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仮投下スレ

1管理人 ◆EH23eNsXHQ:2009/11/20(金) 00:59:31 ID:aixJSdFk
仮投下スレ
本スレに書き込めない時や、本投下前に反応を見たい、意見を募りたいという時に利用してください。

2 ◆Ok1sMSayUQ:2009/12/05(土) 14:09:51 ID:CE1FjlOU
なぜ……規制されているのか……ので、こちらに投下します。
誰か代理投下を……

3 ◆Ok1sMSayUQ:2009/12/05(土) 14:10:06 ID:CE1FjlOU
 煌々と輝く太陽の光が肌を照らす。藤原妹紅はひとつ息をついて、眩しすぎる太陽に目を細めた。
 いい天気だ。こんな状況でもなければ遊びに行くにはもってこいの日和だろう。
 もっとも、竹林にこもりきりの自分にとってはあまり関係のない話だっただろうが。

 そんなことを考え、苦笑の皺を刻んだ妹紅は河城にとりとレティ・ホワイトロックの情報を受けて再度人間の里へと向かっていた。
 目的は、幻想郷最強の種族とも謳われる『鬼』の伊吹萃香の捜索及び保護。
 言わば人助けのために動いているのだが、実際のところは個人的な思惑によるところが大きい。

 霊夢に逃げられ、アリス・マーガトロイドと同行していた少女に狙われて以来、妹紅の胸中には漠然とした不安が常に漂っていた。
 自分の為そうとしていること、自分が志していることに意味はあるのか。
 やること為すことが裏目に出てばかりの妹紅に以前のような自信はなく、そんな自分がのうのうとしていることが許せなかった。
 危険を承知で萃香の捜索を引き受けたのはそれが理由でもあった。

 半ば自分のせいで二人もの命が喪われたという事実。
 それが妹紅の心に重く圧し掛かり、償わなければならないという気持ちを生んでいた。
 要は、何かやっていないと気が収まらなかったのだ。
 まだ万全な状態ではなく、戦闘を続行できるかも怪しいものだというのに。

 性懲りもなく、また死にたいと思っているのだろうか、と自分の心を眺めてもそうとは考えられなかった。
 生きたいと思っている。記憶と共に、上白沢慧音のはにかんだ顔も思い出せる。
 こうして焦っているのは、やはり行動が空回りばかりしているからなのだろう。

 生き甲斐を見つけたかった。自分が生きたいという思いだけではなく、自分でもここにいていいと言ってもらいたかった。
 藤原妹紅は、人間だから。不死の体でも、永遠以上の時間を過ごせる異形の体なのだとしても、ひとりはつらい。
 心はいつまで経っても人間で、誰かと一緒にいて安らぎを得たかった。
 たとえ相手が有限の時間しか持たないとしても、妹紅は構わなかった。

 諦めたつもりだったのに、全然諦めきれていないらしいと妹紅は苦笑する。
 願いに従ってしまえば、ひた隠しにしていた思いが浮き上がってくるのは容易いことだった。
 だからこそ認めてもらいたかったのかもしれない。
 自分の安全なんて二の次で、心が安寧を得られるというのなら……

「……それこそ、死にたがっているとも見られかねないか」

 ひとりごちて、妹紅は溜息をついた。生きるということは難しくて、よく分からない。
 考えずに生きてきた結果なのだろうし、そうなのだろうという自覚があった。
 これは難題だ、と妹紅は考えて、輝夜ならこの難題にどう答えるだろうかと思った。

 同じく不死の咎を背負っている次のお姫様。蓬莱山輝夜でも答えに窮するのだろうか。
 輝夜も輝夜で何を考えているのか分からない節がある。
 暇潰しで自分に刺客を送ってきたり、かと思えば普通にお茶会に誘ってきたこともある。

 輝夜が奇異な行動を取るたびに認識をかき乱され、どう接していいのか分からなくなり、
 最終的にはもうどうにでもなれという気持ちで輝夜の馬鹿げた行動に一々付き合うことにした。
 その利点といえば文字通りの暇潰しくらいでしかなかったが、本心がどうであるのかは考えるだけ無駄だったのでそこは諦めている。

 恨みという感情はないではなかった。寧ろ輝夜に対する感情の半分近くを占めていたのだが、
 真面目にぶつけたところで輝夜は死ななかったし、彼女もまた永遠以上を生きる罪人だと知ってしまえば、
 いくらかの同情も生まれようというものだった。

4 ◆Ok1sMSayUQ:2009/12/05(土) 14:10:29 ID:CE1FjlOU
 無論自分をこんな目に遭わせた元凶としてのわだかまりも残っていて、だからこそ輝夜を理解する気が涌かなかった。
 結局、輝夜にはどんな難題も別の意味で通じないだろうと結論した妹紅は、足早に思考を切り替えることにした。

 再び里に戻ってきたが、とりあえずは人の気配はない。
 戦いの後だ、そういうものかと思い、萃香の手がかりでも探してみようかと歩き出そうとしたところで「う、動くな」という声を聞いた。
 とんだ勘の悪さだと呆れつつ振り返ってみる。

「……妖怪兎?」

 人ではなく、妖怪だった。小柄な体にいくつもの傷をこしらえ、鼻息も荒く鉄砲らしき筒を構えた姿がある。
 確か永遠亭にあんな奴がいたような気がする、と思い出して声をかけようかと思ったところで、
 「動くなって言ったろ!」と金切り声がつんざき、妹紅は無言で手を上げるしかなかった。

 観察してみたところ、妖怪兎はかなり興奮しているようで下手に動くと危ない。
 鉄砲の性能は世事に疎い妹紅には見当がつかず、ここは慎重に行くべきだと判断した結果だった。
 少しは自分の身を案じるだけの冷静さは残っているらしいと思考して、妹紅は「要求は?」と尋ねた。

「なによ、随分冷静じゃない……怖くないの? 私はあんたを殺すんだよ」
「だったら、問答無用で撃てばいいじゃない」
「近づかないと当てられないからよ。私はそこまで扱いなれてないから」

 なるほど確かに妖怪兎は一歩ずつじりじりと近づいてきていた。
 しかし迂闊だ。扱いなれてないということは鉄砲は素人だということ。
 そして鉄砲は遠距離から狙撃できる反面、当たりにくい武器でもあるということをバラしているようなものだ。

 武器を持った高揚感で冷静さを失っているのだろうか、と思ったが、妖怪兎の様子は尋常ではない。
 もうどうにでもなれと自棄にもなっているような、成功も失敗も蚊帳の外にしている危うさがある。
 逃げようと思えば逃げられるだろうが、話し合うだけの余地もあると考えた妹紅は挙動に注意しつつ言ってみる。

「私の名前、知ってる? 妖怪兎さん。藤原妹紅っていうんだけど」
「藤原……!?」

 驚愕に目を見開いた妖怪兎だったが、すぐに敵意に満ちた視線へと戻し、皮相な笑みを浮かべた。

「あんたこそ、私の名前を知らないようね。因幡てゐ。永遠亭の妖怪兎。そして、地上の兎のリーダーよ」
「永遠亭の……?」
「そうよっ! 私は知ってるんだからね! あんたが死なない体なのも、でも今は死ぬ体なんだってことも!」

 どうやら自分の正体も、不死の力はなくなっているという事実にも気付いていたようだ。
 しかしそんなものは先刻承知であり、死なないと驕っているつもりもない。
 寧ろその事実をどこで知ったのかが気になった。
 てゐは勝ち誇ったように笑みを吊り上げる一方、途方に暮れたような表情で「そう、ここじゃ誰も助けてくれないんだ」と続けた。

「誰も助けてくれない。鈴仙も、お師匠様も、姫様も私を見捨てた……みんな私を置き去りにして……」

 嘲るような口調は、孤独に蝕まれた者のものだった。
 絶望しか信じられなくなった瞳を寄越して、「でも私は死にたくないんだ」と重ねた。

「だから殺す。優勝しさえすれば、生きて帰れるんだ」

5 ◆Ok1sMSayUQ:2009/12/05(土) 14:10:54 ID:CE1FjlOU
 そうなってくれと願うような声だった。何もかもを信じられないあまり、
 殺し合いに優勝すれば生きて帰れるという言葉さえ信じられなくなったてゐの言葉を受け止め、
 妹紅はここで逃げるわけにはいかないと思いを新たにした。

 逃げ出しても良かった。鉄砲で撃たれる確率は高く、五体満足で生き延びようと思うならその方がいいのだろう。
 しかしそうして生き延びたところで、この体に何の意味がある?

 アリスの仲間だった少女を助けられなかったときから、初めて妹紅は生き甲斐というものを考え始めた。
 その正体は今も分からないし、これから先につかめるものなのかどうかも分からない。
 だがこれだけは間違いない。ここで自分の命だけを優先するような奴に、生き甲斐を求める資格はない。
 孤独に苛まれるのが人なら、寄り添うのも人。
 妖怪と人間の違いはあるとはいえ、言葉を交わせるのなら問題はなかった。
 死も生の観念もその瞬間にはなく、人として当たり前の行動をしようとだけ考えた妹紅は、てゐの瞳と相対した。

「私は、殺し合いには乗ってなんかいない」
「はっ、信じるもんか!」

 信じることを拒否した声と共に鉄砲が持ち上がる。
 あれの引き金が引かれれば、きっと自分は死んでしまうのかもしれない。
 だがそんなことは関係ない。目を反らした時点で、きっと自分は負ける。恐らくは、てゐの心も巻き込んで。
 だからここで踏み止まらなければならないんだと思いを結び、妹紅はじっとてゐを見据えた。

「私を助ける奴なんていない。だってそうでしょ? こんな弱い妖怪なんかいたって役立たずだもんね」
「……だからあなたも、私が殺すって思うの?」
「そうだよ。私は永遠亭の、仲間だって思ってた連中からも見捨てられたんだ。だったら、赤の他人のあんたなんて信じられないよ」
「その言い方……永遠亭の誰かには会ったのね?」

 質問を重ねる妹紅に、自分の立場を知らないのかというようにてゐの目が険しくなる。
 少々無神経だっただろうか。ヒヤリとしたものを感じて唾を飲み込んだ妹紅だったが、
 てゐはひとつ嘲笑を寄越して「そうよ」と言った。

「鈴仙と、姫様にね。もっとも鈴仙は姫様の言いなりになって私を殺そうとして、姫様も嘘をついてたけど。
 ばっかみたい、自分は死なないんだって嘘をついて、私達を利用するだけ利用して……それで姫様は死んじゃうんだもの」
「死んだ……? 輝夜が?」

 俄かには信じられないてゐの物言いに、妹紅は鉄砲を突きつけられていることも忘れて一歩詰め寄った。

「く、来るなって言ったでしょ!」

 再びてゐの銃口が目に入り、我を取り戻した妹紅はぐっと押し留まったがそれで輝夜が死んだショックが収まるわけもなかった。
 あの飄々としてつかみどころのない輝夜が死を迎えたという事実が信じられなかったのだ。

 それだけはないだろう、という認識がどこかにあった。
 だからこそもし輝夜と出会ったらという想像を捨てられなかったし、その時には殺し合いになるかもと考えもした。
 同じ不死の者としてのシンパシーを感じながらも、自分の一族を辱めた恨みは厳然として残っており、
 決着をつけたいとどこかで期待していたのか。
 拍子抜けする感覚と、自分よりも先に死を迎えた輝夜に対する狡さとが渾然一体となって、妹紅にわけもない寂しさを感じさせたのだった。

「そうよ、もう利用されてたまるもんか。利用されて、捨てられて、死ぬのは嫌なんだよ……」

6 ◆Ok1sMSayUQ:2009/12/05(土) 14:11:16 ID:CE1FjlOU
 てゐが感じているであろう絶望の一端が分かったような気がした。
 輝夜がてゐと密接な関係にあり、曲がりなりにも信用していたからこそ、利用されていたときのショックが大きかった。
 自分とて慧音に裏切られれば何も信じられなくなってしまうかもしれない。
 でも、そうだとしても……

「……輝夜のところに案内して」

 確かめたかった。輝夜は何故仲間さえも利用したのか。
 永遠を生きるからこそ、永遠の一刹那が大切なのだとも語っていた輝夜が、どうして他者を利用するような真似をしたのかと。
 相対するべきはてゐではない。
 てゐの背後に居座る、輝夜の亡霊だった。

「なんだって? あんた、自分の立場を分かって」
「聞こえなかったの? 案内しなさいと言っている」

 かつて自身がそうであった頃の貴族の声で命令すると、ひっ、とてゐが小さな悲鳴を上げた。
 鬼気迫る表情であろうことは自分でも想像出来ていたが、思った以上に恐ろしい表情になっているのかもしれない。

 だがてゐはそれでも食い下がるように、鉄砲の引き金に手をかけた。
 ここで行かせてしまえば誰も殺せない臆病者になる。そう頑なに思い込んでいる目があった。
 妹紅はそれでも引かず、ただ貴族の声で続けた。

「下がりなさい。私の敵は、あなたではない」

 迷いも臆面もなく出された言葉は凛とした矢になって、てゐを貫いた。
 よくもまあ貴族面が出来たものだと内心呆れるが、
 あの輝夜に真正面から向かおうとするならこれくらいはしなければという思いもあった。
 その意味では、妹紅は今まで輝夜から目を反らしてきたのかもしれなかった。

 決着をつけたいと思いながらも、その実終わらせた後にどうすればいいのか見当もつかず向き合おうとしなかったのが今までの自分なら、
 この先の生き甲斐を見つけるために輝夜と相対しようとしているのが今の自分といったところか。
 何にしても、輝夜が死んでしまった今となっては遅きに失したと言えるのかもしれないが。
 それもまた、妹紅の不実の一部だった。

「何よ……そんな顔したって……!」

 虚勢であることは誰の目にも明らかながら、てゐもまた引かなかった。
 こうなれば無理矢理にでも引き摺ってゆくかと考えて、妹紅は一歩てゐに近づいた。

「う、撃つって……言ってるでしょ!」

 てゐの指が。

 引き金を引く。

 乾いた一発の銃声が、木霊を上げて響いた。

     *     *     *

7 ◆Ok1sMSayUQ:2009/12/05(土) 14:11:35 ID:CE1FjlOU
 硝煙のたなびく鉄砲をぎゅっと抱えて、てゐはぺたんと尻餅をついていた。

 なぜ。どうして。
 狙いはつけたはずだったのに。まるで最初からそうなっていたかのように、
 銃弾は妹紅の頬を掠めただけで殺すことはおろか重傷にさせることもできなかった。

 迫力に呑まれたといえば、そうなのかもしれない。
 事実鉄砲の反動に押される形で尻餅をついてしまっていたし、力も入らない。
 妹紅の振る舞い。まるで輝夜を彷彿とさせるような、毅然とした佇まいと射るような目線。
 気迫負けしたのは当然のことだったのだろう。

 しかしそれだけではない、とてゐは半ば諦観を含んだ思いで胸の内に吐き捨てた。
 どうせ無駄だと思っていたから。
 ここで妹紅を殺せたところで、どうせ自分はいずれ死んでしまうと捨て鉢になっていたから。
 誰も騙せない。誰も助けてくれない。孤独でしかないてゐが生き延びることは不可能だと理性は分かりきっていた。
 それでも死にたくなかった。不可能だとしても死ぬ恐怖には抗えない。
 生きるものの意地を押し通して引き金を引いたのに……

 結局は本能よりも何かを成し遂げようとする意志の方が勝っていたということなのか。
 いや、半ば生きる意志さえ放棄していた自分は既に死に体で、誰にも勝てるはずはなかった。それだけのことなのだろう。

「輝夜のところに案内して」

 手を差し出しながら妹紅が言った。従うしかないだろうと思いながらも、妹紅の手を取ることはしなかった。
 せめて少しはプライドを守りたかったのか、何も信じないと決めた心がそうさせたのか……
 ふん、と悪態をつきながら立ち上がる。どうせなら案内するふりでもして逃げてやろうかと思ったが、首根っこを掴まれた。

「その前に、武器没収。本当に撃った度胸は認めてあげるけど」
「……好きにしなよ」

 どうにもこうにも、自分の魂胆は見切られ通しだと嘆息して、てゐは押し付けるようにスキマ袋を差し出した。
 輝夜の遺体の近くに落ちていたものだ。中身にはこれといった武器はなく、恐らくは捨てられたものなのだろう。
 スキマ袋のなかったてゐはそれを拾って白楼剣を仕舞っていた。鉄砲も今しがた入れたばかりなので、正真正銘自分は手ぶらだ。
 殺し合いが始まったばかりの自分なら白楼剣でも隠し持とうなどと思っていただろうが、今はその気力もなかった。

 どうも、と礼にもならない礼をして妹紅が先を促した。
 気力の萎え切った体は一歩も進みたくないと駄々をこねていたが、
 そんなものが妹紅に通じるはずもなく、てゐは一歩一歩重たい足を動かした。

「そういや、どうしてあんたそんなボロボロなの? 輝夜に命令されて誰かを殺しに行ったの?」
「質問が好きな人間だね」

 もう喋るのも億劫だというのに、全く無遠慮だとてゐは思った。
 沈黙を押し通しても別の質問攻めにされるとも限らず、そちらの方が鬱陶しいと考えて大人しく話すことにする。

「姫様に命令されたのは最後よ。永琳を助けろ。そうすれば、あなたも永琳も助かるから、って……でもそんなの当然でしょ。
 姫様はあのお師匠様が本当のお師匠様だって信じてるんだから。
 つまり姫様の言い分で考えれば、私が優勝しても、お師匠様は主催者だから当然助かる。
 助けろっていうのは殺し合いを加速させろってこと。あのお師匠様は、本物じゃないのに……」
「本物じゃない?」

8 ◆Ok1sMSayUQ:2009/12/05(土) 14:11:54 ID:CE1FjlOU
 驚きを含んだ妹紅の口調に、てゐはまた失笑する。輝夜の知り合いのくせに、全然物事を知らないではないか。
 永琳との関係くらい知っていても良さそうなはずなのに。

「あれがお師匠様なはずないでしょ。姫様に対する態度を見てれば、あんなことは絶対にしない。
 お師匠様は何よりも姫様が大切なんだから。何かお灸を据えたいとかそんなんなら、もっと別の方法にするよ。
 こんな野蛮で、暴力的なことはしないのがお師匠様さ」
「そうなんだ……私、いつもあの医者に叱られてる輝夜しか見た事がなくて」

 意外なことを知ったというような妹紅の言葉に、てゐは笑う気もなかった。
 妹紅の言動は嘘だとは思えない。自分の無知を正直に認め、受け止めている。
 質問が多いのもひょっとすればそのせいなのかもしれない。無知だからこそ、少しでも成長しようとする。

 不死の化物のくせに、人間らしいじゃないか。

 奇妙な感心を抱き、そんな自分を知覚して馬鹿馬鹿しいと思い直し、妹紅の人間性も見抜けなかった自分に呆れた。
 長年生きてきた割にはこんなことも分からない。それとも長く生きすぎて固定観念に凝り固まってしまったのだろうか。
 誰もが騙せると思い込むようになり、誰もが自分を助けてくれないと思い込むようになった。
 生きる者は皆すべからく違い、ひとつとして同じものはないということも忘れて……

 だがそんな希望を抱いたところでどうする、とてゐは浮かびかけた考えを打ち消した。
 それで自分の立場が変わるわけでもないし、良くなるとも思えない。
 所詮負けた奴はずっとそのままなのだ。強者だけが勝ち、弱者は屠られる。
 まして、こんな殺し合いの中では。
 暗澹たる思いに沈むのも億劫になり、てゐは「私がボロボロなのは」と続けた。

「逃げてきたから。死にたくなくて、他人を利用しようとして、それが失敗したってわけ」
「私を殺そうとしたように?」
「その通り。もっとも、最初から最後まで失敗続きだったけどさ。笑えるよね、騙せてたって思った奴が、
 実は最初から見抜いてて、泳がせてただけなんてさ。弱者は所詮弱者。生き死にも強い奴の自由ってことか」

 この状況への皮肉と、自らを嘲るつもりで言ってみたが妹紅は無言だった。
 しばらくしてからようやく一言、「だったら、私も弱者ね」と残しただけだった。
 妹紅も妹紅なりに修羅場でもくぐってきたのかと思ったが、尋ねるつもりはなかった。
 そうしたところで無駄だといつもの自分が囁いたからだった。
 姑息で、打算的で、利害しか考えられない自分が。
 ボロボロになった今になって、ようやく少しばかりの虫唾を感じられるようにはなったが、取り返しがつかないことだった。

 それからはお互い言葉もなく、黙々と歩き続ける。
 輝夜の遺体は、しばらく歩いた先の、里の中でも一際古ぼけた町並みの中にあった。
 胸を一突きにされ、おびただしい血の池を広げて、蓬莱山輝夜は仰向けに横たわって、浮かぶように死んでいた。

 体中痣だらけで、艶のあった黒髪もぼさぼさで、質素でありながら仕立ての良かった服も見るも無残に破れていて。
 てゐのとっての絶対的な柱は、朽ちて腐り落ちた老木のようにも思えた。同時に、絶望の象徴でもあった。
 死なないはずの体は死を迎え、そうまでして成し遂げようとしたことはただ殺し合いに乗ったということで、
 嘘をつき、欺き、鈴仙を貶め、自分も貶めた成れの果て。
 そして身勝手に絶望だけを残して輝夜自身は彼岸の彼方へと旅立ってしまった。
 いずれ自分もそうなるだろうという諦めと、現在の自分の孤独との両方を思い出して、てゐは力なくうな垂れた。

「……あれが姫様だよ。本当に死んでるんだ」

9 ◆Ok1sMSayUQ:2009/12/05(土) 14:12:24 ID:CE1FjlOU
 やっとの思いでそれだけを搾り出し、てゐはぺたんと地面に座り込んだ。近くの民家の長椅子に歩くだけの気力もない。
 改めてどうにもならない現実を突きつけられた、その感覚だけがあった。
 妹紅が無言で横を通り過ぎ、真っ直ぐに輝夜へと歩いてゆく。

 ここで姫様が起き上がって、妹紅をくびり殺してくれたらいいのに。そうしたら、私はまた人を騙せるのに。
 そんな想像は所詮空想でしかなく、ありもしないことを期待した自分にまた虫唾が走った。
 だが、ここにどんな希望がある? たった一人で、じわりじわりと押し寄せてくる死神から、どう逃げればいい?
 逃げたところで追い詰められて、鎌を振り下ろされるだけだというのに。
 死にたくない。願いはただそれだけなのに……

 なら殺しなさい、と輝夜が、鈴仙が囁く。
 無理でもやるしかないと彼女達は言っていた。ここは殺し合いの場だから。
 絶望だけを信じればいい。恐怖を餌に、本能だけに従って食い殺せばいい。
 出来なくてもやるしかない。個人の意思も可能性も関係なく、そうするように仕組まれているから。
 誰も、輝夜ですら逆らえない絶対服従の規律。殺した者だけが全てを支配する、力の倫理を――

「――この、バカグヤっ!」

 てゐの思いを吹き散らしたのは、感情も露に叫んで、遺体を足蹴にする妹紅の声だった。
 憤懣やるたないといった表情で、ただ怒っていた妹紅は先ほどの貴族然とした振る舞いの欠片もない、一人の人間の姿だった。

「あんたね、姫様でしょ!? 姫の癖に、簡単に逃げるなっ!
 死なないことをずっと苦しんできたんでしょ! だから命を大切にしてきたんじゃないの!?
 それを、それを、こんな殺し合い如きで翻すなっ! 底が浅いのよ!」

 罵声を飛ばし、輝夜の遺体を踏みつけ続ける妹紅。だがそれは恨みを晴らしているというよりは、
 不甲斐ない同志を叱っているように思えた。唖然とするてゐにも構わず、妹紅はぽろぽろと涙を零し始めた。

「私にも、この兎にも! あんたは恥じるような生き方しかしてないじゃない!
 私はそんなの絶対嫌なんだからね! 生き続けてやる。私はいっぱい苦しんで、いっぱい悩む!
 それで少しでも人にも、自分にも恥じない生き方をしてやる! 悔しいでしょ、バカグヤっ!
 あんたに魂の充足なんてない! 永遠に、死んでればいいわ!」

 自分が泣いていることにも気付かず、妹紅は輝夜と喧嘩していた。
 ああ、この二人は本当に知り合いで、因縁浅からぬ関係だったんだという納得がすっと広がり、てゐの心に微かな火を灯した。

 妹紅もまた、気付いている。ここには絶望しかないということを知っている。
 それでもなお彼女は諦めないのだろう。どんなに辛くて、苦しくても生きるしかないと知ったから。
 みじめに心が死ぬのは嫌だという、ただそれだけの思いに衝き動かされて。

「あんたの難題、受けて立つ! 私は……藤原の娘、妹紅だっ!」

 気迫の叫びと共に、妹紅の背中から炎の羽が生えたように見えた。
 あれが不死鳥とも言われる炎の妖術だろうかとも思ったが、出現したのはたった一瞬に過ぎず、本物なのかどうかさえも判然としなかった。
 袖で顔を拭った妹紅はようやく自分の涙に気付いたようだったが、嗚咽は一つも漏らさなかった。
 人間のくせに。てゐが思ったのは妹紅に対する浅からぬ嫉妬心と、これからの身の振り方をどうするかということだった。

 この人間は、一人だ。一人だけれども、精一杯押し潰されまいとして足掻いている。
 その結果押し潰されたのだとしても、『人に恥じない生き方』をしたことで心に残る。現に自分が嫉妬しているように。
 孤独という死に至る病から逃げるために、妹紅はその道を選んだのだ。
 悔しい。悔しいけれども、妹紅が羨ましかった。
 自分は、仲間の鈴仙一人だって説得できなかったというのに……

10 ◆Ok1sMSayUQ:2009/12/05(土) 14:12:51 ID:CE1FjlOU
「さて、と。私はこれから、鬼探しに行かなきゃいけない。悪かったわね、あなたを引っ張り回して」

 戻ってきた妹紅は、ポンとてゐの前にスキマ袋を投げた。
 目をしばたかせていると、「返すわ」とそっけない口調で言われた。

「鉄砲は抜いておいたけどね。かといって丸腰でも危ないだろうから、刀だけ返してあげる」
「どうして……私、またあんたを殺そうとするかもよ」
「あなたを丸腰のまま放り出して、次の放送で死なれる方が気分悪いから。別に拘束する気もないし」

 臆面もなく言い切った妹紅には、てゐに自分が殺せるはずがないという驕りなど一切なく、
 ただ最低限には身を案じてくれているという気遣いがあった。

 殺そうとした相手に、ここまでできるものなのか。気分が悪いという妹紅の言葉を酌めば、恐らくはただの自己満足なのだろう。
 それでもこのまま利用されるよりはマシだったし、またそうしたくないという妹紅の気持ちは分かっていた。
 だからこそ、てゐは「甘ちゃんなんだよ」と毒づいた。徹底的に輝夜と戦うつもりらしい、この愚かな人間に。

「ああ、あと別に輝夜の埋葬なんてしなくていいし、するつもりもないから。そんな暇、ないもの」
「私もするつもりなんてないよ」

 輝夜を嫌っての言葉ではなく、単純に地理的条件からそう言っただけなのだが、妹紅も同じ考えに至っていたらしい。
 もっとも妹紅はそれ以上の意味を含んでいそうだったが。

「そう。じゃあね、兎ちゃん。精々輝夜のようにはならないように願ってるよ。……その時は、多分あんたも許さないと思うから」

 挑戦的な視線を投げかける妹紅に少し身が引けたが、構わず「待ちなよ」と呼び止める。

「鬼を探すって? 外見は知ってるの?」
「……角があるんじゃない?」
「正確には知らないんじゃない」

 どこか間の抜けた返答を寄越した妹紅を笑いつつ、てゐは一つの交渉を持ちかけた。
 死にたくない。それで騙そうとして、嘘をついて、それで失敗したのなら交渉しかない。
 それならば、まだ道はあるかもしれない。追い込まれた結果そうするしかないとも言えたが、他に方法もない。

「私は知ってる。幻想郷には顔が広いからね。伊吹萃香でしょ、あんたの探してる鬼は」

 幻想郷で鬼といえばそれしかない。地底まで含めれば分からないが、第一候補としてはそれしかないと思って言ってみた。
 案の定妹紅は「よく分かるね」と感心したように頷いていた。

「それにあんた、竹林に篭もりきりで地理に詳しくないでしょ。だから私が先を歩く。あんたは勝手についてくればいい。
 でも、私は殺されそうになったらあんたの後ろに隠れる。そしてあんたは戦う。……どう?」
「護衛をしろってことか。……そう言えばいいのに」

 先ほどの一件から考えて遠回しに言ってみたのだが、そもそも妹紅はそんなことを気にかけていないようだった。

11 ◆Ok1sMSayUQ:2009/12/05(土) 14:13:31 ID:CE1FjlOU
「なるほど、確かにそれだと私は後ろから刀で刺されずに済むわね」
「で、どうなのよ」
「ま、勝手にすれば? 勝手についてくればいいだけみたいだし。鬼はさっきまでこの里にいたらしいんだけど」
「私も見てないよ。どっか行ったんじゃない?」
「ってことは、生きてるってことね」

 ひとり納得して、妹紅はどこかホッとした表情を見せた。元から知り合いだったとは思えない。
 それなのに心配できる彼女が、やはり羨ましかった。

「それじゃ適当に探そうかな。んー、紅魔館とやらに行きたいな」

 わざとらしく言って、妹紅はのそのそと歩き出した。あまりにもあからさまで、
 応じるのもバカバカしく思ったてゐは無言で先に進み出た。

 とりあえず、交渉には成功したようだった。これでいいのか、と今までの自分が言う反面、
 嘘をついていたときの緊張もそれほどにはなかったのもまた事実だった。
 どちらが得なのかは後々判断すればいい。そう断じて、てゐは前を向いて歩き出したのだった。


【D−4 人里 一日目 午後】 
【藤原 妹紅 】 
[状態]※妖力消費(後4時間程度で全快) 
[装備]ウェルロッド(4/5)
[道具]基本支給品、手錠の鍵、水鉄砲 
[思考・状況]基本方針:ゲームの破壊及び主催者を懲らしめる。「生きて」みる。 
1.萃香を助ける。 
2.守る為の“力”を手に入れる。 
3.無力な自分が情けない……けど、がんばってみる 
4.にとり達と合流する。 
5.慧音を探す。 


【因幡てゐ】 
[状態]中度の疲労(肉体的に)、手首に擦り剥け傷あり(瘡蓋になった)、軽度の混乱状態 
[装備]白楼剣 
[道具]基本支給品
[基本行動方針]死にたくない 
[思考・状況]
1,生き残るには優勝するしかない? それともまだ道はあるの?
2,妹紅が羨ましい


※輝夜のスキマ袋はてゐが回収しました。

12 ◆Ok1sMSayUQ:2009/12/05(土) 14:14:28 ID:CE1FjlOU
投下終了です。
タイトルは『吾亦紅』です

13 ◆Ok1sMSayUQ:2009/12/19(土) 21:32:27 ID:QHgIu3rM
 後には引けない。
 八雲藍の救援もない。
 どうすれば博麗霊夢を止められるかも分からない。
 そもそもがないものねだりの上、これは霧雨魔理沙という女の我が侭に過ぎない。

 それでもやると決意した。
 諦めたくはないから。
 友達を見殺しにするなんて、そんな真似はしたくなかったから。
 友達が間違っているのなら、それを正せるのも友達。
 そう、いつだって自分達魔女は――貪欲なのだ。

「数え切れないくらい、対戦はしてきたわよね? 勝敗はどうだったかしら」
「さあね。……でも覚えてる限りじゃ私の負け越しだ」

 いつもの口調、いつもの調子。
 血に染まった服で、折れた刀を抱えてさえいなければ、魔理沙は日常の一部と錯覚したかもしれなかった。
 霊夢の寄越す、全てを無と肯定する瞳を受け止めながら、勝てるのかと自身に問いかけてみる。

 遊び半分の試合でさえ霊夢に勝てたことは少ない。まして手加減無用の殺し合いとなればどうだろうか。
 実力差があるとは思わなかった。だが霊夢には天性の才覚と、事象そのものが味方していると思えるくらいの強運がある。
 弾幕を撃てば弾幕の方が避けて行くようにさえ感じられるくらいだ。はっきり言って、弾幕主体で戦う魔理沙には相性が悪い。

 だが一度も勝てなかったわけではない。フランドール・スカーレットが自分を友達だと言ってくれたように、
 こうして霊夢ともう一度巡り会ったように、あらゆる可能性はゼロではない。
 霊夢が天才の感覚ならば、知恵と努力でなんとかしてみせるのが今の魔理沙にできる最善の方法だった。

「でもな、今までの勝敗なんて関係ない。この一回を勝てばいいんだからな」
「……事象は回数を重ねる度に真実に近づくって分からないのかしら」
「悪いね、私は人間だ。人間にその論理は通じないんだぜ」
「不死の化物になったくせに?」

 まるで遠慮を知らない口調で霊夢が言った。
 霊夢なら察知しているのも頷ける一方、霊夢とさえ同じ立場でなくなってしまった現実が重く圧し掛かる。

 霊夢を止める術も分からないまま、のこのことここまでやってきてしまった自分。
 そんな自分は全てを失いたくないと言いながら、その実自分の身はどうなってもいいと考えているのではないだろうか。
 心を満足させられればいいとだけ思うようになって、だが我が侭を押し通そうとする自分が嫌いで、
 罪を清算した後に死にたいと心の奥底で願うようになってしまったのではないか。
 フランはそれを敏感に察知して、戦場から遠ざけようとしてくれていたのではないか。

 やっぱり、私は大馬鹿だ。

 そんな事にも気付けないで、霊夢と対峙しようだなんておこがましい。
 フランにはあの時、こう言ってさえいればあんな目には遭わせずに済んだのに。

 死にたくないから、ずっと私を守っててくれ、と。
 だから。

 魔理沙は強く一歩を踏み出す。
 フランへの借りを返すために。
 守ってくれ、と今度こそ言うために。

14 ◆Ok1sMSayUQ:2009/12/19(土) 21:32:50 ID:QHgIu3rM
「だったら、化物の意地を見せてやる」

 ミニ八卦炉を持つ手とは反対の手で、魔理沙が星型の光弾を射出した。
 扇状に広がる弾幕は、しかし簡単に霊夢に避けられる。
 それも当然と魔理沙は判断して、次に隠し持っていたダーツを一本、霊夢へと向けて投擲する。
 小さいダーツの矢は、完全に霊夢の死角にあったようだった。

 咄嗟に刀を振って矢を弾いた霊夢に、やはりという確信が生まれた。
 弾幕への対応力は目を見張るものがあるが、こと格闘戦や実弾での投擲・射撃への対応は弾幕のそれより僅かにではあるが鈍い。
 つまり弾幕に対してはほぼ無敵であると考えてもいいが、攻撃方法を変えれば話は別だ。
 魔理沙が勝ち取った数少ない勝負では、いずれも格闘戦が決定打だった。
 なんとなく予測はしていたのだが、他の投擲武器ではどうだという疑問があり、
 ダーツでの攻撃は半ばそれを確かめるためのものであったのだ。

 ならば、霊夢を黙らせる戦術はたったの一つしかない。
 即ち弾幕で動かせ、止まったところを他の武器で仕留める。
 問題はその武器が極めて少ないということであったが、やるしかない。
 ここで霊夢を逃がさないためにも、誰かを殺させないためにも、そして自分のためにも――!

 魔理沙はポケットからもう一つダーツの矢を取り出し、逆手に握って走る。
 一直線に駆ける魔理沙を、霊夢は博麗アミュレット――魔理沙の通称では『座布団』――で迎撃してくる。
 『座布団』は一発あたりの破壊力は大したことはないものの、極めて追尾性が高く魔理沙の苦手とするタイプの射撃だ。
 普通なら、ここで避ける。普通の弾幕ごっこなら。
 しかしこれはお遊戯ではない。防御を無視して際どい回避が賛美されるのはルールに則った闘いでの話。
 必要なのは、いかに相手を戦闘不能にさせる一撃を叩き込めるかだ。
 そのために魔理沙が選んだ行動は……正面からの突撃。
 何の躊躇も無く突っ込む魔理沙に、霊夢が取った選択は更なる追撃だった。
 いや『座布団』を放った瞬間に、まるで先読みするかのように威力を重視した射撃『妖怪バスター』を放っていたのだ。

「魔理沙。匹夫の勇、一人に敵するものなりって言葉があるのよ」

 本来ならお札に霊力を込めて使うはずの『妖怪バスター』は、お札がないからなのか楕円に近い形状をした薄紅色の光弾となっていた。
 お札は退魔の効力が宿る一方、人間にとっては威力を緩衝する媒介でもあるために人に対しては若干威力が低下する。
 しかし今はそれがない。加えて遠慮など皆無の『妖怪バスター』が直撃すれば魔理沙は大きくダメージを受け、吹き飛ばされるはずだった。

「知ってるか、霊夢。敵を知り、己を知れば、百戦危うからずって言葉があるんだぜ」

 だが、『妖怪バスター』をものともせず、魔理沙は弾幕を突っ切ってきたのだ。
 『座布団』に突っ込む寸前に、魔理沙は自身に魔法をかけていたのだ。
 『ダイアモンドハードネス』。パチュリー・ノーレッジも使用していた、大地の力を借りて防御能力を高める魔法だ。
 土属性の基本的な魔法であること、魔法の森という魔理沙には慣れ親しんだ場所であること、
 そして魔理沙自身優秀な魔法使いであることが完璧とは言わないまでも急場での使用を可能にさせたのだ。

「パチュリー、〝借りた〟ぜ! ついでにこいつも喰らえっ!」

 懐から一歩手前の距離で先程よりも大きく、速度の速い星型弾『メテオニックデブリ』を展開する。
 『妖怪バスター』と同等以上の威力を誇るそれが直撃すればいくら霊夢といっても戦闘続行は不可能だ。
 しかし『メテオニックデブリ』はいささか隙が大きすぎた。
 咄嗟の判断で霊夢は『亜空穴』を使用して後方へと退避。魔理沙の射撃は不発に終わった……
 が、魔理沙は元より当たることなど期待していない。『亜空穴』の着地の時に起きる隙を狙っていた。
 地上を駆け、まずはその憎たらしい無表情に一発パンチを入れる。そのはずだった。
 走り出した直後、背中に走った鈍い衝撃に、魔理沙は前のめりに倒れる羽目になった。矢も取り落としてしまう。

15 ◆Ok1sMSayUQ:2009/12/19(土) 21:33:11 ID:QHgIu3rM
「『座布団』か……!? くそっ!」

 恐らく当たり損ねた『座布団』が引き返し、直撃したのだ。
 ある程度の追尾性は認めていたが、まさかここまでとは予想もしていなかった。
 普段の『座布団』は手加減していたとでもいうのか。
 決して埋めようのない実力差を意識し、歯噛みしながらも立ち上がると、
 霊夢は既に体勢を立て直してこちらへと仕掛けてきていた。
 弾幕はなく、一見無警戒に突進している。まるで先程の自分のように。

 逃げるか、迎え撃つか。
 咄嗟に浮かんだ選択はその二つだったが、逃げたところで追尾性の高い『座布団』などで追撃されるだけだ。
 かといって霊夢が何の考えもなしに突っ込んでくるはずはない。仕掛けがあると見るべきだったが、他に道はない。
 こうなれば読み合いだと腹を括って、魔理沙はまず出の早い射撃で迎撃する。
 ところが霊夢は避けるそぶりさえ見せない。そう、自分と同じ戦術をなぞるように。

 まさかという思いが魔理沙に浮かぶ。
 霊夢は巫女。いつだったか見せた神下ろしなる術で擬似的に自分と似たようなことは出来なくもない。
 しかし神下ろしは儀式が必要なはず。ノンリアクションで可能なわけではない。
 だから霊夢に無理矢理弾幕を突破する方法はないはずなのだ。霊夢は魔法使いではないのだから。
 だが、或いは、霊夢なら。

 あらゆる異変をたちどころに解決してきた実績と、霊夢への無条件の信頼が魔理沙に分の悪い賭けを選択させた。
 思い違いであれば大きな隙を晒し、倒れ伏すのは間違いなくこちらになるだろう。
 それでも私は、霊夢を信じる。
 横に旋回しようと浮かしかけた足をだん、と地面を踏みつけ、魔理沙はミニ八卦炉を持つ手に力を込めた。

「きつい肘鉄を食らわせてやる!」

 ミニ八卦炉が向けられたのは霊夢にではなく、その真後ろ。
 その瞬間、ミニ八卦炉から膨大なエネルギーがレーザーの形となって爆発し、後ろにあった木々がめきりとへし折れた。
 破壊力だけならばあらゆる魔法の中でも最大級の威力を誇るそれは、しかし今回はその反動を利用するために使われた。
 力が生じる際には反発力もまた発生する。
 ミニ八卦炉が誇る火力は、同時に反発力を伴って使用者への大きな負担となることが弱点の一つだった。
 そこを利用すべく、魔理沙が考案したのはその反発力を用いて敵に攻撃するという手法だった。
 一瞬でも最大出力にしてしまえば人間一人など吹き飛ばすことなど造作もない力に身を任せ、勢いを以って突撃する。
 その名を、自身を尾を引く彗星になぞらえて――『ブレイジングスター』という。

 ミニ八卦炉の力を借り、高速で突撃した魔理沙の速さは自身が射出した弾幕に追いつこうとする程の速さだった。
 『ブレイジングスター』はその性質上制御が利き辛く、回避されると完全に隙を晒してしまうという弱点を持っている。
 しかし、もし霊夢が自分と同じ戦術を取っているのだとしたら。
 弾幕にほぼ重なる形で向かってくる『ブレイジングスター』を回避する術はない。
 正面からのぶつかり合いならば断然こちらの方が有利。後は気合だ。
 風圧に顔を押し潰されそうになりながら、魔理沙はしっかりと前を見据える。

16 ◆Ok1sMSayUQ:2009/12/19(土) 21:33:34 ID:QHgIu3rM
 霊夢はいる。必ずそこにいる。
 戦ってはいても、霊夢は友達だと魔理沙は信じていたから。
 弾幕の途切れ目、魔理沙の信用に応えるかのように……そこに霊夢はいた。
 魔理沙と同じように、だが一方で凍りつくような敵意しかない視線を含ませて。

「勝負だぜ……霊夢っ!」

 少しでも前に進むように。魔理沙は前のめりになって突撃する。
 ぶつかり合いなら負けるはずがない。パワーなら絶対の自信があった。
 『ブレイジングスター』に今さら気付いたらしい霊夢は前方に『警醒陣』を設置してきたが、遅い。
 止められるはずがない。魔理沙は何の懸念もなく『警醒陣』に突っ込んだ。

「そんなもんで私は止められないぜ! ぶち抜けぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 大抵の弾幕は突き通さないはずの『警醒陣』が一瞬のうちにミシリと音を立て、パリンと割れた。
 多少威力は削がれたようだが問題などない。殺し合い用に調整でも施されたのか、
 出力が低下してはいたがそれでも霊夢を気絶させるのには十分な威力だったし、
 もう数枚『警醒陣』を設置されているなら話は別だが、もうそんな間合いはない。
 このまま突っ込むと息巻いていた魔理沙の目が驚愕に見開かれたのは、霊夢の前方に展開されたあるアイテムを発見したからだった。

「矛盾っていう故事があるけど」

 ペンデュラム。最近香霖堂で発見した、物を捜索するアイテムであると同時に高い防御力を誇るアイテム。
 霊夢が突撃してきた理由が判明した一方、
 それが『ブレイジングスター』にとって相性が最悪なものだとも気付き、魔理沙は己の運を呪いたくなった。
 貫通射撃以外の殆どの打撃・射撃を反射してしまうほどの硬度を持ったペンデュラムに、
 ただ高速で突撃しているだけの『ブレイジングスター』はあまりにも分が悪すぎる。

「私は最強の盾を持っている。でも、魔理沙はどうかしら? あなたは最強の矛ですらない」

 勢いよくペンデュラムにぶつかるも、当然突き抜けることなど出来ない。
 徐々に勢いが削がれていく。霊夢が狙うのは完全に勢いをなくしたとき。そこに、最大威力の弾幕なり打撃を叩き込むだけでいい。
 チェックメイト。詰みの状況であることを理解した頭から血の気が引いてゆく。
 これが結果だというのか。知恵と努力程度では、天才の霊夢にはどう足掻いても勝てないというのか。

「ペンデュラムを展開するために少しだけ隙があればよかったわ。そのために『警醒陣』を設置した。
 あんたの得意なマスタースパークかと思ったけど……寧ろ好都合だったわね。あんたの知恵はサルの浅知恵なのよ」

 そうかもしれないと納得する一方、冗談じゃないといういつもの対抗意識が持ち上がり、萎えかけていた魔理沙の闘志を奮い立たせた。
 こんなところで負けてたまるか。異変解決人は霊夢だけじゃない。
 知恵と、努力が無意味なんかじゃないことを一番知っているのは、自分を近くで見てきた霊夢だったはずだ。
 だからここで霊夢の言葉に膝を折ってはならない。霊夢の論理に屈してはならない。
 断固として立ち向かわなければならない。それが自分の、霧雨魔理沙が進むと決めた道なのだから――!

「結構だ! サルの一念、岩をも通すってな!」
「……っ!? こいつ……!」

 弱まりつつあった突撃の勢いが取り戻され、俄かに霊夢がこちらを睨んだ。
 互角とまではいかない。まだこちらが押し負けている。
 それでも諦めるわけにはいかない。力が続く限り、絶対に前へと進み続ける。
 霊夢の瞳に狼狽の色が宿り、やがてそれは哀れみに近いものへと変わる。
 無駄だと告げる瞳。どうして最後の最後まで抵抗するのか分からないと問いかける瞳に、
 魔理沙はしっかりとした意志を持って睨み返した。
 何のことはない。それが私だからだ。

17 ◆Ok1sMSayUQ:2009/12/19(土) 21:33:55 ID:QHgIu3rM
「あんたじゃ絶対私には敵わない。分かりきってることでしょう……? 自分でも理解しているはずなのに」
「そうだ……! 確かに分かってるさ! でもな……!」
「――魔理沙には、友達が、私がいるもの!」

 横合いから飛び込んだ影に、今度こそ霊夢の顔色が変わった。
 フランドール・スカーレット。完全に硬直していた霊夢にフランの拳を避けられるはずはなかった。
 脇腹にフランの直撃を受けた霊夢がペンデュラム共々吹き飛ばされ、木にしたたか体を打ちつけた。

 呆気に取られた魔理沙は少しの間、これは現実なのかと考えてさえいた。
 先程まで気絶していて、身もボロボロだったはずのフランが助けに来た。
 言葉もなくただフランの方を見ていると、こちらに少しだけ振り向いたフランがニヤと笑うのを魔理沙は見逃さなかった。
 一人じゃない。何の抵抗もなく浮かび上がってきた考えに勇気付けられるのを感じた魔理沙は、
 そこでようやく言葉を返すことが出来た。

「大丈夫なのか?」
「まだちょっとばかしよく見えないところもあるけど……すぐに治るわ。だって私は吸血鬼だから」
「そいつは頼もしいな。……さて、後はおいたをした奴にお仕置きしてやらないと、な」

 霊夢が身動きの取れない今、捕縛するならこのタイミングしかない。
 ゴホゴホと咳き込み、それでも無表情を保ったままこちらを見返してきた霊夢は機械というよりもやせ我慢している印象があった。

 お前はそれでいいのか? 辛いことや苦しいことを我慢して、ひとりで何もかもをやろうとして、それで納得しているのか?

 今聞いても霊夢の心に届く気がせず、その言葉を飲み込んだ魔理沙が近づこうとして、唐突に現れた光の群れに遮断された。
 まるで雨と降り注ぐ矢のように押し寄せた光の槍が魔理沙とフランのいた地点に押し寄せ、フランもろとも直撃を受けた。
 『ダイアモンドハードネス』の効果が残っていたからなのか、運良く数が当たらなかったからなのか、
 魔理沙は多少仰け反るだけで済んだものの、視界が悪いと言っていたフランは避けることも防御することも出来なかった。
 光に呑まれ、先程の霊夢よろしく大きく吹き飛ばされたフランは気絶こそしなかったものの、苦痛の呻きを上げた。

「フランっ!」

 霊夢を捕縛することも忘れ、魔理沙はフランへと駆け寄ろうとする。
 しかしその行為さえも横合いから聞こえた声で体が凍りつき、遮断される。

「何をしているのかしら、霧雨魔理沙」

 霊夢と同じく感情の籠もっていない声に、魔理沙は冗談だろ、と言いたくなった。
 最悪としか言いようのないタイミングで、敵に回すには最悪の相手が……八雲紫が現れたのだった。

     *     *     *

 森の中に木霊する破裂音の連続に、八雲藍にまた一つ冷たい汗が落ちる。
 フランドール・スカーレットが突如として行方を眩ませた。
 霧雨魔理沙の呼びかけに応じ、二手に別れて探すことにしたのだが、一向に消息は掴めない。
 徐々に近づいている感覚はあるものの、不案内な魔法の森では方向感覚が鈍りきってしまっていた。

18 ◆Ok1sMSayUQ:2009/12/19(土) 21:34:13 ID:QHgIu3rM
 藍が奔走している現在も、森のどこからともなく音が……恐らくはフランと戦っている誰かとの争いの音が聞こえてくる。
 藍の知る限りでの知識では考えられないことだった。
 情緒不安定などと言われているフランだが、それは精神的に幼いが故のものだ。
 霧雨魔理沙と行動するようになって以来、フランはどこか落ち着きを覚え、思慮分別を考えるようにもなった。
 主観だけでなく、客観的に物事を見れるようになった彼女を、少しは信頼するようになっていたのに。

「……信頼、か」

 自分が言う事でもないと思い、しかし否定しきれないまま藍は走る速度を早めた。
 主人の八雲紫を探し、紫の言うことに従っていればいいと思っていただけの自分も、
 今はこうして仲間のために奔走し、助けたいとさえ思っている。
 紫にしてみれば、式がこのように自我を持つのは力を下げるとしてお叱りを貰うのだろう。
 それでもなお『八雲藍』として、魔理沙に協力したいと思っているのは……
 彼女の、理屈を超えた行動力に惹かれているからなのかもしれない。

 幻想郷のレプリカかもしれない土地を生み出し、あまつさえ強大な力を持つ妖怪を攫い、
 閉じ込めるだけの力を持つ存在など藍には最早想像の外だった。
 正直に言って、抵抗する手段など分からない。自分などでは到底覆しようのない、圧倒的な絶望が横たわっている。

 頭の回転の早い藍は、既にどうにもならないのではないかという推測に至っていた。
 遊びと称して殺し合いをさせるような奴のことだ、こちら側に対する策は必要以上に練ってあるに違いなかった。
 そう、幾重にも施錠を施された巨大な鳥籠から、小鳥がどうやって脱出するかを考えるのに近い。
 魔理沙だって分かっていないはずはない。いつだって異変を解決してきた博麗霊夢が殺し合いに乗っているのを目撃したというのなら、
 或いは魔理沙の感じている絶望は自分以上のものなのかもしれない。霊夢でさえ諦めた異変を、自分達如きが解決できるのか。

 それでも魔理沙は全てを放り捨てて殺し合いに乗ることはしなかった。
 友達や、知り合い同士で殺しあうなんてしたくない。ただそれだけの思いに従って。
 だがその一途な、どんなに曲げようとしても曲がらない信念が吸血鬼のフランをも動かし、自分の心も動かした。
 理屈だけの力など大きく超える、正体不明の力がそうさせているとしか考えられなかった。
 そして愚かにも、自分はその力に賭けようとしている。
 馬鹿馬鹿しいと一蹴する気が起こらないのは、安心して身を委ねていられるものがあるからなのかもしれなかった。

「そうか、それを『信頼』というのかもしれないな」

 この一語で全てが納得できると分かったとき、藍はこの発見を紫にも伝えたい、と思った。
 紫は常に強者の威厳を保とうとしていた。孤高であることの強さを誰よりも知っていたのが紫だったからだ。
 大妖怪は強者であれ。だから紫は常に一歩距離を置いていた。
 食事を摂るときも、仕事をしているときも、縁側で戯れているときでさえ無防備ではなかった。
 藍は知っていた。珍しく遊んでくれと言ってきた橙に付き合っていると、その様子を物陰から紫が見ていたのだ。
 その時にほんの少しだけ、一度だけ見せた寂しそうな表情を、藍は忘れられなかった。
 従者として解決できる方法はないかとずっと考えていた。
 ようやく……糸口が見つかったのかもしれないと藍は思った。
 信頼という言葉が持つ、力の意味を伝えたかった。
 故に今の仲間を絶対に守り通す必要がある。

「……ああ、そうか」

 自我を持ち、紫に逆らおうとしているのではないと藍は思った。
 なんだかんだで、自分は紫を敬い、尽くしたいと思っているのだ。
 仲間を守るという行為が、紫のために出来る行動でもある。
 結局はそういうことなのだろうと思いを結んだ藍は搾り出すような声で「間に合ってくれ……!」と願った。

19 ◆Ok1sMSayUQ:2009/12/19(土) 21:34:34 ID:QHgIu3rM
 誰も死なないように。
 その考えが霧雨魔理沙の考えそのものであることに、八雲藍は気付かなかった。

     *     *     *

 森の木の陰で、石ころのようにうずくまっていたものが低い唸り声を上げた。
 苦痛に歪んだ顔を土で汚し、よろよろと力なく立ち上がったのは森近霖之助だった。
 倒れたときの衝撃で大きくズレてしまった眼鏡をかけ直しながら、
 霖之助は鈍痛の残る腹部をさすりつつキッと森の奥を睨んだ。

「紫め……」

 やっとの思いで吐き出した言葉はしわがれていて、己の貧弱さを表しているようで情けなく思った。
 先程まで同行していたはずの相手――八雲紫の姿はない。
 当然の話だった。何故なら、彼女は霖之助を悶絶させると同時に、一人で霊夢が戦っている現場へと行ってしまったのだから。

 幸いというべきなのか、忍びないとでも思ったのだろうか、
 霖之助が持っていた武器はそのままで持っていかれていることはなかった。
 まさか自分の身を気遣ったわけではあるまいと思いながら、改めて持ち物を確認する。
 散弾銃の弾数は変わっていない。煙草も揃っている。あまり意味のない新聞もある。そして……酒は抜かれている。

 こんな時に酒だけ抜き取っていく紫を図々しく感じる一方、酔っていた姿も思い出して、霖之助はどうしても憎む気にはなれなかった。
 隣で酒を呷り、滅多に驚くことのない自分が思わず思考を止めてしまうくらいに美しかった紫は、
 裏を返せば酒の力を借りなければ己を保てなかったのかもしれない。

 霖之助はあんな紫の姿を見たことがなかった。これまで見てきた紫といえばどこか掴みどころがなく、
 飄々としてかつこちらの何もかもを見通しているかのような余裕が感じられたものだが、酔っていた紫にはそれがない。
 驚いていたあまりに思索を巡らせるのを忘れていた。ひょっとすると紫は紫で、今の状況に対して相当焦っているのではないのか。
 大妖怪としての手前、みっともない姿を晒すわけにもいかず、こちらを煙に巻くことで誤魔化したのではないのか。

 そう考えると少女を感じさせたあの姿も、寧ろ不安の現れのような気がして、霖之助は痛む体をおして走り出した。
 悶絶する前、立ち去った彼女の姿はどうだっただろうか?
 記憶を辿ってゆく。そう、あの時の彼女は――



「霖之助さん」

 聞き慣れない呼び名に、霖之助は一瞬別の誰かに名前を呼ばれた気がして、きょろきょろと周りを見渡した。
 無論そこには紫しかいない。呼んだのは彼女かと結論を至らせるに数秒を要し、「誰かと思った」とまずは正直な返答をする。
 だが紫はからかうでもなく、いつものように冗談を言うでもなく、どこか人形のような無表情のままで続けた。

「戦っているのは霊夢でしょう。まず間違いないですわ」
「それはさっき聞いたな」
「では……戦っているのは誰だと思います?」

 虚を突く質問に、霖之助は言いよどんだ。古道具屋に篭りきりの霖之助は霊夢が普段何をしているかなど知る由もないが、
 数々の異変を解決している妖怪退治屋であることくらいは知っていた。

20 ◆Ok1sMSayUQ:2009/12/19(土) 21:34:51 ID:QHgIu3rM
「戦い好きな妖怪じゃないのか」
「浅慮な妖怪ならばそうかもしれません。ですが、そのような妖怪は……言い方は悪いけど、もう既に死んでいますわ。
 それにその程度の妖怪なら、霊夢がここからでも目に見えるような出力で戦うのもおかしな話」
「相手は大妖怪だと?」
「かも、しれません」
「やけに自信がなさそうじゃないか」
「……大妖怪であるなら、霊夢の存在か分かっていない者などいるはずがありませんもの」

 紫は説明口調で、霊夢が博麗大結界を維持するのにどれだけ必要不可欠な存在なのかを言った。
 霊夢の死は、即ち幻想郷の死と同等であること。
 そればかりか自分達妖怪の存在すら危うくなってしまうこと。
 彼女だけは何があっても死なせてはならないことを紫は淡々と、しかし断固たる口調で語った。

「しかし、それを知らない妖怪だって多数いるんじゃないのか。僕もそうだった」
「恐らくはそうなのでしょう。貴方のような普通の妖怪は知らない者も大勢いる」

 そこで霖之助は、紫がこちらを見上げてくるのを感じた。
 まるで少女のような、脆さを含んだ生硬い決意がそこにあるように感じられた。

「つまり、貴方も知っているような人妖かもしれない」

 人妖、という言葉に霖之助は息を呑んだ。妖怪だけではない。人間が、霊夢と戦っている可能性もある。
 人同士が殺し合っている。人間と妖怪、どちらでもありどちらでもない霖之助でさえもそれはおぞましいもののように思えた。
 霖之助の怯えを見て取ったかのように紫は畳み掛けた。

「もしも霊夢と、貴方の知り合いが殺しあっていても……本当に、霊夢に加勢出来ますか?」

 霊夢に加勢するということ。紫の雰囲気に呑まれて助けに行くなどと大言を吐いてしまったが、
 それは霊夢に敵対する誰かを殺さなければならないということ。
 存在を根本から奪ってしまう。失くしてしまう。まして知り合いを、我が手で。
 一介の古道具屋に出来ることではなかった。『殺傷できる』らしい武器を持つ手に力が入り、その重たさが圧し掛かる。
 本当に助けに行けるのか? 霖之助の動揺を見て取った紫が、一歩こちらへと近づいた。

「私は、貴方にそんなことが出来るとは思えない」

 紫の片手が拳の形を作っていることに、霖之助は気付けなかった。
 鳩尾に鈍い衝撃が走り、か、と口が大きく開く。
 肺の中の空気が搾り出される感覚。呼吸も不可能な感覚に叩き落され、ガクリと膝が折れる。

「ゆか、り……何、を」

 地面に横たわりながら、霖之助は紫を見上げた。大妖怪で、不意討ちだったとはいえ女の拳一発で行動不能に陥った我が身を呪いながら、
 視界に入れた紫はどこか暗い色を宿していた。

「だから、貴方は邪魔なのです。人を殺すのは、私の役目」
「待て……!」
「所詮貴方は古道具屋でしかない。ですから、そこで待っていて下さいませ」

21 ◆Ok1sMSayUQ:2009/12/19(土) 21:35:12 ID:QHgIu3rM
 僅かに唇を微笑の形にした紫には、やると決意した空気が滲んでいた。
 行かせてはダメだ。咄嗟にその言葉が浮かび上がり、制止の言葉をかけようとしたが、苦痛にそれを阻まれる。
 それだけではない。霖之助に恨まれるのを承知で誰かを殺しに行くと宣言した今の紫を、
 言葉だけで止められるはずがないと分かっていたからだった。
 荒い息を吐き出すことしか出来ずに、霖之助は去ってゆく紫の姿を見つめ続けた。

 なぜ。

 なぜ、君はそうする。

 大妖怪だからか?
 大妖怪だから、一人で全部辛いことも苦しいことも抱え込んでしまうのか?

 ならばどうして僕達は交わりを持とうとする。ならばどうして言葉を交わし、酒を交わそうとする。
 紫。賢い君なら、そんなことはとっくに分かっているはずじゃないのか……?

 紫の背中は、何者をも寄せ付けぬ風でありながら、その実一人では立っていることさえも危うそうな弱さもがあるように見えた。
 そんな時に、無理矢理にでも立ち上がることすら出来ない自分の不明を、霖之助は呪った。



 そう、だからと霖之助は走る速度を上げる。
 紫を一人にしてはならない。
 大妖怪であるから一人で何もかもを背負わなければならないなどおかし過ぎる。
 この事件はそんな生易しいものではない。
 本当の意味で協力しなければ、絶対に解決など出来ない。
 自分はいつもの自分を保とうとするあまりに、紫が何を考えているのかを思惟するのを忘れていた。
 言葉の裏を読むということを忘れ、ありのままを伝えるということを忘れ、言葉遊びだけに興じていた。
 いつもの自分であろうとしたことのツケが紫を追い詰めていたのだとしたら。
 自惚れかもしれないが、それだけは絶対に自分の手で返さなければならないと霖之助は思った。

 つまり、ありのままに今の自分を言い表すと……
 霖之助は、紫の力になりたいと、そう思っていたのだった。

     *     *     *

 場の空気は、まるでそこが真空であるかのように音一つなかった。
 ここから何かが起こるのを期待しているかのように、不気味なくらいに静まり返った空間を八雲紫は見渡した。
 木の根に寄りかかり、ちらりと一瞥を寄越したまま何も喋らない博麗霊夢。
 地べたに這い蹲るようにして倒れ、苦痛の呻き声を上げているフランドール・スカーレット。
 そして表情を恐怖の色に凍らせ、こちらを凝視している霧雨魔理沙の姿を目に入れて、紫はスッと目を細めて言った。

「貴女、何をしているのか分かっているのかしら」

 持ち上げられかけていたミニ八卦炉が、だらりと下げられる。
 色のない平坦な声は、魔理沙から多少の戦意をもぎ取ることに成功したようだった。
 しかし代わりに魔理沙は「違うんだ!」と感じていた恐怖を振り払う声を出す。

「私は霊夢を殺そうとしていたわけじゃない! 逆だ、私達は霊夢を止めるために……」
「紫。嘘つきは魔理沙よ。こいつは悪魔の妹と手を組んで襲ってきた」
「霊夢! お前っ……!」

22 ◆Ok1sMSayUQ:2009/12/19(土) 21:35:33 ID:QHgIu3rM
 今にも食って掛かりそうな目つきで魔理沙が霊夢を睨んだ。

「魔理沙の言ってることは嘘じゃない! 見てみなさいよ! あいつの服は血まみれでしょ!」

 げほげほと咳き込みながら、それでも大声で魔理沙を援護するフラン。
 確かに霊夢の服はいつもの巫女服ではないうえ、ほぼ全身に渡って血に塗れていた。
 だがそんなことは、事実がどうであろうが、紫には関係がなかった。
 霊夢と敵対していたのであれば、既に紫の取るべき行動は決まっていた。

「どうでもいいのよ、そんな事は。私は常に、博麗の巫女の味方ですわ」
「紫……!」

 魔理沙の切迫した声を、紫は「私は、幻想郷の味方」と跳ねつける。

「霊夢を、博麗の巫女を失うことは何があっても阻止しなければならない。
 貴女方はその価値を理解していないのかもしれないけど、霊夢の死は幻想郷の死を意味するの」
「だから違う! 私もフランも殺す気なんてない! 信じてくれ!」
「信じられる話ではありませんわ。私が見た時点で、貴女と霊夢は殺し合っているようにしか見えなかった」
「それは……」
「……不穏分子を、放置しておく気はないわ。幻想郷のためなら、私はなんだってする。殺すことさえ、ね」

 一歩踏み出し、拒絶の意志を示したつもりだったが、魔理沙は尚も説得の言葉を重ねてきた。

「幻想郷のためって……私だって考えてるさ! 今は内輪揉めしてる場合じゃないんだ。人も妖怪も皆で協力しなきゃダメなんだよ!
 そのためにまず殺し合いをやめさせることから始めなきゃダメなんだ! だから私は霊夢を……」
「結論から言えば、霊夢さえ生きていればいいのよ。貴女の存在は端からどうでもいい事柄」

 魔理沙の弁を遮る形で紫は抗論した。
 魔理沙の言っていることも分からなくはない。それが理想だと紫も分かっている。
 仮に殺し合いを収めるとして、その間に霊夢が生きているという保障はあるのか?
 スペルカードルール無用の状況で、霊夢だって殺されるかもしれない。現に今の状況がそうだ。
 霊夢が死んでしまえば元も子もない。博麗大結界は破れ、自分達はたちまちのうちに幻想と現実の狭間に飲み込まれ、存在を失う。
 ここにいる連中だけではなく、幻想郷で生きる全ての存在も。

 紫にはそれを守る義務があった。
 幻想郷があったからこそ生きてこられた妖怪として。
 全てにおいて何よりも優先しなければならない事柄だった。
 今までの行動も全部は幻想郷のためにやっていたに過ぎない。
 異変を解決しようと思ったのも、霖之助と一時的にでも手を組んだのも。
 そのためになら自らの手も汚す。

 だから森近霖之助も遠ざけて、一人でここまで来た。
 こんな役目は一人でいい。
 この役割は大妖怪にのみ、幻想郷から存在を与えられた孤高の妖怪にしか行えない役割なのだ。
 霖之助と交わした契約も、友人達の存在もそれに比べれば取るに足らないものでしかない。
 だからこれで、いい。

「幻想郷を愛する者として、私はこの異変を解決しなければならない。霊夢を生き残らせなければならないのよ」

23 ◆Ok1sMSayUQ:2009/12/19(土) 21:35:54 ID:QHgIu3rM
 魔理沙やフランのような、ただの人妖とは違う。
 大妖怪の使命をもう一度頭の中で反芻して、紫は為すべきことを為そうとクナイを手に構える。
 戦闘は避けられないことをようやく理解したらしい魔理沙は、それでも納得がいかないように呻いた。

「幻想郷幻想郷って……そのためなら何だってしてもいいっていうのかよ。幻想郷のためなら誰でも手にかけるっていうのか?
 お前にだって友達はいるだろ? 一緒に暮らしてる藍もいるじゃないか。それを、全部切り捨てるなんて……寂しすぎるよ」
「……っ」

 魔理沙の口にした寂しい、という言葉に紫の体が一瞬硬直する。
 本当に切り捨てられるのか、と考えることを遠ざけてきた疑問が浮かび上がる。

「何もかもを、自分でさえ犠牲にして、そんなものの上に成り立つ未来なんて私は認めない。
 霊夢。紫。私達はなんで生きたいんだ? 私は決めてる。皆で、暢気に暮らしたい。それを取り戻す。
 悪魔でも、胡散臭いスキマ妖怪でも、博麗の巫女とやらでも、私は全部が欲しい。欲しいから、絶対に諦めない」

 言い切った魔理沙には、理想論を唱えているだけではなく、自らが率先してどうすれば実現できるかを考えようとする意志があった。
 現実に妥協することなく、どこまでも自分の意思を信じてやり通そうとする姿は、
 自分と同じようでありながら性質はどこまでも異であった。

 やれると決意したはずの体が鈍くなり、理性で塗り固めていたはずの意識に自分の意思が雪崩れこんで来るのを紫は感じていた。
 幻想郷の皆を眺めながら暮らしたい。下らない会話に興じて、酒を愉しみながら一日を過ごしたい。
 そうして戻ってきた寝床では、待っていてくれる存在があって……

「私には未来なんてどうでもいい。私がするべきことは一つ。この異変を解決することだけよ」

 紫の意識を引き戻したのは、まるで平時と変わらない、誰にも囚われることのない霊夢の声だった。
 私の味方ならやってくれるわよね、と呼びかける視線から目を反らすことが出来ず、
 紫はそれでもやるしかない、と内奥から滲み出る思いに無理矢理蓋をした。
 一個人の願いなどちっぽけ過ぎる。幻想郷を支える大妖怪としてここで役割を投げ出すわけにはいかない。
 そう、今は目の前の敵対する存在を排除すればいい。
 既に戦えるだけの力を取り戻したらしい霊夢が紫の横に並んだ。

「私が魔理沙をやる。紫はフランをお願い」

 霊夢の声で全ての思考を打ち切った紫は、下ろしかけていたクナイを再び持ち上げ、遠くにいるフランを見据えた。
 この分からず屋、というようにフランの口が動き、寧ろ憎んでくれた方がありがたいと紫は思った。
 相手が憎んでいるのなら、受け流せる。それも是と受け止められるから。
 クナイを投擲しようとした紫の耳に、「紫様っ!」と聞き慣れた声が届き、再び全身の筋肉が硬直した。
 息せき切って紫の前に飛び出してきたのは他ならぬ自分の式、八雲藍だった。

「紫様! お止めください! 霧雨魔理沙は敵ではありません!」
「藍……?」

 無理矢理に思考の外へ追いやっていた存在が現れたこと、そして自分を制止しようとしていることとが重なり、
 紫は呆然とその場に立ち尽くした。

 なぜ、藍までが私を止めようとする?

24 ◆Ok1sMSayUQ:2009/12/19(土) 21:36:32 ID:QHgIu3rM
 間違っているからという声が紫の中で響き、だからもう止めろと叫ぶ意識がはっきりと聞こえた。
 何が間違っている、と紫は問い返した。霊夢を守り、幻想郷を守るためならばこの異変において多少の犠牲は必要不可欠。
 幻想郷に生かされてきた妖怪として、孤独を強いられた妖怪として既にそんな覚悟は済ませてきたはずではなかったのか。
 橙のことを忘れたのも、霖之助の言葉を裏切ったのも覚悟があったからではないのか。
 孤独という病から逃れられぬと知っていたから、せめて大妖怪であろうと決めたはずではなかったのか。
 自分のしていることは何も間違っていないという自覚がある。なのにどうして、体は止めようとするのだ……?

「刃をお収め下さい! ここで我々が潰し合うのは得策では――」
「藍っ! 逃げろっ!」

 魔理沙の絶叫が響いたのと、折れた刀を振り上げた霊夢の姿が藍の後ろに見えたのはその時だった。
 紫は何もできず、ただ見ていることしか出来なかった。
 藍の姿越しに見えた霊夢の瞳は、紫を物と見る目をしていた。既に用済みなのだと、紫の悲壮な決意を踏み躙るように。
 霊夢には最初から幻想郷など何も関係がなかった。彼女はただ、異変を解決することしか考えていない。
 その為に全てが亡ぶことになろうとも。それが自らの運命、役割なのだと断じて。

 霊夢こそ止めるべき存在だったと紫が認識した瞬間、藍の腹部から折れた刀が突き出していた。
 血の華を咲かせ、それでも紫を守るように大地を踏みしめた藍が「式神」と搾り出す。

「仙狐思念……!」
「拡散結界!」

 藍のなけなしの意地とも言えた至近距離からのスペルも、ほぼ同時に結界を展開させた霊夢に相殺され、
 その余波を食って藍共々紫も吹き飛ばされる。
 宙を舞いながら、それでも藍は自分を守ろうとして抱きかかえていた。
 弾き飛ばされたからなのか刀は抜け、誰の目にも致命的と言えるくらいの血が溢れ出していた。
 どうして。ただその思いで藍を見ていた紫に、藍がいつもの柔らかい微笑を浮かべていた。

「……ご無事で、何よりです」

 愚直なまでに自分を案じる声に紫は、取り返しのつかないことをしてしまったと顔を青褪めさせた。
 孤独を克服する方法はこんなにも近くにあったのに。自分はもうその方法に気付いていたというのに。
 自分のつまらないプライドで顔を背けてきた結果が、これだというのなら。
 最初からそんな自尊心など満たそうとするのではなかった。

 後悔が紫の全身を満たした直後、藍共々地面に身を打ちつけてごろごろと転がる。
 毒で痛んだ手が更に痛みを訴えたが、紫の心の苦痛に比べればそんなことは些細なことだった。
 私は、一体、何を以って正しいと断じればいいのだ?
 絶望が胸を押し潰す。藍の微笑が目の裏に焼きついている。

 どうすればいい。紫は答えを求めて、のそりと起き上がる。
 霊夢はどうなった。魔理沙は? フランは?
 自分のお陰で窮地に追い込んでしまった二人の行方を目で追う。
 二人の姿はすぐに見つかった。そこには霊夢もいた。
 霊夢は、刀を突き刺していた。
 フランの前に立ちはだかっていた――

25 ◆Ok1sMSayUQ:2009/12/19(土) 21:36:52 ID:QHgIu3rM
















 森近霖之助に。

26 ◆Ok1sMSayUQ:2009/12/19(土) 21:37:19 ID:QHgIu3rM
     *     *     *

 霊夢の行動は極めて迅速だった。
 八雲藍の介入で紫の動きが一時的にしろ止まると理解した瞬間、すぐさま手のひらを返して藍を殺害。
 紫が藍の抵抗で殺せないと判断するやいなや踵を返し、今度はフランの方へと向かってきたのだ。
 しかも結界で弾き返したときにはどさくさ紛れに藍の荷物まで奪うという徹底振り。

 からくり染みた判断力と行動に驚嘆すら覚える。フランにとって幸いだったのは、ターゲットが魔理沙ではないことだった。
 体はまるで動かないが、霊夢を僅かにでも足止めするくらいの力は残っている。
 後は魔理沙に任せればいい。
 死ぬかもしれないという恐怖があったが、それ以上に背中を任せていられる魔理沙の存在がフランに覚悟を固めさせた。

 お前なんかとは違う。一人のお前よりも二人の私達の方が強いんだ。

 絶対に屈するものかと霊夢の姿を真正面に捉えたとき、それを遮るようにして現れた人影があった。
 魔理沙ではなかった。魔理沙は遠くで何事かを叫んでいる。
 絶叫に近しい声はここから先に起こる絶望を象徴しているかのようで、フランもゾクリとした悪寒を覚えた。
 やめろ、盾になんかならなくていい――誰かも分からない影にそう言おうとして、しかし手遅れだった。

 勢いのついた霊夢は止まらず、フランの前に立ちはだかった誰かも石像のように仁王立ちしたままだった。
 結果として、先程の藍と全く同じように、フランの盾になった人物は霊夢の刀を受けてかはっ、と呻いた。

「りん、のすけ……さん?」

 その瞬間に聞いた霊夢の声はひどくか細く、自分が何をしたのかも分かっていない様子だった。
 何をどうしても変わらないはずの、ロジックだけで動く人形が本来の『博麗霊夢』を取り戻したかのようにも思えた。
 信じられないという風に首を振り、よろよろと数歩後ろに下がる。「こんな、こんなことをするつもりじゃ」と呟きながら。
 自分と戦っていたときとはまるで別人のような霊夢に、やはり彼女も人間なのかと場違いな感慨すら涌いた。

「……霊夢」

 低く唸る声にビクリと霊夢が震えた。まるで親に叱られるのを恐れる幼子のように。

「やめろ。な、こんなこと……」

 そこで言葉を途切れさせ、立つ力をも失って地面に倒れる。
 死んだと錯覚したらしい霊夢が、感情を発露させて絶叫した。

「あ、あ……ああああぁぁぁっ!」

 髪を振り乱し、この現実を認めまいとするかのように彼女は逃げた。
 追うものはいなかった。フランはそんな状態ではなかったし、藍も紫もあのザマだ。唯一、動けたはずの魔理沙も……

「……香霖」

 香霖と呼んだ人物の前にぺたんと座り込み、途方に暮れた声を出した。
 その目が霊夢と同じく、絶望に打ちひしがれているのを確認したフランも、考えうる限り最悪な結果になったのだと理解した。

27 ◆Ok1sMSayUQ:2009/12/19(土) 21:37:41 ID:QHgIu3rM
「そんな声を出すんじゃない、魔理沙……女の子だろう?」
「香霖!?」

 魔理沙も死んだと思っていたのか、再び聞こえた声に、ぐしゃぐしゃになっていた顔を上げた。
 緩慢な動作で魔理沙とフランの両方を見渡した『香霖』は、疲れたように笑い、それから血を吐き出した。

 ――助からない。

 それはフランだけでなく、魔理沙も直感したのか、「死ぬな!」と懇願するように叫んで、口の周りの血を拭き取った。

「そうだ、なあ香霖。今の私って蓬莱人なんだぜ? 私の血を飲めば、香霖だって」
「そいつは……面白い話だな。だけど、無駄だろう。紫を見ていれば分かる、さ。あいつも弱くなっている」
「そんなことない! 化物にまでなったのに、香霖一人救えないでたまるか!」

 動転の余り落としていったのだろう、霊夢の刀を拾い上げ、手を切ろうとした魔理沙の腕を『香霖』が掴む。
 ぎょっとした魔理沙の様子から、その土気色の表情では想像も出来ない力で掴まれたのに違いなかった。

「化物なんかじゃないさ……魔理沙が、不死でも、僕の大切な……可愛い妹分だ。だから、やめろ。自分を傷つけるな。
 人間の女の子なんだから、誰かに守ってもらえ。僕には……務まりそうもないがね」

 くっくっと自嘲するように笑い、また血を吐き出した。声も掠れて小さい。フランも直視することが出来ずに目を反らした。
 こんなにもつらく、重たい死というものをフランは見た事がなかった。
 死ぬのは、こんなに怖いことなのだ。そしてあまりにも悲しいことであるのを、理解したのだった。

「紫に、言伝を頼むよ」

 魔理沙は無言だった。首肯があったかどうかさえ判然としない。

「契約を守れず……済まなかった」
「香霖」

 返事はなかった。また一つ……命が失われた。
 嗚咽さえもそこにはなかった。無常に横たわる死だけが、魔法の森に存在していた。
 一体、どうしてこんなことになってしまったのか。
 顔をうつむけ、『香霖』の遺体を見つめたままの魔理沙を見ながら、そして棒立ちになったままの紫を見ながら、
 フランは己の中に抗いようのない感情が生まれてくるのを感じた。

 『香霖』も藍も、どうして死ななければならなかったのか。
 悲しみか怒りか、自分でも判断できない感情を制御することができず、フランは他者にぶつけるという手段しか為すことが出来なかった。
 この理不尽な死ばかりが溢れる現実に、どうやって対応したらいいのかも糾弾したらいいのかも分からず、フランはぼそりと呟いた。

「……あんたのせいだ」

 フランが睨んだ先には紫がいた。
 こいつが邪魔さえしなければ。こいつが来ることさえなければ。
 誰も死ななかったかもしれないのに。
 無言で顔を俯けた紫に、フランはさらに言葉を浴びせた。

「あんたさえ来なければこんなことにはならなかったのに! 何が幻想郷のためよ、あんたなんかいなくなっちまえば――」
「バカッ!」

28 ◆Ok1sMSayUQ:2009/12/19(土) 21:37:58 ID:QHgIu3rM
 鋭い声と共に頬が張られ、それが魔理沙によるものだと気付いたフランは呆然と魔理沙を見返した。
 反論する暇を与えず、魔理沙は胸倉を掴んで言った。

「誰かのせいにするなっ! それでも私の友達か!?」

 頬を張られた痛みよりも、言葉の中身がフランの頭を揺らした。
 魔理沙は一瞬目を伏せながらも、気丈な声で続けた。

「紫だって、始めからこうなるのを望んでたわけじゃない。それに私が紫の立場でも霊夢に味方してたさ……
 だってそうだろ? 霊夢は幻想郷で誰よりも大切な存在なんだから。紫の行動は、間違っちゃいなかった。
 私達も霊夢を止めようとした。それも間違っちゃいない。霊夢は霊夢でこの異変を解決しようとしてた。
 だから、誰も間違ってないんだよ、フラン。……分かってくれ」
「でも……でも、魔理沙!」
「誰かのせいにして場を収めたところで、そんなのは本当の解決じゃないし、そんなことして得た納得なんて納得じゃない。
 妥協しろって言ってるんじゃない。憎んで解決したって、そんなの意味がないじゃないか……」

 そうしなければ紫を守ろうとした藍と『香霖』が死んだ意味がないというように、魔理沙は紫を見やる。
 紫はじっと顔を俯けたまま、何も答えることはなかった。
 どうしていいのか分からず途方に暮れているようにも見え、紫は紫なりにこの死の重さを受け止めているのかもしれないと思った。
 そう考えると、急に自分だけが紫をなじっていたことが恥ずかしく思え、フランはゆっくりと首を振った。

「紫。こっちに来いよ」

 フランが納得したのに安心して、魔理沙は手招きした。
 紫は僅かに顔を上げ、魔理沙の方を見た。色を失った紫の顔は、大妖怪というよりちっぽけな小妖怪のようにも感じられた。

「香霖から言伝もあるんだ。こっちに来て、看取ってやってくれ」

 しばらく視線を泳がせ、少し爛れた己の手を見た紫は逡巡した後、小さく頷いた。
 魔理沙がホッとしたように息をつく姿が、やけに眩しく感じられた。

29 ◆Ok1sMSayUQ:2009/12/19(土) 21:38:24 ID:QHgIu3rM
【F-5 魔法の森 一日目・真昼】 


【博麗霊夢】 
[状態]疲労(小)、霊力消費(中)、腹部、胸部の僅かな切り傷 
[装備]果物ナイフ、ナズーリンペンデュラム、魔理沙の帽子、白の和服 
[道具]支給品一式×4、メルランのトランペット、キスメの桶、文のカメラ(故障)、救急箱、解毒剤 
    痛み止め(ロキソニン錠)×6錠、賽3個、拡声器、数種類の果物、五つの難題(レプリカ)、血塗れの巫女服、
    天狗の団扇
[思考・状況]基本方針:力量の調節をしつつ、迅速に敵を排除し、優勝する。 
 1.霖之助を殺したことにショック状態。どこかに逃走


【霧雨魔理沙】 
[状態]蓬莱人、帽子無し 
[装備]ミニ八卦炉、ダーツ(3本)、楼観剣(刀身半分)
[道具]支給品一式、ダーツボード、輝夜宛の濡れた手紙(内容は御自由に) 
[思考・状況]基本方針:日常を取り返す 
1.香霖……
2.真昼、G-5に、多少遅れてでも向かう。その後、仲間探しのために人間の里へ向かう。 
3.幽々子を説得したいが……。 
4.霊夢、輝夜を止める 
5.リグル・パチュリー・妖夢・幽々子に対する強い罪悪感。このまま霊夢の殺人を半分許容していていいのか? 
※主催者が永琳でない可能性がそれなりに高いと思っています。
※霖之助の遺体の近くに【SPAS12 装弾数(7/8)、文々。新聞、支給品一式、バードショット(8発)、バックショット(9発)、色々な煙草(12箱)、ライター、栞付き日記】が落ちています


【フランドール・スカーレット】 
[状態]頬に切り傷、右掌の裂傷、視力喪失、体力全消耗、魔力全消耗、スターサファイアの能力取得、気絶 
[装備]無し 
[道具]支給品一式 機動隊の盾、レミリアの日傘 
[思考・状況]基本方針:まともになってみる。このゲームを破壊する。 
1.魔理沙についていく、庇われたくない。 
2.殺し合いを強く意識。反逆する事を決意。レミリアが少し心配。 
3.永琳に多少の違和感。 
※3に準拠する範囲で、永琳が死ねば他の参加者も死ぬということは信じてます 
※視力喪失は徐々に回復します。スターサファイアの能力の程度は後に任せます。 


【八雲紫】 
[状態]正常 
[装備]クナイ(8本) 
[道具]支給品一式、、酒29本、不明アイテム(0〜2)武器は無かったと思われる 
    空き瓶1本、信管、月面探査車、八意永琳のレポート、救急箱、日記 
[思考・状況]基本方針:主催者をスキマ送りにして契約を果たす。 
 1.藍と霖之助の死がショック
 2.八意永琳との接触 
 3.自分は大妖怪であり続けなければならないと感じていることに疑問
[備考]主催者に何かを感じているようです 


【八雲藍 死亡】 
【森近霖之助 死亡】

30 ◆Ok1sMSayUQ:2009/12/19(土) 21:39:18 ID:QHgIu3rM
本スレ規制中につき、どなたか代理投下をお願いします。
タイトルは『悲しみの空』です

31名無しさん:2009/12/20(日) 14:32:44 ID:cRN/keJY
さるさん食らった
p2に切り替えても無駄だとは・・・
続きは>>22から

32名無しさん:2009/12/20(日) 14:33:38 ID:APG86S7.
おk俺がやる。

33 ◆Ok1sMSayUQ:2009/12/20(日) 16:42:00 ID:dclfnVWk
【F-5 魔法の森 一日目・真昼】 


【博麗霊夢】 
[状態]疲労(小)、霊力消費(中)、腹部、胸部の僅かな切り傷 
[装備]果物ナイフ、ナズーリンペンデュラム、魔理沙の帽子、白の和服 
[道具]支給品一式×4、メルランのトランペット、キスメの桶、文のカメラ(故障)、救急箱、解毒剤 
    痛み止め(ロキソニン錠)×6錠、賽3個、拡声器、数種類の果物、五つの難題(レプリカ)、血塗れの巫女服、
    天狗の団扇
[思考・状況]基本方針:力量の調節をしつつ、迅速に敵を排除し、優勝する。 
 1.霖之助を殺したことにショック状態。どこかに逃走


【霧雨魔理沙】 
[状態]蓬莱人、帽子無し 
[装備]ミニ八卦炉、ダーツ(3本)、楼観剣(刀身半分)
[道具]支給品一式、ダーツボード、輝夜宛の濡れた手紙(内容は御自由に) 
[思考・状況]基本方針:日常を取り返す 
1.香霖……
2.真昼、G-5に、多少遅れてでも向かう。その後、仲間探しのために人間の里へ向かう。 
3.幽々子を説得したいが……。 
4.霊夢、輝夜を止める 
5.リグル・パチュリー・妖夢・幽々子に対する強い罪悪感。このまま霊夢の殺人を半分許容していていいのか? 
※主催者が永琳でない可能性がそれなりに高いと思っています。
※霖之助の遺体の近くに【SPAS12 装弾数(7/8)、文々。新聞、支給品一式、バードショット(8発)、バックショット(9発)、色々な煙草(12箱)、ライター、栞付き日記】が落ちています


【フランドール・スカーレット】 
[状態]頬に切り傷、右掌の裂傷、視力喪失(回復中)、魔力全消耗、スターサファイアの能力取得
[装備]無し 
[道具]支給品一式 機動隊の盾、レミリアの日傘 
[思考・状況]基本方針:まともになってみる。このゲームを破壊する。 
1.魔理沙についていく、庇われたくない。 
2.殺し合いを強く意識。反逆する事を決意。レミリアが少し心配。 
3.永琳に多少の違和感。 
※3に準拠する範囲で、永琳が死ねば他の参加者も死ぬということは信じてます 
※視力喪失は徐々に回復します。スターサファイアの能力の程度は後に任せます。 


【八雲紫】 
[状態]正常 
[装備]クナイ(8本) 
[道具]支給品一式、、酒29本、不明アイテム(0〜2)武器は無かったと思われる 
    空き瓶1本、信管、月面探査車、八意永琳のレポート、救急箱、日記 
[思考・状況]基本方針:主催者をスキマ送りにして契約を果たす。 
 1.藍と霖之助の死がショック
 2.八意永琳との接触 
 3.自分は大妖怪であり続けなければならないと感じていることに疑問
[備考]主催者に何かを感じているようです 


【八雲藍 死亡】 
【森近霖之助 死亡】 

状態表を修正。分割点は本スレ>>336
     *     *     *
を境にお願いします。反応が遅れてしまい申し訳ない

34 ◆Ok1sMSayUQ:2010/01/14(木) 22:27:54 ID:XgkV42P6
本スレが規制(ry
いつになったら(ry
代理投下を(ry

35 ◆Ok1sMSayUQ:2010/01/14(木) 22:28:05 ID:XgkV42P6
 切り裂くような絶叫の後、そこには不気味なほどの静けさしか残らなかった。
 躊躇無く自分を攻撃してきた古明地こいしは既に何処かへと去っていったらしい。
 恐らくは、また新たな獲物を求めて。
 民家の影、桶と桶の間に身を隠していた四季映姫・ヤマザナドゥはそんなことを考え、ぼんやりと立ち上がる。

 ――無様だな。

 いつか聞いた、レミリア・スカーレットの声が蘇る。
 こうして情けなく隠れていただけの自分は無様で、殺されることを必死で避けようとしているのもまた無様ということなのだろう。
 死ぬのが怖いということか。いやそうではない。仕事を遂行するためには、生きていなければならない。
 だから逃げたのではない。仕事を為すために最善の行動を取ったまでだ。

「……そう、私は仕事をこなさなくてはなりませんね」

 殺し合いは、正しい。
 殺し合いは、正しい。
 殺し合いは、正しい。

 ここにはあまりにも自分勝手な者が多すぎる。それゆえ自分に法を説くという役目が伝えられた。
 幻想郷が、そう望むのなら。映姫は痛み続ける脇腹を押さえながらゆらゆらと歩き出す。
 ……怖いと錯覚したのは、自分のことを考えていたからだ。

 ならば、考えなければいい。
 役割だけを認識して、どのように法を説くかだけを考えていれさえすればいい。
 閻魔に必要なのは、仕事を推敲する能力。ただそれだけだ。

 まずは西行寺幽々子を探す。映姫は目標を定め、幽々子が逃げていった方向を目指した。
 幽々子は自分を苦手としていて、映姫自身も幽々子は好ましく思っていなかった。
 最初幽々子を追う気になれなかったのはそのためだった。

 映姫が幽々子を好ましく思っていなかったのは、彼女が死に誘うということについてさほどの感慨を抱いていないためだ。
 長年亡霊としていること、冥界を管理する立場であることがそうさせたのは当然のことなのかもしれない。
 それでも、生者の立場から物を見る立場の映姫からしてみれば好ましいことではなかった。
 立場の違いゆえの反発心。それほど関わることもなかった今までは、それほど気にしてくることもなかったが……

 もう現在は違う。個人の思想などもはや関係のないこと。誰であろうと、四季映姫は為すべきことだけを為せばいい。
 幽々子の顔ではなく、名前だけを思い出しながら映姫は歩き続けた。

 四季映姫・ヤマザナドゥは気付かなかった。
 レミリア・スカーレットの言う「ただの思考放棄」、その道を歩き続けている事実を。

     *     *     *

 西行寺幽々子の足取りは重かった。
 亡霊なのに足取りが重いというのも変な話だと笑う気にもなれない。
 なぜ、自分達は殺し合いをしているのだろうか。
 両手に抱えた64式小銃を強く掴みながら、幽々子は古明地こいしのことを思い出していた。

 地霊殿の主の妹、ということくらいしか幽々子は知らないが、あそこまで好戦的な妖怪ではなかったはずだ。
 アリス・マーガトロイドとの間に何があり、どんな死別をしたのかは分かるはずもないし、知ることも出来ない。
 それでもアリスの死がこいしをここまで凶変させ、憎しみの情念を敷衍させている。

36 ◆Ok1sMSayUQ:2010/01/14(木) 22:28:24 ID:XgkV42P6
 ここには死が溢れ、疫病のように怨念が広まっている。幻想郷における死とは、全くその性質が異なっていた。
 幽霊が当たり前のように存在する冥界で、死というものはただの事象に過ぎなかった。
 生者から死者へと移り変わるためのプロセスであり、そこには何も紛れ込まない。
 それどころか場合によっては死後にこそより善いものを見出したものさえいる。死とは、決して終わりを指し示すものではないのだ。
 冥界の管理者としてその大前提を知っていたからこそ、幽々子は死を畏れることはなかった。

 けれども、しかし。ここでの死は、行き止まりだ。
 そこから先に何も繋がることのない奈落への穴。落ちてしまえば二度と戻ることは出来ない、魂そのものを砕く死だ。
 でなければ、幽々子の耳に死者の声が届かないはずはなかった。いくら神経を研ぎ澄ませても聞こえない。
 ――魂魄妖夢の声でさえも。

 街並みの外れ。木造家屋も既に遠く、辺り一帯に広がる畑沿いの道で幽々子は足を止めた。
 荒涼とした茶色の風景の中で、幽々子の姿はぽつんと浮いていた。

 私は、どうなのだろう。

 ここでひとり歩き続けている自分も死によって変容しかけているのだろうか。
 妖夢を奪った誰かに対して贖罪を与えるために。そう、フランドール・スカーレットに裁きを与えるために。
 あの悪魔さえいなければ、たった一人の大切な従者を失うこともなかった。
 復讐のためだけに歩き続けているのではないと理性が反論しても、妖夢を失った幽々子の心は常に敵を求めるようになっていた。
 そうしなければ、自分を保っていられない気がして。

 元々敵を求めて行動していたのではなかったはずなのに。こんな殺し合いに関わり合いになりたくないだけだったのに。
 今の幽々子は何かを否定しなければいけない、その一心だけがあった。どうしてこんな心持ちになっているのかさえ分からない。
 妖夢が死んだ直後から……いや、記憶を失った後から、幽々子は衝き動かされるように戦場へと足を運んだ。
 まるで体が殺し合いを求めるように。

 復讐を願っているのか、それとも殺し合いを止めたいのか、もっと別の何かがあるのか。
 思考を凝らしてみてもまるで判然としない。自分は一体何がしたいのか。
 普段から流れのままに身を任せてきた幽々子に、この唐突に過ぎる自身の変化はあまりに困惑するものだった。

 尋ねようにも、ここには誰もいない。藍も、魔理沙も、フランドールも。
 真面目で普段は物静かだと思っていたはずの妖夢も、実は自分にとっては賑やかで心を楽にさせてくれる存在だった。
 妖夢一人欠けただけで身の回りはこんなにも静かになってしまうものだということに、幽々子は今さら気付かされた。
 こんなとき、妖夢なら何を言ってくれるのだろう。

 しっかりしてください。

 ぼーっとしてないで……

 もう彼女はいない。少し背伸びした、真面目くさった声も、からかい甲斐のある一途な思いも、もうそこにはない。
 もはや亡霊にすらならない。
 幽々子の胸が痛んだ。ただの悲しみよりも更に深い、自分を苛む痛みだった。

「やっと、追いつけました」

37 ◆Ok1sMSayUQ:2010/01/14(木) 22:28:44 ID:XgkV42P6
 そこに割って入ったのは、妖夢よりも更に真面目な、いや堅物とさえとれる人物の声だった。
 振り返るとそこには無表情にこちらを見る、四季映姫・ヤマザナドゥの姿があった。
 自分の姿を見ていながら、その実誰も見ようとしていない瞳に、幽々子は忌避感を覚えた。
 彼女の姿に、何かしらの嫌な気分を感じたのだった。自分を壊してしまう、なにかがそこにあるような気がして……

「あなたは……閻魔様?」
「ええ、はい。帽子は失くしてしまいましたが」

 淡々とした調子で言い、映姫は続けて「先程のことには感謝します」と頭を下げた。

「え?」
「偶然とはいえ、窮地を救っていただいたのは確かな事実です」

 ああ、と幽々子は思い出して頷き、そのために自分を追ってきたということに驚きを覚えていた。
 普段なら自分は映姫から逃げるようにしてきただけに、まさかこのようにされるとは思ってもみなかった。

「その上でお尋ねしますが……どうして私を助けようと? いつもの貴女ならそんなことはなさらない、と思ったのですが」

 映姫からの質問に、幽々子はどう答えていいのか分からなかった。
 そう、苦手としていたはずなのに、なぜ映姫に味方しようと思ったのか。
 見殺しにするという発想はなくても、即座に躊躇無くこいしに攻撃を仕掛けたのはどうしてだったのか。
 思い返してみれば理由が思い当たらず、不自然ともいえる行動の一連にどう答えたものかと迷った挙句、
 幽々子は当たり障りのない言葉で応じた。

「そこまで冷酷ではありませんわ、私も」
「そうですか。……ですが、私には善意だけで行動を起こしたようには思えませんでしたが」
「打算で助けた、と?」

 映姫の疑うような言葉に、幽々子は少しムッとなって棘のついた言葉で返した。
 礼を言ったかと思えば次には神経を逆撫でするような言葉だ。
 過敏な反応だったかもしれないと言った後で思ったが、映姫は「そういう意味ではありません」と首を振った。

「そうしなければならない。そのように思っただけです。そう、貴女にしては行動が早すぎる。掴みどころがあるのですよ」
「……亡霊に掴みどころがあるとは、おかしな話ですね?」

 映姫の発言の意図が読めず、幽々子はわざと煙に巻くような言い方をした。
 しかし映姫は顔色ひとつ変えず、「ええ、全くおかしな話です」と冗談ともつかぬ態度で応じた。

「以前の貴女ならまずは様子見に徹していたことでしょう。どんな状況であれ、まず貴女は『見』を選ぶ」
「言ったはずですわ。私だって冷酷ではない、と」
「なのにそうはしなかった。私にさして恩義があるわけでもなく、救済を信条としているわけでもない」

 一方的にまくし立てる調子で映姫は喋る。嫌味や意地悪でこのようなことを言っているのではないことは分かった。
 けれども、そこに嫌な予感を覚えた。映姫が喋った先の、分析した先を知ってしまえば、不快になってしまうような気がしたのだった。

「それでも私をすぐに助けた。いいえ、古明地こいしを『攻撃』したのは……
 うしろめたいことがあったからなのでしょう。そのように感じましたが」

 まるでそうだと確信する口調だった。違うと即座に言えず、幽々子は戸惑いの振幅が大きくなってゆくのを感じた。

「……閻魔様は、探偵業でも始められたのですか」
「いえ、ただ憶測を申し上げただけです。私は幻想郷の法を説いて回っている身です」
「幻想郷の、法?」

38 ◆Ok1sMSayUQ:2010/01/14(木) 22:29:04 ID:XgkV42P6
 出し抜けに紡がれた言葉に、幽々子は思わず聞き返してしまっていた。
 映姫はそう、といつもの説教のように重ねる。

「殺し合いを行うことは恥ずべきことでも何でもない。この世界の正しい規律であり、それに従うことこそが我々の善行なのです」

 閻魔自らが発した、殺し合いを肯定する言葉だった。
 一番ありえるはずのない人物から、一番ありえない句を告げられ、幽々子は絶句していた。

「殺すことはうしろめたいことでも何でもありません。寧ろ称賛されて然るべきものです。西行寺幽々子、貴女も思い悩むことはありません。
 善行を積みなさい。そうすれば、いずれ貴女も安らかな成仏を……」
「私は殺してなんかいない!」

 映姫を遮って幽々子は叫んだ。
 どうしてそうしたのかは分からない。
 分からなかったのは、叫んでしまったことだった。
 言い訳しているような気分に駆られ、幽々子は映姫の色のない瞳から目を反らした。
 この目を見続けていれば自分までもがおかしくなってしまうと直感したからだった。
 同時に、こんな目をどこかで見た事があることも思い出していた。
 どこだったかは思い出せない。しかし、それはひどく自分に近しいところにあったことだけは覚えていたのだ。

「貴女は」
「やめて」
「理由なく命を救おうなどとは思わない」
「やめて、聞きたくもない」
「何故ならば、貴女は冥界の管理者だからです。死を常態としてきた貴女に、死は特別なものでも何でもない」
「お願い……」
「死が特別になるのは、自らが死を特別とするようにしたためです」

 これ以上。

「貴女は、恐らく、自らが原因で亡くしたのでしょう。殺したといっても過言ではないくらいに」

 言わないで。

「とても大切な、生ある者を」
「やめてよっ!」

 64式小銃の筒先を映姫に向ける。鼻先に突き出された銃口を前にしても映姫は動じなかった。
 映姫の言うところの『法を説く』、それにしか頓着していないように。
 彼女には何も見えていないのだ。

「そうして私に銃口を向けられるのも、貴女が既に誰かを殺したことの証左かもしれませんね?」
「っ!?」

 本気で引き金に手をかけていた自分に気付き、幽々子は慌てて指を離した。
 そんな覚えはない。ないはずなのに、なぜこうも心が軋む。なぜ、責め立てられている気分になるのか。
 殺したというのだろうか? 自分が、誰かを、ここで? そんな覚えは、ない、はずなのに。

39 ◆Ok1sMSayUQ:2010/01/14(木) 22:29:23 ID:XgkV42P6
「古明地こいしを躊躇無く撃てたのも既に殺した経験があるからとも言える」
「違う、私は誰も……!」
「私はそれをなじるつもりも、裁くつもりもない。私は法を説いて回るだけです。……私は殺せない。
 ですが、我が身に課せられた役目を遂行しなければならないのです。ですから、私は殺すことは善行とだけ告げておきます」
「わたし、は……」

 映姫の言葉は半分も聞こえていなかった。脳裏でチリチリと蠢く、微かな映像の断片が過ぎっていたからだった。
 殺したのだとすれば、誰を? 小町とは別れた。こいしは傷つけはしたものの殺すには至ってない。
 残りは魔理沙、藍、フランドール。そして――魂魄、妖夢。

 空白の時間の後、妖夢は遺骸となって横たわっていた。傷一つない、そしてどこか微笑にも似た表情で。
 フランドールもこんな殺し方は可能と言えば可能だ。半霊を破壊するという手段を用いれば。
 けれども、しかし。微笑みを浮かべたまま死ぬだろうか。フランドールに望まれて殺された?
 そんな関係があるはずがない。こんな殺し方ができるのは、この幻想郷で知る限りではひとつしかない。
 安らかに、眠るような、緩やかな死を与える……自分の、反魂蝶――

「違う、違う、違うっ! なんで私が妖夢を、あの可愛い妖夢を殺さなきゃいけないの!? あの子を殺したのは悪魔の……!」

 フランドールのせいにしようとしている? 自分が、殺したと認めたくないから?
 己の言葉尻からそのように判断してしまい、幽々子は必死に否定しようとした。
 殺していない。殺せるはずがない。だが妖夢は死んでいた。ならば、殺したのは誰だ?
 決まっている、悪魔の妹だ。そうに違いない。そうでなければ……自分が殺したということになってしまうのだから。

「貴女が魂魄妖夢を殺したのだとしても、私は咎めない。私はただ、善行を積みなさいと言うだけです」
「殺してないって言っているでしょう!?」

 金切り声に近い調子で幽々子は否定した。大切な妖夢を殺したのは、自分ではない。
 あんなに愛しく思っていた従者を殺したはずがない。殺したのは、他者だ。

「ならば、貴女の大切な者を殺した者を、殺せばよいのです。それが善行なのですから」
「それは……!」

 違う、と言いたかった。だが頭を掠める妖夢の死に顔に言葉が詰まる。
 そうしてしまう自分を否定するために、今度は悪魔の妹を、フランドールを殺せという声が持ち上がる。

 それは、既に自分が、殺人者だから……?

 何をどう判断していいのか分からず、幽々子は再び64式小銃を持ち上げた。
 まず映姫を黙らせなければ、自分がどこまでも貶められてしまうような、そんな気がしたからだった。

「何の証拠もなしにそんなこと言わないでっ! それ以上言うなら私だって……!」

 映姫は無言で見返してきた。やるならやれ、どうにでもなれと投げやりであるようにも、
 所詮はその程度と納得ずくの視線であるようにも思えた。
 感情的になっている自分とは対照的な映姫に、余計に胸が軋み、小銃を持つ手が震えた。
 こんなのはおかしい。実力行使に出ようとしている自分が自分と思えず、まるで他人のようにも感じる。

 映姫の言うように、うしろめたいことがあるから?
 耐え切れずに、自分の心に鍵をかけてしまったから?
 何も覚えていないのは……全てを『なかったこと』にしようとしているということなのか?

40 ◆Ok1sMSayUQ:2010/01/14(木) 22:29:45 ID:XgkV42P6
 あらゆる歯車が狂っていた。
 殺戮を許した幻想郷。
 寄る辺を失くし、消滅するしかなくなっていった魂。
 想いに縛られ、凶行に走るしかなくなってゆく自分達。

 映姫の言う通りの『幻想郷の法』が支配し、
 それに従うしかなくなっている自分達がどうやって対抗すればいいのかも分からない。
 飽和し続ける頭で思ったのは、やはり妖夢への、懇願にも似た気持ちだった。

 助けてよ、妖夢……私は一体何をしたらいいの……?

 従者に答えを求めてしまうのは、罪を犯してしまったから?
 それとも自分自身に絶望してしまったから?
 ならば自分は、既に法に囚われ、殺すことを義務付けられているのか。

 頭が痛い。以前にも、こんな気持ちを、こんな絶望を知っていた気がする。
 遠い昔のことか、近しい過去だったのか。ただ、思い出してはいけないとだけ感じていた。
 なぜ、と幽々子は己に問うた。思い出したくないのは……やはり……

「誰かが、来たようですね」

 いつの間にか顔を俯けていた幽々子の意識を引き戻したのは、平然とした様子の映姫の声だった。
 既に視線は自分の方を向いてはおらず、肩越しに他の誰かを見ているようだった。

「私は法を説きに行かねばなりませんので、失礼します」

 一礼すると、映姫は幽々子の横を抜けすたすたと歩き始める。
 言うだけ言っておいて、凝りもせずに法を説くと言って恥じない映姫に「待ちなさいよ」と幽々子は映姫の背に呼びかけた。
 いや、それは懇願だったのかもしれなかった。誰でも良かった。妖夢を殺してなんかいない。その一言が欲しかった。
 ちらりと幽々子を一瞥した映姫は、しかし期待通りの言葉を寄越すことはなかった。

「迷うことはありません。殺せばよいのです。それこそが、我々の救われる唯一の道です」

 代わりに示されたのは、妖夢を殺していないと証明したければ殺せという囁きだった。
 自分はやっていない。やったのは他の誰かだ。だから自分は他の誰かを探している。
 そう――信じてもいいじゃないか。

 何も分からないのなら。

 こうしても、いい。

 幽々子には一つの選択が追加された。
 その存在感は、無視できるほど小さなものではなく……あまりに魅力的だった。

     *     *     *

 ルールを破ってしまった。
 食べてはいけない人類を食べてしまった。食べてはいけない人類を殺してしまった。
 だから東風谷早苗は怒り、火焔猫燐はもっと怒った。
 燐はケーキもくれたいい人で、仲良くなれるかもしれないと思っていたのに。

41 ◆Ok1sMSayUQ:2010/01/14(木) 22:30:01 ID:XgkV42P6
 あれほど苦手だった日光すらも気にせずにとぼとぼと歩くルーミアの表情は暗く、これからどうしようという思考だけがあった。
 いや正確には、今のルールを続行できる自信がなくなってしまったというべきだった。
 次に出会った人類は、食べてもいい人類なのか。その判断を見誤ってしまったことが原因だった。

 博麗の巫女を殺してはいけない。それくらいのことは知っている。
 でも他は分からない。故に銃と地雷に判断を託した。
 それが、片方には引っかからず、片方には引っかかってしまうなど想定の外だった。
 本当に正しいのか、と思ってしまった。
 今まで正しいと思っていたことが信じられなくなる感覚は、ルーミアからたちまちやる気を喪失させてしまった。
 だからといって、他に食べてもいい人類を判断する方法は分からなかった。
 自分でルールも設定できず、教えてくれる人もいない今、ルーミアは逃げ続けることしか出来なかった。
 そうして森の中を突っ切り、滅茶苦茶に進んできて、
 森を抜けはしたがどこにいるかも分からないというのが今のルーミアだった。

 一人になると、今度は寂しいという気持ちが浮かんできた。
 信じていた規律を崩され、それまで一緒にいた人とも会えない状況になって加速した不安がそう思わせた。
 今まではそうではなかった。一人でいても、妖怪は人間を襲うもの、ということを絶対だと信じることができたから、
 ルーミアはそれを楽しんで生きてきた。しかしもう信用に足るものはない。
 まさしく「どうしよう」と思っているしかなかったのだ。

 信じるものひとつないだけで、こんなに不安になるとは思わなかった。
 おろおろしているだけの自分は、また別の誰かに怒られはしないだろうか。
 それだけならまだしも、駄目な妖怪だと烙印を押され退治されてしまうのではないか。

 お気楽なルーミアでも怖いものはあった。
 妖怪が、妖怪でなくなってしまうこと。自分が自分でなくなってしまうこと。
 それは自己の破滅を意味する。妖怪は妖怪らしくしなければいけないということを遥か昔に教わって以来、
 ルーミアにとってそれは絶対服従の項目だった。

 あの時教えてくれたのは、誰だっただろう。時間が経ちすぎてどんな状況だったかさえ覚えていない。
 それくらい古い事柄で、骨の髄にまで染み込まされたルールだった。
 妖怪らしく。口にしてしまえば簡単な、しかし実践することが難しくなってしまったルール。
 どうやって妖怪らしくしよう。当てもないまま歩き続けていたルーミアは、
 その真正面から誰かが歩いてきたことに気付かなかった。

「どうされましたか、そんなに落ち込んで」

 誰かがいると気付けたのは、声をかけられてやっとだった。
 上を向くと、そこには腕組みをしてじっとルーミアを見ている、石のような顔があった。

「……おねーさん、誰?」

 銃を取り出す気にはなれなかった。それが何の意味もないと分かっていたからだ。
 ぺこりと一礼をした女は、その表情を全く崩さないまま「初めまして」と言った。

「四季映姫・ヤマザナドゥです」

42 ◆Ok1sMSayUQ:2010/01/14(木) 22:30:16 ID:XgkV42P6
【E−3 一日目 午後】

【四季映姫・ヤマザナドゥ】 
[状態]脇腹に銃創(出血) 
[装備]携帯電話 
[道具]支給品一式 
[思考・状況]基本方針:参加者に幻想郷の法を説いて回る 
1.自分が死ぬこともまた否定しない。
2.自分の心は全て黙殺する

※帽子を紛失しました。帽子はD−3に放置してあります。 


【西行寺幽々子】 
[状態]健康、親指に切り傷、妖夢殺害による精神的ショックにより記憶喪失状態 
[装備]64式小銃狙撃仕様(13/20)、香霖堂店主の衣服 
[道具]支給品一式×2(水一本使用)、藍のメモ(内容はお任せします)、八雲紫の傘、牛刀、中華包丁、魂魄妖夢の衣服(破損)、博麗霊夢の衣服一着、霧雨魔理沙の衣服一着、不明支給品(0〜4) 
[思考・状況]妖夢の死による怒りと悲しみ。妖夢殺害はフランによるものだと考えている。
1.私は……
2.フランを探す
[備考]小町の嘘情報(首輪の盗聴機能)を信じきっています 
※幽々子の能力制限について 
1.心身ともに健やかな者には通用しない。ある程度、身体や心が傷ついて初めて効果が現れる。 
2.狙った箇所へ正確に放てない。蝶は本能によって、常に死に近い者から手招きを始める。 
制御不能。 
3.普通では自分の意思で出すことができない。感情が高ぶっていると出せる可能性はある。 
それ以外の詳細は、次の書き手にお任せします。 


【ルーミア】 
[状態]:懐中電灯に若干のトラウマあり、裂傷多数、肩に切り傷(応急手当て済み) 
[装備]:リボルバー式拳銃【S&W コンバットマグナム】4/6(装弾された弾は実弾2発ダミー2発) 
[道具]:基本支給品(懐中電灯を紛失)、.357マグナム弾残り6発、フランドール・スカーレットの誕生日ケーキ(咲夜製) 
    不明アイテム0〜1 
[思考・状況]食べられる人類(場合によっては妖怪)を探す。
1.食べてはいけない人類がいる……? 
2.日傘など、日よけになる道具を探す
[備考] 
※古明地さとりの名前を火焔猫燐だと勘違い 

43 ◆Ok1sMSayUQ:2010/01/14(木) 22:32:03 ID:XgkV42P6
投下終了です。タイトルは『伽藍の堂』です。
……書き終わった後にルーミアが自己リレーだということに気付いたけど……まあいいやw

44 ◆CxB4Q1Bk8I:2010/01/16(土) 20:58:44 ID:iR.BJYOo
仮投下します。
タイトルは「繋がる夢、想い、そして――」

45 ◆CxB4Q1Bk8I:2010/01/16(土) 20:59:27 ID:iR.BJYOo
 人里の外れ。
 左右に木造の建物が雑然と立ち並ぶ静かな道を、小さな鬼を背負い歩くは秋の神。
 金に輝く髪に紅葉の髪飾り。
 血とは違う、美しい紅色の服。
 顔は大きな悲しみと、小さな決意に満ちている。
 その後を、不安げにきょろきょろしながら付いていくのは金髪の妖精。
 時折吹く冬の風は、寂しさよりも孤独で、終焉よりも濃い死の香り――


 秋静葉は、立ち止まって大きく息を吐いた。

 先ほどまでに、続けざまに銃声を聞いていた。
 この小さな人の里で、誰かが誰かを傷つけようとしている。
 無視できるはずも無い。だって、そんなこと、罪も無い誰かが傷つけられること、許されては駄目だって思う。
 これは、当然の気持ちだ。静葉はそう思っている。
 でも、静葉は鬼を背負い、妖精を連れて、銃声と逆の方角へ。
 北西の里の外れへ向かい、歩いている。

 ルナチャイルドが不安げな目で静葉を見た。
 大丈夫よ、と目で合図すると再び歩き出す。
 きっと、この小さな妖精も、私と同じように不安で一杯なんだろうと、思った。
 
 幾度と銃声が聞こえても、静葉の行動は何も変わらなかった。
 普段の静葉なら怯えて震えているだろうし、もし美鈴ならば、誰かを助けにいくかもしれない。
 それでも、今、背中にある一つの命こそが、静葉にとって手の届く唯一の暖かさだったから。

 美鈴が救い、静葉がそれを受け継いだ。
 どうしても、この命だけは、守らなければならないと、それだけを思っていた。
 すぐに治療が出来れば一番良かったのだけど、銃声から遠ざける事を優先させたのだ。


 美鈴さんが魂を込めたのだから、きっとこの鬼さんは大丈夫。
 だから、自分がそれを守らないと。

 穣子は、人里で死んだと、聞いていた。
 探したい。会いたい。そんな気持ちだって、強く持っている。
 でも、今私に手の届く命は、この背中にある。

 落ち葉を拾うよりも、紅葉を見守る方が、穣子だって好きだった。
 だから穣子、もうちょっと待っててね。

 安全なところまで行って、手当てして、鬼さんがちゃんと動けるようになったら。
 叶うなら、会いに行くから。


 守りたい、そんな気持ちは、一人では持てなかっただろう。
 美鈴さんが、その命を懸けて、私に教えてくれたのかもしれない。

 でも。
 誰かのために死んでもかまわないとか、そんなのは、悲しすぎる。
 だから、精一杯、自分のできることで、誰かを守れればいいんだと思う。
 美鈴さんは、格好良かった。自分のできることを、凄く大きく持っていて。
 私と会って、赤の他人なのに、私をずっと守ろうとしてくれた。
 私はその間、不安に押し潰されそうで、泣いてばかりだったのに。

 私も、あんなふうになれるのかな。

46 ◆CxB4Q1Bk8I:2010/01/16(土) 21:00:22 ID:iR.BJYOo


「ねぇ、大丈夫?」

 不意に、ルナチャイルドが問いかけてきた。
 大丈夫じゃないように見えたのかしら、とちょっと考える。
 確かに、背中の鬼は小柄だけれど、元々静葉も筋力のある神ではない。
 背負って歩くのは、決して楽なことではなかった。

「大丈夫よ、少し疲れたけど」

 そう言って微笑む。
 少しは明るく見えたかな? ちょっと、穣子っぽく、笑ってみた。
 いつも、穣子に笑われるような、寂しそうな顔じゃ、この子を不安にさせると思ったから。

「なら、いいけど。うーん、ちょっと怖かったからねっ」

 ルナチャイルドは、邪気なく真意を口にした。

「怖かった?」
「うん。なんか、凄く怖い顔してた」

 …そうだよね。わかってる。
 こうやって託されたから、目の前のことだけを見てるから、誤魔化してるけど。
 穣子が死んだって聞いて、美鈴さんがいなくなって。
 泣かないって決めたのを破ってしまって。
 涙は枯れるほど泣いたけど、悲しみは全然消えてないから。

「ごめんね」

 穣子。美鈴さん。

「あっ、謝ることなんてないよっ」

 ルナチャイルドはわたわたと手を振る。
 それを見て、少しだけ、ふふっと微笑んだ。
 今はこれで精一杯だけど。
 自分に与えられた事、悲しいこと、全部終わって、それから、また、笑えたらいいな。

47 ◆CxB4Q1Bk8I:2010/01/16(土) 21:01:42 ID:iR.BJYOo

「あっ、ねぇ、あそこで休めそうだよ」

 ルナチャイルドが嬉しそうに言った。
 静葉が顔を上げると、横切る広い道の向こうに、少し大きめの民家があった。
 見たところ人の動きは無さそうだし、裕福そうだから薬の類も置いてあるかもしれない。
 歩き続けた疲労はある。これ以上外に居るのも厳しいだろう。
 先ほどの銃声からも、悲劇の現場からも、可能な限り離れた筈だ。

「そうね、あそこで、鬼さんの手当てしようかな」

 ルナチャイルドに話しかけ、よっと鬼を負ぶさりなおす。

「うんっ。あ、私、見てくるねっ」

 ルナチャイルドが走って行く。

「気をつけてね」

 それを、一抹すらも、不安を感じぬままに送り出した。
 失いすぎて、枯れてしまった心が、余りに初歩的な危険を察知出来なかった。

 死角となっていた納屋を過ぎ、十字に走る里の道にその姿を出して――





「あはははははははっ、見つけたッ!」

 響く笑い声。唸る機関銃の発射音。無機質に死に追いやる狂気の音。
 
 ルナチャイルドの小さな身体が、踊るように跳ねた。

 真赤な何かが、里の道を紅葉のように染める。
 秋よりもっと濃厚に、鈍い死の色に。


 身体を撃ち抜かれたルナチャイルドの悲鳴が、静葉の心的恐怖を想起させる。
 またも、自分と連れ立った仲間を、目の前で失ってしまうかもしれない。
 否定しなければ折れてしまいそうな現実に、心が先走った。

「ルナチャイルドっ!」

 背中の鬼を背負ったまま、傷つき倒れて呻く妖精の元へと走る。
 納屋の死角から道に飛び出すも、何故か次の攻撃は続いてこない。
 その不可解な時間的余裕の間に、静葉はルナチャイルドの元へと駆け寄った。

48 ◆CxB4Q1Bk8I:2010/01/16(土) 21:03:32 ID:iR.BJYOo



「やったぁ!今度こそっ、ちゃんとやったよ!」

 無邪気で残酷に笑う少女が一人。
 古明地こいし。
 東から歩いてきた壊れた人形は、南から来た妖精が北へと横切るその姿を偶然その視界に捉えたのだ。
 その手に巨大な武器を抱えて。傷だらけの身体を抱えて。
 亡霊に撃抜かれた足は、白い布で乱暴にぐるぐると巻かれていた。
 既にそれは紅く染まっているが、全く気に留めている様子も無い。

 自分の身体が送る情報なんて、必要ない。
 意識を閉ざしてしまえば、痛みなど中身の無い信号に過ぎない。
 ただ衝動の命ずるままに動いてくれるのならば、何一つ問題など無かった。
 大切なのは、アリスとの約束。こいしにはそれだけだった。

「あははっ、あはははははっ!」

 こいしは、虚空に笑いかける。
 ルナチャイルドの元へ走っていった静葉も、高揚した気持ちの中で目に入らない。
 ただ今自分が一人、他者を破壊したという気持ちの昂ぶりを見えぬ何かに誇っていた。




「痛いっ…痛いよ…」

 ルナチャイルドの身体は、見ただけでも絶望的なのではないかと静葉に思わせる状態だった。

 気絶して無いだけ奇跡なのではないか。いや、何故残酷にも意識を繋ぎとめてしまっているのかと。

 右腕は既に機関銃の豪力により、その身体に辛うじて繋がってる以外は原形を留めていない。
 それ以外の傷は、相手の照準が悪かったのか、一つ一つは致命傷には至らず傷も多くない。
 しかし撃ち込まれた弾丸は確実に妖精の命を傷つけている。

 この小さな身体の、どこにこんなに血が流れていたのかと、静葉に思わせるほどに。
 土を鈍赤に染める流血は、止まる気配を見せない。
 右腕、右脇腹、左足…目を逸らしたくなるような姿だ。

 それでも、生かしたい。死なないで、と心から願う。

「しっかりしてっ!すぐ手当てっ…」

49 ◆CxB4Q1Bk8I:2010/01/16(土) 21:04:34 ID:iR.BJYOo


「あははっ、まだいたぁっ!」

 こいしが、ようやく静葉の存在に気付く。
 珍しいものを見つけた子供のように、嬉々とした声で叫んだ。

 静葉もまた、叫び声を受け正気に戻り、狙撃手が自分に気付いたことを知る。

 こいしは手に持った機関銃を再度構える。
 静葉は慌てて片腕でルナチャイルドを抱え、一心不乱に正面の民家の玄関へと飛び込んだ。

 静葉に遅れることごく僅か、機関銃の銃弾が壁を掠め、その壁を抉っていく。
 飛ばされる木片の勢いが、それが身体に当たれば即ち死に直結することを物語る。

「あはははっ!違うよ? かくれんぼじゃなくて殺し合いだよっ!」

 まるで、命の大切さも知らぬ少年が、虫を追い回して叩き潰すのを楽しんでいるかのような、無邪気で壊れた笑い声がした。


 民家の入り口の壁を背に、静葉は二三度強く深呼吸する。

 どうしよう。
 自分が、今、判断しなくてはいけない。最善を考えなくてはならない。
 落ち着かないと、落ち着かないと。

 腕の中には、荒く息をする重傷の妖精。
 横には、背中から下ろした、未だ意識の復調を感じない小さな鬼。
 
 このままでは、全員があの武器の餌食だ。


 だから、逃げなければ、いけない。

 でも、どこに?

 あの少女との距離を考えれば、追われないように逃げるのは不可能だ。
 ルナチャイルドと鬼を抱え、非力な自分が逃げ切れるとは思えない。
 隠れるという選択肢も、同じ理由で危険すぎる。 

 自分だけ逃げる、そんな思考は浮かぶことすら無かった。

50 ◆CxB4Q1Bk8I:2010/01/16(土) 21:04:58 ID:iR.BJYOo

 絶望的な思考が静葉を襲う。
 外からは、土を踏みしめる音が恐怖を運んでくる。
 歩くようなスピードだけれど、確実に相手がこちらに近づいて来ている。

 この二人を、守らなきゃいけない。
 美鈴さんがそうだったように。
 もしかしたら穣子がそうだったように。

 でもどうしたらいい?
 万に一つだって、勝ち目は無いかもしれない。
 
 あちらは強力な遠距離武器を持っている。
 対してこちらは不気味な洋剣一本だ。

 それでも、やるしか、ない。あのときの、美鈴さんのように。

 私は美鈴さんのような勇気は無い。
 今も、怖さで泣き出してしまいそう。

 でも、今、私の後ろには、守りたい命がある。
 そのためになら武器を持てるって、思える。戦えるって、思える。



 妖精を下ろして寝かせると、フランベルジェを握り締める。
 きっと及び腰に弱々しい眼、とても戦えるような姿には見えないのかもしれないけれど。

「ルナ、ここで待ってて。すぐ戻るから!我慢してて!」
「わ、私、だいじょう、ぶ、だよ… だから、ぜっ、たい、帰ってきて…」

 それでも、守りたい意志だけは、強く持っているから。



 静葉は民家の中から、少しだけ外を見た。
 攻撃してきた少女は、納屋から10メートル先のところまで、距離を詰めていた。

 こいしの手の武器は、先ほどまでの機関銃から、小さな拳銃に代わっていた。
 穴に追い詰めた鼠を狩るのに、ダイナマイトなど必要ない。
 腕を伸ばしてその身を掴み、爪で身体を切り裂き、牙を首元に突き立てるだけの話なのだから。

 静葉にとっては、絶望的な攻撃を一方的に受けないだけ、状況は良くなったと言えるかもしれない。
 窮鼠が猫を噛むとしたら、慢心した相手の油断を付けばいい。

 静葉は相手の注意を自分に引きつけるように、姿を敵の前に晒す。
 フランベルジェを構え、キッとこいしを睨みつける。

51 ◆CxB4Q1Bk8I:2010/01/16(土) 21:05:27 ID:iR.BJYOo


「アハハハハハッ」
 
 こいしは足を止めると、高らかに笑った。
 
「そんな剣じゃ私は殺せないよ、先に私が殺しちゃうから!」

「ま、待って!私の、話を聞いてくださいっ!」

 静葉は叫んだ。今出せる全力の声で叫んだ。
 聞こえている筈なのに、こいしは、表情を変えない。凍りついたような不気味な笑顔を、崩さない。

「私たちは、戦いたくないんです! 殺し合いなんて、駄目ですっ…! だから、やめましょう…!」

 甘えかもしれない。無理だって自分でもどこかでわかっている。
 それでも、自分の死も、他人の死も、辛いことだって知っているから。
 戦うことが、今、何も生み出さないことを知っているから。

「私達は貴女を傷つけませんっ…! だから…!」
「駄目、だよ。約束だもん」

 それでも心の叫びは、まるで相手の心に響かなかった。
 他人の声など、何の意味も持たぬ雑音でしかないのだと。 
 
 こいしの口の端が、大きく歪んだ。
 無邪気で不気味な笑顔が、ただ殺意の具現と化す。


 戦うしか、無い。
 引けない。
 そう思った。
 だから。


 フランベルジェを、ぎゅっと握り締めて。

 全ての恐怖を飲み込んで、全ての勇気を振り絞って、守るために戦うことを選んだ。

52 ◆CxB4Q1Bk8I:2010/01/16(土) 21:06:11 ID:iR.BJYOo

「葉符『狂いの落葉』!」
 
 相手が動き出す前に、先手を取って鮮やかな紅葉の弾幕を散らし、敵との間に視界を遮る幕を生成する。
 相手の遠距離武器の精度を可能な限り落とすことが第一の目的。
 第二に、予想以上に効果がありそうならば、これを盾に二人を連れてここから逃走を計るため。

 しかし、第一はまだしも、第二の目的を達することは不可能だと、すぐに考えを改めざるを得なかった。


 こいしは、広範囲の弾幕の隙間を縫うように、軽やかに静葉に近づいてくる。
 それを身体に喰らうことなど恐れていないかのように。
 走るよりは足止めが出来ているものの、逃走するには余裕がなさ過ぎる。
 それに、弾幕を放つだけで、力の消費を感じるほど、自分達にかかっている制限は大きいもののようだ。

 洋剣は手に持ったままだが、出来れば使いたくなかった。
 だが、それ以外に武器は無い。
 それ故に、消耗してでも弾幕を休み無く生成し続けて相手の隙を付くしかない。


 静葉の放った幾度目かの弾幕の間を縫い、こいしは拳銃を放ってきた。
 それは大きく逸れて遠くの民家の屋根に突き刺さるが、静葉がそちらに気を取られた隙にこいしは弾幕を広げる。

「本能『イドの解放』」

 こいしを中心に、広範囲にハート型の弾幕が撒かれる。
 静葉は辛うじて第一波を回避するものの、すぐに違和感に気付いた。
 ハート型の弾幕が、こいしと静葉を囲うように広く円形に停滞したままだった。

「しまっ…!」

 静葉を逃がすまいと、その道を封じるように背後に弾幕が迫る。
 それを避けながら攻撃出来るほどの判断力も反射神経も、静葉には無い。
 必然的に、弾幕をかわしつつ常時動きながら、敵の拳銃に照準を合わせられないようにするのが精一杯だ。
 しかし、相手に余裕を与えれば更に弾がばら撒かれてしまい、徐々に自分が追い詰められていくことに繋がる。


「あはははははっ」

 気付けば、こいしの手中で踊っているだけのような錯覚に陥る。
 追い詰められた穴ではなく、既に檻の中に囚われてしまっているような感覚。
 まるで、勝ち目というものが見出せない。

 
 このままでは、どうしようもない。
 封じた考えを、再度表に出さざるを得ない。
 手元の洋剣を強く握る。
 二度と使いたくない。その気持ちは今も変わらない。
 それでも、守りたいものをこの武器が守ってくれるのなら。

53 ◆CxB4Q1Bk8I:2010/01/16(土) 21:06:49 ID:iR.BJYOo
 静葉は強く踏み込むと、弾幕の隙間を縫い、洋剣を構え大きく跳んで間合いを詰める。

 静葉が全力で振るったフランベルジェが、こいしが払うように振った銀のナイフと、火花を散らした。

「――!」

 遠距離武器だけでなく、やはり近距離用の武器も所持していた。
 静葉が不得意とはいえ、まだ相手の実力が未知数だった近距離戦ならば勝ち目はあったかもしれないと考えたのだが、結果は同じだった。

 
 二度、三度と続く剣戟は、手品のように左右に撫ぜるナイフに悉く跳ね返された。
 漂っていたハート型の弾は消えていた。先ほどまで手にしていた拳銃は服を括った紐に引っ掛けている。
 こいしは、今は右手左手に一本ずつ、銀のナイフを逆手に構えている。
 妖なる者を封じるために聖なる刻印の刻まれた武器。
 あまり手馴れているとは言えないが先の予測できないトリッキーな動き。
 まるで「人形師が人形を操っているかのような」緻密なナイフ捌き。
 
 お互いが慣れない武器とはいえ、根本の戦力差は、明白だった。
 力の差。経験の差。そして――殺意の差。
 どれをとっても、静葉に有利な点など見つからない。

 
 それでも、相手が休む暇を与えてしまえば、間合いを離されて遠距離戦に持ち込まれるかもしれない。
 そうなれば先ほどと同じだ。今以上に不利な状況に追い込まれかねない。
 それに、ルナチャイルドの状態からして、時間をかける余裕は無い。
 一刻も早く、手当てをしなくてはいけない。
 早く相手を敗走させるか、行動不能に陥らせなくては。
 焦りのような感情は、静葉の行動を誤らせるように膨れ上がる。

 静葉は慣れぬ剣を振るう。既に幾度目かもわからない剣戟。
 右から左へ、静葉の可能な限りの速さで振るった剣。

 こいしは、それを同じような動作でナイフで払う――事無く、小さなバックステップでかわす。
 不意に反発の重力が働かなかった静葉の足がたたらを踏む。

「きゃはははははっ」

 狂ったような、しかし明確に自分の優位を意識した笑い声。

 前のめりになった静葉は、思わず顔だけを右に振り返らせる。
 そこには、こいしの勝ち誇った顔があった。
 眼を見開いて、今から起こることを心から楽しみたいのだと、誰かに伝えるような笑顔。

 それは随分とスローに、静葉の眼に映りこんだ。

「残念でしたっ」

 楽しそうで、満足そうな声だった。
 構えたナイフが、妖しくキラリと光った。
 それは、静葉の首筋に今にも振り下ろされようとしていた。

54 ◆CxB4Q1Bk8I:2010/01/16(土) 21:07:26 ID:iR.BJYOo



「――あれっ?」

 こいしの声が、静葉にも不思議とはっきり聞こえた直後。
 こいしの表情が、ほんの少しだけ疑問を浮かべた。
 本来なら、静葉の首を切り裂くはずだったナイフが、僅かにテンポが遅れ、静葉の右上腕を突き刺した。

「――ッ!」

 思考が停止するほどの激痛が走り、手を離れたフランベルジェは遠く前方へ飛ばされた。
 そのまま前に倒れこむ。思わず今刺されたばかりの右腕で、顔面からの地面への衝突を回避しようとする。

「ーーーーーーー!!!」

 身体を支えようとした右腕に、言葉にならない激痛が二重三重に走る。
 即座に左腕を代用して支えにし、地面との衝突は避ける。
 ワンクッションの後に側面から倒れこみ、受身など取れずに身体を強くぶつけた。
 


「あは、あはははっ!」

 何が可笑しいのか、こいしが狂ったように笑う。
 倒れこんだままの静葉に、いつの間にかまた手にしていた拳銃を突きつけて。

「ねぇっ、妹いるでしょっ!」

 どこか楽しそうに、話しかけた。


 走る鋭い痛みの中でさえ、こいしの随分とはっきりと言葉が聞こえる。

「妹、…どうして…?」

 どうして、そんな事を聞くのだろう。

「さぁ?なんとなく。居そうな気がしたの」

 まるで、何を考えているかわからない。
 不気味に笑う少女を見つめ、ハッと一つの可能性に思い当たる。

 もしかしたら、穣子のこと、知っているのかもしれない。
 …もし、そうならば、何処で穣子の事を知ったのだろう。
 どこかで会ったのだろうか。
 鈴仙さんが言っていた、悲劇の場所に居たのかもしれない。

 穣子へ繋がる僅かな糸を、自分のことも忘れて掴み取ろうと手を伸ばす。
 しかし、静葉がそれを尋ねる前に、こいしは次の言葉を繋ぐ。

55 ◆CxB4Q1Bk8I:2010/01/16(土) 21:08:19 ID:iR.BJYOo


「…ねぇ、仲は良かったの?妹は好き?」

 意図の読めない笑顔で、こいしは尋ねる。
 何かを期待しているような。何かを欲しているような、そんな表情に思えた。

 穣子の笑顔が、脳裏に浮かんで消えた。
 同時に、楽しかった、平和だった過去が思い返される。
 泣いて泣いて、その涙でも流せない、流すことなど出来ない思い出が。

 静葉は、噛み締めるように返答する。

「…ええ。私達、とても…仲は良かっ」

 次の瞬間、全く何の前触れも見せずに、こいしは引き金を引いた。
 静葉の右脚を、弾丸が撃ち抜いた。

 一瞬、何が起こったのかわからず、呆けてしまう。
 直後、遅れて走った激痛に、静葉は思わず苦痛を叫んだ。

「あはははははっ!そう!よかったね!よかったねっ!」

 全くの無意識の中で、本人すら気付かない憎しみの黒き衝動が、こいしを駆り立てた。

「よかったねっ! でも私と――                                              
 私と、アリスさんの絆には適わないかな!あははははっ!」

 何も笑うことは無い。面白いことも、楽しいことも無い。
 それでも、笑いが狂ったように出てくるのは。

 何か心の奥に隠してしまった感情を、出て来させまいとする無意識が、壊れた心から溢れてくるから。


 静葉は言葉を失った。
 こいしはどこか壊れた笑いを今も続けている。

 静葉は必死に立ち上がろうとするが、体中に力が入らない。
 少しでも動かすたびに激痛が入る。
 目を逸らしたかったが、今の静葉の右足からは、脈打つたびに血が溢れ出てくる。
 
 こいしは、不意に笑い声を止めた。

「うん、アリスさん、わかってるよ。ちょっと遊んだだけ。大丈夫、任せて、私に」

 再度、空に話しかける。今度は、空虚でないしっかりとした口調で、笑いの消えた表情で。
 そして、静葉の方に向き直ると、流れるように拳銃を構え、引き金に指をかける。
 それは決して正しい構えではないかもしれないが、それが引かれた瞬間に静葉は確実に命を失うだろう。 

 静葉は、その黒い銃口をぼんやりと目で追った。
 それが自分を狙い、死の瞬間がすぐ近くまで来ていることを、痛みの中のぼんやりした思考の中で悟った。

56 ◆CxB4Q1Bk8I:2010/01/16(土) 21:09:00 ID:iR.BJYOo



 ……

 こいしの動きが、ふと止まった。
 静葉が申し訳程度の盾として顔を隠した左腕は、来る筈の銃撃を感知しなかった。


「駄目っ…やめ、ようよっ…」

 こいしの脚に、満身創痍のルナチャイルドが抱き付いていた。
 右腕はボロボロで、今も血が流れ出ている。それでも、左腕一本だけででも、その脚の動きを止めようと、必死で掴んでいる。

「ルナチャイルドっ…!」

「痛い、よ…。私も、このお姉ちゃんもっ…!あのお姉ちゃんだってっ…きっと、痛かった、よ…! 
 傷つくの、嫌だよ。死ぬの、嫌だよ…。殺すの、やめようよっ…!」

 ここまで這ってでも来たのか、痛々しい流血の道が出来ている。
 脚だってマトモに機能せず、動くことすら困難だったというのに、小さな妖精はここまで辿り着いたのだ。

「妖怪とか、人間とかっ、いっぱい、いるけど、いろいろ、あったけど…! でも、こんなのはっ、違うよっ…ちがっ…」

 永き命を持つが故に、多くの種族から忘れかけられていた恐怖。
 死は、ありとあらゆる生命にとって、存在するだけで戦慄を覚える、嫌悪の最たる対象。
 それを、ルナチャイルドは、必死でこの少女に伝えようとしていた。

 静葉は、止めなきゃいけないと思った。
 今のこの相手には、言葉が伝わらない。それは自分が戦って話した中で、わかったことだから。
 だからお願い――!早く、逃げて…

 でも、それは、言葉にならない。
 ルナチャイルドの必死の言葉だけが、響き渡る。

「殺すのっ…おかしい、よっ…!そんな、のっ…皆っ、死にたくなんか、ないのにっ…!
 絶対っ…おかしいよっ…!」
 
 こいしは、呆けたような表情を見せると、狂気すら感じない無感情な声で言った。

「おかしく、ないよ。アリスさんが言ったもん」

 静葉を捉えていた銃口が向きを変え、
 乾いた音と共に、無慈悲な弾丸が、ルナチャイルドの額を撃抜いた。

57 ◆CxB4Q1Bk8I:2010/01/16(土) 21:09:32 ID:iR.BJYOo

 妖精は、小さな妖精は、勇気を振り絞って心を伝えようとした妖精は――
 血に塗れて、死んだ。

 動かない。
 静葉の目の前で。
 もう誰も失いたくないと思った静葉の前で。

 心の悲鳴は、喉に引っかかって、声にならなかった。
 酷使された涙腺が悲鳴を上げ、溢れる筈の涙の代わりに痛いくらいに目の奥が熱い。 

「アリスさん。大丈夫、私は惑わされないから。ね、アリスさん」

 こいしの呟くような声は、この世界のどこにも届かぬかのように、空で消えた。
 

 あの声も届かないほどに、悲しい出来事に負けてしまったのだろうか。
 誰かに守られたかもしれないその命を、繋ぐよりも悲しい使い方にしか使えない、
 アリスという名の、呪いのような誓いに縛られて。
 
 もし、美鈴さんが、最後に残した言葉が。
 穣子が、最後に残した言葉が。

 それを望んでしまったのなら。
 私だって、わからない。

 彼女がどんな経験をして来たのかわからない。
 彼女にとって、それがどんなに重いことかなんか、わからない。

 でも。
 悲しいから。
 そんなの、悲しすぎるから。
 静葉は、弾幕ではなく、声を絞り出した。ルナチャイルドの気持ちを、そのまま捨てたくはなかった。
 
「ねぇっ…!奪っても、戻らないっ…。殺したって、何も得られないですよっ…!だから、もうっ…」
「駄目、だよ。アリスさんが望んだことだもん」
「お願いっ…!聞いてッ…!アリスって人が望んだことは、きっとこんな事じゃな…」
「五月蝿いッ!!」

 目の前の狂気に染まった顔が、酷く醜く歪んだように見えた。
 それは静葉という存在を、今すぐにでも消してしまいそうなほどの怒りに色を変えた。

「アリスさんを!アリスさんを!否定するなぁッ!!」

 少女は、もう、聞いていなかった。
 無邪気な少女でも、好奇心溢れる少女でもない。純粋な憎悪と殺意がその表情を包んだ。
 アリスに囚われた心の錠は、幾重に掛けられた鍵は、それを開こうとするものを全て拒んだ。
 それを奪わんとするものを、全て敵と看做した。

 こいしは拳銃を構えた。会話も、躊躇いも、アリスとの約束に不要なものだった。

58 ◆CxB4Q1Bk8I:2010/01/16(土) 21:10:07 ID:iR.BJYOo


 ああ、もう、死ぬのかな。
 静葉は、自分へ向こうとする拳銃と、その向こうの怒り狂った表情を呆然と見つめながら、不思議と冷静に、そんな風に考えた。

 託された命が、今そこに、あるのに。最後まで守ることが出来なかった。
 今ここで散った命を、何かに繋ぐこともできなかった。

 穣子、ごめんね。
 もしかしたらあなたと、最後に会えたかもしれないのに。
 美鈴さん、ごめんなさい。
 守ってくれた私の命も、守ろうとしたあの命も、こんなところで――

 そして、視界の色が変わった。
 最後の一枚、紅葉が散るようにあっさりとした一時だった。



 しかし、二度目の最期の瞬間は、またも訪れることは無かった。



「――ッッ!」

 何かが凄い勢いで衝突したような。とても生物が出すようには思えない音がした。
 こいしが、言葉にならない悲鳴を上げ、静葉の視界から消えた。
 

 静葉の目の前には、

「お、鬼さん…」

 先ほどまでは生死の境にいた筈の鬼の背中があった。

「大丈夫、なん、ですか…?」

 静葉が小さく声をかけると、鬼は静葉に向き直った。
 その表情は元気そうで、ほんの少し笑顔であった。

「ああ、大丈夫。力を吹き込んでくれた人がいたから、今はもう万全だよ。あとは私に任せな」

「よ、か、った…」

 ふっ、と静葉にも笑顔が戻る。
 悲しい出来事の連鎖の中の、ほんの一瞬の、一つの奇跡に。

 私が託された命を、守ることができて。
 大切な命を、繋ぐことができて。

 終わる秋から冬へ、そして芽吹く春へと繋ぐ命を。
 落ちた葉が、土を潤し、新たな命が息吹くまで。
 
 希望を穣らせるもので――

 静葉は安心したように、ふっと力が抜けるように倒れた。
 激痛と悲しみに耐えていた、心を支える糸が、切れたように。

59 ◆CxB4Q1Bk8I:2010/01/16(土) 21:10:59 ID:iR.BJYOo

 静葉が目を閉じると、萃香の表情は一瞬にして苦痛に溢れたものとなる。
 身体を支えるのがやっと、といった様子で大きく息を吐いた。
 その両脚は、折れかける膝をどうにか支えていた。

 無理して作った笑顔は、彼女を騙してしまっただろうか。
 鬼である自分が嘘をついてしまうなんて。

 それが、恩義ある相手に鬼が出来る精一杯の強がりであったとしても。

 不鮮明な精神の中で、自分の触れていた紅い背中はただ温かく。
 そのときは感謝も言葉にすることが出来ない状態だったけれど、今でははっきりと言える。
 守られることになんて慣れていないけれど。
 心から自分を守ろうとしてくれたこと、心からありがとうと。


 先ほど体当たりで飛ばした相手は、遠くで倒れている。
 鬼の一撃をまともに食らったんだ。当分は起きて来られないだろう。
 あいつと話したいことは山ほどある。でも、今大事なのはこの神様だ。

 萃香は急いで静葉を右腕に、ルナチャイルドの死体を左腕に抱えると、傍の民家に並べて寝かせた。
 静葉の腕の傷は、案外出血が酷く無い。脚は重傷だが、銃弾は貫通している。
 双方傷は浅くは無いものの、血止めをすれば死ぬことは無いだろう。
 ルナチャイルドの服を少し破り、止血用の包帯に使う。

「…間に合わなくてごめん」

 物言わぬ妖精に、謝る。
 サニーミルクの仲間の妖精だろう。きっと、とても悲しむに違いない。


 意識の深霧が晴れるまでは、響く戦闘音すら他の世界の出来事のように聞こえていた。
 混濁した意識が正常に戻り、立ち上がれたときにはもう、戦いの場の妖精は動いていなかった。
 そして霞がかった記憶の中で自分に手を差し出してくれた神様が、今にも命を奪われようとしていた。
 その瞬間、柄にも無く必死に走った。感情というものは予想以上に身体を熱くさせた。 

 ルナチャイルドの死は自分のせいでは無い、そう人は言うだろう。
 むしろ、この秋の神を助けたのを誇っていいと、言われるかもしれない。
 しかし、こんなに近くに居たというのに、全く私は守れなかった。
 妖精を失い、恩人を傷つけて、それで満足など出来る筈が無い。

 情けなくて、不甲斐なくて。鬼失格だね、私は。


 ザッ、と地に足を擦る音が聞こえ、次いで先ほどより増した殺気を感じた。
 体当たりで吹き飛ばした相手が、今起き上がったようだ。
 
 予想外に早い。
 全力の体当たりだった。あれを喰らえば気を失うか、そうでなくとも一刻は立ち上がれないはずだというのに。
 その間に、恩人を助け、相手を見極めて、自分が出来る範囲でケリをつけるつもりだったというのに。
 本当に、自分が今、その力を全て発揮することが出来ていないんだと実感する。

 不甲斐なさの上塗りだよ。情けなくて涙が出るね。
 鬼が泣くなんざ、恥ずかしくて誰にも言えないけどさ。

60 ◆CxB4Q1Bk8I:2010/01/16(土) 21:11:36 ID:iR.BJYOo

「ごめん、守ってくれた命だけど――私はこれを使ってしまうかもしれない」

 意識の無い静葉に、そう語りかける。

「でも、鬼は…戦いを止めたときが、死ぬ時なんだってさ」

 長い長い鬼の眠りの間に、亡き親友が伝えてくれた言葉だ。
 彼女との最期の約束というに足るそれを、鬼である自分が、反故にするなんて出来る筈も無い。

 身体は万全には程遠い。むしろ限界に近い。
 それでも、朦朧とした意識の中、誰かが自分に分けてくれた力があった。
 誰かを守るために使えと、そう言われたような気がしていた。
 そして、動けぬ自分を助けようとしてくれた人が、今ここにいる。

 鬼が恩義を返せなかったら、後世までの笑いものだよ。

「酒の一献、鬼の一魂――簡単に捨てられるモノじゃない」

 両拳を一つ、強く打ち付ける。
 民家の陰から、敵の前に姿を晒す。

 立ち上がった妖怪が、こちらを見ていた。
 顔は見たことがある気がする。でも、会ったとしても遠い昔の話だろう。
 それは、今は大切なことでは無い。
 既に命を一つ以上奪い、一人を傷つけ、尚も殺意を纏っている。
 相手がそうであるならば、必要なのは意志だけだ。

 自分を守ってくれた人に、指1本触れさせるものか。


「伊吹萃香! 鬼の名に誓い、この場は譲るものかぁッ!」





 まるで全速力の象が体当たりをしてきたような。
 全身に幾らとも言いがたい衝撃が走った。

 無防備だった秋の神の姿が消え、視界は広い地面を高速で滑った。

 空、地、空、地、と高速で視界が変わり、こいしは自分が吹き飛ばされたんだとぼんやり気付いた。
 随分と長く思える間宙に舞った後、最後に一転し、地面とグレイズしきれず腰を強かに打ちつけた。

「う、ううっ…!」

 流石に堪えたか、すぐに起き上がろうとするも身体が動かない。
 拳銃は手放さなかったけれど、静葉の血を浴びていたナイフは手から抜け遠くへ飛んでいったようだ。
 尤も、そんなことはこいしには関係ない。
 暫くの間、動かそうとする意識に反抗する身体と格闘した後、痛みを無意識で無理矢理覆い隠し、立ち上がった。
 足が震え体中が悲鳴を上げるが、それらを全て黙殺する。
 土の付いた服を払うことも、血の付いた顔を拭うことも無い。
 今は不気味な笑顔の欠片もなく、その表情は憎悪に満ちている。

 武器は幾らでもある。一刻も早く、自分を攻撃した相手を、殺しに行かないと。

61 ◆CxB4Q1Bk8I:2010/01/16(土) 21:12:04 ID:iR.BJYOo

 こいしは、ただ敵を見た。
 どうやら、二本角の鬼が体当たりを喰らわせてきたようだ。
 今再び民家の陰から飛び出してきた鬼は、まるで猛る獣のように自分に怒りの視線を向けてくる。
 見えるほどの殺意すら感じるような、強烈な気迫を纏っている。 
 

 神と小さな妖精の次は、これまた小さな鬼。見れば見るほど奇妙な取り合わせだ。
 こいしがいつもどおりなら、さぞかし楽しそうに笑ったに違いない。

 でも、今のこいしには、彼女達は全てただの敵でしかない。
 自分とアリスの目的を阻害する、共謀した悪でしかない。


 ねぇ、ありすさん。
 みんなでよってたかってわたしをいじめるんだよ。
 わたしはなにもわるくないのに。

「そんなに、」

 ぼんやりとした「また」が頭の中に浮かんで消えた。
 思い出せないいつだったかの過去と、今。あの僅かな幸せな時間以外は、自分は一人だったような気がした。

「わたしをきらいなの?」

 きっと、わたしがこわくて、きらいで、にくくて、きもちわるくて。
 だから、こんなに、わたしに、つらくあたって。

 だから、わたしはめをとじた。
 めをとじさえすれば、わたしがゆるされるせかいになった。

 いままではわたしひとりのせかいだったけれど。
 だれもはいってこなかったせかいだったけれど。
 いまは、アリスさんとふたりのせかい。
 だれも。だれだって。はいれないせかい。

 わたしのせかい。

「いいよ、みんながわたしをきらいでも。わたしには、ありすさんがいるから」

 ここにいる全てを壊すこと。
 アリスの望みをかなえること。
 私が嫌われないでいられる場所が、そこにしかないのなら。
 それ以外の全てを捨て去ることに何の躊躇いも無い。
 それだけのために。全てを失っても構わない。
 なぜなら、自分は人形だから。
 望まれた、人形だから。

「…アリスさんのために。」

62 ◆CxB4Q1Bk8I:2010/01/16(土) 21:13:30 ID:iR.BJYOo


 囚われた心に従い、少女は堕ちた。
 守られた命を繋ぎ、少女は立った。

 亡き少女のために。傷ついた少女のために。
 譲れぬ想いを抱いた二つの意地がぶつかり合い、冬の人里に、一瞬の熱風を巻き起こした。
 


【D−4 人里の西側 一日目 午後】

【伊吹萃香】
[状態]重傷 疲労 能力使用により体力低下(底が尽きる時期は不明。戦闘をするほど早くなると思われる)
[装備]なし
[道具]支給品一式 盃
[思考・状況]基本方針:命ある限り戦う。意味のない殺し合いはしない
1.こいしを倒す。静葉は命をかけてでも守る。
2.鬼の誇りにかけて皆を守る。いざとなったらこの身を盾にしてでも……
3.紅魔館へ向う。ある程度人が集まったら主催者の本拠地を探す
4.仲間を探して霊夢の目を覚まさせる
5.酒を探したい
※無意識に密の能力を使用中。底が尽きる時期は不明
※永琳が死ねば全員が死ぬと思っています
※レティと情報交換しました
※美鈴の気功を受けて、自然治癒力が一時的に上昇しています。ですがあまり長続きはしないものと思われます。


【古明地こいし】
[状態]左足銃創(軽い止血処置済、無意識で簡易痛み止め中)、首に切り傷、全身打撲  精神面:狂疾、狂乱
[装備]水色のカーディガン&白のパンツ 防弾チョッキ 銀のナイフ×8 ブローニング・ハイパワー(10/13)
[道具]支給品一式*3 MINIMI軽機関銃(55/200) リリカのキーボード こいしの服 予備弾倉1(13) 詳細名簿 空マガジン*2
[思考・状況]基本方針:殺せばアリスさんが褒めてくれた、だから殺す。
1.全てを壊し尽くす。

※寝過ごした為、第一回の放送の内容をまだ知りません
※地霊殿組も例外ではありませんが、心中から完全に消し去れたわけではありません。

※フランベルジェ、一本の血塗れの銀のナイフが近くに落ちています。


【D−4 人里の西側民家 一日目 午後】

【秋静葉】
[状態]気絶 右上腕に刺し傷・右ふくらはぎに銃創(双方止血済)精神疲労 
[装備]なし
[道具]支給品一式、紅美鈴の写真、不明支給品(0〜2)
[思考・状況]基本方針:妹に会いたい。
1.美鈴が助けようとした命を助ける。
2.萃香に、同行を提案してみる。
3.今の妖怪が穣子の事を何か知っているかもしれない。
4.誰ももう傷つけたくない。
5.幽々子を探すかどうかは保留
※鈴仙と情報交換をしました。


【ルナチャイルド 死亡】

※死体は静葉の横に寝かせてあります。

63 ◆CxB4Q1Bk8I:2010/01/16(土) 21:15:18 ID:iR.BJYOo
以上です。
問題無ければ代理投下お願い致します。

今見返すと無駄に改行が多いですね…今後の課題の一つとします

64 ◆Wi98RZGLq.:2010/01/23(土) 05:16:42 ID:Qdh1I8bM
仮投下してみます。

タイトルは「楽園の人間、博麗霊夢」(仮)です

65 ◆Wi98RZGLq.:2010/01/23(土) 05:22:23 ID:Qdh1I8bM


心が痛い。まるで何かナイフにえぐり取られたこのような喪失感と鋭い痛み。
はっきりいって今まで人や知人の死を見たことは何度もある。
今回が、この殺し合いが初めてではない。

ただ、自分で命を奪ったのは初めてだというだけだ。

妖怪などの魑魅魍魎を退治し、時にはその存在を消し去ることは何度もやったが、最近で
はスペルカードルールの導入でそこまでやることはなくなっていた。

そのブランクと初めて親しい存在を殺した。その二つの要因により、私は我を失ったのだ
ろう。

彼女はそう自分を分析し・・・・目を開いた。



目を通して入ってきた映像は見慣れない天井を映している。

「ここはどこなのかしら?」

ここに来た記憶はない。彼を刺してから我を失っていたから当然だろう。
ただやみくもに走っていた記憶がある。
そこから先は・・・・・ない。
今自分はベットに横たわっているようだけれども、本当に自分で横たわったのだろうか。
疑問は尽きないがとりあえず、

「放送はまだみたいね」

まだ窓からは太陽の光が差し込んでいる。


そこまで確認して、博麗霊夢は体を起こし、「んっ」小さく伸びをした。

66 ◆Wi98RZGLq.:2010/01/23(土) 05:28:05 ID:Qdh1I8bM


自身が入っていたベットから出ると、見たことのある人形たちが博麗霊夢を出迎えた。

「そう、ここはアリスの家なのね」

霊夢はつい数刻前に自分が殺した存在に思いをはせる。
その様子を人形たちが静かに見守る。
主人のいなくなったことに気づかずに、ただひたすら帰りを待つ人形たち。
このような光景はこれからいたるところで起きていくのだろう。

霊夢の脳裏に見慣れた古道具屋の道具達と店の店主の姿が浮かぶ。
霊夢の普通の人間の部分が少し揺らいだ。
霊夢は強引に思考を別のことに向ける。


そういえば・・・
この一日愛用してきた楼観剣を森に置き忘れてきてしまった。
白玉楼の庭師――そういえば彼女も既に完全な故人となっている。が使うその剣は、霊力
も籠り、切れ味も鋭く、使いやすかった。

いや、そうはいっても剣を回収することはできなかったはず。

「だって、あれはりんのすけさんの胸に・・・ささって・・・・」

あの剣は森近霖之助の胸に刺さっていた。彼はもう死んでいるだろう。
いくら妖怪の血が混じっていようがあそこまで深く胸に刺されば死んでしまうはずだ。

Flashback
霊夢は自身がりんのすけを刺したその瞬間をまじまじと思いだした。

霊夢は自身の顔についた乾いた血の本来の持ち主を思い出す。
霊夢の心は揺れる。
霊夢は・・・・。
霊夢は・・。

67 ◆Wi98RZGLq.:2010/01/23(土) 05:36:13 ID:Qdh1I8bM

「もう、もういいわ。どうでもいいのよ。他人なんて!私は異変を解決するの!」

霊夢は思考を放棄した。そして、違うことに頭を向ける。

頭に浮かんだのはアリスの弾幕、そして楼観剣を失くしたこと。それから・・・・




「何としてでも」

棚から人形を引きずり落とし、ナイフでその首を落とす。

「強い武器を手に入れないと」

中から出てきた不思議な色の火薬を掻きだし、集め、

「紫の馬鹿!役立たず!」

手近な袋に詰める。

「なんであんな吸血鬼をかばうの」

また首をはねて、

「りんのすけさんの馬鹿!」

火薬を集める。

・・・・・・・・・・。


すぐに霊夢の手元には大量の火薬の袋が集まり、床には人形たちの無残なパーツがばらまかれた。

死んだアリスがいたらなんというだろうか?
しかし、あいにく故人の姿はそこにない。

この火薬が楼観剣に変わる武器になるか不安はあったが、達成感を感じていた。

今までの鬱の反動なのだろうか。
西洋風にいうなら彼女はハイになっていた。

68 ◆Wi98RZGLq.:2010/01/23(土) 05:37:54 ID:Qdh1I8bM

大声をあげて作業をしていたせいだろうか?いつの間にか心のもやもやはなくなっていた。
あるのは異変解決。ただそれだけ。

近くの棚からマッチも回収し、霊夢は荷物をまとめる。
気分は良かった。

「もう私は引き返せないのよ」

もう私はたくさんの存在を殺した。
これからも殺してゆく。

ソシテ、異変ヲ解決スル。

決意を新たに、外への扉を開けた霊夢の前には・・・




「やっと起きたのかい。まだ昼間なのに、ずいぶんとのんびり寝ていたねえ」

沈みゆく太陽と

「それにしてもお前さん、随分と重たいんだねえ。流石のあたいも運び疲れちゃったよ」

夕日を背にした死神がいた。
                    To be continued

69 ◆Wi98RZGLq.:2010/01/23(土) 05:41:18 ID:Qdh1I8bM



【F-4 魔法の森 一日目・夕方】

【博麗霊夢】
[状態]霊力消費(小)、腹部、胸部の僅かな切り傷
[装備]果物ナイフ、ナズーリンペンデュラム、魔理沙の帽子、白の和服
[道具]支給品一式×5、火薬、マッチ、メルランのトランペット、キスメの桶、賽3個
救急箱、解毒剤 痛み止め(ロキソニン錠)×6錠、賽3個、拡声器、数種類の果物、
五つの難題(レプリカ)、血塗れの巫女服、 天狗の団扇、文のカメラ(故障)
不明アイテム(1〜5)
[基本行動方針]力量の調節をしつつ、迅速に敵を排除し、優勝する。
[思考・状況]
1.なんで小町が?
 2.とにかく異変を解決する
 3.死んだ人のことは・・・・・・考えない


【小野塚小町】
[状態]身体疲労(中) 能力使用による精神疲労(小)
[装備]トンプソンM1A1(50/50)
[道具]支給品一式、64式小銃用弾倉×2 、M1A1用ドラムマガジン×3
[基本行動方針]生き残るべきでない人妖を排除する。脱出は頭の片隅に考える程度
[思考・状況]1.生き残るべきでない人妖を排除する
     
・森をさまよっていた霊夢をアリスの家に運んできたのは小町です。
・火薬の威力・量は後の書き手さんに任せます。

70 ◆Wi98RZGLq.:2010/01/23(土) 05:47:53 ID:Qdh1I8bM
・・・自分で仮投下しといてなんですが、ひどい出来ですね。

火薬とかなんで出したんだよ、俺。

ここで一句  かいてみて
         わかる書き手の
             辛さかな      

指摘があれば直しますのでチェックお願いします。(自分でも直しますが自信がないので)

71 ◆shCEdpbZWw:2010/01/30(土) 03:10:53 ID:YM5yqJX.
仮投下です。
タイトルは「射命丸は見た! 〜遺されし楽団員に忍び寄る吸血鬼の魔の手、河童達は知る由もなく…〜」(仮)です。
予約時にレミリア、咲夜、リリカの名前を挙げませんでしたが、第三者の視点から今まで描かれた行動をなぞっただけですのでご容赦いただければ・・・

72 ◆shCEdpbZWw:2010/01/30(土) 03:13:32 ID:YM5yqJX.
霧の湖、その南側の畔。
湖の向こう側には紅魔館が霧の中にぼぅっとその輪郭だけを映している。
その紅魔館に背を向けるようにしてペンを走らせる少女が一人。幻想郷のブン屋こと、射命丸文である。
今のの状況が彼女自身にとって益であるかそれとも…それを整理するのに少し時間が必要だった。



時は数刻前に遡る。
辛くも咲夜に見つかることなく紅魔館から脱出することが出来た文は、ひとまず近くに聳える木に登って身を隠した。
一度咲夜が一人で紅魔館に戻ってきたが、背負っていた騒霊の姿が無い。
もしかしたらもう死んでいて彼女はそれを葬りに外に出たのだろうか?そう考える間もなく、再び咲夜は一人で紅魔館を後にしていた。
主を探しに行くのだろう、そう推測をしたところで正午の時を告げるかのような二回目の放送が始まった。
ペンを走らせながら、名簿の中に脱落者の名前を見つけてはそこに線を引いて消去していく。

「う〜ん…思っていたよりペースが鈍っていますねぇ…」

この放送で名前がコールされたのは六人。
その中には同僚であり、先刻その死体を目撃した椛の名前も当然あったし、守矢神社の神のうちの一柱や白玉楼の庭師兼剣術指南役、さらには七色の人形使いといったそれなりに名の知れた強者の名前もあった。
だが、死んだと推察したリリカの名前は呼ばれない。そうなるとますます咲夜の行動が読めなくなってきた。
あれほどの力を持つ者ならば、他者を保護しようとするなら手元に置いておけばいいはずなのに。
意外だったのはそれだけではない。自分がけしかけたような形になる不死者も、さらにはけしかけた先の紅白の巫女もコールはされなかったことだ。
あれほどの強者がぶつかりあえば双方が無事で済むとは思えない。ともすれば二人は遭遇することがなかった、ということなのか。

もとより文本人が直接手を下しているわけではない。そこに様々な不確定要素が介在する余地を許していたとはいえ、思い通りに事が運ばないのはやはり面白くない。
そして、これだけ脱落者が出るペースが鈍っている原因を考えてみれば…

「恐らく、すでに徒党を組んでゲームに乗っていないグループが相当数出ているんでしょうねぇ。」

この異変が始まってまだ一日と経っていない今はまだその集団も小さいものがいくつか点在するに過ぎないものだろう。
だが、それが合流して手を組んだとするならば…ゲームに乗っている文にとっては好ましからざることになる。
能力の制限されたこの状況下だ、いかに好戦的な紅白の巫女や先刻出会ったあの天人様が強かろうと、大集団の前ではいささか分が悪い。
もう少しお互いで潰しあってもらわないと何かと不都合だ。
では、そうしたゲームに乗らない輩共を潰すにはどう立ち回ればいいか…そう考えていたその矢先のことだった。

「あの出で立ちは…服装は違いますが背格好からすれば吸血鬼のお嬢様…?」

太陽が燦々と照りつける中を吸血鬼が普通は歩けるはずもない、ただ普段のお嬢様の趣味とは大きく趣を異にしたあのいささか不恰好なコートがあればそれも可能なのだろう。
幸い、レミリアは文に気づくこともなく無人の紅魔館にその歩を進めていった。
危ないところだった、と文は胸をなでおろす。先ほど咲夜が館を離れた隙に脱出していなければ、袋のネズミとなっていたであろう。
もし侵入者だと断罪されていれば、プライドの高いレミリアのことだ、命の保証はなかったに違いない。

館に入ったレミリアがどう動くか、紅魔館の入口を木の上から注視していたところで、文はまた紅魔館に近づいてくる人影をその視界に捉えた。
ついさっきこの館を立ち去ったばかりの咲夜だ。

「さっきからフラフラと…彼女は何がしたいのでしょうかね…?」

あれやこれやと考えているうちに咲夜も樹上の文には気づくことなく紅魔館のエントランスへと消えていった。
幸いにして、ドアは開け放たれたままとなっている。文は注意深く木から降り、外の門柱の陰から中の様子を窺い知ろうとした。

そして、文が目にしたのは片膝をつき、主に対して恭順の姿勢をとっていたメイド長の姿であった。
どんな言葉を交わしたかまでは知ることは出来なかったが、あの二人が合流してその主導権をレミリアが握ったであろうことは容易に推察できた。
咲夜が殺し合いに乗っていないことは承知している、もしレミリアもそうであったなら…殺し合いに真っ向から逆らう強力なチームができてしまう事になる。
それも急造のチームではない、常日頃から固い主従関係で結ばれた二人だ、崩すのは簡単なことではない。

73 ◆shCEdpbZWw:2010/01/30(土) 03:15:53 ID:YM5yqJX.

一旦ロビーから二人が姿を消したのに乗じ、文は再び木に登って姿を隠して思考の海に身を委ねようとした。
あの二人をどうやって打倒するか、それも極力自分の手を汚さずに。
しかし、またしても考える間もなく、レミリアと咲夜が紅魔館を出て何処かヘ歩いて行くのが見えた。

「次から次へ…少しは状況を整理する時間をくださいよ…」

一人ごちながら再び木から降り、見つからないよう、見失わないよう、ギリギリの距離を取りながら文は二人の尾行を始めた。
道中身を隠すものが少ないところもあり、神経を使う羽目になったが程なくして目的地に着いたようだ。
赤レンガの外壁に囲まれた洋館、ここには取材で何度か訪れたことがある。騒霊楽団、プリズムリバー三姉妹の邸宅だ。
咲夜が先導し、レミリアと共に洋館に入るのを確認して、文は窓の外から中を窺う。

そして、文は見た。騒霊がメイド長に組み伏せられ、その指を切り落とされるのを。
そして、それを冷淡な目で見下すようにしていたお嬢様の姿を。

文は思考の修正を迫られることとなった。
恐らくお嬢様は殺し合いに乗ったのだ、そしてメイド長はお嬢様の意向にどこまでも従順なのだろう。
たとえ咲夜本人が殺し合いを心中では否定していようとも、お嬢様の命は己が意思よりも優先される。
でなければ、わざわざ一度リリカを自邸まで運んでおいたにも関わらず、再度訪ねてきてこのような行為に及ぶはずがない。危害を加えるつもりなら最初から手を下しているはずだ。
文は名簿に「レミリア:積極的」「咲夜:追従(レミリア)」とサッと書き込んだ。

気になるのはリリカの扱いだ。指は落とされたようだが、命を取られたわけではないようだ。
文は推測する。恐らくリリカは何らかの形でお嬢様の怒りを買うこととなった。
プライドの高いレミリアはただ殺すだけでは飽き足らず、嬲るようにしてリリカの命を玩ぶことを選択したのだろう。
咲夜が自分の意思でレミリアに仕えるのとは違う、恐らく圧倒的な力の前にリリカはレミリアに屈服させられた…。
とするならば、リリカもレミリアと通じていると見たほうがいいか。

レミリアと咲夜が立ち去り、館にはリリカ一人が残された。
本当ならリリカから事の次第を取材したいところだ。だが、気まぐれなお嬢様がいつまた取って返してくるか分からない。
外と違って建物の中では逃げ場がない。ただでさえ、さっきも紅魔館で危ない目に遭いかけたばかりだ。
仮にうまく接触できたとして、リリカが保身のために自分の情報をレミリアに漏れてしまったら…今後の行動にいささか支障をきたすことは否めないだろう。

「当事者から生の声を取ることが記者としての務めではありますが…ここは自重しておきましょうか」

リスクとリターンを天秤にかけて、文はここは撤退を選択した。ただ、この短時間にかなり多くの情報を収拾することが出来たのは間違いない。
自分にとって情報はこれ即ち武器。その武器を研ぐための時間がほしい。
文はプリズムリバー邸を離れ、万が一にもレミリア達に見つからぬように紅魔館を避けてぐるっと霧の湖のかなり外側を遠回りして湖の南側に回りこんでいった。
そして時間は冒頭のところにたどり着くこととなる。

74 ◆shCEdpbZWw:2010/01/30(土) 03:17:35 ID:YM5yqJX.

レミリアがゲームに乗ったのは好都合ではあったが、やはり仲間…もとい、下僕を作られたのは厄介だ。
ギリギリまで単独行動を志す文にとって、最終局面で多数を相手にするのは何としても避けねばならない。
理想としてはレミリア達のチームに殺戮を続けさせながらじわりじわりと消耗させること。
それをさせるには…単騎特攻では心もとない、やはり集団には集団で対抗させるのがいいだろう。それも…出来れば殺し合いに反目する者達がいい。
いくら殺し合いに否定的とはいえ、襲われるままに命を散らすことはないはず。自衛のために少なからず戦闘行為を行うことは間違いない。

しかし、そのためには何はともあれ他者とコンタクトを取らねばならない。
これまで文が接触してきたのは、妹紅にしろ、天子にしろ、単独行動をしていた者。まだ徒党を組む者とは接触をしていないのだ。
言葉巧みに妹紅と天子を煽動してきたとは言え、今までとは違い相手が一人なのと、集団なのとでは勝手が違う。
状況が状況だ、疑心暗鬼に陥っている者が出ている可能性は高い。そういう相手だとまず話をすることさえ困難だ。
ゲームに乗っていない連中が群れているとするのなら、いきなり現れた参加者に疑念をいだくこともあるだろう。
それを思えば、接触する対象はなるべくなら自分に近しい存在であるほうがいいだろう。
言葉は慎重に選ばねばならないが、今まで以上に対象も慎重に選ばねばならない。ターゲットを間違えれば…下手をすれば自分がゲームオーバーだ。

「…面白いじゃないですか。」

言の葉を操るプロフェッショナルとしての血が疼くのを感じた。


*   *   *


辺りを警戒しながら霧の湖に、そしてその先の紅魔館に向かって歩みを進める三つの影があった。
先刻、妹紅と別れた河城にとりとレティ・ホワイトロック、そして支給品扱いのサニーミルクである。
この辺りは小高い丘のようなものが点在するとはいえ、身を隠せるような遮蔽物がほとんどない。
サニーミルクの能力を使えば自分達の姿を隠して移動することも考えた。
だが、来るべきその時に備えて今のうちにサニーミルクには日光浴を満喫させて力を蓄えてもらおう、その総意のもとに三人はとぼとぼと歩みを進めていた。

「なぁサニー、ほどほどにしておかないとなくなっちゃうぞ?その飴玉」
「だって美味しいんだもん」

にとりがサニーミルクをいさめる様に言うが当の本人は意に介さず、またドロップの缶を傾けて次の一つを取り出そうとしている。

「あ、白いのだ。レティ、これあげる」
「え、あ、あぁ、うん、ありがと」

サニーミルクがポイッと投げるようにしてレティの掌にハッカのドロップをよこす。柔らかな春先の陽射しは異変など関係無しに降り注いでいる。
陽光の下でお菓子片手に湖に向かってお散歩、なんて。これが異変でもなければなんて暢気なピクニックだっただろう、とレティは思う。
こうものどかだと殺し合いの渦中にいることを忘れてしまいそうになる。出来れば忘れてしまいたいのが本音なのだが。

75 ◆shCEdpbZWw:2010/01/30(土) 03:19:14 ID:YM5yqJX.

別のドロップを出して幸せそうに口に放り込むサニーミルクを見ると、これから向かう霧の湖を住処とするあのおてんばな氷精の姿が重なる。
彼女は今頃何をしているだろうか。放送で呼ばれていないところを見るとまだ生きているのは確からしい。
きっと、いつものようにあまり深く考えずに出会う者に喧嘩を売っているのだろう。今の状況を思えば自殺行為以外の何物でもないが。

氷精であるチルノと、冬の妖怪であるレティ。共通項が多いだけに少なからずシンパシーは感じている。
他人の心配をしていられるほど今のレティには余裕は無いが、なんにせよ死んではいないのはいいことだ。
あまり頭はよろしくないが、もし彼女と手を組むことが出来れば自分も今以上に力を発揮することが出来るだろう。
水を操るにとりとの相性もいいかもしれない、それは人里で証明済みだ。

人里での輝夜との一戦は、今もレティの心に暗い影を落としていた。もし自分にもっと力が、せめて他者を守ることが出来るだけの力があれば。
大怪我をした萃香も一緒になって逃げられたかもしれない。偶然出会った妹紅を萃香を救い出すという大義の下に死地に送り出すことも無かったかもしれない。
知らなかったとはいえ、リリーホワイトをその手にかけてしまった時も自分の力を呪った。
だが、こうして共に背中を預け合う仲間が出来た。そうなると以前とは別の意味、無力さ故に自分の力を呪ってしまう。

もちろん、今の自分達の至上の目的は紅魔館に向かってひとまずは同じ方向を向いているらしいフランドールと合流することだ。噂に聞く吸血鬼だ、力も自分とは比べ物にならないであろう。
だが、萃香も自分より遥かに力のある存在であった。その萃香でさえ、あの銃という暴力的存在の前に倒れてしまったのだ、どんなことがあってもおかしくない。そんな有事の際に自分が何も出来ないのは嫌だ。
だからレティは思う。自分だけではなんとも出来ないが、自分の能力と相性のいいにとりと、そしてそれにチルノが加わってくれれば…1+1+1が3以上のものになる可能性がある。そうすれば、自分達のみならず大事な存在を護りきれるのではないだろうか。
だから、もしチルノの情報が入れば…紅魔館に着いたその後にはチルノを加えるべく動いてみてもいいかもしれない。

「どうしたのさ、レティ?ずいぶん難しい顔しちゃってるけど」
「あの白いのが効いてるんじゃないの?」

気づけば随分しかめっ面をしていたらしい。
にとりとサニーミルクが心配そうにレティの顔を覗き込んでいた。レティは苦笑いを浮かべながら返事をする。

「あ、あぁ、ごめんね。ちょっと考え事をしててね」
「レティったら、前もそんなことがあったの」
「おやおや。まぁ、考え事もいいけれど、ここまで来たんだ、お互い隠し事はなしだからな?」

隠し事。
そういえばまだにとりにはリリーホワイトのことを話していなかったのを思い出す。サニーミルクもその辺りは承知していたようで、少し表情が曇る。
いつかは言わなければいけないだろうと思っていたあの忌まわしい記憶。正当防衛とはいえ、決して許されることではない。
これまではせっかく出来た仲間という絆、そこに波風を立てたくなかった為に封じ込めていた。だが、今なら、今ならにとりも殺しの罪を許さずとも一定の理解は示してくれるのではないか。
自分の犯した罪に長いこと苛まれていたレティは、今はとにかくそのことを吐き出してしまいたかった。
神妙な顔でこちらを見ているサニーミルクに目くばせをする。レティの考えていることが分かったのか、こくりと小さく頷いた。レティは意を決する。

76 ◆shCEdpbZWw:2010/01/30(土) 03:22:19 ID:YM5yqJX.
「あ、あのさ、にとり、実は…」
「待った!誰か来る!」

言いかけた瞬間にそれは遮られた。
にとりと同じ方向を見ると、こちらに向かって走ってくる人影が一つ。サニーミルクも身構えて同じ方向を見る。

「…どうする?サニーの力で姿を隠そうか?」
「いや、ちょっと待って、あれは…」
レティを手で制しながらにとりが前方の人影を凝視する。徐々に近づいてくるその人影、自分と同じ妖怪の山の住人であるその妖怪。
「あ、文さんじゃないか!?」


【C-3 霧の湖の手前 一日目 午後】
【河城にとり】
[状態]疲労
[装備]なし
[道具]支給品一式 ランダムアイテム0〜1(武器はないようです)
[思考・状況]基本方針:不明
1. 紅魔館へ向かう。ある程度人が集まったら主催者の本拠地を探す
2. 皆で生きて帰る。盟友は絶対に見捨てない
3. 首輪を調べる
4. 霊夢、永琳、輝夜には会いたくない

※首輪に生体感知機能が付いてることに気づいています
※永琳が死ねば全員死ぬと思っています
※レティ、妹紅と情報交換しました


【レティ・ホワイトロック】
[状態]疲労(足に軽いケガ:支障なし) 、精神疲労
[装備]なし
[道具]支給品一式×2、不明アイテム×1(リリーの分)、サニーミルク(S15缶のサクマ式ドロップス所有)
[思考・状況]基本方針:殺し合いに乗る気は無い。可能なら止めたい
1. 紅魔館へ向かう(少々の躊躇い)
2. この殺し合いに関する情報を集め、それを活用できる仲間を探す(信頼できることを重視)
3. 仲間を守れる力がほしい。チルノがいるといいかも…
4. リリーホワイトを殺してしまったことをにとりに打ち明けたいけど…
5. 輝夜の連れのルナチャイルドが気になっている

※永琳が死ねば全員死ぬと思っています
※萃香、にとり、妹紅と情報交換しました


*   *   *


同僚の椛ほどではないが、文も天狗の端くれ。ある程度目はいい。
事実、人里では見つからない程度の距離から霊夢が「仕事」をするのを遠巻きに観察してきた。

その目が遠くから来る人影を捉えた。

その人影の中に河城にとりの姿を認めた時、文はほくそ笑んだ。
同じ妖怪の山に住まう者だ、ある程度性格は把握している。
かつて、妖怪の山に突如として現れた守矢神社に、霊夢と魔理沙が訪ねてきた時。
彼女らと対峙したにとりの行動原理はあくまでも「ここから先は危険だから行かせるわけにはいかない」というもの。
対象の排除ではない、あくまでも相手を慮っての行動。そう、彼女はどこまでもお人よしなのだ。

77 ◆shCEdpbZWw:2010/01/30(土) 03:23:13 ID:YM5yqJX.
所詮取材対象でしかない他の参加者の心中に比べたら、近所に住むにとりの考えていることはずっと分かりやすい。
彼女の性格からして、このゲームに乗っていないことはまず間違いないと見ていいだろう。
となると、一緒に歩いている…冬の妖怪と、妖精もまた、殺し合いには乗っていないはず。
ゲームに乗っていない集団で、さらに顔見知りが含まれている、この上なく理想的なターゲットだ。

そんな集団が、無防備にも一直線にこちらに向かってくる…ということは目的地はこの湖…いや、紅魔館?
思ったとおり、あの建物は目立つらしい。人里からもそれほど離れていない。今後も紅魔館を目指す者は増えるだろう。
もしかしたら、にとり達のような平和主義者が、紅魔館に集結することになっているのかもしれない。
おおよそ、紅魔館を拠点にして策を練ろう、そういう魂胆なのだろう。あるいは篭城戦とでもしゃれ込むつもりか。

「…確かめてみる必要がありますね」

顔見知りということも手伝って、情報を仕入れることは容易そうだ。
なんだかんだで、まだ動向さえつかめていない参加者のほうが多いのだ、この機会は逃せない。
逆に、こちらからは真実と嘘を程よくブレンドして伝えてやればいい。その上でうまく紅魔館へ誘導してやる。
紅魔館にはレミリア達が待つ。おいそれと他者の侵入など許さないであろう。近づけば交戦は間違いない。
力量的に見ても圧倒的にレミリア達が有利だろうが、この制限下ではどうなるか分からない。
にとり達の支給品如何では、互角以上に戦える可能性もある。うまいこと潰しあってくれればしめたものだ。

ようは、うってつけの当て馬が向こうから歩いてくるのだ。思わず表情が崩れる。
いけない、笑いをこらえなければ。きっと今の自分の顔はさぞかし邪な笑みに支配されているだろう。
仕事モード、仕事モード…よし。とりあえずいつも通りに声をかければ怪しまれることもないはず。
あとは…さも仲間を見つけたかのように、喜び勇んで駆け寄ってみればさらに効果は上がるだろう。
さぁ、ここからが腕の見せ所だ。
にとり達には…せいぜい私の思う通りに動いて、散ってもらうとしましょうか。


【C-3 霧の湖南端 一日目 午後】
【射命丸文】
[状態]健康
[装備]短刀、胸ポケットに小銭をいくつか
[道具]支給品一式、小銭たくさん、さまざまな本
[思考・状況]基本方針:情報収集&情報操作に徹する。殺し合いには乗るがまだ時期ではない。
1.にとり達と接触し、情報収集したい。
2. にとり達をうまく言いくるめて危険地帯である紅魔館に送り込みたい。
3.燐から椛の話を聞いてみたい。

※妹紅、天子が知っている情報を入手しました
※本はタイトルを確認した程度です
※リリカがレミリアの軍門に下ったと思っています

78 ◆shCEdpbZWw:2010/01/30(土) 03:24:07 ID:YM5yqJX.
仮投下は以上です。
何かおかしな点がありましたら指摘していただけたら、と思います。

79 ◆Wi98RZGLq.:2010/01/31(日) 05:04:51 ID:X05Rz4VE
↑私から見て特に問題は感じません
キャラの思考をよくまとめられていてすごいです
これからの文の活躍(?)が期待できますね

仮投下、開始します。

80名無しさん:2010/01/31(日) 05:05:52 ID:X05Rz4VE


もぐ、もぐ、もぐ。

ごく、ごく、ごく。

食べて、飲む、ごく普通の生理行動。
昨日までは普通にしてきたこと。

だが今、握り飯はまずく、水は苦く感じる。
そして自身の体から立ち上る血のにおいが吐き気を誘う。
それでも食べなければならない。
彼女はもう半日の間、なにも食べていなかった。

兎は静かに食事を続ける。





気がつけばあたりの景色は変わっていた。
八意永琳は魔法の森を抜け人間の里への道を歩いていた。

「姫様、無事でいてくださいよ」

人間の里、あそこは魔法の森に並んで人が集まるであろう場所になるだろう。
民家に残された日用品は有効な武器にも、手当ての道具にもなり。
森とは別の障害物――民家は、逃げて隠れるもよし、待ち伏せするのもよし。
殺し合いに乗ったものもそうでないものも、集まるところ。
それが今の人里だ。

たちまちのうちに、魔法の森の姿が後方に消える。
彼女は体力を消費しないように走ってはいない。
それでも、普通の人間の走る早さとさほど変わらない速さである。
まあ、俗に言う早歩きで八意永琳は道を駆け抜けている。

ただひたすらと、土着神の言葉を信じて。


もくもくと歩いていると、どうでもよいようなことが頭に浮かんでくる。

「そういえば魔理沙との約束、果たせないわね」

魔理沙のことだ、今頃約束どおりG- 5で首を長くして待っているのだろう。
少し心は痛む、だが今は姫が第一。
G- 5なんて正反対に行く余裕はない。


空を見上げると、青空に白い月が見えた。
もしかしたら、姫を月に返していたら、こんなことにはならなかったかもしれない。
そう思うと、後悔はいくらでも出てくる。

「なにが月の賢者よ。なにもできてないじゃない」

嘆きに思わず足を止める。
そのとき、八意永琳は後ろに何かの気配を感じた。

81 ◆Wi98RZGLq.:2010/01/31(日) 05:06:52 ID:X05Rz4VE


食事を終えてすぐ。
鈴仙・優曇華院・イナバは何かが魔法の森から出てくるのを確認した。
謎の人妖が近づくにつれて、その赤い目が大きく見開かれる。
やってきたのは主催者であるはずの、師匠、八意永琳だったからだ。
その姿はみるみるうちに近づいてくる。
とっさに、鈴仙は光の波長を狂わせ、姿を消す。

そしてその横を八意永琳は通り抜けた。


ドク、ドク、ドク。
心臓の鼓動が感じられる。
気づかれたらどうしようかと思った。
でも、師匠は私の姿に気づいていなかった。

心の中に、妹の死を悲しむ静葉さんの姿が映る。
今なら、後ろからなら殺れる。この殺し合いを終わらせられる。
鈴仙は確信していた。
だから、彼女は道の真ん中に立ち、狙いを定める。


距離15メートル。
余裕で当てることができる。
しかし、手が滑る。
汗を服のすそで拭いている間に、その距離は開いてしまう。

距離20メートル。
銃口は永琳の背中に向けられる。だが、30余年の月日の歴史が彼女の指を押しとどめる。
撃てない、どうしても撃てない。


ふと、頭に幾人もの死者が浮かぶ。
毒を飲んだ鍵山雛。自爆を選んだ秋穣子。静かに倒れていた魂魄妖夢。
皆が、死者が、鈴仙を非難するようにみている。
「臆病者」「臆病」「意気地なし」
頭に声が響く。

「臆病っていうな――!」

波長を消された音なき声が、引き金を引くきっかけとなった。

82 ◆Wi98RZGLq.:2010/01/31(日) 05:08:29 ID:X05Rz4VE


凶弾は静かに空間を切り裂いた。
耳元を何かがすり抜けたのを感じ、八意永琳が後ろを振り向いたときには、二発目がその腋をすり抜けていた。

「音がしないわね。サイレンサー?」

答える声はない。まあ元から期待はしていないが。
三発目、相手の姿は見えない。

「ンッ!」

八意永琳は右耳に焼けるような痛みを感じ、地面を転げまわる。
その上をいくつもの弾丸が切り裂いてゆく。
姫様に会うまでは死なない――彼女は必死で近くの巨木の陰に駆けこんだ。


なんとか駆けこんだ木の裏で、八意永琳は右耳を失ったことに気付いた。
しかし、今はそんなことを気にしている余裕はない。
死が迫っている。

ダダッダッダッダン

ガガッガリガリガリ

火薬が爆ぜる音と木に弾丸が食い込む音があたりに響く。
いつの間にか発砲音が聞こえることに疑問を持ちながら、彼女は相手の位置を把握しようと試みる。

とった方法は命がけで木の陰から顔を出すというものだった。

ダダッ

やはり弾丸が飛んでくる。
しかし、そんなことはどうでもよい、永琳は驚くべき光景を目にした。

「虚空から弾が出ているわね。空間移動のようなものかしら?」

もしくは、姿を消しているのか。
光を捻じ曲げれば姿を隠すことができる。
うどんげにもできるし、確かそのような能力を持った妖精もいたはずだ。
光学迷彩も支給品として配られていた。
主催は割かし姿を消すことについては甘いらしい。
だが一方、空間移動は主催にとってリスクが大きすぎる。ゲームの進行を脅かす。
おそらく空間移動は強い制限の対象になっているだろう。

そこから、正体不明の敵は姿を消す道具あるいは能力を持っていると思われる。
ということは、敵は不可視なものの、弾丸の射出ポイントにいることになるだろう。

とりあえず、敵の位置は把握できた。
では、八意永琳の次にとる手は・・・・。

83 ◆Wi98RZGLq.:2010/01/31(日) 05:13:56 ID:X05Rz4VE


当たれ、当たれ!

鈴仙・優曇華院・イナバは焦っていた。

もうすでに10発以上は撃っているのに、しとめられない。
能力の制限もきつく、音波の遮断は早々にあきらめてしまった。
早く殺さないと首輪を爆破されるかもしれない。
焦りで銃口がぶれ、顔を覗かした師匠をしとめるのにさえ失敗してしまう。

早く何とかしないと。
首輪に注意を払う。まだ大丈夫。なんの変化も感じられない。
しかし、早く終わらせないと爆破されてしまう。

「え?」

その時、顔をあげた鈴仙の前に弾幕が広がった。


姿を消すことで余裕を持っていた鈴仙にすべてをかわすことはできない。
最初の一つ二つは避わせたものの、いくつもの弾を受け、彼女は吹き飛ばされる。

胸が・・・痛い。

それを最後に彼女の意識も吹き飛んだ。





「うどんげ?」

弾幕に跳ね飛ばされた途端、不可視化効果は解除された。
小銃を抱え、地面に倒れ伏すのは、永遠亭の住人、鈴仙・優曇華院・イナバ。

「なんで・・・」

私を主催と勘違いした馬鹿か、好戦的な妖怪かのどちらかだと思ったのだが・・。
まさか身内から攻撃されていたとは思いもよらなかった。
30余年の信頼はこんなものかと思うと悲しくなってくる。
しかし、そんなことよりまず、うどんげの処遇は決めなければならない。

彼女はこっちの味方ではないようだ。
かといって、わざわざ殺すのも気が引ける。
これでも30年近く一緒にいたのだ。
だが、長年一緒にいてわかったこともある。

臆病なうどんげは一度負けた相手に逆らうことはないだろう。
姫様に手を出すこともまた、できないだろう。
とはいえ味方にするにもリスクが多すぎる。

八意永琳はうどんげをこのまま放置しておくことに決めた。

84 ◆Wi98RZGLq.:2010/01/31(日) 05:14:55 ID:X05Rz4VE

「これは慰謝料としてもらっておくわね」

うどんげが持つ小銃とそのマガジンを回収しながら、永琳がつぶやく。
簡単なメモを書き、気絶した兎の眼の前に置いておく。

「早く、姫様のところへ行かないと」

道のはずれに倒れたまま、兎は目を覚まさない。



【E−4 一日目 道端 午後】

【鈴仙・優曇華院・イナバ】
[状態]疲労(中)、肋骨二本に罅(悪化)、精神疲労 、満身創痍、気絶
[装備]破片手榴弾×2
[道具]支給品一式×2、毒薬(少量)
[思考・状況]基本方針:保身最優先 参加者を三人殺す
1.首輪を爆破されたらどうしよう
2.輝夜の言葉に従って殺す、主催には逆らわない
3.穣子と雛、静葉、こいしに対する大きな罪悪感

※殺す三人の内にルーミア、さらに魂魄妖夢・スターサファイアの殺害者を考えています。
※すぐ近くに永琳からの書置き(内容不明)があります。

85 ◆Wi98RZGLq.:2010/01/31(日) 05:15:33 ID:X05Rz4VE

「それにしても、私は運が良かったわね」

耳は吹き飛ばされたが、片方だけ。さらに血はもう止まり始めている。
なにしろ小銃と丸腰の戦いだったのだ。
そして、うどんげの戦闘能力は低いわけでもない。
最初の数発で死ななかったのが不思議なくらいである。

「この調子で姫様にも会えるといいのだけれど」

興奮したようにつぶやく。
おそらく少しテンションが上がっているのは先ほどの戦闘で出たアドレナリンのせいだろう。
八意永琳は少し前よりペースを上げて歩きだした。


幸運というものはあまり続くものではない。
そして、幸運の次には大きな不幸が来るものだ。
幸運の裏には不幸が隠れている。
これは絶対の真理。


足取り軽やかに、彼女は人里への道を往く。
だがすでに、遠く見える人里で、永遠に続くはずの尊い命が失われていた。

その事実を彼女は知らない。


【E−4 一日目 人里への道 午後】

【八意永琳】
[状態]疲労(中)
[装備]アサルトライフルFN SCAR(20/20)
[道具]支給品一式 、ダーツ(24本)、FN SCARの予備マガジン×2
[思考・状況]行動方針;人里に行って輝夜を探す
1. 輝夜と合流後、守矢神社で諏訪子と合流
2. 輝夜の安否が心配
3. うどんげは信用できない

※この場所が幻想郷でないと考えています
※自分の置かれた状況を理解しました
※この会場の周りに博霊大結界に似たものが展開されているかもしれないと考えています

86 ◆Wi98RZGLq.:2010/01/31(日) 05:27:39 ID:X05Rz4VE
仮投下終了
出来ればチェックお願いします

途中トリだけでなくsageまで忘れてた・・・・

題名は「月の兎と賢者/幸せと不幸のコイン(仮)」

87 ◆shCEdpbZWw:2010/02/10(水) 02:21:44 ID:3bSXLqiA
仮投下開始します。タイトルは「オモイカゼ」(仮)です。



「いませんね…」
「そうですね…どこに行ってしまったんでしょうか…」

箒に乗る二つの影が森の中をふよふよと漂う。
前に乗る古明地さとりと、後ろに乗る東風谷早苗はある妖怪を探していた。
洩矢諏訪子にとどめを刺し、仕掛けていた地雷で図らずも同行していた上白沢慧音を殺害した張本人。
先ほど、二人の前から姿を消してしまった宵闇の妖怪、ルーミアである。

だが、当座の目的は彼女の制裁、というものではない。
早苗やさとりとルーミアでは根本的に考えていることが違った。
バトルロワイヤルという事象に逆らおうとする二人と、普段と変わらず振る舞うルーミア。
腹が減れば食事を摂ったり、手元に玩具があればそれで遊んでみたり…
殺し合いという異常な状況下にあってなお、ルーミアは妖怪としていつも通りであろうとしていた。
皮肉にも、その“いつも通り”であることが、ここでは逆に異常であったのだが。。

この状況をルーミアが理解していないのならば、それを理解させてやればいい。
その上でなお、こちらを理解せずに襲ってくるのならばその時は応戦するしかない。
ただし、それはあくまでも最終手段、彼女と話し合う余地はまだ残されている。
それぞれの心中にはルーミアへのわだかまりはもうない。
もちろん、相応の罰は受けさせねばならないであろう事は双方共に承知しているが。

故に、二人は何はともあれルーミアを探すこと…を目的としていた。
本当なら諏訪子と慧音をきちんと埋葬して弔いたいところだったが、それを諦めてでもルーミアをすぐに探さねばならなかった。
だが、深い森の奥に分け入ってしまった彼女の足取りは一向に掴めないままだった。
さとりはもちろん、最後まで一緒だった早苗もルーミアの行く当ては思いつかない。
ルーミアとしっかり話をしてこなかったツケを払わされている格好になってしまっている。

88 ◆shCEdpbZWw:2010/02/10(水) 02:22:17 ID:3bSXLqiA
「さとりさん、やっぱり二手に別れて探した方が…時間を決めて博麗神社にでも集合すれば…」
「それはなりません。こうなってしまったからには単独行動は自殺行為です。それに…」

さとりの脳裏を死神の顔がよぎる。
諏訪子の事実上の下手人である、小野塚小町。
彼女がさとりを人質にして武器を奪った際、早苗達に向けてこんな言葉を放った。

『あんたらは幻想郷に必要ない人材なんだよ。今殺してもいい。だけど、それじゃこのお方が一人になるじゃないか』

幻想郷に未来を残せるものを生かす、小町はこうも言った。
命に大小など無い、と言いたいところだが彼女は聞く耳を持たないだろう。
幸か不幸か、小町にとってさとりの命は優先順位が高いものであるらしい、少なくとも早苗よりは。

「私と一緒に居れば、少なくともあの死神に命を狙われるリスクはぐっと抑えられるのです。
 一人になったところをこれ幸い、と貴女を狙ってくるかもしれないのですよ?」
「でも…でも、だとしたらなおのことルーミアさんが危ないじゃないですか…!」

死んだ二人を弔うことが出来なかった理由はここにある。
一人でいる時間が長ければ長いほど危険なのが今なのだ。
ただ、早苗の体調を気遣ってか、今は走るよりは幾らかまし、という速度しか出せないでいた。
なるべく急ぎたいこの状況だけに、早苗は焦りを募らせていた。

「それは百も承知です。かと言って、ここで貴女まで失ってしまうわけにはいかない…」

さとりが嗜めると、早苗が唇を噛み締めて俯く。

「あまりこういうことは考えたくないのですが…これだけ探しても彼女が見つからない、ということはもしかしたら…」

もう小町に殺されているかもしれない、そう後に続ける言葉をさとりは飲み込んだ。
早苗もそれを理解してか、気まずい静寂が周囲を支配する。

「…あくまでも可能性の話です。裏を返せば、まだ彼女が生きている可能性だってあるわけで…」

そうは言ったものの、さとりは本心ではルーミアの生存をかなり疑問視していた。
彼女の捜索を開始してからもう数刻が経過している。
近くで銃声は聞こえないし、弾幕を展開しているような気配も感じられない。
だが、ルーミアがどこに向かったのか当てもなくあちこち彷徨っているだけのこの状況。
こんな状態ではそうした戦闘の気配を感じられる範囲内に自分達が居なかった可能性の方が高い、さとりはそう見ている。

89 ◆shCEdpbZWw:2010/02/10(水) 02:22:42 ID:3bSXLqiA
「だからこそ、です。目の前で救えるはずの命を…私はもうこれ以上零したくないのです。」

悲観的なさとりに対し、早苗はあくまでも可能性があるのならそれに縋りたかった。
たとえ、それが蜘蛛の糸ほどの細く、脆いような代物であったとしても。

博麗神社でのパチュリーの死。
自分の知らぬうちに命を落とした慧音。
そしてなにより母のように慕っていた諏訪子が眼前で殺されたこと。
この死亡遊戯の舞台に落とされてから、誰一人として救えていないことに早苗は少しずつ苛立ちを募らせていた。

だが、頭ではそう思っていても…体がついてこない。

「これでルーミアさんも助けられなければ、もっと後悔…ゲホッ、ゲホゲホッ…」

大きく咳込んでしまい、決意の言葉は強制終了の憂き目を見てしまう。
誰が見ても、早苗の体調が万全でないのは明白である。

「貴女の気持ちは良く分かります…でも、その調子ではたとえ今がこんな状況でなくても一人には出来ませんよ。」

さとりが心配そうに後ろにいる早苗に言葉をかける。
元々体調が良くなかったところに、身近な神々の死による心労が立て続けに襲ってきた。
横になって休んでいたのも博麗神社でのほんのわずかの間。
早苗の強い精神力でここまでなんとか耐えてきたものの…さすがに限界なのだろう。

「それが分かっていながら、貴女を一人にしてしまったら…私が神奈子さんや諏訪子さんに怒られてしまいます。」

早苗も自分の体は自分が一番分かっているので、何も言い返すことが出来なかった。
さとりは、心を読まずとも沈黙を肯定と判断した。

「ルーミアさんを探す以外にも、私達にはやらねばならないことが多すぎます。
 その時に備えて、今は少しでも体を休めることが必要なのではないでしょうか?」
「そんな…さとりさん一人を危険に晒してまで私がのうのうと休むなん…ゲホッ」
「ご心配なさらずに。確かに私は戦闘は不得手ですが、それなら危なければ逃げるまで。
 何があっても貴女を一人には決してさせませんから。」

ひとしきり咳込んだところで、また静寂が訪れる。

「こんな小さな背中ですが…少しは私を頼ってくれてもいいんですよ?」
「そっ、そんな! さとりさんが頼れないなんて別にそんなつもりじゃ…」
「じゃあ決まりですね。今は私の背中で少しでも休んでください。」
「うぅ…分かりました…」

そう言うと、張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、早苗は体をさとりの背中に預けて意識を手放した。
さとりは、背中に熱っぽい早苗の体温と、静かな寝息を感じながら思案に耽る。

90 ◆shCEdpbZWw:2010/02/10(水) 02:23:06 ID:3bSXLqiA
「さて、どこに向かいましょうか…」

ホバリング状態で、さとりは自分のスキマ袋から地図を取り出した。
…と言っても、元々地上の地理に明るくない故、現在地がほとんど分からない。

「森の中にいるのは確かですから…西に行けば森は抜けられそう。その先には人里とやらがありそうですが…」

頭に浮かんだ考えを、即座に否定する。

「森の中ですから今は目立ちませんが、平原にでも出てしまえば今の私達は格好の的…
 早苗さんがいる今、無理な動きも出来そうにないですから…なるべく森からは出たくないですね…」

もう一つ、さとりの感じた懸念は、人里という場所の性格上、多くの人が訪れるであろうこと。
ルーミアも目指している可能性も無くは無いが、小町のようなゲームに乗った者も多くいる可能性がある。
ゆっくり休めるような建物もありそうだし、ともすれば薬の類があるかもしれない。
だが、道中から到着した後のことまで含めると如何せんリスクが高すぎる。

「東に行けば山に行き着きますが…これも論外ですね。
 みすみす逃げ道を自分達で塞ぎに行くようなものですから…」

可能性を一つずつ潰しながら地図を見回してみる。
博麗神社…先ほど見た限りでは薬のようなものは見当たらなかった。
霧雨魔理沙の家もまた然り。
香霖堂…字面からすれば森近霖之助の住処か。
だが、さとりが最初に聞いた得体の知れない男の声の持ち主がこの霖之助であるかもしれない。やはりリスクは高い。

「あと目ぼしい建物は…このマーガトロイド邸と、こっちの三月精の…ん?」

ふと、さとりの目が地図の南端で止まる。
「迷いの竹林」などという怪しげな文字の近くに見つけた「永遠亭」の三文字。

「永遠亭、といえば確か八意永琳の本拠地、でしたよね…」

地下に住まうさとりにも永琳の噂は届いていた。
あらゆる薬を作る程度の能力を持つという、月から来た天才がいるらしい、と。
そして、この殺し合いの首謀者と一般的には目されている、そんな存在。

だが、さとりはそうは思っていない。
最初に全員が集められたあの場所で、永琳の真意を読もうとした時に聞こえた謎の男の声。
まるで自分を創造したかのような物言いは、噂に聞く永琳像とは到底違うものだった。
故に、さとりは永琳を今回の騒動の犯人とはあまり思っていない。
少なくとも、印象からすれば唯一の男である霖之助よりはよっぽどシロに近い。

91 ◆shCEdpbZWw:2010/02/10(水) 02:23:26 ID:3bSXLqiA
もう一つ、さとりには永琳が主催者である可能性を疑えるだけの根拠があった。
早苗が回収した諏訪子のスキマ袋。その中に入っていた一つの書簡。
目を通してみると、それは永琳から蓬莱山輝夜という人物に宛てたものであるらしい。
自分が嵌められたということ、主催者は自分の姿を騙ってこの殺し合いを行っていること。
この手紙を読んだら殺し合いからすぐに手を引いて、可及的速やかに永遠亭に向かい、そこで待機して欲しいということ。
内容はざっとこんな具合であった。

あまり表立って動くことのない輝夜のことをさとりはよくは知らなかったが、永琳と深い関係にあるのは間違いないらしい。
一瞬、これは暗号めいた文章で、二人の間に何か企みの様なものがあるのでは、とも疑念もよぎった。
しかし、そうなるとおかしいのが何故これを第三者である諏訪子が持っていたのかということだ。
どういう経緯かは分からないが、手紙を持っていたということは諏訪子と永琳が接触したということである。
仮に永琳が主催者であるなら、諏訪子とは敵対関係にあって然るべき。
そんな中、暢気に一筆したためるだけの時間があるだろうか?
予め書き溜めていたとしても、それを諏訪子がそのまま持っているだけ、ということは考えづらかった。

なにより、さとりの中での決め手となるのは謎の男の声だった。
その声を反芻する度に、この手紙は真に助けを求め、殺し合いを止めるものではないか、そう信じたくなったのだ。
まず疑ってかかる思考だったさとりが僅かでもこういう「信じる」という思考に至る。
それは早苗の、そして死んだ慧音の影響を大きく受けているからなのだが、本人はそれに気づいてはいない。

永遠亭は彼女の本拠地だ。
彼女が首謀者であるならば、この上なく怪しく、そして危険な場所であろう。
よほど無鉄砲な輩でなければ、好き好んで訪れることはない。
だが、さとりは半ば永琳が主催者ではないと確信している。
それは、他者には危険である永遠亭という建物が、逆にさとりにとっては比較的安全な場所であるということになる。
なにより、そこに行けば早苗の風邪をどうにか出来る薬がある可能性は大だ。
仮に薬が無くとも、そこに輝夜を待つべく永琳が来ていればその場で風邪の治療くらい何とかなるだろう。

「南と東を山で塞がれているのが気になりますが…背に腹は代えられませんか…」

地図によると永遠亭までの道中には、人里までのそれと同様遮蔽物のない平原があるらしい。
だが、永遠亭を目指す者は人里を目指す者よりは少ないはず、リスクはずっと小さい。
距離も人里を目指すのと大して違いはない。

92 ◆shCEdpbZWw:2010/02/10(水) 02:23:49 ID:3bSXLqiA
「南は…こっちですね。」

コンパスで方角を確認してから再び箒で飛び始めた。
しばらく南に飛んだところで、さとりにとっては懐かしい風景が目に入る。
開始直後にルーミアと出会った三月精の家が左手側に見えてきた。

「ということは…ここはG-4とG-5の境目付近ですね。
 ルーミアさんを探しているうちに、随分南に来ていたのでしょうか。
 …途中でルーミアさんが見つかれば言うことなし、なのですけどね…」

誰に語るでもなく、さとりはぽつりと呟いた。
陽が少しずつ沈んで行くのが森の中でも分かる。
春先の冷たい夜風に当たって余計に早苗の具合を悪くさせるわけには行かない。
早苗の体に障らない程度まで可能な限りスピードを上げながら、さとりは一心不乱に南を、永遠亭を目指す。


【G-5・三月精の家付近 一日目・夕方】
【古明地さとり】
[状態]:健康
[装備]:包丁、魔理沙の箒(二人乗り)
[道具]:基本支給品、にとりの工具箱
[思考・状況] 基本行動方針:殺し合いには乗らない
1.早苗を回復させるべく、永遠亭へ急ぐ。
2.ルーミアを止めるために行動、ただし生存は少々疑問視。出会えたなら何らかの形で罰は必ず与える。
3.空、燐、こいしを探したい。こいしには過去のことを謝罪したい。
4.工具箱の持ち主であるにとりに会って首輪の解除を試みる。
5.自分は、誰かと分かり合えるのかもしれない…
[備考]
※ルールをあまりよく聞いていません(早苗や慧音達からの又聞きです)
※主催者の能力を『幻想郷の生物を作り出し、能力を与える程度の能力』ではないかと思い込んでいます。
※主催者(=声の男)に恐怖を覚えています
※森近霖之助を主催者側の人間ではないかと疑っています

【東風谷早苗】
[状態]:重度の風邪、精神的疲労、両手に少々の切り傷、睡眠
[装備]:博麗霊夢のお払い棒、霧雨魔理沙の衣服、包丁、魔理沙の箒(二人乗り)
[道具]:基本支給品×2、制限解除装置(少なくとも四回目の定時放送まで使用不可)、
    魔理沙の家の布団とタオル、東風谷早苗の衣服(びしょ濡れ)、上海人形
    諏訪子の帽子、輝夜宛の手紙
[思考・状況] 基本行動方針:理想を信じて、生き残ってみせる
1.さとりと一緒にルーミアを説得する。説得できなかった場合、戦うことも視野に入れる
2.人間と妖怪の中に潜む悪を退治してみせる

[共通事項]
※輝夜宛の手紙を読みました。永琳が主催者であることを疑い始めています。
※永琳が魔理沙に渡した手紙が同じ内容かどうかは別の書き手の方にお任せします。

93 ◆shCEdpbZWw:2010/02/10(水) 02:26:29 ID:3bSXLqiA
仮投下は以上です。
精査していただいた上で、問題がなければ投下していただけたら、と思います。
前回は規制ゆえに本スレ投下が出来ませんで…
かなり遅くなりましたが、代理投下してくださった方、本当にありがとうございました。

94 ◆27ZYfcW1SM:2010/02/11(木) 02:15:03 ID:l6I9Wv0g
サクっと読みやすい文章を書こうと思ったのに全然できなかった
回線等の都合から仮投下させてもらいます。
タイトルは『黒い羊は何を見るのか』でお願いします

95名無しさん:2010/02/11(木) 02:16:17 ID:l6I9Wv0g
「……ねぇ、魔理沙」
「……何だフラン?」
「これからどうするの?」
「それがわかれば私は諸葛亮孔明になれるかもな……」
「そうね……」

「……ねぇ、魔理沙。あいつはなにしてるの」
「フラン、それはお前に友達がもっともっと沢山出来れば分かることだよ」
「そう……」

「……ねぇ、魔理沙。さっきの男の人、なんて言ってたの?」
「それはなぁ……私は香霖の妹分で、自分を傷つけるな。女の子だから誰かに守ってもらえだと」
「……そっか」
「あと、紫への伝言で『契約を守れなくて済まなかった』」
「契約って何?」
「知らない」
「そう…だよね…………」

 香霖、お前は何を考えて、どうやってこのゲームを壊す段取りを考えていたんだ?

 香霖が死んで数十分が経った。
 紫は藍と香霖の遺体の前に座っている。紫は何も言わなかったが、私は一方的に私たちに起こったことを聞かせた。
 紫は幽々子と仲がいいなら知っておくべきことだろう。
 そのことを言っても紫は眉一つ動かさなかったが……
 
 霊夢は走っていったっきり音沙汰がない。
 遠くへは行ってないだろうが、追う気力が湧いてこなかった。香霖を殺した相手だというのにだ……
 霊夢が憎い。
 憎い。それも日常的に抱く憎悪の比ではない、腐った沼の底のヘドロのようなドロリとした……そんな人間の汚い部分。が私にも湧く。
 
 だって、私の大切な人が殺された。私はキリストなんかじゃない。親に勘当されるし、アリスには口を開けば文句を言われるし、パチュリーに至っては紅魔館に居るだけで追い出されるし、私は悪い人間だ。
 
 霊夢…許さねえ……
 霊夢に煮え湯を飲まされたことは今までにあった。それを全部流そう。
 だけど、香霖を殺した罪……しっかり払ってもらうぞ。
 
 私とお前、友達だから友達ならではの仕方で……
 
 「よし……」
 
 腹は括った。あとは動くだけだ。
 
「フラン、そこで少し待ってろ。私は紫と話をしてくる」
「わかったわ」

 フランは目が見えない。
 ただ日光を直視死ただけであるため、強力な吸血鬼の回復能力をもってすれば制限の度合いも考慮して数時間もすれば見えるようにはなるだろう。
 それでも、目が見えない者を一人ぼっちにするのは誤りであるのは明確である。
 魔理沙もそれはわかっていた。もちろんフランも。それでも魔理沙はフランを一人にする行動を取り、それをフランが許すには理由があった。

 フランは名簿の一ページを手探りで探しだすと水で濡らして瞼の上にそっと乗せた。
 自分で作った暗闇のスクリーンに先程の魔理沙の姿が映し出される。
 
 『誰かのせいにするなっ! それでも私の友達か!?』

 フランは魔理沙の心の形を考える。
 魔理沙だって思ったはずだ。紫さえ来なければ霊夢を倒すことができたのではないか? 紫が森近霖之助って人を連れてこなければ彼は死ななかったのではないか? と……
 
 それでも魔理沙は感情を露骨に出さず、耐え、そして、私を止めた。

96名無しさん:2010/02/11(木) 02:17:32 ID:l6I9Wv0g
 あいつ…いいえ、お姉さまが「死ねばいいのに」と言っていた事を思い出す。
 もうすぐ朝が来るそんな時間帯。お姉さまが紅魔館に帰ってきた。そのときちょっと不機嫌だったと記憶している。
 私は問うた。「ならばお姉さまが殺せばいいじゃない」
 お姉さまは言った。
「私なら簡単にあんなやつを殺せるでしょうね。でも、私が殺したら霊夢が黙っていないわ。
 フラン、何か行動をするには必ずその行動の責任を持たないといけないの。
 殺して、その責任をとらされれば、私にはあまりにも不利益でしょ?
 だから他の人が殺してくれれば私は得ってわけよ。咲夜、って、もう紅茶入れてあるわね」

 当時はなんのことかよくわからなかった。それは外を知らなかったから。
 外はお姉さまの言うような難しい倫理で埋め尽くされている。
 
 魔理沙は私が紫を「殺してくれれば」得だったはずだ。
 それを脊髄反射のように止めに入った。
 きっと魔理沙は何かでその行動をとったんだと思う。
 
 それが私が持ってないもので魔理沙が持っているもの。
 
 私が持ってなくてお姉さまが持ってたもの。
 
 みんな私みたいに地下室に閉じ込められた事はない。私だけが持っていなかったもの。
 
 私にも見つけられるかな……「それ」
 
 
 
 一人なら私はそれを探しに行ける。自分の中へ……
 
 
              〆
 
 
 紫は霖之助の片手を両手で包み込むようにして握っていた。
「紫……香霖からの伝言を伝えに来たぜ」

 私の声に反応してこちらに顔を向ける。だいぶ紫らしくない顔だ。
 いつかの飄々とした雰囲気はなく、葬式会場のような空気だ。まだ葬式は始まっていないのにな。

「『契約を守れずに済まなかった』だとよ」

 紫は口を抑えて顔を背けた。
「最初に契約を破ったのは私でしょう……! 貴方は謝らなくていいのに……」


「紫……私の仲間になってくれるよな。
 霊夢を……霊夢を止める仲間になってくれるよな!」


「私は…………」

97名無しさん:2010/02/11(木) 02:18:43 ID:l6I9Wv0g
「……ねぇ、魔理沙」
「……何だフラン?」
「どうして行かせるの?」
「それはだな……私にもわからん」


魔理沙さんにはあの妖怪の考えなんてずっと前から読むことなんてできないさ。

紫は私の仲間になることを『保留』した。

紫は何処かへと風に流されるように歩いていった。それは紫が選んだ事だ。私は止めない。




「紫……私の仲間になってくれるよな。
 霊夢を……霊夢を止める仲間になってくれるよな!」
 
 私は半ば確信があった。
 あれだけの事を起こしたのだ。霊夢を支持する立場なんて捨て去ると思っていた。
 
 だが紫は……
 
「私は……あなた達と一緒に居られない」

 ぎょっとした。

「お前!! まだそんなことを…!! 霊夢はお前の式を殺したんだぞ
 確かに霊夢は大切さ。幻想郷と同じくらい大事だろうよ!
 だけど、私は他の命だって大事だと思ってる。
 お前も、霊夢も、香霖も、お前の式だって……そいつらみんな集まって私が愛した幻想郷だろ」
 
「お前が愛した幻想郷に私たちは居ないのかよ。そんなのって寂しすぎるだろ……」

「五月蝿いわ」

 周りの音が消えた気がした。
 
 
「霊夢を止めて、それが何になると言うの?
 霊夢を例え殺したってゲームの中の一つの事象でしかないわ。
 全てゲーム盤の上で起こり得る予定調和。それはゲーム盤を壊したことにはならないわ。
 私たちに求められることはゲーム盤では起こりえない動き。
 歩が後ろに下がり、飛車が斜方に動くようなロジックから逸脱した動きをして、始めてゲーム盤の外に出ることができるのよ」
 
「例えお前が歩を後ろに下げ打も香車が前に居れば、いくら後ろに下がろうと刺されるぜ。
 飛車が斜めに動ごかそうと、『角が二枚』じゃ飛車を持った相手には互角に戦えないだろ。
 これがゲーム盤の上だって言うならゲームに勝てばいい
 私はゲームの駒なんかじゃない。誰かに指すれる存在じゃない」

「駒はみんな決まってそう言うものよ。
 貴方は所詮、釈迦如来の手の上で馬鹿騒ぎしている孫悟空ってところね」

「孫悟空だって最後は牛魔王を倒すんだぜ」

「……これが私が貴方の仲間にならない理由。
 私と貴方では考え方が違いすぎる」

「ああ……そうだな。でもお前は私と同じことを考えてるぜ」

98名無しさん:2010/02/11(木) 02:19:15 ID:l6I9Wv0g

「ええ、それだけは一緒みたいね」

 紫と魔理沙はお互いの顔を伺う。
 
 一方は「相変わらず真っ直ぐな目ね」と思い。
 もう片方は「いい目じゃないか。誰にも捕らえられない歪んだ目だが、それがいい」と思った。

「わかった。お前はお前のやりたいようにやってくれ。でも私は霊夢を止める行動方針は変えるつもりはないぜ」

「結構よ。私一人でもこのゲーム、必ず壊してみせるもの」

 そういって紫は霖之助の肩からショットガンを下ろした。

「彼の銃よ。私が寝ている間にだいぶ整備してたみたい。
 契約で私はこの銃は使えないから貴方が使いなさい」

「私は八卦炉もあるんだ。お前はそのクナイだけなんだろう?
 お前が使えよ」

「言ったでしょ? 私は契約で使えない」
「契約って……こんなときにか?」
「こんなときだからこそよ。この契約は私の我侭なんだけどね……」

「そうか……なら有難く借りていくぜ。香霖……」

 魔理沙はその肩にSPAS12を掛ける。
「弾よ、二種類あるらしいから状況にあわせて使いなさい」
 そしてバードショットとバックショットの実包がそれぞれ入った2つの紙で出来た箱を受け取る。同時に説明書も受け取った。

「魔理沙、別れる前にお願いがあるわ」
 そういいながら紫は一枚の紙を手渡した。

 魔理沙はまた手紙か? と思ったが、見た内容は手紙とは言いがたいものであった。
【硝酸アンモニウム】(重要)
【ガソリン】【木炭】【硫黄】【アルミニウム粉末】
【硝酸カリウム】【硝酸ナトリウム】【マグネシウム粉末】


 手紙というよりは、魔理沙の知っている化学物質からまったく知らない化学物質が羅列されているだけのメモであった。
 
 そして下のほうに『これらのうちどれかひとつでも見つけることが出来たなら香霖堂に運び入れておいてほしい』とある。


「これがお前の戦い方なのか?」

 紫は返事をしなかった。
 ただひとつ言える事は、いつもの底が読めない顔でもなく、さきほどのひどく落ち込んだような表情でもないということだ。


「魔理沙、ショットガンの弾をひとつ持っていくわ。この音が聞こえたら音が聞こえた所に来て頂戴。それと……」

 紫は隙間の中から包帯と目薬を取り出すと私に投げた。
「吸血鬼によろしく。悪かったわ」

 紫はそう言い残すと、荷物をまとめ、最後に藍と香霖の死体に手を合わせた後、どこかへと歩いていった。

99名無しさん:2010/02/11(木) 02:19:49 ID:l6I9Wv0g

「仲間にならなかったね……」

 フランがぼそりと呟いた。会話が聞こえていたようだ。
 フランが私に尋ねる。

「……ねぇ、魔理沙」



              〆



「どうしてなのかしらね?」

 紫は空に向かって尋ねた。
「私がしようとしていることが次から次へと裏目にでるのは……どうしてなのかしらね?」

 紫の表情は先程魔理沙に見せた表情から前の青ざめた表情へと戻っていた。


 紫にだって失敗が全くない訳ではない。むしろ、失敗の方が多いほどだ。
 紫は有能である。だが、考えが浅い。
 もっとも、紫は一を聞いて十を知る妖怪ではある。一般人からしたら大したものだ。しかし、策士のなかの策士は一を聞いて千を知るのである。
 その策士からすれば紫の策は詰めが甘いのだ。
 
 その紫が策を仕掛け、失敗しても、大きな手傷を負わずに今まで生活出来ていたのは彼女の人脈にある。
 彼女に式、『藍』や神社の巫女、霊夢が紫の『後片付け』をしてる姿は幻想郷で多々見かける出来事だ。
 
 もともと本気で練った策ではないのかもしれない。ひょっとしたら失敗して後片付けをさせるだけの策だったのかもしれない。
 
 でも、どんな理由であれ後片付けは他人であった。
 
 そのツケか?
 今回の失敗の後片付けも他人であった。
 
 そのおかげでもう後はない。
 
 真っ先に後片付け役になる藍は殺され、霊夢は敵となってしまった。
 ものぐさながら裏で手助けしてくれた霖之助も死んでしまった。
 
 魔理沙も一緒に行動することを拒否してしまった。
 
 幽々子もヒドイ目に遭っているらしい。
 あの妖夢を殺したと聞く。ヘタをしたら精神的に参ってしまうかもしれない。
 
 もう助けてくれる人はいない。
 
 
 そして問題もまた一つ増えた。友人の一人、幽々子。
 幽々子は一度親しい人をなくした悲しみで自分を殺している。
 
 それほど優しい子なのだ……
 
 私は幽々子の親友であるが、私が側にいてもどうすることもできないかもしれない。
 でも……

100名無しさん:2010/02/11(木) 02:20:37 ID:l6I9Wv0g
 二兎追う者は一兎得ず。
 
 すでに失敗ばかりの私が同時に処理をこなす事は限りなく無理に近い。
 
 死ぬのはもう嫌だ。失敗するのも嫌だ。
 


 唇から血がにじむ、悔しい。自分がこんなにもできない事が悔しい。
 
 幽々子…死なないで。お願い。そしてどうか間に合って。
 
 
 
 
 
 私がゲームを壊すまで……
 
 
 
 
 
【F-5 魔法の森 一日目・午後】
 
【八雲紫】
[状態]正常
[装備]クナイ(8本)
[道具]支給品一式×2、酒29本、不明アイテム(0〜2)武器は無かったと思われる
    空き瓶1本、信管、月面探査車、八意永琳のレポート、救急箱
    色々な煙草(12箱)、ライター、栞付き日記、バードショット
[思考・状況]基本方針:主催者をスキマ送りにする。
 1.藍と霖之助の死がショック
 2.八意永琳との接触
 3.ゲームの破壊
 4.幽々子の捜索
 5.自分は大妖怪であり続けなければならないと感じていることに疑問
[備考]主催者に何かを感じているようです
    ゲーム破壊の手を考えついています


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