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仮投下スレ

1管理人 ◆EH23eNsXHQ:2009/11/20(金) 00:59:31 ID:aixJSdFk
仮投下スレ
本スレに書き込めない時や、本投下前に反応を見たい、意見を募りたいという時に利用してください。

695名無しさん:2012/03/08(木) 23:14:36 ID:0WATVGSA
スレ立て乙です

696名無しさん:2012/03/10(土) 11:10:25 ID:PrqNz3qk
九スレ、まだ全然生きてますよ
ttp://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1322924884/l50

697名無しさん:2012/03/12(月) 12:23:44 ID:8im1TH.o
そっちからなら普通だけど別のうpからだと過去ログ倉庫に格納になってるんだが?

698名無しさん:2012/07/01(日) 21:03:53 ID:YlsJoiQo
おなじくパロロワwikiだと過去ログになってら

699 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 20:27:46 ID:PBKG5uew
仮投下開始します
ずいぶんと長くなってしまいました
題名「……and they lived happily ever after.」

700 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 20:30:07 ID:PBKG5uew

 八雲紫が廊下を歩むのに合わせて、床がミシミシと音を立てる。
 月日を重ねてきたのだろう。家の縁側は風雨にさらされ、濁った色をしていた。
 もうすでに、夜は終わり、遠くには太陽が見え始めている、そんな時刻だ。
 明るすぎず、暗すぎず、暁の空は白い光の筋で浄化され、その光度を増していく。
 朝が来た。もう放送まではさほどの時間もないだろう。
 二回目の夜明け、そう、一日前は、また、別の人間と一緒に空を見上げていた。
 紫はもうすでに癒えた両掌をさすりながら、上り始めた太陽に目を細める。
 たった一日で、いったいどれだけの知り合いがいなくなったのだろうか。

 西行寺幽々子、八雲藍、橙、森近霖之助、その他、数えきれないたくさん。そのすべてがいなくなってしまった。
 そして何より、自身の愛した幻想郷も、すでに壊れている。
 気が付いてみれば己が肉体を除いて、すべて失っていたのだ。
 妖怪の賢者、八雲紫とあろうものが、ずいぶんと耄碌したものだ。

 悲しい?いや、そうではない。ただひたすらに情けなかった。
 最後には人間、元人間の魔法使いにまでたより、すべて投げ捨てて動いても、結局は後の祭り。
 取り返しのつかないものは、もうどうしようもないのだと、紫は良く知っていた。
 伊達に長生きしているのではない。それでも、この一瞬は馬鹿になり、そんなことは忘れたかった。
 頑張れば、報われて、また昔の生活を、幻想郷を取り戻せるのだと、そんな“幻想”に浸りたかった。

 でも、それは許されない。
 今の自分に、そんな夢を見る余裕は残されていない。

「・・・・・・!!」
「・・・・・・エッ・・・キャハハ!!」

 後ろで、フランドールと魔理沙が笑い声をあげて、話をしているのが聞こえた。
 彼女たちが、危険に関して理解していないとは言えない。
 まだ、ここが地獄の釜の中だと理解していなわけではないはずだ。
 その上で、笑いあい、心をかわしている。それは決して無駄なことではない。
 ただ、今の自分には少し合わなかった。

 小さい童のように、彼女たちに混じって笑いあう自分を想像して、紫は苦笑した。
 さすがに似合わない。
 思い浮かべるだけで、笑える情景だ。

「魔理沙さーん!!」

 ガラッと玄関の扉が開けられ、早苗の声が響いた。
 彼女には小町の手当てが終わり次第、周囲の警戒をお願いしていた。
 フランドールは日が上がれば動けなくなってしまうし、小町は怪我人、それに信用もできない。
 そして、紫と魔理沙は爆薬の調合を続けなければならない。

 とはいえ、爆薬の調合は、先ほど終わらせている。
 笑いながら話を続ける魔理沙の横で、紫が終わらせたのだ。あまり、時間はない。
 遅れれば、遅れるほど、何らかの障害が起こる可能性がある。
 もう少しで、放送が始まる。その時呼ばれる人妖に関して、ある程度のあてはあるのだが、少し不安もある。

 霊夢が死んでいたら魔理沙が、レミリア・スカーレットと十六夜咲夜に関してはフランドールが、それぞれ動揺するだろう。
 他人の感情を機械的に分析する自分に嫌気は差しながらも、もしも、を考えて、紫は作業を終わらせた。
 後は、最後の仕上げをするだけだ、早ければ、日が昇りきる前に決着をつけられる。

 その前に、引っ越しをするのもいいかもしれない。
 この寺小屋は周囲の警戒こそしやすいが、周りが開けているゆえに、目立ってしまう。
 明るくなれば、人里に集まった“敵”に狙われかねない。
 まだ、こちらに賛同してくれる参加者もいるはずだ。
 そういった者達と合流して、現状を打開する。そのためにも、これ以上の消耗は抑えたい。

701 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 20:32:30 ID:PBKG5uew
「空、きれいね」

 白い雲、ようやく浮かび上がってきた太陽は希望の象徴。
 妖怪にとっては夜月こそが妖力の源だが、たまには太陽を拝むのも悪くない。
 月が妖力、神秘を表すならば、太陽は純粋なエネルギー、神の力を表す。
 人間に神様と陽の存在をそろえる自分たちには、太陽の方があっているのかもしれない。
 しかし、吸血鬼である、フランドールが満足に動けなくなることを考えると、必ずしもプラスではない。
 でも、そんな打算的な感情を抜きにして、その時の空は美しかった。

 ここが例え、幻想郷を模した空間だとしても、あたりに見えるのが、幻想郷の風景であることには変わりない。
 澄んだ世界。すでに外では幻想となってしまった世界がここにあった。
 問題がたくさん内在はしていても、その一つ一つの問題すら美しい。
 幻想郷を愛した紫には、そのすべてが愛おしかった。

 自分がここから帰ることができない、そのことはもちろん、考えの中にあった。
 もちろん、五体満足で帰れるのにこしたことはないのだが、自分は、弱い。
 スキマも使えず、ただ、年齢だけ重ねた妖怪である自分は、今いる仲間の中でも、弱い部類に当たるだろう。
 
 死神、吸血鬼はいざ知らず、火薬の扱いにたけた魔法使いにも劣ってしまう。
 そんな自分に時々、嫌気がさしながらも、その知能だけで、周りを引っ張って、ここにいる。
 本気が出せれば、本調子であれば、そんな言い訳は、無意味だ。
 今の紫には、出来る限りのことをするしかない。たとえその過程で、自分が死ぬことがあっても、だ。

 背後でどたどたと誰かが動く音、そして、また外に出ていく音が聞こえた。
 早苗が、戻って行ったのだろう。そうあたりを付けて、気を緩める。
 わざわざ報告に来た位だ、何か見つけたのだろう。そして、私の所に来ない位だ。どうせくだらないことなのだろう。
 ふと顔に手を当てると、自分が笑っていたことに気が付いた。
 いつの間にか、小さい子どもを見るように、早苗たちを見ていたことに気が付き、あきれる。
 全員無事に、帰れるといいな。
 絶対に不可能。もしくはそれに準ずるくらい難しいはずなのに、今は、全員で無事に帰りたいと思った。
 成長した彼女たちが、幻想郷の中でどう生きていくのか、それが純粋に気になったのだ。

 残った生存者は、二十人に満たないこの殺し合い。その果てに、何があるだろうか。
 日が昇っても、鳥の声一つしないこの会場に、少し機械的な、無機質な違和感を覚えつつ、あたりを見渡す。
 朝もやが、遠くでうごめくのが、分かる。あまりこちらにかかってくるようだと、面倒だ。
 視界がいいからこそ、ここにとどまっているわけだが、あまりあたりが見えないようだと、ここら一帯は絶好の狩場となってしまう。
 特に集団で動くのに、視界の確保、互いの位置の把握は必須ともいえる。
 悪天候は、多数ではなく、個人に地の利をもたらす。

 そして、思ったよりも風が強い。あまり時間を掛けずに、ここらが霧に包まれてしまうかもしれない。
 白い霧に包まれる人里は、美しくはあるが、今は都合が悪い。
 魔理沙たちに、状況を伝えようと身をひるがえし、足を進めようとする。
 丁度その時、一陣の風が吹き、パタパタと服とリボンが音を立てた。
 朝にしか感じられない、独特のにおいと気配を嗅ぎ取って―――


 そこで、生臭い、それでいて嗅ぎなれた懐かしい匂いが、鼻を突いた。
 ミシミシ、新たな荷重で縁側がまた、軋んだ。

「久しぶりね。元気にしていた?」

 かすかに香る香料と人間の匂い。そして、妖怪だからこそよく分かる、血の匂い。
 八雲紫の真後ろ、息がかかるほど近くで、博麗霊夢の口から、言葉が漏れた。

702 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 20:36:01 ID:PBKG5uew




「ええ、昨日の昼、以来かしら?」

 できる限り、冷静さを保って、言葉を返す。しかし、体は少し、震えていた。
 早苗はなにをしていた!!
 一瞬戸惑いが怒りに変わったが、360度すべて監視できるわけでもなし、多少の侵入は、自分とフランドールで対処するつもりだったことを思い出す。
 一番の失態をさらしているのは、余裕を持って、外で空を眺めていた自分だろう。
 
「ふーん」

 霊夢の関心なさそうな声がした直後、首の前に鎌が差し込まれ、続いて、右手に衝撃が走る。
 持っていた機関銃が落ちる音で、自分の右肩が外されたことに気が付いた。
 何故、霊夢は私を殺さないの?
 疑問と同時に、かすかな、希望が首をもたげる。
 もしかして、霊夢が・・・

「そちらは何人?ここにいる奴ら、すべての名前を上げなさい」

 ドスの利いた声で、霊夢が尋ねる。
 それを聞いて、自分の甘さ加減に、紫は少しうんざりして、ため息をついた。
 魔理沙たちと一緒に行動し続けて、その甘さ、まで移ってしまったのか。
 霊夢は、博麗霊夢はそんな甘い生き物ではない。
 一晩見ない間に、昨日感じ取った迷いは、消え去っているように見えた。
 
「名前、ね。ちょっと待って頂戴」
「考えるようなことかしら?」

 少しイラついたような声で、霊夢が催促する。
 紫は、もう一度ため息をついた。
 覚悟はできた。
 ここまで、簡単に覚悟ができるとは、思っていなかった。

 藍も、こんな気持ちだったのだろうか?
 霖之助も、こんな気持ちだったのだろうか?

「いい、紫。あなたが協力してくれたのならば、あなたは最後の一人まで取っておいてあげる。
 わたしが失敗したときに、収拾を付けられるのはあなただけだから。私たちは協力し合える。
 そう、ここでは見逃してあげる。最後の一人になるまで、協力しましょう」

 霊夢の口から、甘い、似合わない言葉が漏れる。
 生存本能が、この申し出にのりなさいと、頭をせっつく。
 ここで、断れば命はない。

 だが、この状況に、少しデジャブを感じるのだ。協力を申し出るのが、自分か、霊夢だったかの違い。
 昨日の、魔法の森での再現。それにしては、自分の立場が随分と下に見られているのだが。

 馬鹿にしないでちょうだい。私は、むざむざ逃げ続ける道など選ばない。

 もしかしたら、もっと前、この災害に巻き込まれた直後なら、霊夢の提案に乗ったかもしれない。
 右も左もわからず、自身の無力さを痛感していた時ならば。
 でも、もう覚悟はできている。
 霊夢は鎌を首に当てながら、器用に足を掛け、紫の体を崩した。
 思わず床についた左手を、足で踏みつけ、完全に動きを封じる。

「もう、打つ手はないわよ。ここでプライドのために死ぬか、幻想郷のために生き残るか、どちらかを選びなさい」

703 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 20:38:37 ID:PBKG5uew

 霊夢が冷たく、言い放つ。
 氷のような言葉が、右耳から左耳へと、流れていく。
 足は使えない、右手は脱臼。左手は霊夢の足の下。反撃はできない。霊夢はそう見ているらしい。
 それは間違っていない。反撃は、出来ない。
 ちらり、と爆薬のそばに残したメモとスキマ袋を頭に浮かべる。
 これから先、やるべきことと、やってほしいこと、そのやり方と必要な道具がそこにはある。



 八雲紫は妖怪の賢者と呼ばれる、大妖怪である。
 常にどこにいるか分からない、得体のしれない存在。その上、強大な力を持っている。
 基本的に、問題は自分で解決するか、頭ごなしに式や、知り合いに命じるのが常である。
 そう、いうなれば、彼女はプライドの塊。
 この殺し合いの最初も、プライドを優先させ、自身の弱さを認めなかったぐらいであった。
 
 博麗霊夢は、博麗大結界の制定にかかわった八雲紫との関係が深い。
 だからこそ、その行動を読むことができ、昨日の戦いでは、利用することができた。
 それゆえに、どうすれば、彼女がどう動くのかが分かっている、つもりだった。
 この状況、紫がやることは、プライドを優先して死ぬか、幻想郷のために、自身へと協力を要請するかの二択。
 そう読んだうえで、立ち回った。



「・・・・・・!!」

 遠くで、魔理沙とフランドールが何か言っている。彼女たちは、少し離れた縁側で、何が起こっているのかなど知らないのだろう。
 このまま、紫が霊夢に協力すれば、一網打尽にされるのは自明の理であった。

「早くしなさい。あと十秒」

 遠くで、誰かが歩く音が聞こえた。痛んだ床が、軋む音が聞こえる。
 苛立った霊夢が、鎌を少し引く、じくじくと傷が痛み、血が流れる。
 でも、それは、そんなことはもうどうでもいい。

 やることはもう決めている。
 プライドのために死ぬか、幻想郷のために生き残るか、そのどちらも選ばない。
 私は、プライドも捨て、生き残ることすらも放棄する。


「魔理沙っ!!助けっ―――」

704 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 20:39:30 ID:PBKG5uew


 今まで生きてきた中で、一番大きな声で、助けを乞い、叫んだ。
 妖怪の賢者に、これほど似合わない叫びはないだろう。
 情けない、そして、見苦しい、一昔前の私なら、そう断じて軽蔑するような、叫びだった。
 慌てて、霊夢が鎌を振るい、声は途中で、意味のない空気の流れとなる。
 それでも、十分だった。遠くで、誰かが叫び声をあげたのが分かった。私は役目を果たした。

 首が切れたのか、見えないはずの、背後に呆然と立ち尽くす、霊夢の顔が見えた。
 その顔は、普段から落ち着いた霊夢の物とは思えない位、動揺に満ちていた。
 当たり前だ。まさか、八雲紫が、ただの人間に、助けを乞うなど、あるわけがない。そう思っていたのだろうから。だからこそ、口、という生き物最後の武器を残したまま、放っておいたのだから。

 その、油断をついた。霊夢の知っている八雲紫は、この殺し合いの前の存在であって、この殺し合いで“成長”した分は、加味していない。
 昔の紫なら、絶対にしない行動をとれば、霊夢を出し抜ける。これが、賢者だった紫のとった、最後の行動。
 代償は、自分の命。

 視点が床に近づくにつれて、視界は青く染まっていく。意識は遠く、濁っていく。走馬灯のように、今までの知識と記憶が、頭に浮かんでくる。
 魔理沙は、これから、私の思うように動いてくれるだろうか?
 もしかしたら、魔理沙や早苗、それにフランドールは抵抗に失敗して殺されるかもしれないし、
 はたまた、私では思いもよらない方法で打開するかもしれない。
 疑問は残るが、これで私の物語は終了だ。

 人生は一冊の書物に似ている、といつだったか聞いたことがある。
 その時はなるほど、と思う反面、自分に関係のない話だと、小馬鹿にしていた記憶がある。
 そもそも、本とは永久的に続くものを記録するものではない。どんな本でも、何らかの区切り、が必要となる。
 しかし、妖怪の一生は、半永久的に続くもの。弱肉強食ではあるが、ある程度強くなってしまえば、そう簡単に死ぬことはない。
 でも、どうやらその考えは、間違えだったらしい。人生と言う書物は、常に先が見えない。
 この数日でようやく気が付いた。

 私の人生を綴った歴史書はここで、中途半端に終わってしまう。
 ただ、願わくは、エピローグの最後に、次の一文が付くことを許してほしい。

 こうして、幻想郷に平和が戻りました。
 【めでたしめでたし】


 薄れゆく視界の中、部屋から飛び出してきた魔理沙の姿が、うっすらと見え、そして消えた。

705 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 20:40:36 ID:PBKG5uew






「魔理沙っ!!助けっ―――」

 到底、八雲紫が出したとは思えない絶叫を聞いた時、魔理沙はフランドールと一緒に、談笑していた。
 それゆえに、対応は、一瞬、遅れた。

「おい!!どうした!!」

 声を上げつつ、慌てて立ち上がり、手近な武器をつかみ、飛び出す。
 障子を壊れるかと思うほどの勢いで開け、転がり出た。
 震える手で、武器を構える。その照準の先で、八雲紫の首が落ち、跳ねた。
 時間の流れが遅くなり、心臓が早くなる。何が起きた!?
 その疑問は、視点を少し上にずらせば、すぐに解決した。

「れ・・・霊夢」

 一呼吸おいて、膝をついていた死体の胴体が、音を立てて、崩れ落ちる。
 後から飛び出してきたフランが、声のない悲鳴を、上げた。

 倒れた紫を前にして、霊夢は動揺を隠しもせず、それでいて淡々と死体の持ち物を漁っていた。
 魔理沙はフォアエンドを引き、躊躇せず、続いて引き金を引いた。

ドンッ!!

 距離はあったが、散弾は正確に、霊夢のもとへと、飛び込んでいった。
 反動でよろめく魔理沙の視界に、飛び散る血が見えた。直後、血煙が晴れ、穴だらけになった、紫の死体が、力なく崩れる。

「またそれか」

 とっさに、死体を掲げ、攻撃から身を守った霊夢に驚かされつつ、同じ手を使われたことにうんざりした。
 体中にあいた穴から、首の断面から、死体のあらゆるところから血が流れ、縁側を汚してゆく。
 死体に対して、罪悪感を持つ一方、死体の陰に隠れた霊夢が、まだ無事であることに、魔理沙は不思議と安堵を覚えた。
 まだ、覚悟が足りないのか。歯を食いしばり、また、照準を合わせる。
 一方の霊夢は、何を血迷ったのか、一振りのナイフの柄の部分をこちらに向け、動きを止めた。

「魔理沙ッ!!」

 霊夢の指が動くと同時に、後ろから誰かが飛びつき、魔理沙を床に引きずり倒した。
 とっさに引き金から指を外した魔理沙の頭の上を、何かが高速で通り過ぎる。
 硝煙を上げるナイフ、掲げ、苦々しげな顔をした霊夢が、ふわり、と浮き、少し離れた庭へと降り立つ。

「あ、ありがとう。フラン」
「こっちこそ、急にごめんね。それより、わたしがつっこむから援護して」

706 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 20:42:06 ID:PBKG5uew

 魔理沙は慌てて立ち上がり、命の恩人、フランドール・スカーレットに感謝を述べる。
 フランが引き倒さなければ、今頃魔理沙の頭にはからくりナイフから飛び出た弾丸で穴が開いていたはずだ。
 会話はそれだけで、盾を掲げて、フランは剣を構えた。慌てて、魔理沙も銃を構える。
 相対していた霊夢の視線は、魔理沙を離れて、少し離れた部屋に向けられていた。

「魔理沙さん。無事ですか?」

 いくつか離れた障子の奥で、小銃の銃口が揺れている。

「二人とも無事だ。でも、紫が」
「・・・そうですか」

 戦場で会話にいそしむ二人とその手元を見て、霊夢がため息をついた。

「ずいぶんと豪華な武器を振り回しているのね。もったいない。撃つ気がないなら、私がもらうわよ」
「しばらく会わない間に、ずいぶんと落ち着いたな。もちろん霊夢に貸す気はない。これは私のものだ」

 まるで弾幕勝負の前のように、軽薄で、どうでもいい言葉が飛び交う。
 会話をしながら、霊夢はゆっくりと歩みを進める。一歩ずつ、早苗と魔理沙たちの間へと歩み寄る。
 
「それにしても、霊夢さん。あなたらしくないですよ。何と言うか、今のあなたは博麗の巫女らしくない」
「何を持って決めつけるの?うるさいわね」

 その間、魔理沙たちも、確実に当たる位置へと、霊夢をけん制しながら、歩みを進める。
 どちらも、時間稼ぎとしか思っていない会話。当然、言葉に心も入っていない。

「ねえ、魔理沙」

 霊夢が、突然、立ち止まり、一歩、後ろに下がって、尋ねた。

「なんだ?」
「あなたは私を、何の躊躇いもなく殺せるの?」

 何気なく、感情も大して込められていない、言葉。
 だが、魔理沙には、これが霊夢との最後の会話だと、霊夢もそのつもりなのだと分かった。
 一瞬だけ、無表情だった霊夢の顔が、ゆがんだ気がしたのだ。

 もしかしたら、これも時間稼ぎで、何かの罠かもしれない。
 それでも、魔理沙には、この質問は答えなければいけない、そんなものだと感じられた。

「ねえ、魔理沙?」

「もう、霊夢には覚悟が、出来ているのか?」
「ええ」

 もう、説得は無意味だな?暗にそう尋ねて、一瞬悩んでから、問いに答えた。

「躊躇いなしには殺せない。それでも、お前がどうしても間違った道を行くつもりなら、殺してでも止める。
 躊躇いはあっても、その覚悟はある」

「そう。分かった」

707 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 20:43:41 ID:PBKG5uew

 ぽつり、と霊夢はさびしそうに言った。すくなくとも、魔理沙にはそう聞こえた。
 改めて、銃口を霊夢の頭に向ける。普通の人妖なら、引き金を引けば勝負は終わる。
 だが、相手が相手だ、本当に当てられるのか、不安で、手に汗をかき、額からも、しずくが垂れる。
 霊夢は左手に大きい袋を持ち、動かない。

「もう一つ、聞いていいかしら?」
「なんだ?」

トンッ

 早苗が足で、床を軽く蹴った。
 しばらく前、仲間内で決めていた合図だ。一定間隔で三回、三回目で攻撃。その一回目が、小さく、音を立てた。

「あなたはどうやって、自分の望む幻想郷とやらを取り戻すつもりなの?」

 さっきよりも激しく、霊夢が尋ねる。
 どこか、幼い子どもが、親に尋ねるような、急いた質問だった。
 魔理沙は苦笑して、返した。霊夢は勘違いしている。

「取り戻さない。自分の望む幻想郷を作り直すだけだ。死んだ人間も妖怪も帰ってこない。
 だったら、生き残った奴らでまた、作り直すしかないだろう」

「そう」

トンッ

 一呼吸おいて、霊夢はそっけなく返した。
 同時に二回目の合図がなされる、霊夢が眉をひそめた。気付かれたか?
 ごくり、とつばを飲み込むと、嫌な鉄の味が、口に広がった。

「そんなもの、不可能に決まっているでしょう!!」

 霊夢が激高した。あまりの豹変ぶりに、思わず引き金に力がこもる。

「それでもやる。やるしかない。私は不可能を可能にする魔法使いだ。
 霊夢、最後のチャンスだ。武器を捨てて仲間になってくれ」

「断るわ。だって―――」
 
トンッ

 拒絶の言葉と同時に、鳴らされた三回目の合図を聞いて、指に力を込める。
 引き金を、ゆっくりと引く、その瞬間。
 霊夢と目があった。その顔は、余裕の表情で、そしてどこか、寂しさを感じるものだった。

タタタッ!!
ドンッ!!

 ほとんど一緒に二つの銃が火を噴いた。
 魔理沙の目にも、まるで映写機をゆっくり回したように、コマ送りで霊夢へと飛んでいく弾丸が、はっきりと見えた。
 弾の一つが、吸い込まれるように、霊夢の持つ袋へと飛び込んでいく。

 直後、激しい閃光と爆音が、視界と聴覚を一瞬で奪った。

708 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 20:45:08 ID:PBKG5uew

「爆弾か!!」

 とっさに魔理沙が言った言葉も、誰にも伝わらず、宙に吸い込まれる。
 湧き上がる土煙で、一瞬にして視界が断たれる。
 目の前を、小さな影が横切った。

「フランか?」

 言葉を言い切るより先に、大振りの鎌が振り上げられ、後ろに跳ねた魔理沙の目の前を割断した。

「・・・」

 割れた土煙の向こうから、血走った目でこちらを見つめる霊夢が現れる。
 足の動きを最小限に、細かく動き、霊夢は鎌を振りあげた。素早く横に跳ねて、縦の一撃を魔理沙はかわす。
 しかし、その体制が崩れた瞬間を狙って、霊夢の右足が飛び込んでくる。
 銃を間において、衝撃を吸収するも、勢いそのままに、障子を突き破り、近くの部屋へと押し込まれた。
 転がった拍子に手を打ち、銃がどこかに転がってゆく、数メートル先も見えない土煙の中、唯一の武器はどこかに消えて行った。

「・・・ッ!!」

 頼む、手が届く範囲であってくれ!!

 手探りで散弾銃へと手を伸ばした魔理沙の後頭部へ、霊夢の足が鈍い一撃を加えた。
 目を見開きながら、魔理沙は、床の間に体を叩きつけられ、意識を失った。








「魔理沙!!」

 ようやく晴れた土煙の向こうから、魔理沙の悲鳴を聞きつけ、フランドールは思わず振り返った。
 その視線の先で、魔理沙の体が壁に叩きつけられる。

「うわあぁぁあぁぁぁぁ!!」

 吸血鬼の脚力で空を飛び、とどめを刺そうとする霊夢へと襲い掛かる。
 こちらの存在を視界に留めた霊夢が振り返り、紫の持っていたマシンガンを構える。

ダダダダダダダッ

 弾丸の嵐が、フランドールを迎撃するために放たれる。
 とっさに身を盾でかばい、直撃だけは免れたものの、弾丸の勢いで弾かれ、縁側の外に落下した。

709 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 20:46:44 ID:PBKG5uew
 地面に足がつくのと同時に、足を伸ばし、跳ねる。
 ひとっ飛びで縁側に上り詰め、近くの柱を蹴り、盾を構えたまま霊夢へと突っ込む。
 足で畳をするような音が聞こえた直後、案の定、霊夢は宙に浮き、こちらの攻撃をかわす。そして、そのままMINIMIの火力で押し切ろうとする。
 だが、そうはさせない。

「禁忌「フォービドゥンフルーツ」!!」

 霊夢が宙に浮いたことに気付いた直後、発生させた弾幕の波が、霊夢を背後から襲う。
 見たことのない弾幕に、一瞬焦ったものの、元のスピードと回転を利用して、霊夢は器用に切り抜けた。
 だが、波は一回で終わらない。繰り返し押し寄せる波、その合間に機関銃の引き金を引こうとすれば、下からフランドールが斬りかかる。
 避けるのに疲れたのか、弾幕で溢れる一室を切り抜け、霊夢は再び、外に飛び出した。
 追撃するように、ナイフが数本、その後ろの空間を斬り刻む。
 ナイフの一本が霊夢の服の袖を切り裂いた。

「チッ・・・!!」

タタタッ!

 ナイフを投げた吸血鬼に、銃口を向けようと、回転した霊夢の顔がこわばり、即座にかがみこむ。
 その上をきっかり三発、弾丸が走る。
 
「霊夢さん。抵抗は無駄ですよ」

 部屋から飛び出した早苗が、続けて数発、庭に向けて弾を撃ち込む。
 左右に揺れて、それを見事にかわしきった霊夢も、流石にきつかったのか、重い機関銃を捨て、縁の下へと飛び込んだ。
 機動力の上がった霊夢には、もはや早苗の弾丸は当たらない。
 観葉植物を無駄に散らして、地面に穴をあけるだけで、収まった。

「早苗!!下ッ!!」
「分かっています!!」

 霊夢が飛び込んできっかり一秒後、早苗の足元の板がめくれ、鋭い剣が宙を突いた。
 続いて数回、その足元から剣が突きだされる。
 縁の下に逃げ込んだ霊夢が、剣を上に突きだしている。
 早苗も足元に発砲し、応戦はするものの、当たらない。素早く、足を動かし、剣を避けるのが精いっぱいだ。
 吸血鬼とは違い、その体力にも機動力にも制限がある人間が、長くは避けられない。
 万が一、足をまともに捕らえられれば、串刺しにされてしまう。
 必死になってかわすものの、突きだされた剣は早苗を斬る。
 フランドールが縁側に着くまでに、早苗の足には幾つかの赤い線が走っていた。
 霊夢の位置を見定めて、駆け寄った。

「霊夢ウゥゥ!!」

 叫び、盾を捨てて、両手で、縁側に剣を突き立てる。
 手ごたえはあった。
 木屑が飛び散る中、足を押さえて早苗が崩れ落ちる。

 やったか?
 突き刺した瞬間の感触、それが人間の物かどうか理解できるほど、フランドールは戦い慣れていない。
 ツン、と気圧の変化で耳が痛くなった。

710 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 20:48:30 ID:PBKG5uew

「外れ、ね」

 言葉とともに、軒下から白い影が飛び出す。
 次いで、足元で、何かが膨れ上がるのを感じた。

「フラン・・・さん!!」

 爆発、ではない、しかし、足元から、硬いものが飛び出してくる。
 よく分からない飾り物、食料、ペットボトル、破れたスキマ袋、それらが、狭い縁の下で溢れ、ただでさえ痛み、穴の開いていた縁側を吹き飛ばした。
 足場を失い、態勢が崩れる。飛び出した白い影は、そのまま、反転して、こちらに斬りかかる。
 目も閉じて、足場も悪い中、剣の一撃を受け流す。スターサファイアの力がなければできない芸当だ。

 いよいよその姿を完全にのぞかせた朝日が、フランドールの体を焼く。
 足元の壊れたスキマ袋から噴き出す飲料水が、流水となり、フランドールの体を責める。
 太陽のもと、眼も開けられない。
 そんな中、霊夢は全体重をかけて、剣を振るう。
 二回、三回、と剣を受け、フランドールの顔が苦痛にゆがむ。

「避けてください!!」

タタタッ

 早苗の声と一緒に、フランドールの横から、弾丸が放たれた。
 だが、当たらない。小銃は銃身が長いため、逆に近すぎても当たらない。
 弾速が早くても手が届く距離にさえあれば、剣を当てて、いなすことは難しくないのだ。
 次いで、霊夢の手が、振りかぶる軌道のさなかに曲がり、早苗の方に突きだされる。
 五感で事前にそれを感じ取り、間に剣を入れて、早苗の身を守る。
 このままではじり貧だ。

 起死回生をかけて、フランドールは跳躍し、縁側に飛び乗った。
 足場はまともになり、また、体重も掛けて、反撃に出ることができる。体を曲げ、霊夢の首を狙って剣を振るう。
 もちろん霊夢は剣でそれを押さえる。
 だが、腐っても吸血鬼の一撃。払われた霊夢の体が、壊れた縁側に叩きつけられる音がした。

 強い朝日の中、眼を開けての追撃は無用。
 ガチャ、早苗が座り込んだまま、弾の切れた小銃を捨て、新たな銃を構える音がした。
 その肩に手を当てて、フランドールは力を込める。

 左手を背中に回し、右手の剣を取り落した霊夢は、力なく、縁側の残骸にもたれている。
 
「あ・・・」

 早苗が、息と一緒に、何かつぶやいた。と、同時に、上から、何かが降ってくる。
 アミュレットが、ゆっくりと、こちらめがけて降ってくる。

ダンッ!!

 早苗が、拳銃で霊夢を撃ったのが、分かる。
 しかし、飛び出した弾丸が、霊夢にぶつかる間際、博麗の巫女の姿は、消えていた。
 フランドールは横っ飛びでアミュレットをかわしたが、足を怪我した早苗には、それができない。
 小さい悲鳴があがり、フランドールは自身の無力さに歯噛みした。
 さらに、かわしたはずのフランドールにも衝撃が走る。体の動きが止まり、太陽の熱で体が燃え始める。

「亜空穴」
 
 声とともに、いつの間にか屋根に上っていた霊夢が飛び降りる。

「それに繋縛陣」

711 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 20:49:56 ID:PBKG5uew

 そのまま、何のためらいもなく、早苗の首を剣で突き、引き抜き、その血を払った。
 力なく倒れた早苗の手から銃を抜き取り、フランドールに向ける。

 二回、乾いた銃声が響いた。太陽の下、吸血鬼は二つの穴を体に空け、倒れた。


「あっけないわね。あとは・・・」

 地面に倒れ、自身の血の匂いに溺れるフランドールは少し、顔を上げた。
 霊夢は、こちらを見ることもなしに、魔理沙の倒れる小部屋を見つめている。
 もう、自分に何も抵抗ができないとでも思っているのだろうか?
 それが、特に間違っていないことが、フランドールにとって悔しかった。
 自分には、力がない。技術がない。
 実質的な強さはあるかもしれないが、実戦経験が少ないゆえの未熟さは、否めない。

(フ・ラ・ン・さ・ん)

 霊夢の向こう、首から血を流す早苗の口が動いた。

(わ・た・し・は・)

 まだ生きている。
 その事実に、少しばかりの希望がわいてくる。

(ま・だ・す・こ・し・も・ち・そ・う・で・す)

 だが、それでは状況を打開したことにはならない。
 魔理沙が殺されれば、次に戻ってきた霊夢は、今度こそとどめを刺すだろう。
 そして、ここに至ってもまだ駆け付けない小町が、この期に及んで助けに来るとは思えない。

(さ・く・せ・ん・あ・り・ま・す)

 口から血を流しながら、痛みで涙を浮かべながら、早苗は唇の動きで、必死に言葉を伝える。
 強いなあ。やっぱり、早苗は強い。
 絶望に負けず、何処までも抗うつもりなのだ。
 
 霊夢は腰を上げ、小銃に弾を込めて、魔理沙のもとへと歩き出す。
 作戦は?声を出して尋ねたくなる、はやる気持ちを押さえて、早苗の唇に目を凝らす。

 ミシミシ、霊夢が一歩歩くごとに、縁側が悲鳴を上げ、軋む。

「ちょっと待った」
「・・・・・・?」

 ここに至って、ようやく最後の仲間が、口を開いた。
 だが、遅すぎた。

「遅すぎたみたいだね」
「小町、いまさら何?」

 今まで、悩んでいたのだろう。その表情は浮いていない。
 逆光なのをいいことに、薄目を開けて観察する。
 背中からずぶずぶと焦げているだろう私を、ちらりと見て、小町は顔を背けた。

712 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 20:50:53 ID:PBKG5uew

「なあ、霊夢」
「紫は殺した。最後に残る護衛対象は私しかいないでしょう」

 そっけなく、言うと、興味なさげに、霊夢は立ち止まった。

「霊夢の目指す先に、あたいの求めるものはあるのかい?」

 いまさらな質問だ。そして、霊夢も少し、納得のいかない顔で答えた。

「知らないわ。逆に聞くけれど、あなたは本当に、幻想郷を救いたいの?」
「もちろんだ。あたいは―――」
「なら、あなたはもう手遅れね」
「!?」

 霊夢が小町を突き離し、顔を魔理沙の方へと移すと、再び歩き出した。

「おいっ!!」

 その背に向かって、当然小町のトンプソンが向けられる。
 不条理な突き離され方をして、心が揺れているのだろう。小町の引き金に掛けた指は震えていた。

「お前は――えっ!?」

 言いつつ、小町の目が空へと向けられた。私の目が届かない、太陽の方向から、何かが突っ込んでくる。

「・・・ッ!!」

 その存在がスターサファイアの能力の圏内に入ると同時に、一筋の光が、霊夢に向かって放たれた。
 慌てて、霊夢はかわすが、飛び込んできたレーザーは、霊夢の今までいた縁側を粉々に吹き飛ばした。
 破壊された障子と畳、そして縁側の欠片が火の粉と一緒にあたりに降り注ぐ。

「博麗霊夢!!それに小野塚小町!!」

 近づいてくる箒から、誰かが飛び降りてくる。

「あなたたちの殺戮はここでわたしが止めてみせる」

 迎撃しようと小銃を構えた霊夢に向かって、さらに光弾が接近する。
 とっさに跳ねてかわし、霊夢は寺小屋の中を転がった。

「旧地獄、古明地さとりがペットの一匹。八咫烏をこの身に宿した霊烏路空」

 すごい熱量だ。スターサファイアの“眼”には、まるで太陽が地面に降り立ったかのような、そんな眩しい光景が映し出されていた。
 その中心で、一羽の地獄烏が吼えている。

「殺されていった皆のかたき!!あなた達はこの太陽の力で塵も残さず消して上げる!!」

713 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 20:52:26 ID:PBKG5uew





 爆音、土煙、火の粉。
 一分もしないうちに、戦場は庭から離れていた。
 都合よく太陽を遮ってくれる煙に助けられ、フランドールは身を起こした。
 肩と腹、どちらも致命傷にはなりえないが、ひどく傷む。
 さらに、太陽で焼かれて、体力も妖力もほとんど残っていない。

 遠くで銃声と、怒声が行き交っている。参戦するのはしばらく無理そうだ。
 生きているだけまし、そう自分に言い聞かせる。
 その一方で・・・

 考えうる限り最速で駆け寄り、ようやく、手で抱えた早苗の体は、軽かった。
 冷たい。まだ、赤みが残ってはいるが、それでも顔は青くなっていた。
 ここに来てから、たくさんの死を見てきたフランドールには分かった。
 今、自分の触れている体は、もうすぐ死ぬ運命にあるのだ。
 このまま、何もしなければ死んでしまう。
 治療の経験もないフランドールでは、ただの止血もできなかった。

「フ・・・ラ・・・ン・・・」

 その口が、動き、声を発する。
 ひゅーひゅーと、一言発しようとするごとに、首から血の霧と空気が漏れる。

「無理、しないで」

 慌てて止めるも、早苗の手が、フランの腕を振り払う。
 首の傷を押さえて、無理やり、言葉を綴る。

「わたしは、死ねないの、です」

 優しく、フランの頭をなで、言葉をつづける。

「生き残りたい、やることがある、もともと神様、少し位なら・・・」
「わたしは何をしたらいいの?」

 必死で言葉を放つ早苗を見ていることが出来ず、フランドールはかがみこみ、その耳を口元に当て、尋ねた。
 少し、顔を明るくして、早苗は口を開けた。

「簡単な、ことです」
「簡単?」
「――――――、してください」

 早苗は言い切ると、首の傷を離す。
 解放された傷跡が開き、真っ赤な断面を露わにする。
 ぴしゃっ、と新鮮な血が、がフランドールの顔にかかった。
 ぺろり、口の周りについた液体を舐め、フランドールは東風谷早苗に覆いかぶさる。
 轟音を立て、寺小屋が半壊しても意に介さず、慣れない吸血行為は、長く続いた。

714 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 20:53:04 ID:PBKG5uew






 人里の異変に気が付いたのは、きわめて偶然だった。
 もし、私たちが少しでも早く神社へと出発していれば、銃声を聞くことはなかっただろう。
 霊烏路空は体を傾け、こちらの顔を覗き込んだ。

「もう、大丈夫?」

 うっすらと霧がかかった人里の一角。少し開けた場所で、蓬莱山輝夜の死体は野晒しになっていた。
 勝手に定めた敵のようなものだったが、このような姿を見ると、寂しさしか湧いてこない。
 お空のこちらを心配する声に、大丈夫だと答え、藤原妹紅は立ち上がる。
 近くに倒れていた紅美鈴の死体と輝夜の死体は、近くの民家に会った布で、顔を隠されている。

 葬儀のまねごとをする時間はなかったが、それでも、最低限の処置と祈りはささげたつもりだった。
 再度、軽く黙とうして、振り返る。すぐ後ろに控えていたお空と一瞬目があった。
 つい先ほどのチルノと咲夜のことを思い出したのか、その顔は少し暗い。

「待たせてごめん。もう気は済んだから、早く博麗神社に向かって出発しよう」
「あ、うん」

 道草を打ち切り、あわてて箒にまたがった。
 放送までには少し時間があるけれど、出来れば地面で落ち着いて聞いてしまいたかった。
 文たちも記録してはくれるだろうが、自分たちでもメモ位は取っておきたい。

「ちょっと、なんで妹紅が前に座っているの!?」
「いや、ちょっと酔い気味で・・・。自分で操縦すれば、少しは酔わないと思ったから」

 先ほどまでのお空の操縦を思い浮かべて、妹紅は少し冷や汗をかいた。
 速さこそありすれ、激しい回頭と急な加速は、元人間にはつらいものがある。
 あんな暴走に付き合っていては、体力が持たない。
 半ば強引に舵を奪うと、快適なフライトのために、妹紅は箒の前に座った。
 文句を言いながら、お空が静々と後ろに乗り込む。
 背中に体温を確認して、足を蹴って、妹紅は箒を発進させた。

715 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 20:54:06 ID:PBKG5uew

「ちょっと、下手過ぎない?」
「まだ、初めてなのだから、勘弁してよ」

 ふらふらと浮きあがった箒は、バランスを崩しかけ、いきなり急落した。
 落ちたかと思うと、前に進みだし、突然止まる。
 先ほどのお空の操縦よりもひどい有様に、内心落ち込みながら、妹紅は箒の動きを安定させていく。
 一分もしないうちに、箒は安定して前に進むようになった。

「さて、博麗神社に出発しましょう」
「・・・・・・」

 狙撃されないよう、あまり高度はあげず、民家の屋根の高さで箒を止め、後ろに声をかける。
 箒にしがみつき、揺れを抑えようと神経を張り巡らせる妹紅の肩に、お空が手を置いた。
 向かう先には霧がかかっていて視界が悪い。ついていないな、と妹紅は少し肩を落とした。

「ちょっと待って!!」

 一瞬後、お空が叫び、手に力を込める。大声に驚き、箒が大きく揺れた。

「どうしたの?」
「遠くで銃声が聞こえる。文たちとはまた別方向だけれど、確かに聞こえた」

 右手で民家の向こうを指しながら、お空が体を震わせる。
 確かに、耳を澄ませば断続的に火薬の爆ぜる音が響いている。
 この一日で嫌と言うほど味わった、殺し合いの気配が、耳から伝わり、脳を刺激する。

「助けに行かないと」
「ああ」

 博麗神社に向かわなければいけないことは確かだが、かといって襲われているかもしれない誰かを見捨てることはできない。
 少なくとも、その一点に関しては、お空と妹紅の心の中で一致していた。

「もしかしたら・・・・」

 お空が、少し怒りを込めた声でつぶやく。
 その言葉の後に続くものが、妹紅には容易に想像がついた。
 さとりを殺した小野塚小町。これだけ人数が減った今ならば、戦闘の中心に彼女がいてもおかしくない。

「もし、さとりを殺した相手がいても、頭に血を上らせないこと。二人で、身の安全を確保したうえで戦うこと。
 これだけは守っていかないと」

 言うだけ言って、箒の高度を上げる。注意に対する、お空の反応はない。
 なぜ、彼女がさとりを殺してしまったかはわからない。それでも、何か理由があったことだけは確かなはず。
 それを、お空も理解してくれていればいいのだが。不安を抱えつつ、遠くの戦闘に意識を向ける。
 はるか向こう、寺小屋から、煙が上がっているのが良く見える。
 どうやら、銃声もそこから響いてくるらしい。

716 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 20:55:01 ID:PBKG5uew

「いくぞ、お空!!」

 妹紅は箒の先を寺小屋に合わせ、急発進した。
 風に乗って、土のにおいが、鼻を突く。それに混じって、かすかな血と硝煙の匂いがした。
 戦場の、殺し合いの匂い。
 どくん、どくん。背中に当たるお空の胸で、心臓が大きな音を立てて震えている。

 どんどんと、目に映る寺小屋が大きくなってくる。
 もう銃声は聞こえない。
 倒れた人影、立ち尽くす二人、赤い血と泥の茶色。
 太陽の方角から突っ込んでいるため、こちらの姿に向こうは気が付きにくいはず。
 奇襲が掛けられる、はずだった。

「ごめんね、わたしは先にいく」

 突然、箒が軽くなり、バランスが崩れた。
 振り落とされないよう減速した妹紅の横を、一つの影がすり抜け、一足先に寺小屋に突っ込んでゆく。
 小さくなっていくお空が、光弾を発射して、何か叫ぶのが、聞こえた。
 これ以上、場を混乱させないために、妹紅は慌てて箒を止め、寺小屋の惨状を確認する。

 立っているのは、やはり、博麗霊夢と小野塚小町の二人。
 倒れているのは、文の情報などから考えても、東風谷早苗とフランドール・スカーレット、そして八雲紫の三人。

 下ではお空が追撃の光弾を放ち、霊夢を吹き飛ばしている。
 だが、霊夢と小町の手には大きい銃があった。
 遠距離戦では、近代兵器を駆使する二人に分があるのは、戦い慣れていない妹紅にもよく分かった。

「旧地獄、古明地さとりがペットの一匹。八咫烏をこの身に宿した霊烏路空」

 ふらふらと浮かぶ箒、その下で、一羽の地獄烏が吼えている。

「殺されていった皆のかたき!!あなた達はこの太陽の力で塵も残さず消して上げる!!」

 徐々に高度を下げる妹紅の目に、霊夢が銃を構え直す様子が見えた。
 慌てて、速度を上げ、そのまま、突っ込む。
 
「・・・・・・ッ!!」

 耳元を、お空の弾幕がかすめる中、霊夢の胸元めがけて、最高速度で箒が突っ込んでいく。
 十分高度が下がったと思ったところで、自分は飛び降り、ひしゃげた障子を突き破り。寺小屋の一室に転がり込んだ。
 畳の上を転がり、壁に当たって、ようやく止まる。一呼吸遅れて、箒が堅いものにぶつかる音がした。
 擦れた皮膚が熱を持ち、激痛が走る。うめきながら、妹紅は立ち上がった。

「霊夢!!」

717 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 20:56:06 ID:PBKG5uew

 空の上で、お空が叫ぶのが聞こえる。
 次の瞬間、隣の部屋との境目である襖が蹴破られ、小銃を構えた博麗の巫女が飛び出してきた。

「さっきから、邪魔ばかり、いい加減にしてよ!!」

 怒りながら、苛立ちながらこちらに銃を向ける巫女は、やけに人間臭くて、妹紅の目には不思議に映った。
 だが、そのことを深く考える時間はない。

タタタッ!!

 軽快なリズムで、小銃が弾を吐き出す。
 まだ使い慣れていなかったらしく、狙いがぶれ、弾は妹紅の首筋をかすめるのにとどまった。
 撃たれると同時に、妹紅自身も火を生成し、撃ち放つ。
 倒れたままで、片腕で放った弾幕の軌道は、見事、霊夢の脳天を捕えていた。

「!?」

 だが、当たらない。
 弾がぶつかる寸前、かすかに霊夢が頭を傾けたために、弾丸は霊夢の髪を少し焼き、通り抜けた。
 再度、霊夢が銃を構え直す。妹紅には応戦する時間がない。

 つかの間、部屋が、空気が凍ったように感じられた。
 霊夢の指が、引き金をゆっくりと引いていくのが、妹紅にはゆっくりと感じられた。

「そこまでよ!!」

 だが、幸運にも、妹紅は一人で無かった。
 遅れてやってきたパートナー、霊烏路空が飛び込み、丸い分銅を思いっきり投げつけたのだ。
 正確に霊夢を狙った投擲は、妹紅の命を救うのには十分な行動だった。

タタタッ!!
 
 再度、弾丸が撃ちだされ、しかし、今度は妹紅とは全く別のあらぬ方向に飛び去った。
 分銅は霊夢をかすめて飛び、そのまま、壁にひびを入れた。
 霊夢が飛びのいたすきに、妹紅も飛び起き、フランベルジェで斬りかかる。
 即座に銃剣が跳ねあげられ、霊夢の身を守る。
 さらに、斬りかかった隙を利用して、霊夢は素手で、妹紅に殴りかかった。
 銃剣で器用にフランベルジェを絡め取られ、身をかわすこともできずに腹を殴られ、妹紅は吹き飛ばされる。
 
 だが、それは決め手とはならない。
 妹紅の体が霊夢のもとから離れた直後、部屋の片隅で身構えるお空の手から、一条のレーザーが伸びる。
 間一髪、霊夢には当たらなかったが、強力なレーザーは隣の部屋との境の壁を貫き、寺小屋の柱を切り裂いた。
 その威力を再確認し、妹紅は宝塔が自分らの手にあることに感謝した。
 数の利も、装備の利もある中、霊夢は押されていた。

 レーザーをかわした霊夢は、驚きの表情でお空の手を見つめている。
 この殺し合いの場でも、強すぎる威力は、当然脅威と認識されるだろう。
 顔をゆがめて、霊夢は身をひるがえし、部屋を飛び出した。
 体制を立て直す気か?仲間と合流する気か?どちらにしても逃がして得はない。

「逃がさない!!」

718 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 20:56:53 ID:PBKG5uew

 そのことはお空も分かっており、追いかけ、妹紅と一緒に廊下へ飛び出した。
 少し離れたところに、小町と霊夢の姿があった。
 出てきた二人の姿を見て、小町の足が止まった。揉めているのか、銃の先は霊夢に向けられていた。
 その一瞬の躊躇をよそに、お空が叫ぶ。

「爆符「ギガフレア」!!」

 あまり大きくない寺小屋の廊下、それを埋め尽くし、はたまた壁にめり込む形で特大の炎の塊が生成された。
 お空が、放った弾幕は、壁や天井を焼き尽くしながら、轟音を立てて飛び去った。
 飛んで行った先にいる、二人の姿は見えない。
 だが、ひっきりなしに飛んでいく弾幕の向こう、何かが焼かれ、吹き飛んでいくのが見えた気がした。

 ミシミシ、ギシギシ。
 数秒で、寺小屋は煙に包まれ、壁や柱が悲鳴を上げ始める。
 酸素は足りず、火は燃え広がないが、妹紅たちも息ができない。

「お空!!離れないと」

 放心状態で、自身の主人の敵に向かって弾幕を撃ち続けるお空の手をつかみ、強引に引きずり出した。
 適当な部屋から障子を突き破って飛び出した瞬間、寺小屋が半壊し、煙とほこりを立ててひしゃげ、傾いた。
 霊夢と小町の行方は、まったくわからない。
 次の瞬間、お空が何かを目にして、飛び立った。

「いたっ!!」

 何がいたのか、それを聞く前に再び飛び立ち、レーザーで屋根の上を裁断した。
 レーザーが走った瞬間、誰かが屋根の上を走り去るのが見えた。
 それを追って、お空の姿が屋根の向こうに消えた。

「おい、お空―――」
「あなたの相手は私がするわ」

 それを待っていたかのように、倒壊した家屋から、声が響く。
 生き物としての直感を信じて、伏せた瞬間、頭の上を弾丸が走り抜けた。
 
「・・・ッ!!」

 フランベルジェを構えようとして、とっさに想い直し、ウェルロッドを引き抜いた。
 ずっと残り続けていた最後の一発。
 弾が飛んできた方向に構えて、引き金に指を掛けた。
 小屋からは黒煙が吹き出し、中の様子はうかがえない。
 方向が分かっても、確実な一撃のために、無駄弾は使えない。
 
 どこだ、どこにいる?

 意識が研ぎ澄まされ、感覚が鋭くなった。
 血が溢れそうなぐらい、強く体内を流れている。
 三回、心臓が早く鼓動を打った。追撃は・・・ない。逃げたのか?

 いや、そんなはずはない。

719 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 20:57:58 ID:PBKG5uew

 かたかたと歯が鳴り、緊張で目が乾く。
 世界が、ゆがみ始めたかのように、感じられた。
 霧が、ようやくこの辺りにもかかってきたのだろう、視界に靄のようなものが映り始める。
 まだ、霊夢は姿を現さない。

 もっと、もっと、意識を研ぎ澄まさせて。
 自身の心臓の音がうるさいくらいに、耳が、聴覚が働く。
 ふわり、霧が、不自然に揺れるのを感じた。
 一定の方向に流れていた霧が、何かによって乱され、渦を巻いた。

 後ろ、霧が乱れた原因を理解すると同時に、体がばねのように跳ね、後ろに向き直った。
 案の定、そこには目当ての姿があった。

 博麗霊夢、殺し合いに乗っているらしい、楽園の巫女。
 もう、誰も殺させない。

 数歩も離れていない位置に、まだ体制を整えていない、地面にかがみこむ霊夢の姿があった。
 やれる。
 確信した。
 指に、力を込める。
 目の前で、霊夢の顔が驚きの表情を浮かべ―――そして笑顔になった。

「え?」

 なぜ。なぜ、笑った?
 その理由が分からぬまま、引き金を引く。

 だが、弾は出なかった。
 霊夢を前にして、妹紅は立ち尽くした。
 一瞬遅れて、ぴしゃり、と何かが地面に落ちる音が聞こえた。
 ソレはゴムのように跳ねた後、動かなくなった。

 ぴしゃ、遅れて、目の前の霊夢の顔に、赤い血が降り注ぐ。
 どこから、吹き出ているのかわからないその血は、白い着物を赤く染め挙げる。

 ああ、右手が痛い。
 もう、視点を動かさなくとも、何が起きたかは分かっていた。
 霊夢が、ゆっくりと銃を構え直す。その小銃の銃剣からは、いましがた人を斬ったかのように、血が滴っていた。
 いや、実際切ったのだろう。
 何らかの手段で、私の後ろまで移動した霊夢は、私の右手を切り落とした。
 もう、私は不死身じゃない。勝手に手が生えることはない。
 そんな状況なら、武器を持った利き手を切り落とせば、その時点で勝負は決まってしまう。

タタタッ!!
 
 この十分間で何度も響いた銃声が、再びあたりにこだました。

720 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 20:59:19 ID:PBKG5uew




 
 血が、流れている。
 痛みを訴える胸に、手を当てようとして、その右手が無くなっていることに気が付き、血を吐いた。
 霊夢の姿は、もうここにはない。
 いつの間にか、スキマ袋まで奪われ、消えていた。
 肺に傷を負ったのだろう。息が出来ず、とても苦しい。
 妹紅は、残った左手で、地面をつかみ、体を起こそうとした。だが、血で滑って、うまく起き上がれない。
 しまいにはあきらめ、空を眺めることにした。

(へまをしちゃったな)

 自分の武器で、お空が、他の誰かが傷つくことになるのだろうか?
 それは、嫌だ。

 考えて、思い返してみれば、自分が生き残るためにどれだけの命が消えて行ったのか?
 たくさん、そう、たくさんだ。
 こいし、鬼、てゐ、そしてさとり、数えはじめたらきりがない。
 彼女たちの、ためにも、ここで死ぬわけにはいけないのでは?

 でも、分かっていた。
 出血量が、多すぎる。左手を、顔の上に挙げてみれば、青白く、血が足りていないのが見て取れる。
 そのうえ、息も満足に吸えていない。
 蓬莱人間、藤原妹紅もここで、おしまいだ。


「まだ、生きている?」
 
 ふと、足音がして、見慣れぬ少女が妹紅に覆いかぶさった。
 
「妹紅さん、ですね。大丈夫・・・ではないようですが」

 東風谷早苗とフランドール・スカーレット。
 こいしから聞いたとおりの特徴の少女たちに、頭を振って、応じた。

「わ・・わたしが早苗を吸血鬼にしたように血を吸えば・・・」
「・・・・・・この人は、特別な人ですから」

 言い合いながら、早苗は妹紅の右手を縛り、止血する。
 もう、無駄なのに。

「ア゛ア゛ア゛アアアァァァ!!」

 遠くから、銃声に混じって、悲鳴が聞こえてきた。

「・・・・・・小町さん」

721 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 21:00:12 ID:PBKG5uew

 早苗がつぶやき、一瞬、応急処置の手が止まった。
 小野塚小町、その絶命の悲鳴。本来ならば喜ぶべきなのだろうが、どこか不穏な、予感がした。
 腰を浮かせた早苗を押し、強引に立たせる。
 以外にも、まだ自分にこんな力が残っていたことに驚きながら、妹紅は口を開く。

「もう、いいから」

 ぜえぜえ、と息を吐きながら、言い切った。我ながら、醜い有様だと思いながらも、必死に言葉を紡いだ。
 もう自分は長くない。ならば、生きている者達に尽くすべきだ。
 死にかかったさとりが、最後まで妹紅を守ろうとしてくれたように。

 今なお続く、戦場にはお空も、目の前の二人の仲間たちも残っている。
 自分は、もう必要ない。

 東風谷早苗も、妹紅の怪我を見て、その現状を把握していたのだろう。
 躊躇いながらも、立ち上がった。
 その背に何か声を掛けようと思い、妹紅は口ごもる。
 お空を頼むように言うべきか?それとも、何か別に掛ける言葉があるのだろうか?

「頑張って」

 結果、出てきたのは、これから死にゆくものが掛けるには到底ふさわしくない一言だった。
 もう、自分は死ぬのに、これから生きるものに何をがんばれと応援するのだろうか?
 あまりの、説得力のない言葉に、早苗とフランドールの顔が、緩む。
 つられて、妹紅も少し、笑った。

「妹紅さんも、待っていてくださいね。すぐに戻ります」

 振り返って、早苗がつぶやく。
 顔を前に向けると、そのまま、人並み外れた跳躍をして、視界から消えて行った。

「ごめんね」

 何がごめんね、なのだろうか?
 最後に、フランドール・スカーレットがつぶやきを残して、消えて行った。
 落ち込んでいるようだった少女に、掛ける言葉はなかったものか。
 自身の至らなさに、少し、自己嫌悪を覚えた。

 この殺し合いが始まった直後は、死にたい、と思って行動していたのだ。
 いまさら、死ぬことを恐れる必要はない。

 そうは思っても、不安で、胸は痛む。
 人はいずれ死ぬ、薬を飲んで、不死になってからずいぶんと離れていた事実が、いまさらながら突きつけられる。
 目の前に、倒れ、動かなくなった輝夜の姿が浮かぶ。


 ・・・・・・でも、それでいいじゃないか。
 もともと、死んで当然の命だったのだから、ここで、仲間のために戦って果てるのならば、本望だ。

 浮いて、沈んで、を繰り返す感情。
 強いて、最期の望みをあげるとすれば、

「「最後に――と、笑いあいたかった」」

 その望みは、とっくの昔に、断たれていた。

722 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 21:00:59 ID:PBKG5uew






 最初に、紫の絶叫が聞こえた時、小野塚小町は布団の中にいた。
 足首には申し訳程度のテーピング。気が付けば、体中傷だらけだ。
 早苗がおいて行ってくれた濡れたタオルが、傷に心地よい。
 そんな、久しぶりの休息に、心と体を休めていた時、悲鳴が聞こえたのだった。

「・・・・・・」

 続いて、銃声。応戦しているらしい、怒声が、響き渡る。
 その内容から、今霊夢が来ていること、紫が死んだこと、それを理解した。
 理解したところで、体が布団の外に出ることはない。
 この殺し合いが始まって以来、初めて小町は隠れたい、動きたくないと思った。

 戦場に顔を出せば、その時こそ選択をしなければならない。
 紫亡き後、今までの方針に従うのならば、霊夢を守るために戦わなければならない。
 だが、それは早苗やフラン、それに魔理沙を手に掛けなければならないことを意味していた。
 霊夢は、相変わらず好戦的だ。
 見逃すなどという選択をとることはないだろう。

 このまま、ここにいたらどうなるのか。
 いつの間にか決着がついてしまうのではないか?
 自分が手を汚さなくて済むのではないか?

 もう、小町には選ぶ気力が残っていなかった。
 進むも地獄、戻るも地獄。
 
 そう、初めから殺したくなどなかったのだ。
 映姫様の名前などを出して、他人のため、と責任を賢者と幻想郷に押し付けて、そして誰かがそれを認めてくれると思い、無理やり自分の心を抑え込んでいた。
 だが、結局気が付けば、賢者はその考えに反対し、守るべき博麗の巫女の方針は、つかめない。
 いつのまにか、小町のやることは、すべて空回りしていたのだ。

 彼方で響く、銃声も悲鳴も気にせず、布団に寝転がり、天井のシミを眺める。
 そんな自分に嫌気がさし、ため息をついた。

 もしかしたら、早苗たちは、小町の助けを待っているのかもしれない。
 枕の横に転がっている機関銃が、眼の端にとまった。
 これを使えば、早苗たちが助かるかもしれないのに。
 だが、小町は、霊夢が早苗たちに敗れ去ることを期待もしていた。
 そうなれば、また、何も考えず、着いていくことができる。敵対せずに済む。

 でも、戦いは終わらない。
 霊夢一人に、ずいぶんと手こずっているらしい。
 戦場から離れたこの部屋からでは、戦況が分からない。
 厭々ながら、小町はようやく身を起こす。
 襖の向こうに何が待っているのかも知らずに。

723 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 21:02:29 ID:PBKG5uew



「ちょっと待った」
「・・・・・・?」

 目の前に広がる光景に、歩みを止め、ただ一人立っている霊夢に、声を掛けた。
 頭と体が離れた紫、首から血を流す早苗、太陽にあぶられ、立ち上がらないフランドール。
 今まで見てきた中でも、とびきりの地獄がそこにあった。
 魔理沙の姿は見えないが、無事であるとは考えにくい。
 助けに来るには、遅すぎた。

「遅すぎたみたいだね」
「小町、いまさら何?」

 思ったままを口にだし、小町は目を伏せた。
 自分の責任だ。多勢に無勢、大丈夫だろうと高をくくり、助けに行かなかった結果が、そこに広がっていた。
 ちらり、フランドールがこちらを薄目を開けてみているのに気が付いた。
 非難のまなざし、辛くなり、顔を背ける。
 ああ、あたいはこんなにも弱かったのか。
 選択肢は、もう霊夢についていくしか残らない。それで本当に良かったのか?
 考える時間は、もう残されていなかった。
 もう少し、時間があれば、考える時間があれば、この光景は帰られたかもしれないのに。

「なあ、霊夢」

 ここで、尋ねる。
 最後の懸念だ。
 紫は、幻想郷を守ろうと、考えていた。だが、霊夢はなにを思って、動いているのか。
 躊躇なく紫を殺したであろうその瞳からは、何の信念も読み取れない。
 霊夢、お前は何を思って、人を殺してきた。
 あたいとは違い、れっきとした信念で、目的を持って殺してきたのか?
 こちらの迷いを読んだかのように、霊夢が口を開いた。

「紫は殺した。最後に残る護衛対象は私しかいないでしょう」
「霊夢の目指す先に、あたいの求めるものはあるのかい?」

 いまさらな質問だ。
 ほんとならば、はるか昔に聞いておくべきだった質問。
 しかし、それはできなかった。
 守るべき対象から、あなたは間違っている、あなたの望むものをわたしは目指していない、そう突き離されるのが怖かった。
 現に、結局、紫からもさとりからも拒絶され、あたいの目的には、ひびが入ってしまった。
 言った後で、聞かなければよかった、そう思った。
 ここで返答次第では、また、選択しなければならない。
 霊夢は少し、納得のいかない顔で答えた。

「知らないわ。逆に聞くけれど、あなたは本当に、幻想郷を救いたいの?」
「もちろんだ。あたいは―――」
「なら、あなたはもう手遅れね」
「!?」

724 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 21:03:19 ID:PBKG5uew

 霊夢は小町を突き離し、顔を遠くの部屋に向けると、再び歩き出した。
 あまりに冷たいその仕打ちに、小町の頭が熱くなる。

「おいっ!!」

 霊夢の背中に小町のトンプソンが向けられる。
 怒り、ではない、戸惑い、そして失望の表情が、そこにはあった。
 引き金に掛けた指が震え、息が荒くなる。
 霊夢もまた、紫と同じように、小町を突き離した。
 そして、紫とは違い、別の目的を与えることなく、放置した。
 早苗と過ごしてきただけに、その落差に驚き、失望した。
 少し前の小町ならば、まだ自分に言い聞かせて、霊夢の後をついて行けただろう。
 だが、今の小町には、怒りがあった。
 そして、最後の手段もあった。

 最後の手段。
 自分が、一人生き残り、主催者から力を貰い、幻想郷の秩序を維持する。
 ばかげている、賢者たちには一笑されるような考えだが、放送の後少し考えたその案を、深く検討することはできる。
 霊夢がいなくても、何とかなる。その事実が、小町の心を支える、柱となれる。

「お前は――えっ!?」

 引き金に指を掛け、最後に尋ねる。
 返答次第では容赦しない覚悟で、霊夢を呼び止めた。
 その時、まるで雲がかかったかのように、日が陰るのを感じて、太陽の方を振り向いた。 
 まだ低い太陽の方向から、何かが突っ込んでくる。

「・・・ッ!!」

 その影はどんどん大きくなり、次第に二つの人影へと姿を変えた。

 そのうちの一つから、一筋の光が、霊夢に向かって放たれた。
 慌てて、霊夢はかわすが、飛び込んできたレーザーは、霊夢の今までいた縁側を粉々に吹き飛ばした。
 破壊された障子と畳、そして縁側の欠片が火の粉と一緒にあたりに降り注ぐ。
 思わず、トンプソンを盾にして、小町はうずくまった。少し癒えてきたとはいえ、足の調子はまだ悪い。
 あれが自分の方に飛んできたらと思い、小町はぞっとした。

「博麗霊夢!!それに小野塚小町!!」

 近づいてくる箒から、誰かが飛び降りてくる。

「あなたたちの殺戮はここでわたしが止めてみせる」

 迎撃しようと小銃を構えた霊夢に向かって、さらに光弾が接近する。
 とっさに跳ねてかわし、霊夢は寺小屋の中を転がった。縁側から中に入り、その姿が小町の目から消える。
 邪魔が入ったせいで、問答を続けることはできそうにない。

「旧地獄、古明地さとりがペットの一匹。八咫烏をこの身に宿した霊烏路空」

 眩い太陽、その中心で、一羽の地獄烏が吼えている。
 小町はその元気さを、迷いのない咆哮を、素直に美しいと思った。
 自分も、本当はそうしたかったのだ。できることならば、人など殺していきたくはなかった。
 だが、間違った選択を、自分の手でしてしまったからこそ、今の自分がある。
 その責任を他人に押し付けることはできないだろう。

「殺されていった皆のかたき!!あなた達はこの太陽の力で塵も残さず消して上げる!!」

725 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 21:04:01 ID:PBKG5uew

 霊夢の動きを封じるように弾幕が次々に打ち込まれ、寺小屋がきしむ。
 選択する機会は、たくさんあった。
 西行寺幽々子に出会った時、少し尋ねればよかったのだ。
 あたいがどうすればいいのか、いや、それすらせずに、あたいがやりたかったことを、行えばよかった。
 目を盗んで、殺すのではなく、きちんと、考えて、選択していけばよかった。
 ただ、今は後の祭りだ。
 
 自分の本能に従って、寺小屋の奥へと歩みを進める。
 後ろで、轟音が響く。霊夢は戦っているが、わざわざ助ける気など湧かない。
 ふと、気が付いて振り返ると、二対の眼が、こちらを見つめていた。

「悪い、あたいは、あんたらの味方じゃない」

 じゃあ、誰の味方なのか、そんなことは知らない。
 ただ、倒れていた早苗が、まだ生きていたことに驚き、どこかほっとしている自分がそこにいた。
 たぶん、それが本心。でも、一度見捨てた自分の居場所はここにない。
 訴えかけるような早苗の目を振り切り、寺小屋の奥へと歩いていく。

タタタッ!!

 銃声は鳴りやまない。
 それを、どこか遠くの雨のように感じながら、小町は歩き続けた。

 どん、ようやく寺小屋の勝手口に近づいたころ、背後で音を立て、霊夢が転がり出てくる。
 思わず、トンプソンを構えるが、一瞬で懐までもぐりこんだ霊夢に押され、引き金が引かれることはなかった。
 良くも悪くも覚悟が出来ている霊夢と、迷いがある小町、その差は、はっきりと出ていた。

「あなたはどちらの味方?」

 霊夢が、銃剣の先をこちらに向けながら、早口で言った。
 息が、荒れている。連戦の疲れが出ているらしい。

 小町が返答するまでもなく、妹紅とお空が、飛び出してくる。

「爆符「ギガフレア」!!」

726 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 21:05:50 ID:PBKG5uew

 宣言と同時に、狭い廊下をぶち破り、炎の塊が現れた。
 バチバチと、激しく、壁が、屋根が燃え始める。
 一呼吸おいて、炎弾がこちらに向かって移動を始める。

 霊夢が慌てて、壁の向こうに消えるのが、視界の端に映った。

「おいおい」

 一方の小町は、足を痛めていて機敏に動けない。
 小銃や弾幕で迎撃できないのは、遠目で見ても簡単に分かった。
 かすめるように一発目の炎弾が通り過ぎ、勝手口が火に包まれた。
 軌跡から黒煙が吹き出し、視界が失われる。
 煙が逃げ場を失い、焼き焦げ、穴が開いた屋根から抜けていくのが、分かる。

 やるしかない。次の瞬間、小町の姿は屋根の上にあった。
 縦の距離を縮め、片足だけで跳びあがった。
 それだけだが、制限下であっても数メートルの距離を稼ぐのは難しくない。
 着地はしたものの。屋根は傾き、煙が吹き出し、安定はしない。
 崩れた一角から、二つの人影が走り出るのが、うっすらと見えた。
 なにぶん、煙で視界が悪い。霊夢の行方までは、分からなかった。
 
 視線を感じて、とっさに駆ける。
 今まで小町の頭があったところを、レーザーが横切った。
 冷や汗が、頬を伝う。
 ぴりぴりと足に電流が走る。
 足を止めたい。そう思っても、後ろから響く羽音から、逃げなければならない。
 できる限り距離を縮めて、屋根から飛び降りた。
 髪を放たれた炎弾が焦がす。

「待ちなさい!!」
「・・・」

 声が響き、再びレーザーが放たれる。今度は肩をかすめ、はるかかなたの家に刺さり、火花を散らした。
 足の痛みに負け、ついに小町は足を止めた。
 振り返ると、怒りの炎を目に宿した、お空の姿がそこにはあった。

「なぜ・・・」

 いったん口ごもり、お空が続けた。

「なぜ、さとり様を殺したの!?」

 悲痛な叫び、言うと同時に、お空の周囲で、妖力が膨れ上がる。
 お空の問いかけに、答える言葉を小町は持ち合わせない。

「殺そうとは思っていなかった。あたいは、逆にさとりを守ろうとしていたのさ」

 事故だった。その言葉に間違いはない。

「嘘。かもしれない」
「信じてほしいとは、言わないよ。もう、たくさん殺してきたからね。
 それに、あんたの主人を殺したのはあたいだ。それも確信を持って言えることさ」

727 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 21:06:30 ID:PBKG5uew

 少し、自虐的に言い放つ。
 殺したのは事故だった。
 だが、そもそも無理やりにもさとりに近づき、妹紅を排除しようとさえしなければ起こらなかったはずの事故だった。
 お空は返答を聞き、しばらく黙って、うつむいた。
 少し無防備すぎる自分の姿に小町は気が付きながらも、トンプソンを持ち上げられないでいた。
 いまさら、卑怯だのなんだのと関係はないことだが、さとりの件については、まだ心の中で整理が付けられていなかった。
 だから、その整理を、目の前のお空が付けてくれるのではないか、そう、甘い期待も抱いていた。


「もし、もしもあなたが、私たちと一緒に、戦ってくれるのならば、わたしはあなたを殺さない」

 迷いの後、お空が発した言葉に、小町は少し驚いた。
 自分の抱いていた霊烏路空のイメージでは、こんな簡単に、主人の敵へ手を差し伸べるようなことはないはずだった。
 薄情なのか?そうではない。
 ただ、復讐よりも優先すべきものがある、そう理解した、早苗と似た力強い眼をしていた。
 その中には、幾ばくかの葛藤もあった。

 もともと感情を押し殺すタイプの妖怪ではない、ただの地獄烏なのだ。
 敵である小町を目にして、湧き上がる感情は、抑えきれない。

 お空の提案に、小町は一瞬たりとも迷うことはなかった。
 今回だけは、一瞬で選択できた。
 ただ、言葉を選ぶのに苦心し、口ごもる。

「答えて!!」

 お空が叫ぶ、その向こうで、銃声が響く。
 霊夢と妹紅が戦っているのか?お空の顔に焦りが浮かぶ。

「仲間には、なれない。一緒には、戦えない」

 なぜ、こんなときだけ、素直に選択できてしまうのだろうか。
 突き離されたお空が、驚き、一瞬後、武器をこちらに向けるのを、小町は余裕の表情で見つめた。

 ここで、殺された方が、楽だと、心の奥底で思ってしまったのかもしれない。

 自分は、怪我人で、罪人で、とても、こんな熱い眼をした仲間たちと、暮らしていくことはできないと考えたのだ。
 無理だった。今まで積み重ねた失敗が、素直に差し出した手をつかむことを拒否してしまった。
 目の前で、レーザーの光が収束するのが見えた。
 かわしようのない、至近距離でのレーザー。
 先ほどみた威力ならば、一瞬でこの体を両断してしまうだろう。
 達観して、眼を閉じる。馬鹿な行動だ。一貫した方針を持っていないことは、自覚している。
 本来ならば、生き延びて、先ほど立てた計画、自分だけが生き残ることを考えて、生きるべきなのだろう。
 馬鹿な自分に、笑えてきた。

「もう、いいよ」

728 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 21:07:22 ID:PBKG5uew

 そのまま、笑って死ねるかと思ったのに、痛みも、何もなかった。
 ただ、興味を失ったように、目の前のお空が、宝塔を降ろし、顔を背けていた。

「お前を殺しても、さとり様は喜ばないから」

 言い捨てて、そのまま、寺小屋の方へと歩いて行った。
 無防備な、その後ろ姿は、小町をすっかり舐めていて、地面へ銃口を向けた機関銃のことなど気にも留めていない。
 一応、銃を構えて、すっかり自分に闘志が残っていないことを再び確認して、肩を落とした。
 自分には、去りゆくお空のことを、撃つことはできない。
 その時、屋根の上、視界の隅に、霊夢の姿が映る。

「・・・ああ」

 ああ、妹紅はやられたのか。
 不幸にも、お空が、屋根の上で銃を構える霊夢の姿に気が付く様子はない
 何気なく、良心か、はたまた自分の思い道理に動きそうにない霊夢へと苛立ちか、
 早苗たちを、紫に手を出したことへの怒りか、はたまた自殺願望の表れか、
 自然と小町の指は引き金を引いた。

 銃口の先には、霊夢の頭があった。

「・・・・・・ッ!!」

ダダダダダ―――

 声にならない悲鳴を上げ、霊夢が倒れこむ。弾は屋根を破壊し、空のかなたに消え去った。
 胴を狙えばよかったな、そう思いつつ、再び、照準を合わせる。
 今度は、能力も使おう。

 霊夢の白い和服、その中心。心臓の下を狙って、銃を構える。
 距離は、縮めてあった。
 離れたところで、お空がレーザーを放つのが見えた。
 それは、霊夢の小銃を切り裂き、銃剣を弾き飛ばした。

 今度こそ、ほぼゼロ距離、小町は銃の反動を押さえ、弾を撃ちだした――はずだった。

 カチッ、引き金を引こうとした指に、何かが絡まっている。
 目の前で、小銃の先端、斬り取られた銃剣がこちらに向けて振り下ろされる。

「ア゛ア゛ア゛アアアァァァ!!」

 肩に、刺さった、銃剣を見て、思わず小町の口から声がこぼれた。
 なぜ、どうして。
 はるかかなた、屋根の上から霊夢が飛び降り、こちらに駆け寄るのが分かった。
 応戦しようと、銃を向けて、引き金に掛けた指が折れているのにようやく気が付いた。
 どうして、あんなに離れた位置にいたのに、こちらの指がおられ、銃剣が突き刺さっているのか。
 分からず、困惑して、瞳孔が開く。

729 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 21:08:06 ID:PBKG5uew

 一秒、二秒、三秒。

 たった数秒で駆けつけてきた霊夢が、先端の切れた小銃をこちらに押し付ける。

 タタタタタタタタッ!!

 弾が出なくなるまで、霊夢は引き金を引き続ける。
 小町の胸の中で、何かが爆ぜ、口から血が溢れる。

 どうしてこうなったのか。
 選択の間違い、その積み重ね。その結果、行くところまで行った末路がこれなのか。

 霊夢の方の向こう。お空が、口を開いて固まっているのが分かる。
 その眼に、小町を守れなかった罪悪感が浮かぶのを見て、小町は、なぜか安堵した。

「なあ・・・霊夢。」

 意外と、声は出た。
 しかし、内臓は傷ついているのだろう。声と一緒に、何か液体が口から溢れた。

「あたいたちの先に、未来はないよ」

 霊夢が眉をひそめる。その眼の中に揺れ動く感情。
 それを見極めようと、眼を細めたところで、小町の意識は、急に消えた。


 思い返すのは、最初、本当に最初の選択。
 人の死に詳しいが故に、簡単に選択してしまった修羅の道。
 スコープの先、狼天狗に夜雀、そんな些末な妖怪を捕えて、引き金を引いた。それも、二度も。
 この時、それをしなければ。小野塚小町のバトルロワイアルは、どのように進んでいったのだろうか?

 小町には、わからないし、誰にもわからない。
 もしかしたら、あそこで引き金を引かなければ、朝を迎える前に誰かに殺されていたのかもしれない。
 本当に、分からないのだ。
 
 だから、かもしれないが、小町は後悔しなかった。
 間違えていても、それが、いい結果につながることを信じて、目の前の、抗うものが、死なずに済むことを祈って。
 最後まで、選択はしなかったが、良心に従って、最善だけは目指した。
 それが、どのような結果を生むかは、知らずに。

730 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 21:09:13 ID:PBKG5uew






 妹紅を撃ち、スキマ袋を奪った博麗霊夢は、後を振り返りもせずに、飛び上がった。
 ふわり、と浮かんで、霊夢は難なく屋根の上に着地する。
 最初に戦っていた場所の逆側一角が完全に倒壊しており、寺小屋の屋根は大きく傾いていた。
 上まで登りきると、煙の向こうで、小町とお空が向き合っているのが、見えた。

 双方に張りつめた、緊張が、お空の一言で消失するのが、遠くからでもわかった。
 戦意を失くした小町の姿を見て、自分がやらなければならないと覚悟を決め、霊夢は銃を持ち上げる。
 カチャ、引き金に指をかけ、お空の頭に銃口を向け、意識を研ぎ澄ませた。

 一瞬、空気が揺れた気がした。
 悪寒が体を突き抜け、身の危険を訴えた。
 意識が乱れ、視界の端に、こちらに銃を向ける小町の姿が映る。
 あの馬鹿!!
 頭の中で叫び、足を上げて、わざとバランスを崩して、屋根に倒れこむ。
 焦げ臭い、嫌なにおいが鼻に充満し、苦いものが口に飛び込んだ。

ダダダダダッ!!

 頭の上を、横を、弾が通り抜ける。
 何発かが腕をかすめ、血が飛び散った。
 痛い、だが、動かすのには支障がなく、跳ね起きて、腰を沈めて、銃を構える。
 狙う先には、小町の頭。邪魔者は、排除する。
 
 ふわり、と空気が揺らぎ、風が流れた。
 微妙にゆがんだ空間。小町が距離を縮めたのだと、霊夢にはすぐに分かった。
 お空がレーザーを放つのを見て、銃を引く。
 強力な熱線が小銃の先端を裁断した。その威力に、顔をしかめつつ、小町の指の動きを追う。

 おそらく、今度こそ外さないために、小町は距離を限界まで縮めてきているはずだ。
 もう、避けることはできない。
 だが、本当に距離が縮まっているのならば、それを利用できるのは相手だけではない。
 右手で、吹き飛んだ銃の先をつかみ、左手を、小町の方向に伸ばす。
 伸ばした腕に、肉の感触が、確かに伝わった。そのまま、引き金にかけた指に絡ませ、動きを止める。
 そのまま霊夢は足を伸ばし、跳躍して、限界まで振り上げた右手を直感に従って振り下ろした。

「ア゛ア゛ア゛アアアァァァ!!」

731 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 21:09:57 ID:PBKG5uew

 近くで悲鳴が響いたかと思うと、引き伸ばされ、遠くから改めて飛んでくる。
 空間が揺らぎ、蜃気楼のように、ぶれた。
 屋根の下で、肩から血を流しながら、叫ぶ小町を眺めながら、霊夢は屋根から飛び降り、駆け出す。
 お空のレーザーをかわしながら、数秒で小町の所まではたどり着く。
 躊躇せずに、先端の切れた小銃を小町に押し付け、引き金を引いた。

 タタタタタタタタッ!!

 今までよりも大きい反動にのけぞりながらも、全弾撃ち尽くし、霊夢はようやく小町と目を合わせた。
 その眼は乾いていた。感情が抜け落ちた、さびしい眼。
 しかし、霊夢の後ろに目を向けて、少しだけ暖かくなり、何回か瞬いた。
 射線に小町が入ったからか、後ろのお空が手を出してくる様子はない。

「なあ・・・霊夢。」

 思ったよりも、傷は浅かったらしい。小町が、苦痛に顔をゆがませながらも、口を開いた。
 霊夢はとっさに銃剣に手を当てるが、口から流れ出る血を見て、その手を止めた。
 もう、致命傷は負っている。ただ、気力だけで話しているだけの状態だ。

「あたいたちの先に、未来はないよ」

 死人の戯言。最後の一言に霊夢は眉をひそめた。それだけ言って、小町は目を閉じて、逝った。
 目の前で死ぬ者たちを、この一日で何回見てきたものか、すでに霊夢は数えることをやめていた。
 だが、それも、あと数回で終わる。
 
 小町の一言。それは、ただの弱音だろう。霊夢はそう断じる。
 未来はない。そのことについて、霊夢は全く異論がない。
 むしろ、最後に至ってようやく小町がそれを認識しただけで、最初から霊夢には未来などなかったのだから。
 魔理沙たちも、それをもっと前に理解してしかるべきだった。
 だが、霊夢には、魔理沙が達観して、あきらめている姿など、想像できないのも確かだった。
 
 今の小町のように、未来がないことを理解して、霊夢を受け入れてくれる。
 そんな奇跡は、もうないのだ。

 崩れ落ちる、小町を見捨て、霊夢は後ろを振り返る。
 重い音を立てて、背後で小町が倒れ伏すのが、音からわかった。
 鈍い音に混じって、血の羽散る音。目の前で、お空が瞬きもせずに、眼を見開いている。
 

 霊夢は、一つ勘違いをしている。
 小町と、自分が、いまだに、ここに至って相容れない考えを抱いていること。
 小町の言う未来と、自身の考える未来との相違に、気が付いていない。

 他人の言葉を、自分に都合よく解釈しはじめた時点で、博麗霊夢は、狂い始めていたのかもしれない。

732 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 21:10:33 ID:PBKG5uew


「あんた。いったい何を・・・」

 宝塔を胸に抱きながら、お空が言葉を漏らす。
 状況を理解していないことはないはずだ。ただ、目の前で信じられないことが起こったような、顔をしていた。
 朝霧があたりを覆い始め、白い靄がお空と霊夢の間を流れた。

「あいつは、あんたの仲間じゃなかったの?」
「武器を向けた時点で敵よ」

 お空の疑問に、霊夢はなにを聞くのだと、少し馬鹿にした口調で返した。
 実際、いったい何を思い、お空が自分を責めるのか、霊夢にはわかっていない。
 少なくとも、この殺し合いが始まってから、分かるだけの感情は、失くしてしまった。

「元仲間だったのに、躊躇せずに―――」
「そう、元仲間だったの。もう仲間でも味方でもない、ただの敵よ。
 御託はもういいでしょう。今動けるのはもうあなただけ。さっさと死んでちょうだい」

 そこで、思い出したかのように、腰に下げていたスキマ袋から、一本の腕を取り出し、地面に投げた。
 拳銃をいまだ握りしめたまま離さない腕。
 藤原妹紅の右腕が、血を流しながら、地面を転がった。
 挑発すれば、隙が生まれる。その可能性を考えて、妹紅の死体のそばからわざわざ持ってきたのだ。

「―――ッ!!」

 お空が、無言で怒り、辺りの霧が散った。
 羽が大きく開き、周囲の水分が、蒸発している。
 すとん、突然肩を落とし、お空は手元の宝塔を見つめた。
 一秒待って、その眼が、霊夢の顔に視線を向けた。
 
「絶対に許さないッ!!」
 
 お空の立てた咆哮が、最後の戦いの開幕を告げた。
 
 光が白い霧の中を突き進み、霊夢の後ろの民家を焼き払った。
 さらに、何度かレーザーが放たれ、背後で家屋が倒壊する。
 だが、当たらない。霧で視界が悪くなったうえ、怒りで照準が定まらない。
 霊夢は挑発的に動きながら、手元に魔力を込めた札を取り出し、隙を見てお空に投げつける。
 
 躱す、撃つ、躱す、撃つ。
 何度も繰り返し、霧をかき分けながら、応酬を続ける。
 霊夢の投げつけたアミュレットを、羽で空を飛びつつ、躱し、お空はレーザーで狙いをつける。
 一秒後、霊夢の背後を熱線が貫く。
 威力こそ高いものの、軌道が読みやすいレーザーは、霊夢にとってかわしやすい弾幕であった。

「当たれッ!!」

733 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 21:11:05 ID:PBKG5uew

 お空が叫び、右手を振り上げた。
 轟音が響き、白色の大玉が霧を消し飛ばす。
 続いて、レーザーが弾を切り裂き、霊夢の首を狙ってきた。

「少しは考えられるようになってきたのね」

 だが、目視せずに放たれたレーザーが当たることなど、まずはない。
 できる限り距離をとり、霊夢は弾幕の隙間を縫って、お札を投擲する。
 命中したらしく、遠くで、お空が悲鳴を上げるのが聞こえた。

 ドドドドド!!
 地面を抉りながら、大玉が霊夢の横をすり抜けた。
 威力は充分。あたりすれば、骨折は免れないだろう。だが、当たらなければ意味はない。
 レーザーが見当違いの方向を焼き払うのを横目で見て、霊夢はふわりと浮きあがった。
 一気に勝負を決める。

 屋根よりも高く浮かび、お空の方を向く。
 いったいどこにそれだけの妖力が眠っていたのか、常に放たれる熱弾で、お空の姿は見えない。
 だが、それはお空からも霊夢が見えないことを意味している。
 決して大きくはない弾幕の隙間。
 そこを縫うように飛び、迂回するように、ホーミング機能を付けたアミュレットで攻撃する。
 変則的な軌道の攻撃で、位置を誤認させる。
 冷静ではない身で、霊夢の位置を正確に認識することは不可能だ。

 止まない攻撃にしびれを切らせたのか、レーザーが今まで以上に激しく動き回り、霊夢をかすめる。
 空気を、霧をかき分けるように弾幕と、霊夢が飛び回る。
 お空に近づくにつれて、弾幕の密度は上がり、回避は難しくなる。
 それでも、一瞬にすべてを賭けて、霊夢は近づく。
 そこにあったのは絶対的な自信。

 まるで炎天下のような暑さに、霊夢の額から汗が滴る。
 あと、五メートル、四メートル、三メートル。
 ゆっくり慎重に、距離を詰めていく。目を見張り、弾幕の向こうのお空の姿を想像し、見定める。
 レーザーが、再び放たれ、霊夢の服を焦がした。
 その瞬間、大玉の弾幕が途切れ、お空の顔が、体が姿を現した。

 霊夢の姿を視認して、お空はとっさに、胸と頭を持ち上げた腕で保護をする。
 とっさの防衛反応を、無視して、霊夢は飛びかかり、ただひたすら、宝塔を狙う。
 左足で制御棒を蹴り飛ばし、右手で宝塔を払い落とす。
 驚愕の表情で固まるお空の足を追撃し、体を傾け、宝塔を両手で捕えた。
 主人を変えた宝塔が、霊夢の胸の中で光り輝く。
 尻を突いたお空の目の前で、霊夢が宝塔を掲げ挙げる。

「ちょっと待った!!」

 形勢逆転。そこで掛かった、もう何度目かもわからない妨害。

734 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 21:11:58 ID:PBKG5uew
 倒壊した家屋から飛び出してきた東風谷早苗を見て、霊夢は目を細め、ため息をついた。
 白い霧の中、仁王立ちした早苗がこちらを睨みつける。

「霊夢ッ!!」

 さらに続く、フランドールの声。おかしいな、もう起き上がれないまでに潰したはずだったのに。
 目の前のお空、離れたところにフランドールと早苗がそれぞれ立ちつつ、武器を構えている。
 狙いをつけようにも、使い慣れていない宝塔で、どこまで、何ができるのか分からない。

「あら、あなた」

 相手を観察して、早苗の首の傷が消えていることに気が付いた。
 フランドールの調子は、あまりよくないようだが、早苗の元気はなお余りある。
 いったい何があったのか?その答えを、自分で探り当て、声に出した。

「吸血鬼になったのね」

 目をこちらから離さず、早苗が答える。

「ええ、人間をやめてしまいました。やむをえませんでしたので。とはいえ、完全な吸血鬼と言うわけでもないらしいです」
「そう」

 片手で、銃を構える早苗を見て、次に手元の宝塔を見つめる。
 威力ではこちらが勝るが、タイムラグがある分、早さでは拳銃に分がある。
 近くに転がっているだろうトンプソンには、手が届かない。
 さらに、先ほどとは違い、地面をただよう霧が、太陽の援護を拒んでいた。
 流水も、近くにはない。

 一対多数の状態では、出来る限り相対する敵を減らすことが重要だ。
 その鉄則に従って、霊夢はお空を挟んで早苗と反対側に、飛び込んだ。
 滑り込み、お空を盾に、銃撃を拒む。

 もちろん、それで何かが変わるわけでもない。
 人質に取られた形になったお空が制御棒を振り上げようとするのを、けん制しつつ、霊夢は押し黙る。
 積んだか?
 いや、博麗の巫女が、この程度で、抑えられはしない。

「本当に、しつこいわね」

 どこまでも、あがき続ける早苗に、フランドールに、お空にあきれて、霊夢はつぶやいた。
 思ったより、皆しぶとい。想定外の事態に、行き詰ったのは今が最初ではないのだが、
 それでも、ここまで苦労させられたのは初めてだろう。

735 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 21:13:05 ID:PBKG5uew

 この“異変”は、今までの異変と比べて、難易度が、桁違いに大きかった。
 一対多数、不意打ち上等。命の取り合いに情けは無用。弾幕ごっことは違う、無情な戦い。

 結局、多数が勝つのだろうか?
 仲間?いや、味方を多く作った方が、信頼を築けた方が勝つのだろうか?
 それも、また違う気がする。霊夢は、自分の今までの行動を思い返し、空を仰ぎ見る。
 少し、油断しすぎた行動だが、最低限に周囲は警戒していた。

 ざくっ、ざくっ、地面を踏みしめ、よろよろと誰かがこちらに歩いてくる。
 倒壊した家屋を避け、頭を押さえながら、現れた影。

「魔理沙!!」
「もう一度話せるとは思わなかったよ。霊夢」

 フランドールの歓声に答えて、魔理沙が、五体満足で現れた。
 皮肉なものだ、もし、小町が話しかけなければ、お空たちの到着が遅れていれば、死んでいたはずなのに、
 自分が殺していたはずの命であるはずなのに―――

 霊夢は魔理沙が生きていたことが、不思議と、うれしかった。
 それを、元人間の感傷だと、霊夢は認識して、笑う。
 
「私は絶対に生き残る」

 魔理沙を前にして、なぜか、自分の中の闘気が湧き上がってくるのを感じて、霊夢は顔を前に向けた。
 もしかしたら、それはただの意地であったのかもしれない。
 魔理沙の目の前で、情けない姿は見せたくなかった。
 
「私は、皆を倒し、この異変を解決する」
「“倒し”じゃない、“殺し”だ」

 魔理沙が、否定して、銃を向ける。
 泥だらけ、血で汚れた顔を上げ、それでもまだ、魔理沙はためらっていた。
 馬鹿馬鹿しい、この期に及んで、まだ自分を殺すのをためらっているのか。

「ねえ、魔理沙」
「・・・・・・」

 覚悟はできているのだろう。ただ、魔理沙は何かを待っている。自分の言葉か、答えか?
 四人に囲まれて、霊夢は勝機を探る。
 涼しい風が、傷口を冷やす。

「ああ、そうだ。お空」

 思い出したかのように、魔理沙がお空に声をかける。

736 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 21:14:07 ID:PBKG5uew

「うにゅ。何?」
「紫が、色々と情報を残してくれている。あとで読むといい」

 魔理沙はポケットから紙を取り出し、お空に見せた。
 そのまま、こちらを見て、反応を待った。

「私は、逃がす気なんて、ないわよ」
「まだ、戦う気でいるのですか?」

 宝塔を胸に、四人を睨みつける霊夢に、早苗があきれ声を上げる。
 油断、数の利があるが故の油断に、霊夢は舌なめずりした。
 勝機は、まだあった。
 
「覚悟はできているわ。わたしとあなた達、どちらの考えも相容れない。だったら、この場のルールに従えばいい。
 弾幕ごっこなんて遊びじゃなく、殺し合いで肩をつけましょう。勝った方が正義を気取ればいい」

 少しでも、会話を楽しもうとする自分がそこにいた。
 覚悟はできていた。魔理沙を殺すことに、忌諱の感情はもう存在しない。
 それでも、友達“だった”から、もっと何か最後に話したかった。
 博麗霊夢も、所詮、人間なのだから。
 この一戦を超えて、その先に、霊夢を人間としてみてくれる相手はいない。

 感傷を、ただの感傷として認め、自分の人間らしさとも向き合い直し、そのうえで理解したことがある。
 博麗霊夢は、何処まで行っても人間で、霧雨魔理沙はその友人なのだと。
 そして、その事実と、自分の博麗の巫女としての務めは両立できるのだと。

「単純明快だが・・・こんなことはしたくなかったな。最後に一つ聞いていいか、霊夢?」
「何、一つだけなら、答えるわ」

 博麗霊夢は、周りのすべてを、友人を、それと認めたうえで殺しきる。
 修羅の道だが、遠慮はいらない。
 それが、博麗の巫女の正道なのだから。

「■■■、■■■■■■■■■■■■■?」

 人生最後の、人間としての会話。
 異変の先、そのまた先へと行く前の別れの言葉。それを、霊夢は胸に抱き、答えた。

「■■■■■、■■■■■■!!」

737 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 21:15:17 ID:PBKG5uew



 霊力を流すと、宝塔はすぐに反応した。
 魔理沙が、散弾銃の引き金に指を掛け、引く。
 お空の肩の向こう、早苗がふわりと跳ね、屋根で射線を確保するのが、片目に映る。
 今までの早苗にはできなかった芸当だ。吸血鬼ゆえの力強い動き、警戒しつつ、霊夢は身をかがめた。

ドン!!
 
 威嚇射撃も兼ねた魔理沙の一撃がお空の背に隠れた霊夢をかすめる。
 光を纏って、お空の胸を二回連続で突き、三発目で地面に突き倒す。
 周囲に現れた陰陽玉に、次々と光がともる。

ダッ!!

 射線が開けて、早苗の拳銃が火を噴く。
 だが、開けた空間で、空を飛べる霊夢には当たらない。
 剣を手に斬りかかってくるフランドールをしゃがんでやり過ごし、すり抜けざまに蹴りを入れて、屋根に駆けあがる。

ダッ!
ドン!

 銃声が同時に二つ、響き、霊夢の左肩に衝撃が走る。散弾の一片が突き刺さったのだ。
 だが、それを無視して、屋根の上、目と鼻の先の早苗の足を蹴り、ラリアットで地面に叩き落とす。
 そして、そのまま、自身も重力に身を任せて、落下する。
 落ちた先には、魔理沙がいた。

 自分の周りには、七つの陰陽玉。そのうち六つは、神々しく輝いている。
 魔理沙は、このスペルカードを良く知っている。
 七つの攻撃を奉納して、行う、博麗霊夢、博麗の巫女の神髄。
 慌てて迎撃しようと、魔理沙は無理をして片手で散弾銃を持ち上げ、構える。
 だが、女子の身で、それは流石に無理があった。
 一瞬遅れた、その隙をついて、足で魔理沙の利き手を払い、銃を蹴りあげた。

 思ったよりも軽い音がして、霊夢は背後で早苗が、地面に着地したのを理解した。
 周りの四人との距離は、さほどない。魔理沙に至っては、目と鼻の先にいる。
 攻撃さえできれば、外しはしない。
 霊夢の周りには、輝く七つの陰陽玉。息を突きながら、姿勢を整える。

 疲れた体に、アドレナリンが溢れ、胸が熱くなり、耳も、眼もほとんど機能していない。
 連戦の疲れが、だいぶ響いていた。
 そんな中、武器を失くした魔理沙を前に、乾いた舌で、宣言する。

「夢想天生」

 スペルカードルールなど、もう意味はないのに、宣言したのは戯れか。
 命名者を前にした、多少の礼儀もあったのかもしれない。
 手を差し上げ、眼を閉じようとする霊夢の前で、魔理沙が手を前に伸ばし、悲しげに、眼を閉じた。

738 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 21:16:27 ID:PBKG5uew

「ごめん」

 雑音が、耳を、脳をかき回す。音が、まんぞくに聞こえない中、その声だけはなぜか良く通った。
 なぜか過敏になった鼻を、火薬のにおいが突く。
 目を閉じて、術が起動すればもう決着がつくはずなのに、体が動かない。

「な゛・・・でぇ・・・?」

 何が起こったのか確認したくても、眼が動かない。
 声を出すと、音と一緒に、致命的な量の血が溢れてきた。
 魔理沙が伸ばした手の先、拳銃が、ゼロ距離に押し込まれ、煙を上げていた。
 心臓が破れ、もう、脳もほとんど機能していない。
 チャリン、と甲高い音を立て、薬きょうが地面を打つ。

 え?
 ・・・これで、もう終わり?

 ぐちゃり、体が崩れ、遠くの地面に転がる血まみれの右手に目のピントが合い、何が起きたのか理解した瞬間、
 体に衝撃が走り、何かを考えるまでもなく、博麗の巫女は死んだ。








 霊夢に、魔理沙は左手で隠し持っていた拳銃を押し当てる。
 すべては賭けだった。
 地面に転がっていた手が握りしめていた拳銃、戦いの余波で、駆け付けた時、足元に転がっていたそれを拾ったのは偶然だった。
 何発の弾が入っているかなど、知りもしない。もしかしたら、撃ち尽くされて弾倉は空かもしれない。
 それでも、死んでもなお拳銃を握りしめるその手が、まだ闘志を燃やし続けるその切り落とされた腕が、
 まだ弾が入っている、まだ戦えると訴えかけていた、そんな気がした。

「夢想天生」

 肩から血を流し、スペルカードを宣言する霊夢は、眼下の拳銃に気が付かない。
 その顔をちらりと見て、血走った目を見て、魔理沙は、悲しい気持ちになった。
 体で、左腕を押さえて、霊夢の心臓に押し付け、引き金に掛けた人差し指に力を込める。

ドンッ!!

 思ったよりも鈍い音を立て、反動が体に伝わる。

「ごめん」

 胸から血しぶきを上げる霊夢に、思わず、声を掛けた。
 一瞬でも遅ければ、夢想天生の餌食になり、殺されていたのは自分や早苗たちだった。
 だから、ためらいなく殺したことに後悔はない。

「な゛・・・でぇ・・・?」

 でも、何が起こったのか理解できず、崩れ落ちる霊夢を前に、何もしないわけにはいかなかった。
 二発目は、必要ない。霊夢はすでに、死に体だ。拳銃を横に放り捨て、霊夢に手を伸ばす。
 重い、想像していたよりも重い衝撃が腕に走る中、必死に、その体を受け止めた。
 抱きかかえた体は、力を失い、魔理沙の体を押しつぶす。
 だらり、と力なく垂れて腕から、血が流れ出て、地面を朱に染めた。

739 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 21:18:27 ID:PBKG5uew

「終わったの?」
「終わりましたね」

 力ない、死体となった霊夢の向こうで、早苗とフランが、放心して腰を落とすのが、見えた。

「死んだ?」

 お空が、冷たく、誰ともなしにつぶやいた。
 その顔には、複雑な表情が浮かんでいる。

「ああ」

 首に指を当て、いつもの鼓動が無くなっているのを確認して、本当に、霊夢が死んだことを実感した。
 思わず、息が止まった。
 正しいことを、したはずなのに。いや、正しいことをしたからこそ、苦しいのかもしれない。
 理性では自分の判断は正しいと分かっていて、感情は悲しさを訴える、その相反した想いが、頭を締め付ける。

 後悔は、後ですればいい。
 今は、生き残った者達の未来を、何とかしなければならない。

「霊夢」

 その体を、ゆっくりと地面に横たえ、名前を呼ぶ。

 もちろん、返事はない。
 その傍らに落ちた、自分の帽子を拾い上げ、被る。
 一日ぶりの再会。硝煙と、血で汚れた帽子のつばを払い、魔理沙は頭になじませた。


「■■■、■■■■■■■■■■■■■?」

「■■■■■、■■■■■■!!」

 最後にかわした、会話。

「お前は、幻想郷の皆が嫌いだったのか?」

「そんなわけ、ないじゃない!!」


 霊夢と交わした、短い会話。霊夢が今までの幻想郷を嫌っていたわけではなく、
 厭々、幻想郷の皆と暮らしていたわけではなかったことを知って、魔理沙は少し安心していた。
 たぶん、あの会話が、霊夢の本心。
 本当は皆と、昔のように楽しく、生きていきたかったはずなのだ。
 何かが、その霊夢を変えてしまった。変わらなくてはいけないように追い込んでしまった。
 その答えは、たぶん、主催者が握っている。


 白い霧の中、魔理沙のにじんだ視界の奥で、半壊した寺小屋が、ぶすぶすと黒い煙を上げていた。
 その不完全燃焼の様子は、まるで、この戦いのむなしい結果を見せつけているようで、魔理沙は思わず、目を背け、空を仰ぎ見た。
 霧に阻まれた空は白く、何も見えない。

 ポケットに入っている紙が、足を圧迫して、存在をアピールする。
 紫が今後の計画を記した紙、それが、切り札となる。
 物語の最後を、【めでたしめでたし】で終えられるか、それは魔理沙の手にかかっていた。
 責任の重さに、思わずすべてを放り出して、逃げたくなる。
 だが、そんなことはしない。わたしがやらないで、だれが最後まで抗うのか。

740 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 21:19:32 ID:PBKG5uew

「キィ――」

 ハウリング音が響き、放送が始まった。


【八雲紫 死亡】
【藤原妹紅 死亡】
【小野塚小町 死亡】
【博麗霊夢 死亡】
【残り5人】


【D−4 人里 二日目・早朝(放送直前)】

【東風谷早苗】
[状態]:銃弾による打撲、それなりの疲労(ふらつく程度) 、首と足に切り傷(治癒済み)、吸血鬼化?
[装備]:防弾チョッキ、ブローニング改(8/13)、短槍、博麗霊夢の衣服、包丁
[道具]:基本支給品×2、制限解除装置、
    魔理沙の家の布団とタオル、東風谷早苗の衣服(びしょ濡れ)
    諏訪子の帽子、輝夜宛の手紙、紫の考察を記した紙
    
[思考・状況] 基本行動方針:理想を信じて、生き残ってみせる
1.小町さんに、紫さん・・・
2.人間と妖怪の中に潜む悪を退治してみせる
3.紫さんの考察が気になります

※吸血鬼についての考えは、のちの書き手さんにおまかせします

【霧雨魔理沙】
[状態]蓬莱人、全身に打撲痕
[装備]魔理沙の帽子、ミニ八卦炉、上海人形、銀のナイフ(3)、SPAS12改(3/8) 、ウェルロッド(0/5)
[道具]支給品一式、ダーツボード、文々。新聞、輝夜宛の濡れた手紙(内容は御自由に)
    八雲藍の帽子、森近霖之助の眼鏡、紫の書いた今後の計画書、生成した火薬
    紫の考察を記した紙、バードショット(6発)バックショット(5発)ゴム弾(12発)、ダーツ(3本)
    紫のスキマ袋
{毒薬、霊夢の手記、銀のナイフ、紫の考察を記した紙
支給品一式×2、酒29本、不明アイテム(0〜2)武器は無かったと思われる
空き瓶1本、月面探査車、八意永琳のレポート、救急箱
色々な煙草(12箱)、ライター、栞付き日記、バードショット×1
ミニミ用5.56mmNATO弾(20発)、.357マグナム(18発) 、mp3プレイヤー、信管 }

[思考・状況]基本方針:日常を取り返す
1.殺してしまった……
2.紫の遺志を継ぐ
3.紫の考察を確かめるために、霊夢の文書を読んでみる……後で。


【フランドール・スカーレット】
[状態]スターサファイアの能力取得、腹に二発分の銃創(治癒中)
[装備]てゐの首飾り、機動隊の盾、白楼剣、破片手榴弾(2)
[道具]支給品一式 レミリアの日傘、大きな木の実 、紫の考察を記した紙
    ブローニング・ハイパワーマガジン(1個)
[思考・状況]基本方針:まともになってみる。このゲームを破壊する。
1.スターと魔理沙と共にありたい。
2.反逆する事を決意。レミリアのことを止めようと思う。
3.スキマ妖怪の考察はあっているのかな?

741 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 21:20:59 ID:PBKG5uew

【霊烏路空】
[状態] 全身に火傷。深い傷ではない 、胸に打撲痕
[装備]左腕にチルノ・メディスン・お燐のリボン 
[道具] 支給品一式(水残り1/4)、チルノの支給品一式(水残り1と3/4)、洩矢の鉄の輪×1、
     ワルサーP38型ガスライター(ガス残量99%)、燐のすきま袋、支給品一式*4 不明支給品*4
[思考・状況]基本方針:『最強』になる。悪意を振りまく連中は許さない
1.これで良かったのかな
2.必ず帰る。
3.チルノの意志を継ぐ

※チルノの能力を身につけています。『弾幕を凍らせる程度の能力』くらいになります。
※第四放送を聞き逃しました(放送内容に関しては把握)
※髪のリボンを文に移譲

※寺小屋や周辺の家屋で火災が発生しています
 寺小屋では魔理沙たちの作業スペースの反対に当たる一角が倒壊しています
 生成した火薬は魔理沙が回収しています

※以下の支給品が、寺小屋の庭に散乱しています。一部は損壊、消失している可能性もあります

支給品一式×5、マッチ、メルランのトランペット、賽3個
救急箱、解毒剤 、痛み止め(ロキソニン錠)×6錠、賽3個、拡声器、数種類の果物、
五つの難題(レプリカ)、天狗の団扇、ナズーリンペンデュラム 、文のカメラ(故障)
支給品一式*5、咲夜が出店で蒐集した物、霧雨の剣
NRSナイフ型消音拳銃予備弾薬13、ペンチ 白い携帯電話 5.56mm NATO弾(100発)
不明アイテム(1〜4)、銀のナイフ(3)、壊れた霊夢のスキマ袋

MINIMI軽機関銃改(190/200)、コンバットマグナム(5/6)、クナイ(6本) 、死神の鎌



※以下の支給品が、霊夢の死体と小町の死体周辺に散乱しています。

宝塔
NRS ナイフ型消音拳銃(0/1)
トンプソンM1A1改(17/50)
64式小銃改(0/20)。両断され破損している

小町のスキマ袋{支給品一式、M1A1用ドラムマガジン×3、 銃器カスタムセット}

妹紅のスキマ袋{フランベルジェ、基本支給品×3、光学迷彩、萃香の瓢箪、ダーツ(24本)、
ノートパソコン(換えのバッテリーあり)、にとりの工具箱、気質発現装置、橙の首輪、
スキマ発生装置(二日目9時に再使用可) }

742 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/16(木) 21:23:29 ID:PBKG5uew
仮投下、終了です
問題点、矛盾点ございましたら、ご指摘下さい

分割点は、本投下の後で失礼します

743 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/17(金) 08:52:20 ID:EJhyHgdg
規制されていて、本スレに書き込めそうにありません
109kbのとんでもない量ですが、だれか代理投下してくださると助かります

744 ◆TDCMnlpzcc:2012/08/18(土) 07:50:55 ID:dJ4z9bdE
代理投下ありがとうございます
分割点は本スレ232の真ん中の空白
    本スレ285の最後
    本スレ318の最後   
以上の三か所です


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