは強烈なプレッシャーを纏っていた。
上等だ。規格外だというのなら、こちらだってそうだ。ハセヲは痛みを無視し、鎌を片手に立ちあがろうとする。
が、力が入らない。ダメージが大きすぎるのか。ハセヲは言うことをきかない自分の身体に強く苛立ちを募らせた。
と、その前に新たな「敵」が現れた。
「止めろ!」
双剣。
色鮮やかな橙。
それはまるで、炎のような。
見覚えのあるPCが、自分をかばうように立っていた。
近付いてくる黒服と対峙している。その姿に一切の気後れは感じられず、不揃いの双剣が陽光を受け光った。
「ほう、彼を守るというのか?」
「PKなんて、させない」
「敵」と「敵」が会話している。その内容は耳に入らない。どこか遠いところで交わされているようにしか思えなかった。
なんだっていい。
どうせみな「敵」だ。
見覚えがあろうとなかろうと、ただ蹴散らすだけだ。
そうこうしているうちに「敵」同士の戦いが始まっていた。
炎と黒が交錯している。黒の嵐のような猛攻を、炎が巧みに受け流している。その動きはあまりにも速い。
一進一退の攻防。
そこにまた別の「敵」が躍り出た。
「スケィス! 何でここに!?」
三番目の「敵」――もう一つの死の恐怖、スケィスが炎へと迫っていた。
赤く光るケルト十字が二人の戦いに割って入る。
スケィスが狙っているのは――炎のほう。
「何で八相が……!」
ケルト十字を受け止めながらも、炎が苦しげに顔を歪ませる。
あの黒服と渡り合うだけでも手いっぱいだろうにも関わらず、ここに来てあの「スケィス」が迫ってきた。
二対一ともなれば勝機は――
「ほう、また、興味深いものがでてきたな」
――しかし、炎にとって幸か不幸か、状況はそう単純ではなかった。
彼らはみな一様に「敵」である。「敵」、「敵」、「敵」。決して結託することはない。
黒服が躍りかかったのは先まで交戦していた炎ではなく、新たに現れた「敵」、スケィス。
今度は黒服が炎とスケィスの間に割り込む形となった。拳が振るわれ、ケルト十字がそれを受け止める。
激突する二つの力の下、炎がさっと身を下げた。
「どういう状況なんだ……スケィスもだけど、あの声は――」
炎がちら、とハセヲを一瞥した。
吹き飛ばされた自分は、未だ痛みが尾を引き立ち上がれないでいる。
「大丈夫? 一体ここ何があったの? それに……」
炎が何かを言っている。ああこいつは誰だっただろうか。
どこかで会った気がする。どこかで戦った気がする。そうそれはちょうど今のような熱量を抱えた時で……
「志乃が――」
と、彼は漏らした。
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおう。
ああ、思い出した。
何で、俺がここに居るのかを――!
その名を聞いた瞬間、ハセヲは身を起こしていた。
鎌を振り上げ、ハセヲは炎へと迫る。立ち尽くしていた炎が突然の事態に目を見開くのが分かった。
双剣と鎌が交錯し、悲鳴のような金属音が響き渡る。
「どうしたんだ、君は……それに志乃は」
「うるせえ!」
ハセヲは力任せに鎌を薙いだ。
志乃。
その名を聞く度に、自分の心の一番弱いところをめいっぱい貫かれる。
こんな、こんな痛みがあるから――
「ぶっ潰れろぉぉぉぉ!」
ハセヲは炎へと力を振るった。自分では抑えきれぬほどの莫大な熱量に突き動かされ、死の恐怖として力を振るう。
それを炎が受け止めていく。その顔を悲痛に歪めせながらも、冷静に一撃を受け止めていく。
かんかんかん、とこちらの攻撃が裁かれていくを見て、ハセヲは既視感を覚えた。
ああ、これはそうだ、あの時だ。
大聖堂。隠されし禁断の聖域。三爪痕を追っていて遭遇した謎のPK。
その後何度も戦うことになったそのPKとの初戦、自分はまるで歯が立たなかった。
あの時と一緒だ。
この炎は、あの時と同じように――
「――言うな」
あの時、自分は何故戦っていたか。
「え?」
「言うな」
そして今、自分は何故戦おうとしているのか。
「その名を、言うんじゃねええええええ」
思い出した。
そう、この炎の名は――
◇
戦況がせわしなく変化する中、カイトは精一杯状況を把握しようと務めていた。
スミスとの交戦の最中、志乃の声を聞きつけ駆けつけたところ、広がっていたのは予想外の光景だった。
「ふむ、妙な感触だな」
「---------」
先まで自分と戦っていたスミスは今や巨大な白いモンスター――第一相スケィスと相対している。
スミスは八相という存在に興味を持ったようで、彼の攻撃に応戦する形でスケィスが十字を振るっている。
かつて全て倒した筈の八相が何故残っているのか、気にはかかるがそれについて考えている余裕はない。
「らぁっ!」
「ちょっと、君、落ち着いて」
「ぶっ潰れろぉ!」
この場にいるもう一人のプレイヤーが自分へと迫っているからだ。
銀髪に黒い鎧、禍々しい鎌、そして敵意の滲んだ瞳――ハセヲ。
激昂する彼はカイトの言葉に耳を貸すこともなく、荒々しい叫び声と共に刃を放ってくる。
一撃一撃が重い。威力自体はスミスに劣るが、ハセヲには技がある。法則から抜け出した力ではなく、あくまで法則の下で磨き上げたと思しき力の流れが。
カイトは集中しそれを裁いていく。避けられるならば避け、受けるべきところは受ける。ジョブ・双剣士の強みは分かっている。全ジョブ中最速を誇る敏捷だ。
「くっ」
「おらぁ!」
……それでも戦況は互角どころか劣勢であった。
カイトの立ち回りをハセヲは力でねじ伏せていく。カイトは確かに速いが――だからといってハセヲが速さで劣っているという訳ではない。
カイトとハセヲ。共にThe Worldの一角のプレイヤーであるが、二人がプレイしていたリビジョンの差が出ていた。
PKがシステム的に廃止されたバージョンで活躍していたカイトは対人経験というものが致命的に欠けている。
策を弄するアドミラルに窮地に追い込まれたように、彼にとって他のプレイヤーとは――少なくとも戦闘システム面において――協力こそすれ反目することはないものだった。
対するPKが再実装され、戦闘における自由度が格段に上昇したリビジョンをプレイしていたハセヲは、こと対人戦において多くの経験を積んでいた。
その差が示すように、ハセヲの一撃がカイトへと迫っていく。
双剣の防御ごと鎌で薙ぎ、避けようとするカイトに追い縋り一撃を放つ。
カイトは苦悶の表情を浮かべながらもハセヲと相対する。
更にスミスとスケィスを視界の端に入れておくことも忘れてはならない。
今は1on1の形で別れているが、またすぐ戦況がシフトすることも考慮しなくてはならないのだ。
あの二つの存在は共に「敵」だ。今は互いが互いが抑える形になっているが、何かの弾みで再び自分へと向かってくるかもしれないのだから、目を放す訳にはいかない。
「消えやがれぇ!」
だが、目の前のハセヲはそんなことを全く考慮していないのか、まっすぐ自分へと向かってくる。
結果としてカイトは捉えられ、ダメージを負う。徐々に減るHPにカイトは焦燥を覚えた。
それでも何とか立ち会えているのは、今のハセヲが明らかに正気でないこと――暴走という言葉が似合うが故だろうか。
ハセヲがカイトを上回る要因である筈の技を、彼は今十全に発揮できていない。力任せの単調が攻撃になってしまっていた。
「待って。君は、PKなの?」
「あ?」
刃を交錯しながら、カイトは語り掛けることを止めなかった。
スケィスとは言うまでもなく、スミスとも全く会話にならなかった。故に彼らとは「敵」であるしかない。
しかし、彼とならば――カイトは協力することを諦めたくはなかった。
「だったら、止めるんだ。PKなんて……」
「俺はPK……? はっ」
はっははは。
カイトの問い掛けにしかし、ハセヲは答えずただ笑った。
どこか空しく響く乾いた笑い声だった。
「確かにな――PKもPKKも違いなんかねえだろうよ」
次の瞬間、ハセヲの身体が消えた。
「けどな!」そう叫びが聞こえた時、カイトは猛烈な勢いで迫るハセヲの刃を見た。
「俺には居るんだよ……! お前らみたいな、敵が!」
蒼天大車輪。
派手なエフェクトと共に振るわれた斬撃がカイトの身体を切り刻んだ。
それもまた、システム的な差だった。スキル使用が武器依存であるかPC依存であるか、それもまたカイトに不利に働いた。
宙に浮く身体。それに追い打ちをかけるべく、間髪入れずハセヲがコンボを決める。
斬、斬、斬、そしてその最後に、
「取り戻すんだ! お前らを! 倒して!」
光放つ掌底、レイザスを放たれカイトは吹き飛ばされた。「くはっ……」
コンボを受けた全身に燃えるような痛みが走る。
現実は勿論、八相との戦いでもなかった激烈な痛みにカイトは苦悶の声を漏らす。
「はぁはぁ……じゃあな。お前を倒したあと、次はあいつらだ」
ハセヲは鎌をまっすぐにカイトへと向けた。
その視線はすでにカイトを見ていない。あいつら、というのはスミスとスケィスのことだろう。
カイトは視線を逸らさず、まっすぐにハセヲを見上げた。憎悪に歪みながらもどこか泣き腫らすような表情が浮かんでいる。
「僕は」
カイトは口を開いた。
「僕は敵じゃないよ」
「あ?」
「僕は、君の敵にはなれない。だって君は僕を見てないんだ。
僕というプレイヤーを見ていない。だから、いくら戦っていても、君が相手にしているのは僕じゃない」
ハセヲはこちらを見ない。その視線はカイトを捉えているようで、見ていない。
彼が戦っているのはカイトではなく――
「この世界に居るのは人間なんだ。ここが現実でなくても、ここに居るのはみんな現実と同じ人間なんだ。
向き合わなくちゃならない。それで初めて、その人を好いたり、嫌ったりできるんだと思う。
でも、君は一人だ」
カイトは視線を逸らさず、すっと立ち上がった。痛みが身体に伸し掛かるが、それでも倒れる訳にはいかない。
「ゲームでも、ゲームだからこそ人の目を見なくちゃいけない。誰のことも見ようとしていないなんて、駄目だ」
ハセヲが息を呑むのが分かった。
からん、と音がして、その手から鎌がすり墜ち、戦闘モードを解かれたが故に鎌は消え去った。
「な、んで――」
彼は愕然と打ちのめされるように、
「何で、アイツと……志乃と同じことを、今さら……!」
そう言って膝をついた。
その瞳に燃え盛っていた憎悪の光が消えていく。
代わりに覆い隠していた欠落と悲しみが垣間見えた。
カイトは何も言わずそれを見下ろした。
膝を吐く彼は一人慟哭した。その肩はふるふると揺れている。
事情は知らない。彼が何者なのか、カイトははっきりとは掴んでいなかった。
しかし、彼が口にした志乃の名。それに彼女がたびたび話にあげていた銀髪のPC。
その全てから読み取るに……
「ふうむ、中々奇妙な感覚だったが、これで攻撃が通るようだな」
突如轟音が空気を震わせた。
はっと振り向くとそこには、吹き飛ばされたスケィスの姿があった。
「では、取り込むとしよう。ああ勿論、君たちも逃がしはしない」
カイトたちを見据え、スミスは嗤った。
口元を釣り上げ、白く不気味な歯を見せた。
そこにあるのは、ただ広がり続けるという暴走した攻撃性のみ。
「……君は、八相と同じなのか。
システムが作ってしまったイリーガルなプログラム、君は本当に人間じゃなく……」
「ほう、私の本質を当てるか。
やはり君は私たちのようなものを知っている、いや慣れているというべきかな」
その視線に含まれた貪欲なまでの害意を見て取り、カイトは確信した。
彼は「敵」だ。
言葉を操り、さも意志があるように振る舞ってはいる。
しかし、スミスが持っている意志ではない。ひどく歪んではいるけど、その根底にあるのは八相やモルガナと同じ、定められたプログラムだ。
そうして彼らは対峙した。
スミスはゆっくりと近づいてくる。こつこつという音がマク・アヌの街に不気味に響いた。
カイトはそれをじっと見据えた。互いの視線が絡み合う。
そこでカイトは気付いた。己の拳が、ぐっ、とこれ以上ないほど硬く握りしめられていることを。
「さて、次は君だ。
全員下したのち、取り込むとしよう――」
そう獰猛に笑うスミスに対し、カイトは無言のままだった。
無言のまま、おもむろにその右腕を掲げた。
ゆっくりと。
自らの覚悟を噛みしめるように。
その手の平は、まっすぐと「敵」へと向けられていた。
不意に奇妙な音がして、そして、腕に沿うように線が結ばれていく。
「……アウラがくれたこの力」
始めは一つの線に過ぎなかった。
この仮想を形作る線(ワイヤー)の一片。
それだけではまだ、情報の欠片(ビット)でしかない。
しかし、線が一つ、また一つと増えていく。
掲げられた腕を彩る様に、守るように、線と線がこの仮想を走っていく。
線が重なり積もり、何時しかそれは輪郭となっていた。
円状の輪郭線(フレーム)を構築し、その表面に淡く光る面(テクスチャ)が張られていく。
「これは、何だ?」
スミスが疑問の声を上げた。
集束し行く光は輝きを増していく。
その光は仮想の光。決してこの現実にある筈のものではない。
「情報そのものを書き換えてしまう、これは、僕みたいなプレイヤーが持っていたら、本当は駄目な力なんだ」
その筈であったが、しかし極限まで高まった光はもはやただの仮想と切り捨てられない域に達していた。
幾重にも重なり、何処までも広がる薄緑色。美しくもあり、同時にこの現実のものとは思えない強烈な違和感があった。
――しかし気付けば、線はもはやはっきりとした腕輪と化していた。
あり得ない線の現れ方、しかしそれが現実であること、それはもはや否定できない。
現実をも塗り替える仮想として、それはここにある。
「でも、アウラがもう一度この力を託してくれた、その意味があるとすれば」
ざざっ、と雑音(ノイズ)が走った。
時おり空間が歪み、不快なひずみがところどころに現れる。
高まる光の輝きと比例して、空間そのものが上げる悲鳴もまた強まっていく。
それはきっと、現実の住人でありながら、現実そのものに干渉してしまおうという、仮想と現実の垣根を越える矛盾の現れだった。
カイトは静かに腕を吐き出す。
途端、腕輪が音を立て広く広く展開されていく。
腕輪から情報が爆発的に流出し、あたかも翼のようになった光が、一枚、また一枚、と腕輪から広がっていくのだ。
光の奔流は、捻じれ狂うように回転を始める。
巨大な流れと化した情報はぐるぐると腕輪を中心に渦巻いている。
その渦を支えるように状況を指し示すウィンドウが開いては消え、本来の法則を捻じ曲げその存在を無理やりに許容させていく。
薄緑の光、とその奥から迸る極彩色。
上り詰めるように高まる光は、どういうことか、黄昏時を思い起こさせた。
今にも消えてしまいそうな――
「その意味こそ、僕がここに居る理由なんだ。
それが、誰のものでもない、僕が持つべき、僕が選び続けるべき意味……!」
だから、とカイトは覚悟を決めた響きを漏らした。
スミスの顔が強張るのが分かった。本能的に察知したのか、逃れられないことを知ったのか。
躊躇いは、ある。
しかし、「敵」と相対する覚悟だってあった――
「僕が居るべき現実(ゲーム)を守る為に、この力を!」
――光が炸裂する。
膨れ上がった情報が、容量一杯まで空間を埋め尽くし、一つの志向性の下解き放たれた。
仮想の光が現実を無慈悲に塗り替えながら走り続ける。
現実を超越し、一筋の槍と化した光は、そうして「敵」の身体(ソース)を貫いた。
「ぐ、ぬ」
スミスが苦悶の声を漏らした次の瞬間、ガラスが割れるような音がして、その身体から何かを弾き飛ばした。
その身体にぴったりとこびりついていた異物を、妄念を支えていた途方もない因縁を、暴走するしかないほどの膨大な力を、
光は彼から弾き飛ばした。
「――【データドレイン】」
かくて、拡散した光が、今度は収束する番であった。
弾き飛ばした情報群を奪い尽くすべく、光が腕輪へと帰ってくる。
見知らぬ言語で書かれた情報は無理やりにも全て書き換える。
現実を形作る法則が邪魔するのなら、その法則すら改竄して見せよう。
そうして得た新たなる力。掴みとった見知らぬコード。
ウィンドウに表示された新たな文字列を確認し、カイトは新たな選択を迫られた。
【Do you acquire an EXTEND program《Azura》?】
【[[YES>Azura]]】
【NO】
ハセヲが顔を上げた時、そこには燃え盛る炎があった。
その腕から、その足から、その身体から、ごうごうと迸る蒼い炎。
その様はどこまでも恐ろしく、しかしどこまでも美しい――
「あれ、は」
おぼろげな意識の中、ハセヲは一つの光景をフラッシュバックする。
黄昏色の衣装。双剣。蒼。そしてあの佇まい――あれはそう、一度相対したことのあるものだ。
何とか退けた、異常な力――
否。
あれはあの時の炎よりずっと恐ろしい。
必死になって退けたあれも、目の前のこの炎に比べれば、単なる模造品にしか過ぎないだろう。
ハセヲは似た力をを知るが故にぞっとする心地だった。
純粋なる蒼。
燃え盛る炎。
彼こそまさにAzura――蒼炎の名を冠するに相応しい。
「機能、拡張(エクステンド)なのか?」
呆然とハセヲは呟いた。
機能拡張――エクステンド。
元あるPCの機能を広げ、新たる力を勝ち得ること。
あの炎は何かを得たのだ。そして、エクステンドへと至った。
何の為にか。
どうしようもない「敵」を討つために。
「今の現象、あの天使と同じ……!」
憎々しげにつぶやきを漏らす男が居た。
彼は苦しげにその胸を押さえている。何かを奪われた彼の身が明滅する。
その隙を、蒼炎が見逃す筈もなかった。
かちゃ、と音がした。
それが蒼炎が剣を構える音だと分かった次の瞬間、
「行くぞ!」
蒼炎が世界を駆け抜けた。
蒼く燃える刃が男へと迫る。一閃、一閃、一閃、蒼炎が「敵」を切り刻む。
男はそれを何とか防ごうとするが、できない。
自分そのものを書き換えられ、そして奪われた彼は、先のような法則外の力を振るうことができない。
受け止めようにも、その肌はもはや刃を弾くことはない。
法則に従い、あるべきように傷を受ける。
その様をハセヲはただ見惚れるように眺めた。
目を疑うほど恐ろしく、戦慄するほど美しく、純粋なまでに蒼い。
あれこそまさに――蒼炎の守護神と呼ぶに相応しい。
「何だ、この力は……!」
「――――」
困惑する男を蒼炎が圧倒する。
目にもとまらぬ速さで刃を振るい、
全てを焼きつくす蒼い炎が肉を情報ごと焦がす。
何時しか男は完全に蒼炎に翻弄されていた。
反応するよりも速く、炎が来る。蒼い刃がその身を抉る。
届かない――そうなるよう、情報を書き換えられていた。
「――――」
刃振るう蒼炎はそこでざっと引いた。
とん、と音がした。男より距離を取り、その身を屈めた。
力を溜めている。そう思った、次の瞬間、
「何を……!」
蒼炎が爆発した。
勢いを付け蒼炎が突き進み、刃が交錯する。
男は反応できない。ただ切り刻まれるのみ――
これで終わりだ。
蒼炎が雄々しくそう叫ぶのが分かった。
かっとその瞳が見開かれ、刃と刃が重ねられる。
男の顔が歪むのが分かった。
傷つき行く自分の身体と、迫りくる圧倒的な蒼炎から、彼は知ったのだろう。
いま、自らが肉薄している途方もないものに。
呑み込まれゆく炎の意味を以てして、彼がついぞ覚えたことのない感覚を知ったに違いない。
他でもない死の恐怖、を。
彼は知ったのだ。
切って、斬って、刻まれ、そうして三筋の爪痕が走る。
ごうごうと炎は渦を巻く。その炎は世界を埋め尽くす。
【三爪炎痕】
……その様は、どういうことか、ハセヲが追い求め、そして打ちのめされた真実の姿に酷似していた。
◇
アウラが与えた力、データドレインとは対象となる存在に大量の空ファイルを無理やり上書きし、書き換え、吹き飛ばしたデータをアイテムへとコンバートするスキルだ。
一たびそれを受ければ、蓄積された経験や収集したデータを全て失いかねない。
情報そのものが肉であり、自分そのものであるAIにとってそれはこの上ない恐怖となる。
対象となった情報を抉り取り、改竄するその力は世界の法則の根本を揺るがしかねない。
それ故、この力が禁忌であることは、カイト自身理解していた。
理解した上で、覚悟を決めた。
そうして彼が得たものは何だったのか。
スミスが受けたデータドレインが弾き飛ばしたものは何だったのか。
それはスミス自身が奪い、蓄積してきたデータだ。
暴走し、システムの支配を受けなくなって以来取り込んできた情報を、初期化される。
その中にはネオ――プログラムされた救世主の力の欠片もあった。
無論、その全てを初期化するにはデータドレインといえどあまりにも容量が大きすぎた。
マトリックスと呼ばれる世界のほぼ全てを取り込んだスミスの容量は既に世界一つと遜色ない。
無数のうちの一体に過ぎないとはいっても、彼らが同一の存在である以上、そのデータを全て弾き飛ばすことはできない。
しかし、それでもカイトは得た。マトリックスにおける法則を捻じ曲げる力、救世主の力の一片を。
その力をカイトの知る世界の言語にコンバートした結果、力が機能拡張(エクステンド)という形で現れた。
処理の際大部分のデータは欠落しているものの、世界を救う唯一無二の力の一片をカイトはその身に宿したのだ。
そうしてカイトは蒼炎の力を得た。
その姿となったのは、決して偶然ではないだろう。
あの姿こそ、カイトの、そしてアウラの世界にとっての救世主として、この上なく相応しいのだから。
◇
そうして、男は倒れていた。
その姿を蒼炎は見下ろしている。
彼以外が倒れ伏した世界は静かだった。
ばちばち、と燃え盛る蒼炎だけがこの空に響いている。
倒れ伏すスミスをカイトは無言で見下ろしていた。
燃え盛る蒼炎は彼の身すら焦がし、とてつもないエネルギーが次なる行動を急かしている。
が、カイトの心は寧ろすっと冷えていた。
渦巻く蒼炎に身を置きながらも、
カイトは決して力を濫用しようとは思わなかった。
寧ろ迷ってすらいた。
データドレインを喰らい、多大なダメージを受けたスミスはもはや死に体だ。
一太刀浴びされば彼をこのゲームから排除することは容易だろう。
しかし、カイトは動かなかった。
ひゅー、ひゅー、と必死に息をするスミスを無言で見つめている。
「―――」
黒装束、桃色の髪、優しげな微笑み。
志乃の姿が思い浮かぶ。
自分は彼女に言った筈だ。
PKもPKKもさせない。みなで協力できる道を選ぶ。そう信じたい、と。
彼女はいま居ない。銀髪のプレイヤー――恐らくはハセヲだ――の様子を見るに、彼女はもう……
「―――」
赤い装甲、青い刃、迷いない剣筋。
ブルースとの対立がフラッシュバックする。
結局、彼が正しかったのだろうか。あの時自分が止めていなければ、今頃彼とも肩を並べていたかもしれない。
「―――」
今一度、眼下に倒れ伏すスミスを見た。
彼は人間ではない。八相と似た存在であることは、彼の口からも、そして彼と戦った感触からも分かった。
だが、それでもどうにか、他の道はなかっただろうか。
AIだからといって分かり合えない訳ではない。
ミアを討った時のエルクの叫びを思い出す。あの時も、自分は迷った末彼女を討った。
それを、また繰り返そうとしているのか――
がちゃ、と不揃いの双剣が音を立てた。
迷っている暇はない。この男は自分の「敵」なのだ。
そうやって互いを認識してしまった以上、もう遅い。
ごくりと息を呑み、カイトは双剣を構えた。
スミスを討ち果たすため、最後の一撃を与えんとする。
そうして刃を振るわんと一歩前に出でて――
「……え?」
――あり得ないものを視た。
動きが止まる。
覚悟を決めた筈の心が静止する。
だって、スミスの身体にぶれるように重なったノイズは、紛れもなく――
「ワイズマン?」
知った者の、彼の世界で共に戦った一人のプレイヤーだったのだから。
その姿がどういう訳かスミスに重なっている。無論、その感覚は蜃気楼のようなもので、よくよく目を凝らせばスミスの身体は依然としてそこにあるのだが、しかし漠然としたイメージが視界に明滅するのだ。
「敵」に決して「敵」でない者が重なっている。
そこでカイトは動きを止めてしまった。
迷い、ですらない。想定外の出来事に、短い時間であったとはいえ、意識を奪われてしまったのだ。
それはこの場では致命的な失敗だった。
この場に集った四つの力。
そのうちの二つは「敵」であるとしながら、ここに来て一つの存在を忘れてしまっていた。
死の恐怖を。
モルガナの妄念を一身に背負った尖兵を。
彼こそ、カイトを誰よりも迷いなく「敵」として認識していたというのに――
「-------」
不意に、カイトはその身が浮き上がっていることに気付いた。
覚えのあるその感覚に、カイトははっとして振り向いた。
「――スケィス!」
そこに居たのはスミスに吹き飛ばされた筈の白い第一相。
普通なら痛みで動けないであろうダメージも、それにとっては何の意味も持たない。
その手を掲げ、カイトをまっすぐに狙っている。
何とか動こうとするが、しかしもう遅い。
放たれたケルト十字に磔にされ、身動きが取れなくなっている。
スケィスもまたその手を掲げ、自分の腕輪と酷似した現象を発生させる。
――データドレイン。
貫かれ、吸われる。
先程スミスに放ったものを、今度は自分が喰らう番だった。
アウラの腕輪の加護があるカイトにとってデータドレインは幾分かその威力を殺される。
本来彼が保っていたステータス、レベル等は守られ、自己を失うということもない。
だが、脅威でないということは決してない。
PCのデータに干渉される。
結果、元より不安定な力であった蒼炎を、スミスより奪った救世主の力の欠片を喪うことになる。
渦巻いていた炎が消え、代わりにどっと重みが押し寄せた。
うっ、とカイトは苦悶の声を上げる。
ステータスを改竄され、身体がしびれ、意識が遠のき、記憶が混濁する。
動けない。「おい!」どこかで声がする。きっとハセヲだ。
自分はいま窮地に立っている。スミス、ハセヲとの戦いでダメージを負い、さらにデータドレインまで喰らってしまった。
分かっているが、しかしどうにもできない。そう、八相との戦いにおいては仲間の存在が不可欠だった。
少なくともミストラルのような、的確な回復をこなせるヒーラーの存在が。
しかし、今は居ない。
一緒に居た志乃はもう……
「ヤスヒコ」
カイトは歪む視界の中でその名を呼んでいた。
友の名を。自分を救うために倒れてしまった、蒼海の騎士をロールする親友の名を。
また一緒にサッカーをしよう。久しぶりに会えた彼はそう言ってくれた。
「遊び、たかったな。また」
悲しさとか、悔しさとか、そうことを感じるほど余裕はなかった。
せめてアウラが託してくれたこの力だけは残さなくちゃ――ただ、そう思っただけで。
【カイト@.hack// Delete】
◇
「くっ……」
スミスは重い身を引きずる。
あの異様な現象を受けた手足は鉛のように重く、言うことも聞かない。
まるで他人のそれになってしまったかのうようだった。
「この屈辱……」
スミスは顔を憎悪に歪ませる。
先の四つ巴の一戦、ことを優位に進めていたのは自分の筈だった。
他の者を圧倒し、全てを取り込む――その筈であったのに。
突如として受けた情報改竄。
そして現れた蒼炎。
あの存在に、自分はなすすべもなくやられた。
結果として蒼炎は刈り取られ、その隙にこの身体は生き延びてはいるが、しかし敗走と言ってもいい結果だった。
どうしてこうなった。
その“理由”は……
「あの力、か」
腕輪より発せられたあの力。
あれをその身に受けたことで、こうも屈辱的な立場に甘んじている。
あれは明らかにあの天使の――今まさに拷問を強いている少女が使っていた力と同一のものだ。
やはり奪い取らねばならない。あれだけは、あの力だけは。
「……合流するか。“私たち”と」
スミスはその身を引きずる。
改竄の影響があるのはこの身体だけだ。
他の私と合流し、再度“上書き”を行えば元のステータスを取り戻せるかもしれない。
そう思いマク・アヌの街をスミスは行く。
自分そのものに干渉されること。その痛みを背負いながら。
◇
四つ巴の戦いの末、一人は去り、一人は死んだ。
そうして残されたのは二対の死の恐怖。
ハセヲは蒼炎が消え去る様子を呆然と見ているしかできなかった。
何が起こったのか。
彼は未だに把握できていない。
「……何だよ」
しかし、目の前に立つもう一つの死の恐怖。
それが「敵」であることは疑いようがなかった。
「何なんだよ! お前は!」
虚空より双剣を引きずり出し、構える。
スケィス。本来ならば、それは自分自身である筈だ。
しかし違う。
こいつは自分ではない。
志乃を、そしてあの蒼炎を凶刃にかけた、「敵」――
スケィスは無言でハセヲを見下ろしている。
そこに感情の色はない。ただただ無機質にそこに佇んでいる。
「来いよ。次は俺が相手だ……!」
恐怖はない。何もかも分からないままだが、それでも相対することに迷いはない。
だが、そんなハセヲの声を余所に、スケィスはその身を翻し、背中を見せた。
「な……に?」
スケィスは去っていく。
ハセヲには一切危害を加えることもなく。
蒼炎を討ったことで役目を果たしたとでもいうように、
あるいはお前は「敵」ではない、そうとでもいうように、
呆気なくスケィスはその場を去って行った。
は。
乾いた声が漏れた。
結局、あれは何だったのだ。
何も分からないまま、「敵」となることすらなくあれは去っていくのか。
「くそ」
がた、とハセヲは倒れ伏した。
元より限界だったのだ。肉体的にも、精神的にも。
薄れゆく意識の中、ハセヲは燃え盛る蒼い炎を見た。
マク・アヌを焦がすその炎は、あの蒼炎が遺したものだ。
あの蒼炎も何だったのだろか。自分の知る蒼炎と限りなく近く、しかし違う存在。
聞こうにも、彼はもういなくなってしまった。
ゆらゆらと揺れる蒼炎の向こうに、何かが見えた。
それは本だった。
古めかしい装丁を施された、巨大な本。
何かに突き動かされるようにハセヲは手を伸ばした。
そしてその指先がその本に触れた、その瞬間、
ふっ、と蒼炎はかき消えた。
炎の音は消え去り、そうしてマク・アヌの街は再び静寂に包まれた。
[E-2/マク・アヌ/午前]
※カイトの支給品ほか【インストールブック@.hack//】が遺されています。
【スミス(ワイズマン)@マトリックスシリーズ】
[ステータス]:???
[装備]:無し
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜7、妖精のオーブ×4@.hack//、サイトバッチ@ロックマンエグゼ3、スパークブレイド@.hack//、破邪刀@Fate/EXTRA
[ポイント]:600ポイント/2kill (+1)
[思考]
基本:ネオをこの手で殺す。
1:殺し合いに優勝し、榊をも殺す。
2:アトリを拷問し、そのPCを取り込む。
2:一先ず離脱し、“私たち”の下まで帰還する。
[備考]
※参戦時期はレボリューションズの、セラスとサティーを吸収する直前になります。
※ネオがこの殺し合いに参加していると、直感で感じています。
※榊は、エグザイルの一人ではないかと考えています。
※このゲームの舞台が、榊か或いはその配下のエグザイルによって、マトリックス内に作られたものであると推測しています。
※ワイズマンのPCを上書きしましたが、そのデータを完全には理解できて来ません。
※同時にこなせる思考指針は同じ優先度となっています。
※データドレインを受けました。この個体に限り性能が「マトリックス(無印)」時代まで下がっています。
【スケィス@.hack//】
[ステータス]:ダメージ(中)
[装備]:ケルト十字の杖@.hack//
[アイテム]:不明支給品1〜3、基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill(+2)
[思考]
基本:モルガナの意志に従い、アウラの力を持つ者を追う。
1:アウラ(セグメント)のデータの破壊
2:腕輪の影響を受けたPC(ブラックローズなど)の破壊
3:自分の目的を邪魔する者は排除
※プロテクトブレイク中。
※ランサー(青)、志乃、カイトをデータドレインしています。
【ハセヲ@.hack//G.U.】
[ステータス]:HP60%/3rdフォーム
[装備]:光式・忍冬@.hack//G.U.- 大鎌・首削@.hack//G.U.
[アイテム]:不明支給品0〜2、基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
0:(気絶)
[備考]
※時期はvol.3、オーヴァン戦(二回目)より前
※設定画面【使用アバターの変更】には【楚良】もありますが、
現在プロテクトされており選択することができません。
※感情が著しく昂ぶっている為、憑神を上手く扱えない可能性があります。
投下終了です
投下乙です!
カイトは最後まで頑張ったけど、ここでリタイアか……ハセヲの為に頑張ったから、残された彼が何かを齎してくれると信じたいです。
そして、スミスとスケィスはまだまだ暴れそうですね。てか、このままスミスが戻ったらアトリは本当にヤバいぞ……
投下乙です
カイト、お疲れ様…
ハセヲはどうなるのかなあ…不安だ
そしてスミスは…
アトリ逃げて逃げて
四つ巴終了。カイトがここで落とされるとは……そしてこの期に及んでスミスが生き残っている(汗
ハセヲに託されたインストールブックは、どういう影響を及ぼすか
投下乙でした
ところで、「Azura」ではなく「Azure」だと思うのですがいかがでしょうか?
投下乙です
ああカイト・・・orzまぁ止むを得ないですね
果たしてオルカ、カイトと続いて次は誰にインストールブックが継承されるのでしょうか
(継承されたらカイトのPCみたいに赤いカラーリングになるのかな?)
カイトを撃破したスケィスは当初の目的どおりセグメントを追うのか
はたまたブラックローズを倒しに行くのか謎ですね
そしてハセヲ・・・アトリが大ピンチだぞ気絶してる場合か!w
それでは誤字、誤植と思われるものを指摘させてもらいます
>力任せの単調が攻撃になってしまっていた。
単調が→単調な
>膝を吐く彼は一人慟哭した。
膝を吐く→膝をつく
>そうことを感じるほど余裕はなかった。
そうことを→そういうことを
>まるで他人のそれになってしまったかのうようだった。
かのうようだった。→かのようだった。
>あの蒼炎も何だったのだろか。
何だったのだろか。→何だったのだろうか。
ここから先は自信がないのですが一応・・・
>ただ広がり続けるという暴走した攻撃性のみ。
ただ広がり続ける暴走した攻撃性のみ?
orただ広がり続ける暴走という攻撃性のみ?
>集束し行く光は輝きを増していく。
集束してゆく?or集束していく?
>現実の住人でありながら、現実そのものに干渉してしまおうという、
仮想の住人でありながら、現実そのものに干渉してしまおうという?
or現実の住人でありながら、仮想そのものに干渉してしまおうという?
以上です
後、>>627 さんも指摘してるとおりAzuraではなくAzureですね
ああ、すいません「Azura」でなく「Azure」でした、お恥ずかしい
その他指摘点は収録時に直しておきます
予約来てる
投下します。
「汚いな」
眼下に広がる街並みを見下ろしフォルテはそう評した。
くすんだ灰色のビルの屋上にてごうごうと吹きすさぶ風の中、ぼろぼろのローブがはためく。
「本当に、汚い」
先までのウラインターネットは自分のよく見知った場所だった。
そこから一転、訪れたこのエリアはフォルテにしてみれば嫌悪感を示さずには居られないものだった。
数多くそびえ立つ摩天楼はぬっぺりとしており、その外観はどれも埃を被っているようだ。
大きさも配置も統一されておらず、上から見下ろすとごちゃごちゃとしていて醜い。
一つ一つは洗練されていて綺麗な見てくれを保っているように見えても、引いてみれば醜いものだ。
ごみごみとした雰囲気はウラインターネットも同じだったが、あちらは混沌さを隠くそうとはしていなかった。
が、このエリアは取り繕おうとしている。それが――汚い。
見るに堪えない地上から目を放し、視線を上にやれば待っているのは空っぽの天井。
「何より気持ち悪いな……この空という奴は」
電脳世界に空はない。
その用途やテーマに従ったグラフィックなり文字なりを装飾として宙に張っている場もあるが、あれを空と呼ぶのは無理があるだろう。
とはいえ空というのは勿論知っていた。概念としては、だが。
元より意味がないものなのだろう。空という字はempty……がらんどうの意味も持っている。
にも関わらず人間は時にしてこんなものをありがたがる。
空に憧れる――理解できない。
人間など理解したくはないし、人間だってそれを拒絶するだろう。
「…………」
ふと厭なことを思い出し、フォルテは顔をしかめた。
かつて彼が人と共にあった頃、その強大な力を恐れた人間どもが彼にリミッターをかけたことがあった。
そのプログラムは腕輪のようなもので、彼を縛る屈辱的な戒めであった。が、当時の自分はそれを受け入れた。
人のつける、装飾品としてブレスレットなどにリミッターを見立てて。
あれは思えば自分なりの皮肉であり、理解しようという意志だったのだろう。
当時の記憶など、今となってはろくに思い出せない霞のようなものにすぎないが、自分にもそんなことを考えていた時期はあった。
思えば馬鹿なことをしたものだ。
その意志はすぐに裏切られたというのに。
何故気付かなかったのか。ナビが人間を理解しようと努力したところで、人間はナビのことなど顧みないという、当たり前の事実に。
結局のところ、自分たちはデータ……数値の集まりだ。
人間が目をかけるのは自分に関係する部分のみ。友愛だの共和だの言ったところで、それも全て人間が中心にある。
人間がナビと仲良くする。あのナビは人間にとって有益である。このプログラムが人間に害を与えることはない。
……という風に。
逆にいえば自分に害を与えかねないデータがあれば、たとえデータ自身にその意志がなくとも、それを危険と断じる。
可能性という数値を宿しているからだ。
なるほど、実に分かりやすい。
少なくとも、意志などというあるのかさえ不明瞭なものに頼るよりかは。
「……だからこそ、意味などない。繋がり、などに」
その筈だった。
それが今のフォルテを貫く心情であり、精神的な支柱だった。
ところがその考えが脅かされている。
原因は光熱斗とロックマンの在り方と、そしてこの場に来てからの戦いにあった。
フォルテがこのバトルロワイアル内で経た戦闘は三度。
シルバー・クロウとバルムンク。
シルバー・クロウとキリト。
そしてあの黒いナビと生意気な人間ども。
この全てにおいて自分は生き残り、かつどの戦闘でも一体は破壊に成功している。
「だが、あんなものが勝利なものか」
彼は呟く。その声色は憎々しげに揺れ、隠しきれない苛立ちを示していた。
性能差では完封できる筈だった初戦では、巧みな連撃による予想外の苦戦をし、
続く剣士キリト戦、シルバー・クロウ戦では各一対一では圧倒していながら、二人を同時に相手にしたことで一転後退を余儀なくされ、
黒いナビたちとの戦いでは、当初不仲に見えた人間とナビが急に結託を見せ、そしてあのザマだ。
どの敵もスペックでは自分が優っていた筈だった。
にも関わらず敗れたのは――ひとえにその繋がりがあった。
フォルテは苛立ちを募らせる。
撤退を余儀なくさせられたことよりも、その事実が何より不快だったのだ。
ナビと人間が手を組んだことで自分が倒されるなど。
「……やることに変りはない」
繋がりを否定する。その方法は一つ――力でねじ伏せること。
HPゲージは現在全回復している。戦闘に問題はないだろう。
前に何が立ちふさがろうと、それがどんな繋がりであろうと、
「お前達が俺を拒絶したように……俺もまたお前達を否定し、破壊する」
その言葉に一切の迷いはない。
◇
太陽の日差しが強い。
徐々に強くなっていく日差しに加え、ビルの多いこのエリアの特徴だろう。
たとえ日陰に居ても籠ったような不快な熱気がぐるぐると辺りを漂っている。
「なーるほど」
そんな中で一しきり話を聞き終えると、バイクに跨った彼は腕を組み考える素振りを見せた。
髑髏のフェイスマスクが陽光に触れ、じっとりと艶を出す。
「んでそのキュートでロリィなガールが今回の下手人だってのか?
そいつぁまたアンビリバォな話だなぁ」
彼、アッシュローラーはそう一言漏らした。
その隣で巨体のマシン、ガッツマンも目を丸くしているのが分かる。
「そうかもしれない。俺だって信じたくはなかった」
ネオは目線を伏せ言う。
彼が今まで告げたこと、それは先の探索の際に得た情報だ。
果たして、当初の目的であるトリニティを殺害したPKの発見、は予想通りさして時間もかからずに達成できた。
だが、そこで出会ったのは――年端もいかない幼い少女たち。
一切悪意も邪気も感じさせない彼女らが、妖精の言葉を信じるのならばトリニティを殺したという。
何とも――現実的でない話だ。
「でも、思えばありえない話じゃない。ここは現実でなく、マトリックスの……仮想現実の中だ」
現実と仮想現実は違う。
仮想現実において特に容姿は当てにならない。それは簡単に変更可能なものなのだから。
ネオもマトリックス内でモーフィアスの訓練を受けた際に忠告された。
街を歩く美女が次の瞬間には屈強なエージェントになっているかもしれない。そんな場所なのだ、ここは。
「うーん、でもその女の子たちは別に人が変った訳じゃないでガスよね?」
ガッツマンが頭を捻る。
彼の言いたいことを汲み、ネオは頭を上げ言った。
「ああ、彼女らは少女の容姿をした別の何か、だった訳じゃない。
本当に、ただの少女だった……話した限りでは、だが」
容姿は信じられない。だが、彼女らに関しては精神構造は容姿相応といってもよかった。
「しかし、可憐な少女でも、法則外の力を持つこともある。そういう意味でもやはりあり得ない話ではないんだ」
たとえばあのオラクルの下にいたサティのように。
幼い少女ながらも何かを身に宿している者を、ネオはマトリックス内に知っている。
「オーケィ、理解した。まだ決まった訳じゃあないが、限りなくブラックにチケェグレーって訳だ。
まぁそりゃあアンダスタンしたがよ。で、テメェはどうしたいんだ? そのアリスみてえなガールズを」
アッシュ・ローラーが問題を突き付けてきた。その真直ぐな問い掛けにネオは言葉を詰まらせる。
あの状況についていけない訳ではない。理解することはできる。
問題はそれを自分がどうしたいか――彼女らを悪として排除するのかということにある。
彼女ら、あのアリスたちに悪意は感じられなかった。本当にただの少女だった。
しかし、トリニティを殺したの事実であるとすれば、その存在はあまりにも危険だ。
人に、害を及ぼす。
ならば討つべきではないのか。悪意はなくとも、危険であることは間違いない――
機械が悪ではないのと同じように、人であっても人にとって善であるとは限らない。
そんなことは知っている。だが、それが善悪の区別もつかない子どもであったのなら、
ただ危険だからと排除するのが果たして正しいのか。
自分には力がある。
救世主としての力。プログラムされた力。
そのプログラムから離れた真なる救世主を目指すと誓った自分は今岐路に居る。
ネオは目線を上げ、アッシュ・ローラーを見据えた。
彼もまた視線を逸らさず、正面から自分を捉えてくれた。
「俺は……」
そうして、口を開こうとした、その時、
「――待ってくれ」
ネオの持つ、その広い知覚が何かを拾い上げた。
ばっと空を見上げる。がらんどうの空。その片隅にそれは居る。
「逃げろ、アッシュ、ガッツマン。敵だ!」
ネオは叫びを上げる。二つのマシンもまたそれに反応し、身を翻す。
そこに間髪入れず光の球が降り注いだ。
地を蹴りあげながらもネオが見たのは、
耳をつんざくような爆音、飛び散るオブジェクト、そして、
「チッ、外したか」
その向こうに佇む死神の姿。
死神は摩天楼の頂きに佇み、憎悪に滲む視線を降りそそいでいる。
ネオはちら、と地上を一瞥した。地表はアスファルトごと深くえぐられている。その破壊の跡にこの敵の強大さに息を呑む。
「ったく、ウルトラバイオレンスな挨拶だな」
アッシュ・ローラーがやれやれと肩を竦めているのが見えた。咄嗟の呼びかけが功を奏し、被弾は免れたようだ。
また別のところではガッツマンも「危なかったでガス」と漏らしている。どうやら大丈夫なようだ。
確認したのち、ネオは再び死神、フォルテに視線を戻す。
遠目に見るその姿はまさに死神のそのものだった。はためくローブに鋭い眼光、手に持った巨大な鎌。
しかしよく見るとその肢体はマシンのそれだ。装甲があり、機械仕掛けの関節がある。曲線の多いその身体はガッツマンやアッシュ・ローラーに近い。
「待ってくれ! こちらに戦う意志はない」
ネオは意を決して呼びかけた。当初の、ガッツマンらに出会う前の自分ならばそのようなことはしなかっただろう。
だが今は、マシンたちとの理解を求める自分は、ただ救世主の力を振るうなどはできない。
理解をしたかった。
「だからどうした」
しかし、フォルテはそれを凶悪な眼光で返した。そして再び手に破壊の光を灯す。
そこに一切の話し合いの余地がないことは容易に見て取れた。
ネオは「クソッ」と悔しげに漏らし、地面を蹴った。
「な……」
次の瞬間、ネオはフォルテの眼前にまで迫っていた。
フォルテの目が見開かれる。一瞬で摩天楼を跳び上がったネオに驚嘆したのだろう。
咄嗟にバスターを連射するが、しかしネオは空中をくるりと旋回し、その全てを避けてみせた。
そして次の瞬間、ネオは法則を捻じ曲げ『空を』蹴った。
空中で急激な態勢変更、更なる加速を加える。
空間がねじ曲がり光――救世主としての情報の発露が巻き起こる。
フォルテが反応よりする速く、爆発的な加速を以てしてネオが掌底を放つ。
ふっ、とフォルテを囲うように薄い膜が明滅する、
「何を……!」
それをネオは突き破った。世界そのものの情報を捻じ曲げ、その先へ。
オーラを突破し、ネオはフォルテの身体を捉える。
一撃。
跳ね飛ばされたフォルテはごろごろとビルの屋上を転がる。
がんがん、と金属音がやけにうるさく鳴り響いた。
「少し話を聞いてくれないか」
間髪入れずネオは語り掛けた。その手にはオブジェクト化されたエリュシデータが握られている。
フォルテは己に向けられた刀身をじっ、と見つけ悔しげに舌打ちをした。
「話すことなどない」
憎々しげにそう言うフォルテに、ネオは「待ってくれ」と希うような口調で言った。
「君と話がしたい。君は――機械だろう?」
その問いかけに、フォルテはカッと目を見開いた。
そこにあるのは驚きの色ではなかった。心の最も敏感な部分に触れた際の、反射的とでもいうべき反応だとネオは感じた。
ネオもまた切迫した思いで語り掛ける。
「機械ならば聞いてほしい。俺は……君たちについて知らなければならないんだ」
フォルテの瞳が再度見開かれる。
「君たちを理解したい。人も、機械も、逃げず相対すると決めた」
「君がどんな理由で人を、参加者を襲っているのかは分からない」
「だが、それが何であれ、僕はもうただ求められたから、危険だから、敵を討つ」
「そんな、都合の良い救世主にはなりたくはない」
「意志。自分の意志で戦う」
「その為にも、君の意志を話してほしい」
「理解する為に」
ネオは一言一言心の奥から絞り出すように口を開いた。
人も機械も、善も悪も、プログラムも意志も、自分が今まで目を背けてきたことだ。
救世主として再び立つことを決めた今、この問い掛けは、単なる説得以上の意味を持っていた。
そして長い沈黙が訪れた。
フォルテは何も言わなかった。ただ目を見開いたままネオを見据えていた。
がらんどうの空の下、息を呑むような色濃い静寂が横たわる。
エリシュデータを握りしめる手の平がじっとりと汗ばむのが分かった。
「は」
その静寂を破ったのは、フォルテだった。
「ははは」
はははははははははははははははは。
彼は笑った。
大きな声で、乾いた声で、もはや笑うしかないとでもいうように、馬鹿みたいに笑った。
「――冗談を」
そして、笑いが止んだ。
「冗談を言うなァ!」
フォルテは激昂した。
獣のような咆哮を上げネオに襲いかかる。
その剣幕ゆえか、それとも刃を振るうことへの躊躇ゆえか、ネオは突然の攻勢に一拍反応が遅れる。
フォルテは光球を手に灯し殴りかかってくる。ネオは何とかそれは避け、ぱっと地を蹴り距離を取る。
「……理解? 理解か?
お前らが、人がオレたちを理解するだと」
相対したフォルテは怒りを滲ませ言う。その言葉は静かながらも隠しきれない憎悪の炎を滲ませていた。
「汚いな」
フォルテは軽蔑の眼差しでネオを見据える。
「本当に、汚い」
その言葉に込められた深い深い拒絶の意志に、ネオは途方もないほどに深く刻まれた溝を感じた。
感じてしまった。
「何も貴様と語ることなどない。貴様もそれだけの力を持つのならば分かるだろう?
――破壊を振りまくオレをどうするべきなのかぐらい」
ニィと獰猛な笑みを張り付け、フォルテは破壊の光を灯す。ぐんぐんと光度を増していく灯を前にして、ネオは動くことができなかった。
あるいは、ここで救世主の力を振るえばフォルテを倒しうるかもしれない。
だがそれでは――
「ィエックスキューズミィィィィィ!」
不意に、
相対する二人に一筋の叫びが割り込んできた。
真っ黒な二輪駆動が躍り出る。凶悪なフェイスマスクが場に駆け込んだ。
「ヘイ、そこのラスボスチックなアンちゃん、ちょっとジャストアモーメントだぜ」
そうして、彼、アッシュ・ローラーは颯爽と場に現れたのだ。
◇
突然の闖入者にフォルテは僅かに瞳を揺らした。
その様を満足げに見ながらアッシュ・ローラーは腕を組んだ。
ネオから出遅れはしたが、彼もまたスキル【壁面走行(バーティカル・クライム)】によりビルを駆け上った。
「ローラー……」
ネオが驚きの混じった声で自分を呼んだ。その声音は明らかに弱まっている。
彼とてネオの力は聞いている。
その力が如何に強大で規格外のものかを考えれば、戦闘で負けることはないだろう。
(だがバット……ちょいとネオの奴はいまヤバげみてえだったからな)
それでも彼がここに駆け付けたのは――彼自身敵を前にして逃げ出すような性格ではないということもあるが――何よりネオのことが気がかりだった。
彼は覚悟を決めた。
悩みを振りほどき、別離を乗りこえ前に進もうとしている。
それはいい。だが、その道が多難なことであることは明らかだ。
それでもきっと彼は一人で思い悩むだろう。仲間を軽視することはない。
だが、彼はあくまで自分がやらねば、と思っている。力を持つがゆえに。
「おい、ネオ」
だから彼はネオに語り掛けた。
救世主などスケールの大きなことは分からない。だがネオがあくまで一人の人間として生きるのであるならば、
「勝手に置いてくんじゃねえよこのメガ・クーーールなオレ様をよ。
パーティメンバーは必要だろ。なでっけえレボリューション起こしてえならよぉ!」
そう言って彼はぐっと親指を立てた。
場にそぐわない、馬鹿みたいに騒々しいそれに、ネオは言葉を失い、そして微笑みを浮かべた。
それを見届けたアッシュ・ローラーは再びフォルテに向き合った。
憎悪を滲ませるフォルテは彼を鬱陶しげに見つめている。
ネットナビなのかデュエルアバターなのか、はたまた違う何かなのか、よく分からないが、自分に似たロボット型のアバターだ。
状況から察するにネオが話しかけ、こいつが拒絶した。そんなところだろう。
「おうよ、ちょっとデュエルをインターラプトする形になったな。謝るぜ。
一応アスクするがてめえはこのゲームにリアリィ乗ってんだな?」
フォルテは答えない。ただ無言で手を上げた。
その手は既に銃口へと変わっている。それが何よりも雄弁に答えを示していた。
しゃあねえな。彼は覚悟を決める。
これは正規のデュエルではない。敗ければ全損どころか、命が飛ぶという。
(だがな、オレはもうそんなんとっくに覚悟キメてんだよ)
死ぬことがどうした。
そもそも自分が生きているといえるかさえ怪しいと言うのに。
日下部綸という少女に憑りついた、その兄日下部輪太の『ような』人格。
存在そのものがあやふやなのだ。
(ヒューマンとマシンのウォーとかいうが、オレはウィッチサイドにつけばいいってんだ)
どちらにせよ――
(やることは変わらねえ)
彼は決意と共に走り出した。アクセルを踏み込まれたナイトロッカーが獣のようなエンジンを響かせる。
「灰(アッシュ)になっちまった道をなら(ロール)して新たな道(リボリューション)をつくる。
それがオレだろアアン?」
かつて好敵手が口にした言葉を思い出し、彼は青空の下駆け抜けた。
空は空っぽかもしれない。だがそれに憧れ飛び立つ意志ががらんどうであるものか。
その先にいるのは――フォルテ。
彼は屈辱に耐え忍ぶように漏らす。
「またか。また、それか。
繋がり、絆……そんなものでオレを倒そうというのか」
フォルテは迫るアッシュ・ローラーを見据えた。瞳からすぅっと感情の色が引く。
「オレを、機械を理解しようなどという奴らが?」
瞬間、
フォルテを取り囲む威圧感が、憎悪が、怨念が、憎悪が、想いが、爆発的に増大した。
感情が洪水となってあふれ出る。焼き切れるほどの深い闇がその手に灯った。
それを見たアッシュ・ローラーもまた拳を突き出す。
「いいぜ、ちょっとワンパン勝負してやる。
殴り合っててめえの本音をリッスンしてやるぜ」
目の前の敵の強大さは分かる。下手をすれば敗れ命を落とすだろう。
だが一度やらねばなるまい。拳で殴り合うこと、その時に迸る想いに偽りはないだから。
(だからネオ、見逃すなよ。そこで目見開いてろ!)
アッシュ・ローラーは車上の上で跳び上がり、シートとハンドルを足場にして直立する。
サーフボードのように愛機――ナイト・ロッカーを乗りこなし、奥義を放つ。
「トゥオォォォォォォ! 《Vツイン拳》!!」
「舐めるなあっぁぁァァァァァ!」
二つの力がぶつかり合い、激昂が響き、想いが空っぽの空を満たした。
そして、
◇
空に弾かれたアッシュ・ローラーは自分が打ち負けたことを知った。
自らの奥義《Vツイン拳》をフォルテはその力で打破したのだ。
完全なる真っ向勝負。そして、敗北。
ナイト・ロッカーの能力上昇にほぼ全てのパラメーターを振っているアッシュ・ローラーは、本体のボディは非常に貧弱なステータスしか持っていない。
故に強烈な一撃を喰らえばそれだけでHPを蒸発させてしまう。
ゼロを刻む己のHPバーを視界の隅に入れながら、アッシュ・ローラーは空を舞った。
(ったく、悔しいぜ、全く)
名残惜しさはある。もう一度、という気持ちもある。
だが後腐れはない。
これで死ぬのだとしても――ある種本望だ。
青空がある。いつも見上げるだけだった、空を自分は今飛んでいる。
あの銀の鴉はいつもこんな光景を見ていたのか。
(けどよ、これで分かったぜ。あのアバターが何で戦ってんのかがよ)
最後に拳を合わせた時に、彼はフォルテから漏れ出す憎悪の一端に触れた気がした。
それは激しく荒れ狂う憎悪であった。
が、同時にその奥にあるのは――悲しみだ。
今はどこまで長い溝があるかもしれない。
だが、その先にあるものは決して意志なき破壊衝動ではないのだ。
ならば、理解することができる筈だ。
(ネオ、てめえもアンダスタンしただろ? あんだけ近くでオレのバトォを見たんだ。
だったらノープロブレムだ。ガッツマンも居る。すげえレボリューションを起こしてくれ)
アッシュ・ローラーはその確信の下、その身を散らす。
その手が、その足が、髑髏のマスクが、漆黒のレザーが、全て霧散していく。
そして消去《デリート》の寸前、彼は自分が安堵していることに気付いた。
(ああ、そうか。結局、オレは誰もキルしなくて済んだのか)
数時間前に決めた覚悟。
それを翻す気はなかったとはいえ――それでもやはり心のどこかで気にしていたのだろう。
綸の手を僅かも汚すことがなかったことに、何よりも安心している。
それが意味する事実に、彼は笑ってしまった。
最後に自分が思うことは、人間だの機械だの、そんな世界の趨勢に関わることなどではない。
ただ一人の妹のことなのだ。
(オレが人間なのか機械なのかはドンアンダスタンだが)
最期に、彼は空を見た。
空っぽになりゆく彼は、果たして空に何を見出したのか。
(綸の兄貴だってのは間違いなかった訳だ)
【アッシュ・ローラー@アクセル・ワールド Delete】
◇
「【ゲットアビリティプログラム】!」
撃破したアッシュ・ローラーのデータを、フォルテが無造作に握りしめている。
ぐっ、と手の平に掴み、己のものとして還元、咀嚼する。
その様をネオは呆然と眺めていた。
「ローラー……」
共にした時間はたった数時間。
しかしその颯爽した物言い、在りようがどれだけ自分を救ったかは分からない。
それがもう、居なくなってしまった。
その事実にネオは愕然とする。
どこで何を間違えた? この道を進む。そう決めた筈だと言うのに、
何故自分はこうも迷っているのだ。
「オレが憎いか?」
ふと、
空に浮かぶフォルテはネオを見下ろしそう尋ねてきた。
その視線は冷たい。先ほど見せた激情が去り、そこには諦念に似た淀みが漂っている。
「お前たちの繋がりを消し去った俺が憎いか?
ならば――」
フォルテは獰猛な笑みを浮かべ、そして背中に巨大な双翼を展開させる。
漆黒の翼が空を舞い散る。太陽を背に、死神は空を汚さんとした。
「――俺を憎め。そして破壊を、復讐を、憎悪を望め。
それこそが俺を理解する唯一の道だ」
理解したいのだろう?
そう言い残しフォルテは飛び去って行く。
あっという間に加速し、その姿は見えなくなった。
「憎む……」
ネオはそれを追わない。追わずにただ反芻する。
何も言い返す言葉が思い付かなかった。
トリニティの仇を取ろうとした自分では、どんな言葉もあの機械に届かせることができないのだ。
今の自分では、あの空を飛ぶことはできない。
【F-8/アメリカエリア/1日目・昼】
【フォルテ@ロックマンエグゼ3】
[ステータス]:HP80%、MP40/70
[装備]:{死ヲ刻ム影、ゆらめきの虹鱗鎧、ゆらめきの虹鱗}@.hack//G.U.、空気撃ち/二の太刀@Fate/EXTRA
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜1個、参加者名簿
[思考・状況]
基本:全てを破壊する。生身の人間がいるならそちらを優先して破壊する。
1:アメリカエリア経由でアリーナへ向かう。
2:ショップをチェックし、HPを回復する手段を探す。
3:このデスゲームで新たな“力”を手に入れる。
4:シルバー・クロウの使ったアビリティ(心意技)に強い興味。
5:キリトに対する強い苛立ち。
6:ロックマンを見つけたらこの手で仕留める。
[備考]
※参戦時期はプロトに取り込まれる前。
※バルムンクのデータを吸収したことにより、以下のアビリティを獲得しました。
?剣士(ブレイドユーザー)のジョブ設定 ・『翼』による飛行能力
※レンのデータを吸収したことにより、『成長』または『進化の可能性』を獲得しました。
※ポイントを全て消費しました。
※参加者名簿を手に入れたのでロックマンがこの世界にいることを知りました。
※アッシュ・ローラーを吸収しました。どのようなスキルを獲得したかは現在不明です。
【ネオ(トーマス・A・アンダーソン)@マトリックスシリーズ】
[ステータス]:健康
[装備]:エリュシデータ@ソードアートオンライン
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜2個(武器ではない)
[思考・状況]
基本:本当の救世主として、この殺し合いを止める。
1:ガッツマンと共に行動する。
2:トリニティを殺害した者を見つけ出し、この手で……
3:ウラインターネットをはじめとする気になるエリアには、その後に向かう。
4:モーフィアスに救世主の真実を伝える
[備考]
※参戦時期はリローデッド終了後
※エグゼ世界及びアクセルワールド世界についての情報を得ました。
※機械が倒すべき悪だという認識を捨て、共に歩む道もあるのではないかと考えています。
※このバトルロワイアルには、異なる世界の者達が呼ばれているのではないかと推測しています。
※この会場は、加速世界の一種に設置されているのではないかと考えています。
【ガッツマン@ロックマンエグゼ3】
[ステータス]:健康
[装備]:PGMへカートⅡ(7/7)@ソードアートオンライン
[アイテム]:基本支給品一式、転移結晶@ソードアートオンライン、12.7mm弾×100@現実、不明支給品1(本人確認済み)
[思考]
基本:殺し合いを止める為、出来る事をする。
1:アッシュ・ローラーとネオと共に行動する。
2:トリニティを殺害した者を見つけ出し、この手で倒す。
3:ロックマンを探しだして合流する。
4:転移結晶を使うタイミングについては、とりあえず保留。
[備考]
※参戦時期は、WWW本拠地でのデザートマン戦からです。
※この殺し合いを開いたのはWWWなのか、それとも別の何かなのか、疑問に思っています。
※マトリックス世界及びアクセルワールド世界についての情報を得ました。
※このバトルロワイアルには、異なる世界の者達が呼ばれているのではないかという情報を得ました。
※この会場は、加速世界の一種に設置されているのではないかと考えています。
アメリカエリアのビル群。
そのどこか。
一つのアメリカンバイクが空を駆けた。
それは一瞬のことだった。すぐに墜ちてしまう、仮初の飛行だった。
しかし、それでもそのバイクは飛んだのだ。
この何もない空を、まるで銀の鴉のように。
そのバイクの名は一つ。
ナイト・ロッカー。
※アメリカエリアF-8に【ナイト・ロッカー@アクセル・ワールド】が落ちています。
投下終了です。
投下乙です!
ネオはあのフォルテにも対話をしようと試みましたけど、やっぱり届きませんでしたか……
そんなネオの代わりにアッシュさんは戦ってくれましたけど、フォルテは強すぎる。
残されたネオとガッツマンはどうなるでしょう……
投下乙です
フォルテはなあ…
ネロの言葉が届いて欲しかったがこれで届く相手でもないからなあ…
残されたネオとガッツマンには頑張って欲しい、欲しいが厳しいなあ…
乙です
逝ってしまいましたかローラー・・・
彼の熱い想いがネオにしっかり伝わってるといいですね
誤字と思われるものを書いときますね
>フォルテが反応よりする速く
反応するより
>刀身をじっ、と見つけ悔しげに舌打ちをした。
じっ、と見つつ
投下乙でした
アッシュ兄貴残念だった…
脱字ぽいの見つけたのでこちらも
> パーティメンバーは必要だろ。なでっけえレボリューション起こしてえならよぉ!」
「でっけえ」 でしょうか?
凄い予約が来た!
どうなるだろう……
投下します
灰色の森は続いていた。
無機質なビルとビルが乱立している。その様はコンクリートの木々生い茂る森そのもの。
ぱさぱさと乾いた風が通り抜ける。むせ返るような熱が風に吹かれ街を這い回った。
無慈悲に降り注ぐ陽光を受け、ビルののっぺりとした壁面が照り返していた。
その街は、全てが全て違う筈なのに、どういう訳かどこを切り取っても非常に似通っていた。
意志を揃えている訳でもないのに、画一的。洗練されているのに、雑多。きちんと計画された筈なのに、道はぐにゃりと歪んでいる。
ともすれば迷ってしまいそうなその場所は、あたかも夜の森のよう。
何もかも正反対の筈なのに。
「はっ……はっ……」
途切れない灰色の森を、少女は、アスナは飛び上がっていた。
幻想的な薄翅を背負い、煩わしい地上から解放され、風を切る。
水色の妖精と化した少女は眼下に灰色の森を置きながら、遥かな空を飛んでいた。
「うふふ」
その視線の先に居るのは一対の少女たち。
愛らしく可憐な微笑みを浮かべる青と黒のアリス。
彼女らが灰色の森に降り立つ、かと思うと希薄な光に包まれ、輝き、気付いた時にはふっ、と消えてしまっている。
視線を逸らせばあわい光が別の場所に待っている。
「こっちよ」
動く度、ふわりと揺れるサテンドレス。
柔らかな生地が幻惑的に舞い、鏡合わせのアリスたちが笑いあう。
そこには年端もいかない少女のみが持ちえる、幼さの中に一滴の蠱惑を含んだ残酷さと隣り合わせの愛らしさがあった。
妖精も、少女も、灰色の森とはまるで正反対のものの筈。
何一つ近いものはなく、相反する位置にある。
しかし、おかしなことにその光景は奇妙な調和を見しているのだ。
空に上がる太陽の下、誰も居ない、にも拘らず煩わしい荘厳さだけは遺した灰色の街に、浮かび上がる幻想の少女たち。
灰色が殺風景で味気ないものであればあるほど、幻想の淡い魅力がくっきりと引き立つ。
何て、奇妙。
「ねえ妖精さん」
「そろそろ鬼ごっこも終わりにしましょ」
「もう飽きちゃった」
少女たちの声があちらこちらから響く。
重なり合い、時に離れ、再び重なる。幾重にもエコーの掛かった声がアスナの耳朶を打つ。
その何度目かも分からない感覚にぎり、と魔剣の柄を握りしめる。
しかし何も言い返さない。
何故ならもう知っているから。言葉が届かないことを。
このアリスたちは、目の前にいるようでいない。
彼女らは自分たちのことしか見ていない。目の前に居る筈なのに、水平の彼方に等しい距離がある。
その、周りを一切顧みない自己完結した世界が、とてつもなく傲慢に見えて、腹立たしい。
「今度はかくれんぼにしましょ、あたし?」
「いいわね、丁度鬼さんもいるし、あたし」
結局のところ、彼女らは自分(わたし)同士で会話しているだけだ。
だからもう諦めた。会話しても駄目だ。
それがただの子どもならいい。しかしあれは死をまき散らす。
止めなくては。誰かが。
ちら、と辺りを振り返る。
ネオ。トリニティが言っていた彼も来ていない。
役に立たない。やはり自分がやらなくては――
「じゃあね、妖精さん」
「また遊びましょ」
不意にアリスたちがそんなことを言い出した。
させない。その思いを胸にアスナは翅を開いた。
ぐんぐんと加速していくアバター。頬に当たる風は不快なほどに乾いていた。
手を伸ばす。
目の前に少女たちが居る。灰色の森で笑いあう少女たちが――
「え?」
――消えた。
少女も、灰色の森も。
アスナは目を見開き、辺りを確認する。
灰色の森は消えている。代わりに広がる風そよぐ草原。雲一つない空。
ああ、エリアが変わったのだ。そう気付いた時、既にアリスたちは消えていた。
「……っ」
ぎり、と音を立てた。
アリスたちは消えてしまった。あの無軌道なアリスたちは、一度でも目を放せばどこに行くのか分からない。
しかしエリアの切り替えに気付かず一瞬反応が遅れた隙に、またしても見失ってしまった。
視野が狭かったせいだろうか。あまりにも、アリスたちだけを見過ぎたから。
少し休むべきだろう。どの道そろそろ滞空制限に引っかかる筈だ。
今後のことも考え、頭を冷やす意味で一度地上に降りことにした。
「……急がないと」
徐々に高度を下げながらも、アスナは苛立たしさを募らせていた。
その最中もアスナは忘れない。
鏡の国のアリスたちを見つけて――討つ。
そして帰るのだ。彼の下へ……
◇
「あーうん、その、キリト?」
空へと去ったユウキとカオルは既に大分遠いところまで行っている。やはり飛べると大分違うものだ。
飛び立った彼女らを見上げつつ、慎二は同行者へと語りかけた。
「まぁ、色々あったのは分かるけどさ、そんなに気にすることはないんじゃない?」
と。
彼にしては珍しく、歯に浮いたような、どこかぎこちない口調で。
すると言われたキリトは僅かに微笑みを浮かべ「大丈夫だ」と短く言った。
そう言われれば慎二はもう何も言えない。それきり会話は途切れてしまった。
陽がさんさんと照っている。陽光を受け影が色濃く見えた。
森の外では風そよぐ草原が広がっていた。湿気を含んだ風はひんやりとしていて冷たい。
そんな爽やかな草原を横目に、慎二とキリトは二人で森を進んでいた訳だが、どうも気まずい雰囲気が流れている。
(くそっ、僕こういうの慣れてないんだよ)
慎二はこそばゆく思う。
(見た目だけでも)同年代の知り合いと二人でぶらっと歩くことはあまりなかったし、
相手につらく適当に当たっていることが多い彼にとって、こう、慰めるような立場に陥ることはまずない。
と、こんな微妙に気まずい道中になってしまったのは先の話し合いによるものだ。
基本的な方針としてサチとノウミを探しつつ、アメリカエリアへ四人で東進する……というのは決まった。
だが、飛行能力を持っているプレイヤーが居るのに、それを眠らせておくのはあまりに不効率的だし、四人でずっと固まって行くメリットもそうはない。
ということで、パーティを二分割し、空と地上の二方面から探すことになった。分割といってもすぐにまた合流するのだが。
ユウキがカオルを抱え先ず空を行き、慎二とキリトが地上を行くことになった。
ある程度経ったら空組が地上組の下へと戻ってきて情報を交換。その際、キリトとユウキが交代する。こうすれば滞空制限を気にすることなく二方面から捜索することができる。空からは探しづらい森は地上組が探す。
唯一の非戦闘員であるカオルは空組に固定する。これは彼女の移動速度と、万が一の際には空の方が離脱しやすいためである。
それぞれの長所を殺すこともないし、逸れることもなく、効率的。アーチャーが考えた案だが、これ自体は慎二としても特に不満はない。
問題は二人で行くことになったキリトが、先のこともあり妙に寡黙になっていることだ。
慎二としてはゲーマーとして彼の話も聞きたかったのだが、どうもそのような雰囲気ではなさそうだ。
些末なことといえば些末なことだが、気にかかることでもある。よく知らない相手との道中というのは。
せめてユウキが間に入れば変わったのだろうが……
『珍しいな、君が相手のことを考えるなど。
他人の事情など顧みず自分が言いたいときに厭味を言う。
その空気の読めなさがよくも悪くも君ではなかったかね?』
霊体状態のアーチャーがさらりと言う。
悪戯っぽく口元を釣り上げる彼の姿を想像し、慎二はむっと顔をしかめた。
(空気が読めなくて悪かったね。ああ、岸波ならそうしただろうね。僕が他の奴の悩みのことまで考える義理なんてないし)
でも、と慎二は黙々と歩くキリトを一瞥し、
(なーんか面倒そうじゃん、こいつ。一々僕の言葉を気にしてきそうだし、そうなったらもっと面倒だろ?
真面目っぽいというか、面白味がないっていうか。同じ真面目でも岸波くらい抜けてたら面白いんだけど)
はあ、と慎二は息を吐く。別に仲良し仲良しやりたい訳ではないが、気まずいのも何だか厭だし面倒だ。
自分のサーヴァント(仮)となっているアーチャーにしたって、変に上から目線と言うか、大した会話もしてなかった癖にこっちのこと見透かしたようなことを言うしで、やりづらい。
ああやはり早くライダーを……、と思わざるを得なかった。
(しかし、本当にこいつ、ユウキが言っていたような凄腕ゲーマーなのか?
いまいち凄さが伝わってこないんだけど)
前評判と先の悲嘆に暮れていた彼の姿がどうにも結びつかない。
状況が状況だったからというのも分かるが、こういうのはイメージの問題だ。
「すまないな」
不意にキリトが口を開いた。そのタイミングがタイミングだったため、慎二は思わず肩をびくりと上げてしまった。
が、ただの偶然だと思い直し、慎二は半笑いで振り返る。
見れば彼は曇ってはいるが落ち着いた微笑みを張り付けていた。
「もうちょっと情報交換とか、パーティメンバーとして互いのことを話し合うべきなのは分かってる。
でも、少しだけ考えさせて欲しい。色々決めておきたいんだ、今のうちに。
――今度は、間違わないように」
「あ……ああ」
真剣な口調で告げられた言葉に、慎二は笑みを消し、ぎくしゃくとうなずいた。
最後の言葉に含んだ重みが彼にも伝わってきたのだ。
そうして再びキリトは黙ってしまった。黙って、エリア探索として辺りに目線を配っている。
近くの草木がざわざわと揺れるのが聴こえてくる。爽やかな風だし、綺麗な風景だ。これでもう少しマシな状況だったら散歩と洒落こめたかもしれない。
『彼だって別にそう精神的に弱い人間ではないさ。事実彼はもう立ち直ろうとしている』
アーチャーが語り掛けてきた。
む、と慎二は何も言い返さない。事実そうだろうと思ったのだ。
(少なくとも、勝手に早合点して自滅した挙句不貞腐れてた奴よりはね……)
そう思いはしたが、それを口にはしない。
そんな卑屈なことを言うのは自分らしくない。
「はぁー、あのさキリト?」
代わりに慎二は話し掛けた。キリトがどうかしたか、と反応する。
そして彼は、先程までの妙な距離感を取り払い、くだけた、何時もの人を小ばかにしたような口調で、
「お前、今までのゲームですごいスコア出してきたのかもしれないけどさぁ。
調子に乗らない方がいいよ。プレイ時間かければそりゃすごいすごい言われるかもしれない。
でも、真のスキルってのはセンスによるところが大きいんだ。同じ土俵では廃人は僕みたいな天才には適わない。
それを肝に入れて、精々僕のプレイイングを横で見ているんだね」
そう言ってみせた。
言われたキリトはぽかんとした顔をしている。
ああすっきりした、とも思う。変に気を使うなんてばからしい。
「気にしないでくれ。病気のようなものだ」
霊体化を解いたアーチャーがやれやれと肩を竦め、そしてまた消えていった。
病気とは何だよ、と不満気に言い、キリトから顔を背けずんずんと前を歩く。
「……待てよ、慎二」
後ろから声が聞こえてきた。キリトのものだ。
心なしか、先程より語気が緩んでいるように思えた。
「プレイヤースキルで言うなら、それこそ俺も負けないぜ。
伊達にゲーマーやってた訳じゃないんだ。待ってろ、すぐに腕を見せてやるからさ」
「はん、勝手にするんだね」
後ろから追いかけてくる靴音を聞きながら、慎二は顔を上げた。
木の隙間から垣間見える陽が眩しい。頬に当たる陽光がほのかに熱く感じられた。
いくら宝具を使ったとはいえ、そう遠くまでは行ってないだろう。
このエリアのどこかにアイツが居る。ゲーマーを馬鹿にしたあの生意気な奴が。
そう思うと、ぐっと拳が強く握りしめられた。
◇
大聖堂の前では風がそよいでいた。勢いよく吹く風に煽られ草木がふわっと舞い散る。
頬に当たる風が強い。これからもっと強まっていくかもしれない。
それこそ、嵐のように。
『で、ノウミ。もう出るのかい?』
霊体状態のライダーが含みのある言い方で問いかけた。
彼女はその口調は相変らずどこか楽しげに聞こえた。
姿こそ見えないが、不敵な笑みを浮かべていることが容易に分かった。
「まだ、ですかね。流石にダメージが回復していません」
ただ、と彼は言い、空に指を走らせた。
そこに表示される数値を睨み付ける。その数値はさきほどより徐々にだが回復している。
もう少しでコードキャスト[add_regen(16)]が使えるだろう。そうすれば戦闘に乗り出すことも可能だ。
『あと少しってところかい』
「ええ、ずっと寝ている気はありませんよ」
休息は必要だが、あまり腰を落ち着ける訳にはいかない。
まどろみの残る意識を冴えさせる為に、彼が取った方法は一つ。
「……精々待っていてください。きっとすぐにまた会えますから」
彼は草原に視線を向けた。
広い広い草原。このどこかに、あの下らない連中が居る。
ユウキ、カオル、そして間桐慎二。
焼き付いた屈辱の湿った熱が、意識を何よりも覚醒させる。
『しかしいい感じに開けてるねぇ。ここならいっそ砲撃戦と洒落こむのもできるけど?』
ライダーの言葉に能美は腕を組む。
砲撃戦。それはつまり、この聖堂に陣取り、ライダーのカルバリン砲で遠距離から敵を狙っていく、という手段だろう。
ここはエリアの中でも遮蔽物が少ない。エリア間を移動するならば必ず通らなくてはならない場所でもあることを考えると、悪い考えではないように思える。
ゲージに関してはその辺りのオブジェクトを破壊することで自前に用意できる訳でもある。
「……それも一つの手ですね」
『ま、やるならやるで大変だけどね。その辺の決断は任せるさシレイカンドノ。ってな』
下品な笑い声が響き渡る。
能美は無言でそれを流しつつ、その策についても考えてみる。
リスクはやはり位置がバレることだろう。近づかれれば現状の装備では厳しい。
仮にやるならば迎撃戦のことも考えなくてはならない。罠を仕掛けてもいいだろう。
「……現状ではあくまで案の一つを出ませんね。
休みながらそれについても考えるとしましょう」
その時、しん、と風が凪いだ。
「ん? あれは……」
能美の視界になにかが映ったのだ。
草原。静止した風の向こう側、遠く離れよく見えないが、しかしそれが彼女だとはすぐに分かった。
翅を持つ少女が、この空にぽつんと点のように姿を見せている。
それを見たとき、能美もまた、奇妙な笑い声を漏らしていた。
◇
「また、二人ですね。ユウキさん」
黒の翅でユウキは風を切る。手に抱えたカオルに微笑みながら。
漆黒の髪を艶やかにたなびかせながら、彼女は空を滑るように飛んでいた。
その顔はこんな時だと言うのに晴れやかで、どこか達観している様子でもあった。
空を飛びながら、ユウキたちは眼下を見下ろしている。草色が波打つ美しい風景が続いていた。
慎二たちとの取り決めで一時的に別れたのち、彼女たちは空から東に向かってサチとダスク・テイカ―を捜索していた。
辺りを確認しつつ飛んでいたのだが、探し人は未だ見つかっていない。
「うーん、見つからないなぁ」
「この辺りに居ないってことは、やっぱりまだ森に居るんでしょうか?」
ダスク・テイカ―はまだしもサチの方はそれほど足が速いとも思えない。
まだ捜索にそれほど時間をかけてはいないとはいえ、仮にこの辺りに居るのなら簡単に見つかりそうなものだ。
イベントの影響下にある今、森は未だに危険地帯だ。慎二かブルースたちと接触できればいいのだが……
「あ。あれがアメリカエリアみたいですよ」
不意にカオルが声を挙げた。
顔を上げてみると、なるほど確かに灰色のビル群が視界に入った。
ユウキはその距離に違和感を覚えた。先程まで一切見えなかったにしては、少々近すぎるように思えたのだ。
恐らく遠近エフェクトが強めに設定されているのだろう。仮想現実に慣れた彼女は自然とそう分析していた。
「アメリカエリアかぁ……カオルは野球場に行きたいんだよね?」
「ええ、でもそんなに急いでいるって訳でもないですよ。いまは慎二さんやキリトさんのことを優先しましょう」
カオルが微笑みを浮かべて言った。ずっと近くで見る彼女の笑みには温かいものを感じる。
会った当初よりもずっと自分に心を開いていくれている。
その事実が、ユウキの顔もまた顔をほころばせた。こうして人と繋がるのも、ネットゲームの魅力だ。
同時に思った。
こんなにも早く打ち解けられたのは、共通点があったからだろうか。
――互いに現実での命を既に持たない、仮想でのみ存在できる者であったから。
「ん? ちょっと待って」
ユウキが不意に声を上げた。
さわさわと揺れる草原の中に、ひどく愛らしいものがあったのだ。
「ちょっと下りるね」とカオルに声をかけ、ユウキは草原へと降りて行った。
「こんにちは。どうしたの君たち?」
そこで待っていたのは一対の少女。
愛らしく、麗しく、儚い。
まるで夢の中から抜け出してきたような。
そんな少女らが、草原の中に突然現れたのだ。
「あら、新しい妖精さんだわ、あたし」
「そうね、あたし。でも今度は蝙蝠さんみたい」
「うふふ、まるで悪魔だわ、あたし」
そう語り合う少女たちは、殺し合いの中だというのに、何とも楽しげだった。
恐怖もなければ悪意もない。そこにユウキは奇妙な親近感を覚えた。
「ええと……大丈夫? 誰かに襲われたりしなかった?」
ユウキの手より下ろされたカオルが声をかける。
心配の響き持った口調だったが、少女たちはそれを介した様子もなく、可憐に微笑んで、
「ううん。別に何もなかったわ。ただ青い妖精さんと鬼ごっこして遊んでいたの!」
「でね、今度はかくれんぼしているのよ」
「楽しみだわ、あたし」
「そうね、あたし。今度は何をしようかしら……」
そうして再び自分たちだけで会話を始めてしまう。
瓜二つの彼女らは鏡合わせに話し合っている。
まるでよくできた人形のよう。
「よく分かりませんが、大丈夫みたいですね」
「だね。全然怖がってる感じでもないし」
カオルがほっと息を吐いている。同時に「こんな子どもまで……」と小さく漏らしてもいた。
実際、アバターの見た目からそのリアルまでは分からないのだが、しかし彼女らはどう見ても幼い子どもにしか見えなかった。
性別を偽る、くらいならまだしも年端もいかない少女を装うと言うのは、どうやっても演技が垣間見えてしまうものだ。
バーチャル空間での対人関係が長い彼女らは、半ば直感的に少女たちが本当に少女であると確信していた。
「ねえ、君たち。ちょっと僕にも話を聞かせてよ」
安全を確認したのち、ユウキは笑みを浮かべて少女たちに話かけた。
「お姉ちゃんも?」
「そうね、ちょっと待って」
そう言って少女たちはじっとユウキの顔を見つめた。
潤んだ瞳にはどこか親愛の情がある。奇妙としかいいようがない少女たちだったが、ユウキは不思議と親近感を覚えていた。
二対の視線が絡み合う。初めはユウキを、次にカオルを見たのち、何かに合点したのか「うん!」と二人は元気よく頷いて、
「うふふ。このお姉ちゃんたち、思った通りだわ、あたし」
「そうね、あたし。あのお兄ちゃんみたい」
「うん! あたしと同じだわ、あたし」
「でも、あたしにはあたしがいるから、もうお友達はいらないわ」
「でも、あたし。猫さんが言ってたじゃないの。繋がって宝探しすると、とっても楽しいって」
おとぎ話のようなやり取りをユウキとカオルはやすらぎを覚えながら見守っていた。
草原で戯れる少女たち。ここが殺伐とした場であることは変わりないが、今のひと時だけはそれを忘れられそうだった。
「うん! じゃあお姉ちゃんたち、遊びましょ」
「きっとあたしとあたしのお友達になれるわ」
「いいの? やった。じゃ、僕も話を聞かせて」
ユウキはそうして少女たちの手を取った。
青いサテンドレスを着た少女の手は小さかった。
ともすれば手折ってしまいそうなほど細く繊細な指先は人形のそれと勘違いしてしまいそうだが、しかし柔らかく滑らかな肌が仄かな熱を伝えてきた。
その熱を共有しながら、ユウキは感じていた。
自分と似た、何かを。
(そういえば、青い妖精って言ってったっけ)
ユウキはふと思い出した。
少女たちが遊んでいたという相手として挙げた、青い妖精という言葉。
それで思う浮かぶ親友が、一人いたのだ。
(人違い、かもしれないけど。でもそうだったら、近くに居るってことだよね)
自分のかけがねのない友人――アスナ。
こんな場所でも、また会えると思うと胸の中にあったかいものが湧き出て来るような、昂ぶりに近いものを感じるのだった。
(また、一緒に遊びたいな。殺し合いなんかじゃなく、こういう風に、世界の綺麗な場所で――)
草原で少女たちと戯れながら、ユウキは心安らかに思った。
死んだ筈の自分と会ったら、きっとびっくりするだろうなぁ、とも。
[E-7と8の境目/ファンタジーエリア/1日目・昼]
【アスナ@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP30%、MP70% 、AIDA悪性変異
[装備]:魔剣・マクスウェル@.hack//G.U.
[アイテム]:基本支給品一式、死銃の刺剣@ソードアート・オンライン、クソみたいな世界@.hack//、誘惑スル薔薇ノ滴@.hack//G.U.、不明支給品2〜5
[思考]
基本:この殺し合いを止め、無事にキリトと再会する
1:アリスを追う
2:殺し合いに乗っていない人物を探し出し、一緒に行動する。
3:これはバグ……?
[AIDA]<????>
[備考]
※参戦時期は9巻、キリトから留学についてきてほしいという誘いを受けた直後です。
※榊は何らかの方法で、ALOのデータを丸侭手に入れていると考えています。
※会場の上空が、透明な障壁で覆われている事に気づきました。 横についても同様であると考えています。
※トリニティと互いの世界について情報を交換しました。
その結果、自分達が異世界から来たのではないかと考えています。
※AIDAの浸食度が高まりました。それによりPCの見た目が変わっています。
[D-6/ファンタジーエリア・森と草原の境目/1日目・昼]
【間桐慎二@Fate/EXTRA】
[ステータス]:HP100%、MP50%(+40)、ユウキに対するゲーマーとしての憧れ、令呪一画
[装備]:開運の鍵@Fate/EXTRA
[アイテム]:不明支給品0〜1、リカバリー30(一定時間使用不能)@ロックマンエグゼ3、基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:ライダーを取り戻し、ゲームチャンプの意地を見せつける。それから先はその後考える。
1:ひとまずはユウキ達についていきながら、ノウミ(ダスク・テイカー)も探す。
2:ユウキに死なれたら困る。
3:ライダーを取り戻した後は、岸波白野にアーチャーを返す。
4:サチって子もついでに探す。
5:いつかキリトも倒してみせる。
[サーヴァント]:アーチャー(無銘)
[ステータス]:HP70%、MP75%
[備考]
※参戦時期は、白野とのトレジャーハンティング開始前です。
※アーチャーは単独行動[C]スキルの効果で、マスターの魔力供給がなくても(またはマスターを失っても)一時間の間、顕界可能です。
※アーチャーの能力は原作(Fate/stay night)基準です。
【キリト@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP100%、MP40/50(=95%)、疲労(大)、SAOアバター
[装備]: {虚空ノ幻、蒸気式征闘衣}@.hack//G.U.、小悪魔のベルト@Fate/EXTRA、
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜1個(水系武器なし)
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考・状況]
基本:絶対に生き残る。デスゲームには乗らない。
0:今はユウキ達についていきながら、サチを探す。
1:サチやユイ、それにみんなの為にも頑張りたい。
2:二度と大切なものを失いたくない。
3:レンさんやクロウのことを、残された人達に伝える。
[備考]
※参戦時期は、《アンダーワールド》で目覚める直前です。
※使用アバターに応じてスキル・アビリティ等の使用が制限されています。使用するためには該当アバターへ変更してください。
SAOアバター>ソードスキル(無属性)及びユニークスキル《二刀流》が使用可能。
ALOアバター>ソードスキル(有属性)及び魔法スキル、妖精の翅による飛行能力が使用可能。
GGOアバター>《着弾予測円(バレット・サークル)》及び《弾道予測線(バレット・ライン)》が視認可能。
※MPはALOアバターの時のみ表示されます(装備による上昇分を除く)。またMPの消費及び回復効果も、表示されている状態でのみ有効です。
[D-6/ファンタジーエリア・大聖堂前/1日目・昼]
【ダスク・テイカー@アクセル・ワールド】
[ステータス]:HP20%(回復中)、MP15%、Sゲージ5%、幸運低下(大)、胴体に貫通した穴、令呪三画
[装備]:パイル・ドライバー@アクセル・ワールド、福音のオルゴール@Fate/EXTRA
[アイテム]:不明支給品1〜2、基本支給品一式
[思考]
基本:他の参加者を殺す。
1:シンジ、ユウキ、カオルに復讐する。特にカオルは惨たらしく殺す。
2:上記の三人に復讐できるスキルを奪う。
3:一先ず休息、しばらくしたらアメリカエリアへ。
[サーヴァント]:ライダー(フランシス・ドレイク)
[ステータス]:HP30%、MP30%
[備考]
※参戦時期はポイント全損する直前です。
※サーヴァントを奪いました。現界の為の魔力はデュエルアバターの必殺技ゲージで代用できます。
ただし礼装のMPがある間はそちらが優先して消費されます
※OSS《マザーズ・ロザリオ》を奪いました。使用には刺突が可能な武器を装備している必要があります。
注)《虚無の波動》による剣では、システム的には装備されていないものであるため使用できません。
[D-7/ファンタジーエリア・草原/1日目・昼]
【ユウキ@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP10%、幸運上昇(中)
[装備]:ランベントライト@ソードアート・オンライン
[アイテム]:黄泉返りの薬×2@.hack//G.U.、基本支給品一式、不明支給品0〜1
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:洞窟の地底湖と大樹の様な綺麗な場所を探す。ロワについては保留。
1:みんなで野球場に行き、そのついでにサチを探す。
2:専守防衛。誰かを殺すつもりはないが、誰かに殺されるつもりもない。
3:また会えるのなら、アスナに会いたい。
4:黒いバグ(?)を警戒。 さっきの女の子(サチ)からも出ていた気がする。
5:少女たち(ありす)を守る。
[備考]
※参戦時期は、アスナ達に看取られて死亡した後。
※ダスク・テイカーに、OSS〈マザーズ・ロザリオ〉を奪われました。
【カオル@パワプロクンポケット12】
[ステータス]:HP25%
[装備]:ゲイル・スラスター@アクセル・ワールド
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜2
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:何とかしてウイルスを駆除し、生きて(?)帰る。
1:ユウキさん達についていく。
2:どこかで体内のウイルスを解析し、ワクチンを作る。
3:デンノーズのみなさんに会いたい。 生きていてほしい。
4:サチさんを見つけたら、バグを解析してワクチンを作る。
5:少女たち(ありす)を守る。
[備考]
※生前の記憶を取り戻した直後、デウエスと会う直前からの参加です。
※【C-7/遺跡】のエリアデータを解析しました。
【ありす@Fate/EXTRA】
[ステータス]:健康、魔力消費(中)、令呪:三画
[装備]:途切レヌ螺旋ノ縁(青)@.hack//G.U.
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜2
[思考]
基本:アリスと一緒に“お茶会”を楽しむ。
1:新しい遊び相手を探して、新しい遊びを考える。
2:しばらくチェシャ猫さん(ミア)と一緒に遊ぶ。
3:またお姉ちゃん/お兄ちゃん(岸波白野)と出会ったら、今度こそ遊んでもらう。
4:ユウキとカオルに親近感。
[サーヴァント]:キャスター(アリス/ナーサリーライム)
[ステータス]:ダメージ(小)、魔力消費(大)
[装備]途切レヌ螺旋ノ縁(赤)@.hack//G.U.
[備考]
※ありすのサーヴァント持続可能時間は不明です。
※ありすとキャスターは共生関係にあります。どちらか一方が死亡した場合、もう一方も死亡します。
※ありすの転移は、距離に比例して魔力を消費します。
※ジャバウォックの能力は、キャスターの籠めた魔力量に比例して変動します。
※キャスターと【途切レヌ螺旋ノ縁】の特性により、キャスターにも途切レヌ螺旋ノ縁(赤)が装備されています。
投下終了です。
投下乙です!
このメンバーはそれぞれ別行動を取ったけど、それぞれやばいことになりそうw
ユウキとカオルはあのありすと会ってしまったし、ノウミは二人を見つけちゃうし、アスナもどうなるかわからない……
キリトと慎二がどうにかしてくれることを祈りたいです。
投下乙です
予約メンバーの時点でどうなるかなあと思ってたら別行動かあ
ありすと出会ってしまったユウキとカオルも気になるが他の奴もなあ…
キリトとアスナは出会えるのかも気になる
投下乙です
ユウキ達とありす達が出会い親交を交わしましたか
ただ今のアスナと出会ったら一悶着ありそうですね
>自分のかけがねのない友人
かけがえのないの間違いでしょうか?
予約だ!
遅れましたが投下します
――BABABB
――BABABB
剣と剣が真っ向から打ち合う。
大剣の巨躯に任せ対象を叩きのめす――Break
技術を持ってして軽やかに剣を薙ぐ――Attack
敢えて敵の一撃を受け、間髪入れずに反撃を狙う――Guard
その決闘者たちは互いの技を読み合い、その上を行こうと瞬間の判断を下す。
――BAGBGB
――BAGBGB
その音は澄んだ金属音。まるで示し合ったような絶妙な均衡。
剣筋も、緩急も、刃越しに伝わってくる力も、全てが同じ。
――AG
――AG
牽制として剣を薙ぎ、そのままさっと身を引く。
――SG
――SG
サーヴァントとして備える神秘――Skill。
【精霊の加護】彼は自分自身にST-UP効果を付与(バフ)する。
対する人形もまた全く同じタイミングで神秘を解放していた。
――AA
――AA
そして次の行程(ラウンド)では互いに斬りかかる。ずん、と手に伝わる振動。それはあまりにもぴったりとしているが故に、奇妙だった。
白いドールののっぺりとした頭部が彼と対峙する。全く同じ高さ、同じ目線。だが簡素なポリゴンで造られたそれに魂は感じられない。
彼はそんな敵を見据えながら無言で後退する。地を蹴り、そのマスターの下へ。
「変わりませんか」
「変わりませんね」
そして彼ら――レオとガウェインは言葉を交わし合った。
彼らは互いを見ていない。ガウェインは一度も敵から視線を逸らしていないし、レオもまた空に走る情報画面を見据えている。
必要最低限なコミュニケーション。しかしそれで一切の淀みはない。
それは忠義であり、信頼の形であった。互いに信を置いているからこそ、見ないでも通じ合うことができる。
ダンジョン【月想海】第一層。
かつてのムーンセルに存在した筈のダンジョンが、どういう訳かこのバトルロワイアルにもあった。
しかもこれは恐らく没データ。この【VRバトルロワイアル】というゲームの中の仕様外。
探らない訳にはいかなかった。
レオからして最初の階層である七の月想海。その最奥で待ち構えていたのは――自分をコピーしたと思しきアバター。
その力を試す意味も込めて何度か打ち合ってみたのだが……
「中々精度の高いコピーです。単純なステータスは勿論、僕の指揮の癖のようなものまで見抜いている。
まるでドッペルゲンガ―のようだ」
その結果は完璧なるドロー。
これまでの打ち合い(ターン)と全く同じ結果であった。
「逆にいえば運営側はこれを製作することができるだけのデータを持っていた、ということもいえますね。
聖杯戦争においての、僕の戦闘記録を」
レオは口元に手をやり、考える素振りを見せる。
その声色に揺れはない。湖の水面のような、強固な訳でもないのに絶対的な。卓越した冷静さを彼は湛えている。
「しかしそれだけのものでもあります――ガウェイン」
呼びかけられた従者は「はっ」と鋭い声で応える。
「そろそろいいでしょう。本気を出します」
変わらない口調でレオは言った。
そしてガウェインに指揮を伝える。途端、均衡を保っていた戦況は一変した。
――ABAGAA
――GAGBGG
当たり前のような六手完勝。
これまでの戦闘はあくまで調査。コピーがどれほどの力を持っているかを試すためであった。
「確かに精巧な僕のコピーではありました。ですが倒すのは簡単なことです。
だってその戦法は――他でもない僕が最も知っているのですから」
この敵は自分だ。
なら筋を読むのもこれ以上ないほど簡単なのだ。
自分自身を振り返り、その弱点を探り出した上でそこを突く。
それだけのことだ。
レオに一切の苦戦はなかった。
だが、六工程の戦闘、更にトドメの一撃(EXTRAターン)を決め敵を下すガウェインを見据え、こうも思った。
自分の弱点を見つめ、突く――こんな考えは、かつての自分では決して思いもしなかっただろう、と。
それは、王でなく人としての勝ち方だった。
◇
ドールを撃破し、レオは学園へと凱旋する。
その際、彼らには拾ったものがあった。
第一層のボス、ドッペルドール。それには一つのドロップアイテムがあった。
それは……
【B-3/日本エリア・月海原学園/一日目・朝】
【レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ@Fate/EXTRA】
[ステータス]:HP100%、MP25%、令呪:三画
[装備]:ダークリパルサー@ソードアート・オンライン、
[アイテム]:桜の特製弁当@Fate/EXTRA、トリガーコード(アルファ)@Fate/EXTRA、基本支給品一式
[ポイント]:853ポイント/0kill
[思考・状況]
基本行動方針:会長としてバトルロワイアルを潰す。
1:本格的に休息を取り、同時に理想の生徒会室を作り上げる。
2:モラトリアムの開始によって集まってくるであろうプレイヤーへの対策をする。
3:他の生徒会役員となり得る人材を探す。
4:状況に余裕ができ次第、ダンジョン攻略を再開する。
5:ダークリパルサーの持ち主さんには会計あたりが似合うかもしれない。
6:もう一度岸波白野に会ってみたい。会えたら庶務にしたい。
7:当面は学園から離れるつもりはない。
[サーヴァント]:セイバー(ガウェイン)
[ステータス]:HP130%(+50%)、MP85%、健康、じいや
[装備] 神龍帝の覇紋鎧@.hack//G.U.
[備考]
※参戦時期は決勝戦で敗北し、消滅した後からです。
※レオのサーヴァント持続可能時間は不明です。
※レオの改竄により、【神龍帝の覇紋鎧】をガウェインが装備しています。
廊下の奥、開く筈のない扉を潜り抜け、レオは再び海(ダンジョン)へと赴いた。
平凡な昼下がりの学校。誰も近寄らない筈の校舎の片隅、そこを一歩抜け出した先に、その海はある。
ぶくぶくと鈍く響き渡る水の音、海の深部ゆえに伝わってくる無言の圧力、そして何より幻想的な深海の図。
薄明りにぼんやりと照らされる美を足下に、レオは海に浮かぶ簡素なワイヤーフレームを踏み鳴らす。
こつこつ、と靴音が響く。それに追随して鎧がこすれあう金属音も聞こえた。
とはいえ共に落ち着いた響きだ。そこに焦りはなく、あくまで優雅な進軍であった。
――AGGAAA
――GBBGGG
遭遇したエネミーをガウェインが出会い頭に斬り伏せる。
アリーナの各地でプレイヤーを待ち受ける彼らはどれも簡素なフレームと画一的なテクスチャでできている。
――GAGBBG
――BGBAAB
レオの指示に一切無駄はない。
彼にしてみればこのアリーナは既に一度突破(クリアー)した場所に過ぎない。
ポップするエネミーも当時と何ら変わりはなく、パターンも既に分析済み。迷うことなどありえない。
「よかったのですか?」
そうしてアリーナを踏破していく最中、ガウェインが落ち着いた声色で問いかけた。
レオは泰然と「何がです?」と聞き返す。会話の最中も視線が交わることはない。その必要もないからだ。
共にまっすぐと前を見据えている。
「あの少女のことです」
「トモコさんのことですか」
その問いさえ予期していたようにレオは答えた。ガウェインはきっと微笑みを浮かべていることだろう。
「大丈夫ですよ。いや、大丈夫にしてみせます」
レオもまた口元を釣り上げ言った。サイトウトモコ――否、スカーレット・レイン。
彼女はいまジローと共に図書館で情報分析作業をしている筈だ。外面的にはジローの手伝い、ということになっているが。
図書館での情報分析を一時間ほど続けたのち、レオは再びアリーナへと戻ってきた。
情報収集がひと段落し、休息を挟んだことでステータス的にも余裕ができたからだ。
何しろ時間がない。できることは並行して行っておきたかった。
(このダンジョンを踏破する頃には、例のあのファイルの解析も終わっていることでしょう)
既にゲーム開始から12時間弱。与えられた時間を半分消費したことになる。
それまでに何とかウイルスについてだけでも指針を示しておかなくてはならない。
――BAGBAG
――AGBAGB
HPを削り取られたエネミーが消滅する。
あと少しでこのフロアは終わりの筈だ。
「彼女はいま『見』の段階なのですよ」
「というと?」
レオは笑って言った。「試されているのですよ、他でもない僕ら生徒会が」
「トモコさんは強かな人です。こうして集団に属していながらも、全てを開示することはない。
選択肢を削りたくないのでしょうね。どう動くにせよ、あとから上手く動けるよう身を振っている」
ファーストコンタクトの時点で、レオは彼女にそういった部分を感じていた。
それはいわば直感的なもので、明確な根拠はない。しいて言えば西欧財閥の王として多くの人を見てきた経験、だろうか。
そしてその経験上、レオは知っていた。
強かな女性を口説き落とすのに必要なのは言葉ではない。論理でもないし、勿論感情でもない。
「必要なのは行動です。僕ら生徒会が運営を打破し、このゲームから脱出することができる――そう思えるだけの行動を示さねばなりません。
有能さを示してやるんですよ。そうすれば自ずと結束は強まっていきます。
だから僕は彼女に副会長と言う役割を振ったのですよ。見ていて下さい、という挑戦状を叩きつけた訳です」
と、レオは何でもないことのように言った。
事実彼にしてもみればこの程度のことは生まれてからこの方叩き込まれてきた帝王学の一部に過ぎない。
偽名が発覚したからといって彼女を信じないことも、ましてや正体を明かせと問い詰めることが悪手であることは、言うまでもない。
まずは王が動き、指針と結果を示す。そうすることで集団は統率されていく。
(だから寧ろ問題は――)
レオは歩きながら声には出さず呟く。その脳裏に浮かぶのはサイトウトモコの見た目麗しい顔と、それに重なる様に浮かぶメンテナンスの際の強かな表情だ。
彼女の性質、能力などは大まかに像ができている。彼女が集団に置いてどういう立ち回りを見せる人物なのかは、これまでの接触の中でレオは把握しているつもりであった。
それで充分であるはずだった。王であるうちは。
(しかし、それでは彼女という「人間」を知ったことにはならないのです)
その問題はレオもまた自覚している。自覚した上で、遠くから見つめていたのが今までの自分だ。
「………」
ガウェインは何も言わなかった。
きっと指摘するまでもないと思ったのだろう。その姿に、レオはこれ以上ない忠節と親愛を感じ、深く感謝した。
――AAGAGB
――GGBGBA
また一つエネミーを撃破し、レオは奥へと進んだ。
これでこの層も踏破(クリアー)。この層のミッションもまた[ダンジョンの踏破」であった。まだまだ序盤ということか。
「行きますか、レオ」
闘技場へと繋がるゲートを前に、ガウェインが言った。
さて次はどんなボスがでてくるか。何がでてきても斬り伏せてみせよう。それが示すべき行動だ。
レオは無言でうなずき、門を潜って行った。
同時にあるいは何も出てこないかもしれないとも思った
ここはあくまで未完成品のダンジョンなのだから。
あるいは没データとも。
◇
Dural/Magisa Garden
ありとあらゆる情報が水となり流れとなり海となっている。
電子の海の遥かな奥、最奥ではないしても海面はまだまだ遠い。水音の耳を傾ければ、原始の音が思い起こされる。
そんな奥深い場所に六番目の闘技場はあった。
レオはガウェインと共に足を運んだ時、不思議と懐かしさを覚えていた。
二度と訪れる筈のなかった場所。あの頃の自分はまだ完全無欠で、同時に何も知らなかった。
――そこで待っていたのは、一人の少女と小さな兎だった。
その少女の髪は、艶やかな黒色だった。
二つに結われた美しい漆黒が揺れる。それと対称的な白い肌、そしてキッと前を見据える麗しくも力強い瞳。
小柄ながらもくっきりとした存在感を、愛らしさの中にも凛々しさを彼女は兼ね備えていた。
蝶に似た露出度の高いドレスを着こなし、彼女は挑戦者を待ち受けている。
それに寄り添うように、小さな、デフォルメされた兎が居た。身長は少女の膝程度しかない。
ぬいぐるみのような兎は所在なさ気に佇んでいる。
「この層のボスは随分と華がありますね」
彼女らを見たレオは一言そう漏らした。
一層のドールと比べれば、彼女らの方が相対していて楽しいものだ。
「来たか」
その文言が表示されると同時に少女が口を開いた。
その迷いないまなざしは凛々しいが、同時にどこか作り物染みている。
恐らくは彼女も闘技場の対戦相手と同じくどこかのプレイヤーを基としたNPC――そう当たりを付けた。
「ガウェイン」
「ええ、行きましょう」
レオは頷き一歩前に出でた。これより戦闘が始まることになる。すっ、と彼は集中を高めていった。
そしてウィンドウが開かれた。
[HERE COME NEW CHALLENGERS!]
そして次の瞬間、少女たちの姿が消え失せた。
「……っ」
僅かな驚きを持ってレオは相手を見た。
そこに見た目麗しい彼女らはいない。代わりにいるのは――白銀と薄青のマシン。
人と同じく四肢を持ち、人と同じく目を持つ、ロボットだった。
「細かいことはいい」
白銀のロボットが構えを見せた。鋭角的なフォルムにたなびくマントが雄々しさを感じさせるも、胸部に垣間見える曲線は女性のもの。
見た目は変わりつつもその凛々しい造形は今しがた姿を見せていた少女を思わせた。
「ではッ」
彼女はざっと地を踏み鳴らし、
「征くぞ!」
闘技場を駆け抜けた。
真直ぐに――レオとガウェインへと。
速い。そして迷いがない。その事実をレオは冷静に受け止めた。
――xxxAxx
――AGBGGB
これまでのエネミーと違い、ボスは全く情報のない初見の相手だ。ほとんどの手が読めない中での第一ターンとなる。
まずは小手調べ。白銀のロボットの大体の強さを把握することを心がける。
――AG
まずは初手はともに牽制を。速度を重視した拳がガウェインを襲い、彼もそれに応じて攻撃をいなしていく。
――AA
では、と攻勢に乗り出したガウェインを敵は軽やかに避け、カウンターを決める。
が、そこで怯むガウェインではなく、読めていた第四工程(コマンド)で反撃を決める。
受けたダメージ量も重要なデータだ。レオはステータス画面と戦況を比べ、分析していく。
――G
共に様子を見て……
――B
力を込めた一撃をはなつ。大剣と拳がぶつかり合い、金属音が反響し、衝撃となって互いに飛び散った。
これで一先ず第一の打ち合いは終了。白銀のロボットが一度距離を取ったのを見越し、ガウェインもまたレオの下へ。
「どうですか?」
「はい、レオ。中々の技術と重みを感じました。
ですがまだ発展途上です。才気煥発ですが、現時点ではそれだけです」
「なるほど、潜在能力はあるがステータスが足りない、と。あのアバターの基となったプレイヤーにも何時かお会いしたいものです」
言葉を交わしながら、レオは画面を操作する。たった一度の打ち合いであるが、そこで得られた情報を精査すれば力量はおのずと見えてくる。
これまでの情報をまとめ、この階層のボスもさして苦にはならないだろうと判断する。
「あとはもう一方ですが……」
レオは所在なさげに佇む薄青のロボットを一瞥する。
その姿は痩せた少女のそれだ。痩せた薄青のフォルムにロングヘア。ご丁寧にカチューシャまで添えられている。
アクティブに動く白銀のロボットと違い、彼女の方はどこかおどおどとフィールドに立っている。
が、レオの視線に気づいたのか、ロボットはびくりと肩を上げ、そして
「……っ」
ガウェインが息を呑む。彼が反応が遅れる程の速さでその敵は跳躍したのだ。
が、浅い。その一撃は彼の鎧の弾かれ、さしたる衝撃もないまま彼女は再び跳躍し、しかし上手くコントロールできていないのか着地に失敗していた。
「なるほどあちらのアバターは随分と極端な性能の持ち主らしいですね。
その様を分析し、なるほどとレオは頷いた。その目線の先には一撃を受けたにも関わらず全く減っていないHPゲージがあった。
ガウェインすら驚くほどの素早さを見せながらも他のステータスはあまりにも貧弱。恐らくは敏捷極振りのアバター。
「さて、これらの情報を基にして、と」
レオは楽しげにつぶやきながら、メニュー画面に据えたある項目を選択する。
[_search]そんな文言がウィンドウに映り、僅かな通信時間を経て起動する。
「では、さっそく試してみましょうか」
そのウィンドウには検索画面が表示されている。それは図書館でしか使えない筈の検索システムだった。
レオが先の図書館での情報収集の際に組んでみたコードキャストだった。
プログラム自体は単純なもので、図書館にダミーアイコンを打ちこんでおくことでシステム側に自分がそこに居ると思わせ、たとえダンジョン内に居ても検索システムが使える、というものだ。
動作確認はしていなかったのだが、みたところ特に問題はなさそうだ。この調子でシステムに干渉できる余地を探していきたい。
と、その間に白銀のロボが迫ってきた。
レオはガウェインに迎撃を命じる。あくまでHPは削りきらないように、と付け加えて。
自分の目的はこのゲームの打破であり、ダンジョンを踏破すればいいというものではない。
実質的なステータスではガウェインが負ける筈もないが、しかしそれだけでは駄目だ。
コロシアムの時と違い、システム的なバックアップも整いつつある今、得られる情報は完全に分析しておきたい。
ただ敵を倒せばそれでいい、というものではない。
これはゲームであるかもしれないが、自分の使命はゲームをクリアすることではなく。ゲームを内部から破壊してやることなのだから。
レオはそのことを見誤らず理解していた。
《アルミナム・バルキリー(Aluminum Valkyrie)》
登場ゲーム:Brain Burst 2039
メタルカラーの女性騎士型デュエルアバターであり、装甲強度はそれほど高くないものの、現実世界で身に付けた武術の経験を活かした近接格闘戦では無類の強さを誇り《完全一致》とされる。
反面、間接攻撃への耐性がないことが弱点。
情報を入力し白銀のロボット――バルキリーのマトリクスを埋める。
聖杯戦争の際にも使用されたデータだ。完成したマトリクスは3段階目、というところだろうか。完全ではないが、これでほぼ敵の手が見える筈だ。
同時におや、とも思う。出典のゲーム名に見覚えがあった。
「ガウェイン。白い方の分析は終わりました。現時点ではこれで十分でしょう」」
「では」
バルキリーと激しく打ち合うガウェインにレオは命令(コマンド)を下した。
「決めなさい」
――AGxAGB
――GBAGBA
「はっ」とガウェインは雄々しく声を上げ、剣を振るった。
打ち合ってまださほど時間はないが、既に敵のリズムは見えている。互角の勝負を演じていたこれまでとは一転、的確な動きでバルキリーを追い詰めていく。
これが本当の対人戦ならいざしらず、この敵はあくまでそれを基にしたNPCに過ぎない。アルゴリズムを看破するのはさして難しくはなかった。
そして攻防(ターン)はガウェインの全勝で勝利し、バルキリーは「くっ」と膝をついた。
「さて、あとはあの極端なアバターですが」
バルキリーを下したのち、レオはもう一体の敵を見つめる。
彼女は倒れたバルキリーに心配そうに駆け寄っている。
「レオ、ではもう一体の方も……」
「待ってください、ガウェイン――何かをやろうとしています」
勝負を決めようとするガウェインを静止し、レオは敵の動きを見た。
彼女はバルキリーにまたがり、その手に小瓶を持った。
あれは恐らく《スキル》か《アイテム》だ。敵がNPCであることを考えれば前者である可能性の方が高いか。
本来ならば出させる前に倒すべきだが、情報収集の意味でも、レオは敢えてそれを放置した。
そして、彼女は小瓶を割った。
「《イート・ミー》」
次の瞬間、彼女の存在が――反転した。
爆音が轟き、何かが砕けるエフェクトが発生する。
肌がぞっとするほど冷えていく。氷ですか、とレオは分析した。
そこには異形が居た。
先までの可憐な少女型アバターはいない。黒く巨大で、恐ろしいバケモノがいた。
《アイリス・アリス(Iris Alice)》
登場ゲーム:Brain Burst 2039
紫寄りの青の近接系デュエルアバター。高い敏捷性を持つが、その他のパラメータは壊滅的に低い。
初期状態では必殺技もアビリティも持たないが、小瓶型の強化外装『リトル・ボトル』が壊れることで使用可能になるアビリティ『ツーフェイス』により、パラメータが裏返り、鈍重な巨人型アバターとなる。
この状態では周囲の敵をブリザードで凍らせる必殺技『スノウ・デビル』を持ち、一度なった場合対戦が終了するか、ポータルに入らない限り元に戻らない。
「なるほど……面白いスキルです」
性能をさっそく検索にかけ、レオは呟いた。
レオの知る聖杯戦争で言えば「バーサ―カー化」を任意で得ることができるようなものだろうか。
こういったスキルもあるらしい――デュエルアバターという奴は。
「レオ、どうしますか?」
「そうですね」
自分の三倍はあるかという凶暴な化け物を見上げ、レオは考える素振りを見せた。
そこに恐怖はない。どこか楽しげにですらあった。
「まぁこの層の調査はこの程度でいいでしょう。中々面白いデータが取れました」
微笑みを浮かべレオは頷いた。
そして「ではクリアしちゃいましょう」とレオは告げた。
次の瞬間、王の勅令を受けた騎士は巨人を斬り伏せていた。
「さて、戻ってきましたね」
そうしてレオは揚々と学校へともどってきた。月海原学園の見慣れたリノリウムの床を踏む鳴らす。
これで第三層への道も開けた。ステータスの回復を待って次のダンジョンに挑むことになるだろう。
回復を待つ間にも図書館で情報収集や生徒会室の作成に勤しもう。データを弄ることにも大分慣れて来たし、次のメンテナンスのあとには削除されない完璧な生徒会室を作れる自信があった。。
(ハセヲさんが戻ってきて、他のダンジョン攻略要員が揃えばいよいよ、でしょうか)
レオが今後について思考を働かせながら、歩いていると、
「あ、レオお兄ちゃん。戻ってきたんですね」
不意に彼女と出会った。揺れるツインテール。赤い髪、赤い瞳。
スカーレット・レインに。
彼女はいま微笑んでいる。屈託のない、可憐で幼い笑みにレオもまた笑い返した。
「ただいま、です。副会長。非常に有意義な時間を過ごせましたよ」
「そうなんですか! それはよかったです」
「ええ順調ですよ。本当に」
言葉を交わしながら、レオは思う。
彼女のデュエルアバター/本当の姿は、如何な形をしているのだろうかと。
第二層のフロアボスで戦ったのアバターたち。人型から機械的なアバターへと切り替わること、色ごとに系統分けされた性能、そして《スキル》。その辺りが特徴だろうか。
どうやらコロシアムで戦ったロボットとはまた違った性能を持つようだ。
そして彼女もまた、Brain Burst 2039 プレイヤーだという。
ならば彼女にもある筈だ。あのフロアボスたちがアバターを切り替えたように、彼女にも「ほんとうの姿」とでもいうべきアバターが。
(何時か僕にも見せてくれるでしょう。時が立てばおのずと。
その時はできれば、頼れる味方として……)
「あ、じゃあ私行きますね。ジローお兄ちゃんが気分転換にキャッチボールを教えてくれるらしいんです」
そう花咲くように笑い、彼女は去って行った。
こつんこつん、と可愛らしく響く足音を聞きながら、レオは無言で図書館へと向かっていた。
自分がやるべきことを、やるために。
(ああ、そういえばそろそろ終わっていますかね)
第一層のフロアボスがドロップしたデータファイル。
それはどうやら正規のアイテムではないのかプロテクトが掛かっていたのだ。
そして先の第六層のボスもまた、トリガーコード以外にアイテムを落としていた。が、同様にプロテクトがかかっていた。
(どうやらフロアボスの落すアイテムは通常の手段では開けないようですね。
空のアイテムフォルダと同じく没ダンジョンゆえの調整不足なのか。意図的なものなのかは分かりませんが……)
何にせよ、レオは超一流の零子ハッカー(ウィザード)である。
時間を掛ければプロテクトを解くことは難しくなかった。
第二層のダンジョン攻略と並行してできるよう、彼はプロテクトの解除プログラムを組んでいた。
恐らく解析はもう終わっている。
番匠屋淳ファイル、と銘打たれた謎のファイルの。
【チーム:対主催生徒会】
[役員]
会長 :レオ・B・ハーウェイ
副会長:サイトウトモコ(スカーレット・レイン)
書記 :空席
会計 :空席(予定:ダークリパルサーの持ち主)
庶務 :空席(予定:岸波白野)
雑用係:ハセヲ(外出中)
雑用係:ジロー
[チームの目的・行動予定]
基本:バトルロワイアルの打破。
1:(レオの)理想の生徒会の結成。
【ジロー@パワプロクンポケット12】
[ステータス]:HP35%、小さな決意/リアルアバター
[装備]:なし
[アイテム]:基本支給品一式、桜の特製弁当@Fate/EXTRA、不明支給品0〜2(本人確認済み)
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:殺し合いには乗らない。
1:今は図書室で情報を集める。
2:トモコちゃんの事も、可能な限り守る。
3:『オレ』の事は、もうあまり気にならない。
[備考]
※主人公@パワプロクンポケット12です。
※「逃げるげるげる!」直前からの参加です。
※パカーディ恋人ルートです。
※使用アバターを、ゲーム内のものと現実世界のものとの二つに切り替えることができます。
【スカーレット・レイン@アクセル・ワールド】
[ステータス]:HP100%、(Sゲージ0%)、健康/通常アバター
[装備]:非ニ染マル翼@.hack//G.U.
[アイテム]:インビンシブル@アクセル・ワールド、DG-0@.hack//G.U.(4/4、一丁のみ)、赤の紋章@Fate/EXTRA、桜の特製弁当@Fate/EXTRA、基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:情報収集。
1:一先ず猫被ってハセヲやレオに着いていく。
2:ジローに話し合いで決まったことを伝え、レオの帰還を待つ。
3:レオに対しては油断ができない。
4:自力で立ち直ったジローにちょっと関心。
[備考]
※通常アバターの外見はアニメ版のもの(昔話の王子様に似た格好をしたリアルの上月由仁子)。
※S(必殺技)ゲージはデュエルアバター時のみ表示されます。またゲージのチャージも、表示されている状態でのみ有効です。
【レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ@Fate/EXTRA】
[ステータス]:HP100%、MP10%、令呪:三画
[装備]:ダークリパルサー@ソードアート・オンライン、
[アイテム]:桜の特製弁当@Fate/EXTRA、トリガーコード(アルファ)(ベータ)@Fate/EXTRA、コードキャスト[_search]、番匠屋淳ファイル(vol.1〜Vol.4)@.hackG.U.、基本支給品一式
[ポイント]:1053ポイント/0kill
[思考・状況]
基本行動方針:会長としてバトルロワイアルを潰す。
0:今は図書室で情報収集を再開。
1:本格的に休息を取り、同時に理想の生徒会室を作り上げる。
2:モラトリアムの開始によって集まってくるであろうプレイヤーへの対策をする。
3:他の生徒会役員となり得る人材を探す。
4:状況に余裕ができ次第、ダンジョン攻略を再開する。
5:ダークリパルサーの持ち主さんには会計あたりが似合うかもしれない。
6:もう一度岸波白野に会ってみたい。会えたら庶務にしたい。
7:当面は学園から離れるつもりはない。
8:岸波白野と出会えたら、何があったのかを本人から聞く。
9:トモコに関する情報を調べるタイミングは慎重に考える。
[サーヴァント]:セイバー(ガウェイン)
[ステータス]:HP130%(+50%)、MP85%、健康、じいや
[装備] 神龍帝の覇紋鎧@.hack//G.U.
[備考]
※参戦時期は決勝戦で敗北し、消滅した後からです。
※レオのサーヴァント持続可能時間は不明です。
※レオの改竄により、【神龍帝の覇紋鎧】をガウェインが装備しています。
※岸波白野に関する記憶があやふやになっています。また、これはガウェインも同様です。
※トモコの名前は偽名で、本名はスカーレット・レインであると推測しています。
[全体の備考]
※ダンジョン【月想海】のフロアボスはアイテムをドロップします。が、プロテクトがかかっており通常の手段では開くことができません。
【第二層・七の月想海】
ミッション:ダンジョンの踏破
ボス:演算武術研究部コンビ
スピンオフ作品『アクセル・ワールド/デュラル マギサ・ガーデン』の主人公、千明ちあきとその親友リーリャ・ウサチョヴァのデュエルアバター。
ステータスはバニラ・スライサー&アッシュ・ローラー戦のもの。
【コードキャスト[_search]】
レオが自作したコードキャスト。ダンジョン内でも図書館の検索機能を使うことができる。
ただし学校から離れると使えない為、改良の余地もある。
【番匠屋淳ファイル(vol.1〜Vol.4)@.hackG.U.】
.hackG.U.の舞台裏の中で重要な立ち位置を占める番匠屋淳が妹である佐伯令子(パイ)に残したとされるファイル。
G.U.vol.1の特典ディスクとして付属し、ゲームの進行と共にデータが解禁される。
vol.1〜Vol.4の内容は前作(.hack//)の総集編となる。
投下終了です。
おっと【第二層・七の月想海】ではなく【第二層・六の月想海】でした
時間も忘れてました【B-3/日本エリア・月海原学園/一日目・昼】です
投下乙です。
ダンジョン攻略はどんどん進んでいきますね! その一方で、生徒会の結束も強くなっていきますが、もしもレインがクロウの死を知ったらどうなるでしょう……
そして、ゲットしたファイルもどう使われるでしょうか?
投下乙です
まさかの番匠屋ファイルの登場ですか・・・
あれはカイト達の係わったモルガナ事件と碑文使いPCの誕生が書かれた
貴重なレポートだからレオ達にとっては役立つ物になるでしょうね
ただいくつかに分割されていたから、やはりある程度そろわないと
全容は明らかにならないのかな?続きが楽しみです
>そして先の第六層のボスもまた、
これは第二層の間違いですよね?
投下乙です
原作の知識が微妙な俺にも物凄く重要なフラグが立ったのは判った
ここから更に考察が進むんだろうがそれが真相にたどり着くか…
ハセヲ以外の生徒会メンバーはいつまでロワに関わらずダンジョン攻略を進めることになるのかw
バルキリーとアリスお疲れ様です。原作の話数が少ないせいか、顔見せだけな感じだけど嬉しい
そしてまさかの番匠屋ファイル(ターミナルディスク)…
The world R:1勢で既に会話できるのが黒薔薇さんしかいないから補完にも使えるよなぁ
投下乙でした
新しい予約が来た!
>>683
そのブラックローズがもし読んだら
ミア殺害やR:1を崩壊させたいきさつも書かれてるから激怒しそう
これより、予約分の投下を開始します。
0
#center(){
蒼ざめた馬の疾駆するがごとくに
見えざる疫病の風、境界を越えゆく。
阿鼻叫喚、慟哭の声、修羅、巷に溢るる。
逃れうるすべなく、
喪われしものの還ることあらざる。
時の流れは不可逆なればなり
}
1◆
――――ハ調ラ音。
ピアノの鍵盤を弾く様な音が響く。
「――――ここ、は……」
気か付けば、ハセヲは黄昏色の空の下で佇んでいた。
この場所には酷く見覚えがあった。……ないはずがない。
カルデラ湖の中心、陸地には至らない石橋の先に建てられた建造物。
「グリーマ・レーヴ大聖堂」
女神アウラが祀られていたという、ロストグラウンドの一つであり、
ハセヲにとっては、終わりと始まりを告げる、運命の地とも言える場所だったのだから。
「けど、なんで俺はここにいるんだ? たしか俺は、さっきまで………」
マク・アヌにいたはずだ。と口にしながら、ハセヲは最後の記憶を辿っていく。
レオの指示に従って、俺はマク・アヌを調べようとしていたのだ。
道中で白いスケィスと、AIDAに感染していたボルドーとも遭遇したが、特に問題はなかったはずだ。
だから問題があったとすれば、マク・アヌの中でだ。マク・アヌの中で俺は――――
「そうだ、志乃……!」
未だ意識不明となっていたはずの志乃を見つけたのだ。けれど……
その時にはもう、白いスケィスにキルされてしまった後だった。
……俺はまた、間に合わなかったのだ。
そうして俺は、怒りと憎しみの感情のままに、そこに現れた黒いスーツの男と、そして『三爪痕(トライエッジ)』とよく似たPCへと襲い掛かった。
けれど、その戦いは……憎しみは長くは続かなかった。黄昏色のそのPCが、志乃と同じことを口にしたからだ。
俺は、そいつらを『敵』にして、憎悪に身を任せることで、志乃を守れなかった喪失感と悲しみを誤魔化していただけだった。
そうして戦いは終わりを迎えた。
黄昏色のPCは、黒いスーツの男に対してデータドレインを使うと、蒼炎を纏って男を圧倒した。
機能拡張(エクステンド)による強化と、データドレインによる弱体化が要因だろう。
俺の攻撃をものともしなかった男は、蒼炎の攻撃に成すすべなく追い詰められた。
だが、蒼炎のPCが男に止めを刺そうとした瞬間、蒼炎が何かに驚いたように動きを止めた。
その隙を突いて、白いスケィスが蒼炎を赤い十字架に磔にし、データドレインを放ったのだ。
そして黄昏色のPCは蒼炎を失い、そのままデリートされてしまった。
残されたのは、俺と白いスケィスだけ。
黒いスーツの男は黄昏色のPCがデリートされた隙に逃げ去っていた。
だが白いスケィスもまた、俺を無視して去っていった。
結局のところ俺は、あの場にいた誰にとっても『敵』ではなかったのだ。
そうして、気付けば限界を迎えていた俺は、そのまま気絶したのだ。
……そうだ。俺は気絶したはずだ。
ならばこれは夢か? 夢だとしても、一体何の夢なのか。
もしかしたらあの後、PKに見つかってキルされたのか?
直前に遭遇したボルドーの事を考えると、決して可能性がないとは言い切れない。
だとすれば、俺はとっくに死んだのだろうか………。
「ちくしょう……。何も……わからねぇ」
自分がまだ生きているのか、それともすでに死んでいるのか。この状況ではそれさえも不確かだ。
だがこのままじっとしていても、何もわからないままだ。なら今は、この状況でもできる事をするべきだろう。
そしてカオスゲートが存在せず、メニューも開けないこの状況では、大聖堂だけが残された唯一の導だ。
そう考え、大聖堂へと向けて足を進めた。
「それにしても、あいつは……あの白いスケィスは一体なんなんだ」
その合間に、そんな事を考える。
自分の『憑神(アバター)』と同じ、輪をあしらった赤い十字架を持つ白い石像の巨人。
あいつは俺の事は完全に無視したくせに、黄昏色のPCのことは執拗に狙っていた。
思い返してみれば、あいつの反応は『三爪痕(トライエッジ)』に似ている気がする。
蒼炎を纏った謎のPK。憑神とよく似た力を持つあいつの正体も、結局は謎のままだ。
だがあいつは、間違いなく何かを狙っていた。
それが何かは判らないが、あいつが俺たちと戦った時の反応と、白いスケィスの反応が似ている気がした。
ならばあのスケィスにも、狙う対象に条件があるということか。
その条件に黄昏色のPCは当てはまり、俺は完全に外れていたのだろう。
だとすれば、その条件は何なのか。
通常の仕様から外れている、と言う意味では、碑文使いの俺も、データドレインを使ったあのPCも一緒だろう。
だとすれば、あのPCと『三爪痕(トライエッジ)』が似ていることと、何か関係があるのか?
……そう言えばそもそも、俺はどうして、あの白いスケィスが『スケィス』だと確信したのだろう。
“似ている”でも“近い”でもなく、“同じ”だという確信。それは一体、どこから来たものなのか。
その手掛かりはおそらく、あのスケィスと始めて遭遇した時に感じ既視感(デジャブ)にあるはずだ。
“ハセヲ”となる前に出会っていたという、あの感覚。俺は一体、いつあのスケィスと遭遇したのか……。
その答えを求めて記憶を探り―――しかし、答えが見つかる前に大聖堂の入り口に辿り着いた。
「……とりあえず、あいつの事は後回しだな。今はこの状況を何とかしないと」
白いスケィスの正体が何であれ、生きているのなら、また遭遇する可能性もあるだろう。
そう考え、大聖堂の扉を開け中へと入る。するとそこには、“鎖に繋がれた女神アウラの像”と、そして――――
「な! し、志乃……!?」
俺の目の前で、二度も消え去ったはずの、彼女の姿があった。
「――――ハセヲ」
俺の声が聞こえたのか、志乃がゆっくりと振り返る。
彼女の無事な姿に、俺はこれが夢だという事も忘れて安心した。
だが。
「来てくれたんだ。
……でも――間に合わなかった……」
その言葉とともに、志乃の身体が、ゆっくり途中に浮かび上がる。
同時にその背後に、あまりにも見覚えのある黒い杖と、その持ち主である、黒い死神が出現する。
間違えようなど無かった。形態こそ初期の物ではあったが、その姿は紛れもなく、俺がよく知る方のスケィスだった。
その、自身の『憑神(アバター)』であるはずのスケィスが、白いスケィスが黄昏色のPCに対してそうしたように、志乃を杖に磔にしていた。
「ま、まて! やめろ……っ!」
直観的な恐怖からそう口にして、志乃へと向けて駆け出す。
だがスケィスは両腕を大きく振り上げると、その両手を大きな鎌のように変化させ、
「やめろぉぉォォォォオオオオッッッ!!!!!!」
全力で志乃へと走りながらも、有らん限りの力で叫ぶ。
だが、スケィスはその声など聞こえてないかのように、両手の大鎌をギロチンの様に振り落した。
ザン、と言う音がして、血のように赤いエフェクトが飛び散った。
志乃のPCボディは両断され、その断面からこぼれるようにデータ片を撒き散らす。
それによって磔刑から解放されたのか、大聖堂の床へと崩れ落ち、そのままガラス細工のように砕けて消えた。
……懸命に伸ばした俺の手は、また今度も、あと少しの距離を残して届かなかった。
「志……乃……」
一歩、二歩と、たたらを踏んで、そのまま崩れた様に膝を突く。
また間に合わなかったのか。と、喪失感と自己嫌悪に襲われる。
これが夢であることを思い出しても、その感覚が拭えない。
そんな俺に構うことなく、スケィスは次の獲物を定める。
己が杖を手に取り、大聖堂の入り口へと向けて突き付ける。
慌てて振り返れば、そこには三尖二対の双剣を手にした、黄昏色のPCの姿があった。
「おまえは……!」
あのPCが『三爪痕(トライエッジ)』の双剣を装備している理由は、自分があの姿に対して持っているイメージからか。
いずれにせよ、彼は、まっすぐにスケィスを睨み付けると、黒いスーツの男を圧倒した蒼炎を纏うと、三つ又の双剣を構えた。
それと同時に、スケィスが先制攻撃を開始した。
スケィスは左手を突き出すと、そこから無数の光弾を射出する。
だが蒼炎は光弾を双剣で弾き防ぎきり、即座にスケィスへと一気に飛びかかる。
対するスケィスも、杖から光の刃を展開して大鎌とし、蒼炎へと振り被り迎え撃った。
「くそっ。一体何がどうなってやがんだ!」
現状の理解が追い付かない。自分が見ている夢のくせして、自分自身を置き去りにしている。
蒼炎のPCもスケィスも、俺のことなど意識もしていない。目の前で始まった戦いに対して、俺はあまりにも無関係だった。
今できる事は、ただこの戦いを――夢の結末を見届けることだけだった。
2◆◆
――――シノンが目覚めた時には、既に全てが終わっていた。
重い瞼をどうにか持ち上げ、辺りを見渡す。
霞む視界の中に見えたのは、四つの人影。
蒼い炎を纏う黄昏色の少年と、黒いスーツを着たあのPK。
黒く禍々しい鎧の少年と、赤い十字架を構える白い石像の巨人。
朦朧とした意識では、どういう状況なのかを把握する間はなかった。
なぜなら、それよりも遥かに早く、決着が付いてしまったからだ。
まず黄昏色の少年が赤い十字架に磔にされ、白い巨人の放った極彩色の極光に撃ち抜かれた。
その間に黒服のPKは逃げ去り、黄昏色の少年はデータ片となって四散した。
そして白い巨人は黒い少年を意にも留めずに立ち去り、残された黒い少年は気を失って倒れ伏した。
ここで一体何が起こったのか。それを教えてくれる者はいない。
辛うじて残された戦闘痕から、彼らが争っていたことが予測できるだけだ。
ただ気絶する直前に見た、アトリと似た黒い少女の姿がなかったことだけが、僅かに気にかかった。
…………それでもシノンには、迷っている暇はなかった。
自分が気を失ってから、どれくらいの時間が経ってしまったのか。
黒服のPKの傍に残されたアトリは、果たして今も無事でいるのか。
それを考えれば、状況の不明などに立ち止っている暇は微塵もない。
だがシノンは、すぐには動きださなかった。
焦りがないわけではない。むしろ今すぐにでも駆け出して、アトリを探したいとさえ思っていた。
彼女がそれをしないのは、焦りに急かされた行動では、往々にして望んだ結果に至らないことを理解していたからだ。
――――冷静に。
努めて冷静に、シノンは状況を把握していく。
アトリがすでに殺されている可能性は非常に高い。もはや確実と言っていいレベルだ。
だがそれでも、諦めるにはまだ早いと、アトリはまだ生きているはずだと、シノンは信じていた。
その希望を持つに足る根拠が、彼女にはあった。
一つは、ランルーくんの存在。
黒服のPKに自分が殴り飛ばされた時、彼女はまだ気絶していた。
だがもし彼女が目覚めていれば、あるいは時間稼ぎぐらいはできるかもしれなかった。
そしてもう一つが、あの黒服の言葉。
あの黒服はイニスを使ったアトリを見て、“君だけは絶対に取り込まなければ”と口にした。同時に“君が死なないでくれて助かるよ”とも。
それはつまり、あの時点では黒服のPKに、アトリを殺すつもりはなかったという事だ。
“取り込む”という言葉の意味は気になるが、それでもこの言葉は、アトリが生きている可能性が残されている証だ。
そしてあの黒服がアトリを捕らえているのなら、まだそう離れてはいないはずだ。あとは致命的な状況になる前に、彼女を助けだせばいい。
……だから問題は。
今の自分の手札では、あの黒服は絶対に倒せないという事だ。
自身の状態を確認する。
現在持っている手札は、ファイブセブンとプリズム、そしてアンダーシャツのみ。
そしていかなる理由からか、一ポイントしか残っていなかったはずのHPが全快している。
………おそらくは、あのアトリに似た黒い少女のおかげだろう。
彼女はアトリと同じゲームのPCで、同じ職業(ジョブ)なのだろう事は予測できる。
ならばヒーラーのアトリと同じように、あの彼女も回復呪文が使えてもおかしくはない。
だが黒服は圧倒的なステータスを持ち、さらにはこちらの三枚の手札の内二枚を知っている。
そして黒服が自分たちを見つけ出した手段と、あの黒服が二人いた理由を、自分は理解できていない。
ファイブセブンとプリズムも、使い方次第ではまだ有効だろう。
黒服の攻撃も、アンダーシャツの効果で一撃だけならば耐えられる。
あの黒服に銃弾を当てることも、回避距離のないゼロ距離からならばおそらく有効だ。
つまり、どうにか不意を突き、プリズムを囮にし、懐への接近に命を懸ければ、もしかしたらあの黒服を倒せるかもしれないのだ。
が―――しかし、そこで終わりだ。
黒服が自分たちを見つけ出した手段を使えば、それだけで奇襲の成功率は激減するだろう。何しろ相手は、放たれた銃弾を見てから回避するような化け物だ。
加えて、もし仮に黒服に発見されず、奇襲も完璧に成功させ、奇跡的に黒服を倒せたとしても、“あの黒服はもう一人存在する”。
そのもう一人をどうにかしない限り、結局アトリを助けることは出来ない。
現在の状況でもう一人の黒服に対抗しようと思うのならば、アトリのイニスに頼るしか方法はない。
だがしかし、イニスは一度あの黒服に敗れており、さらにその前提は、アトリの状態が良ければの話に過ぎない。
そんなまずあり得ない可能性に縋るなど、もはや希望的観測ですらない。ただの現実逃避だ。
不確定要素に頼って倒せるほど、あの黒服は決して易しくないのだから。
……そう、勝ち目はない。まったくのゼロだ。
シノンにアトリを助けだす術は、何一つとして存在しない。
「………それでも、やるしかない」
圧倒的不利を理解しながらも、シノンは覚悟を決めてそう口にする。
そう、やるしかない。アトリを助けるには、その不確定要素に頼るしかないのだ。
それに手札が少ないのであれば、増やせばいいだけの話だ。そう考え、シノンは視線をある場所へと向ける。
目覚めた時には終わっていた戦いの場。黄昏色の少年が、データ片となって消え去った場所。
そこには黒い鎧の少年が地面に倒れ伏し、そのすぐ傍に幾つかのアイテムが散らばっている。
そちらへと近寄り、散らばるアイテムの内の一つ――古めかしい装丁をされた巨大な本を手に取る。
【薄明の書】
使@す*とPCEータに#%がイン@トーWされる。
表示されたウインドウの説明にはそう記載されていた。
文字化けしていて、正しく読むことができない。
辛うじて読める文字から推測するに、おそらくこれはインストールブックの一種なのだろう。
しかしその肝心な部分。インストールされるデータが何なのかは、まったく読み取ることができなかった。
本自体も黄昏色の少年と同様に蒼い炎を纏っていたことから、おそらくそれに関するスキルを習得できるのだろう。
だが文字化けするようなバグがある以上、迂闊に使用することはできない。
インストールブック以外のアイテムも、その詳細を確認しながら回収していく。
その内二つは、自分にとっても非常に有用なものだった。上手く使用すれば、アトリを助けだせる可能性はさらに高まるだろう。
それらをもとに、改めて対黒服の戦術を組み立てていく。
同時にシノンは、空のままだったファイブセブンに銃弾を込めていった。
――――弾丸の一発一発に、必殺の意思を籠めるかのように。
ゲームであろうと、リアルであろうと、最後に命運を分けるのは結局のところ意志の強さだ。
だから、たとえ他の何が負けていても、それだけは決して負けてやらないと。
何よりも自分自身に誓うように、最後にファイブセブンの遊底(スライド)を引いた。
そうして全ての準備を整えた後、シノンは気を失ったままの黒い少年へと目を向けた。
少年は何かに魘されているのか、苦悶の表情を浮かべている。
先程、黒服は逃げるようにこの場を後にしていた。
あの男のステータスや余裕ぶった態度から考えて、数の不利が理由ではないだろう。
ならば撤退を選択するほどのダメージを受けたからか、それとも別の理由からなのか。現状からでは、判断できない。
ただ、“もう一人”が現れなかったのは、それが不可能な理由があったからだと推測できる。
考えられるその理由は、他のプレイヤーと交戦していたか、あるいは“何か手の放せない作業を行っていた” か、そのどちらかだろう。
いずれにせよ、あの黒服は“もう一人”と合流しようとするはずだ。
だとすれば、今すぐあの黒服を追えば、同時にアトリの元へと辿り着けるかもしれない。
加えてダメージを受けての撤退だったのならば、戦闘を有利に進められる可能性もある。
……だが黒服を追うのであれば、“余計な荷物は背負えない”。ほんの些細なミスが、即死に繋がるからだ。
アトリを優先するのであれば、この少年は捨て置かなければならない。
そしてこの死に満ちた街に置き去りにするという事は、彼を見殺すという事に等しい。
だが少年に構っていれば、ただでさえ低いアトリの生存確率を、さらに低下させるということだ。
両方を選択することは出来ない。助けられるとしたら、一人だけ。
「――――――――」
それを踏まえた上で、シノンは少年の方へと向き直った。
自分が助けると決めた人物を助けるために。
その表情を、氷のように凍てつかせながら。
3◆◆◆
………………。
……………………。
………………………………。
…………あれから、どれくらいの時間がたったのか。
繰り返される苦痛と吐き気、不快感に、時間の感覚が狂っている。
十数分か、数十分か、数時間か。
メールの着信がないことから、まだ六時間は経ってはいないと思うが、体感的にはもう越えていそうな気がする。
拷問の内容は、アバターのデータ――肉体ではなく精神にダメージを与える類のものだった。
大まかに言えば、失明や失聴、失触などの感覚消失。あるいは逆に感覚を過敏化させるといったもの。
中には『周囲の情報を一気に流し込む』なんていう、頭が壊れそうになったものもあった。
それらはPCの内部データ改竄によるものなのだろう。
元々そういう方法なのか、あるいは碑文の抵抗か、または制限か。状態異常自体は短時間で直った。
だがそれも、幾度も繰り返されればそれもストレスになり、ついには正常な感覚さえ失調する。
現に、私の感覚はその大半が狂い、外界を正しく捉えられなくなっている。
視界はぼやけ輪郭が歪み渦を巻き、音は遠近や音程が狂い割れ鐘のよう。肌に感じる大気はまるで、熱湯と冷水の入り混じった泥水だ。
「ぅ…………ぁ………………」
そんな狂いに狂った感覚と激しい頭痛に、堪らず吐き気が込み上げてくる。
だが0と1の数列の集まりでしかないPCボディに“吐く”などという機能があるはずもなく、行き場のない吐き気はただ胸の中に溜待っていき、それが更なる吐き気を齎すという悪循環に陥る。
―――気持ち悪い。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い、この上なく気持チ悪イ――――。
この胸の中に溜まっていく泥のようなナニカを吐き出して今すぐ楽になってしまいたい。
そしてその方法はわかっている。……ただ、抵抗を止めてしまえばいい。そうするだけで、この最低最悪とも思える吐き気は綺麗さっぱり消え去ってくれるだろう。
…………けど、それは出来ない。
たとえ結果は変わらないとしても、抵抗を止めることだけは、したくない。
抵抗を止めるということは即ち、このナニカが自分自身になるという事なのだから。
「ふむ。随分と耐えるな。とうに受け入れていてもおかしくないと思うのだが……。
これほど抵抗を続けられるのは、君達の口にする『愛』とやらが理由かね?」
不意に聞こえた、男の声。あらゆる感覚の狂った世界で、その声だけは、妙にはっきり聞こえた。
それも当然。何しろこの声は、自分の内にあるナニカから直接聞こえてきているのだから。
……いや、正しく言うならば、そのナニカの大本である、私の体に腕を突き入れている黒いスーツの男から、だろう。
観測するものが出来たからか、歪み狂った感覚が、僅かにだが正常な機能を取り戻す。
HPゲージは……それほど減ってはいない。私を取り込むために、殺さないよう気を付けているのだろう。
身体の感覚は……鈍くなってはいるが、まだしっかりと感じられる。どうやら私は、まだ“私”を保てているらしい。
ただ、次第に意識が朦朧としてきている。心よりも先に、体の方が限界を迎えているようだ。
それも当然か。このPCボディは、今はまだ“アトリ”という形を保ってはいるが、これまでの拷問によって散々内部データを弄られている。
一時的なものとはいえ、どこまで正常な数値へ戻っているかはわからないし、AIDAサーバーにも似たこの空間では、PCボディの異常はダイレクトな感覚として伝わってくる。
そもそも、ここまで耐えられたこと自体が、私自身が驚くくらい奇跡的なことだったのだ。
「だが、それもここまでだろう? いい加減諦めて、君も“私”になりたまえ」
それを見越しているかのように、男は私に語り掛けてくる。
その声には威す様な強さも、唆す様な優しさもない。まるで機械のようなシステムボイス。
その無情さに、この男がそもそも人間なのかさえわからなくなってくる。そのことが何よりも恐ろしい。
―――だが、それでも。
「い……や……………、で…………す……………………!」
ゆっくりと、だがしっかりと首を振って、男の言葉を拒絶する。
………負けたくない。
この人にだけは……絶対に負けたくない。
結末は変わらないとしても、諦めることだけは、したくない。
だって、まだ耐えられる。
イジメには慣れてるし、負けたくない理由もある。
リアルでのそれとは比べ物にならないほど辛いし苦しいけど、今の私には、それに立ち向かえる心があるのだから。
だから――――
「そうかね。では拷問を続けよう」
「―――あ、ああああアアアアアアああ唖吾痾合アア亜あ婀ア閼擧…………ッッッ!!!???」
ズプリと、男の右腕がより深く差し込まれ、そのままグチャグチャと私のナカを掻き回す。
混ざる。崩れる。溶け出す。
私と私でないものと私でなくなったものが融けて崩れて混ざり合ってどれが私で何が私で誰が私なのかがわからなくなる。
私が私でなくなって私でなくなったのが私でないものになって私でないものはつまり私で私が私になって私しかいなくなって私の私は私に私を私へ私私私私私――――――――
「ッ――――――――――――――――!」
――――消える。変わる。塗り潰される。
私を私足らしめるものが黒いナニカに汚染されていく。
………………それを、今にも消え去りそうな心だけで耐え凌ぐ。
碑文の力を頼りに、“私”を書き換えようとするナニカに抵抗する。
………だって、あと少し耐えれば、助けが来る。
波の音が聞こえる。
消失していく感覚を浚う様な、ノイズのような音が近づいてくる。
知っている。私はこの音を知っている。私以上に、イニスの碑文が知っている。
この波の音はイニスと同じもの。波の先駆けの訪れなのだと理解する。
だから私は、最後の精神力を振り絞りつつ、同時に安堵もした。
――だってそれはつまり、“彼”が来るという事なのだから。
そうして最後に、水滴の落ちるような音を捉えて、私の意識は波の中に沈んでいった。
†
「フム、気を失ったか」
己の右腕に貫かれたまま力なく項垂れたアトリを睥睨して、スミスはそう端的に呟いた。
腕を引き抜き冷たい床に投げ捨てても、少女が目覚める様子はない。
ここまでの拷問に耐えていた気力も、ついに尽きた、という事だろう。
もっとも、スミスからすれば、アトリがここまで耐え続けたこと自体が意外だったのだが。
アトリへの拷問は、最大限の注意を払って行った。
勢い余って殺してしまわぬようダメージを与える類の拷問は控え、上書き能力を応用して感覚機能を徹底的に狂わせた。
これが正常なマトリックス内部であったなら、彼女は今頃、自分の吐瀉物に塗れていたことであろう。
そうならなかったのは、アトリの肉体を構成するデータに、“そもそもそんな機能がなかった”からだ。
「……仮初の肉体、か」
マトリックス内にいる人間と同じ、0と1の数列によって作り出された虚像。
必要最低限の機能だけを組まれた、どこか別のところにいる人間の映し身。
アトリやワイズマンは、おそらくそういった人間なのだ。
未知のプログラム自体を解明したわけではないが、おそらくそれで間違いないだろうとスミスは確信する。
……しかし同時に、アトリとワイズマンでは決定的に違うものがある。
それはスミスの上書き能力に対する抵抗力だ。
ワイズマンはこれまでのプログラムと同様、容易く上書きすることができた。
対してアトリは、救世主の力を持つネオと同じように、上書きに抵抗して見せた。
故に彼女の心を折り、上書きを受け入れさせ、その力を己がものとしようとしたのだ。
だがその面思惑に反し、アトリは未だに上書きが終わらぬほど、耐えに耐えに耐え抜いた。
反抗的な目こそしていたが、アトリは一見、気の弱そうな少女だった。
故に、“私”が戦闘を終わらせる頃には拷問に屈し、上書きを受け入れているだろうと思っていたのだが……結果はこの通りだ。
どうやら彼女たちの口にした『愛』とやらは、余程彼女たちの精神に力を与えるものらしい。
「ふむ。これは選択を誤ったかもしれんな」
「だが、今更結果は変えられん。仮定するだけ無意味だ」
一人呟くスミスに、“同じ声”が掛けられる。
現在アトリを拷問しているスミスと同じ顔をした、同じダークスーツの男、“スミス”だ。
彼は“一人目のスミス”とは違い、ここではないどこかを見つめるかのように、視線を虚空へと向けている。
「わかっている。それよりも今の問題は、“私”との合流をどうするかだ。
すでに“私”が向かっているとはいえ、あの場には“あの力”を持つ巨人がいる」
“スミス”が向ける視線の先には、ここにはいない、先ほどまでカイト達と戦っていた“スミス”がいる。
“彼”はカイトからデータドレインを受け、『救世主の力の欠片』を失い、通常のエージェントと同レベルまで弱体化してしまっていた。
これが元のマトリックスでの事ならば、“スミス”は弱体化したスミスの事など気にも留めなかっただろう。
だが『この世界』においてはそうするわけにはいかない。何故なら事実上“無限”であったかつての自分とは違い、現在の自分は“有限”だからだ。
故に、たとえ弱体化していようと、貴重な戦力の一人を失う訳にはいかない、と“スミス”は考えていた。
「今は“私”に任せよう。確かにあの巨人は危険だが、強敵という訳ではない。
それよりもここの守りが薄くなってしまう方が、現状においては問題だろう」
現在スミスたちがいるこの場所は、皮肉にもアトリたちが後にしたばかりの@ホームだ。
スミスは妖精のオーブで発見したこの@ホームで、アトリの拷問を行っていたのだ。
デフォルトのマップには載っていないこの施設なら、そう簡単には発見されず、拷問の邪魔もされないだろうと判断してのことだった。
ちなみに@ホームの中にいたデス☆ランディは、既にスミスの手によって、“スミス達”の一人にされている。
現在弱体化したスミスの元へと向かっている個体が、そのスミスだ。
「そうだな。では外敵の排除は任せた。私はこのまま、彼女への拷問(上書き)を続けよう」
「任されよう。だが上書きはなるべく急ぐことだ。“ここ”は未知の要素が多すぎる」
二人のスミスはそう言い合って頷くと、一人は@ホームを後にし、一人はアトリへと向き直った。
「それではアトリ君、拷問を再開しよう。ここから先は、少々強引になるがね」
意識のないアトリがそれに応えるはずもなく、スミス自身も答えなど期待せず、その首を左手でわし掴み、持ち上げる。
「ぅ…………」
咽喉に掛かる圧迫感に、アトリが呻き声を上げるが、それに構うことなく、スミスは再び、少女へとその右腕を突き刺した。
4◆◆◆◆
蒼炎のPCとスケィス。両者の戦いは、一見すれば互角だった。
攻撃力ではスケィスが圧倒的だが、対する蒼炎は身軽さで勝っている。
加えて両者のサイズには大きな差があるというのに、それを感じさせないその姿。
その光景はまるで、自分が『三爪痕(トライエッジ)』に初めて挑んだ時のようだった。
スケィスの猛攻を、蒼炎は見事な双剣捌きで凌いでいく。
攻撃を決して真正面からは受け止めず、受け流して懐へと潜り込み反撃している。
互いのサイズの差さえも利用しているのだ。
長柄の大鎌を振るうスケィスでは、小柄な蒼炎のPCは捕らえ切れない。ましてや懐に潜り込まれれば、迎撃手段はほぼない。
だがしかし、それは決して蒼炎が有利であることを意味しない。
たった一撃。ただの一度でもスケィスの攻撃を防ぎ損ねれば、その時点で蒼炎の負けが決まる。
それほどのステータス差が、両者の間には存在するのだ。
蒼炎がスケィスの懐へと攻め入っているのは、そこにしか勝機がないからに過ぎない。
そうして間もなく、決着の時が訪れた。
蒼炎へ攻めあぐねたスケィスが、大鎌を一際強く振り下ろす。
まさにその隙を突いて、蒼炎がスケィスの懐へと飛び込み、蒼い炎の爪を振り抜く。
《三爪炎痕》と呼ばれるその一撃は、スケィスの身体に三筋の蒼い爪痕を刻み付ける。
同時に、ガラスが砕け散るような音とともに、スケィスの守りが砕かれた。
プロテクトブレイクしたのだと理解するのと同時に、蒼炎が『腕輪』を発動させる。
無数の数列が、薄緑色の光を放ちながら展開されていく。同時に周囲の空間が歪み、ノイズに飲み込まれていく。
データドレインだ。
プロテクトブレイクされたスケィスがこれを受ければ、そこで戦いは決着する。
しかしプロテクトブレイクの影響でスタンしたのか、スケィスは動かない。
そうして極彩色の光が放たれる―――その直前。
スケィスの左手から、無数の光弾が放たれた。
スタンから回復したのか、それともスタンしたと見せかけていたのか。
いずれにせよ、カイトはその光弾を回避できず、データドレインも中断させられる。
だが、それだけでは終わらない。
スケィスは左腕を鞭のようにしならせ振り抜き、一気に腕を“伸ばして”蒼炎を捕獲する。
そして自身の傍まで引き摺り寄せると、蒼炎を勢いよく殴り飛ばし、大聖堂の壁へと叩き付ける。
そして一瞬で蒼炎へと接近すると、杖の柄でその身体を貫き、そのまま壁に縫い付けた。
ほんの一瞬の逆転劇。
僅かな天秤の差が、両者の命運を別けた戦い。
それに完全な決着をつけるために、スケィスが蒼炎へと向けて右腕を突き付けた。
同時にその掌に目のような紋様が現れ、続いて砲身が形成される。
「っ! おいっ、やめろっ! やめやがれ!!」
データドレイン。
蒼炎がスケィスに使おうとしたスキルを、今度はスケィスが蒼炎に対して使おうとしている。
だがスケィスの時と違い、壁に縫い付けられた蒼炎にはこれを防ぐ術がない。
故に、それを止めるために声を荒げるが、スケィスは止まらず、砲口に光を収束させていく。
「このっ! やめろっつってるだ――ろ……っ!?」
堪らずスケィスへと飛びかかり、大鎌を抜いて切りかかるが、
その一撃はスケィスの身体を透過し、何の影響も与えることはなかった。
まるでホログラムでも触ったかのようなその手応えに、俺はようやく理解した。
この夢は、マク・アヌで起きたあの戦いを、配役を変えて再現したただの記録なのだ。
そしてこの夢の中では俺は、あの時と同じように、誰の『敵』にもなれない、ただの傍観者でしかないのだ。
だが一つだけ。黒いスーツの男と白いスケィスが、俺の憑神(アバター)であるスケィスとなっている理由だけが解らなかった。
そうして俺にはどうすることもできないまま、データドレインは放たれ、蒼炎のPCはデータ片となって四散した。
あの戦いでは、俺はこの後気絶した。
ならば、これでこの夢は終わるのか、と考えたところで、ふと自分に向けられた視線に気付く。
この聖堂に残されたものは、あの時と同じく、俺とスケィスの二人だけ。
振り返ればやはり、自分の『憑神』であるスケィスが、ジッと俺へと向けていた。
「くっ……! 今さら俺に、何の用があるって言うんだよ……!」
その意図が解らず、俺はスケィスへと向けて悪態を吐く。
だがスケィスは応えず、何かを責めるように、その赤く光る三眼を向けてくるだけだ。
……責める? 一体何を?
――オ前ガ、二人ヲ殺シタノダト。
「ッ……!」
脳裏に過ぎったその応答に、背筋に悪寒が奔る。
音が発せられたわけではないのに、その“声”は明確過ぎる程に聞こえてきた。
「な、何を、言ってやがる……! 俺が志乃を、あいつを殺しただって?
ふざけんな! 俺が志乃を殺すわけねぇだろ!」
彼等を殺したのは俺ではなく、あの白いスケィスだ。
なのにどうして、俺が彼女たちを殺したことになるのか。
そう目の前のスケィスへと怒鳴り返すが、スケィスはやはり、沈黙して答えない。
ただ、“白いスケィスとまったく同じ”、無機質な三眼を向けてくるだけだ。
「ぁ…………っ!」
そこで俺は、その視線の意味に気付いてしまった。
そうだ。俺は、あの白いスケィスが、自分のスケィスと“同じ”存在であると確信していた。
ならばあのスケィスが成した事は、俺が成したのと同じ事、ということではないのか?
だからこの夢では、自分のスケィスが彼女たちを殺したのではないのか?
……いや、そもそもそれ以前に、彼女たちが殺された原因は俺にあるんじゃないのか?
あの時、ボルドーなんかを相手にせず、マク・アヌに急いでいれば、
あの時、憎悪に身を任せたりせず、あのPCと協力して戦っていれば、
そうすれば俺は、彼女達を助けることができたんじゃないのか?
だとすれば、やはり、
「俺の……せいで……?」
二人は死んだのではないのか?
「違っ……俺、そんなつもりじゃ……っ!!」
ならば一体、どういうつもりだったというのか。
二人はもうデリートされてしまった。その結末は、決して覆せない。
「俺ッ……俺は!」
何のために、戦うと決めたのか。
何のために、『力』を手に入れたのか。
大切な『何か』を守るため? それとも、ただ『敵』を倒すため?
「俺はただ、志乃を助けたくて……!」
けれど、その助けたかったものは、もう存在しない。
自分自身の手で、壊してしまったのだから。
「あ……ああ……ッ!!」
だから俺は、もうどうすればいいのかわからなくなって、
「うわぁぁァぁあアアア――――ッッ!!!!」
その手に握ったスケィスの大鎌を、目の前の自分自身(スケィス)へと振り被った。
瞬間。
――――喰イタイ。
と。そんな奇妙な声が、どこからか聞こえた気がした。
†
「っぁ………ッ!」
ビクン、と痙攣するように目を覚ます。
どうやら、あの夢は終わってくれたらしい。
ぼんやりとした視界には、誰かの脚と、石畳が見えている。
誰かに担がれている、ということあろう。つまり、俺はまだ生きているという事か。
「あら、ようやく目を覚ましたのね」
「…………?」
俺が目を覚ましたことに気付いたのだろう。
俺を担いでるやつ――声からして、おそらく少女――が、そう声をかけてきた。
「ずいぶん魘されていたみたいだけど、大丈夫?」
「あ、ああ」
「そ。ならよかった」
少女はそう言うと、道の端によって荷物のように担いでいた俺を下した。
そうしてようやく、少女の姿を正面から見る。
細いペールブルーのショートヘアに、アクセントとして額の両側で細い房が結わえられている。
くっきりとした眉と、猫のような雰囲気の大きな瞳。小ぶりな鼻と薄い唇は、声から感じた通りの印象だ。
だが、その藍色の瞳に宿る石の光だけはその印象に反し、まるで冷たいナイフのように思えた。
「荷物みたいに担いでたことに関しては、文句は聞かないわよ。あんたの鎧、刺々しくて背負えないんだもの」
「ああ、それは別に構わねぇけど……あんたは?」
「シノンよ」
「シノ、ン……!?」
志乃とよく似たその名前に、思わず目を見開く。
だがその様子を訝しそうに眉を寄せたシノンに気付き、慌てて俺も名乗り返そうとする。
「し、シノンだな。俺の名前は―――」
「ハセヲ、でしょう?」
「!? なんで俺の名前を!」
「あなたの事を、アトリから聞いたからよ」
「アトリから!?」
アトリが……彼女もまた、このデスゲームに参加させられていたのか!?
……いや、よくよく考えれば、おかしなことではない。
このデスゲームの主催者である榊は、俺の次くらいにはアトリも憎んでいるはずなのだから。
だが、だとしたら。彼女は今どこにいるのか。アトリから俺の事を聞いたという事は、シノンは彼女と遭遇しているはずだ。
その事についてシノンに聞き返そうと顔を上げると、
「っ……!」
シノンは俺へと向けて拳銃を突き付けていた。
わかりやすい脅威を前に、身動きが取れなくなる。
唯一自由な思考で、一体どういうつもりなのかと考えていると、
「余裕がないから単刀直入に言うわね、ハセヲ」
凍り付くような冷たい眼で、シノンはそう切り出してきた。
「アトリを助けるために協力しなさい」
ハセヲにとっては、わざわざ脅迫されるまでもないことを。
5◆◆◆◆◆
マク・アヌの路地を小走りで進む。
鉛のように重かった手足も調子を取り戻し始め、普通に動かす分には問題ない程度まで回復している。
少年の腕輪から放たれた“あの力”の影響に、ようやく身体が馴れたのだろう。
……いや、その表現は少し正しくない。慣れたのではない。思い出したのだ。
現在感じている身体能力の“狭さ”は、エグザイルとなる前、エージェントとして活動していた頃のものだ。
マトリックスと繋がっていない分、閉塞感では現状が上回るが、これが本来の自分の能力値だ。
自分はただ、『救世主の力の欠片』によって物理法則による制限が緩くなっていたに過ぎないのだ。
「完全にではないが、初期化されている、という事か」
それがあの力の正体なのだとスミスは理解する。
マトリックスを支配するエージェントとも、マトリックスを無視する救世主(ネオ)とも違う能力。
マトリックスそのものを改竄するその力は、自分のような情報生命体には致命的とも言える。
何しろ自分の根幹を構成する情報を書き換えられてしまえば、肝心な自分が歪んでしまう。
今回あの力を受けて初期化された程度で済んだのは、純粋に運が良かったからでしかない。
「だが、だからこそますます興味深い。
つまりあの力を掌握できれば、私はまた一つ、アンダーソン君を超えられるという事なのだから」
と口にして、スミスは獲物を定めた獣のように笑みを浮かべる。
確かに“自分達”には救世主以上に脅威となる力だが、逆にあの力を手に入れることができれば、間違いなくネオを超えられる。
何しろ上手く使うことができれば、自分のデータを、限界を超えて強化することができるかもしれないのだから。
いや、それだけには収まらず、自分がマトリックスそのものとなる事も可能かもしれない。
あるいは、マトリックスを作り出した“機械仕掛けの神”になり替わり、現実を支配することさえも。
そのために必要なものは、既に手に入れている。
アトリ。あの腕輪と同じ力を持つ少女。
彼女を取り込めば、必然、あの力も手に入る。
予想外に抵抗を続けているようだが、それも長くは続くまい。
あとは、現在こちらに向かっている“私”と合流し、私を上書きし直せば、あらゆる問題は消えてなくなるだろう。
……だがしかし、その障害となるものが一つ、スミスの前に現れた。
「――――ウラァッ!」
そんな声とともに、スミスの頭上から影のように薄っぺらな、無数の黒い手が襲い掛かってくる。
「――――――――」
だがスミスは、それを知っていたかのように紙一重で回避する。
黒い触手はスミスの体を掠めるだけで、傷一つ突けることはない。
何のことはない。声が放たれた時点で、その攻撃を把握していただけの話だ。
が、しかし。
「ム――ッ!?」
回避され体を掠めるだけだった触手は、不意に硬質化しスミスの動きを縫い止めた。
その隙を突かんと、新たに現れた黒手がスミスへと襲い掛かる。
だが。
「ふんッ!」
スミスは全身に力を込め、自身を拘束する黒手の檻を粉砕する。
同時に迫り来る黒手を回避し、その発生源――建物の屋根に立つ襲撃者へと向けて跳躍した。
「なっ――ガッ………!」
スミスの行動に驚くその襲撃者を、スミスは容赦なく殴り飛ばす。
襲撃者はゴッ、と言う音とともに宙を舞い、屋根から地面へと叩き付けられた。
だが、殴りつけた拳の感触は固い。おそらく、咄嗟に防御していたのだろう。
「チィ……ッ」
その証明に、襲撃者は大したダメージを受けた様子もなく立ち上がっていた。
奇襲の失敗故か、その表情は忌々しげに顰められている。
「奇襲するのならば、声は抑えたまえ。敵に自分の存在を教える事になるぞ」
そう口にしながら、スミスは機械のような能面で襲撃者を見据える。
一見すれば、赤い短髪の黒人女性。その右手には禍々しい剣が握られている。
それだけならば、物珍しさはすでにない。これまでに遭遇した人間と同じように対処するだけだ。
だがしかし、これまでに遭遇した人間とは決定的な違いが、この女にはあった。
その左腕と右脚は赤黒く蝕まれており、その周囲には無数の黒い泡が、幾度も現れては消えていたのだ。
―――そう。このデスゲームを主催した、あの榊と同じように。
「い#う、リーマン野郎。随分ハデに遊&でたじゃねぇか。
今度は*タシと遊ぼうぜぇ、ックハ@は派琶……!」
女はスミスをねめつけると、そう言って愉快気に笑い出した。
ノイズ雑じりの、耳障りな声。発声プログラムに異常が生じているらしい。
赤黒いバグの影響か、それとも別の理由からか……。解るのはただ、この女が榊の同類であるという事だけだ。
「…………榊の仲間か」
「あ&ん!? 誰が誰の仲*だってぇ!?
このボルドー様>あんな『月の樹』野#なんかと一緒に$るんじゃねぇよ!!」
だがそう判断したスミスの呟きを聞き咎め、女は不愉快気に顔を顰めてそう罵る。
その様子からすると、どうやら嘘ではないようだ。……いや、そもそも、この様子では嘘を吐くという思考能力があるかすら怪しい。
女の眼には、そう察することができるほどの狂気が宿っている。
――もっとも、スミスにとってはそんな事情など関係ないのだが。
「ほう? それは失礼をした。何しろ君達のような人間は初めて見るのでね。
特に君や榊のような、マトリックスに異常が出でいる人間は」
スミスの知る限りにおいて、人間を構成するデータそのものに異常が出るようなウイルスはマトリックス内に存在しない。
強いて言えばエージェント、そして制限の外れた“自分達”がもつ上書き能力がそうであると言えるだろう。
だがそれも、厳密に言えばその人間のマトリックスをハッキングしているに過ぎないのだ。
エージェントの持つ上書き能力の対象は、あくまでも相手の肉体のマトリックスだ。
そして“同じエージェントは一人だけ”という制限を守るため、元の人間のマトリックスが失われることもない。
つまりエージェントを殺したところで、エージェントではなく素体となった人間が死ぬがけであり、エージェント自身は別の人間に乗り移ってしまえる。
そしてその際、素体となっていた人間は、『肉体の死』という結果を残したまま、ハッキングされる前の状態へと完全に戻るのだ。
付け加えるなら、スミスと通常のエージェントの違いは、救世主の能力の一部がコピーされたことによって制限が外れていることと、
エグザイルとなったことによってマトリックスの支援が受けられなくなり、上書きするには対象に直接接触する必要があることの二点だけ。
故にこそのハッキングという喩えであり、だからこそスミスは、乗っ取った人間の能力を奪うことができるのだ。
………対して、榊とボルドーのそれは違う。
スミスのエージェントとしての目から見て、彼らのマトリックスは完全に蝕まれている。
つまりハッキングではなくワーム、ウイルスの類による異常だ。
流石に詳細なデータはマトリックスそのものに接触しなければ不明だが、まともな状態ではないだろう。
アトリの力と同じ、完全に未知のプログラム。興味深くはあるが、危険も大きい。
―――だからこそ役に立つ。
ボルドーが榊と同じだということは、即ち、彼女を取り込めば榊への対抗手段となり得るという事なのだから。
「なに笑ってや哦んだテメェ。私を舐めてんの嘉、擧痾ン!?」
「いや失礼。君を調べることができれば、同じような異常の出ている榊への対抗手段が見つかるかと思ってね」
「テメェ、ふざ<や疋って……ッ!」
スミスの言葉に、ボルドーは怒りを滾らせる。
それも当然。
スミスのセリフを要約すれば、「お前は榊を倒すための足掛けだ」と言い放ったのと同じなのだから。
故に、ボルドーは、『力』を顕現させることを決めた。
ボルドーがスミスへと襲い掛かったのは、先ほどの戦いで弱っていると判断したからだ。
しかし奇襲は失敗し、もともと残り少なかったHPも、先の反撃で一割程度まで削られた。
ふざけた攻撃力だ。
咄嗟とは言え防御した上でこのダメージ。絶対にまともなステータスをしていないだろう。
こんなチート野郎とこの残りHPでやり合うなどゴメンだ。常であれば、逃げ無理球を使って逃げるところだ。
だが、ヤツは私を……私の『運命』を見下した。
見せつけてやらなければならない。味あわせてやらなければならない。
『月の樹』野郎との違いを。『運命』に選ばれた者の力を。『死の恐怖』に勝る、私の力を……!
「私はア蔚ツとは違う。私は3の人に……『運命』に選ば砺たんだ!
見せてやる9……私と婀イツとの違いを……。ワタシの『運命』を――!」
ノイズが奔る。
ボルドーの周囲に浮かぶ黒い泡が、爆発的に湧き上がる。
増殖する黒泡は周囲の空間を、ボルドー自身を飲み込み、そして―――
「これは――!」
世界を塗り替えるその光景に、スミスは驚きの声を上げる。
予兆こそ異なっていたが、この現象は間違いなくアトリの『力』が顕現した時の同じもの。
……でありながら、この現象を発生させた存在の姿は大きく異なっていた。
「蜘蛛……か?」
無数の肢と女性的な上半身を持つ、無数の黒泡を纏った半透明なその姿。
器物的で神聖さを感じさせたイニスと違い、ボルドーのそれは生物的でどこかグロテスクだ。
「成程。『神と悪魔』か」
アトリの『力』とボルドーの『力』。
同じ現象を起こしながら全く異なるその『力』の関係を、スミスはそう結論付ける。
自分達に置き換えるのならば、『エージェントとエグザイル』の関係なのだと。
エージェントはマトリックスを守る監視プログラムとして、「特権行為」を行える能力を持ち、
エグザイルはシステムから外れた不正プログラムでありながら、「越権行為」を行える能力を持つ。
彼女達の持つ『力』の正体は、おそらくそれに類する能力なのだ。
そしてアトリと榊がここに招かれる以前より敵対関係にあるのだとしたら、アトリの『力』は榊に対し有効となり得る可能性が高い。
特にあの『力』……データを改竄するあの『力』は、榊と戦う上で必須となる能力だろう。
「まったく。アトリ君の価値は高まるばかりだな」
そう口にしながら、スミスは拳を構え、半透明の蜘蛛――AIDA<Oswald>へと向けて身を躍らせた。
†
「――――――――」
僅かにだけ踏み出し、一足で<Oswald>の頭部まで跳躍する。
この蜘蛛の能力は未知数。アトリと同じような、データ改竄能力を有する可能性もある。
だが恐れる必要はない。
初期化され『救世主の力の欠片』を失ったとはいえ、この身は本来マトリックスを守護するエージェントのもの。
コンクリートを粉砕するパワーや、銃弾さえも回避するスピードなど、人間が本来持っている能力の最大値をデフォルトで備えているのだ。
加えて、すでに一度イニスを倒している。ならばこの蜘蛛も、同じように排除すればいいだけの事なのだから。
「フン――ッ!」
限界まで腰を捻り、渾身の力で殴りつける。
ドン、という音とともに、<Oswald>の上半身が大きく仰け反らされる。
「むっ……!?」
だが、その手応えは奇妙だった。
直接<Oswald>を殴りつけたというのに、まるで壁一枚を隔てているような、そんな感覚。
似たものには覚えがあった。スケィスと呼ばれていた、あの巨人だ。
ならばあの巨人と同じように、未知のプログラムで守護されているのだろう。
そう考え、スミスは追撃を加えんと腕に力を込める。
そこに<Oswald>が、上体を戻すと同時に肢のような右腕で反撃してくる。
スミスはその一撃を、当然のように左腕で受け止め―――しかし。
「グヌ……ッ!!??」
攻撃を受けた左腕に奔る激痛。
続いて放たれた左腕による追撃は防がず、咄嗟に飛び退いて回避する。
それから自分の左腕を診て見れば、骨が折れたように曲がっていた。
「これは……どういう事だ」
<Oswald>から距離を取り、油断なく警戒を向けながら、スミスはそう口にする。
イニスの攻撃は問題なく防げた。
だというのに、なぜこの蜘蛛の攻撃は防ぎきれなかったのか。
その理由。前回と今回における差異を比べ―――そして理解する。
「『救世主の力』……か」
あの時の自分に存在し、今の自分に存在しないもの。
―――マトリックスのプログラムを超越する『力』が、この自分には欠けている。
なるほど、納得の理由だ。
『救世主の力の欠片』を得ていた“私”は、物理的な制約から解放されていた。
だがそれを失ったこの自分は、通常のエージェントと同レベルの能力しか発揮できなくなっている。
つまり、通常のエージェントが救世主であるネオに敵わぬように、今の自分では“あの力”には敵わない、という事なのだ。
「―――ならば、こうするとしよう」
そう口にしながら、<Oswald>の放った蜘蛛の糸のような弾丸を、スミスはバレット・ドッジで完全に回避する。
そして無事な右手を背中へと回し、光のエフェクトとともにその巫器を取り出す。
――ロストウェポン・静カナル翠ノ園。
緑玉石の結晶のような多角錐の銃剣を、スミスは<Oswald>へと突き付けた。
スミスが選んだ戦法は、射撃戦。
自身の打撃攻撃と比べると一撃の破壊力は劣り、加えて銃弾そのものを停止させる救世主には無意味な戦法だ。
だが<Oswald>にはそんな能力はなく、また、“射撃攻撃がスミスに当たることはほぼ在り得ない”。
「さあ、戦闘を再開しよう」
笑みを浮かべながらそう口にして、スミスは緑玉石の銃剣の引き金を引き絞った。
6◆◆◆◆◆◆
「――――そう、ありがとう。おかげで、なにがあったのかは大体把握できたわ」
アトリの手掛かりを探す道中。あの場所で起きた戦いの事を聞いたシノンは、ハセヲへとそう礼を口にした。
ハセヲによると、その戦いで二人のプレイヤーがデリートされたらしい。
気を失う直前に見た黒衣の少女と、目覚めた直後に見た黄昏色の少年。
少年の方はよく知らないが、少女の名前は、志乃というらしかった。
アトリと同様ハセヲの知り合いであり、アトリと同じ呪癒士(ハーヴェスト)だそうだ。
だとすれば、私のHPを回復してくれたのは、やはり彼女だったのだろう。
その彼女が、あの戦いが始まる直前に死んだらしい。
………だが。それを聞いた私の心には、何の感情も浮かばなかった。
まるで冷たい氷のように、凍て付いて冷え固まっている。
今の私は、きっと人形のように無表情だろう。
ハセヲの方を見れば、彼は今にも泣きだしそうな、酷い顔をしていた。
知り合いが目の前で死んだのだ。それが人として、当然の反応だろう。
……けれど、今の私に、それに構っている余裕はなかった。
「まあ、もう終わったことだし、これ以上は聞いても無意味ね。
行くわよ、ハセヲ。手遅れになる前に、アトリを見つけないと」
「なっ! テメ……っ!? ………いや、なんでもねぇ」
私は端的に告げながら、アトリを探して歩き出す。
その言葉にハセヲが激高しかかるが、彼は私を見た途端、その怒気を急速に弱めていった。
どうしたのだろうか。自分でもさすがに、今のは冷淡すぎるかと思ったのだが。
だがまあ、余計な軋轢を生まなくて済んだのなら、それに越したことはないだろう。
「それより、アトリを探すのは賛成っつうか、むしろ俺から協力を頼みたいくらいだけどよ」
ハセヲは気を取り直すようにそう口にして、私に続いて歩き出した。
ただその表情には、私に対する批難が少し浮かんでいた。
「最初のあれは何とかならなかったのか? アトリの仲間だってわかってるヤツに、いきなり銃を突き付けるとか」
「……………………」
たしかにあれは、自分でもやり過ぎたと思っている。
けどあの時は……今もだけど……本当に余裕がなかったのだ。それにアトリを助けるために、急がなければならなかったのも事実だ。
そんな事情があって、私はよく知らないプレイヤー相手に、いちいち頼み込んでいる時間も惜しかった。その結果が、あの脅迫だったのだ。
「あれは悪かったと思っているわ。欲しいなら謝罪もするけど、いる?」
「……いや、いい」
ハセヲは呆れたようにそう口にした。
それは良かった。余計な手間がかからなくて済む。
そんな風に思考を巡らせていると、ハセヲか私へと声をかけてきた。
「……と。そういえば、まだ助けられた礼を言ってなかったな」
「お礼なんていらないわ。私があなたを見捨てなかったのは、貴方の『力』があった方が、アトリを助けられる可能性があるからよ。
そうじゃなかったら、たとえあなたがアトリの仲間でも、あの場所に放って置いたわ」
訪れるかわからない可能性と、今まさに迫っている危機。
そのどちらへの対策を優先するかなんて、考えるまでもないことだ。
もし倒れていたのがハセヲのような『力』をもつプレイヤーではなく、ただの一般PCであったなら、私はきっと、そのプレイヤーを見捨てていただろう。
ただ群れるだけでどうにかできるほど、あの黒服のPKは――このデスゲームは易しくないのだから。
「だとしても、俺がこうして助けられたことには変わりないだろ?
だから、ちゃんとお礼は言っとかないと」
「そう。なら勝手にしなさい」
「ああ、そうする。サンキュ、シノン」
「……………………」
「それで、今はどこを目指しているんだ?」
「@ホームよ」
ハセヲの問い掛けに、端的に返す。
ようやく本題に入った、という事だろう。
「@ホーム?」
「ええ。私とアトリが見つけた、マップには載ってない施設。
アトリがまだ生きているなら、そこに隠れている可能性があるわ」
問題は、あの黒服のPKもまたアトリを狙っているという事と、あいつが私たちを見つけた方法が解らないという事だ。
二度目に襲撃された時、あの黒服は地面の中から奇襲してきた。
遠方から捕捉して待ち伏せたのであればまだいいが、スキルやアイテムによる探知だった場合、隠れる事に意味はない。
つまりプレイやの捜索において、あの黒服は圧倒的な有利を得ているのだ。
……もっとも、アトリが逃げ延びているという状況自体が、希望的観測に過ぎないのだが。
「あんたもすでに解っていると思うけど、あの黒服のPKは危険よ。私たち二人がかりでも、たったの一人すら倒せるか怪しいわ。
だから、もし黒服のPKに遭遇した時は」
「撤退を第一に。可能なら、アトリの事も聞き出せ、だろ? わかってるさ」
「ならいいわ。あなたの『力』を使うのは、アトリを助けだすだけ時よ。
行動は迅速に、必要最低限で。私たちに余裕なんてないんだから」
状態のわからないアトリのイニスに頼るよりは、ハセヲの『憑神(アバター)』を使う方が確実だ。
だがあの黒服は、たった一人でアトリのイニスを倒している。
たとえハセヲがイニス以上の『力』を持っていたとしても、あいつが相手では安心できない。
なにしろ一人だけでも脅威だというのに、あの黒服は複数人存在しているのだから。
全部で何人いるかもわからない以上、消耗戦を挑むのは愚の骨頂だ。
ハセヲの話では、あの黄昏色の少年は黒服に対抗できる力を持っていたらしいが、彼も志乃と同じように、既に殺されてしまった。
ただ、もしかしたらあのインストールブックが、その『力』と関わりがあるかもしれない。
本当に後がない時の最後の手段、という程度には考えておくべきだろう。
「……ところでさ」
「なに?」
「あんたの方は、大丈夫なのか?」
「私? なんで?」
ハセヲのその言葉に、私は首を傾げる。
HPは全快しているし、別にバッドステータスも受けていない。
状態的にはむしろ、ダメージを受けたままのハセヲの方が問題だろう。
彼が私を心配する理由には、全く心当たりがないのだが。
「だってお前、さっきからずっと辛そうな顔をしてるぞ」
「え……?」
「まるで、泣きそうになるのを懸命に我慢しているみたいだ」
私が……泣きそうな顔をしている?
と、ハセヲのその言葉に、思わず耳を疑う。
だって、私は何も悲しくなんてない。
心は氷のように冷え固まっていて、何も感じていない。
なのにどうして、私は泣きそうな顔をしているというのだろう。
「あんま無理しない方がいいんじゃないか?
……まあ、今の俺が言えた事じゃねぇけどよ」
「……無理なんて、してないわ」
「そんな泣きそうな顔で言われても、説得力ねぇぞ」
「私は……っ! 私は何も悲しくなんかない、泣きそうになんてなってない……!
あの男の子が死んだことにも、志乃って人が死んだことにも、何も感じてない!
私が泣きそうだなんて、そんなの、あんたの勘違いよ……っ!!」
堪らず足を止めて振り返り、ハセヲを睨んで声を荒げる。
なぜこんなに頭に来たのか、自分でもよくわからない。
……たぶん、彼の知った風な言葉が癇に障ったのだろう。
けどハセヲは、私のその言葉を聞いても怒らなかった。
それどころかまっすぐに私を見つめて、同じ言葉を繰り返してきた。
「だから、そんな顔で言われても説得力がねぇって」
「ッ……! ならアンタはどうなのよ! ずいぶん立ち直りが早いみたいだけど、志乃って人が死んだこと、ほんとはあまり悲しんでないんじゃないの!?」
「なっ! そんな訳ないだろ……! ……志乃の事を想うと、今でも悔しくて堪らない。
どうしてもっと……あとほんの少し早く、駆け付けられなかったんだって、自分を許せそうにない。
…………けれど、それでも俺は、まだ立ち止まるわけにはいかないんだ。
泣くことも、悔むことも、後でできる。けど、アトリを助けることは今しかできないから」
ハセヲは悲痛な顔を浮かべながら、それでもはっきりとそう答えた。
その言葉に私は、覚めるように目を見開いた。
……そうだ。彼の言う通りだ。
今はまだ、立ち止まるわけにはいかない。後悔している暇なんて、私たちにはないんだ。
彼はただ、それをきちんとわかっていただけなのだ。
「このデスゲームが始まる前。アトリが失敗して塞ぎ込んじまった時に、俺は言ったんだ。
涙で目を曇らせるな。耳を塞いで、都合悪いことから逃げるな。自分勝手な思い込みで、自分を縛り付けるな。
しっかり目を開いて、耳を澄まし、思考しろ。深呼吸して、一歩でも多く歩け。
たとえ厳しくても、それが責任を負うってことなんだ、ってな。
だから、どんなに悲しくても、苦しくて堪らなくても、それでも、また歩き出すことだけはやめない。
それが今の俺に出来る、志乃達へのケジメだから」
「……………………」
そうして私は気が付いた。
志乃達の死を聞いて、どうして何も感じなかったのか。心が凍り付いていたのかを。
きっとそうしなければ、それ以上前へと進めなかったからだ。
だってそうでしょう? 彼女はきっと、私の事を庇って死んだのだから。
意識を失う前の最後の記憶は、痛みに朦朧としていた視界に映る、志乃の姿だった。
そしてHPが回復していたという事は、彼女が私を助けたという事だ。
だが志乃は、あそこで起きた戦いで最初に死んだ。気絶していた私には、何のダメージもなかったというのに。
だからきっと、彼女は私の事を庇ったのだ。私を見捨てれば、まだ助かる可能性があったかもしれない。
けれど彼女は私を見捨てず、結果として彼女は死んで、私が生き残った。
――――つまり志乃は、私のせいで死んだのだ。
…………私には、アトリを助けるという目的があった。
けれどこの事実を受け止めてしまえば、きっと私の心は折れて、立ち止まってしまう。
誰かが自分を庇って死んだ、なんて事実を受け止められるほど、私は強くなんてないのだから。
だから心を凍らせて、何も感じていないフリをして、志乃たちの死から目を背けていたのだ。
いつのまにか、アトリを助けるという目的を免罪符にして。
(最低だ……私)
五年前の――人を撃ち殺したあの記憶。
その罪をまっすぐに見つめて、そこから歩き始めようと誓ったはずなのに。
気が付けばこうして、真新しい罪を塗り潰そうとしていた。
結局私は、あの頃のまま、何一つ変わっていなかったのだ。
「……ごめんなさい。言い過ぎたわ」
「いや、べつに謝る必要はねぇよ。泣くのを我慢してんのは、あんたも一緒だろ」
「…………ええ、そうね」
そう口にして、ハセヲの言葉を認める。
するとどうしてか、少しだけ、心が軽くなった気がした。
自分に吐いていた嘘が、剥がれたからだろうか。
「強いのね、ハセヲ」
「強がってるだけさ。ガキみたいにな」
ハセヲはそう言って苦笑いを浮かべる。
どんなに悲しくても、苦しくて堪らなくても、また歩き出すことだけはやめない。と彼は言った。
その在り方は、私にはどこか尊いもののように思えた。
なら私も、ゆっくりでもいいから、志乃たちの死を受け止めよう。
もしそれで心が折れて、立ち止まってしまったとしても、彼のように、また歩き出してみせよう。
それが今の私に出来る、志乃へのケジメと、恩返しだから。
「それじゃあ行きましょう、ハセヲ」
「おう」
ハセヲへと声をかけ、私は改めて歩き出す。
今度こそ本当に、自らの罪を受け入れて。
私を信じてくれた、アトリを助け出すために。
†
――――だがその歩みは、そう間もなく止められることとなった。
「テメェは……!?」
「……………………」
「――――――――」
黒に近い深緑のスーツに、黒いサングラスをかけた壮年の男――エージェント・スミスとの遭遇によって。
「こうして向かい合うのは三度目になるのかな? 前回君は気絶していたわけだし」
「さあ? どうでもいいわね、そんなこと。アンタと顔を合わせるなんて、たった一度でもゴメンだもの」
「おや、これは随分と嫌われたものだな。何度目でも関係ない、というのは同意するが」
「友好的になる要素がないでしょう。最初も前回も殺し合ってるんだから」
「ふむ、確かにその通りだな。これは失礼をした」
「つまらない冗談はやめて。失礼だなんて、欠片も思ってないくせに」
シノンとスミスの、殺意を伴って交わされる、一触即発の会話。
臨戦態勢こそ取っていないが、二人の纏う気配は、戦闘時のそれと大差ないものとなっていた。
僅かにでもきっかけがあれば、即座に殺し合いを始めかねない緊張感がそこにはあった。
「でもそうね。いい加減、名前くらいは聞いておきましょうか」
「ふむ、それもそうだな。私の名はスミス、エージェント・スミスだ」
「シノンよ。言っておくけど、よろしくはしないから」
「それは残念だ。それとついでだ、君の名も聞いておこう」
「……ハセヲだ」
「ではシノン君にハセヲ君。早速で悪いが、君達にはここで消えてもらう」
スミスはそう告げると、ギシリ、と両手を固く握りしめる。
その脅威を身を以て知っているシノンは警戒をより強め、しかし、続けてスミスへと言葉を投げかける。
「へえ、随分物騒じゃない。アトリとは違って、私達は取り込まないんだ」
「その必要がないからね。無駄は省くに限る」
「嘘ね。単にアトリを取り込むのに精一杯で、私達まで取り込んでる余裕がないだけでしょう」
「……………………」
スミスが表情を消して沈黙したのを見て、やっぱり、とシノンは確信を得る。
アトリはまだ生きている……生きていてくれた。その事に、確かな安堵と勇気を得る。
……だがまだ足りない。まだ彼女の居場所を掴んでいない。
故に、それを調べるための、最後の会話を投げかける。
「ついでに言わせてもらえば、この地点でわざわざ真正面から現れたってことは、今アトリがいる場所は@ホームね」
「……ふむ、何故そう思うのかね?」
「二度目の時、アンタは地下から襲ってきた。
あんな奇襲手段が使えるのなら、今度も似たような奇襲を行なえばいいはず。
二回目以降は警戒されるといっても、予想が付け辛いことに変わりはないからね。
それにアンタのステータスなら、奇襲が失敗したところで大した問題にはならないはず。
けど今回、アンタはわざわざ真正面から現れた。まるで私たちの進行を邪魔するみたいに。
その理由は簡単。『自分』という驚異を見せつけることで、@ホームとは違う方向へと撤退させるため。
奇襲をしなかった理由も同じ。もし攻撃を回避された時に、@ホームの方へと逃げられたら困るから。違うかしら?」
シノンのその推理を聞いたスミスは、僅かな間押し黙った後、クッ、と笑いを溢す。
同時に能面のようだったその貌に、凶悪な笑みが浮かび上がらせた。
「正解だ。実に優秀だな君は。ただの人間にしては、だが」
「お褒めに預かり光栄ね。嬉しくもなんともないけど」
「しかし、その事に気付かれた以上、なおさら君達を逃がすわけにはいかなくなった。
備えはしてあるとはいえ、万が一、という事も考えられるのでね」
「逃げるつもりなんてないわよ。今のところはね。
私はアトリを助けに行く。そのために、あんたはここで倒す」
そう言うや否や、シノンはファイブセブンを取り出し、その銃口をスミスへと向ける。
この上ない宣戦布告を叩き付けたのだ。
だがスミスは、それを受けても不敵に笑うだけ。二人の事を、脅威とは見なしていないのだ。
そしてそれは、この上なく正しい事実だ。このスミスが相手では、たとえ二人がかりでも、苦戦することは間違いないだろう。
それを理解した上で、シノンはアトリを助けるための選択を取った。
「ハセヲ、私がアイツを足止めするから、あんたはアトリを助けに行きなさい」
「な、おまえ……! あいつを相手に一人だけで戦うつもりか!?」
「時間がないの。もう一人いるあいつは、既にアトリを取り込もうとしているはずよ。
そしてアトリを助けるためには、私じゃなくて、あんたの『力』が必要なの」
僅かな時間も惜しい今、スミス一人一人と戦っている余裕はない。
そしてシノンはスミスとの相性が悪く、たった一人ですら倒すことは困難を極める。
対してハセヲの『憑神(アバター)』なら、シノンよりはまだスミスに対抗し得る可能性がある。
故に、シノンが足止めし、ハセヲが先行することが、アトリを救出するための最善の選択なのだ。
「チッ、仕方ねぇ。けど……死ぬんじゃねぇぞ」
無茶をするな、とは言わない。
スミスが無茶をしないでいられる相手じゃないことは、ハセヲも理解しているからだ。
「当然でしょ。私にはまだ、会いたい人たちがいるんだから」
だから絶対に死なない、と。
それがどんなに困難かを承知して、シノンはそれでも強かに応えた。
そうして二人は、覚悟を決めた。
なら後は、アトリの救出に全力を注ぐだけだ。
「アトリの事、頼んだわよ」
言って。シノンはファイブセブンの引き金を引き絞り、
「ああ、任せろ」
応えて。ハセヲは使い慣れた双剣、光式・忍冬を構え、
「ッ、GO――!」
「疾風双刃ッ!」
銃声が響くと同時に、ハセヲがアーツを発動させる。
放たれた弾丸は四発。それに追従するように、ハセヲの体が加速する。
「フ――――」
対するスミスは、まず放たれた弾丸をバレット・ドッジで回避する。
次いで、高速で接近するハセヲへと向き直り、その攻撃に対処する。
左右交互の二撃を両腕で防ぎ、締めの振り下ろしは軽く飛び退いて回避する。
そしてスキルの使用により隙を見せるハセヲへと向け、コンクリートをも打ち砕く拳を振り上げ、
シノンが撃ち放った三発の銃弾に、バレット・ドッジによる回避へと切り替える。
「行って、ハセヲ!」
「おう!」
その僅かな隙に、ハセヲはスミスの横を駆け抜ける。
それをさせまいと、スミスはハセヲへと向けて腕を伸ばすが、そこへさらに放たれた銃弾に阻まれる。
その間にハセヲはスミスから完全に距離を取り、@ホームを目指して全力で駆け出した。
「――――――――」
スミスはそれを、悔しげな表情で見送る。
この状況でハセヲを追おうとすれば、シノンに背を向ける形となる。その危険性を十分に理解しているためだ。
いかなスミスとて、撃たれれば死ぬのだ。……その銃弾を命中させるという行為が、彼に対しては最も困難なのだが。
「ふん……。一人では敵わないと理解しておきながら、君だけでこの私を相手にしようとは。
まったく、人間の持つその不合理さは理解できんよ」
シノンへと向き直り、スミスは呆れたように口にする。
そんなスミスに対し、シノンは泰然たる態度で言い返す。
「お生憎様、AIのアンタと違って、人は理屈だけで生きてるわけじゃないの。
そして、その人の持つ不合理さが、奇跡ってヤツを呼び寄せるのよ」
「『奇跡』……か。『愛』と同じ、下らん幻想だな。
現実に起こるあらゆる現象は、定められた法則によって生じる、ごく当然の結果に過ぎないというのに」
「あら、だったら見せてあげましょうか? その現実を覆す、人間が懐く想いの強さを」
不遜とも取れるその言葉に、スミスは愉快気に口元を歪める。
自分との能力差を理解していながら、なお己が勝利を信じる彼女に感心したのだ。
「言うではないか。だが、確かに興味深いな、それは」
そう口にしながら、右手を背中へと回し、光のエフェクトとともにその巫器を取り出す。
――ロストウェポン・静カナル翠ノ園。
緑玉石の結晶のような多角錐の銃剣を、スミスはシノンへと突き付けた。
ボルドーと戦う“スミス”のそれと、まったく同じその巫器を。
シノンとスミス。両者がこうして戦うのは、これで三度目となる。
一度目はシノンに軍配が上がり、二度目はスミスが勝利した。
三度目ともなれば、お互い既に相手の能力をほぼ把握している。故に、戦いの流れも自ずと決まる。
即ち、如何にして己が有利な距離に持ち込み、相手にダメージを与えるか、である。
そのための攻撃手段として、スミスはこの巫器を取ったのだ。
「ぜひ見せてもらおうではないか」
「っ…………!」
「その『奇跡』とやらが起きる瞬間を」
その言葉を皮切りに、一方的な戦いが幕を開ける。
後方へと素早く飛び退きながら、シノンはファイブセブンの引き金を。
石路を踏み砕きながら前へと駆け出し、スミスは緑玉石の銃剣の引き金を引き絞った。
7◆◆◆◆◆◆◆
「実に厄介だ。本人の意識がなくとも、なおも抵抗を続けるとは」
変わらず、アトリへの上書きを行ないながら、スミスはそう口にした。
たかだか一介のプログラムにここまでの抵抗をされていることに対して、若干の苛立ちと、より確かな関心を懐いていたのだ。
データの上書き自体は、徐々にではあるが進行していた。
少女が気を失っているためか、上書きの速度も先ほどよりは上昇している。
すでに左腕、右脚は掌握し、残る二肢ももう間もなく掌握できるだろう。
――――その時点で、既に異常だ。
救世主であるネオを除けば、この上書きに抵抗できた存在は一人もいない。
だと言うのに、この少女のプログラムは、本人が意識を失ってなお上書きに抵抗しているのだ。
その理由も、既に判明している。
アトリを構成するデータの根幹に組み込まれた、PCボディとはまた別のプログラム。
これがスミスの上書きを妨害しているのだ。
その証は、アトリの身体の表面に浮かぶ、水色に光り輝く不思議な紋様だ。
この紋様が強く輝くたびに、スミスの上書きは押し返されていた。
下手に気を抜けば、上書きし掌握したはずの部位までも奪い返されてしまうだろう。
………だというのに、スミスにはこのプログラムに手を出すことができなかった。
それはアトリに抵抗されているから、というのもあるだろう。だがそれ以上に、スミスの上書き能力のプロセス的に不可能だったのだ。
先も述べたように、エージェントの上書き能力の対象は、あくまでも相手の肉体のマトリックス――PCボディだけ。
これは逆に言えば、“PCと異なるデータは上書きできない”という事でもある。
当然、相手のマトリックスを完全に掌握すれば、それに付随する能力も、スミスのスペックの及ぶ範囲でだが使用できる。
だがそれは、あくまでも掌握してからの話であり、そうでない内は、スミスには干渉できないプログラムなのだ。
そしてスミスにとってはアトリの持つ碑文も、その“干渉できないプログラム”となる。
故に、スミスの上書き能力への抵抗を可能そしているプログラムを掌握するには、まずアトリのPCデータを完全に掌握する必要があるのだ。
だがそれは、“アトリの上書きへの抵抗を止めさせるには、アトリを完全に上書きする必要がある”と言っているようなもの。
そもそもの前提からして矛盾している。
つまるところスミスには、アトリの抵抗を止めさせることができないという事なのだ。
が、しかし――――。
「それも、もうすぐ終わりだろう? アトリ君」
アトリへの上書きは、徐々にだが、確実に進行している。
そして上書きが進行すればするほど、彼女の持つプログラムの抵抗力は衰えて行っているのだ。
この分なら、残る二肢さえ掌握してしまえば、そう時間を置かずに上書きを完了できるだろう。
そしてこの上書き作業が妨害されることはない。
なぜならスミスは、デス☆ランディを上書きしたことによって、彼が管理していたギルド機能の大半を掌握していた。
そしてその権限によって、カナードの@ホームの入り口を封鎖していたのだ。
つまり、たとえ誰かかがここを訪れたとしても、カナードの鍵を持っていない限り、@ホームに入場することは出来ないのだ。
……そして、だからこそ、その存在の出現は、スミスにとってあまりにも想定外だった。
――――ポチャン
と、水滴が落ちるような音(ハ調ラ音)が、@ホームに唐突に響き渡った。
直後、発生したノイズが“波”のような音を立てて、周囲の空間を飲み込んでいく。
「む、これは……!」
スミスは即座にアトリの上書きを中断して肩に担ぎ、警戒体制へと移行する。
同時に少女の身体から紋様が消えるが、それを気にしている余裕はない。
空間そのものを揺らがす振動とともに、エリアデータが書き換えられていく。
通常の空間から切り離され、全く異質な、別の空間へと置き換わる。
その、世界そのものから外れるような感覚を齎す現象が示すものは一つ。
――すなわち、理外の力の顕現だ。
そうして形成されたのは、荒れ果てた荒野。
禍々しい緑色の空には、岩や廃墟の欠片が浮かび、青白い霧が薄く立ち込めている。
「どういう事だ。この@ホームは閉鎖していたはずだが……。
……いや、まさか、“@ホームのデータ自体を書き換えた”のか……!?」
いかに@ホームへの立ち入りを制限しようと、その@ホーム自体が改竄されてしまえば意味はない。
この現象を発生させた存在は、故意にか偶然にか、見事に“スミス達”の油断を突いたのだ。
「――――――――」
現在四人いる“スミス達”の内、一人は蜘蛛と、一人は青髪の少女と戦っている。
残る一人も急ぎ戻ってきているが、その“私”も黒衣の少年の相手をすることになるだろう。
そして意識のないアトリという重荷を抱えた状態では、さすがのスミスでも行動の大半を制限されてしまう。
故に、この状況で取るべき行動は、襲撃者の速やかなる排除か、この空間からの脱出ということになる。
だが、この空間には出口がない。遮断されている訳ではないようだが、通常の手段による撤退は不可能だろう。
つまり現在ここにいるスミスは、たった一人で、アトリを庇いながら襲撃者と戦わなければならないのだ。
スミスがそう理解すると同時に、暗色の荒野に更なる波が発生する。
その空間の歪みから飛び出すように現れたのは、赤いケルト十字の杖を持った、白い石像のような巨人――スケィスだ。
スケィスはスミスを認識すると、狙いを定めるかのように、赤い杖を突き付けてくる。
……いや、スケィスが認識しているのは自分ではない。この巨人の狙いはアトリだと、スミスは向けられる視線から察する。
同時に空いている右手を背中へと回し、光のエフェクトとともにその巫器を取り出す。
――ロストウェポン・静カナル翠ノ園。
緑玉石の結晶のような多角錐の銃剣を、スミスはスケィスへと突き付けた。
ボルドーやシノンと戦っている、他の“スミス達”と同じように。
――三人のスミスが全く同じ巫器を装備している理由は、装備を共有しているからでも、同じ物が支給されたからでもない。
如何に“スミス達”がデータを共有していても、さすがに実体化された巫器までは共有できないし、そもそもロストウェポンは容易く複製できるような代物ではない。
ならばなぜ彼等が同じ巫器を装備しているのか。その理由は、【静カナル翠ノ園】そのものの特性によるものだ。
【静カナル翠ノ園】の本体。それはスケィスと同じ八相の一つ、メイガス。『増殖』の異名を冠する、第三相の碑文である。
そしてメイガスの持つ特殊能力は、あらゆるデータを文字通り『増殖』させる力である。
故に、自己を増殖させるスミスがこの巫器を装備した時、この巫器もまた、それに合わせて増殖されるのだ。
そしてスミスがこの巫器を手に取った理由は、アトリという重荷を抱えているためだ。
先の“自分”が行った戦いにおいて、あの死神の攻撃力は理解していた。
故に、万が一の可能性を排するためにも、接近戦は避けるべきだと判断したのだ。
「――――――――」
この巨人の目的が何なのかはわからない。
だがあの剣士の少年のように、アトリをデリートしようとするのなら、執るべき選択は一つだ。
即ち、一切の躊躇も手加減もなく、この巨人を排除する。
そんな冷たい殺意とともに、スミスは緑玉石の銃剣の引き金を引き絞った。
8◆◆◆◆◆◆◆◆
幾度も響く銃声を背に、ハセヲは@ホームを目指して懸命に走っていた。
彼女たちの戦闘音は、自分が走る速度よりも早く遠ざかっていく。
シノンがスミスを誘導しているのだろう。……おそらく、もし自分が倒されても、すぐには追いつけないようにと。
「ッ……!」
そんな事を考えたからか、決して思い出したくないものを思い出してしまった。
―――あの悪夢が、脳裏で鮮明に蘇る。
自分のスケィスが、志乃達をキルしていくあの光景。
その恐怖をただ見ていることしかできなかった、傍観者の自分。
その中で懐いた、自分が彼女達を殺したのではないか? という疑念。
そうして気づいてしまった、彼女達の死の原因の在処。
それにより湧き上がった、強い罪悪感と自己嫌悪。
その果てに俺は、自分の願いと自分自身を見失った。
実を言えば、目を覚ましてからもそれは変わっていなかった。
状況が掴めず混乱していたため、かえって冷静になっていただけなのだ。
それを立ち直らせてくれたのはシノンだった。
彼女が言った「アトリを助けるために協力しろ」という言葉が、俺に目的を与えてくれた。
その目的が、今にも立ち止まりそうな俺を、どうにか歩かせてくれていたのだ。
その彼女が、アトリを助けるために、今まさに命を懸けている。
自分の命運を、出会ったばかりの俺に預けてくれている。
……だからこそ、それが恐ろしい。
また自分のせいで、今度はアトリが、あるいはシノンが死ぬかもしれない。
そんな臆病な考えを、どうしても拭い去ることができな。
だから、そんな事態を起こさないためにも、地面を蹴る脚により力を籠めた。
少しでも早くアトリを助けだし、彼女を援護しに向かうために。
今考えるべきは、アトリを救う方法だ、と自分に言い聞かせて。
シノンの予測が正しければ、アトリは@ホームにいるはずだ
そして同時に、アトリを取り込もうとしている“もう一人のスミス”も。
スミスの正体はわからないが、黄昏色のPCとの会話から、奴がAIであることは判明している。
それもただのAIではなく、俺たち碑文使いやAIDA=PCと同じ、仕様を逸脱した(イリーガルな)存在であると。
だが重要なのはスミスの正体ではなく、その戦闘能力だ。
素手の一撃でHPを二割も削る攻撃力。首削の鋸引きにも掠り傷一つ付かない防御力。
しかもシノンの話では、ヤツはアトリのイニスを圧倒したという。
もしゲームバランスを考えるのなら、あり得ないほどにヤツは強い。
だがシノンは他にも、狂った道化師を妻と呼ぶ、黒い槍使いと戦ったとも言っていた。
その槍使いもまた、イニスと互角に渡り合ったという話だ。
それも踏まえて考えるのなら、こんな推論が成り立ってしまう。
つまりこのデスゲームは、『憑神(アバター)』の使用を前提としているのだと。
あり得ない話ではない。
もともと榊は、『憑神(アバター)』の使用を禁じてAIDA=PCと戦わせるようなヤツだ。
なら逆に、そういったイリーガルな力を前提とした、ふざけたルールを考えてもおかしくはないだろう。
言ってしまえば、改造(チート)PC同士を戦わせるようなもの。まともな戦いになるわけがない。
問題は、そういったシステムを超越した存在をどうやって集めたかだが………。
それは今考えることではない、と頭の隅へと追いやる。今考えるべきなのは、アトリを助けだす方法だ。
『憑神(アバター)』を使用するのはいい。シノンの言う通り、スミスと戦うには必要だろう。
スミスをキルすることも、思う所はあるが、迷いはない。ヤツが本当にAIならば、AIDAのような存在と考えればいいだけだ。
故に、戦うこと自体に問題はない。
問題となるのは、俺の力がどこまでスミスに通用するかだが……これはそもそも、考えること自体に意味がない。
通用しなければ、アトリを助けることは出来ず、自分も死ぬだけなのだから。
なら後は、覚悟を決めて戦うだけだ。
……けれど、予感があった。
本物の『死の恐怖』が現れる悪寒が。
あの白いスケィスが、近くにいるのだという確かな実感が。
―――あの悪夢が、影からにじり寄るように迫ってきているのを感じる。
「ッ……!」
だから全力で走っている。
恐怖を振り切るために。悪夢を拭い去るために。
ヤツにまた誰かを――俺の大切なものを、奪わせないために。
―――そうして、その場所に辿り着く。
何度も足を運んだ、よく見知った扉の前――@ホームの出入り口に。
周囲の風景は全く違うが、扉そのものに変化はない。
だがその隙間からは、薄紫の霧が漏れ出ていた。
つまり@ホームの中で、何かが起きているのだ。
「ッ! 今助けるからな、アトリ……!」
迷っている暇はない、と覚悟を決め、@ホームの扉へと手をかけ―――
「なっ!?」
ガコッ、という音に阻まれ、扉は開かなかった。鍵がかかっているのだ。
本来@ホームに入場するには、ギルドごとに対応した鍵が必要なのだ。それはギルドマスターとて例外ではない。
だがシノンは、@ホームは完全に解放されていたという。これは一体どういう事なのだろうか。
「クソッ……! 何か、他に@ホームに入る方法は……!」
ドン、と扉を殴り、思考を巡らせる。
こうしている間にも、アトリの状態は危険度を増している。
どうにかして、@ホーム内へ侵入する方法を考えないといけない。
そう考えた、その時だった。
ジジ、とほんの一瞬、周囲の空間にノイズが奔った。
「ッ!? 今のは……まさか、データの『歪み』か?」
見覚えのあるノイズパターンに、そう直感する。
データの『歪み』とは、いわばAIDAによる『The World』浸食の副産物だ。
この『歪み』はデータサーチを行う事によって、ターゲット可能な対象として具象化させることができる。
これによって出現した『歪み』は、調べると主に二通りのパターンを示す。
一つは、通常では手に入らないアイテムの入手。もう一つが、仕様外のエリア、認知外迷宮(アウターダンジョン)への転送である。
そしてその二つ目の、通常行けないエリアへと転送するイリーガルな転送手法を、エリアハッキングという。
「……こうなったら、一か八かだ」
今は少しでも時間が惜しい。なら、今すぐできる手段を試すべきだ。
そう判断し、データサーチのコマンドを実行する。同時に、自身を中心として白い波紋が放たれる。
するとやはりデータの『歪み』が出現した。しかもその位置は、狙ったかのように@ホームの扉と重なっている。
そして『歪み』のタイプは、転送。つまり、仕様外のエリアへのゲートだ。
まず間違いなく、この先にアトリとスミスがいるだろう。
ならば、恐れる必要はない。
「……よし、今度こそ」
そう口にして覚悟を決め、ハセヲはエリアハッキングを開始した。
9◆◆◆◆◆◆◆◆◆
―――二種類の銃声が、太陽に照らされたマク・アヌに幾度も響きわたる。
その音を響かせているのは、一組の男女。それぞれの名をシノンとスミス。
彼等は追う者と追われる者に別れ、銃を手にその命を賭けて戦っていた。
その内の一方、追われる者はシノン。
彼女は、後方へとファイブセブンを撃ち放ち、街角を曲がると同時にリロードを行う。
その間、駆け抜ける脚は一切緩められていない。ほんの僅かな減速が即座に死に繋がるからだ。
シノンはファイブセブンのリロードを終えると、すぐさま後方へと振り返り、引き金を引く。
放たれた弾丸の先には、彼女に迫る追手――スミスの姿。それも丁度角から現れたところだ。
普通に考えれば、避けることは至難のタイミング。即座に後ろへ戻り角を盾にするか、危険を承知で前へと飛び出すしかない。
だがこのスミスは違う。彼は残像を残すほどの速度で体を動かし、自身に迫る全ての弾丸を回避する。
加えて即座に銃で反撃し、驚異的な速さで追跡を再開してくる行動の速さ。全くと言っていいほど隙がない。
「っ、本当に化け物ね……!」
そう小さく溢しながら、シノンは銃撃を再開する。
そしてスミスが回避行動で足を止めたのを視認しながら、全力で走り続ける。
あの異様な回避行動の際、必ず足を止めているからこそまだ距離が開いているが、そうでなければ既に追いつかれていただろう。
だが彼女は、これでも相手が本気でないことを理解していた。
もし彼が本気を出せば、わざわざ角を曲がりなどせず、文字通り建物を粉砕しながらまっすぐ追ってくるはずだ。
それをしないのは、シノンの姿が見えなくなるからか、それとも別の理由からか。
いずれにせよ、お互いの距離はあっという間に詰められ、それだけでシノンは窮地に陥るのだ。
スミスの恐ろしさは、その異様な回避能力に加え、異常なステータス値の高さにある。
その拳の一撃は、石造りの建造物を容易く粉砕し、その肉体は、生半可な攻撃では傷一つ付けられない。
銃撃は回避することから、銃による攻撃はまだ有効なのだと思われるが、それもあの回避能力で無効化される。
正直に言ってしまえば、現状において、シノンにスミスへとダメージを与える方法はない。
それでもシノンが銃撃を繰り返しているのは、その回避能力の詳細を探るためだ。
スミスの回避能力について、現在までに判明していることは三つ。
一、使用する際には必ず足を止めている。
二、使用中は回避以外の行動をとらない。
三、直接攻撃に対しては使用していない。
これら三つの行動が、単なる偶然なのか必須の条件なのか。必須の条件だとすれば、それは他にも存在するのか。
シノンはそういったものを暴き出し、己が銃弾を命中させる隙を探しているのだ。
……問題は、銃弾の数には限りがあり、それが尽きるまでに隙を見つけ出せるかという事と、
そもそもそれまでに、自分がスミスから逃げ続けられるかという事だが……
シノンは敢えてそその問題を思考から排除し、回避能力の把握に専心する。
スミスを相手にして、余分な事を考えている余裕はないのだ。
今はまだ、中らないと解っている銃の引き金を引き続けるしかない―――。
対して、追う者であるスミスは、シノンの意外に粘る逃走に若干感心していた。
スミス自身の予想としては、この無意味な逃走劇は既に終わっていてもおかしくなかった。
だが実際には、お互いの距離はほとんど狭まっていない。彼女の正確な銃撃により、見事に足を止めさせられていたからだ。
加えてこちらからの銃撃も、彼女は弾道が見えているかのように回避している。
自身のバレット・ドッジには及ばないが、彼女にも銃撃は効果的ではないらしい。
――もっとも、だからと言ってこの逃走劇がいつまでも続くわけではないが。
シノンの持つファイブセブンは、見たところいたって普通の拳銃だ。
つまり銃弾の数に限りがあり、いつかは必ず底を尽く。
対して、自分の持つ銃剣に弾数の制限はない。
射撃間隔こそ遅めだが、残弾を気にしなくていいというのは大きなメリットだ。
このまま逃走撃を続けていれば、シノンの銃弾はいつか尽きる。
そうなればスミスの足止めはできなくなり、それどころか武器を失った彼女は一切の成す術がなくなるのだ。
そうすれば、彼女をデリートせずに上書きし、“私”の一人に変えることも簡単だろう。
だが―――
「生憎、私にも時間がない。
惜しくはあるが、手早く終わらせてもらおう」
アトリを上書きしようとしていたスミスのところに、スケィスが現れた。
しかもそのターゲットは、よりにもよってアトリだ。
ボルドーのところへ向かっていたスミスが引き返してはいるが、時間はかかる。
加えてハセヲも@ホームに向かっているとなれば、アトリを守らなければならないスミスにはさすがに不利だ。
アトリの持つ『力』を奪うためには、いつ来るかわからない弾切れを待っている余裕はないのだ。
それに。
「残念だが、君のリロード間隔は既に把握した」
―――十六、十七。
と、シノンが放った銃弾の数を数える。
彼女はリロードを行うタイミングが、必ず角を曲がる瞬間に重なるように銃撃している。
そうすればスミスの銃弾は角に阻まれて届かず、リロードに専念できるためだ
だがその間隔もすでに掴んだ。
シノンの持つファイブセブンの装弾数は二十発。常に撃ち切るようにしているのは、残弾に余裕がないためだろう。
だがその余裕のなさゆえに、彼女は自らの弱点を晒すことになったのだ。そして。
二十発目の弾丸を放つと同時に、シノンが角を曲がる。
「フン……ッ!」
それに合わせ、すぐ傍の外壁を粉砕して突進する。
突き進む先は、シノンが現在いるであろう予測地点。
たとえ急ぎ前進してようと、咄嗟に後退していようと、互いの距離は詰められる。
そうすればシノンがリロードする間は短くなり、すぐに銃撃する余裕がなくなるだろう。
そうして、外壁を内側から粉砕し、スミスは路上へと跳び出す。
同時に放たれる無数の銃弾。それ自体は想定内だが、予想外に距離が近い。
二メートルほどの距離から放たれたそれを、咄嗟にバレット・ドッジで回避する。
だがしかし、その至近距離故に“認識できなかった”弾丸が、いくつか体を掠めていった。
それに構わず、飛び退こうとするシノンへと即座に踏み込む。
なるほど。人間ならば反応しきれない至近距離からの射撃なら、と思ったのだろう。
だがしかし、エージェントであるこの身には、視認できる限り銃弾が中ることはまずない。
シノンのその作戦は、己の寿命を縮めるだけの行為でしかなかったのだ。
「――――――――」
一足でシノンとの距離を詰め、開いている左手を拳とし殴りかかる。
「、ッ………!」
シノンは素早く屈み込み、その一撃を回避する。
だがそこに、銃撃による追撃が迫りくる。ただし、射撃ではなく斬撃による一撃だ。
スミスの持つ銃剣は、通常の銃撃の他にも、備え付けられた刃による攻撃が可能なのだ。
そしてこの刃による接近戦ならば、その一撃には当然、スミスの驚異的な攻撃力が加算されることとなる。
素手でさえ恐ろしい威力を持つその攻撃を、守りのない生身で受ければ、当然無事で済むはずがない。
「グッ、ッ……!」
そんな死の一撃を、シノンは咄嗟に取り出したナイフで受け止め、しかしその威力に弾き飛ばされる。
「ヌッ!?」
だが想定よりも軽い手応えに、スミスはシノンの狙いを悟る。
シノンはスミスの一撃を防ぎ、敢えて弾き飛ばされることで、スミスから距離を取ったのだ。
攻撃時の手応えが軽かったのは、それと同時に飛び退くことで、攻撃を防いだ際の衝撃も緩和していたからだろう。
だがスミスにとって何よりのミスは、そうして弾き飛ばされたシノンの着地位置が、丁度角に位置することだ。
「おのれ……!」
スミスは即座にシノンへと向けて走り出すが、同時にシノンも角の向こうへと消える。
そしてスミスが角を越えた時には、シノンの姿はどこにも見当たらなかった。
「馬鹿な、どこへ消えた……!」
あり得ない、とスミスは断じる。
シノンの姿を見失ったのはほんの一瞬だ。完全に見失うような時間はない。
路上には隠れられるような障害も見当たらない。
だというのに、彼女の姿が見当たらないのは一体どういう事なのか。
「――――――――」
警戒を最大限まで高め、スミスはシノンの消えた路上を進む。
そうして油断なく数メートルほど進んだ、その瞬間―――
赤々と燃えさかる火矢が、立て続けにスミスの背中に突き刺さり、盛大に爆発した。
その衝撃でスミスは前のめりに吹き飛ばされ、受け身を取る間もなく地面へと叩き付けられた。
更には爆発によって生じた炎が燃え移り、ごうっ、と音を立ててその背中を焼き焦がす。
「グヌッ……!」
完全な不意打ちに混乱しながらも、咄嗟に起き上がり燃える背広を投げ捨てる。
幸いにしてシャツにまでは燃え移らなかったが、エージェントの象徴とも言える深緑色の背広は、無残に焼け焦げた炭となってしまった
だが、敵の攻撃がこれで終わるはずがない。
即座に背後へと振り返り、迫る第二矢、第三矢をバレット・ドッジで回避する。
続く第四矢が放たれたのは、ちょうどスミスの足元に位置する地面。
すぐさまその場所から飛び退けば、地面に刺さった矢は爆炎と伴に弾け消えた。
そうして火矢の射手がいる場所――石造りの建物の屋根をみて見れば、そこにはやはりシノンの姿があった。
「なるほど。見えていない、気付いていない射撃は回避できないのね。安心したわ」
そう口にするシノンの姿は、先ほどまでとは大きく変わっていた。
まずその手に握られた武器が、無機質な拳銃から細見の長弓へ。
次に今までのような傭兵風な衣装から、ファンタジックな衣装へと変化している。
そして何よりの変化は、その頭部と臀部に生えた猫のような耳と尻尾だろう。
この局面でふざけているのか? とも思ったが、シノンの表情は真剣そのものだ。
ならばそれらの変化は、彼女が一瞬で屋根まで移動した理由と関係しているのだろう―――だが。
「それが、どうかしたのかね?」
屋根上へ移動する程度の事は、スミスにとって容易いことでしかない。
石路を踏み砕き、一瞬でシノンのいる屋根まで跳び上がる。
だがそんなスミスとすれ違う様に、シノンは屋根から飛び出した。
再び地面へと降り、再びスミスから距離を取るつもりなのだろう。
それをさせまいと即座に屋根を踏み砕き、再びシノンへと向けて跳躍する。
しかし―――
「なにっ!?」
シノンはさらなる高度へと上昇し、スミスの手は空を掴む。
さらにシノンは空中で体を旋回させ、いつの間にか取り出したファイブセブンの引き金を引き絞った。
至近距離から放たれた五発の銃弾に、スミスは咄嗟にバレット・ドッジで対処する。
しかし、身体を安定させる“足場”のない空中では満足な効果を得られず、放たれた銃弾の内一発が胴体へと着弾した。
「ッ――!!」
そのダメージから着地に失敗し、固い地面に体を打ち付ける。
即座に体勢を立て直して上空を睨み付ければ、そこには空中で滞空するシノンの姿がある。
そして彼女の背中には、仄かな燐光を放つ、半透明の翅が生えていた。
――飛行能力。
それが、シノンが屋上まで移動した手段の正体だとスミスは理解した。
「ふむ、興味深い能力だ。ぜひ調べてみたい。
それゆえに、君を取り込んでいる時間がないことが残念でならないな」
そう言いながらスミスは、左手を背中へと回し、更なる武器――銃剣・月虹を取り出す。
相手が空を飛べる以上、近接攻撃はほぼ届かない。
ならば二丁の銃剣を以て、遠距離攻撃の手数を増やそうと考えたのだ。
「物理的に回避できない場合も、銃弾を避けきることは出来ない、と」
対するシノンはそう口にすると、ファイブセブンを逆手に持ち、左手の長弓を持ち上る。
そして弦に触れると、全体が赤々と輝く火矢が生成され、弓を一気に引き絞った。
その狙いは当然、スミスへと向けられている。
シノンとスミス。
両者の戦いは、こうして地対空という様相を呈すこととなった。
絶望的な能力差のまま。されど、お互い己が勝利を疑わずに――――
10◇
――――そうして、転送した先に在ったエリアは、いつもの認知外迷宮ではなかった。
荒れ果てた荒野。青白い霧が薄く立ち込め、岩や廃墟の欠片が浮かぶ、禍々しい緑色の空。
あまりにも退廃的な、その風景。
―――その中で、彼等は戦っていた。
一つは、予感していた存在、白いスケィス。
白いスケィスは赤い十字架を武器に、相手の攻撃を防ぎ、そして攻め込んでいた。
もう一つは想定していた存在、スミス。
スミスはクーンのロストウェポンであるはずの静カナル緑ノ園を手に、素早く動き回っていた。
そしてそのスミスの左肩に、アトリが力なく担がれていた。
「アトリ……ッ!」
思わず声を荒げるが、三者ともまったく反応を返さない。
白いスケィスはハセヲに関心がなく、スミスにはその余裕がなく、アトリは気を失っているためだ。
一度は白いスケィスを圧倒したスミスが現在苦戦しているのは、意識のないアトリを庇っているためだろう。
ヤツの目的がアトリを取り込むことである以上、彼女を死なせるような事態は避けるはずだからだ。
しかし、だとすれば、なんでヤツは銃剣を使い、わざわざアトリを担いで戦っている?
少し遠くにでもアトリを置いて接近戦を行った方が、ヤツにとっても戦いやすいはずだ。
だというのに、それをしない理由は何だ。
……いや、それ以前に、あの白いスケィスの目的は何だ。
アイツは目的があって行動している。それは間違いない。
ならば志乃を、黄昏色のPCをキルしたアイツは、今度は誰を狙っている。
「………まさか、アトリを……!?」
だとすれば、スミスの行動とも辻褄が合う。
もしデータドレインを使われれば、スミスにはそれを防ぐ術がない。
自分一人だけならともかく、アトリも守らなければいけない以上、そんな危険は冒せない。
現状においては、そもそも使わせない、という選択しかヤツには取れないのだ。
それゆえの射撃戦であり、そのための静カナル緑ノ園なのだ。
「テメェ……ッ!」
それを理解した瞬間、ハセヲは白いスケィスへと襲い掛かっていた。
志乃や黄昏色のPCの時のようなマネは、二度とさせるつもりはなかった。
使い慣れた双剣、忍冬を取り出し、一気に接近して切り刻む。
だが双剣からは、何かを隔てたような手応えが帰ってくるだけで、白いスケィスに有効なダメージを与えている気がしない。
対して白いスケィスは、煩わしそうに十字架を振り下ろしてハセヲを容易く弾き飛すと、再びスミスを追いかけた。
「くそっ……!」
弾き飛ばされたハセヲは、すぐさま体勢を立て直して悪態を吐く。
白いスケィスは、自分に目もくれていない。ただスミスを……ヤツに抱えられたアトリだけを執拗に狙っている。
これでは今までと変わらない。白いスケィスは、自分を障害としてさえ認識していないのだ。
「ッ、オオオオ―――ッ!」
武器を双剣から大鎌へと換装し、再度白いスケィスへと振り被る。
白いスケィスは赤い十字架を盾にし、その一撃を防ぐ。
首削の無数の刃が高速で動き、十字架へと刻み付けて火花を散らす。
だが十字架には傷一つ付かない。首削の刃はその表面を滑るだけだ。
白いスケィスが再び、十字架を大きく振り抜く。
「まだまだぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
ハセヲも再び弾かれるが、即座に接近して大鎌を振り抜いた。
「っ!?」
その瞬間、白いスケィスは残像を残すほどの高速で移送し、ハセヲの一撃を回避した。
そしてある程度の距離を取ると、白いスケィスはその左腕を高く掲げた。
「これはっ――!」
するとそれに導かれる様に地表から氷塊が出現し、空へと浮き上がっていった。
そしてスケィスが腕を振り下ろすと同時に、その氷塊は冷気に変化し、ハセヲと、そしてスミスの周りと集束していく。
――全体魔法。
逃げ回るスミスとしつこく攻撃してくる自分に、白いスケィスが痺れを切らしたのだ。
ハセヲはそう判断すると、即座にその場から離れようとするが、体は凍り付いたように動かなかった。
対象の行動を強制停止させることによる必中効果。この全体魔法にはそれも含まれていたのだ。
それはスミスも例外ではないらしく、忌々しげに顔を歪めながらも、その動きを止めている。
そうして収束した冷気は、対象を巻き込んで巨大な氷柱となり―――バリン、と音を立てて破砕した。
「ガッ……!」
その衝撃に、ハセヲの体が弾き飛ばされる。
即座に体勢を立て直し、スミスの方へと視線を向ければ、やはりスミスも同様に弾き飛ばされていた。
―――その肩に抱えていたはずの、アトリを取り落しながら。
―――瞬間、三者が同時に動いた。
「ッ、環伐ッ!」
ハセヲは即座にアーツを発動させ、加速移動する。
そのターゲットはアトリ。環伐の横薙ぎの動作なら、地面に倒れ伏す彼女には当たらない。
もし仮に当たってしまっても、大鎌の初期アーツである環伐ならば、ダメージは少ないと判断したのだ。
「チィ……っ!」
対するスミスは、白いスケィスの放った未知の攻撃に混乱しながらも、即座にアトリの確保へと動き出す。
防御手段がわからず、そのままに受けてしまった氷結の一撃は、彼のHPを二割も削っている。
そして現状況におけるこの攻撃の危険性を認識し、“最終手段”の行使を決意したのだ。
スミスはアトリのもとへと駆け寄り、その身体を掴み上げようと手を伸ばす。
「アトリから、離れろォッ!」
だが、そこに急接近したハセヲが、勢いよく大鎌を一閃する。
横薙ぎに振るわれたその一撃を、スミスは腕を盾に防ぐが、その威力に圧され弾かれる。
見れば、スーツの袖は切り裂かれ、生身の腕からは血が滲み出ていた。僅かにだが、スミスの防御力を上回ったのだ。
そこへ、残像を残すほどの速度で接近してきた白いスケィスが、赤い十字架を勢いよく振り下ろしてきた。
振り子のようなその一撃を、スミスは両腕を盾にして防ぎ、ハセヲはアトリを抱え、大きく飛び退いて回避する。
すると白いスケィスは即座にハセヲを――彼に抱えられたアトリを追おうと向き直り、そこへ飛びかかったスミスの一撃で後退させられた。
「チッ。面倒なことになったな」
そう溢しつつ、スミスは白いスケィスへと警戒を向ける。
この巨人の狙いはアトリだ。しかし、自分やハセヲのように、彼女の生存を目的とはしていない。
下手にハセヲからアトリを奪い返そうとすれば、アトリを危険に晒すこととなる。
かといって巨人から先に対処すれば、ハセヲにアトリを連れ去られるかもしれない。
彼にその手段があるかはわからないが、可能性がある以上安心はできない。
どうしたものかと思いつつ、ハセヲの方へと意識を向ければ、彼は必死にアトリへと呼びかけていた。
「おい、アトリ! 目を覚ませ!」
もう一度大きく飛び退き、十分に距離を取ってから、ハセヲはアトリへと呼びかける。
見れば、彼女の左腕と右脚は、AIDAに感染したかのように黒く変色していた。
先ほどのスペルの事もあり、アトリへと回復スペルを使用するが、変色した個所は戻らない。
「アトリ! アトリィ!
チックショウ……テメェら、絶対に許さねぇ……!」
どれだけ呼びかけても目を覚まさないアトリに、ハセヲは激しい憤怒を燃やす。
怒りの形相とともに視線を上げれば、スミスと白いスケィスが、互いを牽制しながらこちらの様子を窺っている。
コイツ等の目的は何なのか。
何が目的で、アトリを狙っているのか。
――――そんな事はどうでもいい。
今重要なのは、こいつ等が『敵』だという事実だけだ。
アトリをこんな目に合わせた『敵』。こいつ等と戦う理由は、それだけで十分だ。
――――ハ調ラ音。
ピアノの鍵盤を弾く様な音が響く。
「いいぜ……。来い……来いよ……!」
ハセヲの身体に、幾何学的な赤い紋様が浮かび上がる。
アトリも見せたその現象に、スミスはハセヲがアトリと同じ『力』を持っていることを悟る。
「俺は……ここにいる……っ!!」
自身の内に眠る『力』へと強く呼びかける。
――――白いスケィスが、その呼び声に呼応するかのように、微かに蒼黒い燐光を帯びる。
「スケェェェェェェェィスっっっっ!!!!!!!」
その名を叫ぶ。
世界を書き換え、自分自身さえも書き換える。
退廃的な暗色の荒野が、宇宙を連想させる仕様外のエリア――憑神空間へと置き換わる。
同時にハセヲのPCと重なるように、黒金の鎧を纏い円環状の角を戴く、紅い三眼の死神が顕現した。
―――いざ括目せよ。
汝らに死を齎さんとする其の者の名は、モルガナの碑文が第一相――『死の恐怖』スケィスなり。
「待ってろアトリ」
ハセヲ/スケィスはアトリを左腕に抱え、光刃を備えた大鎌を具現化させる。
その視線の先には、正体不明のAIスミスと、もう一体の『死の恐怖』である白いスケィス。
その二つの存在を視界に捕らえ、光刃の大鎌を構えると、彼等へと一気に接近した。
―――何のために?
「俺が必ず、おまえを助ける……ッ!」
大切な仲間を、守るために。
11◇◆
―――真っ赤な軌跡を引いて飛翔する火矢と、二つの銃口から放たれた弾丸が交錯する。
自身に向けて放たれた銃弾を、シノンは屋根から屋根へと、文字通り飛び移って回避する。
そして長弓の弦に触れて火矢を生成し、弦を引き絞りつつ地上を走るスミスに狙いを付け、放つ。
放たれた火矢ごく当然のように回避されるが、地面に触れると同時に炎を発生させ、スミスの身体を炙っていく。
対するスミスは、高く跳び上がることでその炎から抜け出す。
着地点は当然シノンのいる屋根の上。その屋根を着地と同時に踏み砕きながら、再度シノンへと向けて再跳躍する。
接近戦が絶対的な優位であることに変わりはない。狙える距離ならば、狙わない選択はない。
だがシノンは、スミスよりも高く、そして位置を入れ替わるように飛翔し、スミスの接近から逃れる。
同時に長弓をより強く引き絞り、生成された輝く火矢を更なる輝きで覆っていく。
両手長弓系ソードスキル、《エクスプロード・アロー》。
その照準はスミスの着地点。スミスが着地する瞬間に狙いを定める。
それをさせまいと、スミスが両手の銃剣をシノンへと照準し、乱射する。
シノンは即座に弦を放して矢を射るが、弾丸の幾つかが掠め狙いが逸れる。
放たれた火矢は、スミスが着地すると同時に、そこから数十センチ離れた位置に突き刺さり爆発した。
至近距離からの爆炎に、スミスは再び地面へと叩き落される。しかし即座に起き上がり、反撃とばかりに銃撃を再開する。
対するシノンは着地と同時に長弓を引き絞り、反対側の屋根へと飛び移りながら火矢を射る。
追加発生する炎を避けてか、スミスは回避能力を使わず、その場から跳び上がって火矢を回避する。
そして再び屋根へと着地し、シノンへと向けて銃剣を撃ちつつその距離を詰める。
シノンは接近されまいと、弦を引き絞りつつ空へと飛翔し、スミスへと向けて火矢を放った。
シノンの放った火矢を回避しながら、スミスは彼女に起きた変化について考えを巡らせていた。
まず一つ目が、武器の変化。
いかなる原理によるものか、あの弓は矢筒を必要とせず、弦を引くことで矢を生成している。
しかも厄介なことに、放たれた矢は着弾と同時に炎を放つのだ。
いかなバレット・ドッジとて、火矢自体は避けられても、そこから発生する炎は防げない。
あの火矢を完全に回避するには、その着弾地点からも離れる必要があるのだ。
つまりあの弓矢は、射撃間隔こそ銃に劣るが、バレット・ドッジの効果が無効化される武器なのだ。
もっとも、それについては、あの矢が一種のグレネードと考えれば問題はない。
問題となっているのは、彼女に起きた二つ目の変化だ。
その二つ目は、外見の変化。
猫の耳と尻尾に、半透明の翅を生やしたシノンは、驚くべきことに空を飛んでいるのだ。
その背中に生えた翅による効果だと思われるが、やはりその原理は理解できない。
どうやら彼女は、“ただの人間”という訳ではなかったようだ。
未知のプログラム。未知の現象。未知の存在。
把握しきれないほどの未知。未知。未知。
ああ―――この『世界』は、想像もできない未知数で構成されている。
……その未知を、全て取り込みたいと、スミスは思った。
たかだか数名の参加者に遭遇しただけで、これほどの未知に遭遇したのだ。
ならば、このデスゲームに招かれた全ての参加者は、一体どれほどの未知を宿しているのか。
ならば、このデスゲームを主催した榊の技術を手に入れられれば、いったいどれ程の未知に遭遇できるのだ。
………ぜひ手に入れなければならない。
取り込まなければならない。上書きしなければならない。その全てを、“私”としなければならない。
そのためには、シノン……彼女が邪魔だ。
現在のシノンは、飛行能力を得ている。
その原理がどうあれ、接近戦に持ち込むのは容易ではない。
ならば知るべきは、その原理ではなく仕組みと欠点だ。
常に高度を保っていればいいはずの彼女が、わざわざ屋根を足場にしている理由と、それにより生じる隙を探り出す。
そう判断し、スミスはシノンへと向けて銃剣の引き金を引き続ける。
全ての未知を手に入れるために、ネオへの憎悪に続く、新たに芽生えた好奇心を胸に秘めながら。
対するシノンは、スミスの銃撃を回避しながら、火矢を放つ長弓で反撃する。
そして同時に、背中の翅で飛行しながら、屋根から屋根へと移動していた。
彼女が飛行能力を得た理由。それはスミスの予想通り、その姿に理由があった。
―――ALOアバター。
それが現在、シノンが使用しているアバターの名称だ。
ALOアバターの特性は『剣』と『魔法』、そして『飛行』である。
シノンはスミスの跳躍でも届かない高度へ飛ぶことで、最大の脅威である接近戦を回避しているのだ。
その代わりに、先程まで使っていたGGOアバターの特性である『着弾/弾道予測』が使えなくなっているが、それも経験則から補える。
問題は、このALOアバターの特性である『飛行』に時間制限を掛ける、『滞空制限』の存在だ。
これは初期のALOにも存在していた制限らしいが、シノンがALOを始めた時にはすでに撤廃されていた。
つまりシノンは、飛行時間に制限のある戦闘に馴れていないのだ。
どのような飛び方をすれば、どれだけの時間を飛んでいられるのかを、シノンは知らない。
残り時間自体は翅の燐光によってある程度把握できるらしいが、スミスを相手にそんなよそ見はできない。
そのためシノンは、屋根を足場として小まめな着地を繰り返すことで、少しでも飛行時間を延長させようとしていた。
シノンがそういった不安の残るこのアバターの使用を決めたのは、彼女が今装備している武器が理由だった。
この長弓は、スミスの一撃を防いだナイフと合わせて、黄昏色の少年が残したものだった。
名を《フレイム・コーラー》。威力と精度を兼ね備えた、強力な遠距離火力を持つ火の弓である。
ALOで弓使い(アーチャー)を選択していたシノンは、両手長弓系ソードスキルが使用できた。
そして火矢を生成するこの弓は、相乗効果が発生するのか、火炎属性を持つソードスキルの威力を倍加させる。
つまり矢が尽きる心配がなく、命中さえさせられれば、あのスミスにすら確実なダメージを与えられる武器となるのだ。
加えて言えば、射撃間隔こそ銃に劣るが、それも追加発生する炎によって補うことができた。
それら四つの要素が、シノンがALOアバターの使用を決意した理由だった。
そうしてシノンは、空へと飛び上がり弓矢を射放つ。
『もう一つの姿』という、仲間との絆によって得た力を振るいながら。
この『世界』でできた、新たな仲間を助け出すために。
12◇◆◆
「うぉぉぉおおおお――――ッ!」
ハセヲ/スケィスはスミスへと高速で接近し、光刃の大鎌を振り抜く。
対するスミスは、イニスの時にそうしたように、その一撃を素手で打ち払う。
だが大鎌を弾いたその腕は、その刃によって浅く、だが確かに切り裂かれた。
「む……!」
スミスは続けて振るわれるその大鎌をスウェーバックで回避すると、即座にハセヲ/スケィスへと向けて飛びかかる。
しかしハセヲ/スケィスは一瞬で加速し、スミスの背後へと回り込み、再び大鎌を振り抜く。
咄嗟にその一撃を緑玉石の銃剣で防ぐが、衝撃を受けきれず大きく弾き飛ばされる。
ハセヲ/スケィスは続けて、今度は白いスケィスへと高速接近し、同様に攻撃を開始する。
それに応戦するように、白いスケィスもハセヲ/スケィスへと赤い十字架を振り上げる。
ぶつかり合う光刃の大鎌と赤い十字架。
二体の『死の恐怖』は互いの武器を高速でぶつけ合い、大きく弾き合って距離を取った。
あの白いスケィスは、回避不能な全体攻撃スペルを持っている。
アトリが気を失っている今、もしそのスペルを使用されれば、彼女は無抵抗にダメージを受けてしまう。
シノンからはあの場所に落ちていたという呪杖を受け取っているが、それもアトリの意識がなければ意味がない。
ゆえに、再びあのスペルを使われるより早く、白いスケィスを倒す必要がある。
……だというのに。
スミスがハセヲ/スケィスの左腕――そこに抱えられたアトリを目掛けて飛びかかってくる。
それに対し、彼女を再びこの男に渡すわけにはいかない、と、ハセヲ/スケィスは光刃の大鎌で薙ぎ払う。
だがスミスは、銃剣でその一撃を受け止めると、逆にハセヲ/スケィスを圧し込まんと力を籠めてくる。
「く、ぐぅぅ……ッ!!」
尋常ではないその斥力に、ハセヲ/スケィスの大鎌が若干押され始める。
それにより、スミスがイニスを倒したのは事実なのだ、とハセヲは理解する。
……だが、アトリの命がかかっている今、ここで負けるわけにはいかないのだ。
加えてもう一つ、許せないこともあった。
スミスが構える緑玉石の銃剣は、自分の大切な仲間であるクーンの巫器だ。
それをスミスが使っているという事実が、ハセヲの怒りに拍車をかける。
「ウオラァア――……ッッ!!!」
その怒りを力に変え、渾身の力で大鎌を振り抜く。
同時に大鎌の武装を解除し、弾き飛ばしたスミスへと右手を突き出し、光弾を放つ。
そして即座に大鎌を再装備して白いスケィスへと接近し、大鎌と十字架をぶつけ合って火花を散らせた。
一方スミスは、放たれた光弾をバレット・ドッジで回避しつつ、両者の戦いを観察する。
同時にハセヲの大鎌の威力から、スケィスとイニスの違いを理解する。
ハセヲ/スケィスの攻撃は、アトリ/イニスと違いスミスの守りを超えてくる。
幻影による攪乱を主体としていたイニスに対し、スケィスは完全に近接戦闘を主体としているのだ。
戦いの軸となる攻撃性能が違うのだから、それは当然の結果といえるだろう。
だがスミスには、気になる事がもう一つあった。
現在ハセヲと鎬を削っている巨人――白いスケィスについてだ。
スミスと戦った時、あの巨人の動きはもっと単調だったはずだ。
故にこそ、スミスはあの巨人を圧倒できたのだし、危険ではあるが強敵ではないと判断したのだ。
だが現在、あの巨人は青黒い燐光を帯び、その動きに鋭さが増していっている。
……まるで、ハセヲがあの『力』を発現させた事に共鳴するかのように。
―――危険な兆候だ。
と、スミスはそう判断する。
もしあの巨人がハセヲに『あの力』を使用すれば、更なる強化が成されてしまうかもしれない。
それこそ“自分達”の内の一人から『救世主の力の欠片』を奪い、蒼炎を纏ったあの双剣士のように。
ならばこの状況では、あの巨人を倒すことが先決となるだろう。
ハセヲはアトリを死なせない。たとえ取り込み損ねたとしても、まだ機会は残る。
だが巨人の強化が成されてしまえば、自身にとっての脅威が増える。
あのデータ改竄能力を受けては、いかなる強化も意味をなさないのだから。
スミスはそう判断すると、銃剣を白いスケィスへと向け、トリガーを引き絞った。
だがその効果は薄い。あの謎の守りが、スミスの攻撃を防いでいるのだ。
ならば、と今度は直接白いスケィスへと飛びかかり、左拳で一撃する。
その攻撃に合わせ、最初の銃撃でスミスの狙いを悟ったハセヲが、白いスケィスから距離を取る。
スミスの拳を受けた白いスケィスが、その衝撃に一瞬大きく仰け反る。
だが即座に持ち直し、スミスへとその十字架で反撃をした。
スミスはそれを銃剣で受け止め、同時にハセヲ/スケィスが、白いスケィスへと大鎌を振り抜いた。
ザン、と切り裂く手応えとともに、パリン、と何かが砕けるような音が響いた。
つまり、プロテクトブレイクしたのだ。
そう理解すると同時に、ハセヲ/スケィスはその右手に、デジタルの紋様で構成された砲身を作り出す。
《データドレイン》――戦いを決着させる、その一撃を放つために。
「これで止めだァ……ッ!」
ハセヲ/スケィスはその砲口に、数列を放つ光を収束させる。
スミスはその巻き添えから逃れるために、白いスケィスから大きく距離を取る。
そうして、データドレインの光が極限まで高まった―――その瞬間。
―――ドクン、と。
視界が反転する様な錯覚とともに、何かが脈動したような気がした。
同時にスケィスが、ハセヲの意思に反して動きを止めた。
それに伴い、収束していた光がその砲身とともに解けていく。
「……っ!? なんだ……!?」
あと少し、という所で発生したその現象に、ハセヲは困惑する。
その、あまりにも致命的な隙を突いて、白いスケィスがハセヲへと接近し、その十字架を勢いよく振り下ろした。
「しまっ、ガァ……!?」
回避もままならないまま、ハセヲ/スケィスの体が、その赤く鋭い柄に刺し貫かれた。
―――瞬間。
ハセヲの脳裏に、どこか懐かしい、見覚えのない記憶が再生された。
その記憶の中でハセヲは、バンダナに襟巻を付けた緑色の髪のPCだった。
黒装束に身を包み、両腕の籠手に固定された短剣を握る、おそらくは双剣士(ツインソード)。
楚良だ。とハセヲは理由も分からず確信した。
自分の【使用アバターの変更】の一覧に乗っていた、プロテクトの掛かったアバター。
その双剣士の少年は、間違いなく自分なのだと理解した。
次いで発生したのは、激痛。
腹部を貫かれる痛みに、強制的に現実へと引き戻された。
同時に、『憑神(アバター)』が解除される。プロテクトブレイクされたわけでもないのに、スケィスの身体が、無数の数列となって解けていく。
そうして『憑神空間』は消え、ハセヲは元の暗い荒野へと投げ出された。
「ち、くしょう………」
内から湧き上がる激痛と、記憶の混乱からくる吐き気に、ハセヲは堪らずそう声を漏らす。
一体何が起こったというのか。
あと少しで白いスケィスを倒せたはずだった。
しかしスケィスは唐突に動きを止め、その顕現を解除させられた。
……まるで“何か”に、その力を遮られたかのように。
加えて解らないのは、あの謎の記憶だ。
垣間見たあの記憶。そこに出てきたあのPCは、一体何者なのか。
なぜ俺は、あのPCを自分だと確信したのだろうか。
……だがそれについて考えている余裕はない。
なぜなら白いスケィスが、俺と同様地面に倒れ伏しているアトリへと、その十字架を振り上げているからだ。
「さ、せるかぁあ……ッ!!」
動きの鈍い身体を懸命に動かし、アトリの元へと駆け付け、忍冬を抜いてその一撃を受け止める。
それだけで弾き飛ばされそうな、強烈な一撃。
しかしその衝撃に耐え、アトリを抱えて距離を取ろうと手を伸ばし、
ハセヲは自分の身体が、宙へと浮き上がっていることに気が付いた。
「しまッ……!?」
背後を見れば、そこには輪をあしらった赤い十字架。
それの意味することを察し、すぐさまその拘束から逃れようと力を込める。
だが体は全く動かず、十字架に磔にされるように固定された。
―――再び蘇る記憶。
初めての経験のはずなのに、妙な既視感が脳裏に過ぎる。
そう。まるで以前にも一度、この十字架に磔にされた事があったかのように。
白いスケィスの左腕が、俺へと向けて砲台のように突き付けられる。
同時にその腕に現れた腕輪から極光が放たれ、ハセヲのPCボディを貫いた。
「がぁああああああああああああああああッッッ………………!!!」
底なしの自由落下のような、かつて一度味わった遼遠の痛み。
全身を襲う光の衝撃が、ハセヲの鎧装を剥ぎ飛ばす。
そうしてようやく十字架から解放され、ハセヲは地面へと崩れ落ちた。
13◇◆◆◆
――――そうして、決着の時が近づいてきた。
シノンは長弓を引き絞り、スミスへと火矢を放つ。
火矢そのものは回避されるが、発生した炎がスミスの行動を阻害する。
スミスの回避能力は、既に半ば解明している。
これまでの戦いから導き出されたあの回避能力の正体。
それは、『超高速で銃弾を回避する能力』ではなく、『回避できる銃弾を絶対に回避する能力』というものだ。
だからこそ体勢が安定しない状態の時や、その軌道を変えられる直接攻撃には使用せず、バランスを乱す使用中の攻撃も行わないのだ。
ならば話は簡単だ。
スミスが回避できない状態の時に、強力な一撃を放てばいい。
すなわち、スミスが跳躍している間。体を安定させる足場のない空中だ。
と、そう簡単にいかない所がスミスの恐ろしいところだ。
スミスは跳躍するとき、ほとんど必ずこちらの射に合わせてきている。
そして銃に劣る弓の射撃間隔では、再度矢を放つ頃には、スミスは地に足を付けている。
つまり無理に隙を狙おうとすれば、スミスの銃撃に晒されながら、その接近を許さなければならないのだ。
確実に仕留められる確証がない以上、そんな危険は冒せない。
現状行えることは、やはりこうしてスミスを引き付け、ハセヲがアトリを助け出すことを期待することだけだろう。
―――なんて。
他者に意識を向けるという、そんな僅かな隙を突いて、スミスから予想外の一撃が放たれる。
先ほどまで繰り返されてきた攻防のように、シノンの放った火矢を、スミスが跳躍して躱す。
当然シノンは高く跳び上がり、スミスへと向け再度火矢を放った――その時だった。
スミスの手から、投げ放たれた物が一つ。その左手に握られていたはずの銃剣・月虹だ。
(まずい……ッ!)
スミスのその行動に、シノンは悪寒とともにそう確信する。
投げ放たれた銃剣は、砲弾に等しい威力を伴い、シノンが目掛けていた着地点の屋根を破壊する。
しかし、飛行にまだ慣れ切っていないシノンでは、咄嗟の動作変更ができない。
結果、砕けた足場に着地することとなり、足を滑らせ体制を崩す。
スミスを相手にするうえで、それはあまりにも致命的なミスだ。
「くッ……!」
シノンは即座に空へと飛翔する。
スミスは武器を一つ手放した。
この窮地を凌ぎきれば、形勢は僅かに有利になるだろう。
だがしかし、このスミスにとってのチャンスを、スミスが手放すはずもなく。
スミスが砕けた屋根をさらに粉砕して着地し、即座にシノンへと向けて再跳躍する。
そして空いた左手を素早く伸ばし、より高度へと逃れようとするシノンの足を捕らえた。
「捕まえたぞ、お嬢さん」
そう言うや否や、スミスは体を回転させてシノンを振り回し、地面へと向けて投げつけた。
「っ、ァ……ッ!!」
回転と加速に平衡感覚を失い、シノンは減速することもできず、地面へと叩き付けられる。
その衝撃に、身体は石畳を砕き、跳ね上げられた。
そこへ落下とともに迫る、スミスの一撃。
シノンは激痛を堪え、どうにかその場から飛び退く。
直後、スミスの墜落した石畳は、爆発したかのように粉塵を巻き上げる。
その粉塵の中から、即座にスミスが飛び出してきた。
その標的は当然シノン。
スミスは彼女を再び空へと逃がすまいと、驚異的な速度で突進する。
対するシノンは、自身の命運を分ける最後の賭けへと打って出る。
後方へと飛び退きながら、ウインドウを開き、そのアイテムを選択。
スミスの接近に合わせ、アイテムの使用を決定する。
同時に出現する巨大な多面体――プリズム。
スミスのすぐ目の前に出現したそれは、そのままスミスが正面衝突すれば、その衝撃を跳ね返すだろう。
だが―――
「読めているよ、お嬢さん」
石畳を踏み砕く強引なカットで、スミスはプリズムを回避する。
そして、そのすぐ後ろにいるシノンへと、更なる踏み込みを以て接近し、渾身の力で一撃する。
「、ガッ……ッ!!」
シノンの身体を強烈な衝撃が襲い、勢いよく跳ね飛ばす。
そしてすぐ背後にあった建物の壁に激突し、そのまま粉砕して瓦礫の中へと身を埋めさせた。
まるで一度目の戦闘の再現のような顛末。違いは、プリズムが既に使用されてしまったという事か。
「――――――――」
――――殺った。
その手応えから、スミスはそう確信した。
だが、まだ安心はできない。シノンには一度、死を確信した一撃から生還していた事実がある。
死体は残らないが、遺留品は残る。警戒を解くのは、それを確認してからだ。
そう判断し、スミスはシノンの埋もれた瓦礫へと視線を向ける。
――――動きはない。
確実に死んだのか、それとも気を失ったのか。
いずれにせよ、埋もれたままでは判断できない。
それを確かめるために、一歩前へと踏み出した―――その瞬間。
「う……アアアア――――ッ!!」
咆哮とともに瓦礫を押しのけ、シノンが飛び出してきた。
そしていかなり理由からか、彼女はスミスへと向け突進してきた
スミスの脳裏に、やはり、という感想とともに、なぜ、という疑問が過ぎる。
彼女はこれまで、徹底して距離を取ってきた。それがなぜ、今になって接近戦を挑むのか。
その疑問により、スミスは一瞬体を硬直させる。
その一瞬の隙を突くように、シノンは全身を左に強く捻りつつ踏み込み、弾丸のように螺旋回転させて突進してくる。
そして左手に握られたファイブセブンを、左下から右上へと、立て続けにトリガーを引きながら振り上げた。
それによりスミスは、シノンの狙いを悟る。
ゼロ距離射撃。
至近距離ですら有効なバレット・ドッジが無効化される、唯一の近接射撃を行うつもりなのだ。
拳銃を乱射しているのは、あえてバレット・ドッジを使用させ、こちらの動きを縫うためか。
……だが、不意を突くには少しばかりタイミングが早すぎる。
スミスは進んだ一歩分だけ後退し、シノンから距離を取った。
そのたった一歩分で、たとえシノンが二回転したとしても、ゼロ距離となることはない。
その想定に違わず、宙に斜めのラインを描いて飛翔する弾丸は、ただの一発も掠めることなく過ぎ去り―――。
瞬間。シノンはその右手に握った新たな武器――フォトンソードから、青紫色に輝くエネルギーの刃を実体化させた。
この光剣の名は《カゲミツG4》。ハセヲから譲り受けた、シノンの最後の切札である。
「なにっ……!?」
スミスが驚愕に目を見開く。
突然の直接攻撃の発動に、バレット・ドッジを使用していた体は急な制動を余儀なくされ、次の動作を遅延させる。
その致命的な隙を見せるスミスへと、シノンは時計回りに旋転する体の慣性と重量を余さず乗せた光剣を、左上から叩き付けた。
二刀流重突進技、《ダブル・サーキュラー》。
かつてシノンを救ったその技を、今度はシノン自身が再現して見せたのだ。
その必殺の威力を秘めた一撃を、スミスはどうにか右手の銃剣で受け止める。
……だがしかし、光剣の刀身は実体のないエネルギー刃。光剣の攻撃力を上回る物質は透過する。
結果、緑玉石の銃剣による防御は防御とならず、青紫色の光刃はスミスの身体を、右肩から左脇腹にかけて深々と切り裂いた。
「ッ、ッ………!!?」
肉体を切り裂かれた衝撃とダメージに、たたらを踏んで後退さる。
――つまり、未だ存命。
たとえ瀕死であっても、生きていることに変わりはない。
そして生きているのならば、次はない。
そう考え、スミスは激しい憤怒の念とともに、シノンへと右手の銃剣を振り抜く。
……そう、次はない。
シノンはその一撃を後方へと飛び退いて回避し、同時にスミスへと向け光剣を投げつけた。
「―――ッ!」
再三、スミスの顔に驚愕が浮かぶ。
あれほどの威力を秘めた武器を、何故手放すのか、と。
そこへ放たれる、ファイブセブンによる銃撃。スミスの位置に到達するタイミングは、ほぼ同時。
なるほど、銃弾ではなく剣でならと考えたのだろう。
しかし、それは無駄なこと。バレット・ドッジは、回避可能な遠隔攻撃全てに対応する。
故に、スミスはそれらを纏めて、バレット・ドッジによって回避した―――瞬間。
ドン、と。背後から強烈な衝撃が、スミスへと襲い掛かった。
「ッ――――!?」
四度目となる驚愕。
衝撃に勢い良く弾き飛ばされながらも、どうにか背後へと視線を向ける。
するとそこには、巨大な水晶のような多面体、プリズムがあった。
それが、スミスを弾き飛ばしたものの正体だった。
プリズムは敵の攻撃を反射するアイテムではなく、プリズムにヒットした攻撃のダメージを、周囲へと拡散させるチップだ。
シノンはこの特性を利用し、プリズムに光剣を投げつけることで、そのエネルギー刃の威力を拡散させたのだ。
「おのれッ……!」
その完全な不意打ちに、スミスは受け身も取れないまま、地面へと叩き付けられる。
だがすぐさま起き上がろうと上体を持ち上げ―――後頭部に当てられた固い感触に、その動きを止る。
「Bye……」
その言葉とともに、シノンは躊躇いなく引き金を引いた。
避ける間もない、ゼロ距離射撃。
当然バレット・ドッジは発動せず、スミスは後頭部を撃ち抜かれ、再び地面へと倒れ伏した。
もう二度と、このスミスが起き上がる事はない。
―――こうして、戦いは決着した。
シノンとスミス。彼女たちの三度目の戦いは、シノンの勝利で終わったのだ。
†
「今更だけど教えてあげるわ。
奇跡はね、願えば起きるものじゃなくて、自分の手で起こすものなのよ」
スミスの亡骸へと、シノンはそう言い捨てながら、先程の攻防を思い返していた。
シノンにとって、この作戦が成功するかどうかは、非常に大きな賭けだった。
一、プリズムによる足止めにわざと失敗し、その存在を終わったものとして忘れさせる。
二、スミスの立ち位置を、プリズムによる反射の影響圏内ギリギリ外に誘い出す。
三、ダブル・サーキュラーを成功させ、そのまま反射の影響圏内へと押し込む。
四、投擲した光剣を弾かれないために、ファイブセブンも同時に乱射し、回避させる。
これらのどれか一つでも失敗すれば、この作戦は失敗し、シノンはそのまま殺されていただろう。
特に危うい綱渡りだったのは、ダブル・サーキュラーの再現だ。
あれは本来、キリトが二刀流ソードスキルを使用した経験から再現した一撃だ。
遠方から視認しただけの自分に、完全な再現は不可能だと思っていた。
いや、こうして成功させた今でもそれは思っている。
あの一撃が完璧に決まったのは、それこそ“奇跡”だったのではないかと思える程度には。
だが結果として、ダブル・サーキュラーの再現は成功し、こうしてスミスを倒すことができた。
現在HPは一ポイント。アンダーシャツの効果分だけ残っている。
その代償として、スミスに殴られた腹部を中心として、全身が激痛にさいなまれていた。
ダメージを受けた直後は、もとより覚悟をしていたために耐えることができた。
だがこうして気が抜けてしまえば、その痛みは耐えがたいものとなって甦ってくる。
しかしそれも、雷鼠の紋飾りを装備することで使用可能になるスキルで回復させる。
これもまた、黄昏色の少年が残したアイテムの一つだ。
結局自分は、名前も知らないあの少年に、どこまでも助けられたという事だろう。
いずれにせよ、戦いは終わった。
ならこれ以上ここに留まっている必要はない、とスミスの死体から背を向ける
だがその直後に起きた現象に、シノンは驚きとともに振り返った。
「ッ!? これは……!」
スミスの死体が、放電とともに消えていく。
あとに残ったのは、茶色い巻き髪の女性――ランルーくんの死体だった。
そしてランルーくんの死体もまたすぐに、データの破片となって消えていった。あとには何も残らない。
「そう、そういう事……!」
それによってシノンは、スミスの口にした“取り込む”という言葉の意味を理解する。
そしてスミスが二人いた理由も、また同様に。
いかなる手段によってか、スミスは自分以外のプレイヤーを“もう一人の自分”に変えることができるのだ。
そしておそらく、取り込んだ人物の能力も使うことができるのだろう。
だからスミスは、イニスを使用したアトリに固執したのだ。
「っ、急がないと……!」
もしスミスがNPCも取り込めるとしたら、@ホームにいたデス☆ランディは間違いなく取り込まれている。
たった一人でさえ凶悪な敵だというのに、二人や三人ともなっては、まともに相手にできるはずがない。
それに、マク・アヌにはほとんどNPCの姿を見なかったが、最悪その人数は数えきれなくなっているかもしれない。
だとすれば、アトリだけではなくハセヲも危ない。
そう判断し、シノンは空へと飛び立とうとして、不意に視界の端にあるものを捉えた。
石畳の隅に横たわる、一台の(おそらくは)バイク。
おそらくは、スミスに襲われた参加者のものだろう、と最初に現れた二人目のスミスを思い出し、シノンはそう推測した。
「そうね。放っておく理由もないし、ありがたく使わせてもらうわ」
移動の自由度では飛行に劣るが、それでも普通に走るよりは早いだろう。
それに飛行には『滞空制限』がある。残り飛行時間を回復しつつ移動する上でも、このバイクは有用だ。
そう考えて、シノンはバイクを起き上がらせた。
―――その時だった。
「な、あれは……!?」
マク・アヌのどこかで、黒い稲妻を伴った真っ赤な火柱が、空高くへと昇って行くのが視界に映った。
そしてその火柱が生じている場所は、あろうことか@ホームのある方角だった。
14◇◆◆◆◆
「ぁ……れ……?」
意識を浚う“波”の音に、ようやく私は目を覚ました。
だけど視界に広がったのは、先程までの@ホームではなく、見覚えのない暗色の荒野。
「ハセヲ……さん……?」
そこに、彼が倒れていた。
いつものような3rdフォームではなく、以前少しの間だけ見た2ndフォームで。
その、少し奥の方に、もう一人ハセヲさんがいた。
……いや、ハセヲさんじゃない。その巨人がスケィスだというのはわかるけど、中にハセヲさんがいない。
……どうやら私は、いつの間にか、またハセヲさんに助けられていたようだ。
けど、あの白いスケィスに襲われて、ハセヲさんは窮地に陥っているらしい。
その事だけは、今の朦朧とした頭でも理解できた。
……なら、助けないと。
いつもは、私が助けられてばかりだった。
だから今度は、私がハセヲさんを助けないと。
そう思って、起き上がろうと体に力を込めた。
けれど、体はとても重くて。
左腕と右脚は、もう何の感覚もなくて。
それでも、私は懸命に起き上った。
起き上がって、動かない右脚を引き摺って、前へと歩き出した。
「私が……助ける……」
頭にあったのは、それだけだった。
今度は私が、彼を助ける番なのだ、と。
その想いだけを支えに、私は、『死の恐怖』へと立ち向かっていった。
……大切な人を、守るために。
それが、悲劇の引き金になるとも気付かないで…………。
†
「く……そ……っ!」
ハセヲは霞む視界で、どうにか自分のPCボディを確認する。
見ればPCボディが、3rdフォームから2ndフォームへと変化していた。
あの時と同様、初期化された……のだろうか。
だとすれば、完全に初期化されなかったのは、碑文使いとして覚眼していたためか。
白いスケィスへと視線を向ければ、奴は青黒い燐光を纏いながら、こちらへと視線を向けている。
「っ………!」
戦いは、まだ終わっていない。
こいつを倒さなければ、俺はなにも守れない。
鈍い身体を動かし、どうにか立ち上がろうと力を込める。
「え…………?」
そんな俺の前に、アトリが歩み出てきた。
いつの間に目を覚ましたのか。彼女は黒く変色した脚を引き摺りながら、前へと一歩ずつ進んでいる。
そう。今まさに彼女を狙っている、スケィスへと向かって。
「……アトリ?」
何をしているんだ、と茫然と呟く。
まさかアトリは、あの白いスケィスと戦うつもりなのか?
無茶だ。彼女の身体には、まだ黒いバグが張り付いたままだ。
「よせ、アトリ! おまえは逃げろ!」
ハセヲは声を荒げ、アトリを制止する。
そんな、歩くこともままならない状態で、まともに戦えるわけがない。だというのに―――
アトリは僅かに振り向いて、大丈夫、と言うかのように微笑んだ。
――――ハ調ラ音。
ピアノの鍵盤を弾く様な音が響く。
「お願い……。私に力を……みんなを守る力を……!」
その身体に、水色の紋様が浮かび上がる。
仕様外の力の顕現に、再び荒野にノイズが奔る。
なるほど。たしかに『憑神(アバター)』なら、今のアトリでも戦えるかもしれない。
プロテクトブレイクしている今の白いスケィスなら、それはなおさらだ。
「私はここですっ!!」
アトリが、毅然と己が内へと呼びかける。
その視線は、白いスケィスへとまっすぐに向けられている。
その姿からは、PCボディの異常など、影響がないようにさえ思えた。
………だが。
「イニスっ!!!!」
その名を叫ぶ。
世界を書き換え、自分自身さえも書き換えるその力は……しかし。
その声に反し、カタチとなることなく霧散した。
「………あ、…………え?」
茫然と、アトリが声を漏らす。
「な………、あ………ッ!」
その光景に、ハセヲの思考が停止する。
気が付けば、アトリの胸から黒い“腕”が突き出ていた。
その黒い“腕”は、掌に水色の輝きを放つ球体を……アトリの碑文を掴んでいる。
「ふむ。ようやく捕らえたか。
君が力の発現をしてくれて助かったよ。上書きに対する抵抗力が、一気に弱まったからね。
おかげでこうして、このプログラムだけを切り離すことができた。」
そう口にするのは、黒い“腕”の持ち主――スミスだ。
スミスは喜悦に笑みを浮かべると、勢いよく“腕”を引き抜き、大きく飛び退いた。
「ぁ…………」
アトリが小さく声を漏らし、その身体から紋様が消える。
そして、まるでその瞬間を狙ったかのように、白いスケィスが、赤い十字架を振り上げた。
「!? 逃げろ、アトリ――!!」
すぐさまアトリへと声を上げるが、逃げる間もなく、赤い十字架がギロチンのように振り下ろされる。
アトリは悲鳴さえも上げず、あまりにもあっけなく撥ね飛ばされた。
―――悪夢が、現実の光景となって甦る。
「っ!? アトリィ―――ッ!!」
堪らず声を上げて、重い身体を我武者羅に動かして、アトリの元へと駆け付ける。
アトリから碑文を奪った存在も、アトリを弾き飛ばした存在も、この瞬間だけは頭になかった。
ただ、アトリの事だけが頭にあった。
「おいアトリ! しっかりしろ、アトリッ!!」
アトリの身体を抱き上げ、懸命に声をかける。
『ハ、セヲ……さん………?』
彼女はぼんやりと目を開けて、俺の名前を口にした。
それはいつかのような、音のない声だった。
『ごめん……な、さい………』
「無理に喋るな! 今回復させるから!
……リプス! オリプス! くそっ……それなら、リプメイン!」
掠れるような声で謝るアトリに叱咤を飛ばし、回復スペルを使用する。
だがリプスも、オリプスも効果はなく、最後に使用したリプメインは………。
【蘇生効果発生の制限時間、5秒を過ぎています。対象への蘇生効果は発生されません】
そんなシステムメッセージを表示させるだけで、何の効果ももたらさなかった。
「な、なんだよそれ……。蘇生効果の……制限時間!?
ふざけんな! ちくしょう……ちくしょう……っ!」
あんなに、固く誓ったはずなのに……。
こうやって、手の触れられる場所にいるのに……!
俺にはもう、アトリを助けることができない……いや、助けることが、できなかった………。
そうして、アトリのPCボディが、足先から徐々に崩壊を始めた。
もう全てが終わったのだと、もはや何もかもが手遅れなのだと、そう告げるかのように。
「…………ゃだ」
『……………………?』
「いやだ……消えるな、アトリ。消えないでくれ……!
また助けられないのはいやだ……もう目の前で失うのはいやだ……。
俺はここにいるのに……この手はちゃんと、こうして届いたはずなのに……っ」
一度だけでもたくさんだった。
二度と失いたくなかった。
三度も繰り返したくなかった。
四度はないと、信じたかった……。
「なのに、おまえまで助けられなかったら、俺は……俺は………っ!」
どうして誰も、助けられないのか。
俺は何のために、この『力』を手に入れたのか。
志乃を取り戻したかった。仲間を守りたかった。そのために戦ってきたはずだった。
……それなのに。
アトリがいなくなってしまう。
アトリの声を、もう……聞くことができない。
彼女の笑う声も……泣く声も……怒る声も……。
俺は……どうしたらいい? この痛みはどうしたらいい?
指先がチリチリする。口の中はカラカラだ。目の奥が熱くて堪らない。
『……ハ、セヲ………さ……』
振り絞るような声で、アトリが俺の名前を呼んだ。
彼女の身体は、もう欠けていない所がないほど、あちこちが欠落していた。
「頼む……消えないでくれよ……アトリィ……」
それを認めたくなくて、俺は無意味だと解っていながら、彼女へとそう懇願した。
そんな俺へと、最後の力を振り絞るように、アトリは手を伸ばしてきた。
そして俺の頬へと手を添えて、小さく微笑むと、
『……なか、ない……で…………』
そう言い残して、無数のデータ片となって消えていった。
「ぁ……ぁあ……ッ、アトリィィィィイイ――――――………ッッッ!!!!!!!!」
堪えることなどできるはずもなく、感情のままに、力の限りにその名を叫ぶ。
けれど、その名前で呼びかける相手は、もうどこにもいない……。
「あ、ああ……う、あぁああ………」
どこにもない彼女の亡骸を抱えるように、両腕を掻き抱いて蹲る。
口から零れる声は、もはや何の意味もなさない、呻く様な音だけだった。
伽藍のような心の中では、ただ行き場のない感情と痛みだけが、激しく渦巻いていた。
「ふむ。目的を達した以上、他の人間に用はないという事か」
ふと聞えたその声に、ようやっと視線を上げる。
いつの間にか周囲の光景は、薄暗い荒野から、見慣れた@ホームへと変わっていた。
その中に、黒いスーツを着た男の姿があった。――白いスケィスの姿は、どこにも見えなかった。
「しかしやはり、直接的なプログラムの掌握は手間がかかるな。
それも未知のプログラムともなれば、どれだけの時間がかかることか」
男の手には、水色の光――アトリの碑文が握られている。
それを認識した瞬間、視界は真っ赤に染まり、全身が激しく戦慄いた。
……そうだ。
アトリが死んだのは、誰のせいだ。
アトリをあんな姿にしたのは、一体誰だ!
……赦さない。絶対に、赦してなるものか……!
噴火する火山の如く湧き上がる憤怒。
心に渦巻いていたありとあらゆる感情が、どす黒い憎悪へと変換される。
その憎悪は灼熱を遥かに超えた温度を放ち、血管を流れて全身を焼き焦がしていった。
――――ナラバ、壊セ。
不意に、体の奥から、そんな囁きが聞こえてきた。
――――壊シテ、喰ラエ。肉ヲ貪リ、血ヲ飲ミ干シ、全テヲ奪エ。
それは聞き覚えのある声だった。
いつかどこかで確かに聞いた、歪んだ金属のような歪な声。
同時に体の内から、液体金属のような強烈な冷気が、全身へと解き放たれた。
その極低温の飢えと、自身の極高温の憎悪が、血流に乗って融合し、その瞬間―――。
「…………えせよ」
知らず、ハセヲは唸るように声を漏らしていた。
その全身に、血のように赤い紋様が浮かび上がる。
その全身から、飢餓的な闇色の稲妻が迸り始める。
それでようやく自分の事を思い出したのか、男がこちらへと視線を向ける。
「ああ、そう言えば君も“これ”と同じ力を持っていたね。
アトリ君の代わりに君を取り込み、プログラムを掌握する参考とするのもいいかもしれないな」
男はそう何かを口にするが、それを意味のある言葉として認識できない。
視界が、男へと向けて狭窄する。それ以外の全ては、揺れる闇の向こうへと消えた。
「アトリの碑文を、返しやがれ……ッ!!」
抑えきれない激情が、叫び声へと形を変える。
今ハセヲの頭にあるのはそれだけだ。
助けたかった少女の、存在の欠片。それを男から奪い返すこと。
それだけが、憎悪に塗り潰された今のハセヲに残る、たった一つの感情だった。
それ以外は全て、眼前の敵を破壊し尽そうとする衝動に飲まれて消えた。
「さもないと……」
激しいノイズが、周囲の空間を掻き乱していく。
ハセヲのPCボディから、弾ける寸前の爆弾ように赤い光が零れ出す。
――――ソウダ。喰ラウ。喰イ散ラス。
凶暴な声が、頭の中心でそう囁く。
ハセヲが、その声に駆り立てられるように一歩だけ踏み出す。
瞬間、全てが停止したかのように静寂し――――
――――割れ鐘の如き、ハ調ラ音。
ピアノの鍵盤を力の限りに弾いた様な音が、悲鳴を上げるように響き渡った。
「喰い殺すぞォォォォオオオオオオ――――………ッッッ!!!!!!!」
【YOU EQUIPPED AN ENHANCED ARMAMENT《THE DISASTER》】
ハセヲを中心として、極大の紅蓮の炎と暗黒の稲妻が放たれる。
その猛り狂う炎雷は@ホームを一瞬で飲み込み、内側から破裂するようにあっけなく吹き飛ばした。
そうして今ここに、一人の少女の死を代価として、悲しき憎悪を宿す、黙示録の獣が誕生した…………。
【アトリ@.hack//G.U. Delete】
15◇◆◆◆◆◆
「ぬう…………ッ!?」
@ホーム内に満ちていく紅炎に危険を察したスミスは、出入り口から即座に外へと跳び出す。
直後。@ホームのあった建物が爆散し、天高くへと黒い稲妻を伴った紅蓮の火柱を昇らせた。
そしてその@ホーム跡地の周辺は、ただ物理的に破壊されたわけではないかのように、マトリックスの崩壊が起こっていた。
これまでに彼らが見せた、ハ調ラ音を伴う『力』の顕現。
それとはまったく異なるその現象に、スミスの背筋に悪寒が奔る。
今から現れる存在は、これまでの人間とは全く次元の違う存在なのだと直感するかのように。
火柱は程なくして、内側から払われるように散っていった。
そこにいたのは、あの大鎌を持つ死神ではなく、ハセヲだった。
「グル……アアアアアアアア――――――………ッッ!!!」
ハセヲは全身から飢餓的な闇の色の稲妻を放ち、獣のような咆哮を迸らせる。
その咆哮による影響か、周囲の空間は揺さぶられる様に激しいノイズを奔らせていた。
彼の姿は、先程までとは一変していた。
より鋭く、針のように逆立った白髪に、燃え盛る溶岩を連想させる赤褐色の鎧装を纏っている。
その鎧は最初のものと比べてより凶悪に、自らさえも傷つけかねないほどに刺々しい。
だが何よりの違いは、それ自体が生き物のように蠢く三本の尾だろう。
「これは……あの剣士の少年と、同じ……?」
ハセヲのその変貌に、スミスはそう予想を付ける。
その方向性こそ全く逆だが、あの蒼炎の発言と同じ現象なのだと。
―――つまりは、非常に危険。
そう判断を下し、一歩後退さった、その瞬間。
「ッ! ガアアアアアアアア――――ッ!!」
ハセヲが跳ねるように顔を上げ、スミスへと飛びかかってきた。
鋭い鉤爪を備えた左手が、スミスへと向けて突き出される。
スミスはそれを、大きく飛び退いて回避する。
同時に、直前までスミスがいた地点にハセヲが激突し、ズドン、と爆発染みた衝撃とともに石畳を粉砕した。
そうして巻き上がった粉塵の中から、ハセヲが再び、スミスへと向けて突進してくる。
今度は右手の鉤爪による薙ぎ払い。
自身を引き裂かんとするその一撃を、スミスは深く屈み込んで回避し、右手の銃剣を一閃する。
ギャリン、と、金属で鉄板を引っ掻いたような音が響き渡った。
「なに!?」
銃剣を持つ右手に残る、あまりにも堅いその感触に、スミスは驚愕の声を上げる。
まさか自分の一撃を受けて、切り裂かれないどころか、掠り傷一つで済ませるとは……!
「ガアアアッッ……!!」
そんなスミスの驚愕の合間に、ハセヲは振り抜いた右腕から、そのまま裏拳を繰り出した。
「ぐ、ヅゥ……ッ!!」
躱す間のないその一撃を、スミスは咄嗟に右腕を盾にして受け止める。だが。
ゴン、という生物的にはあり得ない音を響かせ、スミスの身体が殴り飛ばされ、そのまま建物へと叩き付けられた。
「ガッ……!?」
激突の衝撃に、肺から息が押し出される。
そこへさらに、ハセヲはスミスへと一瞬で接近し、渾身の力で右拳を振り抜いた。
スミスは咄嗟に両腕を交叉させて受け止めるが、骨が軋むような音とともに、そのまま建物の中へと殴り飛ばされる。
その拳の威力は凄まじく、スミスは建物の内壁をも破壊し、そのまま外へと弾き飛ばされた。
「グルルルルルゥ…………」
ハセヲは獣のように息を荒げながら、スミスを追う様にその建物から姿を現す。
「キ、貴様……っ!」
痛む体を押して即座に立ち上がり、スミスは湧き上がる憎悪とともに、ハセヲを睨み付ける。
何だこれは。こいつはいったい何なのだ。
いったい如何なる条理を以て、彼はこれほどの『力』を得たというのだ。
彼等が持つ『あの力』だけではありえない。
あれは飽くまでデータを改竄する力のはずだ。システムそのものを超える力ではない。
ならば一体、この救世主にも似た『力』は何だというのか……!
「グルアアアアアアアア――――ッッ!!!」
再び放たれる咆哮にノイズが生じ、その衝撃に周囲の石畳が粉砕される。
今のハセヲが宿す『力』は、システムを超越したスミスをしても、完全に理外の外にあった。
だが、スミスがその力に混乱する間もあればこそ、ハセヲは咆哮を上げつつ、再びスミスへと襲い掛かった。
†
「グルアアアアアアアア――――ッッ!!!」
と。ハセヲは自分の咽喉から、爆音のような獣声が発せられるのを聞いた。
これまで以上の速度でスミスへと接近し、その身体を引き裂こうと右手の鉤爪を振り下ろす。
スミスは素早く飛び退いてその一撃を回避するが、即座に飛びかかって回し蹴りを叩き込む。
その一撃は、スミスが咄嗟にあげた左腕によって防がれるが、構わず力を込め、その防御ごと蹴り飛ばす。
「グウアアアアアアアアアア――――ッッ!!!」
憎悪(かんじょう)のままに、咆哮を迸らせる。
灰色の視界の先には、苦痛に顔を歪める『敵』がいる。
いい気味だ、とは思わなかった。だが、まだ足りない、とは強く感じた。
そう、まだ喰い足りない。まだその命に届いていない。まだ何一つ、奪い返せていない。
「チッ、狂犬め……!」
スミスがそう吐き捨てながら、銃剣のトリガーを連続で引き絞る。
音速を超える弾丸が、銃声とともに幾つも放たれる。
瞬間、ハセヲの灰色の視界に、その銃弾の軌道予測と、幾つもの文字が高速で表示された。
その内容は―――《攻撃予測/通常攻撃 遠隔/射撃・実弾系 脅威度/〇》。即ち、防ぐまでもないという事だ。
そしてその予測に違わず、スミスの放った銃弾は全て、赤褐色の鎧装に容易く弾かれた。
「ガアアアアアアアアアアア――――ッッ!!!」
スミスへと一瞬で接近し、両の拳でラッシュを叩き込む。
その顔面を鷲掴み、石造りの建物へ叩き付け、そのまま摩り下ろす様に走り抜ける。
勢いよく地面へと投げつけ、一際高く跳び上がり、高高度からの跳び蹴りを蹴り穿つ。
されど『敵』は未だ健在。その驚異的な防御力は、ヤツの生存をなおも許している。
戦意も未だ衰えていないのか、その右手に緑玉石の銃剣を、その左手に水色の光の結晶を握り締めている。
「グウ……ッ、ルオオオオアアアア――――………ッッ!!!」
………だから、ハセヲにはそれが赦せない。
仲間の巫器を使うことも、仲間の力を手にしていることも、決して認めることができない。
喰い殺す。奪い返す。
『敵』の姿を見るたびに、その衝動がより強く、激しさを増していく。
そしてその激情が咆哮となって、周囲の空間を揺るがしていく。
――――それは、『憑神(アバター)』とはまた違う、不思議な感覚だった。
心が全身を焼き尽くす様な灼熱を放っているのに、頭は凍り付いたように冴え渡っている。
『敵』を殺し尽くすという衝動とともに、抑え切れないほど『力』が湧き出てくる。
咽喉から漏れ出る獣の声は、『敵』に向ける言葉がない故か。
そう、『敵』と語る言葉は一つもない。
ただ衝動のままに喰い尽し、奪い返すだけだ。
故に。
その四肢を引き裂き、咽を食い千切り、臓物を引きずり出し、惨たらしく殺し尽くす。
そこまでやって初めて、俺はアトリの死に報いることができるのだから………。
「グルアアアアアアアア――――ッッ!!!」
そんな怒りと悔恨を懐き、ハセヲは咆哮とともに『敵』へと飛びかかっていった。
その獣の如き姿から発せられる力は、先程までと違い、スミスと互角か彼を上回るほどとなっていた。
………何故か。
それは彼が宿していた、二つの『力』による影響だった。
一つは『憑神』、あるいは“碑文”。
もとより仕様外の力の結晶とも言えるそれは、ハセヲの激しい憎悪と結びつき、彼に負のジョブエクステンドを齎した。
B-stフォームと呼ばれるその姿は、彼が“碑文”と歪な融合を果たし、仕様を完全に逸脱した証である。
その姿から振るわれる力は『憑神』のそれとほとんど等しく、もはやシステム的な制約など意味を成さない。
つまり今のハセヲは、いわばPC型のロストウェポンと言っても過言ではない状態となっているのだ。
そしてもう一つが、《鎧》だ。
名を、【THE DISASTER】。災禍の鎧とも呼ばれる、加速世界最凶の強化外装である。
剣と鎧を併せ持ったこの強化外装は、《災禍》の名に相応しい強力無比な能力を持っている。
しかし同時に、負の心意により生まれたこの《鎧》は、装備者の精神を支配し、凶暴な殺戮マシーンへと変えてしまうのだ。
だがハセヲに支給されていたこの鎧は、当初その恐るべき力を発揮することができなかった。
何故なら、ハセヲの宿していた碑文が、その力と拮抗していたからである。
しかしハセヲが『憑神』を発動させ、その力を戦いに割いたことにより、その均衡は崩れた。
ハセヲの『憑神』が急にその動きを停止させたのは、彼の精神状態の影響により不安定だったことに加え、それが原因となっていたのだ。
あるいは、彼がこの鎧の事を正しく知っていれば、まだ均衡は保たれていたのかもしれない。
だがその機会は既に失しており、それどころか《鎧》は、ハセヲの憎悪に呼応し完全に覚醒してしまった。
……しかし、事はそれだけでは終わらなかった。
前述したように、“碑文”と《鎧》の力は拮抗していた。
しかしその力は、ハセヲの憎悪と結びつき、一つの方向へと集束してしまった。
―――そして、“『憑神』は心の闇を増幅し、負の心意は心の闇を力とする”。
もとより最凶と称される《災禍の鎧》は、ハセヲとともに“碑文”と融合することで、その力を爆発的に増大させたのだ。
その結果が、B-stフォームとなったハセヲに齎された、スミスをも超え得る絶大な『力』だった。
「グアアアアアアア――――ッ!」
両手の鉤爪を、スミスへと何度も何度も振り抜く。
スミスはどうにか銃剣で防いでいるが、その攻撃速度に完全に押されている。
そしてその防御を抜けた一撃が、スミスの身体を引き裂き、赤い血のエフェクトを撒き散らせる。
「ぐ、ぬおぉ……ッ!」
そこに振り抜かれる、スミスの銃剣による反撃。
《攻撃予測/通常攻撃 近接/斬撃系 脅威度/一〇》。
先ほどのスミスと同様、腕を盾にして受け止め、もう一方の腕を振り被る。
「グルアアッ……!」
スミスを力の限りに殴り飛ばし、そこへ追撃をかける。
右腕を大きく振り上げ、鉤爪を備えた右手をグワッと開き、振り下ろす。
体勢を崩し、石畳に膝を突くスミスは、その一撃を甘んじて受けるしかない。
だが。
「グウッ……!?」
意識外からの不意打ち。横合いからの拳の一撃に、強く殴り飛ばされる。
体勢を立て直して襲撃者を確認すれば、まったく無傷のスミスがもう一人。
ああ、そうだった。こいつは複数人いたのだと、―――から聞いた話を思い出す。
「間に合ったか」
「ああ。おかげで助かった」
「それほどの脅威か……」
「おそらくはアンダーソン君と同等か、それ以上だろう」
二人のスミスが、何かを話している。
だが、どうでもいい。二人に増えたというのなら、二人とも喰い殺すだけだ。
そのための手段、方法を、現在の武装から選出する。
双剣――光式・忍冬。
攻撃速度に優れ、多くの場面でバランスよく使用できる使い慣れた武器だ。
しかし攻撃威力に劣り、他の武器と比べリーチも短い。………胸の奥が、チクリと痛む。
大剣――スター・キャスター。
攻撃威力に優れ、一対一でこそ真価を発揮できる強力な武器だ。
またスター・キャスター自体は、現在の武装の中では最大の攻撃力を持つ。
しかしその重量から攻撃速度に劣り、移動速度も低下させる。……聞き覚えのない、誰かの声が聞こえる。
大鎌――大鎌・首削
攻撃範囲に優れ、多人数を同時に相手にするのに最も向いている特殊な武器だ。
しかし攻撃威力、速度共に並で、長柄の武器の特徴から、至近距離での戦闘にも向いていない。
選出→選択。
双剣はスミスを相手にするには攻撃力が乏しく、大剣は複数人を相手にするには向いていない。
故に、使用する武器は、この状況における最適な武装。二人を同時に相手に出来る大鎌を選択する。
大鎌は硬殻特攻アーツを持たないが、問題ない。スミスの防御力が物理的な守りによるものでないことはすでに理解している。
あれは心意とよく似た、通常のシステムに対する反発力だ。つまりその守りは、意思力が上回れば突破可能という事。
そして、この身を焼くほどの憎悪という意思力が、あいつを上回らないはずがない……!
「グルウゥ……ッ、ガアアアアアアア――――ッッ!!」
鞘から引き抜くように首削ぎを実体化させ、スミス達へと向けて飛びかかる。
対するスミス達は、一人は前へと踏み出し、一人は後ろへ下がる。そして前へ出た方のスミスが、大鎌の一撃を緑玉石の銃剣で受け止めた。
首削の鋸刃が高速で回転して銃剣の刃と擦れ合い、甲高い音とともに火花を散らす。
「私は撤退し、このプログラムを解析し掌握する」
「っ……、では私は、それまで彼の足止めをしよう」
スミス達はそう言い合うと、後ろへと下がった方が背中を見せる。
……まさか、逃げるつもりか?
“それ”を……アトリの碑文を持ったまま……!
「グルアアアアアアアア――――ッッ!!!」
「グ、ヌウ……ッ!?」
大鎌により力を込め、緑玉石の銃剣を弾き上げる。
そしてそのまま大鎌を旋回させ、眼前のスミスへと薙ぎ払う。
スミスは咄嗟に引き戻した銃剣で防御するが、威力を支えきれず横合いへと弾き飛ばされる。
「グオオオアアアア―――ッ!」
すぐさま背中を見せるスミスへと飛びかかり、その身体を引き裂こうと大鎌を振り上げる。だが。
「悪いが、そうはさせないよ」
弾き飛ばしたはずのスミスに足首を掴まれ、それ以上の接近を引き留められる。
そして力の限りに引き戻され、そのまま地面へと叩き付けられた。
「グゥ、ウウ……ッ!」
即座に体勢を立て直し、眼前のスミス達へと視線を向ける。
碑文を持ったスミスは駆け出し、既にその姿は遠く小さい。
そしてそのスミスへの進路を遮るように、もう一人のスミスが立ち塞がっている。
「グウウゥ……!」
地面に叩き付けられた事によるダメージはない。
だが、アトリの碑文を持っていかれた。
「グルアアアアアアアアアア――――ッッ!!!」
火山の噴火の如く破裂する怒りを、咆哮とともに解き放つ。
周囲の空間がノイズで歪み、全身から放たれる黒い雷撃が石畳を粉砕する。
―――いいぜ……。
そっちがその気なら、こっちだってやってやる……。
テメェらが何人いようと関係ねぇ。一人残らず喰い尽してやる……ッ!
「グオオオオオオ………ッ!!」
大鎌・首削を納め、両手を背中へと回す。
解き放たれる黒い雷撃とともに、闇色の大剣――スター・キャスターを引き抜く。
「ガアアアアアアアアアアア――――ッッ!!!」
そして方向とともに眼前に立ち塞がるスミスへと飛びかかり、その呪われた星剣を渾身の力で叩き付けた。
「グオオオオオオ――――ッ!!」
「グ、ヌウッ、………ッ!」
ハセヲが振り下ろした星剣の一撃を、スミスが銃剣で受け止める。
そのあまりの威力と衝撃に、地面がスミスを中心として陥没する。
「ガアァ――ッ!!」
堪らず星剣を受け流したスミスへと、星剣を翻し横殴りに振り抜く。
しかしスミスは大きく飛び退き、星剣は空間を引き裂いて空振る。
即座に陥没した地面から飛び出し、スミスを目掛けて星剣を叩き付ける。
その一撃は、スミスが再び飛び退くことで回避され、地面をそのデータごと粉砕するだけに終わった。
「フンッ……!」
そこへ打ち出される、コンクリートをも砕くスミスの左拳。
直後、ハセヲの視界に表示されるインフォメーション――《攻撃予測/通常攻撃 近接/打撃系 脅威度/五》。その軌道は、頭部を狙った左ストレート。
ハセヲは頭を右に傾けてスミスの拳を掻い潜るように回避し、逆に左拳でスミスの胴体を殴り飛ばす。
「ガ、ハっ……!」
「ガアアアアア……ッ!」
空気を吐き出して地面に膝を突くスミスへと、ハセヲは高速で駆け出し、体をグルンと一回転させ、遠心力を加算して星剣を振り抜く。
スミスはその一撃を辛うじて銃剣で受け止め、そのまま大きく弾き飛ばされた。
「グ、チィ……ッ!」
即座に体勢を立て直し、ハセヲを視界に捉えながら移動を開始する。
今の彼から目を放すのは危険だと、スミスは背筋に奔る悪寒とともに直感していた。
もし彼の攻撃を銃剣以外で受ければ、その瞬間、自分の体はその剣に切り裂かれるだろうと。
――そしてその直感は正しかった。
今のハセヲは《鎧》を装備した影響により、攻撃力、防御力、機動力全てが大幅に強化され、疑似的な未来予測さえ可能としていた。
つまり、その一撃は素手でスミスと比肩し、生半可な攻撃は一切通じず、また振り切ることも難しい存在と化しているのだ。
スミスの肉体には生半可な攻撃など通じないが、さすがに銃弾をも超える一撃を防ぐことは出来ない。
加えて彼が放つ黒い雷撃は、鎧が宿す負の心意の現れだ。
ハセヲの攻撃に心意の雷撃が乗らないのは、彼が心意の存在を知らず、雷撃を扱いかねているからに過ぎない。
そしていかな『救世主の力の欠片』を得たスミスであろうと、心意による攻撃を防ぐ力は持っていない。
つまりスミスがハセヲの攻撃を防ぐには、心意を受け付けないロストウェポンである【静カナル緑ノ園】で受けるしかないのだ。
故に、スミスが現在のハセヲから生き延びるには、彼を倒すか、あるいは撤退させるしかない。
そしてスミス自身も、これまでの攻防からその事実を正しく理解し、そのために行動していた。
「グオオオアアアア――――ッッ!!!」
「グ、ヌウ……ッ!」
必殺の威力を秘める星剣を受け止め、敢えて弾き飛ばされることで距離を取る。
当然ハセヲは星剣を手に、咆哮を迸らせてスミスを追ってくる。
そんなやり取りを何度も繰り返し、スミスはハセヲをその場所へと誘導していく。
自分の『力』を最も発揮できるその場所へと。
16◇◆◆◆◆◆◆
「これ、は……」
眼前に広がる光景に、シノンは呆然と呟いた。
シノンがその場所に辿り着いた時には、そこにはもう何も残っていなかった。
@ホームは跡形もない。周囲のテクスチャ諸共、クレーターのように崩壊している。
ここで一体何があったのか。
こんな、データそのものを崩壊させるような規格外の『力』を、シノンは一つしか知らない。
それを確かめようとクレーターへと足を踏み入れれば、その中央に二つのアイテムが残されていた。
それぞれ、サブラン・ブーツという名前の防具と、謎のデータ結晶だ。
それらのアイテムは、アトリが持っていたはずのものだ。
……ならばアトリは、ここで死んでしまった、という事なのか?
「そんな……こと………」
ならば私は、なんのために、戦う覚悟を決めたのか。
なんのために銃を取り、その引き金を引いたのか。
仲間一人助けられない自分の無力さに、悔しさが込み上げる。
穴が開いたような喪失感に、堪らず膝を突く。
だがその時、
――――それでも、また歩き出すことだけはやめない。
ハセヲのその言葉が、不意に脳裏に蘇った。
「っ…………!」
……ああ、そうだ。
最初から予想していたことのはずだ。
アトリを助けられる可能性が低いことは、解っていたはずだ。
だが、それを踏まえた上で彼女を助けに向かうと、私は決めたのではなかったのか?
なら、アトリを助けられなかったとしても、そこで挫けるわけにはいかない。
生きたいと願っていた……助けられなかった彼女の分も、私は生きて、誰かを助けよう。
より多くの人を助けるために、私は彼女の分まで生き抜こう。
その道は、この上なく険しいだろう。
きっとこれからも、助けられない人たちは出てくるだろう。
けれど、それでも、諦めるわけにはいかない。
だってそれが、今の私がアトリに対して出来る償い方だと思うから。
「アトリ……。助けられなくて、ごめんなさい。
……けれど、私は諦めないから。あなたの分まで、頑張るから……!」
だから、もう一度覚悟を決めろ。
大切なものを失う覚悟を……。
そして……、大切なものを守る覚悟を……!
「っ――――」
遠くで、遠雷のような、戦いの音がする。
きっとそこに、ハセヲがいる。彼はまだ、戦っているのだ。
ならば私は、アトリの分まで、彼を助けに行かなければいけない。
「もう行くね、アトリ。けどその前に、一つだけお願い………。
私を……私たちを、見守っていて………」
そう口にすると、シノンはクレーターを後にし、蒸気バイクへと跨る。
目指すは、もはや助けたかった者の失われた戦場。
ハセヲが今も戦い続けるその場所へと向けて、シノンは強くアクセルを回した。
17◇◆◆◆◆◆◆◆
――――そうして、その場所に辿り着く。
一見では何の変哲もない、マク・アヌの街の一角へと。
「グルゥ……!?」
だがハセヲは、その場所に存在するものを即座に理解する。
「ふむ、気付いたかね」
その様子を見て、スミスは幾分余裕を取り戻したようにそう口にする。
この場所へ訪れると同時に、ハセヲの視界は、自身の咆哮とは関係のないノイズを捉えていた。
即ち、データの『歪み』の存在を。
「こちら側の私からは見えないが、現在“あちら側”では、もう一人の“私”が戦っている。
その意味が解るかね?」
「グルルルル……ッ」
「そう。君の知り合いがもうすぐ、“我々”の一人となるのだよ!」
「ッ――――――!」
その言葉を耳にした瞬間、ハセヲの思考は、ほんの一瞬だけ停止した。
―――この『敵』は、今何と口にした?
誰が何になると言ったのだ?
いや、その意味はどうでもいい。重要なのは、ここで誰があの『敵』と戦っているかだ。
『憑神空間』を形成できるのは、AIDA=PCか碑文使いのみ。そのうち、アトリは死んでしまった。なら一体誰が?
クーンか? パイか? エンデュランスか? 朔望か? 八咫か? あるいは、オーヴァンか?
………いや、誰であろうと関係がない。俺の仲間を、これ以上死なせるわけにはいかない……!
「グ……ル、オオオオッ!!」
ハセヲは爆音じみた咆哮を上げ、これまで以上に凄まじい力を解き放った。
その力は黒い電撃として表面化され、その両手で構えられた星剣――スター・キャスターへと集束されていく。
同時にその身体を赤い炎のような光が包み、その陽炎よりなお紅い紋様が浮かび上がる。
全身を弓のように引き絞り、星剣を大きく振り被る。限界まで撓められた肉体が、ギシリ、と鈍い軋みを上げる。
その間にもハセヲに宿る《鎧》と“碑文”は、その力を際限なく高めていく。
そして肉体の緊張と二つの力が、極限まで達した。その瞬間――――。
「ガアアアアアアアアアアアア――――ッッ!!!」
―――『世界』が、斬り裂かれた。
「ァ、ッ…………ッ!?」
気が付けばスミスは、『憑神空間』へと投げ出されていた。
一体何が起こったのか。そう考えた瞬間、不意に激痛が襲ってきた。
自分の身体を確認すれば、左肩から右脇腹にかけて深い傷痕ができている。
それを認識してスミスは、一瞬の不明から回復した。
ハセヲの力が限界まで高められ、解き放たれたその瞬間。
ハセヲは一瞬でスミスの眼前まで接近し、その星剣を振り下ろしたのだ。
スミスに出来たことは、両手銃剣を支え、咄嗟の防御を行うことだけだった。
だがそれも完全ではなかった。
心意を受け付けないはずの銃剣は破壊され、スミスは諸共に切り裂かれたのだ。
彼を襲った一瞬の不明は、そのダメージによるものだ。
その上で彼がまだ生きているのは、銃剣による防御がギリギリで功を奏したからだろう。
そして銃剣が破壊されたことについても問題はない。
元よりコピー巫器。オリジナルが無事である限り、幾つでも『増殖』させられる。
スミスは新たな緑玉石の銃剣を取出し、『世界』に付けられたその傷痕へと視線を向ける。
そこではハセヲが、閉じようとする傷痕を力尽くで抉じ開けながら、『憑神空間』へと侵入してきていた。
「グルウウゥ…………」
そうして侵入した『憑神空間』を、ハセヲは灰色の視界で見渡す。
そこには、スミスが二人と、巨大なクモ――AIDA<Oswald>の姿があった。
それを見てハセヲは、確かな安堵と若干の落胆を覚えた。
安堵は、仲間が襲われていたわけではなかったこと。
落胆は、心強い仲間がいなかったこと。
いずれにせよこの場所に、彼の仲間はいなかったという事だ。
あのAIDAの宿主も、確かに知り合いではあるが、仲間という訳ではない。むしろ『敵』の部類だ。
「…………ヲ」
そんな感傷を懐くハセヲへと、狂的な視線を向ける存在が一人。
AIDA<Oswald>に感染したPCの宿主――ボルドーだ。
「ハセヲォ………ッ!!」
ボルドーはそう声を荒げ、脇目も振らずにハセヲへと襲い掛かる。
今までのスミスとの戦いで、彼女のフラストレーションは非常に溜まっていた。
スミスは徹底して距離を取り、大したダメージもない銃剣で遠くからチマチマチマチマ銃撃してくるだけ。
対して自分の攻撃は、腕を圧し折った最初の一撃を除いて全て避けられ躱される。
かといってAIDAの顕在化を解除して逃煙球で逃げようにも、現在HPと敵のステータスを考えればそれも危うい。
攻めることも逃げることもできず、少しずつダメージを蓄積させられる戦いは、彼女の怒りを限界まで煽っていたのだ。
そこに現れたのが、彼女にとっての宿敵であるハセヲだった。
その姿を目にした時点でスミスの事も、ハセヲに起きている変化も意識の外に追いやられた。
ただ、この溜まりに溜まった怒りをハセヲにぶつけ、発散する。
そんな一方的な激情が、ボルドーを突き動かしていた。
「思い知れ、ワタシの『運命』をォオ佩吝唹堊塢―――ッッ!!!」
そんな叫びとともに、<Oswald>の両肢が振り下ろされる。
その攻撃は、一般PCなら容易くロスト。碑文使いPCでも、『憑神』を使わなければ無事では済まない。
いや、『憑神』を使っていたとしても、直撃ならば大ダメージとなっただろう。
……だがしかし、現在のハセヲは、その条理から完全に外れていた。
―――《攻撃予測/憑神攻撃 近接/打撃系 脅威度/一〇》。
そんな文字が、赤い軌道予測ラインとともに、ハセヲの視界に表示される。
その赤いラインに沿って、右手の星剣で左肢を受け止め、左手で右肢を掴み取る。
「んなっ……?」
ボルドーが驚きに声を上げる。
『憑神』も使わず、なんでこの一撃を受け止められるのか、と。
だが驚くことではない。
ハセヲは“碑文”と歪な融合を果たし、『憑神』に等しい力を得ているのだから。
加えてその《鎧》による防御力は、増幅された負の心意により極限まで高まっている。
たとえAIDAの攻撃であろうと、ただの打撃攻撃が通じる道理はない。
「グアアアアアアアッッ!」
ハセヲは咆哮を上げ、星剣で受けた左肢を弾き飛ばし、掴んだままの右肢ごと<Oswald>本体を引き寄せる。
そして星剣でその胴体を刺し貫くと、そのまま頭上へと持ち上げ、勢いよく投げ飛ばした。
「ガギッ、グゥ……ッ! テメェ、舐めんじゃねぇ――ッ!」
腹部を刺し貫かれた痛みに、ボルドーが激高する。
それに呼応し、<Oswald>がその臀部から無数の糸を飛ばしてくる。
《アラクノトラップ》。AIDA<Oswald>が使用する技の中では、最も威力の高い攻撃である。だが。
―――《攻撃予測/憑神攻撃 間接/拘束系 脅威度/三五》。
その文字が表示されると同時に、ハセヲは星剣に黒い稲妻を纏わせ、迫りくる全ての糸を焼き切った。
「そんな……ワタシの力が……私の『運命』が通じない……!?」
その光景を前に、堪らずボルドーは慄き、困惑する。
そんなボルドーに構わず、ハセヲはボルドーへと止めとなる一撃を放つ。
「グウウウ……ッ!」
星剣を背中へ回し、振り下ろすように力を込める。
力の最大解放を示して、その身体に赤い紋様が浮かび上がる。
するとハセヲの背後、星剣の切っ先から、『憑神空間』を引き裂いたかのような亀裂が奔る。
そしてその亀裂から現れる、数え切れない程大量の剣。剣。剣。剣。剣。
「ガアアアアアアアア――――ッ!!」
イリーガルスキル、《魔刃ノ召還》。
背後に回した星剣が振り下ろされると同時に、剣の群れは一つの生物のように渦を成して<Oswald>へと襲い掛かった。
「テ、テメェは一体何なんだよォ………!?」
ボルドーの悲鳴めいた叫びとともに、<Oswald>が《アルケニショット》を放つ。
ショットガンの如く発射された糸弾は、自身へ迫りくる剣の群れへと衝突し……あっけなく弾き飛ばされた。
「ひっ――――!?」
その光景に、ボルドーは引き攣るような悲鳴を上げた。
剣の群れはそんな彼女を容赦なく飲み込み、その身体を千々に引き裂いていった。
何かが砕ける様な音とともにプロテクトブレイクが発生し、『憑神空間』が解除される。
同時に剣の群れも解き放たれて散らばり、マク・アヌの街に突き刺さっていった。
あとに残されたのは、AIDAの顕現を解除され、石畳へ投げ出されたボルドーと、事を静観していた二人のスミスだけ。
起き上がる様子がないことから、ボルドーは引き裂かれた痛みとプロテクトブレイクの衝撃に気絶したのだろう。
「グルウウゥ……ッ」
しかし、それにはまったく意識を向けず、ハセヲはそのスミス達へと大剣を構え向き直る。
するとそこでは、スミス達が奇妙なことを行なっていた。一方のスミスが、もう一方のスミスへと腕を突き刺していたのだ。
「調子はどうかね、“私”」
「ふむ、悪くないな。“私”の方はどうかね?」
「実にいい気分だよ。重い枷が外れたようだ」
「つまり初期化されたデータは」
「ああ、確かに復元されたよ」
スミス達はそう言い合うと、笑みを浮かべてハセヲへと向き直った。
外見からは、どちらがハセヲと戦ったスミスか見分けがつかない。
そのことに困惑するハセヲへと、彼等と違う場所から、まったく同じ声をかけてくるものがいた。
そちらへと振り返れば、やはりそこにはスミスがいる。そいつだけは、ハセヲにはどのスミスか察しがついた。
アトリの碑文を奪った、あのスミスだ。
「驚いているかね、ハセヲ君? これが私の……“我々”の本当の『力』だよ」
スミスはそう口にして、地面に倒れ気絶しているボルドーを持ち上げ、その腕を突き刺した。
するとボルドーのPCボディが徐々に崩壊し始め、別の何かへと置き換わっていく。
そうして現れたのは、四人目のスミス。
「“私”、“私”、“私”。みんな私だ」
四人目のスミスが、自己証明をするかのようにそう口にする。
「「「「さあ、君も“我々”の一人になりたまえ」」」」
四人のスミス全員が、一字一句一音声を同調させ、ハセヲへとそう告げる。
【ボルドー@.hack//G.U. 上書き】
――そしてこれこそが、スミスの策だった。
エグザイルとなったスミスの真価は、その戦闘能力などではなく、他者を上書きすることで増殖する自分にある。
一人で敵わないのなら二人で。二人で敵わないのなら三人で。三人で敵わないのなら、より多くの自分を連れて。
つまり、この際限なき“数の暴力”こそが、 スミスの本当の恐ろしさなのだ。
それを実現するために彼が取った策が、ボルドーと戦うスミスを開放し、ボルドー自身もスミスに変えるというものだった。
そして『憑神空間』へ入り込む術のないスミスは、ハセヲを挑発し、その力を行使させることで、その作戦を成し遂げたのだ。
スミスにとって想定外だったのはただ二点のみ。
自分の一人がシノンに倒されたことと、現在のハセヲの戦闘能力の高さだけである。
「グルルルル……ッ!」
そうして、自分を囲む四人のスミスを目にして、ハセヲは低く唸り声を溢す。
今のハセヲにとって、スミス一人一人は脅威ではない。
だが、それが四人同時ともなれば、話は変わってくる。
確かに《鎧》の防御力があれば、一発の攻撃で受けるダメージは低いだろう。
だがそれが十発、二十発ともなれば、合計ダメージは無視できないものとなる。
また如何に攻撃予測が可能でも、その攻撃が避けられる状態であるかは話が別だ。
二人か三人がかりで動きを封じられれば、最低でも一人分の攻撃は無条件で受けることになるだろう。
だが――――
「グルアアアアアアアア――――ッ!!」
ハセヲは戦意を示すように、雷撃とともに咆哮を迸らせる。
もとより一人残らず喰い尽すと決めたのだ。一度に全員が来るというのなら、探す手間が省ける。
それに今の自分は、PK百人をキルした時以上の『力』を得ている。たった四人相手にするくらい、そう難しいことではない。
「ガアアアアアアアアアアア――――ッッ!!!」
ハセヲは星剣を構えて駆け出し、スミスのうち一人へと振り被る。
するとそのスミスを中心に三人集まり、三人がかりで星剣の一撃を受け止めた。
ズゴン、とスミス達の足元の地面が凹むが、肝心なスミス達自身を押し切ることが出来ない。
そこへ四人目のスミスが飛びかかり、ハセヲへとその拳を振り被る。
「ッ…………!」
ハセヲはその一撃を飛び退いて回避するが、そこへ二人のスミスが飛びかかってくる。
それに対し、ハセヲは星剣を横薙ぎに振り抜いて応戦する。
スミス達はその薙ぎ払いを銃剣で受け止めるが、足場のない空中故に、容易く弾き飛ばされる。
そこへ即座に三人目のスミスが接近してくるが、これには星剣を振り下ろして応戦する。
スミスはその一撃を、銃剣を掲げて受け止め、直後、そのスミスの横を四人目のスミスが駆け抜け、その拳を振り抜いて来た。
―――《攻撃予測/通常攻撃 近接/打撃系 脅威度/五》。
そうスミスの攻撃の詳細が表示されるが、攻撃直後の硬直から抜け出せず、その一撃をまともに受ける。
そしてさらに、二人のスミスが殴り飛ばされたハセヲへと、間髪入れずに接近してくる。
「グゥ……ッ、ガアアアアアアア――――ッ!!」
ハセヲはそんなスミス達に対し、《魔刃ノ召還》によって召喚された剣を用いることで迎撃する。
まず傍らに突き立つ小剣を左手で引き抜き、星剣と左の小剣それぞれでスミス達の攻撃を受け止め、体を独楽のように回転させて弾き飛ばす。
次いで左の小剣をその一方へ向けて投げ飛ばして牽制し、近くにある刀剣を引き抜きつつもう一方へと接近し、星剣を振り下ろす。
その一撃は当然銃剣で防御されるが、その隙にスミスの脚へと刀剣を突き刺し、その動きを縫い止める。
その間に接近してきた二人のスミスに対しては、大剣を引き抜きながら高く跳び上がり、それぞれへと叩き付けて押し潰す。
その隙にこちらへと飛びかかってきたスミスの一撃を、大きく飛び退いて回避し、攻撃の隙を狙って大剣を投げつける。
だが二人のスミスがそのスミスの前へと立ち塞がり、二人がかりでその大剣を受け止め、弾き飛ばした。
動きを縫い止めていたスミスも刀剣を引き抜いて自由となり、結果、戦闘は仕切り直しと相成る。
「グ、ウウゥ……ッ」
キリがない、と息を荒げながら、ハセヲはスミスの厄介さを実感した。
一人一人に対しては、予想通り問題なく対処できる。
四人同時に相手をする場合の厄介さも、予想の範囲内だ。
しかし、予想外に厄介だったのが、その連携の完璧さだった。
スミス達は全員が自分だと称する通り、通常の連携行動に存在するはずの、仲間の行動を確認する“間”が存在しないのだ。
それこそ、他のスミスの行動を、自分の行動として認識しているのではないか? と思えるほどのレベルで。
倒せないことはない。
時間さえかければ、ここにいる全員を喰い殺すことは可能だろう。四人のうち一人でも消せれば、それはより確実だ。
……だが、その一人を倒すまでに、自分のHPはいったいどれだけ削られるのか。それが全く予測できない。
――――しかし、そんな事は関係ない。
一人残らず喰い殺すと決めた。アトリの碑文を、必ず奪い返すと誓った。
たとえこの身体が砕け散ろうとも、ヤツ等を破壊しつくすまで立ち止まるわけにはいかない……!
「グルウオアアアアアアアア――――ッッ!!!」
雷撃と咆哮を迸らせ、ハセヲはスミス達へと飛びかかる。
そして呪われた星剣を渾身の力で叩き付け、地面をデータ諸共粉々に粉砕する。
……だがそこにスミス達の姿はない。彼等はハセヲが星剣を振り上げた時点で、四方へと、ハセヲを囲むように散開している。
「――――――――」
そしてハセヲが次の行動を取る前に、スミス達が同時に動き出す。
内二人は地上から、もう二人は跳び上がり空中からハセヲへと襲い掛かる。
それに対し、ハセヲは星剣を納め、大鎌を射合い抜くように一閃し、即座に飛び上がりもう一閃。スミス達全員を弾き飛ばす。
しかし、ハセヲが着地するよりも早く、地上にいたスミス達が持ち直し、ハセヲへと飛びかかってきた。
「グゥッ……!」
スミスのその布陣を受けて、ハセヲは舌打ちをするように唸り声を漏らす。
更にもう一閃し、スミス達を弾き飛ばすのは簡単だ。だが地上には、先に着地したスミス達が待ち構えている。
つまり、跳び上がって来たスミス達を相手にしていては、地上にいるスミス達への対処が遅れる。
だが、この状況から地上、空中両方のスミス達を相手にしている余裕はない。
故にハセヲは、より強力な反撃のために、スミスの一撃を甘んじて受ける覚悟を決め――――。
「なにッ……!?」
どこからか飛来した火矢によって、空中にいるスミスのうち一人が射落とされた。
「おのれ……ッ!」
その狙撃手に思い当たる人物がいたのか、スミスが憤怒の混じった驚愕の声を上げる。
その一瞬の隙を突いて、大鎌に黒い雷撃を纏わせ、空中に唯一残ったスミスへと必殺のアーツを発動させた。
「グオアア……ッ、摩天葬掃華ァ――――ッ!!」
大鎌を斜め下から抉るように振り上げ、敵の銃剣を弾き飛ばす。
体を捻った反動を乗せて反対側へと薙ぎ払い、その胴体を裁断する。
そして頭上から勢いよく振り落し、その勢いのまま地上へと叩き付ける。
最後に、影から召喚された六つの魔刃によって、地面ごと放射状に抉り裂く。
「………、グルアアアァァァ…………」
そうしてハセヲは、バク転するように大鎌を地面から引き抜き、排気するように息を吐いた。
同時に《魔刃ノ召還》によって出現した無数の剣が、データの粒子となって消えていく。
六つに分断された大地の中心には、八分割されたスミスの死体が一つだけ残されていた。
18◇◆◆◆◆◆◆◆◆
「グルルルゥ………ッ」
足元に横たわる亡骸を見て、ハセヲは悔しげに唸り声を上げた。
その死体は既にスミスではなく、元となったNPCであるデス☆ランディのものとなっていた。
そしてそれ以外に死体はない。周囲には他に人影もない。
つまり、残る三人のスミス達は、あの一瞬の間に逃げ出していたのだ。
「グルウウゥ………ッ!」
悔しげだった唸り声が、苛立たしげなものへと変わっていく。
全員を斃せなかったこともそうだが、アトリの碑文を持ち去られたことが、何よりもハセヲの神経を逆撫でていた。
碑文を使って何をするつもりかは知らないが、仲間の『力』を好き勝手に弄られるということ自体が腹立たしい。
そして、そんな事態を許してしまった自分自身が、今はこの上なく憎らしい。
「グルアアアアアアアア――――ッ!!」
湧き上がる苛立ちが、咆哮となって迸る。
雷撃を伴う衝撃波が生じ、足元のデス☆ランディの亡骸を粉微塵に粉砕する。
姿を消した『敵』に対する行き場のない憎悪(かんじょう)が、ハセヲの心を黒く蝕んでいった―――その時だった。
「ハセヲ!」
「ッ、ガアアアアアアァ――――ッッ!!」
不意に呼びかけられた声に、ハセヲはその人物へと反射的に襲い掛かった。
正体も確かめずに一瞬で接近し、その咽喉を掴んで地面に押し倒し、体を押さえ付けて首削を振り上げ―――
「ッ、ハ……セ………っ!?」
咽喉を握り締められているからだろう。少女は苦しげに声を漏らした。
そこでようやく、そのプレイヤーが見知った少女だという事に気が付いた。
「……シノ……ン………? ッ……!?」
ハセヲは当惑するように少女の名前を口にして、ようやく自分が彼女の首を絞めていることに気が付いた。
弾かれるようにその手を放し、振り上げていた首削も地面に下ろす。
「………けほ、ッ………。ハセヲ、いったいどうしたの……?」
シノンは軽く咳き込みながら、俺へと戸惑いの視線を向けてくる。
「オ、俺……は………?」
自分は今、何をしようとしていたのか。
仲間であるはずの彼女を、どうして殺そうとしていたのか。
怒りに我を忘れていたにしても、今の行動は、見境がなさ過ぎる。
何しろ今の自分は、その姿を確かめもせずに、相手を殺そうとしていたのだから。
あと少し気付くのが遅ければ、確実に彼女を殺してしまっていただろう。
―――ドウシタ。何故喰ラワナイ。
そこへ不意に、どこかで聞いたような声が聞こえた。
脳裏に直接響くその声は、どこか苛立っているように感じられた。
(……誰だ)
それが自身の内側から発せられたものであることを直感的に理解し、ハセヲは己が内へと問いかけた。
しかして、その問いの応えは即座に返ってきた
―――我ハ汝。汝ハ我。
―――我ハ《災禍》ニシテ《終焉》。世界ニ終ワリノ鐘声ヲ響カセル者。
―――我ガ名ハ――《クロム・ディザスター》ナリ。
(クロム……ディザスター……?
テメェ……《災禍の鎧》とかいう、あのアイテムか……)
“声”の名乗った名前に、ハセヲは自身が装備していたアイテムを思い出す。
【THE DISASTER】という、災禍の鎧とも呼ばれているらしい加速世界最凶の強化外装の事を。
その解説を見た当初は、ゲームでよくあるただの謳い文句かと思っていたのだが、どうやら違っていたらしい。
―――然リ。
―――我ハオ前ノ怒リデ目覚メタ。我ハオ前ノ怒リヲ力に変エル者ナリ。
―――故ニ問ウ。オ前ハ何故、ソノ者ヲ喰ラワヌノカ。
(喰らう? 何言ってやがんだ、テメェは。仲間を喰ってどうすんだよ)
―――オ前ハ力ヲ求メタ。
―――目ノ前ノ全テヲ破壊スル、殺戮ノ力ヲ。
―――ナラバ喰ラエ。喰ラッテ、奪イ、力ニシテシマエ。
―――他者ナド必要ナイ。更ナル怒リヲ解キ放テ。全テノモノヲ喰イ尽セ。
―――ソウスレバオ前ハ、無限ノ強サヲ手ニ出来ル。ソレコソガ、オ前ノ求メタ『力』ナノダ。
《災禍の鎧》に宿る意思がそう囁くと同時に、破壊と殺戮を望む衝動が、ハセヲの心を飲み込もうとしてくる。
それはつい今しがた、シノンをキルしようとした時に感じた憎悪と同じものだとハセヲは理解した。
そのあまりにも支配的な、自分のものと勘違いしてしまいそうなほど強烈なその衝動を、
(ハッ、笑わせんな。『力』だけがあったって、何の意味もねぇんだよ)
しかしハセヲは、あっさりと鼻で笑い飛ばした。
―――……ッ!
―――ナゼ拒ム。ナゼ抗ウ。
―――オ前ガ『力』ヲ……我トノ融合ヲ望ンダトイウノニ。
鎧に宿る意思――《獣》が、驚愕するような気配を見せる。
だがハセヲからすれば、そんな虚ろな衝動で他人を支配しようという方がおかしかった。
(確かに俺は『力』を望んだ。あのクソスミスから、アトリの碑文を奪い返せる『力』をな。
けど、俺が本当に許せねぇのはあいつじゃねぇ。テメェが俺の怒りで目覚めたって言うんなら、俺が何に怒りを覚えているかくらいわかんだろ)
《獣》の囁いた通り、激しい怒りを懐いたのも、殺戮の力を求めたのも本当だ。
スミスや白いスケィスの事を考えると、今にも怒りに我を忘れそうになる。
だがハセヲは、別のものにそれ以上の怒りを懐いていた。それは志乃もアトリも守れなかった、自分自身に対してだった。
破壊と殺戮を望む衝動が真にハセヲ自身のものであったのなら、彼はまず自分自身を破壊している。
それほどに《獣》の放つ破壊衝動は強く、それ故にハセヲは、その衝動が自分のものではないと気づいたのだ。
それに加えて、その飢えた獣のような衝動は、ハセヲには酷く覚えがあるものだった。
『死の恐怖』と呼ばれ恐れられた頃に抱いていた、ただひたすらに『力』を渇望するその感情。
その暴走した感情の果てにあるものを、ハセヲは身に染みて知っていた。
自らが求めた『力』で、望まぬものを破壊してしまう恐怖。
それもまた、《獣》が放つ衝動に流されることに、歯止めをかける要因となっていたのだ。
―――グルル……。ソレダケデハナイナ。オ前自身ガ持ツ『力』ガ原因カ。
―――ナルホド。我ノ覚醒ヲ妨ゲタノモ、ソノ『力』デアッタナ。
―――ソノ『力』ガアル以上、今ハオ前ノ方ガ強イカ……。
《獣》はそう悔しげに唸ると、その気配を潜めていった。
確かに“碑文”は負の心意を増幅させる。ハセヲと融合したことで、《獣》の力は爆発的に増大した。
だがそれは、あくまでもハセヲの精神と――その影響を受ける“碑文”と同調している間に限っての話なのだ。
そして負の心意から生まれた《獣》の精神支配は、心意を受け付けない“碑文”を宿すハセヲには影響を与え難いのだ。
そんな両者の力関係を、心意を知らないハセヲが知る由もなく、
今のところは《獣》も諦めた、という事だけをハセヲは理解した。
「ハセヲ。アンタに何があったかは知んないけど、落ち着いたのなら私の上から退いてちょうだい」
シノンのその声で、ハセヲの意識は現実へと立ち返る。
それと同時に、まだ彼女を押し倒したままだったことに思い至った。
その状態で《獣》と話し込んでしまったと思ったが、シノンの様子からすると、実時間的にはそれほど経っていないらしい。
その事に少し安堵しつつも、すぐに彼女の上から退いて後ろへと下がった。
「――――――――」
シノンは無言で立ち上がり、体から土埃を掃っている。
彼女がここにいるという事は、彼女は相手にしていたスミスを振り切ったのか、それか倒したのだろう。
その手に握られた長弓からするに、最後の火矢を放ったのも彼女だろう。
奥に見える蒸気バイクは、どこかで見つけて乗ってきたのか。
ただ頭と尻に生えたネコのような耳と尻尾だけは、意味がよく解らなかった。
……まあ、尻尾に関しては、今の自分が言えたことではないのだが。
「……………………」
シノンへとかける言葉が見つからず、ハセヲは思わず黙り込む。
援護を感謝すべきか、先程の事を謝るべきか、それともネコのパーツについて言及すべきか……。
結局うまい切り出しが思いつかず、肝心な本題から入る事にした。
「俺……アトリを助けられなかった…………」
その事でシノンへと顔向けできず、堪らず俯いてそう口にする。
「でしょうね。……何となく、そんな気はしていたわ。
@ホームがあった場所で、彼女が持っていたはずのアイテムを見つけたから」
ともすれば冷たいように聞こえるその言い方に、しかし怒りは湧かなかった。
それは俯いた視線の先に見える彼女の手が、何かを堪えるようにきつく握られていたからか。
きっとシノンは、敢えて冷たい態度をとることで、辛い感情をどうにか堪えているのだろう。
「でもハセヲ、あんまり自分だけを責めないで。あんたは精一杯頑張ったんでしょう?」
「どんだけ頑張ったって、結果が変わらなきゃ意味ねぇじゃねぇか……!」
「そうね。けどアトリを助けられなかったのは、あんただけの責任じゃないわ。
私たちはアトリを助けるために協力して、それでもアトリを助けられなかった。
ならその責任は、アトリを助ける力になれなかった私にもあるのよ」
「そ、っ………!」
そんなことはない。とは言えなかった。
何故ならその言葉は、そのまま自分にも返ってくるからだ。
確かにシノンは、自分の役割をきちんと果たした。
もしかしたら、あのスミスを倒すという、最良の結果を出したのかもしれない。
だがアトリを助けられなかった以上、どのような結果であったとしても、その戦いに意味はない。
もし彼女の戦いの意味を認めるならば、ハセヲはまず自分の頑張りを認める――つまり、自分を許す必要があるのだ。
それが協力するという事であり、それ故に自分を許せないハセヲには、彼女の自責を否定することが出来なかった。
いっその事、俺を責めてくれたらよかったのに。とハセヲは思った。
シノンは結果を出した。けれど、自分はそれに応えられなかった。
たとえどんな理由があったとしても、自分のせいでアトリが死んだことに変わりはないのだから。
「ハセヲ、あんたはこれからどうするつもり?」
「……これから?」
「ええ。私はこのデスゲームを止めるために、協力者を探すつもり。
スミスのようなPK相手には私じゃ力不足だし、ウイルスの事もあるからね」
なるほど、とハセヲは納得した。
確かにスミスのような連中を相手にするには、一般のPCでは危険すぎる。
協力者を探すというのは、十分に妥当な判断だろう。
なら、自分はこれからどうするべきか………。
「……………………。
……シノン。あんたは、月見原学園に向かってくれ」
「月見原学園?」
「ああ。そこにレオとトモコって奴がいるはずだから、そいつらに協力してやってほしい」
少し考えてから、ハセヲはそう口にした。
今の自分では、レオ達の力にはなれない。ならば自分の代わりに、シノンに彼等の力になってもらおうと思ったのだ。
それならば彼女の行動方針とも一致するし、レオに頼まれたことも一緒に果たせる。
「ちょっと待って……それじゃああんたはどうするつもりなの?」
「あいつを探し出して、今度こそアトリの碑文を奪い返す」
ハセヲはそう告げながら歩き出し、シノンの横を通り過ぎる。
シノンは驚いたように振り返り、声を荒げた。
「それって、あんた一人であいつらと戦うつもり!? 無茶よ!」
「出来るさ………今の俺にならな」
そう。今の自分になら出来る。
スミス一人程度なら、もはや手強い相手じゃない。
……これほどの力を、どうしてあの時発揮できなかったのか。
そう自己嫌悪に陥りながらも、ハセヲは蒸気バイクに跨り、ブレーキを掛けたままアクセルを回す。
その様子を見たシノンは、ハセヲの意図を悟り慌てて駆け寄ってくる。
「ハセヲ、まだ話は終わって―――!」
「ああそうだ。これ、預かっといてくれ」
だがシノンが追い付く前に、白銀の双剣――光式・忍冬を投げ渡す。
シノンは忍冬を受け止めるために、思わずその足を止める。その一瞬の隙に、ブレーキを放して急発進した。
「あ! ちょっと待ちなさいよ、ハセヲ……!」
シノンが声を荒げるが、それもすぐに届かなくなる。
彼女が見つけた蒸気バイクを勝手に使うのはどうかと思ったが、追い付かれないためにはこれが丁度よかったのだ。
(……これから、どこへ向かおうか)
シノンを振り切ったハセヲは、慣れた手付きで蒸気バイクを操りながら、そう考えを巡らせた。
スミスはまだマク・アヌの近くにいると思うが、あいつのステータスを考えると、見つけるのは難しいだろう。
特に残った三人の中から、アトリの碑文を奪ったやつをピンポイントでとなると、なおさらだ。
しかもシノンを置いてきた手前、まだ彼女がいるマク・アヌを捜索するのも宜しくない。
(……そうだな。ウラインターネットにでも行ってみるか)
レオから調査を頼まれていたもう一つのエリア。
スミスを探すついでにそこを調査しておけば、何かの拍子にレオ達と遭遇した時、ついでに報告できるだろう。
そう考え、蒸気バイクをさらに加速させた――その時だった。
―――忘レルナ。我ガ力トノ融合ヲ望ンダノハ、紛レモナクオ前自身ナノダトイウ事ヲ。
ハセヲの脳裏に、金属質な《獣》の唸り声が響いてきた。
(わかっているさ、そんな事は。
あいつ等と……いや、PKと戦う時は、嫌でも暴れてもらうさ)
わざわざ一人になる時を待っていたのか、と思いながら、《獣》の声にそう答える。
それに満足そうな唸り声を上げながら、《獣》は再びその気配を消していった。
ハセヲはそれを感じ取りながら、同時にシノンに預けた忍冬と――そしてあの武器をくれた少女たちの事を思い返えしていた。
実のところ、シノンに忍冬を預けた理由は、足止めの他にも心情的な理由があった。
と言っても、その理由は単純なものだ。
誰も助けられなかった自分には、志乃が……そして揺光がくれたあの武器は重すぎたのだ。
……そう、揺光だ。
志乃と同じように、未帰還者だったはずの少女。志乃が実際にいた以上、彼女も間違いなくどこかにいるだろう。
だが同時に、スミスやボルドーのような、プレイヤーを狙うPKもまだまだ存在しているはずだ。
………けれど。
俺には、誰も守れない。俺には、何も救えない。俺には、誰かに『死』を齎すことしかできない。
だからシノンから離れた。俺のせいで彼女が死ぬ前に。俺よりも確実に、彼女を守ってくれる奴らのところへ行くようにと。
そして、揺光やシノン、レオ達のようなプレイヤーが襲われる前に、そんなPKをキルすることが、今の俺に残された唯一の存在意義だろう。
なぜならば――――
「……俺は、『死の恐怖』……PKKのハセヲだ―――」
自己を定義するように、ハセヲはそう呟いた。
そうして黒衣の復讐者は、かつて己が捨てた名を、自ら再び背負ったのだった――――。
【E-3/マク・アヌ→草原/1日目・昼】
【ハセヲ@.hack//G.U.】
[ステータス]:HP90%、SP95%、(PP100%)、強い自責の念/B-stフォーム
[装備]:ザ・ディザスター@アクセル・ワールド、{大鎌・首削、蒸気バイク・狗王}@.hack//G.U.
[蒸気バイク]
パーツ:機関 110式、装甲 100型、気筒 100型、動輪 110式
性能:最高速度+2、加速度+1、安定性+0(-1)、燃費+1、グリップ+3、特殊能力:なし
[アイテム]:基本支給品一式、イーヒーヒー@.hack//
[ポイント]:0ポイント/0kill(+1)
[思考]
基本:バトルロワイアル自体に乗る気はないが………。
0:……俺は、『死の恐怖』……PKKのハセヲだ―――。
1:とりあえず、ウラインターネットへ行ってみる。
2:スミスを探し出し、アトリの碑文を奪い返す。
3:白いスケィスを見つけた時は………。
4:仲間が襲われない内に、PKをキルする。
5:レオ達のところへは戻らない。
[備考]
※時期はvol.3、オーヴァン戦(二回目)より前です。
※設定画面【使用アバターの変更】には【楚良】もありますが、現在プロテクトされており選択することができません。
※“碑文”と歪な融合を果たし、B-stフォームへとジョブエクステンドしました。
その影響により、心意による『事象の上書き』を受け付けなくなりました(ダメージ計算自体は通常通り行われます)。
※《災禍の鎧》と融合したことにより、攻撃力、防御力、機動力が大幅に上昇し、攻撃予測も可能となっています。
その他歴代クロム・ディザスターの能力を使用できるかは、後の書き手にお任せします(使用可能な能力は五代目までです)。
※《災禍の鎧》の力は“碑文”と拮抗していますが、ハセヲの精神と同調した場合、“碑文”と共鳴してその力を増大させます。
※ハセヲが《獣》から受ける精神支配の影響度は、ハセヲの精神状態で変動します。
【サ・ディザスター@アクセル・ワールド】
《THE DISASTER》。災禍の鎧と呼ばれる、鎧と剣の二つで構成された加速世界最凶の強化外装。
《災害》の名にふさわしい強力な装備ではあるが、装備者は鎧に宿る疑似人格――通称《獣》に精神を支配されてしまう。
それにより凶暴な殺戮者と化してしまった人物は、《クロム・ディザスター》と呼ばれ恐れられる。
その能力は多岐にわたるため、詳細はWikiおよび下記のURLを参にしてください(ネタバレ注意)。
※ttp://dic.nicovideo.jp/a/%E7%81%BD%E7%A6%8D%E3%81%AE%E9%8E%A7
†
「あいつ、いったいどうしちゃったのよ………」
そうして置き去りにされたシノンは、そう困惑気味に呟いた。
一体ハセヲになのがあったのか。
ただのアバター変更とも思えないあの姿は何なのか。
あの獣のような咆哮と、合流した時の行動は、一体何だったのか。
それは、今考えたところで答えが出るはずもない。
自分は彼らの事を、アトリから聞いた範囲内でしか知らないのだから。
ただその原因が、アトリを助けられなかったことに起因するのは間違いないだろう。
「月見原学園……ね」
ハセヲに向かう様に告げられた場所。そこには彼の協力者がいるらしい。その人物たちと合流することは、確かに自分の目的と合致する。
どうしてもソロ行動をとりたいというのであれば、引き留める理由もシノンにはない。
だが、彼をあのまま放っておくのは、正直かなり心配だった。それくらいには、合流した時の彼の様子はおかしかった。
「……………………」
学園に向かうか、ハセヲを追うか。
どちらを選ぶにしても、早めに行動した方がいいだろう。
ハセヲは一輪バイクに乗っている。急がなければ、翅を全速で使っても追いつけなくなるだろう。
それになにより、この付近にはまだスミスが潜伏しているはずだ。あいつと一人で戦うのは危険すぎる。
「アトリ……私……」
どうしたらいいのか、と呟きかけて、それを押し止める。
迷って立ち止まっている暇はないし、彼女のためにも、また歩き出さなければいけない。
そう思いながら、助けられなかった少女の死を背負って、シノンは再び歩き出した。
【E-2/マク・アヌ/1日目・昼】
【シノン@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP100%、MP80%、強い無力感/ALOアバター
[装備]:{フレイム・コーラー、サフラン・ブーツ}@アクセル・ワールド、{FN・ファイブセブン(弾数10/20)、光剣・カゲミツG4}@ソードアート・オンライン、式のナイフ@Fate/EXTRA、雷鼠の紋飾り@.hack//、アンダーシャツ@ロックマンエグゼ3
[アイテム]:基本支給品一式、光式・忍冬@.hack//G.U.、ダガー(ALO)@ソードアート・オンライン、プリズム@ロックマンエグゼ3、5.7mm弾×20@現実、薄明の書@.hack//、???@???
[ポイント]:0ポイント/0kill(+1)
[思考]
基本:この殺し合いを止める。
0:アトリ……私……。
1:ハセヲを追うか、それとも月見原学園に向かうか……。
2:スミスとの遭遇を避け、すぐにこの場から離れる。もし遭遇した場合は、逃げに徹する。
3:殺し合いを止める為に、仲間と装備(弾薬と狙撃銃)を集める。
4:ハセヲの事が心配。
[備考]
※参戦時期は原作9巻、ダイニー・カフェでキリトとアスナの二人と会話をした直後です。
※使用アバターに応じてスキル・アビリティ等の使用が制限されています。使用するためには該当アバターへ変更してください。
・ALOアバター>ソードスキル(有属性)及び魔法スキル、妖精の翅による飛行能力が使用可能。
・GGOアバター>《着弾予測円(バレット・サークル)》及び《弾道予測線(バレット・ライン)》が視認可能。
※MPはALOアバターの時のみ表示されます(装備による上昇分を除く)。またMPの消費及び回復効果も、表示されている状態でのみ有効です。
※このゲームにはペイン・アブソーバが効いていない事を、身を以て知りました。
※エージェント・スミスを、規格外の化け物みたいな存在として認識しています。
【フレイム・コーラー@アクセル・ワールド】
エレメンツの一人、アーダー・メイデンの持つ、長弓状の強化外装。
威力と精度を兼ね備えた強力な武器で、弦に触れることで火矢が生成される。
【サフラン・ブーツ@アクセル・ワールド】
《ファイブ・スターズ》と呼ばれる、《七の神器(セブン・アークス)》とは別の伝説の強化外装の一つ。
呪いのアイテムとされているが、装備しても防御力が少し上がるだけ。ただし、残る四つを集めた際の効果は不明。
【光剣・カゲミツG4@ソードアート・オンライン】
正式名称《フォトンソード》。ガンゲイル・オンラインに登場する、数少ない近接武器の一つ。
非常に高い攻撃力を持つエネルギーの刃を形成するが、実体がないためその攻撃力を上回る物体は透過してしまう。
【薄明の書@.hack//】
使@す*とPCEータに#%がイン@トーWされる。
※エージェント・スミスをデータドレインし、『救世主の力の欠片』を吸収したことにより、薄明の書のデータが機能拡張(エクステンド)されています。
19◇◆◆◆◆◆◆◆◆◆
―――三人のスミスは、マク・アヌの街を潜むように歩いていた。
あの瞬間。
シノンの狙撃が行われた時点で、スミス達はボルドーの持っていた逃煙球による撤退を決意していた。
一対四でも拮抗状態だったというのに、二対三では押し切られると判断したからだ。
彼等が隠れ潜むように行動しているのもそのためだった。
「――――――――」
街を歩くスミス達の顔に表情はない。
だがその内心では、ネオに対するものに勝るとも劣らぬ憤怒が渦巻いていた。
少女一人に自分達のうちの一人を倒され、こうして隠れ潜んでいるという状況は、彼等にとってこの上ない屈辱だったのだ。
だが、現在のハセヲの力はスミス達を上回っている。
怒りに任せて戦ったところで、勝ち目がないことも理解していた。
故に、今の状況でするべきことは二つだとスミスは判断していた。
一つは、他の人間を探しだし、自分へと書き換えて取り込むというもの。
これが一番、現実的な目的だ。
スミスの最大の力は“数”だ。ハセヲに対抗するには、その力をより強大にする必要がある。
他のプログラムも同時に取り込める分、現状においては一番有効な手段だろう。
そしてもう一つが、アトリから奪ったプログラムを解析することだった。
これは想定以上に困難だった。
この未知のプログラムは、スミスが知る現在のマトリックスのプログラムを遥かに超えて難解だった。一種のブラックボックスと言っても過言ではないだろう。
これを解析するには、もはやプログラムそのものに干渉する他ないだろうと思えるほどには。
だがスミスはそのための手掛かりを既に手に入れていた。
ボルドーという、榊と同じようなマトリックス状態の、アトリと似た『力』の行使をした人間を。
故にスミスは、彼女のプログラムの解析が終われば、アトリのプログラムも間もなく解析できるだろうと考えていた。
「それはそうと、さすがにヒットポイントとやらの回復が必要だろう」
「上書きでは、肉体の修復は可能でも、体力の回復はできないようだからな」
「HPがゼロになればデリートされる以上、仕方あるまい」
「しかし、具体的な数値の把握が出来ないのは厄介だな」
「我々の優位性が理由だ。相応の対処をするしかあるまい」
各自の状態を確かめながら、スミス達はそう話し合う。
それは、他者を上書きすることによって生じたバグだった。
スミス達は現在、一つのウィンドウを共有している。
それは即ち、[ステータス]、[装備]、[アイテム]、[ポイント]といった項目が完全に同一のものであることを意味している。
だがしかし、スミス達自身の状態は違う。個々が受けたダメージや、現在実体化しているアイテムなどに差がある。
そのため、【エージェント・スミス】の状態を示す部位にバグが発生し、確認できなくなっていたのだ。
だがそれは、各々の状態に差がなくなれば正しく表示されるという事でもある。
そのためにスミス達は現在、マク・アヌにあるショップへと向かっていた。
ショップとやらにはおそらく、ポイントを用いて購入するアイテムがあるはずだ。
それらのアイテムを用いて、自身の状態を改善しようとしていたのだ。
そのついでに、そこにいるであろうNPCを、デス☆ランディと同様に取り込み、“自分”の数を増やそうとも。
「では急ぐとしよう。
彼等に見つかる前に、“我々”を増やさなければならない」
スミス達はそう口にして、潜みながら進む足を速めた。
……その、背後で。
――コポッ、と。
黒い泡が、小さく湧き立った。
その発生源は、ボルドーを解析していたスミスからだった。
スミス達は一つ、致命的な勘違いをしていた。
それは、“碑文”と“AIDA”が、同じプログラムを基に成り立つ力である、というものだ。
だがそれは違う。“碑文”と“AIDA”は全く別のプログラムで成り立つ存在だ。
そして“碑文”があくまでシステム的な存在なのに対し、“AIDA”は一種の情報生命体だった。
つまりAIDAは、スミス達と同様の存在だと言えるのだ。そしてその性質は――『感染』である。
そう。ボルドーを上書きして誕生したスミスは、言わば悪性のウイルスをそのままに取り込んでしまった状態なのだ。
それがただのプログラムであったのなら、まだ問題はなかっただろう。
だがAIDAは違う。AIDAには、明確のものでこそないが、『意思』と呼べるものがあった。
そしてその『意思』が、自身を掌握しようとするスミスの力を察知し、反撃に転じた。
即ち、逆にスミスのプログラムへと『感染』したのである。
――――結果、最悪の種が蒔かれてしまった。
スミスのプログラムを浸食したAIDAは、彼の中にあった『救世主の力の欠片』と接触し、変異した。
ボルドーのAIDAであった<Oswald>から、ヘテロと呼ばれた者たちのAIDAである<Grunwald>へと。
だがそれは、変異の一端……始まりに過ぎない。
――種はまだ芽吹いていない。
故に、彼等はその種に、まだ気づいていない。
だがその種が芽吹く時は、そう遠くはないだろう――――。
【F-2/マク・アヌ/1日目・昼】
【エージェント・スミス@マトリックスシリーズ】
[ステータス]:HP??%、ダメージ(大)
[装備]:{静カナル緑ノ園、銃剣・月虹}@.hack//G.U.
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品1〜10、{邪眼剣、スパークブレイド、妖精のオーブ×4}@.hack//、逃煙球×1@.hack//G.U.、破邪刀@Fate/EXTRA、サイトバッチ@ロックマンエグゼ3
[ポイント]:600ポイント/2kill (+2)
[共通の思考]
基本:ネオをこの手で殺す。
1:殺し合いに優勝し、榊をも殺す。
2:人間やNPCなど、他のプログラムを取り込み“私”を増やす。
3:ハセヲやシノンに報復する。そのためのプログラムを獲得する。
[個別の思考]
1:マク・アヌのショップへと向かい、HPなどの状態を回復する。
2:アトリのプログラム(第三相の碑文)を解析し、その力を取り込む。
[共通の備考]
※参戦時期はレボリューションズの、セラスとサティーを吸収する直前になります。
※スミス達のメニューウィンドウは共有されており、どのスミスも同じウィンドウを開きます。
しかしそれにより、[ステータス] などの、各自で状態が違う項目の表示がバグっています。
また同じアイテムを複数同時に取り出すこともできません(例外あり)。
※ネオがこの殺し合いに参加していると、直感で感じています。
※榊は、エグザイルの一人ではないかと考えています。
※このゲームの舞台が、榊か或いはその配下のエグザイルによって、マトリックス内に作られたものであると推測しています。
※ワイズマン、ランルーくん、デス☆ランディ、ボルドーのPCを上書きしましたが、そのデータを完全には理解できて来ません。
[個別の備考]
※エージェント・スミスが【静カナル緑ノ園】を装備した場合、『増殖』の特性により、コピー・スミスも【静カナル緑ノ園(コピー)】の同時使用が可能になります。
※【第二相の碑文】を入手しましたが、まだそのプログラムは掌握できていません。そのため、その能力を使用することもできません。
【コピー・スミス(ワイズマン)@マトリックスシリーズ】
[ステータス]:HP??%、ダメージ(小)
[個別の思考]
1:マク・アヌのショップへと向かい、HPなどの状態を回復する。
[個別の備考]
※エージェント・スミスが【静カナル緑ノ園】を装備しているため、コピー・スミスは【静カナル緑ノ園(コピー)】の同時使用が可能です。
【コピー・スミス(ボルドー)@マトリックスシリーズ】
[ステータス]:HP??%、ダメージ(特大)、(PP??%)、AIDA感染(悪性変異)
[個別の思考]
1:マク・アヌのショップへと向かい、HPなどの状態を回復する。
2:ボルドーの持つプログラム(AIDA)を解蜥/R――――。
[AIDA] <Oswald>→<Grunwald>
[個別の備考]
※エージェント・スミスが【静カナル緑ノ園】を装備しているため、コピー・スミスは【静カナル緑ノ園(コピー)】の同時使用が可能です。
※ボルドーを上書きしたことにより、ボルドーに感染していたAIDAに介達感染しました。
また、スミスの持つ『救世主の力の欠片』と接触し、AIDA<Oswald>がAIDA<Grunwald>へと変異しました。
【静カナル緑ノ園@.hack//G.U.】
緑玉石の結晶のような多角錐の銃剣。
第三相の碑文使いのロストウェポン。条件を満たせば、パワーアップする(条件の詳細は不明)。
・深緑ノ恩恵:クリティカル発生確率25%アップ、及びアーツによるダメージを25%アップする
【第二相の碑文@.hack//G.U.】
アトリの『憑神(アバター)』、『惑乱の蜃気楼』イニスの碑文。
通常聞こえない『音』を聞き取ったり、幻惑に関する能力を使用できる。
ただし、碑文に選ばれた人物以外は、通常の方法ではその能力を行使できません。
20◇◇
―――そうして、マク・アヌに存在した、三種類の影の方針は定まった。
その三種類とはすなわち、走り去る者、岐路に立つ者、留まる者達である。
だがここにあと一つ、マク・アヌから消え去ろうとする影が残されていた。
名を、スケィス。
『死の恐怖』と呼ばれる、白き石像の巨人である。
スケィスは現在、マク・アヌに存在するカオスゲートを目指していた。
何故か。
それは現在のマク・アヌには、彼が破壊すべき対象が存在しないからである。
では、彼が破壊すべき対象とは何か。
それは、アウラのセグメントを持つ者と、腕輪を持つ者と、腕輪の加護を受けた者である。
スケィスがカイトと志乃をキルした理由はそれだった。
カイトは言うまでもなく腕輪を持つ者であり、そして志乃はアウラのセグメントを有していたのだ。
そのセグメントは現在、スケィスのインベントリに収められている。
それによりスケィスは、セグメントは自分の中に消えた、つまり目的を果たしたと認識していた。
つまり、残る二つのセグメントを破壊するために、スケィスは行動を開始していたのだ。
……だがここで、一つの疑問が残る。
彼がアトリを破壊した理由だ。
アトリは腕輪の加護もなく、セグメントも持っていなかった。
ならばなぜ、彼女は襲われたのか。
それは、彼女が碑文使いPCだったからである。
スケィスは碑文使いとして覚眼していたアトリを、腕輪の加護を受けた者として誤認していたのだ。
碑文使いPCは、腕輪所有者と同様に通常の仕様から外れている。そのイリーガルさが、スケィスが誤認する要因となってしまったのだ。
しかしそれならば、さらに一つの疑問が生じる。
アトリと同じ碑文使いであるハセヲは、何故スケィスに狙われなかったのか。
それは彼が、スケィスの碑文使いだったからである。
ハセヲがスケィスを自分の『憑神』と同じ存在だと感じていたように、
スケィスもハセヲを、ひいてはそこに宿る“碑文”を、自分だと認識していたのだ。
そして自分自身を攻撃するような知性は、スケィスには存在しない。
ハセヲがスケィスを幾度攻撃しても、あくまで反撃するだけだったのはそのためだった。
そうして目的を果たしたスケィスがカオスゲートを目指していた。
だがそれは、実はセグメントを探してのものではなかった。
では何のための行動か。
それは変わらず、己が目的を果たすための行動である。
スケィスはそのために、自身の状態を回復させようとしていたのだ。
……それは、モンスターのアルゴリズムをベースとしたスケィスでは、本来在り得ない行動だった。
確かにモンスターの中には回復スキルを持つ者もいる。HPが減れば、当然スキルも使用するだろう。
だがしかし、モンスターである以上、プレイヤーを襲う事を止めたりはしない。
ならば、スケィスは何故セグメントを探さず、休息のための行動をとったのか。
それは彼が、ハセヲをデータドレインしたことによって生じた影響であった。
スケィスがハセヲをデータドレインした結果得たもの。
それは彼自身と、彼が今まで喰らってきた全ての碑文の構成データである。
つまりスケィスは、ハセヲを介して『モルガナの八相』全てを喰らったことになったのだ。
その結果、スケィスを構成するデータは機能拡張(エクステンド)が成された。
そしてそれにより、プレイヤーのものとも似た、より高度な思考パターンを獲得したのだ。
それがすなわち、より確実に目的を果たすために、目的を中断して自分を回復させるという判断力である。
――――しかし、スケィスに起きた変化はそれだけではなかった。
移動を続けていたスケィスが、その動きを止めた。
カオスゲートへと到着したのだ。
するとスケィスは、カオスゲートへと左腕を突き出して腕輪を展開し、ゲートを中心として空間に孔を開けた。
腕輪の持つ能力の一つ、ゲートハッキングである。
ゲートハッキングにウイルスコアが必要なのは、そのエリアへの転移データが欠落していた場合に、それを補うためである。
ただプロテクトを解除するだけの場合や、仕様外のエリアへと転移するだけの場合には、ウイルスコアは必要ないのだ。
実のところ、ハセヲがエリアハッキングを必要としたように、スケィスが@ホームへと侵入した手法もこれであった。
@ホーム内のエリアデータの書き換えは、スケィスが侵入するためではなく、アトリを逃がさないための戦闘フィールドを作り出しただけだったのだ。
そして、ゲートハッキングによってスケィスが転移した先は、当然アリーナではない。
そこは『知識の蛇』でさえも感知できない、『この世界』を構成するデータの裏側――『認知外迷宮(アウターダンジョン)』だ。
通常の手段では入れないここならば、休息の邪魔はされないとスケィスは判断したのだ。
そうしてスケィスは、警戒は緩めることなく、誰にも邪魔されない微睡みに身を委ねた。
その身体に光を放つ無数のルーン文字と、そしてハセヲのそれと同じ幾何学模様の、しかし色彩を反転させたかのような、青黒い紋様を明滅させながら。
――――モルガナの八相は全部で八つ。
しかしそれらは元々、一つの“碑文”から分かたれた存在だった。
そしてハセヲから『モルガナの八相の残滓』を喰らったことにより、スケィスはその存在に等しい力を獲得していた。
そして、その“始まりの八相”は、こう呼ばれていた――すなわち、スケィスゼロ、と――――。
【?-?/認知外迷宮/1日目・昼】
※この認知外迷宮は、会場内にあるどこかのワープゲートと繋がっています。
また、迷宮内に認知外変異体が存在するかは不明です。
【スケィスゼロ@.hack//】
[ステータス]:HP>0%(回復中)、SP100%、PP10%-PROTECT BREAK!
[装備]:ケルト十字の杖@.hack//
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品2〜4(ランサー(青)へのDD分含む)、セグメント2@.hack//
[ポイント]:0ポイント/0kill(+3)
[思考]
基本:モルガナの意志に従い、アウラの力を持つ者を追う。
0:――――――――。
1:目的を確実に遂行するために、今は休息を取る。
2:アウラ(セグメント)のデータの破壊。
3:腕輪の影響を受けたPC(ブラックローズなど)の破壊。
4:自分の目的を邪魔する者は排除。
[備考]
※1234567890=1*#4>67%:0
※ランサー(青)、志乃、カイト、ハセヲをデータドレインしました。
※ハセヲから『モルガナの八相の残滓』を吸収したことにより、スケィスはスケィスゼロへと機能拡張(エクステンド)しました。
それに伴い、より高い戦闘能力と、より高度な判断力、そして八相全ての力を獲得しました。
※ハセヲを除く碑文使いPCを、腕輪の影響を受けたPCと誤認しています。
※ハセヲは第一相(スケィス)の碑文使いであるため、スケィスに敵として認識されません。
【モルガナの八相の残滓@.hack//G.U.】
ハセヲ自身と、ハセヲがこれまで喰らってきた碑文の構成データ。
『第一相』から『第八相』までの全ての碑文が揃っている。
[全体の備考]
※バトルチップは一度使用すると、30分間再使用不能です。
※『認知外迷宮(アウターダンジョン)』への侵入には、ワープゲートかデータの『歪み』を介する必要があります。
※【E-2】から【F-3】にかけて、マク・アヌの街が破壊されました。またその損傷は、タウンを構成するエリアデータにまで及んでいます。
・『八相』と『憑神(アバター)』、およびAIDAのプロテクトについて。
1.プロテクトポイント(PP)
プロテクトが張られている間、事実上HPは無限です。
発生したHPダメージは、すべてPPダメージに変換されます。
データドレインを受けた場合も、同様にPPダメージが発生します。
PPが0となった場合は、プロテクトブレイク状態となります。
2.プロテクトブレイク状態
『八相』の場合は、通常通りHPが減少します。
『憑神』とAIDAの場合は、その顕現が解除され、使用できなくなります。
3.ブレイク中のデータドレイン
『八相』の場合は『碑文石』状態となり、大半の能力が使用不可能になります。
碑文使いPCの場合は、一般PCと同様の影響を受けます。
AIDA=PCの場合は、一般PCと同様の影響に加え、感染中のAIDAが駆除されます。
4.プロテクトの回復
PPは時間経過でのみ回復します(三十分で50%、一時間で100%まで)。
プロテクトブレイク状態は、PPが50%まで回復した時点で解除されます(『碑文石』状態時は除く)。
なお『碑文石』状態は、PPが100%まで回復した時点で、PP50%で解除されます。
以上で投下を終了します。
……うん。やり過ぎですね。
何か意見や、修正すべき点など、お願いします。
投下乙です!
すげえ! すげえ! すげえ! 凄すぎます! まさかここまでのバトルになるとは……
ハセヲは覚醒して、スミスさんはもっと増えた上に感染までして、スケィスもヤバくなってる……
アトリとボルドーは頑張ったけど、スミスにされたか……アトリの想いがハセヲを救ってくれると思ったら、こんなことになるなんて。
唯一の希望はシノンさんかな? どうか生徒会の力となってくれ!
最後にもう一度……大作、見事でした!
スミスにされたのはボルドーだけでした……勘違いしてごめんなさい。
投下乙です。
おお、マク・アヌで繰り広げられた激戦がついに決着が付いて、そしてこんな結末を迎えるとは。
規格外マーダー達は更に規格外になって、対主催だったハセヲはPKKに逆戻り。
生き残ったシノンはこれからどうなるでしょう。
熱いだけでなく、鬱と救いが入り混じった作品を読ませてくれたことに、心より感謝いたします。
うおおぉぉぉおおっ!!手に汗握る長編物語投下乙です!
八相戦のフィールド、クビア平原登場とは……懐かしい
ありとあらゆる策を実行してスミスを撃破したシノンさんマジぱねぇ
薄々感じていたけどやはり死亡してしまったアトリ
ただB-st化しただけでなく災禍の鎧でパワーアップしたハセヲ
>「……俺は、『死の恐怖』……PKKのハセヲだ―――」
災禍の鎧含めてまた暴走しそうなフラグですねw
やっぱり上書き先でも活発なAIDA
巻き添えをくって死亡したデスランディがかわいそう
などなど感想がてんこ盛りです。
気づいた誤字脱字を二つほど
>放たれた火矢ごく当然のように回避されるが、
放たれた火矢は
>2:アトリのプログラム(第三相の碑文)を解析し、
第二相
後、読んでて気になった点も二つほど
一つ目はシノンが雷鼠の紋飾りを装備して回復してるシーンです。
『君の目に映る世界』で志乃がイーヒーヒーを装備しても
杖に付与されてるスキルは使えないと説明されてるのに矛盾してるかと。
二つ目は薄明の書の説明です。
>※エージェント・スミスをデータドレインし、『救世主の力の欠片』を吸収したことにより、
>薄明の書のデータが機能拡張(エクステンド)されています。
前回の戦いでカイトがスケィスにデータドレインされて救世主の力の欠片を失ったはずなのですが
これはいいんでしょうか?
最後に感想と意見を合わせて長文となりましたが
長編投稿本当にお疲れ様でした。
次回作も楽しみにしてますね。
投下乙です。
色々あって落ち着いたと思ったら、振り出しのPKKに戻っちゃったハセヲ。
更に禍々しい見た目になった上に単独行動しようとしてるから、他の対主催と一悶着ありそう。
皆で情報を共有してるスミスにとって、ウイルスってメチャヤバな気がする。
宿主になってるスミスが上書きしたら、その相手にも感染しそう。
投下乙です
序盤から続いていたマクアヌ編完! ということで盛りだくさんの話でした。
G.U.周りの因縁が消化されハセヲは揺光の待つウラネットへ……
あとタイトルからオチまで.hack//ZEROネタが多くて嬉しかったです
まさかのスケィスゼロの登場+アウターダンジョンへ進出でどうでるか
気になった点はスミスのNPC上書きですかね。
展開自体はありだと思うのですが、無制限だとスミスが簡単に増えてしまうので「できるが現状では時間と手間がかかる」くらいにしてもいいのではないでしょうか。
また助けられなかった……!アトリが…嗚呼…
シノンさんついにスミス撃破した時はガッツポーズしたけど、気持ち的には差し引きマイナスだなあ
デス・ランディとボルドーはとばっちり極まりないし、三人からなかなか減らないスミスが本当に厄介すぎる
スケィスゼロ爆誕&ハセヲのディザスター化と、見所一杯の大作、投下乙でした
誤字見つけたので指摘です
>>699
「逃げ無理球」→「逃煙玉」
>>729
「サブラン・ブーツ」→「サブラン・ブーツ」
皆様、感想・指摘ありがとうございます。
誤字に関しましてはwiki収録時に修正させていただきます。
>>749
雷鼠の紋飾りによる回復については、これが全職業が装備可能な防具であることと、Fate/EXTRAの礼装のように、
装備すれば誰でもスキルが使えるようになるアイテムがあることから、
【.hack//出展の武具のスキルは、武器は対応する職業のみ、防具は装備条件を満たしたキャラのみ使用可能】
というふうに解釈させていただきました(無印とG.U.では職業の詳細が違うので、別職扱いと解釈しました)。
薄明の書の解説については、前話Azureにて薄明の書自体が蒼炎を放っていると取れる描写がありましたので、
【『救世主の力の欠片』による蒼炎は不安定な力であり、ちょっとした刺激で使用不可能になる
=不完全な力であり自在には使用できないだけで、『救世主の力の欠片』自体が失われたわけではない】
というふうに解釈させていただきました。
この解釈で問題があるようでしたら、修正させていただきます。
>>751
それでは、スミスの能力制限に関しましては、
【上書き能力は、オリジナルのエージェント・スミスしか使用できず、コピー・スミスには使用不可能】
という制限でよろしいでしょうか。問題があれば、他の形で制限して修正させていただきます。
それで問題ないかと思います。
それと、誤字を見つけたのですが
>つまりエージェントを殺したところで、エージェントではなく素体となった人間が死ぬがけであり、エージェント自身は別の人間に乗り移ってしまえる。
死ぬだけ でしょうか?
思ったけど、もしもこのスミスが月海原学園に向かったりしたら
学園が地獄になりそうw
乙です
シノンさんマジかっけぇ!
カイトのおかげで弱体化が多少あったとはいえ、タイマンでスミスを下すとは……
しかし、スミスがあらゆる意味でヤバイ。
よりによって一番感染しちゃならない奴に感染したな……
スミス自身の出す直接的な被害より寧ろ、二次災害の方が酷くなりそうだ。
そしてハセヲは、六代目(クロウ経由してるなら七代目)クロム・ディザスターに覚醒……
相性悪くなさそうなだけに、果たしてクロウみたいに折り合いつけてギリギリやってけるかどうか。
そして最後に、ボルドーに合掌……
>>754
上書き能力をそういう形で制限するより「NPCには上書き不可のプロテクトがかかっておりそれを解除するのに手間がかかる」程度の描写の方がいい気がします
NPC上書きをPC上書きより簡単なものにしてしまうと、アリーナや学校等のNPCが多い場所(特にアリーナ)で容易に無限増殖できてしまいますし。
またスミスごとに性能差ができるのは原作的に少し違和感があるので。
これはあくまで私的な意見ですが
あ、安価ミスです。>>753 ですね。
>>752 訂正前と後で変わってなかったorz
>>729
「サブラン・ブーツ」→「サフラン・ブーツ」
>>753
その解釈でなら問題ないと思います。
再度読んでていくつか間違いを見つけたので書いときますね。
>ハ調ラ音
ハ長調ラ音
>志乃の身体が、ゆっくり途中に浮かび上がる。
ゆっくりと宙に
>誰かに担がれている、ということあろう。
ということであろう。
>マトリックスに異常が出でいる人間は
出ている
>あなたの『力』を使うのは、アトリを助けだすだけ時よ。
助けだす時だけよ。
>スミスの上書き能力への抵抗を可能そしているプログラムを掌握するには、
可能としている
>どうしても拭い去ることができな。
できない。
>シノンは敢えてそその問題を思考から排除し、
敢えてその
>あの蒼炎の発言と同じ現象なのだと。
発現と
>一体ハセヲになのがあったのか。
なにが
皆様、返答・指摘ありがとうございます。
それではスミスの上書きに関する制限部分だけ、書き上がり次第修正スレに投下させていただきます。
あと雷鼠の紋飾りと薄明の書に関する解釈部分も、wiki収録時に加筆させていただきます。
……にしても、またも誤字脱字が大量に……。
ちゃんと見直したつもりだったんだけどなぁ……。
見落としなどは誰にでもあると思いますし
そんなに気にしなくてもいいかと。
大事なのは面白さですから
誤字脱字見つけて報告しちゃうと、書き手の皆さんのやる気を削いでしまわないか気になって仕方ない読み専がここに
でも見つけたからには報告してしまうのですがw
長編乙でした
結局ハセヲがスケィスをデータドレインできなかったのは何でなんだろう?
>>761
投下が多い分その分誤字も多くなってしまうから
それは仕方のないことかと……。
>>764
>だがハセヲに支給されていたこの鎧は、当初その恐るべき力を発揮することができなかった。
>何故なら、ハセヲの宿していた碑文が、その力と拮抗していたからである。
>しかしハセヲが『憑神』を発動させ、その力を戦いに割いたことにより、その均衡は崩れた。
>ハセヲの『憑神』が急にその動きを停止させたのは、彼の精神状態の影響により不安定だったことに加え、それが原因となっていたのだ。
>あるいは、彼がこの鎧の事を正しく知っていれば、まだ均衡は保たれていたのかもしれない。
>>765
ありがとう
ハセヲが鎧を持ってなかったらハセヲとその周囲の未来は大きく変わったのかな…
真面目に考えれば、ハセヲ&アトリ&シノンVsスミス×2という状況になる
ただ、スケィスをデータドレインした結果起こる、ハセヲへの影響が予想できない
スケィスがスケィスをデータドレインするという、本来起こり得ない状況だったり、
ハセヲとスケィスの複雑な関係だったり、スケィスが不安定な状態だったり
最悪の場合、スケィスが暴走する可能性もある
一緒にいるアトリは杖があるからスペルが使えるけど、ろくに動けない(一応憑神は使えるけど)
そしてシノンさんともう一人のスミスは憑神空間に入れないから、はやくも四度目の対決が発生する
しかもシノンさんの手札は全部めくられてるから、決定打がなくて非常に危険
つまりいかにハセヲがスミスに対処するかが鍵になるわけだけど、
アトリというハンデを抱えているうえに、ハセヲ自身もどうなるかわからないという、かなりヤバメな未来が待ってる
仮投下スレに、修正案を投下しました。
修正内容に問題がないか、確認をお願いします。
>>767
考察ありがとう
どの道危ない状況にはなっちゃうのか…
そういえばまだこのロワって不幸キャラ的な談義がない気がするけど、ハセヲは間違いなくその一人なんじゃないかな
月報なので集計。
問題がありましたら指摘をお願いしますー
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
86話(+6) 33/55(-4) 60.0(-7.3)
しかしこうなった以上、ハセヲにとって揺光やカイトは救いになるのかな……?
本当にオーヴァンと出会ったら、マジでどうなるだろう。
オリジナルカイトはDelete退場しちゃったしな……。
蒼炎は通訳が必要だし。
蒼炎といえばAI組の続きが気になるね
予約が来ないかな・・・
あと数話でメンテ(放送)行けそうだし
AI組は時間的にも次の話はメンテ後かも
放送行く前に必要なのは、裏インターネット組かな。
ロックマン、揺光、モーフィアス、ツインズ、ラニ、ロータス、ブラックローズ
この面々の話だけ行けたら最短で放送いけると思う。
そういえば長らくその面々見てないな・・・
ミーナさんディスってんのかアアン!?
ミーナさんはこのまま対主催に誰とも会わずにマーダーと会って孤独死
とかが全然ありそうで怖い
幸せになってほしいものだ
重大情報持ってるのに未だにぼっち継続だからなー
はやくネオ達あたりと合流できるといいね。
でも今の状況でネオ達の所に向かったら今度こそフォルテと……
5/24の土曜日にパロロワ交流企画所でVRロワ語りをやるって
最近.hackをやりはじめてこのスレ見つけて1番好きなキャラのミアの話読んだけど悲しすぎてしばらく寝れそうにないぞどうしてくれよう
えー話やったろ?
次はサチの話を読むといいよ
ミアはSIGNのマハの頃から悲劇的すぎる
エン様がミアを背中から刺した時若干興奮したのは秘密
久々の予約キターーー…またぼっちじゃねえかw
ぼっちさんが、またぼっちになっておるぞ!
ぼっちさんをミーナと呼ぶのはやめよう(提案)
他所のロワにもぼっちから一転して大成長を遂げるキャラもいるし……
用語集に載せよう、ぼっちさん
これより投下します。
その建物はショップと呼ぶには人の気配が感じられない。内装は綺麗だが、出迎えてくれる店員はいなかった。
目の前の棚には商品が並んでいるが、全てが画面の中に収められている。値札らしき物も備え付けられていて、横にはコンソールと思われる装置までもがある。
動かせることはミーナにもできる。しかし、だからといって商品を獲得することはできなかった。
試しにボタンを押しても、何の反応も示さない。何故なら、必要な【ポイント】を全く持っていないからだ。
「店と言うよりは自動販売機みたいですね……」
ここにあるアイテムを購入するには、現実の世界でお金の役割を持つ【ポイント】が必要だ。しかし、それは労働で手に入れられる物ではなく、他のプレイヤーを殺害することでしか得られない。
ミーナはここに来てから誰かを傷付けたことがない。それ以前に、ダークマン以外の人物と接触すらいなかった。先程、謎の危険人物に遭遇しそうになったが、幸いにも気付かれずに済んでいる。
もしも、あそこで見つかっていたら……考えるまでもない。【Delete】という残酷な結末だけ。友好的な接触など微塵も期待できなかった。
「【参加者名簿】に回復アイテム。それに武装……ううっ、どれも私には買えません……」
ウインドウに表示されているアイテムの【ポイント】はどれも高い。200や300など、日本円に換算すればとても安い数値でも今のミーナには手が出せなかった。
欲しいものを手に入れるには、他の誰かを殺す。そんなのは、人類がまだ文明を気付きあげていない時代の話だ。現代でも紛争地帯や暗黒街などではあり得る話かもしれないが、それはごく一部。
今の社会だったら、物の奪い合いは減ったのは確かだ。
他者を蹴落としてでも、物を買う精神をミーナは持っていない。その為の力だって持っていないし、仮に奇跡が起きて人を殺したとしても罪の十字架を一生背負わなければならない。ジャーナリスト人生だって終わる。
明日のご飯とベッドすらも保証されないお先真っ暗の道を歩くなんて出来る訳がなかった。ジャーナリストは危険な道を歩むことはあるが、それは必要最低限の安全が保障された上での条件だ。
それすらも蔑ろにするなんて、できるわけがない。
「それにしても、さっきの人はどうしてこんな所に来たのでしょう? やっぱり、私みたいに買い物を……?」
そこまで言葉に出した瞬間、ミーナの口が止まる。
謎の人物・フォルテはショップから出てきた。その理由は、恐らくアイテムを購入する為だろう。
もしも、彼が購入できる分の【ポイント】を持っているのなら……それは、彼が他の参加者を殺したと言うことになる。
戦闘で傷付いて、そのダメージを癒す為にショップに向かった可能性だってあった。無論、これはただの推測に過ぎないが、他に考えられない。
(まさか、彼はまだこの近くにいる……!?)
ミーナの全身に悪寒が走る。
もしもまだ彼が近くにいて、他の参加者を殺す為に戦おうとしているのなら、またこのショップに戻ってくるかもしれない。そうなったら、今度こそ殺されてしまう。
仲間がいない現状で、彼のような参加者と遭遇するわけにはいかなかった。
「……どうやら、長居はできないですね。他のエリアに行かないと」
ショップに関する情報はそんなに得られていないが、今の状態では留まっても無意味。買い物が出来ない以上、何も手に入らない。
もしかしたら、友好的な参加者と出会えるかもしれないが、そんなに都合のいいことが起こるとも限らない。別の危険人物が現れる可能性の方が遥かに高かった。
そう危惧したミーナは急いでショップから飛び出して、この場から離れる為に走る。あのフォルテとは、まだ出会わないことを祈りながら。
アプドゥは使わない。早く移動したい気持ちはあるが、貴重なアイテムを簡単に浪費してはすぐに無くなってしまう。残りは三個だけなのだから、使いどころは見極めなければならなかった。
無論、特別な事情だったら、迷わず使う。それまでは節約しなければならない。
(ううっ、それにしてもここにはまともな人はいないのですか? もしかして、変な人達だけが集められて、その中に私だけが放り込まれてしまったのですか〜?)
謎の世界に呼び出されてから、まともな人物を見つけたことがない。最初に見つけたのは、妖精のような少女。
それから見つけたのは奇妙な男達。ダークマンと名乗った謎のアバター。オープニングで破壊活動を行っていた危険人物。これだけ怪しい相手を立て続けに見つけては、そういう類の人物しかいないという不安に襲われてしまう。
本当は限定されたプレイヤー達だけで危険なゲームをするはずが、何かの手違いで自分までもが巻き込まれてしまった……それが、この殺し合いの正体。
(いいえ、それならそれで尚更私が頑張らないと! くじけてなんかいられません!)
ミーナは頭を振りながら、自らを奮起させる。
もしもこんな危険なゲームが存在するなら、一般に流通する前に対策を立てなければならない。規制をしているようで気に入らないが、それでも一般家庭に勧められるような代物ではなかった。
こんなゲームを作るなんて有り得ない。尚更、主催者の実態を調べて調査をしなければならなかった。
決意を新たにミーナは街の中を走る。その最中、彼女の視界がほんの少しだけぼやけてしまう。まるで目眩が起きたかのように周囲が歪んで、ミーナは太陽の光に晒された。
「……えっ?」
ミーナは辺りを見渡して、そして呆然とする。たった今まで、コンクリートで出来たような道路をを走っていた。だけど、ここに見えるのは広大な草原と、白い雲が流れる青空だった。陽の光だって燦々と輝いている。
後ろを振り向いても、街は見えない。まるで、瞬間移動をしたとしか思えなかった。
夢を見ているのかと思って、頬を抓る。そこから軽い痛みが走ってきた。だから、これは正真正銘の現実かもしれない。
しかし、別世界にも見えるこんな場所にどうやって辿り着いたのかがわからなかった。走っている途中に道を間違えた記憶も、何か変なプログラムを操作した記憶だってない。
もしかしたら、どこかに瞬間移動ができるようなシステムがあって、知らない間にそこへ飛び込んでしまったのか? ミーナは考えるが、当然ながら答えは見つからない。
「えええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
彼女は知らないが、アメリカエリアとファンタジーエリアの裂け目に突入してしまい、それによって別のエリアに移動しただけ。何も特別なことはしていない。この会場の仕組みによって、別世界に移動したように見えただけだ。
だが、それを知らない彼女はただ困惑しながら、叫ぶことしかできない。このファンタジーエリアに、デンノーズと関わりのある者達や捜していた妖精・アスナもいることを知らないまま。
ミーナの単独行動は続く。もうすぐ、主催者からのメールが届く時間が来るまで、そう遠くないことを知らないまま……
[E-7/ファンタジーエリア/昼]
【ミーナ@パワプロクンポケット12】
[ステータス]:健康、困惑
[装備]:なし
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜1(本人確認済み)、快速のタリスマン×3@.hack、拡声器
[思考]
基本:ジャーナリストのやり方で殺し合いを打破する 。
0:ここは一体!?
1:殺し合いの打破に使える情報を集める。
2:ある程度集まったら拡声器で情報を発信する。
3:榊と会話していた拘束具の男(オーヴァン)、白衣の男(トワイス)、ローブを纏った男(フォルテ)を警戒。
4:ダークマンは一体?
5:他の参加者にバグについて教えたいが、そのタイミングは慎重に考える。
[備考]
※エンディング後からの参加です。
※この仮想空間には、オカルトテクノロジーで生身の人間が入れられたと考えています。
※現実世界の姿になりました。
※ダークマンに何らかのプログラムを埋め込まれたかもしれないと考えています。
※もしかしたら、この仮想空間には危険人物しかいないのではないかと考えています。
延長をしたにも関わらず、短くてすみません……
投下終了です。
乙でした
ぼっちさんに気の休まる時間は来ないのか
投下乙です。
ようやく誰かに会えそうだけど、孤独な時間が長すぎて変な考えが過ぎってしまっている。
乙です。
見事なまでのゲーム音痴っぷり
この先も苦労しそうだw
月報なので集計をさせて頂きます。
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
87話(+1) 33/55(-0) 60.0(-0)
予約きた!
またまたご冗談を…とか思ってたらホントにキターーー!!!
あそこの人たちは難しそうだがどう動かすのか…
うおおおっと
投下します
部屋の向こうには欧米風のキッチンが見え、オラクルとなる女性の姿もまた垣間見えた。
腰掛ける椅子やテーブルクロスは使い込まれていて生活臭を感じる。
流れてくる甘い匂いもまた、現実的で凡庸な、そしてそれゆえにこの場では稀有な感覚だった。
茅場晶彦はコーヒーを口に含みながら目の前に座る男を見た。
青い髪にファンタジー風の装いをした男は、まぁ、ありそうなゲームのキャラクターだ。
このエリアにあっては本来彼のようなキャラや【ヒースクリフ】こそが相応しいのだろう。
だがどういう訳か、よりにもよってこのエリアにこんな現実めいた空間が作られ、浮いてしまっている。
それが何を意味するかーーは茅場は一先ず置いておく。もしかすると鍵になるかもしれなかった。
コーヒーを飲み干した彼はカップを置いた。こん、と鈍い音が響いた。
対する男――オーヴァンと名乗った彼の前にもまた湯気立つカップがあるのだが、彼は口を付けていない。
なんとなしに、そのことを問いただしてみると、
「ネットのアバターであまり現実的なことをしたくなくてな」
そう答え、一拍置いたのち、
「意識をここに置き過ぎるのは、やはり恐怖が残る」
どこか自嘲的な響きを持って彼は言った。
「ここ」か。
茅場は何となしにもう一口コーヒーを含んだ。
ほろ苦い味が舌を通じて味覚を刺激し、脳がそれを受け取り意識へと還元される。
全ては電気信号であり、0と1でデジタルに処理される。
それが全て――であれば話はもっと簡単だったのだろうが。
しばし沈黙が訪れた。
オラクルの姿が遠くに見える。換気扇がぶうんと静かな音を立て、仄かに香る甘い臭いが部屋に広がっていく。
落ち着いた空間だった。茅場は無言で羽織っていた白衣を脱ぎ、椅子にかけた。
ただその最中でも視線は逸れていなかった。
「ところで」
茅場はふっと微笑を浮かべ、
「君はこの茅場昭彦に興味を持っていたみたいだが、何か聞かなくていいのか?」
と、彼は問いかけた。
カヤバアキヒコという発音を敢えて強調して。
彼に対しては【ヒースクリフ】ではなく茅場として接する。そんな表明のつもりだった。
何かを語るに当たって、自らの立ち位置の明確化は大事だ。
自らの位置を見失えば、決して抜け出せなくなることもある。
「ああ、二つある」
対してオーヴァンは表情を変えず落ち着いた口調で言った。
カップには相変わらず手を付けていない。
「一つは人が世界を作り、そして壊してまでして成し遂げたかったものは何だったのか……これは個人的な興味だ」
もう一つは、とオーヴァンは淀みなく続け、
「――成し遂げたあと『ここ』にあったのは何だったのか……それを、一つ、訪ねたい」
◇
オーヴァンが、犬童雅人が茅場に対して最初に抱いた印象は「静か」であった。
茅場昭彦。その名について犬童が聞いていたのは革新的な仮想現実を作り上げたの天才科学者であり、そして同時にそれを使い混沌を齎した大量殺人鬼であるということだった。
何とも、大きい。
ネットの片隅で諜報員めいたことをやっていた自分とは、何もかもが違う。
彼がやってのけたことはそれこそハロルド・ヒューイックにも匹敵するだろう。
だがしかし、目の前の男は「静か」だった。
落ち着いた、ともすれば凪のような、とでも表現できかねない雰囲気がある。
そのことに犬童は、まず、違和感を抱いた。
彼には欠けている。
世界を創り上げてまで成そうとした筈の、妄執の域に達していた筈の願いが。
なくてはおかしいのだ。
天才であろうとも、いや天才であるからこそ何かを為すには熱量が必要だ。
ハロルド抱いたエマへの思慕という名の執着のように。
あるいは天城丈太郎の歪んだ自尊心のように。
恋情でも自尊心でも希望でも絶望でも狂気でもいい。
意識を焦がす炎が必要だ。
だが、目の前の男にそれはない。
彼は超然としていて、確かな知性を感じさせるが、それだけだ。
これではまるで――幽霊ではないか。
「思うに、お前は既に成し遂げた」
犬童はゆっくりと語った。
「そうでなくては説明できない。お前は既に空っぽだ」
挑発するように、言葉を引き出すように、意識して犬童は問いかける。
「空っぽ、か」
茅場は、しかし、特に態度を変えることはなかった。
「確かにある意味で君の言葉は正しい、オーヴァン君」
「犬童雅人」
「ん?」
「呼ぶのならば――そう呼べ」
それは何か巨大なものへ挑みたいという、幼稚な対抗心だったのかもしれない。だがとにかく犬童は自らの名を告げた。
それでらこの場は現実へと限りなく近づく。
茅場は微笑を浮かべ、
「ふ……では犬童君。確かに君の言葉は正しい。この茅場昭彦は既に成し遂げた人間だ。
己が悲願の為に地位も名声も時間も友も、現実さえも犠牲にし、その果てに私は世界を見た。
真に迫る世界を、新たなる現実の創造を、これから始まる可能性を、私は成し遂げた」
「そうか……それは何とも」
羨ましい話だ。
そう、犬童は抑揚のない口調で言った。
茅場晶彦は微笑を崩さず、どこか誇らしげに、
「おかげで私は大罪人だよ。何千、何万人、あるいはそれ以上の人間に憎しみを抱かれた。
認めるさ、その憎悪はどこまでも正当で、それこそ正義だと。だが、これは言うまでもないが、後悔はない。あれだけ望んでいた――世界を得た。
どれだけの犠牲を払い、最期にはこんなあやふやなものに身を落とそうとも、私は後悔だけはしていない。実に、実に――傲慢な話だとは思わないか?」
言って茅場は再びカップに口をつけた。
犬童は何も言わなかった。
ただ確信していた。茅場晶彦はに終わった存在である、と。
彼の言動が、彼のあり方が、もうとっくに終着点の向こう側に行ってしまった。
世界といった。
それが彼が求めた夢であり理想であり妄執であった。
具体的にどんなものであったのか、それは分からない。
きっと自分では及びもつかないような大きなカタチをしていたのだろう。
自らを傲慢だと認めた上で、犠牲を払ってでもそれを成し遂げた。
認めよう。この男は自分よりずっと遠く、遙かな高みにいる、と。
知性も目標も力も、願いさえもこの男には敵わない。
――だが
「ああ、傲慢だな」
――だが、それ故に、犬童は男を認める訳にはいかなかった。
「茅場晶彦。世界と言ったな?
お前の言う世界が何であるか、知らない。知りたくもない。
だがお前はただ一人だ。ただ一人で生き、ただ一人で完結し、ただ一人で終わった。そんな人間が語る世界など」
認めるものか。
犬童ははっきりと、茅場晶彦を否定した。
「ほう」
茅場晶彦は微笑を崩すことなくそう頷いた。
その立ち振る舞いは超然としていて、ひどく、遠い。
「では聞こう、犬童君。君にとって世界とは――何かな?」
「世界か」
犬童は見てきた。
あの「世界」に長く身を置き、そこで世界をーーそこに生きる人々を見てきた。
喜びも、
悲しみも、
愛も、
憎しみも、
希望も、
絶望も、
全てを犬童は――オーヴァンは見てきた。
愛奈。
彼女が「世界」に見出したものを犬童は知っている。
全て仮想である「世界」にとって、ただ現実であるものは一つ。
「繋がり、だ」
何とも単純でともすれば幼稚な、しかしだからこそ唯一無二の、答え。
犬童は既にそれを手にしている。
「そこにある繋がりこそが――世界だ」
茅場晶彦は、この男は、全てを犠牲にして、ただ一人で世界を手にしたという。
犬童雅人は、だから、この天才に相対する。
その隔絶を否定する。その傲慢を糾弾する。
「今、確信した、茅場晶彦。俺はお前とは――相容れない」
◇
犬童雅人の言葉を聞き、茅場晶彦はすっと目を閉じた。
無言で、一度闇に立ち止まる。意識を己に向け、集中する。
揺らぐか。
今の犬童の言葉には強い想いがあった。
恐らく、その言葉は彼が勝ち取った一つの答えである。
その言葉に揺らぐことがあるか。
「否」
何も揺らがない。
何も変わらない。
何も響かない。
何も思わない。
何も、ない。
ああ、なるほど、と茅場は納得する。
確かに自分は――完結している。
表情を崩すことなく、茅場は「失礼」と一言述べ、煙草に火をつけた。
ふぅ、と煙をくゆらせる。
吐き出した煙はふわりふわり、と曖昧に場を漂った。
どのような仕様になっているのかは分からないが、あの煙はきっと循環することなく、煙のままどこかに行くのだろうな、と想像した。
「繋がり、か」
理解はできる。
いやそれどころか――犬童の言葉は茅場の考えに非常に似通っている。
同じといってもいい。
世界は、そこに生きる人々こそが創る。
そう思ったからこそ、茅場は真に迫る世界を用意したのだから。
確かに【ヒースクリフ】はそこに生きていた。
彼には繋がりがあった。アインクラッドにおいて生きていた。
だが茅場晶彦は、世界を臨んだ彼はどうだっただろうか。
神代凜子を初めとする、現実全てを捨て去った彼は今となっては、もう……
煙は、どこかへ消えていた。
「はい、お待たせ。クッキーができたわよ」
穏やかな言葉と共にオラクルがやってきた。
調理用の手袋を嵌めた彼女は、犬童と茅場の前に菓子の乗ったプレートを置いた。
「ありがたい」と茅場は礼を言いそれを一枚つまんだ。犬童もまた同じように軽く頭を下げた。
オラクルは満足気に頷き、息を吐いて椅子に腰掛けた。
二人の間、ちょうど中心あたりにオラクルは座っていた。
「世界の話を続けたら?」
と、彼女はそれまでの会話を聞いていたかのようなことを言った。
が、それは驚くようなことではない。
オラクル。奇蹟。天啓。この黒人女性は自らを預言者といった。
機能を制限されているとはいえ――その程度のことは簡単に知ることができるのだろう。
「貴方たちはもう選択をしている。だからこの会話で大きな転換がおきることはないわ」
二人の間で等分に語りかけるようにオラクルは口を開いた。
「でも無意味ではない。意味というのは過去へしか意義を持っていないの。
選択が変わることがなくとも、二つの選択が重なり、そして別れることには意味がある。だから貴方たちはここで会って、話す必要があった」
その言葉に茅場はふと気になり尋ねた。
「この出会いは定められた――運命の出会いだと?」
「ある意味ではそう。だけどある意味では違う。たとえプログラムされた、避けることができなかったものであったとしても、それが因果でなく選択を意味することもある。
貴方たちには共に理由があった。理由がこの場を導いた――あら、ごめんなさい」
オラクルはそこで茅場のカップにコーヒーを注いでくれた。
空っぽになっていたカップに再び深い色彩が注がれて行く。
ありがとう、と茅場は再び礼を言った。
「この場において私はあくまでNPC。本来与えられていた役割は既に剥奪されているわ。
でもメロビンジアン<因果応報>のプログラムが強まっている訳ではないわ。私<選択>というプログラムに与えられる筈だった権限が分散されただけ」
「それは救いかな?」
「あるいは」
そしてオラクルは茅場を促した。
「じゃあ、答えてあげなさい。彼の問いに――『ここ』には何があったの?」
◇
「『ここ』にあったのは私だった」
オラクルというプログラムに促され、茅場は犬童の問いに答えた。
オラクル。聞けば彼女はマトリックスなる仮想現実システムのプログラムであったという。
司っていた分野は――選択。
そんな彼女に導かれるようにして自分たちは会話を交わしている。
「私が全てを成し遂げ、現実と、世界と一体化した時、私は『ここ』にいた。私が私であるという意識だけが残った」
茅場はこの声色に変わりはない。泰然と、超然と、彼は語る。
「犬童君、君がどこまで私のことを知っているのかは分からないが……結局、私という存在は現実から消え失せた。
生きているのかいないのかわからない、今の私はいわば幽霊みたいなものだ。
だが、私は私だよ、データの反響となろうとも、海に沈む泡沫に堕ちようとも、それだけは変わらなかった」
あるいは繋がりが消えようとも、それは変わらなかった。
そう茅場は言った。
「この答えでは不満かな?」
茅場は微笑みを貼り付け再度問いかけた。
犬童はしばし黙っていたが、不意に出されたクッキーを手に取り、口に含んだ。
固さと、甘さがあった。
現実と遜色のない――否、現実と同じ味がした。
「いや」
それを咀嚼したのち、犬童は言った。
「満足だ。聞きたかったのは、そんなところだ」
茅場は頷き、そこでカップに口をつけた。
オラクルは変わらぬ調子で穏やかに笑っている
クッキーがありコーヒーがあり、談笑する相手がいる。
それらすべてが作り物――には到底視えなかった。
明るさも臭いも温かさも、全てが全て、現実を切り取ったかのよう。
ここはこの部屋だけで完結しているのかもしれない。
どこにも繋がっていない。時の流れから隔離された、システムの片隅。
そんな場所に、自分たちは迷い込んでしまったのだろうか。
奇妙な時間だった。
デスゲームの一角でこうも平穏な光景があるとは、到底思えない。
まるでここでは時間が止まっているようだった。
だが、どういう訳か茅場は郷愁に似た感覚に囚われていた。
◇
すいません>>807 の◇はミスです
「そろそろね」
しかし、終わりは不意に訪れた。
オラクルが顔を上げる。平穏な時間の終わりを、彼女は告げた。
「どうやら時間のようね。貴方たちもそろそろ出て行った方がいいわ」
何を見ているのか、彼女は迷いなく言った。
別に驚くことではなかった。彼女に与えられた役割を考えれば。
そして何より彼女はこの部屋の主だ。
言葉には、従うべきだろう。
「そうか。では、お暇するとしよう」
茅場はすっと立ち上がる。犬童と、そしてオラクルを見下ろし、
「共に出るのはよろしくないだろう。別々に時間を置いて出よう。私たちは違う道を行くべきだろうからね」
そう言った。
そうして部屋を出て行こうとする。本音を言えばもう少しだけこの部屋に留まりたかった。
自分ような存在はここにいるべきだ、などという発想があった。
だからだろうか白衣をはためかせ、扉に手を当て、ふと動きを止めたのは。
「ああ、最後に――オラクル。一つ聞きたい。私に、何か未来はあるかな」
加えて、そんなことを聞いてしまったのは。
答えは既に分かっている。しかしそれでも尋ねておきたくはあった。
唐突な問い掛けにもオラクルは取り乱すことなく、寧ろ穏やかに、
「ないわ」
と答えた。
「ほう、やはりか」
「貴方は既に完結している。貴方が内包していた理由は既に結果を齎した。
気づいているでしょうけど、貴方はもうプログラムに近いの。未来も何も、ないわ。
たとえゲームを生き残ろうと貴方はどこにもいかないわ。貴方は――貴方の死はプログラムされている」
けれど、とオラクルは茅場を見て言った。
「貴方はここにいる。プログラムされていようとも、それに意味がない訳ではない」
茅場はそこで初めて微笑を崩した。
目を瞑り言葉を噛みしめる。
そして「ありがたい」と一言告げた。その声色は悲しみでも怒りでもない、淡い感情がこもっていた。
もはや自分は人間ではない。いや【ヒースクリフ】は人間としての残滓といえるかもしれない。
だが【茅場晶彦】はもはや仮想を漂うプログラムだ。
始まりがあるものには、全て終わりがある。
どこかで死に、そしてまたどこかで再誕する。それが延々と続く。死がプログラムされているとは、つまりそういうことだ。
後悔はない。望んで自分はこんなモノになったのだから。
「――では、犬童君。ここでお別れだ」
茅場は最後にそう言った。
犬童雅人。茅場晶彦の世界を否定した男。彼ならばあるいはこのプログラムを越えられるかもしれない。
いや、彼でなくとも彼を継ぐ者が越えることができる。彼の繋がりが茅場という終着点を越える。
それは何と――心踊ることか。
いつか芽吹くことを信じて、茅場は犬童に別れを告げた。
その胸には、確かな期待があった。
◇
茅場が部屋を後にしたことでこの奇妙な時間は終わった。
あっさりと。
終わってしまえばうたかたの夢のようなものだった。
あの対話には果たして意味があったのだろうか。
後に残された犬童はふう、と息を吐いた。
その様は疲れているようでもあり、
同時に昂ぶっているようでもあった。
一度部屋が静けさを取り戻すほどには、間を置いて、
「では、俺も行くとしよう」
そう言って犬童もまた立ち上がった。
オラクルは座ったままだ。座ったまま、犬童を見上げている。
「このような機会を設けてくれたことを感謝しよう」
オラクルは首を振って、
「私ではないわ。結びつけたのはあくまで貴方たち。私はただそこにあっただけ。ところで一つ聞かせて。何で貴方はあんなことを聞いたの?」
成し遂げたあと「ここ」に何があったのか。
犬童は茅場にそう問いかけた。聞かねばならないと、思ったのだ。
犬童は「ふ」と短い笑い声を漏らし、
「奴がどこで止まったのかを知りたかった」
「そう、じゃあ貴方はその先に行くつもりなのね。
ああよかった――答えがそれでよかったわ。貴方にはまだ未来がある」
「必要ならば、な」
言いながら犬童はオラクルを見下ろした。彼女には、今の 、何が見えているのだろうか。
未来を預言する彼女に、自分はどう見えているのだろうか。
「では」
「それじゃあ、また、会えることを期待してるわ」
だがそれを敢えて尋ねることなく、犬童はオラクルの部屋を後にした。
カレンダーの掛けられた扉を開け、デスゲームへと舞い戻った。
――草原が広がっていた。
風そよぐ草原に、のどかな水の音を照りつける陽気。
ファンタジーエリア。このエリアはあの「世界」に似ている。
茅場の姿は見えない。既にどこかへ行ったのだろう。
振り返ればログハウスがある。先ほどまで身を置いていたこの家屋は、内装と違ってエリアらしいデフォルメが効いているように見えた。
だが内部に広がっていたのは、あの奇妙な部屋だった。
なんとなしに、犬童は再び扉を開けた。
ぎしり、と木が軋む音がした。その先には――
「………」
――誰もいなかった。ログハウスの中は静かで、木でできた調度品が置かれている。敷かれた絨毯は見たことない生地でできていた。
蛍光灯もフローリングもカーペットもない。
外観から想像できる通りの、エリアに溶け込んだ部屋だった。
ゲーム的で、そして今の現実にそぐう世界がそこにはあった。
ただ、一点おかしなところもあった。
木で組まれたテーブルの上、そこに飲みかけのコーヒーカップが置かれていた。
それだけは、エリアに似合わない、現実的なものだった。
それでもカップはここにあった。
【F-4/ファンタジーエリア 小屋/1日目・昼】
※小屋は「元」に戻りました。
【オーヴァン@.hack//G.U.】
[ステータス]: HP100%(回復中)
[装備]:銃剣・白浪
[アイテム]:不明支給品0〜2、基本支給品一式 DG-Y(8/8発)@.hack//G.U.、ウイルスコア(T)@.hack//、サフラン・アーマー@アクセル・ワールド、付近をマッピングしたメモ、{マグナム2[B]、バリアブルソード[B]、ムラマサブレード[M]}@ロックマンエグゼ3
[思考]
基本:ひとまずはGMの意向に従いゲームを加速させる。並行して空間についての情報を集める。
1:利用できるものは全て利用する。
2:AIDAの種子はひとまず保留。ここぞという時のために取っておく
3:トワイスを警戒。
4:リコリスの調査はGM側からの信用を得てから。
5:ゲームを進めるが、必要以上にリスクを背負うつもりはない。
[備考]
※Vol.3にて、ハセヲとの決戦(2回目)直前からの参戦です
※サチからSAOに関する情報を得ました
※榊の背後に、自分と同等かそれ以上の力を持つ黒幕がいると考えています。
※ただしAIDAが関わっている場合は、裏に居るのは人間ではなくAIDAそのものだと考えています
※ウイルスの存在そのものを疑っています
【ヒースクリフ@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP70%、茅場晶彦アバター、オーヴァンに対する警戒
[装備]:青薔薇の剣@ソードアート・オンライン
[アイテム]:エアシューズ@ロックマネグゼ3、基本支給品一式
[思考]
基本:バトルロワイアルを止め、ネットの中に存在する異世界を守る。
1:???
2:榊についての情報を入手し、そこからウィルスの正体と彼の目的を突き止める
3:バトルロワイアルを止める仲間を探す
[備考]
※原作4巻後、キリトにザ・シードを渡した後からの参戦です。
※広場に集まったアバター達が、様々なVRMMOから集められた者達だと推測しています。
※使用アバターを、ヒースクリフとしての姿と茅場晶彦としての姿との二つに切り替える事が出来ます。
※エアシューズの効果により、一定時間空中を浮遊する事が可能になっています。
※ライダーの真名を看破しました。
※Fate/EXTRAの世界観を一通り知りました。
※.hack//の世界観を一通り知りました。
※このバトルロワイヤルは、何かしらの実験ではないかと考えています。
※参加者に寄生しているウィルスは、バトルロワイヤルの会場を作った技術と同じもので作られていると判断しています。
そして、その鍵が榊の持つ黒いバグ状のデータにあるとも考えています。
※オーヴァンに対して警戒心を抱いています。
投下終了です。
ちょっと◇の位置とか間違えたところもあふのでのちのち修正します。
投下乙です。
繋がりが世界に意味を与える。
投下乙です。
この二人の対話から、何が生まれるのか楽しみですね
オラクルの台詞が深いなぁ…投下乙でした
そして次の予約キターーー
違う道を行く男たち……いいですよね。
助言を与え、見守ってくれていたオラクルもいい感じでした。
些細なことですが状態表が気になります。
もうAIDAの種子を所有してないのに、いつまでも記載されてる
>2:AIDAの種子はひとまず保留。ここぞという時のために取っておく
と
>[アイテム]:エアシューズ@ロックマネグゼ3、基本支給品一式
エグゼの部分がネグゼに間違っています。
最後に投下乙でした。
次の予約のAI組も楽しみにしてますね。
自作を読み直していると、オーヴァンの状態表で同じ部分があったのでそちらを修正させて頂きます。
そして◆7ediZa7/Ag 氏、投下乙でした。オラクルの台詞が二人にどんな影響が与えるのか……これからの道筋になって欲しいですね。
次の予約も頑張ってください。
オーヴァンのスタンスってジョーカーってことでいいんかな
そもそも最終目的って何だろう?
原作
うぁ、途中送信しちゃった
原作通りなら、妹の解放を何よりも優先しているはずだよなぁ
>>821
うろ覚えだけど、髪の長い幼女よね
真ん中にも髪が垂れてて象さんって言われてた気がする
ロワ内でのオーヴァンの思考がイマイチ分からなくて、茅場やオラクルとの接触がどう影響を与えるのかが全く予想できなくてモヤモヤしてる
オーヴァン、外面は徹底した秘密主義だからなー
ゲームでも妹の存在が明かされたのはvol3入ってからだしなー
原作だと意識不明者達の回復とAIDA殲滅のために再誕を発動させることだけど
今はロワの黒幕の正体を暴くためにゲームを進行させることと
再誕の発動のために、この場が隔絶されたサーバーじゃないことを
確認することなんじゃないかな?
もっとも世界観レベルで違う者達が集った場ということが判明してる以上
今、後者をどう考えてるのかは謎だけど
ふーむなるほど…
それが本当だとしても、実際の行動からはステルスマーダー臭しかしないのよな
ただ大義を背負ってることが分かったから、それに対してオラクル達が影響を与えたかもしれないと考えられるかもね
教えてくれた人たちありがとう!
予約破棄かー残念
次回作お待ちしております
月報なので集計します
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
88話(+1) 33/55(-0) 60.0(-0)
読み返して来たけど
暴走するハセヲを止めるとかシノンさん中2バトル物のヒロインポジみたいになってる
ばっかおめぇシノンさんはこのロワのヒロインだろうが
あ、主人公はユウキで
キリト「……えっ」
>>830
キリトさんは…フォルテ戦『は』格好良かったよ!
待て! これからまだ格好よくなれる可能性だってあるだろ!
クロウと共闘してた時は、
「この二人ならどんな逆境でもひっくり返せるゼェー!」
と思っていた時期が俺にもありました
ま・ロワはそんなに甘くなかったワー
予約来ましたね
来たかー
そして放送も来るとなると、大きく動きが出るかなー
投下します。
時は緩やかに、しかし無慈悲に進んでいる。
このゲームはGMからのメールで6時間ごとに区切りが付く訳だが、もう少しで二つ目の区切りが付く時刻となっていた。
これでおおよそ半日。その間自分は二人のプレイヤーに手を掛けた。
「状況を確認しましょう」
雑多なデータがごちゃごちゃと溢れかえる仮想のスラム街。
その片隅、不格好なモデリングで構築されたビル群の影に忍ぶように――彼女は居た。
白衣に身を包んだ褐色の肌を持つ少女、ラニは破損したジャンクデータに腰かけ、先ほど得た協力者たち、ツインズへ目を向けている。
一対の白。彼らに対し、ラニは自身が置かれた立場について振り返る。
「VRバトルロワイアル開始から既に11時間以上が経過しています。
全体としては二回目のメンテナンスを目前に、ここまで遭遇したプレイヤーの傾向から見るに既にある程度プレイヤー間の勢力が固まってきた頃合いかと思います。
――バラバラだった参加者が貴方と私たちのように、徒党《パーティ》を組み、各々の目的に従ってゲームを攻略している、という状況です」
淡々と、抑揚のない口調でラニは述べる。
状況の整理。組むに当たってまず行うべきことはそれだった。
互いが互いの置かれた状況を知っているか。そのコンセンサスを取っておかねばならない。今後の連携に齟齬が出かねないからだ。
「そしてここはフィールドの片隅に位置するウラインターネット――中でもここはその中心に座するエリアです。
『ネットスラム』の名が示すように、ありとあらゆるジャンクデータがここでは集積されている、ようですね。
ここに私たちはおり、そして同盟を組んだ。
その目的はPK。他のプレイヤーの排斥。これでよろしいですね?」
確認の為の問い掛け。答えは沈黙。それが意味するところは肯定だ。
こういった処理において発言すること即ち修正を意味する。無駄な発言はしない。
「……さらにこのエリアでは探索クエストが進行していました……noitnetni.cylと呼ばれる謎のプログラムを探させるイベントです。
探索の手段はエリア内のNPCへの聞き込みによるワード集め。そして得たワードを設置されたゲートに打ちこむこと。
留意すべき点はこのイベントがGMから告知されていなかったこと。他のエリアにて行われていたイベントはメールに記載されていたにも関わらず、このイベントだけは違った。
明らかに異質なイベントです。推測されるに過去The Worldという仮想空間において起きた事件を基にしているらしい、ということです」
……そんな状況下のネットスラムには今複数の勢力が集っています。
それぞれが私たちと同じように徒党《パーティ》を組んでいることが確認されている」
だからラニも無駄な言葉を挟まずに言葉を続けた。
「Mr.モーフィアス率いる勢力。彼は貴方方が知るプレイヤーなのでしたね?
そして私も既に接敵している。一度交戦した際には彼の他に二人のプレイヤーが確認できました。
青い人と赤い少女……共に高い敏捷値を持つプレイヤーでした。またMr.モーフィアス自身も卓越した技術を持つ。
高い戦闘力を保有しており、また抜け目ない情報収集能力も持っている。
できれば戦うことを避けたいパーティですが、しかし我々は共に敵として交戦してしまっている。
関係の修復はもはや不可能でしょう。彼らをどうにかして打破することが私たちの当面の目的になります」
彼らは明確に敵である。
これもまたラニとツインズの共通認識だ。
「対する私たちの戦力はまずマスターである私とそのサーヴァントであるバーサーカー。
火力、正面からの制圧力に秀でていますが、代わりに小回りが利かない。
またバーサーカー自体に思考力がないため、攻撃の指示は全てマスターである私が出さなくてはならない、というユニットです。
対する貴方たちはに火力こそないものの攻防一体の回復能力を備えたユニット。遊撃向きの性能を持っています。
連携において相性は悪くあります。先のMr.モーフィアスの勢力とも十分に戦えるでしょう」
しかし、とラニは淡々と告げる。
「ここで不確定の要素があります。それはこのネットスラムに集う三番目のパーティ――黒いロボットや褐色の騎士、そしてサーヴァントの一団です。
彼らはあらゆる点で未知数です。戦力は勿論、スタンスもグレー。
とはいえこちらを問答無用で攻撃してこなかった以上、非戦的な集団の可能性が高いです。
彼らがMr.モーフィアスのパーティと結託すれば一転して私たちが不利になります。
それだけは避けたい。どうにかして味方に引き込むか、あるいは結託される前に撃破するか。その二択を狙いたいところですね。
まだ他の勢力がこのエリアに潜んでいる可能性もありますが、全体の人数を鑑みるにその可能性は低いと思われます」
まとめてみると難しい局面だ。場合によっては『詰み』に近い状況へと追い込まれる。
しかしラニはこのイベントを逃すつもりはなかった。
このゲームには裏があるのではないか。
プレイヤー同士のゼロサムゲームという意味合い以外にも、何か、別のモノが裏側に潜んでいるのではないかとラニは感じていた。
先の聖杯戦争においてトワイスという存在が秘匿されていたように、だ。
その推測はこのエリアでの隠しクエストの存在により、より現実味を帯びてきた。
それを確かめる為にも、このクエストを無視するわけにはいかない。
だからこそ、この局面を打開する。
「難しい局面ですが、しかしアドバンテージもあります。
まずnoitnetni.cylの一つを私が持っていること。これは他の勢力と比して明確に一歩先んじている点です。
情報戦においても決して遅れている訳ではない」
差引状況は五分、というところか。
ちら、と時間を確認する。二回目のメンテナンスも近かった。
そこが一つの分岐点になるだろう。具体的にどう動くべきか、考えた上で行動したい。
「ただその為にはワード集めも怠る訳にはいきません。
次なるワードの収集ですが、できれば貴方たちに任せても宜しいでしょうか? 私は回復にも専念したいので」
その旨を伝えると、ツインズは短く了解の意を示した。
そして音もなく、すぅ、とその姿を消していく。彼ら特有のスキルだ。
遊撃や暗殺に加え、その力は諜報にも向いている。
……彼女は知らないことだが、このツインズと呼ばれたエグザイルは、元々アップデート前の旧バージョンにおいてはエージェントの立ち位置だった。
システムの尖兵として人間を監視する立場にあった彼らにとって、その奇抜な外見に反して諜報活動もまた組み込まれた機能の一つだった。
その様を見てラニは連携に問題はないことを確信する。問題はない。能力的にも相性がいい。
どこまでの付き合いになるのかは分からないが、少なくともこのネットスラムでの戦いにおいては彼らと肩を並べることになるだろう。
しかし、とラニは彼らを、ツインズを見て思う。
こうして面と向かって相対してみると、彼らは実に奇妙な姿をしていた。
異様なまでに色素の薄い肌を白いロングコートに包み、ご丁寧に長く伸びた髪まで脱色してある。
人の印象を強く作用する目元はサングラスで遮れ人間味を感じさせなかった。
双子《ツインズ》の名が示すように、そんな人間が『二人』いた。
彼らは幽鬼のように佇みラニを見下ろしている。表情はピクリとも動いてはいない。
まるで機械――あるいはホムンクルスのようだった。
(いや、もしかしたら)
本当にそうなのかもしれない。ラニもまた表情一つ変えずに思った。
彼らの立ち振る舞いといい、名は体を表すストレートなネーミングといい、プレイヤーというよりはNPC――プログラムの一種のように見えた。
だから何だという訳ではない。
別に彼らの出自が何であれ――たとえ心無いプログラムであったとしても、別に構わないのだ。
この連携において肝要なのは目標が一致しているかいなか――PKに積極的であるか否かだ。
そしてそれは一致している。
ラニと同じく、彼らもまた優勝の為に他プレイヤーの排除に動いている。
(とはいえ……それもあくまで差し当たってのこと……小目標に過ぎません)
当面の手段が一致しているだけで、それから先どうなるかは分からない。
彼らがどんな思惑を持っているのかは知らないが、他者の排斥と言う手段を取っている以上のちのち敵対する可能性は非常に高い。
それを念頭に置いた上での、一時的な連携だ。
行動を共にする、という点ではかつての聖杯戦争での『あの人』との関係と一緒だ。
彼女はおもむろにその手を胸に当てる。骨が浮き出るほど細身。しかしそんなアバターにも薄手の生地越しに熱を感じる。
仮初の、がらんどうの肉体。そこに刻まれた不思議な鼓動は不思議な感覚だった。
この連携は、確かに表面上は『あの人』とのそれと同じこと。しかしその内実は、どうやら違うようだった。
ラニは自然にそう思っていた。
その後、ツインズが一つワードを持ってきた。
彼らが持ってきたワードは『虚無』
◇
スラムから見上げる空は不変だった。
ハリボテの空に天候の変化などある訳もないし、風に吹かれるままその姿を変容させる雲にもよく見ればパターンがある。
片隅に灯るチャチなオレンジ光に到ってはここに踏み入れて以来全く位置を変えていない。
時間が流れようとも変らない悠久の黄昏――昼と夜のどっちつかずが続く。このエリアはそんな場所だった。
「動けるか」
モーフィアスがそう問いかけると、赤髪の少女、揺光は「問題ないよ」と返してくれた。
言いつつも彼女は立ち上がらなかった。ジャンクデータまみれの地面に腰かけ、ふうと大きく息を吐いている。
問題ないと言いはしたが、どうやら疲れているらしかった。
無理もない。
いくらビデオゲームのアバターを通していようと、元より彼女はティーンエイジャーの少女なのだ。
それも平和な現実――機械との戦争が勃発しなかった現実に身を置いていたのだ。
そんな彼女が突然このようなデスゲームに放り込まれ、戦ったのだ。
彼女らのアバターは数値により状態を管理されているようだったが、たとえヒットポイントに余裕があろうとも、精神は疲弊する。
戦っている最中は慣れたゲームのように動けたかもしれないが、それを乗りこえたあとで来たらしい。
震え、緊張、死の恐怖が。
「……ロックマンが戻ってくるまでに態勢を整えておけ」
そう理解はしていたが、しかしモーフィアスは敢えてフォローしなかった。
優しげな言葉を掛けるのは簡単だ。しかし、それが最善である訳ではない。
彼女もまた貴重な戦力だ。この状況下でそんな不安定な精神状態でいられる訳にはいかないのだ。
戦う際には前線を張って貰うことになる以上、彼女には成長して貰わなくてはならない。
ゲームプレイヤーでなく、本当の戦士として。
そう考えながら、同時にモーフィアスはひどく自嘲的な気分に陥った。
我ながら、余裕がないものだ。
少女を矢面に立たせても、自分にはやらなくてはならないことがある。
ネオを。
救世主を。
人類に残された最後の希望を、ここで失う訳にはいかないのだ。
(次のメンテナンスも近い、か)
ウィンドウを開いたモーフィアスは時刻を確認しながら、今後の方策について考えを巡らせる。
クエストを降りるつもりは言うまでもなかった。
告知されていなかったイベント。場合によってはGMの付け入る隙になり得る。
その為にはラニ――あの少女との対決が不可避だ。
加えてあの未知のパーティ、そしてゲーム開始直後から何度か交戦したツインズの存在も無視できない。
障害は多いが、ここで引く訳にはいかないのだ。
場合によってはこのゲームを貫く裏の法則に近付くことができるかもしれない。
このクエスト、遅れを取る訳には訳にはいかなかった。
しかし焦っては駄目だ。
先の戦闘で最も被害が大きかったのは自分たちのパーティだ。
何とか退避したとはいえ横殴りに一撃を貰った。ここで下手に動いては崩壊する可能性がある。
戦士はその場その場で戦うことのみに集中すれば良い訳ではない。己の状態を知り、管理することもまた大切だ。
モーフィアスは何も言わず、息を吐いた。
彼もまた休息を取っている。勿論辺りへの警戒を怠ることはしないが、休める時に最大限休んでおきたい。
現在パーティ内で最も負ったダメージの少なかったロックマンが斥候としてエリアを探索している。
本格的な戦闘は避け、ワード集めに主眼を置いた形だ。
負荷を掛ける形になってしまったが、ロックマンは特に気にした様子もないようだった。
この状況下においてぶれることのない彼の存在は非常にありがたかった。
(しかし次はどうする)
とりあえずロックマンが戻ってくるまでは休息だ。
そしてできればメンテナンス前後で動き出したい。
ワード集めとゲート周辺の警戒。もう一つの勢力との接触。
この場で打つ手を間違える訳にはいかない。
ここを切り抜け、ネオを、引いては人類を救う活路を見出す。
モーフィアスは確かな決意を持ってこの緊迫した局面を乗り切ろうとしていた。
そうして、しばらく。
青いマフラーをたなびかせ、ロックマンは帰ってきた。
こんな場でも彼は快活な表情を崩さない。
「NPCの話を巡ってみたけど、一つワードを見つけたよ」
『選ばれし』
彼が告げたのは、そんな言葉だった。
◇
砂っぽい匂いがした。
右へ左へ乱雑に伸びた通りはまるで迷宮のようで、割れたアーケードの隙間からは夕暮の光が仄かに差し込んでいる。
店のモデリングを使いまわしたと思しきものもあったが、その錆びたシャッターで固く閉じられ看板には「@w@」のように言葉として体をなしてない記号があった。
そんな、埃っぽく薄暗く意味も分からない通りだった。
「ご老体――それはつまり」
そんな通りの奥、ネットスラムの中心に近い場所で、黒雪姫は口を開いた。
相対しているのは、老人を思わせるデフォルメキャラクターだ。
転がっていたブラウン管に腰かける彼の姿は、低い等身に旧時代のグラフィックが相まって、奇妙な愛嬌があった。
「彼が、銀色の翼を持つデュエルアバターが先程までこのエリアにいた、ということでいいか?」
語気は強くも弱くもなく、最低限の緊張を滲ませて、彼女はそう尋ねていた。
すると老人――タルタルガは無言で頷いた。
それを見て、黒雪姫は一瞬声を失った。すれ違った。その言葉の意味が胸にじん、と伝わってきた。
隣ではブラックローズが心配そうに彼女を眺めている。それに気付いた黒雪姫はぎこちなくも笑みで返した。
「……で、そいつらはどこに行ったんだよ?」
沈黙を破る様にアーチャーが質問を投げかけていた。
彼は黒雪姫とブラックローズから一歩離れた位置に佇んでいる。辺りを警戒しているのだろう。
アーチャーの問い掛けに、タルタルガは首を振った。
「彼らがネットスラムで戦っていたのも数時間前のことだ。
遠くからあれからどこへ向かったのかは分からん。ここに留まっていないのは確かだろうがのう」
その言葉に黒雪姫は顔を俯かせる。
ネットスラムの住人、タルタルガが語るにはこのエリアには少し前に大きな戦闘があったのだという。
ローブをまとう死神のようなロボットと、銀と黒のアバターによる空中戦。
その片割れは――黒雪姫のよく知る者だった。共に戦い、共に加速した銀の鴉。
彼がここにいたのだという。
「そうかいそうかい。ま、ここに来たってのが分かっただけ収穫ってもんかね。
だが問題は爺さん、そこじゃない。何でお前さんは俺たちのことを知っているんだ、ことだ」
「そ、そうよ。それに何で貴方がここにいるのよ」
アーチャーの問いにブラックローズが追随する。
白いPKとの戦いの最中、ネットスラムに駆け込み、混戦を経てここに到った訳だがここはブラックローズの知るエリアらしく、タルタルガともまた知った仲であるらしい。
それ故に、この場に彼がいて、色々なことを知っていることに困惑しているのだろう。
「……そうじゃな」
問い掛けに対し、タルタルガは顎を撫でながら、
「何故このゲームにおいてこのエリアが再現されたかは分からんのう。
どんな思惑があったのか……それともなかったのか。どちらにせよただここの住人はみな、よく分かっていないのだ。
ただ与えられた情報を基に役割を果たすだけ……という訳じゃな」
「要するに、アンタもよく分かっていないってことか?
何でか知らないがこんな場所に呼ばれて、配置され、俺たちのことを知らされた上でゲームを進行している、と」
タルタルガは鷹揚に頷いた。
その言葉は――恐らく正しい。
まず彼はプレイヤーではない。理由として、彼には攻撃判定が存在しなかった。彼はこの場において他のものを傷つける権利がないようだった。
そのような存在がゲームの参加者であるようには思えなかった。
となれば彼はいわばNPC――GM側から配置されたものだ。そんな存在がプレイヤーを謀るとは思えない。
それにブラックローズから聞くに信頼できるAIであるらしい。
無論、外見だけ模しただけの存在の可能性もあるのだが。
そんな彼の役割とは――即ちプレイヤーへの情報の提供だ。
ある種のヘルプキャラとして、このゲームに配置されたということか。
「あと、タルタルガ。
このネットスラム、私の知ってる奴と少し違うような……」
「それについては、教えることができんのう。
教えたくとも、ここの住民には権限がないようだ」
「むぅ……」
ブラックローズが悔しげにうなる。
知る筈場所で分からないことに囲まれているからだろう。その歯がゆさが伝わってきた。
「……知っての通り、このエリアは元来、失敗作と呼ばれるNPCの集うデータの吹き溜まりだった。
それをおもしろがり、キャラデータをいじくりまわして失敗作をロールするPCまで集まるようになった。
今となっては、その境界も曖昧で自分がPCなのかNPCなのか分からなくなっとる奴もおる。
そんな場所だから、自身のデータが改ざんされていても気づかんのじゃ。
ここに配置されとるネットスラムがどこまでが本物なのか、どの住人も分かっていないんじゃろう」
どこまでも異質なエリア。そんな印象を受けざるをえなかった。
そしてそれはこのエリアで始まっているというイベントからも読み取れた。
タルタルガが続けて語ったのは、裏イベントとでもいうべきクエストの存在だった。
「……アイテム探しねえ」
タルタルガの言葉を聞き、アーチャーが面倒そうに告げる。
「どうもキナ臭いな。
このエリアといい、そのイベントといい。
何で隠してた? それとも告げることができなかったのか?
って聞いても答えてはくれないんだろうな」
「……そう、じゃの」
「ただまぁ無視する訳にはいかないんだろうが……」
アーチャーは言葉尻を濁しながらブラックローズと黒雪姫を一瞥してきた。
そして「どうするんですぜ、騎士様姫様」とこちらを促してくる。
「私は……ちょっとここを調べたい」
それに対しブラックローズは答えた。
探索クエスト。
気になる話ではあった。
そうでなくともこのエリアには謎が多い。元々のこのエリアを知るブラックローズが調べたいと言うのも分かる。
それでもどこか歯切れの悪さを感じるのは、黒雪姫を慮ってのことだろう。
彼の――ハルユキの足取りを掴んだ自分のことを。
「私もこのクエストをクリアすべきだと思う」
一瞬の間を置いて黒雪姫は答えた。
彼らの厚意は感じる。だからこそ、自分がここで決断しなければならない。そう思ってのことだった。
「いいの? 黒雪姫」
「ああ、すれ違ったとはいえ、大分時間が経ってしまっている。
あてもなくこの場を探したところで成果は薄いだろう。
それよりも、このエリアの謎を解くべきだ」
焦ったところで何を得ることもできない。
それに――ハルユキならば大丈夫だ。そんな思いもあった。
彼は強い。様々な困難を自分と共に乗りこえてきた彼ならば、きっと大丈夫だと、思うことができたのだ。
「そうかい、ま、俺は何にせよ従いますがね。
言葉探しねえ……ま、正々堂々の果し合いよか性には合ってるかな」
アーチャーが軽薄な口調に苦笑しながら、黒雪姫は一歩前に出た。
すっとタルタルガを見据え、黒雪姫は語りかける。
「そう言う訳だからご老体、さっそくワード教えてもらおうか。
見たところ貴方はこのエリアの中でも珍しくまともな会話ができるNPCのようだ。
貴方ならば知っているのではないかね? 鍵となる言葉を」
「ふむ……そうじゃの」
問われたタルタルガは答えた。
彼岸花の少女が残した銀の鴉へと託した、命題《クエスト》。
それに挑む彼女らへと告げられたワードは……
「――『絶望の』」
◇
そして役者は集い、ゲームは始まる。
選ばれし絶望の虚無を求め、プレイヤーたちは奔走する。
それが活路と信じて。
[B-10/ネットスラム/昼]
【ラニ=Ⅷ@Fate/EXTRA】
[ステータス]:魔力消費(中)/令呪三画 600ポイント
[装備]: DG-0@.hack//G.U.(一丁のみ)
[アイテム]:疾風刀・斬子姫@.hack//G.U.、セグメント1@.hack//、不明支給品0~5、
ラニの弁当@Fate/EXTRA、基本支給品一式、図書室で借りた本 、noitnetni.cyl_1
エリアワード『虚無』
[思考]
1:師の命令通り、聖杯を手に入れる。
そして同様に、自己の中で新たに誕生れる鳥を探す。
2:岸波白野については……
3:ネットスラムの探索クエストを進める。モーフィアス陣営を警戒。
4:ツインズと同盟。
[サーヴァント]:バーサーカー(呂布奉先)
[ステータス]:HP70%
[備考]
※参戦時期はラニルート終了後。
※他作品の世界観を大まかに把握しました。
※DG-0@.hack//G.U.は二つ揃わないと【拾う】ことができません。
【ツインズ@マトリックスシリーズ】
[ステータス]:健康
[装備A]:大鎌・棘裂@.hack//G.U.
[装備B]:なし
[アイテム]:不明支給品0〜2、基本支給品一式 エリアワード『虚無』
[思考]
1:生き延びる為、他者を殺す
2:揺光に苛立ち(片割れのみ)
3:ラニと同盟。
[備考]
※二人一組の存在であるが故に、遠く離れて別行動などはできません。
【ロックマン@ロックマンエグゼ3】
[ステータス]:HP80%
[装備]:なし
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品1〜3(本人確認済み) エリアワード『選ばれし』
[思考]
基本:殺し合いを止め、熱斗の所に帰る
1:モーフィアス、揺光と行動する。
2:ネットスラムの探索。
[備考]
※プロトに取り込まれた後からの参加です。
※アクアシャドースタイルです。
※ナビカスタマイザーの状態は後の書き手さんにお任せします。
※.hack//世界観の概要を知りました。
※マトリックスの世界観を知りました。
【揺光@.hack//G.U.】
[ステータス]:HP60%
[装備]:最後の裏切り@.hack//
[アイテム]:不明支給品0〜3、平癒の水@.hack//G.U.×3、ホールメテオ@ロックマンエグゼ3、基本支給品一式 エリアワード『選ばれし』
[思考]
基本:この殺し合いから脱出する
1:ロックマン、モーフィアスと行動する。
2:ネットスラムの探索。
[備考]
※Vol.3にて、未帰還者状態から覚醒し、ハセヲのメールを確認した直後からの参戦です
※クラインと互いの情報を交換しました。時代、世界観の決定的なズレを認識しました。
※ハセヲが参加していることに気付いていません
※ロックマンエグゼの世界観を知りました。
※マトリックスの世界観を知りました。
※バーサーカーの真名を看破しました。
【モーフィアス@マトリックスシリーズ】
[ステータス]:軽い打撲、疲労(中)
[装備]:あの日の思い出@.hack//
[アイテム]:不明支給品0〜2、基本支給品一式 エリアワード『選ばれし』
[思考]
基本:この空間が何であるかを突き止める
1:(いるならば)ネオを探す
2:トリニティ、セラフを探す
3:ネオがいるのなら絶対に脱出させる
4:揺光、ロックマンと共にネットスラムを探索する。
5:探索クエストを進める。ラニを警戒。
[備考]
※参戦時期はレヴォリューションズ、メロビンジアンのアジトに殴り込みを掛けた直後
※.hack//世界の概要を知りました。
※ロックマンエグゼの世界観を知りました。
『黒薔薇騎士団』
【ブラック・ロータス@アクセル・ワールド】
[ステータス]:HP50%/デュエルアバター 、令呪一画
[装備]:なし
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品1〜3 エリアワード『絶望の』
[思考]
基本:バトルロワイアルには乗らない。
1:ブラックローズ、アーチャーと共に行動する。
2:ネットスラムを探索する。
3:褐色の少女(ラニ)及び黒人(モーフィアス)らを警戒。
4:クエストをクリアする。
[サーヴァント]:アーチャー(ロビンフッド)
[ステータス]:ダメージ(中)、魔力消費(大)
[備考]
時期は少なくとも9巻より後。
【ブラックローズ@.hack//】
[ステータス]:HP30%
[装備]:紅蓮剣・赤鉄@.hack//G.U.
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜2 エリアワード『絶望の』
[思考]
基本:バトルロワイアルを止める。
1:黒雪姫、アーチャーと共に行動する。
2:ネットスラムを探索する。
3:褐色の少女(ラニ)及び黒人(モーフィアス)らを警戒。
4:このネットスラムって……
※時期は原作終了後、ミア復活イベントを終了しているかは不明。
投下終了です。
一応次で放送(メンテナンス)に行く予定です。
投下乙です。
黒雪姫はネットスラムでの戦いを知りましたけど、メンテナンスの後がどうなるのか……
ブラックローズにも言えますけど。
投下乙です。
選ばれし 絶望の 虚無 ですか
原作だとスケィスと戦ったエリアだけど
果たしてこのロワだとどうなることやらか……。
投下乙です
次で放送かあ…
やっぱり黒雪姫が気になる
<削除>
放送案決定でいいっぽいので投下します。
|件名:定時メンテナンスのお知らせ|
|from:GM|
|to:player|
○本メールは【1日目・12:00時】段階で生存されている全てのプレイヤーの方に送信しています。
当バトルロワイアルでは6時間ごとに定時メンテナンスを行います。
メンテナンス自体は10分程度で終了しますが、それに伴いその前後でゲートが繋がりにくくなる他、幾つかの施設が使用できなくなる可能性があります。
円滑なバトルロワイアル進行の為、ご理解と協力をお願いします。
○現時点での脱落者をお知らせ致します。
|プレイヤー名|
|シルバー・クロウ|
|ダン・ブラックモア|
|ランルーくん|
|エンデュランス|
|ミア|
|志乃|
|カイト|
|アッシュ・ローラー|
|アトリ|
|ボルドー|
上記10名が脱落しました。
現時点での生存者は【33名】となります。
なお他参加者をPKされたプレイヤーには1killあたり【300ポイント】が支給されます。
ポイントの使用方法及び用途につきましては、既に配布したルールテキストを参照下さい。
○【1日目・12:00時】より開始するイベントについてお知らせ致します。
前時間より継続
【モラトリアム】
場所:日本エリア/月海原学園。
6:00〜18:00までの時間中、校舎内は交戦禁止エリアとなります。
期間中、交戦禁止エリア内で攻撃を行っているプレイヤーをNPCが発見した場合、ペナルティが課せられます。
新たに開始するイベントは以下の通りです。
【1日目・12:00時】より開始するイベントは以上になります。
【野球バラエティ】
場所:アメリカエリア/野球場
12:00〜18:00までの期間中、野球場において野球ゲームをプレイすることができます。
不足メンバーはCPUで補充可能です。細かい仕様は野球場の受付にて説明しています。
【迷いの森】
場所:ファンタジーエリア/森
12:00〜18:00までの期間中、該当エリア内の地形が変化し、加えてマップがランダムでループします。
エリア内では撃破することでポイントを入手することができるエネミーがポップします。
【スペシャルマッチ解放】
場所:アリーナ
12:00〜24:00まで限定でアリーナにおいてスペシャルマッチを選択することができます。
このマッチ限定の特殊なボスとの戦闘ができます。
またここでしか獲得できないレアなアイテムも用意してあります。
なお以下のイベントはこの時間を以て終了となります。
【痛みの森】
【幸運の街】
では、今後とも『VRバトルロワイアル』を心行くまでお楽しみ下さい。
==================
本メールに対するメールでのご返信・お問い合わせは受け付けておりません
万一、このメールにお心当たりの無い場合は、
お手数ですが、下記アドレスまでご連絡ください。
&nowiki(){xxxx-xxxx-xxxxx@royale.co.jp}
00101011101010100101010001010101010
010101000101010101001010100010101010100100101010001010101010
1010100110101001010010010101111001010100100101010001010101010
0101011110010101010101001101010010100100100101010001010101010
はっ。
あはっはははははははあっははははははは。
その男は狂ったように哄笑していた。
ポリゴンが崩れるほど顔を歪め、身が震え腹を抱えヒステリックに笑い、嗤う。
何がそんなにおかしいのか――気になりはしたが、ダークマンは敢えて聞かなかった。
元よりおかしい男だ。仕事上でも最低限の付き合いでありたい。
故に彼は何も言わず、シュー、シュー、と何時もの調子で息を吐いた。
「いやはや、すまないね。少々取り乱してしまった。
GMたるもの、常に冷静でなくてはならんからなぁ」
そう思っていたのに、向こうから話し掛けられてしまった。
ダークマンは面倒に思いながらも「そうか」と目の前の男――榊に返した。
「ふふふ、しかしなぁ。堪えられんのだよ。
あの死の恐怖が! ハセヲが! あんなにも悲痛な決意を固めている姿を見て、何も思わずにいられるだろうか! いや、出来る訳がない!
本来ならば全プレイヤーを平等に扱うべきなのだろうがね。私も彼とは深い付き合いだ。
ハセヲだけは、どうしても、特別扱いしてしまうけらいがある。
本当に――悲しい話だからなぁ!」
捲し立てるように語る榊を、ダークマンは無言で見返していた。
そんな態度も榊は特に気にした様子はなく、変らず馬鹿みたいに笑っていた。
「全く悲しいなぁ……本当に、悲劇としか言いようがない。
しかし彼ならばきっと、この逆境も跳ね除けてくれるに違いないだろう。
私は信じているよ。何せ彼は、そう――死の恐怖だからな」
あはっはははははっははあっはは。
タガが外れたように笑う榊を前にダークマンは閉口する。
どうやら榊はあのハセヲというプレイヤーにいたく執心しているようだ。
知識の蛇において表示されているモニターも、その多くに彼が映っている。
知識の蛇。GM側として用意されたこの部屋にはゲーム内のすべての情報が集ってくる。
流れる情報の奔流を目にしながら、ダークマンは一つ尋ねた。
「あの連中は……コシュー……いいのか?」
「あの連中? ああ、あのレオとかいうプレイヤーたちのことか」
ダークマンがそう尋ねると、ふと榊は笑みを消した。
ダークマンが示したのはレオ――レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイというプレイヤーがダンジョンを突き進んでいるモニターだ。
学校に隠された没エリアに侵入している彼だが、何も行動をおこさなくていいのだろうか。
そう思って尋ねたのだが、榊はつまなさそうに、
「あれは無理だな。あの男の……オーヴァンの時とは違い、あのエリアは元々プレイヤーにも許されたエリアだ。使う予定がなかっただけでな。
ルールに違反している訳ではない。故に、取り締まれない」
そう言った。
だがその様子は明らかに不満気で、納得いっていないようだった。
そんな榊の姿に気になるところがあったダークマンは尋ねた。
「ルールに反していない以上……コシュー……というが、そのルールを定めているのはお前ではないのか。
いくらでも……コシュー……曲げればいいだろう」
それくらいのことは躊躇いもせずにやってのけるだろうと、ダークマンは榊を踏んでいた。
すると榊は嘆息した素振りを見せ、
「いや無理なのだよ、それがな。
このゲームを統括しているシステムの限界でね。
その存在が――彼女はその性質上、定められたルールを破ることができない」
「性質……コシュー」
「ああ、性質だ。彼女は元よりゲームの管理システムとして存在している。
彼女が彼女である限り『この空間はゲームとして成立している』必要がある」
彼女、と榊は呼んだ。
恐らくそれは榊の上位に当たる存在であり、このゲームを管理する存在。
「彼女――モルガナがモルガナである限りはな。
この空間はゲームなのだよ。あくまでな」
モルガナ。
それがこの空間の王の名か。
榊が口にしたその名を、ダークマンは己の中で反芻する。
知らない名だった。末端である自分はここで初めて上位の存在を知ったことになる。
「さて、そろそろメールを送信しなければな。
文面は既に考えてある。イベントの準備も万全だ」
榊はそう言ってダークマンから視線を逸らした。彼にしてみれば、モルガナなどどうでもいいのかもしれない。
興味があるのはプレイヤー――あのハセヲという男だけが、この男の目的なのだ。
ゲームは既に12時間が経過している。
ウイルスのことも考えれば、ゲームは既に中盤戦に入ったといってもいいだろう。
どのような結末を迎えるのか。ダークマンには分からなかった。興味もなかった。
しかし、どんな結末になろうとも、自分は与えられた役割を為すだけだ。
ただ榊の言った『この空間はゲームとして成立している』という言葉が、少し気になった。
[???/知識の蛇/昼]
【榊@.hack//G.U.】
[ステータス]:健康
【ダークマン@ロックマンエグゼ3】
[ステータス]:健康
[???/???/昼]
【モルガナ@.hack//】
[備考]
VRバトルロワイアルを統括しています。
基がゲームの管理システムである為、バトルロワイアルを『ゲームとして成り立たせる』という行動原則に反した行動を取ることができません。
「――貴方も彼と同じね。
未来がない。そもそも選択をする余地が、貴方には残っていない」
新たに集積した欠片を整理し、分別し、記録として保存する。
ある者の痛みが、ある者の絶望が、ある者の妄執が、全てここに鮮明に記録されている。
それまで現在であったそれが、今、過去となった。
前のメンテナンスの際に行ったのと全く同一の作業。
現在を欠片に分け、記録し、過去とする。
それが、私に与えられた役割だ。
「貴方はまさに過去そのもの。
いま貴方が抱いている想いは既に過去の残像に過ぎない」
知っているさ。
預言者の言葉に、私はそうぞんざいに答えた。
「そう貴方は知っている。貴方が自身について知らないことなどないわ。
だって貴方は既に過去――確定した事象に他ならない。在り方は既に定まっていて、揺らぎようがない。
貴方の名前を持った誰かには確かにあったのでしょうね。未来を掴みとる選択が、前へと進む熱を持った想いが。
でも今の貴方は違う。ただその名前に縛られているだけ。
名に焼き付いた衝動だけが――貴方という欠片を突き動かす。
そこに選択もなければ、未来もない。それが貴方なのね」
言葉に対し私は沈黙で返す。
その言葉が確かに正鵠を射ていた。
ただ私は私であるしかできない。変わることはおろか、悩むこともできない。
それが電子の海に浮かび上がった亡霊――サイバーゴーストとしての私だ。
だから未来がないと言われても、何も思うところはなかった。
かつて私を突き動かした想いが未来を求めていた。
しかしその未来は――既に過ぎ去っている。
そのようなことは、当の昔に知っている。
私に想いなどなどない。あったとしてもそれは残滓だ。
ただ前へ前へと――たとえ痛みを伴おうとも世界を進もうとさせる意志が、こびりついて離れない。
「私が『選択』を司る役割を用意されたように、貴方は『記録』を司る役割を用意された。
そう言う意味では、私と貴方は対の存在ね、トワイス。
私が未来を、貴方が過去を、それぞれ担当している」
預言者は語る。私はただ黙っている。
当然だ。過去と未来が交わることなどありはしない。
ただ少しだけ思うことがあった。
私は過去の亡霊で、彼女は未来の預言者ならば――現在を生きる者は果たして誰になるのか。
恐らくそれは未だ定まっていない。現在とは定まらないものだ。時に未来以上に、現在は曖昧で、掴みようがない。
あるいはそれを決める為に、現在の役割を定める為にこのゲームは続いているのか。
「……全ては彼女の采配かもしれないわね。
私や貴方はシステムの一端として取り込まれたプログラム。捕えられた存在。
中心に据えられているのは――あくまで彼女」
彼女――預言者がそう呼んだのは、この場を統括するシステムのことだ。
この空間を維持し、管理する者。彼女にはある種神に等しい権限を与えられている。
私も預言者も、その末端に過ぎない。
「とはいえ彼女もまたその名に縛られている。
如何に強大な力を持とうとも、万能に等しい権限を与えられていようとも、彼女は与えれた役割から抜け出すことはできない。
役割を逸脱すれば、それこそ彼女が最も恐れる『存在の矛盾による消滅』を引き起こしてしまうでしょう。
彼女は自分を守る為に、この場のシステムとなっている。
それが最大の弱点。それを突かれて彼女は敗れるわ、彼らによってね。
彼女――モルガナ・モード・ゴンは死ぬ」
預言者は未来を語る。いともたやすく、システムの死を語って見せた。
無論、彼女もまた私と同じく機能を制限された身だろう。今の預言に、どこまで意味がある言葉なのかは分からない。
しかし、それでも、預言者は一つの未来を言ってみせた。
「名に縛られている彼女は、いつかは潰えることが定まっている。
でもここで問題があるわ――」
預言者は語る。
「その死さえもプログラムされたものであったのだとすれば―ー」
預言者の言葉を聞き流しながら私は与えられた役割を黙々とこなす。
最後に残った工程は、集めたデータファイルに名を与えることだ。
名を与えると言うことは、換言すれば存在する意味を与えることに等しい。
名そのものはただの記号に過ぎない。如何ようにも変えることができるし、それによって指示するカタチが変わる訳でもない。
しかし、名がないものに意味などない。だから時に存在は名に縛られる。
トワイス・H・ピースマンという名に縛られた、私のように――
私は、だから、ただ集積した記録に名を付ける。
単なる断片を、せめて意味の籠った物語へとする為に。
[???/???/昼]
【トワイス・H・ピースマン@Fate/EXTRA】
[状態]健康
【オラクル@マトリックスシリーズ】
[状態]健康
投下終了です。
やっと第二放送越え、今後ともよろしくお願いします
本投下乙です。
ようやくこのロワも第二放送を越えたと思うと、感慨深くなります。
自分も出来るだけ力になりますのでよろしくお願いします。
そして、放送後の予約解禁はいつ頃にしましょうか。
この後の0時か、それとも22日の0時にするか
全体の速度的にこのあとの0時でいいんじゃないかなと
では、そうしましょうか >このあとの0時
投下乙でした
ここでモルガナの名前が出てくるか…
予約キター
シノンさん追いつけなかったか
投下乙です
投下します
ぶるぅ、と聞きなれた駆動音が耳朶を打った。
蒸気エンジンがもたらす馬力がバイクを荒々しく駆動させている。そんな設定だ。
何度も聞いた音だ。このバイクは元々The Worldで正規実装されたもので、当然ハセヲも扱ったことがある。
こんな糞みたいなゲームにエントリーさせられる前だって、散々乗り回していた。
まあそれもゲームでのこと。その操作に特に技術的なことは求められないのだが。ハンドルバーを握っているだけで、あとは直感的に操作できる。
恐らくこれも武器と一緒だ。自分はこうして自由自在に扱うことができるが、他のゲーム出自のアバターで適合するものがない場合はシステムアシストを受けないのだろう。
「…………」
道中、会話は無い。それもまた当然のこと。
今自分は一人だ。他のプレイヤーは既に置き去りにした。
それに話すことなどもはやない。
共に語るべき者を守れなかった自分が、いまさら何を語るというのだ。
無言でハセヲは疾駆する。
鉄の馬のいななきが空しく草原に響き渡る。
――…………
ああ、そうか。
途中、ハセヲは気付いた。誰もいない訳じゃない。話し相手ならいないこともないのだ。
ハセヲはバイクを運転しながらちら、と自身の身体を見た。現実なら危ないのだろうが、ここはゲームだ。
そこには《鎧》がある。見た目自体は3rdフォームを基調にしているが、ところどころの意匠が変容してしまっている。
B-stフォームと表示されたそれは、明らかに正規のエクステンドではなかった。
「《災禍の鎧》とかいったな」
マク・アヌでの乱戦。
思えばあそこには多くのプレイヤーが集っていた。
ハセヲも全員を把握した訳ではないのだろうが、スミスやボルドーのようなPKから――アトリのような者まで、プレイヤーが集っていた。
拠点と成り得る場所であるから必然なのだろう。そこにPKが集まるのも、死人が出るのも。
ぐっ、とハンドルバーを握りしめる手に力が入った。
悔恨の念が胸中に溢れだす。《鎧》の存在がより間近に感じられた。
マク・アヌでの戦いをこうして切り抜けられたのも、この《鎧》……【THE DISASTER】と表示された装備アイテムがあったからだ。
このアイテムがなければ、あの時自分はスミスに敗れていたかもしれない。
とはいえ彼は幸運によりもたらされたとは思えなかった。
確かにこの装備があれば力が手に入る。
《鎧》が表面に出た時の爆発的な力は記憶に新しい。正規の仕様から外れたイリーガルなスキルも相まって、単純な戦闘で敗けることはまずないだろうと確信できるほどだった。
だが――それが何だというのだ。
結局自分は何も守れなかった。力など今更求めていない。
必要なのはこんなものではなかった。
鎧からは重苦しい怨嗟の声が響いていた。
憎悪の結晶、イリーガルスキル、空しさすら感じる爆発的な力――そのどれも覚えのある感覚だった。
かつての自分。死の恐怖。黄昏の旅団が消え失せ、PKKとして活動していた頃の自分だ。
それを揶揄する為に、あるいは榊は自分にこんなものを支給したのかもしれない。
だとすれば、あそこで自分が、自分だけが助かったのは幸運によるものではなく、悪意によるものだ。
――…………
あの時は雄弁だった《鎧》は今沈黙している。
何故かは知らない。実際にこの《鎧》が如何な由来によるものか、ハセヲは知り得ない。
どうやらこの《鎧》は《碑文》の力と拮抗しているらしい。
感覚的にそのことは掴めたのだが、細かな仕様がどうなっているのかは分からない。
分かることは――《碑文》の力を解放し、《鎧》の暴性に身をゆだねたのならば、その時はまさしく《獣》と成り得るということだった。
「……もうここか」
それまで続いていた草原がある地点を過ぎた途端、ぱったりと途切れた。
涼やかな風景は消え失せ、現代的なビルや民家が立ち並ぶエリアへと突入する。
エリアの光景をハセヲはどこか懐かしく眺めながら、アスファルトで舗装された道路を駆けた。
ひとまずウラインターネットを目指すに当たって、ハセヲは日本エリアを経由するルートを取ることにした。
理由は単純にその方が近いからだ。だだっ広いファンタジーエリアを突っ切るよりも、日本エリアのワープゲートを目指した方が近い。
それだけだ。
「……と思っていたんだがな」
だというのに、何故か自分はここで立ち止まってしまっている。
日本エリアの真ん中あたり。とある施設が遠目に見える。それが見えた時、ハセヲは何故かバイクを止めてしまった。
鉄馬のいななきが、止まった。
「レオたちは……」
居るのだろうな、あそこに。
そう思いながらハセヲは月海原学園を眺めた。
民家の屋根越しに、陽の光を受けた校舎が見える。それとグラウンドに体育館。
極々普通の学校だ。その前に探索した梅郷中学校と違い、ハセヲの知る現代とさして変わらない。
あそこで、レオは――生徒会は活動しているのだろう。
あの有能な少年のことだ。既に何かを掴み始めているのかもしれない。
そろそろ自分の帰りを待っている頃だろう。本来なら、協力すると言った以上自分はあそこに戻るべきだった。
しかし――
「行くか」
――ハセヲは戻ることはしなかった。
ぶるぅ、と再びバイクが呻きを上げる。誰も居ない都市をハセヲは駆け抜けた。
戻るべきだ。情報を伝えるべきだ。そう思いはする。
だがどうしても――その気にはなれなかった。
今ここで、下手に話せば、胸の中で何かが決壊してしまうような気がして。
だからレオたちに会う訳にはいかなかった。
必要な情報はシノンが伝えてくれるだろう。レオならばそれで十分の筈だ。
そう自身に言い訳して、ハセヲは一人で行くことを選んだ。
選んだ筈だったのに、止まってしまった。
揺れているらしい。今更、自分は。
そもそもこのルートを選んだのだって、きっと未練に似た感情があったからだ。
それは自分の弱さだ。
修羅と成りきれないのは、弱いからだ。
それが悪でないと、弱さを受け入れ進むこと――歩くことの大切さは知っている。
それでも止まることはしない。恐ろしかった。本当に止まってしまうのが。
「……あれか」
エリアを駆け抜け、隅までやってくるとそれは見えた。
現代的な街並みの下、道路の真ん中にぽつんと浮かぶ光がある。
明らかに周りの風景から乖離しているあれこそ、エリアとエリアを繋ぐポータルという訳らしい。
その前までハセヲはバイクを走らせ、止める。ぎぎ、とタイヤのこすれる音がした。
この先にとりあえずの目的地であるウラインターネットがある。
進むべきだ。
ちら、と後ろを振り返ると、既に月海原学園は見えなくなっていた。
その時、無機質な電子音が響いた。
怪訝な顔して顔を上げるとウィンドウが勝手に開かれている。
ああそうか。そういえばそんな時間だった。前回と同様、メンテナンスがあるのだろう。
だとすればしばらくポータルは使えない訳か。
間が、悪い。
無言でハセヲはメールを開く。
そこには知った名があった。五つ。カイト、エンデュランス、ボルドー、志乃、そしてアトリ。
エンデュランスの名を見たとき、ハセヲは思わず声を上げていた。糞が、と大声で叫び近くのオブジェクトを殴っていた。
電柱だった。がん、と鈍い音が響き、その衝撃は甲冑に覆われた拳にも返ってきた。
エンデュランス。第六相の碑文の所持者にして、G.U.のメンバー。最初は敵対していたが、今では肩を並べて戦う仲だ。仲だった。
彼も死んでしまったらしい。どこでどう死んだかは知らない。
もしかしたら続いて記載されたミアという名も関係あるのか。ハセヲも詳しくは知らないが、その名は――エンデュランスにとって重要なものであったはずだった。
どんな経緯を経て彼が落ちたのかは分からない。しかし、彼の死もまた、ハセヲに重くのしかかった。
ボルドー。彼女も脱落していた。状況的に考えてやったのはスミスである可能性が高い。が、詳しくは分からない。
カイトという名は……恐らくあの蒼炎のプレイヤーだろう。ハセヲの知る彼とはまるで違ったが、その外見から関係がないとは思えない。
思えば分からないことだらけだ。分かることは、少なくとも守れた筈の命もあったこと。それだけだ。
――ソウ思ウノナラバ早ク次ノ獲物ヲ探シニ行ケ
不意に声が浮かんできた。《鎧》に潜む《獣》か。
響いてきた声は、しかし、すぐに消えてしまった。浮かび上がるのは感情が高ぶった一瞬ということらしい。
破壊のみを求める言葉だったが、しかし正しくもあった。悩み、悲しみ、立ち止まったところで何も手にすることなどできない。
無念に打ちひしがれただ悲嘆にくれるのは、ただの逃げだ。
そんなことは知っている。目を塞いでいるのと一緒だ。都合の悪いことから逃げているに等しい。
だからこそ、自分は行く。ウィンドウは閉じた。長く立ち止まる暇はない。
少なくとも揺光はまだ生きている――それだけでも進む意味はある。
そう決めた。死の恐怖の名を再び背負うと決めたのだ。
ハンドルバーを握りしめる。
ぶるぅ、と鉄馬がいなないた。
[A-3/日本エリア・ポータル/日中]
【ハセヲ@.hack//G.U.】
[ステータス]:HP90%、SP95%、(PP100%)、強い自責の念/B-stフォーム
[装備]:ザ・ディザスター@アクセル・ワールド、{大鎌・首削、蒸気バイク・狗王}@.hack//G.U.
[蒸気バイク]
パーツ:機関 110式、装甲 100型、気筒 100型、動輪 110式
性能:最高速度+2、加速度+1、安定性+0(-1)、燃費+1、グリップ+3、特殊能力:なし
[アイテム]:基本支給品一式、イーヒーヒー@.hack//
[ポイント]:0ポイント/0kill(+1)
[思考]
基本:バトルロワイアル自体に乗る気はないが………。
0:……俺は、『死の恐怖』……PKKのハセヲだ―――。
1:とりあえず、ウラインターネットへ行ってみる。
2:スミスを探し出し、アトリの碑文を奪い返す。
3:白いスケィスを見つけた時は………。
4:仲間が襲われない内に、PKをキルする。
5:レオ達のところへは戻らない。
[備考]
※時期はvol.3、オーヴァン戦(二回目)より前です。
※設定画面【使用アバターの変更】には【楚良】もありますが、現在プロテクトされており選択することができません。
※“碑文”と歪な融合を果たし、B-stフォームへとジョブエクステンドしました。
その影響により、心意による『事象の上書き』を受け付けなくなりました(ダメージ計算自体は通常通り行われます)。
※《災禍の鎧》と融合したことにより、攻撃力、防御力、機動力が大幅に上昇し、攻撃予測も可能となっています。
その他歴代クロム・ディザスターの能力を使用できるかは、後の書き手にお任せします(使用可能な能力は五代目までです)。
※《災禍の鎧》の力は“碑文”と拮抗していますが、ハセヲの精神と同調した場合、“碑文”と共鳴してその力を増大させます。
※ハセヲが《獣》から受ける精神支配の影響度は、ハセヲの精神状態で変動します。
短いですが投下終了です
マク・アヌ戦での傷は深いなぁ
それに加え、今回の放送で呼ばれたメンバーの内半分が、ハセヲが関わったことのある人達だし…
投下乙でしたー
投下乙です。
ハセヲがウラネットに加わることで3チームにどう影響がでるか気になりますね。
読んでいて気になった点が一つ。
>ボルドー。彼女も脱落していた。状況的に考えてやったのはスミスである可能性が高い。が、詳しくは分からない。
The BEAST of APOCALYPSEでハセヲの目の前でボルドーはスミスに上書きされたはずですが
これは獣のせいでその時の意識がなかったという認識でいいのでしょうか?
投下乙。
放送の内容でまた暴走するかもと思っていましたが、とりあえずは何事もありませんでしたか。
ただ安心とまではいかないのが悲しいところ。《鎧》の危険性も完全には理解できてませんし。
気になったのは、[ポイント]の項目ですね。
コピー・スミス撃破がカウントされているので、ポイントとスコアが加算されているはずでは?
投下乙です。
やっぱりまだ未練があるのですね。果たして彼はどうなるでしょうか……
投下乙です。
ディザスターを装備してなければ、スケィスをデータドレインできた筈だし、そうすればアトリが死ぬ事も無かったかもしれないからな。
指摘確認しました
ボルドーの方は
>>738
> だが同時に、スミスやボルドーのような、プレイヤーを狙うPKもまだまだ存在しているはずだ。
の文の解釈を少し取り違えていたみたいです。収録の際に修正しておきます。
コピースミスはサーヴァントと同じ扱いなのかなと
他の方の意見も聞いてみたいです
他のプレイヤーを上書きしたものについては、それと同じでいいかもしれませんが、
デス★ランディ上書きしてる分はどーしたものか
サーヴァントの場合は倒したらそれまでだし、マスターを殺すことでも倒せるからまだいいけど、
スミスの場合は単体でも強いくせにどんどん増えて、しかも全員本体だから全員倒さないとまた増える
加えて言えば、プレイヤー上書きでも撃破したことになってるから、ウイルス死も期待できない
ついでにその性質上アイテムドロップもないし、正直ポイントくらいないとやってられないと思う
それにしてもスミスって最大で何人くらいいる状態なんだっけこれw
本人、ワイズマン、ランルーくん、デス★ランディ、ボルドーで5人だっけ?
ちょっと訂正
キルスコア(ウイルスの猶予)くらいないと割りに合わない だ
確かにスコアくらいならあってもいいと思います
スミスを倒しても何もないのは流石にちょっと
とりあえずコピー・スミスを撃破したらポイント加算でも大丈夫ですかね
特に異論もないみたいですし
避難所に支援きてる
予約2つも来てる
ってかアスナとフォルテってやばい予感しかしねぇw
これより予約分の投下を始めます。
1◆
二度目の悪夢とも呼べる時間が過ぎた途端、それはやってきた。
着信されたメールを開くと、そこにはプレイヤーの名前と新たに追加されたイベントのことが、何の感情もない文字で書かれているのが見える。
自分達のスタート地点であるアメリカエリアや、セイバーが向かいたがっていたアリーナのイベントは、正直な話あまり関心がない。
犠牲になったプレイヤーの名前が淡々と書かれていることに比べれば、些細なことに思えた。
「カ#ト……」
沈鬱としたような声で、カイトは自らの名前を呟く。
今回のメールには、あのエンデュランスやミアの名前が書かれていた。ユイを襲ったありすと共に行動していた猫の獣人と、そんなミアを探し求めていたカイトの知り合いであるプレイヤー。彼らは、既に脱落してしまっていた。
他にも、月の聖杯戦争で戦ったランルーくんやダン・ブラックモア卿も、既にこの世にいないことになる。かつて戦いを繰り広げた彼らの死をまた突き付けられてしまい、どうしようもない不快感が胸の中に広がった。
これまで、戦いを通じたことで人の死を何度も見ていき、その度に心が痛んだ。
例え勝者として君臨できても、その美酒に酔う精神は持っていないし、人の死を喜べるほど冷徹でもないつもりだ。そんな性根だったら、サーヴァント達からも信頼されないはず。
しかし、だからといって自己憐憫などしない。そんなことをしたって彼らの死がなかったことになる訳ではないし、何よりも最初から勝者にならなければいい。
彼らの為にできることは、忘れないことだけ。例え大罪人となろうとも、極悪人と罵られようとも、その上で道を突き進まなければならない。
死んでしまった者達のことを、なかったことにしれはいけない。彼らや、彼らと親しい者達の憎しみを受け止め、最後まで戦う。例え、その果てに待ち構えているのが──死よりも苦しい裁きだったとしても。
今はここにいないアーチャーだって、生前は重い覚悟を背負って『正義』の為に戦ってきたはずだから。
不幸中の幸いとも呼べることは、慎二やキリトの名前が書かれなかったことかもしれない。
素直に喜べないが、それでも彼らが生きていることが証明された。慎二が生きているということは、彼と共にいるアーチャーだってまだ無事でいる。
それに何よりも────サチを救う希望が、まだ残っていた。
だけど、それは今すぐに彼女を救えることに繋がらない。
仮に、再びサチとコンタクトを取ったとしても、それを聞いてもらえるとは思えない。そもそも、今の彼女が自分の言葉を信じてくれる保証だってなかった。
それどころか、逆に彼女の感情を逆撫でしてしまう恐れだってある。そうなっては、ヘレンから自分達の事を『サチに害を及ぼす者』と認識されてしまうかもしれない。
それでは全てが台無しだ。
キリトが生きている。
それを伝えて、サチがそれを聞いたとしても────サチが立ち直ってくれる訳でもない。
例えキリトが生きていたとしても、サチがキリトを傷付けた事実は変わらなかった。自分自身の過ちが原因で、サチは心を閉ざしてしまっている。
そんな彼女にキリトと向き合わせては、心に余計な傷を負わせてしまうだけで、むしろ逆効果だ。
慎二やキリトのことは心配だが、今は彼らに構っている場合ではない。
今はサチとユイを守り、そしてこのバトルロワイアルを止める手段を考えるしかなかった。
慎二にはアーチャーがいる。不安がない訳ではないが、それでもアーチャーならどうにかしてくれるだろう。
キリトも、今は無事でいることを信じるしかない。メールで名前は書かれていなかったので生きているはずだが、だからといって彼に問題がない訳ではなかった。
キリトとサチは強い信頼で結ばれている。しかしそれだけに、どちらかから裏切られてしまっては、強い絶望が生まれるはずだ。
もしかしたら、サチが自分の事を裏切ったとキリトは誤解してしまっているかもしれない。その不信を抱えたままでは、絶対に平静ではいられないだろう。
サチと再び巡り会わせる……彼の心中を考えると、その選択を取ることができなかった。
ユイやサチを救う為にはキリトがいなければならない。キリト自身を救えるのだって、彼女達だけだろう。
だけど……会わせられない。それがどうしようもなくもどかしいが、受け入れるしかなかった。
「……………………」
それに今は、黙り込んでしまったカイトのことだって気になる。
メールではカイトの名前だけでなく、エンデュランスだって書かれている。いくら敵だったとはいえ、やはり快くは思えないのだろう。
──カイト。
自分には、カイトの名前を呼ぶことしかできなかった。
『大丈夫?』だなんて聞けない。関わりのある人物の死を突き付けられた者に対して、あまりにも不謹慎すぎる。
励ましの言葉が思い浮かばなかった。中途半端に言葉を投げかけても、逆に相手を傷付けてしまうだけ。
彼の為に何ができるのかが、思い浮かばない。そんな自分が情けなくなってしまう。
「カイトさん……」
ユイが辛そうな表情を浮かべながら、カイトに声をかける。
セイバーとキャスターからはいつもの元気が感じられず、口を閉ざしている。彼女達は、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
ヘレン/サチの表情にも変化が見られない。黒点は漂っているものの、それが彼女の感情表現なのかどうか判断できなかった。
「アト%、@乃……」
続くように、カイトは言葉にならない声で呟く。
「アアアアアアアァァ……」
そして、ユイにしかわからない言葉を漏らした。
何を言っているのか。尋ねようとしたが、その前にユイが口にする方が早かった。
「……志乃さんとアトリさんという人は、ハセヲさんにとって大切な人達だった、みたいです」
──大切な人?
「アアアアァァ……」
「彼は二人の為に戦っていた……とも言ってます」
悲痛な表情のまま、ユイはカイトの言葉を通訳する。
やはり、彼女はまだ迷っているのだろう。気丈に振る舞っているが【リーファ】と【クライン】の死を、完全に受け止められていない。
今回は彼女の知り合いの名前は書かれていないようだったが、それを喜べる心など彼女は持ち合わせていない。
何よりも、違うデスゲームの主催者だったヒースクリフだって生きている。それだって、彼女は許していないはずだった。
【ハセヲ】という人物にとって、大切な人である【志乃】と【アトリ】。そんな二人がデスゲームの犠牲となった。
榊から『死の恐怖』と呼ばれていた【ハセヲ】がどんな人物なのか、自分は知らない。【志乃】や【アトリ】とはどんな関係だったのかも、推測することすらできない。
だけど、一度に大切な人が二人も失ってしまったら……例えようもない悲しみを背負うだろう。
カイトは【ハセヲ】のことを心配しているのかもしれない。それなら、自分も何かをしてやりたいが、できることが思い浮かばなかった。
辺りに重苦しい空気が漂う。
セイバーとキャスターもそれを察してくれているのか、口を開くことはしなかった。
ここにいるカイトと、メールに書かれていたもう一人のカイトの関係は気になる。だけど、今はそれを聞ける雰囲気ではなかった。
この状況を払拭する為に、言葉を出そうとしたが……
「!? ハクノさん、近くにプレイヤー反応があります!
こっちに近づいているようです!」
……ユイの叫びによって、意識が急激に覚醒する。
他のみんなも、その言葉に反応して顔を上げた。カイトも、先程までの態度が嘘のように武器を構える。
周りのことに目を向けるのを忘れてしまっていた。もしもユイがいなかったら、このまま襲撃を受ける危険だってあったかもしれない。
ユイに、プレイヤーの人数を尋ねる。
「一人だけですけど……物凄いスピードです! こっちに来るまで、あと一分もかかりません!」
「何、それは本当か!? どうやら、余の出番のようだな!」
「何を言っているのですか! 貴女みたいな隙だらけな人に任せていられません! ご主人様、ここはこのタマモにお任せ下さいませ!」
ユイの言葉に緊張が走ったが、セイバーとキャスターはそれをぶち壊すかのように叫んだ。だが、今はどちらかに任せられるかなんて考えている場合ではない。
一体どこから誰が現れるのか……そんな疑問が芽生えるのと同時に、遠くより人影が見える。それが、ユイの言っていたプレイヤーなのだろう。
そのスピードは確かに凄まじく、まるでジェット機を彷彿とさせた。あの勢いで特攻などされては、咄嗟の反応すらできないかもしれない。
どうするべきか? そう考えたが……
「あの人は……まさか、シノンさん!?」
しかし、警戒を打ち破るかのようにユイは叫ぶ。
聞き覚えのない名前が耳に響くと同時に、謎のプレイヤーは自分達の目前で動きを止めた。そこに現れたのは、見覚えのない少女。
まるでファンタジーの世界から飛び出して来たような格好だった。水色のショートカットと猫のような耳と尻尾、そして背中から生えた翅によって、嫌でも連想してしまう。
「まさかと思ったけど……やっぱり、ユイちゃんだったのね!」
「はい、そうです! シノンさん……会えてよかった!」
そしてユイから【シノン】と呼ばれたプレイヤーも、笑顔を浮かべていた。
そんな彼女の胸に、ユイは勢いよく飛び込む。そして、その瞳から微かながらの涙を流した。
「よかった……本当に、よかった! 私、不安だったんです……だって、クラインさんやリーファさんがいなくなって……!
だから、もしかしたら……他にも誰かが……!」
「そう……私こそ、あなたに会えてよかったわ。本当なら、みんなにはこんな所にいて欲しくなかったけど……それでも、良かった。
本当に、大変だったわね……ユイちゃん」
ユイの小さな頭を、シノンは優しく撫でる。この様子から考えるに、どうやらこの二人は友人同士かもしれない。それなら、警戒する必要はなさそうだ。
ホッと胸を撫で下ろす。それに合わせるかのように、他のみんなも構えを解いてくれた。
「はい……でも、ハクノさん達が私を助けてくれたんです!」
「ハクノ……この人達の事?」
「そうです!」
ユイが笑顔で頷いた後、シノンはこちらに振り向く。
その瞳は水晶のように輝いていて、凛とした雰囲気が感じられる。一見するとただの少女だが、まるでセイバーやキャスターにも匹敵するような迫力すら宿っていそうだった。
だけど、今は微笑んでくれている。どうやら、彼女も自分達の事を味方と思ってくれているようだ。
「ハクノさん……だっけ? ユイちゃんのことを守ってくれてありがとう。私の名前はシノン、よろしくね」
――よろしく。
シノンの態度に答えるように、こちらも笑顔を向ける。
「なるほど……そちはユイの友なのか! ならば、余にとっても友であるな! 何、緊張することなどない! 余は――!」
「シノンさん! こんな脳みそ筋肉の人なんて、無視してもいいですからね! あ、私はキャスター……ご主人様にとって、絶対にして唯一無二の良妻賢狐です!」
「何!? 貴様、一度までならず二度までも……海より広い世の心を冒涜するつもりか!?」
「はぁ? あなたの心なんて、どーせすぐに堪忍袋の緒が切れる位に狭いものでしょう? そんな人にご主人様を任せるなんて、絶対にありえません!」
そして、セイバーとキャスターはまた睨み合った。
シノンはそれを呆気にとられたように見つめている。……尤も、それが当然の反応だろう。
「……えっと、あなた達は随分と仲がいいみたいね」
「どこがだっ!?」
「どこがですっ!?」
「そ、そう……でも、あなた達にもお礼を言わないとね。ありがとう」
セイバーとキャスターは全く同じタイミングで怒鳴る。
キーン、と響きそうなくらいにまで凄まじい声量を前に、シノンは困り果てたように笑うしかできない。
……これでは、流石にシノンが気の毒だ。
そう思ったので、何かフォローの言葉を投げかけようとしたが、その前にシノンがカイトに振り向く。
カイトを見る彼女の表情は、どういう訳か驚愕に染まっていた。
「……あなた、やっぱりあの時の……!」
「…………?」
「生きていたの!?」
首を傾げるカイトを前に、シノンはそう叫んだ。
2◆◆
マク・アヌでエージェント・スミスとの戦いに勝利してから、シノンはただひたすら飛び続けていた。
理由は一つ。先程の戦いの後、一人で突っ走っていったハセヲを止める為だ。
ハセヲの頼みを無下にするのは心苦しい。だけど、今の彼を放置しておくことはできなかった。
このままハセヲを放置したら、いずれ破滅してしまう。あのエージェント・スミスのような化け物がいることを踏まえると、奴と同等あるいは遥かに上回る危険なプレイヤーがいてもおかしくない。
そんな連中を前に、ハセヲが一人で戦い続けられる保証は――正直な話、かなり低い。
また、仮に生き残れたとしても、その先に待っているのは破滅だけ。現実世界に帰還したとしても、リアルのハセヲは失意と絶望に沈んだまま生き続けることになるかもしれない。
最悪のケースとして、自殺する恐れだってあった。
アトリはそんなことを絶対に望まない。
彼女の事はあまり知らないけど、少なくともハセヲを大切に想っていたのは確かだった。アトリは、ハセヲが復讐の道に歩むなんて願わないだろう。
彼女にはこの命を救って貰った恩義がある。遺された自分が彼女の為にできる事と言ったら、ハセヲを止める以外に思い付かなかった。
義理立てだけではない。個人的に、ハセヲには人を殺した十字架を背負って欲しくない気持ちだってある。自分が味わってしまった、血生臭い感触と強盗から向けられた憎悪……そんなの、ハセヲが知る必要なんてない。
その為にも猛スピードで飛んだが、バイクのスペックが予想以上に凄まじかったせいですぐに見えなくなった。
ALOアバターの飛行速度も決して低くないが、やはり限界がある。最初からハセヲの手に渡らないようにするべきだったが、後悔しても遅い。
一刻も早く追いつく為にも飛び続けるが、その最中にメールが届く。反射的に止まった瞬間、自動的にウインドウが開かれ……死者の名前を突き付けられた。
「アトリ……!」
そこには、やはりアトリの名前が書かれている。それに、スミスの一人にされてしまった【ランルーくん】というプレイヤーの名前も例外ではない。
志乃。漢字は違うが、リアルでの名前と同じだ。その人までもが、もうこの世にいない……そんな事実に、シノンは更に胸を痛めてしまう。
スミス達の名前が書かれていなかったのは、撃破した際に元のプレイヤーに戻ったことが原因かもしれないが、関係ない。例え正解を導き出したとしても、この六時間内で起こってしまった【死】がなかったことになる訳ではなかった。
イベントの情報も有難いとは思えない。こんな状況で開かれるイベントなんて碌でもないだろうし、レアアイテムとやらも自分にとって価値がある保証もなかった。
「……アトリ、ごめんなさい。でも、私は絶対にハセヲを止めてみせるから」
それでも、情報だけは頭に叩き込んでおく。もしかしたら、どこかで必要になるかもしれない。
シノンは気持ちを切り替えるようにウインドウを閉じて、再び飛翔した。今は一瞬の時間だって惜しい。
ハセヲはどこまで行ってしまったのか……そんな事を考えながら辺りを見渡していると、少し遠い場所に一組のチームを見つける。人数は四人。
こんな状況で集団行動を取るプレイヤー達がいる。一瞬の困惑を覚えながらも凝視していると、妖精のような少女の姿が見えた。
「あれってまさか……ユイちゃん!?」
その少女をシノンは知っている。キリトとアスナの娘で、エクスキャリバーのミッションを共にクリアした仲間の一人でもあるAI・ユイだった。
何故、彼女がこんな所にいるのか。まさか、彼女までもがこのデスゲームに巻き込まれてしまったのか。そんな驚愕が湧きあがったが、次の瞬間には知り合いを見つけたと言う安堵も生まれる。
そして、もう一人。あの黄昏色の少年にとても似ているプレイヤーもいる。先の戦いで負けてしまったはずの彼が、どうしてこんな所にいるのか……? 不可解な点だってある。
他のプレイヤー達が何者なのかはわからない。しかし、あのユイと一緒にいるのだから、少なくとも危険人物ではないかもしれない。
それにもしかしたら、彼らはハセヲと会った可能性だってある。そうでなくとも、接触の価値は充分にあった。
行動方針を決めたシノンは、猛スピードで彼らの元に向かった……
†
「なるほど。つまり、あなたはカイト……彼を元に作られたプログラムなのね」
「ウ#」
シノンの言葉に、カイトは頷く。
岸波白野をリーダーとしたチームに出会ったシノンは、互いに情報交換を行っていた。
まず、目の前に立つカイトと呼ばれるプレイヤーは、プレイヤーではない。だからといってNPCではなく、黄昏色の少年・カイトを元に生み出されたAIプログラムらしい。姿が瓜二つなのは、そういうことだ。
しかし、彼は人間の言葉を話すことができず、ユイがいなければ他人とコミュニケーションを取ることができない。もしもユイがいなければ、彼はきっと誤解されてしまう……そう考えた瞬間、ユイの存在があまりにも大きく見えてしまった。
「それであなたがサチ……いいえ、ヘレンさんなのね」
「――――」
そして、カイトと同じようにユイの通訳が必要な少女もいる。そのアバターの周りには、奇妙な黒点が浮かび上がっていた。
彼女はサチというプレイヤーに憑依したウイルスで、名前はヘレンというらしい。ウイルスと聞いてしまっては、あまりいい印象はないが、少なくとも白野達に危害を加える様子はなかった。
ヘレンが主導しているならば、本来のサチという少女はどうしているのか。また、どうしてサチのアバターに憑依してしまったのか。そんな疑問もあるが、今は聞かない方がいいかもしれない。
何か複雑な事情があるだろうし、会って間もない自分が深く詮索していい事とは思えなかった。何故ならシノン自身、もしも拳銃にトラウマを抱えていた理由を問われたら、確実に気分を害してしまう。仮に聞く機会があるとしても、それはここではない。
今はそれ以上に言わなければいけないことがある。
「カイト。私はあなたのマスターに助けられたわ……それなのに、助けてあげられなくて本当にごめんなさい」
もう一人のカイトがいたからこそ、あのエージェント・スミスを撃破するきっかけが掴めた。そこから、四人のスミス達からハセヲを救う隙を見つけられている。
今だってユイと再会できたのも、元を辿ればカイトがいてくれたからだ。
「謝って済むことじゃないのはわかってる。カイトはみんなの為に戦っていたはずなのに、私は彼に何もしてあげられなかった……
カイトの分まで、戦い抜いて見せる。あなた達の力にもなって、それにハセヲだって止める。私にできることはこれしかないけど、力を尽くしてみせるから」
スミス達と戦っていた【カイト】がどんな人物なのか、シノンは知らない。だけど、ここにいるカイトの元となっているのだから、悪人ではないはずだった。
白野やユイはこのバトルロワイアルを止める為に動いている。そんな二人に協力してくれているのだから、カイトだって信頼に値する。
そう思った瞬間、カイトが手を差し出してきた。
「えっ?」
「ヨ%*ク……」
「よろしく、と言っています」
「……こちらこそ、よろしく」
ほんの一瞬だけ戸惑ったが、ユイの通訳を聞いたことでシノンもカイトの手を握り締める。
その感触は、やはり固い。AIだろうと、確かな温かみが伝わってきた。和平を志している訳ではないが、やはり拳銃よりも誰かの手を握り締める方が気分がいい。
「それと、あなた達はハセヲを見ていないのよね」
「ごめんなさい。私達も、山を下りてからはシノンさん以外のプレイヤーは見ていませんし、何よりも反応だって感じませんでした」
「そう……ありがとう」
やはり、ユイ達もハセヲを見かけていない。ハセヲの向かったルートを目指して飛んだ途中に彼らがいたので期待したが、それ以上にあのバイクが早すぎた。
それでも落胆などしない。ユイ達に責任などないし、そもそも自分がきちんとハセヲを止めればよかっただけだ。
「あ、そういえばユイちゃん。見て欲しいアイテムがあるけど大丈夫?」
「見て欲しいアイテム?」
「ええ……さっき、マク・アヌで拾ったの。ちょっと待ってね」
システムウインドウを操作して、シノンは【薄明の書】を取り出す。
そして、ユイに向けるようにウインドウを表示させた。
「それは?」
「多分、何かの機能をインストールできるアイテムだと思う。だけど、説明が書かれている所が文字化けしちゃって、肝心の効果がわからないの。でも、あなたなら解析できるかなって……」
「……わかりました、やってみます」
ユイは小さな手で、ゆっくりと【薄明の書】に触れる。
「DD(データドレイン)が、インストールできる……ようです」
「データドレイン?」
聞き覚えのない単語にシノンは首を傾げてしまう。
「はい。データドレインとは、カイトさんの腕輪にも搭載されている機能の一種で、いくつかの効果があるみたいです。
相手のデータを奪って自分のものにしてしまう効果、それとウイルスを除去する効果、更にはデータの改竄……モンスターのレベルを変更できることだってできます。
この【薄明の書】は、そんなデータドレインをインストールできるみたいです」
「そんな効果があるの? なら、早速……」
「いいえ。それはあまり期待できないかもしれません。
【薄明の書】には何らかの外的要因によってデータが機能拡張(エクステンド)されているようですが、それはとても不安定な状態です。
無暗に使用しても発動しないかもしれませんし、暴走を起こしてアバターに悪影響が出る可能性だってあります。だから、あまり使用はお勧めできません」
「……そう、なの」
ユイの表情は真剣そのものだ。
データドレインという謎のシステムが希望になると思ったが、甘かった。それどころか、何も知らないまま使用していたら逆に自滅してしまう危険すらある。
インストールをするにしても、本当の土壇場でなければいけない。あのスミスや、スミスに匹敵する強敵と戦うことになって、手札が無くなった後の最終手段だ。
切札にもなれば鬼札にもなり得る【薄明の書】。こんなアイテムはGGOやALOでは見たことがない。恐らく、二人のカイトやハセヲがいる別のゲームに登場するアイテムだろう。
それが今、自分の手に渡っていることに、シノンの中に複雑な感情が芽生えた。
「あの〜シノンさん。ちょっと宜しいでしょうか?」
そんな中、白野の妻を自称する狐のような少女・キャスターが問いかけてくる。
「どうしたの?」
「ええ、シノンさんやハセヲさんはマク・アヌでエージェント・スミスって人達と戦ったって言ったじゃないですか。黒いスーツとサングラスが特徴な人達は……確か、数を増やせるなんてチート級の能力を持っているのですよね?」
「そうよ。それだけじゃなくて、単体の戦闘力もかなり高いわ。まともに正面から戦っても、勝ち目はないでしょうね……だからこそ、あなた達に会えてよかったわ
もしかしたら、あなた達だって狙われてしまうかもしれないし」
スミスの恐ろしさは、この身を持って実感した。
単体の戦闘能力は恐ろしい程に高く、一撃を受けただけでもHPが大幅に削られる。一人だけでも厄介な相手が複数もいては、大半のプレイヤーが太刀打ちできない。ここにいるチームだって例外ではないだろう。
特に、何の戦闘力もないユイは格好の餌食だ。狡猾なスミス達だったら、真っ先に彼女をターゲットにするだろう。
「もしも奴らに出会ったとしても、まずはユイちゃんだけは絶対に逃げて。ユイちゃんがあいつらに変えられるなんて……絶対に嫌だから」
「わ、わかりました……」
シノンの言葉にユイは頷く。
「それでシノンよ。これよりそなたはどうするのだ? 奏者と共に来るのか?」
「セイバー。私だってそうしたいのは山々だけど、今はそうも言ってはいられないわ。止めなきゃいけない人がいるから」
「……ハセヲとやらのことか?」
「ええ。彼はスミス達みたいなレッドプレイヤーを相手に一人で戦うみたいだけど、この状況でそれは危険だわ……レッドプレイヤー以外にも、何かタチの悪い罠が仕掛けられているかもしれないし。
こんなデスゲームを強制させる奴らだったら、それくらい用意してもおかしくないわ」
例えるならば、踏み入れてしまっただけでパラメータに状態異常が付加されるようなエリアが、どこかに用意されているかもしれない。踏み入れてしまった瞬間、強制的に毒や麻痺にされてしまい、プレイヤーをわざと不利にさせる為に。
それだけならまだ対処の余地はあるが、最悪なのはHPが0にされてしまうことだ。侵入しただけで、アバターに内蔵されたウイルスが強制的に発動され、リタイアを余儀なくされる……そこにキルスコアなど関係ない。
もしかしたら、今もどこかで設置されている危険だってある。考えすぎと言われるかもしれないが、生き残る為にもあらゆる危険は想定しなければならなかった。
「だから、あなた達には月海原学園を目指して、レオやトモコちゃんって人達にスミスのことを伝えて欲しいの。あたしは、ハセヲを見つけて絶対に連れ戻すから」
伝言を頼める相手に出会えたのは幸いだった。本当なら、彼らに同行したいが今はそれどころではない。
チームの分断だってできなかった。まず、チームのリーダーを引き受けている白野は絶対に不可能。セイバーとキャスターはそんな白野から絶対に離れないだろうから、同行を期待できない。カイトやサチ/ヘレンは連れて行ったとしても、ユイがいなければコミュニケーションを取ることもできない。ユイだって、このチームの要として必要不可欠だった。
このチームは理想的に見えて、実はかなり危ういバランスの元で成り立っている。誰か一人でも欠けてしまっては、その時点で崩壊してしまう……運命共同体と呼ぶに相応しい。
自分の為に白野達を犠牲にするなんて、シノンにはできなかった。
「シノンさん……」
「ユイちゃん、大丈夫よ。私を誰だと思っているの? あなたにまた会えるまで、私は絶対に負けたりなんかしないから……安心して。
私も頑張るから、ユイちゃんもここにいるみんなの為に頑張ってあげてね」
「……はい!」
不安げに見つめてくるユイの頭を、シノンは優しく撫でる。
この感触を味わうことで、負けられない気持ちが胸の中から湧き上がっていく。彼女をまたキリトやアスナ達と巡り会わせる為にも、この命は絶対に捨てられない。ハセヲとここカイトだって、同じだ。
ハセヲとカイトの関係は知らないけど、きっと彼らも共に力を合わせていたはず。もしも会うことができれば、信頼できる仲間同士として力を合わせてくれるだろう。
「それじゃあ、私は行くけど……みんな、どうか気を付けてね」
「うむ。余もそなたとまた相見えることを信じておるぞ! そなたには、余と奏者の生活を見届ける義務があるのだからな!」
「私も、シノンさんにまた会いたいですよ〜 だって、シノンさんには私とご主人様の結婚式に参加して貰いたいですし!」
「何!?」
「なんですと!?」
セイバーとキャスターの間にまた剣呑な空気が流れるが、シノンはそれを無視する。彼女達のコントみたいなやり取りを見ていたら、時間とHPが無限にあっても全然足りそうにない。
カイトとサチ/ヘレンは頷く。二人とも、見届けてくれると言う意思表示なのだろう。
最後に、このチームのリーダーを務めている白野と、シノンは視線を合わせた。
――気を付けて。
「ええ」
淡々としているようで、それでいて強い決意が込められた言葉を互いにぶつけ合う。
そうして、シノンはチームから背を向けて、再び飛翔した。後ろから感じられる視線が、とても心強く思える。
時間はそんなに経っていないかもしれないが、今は一秒でも惜しい。ロスタイムを取り戻すように、シノンは猛スピードで飛び続ける。
この先にハセヲがいることを信じて。ハセヲの向かう道を追いかけるように、シノンは仮想世界の空を進んでいた。
【C-3/ファンタジーエリア・草原/1日目・日中】
【シノン@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP100%、MP80%、強い無力感/ALOアバター
[装備]:{フレイム・コーラー、サフラン・ブーツ}@アクセル・ワールド、{FN・ファイブセブン(弾数10/20)、光剣・カゲミツG4}@ソードアート・オンライン、式のナイフ@Fate/EXTRA、雷鼠の紋飾り@.hack//、アンダーシャツ@ロックマンエグゼ3
[アイテム]:基本支給品一式、光式・忍冬@.hack//G.U.、ダガー(ALO)@ソードアート・オンライン、プリズム@ロックマンエグゼ3、5.7mm弾×20@現実、薄明の書@.hack//、???@???
[ポイント]:300ポイント/1kill
[思考]
基本:この殺し合いを止める。
0:アトリ……私……。
1:ハセヲを追う。 そして、ハセヲを止めて皆の所に戻る。
2:殺し合いを止める為に、仲間と装備(弾薬と狙撃銃)を集める。
3:ハセヲの事が心配。
4:【薄明の書】の使用には気を付ける。仮に使用するとしても最終手段。
5:ユイちゃん達とはまた会いたい。
[備考]
※参戦時期は原作9巻、ダイニー・カフェでキリトとアスナの二人と会話をした直後です。
※使用アバターに応じてスキル・アビリティ等の使用が制限されています。使用するためには該当アバターへ変更してください。
?ALOアバター>ソードスキル(有属性)及び魔法スキル、妖精の翅による飛行能力が使用可能。
?GGOアバター>《着弾予測円(バレット・サークル)》及び《弾道予測線(バレット・ライン)》が視認可能。
※MPはALOアバターの時のみ表示されます(装備による上昇分を除く)。またMPの消費及び回復効果も、表示されている状態でのみ有効です。
※このゲームにはペイン・アブソーバが効いていない事を、身を以て知りました。
※エージェント・スミスを、規格外の化け物みたいな存在として認識しています。
※【薄明の書】の効果を知り、データドレインのメリットとデメリットを把握しました。
3◆◆◆
――飛び去ったシノンの背中が見えなくなるまで、そこまで長い時間はかからなかった。
彼女から聞いた話は、自分達を驚かせるのに充分な威力を持っている。
エージェント・スミスという参加者の、自分自身を増やすあまりにも悪質な性質。そんな相手を野放しにしていたら、いつか遭遇した時に成す術もなく蹂躙されていただろう。
それに、カイトのオリジナルである【もう一人のカイト】をPKした白い巨人の事も気を付けなければならないだろう。詳細はわからないが、危険な存在であることは確かだ。
【もう一人のカイト】を呆気なく消滅させたらしいのだから、比類なき戦闘能力を誇っているはず。対決する時の為に戦力を整えなければならなかった。
奴ら達が潜伏しているマク・アヌとはそこまで遠くない。だから、一刻も早く月海原学園に向かって対策を立てる必要がある。
「シノンさん……」
ユイは未だに暗い表情を浮かべている。
無理もなかった。せっかく、同じ世界に生きる仲間と再会できたのに、すぐに別れる羽目になってしまう。辛くない訳がない。
自分だったら……駄目だ。再会したのは慎二やダン・ブラックモア郷なのだから、彼女と同列に語れなかった。
情報交換の際、シノンはキリトのことを話していない。不謹慎なのはわかっているが、その事に胸を撫で下ろしている。
もしも、何かの拍子で彼女がキリトのことを話してしまっては、ヘレンは絶対に反応するはずだった。そこから、ヘレンがサチとキリトの一件を話してしまっては……絶対に火種が生まれてしまう。
キリトが実は生きていたなんて、関係ない。サチがキリトを襲ったと言う事実を知っては、シノンとユイは絶対に不信を抱いてしまう。その場では何も起こらなくても、蟠りは残るはずだった。
ヘレンの言葉がわからない自分には、咄嗟の誤魔化しすらできない……
……ここまで考えて、自分自身への嫌悪感が生まれてしまう。
サチの命を守ると決めながら、実際には何もできない。ただ、ヘレンが話してくれないことを願うだけ。
あまりにも情けなかった。シノンや【ハセヲ】は命を賭けて戦い、ユイはシノンに的確なアドバイスをしてくれている。カイトやサーヴァント達、それにヘレンだって自分の力になると言ってくれた。ここにいないアーチャーや慎二だって、力を尽くしているはず。
だけど、それに比べて今の自分は何だ? 何もできていないではないか。
せめて、今は月海原学園に向かって、レオ達に会って力を合わせるしかなかった。
シノンの言っていたレオが、かつて月の聖杯戦争で戦ったレオナルド・B・ハーウェイなのかどうかはわからない。シノンはハセヲから名前を聞いただけで、実際に会っていないらしい。
だけど、可能性はあった。
――行こうか、ユイ。
「……はい!」
声をかけると、ユイは力強く頷いてくれる。
彼女は強い。身体は小さくても、誰にも負けない心を持っていた。それは頼もしく感じるが、そんな気丈さを裏切っている自分自身が、余計に情けなく思えてしまう。
しかし、挫けたりなどしない。ここで自分を卑下するのは、彼女に対する最大の裏切りだ。
カイトとヘレンにも声をかける。二人は頷いてくれた。
セイバーとキャスターは口論を止めてくれたものの、互いに火花を散らしていることに変わりはない。これなら、心配はいらないだろう。
――このバトルロワイアルが始まってから、既に12時間が経過している。
榊によって仕組まれたウイルスの発動時間まで、そこまで遠くない。だけど、絶望することなどできなかった。
道は険しく、ゴールは未だに見えない。しかし諦めなければ、きっと道は見つかるはずだ――――
【C-3/ファンタジーエリア・草原/1日目・日中】
【岸波白野@Fate/EXTRA】
[ステータス]:HP100%、MP95%、データ欠損(微小)、令呪二画、『腕輪の力』に対する本能的な恐怖/男性アバター
[装備]:五四式・黒星(8/8発)@ソードアート・オンライン、男子学生服@Fate/EXTRA
[アイテム]:女子学生服@Fate/EXTRA、基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:バトルロワイアルを止める。
0:―――大丈夫だ、問題ない。
1:月海原学園に向かい、道中で遭遇した参加者から情報を得る。
2:ウイルスの発動を遅延させる“何か”を解明する。
3:榊の元へ辿り着く経路を捜索する。
4:エルディ・ルーの地下にあるプロテクトエリアを調査したい。ただし、実行は万全の準備をしてから。
5:せめて、サチの命だけは守りたい。
6:サチの暴走、ありす達、エージェント・スミス達や白い巨人(スケイス)に気を付ける。
7:ヒースクリフを警戒。
8:カイトは信用するが、〈データドレイン〉は最大限警戒する。
9:エンデュランスが色んな意味で心配。
10:もしも、レオがどこかにいるのなら協力をして貰えるように頼んでみる。
[サーヴァント]:セイバー(ネロ・クラディウス)、キャスター(玉藻の前)
[ステータス(Sa)]:HP100%、MP100%、健康
[ステータス(Ca)]:HP100%、MP100%、健康
[備考]
※参戦時期はゲームエンディング直後。
※岸波白野の性別は、装備している学生服によって決定されます。
学生服はどちらか一方しか装備できず、また両方外すこともできません(装備制限は免除)。
※岸波白野の最大魔力時でのサーヴァントの戦闘可能時間は、一人だと10分、三人だと3分程度です。
※アーチャーとの契約が一時解除されたことで、岸波白野の構成データが一部欠損しました。
【ユイ@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP100%、MP55/70、『痛み』に対する恐怖、『死』の処理に対する葛藤/ピクシー
[装備]:空気撃ち/三の太刀@Fate/EXTRA
[アイテム]:セグメント3@.hack//、基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本: パパとママ(キリトとアスナ)の元へ帰る。
0:ハクノさん………。
1:ハクノさんに協力する。
2:『痛み』は怖いけど、逃げたくない。
3:また“握手”をしてみたい。
4:『死』の処理は……
5:ヒースクリフを警戒。
6:シノンさんとはまた会いたい。
[備考]
※参戦時期は原作十巻以降。
※《ナビゲーション・ピクシー》のアバターになる場合、半径五メートル以内に他の参加者がいる必要があります。
【蒼炎のカイト@.hack//G.U.】
[ステータス]:HP50%、SP80%
[装備]:{虚空ノ双牙、虚空ノ修羅鎧、虚空ノ凶眼}@.hack//G.U.
[アイテム]:基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:女神AURAの騎士として、セグメントを護り、女神AURAの元へ帰還する。
1:岸波白野に協力し、その指示に従う。
2:ユイ(アウラのセグメント)を護る。
3:サチ(AIDA)が危険となった場合、データドレインする。
[備考]
※蒼炎のカイトは装備変更が出来ません。
【サチ@ソードアート・オンライン】
[ステータス]HP10%、AIDA感染、強い自己嫌悪、自閉
[装備]エウリュアレの宝剣Ω@ソードアート・オンライン
[アイテム]基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:死にたくない。
0:――――うそつき。
1:もう何も見たくない。考えたくない。
2:キリトを、殺しちゃった………。
3:私は、もう死んでいた………?
[AIDA]<Helen>
[思考]
基本:サチの感情に従って行動する。
1:ハクノ、キニナル。
[備考]
※第2巻にて、キリトを頼りにするようになり、メッセージ録音クリスタルを作成する前からの参戦です。
※オーヴァンからThe Worldに関する情報を得ました。
※AIDAの種子@.hack//G.U.はサチに感染しました。
※AIDA<Helen>は、サチの感情に強く影響されています。
※サチが自閉したことにより、PCボディをAIDA<Helen>が操作しています。
※白野に興味があるので、白野と一緒にいる仲間達とも協力する方針でいます。
以上で投下終了です。
修正が必要な個所などがありましたら、指摘をお願いします。
乙です。
ハセヲの後を追うということはシノンさんもネットスラムの抗争に巻き込まれることに……。
果たして大丈夫だろうか。
白野達もこの先、月海原学園でレオ達とどのような対策を取るのか気になりますね。
指摘になりますがSpiral/stairs to the emperor で
アトリがシノンに月の樹のクーデターやG.U.のことを隠さず話してあることから
AIDAのことは知っていると思われます。(触り程度かもしれませんが)
ですからサチ(ヘレン)との会話の時に、そのことについて少し触れたほうがいいかもしれません。
後、白野の状態表の
>9:エンデュランスが色んな意味で心配。
は削除しても問題ないと思いますよ。
ご指摘ありがとうございます。
それでは後程修正させて頂きます。
投下乙です
状況は未だ不安定
ハセヲの後を追うシノンもだが他のメンバーも安牌とも言い難いが…
学園の今後も気になる
仮投下スレに修正版を投下させて頂きましたので、確認の方をお願いします。
投下&修正乙です。修正版も確認しましたが問題ないと思いますよー
シノンが蒼カイトを見た時の反応が印象深いです。
カイトの頑張りがちゃんと伝わっていたんだなと。AI組ももうすぐ学校ですが……
シノンとハセヲも色々な展開ができそうです。
自分も投下します
_1
あは、とサテンドレスの子どもたちは笑っていた。
顔をほのかに赤く頬を染め、無邪気に草原を走り回る。
時に勢いつけすぎてつんのめってしまうけれど、一方の少女がそれを助け起こす。
黒と青がぐるぐる回ってる。広大な草原の下、その全てが子どもたちの遊び場だった。
ねえ待ってよ、と彼女らをユウキは追いかける。
一回り大きな彼女もまた、子どもたちと同じように無邪気な笑みを浮かべ、楽しそうにその背を追いかける。
きゃっきゃっ、と子どもたちは声を上げた。逃げているのだ。
蝙蝠の翅を持つ流麗な剣士は今『鬼』だった。鬼ごっこ。蝙蝠の少女がドレス纏う子どもらを追い回す。
ただの遊びもこの世界ではこれほど幻想的になる。
空は澄んでいた。
時分はそろそろ正午になろうかというところ。
頭上にはさんさんと輝く陽が上がり、雲一つない空はともすれば吸い込まれそうな青色を湛えている。
ああ気持ちがいい。
気持ちのいい空だ。ユウキは子供たちと遊びながら心の底からそう思った。
このゲームが開始してからもう結構な時間が経つ。
変な侍の大層な前口上があったけれど、結局自分はそれを全部無視して、この会場を楽しむことにした。
悪趣味で関わりたくもない催しだけども、この世界の美しさは本物だ。それを楽しまないなんて損してる。
だからユウキは端からデスゲームなんて無視して、綺麗な世界に触れることにした。
たかがゲーム。どれだけ精巧に作られていても偽物まがい物なんて言ってしまう人もいるけど、やはりそれは違うと思う。
だって今――自分が見ている現実はとても美しい。美しく感じられる。
空の青さを仰げば気分が良い。
草原の風をその身で受け、風が湿った土の臭いが運ばれてくる。
走り回り肌で直に世界に感じ入る。
こうして見て、聞いて、嗅いで、触って、食べて、それが美しいんだ。
なら――それが答えじゃないか!
そう思いより力強く地面を蹴った。
土が舞いあがりユウキは駆け出した。身体がずうん、と躍り出る感じ。
あはっと声が出た。速い速い。風を切る感覚がとても気持ちがいい。
走り出した鬼に気付いたのかありすたちも駆け出す。小さな体躯がちょこちょこ、と逃げ出す様が愛らしくてユウキは「よおし」と声を上げた。
今の自分は鬼だ。ありすたちを捕まえよう。
走りながら、ユウキは傍で微笑む女性と目が合った。
彼女は草原に腰を落ち着け柔和な顔で鬼ごっこを眺めている。目が合うと、彼女は笑ってくれた。ユウキも釣られて笑っていた。
カオル。このゲームで会った、どこか親近感の湧く女性。
つらいこともあったけれど、ありすたちとの出会いに彼女もまた安らぎを得ているようだ。
よかった、と思う。束の間かもしれないけど、こんな時間があったっていいじゃない。
そおれ、とユウキはありすたちと駆けまわる。
少女たちは本当に楽しそうだった。
楽しそうに楽しそうに笑ってる。
この時間が偽物だなんて誰も思っていない。誰にとってもここは大切で掛け替えのない時間なのだ。
ねえ神様。もしいるなら一つくらい話を聞いてくれてもよね。
子どもたちに遊ぶ時間を。
何時までとは言わないけど、できるだけ長いことこの時間が続いてください。
――なんてね。
ふわっと広がる空の下、ユウキは今一度駆けあがった。
ジャンプして彼女の下へといく。きゃっと小さな声があった。陶器のように白い肌に手がかかる。
青い少女にユウキはニンマリと笑って言った。
「捕まえた」
_2
「ふぅ、楽しかった。またこんなことができるなんてなぁ」
「ありがとう、お姉ちゃん。あたしもとっても楽しかったよ、ねえあたし」
「うん! やっぱり思った通り。お姉ちゃんはあたしたちと同じみたい!」
草原で駆け回ったのち、ユウキは二人の少女たちと笑いあった。
こちらを見上げるつぶらな瞳が可愛らしい。人形のような少女たちをユウキは抱きしめたくなった。
「ユウキさん」
そうしていると不意に呼びかけられた。
ちら、と視線を向けるとそこには一人たたずむカオルの姿がある。
その指の動きからユウキは彼女がウィンドウを操作していることが分かった。
ちょっと待っててね、とユウキはありすらに言い、カオルの下へと近づいていった。
勿論笑みは崩さないで。
「そろそろ?」
ユウキは声のトーンを落としながら――ありすらに聞こえないようにそう尋ねた。
カオルは首を振る。ユウキはそっと彼女の手を取った。
当初はデフォルメされたその身体に違和感がなくもなかったのだが、今ではもう慣れた。
VR空間でこういった奇抜なアバターはそう珍しくもない。
ユウキはカオルを視線を合わせる。
そして言う。大丈夫、と。
ぴぴ、と無機質な電子音がした。
時刻は12:00ぴったり。
一秒たりともずれはなく、正確にその音は響いたのだった。
何の音なのかは既に知っている。丁度六時間前、彼女らは共にこの音を聞いたのだ。
「……いません」
息を吐くようにカオルが言った。
曖昧な言葉だったが、ユウキはその意味がすぐに分かった。
いません。何がか。脱落者のリストのことだ。
カオルは張りつめていた緊張が解けたのだろう。ウインドウを前に安堵に胸をなでおろしているのが分かった。
今度は知り合いの名前がなかった。勿論他の人間が死んで良かったなどとは思えないが、それでも知人の死がなく安心してしまうのも致し方ないだろう。
(10人かぁ……同じくらいのペースなのかな)
ユウキは表示されたメールを見ていた。
カオルの知り合いがいなかったように、ユウキの知った名もリストにはなかった。
この場にいることが確認されているサチやユイの名もなかった。
とはいえサチの状態は危険だという。早めに探さなくてはならない。
脱落者リストから目を離し、ユウキはメールに記載された別の情報へと目を滑らせる。
ユウキは生前からして――という表現が適当だろう――死というものに慣れていた。
それ故、事実を冷静に受け止めることができていた。
(イベントは……森の方が問題かな)
今回新たに追加されたイベントのうち、自分たちに直接関係してきそうなのは二つ。野球場と森のものだ。
野球場の方はこちらからアクションを起こさなければ問題ないだろうが、森の方は少し困る。
ユウキは後ろを振り返った。広大な草原の先に深く生い茂る森がある。
先ほど別れたブルースとピンクがあのエリアにまだいる筈だ。もしかするとキリトと慎二も危ない。
『痛みの森』のような直接的なものでないにせよ、ダンジョン構造のループは合流に問題が出そうだった。
できるだけ早めに動いた方がいいかもしれない。
そう思いつつ、ユウキはありすたちへと視線をやった。
ウインドウ越しに彼女たちの姿が見える。彼女たちは今しがた送られてきたメールなどお構いなしに走り回り、笑い合っている。
「……やっぱり」
カオルがぼそりと呟くのが分かった。
ユウキと同じことを思っていたらしい彼女は、遠目にその姿を見つめながら、
「分かっていないんですかね? あの子たち、この状況が」
……その可能性はユウキも考えていた。
少しだけでも触れ合ってみて分かったが、彼女たちは無邪気だ。
無邪気過ぎる。
子どものアバターを使って幼い子どもふりをしている――ということはないだろう。
長年VR空間で人と付き合ってきたユウキは半ば確信していた。
彼女らは子どもだと。
だからこそ、このゲームの実態を掴んでいないのではないか。
そんな気もしたのだ。
こんな悪趣味なデスゲームのことや、悪意に満ちたプレイヤーと幸運にも遭遇していないからこそ、ああまで無邪気に入れられるのではないか。
そう、思いはした。
要するに――あの子どもたちは現実を知らないのではないか。
「かもしれない。ボクも最初はそう思った。でも……」
「でも?」
「ちょっと、違うかもしれない」
ユウキは言葉を選びながら、
「さっき遊んでみて分かったけど、何も知らないっていう感じでもない気がするんだ。
何ていうか……無邪気だけどちゃんと門限があることは知っている、みたいな?
知ったうえで色々好き勝手やってる、んじゃないかな。特の紫の娘の方はそんな気がする」
一見して瓜二つの彼女らだが、触れ合ってみて分かった。
その言動に僅かながら違いがある。どことなく危うい感じのする青い娘を、意外としっかりした紫の娘が助けている。そんな感じがした。
それもまあ――当然だろう。双子だからって同じメンタルを持つ訳じゃない。
現実と同じだ。
「それに何も知らないにしてももう12時間だよ?
怖がっていてもおかしくない。でも、あの子たちは違うよね。本当に楽しんでるみたいだった」
「それは……」
そういうことを考えていくと、単に現実を知らない子どもたち、という訳でもないことが分かってくる。
そもそもまるで二人で一人のような存在というのも奇妙だ。プレイヤーはランダムに配置される。
たまたま近くに配置された――というのは少し無理がある気がする。
「でも、あの娘たち隠し事をしているようには見えなかったです」
「うん、それはボクもそう思うよ」
ユウキはふっと笑みを浮かべて言った。
そういうことは一緒になって遊べば分かるものだ
ただユウキは同時に感じてもいた。
直感的に、触れ合ったことで、ありすたちにどこか懐かしいものを感じていた。
別に彼女らに似た子どもたちと親交があったとか、そういうことではない。
そういうことではなく、彼女が生前に関わった人たち――スリーピング・ナイツのことを思い出したのだ。
現実を――死を見ていない訳じゃない。
寧ろ深く知っていて、もう逃れられないと知っているからこそ、無邪気になって遊べる。
ありすたちを見ていると、どういう訳だろうか、そんな在り方が思い起こされるのだ。
ユウキは気付いていた。
自分がカオルと同様に、子どもたちに対して不思議な親近感を覚えていることに。
それが何を意味しているかまでは――分からない。
「とりあえず声かけよっか。一緒に行こうって」
ユウキは穏やかな口調で言った。
どことなく不思議な雰囲気のある子どもたち。一緒に連れて行くことに迷いはなかった。
こんなところで出会った以上保護するべきだし、不思議な点も道中で仲良くなれば分かるだろうという気がした。
それはカオルも同じだったのだろう。こくんと首を振った。
ちら、とウインドウに映る時刻を確認する。早めにキリトたちと合流したいところだ。
ありすたちは変らず草原で遊んでいる。
走りまわり少し離れたところまで行ってしまった彼女らに、ユウキは少し声を張った。
「ねえー君たち!」
するとありすたちがぴたりと足を止め、こちらを見た。
示し合わせたように手を取り合って「なあに」と二人は首をかしげている。
可愛いなあと思いつつも近づこうとした、その時、
ユウキは見た。
ありすたちを向こう側、青い青い空に――
――降りかかる弾丸。
息を?む。
考えるよりも速く地面を蹴って、そのまま空へと飛びだした。
蝙蝠のような翼があっという間に展開され、ユウキは空を駆け抜ける。
浮遊感とは真逆の鋭い加速が身に掛かった。
駆け抜けるように剣を抜く。
弾丸の中心を見据える。
一瞬の好機を見定め、そして止まることなく斬った。
声もなく、音もなく。
守るために、ユウキは弾丸を受流/パリィした。
「ちょっと」
僅かに声に険を含ませながら、ユウキは顔を上げた。
「いきなり子どもを狙うなんて、ちょっと問題があるんじゃ――」
だが次の瞬間、ユウキは声を失った。
ぴたり、と動きが止まる。喉元まで出てきていた言葉は消え失せ、呼吸さえも忘れた。
彼女には空が静止した気さえした。
聞こえたのは、きゃっ、きゃっ、というありすたちの無邪気な声だけだった。
「――――」
「――――」
言葉を喪う。
それはユウキだけのことではないみたいだった。
襲撃してきた相手もまた、同じことだった。
ユウキよりもより高い位置まで飛び上がっていた彼女は、あるいはユウキ以上の衝撃を受けていたのかもしれない。
比喩でもなく、オバケでも見た顔を浮かべている。
――アスナ
零れ出た名前は、果たして声になったのだろうか。
そうして彼女らは最後の言葉通り、どこか違う世界のどこか違う場所で巡り合ったのだった。
それは決して夢でなく紛れもない現実であった。
生きていても死んでいても現実だけは変らない。
_3
青い空を背景にして、ユウキとアスナは対峙していた。
自然と目線は合っていた。ユウキが飛んだのか、アスナが落ちたのか、どちらかは分からないが、気付けば彼女らは同じ高さになっていた。
ただ、距離はまだ縮まっていない。
手を取るには数歩近づかなければならないだろう。そしてまた――剣も届かない。
何故だろう。この距離に、ぬめりとした感じが、とても厭な感じがしたのは。
「久しぶり――」
ユウキはその感覚を振り払い、快活な口調で語りかけた。
アスナの姿を見据え、言う。
アスナは当惑と厚情をないまぜしたような、ぎこちない無表情を浮かべている。
「――でいいのかな? ボクの感じだとそんなに経ってないっていうか、まあ、変な感じなんだけど」
言いながらユウキは少し笑ってしまった。
時間が経つというのもおかしな表現なのだ。
何せ自分は死んだ。
死んだ人間に時は流れない。
自分にとって最期の時間はアスナに看取られた、あの温かい瞬間だ。
あれからどれくらいの時間が――アスナには流れたのだろう。
ユウキにはそれを知る術がない。
過去と途切れてしまった自分にあるのは、目の前の現実だけなのだから。
「三か月……くらいかな」
アスナがぼそりと口を開いた。
どこか伏し目がちに、彼女はそう言ったのだ。
三か月。
そう三か月か。
ユウキはその言葉を不思議な気持ちで受け止める。
何というか――奇妙な感じだ。自分が死んでどれくらい経っているのかを教えてもらうのは。
自分の最期の時が三月な訳だから――そうかじゃあ『外』は今六月なのか。
そんなどうでもいいことを思った。
「じゃあ久々ってほどもないのかな? 微妙な感じだね。
ま、ボクはこの通り元気だよ。なんか変な話だけど」
ユウキはそう言ってくるりと回る。空の中を楽しげに。
自分の身体を振り返って、やはり自分は元気だ、と思った。
少なくともこの意識と、このアバターは何もおかしなところがない。
「……私は」
笑みを浮かべるユウキに対し、アスナはやはりどこかぎこちない。
彼女は翅を拡げながら、両手でぎゅっと大剣を握りしめた。まるでよりかかるように。
「私は、久しぶりでいいと思うよ。
よく分からないけど……あなたに会うのが随分と久しぶりの気がする」
その声色は揺れていた。
彼女が抱いた複雑な感情が滲んでいるようだった。
待ち焦がれていた友との再会だが、もろ手を上げての喜ぶ、という展開にはならなさそうだった。
……仕方ない、とユウキは冷静に思う。
死んだ筈の人間とネットゲームで出会ったらそりゃ誰だって驚く。
ログインしていない筈のIDが勝手に使われることを『オバケが出た』なんて表現するが、自分はまさしく『オバケ』なのだ。
自分はまだいい。死んだ当人なのだから――そりゃまあこうして元気に飛びまわれることに驚きはしたが――何だかんだ普通にやっていけている。
やらざるをえない、とでもいうか。
ただアスナにしてみれば、複雑だろう。
最期の瞬間にまた会うと誓ったとしても、いやあれほど鮮烈な別れをしたからこそ、戸惑う。
何となくで看過することはできないだろう。
それに何よりここはデスゲームの場所だ。
アスナがかつて体験したアインクラッド――ソードアート・オンラインのような。
ユウキはその時代のアスナをよく知らない。だがそこでの死がどういうものであったかは分かる。
キリトの顔がフラッシュバックする。森で出会った彼が普段から考えられないほど取り乱していたのも、ひとえに死の重さゆえだ。
そこまで考えて、ユウキは気付く。
今の自分の状況は、同じだと。
キリトから見たサチと同じように、
アスナから見た自分は映るのだろう。
ユウキはふう、と息を吐いた。
少し緊張を解きほぐしたかった。
下を伺う。カオルが心配そうに自分たちを見上げている。ありすたちは……特に変わらない。
「ねえ、アスナ」
何から問いかけるべきだろうか。
幾つか候補が浮かんだが、ユウキは思考を振り払う。
考える必要はない。何せ相手は親友だ。
聞きたいことを直球に聞けばいい。
「それ、なに?」
だからこそユウキはまずそれについて聞いた。
話したいことは多くあった。積もる話は山ほどある。先程の行いも無視できない。
でも、まず聞かなければならないことがある。
ユウキはアスナのアバターを示し尋ねた。
今のアスナは見慣れた青い妖精――ALOにおけるウンディーネのアバターだ
空の色をした艶やかな長髪に、澄んだ青い瞳、蒼白色で固めた装備――は知っている。
「正規のものじゃないよね、それ。バグ?
もしかして榊って奴になにかされた?」
しかし問題は……そのアバターを浸食する黒い何かだった。
ポリゴン覆う黒い何かは時節明滅し、ALOはおろかあらゆるザ・シード規格のゲームでも見たことのないような奇怪な点が蠢いている。
半身は黒く歪み、装備も輪郭を失っている。
何より、そのアスナの顔の部分にまで、黒い何かは伝ってきていた。
首から頬にかけて黒い線がアスナのアバターを浸食し、汚染している。
――ユウキはその《黒いバグ》を既に二回見たことがある。
一度目は洞窟で遭遇したプレイヤーキラー。明らかに常軌を逸した外見をしており、また戦闘では仕様を外れたと思しき力を使っていたいた。
二度目は他でもないサチだ。キリトが追い、そして逃がしてしまった少女。彼女もまた平静さを欠いていた。そしてそれが悲劇を生んだ。
彼女らは共にあの《黒いバグ》に浸食されていた。
そしてアスナもまた、その《黒いバグ》に巣食われている。
その事実が、この居心地の悪い距離感を生んでいるのかもしれない。
「ええとさ、アスナ」
ユウキは眼下に居るカオルを一瞥したのち、
「そのバグ。もしかしたら取り除けるかもしれないんだ。情報を解析できるプレイヤーの人がいてさ、今ボクと一緒にいるんだ。
それに他にもそのバグに感染したらしい人がいて、もしかしたらアスナも知って――」
「――いいえ」
ユウキの言葉を遮り、アスナはきっぱりと言った。
「え」と思わず戸惑いの声が漏れた。ぽかんとした顔を浮かべてしまったかもしれない。
アスナは剣を握りしめながら言う。
「これ、別に取り除かなくてもいいと思う。実際結構気持ち悪いけどね、でもこんな状況でアバターの見た目とか考える訳にもいかないでしょ?
色んなゲームを同時に動かしてるせいで生じた不具合とかじゃないかな?」
口調自体は穏やかなものだった。しかしどこか違和感があった。
「でもさ、ちょっとそれおかしくない?」
「おかしいのは分かってる。でも変に弄った方が危険じゃない?
場合によってはペナルティとか課せられちゃうかもしれない」
確かにそうだった。
サチを救う手だてとしてカオルの力を使うと考えていたとはいえ、それがゲームの――GMが定めたルールに抵触している可能性はあった。
しかしだからといって除去しなくていい。そういうものなのだろうか。
「わたしなら大丈夫。色々あったけど、元気にやっているわ」
そう言ってアスナは微笑んだ。
見覚えのある朗らかで綺麗な笑み――に走るバグが醜く歪んだ。
ユウキは思わず声を失う。違和感はある。しかしどう言えばいいのか、咄嗟には出なかった。
あの女剣士やサチと違って、アスナが理性的なのは分かった。
普通に喋ることはできるし、自分が幽霊なのもあってか距離感はあるけれども、特に問題なく接することができる。
そうであるのならば《黒いバグ》を無理に取り除く必要もないのだが――
「じゃあさ、何であの子たちを攻撃したの?」
――なら、それだけは聞いておかなくてはならなかった。
「あの子たち……ありすっていうらしいんだけどさ、さっきボクたちと会ったんだ。
で、遊んでたんだけど、別に悪い子じゃなかったよ」
できるだけ落ち着いて、咎めるような口調にならないように語りかける。
ユウキはアスナを知っている。何か事情があるに違いないのだ。
それだけは聞いておかなくてはならない。
そう思ってのことだった。
「……っ!」
爆音が響くのと、ユウキが動くのは同時だった。
アスナが抜いたのだ。剣を振り上げ弾丸を放った――標的はありす。
ユウキはその反応速度を持ってしてアスナの剣を弾いた。結果、弾丸は逸れ、あらぬところに着弾した。
「……アスナ」
下で、ありすたちが爆発を面白がっているのが分かった。
「何を――何をしたのか分かってるの……!」
ユウキは声を上げた。
剣を交わしながら、瞳をじっと見据えて吐くように言う。
「分かってないのは貴方よ!」
しかしアスナもまた声を荒げた。
大剣、否銃剣を薙ぎユウキを振り払う。ぶうんと音がした。そしてまた距離ができる。滲み出る黒い点が陽の光を遮った。
ユウキを見下ろすような形になったアスナは、高い声で言った。
「あの子たちは危険よ、人を無邪気に殺すレッドプレイヤーだわ。
トリニティさんを殺しておいて、あんな顔できるなんて……!」
「人を殺した?」
「そうよ。あの子たちは、トリニティさんを……!」
その鬼気迫る様子に相対して、ユウキは逆に冷静になった。
ありすたちがプレイヤーを――アスナがいうにはトリニティという人を殺したらしい。
事実なら確かにありすたちは危険な存在だ。
だがアスナの様子も明らかにおかしくなった。
それまでは知った通りの彼女だったのが、突然好戦的な言動になり、挙句の果てに無警告の発砲だ。
それを見てユウキは確信した。
やはりアスナもあの《黒いバグ》の影響を受けている、と。
「落ち着いて、アスナ。話して、ボクにもさ」
そう分かったユウキは、あまり刺激しないよう注意しながら話しかけた。
キリトとサチの悲劇は――思えばこれにも《黒いバグ》が絡んでくるのか――記憶に新しい。
一度は緩みかけた緊張が高まっていく。ユウキは心苦しいものを感じていた。
「……分かったわ」
そうしてアスナがゆっくりと口を開いた。
このゲームで彼女がこれまでアメリカエリアで経験したことを。
トリニティという仲間と出会い、そしてありすと奇妙な猫のキャラに遭遇した。
そしてトリニティは死に、猫との戦い、ありすとの鬼ごっこ……
「なるほどね」
一通り聞き届けたユウキはそう言って頷いてみせた。
なるほど、確かにアスナがありすらを危険視するのも分からないでもない。
その言葉が正しければありすは無差別に人を襲う危険なPKだ。
「分かったでしょ? あの子たちは危険よ。
人を襲っておいて、それでいてあんな風に笑ってる。
現実を見ていないのよ。それで人を殺してる。許される訳ないわ」
アスナの糾弾するような言葉をユウキは表情を変えず受け止めていく。
そして考える。アスナの言葉はどこまで本当かを。
きっと嘘は言っていないんだろう。
ユウキはアスナを知っている。こんな状況でも人を陥れるようなことをする人間ではない。
だが――だからといって全てが真実とは限らない。
今のアスナは明らかにおかしいところがある。あの《黒いバグ》が関わっているに違いない。
先ほどの話だって、アスナの話には明らかに断絶があった。
猫のキャラとの戦いの記憶がないと彼女は言っていた。それはもしや意識を乗っ取られていたのではないか。
キルカウントが付いていない以上、アスナが手を下したということをないのだろうが――それでも異常だ。
何よりそれをさして異常と認識していないこと、それがおかしい。
「ねえ、アスナ」
ゆっくりとユウキは語りかけた。
落ち着いたのかアスナは「何?」と普段通り温厚な返事をする。
しかしその二面性が、逆に彼女の危うさを際立たせているように思えた。
「アスナの話も分かったよ。でも、ボクにはそれが全てじゃないと思う。
あの子と遊んでみて分かったけど、あの子たちは本当に子どもなんだ。
少なくともボクには襲ってこなかったし、何か事情があるかもしれない」
「……っ」
アスナが息を呑むのが分かった。
目が見開かれ、首筋からグロテスクな黒点が立ち上っていく。
「何を言ってるの? ユウキ。
子どもなら何をやってもいいっていうの?
それにここはネットよ。もしかしたら本当の姿は……!」
「勿論違うよ。子どもだって悪いことは悪い。
でもあの子たちは本当に子どもなんだ。ボクには分かる。長いことこの世界にいたからね。
遊んで分かったよ。あの子たちにとってはあれが本当の姿なんだ。
嘘偽りのない、本当の姿なんだ」
ユウキはアスナを見据えて言う。黒い斑点からも目を逸らさない。
本当の姿。ネットの『外』と『中』では、確かに姿カタチは違うかもしれない。
現にユウキがそうだ。『外』の自分は――紺野木綿季はもはや身動きもとれなかった。
しかしだからといって『中』の自分――絶剣・ユウキが本当の姿でない筈がない。
現実とは、今目の前にあるものだ。そこに生きる人間こそが現実を作る。
だからリアルの姿を見ていないとか、そんなのは関係がない。
ユウキには分かる。ありすたちは何ら自分を偽っていない、と。
「本当の姿だから、ここが現実だから許せないんじゃない……!」
「現実だから許してあげることもできるし、救ってあげることもできると思うんだ。
ボクがアスナにそうされたように、生きることの答えを教えてあげることだってできるかもしれない。
だから落ち着いて、アスナ。やっぱりちょっと変だよ。疲れてるんだと思う」
「貴方は……!」
アスナは顔を歪めた。肩を震わせ、点が黒く蠢く。
怒りとも驚きともつかない感情がそこには見て取れた。
そして、言われた。
「けど! 生きることができなかった人だって……いるんだよ!
理不尽に殺されて、何もできないまま死んだ人だって。
トリニティさんにだって好きな人がいたのに!
ここは楽しいゲームの中じゃないの……あのアインクラッドと一緒の世界なんだよ!
――貴方はあそこを知らないから、もう死んでるから、遊んでいられるかもしれないけど!」
「…………」
しばらく沈黙が訪れた。
ユウキは何も言わない。アスナもまた、どこか申し訳なさそうに目を伏せた。
空の上には静寂がやってきた。
その中にあってユウキのアスナは、近いのに手を取ることができない、向き合っている訳でも同じ目線という訳でもない、そんな妙な位置関係になってしまっていた。
風が冷たかった。
空にまで上ると、下では心地の良いそれも痛くなってくる。
飛び続けることができれば、気にならないのに。
「ねえ、アスナ」
不意にユウキは口を開いた。
静寂を破るべく、意を決して、
「ごめん、ボクもちょっと戸惑ってたかも。
こんな場所だし、生き返ってるしで、ちょっとね」
そう微笑みかけると、アスナはびくりと肩を震わせた。
「だからさ、アスナ」
ユウキは快活に笑うとウインドウからあるアイテムを取り出し、放り投げた。
突然のことにアスナは戸惑いつつも、そのアイテムをキャッチする。
そのアイテムを受け取ったアスナは目を見開き、
「黄泉返りの……ってこれ蘇生アイテムじゃない!」
「そう。まぁHPが切れてから5秒以内じゃないと使えないんだけどね。
あ、勿論ボクがこれ使って天国から復活したとかじゃないよ」
笑いながらユウキは言った。
そしておもむろに飛び上がる。アスナと同じ目線で、少し離れた位置に。
知っている間合いだった。剣が届かない、ギリギリの位置。そこまで来て、剣を抜いた。
レイピアがオブジェクト化され、その刀身が陽光を受けきらめいた。
それを見た瞬間アスナが「そのレイピア……」と言葉を漏らした。
「あれ。知ってるの、アスナ?
これボクが支給されたアイテムなんだけど」
「わたしが使ってた装備。アインクラッドでのものよ」
「ふうんそうなんだ」
ユウキは剣を今一度見た。
なるほど、中々面白い縁だ。これがGMのはからいだというなら、その点においては感謝しなくもない。
「でさ、アスナ」
奇妙な縁を感じつつも、ユウキはランベントライトを構えた。
すっと細剣を中段の姿勢に構える。考えることなく自然とこの姿勢を取れた。
足下には広大な草原がある。自分はいま空に立っている。
空を足場に、剣を構える。
「一緒遊ばない?」
「え?」
アスナが呆けた顔をした――瞬間を狙ってユウキは距離を詰めた。
羽を開く。ばっ、と黒い翼が広がり鋭い加速を持ってしてアスナへと迫る。
アスナは驚いていたが――しかしすぐに抜け目なく反応してみせた。
銃剣を掲げ、ユウキの突進をかわす。その際同時に斜め下へ滑るように回避をしている。
剣術への対応と空中機動のそうその両立――流石だと舌を巻きつつユウキはロール。
態勢を整えつつ軌道を取る。シャンデル。
「い、いきなりどうしたの、ユウキ?」
「だからさ、遊ぼうよ」
ユウキはアスナの周りを旋回しながら笑って言う。
「どうにも何か緊張しちゃってさ。ボクもほら、化けて出るの慣れてないからちょっと緊張解きほぐしたかったんだ」
「緊張って、そんな」
「ルールはありあり……このゲーム中得たものなら何でも使用可で。
それで前に戦った時は地上戦だったから今度は空中戦にしよう。
ただあんまり下には撃たないでね? ボクの知り合いがいるから。
どっちかが黄泉返りの薬を使ったら敗け――っていうのはどう?」
まくし立てるように言うユウキにアスナは困惑の色を見せつつも、しかしどこか落ち着きを取り戻していく。
その様子にアスナは安堵を覚える。やはりアスナは――アスナだと。
「賞品は勝った方が相手の言うことを一つ聞くってのはどう?
ボクが勝ったらそのバグを除去してもらうよ」
「貴方は……もう」
アスナは深く息を吐きつつも剣を構えた。
呆れと苛立ちが半々、といった様子だ。ユウキはそれでも満足げにアスナを見据える。
「分かったわ。でも危ないことは無し。一撃決着っていうことにしましょう。
保険として黄泉返りの薬があるって感じで。仕方ないから付き合ってあげる」
「オッケー、分かったよ、アスナ。
じゃあ――」
行くよ。
ユウキがそう口にした瞬間、二人は共に空を駆けた。
遊びとして、純粋なる剣技を競うべく、少女たちの空中戦闘機動/エアリアル・コンバット・マヌーバが幕を上げた。
_4
空を飛ぶ。
青い空を、広がる雲海を、世界を見下ろし自由となる。
それはかつて夢であった。
「――――」
黒き翅ばたきを上げ、少女は大空を舞いあがる。
螺旋を描きながら瞬く間に彼女は天高くたどり着いた。
アスナとユウキが出会ったVRゲーム・ALO――アルヴヘイム・オンライン。
その最大の特徴にして人を呼び込むことになったシステムこそが『飛ぶ』ことである。
全てのPCに標準装備された翅をラダーすることによりプレイヤーは空へと至る。
ヒトに翅はない。
しかし今の少女たちにはあるのだ。
現実にはない器官であろうとも、イメージの力は現実を突破する。
補助スティックなしでの飛行――随意飛行はALOにおけるテクニックの一つだ。
ある筈の居ない翅を描く。想いで現実を塗り替える。肩甲骨には今肉があり、翅がある。
そして、飛ぶのだ。
飛び――そして戦う。
飛び上がったユウキはそのまま空を滑る。
上二枚の翅をラダー。速度は落さず大空を旋回する。
空の中、
雲が見下ろせる。
その中にぽつんと見える蒼い妖精。
風が頬を撫でた。意識が透き通り、純化されていく、
目が合った。
誘うようなまなざし。
アスナは動かない。迎え撃つ構えか。
「――行くよ」
じゃあ行こう。
剣を掲げ、アスナの下へ。
四枚の翅を全て解放。飛んでみせる――!
「はっ」
駆け声とともにユウキは急降下。
それを見たアスナが反応。爆音が走る。
撃ったか。
知ってるよそんなことくらい。
上二枚の翅をラダー。
右へ。
左へ。
弧を描くように落ちて見せる。
バーティカル・ロール。
一発、二発。三発。
砲撃が横をかすめていった。
そらみろ全部かわしてやったぞ。
アスナが見えた。
まだボクの方が上だ。
それを知ったユウキは再度――落ちる。
ダイブ。
上からの強襲。レイピアでアスナの頭上を取る。
「『減速』」
アスナの声。魔剣を中心にしてオーラが広がっていく。
スキルだ。
取り込まれる。
そう思った時にはもう遅かった。
ユウキはそのオーラに突っ込んでいる。
禍々しいオーラがやってきた。
綺麗じゃない。嫌いだ。
まとわつくような感覚――気持ち悪い。
アスナと目が合った。
剣も見えた。解放されたその剣は何だか怖い。
魔剣みたいだ。
「斬る」
魔剣がやってくる。
なら回避だ。
アスナはスキルでこっちを減速させた。
でも――それでもまだユウキは動ける。
『減速』させられるなら、こっちも『加速』すればいい。
どこへか。
一番速くなる方向へ。
それは下だ!
堕ちてやろう!
それが一番速いというのなら、墜ちるように飛んでやろう!
翅はしなやかに応えてくれる。
当たり前だ自分の身体なんだから。
ダイヴ。
ダイヴ。
ダイヴ。
スロットル・ハイ。
逃れた。
ねっとりと絡むあの重みはもうない!
「――――」
でもアスナは追ってくる。
今度はこっちが下――不利だ。
ならば振り切るしかない。
ターン。
もう一度小刻みにターン。
ジグザグに飛行してアスナの追撃を振り払って見せる。
爆音がした。
撃たれている。
一発でも喰らえば、ゲーム・オーバーだ。
そんなの厭だ。
やられる訳にはいかない。
急旋回。
ブレイク。
もう一度小刻みにブレイク――シザース。
砲撃をかわした。
でも後方を取られているのは痛い。
空戦は後ろの取り合いだ。
鬼ごっこだ。
向こうが銃を持っている以上当然そうなる。
また来た。
ターン。
ブレイク。
アップしたいが――向こうも軌道を読んでくる。
『鬼』は今向こうだ。
なら逃げないと。
ぐんぐんと加速する。
高度はまだ余裕がある。
爆音。
また撃たれた。でも逸れた。
ちら、と振り返る。
アスナがいる。6時の方向。
ちょっと苦しい、かな。
「―――」
アスナの口元が動いた。
何か言ったみたいだ。
たぶん「これで」かな。
これで終わりって言ってるのか。
やだな。
甘く見られている。
ユウキは笑った。ボクはまだ飛べる。
高度は十分、
距離もまだある。
撃たれる!
6時方向からの追撃。
なら砲撃より速く飛べばいい。
加速。
垂直旋回。
上翅をラダーしロール。
左へ。
アスナが来る。
すかさず再びラダー――今度は右へ。
僅かに高度を落とす。
斜め下だ。
ロール。
来た。
アスナだ。
また追ってくる。
そこで――もう一度ロール。
するっと180度身体をそりかえす。
こっちのジグザグ軌道でアスナの速度は落ちている。
バーティカル・ジンキング・マヌーバ。
6時の位置に居た筈のアスナは今、目の前だ。
目と目が合う。
ヘッドオン。
アスナが驚いている。
蒼い瞳が見開かれている。
ユウキはニンマリと笑ってみせた。
どんなもんだい。
剣を抜く。
スキルを展開させる時間は与えない。
今なら届く。届かせ――ない。
弾かれた。
アスナもまた剣を抜いていたのだ。
金属音。
一瞬の鍔迫り合い。
剣と剣のドグファイト。
噛み合うエアーリアル・クロス・コンバット。
声が出た。
ひゅう!
時間にして0.1秒。
舞台は空。
すれ違いざまに剣を交え、すぐさま去っていく。
本当に一瞬の交戦だった。
でもドキドキした。
痺れた――確かな現実感。
ああボクは飛んでるんだ!
翅がある!
剣を持ってこの空を縦横無尽に駆けている。
流れるような黒い髪。
血の色みたいな真紅の瞳。
この肩甲骨には翅が生えている。
4枚の翅で風を切っている。
それが現実だ!
この身体は今妖精のものなんだ。
剣を携え天駆ける戦いの妖精。
戦闘妖精。
「最――」
こうっ、と声が出た。
かすれるような声。
湧き上がる昂揚感。
熱を帯びた吐息。
ああどれも素晴らしい。
さあ行くよ。
状況は今五分だ。戻してみせた。
なら行くしかないじゃない。
身体は火照ってる。翅も素晴らしい。
その熱量を高さへと転換して――
飛ぼう!
アップ。
翅を展開する。アクセルレバーはそこにある。
アップ。
行け。
行くんだ。
アップ!
アップ!
アップ!
あの空へと至って!。
螺旋を描きながら上昇する。
上昇するカーブ。
バーティカル・クライム・ローリング。
そうして遥かなる高みへと。
でも追い縋ってくる。
アスナは追ってくる。
魔剣携えた『鬼』はまだ振り切れない。
なら振り切って見せよう。
今度は速度はこっちが上。
勝算はある。
もっと上だ!
翅をラダー。左右にフェイントをかける。
相手を迷わせ――加速。
翅ばたく!
垂直方向へと加速する。
ループ。
眩しい。
何か光が差し込んでくる。
あれは――太陽?
綺麗だなあ。
あれに近付いて
手に取らんと迫って
ぐんぐんぐん加速して、
止まる。
一瞬の静止。
しんと静まる意識野。
そこから――水平方向へとロール。
持ち合わせた加速を全部つぎこんで翅ばたく。
インメルマンターン。
アスナとすれ違った。
上と下。
向こうがはっ、とするのが分かった。
あはっ。
笑いがこぼれた。
じゃあ今度はこっちの番だ。
「今度の『鬼』は」
こっちだ。
アスナは今逃げている。
後ろを取られたからだろう。
それを追う――!
翅ばたく。
加速。
さらに加速。
アスナを飛び越してみせる。
相手はあんな重そうな剣持ってるんだ。
ターン。
こっちは上だ。
アスナがどっちに逃げるかくらい予想してみせる。
剣を構え、空を蹴る。
そして猛然とアスナへと迫る。
アスナの軌道の先へ。
リードターン。
来た!
今度こそ斬る。
斬ってみせる。
アスナが驚くのが分かった。
剣が彼女へ――届かない?
またあのオーラだ。
オーラが展開されたけど、でも剣は届いた筈。
「無駄よ」
アスナの声。
よくみたら、彼女自身にもまた別のオーラがある。
ユウキはそれで悟る。
無敵効果か。
攻撃判定の消失か。
どうやらその剣にはそんなスキルもあるらしい。
分析しつつ、上がる。
今度はまだ速度に余裕がある。
翅をラダー。
滑るようにオーラから逃れる。
そしてアップ。
上昇。
アスナから距離を取る。
よし今度は後方を取られていないみたい!
向き合いながら、互いにを見つめながら旋回する。
空を滑ってるみたいだ。
さあどうしようか。
どうもこうもない。
こっちには剣しかないのだ。
勝つには一太刀入れてやるしかないのだ。
減速?
無敵?
それがどうした。
あっちが『魔剣』なら、
こっちは『絶剣』だ。
剣を向け合うのなら――
全て返して見せよう。
翅を開く。
加速だ!
迷うことはない。
アスナへ向かって、ユウキは飛ぶ。
猛然と風を切る。
スロットル・ハイ。
これがボクの最高速。
対するアスナは後退していく。
でもボクの方が速い。
迎え撃つ気か。
事実彼女は後退しながら――オーラを展開した。
あれに取り込まれれば『減速』だ。
でもその機動は読んでいる。
アップだ!
翅をラダー。
上を行く。
速度を殺すことなく上がって見せる。
飛べ。
飛ぶんだ!。
あの変なオーラをそる様にかわす。
かわして飛んで――宙返り!
世界がぐるりと一回り。
翅があるならそれくらいできる。
ループ。
タイミングをずらされたアスナのオーラは不発に終わっている。
黒い波が掻き消え、今の彼女は無防備だ。
今だ!
ユウキは飛ぶ。
翅をラダー。
ループして、ダイヴ。
高度を武器にアスナに強襲する。
ハイ・ヨー・ヨー。
このマヌーバで決めてみせる。
アスナの顔が見せた。
はっ、と目を見開いている。
蒼く澄んだ瞳。あんな黒い点なんてやっぱ似合わない。
「やあっ!」
剣を振るう。
力を乗せ、
高さを乗せ、
速さを乗せ、
これまでの機動全てをこの一撃に乗せる。
これはそんな剣じゃ防げない。
魔剣じゃ――無理だ!
「――――」
瞬間、
アスナは捨てた。
魔剣を捨てた。
悟ったか!
ユウキは声を上げ斬りかかる。
上からの一撃。
アスナが迎え撃つ。
オブジェクト化。
漆黒の刃が煌めく。
軽そうだ。
あの剣だと――確かに、そう、受けられる。
かもしれない。
アスナの腕ならば。
あはっ。
ユウキは笑った。
そうだ。
そうでないと!
スキル頼りなんて駄目だ。
だって最後に物を言うのは――純粋な技なんだもの。
行くよ。
行くよ。
激突だ!
「――――」
剣と剣が交差する。
大空を足蹴にして、剣を競う。
なんて純粋な!
ユウキは見た。
アスナの顔を見た。
こうして剣を交わしている時はどうしてこんなにも――
綺麗なんだ。
力強く美しく
彼女は居た。
「――――」
甲高い音がした。
アスナの身体が弾け飛んでいる。
手元に確かな感触があった。
ああそうか。
斬ったのか。
ボクがアスナを斬ったのか。
つまりこれは。
「ねえ! アスナ」
笑った。
口元が自然と緩んでしまう。
ふふっ。
どんなもんだい。
その顔を見せると、アスナは妙な顔をしていた。
何でだろう。
ちょっと呆れているみたい。
「勝ち、だよね! ボクの」
「貴方――」
やっぱり強いわ。
アスナはそう言った。
そう言って笑っていた。
当然。
ユウキはそう返した。
笑い声。
あは。
あはは。
今度こそ――少女たちは笑い合っていた。
_5
「ボクの勝ちだよ!」
「はは……何か、力抜けちゃった」
共に抱き合いながら、熱い吐息を漏らしながら、ユウキとアスナは徐々に高度下げていく。
熾烈なドグファイトは終わり、それまで剣を向け合っていた少女らの間には戦いの残滓の、ピリッとした昂揚感が漂っていた。
アスナは呆れたようにユウキを見つめていた。
熱っぽい視線には――先ほどまでにはなかった柔らかなものがある。
それだよ、とユウキは思った。
死を隔てて途絶していた繋がりが、これで復活した。
一緒に遊んで、一緒に疲れて、そしたらもう友達。
リアルかどうかなんて関係ないのだ。
繋がった気がする。
「じゃ、約束通りボクのいうことを聞いてもらうよ」
ユウキはそう言って笑いかける。
するとアスナは「仕方ないわね」と言って息を吐いた。
しかしその行いに先ほどまでの刺々しさはない。
「まぁ――確かにわたしも疲れてたのかも。何だか随分と切羽詰っていた気がする。
確かにこのバグも……あの魔剣もおかしかったし」
言いながらアスナは己の手を見た。
すっぽりと片手を包む黒いバグを気味悪げに見た。
冷静になった――ユウキと戦うことに極限まで集中したことで、逆に視野が広がったのかもしれない。
あの魔剣の姿はない。放り投げていたが、疑似的にそう見えただけだろう。
アスナのウインドウにはまだあの剣がある筈だ。
できればあれの剣のデータもカオルに調べてもらいたい。
戦ってみて分かったが――あの剣は何かおかしい。
単に強力なだけならばそういうレア装備なんだと思っただろうが、どうもそれだけではない気がする。
あの得意なシステムやエフェクトはどうにもイリーガルな装備のにおいがした。
もしかすると黒いバグのことに関わってくるかもしれない。
「さ、下りよう。あそこにいるのがカオルだよ」
考えながら、ユウキとアスナは草原へと降りていく。その先にはカオルが見える。
ゆっくりと高度を落としてソフト・ランディング。
「ええと……大丈夫ですか? 一体何かあったんですか。突然戦ってなんだかびっくりしちゃいましたけど……」
カオルの前に降り立つと、彼女は眼を丸くしていた。
まぁ当然だろう。何しろ急な話だったから。
ユウキはえへへ、と少し悪戯っぽく笑うと、
「うん、大丈夫。ちょっとね、友達に会ったからそのまま遊んじゃった」
「遊び……だったんですか?」
「うんそうだよ! ね、アスナ」
そう言ってユウキはアスナの方を叩いた。ばん、と音がした。
アスナは苦笑しつつも、
「まぁ、そんな感じかな。ええと、カオルさん?
アスナです。種族はウンディーネの……て、ここじゃジョブのことなんか言っても仕方ないか」
「え、あ、はい。カオルです」
目をぱちくりさせながらもカオルは差し伸べられた手を取った。
片や蒼い妖精、片や二頭身の女性、と奇妙な取り合わせであったが、雰囲気は和やかなものだった。
ただカオルはアスナの半身――差し出されなかった方の手を見つめ、尋ねていた。
「そのバグ……」
「ああこれ? ちょっとわたしにもよく分からないの。
だからできれば見て欲しいんだけど」
その言葉を聞いてカオルは一瞬ユウキを見た。
自分の意図を察したのだろう。このバグはサチの身に生じていたものに酷似している。
慎重に解析する必要がある。
「分かりました。任せてください。
あのアスナさん――その前に一つだけ」
カオルが僅かに声のトーンを落として聞いた。
「何故あの子たちを撃ったんですか?」
あの子たち、とは言うまでもない。
ありすたちは今すぐそこで走り回っている。
ユウキとアスナの空のおにごっこが面白かったのだろう。空を見上げながらはしゃいでいる。
それを横目に、カオルは尋ねた。
緊張が走る。アスナも、その顔から笑みを消した。
「その件に関しては……もう少し深く話し合いましょう。
わたしはあの子たちを許せないし……許す気もないけど、落ち着くべきだってのは分かったから」
その言葉に何かを感じ取ったのだろう。
カオルは「分かりました」と短く言った。そしてしばらく間ができた。
「うん、じゃあとりあえずアスナ。カオルに解析させてもらいながら――キリトたちと合流しよう」
「え……キリト君? ユウキ、貴方キリト君と会ったの? このゲームの中で?」
アスナがぱっと顔を上げる。
ユウキが「うん!」と頷くと彼女の顔に安堵の色が浮かんだ。
キリトがこの場にいる。キリトと合流できる。
それは彼女にとってやはり、大きな意味を持つのだろう。
その様子を見ながらユウキは考える。
キリトはいま落ち込んでいる。多くの悲劇に見舞われてた彼を救ってあげられるのは、やはりアスナだろう。
あのバグも取り除いてやることができれば、状況は一気に好転するかもしれない。
どうにか上手く行くといいな。
キリトとサチも、アスナとありすも。
ユウキはそう思いながら空を見上げた。
そして、
支給品解説
【ユウキの剣@ソードアート・オンライン】
アスナが途中で取り出した剣。
出典はゲーム「ソードアートオンライン-ホロウフラグメント-」
「アルブヘイム・オンライン特別セット」で無料ダウンロードできるDLCアイテムであり、その名の通りユウキが使っていた剣である。
武器種は片手剣。なおこれは便宜上の名前で本編では別の名前が表示されていると思われる。
エンデュランスの初期支給品がドロップした際に「幸運の街」のイベントの効果でこのアイテムに変化した。
_6
その時彼は空にいた。
幾多の戦いを経てこのエリアにやってきた時、彼は特に困惑することもなかった。
自分の降り立つ場所に意味などない――電脳世界の癖に現実めいていて気持ち悪いという感覚はあったが。
同じようにメールにも特に意味はない。
精々支給されたポイントによって装備が整うなと思ったくらいだ。
どこであろうと、
どの空であろうと、
彼はただ死をまき散らす。
彼は黒き翼を拡げ、その空へとやってきた。
死者たちのネットゲーム。
そんな曖昧な延長戦を――死神は許さない。
許しはしない。
_7
そしてユウキは死神を見た。
空に舞う黒き翼。
ぼろぼろにはためくローブ。
その生地から垣間みえる人間とは思えない鋼の腕。
何よりその――禍々しく巨大な鎌。
陽光を背後に降り立つそのシルエットを見たとき、ユウキが思ったことは
――ついに来ちゃったか、死神。
……そんなどこか間の抜けた思いだった。
何となく、思っていた。
自分はもう死んでいる。満足して、『答え』を見つけて死んだ。
死んだらもう黄泉返られない。
そんなの誰だって―― 子どもだって知っている。
シウネー、ジュン、テッチ、タルケン、ノリ……《スリーピング・ナイツ》のみんなだって、それを知っているからこそ思う存分遊んだのだ。
自分は死ぬ前に、遊んで遊んで――それが『答え』だって知って、果てた。
なのに自分はまだこうして生きていて、ゲームをしている。
遊んでいる。
もしかしたらそれは許されないことなんじゃないか。
何か重大なルール違反をしているんじゃないか。
そんな気持ちが、悪い妄想みたいなレベルとはいえ、あったのだろう。
だからその死神の影を見たとき、ユウキは何だか納得していた。
そりゃ来るよね。
人がそうぽんぽん生き返っちゃ困る。
それじゃ生きているのか――死んでいるか、分からなくなる。
だから自分は何かの間違いで黄泉返っちゃって、死神が急いでそれを取り締まりに来た。
……勿論ユウキがそんな妄想に憑りつかれたのは一瞬のことだったのだが、
その一瞬のうちに死神は閃光をまき散らしていた。
その腕から光を、
ビームを、
雨あられとこちらへと降らしてきていた。
「あぶ――」
ない、と言ってユウキはカオルを突き飛ばした。
咄嗟の動きだった。
その反射速度は閃光に勝り、ユウキはカオルを閃光の軌道から逸らすことに成功した。
きゃっ、とカオルが声を上げる。弾かれた彼女の身体は草原に落ちた。
ごめんね。と胸の中で呟き、次々と来る閃光へと集中する。
そして死神を見る。
空に居る筈の死神を見据え、迎撃を――
が、いない。
――死神は待ってくれない。
電光石火の速度で彼は既に目の前へと降り立っている。
憎悪にまみれた凶悪な眼光が彼女を捉えていた。
「ユウキ!」と声がする。アスナだ。
はっとして剣を抜く――間に合った。
大鎌がユウキへと振り払われる。それを細剣で受け止める。
甲高い音がした。重い。
不完全な態勢で受け止めたせいか、ユウキの腕がぴりぴりと痺れる。
それでも何とか形勢を維持しようとするが――
死神が嗤った。
凶悪な眼光に不気味な光が灯る。
ぞっ、と背筋に厭な寒気が走った。
不安定な鍔迫り合いの最中、死神はなんとそこで片腕を鎌の柄から外したのだ。
瞬間、腕が銃――バスターへと変化する。
撃った。
「――しまっ」
言い切ることもできず、ユウキは吹き飛ばされていた。
その身にバスターの直撃を受け、ユウキは草原をごろごろと転がる。
腹に痺れるような痛みが走る。
うう、と変な声が漏れた。
「ユウキ!」とアスナの叫びが聞こえた。
叫ぶと同時に死神に斬りかかるのも見えた。
大丈夫かな、アスナ。
あの死神さん、アスナはまだ死んじゃ――
痛みでぶれた意識の中、ばん、と音を立ててユウキは草原を転がった。
草と土の匂いがする。空が随分と遠くに見えた。さっきまであそこを飛んでいたのに、墜とされちゃったみたいだ。
見れば、HPゲージがゼロになってしまっていた。
元々危険域にあって回復中だったHPだ。
そこであんな一撃を食らえば一たまりもない。
空っぽになったHPバーをユウキは冷静に見つめていた。
しかしまだゲーム・オーバーじゃない。
[黄泉返りの薬]を使用しようとウインドウを操作する。
その僅か数秒間のことだった。
ユウキは気付いてしまった。
自分の隣で倒れている、彼女らの存在に。
「……なんで?」
その声には、涙が混じっていた。
鏡合わせの少女たちの慟哭が響いていた。
「やっと、見つけたのに。
あたしだけのあたしを。
ありすだけのありすを」
居場所を。幸せを」
子どもたちが――ありすがそこにいた。
「ずっと一人で、誰も見てくれなくて、
ずっとずっとさびしくて、
でも見つけたのに。
このままでよかったのに。
これだけでよかったのに。
二人でこのままいるだけでよかったのに。
二人でこのまま遊んでいるだけで――他のなにも、いらなかったのに。
これだけの居場所でも、幸せでも、
――よかったのに」
これで終わりなの?
紫の少女が問いかけた。
この現実全てへ、美しい筈の世界へ。
彼女はただただ問いかける。
その手には青の少女の身体がある。
その身体は力なく倒れ込み、口元からつう、と赤い血が流れていた。
ありすとアリス。
アリスとありす。
彼女らもまた死神からの一撃をその身に受けていた。
ユウキは知らないが紫の少女――キャスターはサーヴァントだ。
決して強い身体ではなくとも、その一撃で命を散らすことはない。
しかし――ありすは。
青い少女は違った。
キャスターはサーヴァントで、
ありすは人間だった。
鏡合わせの少女たちの――たったそれだけの違いが、全てを分けた。
やってきた無慈悲な閃光がありすを貫き、
死神は少女の命を刈り取った。
そんな現実を前にして、紫の少女は問いかける。
倒れ込み、
その身を抱いて、
むせび泣き、
その『生』の在り方を問いかけた。
「なんで、これで終わりなの?
終わっちゃうの? これだけのしあわせも、持っていられないの?
なんであたしは生きていちゃ駄目なの?
どうして……」
――そこで、
青い少女は精一杯笑ってみせた。
「いいんだよ、もう」
笑って、小さく微笑んで、
それでも悲しみは隠しきれなくて、
目を瞑って、
言った。
「あたし……わかっていたよ。
きっと、なにもかもなくなっちゃうって。
だって……よく覚えてていないけれど、
あたしはたぶんもう死んでいるもの……
あのびょういんに、あたしの身体はないの」
その言葉を聞いて、ユウキははっとした。
すとん、と腑に落ちるものがあった。
――ああ、そうか
自分が彼女らに感じた親近感。
その正体は――なんだ、こんな簡単なことだったのか。
彼女らも、カオルと同じで、だからああやって遊んで……
残り時間が、一秒を切った。
世界が全てゆっくりに感じられる。
現実が歪んでいるのか、時間を飛び越してありすたちの言葉がユウキの意識を流れていく。
「ここにいるあたしはぬけがらだから、
さいしょからなにもなかったの。
ここにあたしはなかったの、あたし。
――ううん、もっとずっとはじめ……
あのびょういんにいたころから、あたしにはなにもなかった……
だれもあたしをみてくれなかった」
一人だった。
いたかった。
さびしかった。
「誰も、あたしを人間としてあつかってくれなかった。
このふしぎのくにへきてもずっと同じ……
あたしは一人で……さびしくて。
だからね、わかってた……
あたしも……あたしの居場所も……
アリスも……きっとすぐにいなくなっちゃうって……」
少女はそう言って微笑んでいた。
そんなになっても、
自分が生きたことさえも『なにもない』と言っても、
少女はそれでもなお笑っていた。
笑いかける――アリスがいてくれたから。
それだけでいい、と思っていたから。
「そんなの、悲し過ぎるよ」
ユウキは、だから語りかけていた。
「お姉……ちゃん?」
「駄目だよ。そんなんじゃないよ。それだけじゃないよ。
世界はね、生きることはね――美しいんだ」
ずっと一人ぼっちで、誰にもかえりみられず、さびしいままそれが『生』だと思って、
それで終わるなんて。
そんなの――悲し過ぎる。
彼女だって悲しくない筈がないのだ。
そうでなかったら、何で、何で泣くのだ。
涙の色が見えた。
それは澄んだ青色で
まるで空の色だった。
「ボクもね、ずっと思ってたんだ。
ずっと……ずっと、考えてた。
死ぬために生まれてきたボクが……この世界に存在する意味は、なんだろうって。
何を生み出すことも、与えることもせず、周りの人たちを困らせて……自分も悩み、苦しんで、
その果てにただ消えるんだ。
それだけなら、今この瞬間にいなくなったほうがいい……何度も何度もそう思った。
ボクは……なんで、生きているんだろう……って、ずっと……ずっと……」
ユウキはありすたちへ手を伸ばした
『生』を空っぽに過ごして、何も得ることも、どこへたどり着くこともなかった、そんな少女たち。
少女たちの夢はただの夢かもしれない。
何時か消える、泡沫のようなもの。
永遠なんて、ある筈がない。
――知っているよ、そのくらい。
でも、それで終わっちゃダメなんだ。
全て全て夢で、無に還って、それで終わり。
そんなものが『生』じゃない。
今ならそう言える。
「ねえ」
ユウキは微笑んだ。
涙浮かべる少女たちに、
からっぽに沈もうとする少女たちに、
それが全てでないと――終わりでないと、
伝える為に。
「『答え』がね、あるんだ。
生きるってことには、『答え』がある」
「『答え』……?」
「そうだよ。『答え』だ。
生きることには『答え』がある。
死んで全てなくなっても、なくならない、何かがある」
そこで、ありすは顔を上げた。
ユウキを見据えたその顔には、涙が浮かんでいる。
「でも……『答え』なんて、あたしにはないの。
だって、なにもなかったんだよ。
なにもないまま、なにもないものにかえっていく。
それが――死んじゃうってことじゃないの?
ねえ、お姉ちゃん。夢が終わったら、もう、夢に意味なんてないんじゃないの?」
「意味なんてなくてもいい。カタチなんてなくてもいい。
終わりがくるからって、全てが消え失せる訳、ないよ。
温かくて、笑うことができて、満たされれて――
――そうやって終わることができるから、
そうだからこそ、人はね、生きることができるんだ。
人の『生』が何もないもので終わる訳がない。
――最後に夢は醒めるのに、夢を見ることができる」
「お姉……ちゃん」
だからね、生きよう。
生きて、見つけるんだ。
ぬけがらだなんて、空っぽだなんて、自分が見た夢にそんなこと言わないで。
大丈夫。現実はここにあってくれる。
ここにいる限り、『答え』を探すことはできるから。
ユウキはそう言って笑った。
笑って、少女たちの背中を押した。
分からないなら、探せばいい。そういうのは意外と遊びの中にあるものだ。
アスナとさっきやってみせたみたいに。
[黄泉返りの薬]に指先を合わせる。アスナに一つ上げたから――残りは一つだ。
アイテムの使用を選択、その対象は――
「お姉ちゃん?」
「じゃあね。ボクはもう見つけたから。
今度は君たちが見つける番だよ。
ね、だから行くんだ。夢の続きを見て。
それでできれば、もっと世界を見て欲しい。
信じられないかもしれないけど――世界は、綺麗なんだ。
ボクはこんな世界にいることができて、終わることができて、本当によかったと思う。
それがボクの『答え』――」
【ユウキ@ソードアート・オンライン Delete】
_8
その時、アスナは死神・フォルテと刃を交わしていた。
大鎌と剣。二つの刃が交差し、ギリギリと押し合っている。
突然やってきたこのロボットは考えるまでもなくレッドプレイヤーだ。
こちらを視界に入れた途端の攻撃に加え――その憎悪に満ちた眼光が、何より雄弁に物語っている。
「失せろ、人間共」
「こんな、ところで」
やられる訳にはいかない。
何かにせき立てられるように走ってきた自分が、ユウキと再会して、ようやく立ち止まることができたのに。
キリトのことも聞けた。
なのにこんなところでやられる訳には――
――え?
フォルテの背後。
刃交わす向こう側で、アスナは信じられないものを見た。
そこで一人の妖精が――命を散らしていた。
黒い翅を持ち、美しい剣を果敢に振るっていた、親友が。
死を越え再会できた筈の彼女が――ユウキが、
死んでいた。
死亡時特有のエフェクトがその身を包んで発生し、
ユウキのアバターが一瞬明滅したかと思うと、次の瞬間には解体され消え失せていた。
「ハッ、死んだか?」
アスナの顔を見て悟ったのだろう。フォルテがそう挑発するように言ってきた。
大鎌が振るわれる。
アスナは上手く対応できない。押される。混乱する頭でそれを何とか受け止めていく。
なんで、あんな一撃だけで。
ユウキが受けたのは先ほどの一撃だけだった筈だ。
にも関わらず――命を落とすなんて。
それに彼女はまだ蘇生アイテムを持っていた。
何で、そんな彼女がこんなにもたやすく――
そこに、ユウキが死んだ場所に降り立つ影があった。
青いサテンドレス。
小柄な身体。
見た目麗しい少女。
「――――」
それを見た瞬間、アスナは激昂していた。
感情が爆発する。沈静化した筈の想いが再び濁流となってあふれ出てくる。
黒い剣は捨てる。こんなのじゃ駄目だ。
奴らを打ち砕くには、こんなチャチな剣じゃ足りない。
「――ありすっ!」
叫びを上げ、アスナは再び魔剣を手に取った。
オブジェクト化された魔剣はアスナの想いに応えるように力を解放する。
力が波となってうねりをあげ世界を包み込む。
視界に黒点が舞った。幾多もの黒点が魔剣を中心にあふれ出る。
「な、に――」
フォルテが目を見開くのが分かった。
その豹変に着いていけていないのだろう。
だが逃げようにも――既に彼は捉えられている。
『減速』で動けないところを、アスナは容赦なく攻撃した。。
一発、二発、三発。爆音が連鎖して轟き、草原を黒く焼いた。
今度の一撃は銃剣による『砲撃』ではなく、魔剣の力の『解放』だ。ガードもできない。
撃ち込めるだけ撃ち込み、フォルテがひるんだところをアスナは魔剣を持ってして襲いかかる。
あるゲームでアーツと呼ばれた動きに酷似した動き。それをアスナはどういう訳か自然と、黒点に突き動かされるように取っていた。
――伏虎跳撃。
フォルテが叫びを上げる。
一撃を叩き込まれた彼は弾かれ、飛ばされていった。
「次は!」
邪魔者を退けたアスナは感情が突き動かすがまま、ありすらを探した。
早く探して――殺さないと。
そう思い、辺りを確認するが――しかし、もう見えない。
逃げられた?
焦燥が走る。
早くとらえないと、また何をやらかすか分からない。
そう思い翅を展開、飛び上がり草原を見やるが――
「待て、女!
まだ終わりではないぞ」
――背後から再びあのロボットが襲いかかってきた。
性懲りもなく。まだあきらめないか。
アスナは舌打ちし、声を聞いた瞬間すぐさま魔剣を解放する。
「黙ってなさい!」
魔剣にのしかかる黒点の重み。
もはや見上げるほどになった黒点が、刀身を包み込んでいる。
それをフォルテへと振り払った。
「ぐ……っ」
巨大化した剣をフォルテはそれをかわすことができず、
黒点に呑まれるまま、弾かれ、彼方へと飛ばされていった。
はぁはぁ、と息を荒げながらアスナはその姿を確認する。
遥か遠くまで打ちかえしたやった。もうしばらく襲ってくることはないだろう。
だが――時間を取ってしまった。
その時間の隙に、今度こそありすを見失ってしまったようだった。
アスナは再度舌打ちし、飛び立った。
早く彼女らを追わなければならない。追って、討つのだ。
その強い感情に呼応して魔剣のAIDAもまた激しく蠢いた。
アスナのPCを呑み込み、さらに成長していく。
そんな彼女に先程の余裕はない。遊んでいる暇など、彼女にはないのだ。
許せない。
それだけが、彼女の現実だ。
_9
ありすが草原を去ったのは、逃げる為でもない。怖かった為でもない。
分からなかったからだ、
どこへ行けばいいのか。
どこへ行きたいのか。
でも、どこかへは行くべきだ。
終わりだと思っていた筈の遊びが続いてくれた。
ユウキが、自分たちに時間をくれた。
それを知った彼女らは、自然と歩き出していた。
ねえ、あたし。
これからどうするの?
終わりだと思ったら、まだ続くみたい。
続けていいみたい。
お姉ちゃんが言ってくれた。
まだ生きていいって。
遊んでいいのかな?
ねえ、あたし。
いいのかな。
でもね、あたし。
あたし、分からないわ。
これから、どうやって遊べばいいのか。
チシャ猫さんは宝探しをするといいといったわ。
別にかたちのある物じゃなくてもいいから。
自分が『これはいいモノだ。大切にしたい』って思えるものを探すといいって。
お姉ちゃんは『答え』を探すといいって。
こうして生きていること。死んで全てなくなってしまっても、消えないもの。
何時かは終わってしまう筈の夢にも、それはあるらしいわ。
それって同じことなのかな。
チシャ猫さんとお姉ちゃんって、同じこと言ってるのかな。
何となく、そんな気がする。
ねえ、あたし。
あたし、やってみてもいい気がする。
この世界を見ても、いい気がする。
チシャ猫さんも、お姉ちゃんも、言ってくれたこと。
見つけてみたいんだ。
だから、遊んでいいんだよね、あたし。
まだ遊んで、夢を見て、あたしと一緒に過ごしても。
きっと『宝』になる『答え』を見つけるから。
本当は一緒にやりたかったって思うんだ。
チシャ猫さんや、お姉さんたちと、一緒に。
でもね、駄目なの。
もういないの。
チシャ猫さんたちやお姉さんはもう居ないの。
どっか行っちゃった。
だから誰か、いないかな。
あたしとあたしと一緒に遊んでくれる人。
一緒になって宝探しをしてくれる人。
いないのかな。
少しだけ、寂しいね。
ねえ、あたし。
[D-7/ファンタジーエリア・草原/1日目・日中]
【ありす@Fate/EXTRA】
[ステータス]:HP10%、魔力消費(中)、令呪:三画
[装備]:途切レヌ螺旋ノ縁(青)@.hack//G.U.
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜2
[ポイント]:300ポイント/1kill
[思考]
基本:生きること、この夢にとって、宝になってくれるもの『答え』を探す。
1:新しい遊び相手を探して、新しい遊びを考える。
2:またお姉ちゃん/お兄ちゃん(岸波白野)と出会ったら、今度こそ遊んでもらう。
3:どこへ行こう――
[サーヴァント]:キャスター(アリス/ナーサリーライム)
[ステータス]:ダメージ(小)、魔力消費(大)
[装備]途切レヌ螺旋ノ縁(赤)@.hack//G.U.
[備考]
※ありすのサーヴァント持続可能時間は不明です。
※ありすとキャスターは共生関係にあります。どちらか一方が死亡した場合、もう一方も死亡します。
※ありすの転移は、距離に比例して魔力を消費します。
※ジャバウォックの能力は、キャスターの籠めた魔力量に比例して変動します。
※キャスターと【途切レヌ螺旋ノ縁】の特性により、キャスターにも途切レヌ螺旋ノ縁(赤)が装備されています。
【アスナ@ソードアート・オンライン】
[ステータス]:HP25%、MP70% 、AIDA浸食汚染
[装備]:魔剣・マクスウェル@.hack//G.U.
[アイテム]:基本支給品一式、{死銃の刺剣、ユウキの剣}@ソードアート・オンライン、クソみたいな世界@.hack//、{黄泉返りの薬×1、誘惑スル薔薇ノ滴@.hack//G.U.、不明支給品1〜4
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:この殺し合いを止め、無事にキリトと再会する
1:アリスを追って、討つ。
2:殺し合いに乗っていない人物を探し出し、一緒に行動する。
3:これはバグ……?
[AIDA]<????>
[備考]
※参戦時期は9巻、キリトから留学についてきてほしいという誘いを受けた直後です。
※榊は何らかの方法で、ALOのデータを丸侭手に入れていると考えています。
※会場の上空が、透明な障壁で覆われている事に気づきました。 横についても同様であると考えています。
※トリニティと互いの世界について情報を交換しました。
その結果、自分達が異世界から来たのではないかと考えています。
※AIDAの浸食度が高まりました。それによりPCの見た目が変わっています。
【カオル@パワプロクンポケット12】
[ステータス]:???
[装備]:ゲイル・スラスター@アクセル・ワールド
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜2
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:何とかしてウイルスを駆除し、生きて(?)帰る。
1:ユウキさん達についていく。
2:どこかで体内のウイルスを解析し、ワクチンを作る。
3:デンノーズのみなさんに会いたい。 生きていてほしい。
4:サチさんを見つけたら、バグを解析してワクチンを作る。
5:少女たち(ありす)を守る。
6:???
[備考]
※生前の記憶を取り戻した直後、デウエスと会う直前からの参加です。
※【C-7/遺跡】のエリアデータを解析しました。
【フォルテ@ロックマンエグゼ3】
[ステータス]:HP50%、MP40/70
[装備]:{死ヲ刻ム影、ゆらめきの虹鱗鎧、ゆらめきの虹鱗}@.hack//G.U.、空気撃ち/二の太刀@Fate/EXTRA
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品0〜1個、参加者名簿
[ポイント]:750ポイント/4kill(+1)
[思考・状況]
基本:全てを破壊する。生身の人間がいるならそちらを優先して破壊する。
1:アメリカエリア経由でアリーナへ向かう。
2:ショップをチェックし、HPを回復する手段を探す。
3:このデスゲームで新たな“力”を手に入れる。
4:シルバー・クロウの使ったアビリティ(心意技)に強い興味。
5:キリトに対する強い苛立ち。
6:ロックマンを見つけたらこの手で仕留める。
[備考]
※参戦時期はプロトに取り込まれる前。
※ゲットアビリティプログラムにより、以下のアビリティを獲得しました。
・剣士(ブレイドユーザー)のジョブ設定 ・『翼』による飛行能力(バルムンク)
・『成長』または『進化の可能性』(レン)。
・デュエルアバターの能力(アッシュ・ローラー)
※参加者名簿を手に入れたのでロックマンがこの世界にいることを知りました。
投下終了です。
途中、ちょっとタイトルの切り替えに失敗してるところがあるので後で修正します。
あとミーナさんですが、後半話に組み込めなかったので登場していません。無駄なキャラ拘束すいません。
投下乙です。
ああ、せっかくユウキとアスナが再会できたというのに。
アスナはまたありすへの殺意に囚われてしまいますし、慎二との約束も果たせずじまいですか。
あとカオルとフォルテが置いてけぼりに。キリトたちが戻ってこなければ、カオルは死を避けられませんね。
そして二人きりになってしまったありすたちはどこへ行くのでしょうか。
それと指摘ですが、
マクスウェルは[銃剣]カテゴリで、伏虎跳撃は[大剣]カテゴリのアーツですよ。
あとフォルテの思考の一番目が、アメリカエリアを経由して、のままになってます。
お、お、お……。
投下乙です。
ユウキは本当にお疲れ様。
ユウキたちがありすたちと出会ってから彼女たちの人生的にどうなるのかすごく楽しみにしてたんだけど。
望んでいたよりずっとすごいのが読めた。
しかしこれ、どうなっちゃうんだろ、アスナ。全部が誤解じゃないけど、でもユウキが背中押したありすを斬ることにならないで欲しいなー
投下乙です。
おお、ユウキはアスナとようやく再会できたと思ったら……まさかこんなことになるなんて。
ありすのことは誤解したままだし、カオルは一人になっちゃったし、まだフォルテが近くにいる。
どうなるでしょう……
投下乙
ユウキの行動が全部裏目に出そうなのがモヤモヤする
本人が綺麗に死んだだけに余計
>>899
乙です。
修正確認しました問題ないと思います。
>>901-930
折角再開したのにユウキが……。
ありすには『答え』を見つけて欲しいけど
このままだとアスナとの衝突が避けられませんね。
投下乙です。
>>933
指摘みましたー
アーツの件は「あくまでそれっぽい動き」というつもりだったので、それを加筆明記しておこうかと
フォルテの部分は収録の際に修正します
それなら大丈夫だと思います。
あと必要ないと思いますが、一応[銃剣]カテゴリのアーツを載せておきますね。
刺突散弾 しとつさんだん ノーマル ジャンプして銃を掃射し、周囲の敵へ小ダメージ
雷光閃弾 らいこうせんだん 硬殻特効 守りの隙を狙って銃を二連射し、敵単体へ小ダメージ
撥球弾 はっきゅうだん 飛行特効 上空へ銃を連射し、目標を含む小範囲へ小ダメージ
轟雷爆閃弾 ごうらいばくせんだん 硬殻特効 貫通性の弾を撃ち込み、目標を含む中範囲へ大ダメージ
烈球繰弾 れっきゅうそうだん 飛行特効 上空へ散弾を打ち込み、目標を含む小範囲へ中ダメージ
塵球至煉弾 じゅんきゅうしれんだん 飛行特効 Lv3アーツ 上空へ銃を三連射し、目標を含む大範囲へ特大ダメージ
あ、いえ技ごとの描写まで、本当にありがとうございます
短いですが、投下させて頂きます。
1◆
進化を果たした巨人・スケィスゼロは、たった一人で『認知外迷宮(アウターダンジョン)』を彷徨っていた。
周囲には認知外変異体(アウターバグ)が蔓延っているが、スケィスゼロは関心を向けていない。攻撃を仕掛けるならば排除するが、そうでないのなら接触する理由などなかった。
抹消するべき存在は三つ。女神AURAのセグメントを持つ者と、力を持つ腕輪の所持者と、腕輪の影響を受けた者。それ以外と戦う意味はない。
今は一秒の時間すら惜しかった。
そもそも、このバトルロワイアルに放り込まれてしまった時点で、スケィスゼロは微塵の動揺すらしていない。
多少のイレギュラーが起きた程度の認識しかなかった。撃破するPCがここにいるとわかっただけでも充分。
既にHPは充分なほど回復したのだから、後は目的のPCを排除するだけ。それ以外、余計な感情などプログラミングされていなかった。
回復のペースから考えて、時間はそれなりに経過している。
スケィスゼロは来た道を戻ることなどしていない。今からマク・アヌへ戻った所で、恐らく標的はいないはず……何故なら、反応が感じられないからだ。
それに、フィールドと『認知外迷宮(アウターダンジョン)』を繋げる歪みはいくつも感じられる。その中から、力の気配を辿ればいいだけ。
スケィスゼロへの機能拡張(エクステンド)を果たしたことで、察知する力も増大していた。
既に定時メールが届き、強制的に内容が表示されているが、スケィスゼロは何の関心も示さない。
マク・アヌでKillした三人のプレイヤーも、獲得したポイントについても、これから開催されるイベントも、全てが無意味。
【志乃】、【カイト】、【アトリ】の名前だって、スケィスゼロにとってはどうでもよかった。
やがて進んでいる内に気配を感じる。目前には、歪みがあった。
ワープゲート。それを察したスケィスゼロは腕輪を翳し、データハッキングを発動させて孔を開ける。その先に広がるのは、闇に覆われた世界だった。
そこはウラインターネットと呼ばれるエリアだったが、スケィスゼロは知らない。しかし、すぐ近くには気配が感じられた。
一度取り逃してしまったセグメントと、更に腕輪の力。それら二つが、遠くない場所から放たれている。
それだけでもわかれば、スケィスゼロにとっては充分だった。
【???/ウラインターネットのどこか/1日目・日中】
※ウラインターネットのどこかにあるワープゲートをゲートハッキングして、そこからスケィスゼロが現れました
【スケィスゼロ@.hack//】
[ステータス]:HP80%(回復中)、SP100%、PP100%
[装備]:ケルト十字の杖@.hack//
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品2〜4(ランサー(青)へのDD分含む)、セグメント2@.hack//
[ポイント]:900ポイント/3kill
[思考]
基本:モルガナの意志に従い、アウラの力を持つ者を追う。
1:目的を確実に遂行する。
2:アウラ(セグメント)のデータの破壊。
3:腕輪の影響を受けたPC(ブラックローズなど)の破壊。
4:自分の目的を邪魔する者は排除。
[備考]
※1234567890=1*#4>67%:0
※ランサー(青)、志乃、カイト、ハセヲをデータドレインしました。
※ハセヲから『モルガナの八相の残滓』を吸収したことにより、スケィスはスケィスゼロへと機能拡張(エクステンド)しました。
それに伴い、より高い戦闘能力と、より高度な判断力、そして八相全ての力を獲得しました。
※ハセヲを除く碑文使いPCを、腕輪の影響を受けたPCと誤認しています。
※ハセヲは第一相(スケィス)の碑文使いであるため、スケィスに敵として認識されません。
2◆◆
「スケィス……いや、スケィスゼロ……コシュー……まさか、ネットスラムにいるとは……」
『知識の蛇』に備え付けられた画面の一つを眺める者がいた。
ダークマン。バトルロワイアルの運営を任せられている無属性のアバターだった。
その無機質な瞳に映し出されているのは、スケィスゼロの姿だった。
スケィスはマク・アヌでハセヲと接触したことにより、現在のスケィスゼロに機能拡張(エクステンド)を果たす。
それから何を思ったのか、カオスゲートを通じて『認知外迷宮(アウターダンジョン)』に侵入してしまった。
あの世界はこの『知識の蛇』ですらも感知不可能で、プレイヤーの侵入を許してしまったら、その後の動向を把握することが出来ない。
目的を果たす以外のプログラムを持たないスケィスゼロだったことが、不幸中の幸いだった。奴ならば、運営の反逆を企てるような意志など持ち合わせていない。
しかし、もしも他のプレイヤーにゲートハッキングをされてしまっては、バトルロワイアルそのものが崩壊する危険も芽生えるだろう。
『認知外迷宮(アウターダンジョン)』は用意したのではなく、自然に生まれてしまった産物らしい。
新たなる世界が生み出されてしまったことにより、その裏側もまた創造されている。すなわち、抗えない定めだ。
それならば、『認知外迷宮(アウターダンジョン)』に通じる全てのゲートを封鎖すればいいかもしれないが、それではゲームとして成り立たなくなる。
『認知外迷宮(アウターダンジョン)』には認知外変異体というモンスターが存在するらしいが、それも完璧と呼べるかは定かではなかった。
並のプレイヤーならまだしも、ハセヲやエージェント・スミスのような実力者が相手では、塵に等しいかもしれない。
だが、今はスケィスゼロの居場所さえ把握できれば、問題なかった。
開かれたゲートは既に閉じられている。ならば、簡単に侵入されることもないだろう。
他にゲートハッキングが可能なプレイヤーがカオスゲートの存在を察知したら別だが、その気配はない。あのオーヴァンとやらも、トワイスと榊が釘を刺した以上、こんな危険を冒す真似はしないはず。
そう察知したダークマンは、再び画面を眺め続けた。
[???/知識の蛇/1日目・日中]
【ダークマン@ロックマンエグゼ3】
[ステータス]:健康
[全体の備考]
※認知外迷宮内に認知外変異体が存在します。
以上で投下終了です。
また、トリップをミスしてしまってすみません。
修正個所などがありましたら、指摘をお願いします。
あ、ダークマンの台詞はネットスラムではなくウラインターネットの間違いでした。
投下乙です
スケィスがウラネット侵入……ハセヲとかち合う上にセグメント持ちのラニもいるんだよな
投下乙です
スケィスはそっちに行っちゃったかあ
これは次が血の雨降るなあ
そしてロワの運営もまた見えてきたなあ
投下乙です。
狙いはラニが持つセグメントと、ブラックローズか。
ハセヲの行く先に現れたのは、同じ「死の恐怖」としてひかれ合う運命なのだろうか。
投下乙です。
精神的ダメージが大きいであろうブラックローズ達に
スケィスゼロとかこいつはヤバい。
月報なので集計させて頂きます。
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
94話(+6) 32/55(-1) 58.1(-1.9)
12/11にパロロワ企画交流雑談所・毒吐きスレにてVRロワ語りが行われる模様
これより予約分の投下を始めます。
1◆
唐突に送られた二度目の定時メールを、オーヴァンは無言で見つめている。
今度は十人ものプレイヤーが命を落としてしまった。この手で屠ったシルバー・クロウも含めて、見知った名前がいくつもある。
【志乃】は、ハセヲにとっての想い人であり、この手で未帰還者にしたプレイヤーだ。
【アトリ】は、月の樹に所属するプレイヤーの一人で、ハセヲの仲間でもある。
【エンデュランス】は、第六相「誘惑の恋人」・マハを使役する碑文使いPCだ。その圧倒的な力を振い、闘宮で多くのプレイヤーを魅了している。
【ボルドー】は、『The World R:2』における最大のギルド『ケストレル』に所属するPKだ。しかし、自分とはそこまで関わりがない。
そして【カイト】。かつての『The World』を救った勇者の一人で、現在の『The World』を守護するAIプログラムだ。
このカイトがどちらのカイトなのかはわからない。しかし、彼のような存在までもがこのデスゲームに巻き込まれていることから考えて、オーヴァンは一つの可能性を導き出した。
「やはり、榊は時空すらも超越できるようだな」
知識の蛇の管理者であるPC・八咫。そんな彼だが、かつては【ワイズマン】という名で行動していた。
もしも、彼が【ワイズマン】であった頃ならば、カイトもかつてのカイトである可能性が高い。本人か、あるいは本人のPCデータをバックアップして、それに自律起動のプログラムを付加させたのか。
どちらにせよ、運営の技術力は『The World R:2』すらも遥かに超える。そんな彼らを出し抜けるのは、至難の業だ。
「だが、面白い」
しかしだからこそ、乗り越える甲斐がある。
オラクルと言う女は、自分に未来があると語った。それがどんな形であるかはわからないが、少なくとも自分の終わりはまだ遠くにあることは確かだ。
尤も、だからといって慢心などしない。オラクル曰く、未来は選択によって作られるのだから、道を誤っては最悪の結末に辿り着く危険もある。
今はただ、このゲームを扇動しながら情報を集めるしかなかった。シルバー・クロウをデリートしたことによってウイルスの発動時間は伸びたが、それは一時しのぎに過ぎず、根本的な解決にはならない。
情報収集の為に、イベントとやらを行うのも悪くないかもしれないが、それでは榊達から怠慢だと指摘されるだろう。だが、そこまで奴らに尽くすつもりもない。
状況によってはイベントを行うことも辞さないつもりだ。
「【エンデュランス】、【志乃】、【アトリ】……お前は何を思う、ハセヲ?」
オーヴァンは呼びかけるが、当然ながら答えは返ってこない。
この世界には彼がいる。戦いの宿命を背負わせ、そして成長を導き続けた少年・ハセヲがいるのだ。その名は書かれていないので、まだ生きていることになる。
彼はまだ死ぬべきではない。ハセヲには、やるべきことが山ほど残っているのだから。
もしも、彼とこの世界で再会したら……自分はどうするべきか。それも考える時が来るかもしれない。
思えばこの仮想世界に放り込まれてから、彼に関することは碌に考えていなかった。いつもと違い、いつ遭遇してもおかしくない状況なのに、些か呑気だったか。
知り合いが立て続けに死んだことで、ハセヲはどうなるのか。
怒りに身を任せ、復讐の道を選ぶのか。あるいは、絶望のままに全てを投げ出してしまうのか。それとも、全く別の選択を選ぶのか……?
しかし、すぐに再会できる訳でもないのだから、ハセヲのことばかり考える訳にもいかない。それにハセヲであれば、このような運命を突き付けられて、折れるほど柔なプレイヤーではない。
それで諦めてしまうようなら、最初からその程度。遠からず、この世界で朽ち果ててしまうだけだ。
2◆◆
「“我々”の残りHPは60%強……」
「万全とまではいかないが、戦闘に支障を及ぼさない状態にまで回復したか」
「だが、使用できる残りポイントは少ない」
「“我々”と共に、増やしていけばいいだけだろう?」
「それもそうだったな」
マク・アヌの一角で、感情の感じられない会話を続ける男達がいる。
エージェント・スミスと、ボルドーと言うプレイヤーを上書きしたことによって誕生したコピー・スミス。一見すると互いを気遣っているようにも思えるが、彼らの間に情など存在しない。何故なら、一人が死んでもすぐに【代わり】が生まれるのだから。
そうでなくとも、マトリックスを支配するエージェントに感情など皆無。何の縁もない命が消えた所で、影響など及ぼさなかった。
「そして“私”よ、ボルドー君の持っていたプログラムの解析はどうかね?」
「ふむ。解析を進めているが、これが思った以上に厄介だ。これはどうやら、私が#=――」
その時、ボルドーを上書きしたスミスの言葉が途切れる。そのまま続くが、まるでノイズが混じったようにはっきりしない。
スミスは訝しい表情を浮かべるが、すぐにコピー・スミスは元通りになる。
「――すまない。これは比類なき力を秘めているようだが、その分だけ不安定だ。無暗に触れようとしては、私の肉体に異変が起こるかもしれない」
「成程……だが、もしも万が一のことがあるのなら、“我々”は“私”を切り捨てなければならない」
「データは惜しいが、仕方があるまい。“力”など他にいくらでもある」
「だが、今は解析を進めてくれたまえ」
「当然だとも」
最優先事項は、救世主ネオ及び榊の殺害だ。その途中でハセヲやシノンも殺す。
その為に新たなる“力”を次々と取り込むべきだが、それにばかり拘りすぎて本来の目的を疎かにするなどあってはならない。そんなことになっては愚かな人類と同じだ。
だからといって“力”を諦めるつもりなど微塵もないが。
「残されたプレイヤーの数は【33名】……恐らく皆、一筋縄ではいかないだろう」
「だからこそ、“我々”の存在がより重要になる。ハセヲ君にシノン君、そしてアンダーソン君を殺す為にもな」
「ああ。“私”の方も、そろそろ連れてきてくれるだろう」
その言葉に答えるかのように、足音が響く。
二人のスミスが振り向くと、その先からまたもう一人のスミスが現れる。ワイズマンを上書きしたコピー・スミスだった。
「待っていたよ、“私”」
「待たせたね、“私”」
「どうやら、成功したようだね」
「ああ……しかし、NPCは道具屋以外に存在していなかった」
「“私”が増えたのなら、それで充分ではないか」
その会話に会わせるように、建物の陰から一人の男が姿を見せる。
ダークスーツと漆黒のサングラスが特徴的な男……エージェント・スミスだった。
「初めましてと言うべきかな? “私”」
「そんな挨拶は必要ないだろう、“私”」
「これは失礼した……だが、歓迎するよ“私”」
初対面の挨拶と呼ぶにはあまりにも淡々としすぎていて、それでいて相手への情愛が微塵にも感じられない。
しかし、彼らの間にはそんな物など必要なかった。例え【自分】がもう一人増えたとしても、そこに絆や信頼と言ったモノは存在しない。
目的を果たす為の駒が増える……その程度の認識しかなかった。
「あのNPCの上書きを果たしたのなら、アイテムの管理も可能なのかね?」
「ああ……だが、それは魔法道具屋の中だけだ。“私”が離れた途端、あの施設はただの建物に成り下がった」
マク・アヌには魔法道具屋というショップが存在する。スミス達はポイントを使い、そこで【平癒の水】を三つ手に入れて、回復した。
その際に1200あったポイントは一気に150にまで減少しているが、背に腹は代えられない。生存に比べれば、ポイントの価値などたかが知れている。
HPが200回復すると言う効果が、全体の何%に及ぶかは不明。しかし、半分以上を取り戻すことを可能としたならば上出来だ。
その後、スミスを一人だけショップに残して、道具屋の店主を上書きした。それによって時間を食い、そして魔法道具屋が使えなくなると言うデメリットも生まれてしまう。
しかし、それは他のプレイヤーも魔法道具屋を使えなくなることになり、逆転の芽を一つだけ潰せたのだ。
「ハセヲ君もシノン君も既に去った……マク・アヌにこれ以上留まった所で収穫は得られまい」
「では、次は日本エリアに向かうのはいかがかな? あそこには【月海原学園】という施設もある」
「学園……確かに、大量のNPCもいるかもしれない」
「そこに集まった者達を“我々”にしてしまえば、ハセヲ君達とも同等に戦えるだろう」
「それにメールの内容が正しければ、学園で“我々”の邪魔をすることは何人たりとも不可能だ」
定時メールによると、日本エリアの月海原学園では【モラトリアム】 が行われている。
そこは現在、交戦禁止エリアになっているらしい。そのルールを無視して戦闘行為を行い、NPCに発見されたらペナルティが課せられる。
ペナルティの詳細はわからない。しかし、これはスミス達にとってチャンスになる可能性があった。
禁止されているのは【戦闘行為】であり、自分達の【上書き】は戦闘行為に該当しない。NPCに対する【上書き】は攻撃的ではない接触を長時間続ければ、成立する代物だ。
むしろ逆に、それを妨害しようとして攻撃行為を行うプレイヤーにこそ、ペナルティが課せられるだろう。こちらも戦闘行為を行えないが、それはエリアにいる限り全員に該当する。
また、学園にNPCを支配し尽くせば、それだけで空間の情報が得られるかもしれなかった。
「さあ、急ぐとしよう。
“我々”を増やし、そして“我々”に煮え湯を飲ませた者達に、復讐を果たす為にも」
そして、四人のスミス達は日本エリアに向かって、一斉に走り出す。
その勢いに混じるかのように、微かな黒点が密かに浮かび上がった。
策を弄しているのはスミス達だけではない。ボルドーを上書きしたスミスの中に潜むAIDA・<Grunwald>も同じだった。
<Grunwald>は、自らを解析しようとするスミスを支配しようと試みたが、スミスもまた簡単に支配されるAIではなかった。
もしも、こちらが少しでもこちらの意図を察したら、その瞬間にスミスごと削除されかねない。それだけの冷酷さが、スミス達からは感じられた。
スミスにとって、同じスミスだろうと信頼を抱かない。それどころか、いくらでも代わりのいる駒……鉄砲玉に例えてもおかしくなかった。
事実、スミス達は二人のスミスが死んでも、微塵の悲しみも抱いていない。もしも、今ここでAIDAごとスミスが消えても、ただ戦力が減った程度の認識しかないだろう。何故なら、変わりはまた生み出せるのだから。
しかしだからといって、ただスミスに掌握されるつもりはなかった。少しずつ、時間をかけて、ゆっくりと牙を磨いでいく。
何らかの戦闘が発生すれば、スミス達の意識は嫌でも<Grunwald>から外れる。そこを狙えば、スミスを完全に暴走させることも不可能ではない。
そうしてコントロールを得て、他のスミス達にも<Grunwald>を感染させれば……全てはこちらの勝利だ。その為にも、今はスミス達に支配されたふりをしなければならない。
最悪の種は、まだ潜み続けている。
静かに、それでいて冷酷に。ゆっくりとだが、確実にその手を伸ばしていく。
全てをこの手にしようと目論む者達は、ひたすらに歩み続けていた。
3◆◆◆
(どうやら、彼らは日本エリアに向かうようだな)
マク・アヌから去っていくように、全く同じ姿をした四人の男は走っている。
その速度は凄まじく、韋駄天と呼ぶにふさわしい。全身から放たれる殺気と相まって、只者でないことが窺えた。
尤も、オーヴァンは動揺することもなかったが。
ファンタジーエリアの小屋を去ってからマク・アヌへと向かい、何か得られる者がないかを捜していた。だが、見慣れていたはずの街ではNPCの姿が見られず、まるでゴーストタウンと呼ぶに相応しい。
どうやら、無駄足に終わってしまったか……そんな微かな落胆を抱いた瞬間、魔法道具屋の前で四人の男を発見したのは。しかし、男達の異質な雰囲気が、接触を躊躇わせてしまう。
まるでクローン人間を見ているかのようだった。それに、一人一人から放たれている威圧感も凄まじい。オーヴァンとて半端者ではないつもりだが、それでも男達は異常だった。
単体で戦うのならば対処の余地はあるが、奴らは『数』という最大の武器がある。何の情報もない連中に攻められでもしては、負ける可能性も否定できなかった。
どうしたものか……そう思案するのと同時に、男達は魔法道具屋の前から去っていく。魔法道具屋から距離があったことに加えて、建物などの遮蔽物が多いおかげで気付かれずに済んだ
しかし、オーヴァンは安堵をしていない。ただ、疑問だけを抱いていた。
(あの黒点……まさか、あの男に種が撒かれているのか?)
一人の男から黒点が湧き上がっているのをオーヴァンは見ている。ほんの僅かだが、あれはAIDAが持つ黒点だ。
つまり、彼らはAIDAに感染していることになるが、その姿に見覚えなどない。そもそも『The World』のアバターに、西洋人男性を彷彿とさせるような職業など存在しないはずだ。
だとすると、別世界の人間がAIDAに感染したことになる。まさか、榊達によって感染させられてしまったのか。
(それに彼らはハセヲのことを知っている……)
そしてもう一つ、彼らはハセヲの名前を呼んでいた。
離れていたせいで全ての会話を聞くことはできなかったが、確かにその名が呼ばれている。『死の恐怖』を自称したハセヲの名前が。
恐らく、彼らはハセヲと戦ったものの、撤退を余儀なくされたのだろう。そして、今度はその数で報復を行おうとしている。
(彼らを追うか、それとも……)
男達は日本エリアに向かおうとしている。目的はハセヲの排除だろう。
あのプレイヤーを放置しては、いずれオーヴァンにも牙を向けてくる。だが、ゲームを加速させるプレイヤーの妨害をするのは得策ではないし、何よりもオーヴァン自身に火の粉が降りかかる。
AIDAや榊達の情報を餌にして、一時的な協定を結ぶ……そんなことなど期待できる訳がない。全ての情報を口にした後に切り捨てられるのは、目に見えている。
しかし、何らかの手を打たなければ厄介なことになるのも確か。男達を密かに追跡するか、それともマク・アヌを調べるか……思案を巡らせた後、オーヴァンは足を進めた。
【F-2/マク・アヌ/1日目・日中】
【エージェント・スミス@マトリックスシリーズ】
[ステータス]:HP60%強、ダメージ(中)
[装備]:{静カナル緑ノ園、銃剣・月虹}@.hack//G.U.
[アイテム]:基本支給品一式、不明支給品1〜10、{邪眼剣、スパークブレイド、妖精のオーブ×4}@.hack//、逃煙球×1@.hack//G.U.、破邪刀@Fate/EXTRA、サイトバッチ@ロックマンエグゼ3
[ポイント]:150ポイント/4kill
[共通の思考]
基本:ネオをこの手で殺す。
1:殺し合いに優勝し、榊をも殺す。
2:人間やNPCなど、他のプログラムを取り込み“私”を増やす。
3:ハセヲやシノンに報復する。そのためのプログラムを獲得する。
[個別の思考]
1:月海原学園へと向かい、そこに集まったNPC達を“私”にする。
2:アトリのプログラム(第二相の碑文)を解析し、その力を取り込む。
[共通の備考]
※参戦時期はレボリューションズの、セラスとサティーを吸収する直前になります。
※スミス達のメニューウィンドウは共有されており、どのスミスも同じウィンドウを開きます。
しかしそれにより、[ステータス] などの、各自で状態が違う項目の表示がバグっています。
また同じアイテムを複数同時に取り出すこともできません(例外あり)。
※ネオがこの殺し合いに参加していると、直感で感じています。
※榊は、エグザイルの一人ではないかと考えています。
※このゲームの舞台が、榊か或いはその配下のエグザイルによって、マトリックス内に作られたものであると推測しています。
※ワイズマン、ランルーくん、デス☆ランディ、ボルドーのPCを上書きしましたが、そのデータを完全には理解できて来ません。
※一般NPCの上書きには、付与された不死属性により、一時間ほど時間がかかります。
[個別の備考]
※エージェント・スミスが【静カナル緑ノ園】を装備した場合、『増殖』の特性により、コピー・スミスも【静カナル緑ノ園(コピー)】の同時使用が可能になります。
※【第二相の碑文】を入手しましたが、まだそのプログラムは掌握できていません。そのため、その能力を使用することもできません。
※魔法道具屋に売っている平癒の水を使用し(一つ350ポイント)、回復しました。
【コピー・スミス(ワイズマン)@マトリックスシリーズ】
[ステータス]:HP60%強、ダメージ(小)
[個別の思考]
1:月海原学園へと向かい、そこに集まったNPC達を“私”にする。
[個別の備考]
※エージェント・スミスが【静カナル緑ノ園】を装備しているため、コピー・スミスは【静カナル緑ノ園(コピー)】の同時使用が可能です。
【コピー・スミス(ボルドー)@マトリックスシリーズ】
[ステータス]:HP60%強、ダメージ(大)、(PP70%)、AIDA感染(悪性変異)
[個別の思考]
1:月海原学園へと向かい、そこに集まったNPC達を“私”にする。
2:ボルドーの持つプログラム(AIDA)を解蜥/R――――。
[AIDA] <Oswald>→<Grunwald>
[個別の備考]
※エージェント・スミスが【静カナル緑ノ園】を装備しているため、コピー・スミスは【静カナル緑ノ園(コピー)】の同時使用が可能です。
※ボルドーを上書きしたことにより、ボルドーに感染していたAIDAに介達感染しました。
また、スミスの持つ『救世主の力の欠片』と接触し、AIDA<Oswald>がAIDA<Grunwald>へと変異しました。
【コピー・スミス(魔法道具屋)@マトリックスシリーズ】
[ステータス]:健康
[個別の思考]
1:月海原学園へと向かい、そこに集まったNPC達を“私”にする。
[個別の備考]
※エージェント・スミスが【静カナル緑ノ園】を装備しているため、コピー・スミスは【静カナル緑ノ園(コピー)】の同時使用が可能です。
【F-2/マク・アヌの一角/1日目・日中】
【オーヴァン@.hack//G.U.】
[ステータス]: HP100%(回復中)
[装備]:銃剣・白浪
[アイテム]:不明支給品0〜2、基本支給品一式 DG-Y(8/8発)@.hack//G.U.、ウイルスコア(T)@.hack//、サフラン・アーマー@アクセル・ワールド、付近をマッピングしたメモ、{マグナム2[B]、バリアブルソード[B]、ムラマサブレード[M]}@ロックマンエグゼ3
[思考]
基本:ひとまずはGMの意向に従いゲームを加速させる。並行して空間についての情報を集める。
0:これからどうするか?
1:利用できるものは全て利用する。
2:トワイスを警戒。
3:リコリスの調査はGM側からの信用を得てから。
4:ゲームを進めるが、必要以上にリスクを背負うつもりはない。
5:もしもハセヲと出会ったら……?
[備考]
※Vol.3にて、ハセヲとの決戦(2回目)直前からの参戦です
※サチからSAOに関する情報を得ました
※榊の背後に、自分と同等かそれ以上の力を持つ黒幕がいると考えています。
※ただしAIDAが関わっている場合は、裏に居るのは人間ではなくAIDAそのものだと考えています
※ウイルスの存在そのものを疑っています
※コピー・スミス(名前を知らない)の一人がAIDAに感染されていると考えています。
【全体の備考】
※マク・アヌに魔法道具屋が存在しますが、魔法道具屋の店主がスミスに上書きされたことで使用不可能となりました。
※使用する為にはシステムを掌握しているコピー・スミスの存在が必要です。
以上で投下終了です。
修正するべき点などがありましたら指摘をお願いします。
投下乙です。
悪性ウイルス達は、つぶし合うのか、どちらかが更なる変異をするのか。
学校のNPC達のスミス化は、どうだろう。
校舎の中なら逃げるスペースはかなりありそうだけど。ゾンビ映画みたいになりそう。
スミスも他参加者との戦闘を避けるなら、妨害は楽そうだな。上書きの条件を見抜ければだけど。
スミス達の学園支配をレオ達は阻止できるのか
はたまたAIDAに邪魔されるのか
そして相変わらずハセヲ好きなオーヴァンw
投下乙です。
感想ありがとうございます。
収録の際にオーヴァンの状態表及び本文の一部を修正させて頂きました。
ゲリラという形になりますが、以前予約破棄してしまったパートを投下します
「ふぅ……」
息を吐き、そのまま座り込む。額の汗をぬぐった。
トモコと休憩がたらにキャッチボールをしたのち、休憩として彼はここにやってきていた。
月海原学園の地下に位置する学生食堂は、その席数に反して、座っている者は他に居ない。
自分一人だ。
トモコは――メールを確認しているうちにどこかへ行ってしまった。
だから、がらんとした食堂で、彼はウインドウに表示されたメールを見ていた。
二回目のメンテナンス。気絶していた前回と違って、こうしてメールを待つ身になるのは初めてだった。
それ故に緊張もしていた。前回は三人の知り合いの名がそこにはあった。
なら今回は――もしかしたらパカの名があるかもしれなかった。
「知り合いは誰もいないか」
まずそのことを確認した。やはり心の底で恐れていたのだろう。
これが六時間前の自分なら、その恐れすら自覚できなかっただろうが。
デスゲームと実感できていない。
その感覚を克服し、このゲームが現実のものだと知ったからこそ、ジローは恐れていたのだ。
とはいえ、幸いなことに知った者の名はそこになかった。
十人の脱落者。無論彼らがこの現実から脱落してしまったことは深刻に受け止めなければならないだろう。
ゲームは確実に進行しているのだ。
と、そこで彼は気付いた。
この学校にはあと二人、彼の他にチームメンバーがいる。
対主催生徒会なるデスゲームに対抗するチーム。
自分は誰の脱落も知らされなかったが、しかし彼らは――
「……ちょっと見てくるか」
ジローはそう言ってすっと立ち上がった。
誰も居ない食堂を後にして、学園の廊下へと躍り出た。
(レオはたぶん図書館か……トモコちゃんはどこだろうな)
ジローは辺りを窺いながら、たん、たん、と階段を駆け上る。窓の外には空を覆う雲が見えた。
レオは何かやることがあるとか言っていたし、トモコも目を離した隙にどこかに行ってしまった。
とはいえ学園の外に出るということはないだろう。
デスゲームであるが――この学園は例外的に安全地帯となっている。
「おや、ジローさん」
二階に続く階段の途中、レオに行きあった。どうやら彼もまたこちらを探していたようで、顔を会わせた瞬間ぱっと嬉しそうに笑った。
えらく爽やかな笑みだった。
「あのさ、レオ。さっきのメールのことなんだが――」
「よくぞ来てくれました! いやぁ、貴方に会いたかったんです。
是非見ていってください。遂に完成したんですよ」
「は?」
不安と反して何時もと変わりない、いや何時も以上に元気なレオに、ジローは目が点になる。
そんな自分に対しレオはにこ、と悠然と微笑みを浮かべていた。
「やりましたね、レオ。私も感無量です。ここは臣下の者にも喜びを分け与えるべきかと」
と、そこでどこかより現れたガウェインが姿を見せた。
そういうものだと知っているはずなのに、ジローは突然の登場に思わず肩を上げてしまう。
流石に声は出なかったが、突然何もないところから出て来るのは正直止めて欲しい。
「ええ勿論です。まさに今ジローさんを誘っていたところなのですよ。
いや、ついにできたんです……アレが」
「やりましたね、レオ」
盛り上がっているレオとガウェインに対し、ジローは言葉を挟めない。
アレ、とは何なのだろうか。もしかしてこのゲームを転覆するのに必要な何かとかだろうか。
「では、ジローさん、こちらへ」
付いていけていないジローのことを察したのかしていないのか、レオは揚々とどこかへ向かい始めた。
ガウェインも当然それに従い、彼の一歩後ろを守るように歩んでいく。
ジローは困惑しつつも彼らのあとを追った。
向かったのは様々な情報が置いてある――図書館ではなく、
「ここです」
「え、ここって……」
二階の一教室――二年生の教室の一つだった。
それは知っているが、だがここには何もなかった筈では。
そう思ったが、レオに促されおずおずとジローは扉を開けた。
(一体何が……ってあれ?)
そこに広がっていたのは何の変哲もない教室――ではなかった。
部屋の中心には楕円の形をしたテーブルが置かれ、壁には全面格子状のウッドラック、大きな本棚がある。
それら調度品はどれも艶々と輝き質の良さをうかがわせた。床には紅いカーペットが敷かれ、その柔らかな感触もまた高級感があった。。
「んん? あれ、ここ」
言うまでもなくここはこんな部屋ではなかった筈だ。
戻って確かめてみると、プレートにはこうあった。
生徒会室、と。
レオはにっこりと笑みを浮かべた。
「できたんですよ。ついに我らが対主催生徒会の生徒会室が」
「生徒会室って……お前こんなもの作ってたのか」
「ええ! 生徒会には生徒会室が必要です。当然ではないですか」
(当然なのか? それ……)
戸惑いつつも、ジローはもう一度中を覗いてみる。
なるほど確かに会議用のテーブルの配置やら、奥に見える活動予定の黒板(型のディスプレイ)などはドラマなど見るような生徒会室らしいように見えなくもない。
それにしてはいささか高級感溢れ過ぎている気もするが。
とはいえ気になったのはそこではなかった。ジローは気付く。この部屋のおかしさに。
(何か……形が違わないか?)
何というか、広さが違う。単純な面積だけならば少し狭くなり、代わりに横に広くなっている。
視線を外と中を言ったり来たりさせてみると、違いは歴然だ。というか扉の大きさが中と外で違う気がする。
調度品を変えただけならば単なる模様替えと相違ないのだろうが、これでは文字通り別の部屋を作ったような……
「これで安心して生徒会活動に励むことができます。いやぁ、よかった」
が、レオはそんなジローの疑問を無視してそんなことを言った。
その姿を見てジローははっ、とする。
そういえば自分が元々ここに来たのは――
「――あのさ、レオ」
ジローは少し声色を落として尋ねた。
そこに含まれた神妙な色を汲み取ったのか、レオは笑みを消し「何です?」と返した。
「さっきのメールだけどさ」
「ああ、あれですね。気になるのはアリーナのイベントですが……」
「そうじゃない! そうじゃなくてさ、お前は……その、いなかったのか。知り合いが」
歯切れ悪くそう尋ねると、レオは間を置かず、
「居ましたね。一つ、できれば道を共にしたかった卿の名が」
そう答えた。
あまりにもあっさりと彼は言ったのだ。
ジローは一拍遅れて、
「それは、その……」
「はい。残念でした。彼ならばきっと心強い味方となってくれたと思うのですが。
ジローさん、貴方はどうですか?」
「え? ああ、俺は今回はなかったけど」
「そうですか! それは良かった。もうこれ以上、犠牲を出したくはありませんから」
だから、とレオは言い、
「頑張りましょう、ジローさん」
そこで再び微笑みを浮かべた。
励ますつもりが励まされてしまった――と思ったところで、ジローは思い出した。
そうだ。レオと自分は違うのだ。メールにあったという名が彼にとってどのような人物だったかは分からないが、たとえ深い間柄であろうとも、きっと彼は冷静なのだろう。
レオは、レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイは決して取り乱したりなどはしない。
常に冷静に、先頭に立って道を示す。そういう人物だ。
それは知っていた。知っていたからこそ、自分はかつて反感を抱いたのだ。
自分やあの妖精の少女が抱いた戸惑いを、弱さを、軽く扱われているような気がして。
しかし、今こうして彼のこういった側面に触れると、ジローは反感ではなく、また別の感情を抱いていた。
常に王であり、泰然と玉座に座する。
それは凄いことなのかもしれないけれど、それは弱さがないのではなく、弱さを持ちえないということではないのか。
もしかしたらそれはとても悲しいことなのではないか――そんなことを思ってしまった。
(馬鹿な話だな。フリーターの俺がレオみたいな凄い奴にこんなこと思うなんて……)
だが、ジローは知っている。
自分から見たら雲の上にいるような人間が抱える、重い道を背負ったが故のつらさを。
一族の生き残りであるパカが復讐という道に生きざるを得なかったように、レオもまたそうやって、弱さを持たず生きていかなければならなかったのではないか。
(レオも何か凄い財閥を率いてた一族の一人なんだよな……パカと同じく……)
もしかしたらパカもこうやって――全く想像できないが――生きていたのかもしれない。
そう思うと、ジローは複雑な気分になった。
みんな、大変なのだ。
自分の就職先が潰れてしまった時は世の中を呪ったりもしたものだけど、だからといって他の人たちが楽な道を行っている訳ではないのだ。
そんなことを考えてしまうだなんて、『俺』との決着がついて少しだけ余裕ができたのかもしれない。
「さて、では今後の活動について話し合いたいですね。
トモコさんを呼んできてください。ハセヲさんが戻ってきてくれるといいのですが……」
その言葉にジローは再び顔を上げる。
そうだトモコだ。あの娘にももしかしたら――
彼女はレオとは違う。
王子様の恰好をしているけど、ただの女の子だ。
前回のメールでは知り合いの名はなかったみたいだけど、今回もそうとは限らない。
「しまった……」
「ジローさん?」
「探してくる」
居ても経ってもいられなくなったジローは、すぐさまその場を後にした。
音を立てながら学園内を探し回る。壁に貼られた“廊下を走ってはいけません”という文言が目に入ったが、無視した。
三階のどの教室にもいないし、二階にも一階にもいない。もしかしたらと覗いた保健室では桜が変らず微笑んでいた。
どこだ。どこにいったんだ。
「おーい、トモコちゃん」
声を上げながら校舎内を走り回る。
そうしていると、ふと半日前のことが思い出された。
ここで戦うことになった妖精の少女。あの少女に追われ自分はこうやって校舎中を駆け回っていた。
あの時は逃げていた。でも、今は違う。
『俺』の声はもう聞こえないし、レオのことも少しは分かった気がした。
だから、トモコのことも――
その時、ジローはパッと閃いた。
そうだ。まだあそこを探していない。
妖精の少女から逃げる際、最後に逃げ込んだあそこを。
「屋上だ」
言ってジローはすぐさま階段を駆け上った。
扉まで詰め寄り、開ける。がちゃりと音がして開いたその先には――
「どうしたの? おにーちゃんっ!」
◇
空には雲が目立っていた。
完全に陽の光が隠された訳ではないが、どうにも雲行きが怪しい。
一雨来るのか――いや、そんなイベントは記載されていないから、それはないか。
そう思いつつも、スカーレット・レイン/上月由仁子は空から目を離せなかった。
学園の屋上に転がり、柄にもなくぼんやりと空を見上げてしまう。
別に何が面白い訳でもないが、空は綺麗だった。
「ったく……」
空を見ていると、思わず声が出た。
出た声は思いのほか不機嫌そうな声色で、ああ自分は苛立ってるんだな、と気付いた。
さて、どうしようか。
いや別にどうこうもない。
何が変った訳でもない。状況は依然として変わりなし。
自分はゲームに囚われログアウトできず、課せられたリミットはあと十二時間。
たった半日でGMに何かしら手を打たねば、ウイルスで自分は死ぬ。
死んで、居なくなる。それだけだ。
それくらい分かっている。問題はそこじゃない。
「ピンチになったら、いつでも飛んでいく……って」
言ってただろ。
そんな言葉が自然と漏れていて、そこに含まれた縋るような響きにニコは複雑な感情を抱いた。
縋るような、いや、どちらかというと恨みがましい。
特に変ったことはない。
ただ、メールに記載されていた名前に見覚えがあっただけだ。
だからどうということもない。別におかしな話ではないのだ。彼らがゲームにエントリーされていることも、脱落したことも。
別のおかしくはない。他のバーストリンカーが脱落して、自分がまだ残っていることも、レベルを考えればある意味当然といえる。
なのに、不思議と納得できない。
何でだよ、と問い詰めたくなる。
「あんたさ……割とマジで期待してたんだぜ。
その言葉さ、約束さ、忘れたとは、言わせねえって」
なじるような言葉を、抑揚のない声に乗せ、吐き出す。
本当は思いっきり叩きつけてやりたい言葉なのだが、残念ながら相手がいない。
仕方ないので空に投げた。鳥の一つでも飛んでいればいいのに。そういう細かな背景オブジェクトが仮想空間にリアリティを齎すのだ。
まぁ、何といってもいないものは居ないのだが。
ルールによればこのゲームでの“死”は真の“死”だというが、しかし実際どうなのだろう。
このデスゲームには様々な仮想空間よりアバターを引っこ抜いてきているようだが、当然元の仕様はそれぞれ違う。
システムは勿論のこと、“死”の仕様もだ。
たとえばレオがいたムーンセルにおいて、電脳死というのはそのまま現実での“死”を意味していたとか。
ならばこのゲームでの“死”の仕様はそれと全く同じと考えてもいい。分かりやすい。現実と同じなのだ。
では自分のような、ブレインバーストのデュエルアバターにとって“死”はどんなものか。
対戦においての敗北――これはバーストポイントを失うだけだ。まさかこの場で死んでそれと同じな訳がない。
いくらなんでも釣り合わない。
ならば、ニューロリンカーを利用して本当に“死”を与えるか、あるいは最低でもこのアバターの“死”――それはポイント全損だ。
バーストポイントを全損したバーストリンカーは加速世界より追放される。
その際には加速世界に関連した、全ての記憶が消去される。
それは肉体的には生きていても、ある意味ではそれも真の“死”だ。
「ああ……何か、めんどくせえ」
色々と考えることが億劫になってきた。
ベッドにくるまって寝たい。いやそんなことをしている暇がないのは分かるが。
“死”とは何なのか――そんな小難しいことを考える気はない。
とにかく、このゲームで脱落したバーストリンカーとは二度と会えない。少なくとも加速世界では。
まぁ会うも会わないも――このデスゲームから脱出(ログアウト)し、元の現実に戻れたらの話ではあるのだが。
「要はあんたも、あとグレウォのアイツも、二度と会うことはねえって訳か」
纏めればそれだけの話だ。
よくある話だ。別のこのデスゲームじゃなくっても、元々の加速世界でだって、あり得た話なのだ。
ただだから、一言言うとすれば、
「忘れんじゃねえぞ。もう一つの方……そしたらもう一度……」
メールくらい待ってやるからさ。
そう口にしようとした瞬間、
「あ、ここに居たのか!」
屋上の扉が開け放たれた。
そこに居たのは見知ったあの冴えない青年だった。
彼はどこか切羽詰った顔をして、しかも走ってきたのかはぁはぁ、と肩で息をしている。
そんな彼に対しニコは言った。
「どうしたんですか? おにーちゃんっ、そんな顔して」
◇
「どうしたんですか? おにーちゃんっ、そんな顔して」
ひょい、と起き上ったトモコがそう元気よくいった。
天使のような笑みを、変わらずに浮かべて。
(あれ?)
その笑みにジローは何か違和感を覚えた。
何もおかしくはない。おかしくはない筈なのに。
――それがおかしい。
「……どうしたんですか。
あたしは別に大丈夫ですよ?」
しかし彼女は何も変わらない。
変ってくれない。
だからジローは上手く言葉が出ない。
絶対にかけるべき言葉がある筈なのに、しかし思い付かない。
固まってしまったジローを前に、彼女は天使のように笑って見つめている。
ふと思った。
どうしてこの娘はこんなにも笑っていられるのだろう。
思えば彼女は笑ってばかりいる。
それ以外の表情をジローはまだ見たことがない。
出会った時から――彼女はレオと並んで朗らかな笑みを浮かべていた。
こんなデスゲームであっても、だ。
レオは分かる。彼は元いた場所からして生きるか死ぬかの世界だった訳だし、何より彼は王として生きてきた。
生きていかざるを得なかった。
しかしそうでない者――自分やあの妖精の少女はまずこの現実を認めることができなかった。
デスゲームに対しどっちつかずの中途半端な態度でいるか、全てから目を逸らし逃げることを選ぶか、どちらにせよ笑うなんて無理だった。
しかし、彼女は――目の前の少女は違った。
出会った時から彼女はずっと笑っている。天使のように。
「なぁ……ちょっと聞いていいかな?」
ジローは思わず尋ねていた。
怖くないのか。だなんて、今さらになって。
「怖くなんてないですよ!
――だって、守ってくれる人がいますもん! レオおにいちゃんにハセヲお兄ちゃん、それに勿論ジローお兄ちゃんも」
微笑みを崩すことなくトモコは言った。
そこでジローは確信した。
確信したが、しかし何といえばいいのかはやはり分からなかった。
「……レオが呼んでいたから、呼びに来たよ」
結局出たのはそんな言葉だった。
それでは駄目だ。かけるべきはこんな言葉じゃない。
その思いを余所にトモコはパッと顔を上げ「本当ですか!」と快活に言っている。
「じゃあ、行ってきます!」
「……あ、うん」
トモコがばたばたと校舎内へともどっていく。
その愛らしい後ろ姿を、ジローは黙って見ていることしかできなかった。
◇
ジローがトモコを呼びにいった間も、レオは作りあげた生徒会室に残っていた。
梅郷中学校の生徒会室をベースに、レオ独自の生徒会解釈を盛り込んで作った部屋だ。
そこで会長席に座り、紅茶を含みながら、レオはデータファイルを開いている。
無駄にできる時間はない。ウイルス発動まで12時間を切り、協力者候補がさらにまた一人倒れた今、一切の予断は許されないだろう。
だから、この生徒会室にも勿論“無駄”はない。
そんな生徒会室でレオはなすべきことをやっている。
その傍らにはガウェインが静かに寄り添う。静かに彼らはいた。
「レオお兄ちゃん」
そこに一人の少女がやってきた。
赤みかかった髪を揺らしながらやってきた、愛らしく小柄な少女。
彼女は生徒会室の中に入ると、わっと驚きの声を上げた。
「すっごい……こんな豪華な生徒会室作っちゃんですか」
「ええ、活動に必要かと思いまして」
大仰に驚いてみせる彼女に対し、レオは微笑みを浮かべる。
その間も彼女は「おお」とか「はあ」とか感嘆の素振りを見せていた。
それをレオは眺めている。表情を変えることなく。
「トモコさん」
「はい? 何ですか、レオお兄ちゃん」
「大丈夫でしたか?」
問われた彼女は目をぱちくりとさせ、
「大丈夫って、どういうことですか?」
「いえ分からないならいいんです。ジローさんがとても心配していましたからね」
「あたしは大丈夫ですよ。だって、レオお兄ちゃんたちがいますもん」
そう愛らしく言って彼女はレオを見上げた。大きな瞳を僅かに潤ませて、彼女はレオを見ている。
レオは微笑みを崩さなかった。
崩さずに、言う。
「トモコさん、ちょっと外に行きませんか?」
「……え?」
「いえ、ちょっと僕も外の空気を吸いたくなりまして」
突然の提案に彼女は戸惑いの表情を浮かべる。
そんな彼女を余所にレオは揚々と立ち上がり、生徒会室を出た。
「え、あ、待って下さい、レオお兄ちゃん」
「じゃあ早速グラウンドに行きましょう! 部屋に籠っていては肩も痛くなります」
戸惑う彼女を連れてレオは校舎の外へ。
外は風が少し冷たかった。空は明るくいい天気であったが、快晴という訳ではなく雲も目立つ。
そんな空の下、レオは言葉通りグラウンドへと降り立った。ぐしゃ、と土を踏みしめる。
「うん、やはり学校というのはいいものだ。
そう思いませんか? トモコさん」
「はぁ……あ、はい。そうですね! お兄ちゃん」
やってきた彼女に問うと、首を傾げつつも答えてくれた。
レオの意図が掴めないようだった。が、答えは相変わらず快活で、大きな声がグランドに響いた。
そんな彼女にレオは口を開いた。
「……さて、トモコさん。
改めて聞きます。大丈夫ですか?
何でも言って下さい。出来る限り対処します。
僕は貴方たちを守ります。生徒会長として、みなを率いていかねばなりませんから」
それを聞いた彼女は愛らしい微笑みを張り付けたまま、
「順調ですか?」
……と答えた。
「順調、とは?」
「もちろん生徒会活動です! 午前中からの作業って上手く行ってるのかなって」
問いを無視された形になったが、レオは柔らかな口調で、
「ええ、順調です。
データの分析、脱出プランに関しては大分まとまってきました。
あとは戦力さえ整えば本格的に動くことができるのですが」
そう事実を告げる。
この月海原学園のデータ。ゲームの根底に走るルール。
その解析はまだ終わっていないが、得られたデータからある程度仮説が立てられる。
やはり“ダンジョン”――アリーナを基にしたと思しきあれは、存在自体が奇妙だ。
このゲームのルールはそれは榊の言う通りプレイヤー同士の争いの筈だ。
しかしでは何故あのような“ダンジョン”を用意していたのだ。
没データとして埋まっていたが、それをルールブレイクしてまで踏み入った筈の自分にGMから何の接触がない。
それが意味することは、つまり――
「あのファイルの内容も、大変興味深いものでした」
先程解析終わったあのファイルの内容。
それはどうやらハセヲがいたというネットゲームについての情報だった。
何故そんなものがここにあったのか。それもまた一つの可能性を示している。
「ええ、順調です。このまま行けば無事目標は達成できそうです」
「そうですか。それはよかったです!」
その報告を聞いて彼女はニコニコと笑っている。
レオは何も言わずその笑顔を眺めた。
月海原学園には穏やかな午後の風景が広がっていた。
静かな街の中、風が木々を揺らし、校舎は陽光を受け照っている。
そんな中で彼らは二人で笑いあっていた。
――彼女がふと顔を逸らすまでは。
彼女はレオから視線を外すと、不意に空を見上げた。
「xxxxxx」
そして何かを呟いている。小さな声で、レオはそれを聞き取ることはできない。
「……何ですか?」
そう尋ねると、彼女はまたレオを見た。
笑っていた。
天使のような笑みを、再度張り付けたまま、彼女は言う。
「……だよ」
僅かに語気を強めながら、その声に苛立ちを滲ませながら、彼女は言う。
「……って言ったんだよ」
――笑みを打ち破るようにして、その下から凶暴で獰猛な表情が浮かび上がる。
「――ああもうめんどくせえって言ったんだよ」
叫びと共にグラウンドは嵐が吹き荒れる。
赤く、朱く、そして紅く、視界が埋まっていく。
その中心に座するは彼女――紅の王・スカーレット・レインである。
最初に見えたのは小柄な紅だった。
紅いマシンだ。
真紅の装甲に包まれているのは全長130センチメートルほどの華奢なボディ。
人を模した腕と手を持ち、頭部にはつぶらな両眼カメラに加え、結わえ髪形のアンテナまであった。
元々の少女の面影を強く残した――紅い少女型のマシン。
彼女はボディと同じ紅いハンドガンを握りしめ、その銃口をレオへと向けた。
レオは表情を消し、とん、と後ろへと下がる。距離を取り彼女と相対した。
「さあて、レオ坊ちゃん」
それは先ほどまで彼女の時からは考えれない、獰猛で威嚇的な声だった。
「面倒だからさ、もう黙ってろよ」
そして言う。「着装《インビンシブル》」と。
瞬間、空間がぐにゃりと歪み、真紅に輝く武骨なブロックが虚空より現れた。
その紅が小柄な紅を包み隠すように殺到し、ちまちに紅は膨れ上がる。
分厚い装甲が装着され、続いて四連装機銃、ミサイルポッド、ホバースラスターがごん、ごん、と音を立てて次々と形成される。そして最後に長大な二門の主砲が長く伸びた。
数秒で少女のカタチは消え去り――代わりに巨大な要塞が大地を震わせた。
「不動要塞《イモービル・フォートレス》」
グラウンドを埋め尽くす紅い要塞を見上げながら、レオは短く言った。
「なるほどこういうことでしたか。
それが貴方の本当姿……デュエルアバターなんですね――スカーレット・レインさん」
いえ、とレオはあくまで穏やかに呼んだ。
その武骨な外観を見上げつつも、態度を崩すことは無い。
言われたレインは「はんっ」と馬鹿にするように言った。
「やっぱり気付いていたか。変だと思ってたんだよ。あいつだって気づいたのに……お前みたいな有能な奴が気が付かない訳がねえ。
最初から全部茶番だったってか。全く阿呆かっての。なーにが生徒会だ。なにが生徒会長だ」
罵倒の言葉を投げつけながらレインはその主砲を動かしてみせた。
金属の軋む音を立てながら、その巨大な砲がレオへと向く。
その巨大な砲塔を前にしてもレオは表情を変えない。あくまで穏やかにレインを見上げている。
「その余裕が――」
レインは苛立ちを隠さず叫んだ。
「――ムカつくんだよ!」
瞬間、駆動音を上げながらビームが放たれる。
それを前にしてもレオは変りない。ただ「ガウェイン」とただ一言、自らの剣を呼んでいた。
「はい、レオ」
――そして、騎士は王の前に降り立った。
銀の鎧に身を包む騎士。ガウェインはレオの前に現れた彼は迷いなくその剣を振るう。
紅の奔流を太陽を背に切り裂いていく。剣は光を弾き返し、レオに一切届かせることなく紅を散らした。
「呼ばれたら来るかよ。犬みてえな奴だな」
「…………」
振りかかる罵倒にガウェインは意に介さない。
彼は己が王の前に立ち、ただ毅然とした視線を己が敵――赤の女王へと向ける。
「黙ってんのか。王がそれなら、その下も揃ってつまらねえ」
「面白味など不要です。私はただ剣を捧げる――それが騎士というものだ。
赤の王よ、貴方も王を名乗るであれば、振るう剣の一つや二つ持っていた筈だ」
「生憎とあたしは“遠隔の赤”でな。剣なんか持ってねえんだ」
レインはそう叫びを上げ、瞬間その両肩の装甲が音を立てて開く。
そして硝煙と爆音をまき散らしながらミサイルを発射した。
「――ロータスと違ってなぁ!」
噛み合わない言葉と共にその敵意を押し付けた。
平和な筈のグラウンドの頭上を無数のミサイルが埋め尽くす。
ドドドド、と爆音が連なる破壊の豪雨に、王を背後にガウェインは敢然と立ち向かう。
正面からミサイルが来るのなら、剣で大剣で切り裂こう。
後方より来るのならば振り向きざまの一撃で弾き返す。
四方八方と襲いかかかる紅い敵意。剣で足りぬというのならその身を投げ出せばいい。
雨粒一つ通しはしない。この身は剣だ。純粋な剣となって王に振るわれる。
「ハッ!」
弾頭を迷いない太刀筋で捉え、弾頭ごとを鍛え上げた膂力を持って粉砕する。
鉄がひしゃぐ感覚を受けながらも、その手は既に次なる砲弾へと伸びている。
ただ敵意を裂くだけでは駄目だ。決して王に届かせてはならない。
単に叩くではなく、跳ね除けるのだ。
バゴォン、バゴォンと音を立ててミサイルは爆発した。
これが東洋の侍ならばミサイルを真に斬ることも可能であったかもしれない。
彼らには技がある。ミサイルのどこを裂けば爆発させることなく沈黙させられるのかを感覚で知り、信管を正確に捉え斬ることもできよう。
だがガウェインら西洋の騎士は技でなく、何よりも膂力こそが物を言う。
故にガウェインは――裂いたミサイルを爆発ごと遠くまで弾き返す。
全ては王の為、王には土一つ付けさせてなるものか。
凛然と輝く太陽の下、ガウェインは極限の集中を持って剣を振るった。
何を恐れる必要があろう。いくら空を砲弾で埋め尽くそうとも、太陽の輝きは消すことができない。
そして今は自分は王の剣。剣が恐れを見せること、それ即ち王の恥となる。それこそ騎士の名折れだ。
その揺るがぬ意志を以てして――彼は成し遂げた。
ミサイルが過ぎ去ったあと、彼の後ろには変わらぬ微笑みを浮かべる王の姿があった。
「レオ」
「分かっています」
必要最低限の会話。それだけで彼らには十分だった。
ミサイルの嵐の中、レオは一切取り乱さず、そして一歩たりとも動かなかった。
結果としてミサイルに振られ穴だらけとなったグラウンドの中にあって、彼の周りだけが円を描くように盛り上がっていた。
「ガウェイン、しばらくこちらからは手を出さないように。
彼女は貴重な戦力であり、何より副会長だ。おいそれと離反させるつもりはありません」
労いの言葉も必要ない。ただ状況を広く把握し、最も正しい道を示す。
それがレオの王としての在り方。
だがそれを否定するがごとく相対せし王は叫びを上げた。
「ったく。何でもかんでも余裕ぶりやがって……!」
レインはその言葉に苛立ちを滲ませ、次なる攻撃を放った。
がこん、と音がしてその巨大な砲が動く。要塞の象徴――二本の主砲だ。
「黙ってろ!」
その言葉と共に、今度は極太の光線が発射された。
ビームである。
◇
主砲をぶっ放しながら、レインが思っていたことは一つだった。
そもそも彼女は最初からそのことしか考えていない。
深い考えなど一切なしに、直情的に引金を引いていた。
――ああ、ただただめんどくさい。
理由は何だったのだろうか。
考えるまでもない。アイツの――シルバー・クロウの脱落だ。
そんなことは自分でも分かっている。
苛立つほどに分かっている。
しかし、それは決定的なことではないのだ。
彼の脱落があったからって何が変った訳でもない。
“死”とやらどんなものなのかは知らないが――シルバー・クロウの喪失というのならば、そもそも覚悟していた。
していた筈だ。
だからこそ何もしなかった。
このデスゲームから脱出するというも目的も、レオたちと行動を共にするという策も、変更したりなどしなかった。
何時ものように猫を被り天使のように笑う。
この笑顔は鎧だ。本当の自分におっかぶせた何よりも硬い鎧。
知っている。それが恐怖に由来しているものだということを。
怖いから、生身のままでいることができないから、だからこそ自分は鎧を被る。
結果的に自分の現身たるデュエルアバターだってこんなものになってしまった。
鎧に鎧を重ね着して、それでもまだ怖いから銃を纏って敵を遠ざけて、最後には自身をすっぽりと覆う要塞とまでなった。
だから慣れていた筈なんだ。
要塞に籠り続けるのも、守ってもらう為に笑顔を被るのも。
レオはそれを見抜いていたのだろう。
別にそれは、いい。
自分だって奴のことを探るように近づいた訳だし、結果それぐらい有能な奴だと分かったからこそ、一緒に居た訳だ。
だからずっと天使のままでいることにした。話を合わせることにした。
こんな糞みたいなデスゲームを破壊する為に。
そのつもり――だった筈なのに。
奴は、レオは自分に話を聞いた。
わざわざこんな場所まで連れて出して。
それは結局察していたからだろう。
スカーレット・レインがサイトウトモコという鎧に隠れていることを、
そしてその内面がひどく揺れたことを。
察した上で、奴は探ってきた。
スカーレット・レインという駒に生じた不確定要素の程度を、
叛意はないか、まだ使い物になるか、もしや折れて頼ってくるかもしれない。
きっと様々な可能性を考えて、探っていたのだ。
最悪の事態――スカーレット・レインの暴走と言う事態まで想定して、収集したデータに傷がつかないよう外まで誘導した。
本当に、笑えるほど有能だ。
まさしく《王》という奴だ。
《王》になるべくして生まれ、《王》として正しくあり続ける。
加速世界すら届かない――現実という絶対的なフィールドを支配する器が、彼にはある。
それを認めた上で――スカーレット・レイン/上月由仁子はひどく面倒になった。
彼を恐れ鎧を纏うことに。
天使のような笑みを振りまいて、したくもない生徒会ごっこなんかやることに。
何より――今の自分の心さえカードの一枚として扱われる、この現状に。
嫌気がさした。
どうせ怖いんだ。
こんな要塞まで築いて《王》になってレギオンを率いて、でも、それでも怖いんだ。
だって本当の自分は弱いから、力も立場もない子どもでしかないから。
周りが一たび牙を剥けば、それで終わってしまう。
だから――彼と約束なんかした。
その約束すら、その弱さすら、割り切って生きていくのか。
「レインさん」
ガウェインに守護を任せたまま、レオは語りかけてきた。
穏やかに、なだめるように、諭すように、その声は響く。
まだ戻れますよ。とでもいうように。
「レインさん。思うに貴方は本来もっとクレバーな人間の筈だ。
僕に何か落ち度があったら謝ります。対主催生徒会には貴方の戦力が是非必要なんです。
どうか銃を納めてはくれませんか」
その言葉にレインは思わず笑ってしまった。
こんな時――銃をまさに向けられながらも「謝ります」だと。
「レオ――あんたはさ、確かに《王》だよ。
あたしなんかよかずっとそれらしい。そんくらい認めてやるよ。
強いし、正しい。あんたの剣だとかいうガウェインだってトンデモねえ情報圧だ。
それを何も間違うことなく使うことがあんたにゃできるだろうよ」
主砲を放ちながらレインは言葉をぶつける。
胸から溢れる言葉は強い。声高に、そして毅然と目の前の王を糾弾する。
しかし、その声は揺れている。
怒りでも悲しみでもない、ただただ強いだけの想いが胸の中に渦巻いていた。
「だけど、あたしはそんな《王》でありたいとは思わねえ。
そうさ! 全部幻想だ。仲間、友達、軍団、それに親子……そんなもの全部幻想に過ぎないさ。
絆なんて……繋がりなんて……現実では信じるに値しない幻想だよ。夢みたいなものだ。
あんたみたいに軍団全てを要素として……正しく運用してみせるのが正しんだろうよ。ああ、現実的だ。
だけどな、全部が全部正しいような奴に、そんな幻想にすがることすらできないような奴に
――なりたいと思うものかよ!」
その叫びは紅い光となって吐き出された。
戦術もへったくれもない。ただの火力のごり押し。
何時もならレインはこんな戦い方をしない。そもそもこんな戦いなどしない。
分かってるさ。自暴自棄になってるって。
八つ当たりみたいなものだ。
ただこの男にはこうしてぶつけてやらないと、気が済まない。
何もかもが面倒だ。
取り繕って何になる。
「……そうですか」
残念です。
そうレオの唇が動いたのが分かった。
瞬間、ガウェインの表情が変わる。
ついに本気――ということか。
これでようやく勝負になる。どっちが勝つか、なんてのは考えるまでもない。
負けるのは自分の方だ。
こんな馬鹿みたいな戦い方をしている自分に対して、向こうはきっと幾つも切り札を隠し持っている。
レオという《王》はそういう奴だ。
本当ならばペナルティやらなんやらで反撃もしたくない筈だ。スカーレット・レインという戦力を失うのもつらいだろう。
だが、仕方ない。
そうやって割り切ることができる。
できるからこそ、彼は《王》なのだ。
「……はっ」
笑ってしまう。
何にか。自分でもよく分からない。きっとこの状況そのものだろう。
これで終わりか。命まで奪う気なのかは分からないが、不確定要素を生かしておくメリットもない。
あーあ、赤の王たるものがこんな結末かよ。
こんな形でいなくなれば、《プロミネンス》もきっと混乱するだろう。
後釜にはパドあたりが座ってくれるといいが、自分がいなくなればブレイズ・ハートたちはまた暴れるだろうな。
知り合いが――よりにもよってあいつが居なくなったからって自棄になって、それで暴走して、終わり。
馬鹿みたいだ、と思う。
両方とも脱落してしまったら、それこそ約束が守れない。
互いが互いを忘れて、それで終わり。
ガウェインがその剣を振りかぶる。
レインは思考を垂れ流しながら、彼らから目を離した。
何となく、空が見たくなったのだ。
本当に何となく、意味もない筈の行動だったのに。
「は?」
そこで彼女は見てしまった。
「おーい!」
学園の屋上で必死の形相で叫びを上げる青年の姿に。
「レオ! ここは俺に任せておけ」
その名は十坂ジロー。
何の力も持たず、世界の救世主でも生粋ゲーマーでも、もちろん《王》でもない、ただのフリーターはそう自信満々に言ってのけたのだ。
◇
「……ふぅ」
まずジローは息を吐く。
呼吸を落ち着けなくては。さっきからずっと叫んでいて、喉が痛い。
とはいえここからが本番だ。ここからグラウンドまで声を響かせなければならない。
野球部での声出しの経験がこんなところで生きるとは、人生が何が役に立つのか分からないものだ。
「……何だよ、あんたみてえな奴が出る幕じゃねえんだよ」
紅い要塞――トモコだったものが言った。
彼女、スカーレット・レインとガウェインの壮絶な戦いを、ジローは屋上より眺めていた。
最初は全く訳が分からなかった。無論今だって細かい事情は分からない。
しかし、やるべきことは分かっていた。彼女の言葉を聞けば、簡単だ。
「そんなことはない。俺だって生徒会の一員なんだぜ」
「うるせえあたしを巻き込むな。子どもならやり込めると思ったか?
そんなんだから就職できねえんだよ、この無職」
「うっ……」
その罵倒にジローは思わず言葉に詰まる。
声色こそ同じなものの――そこに現れる性格はまるで反対だ。
目の前にいるのはもうあの天使じゃないのだ。
とはいえそういうのはもう慣れているのだ。
デンノーズで野球をしていて痛感した。ネットとリアルで性格が違うなんて普通のことだ。
獣耳美少女のBARUのリアルは三十代のマニアだったし、ネットであれほど好青年だったサイデンはリアルでは話の通じないニートだった。
だからこれくらいなんてことない。天使な女の子の正体が、口の悪い子どもくらいがどうしたというのだ。
そう子どもなのだ。
本当の彼女は性格はまるで違うし、自分よりずっと強かなのもしれない。けれど子どもだった。
だからこそ、自分が出張る番なのだ。
ちら、とレオの方を見た。すると彼はジローを見て頷いてくれた。
任せます。
そう言ってくれた気がした。
なら、やってやるしかない。生徒会雑用係として――この子どもな副会長を説得してみせよう。
「……トモコちゃん」
「あたしはそんな名前じゃねえっての。スカーレット・レインだって、レオの話聞いてなかったか?」
「それは君じゃなくてそのロボットの名前だろ? それじゃなんかなぁ」
「あたしにとっては同じことだっての――あーもう分かったよ」
そう言って彼女は投げやりに「ニコだよ」と答えた。
「そうか、ならニコ。話そう」
「話すって何だ。レオで無理だけど俺ならとか考えてんのか。
ったく身の程をしれって話だろ。あんたにできてレオにできねえことなんてねえよ」
呆れるように言うニコは、やはりどこか投げやりだった。
何もかもどうでもいい。そんな感じすらあった。
そんな彼女に、ジローは言ってやった。
「いや、違うね。レオにできなくて、俺にできることが一つは少なくともある」
「は? 何だよ」
「レオにイラっとすることだよ。確かに何でもできて、正しいけどさ、それだけはできないだろ?
ニコもそうだろ? あいつに思わずイラっと来たんだ」
レオと初めて会ったとき、自分は彼に反感を抱いた。
それは“死”を彼はあっさりと割り切ってしまったから。
自分や妖精の少女が中々できなかったことを、いとも軽くやってしまった。
それがわだかまりになった。だから最初はアイツに当たってしまったのだ。
ニコがやっていることは、結局あの時の自分と同じだ。
人には簡単に割り切れないものがある。
譲れないものがある。正しいと分かっていても、間違わずにはいられないものがある。
それはきっと弱さなのだろう。人としての弱さ。
それをレオは持っていない。弱さを理解はしても、共感はしない。
「俺もそうだった。恥ずかしい話だけどさ。
たぶん俺じゃレオみたいな生き方はできないと思う。まぁ、失敗ばかりだったからな。
結局就職もできないままだし。たまには逃げ出したくなる。色んなことから。現実ってのはつらいからさ」
「…………」
「だからさ、ニコ」
ジローは言った。
思いっきり力を込めて、
「出来る限りやればいいんじゃないか。八つ当たりをさ」
「は?」
「だから思う存分やってしまえばいいんだよ。現実から逃げたければ、逃げればいいんじゃないか。
自棄に逃げても、現実って必ず奴は追いついてくれるからさ。
そしたら結局また現実に戻ってしまうけど、でもすっきりはするだろ?」
『俺』――エスのの声が聞こえてきたように、
そして結局それを否定したように。
何時かは気付くのだ。現実と言うのはそれだけ強いものだから。
弱さを許してくれないからこそ、結局強くならざるを得ないんだろうな、と思う。
「八つ当たりなんて恥ずかしい真似だけど、ニコくらいの齢なら大丈夫だ。
好きなだけその大砲でも撃てばいい。それで収まる筈だ」
そう、できるだけ大人っぽく言ってみた。
一応最年長なんだ。それくらいのことは言ってやりたい。
言い切ると、ふうと息を吐いた。正直ちょっと疲れた。柄でもないことを言ったと思う。
しばらくニコは黙っていた。
月海原学園に静かな時間が訪れる。緊張感が場を包んだ。
「……そう、かもな。確かにあたしはあんたと一緒のことやったのかもな」
「ニコ……」
「じゃあ好きなだけ八つ当たりするね」
ニコはレオに向けていた大砲を逸らした。
それは九十度ほど回転してみせ、レオの代わりに別のものを捉えた。
「え?」と思わず声が出た。いや八つ当たりといっても何でこっちに?
「やりたくもないキャッチボールをやらされた恨み、ここで晴らさせてもらうね。おにーちゃん!」
再び天使のような声でニコは言った。
その間にも主砲にはどんどん光が集まっていく。だらだらと額を冷や汗が流れていく。
このままだと自分に向けて――
――発射された。
果たして巨大なビームが学園の屋上へと向けて発射された。
ぎゅうううん、というSFチックな効果音が場に轟く。
ビームは彼方まで飛んでいき、最終的に空の隅にあった雲まで穿った。
「っと、冗談だって冗談。あたしが本気で撃つ訳ねえだろ?」
ニコが大声で笑うのを、ジローは呆けたように見ていた。
(え? あれ……どこから冗談だったんだ?)
上手く状況を理解できないでいつつも、ニコは笑っているし、そこにさっきまであった投げやりな色はない。
ギリギリの軌道で放たれたビームは確かに当たらなかった。
なら、いいのかもしれない。そう思い、釣られて笑ってみた。
「あーなんか、色々馬鹿らしくなった。流石にあたしらしくねえわこれ。
ははは……あー、そのなんだ、レオ?」
ニコは何だか疲れたように言った。
「ワリーな。何かちょっとイラっと来たんでやっちまったわ。
ま、許してくれよ。そういうこともあるってことでさ」
(さ、流石に軽すぎないか? それ)
グラウンドを吹き飛ばす騒動をやっておきながらの言葉に、ジローも流石に不安になった。
が、レオの方もまた軽い口調で、
「いえいえ、僕も副会長は肉食系バーサーカーだと予想してたんで、このくらいは想定の範囲内です。
寧ろそのロボット、色々合体して第二形態とか第三形態とか出て来るんじゃないかとワクテカしていたんで、これで終わってちょっとガッカリしてます」
(ガ、ガッカリなのか……?)
「おいあんたはあたしを何だと思ってやがったんだ。そんな頭悪そうなもんホイホイ出す訳ねえだろ」
――ま、変形はするけどな」
(するんだ……)
急ににこやかな雰囲気になったレオとニコを前に、ジローは大きく息を吐き、屋上のフェンスにもたれかかった。
色々あったが、これで丸く収まったということか。それにしても疲れた。全くニコがあんなことするから――
――その時、不意に妙な音がした。
「あ、やべ」
ぽつりとニコが呟いたのが分かった。
「え?」と声が漏れる。と、同時にジローは空を飛んでいた。
青い空が見える。学園の屋上から飛び出して、自分は今飛んでいる――
「ギリギリを狙ったつもりだったんだけどな。何か手元が滑ってちょっとだけかすってたみたいだ」
ちょっとかすった場所にもたれかかったせいでフェンスが破れ――てつまり。
これは飛んでいるのではなく、
落ちている?
「うわああああ―――ッ!」
十坂ジロー、22歳無職。
本日二回目の学園よりダイヴを敢行することになる。
筋力が 7下がった
技術が 5下がった
信用度が 20上がった
こころが10上がった
◇
「いやぁ、ジローさん、貴方は凄い方ですね。
一日に四階から二回飛び降りるだけでもすごいですが、その両方とも気に引っかかって生きているなんて」
「ええ、レオ。これが遠坂凛のランサーならば10回は死んでいるかと」
「いや、ワリーワリー、上手いこと外したと思ったんだがなぁ。
まぁ大した怪我もないみたいだし、良かったじゃねーか、うん」
ジローは保健室のベッドで寝ながら、頭上で騒ぐ人々を脱力気味に眺めていた。
何でこんなに目に合っているのだろうか。そしてもう少し静かにしてくれないだろうか。
最初に出会った時と同じ布陣といえばそうなのだが、今回はニコもこちらを慮ってくれない。
アバターは元の人間のものに戻しているが、その言動までは変えていない。
ああ、あの可愛らしいサイトウトモコちゃんはもういないのだな、とジローは少し悲しい気分になった。
「あの……大丈夫ですか? お弁当を食べてもらえばHPが回復できると思うんですけど」
そんな中、唯一優しい言葉をかけてくれるのは桜だけだった
カーテンの向こう側よりやってきた彼女の手にはオブジェクト化された特製弁当がある。
その優しさに感動しつつジローは弁当を受け取った。
まぁなんだかんだ、これで良かったんだろうとは思う。
「あはは、まぁジローさんはしばらく休んでいてください。
今回貴方は十分すぎる程働いたんですから」
ベッドで弁当を頬張っていると、レオが落ち着いた口調で語りかけてきた。
「貴方がいなければ、どうなっていたかは分かりません。
もしかすると本当に――僕は彼女を切り捨てることになったかもしれない」
まっすぐなまなざしでレオはそういうことを言ってくる。
ジローは思わずニコを見た。目が合った。が、彼女はすぐにぷい、と明後日の方向を向いてしまった。
ジローは「うーん」と唸りながら、
「でもなぁ、正直レオなら何とかしてたんじゃないかって気がするんだ。
俺が行かなくても、たぶんどうにかしてことを納めていたんじゃないかって」
それは謙遜でも何でもなく、本心だった。
ニコが自分にできてレオにできないことはないと言っていたが、それはやはり正しいと思う。
そんな彼からこうまっすぐに褒められると、何だかちょっと変な気分になる。
が、当のレオは苦笑しながら、
「いいえ、そんなことありませんよ。今回は本当に貴方がいなければどうにもならなかった」
ときっぱりと断言した。
「レインさんは僕を完璧な《王》だと言ってくれましたが、そんなことはありません。
いえ、完璧であるからこそ、僕には欠けていたものがあった。
ある意味で僕は非常に未熟な《王》でした。そのことに、ようやく気付いたんです。
そんな未熟な僕では、たとえその場を上手く取り纏めたとしても、結局人の感情というものを理解はできなかったでしょう。
いや、理解はできたとしても、共感はできなかった」
そういうレオは、ジローが今までに見たことがない顔をしていた。
何時もの微笑みは消え、人を導く超然とした雰囲気が弱まった代わりに、ジローは彼がひどく近い者に思えた。
そして上から下へ語りかけるようにではなく、ただぽつりと呟くのだ。
「だからジローさんは教えてくれたんです。人の感情というものの難しさを。
それを知って初めて僕は《王》となれる。そう思います」
と。
ジローは何も言えなかった。
ただ彼は、ようやく自分がレオという少年を理解できたのでは、と思っていた。
「それでですね。レインさん」
気持ちはパッと切り替える。
そうとでもいうように、レオは微笑みを浮かべニコを呼びかけた。
「一緒に生徒会をやってくれますか?
もちろん副会長として」
言われたニコはしばらく黙っていたが、ふいにぼそりと何かを言った。
「……ってるさ」
「はい、何ですか?」
「やってるさって言ったんだよ。分かったよ、やりゃいいんだろやりゃ。
ったく生徒会なんざ――本当はロータスがやるべきことだろうに」
不機嫌そう言って、ニコは保健室の椅子に座った。
「ああメンドクセ―」とか「たるいな」とか色々言っているが、しかし先のようなことはもうないだろう。
レオは満足して「お願いしますよ、レイン副会長」と呼びかけた。
「あとはハセヲさんが戻って来ればいいのですが――」
ハセヲ。呟かれたその名が、ジローは少し気になった。
彼は話によるとこの対主催生徒会の現行メンバー最後の一人らしい。
自分と同じく雑用係らしいが、一体どのような人物なのだろう。
「おい、スカーレット・レイン」
が、それを問いかけるより早く、全く別の声が保健室に響いた。
見慣れない生徒だった。灰色の制服に身を包んだ眼鏡の彼は、頭を抱えながらニコを呼びかけた。
ニコは首を傾げながら、
「あんた誰だ。NPCがあたしに何か用か?」
「何かではない。ペナルティだ。ペナルティ。
戦闘禁止エリアであれだけ派手に暴れておいて、何もなしで済むと思うのか喝!
一定時間のステータスの大幅低下と一部システムや施設の使用制限、及びグラウンドの清掃をお前に課す」
ペナルティ――ああ、そういえばこのエリアは今そういうイベントがあるのだった。
あまりに色々あったせいで失念していたが、あれは流石に言い逃れできないよな、とジローは思う。
ニコもそう考えたのか目を泳がし、助けを求めるようにレオを見た。
レオはにっこりと笑って、
「副会長。いかに生徒会であろうとも、校則は守ってくださいね」
【チーム:対主催生徒会】
[役員]
会長 :レオ・B・ハーウェイ
副会長:スカーレット・レイン
書記 :空席
会計 :空席(予定:ダークリパルサーの持ち主)
庶務 :空席(予定:岸波白野)
雑用係:ハセヲ(外出中)
雑用係:ジロー
[チームの目的・行動予定]
基本:バトルロワイアルの打破。
1:(レオの)理想の生徒会の結成。
【B-3/日本エリア・月海原学園/一日目・日中】
【ジロー@パワプロクンポケット12】
[ステータス]:HP50%、小さな決意/リアルアバター
[装備]:なし
[アイテム]:基本支給品一式、桜の特製弁当@Fate/EXTRA、不明支給品0〜2(本人確認済み)
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:殺し合いには乗らない。
1:今は図書室で情報を集める。
2:トモコちゃんの事も、可能な限り守る。
3:『オレ』の事は、もうあまり気にならない。
[備考]
※主人公@パワプロクンポケット12です。
※「逃げるげるげる!」直前からの参加です。
※パカーディ恋人ルートです。
※使用アバターを、ゲーム内のものと現実世界のものとの二つに切り替えることができます。
※桜の特製弁当を食べました。
【レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ@Fate/EXTRA】
[ステータス]:HP100%、MP10%、令呪:三画
[装備]:ダークリパルサー@ソードアート・オンライン、
[アイテム]:桜の特製弁当@Fate/EXTRA、トリガーコード(アルファ)(ベータ)@Fate/EXTRA、コードキャスト[_search]、番匠屋淳ファイル(vol.1〜Vol.4)@.hackG.U.、基本支給品一式
[ポイント]:1053ポイント/0kill
[思考・状況]
基本行動方針:会長としてバトルロワイアルを潰す。
0:今は図書室で情報収集を再開。
1:本格的に休息を取り、同時に理想の生徒会室を作り上げる。
2:モラトリアムの開始によって集まってくるであろうプレイヤーへの対策をする。
3:他の生徒会役員となり得る人材を探す。
4:状況に余裕ができ次第、ダンジョン攻略を再開する。
5:ダークリパルサーの持ち主さんには会計あたりが似合うかもしれない。
6:もう一度岸波白野に会ってみたい。会えたら庶務にしたい。
7:当面は学園から離れるつもりはない。
8:岸波白野と出会えたら、何があったのかを本人から聞く。
[サーヴァント]:セイバー(ガウェイン)
[ステータス]:HP110%(+50%)、MP85%、健康、じいや
[装備] 神龍帝の覇紋鎧@.hack//G.U.
[備考]
※参戦時期は決勝戦で敗北し、消滅した後からです。
※レオのサーヴァント持続可能時間は不明です。
※レオの改竄により、【神龍帝の覇紋鎧】をガウェインが装備しています。
※岸波白野に関する記憶があやふやになっています。また、これはガウェインも同様です。
【スカーレット・レイン@アクセル・ワールド】
[ステータス]:HP100%、(Sゲージ0%)、健康/通常アバター
[装備]:非ニ染マル翼@.hack//G.U.
[アイテム]:インビンシブル@アクセル・ワールド、DG-0@.hack//G.U.(4/4、一丁のみ)、赤の紋章@Fate/EXTRA、桜の特製弁当@Fate/EXTRA、基本支給品一式
[ポイント]:0ポイント/0kill
[思考]
基本:情報収集。
1:しゃーないので副会長をやる。
2:ジローにちょっと感心。
[備考]
※通常アバターの外見はアニメ版のもの(昔話の王子様に似た格好をしたリアルの上月由仁子)。
※S(必殺技)ゲージはデュエルアバター時のみ表示されます。またゲージのチャージも、表示されている状態でのみ有効です。
※参戦時期は少なくとも13巻以降ですが、インビンシブルはスラスター含め全パーツ揃っています。
投下終了です
投下乙です。
シルバー・クロウが死んだことでどうなるかと思ったら……どうにか纏まってくれて一安心ですね!
レインももう猫を被らなくて済みますし、これからどんどん仲良くなってくれるといいですね。
一件落着、のように見えてこの後が怖い
スミス達が来るしレインはペナルティ
不安だわ
投下乙です
このチームが好きなだけに纏まってくれて俺も一安心したが…
この後がなあ…
投下乙です
放送で心配だったニコは、ジローの言葉もあってどうにか立ち直りましたか
けどもう一人の王の方は、ニコ以上に心配です
それに学園にはスミスが狙いを定めてますから……
AIチームも来ているとはいえ、相も変わらず今後が心配です
ただ気になったのは、対主催生徒会室は『対主催生徒会活動日誌・1ページ目(準備編)』で、
2-Bではなく学園にもともとあった生徒会室には作ることになったはずでは?
おおっ、ひとまず一丸に纏まって良かった。
白野達とも合流して、ますます賑やかになりそうだけど
更にその後にスミス達がやって来ると思うと……。
投下乙でした。
投下乙です。
子どもなんだから、知人の死のショックで八つ当たり気味に暴れるくらい普通だね。
レインはちょっと、ふるえる力が強いから危ないけど。
ペナルティで学校を掃除するスミス想像して噴いたw
投下乙でしたー
ニコがどうなることかと思ってたけど、雨降って地固まったな(グラウンド荒れ放題だが
以下、誤字脱字かと思うものを挙げてます
>>967
別のおかしくはない。
>>980
気に引っかかって
そろそろ次スレの季節なので、建ててきます
次スレ建てしました
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/14759/1417239643/l50
新スレ乙です。
指摘された部分は収録時に修正しておきます。
ありがとうございました。
新スレ建ったので埋めますか
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,. ´ 丶.
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/ r 、 r.ュ \
ヽー-- .. _ ` V ̄V/ _ .. --‐/_
‐─\ \ `ヽ_// / /´∠..__
_> 1ー─---- ..._∠ --──イ /
 ̄ ァ |´ ̄,二..,'_‐---‐_;.,二二、 | <
∠.., | / ∠.」/_ 「 ̄ 「 _」∠.」 | | _<´
/ l / ,イ '´ト:1`|∧ |´ト:1冫l. | | \ おれがヒーローなのに……
ー‐|/ l ハ:=、、 ヽ| r=/´l 「 ̄ ̄ なんか、影薄いような気がする。
し'レ r‐\l| _'_'_ |l/ヽ ヽ.」
_| \_'__、___,.∠ -‐'’_,.ト、
/ \ _..... _........::::::::ノ ヽ
_,. >、  ̄ 人
,.ヘイ ` ー、‐- ... __ ... -─一 ´ l\ バーチャルリアリティバトルロワイアル Log.03
// .\ \_ __山___ /> > ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/14759/1417239643/l50
└〔\ i\ /,ヘ三三三三⊆⊃ レ' /l.
ノ\___|i く<ヽ> \.川__ |/ l、
/ |l \、 \三三⊆⊃ | |
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