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Fate/Over The Horizon Part3

1 : ◆0pIloi6gg. :2021/08/08(日) 16:37:27 g/.fGaRY0
.


 溺れてく其の手に、そっと口吻をした
 薄笑いの獣たち、その心晴れるまで


wiki:ttps://w.atwiki.jp/hshorizonl/


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2 : ◆0pIloi6gg. :2021/08/08(日) 16:38:05 g/.fGaRY0
聖杯戦争のルール

【舞台・設定】
・数多の並行世界の因果が収束して発生した多世界宇宙現象、『界聖杯(ユグドラシル)』が本企画における聖杯となります。
・マスターたちは各世界から界聖杯内界に装填され、令呪とサーヴァント、そして聖杯戦争及び界聖杯に関する知識を与えられます。

・黒幕や界聖杯を作った人物などは存在しません。

・界聖杯内界は、東京二十三区を模倣する形で創造された世界です。
 舞台の外に世界は存在しませんし、外に出ることもできません。
・界聖杯内界の住人は、マスターたちの住んでいた世界の人間を模している場合もありますが、異能の力などについては一切持っておらず、"可能性の器"にはなれません。
 サーヴァントを失ってもマスターは消滅しません。

・聖杯戦争終了後、界聖杯内界は消滅します。
・それに伴い、願いを叶えられなかったマスターも全員消滅します。


書き手向けルール

【基本】
・予約はトリップを付けてこのスレッドで行ってください。
 期限は七日間までとしますが、申請を行うことでもう七日間延長することが出来ます。
 延長期間を含めて、最大二週間までの予約が可能になります。
・過度な性的描写については、当企画では原則禁止とさせていただきます。
・マップはwikiに載せておきましたので、ご確認ください。

【時間表記】
未明(0〜4時)/早朝(4〜8時)/午前(8〜12時)/午後(12〜16時)/夕方(16〜20時)/夜間(20〜24時)
とします。本編開始時の時間帯は「午前10時」となります。

【状態表】
以下のものを使用してください。

【エリア名・施設名/○日目・時間帯】

【名前@作品名】
[状態]:
[令呪]:残り◯画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:
1:
2:
[備考]

【クラス(真名)@作品名】
[状態]:
[令呪]:残り◯画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:
1:
2:
[備考]


3 : ◆0pIloi6gg. :2021/08/08(日) 16:38:24 g/.fGaRY0
それでは、引き続き当企画をよろしくお願いいたします。


4 : ◆.OuhWp0KOo :2021/08/09(月) 02:16:47 tFEmgo1A0
>>1
新スレ立てお疲れさまです。
七草にちか(弓)&アーチャー(メロウリンク・アリティ)
投下開始します。


5 : 近似値 ◆.OuhWp0KOo :2021/08/09(月) 02:17:30 tFEmgo1A0
全てを不運によって奪われ、物語(シナリオ)から追放された七草にちか。
もはや名前と令呪とサーヴァントを持っているだけの、平凡なモブ女子高生である彼女。
しかし、そのどこまでも平凡な頭脳で、界聖杯に何を望むべきか。
――考えが、ない訳ではなかった。

急死したお姉ちゃんを生き返すべきか、お母さんを生き返すのか、それともお父さんなのか。
界聖杯は、いくつまで願いを叶えることができるのか。
特に指定がなければ一つしかない、というのがこの手のお約束だ。
『家族を全員健康な状態で生き返らせる』という願いが一つに数えられるのなら良いのだけれど。

どこかの龍の神様みたいに、一つの願いでどこまでできるか交渉できればいいのに。
残念ながら、こちらは界聖杯と交渉する手段を持たない。
コミュニケーションといえば、ついさっきの一方的な後出しの最後通告だけだ。

たぶん、『誰かを生き返らせる』という願いが叶ったとして、それは一人だけだ。
『家族全員』という願いは、聞いてくれないと考えるべき。
――だとすれば、誰を生き返らせるべきか。
お姉ちゃんか、お母さんか、お父さんか。平凡なにちかに、選べるはずもない。
誰かを選んだら、誰かを『選ばなかった』後悔に、一生苦しみ続けることになるに違いない。
それくらいは、平凡な頭脳のにちかにも想像がついた。


では、にちか自身の人生をやり直すのはどうだろう、とも考えた。
例えば、『お姉ちゃんとお母さんの死の直前』あるいは『お父さんの死の直前』から。
しかし、お姉ちゃんの作業中の凍死を防いだとして、その後に待つのはお母さんの入院費を稼ぐため、
火の車の家計を何とか回す日々が戻ってくるだけだ。
いずれどこかでお姉ちゃんは倒れてしまうし、そうなればお母さんも助からない。

――そこをどうにかするために私はアイドルに賭けたが、
それだけは絶対に叶わないと、既に理解(ワカ)らせられてしまっていた。

『お父さんの死の直前』まで時間を戻す、これも論外。
今でさえどうしようもなく無力なのに、物心つくかつかないかの時期の私は、もっと無力だ。
きっと、あの頃の私にお父さんを救うことはできたはずもない。


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6 : 近似値 ◆.OuhWp0KOo :2021/08/09(月) 02:18:04 tFEmgo1A0
家族のことはきっぱり諦めて、自分の希望を選ぶとすれば。
例えば『七草にちかがトップアイドルになる』、とか。
だけど、私がトップアイドルになるには何が足りないのだろう。
声質や音感なのか、踊りを覚えるための運動神経やリズム感なのか、それとも顔やスタイルがどうやってもどうにもならないのか。
全部トップアイドルを目指しうるものに取り替えたとして、
私は――元の私と違うという違和感に耐えられる自信がない。

逆に、『元の私のままでトップアイドルになれる』としたら。
それは多分、人々を洗脳することと変わらない。
自分自身の平凡さを骨の髄まで理解させられている私が、
トップアイドルとしてちやほやされるという状況の違和感に、
私はやっぱり耐えられる自信がない。
そしてやっぱり、家族を選ばずにトップアイドルになっても、平凡な私はずっとずっと後悔に苦しむだろう。

七草にちかは、界聖杯一つでの埋め合わせが利かないくらいに、多くのモノを喪失しすぎていたし、
持っている可能性はあまりに少なすぎた。

だから、息を潜めて戦争が終わるまでやり過ごし、どうにかして生き残るという方針しか採れなかった。

――そこへ来て、

 ――――『全ての可能性喪失者は、界聖杯の崩壊と共に消滅する』

この言葉とは、なんとも皮肉が利きすぎていた。


7 : 近似値 ◆.OuhWp0KOo :2021/08/09(月) 02:18:24 tFEmgo1A0
 ◆   ◆


液晶の中で踊る、いびつなアイドルユニットのパフォーマンスに嫌気が差した七草にちかは
ベッドから身を起こしたままリモコンに手を掛けた。


【――小平市、陸上自衛隊小平駐屯地の出入口付近で、一人の女性の遺体が発見されました】


地上波では、東京23区内とは全く関係のない所のニュースが流れている。
……どうせ私たち参加者は東京23区内から出られず、その外側の情報なんて無意味なはずなのに、
テレビ局の人たちもご苦労さまなことだ。


「アーチャーさん、お昼、何にしますか?」

「何でもいい」

「その答えが一番困るんですけどねー」


霊体化を解いたメロウの答えに毒づくと、にちかはのろのろとベッドを這い出して顔を洗い、
パジャマの上にエプロンを着て、冷蔵庫を漁った。


「焼きそばで良いですよねー」


ガスの火に掛けて熱したフライパンに、特価品の豚バラ肉を落とした。
大部分が脂身の安物だが、おかげで油を引く必要はない。
そして何より、安くて量が多い。庶民の味方だ。
じゅうじゅうと加熱された脂身が、起き抜けの空きっ腹に響くいい香りを放ち始めた。
豚肉がカリカリに焦げてきたところで、一旦皿に移す。
野菜は、今回はカット済みのものをそのまま投入。火が通るまで炒める。


【女性の身元は、所持している運転免許証・学生証などからT京大学3年生の■■■さんと推定されています】


8 : 近似値 ◆.OuhWp0KOo :2021/08/09(月) 02:18:52 tFEmgo1A0
この造られた東京に呼ばれてすぐの頃、にちかは部屋から出ることもなく、
ほどんどベッドから抜け出すこともなく、ふさぎ込んでいた。

メロウにとっては夢の中を通じて知った記憶だが、肉親を一度に二人も急に喪えば、
平凡な女子高生はそうなって無理もない。――自分だって、ほとんど似たようなものだったから。

メロウは、ただ呆然とベッドで寝込むか座り込むかしているにちかに食事を与えたり、
(聖杯から与えられた知識で)衣服を洗濯したり、戦争というよりは介護をしているという有様だった。
そんな日々が一週間ほど続いて、にちかはただ一言、


「……飽きた」


と言った。

何にだ、とメロウは聞くと、にちかは


「ごはんに決まってますよ! アーチャー! なんでカロリーメイトしか持ってこないんですか!」


と、堰を切ったように怒り出したのだった。
肉親の顔も知らず、物心付いた頃から戦場にいたメロウは軍用レーション以外の食事をほとんど摂ったことがなかったし、
それで食事は十分だという認識があった。
だから必要な栄養さえ摂れれば良いと、もっぱら彼の知る軍用レーションに近い、
カロリーメイトばかり調達してきていたのだ。
つまりは、現代の日本人は同じものばかり食べると飽きる、ということが常識になかったのだ。

怒りのままにアパートを飛び出したにちかは、すぐに息を切らせて戻ってきた。(流石にマスクは付けた)
両手に食材がパンパンに詰まったビニール袋をぶら下げて――。


9 : 近似値 ◆.OuhWp0KOo :2021/08/09(月) 02:19:20 tFEmgo1A0

【■■さんの遺体の傍には違法な改造のなされた散弾銃があったほか、近くに停車されていた乗用車の中には
 大量の自家製爆弾や銃弾、毒物と思しき液体の入ったペットボトルも発見されており――】


野菜に火が通ってきたところで、マルちゃんの袋麺3人前を全部投入。
最近は塩味、お好み焼き風など、色々な味が出てきているが、やっぱりソース味が一番落ち着く。

……こうしてアーチャーさん――メロウの分まで食事を作っているのは乏しい自分の魔力を少しでも補うためであり、
彼の生前の食生活があまりにも貧しかったのとは関係ない――と思うようにしている。
平凡な人間の私に、誰かを思いやって何かを与える余裕なんてないのだから。

麺がほぐれ、粉ソースとバラ肉を投入して味が馴染んだら完成。
普通の焼きそばだ。ただしちょっと肉多めの。


「アーチャーさん、できましたよー」

「すまないな」

「良いんですって。どうせ作る手間は一人でも二人でもいっしょですし」


というのは建前で、一人で自炊して食事しようとしたら
アーチャーさんの視線を霊体化した空間からずっと感じていたから、というのが、本音である。
歴戦の兵士にして戦災孤児でもある少年の羨望の視線が、虚空から突き刺さる。
平凡な人間には、とうてい耐えられるものではなかった。


【――また、傷口が炭化するほどの高熱で焼かれている、
 下半身だけの状態で何メートルも這って移動した形跡がある、など、遺体の状態にも不可解な点が多く――】


「……うえ。チャンネル変えてくれます?」


モザイク付きとはいえ、ランチタイムにはあまりに不適切な画面がそこにはあった。
都市伝説に伝わる、下半身を失って両腕で走る妖怪、テケテケだ。


10 : 近似値 ◆.OuhWp0KOo :2021/08/09(月) 02:19:45 tFEmgo1A0
 ◆   ◆


チャンネルを変えた先に待ち構えていたのは、またアイドル。
いくらなんでも過当競争ってやつではないだろうか。
さっきのモザイク画像よりはマシなので、渋々だけどこのままにする。


「できましたよ、アーチャーさん」

「……いつもすまないな」

「紅ショウガはお好みで使ってくださいね。あと麦茶も冷蔵庫から出してきますね」


二皿の焼きそばがローテーブルに並び、部屋が焦げたソースと豚バラの香ばしい匂いで満たされた。
アーチャーさんの方は少し多めに盛り付けてある。
彼は、その体格相応に、そしてその年頃の少年相応によく食べる。
こうして私の作った料理を何でも美味しそうに食べるのを見るのは――正直、悪い気はしない、と感じていた。


【♪ マージナル・マン 待ち受けて ふたりで乗り越えたい】


こちらのチャンネルで放送されているのは、283プロのアイドルの特集らしい。
液晶の中を踊るのは、双子の姉妹とお母――いや、お姉さん役の3人の、ファンシーな雰囲気が特徴的なユニット。
一人一人の技量はさっきの星野アイに及ばないかもしれないが、
ユニットとしての完成度はこちらの方が断然上だ。安心して見ていられる。
この3人をユニットとしてプロデュースしているのも、あの人なのだろう。

それにしても、亡くしたお姉ちゃんと特に親しかったらしいあのお姉さんのアイドルが、
今やその悲しみなどまるで最初から存在しなかったかのように歌と踊りを披露している。
流石、プロは違う。――単に録り貯めたものかもしれないけど。

アーチャーさんも、焼きそばを豪快にすすりながらも興味深そうに画面を見ている。
彼のいた世界は、こちらとは比べ物にならないほどテクノロジーが発達していた。
一方で100年続いたという戦争で文化は荒廃しきっており、
女性がステージに立って行う出し物といえば良く言えば即物的、悪く言えば下品なものがほとんどだった。


【♪ プリマファキエ 満たしたあとで 生まれる 何気ないこと 大切にするココロ】


11 : 近似値 ◆.OuhWp0KOo :2021/08/09(月) 02:20:37 tFEmgo1A0

「……それにしてもアーチャーさんって、わっかりやすいですよねー」

「何の話だ?」


【♪ ねえ教えて いつの日か きっと 永遠を 誓い合えるかな】


「おハシが止まってますよ……あのお姉さんが画面に出てる時だけ」


図星の急所つつかれて、むせる。
何度も食卓を囲んでテレビを見てきたのだ、流石にわかる。
アーチャーさんの暮らした世界を思えば、彼の好みも『即物的』になるのは仕方ないことかも知れない。
ちなみに小学生にしては大きい子がセンターやってるあのユニットの、
リーダー役のお姉さんでも、同じような反応が見られますよー。


「……ルルシーさんに言いつけてやろっかなー」


麦茶のコップを口に付けたアーチャーさんに、追撃。
……これ以上はやめとこう。テーブルの後始末が大変になる。


【♪ 嫌な過去と 満ちた未来 やり直して くり返して】


――ルルシー・ラモン。
アーチャーさん――『機甲猟兵 メロウリンク』の物語を語る上で欠かせない人物だ。


12 : 近似値 ◆.OuhWp0KOo :2021/08/09(月) 02:21:02 tFEmgo1A0
 ◆   ◆


『機甲猟兵 メロウリンク』。
この東京に呼び出されてきた私が、幾度となく繰り返し夢に見続けてきた物語。
絶望の塹壕戦。出来レースの軍事裁判。苦難に満ちた旅路。
死にもの狂い、血と油と泥にまみれた復讐劇。明かされる野心・陰謀。翻弄され、あぶれでた雑魚。
"近似値"でもなければ生き延びることができなかっただろう、ほとんど悪夢と表現してよいその物語。

最後の仇敵である情報将校は、尊敬していた小隊長さえ、勲章に釣られてメロウを裏切っていたと明かす。
復讐などチャチで鼻持ちならん自己満足だと、雑魚は雑魚らしくもっと上手くやるんだったなと、酷薄に嗤う。
それでもメロウはその自己満足にとことん賭けてやると吠え――最後の復讐を果たした。


「お前なら――戦争という巨大な流れから、はみ出て生きていけるかも知れん」

「ああ、とことん生き延びてやるさ」

「雑魚にしか見つけられないものを探すのも良いかもな――俺には、マネできねえが」


仇敵からの祝福ともいえるやり取りを最後に、背負っていた巨大なライフルを捨て、
メロウと同じく陰謀の犠牲者であり、そして復讐の協力者でもあり――
――いつしか愛情で結ばれていたパートナーとなっていたルルシー・ラモンという女性の元へ帰ることで物語は幕を閉じる。


その後、メロウとルルシーがどう暮らしたか。
アーチャーさん本人に、その記憶はないという。
アーチャーは『機甲猟兵 メロウリンク』であり、メロウリンク・アリティその人ではないから、当然といえば当然である。

だけど――きっと二人は、あの世界で再び燃え上がったった戦火を逃れて、
とことん生き延びたと、幸福に暮らしたと、信じたい。

彼らの幸福を祈るほど良い子ちゃんぶる訳ではないが、あの後ほどなく爆撃に巻き込まれて
二人仲良く木っ端微塵になりました、と明かされたなら「金返せー!」と叫びたくなるからだ。
盗られたのはお金ではなく良質な睡眠だけど。

――だから、結局の所――この物語は、希望の物語なのだ。
全てを失おうとも、無為な復讐を果たそうとも、とことん生き抜いて、
自分の信じるモノのために闘うことで生を掴み取る、希望の物語。

メロウリンク・アリティは、全てを失った私に、それでもとことん生き抜いて見せろと、やってきてくれた英霊なのだ。


【♪ 例えば翼失っても キミのもとへ そっと 舞い降りるから】


13 : 近似値 ◆.OuhWp0KOo :2021/08/09(月) 02:21:22 tFEmgo1A0

アーチャーは決して強力な英霊ではない。
夢の中での大立ち回りはまるでアクション映画のヒーローのようで、人間の限界に挑むようなものばかりだった。
それでも能力値はたかだか平均値止まり。
彼を超える力を持つ英霊はゴロゴロいて、そいつらはみんな人の限界を突破した超人だということだ。
事実SNSには英霊同士の戦闘の跡と思しき写真がたびたびアップされており、
どう考えても人間の力では不可能な破壊の跡もあった。

人間の範疇の強さでしかない彼だったが、物語の中で何度も鉄の巨人と闘い、銃撃の雨に晒された。
だけど、驚異的なしぶとさを発揮する"近似値"だったから生き残ったのだろう――とアーチャーに尋ねたことがある。
彼は、自分が何かの"近似値"である心当たりはない、と言った。

近似値とは――数学とか物理の授業で聞いた気がする。
辞書で調べると『真の値に近い値』だとか、そういった意味らしい。

"真の値"が他にいるということなのだろうか。
"近似値"ではそいつに勝てないということなのだろうか。
このメロウリンクは、他の誰かの近似値に過ぎない、ということなのだろうか。
それともこのアーチャー・メロウリンクは、メロウリンクのそっくりさんを
界聖杯が間違えて連れてきて私にあてがってきた、ということなのだろうか。いやいやまさか、そんな馬鹿なことが。
わたしにあてがう英霊は、"近似値"で十分だってことなのか。
むかついてきた私は、そこで考えるのをやめた。


14 : 近似値 ◆.OuhWp0KOo :2021/08/09(月) 02:21:43 tFEmgo1A0

 ◆   ◆

【♪ マージナル・マン 待ちうけて ふたりで乗り越えたい 例えば二度と飛べなくても】


それにしてもこうして家で誰かと食卓を囲むのは、ひどく久しぶりのことに思えた。
お姉ちゃんは毎日遅くまで働いていたし、お母さんは入院中だったから。
学校で、友達と……とはまた違う楽しさが――安らぎがある。


【♪ キミのために ずっと 笑っていよう 笑っていよう――】


不意に、甘く悲しい感情に襲われた。

だらだらとテレビを見ながら、家族と食卓を囲んでご飯を食べる。
――お姉ちゃんは、こういう日常が戻って来るのを信じて必死に闘っていたのだろうか。
病と闘った末にそのまま家に帰ることのなくなったお母さん、
そして、私の物心つく前にいなくなってしまったお父さんも、法律の世界で闘っていたという。
皮肉なことに、闘うことさえできなかった私だけが、かりそめとはいえ、その日常を掴んでいた。

――そうか。もう、私はアイドルとして闘う必要はないんだ。
アイドルになってたっぷり稼いで、お姉ちゃんとお母さんに楽させてあげたい……と思っていたけれど。
アイドルになりたいという憧れが、今もなくなったわけではない。
だけど、アイドルになるという願いは、もうコナゴナに打ち砕かれてしまったのだ。
283プロを急成長させた、あの敏腕プロデューサーにさえ才能がないと言われてしまったから。

――普通に働いて、いずれ気の合うパートナーを見つけて、そして――。
今の時代、それも決して楽じゃない闘いだけれど。

――ふっと、肩の荷が降りた気がした。

あの頃のように、アイドルのパフォーマンスを素直に楽しめるような気がした。
283プロ特集、番組表を見ると、次はアンティーカだっただろうか――。


15 : 近似値 ◆.OuhWp0KOo :2021/08/09(月) 02:22:12 tFEmgo1A0
 ◆   ◆

しかし、スピーカーから聞こえたてきたのは、聞き慣れないヒップホップ調のイントロ。
番組内容が急きょ変更されたらしい。つい先日にアンティーカのメンバーの失踪事件のニュースがあった。
無理もない。白瀬咲耶さん、だったっけ。
お姉ちゃんとお母さんのお葬式にも参列してくれていた。
モデル出身で背が高くてダンスのキレがすごくて、王子様みたいな人。
まさか、とは思うけど、この戦争に――。

懸念を巡らせるにちかをよそに、
テレビには新人アイドルの登竜門である、WING準決勝の録画が放送されている。
紹介されたユニット名は、SHHis[シーズ]。
283プロの送り出す、7つ目のユニット、らしい。


【Yeeeeeeeeeah!】

「「?!」」


私たちは一斉に凍りついた。

画面の中に、私がいた。"七草にちか"が。

"七草にちか"が歌っていた。
"七草にちか"が踊っていた。
"七草にちか"がポーズを決めていた。

アレは、誰だ。

"七草にちか"だった。どう見ても。
髪をエクステで伸ばし、メイクをばっちり決めていたが、液晶に映るそれは、見間違えようがないほど"七草にちか"だった。
"七草にちか"が、新人アイドルの登竜門であるオーディション――戦場の只中にいた。

アーチャーさんは箸を止め、画面に釘付けになっていた。
私は割り箸をへし折ってしまったことにも気づかず、液晶テレビに掴みかかるように見入っていた。

"七草にちか"が出したこともない高いキーでサビを歌い上げていた。
"七草にちか"の脚は肌色のストッキングをはいており、足首や膝にはうっすらとテーピングの跡が見えた。
"七草にちか"の目はよく見ると充血していた。緊張で眠れなかったのか、あるいは寝る間も惜しんでレッスンに励んでいたのか。
"七草にちか"が、闘っている。
このステージに立つまでにもきっと――きっと、薄氷を渡るような闘いを乗り越えてきた、"七草にちか"が。

"七草にちか"と一緒に画面に映るのはユニットの相方だ。
技術ではトップクラスと評されながら、長らく不遇のキャリアを過ごしてきた、知る人ぞ知るベテランだ。
CGモデルを取り込んだかのように正確で鋭いダンスを披露するその相方に――"七草にちか"が、付いてくることができている。
"七草にちか"が。"七草にちか"ごときが。
あのプロデューサーに才能を見いだされなかったはずの――"七草にちか"が。


16 : 近似値 ◆.OuhWp0KOo :2021/08/09(月) 02:22:32 tFEmgo1A0

私の胸の中で、赤黒い情動が渦を巻いていくのを感じた。
恥ずかしくて、妬ましくて、気持ち悪くて、憎たらしくて――そのどれもが一緒になったものに。
こんな私は見たくなかった。だけど、目を離さずにはいられなかった。
ステージの上で必死に闘う"自分"を、自分の写し身を見つけたなら――。
普通は、『勝ってくれ』と祈るのだ――ましてやそれが"平凡"と自覚されられた自分が届くはずのない場所にいたとしたら――。


――パフォーマンスが終わった。あいさつを済ませた"七草にちか"が、
やっとの思いといった風にステージを降りてゆく。
テロップにオーディションの結果が表示されている。
準決勝の順位は2位――惜しくも決勝進出は逃しましたが、SHHisの今後の活躍にご期待ください、と。


「マスター、今のは――」

「わかんないです。だけど、間違いなく……あれは"七草にちか"ですよ。
 それだけは、間違いない」


テロップで名前がはっきりと紹介されていた。
だけど、それだけなら同姓同名のそっくりさんという可能性は、まだ否定できない。

一番の決め手は――パフォーマンス中に時折見せた、ダンスステップのアレンジ。
かつてごく短い期間だけ活動し、人気絶頂の折に引退したアイドル、八雲なみのもの。
にちかの世代で知る者は少ない、忘れ去られつつある伝説のアイドル。
彼女と顔も体型もまるきり違う"七草にちか"がステージの上でそれをマネてみても、酷く不自然で不格好なだけだった。
アレさえなければ、"七草にちか"は確実に勝っていたと断言できるほどの、最悪のノイズだった。

アイドルの道を諦めることを、ようやく受け入れつつあったからこそ見出すことができた、皮肉な真実だった。


17 : 近似値 ◆.OuhWp0KOo :2021/08/09(月) 02:23:00 tFEmgo1A0
 ◆   ◆


「……ねえ、アーチャーさん」

「わかっている。"七草にちか"に会いに行くんだな?」


手早く身支度を整えたにちかは、鏡を見ながら風邪用の不織布マスクを身に着けた。
顔の下半分をすっぽり覆って、ようやく顔面に張り付いた令呪を隠すことができる。
窓の外から聞こえるのは蝉しぐれ。今日の最高気温は何度だっただろうか。
エアコンの利いた部屋からこのマスクを付けて出るのは気が滅入る。
このあほみたいに暑い中マスク付けて出歩くなど、頭おかしいとさえ思う。
ああ、あと、ついでに聖杯戦争中だ。

それでも、あの"七草にちか"が誰だったか、確かめないわけにはいかなかった。
単なるNPCかも知れないが、それなら彼女が元の世界の役目である、
姉と母を急に喪っただけの平凡な女子高生という役目[ロール]とは噛み合わない。

――そもそも、お母さんはともかく、お姉ちゃんは冬の倉庫で凍死したのだ。
夏の倉庫で凍死なんてありえない。――死因が熱中症にすり替わっているだけかもしれないけど。

もし、万が一あの"七草にちか"が聖杯戦争の参加者だとして――やっぱり同じだ。
新人アイドルという役目を与えられているのは、私(七草にちか)にとってありえないことだ。

283プロで今も辣腕を振るっているであろう、プロデューサーはどうしているのだろうか。
何を思って、"七草にちか"をプロデュースする気になったのか。
彼は恐らくNPCだろうが、聞いてみたかった。
アイドルを目指すことへの未練が、また生まれてしまうかもしれないけれど。


「やっぱり、283プロを直接訪ねるのが一番早いと思うんです」

「……危険だぞ。そこに所属する白瀬さんって人が失踪したんだろう。
 聖杯戦争のマスターが283プロの中にいて、交戦することになるかもしれない」

「危険だからこそ、行かなきゃって思いませんか?
 283プロの人たちって、みんな本当にいい人ばっかりなんです。
 私のお姉ちゃんやお母さんが死んじゃったこと、赤の他人の私でもわかるくらい本気で悲しんでくれるくらいには。
 仮に283プロの中にマスターがいたとしても、いきなり向こうから襲ってくるとは思いません。
 もしかしたら白瀬さんがマスターで、他の聖杯を狙うマスターたちに襲われてしまったのかも」

「……だから、彼女らに力を貸してあげたいと?」

「そこまでの力があるとは考えてません。ただ――283プロが丸ごと襲われて誰もいなくなってしまう前に、
 あの"七草にちか"の足取りくらいは掴んでおきたいんです。
 これは単なる自己満足に過ぎませんし、私みたいな雑魚は雑魚らしく、
 最後まで隠れ潜んでいるべきなのかも知れませんけど――それでも」


18 : 近似値 ◆.OuhWp0KOo :2021/08/09(月) 02:23:38 tFEmgo1A0

あの"七草にちか"が闘い、敗北したあの放送で私が感じたのは、悔しさと、安堵だった。
所詮"七草にちか"ごときがWINGの優勝なんて不可能だと理解した、安堵だった。
そしてあんなに必死になって闘って、敗北した自分を見たことに安堵した卑屈な自分が、たまらなく嫌になった。

敗因が、自分自身を信じられないがゆえの人真似だと理解できてしまうのが、情けなかった。
だから、私はあの"七草にちか"にたどり着いたらこんな風に言ってやるのだ。

『八雲なみを汚すな。私を信じろ。それがどれだけ心細いことでも、それでも私には、私しかいないんだ』

――と。


アーチャーの大きな手が、私の頭を優しく触れた。
彼も『身支度』を済ませていたようで、身の丈以上の巨大な対ATライフルに、圧力鍋で造った自家製爆弾、
火炎瓶、ワイヤー、スモーク花火などが満載された大きなバッグを担いでいた。


「わかった。俺は、君を守るために最善を尽くす。
 それと、念のために聞くが、やはり界聖杯はいらないんだな?」

「ええ、要りませんよ。平凡な私には、きっと使いこなせない代物です。
 今はただ――生き抜くことを考えます。アーチャーさんみたいに」

「だったら、283プロに向かう前に合流したい相手がいる」

「誰ですか?」

「『アサシン』のサーヴァントだ。数日前の警戒中に接触した。
 そのマスターは君と同じく、聖杯を望まず、ただ聖杯戦争からの生還を望んでいる。
 君の方針が固まりきっていなかったから保留としていたが――。
 これから合流し、聖杯戦争脱出のための同盟を組みたいと考えている」


19 : 近似値 ◆.OuhWp0KOo :2021/08/09(月) 02:24:01 tFEmgo1A0

【世田谷区 アパート/一日目・午後】

【七草にちか(弓)@アイドルマスター シャイニーカラーズ】
[状態]:健康、満腹
[令呪]:残り三画(顔の下半分)
[装備]:不織布マスク
[道具]:予備のマスク
[所持金]:数万円(生活保護を受給)
[思考・状況]
基本方針:生き残る。界聖杯はいらない。
1:アーチャーから話に聞いたアサシンのサーヴァントに会いに行く。
2:WING準決勝までを闘った"七草にちか"に会いに行く。283プロに行けば、足取りがつかめるかも。
[備考]※七草にちか(騎)のWING準決勝敗退時のオーディションの録画放送を見ました。


【アーチャー(メロウリンク・アリティ)@機甲猟兵メロウリンク】
[状態]:健康、満腹
[装備]:対ATライフル(パイルバンカーカスタム)、照準スコープなど周辺装備
[道具]:圧力鍋爆弾(数個)、火炎瓶(数個)、ワイヤー、スモーク花火、工具
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:マスターの意志を尊重しつつ、生き残らせる。
1:アサシンのサーヴァント(ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ)に会いに行く。
2:マスターに従い283プロに向かうが、最大限の注意を払う。
3:武装が心もとない。手榴弾や対AT地雷が欲しい。
[備考]
※圧力鍋爆弾、火炎瓶などは現地のホームセンターなどで入手できる材料を使用したものですが、
 アーチャーのスキル『機甲猟兵』により、サーヴァントにも普通の人間と同様に通用します。
 また、アーチャーが持ち運ぶことができる分量に限り、霊体化で隠すことができます。
※アサシン(ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ)と本戦開始数日前以内に接触しています。


20 : ◆.OuhWp0KOo :2021/08/09(月) 02:24:29 tFEmgo1A0
以上で投下を終了します。


21 : ◆Sm7EAPLvFw :2021/08/09(月) 10:02:13 nHzQNNGk0
この度は新スレのスレ立て、および投下された方々お疲れ様です

>不治の病
またグラチルが暴れまわっている……と暗澹としていたらさらにそれを逆手にとって
「強化薬物の自家生産」という選択肢にたどり着いてしまうシュヴィの選択肢に慄かされました
さらにその選択肢を考慮にいれてしまう追い詰められた覚悟と、
己の能力がそのように利用されることを予想していないサーヴァントの幼さや関係の危うさ
それらが端的に描写されており、今後が気になる1話目としてのこの二人がくっきりと描かれていたように思います

>近似値
弓にちかが騎にちかの存在を意識して動き始めた……!
行先が283プロという火薬庫なのも今後の展開を変える契機にはなりそうですが、
その根底にある『もう一人の自分を知りたい』という感情が、決して後ろ暗い嫉妬だけでなく、
にちか自身の再起を図ろうとするたくましさに起因していることがいじらしい…
メロウリンクとの食事シーンも、不器用ながらに「疑似家族」を形成していることがくみ取れて微笑ましかったです

そして自分も、この勢いに乗って予約に便乗させていただきます

七草にちか(弓)&アーチャー(メロウリンク・アリティ)
田中摩美々&アサシン(ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ)
シャニP

以上の面子を予約させていただきます
延長するかどうかはまだ未定ですが、今回は延長申請を視野にいれています


22 : ◆A3H952TnBk :2021/08/09(月) 17:58:38 pQCC5Azg0
投下乙です。
にちかとメロウリンクの日常風景、夏の気だるさのような空気感があっていいなぁ……
カロリーメイトに痺れを切らして焼きそば作っちゃうにちかやガッツリ飯食ってテレビのアイドルに目を奪われるメロウリンクに愛嬌を感じてしまう
すべての可能性をハナから奪われているが故に“にちか”の可能性を敏感に察知して、その背中を押そうとするにちかも切ない……

そんなこんなで
松坂さとう&キャスター(童磨)
飛騨しょうこ&アーチャー(ガンヴォルト(オルタ))
予約します


23 : ◆0pIloi6gg. :2021/08/09(月) 23:08:42 YZVSirAM0
投下お疲れ様です!
感想ですがすみません、明日には必ず投稿させていただきますね……!

自分も予約分を投下します。


24 : かごめかごめ ◆0pIloi6gg. :2021/08/09(月) 23:09:59 YZVSirAM0

 アイさんとの対談は、特にトラブルもなく終わりました。
 ……と言っても、インタビュアーさんの前で二人でおしゃべりしたり質問に答えるだけなので、トラブルが起こる要素はあんまりないんですけど。

「お疲れ様、真乃ちゃん」
「アイさんこそお疲れ様です、今日はありがとうございました!
 アイさんが上手くお話を広げてくれたおかげでとっても助かりましたっ」
「私の方もすごくやりやすかったよ。真乃ちゃんは、なんていうかな……
 すごく"アイドル向き"の女の子だね。うちの事務所の子達よりずっとポテンシャルあると思う」
「そ、そんな……とんでもないですよ! 全然まだまだ、です!!」

 アイドルをしていると、こういうお仕事をもらう機会は結構多いです。
 一人でインタビューを受けることもあれば、今回みたいに他のアイドルと一緒に対談形式で臨むことも。
 けれどアイさんと一緒に取り組んだ今回のそれはお世辞でも何でもなくとってもやりやすくて、すごく楽しくお話出来た気がします。
 やっぱりすごい人なんだなあ、と。人としてもアイドルとしても先輩なアイさんのことを、改めて尊敬しちゃいました。

 そんなアイさんに褒められるとすごく嬉しくて、でも少しこそばゆくて。
 口では謙遜しちゃいましたけど、それでもほっぺたが自然と緩みます。
 明日はこの人と一緒のステージで歌って踊るんだと思うとわくわくします――同じアイドルとして燃えちゃってるのかな、私。

「それじゃ、まずはお互い一回楽屋に戻って……それからまた合流かな?
 さすがに一回、マネージャーなりプロデューサーなりに話通した方がいいよね」
「あ……そ、そうですね! そうしましょう、はい……!!」

 アイさんは何気なく口にしたのだろうその言葉に、私は一瞬だけ自分でも分かるくらいぎこちなくなってしまいました。
 プロデューサーさん。アイドルには誰しも居る、けれど私の後ろには今居ない大切なひと。
 私が助けられなかった、幸せに出来なかったあのひと。
 もしかしたら、私がこの世界に招かれた理由かもしれない――後悔。

 手を振って楽屋の方に向かっていくアイさんの背中を見送って、私はぐっと唇を噛みます。
 この世界に来て、此処にも283プロがあると知った時。私は、勝手にも期待してしまいました。
 此処にはきっと、元気なままのプロデューサーさんが居るんじゃないか、って。
 でもそんな私の浅はかで甘い考えは見事に外れて。私が意気揚々と飛び込んだ事務所には、プロデューサーさんの姿はありませんでした。
 その時感じたのは、この模倣世界での再会に期待した甘ったれな私の弱さを指摘されたみたいな感覚で。
 私を素敵な世界に案内してくれたあの人の面影を頭の中につい描いてしまった時――私は、ひかるちゃんの声を聞きました。

『…真乃さん、ごめんなさい。ちょっといいですか?』
『あ――うん、大丈夫だよ。もうお仕事は終わったから……何かあったの?』

 けれどその声は、いつも元気で明るい彼女らしくない浮かないものでした。

 私のサーヴァントであるこの子に、私はいつも元気付けられてきました。
 ひかるちゃんが居なかったら、ひょっとすると私はとっくに駄目になっていたかもしれません。
 だからこそ、そんなひかるちゃんが深刻そうな声色をしているという事実は私の心を不安に駆り立てます。
 恐る恐る尋ねてみると、ひかるちゃんは――意を決したみたいに私の目を見て言いました。


25 : かごめかごめ ◆0pIloi6gg. :2021/08/09(月) 23:10:51 YZVSirAM0

『この建物の中で……さっき、出会っちゃったんです。サーヴァントと』
『……え、っ』

 その言葉を聞いた瞬間、私の心臓がどくんと痛いくらい強く脈を打ちました。
 私達は今日の日を迎えるまで、一回も他の聖杯戦争参加者と戦ったことがありません。
 それどころか出会ったことがないので、私達はきっとすごく運が良かったんだと思います。
 だからこそ。ひかるちゃんが届けてくれたその報せは、私にとってとても衝撃的なものでした。

 ……本当は、誰かに聞かれるかもしれないことを考慮して念話で話すべき場面です。
 でもこの時私には、そこまで考えを巡らせられるだけの余裕がありませんでした。
 だからほぼほぼとっさの反応で、ひかるちゃんに問いかけていたんです。

『だ……大丈夫だった、ひかるちゃん……!?
 何か痛いこととか、酷いことされたりとか――――』
『あっ、それは大丈夫です! ごめんなさい、心配させちゃって……』

 しゅんとした様子で言うひかるちゃんを見て、私は一瞬安心してしまって。
 けどすぐに、安心してる場合じゃないんだと我に返りました。

『……黒い髪の男の人でした。今此処で戦う気はないって言ってて、特に揉め事になったりはせずに済んだんです』
『そっか……よかった。こんな場所で戦いなんてしたら、関係ない人達まで危ない目に遭っちゃうもんね』
『その人、"こんな所で戦ったらマスターにまで被害が及んじゃう"みたいなことも言ってて。
 もしかしたら――此処のスタッフさんとか、お仕事に来てるタレントさんとか。そういう人の中にマスターが居るのかも』

 ひかるちゃんのその言葉に、否応なく私が過ごしていた日常がとても脆くて薄いものだったのだと思い知らされます。
 だって私は今彼女の口から聞くまで、疑ったことすらなかったから。
 アイドルとしてのお仕事をしている時にも、すぐ近くに聖杯戦争の関係者が居たかもしれない、だなんて。
 
『あと、……これはもしかしたら、わたしのうっかりミスかもしれないんですけど。
 わたし――その人がサーヴァントだってこと、ぜんぜんピンと来なかったんです。
 戦わないことを確認し合って別れたその時までずっと、どうしてもサーヴァントだと思えなかった』
『え……? それって、サーヴァントじゃないかもしれない――ってこと?』
『サーヴァントなのは間違いないです! 霊体化して霧みたいに消えるのをしっかりこの目で見ましたから。
 でも……なんか、それっぽくなかったっていうか。何かのスキルだったのかな……』

 私の頭の中にも聖杯戦争についての知識はあります。
 界聖杯からもらった、本来私が持っていないはずの知識。それによると。
 サーヴァントは魔力というエネルギーで出来ているから、同じサーヴァント同士が出会えば相手が"そう"だってことはすぐに分かるそうです。
 なのにひかるちゃんは、あっちから自分がサーヴァントだってことを明かされるまでそのことに気付けなかったと言います。
 確かに――おかしな話でした。私がそこに居合わせていたら、ステータスが見えるからすぐに気付けていたのかもしれませんが……。

「(……どうしよう。アイさんとの約束――今からでも断った方がいいかな)」

 断るのは心苦しいけど、私と一緒に居たらアイさんのことまで危険に曝してしまうかもしれない。
 私は、それだけは嫌でした。この世界は聖杯戦争のために造られた世界、それは知ってます。
 でも此処に生きている人達にはちゃんと心があって、命があって。
 それならきっと、アイさんという素敵なアイドルのおかげで心を救われている人もたくさん居るはず。


26 : かごめかごめ ◆0pIloi6gg. :2021/08/09(月) 23:11:38 YZVSirAM0
◆◆


 着替えを終えて、収録場所になっていた放送局の裏側に回ると。
 そこには、お出かけ用の目立たない服装に着替えたアイさんの姿がありました。
 それでもオーラはばしばし出てて、ほわぁ……と思ってしまったけれど。
 二人で出かけることは出来なくなっちゃったことを伝えなければと思い、私は駆け出そうとして。

 そこで――

『……え!?』

 霊体化していたひかるちゃんの声が聞こえて、足が止まりました。
 どうしたの、と問いかけてみるとひかるちゃんは、『あの人……見えますか!?』とどこか焦った調子でそう言います。
 あの人。一瞬何のことか分からなかったけど、見るとアイさんの少し後ろには一台のワゴン車が停まっていて。
 その運転席側の扉に凭れかかるようにして立っている男の人が、一人見えました。

『あの人です! さっき、わたしが出会ったサーヴァント!!』
『っ……! それ、本当なの……!?』

 ひかるちゃんの言葉に、私は思わず息を呑みました。
 慌てて目を凝らしますが、しかし男の人にサーヴァントとしてのステータスは見えません。
 私の目からは、本当にただの人間にしか見えないのに。でもひかるちゃんは、あの人のことをサーヴァントだと言っていて。
 ……何が何だか分からない私に、アイさんは小首を傾げて聞いてきます。

「? 真乃ちゃん、どうかした?」
「あ、いえ……まさか運転手さんが居るなんて思わなくて。
 えっと――あの人はアイさんのマネージャーさん、とかですか?」
「うん、そんな感じ。結構カッコいいでしょ? 昔はたくさん遊んでたんだって」

 私の質問にアイさんは事も無げにそう返してきて。
 私は、ますますどうすればいいのか分からなくなってしまいました。


27 : かごめかごめ ◆0pIloi6gg. :2021/08/09(月) 23:12:20 YZVSirAM0

「(アイさんの、手……火傷しちゃったって、言ってたけど――)」

 視界に入った、アイさんの綺麗な手。そこに巻かれた包帯。片手だけの、包帯。
 アイさんの言葉を疑いたくなんてもちろんありません。
 でも。でもこの状況ではどうしても、"もしかして"と思ってしまう自分がいました。
 どうしよう。そう考えて固まる私に、「……どこか具合でも悪いの?」と心配そうな目を向けてくれるアイさん。
 その気遣うような表情は、とてもじゃないけど嘘を吐いてるようには見えなくて。
 だから私は、こう思いました。

 ――確かめなきゃ、と。

「……ううん、何でもありません! 今日も結構暑いですし、車でお出かけできるのはとっても助かります!」

 よろしくお願いします、運転手さん。
 そう言ってぺこりと頭を下げると、ひかるちゃんがサーヴァントだと言った男の人はにかっと笑って片手を挙げました。
 相変わらずステータスは見えなくて、私の目にはただの気さくでかっこいい運転手さんとしか映りません。
 そんな私にひかるちゃんは不安げな声で念話を飛ばします。

『大丈夫ですか、真乃さん……?』
『うん。危ないのは分かってるけど……確かめたくて。
 もしアイさんが私と同じマスターなんだったら、もしかしたら助け合えるかもしれないって思うんだ』

 危ないのは分かってる。
 分かってるけど、此処で逃げたらいけない気がしたんです。
 私だって聖杯戦争のマスター。決して、部外者ではないんですから。
 
『ごめんね。ひかるちゃんも危ない目に遭わせちゃうかもしれないけど――』
『謝ったりなんかしないでください、真乃さん。
 わたしは真乃さんのサーヴァントなんですから……真乃さんが危ない時は全力で助けます!』
『……ふふっ。ありがとう、ひかるちゃん』

 そんな会話を頭の中で交わしながら――私たち二人は、ワゴン車の後部座席に乗り込むのでした。


◆◆


 車の中での時間は、とても穏やかで"普通"なものでした。
 アイさんがお話を振ってくれて、私もそれに応じて。
 "運転手さん"は特に何を言うでもなく運転に徹してくれています。……少しスピードが速い気はしますけど。
 少なくとも、今のところは。ひかるちゃんが心配してくれたような危ないことになりそうな気配はありません。

「そういえばさ、ちょっと踏み込んだこと聞いてもいい?」
「? なんですか?」
「そっちの事務所、今結構大変なことになってるって聞いたんだよね。実際大丈夫そうなの?」


28 : かごめかごめ ◆0pIloi6gg. :2021/08/09(月) 23:13:58 YZVSirAM0
「あ……、そう、ですね。正直、ちょっとごたごたはしちゃってます。
 でも大丈夫ですよ! 絶対、かならず、また元の283プロに戻れるって信じてますから」

 一瞬、どう答えていいか迷ったけど。
 結局私は、そんな風に答えました。
 直接聞いたことはありませんが、多分そうなってしまったのはプロデューサーさんが居なくなってからなんだと思っています。
 それに、悪いことというのは重なるもので。
 今朝も私は……悲しいニュースを聞いていました。

「帰ってくるといいね。白瀬咲耶ちゃん」
「……はい。本当に、早く帰って来てほしいです」
 
 ――白瀬咲耶さん。
 私と同じ283プロ所属のアイドルで、"アンティーカ"のメンバー。
 咲耶さんが行方不明になっているというニュースを今朝見た時、私は思わず手に持っていたコップを取り落してしまいました。
 なんで。どうして。そんな感情と動揺は、けれど引きずったままにするわけにはいかなくて。
 せめてインタビューが終わるまでは元気な私で居ないとと思い、わざと考えないようにしてきました。
 咲耶さんはきっと大丈夫。すぐにひょっこり、いつも通りの表情(かお)で帰ってきてくれるはず。
 そう自分に言い聞かせて向かったお仕事で共演したアイさんに、その名前を出されて。
 封じ込めていたはずの不安と心配が、じんわり頭の奥底から溢れ出してくるのが分かります。

「ところでさ、真乃ちゃん。別に野次馬するわけじゃないんだけどさ。
 咲耶ちゃんのことで、一つだけ聞いてみてもいい?」
「もちろん大丈夫ですよ。私に答えられることなら、ですけど」
「ありがと。えーっとね……」

 この東京は、私の居た東京よりもずっと危ない場所です。
 私はまだ、実際にそういう状況に立たされたことはないですが。
 それでもその危険度は、頭の中に詰め込まれた聖杯戦争についての知識がしっかり教えてくれていました。
 咲耶さん、無事だといいな。またお話したり、共演したりしたいな――と。
 上の空でそんなことを考える私に、アイさんが投げかけた質問は。


「咲耶ちゃんってさ。手に包帯とか、してなかった?」


 こんな風に。
 そう言ってアイさんは、自分の右手を私に見せました。
 私は、自分の心臓がどくんと跳ねるのを感じます。
 どうしてそんなことを聞くんだろう。なんで、そんなことが気になるんだろう。
 そう考えている間にも、アイさんは。

「包帯じゃなくてもいいや。
 夏なのに長袖ばっかり着てるとか、日焼け防止のアームカバーをずっと付けてたとか」
「……、」
「今の真乃ちゃんみたいにさ」

 隣に座る私の方を、じっと見て。
 その細くてしなやかな白い指で、私の手を覆うアームカバーにそっと触れます。
 心臓の鼓動がもっと早くなって。さっと、背中に寒いものが走ります。
 あ、とか。え、とか。そんな風に口を開け閉めさせる私。
 どうにかして絞り出せた言葉を、私はほとんどとっさにアイさんに向けて放ちました。
 私の早とちりならそれでいい。その時は笑ってごまかせばいいだけだから。
 そう自分に言い聞かせる暇は、残念ながらありませんでしたが。

「……アイさんは――――マスター、なんですか?」

 それに答えを返すよりも先に、アイさんはくすりと笑いました。
 その顔は、私がいつもテレビや街頭のモニターで見ているような――さっきの対談の時に見たような。
 アイドルとしての笑顔ではなくて。もっと別な色を含んだ、笑顔でした。

「うん。私ね、真乃ちゃんとそういう話をしたいなって思うんだ」

 それじゃ、お店に行こっか。
 そう言ってマイペースにスマホを見始めるアイさんの表情に焦りとか緊張はまったくなくて。
 私は、気付けばぎゅっと自分の手を握り締めていました。
 ひかるちゃんの心配げな念話に返事をしながらバックミラーを見ると、運転手さんと目が合います。
 運転手さんは――アイさんのサーヴァントであろうその人は。私に向かってまた、にかっ、と笑いました。


29 : かごめかごめ ◆0pIloi6gg. :2021/08/09(月) 23:15:24 YZVSirAM0
◆◆


「此処ね、見ての通り完全個室なんだ。
 その上そこまでお高くもないの。いいお店でしょ」
「そう……ですね。私も、とっても素敵なお店だと思います」
「そんなに緊張しなくてもいいよ。取って食おうってわけじゃないから、私も」

 アイさんに連れられて入ったお店。個室席に入って扉を閉めて、料理を頼んで。
 私達の間に会話が生まれたのは、それからのことでした。
 多分、タイミング悪く店員さんがやって来てしまったら困るからなんだと思います。
 私の向かい側には、アイさんとそのサーヴァントである男の人。
 そして私の隣には――霊体化を解いたアーチャー……ひかるちゃんが座っています。

「さっきぶりだな、嬢チャン」
「……まさか、こんなに早くまた会うことになるとは思わなかったです」
「言ったろ? またすぐに会えるかもな、って」

 そう言って肩を竦める、アイさんのサーヴァント。
 ひかるちゃんは緊張した面持ちで、けれどそれが私のために気を張ってくれているからなんだということはすぐに分かりました。
 
 私達のような考えの持ち主は少数派なんだということは分かっているつもりです。
 それでもやっぱり、私はアイさんと戦いたくありませんでした。
 どうにかして分かり合えないか。一緒に手を取り合って、聖杯戦争から生きて帰る方法を探す仲間になれないか。
 もしそういう関係になれたら……それはとっても素敵なことだと思うから。

「まずは紹介しないとだね。そっちの子から聞いてると思うけど、この人が私のサーヴァント。クラスはライダーだよ」
「やっぱり……そうなんですね。でも、その――」
「言いたいことは分かるぜ。不可視(みえね)んだろ、俺のステータス」

 アイさんが紹介してくれたので、ひかるちゃんの言ったことは勘違いじゃなかったと分かりました。
 それでもやっぱり、私にはアイさんのサーヴァント……ライダーさんのことがただの人間にしか見えません。
 どう目を凝らしても、ステータスが見えないんです。
 するとそんな私の頭の中を見透かしたみたいに、ライダーさんが笑って言いました。

「それはオレの異能(スキル)っつーか……逸話(デンセツ)の一環でな。
 戦う時以外は普通の人間にしか見えねえようになってんのさ。嬢チャンの目がおかしいわけじゃない」
「な……なるほど。そういうのもあるんですね、知らなかったです」
「まあ、所詮例外の中の例外だ。そんなに気にしなくていいと思うぜ」

 サーヴァントのスキルって色々あるんだなあと場違いにも感心してしまいました。
 ひかるちゃんがそんな私の方を見て、「真乃さんっ」と小さくたしなめます。
 そうだ、感心してる場合じゃないや……とその言葉ではっとすることが出来たので――気を取り直して私は、ライダーさんのマスターであるアイさんの方に視線を戻します。

「私のサーヴァントはこの子です。クラスは、アーチャー」

 いつもはまずクラス名でなんか呼ばないので、つい真名で呼んでしまわないように気を付けつつ。
 私がアイさんにひかるちゃんのことを紹介すると、「かわいい子だね」と笑ってくれました。
 見るとひかるちゃんはちょっと照れたみたいにそわそわしていて、その姿に少し緊張がほぐれた感じを覚えます。


30 : かごめかごめ ◆0pIloi6gg. :2021/08/09(月) 23:15:55 YZVSirAM0

「真乃ちゃんはもう他のサーヴァントとは戦った?」
「いえ……まだ、誰とも。マスターと出会ったのもアイさんが初めてです」
「そっか、なら私と一緒だね。私も実はまだ、聖杯戦争らしいことには一回も出くわしてないんだよ」

 それは、本当に私達と一緒です。
 私達もこれまで、聖杯戦争らしいことには一切遭遇せずに過ごしてきましたから。
 アイさんたちもそうだってことは――もしかして。
 もしかしてアイさんも私と同じで、戦いたくないと考えているマスターなんじゃないかって。
 そんな期待を込めて、私は口を開きました。

「アイさんは、聖杯を目指しているわけじゃないんですか?」
「……もしかして真乃ちゃんはそうなの?
 聖杯なんて要らないから、とにかく元の世界に帰りたいとか――そういうこと考えてる感じ?」
「……はい。実を言うとそうなんです、私」

 素直に言って、頷きます。
 するとアイさんは、「そうなんだ。なんだか真乃ちゃんらしいね」と頬を緩めました。
 けど。その後には、「でも」という言葉が続いて。


「ごめんね。私はそうじゃないんだ」
「あ……」


 私が一瞬抱いた仄かな期待は、音を立てて砕け散りました。
 私は、そうじゃない。その言葉の意味はすごくはっきりとしたもので。
 ひかるちゃんが私の手をテーブルの下できゅっと握ってくれます。
 アイさんの答えを聞いた私のショックを少しでも和らげようとしてくれているような、そんな優しい手でした。
 だから私も、すぐに気を取り直します。
 落ち込むんじゃなくて、アイさんにすぐさま次の質問を投げかけました。

「……アイさんは、何のために聖杯を欲しがっているんですか?
 もし生きて帰りたいってだけなら、私たちと協力して――」
「正解。でも、聖杯戦争からの抜け道を探すってやり方なら付き合えないかな。
 その方法で帰れるならそれでもいいけどさ、まず確実じゃないでしょ?
 界聖杯は"生きて帰れるのは一人だけ"って言ってるし、そもそもこの世界は界聖杯のお腹の中。
 なんとか穴を開けて脱出しても、その瞬間宇宙空間にドボン――とか。そんなオチかもしれないよ? あと、それにね」

 アイさんの口から出る、正論。
 それはすごく現実的な意見で。

「百歩譲って奇跡が起きて、元の世界に帰る手段が見つかったとしてもさ。
 ……分かんないんだよねー。帰った先に、私の席があるのかどうか」
「……どういうこと、ですか?」
「私ね、死んでるの。元の世界だと」

 ――――でも。
 その次にアイさんが言った内容は、打って変わって非現実的なものでした。
 隣のひかるちゃんからも、「えっ」という声が聞こえます。
 でもアイさんの顔は冗談を言っている風にはとても見えなくて。


31 : かごめかごめ ◆0pIloi6gg. :2021/08/09(月) 23:16:41 YZVSirAM0

「ファンの子に住所特定されて、インターホン押されて……何も警戒せずに出たところでグサリ。
 もしかしたら死ぬ前に此処に呼ばれたのかもしれないけどさ、どの道あの傷じゃ助かんないよ」
「……アイ、さん」
「だから私は聖杯が欲しいの。
 元の世界に帰るために――元の世界で生きるために。真乃ちゃんは、それって悪いことだと思う?」

 面と向かってそう問われた私は、すぐには答えられませんでした。
 元の世界で死んでしまってから、もしくは死んでしまう寸前から呼ばれたというアイさん。
 私はなんとなく、アイさんが帰りたい理由が分かった気がしました。
 ただ生きたいだけ、死にたくないだけ……という風にはどうしても見えなかったんです。
 だとすると。私が思い付く"理由"は、月並みですけどひとつだけだったのです。
 
『……ねえ、ひかるちゃん。
 アイさんには――大事な人が居るんだね』
『はい。……わたしも、そう思います』

 アイさんには、大事な人が居る。
 それは恋人さんなのかもしれないし、お母さんやお父さんなのかもしれない。
 アイさんはまだすごく若いけど――お子さん、なのかもしれない。
 けどきっと、この人はそのために生きて帰りたいと願ってるんだと分かって。
 私は、アイさんにこう言いました。

「……思いません。誰も、その願いごとを悪いなんて言えないと思います」
「ふふっ、ありがと。真乃ちゃんは優しい子だね、ほんとに」

 私は少し、聖杯戦争のことを軽く考えていたのかもしれません。
 私は、恵まれています。
 事務所のことはあるけれど、ままならないこともたくさんあるけれど。
 でも――私は生きていて。大事な人達も、死んじゃってはいなくて。
 きっと、だからこそ私は"聖杯を望まない"なんて方針を掲げられているんでしょう。
 もしも、私がアイさんの立場だったら?
 もしも私が、大事な誰かを失ってこの世界に呼ばれていたら?

 ……どうしていたかは、分かりません。
 分かるはずもないんです。だって私は、そうなったことがないから。

 だけどそれなら、私とアイさんは。
 ひかるちゃんとライダーさんは。
 戦うしかないんでしょうか――そうするしか、ないんでしょうか。
 もしそうならとても寂しいし、悲しいな、と。
 そう思う私に、私達に、アイさんはぱっと表情を明るくしてこんなことを言いました。

「けどね、真乃ちゃん。私、真乃ちゃん達と組みたいとは思ってるんだよ」
「え、でも……」
「聖杯を手に入れられればそれが一番いいけどさ。
 もしもそれが叶わなかったら、結局私も真乃ちゃんのやり方に縋るしかなくなるでしょ?」

 だから私は、真乃ちゃんにも生きていてほしい。
 そう言うアイさんの言葉は、とっても正直で……直球(ストレート)で。
 それだけによく分かりました。アイさんは――本気で、私と組みたいと言ってくれているんだと。
 
『ひかるちゃん、あのね』
『大丈夫ですよ、真乃さん。
 わたしも、……たぶん、真乃さんとおんなじこと思ってますから!』
『そっか。……そっか、そうだよね……!』

 やっぱり、私達の心は一つなんだと安心して。
 私は、アイさんの言葉に対してこくりと力強く頷きました。

「アイさんの進む道を、私は歩けません。
 でも……それでも、協力し合えるところはあると思うんです」
「うん、私もそう思う。私達も別に、自分から進んで誰彼構わず襲おうとしてるわけじゃないからね。
 真乃ちゃん達の邪魔はしないし、真乃ちゃん達が嫌がるようなこともしないよ。
 そっちが私達のことを信じてくれるなら、私はぜひ協力し合いたいなって思ってる」
「ならそうしましょう、アイさん。私……アイさんのことを信じます」

 アイさんは、信じられる。
 たとえ最後に辿り着きたい結末(ばしょ)が違っても、手を取り合って歩くことは出来るはず。
 それが私の、私達の出した答えでした。
 アイさんはそれを聞くと、「ありがとう」と言って顔を綻ばせ、とっても綺麗な笑顔を見せてくれました。
 
「よし、じゃあ同盟成立だね。いつまでも――ってわけにはいかないかもだけど、当分は仲良くしよっか。
 改めてよろしくね、真乃ちゃん。アーチャーちゃんも」

 綺麗で、可愛くて、素敵な。
 すごくアイドルらしい――――そんな、笑顔でした。


32 : かごめかごめ ◆0pIloi6gg. :2021/08/09(月) 23:18:11 YZVSirAM0
◆◆


 ぷるるる、ぷるるるる、と。
 デフォルト設定の着信音が鳴り響く。
 同盟の締結が済んだ真乃達は、運ばれてきた料理に舌鼓を打ちながらすっかり緊張が解けた様子でアイと談笑していた。
 ライダーはそれに時折相槌を打ったり、話を振られれば答えたりしながら過ごしていたのだが――着信音が響くと席を立つ。
 
「悪り、苺(ウチ)の社長から電話来ちまった。
 ちょっと出て来るから、何かあったらアイを頼むな」
「あっ、はーい! その時はわたしがしっかり守ります!!」
「ハッハッハ、い〜い返事だアーチャー。じゃ、よろしくな」

 同盟相手のアーチャー・星奈ひかるにそう言い残して個室を出る。
 通路で話すのも悪目立ちするだろう。店員に一言断って外に出、脇の路地裏に。
 そこでようやく通話ボタンを押す。すると電話の向こうから、声が響いた。
 画面に表示されている名前は『社長』だとか、『苺プロ』だとか、そういうものではなく。
 ただ一文字、『あ』とだけ――記されていた。


『どうなった?』
「上手く行った。晴れて今日から、アイと櫻木真乃は同盟関係だ」
『マジかよ。トップアイドルは伊達じゃねえってことか』


 煙草に火を点けて話す相手は聖杯戦争の関係者だ。
 星野アイと櫻木真乃、それぞれのマスターの間で締結された同盟。
 たとえ目指すところは違えども、それまでの道のりの中でなら自分たちは手を取り合える。
 アイのその言葉は、善良で純粋な少女の胸を打ったらしい。
 そうなれば後はあれよあれよと同盟成立。サーヴァントの方も、特に疑義の念を抱いている様子はなかった。
 大したものだと、ライダー……殺島飛露鬼はそう思う。
 星野アイ。彼女を勝者にすると決めている身ではあるが、それでも末恐ろしいものを感じた。

『まあ上手く行ったなら何よりだ。
 283プロダクションは明らかに"怪しい"からな。その点苺(そっち)は可愛いもんだ、アンタのマスター以外は』

 ――櫻木真乃は、星野アイを信じた。
 "信じてしまった"し、"信じさせられてしまった"。
 アイは嘘の天才だ。アイドルとして成り上がるために使われていたその技巧(スキル)が交渉の席で使えない道理は当然ない。
 真実の身の上話。真乃達の方針と反目している旨をしっかり伝えた上で、そこからそれでも組めると希望をちらつかせるやり方。

「――――あの嬢チャン達は利用出来る。
 アイを守る上でもそうだし、場合によっちゃそれ以外にもだ。
 見てて眩しいくらいまっすぐで純粋な、"いい子"二人さ」
『へえ。使いやすそうだな、都合が良いじゃねえか』
「もし気付かれたら気付かれたでやりようはある。そうだろ?」

 そして、嘘をつくどころか触れすらしなかったとある事実の存在。
 アイと殺島はこの時点で既に別な主従と同盟を結び終えている。
 対談前はそうではなかった。対談が終わって、外で合流するまでの僅かな時間で――状況が大きく動いた。
 その、あまりにも大きな隠しごと。それの気配を匂わせることすらなく、アイは仮面の信頼関係を手に入れた。
 真乃も、そのサーヴァントも。星野アイという"嘘つき"を相手取るにはあまりに純粋すぎた。

「それより忘却(わす)れんなよ? アサシン。
 櫻木真乃との会談(ハナシ)が済んだら、アイを連れてお前のマスターに会いに行くからな。
 こっちだけ一方的に顔見られてるままじゃ同盟は組めねー……アイもそう言うはずだぜ」
『疑われたもんだな。俺のことを何だと思ってんだよ』
「腐れ外道(ヒトデナシ)。反論出来るか?」

 
 星野アイと殺島飛露鬼にとって、櫻木真乃と星奈ひかるは一方的に利用するための相手だ。
 彼らが未だ仮とはいえ、真に組むに値すると認識した同盟相手こそがこの通話相手。アサシンのサーヴァント。
 殺島と件のアサシンが遭遇し、アイがそのことを知り。
 真乃が本人達すら知らない内に"籠の中の鳥"と成ったのは――あの、テレビ放送局の中でのことである。


33 : かごめかごめ ◆0pIloi6gg. :2021/08/09(月) 23:19:04 YZVSirAM0
◇◇


「なあ、そこのアンタ」

 殺島飛露鬼が、星奈ひかると遭遇した後。
 そのことを、マスターのアイに伝えるべく進んでいた時。
 殺島は、放送局の中ですれ違った一人の男を呼び止めた。
 服装は平凡。魔力の気配もなく、手を包帯やら何やらで隠してもいない。
 別に不審な動きを見せていたわけでも、同じくない。
 にも関わらず殺島は、その男に対して不意に話し掛けた。
 一言目は今しがた記した通りの言葉。そして二言目は――――

「何しに来た? 此処の局員じゃねえよな、おたく」
「ああ……私服警備員か何かか?
 午後から都議会のお偉いさんの収録があってな、そのボディーガードとして配備されてんだよ。
 怪しく見えたんなら謝るぜ。何なら身分証明書でも見せてやろうか?」
「不要(いら)ねって。そういうの」

 これだ。表情は笑みすら浮かべているが、その意識は既に強く目の前の男に集中されている。
 何か少しでも妙な動きを見せたなら、殺島は躊躇なく服の内側に仕込んだ銃を抜き、発砲するだろう。
 それだけではない。場合によっては"回数券(クーポン)"を摂取し、素性隠しのアドバンテージを捨て去る覚悟さえあった。
 殺島には、この時点でもう分かっていたのだ。目の前の男が――決して只者ではないと。
 
「オレの知る限り、シラフでそんだけ"出来上がってる"奴は二つなんだよ。
 令呪がねえんだから尚更そのどっちかしか非実在(アリエネ)ェ。
 ――忍者(バケモン)か、英霊(サーヴァント)かだ。で、お前はどっちだよ?」
「……、」

 
 殺島は、忍者という存在と戦ったことがある。
 忍者。極道の敵であり、かつての彼が復讐の矛先を向けていた存在。
 その結果勝つこと叶わず、されど納得を抱いて死んだのが殺島という男に与えられた結末だったのだが――
 そんな末路を辿った殺島だからこそ、分かった。
 今自分の目の前に立つ、一見するとただの人間にしか見えないこの男。
 この男から漂う――忍者(かれら)と同種の匂い。洗練された、研ぎ澄まされきった肉体の気配。
 
 殺島としても、アイに危険が及ぶ可能性のある此処で事を始めるのは避けたかった。
 が、こんな存在を自由に歩かせていてはそれこそアイが危険に曝されかねない。
 だからリスクを承知で大きく出たのだったが、そんな殺島に男は数秒沈黙し。

「星野アイの追っかけ、とでも言えば満足か? 運転手さんよ」
「……ッ!?」

 事も無げに、殺島が人間の皮を被っている際に利用している役割(ロール)を言い当ててのけた。
 
「大方俺と同類……いや、同種か? とにかくそういうスキルでも持ってんだろ、おたく。
 魔力を外に出さず残穢も残さない。当然マスターの目から見ても何も映らない。
 そこまでは流石に見抜けなかったけどな、アンタのマスターは流石に目立ち過ぎだ。
 令呪を隠すやり方は、もうちょっと上手いこと考えるのを勧めるぜ」
「……成程なぁ。張られてたってわけだ、ずっと前から」
「星野アイは怪しかった、だからその周りの人間の顔も一頻り頭の中に入れてた。
 アンタもその中の一人だったってだけだ、気に病まなくてもいい」
「説明有難(アザ)な。"してやられた"ってことはよ〜く分かったわ」

 アイドルに怪我は禁物だ。
 特に今の世の中、多少でも目立てばSNSの邪推と噂話のタネになる。
 だから基本、アイの包帯を巻いた右手はそもそも映さないようにされることが多かったのだが……それでも局の人間や共演するアイドルが見れば分かる。ましてそれが人気絶頂のアイドル・星野アイともなれば――アイが怪我をしてた、とか。なかなか治らないみたいだ、とか。そういう形で話の俎上に上がることも多いというわけか。
 殺島は納得しつつ、反省もしつつ。
 しかしそれはそれ、とすっぱり切り替えて……笑みと共に極道の眼光を光らせた。


34 : かごめかごめ ◆0pIloi6gg. :2021/08/09(月) 23:20:07 YZVSirAM0

「……で。どうするつもりだよ、此処から?
 もし諦めて帰る以外の答えなら、オレも黙っちゃ居られねーゾ?」
「本当はさっさと星野を殺して騒ぎを起こしつつ、炙り出されるバカが居ないか眺める算段だったんだが。
 アンタがどれだけ"出来る"のか知らねえが、此処で事を起こすのは確かにあんまり美味くねえ」

 一方で。
 予期せずして暗躍を邪魔立てされたサーヴァント……アサシン・伏黒甚爾は怯んだ様子こそないものの、しかし面倒臭げに頭を掻いた。
 
 彼もまた、殺島と同じく"サーヴァントとして感知されない"性質を持ったサーヴァントである。
 殺島のそれはあくまでも回数券頼みの脆弱な性能の中で副次的に生じた利点であるものの、甚爾のは彼と全く異なる。
 後付けの増強(ブースト)など行わずとも超人。生まれ持った呪わしき"無能"――天与呪縛。
 甚爾がその気になって掛かれば、"破壊の八極道"に名を連ねた殺島と言えども厳しい戦いを強いられるのは間違いないだろう。
 そして事実、甚爾の目から見ても殺島はどうにか出来る範疇の相手として映っていた。
 宝具など若干のブラックボックスがあるのは気掛かりだが、勝利のビジョン自体は描けている。
 とはいえだ。白昼堂々人目の多い此処でおっ始めれば、暗躍を生業とするアサシンの彼にとっても背負わねばならないリスクは大きかった。

「けどよ。俺が大人しく帰ったら帰ったで、テメェは眠れない夜が続くんじゃねえか」
「……何が言いてえんだよ?」
「おたくのおかげで星野アイがマスターだってことには確証が持てた。
 なら潰す手段は幾らでも思い付く。アンタが俺の立場でもそうだろ?」

 ……殺島は、痛いところを突いてきやがるな――と思った。
 実際、そうなのだ。どの道相手はアイを狙っていた以上、あそこで引き止めた判断が間違いだったとは思わない。
 だがその結果、この男がアイの正体に対して確信を持ってしまったこともまた事実。
 素性の割れているマスターを、それも魔術だの極道技巧だのの戦う手段を持たないカタギの女を潰す手段など殺島だって幾らでも思い付く。
 
「じゃあどうする? どっちが死滅(くたば)るか此処で試すか?」
「蛮族かよ。もっと直球で言わねえと伝わんねえか」

 殺島の言葉に、甚爾は肩を竦めて。

「この際だ。効率よく聖杯戦争を進められるように――組むってのも悪くねえ話だろ」

 十数枚の顔写真を、おもむろに手渡した。
 恐らくはアイドル、並びに芸能関係者であろう顔が並んでいる。
 その中の一枚を見て、殺島は思わず固まった。
 大人しそうな、おっとりとした性格なのが滲み出ている顔の少女。
 
 
 櫻木真乃。
 それは、ちょうど今、まさに。
 アイが共演し、対談している――"同業者(アイドル)"だったからだ。


35 : かごめかごめ ◆0pIloi6gg. :2021/08/09(月) 23:20:48 YZVSirAM0
◆◆


 その後の流れは、実に単純だった。

 着替えのために戻ってきたアイに事の経緯を(その前に星奈ひかると出会ったことも含めて)伝え、櫻木真乃がマスターである可能性を認識させた上で判断を仰いだ。
 渡された顔写真。共演相手の笑顔が写ったそれを手に取り、眺めながら――アイは口を開き。

「いいんじゃない、同盟。受けちゃおうよ」

 甚爾との同盟を受ける旨の言葉を、口にした。
 殺島としてもそこに異論はない。
 あの男は決して信用の出来る相手ではないが、間違いなく有能で強力な戦力だ。
 味方に引き入れられれば……寝首を掻かれるリスクを承知する必要はあるものの、それに見合うだけの恩恵を受けることは出来よう。
 前金代わりに渡された顔写真。それによって判明した、櫻木真乃がマスターであるという可能性。
 その情報の信憑性を後押しする、殺島が局内で出会ったサーヴァントの少女。

 それらはアイと殺島の主従(ふたり)に、とある策を萌芽させた。

「でも、もし真乃ちゃんがマスターなら。ただ倒すだけじゃ少しもったいない気もするんだよね」
「……って、言うと?」
「どうせなら――利用した方が賢くない? それこそ同盟組むとか言ってさ」

 
 これが、真乃がひかるから殺島と遭遇した旨の話を聞いている間にアイ達が交わしていたやり取り。
 若く善良な小鳥達を捕らえるための鳥籠が、真乃達を閉じ込めようと口を開けた瞬間の記録である。

 星奈ひかると邂逅した殺島が考えたのは、彼女を味方に付けること。
 あのまっすぐな眼は――他ならぬ殺島に引導を渡した忍者を思わす眼は、信用できる。
 自分に何かがあったとしても引き続きアイを守ってくれる、そう感じたからだ。
 その考えは今も変わっちゃいない。変わっちゃいないが、忘れるなかれ。
 殺島飛露鬼は死に、忍者への復讐心から解放され、今はアイのために戦う身だが。
 それでも彼は、極道なのだ。白と黒なら、黒。善と悪なら、悪。
 そういう生き方しか出来ない――そういう人間(イキモノ)、なのだ。

 だから殺島は、清々しいほどまっすぐに外道の策に乗る。
 それが最善ならば是非もない、と。
 全てはアイのためにと、彼は鳥籠の蓋を閉めたのであった。


36 : かごめかごめ ◆0pIloi6gg. :2021/08/09(月) 23:21:30 YZVSirAM0
◆◆


『アサシン、なんて言ってた?』
『ただの事務的な確認だ。上手く行ったって伝えておいたぜ』
『そっか。分かった』

 外の殺島と念話で手短にやり取りを済ませつつ。
 その一方で、目の前の少女二人が繰り広げる他愛ない話に笑って混ざる。
 そこに不自然な気配はまるでなく。とてもではないが、彼女が腹芸を弄しているなどとは気付けまい。
 まして、この二人では。あまりに純粋で、善良で、心の清い少女達では。
 アイの嘘を見抜けない、見破れない。大人の汚さというものを、彼女達はまだ知らないのだ。

「(それにしても。こんなにうまく行くとは思わなかったや)」

 自信はあった。
 何しろ、これまでの人生で散々嘘をつき続けてきたアイだ。
 最初から真乃がマスターだと気付いていたわけではないけれど。
 それでも、"マスターの可能性が高い"と聞いた時点で既に確信していた。
 この子なら騙せる。この子は、私達が勝つために利用出来る――と。

 そして結局、その予測の通りになったわけだが。
 しかし現実は――アイの想像していた以上に上手く行った。

 全てが手のひらの上。方向を示して少し転がして、それで終わり。
 もちろん上手く行ってくれたに越したことはないのだが、アイも大一番に挑むに当たってそれなりに覚悟はしていたつもりだ。
 だから、多少拍子抜けしてしまったのは否めなかった。
 
「(純粋で、まっすぐで。……いい子なんだろうなあ、この二人)」

 罪悪感は今更感じない。
 申し訳なく思うくらいなら、そもそも最初からこんな不義理を働くなという話だ。
 だけど、アイも人間だ。だから多少、感じ入るものはあった。
 櫻木真乃も、そのサーヴァントも。いい子――なのだろう。とても、とても。
 少なくともアイがあのくらいの歳だった頃はあんな風じゃなかった。
 あれよりもっと現実を知っていたし、もっと擦れていたし、もっとズルい子どもだったと記憶している。

「(櫻木真乃ちゃん、か。
  最初は正直、今時ずいぶん古臭いキャラ作りしてるなと思ったけど……)」

 芸能界は妖怪の犇めく魔境で。
 そこで咲き誇るアイドルは嘘の花弁を持つ花だ。
 少なくともアイは自分のことを造花だと思っているし、そうでない同業者など見たことがない。
 誰もが多かれ少なかれ嘘をついている。大事なのはその塩梅と、つき方の巧拙だ。
 だから最初に真乃を見た時、アイの抱いた印象は――今の時代にそれはキツくないか、という身も蓋もないものだった。

 優しくて純粋な、どこかふわりとした印象を与えるアイドル。
 それだけ見れば、確かに"アイドル向き"だ。
 それ故にキャラクターとしては決して新しくないし、その道には手垢が山ほど付いている。
 この先大変だろうなあ、とか。飽きられたら悲惨だよなあ、とか。
 裏垢のツイートエグそうだなあ、こういう子に限って文春砲喰らうんだよなあ――とか。好き勝手思っていたのだけど。

「(案外、本物だったりするのかな。この子)」

 もしかすると真乃は、自分とは違う"本物"なのかもしれないと、今ではそう思うようになりつつあった。
 もちろん嘘は多少あろう。嘘を一切使わずに育てられた生花は世間の目という名の紫外線に勝てない。
 ただ、それでも。櫻木真乃という偶像(アイドル)の花弁は、嘘よりも真実の方がずっと多いように思えた。
 だとしたらそれはとても凄いことで――そして、キャラを作って嘘で固めて売るのよりもずっと大変な道。
 茨道の中をサンダル履きで進むようなものだ。その意味が分かってるのかな、とか。そんなことを、先輩らしく考えながらも――


37 : かごめかごめ ◆0pIloi6gg. :2021/08/09(月) 23:22:43 YZVSirAM0

「(――――なんて。
  すっごいどうでもいいことだけどさ、この作り物の世界では)」

 アイは、皆に愛されるアイドルとして此処に居るのではない。
 この世界は、如何に美しく咲き誇れるかを競う場などではないからだ。
 櫻木真乃は籠の中の鳥。星野アイは友人のような顔をして彼女の正面と、そしてその後ろに立つ者。
 それだけの話で、それまでの話だった。

 
【目黒区・食事処(個室制)/一日目・午後】

【櫻木真乃@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:当面、生活できる程度の貯金はあり(アイドルとしての収入)
[思考・状況]
基本方針:ひかるちゃんと一緒に、アイドルとして頑張りたい。
1:アイさん達と協力する。


【アーチャー(星奈ひかる)@スター☆トゥインクルプリキュア】
[状態]:健康
[装備]:スターカラーペン(おうし座、おひつじ座、うお座)&スターカラーペンダント@スター☆トゥインクルプリキュア
[道具]:なし
[所持金]:約3千円(真乃からのおこづかい)
[思考・状況]
基本方針:真乃さんを守りながら、この聖杯戦争を止める方法を見つけたい。
1:一時はどうなるかと思ったけど……良かったあ〜……。
2:アイさんのことも守りたい。


【星野アイ@【推しの子】】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:当面、生活できる程度の貯金はあり(アイドルとしての収入)
[思考・状況]
基本方針:子どもたちが待っている家に帰る。
1:アサシン(伏黒甚爾)達との同盟を主にしつつ、真乃ちゃん達を利用する。
2:思ってたよりうまく行ったなー。
3:真乃ちゃん達とお買い物した後は、アサシンのマスターと会いたい。


【ライダー(殺島飛露鬼)@忍者と極道】
[状態]:健康
[装備]:大型の回転式拳銃(二丁)&予備拳銃@忍者と極道
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:アイを帰るべき家に送り届けるため、聖杯戦争に勝ち残る。
1:櫻木真乃とアーチャー(星奈ひかる)にアイを守らせつつ利用する。
2:アサシン(伏黒甚爾)のマスターとアイを会わせ、正式に同盟を結ばせたい
[備考]
※アサシン(伏黒甚爾)から、彼がマスターの可能性があると踏んだ芸能関係者達の顔写真を受け取っています。
 現在判明しているのは櫻木真乃のみですが、他にマスターが居るかどうかについては後続の書き手さんにお任せいたします。


38 : かごめかごめ ◆0pIloi6gg. :2021/08/09(月) 23:23:16 YZVSirAM0
◆◆


「――――は? 星野アイ?」


 聖杯戦争、その本戦が始まった。
 勝つにしろ負けるにしろ、もうこの世界で過ごす時間も残り僅かになったわけだ。
 当然此処から先は、私も気合を入れて臨む必要がある。それは分かってるし、だからこそアサシンにわざわざマカロフを調達して貰った。
 かと言って、人よりちょっと多く修羅場を潜ってきた程度の凡人でしかない私が自発的に起こせる行動はあまり多くない。
 良くも悪くもアサシンの暗躍と、持ち帰ってくる情報の内容次第。
 その状況にやきもきしていたのは事実だし、アサシンからスマホに連絡が来た時には一体どんな動きがあったのだろうとどきどきもした。
 そんな私が電話に出るなり、あの男は藪から棒にこう言ったのである。
 『アイドルの星野アイ、知ってるか?』。もちろん知ってる、テレビで見ない日の方が少ない。そう答えた私に、アサシンは。

 『アレと同盟組んだわ。その内顔合わせることになるだろうから、変なボロ出すなよ』。
 事もあろうに、そんなとんでもないことを宣ってくれたのだ。

「いや、あの、ちょっと待ってくれません?
 情報量が多すぎて頭が追いついてないんですけ」

 ぶつん。

「――――ど……」

 画面に表示されるのは、『通話が終了しました』の文字。
 伝えるべき内容は伝えた、ということなのだろうか。
 はははは、我がサーヴァントながら優秀なことで実に助かるなあ。

 ……え、いや、マジで星野アイと同盟結んだの? あのアイドルと?

「えぇ……」

 あの人マスターだったのか、とか。
 そもそも何処でどうやって同盟までこぎ着けたんだ、とか。
 近々顔合わせするってどういうことだ、私は一回もそんな話聞いた覚えないぞ、とか。
 言いたいことは山ほどあったけど、よく落ち着いて考えてみれば……決してまずい話ではない。

 アイは同盟相手としては有名すぎる。
 でも、純粋に戦力が増えるというのはありがたい話だ。
 アサシンのことは信用してるものの、あくまであの男は"暗殺者(アサシン)"。
 搦め手に頼ることが多くなってしまう都合、戦力として数えられる自軍のユニットが増えるのはとても助かる。
 ……最後の、近い内に顔合わせをする――というところだけはどうしても気が重くなってしまうけど。


39 : かごめかごめ ◆0pIloi6gg. :2021/08/09(月) 23:23:45 YZVSirAM0

「私、あの人あんまり好きじゃないんだよな……」

 聖杯戦争本戦、初日。
 早くも私は、嵐の予感を感じていた。


【世田谷区・空魚のアパート/一日目・午後】

【紙越空魚@裏世界ピクニック】
[状態]:健康、困惑
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:マカロフ@現実
[所持金]:一般的な大学生程度。裏世界絡みの収入が無いせいでややひもじい。
[思考・状況]
基本方針:生還最優先。場合によっては聖杯を狙うのも辞さない。
1:は??? 星野アイ??????

【世田谷区のどこか/一日目・午後】

【アサシン(伏黒甚爾)@呪術廻戦】
[状態]:健康
[装備]:武器庫呪霊(体内に格納)
[道具]:拳銃等
[所持金]:数十万円
[思考・状況]
基本方針:サーヴァントとしての仕事をする
1:基本的にはマスター狙いで暗躍する。
2:ライダー(殺島飛露鬼)経由で櫻木真乃とそのサーヴァントを利用したい。
[備考]
※櫻木真乃がマスターであることを把握しました。


40 : ◆0pIloi6gg. :2021/08/09(月) 23:24:09 YZVSirAM0
投下を終了します。


41 : ◆KV7BL7iLes :2021/08/09(月) 23:25:41 L0IcUEOo0
投下お疲れ様です。


42 : ◆KV7BL7iLes :2021/08/09(月) 23:31:46 L0IcUEOo0
っと、すいません。途中送信してしまいました。
真乃とひかる、前話だと両者ともに友好的になるかな…?と思ったら伏黒パパの接近で一気に同盟関係(嘘)に。まっすぐさ故に姦計に弱い二人が籠の中の鳥になってしまったのは不安が募りますね…
そのパパ黒はマスター無視でガンガン動いてますが、まさかの芸能関係者の写真入手で283についても知ってる様子。ただでさえマムとガムテが近づく283プロ、だめみたいですね…
そして殺島の極道ムーブとアイの嘘もマッチしてるというか、決して待ちの姿勢に入らないのが強かですね…同盟の結果がどう出ることやら。
改めて投下お疲れさまでした!

幽谷霧子&セイバー、川下真&ライダーで予約させていただきます。


43 : ◆0pIloi6gg. :2021/08/10(火) 00:35:23 29STnTKs0
感想ありがとうございます! 沁みます

そして私も感想をば。
>>近似値
にちかとメロウリンクが過ごしている日常の描写がすごく解像度高くて、いいな〜〜〜好きだな、と思いました。
この主従ならではの良さというか、聖杯戦争の中にある穏やかな日常というか、そういうのが凄くよく表現できているなと。
個人的には、メロウリンクが千雪さんを見て反応してしまってたことをからかうにちかが好きですね。わ〜にちかだ……って感じになると共に、くどいようですがこの主従でしか読めない展開だなとなりました。
そしてテレビから飛び込んできた衝撃映像! 自分以外のにちか! 聖杯戦争じゃなかったらホラー以外の何物でもない!!
正直、おおっこうやって盤面を動かしてくるか……!と読んでいて舌を巻かされましたね。いやあ面白くなりそうです。
果たしてにちか同士の対面(仮称:にち会談)が成る日は近いのか遠いのか。

改めて投下ありがとうございました! そして私も。

光月おでん&セイバー(継国縁壱)、さとうの叔母&バーサーカー(鬼舞辻無惨)予約します。


44 : ◆zzpohGTsas :2021/08/10(火) 01:00:09 fL52.56M0
書き手の皆さま、ご投下お疲れ様です♡
書き手としての経験の日も浅く、未熟な身ではありますが、精一杯投下を頑張りたいと思います♡

セイバー(宮本武蔵)
七草にちか&ライダー(アシュレイ・ホライゾン)

で予約します♪


45 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/10(火) 08:01:08 AJVLk/lQ0
皆様、投下乙です!

>近似値
にちかがもう一人のにちかの存在に気付いた上に、そしてさくやん失踪を知って283プロのみんなを支えたいと決意した姿がとても輝いていますね! 
メロウリンクとの日常シーンもとても穏やかで、そしてウィリアム兄さんとの接触も決めているので、今後の二人にも希望が見えてきましたね。
あと、カロリーメイトしか持ってこないメロウリンクに突っ込むにちかちゃんも可愛らしかったです。

>かごめかごめ
真乃とアイが同盟を組めた……と思いきや、アイはやっぱり色んなものを抱えていましたか。
真実の中に噓を上手く取り入れて、真乃とひかるを誘導する交渉術は流石ですし、あのゾクガミすらも感心するほど。
本命の伏黒パパとの同盟も密かに進めているので、アイは他のアイドルとは違った強さを持っていますね。
空魚はアイに苦手意識を持っていますが、なんだかんだでアイなら協力させられそうな気もします。

そして自分も勢いに乗って
櫻木真乃&アーチャー(星奈ひかる)
星野アイ&ライダー(殺島飛露鬼)
神戸あさひ&アヴェンジャー(デッドプール)
予約します。


46 : ◆0pIloi6gg. :2021/08/10(火) 22:32:30 29STnTKs0
投下します。


47 : 鬼殺の流 ◆0pIloi6gg. :2021/08/10(火) 22:34:40 29STnTKs0
 都内某所。公園の中に拵えられた四阿の中で、一人の大男が涼んでいた。
 日本人離れした長身はしかしこれでも元の世界でのそれに比べて幾らか縮んでいる。
 大方、マスターとして活動する際に過剰に目立ってしまうことへの配慮的な処置なのだろう。
 拒否権なく強引に参加者を集めている割には妙なところで気の利く奴だと毒づいたのも今や昔。
 一ヶ月の予選期間を経て――彼、光月おでんは完全にこの東京の街に馴染んでいた。
 現にこの地域の人間からは既に、"奇人""変だけどいい人""今時珍しい豪快な漢"としてそれなりに知られている。
 今でこそ日雇いの労働に精を出しているが、それまでは街を歩き回っては人助けに勤しみ、その対価として金銭。時には直接食べ物を貰う生活をしていたのだから、その存在が知れ渡るのはある種当然の帰結だった。

 時刻はもうじき正午。腹は膨れているが、おでんの表情は芳しくない。どこか険しい。
 何かを考えているような、或いは思い返しているような。
 この何かと型破りで豪放磊落な男にはあまり似合わない顔であった。

『此処に居たか。おでん』
『……おう、縁壱。お前さっき誰かと戦ってただろう。
 魔術回路って言うんだったか? おれの身体の奥がビリビリ疼いてた』
『ああ。戦った』

 そんなおでんの傍らに、姿の見えない何者かが立つ。
 万全を期すと共に、不要な人目を引かないための霊体化だったが。
 おでんは確かに、自分の休む四阿の中に耳飾りの剣士の姿を幻視していた。
 ワノ国にその人ありと謳われ、大海原に飛び出して世界を旅した凄腕の剣士――そのおでんに、自分より間違いなく格上だと悟らせた侍。
 ワノ国とは似て非なる、されと同じく鬼の巣食う日ノ本を生きた者。
 真名を継国縁壱というその男こそが、界聖杯内界に迷い出た快男児の従えるサーヴァントである。

『その様子を見るに、大した傷も負っちゃいねェようだが……一応聞くぜ。
 どうだった、相手(そいつ)』
『強かった』

 縁壱の声色は涼やかで、消耗の気配など欠片たりとも窺わせない。
 おでんでなくとも、誰でも彼が勝ったらしいことを察するだろう。
 圧勝。その二文字が最も相応しいであろう、単純な詰将棋さながらの戦局。
 それが真実であることを誰でも察せるのだから、縁壱が口にしたその感想は言葉単体で受け取ればただの嫌味にすら聞こえよう。
 だが、彼の短い言葉を聞いたおでんは腕組みをし、「そうか」と頷いた。
 疑うでもなく咎めるでもなく、自分の目の無いところで敗れた某を嗤うでもなく。
 
 ただ一つの真実として。
 縁壱の答えを、受け取った。

『実はよ。おれもさっき戦ってきたんだが――いやはや、全く弱っちい奴だった!
 まず肉付きがヒョロい、明らかに必要な栄養が足りてねェ!
 この"飽食の時代"にはてんで似つかわしくねェ、もやし坊主だった!』

 一方のおでんは、声を大きくして戦ったという相手をこき下ろす。
 やれ弱かった、身体からして弱かった。
 眉間に皺を寄せて、嘆かわしいぞとばかりに捲し立てるおでん。
 そんな彼に対し、縁壱も問う。先の会話をなぞるように。


48 : 鬼殺の流 ◆0pIloi6gg. :2021/08/10(火) 22:36:15 29STnTKs0

『強かったのだな、その子供は』
『ああ。強かった』

 矛盾しているではないかと問う無粋を縁壱は働かない。
 そも、彼は知っているからだ。
 肉体の強さが全てではない。むしろ人の強弱を定義する上で、それは一番最初に削ぎ落とされる部分だとさえ思っている。
 最も肝要なのは精神の強さ。心の中に、己を燃やす炎を飼っているか否か。
 その点、おでんが相手取ったという"もやし坊主"は――それを持っていたらしい。

『このおれに何度張り倒されても、何度受け止められても、馬鹿な野良犬みてえに向かってきやがる。
 おれも思ったよ。ああ、こいつは止められねェ……ってな』

 おでんは述懐する。
 あの少年は、神戸あさひは確かに弱かった。
 だが。あさひは光月おでんを相手に立ち続けたのだ。
 必ず倒す、勝つ、願いを叶える。
 その想いだけを寄る辺に――薪木にして。
 泣く子も黙る光月おでんに。空を飛ぶ龍すら墜とした光月おでんに、立ち向かい続けた。

『おれ達の目的は変わらねェよ。界聖杯の白黒を見極める。
 それが善いなら生かす、悪しけりゃ斬る。今まで通りだ』
『……、』
『けどよ、縁壱。……希望ってやつには、白も黒もねェんだな』

 空を仰ぎ、唸るおでん。
 人の想いに二元論を当て嵌めるのには限界がある。
 神戸あさひは確かに、界聖杯に"希望"を見ていて。
 そのために全てを注げる、そういう熱いものを宿していた。
 
 生まれてこの方、死するその瞬間まで自由奔放。
 大名となりしがらみを得てからも、おでんはあるがままに振る舞い続けた。
 否。おでんの前に立ちはだかった"敵"は、いつだとて分かりやすかった。
 航海の途中で出会った競合相手を倒すのに難しい考えは要らなかった。
 ワノ国を支配し、破滅に向かわせようとしていた怪物に剣を向けるのも簡単だった。
 だが。あの少年は――あんな、"希望"に縋り付く奴は。
 おでんが今まで戦ってきたどの相手とも違う、一言では形容することの出来ない色を帯びていた。

『では、足を止めるか』
『すると思うか、このおれが』
『……だろうな』

 お前は、そういう男だ。
 続く言葉は口にせずとも、おでんに伝わっていた。


49 : 鬼殺の流 ◆0pIloi6gg. :2021/08/10(火) 22:37:02 29STnTKs0

 光月おでんは止まることを知らぬ男。
 己の主義信条、守るべきもの、それに生き死にを懸けられる豪傑。
 なればこそ、一度決めた道を曲げる真似は決してしない。
 ただ、彼は学ぶ男でもある。おでんは、あさひという弱くてちっぽけな少年から確かに"学んだ"。
 自分達が場合によっては行わねばならなくなることの意味を。
 その行為が持つ重さを――あの小さな身体から。張り倒す手から伝わってきた体温から、確かに学んだ。


『時にだ。おでん』

 故に縁壱は、心配など端からしていない。
 迷うのも躊躇うのも結構。何があろうと最終的には必ず進む、おでんはそういう男だと既に知っている。
 異なる歴史の世界を生きた彼に対し先人面をするつもりはないが。
 迷い、苦しむのも人の美徳の一つだ。そうして前に出した一歩は、何物にも勝る価値を持つ。
 人の歴史というのはひとえに、そうやって続いてきたものなのだから。
 
 そして、なればこそ。
 縁壱がおでんに対し此度伝えようとしているのは、それとは全く別の話。
 一つの、縁壱が想定し得る限り最も有り得てはならない"可能性"の話だった。

『この発言に根拠はない。
 老人の世迷言と片付けて貰っても構わない。それを念頭に置いて聞いてほしい』
『……なんだ、藪から棒に』
『感じるのだ。私が倒すべき、悪鬼の兆しを』

 継国縁壱という男は、人間であった頃から誰にも遅れを取りはしなかった。
 本人がどれだけ謙遜しようとも、自分は特別などではないと宣おうとも、客観的な事実として彼は紛うことなき最強の剣士であった。
 だがその彼をして、果たせなかった使命がある。
 あと一歩のところで叶わなかった大願がある。
 その失敗のせいで――数百年分の悲劇を許した。
 そんな縁壱が、感じている。それは悪鬼の兆し。血と虐を生む、羅刹の気配。

『もしもこの直感が、単なる幻でないのなら』

 縁壱は霊体化を未だ解いていない。
 されど――おでんは、確かに感じた。
 彼が腰から提げた鬼殺剣。それを握る右手に込める力を強めたのを。


50 : 鬼殺の流 ◆0pIloi6gg. :2021/08/10(火) 22:38:34 29STnTKs0
.


『――――私が此処に現界した意味は、きっと其れだ』


 悠久の時を越え、時空を越え。
 世に蔓延り、敗れた悲願を果たさんとする獣心があるのなら。
 それを滅ぼすために生を燃やした者の想いもまた然り。
 この東京にて、運命は再び交錯せんとしていた。


【大田区・公園/一日目・午前】
【光月おでん@ONE PIECE】
[状態]:健康
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:二刀『天羽々斬』『閻魔』(いずれも布で包んで隠している)
[所持金]:数万円程度(手伝いや日雇いを繰り返してそれなりに稼いでいる)
[思考・状況]
基本方針:界聖杯―――その全貌、見極めさせてもらう。
1:他の主従と接触し、その在り方を確かめたい。戦う意思を持つ相手ならば応じる。
2:界聖杯へと辿り着く術を探す。


【セイバー(継国縁壱)@鬼滅の刃】
[状態]:疲労(小)
[装備]:日輪刀
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:為すべきことを為す。
1:光月おでんに従う。
2:他の主従と対峙し、その在り方を見極める。
3:もしもこの直感が錯覚でないのなら。その時は。
[備考]
※鬼、ひいては鬼舞辻無惨の存在を微弱ながら感じています。
 気配を辿るようなことは出来ません。現状、単なる直感です。


51 : 鬼殺の流 ◆0pIloi6gg. :2021/08/10(火) 22:39:35 29STnTKs0
◆◆



「――――、」

 一瞬。
 何か、霊基(カラダ)に震えを感じた。
 その理由は解らず、結果抱えっぱなしの不快感に拍車が掛かるだけの結果となる。
 苛立ちを紛らわすようにテーブルへ爪を立てれば、指の形の抉れた傷が残った。
 男の名前は、鬼舞辻無惨。人間ではない。バーサーカーのクラスを持って現界した英霊であり――鬼だ。
 陽の光に当たれない呪わしい欠点。それを抱える代わりに、定命を超越した悪鬼。
 
 鬼舞辻無惨が現界してまず真っ先にしたことは、自身の社会的ロールの確保だった。
 手間は掛かったが、どうにか体裁は整えた。今の無惨は松坂という苗字で資産家業を営む好青年。そういう形で通っている。
 社会に潜むための工作と立ち回り自体はこれまで何度となく繰り返してきた行動だが。
 しかし――無惨の想定を遥かに超えて、この現代という時代は面倒に過ぎた。

 街の至るところに設置されたカメラ。
 昼夜を問わず完全に途切れるということのない人流。
 もしも自分があの大正で滅びなかったとしても、この時代には鬼など巣食える余地はなかったのではないのかと。
 そう考えてしまうほどの――発展を極めた社会。都市。
 とはいえ無惨は聡明だ。度を越した激情家且つ癇癪持ちではあるものの、地頭は決して悪くない。
 英霊の座から賜った知識があるのも手伝って、無惨は凡そ半月余りで現代文明に適応した。

 ……だが、それでも不快感は尽きない。
 そもそも自分がこれほど労力を使わねばならなかったということ自体が、腹立たしくて仕方なかった。

 無惨はサーヴァントである。
 しかし陽の光に当たれない致命的な弱点がある以上、日中は巣篭もりを決め込むしかない。
 とはいえ、聖杯戦争とはそもそもマスターが推し進めるもの。
 昼間は霊体化して指示を下し、夜がやって来ればその都度動き、敵の頭数を減らしていく。
 それで問題ないと、無惨は思っていた。
 己を召喚した人間が――――マスターとしての役割を欠片ほどしか果たせない無能。否それ以下の狂人であることを知るまでは。


 腸が煮えくり返る。
 脳内にあの甘ったるい声が響く度。
 あの女の、緩んだ笑みを目にする度。
 英霊のこの身を呪いたくすらなった。
 マスターという要石に縛られることのない身であれば、すぐさまあの女を殺し、この苛立ちを晴らせるというのに――この霊体ではそれも叶わない。
 鬼舞辻無惨は現状、狂った女との繋がりを捨てられぬ身であった。
 どんなに憎み、殺意を燃やそうとも。代わりの"源"を見出すまでは、彼女という不快な生命に縛られる。


52 : 鬼殺の流 ◆0pIloi6gg. :2021/08/10(火) 22:40:32 29STnTKs0

「(……上弦の何れかはこの東京に現界している。
  それは解る。元より私の血で生まれ変わった存在なのだから)」

 鬼舞辻無惨が千年もの間、鬼の首魁として生き延びられたのには幾つかの理由がある。
 その内の一つに、彼が増やした同族に対して絶対的な支配権と監視権を持つことが挙げられた。
 鬼の反逆を許さず、自分の名前を出すことすらも許さない。
 そもそも同族を増やすことすら無惨にとって苦肉の策であった以上、その辺りを手抜かりなく行うのは筋の通った行動であったと言えよう。

 彼が上弦の気配を感じているのは、その支配権の名残だ。
 だが、である。そもそも何故、自身の支配がそれほどまでに脆弱化しているのか?
 それがまた、無惨の癇に障った。一体何故この自分が、始祖たる己が、部下のために足労してやらねばならぬのか。
 ――――肝心な時に糞の役にも立たなかった、愚鈍な出来損ないの"月"共のために。

「(私はあの屈辱的な"最期の夜"を以って悟った。
  他人など、所詮は何の役にも立たぬのだと)」

 しかし単独で歩むにはこの身はあまりにも不自由。
 まして、要石が"アレ"なのだ。界聖杯の意思決定になど興味もないが、アレの何処に可能性とやらを見出したのだと心底呆れ果てる。
 アレは可能性など無い、停滞の塊。無惨は変化を厭い不変を尊ぶ生き物だが、アレの匂わすそれとは種別が違う。
 
「(最後に描いた希望もまた、誤りだった。
  受け継ぐ意思、それもまた無意味なのだと悟った。
  私の意思が継がれなかったことがその証明だ。
  もはや私の眼鏡に適うモノなど、全能の願望器を除いて他にない)」

 故に無惨は、手足を求めていた。
 そうせざるを得ない状況にあった。
 ならば己の血を使って鬼を増やせばいい――生前、千年に渡りそうしたように。
 そう考える者も居るかもしれないが、それは無惨も既に試している。試した上で、駄目だと悟った。

 此処でも無惨の足を引っ張るのが、東京という街が監視カメラに囲まれた監視社会であるということ。
 大正の世には、当たり前だが人が居なくともそこで起きた出来事を記録し続ける機械などなかった。
 しかし、この世界では違う。鬼を無闇矢鱈に生み出して放っていれば、いずれすぐに騒ぎになる。
 そうなればそれを生み出した元凶の存在を他の主従が推察し出すのは自明の理だ。
 極めて不安定な土台の上に立つことを余儀なくされている無惨にとって、それは避けたい事態だった。


 では、数を絞ってその分質を上げれば良い――無惨はそう考えたが、これもまた、失敗に終わる。

 界聖杯は、マスター達のことを"可能性の器"と呼んだ。
 どうもそれは逆説的に、この模倣世界に生きる人間は可能性とやらを宿さない、という意味合いであるらしい。
 無惨の血を大量に与えられた人間は皆呆気なく自壊した。
 試行錯誤の末に何体か、血に耐え鬼と成った者も居たが――それは更なる落胆の呼び水でしかなかった。


53 : 鬼殺の流 ◆0pIloi6gg. :2021/08/10(火) 22:41:11 29STnTKs0

 与えた血の量に比べて、鬼としての地力があまりに低すぎたのだ。
 精々が無惨の記憶する最後の下弦の陸と同等かその少し下程度。
 鬼狩りの柱であれば、児戯の範疇で斬り殺せるような雑魚だった。
 その"成功した失敗作"は四体程度居たが、全て腹を立てた無惨に消し飛ばされたため、もうこの世には居ない。


「(……兎にも角にも、まずは上弦の鬼を連れ戻すのが最優先だ。
  この血を注いで、途切れた支配をもう一度結び直す。そうすれば少しの遣い程度にはなるかもしれない)」

 珈琲を流し込みながら、眼前のモニターに意味もなく視線を向ける。
 資産家としてのロール、カモフラージュの一環としての"仕事"だ。
 纏まった資産を用意してそれを転がし、意味もなく金を増やす作業。
 無惨にとってはそれは決して苦ではなかったが、虚無的ではあった。
 だが昼間の内の手慰みにはなる。
 頭の中の怒りを紛らわすように画面上の矢印を動かし――その時、不意に。

「……、」

 メールの着信を告げるウィンドウが出現した。
 わざわざ連絡を取り合う意味もないような相手ばかりが並ぶアドレス帳。
 その中には確認出来ない、フリーメールのアドレスだった。
 すぐにゴミ箱に投げ込んでも良かったが、内容だけでも検めるかとクリック音を、鳴らし――そして。


54 : 鬼殺の流 ◆0pIloi6gg. :2021/08/10(火) 22:43:02 29STnTKs0


「……何?」


 無惨は、固まった。
 そのメールに添付されていたのは、端的に言うならば。
 この時代で最も通りが良いだろう表現を用いるならば、"証拠"だった。
 
 資産家としての彼。鬼舞辻無惨ならぬ、松坂某。
 その身分が偽りのものであることを物語る、幾つもの書類的疑義。
 松坂の台頭と同時期に失踪した資産家の記録。奪われた財産の総額。
 鬼舞辻無惨がこの世界で足元を固めるために行った工作と立ち回り、その全てを。
 無造作に暴き立て、恣意的にひけらかし、出来の悪い教え子に教授するように纏めた添付ファイル。
 
 ――――何者だ。
 無惨は、只でさえ不快の絶頂にある脳が煮え立つのを感じた。
 握り締めたマウスが音を立てて砕ける。
 そんな彼の精神を逆撫でするように、メールの本文に記されていたのは。


『どうぞ、素敵な紅茶とお菓子で持て成してくれたまえ。小さい子どもも居るのでネ!』


『M』


 ……最後の、恐らくは署名のつもりなのだろう"M"の文字の右には。
 
 青い蝶の絵文字が、貼り付けられていた。


【中央区・豪邸/一日目・午前】
【バーサーカー(鬼舞辻無惨)@鬼滅の刃】
[状態]:肉体的には健康、精神的には不快の絶頂
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数億円(総資産)
[思考・状況]
基本方針:界聖杯を用い、自身の悲願を果たす
1:どいつもこいつも殺されたいのか? ならばどうして素直にそう言わない?
2:『M』への対処。
3:マスター(さとうの叔母)への極めて激しい嫌悪と怒り。早く替えを見つけたい。
[備考]
※『M/アーチャー(ジェームズ・モリアーティ)』からのメールを受け取りました。


【本名不詳(さとうの叔母)@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:無惨の肉により地下で軟禁中、空腹
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:いつもの通りに。ただ、愛を。
1:鬼舞辻く〜〜ん、おばさんおなかすいたよ〜〜〜


55 : ◆0pIloi6gg. :2021/08/10(火) 22:43:28 29STnTKs0
投下を終了します。


56 : ◆0pIloi6gg. :2021/08/11(水) 07:53:11 tNp7mJIk0
死柄木弔&アーチャー(ジェームズ・モリアーティ)
神戸しお&ライダー(デンジ)
本名不詳(松坂さとうの叔母)&バーサーカー(鬼舞辻無惨) 予約します。


57 : ◆A3H952TnBk :2021/08/12(木) 11:51:37 sOZKD5BM0
皆様投下乙です。
自分も投下させていただきます。


58 : 月だけが聞いている ◆A3H952TnBk :2021/08/12(木) 11:51:59 sOZKD5BM0



《うわぁ、奇遇だねえ!本当に奇遇だ!》


予選期間中―――23組の主従による聖杯戦争が幕を開ける数日前。
僅かな灯火が点々と光る、真夜中の市街地。
高層ビルの屋上で弾ける、眩い閃光。轟音。雷霆。
アーチャーのサーヴァント、ガンヴォルトは眉間に皺を寄せながら拳銃型のダートリーダーを構え続ける。


《俺も君と一緒だよ!》


次々に放たれる弾丸―――アーチャーの能力を誘導するための避雷針。
それらを扇の一振りで弾いていくのは、教祖のような姿をしたキャスター。
扇による一閃とともに、蓮の花の如し冷気が精製され、アーチャーへと襲い来る。


《――――そう、愛のために!》


屋上に存在していた微かな電気の灯りが、次々にショートした。
球状の電磁波が、冷気を瞬時に蒸発させたのだ。
雷撃鱗。アーチャーを中心に展開される、強力な電撃の膜。
実体を伴った飛び道具を防ぎ、更には避雷針によって誘導される電撃を放つ、攻防一体の力。
キャスターが散布する砂塵のような氷霧も、電撃によって遮断されている。


《彼女の声を聞きたい!彼女に触れたい!》


雷撃鱗から放たれる電撃を鉄扇で次々に凌ぐ―――それでもダメージは防ぎ切れず、肉体が雷の熱によって灼かれている。
しかし、それさえも意に介さず、キャスターは捲し立てる。
戦いの最中に、問答があった。
何のために戦うのか。何を願って聖杯を求めるのか。
キャスターの戯れとも取れる問いに、アーチャーは答えた。
その答えは、キャスターを高揚させた。


《俺もそうだよ!俺を満たしてくれる“温もり”を求めているんだ!》


――――血鬼術。散り蓮華。
無数の花弁の形状を取る冷気の刃が、アーチャーへと目掛けて殺到する。

雷撃鱗の連続使用によるチャージの隙を突いた攻撃だった。電撃の膜は、展開されていない。
電力の回復は僅かな時間で済む。それでも、戦闘ではその一瞬が命取りになる。
電磁結界(カゲロウ)―――自らを電子の揺らぎへと変換することで攻撃を回避する自動防衛機構。
多大な魔力を消費するこの能力は、決して乱発はできない。しかし迫り来る無数の刃を前に、発動は避けられない。


59 : 月だけが聞いている ◆A3H952TnBk :2021/08/12(木) 11:52:57 sOZKD5BM0


《素晴らしいね、愛というものは!甘くて、甘くて、堪らない!》


耳障りな声が、アーチャーの耳に響き続ける。
倒錯しているのか―――嫌悪感にも似た感情が脳裏をよぎる。
超低温を操る能力者。生前にも出会ったことはあった。
彼は、無能力者を憎み続けていた。その心を、憎悪で凍てつかせていた。
最後まで通じ合うことは出来なかった。弱肉強食による無能力者の淘汰。その理想を受け入れることも出来なかった。
それでも、彼の悲哀を理解することは出来た。迫害によって決起した彼の感情は、完全に否定できるものではなかった。


《ここは愛に溢れている!世界が!界聖杯が!俺の“目覚め”を祝福してくれているんだね!》


しかし、目の前の敵は違う。
享楽的。狂気的。それでいて虚無的。
あの『色惑う夢幻鏡(ラストミラージュ)』とも性質が異なる“愛”を説き、歓喜を繰り返す。
再び雷撃鱗を展開しながら、アーチャーは眼前の敵を見据える。
長期戦になればなるほど不利。敵の耐久力、攻撃手段、手数。そして電磁結界を発動したこちらの魔力消費から、それは明白だった。
故に、戦いを長引かせる訳には行かない。


《ああ、死後の世界どころか―――神仏さえも信じたくなる程だよ!》


そして、キャスターが迫る。
狂喜をその顔に貼り付けながら。
自身を襲う電撃さえも振り切りながら。
両手の扇を、振りかざす。
アーチャーもまた、構える。
雷霆を切り裂くように突撃する敵を前に、詠唱する。
自らのを魔力を、第七波動(セブンス)を、研ぎ澄ませる。

――――天体の如く揺蕩え雷。
――――是に到る総てを、打ち払わん。


《ライトニング、スフィア―――ッ!!》
《“血鬼術”――――“枯園垂”!!》


眩い閃光。凍てつく冷気。
二つの熱量が、激突した。





60 : 月だけが聞いている ◆A3H952TnBk :2021/08/12(木) 11:55:12 sOZKD5BM0
◆◇◆◇


聖杯戦争というものも、もう本戦に入って。
だけど、街の景色は何も変わらない。

池袋駅の地下構内は、いつも溢れ返るほどに人が多い。
お洒落な女の子達とか、仲良さげなカップルとか、和やかな親子とか、夏服のスーツを着たおじさん達とか、友達連れの学生達とか。
色んな人たちが、行き交う。幾つもの人生が混ぜこぜになって、すれ違っていく。
まるで川の流れみたい―――なんて、少しお年寄りみたいなことを考えてしまう。
沢山の人達がいて。沢山の心があって。
その中に、私―――“飛騨しょうこ”も居る。

お母様の顔が、ふと頭に浮かんだ。
いつも私を躾けて、私を口煩く縛ろうとしてくる、あの人の表情。
嫌だったな。辛かったなあ。
まるで思い出を振り返るように、考えてしまう。
一度死んでしまった今になって振り返ると、少し寂しさを感じてしまうところもある。

でも、あのまま型に嵌められていたら。
私はきっと、この群衆の中で色を失って。押し潰されてしまうような気がしたから。
だからずっと、反発していた。男漁りばっかり繰り返して、奔放に毎日を過ごしていた。
満たされてたかどうかと言うと、まあそれなりには楽しかったけれど。理想の王子様とは、結局最後まで結ばれなかったなぁ。

そんな日々の中で、いつも独りぼっちで背負い込んでいる“あの子”と出会って。
最後まで向き合うことができた、大好きな親友の“あの娘”と出会って。
私は―――――――――。

人々の隙間を縫うように。
私は、無我夢中になって走っていた。
どいて。みんな、どいて。
お願いだから。邪魔だから。
頼むから、私を通してよ。
そんな身勝手な思いを抱きながら、私は東口近辺の構内を必死になって進む。

追いかけた。
その娘の背中を。
その娘の姿を。
その娘の影を。

改札の側で、偶然見かけた。
彼女は、私の存在に気付かなかったけれど。
私はその姿を見た途端、迷わず踵を返した。
人混みの中に紛れていくその娘を、必死になって探し続けた。
何分も、走って、走って、追いかけて。
桜色の綺麗な髪へと目掛けて、一直線に向かっていって。

そして。
包帯を巻いた、右手で。
彼女の左手を、掴んだ。


「さとう……」


私はその娘の名前を呼んだ。
彼女は立ち止まって、ゆっくりと振り返った。


61 : 月だけが聞いている ◆A3H952TnBk :2021/08/12(木) 11:57:50 sOZKD5BM0


「さとう、だよね」


さらさらした髪も、整った顔も。
綺麗な睫毛も、自然に彩られたメイクも。
全部、記憶に残っている。
たった一人の親友が、そこにいた。


「……しょーこちゃん」


その娘は。
松坂さとうは、驚いていた。
少なくとも、私の目から見た印象では。
まるで“いるはずのない人”と出会ったかのような、そんな表情を浮かべていた。
人混みが次々に行き交う狭間。
お互いに立ち止まって、私とさとうは見つめ合う。


「その」


次の言葉が、うまく出てこない。
だって、ここにいるなんて考えてもいなかったから。
無我夢中で追いかけて、やっと掴まえて。
その後のことなんて、何も考えていなかった。


「久しぶり、さとう」


だから、そんな月並みな言葉を吐いてしまう。
それは、さとうにとっても同じことだったのかもしれない。


「うん……久しぶり」


さとうも、あの頃と同じように。
私に微笑みかけながら、そう返してくれた。


「あのさ」


矢継ぎ早に、私が言葉を紡ぐ。
何をしたいかなんて、何をするかなんて、ちゃんと考えていなかったけれど。
それでも、ここでさとうと別れたら。
大事な機会を喪ってしまうような、そんな気がしたから。


「時間、ある?」


私は一言、そう問いかけた。
僅かな沈黙。さとうの表情は、変わらない。
人混み。人の流れ。全て、背景へと変わる。
私とさとうは、互いに向き合っている。


「うん。大丈夫だよ」


そして、さとうはただ一言、そう頷いた。


◆◇◆◇


62 : 月だけが聞いている ◆A3H952TnBk :2021/08/12(木) 11:58:35 sOZKD5BM0
◆◇◆◇


駅前の賑やかな繁華街から、少し離れた場所。
何処か古風で、落ち着いた雰囲気の喫茶店。
目立たない奥の席にひっそりと隠れるように、私とさとうが向かい合って座る。
他に客はいない。私達だけが、そこにいる。

ストローを咥えて、アイスティーを飲みながら、目の前のさとうを見る。
何も言わず、目も合わせず。ミルクとシロップたっぷりのコーヒーを傍らに、上の空のような様子で手元を見下ろしていた。
さとうの左手へと、視線を動かした。
ナチュラルな桜色のネイルが目に入る。綺麗に塗られているそれを見て、さとうは相変わらず上手だなあ―――なんてことを呑気に考えてしまう。
白くて細い手も、記憶と全く変わらない。
この界聖杯で何週間も過ごしていたけれど、さとうのことは忘れもしなかった。

会話は、無かった。
お互いの間に、なんとなく気まずさが流れていた。
たまに飲み物をちびちびと飲んで、なんとか場の空気を流している。

――――さとうと、会えたのに。
――――こんなにも早く、再会できたのに。
――――いざ面と向かうと、緊張してしまう。

この世界に来る前の記憶が、走馬灯のように蘇る。
大事な人が出来たから。そう言って、突然男漁りをやめてしまったさとう。
違和感を察する中で、公園であの子と出会って、一歩を踏み込む勇気をもらって。
そうしてさとうの心に一歩近づいて。彼女の家庭の事情を知って――――私は、目を逸らしてしまって。
深く、深く、後悔して。
さとうを信じてあげられなかった私が、悲しくて。悔しくて。
一度は塞ぎ込みかけたけれど。
でも。それでも私は、後悔するのはもう嫌だったから。
あの子は、私なんかよりもずっと苦しんでいて。それでも、頑張っていたから。
だから私も、また踏み出して――――そして。
あの女の子の存在に、行き着いた。

私は、思う。
目の前の“松坂さとう”は、何者なんだろう。
私の知っている、さとうなのだろうか。
界聖杯っていうものは、色んな世界の可能性を掻き集めているらしくて。私みたいに死んだ人間でさえ、こうして招かれる。
アーチャーによれば、サーヴァントは世界や時間軸の壁を超えて召喚されている。原理は異なるけど、それはマスターや界聖杯内の住人も同じ―――らしい。
じゃあ、このさとうは?
私があの日向き合ったさとう本人か、あるいは私の知らない別のさとうなのか。
そんな疑問を胸に抱きつつ、沈黙に耐えかねて私は口を開く。

「さとうは、元気?」
「うん。元気だよ」

さとうは、顔を上げて。
なんてこともなしに、微笑む。
何の蟠りもないみたいに、穏やかに。


63 : 月だけが聞いている ◆A3H952TnBk :2021/08/12(木) 11:59:29 sOZKD5BM0

「いつぶり、だっけ」

続けて私は問いかけた。
“この街”でもさとうとは知り合いだったのか、正直言ってよくわからない。
少なくとも界聖杯に呼ばれてからさとうと交流したことは無かったし、さとうがいることだって知らなかった。
でも、今目の前にいるさとうの様子を見る限り、私のことを知っているのは間違いないと思う。

「うーん……」

さとうは、ほんの少し考えて。
そして思い出した様子で口を開く。

「『キュア・ア・キュート』でバイトしてたとき以来じゃない?」

それを聞いて、私の中で記憶が急に浮かび上がってきた。
元いた世界でも働いていたメイドカフェだけど、界聖杯ではどういう訳か都内にもある―――2号店か3号店か、忘れちゃったけど。
今の私もそこでアルバイトをしていて、さとうも一時期そこで働いていた。
だけど、ある日急にバイトを辞めてしまった。そんな感じ、だったと思う。
この界聖杯でロールするに当たって植え付けられた記憶なのだろう。思えばそうだ。
この街で社会生活を送っていることになっているのだから、私達が覚醒する以前の過去があることになってても不思議ではない。ような気がする。
体験の実感はないのに、エピソードだけがぼんやりと存在している。まるでアルバムに収められた記憶の曖昧な写真を見ているような気分だった。

「しょーこちゃんは?元気?」
「私は……」

さとうからも投げ掛けられて、私は言葉を詰まらせる。
元気か、と言われると。ちょっと難しい。
でも、落ち込んでいるかと言うと。そうでもない。
そんな、曖昧な気持ちだけど。

「まあまあ、かな」
「まあまあなんだ」
「だって、さとうがいなくて寂しかったから」

でも。さとうとは会いたかったし、会えなかったのは寂しかったから。
だから、今は悪くもない。そんな気がした。
私の一言を聞いて、さとうが照れ臭そうに微笑む。
嬉しそうな顔。私と喋れて良かったって思ってくれそうな、暖かな表情。
でも、さとうは。

――――私、しょーこちゃんに何も感じない。
――――その他大勢でしかないんだよ。

あの時のさとうはそう言って、私を突き放した。


64 : 月だけが聞いている ◆A3H952TnBk :2021/08/12(木) 12:00:09 sOZKD5BM0
テーブルの下。緊張を飲み込むように、膝の上で拳を軽く握り締める。
この世界で生き返って、アーチャーが支えてくれて、私はまた前へ踏み出すことを選んで。
そうして、ここでさとうと再会してしまった。なんというか、運命みたいに。

なんで駅で、さとうを引き止めたんだろう。
一瞬だけ浮かんだ疑問。
その答えは、明白だった。
目の前にいるさとうが、何者なのか。
まずはそれを確かめたいし、もしも私の知っているさとうだったら―――。

「さとう」

私は、意を決して口を開いて。


「あのさ……」
「怖いよね、最近」


―――さとうの一言に、遮られた。

「ニュース、見てる?」

あ、と私は声を上げようとしたけど。
さとうは気にせず、窓の外を見つめながら黙々と呟く。

「女の人が何人も殺されちゃってたりとかさ」

例の行方不明事件、のことだろうか。確かにそれはニュースで見ている。
何人もの若い女性が忽然と行方不明になっている、なんて話を聞いた。
アーチャーも言っていた。あれは、サーヴァントによる犯行の可能性も否定できないって。
これほどの人数が界聖杯内で連続して姿を消すことなど、自然には有り得ないと。
恐らくは魂喰いなどに躊躇を持たない主従によるものか―――そんな推測をしていた。
怖いと思うけれど、いまいち実感が沸かないのは、現実と一緒であり。
それを語るさとうの眼差しは、どこか遠くを見つめているようだった。

「アイドルの女の子も、いなくなっちゃったんだっけ」

―――白瀬咲耶、だっけ。
うちのバイト仲間にも、ファンがいた。
その娘さえも行方知れずになっている。
SNSでも話題になっていた。

「しょーこちゃんも気をつけてね」

そして、さとうはそう言って。

「しょーこちゃん、かわいいんだから」

にこりと、微笑みかけてくれた。
そんなさとうの顔を見て、少し驚いてしまうけど。
私も思わず、口元が綻んでしまった。

「……アンタには敵わないって、さとう」

ほんの僅かな時間でしかないけれど。
こういう風に話していると、なんだか昔に戻ったような気がして、悪くはなかった。


65 : 月だけが聞いている ◆A3H952TnBk :2021/08/12(木) 12:00:45 sOZKD5BM0

「じゃ、しょーこちゃん」

それから、いつの間にかコーヒーを飲み終えていたさとうが、その場から立ち上がった。

「私、そろそろ行かなきゃ」

そう言って彼女は、手を振る。
荷物を手に取って、足早に去ろうと―――。


「ねえ、さとう」


思わず私は、呼び止めた。
咄嗟に口が開いていた。
さとうとは、まだ話したいことがあって。
本当に大事なことで。確かめなきゃいけないことがあって。

「あの後さ、大丈夫だった?」

うまく踏ん切りが付かなかったけれど。
それでも、言わなきゃいけなくて。
さとうと向き合うために、ちゃんと踏み込まなきゃいけなくて。
だから。


「―――神戸しおちゃん」


私は、その名前を出した。
それを聞いたさとうは、固まった。
表情をぴくりとも動かさず。
仏頂面のまま、私を見下ろしていた。
先程までの穏やかなさとうとは、雰囲気が全然違う。
このとき、私は確信してしまった。
ああ、目の前にいるこの娘は。

「さとうにとって、私は“その他大勢”なんだろうけど。何も感じないんだろうけど」

だから私は、言葉を続けた。
あの時さとうに告げられた本心を、反復して。

「でも、私は。やっぱり、あんたが大事だから―――」
「ねえ、しょーこちゃん。あのとき踏み込んできたよね」

私の言葉を遮って、さとうは口を開く。
先程までとは、まるで違う。
冷たい声色で、目を細めている。


「私達の、愛のお城に」


そう言いながら、さとうは再び目の前の席へと腰掛ける。
冷淡に告げられる言葉。だけど、さとうは真っ直ぐにこちらを見据えている。
そんな彼女を、私もまた見つめ返す。
一筋の汗が、頬を流れる。


66 : 月だけが聞いている ◆A3H952TnBk :2021/08/12(木) 12:01:47 sOZKD5BM0

神戸しおちゃん。
あの子が探していた家族。
そして、さとうにとっての大事な人。
あの子の言うことが正しいのならば。
さとうは、誘拐犯だ。
しおちゃんを拐った、張本人だ。
でも、それでも。

―――さとうの気持ちは、間違いなく愛だと思う。

だって。“大事な人”が出来たあの日を経てから、さとうの顔はキラキラ甘く輝いて見えたから。
男漁りを繰り返していた頃よりも。時折寂しげな横顔を見せていた頃よりも、ずっと。
例えその愛が、自分の為のものだったとしても。エゴとか、独り善がりとか、そういう感情が根っこにあったとしても。
「その子を愛したい」って気持ちは。「その子と一緒にいたい」っていう祈りは。「その子と寄り添えるように頑張りたい」っていう願いは。
それ自体は間違いなく、“唯一人しかいないその子”と出会えたからこそ芽生えるものだから。
私だって、一緒だから。―――さとう。

しおちゃんだって、さとうのことを愛しているのは一目で分かった。
あの部屋からしおちゃんが出てきて、さとうに出てきた時の表情。脅されてる訳でも、無理強いをされている訳でもない。ましてや暴力か何かで従わされてる訳でもない。
紛れもなく、愛されているし。紛れもなく、さとうが大好きなんだと。直感のように理解してしまった。
それを分かったうえで、言わなきゃいけない。

「さとうの気持ちは、愛だよ」
「うん」
「でもね」

さとうの気持ちは本物の愛だけど。
これは、言わないと駄目だって。
私は、そう思っていた。


「さとうの愛は、間違ってる」
「正しい。間違ってなんかいない」


神戸あさひくん。
あの子の顔が、ずっと浮かんでいた。
あの子の苦しむ姿を、想起した。
優しくて、真っ直ぐで。
誰かのことを、あんなに想える。
闇はきっと晴れるって信じてる。
いつかあの子が光の下で笑ってくれるって、信じてる。
でも。“しおちゃん”がいない限り。
きっとあの子は、身も心も擦り減らせて歩き続ける。


「しょーこちゃんは、愛を知ってるの?本当に誰かを愛せたこと、ある?」
「あるよ。だって私、あんたのことが好き。それだけは絶対に言える」
「自分の善意を都合良く押し付けたいだけでしょ?私の気持ちなんて考えてない」
「考えたい!でも、さとうだって闇雲に自分のことばかり考えてる。それじゃ、あんたは―――」


このままじゃ、さとうは。


67 : 月だけが聞いている ◆A3H952TnBk :2021/08/12(木) 12:02:27 sOZKD5BM0
さとうに信じてほしい。
向き合いたいし、寄り添いたい。
さとうを、何とかしてあげたい。
だけど、上手く言葉を紡げなくて。
気が付けば、私は声を荒らげてて。
私の理性とは無関係に、言葉が吐き出されていた。


「考えてるよ、しおちゃんとのこと。しおちゃんがいたから、今の私はいるもの。しおちゃんが一番大事」
「だったらッ!しおちゃんのこと探してる“あの子”とも、ちゃんと向き合ってよ!しおちゃんが大事ならっ!しおちゃんの家族のことも考えて!」
「あのさ、しょーこちゃん――――なんでしおちゃんが独りぼっちだったのか、分かってる!?」


感情が、うまく纏まらない。
どうしたいんだろ、私。
なんで私、こんなに取り乱しているんだろう。
私は、さとうと言い争いたいんじゃなくて。
さとうのことを、否定したいんじゃなくて。
でも、あさひくんの苦悩も、放っておけなくて。

「そうじゃなくて、さとう……っ」
「しょーこちゃん。私としおちゃんの幸せに、割り込まないで」
「……そういうとこ、だよ」
「誰だって、勝手に踏み込まれるのは嫌でしょ?」
「さとうはそうやって、自分だけで……」

色んな気持ちがあべこべになって、言葉を詰まらせて。
堰き止めていた感情が、崩れ落ちて。
目元から、涙が溢れていた。

「ねえ、さとう。お願いだから」

あの子だって、苦しんでいる。
妹さんを探して、ずっとずっと彷徨い続けている。
暖かな日常を、独りぼっちで求めている。
あの日、私はあの子に問いかけた。
“あなたが幸せになれる道はないの?”。
今でも、その気持ちは残っている。
例えそれしか幸せのカタチが見えなかったとしても。
どうか、自分を苦しめることのない、優しい日々の中にいてほしい。
そして、何より。さとう。
さとうにだって、そういう世界にいてほしい。
私を籠の外から連れ出してくれるさとうも、穏やかな光の下で生きててほしい。

「お願いだから……」

だって。
しおちゃんとの日常は、“正しくないもの”だから。
いつ崩れてもおかしくはない、ガラスのような日々だと思うから。
そのせいで、さとうが悲しみを背負うことになるかもしれないから。
さとうは、間違いなく私の親友。
だからこそ、想う。


「閉じ込もらないでよ……」


正しくないものは、いつか必ず否定される。
否定されて、崩れ落ちれば、さとう達が苦しむことになる。

“自分”を傷つける愛なんて、絶対に良くない。
あの子だって―――あさひくんだって、そうやって自分を犠牲にしていた。
それだけが拠り所だったから、あの子は苦しみ続けていた。


68 : 月だけが聞いている ◆A3H952TnBk :2021/08/12(木) 12:03:11 sOZKD5BM0

さとうは、無意識のまま“自分”を傷つけようとしている。
そして。“他の誰か”さえも傷つけることを、自分の意思で選んでいる。
ぜんぶ、愛という想いのために。
しおちゃんと過ごすために、他のあらゆるものを踏み躙ろうとしている。
自分自身の、将来さえも。

そんな愛は、間違ってると思う。

だからさ、さとう。
お願いだから、やめて。
周りを傷つけて、自分も苦しめるかもしれない道を歩んで。
悲しみだけが残るかもしれない未来なんて、あってほしくないから。

「……ごめんね、しょーこちゃん」

暫く沈黙して、何かを考えていたさとうだったけれど。

「ちょっと頭に血が上っちゃったみたい」

ふいにさっきまでのように微笑んで、私に謝ってきた。
そうして私の目元の涙を、優しく拭ってくれる。
今の私は周りの目も気にせず、きっと酷い顔をしているのだろう。


「連絡先、交換しない?」


そして、さとうは。
微笑んだ顔のまま、そう提案してきた。

「話の結論は、もっと後にしよっか。しょーこちゃんや私が、生き残ってたらの話だけど」

―――ああ、そっか。
お互いに大体、察しは付いていたんだと思う。
さとうに殺された私と、同じ経験を共有しているさとう。
私達は、私達が何者なのかを分かっている。

「そうならないように、暫くはまた“友達”でいない?」

さとうが顔を近づけて、囁くように言う。
つまり、それは。
暫くは組もう。そういうことなのだろう。
今のさとうが、何を思っているのか。
どうしてそうする気になったのかは、分からないけれど。
私は、この場でのさとうとの接点を作りたかった。
だから私は、さとうの提案に応じてスマートフォンを取り出した。

「ばいばい、しょーこちゃん。用があったら、“連絡”するから」

連絡先の交換を終えて、さとうは今度こそ席を立つ。
そしてそのまま足早に出口へと向かい、外へと去っていった。

一人取り残された私は、その場で俯いた。
結局、涙は止まらないままだった。
――――せっかく、さとうと会えたのに。
――――さとうと、この場で向き合えたのに。
人生は、思うように進んでくれない。
友達と思いがけず、再び顔を合わせられたのに。


69 : 月だけが聞いている ◆A3H952TnBk :2021/08/12(木) 12:03:50 sOZKD5BM0

『……マスター』
『ごめん、ごめんね……アーチャー』
『分かってるよ。よく頑張ったと思う』

すぐ近くで霊体化していたアーチャーが、念話で私を労ってくれた。
私が戦うことを選んだ動機。たった一人の親友。
さとうがいたから。さとうと話したいから。
だから、私に任せてほしい。私だけで話をさせてほしい。
そう頼んだから、アーチャーは何も言わずにずっと見守ってくれていた。

『誰かと向き合うのが、こんなに怖いってこと。私、忘れてたみたい』
『そうだね……誰かと分かり合おうとするのは、本当に難しいことだから。
 袂を分かつことだって、幾度となくあった……かつての恩人とも、ボクは……』

涙を流しながら零す私の言葉を、アーチャーは受け止めてくれる。
過去に思いを馳せるように、語りながら。

『それでも』

そうして、僅かな間を置いて。
アーチャーは、言葉を紡いだ。


『歩み寄ろうとする意思は、決して無意味なんかじゃない。あなたは、強い人だ』


真っ直ぐな一言。
それが、私の心に寄り添ってくれた。
脳裏に再び浮かぶ、あさひくんの姿。
あの子も、こんな風に弱っていた私を支えてくれた。
それを思うと、アーチャーもまたいじらしくて。暖かくて。
だから私は、涙を拭った。

『……ありがと、アーチャー』

ここから先、どうなるのかは分からないけれど。
それでも今は、アーチャーにお礼を言いたかった。


◆◇◆◇


『キャスター』

数十分前。
私―――松坂さとうが、しょーこちゃんと一緒に喫茶店へと向かっている最中。

『死んだ人間も、マスターになれる?』

“鬼の力”の応用とやらで感覚を共有したキャスターに、念話で問いかけた。
あいつと意識を共にすることは、はっきり言って腹立たしいことだったけれど。
日中に出歩けないあいつのサーヴァントとしての魔力探知能力を少しでも利用するべく、渋々受け入れている。

『界聖杯は正真正銘の“奇跡”だよ。“可能性の器”足り得る者たちを拒んだりはしない』

いつものように、ニヤついた声でキャスターは応えてくる。
心底腹立たしい。苦々しい。でも私は、耳を傾ける。

『それが例え、死者であろうと』

その一言を、聞いて。
私は、すぐ隣を歩くしょーこちゃんを横目で見た。
私としょーこちゃん。昔と同じように、こうして一緒に歩いている。
違うことが、あるとすれば――――。





70 : 月だけが聞いている ◆A3H952TnBk :2021/08/12(木) 12:04:53 sOZKD5BM0



『いいのかな?あの娘とつるむなんて』
『別にいい』
『君を裏切るかもしれないよ?』
『大丈夫。今のしょーこちゃんは、そういうことしないと思うから』

そして、時間は現在へと戻る。
喫茶店を去り、サンシャイン通りの人混みに紛れるように、私は駅へと向かって歩き続ける。
キャスターの小言を適当にあしらいながら、私は交換した連絡先を確認する。

『キャスターが動けるようになったら、すぐ消そうかなって思ったけど』

喫茶店では、ニュースの話で鎌をかけた。
女性の連続失踪事件。報道では「殺された」等という表現が使われたことはない。
遺体どころか証拠も何も存在しないらしいのだから当然だ。
でも、私が「女の人が何人も殺された」と言っても、しょーこちゃんは当然のように受け入れていた。まるで殺人者が存在することを前提にしているように。
聖杯戦争の関係者ならば、あの件をサーヴァントなどの仕業と疑うのも自然だ。
右手の包帯も含めて、私はしょーこちゃんに当たりをつけた。

『もう少し、泳がせてみる』

でも、気が変わった。
キャスターは弱点が多い。日中は全く動けないというのは特に致命的だ。
普段ならまだしも、この聖杯戦争において私にできることも限られている。
だったら、“少しでも信用できる存在”と繋がりを持っておいた方がいいと判断した。

私にとって、しょーこちゃんは“その他大勢”。何も感じない相手。
それは、あのとき確かに云った言葉。
彼女に突きつけた、決別の表明。
あの喫茶店で対面したしょーこちゃんは、それを“覚えていた”。


――――さとうにとって、私は“その他大勢”なんだろうけど。何も感じないんだろうけど。
――――でも、私は。あんたが大事だから。


私達の甘いお城が崩れた、あの日。
しょーこちゃんが、私達の世界に踏み込んできた。
私は、心の底から思った。
ああ。少しでも気を許すんじゃなかった。
ここまで言ってくれるこの娘なら、少しは話しても良い。
一度はそんなことを考えた自分が馬鹿だった。愚かだった。
だから、しょーこちゃんが私達の写真を撮影したとき。彼女を排除することを、迷わず選んだ。

それでも、あの娘は。
自分の危機を目前にしても。
囀って、囀って、囀って、囀って。
小鳥が歌うように、囀り続けた。

あの時も少し驚いたけど、結局始末することには変わりなかった。
警察に話さないなんて信じるつもりはなかったし、あの子の言葉を受け入れる気もなかった。

それでも。
さっきは、ちょっとビックリしちゃった。
少しだけ、あの子を見直してしまった。
だってしょーこちゃん。
今日は目、全然逸らさなかったから。
“あの言葉”を覚えていたしょーこちゃん。
つまり、死を体験したはずのしょーこちゃん。
私に刺されたことも、きっと覚えている筈なのに。
それでも、しょーこちゃんは―――。

『そうだ――さとうちゃん、忠告をひとつ』
『……なに?』
『俺が予選期間中に交戦した“雷霆の弓兵”。
 その気配をさっき微かに感じたんだ!
 あの時は結局撤退してしまったけど、嬉しいなぁ。
 同じ感情を持つ“彼”とまた相見えることが出来るなんて―――』

キャスターのぼやきを適当に聞き流しながら、私は人混みの中を進んでいく。
サーヴァントの気配。これから敵対していく存在。
いつかは彼らと対峙することになるだろう。
しおちゃんとの、幸福の為に。


71 : 月だけが聞いている ◆A3H952TnBk :2021/08/12(木) 12:09:17 sOZKD5BM0
【豊島区・池袋/1日目・午後】

【松坂さとう@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:健康
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:鞄
[所持金]:数千円程度
[思考・状況]
基本方針:しおちゃんと、永遠のハッピーシュガーライフを。
1:どんな手を使ってでも勝ち残る。
2:しょーこちゃんとは、必要があれば連絡を取る。
[備考]
※飛騨しょうこと連絡先を交換しました。

【飛騨しょうこ@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:健康
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:鞄
[所持金]:1万円程度
[思考・状況]
基本方針:さとうを信じたい。あさひくんにお礼を言いたい。そのためにも、諦められない。
1:さとう―――。
[備考]
※松坂さとうと連絡先を交換しました。

【アーチャー(ガンヴォルト(オルタ))@蒼き雷霆ガンヴォルト爪】
[状態]:健康、クードス蓄積(現在2騎分)
[装備]:ダートリーダー
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:彼女“シアン”の声を、もう一度聞きたい。
1:マスターを支え続ける。
[備考]
※予選期間中にキャスター(童磨)と交戦しています。また予選期間中に童磨を含む2騎との交戦(OP『SWEET HURT』参照)を経験したことでクードスが蓄積されています。


【北区・松坂さとうの住むマンション/1日目・午後】

【キャスター(童磨)@鬼滅の刃】
[状態]:健康
[装備]:ニ対の鉄扇
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:もう一度“しのぶちゃん”に会いたい。
1:日没を待つ。それまではさとうの“感覚”を通して高みの見物。
2:雷霆の弓兵(ガンヴォルト)との再会が楽しみ。
[備考]
※予選期間中にアーチャー(ガンヴォルト(オルタ))と交戦しています。さとうの目を通して、彼の魔力の気配を察知しました。
※鬼同士の情報共有の要領でマスターと感覚を共有できます。交感には互いの同意が必要ですが、さとうは索敵のために渋々受け入れています。


72 : ◆A3H952TnBk :2021/08/12(木) 12:09:42 sOZKD5BM0
投下終了です。


73 : ◆0pIloi6gg. :2021/08/12(木) 22:26:56 A0zUooK20
おいおい最強の書き手爆誕か? ってなる圧倒的な解像度の語らい、大変楽しく読ませていただきました。
死亡後参戦という特殊な身の上だからこそ出来る話、互いの主張のぶつけ合いと死を経たからこその成長。
原作に思い入れが強ければ強いほど、感無量の心地で読み進められるとても素晴らしい一作だったと思います。
さとうの愛を認めつつも譲らない、一般的な道徳通念から否定するのではなくさとうや"彼"のことを想う故の否定という辺りもやさしい。
童磨は最後シカトされてましたが(残念でもなく当然)、ガンヴォルトはしょうこの心に静かに寄り添うまさに理想的なサーヴァントですね。
とにかく会話と心情描写が巧みだった、読めば読むほど味の出てくるお話でした……投下ありがとうございました。


さて。新たに「ガムテ&ライダー」のイラストを製作していただいたので、wikiのガムテのページに掲載しておきました。
今回も素晴らしい出来栄えとなっておりますので、ぜひご覧ください。


74 : 名無しさん :2021/08/12(木) 23:19:15 YV1d56GE0
投下乙です
心理戦でしょーこちゃんがマスターか割り当てようとしたさとうと
自分がマスターだとバレることも構わず正面からぶつかったしょーこちゃん、
自分の話に終始するキャスターと立ち向かったマスターを受け止めるアーチャーの対比が熱いですね!


75 : ◆ZbV3TMNKJw :2021/08/12(木) 23:53:50 SoZxbHvM0
皆様投下乙です
皆様のレベルが高すぎて書き手としては参加できそうにありませんが及ばずながら支援させていただきます
こちら参加者紹介動画となります
→ttps://www.nicovideo.jp/watch/sm39171241


76 : ◆0pIloi6gg. :2021/08/13(金) 20:13:49 T4GIEbMU0
>>75
すごい!!!!! めちゃくちゃいい支援動画でテンション上がりました。
画像チョイスで時々くすりとしたりBGMとの合い方もバッチリでほんとに素晴らしい。
wikiの支援まとめページに載せさせていただきましたので、何か問題あれば遠慮なく言って下さい。
改めてこの度は素敵なご支援をありがとうございました!!


77 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/14(土) 07:38:17 kBDjFNtQ0
投下お疲れ様です!
しょーこちゃんは死亡後参戦だからこそ、さとちゃんの愛ともきちんと向き合えるようになって、そして今度こそ間違えないように頑張る姿がとても素敵ですね!
愛に対して考えているからこそ、あさひくんのことも考えて、さとちゃんの間違いについても教えてあげられるのでしょうし。
もちろん、さとちゃんも絶対に譲らないので、しょーこちゃんも涙を流しますが……寄り添ってくれるガンヴォルトの優しさも愛おしい。
そして童磨はさとちゃんから無視されまくっていましたが、ガンヴォルトと再会したらどうなるでしょう?

支援イラストと動画もお疲れ様です!
どちらも本編の雰囲気を丁寧に演出していますし、胸が躍りましたね。この盛り上がりに貢献できるよう、自分も積極的な投下を目指したいです。
それでは、予約分の投下を始めます。


78 : みんなの責任! 大切な人の願いは ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/14(土) 07:40:35 kBDjFNtQ0

「悪いガキンチョどものいたずらに、この俺ちゃんも堪忍袋の緒が切れましたぁ!」
「こんな時に意味わかんないことを言うなよ!?」
「チッチッチ! 俺ちゃんはヒーロー……ヒーローなら、戦う前に決めセリフを言わなきゃダメでしょ? そこんとこ、お約束なんだぜ?
 あっ、セリフの元ネタのキャラは今年の秋に公開される映画トロ(ピー音)ルー(ピー音)プリ(ピー音)アにゲスト出演が決まったから、みんなも見てくれよぉ? 俺ちゃんとのお約束だぜ!」

 絶体絶命の状況にも関わらずして、アヴェンジャーのサーヴァント・デッドプールは相変わらずおどけていた。
 けれど、それはただの強がりかもしれない。マスターである俺・神戸あさひを守りながら、片腕だけで戦わなければいけないデッドプールには相応のプレッシャーがのしかかっているはず。
 対するに、相手は集団で俺たちに襲いかかっている。刃物や金属バット、更には拳銃までもを装備して、顔にガムテープを貼ったおかしな子どもたちが、俺たちを取り囲んでいた。



 光月おでんさんたちとの戦いに負けてから、俺たちはあてもなく街を歩いていた。
 日雇いの仕事を終えて、その日の収入を得たはいいけれど……そこから先の予定は何もない。
 元々、俺には何もなかった。実の父親から暴行を受け続けて、母さんも苦しんで、たった一人の妹のしおすらも俺たちから去ってしまった。
 だから、俺はしおを取り戻すために、聖杯を求めるしかない。おでんさんも、おでんさんのサーヴァントもかなりの実力者で、俺たちは完膚なきまで負けたけど、命までは奪われなかった。
 俺は今まで、汚い大人しか出会わなかった。でも、おでんさんはそんな大人たちとは違い、俺のことを本気で心配していそうだった。
 今は、休みな……そう言い残して、俺の元から去っていった。


 でも、今度は子どもたちから襲われてしまう。その数は30人は超えるはずだ。
 その格好と、血走ったような目つきは明らかに異常者だ。聖杯戦争のマスターかサーヴァントのどちらかはわからないけど、あいつらが俺たちを殺そうとしていることは一目でわかる。
 おでんさんたちとの戦いでダメージを負ったから、俺たちは人気のない路地裏で休むことにしたけど、まさかこんなヤバい連中に遭遇するなんて思わなかった。

「うーん、これはなかなかナイスな演出だねぇ! こういうピンチがあるからこそ、読者のみんなもワクワクするって知ってた?」
「知るか! どうだっていいだろ、そんなこと!」

 後悔しても遅いから、俺たちは戦うしかない。
 デッドプールの構えた拳銃から放たれる弾丸で、敵の頭部がトマトのように破裂する。相変わらずのグロテスクさと、人の命が奪われた事実で震えるが、俺たちは必死に走った。
 まだ、デッドプールの傷は完治していない状態で、俺を抱えて逃げ切ることは難しい。対するに、数では圧倒的に相手が有利で、しかも地の利でも分が悪い。
 俺たちにとってこの道は初めてだが、相手は走り慣れている。俺が出口を見つけても、その向こう側からガムテープの子どもが現れて、逃げ道が塞がれてしまう。
 そうして、俺たちは街を走らされ続けていた。


79 : みんなの責任! 大切な人の願いは ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/14(土) 07:42:43 kBDjFNtQ0
「ハハッ、待てよー!」
「ヒャーハッハッハッハ!」
「マスターを殺せば、ポイントゲットだぜ!」

 こんな中でも、ガムテープの子どもたちは俺を笑いながら、逃げ道を確実に奪っていく。
 しかも、相手の援軍も無数にいた。デッドプールがいくら発砲しても、その代わりのように子どもが湧いて出てきて、俺たちを追い詰めようと走る。

 そして、この道にはどういう訳か、至る所に死体が転がっていた。老若男女問わず、しかも警察官までもが含まれている。
 犯人は考えるまでもなく、あの子どもたちだろう。白昼堂々と、大量殺人を行う異常性に体が震えた。
 街も滅茶苦茶にされ、至る所に設置されていたカメラも破壊されている。これも、こいつらの仕業なはずだ。
 彼らの正体はわからないが、俺たちを狙っている。それだけは確かだった。


 でも、俺はこんな所で殺されるつもりはない。こんなふざけた、しかも悪魔に等しい連中に命を奪われるなんて嫌だ。

「……ヤベェ! マスター、伏せろッ!」
「うわっ!」

 デッドプールが叫んだ瞬間、俺はしゃがまされてしまう。
 すると、響き渡る銃声と共に、何かが俺の頬を掠めた。指先で触れてみると、僅かな痛みと共に血が流れている。
 敵が拳銃を撃ってきたのだと、俺はすぐに察した。もしも、デッドプールが俺の体を掴んでくれなければ、殺されていたかもしれない。

「あれ〜? 鬼ごっこはもう終わりなの?」
「これでポイントゲットなんて、ショボすぎ! ヌルゲーすぎでしょ!」

 恐怖に震える暇もなく、道の向こうからガムテープの子どもが二人も現れた。しかも、ご丁寧に拳銃を持っている。

(……こりゃ、完全に囲まれちまったなぁ。前後左右、俺ちゃんたちを逃がすつもりはねぇみたいだ。
 いやはや、モテる男は辛いね)

 デッドプールの念話が俺の頭に響いた。
 道化を演じているが、声色には覇気を感じない。万全ならまだしも、負傷して間もないデッドプールではこの状況を切り抜けることはできなかった。

(……にしても、このガキンチョどものパワーは一体なんなんだ? 俺ちゃんなら、片腕一つでもダウンさせられるんだけどよ……こいつらには何かがある。
 どうやら、謎解きタイムの時間みたいだな……)

 デッドプールは思案しているが、敵の集団は俺たちに少しずつ迫っている。
 デッドプールを警戒しているのか、単純に俺たちをいたぶろうとしているのか。どちらにしても、ムカつくことに変わらない。
 こいつらは、俺たちをゲーム感覚で殺そうとしている。言動から察するに、聖杯に託したい願いがある訳ではなく、そもそもマスターやサーヴァントであるかも怪しかった。
 でも、俺にこいつらを殺す力はない。今のデッドプールが集団で追い詰められたから、俺がたった一人で戦っても返り討ちに遭うだけ。


80 : みんなの責任! 大切な人の願いは ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/14(土) 07:44:11 kBDjFNtQ0
(嫌だ……俺はまだ、しおを助けていないんだ! しおを、しおを助けるまで……死ぬ訳にはいかないんだ!)

 そうだ。
 俺には大切な妹がいる。
 しおの中から悪魔を追い出して、しおだけの人生を歩ませるまで俺は死んじゃいけない。
 俺にはもうそれしかない。それを邪魔するなら、どんな奴が相手でも蹴散らしてやるだけ。
 俺は金属バットを握り締めながら、立ち上がった。

「おっ? 殺る気を見せてくれた?」
「でも、俺らを前に戦えるの? このヘボマスターは?」
「よーしっ! じゃあ、誰がトドメを刺すかジャンケンで決めようぜ!」

 あいつらは俺を見て笑うが、関係ない。
 油断しているから、そこを狙えばチャンスはある。
 覚悟を決めて、金属バットを振おうとした。

「ーーーープリキュアッ! スター・パアアアァァァァァンチッ!」

 その時だった。
 空の彼方から、流れ星のように輝く声が響いたのは。
 路地裏の全てを照らす程の眩しさに、俺は思わず目を閉じた。
 ドガン! と、花火のような爆音が響き、衝撃波が吹き荒れる。吹き飛ばされないよう、俺は必死に耐えた。

「……マスター、どうやら俺ちゃんたちを助けてくれるプリンセスが現れたみたいだぜ?」

 安堵を含んだデッドプールの声に、俺は恐る恐る瞼を開ける。
 そこには、煌びやかな衣装をまとった一人の少女が、ガムテープの集団を前に立っている姿が見えた。
 その背中は小さいけれど、俺たちを守るという確かな意志が感じられ、おでんさんのように凛々しい。
 そして、彼女は俺たちに振り向く。俺よりも幼い顔つきだけど、その瞳は星のように綺麗だった。

「ここはわたしに任せて、二人は逃げてください!」

 そう言いながら、彼女はガムテープの集団に立ち向かっていった。
 「待て!」って呼び止めようとした直後、あのガムテープの集団が蹴散らされていく。
 弾丸を素手ではじき返し、鋭利な刃物は手刀で砕き、金属バットも軽々と避ける。そこからキックやパンチを命中させて、敵を思いっきり吹き飛ばした。
 この間、わずか数秒だ。華奢な体躯からは想像できない程の動きに、俺は目を見開いてしまう。

「……あいつら、やっぱり”割れた子供達(グラスチルドレン)”か?」

 すると、足音と共に男の声が聞こえてくる。
 顔を上げると、神妙な面持ちの男が現れた。逆立った髪とスーツは黒に染まり、容姿も異様なまでに整っている。人気アイドルとしてTVや雑誌で取り上げられてもおかしくないほどの美男だった。

「おや〜? 兄ちゃんも俺ちゃんたちを助けに来てくれたの? ハハッ、もしかして俺ちゃんの幸運はEXなのかな?」
「んん? オレは助けに来た……とはまた違うが、少なくとも無駄に戦うつもりはねぇよ。どうやら、あんたらはずいぶん痛めつけられたみてえだな」
「俺ちゃんはハンデをくれてやったんだぜ? ちびっ子にも優しいこの俺ちゃんは、あえて手加減をしてやったのさ!
 それをあのガキンチョどもは調子に乗って……プンプン! プンプンだよ!」

 スーツの男を前に、デッドプールはいつもの調子を取り戻している。
 だけど、俺は胸をなで下ろす。スーツの男はすぐに俺たちを殺すつもりはなさそうで、奇妙な子ども達だって少女に任せることができた。
 ただ、気になるのは男の様子だ。俺やデッドプール、それに少女とは違う表情で、ガムテープの集団を見つめているからだ。


81 : みんなの責任! 大切な人の願いは ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/14(土) 07:45:09 kBDjFNtQ0

「う、うぅ……」

 ガムテープの少年が起き上がろうとする。
 しかし、スーツの男は少年の胸ぐらを掴みながら、懐から取り出した拳銃を突きつけた。

「ひぃっ!?」
「おい、テメーら”割れた子供達(グラスチルドレン)”がいるってことは……ガムテもこの聖杯戦争に関わっているのか?」
「な、なんでガムテや俺たちのことを……!? って、その面(ツラ)、どこかで……」
「今すぐに答えろ。さもなければ、テメーの頭は水風船みたいに吹き飛ぶぜ?」

 ガムテープの少年を恫喝する男は、まるで鬼のようにおぞましい表情だった。





 買い物で大田区に訪れた瞬間、わたしたちは絶句する。
 街は破壊されて、道行く人達は全身を真っ赤にしながら倒れていたからだよ。
 もう、みんな息をしていない。体の至る所がグチャグチャにされて、大量の血が街を赤く染めていた。

「……ご丁寧に、カメラも破壊されてやがる。どう見たって、ただ事じゃなさそうだ」

 星野アイさんのサーヴァントのライダーさんも、顔をしかめていた。
 アイさんも目を伏せていて、わたしのマスターの櫻木真乃は……顔を青ざめている。

「な、なんで……なんで、こんなことに……!?」

 わたし・星奈ひかるだって震えるけど、誰も返事をしてくれない。
 今日までこの街で幸せに暮らしていたはずの人たちが、こんな酷い目に遭わされる理由はないはず。ノットレイダーや宇宙ハンターたちだって、ここまで理不尽な破壊はしなかったよ。
 例え、どんな理由があっても、命を奪っていいわけがない。わたしは拳を握りしめた瞬間、近くから爆音が聞こえた。
 誰かが襲われているかもしれない! そう思ったわたしは、すぐにスターカラーペンを取り出した。

「スターカラー、ペンダントッ! カラーチャージッ!」

 かけ声と共にわたしの体は光に包まれて、一瞬でキュアスターに変身するよ。

「宇宙に輝く、キラキラ星! キュアスター!」

 わたしは名乗りをあげると、みんなはビックリする。
 アイさんやライダーさんだって、この姿に目を見開いているよ。


82 : みんなの責任! 大切な人の願いは ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/14(土) 07:45:49 kBDjFNtQ0

「お、おい……嬢チャン!?」
「ライダーさん、真乃さんとアイさんをよろしくお願いします!」

 当然、ライダーさんは驚くけど、詳しいことを説明している時間はない。
 わたしはライダーさんに真乃さんたちを任せて、思いっきりジャンプをした。空高くから街を見下ろしてみると、すぐに見つけたよ。フードをかぶった男の人と、赤いスーツを着た男の人が、武器を持った集団に襲われている場面が見える。
 わたしは右手に力を込めて、星の輝きをまとわせたよ!

「ーーーープリキュアッ! スター・パアアアァァァァァンチッ!」

 叫びながら急降下して、星のエネルギーを思いっきり開放する。
 その勢いに敵が吹き飛ぶ中、地面に着地した。襲われていた二人に「逃げてください!」と言った後、わたしは思いっきり突進するよ。
 上下左右から攻撃してくるけど、わたしは一つ一つに対処する。弾丸は叩き落して、ナイフや刀はチョップで砕き、バットを避けながらパンチを叩き込む。
 たった一人で戦うことになるけど、わたしなら大丈夫。ノットレイダーの軍勢と何度も戦った経験があるから、この状況を切り抜けることもできる。

「ゲッ、こいつもしかしてサーヴァントか!?」
「せっかく追い詰めたのに、助っ人が来るなんて聞いてなーい!」
「ぶっちゃけ、ありえなーい!」
「よく見たら、なんかプリンセスに似てない? コスプレをしてるの?」
「えぇー? ダッサー!」

 だけど、相手はわたしを前にしても、笑っている。
 本気でおこっているのに、不気味な笑顔を浮かべていることが信じられない。

「あなたたち、どうしてこんなに酷いことをしたの!? この街の人たちは、あなたたちに何か悪いことをしたの!?」

 ただ、わたしは疑問をぶつけた。
 彼らが破壊行為に及んだ理由があるはず。もちろん、許される訳じゃないけど、せめてわたしは知るべきだと思った。
 だけど、次の瞬間に返ってきたのは、信じられない言葉だったよ。

「ええー? そんなの決まってるじゃーん!」
「あのマスターとサーヴァントが、ダメージを負っていたから、確実に仕留められるようにするためだよ!」
「コイツらは邪魔だから、アタシたちが前もって殺しておいたの! そうしたら、面白いくらいに鬼ごっこができて、マジでウケる!」
「なのに、お前が俺たちのゲームを邪魔して……この落とし前、どうするつもりなんだよ!?」

 みんないったい何を言っているの?
 わたしは理解することができなかったし、相手の身勝手さにいかりを覚える。
 あの二人を追いつめるためだけに、街の人たちの命を奪ったの? 「鬼ごっこ」や「ゲーム」と呼んで、関係ない人たちを一方的に傷付けたの?
 息が荒くなって、思考がグチャグチャになる。
 確かに、今は聖杯戦争だから戦わないといけない。アイさんみたいに、譲れない願いを持っている人はたくさんいるし、わたしたちサーヴァントはマスターのために戦う責任があるよ。
 願いのために誰かを傷付けることはダメだけど、気持ちはわかる。ユニだって惑星レインボーを蘇らせるために、バケニャーンやブルーキャットに変身して危険なことをいっぱいしたから。
 でも、彼らが街の人たちの命を奪って、あの二人を追い詰めたのは……ただ自分たちが楽しみたいだけ。
 ギリ、と音を鳴らしながら、わたしは拳を握り締める。


83 : みんなの責任! 大切な人の願いは ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/14(土) 07:46:48 kBDjFNtQ0

「そんなの、みんなを傷付けていい理由にはならないよっ!」

 確かないかりと共に叫び、わたしは地面を蹴った。
 一瞬で距離を詰めて、敵の懐にもぐり込んでパンチを叩き込む。相手の巨体を吹き飛ばして、わたしは猛スピードで駆け抜けるよ。
 もちろん、敵の数は多すぎるし、今だって無数の武器でわたしを攻撃してくる。
 彼らをにらみながら、力任せに振るわれる腕を一つずつ避けて、銃弾も手のひらで弾き返した。
 スライディングで敵の両足の間を滑り抜けて、素早く背後に回り込み、勢いよくキックを放つ。

「ウオオオオオォォォォッ!」

 視界の外から、気合いの雄叫びと共に攻撃が迫り来る。
 素早く振り返りながら、わたしは両腕をクロスさせて巨大な鉄塊を防いだ。相手の背丈と鉄塊の長さを合わせて、優に2メートルは超えそうだけど、ダメージはない。

「街の人たちの痛みは……こんなものじゃなかったっ!」

 きっと、街の人たちは怖くて泣いていたはずだった。
 彼らから理不尽に傷つけられて、苦しみのまま命を落としたはずだった。
 少しでも、痛みと悲しみを伝えようと全身に力を込めて、鉄塊ごとはじき飛ばす。

「ウゲッ、真実(マジ)で忍者並の化け物(チート)じゃん!」
「退却だ! 退却!」
「こいつが逃がしたあのマスターとサーヴァントはどうするの!?」
「バッカ! もう無理だろ!? タイムリミットはとっくに過ぎてるから、諦めろって!」

 彼らはそう言いながら、わたしを恐れて逃げ出していく。
 
「待ちなさい!」
『戻ってきて、ひかるちゃん!』

 追いかけようとするけど、真乃さんからの念話が聞こえた。

『ま、真乃さん!? どうしたのですか!?』
『パトカーがどんどん来てるから、ここから早く離れよう! 警察の人に見つかったら、私たちが疑われちゃうって、アイさんが言ってた!』

 真乃さんの言うとおり、サイレン音がどんどん大きくなってくる。
 騒ぎを聞きつけて、おまわりさんや消防士さんたちが駆けつけたはずだよ。
 確かに、このまま残っていたらわたしたちが犯人にされちゃう。無実が証明されたとしても、わたしたちのことがニュースで報道されたら、敵のマスターやサーヴァントに狙われる。
 だから、すぐに離れる必要があるし、敵もみんな逃げたはずだよ。


84 : みんなの責任! 大切な人の願いは ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/14(土) 07:47:44 kBDjFNtQ0

『……わかりました。ダッシュで戻りますので!』

 敵をこのまま見逃すのはイヤだけど、深追いも危険だった。
 真乃さんたちに疑いの目を向けさせてはダメ。そう思いながら、走ろうとした瞬間……わたしが倒した敵を見つけてしまった。
 他のみんなは離れたのに、彼だけがもう動く気配はない。その理由はすぐに気づいたよ。
 わたしがキュアスターに変身して戦った結果……彼の命を奪ったから。

「……………………」

 ズキン、とわたしの心は痛む。
 彼らは決して許されてはいけないことをしたし、ここでわたしが立ち向かわなければ今度は真乃さんたちが狙われた。
 それでも、生きたかったのは彼らだって同じ。ゲーム感覚で人の命を奪ったことは事実だけど、その生き方しかできなかった理由があるはずだから。
 命を奪うつもりはなかった、なんて言い訳をするつもりはない。
 仕方がない、って切り捨てるつもりはないよ。

「……あなたたちのしたことを、わたしは絶対に許さないよ。でも、あなたたちの痛みだって、わたしは忘れないから。これが、わたしの責任だよ」

 せめて、わたしは彼のまぶたを下ろしてあげる。
 この事実から目をそらすつもりはないし、ずっと覚え続けることが、わたしができるたった一つの償いだと思うから。
 もしも、ララたちがわたしのしたことを知ったら、どう思うのかな。わたしに本気で怒って、ガッカリして、絶交するのかな。
 ひょっとしたら、一緒に罪を背負ってくれるのかもしれない。でも、優しいララたちを巻き込むことも、わたしはイヤだよ。


 責任。
 宇宙に生きるみんなを守る責任があると、宇宙星空連合のトッパーさんは言っていた。
 へびつかい座のプリンセスに故郷の星を滅ぼされたガルオウガだって、守る責任を果たせなかったことを悔やんでいたよ。
 昔、みんなは重い責任を背負っていたことを知ったから、わたしも守る責任を果たすと決めた。ララたちと決意を固めたからこそ、宇宙全てを守ることができた。
 ここにララたちはいないけど、わたしは折れるわけにはいかないよ。真乃さんを守って、約束を果たす責任がわたしにはあるから。



 ◆




 厄介ごとはゴメンだったが、これは逆にチャンスでもあった。
 仮の同盟を組んだあの嬢チャンの実力を試すいい機会で、運が良ければ敵対主従とのつぶし合いも可能だ。
 事実、あの嬢チャンの実力はかなり高い。綺麗事に見合った身体能力を誇り、数の不利をあっという間にひっくり返した。
 ここで潰れるようなら、マスターの櫻木真乃ごと切り捨てる予定だったが、やっぱりオレの目に狂いはなかったようだ。
 良かったな、嬢チャン。その頑張りに免じて、まだマスターは生かしておいてやるぜ。

(しかし、あの嬢チャン……やっぱりプリンセスみてーだな。まさか、オリジナルでネーミングやポーズを考えるレベルでガチ勢なのか?)

 それと、嬢チャンは変身して戦ったけどよ、やっぱりプリンセスに似ていた。もしかしたら、ボスに匹敵するレベルのプリオタかもしれない。
 ただ、プリオタの嬢チャンには悪いが、もうプリストに行く余裕はない。


85 : みんなの責任! 大切な人の願いは ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/14(土) 07:49:03 kBDjFNtQ0
 オレは苦い表情を浮かべている。
 この聖杯戦争に、最悪の敵が潜んでいるという事実に辿り着いたからだ。

「……よりにもよって、あのガムテがマスターになっているのかよ」

 オレの脳裏に浮かび上がるのは、底無しの悪意を持つ極道の笑顔。
 破壊の八極道の一人にして、オレが敬愛するボス・輝村極道の実子である男……その名を輝村照。またの名をガムテ。
 このオレやボスが認めるほど、果てしない悪意と狂気を持つ極道であり、”割れた子供達(グラスチルドレン)”を束ねるほどのカリスマも誇る。


 当初、オレは戦いを嬢チャンに任せるつもりだった。
 しかし、隠れようとした矢先に、道端に落ちた“地獄への回数券”(ヘルズ・クーポン)を見つける。
 オレたち極道の切り札とも呼べる麻薬(ヤク)が、何故こんなところにあるのか? そう思い、オレも後を追いかけたら、”割れた子供達(グラスチルドレン)”を見つけた。
 果たして、こんな形で最悪の敵に気付くなんて、運が良いのか悪いのか……

「……お、俺が話せることはこれで全部だ。あとは、何も知らない。な、なあもういいだろ? 帰らせてくれよぉ〜」

 尋問された”割れた子供達(グラスチルドレン)”は、すっかり戦意喪失している。
 どうやら、ガムテと同じ破壊の八極道と崇められたオレのカリスマにビビったようだ。案の定、命惜しさにペラペラと情報を漏らしている。
 集団でマスターとサーヴァントを襲ったのは、戦いで消耗して都合が良かったから。他の主従との戦いでダメージを負った二人なら、”割れた子供達(グラスチルドレン)”だけでも充分に勝てると考えたはずだ。
 もちろん、その判断はオレにもわかるけどな。

「……ああ、帰りたきゃ帰りな。オレは手を出さないって約束したからな」
「ひ、ひいっ!」

 このガキは既に用済みだ。
 ”割れた子供達(グラスチルドレン)”のガキはオレの横を通り過ぎるように、走り去る。
 次の瞬間、銃声と共にガキの頭が弾け飛んだ。

「こいつは、俺ちゃんからのお仕置きだぜ? 俺ちゃんは手を出さないなんて、約束してないからな」

 フッ、と銃口に息を吹きかけるのは、”割れた子供達(グラスチルドレン)”に襲われていたサーヴァントだ。
 お調子者に見えて油断ならない。できることなら、敵に回したくないねぇ。

「うーん、悪ガキの命を奪うなんて、俺ちゃんってダークヒーローの素質あり? このまま、極道入りしちゃう?
 目指すは組長?」
「アンタ、いつの間にか傷が治ってるけどよ……そういうスキルなのか?」
「いやん、バレちゃった? よーし、お礼としてそっちのスキルも俺ちゃんに教えて♡
 真名でもいいぜ!」
「お断りだ」
「ケチ!」

 ……やっぱり、こいつらは敵に回したくねぇ。
 ひとまず、敵対の意志はなさそうだが、油断は禁物だ。あの嬢チャンみたいに容易く利用できないし、かといって真に同盟を組む予定のサーヴァントのようなタイプでもない。
 色んな意味で厄介な奴と出会ったことに、ため息を吐く。自力で腕を再生させるサーヴァントなど、他の主従に任せたいぜ。


86 : みんなの責任! 大切な人の願いは ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/14(土) 07:50:11 kBDjFNtQ0
「……お待たせしました! みんな、大丈夫ですか!?」

 すると、嬢チャンが戻ってきた。
 ”割れた子供達(グラスチルドレン)”の連中と戦ったにも関わらず、かすり傷一つのダメージすらない。オレやアイを疑う気配も見せないので、利用する分には充分に合格だ。

「あぁ、こっちは大丈夫だぜ。オレたちのマスターも、安全な所に隠れている」
「よ、良かった……って、そうだ! パトカーが来るみたいです!」
「そうと分かれば長居は無用だ。
 おい、そこの坊チャンたちはどうする? なんだったら、一緒に連れて行ってやるが……」

 ”割れた子供達(グラスチルドレン)”に襲われていた主従に、オレは問いかける。
 明らかに浮浪者と思われる見た目のガキがマスターで、赤と黒のスーツを身にまとった狂人がサーヴァントだろう。
 まともな育ちをしていないことは一目でわかった。狂犬と呼ぶにふさわしい主従で、このまま連れて行くのはリスクを伴う。
 しかし、オレが尋問をしている間は横から口を出さなかった。命の恩人である嬢チャンと同盟を組んだオレを一応は信用しているはずだ。

「なぁ、マスター。ここはお言葉に甘えちゃおうぜ? このままじゃ俺ちゃんたち、有名人になっちゃうよ?」
「……わかったよ。ここは、あんたたちについていく」
「決まりだな。じゃあ、さっさとトンズラするか」

 そうして、オレたちは急いでこの場を去る。
 ”割れた子供達(グラスチルドレン)”が街を容赦なく破壊したおかげか、オレたちの姿を捉えたカメラは一台も残っていない。仮に警察が街を調べても、オレたちが気付かれることはないだろう。
 まともに相手をしたのも、嬢チャンと坊チャン組だけであり、オレの顔を見たガキも仕留められた。もちろん、ここでオレの存在が気付かれてもおかしくないが、”割れた子供達(グラスチルドレン)”の組織力を考えると、いずれはバレる。
 交渉の手札になる情報を手に入れただけでも良しとするか。


 ガムテが率いる”割れた子供達(グラスチルドレン)”は中央区のとある高級住宅塔を拠点にし、23区の各地で他のマスターやサーヴァントを襲撃しているようだ。
 ガムテが召喚したライダーのサーヴァント・ビッグ・マムは、四皇と呼ばれるほどの海賊であり、圧倒的な巨体と悪魔の実の能力で多くの海を荒らした。
 ガムテたちの犠牲になった主従は数多く、その中にはあの白瀬咲耶も含まれている。既に死体は海の底にドボンだ。
 また、ビッグ・マムはかつて同じ四皇と称された海賊……百獣のカイドウと同盟を組んだ逸話も聞き出すことに成功した。
 だが、話を聞けば聞くほど、オレの胃は痛みそうだ。
 櫻木真乃と白瀬咲耶、そしてオレとガムテが聖杯戦争に巻き込まれたことを考えれば、ビッグ・マムと並ぶ怪物のカイドウがどこかにいる可能性は充分にある。
 だが、オレたちはカイドウの姿や能力を知らない。ビッグ・マムにも言えることだが、仮に真名を見抜いたとしても、その圧倒的な破壊力を前にしては勝てる見込みはゼロだ。


87 : みんなの責任! 大切な人の願いは ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/14(土) 07:51:04 kBDjFNtQ0
(どうやら、本気で交渉をする必要があるみたいだな。ビッグ・マムやカイドウみたいな化け物を仕留めるには、今のオレたちじゃ全然足りねぇ)

 既に最悪の状況に傾きかけている。
 いくら優位な情報を手に入れても、それを構いもしない程の戦力を持つ相手だ。加えて、資金力も半端ではない。
 唯一の弱点は、悪魔の実の能力者はカナヅチであることだろう。海に沈めれば何もできないデクの棒となり、溺死を待つだけ。
 海に誘い込めれば勝機はあるが、都合の良いことはそうそう起こらない。


 また、ガムテと同盟を組むことも不可能だ。
 ヤツは同じ破壊の八極道の夢澤恒星が散った時も、その死を愚弄していた。
 当然、仲間の死を引きずるようでは破壊の八極道などやっていられないが、それでもガムテは別格だ。
 ガムテにアイの存在が気付かれたら、間違いなく人質にされてしまう。そしてオレはガムテの操り人形にされた挙げ句、アイごと殺されるのがオチだ。
 

 ただ、事態は一刻を争うことは事実。
 アイを守り、勝たせるための時間が1秒でも多く必要だ。
 オレが手に入れた情報を使えば、他の主従にガムテたちとぶつけることもできる。狂犬のような坊チャンたちも、鉄砲玉としては上出来かもしれない。
 上手く立ち回れば、オレが漁夫の利を得る可能性もあるだろう。






 ライダーたちのおかげで、私達はその場から離れることに成功した。
 戦争またはホラー映画に出てきそうなほどにショッキングな場面だったから、私も長居したくなかったよ。
 それに、警察の人に見つかることもない。もしも出会ったりしたら、大スキャンダルは間違いないね。
 人気アイドルの星野アイが、実はテログループの一員だった!? って、マスコミからは面白おかしく騒がれちゃうかも。


 そうなったら、私がどれだけ無実を叫んでも意味はない。
 例え、身の潔白を証明できても、SNSや掲示板でわたしに対する誹謗中傷が止まらない。
 住所を特定されて、また刃物で刺される危険もある。そんな痛みは二度と味わいたくないし、絶対に逃げないとね。
 だから、みんなで逃げることにしたよ。見慣れない顔が増えて、後部座席はおしくらまんじゅうになったけど。

「マスター、良かったねぇ! 人気アイドルの車に乗るなんて、なかなかツイてるじゃん!」
「ちっともよくない! そんなのんきなこと言ってる場合じゃないだろ!?」
「ぐぇっ!? よ、四人は流石に……」
「ほわっ!? 大丈夫……?」

 私は助手席に乗ることにしたから、潰される心配はないよ。櫻木真乃ちゃんと、マスターの男の子……神戸あさひくんはご愁傷様です。
 でも、みんなは和気藹々としてて楽しそうだね。私は見守るだけでいいけど。


88 : みんなの責任! 大切な人の願いは ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/14(土) 07:51:46 kBDjFNtQ0


 そして、30分ほど経過した頃、私達は人気のない公園に移動したよ。
 あさひくんたちを襲った”割れた子供達(グラスチルドレン)”はもちろん、パトカーが追跡してくる気配はない。
 どうにかして振り切ったから、ここで情報共有をすることにしたの。
 ライダーは口の固いサーヴァントだけど、そんな悠長なことを言えないほどに危険な相手みたいだから。

「……さ、咲耶……さん……!?」

 震えながら涙を流すのは真乃ちゃんだよ。
 行方不明になった283プロのアイドル・白瀬咲耶は”割れた子供達(グラスチルドレン)”の幹部に命を奪われた。それを聞いて、真乃ちゃんは大きなショックを受けちゃった。
 真乃ちゃんは足下が崩れるけど、アーチャーのサーヴァントの子が支えてくれる。

「だ、大丈夫ですか!?」
「…………ご、ごめん………ね…………私、どう受け止めたらいいのかわからなくて……咲耶さんが…………咲耶さんが…………!」

 咲耶さんの死に心から悲しんでいるはずだよ。
 もちろん、人間としては当たり前の感情だし、私だってお腹を痛めて産んだ子どもたちが亡くなったら心の底から悲しむ。
 もしも、私の家に押し入ったファンに、アクアとルビーの二人が殺されたら……私は復讐を選ぶよ。
 例え、私自身が犯罪者になって、世間から鬼や悪魔と罵られようとも構わない。私の大切な宝物を奪った奴なんて、地獄の底で苦しんでも許すつもりはない。
 犯人だけじゃない。犯人の家族や友人、身の回りにいる全ての人間を道連れにしてやるはずだ。


 でも、今の真乃ちゃんみたいに、友達と呼べる存在を私は得られなかった。
 お母さんからは見捨てられ、施設で育った私は誰かから愛されたことはない。仕事で同業者と出会ったけど、心の底から信頼できる友達は一人もいない。
 だから、咲耶さんの死に悲しむ真乃ちゃんが、どこか遠い世界の出来事のように見えちゃった。
 もちろん、二人には悪いと思っているし、こんなことを口にするつもりはない。ただ、友達の死を悲しむ経験がないことに、どこかもどかしさを感じていたの。


「悪ィな、嬢チャンたち。けど、いつかは知ることになる……あとまわしにしたって、いいことはねえだろ?」

 悲しむ真乃ちゃんに、ライダーはそう言い放つ。
 確かに、行方不明事件はSNSで話題になっているから、真相を先延ばしにしても辛くなるだけ。
 ただ、ライダーもタイミングを選んでくれている。”割れた子供達(グラスチルドレン)”という過酷な境遇を生き抜いた子どもたちと、彼らを束ねるガムテやサーヴァントのビッグマムという凶悪な敵。
 それに、ガムテの戦い方についても包み隠さず教えてから、咲耶さんのことを話してくれたよ。情報をスムーズに伝えるためにも、最後にしてくれたんだね。
 もちろん、私たち以外に誰もいない公園には、重い空気が漂うけど。

「……なぁ、あんたはなんであいつらのことにそんな詳しいんだ?」

 その空気を壊すのは、刺々しい雰囲気を漂わせるあさひくんの疑問。
 でも、それは当然だよね。ライダーはガムテたちのことを教えてくれたけど、普通ならそこまで言えるはずがない。
 だって、話に聞く限りだと”割れた子供達(グラスチルドレン)”は危険きわまりない集団みたいだし。


89 : みんなの責任! 大切な人の願いは ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/14(土) 07:52:37 kBDjFNtQ0
「あいつらも、あんたのことを知っていたみたいだけどよ……まさか、仲間なのか!?」
「おぉ? 鋭いねぇ! その通り……と言いたいところだが、昔の話さ。オレはもう奴らとは縁を切った」
「そんなの、信じられるか!? あんたがあいつらと手を組んで、俺たちを騙すつもりなんだ! 口ではなんと言おうが、どうせ汚い大人なんだろ!?」

 ライダーの飄々とした態度に、あさひくんは激高した。
 あらら? もしかして、あさひくんの地雷を踏んじゃったの?

「ご名答、オレは確かに汚い大人だったさ。でも、そんなオレでもあいつらはヤバいと思ってる……だから、こうして協力を申し出ているのさ?」
「ふざけるな! 俺は汚い大人をたくさん見てきた! 俺がいくら助けを求めても、誰も手を伸ばしてくれなかった! あんただって、俺を騙すつもりなんだろ!?」
「じゃあ、ここでオレたちを潰すか? オレは別に構わねえが……その後、どうするつもりだい? 坊チャンたちだけで、ガムテやビッグ・マムどもを潰すのは骨が折れるぞぉ?
 サーヴァントもまだ完治してないしな!」
「そ、それは…………ッ!」

 あさひくんの叫びを前にしても、ライダーは余裕を崩さない。
 あーあ。あさひくん、手玉にとられちゃってるね。情報面や駆け引きではライダーが圧倒的に有利だから、いくらでも煽ることができた。
 一方で、あさひくんは言葉を詰まらせる。本当は協力なんてイヤだけど、自分たちだけで聖杯戦争を生き残れないって理解しているね。
 あさひくんのサーヴァント・アヴェンジャーも、今は静観している。おどけ者に見えて、実はかなりの切れ者なのかな。
 でも、このままじゃ交渉決裂して、酷いことになりそう。何か、言ってあげるべきかな?

「……汚い大人じゃ、ないと思います」

 私の代わりに口を開いてくれたのは、真乃ちゃんのサーヴァントのアーチャーちゃんだった。
 彼女は真乃ちゃんを支えたまま、真摯な目つきであさひくんを見つめていたよ。

「あさひさんが、ライダーさんを信用できないのはわかります。でも、今のライダーさんが汚い大人ってのは、違うと思います」
「……何を言ってるんだよ? こいつは、”割れた子供達(グラスチルドレン)”の仲間だったんだぞ!? そんな奴と同盟を組むなんて、どうかしてるだろ! あんたらだって、絶対に利用されて殺されるだけだ!」
「その時は、わたしが全力でライダーさんと戦います!」

 あさひくんに負けないくらい、アーチャーちゃんは熱く叫んだ。

「わたしは昔のライダーさんのことを何も知りませんし、あさひさんが同盟を組みたくないっていう気持ちも……理解できます。
 でも、この人はアイさんを守りたいって言う気持ちは本当のことだと思ってます! だから、わたしも協力しているんです」
「おぉ? 嬉しいことを言ってくれるねぇ! でも、オレは汚い大人だから、アイを利用しているかもしれないぜ? もしかしたら、誰もいないところでは暴力を振るっている可能性だって……」
「それも、ありえないと思います。だってアイさんは、ライダーさんを本当に頼りにしていますから。
 アイさん、ライダーさんがいるから……キラやば〜! な笑顔を見せてくれてくれますし!」

 ライダーの煽りにも、アーチャーちゃんは負けない。
 やっぱり、この子は本当に純粋だね。自分たちが騙されているという可能性を知っても、最後まで信じ抜こうとするタイプだ。
 例え、騙されて酷い目に遭わされても、絶対後悔せずに自分の考えを貫き通そうとする。
この場では危険だけど、それを実現してきた強さを持っているはずだよ。
 実際、街中では戦いに勝ったみたいだし。


90 : みんなの責任! 大切な人の願いは ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/14(土) 07:52:51 kBDjFNtQ0
「あいつらも、あんたのことを知っていたみたいだけどよ……まさか、仲間なのか!?」
「おぉ? 鋭いねぇ! その通り……と言いたいところだが、昔の話さ。オレはもう奴らとは縁を切った」
「そんなの、信じられるか!? あんたがあいつらと手を組んで、俺たちを騙すつもりなんだ! 口ではなんと言おうが、どうせ汚い大人なんだろ!?」

 ライダーの飄々とした態度に、あさひくんは激高した。
 あらら? もしかして、あさひくんの地雷を踏んじゃったの?

「ご名答、オレは確かに汚い大人だったさ。でも、そんなオレでもあいつらはヤバいと思ってる……だから、こうして協力を申し出ているのさ?」
「ふざけるな! 俺は汚い大人をたくさん見てきた! 俺がいくら助けを求めても、誰も手を伸ばしてくれなかった! あんただって、俺を騙すつもりなんだろ!?」
「じゃあ、ここでオレたちを潰すか? オレは別に構わねえが……その後、どうするつもりだい? 坊チャンたちだけで、ガムテやビッグ・マムどもを潰すのは骨が折れるぞぉ?
 サーヴァントもまだ完治してないしな!」
「そ、それは…………ッ!」

 あさひくんの叫びを前にしても、ライダーは余裕を崩さない。
 あーあ。あさひくん、手玉にとられちゃってるね。情報面や駆け引きではライダーが圧倒的に有利だから、いくらでも煽ることができた。
 一方で、あさひくんは言葉を詰まらせる。本当は協力なんてイヤだけど、自分たちだけで聖杯戦争を生き残れないって理解しているね。
 あさひくんのサーヴァント・アヴェンジャーも、今は静観している。おどけ者に見えて、実はかなりの切れ者なのかな。
 でも、このままじゃ交渉決裂して、酷いことになりそう。何か、言ってあげるべきかな?

「……汚い大人じゃ、ないと思います」

 私の代わりに口を開いてくれたのは、真乃ちゃんのサーヴァントのアーチャーちゃんだった。
 彼女は真乃ちゃんを支えたまま、真摯な目つきであさひくんを見つめていたよ。

「あさひさんが、ライダーさんを信用できないのはわかります。でも、今のライダーさんが汚い大人ってのは、違うと思います」
「……何を言ってるんだよ? こいつは、”割れた子供達(グラスチルドレン)”の仲間だったんだぞ!? そんな奴と同盟を組むなんて、どうかしてるだろ! あんたらだって、絶対に利用されて殺されるだけだ!」
「その時は、わたしが全力でライダーさんと戦います!」

 あさひくんに負けないくらい、アーチャーちゃんは熱く叫んだ。

「わたしは昔のライダーさんのことを何も知りませんし、あさひさんが同盟を組みたくないっていう気持ちも……理解できます。
 でも、この人はアイさんを守りたいって言う気持ちは本当のことだと思ってます! だから、わたしも協力しているんです」
「おぉ? 嬉しいことを言ってくれるねぇ! でも、オレは汚い大人だから、アイを利用しているかもしれないぜ? もしかしたら、誰もいないところでは暴力を振るっている可能性だって……」
「それも、ありえないと思います。だってアイさんは、ライダーさんを本当に頼りにしていますから。
 アイさん、ライダーさんがいるから……キラやば〜! な笑顔を見せてくれてくれますし!」

 ライダーの煽りにも、アーチャーちゃんは負けない。
 やっぱり、この子は本当に純粋だね。自分たちが騙されているという可能性を知っても、最後まで信じ抜こうとするタイプだ。
 例え、騙されて酷い目に遭わされても、絶対後悔せずに自分の考えを貫き通そうとする。
この場では危険だけど、それを実現してきた強さを持っているはずだよ。
 実際、街中では戦いに勝ったみたいだし。


91 : みんなの責任! 大切な人の願いは ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/14(土) 07:53:27 kBDjFNtQ0
「アーチャーちゃんの言うとおり、私はライダーを心から頼りにしているよ。彼が私を守りたいって気持ちも、嘘じゃないね。だって、強くてカッコいいもの。
 それこそ、私にとってはキラやば〜! なサーヴァントだよ」
「……は、ハハッ……」

 だから、アーチャーちゃんの頑張りに応えるため、私も助言する。
 ライダーは苦笑いするけど、あさひくんは未だに私たちを睨んでいる。でも、落ち着いてくれたかな?

「……俺ちゃんとしては、マスターと同意見だけどよ。あのガキどもはヤバい。
 しかも、背後にはビッグ・マムって怪物も潜んでいるときたもんだ!
 勇気・本気・ステキの三拍子が揃った俺ちゃんでもよ……マスターを守り切れないかもしれねえ」

 アヴェンジャーも、車の中での態度が嘘のように真剣だ。
 見た目こそは派手だけど、本質的にはアーチャーちゃんみたいなタイプなのかな。お調子者と思いきや、実は真っ直ぐ……でも騙されにくい。
 かなり厄介なタイプかも。

「もちろん、マスターがここにいる奴らは鏖(みなごろし)でございます! って言うなら、俺ちゃんは頑張るよ〜?」

 さらっと物騒なことを口にするけど、絶対にやめて。

「……俺は、ライダーを信用するつもりはない」

 それが、あさひくんの答えだった。
 彼は今もライダーを鋭い目で睨んでいるよ。

「誰が何と言おうと、俺はあんたみたいな汚い大人が大嫌いだ」
「そーかい。じゃあ、オレたちを鏖(みなごろし)にするか?」
「いいや……俺はアーチャーとライダーに命を助けられた。その借りを返すために、今だけは同盟を組んでやる」

 その瞬間、アーチャーちゃんは笑顔になって、アヴェンジャーもニッと笑った気がした。

「でも、忘れるなよ! あんたが俺たちを裏切ろうとするなら、すぐにでもマスターごと潰してやるからな!」
「オッケーオッケー! じゃあ、期待に応えられるように頑張ってやるさ」

 あさひくんは叫ぶけど、ライダーは相変わらず軽々と流す。
 やんちゃな子どもとクールな大人で、正反対の二人だよ。でも、正反対だからこそ、お互いに本気でぶつかり合って気持ちを確かめ合える。
 アクアとルビーも、大きくなったらこんな風にケンカするのかな。ケンカをしても、また仲直りをしてくれるよね。
 そんな二人の姿を見れないことはやっぱり悲しい。だから、二人が待つ家に帰りたいな。


92 : みんなの責任! 大切な人の願いは ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/14(土) 07:54:22 kBDjFNtQ0


 それから、私たちは一旦別行動を取ることになったよ。
 真乃ちゃんはちょっと動けなさそうだから、あさひくんたちに任せている。
 そう……私たちにとって、真の同盟相手と出会うために。

「それにしても、良かったの? あんなに気前よく話しちゃって」

 車の中で私はライダーに尋ねる。
 何故なら、ライダーの口から真乃ちゃんとあさひくんたちに、アサシンのサーヴァントに会いに行くって話したから。

『これから、オレたちは別行動を取る。オレたちと同盟を組みたいってサーヴァントがいたから、交渉に行くのさ』
『ん〜? 俺ちゃんたちも一緒に行っちゃダメ?』

 その時も、アヴェンジャーは明らかな上目遣いと共に訪ねてきた。
 猫なで声だけど、全然可愛くない。むしろ、私だってドン引きするよ。

『いいや、無理だ。あいつは警戒心が強そうで、オレたちでゾロゾロと行ったらその時点で交渉決裂だ。いい結果が得られたら、連絡してやるからよ』
『チェッ! しょーがねえなぁ……じゃあ、お土産よろしくね!』
『……オレは遊びに行くわけじゃねえんだぞ』

 アヴェンジャーのマイペースぶりに、ライダーは呆れていた。
 うん、確かに彼がついてきたら話がこじれちゃうね。厄介な人は、真乃ちゃんたちに任せた方がいいかも。
 真乃ちゃんと連絡先を交換できたから、経過報告ならできそうだし。

「もう、なりふり構っていられる状況じゃないからな。それに、嬢チャンだけならまだしも、あのアヴェンジャーがいたら……下手に誤魔化さない方が良さそうだ」

 車を運転するライダーの顔からは、明らかな焦りの色が滲み出ていた。
 いつものライダーからは想像できない姿で、それだけ危険な相手であることが伝わるよ。
 あさひくんとも同盟は組めたけど、彼も彼で危険だね。いわゆる、無敵の人に近いオーラがある。
 ただ、戦わせる分には問題ないのかな?


 やるべきことはまだまだ多そう。
 危険な敵はいっぱいいるし、いつどこで私たちが襲われるのかわからない。
 でも、私は絶対に諦めないよ。だって私には、愛する子どもたちの所に帰りたいって願いがあるから。


93 : みんなの責任! 大切な人の願いは ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/14(土) 07:55:54 kBDjFNtQ0
【世田谷区のどこか/一日目・午後】



【星野アイ@【推しの子】】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:当面、生活できる程度の貯金はあり(アイドルとしての収入)
[思考・状況]
基本方針:子どもたちが待っている家に帰る。
1:アサシン(伏黒甚爾)達との同盟を主にしつつ、真乃ちゃんやあさひくん達を利用する。
2:思ってたよりうまく行ったなー。
3:アサシンのマスターと会いたい。
4:あさひくん達は真乃ちゃん達に任せたいかも。
[備考]
※櫻木真乃と連絡先を交換しました。


【ライダー(殺島飛露鬼)@忍者と極道】
[状態]:健康
[装備]:大型の回転式拳銃(二丁)&予備拳銃@忍者と極道、地獄への回数券(ヘルズ・クーポン)@忍者と極道
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:アイを帰るべき家に送り届けるため、聖杯戦争に勝ち残る。
0:まずは一刻も早くアサシン(伏黒甚爾)の元に向かい、交渉する。
1:櫻木真乃とアーチャー(星奈ひかる)にアイを守らせつつ利用する。
2:アサシン(伏黒甚爾)のマスターとアイを会わせ、正式に同盟を結ばせたい。
3:ガムテたちとは絶対に同盟を組めない。
4:アヴェンジャー(デッドプール)は利用するけど、できるなら戦いたくない。
[備考]
※アサシン(伏黒甚爾)から、彼がマスターの可能性があると踏んだ芸能関係者達の顔写真を受け取っています。
 現在判明しているのは櫻木真乃のみですが、他にマスターが居るかどうかについては後続の書き手さんにお任せいたします。







 白瀬咲耶さんが死んだ。
 ライダーさんからそう聞かされた時、私は何も考えられなくなりました。
 ライダーさんとあさひくんの間で一悶着が起きても、私だけが何も言えないまま、ひかるちゃんに全てを押し付けています。
 ひかるちゃんだって、本当は悲しいはずなのに。


94 : みんなの責任! 大切な人の願いは ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/14(土) 07:56:26 kBDjFNtQ0
 燃え盛る街の中で、たくさんの死体を見てから私だけは何もしていません。
 アイさんはひかるちゃんと一緒にあさひくんを説得して、同盟を組んで貰えました。
 ライダーさんもたくさんの情報を教えてくれて、アヴェンジャーさんもあさひくんを守るために戦っています。
 でも、私は何もできなかった。それどころか、今だってひかるちゃんを心配させるだけです。


 私は何をやっているのでしょう。
 本当なら、ひかるちゃんのことを支えてあげなきゃいけないのに。
 ひかるちゃんはプリキュアに変身して、あさひくんたちを守ってくれました。でも、”割れた子供達(グラスチルドレン)”の子の命を……ひかるちゃんは奪いました。
 もちろん、ひかるちゃんは絶対に殺人なんて望んでいません。あそこで戦わなければ、私たちを守れないと知ったからこそ、罪を背負ったのでしょう。
 気丈に振る舞っていますが、本当はプレッシャーに苦しんでいるはず。なのに、何もしてあげられないことが悲しいです。


 咲耶さんは、どんな気持ちでこの世を去ったのでしょう。
 アンティーカのアイドルとして、たくさんの笑顔と幸せを届け続けました。
 きっと、この聖杯戦争でも巻き込まれた人たちを守ろうと頑張ったはずです。
 でも、私は今まで何をしていたのでしょうか? ただ、ひかるちゃんに守られながらアイドルの仕事をしていただけで、私自身が誰かを助けることができたのでしょうか?


 咲耶さんを殺したガムテという子のことは許せません。
 だけど、復讐に走る勇気もない。何故なら、プロデューサーさんの理想を裏切ることがイヤだからです。
 ひかるちゃんに戦わせておきながら、虫のいいことを考えているのはわかっています。それに、アンティーカのみんなが咲耶さんのことを知ったら、絶対に戦うでしょう。
 それでも、復讐が怖い……こんな私自身がとても情けないです。


 私はアイドルとして頑張ってきました。
 だけど、それは私だけの力だけではありません。プロデューサーさんや、灯織ちゃんとめぐるちゃんが一緒にいてくれたから、私は飛ぶことができました。
 私ひとりだけでは、絶対に変わることができませんでした。いいえ、今だって……私に力を貸してくれる人がたくさんいるのに、私は無力です。


 ただ、咲耶さんのためにしてあげられることが、283プロのみんなに真相を教える以外に思いつきません。
 プロデューサーさんやアンティーカだけではなく、みんなが悲しみに包まれるでしょう。私だって、咲耶さんの死に心の底から悲しんでいますから。
 灯織ちゃんだったら、悲しみを乗り越えて立ち上がってくれるでしょうか。
 めぐるちゃんだったら、悲しくてもみんなを優しく励ましてくれるでしょうか。
 そして……プロデューサーさんだったら、悲しみに負けないで283プロのみんなを引っ張ってくれるでしょうか。


95 : みんなの責任! 大切な人の願いは ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/14(土) 07:57:18 kBDjFNtQ0


 答えを出せるまで、時間がかかりそうで。
 アイドルとしてたくさんの人を喜ばせた私……櫻木真乃は、今はとてもちっぽけな存在になっていました。





 オッス! 俺ちゃんデッドプール!
 この話のトリを飾るアヴェンジャーのサーヴァントで、地平聖杯人気No.1のヒーローだぜ!
 ん? 影響力はさくやんやグラスチルドレンの方が圧倒的に上!?
 フッフッフ……主役は遅れてやってくるのを知らないのかなぁ? 今だけは、心優しい俺ちゃんが譲ってやってるのさ!


 セイバーのサーヴァント……サムライジャックとの戦いに負けた俺ちゃんだが、これは逆転のフラグでもある!
 強敵に完敗した主人公が、パワーアップして再び挑むのはお約束だろ? だから、俺ちゃんは準備期間に入るのさ。
 片腕の再生はいつも以上に遅れて、(ピー音)ッコロさんやセ(ピー音)みたいなキレがなくなってるけどよ……この適度なピンチも、ハラハラさせるだろ?
 実際、俺ちゃんたちは”割れた子供達(グラスチルドレン)”ってガキンチョどもを前に、絶体絶命の危機に陥った矢先……プリンセスちゃんが駆けつけたからな!
 あれ? プリンセスじゃなくてプリキュア? おおっ、こりゃ失敬!


 ……ただ、あの”割れた子供達(グラスチルドレン)”は、被害者でもあるのさ。
 ライダーの兄ちゃん曰く、どうしようもない大人たちに未来を奪われた哀れな子どもらしい。
 言ってしまえば、あさひみたいなガキンチョたちなのさ。あさひはクソみたいな父親に未来を奪われて、生きる術を失った。一歩間違えたら、あさひも”割れた子供達(グラスチルドレン)”になったはずだ。
 不憫なガキンチョどもを殺すことに、思うことはあるけどよ……もう、俺ちゃんにも救うことができない。下手に情けをかけたら、今度はあさひが殺されちまう。
 だから、俺ちゃんはあいつらを殺すしかなかったのさ。せめて、生まれ変わったらまともな親御さんに会えることを祈りながらな。
 きっと、あのプリンセスちゃんも同じなはずだぜ。マスターを守る責任があるからこそ、引導を渡してやったのさ。


 もちろん、あのライダーの兄ちゃんは完全に信用していいヤツじゃない。
 プリンセスちゃんは覚悟を決めているみたいだが、兄ちゃんから漂うワルのオーラもなかなかだ。
 一応、ガムテたちについて教えてもらった恩義はあるけどよ……ワルのにおいがプンプンするぜー!


96 : みんなの責任! 大切な人の願いは ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/14(土) 07:57:49 kBDjFNtQ0
 おっと、この話を読んでいるみんなのために、重要な情報をおさらいしてやるよ!
 教えて! デッドプール先生のコーナーだぜ!
 まずはガムテ! ”割れた子供達(グラスチルドレン)”を率いる大ボスで、今もどこかに暗躍しているらしい! ドスを振り回しながら、疒(やまいだれ)って凶悪な極道技巧を使うみたいだ!
 ガムテや”割れた子供達(グラスチルドレン)”をパワーアップさせているのが、“地獄への回数券”(ヘルズ・クーポン)って危険なドラッグだ! これを使えば、誰でも超人的パワーを手に入れられるようだが、明らかに副作用もヤバい! よい子のみんなは違法薬物に手を出しちゃダメだぞ?
 あと、ガムテはおふざけも得意で、相手を油断させた所をブスリといくらしい。ヘッ、どうやら俺ちゃんVSガムテによるエンターテイナー頂上決戦のフラグかな?
 次にビッグ・マム! ライダーのサーヴァントとして召喚されたが、怪獣並の巨体と破壊力が特徴だ!
 そして百獣のカイドウ! かつて、ビッグ・マムと同盟を組んだ逸話を持つ海賊だが……こいつについては、東京にいるって決まったわけじゃない。
 もしもカイドウがいるってわかったら、俺ちゃんたちにこっそり教えてね! えっ、無理?


 あとは、さくやんこと白瀬咲耶かな。
 彼女が死んだと知って、まののんはショックを受けちまった。プリンセスちゃんだって、悲しそうな顔になっている。
 あさひが言うように、さくやんを殺したガムテたちの仲間だった兄ちゃんと手を組むなんて、俺ちゃんだって御免だった。
 でも、今だけはプリンセスちゃんに免じて、力を貸してやる。悔しいが、俺ちゃんだけの力じゃあさひを勝たせるなんてできない。
 くだらないプライドはいくらでも捨ててやる。ライダーの兄ちゃんが俺ちゃんたちを利用するなら、俺ちゃんたちも利用してやるだけさ。
 それに、サムライジャックに負わされた傷だって、完治するには時間がかかるしな。しばらく、戦いはプリンセスちゃんに任せた方がいいか?
 片腕は再生したが、他の傷はまだ癒えていない。たく、あのサムライジャック……どんなふざけたステータスなんだよ!?



 今はまののんが落ち着くまで、公園で休むことになっている。
 ただ、俺ちゃんは考えたのさ。まののんのお友達が巻き込まれたってことは、あさひにとって親しい人間も東京のどこかにいるかもしれないって。
 そう……あさひが助けたいと願っている神戸しおがな。


 もちろん、しおがいると決まった訳じゃない。
 でも、本当にしおと出会うことになったら、あさひは悩むはずだ。
 自分の願いのため、しおと戦うのか。それとも、しおを守るために自ら命を絶つのか。
 この聖杯戦争に乗るのであれば、いつかはどちらかが命を落とすことになる。そうなりゃ、待っているのは地獄だろうな。
 だから、優勝する以外の選択肢も探す必要も出てくるかもしれねえが……あさひはどう思うだろうな。


 だが、俺ちゃんは絶対にあさひを守る。
 アーチャーちゃんがまののんを、ライダーがアイを守りたいと願っているように……俺ちゃんだって、あさひを守ることを譲るつもりはねえ。
 それにしおが本当にいるなら、二人揃ってお家に送ってやりてえ。今日の俺ちゃんはガキのために戦う男だから、兄妹の居場所を守る責任がある。
 俺ちゃんも褒められた男じゃないが、この気持ちだけは本当だぜ?


97 : みんなの責任! 大切な人の願いは ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/14(土) 07:58:47 kBDjFNtQ0
【世田谷区・どこかの公園/一日目・午後】


【櫻木真乃@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:健康、咲耶の死を知った悲しみとショック(大)
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:当面、生活できる程度の貯金はあり(アイドルとしての収入)
[思考・状況]
基本方針:ひかるちゃんと一緒に、アイドルとして頑張りたい。
0:咲耶さん……!
1:アイさんやあさひくん達と協力する。
[備考]
※星野アイと連絡先を交換しました。


【アーチャー(星奈ひかる)@スター☆トゥインクルプリキュア】
[状態]:健康
[装備]:スターカラーペン(おうし座、おひつじ座、うお座)&スターカラーペンダント@スター☆トゥインクルプリキュア
[道具]:なし
[所持金]:約3千円(真乃からのおこづかい)
[思考・状況]
基本方針:真乃さんを守りながら、この聖杯戦争を止める方法を見つけたい。
1:今は真乃さんを守るために休む。
2:アイさんやあさひさんのことも守りたい。
3:ライダーさんと戦うときが来たら、全力を出す。


【アヴェンジャー(デッドプール)@DEADPOOL(実写版)】
[状態]:『赫刀』による負傷(胴体および右脇腹裂傷(中)、いずれも鈍速で再生中)、疲労(中)
[装備]:二本の刀、拳銃、ナイフ
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:俺ちゃん、ガキの味方になるぜ。
0:今は公園で休む。
1:骨が折れるな、聖杯戦争ってのはよ。
2:落ち着いたら、しおがいる可能性をあさひに話す。
[備考]
※『赫刀』で受けた傷は治癒までに長時間を有します。また、再生して以降も斬傷が内部ダメージとして残る可能性があります。


【大田区・多摩川近辺/1日目・午前】

【神戸あさひ@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:疲労(中)、全身に打撲(中)
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:金属製バット、リュックサック
[所持金]:数千円程度(日雇いによる臨時収入)
[思考・状況]
基本方針:絶対に勝ち残って、しおを取り戻す。
0:今は公園で休む。
1:折れないこと、曲がらないこと。それだけは絶対に貫きたい。
2:ライダーのことは信用しないけど、今だけは同盟を組む。



【全体の備考】
アイ組、真乃組、あさひ組で以下の情報を共有しました。

割れ”割れた子供達(グラスチルドレンた子供達(グラスチルドレン)””割れた子供達(グラスチルドレン)”



※ガムテ率いる”割れた子供達(グラスチルドレン)”が中央区某高級住宅塔を拠点にし、23区の各地で暗躍している。
※ガムテの戦闘スタイルと極道技巧、そして“地獄への回数券”(ヘルズ・クーポン)について。
※ガムテはライダーのサーヴァント……ビッグ・マム(真名がシャーロット・リンリンであることは知りません)を召喚し、白瀬咲耶を初めとした多数のマスターを殺害した。
※ビッグ・マムと同盟を組んだカイドウもどこかに潜んでいる可能性がある(現状では確定ではない)。


”割れた子供達(グラスチルドレン)”によって【大田区の一部】が破壊されました。
住民は全滅し、監視カメラは破壊され尽くしています。


98 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/14(土) 07:59:23 kBDjFNtQ0
以上で投下終了です。
ご意見などがありましたらよろしくお願いします。


99 : ◆A3H952TnBk :2021/08/14(土) 11:22:54 shztmX960
投下乙です。拙作の感想もありがとうございます。
真乃ちゃんとひかるちゃんはどちらも純粋すぎるが故に損をしやすい立ち位置ではあったけれど、
それでもグラチルの撃退=殺人の責任を背負ったり咲耶さんの一件を受け止めて苦悩したりと彼女達なりに現実と対峙してるのがやっぱりいじらしくて好き……
策謀や暗躍、切実な願いが様々に交差するこういう場だからこそ、誰よりも無垢な彼女達のひたむきさや前向きさが愛おしいです。
そして八極道の一員であるゾクガミが本企画屈指のトリックスターと化しているガムテwithグラチルに直面するのもやはり必然めいてる。
ゾクガミに対して拒絶反応を示すあさひくん、あくまでグラチルとの繋がりから言及しているものの
何だかゾクガミの大人/親父としての落伍者ぶりを虐待児として無意識に察知しているような味わいがあって哀愁があるのだなあ……


そしてSNSでも言及しましたが、こちらでも確認も兼ねて指摘させて頂くと
・グラチルって快楽殺人者ではあるけどあくまでプロの殺し屋集団なので、独断で無計画に大量虐殺をするような面々ではないのでは?(仮にこういう行為をやるとしたら聖華天の方じゃないかな、と思いました)
・このデッドプールはちょっと口調的にディスクウォーズやSAMURAI寄りすぎるかな?(媒体によって大分キャラが変わるので、ここだと映画版準拠で出してるつもりでした)


100 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/14(土) 21:20:11 kBDjFNtQ0
こちらこそ、感想及びご指摘有り難うございます。
それでは、指摘された箇所の修正が完了したら、再投下をさせて頂きます。


101 : ◆A3H952TnBk :2021/08/15(日) 08:42:58 H/JzYcEI0
対応ありがとうございます。

リップ&アーチャー(シュヴィ・ドーラ)
仁科鳥子&フォーリナー(アビゲイル・ウィリアムズ)
予約します


102 : ◆KV7BL7iLes :2021/08/15(日) 12:49:38 r3oXAnzg0
投下します。


103 : 寂寞に花 ◆KV7BL7iLes :2021/08/15(日) 12:51:11 r3oXAnzg0


もうじきに太陽が空のてっぺんを回ろうかという折の、東京の片隅。
川下医院という、新宿の一角に紛れるように立っている病院の軒先は、退屈なくらいに平和だった。
蒸れた風が運ぶうだるような熱と、ともすればちりちりと肌を焼くような日差し。
そんな炎天下に訪れる患者の気持ちを、僅かにでも華やげるように並んだ植木鉢の色彩の上を、季節知らずの蝶がへたりながら滑るように飛んでいて。
その蝶の羽を湿らせることのないようにじょうろから降り注ぐ水は、熱に渇くこともなければ後数日もしないうちに彼等をより瑞々しく仕上げるだろう。
そのまま玄関前に水を撒けば、エントランスの日陰に相俟って午後には僅かばかり過ごしやすい空気が漂うはずだ。
戦争も、誘拐も、行方不明も何もない、ただの街並みの一角の風景。欠伸が出てしまうような、夏の日のありふれた一頁。
じょうろを持った彼女は、事実本来ならそうあるべき存在だ。
ただこうして、日々の平穏を祈り生きることこそが、アイドルであり、そしてただの少女としての彼女が送るべき日常である。

――されど、因果は巡る。
末端といえど、此処は既に戦場の隅。
さながら隅々に張り巡らされていた糸をゆっくりと手繰るように、その日常は非日常へと引きずり込まれる。

そしてその運命の糸は、皮肉なことに、その平穏の中心にいた彼女へと紐付けられていた。

怪物たる病院の主は部屋に籠っていたし、彼が鎖を握る獣は今も次元一つ隔てた先で時を待っている。
彼女が従える幽鬼もまた、この会場において彼を包む因果との邂逅を未だ果たす兆しもない。

だから、その時。
じょうろから垂れた水の重さに耐えかねて、滴る雫を落とした葉とか。
生温くも肌に張り付いた汗を冷やす風に揺られて、ざわりと世界を揺らした音とか。

そんな、都市部の一角を彩る情緒を一色に塗りつぶすような、重い空気を纏ってやってきた通告を。
ただ、その通告の行先であった彼女だけが受け取って。

――そうして、戦禍は巡る。
戦争の舞台を回す歯車を、ひとつの命が回し始める。
その先にある運命を、未だ誰も知ることのないままに。


104 : 寂寞に花 ◆KV7BL7iLes :2021/08/15(日) 12:51:58 r3oXAnzg0



午前の診察が終わって、ふと無意識に出てきた欠伸を嚙み殺す。
界聖杯から与えられた医者の役割(ロール)は、正直なところ退屈に過ぎた。
そもそも根本的なところとして命に価値を見出していない、という自身の性質を抜きにしても、舞台装置として設えられた単なる機構を『診察』する、というのは非生産的に過ぎる。なにせ大体が健康体だし、継続的に問題があるような患者も聖杯戦争が終われば消える泡沫の存在だ。役割をこなすという意味では重要だが、行為そのものには根本的に意味がない。
地下で実験体として扱っている人々から得られる葉桜のデータは、そうしたただの舞台装置から得られる情報としては珍しく有益といえるが――

(……さて、どうするかねえ。葉桜の備蓄に関してはまあまあだけど、投入のタイミングは考えねえと宝の持ち腐れになっちまうからなあ)

――その葉桜も、葉桜を用いて強化した私兵も、すべては聖杯戦争の為の道具に過ぎない。
聖杯戦争を勝利した上で願いを叶えるという順序である以上、種まき計画の実行自体は元の世界で帰還した上で行うことになる。その為の葉桜は既に元の世界に貯蔵してあるし、そうでなくとも願いを叶えれば葉桜が存在しなくともその成分が世界中に散布されるだろうことは疑わずとも良いだろう。
故に、ここで製造した葉桜については惜しむ余地は特にない。川下がこの戦争の場において葉桜を増産しているのは、単に勝利の為のリソースとしてだ。
その活用方法は、主に三つ。
ひとつは、この東京における活動資金の確保。
彼の医者としての収入は決して少なくはないものの、それ以上の出費を強いられていることもある。それはライダーを賄う為の酒代であったり、実験体や兵士の確保における人身売買やパイプ作りであったり、あるいは葉桜の研究費用そのものであったり――そうした面を差し引いても、戦争において元手は大いに越したことはないというのは、先の大戦にて前線とは離れた場所にいた彼の身にも染みていた。
もうひとつは、葉桜の適合者として彼の部下となる私兵の増強。上手く適合者となったNPCの私兵たちならば、対サーヴァントは論外としてもマスター狙いの鉄砲玉、肉壁程度の役割くらいは十分にこなしてくれるだろう。
実験体の出所については、元の世界と同じように脚が付かないものから人身売買に闇取引まで程よく集められた。あるいはサーヴァントを失った元マスターやらも紛れているのかもしれないが、そこに関しては知ったことではない。
そして最後の一つは、『鬼ヶ島』の顕現の際に、彼が従えるライダーの部下――百獣海賊団の猛者どもの、更なる強化(ブースト)を行えるかどうか。

(正直なところ、あんまり期待はしてないけどね)

だが、最後のひとつに関しては川下も否定的であった。
まず前提として、彼の部下のうち、幹部級であるらしい「大看板」と「飛び六胞」を除いた大軍勢は、大きく分けて三つ。
そしてその区分けは、SMILE――ライダーが生きた大航海時代にて、食べたものをカナヅチにする代償として様々な異能力を授けるという「悪魔の実」を人工的に再現した代物がボーダーとなっている。
ウェイターズ/未だにSMILEを手にしていないもの。
プレジャーズ/SMILEを食べた結果、能力を得ることなくただ笑うことしかできなくなったもの。
そして、ギフターズ/SMILEによって、人知を超える力を手にしたもの。
細かくはギフターズの上に座する真打ちなどもいるが、概ねこれら三つで織りなされた大軍勢が、カイドウの鬼ヶ島擁する戦力である。


105 : 寂寞に花 ◆KV7BL7iLes :2021/08/15(日) 12:52:22 r3oXAnzg0
(提督ってば、そういうところはクソ真面目だよねえ。律義に百獣を揃えようとするとか暇人かっつの)

とはいえ、手段であるか目的であるかの違いこそあれど、やっていることは似たようなものだ。
悪魔の実から再現するSMILEと、夜桜の血から再現する葉桜。自然が産み落とした埒外の領域を、人の手によって再現したということには違いない。

もっとも、そうした共通点に無暗に感じ入りたいわけではない。今差ししまった問題は、葉桜が彼等軍勢に十分な効用を齎すかどうかだ。
サーヴァントはただでさえ未知の代物なのに加え、SMILEに適合しなかった――薬物への拒絶反応の前例があるというのは嬉しい情報。
特に、葉桜は未だに完全ではない。適合するかどうかは精々五分がいいところで、そうでなければ死に至る。単純計算でも軍勢そのものが半減するような博打には中々出れないだろう。
ギフターズと真打ちの実力は確かなものであるとしても、ウェイターズ・プレジャーズに対してどこまで試したものか。

――閑話休題。

どちらにせよ、サーヴァントにせよ葉桜の私兵にせよ、動かすとしたら一気に、が常套手段だろう。変に二つの足並みを揃えなければ、サーヴァントの間欠を埋めるという葉桜軍団の目的も完全なる軍政としての動きもただの無謀な逐次投入になり下がる。
故に、結局は鬼ヶ島顕現まで、地道な地盤固めと無為な診察を続ける――というのが、何度考えても無難ではある。

(色々やりたいことがあるけど、今下手に動くのコエエんだよな〜〜〜。嗅ぎまわってる奴もいるっぽいし)

元の世界にいた、そこそこの適合率を有しつつも懇意にしていた協力相手――ノウメンと同じ容貌のNPCを思い浮かべながら、彼の呟いていた興味深いことを思い出す。

『最近、こういう取引の情報を漁ってるらしいという情報があったわ。不用意な取引だと脚が付きそうだし、今後はより慎重に動くことにしましょう』

時期からいって、聖杯戦争の参加者が裏社会に何らかの形で手を伸ばしているのは確実だろう。
川下も100年の間姿を隠してきたこともあってそれなりに暗躍の術は整えているが、所詮はスパイ協会の網から逃れきることができなかった身だ。そこまで大規模な活動を起こして足が付くよりは、今は大人しくしておくほうが賢明――


「……うん?」

と。
そこまで思考を巡らせたところで、彼の視界の端に止まるものが一つ。
窓から見える景色の中で、先程まで言葉を交わしていた少女が駆けていく姿を、川下はその目に捉えていた。

「霧子ちゃん?おいおい、どうしたどうした」

急に、それも人気のない方向へと走り出している彼女に、
ただでさえ、彼女がマスターである可能性は考慮しているのだ。何があったのかは知らないが、本戦も始まったばかりのこのタイミングで
ちょっと様子くらい見ておくか、と椅子を
そして、必然か偶然か――

『――では、次のニュースです。人気アイドルグループ『L’Antica』に所属する白瀬咲耶さんが、昨夜から――』

――病院のテレビから垂れ流されている昼間のニュースは、川下の耳にはそれとほぼ同時に飛び込んできていた。


106 : 寂寞に花 ◆KV7BL7iLes :2021/08/15(日) 12:52:48 r3oXAnzg0


――娘は、泣いていた。
人知れず、誰もいない、誰もこないような場所で。
たった一枚の紙片を握り締めながら、ただ、泣いていた。

しとしとと垂れる涙は、花を濡らし葉から垂れる水のよう。
滂沱と流れることもなく、静かに。静寂に混じる嗚咽は、風と蝉時雨に掻き消されて。
ただその中で、ただ気持ちを噛みしめるように、座り込んで。

――ここに、彼女の手記があります。ただ……

煙草を咥えた大柄な白髪の男と共に尋ねてきた赤眼鏡の刑事は、そう言い残して病院を去った。
暫し衝撃に呆然としていた彼女は、のろのろと関係者以外入れない屋上の片隅に腰掛けて。
数度の逡巡の後で、やはり、紙片を開いて。

読み始めてすぐに、くしゃり、と皺が寄った。
その後、小さく、か細いしゃくりが空気を揺らせて。
そして、やはり間もなく、涙と嗚咽が、熱を含んだ空に消えていった。


――耳障りだ、としか、黒死牟は思わなかった。
人を偲び、死を憂いて流す涙など、己にはない。あの鬼狩りの組織にいた時とて、脇目も振らずあの男に追いつく為に剣を磨き続けた己には。
死は不可逆の喪失であり、それ以外の何物でもなく嘆かわしいものだ。故にそれは永遠でなければならず、生が断たれれば鍛え上げた武練も何もかもが水泡に帰す。そこから新たな発展に繋がることなどない。
ならばこそ、この身は鬼としての不死性を得ることを選んだのだから。

――なんの心配もいらぬ。わたしたちは、いつでも安心して人生の幕を引けばよい。

ほとほと、反吐が出る。
そんなことをずけずけと言ってのける、あの男の記憶に、苛立ちが募る。
焦瞼――己を灼く炎の音が聞こえた気がして、実際に日の下に居る訳でもないのに身を焦がす熱が灯った、その時。

『……セイバーさん……』

静かな声音が。
念話越しに、彼の耳朶へと届いていた。

『……咲耶さんは……どこに、いたのかな……』

呟くように問われた言葉に、霊体でありながら尚眉根を寄せる。
いや、それも越えて、呆れ返ったというのが正直なところかもしれない。

『死した者の場所等……探した処で詮無き事……』

突き放すように、そう告げる。
赤子でも分かることだ。死者は、既に此の世の何処にもいない。
一度荼毘に伏された者がこの世に帰ってくる道理など、それこそこの英霊召喚、あるいは聖杯の願いのような例外をおいて他にない。
花畑のような思考回路も、ここまでくれば滑稽の域だ。誰が死んだか知る由もないが、この戦場において現実逃避にまで縋るかと、哀れみの情も沸いてくる。

『………でも………見つけてあげなきゃ………』

されど、彼女に狂気はない。
その瞳は未だ濁ることなく前を見て、その言葉はか細く震えながら清らかに。
正気にてそれを言っているのであれば――成程、納得できる答えは確かに在った。先程思い当たったばかりの例外。死者蘇生とて叶うであろう、万能の答え。

『然らば、その為にこそ……聖杯を求めるか』

同胞の為。成程、理解はできよう。
復讐の狂炎に囚われた鬼狩りの柱を、幾人となく返り討ちにしたことがある。
死した仲間を必死に蘇生しようとする隠を、感慨もなく一刀に伏したことがある。
そうした行動に理解を示す意はないが、主が望むのであれば。その果てに己が戦いを果たせるのであれば、態々水を差す意味も無い。

――しかし、そうですらなかった。

「……違うの……そうじゃ、なくて……」

それも違うとかぶりを振る少女に、先程の苛立ちがぶり返す。
ならば、何だ。
現実も知らぬ女の分際で、何を答えと宣うものか。
沸々と沸き上がる惰弱さへの怒りが、僅かに黒死牟の精神を揺らす。

――此処までならば、最早切り捨てるのも已む無しか。

そこまで黒死牟が考えを巡らせていたその刹那に、霧子は、歌うようにもう一度その口を開いて。


「……心が……どこにもいけないままだと……」


たった、一言。


「……命も……どこにもいけないから……」


太陽の色をしたその言葉は、いとも容易く。
崖を上るように、焦がれ、焦がれ、ただしがみついた。
それだけに囚われた命を、焼いた。


107 : 寂寞に花 ◆KV7BL7iLes :2021/08/15(日) 12:54:43 r3oXAnzg0


ずっと、考えていた。
通達が来た日から。この戦争が、新たなる幕開けを迎えた日から。
終了条件と、それに伴う――『器の消滅』の可能性を、知った日から。

「みんなが……聖杯と一緒に、なかったことになっちゃうなら……」

自分は、聖杯に願うような願いはないけれど。
その裏で、この聖杯戦争に参加している人たちには、きっと色んな願いがあるんだろう、と、なんとなく察していた。
果たさなければいけない願い。そうしないと叶わない願い。その先にしかない、どうしようもなく焦がれる願い。

――いいよねえ、あんたは……!

あるいは、あの時もそうだったのかもしれない。
どうしようもなく道が閉ざされた彼女から、満ち足りていた自分へと向けられた激情を思い出す。
そのステージに至るまでの道中も、きっと様々なことがあって。
けれど、それは理不尽に閉ざされる。
この会場においては、ステージよりも無情で残酷な、死という終わりによって。
それはきっと哀しいことだけれど、ただ哀しいと思う心を、果たしてどこに向ければいいのか。
それが分からぬままに、ただ幽谷霧子は待っていた。

「生きて帰る……だけじゃなくて……」

――その代償が、これで。
――それで得たものが、これだった。

これがもし無情なただの報せであったなら、或いはもっと深く迷っていたかもしれない。
けれど。

――私は貴方を許します。
――世界が貴方を許さなくても、私は貴方を許します。
――だからどうか嘆かないでください。
――傷つけないでください。貴方の心を。
――謝らないで下さい。昨日までの全てを。

その、どうしようもなく深い、白瀬咲耶の愛が。
霧子の想いに、一つの答えを出した。

白瀬咲耶という、身近な命が遂げた死という現実と。
同時に、彼女がこうして遺した想いの形が。
幽谷霧子の中に、実像を結ぶ。

「咲耶さんの心が……ここに……届いたみたいに……」

くしゃりと彼女の中で音を立てたそれは、白瀬咲耶の遺した心だ。
この世界に呼ばれ、孤独でありながら世界を愛し、誰もを救う祈りを描いて命を燃やした、美しき少女の心だ。
その善が、その愛が、こうして形になって、届いたのなら。

「生きている人も……もういない人の分も……いっぱい、いっぱいの想いを抱えて……」

――その祈りを。
――その物語を。
――その、ありのままの、気高くて、寂しがりで、愛に満ちた命を。心を。

「それを歌うことが……わたしに、できることだって……」

幽谷霧子が受け取ったそれを、せめて、多くの人に届けられるように。
白瀬咲耶を愛した誰かに、わたしが愛した白瀬咲耶を届けられるように。
無念を迎えた、あるいは手の届かなかった誰かの思いを。
その『誰か』のことを想う人に、届けられるように。
受け取って、聞き届けて、その一端を、返せるように。

「私も……どうなるかわからないのは、わかってます……」

――平和な世を生きる幽谷霧子が、生死を争った経験などありはしない。
病院でそれを目に留めたことこそあれど、それが己に襲い掛かるような戦場に臨したことなど一度もない。

「でも、それだけじゃなくて……みんなの心が、どこにも行けなくならないように……」


108 : 寂寞に花 ◆KV7BL7iLes :2021/08/15(日) 12:55:05 r3oXAnzg0

――さりとて。
生きる重さを、知らぬ訳ではない。
たとえばそれは、未だ種に過ぎない花が、地を押し上げて芽生える為に力を振り絞るように。
たとえばそれは、大嵐に手折られた花が、粛々と最期を看取られながらも尚想われるように。
命が、それが抱く想いが、強く在ること。
それが生きる為に、何を越えていくのか。
それを喪う時に、何を遺していけるのか。
幽谷霧子は、知っている。
他ならぬ、白瀬咲耶の死が、その痛みに最後の答えをくれた。

「わたしが、もしも生き残れた時に……みんなの、ここにあった想いも、願いも……」

その上で。
ここが、戦争の場であるなら。
その命が、やがてひとつを除いて消え去り、他の全ての祈りに意味を与えないのならば。
生き残る為に砕ける思いは、きっとこれだけでは済まないだろう。
この手紙と同じように心を裂かれる人は、きっと多くいるのだろう。

「ここにあったよって……消えたり……しないんだよって……」

どうやって帰るのかなんて、未だに分からない。
どうやって生き残るのかなんて、形にすることはできない。
帰る為に他の皆を踏みつけにする必要があるのかもしれないし、その道を選んだとして自分が生き残れるかどうかも分からない。
けれど、それよりももっと手前。
「皆が抱えている願い」が、こうして届くこともなく、ただ虚数の地平に消えてしまう前に。

「だから……」

その祈りを唄に変えて。
その願いを聲に乗せて。
今後どのように運命が巡ったとしても、確かにそこに在ったことを、唄えるように。
そうして、もし自分が潰える時が来ようとも、聞き届けたその祈りを、願いを、また誰かに届けられるように。

「わたしは、そのために……頑張ろうって……そう、思います……」

――その為に、幽谷霧子は戦うのだと。
そう締め括った虚空への言葉に、ここにはいない幽鬼は、暫し沈黙していた。
風と蝉時雨の中に、ぽっかりと、僅かばかりの沈黙があって――やがて、振り絞るような声音で、ゆっくりと返答があった。

『……何方にせよ、此の身は落陽まで動けぬ身……主である貴様が何をしようと、私が動くことは出来ぬ……十二分に注意を払え……』
「はい……ありがとう、ございます……」

それきり、ぶつり、と念話は途切れる。
問いかけようとするが、そこから伝わる拒絶の意思を感じて、霧子は困ったような笑みを浮かべた。

――彼は。何を、思っているのか。

サーヴァントが、人理の影法師――今は本当にあったかも知れない英霊の現身であることを知って。
その中でも、彼が陽の光に晒されることのない、夜の闇の中でのみ歩く魔性であることを知って。
人を喰らい、刃を振るい、人類種に仇を成す、混沌なる存在であることを知って。
けれど、未だ知りえない、彼が囚われた陰の正体を、霧子は未だに想い続ける。

――セイバーさんの……ことも……
――覚えて……忘れないで……

仮に、英霊が今この瞬間にしか容を保てぬ、座に記録された記録帯に過ぎないとしても。
それでも、他の参加者と同じように、彼がどこにもいけない想いを抱き続けることになるのであれば。
彼の呪いも。
彼の無念も。
いつかは。
いつかは。
この唄に乗せて、明るい場所に。

「お日さまの下で……あの人の想いも……伝えられるように……」

――誰にも届かなかった、彼の、陽だまりへの願いを。
彼に微笑んでいたお日さまの下へ、届けられるように。


109 : 寂寞に花 ◆KV7BL7iLes :2021/08/15(日) 12:57:13 r3oXAnzg0



「あーあ、折角の目の保養だったのにさあ」

川下がそう呟いた時には、既に霧子は廊下の角を曲がって見えなくなっていた。
それこそ暇つぶし、とばかりに霧子を追った川下と、裏庭から徒歩で歩いて戻ってきた霧子が通用口に辿り着いたのはほぼ同時だった。
泣き腫らした顔の霧子に事情を聞いても細かいことは聞き取れなかったが、見た目の様子と先程のニュースの情報を照らし合わせれば、大体何があったかは想像できる。
むしろ意外だったのは、そんな中で、想像よりも彼女が芯のある目をしていたことと。

――すみません……午後、ちょっと……おでかけします……

彼女の、その発言だった。
どうやら白瀬咲耶の死が、何等かの形で彼女に刺激を与えたらしい。聖杯戦争の為か、はたまた単なるNPCとしての周囲への心配か。
断定はまだできないが、随分といい起爆剤が転がり込んできたものだ、と思う。
そんな彼女の、感情が分かりやすく窺い知れる珍しい様を思い返して――川下は、静かに嗤いを浮かべる。

「まあ、それだけでモチベが上がるってんなら楽な話だよねえ」

――川下真という男は、どうしようもなく人でなしだ。
人の死を何とも思わない。あるいは、何とも思えないくらいに死に囲まれて育った人間。
人の死を思えば何かが変わるような世界を、彼は生きていなかった。
病魔により家族も知人も問わずばたばたと死にゆく世界に産まれた時点で、彼の死生観もまた常人から外れたそれとなった。
だから、彼がそこで泣いていたらしいちっぽけな少女に思うことは、「友達の死にいちいち反応するとか多感な子だなあ」ということだけだし。

(ま、少なくとも、彼女は関係者の可能性が高いことが分かったのは良い事かな。とりあえずタイミング的には流石に怪しいよねえ、咲耶って子)

彼にとって、死はやはり手段であり、情報としか見ていなかった。
実験体のデータに等しく、また今もこの病院の地下で牙を研ぐ大喰らいが食らう魂に等しく。
白瀬咲耶の行方不明――もとい状況証拠から見て濃厚な予選での死亡、そして「幽谷霧子という少女がそれを見て行動を変えた」という情報のみが、彼がここで知った情報だ。
アイドルであること。病院の宿舎寮にわざわざ住み込んで働いていること。全身の包帯。そして、本戦開始直後に伝えられる「関係者の死亡」。
もちろんそれらは、糸として繋げるのに不足があるものではない。彼女が包帯を巻いているのは元かららしいし、青森出身らしいから宿舎寮住みも納得はできる。
「白瀬咲耶がマスターだったから、その関係者である幽谷霧子がNPCとして呼び出された」という逆説的な思考に基づくのは、少なくとも現段階では有力だ。
それに。

(まあ、知っても今つっつくのはねえ。流石に本戦始まってこんなところで旦那出すのもって感じだし)

仮に、幽谷霧子がマスターであるすれば、当然の理屈として彼女にサーヴァントがいるということだ。
この内気な少女に限って下手なことにはならないとも感じるが、サーヴァント側を何等かの形で刺激して不意を突かれる――というのは、如何に「再生」の開花を持つ川下としても避けたい。サーヴァントの埒外さ自体は、予戦で見ていてもよくわかる。
そうなればライダーを召喚するしかないが、予戦ならいざ知らず、本戦の今となっては彼の巨躯を徒らに現界させるのは悪目立ちが過ぎる。
特に、嗅ぎ回られている状態で彼女を殺し、その結果本当にマスターではなく、二人目の行方不明者としてこの病院に白羽の矢が立つ――というのが最悪の想定。一応ノウメンのホテルを始めとする簡易な隠れ家もあるとはいえ、籠城をメインに考えてる本拠地を手放すリスクは大きい。
ライダーの絶対的なアドバンテージを盤石なものにするという目的に比べれば、目の前の可能性を一つ潰すのには見合うものではない。


110 : 寂寞に花 ◆KV7BL7iLes :2021/08/15(日) 12:57:59 r3oXAnzg0

「とはいえ、見逃すってのもナシだよなあ」

ただし、それもライダーの準備が整うまでだ。
彼が十全に戦力を整えた時が来れば、今更情報の隠匿も何もない。マスターだろうとNPCだろうと、あるいは従えているサーヴァントだろうと一刀に伏すだけ。
その上で、居場所が割れている1/22を楽に潰せるというのなら、それに越したことはない。

――じゃあ、俺の知り合いを一人だけ付けておくよ。ほら、今時アイドルの子を一人で歩かせるってのも物騒だろ?最近何かと物騒だし。女の子なら、霧子ちゃんも安心だろ?

怪しまれない範囲での。もし接触があれば報告。「変なもの」が少しでも見れた場合、連絡。
殺せそうなら殺していい――とまでは言わなかった。迷ったが、下手に手を出してサーヴァントに殺されるのもそれはそれで面倒だ。
いや、それならそれで相手がマスターだと分かるのだが、最後の足取りでここに辿られたりした日にはやはり厄介なことになる。
最低限、白瀬咲耶とその周辺人物の人間関係と、聖杯戦争の関係者っぽい人間に当たりをつけておいてほしい――それが、ひとまず『彼女』に下した命令だった。

「いやはや。返す返すも、病院の軒先で警察の相手してくれたのは思わぬ幸運ってな。ありがとよ霧子ちゃん」

かくして、タンポポは、ゆっくりと茎を伸ばし始める。
綿毛を飛ばすその時まで、ゆっくりと。
幾ら踏まれようとも春を待つロゼッタのように、静かに時を待ちながら。



天辺を超えた太陽が、そのぎらつきを増してアスファルトを灼く中で。
幽霊のような陽炎が揺らめく中で、白い少女が道を行く。
ひとまずの目的地は、手紙の送り主がいた寮か。同じく手紙を送られただろう仲間がいるはずの事務所か。はたまた、これまで黒死牟や彼女自身が見つけた戦争の断片を辿るか。
そのいずれに向かうか悩みながら、彼女は確かに一歩を踏み出す。

「よろしくね、霧子ちゃん」
「はい……えっと……」
「ハクジャでいいわ。ボディーガード、って訳じゃないけど、これでも護身術くらいの心得はあるから……気持ちばかりのボディーガードだと思ってちょうだい?」

傍らには、川下の知り合いを名乗る女――ハクジャ。
それを窺いながら、霊体化した黒死牟は静かに眉を顰める。

(……不用意な……あれもまた……間諜の類だろう……)

化外の者たる川下の部下ともなれば、まず間違いなく真っ当な人間ではない。
されど、今は殺せない。下手に殺せば、それこそあの男に霧子と聖杯戦争を結びつける確信を与えることとなる。
幸い、此方が陽の下に出れないという条件が知られていることは無いだろう。サーヴァントを警戒するのであれば、下手な行動に出て己から死を選ぶことはないだろう。
……或いは、それも込みで手を出してくる可能性もあるやもしれぬ。その時は――

――その時は?

(……いや。何を……考えている……?)

一瞬己を過った余りにも短絡的な考えに、思わず精神が揺らぐ。
先程の言葉が、それ程迄に意識するべきものか?
いや、あんなもの。他愛の無い戯言に過ぎない筈だ。ただの小娘の、実現しようもない理想論。
此処に喚ばれるその直前まで、焼かれながら足掻き手を伸ばしていた妄執に、手を伸ばすような言葉。
それを思い起こす度に、知らず歯を食い縛る。知らず、拳に力が籠る。
幾度となく感じていた胸の焔が、黒死牟の何かを、ちりちりと。
太陽光が、漆黒のアスファルトを焼いているように、ちりちりと――





界聖杯がこの地において執り行う聖杯戦争は、何処までも自動的に行われる戦争というシステムそのもの。
敗者が都合よく生き返る奇跡も、想いのみが引き起こす理想も、ただ敗北という事実の元に自動的に否定する。そこに横たわる祈りも願いも、意味のないものとして理解を拒む。
そうである以上、彼女の行動は無駄だ。不要ないものだ。
既に枯れた花も、咲くことがなく蕾で終わった花も、ただそこで踏み躙られるだけのこの世界で、それに哀れみと手向けを捧げる行為の、なんて無価値なことか。

――それでも。
それでも幽谷霧子は、命に花を手向けるだろう。
その価値が、その意味が、風が吹けば飛んでしまうような、幽かな霧の中にしかないとしても。
消えゆく命が、ただ消えるだけで終わらないように。
残酷にも見えそうなこの世界で、彼女が未だに、優しさを見失わないように。


111 : 寂寞に花 ◆KV7BL7iLes :2021/08/15(日) 12:58:30 r3oXAnzg0


【新宿区・皮下医院/一日目・午前】

【幽谷霧子@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:健康、お日さま
[令呪]:残り三画
[装備]:包帯
[道具]:咲耶の遺書、葉桜の注射器(複数)
[所持金]:アイドルとしての蓄えあり。TVにも出る機会の多い売れっ子なのでそこそこある。
[思考・状況]
基本方針:もういない人の思いと、まだ生きている人の願いに向き合いながら、生き残る。
1:色んな世界のお話を、セイバーさんに聞かせたいな……。
2:病院のお手伝いも、できる時にしなきゃ……
3:包帯の下にプロデューサーさんの名前が書いてあるの……ばれちゃったかな……?
[備考]
※皮下医院の病院寮で暮らしています。
※川下の部下であるハクジャと共に行動しています。

【セイバー(黒死牟)@鬼滅の刃】
[状態]:健康、苛立ち(大)
[装備]:虚哭神去
[道具]:
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:強き敵と戦い、より強き力を。
1:夜が更けるまでは待機。その間は娘に自由にさせればいい。
2:皮下医院、及び皮下をサーヴァントの拠点ないしマスター候補と推測。
3:上弦の鬼がいる可能性。もし無惨様であったなら……
4:あの娘…………………………
[備考]
※鬼同士の情報共有の要領でマスターと感覚を共有できます。交感には互いの同意が必要です。
 記憶・精神の共有は黒死牟の方から拒否しています。


【皮下真@夜桜さんちの大作戦】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:?
[道具]:?
[所持金]:纏まった金額を所持(『葉桜』流通によっては更に利益を得ている可能性も有)
[思考・状況]
基本方針:医者として動きつつ、あらゆる手段を講じて勝利する。
1:病院内で『葉桜』と兵士を量産。『鬼ヶ島』を動かせるだけの魔力を貯める。
2:全身に包帯巻いてるとか行方不明者と関係とかさー、ちょっとあからさますぎて、どうするよ?
[備考]
※咲耶の行方不明報道と霧子の態度から、咲耶がマスターであったことを推測しています。
※会場の各所に、協力者と彼等が用意した隠れ家を配備しています。掌握している設備としては川下医院が最大です。

【ライダー(カイドウ)@ONE PIECE】
[状態]:健康、呑んべえ(酔い:50%)
[装備]:金棒
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:『戦争』に勝利し、世界樹を頂く。
1:『鬼ヶ島』の浮上が可能になるまでは基本は籠城、気まぐれに暴れる。
2:で、酒はまだか?
[備考]
※皮下医院地下の空間を基点に『鬼ヶ島』内で潜伏しています。


112 : ◆KV7BL7iLes :2021/08/15(日) 12:58:51 r3oXAnzg0
投下終了です。何かあればよろしくお願いします。


113 : ◆0pIloi6gg. :2021/08/15(日) 14:56:47 pg9BxT3M0
>>みんなの責任! 大切な人の願いは
ひかるちゃんの真っ直ぐさと前向きな強さ、そういうものがとてもよく表現されていた印象です。
善い存在であるプリキュアの彼女が遭遇した理不尽な死を振り撒く存在、原作アニメでは絶対に有り得ない遭遇だからこそ、そこをしっかり描き上げている氏の手腕と作品理解度が際立って感じられました。
また、殺島に対してあさひが拒否反応を示しているのなんかも好きですね。確かに汚い大人だからなあ……。
ただそんな彼らの間を取り持つのに一役買ってくれた真乃の善良さもいい。彼女たちの純粋さと善良さはこの聖杯戦争の場においてはひどく危ういものでもあるのですが、それでもやっぱり眩しいなあと思わされました。
指摘については新しく追加で言うべき部分は現状ありませんでしたので、修正版の方をお待ちしておりますね。

>>寂寞に花
霧子のキャラクター再現がかなり見事で、読んでいて思わず唸ってしまうほどでした。
既に色々な参加者に影響を及ぼしている咲耶の死、それを受けて悲しみながらも自分なりの答えを見つけて進もうとする霧子がとても素敵です。
そんな彼女に自分でも理解出来ない反応をし始めている黒死牟も良い。いいぞいいぞもっとバグれ……となります。
一方で彼女のことを聖杯戦争の関係者でほぼ間違いないと見る皮下、彼のパートは霧子の情緒たっぷりなパートとは打って変わって打算と冷徹に満ちたものとなっているこのギャップも巧みだなあと思いました。
霧子と皮下、性質的にも方針的にもまったく違った二人のキャラクターをそれぞれ見事に描き分けつつ、それでいてどちらも魅力をしっかり引き出す筆致の高さで、非常に読み応えのある一作でした。

改めてお二方、素敵な作品の投下をありがとうございました!


114 : 283プロダクションの醜聞 ◆Sm7EAPLvFw :2021/08/15(日) 15:30:00 2OZU.Vz60
投下させていただきます

今回、七草にちか(騎)のロールが不明だったため、
NPC七草はづきさんについて、ひとまず『七草にちかと同居している想定』で描写しました
今後投下される(騎)にちかのロールしだいでは((弓)同様に一人暮らしをしているなど)、『東京都外にある祖父母の家で暮らしている設定』など齟齬の出ない形でアレンジしたいと思います


115 : 283プロダクションの醜聞 ◆Sm7EAPLvFw :2021/08/15(日) 15:30:42 2OZU.Vz60
役割分担をしましょう、とサーヴァントはマスターに言った。
それは、生還できる椅子の座には限りがあることが分かるよりもずっと以前、『帰りたい』という依頼が受諾された後のことだった。

戦うのも、暗躍するのも、サーヴァントであるアサシン(犯罪卿)が行う。
それは、戦う力のないマスターを持った主従の取る常道であり、また『マスターは何もしなくていい』というスタンスにも見えるけれど、そうではない。
『犯罪卿』は身内に甘く、『たとえ共犯関係にあったとしても自分の単独犯だと主張する』ところもあるけれど、それだけではない。

『犯罪卿』が闇を担うとき、そこには『こっちの人はきれいだ』と照らされるべき光が必要だ。

そもそも『この人はジェームズ・モリアーティ教授ではないか』と察した相手と、警戒なしに同盟できるだろうか。
たとえホームズシリーズに疎くとも、この世界は手元のスマートフォンを使うことで、すぐに『モリアーティ教授が何をやらかしたのか』と把握できる時代だ。
それに、たとえ真名がばれなくとも、『この人は犯罪に特化した能力を持っているのだから、生前はよほど悪い事をした反英雄なのだろう』と想像するのは難しくない。
聖杯を狙うもの同士の、かりそめの同盟であれば、それでもなお『組む価値はある』と手を結べるかもしれない。
だが、二人はこれから他の非戦派たちに『私達も聖杯は欲しくありません』と自己紹介しなければならないのだ。
その言葉を信じてもらうだけの、説得力が必要になる。
犯罪卿自身、他人を信用させることはむしろ得意ではあったが、それだけで『私達は不法行為でもって暗躍する搦め手使いですよ』という悪印象をぬぐいさることは難しい。
そもそも生前の『モリアーティ』からして、共犯となる組織構成員や依頼人からこそ信頼を得ていたが、事情を知らぬ一般市民からの人望は底の底だった。

故に、マスターは、たとえ初対面の一般人からでさえも『この子が裏切ることはないだろう』と思われる人物だった方がいい。
そしてマスターには伏せていることだが、他に打つ手がなくなった時の予備計画――犯罪卿が泥をかぶり、マスターの手を汚させないまま生還させる――のためにも、その方がいい。
マスターが、283プロダクションというアイドルとしての居場所に離れがたさを感じているならなおのこと。
それこそ予選期間の間は、アイドル活動をがんばってほしい。
283プロを知らぬまま東京にやってきたマスターからさえも、『この子は魅力ある子なんだ』という知名度と印象が焼き付くようにしてほしい。

光と闇の役割分担。
善人でなければ開けない扉をマスターが開き、悪人の視点がなければ気付かないことにサーヴァントが眼を光らせる。
マスターの少女は、『損するところだけをアサシンが担う』という結論にかなり躊躇ったものの、そう戦うしかないことは理解して、合意した。

だからこそ、とサーヴァントはその次の策(プラン)を提案していた。
これから私がすることには、どうしても『悪』が含まれます、と。


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116 : 283プロダクションの醜聞 ◆Sm7EAPLvFw :2021/08/15(日) 15:31:39 2OZU.Vz60

「よろしくお願いしますね〜」というのんびりふんわりした話し方に、半ばトレードマークと化したアイマスク。
いつのまにか雑務のすべてを丁寧に優しく終わらせてくれている、縁の下の力持ち。

そんな283プロダクションのアルバイト事務員七草はづきも、その日ばかりは仕事の進みに後れを出していた。
いつもならば午前の早い時間のうちに完了しているはずの事務所の現状確認が、なかなか終わらない。
メールボックスに悪意あるメールやが混ざり始めていたり、事情説明を求めるファックスが届いたり。
そんな、今後より増えそうなトラブルがじわじわ生まれていたこともある。
出勤して間もない時間帯に警察から連絡を受けて、質問に答えたり、『プロデューサーの現住所』を教えたりといった聴取に時間をとられたこともある。

しかし、調子がでない一番の理由は、不安と心配からくる憂鬱だった。

(咲耶さんは……家出するような子でも、連絡を疎かにする子でもないのに……)

ならば犯罪に巻き込まれたのでは、という結論に向かいそうになることに、心のどこかがブレーキをかける。
さきほどから、そんな風に不安になっては、切り替えようとすることの繰り返し。
283プロ所属のアイドルたちは、皆はづきに感謝と親しみをもって接してくれる良い子たちばかりだったが、その中でも咲耶はとにかく『もてなす』ことを常に実践しているような子だ。
『はづき嬢』という時代がかった呼びかけでさえも、彼女が口にすれば耳ざわりのいい、微笑ましいものとして受け取れるのだ。

(そういう子だってことは、警察の人にもちゃんと話したんだけど……)

それでもなお、ことは『自発的な失踪なのか誘拐なのか判断できない』というデリケートな問題だ。
それがために、今のところはアイドル達にも伏せるようにしてきた。
だが、SNSでの拡散がされ始めた以上、こちらから全員に『まだ行方不明以上のことは分かっていない/白瀬さんが帰ってきたときに食い違いが起こるかもしれないから、騒がないように、聴かれても何も答えないように』という連絡を送る必要も出て来るだろう。
天井社長も警察への協力や白瀬咲耶の保護者との協議、取材や会見申し込みをさばくことなどに追われ、出たり入ったりとせわしない動きを続けている。
ここに『唯一のプロデューサーさん』が出勤しなくなってから、穴埋めの為に社長のツテで雇われた臨時従業員さんたちもいたけれど、ことによってはアイドル達に送迎を付ける必要が出て来るため、非常時の今は自宅待機をかけるしかなかった。
はづきもこの分では、いつも以上に昼食の時間を押すことになりそうだ。

(プロデューサーさんからも連絡して欲しいけど……かけても応答がないってことは、警察の人がまだ帰ってないのかも……)

実のところ、『プロデューサーさん』の現住所を283プロの事務所が把握できたのは、つい最近のことだった。
というのも、『心配しているアイドルたちから訪問されることを避けつつ、SHHisの活動休止直後に欠勤したことでスキャンダルを疑ったマスコミが探りにくるかもしれない』という口実で、現住のアパートを届出も出さずに変えていたのだ。
さすがにまずいと思ったらしく、郵送で住所録の更新届と、健康保険の 被保険者住所変更届が送られきたのが、数日前のこと。
おかげで大石という刑事に、『唯一の正規社員の住所を聞かれた時に、283プロが把握していなかった』などと怪しまれなかったことだけは幸いだった。


117 : 283プロダクションの醜聞 ◆Sm7EAPLvFw :2021/08/15(日) 15:32:24 2OZU.Vz60
(きっと、自宅静養が長引いてるだけで、回復には向かってるのよね……? 『在宅でもできるお仕事は、しっかりこなした上でメールで送ってくれてる』んだし)

『在宅でも一部の仕事はこなせるので、連絡用のアドレスを作りました』というメールが職場のメールボックスに入っていたのは、もっと以前の、何週間か前のことだ。
病院から過労によるストレス性の病気だと診断され、極力対面の仕事は避けるように言われているので、連絡はこのメールで行いたい。
そういう説明だけでなく、迷惑をかけて申し訳ないという謝罪も添えられていた。
一か月も会社に姿を見せないし電話もかけてこない男からの一方的なメールでありながら、怪しむところはなかった。
従来の連絡先が本人証明のために追伸として書かれていたし、メールの本文にいたっては『これはプロデューサーさんらしいな』という人柄がにじんだものだったから。
しかも、283プロの事務所で以前にあった会話を引き合いにした書き方をしているところもある。
もしこれが偽のプロデューサーなら、283プロダクションに出入りするアイドルの誰かが演じていなければならない。
283プロダクションのアイドルは良い子たちばかりだ。
中には悪い子を名乗っていたり、癖がつよいと受け取られる子もいるけれど、はづきを慰めるためだけにプロデューサーを詐称するような、本当の『悪人』は一人もいない。

まして、『アイドルが悪人と共犯になってはづきを騙している』という荒唐無稽な可能性など検討する余地もない。

よって、プロデューサー本人に違いないと受け止めた。
こうして、アイドル達のスケジューリングやオファーの事前チェック、その他大量の書類仕事など、
『プロデューサーさんでなければできない判断と事務』はメールで送信し、回答を貰うという形でどうにか今のプロダクションは回っている。
それが無ければ、いくら『事情』により活動規模を縮小させに向かっていたとはいえ、とても283を表面上は穏当に維持することはできなかっただろう。

(お仕事と言えば……警察の人に、あのことは言わなかったかも……)

プロデューサーからのお仕事メールを思い出したことに釣られて、はづきの記憶にひとつ心当たりができた。

一昨日のまだ日が高い時間、事務所のおやつタイムにたまたま咲耶が同席していた時のことだ。
『アイドルたち1人1人の反応を見たいから、事務所でいっしょになったタイミングをみて見せてほしい』と言われた仕事があったのだ。
それ自体は特別なところのないグルメリポートだったが、特筆すべきは『東京都外』の関東一円で、遠出をしてのロケになることだった。
『ここのところ283も慌ただしくて、ハードに感じるかもしれないから、受ける受けないより、どう反応するかを見たい』として、1人1人がどう答えたのかメールを送る際に添えるようにしていた。

(同じ事をまだ聞けて無かったのは真乃さんと、霧子さんと……)

アイドル達の反応は、どれも『面白そう』『ぜんぜんいやじゃない』というものだったが、咲耶だけが特異な反応をした。
今の私では出られそうにない。
そんな風に呟いたのだ。

たしかに寂しがりなところのある女の子ではあったが、『気がすすまない』『できそうにない』ではなく『出られそうにない』だったのは引っかかる。
そのように定時報告で伝えたのが昨日の夕刻で、学生寮から咲耶を見なかったかと言う電話がかかってくる直前だった。
もし、あと一日早く……最後にあったその日にすぐメールをしていれば、マメなプロデューサーのことだから咲耶さんの相談に乗ろうとしたかもしれない。
そうすれば、行方不明になる前に連絡が取れていたかもしれないのか……と、後悔がはづきの胸を刺した。

ああ、でも。
もっと頻繁に連絡を取っていればよかったという後悔ならば、間違いなくプロデューサーさんの方がしているだろう。
あの人は、どこまでもアイドルに寄りそう人だったから。

(咲耶さんを自分の足で探し回ろうとして……無茶したりしてないといいけど……)

はづきの知る『プロデューサーさん』とは、そういうことをやりかねない青年だった。


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118 : 283プロダクションの醜聞 ◆Sm7EAPLvFw :2021/08/15(日) 15:33:27 2OZU.Vz60
密談の場所としてカラオケルームを使うメリット。
一つ、店員にスパイがいないかどうかさえ気を付ければ、密会の事実もこみで悟られにくい。
一つ、街中のカフェなどでは、白瀬咲耶のことで聞き込みを所望する刑事やマスコミに探し出されるリスクがある。
それらも、男女2人で入店して『歳の差カップルかな?』とみられる気恥ずかしさをのぞけば、だが。

アンティーカの全員で入っても、まだ余裕があるぐらいには広い個室。用心もこみで、隣室もまとめて予約した。
摩美々が昼食として注文したSサイズのマルゲリータピザをもぐもぐとほおばっている間に、アサシンたるモリアーティは隣室を使って次々と電話をかけているようだった。
田中家の財力に甘えれば携帯電話を一台ぐらい買い直すことは余裕だったけれど、どこからか『より足がつきにくい所から』と別機種のスマートフォンを調達していたのだ。
英国の人ならフィッシュアンドチップスとかサンドイッチとか要るかなーなどと余計な気を回しつつ色々と頼んだのに、それらに手をつける暇もない様子。
もともとサーヴァントが食事必須じゃないとは聞いていたけれども、卓上がフードロスの観点から悲しいことになっている。
予選期間の間に、都内を徘徊して知り合いをつくり、糸を張っていることは承知していたが、今はそれらを遠慮なく使って何かを確かめている風だった。

「お待たせしました。あとはアーチャーたちを待つだけです」
「お疲れ様、でした……もしかして、まだ悪いことがあるんですか?」
「それは客人が来てからお話しましょう。ただ、現時点でできる手は講じました」
「じゃあ、いっこだけ……咲耶のことと、関係ありますかー?」
「その一つだけなら『はい』と答えましょう。なぜ、そう思われました?」
「咲耶の炎上をチェックしてる時に、とっても、とっても険しい顔に見えたから……」
「まいりました。そこまで顔に出ていましたか」
「共演者に会う前の表情チェックは、基本ですからねー……って、誰かが言ってましたー」

『咲耶が言ってました』だと湿っぽさが上乗せされそうだったので、『誰かが』と言い換えた。
初めて聖杯戦争のマスターとして、他のマスターと対面する。
テレビカメラに映ったり、ステージに上がったりするときとは全く異なる緊張や、恐怖があったのだが。
予選期間でもいつも色々と考えている風だったアサシンがいつにもまして高密度で働いているのを見れば、避けて通りたいですとは言えない。
それに。

(咲耶は、きっと避けなかったんだよねー……)

サーヴァントは緊張しないのかな、と隣を見れば彼は奇妙な仕草をしていた。
口元の近くで両手の指をやや開き、左右5本ずつの指の先端同士をくっつけて、変わった祈りのように眼を閉じる。
摩美々の視線に気づくと、ふっと指をはなした。

「ああ、深い意味はありません。勇気を出すおまじないみたいなものです」

さらりとはぐらかして、アイスティーのコップを取り、ストローをくわえる。
コップよりティーカップを傾けている方がよほど絵になる見た目をしているのにとか、紅茶の本場出身の人だと味にうるさいんじゃないかとか。
そんな風に一方的に色々と気になる光景だったが、紅茶の国から来た紳士の方は特に不満そうにもせず飲み始めた。
だが。

「それ、『シャーリー』さんに教わったんですか?」

そう言ったら、すぐに蒸せた。

「…………マスター、予選の間に、どんな夢をみたんですか?」
「ふふー。どこまでを見たんでしょうねぇ?」


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119 : 283プロダクションの醜聞 ◆Sm7EAPLvFw :2021/08/15(日) 15:34:02 2OZU.Vz60

くだんの『アサシン』から渡された番号にかけると、応答したのはサーヴァントでもマスターでもなく、取り次ぎ役の知らない男性だった。
すぐ伝えるので待つように言われ、しばらくして渋谷の駅近くのカラオケルームを指定される。
すぐ隣の区でもあったから、そこに嫌はなかった。
これから出会う相手が『アサシン』とさえ名乗っていなければ。

(密室で暗殺のサーヴァントと密会するとか、めちゃめちゃ怪しくないですか? 私達だまされてないですか?)
(いや、密室ならむしろ安心さ。サーヴァントが正面きって戦うなら、とても小部屋じゃ収まりきらないスケールになるからな)
(むー……でも、不意打ちは今回だけですからね! 次からは知らない人と会ってたなら、絶対に教えといてくださいよね! ……ってお母さんじゃないですか、私!)

念話でぷんすことメロウリンクをお説教しながら、東急と名のつく電車にのって渋谷駅へ。
みちみちで、電車の中で、どんな接触をしたのか、本当に信用できそうなサーヴァントだったのかと根ほり葉ほり聞かずにはいられない。
聞けば、そのアサシンから話を聞くつもりになったのは、こちらのことを正確に看破してきたからだという。

――あなたは激戦地を潜り抜けた元少年兵。猟兵ですね。おそらく、兵卒たちよりもはるかに巨大な存在……さながら、子どもと猛獣ほども異なる存在を狩ることを任務としていたでしょう。
――おそらく、どこかの戦場で捨て駒として不名誉な扱いを受けた。英霊となったのは、それに逆襲をして勝ち残ったことに由来するのではありませんか?

(……こっちのこと、全部ばれてるじゃないですかー!!)

よもや、奇妙な青年との同棲生活をすっかり監視されていたとでもいうのか。
そういう想像にまず行き着いたにちかだったが、事実はさにあらず。
アサシンは初見で、それだけのことを看破したのだという。

――軍務経験があることは歩き方ですぐにわかります。その筋肉の付き方から、近接戦にも対応できる実戦経験者であったことも。
――身のこなしは工兵よりも歩兵のそれに近い。しかし、歩くときに右肩がやや身体から開き、そこが軽いかのように左肩よりわずかに上がっている。
――重量のある銃火器に相当する装備を、そこに固定することを常としていたからです。対人としては大きすぎる武器を、歩兵として持ち歩く……つまり『巨獣』を狩る事を命じられた猟兵でしょう。

――『復讐者(アヴェンジャー)』たったと分かった理由ですか? その年齢を全盛期とするなら、戦場に放り込まれた当時は少年。少年兵に巨獣狩りを命じる戦場に、人道を期待することはできない。
――そして私のスキルは、対峙者の『犯罪歴』や『悪評』を検知する。その判定が曖昧に鈍っていることが分かる。これは、『冤罪』が関係するのではないかと思いました。
――でも復讐者には、心を縛る鎖がある。過去を思い出す時に、瞳が違うところを見る。君はそうじゃない。

――いや、種明かしをしましょう。身近にそういう者がいたんです。たくさんの同胞を失ったために、体制へと反抗の牙を向くことになった者が。
――こうやって経歴の話をしても、君は瞳がぶれない。君は、自力で鎖を解き放った者だ。

(……なんかそれ、こっちとレベルが違くないです? 裏切られたら敵わなくないです?)
(いや、そうでもなかった。これでも生前の直観で、『俺よりずっと強い』と思うヤツは見れば分かるんだ。
おそらく、戦闘力そのものは脅威じゃない。むしろ俺と同じ、一発逆転を狙う戦い方に近そうだ)
(えー……向こうも弱いならもっと、強そうなサーヴァントに声かけるんじゃないですか? 弱い私達に眼をつけた理由ってなんなんですか?)

――心を縛る鎖が無い。そういう人物は信用ができます。
――私情やこだわりよりも、マスターの安全、目の前にある絆を優先するということですから。

それに『一人目』は、戦力それ自体より信頼できる事、圧倒的不利であっても共に立ち上がってくれるかどうかを重視するものです、と。

(そりゃあ、不利だってことなんか最初から分かってるし……なくすものとか、ないし)

――ただ、君のようなタイプは私のように『上手い話を転がす者』を疑うでしょう。

まさに生前のメロウリンクが反抗したのは、『人をゲームの駒のように操り、神視点で自らの利益だけを得る者』だったが。

――そこは私の策(プラン)を見て、ご自由に感想をつけてください。
――それに、私のマスターは、私のようではありませんよ。それだけはお約束します。

(どうやら向こうのマスターは、なかなかの人格者みたいだぜ)
(うぇぇ……こっちのハードルが上がった……)


120 : 283プロダクションの醜聞 ◆Sm7EAPLvFw :2021/08/15(日) 15:34:51 2OZU.Vz60
どっちにせよ英霊と『人格者』が三人揃ったら、私だけ場違いにならないかな、などと逡巡しているうちに、カラオケルームの手前までたどり着いてしまった。
そこから先は、脚がとまる。
そもそも普通にノックして入室するので大丈夫なのか、挨拶の仕方からまず迷う。
入試の面接やオーディションじゃないんだぞと笑われたりしないだろうか、怖そうな人達が待ってやしないだろうかと、色んなことが不安になる。

(なら、霊体化して、中の様子を見てこようか? 気配遮断は使えないからほとんど気休めだぞ?)
(…………)

けわしい顔を崩さず、うなずいた。
やがて霊体化から戻ってきたメロウリンクが報告したのは、アサシンのサーヴァントが蒸せている光景だった。

(……というような話をしていた)
(うわ。こっちのサーヴァントにもそういうカノジョいたんだ。
 生前のコイバナを振るのって、サーヴァントには天丼ネタなのかなー……)
(それは、今は蒸し返さないでくれ)

よく分からないままに、怖そうな人達じゃないのかもと気持ちは傾き、深呼吸。
カラオケルームのドアをノックする。
許可をもらい、入室。
そこに着座していたのは、『ああ、この顔なら確かにカノジョいるに決まってるよ。シャーリーのほうも絶対にハリウッド美女だよ』という感想しか出てこない金髪のイケメンさんと。

姉のお葬式で、挨拶したうちの一人。

「……あれ……にちか?」
「えと…………田中、摩美々さん、ですよね?」

(……下の名前で呼ばれるような関係だったのかな。283にいた『私』は)

びっくりした。
びっくりしながらも、そんな風に思ってしまった。
WINGも準決勝までいけば、アイドル友達だっていたりするのだろうか。
…………いや、それ以前に。
283プロダクションに行くつもりだったのに、283の人達にどう自己紹介するか考えてなかったんですけど?
『七草にちかです』って名乗ったら、絶対に『WING準優勝者のにちか』だと誤解されますよね、これ。

「久しぶり……なのかな。事務所ではあんまり話した事、なかったケド」

あ、そういう設定だったんだ、テレビに出た方の私。
摩美々は『いつの間に……』とでも言いたそうに、にちかのマスクからほんの数ミリのぞいた令呪に視線を吸われている。

「え………いや、その……久しぶりっていうか、ですね。違くて、ですね」
「すまない。こっちのマスターは事情が複雑なんだ」

いつも口数の少ないサーヴァントにフォローされてしまった。

「まずはお席にどうぞ。初めまして、この度アサシンのクラスを戴いた者です」

向かい席のサーヴァントから着座を促され、「お飲み物は何にしましょう」とドリンクバーの所在にまで気を遣われる。

「ああ、どこかで見たと思ったら、さっきマスターと観た番組に映ってたのか」
「それはご視聴どうもー、『アンティーカ』の田中摩美々ですー」
「アーチャーと呼んでくれ。こっちが見ての通りマスターだ。名前は……」
「知ってますよー。うちのはづきさんの妹さんですから」

そしてうちのサーヴァント、どんどん話を進めないでほしい。
さては不器用だからこそ、ちょうどいいテンポが分かってないヤツか。

「あー、もう!!」

ここがオーディション会場で、もう一人の七草にちかだったら、半ばやけくそでアピールタイムに突入するかのような声を出してしまった。
三人分の視線が、にちか一点に集まる。


121 : 283プロダクションの醜聞 ◆Sm7EAPLvFw :2021/08/15(日) 15:36:00 2OZU.Vz60
「誤解! たぶん誤解が起きそうになってるから! 最初っから説明させてください!」


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ともあれ、『こっちを利用する気満々の二人だったらどうしよう』という不安は、この対面ですぐに消えた。
そもそもアンティーカがいわゆる『わきあいあい仲良し箱推しユニット』だということは、アイドルを愛好する者にとっては常識だ。
嫉妬とか卑屈な感情はありまくりだけども、この人は騙す気満々なんじゃないかという警戒はなくなるし、そもそも『仲間がいなくなったばかり』という悲劇まで背負っている。
よく見れば眼を腫らしていた痕もうかがえる女の子が、悪意をもって接してきたとは思えなかった。

それにそもそも、悪意を勘繰る余裕さえないぐらい、双方の置かれている状況が複雑すぎた。

「七草にちかさんがたどった経緯と、『この世界で報道されている七草にちかさん』の設定(ロール)が噛み合わない。
それだけなら界聖杯の設定のブレかもしれないが、『私のマスターが知る七草にちかさん』ともずれがある」
「それで合ってる。そして、『この世界にいる七草にちか』に会って、何がどう違ったのか確かめた上で帰りたいってのが、こっちの目的だ」

サーヴァントの二人はまだ冷静だったが、283プロダクションと関わりを持ったアイドル志望とアイドルにとっては、横合いから飛んできた魔球だった。

「じゃあ、摩美々さんの覚えてる『元の世界のにちか』も、こっちと同じように283プロに入ってたんですか?」
「私が覚えてる元の世界はー……こっちと、だいたいは同じですケド」

摩美々が覚えていた『七草にちか』とは、お茶の間のテレビで流れていた紹介映像とおおむね同じだった。
ただ、WINGを奮戦するにちかが準決勝で散ったのか決勝で散ったのか、その一点が違っていただけ。
そして、界聖杯の東京に来てからの実態として、摩美々の世界と違っていたこともある。
それは、283プロダクションの陣容がWINGの後にどうなったのかという一点。

アイドルとマンツーマンのプロデュースの最中に何があったのか、他のアイドル達が知ることはできない。
だが、七草にちかを敗退させてしまったという後悔は、プロデューサーにとってよほど躓きになるものだったらしい。
七草家の家計事情が明るくないことは、WING決着後の283プロでも薄々と知られていた。
七草姉妹にとっての一念発起、一発逆転の機会を潰してしまったという罪悪感もプロデューサーのショックを大きくしたのか、その心境は定かではない。

だが、プロデューサーは仕事に没頭したように、ただでさえ多忙だった業務を増やしていた。
もともと仕事を抱え込みすぎるところがあった故に、それが異常なのか誤差の範囲なのか、外側から見て発見が遅れたこともある。
もしかすると、この人は故障しかかっているのではないか。
そんな危惧がアイドルたちにも伝わり始めたころ、283は別の事情で経営不振になった。
そしてプロデューサーは……現住を変えるという届出さえ出さないまま、失踪した。
いつか絶対に283プロは再開してみせると、そんな宣言だけを置いて。
ここまでが、田中摩美々の覚えている世界。

「七草家(うち)のために、あの人が、そこまで……?」

そして、巻き込まれた界聖杯の世界では283プロダクション自体は続いていた。
違っていたのは、プロデューサーが失踪ではなく、欠勤という扱いになっていたこと。
プロデューサーが、無理をして心を壊す前にちゃんと休みを出せていた。
そして、『283プロを休止する事情』も起こらなかったから、事務所の誰もが欠けずに、アイドルの設定(ロール)を貰う事ができた。
摩美々は、そのように納得した。


122 : 283プロダクションの醜聞 ◆Sm7EAPLvFw :2021/08/15(日) 15:37:07 2OZU.Vz60
「それだけじゃ、そっちの知ってる『にちか』がどうなったのかは分からないな」
「それは……はづきさんが過労で入院して、連絡が取れなくなったから……。こっちの世界では、元気でしたケド」
「入院!?」

震えた声で、口が勝手に悲鳴をあげた。

予想してなかったわけじゃなかった。
あのテレビをみてぐるぐると頭をひねった時から、予感はあった。
真夏の東京で凍死するなんておかしい……つまり、この世界の姉は、まだ生きているんじゃないかと。

「お姉ちゃん……そっちでは、入院するだけで済んだんだ」
「だけ?」

けげんそうにした摩美々の表情が、やがて時間をかけてうつむいていく。
それはそうか。
入院するよりも重篤な状態といえば、ひとつしか思い浮かばない。
『こっちでは入院するだけでは済んでない』と言えば、ほとんど答えを言ってしまったようなものだ。

そして、気付いてしまう。
もう一人の七草にちかに会うということは。
高確率で、もう一人の七草にちかと暮らしているであろう、『家族』が生きているところを、見るのかもしれないということになり。

(でも。違う人。でも。死んだお姉ちゃんとは違う。でも。アイドルを止めたお姉ちゃんとは別人。でも。お姉ちゃんがいる……)

予感があったのに、鼓動が荒れた。
手のひらで、トップスの左胸の上あたりをぎゅっと握りしめた。

「こちらの姉さんは元気だったんだな。けど、それならどうして七草にちかとアンタらが最近会ってないんだ?
別に大会とやらに負けたからって、辞めるわけじゃないんだろ?」
「それは、顔を合わせることがなかったっていうか……WINGに負けた人が一からレッスンやり直すことは珍しくないですケド。
今はそのレッスン室もあんまり開いてないので」
「どういうことだ?」

なんでサーヴァントの方がプロダクション事情を説明できるんだろう。
そう思ったら、とんでもないことをその金髪美男子は口にした。

「実は、この世界の283プロダクションも、聖杯戦争が激化するまでには休業に着地する予定だったのです。
勝ち残った主従が少なくなり、決戦がいつ起こるか分からないともなれば、どうしたって『アイドル活動とマスターの両立』は現実的ではありませんから。
それはこちらのマスターにも、事前にご理解いただいています」

それもこうやって不可能になりましたが、と炎上の模様がスクショされているスマートフォンを提示して付け加えた。
待って。
あんた、283プロダクションで何やってたの。


★☆★☆★☆


山本冬樹は、アイドルのマネージャーをしていた。
芸能界に関わる仕事をして十数年、それなりにキャリアを積み、ノウハウと審美眼も会得した。
地下アイドルの頃から育てていた金の卵たちのメジャーデビューを迎え、順風満帆な人生を歩んでいたはずだった。
それが劇的に一変したのは、ここ一か月余りのことだ。
遺体をひとつ、隠蔽するためにヤクザの手を借りることになったのだ。
その遺体を隠さなければ、手塩にかけてきた金の卵が未来を絶たれることになったので。
その隠蔽自体には成功したのだが、代償は安くなかった。
世話になったヤクザ者たちに、アイドルたちをヤクザの『営業』に利用する同意を取らされた。
そこまでなら、まだまだ地獄のようではあったが、理解することが可能な地獄であった。

だが、金の髪をした悪魔のような男に犯行を見抜かれて、運命はおかしな方向に転ぶ。


123 : 283プロダクションの醜聞 ◆Sm7EAPLvFw :2021/08/15(日) 15:37:47 2OZU.Vz60
光源の限られた埠頭の倉庫に、長い長い影を落としながら、堂々と。
探り当てたかのように、山本とアイドルが『営業』の現場でヤクザたちと話し合っている現場を抑え、証拠を握った。
しかも、報道されているデビューニュースなどの断片情報から、『遺体』のことまでを正確に見抜いて、全てのあらましを語ってのけた。
本来ならその場で口封じでもされるところだろうに、あっという間にやくざのうちの片方――腕に覚えのある巨漢を地に倒し、その場の主導権を握った。
まるで、サスペンスドラマで終盤に現れる探偵役だ。
しかし、その若い男が持ちかけてきたことは、およそ探偵役の対極に位置するような提案だった。

あなたには、『プロデューサー業務の代行』をやってもらう。
こちらが持ち込む283プロダクションという会社の諸仕事を、在宅業務で受けているふりをして消化してほしい。
そのプロダクションを、マスコミに大きく取り上げられず、悪意ある第三者に見つかることなく、なるべく緩やかな形で閉鎖させたいと考えている。
その為に、口止め料として眼前の業務をさばいてほしい。

そこからは必死だった。
とてつもないハードワークが始まった。
ライバル企業の売上に貢献しろというならまだしも『活動休止に向けて動かしたい』という点についてはまだマシだったが、仕事量は比較にならないほど増えた。

一つ不思議だったのは、『どこかでボロが出るに決まってる』と思いながら始めた無茶だったのに、少しも失敗する流れに向かわないことだった。
計画は大胆であったにも関わらずおよそ足のつくところがなく、遺体の始末を任せたヤクザたちのそれよりも隙がなかった。
さながら、あの悪魔から出て来る発案には失敗しない加護のようなものがついていた。
ヤクザ者たちはヤクザ者たちで、何やら別の調査ごとを命じられて走り回っているようだった。
あまつさえ、ヤクザ者たちからどのように糸を広げたのか、警察官にまで繋がりをつくり、双方を利用して『ある男』の現住まいを探させてもいるようだった。
しかし、そんな奇妙な地獄生活も終わりを告げた。

白瀬咲耶の失踪。
もし事件性があるならば、今度こそ連座して自分たちの詐称も発覚するのではないか。
そう思っていた昼前の時間帯に、あの男から連絡が来た。
これが最後の指示で、それが終わったらあなたとは手を切ることにする。
283プロダクションを通してあなた達にたどり着かれることは無いから、そこは安心してほしい。
どのみち共犯者のアイドルが黙っていられるかを保証しないけど、それはきっと全てが終わってからの話で、僕がそれを見ることはないだろうとも。

以前からもしもの時のためと指示していた封筒を用意してほしい。
それをヤクザたちに探し当てさせた住所に配達することが、あなたの最後の仕事だと。


★☆★☆★☆


答え合わせ。

Q.なぜ、本来ならば、社長と、プロデューサーと、事務員の3人しかいない会社が、プロデューサー不在という致命的な損失をカバーできていたのか。
A.穴埋めのプロデューサー代行をこっそり器用して、必要な諸仕事を無理やり回していたから。
また、単純に、天井社長に『この状態では活動休止もやむを得ない』という意図があることを業界人に聞きこんで確かめ、それが叶うよう動かしていたから。
すでにアイドルの何人かには『営業をしばらく休むようにしてほしい』とはづきさんを介して頼み込み、少しずつ活動規模を小さくしている。


124 : 283プロダクションの醜聞 ◆Sm7EAPLvFw :2021/08/15(日) 15:38:41 2OZU.Vz60
Q.なぜ、『イルミネーションスターズ』や『アンティーカ』のようにユニットとして動いているアイドルたちが、一人一人のソロ活動ばかりこなしていたのか。
A.まだ全員には伝えていないにせよ、徐々に休業に入ってもらったユニットメンバーもいるから。
また、山本に指示を出してスケジューリングには介入し、極力リスク管理のためにアイドル同士は離していた。
『情報にアクセスできる人間の分散』は、リスク管理の上で大事である。
たとえユニットメンバー同士でも会う機会がなくなることで、悪意ある第三者が『最近、あなたの知り合いに包帯や露出抑えめの恰好をするようになったアイドルはいなかった?』などと害意ある探りを入れてきても、『そういえば、最近会ってないし思い出せないなぁ……』という状況をつくりだせる。
(もっとも、摩美々に言わせればそれとなく一か所を隠すとかえって目立つとのことで、タトゥー隠しにも使えるタイプのファンデーションを塗って対応していたのだが)

Q.そのようにして283プロダクションをカバーする必要はあるか。
A. 暗躍する蜘蛛の気配がある以上、『マスターの周囲環境からボロが出ないよう努力する』という方針は必須。
手段を選ばない『蜘蛛の巣を張る悪党』にとって、脅迫のネタをつかんで従わせる事は基礎教養のようなものだ。
マスターがアイドル活動の自粛や移籍をしなかったことに賛成したのも、『距離をとったところで、関係者が狙われるリスクはなくならない』という読みがあったから。
このままではマスターにとって、『いざという時に精神的苦痛で追い込んだり脅迫ができる人材が二十数人いる』という状況は続く。
かといって、いきなり大手プロダクションがプロデューサーの欠勤のせいで潰れたなどという事態になれば、ニュースバリューを持ってしまうので、なるべく穏当に、ゆるやかに休止させるしかない。
もともと283プロには都心の近郊や隣県から通っているアイドルも一定数いる。
また、『神奈川住まいの摩美々が都心住まいに変わっていた』というように、本来の住所をねじまげた都合でかえって遠地に住まわされた者もいる。
『しばらくはアイドル活動をしなくていい』と納得させるだけで、『マスターの親しい人々が、23区内の事務所に通ってくるリスク』を大きく減らせる。
そして、七草はづき経由で一つだけ『ブラフ(東京都外で仕事をしようというカマかけ)』を置いて、マスターでないかどうかを図る。
東京都外での仕事を受けることはマスターにはできないけれど、こちらが仕事を紹介するだけなら可能だった。



さすがに界聖杯が『今後、283プロ周りが何かしら事件に巻き込まれた時に、全員のリアクションを再現しなくても済むじゃないか、やったー』などと考えたとは思えないが。



Q.代行をたてるより、プロデューサー自身を抱き込んで協力させた方がいいのではないか?
A. マスターから友人、知人の人柄を聞き及び、『プロデューサーの男は、マスター達に与える影響力が大きすぎる』と判断。
マスターの言によれば、元の世界でのプロデューサーは壊れる寸前であり、ここで矢面に立たせるような真似をさせることはできない。

「プロデューサーさんは、アイドルの『まみみ』を育ててくれた人で、いなくなっても……捕まえてくれる、みたいな……」とのこと。

マスターは、優しいけれど間違いなく『悪い子』で合っている。
また、現住所に住んでいなかったため、割り出しに時間を要する。
それが元の世界でも行っていたことであるため、行方不明なのか引っ越しなのかの特定に時間が必要だった。


125 : 283プロダクションの醜聞 ◆Sm7EAPLvFw :2021/08/15(日) 15:40:57 2OZU.Vz60
.他の手段で283プロの人員を保護することはできなかったのか?
A.最良の方法は、権力や財力の庇護を借りて283プロそのものの体制を盤石にすること。
しかし、それは不可能。
それを成す為に東京都における『政府そのもの』、一番の権力者に探りを入れたところ、『マスターである』という感触を検知。
それも、明確に聖杯を狙っているマスターであることを察知。
よって、権力に頼った手段を用いれば、敵性マスターから狙われる。

Q.解答者自身は、問題のプロデューサーを『シロ』だと思っているか?
A.現住所が、まるで人目をさけて隠れ住んでいるような状態だったと聞いて、違和感はあった。
白瀬咲耶のマスター発覚を契機として、『界聖杯が縁者を巻き込んで選抜している』ことは、より現実味を帯びた。
そして、これだけ騒ぎになっているのに、『いなくなっても捕まえるべきアイドル』たちに連絡を取る様子が無い。
おそらくは――


★☆★☆★☆


「めちゃくちゃ……」

簡単に283の実態を知らされたにちかは、ぼそりと呟いた。
とはいえ、情報量が多いと混乱するよりむしろぼーっとしているのは、心の何割かを『姉』や『姉とともにいるかもしれないにちか』が占めているところが大きい。

アサシンは話題を切り替えることを仕草で示すように、わざとトンと音をたてて空のコップを卓上に置いた。

「そして、そちらの事情と283プロダクションに対するスタンスは理解できました。
それでは、こちらから白瀬咲耶さんの失踪にまつわる真相と、283プロダクションにある火急の危機について話しましょう」
「「「火急?」」」
「この話し合いが終わり次第、私自身が動かなければいけないほどの案件です」
「えぇ!? 急ぎなら急ぎだったって先に言ってくださいよ! なんかこっちが時間使わせたみたいになるじゃないですか!」
「今のところは『下準備が終わった』という報告待ちなので、支障はありません。まずは、白瀬咲耶さんの失踪についてですが」

その少女の名前が出たことでピリリと緊張を走らせた隣のマスターを、ちらと見て。

「しばらくは同じ話の繰り返しになりますから、マスターは少しだけ席を外すこともできますよ」
「いますよー、ここに」
「はい。ではご依頼通りに」

そして、283プロダクションの裏側で暗躍していた主従は語る。
白瀬咲耶がマスターであり、一昨日の晩に他のマスターとの交戦によって脱落したこと。
彼女自身の遺した遺言や、下手人の末端が漏らした情報によって、摩美々とアサシンにそれが伝わった事。
下手人と目されている『ガムテープ集団』のこと。
ガムテープ集団の持ち歩いていたドラッグのこと。

「飲んだらムキムキになるクスリって、何……?」

開示されていく全貌に圧倒されていた七草にちかが、うろんな方向に話が向かったことについ声をあげる。

「っていうか、さっきからアサシンさんたち詳しすぎじゃないですか?
もう知らないことなんて何もないみたいですよ」


126 : 283プロダクションの醜聞 ◆Sm7EAPLvFw :2021/08/15(日) 15:41:38 2OZU.Vz60
べつに引き籠って寝転んでいた自分達が、他のマスターたちと同じ条件で戦えているなんて思っていなかったけれど。
まったく感知せざるところで、七草はづきやもう一人の七草にちかが『火急の危機』のすぐ近くにいたというのは、無性に腹立たしくなることだった。

「いいえ、私の張った糸も、いくつかの理由で全盛期に比べればとても鈍いものになっていますよ。
そして、我々を上回る『蜘蛛の巣』を張っている存在が、この東京にはいます」

これは決して謙遜じゃない、と前置きして。

「――そして、火急の危機とは、『全て蜘蛛の巣の主によって企てられたこと』なのです」

「待ってくれ、薬物を濫用する集団の話じゃないのか?」
「はい、アーチャーさん達にとっても我々にとっても、対峙すべき脅威はそちらでしょう。
しかしそんな集団を、狙って爆発させようとする犯罪教唆者がいます」

『います』という断言。
それによって沈黙したカラオケルームの中央卓に、アサシンは炎上するSNSが映し出されたスマートフォンを滑らせた。

「おそらく、白瀬咲耶さん失踪事件の炎上は、意図的に引き起こされたものです」


★☆★☆★☆


人間社会の戦いには、最初から勝敗が見えているケースがある。
事件を起こす側と、起こされる側では、起こす側の方が絶対有利をとれるというものだ。
なぜなら、事件を起こす側とは、常に先手が打てるのと同義なのだから。
そして、『社会的制約を破っても逮捕されない状況』が出来上がっている場合であれば、事件を起こす側の優位はますます確実なものとなる。
被害を出すことをいとわない側と被害を出せない側では、被害を出せる側の方がいくらでも攻め手を持てる。
そして、昨晩の本選開始通告によって、いよいよ『社会的役割(ロール)を無視すればペナルティがある』というルールを設ける最後の機会はなくなった。

――実質的に、『社会をどんなに混乱させても、ルール上のペナルティはない』ことが明言されてしまった。

アサシンを担う方の『モリアーティ』が、己の実力を『全盛期より鈍い』と言い表す最大の理由もそれだった。
生前のモリアーティは、まさに社会に混沌を起こす側だったが、聖杯戦争においてはそうでなない。
悪事を企むサーヴァントを殲滅しなければならない以上、義を持ったサーヴァント同士で同盟をしなければならない。
つまり、いくら悪い側の視点に立ったところで、あまりに筋の通らない、大義から逸脱した手段には訴えられない。

例えば、NPCに対しても危険すぎる任務は与えられなかった。
麻薬を流通させる極道少年たちの拠点を突き止めるには、これが最大の制約となる。
拠点の候補を捜索してもらおうとしても、『罠としか見受けられない物体が設置されている』となれば撤退を指示しないわけにいかない。

例えば、誰かに痛みをともなう選択をさせることは、本当に最後の手段にしなければならなかった。
283プロダクションの保護にしても、マスターに対して『NPCの犠牲については割り切ってください』という損切りの了承はとれない。
田中摩美々は、痛みをともなっても進むことを課されているモリアーティ家の人間ではないからだ。


127 : 283プロダクションの醜聞 ◆Sm7EAPLvFw :2021/08/15(日) 15:42:26 2OZU.Vz60
しかし。
それでも、それが誤った手法だったとは、犯罪卿は思わない。
『義を持った者』を味方につけるという策に、ある程度の希望があったこともある。
283プロダクションの業務報告を受け取る過程で、ご当地取材などから『困っていたら助けてくれる義侠の風来坊』という噂を拾えたことには安堵した。
だが、それだけではない。

故老の毒蜘蛛を打倒するものは何なのかを、年若い偽善の蜘蛛は知っていた。


★☆★☆★☆


白瀬咲耶の失踪を告げるニュースは、あまりの短期間で、あまりの拡散件数として広がっている。

これは事実であり、不自然だ。
そもそも、姿を消した人間の捜索届が出てから、それが失踪事件だと周知されるまでには、本来何日ものタイムラグがある。
現代の東京とは、『脅迫王』を名乗る個人情報の漏洩者が暗躍していた前世紀のロンドンとは違う。
この時代になると依頼人、事件関係者のプライバシーは守られなければならないという原則は徹底されているし、それが警察の捜査であればなおのこと。
警察が白瀬咲耶を失踪したとみて捜査していたとしても、それがマスコミへのネタとして流れることは有り得ない。
ことに、それがアイドルともなれば『ストーカーの襲撃』『誘拐』という可能性がどうしたって付きまとうし、スキャンダルの種でもある。
プロダクションが公式の会見によって発表しない限り、それは事実とはならない。

つまり、『白瀬咲耶が行方不明になった』という情報をいち早く入手し、それを意図的に拡散した黒幕がいる。

「咲耶にひどいことした人達が、炎上させたの……?」
「だとしたら彼らを罰する理由が増えますが、そうではない。
彼らが騒ぎを大きくしようとするなら、咲耶さんと戦った痕跡を隠蔽したりはせず、むしろ積極的に衆目にさらすでしょう」

遺体を晒すでしょう、と直接的に口にしなかったのは、摩美々への配慮らしい。

「それに、彼らは咲耶さんが戦闘の現場に現れた時間を知っていても、咲耶さんが最後に目撃された時間までは知りえない。
『最後に目撃されたのは一昨日の晩だった』ということを知る者が、情報を漏らした犯人です」
「つまり、この世界の警察か?」
「警察でもありません。今朝、自室を捜索した際に白瀬さんの手紙はまだ残っていた。
つまり、警察でも今朝はそこまでしか捜査が進んでいなかった。
拡散されるまでに要する時間を鑑みるとと、とても捜査情報を得てから拡散するには時間が足りない。
それに、先ほど大門さんという協力者の警官に電話しましたが、白瀬さんの失踪事件を担当した刑事は正義感のかたまりのような鬼刑事。
捜査情報を横流しするために内通するなど有り得ないそうです」

それを教えてくれた大門さんは、捜査情報を横流しするために内通してることになりますけど。
たぶん三人ともがそう思ったはずだが、アサシンは敢えて無視するように続けた。

「ならばどこから情報を得たのか。おそらく、『白瀬咲耶さんを最期に見かけた当人』です。
仮にも予選が終わる二日前まで勝ち残っていた二人を、じっと見続けたり尾行したりすることは難しい。
おそらく、監視カメラが据え付けられていたコンビニの従業員、といったところでしょうか。
そして、マスターであるにせよ一般人であるにせよ、その人物の単独だけで、これだけの拡散をなせるとは思えない。
拡散に協力した網がある……おそらく、東京都民をスリーパーとして『もし有名人の女性が行方不明になったら、晒せ』という単一の指示を与えていたのでしょう。
協力者として取り込むのは時間がかかりますが、『指示をひとつだけこなして欲しい』と言い含めるだけならさほど労力はかかりませんから」
「なんで『有名人の女性』なんだ?」
「近ごろの東京では、『女性の連続失踪事件』が噂になっている。そこに便乗を図れるからです」


128 : 283プロダクションの醜聞 ◆Sm7EAPLvFw :2021/08/15(日) 15:43:51 2OZU.Vz60
連続する女性の行方不明のニュース。
界聖杯の東京で行われる報道の中で、これは極めてオカルトめいた畏怖を生んでいる事件だ。
聖杯戦争のマスターとしてニュースを把握している者なら、マスターによる犯行ではないかと胸をざわめかせることだろう。

そんな中で、『知名度のある女性』が新たに行方不明となる。

これまでの『行方不明になった女性たち』は、いずれも個人情報を伏せて報道される一般人だった。
だが、白瀬咲耶はアイドルだ。
調べようとすれば、失踪した経緯を捕らえられるかもしれないと思わせるだけのことが公表されており、283プロダクションという固定の座標もある。
つまり、これだけの拡散が行われてしまえば、『283プロダクションに何か秘密があるかもしれない』と期待したマスター達が集まってくる。
そして、通常の行方不明であれば公開情報となるまでに時間の猶予があり、いくらでも防諜のための手立てが打てたのだが、炎上によってそれが叶わなくなった。
複数の主従が集まった結果として起こる事。
軽くて騒動。拡大すれば乱戦であり、腕に覚えのある聖杯狙いたちの大戦だ。

「私が炎上を企てる側の視点に立った場合、まず『日中何事もないか様子見』をして、何事もなければ自ら依頼した火種を放り込む手段をとります。
つまり、釣られた者が出て来るにせよ出てこないにせよ、今日中をめどに騒動が起こる公算は高い」
「火急の要件って、そういう……」

今の283プロダクションは観測気球のようなものだ。
暴風のありそうな上空にアドバルーンを解き放って、どのように、どのぐらい荒れ狂うどうかで、天候の実態を視覚化するための試金石。
蜘蛛の巣の主は、283プロダクションの攻撃それ自体よりも、『そこに集まってくる主従の見極め』を行い、自らの手を汚さず、自陣を損させずして優位に立とうとしている。


「皆に……逃げるように言わないと……」



震えのまじった声で、283プロダクションの少女が口走った。
その言葉が、カラオケルームにすっかり浸透するだけの間をおいて、盤面を見るアサシンが答える。

「皆さんの命を守るなら、呼びかけは必要です。しかし、それだけでは足りない。
最善の手を打つなら、私自身が283プロダクションに赴かないといけません。その為の許可をいただきたい」

重ねて、アサシンは説いた。

今、283プロダクションに誰も近づかず、他のアイドル達も事務所から出るよう促すことで、今日一日をやり過ごすだけなら可能だろう。
しかし、『すぐに283プロダクションを閉める』という選択肢は、そのまま『283プロを探られたくないマスターがいる』と回答しているも同然になる。
そうなれば、待っているのは『白瀬咲耶の失踪』という炎上に注目したすべての敵性マスターが食らいついての、根こそぎの関係者を狩る動きだ。
今はまだ、「283に何かがあるかもしれない」程度の期待から動いているだけの者が、本気の狩人に代わってしまう。
もし、他にもマスターとして283に潜伏している友人達がいたとして、その全員に累が及ぶことになる。

それを避けるために打てる手は一つしかない。
283プロダクションの建物にじかに赴いて、訪れる悪意ある者を出迎える。
そしてその結果が交渉になるにせよ戦闘になるにせよ、『283プロダクションに潜んでいるものは、こいつで洗い出した』と見せかける。ターゲッティングを図る。
むしろ、誰かがターゲット集中をとらなければ、『潜伏しているかもしれない者』に矛先が向く。


129 : 283プロダクションの醜聞 ◆Sm7EAPLvFw :2021/08/15(日) 15:44:18 2OZU.Vz60
「はっきり言います。この手を打てば、私が最後まで依頼を果たせる確率は減少します」

危険な対面であることは明らかだ。
一昨日の戦闘現場だっただろう跡地では、埠頭が一点集中の津波にでも襲われたかのように崩壊していた……らしいと、先刻の電話の一つから報告を受けている。
もし、白瀬咲耶を殺害した主従に『ニュースになるのは早すぎる』と思いつくだけの頭があれば……。
思いつかなくとも、違和感を感じとるだけの天分を持っていれば。
そんな戦闘を勝ち残った強いサーヴァントたちが乗り込んでくることになる。
その対面を生き残ったとしても、観測気球につられてやってきた者達の眼にとまるリスクは大きくなる。
姿を見られるなら見られるで、なるべく敵の方も見られて損をするような方向には持って行きたいところだが。

故に、サーヴァントは許可を求める。
本来なら、『マスターを生還させる』という依頼を一義におくべきであり、逃げをうつことを推奨すべきだ。
白瀬咲耶の訃報を依頼人が受け止めるところを見ていなければ、それを最善手として動いていた。
しかし、改めて依頼を受けている。
ゆくゆくは、白瀬咲耶の絶対に仇をうつ――そのためには、悪党の企みを阻止するための一手が必要だ。
酷だと承知していながら、命の選択を出す。



「……お姉ちゃんを、助けて」



状況を動かしたのは、ただ姉の心配をする、真っ青で震えている少女だった。

「二人に頼むのが図々しいなら、アーチャーにお願いします。アーチャーだけでも、事務所に行って。
何でも理由をつけていいから、お姉ちゃんたちを連れ出してください」

理屈抜きで、己のリスク抜き。
姉はどうあっても姉で、まだ残っているかもしれない者が失われようとしている。
仮初で作り物だろうと、会いたい。
私がアイドルをすることをどう思ってたのと、聞けなかったことを聞きたい。伝えたかったことを伝えたい。

アーチャーは、返事をしなかった。
いつもの身長差をつかって頭を撫でれば、それが返事になるから。

「あー…………」

摩美々は立ち上がった。
観念したように天井を仰いで。
両腕を交差させ、二の腕を抱くような仕草で考え込んで。
きれいに剃った左右の眉を、眉間に寄せてから。

「……そうなるかなぁ」

誰かの声でも受信するように、そうこぼして。


130 : 283プロダクションの醜聞 ◆Sm7EAPLvFw :2021/08/15(日) 15:44:55 2OZU.Vz60
「アサシンさん…………悪い子が、欲張りになっちゃいましたぁ」

切り替えた。

「ならばご命令を、共犯者(マスター)」

一礼が答えた。

その遣り取りは、どう見ても決断がなされたことを意味するもので。
それを見て、妹である少女は、『わがままが通った』という責任に襲われたように呆然として。

「あ…………」

人一人の決断を促してしまった。
その重さに、脚が震える。

「い、いいんですか? 私にとって、お姉ちゃんは絶対に会いたい人だけど、でも……」

あなたにとっては帰ったらまた会えるだけの、NPCかもしれないんですよ。
そこまでずばりとは言えなかったけれど。
相手は、そう言わんとすることを飲んだ上で答える。

「『恋をするのに、汗なんてかかない』」
「え?」

どこかで聞いた魔法の呪文を引用するように、ぽつりと言ってから。
くい、とアイドルとしてのポーズをとるために沁みついた所作で、顎を引いて、顔をあげた。

「そんなの、言わせんなってことだよー…………それに。
アサシンさんの話はたくさんありすぎて頭痛いけど、私にもいっこ推理できちゃった」

唇を小さく噛んで。
口にすることを恐れるように、左右に頭を振ってから。

「今の283には……絶対に、マスターだって人がいる。
ううん、その人は事務所にはいないけど、だんだんわかってきた。
朝からずっと、電話が来ないかなって、思ってたから。
それなのに、今になっても来ないから。
これ…………確定、ですよね?」

どんなに病んでいたとしてもアイドルの心配をする人がいる。
その彼が、咲耶のことを知らないはずがないのに応えない。
聡明な推理力は持たなくとも、283プロのアイドルならば理解できる。


131 : 283プロダクションの醜聞 ◆Sm7EAPLvFw :2021/08/15(日) 15:45:38 2OZU.Vz60
「……私が打ち明けるまでもなく、たどり着かれましたか」

それと同時だった。
推理を説明するためだけに卓上にあったスマートフォンが震えた。
液晶が、チェインの受信があったことを表示する。
無粋な横やりにしか思われなかったそれに、アサシンは「間に合った」と小さく一声。

「何がです?」
「今、283にいる皆さんを逃がすための手立てです。
私が現場で犯罪めいたことを行い、皆さんを怪我しないまま事務所から出すことは可能でしょう。
しかしそれでは、やはり『283プロで騒動が起こった』という事実が残ってしまう。しかし」

すっかり現代生活で習得してしまったスマートフォンの操作を行い、特定の電話番号を画面に映し出す。

「そんな小細工も小技も無用。この世界にはたった一人、『今はどうか逃げてください』という一声の電話をするだけで。
……あの事務所のアイドルと事務員さんの全員を動かせる立場と影響力を持った人物がいます」

事務所に通った事のない七草にちかにも分かった。
プロデュースを受けたことは無くとも、にちかは彼の人柄を理解するぐらいには接したことがある。

「協力者がプロデューサーさんの住所を突き止め、連絡を取るための携帯電話を届けてくれました。
今こちらから書ければ、プロデューサーさんの自宅に投函された電話が鳴りますよ」


★☆★☆★☆


ヤクザ共が突き止め、警察の内通者がパトロールにかこつけて転居届を出さないと場合によっては社会的制裁もあるぞと脅しをかけた男。
その男の郵便受けに封筒を押し込むと、山本の使命は終わった。

その中身は、これまで283の事務員との連絡に使っていた携帯電話と、それからかかってくる着信を無視できなくなる物品がひとつ。
自分にこんな超過労働をさせることになった諸悪の根源の顔を拝んでみたい気持ちはあったが、
『くれぐれもその場から急ぎ立ち去ってください』と指示された保身がそれを上回った。

これで縁は切れた。
だというのに、安堵や疲労感だけでなく、奇妙な未練が山本の後ろ髪には宿っていた。
それは多分、憎しみや八つ当たりだけでない、本来の『プロデューサー』だったという男への興味だ。
「こんな無茶な体制を作るなんて、そのプロデューサーはバカじゃないのか」と悪魔の計画者に当たった時のことだ。
悪魔のような男は、きっぱりと反論した。

「逆ですよ。いなくなるまで、社長と事務員をのぞくたった一人の社員として『この状態』を運営していたことは驚異的です」

片手間とはいえ活動歴の長いマネージャーと本職のコンサルタントが二人がかりで回していた仕事を、二十数人のアイドルひとりひとりと対話してコミュニケーションを図った上でこなしていた青年がいる。

「その人は間違いなく、我々ふたりを合わせたよりはるかに凄腕のプロデューサーですよ」

その事実に山本は、ぞっとするほどの震えを覚えたのだ。


★☆★☆★☆


132 : 283プロダクションの醜聞 ◆Sm7EAPLvFw :2021/08/15(日) 15:46:10 2OZU.Vz60
ガタコンと、新聞が配達される時に似た音が、郵便受けから鳴った。
郵便配達の時間からはずれている。
嫌な予感が、その男の胸を満たしていく。

こわごわと玄関先に向かうと、集めに膨らんだ封筒がぎりぎり郵便受けの幅を通過して落としこまれていた。
宛名が書かれていない茶封筒を破くように開封する。

「携帯電話……?」

それをくるんでいた布地も、見覚えのあるものだった
白地に青のラインでグラデーションと、283の数字が描かれたロゴ。

「これは……283(ウチ)のタオルじゃないか……」

これを投函した奴は、自分が『283プロのプロデューサー』であることを知った上でここに来ている。
それは、この携帯電話を『283プロのプロデューサーとして』受け取れという意思表示のようなもの。


★☆★☆★☆


当初は摩美々に頼まれるはずだった『プロデューサーの説得役』は、しかし意外なほどすんなり交代された。

連絡が取れると明らかになった時に、当人が逡巡してしまったことが一つ。

『プロデューサーはNPCだという思いこみありきとはいえ、283プロのアイドルたちを無視した上で帰還しようとしている』という推測。
それに自力でたどり着いてしまい、横合いから殴られたばかりだ。
信じたい気持ちがあり、伝えたいことがあったとしても、その言葉を紡ぐには時間が足らない。
何より、『元の世界でも、プロデューサーがおかしくなっていることを訴えたけれど、声が届かなかった』という苦い事実がある。

「なら、電話します!」

そして、そういう思い入れを抜きにして、単に『一刻も早く伝えなければ』と思いたって手を挙げたのが、七草にちか。

「お姉ちゃんを助けてくださいって、言いますよ! だって今いちばん事務所にいそうなのは、事務員のお姉ちゃんだから!」

こちらも同じく、プレッシャーはのしかかる。
自分の声が届くかどうかしだいで、NPCとはいえ複数名の命がかかっている状況ともなるのだから。
それは、一度もアイドルとして試される機会がなかった少女の蛮勇なのかもしれなかったが。

(もう一人の私に会ったら……『お姉ちゃんが危ないのに何してたんだ』って、言う!)

最後の奮起になったそんな考えが、不謹慎なのか意地なのかは区別ができなかった。


133 : 283プロダクションの醜聞 ◆Sm7EAPLvFw :2021/08/15(日) 15:46:48 2OZU.Vz60
ともあれ、すでにして283との接触を完全に断ち、拒絶する覚悟を決められているかもしれないアイドル達と違って、にちかの接触は向こうも予期していない可能性が大きい。
それだけ不意打ちとして刺さる可能性があると、合理性の観点からも認められた。

「それなら……私は他の皆にかけて、事務所にいるなら、離れてーって、言って回った方がいいのかな」
「いえ、それは止めた方がいいでしょう。別々の方向から切羽詰まった要請を受ければ、誰しも何が起こったのかと混乱し、パニックの元になります
それをするよりは、現場に着いてから我々が対応した方がいい」

何より、今の摩美々が他のアイドル達に電話をすれば、間違いなく『白瀬咲耶さんが行方不明だと聞いた』という流れになり、会話を切らせてもらえなくなるだろう。
それではかえってアイドル達の動きを止める。
だが、同時に『これ以上失いたくない人がいる』ことも、主従ともに理解できている。

「その上で、どうしても確かめたいお友達がいるなら、マスターにお任せします。
ただ、向こうの電話では誰かに盗み聞かれている怖れもあるので、気を付けて」
「……分かりましたぁ」

この世界にいるかもしれない、三人のことを思い浮かべる。
月岡恋鐘。三峰結華。幽谷霧子。
その中で、『令呪を包帯などで隠すことができそうな子』は、どうしても一人に絞られることを無視できなくなる。

「アサシンさんも、帰ってくるのを一番にしてくださいね」
「アーチャーも、『いのちだいじに』で」

アーチャーが再び装備を点検し、サーヴァントの二人は出発する構えだった。

「現場までの案内は頼めるか?」
「既にタクシーを待機させてあります。霊体化して急ぐより、裏道を知り尽くした専門家に任せた方が早いでしょう」
「あんた、さっきから幾つの話を通してたんだ?」
「必要な数だけ」


★☆★☆★☆


134 : 283プロダクションの醜聞 ◆Sm7EAPLvFw :2021/08/15(日) 15:47:35 2OZU.Vz60
証明問題の、答え合わせ。

Q.問おう。君から見た私は何者カネ?

A.
悪の親玉。
毒蜘蛛の主。
終局的な犯罪者。
すなわち、地上に残された最後の悪魔になろうとする者。

あなたはこちらより優位にいて、炎上という一手でこちらを上回った。
現状、言い訳しようもなくあなたが勝っている。

ただ、あなたの性格を理解することはできた。

あなたは、『人の死そのものをスキャンダラスに喧伝』した。
あなたは、マスターの居場所を悲劇の劇場に、マスター達を『観客』に仕立てようとした。

あなたと僕は共通している。
あなたは企む。
あなたは他人を操って犯罪をやらせる。
あなたは『悪』をもってしかことを成すことができない。
あなたは、社会を破壊するようにしか動けない悪魔だ。

それでも、違うところがある。

僕は、再生の為に破壊するけれど。
あなたは、壊すためだけに壊そうとしている。

だから、理解する。

あなたは、悪を愛している。
あなたは、おそらく『彼』のことが嫌いだ。
あなたは、『彼ではない彼』に痛い目を見たことでもあったのか。
あなたは、『彼』に類するもの……『善』なるものを滅ぼそうとせずにはいられない。

そして。
あなたは僕がそうであるように。
その『善なるもの』には、絶対に叶わない宿命を持っている。

だから僕は、善と義を探す。
不利を理解していても、正しく動く。
僕にとってのヒーローは不動だけれど、それと同じ性質を持った者にとどくことを願う。
マスターの為に、友達(とも)が残した世界の為に。


★☆★☆★☆


135 : 283プロダクションの醜聞 ◆Sm7EAPLvFw :2021/08/15(日) 15:48:00 2OZU.Vz60
何度も、何度も。
着信は呼び続ける。


【渋谷区・渋谷駅近くのカラオケボックス/一日目・午後】

【田中摩美々@アイドルマスター シャイニーカラーズ】
[状態]:健康、咲耶を失った深い悲しみ、咲耶を殺した相手に対する怒り
[装備]:なし
[道具]:白瀬咲耶の遺言(コピー)
[所持金]:現代の東京を散策しても不自由しない程度(拠出金:田中家の財力)
[思考・状況]基本方針:私のイタズラを受け入れてくれるみんながいる世界に帰りたい。
1:霧子に、電話したい。プロデューサーさんは……。
2:アサシンさんに無事でいてほしい。
3:咲耶を殺した奴を絶対に許さない。
[備考]プロデューサー@アイドルマスターシャイニーカラーズ と同じ世界から参戦しています

【アサシン(ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ)@憂国のモリアーティ】
[状態]:健康
[装備]:現代服(拠出金:マスターの自費)、ステッキ(仕込み杖)
[道具]:ヘルズ・クーポン(少量)
[所持金]:現代の東京を散策しても不自由しない程度(拠出金:田中家の財力)
[思考・状況]基本方針:聖杯の悪用をもくろむ主従を討伐しつつ、聖杯戦争を望まない主従が複数組残存している状況に持って行く。
1:『彼(ヒーロー)』が残した現代という時代を守り、マスターを望む世界に生還させる。その為に盤面を整える。
2:283プロダクションに直行し、乗り込んでくる敵対者がいればターゲッティングを引き受ける。事務所に誰もいないようであれば、事務所にあるアイドル達の個人情報隠滅を行う。
3:白瀬咲耶さんの願いを叶えるため、マスターには復讐に関与させない。
4:同盟者を増やす。283プロダクションの仕事報告を受け取る際に噂を拾えた『義侠の風来坊』を味方にできればいいのだが。
5:"もう一匹の蜘蛛(ジェームズ・モリアーティ)"に対する警戒と嫌悪。『善なる者』なら蜘蛛を制するのではないかという読み。


136 : 283プロダクションの醜聞 ◆Sm7EAPLvFw :2021/08/15(日) 15:48:18 2OZU.Vz60
【七草にちか(弓)@アイドルマスター シャイニーカラーズ】
[状態]:健康、満腹
[令呪]:残り三画(顔の下半分)
[装備]:不織布マスク
[道具]:予備のマスク
[所持金]:数万円(生活保護を受給)
[思考・状況]基本方針:生き残る。界聖杯はいらない。
1:『七草にちかをプロデュースしたプロデューサ』に電話し、283プロダクションに避難勧告をしてもらう。
2:電話をして、あとはアーチャーさんに託すしかない
3:WING準決勝までを闘った"七草にちか"に会いに行く。283プロに行けば、足取りがつかめるかも。
[備考]※七草にちか(騎)のWING準決勝敗退時のオーディションの録画放送を見ました。

【アーチャー(メロウリンク・アリティ)@機甲猟兵メロウリンク】
[状態]:健康
[装備]:対ATライフル(パイルバンカーカスタム)、照準スコープなど周辺装備
[道具]:圧力鍋爆弾(数個)、火炎瓶(数個)、ワイヤー、スモーク花火、工具
[所持金]:なし
[思考・状況]基本方針:マスターの意志を尊重しつつ、生き残らせる。
1:283プロに直行し、七草はづきやその縁者の安全確保をする
2:『自分の命も等しく駒にする』ってところは、あの軍の連中と違うな……
3:武装が心もとない。手榴弾や対AT地雷が欲しい。
[備考]※圧力鍋爆弾、火炎瓶などは現地のホームセンターなどで入手できる材料を使用したものですが、 
アーチャーのスキル『機甲猟兵』により、サーヴァントにも普通の人間と同様に通用します。
また、アーチャーが持ち運ぶことができる分量に限り、霊体化で隠すことができます。

【品川区・プロデューサーの自宅/1日目・午後】

【プロデューサー@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:精神疲労(大)
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:携帯電話(283プロダクションおよび七草はづきの番号、アドレスを登録済み)、
283プロのタオル@アイドルマスターシャイニーカラーズ
[所持金]:そこそこ
[思考・状況]基本方針:聖杯を獲る。
0:この電話は――
1:聖杯を獲ってにちかの幸せを願う。しかし…
2:咲耶……


137 : 283プロダクションの醜聞 ◆Sm7EAPLvFw :2021/08/15(日) 15:48:56 2OZU.Vz60
投下終了です

ご指摘ありましたら、なにとぞよろしくお願いいたします


138 : ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/08/15(日) 16:50:45 ZDzhVKtA0
皆様投下お疲れ様です
自分も投下します


139 : 一人は星を見た。一人は泥を見た ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/08/15(日) 16:51:21 ZDzhVKtA0



砂漠にビーズを落としたと少女は泣いた。
少女は百年かけて砂漠を探す。


砂漠でなく海かもしれないと少女は泣いた。
少女は百年かけて海底を探す。


海でなくて山かもしれないと少女は泣いた。
――――本当に落としたのか、疑うのにあと何年?

                     Frederica Bernkastel


140 : 一人は星を見た。一人は泥を見た ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/08/15(日) 16:52:56 ZDzhVKtA0


            ▼   ▼   ▼


『――――おかけになった電話をお呼び出しいたしましたが、おつなぎできませんでした』



朝のニュースを見て、慌ててかけた電話は通じることはなく。
私、古手梨花は落胆と共に通話を打ち切った。


「そう。そう…なのね」


慣れた感覚だった。
ある夜を境に知り合いと連絡が取れなくなり、私の手の届かない彼岸へと消えてしまう。
百年に渡って経験してきたのだ、まごう事などある筈もない。
そうして、私は静かに。
数日前に出会ったマスター、白瀬咲耶の生存を諦めた。


「馬鹿…」


セイバーに捜索に向かわせているが、未だに連絡はない。
その事実が白瀬咲耶がもうこの世にいないことを浮き彫りにするようで。
ふらりと、私は自宅の台所へと向かった。
田舎から独り進学してきた女子小学生。
そんな役割を課せられている私の自宅に何故ワインなどがあるかは分からないけれど。
ともかく、今は界聖杯の粋な計らいに甘える事とする。


トクットクットクットクットクットクッ、と。
クーラーをガンガンに利かせた自室で、無言でグラスに血のように赤いワインを注ぎ、一息に飲み干す。
慣れてしまった苦い喪失の味が、喉元を通り抜けていった。


「はぁ…」


深い溜息を吐きながら、私は数日前に白瀬咲耶と出会ったときの事を想起する。
彼女と出会ったのは、セイバーを召喚してから数日後。
聖杯戦争が幕を開ける五日前。
出会いのきっかけは、彼女のサーヴァントであるライダーの少年が私とセイバーに接触してきた事からだ。
一悶着の後、ライダーが非戦の意思を示したことで戦闘から対話へと状況は移り。
私と彼女はそこで始めて、顔を合わせる事となった。
そこに至るまでスムーズに事が進んだのは、セイバーとライダーが知り合いだった事にも起因するだろう。
「あの時の声通り、100点、いや200点付けてもいい美少年!!お持ち帰りしたいぃ〜」と、
身をくねらせテンションの高いセイバーはハッキリ言って気持ち悪かった。


141 : 一人は星を見た。一人は泥を見た ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/08/15(日) 16:53:44 ZDzhVKtA0


ともあれ、顔を合わせた白瀬咲耶という少女は…私の憧れをそのまま形にした様な少女だった。
すらりと背が高くて、スタイルもよく、アイドルをやっているらしい彼女は、私が夢見ていた都会の華やかさの具現だ。
そんな彼女が態々敵のマスターに出会うと言うリスクを犯してまで持ちかけてきた話は、この聖杯戦争からの脱出だった。
これ以上、誰の犠牲も出さず、この東京から脱出すると言う形で聖杯戦争を終結させる。
そのための具体的なプランも用意していると、彼女は決意と信頼を籠めた声でハッキリと宣言した。
傍らで黙々と彼女に買い与えられたパフェを食べる、ライダーの少年を撫でながら。


脱出には、ライダーの所有している船を使うらしく。
彼の船に刻まれた虚数潜航という技術を用いてこの東京から消失し、元の世界へと再浮上する…厳密にはもっと複雑な手順を踏まなければならないが、ライダーの語った話で理解できたのは此処までだった。
そして、何より重要なのは…数多のカケラ世界を渡ってきた私とセイバーの存在が再浮上の際に必要になるという事だった。
私たちの力で、成功率は二割弱から五分にまで向上すると、ライダーは語った。
無論の事まだまだ準備しなければならない事はあるし、今は机上の空論でしかないけれど。
それでもこれ以上血が流れる事を望まないなら、私達に協力してほしい。
白瀬咲耶はそう言って私に手を伸ばしてきた。
真っすぐ私を見つめるその瞳は、小学生の外見である私を子供扱いせず、対等に尊重していて。
語る言葉が嘘偽りでないことは見ただけで分かった。
そして、そんな彼女の手を、私は――――




――――ごめんなさい。考えさせて欲しいのです。



私は、とれなかった。
そんな都合のいい方法が本当に可能なのか。
仮に雛見沢に帰還できるとしても、また惨劇のループの輪の中へ組み込まれるのではないか。
セイバーはその時も「よく考えてから答えを返せばいい」と、私の意思を尊重してくれたけれど。
分かっている。本当の所、手を掴めなかったのは私の弱さ故だ。
けれど、打ち破った筈の数々の惨劇の再演は、私の中のそんな弱さを萌芽させるに十分な物だった。


(もし、彼女が圭一やレナだったら……)


もし、彼女が、信頼のおける雛見沢の仲間であれば。
自分は彼女の手を取れたのだろうか。
何かが、変わったのだろうか。
そう考えずには居られなかった。
しかし今となっては、全ては水の泡だ。
肝心要のライダーが盤面から脱落してしまったのだから。


(……彼女は仲間なんかじゃない。
出会って数時間の人間を信用するほうが、むしろおかしな話よ)


白瀬咲耶と古手梨花は仲間などでは決してなかった。
唯出会って、一度顔を合わせてお茶をして別れた、それだけの関係。
仲間になど、なれるはずもなかった。


142 : 一人は星を見た。一人は泥を見た ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/08/15(日) 16:55:22 ZDzhVKtA0


仮に今すぐ台所へ行って包丁で首をかき切れば彼女が死ぬ前のカケラに戻れるとしても。
自分はきっと、しないだろう。
死の苦しみは、百年経っても決して慣れるものではないのだから。
けれど、それでも。


―――本当に仲間の事を想っての事なら…ボクは隠し事もアリだと思いますです。
勿論、何もかも打ち明けられるならそれが一番ですが……
護るために隠し事をしたからをして、もう仲間じゃない、なんて事は絶対に無いのですよ。
咲耶の仲間なら、猶更です。
でももし、咲耶がそれを罪だと思って、後ろめたいと言うのなら…
ボクが、その罪を赦します。これでも地元では神に仕える巫女だったのですよ。にぱー!


それでも何故か、未練がましく、彼女とのやりとりが脳裏に蘇ってくる。
返答に時間を貰う代わりに、彼女は此方へ相談を持ちかけてきた。
曰く、この聖杯戦争の事を隠しているのが少し、辛いと。
彼女は悩んでいる様だった。
だから、前に圭一が同じ事を悩んでいた時に、魅音と一緒に言った事を彼女に伝えた。
そう言われた彼女は、とても嬉しそうで。
だから。


この世界に、一人だけ罪を背負って涙を流さなきゃいけない敗者はいらない。
―――これが、古手梨花が奇跡を求めた千年の旅路の果てに…辿り着いたたった一つの答えよ。


「……私は、彼女に敗者に何か、なってほしくなかったのに」


ほんの少しだけ、小さじ一杯分くらいは強く、彼女たちに期待していたのだ。
残酷な法則(うんめい)を打ち破って、新天地を目指すその姿に。
だから、聖杯戦争が開幕して、生き残れるのが一人だと分かった時も、踏みとどまる事ができた。
セイバーもきっと、それが分かっていたから。自分の先延ばしの言葉を汲んでくれたのだろう。


「あの子は…仲間に伝えられたのかしら」


万感の想いを籠めた問いに応える者は無く、ただの部屋の沈黙に溶けて消えた。


―――最後に一つ。約束してもいいかな?
どうか…生きてほしい。これからもきっと、辛い事はあるかもしれない。
だけど、私は…白瀬咲耶は、梨花。君が生きて元の世界に帰れることを祈っているから。


消沈する脳裏に蘇るのは、最後に交わした咲耶との約束。
彼女が抱いた尊き祈り。
ぎゅう、とグラスを握る力が強まる。


「―――えぇ、えぇ。分かってる、分かってるわよ。
貴方が祈った最後の願いだけは、叶えて見せる。
私は必ず生き残って…皆で幸せになれるカケラへと私は辿り着く」


143 : 一人は星を見た。一人は泥を見た ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/08/15(日) 16:57:30 ZDzhVKtA0



―――私にとって、世界はいつだって惨劇と戦いを強いてくる残酷なものだ。
勿論、この界聖杯に作られた世界も例外じゃない。
だけど彼女には…白瀬咲耶はそんな世界を嫌っていなかった。
あの子の瞳には他人に対する深い思いやりがあった。
きっと、貴方は誰であれ死んでほしくなかったのだろう。
そんな貴方に願いを託された以上、私も負けない。今、そう決めた。
もう帰ってこない貴方のために、それだけは、強く。心に刻みつける。


(だから俯くのも、悔いるのも、全部後回し)


アルコールの力か、思考がクリアになっていくのを感じる。
やるべきことを、頭の中で整理する。
方針は一先ず変わらない。火の粉を払いつつ、新たな生還の道を探る。
その上で、先ずはセイバーの帰還を待ち、その後咲耶達を襲ったであろう主従を探す。
非戦派だった咲耶を問答無用で殺す様なサーヴァントとマスターだ。
仇討ちというには烏滸がましいけれど、野放しにしておくのは余りにも危険だと、私は判断した。
最低でもサーヴァントは排除しておく必要がある
そして…これは感傷かもしれないけれど、咲耶を喪った彼女がいた事務所がどうなっているかも、少し気になった。
一度、赴いておきたいかもしれない。


「―――私には、やらなきゃいけない事があるもの」


最後に脳裏を過るのは、綺麗な金の髪。不敵に笑いながら私に銃を向けてきた親友の姿。
彼女が、親友の北条沙都子が数年の時を経て再び起きた連続怪死事件の黒幕なのか。
それとも、沙都子もまた、誰かに操られている被害者なのか。
確かめなければならない。
私と彼女は……親友、なのだから。
そして、私はグラスに残った最後のワインを、喪失の苦々しさをもたらすその液体を。
そっと、決意と共に飲み干した。


【世田谷区・古手梨花の自宅/一日目・午前】

【古手梨花@ひぐらしのなく頃に業】
[状態]:健康、ほろ酔い
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円程度
[思考・状況]
基本方針:生還を目指す。もし無ければ…
0:白瀬咲耶との最後の約束を果たす。取り敢えず今は捜索に向かったセイバーの報告を待つ。
1:咲耶を襲ったかもしれない主従を警戒、もし好戦的な相手なら打倒しておきたい。
2:彼女のいた事務所に足を運んで見ようかしら…話せる事なんて無いけど。


144 : 一人は星を見た。一人は泥を見た ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/08/15(日) 17:02:15 ZDzhVKtA0


           ▼   ▼   ▼


「……暑いですわ」


一言で言って、苛立っていた。
この町は暑すぎる。
雛見沢の豊かな自然と気候で育った北条沙都子にとって、コンクリートジャングルに囲まれた都心の気候は過酷な物だった。
僅かな距離を歩くだけもダラダラと汗が流れ、ぞろぞろとせわしない群衆は暑苦しい。
タクシーを拾おうかとも思ったが、拾い方がよく分からないし、態々調べるのも億劫だ。
何しろ雛見沢で主な交通手段は徒歩か自転車、或いは知り合いの車に相乗りすることだったし、ルチーアに入学してからは外に出歩く事すら稀だったのだから。
だから、こうして、汗をとめどなく流しながら病院を目指している。
とは言え、本当に暑い。何か飲み物を買おうと自販機を探した時だった。
通りがかった音楽ショップのモニターから、流れてきた歌を彼女が聞いたのは。


―――何だってできるよ。一人じゃないから、昨日よりももっと。
光集めて響け遠くへ未来を呼んでみよう。いつだって僕らは――――


四人組のアイドルユニット。その売れ筋の曲らしい。
モニターの下にはポップな文字で『幼馴染ユニット』、話題の一曲!と銘打たれていた。
それを見ながら、沙都子は画面の向こうで彼女達が歌い踊る様を無言で見つめる。
その様はとても華やかで、瑞々しく、本当に仲の良い四人組であるのが伝わってきて―――


「本当に―――虫唾が走りますわね」


友情だとか絆だとかで一杯そうな四人の顔を見ていると心の底から虫唾が奔った。
不特定多数の人間に見世物にして切り売りしているくせに、何が『仲良し』だ。
友情だとか絆だとかってそんなんじゃないだろう。
いい所だけ見せて綺麗に装飾して売り物にして―――そんなものが友情だとか絆だとかであっていいはずがない。


一度でも爪をはがされ五寸釘を撃ち込まれて拷問された経験はあるか?
疑心暗鬼の果てに仲間同士で殺し合い、バットやナタで脳漿を叩き割ったことは?
気化したガソリンに吹き飛ばされたことは?大人たちに成すすべなく射殺された経験は?
疑心暗鬼を打ち破り、喉をかきむしる病気に打ち克ったことは?
仲間と団結し、特殊部隊の精鋭たちに勝利したことは?
百年の惨劇を打ち破るという不可能を成し遂げたことが一度だって画面の向こうの四人組にあるのか?


―――醜い所も見せあって許し合って、そして不可能に共に立ち向かって
始めてその時、友情や絆は産声を上げるんじゃないのか。
そのはずなのに。


「梨花は本当に、こんな上辺だけの薄っぺらくて吐き気のするものを選んだんですの…?」


145 : 一人は星を見た。一人は泥を見た ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/08/15(日) 17:02:44 ZDzhVKtA0

許せなかった。
梨花が部活メンバーを、雛見沢を、『ほんとうの仲間』を捨てて、上辺だけの薄っぺらい世界を選ぼうとしていることが。
梨花を連れて行こうとする外の世界が。
何もかも気に入らなくて、ぶち壊して台無しにしたくなる。


「いっそ、この方達がマスターなら話は早いのでございますけどね」


もし、画面の向こうの彼女たちがマスターだったのであれば。
一切の慈悲も容赦もなく鉛弾を馳走できるだろう。
そんな昏い憎悪に思考を浸している時だった。隣から、声をかけられたのは。


「…アンタ、北条沙都子だよな?」


声の方向にいたのは体格のいい褐色の少年だった。
勿論、出会った覚えも、名乗った覚えもない。
沙都子は、無言で鞄の中のトカレフに手を伸ばした。


「おっとっと!落ち着けって。俺はただの使いのモンだよ
アンタをどうこうするつもりは皆無(ねー)から」


剣呑な雰囲気を感じ取ったのか、褐色の少年は慌てた様子で宥めてきた。
そのまま腰の低い態度で、「取り敢えず話だけでも聞いてくれ」と懇願してくる。


「ここじゃ灼熱(アチ)ぃし、そこのサ店でお茶でもしようぜ
何でも好きなモン奢るからよォ〜〜?」


そう言ってのっしのっしと巨体を揺らして褐色の少年は店へと入っていく。
店内を見れば、女性客や夏休みの家族客とも思しき客が何人か食事をしており、待ち伏せされている様子は無かった。
一瞬己のサーヴァントであるリンボを呼ぼうかと思ったが、彼が到着するまで待つのも億劫だ。
無論いざというときに直ぐに呼ぶための心の準備をしつつ、沙都子は店内へと踏み行った。

店内に入ると既に褐色の少年は席についており、こっちこっちと馴れ馴れしく手招きをしているのが見えた。
軽薄なその雰囲気に鼻を鳴らしつつ、沙都子も向かいの席に腰掛ける。


「それで?わたくしに何の御用ですの?えぇと……」
「黄金球(バロンドール)だ。よろしくな」
「えぇ、それでバロンドールさんは私の事を何故知っていて、何の御用か教えていただきたいですわね。私、これから用事があるので手短に」


何の感情も感じさせないほど冷徹にそう問いかけた。
だが、バロンドールと明らかに偽名の名前を名乗った少年は全く動じていないようだった。
「その沈着(クール)な表情。恋慕(キュン)だぜ…」などと宣いつつ、返答してくる。


146 : 一人は星を見た。一人は泥を見た ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/08/15(日) 17:03:27 ZDzhVKtA0


「そうだなァ〜何で俺がキミを知ってるかっつうと…アンタ、数日前に極道の屋敷に襲撃(カチコン)だだろ?その屋敷に仕掛けてあったカメラからちょっとな」


サーヴァント。
その単語が出た瞬間、目の前の少年が聖杯戦争の関係者であることは確定した。
それに加えて、数日前に資金飛と武装の確保のために襲撃した極道の手の者らしい。
直後にあのアルターエゴは何をやっているのかと考えて、あの男ならもしかしたらこうして聖杯戦争関係者を釣り上げるためにわざと行ったのかもしれない。
だが、今はもうそんな事は重要ではない。問題は此処からだ。


「……それで、その報復という訳ですの?」


運ばれてきたイチゴシェイクを飲みながら、テーブルの下でカチャリと金属音を響かせる。
周囲には鞄と座席で隠しつつ、いつでもテーブルの下で撃発可能なトカレフを誇示しながら静かに尋ねた。
バロンドールもトカレフには気づいているのか、テーブルの下を一瞥し、そして。


「とんでもない。俺が今日アンタに会いに来たのは……同盟(スカウト)の打診さ」


向けられる銃口も気に留める事はなく、ふっと微笑みながら剣呑な雰囲気を弛緩させた。


「スカウト?」
「あぁ、極道を眉一つ動かさねーで一人一人淡々と撃ち殺していくそのイカレっぷり……
俺たちのボスが気に入ってね。是非客賓(ビッグ・ゲスト)として迎えたいってさ」
「…そんな都合のいい話を、私が信じるおバカさんに見えまして?」
「信じられないかもしれないけどよ、もしここで話を蹴るならアンタは俺らに面(ツラ)割れた状態で敵に回すことになるんだぜ。それはちょっと旨くねーんじゃねーか?」


バロンドールのその言葉に、沙都子も思案を巡らせる。
極道の手の者であり、『俺ら』と言う言葉から相手が複数かつ、自分の名前を調べるぐらいは可能な組織だった手合いの可能性が非常に高い。
推察するに、目の前の少年のボズとやらが自分と同じマスターなのだろうが…


「贔屓目に見なくても俺たちのボスが引き当てたサーヴァントは災害(チート)だぜ?
最終的には殺し合う仲でも、組んでるうちは損はさせねーって」


そう言って、少年は彼のスマートフォンを沙都子の前へと差し出してくる。
画面に映っていたのは三十秒ほどの動画で、巨大な老婆が敵サーヴァントと思しき騎士を一撃で倒している姿だった。
その威圧感、そして画面越しからでも伝わってくる強靭さは紛れもなく彼のボスとやらが引き当てたサーヴァントが強力である事を実感させた。
少なくとも、戦力としては申し分ないだろう。


「……なるほど、お話は分かりましたわ。
でも、貴方のボスとやらを信じるに値する根拠は未だ無いですわね」


147 : 一人は星を見た。一人は泥を見た ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/08/15(日) 17:05:05 ZDzhVKtA0

「それに関しちゃガムテの…あいつの、割れた子供全部の味方になるって信条を信じてくれとしか言えねーな」

俺にも分かる、とバロンドールは沙都子の目を見て、静かに告げた。
生きるために、イカレられずには生きられなかった瞳だと。
祝福された成長など、与えられなかった瞳だと。
大切な物に、裏切られた瞳だと。
そんな奴らの味方なのさ、うちのボスは、と。
さっきまでとは打って変わって真剣(シリアス)な様子で少年は語った。


「―――勝手に一緒にしないで下さいまし?不愉快ですわ」


憐れまれている様で、不愉快な気持ちが湧き上がってくる。
テーブルの下で引き金に指を賭け、先程よりも冷たい視線で、少年を睨みつけた。
しかしそれでも彼は動じない。
真っすぐに沙都子の瞳を見つめて、身じろぎ一つ行わない。
まるで、撃ちたいなら撃てばいい、と言っている様だった。
そのまま、暫しの沈黙が流れる。


「―――俺たちはどうせこのゲームが終われば消える夢(ウタカタ)だ。命なんて惜しくねぇ。
でも、ガムテが王(キング)の椅子に座れば、俺たちはあいつの中で生き続けられる。
そうすりゃ、俺たちが此処で生まれてきた意味ってヤツもあるンだろうさ」


例え俺たち全員が死んでも、その頂点にあいつが座ってるなら、それでいい。
そう語る彼の瞳に恐怖は見えず。
ただ純粋なる仲間への信頼と、献身と、覚悟だけがそこにあった。
それはまるで、あの部活メンバーの様で――――


「……いいですわ。取り敢えず私のサーヴァントと協議してみましょう」
「ほ、ほんとか!?ならこの番号に連絡頼むよ!」


鞄の中にトカレフを入れ直し話を呑む旨を出すと、花が咲いたようにバロンドールは破顔した。
そして、一件の電話番号が書かれたメモを差し出してくる。


「ガムテ…じゃなかった。俺たちのボスとの直通番号(ホットライン)だぜ
最初に黄金時代(ノスタルジア)って言ってくれればそれで通じる」
「黄金時代(ノスタルジア)?」
「あぁ、組むときのために用意した、アンタのコードネームだ」
「……分かりましたわ。では、私はこれで」


メモをひったくって番号を改めた後、足早に座席を去る。
やるべき事は終わったし、聞いておきたいことも現時点では聞けた。
後は、己の従僕と話し合う必要がある。


「あっ…!ちょ、ちょっと待てよぉ〜これから個人的に親睦を深めるためにカラオケでも…」
「結構ですわ。ガムテさんによろしく」
「え…あっ!失態(ヤ)べッ!…………」


ひらひらと手を振って、店内を後にする。
そうして後には、項垂れる黄金球の姿だけが残された。

   
                  
                 ▼   ▼   ▼


148 : 一人は星を見た。一人は泥を見た ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/08/15(日) 17:05:26 ZDzhVKtA0





「さて、これからどう動きましょうか」


同盟を組む相手のアタリは付けた。
折角ここまで来たのだから当初の予定通り病院に向かってもいいし、あのバロンドールのボスとやらにコンタクトを取ってもいい。
一先ず、自分のアルターエゴのサーヴァントと話し合う必要があるだろうが、向こうから同盟の打診があった事は手間が省けたと言えるだろう。
首尾よく事が運べば、自分が切れる手札は大いに増える。



―――ガムテが王になれば、俺たちはあいつの中で生き続けられる。


思考を巡らせながら、あの少年が語っていたガムテ(恐らく偽名だろう)という彼らのボスに想いを馳せる。
どんな人物かは未だ分からない。
けれど、一つだけ確かな事があった。
この上辺だけの嘘ばかりの世界で、彼らの覚悟と、友情は本物のものなんだろうな、ということ。



「ま、それも利用させて頂くわけですけど」


実の所、話を前向きに乗るつもりになったのは確かに、恐らくNPCであろう少年が見せた覚悟に感銘を受けたと言うのが大きい。
だが、それが彼女の心境や方針に及ぼすかと言われれば、それはない。
新たなオヤシロ様の代行者となった彼女にとって、自分と古手梨花以外の全てが盤上の駒に過ぎないのだから。


「精々、役に立って下さいまし。私が―――あの笑顔のある世界へ帰るために」


もう一度、自分にとって全てがあった世界へと帰る。
少女の願いはただそれだけ。
それだけのために、どれ程の罪を犯すことも厭わない。
例え、彼女が信じていた『ほんとうの仲間』に泥を塗ってでも、進み続ける。


【新宿区・大通り/一日目・午前】
【北条沙都子@ひぐらしのなく頃に業】
[状態]:健康
[令呪]:残り3画
[装備]:トカレフ@現実
[道具]:トカレフの予備弾薬
[所持金]:十数万円(極道の屋敷を襲撃した際に奪ったもの)
[思考・状況]
基本方針:理想のカケラに辿り着くため界聖杯を手に入れる。
1:最悪脱出出来るならそれでも構わないが、敵は積極的に排除したい。
2:黄金球(バロンドール)のボスにコンタクトを取るか、或いは当初の予定通り皮下医院へ向かい、院長『皮下真』と接触する。
[備考]
※アルターエゴ(蘆屋道満)と合流するかどうかについては後の話にお任せします。


149 : ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/08/15(日) 17:05:45 ZDzhVKtA0
投下終了です


150 : ◆zzpohGTsas :2021/08/15(日) 23:59:27 .sxclK/A0
多分長くなるので分割して投下します(間に合うか解りません)
期日過ぎたら破棄で良いと思います

投下します


151 : 侍ちっく☆はぁと ◆zzpohGTsas :2021/08/15(日) 23:59:48 .sxclK/A0
 アシュレイ・ホライゾンにとって、日本、つまり、彼が生きていた時代に於いてアマツと呼ばれた国家とは、半ば神話上の国家。
例えばアトランティスだとかヴァルハラだとかと同じレベルの、伝説・伝承上の国であった。それこそ、今日残ってる資料の数多くに、実在が証明されてあっても、である。
そう思うのも無理はない事だった。何せアッシュが産まれた時には日本と言う国は既に、国家と言う体制がなくなったとか、隣国に併呑されたとか、植民地になっただとか。
そんな枠を飛び越えて、『北海道や沖縄含めた本土そのものが地球上から消滅』していたのである。それも10年20年とか言う最近の話ではなく、最低でも800年以上の遥か昔の事だ。
当然、アッシュの生きていた世界の、殆ど全ての住民が、アマツと言う国家など馴染みもない。今日で言うヨーロッパ圏の産まれの為、地理的にも接点がないから、
ピンとこない。そんな次元の話ではないのである。日本と言う国がなく、日本由来のテクノロジーもなく、そもそも純血の日本人が一人もいない。
そんな世界情勢下で生きて来たアッシュにとって、日本に対するイメージは? と言われても、伝説上の国家です、以外に答えようがないのである。

 七草にちかを無事に元の世界に戻してやりたい、これは偽らざるアッシュの本心である。
今は机上の空論以外の何物でもないが、界聖杯が提示した前提のルール、『最後の一組以外に帰還の権利はない』、これを改竄するメソッドも一応は考えている。
しかし現状は、既に述べた通り絵に描いた餅だ。量子力学的に、人間が壁に向かって走って行き、ぶつかる事無くそのまま幽霊みたいに通り抜けてしまう確率と、全く差がない。要は0だ。

 アッシュが何よりも腐心するのは、戦闘に直面した場合どうするべきか、だ。
最後に残った勝者の1人以外にあらゆる権利がない事が判明した今となって、意図的に見ないようにしてきた大いなる問題が巨大な壁となって立ちはだかる。
勝者以外は、この地で死ぬ。恐らくその通達は他の参加者も理解している事だろう。当然、様々な思惑が絡み合う事は容易に想像出来るが、
元々聖杯の獲得に意欲的な主従であるならば、『尚の事全員殺す必要が出て来たな』、ぐらいにしか思わないだろう。
そして勿論、今までどっちつかずで、スタンスが状況によって浮動していた主従の中には、聖杯の獲得にベクトルを定めたろう者もいる筈。
あの通達は、否応なしに聖杯の獲得と言うゴールに向けて他の参加者を走らせる為、と言う目的の為にされたのであれば文句なしに目論見通りに行ったのではないか。アッシュはそう考えている。

 戦闘に意欲的な主従が出てくるという事は必然、にちかもアッシュも戦火に巻き込まれる事が予想される。
戦いに巻き込まれて、にちか或いはアッシュが死亡すればその時点でゲームオーバーなのは勿論、令呪を切るのが相当に拙い。
アッシュの思い描いている絵図に於いて、一番重要なのが界奏、スフィアブリンガーとなるのだが、これを使うタイミングは明白だ。
界聖杯の位置が明らかになった上で、これまでに溜めに溜めた魔力を一気に消費し、スフィアブリンガーを発動、前提や根底となるルールを書き換えるだけなのだ。
だが、その魔力が問題なのだ。スフィアブリンガーは事実上、考えなしに発動すれば1秒でアッシュが消滅する、『使えば自分が死ぬ』宝具なのだ。
スフィアブリンガーを維持する為の魔力が余りにも膨大過ぎる為、これを維持する為に、アッシュと言うサーヴァントの霊基を維持する為の本当に手を出してはならない魔力すら、
徴収してしまうからに他ならない。だから現状、アッシュはスフィアブリンガーを少しでも長く持たせる為、令呪を一切期間中使わないで、3画全て消費して作戦に望もうと考えていたのである。

 夢物語である。
先ずアッシュ自身が、それ程強力なサーヴァントでない為、本当に急場が訪れた時そのピンチを凌いだり、降ってわいた勝機をこじ開ける為に極めて有用である令呪を切れない、
と言うのは非常に痛い。逆転の為の要を、封印せざるを得ない状況なのだ。これ程頭の痛い話もない。
戦闘に一切出くわさず、聖杯戦争を切り抜けられる。そんな甘い考えはアッシュは当然の話ながら、にちかですら思っていなかった。

【参ったな……戦うのに適した場所がないぞ】

【具体的にそこって、どんな場所なんですか?】

【広くて……そうだな、直径100m位のスペースがあって、人の目が全然入らないような場所とか……】

【そんな場所東京にあるわけないじゃないですか!!】


152 : 侍ちっく☆はぁと ◆zzpohGTsas :2021/08/16(月) 00:00:15 nQfYtTRo0
 正気を疑うような声のトーンでにちかが念話で告げてくる。あるわけないか、とアッシュも落胆する。
にちかによって召喚されてから、聖杯戦争が本開催に至るまで。アッシュはにちかの案内によって、東京を観光していた。
アッシュにとっても、彼の比翼たるヘリオスにとっても、第二太陽(アマテラス)に昇華される前の日本とは未知の国家である。
尤も、アッシュらが聞いていた、文明水準が極めて高まっていた時代よりも更に昔の時代の東京らしいので、それ程テクノロジーについて凄いと思った事はない。
だがそれでも、活況ぶりについてはアドラーは勿論、アッシュの故国であるアンタルヤ、仕事上赴く事も多かったカンタベリーなどと、比べる事が失礼な程東京の方が上だった。
都心に近づけば近づく程、目を引くような建物や、見た事のない食事を扱っている屋台ワゴン等も見るようになったし、扱っている雑貨や商品もアッシュにとって未知のものが多かった。物質的にも、豊かな時代だったのだろう事が、直ぐに解ったのだ。

 勿論ただの物見遊山で終った訳じゃない。
その観光の真の目的は、自分が全力で戦っても問題ないような場所の下見である。一種のスパイ調査のような物でもある。
人通りの少ない場所、開けている場所、監視のない場所。そう言ったポイントに焦点を絞って、アッシュは適切な場所を探していたのだ。観光は、実際は二の次に過ぎない。
結論から述べれば、そんな場所はなかった。東京23区、くまなく歩けばどこかしら、アッシュの口にしたような条件に該当する場所があるかもと思っていたのだ。
甘い見通しだったと、言わざるを得ない。何せ何処に目をやっても人がいるし、都心に近づけば近づく程、監視カメラが多く、また、重要な施設が多くなる都合上、
警備の目も光っていると来ている。極めつけに、都心になればなるほど建物どうしも密集してくる為、広場も空き地もないのである。

 諸々歩きまわって得た結論は、アッシュと誰か他のサーヴァントが全力で戦えば、間違いなく人目に付くと言う事実だ。
アッシュ自身、ヘリオスと言う規格外の相棒や、界奏と言う特級の能力を除けば、強力な星辰奏者と言う訳ではない。が、それでも。
帯銃・帯剣した程度の戦士が、何人掛かって来ようが返り討ちに合う程度の実力を有している。元来、アドラー産の星辰奏者のコンセプトは、
一個人で兵士の集団を容易に上回れる強さなのかどうか、と言う向きが強い。勿論能力の得手不得手によって、戦闘以外、例えば研究・尋問・セラピーに向いている者もいる。
だが概ね、彼らに求められるものは戦闘能力である。星辰奏者として目覚めた以上、易々やられるなどあってはならない事だ。
何せ彼らは、その時代に於いて最強の兵器。先史時代に用いられたと言うミサイルや戦闘機、戦闘用サイボーグ等の技術が完全に使えなくなった彼らの世界に於いて、
星辰奏者とは等身大の戦車であり、戦闘機であり、核ミサイルにも形容される人間兵器なのである。現にアッシュの知る、優れた星辰奏者達は、生身で一個中隊以上の実力を発揮する者が殆どだった。

 強力な星辰奏者とはおよそ言い難いアッシュですら、本気を出せば、銃を持った小隊程度など相手にもならないのである。
それだけの実力を持った人物が人目の多い所で本気を出せば、どうなるか。当然の帰結として、目立つ。そして目立つ事が、何を意味するのか?
相手の持っている能力やコネクション次第で、此方の手品が割れかねないと言う事でもあるのだ。手札の開帳だけは、アッシュとしては避けたい。
何せ、発動すれば実質死ぬ宝具とは言え、彼の持つスフィアブリンガーは紛れもない規格外、戦闘に限って言っても極めて強力な宝具である。
そして、アッシュがにちかに対して頑なに、『存在を忘れろ』と口にしている――ヘリオスは「其処まで嫌うな」と拗ね気味――烈奏(スフィアブリンガー)に至っては、
万が一存在が安定する手段が見つかってしまえばその時点で勝利が確定する……と言うよりは、この再現された東京を飛び越え多次元世界をも破壊するレベルの災厄と化す。
にちかには秘密にしているが、アッシュと言うサーヴァントは他の者達にしてみれば、95%不発ではあるが残り5%程度で起爆しかねない核爆弾と同じなのである。
こんな危険人物、聖杯の獲得に意欲的な主従が見逃す筈がない。間違いなく、抹殺に向けて動くに決まっている。
そうでなくとも、極晃星(スフィア)と呼称される能力は、アッシュの元居た世界でも、政治利用・個人利用しようと目論む者も多かった危険な代物である。同じような下心を抱かぬ者が、居ない筈がないのである。


153 : 侍ちっく☆はぁと ◆zzpohGTsas :2021/08/16(月) 00:00:32 nQfYtTRo0
 アッシュやにちかが、NPCが戦いに巻き込まれて死んだとしても、何も良心が痛まないし、手札がバレても無問題である、と言うような割り切りを持っていたのなら。
アッシュのこんな悩みは些末なものである。だが、やはり。此処が再現された世界であったとしても、無関係の誰かを殺しながら戦う、と言うのは許容出来ない。
何よりも、そういう無力で、目的が定まらなくて、どれを選んで良いのか解らなくて、それでも、この世界を生きて行こうと努力し、何時か何かを選べる者達の代表であるアッシュが、
そんな人物達を無下にする筈がない。それは、彼のアイデンティティの否定、生き様を一切合切無に帰させる冒涜なのであるから。

【……ファヴニルの奴だったら遠慮なくやってたんだろうな】

【? 誰ですかそれ?】

【昔の……あー、上司だな】

 認めるのは癪に障るが、最後の一組になればそれでいい、と言うゴールが明白な戦いに於いて、『誰を巻き込んでも気にしない』性情とメンタル、
そしてそれを実行に移せる強さの持ち主と言うのはアドバンテージが凄まじい程存在する。状況と次第によっては、精神的な破綻と言うのは、人より優位に立てる事があるのだ。
そう言う意味では、あの光の奴隷(きょうじん)は、聖杯戦争に於いてこそ輝く人物であったのかもしれない。それに、能力の方でも、都市向きである。
確率は天文学的に低かろうが、この地に呼ばれていてくれるなよ、とアッシュは祈る。スフィアブリンガーを封印している状態で、勝てるかどうか。さしものアッシュでも未知数であるからだ。

【にちか、一旦家に戻ろうか。何だかんだ言っても、戦わないで消耗せずにやり過ごせるのならそれに越した事はない。何より、君も暑いだろ】

【本当ですよ〜……。なんだってもうこんな季節にやるんですかね……、春とか冬にしてくれたらいいのに……】

 それは同感だとアッシュも思う。
彼の生きていた時代、日本国はどんな伝わり方をしていたかと言うと、とにかく、技術の優れた国であり、勤勉な国民性であったと言う事である。
実際それは、生前に日本が生み出した諸々の技術の数々を見れば、嘘もまぎれもない事実であった事をアッシュは知っている。
だが逆に言えば、伝わっていたのは本当にそんな側面だけだったのだと、アッシュはこの国に召喚されて痛感させられた。暑い、マジで暑いのである。
元々アッシュらがいた国と言うのが、世界地図上で言えばヨーロッパ圏に当たる国であり、確かに四季はハッキリしていて暑い時には暑かった。
だがこの国の暑さは異常だ。気候がどうだとか、温暖化がどうだとか、色々小難しい理由をアッシュは考えてみたが、この暑さの前では全て無。考えるだけ無駄だと判断した。
だって暑いもんは暑いんだもん。この事実の前では、暑い理由を考えたってまさに無意味、徒労。意味ねーんだもん。

 単純に過ごし難いし苦痛である、と言う事実もそうだが、本当に拙いのは終盤戦に差し掛かった頃である。
正味の話、サーヴァント同士が熾烈な戦いを繰り広げ、2日、3日と聖杯戦争が続いて、東京が無事な状態を保てているか解らない。
仮に建物が無事であったとしても、ライフライン。電力やガス、水道などのライフラインが断たれてしまっている可能性だってゼロじゃない。携帯だって使えない可能性も出てくる。
そうなると非常に困る。この夏の暑さで、水道が止まって水が飲めなくなっただとか、送電線が機能しなくなりクーラーが使えなくなった、は命に係わる。
食料の供給だって、今はまだコンビニやスーパーがあって金の許す限り何でも買える事が出来るが、これも果たして続いているのかどうか。
長期戦は、望ましくない。アッシュとしても早急に、聖杯戦争の終結に急がねばならなかった。

 新宿は歌舞伎町の外れを、にちかは歩いていた。
にちか自身の意思で、此処を歩いている訳ではない。彼女も、アッシュが下見の意味も込めて東京を可能な限り散策したい、と言う意思を汲んでいる。
今此処を歩いているのは、その一環であった。そうでなければ、一時期よりはマシになったとはいえ、反社や半グレ、タチの悪い客引きが多いこの街は、にちかにとって余り歩きたくもない場所であった。

 解りきっていた事だが、東京は都心に近づけば近づく程、人目の付かない場所が絶無になる。
況して、先程までにちか達がいた渋谷も、今いる新宿も、副都心と言うカテゴリに属する地域であり、人の流入も密集の度合いも、他県に隣接している区に比べて桁違いに多くなる。
やはりこんな場所で戦うのは無茶か、にちかはそう思いながら、歌舞伎町の住宅街を歩いていた。
不思議な事に、通りにはにちか達以外に誰もいなかった。通りにいないと言うだけで、実際住居の中には人はいるのだろう。道路脇にも、配達の車が停まっている辺り、完全な無人ではありえない。


154 : 侍ちっく☆はぁと ◆zzpohGTsas :2021/08/16(月) 00:00:45 nQfYtTRo0
 歌舞伎町にもこんな、マンションが建ってたり戸建が並んでる所があるんだなぁ、とにちかは思った。
だが一方で、その閑静な住宅街にいきなり、場違いにも程があるラブホテルがドンと現れるのであるから、やっぱり此処は歌舞伎町だったと思いなおす。
パレス・露蜂房(ハイヴ)。それが、このラブホテルの名前だった。メルヘンの世界から飛び出してきたような、ロマネスク様式を思わせる城風の建物である。
玄関近くにはミツバチを模した噴水と、よく手入れされた花壇の道が用意されていて、これだけ見るなら成程、都心に建てられたちょっとしたお屋敷に見えなくもない。
だが、入口近くに設置された、90分2万円だとか、120分3万円だとかの看板が、メルヘンを粉々にブチ砕く。「一時間半で2万円て……」と呟くにちか。品質にこだわらなければ、電子レンジや電気ケトル、掃除機などを買っておつりが来るレベルであった。

 ――そのラブホテルの噴水の陰から、誰ならん、にちかのサーヴァントであるアシュレイ・ホライゾンが出て来たものだから、彼女の思考はフリーズを引き起こしてしまった。

「……? ? ? ??????」

 完全に混乱しているにちかをよそに、アッシュは神妙そうな顔で彼女の方に近づいて来る。

「……一応言っておく。誤解するなよ。他意はない」

 そこでアッシュは、目にもとまらぬ早業で、彼女を横炊き――お姫様抱っこ――にし、ホテルの方へと駆け出した。
速い、駿馬に跨っているかのようであった。噴水の前まで接近するや、軽く地面を蹴って跳躍。水の噴出口である、ミツバチの噴水。
そのミツバチのオブジェの上に着地し、其処からまた更に、跳躍。アッシュとにちかは、引力の軛から解き放たれたように、軽々と20m超の高さを跳躍。スタリ、と、7階建てのラブホテルの屋上に着地してしまった。

「な、な、な……?」

 何が何だかわからないし、次に何を言うべきかもわからない。
やるのか、ここで!? みたいな思考に支配される。七草にちか、誰もが羨む、華の16歳。華も盛りなどと言うレベルではない、現役の女子高生だ。
彼女だって馬鹿じゃない。この建物が何を目的として建てられているのか、姉経由で理解している。
知っているから、訳が解らなかった、アシュレイ・ホライゾンは、嘗てにちかをプロデュースし、283を去るその時まで付き添ってくれていた、白いコートの彼と同じ程に、
信頼出来る頼れる人物だった。認識としては、父親と言うよりも、年の頃が近しい為、兄のような印象の方が強い。
真面目だし誠実、適切な意見を適宜提示出来る、彼がサーヴァントでつくづく良かったと、何度思った事やら。

 その人物が、まさか、このように大胆かつ信じられない行動に出るとは思わなかった。
「まさかライダーさんは、私をそんな目で……!?」とか、彼の元居た世界にいた本命が聞こう者ならキレッキレのキレートレモンになりそうな事を考えていた。
いよいよもって、にちかの口から「最低……!! 信じてたのに……!!」と、レディコミ読者が口にしたい言葉ベスト3位には入りそうな言葉を口にしようとした時、アッシュは、腰に差していた刀を引き抜き――

「もういいだろ。隠れてないで出てこい」

 それは、温和なアッシュからは想像も出来ない、厳しい口調だった。相手を詰問するような、宛ら、取調室での刑事のような声音である。
目つきも鋭い。一目で、平時のそれから戦時のそれに転じた事が、にちかにも伝わるような変貌ぶりだった。そうだ、年齢も近くて優しいから勘違いしがちだが、この男もサーヴァントなのだ。
それも、裏でこそこそするような手合いではない。血風が吹き荒び、塵に交えて肉骨粉が舞い飛ぶ戦場の中でその真価を発揮する、紛れもない戦士の英霊なのである。
にちかを抱いた状態を解き、彼女を立たせるのと同時に、その気配は、突如として現れ出でた。

「……あっぶなかったー……。危うくお見せ出来ない光景を見せられてしまうのかと冷や冷やしましたよ……」

 外観は見ての通り小ぎれいな城風だが、余り人目の届かない屋上部分は、メルヘンを維持する為に意図的に隠されていた、現実のそれ。
ダクトが存在するし、クーラーの室外機も存在する。我々が認知出来るような現実の風景が、其処にはあった。
その現実の部分、より言えば、ダクトの陰に屈んで隠れていた者が、姿を現した。冷や汗を拭いながら、若干赤面しながら現れたのは、女だった。それも、何か途方もない勘違いをしてくれてる女だ。

 ――だが、その女は美しく、目を引く女でもあった。
華が、何もない空間に、咲いたようだと、にちかは思った。その華は、美女の姿を取っているのだった。


155 : 侍ちっく☆はぁと ◆zzpohGTsas :2021/08/16(月) 00:01:12 nQfYtTRo0
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◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「気配を薄める事はそりゃ出来るけど、本職には及ばないのかなぁ。小太郎くんとか段蔵ちゃんにコツ教えて貰うべきだったなぁ」

 緋牡丹。彼女の姿を認めた時、アッシュはそんなイメージを抱いた。
一流の歌舞伎の役者や、俳優。彼らがその裡に持つ、言葉では言い表せない、人的な魅力。人間を惹きつける磁力であり、人を集める臭いのない香りであり、エネルギー。それを、人は華とか、カリスマとか言う言葉で表現する。

 彼女――宮本武蔵は間違いなく、その華を有していた。魅力的だとアッシュは勿論、にちかだって思っている。
勿論、彼女が見目麗しいと言うのもある。荒々しくも瑞々しい輝きに満ちた銀の髪、愛くるしくも成熟した美しさを宿すその顔立ち。
豊満な胸周りに、シュッとした腰回り。その体形の維持には、日々の激しい鍛錬や、それに類似する何らかの肉体的な運動の秘訣があるのだろう。
何処となく、『和』を重視したような、流しとも解釈出来よう、藍色の服を纏っており、それが、彼女に良く似合う。この服自体もまた、武蔵と言う人物の象徴のようでもあった。

 だが違う。武蔵の愛らしさは、彼女の華の本質の一側面だ。
本質的な所は、また別にあるのだろう。どちらにしても、彼女の出現によって、アッシュもにちかも、華の磁力に包まれてしまった。
彼女が着けていると看破し、姿を表せと言ったのは間違いなくアッシュの方なのに。イニシアチブは、何故か、武蔵の方に取られているのだった。

「参考まで聞きたいんだけど、いつから気づいてたのかな」

「それを聞きたいのは俺の方だよ。俺が気付いたのは、この通りに来てからだが……君は、もっと前から俺の存在に気付いてたんだろ?」

「当たり」

 ニッと歯を見せて笑う武蔵。白い、花崗岩のような歯だった。
武蔵の言う通り、この女侍はアッシュが気付くよりもかなり前の段階で、アッシュの存在に気付いていた。
暗殺者の位階を以て召喚されるサーヴァントには遥かに劣るとはいえ、武蔵もまた、その名を鳴らす武辺者である。鍛錬の過程で、気配や殺気を押し殺す術を、当然の如く会得している。
これを以て、自らの気配をなるべく薄めさせて、彼女は東京の街を、マスターである古手梨花から遠く離れすぎない範囲で散策しているのである。要は哨戒であった。

「当世って凄いのねぇ、何処探しても美味しそうなお食事を出すとこばかり!! 私の鉄の自制心を以てしても、我慢するのは至難の業!! ――その我慢の最中に、そっちが現れた、と言う事ね」

「俺達の方がテリトリーを侵した、みたいな言い方は心外だな。こっちだって街を歩いてただけさ。言うなればこの邂逅は、一種の事故だ」

 アッシュは要するに、気配を薄めていた武蔵の存在に、気付かなかったのだ。
彼女の気配遮断、その巧みさの方が、アッシュの危機感知能力を上回っていた。結果としてはそう言う事になる。
だがアッシュとて愚図ではない。武蔵が意思を以てこっちに近づいて行き、その距離が十数mにまで達した瞬間、流石のアッシュも気づいたのである。サーヴァントの放つ、魔力をである。

「その娘が君のマスター? ……うーん、10年前に期待かな!!」

 10年後に期待、と言う言い回しは、世のダンディが口にする事が多い、相場の決まった決まり文句であるが、10年前に期待とは、アッシュも聞いた事はない。
一つ言える事があるとすれば、この女が意外とロクデナシであろうと言う事が、今の武蔵の一言で理解出来てしまったと言う事であった。

「うちの可愛いマスターを褒めてくれてありがとう。で、そっちのマスターは何処にいるんだ?」

「おっと、口が軽い女の子と思わないで頂戴な?」

 流石に口を滑らせる事はなかったか、とアッシュは考える。
取って食うつもりもないし、殺すつもりも、利用するつもりさえもない。ただ純粋に、居れば話が通しやすいと思ったから聞いただけである。
だがやはり、普通の答えが返って来た。それはそうだ、恐らくこのセイバーは、マスターに言われて、自らが手綱を握れる範囲内で、単独行動をしているのであろう。
マスターから距離を離しているのには、相応の意味がある。少なくとも、此処でマスターの所在を口にしてしまえば、アッシュ達はその時点で、一人で無力なマスターの居場所を知る事になる。彼の人となりがまだ理解出来ない武蔵が、マスターの場所を言わないのは、至極当然の帰結であった。


156 : 侍ちっく☆はぁと ◆zzpohGTsas :2021/08/16(月) 00:02:11 nQfYtTRo0
「別に、警戒しなくても……って、貴方達を着けてた自分が言うのも説得力ないけど、誰彼構わず襲い掛かる辻斬り女だとは思わないで下さいね?」

 「その上で――」

「今度は私の方から尋ねるわね? ……貴方達の目的は、何?」

 此処が、分水嶺だと、アッシュは思った。

「この娘を……マスターを、マスター自身の夢の為に、元の世界に戻してあげる事だ」

「言わなくても解ってると思うけど、貴方の目的の達成は、最後の一人になるまで勝ち残らなくちゃならない。それを、目標にしているのね?」

「答えても良いが、その前に俺の質問に答えるんだ。君達の目的は、なんだ」

「刀は振るわれるもの、剣は断ち切るもの。私に出来る事は戦う事だけど、私を振るう人物は……うーん、まだ考えが定まってなくてね。主従共々、行く当てのない風来坊なの」

「俺達と組まないか?」

 裏も衒いも目論見も、何もない。真っ直ぐな声音でアッシュが言った。突如の提案に、にちかは目を丸くする。

【ら、ライダーさん!?】

【落ち着け、考えなしの発言じゃない】

 ライダーの独断専行に対して、にちかは焦っている様子だが、アッシュが念話で告げた通り、ノープランでこんな事を口にする程アッシュは馬鹿じゃない。
彼なりの考え、公算があって、このような事を口にしているのである。

「同盟……か。悪い提案じゃない、と言うのがこっち側の本音ね。旅は道連れ世は情け、なんて言う訳じゃないけど、私個人で出来る事にも限度がある。分担出来る事は分担するべきなのは、私もわかってる」

「納得出来ない事があるのなら、言うべきだ」

「ライダーくん、貴方は肝心な事を答えてないわ。マスターを元の世界に戻す。うん、良い事だと思う。けど、どうやって? 現状それが出来る方法は、この聖杯戦争に勝ち残るしかない、と言う事は解ってるんだよね?」

「理解してるさ。した上で、別の手段が取れる。勿論、その方法は秘密だ。同盟を組んでくれて、時期が来たらその方法は話す」

 武蔵は、アッシュが肝心な部分を秘匿した事に対し、ピクリと反応する。
其処が交渉のキモである事を、アッシュだとて理解している。そう簡単にひけらかす訳には行かない。

「でもそれにしたって、貴方が勝たなきゃ意味がない方法でしょう?」

「界聖杯と言う機能と、その機能の前提となるルールを破壊する。極論、上手くいけば俺のマスターは勿論……君のマスターだって元の世界に戻す事が出来る」

「あっはっはっはっは!! 大見得切ったね〜、そう言うのは嫌いじゃないんだけど、せめて現実味のある嘘を――」

「……」

「……マジ?」

 アッシュが、余りにも真面目な顔をしているのと、武蔵の目から見ても、その目が嘘を吐いてない事が明らかであった為に。彼女はそんな事を、間抜けな顔で聞き返してしまった。

「ハッキリ言う。可能性は限りなくゼロに近い。今の時点だと、君が言うように、現実味の欠片もない、夢物語も良い所の話でしかない。正直な所、俺に出来るかどうかは別にして、普通に戦って、普通に全ての参加者を倒して回って、最後の一人になる方が、余程目がある話だよ」

 「それでも――」

「俺はやはり、妥協したくない。確実に痛い目を見る方法だ。俺だって強い男じゃない、打ちのめされて地面に転がる機会だって多分、この聖杯戦争中に数えられない位あるだろうさ。そして……俺のマスターだって、無傷では済まないだろうし、心にだって傷を負うんだろう。恐ろしく……険しくて、長くて、遠い回り道だ。間違いない」

「その手段って、他のマスターも元の場所に戻したいって思うからこそ、取るんだよね? それを選ぶ必要、ないと思うけど?」

 意地の悪い質問だと、武蔵も思う。試す為の質問とは言え、言ってて彼女も、良い気はしなかった。

「正直、それはその通りだろうな。だけど、やっぱり……その手段の方が良いと思う」

「何で、かな」

「俺達は一人じゃ勝ち残れないからだ」

 何ら迷いなく、アッシュは弱さを曝け出した。


157 : 侍ちっく☆はぁと ◆zzpohGTsas :2021/08/16(月) 00:02:25 nQfYtTRo0
「別に、警戒しなくても……って、貴方達を着けてた自分が言うのも説得力ないけど、誰彼構わず襲い掛かる辻斬り女だとは思わないで下さいね?」

 「その上で――」

「今度は私の方から尋ねるわね? ……貴方達の目的は、何?」

 此処が、分水嶺だと、アッシュは思った。

「この娘を……マスターを、マスター自身の夢の為に、元の世界に戻してあげる事だ」

「言わなくても解ってると思うけど、貴方の目的の達成は、最後の一人になるまで勝ち残らなくちゃならない。それを、目標にしているのね?」

「答えても良いが、その前に俺の質問に答えるんだ。君達の目的は、なんだ」

「刀は振るわれるもの、剣は断ち切るもの。私に出来る事は戦う事だけど、私を振るう人物は……うーん、まだ考えが定まってなくてね。主従共々、行く当てのない風来坊なの」

「俺達と組まないか?」

 裏も衒いも目論見も、何もない。真っ直ぐな声音でアッシュが言った。突如の提案に、にちかは目を丸くする。

【ら、ライダーさん!?】

【落ち着け、考えなしの発言じゃない】

 ライダーの独断専行に対して、にちかは焦っている様子だが、アッシュが念話で告げた通り、ノープランでこんな事を口にする程アッシュは馬鹿じゃない。
彼なりの考え、公算があって、このような事を口にしているのである。

「同盟……か。悪い提案じゃない、と言うのがこっち側の本音ね。旅は道連れ世は情け、なんて言う訳じゃないけど、私個人で出来る事にも限度がある。分担出来る事は分担するべきなのは、私もわかってる」

「納得出来ない事があるのなら、言うべきだ」

「ライダーくん、貴方は肝心な事を答えてないわ。マスターを元の世界に戻す。うん、良い事だと思う。けど、どうやって? 現状それが出来る方法は、この聖杯戦争に勝ち残るしかない、と言う事は解ってるんだよね?」

「理解してるさ。した上で、別の手段が取れる。勿論、その方法は秘密だ。同盟を組んでくれて、時期が来たらその方法は話す」

 武蔵は、アッシュが肝心な部分を秘匿した事に対し、ピクリと反応する。
其処が交渉のキモである事を、アッシュだとて理解している。そう簡単にひけらかす訳には行かない。

「でもそれにしたって、貴方が勝たなきゃ意味がない方法でしょう?」

「界聖杯と言う機能と、その機能の前提となるルールを破壊する。極論、上手くいけば俺のマスターは勿論……君のマスターだって元の世界に戻す事が出来る」

「あっはっはっはっは!! 大見得切ったね〜、そう言うのは嫌いじゃないんだけど、せめて現実味のある嘘を――」

「……」

「……マジ?」

 アッシュが、余りにも真面目な顔をしているのと、武蔵の目から見ても、その目が嘘を吐いてない事が明らかであった為に。彼女はそんな事を、間抜けな顔で聞き返してしまった。

「ハッキリ言う。可能性は限りなくゼロに近い。今の時点だと、君が言うように、現実味の欠片もない、夢物語も良い所の話でしかない。正直な所、俺に出来るかどうかは別にして、普通に戦って、普通に全ての参加者を倒して回って、最後の一人になる方が、余程目がある話だよ」

 「それでも――」

「俺はやはり、妥協したくない。確実に痛い目を見る方法だ。俺だって強い男じゃない、打ちのめされて地面に転がる機会だって多分、この聖杯戦争中に数えられない位あるだろうさ。そして……俺のマスターだって、無傷では済まないだろうし、心にだって傷を負うんだろう。恐ろしく……険しくて、長くて、遠い回り道だ。間違いない」

「その手段って、他のマスターも元の場所に戻したいって思うからこそ、取るんだよね? それを選ぶ必要、ないと思うけど?」

 意地の悪い質問だと、武蔵も思う。試す為の質問とは言え、言ってて彼女も、良い気はしなかった。

「正直、それはその通りだろうな。だけど、やっぱり……その手段の方が良いと思う」

「何で、かな」

「俺達は一人じゃ勝ち残れないからだ」

 何ら迷いなく、アッシュは弱さを曝け出した。


158 : 侍ちっく☆はぁと ◆zzpohGTsas :2021/08/16(月) 00:03:17 nQfYtTRo0
「セイバー、君が言った事と同じだ。俺達だって、個人で出来る事には限度がある。分担出来て、俺達よりも長じる分野があるのなら、そっちに任せた方が絶対良い。そうだ、俺達は弱いし、出来る事だって限られる。だけど、それが当たり前なんだ。だから俺達は手を組むんだ、協力しあうんだよ」

 更に淀みなく、アッシュは続ける。

「多分、俺も……そして、マスターも。同じ思いを抱いて俺達に協力してくれた人たちに対して、情がわく。助けたいと思い始める。切り捨てる、と言う手段を選ぶ事に、究極の選択めいた葛藤が生まれると思う。それはそうだ、だって俺達は……半端だから。何処まで行っても、ただの人だから」

「……ライダーさん」

「俺の思い描く計画では、誰かしらの協力が必要不可欠だ。俺の計画に協力してくれて、じゃあ最後の最後で協力した人間を切り捨てるとか、反目して争うとか……。それは、不誠実だ。マスターにとっても、決して取れないしこりを残す。俺にとっても、同じだ。とても出来ない」

 きっとそれは、方法の仔細を聞くまでもなく、困難な物であろう事が武蔵にも分かった。
善人なんだろうな、と武蔵は感じた。それが極めて、艱難に満ちた方法であり、自分もマスターも傷つくものであろう事を、深く理解しているのであろう。

「真面目、だね。ライダー君は」

「どういたしまして」

 その姿に武蔵は、武蔵が唯一マスターと呼ぶ『彼女』の姿を思い出した。
困難な道を選ぶのではなく、常に困難な立場で常に始まる事を強要される彼女。
其処に彼女自身の意志はなく、悪意や作為の所在を疑わざるを得ない程、彼女が初めに立たされるラインは厳しいもので。その上常に彼女は、傷ついて歩む道を選ぶしかなかった。
それでも、彼女は歩むのを止めないのだ。善を望む事に見返りを求めず、傷つき血を流す道を歩む足取りに曇りもない。ただ、ひたすらに、前を往く。

 藤丸立香の姿と、アシュレイ・ホライゾンの姿がダブって見えたのは、偶然ではないのだろう。自分の天眼が、曇った訳ではないのだろう。
此方を見据えるアッシュの姿は、たとえ自分がその時無力だと解っていてもなお、立ちはだかる恐るべき鬼敵に対し、目線を逸らさず睨み付ける彼女の姿と、確かに相似なのだった。

「……うん、そうだね。そっちが誠意を見せてくれたんだから、こっちもそれなりの態度で臨むべきよね」

 かぶりを二度三度と振るった後で、武蔵は今まで浮かべていた不敵な、ニヤリと言うような笑みを転じさせ、遊びもふざけもない、真面目なそれに変えさせる。
笑みとは武蔵と言う戦士にとって、生の感情を覆い隠す1枚の圧布であったのだろう。それが今はない。戦士として、侍としての姿で彼女はアッシュと相対していた。

「本来ならば名を明かし、胸襟を開いて接するべきなのでしょうけど……此度は聖杯戦争。分けても、私の悪名は特に広まっているようだから。真名は今はまだ、明かせません。その非礼を、先ずは詫びましょう」

「別に構いやしないよ、それ位は」

 アッシュとしては、この聖杯戦争内で、余程悪目立ちしたんだろうか、と言う程度の認識であったが、そんなレベルのものではない。
まさか彼女こそが、新西暦に於いてもその名が語り継がれていた、アマツに於ける伝説の大剣豪、二天一流の創始者であり五輪書の執筆者である、宮本武蔵であろうと誰が思おうか。
武蔵の名前も戦い方も、世に広く膾炙されている。真名の露呈が対策に繋がる、を地で行くサーヴァントだ。名を、言える筈がなかった。少なくとも今この瞬間に於いては。

「先ず貴方達を尾行してた理由だけど、結論から言えば失踪した身内の捜索、って事になるのかな?」

「仲間? 君のマスターの友達か?」

「ううん、聖杯戦争の参加者。同盟も結ぶ手前までは行ったんだけれど……ちょっち、保留になっちゃってね」

 たはは、と言って苦笑いを浮かべる武蔵。訳は、詳しくはアッシュも聞かなかった。

「捜索って言ったけど、同盟を結ぶって腹が決まったから、探してるって事で良いのかな」

 首を横に振るう武蔵。その目に、沈淪の色がサッと過ったのを、このライダーは見逃さなかった。

「行方がね、解らないの。警察とかが捜索する位の、まぁ、事件なのよ」

 そこでアッシュもにちかも事情を察した。聖杯戦争の参加者が、行方知れずでいる。
これが意味する所は、最早1つである。酷な話だが、アッシュは、希望的観測を一切持たなかった。


159 : 侍ちっく☆はぁと ◆zzpohGTsas :2021/08/16(月) 00:03:40 nQfYtTRo0
「セイバー、君が言った事と同じだ。俺達だって、個人で出来る事には限度がある。分担出来て、俺達よりも長じる分野があるのなら、そっちに任せた方が絶対良い。そうだ、俺達は弱いし、出来る事だって限られる。だけど、それが当たり前なんだ。だから俺達は手を組むんだ、協力しあうんだよ」

 更に淀みなく、アッシュは続ける。

「多分、俺も……そして、マスターも。同じ思いを抱いて俺達に協力してくれた人たちに対して、情がわく。助けたいと思い始める。切り捨てる、と言う手段を選ぶ事に、究極の選択めいた葛藤が生まれると思う。それはそうだ、だって俺達は……半端だから。何処まで行っても、ただの人だから」

「……ライダーさん」

「俺の思い描く計画では、誰かしらの協力が必要不可欠だ。俺の計画に協力してくれて、じゃあ最後の最後で協力した人間を切り捨てるとか、反目して争うとか……。それは、不誠実だ。マスターにとっても、決して取れないしこりを残す。俺にとっても、同じだ。とても出来ない」

 きっとそれは、方法の仔細を聞くまでもなく、困難な物であろう事が武蔵にも分かった。
善人なんだろうな、と武蔵は感じた。それが極めて、艱難に満ちた方法であり、自分もマスターも傷つくものであろう事を、深く理解しているのであろう。

「真面目、だね。ライダー君は」

「どういたしまして」

 その姿に武蔵は、武蔵が唯一マスターと呼ぶ『彼女』の姿を思い出した。
困難な道を選ぶのではなく、常に困難な立場で常に始まる事を強要される彼女。
其処に彼女自身の意志はなく、悪意や作為の所在を疑わざるを得ない程、彼女が初めに立たされるラインは厳しいもので。その上常に彼女は、傷ついて歩む道を選ぶしかなかった。
それでも、彼女は歩むのを止めないのだ。善を望む事に見返りを求めず、傷つき血を流す道を歩む足取りに曇りもない。ただ、ひたすらに、前を往く。

 藤丸立香の姿と、アシュレイ・ホライゾンの姿がダブって見えたのは、偶然ではないのだろう。自分の天眼が、曇った訳ではないのだろう。
此方を見据えるアッシュの姿は、たとえ自分がその時無力だと解っていてもなお、立ちはだかる恐るべき鬼敵に対し、目線を逸らさず睨み付ける彼女の姿と、確かに相似なのだった。

「……うん、そうだね。そっちが誠意を見せてくれたんだから、こっちもそれなりの態度で臨むべきよね」

 かぶりを二度三度と振るった後で、武蔵は今まで浮かべていた不敵な、ニヤリと言うような笑みを転じさせ、遊びもふざけもない、真面目なそれに変えさせる。
笑みとは武蔵と言う戦士にとって、生の感情を覆い隠す1枚の圧布であったのだろう。それが今はない。戦士として、侍としての姿で彼女はアッシュと相対していた。

「本来ならば名を明かし、胸襟を開いて接するべきなのでしょうけど……此度は聖杯戦争。分けても、私の悪名は特に広まっているようだから。真名は今はまだ、明かせません。その非礼を、先ずは詫びましょう」

「別に構いやしないよ、それ位は」

 アッシュとしては、この聖杯戦争内で、余程悪目立ちしたんだろうか、と言う程度の認識であったが、そんなレベルのものではない。
まさか彼女こそが、新西暦に於いてもその名が語り継がれていた、アマツに於ける伝説の大剣豪、二天一流の創始者であり五輪書の執筆者である、宮本武蔵であろうと誰が思おうか。
武蔵の名前も戦い方も、世に広く膾炙されている。真名の露呈が対策に繋がる、を地で行くサーヴァントだ。名を、言える筈がなかった。少なくとも今この瞬間に於いては。

「先ず貴方達を尾行してた理由だけど、結論から言えば失踪した身内の捜索、って事になるのかな?」

「仲間? 君のマスターの友達か?」

「ううん、聖杯戦争の参加者。同盟も結ぶ手前までは行ったんだけれど……ちょっち、保留になっちゃってね」

 たはは、と言って苦笑いを浮かべる武蔵。訳は、詳しくはアッシュも聞かなかった。

「捜索って言ったけど、同盟を結ぶって腹が決まったから、探してるって事で良いのかな」

 首を横に振るう武蔵。その目に、沈淪の色がサッと過ったのを、このライダーは見逃さなかった。

「行方がね、解らないの。警察とかが捜索する位の、まぁ、事件なのよ」

 そこでアッシュもにちかも事情を察した。聖杯戦争の参加者が、行方知れずでいる。
これが意味する所は、最早1つである。酷な話だが、アッシュは、希望的観測を一切持たなかった。


160 : 侍ちっく☆はぁと ◆zzpohGTsas :2021/08/16(月) 00:03:49 nQfYtTRo0
「……生きてると思うかい?」

「死んでるわ」

 武蔵の言葉は、ドライだった。返事は早く、感情もない。にちかは、酷い返事だと思ったが、アッシュの方は違った。
現実を、武蔵は見ている。サーヴァントと言う存在を駆る聖杯戦争、その当事者であるマスターが、戦いに敗れれば、選択肢を誤れば、待ち受ける未来は何なのか?
それを理解しているからこそ、武蔵の言葉は冷淡に聞こえるのだ。違う、彼女はただ、その同盟相手になろうとしていた人物の身に起こった事を、冷静に考察しているだけに過ぎないのである。

「私だって生きてて欲しいとは思うけど……この戦いが、そんな優しいものじゃない事ぐらい、よく理解してる。その上で言える、生きてないって。そしてそれは……私に捜索頼んだあの娘も、薄々ながら理解してる筈よ」

 そこで一息吐いてから、武蔵は更に言葉を続けた。

「言葉にはしなかったけどね。多分あの娘は、件の同盟相手を殺した人物を、葬って欲しいって。探してって言葉の中に、込めてたんだと思う」

「葬るか? その同盟相手を倒した主従を」

「戦いの上でなら、葬った事については、正統な権利であったとして、復讐する事は私には出来ないわ」

 それは、武蔵の矜持だ。
現世に於いて武蔵や侍、戦士に騎士とは格好よく、煌びやかに彩られているが、何処まで行っても戦う事しか能のない者達だ。
剣を振るう、槍を持つ、弓を引いて拳足を武器とする。そう言った手段や技術には確かに彼らは長けている。だが、それだけだ。彼らが得意とするものは何処までも暴力でしかない。
米は作れぬ鉄は打てぬ、魚を取る事また難しく、家建てる事甚だ難事。殺し、傷つける技術は一丁前だが、産む事、満たす事について、彼らは全く赤子同然なのである。
侍や武芸者の誇りが戦う事であるのなら、戦いに於いて殺される事は、路上で犬猫に出会うかの如く、日常の上で当然起こり得る事なのだ。
そう言う価値観の下に生きると決意し、殉じると誓った以上、戦った末での死について、断じて許すまじと義憤するその権利は、武蔵はないのだと考えていた。

「だけどそれは――本当に真正面から戦った場合での話」

 そう、外道であれば、その限りじゃない。
戦いは非日常だ。力がない故に、平静の中を生きると決めた者達からは、隔絶された異世界であると換言出来る。
非日常の世界は魔や怪(あやかし)を寄せ付ける、蜜を塗り付けた朽木のようなもの。強い者が惹かれてやって来るだけならばまだ良い。
日常からは拒絶され、非日常の中を生きる者にとってすら腫物同然の外道が、戦いの空間には招かれるのである。
それは、武蔵は許容出来ない。斬る。風一つない日の湖沼の水面のような心持ちで、しかし、その湖底の中に修羅の怒りを胎動させ。己の技を怒りで鈍らせず、全霊で、斬る。

「本当はね、貴方達の事を、疑ってた。行方不明の主従に関わってる人物なんじゃないかって」

「だから、着けてたのか」

「でも多分違うわ。少なくとも話してて、貴方達は外道の手管で相手を追い詰める人達じゃない事も解った。仮に……本当に殺してたんだとしても、多分貴方達なら正々堂々と戦ってたろうし、何よりも、ライダー君の性格だもの。打ち解けて、戦いにもならなかった筈。うん、やっぱないない!!」

 アッハッハ、と言った感じで、あっけらかんと笑い出し、武蔵は今までアッシュ達に抱いていたイメージを吹き飛ばした。

「じゃ、じゃあ一緒に手を組んで戦って――」

「それは駄目」

 にちかの言葉を、武蔵は全て言い切る前に一刀両断。言葉の快刀でバッサリと切り捨てた。

「……いや訂正。駄目って言葉は強すぎるな。本音を言うと、貴方達はほぼ9割方信頼出来る人だと思ってる。一緒に組むのも、私は悪くないと思うわ」

「残りの1割が気になるな」

 その残りの部分を、アッシュは理解していた。今の自分に、恐らく足りないものだ。それを武蔵は、感じ取っている。

「力」

 武蔵の言い放った言葉は、アッシュの予想していた答えそのものだった。

「同盟に求める物は、誠意や人間性なのは間違いないけど、やっぱそれと同じ程に、背を預けるに足る実力が必要だと思う。理想だけじゃ、人は救えないから」

「その通りだと思う」

 武蔵、ひいては彼女のマスターにしてみれば、当たり前の懸念だと思う。
同盟を組むに当たって一番重要なのは、土壇場になって同盟を反故にしない性格であるか否か。つまり裏切らないと言う保証、人間性や誠意の類だ。
これが欠けていればどれだけサーヴァントとして、マスターとして優れていた所で、組むに値しない。火事場が訪れれば、真っ先に切られるのは弱い方、不利な方なのだから。
だが皮肉なことに、力足らずの主従とも、組むのはリスクがいる。単純で、しかし無視できない大きな理由があるからだ。弱い、と言う理由が。


161 : 侍ちっく☆はぁと ◆zzpohGTsas :2021/08/16(月) 00:04:13 nQfYtTRo0
 武蔵は、マスターである古手梨花を真っ先に守らなければならない。これはマスターとサーヴァントと言う関係を鑑みれば当たり前の事だ、論ずるに値しない。
だが、マスターを守りながら、自分よりもずっと弱くて、守らなければならないだけの強みもないサーヴァントとマスターにも気を配れる余裕はないのだ。
これが、武蔵が一刀の下に切り伏せられる取るに足らない相手ならまだ良い。だが、彼女と梨花が同盟を組もうかと考えたサーヴァントは、間違っても弱いなんて言えない強さだ。
彼らを倒していながら、それが誰だかも悟らせない相手など、弱いと考える方が楽観的で愚かである。間違いなく、強い筈なのだ。
目下の目標は彼らだ。必ずどこかで出会い、その人となりを理解しなければならないと、武蔵も思っている。アッシュとにちかは、自分のそのわがままに、付き合えるだけの力があるのか? それが問題なのだ。

 要は、ただ乗り(フリーライド)を警戒しているのだ。
同盟とは確かに魅力的な響きだが、同盟のメリットだけを享受して、本来引き受けて然るべき義務を全うしないとなれば、これ程の荷物もない。
この点アッシュは、武蔵から見れば義務を履行しない不誠実な人物には見えないが、強さの方は解らない。

「どうすれば……君に対して証立て出来るのかな、セイバー」

「とぼけちゃって」

 チャキチャキと、腰に下げていた二振りの刀の鯉口を切りながら武蔵は言った。

「……そうだな。俺の方から抜いておいて、その方法を存じません、は通る訳がない。……なんかハメられた気がしなくもないけどな」

「えぇー、何のことやら」

 今度は武蔵の方が、すっとぼけた調子で言った。その間も、チャキチャキチャキチャキと鯉口を鳴らし続けている。まるでカスタネットを与えた三歳児みたいに鳴らしまくっていた。……もしや、これが目的だったんじゃないのか? と思わなくもない、アシュレイ・ホライゾンなのであった。

「大丈夫。宝具は使わないし、試すだけだから。命は取るかもしれませんけど」

「最後の方は取りませんって言って欲しいんだけどな」

「えへ〜」

 馬鹿みたいなにへら顔を浮かべた後で、まるで、色相がグラデーションを起こして行くかの如く、武蔵の表情は無のそれへと転じて行く。
構えはない、自然体だ。腕をだらりと下げ、先程まであれほど鯉口を切っていた刀の柄には今や手すらかけてない。存在にすら気付いてないように、腰に差したセイバークラスを表す得物には、意識すら向けてなかった。

【ら、ライダーさん……この人……】

【言わなくても分かるよ。彼女は、ハッタリじゃない】

 スッと、アッシュもまた構えを取った。呆れる程、オーソドックスで基本的な、中段の構え。
師から教わり、継承した教えの一つ。基本こそが王道だ。この構えから、先ずは全てが始まる。それ故に、如何なる技にも繋げられる。アッシュのような才無き人物にとっては、有難い構えなのだ。

 対する武蔵は構えをやはり取らなかった。いや、違う。これこそが、彼女の構えなのだろう。正確に言えば、数多ある構えの中の一つを、武蔵は取っているに過ぎないのだろう。
異様な剣だった。技術の体系ではないのかも知れない。余人が学ぼうと思って、学べる類の剣術では恐らくないのだろう。ある種の哲学、観念論の域に突入している剣術かも知れない。
正しく彼女のみが全てを理解する事が出来、彼女であっても全てを理解しきれていない、限りなく完全に近づいている途上の剣だとも言えるのかも知れない。
言える事は一つ。新免武蔵の振るう剣は、新免武蔵だけが振るえる、至った剣なのであろう事だ。

「良い構えです。良き師匠に恵まれたのですね」

「尊敬している人だ。サーヴァントになった、今でも」

 其処から言葉がもうなかった。風は吹かず、雲はなく。その言葉を契機に、尋常と日常の空間は終わりを告げた。
ダクトが空気を送る音と、セミの鳴き声だけが間断なく響き渡る空間の中を、七草にちか1人だけは掌の感覚が馬鹿になりかねない程、ギュッと握りしめ、2人の動きを見守っていた。


162 : 侍ちっく☆はぁと ◆zzpohGTsas :2021/08/16(月) 00:04:44 nQfYtTRo0
前半部投下を終了します。期日までに後編を投下する予定です。
投下されなかった場合は、企画主様の判断に従う次第です


163 : ◆KV7BL7iLes :2021/08/16(月) 03:32:03 nBQ.NXWU0
七草にちか(弓)、田中摩美々、プロデューサーを予約します。


164 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/16(月) 08:29:07 gkty3L3s0
皆様、投下乙です!

>寂寞に花
咲耶の喪失を受けて、心から悲しむも……咲耶の死を無駄にしないよう、狂気に走ることはなく、みんなを忘れないように頑張る霧子の姿が輝いて見えました!
そんな霧子の姿に兄上は心をかき乱されますし、皮下さんも確実に策を練りますね。
そして霧子のことも警戒し、ハクジャの監視をつけちゃいましたが……やはり腹黒いお方ですね。

>283プロダクションの醜聞
ウィル兄さん、交渉や考案など本当に働きまくっていますね! 
シャーリーとのあれこれを摩美々に知られて紅茶を吹き出したり、にちかからも突っ込まれるシーンが微笑ましかったですが、その裏では咲耶失踪を意図的に炎上させた犯人をつきとめるのは流石。
はづきさんや山本などNPCも確実に動いており、ウィルの暗躍でプロデューサーさんの説得も実現できそうですし、283プロにも希望が芽生えましたね。
もう一人の蜘蛛との戦いも続いているので、まだまだ働くことになりそうですが……ウィル兄さんには頑張って欲しいですね。

>一人は星を見た。一人は泥を見た
ここでも咲耶は他のマスターに大きな影響を与えていますが、その方向は正反対ですね。
梨花ちゃんにとっては希望となり、さとちゃんにとっては嫉妬と憎悪の影響を与えるのは実に納得です。特にさとちゃんは過酷な境遇を生きてきましたし。
咲耶の存在で、それぞれの方針をより確固たるものにさせますが、決して交わらなそうなのが切ない。
そしてバロンドールも不憫……

>侍ちっく☆はぁと
歌舞伎町を歩いて、東京がいかに戦いにくい場所かを実感した矢先、にちかは間違いが起きるとひやひやしちゃいましたが……武蔵ちゃんと出会い、同盟を組むために戦うとは。
咲耶はここでも影響が大きく、同じ283プロのアイドルのにちかが出会うとは何の偶然か。
剣豪勝負が始まりましたが、果たして……?

それでは、自分も先日の投下の修正版を投下させて頂きます。


165 : みんなの責任! たった一人の大切な人(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/16(月) 08:30:52 gkty3L3s0

(おい、あさひ。俺ちゃんたち、尾行されているぜ?)

 街を歩くと、アヴェンジャーのサーヴァント・デッドプールの念話が響いた。

(び、尾行!?)
(ああ。連中もなかなかのプロだ……人混みに紛れて、俺ちゃんたちの隙を伺ってやがる。俺ちゃんじゃなけりゃ、気付けないだろうな)
(そんなことまで、わかるのか!?)
(ずっと、同じ顔ぶれなんだよ。俺ちゃんたちが戦いに負けてから、つけられてるみたいだ。どうやら、漁夫の利で俺ちゃんたちを仕留めるつもりだろうな)

 冷静に、そして明らかな怒りがデッドプールの声色に滲み出ていた。
 いつものおふざけは鳴りを潜めて、相応のプレッシャーも感じられる。マスターである俺・神戸あさひを守りながら、片腕だけで戦わなければいけないハンデを背負っているからだ。


 光月おでんさんたちとの戦いに負けてから、俺たちはあてもなく街を歩いていた。
 日雇いの仕事を終えて、その日の収入を得たはいいけれど……そこから先の予定は何もない。
 元々、俺には何もなかった。実の父親から暴行を受け続けて、母さんも苦しんで、たった一人の妹のしおすらも俺たちから去ってしまった。
 だから、俺はしおを取り戻すために、聖杯を求めるしかない。おでんさんも、おでんさんのサーヴァントもかなりの実力者で、俺たちは完膚なきまで負けたけど、命までは奪われなかった。
 俺は今まで、汚い大人しか出会わなかった。でも、おでんさんはそんな大人たちとは違い、俺のことを本気で心配していそうだった。
 今は、休みな……そう言い残して、俺の元から去っていった。

(しかも、連中の顔をよーく見てるとな、ありゃ覆面だ。リアルの顔と区別がつかないくらい、精巧なデザインだな。
 それも1人や2人じゃない、軽く10人は超えるぜ?)
(なっ……そんなに多いのかよ!?)
(きっと、証拠を残したくないんだろうな。ゾロゾロと歩いてたら、そりゃ警戒される。だから、覆面を被って一般人のフリをしているはずだ。
 加えて、体格的にはガキンチョだ。みんなで楽しく遠足をしましょうってか?)

 そして、今度は子どもたちから狙われてしまう。
 デッドプールの言葉で、反射的に振り向くと……学生グループが確かに歩いていた。
 ブレザーや学ランなど、多種多様の制服を着た男女。しかし、目が合った瞬間……おぞましい笑顔を浮かべているように見えた。

「うっ…………!」

 反射的に恐怖を感じ、俺はその場から走り去った。
 一見すると普通の背格好だが、血走ったような目つきは明らかに異常者だ。そう、俺や母さんに暴力を振るい続けたあの男と同じ目つきだ。
 聖杯戦争のマスターかサーヴァントのどちらかはわからないが、あいつらが俺たちを殺そうとしていることは一目でわかる。
 おでんさんたちとの戦いでダメージを負ったから、俺たちは人気のない場所へ移動を決めたけど、まさかこんなヤバい連中に遭遇するなんて思わなかった。

(待て、あさひ! 落ち着けーーーー!)

 デッドプールの静止を構わず、俺は走る。
 すると、横一列に並ぶ別の学生グループが、俺の逃げ道を塞ぐように現れた。
 そいつらは、俺を見つけるや否や、ニィと不気味な笑みを浮かべる。

「ひッ!」

 俺は悲鳴を漏らしながら、また別の道を走る。
 通り過ぎていく人が、まるであいつらの仲間のように思えて、俺はあてもなく逃げるしかない。
 走れば走るほど、学生服を着た子どもはどんどん増えてくる。みんな、同じペースで歩を進めていて、異様さが際立っていく。


166 : みんなの責任! たった一人の大切な人(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/16(月) 08:37:58 gkty3L3s0

 ただ、怖かった。
 まるで、俺の全てを奪い取られそうな気がして。
 しおを取り戻すという最後の望みすらも踏み躙られそうで、それがイヤだから逃げるしかない。
 もちろん、戦うこともできたけど、こんな人前で騒ぎを起こせなかった。
 相手も俺が不利と知っているから、街中に現れたはずだ。

(仕方ねえ。あさひ、俺ちゃんがビックリを起こしてやるから、その隙に逃げろ!)

 デッドプールが念話で叫んだ瞬間、どこからともなく数発の銃声が響く。
 その音によって、周囲から悲鳴が湧きあがった。

(で、デッドプール!? お前、何をしたんだよ!?)
(一瞬だけ霊体化を解いて、影から拳銃を撃ってやったのさ! 裏方に回ったから、俺ちゃんの姿は絶対に見られてねぇ!)

 突然の発砲で騒ぎになる中、俺はひたすら走る。
 確かに、この騒動に便乗すれば俺は逃げ切れるかもしれない。人混みの中に紛れれば、あいつらだって追跡できないはず。
 でも、俺のペースは次第に落ちていた。おでんさんとの戦いで消耗した中で、走り続けることは難しく、地の利でも分が悪い。

(この先には静かな緑地があるから、そこに隠れてあいつらをやり過ごす!)

 このまま走り続けても、いつかは捕まってしまう。
 隠れ場所が多い緑地……等々力渓谷公園なら、あいつらから逃げ切れるはず。周りには人の気配がなく、穏やかな緑が広がっていた。
 
「た、助かった……! ここにしばらく隠れれば、あいつらもーーーー!」
「あれー? まさか、標的(ターゲット)の方から来てくれるなんて、ウルトラハッピーじゃん!」

 だけど、聞こえてきたのは、俺を絶望に突き落とす声。
 振り返ると、木々の後ろから学生グループが俺を取り囲むように出てきた。
 しかも、その顔にはガムテープが貼られていて、一目見ただけで異常であることがわかる。

「な、なんで……!?」
「俺たちは最初からここに誘き寄せるつもりだったんだよ」
「途中、街中で銃声がしたってスマホで聞いた時は、プランが台無しになるかと思ったけどよ……お前の方からこっちに来たのさ!」
「なら、アタシたちが殺すしかないでしょ? あんたみたいなマスターを殺せば、めでたくポイントゲットってわけ!」

 異様な雰囲気を持つ彼らは、その手に武器を持っていた。
 刃物や金属バット、更には拳銃までもを装備して、その全てに殺意が込められていた。
 助けを求めるように周囲を見渡しても、ここは人通りが少ないから、俺たち以外に誰もいない。いや、俺の方から馬鹿正直に突っ込んでしまった。


167 : みんなの責任! たった一人の大切な人(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/16(月) 08:43:13 gkty3L3s0

「……俺ちゃんとしたことが、判断を誤っちまったようだな」

 ため息と共に、霊体化を解いたデッドプールが俺の隣に現れた。

「なぁ、ガキンチョども。俺ちゃん、ガキにも優しいヒーローだからさ……今だけは許してやるぜ? これは、俺ちゃんからのラストチャンスと思え」

 デッドプールは確かな怒りを込めた目つきで睨みつけるも、相手は怯まない。

「は? 見逃すわけないじゃん!」
「ははっ、ボロボロで……しかも片腕だけだし!」
「じゃあ、サーヴァントも殺したら、その分だけMPも手に入るかな!?」

 ガムテープの子どもたちはデッドプールを前にしても、歓喜の笑みを浮かべていた。
 一方で、デッドプールは舌打ちをする。俺たちが圧倒的に不利だと知っているからだ。
 デッドプールは左肩から先は完全に回復しておらず、また傷も完治していない状態だから、俺を抱えて逃げることは難しい。
 もちろん、ただ子どもたちを殺すだけなら、今のデッドプールでも可能だ。けれど、その間に俺が殺されたら意味はない。

「……ヤベェ! マスター、伏せろッ!」
「うわっ!」

 デッドプールが叫んだ瞬間、俺はしゃがまされてしまう。
 すると、何かが俺の頬を掠めた。指先で触れてみると、僅かな痛みと共に血が流れている。
 敵が撃ってきたのだと、俺はすぐに察した。もしも、デッドプールが俺の体を掴んでくれなければ、殺されていたかもしれない。

「あれ〜? 鬼ごっこはもう終わりなの?」

 恐怖に震える暇もなく、後ろから子どもが現れた。しかも、ご丁寧にボウガンを構えている。
 奴らの周りには、俺を追跡していたであろう連中がいた。きっと、ここで俺を確実に殺すつもりだ。
 そして、奴らは覆面に手をかけて、その下に隠れていた素顔を晒す。案の定、全員の顔にはガムテープが貼られていた。

(……こりゃ、完全に囲まれちまったなぁ。前後左右、俺ちゃんたちを逃がすつもりはねぇみたいだ。
 いやはや、モテる男は辛いね)

 デッドプールの念話が俺の頭に響いた。
 道化を演じているが、声色には覇気を感じない。万全ならまだしも、負傷して間もないデッドプールではこの状況を切り抜けることはできなかった。

(……にしても、このガキンチョは一体なんなんだ? この季節、ただのガキンチョどもが通学路じゃない場所をうろつくなんて、何かがあるな。
 どうやら、謎解きタイムの時間みたいだな……)

 デッドプールは思案しているが、敵の集団は俺たちに少しずつ迫っている。
 デッドプールを警戒しているのか、単純に俺たちをいたぶろうとしているのか。どちらにしても、ムカつくことに変わらない。
 こいつらは、俺たちをゲーム感覚で殺そうとしている。言動から察するに、聖杯に託したい願いがある訳ではなく、そもそもマスターやサーヴァントであるかも怪しかった。
 でも、俺にこいつらを殺す力はない。俺がたった一人で戦っても返り討ちに遭うだけ。


168 : みんなの責任! たった一人の大切な人(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/16(月) 08:44:38 gkty3L3s0
(嫌だ……俺はまだ、しおを助けていないんだ! しおを、しおを助けるまで……死ぬ訳にはいかないんだ!)

 そうだ。
 俺には大切な妹がいる。
 しおの中から悪魔を追い出して、しおだけの人生を歩ませるまで俺は死んじゃいけない。
 俺にはもうそれしかない。それを邪魔するなら、どんな奴が相手でも蹴散らしてやるだけ。
 俺は金属バットを握り締めながら、立ち上がった。

「おっ? 殺る気を見せてくれた?」
「でも、俺らを前に戦えるの?」
「よーしっ! じゃあ、早い者勝ちでマスターを殺そうぜ!」

 あいつらは俺を見て笑うが、関係ない。
 油断しているから、そこを狙えばチャンスはある。
 覚悟を決めて、金属バットを振おうとした。

「ーーーープリキュアッ! スター・パアアアァァァァァンチッ!」

 その時だった。
 空の彼方から、流れ星のように輝く声が響いたのは。
 緑地の全てを照らす程の眩しさに、俺は思わず目を閉じた。
 ドガン! と、花火のような爆音が響き、衝撃波が吹き荒れる。吹き飛ばされないよう、俺は必死に耐えた。

「……マスター、どうやら俺ちゃんたちを助けてくれるプリンセスが現れたみたいだぜ?」

 安堵を含んだデッドプールの声に、俺は恐る恐る瞼を開ける。
 そこには、煌びやかな衣装をまとった一人の少女が、ガムテープの集団を前に立っている姿が見えた。
 その背中は小さいけれど、俺たちを守るという確かな意志が感じられ、おでんさんのように凛々しい。
 そして、彼女は俺たちに振り向く。俺よりも幼い顔つきだけど、その瞳は星のように綺麗だった。

「ここはわたしに任せて、二人は逃げてください!」

 そう言いながら、彼女はガムテープの集団に立ち向かっていった。
 「待て!」って呼び止めようとした直後、あのガムテープの集団が蹴散らされていく。
 弾丸やボウガンの矢を素手ではじき返し、鋭利な刃物は手刀で砕き、金属バットも軽々と避ける。そこからキックやパンチを命中させて、敵を思いっきり吹き飛ばした。
 この間、わずか数秒だ。華奢な体躯からは想像できない程の動きに、俺は目を見開いてしまう。

「……あいつら、やっぱり”割れた子供達(グラスチルドレン)”か?」

 すると、足音と共に男の声が聞こえてくる。
 顔を上げると、神妙な面持ちの男が現れた。逆立った髪とスーツは黒に染まり、容姿も異様なまでに整っている。人気アイドルとしてTVや雑誌で取り上げられてもおかしくないほどの美男だった。


169 : みんなの責任! たった一人の大切な人(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/16(月) 08:48:22 gkty3L3s0
「おや、兄ちゃんも俺ちゃんたちを助けに来てくれたの?」
「んん? オレは助けに来た……とはまた違うが、少なくとも無駄に戦うつもりはねぇよ。どうやら、あんたらはずいぶん痛めつけられたみてえだな」
「コイツは名誉の傷跡さ! 誇り高きサムライジャックに刻まれた、俺ちゃんの勲章だぜ?」
「そうかい」

 スーツの男を前に、デッドプールはいつもの調子を取り戻している。
 だけど、俺は胸をなで下ろす。スーツの男はすぐに俺たちを殺すつもりはなさそうで、奇妙な子ども達だって少女に任せることができた。
 ただ、気になるのは男の様子だ。俺やデッドプール、それに少女とは違う表情で、ガムテープの集団を見つめているからだ。

「う、うぅ……」

 ガムテープの少年が起き上がろうとする。
 しかし、スーツの男は少年の胸ぐらを掴みながら、懐から取り出した拳銃を突きつけた。

「ひぃっ!?」
「おい、テメーら”割れた子供達(グラスチルドレン)”がいるってことは……ガムテもこの聖杯戦争に関わっているのか?」
「な、なんでガムテや俺たちのことを……!? って、その面(ツラ)、どこかで……」
「今すぐに答えろ。さもなければ、テメーの頭は水風船みたいに吹き飛ぶぜ?」

 ガムテープの少年を恫喝する男は、まるで鬼のようにおぞましい表情だった。





 買い物で目的地に着いた途端、わたしの耳に銃声が響いた。
 そして、誰かの悲鳴も聞こえてきて、街がすぐにパニックになった。逃げ惑う人が溢れて、ただごとじゃない。

「……銃声は近いな。こりゃ、すぐそばに戦っているマスターとサーヴァントがいそうだな」

 星野アイさんのサーヴァントのライダーさんも、顔をしかめていた。
 アイさんも目を見開いていて、わたしのマスターの櫻木真乃さんは……不安な表情を浮かべているよ。
 そして、ライダーさんはわたし・星奈ひかるに振り向く。

「で、嬢チャンはどうしたいんだい? 戦いを止めるか?」
「もちろんです! でも、その前に……ちょっと移動しますね!」
「……ん? お、おう……」

 わたしは首を縦に振って、人通りのない路地裏に移動するよ。
 ライダーさんは、わたしの言葉が本当かどうかを試している。ここで行かないと、わたしは嘘つきになっちゃう。
 例え、どんな理由があっても、命を奪っていいわけがない。拳を握りしめた瞬間、また銃声が聞こえた。
 わたしはすぐにスターカラーペンを取り出して、ペンダントに差し込む。

「スターカラー、ペンダントッ! カラーチャージッ!」

 かけ声と共にわたしの体は光に包まれて、一瞬でキュアスターに変身するよ。

「宇宙に輝く、キラキラ星! キュアスター!」

 わたしは名乗りをあげると、みんなはビックリする。
 アイさんやライダーさんだって、この姿に目を見開いているよ。
 この道は路地裏だから防犯カメラが設置されていない。あと、銃声のせいで街の人も逃げたから、わたしの変身は他の人には見られなかったよ。
 さすがに、ここにいる三人には隠せなかったけど……


170 : みんなの責任! たった一人の大切な人(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/16(月) 08:49:14 gkty3L3s0
「お、おい……嬢チャン!?」
「ライダーさん、真乃さんとアイさんをよろしくお願いします!」

 当然、ライダーさんは驚くけど、詳しいことを説明している時間はない。
 わたしはライダーさんに真乃さんたちを任せて、思いっきりジャンプをした。空高くから街を見下ろしてみると、すぐに見つけたよ。フードをかぶった男の人と、赤いスーツを着た男の人が、武器を持ったグループに襲われている。
 わたしは右手に力を込めて、星の輝きをまとわせたよ!

「ーーーープリキュアッ! スター・パアアアァァァァァンチッ!」

 叫びながら急降下して、星のエネルギーを思いっきり開放する。
 その勢いに敵が吹き飛ぶ中、地面に着地した。襲われていた二人に「逃げてください!」と言った後、わたしは思いっきり突進するよ。
 上下左右から攻撃してくるけど、わたしは一つ一つに対処する。弾丸と矢は叩き落して、ナイフや刀はチョップで砕き、バットを避けながらパンチを叩き込む。
 たった一人で戦うことになるけど、わたしなら大丈夫。ノットレイダーの軍勢と何度も戦った経験があるから、この状況を切り抜けることもできる。

「ゲッ、こいつもしかしてサーヴァントか!?」
「せっかく追い詰めたのに、助っ人が来るなんて聞いてなーい!」
「ぶっちゃけ、ありえなーい!」
「よく見たら、なんかプリンセスに似てない? コスプレをしてるの?」
「えぇー? ダッサー!」

 だけど、相手はわたしを前にしても、笑っている。
 本気でおこっているのに、不気味な笑顔を浮かべていることが信じられない。

「あなたたち、どうしてこんなに酷いことをしたの!? あの人たちは、あなたたちに何か悪いことをしたの!?」

 ただ、わたしは疑問をぶつけた。
 彼らが人を傷付けたことには理由があるはず。もちろん、許される訳じゃないけど、せめてわたしは知るべきだと思った。
 だけど、次の瞬間に返ってきたのは、信じられない言葉だったよ。

「ええー? そんなの決まってるじゃーん!」
「あのマスターとサーヴァントが、ダメージを負っていたから、確実に仕留められるようにするためだよ!」
「面白いくらいに鬼ごっこができて、マジでウケる!」
「なのに、お前が俺たちのゲームを邪魔して……この落とし前、どうするつもりなんだよ!?」

 みんないったい何を言っているの?
 わたしは理解することができなかったし、相手の身勝手さにいかりを覚える。
 楽しみたいから、あの二人を追いつめたの? 「鬼ごっこ」や「ゲーム」と呼んで、一方的に傷付けたの?
 息が荒くなって、思考がグチャグチャになる。
 確かに、今は聖杯戦争だから戦わないといけない。アイさんみたいに、譲れない願いを持っている人はたくさんいるし、わたしたちサーヴァントはマスターのために戦う責任があるよ。
 願いのために誰かを傷付けることはダメだけど、気持ちはわかる。ユニだって惑星レインボーを蘇らせるために、バケニャーンやブルーキャットに変身して危険なことをいっぱいしたから。
 でも、彼らがあの二人を追い詰めたのは……ただ自分たちが楽しみたいだけ。
 ギリ、と音を鳴らしながら、わたしは拳を握り締める。


171 : みんなの責任! たった一人の大切な人(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/16(月) 08:52:55 gkty3L3s0
「そんなの、二人を傷付けていい理由にはならないよっ!」

 確かないかりと共に叫び、わたしは地面を蹴った。
 一瞬で距離を詰めて、敵の懐にもぐり込んでパンチを叩き込む。相手の巨体を吹き飛ばして、わたしは猛スピードで駆け抜けるよ。
 もちろん、敵の数は多すぎるし、今だって無数の武器でわたしを攻撃してくる。
 彼らをにらみながら、力任せに振るわれる腕を一つずつ避けて、銃弾も手のひらで弾き返した。
 スライディングで敵の両足の間を滑り抜けて、素早く背後に回り込み、勢いよくキックを放つ。

「ウオオオオオォォォォッ!」

 視界の外から、気合いの雄叫びと共に攻撃が迫り来る。
 素早く振り返りながら、わたしは両腕をクロスさせて巨大な鉄塊を防いだ。相手の背丈と鉄塊の長さを合わせて、優に2メートルは超えそうだけど、ダメージはない。

「あの二人の痛みは……こんなものじゃなかったっ!」

 きっと、あの人たちは怖かったはずだった。
 彼らから理不尽に傷つけられて、苦しみのまま命を落としそうになった。
 少しでも、痛みと悲しみを伝えようと全身に力を込めて、鉄塊ごとはじき飛ばす。

「ウゲッ、真実(マジ)で忍者並の化け物(チート)じゃん!」
「退却だ! 退却!」
「こいつが逃がしたあのマスターとサーヴァントはどうするの!?」
「バッカ! もう無理だろ!? これ以上は警察(サツ)が来るから、諦めろって!」

 彼らはそう言いながら、わたしを恐れて逃げ出していく。
 
「待ちなさい!」
『戻ってきて、ひかるちゃん!』

 追いかけようとするけど、真乃さんからの念話が聞こえた。

『ま、真乃さん!? どうしたのですか!?』
『パトカーが来てるから、ここから早く離れよう! 警察の人に見つかったら、私たちが疑われちゃうって、アイさんが言ってた!』

 真乃さんの言うとおり、サイレン音がどんどん大きくなってくる。
 騒ぎを聞いて、おまわりさんが駆けつけたはずだよ。
 確かに、このまま残っていたらわたしたちが疑われる。無実が証明されたとしても、わたしたちのことがニュースで報道されたら、敵のマスターやサーヴァントに狙われる。
 だから、すぐに離れる必要があるし、敵もみんな逃げたはずだよ。
 ただ、キュアスターに変身してから、わたしが空を飛んでいる場面を誰かに見られている可能性はあるけど……今は気にしてはいられない。


172 : みんなの責任! たった一人の大切な人(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/16(月) 08:53:45 gkty3L3s0
『……わかりました。ダッシュで戻りますので!』

 敵をこのまま見逃すのはイヤだけど、深追いも危険だった。
 真乃さんたちに疑いの目を向けさせてはダメ。そう思いながら、走ろうとした瞬間……わたしが倒した敵を見つけてしまった。
 他のみんなは離れたのに、彼だけがもう動く気配はない。その理由はすぐに気づいたよ。
 わたしがキュアスターに変身して戦った結果……彼の命を奪ったから。

「……………………」

 ズキン、とわたしの心は痛む。
 彼らは決して許されてはいけないことをしたし、ここでわたしが立ち向かわなければ今度は真乃さんたちが狙われた。
 それでも、生きたかったのは彼らだって同じ。ゲーム感覚で人の命を奪ったことは事実だけど、その生き方しかできなかった理由があるはずだから。
 命を奪うつもりはなかった、なんて言い訳をするつもりはない。
 仕方がない、って切り捨てるつもりはないよ。

「……あなたたちのしたことを、わたしは絶対に許さないよ。でも、あなたたちの痛みだって、わたしは忘れないから。これが、わたしの責任だよ」

 せめて、わたしは彼のまぶたを下ろしてあげる。
 この事実から目をそらすつもりはないし、ずっと覚え続けることが、わたしができるたった一つの償いだと思うから。
 もしも、ララたちがわたしのしたことを知ったら、どう思うのかな。わたしに本気で怒って、ガッカリして、絶交するのかな。
 ひょっとしたら、一緒に罪を背負ってくれるのかもしれない。でも、優しいララたちを巻き込むことも、わたしはイヤだよ。


 責任。
 宇宙に生きるみんなを守る責任があると、宇宙星空連合のトッパーさんは言っていた。
 へびつかい座のプリンセスに故郷の星を滅ぼされたガルオウガだって、守る責任を果たせなかったことを悔やんでいたよ。
 昔、みんなは重い責任を背負っていたことを知ったから、わたしも守る責任を果たすと決めた。ララたちと決意を固めたからこそ、宇宙全てを守ることができた。
 ここにララたちはいないけど、わたしは折れるわけにはいかないよ。真乃さんを守って、約束を果たす責任がわたしにはあるから。



 ◆




 厄介ごとはゴメンだったが、これは逆にチャンスでもあった。
 仮の同盟を組んだあの嬢チャンの実力を試すいい機会で、運が良ければ敵対主従とのつぶし合いも可能だ。
 事実、あの嬢チャンの実力はかなり高い。綺麗事に見合った身体能力を誇り、数の不利をあっという間にひっくり返した。
 ここで潰れるようなら、マスターの櫻木真乃ごと切り捨てる予定だったが、やっぱりオレの目に狂いはなかったようだ。
 良かったな、嬢チャン。その頑張りに免じて、まだマスターは生かしておいてやるぜ。

(しかし、あの嬢チャン……やっぱりプリンセスみてーだな。まさか、オリジナルでネーミングやポーズを考えるレベルのガチ勢なのか?)

 それと、嬢チャンは変身して戦ったけどよ、やっぱりプリンセスに似ていた。もしかしたら、ボスに匹敵するレベルのプリオタかもしれない。
 変身の際にわざわざ移動したのも、正体がバレると都合が悪いからだろう。まぁ、プリンセスシリーズのお約束って奴だし、オレも今だけは正体を黙ってやるか。
 ただ、プリオタの嬢チャンには悪いが、もうプリストに行く余裕はない。


173 : みんなの責任! たった一人の大切な人(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/16(月) 08:56:09 gkty3L3s0
「アンタ、いつの間にか傷が治ってるけどよ……そういうスキルなのか?」
「おや、バレちゃった? なら、お礼としてそっちのスキルも俺ちゃんに教えてくれよ!」
「お断りだ」

 ……やっぱり、こいつらは敵に回したくねぇ。
 ひとまず、敵対の意志はなさそうだが、油断は禁物だ。あの嬢チャンみたいに容易く利用できないし、かといって真に同盟を組む予定のサーヴァントのようなタイプでもない。
 色んな意味で厄介な奴と出会ったことに、ため息を吐く。自力で腕を再生させるサーヴァントなど、他の主従に任せたいぜ。

「……お待たせしました! みんな、大丈夫ですか!?」

 すると、プリンセスに変身した嬢チャンが戻ってきた。
 ”割れた子供達(グラスチルドレン)”の連中と戦ったにも関わらず、かすり傷一つのダメージすらない。オレやアイを疑う気配も見せないので、利用する分には充分に合格だ。

「あぁ、こっちは大丈夫だぜ。オレたちのマスターも、安全な所に隠れている」
「よ、良かった……って、そうだ! パトカーが来るみたいです!」
「そうと分かれば長居は無用だ。
 おい、そこの坊チャンたちはどうする? なんだったら、一緒に連れて行ってやるが……」

 ”割れた子供達(グラスチルドレン)”に襲われていた主従に、オレは問いかける。
 明らかに浮浪者と思われる見た目のガキがマスターで、赤と黒のスーツを身にまとった狂人がサーヴァントだろう。
 まともな育ちをしていないことは一目でわかった。狂犬と呼ぶにふさわしい主従で、このまま連れて行くのはリスクを伴う。
 しかし、オレが尋問をしている間は横から口を出さなかった。命の恩人である嬢チャンと同盟を組んだオレを一応は信用しているはずだ。

「なぁ、マスター。ここはお言葉に甘えちゃおうぜ? このままじゃ俺ちゃんたち、逮捕されるかもしれないぞ?」
「……わかったよ。ここは、あんたたちについていく」
「決まりだな。じゃあ、さっさとトンズラするか」

 そうして、オレたちは急いでこの場を去る。
 ”割れた子供達(グラスチルドレン)”が人気のない場所を選び、更にはご丁寧にも緑地付近の防犯カメラは破壊され尽くされている。仮に警察が街を調べても、オレたちが気付かれることはないだろう。
 まともに相手をしたのも、嬢チャンと坊チャン組だけであり、オレの顔を見たガキも仕留められた。ただ、変身した嬢チャンが派手に飛ぶ姿をスマホなどで撮影されてもおかしくないが、元の姿が誰にも見られていないのは幸いか? 変身した場所は、運良くカメラが届かない場所だったからな。
 まぁ、そこは嬢チャンの自己責任ってことにするか。オレは黙ってやるが、他の誰かにバレた時はどうにもならねえしな。


 逃げ出した奴らにオレの顔は見られていないが……ここで気付かれてもおかしくない。
 一応、連中はスマホやインカムなどで連絡を取り合っていたが、オレが尋問していたガキの分は破壊した。
 だが、”割れた子供達(グラスチルドレン)”の組織力を考えると、いずれはバレる。
 交渉の手札になる情報を手に入れただけでも良しとするか。


174 : みんなの責任! たった一人の大切な人(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/16(月) 08:56:45 gkty3L3s0

 ガムテが率いる”割れた子供達(グラスチルドレン)”は中央区のとある高級住宅塔を拠点にし、23区の各地で他のマスターやサーヴァントを襲撃しているようだ。
 ガムテが召喚したライダーのサーヴァントは、ビッグ・マムと名乗ったらしい。四皇と呼ばれるほどの海賊であり、圧倒的な巨体と破壊力で多くの海を荒らした。
 ガムテたちの犠牲になった主従は数多く、その中にはあの白瀬咲耶も含まれている。既に死体は海の底にドボンだ。

 だが、話を聞けば聞くほど、オレの胃は痛みそうだ。
 櫻木真乃と白瀬咲耶、そしてオレとガムテが聖杯戦争に巻き込まれたことを考えれば、ビッグ・マムと並ぶレベルの怪物がどこかにいる可能性は充分にある。
 だが、オレたちはビッグ・マムの姿と、能力のほとんどを知らない。仮に真名を見抜いたとしても、その圧倒的な破壊力を前にしては勝てる見込みはゼロだ。

(どうやら、本気で交渉をする必要があるみたいだな。ビッグ・マムみたいな化け物を仕留めるには、今のオレたちじゃ全然足りねぇ)

 既に最悪の状況に傾きかけている。
 いくら優位な情報を手に入れても、それを構いもしない程の戦力を持つ相手だ。加えて、資金力も半端ではない。
 唯一の弱点は、ビッグ・マムはカナヅチであることだろう。海に沈めれば何もできないデクの棒となり、溺死を待つだけ。
 海に誘い込めれば勝機はあるが、都合の良いことはそうそう起こらない。


 また、ガムテと同盟を組むことも不可能だ。
 ヤツは同じ破壊の八極道の夢澤恒星が散った時も、その死を愚弄していた。
 当然、仲間の死を引きずるようでは破壊の八極道などやっていられないが、それでもガムテは別格だ。
 ガムテにアイの存在が気付かれたら、間違いなく人質にされてしまう。そしてオレはガムテの操り人形にされた挙げ句、アイごと殺されるのがオチだ。
 この聖杯戦争でも、”割れた子供達(グラスチルドレン)”はMP目当てに他マスターを襲撃している。つまり、アイも奴らのターゲットになってしまった。
 

 ただ、事態は一刻を争うことは事実。
 アイを守り、勝たせるための時間が1秒でも多く必要だ。
 オレが手に入れた情報を使えば、他の主従にガムテたちとぶつけることもできる。狂犬のような坊チャンたちも、鉄砲玉としては上出来かもしれない。
 上手く立ち回れば、オレが漁夫の利を得る可能性もあるだろう。






 ライダーたちのおかげで、私たちはその場から離れることに成功した。
 大田区では騒ぎが起こったから、私も長居したくなかったよ。
 それに、警察の人に見つかることもない。もしも出会ったりしたら、事情聴取は避けられないね。
 マスコミからは面白おかしく騒がれちゃうかも。


175 : みんなの責任! たった一人の大切な人(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/16(月) 08:57:21 gkty3L3s0
 疑いの目をかけられたら、私がどれだけ無実を叫んでも意味はない。
 例え、身の潔白を証明できても、SNSや掲示板でわたしに対する誹謗中傷が止まらない。
 住所を特定されて、また刃物で刺される危険もある。そんな痛みは二度と味わいたくないし、絶対に逃げないとね。
 だから、みんなで逃げることにしたよ。見慣れない顔が増えて、後部座席はおしくらまんじゅうになったけど。

「マスター……人気アイドルの車に乗るなんて、なかなかツイてるじゃん!」
「ちっともよくない! そんなこと言ってる場合じゃないだろ!?」
「ぐぇっ!? よ、四人は流石に……」
「ほわっ!? 大丈夫……?」

 私は助手席に乗ることにしたから、潰される心配はないよ。櫻木真乃ちゃんと、マスターの男の子……神戸あさひくんはご愁傷様です。
 でも、みんなは和気藹々としてて楽しそうだね。私は見守るだけでいいけど。


 そして、30分ほど経過した頃、私達は人気のない公園に移動したよ。
 あさひくんたちを襲った”割れた子供達(グラスチルドレン)”はもちろん、パトカーが追跡してくる気配はない。
 どうにかして振り切ったから、ここで情報共有をすることにしたの。
 ライダーは口の固いサーヴァントだけど、そんな悠長なことを言えないほどに危険な相手みたいだから。

「……さ、咲耶……さん……!?」

 震えながら涙を流すのは真乃ちゃんだよ。
 行方不明になった283プロのアイドル・白瀬咲耶は”割れた子供達(グラスチルドレン)”の幹部に命を奪われた。それを聞いて、真乃ちゃんは大きなショックを受けちゃった。
 真乃ちゃんは足下が崩れるけど、アーチャーのサーヴァントの子が支えてくれる。

「だ、大丈夫ですか!?」
「…………ご、ごめん………ね…………私、どう受け止めたらいいのかわからなくて……咲耶さんが…………咲耶さんが…………!」

 咲耶さんの死に心から悲しんでいるはずだよ。
 もちろん、人間としては当たり前の感情だし、私だってお腹を痛めて産んだ子どもたちが亡くなったら心の底から悲しむ。
 もしも、私の家に押し入ったファンに、アクアとルビーの二人が殺されたら……私は復讐を選ぶよ。
 例え、私自身が犯罪者になって、世間から鬼や悪魔と罵られようとも構わない。私の大切な宝物を奪った奴なんて、地獄の底で苦しんでも許すつもりはない。
 犯人だけじゃない。犯人の家族や友人、身の回りにいる全ての人間を道連れにしてやるはずだ。


176 : みんなの責任! たった一人の大切な人(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/16(月) 08:57:46 gkty3L3s0

 でも、今の真乃ちゃんみたいに、友達と呼べる存在を私は得られなかった。
 お母さんからは見捨てられ、施設で育った私は誰かから愛されたことはない。仕事で同業者と出会ったけど、心の底から信頼できる友達は一人もいない。
 だから、咲耶さんの死に悲しむ真乃ちゃんが、どこか遠い世界の出来事のように見えちゃった。
 もちろん、二人には悪いと思っているし、こんなことを口にするつもりはない。ただ、友達の死を悲しむ経験がないことに、どこかもどかしさを感じていたの。


「悪ィな、嬢チャンたち。けど、いつかは知ることになる……あとまわしにしたって、いいことはねえだろ?」

 悲しむ真乃ちゃんに、ライダーはそう言い放つ。
 確かに、行方不明事件はSNSで話題になっているから、真相を先延ばしにしても辛くなるだけ。
 ただ、ライダーもタイミングを選んでくれている。”割れた子供達(グラスチルドレン)”という過酷な境遇を生き抜いた子どもたちと、彼らを束ねるガムテやサーヴァントのビッグマムという凶悪な敵。
 それに、ガムテの戦い方についても包み隠さず教えてから、咲耶さんのことを話してくれたよ。情報をスムーズに伝えるためにも、最後にしてくれたんだね。
 もちろん、私たち以外に誰もいない公園には、重い空気が漂うけど。

「……なぁ、あんたはなんであいつらのことにそんな詳しいんだ?」

 その空気を壊すのは、刺々しい雰囲気を漂わせるあさひくんの疑問。
 でも、それは当然だよね。ライダーはガムテたちのことを教えてくれたけど、普通ならそこまで言えるはずがない。
 だって、話に聞く限りだと”割れた子供達(グラスチルドレン)”は危険きわまりない集団みたいだし。

「あいつらも、あんたのことを知っていたみたいだけどよ……まさか、仲間なのか!?」
「おぉ? 鋭いねぇ! その通り……と言いたいところだが、昔の話さ。オレはもう奴らとは縁を切った」
「そんなの、信じられるか!? あんたがあいつらと手を組んで、俺たちを騙すつもりなんだ! 口ではなんと言おうが、どうせ汚い大人なんだろ!?」

 ライダーの飄々とした態度に、あさひくんは激高した。
 あらら? もしかして、あさひくんの地雷を踏んじゃったの?

「ご名答、オレは確かに汚い大人だったさ。でも、そんなオレでもあいつらはヤバいと思ってる……だから、こうして協力を申し出ているのさ?」
「ふざけるな! 俺は汚い大人をたくさん見てきた! 俺がいくら助けを求めても、誰も手を伸ばしてくれなかった! あんただって、俺を騙すつもりなんだろ!?」
「じゃあ、ここでオレたちを潰すか? オレは別に構わねえが……その後、どうするつもりだい? 坊チャンたちだけで、ガムテやビッグ・マムどもを潰すのは骨が折れるぞぉ?
 サーヴァントもまだ完治してないしな!」
「そ、それは…………ッ!」

 あさひくんの叫びを前にしても、ライダーは余裕を崩さない。
 あーあ。あさひくん、手玉にとられちゃってるね。情報面や駆け引きではライダーが圧倒的に有利だから、いくらでも煽ることができた。
 一方で、あさひくんは言葉を詰まらせる。本当は協力なんてイヤだけど、自分たちだけで聖杯戦争を生き残れないって理解しているね。
 あさひくんのサーヴァント・アヴェンジャーも、今は静観している。おどけ者に見えて、実はかなりの切れ者なのかな。
 でも、このままじゃ交渉決裂して、酷いことになりそう。何か、言ってあげるべきかな?


177 : みんなの責任! たった一人の大切な人(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/16(月) 08:58:15 gkty3L3s0
「……汚い大人じゃ、ないと思います」

 私の代わりに口を開いてくれたのは、真乃ちゃんのサーヴァントのアーチャーちゃんだった。
 彼女は真乃ちゃんを支えたまま、真摯な目つきであさひくんを見つめていたよ。

「あさひさんが、ライダーさんを信用できないのはわかります。でも、今のライダーさんが汚い大人ってのは、違うと思います」
「……何を言ってるんだよ? こいつは、”割れた子供達(グラスチルドレン)”の仲間だったんだぞ!? そんな奴と同盟を組むなんて、どうかしてるだろ! あんたらだって、絶対に利用されて殺されるだけだ!」
「その時は、わたしが全力でライダーさんと戦います!」

 あさひくんに負けないくらい、アーチャーちゃんは熱く叫んだ。

「わたしは昔のライダーさんのことを何も知りませんし、あさひさんが同盟を組みたくないっていう気持ちも……理解できます。
 でも、この人はアイさんを守りたいって言う気持ちは本当のことだと思ってます! だから、わたしも協力しているんです」
「おぉ? 嬉しいことを言ってくれるねぇ! でも、オレは汚い大人だから、アイを利用しているかもしれないぜ? もしかしたら、誰もいないところでは暴力を振るっている可能性だって……」
「それも、ありえないと思います。だってアイさんは、ライダーさんを本当に頼りにしていますから。
 アイさん、ライダーさんがいるから……キラやば〜! な笑顔を見せてくれてくれますし!」

 ライダーの煽りにも、アーチャーちゃんは負けない。
 やっぱり、この子は本当に純粋だね。自分たちが騙されているという可能性を知っても、最後まで信じ抜こうとするタイプだ。
 例え、騙されて酷い目に遭わされても、絶対後悔せずに自分の考えを貫き通そうとする。
この場では危険だけど、それを実現してきた強さを持っているはずだよ。
 実際、街中では戦いに勝ったみたいだし。

「アーチャーちゃんの言うとおり、私はライダーを心から頼りにしているよ。彼が私を守りたいって気持ちも、嘘じゃないね。だって、強くてカッコいいもの。
 それこそ、私にとってはキラやば〜! なサーヴァントだよ」
「……は、ハハッ……」

 だから、アーチャーちゃんの頑張りに応えるため、私も助言する。
 ライダーは苦笑いするけど、あさひくんは未だに私たちを睨んでいる。でも、落ち着いてくれたかな?

「……俺ちゃんとしては、マスターと同意見だけどよ。あのガキどもはヤバい。
 しかも、背後にはビッグ・マムって怪物も潜んでいるときたもんだ!
 無敵の俺ちゃんでもよ、マスターを守り切れないかもしれねえ。確か、疒(やまいだれ)や”地獄への回数券”(ヘルズ・クーポン)……だったか? 俺ちゃんだけじゃ、それを防ぎ切れるとも思えねぇ」


178 : みんなの責任! たった一人の大切な人(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/16(月) 08:58:34 gkty3L3s0
 アヴェンジャーも、車の中での態度が嘘のように真剣だ。
 見た目こそは派手だけど、本質的にはアーチャーちゃんみたいなタイプなのかな。お調子者と思いきや、実は真っ直ぐ……でも騙されにくい。
 かなり厄介なタイプかも。

「もちろん、マスターがここにいる奴らは鏖(みなごろし)でございます! って言うなら、俺ちゃんは頑張るよ?」

 さらっと物騒なことを口にするけど、絶対にやめて。

「……俺は、ライダーを信用するつもりはない」

 それが、あさひくんの答えだった。
 彼は今もライダーを鋭い目で睨んでいるよ。

「誰が何と言おうと、俺はあんたみたいな汚い大人が大嫌いだ」
「そーかい。じゃあ、オレたちを鏖(みなごろし)にするか?」
「いいや……俺はアーチャーとライダーに命を助けられた。その借りを返すために、今だけは同盟を組んでやる」

 その瞬間、アーチャーちゃんは笑顔になって、アヴェンジャーもニッと笑った気がした。

「でも、忘れるなよ! あんたが俺たちを裏切ろうとするなら、すぐにでもマスターごと潰してやるからな!」
「オッケーオッケー! じゃあ、期待に応えられるように頑張ってやるさ」

 あさひくんは叫ぶけど、ライダーは相変わらず軽々と流す。
 やんちゃな子どもとクールな大人で、正反対の二人だよ。でも、正反対だからこそ、お互いに本気でぶつかり合って気持ちを確かめ合える。
 アクアとルビーも、大きくなったらこんな風にケンカするのかな。ケンカをしても、また仲直りをしてくれるよね。
 そんな二人の姿を見れないことはやっぱり悲しい。だから、二人が待つ家に帰りたいな。


 それから、私たちは一旦別行動を取ることになったよ。
 真乃ちゃんはちょっと動けなさそうだから、あさひくんたちに任せている。
 そう……私たちにとって、真の同盟相手と出会うために。

「それにしても、良かったの? あんなに気前よく話しちゃって」

 車の中で私はライダーに尋ねる。
 何故なら、ライダーの口から真乃ちゃんとあさひくんたちに、アサシンのサーヴァントに会いに行くって話したから。


179 : みんなの責任! たった一人の大切な人(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/16(月) 08:58:51 gkty3L3s0
『これから、オレたちは別行動を取る。オレたちと同盟を組みたいってサーヴァントがいたから、交渉に行くのさ』
『俺ちゃんたちも一緒に行っちゃダメ?』

 その時も、アヴェンジャーは訪ねてきた。
 やっぱり、私たちを警戒しているみたいだね。自分たちのあずかり知らぬ所で罠を仕掛けられることを、防ぐつもりかな。

『いいや、無理だ。あいつは警戒心が強そうで、オレたちでゾロゾロと行ったらその時点で交渉決裂だ。いい結果が得られたら、連絡してやるからよ』
『しょーがねえなぁ……あ、お土産よろしくな』
『……オレは遊びに行くわけじゃねえんだぞ』

 アヴェンジャーのマイペースぶりに、ライダーは呆れていた。
 うん、確かに彼がついてきたら話がこじれちゃうね。厄介な人は、真乃ちゃんたちに任せた方がいいかも。
 真乃ちゃんと連絡先を交換できたから、経過報告ならできそうだし。
 天然なのか、それとも故意で私たちのペースを乱そうとしているのか……どちらにせよ、アヴェンジャーは一筋縄ではいかなそうだね。

「もう、なりふり構っていられる状況じゃないからな。それに、嬢チャンだけならまだしも、あのアヴェンジャーがいたら……下手に誤魔化さない方が良さそうだ」

 車を運転するライダーの顔からは、明らかな焦りの色が滲み出ていた。
 いつものライダーからは想像できない姿で、それだけ危険な相手であることが伝わるよ。
 あさひくんとも同盟は組めたけど、彼も彼で危険だね。いわゆる、無敵の人に近いオーラがある。
 ただ、戦わせる分には問題ないのかな?


 やるべきことはまだまだ多そう。
 危険な敵はいっぱいいるし、いつどこで私たちが襲われるのかわからない。
 でも、私は絶対に諦めないよ。だって私には、愛する子どもたちの所に帰りたいって願いがあるから。


180 : みんなの責任! たった一人の大切な人(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/16(月) 08:59:17 gkty3L3s0

【世田谷区のどこか/一日目・午後】



【星野アイ@【推しの子】】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:当面、生活できる程度の貯金はあり(アイドルとしての収入)
[思考・状況]
基本方針:子どもたちが待っている家に帰る。
1:アサシン(伏黒甚爾)達との同盟を主にしつつ、真乃ちゃんやあさひくん達を利用する。
2:思ってたよりうまく行ったなー。
3:アサシンのマスターと会いたい。
4:あさひくん達は真乃ちゃん達に任せたいかも。
[備考]
※櫻木真乃と連絡先を交換しました。


【ライダー(殺島飛露鬼)@忍者と極道】
[状態]:健康
[装備]:大型の回転式拳銃(二丁)&予備拳銃@忍者と極道
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:アイを帰るべき家に送り届けるため、聖杯戦争に勝ち残る。
0:まずは一刻も早くアサシン(伏黒甚爾)の元に向かい、交渉する。
1:櫻木真乃とアーチャー(星奈ひかる)にアイを守らせつつ利用する。
2:アサシン(伏黒甚爾)のマスターとアイを会わせ、正式に同盟を結ばせたい。
3:ガムテたちとは絶対に同盟を組めない。
4:アヴェンジャー(デッドプール)は利用するけど、できるなら戦いたくない。
[備考]
※アサシン(伏黒甚爾)から、彼がマスターの可能性があると踏んだ芸能関係者達の顔写真を受け取っています。
 現在判明しているのは櫻木真乃のみですが、他にマスターが居るかどうかについては後続の書き手さんにお任せいたします。







 白瀬咲耶さんが死んだ。
 ライダーさんからそう聞かされた時、私は何も考えられなくなりました。
 ライダーさんとあさひくんの間で一悶着が起きても、私だけが何も言えないまま、ひかるちゃんに全てを押し付けています。
 ひかるちゃんだって、本当は悲しいはずなのに。


 燃え盛る街の中で、たくさんの死体を見てから私だけは何もしていません。
 アイさんはひかるちゃんと一緒にあさひくんを説得して、同盟を組んで貰えました。
 ライダーさんもたくさんの情報を教えてくれて、アヴェンジャーさんもあさひくんを守るために戦っています。
 でも、私は何もできなかった。それどころか、今だってひかるちゃんを心配させるだけです。


181 : みんなの責任! たった一人の大切な人(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/16(月) 08:59:31 gkty3L3s0
 私は何をやっているのでしょう。
 本当なら、ひかるちゃんのことを支えてあげなきゃいけないのに。
 ひかるちゃんはプリキュアに変身して、あさひくんたちを守ってくれました。でも、”割れた子供達(グラスチルドレン)”の子の命を……ひかるちゃんは奪いました。
 もちろん、ひかるちゃんは絶対に殺人なんて望んでいません。あそこで戦わなければ、私たちを守れないと知ったからこそ、罪を背負ったのでしょう。
 気丈に振る舞っていますが、本当はプレッシャーに苦しんでいるはず。なのに、何もしてあげられないことが悲しいです。


 咲耶さんは、どんな気持ちでこの世を去ったのでしょう。
 アンティーカのアイドルとして、たくさんの笑顔と幸せを届け続けました。
 きっと、この聖杯戦争でも巻き込まれた人たちを守ろうと頑張ったはずです。
 でも、私は今まで何をしていたのでしょうか? ただ、ひかるちゃんに守られながらアイドルの仕事をしていただけで、私自身が誰かを助けることができたのでしょうか?


 咲耶さんを殺したガムテという子のことは許せません。
 だけど、復讐に走る勇気もない。何故なら、プロデューサーさんの理想を裏切ることがイヤだからです。
 ひかるちゃんに戦わせておきながら、虫のいいことを考えているのはわかっています。それに、アンティーカのみんなが咲耶さんのことを知ったら、絶対に戦うでしょう。
 それでも、復讐が怖い……こんな私自身がとても情けないです。


 私はアイドルとして頑張ってきました。
 だけど、それは私だけの力だけではありません。プロデューサーさんや、灯織ちゃんとめぐるちゃんが一緒にいてくれたから、私は飛ぶことができました。
 私ひとりだけでは、絶対に変わることができませんでした。いいえ、今だって……私に力を貸してくれる人がたくさんいるのに、私は無力です。


 ただ、咲耶さんのためにしてあげられることが、283プロのみんなに真相を教える以外に思いつきません。
 プロデューサーさんやアンティーカだけではなく、みんなが悲しみに包まれるでしょう。私だって、咲耶さんの死に心の底から悲しんでいますから。
 灯織ちゃんだったら、悲しみを乗り越えて立ち上がってくれるでしょうか。
 めぐるちゃんだったら、悲しくてもみんなを優しく励ましてくれるでしょうか。
 そして……プロデューサーさんだったら、悲しみに負けないで283プロのみんなを引っ張ってくれるでしょうか。


 答えを出せるまで、時間がかかりそうで。
 アイドルとしてたくさんの人を喜ばせた私……櫻木真乃は、今はとてもちっぽけな存在になっていました。


182 : みんなの責任! たった一人の大切な人(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/16(月) 09:00:35 gkty3L3s0




 俺ちゃんはデッドプールだ。
 この話のトリを飾るアヴェンジャーのサーヴァントで、地平聖杯人気No.1のヒーローだぜ!
 まぁ、今はおふざけをしている場合じゃないな。


 セイバーのサーヴァントとの戦いに負けた俺ちゃんは、今度は”割れた子供達(グラスチルドレン)”ってガキンチョどもに襲われた。
 あいつらは手慣れた様子で武器を構え、その辺のギャングが比較にならない殺意をまとっていた。静かだが、かなりどう猛で……今の俺ちゃんじゃ、あさひを守り切れないかもしれねえ。
 片腕の再生はいつも以上に遅れて、100%の力も出せねえ。もちろん、俺ちゃんがガキンチョどもを仕留めるだけなら簡単だが、あさひが殺される可能性の方が高かった。
 でも、俺ちゃんたちが絶体絶命の危機に陥った矢先……プリンセスのサーヴァントちゃんが駆けつけた。
 おっと、プリンセスじゃなくてアーチャーだったかな?


 ……ただ、あの”割れた子供達(グラスチルドレン)”は、被害者でもあるのさ。
 ライダーの兄ちゃん曰く、どうしようもない大人たちに未来を奪われた哀れな子どもらしい。
 言ってしまえば、あさひみたいなガキンチョたちなのさ。あさひはクソみたいな父親に未来を奪われて、生きる術を失った。一歩間違えたら、あさひも”割れた子供達(グラスチルドレン)”になったはずだ。
 不憫なガキンチョどもを殺すことに、思うことはあるけどよ……もう、俺ちゃんにも救うことができない。下手に情けをかけたら、今度はあさひが殺されちまう。
 だから、俺ちゃんはあいつらを殺すしかなかったのさ。せめて、生まれ変わったらまともな親御さんに会えることを祈りながらな。
 きっと、あのアーチャーちゃんも同じなはずだぜ。マスターを守る責任があるからこそ、引導を渡してやったのさ。


 もちろん、あのライダーの兄ちゃんは完全に信用していいヤツじゃない。
 アーチャーちゃんは覚悟を決めているみたいだが、兄ちゃんから漂うワルのオーラもなかなかだ。
 一応、ガムテたちについて教えてもらった恩義はあるけどよ……俺ちゃんの本能が、あいつを警戒しろと叫んでいる。



 あとは、白瀬咲耶かな。
 彼女が死んだと知って、真乃はショックを受けちまった。アーチャーちゃんだって、悲しそうな顔になっている。
 あさひが言うように、咲耶を殺したガムテたちの仲間だった兄ちゃんと手を組むなんて、俺ちゃんだって御免だった。
 でも、今だけはアーチャーちゃんに免じて、力を貸してやる。悔しいが、俺ちゃんだけの力じゃあさひを勝たせるなんてできない。
 くだらないプライドはいくらでも捨ててやる。ライダーの兄ちゃんが俺ちゃんたちを利用するなら、俺ちゃんたちも利用してやるだけさ。
 それに、セイバーに負わされた傷だって、完治するには時間がかかるしな。しばらく、戦いはアーチャーちゃんに任せた方がいいか?
 片腕はようやく再生したが、他の傷はまだ癒えていない。たく、あのサムライ……どんなふざけたステータスなんだよ。



 今は真乃が落ち着くまで、公園で休むことになっている。
 ただ、俺ちゃんは考えたのさ。真乃のお友達が巻き込まれたってことは、あさひにとって親しい人間も東京のどこかにいるかもしれないって。
 そう……あさひが助けたいと願っている神戸しおがな。


183 : みんなの責任! たった一人の大切な人(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/16(月) 09:02:49 gkty3L3s0
 もちろん、しおがいると決まった訳じゃない。
 でも、本当にしおと出会うことになったら、あさひは悩むはずだ。
 自分の願いのため、しおと戦うのか。それとも、しおを守るために自ら命を絶つのか。
 この聖杯戦争に乗るのであれば、いつかはどちらかが命を落とすことになる。そうなりゃ、待っているのは地獄だろうな。
 だから、優勝する以外の選択肢も探す必要も出てくるかもしれねえが……あさひはどう思うだろうな。


 だが、俺ちゃんは絶対にあさひを守る。
 アーチャーちゃんが真乃を、ライダーがアイを守りたいと願っているように……俺ちゃんだって、あさひを守ることを譲るつもりはねえ。
 それにしおが本当にいるなら、二人揃ってお家に送ってやりてえ。今日の俺ちゃんはガキのために戦う男だから、兄妹の居場所を守る責任がある。
 俺ちゃんも褒められた男じゃないが、この気持ちだけは本当だぜ?

【世田谷区・どこかの公園/一日目・午後】


【櫻木真乃@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:健康、咲耶の死を知った悲しみとショック(大)
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:当面、生活できる程度の貯金はあり(アイドルとしての収入)
[思考・状況]
基本方針:ひかるちゃんと一緒に、アイドルとして頑張りたい。
0:咲耶さん……!
1:アイさんやあさひくん達と協力する。
[備考]
※星野アイと連絡先を交換しました。


【アーチャー(星奈ひかる)@スター☆トゥインクルプリキュア】
[状態]:健康
[装備]:スターカラーペン(おうし座、おひつじ座、うお座)&スターカラーペンダント@スター☆トゥインクルプリキュア
[道具]:なし
[所持金]:約3千円(真乃からのおこづかい)
[思考・状況]
基本方針:真乃さんを守りながら、この聖杯戦争を止める方法を見つけたい。
1:今は真乃さんを守るために休む。
2:アイさんやあさひさんのことも守りたい。
3:ライダーさんと戦うときが来たら、全力を出す。


【アヴェンジャー(デッドプール)@DEADPOOL(実写版)】
[状態]:『赫刀』による負傷(胴体および右脇腹裂傷(中)、いずれも鈍速で再生中)、疲労(中)
[装備]:二本の刀、拳銃、ナイフ
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:俺ちゃん、ガキの味方になるぜ。
0:今は公園で休む。
1:骨が折れるな、聖杯戦争ってのはよ。
2:落ち着いたら、しおがいる可能性をあさひに話す。
[備考]
※『赫刀』で受けた傷は治癒までに長時間を有します。また、再生して以降も斬傷が内部ダメージとして残る可能性があります。


【大田区・多摩川近辺/1日目・午前】

【神戸あさひ@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:疲労(中)、全身に打撲(中)
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:金属製バット、リュックサック
[所持金]:数千円程度(日雇いによる臨時収入)
[思考・状況]
基本方針:絶対に勝ち残って、しおを取り戻す。
0:今は公園で休む。
1:折れないこと、曲がらないこと。それだけは絶対に貫きたい。
2:ライダーのことは信用しないけど、今だけは同盟を組む。



【全体の備考】
アイ組、真乃組、あさひ組で以下の情報を共有しました。

割れ”割れた子供達(グラスチルドレンた子供達(グラスチルドレン)””割れた子供達(グラスチルドレン)”



※ガムテ率いる”割れた子供達(グラスチルドレン)”が中央区某高級住宅塔を拠点にし、23区の各地で暗躍している。
※ガムテの戦闘スタイルと極道技巧、そして“地獄への回数券”(ヘルズ・クーポン)について。
※ガムテはライダーのサーヴァント……ビッグ・マム(真名がシャーロット・リンリンであることは知りません)を召喚し、白瀬咲耶を初めとした多数のマスターを殺害した。
※ビッグ・マムと並ぶ強さを持つサーヴァントもどこかに潜んでいる可能性がある(現状では確定ではない)。



※”割れた子供達(グラスチルドレン)”によって等々力渓谷公園周辺の監視カメラが破壊されました。


184 : みんなの責任! たった一人の大切な人(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/16(月) 09:03:06 gkty3L3s0
【世田谷区・どこかの公園/一日目・午後】


【櫻木真乃@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:健康、咲耶の死を知った悲しみとショック(大)
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:当面、生活できる程度の貯金はあり(アイドルとしての収入)
[思考・状況]
基本方針:ひかるちゃんと一緒に、アイドルとして頑張りたい。
0:咲耶さん……!
1:アイさんやあさひくん達と協力する。
[備考]
※星野アイと連絡先を交換しました。


【アーチャー(星奈ひかる)@スター☆トゥインクルプリキュア】
[状態]:健康
[装備]:スターカラーペン(おうし座、おひつじ座、うお座)&スターカラーペンダント@スター☆トゥインクルプリキュア
[道具]:なし
[所持金]:約3千円(真乃からのおこづかい)
[思考・状況]
基本方針:真乃さんを守りながら、この聖杯戦争を止める方法を見つけたい。
1:今は真乃さんを守るために休む。
2:アイさんやあさひさんのことも守りたい。
3:ライダーさんと戦うときが来たら、全力を出す。


【アヴェンジャー(デッドプール)@DEADPOOL(実写版)】
[状態]:『赫刀』による負傷(胴体および右脇腹裂傷(中)、いずれも鈍速で再生中)、疲労(中)
[装備]:二本の刀、拳銃、ナイフ
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:俺ちゃん、ガキの味方になるぜ。
0:今は公園で休む。
1:骨が折れるな、聖杯戦争ってのはよ。
2:落ち着いたら、しおがいる可能性をあさひに話す。
[備考]
※『赫刀』で受けた傷は治癒までに長時間を有します。また、再生して以降も斬傷が内部ダメージとして残る可能性があります。


【大田区・多摩川近辺/1日目・午前】

【神戸あさひ@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:疲労(中)、全身に打撲(中)
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:金属製バット、リュックサック
[所持金]:数千円程度(日雇いによる臨時収入)
[思考・状況]
基本方針:絶対に勝ち残って、しおを取り戻す。
0:今は公園で休む。
1:折れないこと、曲がらないこと。それだけは絶対に貫きたい。
2:ライダーのことは信用しないけど、今だけは同盟を組む。



【全体の備考】
アイ組、真乃組、あさひ組で以下の情報を共有しました。

割れ”割れた子供達(グラスチルドレンた子供達(グラスチルドレン)””割れた子供達(グラスチルドレン)”



※ガムテ率いる”割れた子供達(グラスチルドレン)”が中央区某高級住宅塔を拠点にし、23区の各地で暗躍している。
※ガムテの戦闘スタイルと極道技巧、そして“地獄への回数券”(ヘルズ・クーポン)について。
※ガムテはライダーのサーヴァント……ビッグ・マム(真名がシャーロット・リンリンであることは知りません)を召喚し、白瀬咲耶を初めとした多数のマスターを殺害した。
※ビッグ・マムと並ぶ強さを持つサーヴァントもどこかに潜んでいる可能性がある(現状では確定ではない)。



※”割れた子供達(グラスチルドレン)”によって等々力渓谷公園周辺の監視カメラが破壊されました。


185 : みんなの責任! たった一人の大切な人(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/16(月) 09:03:20 gkty3L3s0
 もちろん、しおがいると決まった訳じゃない。
 でも、本当にしおと出会うことになったら、あさひは悩むはずだ。
 自分の願いのため、しおと戦うのか。それとも、しおを守るために自ら命を絶つのか。
 この聖杯戦争に乗るのであれば、いつかはどちらかが命を落とすことになる。そうなりゃ、待っているのは地獄だろうな。
 だから、優勝する以外の選択肢も探す必要も出てくるかもしれねえが……あさひはどう思うだろうな。


 だが、俺ちゃんは絶対にあさひを守る。
 アーチャーちゃんが真乃を、ライダーがアイを守りたいと願っているように……俺ちゃんだって、あさひを守ることを譲るつもりはねえ。
 それにしおが本当にいるなら、二人揃ってお家に送ってやりてえ。今日の俺ちゃんはガキのために戦う男だから、兄妹の居場所を守る責任がある。
 俺ちゃんも褒められた男じゃないが、この気持ちだけは本当だぜ?

【世田谷区・どこかの公園/一日目・午後】


【櫻木真乃@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:健康、咲耶の死を知った悲しみとショック(大)
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:当面、生活できる程度の貯金はあり(アイドルとしての収入)
[思考・状況]
基本方針:ひかるちゃんと一緒に、アイドルとして頑張りたい。
0:咲耶さん……!
1:アイさんやあさひくん達と協力する。
[備考]
※星野アイと連絡先を交換しました。


【アーチャー(星奈ひかる)@スター☆トゥインクルプリキュア】
[状態]:健康
[装備]:スターカラーペン(おうし座、おひつじ座、うお座)&スターカラーペンダント@スター☆トゥインクルプリキュア
[道具]:なし
[所持金]:約3千円(真乃からのおこづかい)
[思考・状況]
基本方針:真乃さんを守りながら、この聖杯戦争を止める方法を見つけたい。
1:今は真乃さんを守るために休む。
2:アイさんやあさひさんのことも守りたい。
3:ライダーさんと戦うときが来たら、全力を出す。


【アヴェンジャー(デッドプール)@DEADPOOL(実写版)】
[状態]:『赫刀』による負傷(胴体および右脇腹裂傷(中)、いずれも鈍速で再生中)、疲労(中)
[装備]:二本の刀、拳銃、ナイフ
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:俺ちゃん、ガキの味方になるぜ。
0:今は公園で休む。
1:骨が折れるな、聖杯戦争ってのはよ。
2:落ち着いたら、しおがいる可能性をあさひに話す。
[備考]
※『赫刀』で受けた傷は治癒までに長時間を有します。また、再生して以降も斬傷が内部ダメージとして残る可能性があります。


【大田区・多摩川近辺/1日目・午前】

【神戸あさひ@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:疲労(中)、全身に打撲(中)
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:金属製バット、リュックサック
[所持金]:数千円程度(日雇いによる臨時収入)
[思考・状況]
基本方針:絶対に勝ち残って、しおを取り戻す。
0:今は公園で休む。
1:折れないこと、曲がらないこと。それだけは絶対に貫きたい。
2:ライダーのことは信用しないけど、今だけは同盟を組む。



【全体の備考】
アイ組、真乃組、あさひ組で以下の情報を共有しました。

割れ”割れた子供達(グラスチルドレンた子供達(グラスチルドレン)””割れた子供達(グラスチルドレン)”



※ガムテ率いる”割れた子供達(グラスチルドレン)”が中央区某高級住宅塔を拠点にし、23区の各地で暗躍している。
※ガムテの戦闘スタイルと極道技巧、そして“地獄への回数券”(ヘルズ・クーポン)について。
※ガムテはライダーのサーヴァント……ビッグ・マム(真名がシャーロット・リンリンであることは知りません)を召喚し、白瀬咲耶を初めとした多数のマスターを殺害した。
※ビッグ・マムと並ぶ強さを持つサーヴァントもどこかに潜んでいる可能性がある(現状では確定ではない)。



※”割れた子供達(グラスチルドレン)”によって等々力渓谷公園周辺の監視カメラが破壊されました。


186 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/16(月) 09:03:45 gkty3L3s0
以上で修正版の投下終了です。
もしも、描写が不十分であれば再度修正をさせて頂きますので、ご意見等をお願いします。


187 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/16(月) 13:26:33 gkty3L3s0
>>174にて一部誤植を発見いたしましたので、修正をさせて頂きます

 大田区では騒ぎが起こったから、私も長居したくなかったよ。
 ↓
 街では騒ぎが起こったから、私も長居したくなかったよ。

また、>>172から>>173の間にて、以下の描写が抜け落ちていました。

 オレは苦い表情を浮かべている。
 この聖杯戦争に、最悪の敵が潜んでいるという事実に辿り着いたからだ。

「……よりにもよって、あのガムテがマスターになっているのかよ」

 オレの脳裏に浮かび上がるのは、底無しの悪意を持つ極道の笑顔。
 破壊の八極道の一人にして、オレが敬愛するボス・輝村極道の実子である男……その名を輝村照。またの名をガムテ。
 このオレやボスが認めるほど、果てしない悪意と狂気を持つ極道であり、”割れた子供達(グラスチルドレン)”を束ねるほどのカリスマも誇る。


 嬢チャンの戦いを見極めようとオレも後を追いかけたら、”割れた子供達(グラスチルドレン)”を見つけた。
 果たして、こんな形で最悪の敵に気付くなんて、運が良いのか悪いのか……

「……お、俺が話せることはこれで全部だ。あとは、何も知らない。な、なあもういいだろ? 帰らせてくれよぉ〜」

 尋問された”割れた子供達(グラスチルドレン)”は、すっかり戦意喪失している。
 どうやら、ガムテと同じ破壊の八極道と崇められたオレのカリスマにビビったようだ。案の定、命惜しさにペラペラと情報を漏らしている。
 集団でマスターとサーヴァントを襲ったのは、戦いの消耗で仕留められると考えたからだ。元々は、通行人に変装して二人の住居を探る程度に留める予定だったが、途中で尾行に気付かれてしまう。
 そこでプランを変更し、いくつかのチームに別れて二人を人気のない場所に誘い込んだ。だが、サーヴァントが騒ぎを起こしたせいで頓挫すると思われたが……マスターの方から”割れた子供達(グラスチルドレン)”が待ち伏せている場所に逃げてきたのだ。
 そして、マスターの坊チャンを仕留めようとした矢先、邪魔をされてしまった。
 良くやった、と心の中で一応は褒めてやるが……運を使い果たしちまったみたいだな。

「……ああ、帰りたきゃ帰りな。オレは手を出さないって約束したからな」
「ひ、ひいっ!」

 このガキは既に用済みだ。
 ”割れた子供達(グラスチルドレン)”のガキはオレの横を通り過ぎるように、走り去る。
 次の瞬間、銃声と共にガキの頭が弾け飛んだ。

「こいつは、俺ちゃんからのお仕置きだぜ? 俺ちゃんは手を出さないなんて、約束してないからな」

 フッ、と銃口に息を吹きかけるのは、”割れた子供達(グラスチルドレン)”に襲われていたサーヴァントだ。
 お調子者に見えて油断ならない。できることなら、敵に回したくないねぇ。
 あと、よく見ると左肩から先が再生しているような……


188 : ◆A3H952TnBk :2021/08/16(月) 20:24:46 wIohc/yM0
すげええええ!!皆様投下乙です!!
修正の方もお疲れさまです!!!

自分も投下します。


189 : Sky Blue Sky ◆A3H952TnBk :2021/08/16(月) 20:25:31 wIohc/yM0
◆◇◆◇


ひとつ。誰も殺してはならない。
“心”は誰も殺したくないから。
ふたつ。誰も死なせてはならない。
“心”は誰も死なせたくないから。

それは、私“シュヴィ・ドーラ”の愛したひとが掲げた盟約。
誇りある愚者―――人間として誓った信念。
創られることも、望まれることもなく。
それでも大戦を越えるべく立ち上がった、心の矜持。

私の記憶に焼き付いた世界は、灰燼に満ちていた。
対峙する十六の種族。
絶え間なき戦火。轟音と閃光。
繰り返される破壊。空を覆い尽くす黒影。
戦って、散り。戦って、死に。戦って、消えてゆく。
都市は滅ぼされ、大地は焼き尽くされ、弱者は踏み躙られる。
唯一神の座を巡る戦禍は、星をも蝕む災厄だった。

“彼ら”は、生きることさえも必死だった。
あの世界において、人間はひどく脆弱だった。
肉体は他種族に遠く及ばず、魔術の探知も行使も適わない。
神々に創られず、神々に望まれることなく、か細き命と共に大地へと立った唯一の存在。
それでも彼らには、知恵があった。
苦境や絶望と対峙し、それを克服できる活力があった。
そして。他者を愛し、他者を慈しむ、“心”があった。

私の愛したひと。
リクは、誰よりも人間だった。
私が焦がれたひと。
リクは、あの世界を変えた。
知っている。座の知識というものが、記憶に刻まれている。
私がいなくなって。同胞達が神殺しを成し遂げ。リクは全てを終わらせた。
その後に広がった景色は、どんなものだったのだろう。
結局、それは知る由もない。しかし。


――――ああ、この世界は。
――――こんなにも、空が青いとは。


界聖杯。東京23区。
この世界で、私の“心”は確かに震えていた。
予選期間。マスターに召喚され、最初の朝を迎えたあの日。
私の視覚に映り込んだ世界に、目を奪われた。

澄み切った空。純粋なまでの蒼。
何処までも無垢に、晴れ渡っている。
陽の光を遮るものは、何一つ無く。
天の輝きは、遍く世界を照らしていた。
人々は眩い光の下で、平穏な日々を営んでいる。

戦火なき世界。
人類が繁栄を遂げ、盤石の平和を築いた社会。
あの大戦を経たあと。
私達の世界にも、このような祝福が降り注いだのだろうか。
願わくば、そうあってほしい。
そして。“あのひと”と共に、こんな景色を見つめていたかった。

この空の下。愛を誓うとき。
この世界では、こう唱えるらしい。

――病めるときも。健やかなるときも。
――喜びのときも。悲しみのときも。
――富めるときも。貧しいときも。
――死がふたりを分かつときまで。
――愛を、誓います。

それは、“神”に対する祈り。
この世界における“神”とは。
人を見守り、人を祝福するもの。
人の想いを受け止める、大いなる器。

こうあってほしいと、私は祈った。
この街の“神”は、人を愛しているのだから。人々の営みを、幸福を、見守っているのだから。
こんな世界に生まれていれば。リクと私は、いつまでも添い遂げることが出来たのだろうか。
否、あの戦禍の中でも―――私達は、きっと最期まで一緒だったのだろう。
それでも尚。私は、渇望してしまう。
あの人の温もりを。あの人の愛を。
世界を動かした、あの人の心を。

マスターは、“神”を憎み続ける。
私といっしょで。
誰かを求めて、誰かのために聖杯を求める。
だけど。その為ならば、他者を殺すことも選ぶ。
胸に訪れる感情は、哀しみであり。
そして、心の痛みだった。

誰も殺したくはない。
誰も死なせたくもない。
それでも、マスターを止めることなど出来ない。
大切なひとに逢いたいという想いは、理さえも超える程の祈りだから。


◆◇◆◇


190 : Sky Blue Sky ◆A3H952TnBk :2021/08/16(月) 20:26:18 wIohc/yM0
◆◇◆◇


窓の外。果てなく続く街並み。コンクリートの建造物が、幾度となく視線を行き交う。
その背で、何処までも広がる空。
空の蒼さに感傷を覚えるほど、無垢にはなれなかった。
喪失を体験した“あの日”を経てから、世界は何処か色褪せて見えた。
大切ななにかを奪われた瞬間、人間は呪いを背負うのだろう。
こんな宿命を与えた“神”への憎悪を抱えながら、生き続ける。
死を迎えるその日まで―――否、死を迎えてもなお避けられることのない、輪廻のような業。
呪いを解く方法は、“神”を超える奇跡に他ならない。

山手線、上り方面。
新宿から乗車し、新大久保を越えた直後だった。
人々が疎らに存在する昼下がりの車両の中で、リップは座席に腰掛けていた。
世間とやらは“夏休み”らしく、若い男女が寄り添っていたり。何処かへ遊びに行くらしき親子が仲良く戯れていたり。あるいは、一人でスマートフォンを見つめている者がいたり。
誰も彼も、現実に気付くことはない。吊るされた暢気な広告に囲まれながら、安穏と日々を過ごす。
まるで“神の戯れ”も知らずに翻弄されていた、あの頃のように。
空の美しさに思うところはなくとも、過去の想いだけは断ち切れない。リップは己を自嘲するように、ひとり“聖杯戦争”について思考する。
滞在していたホテルを去り、次の拠点を目指している最中だった。
新宿は恐らく“奴ら”の息が掛かっている。ある程度距離の離れた場所であるべきだ。
身を隠すならば、都市部の方が都合が良い。果てしない数の群衆に紛れ込むことが出来る上に、火力の都合からサーヴァントによる襲撃を避けられる可能性も高い。
それでも“奴ら”はガキと言えど、油断ならない。何せあのようなヤクを所持しているのだから。

ヘルズ・クーポン。
摂取者に脅威的な身体能力を齎す悪魔的麻薬。恐らくは超人との対峙すら可能とする、一種の決戦兵器(リーサル・ウェポン)。
複数の麻薬、増強剤、漢方薬を奇跡的な配分率で調合することにより精製できる。
アーチャーによる分析を用いて成分は把握できた。素材となるヤクさえ手に入れば、生み出すことはそう難しくはない。
そう、手に入れればだ。

――――これが此処でも“容易く”作れるんだったら、連中はもっと徒党を組んで俺を殺しに来ただろうよ。


191 : Sky Blue Sky ◆A3H952TnBk :2021/08/16(月) 20:27:29 wIohc/yM0
奇跡的な配分率が必要となる以上、製造には一欠片の抜けも許されない。
しかし空間もコミュニティーも限られたこの界聖杯においは、“一部の麻薬の調達”という点において致命的な欠陥が生じることが分かった。
近い成分を持つ薬物で代替はできるかもしれないが、効果は大きく落ちるか。あるいは、より粗悪になるか。そのいずれかは避けられない。
仮に“完璧なヤク”が作れたとしても、精々数回分。それが“不治”によって本当に都合よく永続の強化を齎すかも不明だ。
適当な拠点を確保してヤクを複製し、浮浪者か何かを被検体として利用するとしても、過信は禁物だろう。
それに、実験の結果に関わらず。
アーチャーの目は、できるだけ遠ざけたい。
あまり彼女に、見せたくはない。

――――そして、これを持ち込んだ“連中”のことも気になる。

自身を襲った“ガムテープの奴ら”は身の程知らずのガキ共だった。しかし、ただの堅気でもない。
明らかに殺しの術を知っていた。即ち、腐っても玄人(プロ)だ。
ただの半グレや不良の類とは明らかに違う。そもそも、あんなヤクを所持している時点でそこいらの悪ガキ共とは一線を画す。
そんな連中が社会の陰で、表舞台に悟られることなく潜み続ける―――この点においても素人の立ち回りではない。その上で、マスター単体へと“鉄砲玉”を飛ばすほどの人材も備えている。
裏社会でも与太話のような噂を聞いたことがある。非合法の殺人を請け負い、それを生業にしている暗殺者の集団がいると。

それがあの少年達であるという確証はない。しかし事実ならば、連中は愚連隊どころか、反社会的組織の端くれであったとしても不思議ではない。
日本の裏社会で生き残り、優位に立ち回る者達。それは即ちビジネスで成功するか、権力者に取り入るか、あるいはヤクザや半グレの一員になった者達だ。
あの少年達が本当に例の殺し屋集団だとすれば、恐らくはヤクザなどが一枚噛んでいる連中だろう。
そんな集団が身体増強作用を持つ麻薬を保有し、末端にまで行き渡らせている。脅威と言わざるを得ない。

しかし、仮にそうだとするのならば。
マスターを割り当てた瞬間に、そのヤクで強化した尖兵を次々に送り込めばいいだけのこと。

たった二人だけで襲撃する必要などない。十人もいれば、それらが全員ヤクを摂取していたとすれば。幾ら自分とて、無傷では済まされないだろう。
だが、連中は二人だけで襲撃を仕掛けてきた。それもヤクを使い惜しみした状態で。
恐らく、奴らのヤクは“潤沢ではない”。数に制約があり、下手に乱用できない可能性が高い。
そして奴らに一定の組織力や経済力があるとすれば、“それだけの規模やバックを備えた集団であってもヤクの自家生産は難しい”ということになる。

その過程が正しければ、物資が削られる持久戦になればなるほど連中は不利になるだろう。
仮にヤクを生産できる手段があったとしても、奴らが派手に活動すればするほど―――他の主従からは存在を認知されるようになる。
例えヤクを用いたところで、人知を超えたサーヴァントに敵う筈もない。アーチャーの戦闘力を考慮すれば明白だ。
そしてヤクの供給量に関係なく。奴らが自身を襲ったときと同様に、他の主従にも手を出しているのならば。
奴らを撃退し、その存在を把握し、対策を組み始めた主従が現れている可能性は高い。


192 : Sky Blue Sky ◆A3H952TnBk :2021/08/16(月) 20:28:33 wIohc/yM0
連中が何処までこちらの情報を把握しているのかは分からない。仮に奴らがこちらの素性さえも掴んでいるとすれば、今すぐ攻勢に出るべきことも選択肢に入るだろう。
しかし予想される敵の規模や行動範囲、それによる他主従のリアクションを考えれば、下手に深追いすれば乱戦に巻き込まれる可能性も高い。
実際にガムテープの集団が他の主従も積極的に攻撃しているとすれば、それだけ敵意を集めることになる。
そうして他主従がガムテープの集団を中心に動き始めれば、盤面は混沌へと落ちるだろう。

“否定者”同士の戦いなれば勝手も分かる。しかし、サーヴァントとは理を否定する者ではない―――理を超越する者達だ。
アーチャーの戦闘力を見れば、それは明白な事実だった。そんな連中が多数存在するこの状況。
いつ戦況が混乱するかも分からない中で、台風の渦中に突っ込むのは得策ではない。

そしてアーチャーの運用においても慎重にならざるを得ない。
アーチャーは強力なサーヴァント。しかし彼女が長けているのは敵の殺害ではない。敵の殲滅だ。
“戦闘では専門の同族に劣る”という解析機でありながら、彼女が備える破壊能力は最早対人向けのレベルではない。
明らかに対軍、対城の領域。火力という点においては“過剰”そのもの。
この市街地でそれを無闇に放てば、確実に甚大な被害をもたらす。それだけの破壊を行えば、間違いなく敵主従から探りを入れられるだろう。
最低でも人目に付かない舞台。そして火力と機動力を可能な限り活かせる広大な空間。
それらが無ければ、アーチャーは十全な実力を発揮できない。この東京都内において、そのような戦場は大いに限られる。

否、どちらにせよ。
お膳立てを用意したとしても。
彼女に全力を出させるのは、難しいのかもしれない。
――――盟約に誓って(アッシェンテ)。
夢で見た、彼女の記憶。
シュヴィの回路に焼き付く、心の矜持。
結局彼女は、誰よりも無垢だ。
願いの為に悪の道を進む自分よりは、余程“人間”だ。

機械の生命でありながら、自分よりも余程無垢な少女。
アーチャーの生前を追憶しながら、自身の手元の荷物へと視線を落とす。
この世界においても、自分は“元医者”となっていた。
界聖杯に招かれた時点では既に職を捨てているようだった。医者だった頃の出来事は実感のない“記憶”として覚えている。

“医療ミス”で自ら医師としての職を捨て、自暴自棄の末に社会の闇へと身を落とし、今では非合法薬物を売買して生計を立てている。
傷とすら見做せない程の、ちっぽけな快楽。それをコソコソと仕入れて、ヤク中どもを相手に売り捌く。


193 : Sky Blue Sky ◆A3H952TnBk :2021/08/16(月) 20:29:13 wIohc/yM0
医者だった頃の蓄えはそれなりにある。当時は新宿の“皮下医院”にも何度か顔を出していたらしい。胡散臭い院長のことは遠目に見る程度で、殆ど交流は無かったが。
その頃に比べれば、今の稼ぎはほんのささやかなものだ。
社会の片隅で、ドブネズミのように生き抜いている。

地平の果てに辿り着いても、自分は何かを“失敗”しているらしい。
自身の居場所は、何処まで行っても地の底“アンダー”だ。皮肉なものだと、リップは自嘲混じりに思った。
“神”はよほど、俺という人間を呪いたいようだ。俺達は、“神”によって幸福を“否定”されている。

だが、そんな宿命も―――聖杯によって断ち切る。
隣に相棒“ラトラ”はいない。それでも、見据えるものは同じだ。
ならばこそ。彼女の願いも、共に背負おう。


『マスター』


そして。
電車に揺られるリップの脳内に、声が響く。
アーチャーからの念話だった。


『近くに、サーヴァントがいる。恐らくは霊体化している』


その報告を、何も言わずに受け止めた。
願いを背負い、奇跡を成し遂げる。
その為には、他の主従を蹴落とす必要がある。
その為ならば、己は幾らでも悪になる。リップはそう誓ったのだ。


◆◇◆◇


高速で疾走する、山手線の列車。
その車両の天井――屋根の上。
そこに佇む、一つの影。
全身を覆うローブを身に纏い、赤紫色の髪を靡かせる幼子。
無垢な瞳。幼き顔立ち。まだ十にも満たぬような背丈。
しかし、そのフードから覗く“機械の耳”は、彼女がただの少女とは決定的に異なる存在であることを物語る。

アーチャーのサーヴァント、シュヴィ・ドーラ。人々が生きる日常のすぐ傍で、彼女は佇む。
街を行き交う大衆が自分に気づいていないことは、超高度の演算能力による迅速な索敵で既に察知している。

彼女の心を震わせた、青い空さえも。
今この瞬間は、過ぎゆく景色に過ぎなかった。
戦場であるこの舞台を見下ろす、開け放たれた証明だった。
霊体化を解いてから、十数秒。否、数秒足らず。
彼女は、直ぐ側に存在する“サーヴァントの気配”を待ち受ける。

ほんの数秒。
それだけの沈黙。
それだけの静寂。
アーチャーは、佇み。
――――そして、もうひとり。
金色の髪を持ち、深淵にも似た黒衣を纏う少女が、同じく屋根の上に姿を現した。


194 : Sky Blue Sky ◆A3H952TnBk :2021/08/16(月) 20:30:04 wIohc/yM0
霊体化を解いて現れた金髪の少女を、アーチャーは何も言わずに捉える。
アーチャーの誘いに乗せられたように現れた少女―――フォーリナーもまた、身構える。
彼女達は、気付いている。
目の前に佇む少女は、自分と“同じ”であると。
古今東西の英霊。マスターと呼ばれる存在に召喚された、サーヴァントであることを。

風が、吹き荒れる。
景色が、過ぎ去る。
線路上を疾走する電車。
街の風景を振り切るように、走り抜ける。
少女達の頬を撫で、髪を靡かせる。
二人は、ただ向き合う。
目の前の“敵”を前に、睨み合うように佇む。

赤紫髪の少女―――アーチャーは、表情を動かさない。
沈黙と無表情を保ったまま、魔力を研ぎ澄ませる。
金髪の少女―――フォーリナーは、その眼差しに憂いを帯びていた。
この場での相対が不本意であったかのように、視線を落とす。
沈黙。拮抗。コンマ数秒。その間、場が動くことはなく。
二騎の英霊は、ただ互いを認識しながら相対を続ける。

アーチャーにとっては、最初の“対峙”だった。
その火力故に不用意な戦いは出来ず、またアーチャー自身が殺しを嫌うが故に、リップはサーヴァントとの交戦を可能な限り避けていた。
リップ自身がマスターの殺害を敢行したことはあれど、アーチャーはこの界聖杯の東京においてほぼ交戦を経験していない。
ゆえに、彼女にとってはこれが最初の“サーヴァントとの接触”だった。

一秒。十秒。沈黙、緊張。
一分にも満たない時間。
それさえも、永遠の如く流れ続ける。
揺れ動く風景の中。可憐な英霊達は、動かない。
何方が、先に仕掛けるか。
何方が、先に動き出すか。
風切り音だけが響く中、静寂の対峙が続く。

アーチャーは、眼前の少女“フォーリナー”を見据える。
その姿は、人間の幼子と殆ど変わりはなく。
されど。サーヴァントとして互いに認識し合っている今、彼女は警戒を解かない。
頭部に内蔵された回路を、フル稼働させる。
目の前の敵を認識し、構え続ける。

機凱種(エクスマキナ)。
それこそがアーチャー、シュヴィ・ドーラの種族名。
太古の神霊種の手によって創造された機械生命である。


195 : Sky Blue Sky ◆A3H952TnBk :2021/08/16(月) 20:31:14 wIohc/yM0
神託機械をも超越する演算能力。
あらゆる攻撃、魔術、物質を解析し、瞬時に模倣する技術力。
彼女らの持つそれらの能力は、異世界―――現代日本の言語やテクノロジーさえも、ごく短時間で解読・把握できるほどの域に至っている。
例え未知の科学であっても。
例え次元の異なる領域であっても。
それが彼女達の演算能力によって分析できるものならば、全て“理解”される。

故に。アーチャーは、それを稼働させる。
眼前の敵を、読み解かんとする。
確認。演算。分析。
対象のパーソナリティを認識――――。


混濁が、流れ込む。
混沌が、溢れ出る。
深淵が、雪崩れ込む。
暗黒が。宇宙が。虚空が。
狂気が。未知が。恐怖が。畏怖が。
概念的恐怖。根源的運命。超越的存在。
これは、“神の一片”。名伏し難き“神話”。


アーチャーが、目を見開く。
機械製の琥珀色の瞳孔を、啓く。
思考回路が、夥しき泥で溢れ返る。
これは―――――なに?
その疑問の答えは、解けず。
脳裏に、警告のサイレンが淡々と轟く。


エラー。エラー。エラー。エラー。エラー。
深刻な異常を感知。予期せぬ情報と接続。
エラー。エラー。エラー。エラー。エラー。
深刻な異常を感知。予期せぬ情報と接続。
エラー。エラー。エラー。エラー。エラー。
観測を中止せよ。観測を中止せよ。
観測を中止せよ。観測を中止せよ。
観測を中止せよ。観測を中止せよ。
危険。異常発生。危険。異常発生。
エラー。エラー。エラー。エラー。エラー。
エラー。エrrー。erラor。error。error。
errrrooorrrrrrrrr――――――,


――――拒絶。
――――咄嗟に、判断した。
――――観測を、中断した。


アーチャーは、後ずさっていた。
動力源の奥底。胸の内の“鼓動”が、激しく反応している。
彼女の中に根付く心が、黒衣の少女の抱える“深淵”に戦いている。
すぐに理解できた。これは、恐怖なのだと。
心ある機械さえも蝕むほどの、根源的な畏怖なのだと。

機凱のアーチャーは。
目の前に立つ少女を“識る”ことを、拒絶した。
“神”さえも打ち倒す未来へと繋いだ彼女が、“神”への恐怖を叩き付けられた。
手が、足が、震える。視界が、揺らぐ。
彼女が観測したものは、知ってはならない“虚無の暗黒”だった。


196 : Sky Blue Sky ◆A3H952TnBk :2021/08/16(月) 20:32:18 wIohc/yM0
沈黙を保ち続けていた銀鍵のフォーリナーは、視線を落としながら口を開く。


「今は、駄目なの。どうか、来ないで」


まるで敵に対して、懇願するかのように。
同時に、慄くアーチャーを、何処か哀れむように。


「マスター……すごく、疲れてるから」


その一言と共に。
フォーリナーは霊体化を行い、その場から姿を消した。
それを目の当たりにして。アーチャーは、脱力するように膝を突いた。
そのまま彼女もまた、その場から逃げるように霊体化を行う。

『マスター』

ほんの1分足らず。
それだけの、刹那の対峙。
交戦と呼ぶにはあまりにも短く、接触と呼ぶにはあまりにも呆気ない。
それだけの、一瞬の対決。
この都内を生きる人々には気付かれもしないほどの、僅かな時間。
にも関わらず、アーチャーは霊体化してもなお身体の震えを感じ続ける。


『マスター……ッ』


声を強張らせながら、自らのマスターへと念話を飛ばした。
まるで助けを求めるかのように。
怯えるような音色で、言葉を放った。
その記憶回路に浮かぶのは、もっと遠いところにいる“大切な人”。
生涯を共に歩むことを誓い、神なき未来を夢見た“伴侶”。


――――リク。
――――怖い。怖いよ。
――――震えが止まらない。
――――リク。リク、リク。リク。


『アーチャー、もういい。……退け』


直後に“回路”へと届いた言葉が、アーチャーの意識を引き戻す。
アーチャーのマスター、リップ。
その声はあくまで平静を保っているが、アーチャーも気付いていた。
驚いている。マスターもまた、自身の様子に少なからず動揺をしている。

『……ごめんなさい。ごめんなさい……』
『謝るな。いいから、戻れ』
『……うん』

そんな彼の態度を察して、アーチャーはただただ謝罪を繰り返していたが。
マスターの一言と共に、言葉を止めた。
素っ気ないような声色であっても。
その言葉には、確かな心配が込められていたから。
“心”を持つアーチャーには、それを察することが出来た。

心を蝕む猜疑心。伝播する狂気。
やがて魔女狩りへと至る不幸(アンラック)。
アーチャーは、その門の一端に触れた。
そして―――――目を逸らした。


◆◇◆◇


197 : Sky Blue Sky ◆A3H952TnBk :2021/08/16(月) 20:33:08 wIohc/yM0
◆◇◆◇


率直に言えば、疲れていた。
今はもう、ゆっくりと休みたかった。
自宅は元の世界と変わらなかった。
日暮里の周辺で、マンション暮らしだ。

渋谷駅から乗った山手線の電車内。
線路を往く車両に揺られながら、彼女―――仁科鳥子は思う。
端っこの座席を確保し、ぐったりと壁際に寄りかかりながら、虚脱感に身を委ねる。
いざ椅子に座ると、それまでの疲れがどっと溢れ出てくる。
あのような無茶な行動で勝利を掴んだ、ということもあるけれど。
それ以上に―――本戦に入り、初めて経験した“サーヴァントとの交戦”。それによる緊張が、全身に打ち付けられていた。

ぼんやりと、視線を動かす。
窓から覗く、青い空。
照り付ける夏の日差しは、少しだけ煩わしい。
私の苦労などいざ知らず、景色は何事もなくいつも通りだった。

遡ること、数十分前。
渋谷の路上、自身のサーヴァントであるフォーリナー/アビゲイルとの親睦を深めていた矢先。
忽然と、あらゆる気配が“消えた”。
都心部の一角であるというのに、人の姿が一切見えなくなった。
気配も音も、何処かへと消し去られた。
それは“中間領域”に酷似した怪現象であり―――その空間を仕組んだ張本人と、対峙した。

臓物。腸(ハラワタ)。死肉。腐敗と荒廃に満ちた、不快な気配と共に現れた敵。
アルターエゴ、リンボと名乗るサーヴァントとの交戦。
アビゲイルが鳥子を守るべく応戦した。
しかし、戦いの年季において。
そして悪辣さにおいて、リンボが明らかに上回っていた。
このままでは、駄目だ。あの子が傷付いてしまう。
そうして鳥子は、一計を案じた。
アビゲイルとの連携により、その“怪異を掴む透明な腕”で―――リンボを“捉えた”。
正体は使い魔のような存在に過ぎなかったけれど。それでも、敵を撃退することに成功した。

そして、時は現在へと戻る。
我ながら、無茶をしたなぁ。
鳥子はそんなことを思う。
だけど、悪い気はしなかった。
あの胡散臭いサーヴァントに、一矢報いてやった。
本当に疲れたし、手袋も焼けちゃったけど。今はポケットに突っ込んで無理やり誤魔化してるけど。
それでも、痛快だったのは間違いない。
この場にいない相棒、紙越空魚に思いを馳せるほどに。


198 : Sky Blue Sky ◆A3H952TnBk :2021/08/16(月) 20:34:07 wIohc/yM0

『……マスター』
『アビーちゃん、どうだった?』
『相手のサーヴァント……小さな女の子で、びっくりしちゃったけれど。
 すぐに去ってくれたわ。多分、追ってくることもないと思う』
『そっか。……ごめんね、疲れる筈なのに』
『大丈夫よ。マスターなんて、さっきはもっと無茶してたんだから……』

念話でアビゲイルと連絡を取った。
諌めるような彼女の一言に、鳥子は思わず内心で苦笑してしまう。
サーヴァントが、すぐ側にいる。ほんの数分前、アビゲイルは念話でそう伝えてきたのだ。
霊体化しているアビゲイルが察知できるほどの気配が、この列車内で感じ取られた。
そしてアビゲイルは、屋根の上へと登り―――新たなサーヴァントと対峙したのだという。ものの一分足らずの相対で済み、戦闘にもならなかったのは幸いか。
あのアルターエゴとの交戦で疲労しているはずの彼女に連戦をさせるのは忍びないと、鳥子自身も思っていた。
それでもサーヴァントへの対処にはアビゲイルを頼らざるを得ないのが、歯痒いばかりだった。

この広大な東京23区で、数百万は下らないであろう群衆の中で、たった十数組しかいない競合相手と出会うなど「無理じゃない?」と最初は思っていたが。
サーヴァントやマスターというものは、案外引かれ合うものなのかもしれない。
裏世界の探検を繰り返してきた“私達”が、異界の念に触れやすくなったのと同じように。
聖杯戦争の主従もまた、何かしらの引力が働いているのかもしれない。

この都内に負けないほど―――かは、さておき。
あれほど広大な裏世界で、自分が空魚と出会ったのも。
ある意味で一つの引力だったのかもしれないと、鳥子はふいに思う。


――――引力。
――――人と人を結びつける、繋がり。


そこで鳥子は、一つの可能性に行き当たる。
かつて“冴月”を探して裏世界を彷徨っていたとき、紙越空魚と出会った。
二人で共犯者でいよう。その約束を結び、怪異との対峙や冴月を巡る一件などを経て―――鳥子と空魚は、かけがえのない親友同士になった。
思えば、運命のようなものを感じた。

鳥子は思う。
自分が先に、裏世界へと足を踏み入れ。
それから、空魚が迷い込んだように。
この界聖杯においても、空魚がいるとしたら。
自分と同じように、怪異や異界に触れている彼女ならば。
マスターとして共に現状に巻き込まれていても、不思議ではないのではないか。

こんな時に、空魚がいれば。
本戦が始まった直後に、鳥子はそう思った。
ふたりでひとつ。誰よりも大切な相棒。
いっしょにいれば、なんだってできる。
それが空魚と鳥子。だけど。
仮に此処に居るとすれば、どうなるのだろう。
生き残れる主従は一組。それ以外の存在は、すべて処分される。
そう、つまり―――――。


《―――池袋、池袋に到着です―――》


アナウンスが流れ、意識が現実に引き戻された。


199 : Sky Blue Sky ◆A3H952TnBk :2021/08/16(月) 20:34:56 wIohc/yM0
気がつけば池袋まで付いていた。電車が停まり、扉が開く。
それと同時に、座席に座っていた親子連れや吊り革を掴む若者などが駅へ通りていく。
ふと、周囲に視線を向けた。
斜め前に座っていた“眼帯の男の人”が遅れて立ち上がり、そそくさと降車していくのが見えた。
何か考え事をしている様子だったけれど、知る由もない。

先程まで考えていたことを隅に置くように、鳥子は虚空を見つめた。
窓越し。駅のホームから覗く青空は、やはり晴れ晴れと広がっている。
鳥子が行き当たった可能性、そして不安。知ったことではないと言わんばかりに、快晴は変わらず照っている。
ほんと、他人事みたいだ―――なんて、内心悪態をついた。


【豊島区・池袋駅/1日目・午後】

【リップ@アンデッドアンラック】
[状態]:健康
[令呪]:残り3画
[装備]:走刃脚、医療用メス数本
[道具]:ヘルズクーポン(紙片)
[所持金]:数万円
[思考・状況]
基本方針:聖杯の力で“あの日”をやり直す。
1:池袋近辺の宿に拠点を移す。
2:敵主従の排除。同盟などは状況を鑑みて判断。
3:ヘルズ・クーポンを製造し、効力を試したい。
4:ガムテープの殺し屋達(グラス・チルドレン)は様子見。追撃が激しければ攻勢に出るが、今は他主従との潰し合いによる疲弊を待ちたい。
[備考]
※『ヘルズ・クーポン@忍者と極道』の製造方法を知りましたが、物資の都合から大量生産や完璧な再現は難しいと判断しました。
 また『ガムテープの殺し屋達(グラス・チルドレン)』が一定の規模を持った集団であり、ヘルズ・クーポンの確保において同様の状況に置かれていることを推測しました。

※ロールは非合法の薬物を売る元医者となっています。医者時代は“記憶”として知覚しています。
 皮下医院も何度か訪れていたことになっていますが、皮下真とは殆ど交流していないようです。

【アーチャー(シュヴィ・ドーラ)@ノーゲーム・ノーライフ】
[状態]:恐慌
[装備]:機凱種としての武装
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:叶うなら、もう一度リクに会いたい。
1:マスター(リップ)に従う。いざとなったら戦う。
2:マスターが心配。殺しはしたくないけと、彼が裏で暗躍していることにも薄々気づいている。
3:フォーリナー(アビゲイル)への恐怖。



【豊島区・山手線(池袋駅近辺)/1日目・午後】

【仁科鳥子@裏世界ピクニック】
[状態]:疲労(中)
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:護身用のナイフ程度。
[所持金]:数万円
[思考・状況]
基本方針:生きて元の世界に帰る。
1:日暮里のマンションに帰って一旦休む。
2:出来るだけ他人を蹴落とすことはしたくないけど――
3:アルタ―エゴ・リンボに対する強い警戒。
4:もしかしたら、空魚も。
[備考]
※鳥子の透明な手はサ―ヴァントの神秘に対しても原作と同様の効果を発揮できます。
 式神ではなく真正のサ―ヴァントの霊核などに対して触れた場合どうなるかは後の話に準拠するものとします。
※手を隠していた手袋が焼失しました。今のところはポケットに手を突っ込んで無理やり誤魔化しています。
※荒川区・日暮里駅周辺に自宅のマンションがあります。

【フォ―リナ―(アビゲイル・ウィリアムズ)@Fate/Grand Order】
[状態]:疲労(小)
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:マスタ―を守り、元の世界に帰す
1:マスタ―にあまり無茶はさせたくない。


200 : ◆A3H952TnBk :2021/08/16(月) 20:35:41 wIohc/yM0
投下終了です。


201 : ◆KV7BL7iLes :2021/08/16(月) 20:40:41 nBQ.NXWU0
投下お疲れ様です!連続になりますが、自分も投下させていただきます。


202 : 七草にちかは■■である ◆KV7BL7iLes :2021/08/16(月) 20:41:31 nBQ.NXWU0
 
――これは、ある世界での、あったかもしれない日のこと。

手元に届いた封筒の、その宛名と送り主を見る。
何度目かも知れない挑戦。その結果が、ここに書かれている。
今回はそこそこ手応えがあった。面接での会話はそこそこウケたし、化粧のノリも良くて外見も褒められた。ダンスやボーカル等、実技の評価は分からないが、それでも悪いものではなかった、と思う。
その結果に、僅かな期待を込めた。
もしかしたら。
今度は。
■■■■■みたいに。

「――――そっか」

そんな期待は、刻まれていたたった数文字か数十文字の言葉で、断ち切られた。
並んでいた文字列を見て、一言だけ、温度の無い言葉が漏れる。
大丈夫。期待されて裏切られるのにも、もう随分と慣れた。そのはずだ。どこに当たってもハズレを引いてきたのだから、今更それが増えたくらいで何になる。
だから、大丈夫。私の希望は、私の夢は――私の、遥か彼方にあるはずの幸せは、まだ。
玄関先から、間延びした声が届いたのは、その時だった。

「――ただいま〜」
「……!お、お姉ちゃん!おかえ――」

まずい、という言葉が頭を過る。
この通知を、見せてはいけない。いや、そもそも姉には、オーディションを受けたことすら伝えていない。
一度無断で申し込んで、仮にも関係者だからとその難しさを説かれ、反対を表明されてからは、一人でこっそりと申し込むようになっていたから。
封筒を自室に隠し、握りしめていた通知はポケットに突っ込んで、急いで玄関へ向かう。

「ああ、にちか。まだ起きてたの〜?」

幸い、座り込んで靴を脱いでいた姉は、まだ玄関先で留まっていた。
ポケットの中に上手く隠れてくれたのか、はたまた視線の関係か、詰め込んだ書類には全く気付いていないようで、内心で小さく息を吐く。
そんなにちかの内心を知らぬままに、履いていた七草家の中では特に豪奢な靴を揃えて靴箱にしまったはづきは、立ち上がりながら諭すように小さく微笑んで。

「駄目よ〜、ちゃんと、寝ないと……ふぁ」

――そうしてすぐに、足取りが覚束なくなった。

「お、お姉ちゃん!?」
「ごめんにちか――ちょっと――ちょっとだけ――」

そう言いながらしな垂れかかってくる姉を、すんでのところで抱き止める。
昔から、そういう癖があった。眠くなると何処でも寝れる癖。まだ小さかった頃は、なんでそんなところで寝れるのか、寝るならちゃんと蒲団で寝ろ、と、下の妹なりに怒ったことを覚えている。
けれど、今はそんな癖という言葉だけで収まらないのだということを、知っていた。
自分や、母親や、祖父母を守る為に身一つで家を回す苦労。貯金や稼ぎとにらめっこをしながら、日々を繋いでいく。
その為に、姉が毎日のように、その命を削っていることを。

「お姉ちゃん」

――知っていて、尚、愕然とした。
軽かった。
スーツや鞄の重さ。体格差だって少しはある。だというのに、抱えてベッドまで連れて行くのが簡単のようにすら思える軽さ。
よく見ればその頬は痩せこけて、顔色だって化粧で誤魔化しているだけだ。睡眠不足にならないようこうして突発的に眠っているのでクマこそないが、今受け止めている彼女の体の細さが根本的な問題を物語っている。

そして、その肩越しに、自分の顔が見えた。

――ルックスは、まあ、悪くないね。健康的で、活発そうじゃないか。

不意に。
その言葉が、フラッシュバックした。
褒められた筈の言葉。嬉しかった筈の手応え。

それが、己の夢ごと、現実を穿ち抜いた瞬間に。
にちかは、姉を抱きかかえたまま、静かに玄関前に頽れていた。

「――何が」

もしも、世界に分岐点というものがあるのなら。
ほんの小さな規模であっても、その選択によって、確かに変わるものがあるような、そんな選択を分水嶺だとするなら。

「――何が、『なみちゃんみたいに』だ」

七草にちかにとってのそれは、きっと、この瞬間だった。



「――何が、『昔のあの頃みたいに』だ」


203 : 七草にちかは■■である ◆KV7BL7iLes :2021/08/16(月) 20:42:23 nBQ.NXWU0






283プロダクションのプロデューサー、という立ち位置を、自分がどのように思っていたのか。
最初は、憧れの仕事だった。ハードボイルドを気取りつつもその裏にある甘さを隠せていない尊敬できる上司や、マイペースでどこでも眠ってしまうけれど仕事はそつなくこなす事務員に囲まれて、夢を見たいと願った少女たちと二人三脚で走り出した。
それはそのうち日常に変わって、次第に見えなかった景色も見えるようになった。挑戦に伴う現実と理想の違い。描いてきた過去と未来への祈り。時に苦しむ少女達と共に悩み、時にその背中を力強く押して、時に寄り添いながら静かに見守って。
特別でありながら平凡である少女達と、一心不乱に、あの空の彼方へと届くようにと飛び続け。
そして、最後にはそれらすべてを投げ捨てた。
憧憬も夢想も親愛も想い出も、何一つを捨てて、ただ一人の少女の幸福の為に、輝ける空からも背を向けた。

そうであるならば、今世界が突き付けてきたこの局面は、間違いなくその報いの一つなのだろう。
間違いようもなく、「283プロダクションのプロデューサー」として、立ち向かわなければならない問題。
一枚のタオル。283プロダクションの文字が織られ込んだ、ライブの必須品。そしてそれに包まれるように届いた、プロダクションの連絡先だけが入っているスマートフォン。
事ここに至って、世界はたった一つの選択を突き付けてくる。

逃げるな。見ないふりをするな。自分が今存在している現実を、目を逸らさないで直視しろ。そうでなければ、お前の願いに先は無いと。

どうあれ、この会場においても彼は逃げかけたのだ。
「283プロダクションに自分以外のマスターがいる」可能性。そしてあるいは、その為に命を落としたのかもしれない白瀬咲耶の死。
投げ捨てた筈の物が、決して置き去りにされることなく、彼の首元に手を伸ばしているような、そんな錯覚。

『――だから精一杯の声で 最高の笑顔で――』

そのスマートフォンが聞き慣れたメロディーと共に誰かからの着信を伝えた時、彼はびくりと震え――その上で、見ないふりをしようとした。
どうあれ、自分にこうして矛先を向けている時点で、自分についてはある程度理解されているのだろう。
聖杯戦争の関係者であること。283プロから身を隠していること。もしかしたら、既に予選期間で数組を脱落させていることまで。
そこまで露見している上で、それでも尚こんな手段を取ったのであれば、単純な殺し合いについての話ではないはずだ。
「聖杯を奪い合う相手」としてではなく、「283プロダクションのプロデューサー」としてこちらに接触している事実が、それを物語っている。
自分は一度は捨てた身だと、否定してもよいだろう。しかし、そうなれば今度はもっと直接的なアプローチになるかもしれない。それこそ、殺し合いを必至とするような。
それでもいい、どうせ殺すのであれば受けて立つ――と、本来ならば言い切るべきだ。
だから、この電話に出る必要はない。
そんな理性の言葉に、しかし反して右手は電話へと伸びていた。
殺すのならば受けて立つ。なるほど、確かにそうでなければならない。聖杯を求めるのであれば、いずれはそうなるのだから。
しかしそう言い切れないことを、彼は知ってしまっていた。
白瀬咲耶の死の報に、躊躇してしまったから。
後戻りはできないと分かっていながら、彼が日々を共にした「アイドル」を殺すことを是とできるか、迷ってしまったから。
その逡巡が、その躊躇いが。
彼に、電話を取らせる判断をした。


204 : 七草にちかは■■である ◆KV7BL7iLes :2021/08/16(月) 20:43:03 nBQ.NXWU0

「……もしもし」

そして。
電話から流れ出た音声が鼓膜を揺らした瞬間に、彼の体は雷に打たれたかのように固まった。

『私を落とした時と比べたら、随分と元気ないじゃないですか』

その電話の向こうから聞こえてくる、声。
彼を脅す第三者でも、彼の身を案ずるアイドルでもなく。

「――――――――」

幸せにしたいと願って。
その為にすべてを投げ出したはずの。
一人の、少女の声。

『そっちのあなたとは違うかもしれませんけど、言わせてもらいますね。
 お久しぶりです。七草にちかです』

呼吸が止まる。
動悸だけが早くなって、そのくせ手足の末端が痺れるように冷えていく。
混乱する頭が酸素を食い荒らして、上手く考えることもできない。

『言いたいことは色々ありますけど、今は、それより早くお願いしたいことがあります』

そんな自分の動揺を知る由もなく、彼女は
夢で見たような、詰るような声ではなく。
レッスン室で聞いたような、悲痛に叫ぶような声でもなく。

『お姉ちゃんを、助けてください』

ただ、凡百の少女が、必死に縋りつくような声で。
迷うことなく、そう言った。





「……もしもーし。もしもーし!聞いてますか!」

スマートフォンに向かって叫ぶ。
折角だから強気でいこう、と思い切って最初の言葉を言ってみたが、まさかここまで相手が黙り込んでしまうとは思わなかった。
そりゃあノイローゼだか休職だかしてたらしくてあまり声が出ないのかもしれないが、少なくとも今の受話器の向こうからはそういったノイズすらない。

『……あぁ……ごめん。聞いてる、よ』

――いや、めちゃくちゃ聞いてない人じゃないですか!それで騙せると思ってるんですか?

口元まで出かかった言葉をなんとか飲み込む。
やがて出てきた声も細々として捻り出したそれで、本当に聞いてるのかどうかいまいち確証が取れないそれだった。
多少は心配もするが、それはそれとして今は時間がない。

「……わかりました。とりあえず、細かい説明は後回しで……今、そっちの283の事務所がめっちゃめちゃピンチで、やばい人が向かってるかもしれないんです!」

マスターとかサーヴァントとか、そういう言葉は一応伏せる。相手がほぼそうであることは分かっているが、具体的なクラスだとかそういう情報がゼロである時点で細かく伝えるメリットも特にない。

「だから、お姉ちゃんに伝えて――プロデューサーさんが言えば、皆はきっと逃げる筈だからって」
『……なんで、俺にそれを頼むんだ』

――何を言ってるんだ、このP野郎は。
怒るのを通り越して呆れかえる。確かにあの紫髪のマスターから「元から自分がいなくてもなんとかなると思っているっぽい」だの「辞める前はずっと元気がなかった」という情報は聞いていたが、それにしたって、である。

「お姉ちゃんとか、その中のアイドルさんとか、そんな皆を動かせるのは、プロデューサーさんしかいない
 ……お姉ちゃんからの又聞きですけど、それは、私もその通りだと思います」

少なくとも聞いて、向こうの世界で接した限りでは、本当にその通りだった。
実直で、若さ故の青さや至らなさもありながら、それでもアイドルに対して――アイドルとなっている少女たちに対してはどこまでも誠実であったと。
姉自身、彼のまっすぐな部分に助けられたことがあるらしいことや、葬儀での丁寧な物腰、そしてもう一人の仲間が彼に向ける親愛から、にちかもそれに関しては確信に至っていた。

『……はづきさんや、事務所にいるアイドルが、マスターの可能性はあるのか?』
「……私からは言えません、というか、言っちゃ駄目って言われてますけど。少なくとも、お姉ちゃんはNPCです。聖杯なんて何も知らない、一般人なんです。
 あ、じょうほ……ソースは内緒ですよ。企業秘密なので!」

ちょっと言ってみたかったことを、軽口代わりに言ってみる。
事実、それは隠さなければいけない、と、あのアサシンは言っていた。プロデューサーがマスターであり、仲間として動けるとしても、今のところ「誰がマスターか」という点については伏せておくべきだと。
それは、「自分以外に網をかけている人間がプロデューサーにもその手を伸ばしているかもしれない」というのもあるし。
何より、まだ少し――ほんの少しだけ、「283プロダクションに何の連絡も入れないプロデューサー」を疑っているらしい、というのもあった。


205 : 七草にちかは■■である ◆KV7BL7iLes :2021/08/16(月) 20:43:57 nBQ.NXWU0
 
『……はづきさんが、そんなに、心配なのか』

けれど。
そういう教わったこととか、言っちゃいけないこととか、そういうことが軽く吹き飛んでしまうくらいには。
次の言葉は、にちかの逆鱗に触れるものだった。

「――心配に決まってるじゃないですか!お姉ちゃんの心配して、何が悪いんですか!?」

だだっぴろいカラオケルームいっぱいを揺るがすように、端末を怒鳴りつける。
電話の向こうが突然の大声に驚いたのを感じてふと冷静になるが、それでもどこか興奮を残したままに、スマートフォンへと語り掛ける。

「……そっちは、分からないけど。もう、いないんですよ。お姉ちゃん」

そう言った時、電話の向こうで、息を吞む音が聞こえた。
向こうでも過労で倒れたらしい、というのは聞いた。生きていただけで丸儲けだし、その分「お姉ちゃんをほっぽってどこに行ったんだ」と、向こうの自分に思わない訳でもない。
けれど、そんなことよりも、今は。

「お姉ちゃんがいてくれれば、それでいい……なんてことは言いませんけど。でも、喪わないで、また一緒にいれたら」

……今は、それを取り戻せたら。
もしも泡沫の夢で、そう間もなく消える定めで、私ごと喪われる可能性だってあるんだとしても。

「多分、それだけで、私がここにきて良かったって――こんな私でも、ちょっとは幸せになれたって、思えるから」

それだけで、きっと私は幸福だから。
零すようなその言葉に、電話の向こうの声が、ほんの少しだけぶれた気がした。

『……にちか。いや、初対面の君をそう呼ぶのは、失礼かもしれないけど。一つだけ、聞かせてほしい』

少しの、静寂を挟んで。
何かを探るように慎重に。
何かを確かめるように決然と。

『――君は』
『八雲なみについて、どう思ってる?』

そんな問いかけが、返ってきた。

「……なんでここで、なみちゃんが出てくるんですか?」
『いや……ちょっとだけ、聞きたくなって』

――なんですかそれ。私一回そっちのオーディションで落ちてるんですよ?嫌がらせじゃないですか?
この電話が初対面で泣く、元から同じ世界の知り合いならば、流石にそう言っていただろうけど、やはり飲み込む。
ついでに、なんでこのタイミングでこんな話題を出すのか、という謎についても、一旦横に置いておく。

「……でも、そうだなあ」

とはいえ。
八雲なみ――なみちゃんについて改めて話すことなんて、何があるだろう。
好きであること自体は、きっと、向こうの私から聞いたのだろう。だとしたら、どう思ってるかなんて、既に知っているはずなのに。

「……憧れ、です。すごくて、聞いてるだけで鳥肌が立って」

そう、それは間違いない。
だってすべてのきっかけは、間違いなく彼女だったから。
幼い頃に聞いた曲。生まれる前に既に姿を消していた彼女の、何百回と耳にした唄声。
家族の前で歌って踊って、いつかにちかはアイドルだねだなんて言われた想い出。

ああ。
けれど。

「でも、私は絶対になみちゃんにはなれないって――なみちゃんの真似事なんて、私は逆立ちしたってなれないって、そう思います」


206 : 七草にちかは■■である ◆KV7BL7iLes :2021/08/16(月) 20:44:35 nBQ.NXWU0
 


――七草にちかの話をしよう。
平凡な少女の話をしよう。
凡百で退屈な人間の話をしよう。
ただの、ありふれた人間の話をしよう。

とは言っても、そう長い話ではない。
起点がどこにあるかは、大した問題ではないのだから。
七草はづきが、本来よりも少しだけ、体が弱い、或いは弱くなっただとか。
七草にちかが、本来よりも少しだけ、アイドルになるための努力に利口だっただとか。
その結果として、七草にちかが、アイドルとしての自分と、七草家の一員の自分を天秤にかけてしまう機会を得ただとか。

はじまりは、その程度の違いしかない。
そのすべてが原因だったともいえるし、あるいはこれらすべてに関係なくいずれにちかが辿り着いていたのかもしれないともいえる。

重要であることは、たった一つの事実。

「君は」

――全部トップアイドルを目指しうるものに取り替えたとして、
――私は、元の私と違うという違和感に耐えられる自信がない。

彼女が、すべてを諦めた段階で。
『靴に合わせる』ことを、諦めていたという、事実。
彼女が愛していた八雲なみの、そのインタビューで心に突き刺さったはずの一文よりも、彼女にとって大切なものができていたという、事実だけだ。

「アイドルは、しないのか?」

だから。
「この」七草にちかが、平凡だったとするならば。
それは、ただ一つ。

『できませんよ、私には』

――七草にちかは、諦めた。
どうしようもないくらいに諦めていた。
自分は平凡であることを、受け入れていた。
八雲なみのコピーをして、齧りついて、それでもいいからと、そう思うような渇望が、擦り切れていた。

――七草にちかが何者でもないことを受け入れた上で、立ち向かうような想いが。

何てことはない。
ある意味で、彼女はとうに救われている。
偶像による自己肯定は叶わず、そうでなくても生きていける。
七草はづきの死も、かけがえのない母の死も、彼女が偶像たりえぬことと相関関係がない。
彼女は最早ただ純粋に不幸であるだけで、今更偶像と成ったところでそれを覆す未来は訪れようもない。
元居た世界において、『君はアイドルを目指さない方が、有意義な人生を送ることができる』と言われたことが、真であるように。
彼女はただ、何の衒いもない七草にちかであることを、どうしようもなく受け入れて。
そうして生きていくことを、是とできる少女であった。



――叶えるべき憧憬はない。
――信じるべき未来はない。
――広げるべき双翼はない。

最初の奇跡は、叶う前から喪われていた。



この『七草にちか』は、どうしようもなく凡人だ。
偶像とは関係のないところで、決して満ち足りはしないけれど、そうでない幸福も知っている。
知っているからこそ喪失に泣いて、そして泡沫であってもその幸せを再び感じたいと願う。
普通で、見よう見まねで、平凡で、そして、本当にただそれだけの、どこにでもいる少女だ。

「あ、でも。一つだけ言いたいことがあります」
「『私』のこと、プロデュースしてたって聞きました」

そして、それ故に七草にちかは思う。

「もし『私』に会ったら、伝えてください。あのステップだけは、やめろって」

七草にちかの敗因は、八雲なみの模倣であり、彼女自身を信じなかったことだと。
だって彼女は、もう既に、自分を見ているから。
どれだけ足りなくて、どれだけ凡人でも、それでも私は私であるからと。
だから、誰かの模倣である七草にちかを、赦すことはできない。
どれ程みっともなかろうが、それでも七草にちかには、七草にちかしかなかったのに、と。


207 : 七草にちかは■■である ◆KV7BL7iLes :2021/08/16(月) 20:45:06 nBQ.NXWU0
 
「でも、それだけは聞けないな」

けれど。
少なくとも、プロデューサーという男にとって、それは違った。

「――君はもう、君を、見つけられているみたいだけど」

見よう見まねで、自己流で、素人っぽくて、平凡で。
それでも、アイドルが好きで、諦めたくなくて。
だから、好きなアイドルの模倣をして、自分を殺してでも、アイドルになりたいと切望した。
そんな、七草にちかの、どうしようもなく自分を信じていない様を、見て。

その不格好な拘泥を。
その不器用な執着を。
そのどうしようもない哀切を、幸福に変えてあげたいと思った。

そんな、個人的な、たった一つの理由の為に、彼は七草にちかをプロデュースしようと思った。
それが、アイドル・七草にちかと、プロデューサーの原初の出会い。

「あの子はきっと、まだその途中なんだ」

だから、この七草にちかは、プロデューサーという男の琴線に触れることはない。
だって、彼女はどうしようもないくらいに、別の幸福を抱いているから。

――あの、苦しんで、苦しんで、苦しみ抜いた、にちかではないから。

「……いや、あの。これは親切心で言うんですけど、そういうふわっとした物言い、そっちの私でも絶対無理って言いますよ?」

――そして、それでも。
その言葉が。
他人行儀だったこの七草にちかが言い放ったその歯に衣着せぬ物言いが、当然のようににちかと重なるのが、なんだかおかしくて。

「――ははっ」
『えっ、私、なんか変なこと言いました?』
「いや、そうじゃなくて――そういうところは、にちかなんだなって思ってさ」

ああ、久しぶりに笑ったな、と。
彼女ではない彼女の声に、少しだけ救われながら、プロデューサーだった男は思った。

「はづきさんについては、俺から連絡しておくよ」

そう告げた時、電話の向こう側の声が、ぱあっと明るくなるのが分かった。

『本当ですか!』
「ああ。なんだったら、そっちの番号に掛け直すように言っておくよ」

電話のブッキングでも起こらない限り、十五分以内に折り返す、と言付けておくと伝えると、向こうも納得してくれたようだった。
その後も、ほんの少しだけ調整――はづきや事務所のアイドルをどこに向かわせるべきだとか、後々どういう風に誤魔化すかとか――をしていたが、そこはそれ、にちか側の細かく考えていたらしい誰かが丁寧にプランニングを済ませていたようで、打ち合わせはすぐに終わった。

「……それじゃ、連絡してくるから一旦切る。――この後、どうするかは分からないけど、また連絡する時はこっちから連絡するよ」
『……まあ、それは、はい。とりあえず、お姉ちゃんによろしくお願いします!』

そう言い残した彼女の声を、耳に焼き付ける。
姉を救われて、ささやかながら、それでも幸福そうな七草にちかの声を、最後の一瞬まで、聞き届けて。

「……さようなら」
『……?』

最後の、その言葉。
ゆっくりと、惜しむように放たれた言葉。
それに疑問を感じるような吐息を最後に、電話は切れた。
なんでもないように。
なんでもなかったかのように。

――そこに、縁が、なかったかのように。


208 : 七草にちかは■■である ◆KV7BL7iLes :2021/08/16(月) 20:45:38 nBQ.NXWU0
 



嘘は、吐けなかった。
まだ、迷いはあるから。
本当に、自分がアイドルの皆を殺せるのか。どうしようもなく大切で、忘れようもなく輝いている少女達を血に染めてまで、自分が勝ち残ることを選べないから。
だから、この連絡先を悪用して、にちかやそれに類するのであろう誰かの情報を聞き出す為に根掘り葉掘り使う――悪用することは、憚られた。

だから、それは後回し。
いいや、向き合い続けなければいけない問題だから、ずっと後ろ向きではいられないけれど。
でも、その迷いに答えを出す前に、絶対にやらなくてはならないことができたから。

「にちかに、会う」

――もう一人の、『七草にちか』。
NPCで置換されていないであろう、wingに負けたという、もう一人の彼女。
彼女が現実としてここにいるのであれば、そして、こうして会場にいるのであれば――ようやく、あの時失ったその影に追いつけるのではないか。
無論、あの七草にちかが何等かのバグとして混ざり、この世界における彼女が上書きされなかったという可能性も存在する。
そうであるとしても――彼女が、「自分が幸せにするべき七草にちか」である可能性が存在する以上、探さない訳にはいかない。

ならば、自分がするべきは、まず彼女を探すことだ。
この会場の中で、聖杯を求めているかもしれない彼女と、再会することだ。
その上で、もし、彼女が
その彼女が、自分が何としても幸福にしたいと願った、七草にちかであるのなら。

(……ランサー。君には、申し訳ないけれど)

その時は、迷う必要はない。
聖杯は、彼女に捧ぐ。彼女が、彼女の笑顔の為に祈れるように。
罪は自分が持っていけるだけ持って行こう。彼女に責任を負わせることのないよう。彼女の幸せの中で、必要のない気負いをしなくて済むように。

そして。
それと同時に、もう一つ。

「……君も、できることなら、殺したくはない。勝手に救われておいて、虫がいいって、思って貰ってもいい」

事務所の連絡先を開きながら、思う。
今から行うこれは、確かにNPCの七草はづきを逃がす為の行動だ。
そうして、あの子にとって代わりのない、家族という名の幸せを与える為の行動だ。

「けれど、少なくとも、君は違う」

けれど、これきりだ。
あの『彼女』の為に行う行動は、これで最後。
あの七草にちかが得るべき、ただの平穏な幸せを彼女に与えた時点で、関係は終わる。
アイドルではない彼女と、プロデューサーとしての自分の関係は、それで本当に終わり。

「俺が、幸せにさせたいのは――にちかだから」

――彼女と話して。
七草にちかではない七草にちかと話して、改めて、分かった。
彼女を幸せにしたいというのは、どうしようもなく本心だ。
幸せそうに話していた声を聞いて、彼女に、こうして笑ってほしいと思った。
願いが叶った時の声を聞いて、彼女に、こうして喜んでほしいと思った。
……その為にアイドルを殺せるかどうかは、わからない。まだ迷っている。
けれど、他のアイドルを、まだ迷って殺せないとしても――一人だけ。



彼女を殺すことだけは、きっと自分は躊躇しないだろう。




あの時笑えなかった七草にちかの為に、そうでなくても笑える七草にちかを殺そう。
救えなかった少女の為に、既に救われている少女を殺そう。
どれだけ迷い、悩み、立ち止まることがあっても
その天秤は、絶対に違えず、偏らせなければいけない。

「君とにちかだったら、俺は、にちかを選ぶよ」

それだけは。
あの哀しい笑顔を浮かべた少女に報いる為の、絶対の誓い。
とうに戻れなくなった彼にとって、破ることのあってはならない制約。
たったそれだけの決意を胸に、彼はもう一度立ち上がる。

「――もしもし、はづきさんですか。ご無沙汰しています。突然で申し訳ないんですけど――」


【品川区・プロデューサーの自宅/1日目・午後】

【プロデューサー@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:精神疲労(大)、七草にちか(弓)への……
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:携帯電話(283プロダクションおよび七草はづきの番号、アドレスを登録済み)、
283プロのタオル@アイドルマスターシャイニーカラーズ
[所持金]:そこそこ
[思考・状況]基本方針:聖杯を獲る。
0:にちか(騎)に会う。会って、自分にとってのにちかかどうか確かめる。
1:聖杯を獲ってにちかの幸せを願う。しかし…
2:咲耶……
3:『彼女』に対しては、躊躇はしない。


209 : 七草にちかは■■である ◆KV7BL7iLes :2021/08/16(月) 20:45:59 nBQ.NXWU0





電話が切れると同時に、カラオケボックスのソファに倒れ込む。
ふかふかのソファの心地にも構わぬまま、にちかは思い切り声を上げた。

「あーーーーーーーーーーーっ、もう!何あの人!なんであんなわけわかんないことばっか言うんですかね!知らないけど!」

最後まで、よくわからない人だった。
というより、最後まで『私』を見ていなかった。
向こうが見ていないんだから、私もあの人を理解できる筈もない。

でも何故か、それでいい、と思う。
あの人は良い人なのかもしれない。摩美々さんから思われていたように、本当に優しい人なのだろう。
けれど、それでも多分、この『わたし』にとっては知らない人だ。その優しさの対象に、私は入らなかった。それだけの話。
お姉ちゃんに関してはもう本当に連絡してくれるかどうか分からないけれど、きっとお姉ちゃんは少なからずその対象に入っているだろう。あとはアーチャーさん達のピックアップが間に合うことを祈るばかりだ。

これで、私のやれることはひとまず終わった。
アーチャーとアサシンさん、ついでに隣室で連絡をしてるらしい摩美々さんと一緒に、これからどうするか。
多分、考えるべきことは色々あるはずだ。

「何を」

けれど。
今のわたしにとって、もう一つだけ。
どうしても、知りたいと願うことがあった。

「何をやったの、『わたし』」

他人の、借り物のステップ。
酷く不自然で不格好で、最悪のノイズを持っていて。
そのせいでwingという大舞台の優勝を逃したらしい、最悪の私。
それでも尚、あの人の優しさの対象になった、私の持っていない何かを持っているのであろう、私。
あの私のことが、気になってしょうがない。

今の私の在り方を否定するつもりはない。
私は私だ。くだらない凡人の私だ。身内のことしか頭にない、それだけできっと幸せになれる、本当に取るに足らない凡人の私以外の何物でもない。

けれど、それでも。
そうでない私のことが、知りたかった。


それでもきっとと願えるような、その私の姿を見たら。
私の中の夢と、希望と、――私が掴めなかった幸せの正体を、掴めるのかもしれない。
そうすれば、このどうしようもない憧れに、最後の止めを刺せる気がするから。



地に足が着いた。最早奇跡は訪れることがない。
少女は、幸福な凡人は、終わり切った夢と輝きに決着を付ける為の戦いを始める。



【渋谷区・渋谷駅近くのカラオケボックス/一日目・午後】
【七草にちか(弓)@アイドルマスター シャイニーカラーズ】
[状態]:健康、満腹、苛立ち(小)?
[令呪]:残り三画(顔の下半分)
[装備]:不織布マスク
[道具]:予備のマスク
[所持金]:数万円(生活保護を受給)
[思考・状況]基本方針:生き残る。界聖杯はいらない。
1:WING準決勝までを闘った"七草にちか"に会いに行く。あれは、どうして、そんなにも。
2:お姉ちゃんについては、後はもうアーチャーさんたちに任せる。
[備考]
※七草にちか(騎)のWING準決勝敗退時のオーディションの録画放送を見ました。


210 : ◆KV7BL7iLes :2021/08/16(月) 20:47:14 nBQ.NXWU0
投下を終了します。
なお、今回予約に田中摩美々を入れさせていただきましたが、展開の都合上割愛させていただきました。
短期間ではありますが束縛になってしまい申し訳ありません。


211 : ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 21:28:11 0aT5ENX60
皆さん投下お疲れ様です……!
感想は寝るまでには絶対書きます

私も投下します。


212 : シュガーソングとビターステップ ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 21:29:50 0aT5ENX60

「なあ、マジでこれからこんなトコに住むのかよ」

 時刻は正午を回り、真夏の暑さはよりその猛悪さを増している。
 幸いこの廃墟は立地が良く、室内に陽光が然程射し込まないため、それに関しては外や他の建物より多少マシだ。
 しかし当たり前のことながら、環境のことを度外視してキンキンにエアコンを効かせたワンルームには負ける。
 サーヴァントとはいえ暑いものは暑いのだ。デンジは早くも一ヶ月に渡り自分達二人の城だったあの部屋に帰りたくて堪らなくなっていた。
 
「おじいちゃんはあそこに住み続けるのは危ないよー、って言ってたけど……どうなるんだろうね」

 デンジとしては、あのアーチャーは……もとい。
 アーチャーも、そのマスターも、出来ればあまり関わりたくない相手だった。
 別に何か大層な直感が働いているわけでもなければ、義侠心が燃えているわけでもない。
 ただ単純に、あの二人はろくでもなすぎる。難しい理由など何もない、一目見ただけの感想だ。
 仮にデンジがサーヴァントではなくマスターだったなら、まず間違いなく適当な理由を付けて関わるのを止めていただろう。

 ……とはいえ、話自体は分からないでもなかった。
 戸籍のない幼女と男が二人暮らしをしているなんて話が誰かに知られれば、聖杯戦争以前に行政の介入が起こる可能性だってある。
 そうなっては最悪だ。あの部屋は便利だったし、なかなか居心地が良かったが――いつかねぐらを変える必要は確かにあったかもしれない。
 しかしだ。その引っ越し先がこんな埃まみれで薄暗い廃墟というのはいくら何でも、というやつではあるまいか。
 エアコンもない、テレビもない。乗っ取った部屋にあった金で買ったゲーム機もない。
 時間関係なく小腹が空いたらウーバーイーツでジャンクフードを届けてもらうようなことも出来ない。
 失ったもの数知れず。得たもの、辛気臭くて胡散臭い男二人。一体何が悲しくてそんな悲劇的ビフォーアフターを辿らなければならぬのか。

「帰ってマリオカートでもしようぜ。あの爺はこっちの電話番号も知ってんだからよ、必要な時に連絡寄越させればいいだろ」
「持ってくればよかったねー」
「"帰って"の部分だけ聞こえなかったのか?」

 デンジのマスター・神戸しおは聖杯を狙っている。というより、それしか見ていない。
 だがその実、予選期間においてしお達はほぼほぼ活動と呼べるものをしてこなかった。
 倒した敵から奪った"戦利品"のワンルームとそこにある家具、置き去られた金銭を遺憾なく使ってのんびり過ごしてきた。
 パワーと二人で暮らしていた頃のことを思い出したし、ゲームがやりたくなればネット通販で部屋から一歩も出ずに購入した。
 
 聞けばしおは、これまでゲームというものをろくにプレイしたことがないのだという話だった。
 "さとちゃん"もそのくらい買ってやれよと思いつつ、しかしデンジとしてもパーティーゲームをソロでプレイするのは気が乗らない。
 プレイ方法を教えてみれば意外と物分かりがよく、しおは時間を潰す大変いい遊び相手になってくれた。
 売上の好調な有名どころを適当に買い漁ったためクソゲーを掴まされることはなかったが、ゲームの好みは結構露骨に出ていたのも記憶に残っている。
 色々なゲームのスターキャラクターが戦って相手を場外に吹き飛ばす格闘ゲームはしおにはいまいち受けが悪く。
 一方でデンジが二時間足らずで飽きた動物の暮らす島を整備するゲームはなかなかお気に召したらしく、未だに一人でちまちま進めている姿が見られた。
 そんな事情もあり、なんやかんやで二人で遊んだ時間が一番長いタイトルは、赤い帽子の配管工とその仲間がレースで競うゲームとなっていた。

「(そうしてる分には普通のガキなんだけどな、こいつも)」

 しおには二つの顔がある。
 年相応の、純粋な少女としての顔。
 そして、狂おしい愛情に染まった器としての顔。
 一ヶ月、ほとんどの時間を同じ部屋で過ごしてきて。
 デンジはその両方を間近で見てきた。前者の時は妹か何かのようで、後者の時はただただついていけなかった。
 性の垣根、年齢の垣根。どちらも超えて紡いだ愛。心中の結末を夢見るように話すしおは、齢一桁の少女にはとても見えなくて。
 結局デンジは今に至るまで一度も、しおの抱えるその狂気を理解することが出来ずにいた。


213 : シュガーソングとビターステップ ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 21:31:05 0aT5ENX60

「でも、確かにいつまでもここに居るわけにもいかないよね。あとでおじいちゃんに聞いてみよっか」
「いいやそれには及ばない。私もちょうど今、君達二人に話があってやって来たところだからね――そして私はおじいちゃんではない。大事なことだぞ?」

 そんな彼女が受けると決めた同盟。
 その話を最初に持ち掛けてきた老獪なる犯罪紳士が、謎に念を押しながら二人の居る広間に入ってくる。
 アーチャー。デンジ達は知らないが、その真名はかの名探偵"シャーロック・ホームズ"の宿敵。
 言うなれば悪の代名詞。かつてロンドンの都に巣を構え、暗躍の限りを尽くした魔人。
 同盟相手としてはこの上なく頼もしく――それでいてこの上なく恐ろしい。油断のならない男(アラフィフ)であった。

「拠点については追々用意しよう。死柄木(かれ)は要らないと言っていたが、しお君はまだ幼いからね。
 相応に快適な環境を整えてやらなくては、聖杯戦争抜きに暑さで潰れてしまうかもしれない」
「俺もだよ、俺も。頼むぜ、爺さん」
「ありがと! 楽しみだね、らいだーくん。新しいお城」

 にこー、と。そんな擬音が聞こえてきそうな笑顔を浮かべて言うしお。
 デンジとしては色々言いたいこともあったものの、しかしこのアーチャーならば手抜かりなくねぐらを調達してくれるだろうと一応信用は出来た。
 何しろ種明かしをされるまで、ずっとデンジ達は彼の手のひらの上で踊らされていたほどなのだ。
 この如何にも"悪"な男を敵に回さずに済んだという点もまた、彼らの結んだ同盟関係の利点の一つであったと言えよう。

「ただ……それは一旦後に回させて貰っても構わないかな。
 それよりも優先してこなさなければならないタスクが生まれてしまってね」
「たすく?」
「やらなくちゃいけないこと、って意味サ。
 出来れば君とライダー君の力も借りたいのだが……良いかな、しお君?」

 目線を合わせて屈みながら言うアーチャー。
 しおは、少し考えるような素振りを見せたが。
 結局はその頼みに、こくんと首を縦に振った。

「いいよ。それって、私達のためにもなるんでしょ?」
「それは保証する。これでも私は君達のことを結構買っているからね。
 騙すだけ騙して甘い汁を吸おうなどと、そんなことは考えていないさ」

 それを聞きながら、デンジは内心「本当かよ」と思っていた。
 とはいえ、あくまで決めるのはしおだ。マスターたる彼女だ。
 しおはどういうわけか、この胡散臭い男のことをえらく信用しているようだった。
 
「君は、死柄木弔に並ぶ悪の花になり得る。
 そんな君をみすみす捨て駒にするほど耄碌したつもりはないよ」
「えー。でも私達、とむらくんとおじいちゃんのことも倒すよ?」
「はっはっは。ならそれまでは共犯者だ」

 ぽふ、としおの頭に手を置くアーチャー。
 デンジは溜息をついて、言った。

「……で。俺らは一体何をすればいいんだよ」


214 : シュガーソングとビターステップ ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 21:31:56 0aT5ENX60
「そう難しいことではないよ、ライダー君。
 新しく我々の軍門に引き入れられそうな人物を一人見つけてね。その彼との交渉沙汰に付き合ってほしいという、ただそれだけのことさ」

 このジジイも節操がねえな、というのがデンジの率直な感想だった。
 自分達を引き入れただけでは飽き足らず、まだ版図の拡大を目指そうというのだ。
 そうでなくても、マスターであるかどうかを問わずにあれこれ暗躍し陰謀の糸を広げているのだろうということはデンジにも察せる。
 まさに悪党。ヒーロー映画の黒幕を張るにも相応しい、極悪人(ヴィラン)であった。

「サーヴァントなのか?」
「そこのところはまだ何とも。だが後ろ暗い事情があることは間違いない。
 十中八九聖杯戦争と縁のある御仁だよ。もし外していたら、それこそ爺が耄碌して世迷言を宣っていたのかと笑ってくれたまえ」

 こいつが此処まで言うのだから、まあ外してはいないんだろう。
 そう思ってしまう自分が居るのがどこか癪で、デンジは「ケッ」と吐き捨てた。

「私だけで交渉に出向いてもいいのだが、如何せん敵の手の内が分からない状態で無茶をするのは気が引ける。
 君にはいざという時……そして本当にどうしようもなくなった時のサポート役をお願いしたい。
 こんな物騒なモノをぶら下げてはいるが、私の本領はあくまで裏方での悪だくみ、だからネ」

 どこから取り出したのか、それとも万一に備えての用心なのか。
 右手に装着した、棺桶と武器が一体化した冗談のような武装をコツコツと人差し指で小突きながら。
 デンジに向かって悪の親玉たる彼は、ニヤリと笑った。

「……なら俺とアンタの二人だけで良くねえか? 死柄木としおを連れてく意味は何だよ」
「さっきも言ったが、死柄木弔はあれで意外とカリスマ性があってね。
 もしも波長が合う相手であれば、同盟を締結させる一助になるかもしれない」
「しおは?」
「子どもを殺したくない、そんな中途半端に甘い人間ならば覿面だろう?」

 そんなことだろうと思ったぜ。デンジが言う。
 当たり前だろう、誰だと思っている? アーチャーが、モリアーティが笑う。
 二人の様子を横目に、しおは埃っぽいソファから立ち上がり。

「じゃあ、私はとむらくんを呼んでくるね」

 そう言って、広間から出て行った。
 デンジは一瞬追うかどうか迷ったが、やめた。

「(ま、多分大丈夫だろ。今は一応仲間ってことになってるしな)」

 サーヴァントとしては無責任な姿勢なのかもしれないが、デンジはこういう男だ。
 それが災いして自分の聖杯戦争が終わることになったのなら、自分の運勢はその程度だったということであると。そう納得出来る男だ。


215 : シュガーソングとビターステップ ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 21:32:49 0aT5ENX60


 目線のみで見送られたしおは小さな歩幅で、とてとてという擬音が似合う足取りで、歩いていき。
 廃墟の中にある部屋を目に入る度にひょこっと顔を出して覗き。
 そうし始めて五部屋目で、ベッドの上に仰向けに寝転がった死柄木の姿を見つけた。
 彼らしい、気だるそうでなおかつ何かを想うような――形のない何かを追憶するような表情。
 ベッドの脇まで行って、ちょっとだけ腰を曲げる。
 背の低いしおでは、これだけで簡単に寝転がる死柄木と目線が合った。

「おじいちゃんが出かけるって。とむらくんも来てほしいみたい」
「……あのジジイも、用があるなら直接呼びに来いよな」

 言いながらも、しかし必要ならば出ること自体はやぶさかではないらしい。
 起き上がり、ゆらりと立ち上がる。
 枕元に置いてあった手を、肩におもむろに着けた。
 それを見たしおは、小首を傾げながら問いかける。

「ねえ。とむらくんはどうして手なんか着けてるの?」
「いいんだよ、これで」

 語るようなことでもないし、その義理もない。
 それ以上は語らず、死柄木は自分のサーヴァントが居るらしい広間へと向かう。
 しおもそんな死柄木に文句を言うでもなく、後ろからついてくる。
 境遇も思想もまるで違う者達が集まった"連合"の首領として動いていた死柄木だが、流石にこれだけ幼い子どもを連れてはいなかった。

『――――本当に役に立つんだろうな、このガキ。
 ただイかれてるってだけで推薦したんなら、只でさえ低いあんたへの信頼度が底値を割るぜ』
『問題ない。君は一度図書館に行き、私の伝記を読むべきだ』
『ンなもんあったらホームズもワトソンも報われないな。憎まれっ子世に憚りすぎだよ』

 念話で語り掛ける――自らのサーヴァントへと。
 ジェームズ・モリアーティ。名探偵シャーロック・ホームズの宿敵。
 あらゆる悪を糸で手繰った黒幕。ホームズ最大の敵。万人に悪を授ける犯罪相談役(クライム・コンサルタント)。
 何も憂いることなく、ただあるがままに自らの邪智を振るい続けた大蜘蛛、毒蜘蛛。
 死柄木もその手腕についてはある程度信用していた。だが、あくまでそれは"ある程度"だ。
 モリアーティは死柄木の本来の師、オール・フォー・ワンよりも明らかに戦闘力という面で弱い。
 なればこそ。大口を叩き思わせぶりな言動を繰り返すばかりの彼に対する評価が、個性社会の魔王の後塵を拝してしまうのは自明の理であった。

『若さというのは美徳だが、幼さというのは可能性だ』
『自己啓発本の受け売りか?』
『なんでもなれる。なんでもできる。
 私がしお君を取り入れた理由は、ひとえにそれさ』

 私が彼女くらいの歳に戻れたならなあ。色々新たに出来ることもあるんだが。
 そう言うモリアーティに、死柄木は「老人の話は分からん」と見切りをつける。
 死柄木もまた、若い。何しろ合法的に煙草や酒を嗜めるようになったばかりの齢だ。
 だから分からない。そもそも彼は、モリアーティのように自分の生を振り返れる歳まで生きられないだろう。 
 何しろ彼は悪の花、黒い太陽。魔王の器、マスターピースとなるべくして育てられた存在。
 可能性の代わりに未来を売り渡した、そんな命なのだから。

『足元を掬われないでくれたまえよ、我がマスター。
 私の見立てでは、この聖杯戦争は――君か彼女か。だぞ?』
『知るか。そんな妄言ばっかり言ってるからジジイ呼ばわりされんだよ』

 そう言って会話を打ち切りつつ、広間へ向かう。
 この先何がどうなるにせよ、死柄木のやることも目指す場所も変わらない。
 やるべきことは殺戮と制圧で。目指す場所は無人の荒野だ。
 彼にとってはモリアーティも、この"同盟相手"も、そこまでの道を舗装するための道具に過ぎない。
 魔王の器たる青年はただあるがままに。
 いずれ羽化する、そうなるだろう莫大な力と悪性を秘めたまま――歩くのだった。


216 : シュガーソングとビターステップ ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 21:33:37 0aT5ENX60
◆◆


 それからのことは実に単純だった。
 アーチャーが松坂なる資産家の家に向かうと言ってねぐらの外に出た時には、そこに既にボックスカーが待ち受けていて。
 その運転手である男は何ら口を開くことはなかったものの、彼がモリアーティの息のかかった、蜘蛛糸に自ら進んで触れてしまった人間であることはデンジにも死柄木にも理解出来た。
 別段何か話してやる義理はないし、意味もない。
 どうせ弱みを握られたか金を握らされたかのどちらかだ。もしやすると悪のカリスマたるモリアーティに魅せられたなんて節もあるやもしれないが、バックミラー越しに目が合う度顔を俯かせるところを見るに、その線の信憑性はたかが知れていた。
 
「そろそろだな。念のためおさらいしておくが、ライダー君にしお君、そしてマスター。
 君達は特段何もしなくていい。その場に居てくれるだけで十分だ」
「? 何も喋らなくていいってこと?」
「そういうことさ、物分かりが良くて助かるよしお君。
 あくまでも交渉役は私が行う。ライダー君はボディーガード代わりだ。
 君と死柄木君の二人は、ただマスターとして菓子なり紅茶なり嗜んでいればそれでいい」

 本来ならば交渉沙汰で輝くのはマスターの方だが、しおは幼く、死柄木はお察しの通りそういうことに向いている人間ではない。
 それに、かのジェームズ・モリアーティを従えておきながら知能戦の領分に出しゃばろうとするマスターなど単純に無能だろう。
 こういう部分は狡知に長けるサーヴァントを引き当てられた幸運者の特権だった。

「有利な立場に居るのはあくまでこちらだ。
 緊張はしなくていいし、過度に身構えなくともいい。
 こちらの勝利は既に半ば確定していて、重要なのはどこまで相手に譲歩してやるか。そんな難易度の緩い心理戦だよ」

 とてもではないが、聖杯戦争の関係者が潜んでいるとは思えないような住宅街。
 そこを、全ての窓がプライバシーガラスにされた高級車が悠然と走る。
 悪だくみをしに行くのにこんなこれ見よがしな車を使うかという疑問はあるだろうが、これから向かうのは有望な資産家の家である。
 目立たないことを意識して安物の車を使えば、件の資産家の邸宅との不釣り合いさから余計に悪目立ちをしてしまう。
 実際。車を走らせる内に見えてきた"その家"は、豪邸と呼ぶに相応しい佇まいをしており――

「いい家住んでんなァ〜。資産家ってそんな儲かんのか?」
「ピンからキリまであるし、そもそも資産という言葉が何を指すのかにもよるね。
 まあ、ライダー君に向いている仕事でないのは確かだろう」

 降りようか。そんな彼の言葉に従って、各々が車を降りていく。
 助手席の扉を閉める前に、モリアーティが運転手の男に何やら渡していた。
 恐らくチップか何かなのだろう。その振る舞いだけを見ている分には、どこに出しても恥ずかしくない立派な英国紳士だが。

「さて。では、行こうか――さっきも言ったが、交渉は交渉でもこちらが一方的に弱みを握った上でのものだ。あまり緊張しないようにネ、三人とも」

 これからやろうとしていることは、どこにも出せない暗黒の交渉沙汰だ。
 競争相手の弱みを突いて揺さぶり、如何に言葉巧みに有利な契約を取り付けるかの勝負。
 圧倒的に不利な立場にある相手の足元を見て笑いながら搾り取る、道徳教育に唾を吐きかけるが如き圧迫面接。
 二人のマスターと、一人のサーヴァント。それを先導して歩き、モリアーティが豪邸の玄関先へと立った。
 躊躇うこともなくインターホンを押し、応答を待つ。

 ……が、中からは何の反応もない。


217 : シュガーソングとビターステップ ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 21:34:23 0aT5ENX60

「ふむ。出てこないね」
「夜逃げでもしたんじゃねえのか?
 どこの誰とも知れない奴がこれから脅しに行くってアポ取って来たら逃げんだろ、普通は」

 死柄木の言うことは尤もだが、その月並みな人物像はモリアーティのプロファイリングとは異なるものだった。

「……いや、そうでもないようだ。鍵が空いている」

 ドアハンドルを掴んで動かせば、どうやらそもそも施錠されてすらいないらしい。
 罠の類が仕掛けてある可能性もあったが、その手の奸計にはモリアーティが真っ先に気付く。
 彼の目では、この扉回りに不審な工作や仕掛けが行われている様子は見て取れなかった。
 少し考える素振りを見せたものの、結局はがちゃりと無遠慮に扉を押し開き、自らが先導して中へと入る。
 
「だいじょうぶ?」
「恐らくね。一応死柄木君の後ろに立つようにしておきなさい」
「てめえのマスターを盾にするなよクソジジイ」
 
 三和土を抜け、それでもまだ家主が出てくる気配はない。
 中に人間が居るのではなく、単に鍵を掛けないまま逃げただけのことなのではないか。
 デンジと死柄木、普段は絶対に考えの合わないだろう二人が双方共にそんな感想を抱く。
 それをよそに、モリアーティは居間へと繋がる磨りガラス仕立てのドアを開け。
 いざ中へ入ろうとしたその瞬間に――「ライダー君!!」と、そう叫んだ。

 デンジが舌打ちをしながら胸のスターターロープを抜けば、彼は戦闘態勢……頭部を異形(チェンソー)へと変容させた変身を即座に完了させる。
 モリアーティが開いた扉の先、居間から"脅威"が押し寄せてきたのはまさに矢先のことだった。
 肥大化した肉のような、しかしそれにしてはあまりにも膨大すぎる量と密度のそれが。
 濁流のような、或いは瓦礫や石を多分に含んだ津波のような勢いで押し寄せる。
 
「……やれやれ。返事がない段階でおかしいとは思ったがね」

 モリアーティは即座に自身の得物――多重武装を内包した棺桶を用い、迎撃に当たる。
 市街地で爆音を鳴らすデメリットは百も承知だが、背に腹は代えられない。
 プロファイリングのミスを冒した分の因果応報だと諦めて、潔く火力を以っての撃滅に努めた。

 一方のデンジは、しおを彼女の前に立っていた死柄木もろともに突き飛ばして逃しつつ、腕のチェンソーで寄せ来る肉を切り裂いていく。
 幸いにして強度はそれほどでもなく、肉という性質も相俟ってデンジにとっては大変切り裂きやすい攻撃だった。
 だがそのことに対し爽快感を覚えるよりも、彼は自分が脈絡のない不意討ちに対してこれほど完璧に反応出来た事実を癪に思っていた。
 その理由はしかし単純である。彼にとってこれは、そもそも"不意討ち"などではなかったのだ。
 だから天性の戦闘センスや優れた第六感を持たないデンジにも、ほとんど完璧と言っていい反応をすることが出来た。
 何せ"最初から警戒していた"のだから――身体を動かすまでの速度も当然段違いになる。

『――――ライダー君。構えておきたまえ』

 居間の扉を開ける前に、モリアーティはデンジにそう耳打ちしていた。
 彼にとってもこの事態は予想外のものであったのだろうが、しかし予想外なら予想外で手の打ちようはある。
 "何が起きてもいいように"警戒しておけばいい。事実今回はそんな彼の一声のおかげで、デンジはマスターを守れた。
 感謝するべき場面なのだろうが、このいけ好かないアラフィフに「ありがとう」と素直に言うのはどうも癪で。
 故にごまかすように、デンジは死柄木へと口を開いた。

「貸し一つだぜ、手野郎」
「……見た目の割に恩着せがましい奴だな、チェンソー野郎」


218 : シュガーソングとビターステップ ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 21:35:13 0aT5ENX60

 三和土を転がった死柄木が、不機嫌そうに埃を払いながら立ち上がる。
 しおは「う〜……」と痛そうに呻きながら、死柄木の服の裾を掴んで彼に倣った。
 その小さな左手で彼女はつい今しがた開けて入ってきたばかりの玄関扉を半ばほどまで開かせる。
 いざという時、せめてマスターの自分たちだけでもすぐに逃げられるように。そう思っての行動だった。

 一方で。文字通りの前線に立つ二人のサーヴァントは、攻撃の主を既に目視している。
 今まさに踏み入らんとしていた居間の中。そこで佇む、実に"それらしい"装いをした男。
 彼が件の松坂某であることは間違いなさそうだったが、問題は他でもない彼自身が魔力の反応を醸し、歪に膨張変形させた右腕を翳していること。
 魔力の量的にも、今しがたやってのけたことの規模的にも。彼がマスターではなくサーヴァントの側であることは明白であった。

「どうなってんだよ。いきなり大分話が違えぞ」
「いやはやお恥ずかしい。申し開きのしようもないねェこれは」

 モリアーティに対し責める目を向けるデンジ。そんな彼に、モリアーティは小さく嘆息しながら応じる。
 不測の事態を悟るなりすぐさまリスクヘッジに動いた手腕は流石だが、根底の部分に計算違いがあったことは否めない。
 松坂なる名で身分を騙り、他人から簒奪した財産で一般人の皮を被った某かの正体がサーヴァントである可能性。此処までは、一応考慮していた。
 何しろ此処ばかりは既存の情報だけでは白黒確定させられない部分だ。
 だから白と黒、両方の場合を想定していた。真に計算外なのはそちらではなく――相手が、乗り込むなりすぐさま攻撃を仕掛けてきたこと。


「(どうしても付け入る隙の残る野蛮な手段を使ってまで、一般社会で通用するロールを得ようとした……。
  にも関わらず白昼堂々、喉から手が出るほど欲しがった世間体をかなぐり捨ててまで仕掛けて来るとは)」

 モリアーティのプロファイリングでは、この邸の主はある種病的と言ってもいい執着心を持つ男。
 だが――それはそれとして一定の常識と、そして高い知能を有したプライドの高い人物でもある。

 故に、交渉の末に逆上されることはあるかもしれないと思っていた。
 されどくどいようだがこの交渉、圧倒的に有利なのはモリアーティ達の側。
 頭が良い故そのことは分かるだろうから、後は上手くプライドを転がして適度に譲歩しつつ協力関係を結ぶ。
 松坂が強力なサーヴァントを従えていたとしても、そこは己の話術と立場的な優位で押し切れるとそう踏んでいた。
 モリアーティのプランはほぼ、完璧だった。
 唯一彼が読み違えたのは――件の人物が、一時の感情で自分の整えた盤面を平気で台無しに出来る類の人物であったこと。
 どんなに緻密な戦法でチェスを挑もうと、癇癪でチェス盤そのものを叩き割られては立つ瀬がない。


「やれやれ。とんだ歓迎をしてくれるな、松坂殿」
「飛んで火に入る夏の虫とはこのことだな、Mとやら」

 人間の皮を被り、一般人に擬態することには成功している。
 しかしその身体から滲み出る魔力と、サーヴァント特有の気配を隠すことは出来ていない。
 そして今は額に青筋を浮かべ、不快さ由来の赫怒を隠そうともしていない始末。
 とてもではないが、話し合いに素直に応じてくれる相手とは思えなかった。


219 : シュガーソングとビターステップ ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 21:35:54 0aT5ENX60

「つまらない瑕疵を取り立ててこの私の弱味を握れるとでも思ったか?
 ならば残念だったな。己の浅慮と浅知恵を恨め」

 「……あいつめっちゃキレてねえか? おい、アーチャー」と、デンジが咎めるような目を向けてくる。
 それに苦笑を返しながら、モリアーティは松坂の方を見た。
 外からでも分かる、隠そうともしない怒り。横溢した殺意。
 このまま行けば数秒とせぬ内に、間違いなく第二撃が来るだろう。
 そしてモリアーティとしては、それはなるだけ避けたい事態だった。

 ――どうにも嫌な予感がする。あの"肉"が死柄木達に触れるのは、我々にとって致命的な展開となるかもしれない。

「待ちたまえ。これは忠告だ」
「……、」

 眼前の資産家改めサーヴァントから発せられる怒気/殺意が、目に見えて強くなった。
 成程、どうやら激情家らしく性根は単純らしい。
 一度は面食らい、人物像を読み損ねる失態を晒したが――であれば次は汚名を返上する番だろう。
 モリアーティは片腕の棺桶(ライヘンバッハ)を、邸の天井。上辺へとおもむろに向ける。

「勘違いして欲しくはないのだが、君にコンタクトを取るにあたって私も多少調べたんだ。
 先ほど送りつけたデータはその産物だよ。あれだけでも君が必死になって築いた社会的地位を挫くのには十分だろうが、しかし全てではない」
「黙れ」
「待ちたまえ、と言った。自分の浅慮を恨みたくなければ、大人しく話を聞くといい。名も知らぬサーヴァント君」

 果たしてそこですぐさま逆上しないのは、モリアーティの言葉と所作の意味を既に薄々理解しているからなのか。
 定かではないが、今彼が言っていることは何のハッタリでも嘘八百でもない。
 資産家として活動していた松坂の動向には、一点明らかに不自然な点があった。
 彼がマスターであるならば重要度は然程大きくなかったが、サーヴァントであるというなら話は変わってくる。
 それが、彼にとって"致命的な弱点"である可能性が高いからだ。

「君が少しでも我々に対して攻撃の意思を示せば、その瞬間私はこの邸を破壊する。
 試したことはないが、まァ屋根をぶち抜くくらいのことは容易いだろう。
 先にメールでも伝えたが、こちらには小さい子も居るのでね。巻き込むような真似は避けたかったのだが――仕方ない」

 その言葉に、松坂は反応しなかった。 
 そして、だ。時に沈黙は、百の言葉にも勝る肯定であるという。


「太陽に当たれないのだろう?
 邸に入る前に見上げたが、外は実に素晴らしい快晴模様だ。
 ただ屋根を失うだけでも致命傷なのではないかネ、君には」


220 : シュガーソングとビターステップ ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 21:36:47 0aT5ENX60
「……貴様」
「どうやって突き止めたか、とでも言いたげな声色だねェ。
 だが簡単な話さ。君が日頃よく付き合っている上流階級の皆々様からそれとなく聞き出した。
 すると皆口を揃えて語ってくれたよ。松坂氏には、太陽光に当たることの出来ない奇妙な持病があるのだと」

 
 サーヴァントとは、良くも悪くも生前の逸話に縛られた存在だ。
 そんな存在が徹底して避けているモノ。どんな形であれ、それが弱点でない筈はない。
 まして彼の場合は太陽光。太陽光と来れば、吸血鬼然り一部の悪魔伝承然り、致命的弱点のテンプレートである。
 松坂は凄まじいまでの怒りを醸し、殺気を放っていたが、その実攻めてこようとはしない。
 その態度が全てを物語っていた。であれば、もはや恐れることなどありはしない。
 モリアーティは後ろを向き、死柄木としおに向けて口を開いた。
 
「あー、悪いのだが予定は変更だ。
 マスター二人は外に出て、適当にその辺りをぶらついてくれるかな」
「……こっちもそのつもりだよ、爺さん。
 虎の巣の中でのんびりお茶会するほど頭溶けちゃいない」
「しお君も、この機にコンビニなり何なり好きに遊び回ってくるといい。
 ライダー君と暮らしていた頃はろくに外に出ていなかったのだろう? 天下の東京だ。きっと楽しいぞ、ははは」

 当初交渉の席に彼らを同席させようとしていた理由は、相手がある程度弁えられる人間であると踏んでいたためだ。
 だがその前提条件は崩れた。プロファイリングを超えた不確定事象に襲われた以上、さしものモリアーティもマスターである死柄木を――未完成の彼を危険に晒すリスクは承服出来ない。
 しおにしたってそうだ。死柄木で無理ならば彼女はもっと無理だ。逃がすに越したことはない。

「ライダー君はこのまま私と同伴してくれ。いざという時に備えてネ」
「え゛〜……おい、本当にそいつと二人で大丈夫かよしお。何かされそうになったら大声で警察呼べよ〜?」

 デンジは不服そうだったが、振り返った時には既に二人とも出て行った後だ。
 大方死柄木が先に外に出て、しおがそれについていった形だろう。
 貧乏くじじゃねえか、と毒づくデンジをよそにモリアーティは悠々と居間の中へと入っていく。
 今度は、そこを襲う魔の手はなかった。松坂は相変わらずの殺意と怒気を溢れさせながらも、仕掛けてくることはなく。
 そしてその事実が――モリアーティが先ほど突き付けた"脅迫"が彼に対して効果覿面であったことを、物語っていた。


「では、話をしようか。平和的で、なるべく建設的な話をね」


 交渉のテーブルに就くのを拒む相手に対し、策謀家が取る手段は一つしかない。
 やり方を選ばず、テーブルに就いてくれるよう働きかけることだけだ。
 それが上手く行った今、もう恐れる必要はない。怯える必要など、あるわけもない。
 モリアーティは扉を閉め。改めて、此度の獲物へと目を向け笑みを浮かべた。
 斯くして。彼らの――"交渉"は始まる。


221 : シュガーソングとビターステップ ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 21:37:29 0aT5ENX60
◆◆


「本当はそれこそ紅茶なり菓子なり嗜みながら、丁度そこにあるようなテーブルを囲んでのんびり話し合いたかったのだが」

 わざとらしく、嫌味ったらしく呟くモリアーティを睥睨する無惨。
 彼の内心がどんなものであるかは語るに及ばないだろう。
 松坂――否。バーサーカー・鬼舞辻無惨の人格はまさに地雷原が如し。不快と殺意の元になる地雷がそこかしこに埋め込まれている。
 自分の素性を探り当て、あろうことかその上で何やら脅しを掛けようと目論んでいる不届き者――その時点で無惨の中では万死に値するが。
 その上、彼が最も腹立たしいと思っている弱点を人質にされ"手を出せない状況"を作り出された。
 なんだこれは。何故、私がこれほど不快な思いをしなければならない?
 今にも炸裂寸前の活火山のように、血潮がぐつぐつと煮え滾る。
 にも関わらず攻撃に打って出られないのはそれほどモリアーティの脅しが的確だったからであり――それがまた無惨の怒りに拍車を掛けていた。

「貴様と私が何を話す?
 私は既に不快の絶頂だ。お前達の五体を引き裂きたくて堪らない」
「だが、流石にこの状況で攻撃を仕掛ける愚行には出ないのだね。
 ああいや煽っているわけではない、むしろ私は君を評価しているよ。
 形はどうあれ君は私の謀(はかりごと)の上を行ってみせたのだから」
「私は――――何を話すのだ、と聞いた筈だが」
 
 ビシ、と、空気が軋む音をデンジは確かに聞いた。
 緊張感、緊迫感というものが現実に影響を及ぼすことがあるのを初めて知った。
 早くも会談は平和なんてワードとは遥かに縁遠いものとなりつつあったが、モリアーティは怯んだ様子もなく交渉(ビジネス)の話を始める。

「単刀直入に言うとだ。我ら"敵(ヴィラン)連合"は、君達と手を組みたいと思っている」
「そんな名前だったのかよ俺達。今初めて聞いたぞ」
「それもその筈。今決めたからね」

 甘い希望を介在させず、悪を以って聖杯へ邁進する――ヴィラン達の連合軍。
 元の世界で死柄木が統率していたという集団の名をそのまま引っ張って来ただけだが、ただ"同盟"と呼ぶよりかは箔も付こう。
 そしてモリアーティは、この鬼舞辻無惨のことも自分達の戦力の一つとして引き入れるつもりでいた。
 元より今日はそのために、こうして遥々やって来たのだ。

「それで――松坂君。返事は如何に?」
「寝言は寝てから言え。何故貴様のような小虫と手など組まねばならない」

 しかし無惨は、やはりと言うべきかモリアーティの提案を一蹴した。
 無惨とて、この不便なこと極まりない聖杯戦争の中で他者と組むことを考えなかったわけではない。
 生前――ある剣士を鬼に変え、その兄が遺した忌まわしい技術を抹消するため殺しの限りを尽くしたように。

 だが無惨は、自分に対する忠誠心の欠片もない、ともすれば寝首を掻かんと野心を燃やしてくるような相手と背中を合わせることなど出来ない。
 組むのならば血を注いでからだ。マスターに血を注ぎ、鬼に変えて隷属させる。
 令呪を全て使わせてサーヴァントを縛り、そこまでしてようやく"同盟"だ。
 その点、この男達は論外だった。初手でマスター二人を鬼化させ強制隷属させる腹積もりだったが、そのプランは敢えなく打ち破られた。
 社会的にも生命的にも弱みを握られ、尚且つ現在進行形で自分の神経を逆撫でしてくる"これら"と何故手を組むなんてことが出来るのか。


222 : シュガーソングとビターステップ ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 21:38:10 0aT5ENX60

「私は何も憂いていない、他人と轡を並べる意味がない」
「一日の半分以上の時間、この邸に拘束される羽目になっているのに――かね」
「そうだ。日の光に縛られるのは忌まわしいが、それならそれで手を講じればいいだけのこと。貴様の矮小な頭脳で私を推し測るな」

 けんもほろろとはまさにこのことか。
 デンジは責めるようにモリアーティの顔を見る。
 どうすんだよ、とでも言いたげな顔だ。それにデンジとしては、仮に相手が納得してくれたとしても、この男とは同盟など組みたくなかった。
 面倒なことになる匂いしかしないからだ。いやそれ以前に人間もといサーヴァントとして既に彼のことが嫌いであった。
 こんな並外れて気の短いサーヴァントと一緒に行動するなど、考えただけでも頭が痛い。
 加えて、未だマスターが顔すら見せていないのはどういうわけなのか。
 モリアーティはこの手のことに長けた巧者であるから自ら交渉のテーブルに出ているが、目の前の男もそうであるとはデンジには到底思えない。
 そんなデンジの疑問をよそに、話は続く――もとい、新たな局面へと転ぶ。

「……君がそう言うなら、確かに過小評価をしたことを詫びねばならないか。
 しかしだね松坂君。私のような虫は、今後次から次へと君の前に現れるかもしれないよ」
「……何?」
「おっと、勘違いしないでくれたまえ。
 "それ"に関しては、私が何か手引きをしたわけではないからネ。
 徹頭徹尾君の手抜かりの賜物だ。現代社会に溶け込もうという発想は悪くなかったが、しかし幾つもミスを冒している。
 そこについて論うのは二度手間だから避けよう。先刻送ったメールの添付ファイルでも読み返して貰えれば事足りる」

 実際のところ、無惨の取った方策はそう的の外れたものではない。
 むしろよくやった方だろう。予選の開始から本戦の開始までという限られた時間で此処まで擬態してのける手腕は評価に値する。
 だがそれはさておき、そこに幾つかミスがあるのは事実だった。
 疑いを抱いて探ってみれば自ずと浮かび出てくるような不自然な痕跡、取り繕いきれない瑕疵。
 
「例えば、今この街で暗躍を重ねている顔にガムテープを貼り付けた奇妙な子供達。
 一見すると無作為で無秩序に見えるが、私の見立てではあれらの司令塔は相当に頭が切れる。
 もしも君の真実に気付いたならば、すぐさま大挙して挨拶にやってくるだろう」
「……、」
「そしてもう一つ。……実のところ、こっちは私にとっても目の上の瘤でね。
 どうにも不気味なのだ。だから適度なところで手を引き、戦争の中で適当に弱ってくれるのを待つことにした」

 そも、最初に例に出した"子供達"のことも無惨は知らなかったが。
 大蜘蛛として既に社会の表裏どちらにも糸を張っているモリアーティは当然、心の割れた彼らの所業についても感知していた。
 その本質についても、推察してある程度"こうだろう"と言えるような答えは得ている。
 ただ――そうでない相手も存在していた。

「――――"峰津院財閥"。聞き覚えは?」
「無いと言うとでも思ったか。この都市に根を張る上で嫌でも耳にした名前だ」
「ならば話は早い。では君も当然、分かっているだろうね。
 この峰津院なる由緒正しい御家は、そもその存在からして限りなくクロだと」
「……聖杯により授けられた現代の知識。
 それに依れば、この時代に財閥なる組織は存在しない」
「ご名答。界聖杯内界は基本的に、全ての世界線において最もポピュラーな歴史と舞台設定を採用して構築されている」

 無惨が"松坂"として活動する中でも、峰津院の名は何度となく耳にした。
 民間企業から各自治体に省庁など、行政の分野にまで圧倒的な影響力を持つ恐らくは国内でもトップであろう超の付く名家。
 しかしながら、これは実におかしな話であった。少なくとも無惨やモリアーティが聖杯から与えられている知識に依るならば、この時代の日本に財閥などというものは存在しない。


223 : シュガーソングとビターステップ ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 21:39:34 0aT5ENX60

「そこに何かそぐわないものが存在しているというならば、それは"どこかの枝葉"から流れてきた概念である可能性が高い。
 件の峰津院財閥などはその典型例だ。そうなれば誰がマスターなのかも自ずと見当が付く」

 峰津院財閥現当主――峰津院大和。
 その名には無惨も辿り着いていた。恐らくはマスターだろうと当たりも付けていた。
 だが暗躍を愛し、狡知を好むモリアーティはただ把握するだけではなく……内情を探り、ともすればコンタクトを取ろうとも試みていたらしい。
 その産物として、彼は"現在の"峰津院が一体どの程度の権限を使えるのかを把握している。

「……それで。貴様は峰津院の親玉が私を潰しに来るぞとでも脅したいのか?」
「あくまで可能性の話だよ。ただ、あちらが本気で狩りを始めようと思ったならば……此処を割り出されるまでにそう時間は掛からないだろう。
 人海戦術というのは大変有用な戦術だからね。そして老婆心で忠告すると、峰津院(アレら)を敵に回すのはあまりお勧めしない」

 峰津院財閥が使える権限、干渉出来る領域の広さを一言で言い表すならば――反則的。それに尽きた。
 モリアーティをして厄介と看做すに足る巨大権力。上級国民なんて枠組みでさえ括れない、正真正銘の支配階級。
 
 この一ヶ月間で、彼も大小様々なコネクションを作ってきた。
 下は街の半グレやヤクザ者、金融業者。上はそれこそ政治家や、世界レベルで名の知れた大企業の社長などにさえ及ぶ。
 胡蝶抜きに、ジェームズ・モリアーティの蜘蛛糸は東京という街のあらゆる場所に張られていた。
 そのコネクションを使い、峰津院財閥……ひいてはマスターと思われる"峰津院大和"に対し探りを入れ始めた――しかし今はもう手を引いている。

 何故か。理由は二つある。
 一つは、厳選した有望な子蜘蛛達を放ったにも関わらず、ただの一度として大和に関する情報を引き出せなかったこと。
 あわよくば面会をさせてみようとも思っていたモリアーティの目論見はこの時点で半ば挫かれてしまった。
 とはいえ人の心など脆いもの。可能性なき内界住人が相手であるなら尚更だ。
 モリアーティが直接赴けば、財閥に繋がる人間を言葉巧みに拐かして、徹底された教育の隙間から心に入り込み、操り人形のように従順に狙いの情報を吐き出させることも不可能ではない。むしろ――容易いことだ。

 だが、此処で理由の二つ目が出てくる。

「恐らくだが、峰津院(アレ)はパンドラの匣だ。不用意に暴けば痛い目を見る」

 それはほとんど直感に近かったが――侮るなかれ。直感は直感でも、人類史上最高峰の悪党が抱いた直感だ。
 これ以上は不味い。これ以上踏み込めば、こちらも代償を払わされる羽目になる。
 その予感を覚えたモリアーティは即座に峰津院を探る試みから撤退。狡知に長ける蜘蛛はその部分に限り巣を切り捨てた。
 逃げ上手は一流の悪党の必須技能だ。証拠は消し、或いは偽装し、それを十重二十重に行っているから足を辿られる心配はないだろうが……それでも、なかなかどうして肝の冷える体験だった。
 或いはそれはこの地でモリアーティが初めて喫した"敗走"だったのかもしれない。

「連合への加入が嫌なら、君が許せる範囲での助力で構わないとも。
 何なら連絡先を共有しての一時的な停戦条件などでもこちらとしては十分だ」
「……業腹だが、私に利のある話だというのは分かった」

 心底疲れた、とばかりに呼気を吐き出す無惨。
 だがその眼光は緩まない。次の瞬間殺しに掛かってきても不思議ではない、噴火寸前の活火山。
 
「しかし、何故そこまで私との共闘に拘る?
 この私を薄汚い糸で絡め取ろうとする魂胆が見えている。気付かないとでも思ったか」
「そこはそれ。当然だろう? これは――聖杯戦争なのだから。
 どの道いずれは殺し合う関係性で、相手を利用しようと考えないなどただの阿呆だ」


224 : シュガーソングとビターステップ ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 21:40:29 0aT5ENX60

 そう言って笑う蜘蛛の顔は、相変わらず不快感を齎すものだったが。
 しかしながら。無惨は今意外にも、彼の話を断ろうとは思っていなかった。
 連合なる寄り合いに混ぜられるのならば論外だった。だが、停戦を決め込むくらいであれば苦虫を噛み潰す程度の嫌悪感で済む。

 鬼舞辻無惨は、生きることに特化した生命体である。
 そしてその性質は英霊になってからも変わらない。
 彼とて馬鹿ではないのだ、理解はしていた。
 今自分が立っているこの場所は、この邸は、単なる砂上の楼閣でしかないのだと。
 陽の光に当たることの出来ない致命の欠点を抱えながら、上弦という名の手駒への支配力も失い、鬼を増産することもままならない身なのだ。
 であれば。非常に業腹ながら――利を優先するのも、吝かではない手だった。

「……その協定とやらが終わる時までは、貴様らの命を奪うのは伸ばしてやる」

 だが、忘れるなと。
 そう言い、無惨は怒りを押し殺す代償とばかりにその右手をぼごぼごと沸騰させた。
 それは禍々しく、グロテスクな光景で。デンジが「うえっ」と嫌そうな声を出す。
 一方のモリアーティは涼しい顔で。「君が話の分かる英霊で助かったよ」と口角を吊り上げるばかりだった。

「私の拠点を用意しろ。日付が変わるまでは待たん」
「随分と早急だねェ。それに、良いのかな。何か罠でも仕掛けておくかもしれないぞ」
「私を侮る発言は身を滅ぼすぞ。貴様の奸計如きを察知出来ない私ではない」
「これは失礼。それはさておき――了解した。なるべく期待に添えるよう努力しよう」

 話は済んだ。
 無惨の心は未だ屈辱とそれに伴う怒りで支配されていたが、この泥濘のような現状が少しでも改善されるのならばそれを優先すべきだと判断した。
 それにだ。契約の履行が行われたなら、後はすぐさま協定を反故にしたって良いのだ。決定権は己の側にある。
 この蜘蛛は殺す。これが率いる"敵連合"とやらに所属した者も、全員殺す。
 首輪を繋いだ犬のように扱えるものと思っているならば大間違いだ。
 報いは必ず与える――憎悪の炎を内界にて燃やす無惨に、おもむろに問うたのはデンジだった。

「話は終わったのかよ。なら聞きてえんだけどよ〜……アンタのマスターはどこに居んだよ」
「む。そういえばそうだ、私もそれを聞こうと思っていた。
 この部屋にある生活痕も一人分のものだしねェ。松坂君、もしや吸収するなり何かの苗床にするなりしてしまったかな?」

 二人から次々と問いを投げられた無惨は。
 一転、その顔に怒りではなく嫌悪を浮かべた。
 それはこの男らしからぬ態度で。おや、とモリアーティが目を開く。
 しかし彼が続く言葉を口にするよりも先に、無惨が吐き捨てた。

「誰が喰らうものか、あのような汚物など。地下に幽閉してある」
「……ふむ? せっかくだ、お目に掛かっておきたいのだが」
「ならばこれを持っていけ。かれこれ丸一日餌をやっていない」

 そう言って無惨が放り渡したのは、恐らくこの家を尋ねてきた客人が持ってきたのだろう、上等な菓子の詰め合わせのような代物だった。
 とてもではないが食事としては不適当なもの。そしてそれ以前に、今無惨は"食事"ではなく"餌"と言った。
 ますます釈然としない心地になってきた二人が視線を交差させる。
 ふう、と小さく呼気を吐いて。おおよその事情を察したらしいモリアーティが、無惨にもう一度話掛けた。

「時に、付いて来なくて良いのかな? だとしたら随分信用されたものだが」
「この邸は私の腹の中だ。何か仕出かそうとすればすぐに解る。私を謀ろうなどとは思わないことだ」

 ……それにしても、些か無用心というものではないかな。
 モリアーティはその疑問を口に出すべきか否か、一瞬迷った。
 だがこちらが圧倒的に有利な立場に居るとはいえ、せっかく一時とはいえ協力関係を結べた相手の神経をこれ以上逆撫でするのも気が引けた。
 故にそれ以上問うことはせず。居間を出て、二階に続く階段の左側へ目を向ける。
 地下へと続く階段は、そこにあった。どことなく薄暗く、湿ったような香りの漂ってくる、地下。
 あろうことか、この家に巣食うサーヴァントを従えるマスターはそこにいるという。
 
「どう思うね、デンジ君」
「気の毒なマスターだと思うぜ。ガチャであんな糞の煮凝りみたいな奴引いちまうなんてよ」
「それには私も同感だ。だが、或いはだ。こういう可能性もあるのではないかなァ……」

 かつん、かつん、と。
 階段を下りながら、髭を弄って紳士は言った。

「真に気の毒なのは、サーヴァントの方……という可能性も、ね」


225 : シュガーソングとビターステップ ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 21:41:32 0aT5ENX60
◆◆


「きぶ――こほん、こほんこほんっ。
 バーサーカーくんはねえ、ああ見えてとってもかわいそうな子なの。
 だから仲良くしてあげてくれるとおばさんもとっても嬉しいわ。ふふ、ふふふふ。
 よかったわねえ、バーサーカーくん。協力って、つまりお友達が出来たってことでしょう?」

 地下室。そこに(恐らく松坂……もとい、バーサーカーの能力の一環なのだろう)肉の枷で戒められて、その女は転がされていた。
 彼から加えられた虐待の賜物なのか、それとも此処に来る前からのものなのか。
 身体中の至るところに包帯やガーゼ、絆創膏を付けた妙齢の女。
 恐らく三十路は超えているのだろうが、しかし良くも悪くも年齢を感じさせない女だった。
 その女は、突然現れたモリアーティとデンジに惜しみなく笑顔を見せ。
 彼らが自分のサーヴァントと一時的とはいえ協力関係を築いた旨を伝えると、余計に笑みを深くして喜びを口にした。

「仲良くしてあげてね? あの子と」
「えぇ、それは無論。ところで……貴女は、自分の置かれている状況に不満を抱いたりはしていないのですかな?」
「不満? ああ、私がマスターだから?
 マスターがサーヴァントにこんな扱いをされてることが不思議なのね、素敵なおじさま。
 でも大丈夫、心配ご無用です。どんなにひどい言葉でも暴力でも全部受け止めてあげるって、私が言ったんですから」
「……なるほど、なるほど。それはそれは――随分と仲睦まじいようで」
「あなた達も、何か溜まってるものとかあったら遠慮なく私に吐き出していってね?
 痛いことでも、気持ちいいことでも。あなた達のしたいこと、なんでも私にしていっていいからね」
「……、」
「ちゃあんと、別け隔てなく。愛してあげるから」

 さしものモリアーティも、これには苦笑いを浮かべる他なかった。
 彼の予感は正しかったし、これに限って言うならばあのバーサーカーは加害者ではなくむしろ被害者だろう。
 頭が蕩けていると、そう形容するより他にない精神性。
 モリアーティの生きた時代よりも遥かに道徳の水準が高まり、それを教えるシステムも発達している筈の現代で何故これが生まれ落ちたのかと、そう問いたくなるような異常性。

 なるほど確かに、こんなものを引いたならふん縛って地下に放り込んでいくより他にない。
 何せこれには敵も味方もないのだ。目の前に現れた人間、その全てを受け止め、本人が言うところの愛を与える。
 とてもではないが――これに自由を許した状態で聖杯戦争をするなど不可能だ。
 どんな相手にでも平等に慈愛の女神めいた姿勢を見せるのだから、いつかあっさり刺されて終わりだろう。
 端的に言って、まず争い沙汰に向いていない。
 その癖一人だけの自慰で完結するのではなく、ラフレシアのように臭気を放って他の誰かを呼び寄せる。
 一言で言うならば、最悪だ。モリアーティの中で、無惨が何故あれほど無茶をしてロールを作らねばならなかったのかの理由が氷解していく。


 無惨のマスターであるこの女が、まともな社会的ロールを持っているはずなどない。
 かと言って、彼女が聖杯戦争のためにあれこれ立ち回ったところで結果は見えている。
 そもそも人間としての骨子からねじ曲がり歪み果てているのだから、頑張らせたところで意味がないのだ。
 だから無惨は単独で地位を捏造し、せめて腰を据えた状態でこの聖杯戦争に臨めるような状況を整えなければならなかった。
 戸籍もなく、各種の社会保障にも頼れない身で此処まで身分を作れただけでも上等だと評価してやるべきだろう。
 モリアーティは、無惨に心底同情してすらいた。
 このマスターを引いて此処まで生き延びて来られたのは賞賛されるべきことですらあると――いっさいの誇張抜きに、そう思う。

「これならしおの方が大分マシだぜ。
 ちょっと心中トークの発作に耐えればいいだけだもんな」


226 : シュガーソングとビターステップ ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 21:42:57 0aT5ENX60

 そしてそれはデンジとしても同じだった。
 彼は母性に飢えていたものだ。だからこそ、受け皿となれるある悪魔に執心した。
 デビルハンターとなる前の彼であったなら。
 否、なってからであろうとも――自らの手で幼年期の終わりに辿り着くまでの間であったなら、デンジの心が"これ"に傾ぐこともあったかもしれない。

 だが自らの愛/恋に一つの終着点を見つけ、物語を終わらせた今の彼は違う。
 今のデンジにとってこの女は、ただただ気味の悪い、お近付きになりたくない相手として写っていた。
 だから思わず吐き捨てた。これがマスターの奴よりは自分はマシだ、と。
 しおはちょっと歳の割にヘンなところがあって、隙あらば自分のイカれたのろけ話をねじ込んでくるくらいだ。
 これに比べれば可愛いものだろう、と。そう思って呟いた言葉であったのだが――しかし。
 それを口にし終えた時。件の女は、何かとても驚いたような様子で、デンジの顔を見ていた。

「……何だよ」
「ねえ、あなた」
「あ……?」
「あなた、もしかして――」

 それから。
 その"驚き"は――ぱあっ、というような。そんな笑顔へと、変わって。


「神戸しおちゃんを知ってるの?」


 そんなことを、宣った。


227 : シュガーソングとビターステップ ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 21:43:32 0aT5ENX60
◆◆



「うふ、ふふふ。あははは、はははははは――――」

 薄暗い地下室の中で、女の笑い声が響く。
 ひどく甘ったるい声だった。甲高くて、蕩けるようで。
 どろどろの糖蜜がケーキのスポンジに染み込んでいくような、そんな光景を連想させる声音だった。
 何がそんなにおかしいのか、楽しいのか。笑いながら、肉で戒められた身を捩らせる。
 これがただの狂人であったならどれほど良かったことだろうか。
 しかし、その片手には確かに令呪がある。彼女が腐っても"可能性の器"であるのだということを、皮肉なほど雄弁に物語っている。

「はぁ、はぁ……ああ、そうなのね。
 あの子が居るんだ、ふうん――なら、当然。あなたも居るわよね。
 そうじゃなきゃおかしいものね? あなたたちは、この世の誰よりも愛し合っているんだもの」

 女は、先ほどこの地下を訪れたサーヴァントの少年……ライダーが自分のよく知る名前を口にした瞬間――確かに運命の実在を感じた。
 神戸しお。他でもない自分が歪めてしまった少女が見つけた、愛の形。
 その結末は、決して彼女たちが望んだものにはならなかったけれど。
 だけど、それでも。或いは、そこまで含めて、彼女たちの愛は本物で。
 誰が何と言おうと、どんな形をしていようと、そこには真実の愛があって。
 だから分かっていた。そうでなければおかしいから。そうでなければ、嘘だから。
 
 神戸しおただ一人が呼ばれるなど有り得ない。
 たとえそこに、生死という名のこの世の何よりも大きな垣根があろうともだ。
 しおちゃんが居るのなら、必ず彼女も居る。
 それを確信したからこそ、女はそこに運命の兆しを見出し、幸福に笑い転げたのだ。

「ねえ、さとうちゃん。あなたは今――どこで何をしているの?」

 ああ、そうだ。
 それなら、少し話が変わる。
 愛を受け止め、導くのもいいけれど。
 あの子たちが、どちらも此処に居るのなら。
 なら――少し。少し、お手伝いをしてあげようかしら。

 そう思った女は、笑みを浮かべたまま自分のサーヴァントへと念話を飛ばした。


228 : シュガーソングとビターステップ ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 21:44:29 0aT5ENX60


『ねえ、鬼舞辻くん』

 返事はない。
 だがいつものことだ。
 構わず続ける。

『ちょっと気が変わったの。だから、私をここから出してほしいなあ』

 ねっとりと、粘つくような。
 ひどくいやらしい、そんな笑みを、浮かべて。
 女は――――


『聖杯戦争、しよ? 私ね、どうしても会いたい子ができたの』

 
 "彼女"の叔母として、静かに胎動を始めた。
 砂糖(シュガー)と呼ぶには甘すぎる、くどすぎる、そんな濃厚さを醸しながら。
 嬉々を一面に浮かべて、女は動き始める。
 赦しと破滅を背負った女。生まれる世界と、時代を間違えた女。
 それが誰かの脅威になるのか、はたまた救いとなるのか――――それは、まだ分からない。

 たぶん、彼女自身にも。



【中央区・豪邸/一日目・午後】
【バーサーカー(鬼舞辻無惨)@鬼滅の刃】
[状態]:肉体的には健康、精神的には不快の絶頂
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数億円(総資産)
[思考・状況]
基本方針:界聖杯を用い、自身の悲願を果たす
1:は?
2:『M』もといアーチャー達との停戦に一旦は合意する。ただし用が済めば必ず殺す。
3:マスター(さとうの叔母)への極めて激しい嫌悪と怒り。早く替えを見つけたい。


【本名不詳(さとうの叔母)@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:無惨の肉により地下で軟禁中
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:いつもの通りに。ただ、愛を。――ああ、でも。
1:しおちゃんがいるってことは、うふふ。そういうことだよね?
2:それはそうと鬼舞辻くん、甘えたくなったらいつでも言ってね?


229 : シュガーソングとビターステップ(後編) ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 21:46:23 0aT5ENX60
◆◆


 時は、半刻前ほどまで遡る。
 有利に交渉出来ると聞かされていた相手が初手から繰り出してきた敵対行為。
 それによって、本来は交渉の場に同席するはずだった死柄木としおは手持ち無沙汰となってしまった。
 とはいえあのまま家の中に留まっているのは、荒れ狂う獣の前に兎を二匹ぶら下げておくようなものだ。
 死柄木は嘆息しながら、「やってられるか」と小さく呟いた。

 元の世界での彼は、ギガントマキア――災害の如き怪物を認めさせるため連日に渡り絶望的な戦いを繰り広げていた。
 だが、聖杯戦争の場でそれをやるつもりはない。
 流石にあの怪物に並ぶ存在がゴロゴロ居るとは思いたくないが、それにしたって手の内の分からない相手と無鉄砲に戦おうと思うほど死柄木は危機感の足りない人間ではなかった。

「ねえとむらくん。時間空いちゃったね」
「どこぞの爺様が計算違いをやらかしたからな」
「とむらくんはもう車に戻るの?」
「そりゃそうだろ。何が悲しくてこのクソ暑い中ウォーキングしなきゃならないんだ」

 今日も今日とて東京は暑い。
 死柄木の服装は決して薄着ではないのだ、炎天下の中を歩けば当然不快感が募る。
 それに、そもそもわざわざ外を歩いて何をするというのか。
 しおの言いたいことは既に察しが付いていたが、しかして付き合ってやる義理もなし。
 死柄木はにべもなく、先回りしてそれを切り捨てた。

「どこかに行きたいんなら一人で行け」
「……むぅ。じゃあ、そうする……」

 少し困ったような顔をしつつも、こくりと頷くしお。
 死柄木はそんな彼女をよそに車に乗り込んだ。
 車の中は冷房が利いていて、一分足らずの時間とはいえ炎天下の野外に居たことで火照った身体が急速に冷やされていくのが心地よい。
 特段何かすることも、考えたいこともない。
 となれば時間を潰す手段など限られており、戦争の日々の中で溜まった疲れを少しでも癒すのが利口だろう。死柄木はゆっくり目を閉じた。
 
 それから、一分、三分、と時間が経ち。
 ようやく少し睡魔が顔を見せ始めた頃――こんこん、こんこん、というノックの音が死柄木の耳朶を叩いた。
 見れば案の定、音の主は神戸しおだったのだが。彼女の後ろに居る見知らぬ人物の着ている服を見て、死柄木は思わず眉根を寄せてしまった。

 それは敵(ヴィラン)たる彼にとって、ヒーローと並び忌々しい存在。
 テンプレートの制服を律儀に着込んで、相手を刺激しないための営業スマイルを浮かべた青年。
 見れば運転手もぎょっとしている。しおが連れてきたのは、あろうことか警察官だったのだ。


230 : シュガーソングとビターステップ(後編) ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 21:46:55 0aT5ENX60

「……、」

 運転手に任せようとも思ったが、この男がどこまで自分達のことを知っているのかも分からない。
 変にボロを出されてしまえば余計面倒なことにもなりかねないのだ、そう考えると非常に面倒ではあったが、死柄木自身が対応するのが一番良い。
 
「お忙しいところ申し訳ありません。この子のご家族の方でしょうか」
「ああ……はい。それが何か」
「道が分からない様子だったので、お節介とは思ったんですが一応お連れしたんです。
 最近何かと物騒ですから……この年頃のお子さんを一人で出歩かせるのはあまり良くありませんよ」

 要するに、こういうことらしい。
 死柄木と別れて何処かの目的地に向かって歩き出したしおだったが、しかしそこへの道のりは分からなかった。
 仕方ないのでうろうろしながら探していると、そこを折り悪く善良で親切な警察官に目撃されてしまった。
 まだ子どもが一人で出歩くのに不健全な時間ではないものの、昨今の時勢を考慮したのだろう。
 親なり家族なりの元に届けつつ注意をするため、しおに連れられて此処までやって来た。そんな経緯なようだった。

「あの、失礼ですが、身分証の方を――」
「身分証? 今は持ち合わせねえけどな……おい」

 運転手の方に手を差し出す。
 アドリブだったが、流石に相手も大企業の役員。頭は回るらしく、すぐさま名刺を出してくれた。
 それを受け取るなり、気だるそうに警察官へ突き付ける。
 するとやや疑いの目になりつつあった彼の顔が、途端に驚きに染まった。

「で、デトネラット……!?」
「ああ、流石に聞き覚えあんのか。
 こっちでも有名だもんなあ、デトネラット。で、もう良いか?」
「……た、大変失礼しました。ご協力感謝します!」

 デトネラット。国内最大手のライフスタイルサポートメーカー。
 死柄木の世界にもあった会社だが、流石に"個性"なんてもののないこの世界ではあの社長も良からぬ革命思想に傾倒はしていないらしい。
 とはいえモリアーティの甘言に掛かり、彼の手駒の一個になってしまっている辺り、根っこの部分に然程違いはないようだったが……
 それはさておき、こうして一発で社会的地位の高さをアピール出来るのは便利だった。
 日本人はとにかく肩書きの大きさや響きに揺るがされやすい民族だ。
 地位の高さはそのまま"信頼"に繋がる。事実正義感に溢れていそうだった若い警察官も、国民的大企業(デトネラット)の名刺を見るなり疑いの色をめっきり消し、しおに手を振りながら去っていく始末だ。
 大丈夫なのかと思う場面なのだろうが、そもそも立派な悪、社会の敵である死柄木にそこのところを憂いてやる義理はない。

「……何やってんだお前は。俺以上に角が立つとヤバいロールしてる癖して、人目も気にしないのか」
「ごめんなさい……。でも知らなかったの、外を歩いてるだけでおまわりさんに捕まっちゃうなんて」

 少ししゅんとした様子で言うしおに、死柄木は改めて"大丈夫なのか、こいつは"の思いを強くする。
 あまりにも社会的な常識に乏しすぎる。年齢相応の幼さと言えばそれまでだが、それだけではないようにも見えた。
 大方、余程おかしな家庭環境で育ったのだろう。そうでもなければこの歳で、狂った愛に目覚めなどすまい。
 何があったのかは知らないし興味もない。
 が――それでこちらに迷惑が掛かるのだけは、死柄木としてはとても御免被りたかった。

「だから、今度はとむらくんも来てくれる?」
「は?」
「おまわりさん、言ってたよ? "おうちの人と一緒じゃないの?"って」
「俺はお前の"おうちの人"でも何でもないんだが」
「でも、らいだーくん達まだ帰ってこなそうだし」

 じー、と上目遣いで見上げてくるが、それに乱される死柄木ではない。
 彼に人並みの良心などないし、少女趣味に目覚めた覚えもない。
 だから一蹴することは簡単だったが、問題はそれで諦めなかった場合である。
 また出向かれて迷われて、それを探すのに時間を取られるようなことになるのは面倒だ。
 それに、さっきはあっさり帰ったあの警官も――次にもう一度同じ状況のしおを見つければ、もしかするとまた疑いの目を持ってくる可能性もある。
 そういう聖杯戦争とは無関係な余計なことで足を引っ張られるのは死柄木としても御免で。
 故に彼は、肺の全ての空気を吐き出すように深い溜め息をついて、"諦める"ことにした。


231 : シュガーソングとビターステップ(後編) ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 21:47:30 0aT5ENX60
◆◆


「……コンビニ探すのに迷うか? 普通。都会だぞ都会」
「だって行ったことないんだもん」

 わざわざ行きたい場所とは何処なのか。
 じりじり照りつける日光と吸い込んだだけで不快になる蒸した空気。
 靴底から伝わるアスファルトの熱、汗でじっとりと湿る衣服。
 その全てに不快感を懐いている死柄木だったが、彼の隣をご機嫌そうに歩くしおにはうんざりした様子の欠片もない。
 死柄木も若いが、二十歳と八歳ではやはり色々違いがあるようだった。

「一回行ってみたかったの。おじいちゃんも、行ってくるといいって言ってくれたし」

 さとちゃんもらいだーくんも行ったことあるって言ってたから、私も、って思って。
 
 その言葉から、しおのこれまでの生活環境は察せられた。
 恐らく彼女は、聖杯戦争が始まる前からずっと、外の世界に出ていなかったのだろう。
 或いはそうでなくとも、外に出る機会がとても少ない環境で生きていた。
 そうでなければ、十年近く生きてきてコンビニに入ったことが一度もないなんて話はまずあるまい。
 最近のガキはどうなってんだよ、と。
 奇しくも、彼女のサーヴァントがしおに対して常々抱いている感想と全く同じことを、死柄木は呆れ混じりに呟いた。

 しお一人ではなかなか辿り着けなかったようだが、この都会を歩いていてコンビニを見つけられない方が難しい。
 少なくとも死柄木にしてみればそうだったし、事実今度はあっさり見慣れたロゴの刻まれた店をすぐに見つけることが出来た。
 たったったっ、と軽やかな足取りでドアの前に立ち、自動ドアが開くのを見てぱっと彼の方を振り向くしお。
 
「何もしてないのにひらいたよ! テレビのまんまだね!!」
「自動ドアぐらいで騒ぐなよ、俺が怪しまれんだろ」

 ただでさえ、この組み合わせは目を引く。
 年齢の差はまだいいにしても、髪色まで違う上、真夏だと言うのにフードを被った死柄木の姿は幼女連れでなくても相当に怪しい。
 そんな人物とどう見ても十歳未満の幼女が共に歩いていて、おまけに異常な世間知らず発言が聞こえてくるとなれば、疑り深い人間でなくたって監禁なり何なりされているのではと思うだろう。

 ……というかこれは、もしかしなくてもしお一人の方がまだ面倒なことになる確率が低かったのではないか。
 そう思い当たった死柄木は、改めて彼女を連れて来たモリアーティを恨んだ。
 あのライダーはよくこれと一緒に暮らしてたなと、何かと気の合わないデンジのことを若干見直しすらした。

 そんな死柄木をよそに、しおはお菓子の棚やら、ジュースの入ったウォークなどを見て。
 まるでおもちゃ屋か何かに来たみたいに目を輝かせていた。
 しおがいくら持っているのかは知らないが、数千円程度はあるだろう。
 であれば片っ端からカゴに入れれば良さそうなものだが、そこは彼女なりに何かこだわりがあるのかもしれない。


232 : シュガーソングとビターステップ(後編) ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 21:48:20 0aT5ENX60

「今日も暑いし、アイスにしよっと」
「……何でもいいから早く決めてくれ、こっちはさっさと帰りたいんだ」
「とむらくんは何にするの?」
「俺は要らねえ」
「えー、せっかく来たんだよ? ……あ、そうだ! じゃあとむらくんの分も、私が選んであげるね」

 売り場の冷凍庫の縁を両手で小さく握って伸びをし、頼んでもいない吟味を始める。
 付き合ってられるかと思い、死柄木は店の外に出た。
 外は相変わらず暑い。茹だるような熱気とはまさにこのことだろう。

 そうしてしばらく待っていると、買い物を終えたらしいしおがご機嫌そうに出てきた。
 袋の量は二人分のアイスにしてはやけに多く見える。

「らいだーくんとおじいちゃんのぶんも買ったの。らいだーくんはごはんもおやつも食べるから、おじいちゃんも食べられるよね」
「それは知らんし興味もないけどよ」
「?」
「車まで五分はあるぞ。溶けんだろ、それ」
「……あ」

 くどいようだが、外は炎天下である。
 気温は恐らく三十度程度で、湿度も高くとにかく不快な暑さだ。
 アスファルトからは陽炎が立ち、歩き始めれば一分としない内に汗を掻く猛暑日。
 そんな日に氷菓子を持って歩いたらどうなるかなど、はっきり言って明らかだった。
 しかしご機嫌だったしおにしてみればそれは完全に盲点だったらしい。 
 一瞬、驚いたようにハッとなって。それから――しゅん、と目に見えて消沈する。

「どうしよ……」
「……コンビニは大体氷も置いてんだろ。貰うなり買うなりして来りゃいいんじゃないか」

 ぽつりと漏れた言葉に対して、親切にも"解決策"をくれてやったのは別に情が湧いたからなどではない。
 死柄木にしてみれば、それは当たり前のことだったからだ。
 車がないなら氷を買って冷やしながら歩けばいい。そうすれば溶けるまでの猶予はそこそこ伸びる。
 だからつい、何を馬鹿なことで悩んでいるんだと口を出してしまった。
 けれどしおは、まるで凄い知恵を授けて貰ったみたいにぱあっと表情を明るくして。
 ぱたぱたと、コンビニの中に戻っていく。

 そして数分としない内に出てきた彼女の持つレジ袋は、先ほどまでよりも幾らか膨れて見えた。

「帰るぞ」
「えへへ。ありがとねぇ、とむらくん」

 彼女が隣に来るのを待たずして歩き出す死柄木。
 その様子は大人げなくさえあったが、しおはとてとてと急ぎ足で追いついてくる。
 そして隣に並ぶと、にへら、と表情を緩めながらそう言った。
 
「(……分からないな。こいつ、どっちが本性なんだ?)」

 しおは無邪気だ。少なくともこうして接している分には、ただの年相応の子どもにしか見えない。
 だが、死柄木は彼女の年相応でない顔を知っている。
 初めて会った時に覗かせた狂気。下手をすれば連合の面々をすら上回るかもしれない、強い決意とそのために他者を壊せる漆黒の意思。
 その二つの側面が、どう比べてもまるで繋がらない。
 どちらかが演技なのか、それとも――どちらも本性。どちらも、神戸しおという少女の真実なのか。

「とむらくん、なんだかお兄ちゃんみたいだね」


233 : シュガーソングとビターステップ(後編) ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 21:48:57 0aT5ENX60
「似合わねえよ」

 おもむろにそんな言葉を投げかけられて、ついそう答えてしまう。
 自分でも何故そんなことを言ったのかは分からなかった。
 ただ、何となくだ。何となく、自分は"兄"ではないような気がした。
 
 それは死柄木弔、■■■■の閉ざされた記憶の片鱗。
 何故かそれが、この神戸しおと一緒に居るとちらつく。
 子どもは純粋で、だからこそ残酷な生き物だ。
 モリアーティの言葉を思い出す。曰く彼女は、幼いが故に何でもなれる。そして、何でも出来る可能性を秘めているらしい。
 
 炎天下の下を歩く。
 警察に見つかれば職務質問は必至、通行人が見たとしても"もしかして"と思ってしまうだろうこと請け合いの釣り合わない二人。
 車までの距離はたかが知れている。
 掛かる時間もそこそこだ。そのわずかな道のりの中で、最初に語らおうという姿勢を見せたのはしおの方だった。

「とむらくんは、なんで壊したいって思うの?」

 足は止めないまま、けれど顔は死柄木の方を見て、しおがそう問いかけた。

「私はさとちゃんとずっと一緒に居たいと思ってる。それはさとちゃんのことを愛してるから。
 ならとむらくんも、何かわけがあって、世界を壊したいって思ってるんだよね」

 それは、どうして?
 そう問いかける彼女に対し、死柄木も歩みを止めはしない。
 何故なら死柄木の中には常に、その答えが鎮座しているからだ。
 非業の幼少期。オール・フォー・ワンと出会い、萌芽の時を迎えるまでの鬱屈とした日々。
 勝利と敗北を比べたなら間違いなく敗北の方が多いだろう、無味で無価値な二十年間。
 その中で培われた破壊の願いは、彼にとっては決して揺るがぬ確たるものであるのだから。

「目障りなんだよ。だから壊すんだ」
「嫌いだから?」
「ああそうさ。俺は嫌いなんだよ、俺の世界がな」

 それこそが彼の願いの根幹である。
 彼は全てを憎んできた。文字通り、世界の全てを。
 例外は彼と寝食を共にしたごくわずかな仲間程度のもの。

「過去も、未来も、大人も、子供も、……社会も個人もだ。何もかも要らない。だから壊すんだ」
「そうなんだ。とむらくんは、誰かを愛したことはないんだね」
「ないね。そうしたこともなけりゃ、そうされたいとも思わない」


234 : シュガーソングとビターステップ(後編) ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 21:49:53 0aT5ENX60

 それは、死柄木には無縁の感情であり概念であった。
 或いは幼い頃。記憶の薄闇の奥に閉ざされた過去の己であれば、そういうものを知っていたのかもしれない。
 だが今は違う。今此処に居る死柄木弔は愛を持たず、愛を知らない渇いた命だ。
 愛に飢えてなどいない。それすらも、彼にとってはただただ"要らない"ものでしかないから。
 だから願うのだ、全ての破壊を。
 自分は全てを壊して、後の世界はわずかな仲間達が好きに運営していけばいいと思っている。
 死柄木の目指す覇道、草木一本残らない破壊の地平線に、愛なるものが混ざる余地などなく。

「俺はただ壊すだけだ。お前がどこぞの過保護な恋人とランデブーする未来も、その例外じゃないわけさ」
 
 正直なところ、そこまで強く界聖杯を求めているわけではない。
 死柄木にとって最も重要なのは元の世界に帰ること。
 その過程上に"ある"のだからどうせなら手に入れたい、心持ちとしてはそれくらいだった。
 しかし今は、界聖杯の獲得と元の世界への帰還はほぼイコールとなっている。
 聖杯を求める想いはそこまでだが、元居た世界に帰れないのは御免被る。それが死柄木の嘘偽りない本心だ。
 彼が壊したい世界は、あくまでも彼自身の生まれた世界。
 ヒーローが跋扈し、世界の九割以上の人間が異能に目覚め、歪なバランスを保ったままぎこちなく進んでいくばかりだったあの世界。
 
 それを壊すためには、まずそこに帰らなければならない。
 そしてその上で、改めて壊すのだ――故に死柄木は躊躇いなく、決めた。
 聖杯戦争に勝ち、界聖杯を燃料として取り込んだ上でヒーロー共の待つ個性社会に凱旋を果たしてやるのだと。

「じゃあやっぱり勝負だ。私か、とむらくんか」
「そうだが、そんな台詞を吐くにしちゃ無用心だな。
 俺が此処でお前の首を締め上げでもすれば、それでお前はお終いだぞ」
「でも、とむらくんはそんなことしないでしょ?」

 くす、と。
 そう笑うしおに、死柄木は言い返せない。
 死柄木は幼稚だ。子ども大人(フリークス)と称される未発達な精神性の持ち主である。
 だが、彼は"子ども"だった頃から随分と大きく成長した。
 それ故に彼は、しおとデンジの二人と結んだ同盟の有用性を既に理解している。
 だから口ではこう言っても、実際にしおを殺すという行動に移ることはない。
 そこのところを、しおは見透かしていた。コンビニでアイスを前に悩んでいた時のとは違う、歳不相応の目で。

「最後は私たちととむらくんたちにしようよ。
 そしたら、私たちの愛が強いかかとむらくんたちの"はかい"が強いか、ちゃんと決められるでしょ?」
「そこまで付いて来れたら褒めてやるよ」

 しおは、死柄木に対して一定以上の信用を置いていた。
 彼女は幼い。だから策謀などは特になく、信用の理由は概ね心証の部分が大きかった。
 しおには分かる。死柄木弔という人間の心の瓶は、割れていると。
 そして彼はその上で、他の全てを割ろうと願っているのだ。
 愛を知らない、愛を受けたことがない。割れた心の破片をばら撒きながら、八つ当たりのように何もかもを壊したいと願う"悪"。


235 : シュガーソングとビターステップ(後編) ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 21:50:36 0aT5ENX60

 しおとはまるで違う境遇と価値観。
 されど共感出来る部分もある。しおの願いは永遠に続く、もう誰にも邪魔立てされることない《ハッピーシュガーライフ》だ。
 もしもそれを実現させるために、他の何かが邪魔だというのなら。それがある限り叶えられないというのなら。
 神戸しおは、躊躇なくその全てが滅びますようにと願うことが出来る。
 何故ならそれが愛だから。愛のためなら、やってはいけないことなどないのだと知っているから。
 愛を知るしおと、愛を知らない死柄木。けれど、しおも死柄木の願いには一理を見出せるのだ。
 そこに、愛するあの人――"さとちゃん"の姿さえあるのなら。
 他の全てが破壊された荒野の世界も、悪くはないと思えるから。

 だからしおは死柄木に懐き、最後の相手は彼がいいとそう考える。
 愛を知る自分が、愛を知らない死柄木を乗り越えて聖杯に辿り着く。
 その結末(おわり)は、きっと――とても綺麗で、素敵なものだと思うから。

「私ね、"さとちゃん"のことが大好きなんだ。
 さとちゃんは私を守って死んじゃった。でも、さとちゃんと過ごした思い出はずっと私の中に残ってるの。
 だから聖杯がほしいんだ。ほしくて、ほしくて――たまらないの。
 とむらくんは、それっておかしいことだと思う?」
「答えの出てる命題(テーマ)を他人に共有してくるんじゃねえよ。
 お前みたいなマセガキのことだ。俺が言うまでもなく、自分なりの答えを出してるんだろ」
「うん。でも、聞いておきたいなって思って。
 ――――とむらくんは、どう思う?」
「好きにすればいい」

 松坂さとうが生きていた頃。
 しおとさとうの愛を邪魔するものはあまりにも多かった。
 それはしおの知らない誰かであり、しおの目の前に現れた小鳥であり、お兄ちゃんだった人であり。
 けれど他の誰であってもきっと、自分達の愛を否定したのだろうとしおは薄々そう気付いている。

 シュガーライフは薄氷にして薄皮。
 甘いだけの泡沫で、それ故に間違った愛であると。それは愛などではないと、誰もがそう否定すると分かる。
 ああ、だけど。神戸しおの目指す未来は一つしかなくて、彼女がかつて過ごした時間は嘘偽りのない真実で。
 だからこそしおは信じている。信じない他のすべてを壊しても構わないとそう思えるくらいに強く、強く。
 彼女はハッピーシュガーライフを願っている。永遠の、終わることない、誰にも邪魔されない愛の時間。

 そして。その願いを、その想いを。
 死柄木弔は呆れこそすれど、否定はしない。
 何故なら彼は――――悪名高き敵連合の長。魔王の器、毒蜘蛛の王が見初めたマスターピース。
 その彼が、悪に染まってでも願いを叶えんとする情念を否定するはずなどなかった。
 
 この世にはどうしようもない奴というのが一定数必ず居る。
 ベクトルは違えど、しおもその一人だろう。
 死柄木弔は、そんなどうしようもない奴らを否定しない。神戸しおを否定しない。
 何故なら、どうしようもない彼女を否定すれば。
 それは、元の世界に置いてきた……数少ない仲間達の存在を否定することと同じだからだ。


236 : シュガーソングとビターステップ(後編) ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 21:51:15 0aT5ENX60
 
「お前、もう分かってんだろ。自分達以外は糞だって」
「……、」
「ならいちいち他人様に確認して来るなよ。
 お前は十分イかれてる。俺と組むってんなら精々役に立ってくれ」
「……あは、ははっ。そっか――ありがとね、とむらくん。
 うん、そうだよ。私ね、もうとっくに分かってる。
 この世界に来て、聖杯戦争のことを知ったその時から」

 あの日々、あの限られた時間。
 終わりの見えた甘い時間。
 そこには確かに愛があって。
 それで救われたのだ、二人の割れた命(こころ)は。
 愛を知らない少女は愛を知り。何にもなれた無垢の器は答えを得た。
 それは確かに一つの真実。何物も割り込むことの及ばない、彼女達だけに許された答え。
 
「全部壊れちゃえばいいのにって、そう思ってたから」

 松坂さとうは神戸しおを守り、そうして死んだ。 
 だからしおは今此処に居る。それは、あの時彼女が望んだ未来ではないし。きっと、さとうが望んだ未来でもないのだろう。
 だけど、あの時。一緒に死んで一つになることを約束したにも関わらず、さとうがしおを守ったことこそが全ての答え。
 さとうは死を以って一つになるのを拒絶し、愛する人が、愛するからこそ、生きていく未来を願った。
 それこそが愛の到達点。利己を捨て去り、解放された真実の愛。
 そのことを、しおも理屈ではなく心で理解している。その上で、思うのだ。奇跡に縋ってでも、この先に行きたいと。



 ――真実の先に行く。それが、神戸しおの願望のすべて。
 あの墜落と別離こそが真実の愛。それを分かった上で、しおは先を描こうとする。
 利己(エゴ)で以って。一度辿り着いた真実を、自分の手で屑籠に捨てて。
 真実も虚構も超えた、永遠にして最大のハッピーエンドを。
 それを望むからこそ、神戸しおはチェンソーを手に取った。
 犯罪を司る大蜘蛛と盟を結び、破壊を願う未来の魔王を友と見据えた。

 遥か地平線の果て。神戸しおにとって、地平線とは"真実"で。
 その先に辿り着くことこそが、彼女の。
 愛し愛されたいのちを失った末に得た――答えだった。


 
「私、勝つね。とむらくんに」
「やってみろよ。殺してやるぜ」


237 : シュガーソングとビターステップ(後編) ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 21:52:07 0aT5ENX60

 確かな殺意を以っての宣戦布告。
 それは嘘偽りでも、一時の妄言でもないと死柄木も理解している。
 彼は既に、ジェームズ・モリアーティが神戸しおを買う理由に疑問を抱かなくなっていた。
 願う想いの強さと、そのひた向きさを指して"可能性"と言うならば。
 ああ、成程間違いなく。こいつは――味方として飼っておくのが得策な、羽化を待つ蛹であるのだと解ったから。

 だがその上で死柄木は彼女の愛を踏み躙ることを迷わない。
 最後に勝つのは己でなくてはならない。全てを壊すために、この世界に集まった全ての可能性を摘まねばならない。
 しおもそのサーヴァントも決して例外ではなかった。
 死柄木弔は情を抱かない。よしんばその前提が崩れる日があったとしても、最終的な目的だけは絶対に揺るがないのだ。

 だからこそ、魔王(オール・フォー・ワン)は、蜘蛛(ジェームズ・モリアーティ)は。
 この未完成な青年を指して、最大の可能性であると称したのだ。


「あ、とむらくんのアイスだけど……何が好きか分かんなかったから、普通のチョコバーにしたの。チョコだいじょうぶ? 嫌いじゃない?」
「どれでも同じだろ。好きも嫌いもない」
「えー、ぜんぜん違うよ?」

 てく、てく。とて、とて。
 そんな音を響かせながらの帰り道。
 真面目な話はすぐに終わり。
 しおは自分が買ったアイスの入ったレジ袋の中を楽しそうに見つめながら、打って変わって他愛もない話を始める。

「らいだーくんのはミックスフルーツ味にしたんだー。らいだーくん、ちょっと豪華なやつが好きだから。
 おじいちゃんのはこれ、あずきの入ったアイスバー。一回食べたことあるんだけど、これすっごい固いんだよね。びっくりしちゃった」
「あのジジイが勢いよく噛んで歯ァ折る光景は見てえな」

 適当に相槌を打ちながら歩く、歩く。
 見れば、視界の彼方にようやく自分達の乗ってきた車が見えた。
 車内には既に幾つかのシルエットがある。どうやらもうサーヴァント達の交渉沙汰は終わっているらしかった。

「それで私のはねー、これ。ふぉれのわーるのアイス!」
「ふぉれ……何だって?」
「知らない? ふぉれのわーる。
 甘くてねえ、ふわふわしててねえ。とってもおいしいんだよ」

 コンビニで売っているアイスの中では少々お高い方に分類されるだろう銘柄の、その更に限定フレーバー。
 フォレ・ノワールという名前は、死柄木には聞いたこともないそれだった。
 別段興味もないが、にこにこと幸せそうに笑って袋の中を見つめるしおの様子はただ菓子にはしゃいでいるのとは違って見える。
 となれば、いつかの思い出由来の"好き"なのだろうなと簡単に察しが付いた。

 フォレ・ノワール。
 それは幸せの記憶。幸せが崩れたあの日の味。
 あれから時が経って、世界も変わって、周りには人が増えた。


238 : シュガーソングとビターステップ(後編) ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 21:52:57 0aT5ENX60

「あ。おじいちゃん達、もう帰ってきてるみたいだね」
「……どうせならコンビニまで来させればよかったなァ」

 お城で暮らしていた頃。
 さとちゃんが自分のためにお仕事をしてくれている間、テレビでやっていた何かのドラマ。
 しおに内容の意味はよく分からなかったけれど、印象に残る言葉があった。
 
 死んでしまった人のことは、声から忘れていくらしい。

 自分もそうなってしまうのかと思うと不安で寂しくて、蹲ってしまいそうになるけれど。
 新しい日常になった世界の中で、忘れられない幸せな味と再会して。
 しおは思った。ああ、どこにいたって、どこで生きていたって、どれほど時間が経ったって。
 思い出だけは変わらない。あの人との思い出を覚えている限り、いつだって自分は"あの日"の欠片に出会えるんだと。

 それなら――自分は歩いていける。
 なんでもなれて、なんでもできる。そう信じられた。
 甘くてふわふわのフォレ・ノワール。それは天国への追憶。 
 もう翼はないけれど。天使の輪っかもないけれど。
 世界で一番純粋な願いを胸に、堕ちた天使は「死」と歩く。
 だけど「弔い」はしない。死とは覆せるものであると知ったから。

「ただいまーっ」
「遅えな、どこ行ってたんだよ」
「とむらくんにコンビニ連れてってもらったの。
 はいこれ、らいだーくんにもアイス。おじいちゃんのもあるよー」


◆◆


 ――死柄木弔と神戸しおが、炎天下の帰り道を歩いている頃。

 バーサーカー・鬼舞辻無惨と一旦の停戦協定を取り付けて家を出るなり、モリアーティは小さく嘆息した。
 デンジも息の詰まる時間が続いたことでうんざりしていたが、彼のそれはデンジのとは質の違う辟易だった。
 モリアーティはこの手の状況のプロフェッショナル。言葉と知恵で戦わせたら超一流の策謀家である。
 そんな彼だが、この邸に住まう主従。無惨とそのマスターの女に関しては、些か"読み違えてしまった"と認める他なかった。


239 : シュガーソングとビターステップ(後編) ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 21:53:47 0aT5ENX60

「いやあ、彼らは駄目だネ。とてもではないが組める相手じゃない」
「アイツめっちゃキレて来たもんな。絶対一緒に働きたくねえタイプだわ」
「決して頭の悪い人物ではないのだろうが、彼の気性は災害のそれだ。
 どれだけ綿密に盤面を整えたとしても機嫌一つでそれを壊してしまう」

 モリアーティは、鬼舞辻無惨――もとい資産家・松坂を名乗る件の人物はもっと有用な存在になるものと踏んでいた。
 ミスがあったとはいえ素早くそれでいて貪欲に立ち回り、社会的信用度の高いロールを偽造してのけた手腕。頭脳。
 自分達の"連合"に引き入れることが出来たなら、いざという時に相手の予想外の方向から切れる強力なカードとなる筈だと。
 そう思っていたのだが、モリアーティは無惨の気性を読み違えた。
 鬼舞辻無惨はまさに災害。ちょっとした火花一つで大爆発を引き起こす爆弾。
 利用するという方針は変わらないものの、少なくとも連合に加えて密に連携を取るのはまず不可能だ。
 彼に背中を預けるメリットよりも、それによって生じる爆発事故のリスクの方が遥かに大きい。モリアーティは、そう考える。

「アイツ、太陽に当たったら死ぬんだろ?
 上手いことやってこの家ごと吹っ飛ばしてやればいいんじゃねえの」
「無しではないがリスクが大きい。それに勿体なくもある。
 憎まれっ子が世に憚るコツは、頃合いを見極めることと、資源を無駄にしないことだよ」
「ま、アンタがそう言うならいいけどよ……」

 ――それにしてもあの女、気持ち悪かったなあ。
 そう呟くデンジに、モリアーティも「彼女の件に関してだけは、あのバーサーカーに同情するナァ」と笑った。
 
 鬼舞辻無惨のマスターは、一目で分かる異常者だった。
 知能に問題があるわけではない。何か重篤な妄想病を患っているわけでもない。
 ただ単純に、人格が取り返しの付かないほど歪んでいる。ねじれている。
 気が短く癇癪癖のある無惨が此処まで彼女を殺さずに済んでいるのは快挙だとすらモリアーティには思える。
 
「ところでライダー君。君、彼女のことを伝えるのかね」
「……あー。どうしようなあ。考え中ってことで」

 とはいえ、そこまでなら所詮他人のご家庭の話だ。
 無惨がどれだけ苦労しようがデンジ達には何ら関係ないし、むしろデンジなどは溜飲が下がる思いですらある。
 だが。無惨のマスターであるあの女は、デンジの独り言を拾って、反応した。
 神戸しお。デンジをこの地に喚んだ"愛"を追う少女の名を、驚きと喜びの入り混じったような顔で――口にしたのだ。

「(やっぱり、やべえ奴の周りにはやべえ奴が集まるんだな)」

 あの女はしおを知っていた。
 ならばしおも、彼女のことを知っているのだろうか。
 であれば伝えた方がいいのか。それとも、関わらせない方がいいのか。
 デンジは今ひとつ、そこのところを決めかねていた。
 ……マスターもサーヴァントも揃ってお近付きになりたくないあの主従と、あんまり関わりたくねえなあという私情も、ちょっとある。

「まあ、結論を出すのは早い方がいいとだけ言っておこう。
 君がしお君に伝えたなら、もしかするとあのレディもやる気を出してくれるかもしれない」

 そうなれば、"彼"の利用価値もまた変わってくる。
 言って笑うモリアーティに、デンジは「へいへい」と気のない返事を返した。


240 : シュガーソングとビターステップ(後編) ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 21:54:18 0aT5ENX60
 

「……ふむ」

 デンジが後部座席に乗り込んで。
 モリアーティは助手席に乗る。
 車内に死柄木としおの姿はなかった。どうやら言った通り、買い物か何かに出かけているらしい。
 死柄木まで付いて行っているというのは意外だったが、大方執拗に迫られて根負けでもしたのだろう。
 さして心配することもなく、モリアーティは自分の携帯端末を起動した。

「(順調に広まっているようだね、彼女の花粉は。
  流石はアイドル、現代の花だ。散って尚人々の心に届くとは)」

 あるアイドルの失踪。
 恐らくは聖杯戦争のマスター、可能性の器の一体であったのだろう少女の死。
 アイドルを花と呼ぶならば、それの行動・挙動によって起きる感情の伝播は花粉と呼ぶべきだろう。
 モリアーティは、聖杯戦争を自分の望む形に進めるために幾つかの手を打っている。
 これもまた、その中の一つ。
 現役アイドルの失踪というセンセーショナルなコンテンツを応用して情報のパンデミックを引き起こす。
 それにより、自分達の手の届かない場所で地獄が出現するのなら――これ幸いとほくそ笑めばいい。
 
 千本もの糸を張り出した蜘蛛の巣の真ん中に、動かないで坐っているようだと。かつて誰かがそう評した。
 そう、ジェームズ・モリアーティとはひとえにそういう存在。だからこその犯罪王。
 膨大な本数の糸を使って巣を編み上げ、失敗したならその部分だけを切り離し、結果黒幕の彼には誰も辿り着くことが出来ない。
 要するに、いつも通りのやり口だ。特段感慨も期待もせず、自分の編んだプランの行く末を眺めるだけ。

 ……なの、だったが。
 それとは別に一つ。気掛かりなことはあった。

「ライダー君。改めて言うのも何だが、君達は実に運が良い」
「ああ?」
「最初に気付いたのが私で良かった。という話サ」

 狡知に長ける毒蜘蛛の王。
 彼は既に感じ取っている。見出している。
 かつて己がマスターに伝えた時はまだ直感の域を出なかったが、今は既に確信へと変わっていた。

 例えば、峰津院財閥を探らせていた時のことがそうだ。
 モリアーティをして危険と判断し手を引く結果にはなったが、あの時明らかに、自分以外の何者かが動いている痕跡があった。
 既にあの時点で聖杯戦争予選は終盤。藪をつついて蛇を出し死んだと考えることも出来なくはないが、あくまでこれは蜘蛛の存在を感じ取らせた事案の中の一つでしかない。
 他にも幾つかの気配と痕跡、兆しから。彼は、以下のように結論付けた。

 ほぼ間違いなくこの世界には自分でないもう一匹の蜘蛛が居る。
 それが自分と同じ悪を為す者であったならば問題ではない。
 その背に糸を繋いで、黒幕気取りのまま操り切ってみせよう。
 だが、モリアーティの推察では――


241 : シュガーソングとビターステップ(後編) ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 21:54:56 0aT5ENX60

「(悪を貫き善を為す者――といったところか。
  荒唐無稽だと笑ってやりたいが、しかしあちらもまたなかなかの蜘蛛なようだ)」

 件の蜘蛛は、同業者(あく)ではない。
 もしモリアーティと同様に混沌を愛し、人心を拐かし、利用して犯罪を繰り返す者であったなら彼はとっくにその素性を探り当てていただろう。
 人材を使い捨てるやり口であったり、一定数の犠牲を許容して何かを得るのを是とする手段を使う手合いであったなら勝負は既に決まっていた。
 年季の違いだ。悪を為す者は同じ悪の気配に敏い。
 ジェームズ・モリアーティを欺いて悪を為すなど、彼が宿敵と認めたかの名探偵ですら不可能であろう。
 
 にも関わらず、仮称"もう一匹の蜘蛛"は依然としてモリアーティの情報網にも観察眼にもその面影を滲ませない。
 そこからモリアーティが推察した彼、ないし彼女の人物像は――"義賊"。
 社会の闇に潜んで策を練り、人を動かし、流れを作ってされど弱き者を助けようとする、物語の中だけに許される在り方。


242 : シュガーソングとビターステップ(後編) ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 21:56:21 0aT5ENX60


 ――さて、名も知らぬ君。どうやら我々、随分馬が合わなそうだねェ。

 私が目指すのは窮極の破壊。
 この界聖杯内界で、私は私の小惑星を発見した。
 死柄木弔。彼が羽化すれば、そこには新たな地平線が開けるだろう。
 しかして君はそれを望まないね? 命を賭してでも阻止しようとする筈だ。
 何故なら君は壊すのではなく、直すことを望むから。
 何かを直すために壊す。そういう生き方に殉じた英霊――さながらこの私の鏡写しだ。

 ならば私は、鏡の君を否定しよう。
 そして君の悉くを上回り、破壊の地平を見せてやるとも。
 
 君の弱点。君の欠点。君が私に及ばない理由。
 解っているぞ、もう既に。


 君は、シャーロック・ホームズにはなれないのだろう?

 
 踊りたまえ、私の掌で。
 追いかけたまえ、私の影を。
 捕まえてごらん、犯罪王(モリアーティ)を。
 君は私の鏡写し。ならば私もまた、君の鏡写し。
 君が殺さねばならぬモノ、だよ。分かっているね?


 藻掻きたまえ、若人よ。頑張りたまえ、後輩よ。
 殺してみたまえ、悪なるこの身を。
 天使も悪魔もありはしない――――《終局的犯罪(カタストロフ・クライム)》が来る前に。


243 : シュガーソングとビターステップ(後編) ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 21:57:46 0aT5ENX60


【中央区・住宅街(無惨邸付近)/一日目・午後】

【死柄木弔@僕のヒーローアカデミア】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円程度
[思考・状況]
基本方針:界聖杯を手に入れ、全てをブッ壊す力を得る。
1:当面の方針はアーチャーに任せる。ただし信用はそこまでしていない。
2:しおとの同盟はとりあえず呑むが、最終的に殺すことは変わらない。

【アーチャー(ジェームズ・モリアーティ)@Fate/Grand Order】
[状態]:健康
[装備]:超過剰武装多目的棺桶『ライヘンバッハ』@Fate/Grand Order
[道具]:なし?
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:死柄木弔の"完成"を見届ける。
1:当面は大きくは動かず、盤面を整えることに集中。
2:バーサーカー(鬼舞辻無惨)達は……主従揃って難儀だねぇ、彼ら。
3:しお君とライダー(デンジ)は面白い。マスターの良い競争相手になるかもしれない。
4:"もう一匹の蜘蛛(ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ)"に対する警戒と興味。


【神戸しお@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数千円程度
[思考・状況]
基本方針:さとちゃんとの、永遠のハッピーシュガーライフを目指す。
1:ふぉれのわーる!!!
2:とむらくんとおじいちゃん(モリアーティ)についてはとりあえず信用。一緒にがんばろーね。
3:最後に戦うのは。とむらくんたちがいいな。

【ライダー(デンジ)@チェンソーマン】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円(しおよりも多い)
[思考・状況]
基本方針:サーヴァントとしての仕事をする。聖杯が手に入ったら女と美味い食い物に囲まれて幸せになりたい。
1:……あんま難しいことは考えねえようにすっかあ。
2:死柄木とジジイ(モリアーティ)は現状信用していない。特に後者。とはいえ前者もいけ好かない。
3:しおにあの女(さとうの叔母)のことを伝える?


244 : ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 21:58:22 0aT5ENX60
投下を終了します。
また、投稿の際にタイトルミスをしたので一応訂正させていただきます。
>>228までの投下を「シュガーソングとビターステップ(前編)」、それ以降の投下を「シュガーソングとビターステップ(後編)」とします。


245 : ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 22:39:55 0aT5ENX60
>>283プロダクションの醜聞
ものすごい上手いんですけど、この上手いの意味が「文章」「展開」「キャラ再現」「盤面整理」と多岐に渡るのがもうすごすぎる。
かなり複雑化していた283プロ周りの情報とお話を一箇所にぐっと纏めてくださったの、企画主としてもありがたすぎてひたすらに感謝です。
また、登場人物全員がきちんと各々の味を出して動いていて読んでてとても楽しかったですね。
内容的にはある種複雑ですらあるはずなのにとにかく読みやすくて飽きの来ない、氏の書き手力の高さを感じる一作でした。
そしてモリアーティ(若)からモリアーティ(老)へのアプローチがあったりと、そっちの話を書いた自分も読んでいてめっちゃニヤニヤしてしまいましたね(早速さっきの投下で拾いました)。
事務所に射した一縷の希望。後はこれから来る災害(マム)を乗り越えるだけですが、果たして。

>>一人は星を見た。一人は泥を見た
まさにタイトルのままのお話で、光と闇で分かれたなあ……という印象でした。
明かされた地平聖杯前日譚、もとい白瀬咲耶との交流。そこに後悔と未練を見出す梨花ちゃんの描写はとても歯痒くいじらしいもの。
しかしその一方で沙都子はと言えば、目下絶好調で聖杯戦争をかき乱しているグラスチルドレンの黄金球と接触しているという。対比が凄いんよ。
グラチル側から見た沙都子の評とか、黄金時代(ノスタルジア)ってコードネームとか、読んでいておー……と唸らされました。
ただ沙都子のサーヴァントは厭らしい陰陽師ことリンボですので、そういう意味でもどんな化学反応が起きるのか全く読めませんね……。

>>みんなの責任! 大切な人の願いは(修正版)
修正の方ありがとうございます! 問題点は修正されていると思います、お疲れ様でした!!

>>Sky Blue Sky
シュヴィとアビーの邂逅、いいですね……これもまたとても良いクロスオーバー。
正直チートと言ってもいいくらいには反則的な性能を誇るシュヴィの解析能力が仇となる展開、とても面白かったです。相性ゲーが出ましたね。
戦闘能力では圧倒的に前者(アビーの再臨が進まない限り)だというのに、一点の誤差でそれが覆る展開は読み応えがありました。
そしてリップと鳥子、マスター側の心理描写もしっとりとしていて非常に良い雰囲気のもと描かれているなあと思いました。
リップ視点からのクーポン考察も今後の執筆の一助になりそうで頭が上がりません。プロだ……ちがうなあ……

>>七草にちかは■■である
つ……強火だーーー!!!! ウワーッ!!!ってなること請け合いの一作。読んでてリアルに声出ました。
にちかとそしてシャニPことプロデューサー、二人のキャラ理解の高さの程が窺える凄まじい一作だったように思います。
登場人物は二人で展開的にも会話がメインなのに此処まで"読ませる"ことが出来るの、氏の力量の高さを感じずにはいられないんですよね。
にちかの描写もとても良いのですが、やはり個人的にはプロデューサーがあの結論に辿り着いたところで声が出ました。
状況は間違いなく前に進んでいるのにハッピーエンドだけが見えてこない。そんなどうしようもない気分になるお話でした……すごいものを読んだ……。


お盆期間、投下来すぎで1もびっくりしています。
皆さん改めて投下ありがとうございました!!


246 : ◆0pIloi6gg. :2021/08/16(月) 23:44:30 0aT5ENX60
飛騨しょうこ&アーチャー(ガンヴォルト[オルタ])
松坂さとう&キャスター(童磨) 予約します。


247 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/18(水) 10:04:12 D5W5qkSc0
皆様、投下お疲れ様です!

>Sky Blue Sky
シュヴィとアビーの対決はほんの一瞬でしたが、優秀すぎたせいで敗北するという結果が意外性に満ちて、そして納得できましたね。
シュヴィも完敗に気を落とすも、彼女が抱いた恐怖にリップも寄り添ってくれるので、この二人には確かな絆を感じます。
一方で、アビーも確実に消耗していたので、まともに戦っていれば危なかったことが伺えますね。直前にあのリンボとの戦いでピンチになったばかりなので。
そして鳥子も敵サーヴァントと出会った引力を感じましたが、もしも空魚がいると知ったらどう思うでしょう……

>七草にちかは■■である
にちかとシャニPがようやく向き合い、話すようになりましたが……まさかこんな結果になるとは。
元の世界ではいなくなったはづきさんに想いを寄せながら、もう二度と出会えないと知ったからこそ、せめてこの世界だけでは助けてあげたかったのですね。
にちかちゃんもプロデューサーさんを信頼しているからこそ、頼んだのですが……プロデューサーさんからすれば、このにちかちゃんはやっぱり別人でしかない。
仮に、もう一人のにちかちゃんがプロデューサーさんと出会っても、またこじれそうな予感が……

>シュガーソングとビターステップ
しおちゃん、本当に楽しそうな日常を繰り広げていますね!
周りは悪い大人が勢揃いですが、しおちゃんからすれば本当に楽しいでしょうし、もう一人のモリアーティからしても悪の素質を育てられるのでめっちゃイキイキしてる。
もちろん、無惨も癇癪を起こしてもおかしくないですが、さとちゃんの叔母さんというもっとヤバいマスターの前にはどうしても見劣りしますか。
マリオカートやお買い物で楽しい時間を過ごしているだけに、あさひくんがもっと不憫になりますね……

七草にちか(弓)&アーチャー(メロウリンク・アリティ)
田中摩美々&アサシン(ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ)
幽谷霧子
予約します。


248 : ◆0pIloi6gg. :2021/08/18(水) 22:56:19 fAmPNfuA0
投下します


249 : 深海のリトルクライ ◆0pIloi6gg. :2021/08/18(水) 22:58:08 fAmPNfuA0

 すっかり住み慣れた、けれど居心地がいいとはまるで思わない部屋。
 鍵を開けて、扉を押して。目に入ったワンルームの中に、当たり前ながら神戸しおの姿はない。
 松坂さとうにとってこの瞬間は、ほんの一月前までは一日で一番わくわくする時間だった。
 なのに、今はただただ虚しいだけだった。
 この世界に甘いものは何一つとしてない。さとうにとって此処は、地上の地獄と言ってよかった。
 
 もしも今のさとうが、神戸しおの居ない毎日に戻されたなら。
 きっとこんな気持ちのまま、この先一生過ごしていくことになるのだろう。
 さとうがしおと一緒に過ごした時間は、彼女の人生の中ではほんのわずかな間でしかない。
 それでももう、しおの居る日常は彼女にとっての"当たり前"になっていた。
 甘い、甘い、おとぎ話のような日々。とろけるほどに素敵な、飽きることのないシュガーライフ。
 神戸しおの居ない世界で、もう松坂さとうは生きられない。
 分かっているからだ。彼女と過ごす時間の甘さに並ぶものなんて、この先何十年生きても出会えやしないと。

 今この苦いだけの世界で生きていられるのは、そうしてでも叶えたい願いごとがあるからに過ぎない。
 それがなければさとうはきっと、とっくの昔に抜け殻みたいになっていた筈だ。
 苦くて、辛くて、息も出来ないようなこの世界。
 だけどさとうは、息を止めてでも歩き続ける。歩き続けている。そうしなければ叶えられない――理想(みらい)があるから。

「やあ。おかえり、さとうちゃん」

 誰も居るはずのない部屋。
 しかし、住人を人間に限らないのならさとうには同居人が居る。
 それがこの鬼だ。頭から血を被ったような、禍々しく血腥い臭いを放つ、悪鬼。

 さとうがこの鬼と一蓮托生の関係になってからもう一ヶ月になる。
 耳障りな声で喋る鬼。目障りな笑顔で嗤う鬼。
 愛するしおの居るべき場所に平気な顔をして居座っている、鬼。
 さとうは、こいつのことが嫌いだ。自分の世界に知った顔で現れて、知った口で愛を騙るこいつのことを心胆の底から嫌っている。
 ……なのに、こいつが居なければさとうは願う未来を掴めない。
 どんなに嫌い軽蔑しても、今はまだ切り捨てられない――そんなジレンマがあった。

「どうだった? お友達との再会は。
 さしもの君も、少しは感じ入るものもあったんじゃないのかい?」
「特に何も。しょーこちゃんが居るとは思わなかったけど、それで私のやることが変わるわけじゃない」

 その言葉に嘘はない。前半と後半、そのどちらにもだ。
 まず前半。飛騨しょうこ――かつての友人である彼女に腕を掴まれた時は、さとうも本当に驚いた。

 さとうにとってしょうこという人間は、既に切り捨てた思い出の一つでしかなかった。
 昔は確かに友達だった。と、思う。
 他愛ない話をして、一緒に帰って、よくない遊びをしたこともある。
 けれどあくまでそれは昔の話。さとうにとってのしょうこは、決して"現在(いま)"の存在ではなかった。
 何故か。簡単だ。飛騨しょうこは、松坂さとうがその手で殺した存在だから。
 誰にも侵されてはならない愛の城に踏み込もうとした小鳥。
 殺すことに躊躇はなかった。彼女の言葉も、それが紡ぐ未来も、一切信用に足るものではなかったから。
 飛騨しょうこはさとうの中ではもうとっくの昔に終わった存在で。
 だからこそ――もう二度と顔を見ることもないと思っていた彼女に、必死の形相で手を掴まれた時は……真実、一瞬。思考を空白で染める羽目になった。


250 : 深海のリトルクライ ◆0pIloi6gg. :2021/08/18(水) 22:59:10 fAmPNfuA0

「泳がせるとは言ったけど、邪魔になるなら問題なく殺せる。
 もし使えるならやれるだけ使う。それだけで、それまでだよ」
「徹底してるねえ、さとうちゃんは。あの娘が聞いたら悲しむよ?」
「知らないよ。しょーこちゃんとは、ただ"友達"なだけだから」

 そして後半。さとうは、しょうこという"殺した筈の友人"であろうと問題なく利用出来る。
 しょうこが自分に寄り添おうとするのならば、やれるだけ利用する。
 もしもまた前のように、自分の邪魔をしようとするのならば――その時は容赦なく殺せる。
 それほどまでに、さとうの中での優先順位は確たるものとして定められていた。格付けされていた。
 飛騨しょうこは、確かに友人だったが。所詮、彼女は"友達"だ。
 愛を教えてくれたあの子に、しおちゃんに比べれば。取るに足らない、吹けば飛ぶような軽い存在でしかない。

「そんなことより、キャスター。さっき言ってたよね、予選期間に戦ったサーヴァントの気配を感じたって」
「ん? ああ、そうだよ。
 俺も色々なサーヴァントと戦ったけれど、彼とは一度じっくり腰を据えて話したいと思ったからよく覚えてるんだ。
 昼間でさえなかったら部屋から飛び出していたんだけどなあ。この身の脆弱さが恨めしいよ」
「その"気配"。私の感覚を通じて感じ取ったって可能性はある?」

 さとうはキャスターのクラスを持つこの悪鬼……真名を童磨という彼のことが嫌いである。
 何しろ知った風な口を利く。そうでなくても無駄話が多く、まともに相手をしては苛立ちを掻き立てられるだけだ。
 だから出先では聞き流すだけに留めたが、今思えば多少引っ掛かるところのある話だった。
 故にこうして、時間差で掘り返した。何故あの時応じてくれなかったんだと怠い語り口で絡まれたなら初志貫徹して完全無視するつもり満々だったが、しかし幸いそうはならず。

「有り得ないとは言えないね。君と俺とは一蓮托生、何かと深く繋がっている身だからな」

 サーヴァントの視点から語られたその意見に、さとうは一人思案を深める。
 何しろ感覚を共有しているのだ。そんな彼が"感じた"というのを、一概に戯言と切り捨てていいものか。

 "雷霆の弓兵"の話は、覚えていた。
 仕留め損ねたサーヴァントのことは仔細に報告させているようにしていたのだが、その中でも特に童磨が熱の入った調子で語ってくれたのが件の弓兵だったのだ。
 様々な欠点を差し引いても強力なサーヴァントであることはさとうをして認めざるを得ない童磨。
 その彼が仕留め損ねた。その上、やけに高揚していたサーヴァント。
 そんな英霊の気配を、彼が本戦に移行した今になって感じ取ったという。それも、自分がしょうこと再会を果たしあれこれ語らっていた間に。
 この符号を単なる偶然だとして切り捨てるほど、さとうは無能なマスターではなかった。

「そっか。なら、しょーこちゃんのサーヴァントがその"雷霆の弓兵"なのかもしれないね」

 愛を持って聖杯戦争を駆ける、雷霆の弓兵。
 童磨がその気配を感じ取ったタイミングからして、それがしょうこのサーヴァントである可能性は十二分にあるとさとうは考える。
 だとすればますます、彼女と一旦の停戦……ともすれば共闘にもなり得る関係を築けた事実はプラスだ。

「(でもこれはあくまで憶測。しょーこちゃんのサーヴァントがどういう手合いなのかは、なるべく早めに見極めておかないと)」

 さとうはしょうこのことをよく知っている。
 しおには到底及ばない、あくまでも友達でしかなかった彼女だけれど。
 それでも分かることはある。しょうこは、いい子だ。
 友のために、他人のために、身体を張って動ける。そういう少女だ。
 それは過去、さとうの夢の日々を終わらせた忌まわしいものであったが。
 願いを叶える過程上で利用出来るというのならば――やりようは、いくらでもある。


251 : 深海のリトルクライ ◆0pIloi6gg. :2021/08/18(水) 23:00:27 fAmPNfuA0

「ちょっと黙っててね、キャスター。電話するから」
「ひどいなあ、俺は邪魔者かい? 俺のことはどの道、いつか明かさなければいけないんだぞ」

 童磨の戯言には耳を貸さない。
 一ヶ月も共に過ごしていれば、彼が発するただただ耳障りなだけの雑音に対する対応も慣れたものだった。
 この男はただべらべらと言葉を撒き散らすだけだ。
 そこにはさしたる意味もなく、価値もない。
 そんな言葉にいちいち反応し、怒ったり何やら考えたりするのはひたすらに無意味。時間の無駄以外の何物でもあるまい。
 既にそう分かっているから、さとうは用がなくなったその時点で童磨の言葉に反応するのを止める。
 それから、スマートフォン上に表示された数字をダイヤルし。ついさっき連絡先を交換したばかりの"彼女"へと、通話を飛ばした。

 
 ――しょーこちゃんは馬鹿だよね。
 私にゴミみたいに殺されたのに、まだ私と話をしようとするなんて。


 心の中で、さとうは語り掛ける。返事がないのは承知の上だ。
 飛騨しょうこ。さとうの一番の友人にして、彼女がその手で殺した小鳥。
 思えばあの時から、全てが崩れた。元々ギリギリのバランスで成り立っていたものが、どうやっても立ち行かなくなった。

 飛騨しょうこは、松坂さとうのハッピーシュガーライフを破壊する存在だ。
 何故なら彼女は優しいから。彼女は、さとうの幸福の踏み台にされてしまう"彼"の存在を知っているから。
 だから彼女はさとうと愛する少女の城を揺るがす。完成された幸福(しあわせ)を、壊そうとする。
 その結果しょうこはさとうに殺された。されど、彼女を殺してしまったことはさとうの愛する日常の終わりに繋がって。
 さとうとしお、二人の愛に溢れた甘い日々が終わるまでの過程上から――今此処に居る砂糖少女は呼び出されている。
 人喰いの鬼を従えて。自分がこの手で殺めた筈の友人が生きていることを知らされて。
 それでも尚、空っぽだった自分に愛を教えてくれた唯一無二の光を追い求める、かつて空洞だった少女。
 今は、他の何も入り込む余地がないほど――満たされている少女。

『……もしもし』
「もしもし、しょーこちゃん? 帰り道、大丈夫だった?」

 何食わぬ顔と声色で、さとうは電話の相手……しょうこへと話しかける。
 もちろん、心配などしていない。彼女は今のところは泳がせている停戦中の相手だが、聖杯を求め争う敵であることには何ら変わりない。
 味方に出来れば好都合。それでいて、味方に出来ずどこかで勝手に朽ち果てたとしても同じく好都合。
 自分の思い描く、理想の未来――それに近付くための足場になってくれる。
 松坂さとうにとって飛騨しょうこという人間は、その程度の意味しか持たない過去の存在であった。

『……ん。別に何もなかったよ。
 それより――あんたの方こそ、大丈夫だった? さとう』
「うん。特に誰とも出会わなかったよ」
『そっか。……なら良かった。
 せっかくまた会えたのに万一のことがあったら、私きっと、どうすればいいのか分かんなくなってたよ』


252 : 深海のリトルクライ ◆0pIloi6gg. :2021/08/18(水) 23:01:19 fAmPNfuA0

 しょうこはきっと、さとうが無事に家へ帰れたことに心から安堵しているのだろう。
 彼女がそういう人間であることを、さとうはよく知っている。
 当のさとうの方は、しょうこの安否など何とも思っていなかったのに。
 生きていても死んでいても、どちらにしても好都合な存在だと、そんな風に思っていたのに。
 しょうこは明らかに気の緩んだ、安心したような声色で、さとうの無事を喜んでいた。

 けれどさとうは、彼女と他愛もない話をするために電話を掛けたわけではない。
 用があったら、連絡するから。先ほどさとうはそう言ってしょうこと別れた。
 それが、今こうしてわざわざ連絡したことの意味。用があるから、電話を掛けた。ただそれだけ。

「あのね、ちょっと外じゃ聞けなかったことなんだけど。
 これだけは聞いておきたいなと思ったから連絡したの」
『……、』
「しょーこちゃんってさ」

 人気のない場所であるならいざ知らず、さとうとしょうこが久方振りの再会の場所として利用したのは貸し切りでも何でもない喫茶店だ。
 あれほど口論しておいて今更人目も何もないだろうと言われれば返す言葉もないが、それでも、あの場では出来ない話というものがやはりある。

 それは率直に――聖杯戦争にまつわる話。友人同士ではなく、マスター同士としての話。
 鎌を掛けて引き出した形ではあったけれど、それにしたって公衆の面前でするべき話題ではない。
 不用意に人前でその手の話をして某かにマークされてしまうなんて展開、笑い話にもならないのだから。

「聖杯を手に入れて、それで何をしたいの?」

 自分の願いが何であるかは、改めて説明する理由もないだろう。
 生前、元の世界でしょうこが知ったさとうの真実。
 そして先の喫茶店で交わした会話。口論。その中に、答えは全て揃っている。
 
 初めての、きっと最初で最後だろう愛。この世で一番甘いもの。
 神戸しお。彼女と暮らす幸せなシュガーライフを、もう誰にも脅かされることのない永遠のものにする。
 さとうはそのために聖杯を求めている。そのためなら、誰だって何人だって殺せる。
 ……では、彼女は?
 溺れるような甘い愛を知らないしょうこは、一体何を願って此処に居る?
 ただ生き返りたいだけなのか。もしくは彼女だけが知る、胸に秘めた願い事があるのか。
 それとも――

『……あのね、さとう』
「うん」
『私ね。やり残したことと、やり直したいことがあるの』

 通話の向こうの友人は、心做しか力の籠もった声でそう言った。
 それはきっと、狂的なものを持たない彼女に出来る精一杯の鼓舞だったのだろう。無論、自分自身に対しての。
 呑まれないように、間違わないように。それでいて、怖がらないように。
 二度と失敗を繰り返さないように。そこまでさとうが察したかどうかは定かではないが、しょうこはそのまま続けた。


253 : 深海のリトルクライ ◆0pIloi6gg. :2021/08/18(水) 23:03:03 fAmPNfuA0

『私に勇気をくれた子が居てさ。その子にお礼を言えないまま、アンタに……その、殺されちゃったから。まずは、それ』

 最後の方はどこか気まずそうな、ばつの悪そうな口調だった。
 彼女は絶対的にただの被害者であり、加害者であるさとうに気を遣う理由など一つもないのだったが、しょーこちゃんらしいなとさとうは思う。
 
『やり直したいのは……アンタとのことだよ、さとう』

 かと思えば今度は、必死に絞り出すような。
 聞いているこっちが苦しくなってくるような、拙くて痛々しい声になる。
 それは愛のために生きる砂糖少女の同情を引くには至らなかったが、ひどくいじらしい、憐憫を誘う声だった。
 怪我をした小鳥が必死に声をあげている。そんな光景を、ともすれば幻視してしまいそうになる。そんな、声。

『私が弱いからアンタを傷つけた。一番肝心な時に、アンタに信じてもらえなかった』
「……それが、しょーこちゃんの願いなの?」
『私は、やり直したい。今度こそアンタを傷つけないように――信じてもらえるように』

 ……死者が何の偶然か泡沫の現世にまろび出て。
 その状態で願いを叶える願望器なんてものをちらつかされたなら、ほとんどの人間は最も安直でありふれた願いを抱くだろう。
 生き返りたい。生きてまた、自分の日常に帰りたい。
 それが普通で、正常な願望。けれど今、しょうこが口にした願いは。
 震え、引きつった声でさとうに絞り出した願いは――彼女にとって予想だにしないものだった。

「何それ。しょーこちゃん、自分が変なこと言ってるの分かってる?」
『分かってるよ、そんなの。でも、これだけは譲れないから』

 さとうとしては、少し威圧を込めて切り捨てたつもりだったのだが。
 しょうこは打って変わってまた力強い声色で、自分の意地を通してくる。
 そうされてしまっては、さとうとしても続く言葉がない。
 数秒の沈黙が――お互い出方を窺うような沈黙が空いて。それを破ったのは、さとうの方だった。

「なんか変わったね、しょーこちゃん」
『変えてくれたのはあんただよ、さとう。あんたと――あの子』
「それって」

 しょうこが先ほど口にした、さとうのことを傷つけたという言葉。
 それが何であるかはさとうも知っている。というより、覚えているというのが正しいか。
 そもそも彼女のことを試したのはさとうの方なのだ。
 あの叔母を……誘蛾灯のように人を惹きつけ、歪んだ感情で虜にする異常者のことをしょうこに見せた。
 
 あの時しょうこが目を逸らしたことを、別に自分は気にしていない。 
 少し痛いことを思い出したけれど、特に傷ついたわけでもない。
 その時にはもう、自分にとっての世界はしおちゃんだけになっていたから。

 ――少なくともさとうはそう思っているし、そのことでしょうこを恨んでいるわけでもない。


254 : 深海のリトルクライ ◆0pIloi6gg. :2021/08/18(水) 23:04:17 fAmPNfuA0

 ただ、これは当時から思っていたことだ。
 何故あんな別れ方をしたしょうこが、ああして自分達の世界に踏み込んできたのか。
 さとうとしては、しょうことはそのままバイト仲間に戻って、この先もなあなあに付き合っていくのだろうなとばかり思っていたのに。

 この小鳥は――踏み込んできた。
 そして死を経た今も、こうして不格好に飛んでいる。
 本人は言う。自分に勇気をくれた子が居るのだと。
 それが誰であるかは、もう分かっていた。
 だってさっき、あの店で。熱意たっぷりに囀ってくれたから。


「しおちゃんの、お兄さんのこと?」
『――うん、そう』


 その時さとうは、自分のミスを悟る。
 しおを探していた、彼。捨てられ傷ついた小鳥を再び羽ばたかせたのは、彼だったのだ。
 ああ、あの時殺しておけばよかった。そうすればきっと、あのお城が融(こわ)れてしまうこともなかったはずなのに。
 そんな感情がぐるぐる、ぐるぐる、砂糖少女の頭の中を回り回って。
 堪えきれないような不快な苦味を感じて、さとうは小さく溜め息をついた。
 スマートフォンの向こう側からは、しょうこが不安そうにしている様子が伝わってくる。
 
「……やめよっか、この話。また喧嘩になっちゃいそうだし」

 今更言ったって仕方のない話だ。
 それに、聖杯さえ手に入れれば過去の失敗なんて全てなかったことになる。
 永遠のハッピーシュガーライフ。終わりのない、いつまでも甘い日常。
 さとうが居て、しおが居て。二人の喜ぶものと好きなものだけがある。

 他の何も、自分達の世界に入ってこない――過去も今も、何もかもがその踏み台だ。
 今こうして話している飛騨しょうこも、その例外ではない。
 
「私は夜になったら動き出すけど、しょーこちゃんは?」

 話をすっぱりと切り替えて、目の前の現実にピントを合わせる。
 聖杯戦争。目指すところは違えど、さとうにとってもしょうこにとっても共通の課題。
 これを乗り越えないことには何も始まらない。生きて帰ることさえ、出来ない。

『……まだ決めてない。
 でもやっぱり、何かしら動いた方がいいよね』
「勝ちたいんならね。けど危険もあるだろうし、アーチャーと相談したら?」
『うん――そうする。もし動くって決めたら、一応連絡した方がいい?』
「それはしょーこちゃんが決めなよ。私達、"友達"ではあっても、"仲間"ではないんだから」


255 : 深海のリトルクライ ◆0pIloi6gg. :2021/08/18(水) 23:05:15 fAmPNfuA0

 時に沈黙は、どんな多弁にも勝る意思疎通の手段になる。
 通話の向こうのしょうこが今の言葉に傷ついたろうことが、さとうにはちゃんと分かった。
 けれど心は痛まない。痛むわけがない、だってただの事実を言っただけなのだから。
 松坂さとうと飛騨しょうこは、かつての日々と変わらず友達。
 何かあればこうして連絡もするし、もしかしたら助け合うようなこともあるかもしれない。
 でも――さとうとしょうこは決して、"仲間"にはなれない。友達以上には、なれないのだ。
 お互いの目指す未来が違う時点で、この大前提だけは何をどうやっても崩せない。

「とりあえず、聞きたかったのはそれだけだから。ごめんね、時間取らせちゃって」

 聞きたいことは聞けた。
 聖杯戦争に対するスタンスと、もう一つ。
 それが叶ったのだから、もうこれ以上話を続ける意味もない。
 形式通りの、他人行儀のようでさえある謝罪を添えて。
 電話を切ろうとするさとうの耳朶を、しょうこの声が叩いた。

『あのさ、さとう』
「なに?」
『私からも一つだけ、聞いていい?』

 さとうは何も言わなかった。
 しょうこは、それを肯定と受け取ったらしい。
 少し笑いながら、小鳥は囀る。

『あんなお別れにはなっちゃったけどさ。私達、一緒に色々やって来たよね』
「そうだね」
『一緒にバイトしたり、遊んだり。アンタがしおちゃんと出会うまでは、男漁りなんかもしてたよね』

 今思えば危ない橋渡ってたわよ、あれは――。
 そんな風に言うしょうこに、さとうはやっぱり何も言わない。
 それに、何と言ってほしいのかも分からなかった。
 また、何秒かの沈黙が空く。今度はしょうこが、意を決したようにそれを押し破った。

『さとうにとって私と一緒に居た時間は、苦かった?』

 何を聞くのかと思えば、そんなこと。
 問われたさとうの心は相変わらず冷たくて。
 通話の向こうで懸命に声を紡ぐしょうこに対する友情も憐れみも見えなくて。
 だけど、その頭の中には、条件反射のようにしょうこと過ごした日々の記憶が再生される。

「……別に」

 どこか走馬灯のようもである、それ。今となってはもうどうでもいい思い出。
 なのになんだってこうも鮮明に覚えてるかな、と思いながら、さとうは小鳥の問いに答えてやった。

「苦くもなかったよ」


 ――――ぷつん。


256 : 深海のリトルクライ ◆0pIloi6gg. :2021/08/18(水) 23:06:15 fAmPNfuA0
◆◆


「意外と優しいんだねえ、さとうちゃん。
 なんだかんだ言ってちゃんとお話してあげるんだ」
「そんなんじゃないよ。聞きたいことがあったから電話しただけ。
 あの子がいろいろ喋るから、ただ適当に聞いてあげてただけ」

 通話を切るなり響く童磨の声。
 相も変わらず不快な音色だったが、これにいちいち悪態を付いていてはキリがないのは学んで久しい。
 これはこういう生き物なのだ。そう割り切って、なるだけ脳のリソースを割かないようにする。
 普段は無視して、必要な時は手短に喋る。感情を出さない、その戯言を馬鹿正直に受け止めない。
 戯言を撒き散らすスピーカーのようなこの悪鬼を喚んでしまった松坂さとうが身につけた、彼との付き合い方。

「でもよかった。
 もし"戦わなくても元の世界に帰える方法を探す"とか言い出したら、あんまり長い付き合いは出来なそうだったから」

 生き返るためだけに戦うというのなら、月並みだが別に貶すほどのことでもない。
 ただしょうこがこんな現実を見ていない世迷言を言い出すようなら、さとうはきっと見切りを付けていた。
 しかし彼女は彼女なりにちゃんと現実を見ていて、確たる願いを抱いていて。
 少なくとも当分の間は、しょうこを泳がせて必要とあらば利用する――そんな立ち回りが出来そうだった。

「それに、分かったこともある。
 良かったね、キャスター。あの子のサーヴァントは、多分あなたがご執心だった"雷霆の弓兵"だよ」
「鎌を掛けてくれたもんな、俺のために。さとうちゃんの優しさに、俺は嬉しくなってしまったよ」

 その鬱陶しい物言いは無視する。反応すらしてやらない。
 けれど鎌を掛けたのは事実だった。しょうこに対してそれをするのは二度目だったが、またしても上手く行ってくれた。
 生来そういう心理戦に向いていない質なのか、それともそんな細かいことを気にしていられないほど、緊張していたのか。
 多分どっちもなんだろうなと、さとうはぼんやりそう思う。
 だがそのおかげで、彼女のサーヴァントにも当たりを付けることが出来た。
 
 実力だけが取り柄の童磨が仕留め損ねた"雷霆の弓兵"。
 厄介なサーヴァントであるのは間違いないと踏んでいたので、そのマスターがしょうこであるのならさとうとしても好都合だった。
 いつ、どうやって排除するかはまだ未定だが……少なくとも真っ当に敵同士としてやり合うよりかは、格段に楽に処理出来そうだ。


『さとうにとって私と一緒に居た時間は、苦かった?』


 不意に脳内で再生される、しょうこが最後に言った言葉。
 松坂さとうにとって飛騨しょうこは、"その他大勢"の中の一人だ。
 それは今も変わらない。一度殺したはずの彼女がまた自分の前に現れたのには驚いたが、その程度。
 しょうこがどう変わろうと、勇気を出そうと、どんな"可能性"を有していようと。
 さとうには関係ない。さとうにとって大切なのは神戸しお、彼女と過ごす未来だけ。
 世界で一人、最初で最後。深い、甘い、この世の何よりも甘い愛を教えてくれたあの子のことだけ。


257 : 深海のリトルクライ ◆0pIloi6gg. :2021/08/18(水) 23:06:54 fAmPNfuA0

「(でも、そうだなぁ。しょーこちゃんが私の手を掴んできて、本当にびっくりしたから――)」

 けれど、この世界にしおは居ない。
 さとうの前に、しおは居ない。
 苦いばかりの世界。不快なだけの世界。
 そこに突然現れて、自分の手を掴んだしょうこ。
 
「(久しぶりに、苦いのを忘れられたかも)」

 
 ――少女に捨てられた小鳥は。
 寂しさに惑い、地に伏すも。
 それが本能とでもいうかのように。
 再び羽ばたいて、地平線の彼方から……少女の隣に、戻ってきた。


【北区・松坂さとうの住むマンション/一日目・午後】

【松坂さとう@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:健康
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:鞄
[所持金]:数千円程度
[思考・状況]
基本方針:しおちゃんと、永遠のハッピーシュガーライフを。
1:どんな手を使ってでも勝ち残る。
2:しょーこちゃんとは、必要があれば連絡を取る。
[備考]
※飛騨しょうこと連絡先を交換しました。
※飛騨しょうこのサーヴァントが童磨の言う"雷霆の弓兵"であると当たりを付けました。

【キャスター(童磨)@鬼滅の刃】
[状態]:健康
[装備]:ニ対の鉄扇
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:もう一度“しのぶちゃん”に会いたい。
1:日没を待つ。それまではさとうの“感覚”を通して高みの見物。
2:雷霆の弓兵(ガンヴォルト)との再会が楽しみ。
[備考]
※予選期間中にアーチャー(ガンヴォルト(オルタ))と交戦しています。さとうの目を通して、彼の魔力の気配を察知しました。
※鬼同士の情報共有の要領でマスターと感覚を共有できます。交感には互いの同意が必要ですが、さとうは索敵のために渋々受け入れています。


258 : 深海のリトルクライ ◆0pIloi6gg. :2021/08/18(水) 23:07:50 fAmPNfuA0
◆◆


「はあ……。突然電話掛けて来たらびっくりするじゃない、もう……」

 住み慣れた、けれど居心地のいい場所ではない我が家。
 しょうこがその戸を開けて中に入るなり、すぐのことだった。さとうから、電話が掛かってきたのは。
 靴を脱ぐのも忘れて電話に没頭して、通話が切られた瞬間に、身体の力ががくっと抜けた。
 はは、と声が漏れた。自分でも分かる、苦笑いの音。
 それと同時に、しょうこは思う。

 ……ああ、そっか。
 やっぱり、さとうはさとうなんだ、と。
 私の大好きだった、あの子なんだ――と。

『大丈夫かい、マスター』
「……うん、大丈夫。ちょっと気が抜けただけだから心配しないで」

 気遣ってくれるアーチャーの声。
 頭の中にだけ響くそれにしょうこはへらりと笑いながら答える。
 別に危ない目に遭ったわけじゃない。九死に一生を得るような、そんな体験をしたわけでもない。
 でも、今の電話は。そこでさとうに投げた問いかけと、彼女から貰えた答えは。
 飛騨しょうこという"可能性の器"にとって、あまりにも大きな意味を持っていた。
 
 ――さとう。私の大切な友達で、大好きな女の子。
 私を置いて、自分達だけのお城に閉じこもってしまった子。

 まさかこの世界で出会うことになるとは思わなかった。
 緊張もしたし怖くもあった。きゅっと心臓が縮むのが分かった。
 だけど勇気を出して、しょうこは彼女に触れて。
 でも、結局。砂糖少女とか弱い小鳥は、すれ違うだけに終わってしまって。

『いい意味で力の抜けた顔をしてる。
 今度は……満足のいく話が出来たのかい、マスター』
「……そんな大層なものじゃないわよ。
 でも、そうね。自分で自分を"頑張ったね"って褒めてあげられるくらいには、出来たかな」
『そうか。それなら、今度は言葉は要らないね』
「うん。世話の焼けるマスターでごめんね、アーチャー……」

 彼女のサーヴァントであるアーチャーは、頑張ったと慰めてくれたが。
 それでもしょうこにしてみれば、伝えられないことを何も伝えられなかった――そんな歯痒さと悔しさでいっぱいだった。
 
 重い足取り、暗い気持ち。
 こんなことでこの先やっていけるのだろうかという、漠然とした不安さえ感じながら家路に就いて。
 鍵を開けて、家族の不在を確認して――電話が鳴った。
 それがさとうからのものであると気付いた時。しょうこは、彼女に感謝すらした。
 不甲斐ない、情けない自分に、さとうがチャンスをくれたと。そんな風にさえ感じられた。


259 : 深海のリトルクライ ◆0pIloi6gg. :2021/08/18(水) 23:08:29 fAmPNfuA0

「……私、頑張るよ。今更何を言ってんだって思うかもしれないけど、言わせて」

 結局、ひどく不格好でがむしゃらに言葉を紡ぐことしか出来なかったのは変わらないけれど。
 それでも、前は向けた。それに足るだけのものを、さとうはくれた。
 多分さとう自身は、何のことかも分からないだろうけど――飛騨しょうこは確かに、彼女から素敵なものをもらったのだ。

 あの日々は、甘くはなかったかもしれない。
 でも、決して苦くはなかった。
 しょうこにとってそれは、この世界の何よりも確かなことで。
 さとうも、言ってくれた。苦くはなかったよ、と。
 
 それだけでいい。
 それだけで、十分だった。
 それだけで――小鳥は、まだ飛べる。

『ボクは、君のサーヴァントだ。
 君が飛べなくたって、ボクが君を連れて飛ぶ』

 アーチャーの声が脳裏に響く。
 小鳥が飛べなくても、飛ぶのを止めても、彼は飛ぶ。
 でも。

『でも――君がその羽で飛ぶのなら。
 ボクも、君と一緒に飛ぶよ。マスター』


【板橋区・飛騨しょうこの自宅/一日目・午後】

【飛騨しょうこ@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:健康
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:鞄
[所持金]:1万円程度
[思考・状況]
基本方針:さとうを信じたい。あさひくんにお礼を言いたい。そのためにも、諦められない。
1:――まだ、飛べる。
[備考]
※松坂さとうと連絡先を交換しました。

【アーチャー(ガンヴォルト(オルタ))@蒼き雷霆ガンヴォルト爪】
[状態]:健康、クードス蓄積(現在2騎分)
[装備]:ダートリーダー
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:彼女“シアン”の声を、もう一度聞きたい。
1:マスターを支え続ける。
2:……やっぱり強い人だね、君は。
[備考]
※予選期間中にキャスター(童磨)と交戦しています。また予選期間中に童磨を含む2騎との交戦(OP『SWEET HURT』参照)を経験したことでクードスが蓄積されています。


260 : ◆0pIloi6gg. :2021/08/18(水) 23:08:47 fAmPNfuA0
投下を終了します


261 : ◆0pIloi6gg. :2021/08/19(木) 00:21:01 C9C4ZzV20
皮下真&ライダー(カイドウ)、北条沙都子&アルターエゴ(蘆屋道満) 予約します。


262 : ◆A3H952TnBk :2021/08/19(木) 00:45:05 Jq73Fd0A0
皆様投下乙です!!
櫻木真乃&アーチャー(星奈ひかる)
神戸あさひ&アヴェンジャー(デッドプール)
予約します。


263 : ◆9jmMgvUz7o :2021/08/19(木) 17:47:53 5zf4rhUg0
バーサーカー(無惨様) 叔母さん 予約します


264 : 侍ちっく☆はぁと ◆zzpohGTsas :2021/08/19(木) 21:28:47 1l3JfYOM0
後編投下します


265 : 侍ちっく☆はぁと ◆zzpohGTsas :2021/08/19(木) 21:29:03 1l3JfYOM0
 アッシュも武蔵も、暑さと言うのを感じてなかった。
勿論、彼らを取り巻く環境は、未だ夏の盛りのそれである。それは、変わりようがない。
水が煮えるような暑さは彼らを包んで離さないし、皮膚に穴が空くような太陽の強い日差しも分け隔てなく彼らに降り注いでいる。
脳が、これらを意識していないのである。暑い、それを感受する機能は全てシャットアウトされている。全神経が、目の前の存在に注がれているのだ。
だから、周囲の環境を取り巻いている外的要因が気にならない。もう、目の前の相手だけしか、お互いに意識していないのだから。

 武蔵は果たして、剣のみの英霊なのだろうか、とアッシュは思う。
勿論セイバークラスで召喚されているのだ、剣が主体の宝具やスキルを保有していても、不思議じゃない。寧ろそれが当たり前だ。これを主眼とした立ち回りを意識する必要がある。
言っている事はそう言う事じゃないのだ。あの剣二本のみを、愚直に極めただけの英霊なのだろうか。彼はそう思っているのである。
英霊だって十人十色だ。セイバーとして召喚されてはいるだろうが、実際には、宝具として持ってこれていないだけで、槍や弓にも堪能で、相応しい得物さえ持っているのなら、
超絶の技術を披露出来るサーヴァントだっている事であろう。そしてそれは、何もセイバーに限った話ではなく、ランサーやアーチャー、ライダーにアサシンと言った、他のクラスでもあり得る。

 確実に、この時点でのアッシュに解る事が一つある。
もしも武蔵が剣一本、流派一つでサーヴァント達と渡り合うつもりでいる英霊であるとして。剣術と言うジャンルに限って言えば、彼女はアッシュの上を往く英霊である事だ。
アドラー帝国の麾下に所属していた経験があるアッシュは、アドラー帝国軍の嗜みとして、アマツの系譜に連なる剣術を学んでいる。
その時のアッシュに対し、剣術のいろはを叩き込んだ男こそが、クロウ・ムラサメ。アッシュの戦法の骨子を構成する人物であり、剣のみの戦いに限れば、
彼の上を往く人物などいないと断言出来よう人物だった。帝国広しと言えど、星辰奏者を相手に刀のみを頼りに切り伏せる人物など、彼をおいて他にいるまい。紛れもなく、アッシュの記憶の中で燦然と輝いている、大事な人物である。

 その、ムラサメと言う人物の技術の、先を武蔵は行っていた。
剣術に優れると、一口に言っても、ではその差の原因は何なのか、と言う事についての類型は様々だ。
身体が柔らかくそれ故に自由な剣筋を可能にするだとか、足運びが重心の移動が巧みで粘り強く長期戦に有利だとか、少しの事では動じないタフなメンタルであったりだとか、
人よりも神経の伝達速度が速いから相手の攻撃を見切れる反射神経に優れて居たりだとか――もっと根本的に、術理についての理解やそれを実行に移せる技術が凄かったりだとか。
差が出る分野は、幾らでも想像出来る。だが、解らない。技術的に、アッシュは勿論ムラサメよりも優れているであろう宮本武蔵と言う剣豪は、
どの部分で優れているのかアッシュには理解出来ないのだ。よもや剣を二本を振るう事による、手数の多さが彼女のウリ、と言う訳ではあるまい。その程度の、低い次元で生じ得るメリットが、彼女を英霊の位へと押し上げる要因であるなど、考えられない。

 時間は過ぎ行く。
にちかは、アッシュと武蔵がこうして相対し始めてから、1時間は経過したのではないのかと思い始めた。
実際には、3分と経過していない。アッシュも武蔵も、人よりも優れた体内時計を持つ。時計など持たなくとも、影落ちる余地のない暗闇に放り出されても。
時間がどれだけ過ぎたのか、正確に把握出来る体内のリズムを持つ。それが、機能不全に陥る寸前だった。
時間に対する認識ですら狂って行き、ものの1秒が数分に感じてしまいかねない程の、極まった空間。それが、今2人の佇む場所であるのだった。

 セミの鳴き声、ダクトの音、ぷーんと不愉快な蚊の羽ばたき。
それらに交じって、大きな羽音が聞こえて来た。ハトやカラスの羽ばたきではない。それよりもずっと小さいがしかし、ハエや蚊よりも遥かに大きい生き物の羽音。
一匹の、緑色の光沢を伴った身体を持つ虫が、武蔵の顔の前を過ろうとした。甲虫の類……カナブンだった。それが、彼女の口の辺りを横切って、そのままこの場を飛び去ろうとしているのである。

 ――そのカナブンを、武蔵はパクリと、顔だけを器用に動かして口の中に頬張った。

 ――な……!?――

 余りの行動に面食らったアッシュ。それと同時に、武蔵の姿が、消えた。
違う、消えたのではない。アッシュが、武蔵の突然の奇行に愕然としている、その心の空隙を武蔵は狙ったのである。


266 : 侍ちっく☆はぁと ◆zzpohGTsas :2021/08/19(木) 21:29:44 1l3JfYOM0
 舌を伸ばせば地面を舐める事が出来んばかりの、低い姿勢での突撃。
アマレスやラグビー、アメフトに於けるタックルの基本、姿勢が低ければ低い程効果的、これを地で行く奇襲だった。
そう、消えたのではない。アッシュの視界の外へと、低い姿勢を維持したまま接近する事で消えた様に見せかけただけだった。

 戦いが始まっていた時、初めから刀を引き抜いた状態であった、と言うアッシュの利点。
それを一気になかった事にする程、武蔵の抜刀は速かった。刀の制空権に入るや、一気に彼女は刀を引き抜き、アッシュの脛を狙った。
速い。鞘の中にありながらにして、低空を飛ぶ燕ですらも斬り殺せんばかりの、凄まじい速度だ。刀の剣尖の速度は、音のそれに近しかった。
極めて実戦的な剣術だ。竹刀や木剣での道場剣術とは訳が違う。刀と言う、斬り込めば人を殺せる武器。その理屈を理解し活かす、殺しの剣だ。
脛を斬られれば人は歩けぬ、動けぬ。戦場に於いては、死ぬも同義の個所を狙う、その合理性。彼女の剣は、戦いの場で磨かれたものだった。

 地を蹴り、アッシュは跳躍する。武蔵の刀が、アッシュのブーツの踵の部分を捉える。
研がれたナイフで、ハムの塊を薄くスライスするように、右のブーツの踵部分、そこを3㎜、薄く切り裂いた。ヒラリと、硬質ゴムのスライス片が、中空を舞う。
そのタイミングの時にはまだ、アッシュは、前方宙返りの要領で、武蔵の頭上を飛び越えようとしている最中だった。
これだけの低い姿勢である。人体の構造上、直ぐに元の立ち姿勢に戻るのは、如何な達人と言えども少しの時間は必要であるし、況して武蔵は抜刀した後。
隙が出来ている状態なのだ。次の攻撃に移るまでには、アッシュは武蔵を飛び越して着地し、難無きを得るであろうと思っていたのだ。

 ――殺意が、点となってアッシュの身体に照準を合わせて来ているのを、彼は感じた。
身体から噴き出ていた汗が、一気に熱を失う。氷水のように、汗が冷たい。この選択が、そもそもミスだった事が冷や汗からも良く分かる。
身体の前面を、下に向けたまま、武蔵の頭上を飛び越そうとし、彼女の頭上まで差し掛かった。このタイミングで、それは来た。
本身が鞘に納刀されている状態のまま腰から引っぺがした武蔵は、アッシュの方を見ないまま、鞘を頭上へと勢いよく突き上げて、その鞘の頭でアッシュを打ち抜こうとした。
当たれば内臓は破壊され、骨が容易く砕ける一撃だ。この一撃を、空中に身を投げたままと言う不利な姿勢のまま、刀で払いのけられたのは、不幸中の幸いだったと言うべきか。

 だが、ただでさえ不安定な環境と姿勢のまま、武蔵の一撃を払っていなしたのだ。
当然の帰結として、バランスが崩れる。武蔵の頭上を追い越し、スタリと着地する。その目論見が崩れた。
先ず、前方宙返りと言う行動そのものが破綻してしまった。一回転した後に着地しようと言うプランは崩れてしまい、アッシュは背面から地面に落下する。
当然受け身は取る、顎を引き、脳が揺れそうになるのは防ぐ。だが、サーヴァントどうしの戦いと言う次元に於いて、背面から倒れ込んだ、と言うのは致命的に過ぎる隙であった。
それを、武蔵が見逃す筈がない。アッシュが尻もちに近い状態でいる頃には既に、武蔵は姿勢を正し終え、正しい直立の姿勢でいたのである。しかも、身体の向きは、アッシュの方で――。

 地を蹴る武蔵、接近する、武蔵。
追撃の為の行動である事は解る、勝利を確信した油断からくる、不細工で大ぶりな攻撃でない事も解る。
最小限の労力で、最低限のモーションを以て、止めを刺しに来る。脳を壊すか、心臓を穿つか。それは解らない。だが、確実に、殺す一撃が飛んでくる。
アッシュは考える。尻もちの態勢で足払いをするか? 悪あがきだ。返す刀で膝を斬り飛ばされる。刀を投げる。それも無駄だ、機会を逸した。

 ――故にアッシュは、被害が広範囲に及ばぬ範囲で、宝具を用いた。

「ッ!!」

 刀を今まさに、アッシュの首目掛けて薙ぎ払おうとしたその時、武蔵は目を見開かせて飛び退いた。
簡単だ、彼の身体が、着衣物ごと、橙色の烈火で炎上し始めたからである。完全に火だるまの状態でありながらしかし、服が燃えて焦げている様子はなく、
勿論、アッシュ自身もダメージを負っている様子もない。炎上していると言うより、身体を覆うように炎を纏っていると言うべきか。
ヘリオスと言う炉心から供給される嚇炎である。自らはダメージを負わないが、相手は当然の様に火傷を負うレベルの炎を身体全体に纏う、と言うのは、単純ながらに厄介だ。
接近して攻撃を叩き込むことが主体のサーヴァントは、これをやられるだけで厳しい戦いを強いられてしまうからである。攻撃を与えればダメージを負い、アッシュが与える攻撃は当然、炎を纏う分より苛烈な物となり、有効打にも発展し得る。シンプルだからこそ、強いのだ。


267 : 侍ちっく☆はぁと ◆zzpohGTsas :2021/08/19(木) 21:30:27 1l3JfYOM0
 1度、2度。呼吸を置いた後、アッシュは、ハイペリオンによる焔をオフにし、元の状態に戻っていく。身体にはやはり、焦げ跡一つついている様子はなかった。
身体のリズムがこれで元の調子に戻った。このまま、呼吸するタイミングすら失って斬り殺される事をも覚悟したアッシュだったが、機転の良さが身を助けた格好となる。

 ――そう言う戦い方か……――

 勿論武蔵としても、まだ底を見せていない事は解る。だが、戦い方の一端を、今の短いやり取りでアッシュも理解した。
要は何でもありだ。必要があれば不意打ちだってするだろうし、手にしている刀も投げて来よう。
いやそれどころか、戦いの最中、用事を思い出したから帰る!!と言って、背を向けて遁走する事だとて彼女ならやり得るだろう。

 つまりは『戦場の剣』だ。生き残る、斬り倒す、と言う目的に特化した剣術なのだ。
騎士道や武士道を標榜する者達が掲げる美学に、およそ反した戦い方であろう。だが、どのような綺麗言を並べようとも、人は死ねばそれまでなのだ。
優れた剣士程、道場で見せる剣術と殺し合いの時に見せる剣術に凄まじいギャップがある。生前、師であるムラサメはそうアッシュに説明していた。
道場で見せる剣術は、鍛錬、反復、向上の為のものだ。其処で死なれては、元も子もない。だが戦場は一転して、相手を殺し、今後の一生を奪うか、致命的な身体障害を与える事を、
目的としている場所である。其処で見せる剣術は、日々重ねて来た鋭意と鍛錬の発露である事もそうだが、相手の意識の空白を突く剣術もまた非常に有効となる。
ために、意表を突くと言う、不意打ちに限りなく近い剣術が活きる。それを卑怯だとは、アッシュも謗らない。戦いの現実を彼も理解しているし、そんなのに頼らなくとも、目の前の女性が強い事は、理解しているからだ。

 「完全に殺し合いじゃないですか……!!」とにちかが小声で呟いたのをアッシュは聞いた。
本当にその通りである。テストと言う名目であるらしいが、放たれる攻撃には殺意が乗っている。試しはするが、殺すつもりではいるのだ。
だがアッシュには予感があった。今の武蔵は、これ以上の攻撃を放てないと言う確信だ。アッシュが本気でハイペリオンを駆使していれば、この住宅街程度の規模、たちまち火の海だ。
武蔵も、同様の威力の攻撃が出来るのだろう。家一軒、切断出来る攻撃を持っているのかも知れない。それが単純な剣術によるものか、持っている宝具によるものか。それは解らない。
話してみて分かった、武蔵と言う女性は人情が強く、無益な殺傷は好まない。だから、被害が広範に及ぶ攻撃は使いたがらない筈だと、アッシュは考えているのである。

 ――うーむ、あんな隠し玉があったとはねぇ……――

 そして、アッシュの予想は当たっていた。身体に炎を纏う、その程度なら武蔵としても対処出来る。
だが、それを行うにはもう少し戦う場所の広さが必要だ。このラブホテルの屋上程度、猫の額でしかない。使いたくなかった。
そもそもこの東京都、狭くて人通りが多くて、いざ武蔵が本気を出そうとすると戦える場所が少な過ぎるのだ。
直前まで、発展を遂げた都市と言う意味では似通った場所……オリュンポスの神都で切った張ったを繰り広げていた武蔵には、余計に狭さが顕著に感じられるのだ。
あの街は有事の戦いをも想定した作りになっていたが、この東京は市街戦と言う物をまるで想定していない作りだ。戦えば目立つし、被害も燎原の火のように広がっていく。根本からして、サーヴァントどうしの戦いに向いてない街だった。

 互いに本気は出せず、真骨頂となる宝具を封印に近い状態にしなくてはならず、単純な剣術の腕前で勝負するしかない。
となれば、有利なのは武蔵の方であった。持って生まれた才能の差、それを伸ばす機会に恵まれたと言う事実、豊富な実戦経験。
卑怯に限りなく近い戦い方をすると言っても、地力にそもそも差があり過ぎる。アッシュは、数少ない機会を掴み取り、其処を突くしか切り抜ける手段がなかった。

 再び、沈黙と睨み合いの時間が訪れる。
重心を落とした正眼の構えを取るアッシュと、自然体で構える武蔵。両名の距離は9m程但し武蔵の方は先程とは違い、刀を2振り持っている状態だ。
居合、抜刀術と言うのは、刀を既に抜いている相手に対して、鞘に刀を入れたままと言う不利な状態から逆転する、不利を帳消しにする技術である。
同じ剣術の腕前の持ち主が相対していたとして、一方が鞘に刀の入った状態、一方が既に刀を抜いたまま、だと圧倒的に後者の方が速く相手を斬れる。
今の状況に当てはめれば、剣術の冴えで圧倒的に勝る武蔵が、もう刀を抜き終えている状態なのだ。先刻までの、アッシュの方が刀を抜いた状態、と言うアドバンテージは消滅している。緊張感の程は、段違いな物になっていた。


268 : 侍ちっく☆はぁと ◆zzpohGTsas :2021/08/19(木) 21:31:05 1l3JfYOM0
 隙を見せれば、即座に必殺の一撃が飛んでくる。隙を見せなくとも、無理やり、とんでもない方法で意識のはざまをこじ開けてくる。
如何なる手段で不意を打つのか、それとも、不意など打たずとも正々堂々と向かってくるのか。どう出る、セイバー。そう考えていた時、アッシュは気づいてしまった。
最初に自分を面食らわせた、飛んできたカナブンを頬張ると言う行為。では、その時のカナブンは今何処に――

「――プッ!!」

 そう考えた瞬間、武蔵は勢いよく、今の今まで口、より言えば舌の下の口底に隠していたカナブンを吐き出した。
勢いこそ見切れる速度だが、そういう問題ではない。唾液に交じって飛んでくるこの甲虫を、アッシュは瞬きもせず、顔面から受け止めた。下手に払えば、それが隙になるからだ。

「おっ、やるぅ!!」

 カナブンを噴き出して間もなくして、地面を蹴ってアッシュの方へと向かっていた武蔵が賛嘆の声を上げる。
驚いたりして硬直するのは武蔵としては論外として、避けたり払い除けたりするのもまた、攻撃以外の動作を行っている為隙になる。
その通り、今のは余程反射神経とスピードに自信がないのなら、避けないのが正解だ。

 迫る武蔵を迎撃しようと、刺突を彼女の胸部目掛けて放とうとするアッシュ 
腕を引き、突き出したそのタイミングで、武蔵は急ブレーキをかけ、止まった。アッシュが腕を伸ばしきっても、剣先が彼女に届くまで、10cmあるかないかの距離。
攻撃が、スカを喰う。フェイント、その言葉が頭を過った瞬間、武蔵が動いた。動くと同時に、アッシュは手首の力だけで刀を放り捨てた。
彼から見て左側、刀を投げた方向に向かって、アッシュは地面を無様に転げまわる。先ほどまで彼の頭があった場所に、武蔵の強烈な膝蹴りが飛んで来ていた。如何やら、機会があらば殴る蹴る、と言った行為も辞さないようだ。

 アッシュが地面を転がりながら、投げ捨てたアダマンタイトの刀を拾い上げて立ち上がるのと、武蔵が膝蹴りを終え、地面に着地するのは殆ど同じタイミングであった。
身体をアッシュの方に向け、再び接近しようとしたその瞬間だった。武蔵が先程吐き出し、アッシュが避ける事無く受け止め、地面に力なく転がっていたあのカナブンが、パァッと橙色に燃え上がった。

「うわっ!?」

 これは流石の武蔵も予想出来なかったらしい。このリアクションは、演技ではないようだった。
アッシュの能力の才能的に言えば、距離が離れたものに自らの能力を及ぼす、今回で言えば自らの手の届かぬ範囲のものを燃焼させる、と言うのは本来不得手だ。
況して、精神がヘリオスのそれに近づく程昂らせるつもりもないのなら、今のような感じで、サーヴァントの意表を突く程度で、さしたるダメージもない程度の燃焼が関の山だ。
だが、それでいい。この程度の隙があれば、アッシュでも、攻め立てられる。散々不意は打たれた、今度は此方の番だ。

 アッシュが駆け始めたのは、武蔵が驚いたのと殆ど同時だった。
燃え上がるカナブンが、本当にただ単に、燃えているだけであり、こちら側を害するつもり何てない事を理解したその瞬刻の後、自らが不意打ちを喰らった事に彼女は気づいた。

 アッシュの刀が、上段右から袈裟懸けに振り下ろされる。これを身体を半身に捻って武蔵は回避。
左手に握る刀を、腕と手首だけの力で振るい、アッシュの腹部を切り裂こうとする。本来刀は鋸のように引いて斬るものであり、こんな適当な振り方では人体は勿論衣服も斬れない。
だが、サーヴァントとして召し上げられる程の人物が持つ剣の技の持ち主と、その人物が持つ剣の事だ。この程度でも致命傷だろうと判断したアッシュは、
刀を納める為の鞘を瞬時に取り外し、これを以て武蔵の攻撃を弾いた。これにより武蔵はのけ反って、隙を見せるか――と思いきや。
弾かれた勢いを利用し、寧ろ思いっきり上体をブリッジめいて反らさせ、そのまま、跳躍。その勢いを利用し、ムーンサルトキックをアッシュの顎を見舞おうとする。
上体をやや反らしたスウェーバックでアッシュはキックを回避。避け終えて、呼吸を1回行い、調子を整え終えた時と、武蔵が月面宙返りから着地したタイミングに、時間的な差はない。

 宙返り後のやや体勢が不安定な姿勢での着地状態、そんな事などお構いなしと言わんばかりに、武蔵が駆け出して来た。
これは、アッシュも見切れた。それに姿勢的な安定さと有利さは彼の方にもあった為、精神的な余裕とゆとりにも恵まれていた。だから彼も、武蔵に合わせて駆け出す事が出来たのだ。


269 : 侍ちっく☆はぁと ◆zzpohGTsas :2021/08/19(木) 21:31:23 1l3JfYOM0
 互いに、自らの握る得物が相手を斬れる間合いに入った瞬間、攻撃に移行した。
最初に攻撃を行ったのは武蔵の方だった。不利な姿勢でのスタートから先攻を取れたのは、恐らくは刀の重さ。向こうの刀の重さは、実際上よりも軽く鍛造されているのアッシュは踏んだ。
武蔵は刀の刃を攻撃に用いなかった。峰である、峰でアッシュの身体を打ち付けようとした。胴体を動かさない、右腕全体の振りだけのコンパクトなスウィングである。
刀は言い換えれば金属の棒だ。峰打ちとは斬らないだけで、やっている事は金棒で思いっきり殴るに等しい行為だ。当然当たり所次第では、骨は折れ筋肉は裂ける。最悪死ぬ。
武蔵の膂力で峰打ちを行われれば、当然常人は苦悶の末に死ぬだろうし、サーヴァントであっても攻撃として通用してしまうレベルだ。
アッシュはこれを、左手で持っていた自らの鞘でいなし、カウンターと言わんばかりに、下段から飛び魚の如くアダマンタイトの刀を跳ね上げさせた。
狙いは、胸。女性相手に気の引ける話なのは解っているが、これが殺すつもりのテストなら容赦はしない。なまじ大きい胸は、その分攻撃で狙われやすい。
武蔵の胸部は、豊かである。当然斬られれば、凄まじいダメージを負うであろう。

 下段からの切り上げを、峰打ちを用いなかった左手の刀で、払い除ける武蔵。
武蔵がアッシュの払い除けるのと、彼女自身が攻撃を行ったタイミングは同じだった。一時に防御と攻撃を技量次第で無理なく両立させられるのが、二刀流の強み。それを活かしていた。
右手に握る刀を横なぎに払う。鞘で防ぐアッシュ。今度は彼の方が武蔵の腹目掛けて刀を振るうが、やはりこれを武蔵はいなす、再び武蔵が攻撃する。左の刀による峰。
アッシュが捌く、刺突。武蔵が払う、袈裟懸け。弾く、鞘で殴る。半身になって躱す、切っ先で突く。

 躱す、斬る、防ぐ、打つ、いなす、突く、避ける、蹴る、避ける、突く。
防ぐ、斬る、躱す、斬る、弾く、突く、いなす、殴る、防ぐ、蹴る、躱す、斬る、防ぐ、突く――――――――。

 にちかは最早、攻撃を目で追えてなかった。そもそもの話、この烈しい攻防に至るまでのやり取りですら、瞬きを終えた頃には戦局が一気に変転していたレベルだった。
だが今はもうそんな次元の話ではない。瞬きするのも忘れ見入っていても、何をやっているのか解らないのだ。
攻撃が防がれる音、攻撃同士がぶつかり合う音。両名の刀や鞘によるアクションが、防がれた時に生じる金属音で初めて、アシュレイ・ホライゾンが無事であった事がにちかに解る。
何をしているのかなど、全く解らない。アッシュも武蔵も、肘から先が朧げにしか、にちかには見えておらず、握っている刀に至っては、もう見えない。速く振り過ぎているからだ。

 猛攻を続けながらも、武蔵の頭は冷静で、冴えていた。寧ろ、攻撃の激しさからは考えられない程、頭の中は冷静でいる、と言うべきか。
戦い方と言うのは嘘を吐かない。例え戦いの最中相手が虚実入り交えた戦法を採用したとしても、『そういう戦い方をする』と相手が解ってしまう以上、
やはり戦いで嘘を吐く事は出来ないのである。武蔵は希代の剣豪である。剣の何たるかを理解している事は言うに及ばず、剣を交えれば、その人物の性格や内実も理解出来てしまう。
武蔵がアッシュに対してテストを挑んだのも、これが理由として存在していたからだ。戦う前に口にしていた、界聖杯を如何にかする方法が、自分達にある。
そのやり口に対し、武蔵に嘘を吐いてないか? 彼の性格上嘘ではないと解ってはいたが、それでも武蔵は、あと一押しが欲しかった。その一押しは、今成された。彼の戦い方から確信した、嘘じゃないのだ、と。

 ――うーん、やっぱり普通ね……――

 だがそれはそれとして、彼の剣の才能のなさは見逃せなかった。
何も剣を交えて解るのは、相手の性根だけじゃない。それよりももっと前に解るもの、剣の腕前があるだろう。実際に剣を振るって争っているのだから、真っ先に解るのは普通はそれだ。
こうして何合も打ち合って解った、アシュレイ・ホライゾンと言うライダーには、剣術の才能は乏しいのである。
と言っても、サーヴァントとして昇華されている身の上だ。英霊、と呼ぶに相応しい水準には、達している。だがそれにしても、凡庸な剣だった。
この戦いに於いて、武蔵は、己の戦法の真骨頂となる、天眼の類を一切用いていない。それらを使わぬ素の剣術に、武蔵と言う個人の考え方(ポリシー)を乗せて戦っている。
言うなれば、全く本気ではないのだ。その本気の戦い方を披露していない上に更に、その戦い方に於いてすら武蔵は『本気』を出していない。
その状態で漸く、アシュレイ・ホライゾンと言うライダーは、武蔵と互角程度の実力なのだ。テストを考案し、斬りかかって来た武蔵の方が、申し訳ないと思う程にアッシュは才能がなかった。


270 : 侍ちっく☆はぁと ◆zzpohGTsas :2021/08/19(木) 21:31:54 1l3JfYOM0
 そもそもが、アッシュと言う人物は、戦う事が不向きな人間なのだろうと、武蔵は考えた。
恐らくこの水準に到達する前のアッシュの剣術は、武蔵が見れば『別の道を歩んだ方が良い』と言い放っていたであろう程、凡庸かつ稚拙な物だったに相違あるまい。
覚えが鈍く察しも遅い、おまけに攻めるも素直で守るも素直。だから虚実(フェイント)にも騙される。
余人が1日打たれ続ければコツを掴めるであろう技術も、アッシュは3日打たれ続けて痛い目を見なければ会得する事はなかったであろう。
しかも実際に生死が関わる戦場に立たせれば、生来の素直さや実直さが仇となり、化かし不意打ち騙し討ちが平気で横行する戦場の恐ろしさに容易く呑まれてしまう。
目立つ才能など、その光る物のなさを認識出来る素直さと、僅かに指が掛かった戦うコツ、これを信じて再び痛い目を見続けられる諦めの悪さか。
それにしたとて、肉体に本来宿っている方の才能ではなく、精神的なそれである。武蔵だけじゃない、他の見る目があるサーヴァントから見ても、アッシュと言う人物に戦いの見込みはない。

 今の腕前に到達する前に、アッシュはどれ程の時間を費やしたのか? それは武蔵も解らない。
ただ、断言出来る事が一つある。師匠に、アッシュが恵まれたと言う事だ。剣は本当に雄弁なもの。口で内実を語らずとも、それを語ってしまうお喋りなのである。 
師匠の剣術の腕すら、相克する相手に教えてしまう。武蔵は解った、アッシュの剣の師匠は、卓越した剣鬼だ。そうとしか考えられない。
争う事の苦手な才無き青年が、今の技量に独力で達したとはとてもじゃないが思えない。今渡り合えているのも、師の教えに忠実だからなのだろう。
恐らくアッシュの師匠は、その時代に於いてほぼ『無双』に近い剣術家だった事は、彼の剣の腕を見れば解る。
師匠としての技術、つまり技を教授する力の事だが、これに関しては最早言うまでもない。アシュレイ・ホライゾンをこのレベルにまで高められるのだ、優れた教導力を持っている。

 ――何よりも、このような才能のない青年を、此処まで高めるだけ付き合える、愛のような感情がある。
覚えが悪く腕前もなく、ただ、素行の良さだけがセールスポイントでしかないこの青年に対し、教える立場からして腹が立つ局面もあったのだろう。
だがそれでも、アッシュの師は彼を見捨てなかったのだ。この段階に至るまで付き合ったのだ。そしてアッシュもまた、この段階から先に行こうと、生前頑張ったのだろう。
その道のりの末に、アシュレイ・ホライゾンはいる。剣術の腕前は並でしかないサーヴァント、アシュレイ・ホライゾンが形作られているのだ。

 ――なんか、あの娘みたいだな……――

 武蔵がマスターと呼ぶ、ただ一人の少女、藤丸立香。
彼女もまた、武蔵から見たら、『どうなのだろう?』と首をかしげる程には、マスターとしての才能がない人物だった。
マスターとして期待される事の多くを、機材の力や礼装の力におんぶにだっこ。出来る事と言えばなけなしの魔力をサーヴァントに供給する事と、
何があってもサーヴァントの前から離れない胆力の強さ。そして、どんな酷い場所にも、行けばそれこそ死ぬしかないような激戦区にも、歩んで行けるその精神性であった。
特異点や異聞帯を巡る戦いの前までは、立香と言う少女は市井の何処にでもいる娘に過ぎなかったと言う。

 そんな彼女があのような数奇が過ぎる運命の車輪に巻き込まれ、それでもなお懸命にあがいている。力がない、出来る事も数少ない。
やれる事と言えば、目を逸らさず諦めず、信じるべき相手をとことん信じ抜く事。そして、疑うべき相手を疑いつつも、時には利用出来る胆力と図太い肝っ玉。
肉体的に付随する才能がまるでない。何処まで行っても、人間の精神一つ。それだけを武器に、異なる世界を渡り歩く才能無き少女と、アシュレイ・ホライゾンの姿はやはり、限りなく相似に近いのだ。

 打ち合いが60合目を超えた辺りで、武蔵は勢いよく飛び退き、距離を取る。
何か仕掛けてくる、と考えたアッシュが、身体にハイペリオンの炎を纏わせようとする。
が、武蔵の行動は、アッシュとて意図するものが解らなかったもの。ダクト近くに着地した武蔵は、そのまま腰を其処に下ろして座り始めたのだ。
座位からどう攻撃を仕掛けてくる? と、アッシュは考えるが、その考えを見抜いたのか。苦笑いを浮かべて、両手を挙げた。ハンズアップだ。


271 : 侍ちっく☆はぁと ◆zzpohGTsas :2021/08/19(木) 21:32:11 1l3JfYOM0

「やめましょ」

 言葉は短かった。それが、戦いを終わらせようと言う旨の言葉であるのが、アッシュもにちかも理解した。
当然疑うアッシュ。構えを解かないアッシュの心情を悟り、口を開く。

「いや、あんな戦い方披露しといたんだから、信じられないって言う気持ちも解りますけど、これはほんと。ガチなんです、ガチ」

「……や、信じるよ。其処は嘘を吐かないだろうから、君も」

 嘘や他意がない事に気づいたアッシュは、刀を納め、一呼吸置く。
取り合えず、危難は去った。身体を損なう事も傷つける事もなく、一戦を終えられた。武蔵相手に本当に五体満足で済むなど、普通はあり得ない事である。
勿論テストであり、武蔵も手を抜いていたと言う事実があったからなのだが……それを抜きにしても、運が良かった。

「ありがとね、ライダー君。後さ、ライダー君でも、そこのマスターのお嬢ちゃんでも良いんだけどさ……」

「? わ、私ですか?」

 唐突に話を振られて、にちかは緊張する。アッシュも、マスター側が話しかけられるとなると、警戒する。

「いや、本当に簡単なお願いなんだけどね、別に魔力とか指とか寄越せって訳じゃなくてさ――」

 そこで武蔵は、一呼吸置いた後に、心からのお願いとでも言うような、神妙そうな声で、こう告げた。

「……お水とか、持ってません?」


.


272 : 侍ちっく☆はぁと ◆zzpohGTsas :2021/08/19(木) 21:32:35 1l3JfYOM0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「グジュグジュグジュグジュグジュグジュグジュグジュ、ペッ!!!!!!111(×5) よーし、これで少しは形容し難い味は忘れられたかな!!」

「ちなみに、どんな味だったんですか……?」

「なんか土を排ガスで燻したような……って思い出させるんじゃありません!! 味がまた蘇って来た、もっかい水頂戴!!」

「どうぞ」

 言ってアッシュは、ダクトに座る武蔵に対し、残り3割程度しか残っていない、ミネラルウォーターのペットボトルを寄越した。
それをラッパ飲みし、口に水を含み、勢いよく口内でゆすぎ初め、勢いよくそれをアッシュ達の居ない方向、背面に向かって吐き出す武蔵。同じような個所が水で湿っていた。

 有体に言えば、カナブンを頬張ってしまった口内をゆすぎたい、と言うのが武蔵の頼みだった。
それを聞いた時の、アッシュとにちかの「あぁ……ですよね……」って顔は武蔵は忘れられない。
戦いの最中に隙を作る、と言う名目の下で行った行動でなければ、やってる事は田舎のわんぱく小僧かただの馬鹿でしかない。
お気持ちを察したにちかは、暑さ対策でバッグに入れていた、500mlのミネラルウォーターを武蔵に与えた。そう言う事であった。

「いきなり虫を食べ始めるから正直私、ビックリしちゃったって言うか……」

「実際それが目的だからなあの行為は……まぁセイバーレベルの可愛さがあっても、100年の恋がギリギリで冷めるレベルの奇行ではあるんだけど……」

「ライダーさんの好きな人がそれやっても、冷めたりします?」

「その程度じゃ見限らないよ。彼女の事は大好きだからね」

「うーわ熱い……この炎天下に何言ってるんですか」

「そう、人が必死に口をゆすいでるのに惚気とは何事ですか!! あと可愛いと言ってくれたのは嬉しいので、次うどん一緒に食べる時は好きな天ぷら奢ってあげるわ!! なんかウーバーとかウーサーとか言う出前屋さんが届けてくれた、何亀うどんとか言う奴、あれ凄い美味しいわよね」

「(俺かしわ天が良いな)勝手に虫頬張ったのお前だろ……」

 お、逆ゥ。

「……で、如何なんだ。組む、って言う話は」

 弛緩した空気と態度を直ぐに切り替え、真面目な声音でアッシュが言った。それを受けて、武蔵の方も真面目な態度で、言った。

「合格!! ……って言い方は凄い居丈高で上から目線だから好かないんだけど、私は、貴方とは組んで不足はないかなって感じ」

「君は、なんだな」

「そ。この世界で私の手綱を握るあの娘が、何を言うかは解らない。賢いからね、如何返事するかは解らないわ」

 予測出来た話である。
同盟をこの場で組もうか、と言う話も、結局、サーヴァントどうしが一方的に決めているだけに過ぎない。
しかもアッシュの方はにちかがいるのに対し、武蔵の方はこの場にマスターがいないのだ。当の梨花からすれば、自分の与り知らない所で一方的に話が進んでいる状態である。
彼女にしてみればそれはないだろう、と言う話だし、先ずは彼女の方に話を通す。筋としては、当たり前の話であった。

「君はマスターとは、今場所的に近いのか?」

「ううん、私の足ならそれ程遠くはないかなって感じ。単独行動スキルがないから、其処まで離れて無茶は出来ないよ」

「成程、それはそうだ」

 考えてみれば武蔵のクラスはセイバーだ。
単独行動スキルを持ち、マスターから離れての行動を得意とするアーチャークラスのような真似は出来ない。マスターから離れての自由な行動には制約がある筈なのだ。


273 : 侍ちっく☆はぁと ◆zzpohGTsas :2021/08/19(木) 21:32:49 1l3JfYOM0
「取り合えず、あの娘の所に向かって、話は付けてくる。向こうがダメだって言ったら……それは、諦めてね」

「解ってる。そっちの事情を尊重する」

「ありがとねライダーくん。それじゃ、あの娘の所に向かいますか、と」

 座っていたダクトから立ち上がり、転落防止の柵の方まで歩いてゆく武蔵。その背中に、アッシュは言葉を投げかけた。

「マスターって呼んであげた方が良いんじゃないか?」

 武蔵がその言葉に反応する。柵を跳躍して行こうとする足が、止まった。

「どう言う意味かな」

「君がマスターの事を語る時、呼び方があの娘だとか言うのが少し気になったんだ。名前を言わないのは、それは解る。今の状態じゃ名の開示はマスターであってもやるべきじゃない。だが、マスターって言う便利な名前を呼ばないで、あの娘だとか、手綱を握るだとか言うから、気になったんだ。マスターの事を、信頼してないんじゃないかって」

「……良く聞いてるねぇ、ライダー君」

 クルリと、アッシュの方に向き直り、武蔵は言った。敵わないなぁ、と続けそうなそんな笑み。

「でも信頼してないってのは違うわ。寧ろお持ち帰り(テイクアウト)したい位可愛くて、人間的な娘よ?」

「ならなおさら呼んであげても良いじゃないか」

「操は、一人にしか立てられないから」

 遠くを見るような目で、武蔵は言った。

「まぁ操って言い方じゃ誤解が生まれますけどね、要は誓いよ。私がマスターと呼ぶ、と決めてるのはただ一人。こーんな、正義なんて程遠い荒っぽいサムライ女でも、これと決めた主君にしか使いたくない言葉がある、位の乙女心はありますから。だから、私がマスターと呼ぶのはただ一人だけ。この世界に於けるマスターとも言うべきあの娘をそう呼ぶかは……彼女の選択次第、って訳」

「そうか……解った。悪かった、そっちの事情を知らなくて」

「いえいえ、結構鋭い勘をお持ちでビックリしちゃった。戦いだと重要になるから、よく磨いておいてね」

 言って今度こそ此処を去るか、と思ったその時、再び『待った』が掛かる。アッシュの声だ。

「君のマスターに伝えるのは良いんだけど、じゃあそれに対する返事はどうやって俺達は受け取るんだ? 今このタイミングで、こっちのマスターの連絡先を教え合うのは避けたいんだが」

「あぁー、そっかそうだよねぇ」

 聖杯戦争の状況が刻一刻と変わるものだと想定する以上、一か所に留まるにしても、多少なりとも安全な場所を選びたい。
そしてもう一つの条件が外ではない事だ。この暑さの中、一時間も二時間も待ち合わせ場所でのんびりする事は、暑さの故に出来る筈がない。

「……あ、そうだ。丁度いい場所ならあるんじゃないかしら?」

 妙案が浮かんだ、と言う風な態度で、武蔵は言った。その武蔵案とは――


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274 : 侍ちっく☆はぁと ◆zzpohGTsas :2021/08/19(木) 21:34:21 1l3JfYOM0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 武蔵の考えは要するにこうだった。
夏の暑さを防げて、適切な冷房設備が備わっていて、そして、後に合流する予定の武蔵とそのマスターが解りやすい場所なら良い、と言う3点の要所を抑えた場所が良いのだと。
そう、それは正しい。アッシュとしても其処に異存はなかった。

「し、シングルで一時間半……お、お願いします……」

 それはもう赤面しながら、にちかはフロントに佇んでいる、深紅色のナイトドレスを着用した妙齢の美女にそう告げた。
その豊満な胸を持った女性……見覚えがあり過ぎるのはアッシュの方だ。主に、生前の方面で、だが。

「一応聞きたいのだけれど、貴女学生よね? 後ろの人は……」

「く、クラスメイトですよ!! やだなーもうおじさんに見えますかこの若さで!!」

「それもそうねぇ」

 ……問題があったとすれば、武蔵が提案した待ち合わせの場所と言うのが、自分達が戦っていたラブホテルの室内だった、と言う所であろう。
当然にちかは即座に断った。先ず体裁も悪いし、金が掛かる。これに対し武蔵は、聖杯戦争が始まってしまえば金の心配よりも命の方を重視するべきだし、
何のかんのと言っても東京の地理に武蔵も、彼女のマスターである古手梨花も疎い。目だって解りやすい施設の方が、此方も覚えやすいと言う正論で、にちかは押し黙ってしまった。

「淫行条例、って知ってるでしょう? 未成年とかが問題起こしちゃうと、悪くなくても私達は悪役にされちゃうのよ」

 要は美人局とか売春だとか、援助交際だとかだ。
近年はSNSを筆頭とした伝達手段も発展して気軽に、男の方も女の方も、そう言った問題を簡単に起こしたり、起こせるようになってしまった。
勿論それを行った当人が悪いのが間違いないのだが、こう言った施設側も警察から注意を貰う事がある。どうして未成年だと気づけなかっただとか、そういうような事を言われるのだ。

「……うーん、まぁでも良いわ。貴方達2人とも未成年だから問題はないだろうし、今夏休みでしょ? 一夏の思い出でも作って来て頂戴」

 結局のところ、アッシュの年齢が若く見え過ぎたから、身分証の提示と言う最大の関門はスキップ出来た。
尤も召喚されているアッシュの年齢は、10代半ばを過ぎた辺りで、若く見えるのは当然の話であるし、そうでなくとも整った童顔気味の人物だ。
所謂中高年とか、20代過ぎには見られる可能性は、かなり低いのであった。

「それじゃ、鍵の方渡しておくわね。あ、それとなんだけど、ベッドの枕元に、貴方達に必要な物があるから、調べておいてね。お金は取らないサービスだから」

 そう言ってドレスの美女はにちかの方に510と書かれたカードキーを渡し、エレベーターへと歩いて行く2人を、初々しいものを見る目で見送った。
エレベーターに乗ってから、指定の部屋まで互いに無言。カードキーをリーダーに通し、入室するにちかとアッシュ。
室内は味気ない殺風景なビジネスホテルのそれとは違い、何ともまぁムーディーと言うべきか、行うべきあれやそれの雰囲気に相応しく纏められていた。
間接照明でやや薄暗く、壁紙の色は情熱的なレッド。部屋の角には天蓋付きのベッドが設置されていて、遠目から見てもシーツにシワ一つないのが見て取れる。
何やら香の類も焚いているのか、薔薇のような香りをにちか達は感じ取った。室内は閉塞感を感じさせない広さで、宿泊施設として使っても恥ずべき所がない。
お高い値段設定相応の部屋だった。此処がラブホテル、と言う事実でもなければ、にちかも少しはマシな心持ちだったのだろうが。

「だ、誰にも見られてないですよね? 知り合いとかに見られたら困りますよほんと!!」

「マスター交友範囲が解らないからな……それにこの世界の人達はマスターの居た世界の知り合いとは別人だろうし……」

「そういう問題じゃなく!!」

「まぁそうだよな……」

 それはそれ、これはこれ、と言う奴だ。
気持ちは解る、フロントの女性がアッシュも見た事がある女性、イヴ・アガペーだったので、かなり焦ったのであるから。
顔見せの時に普通に誘惑され、『絶対に断れよ』と言う目をしたナギサに凄まじい殺意を向けられた事もある、やりにくい女性だったのは覚えている。

「まぁもう、入っちゃったものはしょうがないですし、あのセイバーさん達が来るまで待ちましょう。その間私、ベッドで休んでますから」

 言ってにちかは早歩きでベッドへと近づき、其処に身を投げた。
ぼふんっ、と仰向けのまま十数㎝以上も身体が跳ねた。ベッド自体も高品質(ハイクオリティ)だ。マットも恐ろしい程柔らかく、スプリングも効いている。
実体化状態のまま、ソファに腰を下ろしたアッシュ。何かあった時の為、瞬時に行動出来るよう、霊体化はしなかった。


275 : 侍ちっく☆はぁと ◆zzpohGTsas :2021/08/19(木) 21:35:09 1l3JfYOM0

 ――そう言えば……フロントの人枕元調べろって言ってたな……何があるんだろ――

 自分の頭の何倍も大きい羽毛枕を退かすと、成程、確かに大事な物はあった。
極薄だとか、0.01mmとか書かれてある、スマートフォン並の大きさの紙箱が、にちかの視界に飛び込んできた。

「むんっ!!」

 それをアッシュの後頭部に怒りに任せて投げた。「うわ、なんだ!?」と驚くアッシュなのであった。



【新宿区・パレス・露蜂房(ハイヴ)/一日目・午前】

【七草にちか(騎)@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:健康、精神的負担(中)
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:高校生程度
[思考・状況]
基本方針:283プロに帰ってアイドルの夢の続きを追う。
1:殺したり戦ったりは、したくないなぁ……
2:ライダーの案は良いと思う
3:現在新宿区の歌舞伎町でセイバー(宮本武蔵)と待ち合わせている状態です
[備考]

【ライダー(アシュレイ・ホライゾン)@シルヴァリオトリニティ】
[状態]:健康
[装備]:アダマンタイト製の刀@シルヴァリオトリニティ
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:にちかを元の居場所に戻す。
1:界奏による界聖杯改変に必要な情報(場所及びそれを可能とする能力の情報)を得る。
2:情報収集のため他主従とは積極的に接触したい。が、危険と隣り合わせのため慎重に行動する。
3:セイバー(宮本武蔵)の存在を認識しました。また、彼女と同盟を組みたいと言う意向を、彼女に伝えてあります
[備考]
宝具『天地宇宙の航海記、描かれるは灰と光の境界線(Calling Sphere Bringer)』は、にちかがマスターの場合令呪三画を使用することでようやく短時間の行使が可能と推測しています。


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276 : 侍ちっく☆はぁと ◆zzpohGTsas :2021/08/19(木) 21:35:30 1l3JfYOM0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 武蔵自身、「本当か?」と言う気持ちでいる事だが、彼女は天眼と言う特殊な魔眼を保持した剣士である。
とは言え彼女自身、自分がそう言う目を授かって産まれている事を理解している。それを活かした戦い方も行った事は一度二度の話ではなかった。
知ってはいるけど、実感が湧かない。感覚としてはそれに近い。武蔵自身思っている事だが、多分自分は天眼なんてものを授かって無くとも、この戦い方をぶらす事はなかったと断言する。
これを斬ると決めれば少し悪い頭をうんうん唸らせてそのやり方を考えるし、駄目だと解れば尻尾巻いて逃げたり、逃げられないと踏んだら戦闘中に講談を披露して隙を無理くり作りもする。宮本武蔵と言う女剣豪は、そんな人物だった。

 武蔵の天眼の主な使い方は、剣士としての使い方で行う。つまり、あそこを斬るにはどうするべきか、あれに勝つにはどうすれば良いのか。そんな具合にだ。
勿論、今の時点で勝つのが絶対に不可能なレベルで技量が隔絶した相手だったり、天眼で見た達成方法への道しるべを悉く潰してくる相手には、無意味である。
だがそれでも、勝ち筋は解る。例え1%以下の勝率。それこそ、1億、10億、100万億通りもこちらの負けのパターンが見えていたとしても。
その中に、勝ち筋が一つでもあったのなら。武蔵はそれを選ぶ事が出来る。勿論、それによる犠牲を払う必要がある。己の身体の一部が吹き飛ぶ事だとてあり得る。腕かも知れないし脚かも知れない、それどころか首を刎ねられると同時に相手を斬り殺せると言う、相討ちの形で終る未来かも知れない。何れにしても、限定的ながらも、勝ち筋と言う形での未来視とそれを実行に移せる因果の助力。それが武蔵の天眼であった。

 だが、この天眼は逆の使い方も出来る。即ち、自分の『負け筋』を見ると言う事。つまり、どうしたら自分は相手に負けるのか、と言う事だ。
一見すると無意味な使い方かも知れないが、実は意味がある。剣士にとって負けは死だ。当たり前だ、純然たる凶器そのものである真剣で戦うのだ。
命を失うのは当たり前、一生を後遺症と付き合う事を覚悟するレベルの障害を負って生活するしかないなど運が良い方で、目が潰される親指を失うで済むなど、幸運以外の何物でもない。
そう言ったリスクを負う事なく、負けの未来を見る事が出来るのだ。これが、経験値を得る為の重要な糧になるのだ。
大抵の場合負ける未来と言うのは、選択肢を選び間違った事によるものが多い。だが中には、己の慢心や油断からくる物がある。武蔵レベルの剣士であっても、そんな未来がある。
それを見ると、自戒の念が強まる。武蔵が勝つ為に何でもするのは、天眼で常々、負ける未来も見ているからと言うのもある。負けた後の不憫な生活、剣士としての死。それが、自分の驕った心の持ちようで齎され得るなど、言語道断。許せない。だから彼女は、勝つ為にベストを尽くす。それこそ、あのような何でもありめいた手を用いてでも。

 あの時、アシュレイ・ホライゾンと戦った時、武蔵は戦闘に直接使わなかったが、天眼を用いた。
殆ど、自分が勝つ未来だった。単純な剣術で圧倒するものもあったし、周囲の被害を勘案しない戦い方でマスターのにちかごと巻き込んだものもある。
余りにも勝ちの未来が多かった為、武蔵は、相手を知ると言う意味でも、天眼を逆の使い道で使ったのだ。即ち、アッシュはどのようにしたら、自分を殺せるのかと言う事についてだ。
宝具を使うのだろうと思った。サーヴァントの宝具はまさに十人十色。一見すると弱いサーヴァントでも、宝具そのものが強すぎる、と言う事も多分にある。
アッシュもその類なのだろうかと思い、天眼を用い自分の敗北する可能性の未来を見て――



 ――――――――――戦慄を覚えた。


.


277 : 侍ちっく☆はぁと ◆zzpohGTsas :2021/08/19(木) 21:35:42 1l3JfYOM0
 そのリアクションを、表面上に出さなかったのが最早奇跡だった。
眉一つ動かさず、おくびにも反応を見せなかったが、慄然していたのは事実だ。それ程までの衝撃を、武蔵は覚えたのだ。

 武蔵が見たのは、『煌めく火』だった。
温かい囲炉裏の火とか、焼き芋を作るのに使う焚火の赤だとか、そんな優しいそれじゃない。
全てを焼き尽くす劫火。火は酸素がなければ燃えない、水を掛ければ消化される……そんな当たり前の物理法則すらも、知らんとばかりに燃え上がり続ける煌めく焔だ。

 その焔の中に、武蔵ですら息を呑む美しい金髪の男が佇んでいる。それを見た武蔵が抱いたイメージは、『∞』である。
この宇宙に存在する全ての有質量。これら一切をかき集め、極微の一点に凝集、稠密、収縮させ、それが人の形になったような。
我々が認識する宇宙に於いてこれ以上のものはないと言う、密度。その極地のような人物が、炎の中に佇んでいたのだ。

 武蔵が観測した敗北の未来に於いて、武蔵の姿はなかった。普通負けの未来を見たら、斬り殺されだらりと力なく横たわる彼女の姿も見える筈なのだ。
それがない。理由は単純だ。死体が残らぬ程強力な一撃で消し飛ばされたのだ。そして、自分が消し飛ばされるだけならまだ良い。
その無限大は、黒い暗黒の空間の中で佇み、炎を噴出させていたのだ。宇宙、空の果て――『 「   」 』。その空間を見て武蔵はそう思った。この東京を越えて、界聖杯そのものすら破壊したのかも知れない。

 武蔵は自分の思い描いた究極の理想。 
自分の剣術の腕を、空(ゼロ)を斬る領域にまで至らせる事を目的としていた。そして、その夢を、藤丸立香との旅路で果たした。
何度も出来る事じゃない。寧ろ、あの時あの一瞬以外、同じような事は再現出来ないかも知れない。だがそれでも、確かに彼女は斬ったのだ。そして、彼女らを生かせたのだ。
だから、満足だった。自分の思い描いた独り善がりの理想で、確かに、救われた命があったのだ。そうと思うと、あの時の結末に、悔いなど、ある筈がなかった。

「人間って欲深ね」

 今――武蔵は新しい目標が出来上がってしまった。
「   」を斬った剣士が次に目標とすべきは、何か? それが、武蔵は定まってしまった。
無限だ。∞なるものを、斬るのだ。零の次は∞だ、などとは、何とも安直な発想だと苦笑いする武蔵。だが、実際それしかないのだから仕方ない。

 アレは、斬れるか?
一目で、森羅万象の上に君臨する、超越者の類である事は理解した。
この世を支配する遍く自然の法則、宇宙の法則。それらから隔絶され、超絶した何者か。限りなく∞に近く、そして、∞を越えた先の何かに往かんとする者。

「……鯉口切り続けてたら出て来てくれないかな」

 宮本武蔵。彼女は確かに、藤丸立香やノウム・カルデアを救った。そして本質的に、非道外道の類が許せぬ好人物である事も間違いない。
……ただ、零の先を斬ろうが、彼女の本質は変わらない。根本的に、ロクデナシなのだ。

 浮かべる笑みは剣鬼の笑み。神仏より授かりて生まれた天眼に、爛と狂気の煌めきが過る。
初めて目の当たりにする、∞の体現者に思いを馳せながら。宮本武蔵。お前は果たして、何処に往く。何処に、逝かんとする者か。



【新宿区/一日目・午前】

【セイバー(宮本武蔵)@Fate/Grand Order】
[状態]:健康
[装備]:計5振りの刀
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:マスターである古手梨花の意向を優先。強い奴が見たら鯉口チャキチャキ
1:現在マスターの下へと帰還中です
2:七草にちか&ライダー(アシュレイ・ホライゾン)の存在を認識しました。彼らと同盟を組みたいと考えています
3:アシュレイ・ホライゾンの中にいるヘリオスの存在を認識しました。
武蔵ちゃん「アレ斬りたいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ。でもアレだしたらダメな奴なのでは????」
[備考]


278 : 侍ちっく☆はぁと ◆zzpohGTsas :2021/08/19(木) 21:35:55 1l3JfYOM0
投下を終了します


279 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/19(木) 23:13:18 7oL9IpYM0
お二人とも、投下お疲れ様です!

>深海のリトルクライ
さとちゃんはしょうこちゃんに対して淡白なままですが、それでもかつての思い出と今の真っ直ぐな気持ちがあるからこそ、苦くない気持ちを味わえたのですね。
電話でもひとまず心配してくれますし、ちゃんと"友達"と呼んでくれるので……しょうこちゃんにとっても、一歩前進できたのでガンヴォルトの存在が本当に大きく見えちゃいます。
例え一度は命を奪われても、未だに飛び続けられるしょうこちゃんはやっぱり強い子ですね。

>侍ちっく☆はぁと
バトルはもちろん、ギャグパートも濃厚な後編でしたね!
圧倒的な武蔵ちゃんの強さに迫り続けたアッシュを認めながら、戦いを通じてぐだのことを思い出すので、彼女の人を見る目はやはり本物。
実際、アッシュの宝具もとてつもなく危険ですし、発動を止めたのは本当に賢明でしたね。
ただ、カナブンを味わった武蔵も、ホテルでとんでもないものを見てしまったにちかも……とてもお気の毒でした。

それでは自分も予約分の投下をさせて頂きます。


280 : 燦・燦・届・願 ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/19(木) 23:15:03 7oL9IpYM0
 この世界でぎゅうぎゅう詰めになっているのは、たくさんの人の命と願いです。
 優しい願いも、誰かを傷付ける願いも、何一つ区別することなくこの世界ではキラキラと輝いています。
 まるで、わたしたちアイドルみたいでした。
 誰かを喜ばせることがあれば、時として他の誰かを悲しませることがあります。
 でも、わたしはそのすべてを受け止めたいです。わたしが輝いた結果、裏で見知らぬ誰かが涙を流すことになっても、その人たちの分まで輝くべきだとあの人は教えてくれたから。
 そして、わたしは輝けなかった人たちのことを、ずっと覚えていたいです。
 この世界で、もういなくなった人たちの命と願いも、忘れたくありません。


 だって、わたしがもう二度と会えなくなったあの人……白瀬咲耶さんだって、同じ願いを抱いていましたから。


281 : 燦・燦・届・願 ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/19(木) 23:17:25 7oL9IpYM0

 ◆


 わたし・幽谷霧子はお日様の下で歩いています。
 咲耶さんが遺してくれた暖かい想いと願いを失わせないために、わたしは前を見ていました。
 今のわたしに何ができるのかわかりません。皮下真さんみたいにみんなを助けてあげられるお医者さんじゃありませんし、セイバーさんのように誰かと戦う力も持っていません。
 でも、力がないことを言い訳にして、何もしなければわたしは絶対に後悔します。わたしが黙ったままでは、セイバーさんからも失望されるでしょう。

「それで、霧子ちゃんはどこにいくつもりなの?」

 わたしを守ってくれる女の人・ハクジャさんから聞かれます。
 咲耶さんみたいに背が高くて、顔がとても綺麗です。腰にまで届く長髪は大理石のように煌めき、胸元のブローチに宝石が埋め込まれて、神秘的なムードすらも漂わせていました。
 両耳には飾られた太陽のピアスも素敵です。全てが整っていて、理想の女性と呼べるでしょう。

「……はい。283プロのみんなに、会いに行きたくて……」
「もしかして、お手紙のことで?」
「……みんなにも、伝えてあげるべきだと思ったからです。だって、このままじゃ……咲耶さんの心が、みんなに届かないから……」

 私は咲耶さんの最期の願いを受け取りました。
 咲耶さんが最期に何を想っていたのか、その全部を私はわかってあげることができません。
 でも、咲耶さんがわたしたちの幸せを願っていたことだけは確かです。もう二度といい1日を過ごせなくなったにも関わらず、咲耶さんは世界中の人たちみんなを想い続けたでしょう。
 だから、今のわたしがやるべきことは……一人でも多くの人にこのお手紙を見せてあげる。それ以外、何もないでしょう。

「ごめんなさい、ハクジャさん……こんなお暑い日に、ご一緒させてしまって……」
「大丈夫よ。それに言ったでしょう? 近頃は物騒だけど、私にも護身術の心得ならあるって。それに、霧子ちゃんのお知り合いなら……私もあいさつしたいと思ったのよ。いつも、お世話になっているお礼にね」
「……こ、こちらこそ! ありがとうございます……!」

 ハクジャさんのお気遣いにわたしの心がポカポカとあったかくなります。
 今日は暑くて、わたしも汗を流していますが、胸の中は心地いいぬくもりで広まります。

「……そういえば、ハクジャさんは暑くないのですか? このお天気で、真っ黒なお洋服を着ていますし……」

 今日は8月……しかも、夏真っ盛りの天気で、周りのみんなは半袖です。もちろん、UVカットで長袖またはアームカバーが必要になる人もいます。
 でも、ハクジャさんは違うように見えました。それでいて、炎天下の中で黒服を着ているにも関わらず、暑さで表情が揺らぐこともありませんでした。

「ふふっ、大丈夫。私、こう見えて普通の人よりも丈夫だから」
「……そ、そうですか。でも、ご気分が悪くなったら、すぐに言ってくださいね! どれだけ体が丈夫な人でも、熱中症でダウンすることはありますから……!」
「ありがとう、霧子ちゃん。じゃあ、お言葉に甘えて、その時になったらすぐに言うから」
「よ、よろしくお願いします……」

 ハクジャさんの笑みはとても優しいです。まるで、お日様に照らされながらゆらゆらと揺れるタンポポさんみたいでした。
 もしも、ハクジャさんに何かあったら、わたしは皮下さんに顔向けができませんから。



 ただ、一刻も早く283プロのみんなに会いたいです。
 ハクジャさんを炎天下にさらしたくないことはもちろん、今はアンティーカのみんなとプロデューサーさんに咲耶さんのお手紙を見せたい。
 プロデューサーさんはわたしがいい1日を過ごせることをいつも祈ってました。でも、わたしだけじゃなく、咲耶さんに対しても同じことを想っていたはずです。
 もう、咲耶さんの時計の針は動きませんし、わたしたちのアンティーカが元通りになることもありません。
 それでも、今だけはせめて……咲耶さんが遺してくれた心を、みんなに届けたいです。


 その直後でした。
 わたしのスマホがプルプルと音を鳴らしたのは。
 ポケットから取り出すと、画面に書かれた名前にわたしは驚きました。
 だって、そこには……田中摩美々ちゃんの名前が書かれていましたから。


282 : 燦・燦・届・願 ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/19(木) 23:19:52 7oL9IpYM0




「それでぇ、プロデューサーはどうだったのー?」
「ギタギタにしてやろうかと思いました! もしも私の目の前にいたら、悪口をいっぱい言ってやりましたよ!?」
「……にちか、なんでそこまで怒ってるのー?」
「ムカついたからですよ! ふわっとした物言いで、何を考えているのかさっぱりわかりません! きっと、摩美々さんが電話に出ても同じだったと思いますよ!?」

 私……七草にちかは叫びました。
 久しぶりにプロデューサーさんの声を聞いたと思いきや、ウジウジと煮えたぎらない態度でいたからです。
 こんな人を見込んで、私はアイドルになろうとしたと考えると……いかりだって大爆発しますよ!

「まぁ、プロデューサーも色々ありましたし、283プロもかなりバタバタしてましたけど……にちかには同情するかなー?」
「全くですよ! じゃあ、摩美々さんも一緒にギタギタにしてくれますか!?」
「遠慮するー。私の専門はイタズラであって、暴力は趣味じゃないのでー」
「じゃあ、せめてイタズラのアイディアだけでも教えてください!」
「めんどーじゃなければいいよー」

 私のいかりを軽く流しながらも、田中摩美々さんはクスリと笑っています。

「……今、アサシンさんから念話が来ましたよー? 『では、私もコンサルタントとして、何かアイディアを出すべきでしょうか?』って、言ってますしー」
「ぜひともお願いします!」

 イタズラの天才である摩美々さんとアサシンさんがいれば百人……いいえ、1万人力です! プロデューサーさんをぎゃふんと言わせることができますし、いくらでも泣かせられるでしょう。
 どんなイタズラがあるのか!? 目にデスソースを垂らしてもいいですし、鼻で苦いお茶を飲ませる罰ゲームでもOKです!
 もしくは、この世界で流行っているプリンセスシリーズというアニメを全話ぶっ続けで見せて、1話ごとに感想文を書かせるのはどうでしょう!? 15作以上も続く4クールアニメの全話感想はかなりキツいです!
 もちろん、新シリーズの『トロピカルンバ! プリンセス』だって例外ではありませんよ!

「……そういえば、摩美々さんは霧子さんと電話ができましたか!?」

 メラメラと燃やす熱意を絶やさないまま、私は摩美々さんに尋ねてみます。
 すると、意地悪な笑みは一変して、摩美々さんの表情は深刻な色に染まりました。

「……うん。霧子は出てくれたよー? 場所も、割とすぐ近くみたいだしー」
「本当ですか!?」
「でも、今は他の人と一緒にいるみたい。だから、あんまり長電話はできなかったなー」

 ほんの少しの落胆と、それ以上に霧子さんが近くにいるという希望が込められた声です。
 あれ? ていうか、霧子さんはすぐ近くにいるって言いましたけど……

「……じゃあ、すぐに会いに行った方がいいじゃないですか!?」
「私も、そのつもりだったよー? でも、なんかにちかが不機嫌そうだったから、話だけは聞いてあげようかなーって、思ったんだよ……」

 いつの間にか、私を見る摩美々さんの目が不満に染まりました。
 その目つきに罪悪感を抱いて、私は委縮しちゃいます。プロデューサーさんのイタズラを一緒に考えてくれた裏では、霧子さんに会いに行きたくて仕方がなかったってことですよね。

「う、うぅっ……ご、ごめんなさい……」
「……謝るなら、早く行こうよ。霧子と離れ離れになる前にさー」
「は、はい……」

 さっきまでの大爆発が嘘のように、しおれた花みたいに俯いちゃいます。
 できるなら、もう一人の私のことを探しに行きたいですけど、それは落ち着いてからにしましょう。まだ、アーチャーさんたちも戻ってきてないですし。

『……アーチャーさん、ちょっと摩美々さんと出かけてきます』

 気を取り直して、私はアーチャーさん……メロウリンク・アリティさんに念話を送りました。


283 : 燦・燦・届・願 ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/19(木) 23:21:33 7oL9IpYM0
『ひょっとして、幽谷霧子のことか?』
『……アサシンさんから聞いたのですか?』
『あぁ。俺たちはそろそろ、283プロダクションに到着するところだから、今すぐには戻れないが……あまり無理はするなよ。マスターが俺たちの無事を祈っているように、俺たちサーヴァントもマスターのことが心配だからな』

 たった数秒ですが、アーチャーさんの気遣いが伝わったので気持ちが楽になります。
 きっと、摩美々さんも私と同じようにアサシンさんと念話して、霧子さんに会いに行くと伝えたのでしょう。
 ただ、アサシンさんのことですから、私たちが不用意に出歩くことを望まない気がしますが。

「え、えっと……摩美々さん……アサシンさんは、何か言ってましたか……?」
「んー、もしも人通りが少ないと思ったら、すぐに引き返してくださいとは言われたよー?」
「……私については……?」
「別にー? あっ、でも『イタズラはほどほどに』とは言ってたかなー?」
「…………」

 私は摩美々さんの言葉に応えられません。
 ひとまず、私のことを責めている訳じゃなさそうですが、やっぱり心苦しいです。
 気を取り直して! 私たちは店員さんに声をかけてから、一旦外に出ました。「連れを迎えに行く」と言い訳しましたが、二人そろって出てしまったので怪しい目で見られます。
 うぅ……もう、踏んだり蹴ったりですよ! すぐに霧子さんを見つけて、お店に戻るべきですね。





 ーーもしもし? 摩美々ちゃん……だよね?

 今度は、すぐに呼びかけに答えてもらえました。
 おっとりとして、美麗な声は間違いありません。スマートフォンの向こうには、彼女がいることを確信しました。

 ーーき、霧子!? 霧子……だよね!? 私だよ、田中摩美々だよっ!

 私は必死に叫びます。
 咲耶がいなくなったトラウマもあって、自然と声に力が出ちゃいました。
 きっと、彼女は困惑するでしょう。田中摩美々はイタズラが大好きで、ダウナーな言動が多いですから、こんなに声を張り上げるなんて滅多にありません。
 でも、今は霧子と話がしたかったです。

 ーーそ、そうだよ……! わたし、だよ……幽谷、霧子だよ……!
 ーー霧子ッ! 霧子……ッ! 今、どこにいるのっ!?
 ーーえっと……渋谷駅の、近くだよ……っ! 場所は……

 スマホから聞こえてくる声に、私は胸が高鳴りました。
 伝えたいことがたくさんありますし、一刻も早く彼女の顔が見たいです。霧子だって、それは同じのはずですから。

 ーーご、ごめんね……摩美々ちゃん! 今、ハクジャさん……えっと、他の人と一緒にいるの!

 慌てたような霧子の声に、私はアサシンさんの言葉を思い出しました。
 不用意に電話をかけると、他の誰かから盗み聞かれる恐れがあるので気を付けて、と。
 もちろん、私だってそれは承知しているつもりでしたが……やっぱり、霧子の声を聞ける期待のせいで、吹き飛んじゃいました。

 ーーわ、わかったー……じゃあ、今すぐに霧子のところに……行ってもいい!?
 ーー……うんっ! わたしも、霧子ちゃんに会いたいから……待ってるね!

 お互いに期待の言葉をぶつけあいながら、私は通話終了ボタンに触れます。
 私はにちかに伝えようとしましたが、彼女は何やら不機嫌でした。
 だから、にちかの事情を聞いて、プロデューサーへのいかりに頷いてから……私たち二人でカラオケ店を飛び出しました。
 あ、食い逃げなんて酷いマネをするつもりはないですよー? ちゃんと、霧子も連れて戻りますし。
 プロデューサーさんともお話ししたいですが、今は霧子を見つけることが先ですね。


284 : 燦・燦・届・願 ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/19(木) 23:23:28 7oL9IpYM0


 決意と胸に、私とにちかは必死に走りました。
 霧子の居場所を聞くことはできましたし、今からでも充分に間に合うでしょうが……一歩一歩、進むたびに、私たちの足に力が強くかかります。
 咲耶みたいにもう二度と会えなくなるのは嫌だ。
 霧子のことを失いたくない。
 例え、何が起きようとも、私の足を止めることはできません。
 全身に力を込めて、霧子が待っているであろう場所を目指して、真っ直ぐ走り続けました。


「霧子……霧子ー!」
「えっ……ま、摩美々ちゃん!?」

 私が叫ぶと、彼女はすぐに振り向いてくれました。
 ふんわりとした銀髪はツインテールに束ねられて、フランス人形のように整った面持ちは儚く見えます。包帯やガーゼが目立つ外見も合わさって、ちょっとの刺激でもすぐに壊れてしまいそうで、庇護欲も刺激されるでしょう。
 彼女こそが幽谷霧子。283プロが誇るアンティーカに所属し、私と一緒にたくさん頑張ってきたアイドルです。

「霧子……霧子、なんだよね……!?」

 私の声と体は震えています。
 大切な友達に巡り会えた喜びと、かける言葉が見つからないことに対する困惑。色んな感情が、私の中でごちゃ混ぜになっていました。

「……うん。わたしは、霧子だよ。摩美々ちゃんも知ってる、この世界で、たった一人だけの……アンティーカの幽谷霧子だよ」

 一方で、霧子もほほ笑んだ。
 太陽のように暖かくて、世界中のみんなを優しく包む程にふわふわしています。子ども向けの絵本から飛び出してきたように、愛嬌で溢れていました。
 あぁ。ここにいる霧子はNPCじゃない、私と一緒に過ごした正真正銘の幽谷霧子だと……私はすぐに気付きました。

 一緒についてきてくれたにちかや、周りの人たちはお構いなしに、私たち二人は見つめ合っていました。
 まるでここだけが別世界のようで、ドラマのワンシーンみたいに情緒で溢れています。例えるなら、離れ離れになっていた親友同士が再会した時の感動が凝縮されているみたいです。
 実際、私たちは聖杯戦争のせいで引き離されました。自分の生存が保証されるのかわからない状況ですから、いつだって不安でしたよ。
 だからこそ、こうして再会できたことが……私たちにとってとても大きな喜びです。

「……霧子……霧子……!」

 気が付くと、私の瞳から涙がにじみ出てきます。
 他のアンティーカの方々もこの聖杯戦争に巻き込まれて、酷いことをされているかもしれない……咲耶が命を奪われてから、ずっと心の中で不安を抱えていました。
 もちろん、霧子も同じだと思う。綺麗なしずくを瞳からこぼして、笑顔を保ったまま……私を優しく抱きしめてくれます。

「よしよし、摩美々ちゃん……」

 震える私の背中を、霧子は優しくさすりました。
 霧子の両うでの中で、私の涙はどんどん溢れます。その涙で霧子のお洋服が濡れますが、どうにもできません。
 ただ、霧子に対して何を言えばいいのかわからず、感情のまま泣いていました。


285 : 燦・燦・届・願 ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/19(木) 23:24:37 7oL9IpYM0
「怖かったよね?」
「えっ……? わ、私は……」
「いいんだよ。わたしも、同じだから……こんなことになって、咲耶さんもいなくなって……どうしたらいいのか、わからなくなりそうだった。でも、咲耶さんの声を……聞くことができたの」

 困惑する私の耳に、霧子の声がゆっくりと響きます。
 やっぱり、彼女も咲耶がもういないことを知っているのでしょう。警察から事情聴取を受けて、遺書の原物を渡されたかもしれません。
 そして……私たちを見つけてくれました。でも、みんなを探している間にも、霧子は不安でいっぱいだったはずです。

「……わたし、今だって怖いよ。これから、どうなるのか、わからなくて……本当に怖い」
「そんなの……私だって同じだよー……」
「じゃあ、わたしたちで……力を合わせよう? わたしたちはアンティーカだから……いつだって、わたしたちで運命の鍵を、回し続けたから……」
「……霧子……霧子……!」
「大丈夫……咲耶さんの分まで、わたしたちで運命を開こう……? 恋鐘ちゃんや結華ちゃんにも、咲耶さんのことを伝えて……みんなで、いっぱい泣こう……? それから、咲耶さんのことを忘れないように……
 ----たくさん、お話をしよう? 咲耶さんのことと、わたしたちの思い出……たくさん、たくさん……!」
「……うん! うん!」

 嗚咽を漏らして、上手く喋ることができない私の顔を隠すように……霧子は抱きしめてくれます。
 霧子だって泣いているのに、私のことを優しく慰めてくれました。
 たまたま、大通りじゃなくてよかったです。渋谷のど真ん中で再会したら、人目を集めちゃいますし……私だって、胸がいっぱいになって、泣いている顔は見られたくありませんよ。

「……よ、良かったですね……二人とも……!」

 さっき、一緒に悪だくみをしたのが嘘みたいに……にちかも泣いてくれます。でも、笑顔を浮かべていました。
 もしも、ここにアサシンさんとアーチャーさんもいてくれたら、私たちと同じようにほほ笑んでくれると思いますよ。


286 : 燦・燦・届・願 ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/19(木) 23:25:58 7oL9IpYM0

「……そう。あなたたちが、霧子さんのお友達なのかしら?」

 そして、霧子と一緒にいた見知らぬ女の人も……この再会を喜んでいるかのようにほほ笑んでいました。







「ここが、283プロダクションでいいんだな?」
「はい、確かに283プロダクションです。マスターたちの世界とは住所が別のようですが……界聖杯が、独自に用意したのでしょう」

 七草にちかさんのサーヴァントであるアーチャーと共に、僕……ウィリアム・ジェームズ・モリアーティは283プロダクションの前に立った。
 事前にマスターから教えてもらった通りの外観で、今のところは特に騒ぎは起こっていない。
 どうやら、裏道を通ったおかげで僕たちは先回りできたみたいだ。

「……霧子、だったか? 仕事の前に彼女だけは発見できて、よかったな」
「ええ。念のため、タクシーの中から僕たちで外の景色を眺めていましたが……一歩間違えたら、気付かないまますれ違っていたかもしれないですしね」

 運転手への道案内や、マスターたちとの念話の最中でも、決して周囲の観察は欠かさなかった。
 そのおかげか、幸運にも幽谷霧子さんを見つけることができた。マスターからの念話によると、きちんと再会できたらしい。
 その場に居合わせられなかったことは残念だが、マスターが友達と出会えただけでも良しとしよう。

「さて、それじゃあ……アサシンはどうするつもりだ?」
「一刻も早く、行動と行きたいところですが……少し、考える時間を頂いてもよろしいでしょうか? こういう状況だからこそ、まずは思考するべきですし」
「了解。じゃあ、決まったらよろしく頼むぞ」

 アーチャーさんは頷いてくれる。
 彼に話した通り、今は緊急事態であるからこそ慎重な行動が必要だ。焦りで思考が乱れては、依頼の成功率は格段に下がる。
 ただ、たった一つだけ大きな懸念があった。

(幽谷霧子さんと共にいたハクジャという女性……いったい、何者なんだ?
 炎天下にも関わらずして、厚手の服装をしていることに加えて……異様なまでのボリュームを誇る髪型。僕が見てきたこの世界の人間と比べても、普通とは思えない)

 マスターは幽谷霧子さんと再会した。
 マスターの念話によると、ハクジャという女性の護衛を受けて、霧子さんは行動していたらしい。
 しかし、霧子と同行していた女性の存在に、強い違和感を抱いていた。街中で霧子と共に歩いていたため、危険人物と断定することはできないが……このまま放置していい存在とも思えない。
 現在、霧子さんは新宿区の皮下医院の病院寮で生活しており、そこで多くの患者と触れ合っているらしい。院長である皮下真の指示を受けて、ハクジャは霧子の護衛を勤めたようだが……何かが引っかかる。
 それも、長時間の思考が必要となる程の何かが隠れている予感がした。


 だけど、マスターたちの願いを果たすためには、迅速に動く必要がある。
 わかっているのに、僕の中に貼りついた強い違和感は、簡単に拭うことができなかった。



【渋谷区・渋谷駅近くのカラオケボックス周辺/一日目・午後】


287 : 燦・燦・届・願 ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/19(木) 23:26:39 7oL9IpYM0

【田中摩美々@アイドルマスター シャイニーカラーズ】
[状態]:健康、咲耶を失った深い悲しみ、咲耶を殺した相手に対する怒り
[装備]:なし
[道具]:白瀬咲耶の遺言(コピー)
[所持金]:現代の東京を散策しても不自由しない程度(拠出金:田中家の財力)
[思考・状況]基本方針:私のイタズラを受け入れてくれるみんながいる世界に帰りたい。
0:霧子……!
1:霧子と話をしたら、プロデューサーさんと改めて話がしたい。
2:アサシンさんに無事でいてほしい。
3:咲耶を殺した奴を絶対に許さない。
[備考]プロデューサー@アイドルマスターシャイニーカラーズ と同じ世界から参戦しています



【七草にちか(弓)@アイドルマスター シャイニーカラーズ】
[状態]:健康、満腹、苛立ち(小)?
[令呪]:残り三画(顔の下半分)
[装備]:不織布マスク
[道具]:予備のマスク
[所持金]:数万円(生活保護を受給)
[思考・状況]基本方針:生き残る。界聖杯はいらない。
1:WING準決勝までを闘った"七草にちか"に会いに行く。あれは、どうして、そんなにも。
2:お姉ちゃんについては、後はもうアーチャーさんたちに任せる。
3:"七草にちか"に会いに行くのは落ち着いてから。
[備考]
※七草にちか(騎)のWING準決勝敗退時のオーディションの録画放送を見ました。


【幽谷霧子@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:健康、お日さま
[令呪]:残り三画
[装備]:包帯
[道具]:咲耶の遺書、葉桜の注射器(複数)
[所持金]:アイドルとしての蓄えあり。TVにも出る機会の多い売れっ子なのでそこそこある。
[思考・状況]
基本方針:もういない人の思いと、まだ生きている人の願いに向き合いながら、生き残る。
0:摩美々ちゃん……!
1:色んな世界のお話を、セイバーさんに聞かせたいな……。
2:病院のお手伝いも、できる時にしなきゃ……
3:包帯の下にプロデューサーさんの名前が書いてあるの……ばれちゃったかな……?
4:摩美々ちゃんと一緒に、咲耶さんのことを……恋鐘ちゃんや結華ちゃんに伝えてあげたいな……
[備考]
※皮下医院の病院寮で暮らしています。
※川下の部下であるハクジャと共に行動しています。


288 : 燦・燦・届・願 ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/19(木) 23:28:20 7oL9IpYM0
【中野区・中野区と新宿区の境目辺り 283プロダクション前/一日目・午後】


【アサシン(ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ)@憂国のモリアーティ】
[状態]:健康
[装備]:現代服(拠出金:マスターの自費)、ステッキ(仕込み杖)
[道具]:ヘルズ・クーポン(少量)
[所持金]:現代の東京を散策しても不自由しない程度(拠出金:田中家の財力)
[思考・状況]基本方針:聖杯の悪用をもくろむ主従を討伐しつつ、聖杯戦争を望まない主従が複数組残存している状況に持って行く。
1:『彼(ヒーロー)』が残した現代という時代を守り、マスターを望む世界に生還させる。その為に盤面を整える。
2:283プロダクションに直行し、乗り込んでくる敵対者がいればターゲッティングを引き受ける。事務所に誰もいないようであれば、事務所にあるアイドル達の個人情報隠滅を行う。
3:白瀬咲耶さんの願いを叶えるため、マスターには復讐に関与させない。
4:同盟者を増やす。283プロダクションの仕事報告を受け取る際に噂を拾えた『義侠の風来坊』を味方にできればいいのだが。
5:"もう一匹の蜘蛛(ジェームズ・モリアーティ)"に対する警戒と嫌悪。『善なる者』なら蜘蛛を制するのではないかという読み。
6:霧子さんと共にいたハクジャとは一体……?


【アーチャー(メロウリンク・アリティ)@機甲猟兵メロウリンク】
[状態]:健康
[装備]:対ATライフル(パイルバンカーカスタム)、照準スコープなど周辺装備
[道具]:圧力鍋爆弾(数個)、火炎瓶(数個)、ワイヤー、スモーク花火、工具
[所持金]:なし
[思考・状況]基本方針:マスターの意志を尊重しつつ、生き残らせる。
1:283プロに直行し、七草はづきやその縁者の安全確保をする
2:『自分の命も等しく駒にする』ってところは、あの軍の連中と違うな……
3:武装が心もとない。手榴弾や対AT地雷が欲しい。
[備考]※圧力鍋爆弾、火炎瓶などは現地のホームセンターなどで入手できる材料を使用したものですが、 
アーチャーのスキル『機甲猟兵』により、サーヴァントにも普通の人間と同様に通用します。
また、アーチャーが持ち運ぶことができる分量に限り、霊体化で隠すことができます。


289 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/19(木) 23:28:52 7oL9IpYM0
以上で投下終了です。
ご意見などがあればよろしくお願いします。


290 : ◆KV7BL7iLes :2021/08/19(木) 23:38:30 lctO7xYc0
皆さま投下お疲れ様です!すいません、指摘ではないというかこちらのミスなのですが一つだけ
自分の投下した「寂寞に花」で、草稿の段階で存在していた「葉桜の注射器」を変更後も霧子の所持品に含めたまま投下していました。
既にwikiの方は変更しましたが、そちらの方も収録の際に削除していただけると幸いです。
気付くのが大変遅くなってしまい申し訳ございませんでした。


291 : ◆9jmMgvUz7o :2021/08/20(金) 01:07:36 R1tjUlng0
皆さま投下お疲れ様です
自分も投下します


292 : 女達の異常な愛情 ◆9jmMgvUz7o :2021/08/20(金) 01:08:19 R1tjUlng0



――――なんだ……? 何を聞かされているのだ私は……。


腸が煮えくり返りそうな不快さを物にでも当てて、憂さ晴らしでもしようかと思った矢先だった。
あの気に入らないアーチャー達が去ってから、己のマスターからの声が無惨の脳内に響いたのは。

いわく、聖杯戦争をしようと。その為に外へ出して欲しいと。

Mへの苛立ちも一瞬で忘れ、僅かに呆気に取られながら無惨の取った返答は当然ながら拒否だ。
この女の名前も何も知らないが、その性質は異常の一言に尽きる。
無惨のなかで初めて彼女と邂逅した夜、脅しにも屈するどころか誘いをかけるように、その身を差し出そうとした気味の悪い光景が昨日のことのように浮かぶ。
さしたる戦闘力も持たず愛がどうだのと囁くこの女を野放しにすれば、自ら勝手に別主従に命を捧げてもおかしくない。


だがこの女は今回ばかりは強情にも意見を変えない。
業を煮やした無惨は彼女を繋いでいる地下室にまで出向いて、見たくもない包帯だらけの顔を直視しその理由を聞く羽目になった。


(異常者は遺伝するのか……?)


女の話は無惨をして顔をしかめ、気を害するものであった。

この女の姪、松坂さとうという少女が神戸しおという幼女を拉致監禁したことにより始まった一連の連続殺人。
金目の物でも要求するのかと呆れて聞いてみれば、その犯行動機は二人の愛を守る為だという理解しがたい思考。
なるほど、血は繋がっているのだなと納得した。

しおが母親に捨てられたというのなら、警察に相談すればよかったではないか。家庭環境に問題があるのなら、そういった問題を処理する施設も存在するだろう。
一連の問題を処理してから、大手を振るってしおと交流すれば世間から妨害されることもない。
だが、しおを然るべき対処をせずに挙句の果てに殺人を犯してまで自宅に押し込め、挙句その身内から追い詰められ最後は心中してその命を絶った。

松坂さとう。
女からの話を聞く限り、地頭は悪くない。要領も良く、冷静沈着で判断力も高い有能な人間ではあるのだろう。
だがその反面、大局を見るという能力には欠けていると無惨は見る。一時の感情や衝動に任せ行動に移し、その弊害を想像できない。
けれども、優秀ではある為にその場を凌ぐことは出来るので、辛うじて修羅場はかわしてこれた。
しかし知らず知らずの内に綻びが積み重なり、彼女の処理能力の上限を超え破滅した。

そもそも何故、これだけの法設備が整った令和の―――この女の世界の時代ではまだ平成らしいが―――日本で法を犯すのか理解がし難い。
ただの一個人が法を破り、警察を敵に回す危険さ厄介さを理解していないのか? 
決して、他者の上に立つべきではない人間だ。理由もなしに関わりたくはない。

「うん、だからね。さとうちゃんはしおちゃんは―――」

「……もういい。それはストックホルム症候群というものだ」

こちらの世界に来てから、無惨はその社会的地位を築く傍ら、昼間外に出られない時間潰しもあるが、知識欲を満たすためにインターネットを駆使して様々な知識を吸収してきた。
その中で得た知識の一つに、彼女の語った物語はそっくり当て嵌まる。

「話は大体わかった。お前の知り合いと合流したいのだろう?」
「ええ、それでね。さとうちゃんが居たら、鬼舞辻くんやさっきのおじさまと一緒に協力出来るんじゃないかなって思うの」
「死んでいる。意味がない」
「いいえ、居るわ。しおちゃんが居るんだもの、絶対にさとうちゃんも居るわよぉ」

そんな異常者に、この女は会いたいと抜かし始めた。
冗談ではない。仮に居たとしてそれはマスターだ。不用意に敵サーヴァントと交戦する羽目になるなど御免だ。
共闘も避けたい。よしんば仮初の味方に引き込んだとして、こんな異常者を二つも抱えるなど考えたくはない。


293 : 女達の異常な愛情 ◆9jmMgvUz7o :2021/08/20(金) 01:08:54 R1tjUlng0

「分かっているのか? 聖杯が蘇生の術を用いて、それで松坂さとうが居たとして私の敵だ。
 わざわざ、お前のように保護するとでも? 要石ですらない者を」

「そっか……それは困ったわねぇ。
 んっ、べぇー……」

「なに?」

口を大きく開け、舌を唇の上に置き、上の切歯が艶めかしく唾液に濡れた舌先に触れた。
無惨の前で行われた侮蔑の意、いやそうではない。これは無惨をコケにするものではなく交渉の材料だ。

「舌を切って……死ぬ気か」

無惨がこの世界に現界出来るのは、僅かながらでもこの女に魔力を供給されているからだ。
いわば二人の関係は一生宅連であり、無惨は彼女を殺すことが出来ない。
彼女もそれを知っている。だから、それを交渉の切り札として出してきた。

「好きにしろ。その舌がなければ、耳障りな声も聞かずに済む。お前を殺さず生かす術などいくらでもある」

冷酷に言い放つ。その声を紡ぐ口が欠損するのなら、それに越したことはない。

「自害を試みるがいい、そしてその都度命を拾い魔力袋として延命し続けてやろう」

「ふふ……なーんてね。舌を噛んだくらいじゃ死なないわ。鬼舞辻くん、物知りね。
 だから、令呪を以て命ず―――」

「おい、貴様……!!」

その命が下される前に、無惨の肉が鞭となり彼女を締め上げる。
彼女に課した呪であり枷の一つ、無惨を令呪で縛ろうとするのであれば即座に絞め殺す戒め。

「私、と……かっ……はっ……ァ……さと、うちゃんを……」

彼女は動じない。出会ったあの頃から、全く何も変わらない。ニタニタと肉塊のなかで笑いながら、声を、甘い甘い蠱惑で甘美な声を紡ぐ。
死ぬと分かっていながら、それ以上力を込めれば人の形を保てず、死を迎えると理解しながら。


294 : 女達の異常な愛情 ◆9jmMgvUz7o :2021/08/20(金) 01:09:25 R1tjUlng0








「ありがとう。鬼舞辻くん」




結局、無惨が折れる形でその交渉は承諾された。
居るかも分からない松坂さとうの探索、その為の外出の許可を与える事となる。

無論、条件は付けてある。まずそれには無惨も必ず同行すること、その都合上探索時間は夜中のみ。
本当なら一秒も共にすることも避けたかったが、敵主従の襲撃や彼女が気まぐれに令呪を使って、無惨に危害を加える恐れもある。
この条件はあっさり飲まれ、そこでこの話は終わった。

「私、鬼舞辻くんが良い子だって分かってたわ」

「ふざけるな貴様!!」

無惨は認めないだろうが。
そもそもの主従として、無惨は圧倒的に不利な立場にある。
彼女は死を恐れない。例えそれを与えられたとして、それも愛と受け止めて壊れていく。
対して無惨は死を何よりも恐れる。例え何者であろうとも、死を与えるというのなら全力で排除する。

そこに差が出る。

ただの戦いなら、鬼と人間という圧倒的な身体能力の差を縮められたとしても無惨が勝つ。生き延びようとする方が勝つのは当然だ。
しかし、お互いが一生宅連であること前提での駆け引きでは、場合によって容赦なく死に向かって踏み抜ける彼女を止めなければならないのは無惨だ。
その死が、自らの消滅に繋がる以上、どうあってもその凶行を止めなければならないのだから。
殺されるのを覚悟で令呪を使われるのなら、無惨はその要求を飲まざるをえなかった。

「でも、前も言ったけど……あのままスッキリしても良かったんだよ?」

「やめろ」

「だって自分の思うままに壊すって、とーっても気持ちいいでしょう? だから、ね」

「松坂さとうは探してやると言っているだろう!!」

気持ち悪い囁きが、無惨の五つの脳みそを撫ぜるようだ。
何の益にもならない交渉を打ち切って、この気持ち悪い時間を終わらせようとする。

これから毎夜、この女とずっと街を散策しなければならないのか?
頭がおかしくなるようで、鬼となってからはそうはない眩暈を覚えた。

地下室に背を向け、無惨は顔をしかめながら歩く。
忌々しいが、交渉はあの女が優位にあるのは認めるしかない。
やはり別の魔力源を確保すべきだ。

単純に嫌いなのもそうだが、松坂さとうが絡んだ瞬間この女がどんな行動を起こすか分からない。
あまりそういう認識はしたくなかったが、愛を与えるという行動の性質上から無惨を裏切るという事はないという点だけは買っていた。それすらもしおの事を聞き出してからは疑わしい。

(奴らめ……余計な事を)

ここにはもう居ない二騎のサーヴァントを呪う。
奴等との接触から完全におかしくなった。
まさか、そこまで織り込み済みだったのか? Mの情報収集能力は確かに侮れない。

(あまり猶予はない。早く替えを探さなければ)

だが、予選の頃ならいざ知らず本戦になってから、サーヴァントの交戦の痕跡を感じづらい。
運良く別主従を見つけて、戦いを挑んでも万が一という可能性もある。
残されたマスターが契約を飲んでも、サーヴァントの敵討ちで令呪で自爆覚悟で自害を命じるかもしれない。実際、そういった連中に生前殺されたのだ。


295 : 女達の異常な愛情 ◆9jmMgvUz7o :2021/08/20(金) 01:10:24 R1tjUlng0

(待て……確か……)

あの女の、気持ち悪い話を思い返す。
松坂さとうは命を落とす以前から、その周辺を嗅ぎまわられていた。その内の一人はその友人であり、殺害もしていると。
そしてもう一人、その渦中の神戸しおの兄にも薄々勘付かれていたらしい。

(あの女が言うには、松坂さとうと神戸しおは二人で海外に逃亡し、残った奴が部屋を燃やして証拠隠滅を図る手はずだった。
 なのに、さとうとしおは心中した。……逃亡前にしおの兄に特定されたか?)

あくまで彼女の視点からの話を元に推測を立てたに過ぎないが、放火まで指示しながらさとうが自殺をする理由がない。
彼女が生を諦めなければならない理由、無惨の知り得る推理材料の中で消去法で考えるなら、神戸しおの兄に身元を特定されたのではないか。
もし警察なら、たかが女子供二人を自殺させる前に逮捕するはずだ。

(神戸しおが居て、松坂さとうが居るのなら……そのさとうの死の遠因であるしおの兄が呼ばれない理由はない、か?)

さとうが界聖杯内界に呼ばれたかすら定かではなく、あの女の言う事を信じるようで癪だが、その理論で言うならしおの兄も居るかもしれない。

(一連の事件の中ではこいつが一番まともだ。
 全く、素性の知らぬマスターを探すよりは『弱点』も把握していて、制御も効く)

しおの兄が聖杯戦争に呼ばれたのなら、その目的はしおの奪還に尽きる。
幸いにして無惨はそのしおの居所に見当は付いている。あの二騎のサーヴァント、ライダーのマスターだ。

(神戸しおをダシにそいつと契約し、この女を切り捨てる……。だが、別のサーヴァントがいるか。
 二重契約……現実的ではないが……)

懸念事項はあるが、ようやく新しい贄の候補が上がったのは不幸中の幸いであった。

(探してみるか。どちらにせよ、アレとは早急に縁を切らねばならない)

それも不確定事項も多く、無惨の予想も入れ混じった推測を元にしたものではあるが。

「ねえ、鬼舞辻くん」

「……」

「デートってしたことある? 夜が楽しみねえ。
 さっきは怖い思いさせちゃったよね。ごめんなさい。だから、夜はその分一緒にデートを楽しみましょ」

「……」

「怖くない……怖くないよ。安心して。
 私は鬼舞辻くんを愛してるから」

今は何よりもの優先事項ではあった。


296 : 女達の異常な愛情 ◆9jmMgvUz7o :2021/08/20(金) 01:10:59 R1tjUlng0


【中央区・豪邸/一日目・午後】

【バーサーカー(鬼舞辻無惨)@鬼滅の刃】
[状態]:肉体的には健康、精神的には不快の絶頂
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数億円(総資産)
[思考・状況]
基本方針:界聖杯を用い、自身の悲願を果たす
1:やむをえないが夜になったら、松坂さとうを探索する。死んでて欲しい。
2:『M』もといアーチャー達との停戦に一旦は合意する。ただし用が済めば必ず殺す。
3:マスター(さとうの叔母)への極めて激しい嫌悪と怒り。早く替えを見つけたい。
4:神戸しおの兄を次のマスター候補として探してみる。


【本名不詳(さとうの叔母)@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:無惨の肉により地下で軟禁中
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:いつもの通りに。ただ、愛を。――ああ、でも。
1:夜になったらさとうちゃんを探す。
2:それはそうと鬼舞辻くん、夜に二人っきりってデートね。


297 : ◆9jmMgvUz7o :2021/08/20(金) 01:11:36 R1tjUlng0
投下終了です


298 : ◆HOMU.DM5Ns :2021/08/20(金) 07:46:12 k.1ppeXg0
七草にちか(弓)&アーチャー(メロウリンク・アリティ)
田中摩美々&アサシン(ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ)
幽谷霧子&セイバー(黒死牟)
ガムテ&ライダー(シャーロット・リンリン)

予約します


299 : ◆0pIloi6gg. :2021/08/20(金) 23:17:36 svYaD/qY0
>>侍ちっく☆はぁと
武蔵ちゃんとアッシュの戦闘描写がバッッッチバチに良くて、はぁ……最強の書き手か?ってなっちゃいましたね……。
武蔵というキャラの本質である、あらゆる手段を使って戦うというダーティーっぷりがしっかり描かれており感嘆しました。
一方で奇策抜きにでも単純な武芸者としてのステージで数段上を行く彼女に経験と機転で食いついていくアッシュが格好いい。
オリュンポス後の"成った"彼女と手加減されているとはいえこれだけ打ち合えたのは紛れもなく彼の"格"に繋がっていてかなり好きです。
そしてそんな激しい打ち合いを経て結ばれた信頼関係。にちかの素朴さと芸風(?)が戦闘終わりの脳にすーっと染みるなあ……。
終わったかと思えば明かされる天眼真実、絶対出せない(確信)ヘリオスをこうして絡めてくるのも大変テクニカルだな、と思いました。

>>燦・燦・届・願
現在進行形で当企画最大の火薬庫になりつつある283プロダクション周りのお話でしたが、いやあ嵐の前の静けさと言う他ないですね。
氏の特色はやはり女の子を可愛く、"らしく"書けるところだと思うのですがそれが今回も遺憾なく発揮されていた印象です。
シャニドルづくしの予約なだけあって、華々しさと可愛さ、牧歌的な雰囲気と微笑ましさ。
などなど、読んでいるだけでほっこりしてくるような要素が盛り盛りになっていて心の健康にいいな……と感じました。
とはいえこれから此処に核爆弾を持った殺し屋がやってくるわけなので、そういう意味ではある種不安でもありますね。
長々書いてきましたが、企画主の一番の感想は「霧子はかわいいな……」でした。かわいい。

>>女達の異常な愛情
叔母さんに振り回されて豊かな感情を見せてくれる無惨様、もはやかわいくすらある。
自害が駄目ならしょうがないなあ令呪で……→やめろ!!!!!111の流れが好きです。真面目な話だけど笑っちゃった。
そして現代にすっかり適応した無惨のさとちゃんに対する(自分の性格を完全に棚上げした)プロファイリングも面白い。
鬼舞辻無惨の口から「児童相談所」とか「ストックホルム症候群」とか出てくるの、抗うつ剤めいた効き目があると思います。
これの姪に会うとか嫌だよ死んでてくんないかな……してる無惨ですが、叔母さんに比べるとあっちの方がぜんぜんまともという。
無惨が嫌々ながら悠々出歩くという、他の参加者にとっても無惨本人にとっても大変な状況が完成し、これはますます夜が楽しみ。


長くなりましたが皆さん投下ありがとうございました!


300 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/21(土) 06:00:27 nnM42UmE0
ご感想ありがとうございます!
そして投下もお疲れさまでした!

>女達の異常な愛情
いくら無惨様でもさとちゃんの叔母さんには手を焼かされっぱなしで、前話でモリアーティからも同情されるほどの境遇にいるまま……
無惨様も現代社会についてちゃんと調べているので勤勉で、しおちゃんや叔母さんの存在からあさひくんに辿り着くので相変わらず頭がいいのでしょうが……既にストレスが溜まりまくり。
このまま夜を待つしかないですが、無惨様すらも手が出せなさそうな強敵がいるのも不憫……
果たして、本当に代わりのマスターと出会えるでしょうか?

そして先日投下させて頂いた『燦・燦・届・願』の>>283以降のパートにて。
前話で、霧子がマスターかつ周囲に電話が聞かれている可能性が描写されたにも関わらず、摩美々とにちかの警戒心が低いという旨の指摘を他書き手氏より頂きました。
そのため、>>283以降の加筆修正版をこれより投下させて頂きます。


301 : 燦・燦・届・願(加筆修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/21(土) 06:02:25 nnM42UmE0
『ひょっとして、幽谷霧子のことか?』
『……アサシンさんから聞いたのですか?』
『あぁ。本当なら、マスターたちには無暗に外に出てほしくないと思っている。俺たちはそろそろ、283プロダクションに到着するところだから、今すぐには戻れないからな……』

 アーチャーさんのご意見はもっともです。
 私たちのサーヴァントは二人とも出払っていて、その間に他の誰かに襲われたらひとたまりもありません。
 霧子さんご本人が信用できても、もしも彼女のサーヴァントが暴力的な性格だったら、私と摩美々さんは殺されてしまいます。

『……ご、ごめんなさい……でも、霧子さんのことも心配で……』
『わかっている。ただ、アサシンのマスター曰く……幽谷霧子は、同行者のことを説得したらしい。だから、接触してもすぐに命を奪われることはなさそうだ』

 その言葉に私は確信を得ました。
 やはり、霧子さんも聖杯戦争のマスターですね。同行者とぽかされていますが、絶対にサーヴァントのことでしょう。
 ……霧子さんのサーヴァントがどんな人かわからないので、このまま会いに行くリスクは非常に高いです。それがわかった上で、ここで霧子さんをほったらかしにすることがイヤでした。

『……あまり無理はするなよ。マスターが俺たちの無事を祈っているように、俺たちサーヴァントもマスターのことが心配だからな』

 たった数秒ですが、アーチャーさんの気遣いが伝わったので気持ちが楽になります。
 きっと、摩美々さんも私と同じようにアサシンさんと念話して、霧子さんに会いに行くと伝えたのでしょう。
 ただ、アサシンさんのことですから、私たちが不用意に出歩くことを望まない気がしますが。

「え、えっと……摩美々さん……アサシンさんは、何か言ってましたか……?」
「んー、多分……にちかのアーチャーさんとほとんど同じだと思うよー? いくら霧子が大丈夫でも、一緒にいるのがどんな人なのかわからないなら、とっても危ないのでー」
「……アーチャーも、そんなことを言ってましたよ。あっ、それと……私については……?」
「別にー? あっ、でも『イタズラはほどほどに』とは言ってたかなー?」
「…………」

 私は摩美々さんの言葉に応えられません。
 ひとまず、私のことを責めている訳じゃなさそうですが、やっぱり心苦しいです。

「……私が電話をかける前から、霧子は他の人と一緒にいるみたいだよー?」
「……その人、大丈夫なんですかね? 一応、霧子さんの方はちゃんと説得したみたいですけど……」
「アサシンさんにも、相談をしたよー? 確かにリスクはあるし、正面から会いに行っても……私たちが殺されちゃう危険の方が高いって。
 でも、このまま放置するのも、霧子にとって危ないって言われたんだよね……もしかしたら、霧子と一緒にいる人が、サーヴァントじゃなくて敵対マスターの関係者かもしれないみたいですしー」
「た、確かに!」
「だから、今は霧子を助けるためにも……交渉をするしかないみたいです。私たちの立場を上手く利用して、情報を小出しにしながら……上手く泳がせる以外になさそうだと、アサシンさんから言われましたー
 もちろん、成功が保証されない危険な賭けですが……」
「な、なるほど……」

 もしも、霧子さんもマスターだった場合、一緒にいる人には何か秘密があるかもしれません。
 でも、霧子さんのことを放置したら、今度は霧子さんと会えなくなります。アーチャーさんとアサシンさんが命を賭けているなら、マスターである私たちも頑張るのが筋です。


302 : 燦・燦・届・願(加筆修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/21(土) 06:04:18 nnM42UmE0
「……にちかはどうするー? もしも怖かったら、私だけでもいいけどー?」
「いいえ、私も一緒に行きます! そりゃあ、怖いですけど……ここでビビっていたら、あのプロデューサーさんをギタギタにはできませんから!」
「そっかぁ。確かに、プロデューサーのイタズラもあるからねー……その肩慣らしといこうかー?」
「どうもです!」

 私たちは互いに励まし合いながら、走ります。
 もちろん、店員さんに声をかけてから外に出ましたよ。お代は払ったので、アーチャーさんたちには後で念話で知らせないと。
 霧子さんは近くにいるみたいですから、ダッシュしてでも会いに行くべきですね。





 ーーもしもし? 摩美々ちゃん……だよね?

 今度は、すぐに呼びかけに答えてもらえました。
 おっとりとして、美麗な声は間違いありません。スマートフォンの向こうには、彼女がいることを確信しました。

 ーーき、霧子!? 霧子……だよね!? 私だよ、田中摩美々だよっ!

 私は必死に叫びます。
 咲耶がいなくなったトラウマもあって、自然と声に力が出ちゃいました。
 きっと、彼女は困惑するでしょう。田中摩美々はイタズラが大好きで、ダウナーな言動が多いですから、こんなに声を張り上げるなんて滅多にありません。
 でも、今は霧子と話がしたかったです。

 ーーそ、そうだよ……! わたし、だよ……幽谷、霧子だよ……!
 ーー霧子ッ! 霧子……ッ! 今、どこにいるのっ!?
 ーーえっと……渋谷駅の、近くだよ……っ! 場所は……

 スマホから聞こえてくる声に、私は胸が高鳴りました。
 伝えたいことがたくさんありますし、一刻も早く彼女の顔が見たいです。霧子だって、それは同じのはずですから。

 ーーご、ごめんね……摩美々ちゃん! 今は、わたしは……えっと、他の人と一緒にいるの! だから、長電話はできない!

 慌てたような霧子の声に、私はアサシンさんの言葉を思い出しました。
 不用意に電話をかけると、他の誰かから盗み聞かれる恐れがあるので気を付けて、と。
 もちろん、私だってそれは承知しているつもりでしたが……ちょっと、迂闊でした。

 ーーわ、わかったー……じゃあ、今すぐに霧子のところに……行ってもいい!?
 ーー……うんっ! わたしも、摩美々ちゃんに会いたいから……ここにいるよ! 一緒にいる人には、わたしからちゃんと説明するから……待ってるね!


303 : 燦・燦・届・願(加筆修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/21(土) 06:06:43 nnM42UmE0
 お互いに期待の言葉をぶつけあいながら、私は通話終了ボタンに触れます。
 私はにちかに伝えようとしましたが、彼女は何やら不機嫌でした。
 だから、にちかの事情を聞いて、プロデューサーへのいかりに頷いてから……私たち二人でカラオケ店を飛び出しました。
 あ、食い逃げなんて酷いマネをするつもりはないですよー? ちゃんと、お金は払いましたし。
 プロデューサーさんともお話ししたいですが、今は霧子を見つけることが先ですね。


 霧子と電話した後、アサシンさんに念話で相談しましたが……

『マスター……正直に言って、このまま霧子さんと接触することは大きなリスクを伴います』

 頭の中に響いたのは、明らかな否定でした。

『その場に居合わせていないので、断定はできませんが……やはり、霧子さんも聖杯戦争のマスターである可能性が高いでしょう。
 霧子さんは、同行者に話を聞かれたくないという理由で、電話を切ったことが大きな理由です。もしも、彼女のサーヴァントが危険人物に該当していたら、マスターたちの命が奪われる危険が大きいでしょう』

 アサシンさんの念話に私は息を吞みました。
 確かに、今は聖杯戦争ですから悪いサーヴァントが霧子の隣にいる可能性は充分にあります。霧子はともかく、霧子のサーヴァントにとって私とにちかは敵ですから、すぐに仕留めようとするでしょう。
 それこそ、霧子の意思を平気で無視する可能性もあります。

『でも……霧子が近くにいるのに、会いにいけないなんてー……!』
『えぇ、それは充分に承知しています。ただ、大きなリスクを伴うことを念頭に置いていただきたいのです』

 アサシンさんも、本心では私と霧子を会わせてあげたいでしょう。
 でも、敵がどこに潜んでいるのかわからない以上、無暗に出歩くことも危険です。私たちを危険に巻き込まないためにも、アサシンさんは忠告してくれています。
 ……それをわかっていた上で、私は霧子に会いに行きたいのです。

『それでも……どうしても霧子さんと合流するのであれば、マスターたちの影響力についても小出しにして頂きたいです』
『え、影響力ー……?』
『はい、現在は東京23区の各地で白瀬咲耶さんのニュースが大々的に取り上げられているでしょう。マスターとにちかさん、そして霧子さんが283プロの関係者と知れば……相手からは利用価値があると判断されます。
 この聖杯戦争では情報量が勝敗を分けるので、渦中の283プロに所属する人物と接触できれば、賢明なマスターであれば咲耶さんに関する情報が得られると考えるでしょう。
 そして、霧子さんの同行者は、霧子さんに危害を加えていないようなので、同行するメリットを提示させれば……泳がせることも可能です。
 ……これは、マスターたちの283プロを利用する形になりますが』

 念話では、アサシンさんの苦しそうな声が聞こえました。
 これは、苦渋の選択というやつでしょう。
 アサシンさんとしても心苦しいでしょうが、私の心だって乱れそうです。だって、生き残るために、283プロのみんなを利用することですからね。


304 : 燦・燦・届・願(加筆修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/21(土) 06:12:59 nnM42UmE0
 咲耶だったら絶対に望まないでしょう。
 いくら霧子を助けるとはいえ、他のアイドルたちを危険にさらすなんてありえません。
 でも、こうでもしなければ霧子を助けられないことも事実です。いい人が一緒にいて欲しいですけど、悪人だってたくさんいます。
 だって、咲耶は命を奪われちゃいましたから。

『……わかりました。じゃあ、今は……慎重に、話していこうと思いますー……』
『ただし、これも確実ではないと考えて頂きたいです。霧子さんの同行者の人物像が見えない以上、高いリスクは避けられないですから』

 本当なら、アサシンさんも私たちには出歩いてほしくないでしょう。
 迂闊すぎることはわかっていますし、相手がその気になれば私とにちかはすぐに殺されます。
 ……それでも、わが身かわいさで霧子を見捨てるなんてムリでした。

『マスター……生きることを一番にしてくださいね』

 さっきの私をマネするように、アサシンさんは私の無事を祈ってくれました。
 もちろん、私だって命を粗末にするつもりはありません。でも、大切な友達の危機を見逃すこともできませんよ?
 もしも、霧子が悪い人と一緒にいるのに、私が何もしなかったら……咲耶の願いをムダにしちゃいますから。


---------

 以降は>>286の修正です。



「……そう。あなたたちが、霧子さんのお友達なのかしら?」

 そして、霧子と一緒にいた女の人も……この再会を喜んでいるかのようにほほ笑んでいました。
 彼女こそが霧子の同行者だと、私はすぐに気付きました。髪の量が異常なまでに多いですし、炎天下でも厚手の洋服を着ているので……どう見ても普通には見えません。
 霧子のサーヴァントなのか? それとも、霧子を狙っている敵対マスターなのか? 彼女の正体がわからないので、私とにちかは表情をしかめちゃいました。







「ここが、283プロダクションでいいんだな?」
「はい、確かに283プロダクションです。マスターたちの世界とは住所が別のようですが……界聖杯が、独自に用意したのでしょう」

 七草にちかさんのサーヴァントであるアーチャーと共に、僕……ウィリアム・ジェームズ・モリアーティは283プロダクションの前に立った。
 事前にマスターから教えてもらった通りの外観で、今のところは特に騒ぎは起こっていない。
 どうやら、裏道を通ったおかげで僕たちは先回りできたみたいだ。

「……霧子、だったか? 仕事の前に彼女だけは発見できて、よかったな」
「ええ……今のところ、マスターたちの無事は確認できますが、油断は禁物です。ひとまず、攻撃を仕掛ける気配はないようですが」

 運転手への道案内の最中でも、周囲の観察やマスターたちとの念話は決して欠かさなかった。
 そのおかげか、マスターたちに助言をできた。マスターからの念話によると、幽谷霧子さんと再会できたらしい。
 その場に居合わせられなかったことは残念だが、マスターが友達と出会えただけでも良しとしよう。


305 : 燦・燦・届・願(加筆修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/21(土) 06:21:40 nnM42UmE0
 無論、手放しに喜べる訳がない。
 霧子さんの同行者の正体が掴めない現状、マスターたちは未だに危険と隣り合わせの状況に立たされていた。
 現状では攻撃を仕掛けてこないが、もしも僕たちの不在が知られてしまえば、殺害されてもおかしくない。
 最悪、霧子さんもろとも始末される危険すらあった。マスターの代わりさえ見つければ、すぐにでも切り捨てるリスクもある。
 無論、僕たちは情報収集及び敵対マスターとの交渉を行っている最中だと、念話を通じて同行者に説得させることもできるが……そこまで理性的な人物とも限らない。

「……アサシンはどうするつもりだ? 今からでも戻りたいと思うなら、ここは俺だけに任せることもできるが……」
「それも考えました。でも、それでは283プロの皆さんを守ることはできませんし、何よりもマスターたちの契約違反になります。
 迅速に行動、と行きたいところですが……少し、考える時間を頂いてもよろしいでしょうか? こういう状況だからこそ、まずは思考するべきですし」
「了解。じゃあ、決まったらよろしく頼むぞ」

 アーチャーさんは頷いてくれる。
 彼に話した通り、今は緊急事態であるからこそ慎重な行動が必要だ。焦りで思考が乱れては、依頼の成功率は格段に下がる。
 大きな懸念があるからこそ、徹底した思考が必要だった。

(幽谷霧子さんと共にいたハクジャという女性……いったい、何者なんだ?
 炎天下にも関わらずして、厚手の服装をしていることに加えて……異様なまでのボリュームを誇る髪型。僕が見てきたこの世界の人間と比べても、普通とは思えない)

 マスターの念話によると、ハクジャという女性の護衛を受けて、霧子さんは行動していたらしい。
 しかし、ハクジャの存在に、強い違和感を抱いていた。街中で霧子と共に歩いていたため、危険人物と断定することはできないが……このまま放置していい存在とも思えない。

(霧子さんから名前を呼ばれていたから、ハクジャがサーヴァントである可能性は低いが……敵対マスターであることも考えられる。護衛という名目で、霧子さんの内情を探ろうとしているはずだ。
 そこでマスターやにちかさんのことを知られてしまえば、どんな行動を仕掛けてくるかわからない)

 マスターに被害は及んでいないため、現時点で霧子のサーヴァント及びハクジャから攻撃されているわけではない。
 現在、霧子さんは新宿区の皮下医院の病院寮で生活しており、そこで多くの患者と触れ合っているらしい。院長である皮下真の指示を受けて、ハクジャは霧子の護衛を勤めたようだが……何かが引っかかる。
 それも、長時間の思考が必要となる程の何かが隠れている予感がした。

(まさか、283プロダクションに到着した瞬間に、こんなことになるとは……
 いや、今は思わぬ不運を嘆く暇なんてない。せめて、マスターたちにハクジャの動向を監視させて、報告をしてもらいましょう)

 もちろん、アーチャーさんが言うように僕だけがマスターたちの元に戻ることも可能だ。
 しかし、それでは依頼の成功率は格段に下がり、時間と体力を浪費するだけ。
 強い違和感を拭えないまま、僕たちは作戦を開始しなければいけない。
 マスターたちの無事を祈りながら。



【渋谷区・渋谷駅周辺のどこか/一日目・午後】


306 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/21(土) 06:22:39 nnM42UmE0
以上で修正版の投下を終わります。
予約が入った後にも関わらずして、対応が遅れてしまい大変申し訳ありません。
ご意見などがありましたらよろしくお願いします。


307 : ◆HOMU.DM5Ns :2021/08/22(日) 21:30:31 CGSQo50g0
延長します


308 : ◆A3H952TnBk :2021/08/22(日) 23:27:43 ngz6N2I60
皆様投下乙です。
自分も投下します。


309 : ピースサイン ◆A3H952TnBk :2021/08/22(日) 23:31:20 ngz6N2I60
◆◇◆◇


“この世界”―――“界聖杯”に招かれる前。
元いた場所での、小さな記憶です。

お日様が落ち始めた、夕方の一時。
私/櫻木真乃が仕事の打ち合わせを終えて、帰宅しようとした矢先でした。
とん、とん、とん、とん。
きゅっ、きゅっ、きゅっ。
いつも聞き慣れた音でした。
シューズが床を蹴って、擦れながらリズムを奏でる。
アイドルである私達が常に耳にする、素朴なメロディー。
レッスン室の前を通り掛かった私は、それが気になって。思わず部屋を覗き込んでしまいました。

広い空間の中、大きな鏡の前で。
緋田美琴さんが、一生懸命にステップを刻んでいました。
283プロダクションに移籍してきた、芸歴10年の大ベテランさんです。

SHHisというユニットで活動していて、抜群の歌唱力とダンスで引っ張っています。
初めてパフォーマンスを見させて頂いたときは、ほんとにすごいなあって―――ただただ感動してしまいました。
これが、アイドルとしてずっと活動してきた人の実力なんだって。私は、改めて気を引き締めてしまいました。
美琴さんとはあまりお話をしたことがないけれど、それでもすごく印象に残っています。
綺麗で凛としてて、いつも格好良くて。
にちかちゃんと接してる姿を見ていると、なんだかもう一人のお姉さんみたいだなあって思っちゃいます。

だけど、その隣に。
レッスン室にいる美琴さんの側に。
にちかちゃんの姿はありません。

WINGでの優勝を惜しくも逃した、あの日以来。
にちかちゃんは、事務所に来なくなってしまいました。
事情は何もわかりません。きっと、プロデューサーさんやはづきさん達だけが知っていることで。
私達は、にちかちゃんがいなくなったという事実を―――ただ見つめることしか出来ませんでした。

思えば、あの時から、事務所は少しずつ“変わっていった”んだと思います。
にちかちゃんの不在。
噂で聞いた、はづきさん達の家庭の事情。
ひとりレッスンを続ける美琴さん。
今まで以上にお仕事へとのめり込むプロデューサーさん。
少しずつ綻びのようなものが見え始めて。
みんながそのことに、うっすらと気付いてしました。

そして、はづきさんが倒れてしまったあの日。プロデューサーさんと社長が仕事を続けられなくなったとき。
プロダクションの休止が伝えられた、あのとき。
私は、なにをしているんだろう。そう思ってしまって。
夜空に輝いていたはずの星々が、何処にも見えなくなってしまいました。

みんなを笑顔にするのが私達“アイドル”なのに、すぐそばにいる人達を支えられなかった。
それに気付いてしまった時から、私の見る世界はぼんやりと色褪せてしまいました。
それでも私は、プロデューサーさんの想いに報いるために。また事務所が続けられるように。アイドルとして、プライベートも犠牲にして走り続けました。
プロデューサーさんを支えられなくて、みんなを心配させて、私はどうしようもなく無力でした。

いまの私も、同じ。
本当にちっぽけで、結局なにもできない。
―――なにも変えられない。


◆◇◆◇



「――――はい、櫻木です……はづきさん?」



◆◇◆◇


310 : ピースサイン ◆A3H952TnBk :2021/08/22(日) 23:32:06 ngz6N2I60
◆◇◆◇


短い通話を終えて、私はスマートフォンをしまって。
そのまま、項垂れるように視線を落としました。
連絡が来たのに、何か手がかりが掴めるかもしれないのに。
私は、心のどこかで、一歩前に進むことを拒んでいる気がして―――。

相変わらず人が来ない、ひっそりと隠れた公園。
私は、ベンチの端っこに座っていて。

「あの……」

もう片方の端側――ひとり分のスペースを開けて、遠慮がちに座っていた“神戸あさひ”くんが話しかけてきました。

「何か、あったんですか」

あさひくんは、少しだけ気まずそうに。
だけど、心配するように聞いてくれます。
何処か不安そうだけれど。それでも、会ったばかりの私のことを気遣ってくれます。

お互いに、少しずつ気持ちは落ち着いてきたと思います。
私達ふたりの間に、会話は時々ありました。
聖杯を求めて戦っているのかと、あさひくんに問いかけたとき。あさひくんは頷きましたし、私も正直に自分の方針を打ち明けました。短い会話でしたけど、少しでもお互いのことを知ることができました。
そしてあさひくんがアヴェンジャーさんと相談することがあるから、と言って少しだけこの場から離れたとき。
その時も、少しだけ私達が言葉を交わしました。

お互いに語り合った時間は、決して多くないけれど。
それでも、あさひくんがどういう子なのかは、何となく伝わってきました。
最初はライダーさんにすごく怒っていて、ひかるちゃんにも反発していて、少し怖かったけれど。
本当は、大人しくて。優しい子なのかなって、今では思っています。
落ち込んでいる私を気遣うように、何も言わずにそっとしておいてくれたから。
俯きがちに苦悩していた私のことを、心配するように何度か見てくれたから。

上手く人と接することができないのは、私もいっしょでした。
引っ込み思案で内気、人とのお付き合いにも消極的で。そんな自分を変えたくて、アイドルになることを決意した私でした。
だから、あさひくんの素振りにも、思い当たるふしがあって。あさひくんの気遣いや優しさも、何となく汲み取ることができました。

「はづきさん……お世話になってる事務員さんから、電話が入ったんです」
「それって……事務所の、ですよね」
「はい。しばらく、事務所には近づかないでほしいって……」

だから私は、打ち明けられたんだと思います。
つい先程来た、はづきさんからの連絡について。


「私の、プロデューサーさんからの伝言でした」


―――それは、プロデューサーさんからの“伝言”。
あのとき傍で支えることのできなかった、掛け替えのないひと。
私がひとりでアイドルとして奔走し続けることになった、きっかけ。
この世界でも、プロデューサーさんは事務所に来ていませんでした。
何か事情があるらしいことは聞きました。それが何なのかはわからなくて、結局は臨時の職員さんたちが頑張ってて、事務所の仕事も少しずつ縮小していっていました。

星に手を伸ばしても、決して届かない。
そんな言葉が、ふいに頭をよぎりました。


311 : ピースサイン ◆A3H952TnBk :2021/08/22(日) 23:33:11 ngz6N2I60
いつも、間に合わない。
いつだって、届かない。
みんなが責任を背負って、みんなが変わっていきます。
そんな中で、私は一歩前に進むこともできていません。いつだって、足踏みしているだけ。
元いた場所では、プロデューサーさんのことを支えられませんでした。すぐそばにいたはずなのに。ずっと私を支えてくれたのに。私は、それに応えられなかった。
灯織ちゃんやめぐるちゃんには、心配をかけてしまいました。罪の意識から一人で無理して、ふたりの想いを無視するばかりでした。

「あさひくん」
「……はい」
「私とあさひくんは、同じ道を進めないけど―――それでも、あさひくんのことはすごいなって思うんです」

ここでも、いっしょです。
私が咲耶さんを助けられたかもしれないのに。私だけが、咲耶さんを救えたのかもしれないのに。
結局私は、咲耶さんがどこにもいなくなったという話を―――手遅れになってから聞くだけでした。
戦いたくない。傷つけたくない。そんな私の思いを、ひかるちゃんは全部背負ってくれています。
あの場で、グラス・チルドレンの子を手に掛けたように。私にできないことを、私がやりたくないことを、何もかもひかるちゃんに押し付けています。

「わたしと、同じくらいの歳だと思うのに。
 それでも……自分が何をしたいのか、はっきり決めてて。
 ただ流されるだけの私と違って、ちゃんと考えて向き合ってる」

あさひくんは、聖杯を求めてる。
それを肯定したときの表情は、忘れられない。
真っ直ぐな眼差しで。覚悟はもう決めていることを、訴えかけてて。
それでいて、時おり辛そうな横顔をちらつかせるのが―――哀しくて。
きっと苦しいはずなのに、自分でちゃんと背負っている。

私は、こんなに無責任で。
どうしようもなく無力だって。
気付いてしまったから、身動きさえ取れない。
だめな自分を分かっているのに。どうしようもなく、こわくて。
なにかを裏切ることも、怖い。
なにかを壊してしまうことも、怖い。

「あさひくんのこと、全部は分からないけど。
 それでも、本当に、ほんとうに、すごくって……―――」

ひかるちゃんがいたのに、すぐ傍で気付けたかもしれないのに。咲耶さんを助けることができなかった。
本戦が始まってからも、変わりません。
アイさん。ライダーさん。あさひくん。アヴェンジャーさん。―――ひかるちゃん。
みんな何かを背負って、頑張っているのに。
この聖杯戦争の中で、戦い続けているのに。
私は、進めていない。
いつまでも、取り残されているだけ。

「櫻木さん……?」

だから、私は―――プロデューサーさんの伝言が来たのに。
結局、はづきさんから何も聞けなくて。
それが、くやしくて。情けなくて。
心配するあさひくんの声もよそに、俯いてしまって。


「……私は、なにもできてないんです」


思わず、そんな一言がこぼれて。


312 : ピースサイン ◆A3H952TnBk :2021/08/22(日) 23:34:06 ngz6N2I60


「私は……」


そんなことを呟く今の自分を、見つめた途端。


「私はっ……――――」


涙が、ぽろぽろと零れて。
止まらなくなって――――。


「――――櫻木さん……!」


―――そんな悲しみを裂くように、あさひくんが声を張り上げました。
私は思わず、目を丸くして。涙を擦りながら、あさひくんの方を向きました。
あさひくんを動揺させていることは、すぐに分かってしまって。
それでも、彼は息を整えて―――言葉を紡いでくれました。

「俺も……櫻木さんの苦悩を、ぜんぶ知ることは出来ないです」

あさひくんは、私の方を真っ直ぐに見つめてくれています。
不安や困惑を滲ませながらも、しっかりと一言一言を絞り出して。

「だけど。本当に優しい人は、いつだってひとりで苦しみを背負って……自分を追い込んでしまうから……。
 俺も、“そういう人”を知っているから―――」

どこか、悲しそうな目で。
今にも泣き出しそうにも見える顔で。
それでも。私から、目を逸らさずに話してくれて。


「櫻木さんにも……自分を、傷つけてほしくない」


そう伝えてくれるあさひくんを見つめているうちに。
溢れていたはずの涙は、止まっていました。
彼の言葉には―――確かな優しさが、あったから。


「――――その通りです!」


そのとき。キラキラとした活力を放つ、元気な声が飛び込んできました。
それを耳にして、私はハッとそちらの方を見ました。
私よりも小さいのに、私よりもずっと元気でパワフルな女の子。
さっきまでアヴェンジャーさんと一緒に周辺の見守りをしてくれていた、大事なお友達。
そして。私の代わりに、戦う責任を背負ってくれている―――。


「あさひさん!真乃さんを励ましてくれて、ありがとうございます!ここからは、私が引き受けます!」


星奈ひかるちゃんが、霊体化を解いて私達の前に現れました。
その姿を見て、あさひくんは少し驚いてから。安心したように、かすかに微笑みました。

「みんな違って、みんなそれぞれ。
 だから、真乃さんの悩みも真乃さんだけのものだって思います。だけど――」

ひかるちゃんは、私を真っ直ぐに見つめてくれて。
そして、言葉を紡ぎ始めました。

「それでも、真乃さんの気持ちはわかっちゃうんです!」

力みながらそう言うひかるちゃんの表情は、真剣そのもの。
私のことを本気で心配してくれている。
それをすぐに理解できて、私は何も言わずに耳を傾けていました。

「わたしも……あの時。あの“イマジネーション”を掴めなかった頃に、真乃さんと同じ気持ちになってたから……」

―――ひかるちゃんの“生前”は、何度か夢で見たことがありました。
ひかるちゃんは、銀河を救う伝説の戦士。

「みんな何かを背負って先に行っているのに、みんなが未来へと歩き出したのに。
 どうしてわたしだけ、燻ってるんだろうって。
 わたしだけ進んでない、取り残されてる―――」

特別で、すっごくて、だけど。
天真爛漫で、色々なことに思い悩んで。
友情を育んで、何度も苦難と対峙して。
たくさんの経験の中で成長していって。
つまり、普通の女の子。


313 : ピースサイン ◆A3H952TnBk :2021/08/22(日) 23:35:30 ngz6N2I60

「でも、私の友達―――ララは言ってくれした!わたしがいたから、ありのままの自分でいられたって!
 わたしはここにいてもいいんだって、教えてもらいました……それでわたしは前に進めたんです!」

友達がいたから、前に進めた。
友達に支えられて、成長できた。
ここにいてもいいって、側にいるひとに教わった。
そう語るひかるちゃんの言葉に、私は心を打たれていました。

「周りはどんどん変わってしまうし、そのせいで焦ってしまうこともあるかもしれない。
 けれど!はくちょう座の星―――デネブは、何千年経っても!ずーっと輝き続けてるんです!
 例え他の星が動いても、時と共に環境が変わり続けても!デネブはそこで確かにキラめいてる……!」

なぜなら、それは。
アイドルと、いっしょだったから。
誰よりも特別で。誰よりも、普通の女の子。
だからこそ―――お星さまみたいに、輝いている。


「―――真乃さんだって、そうです!
 輝きはそれぞれ違って、真乃さんには真乃さんの輝きがあるからっ!
 真乃さんは、皆の前でキラキラ光るアイドルだから!胸を張っていいんです!」


ああ。だから――――。
ひかるちゃんの、眩しい激励のおかげで。
私の脳裏に、あのふたりの顔が浮かんだんだと思います。

―――真乃は、私の隣にいてほしいっ!
―――真乃は、私の隣にいて。

私と共に、輝くステージに立ってくれる仲間。
ずっと一緒に頑張ってきた、掛け替えのない存在。
センターに立つことになって、思い悩んでいた私に、慈しい言葉をかけてくれた親友達。

自分を傷つけなくてもいい。
無理に考えなくてもいい。
無理に背負わなくてもいい。
特別な私じゃなくて、私が好きだって言ってくれる友達がいて。
そして、そんな私を信じてくれる人がいる。

―――みんな特別で、普通の女の子だ。

プロデューサーさん。
私は、ずっと迷っていました。
今も、迷いは消えません。
でも、ほんの少しでも、道筋が見えたんです。


「私は……責任を背負います!だからっ!」


そして。ひかるちゃんが、大きく息を吸って。


「真乃さんは、私の隣にいてください!」


眩しいほどの笑顔で、そう言ってくれました。
――――その輝きに。そのキラめきに。私は、心を奪われていました。

胸の内の霧が晴れたような気がして。また、星空を見つめることができたような気がして。
だからこそ、私が今なにをしたいのかを、改めて見つめることができました。


314 : ピースサイン ◆A3H952TnBk :2021/08/22(日) 23:36:43 ngz6N2I60
先程かかってきた、はづきさんからの電話。
プロデューサーさんからの伝言。しばらくプロダクションには近づかないようにしてほしいという、突然の通達。
なんとなく、わかっていました。
全貌はわからないけれど、それでもプロダクションがいま大変なことになりかけているって、察することができました。
それはきっと、聖杯戦争に関することで――――。
だからこそ、私は決意しました。

283プロダクションに行って、確かめたい。目の前の現実へと、手を伸ばしたい。
現場でもしも、既に大変なことが起こっていたとしたら。
私達が向かっても、どうしようもないかもしれない。今度もまた、間に合わないかもしれない。
今から走ったところで。結局、なにも出来ないかもしれない。
それでも、私が信じたいものの為に。私を信じてくれる人の為に。
少しでも前へと進んで、確かめてみたい。
この場で何が起こっているのかを。あの事務所で今も戦っているかもしれない、“誰か”のことを。

咲耶さんも、こんな想いを背負って戦っていたのでしょうか。
誰よりも格好良くて、本当に優しかった咲耶さんなら、きっと―――。
今となっては、その答えも分かりません。
だけど。せめて咲耶さんの命も背負って、私は前を向いていきたい。

「アーチャーちゃん」

だから、ひかるちゃん。
私からも、“お願い”します。


「どうか一緒に、来てください!」


私は、ベンチから立ち上がって。
ひかるちゃんの手をギュッと握りながら、言いました。


「――――もちろんです!」


ひかるちゃんもまた、にっこりと笑ってくれて。
安心したように、大きな声で答えてくれました。
私もなんだか、安堵してしまって。口元に、自然と微笑みが出来ていました。
私は、思いました。―――ごめんなさい。そして、ありがとう。
私を信じられなかった、私を信じてくれて。
そばで支えてくれて。私の星空を、また見つけてくれて。

「真乃チャン、いいかな?」
「ほわっ!?」
「もうやるべきこと、決めたんだよな」

その矢先に、背後からひょっこりと声が飛び込んできて、私は思わずびくりと跳び上がってしまいます。
その人は真っ赤な覆面を被った顔で、ニヤリと笑っていました。
あさひくんのサーヴァント、アヴェンジャーさんです。
霊体化を解いて、姿を現したみたいでした。

「じゃあ俺ちゃんとも連絡先、交換しない?」

そう言ってアヴェンジャーさんは、懐からひょっこりとスマートフォンを引っ張り出しました。
あ、はい。しましょう!そんなふうに私もスマートフォンを取り出して、いそいそと連絡先を交換しました。
それを見たあさひくんは、予想だにしなかったような表情を浮かべていました。

「お前、スマホ持ってたのか!?」
「あれ、言ってなかったっけ」
「初耳だよ!」
「折角だしツーショット撮っちゃう?」
「撮るわけないだろ……」
「そうやってアタシを突き放すのね……」
「何のキャラだよ……」

のらりくらりと振る舞うアヴェンジャーさんに対して、あさひくんはたじたじです。
そんな姿が何となく微笑ましく見えて、少しだけくすりと笑んでしまいました。
ひかるちゃんも「あさひさんとアヴェンジャーさんも仲良しなんですね!!」って、目を輝かせていました。
ずっと気を張っていたあさひくんも、この時だけは肩の力が抜けているように見えました。


「あさひくん」


そんなあさひくんを見つめて。
私は、口を開きました。


「ほんとに短い間でしかなかったけれど。
 そばにいてくれて、気に掛けてくれて、ありがとうございます」


感謝の言葉と共に―――私は、頭を下げました。
ひかるちゃんがいてくれたから、私はまた立ち上がることが出来たけれど。
そのきっかけを作ってくれたのは、間違いなくあさひくんの言葉でした。
自分を傷つけないでほしい。あさひくんがそう言ってくれたから、私はこれ以上自分を責めずに済みました。


315 : ピースサイン ◆A3H952TnBk :2021/08/22(日) 23:38:56 ngz6N2I60

「あの、櫻木さん」

そうしてあさひくんもまた、口を開きました。
それから少し悩んでいるように、沈黙して。

「俺達にも、手伝えることがあったら―――」
「いいや。嬢ちゃん達の気持ちを汲んでやりな」

アヴェンジャーさんの言葉が、あさひくんの発言を遮りました。
私もあさひくんも、思わず驚いてしまいました。
でも、アヴェンジャーさんの言っていることは、正しいことでした。


「巻き込みたくないんだろ、俺たちを」


アヴェンジャーさんは、私の気持ちを見抜いていました。
283プロダクションへと向かうこと。
少しでも前へと進んで、なにかを掴めるように頑張りたい。
それは、あくまで私のための目的です。
だから。あさひくんやアヴェンジャーさんまで巻き込んではいけないと、思ったんです。

「アヴェンジャーさんも、ありがとうございました。
 ……どうか、お元気で。また会える時まで……」

だから、私はアヴェンジャーさんにもお礼を言いました。
そして、背を向けて去ろうとする直前。
私は、ふたりに対して、最後の一言を伝えました。


「―――機会があったら、『イルミネーションスターズ』の曲!聴いてくれたら嬉しいなって……!」


どうか、私の歌を聴いてくれたら―――嬉しいな、って。
私は、今でも無力かもしれない。あさひくんと違って、何もできないかもしれない。
それでも。私は、櫻木真乃は、アイドルだから。
歌で誰かの心を癒せればと、祈りました。
そうして私は、再び霊体化したひかるちゃんと共に、走り出そうとして。


「お嬢ちゃん達」


アヴェンジャーさんから、呼び止められました。
私は思わず、振り返りす。


「君達はイイ娘だ。全米1セクシーな俺ちゃんがわざわざ言うくらいマジだ。
 だからこそ、気を付けな。その真っ直ぐな善意を食い物にする野郎ってのは、こういう場には絶対いる」


その声色は、真剣そのもので。
先程までの態度とは、全く違うものでした。
あさひくんに優しいアヴェンジャーさんも―――聖杯戦争のサーヴァントだから、ひかるちゃんのように凄い人なんだって。
私は、そのことを理解してしまいました。
そして。アヴェンジャーさんの言うことは、きっと正しいんだと思います。

ここは、戦いの場だから。
ちゃんと気を引き締めないと、いけない。
私はぎゅっと拳を握り締めて、改めて思い知りました。
そして、再びアヴェンジャーさん達に一礼をして―――公園を後にしました。

先のことは、わからないけれど。
上手くいくかも、わからないけれど。
それでも、私は―――羽ばたくことだけは、捨てませんでした。


【世田谷区/一日目・午後】

【櫻木真乃@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:健康、咲耶の死を知った悲しみとショック(大)
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:当面、生活できる程度の貯金はあり(アイドルとしての収入)
[思考・状況]
基本方針:ひかるちゃんと一緒に、アイドルとして頑張りたい。
0:283プロダクションへと向かう。
1:少しでも、前へと進んでいきたい。
2:アイさんやあさひくん達と協力する。
[備考]
※星野アイ、アヴェンジャー(デッドプール)と連絡先を交換しました。
※プロデューサー、田中摩美々@アイドルマスターシャイニーカラーズと同じ世界から参戦しています。

【アーチャー(星奈ひかる)@スター☆トゥインクルプリキュア】
[状態]:健康
[装備]:スターカラーペン(おうし座、おひつじ座、うお座)&スターカラーペンダント@スター☆トゥインクルプリキュア
[道具]:なし
[所持金]:約3千円(真乃からのおこづかい)
[思考・状況]
基本方針:真乃さんといっしょに、この聖杯戦争を止める方法を見つけたい。
0:283プロダクションへと向かう。
1:アイさんやあさひさんのことも守りたい。
2:ライダーさんと戦うときが来たら、全力を出す。


316 : ピースサイン ◆A3H952TnBk :2021/08/22(日) 23:40:03 ngz6N2I60
◆◇◆◇


「いい子だな、あの子達」
「……うん」
「曲、聴いてやろうな」
「うん。……いつか、聴こう」
「あのアーチャーちゃんさ」
「……ん?」
「ちょっとパワーパフガールズに似てない?」
「それは知らないよ……」

真乃達を見送って、俺ちゃんはそんな会話を交わす。
あのアーチャーちゃん、なんかケミカルXとかで誕生するスーパーガールっぽいよね。
でもあさひからは呆れられるようにバッサリ言われて、俺ちゃんはシュンとしながら霊体化する。
因みにさっき取り出した俺ちゃんのスマホは、予選終盤にボコったマスターからパクったモンだ。

『しばらくはあの子達とつるむのも仕方ないって思ってたけどさ。
 俺ちゃんからすれば、向こうから離れてくれて良かったよ』

真乃達を気にかけたのも事実だけど。
俺ちゃんの本心はそんな感じ。
念話を聞いてあさひは、僅かに眉間に皺を寄せて驚いた様子を見せる。

『良かった、って……』
『あさひ。利用したくなかったろ、あの子達』

あさひが何か言おうとしたのを、俺ちゃんはそう言って遮る。
それを聞いたあさひは、図星を突かれたように黙り込んだ。

『それに、見てられないだろ?ああいう優しい女の子達はさ』

ライダーを突っぱねてたあさひだけどさ、じゃあ真乃達とあのままつるんでいくのがアリかって言われると―――それも違うだろうさ。
真っ当で優しい子達の善意を平然と悪用できるほど、あさひはボンクラじゃあねえってコト。
それに、いつかはああいう子達も乗り越えなきゃならないとなれば、下手に付き合って感傷を持ちすぎるのも避けた方がいい。
俺ちゃん達は勝ち残る。同情や深入りってのは、やめておいた方がいい。
あさひもそのことを、無意識に分かっている。

――――で、だ。
こっからは他の話。
あの星野アイってお嬢ちゃんが従えてるライダー。
あさひはそいつのことを「汚い大人」とか罵倒して拒絶してたし、とにかく突っぱねてやがった。
ライダーの野郎は暢気にそれを認めてた。どこ吹く風って感じだ。キンタマ叩いてやりたくなるな。
あいつを庇ってあげるアーチャーちゃんはマジに良い子だ。ユキオもそうだったけど、ジャパニーズガールってかわいいね。

“結局ライダーは汚い奴なの?”そこが問題。
俺ちゃんの答え―――ぶっちゃけあさひの言うこと、正しいと思うよ。あいつの嗅覚は間違ってない。
ただ、それはグラス・チルドレンとの繋がりとは別の方面での話ってワケ。
こっから先の話は、さっきあさひとも共有しといた。

櫻木真乃ちゃんと、アーチャーちゃん。
純真無垢でお人好し。だけど単なる考えなしじゃあない。責任や義理に対してはきっちり誠実だ。
そんな感じだから、徒党を組んだ時に裏切られる可能性は極めて低い。
そして聖杯を狙うつもりはないし、積極的に戦いたくもない。でも、いざとなりゃそれなりに戦える。
そんな子達と組む理由って何だ?

俺ちゃんが思うに、カモになるからだよ。
体のいい友達。もっと嫌らしい言い方すりゃあ、都合良く利用できる駒。
目的で競合しないし、適当な戦力にもなる善人。そりゃあいつらも目を付けるわ。
つまりバットマンに対するロビンみたいな存在―――ごめん、これは語弊があるわ。っていうか違う。

で、そういう訳だから。ライダー達はあの子達を利用している可能性が高い。
あいつらは他の同盟相手候補と交渉する為に一旦別行動を取る、なんて言ってたけどさ。
つまるところ、情報や立ち回りでおたくらが主導権握るために敢えて真乃達を交渉の場から突き放してるだけだろうね。
多分それは、俺ちゃん達に対しても同じこと。あいつらは“盟主”気取り。
そこ気付いてるかどうかはさておき、あさひがあんな態度になるのも納得だね。
俺ちゃん達も交渉の場から排除するような利用対象に過ぎないのなら、信用なんかしてやれないね。


317 : ピースサイン ◆A3H952TnBk :2021/08/22(日) 23:41:44 ngz6N2I60
そしてこっから先もあさひと共有した事柄。
たぶんこれから、プロダクションにグラス・チルドレンか―――あるいはガムテとそのサーヴァント自体が攻め込んでくる。
白瀬咲耶を仕留めて、今もあれだけ能動的に活動してるアイツらが既に事務所に当たりをつけている可能性は高い。
で、それを察知したヤツが事務員を通じてアイドルを避難させた。
本戦開幕直後のこの時期。こんな直接的に「逃げろ」って伝えてくるケースがあるとしたら、そりゃもう聖杯戦争に関わってるとしか思えない。

真乃と咲耶は同じ事務所に所属するアイドルで、どっちも聖杯戦争のマスター。
ここまで来たら、他にも関係者がマスターになってても全く不思議じゃあない。
例えば、あの子が言ってたプロデューサーとかね。そいつ経由で避難指示出されたらしいから、寧ろプロデューサーが一番クサいな。

ただ、思ったことがあるとすれば。
あれが本当に避難指示である、っていう確信も持てないワケ。
「今はとにかく事務所から避難してほしい」なんて連絡がこの土壇場に届いてきたら、マスターなら「ひょっとして事務所がピンチなんじゃないの?」とか「もしそうだとしたら、それを察知してる事務員かプロデューサーも聖杯戦争に一枚噛んでるんじゃないの?」と気づいても不思議じゃあない。

そんで、真乃チャンみたいな良い子なら真相を確かめに向かうし(実際行ったしね)、仮に好戦的なマスターだったら他に何らかのリアクションを見せるかもしれない。
要するに、あの電話連絡自体が「事務所周辺のマスターを纏めて炙り出す為の小細工」って可能性ね。下手すりゃ事務所でキャスターとかが罠を用意して待ち構えているかもしれない。
盗聴やら偵察やらで事態を嗅ぎつけた奴らが揃いも揃って好戦的だったら、乱戦になる可能性だって否定できない。アメリカンプロレスの本場、WWE主催のバトルロイヤルみてーに。
そうなりゃグラス・チルドレンの襲撃より厄介。手負いのままじゃ面倒だし、あさひを守り切るのも難しい。

それに例え真乃達みたいな非戦派の主従が向こうにいたとしても、あまり合流したくはない。
こっちは聖杯狙って戦ってるんだ。仮にそういう「戦争したくない」って奴らが連合を組んだとして、その懐に潜り込んだりすれば、それだけでこっちの行動が制限されかねない。監視と牽制のハッピーセットだ。
もしも「聖杯戦争を潰すために好戦的なマスターを無力化する」なんて言い出す日が来たら、その時点で俺ちゃん達は袋叩き。
最悪、聖杯戦争を中断させるような小細工を弄する奴が現れないとも限らないが―――今はまだ様子見だ。実現の可能性は低い。
これからメジャーリーグやるって時に競技自体をスーパーパワーでぶち壊せるミュータント球団を参加させたりするか?させてたら界聖杯は辞職しろ。
もし仮にそんな奴らがいたら、俺ちゃんはそいつらをぶん殴ってやるね。あさひが聖杯を取れなくなる事態だけは絶対に避けなきゃならない。

俺ちゃんはガキの味方だ。
あさひの為に勝つって決めてるのよ。
そういう訳だから、真乃。アーチャー。
お前らは可哀想だけど、お前らに肩入れはしない。
あくまで手を組んだ相手。それ以上でもそれ以下でもない。
だからあの助言や、同盟のよしみ以上の手助けはしない。

でも、まあ。
その上で、敢えて言わせてもらうよ。
おたくらみたいな嬢ちゃん達、嫌いじゃないぜ。
あさひ、君達を利用したくないんだってよ。
眩しすぎるから、見てられねぇんだってさ。
それくらい君達は立派だし、間違いなく上等だ。
だからさ、何だ。
生きろよ。少しでも長く。
イルミネーションスターズの曲も、後で聴くよ。

俺ちゃん達はひとまずアイや真乃達との同盟を続ける。だが距離は置く。
星野アイとライダーは信用に足らないから。
櫻木真乃とアーチャーはあさひの心情から。
適当な距離で付き合いつつ、こっちもこっちで好きにやらせてもらう。
つまり、個人的に信用できる同盟相手を探したいところってワケ。
対等な関係で利用し合える、文字通りの協力相手。出来ることなら、あさひが心を痛めないような奴らの方がいい。
星野アイ。283プロダクション。グラス・チルドレン……そういう情報を出汁にして手を組めれば上等だ。
仮に共闘が成立したんなら、俺ちゃん達であのライダーどもをぶっ潰しに行くことも視野に入れる。

『そんでさ、あさひ』

そして、気になるのは事務所周りや方針のことだけじゃない。
少し前に、あさひに伝えたことがある。
真乃達と公園で休んでいた際に、あさひを呼び出して密かに相談したことだ。


『―――ここにお前の妹もいるかもしれないって話、覚えてるよな?』


俺ちゃんがそう言うと、あさひは黙り込んだ。


318 : ピースサイン ◆A3H952TnBk :2021/08/22(日) 23:42:35 ngz6N2I60
ライダーとグラス・チルドレン。櫻木真乃と白瀬咲耶。そいつらの繋がりから行き当たった推測だ。
この聖杯戦争ってのは、ある程度は縁者同士で呼び寄せられてるんじゃないか。
それはあさひも一緒で、ひょっとしたら神戸しおもここにいるんじゃないか。
ちょっと前に俺ちゃんは、それをあさひに話した。

あさひは、何も言わない。
しおがこの場にいたら、どうするか。
それが俺ちゃんが投げかけた問いだ。
少しだけ答えを待たせてほしい、ってさっき言われたけど。
やっぱりまだ悩んでるのか。そう簡単には決められないか。
まあ、いいわ。いると決まったわけじゃねえ。
今はまだポジティブに考えて、タコスでも食って――――。


『答えは、出てるよ』


そしてあさひが、反応してきた。


『例えしおがいても』


念話で飛んでくるあさひの声。
俺ちゃんは、そいつを黙って聞く。


『いや、“あの病室のしお”がいたら―――』


おい、あさひ。
声、震えてんじゃねえか。
俺ちゃんがそう思ってても、こいつは絞り出す。


『俺は、しおを乗り越えるよ。聖杯を獲ることは……諦めない』
『待てよ、あさひ』


その答えを前にして、俺は迷わず言葉を挟んだ。

『しおを、犠牲にすんのか?』
『ああ。……ああ』
『マジで言ってる?』
『本気だよ。俺は』
『しおを助けたいんだろ』

本気かよ。マジかよ。
流石の俺も、少しばかり焦ったよ。
相変わらず声は震えてやがる。
ああ、こいつ本当は嫌なんだろうな。
それでも、やりたいんだろうな。

『アヴェンジャー。なんで俺が聖杯に縋ったと思う?
 母さんはいる、しおもいる。元通りだ。三人で居られるんだ。
 なのに俺は願ったんだ、しおを取り戻したいって』

あさひはそのまま、言葉を続けた。
ここに来る前のこいつの境遇は、知っている。
おふくろと妹を守るためにずっと一人でクソ親父に耐えてて、それでもいつかは家族三人で暮らすことを夢見てた。
んで、親父がくたばってから、おふくろ達に会いに行った。
でも、妹はいなかった。必死になってそいつを探して、どっかの女が妹を拉致ってることが発覚。
必死になって追いかけ回して、必死になって戦って、その女はくたばったけど。
妹には、そいつがもう取り憑いてた。

『なんでだと思う?』

家族三人で暮らす。
きっとそれ自体は、もう叶ってたんだろうな。
おふくろは健在。妹も引き取れる。あさひは生きている。
ノープロブレムだ。そう、ノープロブレム。


『俺が、あのとき。あの病室で』


でも、そいつはな。
あさひが納得してなけりゃ、意味がないんだろうよ。


『今のしおを、否定したからなんだよ』


だから――――こんな答えが出てきたことにも、俺は驚けなかった。
しおを犠牲にする覚悟を決めるとは思わなかった。
でも、あさひが今のしおを否定してたってことは、何となく察していた。


319 : ピースサイン ◆A3H952TnBk :2021/08/22(日) 23:43:39 ngz6N2I60

『ずっと考えてた。しおを取り戻すには、どうすればいいのか。
 しおの呪いを、母さんの呪いを解くために、どうすればいいのか』

つくづく思う。
この坊やは、真面目なんだよ。
抱え込んで、悩んで、駆けずり回って。
どうすりゃよかったのか、ずっと考えてやがる。


『―――やり直すんだ。人生を、全部』


そんな答えに、行き着くほどの人生。
あさひはそんなもんを歩んできたし、そのことについて苦悩してきた。

俺ちゃんもやったよ。時間遡行。
ケーブルの装置を勝手に使って、好き放題に過去をなんとかした。
だからあさひの方針を否定するつもりはない。寧ろ、やり直してなんぼってヤツ。

『俺たちは、三人で平和に暮らしてて。悪魔なんて、何処にもいなくて。
 それで、普通の親子みたいにさ。毎日を幸せに過ごして……そんな人生を願うんだ』

そうでもしなけりゃ幸せになれねえんなら、尚更だよ。
でもな。そんな今にも泣き出しそうな声で喋られるとな。

『しおが“あの女”と逢うこともない。
 母さんが自分を犠牲にする必要もない。
 あの悪魔に耐える日々なんて、送らなくていい――――』

本当に大丈夫か?ってツッコミたくもなるんだよ。
そのために家族を犠牲にするの、なんだかんだ言って堪えるんだろ。
無理してんの、分かってるんだよ。

『“飛騨さん“だって、俺なんかの為に死なずに済む』

お前は真面目だし、いいヤツだよ。
そいつは分かる。一ヶ月付き合ってんだから当たり前よ。
だからこそ、言いたいこともある。


『だから。“今のしお”は―――“敵”なんだ』


なあ、あさひ。それは止めとけ。
戦うことでも、過去を変えることでもない。妹を敵にしても構わないってことをだ。
聖杯を獲るためなら幾らでも手を貸してやる。
俺ちゃんがサーヴァント共をめちゃめちゃにぶちのめして、グチャグチャのチミチャンガにしてやる。―――グロいな、この表現。
だけどな。その為なら妹を殺す覚悟もできてるって?
なら、俺ちゃんからの忠告だ。
それだけは止めろ。そいつは悪いジョークだ。
昔テレビの“往年のコメディアン特集”で見たレニー・ブルースよりもよっぽどブラックだ。

でもなあ。そんなこと言っても、無駄なんだろうなァ。
一ヶ月付き合ってりゃ、分かっちまうんだよなあ。

『やれるのか?』
『やれる……いや、やるよ』
『言ってる意味、わかってるよな』
『わかってるよ。それでも、俺ならできるんだよ。
 だって俺は、あの“悪魔”の血を引いてるんだから』

声震わせておいて、何が悪魔だよ。
あさひ。自分がどれだけピュアな坊やなのか分かってるか?
今にも泣きそうなツラしてる癖によ、お前。

『俺は、頑張るよ。俺は……絶対に諦めない』

でも、やるんだろうな。こいつ。
わかってるよ。

『だから、アヴェンジャー』

色々と言いたいところだが。
まあ、わかってるよ。マジでさ。


『これから先も、一緒に戦ってほしい』


やっぱりこいつは、止めないだろうな。
令呪を使ってでも、俺を従わせるだろうね。


320 : ピースサイン ◆A3H952TnBk :2021/08/22(日) 23:45:39 ngz6N2I60
曲げない、折れない。自分で在り続けること。
俺ちゃんも伝えた、人生の教訓ってヤツ。
あさひはまさに、それを貫いている。
幸福を掴むためなら、こいつは進み続ける。
たとえ、自分の妹を乗り越えてでも。

『……オーケーオーケー、わかったよ』

やれやれ。
クソッタレ、畜生。バカ野郎。
ファック、ファック―――ファック。
悪態の汚言が風船みたいに次々と浮かんできやがる。
日曜礼拝とかサボりまくってた俺ちゃんだけど、今だけは神に祈らせてくれ。
しおはここにいない。そうであってくれよ。
ジーザス。坊やをこれ以上苦しませるな。

『だけどな、あさひ』

そのへんは、運命に委ねるしかない。
妹をどうするかも、あさひが決めることだ。
でも、こいつだけは言っておきたかった。

『お前はお前だよ。本当にお前が“やれる”のなら、それはお前自身が腹括ったからだろ。
 クズの血を引いてるかなんてどうだっていい、今のお前には関係ねえ。
 自分を必要以上に呪ったりなんかするな』

おい、あさひ坊や。そういうことだ。
自分をいっちょまえの人間として認めてやらなけりゃ、幸せになんかなれねえ。
前を向きたいんなら、せめて胸くらいは張っとけ。
真乃にも言ったことを、自分でやるんだ。


『ごめん。……ありがとう、デッドプール』


そうしてあさひは、礼を伝えてきた。
子犬みたいに、か細くて健気だ。こういうところがピュアなんだよな。
飲み込んでくれるなら、安心できるけどよ。
それでもこいつは、心のどこかで自分をクズだと思ってる節がある。
クソ親父の血を引いていることを、必死に足掻いたのに何も変えられなかったことを、背負い続けてやがる。
だからほっとけないんだよ。ホントにさ。

あさひ。もしも、どうしても妹をやれるって言うんなら。
その時は、絶対にお前には殺させてやらねえよ。
本当にしおを殺す瞬間が来たら、俺がやる。俺があいつの妹を殺す。
お前、家族と幸せになりたいんだろ?
だったら。家族殺しの罪とか、そういうもんは、俺が背負ってやるよ。
そいつが、大人としての筋ってヤツだ。
これから妹やおふくろと人生やり直すお前に、妹を踏み躙らせたりなんかしねえ。
だから俺が殺る。どうせ俺は元々クソ野郎だ。キンタマ顔のボンクラだ。汚れ仕事ならやれる。
でも、まあ。そう思ってても、心のつかえってモンは少しでもある。

――――ヴァネッサ。俺のハニー。
――――許してくれとは言わない。

あんだけ言われたのに。
あんだけ願われたのに。
結局俺は、汚れ役を引き受けちまった。
でもさ。こいつのヒーローになってやるって、俺も腹括っちまったんだよ。
この独りぼっちのガキの為に、なんかしてやりたいって思っちまったんだよ。
だから俺、とことん付き合うつもりでいるから。

力には、責任があるんだってな。
スパイディ、マジに立派だよ。


321 : ピースサイン ◆A3H952TnBk :2021/08/22(日) 23:47:03 ngz6N2I60
【世田谷区・どこかの公園/一日目・午後】

【神戸あさひ@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:疲労(小)、全身に打撲(中)
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:金属製バット、リュックサック
[所持金]:数千円程度(日雇いによる臨時収入)
[思考・状況]
基本方針:絶対に勝ち残って、しおを取り戻す。そのために、全部“やり直す”。
1:折れないこと、曲がらないこと。それだけは絶対に貫きたい。
2:“対等な同盟相手”を見つける。そのために星野アイや283プロダクション、グラス・チルドレンなどの情報を利用することも考慮する。
3:ライダーとの同盟は続けるが、いつか必ず潰す。真乃達はできれば利用したくない。
4:“あの病室のしお”がいたら、その時は―――。

【アヴェンジャー(デッドプール)@DEADPOOL(実写版)】
[状態]:『赫刀』による負傷(胴体および右脇腹裂傷(小)、いずれも鈍速で再生中)、疲労(小)
[装備]:二本の刀、拳銃、ナイフ
[道具]:予選マスターからパクったスマートフォン
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:俺ちゃん、ガキの味方になるぜ。
1:“対等な同盟相手”を見つける。そのために星野アイや283プロダクション、グラス・チルドレンの情報などを利用することも考慮する。
2:真乃達や何処かにいるかもしれないしおを始末するときは、自分が引き受ける。
[備考]
※『赫刀』で受けた傷は治癒までに長時間を有します。また、再生して以降も斬傷が内部ダメージとして残る可能性があります。
※櫻木真乃と連絡先を交換しました。


[共通備考]
①星野アイ&ライダーは完全な利用目的で櫻木真乃&アーチャーと同盟を結んでいると考えています。
②283プロダクションには咲耶以外にもマスターが存在しており、それがプロデューサーである可能性が極めて高いと推測しました。
③真乃の電話への退避指示から、事務所に何らかの脅威(白瀬咲耶と交戦したガムテおよびビッグマム?)が間近に迫っていると推測しました。


322 : ◆A3H952TnBk :2021/08/22(日) 23:47:32 ngz6N2I60
投下終了です。


323 : ◆0pIloi6gg. :2021/08/23(月) 22:32:49 wIeCn8160
投下お疲れ様です! 感想は今夜中には投稿させていただきます。

自分も予約分を投下します。


324 : 龍穴にて ◆0pIloi6gg. :2021/08/23(月) 22:34:54 wIeCn8160

 熱気の満ちる街を越えて、建物の中に入る。
 すると途端に冷房の利いた室内ならではの快適な室温が総身を包んで、少女は思わず小さく伸びをした。

 昭和五十八年の夏と令和三年の夏とでは何から何まで勝手が違う。
 北条沙都子のよく知る夏はこれほど暑くなかったし、かと言ってこれほど優れた冷房家電もありはしなかった。
 病院だろうが扇風機と窓開けのみが涼む手段だったあの時代に比べて随分と手厚い。
 もっとも、こうなった経緯については頷ける。元気盛んな年頃のはずの沙都子でさえ気が滅入るほど暑いのだ、この街は。
 冷房を渋れば弱っている人間など簡単に死ぬだろう。
 よりにもよって病院でそれをケチるような真似をすれば、此処が突然死の温床になるだろうことは想像に難くない。

「(……それにしても、さっきのは予想外の展開でしたわね)」

 全く以って予想だにしない遭遇だったが、あの黄金球(バロンドール)と名乗った少年が自分を騙そうと策を弄しているようには見えなかった。
 あれはある程度、信用に足る目だ。そういう目をしていた――そして、ならば利用出来る。
 この閉ざされた世界の中においては、何者であろうと利用出来るに越したことはない。

 だからもうこの時点で、沙都子の答えはある程度決まっていた。
 件の組織のリーダーと実際に会ってみないことにはまだ判然としない部分があるものの、少なくとも今の時点で言うならば――彼らは、使える。

「(界聖杯を譲るつもりはありませんけど、使える相手をむざむざ見過ごすのは愚策。
  あまり依存しすぎない形で関わりを持ちつつ、甘い汁はたっぷりと吸わせてもらう。
  ……リンボさんが余程反対でもしない限り、この路線で行くのがベストでしょう)」

 それにしても――そんな連中が暗躍していることには驚いた。
 素性の看破を恐れる余り、孤児院で暮らすやや素行不良気味な児童というロールを貫きすぎて情報収集を疎かにし過ぎていたそのツケだ。
 子供達のみで構成された戦闘集団。東京の闇を駆け、ガムテなる首魁を勝たせるために滅私の殺戮を続ける連中。
 界聖杯内界の住人は可能性に乏しい。端的に言って、発展性というものがない。
 そんな彼ら彼女らが、リーダーの存在という指向性があるとはいえ一丸となってそこまで動けるという点は特筆に値するだろう。
 にべもなく誘いを切って関わりを断ってしまうにはあまりに惜しい。
 のめり込み過ぎない程度に留めつつ、適度に持ちつ持たれつの関係を築く。それが一番良い、そうに違いない。

「――割れた子供。そう言ってましたわね、あの人」

 沙都子は処世術のプロだ。時を繰り返す中、幾度となく口先を使ってきたのだから当然である。
 そんな彼女が、少々機嫌を損ねたくらいで不機嫌さを表に出すなど余程のこと。
 けれどあの時は、どうも虫の居所が悪かった。黄金球が自分に向けてきた真摯な視線が、どうしようもなく癇に障ったのだ。

 沙都子の生い立ちは、十人が見たなら十人が"悲劇"と認めるほどに恵まれていない。
 再婚を繰り返す母親。反りの合わない父親。その二人が死ねば、今度は意地の悪い叔父夫婦に引き取られて地獄の日々を過ごし。
 その片割れである叔母が殺され、見返りとでもいうかのように最愛の兄が消え。
 挙句の果てが――アレだ。村を取り巻く陰謀を打ち砕き、未来へ踏み出した結果訪れたすれ違い。
 変わっていく親友の姿を遠巻きに眺め続ける、まさに生き地獄のような日々。
 それを見抜いて"割れた子供"と称したのならば、なかなかに鋭い洞察力だと言わざるを得ない。そこに関しては認めよう。――だが。

「(見込み違いもいいところですわ。私はもう、とっくの昔に満たされておりますもの)」

 今の自分は違う。少なくとも沙都子は、そう思っている。
 神に触れ、その力を賜り、新たなる巫女となった。
 望む未来が約束されるまで、永遠に世界を繰り返す絶対の魔女。
 そうなって久しい今の沙都子に、心の傷など。ひび割れなど、断じてありはしない。
 ――私はもう、満たされている。だからこそ、今や自分を勧誘に来た彼のことは滑稽にしか感じられなくなっていた。


325 : 龍穴にて ◆0pIloi6gg. :2021/08/23(月) 22:35:32 wIeCn8160
「(ああ、でも。黄金時代(ノスタルジア)という名前は……そんなに嫌いじゃありませんけど)」

 黄金球も、ガムテも、その部下たる心の割れた子供達も――全員。
 誰も彼もを利用する。自分が勝つための糧にし、使い潰してみせる。
 だが、件のガムテに接触するのは後回しだ。まずは当初の目的を遂げる。

 施設からくすねてきた保険証を受付で提示して、さりげなく「出来れば院長先生に診察してもらいたいのだが、可能か」ということを聞く。
 すると受付の女はにこやかな顔をしながら、この時間帯なら診察は院長がやっているから大丈夫だという旨を教えてくれた。
 その表情に"この子も皮下先生狙いか、おませな子だなあ"という大変心外なものが見え隠れしていたのは置いておくとして、とりあえず皮下に会うまではつつがなく事を進められそうだった。
 沙都子の孤児院では、児童の保険証は鍵の掛かった金庫の中に保管されている。
 されど、そんなものはピッキングすればいいだけのこと。遊びの中で培った小手先の技術は、こういう場面でもきちんと活きてくれた。

 待合室に通されて、無意味な検温を終え。
 名前を呼ばれるのを待つ間、「それにしても」と沙都子は周囲を軽く見回した。
 此処はどこからどう見ても普通の病院だ。だがその全権を握る皮下院長は、リンボ曰く"肉体からして人間ではない"のだという。

「(何があってもいいようにだけはしておかないと、ですわね。
  此処まで上手く頭角を隠していたお方が、そんな短絡的な性分をしているとは思いたくありませんけど)」

 懐のトカレフの感覚は沙都子を安心させてくれるが、相手が人間を逸脱した存在だというのなら一転これでは心許なくさえある。
 今の沙都子はエウアの権能も働いていない、正真正銘ただの人間だ。
 銃の扱いには長けている自負があるし、戦略だってそこらの凡百には負けないだろうと確信している。
 ただ、肉体のスペックだけは話が別だ。そこだけは、幾ら周回して経験値を集めてもどうすることも出来ない領域だった。

 ……と、そうこうしている内に「北条沙都子さん」と看護婦が名前を呼ぶ。
 椅子から立ち上がると、沙都子は普通の子供らしい、大人びたところのない表情を作って診察室へと向かう。
 カーテンを開いて中に入れば、そこには沙都子の求めていた相手。院長・『皮下真』が待っていた。


326 : 龍穴にて ◆0pIloi6gg. :2021/08/23(月) 22:36:22 wIeCn8160
◆◆


「倦怠感に咳、午前中までは発熱……で、それは今は収まってると。
 なるほどねぇ。多分ただの風邪だとは思うけど、一応診てみよっか」

 北条沙都子が、『皮下真』に対して抱いた第一印象。
 それはひとえに、こんなところだった。

「(……なるほど。これなら人気が出るのも納得ですわ)」

 まず第一に顔が良い。甘いマスクを地で行く、絵に描いたような美男だ。
 これならば年齢を問わず女性からは一定の人気が出るだろうし、口調も明るく爽やかだ。いい意味で若者らしい、とでも言おうか。
 事実院に健康診断に来ていた時も、自分以外の女子はきゃあきゃあと黄色い声をあげていた。
 沙都子の趣味とは違ったが、もしも"繰り返し始める"前の自分が出会ったなら、そのお硬くない人柄には多分好印象を抱いていただろう。

「あ、そういえば君。さっき産婦人科のゴロー先生が呼んでたぞ」
「えっ……? あの、でも、私の担当は産婦人科では……」
「ほら君、この前機材の搬入であっちの増援に出かけただろ?
 もしかしたらその時に何か不手際でもあったんじゃない? 何にせよあの人怒ると結構こえーからさ、此処はいいから行ってきなよ」
「す……すみませんっ。終わり次第戻りますので……!」

 診察に同伴していた看護婦にそう告げ、部屋から出す皮下。
 その様子を見守りながら、看護婦が出て行ったタイミングで、口を開こうとした。
 けれどそれよりも先に、皮下の方が沙都子に対する言葉を投げ掛けていた。

 ――あら、思ったよりもマメな方なのですわね。と、沙都子はそう思った。

「おいおい、駄目だろー? 職員が心配するぜ、勝手に抜け出してきたりしちゃ」
「……これは驚きですわ。まさかたかだか健康診断で訪れた園の子供の名前を覚えていらっしゃるなんて」
「当たり前だろ? このご時世、相手に欺かれるリスクは少しでも減らさなきゃだ。
 で、とりあえずだけどさ。その包帯、取って貰ってもいいかな――北条沙都子ちゃん?」

 沙都子が診察室に入るなり、看護婦を追い出した皮下。
 そこに介在した理由に説得力があるにせよ無いにせよ、沙都子が驚くことはなかった。
 何しろ彼女は既に知っている。皮下真は人間ではない。聖杯戦争の関係者である可能性が、極めて高いと。
 そう思って遠路はるばる此処までやって来た。2021年の東京の酷暑を乗り切ってまで、訪れてやったのだ。

 へらへら笑いながら言う皮下の姿を見て、沙都子もまた、もう何ひとつ隠す必要はないのだと理解する。
 右手の包帯を外し、自身の令呪を露わにすると。皮下は、貼り付けた笑みを少し深くした気がした。
 白衣の下の右手を、彼も見せる。さもそれは、「これでいいか?」とでも問いかけるように。


327 : 龍穴にて ◆0pIloi6gg. :2021/08/23(月) 22:37:05 wIeCn8160

「オーケーオーケー。
 ところで沙都子ちゃんは、飛んで火に入る夏の虫って諺。知ってるか?」
「ええ。ですけれど、生憎私は虫ではありませんの。
 ちゃんとあなた方を食べてしまう気で此処にいるんですのよ?」
「はは、そっかそっか。いやな、実のところわざと情報を漏らしたりもしてたんだよ。
 変に頭の良い奴を遺しとくと面倒だろ? だから敢えて俺のことを怪しませて、おびき寄せようとしてたんだ」

 その点、君が俺の根城を訪れたことは。
 幸いなのか、それとも災いなのか。どっちなんだ?
 問う皮下に対して、沙都子はただただ冷静だった。 
 魔道に堕ちた彼女には、もはや単なる圧力などそよ風のようなものでしかない。

「……私のサーヴァントは、だいぶ目が肥えていますの。
 私の住まう院にあなたが健康診断に来た時、その正体を見極めさせていただきましたわ」
「マジかよ。……えっ、いや何それ。マジで想定してないヤツなんだけど。なんて報告された?」
「人間の肉体ではない、と」
「あー。そっか、そっか。そりゃ申し開きのしようもねえなあ。
 長生きする上でだいぶ弄ったからさ……それでも、外面だけは取り繕ってたつもりなんだけどな」
「別に、気にする必要はありませんわ。私のサーヴァントでなければ、多分気付かなかったでしょうし」

 事実、沙都子には何の違和感も抱けなかった。
 恐らくだが、肉眼だけでは分からない部分の話であるのだろう。
 リンボは人間を弄ぶことに何より長けている。人間讃歌の芽を悪用し、地獄を描き出すことを生業にしてすらいる。
 その彼でなければ見破れない、肉体の奥深くに染み入った外法の肉体改造。
 何かと信用ならないところのある下僕ではあったが、沙都子はその有用性と実力を見誤る阿呆ではなかった。

「それで。どうしますの? 貴方は。
 この場で私を殺して証拠隠滅でも図ってみます?」
「正直一瞬考えたけどなー……そいつは流石にリスクが多い。
 どうせ連れて来てんだろ? サーヴァント。
 俺のサーヴァントを出してもいいんだが、此処で出すのは流石に気が引ける規格(サイズ)でね」
「……そのくらいはお見通し、なのですわね。
 もう芝居は不要ですわ。出てらっしゃいまし――リンボさん」

 沙都子の言葉に乗ずるように。
 その傍らの虚空から、不吉な像が姿を見せる。
 平安の頃を思わす装束。しかし、明確に凶の一字を連想させる気配。
 彼こそが、北条沙都子という魔女により呼び出されたサーヴァントであった。
 享楽と嘲笑を撒き散らすためだけに存在するかのような、それを存在意義としているかのような、悪の陰陽師。
 明確に悪と呼べる在り方をしていながら、それにしては過剰なほどに美しい――肉食獣の如き男。
 マスター同士の戦いであれば人間の規格を抜け出せない沙都子は確かに不利だろうが、そこにサーヴァントが介入するとなれば話は変わる。


328 : 龍穴にて ◆0pIloi6gg. :2021/08/23(月) 22:37:57 wIeCn8160

「おやおや、バレていたとは。これでも一応、出来る限り気配は殺したつもりなのですが」
「貴方の考えそうなことなんてすぐに分かりますわ。……それより、今は目の前のこの方ですわよ」

 道満と沙都子は、常に一緒に行動しているわけではない。
 沙都子はそのことを案じるよりも、むしろそれでいいと思っていた。
 蘆屋道満は極めて異質且つ、異様な"悪"をその霊基の内に秘めている。
 ならばその彼をマスターという名の秩序で平伏させようとするなど愚の骨頂。
 彼が真にその猛悪さを振り向けるようにしようと思うならば、下手に手綱を引きすぎないのが一番良い。
 後は、こういう必要な時にしっかり傍らに立ってくれていれば何ら問題ない。
 道満を顕現させ、皮下に対し紅い瞳を向ける沙都子。そんな彼女に対して皮下は――ははは、と笑った。



「仕方ねえな」



 魔女の瞳。繰り返す者の、妖瞳。
 それに見つめられながら、笑う皮下。
 そこに一瞬、沙都子は見た。
 彼の双眸、その瞳に――淡く輝く桜の紋様が浮かび上がったのを。

「リンボさん!」
「ほう。これは、もしや――」

 何かが来ると瞬時に分かった。
 サーヴァントか、それともこの男自身の能力か。
 沙都子はトカレフを抜き、躊躇なく皮下の眉間に向ける。
 出来ればこの場では使いたくなかったが、今は銃声どうこうを気にしている場合ではなかった。
 指が引き金を引く、その動作を完了するかどうかというところで――北条沙都子の視界が、一面の"黒"に塗り潰されて暗転した。

 傍らの陰陽師は、それを食い止めんと手を講じるでもなく。
 否、そもそも手の講じようなどないと見抜いた上でのことなのか。
 驚きと悦楽を半々に入り交じらせた貌をしたまま、同じく闇に呑み込まれていった。


329 : 龍穴にて ◆0pIloi6gg. :2021/08/23(月) 22:38:35 wIeCn8160
◆◆


「……う」

 目を覚ます。
 地面は硬い。酷く硬いが、人工の硬さではなく天然の硬さだ。
 岩場のような場所に寝かされていたことに気付いて顔を上げる、沙都子。
 何が起きたのかと思考を回す。幸い不覚に陥っていた時間はそう長くなかったようで、脳はすぐさま本来の働きを取り戻してくれた。
 だがそれは、果たして幸いだったのか。
 この場所で正気になるということは即ち、認識してしまうということでもある。
 此処が誰の城で、何の棲まう場所なのか。
 顔を上げて、視界がクリアになったのと同時に。北条沙都子は、真実心臓が止まるような感覚に囚われた。

「な……――、ッ」

 岩盤をくり抜いて空間を作ったみたいな――そんな場所。
 そこに、何かが居る。相変わらずヘラヘラと笑っている皮下が、文字通り蟻か何かに見えるほどの巨躯。
 座って尚それなのだから、これが立ち上がった日には一体どれほどの丈となるのか分からない。
 それは、ひとえにそんな存在だったが。
 彼について形容するにあたって、規格(サイズ)の話などはごくごくどうでもいいものでしかなかった。

「(何、ですの……? アレは……)」

 戦兵法を知るとはいえ、沙都子はあくまでも人間。
 実際の戦場に立ったこともあるが、それも決して武人や兵士として行ったものとは言えない籠城戦だった。
 だがそんな彼女でも、一目見た瞬間に解ったのだ。
 
 これは――――怪物だ、と。

 サーヴァントになれる時点でどれも等しくそう呼ぶに相応しい存在だということはもちろん承知の上だ。
 けれどこれと並び立たせて尚、その理屈を貫ける人間が一体どれほど居るだろうか。
 巨大な身体の隅々から発せられる威圧感。否応なく破滅の二文字を想起させる、禍々し過ぎる気配。
 彼の瞳が、ぎょろりと動いて沙都子を一瞥した。
 その瞬間、かは、と口から不恰好な呼吸音が漏れてしまう。
 身体が震える。膝が笑い、立ち上がることなど出来そうもない。
 そんな沙都子をつまらなそうに見つめながら、怪物が、口を開いた。

「おれを殺しに来たってワケじゃなさそうだな」

 重く、ずっしりと響く声。
 誇張抜きに発言一つで空間が震え、島が揺れる。
 沙都子の目に映る彼の能力値(ステータス)は――はっきり言って悪い冗談だった。
 
 それに気圧され、ともすれば過呼吸にすら陥りかけるが。
 沙都子にこれ以上の醜態を晒させなかったのは、やはり繰り返しの経験である。
 悲願が叶うまで終わりなく繰り返すループ。幾度となく重ねてきた死。汚してきた手。
 それらの経験は彼女の精神性を人間のものから、魔女と呼ばれるものに昇華/堕落させていた。
 だからこそ、確たる意思を込めて怪物……皮下真のサーヴァントの方を睥睨する。震えは、もう止まった。
 怪物が少しだけ眦を動かした気がした。臆することなく立ったその態度に、些かの感心でも覚えたのか。


330 : 龍穴にて ◆0pIloi6gg. :2021/08/23(月) 22:39:24 wIeCn8160

「……ええ。貴方みたいな怪物とこんな序盤戦から戦うのは御免ですわ」
「だよなあ。そりゃ戦意も喪失するよな、こんなバケモン見たら。
 賢いと思うぜ、沙都子ちゃん」

 皮下のけらけらという笑い声に、しかし沙都子は反応しない。
 それが明らかに此方の怒りを誘うための挑発だということが見え見えだったからだ。
 感情は排する。怒りも恐怖も一旦見ずに、自分を一個の機械のように見立てて喋る。

「"今は"傘下という扱いでも構いませんわ。
 これだけ力の差がある相手に、手を組みましょう――なんてのもおかしな話ですもの。
 最初はそう誘いに来たつもりでしたけど、同じ陣営で戦えるなら同盟(チーム)の形は選びません」
「……それが、お前のサーヴァントか?」

 極度の緊張からか、話す沙都子の喉はからからに渇いていた。
 彼女に喉を潤す手立てなどはないが、怪物はそんな沙都子をよそに悠然と杯を呷る。
 ぐびぐびと喉を鳴らして酒を呑む。常人ならば急性アルコール中毒になること間違いない量を、ただの一口で消費する様は圧巻なほどだった。

「如何にも。拙僧はエクストラクラス・アルターエゴ。
 しかしながら些か語呂も悪い。ので、どうぞ"リンボ"と呼んでいただきたく」
「辺獄(リンボ)、ね。コードネームとしちゃちと不吉だな。
 サーヴァントとしての性能は――……」

 慇懃に跪いて一礼するリンボのステータスが、皮下の視界に映る。
 一言で言うならば、然程強大なサーヴァントではない、とする他ないランクが並んでいたが、一箇所だけ不穏な場所があった。
 魔力だ。他の箇所は一つも最高ランクに届いていない程度であるにも関わらず、そこだけは規格外の評価を受けている。
 やっぱり不吉な奴だ、と皮下は思う。不吉で、それでいて不穏だ。

 どうするよ、という目を怪物――クラスをライダー。真名をカイドウという、自分のしもべに向ける。
 カイドウはしかし、彼の方を一瞥もせずにまた酒を呷った。
 それから液体で濡れた口元を乱暴に拭い、酒臭い息を吐きながら沙都子を見やる。 

「おれの部下になりてェってんなら……拒む理由はねェよ。
 いつか終わる関係ではあるが、それを差し引いても優秀な戦力を増やすことには意味がある。
 令呪を持った"器"と"サーヴァント"の価値を、おれはそれだけ高く見積もってる」

 その言葉を聞きながら、沙都子は自分の判断が正しかったことを悟った。
 もしも対等な同盟などを求めていたなら、口にした瞬間に攻撃が降ってきても不思議ではなかったろう。
 プロファイリングの心得なんてものはないが、それでも分かった。
 この怪物を前にして一つでも判断を誤れば、そこで自分は詰むことになる。
 それほどの存在だ。それだけの、存在だ。こんなサーヴァントが本戦まで生き残っていたというのがまず計算外、そう言っても何ら過言ではない。
 それに実際、傘下でも部下でもいいのだ。これと"組める"ことによるメリットに比べれば下に就くデメリットなどごくごく小さなものである。


331 : 龍穴にて ◆0pIloi6gg. :2021/08/23(月) 22:40:09 wIeCn8160

「だが」

 本来、沙都子は皮下と同盟を組み、その上で利用する腹積もりだった。
 何ならマスターだという情報を出汁に、事実上の隷属を強いようとすら考えていた。
 そのプランは頓挫したが、この文字通り巨大過ぎる戦力を当面敵に回さないで済むというだけでも儲け物だ。
 後は従うフリをしつつ、どうやって排除するかの計画を練り上げていけばいい――笑みを堪えながらそう思案していた沙都子は、反応出来なかった。


 ――疾風が、一陣駆け抜けた。
 沙都子は、そう思ったが。
 彼女の視界から怪物の姿は消えていて、あの恐るべき存在感は彼女の傍らへと移動していた。
 ひらり、と虚空に溶けていく紙片。それが己のサーヴァントの式神が四散した残骸であると理解するまでに、沙都子は更に数秒を要した。

 起こったこと、それ自体は単純である。
 怪物が立ち上がり、武器を取って、リンボもといその式神に向けて一閃した。
 ただそれだけ。特筆すべきは、それが雷霆の如き超速の次元で行われたことだ。
 少なくとも沙都子には"何が起きたのか"を理解することすら出来なかったし、式神とはいえ神を喰らったアルターエゴ、黒き太陽を宿す彼でさえもが、カイドウの行動に何一つ反応することが出来なかった。

「見抜けねェとでも思ったか」
「ンン――失敬。
 少々試してみたかったのですよ、貴殿の力を」

 かつ、かつ、かつ。
 足音を響かせながら、霊体化して事を見守っていた本体のリンボが姿を現す。
 今の今まで彼と話していたのは――いや。皮下の前に顕現した時からずっと、本体ではなくリンボの紡ぐ式神だった。
 その精巧さは、同じサーヴァントが見てもそう簡単には式神と看破出来ないほどの次元。
 にも関わらず怪物カイドウはそれを、ただその眼で視ただけで見抜いた。
 否、或いは。リンボと一言話した時点で彼の本質を悟り、蠢く辺獄の獣に釘を刺したのかもしれない。

「一度は許してやる。だが、二度目はねェ」

 尚も笑みを崩さぬリンボと、巌の如く厳しい顔を動かさないカイドウ。
 沙都子は、へたり、とその場に座り込んでいた。
 身体の力が抜けた。それと同時に、改めて感じ取る。
 これは、絶対に敵に回してはならない存在だと。
 今ではもはや無縁の存在となっていた感情。
 かつての沙都子が縛られていた弱さ――恐怖の念が、胸の奥からじわりと溢れ出してくる。

 幾多の死を越えて尚一つの存在に執着する魔女にすら、忘れていた恐怖(それ)を思い出させる圧倒的な武力。
 は、は、と口から息が漏れる。肺が半分に萎んでしまったみたいに呼吸が苦しい。

「二度とおれを謀るな。次は殺すぞ、クソ坊主」

 そんなマスターを余所に、リンボは……尚も笑む。
 先ほどの焼き直しのように、慇懃な一礼をし。
 粘つくような貌をして、カイドウへ言った。

「委細承知。――いずれ来るその時までは、マスター共々貴方の道具となりましょう」


332 : 龍穴にて ◆0pIloi6gg. :2021/08/23(月) 22:41:06 wIeCn8160

 リンボをしても。カイドウは、そう容易く敵に回せる存在ではない。
 彼は強大なサーヴァントだ。少なくとも残存している二十三主従の中では、間違いなく上位半分に食い込める。
 しかしながら、この怪物はそれどころではない。上位三本の指にさえ名を連ねるだろう、正真正銘の規格外だ。
 異星の神と切れていなかった頃の魔力量と権能を以ってしても、果たして敵ったかどうか。
 異聞帯の王とすら並ぶだろう純粋な"強さ"を前に、リンボは隷属を認めた。
 それに、だ。彼に仕えるなら仕えるで――何かと。都合のいいことも、あるのだ。
 
「非礼の詫びと言っては何ですが、拙僧既に一つのプランを脳裏に描いておりまする。
 それが成ればきっと、貴方と皮下殿の益にもなりましょう」
「言ってみろ」
「――――この東京に、地獄を顕現させるのですよ。
 名を地獄界曼荼羅。我が身が一度は仕損じた偉業。
 その機に貴方のような存在が顕れれば、より拙僧の描く地獄は"らしく"なる。そういう意味でも、貴方の下僕となる価値はあるのです」

 此方としても、ね。
 そう述べるリンボに、カイドウは数秒沈黙し。
 ……それから、踵を返した。今度は高速でも何でもなく、ただ気だるげに歩いて酒瓶のある地点まで戻り、また腰を下ろしてぐびぐび呷る。
 
「悪くねェ話だが……本当だろうな」
「無論ですとも。尤も、現在それを証明する手段はありませぬが――ンン。
 そこについては、それ。御身を騙くらかそうとしたこの心胆と悪性を買っていただきたく」
「……、」

 空になったらしい酒瓶を、その握力で粉々に握り潰す。
 それから、ぎろりとまた双眸を尖らせて。
 されどリンボを見るのではなく。沙都子の方を見た。

「……一先ず、おれの"百獣海賊団"に加わることを許してやる」
「っ――――あ。ありがとうございます、ですわ……!」
「だが、もう一度言うぞ。次はねェ。これだけは忘れるな」

 それで話は終わりだとばかりに。
 ……いや、事実そうなのだろう。
 沙都子達がこの空間に招かれた時のように、視界が闇に眩んでいく。
 確かな恐怖と、けれどその中でも確かに在り続ける戦意と闘志。理想の世界を掴み取るのだという妄執。
 それらが渾然一体となった心持ちのまま――北条沙都子は、現実へと帰還するのだった。


333 : 龍穴にて ◆0pIloi6gg. :2021/08/23(月) 22:41:43 wIeCn8160
◆◆


 飲みもしない処方箋の入ったビニール袋を片手に外へと出れば、そこは院内とは打って変わっての灼熱地獄だった。
 しかしながら、今度ばかりは熱暑の街に愚痴をこぼせる心境ではない。
 むしろ心胆の奥は今も冷え込んだままだ。あの時、あの異空間で味わった戦慄がまだ残っている。
 くらりと足取りが覚束ず、思わず電柱に片手を突いた。
 はあ、はあ。大きな呼吸を繰り返す沙都子の耳朶を、彼女の動揺など何処吹く風といった様子の声が叩く。

『いやはや――驚きましたな。よもやこの都市に、あれほどの存在(モノ)が潜んでいたとは』

 かつては異星の神、その使徒として。
 漂白された地球に散らばった異聞帯で蠢き囀っていたリンボ。
 そんな経歴を持つ彼の目は、当然肥えている。
 だが、その彼であってもだ。先程相見えたあの"怪物"に対しては驚嘆の念を禁じ得なかった。

『して、そちらは大丈夫ですかな? マスター。
 先は随分と……まるで見目相応の子女のように震えておられましたが』

 無神経を地で行く言葉はしかし、わざとやっているのだと解っているから怒る気にもならない。
 この男はそういう存在だ。他者の逆鱗を薄笑いで弄び、地雷原の上で禹歩を踏むどうしようもない愉快犯。
 溜め息を一つ吐くだけに留めて、ようやく呼吸の落ち着いてきた胸を撫でながら、沙都子は念話を紡ぐ。

『せっかくですけれど、あなたの玩弄(しゅみ)に付き合ってあげられる気分じゃございませんの。
 でも、そうですわね。もう大丈夫だとは言っておきますわ』
『ンン、左様で。恐怖に屈さぬその勇ましさ、拙僧も従僕として鼻が高いというものです』

 正直なところ、まだあの衝撃が引き切ったわけではないものの……そんな弱音を吐いて何になる。
 魔女の域に踏み入ったその内面で以って、沙都子は恐怖という感情の処理を完了する。
 確かにあの時はそれで我を忘れた。魔女にあるまじき無様を晒したと言っても言い過ぎではないだろう。
 けれど結果だけ見れば、多少予定とは異なったが十二分に成功と呼べる範疇だ。
 傘下に入るという形での協力関係は不本意だが、あの怪物の力を笠に着れることを思えば大成功ですらあったかもしれない。
 過程がどうあれ、形がどうあれ――自分達は暫くの内は、アレが行う全ての武力行動の対象から外れられる。

『それで、リンボさん。一つ質問したいのですけど』
『ではそれを以って非礼のお詫びと致しましょう。どうぞ何なりと』
『あなたが本気を出したとして、アレを殺せます?』

 とはいえ、である。
 それはあくまで、"暫くの内は"の話だ。
 界聖杯を手にすることが許される器の数が一つと定められている以上、いずれはあの怪物とそれを飼う皮下をも排除する必要があった。

『正攻法ではまず不可能でしょうな』

 沙都子とて期待していたわけではない、半ば駄目元でした質問だったが。
 こうもにべもなく即答が返ってくると、流石に暗澹とした気持ちになる。


334 : 龍穴にて ◆0pIloi6gg. :2021/08/23(月) 22:42:28 wIeCn8160

『拙僧もこの目で視ましたが、凄まじいの一言に尽きました。
 全身に余す所なく極めて高度の防御術式を重ねがけしているようなものですよ、あの御仁は。
 言うなれば"最強の肉体"。此度の聖杯戦争において――間違いなく最大級の難敵になるかと』

 正攻法で退けるのは現実的ではない。
 もしかすると、何かと真面目な界聖杯のことだ。
 アレと真っ向から切った張った出来る似たような怪物も、この都市に何体か残されているのかもしれない。
 ……それはそれで、何とも頭の痛くなる話だったが。

『――ですが、やりようならばありますとも
 何しろこの身、この霊基。モノを内から滅ぼすことには長けておりますので』

 かつて創世と滅亡を繰り返す神の世界を、狂おしく救えないものに歪めてみせたように。
 こと悪意ある暗躍と工作をすることにおいては、リンボは天性のものを持つ。
 この都市の闇を駆ける蜘蛛達とも、王子の地平を願って殺人を繰り返す集団とも違う、妖しく美しく、それ故何より醜穢な悪。
 魔女となった北条沙都子に彼のような男が宛てがわれたのは、まさしく合縁奇縁。
 大団円に進む筈の運命を狂わせた少女は――万物を嗤い、弄ぶリンボの在り方を歓迎する。

『そう。なら、その言葉を信じますわ』

 不要な処方箋を路地裏に向けて放り捨てて。
 沙都子は、当面彼のやりたいようにやらせることを決めた。

『どうぞお好きに暗躍して来てくださいまし。
 あの方たちのねぐらに連れて行くには、どの道あなたは悪目立ちしすぎますから』
『本当に宜しいので? 何処の誰かは存じませぬが、虎穴に裸一貫で入り込むようなものでしょう』
『心配には及びませんわ。あの方たちには、"割れた"私を殺せないはずですもの』

 皮肉るように言って、沙都子は想起する。
 自分の前に突然現れ、自分を誘ったあの少年。
 心の割れた子供達が集まった集団。それを統べる、ガムテなる人物。
 そんな気の触れた集団の根城にサーヴァントを連れず赴くなど、成程確かに自殺行為以外の何物でもなかったが――沙都子には、たとえそう行動しても自分が何か害されたり、ましてや殺されることなどまず無いだろうと確信していた。
 だって彼らから見た自分は――同じ穴の狢。心の割れた子供だと、そう想われているようだから。
 これからリンボと別れてガムテに連絡を取る。そして沙都子は、虎穴へ入るのだ。

『ンン。ならば私も貴女の言葉を信じましょう。
 一切嘲弄。このリンボの一流の手腕、存分に奮って参りまする――では、御免』

 そう言い残して、何処かへと失せたリンボ。
 彼が果たして如何なる手段で地獄を造るのか、既に狙いは付けてあるのか。
 沙都子には知る由もなかったが、今はそれでいいとも思っていた。
 適材適所だ。彼には彼の、自分には自分の。
 それぞれの為せることをして――可能性の器とやらを叩き割っていけばいい。

「(このまま行けば私達、良いコウモリになれそうですわね)」

 念話でもない、自分の心の中だけでそう呟いて。
 沙都子は黄金球から受け取ったメモを取り出した。


335 : 龍穴にて ◆0pIloi6gg. :2021/08/23(月) 22:43:12 wIeCn8160


 ――こんな御話を聞いたことがある。

 昔あるところに、卑怯なコウモリが住んでいた。
 コウモリは日夜戦争を続ける獣の一族と鳥の一族のことをいつも眺めていた。
 獣の一族が有利になれば、彼らの前に現れて、自分は全身に毛が生えているから獣の仲間だと言う。
 鳥の一族が有利になれば、今度は彼らの前に現れて、自分は羽があるから鳥の仲間だと言う。
 結果的に獣と鳥は和解してしまい、どちらにも都合のいいことを言って裏切りを繰り返したコウモリは皆から嫌われてしまった、というどこかの童話だ。

「(これは聖杯戦争。願いを叶える権利も生き残りの席も一つきり。
  どの道みんな死ぬまで戦いが終わらないのなら――、一番の勝ち組は"卑怯なコウモリ"でしてよ)」

 この戦いに和解はない。
 結局生き残れるのは一人だけ。
 それ以外は全て死ぬ、全て消える。
 最後に残るのは無人の荒野だ。
 ならば。

「百獣海賊団。心の割れた子供達。皆さん、せいぜい役に立ってくださいましね?」

 最後に笑うのは、悪意に満ちた卑怯者。
 紅い瞳で口角を釣り上げながら、魔女は――悪魔のように嗤った。


【新宿区・皮下医院付近/一日目・午後】
【北条沙都子@ひぐらしのなく頃に業】
[状態]:精神疲労(小)
[令呪]:残り3画
[装備]:トカレフ@現実
[道具]:トカレフの予備弾薬
[所持金]:十数万円(極道の屋敷を襲撃した際に奪ったもの)
[思考・状況]
基本方針:理想のカケラに辿り着くため界聖杯を手に入れる。
1:最悪脱出出来るならそれでも構わないが、敵は積極的に排除したい。
2:次は黄金球(バロンドール)のボスにコンタクトを取る。今のところ協力関係の優先度は皮下達の方が上。
3:ライダー(カイドウ)を打倒する手段を探し、いざという時確実に排除できる体制を整えたい


【アルタ―エゴ・リンボ(蘆屋道満)@Fate/Grand Order】
[状態]:疲労(小)
[装備]:なし
[道具]:???
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:この東京に新たな地獄を具現させる。
1:マスタ―には当分従いましょう。今の拙僧はあの幼子の走狗なれば。
2:まさに怪物。――佳きかな、佳きかな。
[備考]
※式神を造ることは可能ですが、異星の神に仕えていた頃とは異なり消耗が大きくなっています。
※フォ―リナ―(アビゲイル・ウィリアムズ)の真名を看破しました。


336 : 龍穴にて ◆0pIloi6gg. :2021/08/23(月) 22:43:59 wIeCn8160
◆◆


 沙都子達との邂逅はあの後、つつがなく終わった。
 鬼ヶ島の中から彼女とそのサーヴァントを弾き出し、元の診察室に戻ってそれで終わり。
 してやったことと言えば適当な処方箋を出しつつ、こちらの連絡先を教えておいたくらいのものである。
 看護婦の未だ戻って来ない無人の診察室で。皮下は、異界に坐す百獣王へと念話を飛ばした。

『で、ホントのとこどう思う? 総督』
『あの沙都子とかいうガキは悪くねェ。あの歳のガキとしては上等だ。
 いずれおれ達を裏切るのは間違いねェだろうが、それまでキープしておく価値はある』

 鬼ヶ島。
 それはカイドウの奥の手であり、拠点でもある。
 彼の拠点は現世にはない。平時は異空間に存在し、その中にカイドウが持つ全ての戦力が格納されている。
 先ほど北条沙都子とその下僕であるアルターエゴが招かれたのは、その常時展開型固有結界の一部だ。
 この聖杯戦争は、カイドウの武力を以ってしてもそれだけで終わらせられる保証のない過酷な戦い。
 だが、先の固有結界を、鬼ヶ島を現世の東京に展開することが叶えば。
 聖杯戦争を終わらせるには十分すぎる。更にその際、自分達に与する主従が居るならば尚更だ。

 だからカイドウは、北条沙都子の申し出を受け入れた。
 あの程度の連中と"対等な同盟"など論外だが、傘下に加わりたいと言うならば拒む理由はない。
 しかし、そんな彼にも懸念点は一つある。それこそ、沙都子の連れていたサーヴァント。アルターエゴ・リンボであった。

『ただ、あの生臭坊主は気に入らねェ。アレはいつかおれ達を欺くぞ』
『あー、やっぱりそう思う? だよなあ。あからさま過ぎるもんな、アレ』
『余計なことをすればすぐに殺すぜ。あの手の輩には、良い思い出がねェんだ』

 厭に実感の籠もった声だったので、これはあまり触れない方がいい話題だなと皮下は危機回避能力を働かせる。
 カイドウは超特級の戦闘能力を秘める怪物だが、その実頭も回り、部下を指揮する能力も高い。
 海賊団の船長/総督が持っているべき能力を全て高い水準で持ち合わせた、極めて優秀なリーダーだ。
 だが、一度感情が昂ぶってしまえば最早話は通じない。特に今のような、ある程度酒の回っている状態は最悪だ。

『それより、だ。大分酔いも回ってきた』
『……えー、と。あの、カイドウさん? まさかだけどさぁ――いや、マジで言ってる? 今本戦中だぜ?』
『それがどうした? ウォロロロロロ……』

 予選期間中彼の金棒の錆に、或いは炎の消し炭になった十六騎の英霊達の死因は全て酔った彼の"巡遊"である。
 皮下真は確かにこの怪物のマスターであるが、それでもその暴挙を止めることは並大抵の難度ではない。
 もし言って聞くならそうしている。カイドウが如何に強大なれど、無計画な暴走なんてリスクの高い行動をそう容易く許しはすまい。
 では何故、彼の犠牲者となる者がそれほどまでに頻出したのか。
 答えは簡単だ。マスターである皮下ですら止められず、終いにはもう勝手にやってくれと匙を投げたのだ。


337 : 龍穴にて ◆0pIloi6gg. :2021/08/23(月) 22:44:35 wIeCn8160


『――――軽く外に出てくる。何かあったら呼べ』
『呼んで戻ってくるんなら苦労はしてねえんだよなあ……』

 
 ……患者の去った診察室。
 その中で、皮下は溜め息をつきながら椅子の背もたれに身を投げ出した。
 とても深い、あまりに深い。そんな、心の底からの溜め息だった。


【新宿区・皮下医院/一日目・午後】

【皮下真@夜桜さんちの大作戦】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:?
[道具]:?
[所持金]:纏まった金額を所持(『葉桜』流通によっては更に利益を得ている可能性も有)
[思考・状況]
基本方針:医者として動きつつ、あらゆる手段を講じて勝利する。
1」は〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(クソデカ溜め息)
2:病院内で『葉桜』と兵士を量産。『鬼ヶ島』を動かせるだけの魔力を貯める。
3:沙都子ちゃんとは仲良くしたいけど……あのサーヴァントはなー。怪しすぎだよなー。
4:全身に包帯巻いてるとか行方不明者と関係とかさー、ちょっとあからさますぎて、どうするよ?
[備考]
※咲耶の行方不明報道と霧子の態度から、咲耶がマスターであったことを推測しています。
※会場の各所に、協力者と彼等が用意した隠れ家を配備しています。掌握している設備としては皮下医院が最大です。

【ライダー(カイドウ)@ONE PIECE】
[状態]:健康、呑んべえ(酔い:75%)
[装備]:金棒
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:『戦争』に勝利し、世界樹を頂く。
1:街に出て、サーヴァントが見つかれば適当にちょっかいを出す。
2:『鬼ヶ島』の浮上が可能になるまでは基本は籠城、気まぐれに暴れる。
3:リンボには警戒。部下として働くならいいが、不穏な兆候があれば奴だけでも殺す。
[備考]
※皮下医院地下の空間を基点に『鬼ヶ島』内で潜伏しています。


338 : ◆0pIloi6gg. :2021/08/23(月) 22:44:56 wIeCn8160
投下終了です。


339 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/23(月) 22:51:06 UDA6AhZY0
投下乙です!

>ピースサイン
ひかるちゃんと真乃ちゃんはこの聖杯戦争で本当に輝いていますし、その輝きがあるからこそあさひくんの善性も失うことがないと考えると、やはり輝きをくれる二人だと実感します。
イルミネの曲を聞く約束を交わしたり、またデップーなりの助言が優しかったからこそ……あさひくんの決意も悲しい。
そしてデップーも、真乃ちゃんたちを利用したくないというあさひくんの真意を見抜き、自分だけで罪を背負うと決めてくれたので、やはり頼りになるヒーローですね。

>龍穴にて
まさに、龍の穴に飛び込んじゃったさとちゃんで、リンボと共に突っ込もうとするも……やっぱり皮下さんの方が一枚上手。
カイドウを前にしては、今は戦うことは得策ではありませんし、一時的とはいえ傘下になることは正しいでしょうね。
もちろん、カイドウもリンボの真意を見抜いた上で、これから利用していくのでしょうが……いくらリンボでも相手が悪すぎる。
さとちゃんもさとちゃんでガムテや皮下さんたちの間を飛ぶコウモリになると決めたので、今後の立ち回り次第で運命が決まりそうですね。


峰津院大和&ランサー(ベルゼバブ)
田中一
自分も予約します。


340 : ◆0pIloi6gg. :2021/08/23(月) 23:36:40 wIeCn8160
>>ピースサイン
キャラクターの心情・感情がダイレクトに読み手に伝わってくる、とても素晴らしい作品でしたね。
真乃がとてもらしさを発揮していたり、そんな彼女の横で輝く星のようなひかるの強さといい見所がたくさんありました。
しかし自分としてはやはり、あさひくんが決意を固めるところがとっても好きでしたね……オタク声出しちゃう。
何も得られなかった時間軸のしおが居るのなら倒すと決めたあさひくん、そしてそれに心を動かしながらも大人として付き従うデップーが格好いい。
ヒーローと共に決意を固めたあさひと、ヴィランと共に程よくぬるくてゆるい友情を育んでいくしお。
奇しくもまったく違う境遇になったふたりがいずれ対峙する時が来るのかと思うと、楽しみで楽しみで仕方ないですね。

素敵な投下をありがとうございました!!


星野アイ&ライダー(殺島飛露鬼)
紙越空魚&アサシン(伏黒甚爾) 予約します。


341 : 名無しさん :2021/08/24(火) 00:47:54 mmYIkifc0
そうかカイドウってウルージさん見てビビって自殺した逸話があるからリンボはワンチャンあるんだな


342 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/24(火) 06:35:52 3WASGkdg0
これより投下を始めます。


343 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/24(火) 06:38:05 3WASGkdg0
 この聖杯戦争において峰津院財閥の力は著しく低下している。当然、他のマスターやロールと比較すれば圧倒的に有利だが、私……峰津院大和からすれば大いに不満だ。
 圧倒的権力を持つ支配者に対して、三食をお子様ランチまたは離乳食だけで過ごすことを強制するに等しい。
 もはや、冒涜の域に達する。


 NPCに探偵を行わせて、他マスターの拠点を調べさせることもできるが、リソースには限りがあった。
 中央区に向かわせた探偵が一人しか生き残らなかったことを考えると、23区の各地に派遣させてはあっという間に人材が尽きる。敵がどこに潜んでいるのかわからない以上、時間と人材を浪費することは得策ではない。
 無論、未だに万単位の人材を自由自在に動かせることに変わらないが、私は召喚したことを踏まえると……ベルゼバブと匹敵する実力を持つサーヴァントも何体か召喚されてもおかしくない。
 敵の能力が未知数であることを考えると、私自身のロールに胡坐をかけなかった。出し惜しみをするつもりもないが、あずかり知らぬ所で百または千単位で人材を消される可能性もゼロではない。
 状況次第では、私自身が足を動かして調査に出向く必要もあった。この私が小間使いの働きをするなど、実に腹立たしいが……


 私は財団が所有するとある緑地に出向いている。新宿御縁の緑地だ。
 真琴には「管理者との面談」と話しており、表向きにはビジネスだ。
 しかし、実際はガムテープの連中を捕まえること。東京に糸を張り巡らせる蜘蛛の存在も気がかりだが、まずは峰津院財団に歯向かった愚者への報復が先だ。
 車を走らせれば難なく到着する。当然だが、運転手を巻き込まないためにも、目的地から離れた場所で待機させた。
 私の権限で、構成員に指示して森林のエリアには人が入らないように設定している。そのため、この場に私以外が現れることは……普通ではありえない。
 無警戒にも、私一人が護衛も連れずに人気のない森林に入り込んだように見せつけた。


 案の定、奴らは現れた。
 いくら警備の目があっても、侵入する隙はいくらでもある。いや、意図的に作らせるため、この緑地を選んだのだ。
 子供のグループならば緑地公園に訪れても不思議ではない。また、奴らは覆面もかぶっていたため、顔が割れない工夫も行っていたが……私からすれば子供騙しにもならない。
 私という極上の餌を狙えるチャンスを生み、愚か者を釣るつもりだったが……まさか、ここまで上手くいくとは。
 不愉快にも、このクズどもは構成員を仕留めるほどの実力を持っている。故に、私でなければ手に負えないだろう。
 いかにして奴らをいたぶり、尋問するかを思案した途端……私のランサー・ベルゼバブが先走ったのだ。


344 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/24(火) 06:39:29 3WASGkdg0
『文化を穢す羽虫など消し飛ばしてやるまで』
『今は派手に暴れるな』
『その程度、余が知らぬとでも思ったか?』

 さも当然のように、周囲もろとも破壊するかと思ったが、傲慢なりに弁えてはいるようだ。
 ベルゼバブの力さえあれば、数の優劣など関係なく、5分も経たずに跡形もなく消せるはずだ。
 しかし、派手に動けば騒ぎになってしまい、峰津院財閥が疑われかねない。また、敵対サーヴァントからも警戒され、余計な消耗戦に入られる恐れがある。
 今はガムテープの連中から情報を引き出すことが目的だ。

『余はまだ文化を堪能しておらぬからな。余の目に叶うのであれば、残してやることも吝かではない……だが、余の目を穢す羽虫など我慢ならん』

 …………どうやら、妙な所でベルゼバブの地雷を踏んだようだ。
 そもそも、この男が緑地に同行したのも、ガムテープの連中よりも異文化に興味を示したからだ。
 チェスと読書を平行しながら、プロテイン割りのレッドブルを堪能していたこの男だ。人間を羽虫と見下しながら、その文化に対しては興味津々といった様子だ。
 私たちがここに来るまでに乗ったリムジンや、窓の外から見える景色にも興味を示している。
 しかも、新宿御縁に訪れるまで、自販機の飲み物を指差して『あれは何だ?』と念話で聞いたり、何かを訴えるような意味ありげな視線を向けていた。鬱陶しいことこの上ない。
 …………仕方がないから、構成員に各地の自販機やコンビニへ向かってもらい、大量のジュースやスナック菓子を購入させた。レッドブルなどのエナジードリンクも忘れていない。
 彼らからは怪訝な表情を向けられたが、特に何も聞かれていない。いや、私が「何も聞くな」と命令した。
 そして、ベルゼバブにスナック菓子や飲み物を少しだけ与えると、一応は黙るようになった。残るは車に積んでいる。
 ポイ捨てをしていないことは、せめてもの救いだろうか?



 ベルゼバブはあの愚か者どもを許せなかったのだろうが、派手に暴れないことを祈るしかない。
 一人や二人程度は残すことを期待しながら、ここはベルゼバブだけに任せた。


 滑稽で、実につまらない。
 目の前の光景に対して、真っ先に抱いた感想だった。
 ベルゼバブが霊体化を解いて、睨みつけた瞬間……ガムテープの子供たちは一瞬で戦意喪失した。鋭い眼力と山の如く巨体、そしてベルゼバブ自身の殺意と怒りがそうさせるのか?
 蛇に睨まれた蛙。いや、ゾウとアリの戦いか? 適切な例えを見つけたところで、意味はないが。
 中には、ベルゼバブの威圧感に怖気づくこともなく、無謀にも突貫した馬鹿も何人かいたが……

「煩い」

 ベルゼバブの一撃で天に召された。


345 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/24(火) 06:40:16 3WASGkdg0

 ベルゼバブという絶対的な『死』と『破壊』の権化に恐怖し、こちらの尋問に躊躇なく口を滑らせている。
 社会や大人に消えない傷を負わされて、凶行に走るしかなかった”割れた子供達(グラスチルドレン)”。
 ”割れた子供達(グラスチルドレン)”を強化させる地獄への回数券(ヘルズ・クーポン)と呼ばれる違法薬物。
 ”割れた子供達(グラスチルドレン)”を束ねるマスターのガムテと、ライダーのサーヴァントとして召喚されたビッグ・マム。
 ガムテとビッグ・マムに命を奪われてしまった283プロアイドルの白瀬咲耶。
 表向きには失踪で処理された白瀬咲耶の死を受けて、283プロに向かったガムテと幹部の舞踏鳥(プリマ)。


 これだけの情報を手に入れたが、特に感慨はない。
 他者の命を平然に奪う”割れた子供達(グラスチルドレン)”と言えど、所詮は力に慣れて悪用しただけの人間に過ぎない。更に大きな力を前にすれば、呆気なく心が折れてしまう。
 やはり、クズはクズということだ。見苦しく命乞いをし、泣き喚いている。
 これ以上は見るに堪えない。ケルベロスの餌にしてやった途端、周りは静寂を取り戻した。


 既に緑地への立ち入り禁止は解除している。
 目的を果たした以上、長居は無用だった。仮に人が立ち入ったとしても、この場所で殺人が起きた証拠は一つも残っていない。
 クズに踏み躙られた植物ばかりはどうしようもないが、構成員に注意書きでも用意させればいいだけだ。

「……クズどもが23区の各地に散らばっていると考えれば、その動きを把握している主従も既に何組かいるはずだ」

 連中の正確な人数までは不明だが、膨大な人材と資金力を誇ることは確かだ。 
 極道(ごくどう)と呼ばれるクズどものバックボーンで、兆を超える単位の財力を容易く動かせるのだから。
 そして、私たちを含めて”割れた子供達(グラスチルドレン)”と交戦して、情報を得た主従もいるはず。
 例の蜘蛛がそれに該当するかは不明だが、極道(ごくどう)や”割れた子供達(グラスチルドレン)”の存在を認知してもおかしくない。

『ビッグ・マムとやらの能力は油断ならないが……怖気づくランサーではないだろう』
『フン、何をわかり切ったことを』

 唯一の弱点が海水だが、そんなものが東京23区にはそうそうない。おびき寄せる手間がかかるし、その為に消耗するなど愚策だ。
 あらかじめ用意した霊的陣地にビッグ・マムを引きずり込めば、勝機はある。ベルゼバブの火力と合わされば、互角の勝負ができるだろう。
 無論、私たちだけで倒すのではない。ビッグ・マムは他マスターと交戦させることで消耗させて、漁夫の利を狙う。いかに強力なサーヴァントと言えど、元はただの人間一人に過ぎないから、体力の限界は訪れるはずだ。


346 : 峰津院の名のもとに ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/24(火) 06:43:05 3WASGkdg0
「失礼します」

 私がリムジンに乗り込もうとした直前、構成員の一人が現れる。
 その手には、青年の顔写真が握られていた。

「何者だ、この男は」
「新宿区の皮下医院にて、院長を勤める皮下真です。この男の経営する皮下医院を調査した構成員によると、この病院にて発生する死者数が不自然との報告を受けました」
「……やはりな。詳しい情報は?」
「ここ数週間にて、患者の死亡者数が異様なまでに上昇し、更には遺族までもが原因不明の死亡または失踪例が増えています。病院内の調査に乗り出した構成員も、行方をくらましてしまい……病院スタッフ曰く、既にお帰りになられたとのことですが……」
「……そうか。なら、お前は調査を続けろ」

 そう命令すると、構成員はこの場を去っていく。
 私は舌打ちした。皮下医院とやらにも、何かがあると察したからだ。もう、構成員は殺されているだろう。
 ここからそう遠くに離れていないため、私自らが乗り込むこともできるが……敵の胃袋に飛び込むなど愚策でしかない。
 だが、皮下医院にも潜む敵を放置しては、いずれは足元を掬われる。出る杭は早々に潰すべきだろうか。

(私たちの顔に泥を塗ったクズどもは早急に排除しなければならないが、奴らだけに意識を向けてはいられない。
 我々を影であざ笑う蜘蛛も含めて、敵はまだまだ多い。さて、どうするか……)

 目的を果たして、私たちは車に戻って移動する。
 クズどものリーダーであるガムテどもを狙い、283プロダクションを目指すか?
 我々をあざ笑う蜘蛛の居所を探り、容赦なく踏みつぶすか?
 皮下医院とやらの秘密を暴き、院長を社会的に抹殺するか?
 それとも、奴らとはまた違う敵の手がかりを探すか?
 選択肢は数多くある中、私はリムジンに乗り込んだ。

『……む? おい、余の手元に出たこの『レアカード』とは何だ!?』

 隣では、スナック菓子の付録に驚くベルゼバブがいるが、私は無視した。



【新宿区・新宿のどこか/一日目・午後】


347 : 峰津院の名のもとに ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/24(火) 06:45:14 3WASGkdg0
【峰津院大和@デビルサバイバー2】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:宝具・漆黒の棘翅によって作られた武器をいくつか
[道具]:悪魔召喚の媒体となる道具
[所持金]:超莫大
[思考・状況]
基本方針:界聖杯の入手。全てを殺し尽くすつもり
1:ロールは峰津院財閥の現当主です。財閥に所属する構成員NPCや、各種コネクションを用いて、様々な特権を行使出来ます
2:グラスチルドレンと交戦しており、その際に輝村照のアジトの一つを捕捉しています。また、この際に、ライダー(シャーロット・リンリン)の能力の一端にアタリを付けています
3:峰津院財閥に何らかの形でアクションを起こしている存在を認知しています。現状彼らに対する殺意は極めて高いです
4:東京都内に自らの魔術能力を利用した霊的陣地をいくつか所有しています。数、場所については後続の書き手様にお任せします。現在判明している場所は、中央区・築地本願寺です
5:”割れた子供達(グラスチルドレン)”を探るか、峰津院財団を探る蜘蛛を探るか、皮下医院を探るか、それとも別の敵について探るかは後続の書き手さんに任せます。
【備考】
※”割れた子供達(グラスチルドレン)”を尋問して、ガムテやビッグ・マムに関する情報を知りました。
※皮下医院には何かがあると推測しています。

【ランサー(ベルゼバブ)@グランブルーファンタジ-】
[状態]:健康
[装備]:ケイオスマター、バース・オブ・ニューキング
[道具]:コンビニで買った大量のスナック菓子・ジュース・レッドブル(消費中)、スナック菓子付録のレアカード
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:最強になる
1:現代の文化に興味を示しています。今はプロテインとエナジードリンクが好きです。また、東京の景色やリムジンにも興味津々です。
2:狡知を弄する者は殺す
【備考】
※”割れた子供達(グラスチルドレン)”を尋問して、ガムテやビッグ・マムに関する情報を知りました。





「峰津院大和……何だよ、この偉そうな男は」

 俺……田中一は震えていた。
 ふと、SNSを覗いてみると……ある男の顔写真が目に飛び込む。
 この男は峰津院大和で、いかにもエリートと呼ぶにふさわしい風貌の男だ。幼い頃より何の苦労もせずに、育ちや人間関係に恵まれ、挫折を知らないまま高い地位を手に入れているはずだ。
 クラスのヒエラルキーどころではない。社会のヒエラルキーの頂点に立ち、全てを思うがままに動かしながら生きている。
 もはや、チートを使っていると思わせるほど、輝いていて……俺には何よりも不快だった。


348 : 峰津院の名のもとに ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/24(火) 06:47:58 3WASGkdg0

「気取りやがって……気に入らねえ。あぁ、気に入らねえ……!」

 この男は俺みたいな奴を見下していると、一目見ただけでわかった。
 いや、見下しているどころではなく、存在すら認知していない。甘い汁を吸っている裏で、俺のように辛酸を舐めさせられ続けている奴らのことなど、まるで気付こうともしない。
 仮に対面などしようものなら、俺のことを徹底的に罵倒し、ゴミクズのように捨てようとするはずだ。それも、あの男自身ではなく、奴を慕うであろう多くの人間の手によって。
 そして、明日にでも……いいや、一時間も経たずに俺のことなど忘れてしまう。まるで、初めから存在しなかったかのように。
 許せない……許せるはずがない。チートを使い、ルール無用のプレイをし続けた奴など、この俺の手で殺してやらなければ、気が済まなかった。

『ま、待て! まさか、その男を狙うのか!? いくらなんでも相手が悪すぎるぞ!?』

 写真のおやじ……名前は確か吉良吉廣だったか?
 俺が大和とかいう男の写真を見た瞬間、珍しくうろたえている。
 確かに、この男はお偉いさんだし、政治家や実業家にも有力なコネを持つエリート中のエリートだ。普通なら、これほどの男を狙おうとは思わないだろう。

『あぁ……当たり前だろう? 俺の『田中革命』を真に成功させるため、最もふさわしいターゲットを見つけたのさ!』

 だからこそ、俺の手でこの男を殺さなければいけなかった。
 俺の『田中革命』を完成させるにふさわしい相手がこの街にいた。

『何をバカなことを言ってる!? 我々の目的は”透明な手”を持つ女と、白瀬咲耶の周囲を調査することのはずだ!? それを忘れたのか!?』
『わかってるよ! でもよぉ……そんなよくわからねえ女どもより、こっちの方が断然レベルが上だろ? この男を殺せば……イヒヒヒッ!』

 既に俺は笑みを堪えることができなかった。
 顔もわからない女はもちろん、白瀬咲耶を始めとするアイドルなどとは比較にならない程の上物だ。 
 あの女どもをメタルスライムと例えるなら、峰津院大和ははぐれメタルやメタルキング、あるいはプラチナキングレベル……いいや、ゲームの世界だけではない、現実の世界を根本からひっくり返せる程の相手だ。
 これほどの男を殺すことで、俺は変わることができる。アルコールの後押しもあって、俺の中で強い確信を得たのだ。


349 : 峰津院の名のもとに ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/24(火) 06:51:04 3WASGkdg0
『な、ならん! ならんぞ!? 『わが息子』が望むのは“真の平穏”……それを知った上で、このような男を狙えというのか!?』
『何が悪いんだ? こいつもひょっとしたら、マスターかもしれないだろ? それに、おやじだって言った……『聖杯を手に入れる為に戦え!! どこまでもハングリーになって欲望を追い求めろ』ってな!』
『ぐっ!? た、確かにそうだが……この男がマスターという確証はない!』
『んなこと言ったら、アサシンが狙ってるよくわからねえ女も、マスターかどうかわからねえだろ? なら、同じだ!』
『話を聞け! 下手に突っ込んでいっても、返り討ちに遭うだけだ!? この男……峰津院大和が保有する人材と財力もケタ外れだとわからんかっ!?』
『そこはアサシンの出番だろ? この男の隙を狙って、俺が令呪でも宝具でも、なんでも使えば……イチコロだぜ? チートにはチートだ!』

 俺のアサシンは気配遮断のスキルに優れている。それを上手く使えば、大魔王クッパや魔神ダークドレアムレベルのラスボスでも瞬殺可能だ。
 もちろん、あの男の居場所はわからないが、スマホを使えばいくらでも手がかりを得られる。
 かつての俺ならビビっただろうが、今の俺にはサーヴァントがいる。
 大和という男を殺すためなら、どんなに地道な作業でも積み重ねてやる。例え、聖杯戦争のマスターでなくとも、この東京が大混乱を起こすことは避けられない。
 既に俺は殺しの経験を充分に積んだため、レベルが上がっている。あとは装備を整えるだけ。
 例え、ピンチになろうともチャンスに繋がるので、気取った面を吹き飛ばしてやれるだろう。
 天国から地獄の底に突き落とされた時、あの大和という男はどんな絶望を味わうのか? 醜く泣き喚いた面を拝んだ時、どんな快楽を味わうことができるのか?

『ま、待つんだ! この男だけはっ! この男だけは、手を出してはならん! この男だけは……やめろおおおおおぉぉぉぉぉっ!』

 写真のおやじが何か文句を言ってくるが、その程度で俺の興奮を抑えることはできない。
 何故なら、俺の『田中革命』を完成できる相手を見つけた喜びは、何物にも勝るからだ。
 いつの間にか、俺の足に込められた力はどんどん強くなり、体も軽やかになるのを感じていた。



【杉並区/1日目・午後】


【田中一@オッドタクシー】
[状態]:健康、ほろ酔い、興奮状態
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:スマートフォン(私用)、ナイフ、拳銃(6発、予備弾薬なし)
[所持金]:数千円程度
[思考・状況]
基本方針:『田中革命』。
0:大きな刺激を見つけた。峰津院大和を殺す手段を考える。
1:敵は皆殺し。どんな手段も厭わない。
2:SNSは随時チェック。地道だけど、気の遠くなるような作業には慣れてる。
3:峰津院大和は俺の手で絶対に殺す。いざとなったら令呪を全部使ってでも殺す。
[備考]
※界聖杯東京の境界を認識しました。景色は変わらずに続いているものの、どれだけ進もうと永遠に「23区外へと辿り着けない」ようになっています。



【吉良吉廣(写真のおやじ)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]:気配遮断、ストレス
[装備]:田中一のスマートフォン(仕事用)、出刃包丁
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:愛する息子『吉良吉影』に聖杯を捧げる。
0:峰津院大和にだけは手を出すなああぁぁぁぁぁぁぁぁ!
1:『透明な手を持つ女(仁科鳥子)』および『白瀬咲耶の周辺』を調査する。
2:田中と息子が勝ち残るべく立ち回る。必要があればスマートフォンも活用する。
3:当分は田中をマスターとして受け入れるが、より『適正』なマスターへと確実に乗り換えられる算段が付いた場合はその限りではない。
[備考]
※スマートフォンの使い方を田中から教わりました。
※アサシン(吉良吉影)のスキル「追跡者」の効果により、仁科鳥子の座標や気配を探知しやすくなっています。


350 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/24(火) 06:51:36 3WASGkdg0
以上で投下終了です。
ご意見などがありましたらよろしくお願いします。


351 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/24(火) 07:05:28 3WASGkdg0
そして、予約メンバーに写真のおやじを入れ忘れてしまい、大変失礼いたしました。


352 : ◆A3H952TnBk :2021/08/24(火) 18:22:32 AVVkDFuI0
皆様投下乙です!!
田中一&アサシン(吉良吉影)、写真のおやじ
予約します。


353 : ◆0pIloi6gg. :2021/08/24(火) 21:53:09 Ap3LmYSg0
>>峰津院の名のもとに
田中くん!!!!!!!!!!!!身の程を弁えよう!!!!!!111となること請け合いの一話でしたね……。
よりにもよって最初の標的がそこなの、そりゃ写真のおやじも焦る。吉良とか聞いたらブチ切れますよこれ。
一方そんなことは露知らぬ大和主従はあいも変わらず、孤軍ながら圧倒的な強さを見せていますね。
情報も彼らのもとに少しずつ溜まり始めているため、この主従が本格的な脅威として暴れ出すのも遠くはなさそう。
田中は吉良ともども既に予約されていますが、彼の未来は果たしてどっちへ向かうのか……。

指摘としては、
一度大和達に返り討ちにされているにも関わらず追加で刺客を送り込むというのは彼らにしてはちょっと浅慮かなあという気がしました。
田中達の描写にまで跨る修正にはならないかと思いますので、ご一考いただけますと幸いです。

投下ありがとうございました!


354 : ◆A3H952TnBk :2021/08/25(水) 01:23:50 6Ud07mOs0
投下します。


355 : ジャスト・ライク・マリー・アントワネット ◆A3H952TnBk :2021/08/25(水) 01:25:29 6Ud07mOs0
◆◇◆◇


カチ、カチ、カチ、カチ、カチ――――。


絶え間なく、秒針が時を刻む。
閉ざされた円環のからくりの中で、延々と規則正しく周回を続ける。
渋谷区の百貨店で手に入れた高級腕時計。
手に掛けてきた女性達の所持金を拝借して購入したものだった。
シンプルでベーシック。遊びの無い、堅実なデザイン。
しかし、堅牢性と―――そして正確性は、折り紙付きだ。
一分一秒。寸分の狂いもなく、針は回っていく。

“私”は、腕時計を覗き込んだ。
長針が指し示す時刻。駅への到着時刻。
ほぼ完璧に一致。あまりにも正確だ。
まるで機械のように運行される都会の鉄道に、私は何とも言えぬ感情を覚える。
精密な作業。確かに素晴らしいことだ。
しかし、この東京という街の息苦しさを物語っているような気がしてくる。
溢れ返る程の人混み。
物で溢れかえった町並み。
忙しなく行き交う自動車
蜘蛛のように入り組む路線。
寸分の狂いもなく走る電車。
猥雑で、無機質で、落ち着きがない。
都市は朝から晩まで、ギラついた輝きを放つ。
あの“杜王町”と比べれば、あまりにも生き辛い。


《―――日暮里、日暮里でございます―――》


私は切符を買って電車に乗っている。
霊体化して無賃乗車などという真似はしない。
金銭を支払い、切符を手にし、正当な手段で電車へと乗る――――それが重要なのだ。それこそが“生活”だからだ。
たとえ無意味な行動だとしても、私にとって“日常の反復”とは何よりも重要なのだ。

そうして私は電車の座席から立ち上がり、すっと開かれた扉へと向かう。
そのまま駅のホームへと降り立ち、通り過ぎていく人々をよそに私は一息をつく。
先程までの高揚感など嘘のように、私の心境は冷めきっていた。

あの“透明で美しい手”を持った若い女。
彼女の追跡を、保留にすることにした。
電車に揺られている際、2騎分の魔力を同時に察知したからだ。
近くにサーヴァントが潜んでいる。
しかもごく短い時間だったが、その2騎が実体化して対峙している瞬間も感じ取れた。
こちらの気配を探知される可能性は、限りなく低いが。
あまり深入りすれば、厄介な事態になるかもしれない。
そう感じた私は、一先ず“透明の手を持つ女”が降りる駅だけを確認することにした。

どうやら日暮里駅周辺に住んでいるらしい。それだけでも収穫だった。
“追跡”スキルがあれば、彼女の座標を割り出すことはそう難しくはない。日暮里周辺で探知すれば、容易に尻尾を掴めるだろう。
故に、彼女のことは後回し。
名残惜しいことだが、我慢は肝心だ。
爪の伸びは相変わらずだ。
今すぐにでも彼女を手に入れたい。
しかし、今は耐えねばならない。
追跡は保留にしたのに、なぜ日暮里で降りることにしたのか。
適当に休んでから、新宿方面へと帰ることにした為だ。


356 : ジャスト・ライク・マリー・アントワネット ◆A3H952TnBk :2021/08/25(水) 01:26:00 6Ud07mOs0
そしてもう一つ、面倒な事態に直面している。
予め言っておくと、私は“峰津院財閥”の存在を知っている。
政治と経済に多大な影響力を持つとされている、都内でも屈指の名門だ。この23区において、紛れもなくトップクラスの権威と言えるだろう。
彼らは大方聖杯戦争の関係者だろうと、私は踏んでいた。理由は単純だ。

戦後の日本社会に財閥が存在する―――その時点で“有り得ない”からだ。
一定の教養があればすぐに理解できること。
彼らは存在すること自体がこの街にとっての
異物である。
それ以上の確証は持てないため、結論は保留にしているが。社会的地位が厄介であることに間違いはない。
故に、距離を置いている。

なぜ私が彼らについて語り始めたのか。
それは親父から、念話による連絡があったからだ。


――――吉影!吉影ェッ!
――――田中が……お前のマスターが!
――――よりによって!峰津院大和を標的にッ!!


大慌ての報告を耳にした私は、やれやれと溜息をついた。
下らないことだった。呆れて物も言えなくなるほどに。
自販機で缶コーヒーを購入し、駅のホームでベンチに腰掛ける。
フタを開けて缶を傾け、ミルクの混じったアイスコーヒーをごくりと喉に注ぎ込む。
ビターな甘味と冷えた喉越しが心地良いものだ。

私は、不思議と落ち着いていた。
生前だったならば、もっと動揺していたのかもしれない。
ただの人間に過ぎなかったら、私は焦りを見せていただろう。
しかし、今は。なんてこともなしに、現実を受け入れている。
自分でも驚くほどに、事態を超然と受け止めている。
全く。これは幸いなのか、あるいは不幸なのか。サーヴァントになったことで、ある種の人間性のようなものが抜け落ちたのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えていた。


『さて……親父』


虚空を見つめながら、私は念話を飛ばす。
この街の何処かにいるであろう親父が、不安げに声を溢している。


『私から、マスターに連絡させてもらうよ』


思えば、初めてのことだった。
あの愚かなマスターと、まともな交流を図るのは。
職場で営業先に電話を掛けるような気分だった。
つまり。些細で、面倒で、退屈なことだ。


◆◇◆◇


357 : ジャスト・ライク・マリー・アントワネット ◆A3H952TnBk :2021/08/25(水) 01:26:47 6Ud07mOs0
◆◇◆◇


今になって思えば。
俺―――田中一は、アサシンのことを殆ど知らない。
あいつと直に会ったのは、一度きりだ。

あの日。俺が初めて殺人を犯した、革命の前夜。
闇に紛れるように、あいつは姿を現して。
俺の目の前で死体を“爆破“し、その手首だけを持ち去っていった。
あれを目の当たりにした瞬間。
俺の中に、神が降りてきたような気がした。
この日常を蝕み、破壊していく“殺人鬼”―――それは俺にとって、救世主に等しい存在だった。

何者にもなれない。何処へも向かうことはない。
ただ消費して、一時の快楽を得て。
また消費して、一時の快楽を得て。
懲りずに消費して、一時の快楽を得て。
―――そのまま、永遠に辿り着けない。

俺が本当の意味で満たされる瞬間なんて、いつまで経っても訪れない。
そんな惨めな毎日を送っていた。
何の価値も無ければ、生きる意味さえも見出だせない。
紛れもない、塵芥に等しい人生。

そんな果てしない闇に、あのアサシンは風穴を開けてくれた。
彼の犯行を目の当たりにしたとき、俺の全身に電流のような衝撃が迸った。
ああ。こいつが俺を導いてくれるんだ。
俺はそう確信した。
この殺人鬼こそが、俺にとっての英雄だと感じた。

ニュースで繰り返し報道される連続失踪事件。それを目にするたびに、高揚が止まらなかった。
アサシンは今も、誰かを殺し続けている。
この街で今も殺人を繰り返して、退屈な日常を“非日常”へと変えてくれている―――!

思えば俺は、ある意味でアサシンのことを神格化していたのかもしれない。
あれから全く顔を合わせなかったからこそ、却って俺の中で都合の良いイメージが形作られていたんだと思う。


『――――マスター』


だからこそ、聞き慣れない念話が脳内に響いたとき。
住宅街を彷徨っていた俺は思わずビクリと反応して、興奮も冷めないまま交信してしまった。

『ア、アサシン……!アサシンだよな!?』
『ああ。親父から話は聞いてるよ』

念話なのに上ずった声になりながら、俺は問いかける。
何処かにいるアサシンの声は、落ち着き払っている。

重ねて言うが、俺はアサシンのことを殆ど知らない。
距離を置かれていることは何となく察していたし、俺自身もそのことを咎めたりはしなかった。
好きに殺してくれればいい。この街に狂気を振り撒いてくれれば、それで満足だ。俺はそう思っていた。
ああ、アサシンがこれだけ殺してるんだ―――俺もやれる。俺も革命を起こせる。
そんな勇気を貰えている気がした。根拠なんて無い。
妄想?それは違う。言うなれば、信仰だ。

『話って、もしかして……!』
『峰津院大和のことだよ。全部聞いた』
『なあ、アサシン!なら分かってるよな……!
 あの生意気なツラ下げた金持ち野郎を、俺達で殺すんだッ!』

そんなアサシンから、念話が届き。
既に話が通っていることも知り。
俺は興奮を抑えられないまま、捲し立てた。

『クククッ―――笑えるよなぁ、楽しくて仕方ないよなぁ……!
 俺みたいな社会のゴミが……あの王様を殺しに行くんだぜ?
 この聖杯戦争なら、それが出来るんだもんなあ……!』


358 : ジャスト・ライク・マリー・アントワネット ◆A3H952TnBk :2021/08/25(水) 01:27:29 6Ud07mOs0
俺は今、極上の標的を見つけていた。
峰津院大和。財閥とか何とかいう大企業の御曹司。
この東京23区に君臨する屈指の富豪。圧倒的な権力者。社会というピラミッドの頂点に立っている、クソッタレな王様。
ああいう人間は、俺みたいな虫ケラなんて気に留めもしない。
俺が必死に這いずり回っているのをよそに、あいつはきっとぬくぬくと上等な生活を送っているのだろう。

奴隷は王を刺す―――そんな言葉を何処かで聞いたことがある。
俺はまさしく奴隷だ。クソッタレな人生を送ってきた。失うものは何も無くなった。
それ故に王を殺す、謂わば鬼札(ジョーカー)だ。
高揚が止まらない。魂が滾っている。
思考がアルコールで曖昧になり、訳のわからない燃料が止めどなく注ぎ込まれていく。
最高だった。最高の気分だ。

『アサシン!俺と一緒に、ゲームを楽しも――――』

だからこそ、俺はアサシンに呼び掛ける。
期待と興奮と、果てしない衝動を込めて。
これから始まる殺戮への、凄まじい歓喜を込めて―――。



『すまないね。断らせて貰う』



アサシンは一言、そう告げた。
ハシゴを降ろされた。
俺は思わず、ぽかんとしてしまった。

『は?』
『単刀直入に言おうか』

唖然とする俺に向けて、アサシンは発言を続ける。


『峰津院大和には手を出さない』


そして改めて、アサシンは断言した。
迷いなんて無かった。紛れもない、即答。
興味なんてこれっぽっちもない。
そう言わんばかりだった。
俺は言葉を失った。
理解できなかったし、理解したくもなかった。
“なんで?”
頭の中で、そんな間抜けな単語が延々と浮かぶ。
さっきまでの酔いも吹き飛んで、真っ暗な宇宙に突然放り出されたような気分に襲われる。

『…………なんで?』
『社会に隠れ潜む私と、社会を支配する峰津院財閥。
 相性が最悪であることは、君にも理解できるだろう』

アサシンは、素っ気なく言う。
仕事の電話でもしているかのように、そこには哀楽も無く。
俺の中の不安と動揺は、どんどん膨れ上がっていく。

『おい、待てよアサシン。確かに、そうかもしれないけど……。
 でも、こいつがマスターだったら?いつかは、殺さないといけない相手で―――』
『なら適当に他の連中との共倒れを狙うさ。
 どの道奴らは、この社会では余りにも目立っている。わざわざ手を下す必要もない』

俺はなんとか説得しようとするけど。
アサシンはバッサリ切り捨てる。
興味なんて無い。放っておけばいい。
そう言わんばかりの、冷ややかな態度だった。


『私の言いたいことは、それだけだ』


そんなアサシンの一言に、俺の中の苛立ちが募り始めた。
いや、何言ってんだよアサシン。
あんた、殺人鬼なんだろ。誰だろうと殺せるんだろ。
じゃあ俺と一緒に戦ってくれよ。
俺にもっと刺激的なショーを見せてくれよ。
俺たち、聖杯戦争の主従だろ。
なんでお前が一方的に切り捨てるんだよ。
俺は興奮してたのに、なんで水指すんだよ。


359 : ジャスト・ライク・マリー・アントワネット ◆A3H952TnBk :2021/08/25(水) 01:28:13 6Ud07mOs0
なあ、おい。アサシン。
なんでだよ。

『――――待てよ……』

思わず、声が漏れた。
目が血走っていることは、自分でも分かった。
それくらいに俺は、震えていた。


『待てよ。おい、待てよッ!!』


だから、こんな風に怒声を上げてしまう。
焦っていた。憤っていた。
違うだろ、アサシン。
なんで俺の言うこと聞かないんだよ。
お前、俺のサーヴァントだろ。
あんないけ好かない金持ちくらい余裕で殺せるだろ。
お前は殺人鬼なんだから。
この街でずっと殺し続けてきたんだから。
どんな財力があろうと、どれだけの人員を投入してこようと、お前ならやれるだろ。
俺だって、無力じゃない。
この手に銃がある。人殺しの暴力がある。
それに、令呪だって持っている。
例え窮地に陥ろうと、令呪を使えは一発逆転も―――――。

俺の頭に、天啓が降り立った。
そうだよ。これを使えばいいんだよ。
俺は手元を撫でる。密かに笑みを浮かべる。
誰がマスターなのか。誰が主導権を握っているのか。
今に、思い知ることになる。
そんな悪意を込めて、念話を飛ばした。


『俺には、令呪がある』
『……だから?』


一言。たった一言。
アサシンの返事は、それだけ。
俺は頭に血が上って、声を荒らげた。


『俺はッ、お前を今すぐにでも従わせられるってことだよ……!
 いいのかよ!?俺の命令を!聞けないんならッ!!ここで令呪を使うぞ!?』


俺はアサシンに、脅しを仕掛ける。
必死になって、不利益をちらつかせる。
俺に従わないとどうなるのか。
お前なら分かるはずだろ。
俺には令呪があるんだぞ。
手綱を握ってるも同然なんだよ。
そんな風に、思っていても。
余裕が無いのは、結局俺の方だ。
それでも。優位を取っているのは、俺だ。
アサシンは俺に手出しできない。
だけど、俺は令呪でアサシンに危害を加えられる。
有利なのは俺だ。俺が、主だ。俺が。



『やれよ』



――――は?


『どうぞ、ご勝手に』


は?……は?
そんな風に、きっぱりと言われて。
頭の中が、思わず真っ白になってしまった。


360 : ジャスト・ライク・マリー・アントワネット ◆A3H952TnBk :2021/08/25(水) 01:29:21 6Ud07mOs0


『確かに君の言う通りだ。
 君が令呪を使えば、私は従わざるを得ない』


アサシンが、淡々と言葉を紡ぐ。
心底つまらなそうに、俺に告げてくる。

『だが……そうだな』

そして、僅かな間を置いて。


『私の宝具は、“触れたものを何でも爆弾に変える”』


その一言を聞いて。
俺の脳裏に、あの日の光景が浮かんだ。
アサシンと出会った、あの運命の瞬間。
俺が殺した女の死体が、木っ端微塵に吹き飛んだ。
それがアサシンの能力によるものだということは、察していた。


『例えば……君の手元にあるスマートフォンが、爆弾だとすれば』


冷淡な声で。黙々と。


『あるいは君のポケットに入ってる財布が、爆弾だとすれば……』


まるで書類の文面を読み上げるように。


『もしかすると―――君自身が、スデに爆弾になっているかもしれない』


アサシンは、淡白な態度で呟く。
俺は、目を見開いていた。
一筋の汗が、頬を伝っていた。


『仮に、いま私が言い連ねたことが“事実”だとすると』


おい。何が言いたいんだよ。
アサシン。お前、ふざけてんのかよ。
何なんだよ、おい――――。


『カチリ、と―――スイッチを押した瞬間』


ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。
心臓の鼓動が、早まっていた。
動揺。焦燥。不安。恐怖。感情が、ぐちゃぐちゃになる。


『私の“攻撃”は、それで“終了”する』


いとも容易く告げられる一言。
単純なことだ。俺にも理解できる。
これは―――――死刑宣告だ。
身の危険を感じて、俺は慌てて声を上げる。


361 : ジャスト・ライク・マリー・アントワネット ◆A3H952TnBk :2021/08/25(水) 01:30:13 6Ud07mOs0

『お、おい……ふざけんなよ……どうせハッタリだろ?そんなことしたら、お前も現界できなく……』
『君がいなくとも、次のマスターを探せるだけの魔力は蓄えているよ。魂食いでね』

なんてこともなしに、あっさりと言われてしまった。
次のマスター?俺が切り捨てられる?
冗談も、程々にしろよ。
そんな、馬鹿な話が……。


『つまり私は、“君を殺せる”ということだ』


いや、違う。
馬鹿な話だった。
そんなことも気付かなかった。
何が馬鹿だったか、って?
答えなんか、一つしかないだろ。
俺だよ。
ひとりで有頂天になってた、俺。
紛れもなく、俺が馬鹿だった。


『こと“殺人”という行為において……』


相手は、誰だ。
こいつは、何者だ。
俺は、何をやってる?


『私より優れた英霊は、早々いないと自負しているが……』


簡単だ。その答えは。
目まぐるしく混乱する頭でも、理解できる。


『君にはその私を“出し抜ける”という自信が……あるのかね?』


俺は、間違いを犯したんだよ。
俺は、殺人鬼に喧嘩を売った。
俺は、自分で墓穴を掘っていた。
確信した。ようやく気付かされた。

――――こいつは、俺を簡単に殺せる。
――――虫けらのようにら容易く。

本能の如く、理解してしまった。
それまで都合のいい偶像に過ぎなかったアサシンが、この瞬間に畏怖の対象と化した。

『あ……え、……その……』

急に頭が冷めきっていく。
何やってんだろう、俺。
何してんだ、俺。
アルコールで満たされていたさっきまでの高揚感は、何処かへと吹き飛んだ。
そうして自分を俯瞰から見下ろしているうちに、胸の奥底から強烈な恥じらいと苦痛が込み上がってきた。
俺の気持ち、どんな感じかって?
率直に言えば、死にたくなってる。

『――――すみ、ません……』

今の俺は、何者だ?
今の俺は、何なんだ?
この答えも、至極簡単だ。
間抜けだよ。本物の、間抜け。
敵わない相手に調子に乗って、あっさりと気負されて、そんで平謝り。
無様すぎて泣けてきそうなくらいだった。
ちっぽけで身の程知らずな俺自身が、心底惨めだった。

『君の殺意には期待しているよ、田中一くん。
 だからこそ……私の期待を裏切らないで欲しいね?』

その一言とともに、念話を打ち切られた。
何かを言い返す余地も無かったし、そんな余裕もあるはずが無かった。
残されたものは、強烈な敗北感。
そして、凄まじい後悔だけだった。


362 : ジャスト・ライク・マリー・アントワネット ◆A3H952TnBk :2021/08/25(水) 01:31:07 6Ud07mOs0
再三に渡って言っているが。
俺はアサシンのことを、よく知らない。
延々と距離を置き続けていたから、実態を掴めないままだった。
そして先程、俺とアサシンは初めて対話をした。
その結果が、このザマだ。
神になったつもりでいた俺は、単なるピエロに過ぎなかった。

今の俺に、何が変えられる。
俺の革命は。田中革命は。
結局、ただの――――。


「違う」


そんな訳がない。そんな筈がない。
俺は、無意識のままに疑念を否定した。


「違う……違うだろ……革命を、起こすんだよ……」


呪詛のように、ボソボソと呟く。
怨念のような言葉で、己を鼓舞する。
なんてことはない。
些細な小細工だった。
これは、自己を繋ぎ止める儀式だった。
今度こそ自分が無価値になるという恐怖。
今までの高揚が無意味になるかもしれない不安。
そして、胸の内で燻り続ける破壊衝動。
結局俺は、後戻りなんかできない。
あの金持ちを狙うことは出来ずとも、俺は俺のままだ。


――――終わらせない。終わらせてたまるか。
――――俺は。全部殺して、勝つんだよ。


目を血走らせ。瞳を震わせ。
俺は、俺の中の激情を滾らせた。
アサシンへの恐怖を誤魔化すように。
その口元に、ハリボテの笑みを浮かべた。


◆◇◆◇


昇進という厄介事からは距離を置き続けたものだが。
それなりに勤めていると、新人の面倒を任せられることがままあった。
「吉良は地味だが優秀だから任せられる」だの、「どうせ他に大した仕事も無いんだから」だの、そんな理由と共に押し付けられる。
一度“できの悪い”マヌケな新入社員を寄越された時は最悪だった。
作業効率は悪いし、物覚えもイマイチ。
その癖して一丁前に我が強い……。
自己を客観視できないバカだったが、早々に仕事を辞めてくれたからホッとした。


363 : ジャスト・ライク・マリー・アントワネット ◆A3H952TnBk :2021/08/25(水) 01:32:26 6Ud07mOs0
田中一という男の面倒を見ている今も、その時と同じ気分だ。
ああいった“独り善がりの無能”というものは何処にでもいるらしい。
仕事と同じ―――そう考えれば、辛うじて割り切ることは出来る。
いつか切り捨てられればいいものだが、容易ではないことも理解している。

あの場で田中一を爆殺できるという脅しも。
マスターを乗り換えられるだけの魔力を蓄えているという話も。
結局のところ、全て嘘だ。単なるハッタリに過ぎない。
仮にヤツが恐れも知らずに本気で令呪を使ったのならば、確かに私は従わざるを得なくなっていただろう。

尤も―――それでも尚、今回の件が「窮地だった」等とは思わない。
あのちっぽけな男に、この私を黙らせる度胸など露程も無いと理解していたからだ。
社会との折り合いも付けられないようなクズに、何が出来るというのか。

とはいえ、田中が暴走をしたのも理解はできる。
結局の所、私が奴との交流を避けていたという部分が大きいのだろう。
奴の性格を知っておきながら平然と捨て置き、それが今回の一件を招いた。
正直に白状すれば、私はこの世界での日常を満喫していた。久々の肉体に喜び、世俗的な楽しみに浸かっていた。
勿論、その過程で―――多くの女性を“愛してきた”。
気ままで楽しいものだった。しかし、聖杯戦争も既に本戦へと移行している。
最低でも親父を介すなりして、今後はよりマスターとの連携を取っていくべきだろう。
場合によっては、田中との接触も視野に入れるべきか。
実に面倒ではあるが。

さて。流石に、本腰を入れる段階へと進んできたか。
私は思案する。
この聖杯戦争において、私はどの程度のレベルに位置するのか。

自由自在に空を翔べる。
怪物的な武芸を駆使する。
ビルさえも容易く破壊する。
大地を抉り取るほどの力を持つ。
街を焦土に変えることが出来る。
人知を遥かに超越した権能を行使する。
これらのような超常の異能を、私は持ち合わせていない。

聖杯戦争に参加するサーヴァントは、紛れもない超人達ばかりだ。
古今東西の英傑達。伝説に名を馳せた勇士。
その名はまさしく無双であり、怪物であり。豪傑である。
私などでは遠く及びもしない。
所詮はただの殺人鬼。小さな町に生まれ、小さな町で生涯を閉ざした、ちっぽけな存在に過ぎない。
実力で言えば――――間違いなく下位。
本物の英雄達と衝突すれば、私は成すすべもなく倒されてしまうかもしれない。

だが。
そんなことは、些細な問題だ。
結局のところ、私にとって重要ではない。


――――全てを断ち切る。何もかもを破壊する。
――――そんな“強さ”に、なんの意味がある?
――――そんなものが、あの“空条承太郎”をも上回る脅威とでも言うのか?


ここは街だ。人々が生活を営み、忙しない日々を過ごす箱庭だ。
彼らが伝説を掴み取ったような“戦場”では、断じて無い。

社会に潜み、群衆に溶け込み、日常の陰で―――誰かを殺し続ける。
力など必要無い。強さに価値など無い。
15年間。私は誰にも悟られず、犯行を繰り返してきた。
町中での“殺人”においては、この吉良吉影こそが最も優れている。
故に、負けるつもりなど毛頭ない。


ふと、腕時計を確認した。
カチ、カチ、カチ、カチ、カチ。
時計の針は変わらず刻み続ける。
新宿へと向かう電車は、もうじき到着する。
私はベンチから立ち上がり、逆側のホームへと向かうべく駅構内の階段へと向かっていった。


364 : ジャスト・ライク・マリー・アントワネット ◆A3H952TnBk :2021/08/25(水) 01:35:35 6Ud07mOs0
【荒川区・日暮里駅/一日目・午後】

【アサシン(吉良吉影)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]:健康、殺人衝動
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円(一般的なサラリ―マン程度)
[思考・状況]
基本方針:完全なる『平穏』への到達と、英霊の座からの脱却。
0:ひとまず新宿へと戻る。
1:今後の立ち回りについて思案する。必要ならば写真の親父やマスターとも相談し合うし、場合によっては合流もする。
2:『透明な手を持つ女(仁科鳥子)』は一旦保留。
3:マスタ―(田中)に対するストレス。必要とあらば見切りをつけるのも辞さない。
4:社会的地位を持ったマスターとの対立は避ける。
[備考]
※スキル「追跡者」の効果により、仁科鳥子の座標や気配を探知しやすくなっています。
※仁科鳥子が日暮里周辺に住んでいることを把握しました。


【杉並区・住宅街/1日目・午後】

【田中一@オッドタクシー】
[状態]:意気消沈、吉良吉影への恐怖
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:スマートフォン(私用)、ナイフ、拳銃(6発、予備弾薬なし)
[所持金]:数千円程度
[思考・状況]
基本方針:『田中革命』。
1:敵は皆殺し。どんな手段も厭わない。
2:SNSは随時チェック。地道だけど、気の遠くなるような作業には慣れてる。
3:峰津院大和のことは、保留。
[備考]
※界聖杯東京の境界を認識しました。景色は変わらずに続いているものの、どれだけ進もうと永遠に「23区外へと辿り着けない」ようになっています。

【吉良吉廣(写真のおやじ)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]:気配遮断、ストレス
[装備]:田中一のスマートフォン(仕事用)、出刃包丁
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:愛する息子『吉良吉影』に聖杯を捧げる。
0:ひとまず、なんとかなった……。
1:『透明な手を持つ女(仁科鳥子)』および『白瀬咲耶の周辺』を調査する。
2:田中と息子が勝ち残るべく立ち回る。必要があればスマートフォンも活用する。
3:当分は田中をマスターとして受け入れるが、より『適正』なマスターへと確実に乗り換えられる算段が付いた場合はその限りではない。
[備考]
※スマートフォンの使い方を田中から教わりました。
※アサシン(吉良吉影)のスキル「追跡者」の効果により、仁科鳥子の座標や気配を探知しやすくなっています。


365 : ◆A3H952TnBk :2021/08/25(水) 01:36:11 6Ud07mOs0
投下終了です。


366 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/25(水) 06:51:23 BTRjXHOw0
投下乙です!
ハイになったマスターを前にしても、微塵も臆さないどころか脅しさえする吉良は格が違いますね。
吉良は確かな経験と実力を誇っているからこそ、衝動で暴走する田中なら難なく抑えられるでしょうし。
田中の方も、一度は吉良の恐怖に落ち着きましたが、それでも狂気はまだ残っているので、吉良の期待に応えられる可能性は残っていますね。

そして、自分も指摘された箇所の修正投下を開始します。


367 : 峰津院の名のもとに(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/25(水) 06:54:17 BTRjXHOw0
 私は財団が所有するとある緑地に出向いている。新宿御縁の緑地だ。
 真琴には「管理者との面談」と話しており、表向きにはビジネスだ。
 しかし、実際はガムテープの連中を捕まえること。東京に糸を張り巡らせる蜘蛛の存在も気がかりだが、まずは峰津院財団に歯向かった愚者への報復が先だ。
 車を走らせれば難なく到着する。当然だが、運転手を巻き込まないためにも、目的地から離れた場所で待機させた。
 私の権限で、構成員に指示して森林のエリアには人が入らないように設定している。そのため、この場に私以外が現れることは……普通ではありえない。
 無警戒にも、私一人が護衛も連れずに人気のない森林に入り込んだように見せつけた。


 だが、奴らは現れない。
 いくら警備の目があっても、侵入する隙はいくらでもある。いや、意図的に作らせるため、この緑地を選んだのだ。
 しかし、奴らはクズではあるものの、愚かではなかったということ。

『羽虫と言えど、阿呆ではなかったことだ』

 フン、とベルゼバブは零す。
 私としても、流石に軽視しすぎていた。先程、連中をケルベロスの餌にしてやったが、せめて一人くらいは尋問用に残すべきだったか。
 不愉快だが、あのクズどもは構成員を仕留めるほどの実力を持っている。故に、私でなければ手に負えないと判断したが、もう現れることはない。
 相応の情報ネットワークは持っていることだろう。

『だが、文化を穢す羽虫とて、余を不快にさせない当然の気配りはあることだ』

 さも当然のように、ベルゼバブは緑地を堪能していた。圧倒的な巨体からは相変わらずオーラを放っているが、その手に持つスナック菓子のせいでどうも締まらない。

『余はまだ文化を堪能しておらぬからな。余の目に叶うのであれば、残してやることも吝かではない……だが、余の目を穢す羽虫など我慢ならん』

 …………それが、ベルゼバブの本音だ。
 そもそも、この男が緑地に同行したのも、ガムテープの連中よりも異文化に興味を示したからだ。
 チェスと読書を平行しながら、プロテイン割りのレッドブルを堪能していたこの男だ。人間を羽虫と見下しながら、その文化に対しては興味津々といった様子だ。
 私たちがここに来るまでに乗ったリムジンや、窓の外から見える景色にも興味を示している。
 しかも、新宿御縁に訪れるまで、自販機の飲み物を指差して『あれは何だ?』と念話で聞いたり、何かを訴えるような意味ありげな視線を向けていた。鬱陶しいことこの上ない。
 …………仕方がないから、構成員に各地の自販機やコンビニへ向かってもらい、大量のジュースやスナック菓子を購入させた。レッドブルなどのエナジードリンクも忘れていない。
 彼らからは怪訝な表情を向けられたが、特に何も聞かれていない。いや、私が「何も聞くな」と命令した。
 そして、ベルゼバブにスナック菓子や飲み物を少しだけ与えると、一応は黙るようになった。残るは車に積んでいる。
 ポイ捨てをしていないことは、せめてもの救いだろうか?



 既に緑地への立ち入り禁止は解除した。
 クズが現れない以上、長居は無用だった。
 連中の正確な人数までは不明だが、膨大な人材と資金力を誇ることは確かだ。 
 また、クズどもと交戦して、情報を得た主従もいるはず。
 例の蜘蛛がクズどもの情報を手に入れている保証はないが、少なくとも存在だけ認知しているはず。


368 : 峰津院の名のもとに(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/25(水) 06:54:49 BTRjXHOw0

「失礼します」

 私がリムジンに乗り込もうとした直前、構成員の一人が現れる。
 その手には、青年の顔写真が握られていた。

「何者だ、この男は」
「新宿区の皮下医院にて、院長を勤める皮下真です。この男の経営する皮下医院を調査した構成員によると、この病院にて発生する死者数が不自然との報告を受けました」
「……やはりな。詳しい情報は?」
「ここ数週間にて、患者の死亡者数が異様なまでに上昇し、更には遺族までもが原因不明の死亡または失踪例が増えています。病院内の調査に乗り出した構成員も、行方をくらましてしまい……病院スタッフ曰く、既にお帰りになられたとのことですが……」
「……そうか。なら、お前は調査を続けろ」

 そう命令すると、構成員はこの場を去っていく。
 私は舌打ちした。皮下医院とやらにも、何かがあると察したからだ。もう、構成員は殺されているだろう。
 ここからそう遠くに離れていないため、私自らが乗り込むこともできるが……敵の胃袋に飛び込むなど愚策でしかない。
 だが、皮下医院にも潜む敵を放置しては、いずれは足元を掬われる。出る杭は早々に潰すべきだろうか。

(私たちの顔に泥を塗ったクズどもは早急に排除しなければならないが、奴らだけに意識を向けてはいられない。
 我々を影であざ笑う蜘蛛も、私の前に引きずり出さねば気が済まん。
 だが、私たちの敵は奴らだけとも限らん。さて、どうするか……)

 目的を果たして、私たちは車に戻って移動する。
 クズどものリーダーを探し、叩き潰すか?
 我々をあざ笑う蜘蛛の居所を探り、容赦なく踏みつぶすか?
 皮下医院とやらの秘密を暴き、院長を社会的に抹殺するか?
 それとも、奴らとはまた違う敵の手がかりを探すか?
 選択肢は数多くある中、私はリムジンに乗り込んだ。

『……む? おい、余の手元に出たこの『レアカード』とは何だ!?』

 隣では、スナック菓子の付録に驚くベルゼバブがいるが、私は無視した。



【新宿区・新宿緑地/一日目・午後】

【峰津院大和@デビルサバイバー2】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:宝具・漆黒の棘翅によって作られた武器をいくつか
[道具]:悪魔召喚の媒体となる道具
[所持金]:超莫大
[思考・状況]
基本方針:界聖杯の入手。全てを殺し尽くすつもり
1:ロールは峰津院財閥の現当主です。財閥に所属する構成員NPCや、各種コネクションを用いて、様々な特権を行使出来ます
2:グラスチルドレンと交戦しており、その際に輝村照のアジトの一つを捕捉しています。また、この際に、ライダー(シャーロット・リンリン)の能力の一端にアタリを付けています
3:峰津院財閥に何らかの形でアクションを起こしている存在を認知しています。現状彼らに対する殺意は極めて高いです
4:東京都内に自らの魔術能力を利用した霊的陣地をいくつか所有しています。数、場所については後続の書き手様にお任せします。現在判明している場所は、中央区・築地本願寺です
5:クズども(”割れた子供達(グラスチルドレン)”)を探るか、峰津院財団を探る蜘蛛を探るか、皮下医院を探るか、それとも別の敵について探るかは後続の書き手さんに任せます。
【備考】
※皮下医院には何かがあると推測しています。


369 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/25(水) 06:56:14 BTRjXHOw0
>>343より始まった襲撃に関する描写をカットする形で、修正バートの投下を完了しました。
ご意見などがありましたら、再度よろしくお願いします。


370 : ◆EjiuDHH6qo :2021/08/25(水) 13:50:47 Z2wO3WkI0
皆さん投下乙です。
死柄木弔&アーチャー、神戸しお&ライダーで予約します。
またもし被ってしまったらご迷惑をおかけしてしまうためNPCで四ツ橋力也@ヒロアカを登場させる予定があることを明記しておきます(NPCの予約に何か不都合があれば取り下げます)


371 : ◆VJq6ZENwx6 :2021/08/25(水) 23:31:05 fsBdoQdY0
松坂さとう&キャスター(童磨) 予約します。


372 : ◆0pIloi6gg. :2021/08/26(木) 00:24:31 KNXotTfI0
>>ジャスト・ライク・マリー・アントワネット
前話の衝撃的な引きから繰り出されるひたすら現実的な話、田中に思わず同情してしまうこと必至。
焦るとかキレるとかでもなくただただ淡々と処理される田中の意思があまりにも悲惨でした。
吉良にとっては彼の"田中革命"もこうして軽く処理できる程度のトラブルでしか無いというのが田中らしくもあり、無情でもあり。
冗談抜きに大和に特攻して何も分からないまま即死してた方が本人の尊厳は保たれたろうな……というのが。
そんな風にサーヴァントであり、生粋の異常者である吉良と鬱憤を爆発させて革命に至った田中の違いがよく出ていたと思います。
燃え上がりかけた感情を、田中革命を冷や水で無理やり冷まされた田中はこれからどうしていくのか。楽しみですね。

>>峰津院の名のもとに
修正ありがとうございます! 特に問題ないと思います、お手数おかけしました。


また、本日「田中摩美々&アサシン」のイラストを追加させていただきました。
wikiの「田中摩美々」のページで見られますので、よかったらどうぞ。


373 : ◆0pIloi6gg. :2021/08/28(土) 23:14:40 FE4c5RIc0
投下します。


374 : 天秤は傾いた、――へ ◆0pIloi6gg. :2021/08/28(土) 23:16:02 FE4c5RIc0
 私はアイドルというものに興味を持ったことがない。

 男も女も関係なくそうだし、そもそも興味以前にテレビをろくすっぽ見ない。
 だけどそんな私でも、日常生活を過ごしている中で勝手に目に、或いは耳に入ってくる情報というものはある。
 例えば大学のキャンバスですれ違う学生だったり、往来のでっかいモニターに映し出されてる宣伝映像であったり。
 そういうものを通じてアイドルの名前であったり顔であったりを見聞きすることは、ある。
 知りたくもないのに無理やり知識を得させられるというのは個人的には現代社会の嫌なところの一つだけど、今回ばかりはそれがいい方向に働いたと言えなくもない。

 星野アイ。この界聖杯内界で、やたらと人気らしい歌って踊れるアイドル。
 私のサーヴァントであるアサシンから、そいつと同盟を組んだ旨の連絡があったのが――今から二時間ほど前のこと。
 正直おったまげた。何を冗談言ってるんだと思ったし、いやまずはとにかく訳を言えと問い質してやりたくなった。
 でもあの仕事人もどきは要件だけ伝え終えるとあっさり電話を切ってしまい――私は途方に暮れながら、一人暮らしの散らかった部屋を急いで片付けるしかなかった。

「……星野アイ、か」

 掃除も一段落したので、ソファに腰掛けながらスマートフォンを弄る。
 開いているアプリはグーグルクローム。いわゆるブラウザだ。
 調べている内容は、言わずもがな同盟相手になったらしい彼女……星野アイのこと。

 苺プロダクション所属。アイドルグループ"B小町"不動のセンター。
 最近誕生日を迎えて成人した。歌もダンスも演技も何でもそつなくこなす、生粋の天才肌。
 人気が出るのも頷けるスペックと、正直誰が見ても美人という評価を下すこと間違いなしの恵まれた顔面を併せ持った存在。
 なるほど確かに、こんな奴ならアイドルは天職だろう。ステージに上がるために生まれてきたような奴だなと思った。

 実際、同性の私から見てもかわいい顔をしてると思う。
 見るからに地味で陰気なものが滲み出してる私に比べれば天と地の差だ。
 特段好きなタイプの顔ではないけど、売れるのは分かる。
 私の感想はそんなところ。……だけどこうして改めて調べてみても、私がアイという偶像に対して抱く感情は苦手意識だった。

「なんか嘘臭いんだよなー……この子」

 何がどう嘘臭いのかと言われても、出てくる根拠は"なんとなく"の域を出ない。
 そう、なんとなくだ。なんとなく、アイを見ていると嘘臭く思えてしまう。
 誰にでも愛される理想のアイドル。裏も表もない本物の偶像。
 日頃からそう意識して頑張ってるんだろうな、とか。
 裏ではやることやってるんだろうな、とか。
 そんななんとも陰険な、ひねくれた感想ばかり浮かんでくる。
 ……私こと紙越空魚という人間が、陰陽で言うと絶対的に前者の側に傾いた女であるからだろうと言われたら、否定は出来ないけど。

「(何か全然実感湧かないけど……ほんとにこいつと同盟組むのか? 私。
  いや、正直全然信用する気起きないんだけど。めちゃくちゃ心理戦上手そうだし)」

 もうすぐ、それは単純な好き嫌いの問題ではなくなる。
 テレビなり雑誌なり広告なりを眺めながら漫然と「私この子好きじゃないんだよねー」と呟くのとは訳が違う。
 アサシンの言ったことが本当ならば、アイは私にとって画面越しの存在などではなく、限られた生還枠を争う競争相手ということになるからだ。
 同盟を組むこと自体に異論はない。むしろありがたいとさえ思ってる。
 何せ、まだ私達を除いても二十二組残っているのだ。孤軍奮闘で戦い切るにはちょっと厳しい数である。
 だから信用してもいい相手が出来ることそれそのものは、願ったり叶ったり。
 そこに"星野アイ"という固有名詞が付け足されたことによって、私はこうして謎に緊張したりあれこれ考えたりする羽目になっている。


375 : 天秤は傾いた、――へ ◆0pIloi6gg. :2021/08/28(土) 23:16:54 FE4c5RIc0

 どうしよう。
 きっぱり断るか、それとも逆に使ってやるつもりで受け入れるか。
 いやまあ、あのアサシンが相手に欺かれる可能性を考慮してないとは流石に思っていないけど。
 もしかしてこいつを使う場面なんじゃないのかと、テーブルの上のマカロフをかなり真剣な目で見つめてしまうくらいには、私はテンパっていた。

 ……なんて言っても、実際のところはだ。
 多分私はまだ、人の命を奪うと決めた上でこれを使うことは出来ないと思う。
 アサシンなら躊躇なく撃つだろう。眉間目掛けてあっさりとズドン。あまりにもあのサーヴァントに似合う情景だ。
 でも私は、所詮ただの人間なのだ。ちょっとばかしよくある修羅場を踏んできただけの、人間。
 現に人間を殺したことはまだない。殺そうかと思ったことはあっても、実行してはいない。でも、それが全てだろう。
 私はまだ、一線を越えていない。あの潤巳るなの時ですら、それを超えることは出来なかった。

 ――――本当に必要にならない限りは。
 今後も当分その線は、超えられないに違いない。

「おい、マスター。居るか?」

 私の方針はあくまでも"生存最優先"だ。
 誰も殺さずに帰れる方法があるならそれでいい。それに乗っかって帰るだけだ。
 でももしも、どうやっても正攻法以外の手段では帰れないというのなら。
 その時は聖杯を狙う。他の全員の願いと命を踏み台にしてでもいい。とにかく元の世界に帰る、そういう気でいる。
 そんな方針を掲げている人間が誰かを殺す覚悟なんてありません、なんて笑い話以外の何物でもない。
 だからいつかは覚悟を決めなくちゃいけない。
 の、だけど――現実は私が覚悟を決めるまで悠長に待っていてなんかくれなくて。

「……やっと帰ってきたんですか。
 いや、まず電話に出てくださいよ。一方的に要件だけ切ってだんまりとか、ちょっとどうかと――」
「そりゃ悪かったな。どの道連れてくるんだから、事前にあれこれ話すよりも会ってからの方が手っ取り早いかと思ってよ」
「――思、……」

 文句を言おうとして、思わずソファを立ち上がった。
 そして玄関先までずんずん出て行って、そこでひゅっと息を呑んだ。
 もはや見慣れたアサシン。黒髪の、やたらと整った顔をした男。
 その後ろに二人の男女が居た。一人は逆立った髪をして、「どーも」と会釈をしてくるアサシンと同年代くらいに見える男。
 そして、もう一人は。変装のつもりなのか帽子を被った、けれどその程度じゃ隠し切れない輝きを放つ――女だった。

「初めまして。紙越空魚ちゃん、でいいんだよね」
「あ、……え……?」

 私の名前は紙越空魚。大学三年生。歳は二十歳と数ヶ月。
 未だかつてアイドルなんてものに興味を抱いたことはなく、当然生でお目にかかったこともない。
 そんな私のところを尋ねてきた彼女は、けれど。
 別段ファンだったわけでもない、むしろ悪感情をすら抱いていた私ですら分かるほどの眩しい魅力を放っていて。
 コミュ障丸出しって感じで吃ってしまう私にくすりと笑って、言った。

「星野アイです。職業はアイドル、兼聖杯戦争のマスター。
 仲良く出来たら嬉しいな。よろしくね――空魚ちゃん」
「あ、……あ、うん……どうも……」

 VS星野アイ。
 ファーストコンタクトは、誰がどう見ても私の負けだった。


376 : 天秤は傾いた、――へ ◆0pIloi6gg. :2021/08/28(土) 23:17:57 FE4c5RIc0
◆◆


「い、今お茶入れるね……」
「あ、全然いいよ? お構いなく。私お茶とかあんまり好きじゃないし」

 写真で見ればそうでもないけど、会ってみるとオーラが違うよ――。
 こういう文句はそれこそ飽きるほど聞いた。アイドルを布教しようとする人間の常套句だ。
 でも実際のところ。見慣れたアパートのドアの向こうに突如現れた偶像(アイ)の姿を見た時、私は一瞬世界の全てが静止する錯覚を覚えた。
 そのくらい、アイは可愛かった。綺麗だった。写真や動画で見る何倍もずば抜けたルックスをしていた。
 ……まあ、私は鳥子の方が美人だと思うけど。それでも世間一般の感性で言ったら、なるほど並み入る女性達の中でもハイエンドだろう、これは。

 そんなことを思いながら、とりあえず麦茶でも注ごうと冷蔵庫に向かう。
 その矢先にアイが遠慮(なのか? これは?)してきたので、ならいいやと思って足を止めた。

「わ、お構いなくって言われてほんとに止めるタイプの人なんだ」

 そしたらこの台詞である。
 なんだこいつ。いや、なんだこいつ。
 そんな目をしながらも、一度好きじゃないと言われたものをわざわざ気を利かせて注いでやるほど私は心が広くない。
 家主の私が何か言う前にテーブルを囲んで座り込んだ面々。
 それを見回しながら私も、ため息混じりにソファの上に座り込んだ。
 本当なら客人より上の目線から物を喋るのは礼儀的によくないことなんだろうけど、今日くらいは許してほしい。
 何しろこっちは、星野アイとそのサーヴァントがこの部屋を尋ねてくるに至った経緯すら聞かされていないのだ。

「……とりあえず、一から説明してほしいんですけど」
「あれ。空魚ちゃん、アサシンから聞いてないの? てっきり全部知ってるもんだと思ってたんだけど」

 きょとんとした顔をして言うアイだけど、そう思うのは多分当然のことだ。
 同盟を組むって話なのに、よりによって肝になるマスターの方がその内訳を聞かされてないなんて流石に妙ちくりんな話だろう。
 だから私は素直に――此処で意地を張っても仕方がないので――本当のところを答えた。

「……全然。さっき突然電話掛かってきてそれで初めて知ったから。
 いきなり星野アイと同盟組んだわーとか言われて、何の冗談言ってるのかと思った」
「まあ有名人だもんね、こっちの私。元の世界よりブレイクしてるよ多分」

 私もびっくりしたよ最初は、と言いながら、アイは手提げ鞄から取り出したスポーツドリンクを飲み始めている。
 いやこいつ。ほんとにいい性格してるな?
 あとさっきから何気に"ちゃん"付けで呼ばれてるけど、誕生日のタイミング的に私の方が一つ歳上なんだけど。
 なんてことを思いながらぐぬぬ、となんとも言えない顔をしている私に、そんなことは何処吹く風のアサシンが説明を始めてくれた。  

「説明って言われてもな。偶然だよ、偶然。
 そこのライダーにサーヴァントだってことがバレちまってな。
 その場でやり合うのも旨くねえが、かと言ってそのまま退くってのも微妙だろ。だから建設的な話を持ち掛けてみたってだけだ」
「え。なんでバレたんですか?
 サーヴァントとして認識されないの、あなたの一番の取り柄なのに」


377 : 天秤は傾いた、――へ ◆0pIloi6gg. :2021/08/28(土) 23:18:37 FE4c5RIc0

 率直に驚いて、そう質問してしまう。
 私のサーヴァント。つまりこのアサシンは、はっきり言って弱点の多い英霊だ。
 まず念話が出来ない。令呪で指示をすることも出来ない。だから私の腕にある令呪は実質ただの飾りだ。
 ただし。アサシンはそれらの不便を抱えることと引き換えに、徹底的に"英霊"として認識されない取り柄を持っている。
 詳しいことは私も知らないけど、事実マスターである私の目から見ても、この人のステータスは読み取れない。
 要するにだ。アサシンは、相手にサーヴァントだと認識されることのないまま、サーヴァント相当の戦闘能力を発揮することが出来るのである。
 ……その筈なんだけど。なのにどうしてか、アイとそのサーヴァントにはそこのところを見抜かれてしまっているみたいで。
 
 思わずズバッと切り込んでしまった私に、アサシンは呆れたような目を向け言った。

「否定はしねえが、こればっかりは俺も予想外の事態だった。正直面食らったよ」

 そんなアサシンに、はははと笑い声をあげるのはアイのサーヴァントだ。
 逆立った黒髪の男。ちなみにこの男もアサシンと同じで、私の目からはサーヴァントとしてのステータスとかそういうものがさっぱり見えない。
 とりあえずアサシンと同じような――普通の人間を装うスキルなり宝具なりを持っていることはまず間違いないだろう。

「何分、俺はアンタみたいな超人にブッ殺された人間でなァ。
 直感(カン)っつーか、まあそんなとこだ。他の奴ならまず気付けねえだろうし、空魚ちゃんは心配しなくてもいいと思うぜ?」
「ご丁寧にどうも……」

 超人にブッ殺された人間だからってなんだよ。
 そんな理由で人のサーヴァントのマジックを見抜かないでほしい。
 そう愚痴りたくなったけど、私にだって社交性というものはある。あるったらあるの。
 だからぐっと堪えて、話の続きに耳を傾けることにした。

「で、だ。とにかくオレ達はそういう経緯があって、空魚ちゃんのアサシンと同盟を組んだってワケさ」

 アイ達と同盟を組む流れになってたことは完全に事後報告で知ったわけだけど。
 まあ落ち着いて考えると、そこのところは私にも責任がある。というか、多分私が悪い。
 何しろ私は今日の日を迎えるまでの間、マスターとしての役目をろくに果たそうとしてこなかった。
 ただ与えられたロール通りの日常を過ごして、たまにアサシンの報告を聞いて何か言ったり言わなかったりするだけ。
 だからアサシンに対して不服の思いはない。むしろ冷静になった今じゃ、この人想像以上に色々働いてくれてたんだな……と見直しすらしている。

 ……もしかするとこの人、私が思ってる以上に出来るサーヴァントなのか?
 そんなことをふと思った私に、アサシンは世間話のようなノリで質問してくる。

「にしてもお前、星野アイは知ってたんだな。テレビも見なけりゃ新聞も取ってねえお前のことだから、てっきり知らねえもんだと思ってた」

 いや、流石に知ってるわ。
 この人、私のことをどんだけ陰キャだと思ってるんだ。
 あまりにも不本意なレッテル貼りには〜とため息を吐いて、私も口を返す。

「いや、流石に知ってますよ。聞きたくなくても目耳に入ってくるんですもん、この人」
「本人前にしてそれ言う?」
「……言われて傷つくタイプじゃないでしょ絶対」

 バレた? と言わんばかりに頭をこつんと小突いているアイのことは雑に処理する。
 こいつ、やっぱりキャラ作りにむちゃくちゃ全力使ってるタイプだなとこの数分で確信した。
 仮に彼女がアイドルでなかったとしても、私がこいつと進んで関わり合いになることはまずなかっただろう。
 なにせ相手しててぶっちぎりで疲れるし鼻につくタイプだ。これならまだずっとあのわんこみたいな後輩の方がマシである。


378 : 天秤は傾いた、――へ ◆0pIloi6gg. :2021/08/28(土) 23:19:19 FE4c5RIc0


「じゃあ、櫻木真乃ってアイドルは知ってるか」
「……、……」

 いや、知らんが。


「知らないんだな」
「しょうがないでしょ、そもそも私普段テレビ見ないんですよ。もうちょっと有名どころ持ってきてくれないと」
「あー、分かった分かった。
 で、その櫻木真乃ってアイドルはマスターだ。アイとも面識がある」

 アイの「うわあ、SNSだったらオタクに地の果てまで追い回されるような発言……」という呟きを無視しつつ、スマートフォンを手に取る。

「……なるほど。そういうことならちょっと待っててください、今ググりますから」

 口ではああ言ったけれど、もしかすると件の櫻木真乃ってアイドルは世間ではそこそこの"有名どころ"なのかもしれない。
 何しろくどいようだが、私はそういう芸能関係・エンタメ関係の話にむちゃくちゃ疎いのだ。
 何か分からないことがあったらまず自分で調べる。もとい、ググる。
 情報化社会を生きる人間として模範的と言ってもいい行動だな、と我ながらそう思った。
 検索エンジンに名前を打ち込んで調べてみると、すぐに顔写真付きの検索結果がヒットする。

「(……こいつか、櫻木真乃)」
 
 率直に――売れそうな顔だな、と思った。
 なんというかこう、真っ当にかわいい。
 アイが"かわいい"と"綺麗"を半分ずつ持った顔だとすれば、真乃は前者の割合をもっと増やしたような顔。
 どことなく漂うゆるふわっぽい雰囲気と言い、なるほどこれは確かに大衆受けするだろう。
 私が無知なだけで、アイほどではないにせよ案外世間での認知度は高いようだった。

「まず、真乃ちゃんと私達が同盟を結んでるの。
 でも真乃ちゃん達には、私達が先に同盟を結んでたってことは教えてない」
「そりゃまた……どうして?」
 
 万一バレた時のリスクが大きいし、そもそも同盟の規模なんて大きいに越したことはないだろうに――そう思ってしまうのは素人考えなのだろうか。
 私がそんな疑問を抱いた矢先、アイは微笑みながら説明してくれた。

「真乃ちゃん達ねえ、主従揃ってめちゃくちゃいい子なの。もうめちゃくちゃに。
 そういう子達ってさ、ほら。何かと使い勝手が良さそうでしょ? だから利用してやろうと思って」

 ……、……ああ。そういう。


379 : 天秤は傾いた、――へ ◆0pIloi6gg. :2021/08/28(土) 23:20:02 FE4c5RIc0
 言われてすぐに私の疑問は氷解した。
 櫻木真乃。サーヴァントの方は顔もなんにも知らないけど――少なくとも彼女の方は、見た目の雰囲気から連想出来る通りの人物であるらしい。
 悪意のない、裏表のない、星野アイとは全く逆のタイプ。
 善良でいたいけで、だからこそ悪い大人の格好の標的にされてしまう性格。
 会ったこともないし何なら声も聞いたこともない真乃に、私は心の中で「ご愁傷様」と手を合わせた。
 アサシンと、アイと、彼女のライダー。恨むなら、三人の"悪い大人"に目を付けられた自分の不運を恨んでほしい。

「鉄砲玉程度にしとけよ。飼い犬に手噛まれちゃ笑い者だぜ」
「…………ああ、分かってるぜ。
 それとなアサシン。あの嬢チャン達絡みで一つ謝っとかなきゃいけねーことがあンだ」
「あ? そんなお花畑女相手に何やらかしたんだよ」

 鉄砲玉、なんて言葉が冗談でも何でもなく飛び交う光景を見ていると。
 私の人生も大分ジャンルが変わっちゃったな、と気の遠くなる思いに駆られる。
 まあ、私の人生に鉄砲とその玉が出てきたのはこの世界に来るよりも前のことなんだけど。

「私もこれほんとに大丈夫? って思ったんだけどさ。ライダーがアサシンのことバラしちゃって」

 なんて述懐しながら話の成り行きを見守っていると。
 アイの口から、何やらとんでもない告白が飛び出してきた。

「――何やってんだよ。利用する相手にぽんぽん情報教えるとか阿呆なのかお前ら」
「……いや、正直私もそこは同意見なんだけど。
 自分達から二重同盟の利点放り投げてどうするの?」

 眉根を寄せて、理解出来ないとばかりに詰るアサシン。
 尤も私も彼と同じ感想だ。彼とアイ達が出会い真乃の主従に目を付けた経緯には全くのノータッチだが、それでもさっきの説明を聞いただけで疑問を抱くには十分すぎる。
 私達との同盟を本命にしつつ、真乃とそのサーヴァントを鉄砲玉代わりに利用する。
 アサシンの存在を考えれば、真乃達に戦わせつつ背後から暗殺するようなやり方だって出来た筈なのだ。
 けれどそれは相手がこっちの存在を知らないことを大前提にした場合の話。そこの前提が崩れてしまうと、何のきっかけでアイ達と真乃達の同盟の裏にある真実が割れるか分からない。

 だから、ライダーが私達のことを喋ってしまったというのはどんな理由があるにせよ有り得ない判断と言う他なかった。
 アサシンが不機嫌になるのも分かる。私だって正直若干ムカついたし。
 そんな私達に、ライダーは苦笑いをしながら肩を竦めてみせる。

「そう怒んなよォ。こっちだって、バラしたくてバラしたワケじゃねえんだぜ?」

 それから煙草に火を点けて、燻らせながら話し始めた。
 ……いや、此処私の部屋なんですけど。
 そんな指摘をしようかとも一瞬思ったけど、ぐっと喉の半ばくらいのところで抑え込んだ。


380 : 天秤は傾いた、――へ ◆0pIloi6gg. :2021/08/28(土) 23:20:50 FE4c5RIc0

「此処に来る前、ちょ〜っと厄介な連中に絡まれてな。
 "割れた子供達(グラス・チルドレン)"ってんだが。顔にガムテープを巻いたガキ共って言えば、アンタなら解んだろ?」
「何かと耳に入ってくる連中ではあんな」
「そいつらの襲撃に遭った時に不覚(うっかり)、真乃達とはまた違った主従と遭遇しちまったんだ」

 早速私の知らない固有名詞が出てきて面食らう。
 ただアサシンはそれについても知っているみたいなので、口は挟まない。
 今はとにかく、どういう言い分でそんな頓珍漢な行動に出たのかを聞きたかった。
 アイ達が此処に来るまでは完全に蚊帳の外だった私も、こうなると途端に当事者意識ってもんがむくむく湧き出てくる。
 我ながら調子のいい奴だなと思わないでもなかったけど、それはさておき。

「マスターの名前は"神戸あさひ"。
 ちょっとばかし嗅覚が鋭いトコはあったが、まあ凡人のガキだ。アンタでもオレでも、やろうと思えば簡単に殺せるだろう。
 ただ問題はサーヴァント……アヴェンジャーの方でな。
 ありゃ、下手に隠し事をしたり偽証(ダマ)したりすると面倒なことになる手合いだ。
 極道(オレら)側って感じじゃあなかったが――まあ何にせよ、あの場はある程度正直に言った方が良かった。オレはそう思ってる」

 アヴェンジャー。一瞬何のことか分からなかったけど、私の中に埋め込まれた界聖杯の知識がその疑問を瞬く間に補完してくれる。
 通常の七騎とはまた別に存在するエクストラクラス、その一つ。
 意味は単語の通り、復讐者。……うーん、確かに聞くだけでろくでもなさそうだ。

「……、マスターの方はあくまでただのガキなんだな?」
「ああ。それは間違いない」
「なら後でこっちの協力者から手を回させる。
 一応言っとくが……次はねえぞ。
 相手の情報を漏らすような取引先を抱えてスリルを味わう趣味は無いんでな」

 真顔で言うアサシンに、ライダーは「分かってるさ」と笑う。
 私としても正直、組むことでリスクになるんなら切って欲しいというのが本音だ。
 今回はとりあえずそのアヴェンジャー主従についての情報を持ってきてくれたことで手打ちにしたみたいだけど、本当にこういうことは勘弁してほしい。
 何が悲しくて自分の知らないところで知らない誰かがやらかしたミスのせいで詰まなきゃいけないんだ。

「へー、ちょっとびっくりしちゃった。私達以外にも居たの? 協力者」

 やらかした主従の片割れの態度か? これが?

「当たり前だろ。予選が始まってから一ヶ月経ってんだぞ、それなりに人脈は広げた」
「優秀だなあ。空魚ちゃんは知ってた?」
「まったく聞かされてなかったですね」
「あはは。だよねー」

 だよねってなんだ、だよねって。


381 : 天秤は傾いた、――へ ◆0pIloi6gg. :2021/08/28(土) 23:21:48 FE4c5RIc0
 さっきから感じてたことだが、こいつにはなんだか"ちょっと雑に扱ってもいい奴"だと思われてる気がする。
 初対面の頃の鳥子とも茜理とも絶妙に違った、今までに対応したことのない距離感の近さだ。
 むかつくけど、マカロフをぶっ放したい気分にまではさせてこない絶妙なウザさというか、腹立つ感じというか。
 私はそれを言語化することを諦めて、ため息混じりに真面目な質問を口にした。

「……そのあさひってマスターについてはアサシンが潰すとして。
 私達の関係のこと、真乃達にもバレちゃったんですよね? そっちはどうするんですか」
「ああ、真乃ちゃん達なら大丈夫だよ」

 あっけらかんと断言する、アイ。
 ……なんかこいつが言うと不思議な説得力があるのがまたむかつく。

「あの子達はアレだから。疑うより信じる方が得意だし好きってタイプ?
 私も色んなアイドルを見てきたけど、あそこまで"本物"っぽい子はそうそう居なかったよ。
 サーヴァントの方も、よく言えばいい子、悪く言えばお花畑だね」

 ぺらぺらと語られる、"彼女達"の特徴。
 端的に言えば、この聖杯戦争という舞台にはあまりにも向いていない善良さだった。
 マスターかサーヴァントのどちらかがうんと優秀でもない限り勝ち抜いていくのは厳しいだろうまっすぐさ。
 本来なら賞賛されるべきだろうそんな要素は、しかし聖杯戦争においてはただの足枷めいた悪癖でしかあるまい。

「真乃ちゃん達は利用出来るし、あさひくんの方も――サーヴァントさえどうにかすれば簡単だと思う」
 
 物理的にやるとしても、精神的にやるとしてもね。
 言ってウインクするアイ。後者の評価は、"自分ならやれる"という自信に基づくものなのかもしれない。
 初めて、敵に回さなくてよかったな……と思った。

「とりあえず話は分かった。
 今のところはまだ様子を見るが、もし邪魔になるようなら櫻木真乃の主従も切り捨てる方向に転換(シフト)する」
「……了解(オッケ)。そん時はオレもそっちの判断に従うさ」

 賢ければ死ぬ。
 そうでなければ、生かされる――ってとこか。
 別に同情するわけじゃないけど、真乃達もとんだ災難だ。
 籠の中の鳥。外に飛び立てば、その身はすぐさま撃ち抜かれる。
 搾取する側とされる側。その構図が、残酷なほどくっきりと浮かび上がっていて。

「サーヴァントって怖いね。野蛮だもん」

 聖杯戦争という儀式の恐ろしさ、闇の深さ。
 実話怪談や裏世界のそれとはまた違った、もっと等身大で身近な深淵。
 それに想いを馳せて、生唾を飲み込んだ。
 そのタイミングでアイが立ち上がり、ソファに腰掛ける私の隣に座ってくる。


382 : 天秤は傾いた、――へ ◆0pIloi6gg. :2021/08/28(土) 23:22:42 FE4c5RIc0

「……真乃のとこみたいなサーヴァントでも困るけどね」
「それで空魚ちゃんは結局、どうなの? 私達と同盟、結んでくれる?」
「うーん。正直どういう経緯があったにせよ、私達のこと勝手にバラしたって時点で信用は大分薄れてるんだけどさ」

 率直な本音というやつだ。
 勝ち負けがそっくりそのまま生死に繋がる戦いをしているのだから、こういう考えになるのも当たり前だろう。
 アイ達を信用していいのかと言われれば、うーん……と唸るより他にない。
 今後信用を取り戻すだけの活躍をしてくれる可能性はもちろんあるが、それを今感じている不安よりも優先して買っていいものかどうか。
 とはいえ、だ。正直なところ、私の中では"組まない"選択肢はあまり望ましくないともう結論は出ていた。
 別に勿体ぶるようなことでもない。頭の中にある理屈をそのまま、言葉として出力していく。

「でも、結局こっちの戦力が足りないことには変わりないんだよね。
 もしこのまま同盟を反故にしてアイ達と敵対したら、真乃とあさひに告げ口されてこっちが不利になる」
「へえ。そういう風に考えるんだ」
「チクるでしょ? アイなら」
「うん、絶対言う」

 この女、一回刺されるか何かしてくれないかな。
 呆れと疲れが半々ずつくらいで入り混じった溜め息を吐きつつ、私はアサシンの方をちらりと見る。
 彼は別に頷いたり、何かジェスチャーしたりはしてくれなかったが。
 私はそんな彼の無反応を、"それでいい"という意味の肯定だと受け取った。
 なんだかんだで一ヶ月も主従関係をやってるのだ、この男とは。
 たとえ言葉で確認を取れなくても、念話が使えなくても、何となく感覚で通じ合うことは出来る。

「……だから、とりあえず組むよ。出来ればもうちょっと事前に心構えをしておきたかったとこだけど」
「いいの? 私って嘘吐きだからさ。気付いたら裏切られてるかもしれないよ」
「でもアイはこう思ってるでしょ。組むなら、ちゃんと現実見れる奴らがいいって」

 アイが真乃達との関係に然程執着していないように見えるのはそれが理由だと私は推測していた。
 少なくとも星野アイは聖杯戦争からの脱出を目指してはいなくて。
 彼女が目指しているのは、勝利。即ち、聖杯の獲得ただ一つ。
 ならば。同盟相手はある程度目の前の現実と折り合いをつけている、つけられている主従がいいと考えるのは当然のことで。

「私はこれでもちゃんと現実を見てるつもり。
 聖杯が無くても帰れる、そんな都合のいい抜け穴がもしあるならそっちに行くけど――でも、それが無いなら聖杯を手に入れたい。
 そうまでしてでも帰りたいからね。こんなまがい物の世界と心中はしたくない」

 そしてこれが、私の答えだった。
 私は、生きて帰れるならどっちでもいい。
 聖杯を取る道でも、抜け穴に飛び込む道でも。
 けれど。"両方"選べるというのなら――より確実性の高い、現実味のある道を選ぶ。
 聖杯を手に入れればちゃんと帰れるっていうのはもう界聖杯本体によって明言されている事実だ。
 その"保証"はあまりにも大きい。
 保証のない、あるかも分からない抜け穴を探す獣道よりも――ずっとずっと安全だ。

「空魚ちゃん、頭いいんだね」
「ちょっと考えたら分かるでしょ。私だってアイの立場だったら同じこと考えると思う」

 うん。私がアイの立場だったとしても――きっとそう考える筈。
 謀られるリスクは確かにあるかもしれないけれど。
 それでも……絶対、そっちの方が合理的だから。
 あるかどうかも分からない大団円(でぐち)を見つけることに命を懸けているような連中と組むよりは。


383 : 天秤は傾いた、――へ ◆0pIloi6gg. :2021/08/28(土) 23:23:18 FE4c5RIc0
◆◆


「(良かった。この子、組みやすいタイプだ)」

 紙越空魚のアサシンは、さぞかし有能な男なのだろうと此処に来る前から感じていた。
 故にアイの中で問題なのは、マスターである彼女の方だった。
 どれだけサーヴァントが優秀でも、有能でも。それを従えるマスター如何では一気に組むに値しない相手の烙印を押さざるを得なくなる。
 人懐っこい笑顔を浮かべ、なるだけ"素"の態度で空魚に接し、絡みながらも。
 内心では冷ややかに――冷静に。アイは、彼女のことをずっと見定めていた。
 そしてその結果は、期待通り。いや、期待以上と言ってもいいかもしれない。 

「(綺麗なことばかり言うんじゃなくてちゃんと現実が見えてる。
  結構頭が良いみたいだからそこだけ注意しなきゃだけど、本当の意味で組むんだったらこういうタイプの方が何かと安心できるもんね)」

 さっき口にも出したことだが。
 この紙越空魚という女は、地頭が良いのだろうと思う。
 感情ではなく打算で物事を判断出来る。やりたいかやりたくないかは別にしても、必要ならば――背に腹は代えられないと分かれば。
 その時は非情になれる、冷血になれる。背中を合わせて戦う同盟相手(パートナー)としては、なかなかにうってつけの人材だった。

『だけどライダー、いいの?
 アサシンがあさひくん達を蹴落としにかかったら、私達が何か裏で手回したって思われるんじゃない?』
『さっき街中で割れた子供達(グラス・チルドレン)と戦ったろ?
 もし追及されたら、その絡みで目を付けられたのかもなってもっともらしく推測しとくさ』

 実際、神戸あさひとそのサーヴァントが死んでくれる分には都合がいい。
 そうでなくても何らかの形で不利益を被ってくれればアイ達としてもラッキーだ。
 ただ、それが原因でこっちに火の粉が飛んでくるというなら話は別だ。
 そこのところが気掛かりで念話を飛ばしたアイだったが、ライダーは事も無げにこう答えてくれた。

『それに、これは裏社会(ウラ)で生きてきた人間としての勘もあんだけどな。
 この兄さんは相当やり手だ。多少信用を損ねちまったかもしんねーが、まあそれなりに上手くやってくれると思うぜ?』
『そっか、分かった。なら当分、心配はしないでおくね』
『……まあオレとしては、真乃の嬢チャン達はもうちょっと丁寧に抱えておきてえんだけどな。
 鉄砲玉として切り捨てるなんてのは、流石に勿体なすぎるしよ』

 生粋の極道として生き、そして死んだライダー。
 彼がそう言うのなら、まあその見立てに間違いはないのだろう。
 そしてそれを、紙越空魚というアイ目線ではかなり信頼出来るマスターが従えている。
 なら、とりあえず文句はない。心配もない。万一のことがないように気を配る必要はあるだろうが、当面は頼れる同盟相手として見て良さそうだ。

「でも良かった。ライダーがぽろっと大事なこと喋っちゃうから、ほんとに怒って切られちゃうかと思ったよ」
「さっきも言ったが次は切るからな。何のためのアサシンクラスだって話だぞ」
「ハハッ、寛大な対応感謝(サンキュ)な。手間かけさせちまう分はちゃんと働くからよ、それで許してくれや」
「……まあ、とりあえずよろしく」

 変に決裂することにもならず、とりあえずは一件落着。
 空魚も気疲れした様子ではあったが、ちゃんと「よろしく」と言ってくれた。
 こうなってくれると、アイとしても肩の荷が下りる。
 アイと同じくマスターであるところの空魚だが、少なくとも彼女は、アイの緊張の色などは一切読み取れていなかった。
 アイドル活動の中で鍛えた演技力の賜物だ。如何に空魚が何かと斜に構えた賢い女でも、そこまでは見抜けなかったらしい。


384 : 天秤は傾いた、――へ ◆0pIloi6gg. :2021/08/28(土) 23:24:20 FE4c5RIc0

 緊張の糸を解き。リラックスしてソファの背もたれに体重を委ねる。
 それから隣でなんとも言えない表情をしている空魚に向けて、口を開いた。

「よろしくー。
 ……ところですごいね、あの本棚。怖そうな本ばっかり並んでる。空魚ちゃんそういうの好きなの?」
「……あー」

 聖杯戦争についての話はもういいだろう。
 そう思ってアイは、この部屋に上がってからずっと気になっていたことに話の矛先を向ける。
 空魚の部屋にある本棚には所狭しと、少なくとも普通の大学生の部屋には無いようなおどろおどろしいタイトルと表紙の本が並んでいた。
 やれ怪だとか、怖だとか、怨だとか。男の人が彼女の部屋にあってほしくないと思う文字ランキングの独占でも狙ってるのかな?って思っちゃうくらいには、そういう文字の多い本がずらりと並んでいる。
 アイにそれを指摘されると、空魚はどう説明するか迷ったような、なんとも気まずそうな顔をした。
 それから更に数秒。諦めたようにふうと息を吐いて、空魚が話し出す。
 
「まあね、実話k……"怖い話"はよく読むかな。
 ミステリ好きとかラノベ好きとかあるでしょ。私の場合は、それがたまたま怪談だったってだけ」
「へー、変わった趣味だね」
「大丈夫。自覚はあるよ」

 こと"マニア"と呼ばれる人種は、とにかく専門用語をべらべら捲し立てがちである。
 アイも生前は、握手会などの場で様々なジャンルのマニアから自分の趣味を早口で語られてきたものだ。
 カードゲームであったり、アニメであったり、鉄道であったり。時には歴史や物理学みたいなコアなものまであった。
 言うなれば空魚は、"怪談マニア"なのだろう。ただそれらの共感を得られないマニアとは違い、節度というものを弁えている。アイはそう感じた。
 実際彼女は今、自分の中の語彙から"実話怪談"というワードを出力しようとしたのだが、そういう趣味のない一般人(パンピー)には意味が通らないのではないかと思い直し、もっと通じやすいワードに置き換えていた。

「でも内界(ここ)だと怖い体験とか、全部サーヴァントのせいで片付いちゃうよね。
 予選中に色々聞いたなあ私も。爆発事故の現場でむちゃくちゃでっかい鬼を見たとか、空に昇ってく龍を見たとか。
 透き通った手の女の人が人込みの中に消えていったとか、侍みたいな格好の男の人がどこからともなく現れて人助けを――」

 ちゃんとしてるな。そういうところも抜かりないんだ。
 そう思いながらアイは、自分の頭の引き出しの中からそれっぽい話を振ってみる。
 もちろん真偽なんて知ったことじゃない。芸能活動をしている最中に小耳に挟んだ噂だとか、SNSで見た信憑性も何もない目撃談だとか。
 そういう眉唾ものの話題を適当に並べてみただけ。けれど、それを聞いた空魚は――


「……、……――――」
「……空魚ちゃん?」


 なにか。
 なにか――信じられないものを聞いたような。そんな顔をして。
 それから、酸欠の金魚のように数回、口を意味もなく開閉させた。
 それこそ、幽霊を見た人というのはこんな顔をするのかもしれないとアイは思った。
 ようやく絞り出した声は途切れ途切れに掠れていて、


385 : 天秤は傾いた、――へ ◆0pIloi6gg. :2021/08/28(土) 23:24:44 FE4c5RIc0

「……ごめん、アイ。その話――もっと詳しく聞かせてくれない?」

 アイにそう問いかけた時の表情は、声色は、雰囲気は。
 とてもではないが、先程までの彼女とは似つかないものであった。
 ドライで頭が冴えて、自分は他人を踏み台に出来る人間だと豪語していた空魚。
 けれど今の彼女は目に見えて動揺していた。そして――焦燥の相を浮かべていた。

「え、侍っぽい人がどこからともなく現れて助けてくれる話?」
「その前。透き通った手の女の話」
「そんな大したことは知らないよ? うちのユニットの子が見たとかなんとか言ってただけ」
「ど、どこで!」

 こうまで食い付かれてしまうと、アイとしても些か困惑する。
 アイは心理戦の巧者だ。誰より嘘と言葉を使いこなして、そうやって芸能界という魔界を歩み抜いた経歴は伊達ではない。
 だがさっきのは別に空魚を揺さぶりたくて出した話題ではなかった。
 真っ当に腹の中をさらけ出せる協力者に対して、リラックスしながら振ったただの世間話。
 それがこうも奇妙な、そして異常な反応を引き出した。
 どう見ても今の空魚は、ライダーが彼女達の存在を漏らしてしまったと告白した時より動揺している。

「んー、そこまでは覚えてないけど……」

 聖杯戦争絡みの話である可能性が高いとはいえ、噂話は噂話。
 まして東京中そこかしこで戦いが勃発し、爆速で数が減っていってくれた予選期間中の話だ。
 その程度の噂や目撃証言を全て馬鹿正直に追っていてはこっちまで不毛な潰し合いに巻き込まれてしまいかねない。
 だからアイはさしてそれらの話について探るでもなく、頭の片隅に軽く置いておく程度に留めたのだったが――まさかこんな局面が来ようとは。
 空魚がこれほど感情を見せている理由は察せる。
 というか、一つしかない。"透き通った手"という身体的特徴を持つ某かに覚えがあるのだ、彼女は。
 そしてそれはきっと、この紙越空魚という女にとって――とても大きな存在、なのだろう。


 ……それにしても、驚いた。
 こう言っては何だが、アイは空魚のことを"他人に興味のない人間"だと思っていたからだ。
 そうでなければ見ず知らずの相手だとはいえ、善良な年下の少女を駒同然に使う選択肢をするりと受け入れなどすまい。
 自分以外の人間に興味がなくて。
 且つ、感情をある程度排して実利のために動ける。そんなマスター。
 アイが空魚に対し抱いた印象はそんなところだったが、しかし。
 
「(――この子、こんな顔もできるんだ)」

 今、目の前で感情を露わに動揺している彼女の顔を見ていると、どうもそういうわけでもないのかなと思えてくる。
 要するに、身内と他人の区別が人並み外れてはっきりしているタイプなのかもしれない。
 そして件の"透き通った手"の女が、もしも空魚の知っている人間であるのなら。
 それは空魚にとって、多分最も大切な――居るかもしれないと思っただけで心を乱してしまうような"身内"なのだろう。

 星野アイはいつか終わること前提の、打算ありきの同盟相手。
 その前で露骨に感情を出してしまうのが悪手だと理解出来ない頭でもあるまいに。
 そんなことを考える余裕もなくなるくらいの、大事な人。
 一体どういう人なんだろうなあ。
 アイは、純粋にそう思った。


386 : 天秤は傾いた、――へ ◆0pIloi6gg. :2021/08/28(土) 23:25:26 FE4c5RIc0
◆◆


 沸騰したみたいに熱くなった頭に、ようやく理性が戻り始める。
 何やってんだ馬鹿かおまえはと、戻ってきた私の理性はブチ切れていたけど。
 でも、こればっかりは仕方ない。理性(おまえ)も私の一部なら分かるだろと諭すしかなかった。
 透き通った手の女。界聖杯がどれだけの世界をターゲットにして人を集めたのかは知らないけど、そんな珍しい人間そうは居ない筈だ。
 
 界聖杯が寄越した知識に曰く。
 マスターに選ばれた人間は、誰もが"可能性の器"らしい。
 私の歩んできた人生は、とてもじゃないが前向きなものなんかじゃなかった。
 自分の内(なか)と外の間に壁を作って。
 友達なんて作らないまま、ナチュラルに世間を見下して生きてきた二十年間。
 そんな私に"可能性"なんてものがあるとすれば。
 それをくれた人間は考えるまでもなく一人しか居ない。
 私の壁をぶっ壊して。距離感だとか遠慮だとか全部ぶち抜いて、私を引っ張り出したあいつ。
 此処から地平線の彼方まで、出会った時から人生の終わりまで、永遠に一人だけの共犯者。

 ――ただの噂かもしれない。同じ特徴を持っただけの他人かもしれない。
 理性ががなり立てる"可能性"をだからどうしたと無視して、私はアサシンに調査を頼む決意を固める。

「……ごめんなさい、アサシンさん。今の話、詳しく調べてもらってもいいですか」
「知り合いか?」
「はい。ていうか、……友達です。
 もし私の知ってるそいつなら、名前は――鳥子。仁科鳥子」

 独り言以外で口にするのは一ヶ月ぶりの名前。
 鳥子。とりこ。ああ、くそ。こんなに離れたこととか、そういえばなかったっけ。
 何が界聖杯だ、地平線の彼方だ。迷惑なことしやがって。

「詳しい話は省きますけど……鳥子の"透き通った手"は私のこの"右目"と同じ経緯で手に入れたものです」
「……わ」

 コンタクトレンズを外して。
 私は、くねくねに触れて変質した右目を露わにする。
 それを見たアイが目を丸くして驚いていたけど、気にしない。慣れてるし。
 蒼い目。裏世界の存在の真実を暴き立て、人に対して使えば一時的な発狂すら引き起こせる虎の子。

「先天的に持ってたものじゃなくて、後天的にそうなってしまったもの。
 だから――本当に鳥子が透き通った手をしてたなら、それは絶対に"可能性を持たない者(NPC)"なんかじゃない。
 私と同じマスターじゃなきゃあり得ません」

 ……第一、鳥子がもし本当にこの世界に居るのなら。
 それでマスターじゃないなんて、そんなむかつくことがあってたまるかという話だ。
 裏世界の存在を見通す私の右目。裏世界の存在に触れる鳥子の左手。
 別に望んで手に入れたものじゃないし、奇異の目線を買って嫌だなと思ったことも一度や二度じゃないけど。
 だとしてもこれらは私達だけの宝物だ。私達がこの世で最も親密な共犯者同士で、あの恐ろしくて美しい世界を旅したことの証だ。
 それを持ってない鳥子なんて、想像しただけで胸の中がむかむかしてくる。
 小桜さん辺りが聞いたら、どんだけ面倒臭い女なんだよって顔をしそうな話だけど。


387 : 天秤は傾いた、――へ ◆0pIloi6gg. :2021/08/28(土) 23:26:00 FE4c5RIc0
「……まあ、俺も基本的には同意見だ。
 呪霊の居ねえこの世界で摩訶不思議な噂話が立ったってんなら、まずは聖杯戦争絡みの可能性を疑うべきだろ。
 まして"透き通った手"なんて物珍しい特徴してんだ。探してみたら案外あっさり、お前の言う仁科鳥子が見つかるかもしれねえが」
「……、」
「見つけたとしてだ。組めるのか? そいつと」
「組めます。絶対」

 何を寝ぼけたことを聞いてるんだこいつは、という心を極限まで押し殺して即答した。
 私の居場所は世界の何処に居たってあいつの隣だ。
 鳥子がどう思ってるかは分からないけど、……いや、流石にそれは嘘。ちゃんと分かってる、あいつの気持ちも。
 流石に自分で言うのは気恥ずかしいが、あいつも多分同じことを考えてくれる筈だ。
 私が居ると、そう分かれば。
 あいつ、私のこと、たぶん――……、だし。

「だから、できる範囲でいいので探してください。
 私も――やれるだけ探しますから」

 もし断られたらサーヴァント替えも視野に入れる。
 大真面目にそう考えながら言った私だけど、幸いアサシンの判断は私の心に適ったものだった。
 まあこの仕事人間のことだから、それを汲んで判断してくれたわけじゃあないだろうけど。
 むしろそれでいい。こいつとのビジネスライクな距離感は、実を言うと割と気に入っている。

「期待はすんなよ。頭に置いといてはやるが、優先順位としちゃ下位だ」
「……分かりました。それでもいいです」

 頷いて、私はようやく身体から力を抜く。
 ……それと同時に。感情の熱がすうっと引いていく脳裏で、改めて実感した。


 ――――あいつ、此処に居るのかもしれないのか。と。


388 : 天秤は傾いた、――へ ◆0pIloi6gg. :2021/08/28(土) 23:26:40 FE4c5RIc0
◆◆


「少しびっくりしちゃった。空魚ちゃんって、結構ドライなタイプに見えたから」

 アサシン・伏黒甚爾は部屋の外へと去った。
 神戸あさひとそのサーヴァントの件について、協力者とやらに連絡をするらしい。
 霊体化させてライダーを向かわせ盗聴することも一瞬考えたアイだが……結局それはやめた。
 あのアサシンが"特殊"なサーヴァントだということは既に薄々分かっているし、この場で霊体化などさせようものなら空魚も不審がるだろう。
 これ以上不信を抱かれるのは美味しくない。だから、此処は敢えて探りを入れる真似はしなかった。

「オブラートに包まなくていいよ。ただ他人に冷たいだけだから、私のは」
「でも鳥子ちゃんは別なんだ」
「……うるさい」

 からかうように言われて、空魚はぷいと顔を背ける。
 機嫌を損ねた猫のような仕草を見て、アイが「おっ、意外とあざといことするんだ……」と小さく呟く。
 こういう小さなところも見逃さないのは、ある種の職業病なのか。

「(でも鳥子ちゃんと再会したら――空魚ちゃんとの同盟も終わりになっちゃうのかな。
  あのアサシンは色々頼りになりそうだし、出来ればしばらく仲良くしてたいんだけど)」

 ライダーはともかく。アイにとって真乃達との同盟は、百パーセント一方的に利用するためだけのものだ。
 言うなれば、面倒な役回りや状況を押し付けるためのスケープゴート。タンク役、盾役。
 真乃達の性質、聖杯戦争における方針からして――手綱を握れないような"善意"の暴走をされる可能性(リスク)もある。
 組んでおくのは悪くないが、背中を預けるのは絶対に無理だ。
 その点、空魚達とならばまだそういう関係も築けるだろう。
 アサシンの動向に注意をする必要はあるにしても、少なくとも予測不能の暴走に巻き込んでくるようなことはないと考えられる。

 ……だから空魚達とは真っ当に友好な関係を築きたかったのだが。
 アイが世間話のつもりで振った噂話が、とんでもない軌道を描いてその首を絞めてしまった。
 空魚が鳥子に対して向ける懸想はかなり強い。それは傍から見て/聞いていても分かった。

 もしも彼女が仁科鳥子と再会を果たしたなら――その時は多分、脱出狙いという"非現実的"な方向へと進んでしまうに違いない。

「……ていうかアイはいつまで私の部屋に居るの。もう用件は済んだと思うんだけど」
「そうだけど、別に急いで何かしなきゃいけないわけでもないしさ。
 ライダー共々少し休ませてもらおうかなって。アサシンも特に何も言ってなかったし」
「私がこうして直接言ってるんだけど?」
「鳥子ちゃんのこと教えてあげたのって誰だっけ。空魚ちゃんは覚えてる?」
「……、……」

 ホントにいい性格してるなこいつ――。
 そんな心の声が漏れ聞こえるような顔をして、しかし言い返せず押し黙る空魚。
 ライダーは部屋の窓際に立ち、相変わらず煙草を燻らせていたが。
 その傍らで、アイへと念話を飛ばす。いつも通りの不敵な笑みを浮かべながら。


389 : 天秤は傾いた、――へ ◆0pIloi6gg. :2021/08/28(土) 23:27:17 FE4c5RIc0

『さっきからずいぶん親しげに行くな。気に入ったのかい、その子のこと』
『そう見える? でも面白いんだもん、空魚ちゃん。
 ツッコミ役が板についてるって言うのかな。すごい振り回しがいがありそう』

 これは星野アイという人間の嘘偽りない本音だった。
 なんというか、やりやすい。アイは大概人を振り回す側の人間だから、ツッコミが板に付いた空魚とは言動が噛み合うのだろう。
 出会ったのがこんな場所でさえなければ、割とだらだら付き合える仲になれたのかもしれない。
 尤も――その"もしも"を考えることには、やはり何の意味もないのだが。

『……でも、この子の心の座席はもう埋まっちゃってるんだろうね。
 そこに居るのが鳥子ちゃんなんだと思う。だから二人が再会したら、空魚ちゃんは私達の敵になるかもしれない』
『あんまり考えたくねえ可能性だなァ。あのアサシンを敵に回すのは鬼難(キツ)いぜ?』

 生粋の極道として生き、そして死んだライダー・殺島。
 その彼がこうまで言う相手だ――どう考えても敵に回さない方が良い。
 色々考えていかないとな、と思いながら空魚に気取られないよう小さく溜め息をつくと。
 今日はたくさん喋っているからだろうか。喉がからからに渇いていることに気が付いた。

「なんか喉乾いちゃった」
「コンビニでも行ってきたら?」
「アイドルだからなー。冷蔵庫開けてもいい?」
「……いいけど、アイの好きそうな飲み物なんて入ってないよ」

 席を立って冷蔵庫の戸を開けてみる。
 中はやはりというべきか殺風景だった。
 特に整理整頓などもされておらず、食べる時は此処から適当に引っ張り出すのだろうな、というのが分かる。
 中を覗き込み、「んー、今はこれの気分かなあ」などと言いながらアイが取り出したのは。

「……さっきお茶好きじゃないって言ってなかった?」
「え? そうだっけ?」
「アイドルってみんなこうなの?」

 大きなボトル入りの麦茶を持って小首を傾げるアイに――空魚は心底疲れたような声色でそう言いつつ。


390 : 天秤は傾いた、――へ ◆0pIloi6gg. :2021/08/28(土) 23:27:52 FE4c5RIc0

 
 彼女もまた、心の中で考えていた。
 予期せぬところから飛び出してきた、自分の一番大切な人間の存在。
 仁科鳥子。透き通った手を持つ女。
 紙越空魚の共犯者。彼女が唯一、あの蒼い世界に入ることを認めた相棒。
 これまでの聖杯戦争では、空魚は鳥子が居るかもしれない可能性など考えていなかった。
 だから基本的には聖杯を狙い、正攻法で此処から帰る方針を掲げていたのだ。
 だが、鳥子が居るというならばその前提は崩れる。
 理由は簡単だ。紙越空魚に、仁科鳥子は殺せない。
 それだけは。何があっても、出来ない。

 他の誰かなら殺せるだろう。
 老人であれ子供であれ、今目の前に居るアイであれ。
 ごめんね、とか。恨まないで、とか。
 そんなことを言いながら、最後には踏み台に出来る。 

「(鳥子がもし居たら、優勝を狙う道は使えない)」

 でも、鳥子だけは駄目なのだ。
 だからもしも鳥子が此処に居るのなら、空魚は優勝を目指せないということになる。
 最後の二人まで残ったところで自殺するという手も考えた。
 ただ、鳥子は空魚と違って他人の犠牲にちゃんと痛みを感じる人間だ。
 それがネックだった。他の主従を全部潰して二人だけで勝ち残ろう、そんで最後にじゃんけんで負けた方が死のう!なんて言った日には、こんこんと説教をされるだろうことが目に浮かぶ。

「(――何かの間違いであってほしいけど、もし本物の鳥子なら見過ごせない)」

 自分の知らないところで鳥子が死ぬ。
 それは、考えただけで息が出来なくなるほど避けたい事態だった。
 だから何としてもアサシンには、それが鳥子であるにせよ違うにせよ、"透き通った手の女"のことを見つけ出して貰わないと困る。

 ……とはいえ。"居ない"ことの証明は出来ない。
 もしかすると、予選の段階で既に脱落してしまっている可能性だってある。
 故に、紙越空魚が納得するためには"探したけれど見つけられなかった"という結果では足りない。
 仁科鳥子、ないしは"透き通った手"を持った別人が居たという報告がなければ彼女の心の焦りが晴れることはないのだ。
 もちろんそのことは、空魚自身もちゃんと自覚していて。
 けれど自覚出来たからといってどうにか出来るわけでもないので、ただただ頭の痛い思いであった。

「(非日常とか、クソ食らえだ……ほんと)」

 界聖杯なんてなくたって。
 願いを叶える権能なんてなくたって。

 鳥子が居て、二人で裏世界を旅して過ごすあの日常さえあれば――他に欲しいものなんてなかったのに。


391 : 天秤は傾いた、――へ ◆0pIloi6gg. :2021/08/28(土) 23:28:20 FE4c5RIc0

 何度も死にかけておきながら、空魚にとって鳥子と出会って共に過ごした日々は全てが幸せな"日常"だった。
 聖杯戦争という非日常を憎み。裏世界での冒険という日常を愛する。
 他人が聞けば矛盾していると指摘するだろう。
 されど空魚の中でそれは今や、何ら矛盾のない筋の通った理屈として成立していた。


【世田谷区・空魚のアパート/一日目・午後】

【紙越空魚@裏世界ピクニック】
[状態]:健康、動揺
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:マカロフ@現実
[所持金]:一般的な大学生程度。裏世界絡みの収入が無いせいでややひもじい。
[思考・状況]
基本方針:生還最優先。場合によっては聖杯を狙うのも辞さない。
1:鳥子が居るなら、私は――
2:アイ達とは当分協力。
3:私やっぱりこいつ(アイ)苦手だ……疲れる……


【星野アイ@【推しの子】】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:当面、生活できる程度の貯金はあり(アイドルとしての収入)
[思考・状況]
基本方針:子どもたちが待っている家に帰る。
1:空魚ちゃん達との同盟を主にしつつ、真乃ちゃんやあさひくん達を利用する。
2:鳥子ちゃんが見つかったらちょっと困るな……
3:あさひくん達は真乃ちゃん達に任せたいかも。
[備考]
※櫻木真乃と連絡先を交換しました。


【ライダー(殺島飛露鬼)@忍者と極道】
[状態]:健康
[装備]:大型の回転式拳銃(二丁)&予備拳銃@忍者と極道
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:アイを帰るべき家に送り届けるため、聖杯戦争に勝ち残る。
1:櫻木真乃とアーチャー(星奈ひかる)にアイを守らせつつ利用する。
2:ガムテたちとは絶対に同盟を組めない。
3:アヴェンジャー(デッドプール)についてはアサシンに一任。
[備考]
※アサシン(伏黒甚爾)から、彼がマスターの可能性があると踏んだ芸能関係者達の顔写真を受け取っています。
 現在判明しているのは櫻木真乃のみですが、他にマスターが居るかどうかについては後続の書き手さんにお任せいたします。


392 : 天秤は傾いた、――へ ◆0pIloi6gg. :2021/08/28(土) 23:29:00 FE4c5RIc0
◆◆


 余計な仕事が増えた。
 外へ出るなり甚爾はチッ、と小さく舌打ちをして、スマートフォンを取り出す。
 本来ならば顔合わせをさせて同盟の正式な締結を見届けるだけの筈だったのだが、予想しない事態になってしまった。
 極道(ヤクザ)が聞いて呆れるぜ、と独りごちつつ通話を発信。電子的なコール音を聞き流しつつ、甚爾は思考を回す。
 何のための二重同盟だと心底思ったが、とはいえ――あのライダーとてサーヴァントだ。そうせねばならない状況だったのだろうと理解は出来る。
 情報を漏らしたことを正直に打ち明けただけでもまだマシ、としておくべきだろう。

「(フード姿に金属バット。背負ってるのはリュックサック。
  ……神戸あさひの外見自体は分かりやすいんだよな。
  凶行に走った非行少年、みたいなノリで情報を撒かせればある程度狩り易くはなる――か)」

 あさひ単体ならば、殺すのは簡単だろう。
 此処が聖杯戦争だというのに金属バットなんて武装をぶら下げている時点で、少なくとも戦いに長けたマスターではないと察せる。
 ろくに役にも立たないものをわざわざ持ち歩いて、自分という人間に付随する記号の数を増やしているだけ。
 素人臭さが抜けていないと言わざるを得ないし、実際素人なのだろう。
 甚爾に言わせれば、恐れるべき相手では全くない。問題は――彼が従えるというエクストラクラス・アヴェンジャーのサーヴァントである。

「(ライダーの野郎がヘマをしたのは腹立つが、奴が"正直に話すしかない"と思ったほどの相手ってのは気掛かりだ。可能な限り早めに消してえ)」

 コール音が止まる。

「――禪院だ。時間あるか?」

 禪院。それは甚爾が捨てた、肥溜めのような家の名であったが。
 真名を口にすることにリスクが伴うこの聖杯戦争においては、その旧い苗字は便利で馴染みのいい偽名になってくれた。
 協力者には己がサーヴァントであるということは明かしていない。
 天与呪縛の影響で他者から英霊として感知されない、人間として認識される長所をかなぐり捨ててまで自分の身の上を明かすことに意味があるとは、甚爾は思わなかった。
 聖杯戦争のマスターとしてこの状況まで勝ち残った禪院某。
 いずれ電話の向こうの協力者と実際に顔を合わせる機会が来ればどの道令呪の有無で疑われ、ともすればバレるだろう嘘だが、少なくとも今のところはこうしておくのがベター。それが甚爾の考えであった。

「調べてもらいたいことと、動いてもらいたいことがある」

 ――陰謀の聖杯戦争は止まらない。
 日が沈み、英霊達の戦う夜が来るのを待たずして。 
 数多の悪意と数多の敵意、そして数多の願いを載せて、……街は、廻る。


【アサシン(伏黒甚爾)@呪術廻戦】
[状態]:健康
[装備]:武器庫呪霊(体内に格納)
[道具]:拳銃等
[所持金]:数十万円
[思考・状況]
基本方針:サーヴァントとしての仕事をする
1:神戸あさひとアヴェンジャーを排除するために手を回す。
2:ライダー(殺島飛露鬼)経由で櫻木真乃とそのサーヴァントを利用したい。
3:ライダー(殺島飛露鬼)への若干の不信。
[備考]
※櫻木真乃がマスターであることを把握しました。
※甚爾には協力者が居ます。それが誰であるかは後の話におまかせします


393 : ◆0pIloi6gg. :2021/08/28(土) 23:29:22 FE4c5RIc0
投下を終了します


394 : ◆9jmMgvUz7o :2021/08/29(日) 04:54:36 AoN6tQ4k0
あさひ、デッドプール、無惨、叔母さんを予約したいのですが
無惨チームが自己リレーということと、時間を鬼が活動できる夕方の夜辺りまで進ませるのは現段階では早すぎるでしょうか?
もし問題と判断されるのなら、この予約は取り消します。


395 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/08/29(日) 10:30:41 LgJp/JY60
投下乙です!
アイ組と空魚組の交渉がついに始まって、グラチルやデップー絡みで一悶着ありながらもひとまず同盟を組めましたか。
そしてアイはこんな状況でも折れることなく、むしろ真乃やあさひ達を利用するという自信に溢れていますね。
空魚だって、アイのそういう強さに引きながらも、鳥子の存在に気付きつつあるので、再会したらどうなるでしょう。鳥子の方も厄介なサーヴァントに狙われちゃいましたし。
伏黒パパは他にも協力者がいることがわかって、あさひ組にとってはまた敵が増えそうな予感……

あと、◆9jmMgvUz7o氏の予約についてですが、自分は特に問題ないと判断します。
既に自己リレーされているキャラは多く、また進行具合から考えても、夕方に突入してもおかしくないと思うので。


396 : ◆0pIloi6gg. :2021/08/29(日) 12:36:37 qI7rKOcs0
感想ありがとうございます。
また、殺島が甚爾にガムテ絡みの情報をもう少し与えた方が自然ではないかとの指摘をいただきましたので、wikiの方でその旨を加筆させていただいたことを此処に報告しておきます。

予約についてですが、個人的にはまだちょっと早いかな……という印象ですね。
八月の日没時刻がざっくり七時くらいのようなので、少し飛ばしすぎかなとは。
あまり他の主従と時系列が空いてしまうと整合性を取るのが難しくなってくるので、もう少し待っていただけると幸いです。
(また昨夜投下したばかりの拙作で甚爾があさひ主従に対し何らかの形で手を回す旨を明言させてしまったので、その辺りの事情も加味すると彼らの時間が進みすぎるのはちょっと不安があるなと思いました)


397 : ◆9jmMgvUz7o :2021/08/29(日) 13:43:10 AoN6tQ4k0
>>396
お忙しい中、ご返答ありがとうございます。
氏の言う通り、矛盾の発生も懸念もありますので、今回の予約は取り下げさせていただきます。


398 : ◆0pIloi6gg. :2021/08/29(日) 18:42:37 qI7rKOcs0
>>397
ご理解いただきありがとうございます……! こちらこそご不便をおかけしてしまい申し訳ありませんでした。

光月おでん
古手梨花&セイバー(宮本武蔵)、予約します。


399 : ◆EjiuDHH6qo :2021/08/30(月) 14:45:09 D3YCUwsY0
伏黒甚爾を予約に追加します。問題があったら言ってください。その場合は取り下げます。


400 : ◆Sm7EAPLvFw :2021/08/30(月) 17:47:51 .1BZUZCY0
紙越空魚 単独予約します


401 : ◆EjiuDHH6qo :2021/08/31(火) 20:39:59 TN7XGV2M0
予約延長します


402 : ◆VJq6ZENwx6 :2021/09/01(水) 01:14:42 u5HY/eww0
投下します


403 : また会いましょう、ビターライフ ◆VJq6ZENwx6 :2021/09/01(水) 01:15:31 u5HY/eww0
8月1日の午後、私は椅子に座って手元の資料を見ていた。
まだ太陽は出ているはずだが、雨戸もカーテンも閉め切って日光は入れず、電灯の明かりだけが簡素な部屋を照らしている。
厄介なサーヴァントのせいではあるが、夏の暑い日の生活としては不自然ではないだろう。クーラーが効率よく部屋を冷やしてくれる。
一人暮らしの学生という、聖杯から与えられたロールには余り不満はない。こうして発行した住民票にも不備はない。
ただ、二つだけ欲しいものがある。
一つは当然、しおちゃん。彼女がこの聖杯戦争に巻き込まれていたら気が気でなかったが、いなければいないだけ胸の空白が広がっていく感覚があった。
口の中が酸っぱくなっていく感覚がある。心が甘いものを求めている。日に日に口の中の寂しさは増していた。

「いやあ、まさかさとうちゃんのお友達が雷霆の弓兵くんの主とは、なんという奇縁だろうねえ」

締め切った部屋に鬼の声が響く。
男と屋根を共にしたことも数多くあったが、ここまで耳障りな声は今までなかった。

「………」

私は声を無視し、スマホでニュースを確認した。
どのみち夜まで動きようが無いので今すぐ確認する必要はないのだが、意識を声から遠ざけたかった。
私のもう一つ欲しいモノ、それは静寂だ。
さっきと矛盾しているようだが、この鬼から離れて一人になりたい気持ちが胸を満たしている。
コイツが口を開くたび、頭の中のピカピカのお城にバケモノが土足で入り込む感覚がある。

「彼とはぜひまた会いたいとは思っていたんだ。君にも敵は逃すなと散々言われていたしね。」

「………」
しおちゃんと再び会う。この声から離れる。
どちらにもこの戦いの勝利が必要不可欠であり、私が心血を注ぐ理由だ。
そのために利用できるものは何でも使う。
先程までしょーこちゃんと話していたスマホと、資料を持つ手に力がこもった。


404 : また会いましょう、ビターライフ ◆VJq6ZENwx6 :2021/09/01(水) 01:18:11 u5HY/eww0
「今夜にでも彼の拠点にお邪魔しようか?さとうちゃんも彼らをどう排除するか考えているんだろう?いやあ、まさかこんなに早く彼と再会できるなんて嬉しいなあ」

耳障りな声は今すぐにでも雷霆の弓兵と襲う様子だ。
私はため息をついた。
鬼はそれに構う様子はなく、私の顔を見つめていた。
口もききたくなかったが、やむを得ず私は口を開いた。

「しょーこちゃんは当分様子を見るって言ったでしょ。アーチャーにも勝手に手を出さないで」

「おやおや良いのかい?俺たちは同盟何て碌に組めない身分なんだ、早めに手を打つべきなんじゃないかい?」

「組めないのは『私たち』じゃなくて、『キャスター』でしょ」

キャスターはこの聖杯戦争に置いて基本的に他の参加者との同盟というものを組みづらい。
日の光の下戦えないという致命的な欠陥のせいだ。
最終的には殺し合いになる以上、日中戦えないという情報を知られることは情報共有や共闘のメリットよりデメリットの方が大きい。何といっても相手は日中キャスターを警戒する必要が無いし、逆に日中自分を発見できれば容易く殺すことができる。
隠すにしても、同盟相手から日中に集合を掛けられる。それだけで日中活動できないことは容易く露わになってしまう。
この件に関しては双方認識済みであり、遭遇したサーヴァントは逃さず始末するよう選考期間中言ったのは事実だ。

「放って置いて俺たちを探られる前、早めに手を打つべきじゃないかなあ。
 すでに一回戦ってるんだ。昼に全く動いてないのを悟られたら感づかれるかもしれない。」

「今のしょーこちゃんは問題ない」

「なぜだい?」

「こそこそ探って来るつもりなら、自分は逃げて探られないようにするものでしょ。
 自分から参加者なことを明かして、素直にこっちの質問に答えてくれるはずが無いじゃない。」


405 : また会いましょう、ビターライフ ◆VJq6ZENwx6 :2021/09/01(水) 01:19:53 u5HY/eww0
再開した小鳥の事を思い返す、己を殺した相手に声を掛けて自分から参加者です、と明かしたのに雷霆のアーチャーを出すそぶりが見えなかったこと。
電話を速攻で取り、会話のイニシアティブを握ろうともせず自分の質問に答え続けてくれたこと。
後ろ暗いことがあるにしてはあまりに無防備だ。

(あの後さ、大丈夫だった?)
(―――神戸しおちゃん)

(さとうにとって私と一緒に居た時間は、苦かった?)

僅かに彼女が仕掛けてきた言葉を思い返す。
彼女にとっての本題は、やはり聖杯戦争ではなく私としおちゃんの兄なのだろう。
過信は禁物だが、例え日光の弱点を悟られてもやはり正面から来てくれる気がする。
それなら手の打ちようはある。

「最後は夜に戦わないと勝てない戦いだもの、今はできるだけ盤面を把握しておきたい。」

「なるほどなるほど、やっぱりそう言うことだったか」

何が“やっぱり”だ。
わかっているなら最初から聞くな。
不毛な会話に乗せられた怒りを込めて、私は耳障りな声の主を睨んだが、
彼はそれを与り知らぬ様に続けた。

「つまり彼女も“二人目”の同盟者、いやご友人という訳だね。」

「………そうね。」

同盟者ではなく友人、彼女とはどこまで行ってもそういう関係だ。
二人で夜に出歩いて、満たしてくれるものを求めて一緒に彷徨い歩く。
探すものが男か、聖杯かというだけでそこは昔から変わることが無い。
甘くも無ければ満たされもしないけど、二人で居れば空っぽの自分を気にしないでいられる。
―――しおちゃんのためなら、切り捨てて構わない存在だ。


406 : また会いましょう、ビターライフ ◆VJq6ZENwx6 :2021/09/01(水) 01:21:56 u5HY/eww0
「いやあ、美しい友人関係だ!
 そうそう俺にも猗窩座という一番の友人がいてね。」

「………」

口直しに甘いものが欲しくなってくる声を無視して、私は手元の紙に目を落とした。
友人とは違う同盟者の当てだ。
私の住民票、そこには私の名前と、世帯主である見慣れた名前が書かれていた。
私の実の親ではない、叔母の名前だけがそこに書かれていた。
最近までこれに気が付かないのは失敗だった。

あの叔母さんと別居、それ自体はありそうなことなので見過ごしていた。しかし念のため、キャスターと共に夜の叔母の部屋に向かった私が見たものは叔母のモノとは思えない、異様な部屋だった。

広告のチラシで郵便受けが埋まっている。
―手錠を入れて知らせることができない。

部屋の中の分厚いカーテンが雑に外され、何枚か破れていた。更に窓が開けっぱなしで外の光と空気が入るようになっていた。
―この部屋に男を呼びはしないだろう。

何より叔母さんがいない。
―私は叔母さんが外に出たところを数えるほどしか見ていない。

異常だ。
話題の女性行方不明事件の手口にしては、如何にも何かあったという雑な片付け方でバレバレだし、何より私と叔母さんしか知らないようなものも持ち去られている。
まず間違いなく叔母さんは聖杯戦争の参加者であるという結論に至った。

(うーん、どこかと似てるんだよなあこの家、どこで見たんだったかなあ)
異様と言えばキャスターは家にいる間、黙りこくって指を頭に突っ込んでいた。
静かなので助かった。


407 : また会いましょう、ビターライフ ◆VJq6ZENwx6 :2021/09/01(水) 01:23:14 u5HY/eww0
結局私は、いくつかの置き物を実家に戻して帰った。
その後の叔母の足取りは未だに掴めていない。
キャスターは帰り道で私に似た女を見たとか言っていたが、話を聞くと私より一回り小さい少女だったらしい。
叔母さんは私よりも背が少し高いことを伝えて、探させたが今まで収穫はない。
使えない奴だ。

「君の友人みたいに猗窩座殿も来てくれていれば嬉しいんだけど、難しいだろうねえ。
 何より栄養のある女を食べてないから、きっとこの聖杯戦争でも勝ち残れない。」

会いたいわけではない、そういう意味ではこの耳障りな声の主と大差ないが
信用が置ける点では他に変わりは居ない。
可能なら接触したいが、当てもなく現状手詰まりだ。

「夜まで少し休むから、頭に指突っ込んで黙っててくれない?」

「頭に指?ああ、さとうちゃんの家にお邪魔した時のアレかい?
 アレは少し昔の事思い出してただけだよ。さとうちゃんの家の匂いに覚えがある気がしてね。」

「………そう」
叔母さんの部屋の匂いは嫌というほど知っている。
男を連れ込んで、人の欲望を全部受け入れる、熱の籠った汚れた匂い。
嫌な予感がした私は適当に会話を打ち切りたかったが、鬼はそれを許さなかった。

「いやあ、懐かしい記憶だから思い出すまでずいぶん掛かっちゃったよ。
 何せ鬼になる前の記憶だからね。
 人間だったころ、色狂いの父が信者の女に手を出した時も確かにああいう匂いが」

「休むから黙って」


408 : また会いましょう、ビターライフ ◆VJq6ZENwx6 :2021/09/01(水) 01:24:23 u5HY/eww0
嫌な予感は的中した。なぜ好き好んでコイツの汚れた家庭の話を聞かなければならないんだ。
私は鬼に黙れと命じてベットに倒れこんだ。
手癖でベットの脇に置いていたクマのぬいぐるみを握ろうとしたが、伸ばした手は空を切る。
そうだ、あのぬいぐるみは叔母さんの部屋に置いてきたのだった。
万一叔母さんが部屋に戻ってきた時のため、万一他の誰かが見ても悟られぬため……
いや、殆ど願掛けに近かったが、なんとなくあのぬいぐるみはあの部屋に置いてこなければならない気がした。

(しょーこちゃんは強いなあ。)

先ほど電話で話した友人を思う。
生前は家族を疎み、理想の王子様に逃避していたはずの彼女だが、
先ほどの彼女に逃避の色は無く、ただひたすらに私に向き合ってきた。
きっと、すでに家の事は吹っ切れたんだろう。
私は吹っ切ったはずだと思っていたが、しおちゃん抜きで叔母さんとまた向き合うことを考えると気が重かった。

私は空を掴んだ腕を組んで、瞼を閉じる。
人形はもういらない。
しおちゃんに会いたい。
甘い幸せに身を浸したい。
私は精いっぱい、瞼の裏にあの天使の姿を浮かべて夜を待った。


409 : また会いましょう、ビターライフ ◆VJq6ZENwx6 :2021/09/01(水) 01:25:20 u5HY/eww0
《アーチャー。俺の願いはね、血肉まで共になった彼女とまた会う事なんだ!
 地獄でもいい、俺の体の中でもいいから彼女とまた会いたい、それが俺の聖杯に掛ける願いなんだよ!》

予選期間中、高層ビルの屋上で俺はアーチャーのサーヴァントと対峙していた。
あの夜の事は鮮明に覚えてる。
他のサーヴァントにも色々話したけど、いい返事がもらえたのは彼ぐらいだったからね。

《お前のそれが愛だと言うのならば、なぜ相手を己に縛り付けようとする!》
声を荒くしてそう答えながら彼は手元の銃をこちらに向けて針のような弾丸を連射した。
俺は返答が嬉しくて、扇で針を弾きながら答えた。

《そりゃあそうだろう、愛する相手とは結ばれるモノさ。
 俺の心臓を脈打たせてくれた、俺に感情を与えてくれた彼女に会いたい。
 それってそんなにおかしいモノかな?》

アーチャーはカードリッジを入れ替えながら、俺から距離を取ろうと駆ける。

《お前の気持ち、少しだけわかるよ。》

追おうとした足が、彼の返答に一瞬止まった。
心臓は一厘(いちりん)も動かなかったし、体温も全く変わらなかったけど、
身体が喜びで震えて止まったんだ。本当だよ?

《僕も自分の欲しい居場所すらわからず、彼女に会うまでむやみに手を伸ばすだけだった。
 彼女が僕に帰る場所を、家族を与えてくれた。そんな彼女の翼となりたかった。》
《なんて奇遇なんだ》
数瞬後、声は振り返ったアーチャーの背後から聞こえた。
当然だ。例え一瞬遅れた所で俺は彼より早かった。
瞬く間に俺が彼の背後に回ったことにすら気づかず、彼の声は星空の下に虚しく響いた。

《俺たちは一緒なんだよアーチャー!》
彼に親しみを込めて、俺は彼の首元に鉄扇を振った。
彼の首から鮮やかな血の花を咲かせるはずだった俺の鉄扇は、しかし虚しく空を、いや雷を切った。
何が起こったか、考える間もなかった。


410 : また会いましょう、ビターライフ ◆VJq6ZENwx6 :2021/09/01(水) 01:26:21 u5HY/eww0
手が痺れる。振り返った彼から確かに息遣いを、心臓の鼓動を感じる。
実体は確かにそこに存在するが、触れると溶ける氷に触れたみたいだ。

《霆龍玉!》
アーチャーのノーマルスキルが炸裂する。
彼が俺に伸ばした左手から、巨大なプラズマ球が発生した。
俺は紙一重でそれを避けることができたが、彼は勢いづいたようだ。

《お前も僕と同じだというのなら、なぜ相手の願いを、幸せを尊重してやれない!》

右手の銃を構え、彼は吠える。
どうやら調子に乗せてしまったようだ。
結局俺には勝てないのに、可哀そうなことをしてしまった。
五本束なった針が銃口から放たれるのが良く見える。
楽にしてやるべく、俺も血鬼術を構える。

《貫け!》
《血気術 凍て曇》

一つの矢のように束ねられた針が、迫る。
俺が放った氷霧を貫き、俺の鉄扇をすり抜け、しかし俺の額をすり抜けず突き刺さった。
刺さったのは5本のうち1本だけ。今わかった、どうやら彼には己や弾丸を雷に変えてすり抜ける能力があるようだ。
息づいている実体があるのならば、酸素と共に俺の血気術を入れてもらおう。
そう思った俺の考えをあざ笑うかのように、アーチャーを覆った白い氷霧が雷霆のごとく
青く光った。

《迸れ!蒼き雷霆よ(アームドブルー)!
 極楽へ向かう魂に憑き纏い、張り付く氷を解かす雷となれ!》

アーチャーから迸る青い雷撃が、彼を覆う氷霧を振り払い俺の頭部の針へ命中。
痺れを感じる暇すら無く、強力な雷撃による熱膨張で俺の額は破裂した。

《僕はただ、彼女の声を聞きたいだけなんだ。》
《なるほどなるほど、それが君の聖杯に掛ける願いなんだね?》
《!》
《なんて奇遇なんだ!》

頭が割れて脳みそが垂れていることも、俺を見たアーチャーの瞳が毅然として此方を睨むことも気にせず、俺は月の元に吠えた。
虚無を埋めるため、無節操に手を伸ばし、最後の最後に“愛”というピースを手に入れた同士。
あらゆる可能性を呑み込みながら、ただ一つのみの器を待ち望む界聖杯と同じ、俺の仲間がこんなところにいたなんて!

高層ビルの屋上で、真夏の空気が絶対零度の寒気を纏う。
雲一つない夜空の元に、月よりも眩い雷が迸る。
どうやら予選中だけあって、互いに全力は出していなかったようだ。
今日は長い夜になる。少し欠けた月の下、雷霆と冷気が激突した。


411 : また会いましょう、ビターライフ ◆VJq6ZENwx6 :2021/09/01(水) 01:28:57 u5HY/eww0
「家族…家族ねえ」

俺は机の上に置かれたさとうちゃんの住民票を手に取り、まじまじと見た。
さとうちゃんはまだ己の叔母が聖杯戦争の参加者であるという客観的な証拠を手に入れていないはずだが、部屋に入った時から確信しているようだ。
血の繋がりというものは、知らぬ者にはわからぬ言語として成立しうる。
叔母宅から出る時のさとうちゃんを思い返す。

《さとうちゃん、この熊のぬいぐるみ忘れてるよ。》
《置いといて。》
《なんで?このぬいぐるみ、結構好きだったろ?》
《もし叔母さんが見れば、わかってもらえるから。》

俺があの猪頭の彼と琴葉が親子だと分かったように、さとうちゃんも客観的とは言えない証拠で叔母の現在を悟ったんだろう。
ああ、俺はもう叔母が召喚したサーヴァントがわかっている。
十中八九、俺の主であった無惨様だ。
わざわざ家を出る時にカーテンを取って窓を開けると言うことは、日光と換気で証拠を隠滅できる鬼であり、更にそんな慎重に証拠を隠滅しようって時にカーテンを破る強い鬼は無残様くらいだからね。

「ふーむ、どうしたものかなあ」
さとうちゃんの叔母のサーヴァントが無惨様であることは、さとうちゃんにも伝えていない情報だ。
確かに俺と同じ日中活動できないサーヴァントであり、日中の襲撃を警戒する必要はないがそれは向こうも同じこと。
裏を掻けず実力に劣る点で、俺は圧倒的に不利と言える。
さとうちゃんにとって俺の心証はあまり良くないようだし、もし彼女の叔母が戸籍上の娘を可愛がってさとうちゃんを勝たせるべく立ち回ったら、俺は切り捨てられて無惨様がさとうちゃんのサーヴァントとなる可能性も高い。
生前だったら無惨様のために命を捨てることも構わなかったが、今は困る。
しのぶちゃんにもう一度会わねばならないのだ。
この気持ちは、さとうちゃんや雷霆のアーチャーのようにだれにも止められない。


412 : また会いましょう、ビターライフ ◆VJq6ZENwx6 :2021/09/01(水) 01:29:32 u5HY/eww0
幸い、同盟者としては友人の雷霆のアーチャーが確保されている。彼女の叔母については、残された衣服から推定される背丈の彼女の血縁者が、叔母だけである裏を取った。俺なら琴葉とその息子のように見分ける自信がある。
上手い事俺だけが接触して、切り捨てられぬようにうまく立ち回るか、或いは。

(こっちが切り捨てるって言うのも、アリかもなあ)
自分は無惨様とそのマスターを把握しているが、無惨様はまだ自分を把握していない。無惨様は強い、現在の優位が生きているうちにこちらから仕掛けるべきかもしれない。
まあ、なんにせよ動くのは夜になってからだ。

「しかし“可能性の地平線”だというのにここまで縁が集うとは面白い…
 いや、無為無差別だからこそ縁の強さを無視できないという訳か。」

既に二組の主従が判明しており、マスターはこちらのマスターの血縁者と友人。
血縁者の方のサーヴァントは、俺にその血をくださった“元主”だ。
“界聖杯”に存在しないはずの自我を見出してしまいたくなる。

瞼を閉じて、俺に感情を与えてくれた彼女を思い浮かべる。
さとうちゃんも雷霆のアーチャーも、愛のためなら過去と戦える。
俺も、鬼として空虚に過ごしてきた苦い時と戦う時が来たのかもしれない。夜が近づくのを感じながら、俺はそう思った。


413 : また会いましょう、ビターライフ ◆VJq6ZENwx6 :2021/09/01(水) 01:30:17 u5HY/eww0
【北区・松坂さとうの住むマンション/一日目・午後】

【松坂さとう@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:健康、仮眠中
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:鞄
[所持金]:数千円程度
[思考・状況]
基本方針:しおちゃんと、永遠のハッピーシュガーライフを。
1:どんな手を使ってでも勝ち残る。
2:しょーこちゃんとは、必要があれば連絡を取る。
3:叔母さん、どこに居るのかな。
[備考]
※飛騨しょうこと連絡先を交換しました。
※飛騨しょうこのサーヴァントが童磨の言う"雷霆の弓兵"であると当たりを付けました。
※本名不詳(松坂さとうの叔母)が聖杯戦争に参加していると当たりを付けました。

【キャスター(童磨)@鬼滅の刃】
[状態]:健康
[装備]:ニ対の鉄扇
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:もう一度“しのぶちゃん”に会いたい。
1:日没を待つ。それまではさとうの“感覚”を通して高みの見物。
2:さとうちゃんの叔母と無惨様を探す。どうするかは見つけた後に考えよう。
3:雷霆の弓兵(ガンヴォルト)との再会が楽しみ。
[備考]
※予選期間中にアーチャー(ガンヴォルト(オルタ))と交戦しています。さとうの目を通して、彼の魔力の気配を察知しました。
※鬼同士の情報共有の要領でマスターと感覚を共有できます。交感には互いの同意が必要ですが、さとうは索敵のために渋々受け入れています。
※本名不詳(松坂さとうの叔母)と鬼舞辻無惨が参加していると当たりを付けました。本名不詳(松坂さとうの叔母)は見ればわかると思ってます。


414 : また会いましょう、ビターライフ ◆VJq6ZENwx6 :2021/09/01(水) 01:30:32 u5HY/eww0
投下終了です


415 : ◆0pIloi6gg. :2021/09/02(木) 00:25:44 Uk7XUzsc0
非常にしっとりしていて、しかし今後へのフラグもしっかり散りばめられたすごく良い作品でした。
しょーこちゃんと予期せぬ再会を果たしたさとちゃんの心理描写がとても繊細で、1の中のオタクも大喜びです。
一方で叔母さんの存在を悟るなりコンタクトを的確に取りに行く姿勢は彼女らしくとてもクレバーでいいですね。
童磨と彼女はお互いに場合によっては切るか……と思っている仲であるため、もう早急に叔母さん組と合流するのが最もベターに思えます。
過去の作品で交戦があったことは描写されていた童磨VSガンヴォルト戦についても追記があって、両キャラの描写の深みが増したように思いました。
童磨相手にちゃんと応答してあげるなんて真面目だなあ……となる一方、愛という観念は形こそ違えど彼とも決して切り離すことのできないものであるため、そう思うとあっ……となりもする。そんな、たくさんの見所に溢れた作品だったように感じます。

素敵な作品の投下ありがとうございました!!


416 : ◆EjiuDHH6qo :2021/09/02(木) 22:56:09 0oxDHfec0
投下します。
ちょっと回線が不安定なので途中で間が空いてしまったらすみません。


417 : みなしご集う城 ◆EjiuDHH6qo :2021/09/02(木) 22:57:16 0oxDHfec0
 松坂こと鬼舞辻無惨の邸宅を後にしたモリアーティ一行。
 いや、今はこの同盟を紡いだ蜘蛛の言葉を借りて"敵連合"と呼ぶべきだろうか。
 彼ら敵連合が向かった先は、一棟の見上げるような高層ビルだった。
 ビル風に煽られながら車を降りて中に入る。
「この会社知ってるぜ。テレビのCMで見たことある」
 デトネラットと壁に大きく彫られた社名を見てデンジが呟く。
「有名だからね。世界レベルの大企業だよ」
「そうなの? 俺、あのハゲ社長なんか嫌いなんだよな」
「そう言ってやるな。これから君達は彼にお世話になるんだぞ」
「笑顔が胡散臭えんだよな〜、なんか。裏表激しそうな笑顔っていうか」
 ライフスタイルサポートメーカー、株式会社デトネラット。
 特に言うことはしなかったが、これは明らかに死柄木の世界から輸出されてきたものだった。
 そしてこれからこの立派な本社ビルは死柄木達の拠点になる。
 その証拠にビルに入るなり、デンジもよく知る額のM字にハゲた社長が揉み手をしながら出迎えてきた。
「ようこそお越し下さいました!可能ならば私が自らお迎えに上がりたかったのですが……!」
「気持ちだけで充分だよ四ツ橋君。今回は無理を聞いてもらってすまなかったね」
「とんでもない! 教授直々のお願いを断るなど!!」
 誰もが知る大企業の社長がこうも平身低頭になっている。
 それほどまでに彼の心は、この悪の教授の虜らしい。
 ではそちらの方々が……?と聞く四ツ橋にモリアーティがうむ、と頷いた。
「私のマスターと仲間の二人だ。
 頼んでいた彼らの部屋はもう出来上がっているかな?」
「勿論でございます。君達、案内して差し上げろ」
 どうぞこちらに。社員の一人が進む先を示す。
「ご丁寧にどうも」
「ありがとーございます!」
 まず死柄木がそっちに向かって歩き出し、しおもそれに倣った。
 唯一どういうことかよく分かっていないのがデンジだ。
「ム? どうしたライダー君。行かないのかネ?」
「さっきから全然状況が呑めねーんだよ、あいつらは分かってるみたいだけどよ〜。
 人とクイズ番組見てて、自分だけ答えが分かんねー時みたいな気分だぜ」
「ああ。要するに、君の願いを叶えてあげたのさ」
「あ? 俺の願い〜?」
「冷房の利いた部屋でのんびり食っちゃ寝したかったのだろう?」
「………」
 デンジは数秒沈黙する。
「…なるほどなあ! ジイさん、俺アンタのこと誤解してたかもしんねえぜ〜!」
 よっぽどあの廃墟に帰るのが嫌だったのか。
 デンジは、年甲斐もなくスキップしながらしお達の後を追う。
 それを見送るモリアーティは少し遠い目をしてこう思っていた。
“私が彼のようなライブ感で生きる心を失ったのはいつの頃だったかなァ……”
 微笑ましく思う気持ちが半分。
 そして何だか物寂しい気持ちが半分。
 そんな複雑な心境になりながら、モリアーティは四ツ橋の社長室に向かうのだった。


418 : みなしご集う城 ◆EjiuDHH6qo :2021/09/02(木) 22:58:55 D1vaGgAE0


     ◆◆◆

「まずは改めてお礼をしておこう。君の力を買っての頼みだったが……さすがに大変だったのではないかね? 若者が三人過ごせるくらいのスペースと生活用品を、夜までに確保してくれだなんて」
「ご心配には及びません。研修やらインターンやら、何かと会社に泊まる人間は多いのです」
 モリアーティが四ツ橋に頼んでいたのは、マスターの死柄木を含む連合メンバー達の衣食住の確保だ。
 デンジに強請られるまでもなく、モリアーティは拠点についてちゃんと考えていた。
 そして選ばれたのが日本有数の大企業、デトネラット社。
 彼が東京で結んだいくつもの人脈の中でも一際大きな縁だった。
「この世界はいずれ滅ぶもの。悲しいですがそれは止められないルールだとあなたは教えてくれた」
「いつも言っているが他言無用だよ。いきなりの余命宣告をすんなり受け止められる人間は多くないからね」
「ええ勿論。現に私も最初は恐れおののき……震えました」
 だが、と四ツ橋。
 彼はモリアーティから世界の真実を知らされた人間の一人だ。
 自分達は聖杯戦争を遂行するためのいわばエキストラのような存在で、舞台が終われば世界と一緒に消えるのだと知った。
 そしてそれを知れたからこそ、四ツ橋はモリアーティにこうして心酔しているのだ。
「ですが恐怖は次第に形を変え、私に一つの夢を与えてくれた」
「それは運命からの解放」
「このままただ無価値で無意味な存在として消えるなど……私には到底我慢できない」
 この世界の住人はエキストラ。
 極論、ただいるだけの命である。
 だから物語の主役にはなれない。
 だが――物語に入れないわけではない。
 例えば悲惨な境遇で心の砕けた子供達の集団が、自分達のヒーローの勝利を目指して戦っているように。
「どうせ終わる世界なら……最後は全ての抑圧から解放されるべきだ。それを成し遂げる人間として、教授。あなたほどの適任はいない」
 社会からも、法律からも、運命からも……。
 "解放"を掲げて蜂起し、そして弾圧された男を父親に持つ男。
 彼が辿り着いた結論を聞きながら、モリアーティはほくそ笑んだ。
“やはり、恐怖は時にどんな甘言にも勝る起爆剤になってくれるねェ”
 モリアーティは誰彼構わずこのやり方で手懐けてきたわけではない。
 心の小さな臆病者に死の未来を突き付けたところで、無意味な暴走を招くだけだ。
 生粋の悪はまず相手の人格と性根を見極める。
 その上で使えると、恐怖を乗り越えられると確信した人間にだけとっておきの起爆剤を垂らしてやる。
 四ツ橋力也もその一人だ。
 そして四ツ橋は今モリアーティの想定通りに恐怖を乗り越え、感情を進化させ……敵連合の最大のスポンサーとなってくれた。
 此処まで全て、ジェームズ・モリアーティの掌の上である。
「それで、教授よ。次は何をすれば宜しいですか」
「人間二人が不自由なく暮らせるスペースと設備を用意してほしい」
「ふむ。……連合の追加メンバーというわけではなさそうですな。あなたは今、"このビルの中に"とは仰らなかった」
「その通り。今度のは私達の仲間ではなく、あくまで一時的に協力し合うだけの相手のものさ」
 その上でモリアーティは更に条件を一つ追加した。
 それは、絶対に日光が射し込むことのない場所であること。
 確かに窓がない方が隠遁先としては理に適っているだろう。


419 : みなしご集う城 ◆EjiuDHH6qo :2021/09/02(木) 23:02:00 NyMlrUXI0
「…何かワケがおありで?」
 だがそれなら最初から窓のない場所を用意しろと言えばいいだけだ。
 モリアーティがそういう意味のない言い回しをする人物ではないことを四ツ橋は知っていた。
「吸血鬼のようなものと思ってくれればいい。どうも日光に当たることが致命傷になってしまう体質のようでね」
「それはまた……いい弱みを握りましたな」
「いや、そうでもないさ。遠くない未来こちらに牙を剥いてくるのは間違いない相手だ。おまけに性格に難がありすぎるのも問題でね。まぁ、賞味期限の短い同盟だよ」
 モリアーティにとって鬼舞辻無惨は長期的に抱えておきたい手札ではない。
 利用するだけしたら速やかにご退場いただきたい、そういうカードだ。
 拠点を与えると言って自分の監視下に置ければ、切り捨てる時に苦労しなくて済む。
 無惨は他でもない自分自身の判断で、虫籠の中に押し込まれた虫そのものの立場に落ちぶれてしまったのだ。
「ともかく話は分かりました。すぐに用意させましょう」
 遅くとも今日中には必ず。
 忠臣そのものの従順な発言にモリアーティは笑みで応える。
 デトネラットの資金力と企業規模を手の内に収められたのは、彼としても実に大きな収穫だった。
 もし彼を懐柔していなかったら、モリアーティと連合の行動範囲はもっとずっと窮屈なものになっていたろう。
「他に何か、私でお力になれることは」
「うむ、そうだな……では――」
 少し逡巡してからモリアーティが口を開こうとする。
 その時、四ツ橋の懐の携帯端末が小さく振動した。
 チラリと四ツ橋がモリアーティの顔を伺う。
 別にモリアーティは電話に出るのを咎めるほど心の狭い男ではない。
 彼が苦笑してひらひら手を振れば、四ツ橋はすまなそうに頭を下げて画面を見た。
 その瞬間、彼の表情が申し訳なそうなものから一転真剣なものに変わった。
 どうやら……仕事絡みの電話というわけではないようだった。
「もしもし」
 ジェームズ・モリアーティは悪の総帥である。
 指揮者である彼の存在が外に漏れることだけは絶対に避けなければならない。
 だからモリアーティへの直通の連絡手段を持つのを許されている人間はごくごく少数だ。
 よってそれ以外の協力者達は、本人ではなく四ツ橋のようなモリアーティ直属の部下に電話をかけることになる。
 四ツ橋の反応を見るに電話してきた人間は、どうもそういう存在であるらしかった。

     ◆◆◆

「――禪院だ。時間あるか?」
『おお……君か! 構わない。用件を言いたまえ』
 アサシン、禪院甚爾がこの協力者を得たのは彼自身予期しない偶然の産物だ。
 予選期間中、東京の裏社会に身を沈めて情報収集に勤しんでいた折のこと。
 どこで誰が漏らしたのか、ある日突然甚爾が仕事用に使っていた携帯に連絡が来た。
 相手がデトネラットの社長である四ツ橋力也だと名乗った時は流石に顔を顰めたが……
 ファーストコンタクトの怪しさとは裏腹に、四ツ橋は甚爾にとって大変便利な情報源兼協力者として働いてくれた。
「調べてもらいたいことと、動いてもらいたいことがある」
『その対価に君が払えるものが何かを、まず聞かせてもらおうか』
「片方はテメェの雇い主の益にもなる。あるマスターの素性に関する話だ」
『…グッド。話を聞こう』
 彼の裏側にいる存在を見抜くことは甚爾ですらまだ出来ていない。
 どこの誰なのか知らないが、甚爾をして舌打ちが出るほど優秀な知恵者なのは間違いなかった。


420 : みなしご集う城 ◆EjiuDHH6qo :2021/09/02(木) 23:04:43 k/48F3xU0


 いつかは倒さなければならない相手。
 そして滅ぼさなければならない集団だが、少なくとも今のところはまだ、彼らの存在は甚爾にとって有益だった。
「まずはこっちの問題からだ。仁科鳥子って女について調べてくれ」
『ニシナトリコ。外見的な特徴は?』
「左手が透明らしい」
『何かの比喩かな?』
「言葉のままの意味だよ。多分な」
 甚爾も実際に見たわけではない。
 だが、彼のマスターである空魚が言うにはそのままの意味であるという。
「居所が分かったら俺に連絡しろ。手出しはしなくていい」
『さしずめ、君のマスターに頼まれて仕方なく私を頼ってきた……というところかな?』
「余計な詮索すんじゃねえよ。仕事だと思って黙って聞いとけ」
 空魚は、この仁科鳥子が見つかれば確実に手を組めると断言した。
 とはいえ甚爾がその言葉を信用しているかと言えば、微妙だった。
 絶対に組めると豪語しておいて、実際会ってみたら考えが食い違ってあえなく決裂。
 ……なんて、実によくある展開ではないか。
警戒しておいて損はないだろうと、甚爾はそう思っている。
『とりあえず了解した。何か進展があれば連絡しよう』
「で、次なんだが。こっちはちゃんとそっちにも旨味のある話だ」
 ある意味では棚からぼた餅と言えないこともない。
 労力をかけずに一つ敵主従を特定出来たのだと考えれば確かに儲け物ではある。
 しかし甚爾の方針上、自身の存在を相手方に悟られてしまったというのはその利を差し引いても具合が悪い。
 だからなるべく早い内に、確実に排除しておきたい。
 存在すると分かっている暗殺者と存在が割れていない暗殺者。
 どちらが強いかなんて、改めて考えるまでもないことだろう。
「神戸あさひってガキがいる。エクストラクラス、アヴェンジャーのマスターだ」
『外見は』
「背丈は高校生かそこら。フードの付いたパーカーを着てて、武器として金属バットを持ち歩いてるらしい」
『目立つ見た目だな。いかにも素人だ』
「このガキ自体は間違いなく素人だよ。話で聞いてるだけでも分かった」
 問題は彼が連れているサーヴァントの方。
 これも甚爾は会ったことも見たこともない相手だが、同盟相手のライダーの言によるとそうらしかった。
 それにだ。極道としての生き様を由来にして英霊の座にまで上り詰めた男がそこのところを見誤るとは思えない。
 ライダーの信用が落ちたとしても、その部分まで軽視する甚爾ではなかった。
『どういう手の回し方が好みかな? 直接刺客を送り込むか、それとも情報戦で潰すか……』
「テメェらの得意分野は情報戦だろ。何でもいいからとにかく確実にやってくれ」
『さすが、よく知っている。ではそのようにしておこう』
 早ければ夕方。
 遅くとも夜の内には。
 その返事が聞ければ甚爾としてはもう満足だった。
「用件はそれだけだ。次はそろそろテメェの雇い主の声が聞きてえところだな」
『"M"に伝えておくよ。あのお方は用心深いのでね』
 いつも通りの返事にうんざりしながら通話を落とす。
 とりあえずこれで神戸あさひには受難が向かうことになった。
 願わくばそれでサーヴァントごと脱落してくれると嬉しいのだが、流石にそこまでは期待していない。
 あくまでも削りのための嫌がらせだ。
 そこを突いて誰かがあさひ達を潰すもよし。
 混乱の隙を突いて甚爾が自らあさひを暗殺するもよし、である。


421 : みなしご集う城 ◆EjiuDHH6qo :2021/09/02(木) 23:07:15 nSPxscjg0

“……デトネラットか。利用する分にはいいが、連中との付き合い方も考えていかねえとな”
 四ツ橋力也は見ての通り何者かの傀儡だ。
 彼の裏には、彼を操って東京を陰で牛耳る黒幕がいる。
 その正体は定かでないが、この際存在するということさえ分かれば十分だ。
 そいつがこっちのラブコールに応じてくれれば甚爾としてはもちろん好都合。
 かと言ってこのまま音沙汰なしでも、裏にいると分かっているならいつか探し出してやればいいだけのこと。
 甚爾としては、"M"がどういう選択を取るかに応じて動き方を変えるだけである。
“仁科探しを任せられただけでも十分だ。善意の人探しなんてガラじゃないにも程がある”
 仁科鳥子なる女に自分のマスターは並々ならぬ執着を寄せている。
 甚爾の本音は、そんな女のことなんてどうでもいいだろ、これに尽きた。
 が、もしそれを口に出せば面倒な拗れ方をする未来が見えたのも事実だ
 だから一応頼み自体は受け入れてやったが……つくづく持つべき者は協力者だ。
 四ツ橋の元には優秀な人材が揃っている。
 自分がわざわざ直接動かなくても、仁科鳥子の捜索は問題なく進んでいくだろう。
“俺は俺で、らしいことをしていくかね……”
 アイ達は油断ならない相手だが、この序盤で空魚を切りはすまい。
 ならば空魚のことは一度アイ達に任せてしまってもいいかもしれない。
 もちろん本人がどう思うかは分からないので、拒まれればそれまでだが。

 かつて術師殺しの名で恐れられた猟犬は、サーヴァントとなっても何も変わらない。
 仕事のためなら何でも使う。何でも頼る。
 どんな悪事も厭わない。
 その彼が悪の手先に堕ちたデトネラットと、そしてそれを操る悪のカリスマと繋がっている。
 その恐ろしさを正しく認識している者はきっと、まだいない。

【世田谷区・空魚のアパート(外)/一日目・午後】

【アサシン(伏黒甚爾)@呪術廻戦】
[状態]:健康
[装備]:武器庫呪霊(体内に格納)
[道具]:拳銃等
[所持金]:数十万円
[思考・状況]
基本方針:サーヴァントとしての仕事をする
1:さて、まずは何をしたもんかね。
2:仁科鳥子の捜索はデトネラットに任せる。
3:ライダー(殺島飛露鬼)経由で櫻木真乃とそのサーヴァントを利用したい。
4:ライダー(殺島飛露鬼)への若干の不信。
5:空魚のことは一度アイ達に預ける?
[備考]
※櫻木真乃がマスターであることを把握しました。
※甚爾の協力者はデトネラット社長"四ツ橋力也@僕のヒーローアカデミア"です。彼にはモリアーティの息がかかっています。

     ◆◆◆

「件の禪院君か」
「ええ。そして朗報です教授。彼が、また新たなマスターを見つけてくれたようだ」
 禪院を名乗る聖杯戦争関係者の存在はモリアーティも聞いていた。
 直接話したことこそないが、四ツ橋の報告を聞くだけでも彼が優秀な人間であることは分かった。
 マスターなのか、それとも暗躍に長けたサーヴァントなのか。
 そろそろ直接連絡を取って正式に手を組んでもいいかもしれない。
 そう考えるモリアーティだったが、次に四ツ橋が口にした名前には流石の彼も一瞬言葉を忘れた。
「マスターの名は神戸あさひ。クラスはエクストラクラス、アヴェンジャー」
「……んん? すまない、今なんと?」


422 : みなしご集う城 ◆EjiuDHH6qo :2021/09/02(木) 23:10:16 yRuElcyg0
「禪院は確かに神戸あさひ、と」
 四ツ橋が若干声のトーンを落とす。
 その機微だけで、彼もモリアーティと同じ感想に到達していると分かった。
「教授。貴方が作った連合の中に、確か……」
「ああ…いるね。神戸しおという少女が……」
 ジェームズ・モリアーティは犯罪者の中の犯罪者、その道のエキスパートだ。
 常にあらゆる可能性を視座に置いて動き、策を練る。
 だがそのモリアーティにも出来ないことはある。
 盤面上に載せられていない未知の情報まで全て的確に見抜くことだ。
 天は彼という人間にいくつもの才能を与えたが、千里眼までは与えなかった。
 だからしおをスカウトした後で彼女の可能性に気付いた。
 今起きていることはそれと同じだ。
 モリアーティは神戸しおを仲間に引き入れ、彼女の可能性をいずれ破壊の貴公子となるヴィランに並ぶものだと見据えた。
 彼女のことを知る気の違った女の存在も知れた。
 しかし、まさかそれ以上に因縁の枝が広がっているとまでは予想出来なかったらしい。
 顔を引きつらせて目を糸のように細め、冷や汗を流すアラフィフ。
“しお君…キミ、もしかして私が思ってる以上に厄ネタなのかナー……?”
 あれほどの可能性を切り捨てる選択は勿論ない。
 それはそうと、流石の犯罪紳士もこれには表情が引きつった。
 しおは自分に兄がいるなんて話は一度もしていなかったし、こればかりは仕方ないことだったが。
「何でしたら神戸しおと引き合わせる方向で調整しましょうか? 禪院には不義理になりますが」
「いや。それは予定通りの方針で構わない。彼の信頼を裏切らないよう、君の出来る限りで手を回してあげなさい」
 確かにしおの兄らしき人物が突然生えてきたことには驚いた。
 驚いたが――この神戸あさひについて、しおのために気を揉む必要はないのはしおの言動を思い返せば明らかだ。
「しかし……しおのことが彼に知れれば面倒なことになるのでは?」
「その点は問題ないよ。神戸あさひがどんな人物であったとしても、しお君が彼の生死で傷つくことは恐らくない」
「失礼ながら……その根拠は?」
「あの子の世界に存在を許されている人間は一人だけだ」
 あれは、そういう極端さがあるからこそ実現出来た狂気だ。
 モリアーティはそう思う。
 だからあさひとの共闘路線は考えない。
 別にモリアーティも四ツ橋も兄妹の感動の再会をお膳立てしてほっこりしようとは考えていない。
 重要なのは使えるか使えないか。
 モリアーティの役に立つか立たないか。それだけなのだ。
「しお君が兄の存在で揺らぐようなら一考の余地はあるが、私にはそうは思えない」
 四ツ橋はしおと対面した時間が短いため、その言葉に納得することは出来なかった。
 しかしモリアーティは違う。
 モリアーティは直接しおと会い、その狂気じみた愛の片鱗に触れているのだ。
 だからこそ下せる判断というのは確かにあった。
「禪院君を仲間に入れることと、家族愛をネタに神戸あさひを懐柔すること。どちらが有益かは一目瞭然だろう?」
 天秤にかけたなら重いのは前者の方だ。
 モリアーティは蓄えた上品な髭を弄りながら言った。
 神戸あさひは禪院曰く素人。
 その点禪院は素性こそ知れないものの、頭抜けて優秀な人物であるということは既に読めている。
 そんな両者を天秤にかけた結果、モリアーティは前者を選んだ。
 仕事人の禪院を抱えるために未知数な神戸あさひを追い込む。
 その結論を出すなりモリアーティは、四ツ橋に直球の質問を投げかけた。
「時に四ツ橋君、具体的にはどんな潰し方を取るつもりかな?」
「政治団体なら心求党。企業なら大手ITのFeel Good Inc.。そして出版業界なら集瑛社。私の交友関係を駆使すれば……やり方はいくらでも」


423 : みなしご集う城 ◆EjiuDHH6qo :2021/09/02(木) 23:12:30 vbntySx20

「実に頼もしい。では神戸あさひのことは、ひとまず君に任せよう」
 今四ツ橋が挙げた団体には既にモリアーティの息がかかっている。
 動かす気になればどうとでも動かせるお手軽な社会権力だ。
 これだけあればあさひがどんな身分の持ち主であろうと簡単に公共の敵に変えられる。
 後は煮るなり焼くなり、甚爾や他のサーヴァントで好きにすればいい。
 それでもなおあさひとそのサーヴァントが生き延びられたなら――その時はその時だろう。
“ただ、しお君には伝えておいた方がいいだろうねェ”
 モリアーティ達がこの東京で見つけた彼女の縁者はあさひだけではない。
 鬼舞辻無惨のマスターということだった、あの狂った女。
 彼を利用する気で近付いた筈のモリアーティでさえ、あの女のことに関しては無惨に同情した。
 あさひが彼女ほどの狂人だとは思わないが……どちらにしろ話は通しておいた方がいいだろう。
「ともかくありがとう、四ツ橋君。引き続き宜しく頼むよ」
「御意に。我らが教授、偉大なお方」
「私はしお君達の所に顔を出してくる。何かあれば呼んでくれ」
 踵を返すモリアーティを四ツ橋は頭を下げて見送る。
 日本広しと言えど、彼ほどの成功者にこうも低頭の姿勢を取らせられる人間はそういない。
 そしてモリアーティは人間であることをとうの昔にやめた存在、英霊だ。
 人間を超えた犯罪の申し子によって、世界有数の大都市が陰ながら支配されていく。
 それは驚くべきことでも何でもない。
 ただ単にとても順当な、なるべくしてなった当たり前の展開。
 名探偵のいないこの東京は、ジェームズ・モリアーティにとって公園の砂場にも等しかった。

【豊島区・池袋/デトネラット本社ビル(社長室)/一日目・午後(夕方寸前)】

【アーチャー(ジェームズ・モリアーティ)@Fate/Grand Order】
[状態]:健康
[装備]:超過剰武装多目的棺桶『ライヘンバッハ』@Fate/Grand Order
[道具]:なし?
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:死柄木弔の"完成"を見届ける。
0:当面は大きくは動かず、盤面を整えることに集中。
1:しお君達の所に行き、神戸あさひと無惨のマスター(叔母)について話す
2:禪院君(伏黒甚爾)とはそろそろ直接話をしてもいい、カナ?
3:バーサーカー(鬼舞辻無惨)達は……主従揃って難儀だねぇ、彼ら。
4:しお君とライダー(デンジ)は面白い。マスターの良い競争相手になるかもしれない。
5:"もう一匹の蜘蛛(ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ)"に対する警戒と興味。
[備考]
※デトネラット社代表取締役社長、四ツ橋力也はモリアーティの傘下です。
 デトネラットの他にも心求党、Feel Good Inc.、集瑛社(いずれも、@僕のヒーローアカデミア)などの団体が彼に掌握されています。

※夕方〜夜の間を目処に何らかの形で神戸あさひに関する悪評が流されます。どういう形のものになるかはまだ未定です。


424 : みなしご集う城 ◆EjiuDHH6qo :2021/09/02(木) 23:14:38 Yojz8LsA0


     ◆◆◆

 誰もが知る大企業、デトネラット。
 その社長が直々にデンジ達のために用意した部屋。
 デンジがそこに対しての感想を一言で言い表すならば、天国。
 その一言だけで事足りる、それほどに快適な空間だった。
「あ〜〜…ずっと此処にいてえわ、俺……」
「よかったね〜。ライダーくん言ってたもんね、クーラーのある部屋が恋しいって」
「ガキだから大丈夫って思ってるといつか痛え目見るぜ。見たことねえのか? 家庭の医学」
 しらなーい、と答えるしお。
 そうかー、と返すデンジ。
 しおは冷蔵庫に入っていた乳酸菌飲料にストローを刺して飲み、デンジは両手を広げてソファにもたれ至福の時を過ごしている。
 死柄木はテーブル脇の椅子に座って何をするでもなく虚空を見つめている。
 三者三様・それぞれの時間の使い方。
 ヴィランというには牧歌的すぎる絵だったが、少なくともデンジはこれで満足していた。
「死柄木ィ〜。お前、あのジイさんからこれからどうするとか聞いてんの?」
「特に何も。どうせ話が終われば此処に来んだろ」
「それもそうだな。よししお、なんかして時間潰そうぜ。SwitchもPS5もあるぜ此処」
「いいよー。おじいちゃん来るまで何もすることないしね」
 デンジにとってしおはマスターだ。
 だが、デンジは彼女のことを従うべき主として見たことはなかった。
 どちらかというとその関係は友人に近い。
 同じ部屋で暮らして、時々駄弁って、ゲームで遊んで、ウーバーイーツで取り寄せた不健康な飯を一緒に食べて……。
「マリパやるんだけどよー、流石に二人じゃ味気ねーからお前もやんね〜か?」
「やらん。兄妹仲良く二人でやってろ」
「なんだよ、ホントつまんねえ奴だなお前」
「生まれてこの方、芸人なんぞ目指した覚えはねえからな」
 死柄木は今兄妹なんて言ったが、そんな感じではないよなとデンジは思う。
 年の差も背丈の差もそれっぽく見えるかもしれない。
 ただ、兄と妹って感じではどうもない気がする。
 そう考えるとやっぱり感覚としては友達のそれが一番近いように感じられた。
“あ……そういや、あの女のことも話さねえとな”
 とはいえ急を要することでもない。
 どの道モリアーティが戻ってくれば、嫌でも真面目な話をすることになるのだ。
 ならば別に今じゃなくてもいい。
 そうやって怠惰に身を任せる。
 デンジは、しおとそういう話をするのがあまり好きではなかった。
 理由は上手く説明できないが……なんとなく居心地が悪い。
 腹の奥のどこか目に見えない大事な部分がむず痒くなってくる。
 その点でいうと。
 デンジの代わりにしおと戦いの話をしてくれるモリアーティ達と組めたのは、彼が思っている以上に幸運だったのかもしれない。

 そんなデンジ達を呆れたような目で見つめる死柄木。
 テーブルの上に置いた炭酸飲料が、先ほどアイスを食べたことで乾いた喉に程よく沁みた。
 冷房は外の暑さで疲れた体を癒してくれるし、此処には何一つ不自由というものがない。


425 : みなしご集う城 ◆EjiuDHH6qo :2021/09/02(木) 23:16:11 S3j4drkI0
“連合の住処としちゃ綺麗すぎるぜ、此処は……”
 それは自虐だったが、事実でもあった。
 この同盟を敵連合と名付けたのはモリアーティであって死柄木ではない。
 こんな恵まれた環境を貰えている時点で死柄木の知る本来の連合の姿とはかけ離れていた。
 オール・フォー・ワンというバックに支えられていたのも今は昔。
 彼がオールマイトに敗れてからは、知名度だけ"しかない"犯罪者サークルにまで落ちぶれた。
 そんな中でも必死に、言葉通りの意味で細々と食いつなぎながら。
 それでようやく見つけたのが、師の残したギガントマキアという可能性。
 此処に来る前死柄木は、そのマキアに新たな主人として認められるためボロボロになりながら悪戦苦闘を繰り返していた。
 そこに横槍を入れてきたのが、あの界聖杯とかいう超常現象だ。
“マキアか。アイツとあのまま戦ってたら……俺は――俺達は、どうなってたんだろうな”
 その答えを、この死柄木は当然知らない。
 モリアーティのおかげで労せず味方に出来た四ツ橋力也。
 彼が率いる異能解放軍という軍勢と真っ向から戦い、そして勝つことなど。
 そしてその道すがらに自分の個性が限界突破(プルス・ウルトラ)を引き起こすことなど……知る由もない。
“今となっちゃどうでもいいが”
 元の世界、あるべき世界線での死柄木。
 彼はギガントマキアとの戦いをバネにし、異能解放軍との戦いで完全に覚醒した。
 零細状態だった連合を解放軍と一体化させ、自分は優秀なドクターの手で改造手術を受け。
 最後には、彼はヒーロー社会そのものをすら崩壊させた。
 モリアーティが成し遂げようと目論む死柄木弔の完成は、彼らの出会いがなかったっていずれ必ず辿り着く未来だったのだ。

 しかしモリアーティとオール・フォー・ワンは似て非なるもの。
 オール・フォー・ワンは死柄木の完成を経由して自己の再臨を目論んでいた。
 が、モリアーティが目指しているのはあくまでも死柄木弔という悪の完成だ。
 彼には死柄木を使って自分が魔王になろうなどという魂胆はない。
 そこが、死柄木を寵愛した二人の悪の最も大きな違いだった。
“もう夜も近いんだ。いつまでも穴熊決め込んでるのは性に合わないぜ、アーチャー”
 敵連合、今はまだ準備中。
 そしてこれからは作戦会議。
 では、それが終わればどうなるのか。
 その答えは、静かに広げられた死柄木の右手が物語っていた。
 触れた全てを崩壊させる、悪魔の手が。

【豊島区・池袋/デトネラット本社ビル(ゲストルーム)/一日目・午後】

【死柄木弔@僕のヒーローアカデミア】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円程度
[思考・状況]
基本方針:界聖杯を手に入れ、全てをブッ壊す力を得る。
1:子守り(デンジも含む)は性に合わないので、そろそろ何かしら動きたい。
2:しおとの同盟はとりあえず呑むが、最終的に殺すことは変わらない。

【神戸しお@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数千円程度
[思考・状況]
基本方針:さとちゃんとの、永遠のハッピーシュガーライフを目指す。
1:すずしい!
2:とむらくんとおじいちゃん(モリアーティ)についてはとりあえず信用。一緒にがんばろーね。
3:最後に戦うのは。とむらくんたちがいいな。

【ライダー(デンジ)@チェンソーマン】
[状態]:健康、上機嫌
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円(しおよりも多い)
[思考・状況]
基本方針:サーヴァントとしての仕事をする。聖杯が手に入ったら女と美味い食い物に囲まれて幸せになりたい。
1:デトネラットの株とか買い漁っちまうかァ〜!?
2:死柄木とジジイ(モリアーティ)は現状信用していない。特に後者。とはいえ前者もいけ好かない。
3:しおにあの女(さとうの叔母)のことを伝えるのは……まあジイさんが戻ってきてからでいいだろ。


426 : ◆EjiuDHH6qo :2021/09/02(木) 23:17:03 S3j4drkI0
投下終了です。
モリアーティの時間表記にミスがあったので、後ほどwikiで修正しておきます


427 : 名無しさん :2021/09/03(金) 07:01:12 mGaykMeg0
tes


428 : 名無しさん :2021/09/03(金) 08:08:47 xEuS6Rug0
 再び暑い夏の道を少年と少女は歩く。
 一度起こした癇癪の波はおさまらず


429 : ◆HOMU.DM5Ns :2021/09/03(金) 08:43:22 xEuS6Rug0
投下は夜に行います。今暫くお待ちください


430 : ◆HOMU.DM5Ns :2021/09/03(金) 19:43:54 mGaykMeg0
投下します


431 : 283さんちの大作戦〜紳士と極道編〜 ◆HOMU.DM5Ns :2021/09/03(金) 19:44:43 mGaykMeg0

 ◆








 決めようか。



 紳士と極道───────何方(どちら)が生存(いき)るか死滅(くたば)るか!!









 ◆


432 : 283さんちの大作戦〜紳士と極道編〜 ◆HOMU.DM5Ns :2021/09/03(金) 19:46:51 mGaykMeg0




 東京の夏は、暑い。
 熱気が籠りやすい気候で、その上湿気も強い。
 粘ついた大気が肌に纏わりつき、垂れ流しになる汗は服に張り付き、不快感を何乗にも重ねる。
 雨上がりに至っては、ほぼ天然の蒸し風呂だ。
 止めに陽光はビル壁やアスファルトに照り返され、更に熱を高める相乗効果まである。
 逃げ場のない、巨大な電子レンジの箱に入れられているようなものだ。
 つまりとにかく暑い。風情や風流も華麗に吹き飛ばす。つまり至上最悪(クソ)であった。

「あ"あ"あ"あ"〜〜〜〜酷暑(アヂ)い〜〜〜〜……!
 こんな時間(トキ)になんでわざわざ俺らが徒歩(ある)かなきゃならねえんだぁ〜〜? クソがぁぁぁぁ〜〜〜〜!」

 戦化粧(ガムテープ)は外して、髪はふたつつに結わえてあるお忍び姿は、すれ違う通行人に彼が生粋の殺し屋であるとは悟らせない。
 道化(おど)けて、餓鬼(ガキ)になって、周囲の油断と侮りを誘う。
 『割れた子供達(グラス・チルドレン)』の最狂(ナンバーワン)、ガムテの殺人(コロシ)の技術の常套手だ。

 ガムテの脳機能は異常な発達をしている。
 体と脳を休憩(スリープ)させ、休憩と成長に充てる生理機能が、停止している。
 壮絶な家庭環境と虐待を経て覚醒した感覚は、医学的では障害とすらいえる傷痕(やまい)だった。

 研ぎ澄まされた刀(ドス)の如き集中力。
 照準から外れない銃(チャカ)さながらの精密性。

 たとえ灼熱の密林の中でも、極寒の氷山の中でも。
 1秒1ミリも性能(パフォーマンス)を損なうことなく、ガムテは仕事を実行してみせるだろう。

 でも暑いものは暑いのだ。嫌なのだ。徹頭徹尾クソなのである。
 そのあたりの幼児性を誤魔化せるほど、ガムテは大人ではない。ならない。

 顔面から滂沱と汗を流し、奇形な表情(カオ)で不平を往来の只中で叫ぶ。
 それを見た者は、目を逸らし、関わり合いにならないように道を空ける。
 暑いのは彼らだって同じだ。ここでいちゃもんをつけられて苛立ちの種を増やしたくはない。

 それでも。
 道行く人々は彼を意識する。   
 直接目を合わせず、横目でちらりとだけ視界に入れながら、遠巻きに眺めている。
 
 ”ああ。馬鹿(ザンネン)な奴だ”。

 そう、動物園の檻で痴態を晒す猿を見て嘲笑うように。
 アレは下等(下)に見ていい生き物、アレよりは自分たちはよっぽど上等な大人だと。 
 飼い放されている珍妙な動物を鑑賞して、社畜(ケダモノ)という隷属の立場に縛られる己の自尊を保っているのだ。

「しょうがないでしょ。あのバ……ライダーが芸能事務所(ドルムショ)より先にお菓子喰うんだって聞かないんだから」

 袖から踵まで女制服(セーラー)を整えて着る黒髪の令嬢(オンナ)には、別の意味で周囲の目は引きつけられている。
 そんな好奇の視線を黙殺して、舞踏鳥(プリマ)はのたうつガムテを嗜める。

「……ったく、わかってるっての。
 菓子与えなかったら、麻薬(ヤク)をキメられなくて禁断症状(ラリ)った中毒者(ジャンキー)みたくなって暴れるからなー」

 そもそも、ガムテ達が283プロに出向くと決めたのは朝方の頃だ。
 日が登り切る前なら気温もそこまで高くならないという打算の一面もあった。
 なのに日が最も気温が高い正午を超えても、一行は目的地に辿り着いていない。
 何故ならば───出発するよりも先に、拠点のライダーの我慢が切れたからだ。


433 : 283さんちの大作戦〜紳士と極道編〜 ◆HOMU.DM5Ns :2021/09/03(金) 19:47:31 mGaykMeg0



『ハ〜ハハママママ!! トウキョウのお菓子は味はいいが量が少ないのが玉に瑕だね! もっと口いっぱいに頬張れるサイズはないのかい? 
 おれが聖杯と獲ったら店は残してやるが、そこの見直しはしねぇとなぁ〜〜〜〜!!!』

 
 シャーロット・リンリン。四皇ビッグ・マム。
 甘いお菓子を何より愛す暴食の海賊。
 要求が満たされなければ、本能の赴くままに破壊し尽くす『喰い煩い』。

 界聖杯に再現された21世紀の菓子の数々は、果たしてマムのお眼鏡に叶うものであったが、一個ごとの質量についてはその限りではなかった。
 なにせ8メートル超の、巨人の血筋を疑う全長だ。
 「一口」の基準が、常人とは秤が違う。
 ホールケーキでは丸呑みしたところで喉に挟まらない、派手に積み立てたウェディングケーキでようやく「一口」だ。

 なので『割れた子供達(グラス・チルドレン)』には、『マスター捜索』の他に『お菓子調達』という、奇妙な指令が渡っていた。
 幸い元の世界に準じた資金は十分にあり、買い付けるには困らない。
 ただそれを毎日、トン単位に渡る供給を維持し続けるには金だけではどうしても足りない。

 大衆用に大量生産されてるモノなら、人脈で片っ端から買い占めれば済む。
 現代の技術で作られた駄菓子の味にはマムも興味を示し、満足して舌鼓を打っていた。
 その興味が玄人の職人の手による逸品、いわゆる高級菓子に移ると、話は途端に変わる。
 製造(つく)る側に追いつかせるよう、わざわざ脅迫(オド)しつかせる必要があった。


 これについては一つ、とある失敗談がある。
 その日のマムは、1日分のお菓子を食べきっても満足せず、次なるスイーツを催促した。
 この頃になるとガムテも要領がわかってきて、『菓子が無えんだったら取り寄せれば名案(イイ)じゃん!』と、アシがつきにくいネットショッピング方式に切り替えていたのだが。
 聖杯戦争の余波で物流の便が滞ったのか、発注していた海外銘菓が、既に届いている筈のこの時間にはまだ届いていなかったのだ。
 タイミングの悪さは重なり、買い溜めしていた菓子群も丁度切らしてしまっていた。
 買い出し班がアジトに帰って来たのは『その時』から5分後。
 その5分の間に、メンバーの数名が致死レベルの『寿命』を奪われた。
 菓子を切らしたと聞いたライダーの癇癪という、ただ脅迫(それ)だけの理由で。


 酷暑なぞはただのブラフ。
 ガムテの苛立ちが募っている原因の一番は、常に自身のサーヴァントにある。
 今ライダーの菓子(エサ)やりはメンバー内で効率的に回す作業と化している。
 ライダーにしてみれば、お菓子はサーヴァントとマスターの契約金代わりの供物の認識なのだろう。
 お菓子を捧げる見返りに庇護下に置く。支払いがなければ別の代償を求める。
 当時のビッグ・マム海賊団の基本ルール。それに図ったに過ぎない。
 
 知ったことではなかった。
 ガムテには、『割れた子供達(グラス・チルドレン)』には、そんなカビの生えたルールを墓下から持ち出されたところで知ったことではない。
 奴は奪った。ガムテの部下を。ガムテの仲間を。ガムテの同志を。
 ガムテの心に送られる筈だった魂を、代官気取りで徴収した。
 
 それは『簒奪(うば)う者』と『簒奪(うば)われた者』という、二人の元の世界での立ち位置を明確に示すものであり。 
 この大人(ババア)は絶対に最後に殺さねばならないと、ガムテ達が心に決めた最大の理由だった。




「……手狭(ちいせぇ)〜〜〜〜〜。三流(チンピラ)の組の事務所(ムショ)より矮小(チャチ)くね?」

 殺意を懐に隠し持ちつつも、蒸した道を進んで数十分。
 ライダーの食い道楽に付き合わされた大幅なロスを経て、ようやく283プロダクションの看板が見えた。


434 : 283さんちの大作戦〜紳士と極道編〜 ◆HOMU.DM5Ns :2021/09/03(金) 19:49:05 mGaykMeg0

「……大手以外なんて、何処の業界でもこんな規模(もの)でしょ」

 街角にひっそりとそびえる、3階建家屋の2階から上。
 周囲に馴染んでいるといえば聞こえはいいが、要するに街に埋没してるということ。
 そうと知らなければただの風景と見過ごしてしまいそうな、小さな囲い。
 目覚ましい活躍も、晴れ晴れとした大成も、夢のまた夢でしかない、ガラス並に脆い城。
 醒めた目で窓を見る舞踏鳥(プリマ)の瞳の奥に、仄かな郷愁の念が漏れ出ていたのを、果たしてガムテは気づいていたか。

「まっいっか。今日は襲撃(カチコミ)じゃなくて挨拶(アクシュ)しに来ただけだし。
 お仲間殺した手を出されたアイドルってどんな表情(カオ)で握ってくれるかな〜〜〜〜?」
「殺したのは私だけど。あと手じゃなくて脚よ」
「鬱陶(ウゼ)! 些細(コマケー)こと刺すなよな〜〜〜!
 なんだよ舞踏鳥(プリマ)機嫌悪いな。まさか俺がアイドルに会いに行くって言ったの嫉妬してんの〜〜〜〜?」
「貴方、本当(マジモン)のバカァ?」

 ガムテの言った通り。
 283プロに向かうことにしたのに大きい理由は無い。
 始末したマスターの所属していた組織だから、他にもマスターがいると決めつけるほど、単純に考えはしない。
 確率としてゼロではない。しかしそれならそれでメンバーを数人斥候につけるだけで済む。
 こうしてマスター直々に出向くと決めたのは、曖昧とした勘としかいえず、しかしガムテが絶対の自信を置いてる”武器”からの警鐘だ。
 無視はできない。目を背ければ、何か危険(デカ)い失態(ミス)に成り得るぞと。

 『ペットショップ〜〜〜〜!? この国の生き物はどんな姿をしてるんだい? ちょっとツラ見せなァ〜〜〜〜〜!!』

 例えマスターの手がかりもゼロの外れだったとしても、それで中にいる人間を腹いせに殺すつもりはない。
 『割れた子供達(グラス・チルドレン)』は殺し屋であり、なればこそ殺人(コロシ)の場面(シチュ)は重視する。
 『たまたま因縁の敵と道ですれ違ったけど戦う予定ではないのでお茶に誘う』ぐらいには、自然と日常に紛れ込める。

 だから本当に283プロに危害を加えるつもりはなかった。
 せいぜい居合わせたアイドルに、先に言ったような嫌がらせをするくらい。
 一般的にはそれで不祥事ものの危害に扱われるだろうが、極道にとってみれば遊戯(オアソビ)の範疇。
 行方不明だった仲間の死に様を克明に教えるサービスで、可愛い子の顔を号泣(グシャグシャ)にする。それで退散(サヨナラ)。
 指も生首も持ち去らない。極道にあるまじき、とっても寛大な処置。 
 別にそうなっても構わない。この戦争で最高の殺しを演出する欠片(ピース)を見つける間の道草。
 そう、本気で思っていた。


『なんだァ? ペットどころか店主もいないじゃないかいこの店〜〜!!』



 ”だから”。

 信号を渡って、事務所を見上げられる位置まで踏み込んだ足が、その場で縫いついたように離れなくなっても。
 驚愕も焦りも湧かず、ただ確信と納得だけが極低温の感情となって外気の熱の一切を遮断した。

「ガムテ」
「ああ」

 顔は見合わせず、ただ一言のみで応じる。
 群衆(オフ)から殺し屋(オン)へ。
 認識のスイッチは完全に切り替わっている。
 指に麻薬(ヤク)を仕込みいつでも摂取(キメ)れる態勢を維持して、階段を昇る。

 一歩足を上げ、次の段にかける度、言語化不能の重圧が増していく。
 修羅場を潜った殺人者にしか感じ取れない、闇色の水を湛えたモノの気配。

 ソレを何と呼ぶかは人によって様々だ。
 闇はそこから更に枝分かれしていき、辿る道によって形を変える。
 だがあえて普遍的なイメージに合わせて闇を具象化すれば、それは大概ひとつの姿を取るだろう。
 ヒトを陥れるもの。
 地獄より出て、地上を闊歩するもの。


 悪魔だ。


 地獄に続く扉が開いた音は、蝶番の鳴る簡素なものだった。
 待っていたのは溶岩煮えたぎる地底世界などではなく、当然の如くプロダクションの一室。
 めいめいが持ち込んだとおもしき私物がソファや棚に置かれた、和やかな雰囲気の部屋。




「お待ちしておりましたお客様。283プロへようこそ。
 立ち話も何ですし……まずはお茶でも、淹れましょうか」



 その中心に。

 金色の髪に、緋色の瞳を備えた青年が、最上の異物としてにこやかに立っていた。




 ◆


435 : 283さんちの大作戦〜紳士と極道編〜 ◆HOMU.DM5Ns :2021/09/03(金) 19:49:54 mGaykMeg0





「────まず前提として、これから此処に来る敵勢力について、我々は一切の協調も恭順も許されません」


 無人の283プロ内で、緋のアサシンは計画の概要を告げる。

「マスター・白瀬咲耶の加害者。統率下にある、ガムテープを顔に巻いた子供達の殺人集団。
 この他諸々の情報を統合して、マスターとサーヴァント共々かなりの『乗り気』である確率は98%にのぼります。
 聖杯獲得の為の損害を憂慮しない精神性と、真正面からの戦闘を本分とする高い戦力を兼ね備えている。
 実にこの界聖杯での聖杯戦争に向いている勢力でしょう」

 七草にちかを経由して、彼女らのプロデューサーから『七草はづき他、アイドル達に事務所から離れるよう連絡した』と報告を受けてから十数分。
 足早に階段を降り、やや周囲を気にしながら横断歩道を渡って行った七草はづきが群衆に紛れて見えなくなってから、霊体化の状態でアーチャーと中に侵入した。
 
『私のクラス特典のスキルなら実体のままでも気づかれずに入れますが……女性のプライバシーは守られて然るべきですので』

 等と、軽口を叩くも、無人を確認した後すぐさま二人で家探しを行う。
 不法侵入、盗聴器、資料の不揃い、データの改竄……。
 堅気のアイドル事務所ではありえないような不審な痕跡がないかくまなく調べる。3階にある社長室にも手を入れた。
 過去数日分の記録を洗い出し、アサシン自身が根回しした替え玉計画の際の漁りを除いて、不審な形跡は無いものと結論づける。
 今の今まで、283プロは聖杯戦争という舞台上では完全にノーマークだったと、ここに証明された。

「対して我々は……お世辞にも強力な布陣とは言い難い。
 戦争を望まず、願望器を求めず、荒事を避けながらなるべく傷を負わず生還することを目指す少数派(マイノリティー)です。
 そもそもの目指す方向が逆方向なのだから、協調するどころではありません。
 願いは叶えたいが、血を流すことを望まない者であれば、幾つかの妥協案を織り交ぜて平行線まで持ち込める事もできますが……彼らにはそれも通用しない。
 性質的に、彼らはマスターのみならず配下の総体に至るまでが、願望成就の過程にある殺戮の行為にこそ意味を見出している」

 外で向かいになっている建物、事務所が見える位置からの監視の目がないのも確認済み。
 ロンドンの犯罪卿と、宇宙戦争時代のゲリラ戦のプロのお墨付きだ。
 だから───外にまで波及しない限り、此処で起きた事が限り明るみに出ることはない。

「基本方針の面での対立。
 嗜好・思想面での不一致。
 以上の理由から、『ガムテープの集団』の取り込み・同盟の計画(プラン)は真っ先に棄却されます。
 範囲内で可能なのは一時的な休戦・傘下に加わるなどですが、その際には条件として必ずこちらを戒める人質を要求されます。
 マスター、あるいはその近隣者。より即物的な奉仕活動、盾代わりの尖兵……いずれも1つとってもこちらには痛恨の痛手です」
「……状況は分かった。それであんたはどうするつもりだ?
 話は通じない、まともにぶつかっても敵わないって分かってる相手によ」

 銃口が天井につきそうなほど長大なライフルを、やや斜めに傾けて背負うアーチャーが問う。
 交渉不可。
 非我戦力の圧倒的不利。
 2つの条件下での戦いなら、飽きるほどやってきた。
 何せそれがこの小兵が英霊の座などという大層な席に座れた要因だ。
 ただそこに『この場所を戦場にせずに場を収める』という条件が加わると、達成難易度は桁違いに跳ね上がる。
 まずゲリラ戦という分野で、一切の火器を用いず拠点防衛をしろというのが無謀に尽きる。 

 ターゲッティングを請け負うと、アサシンは自ら申し出た。
 283プロが各陣営から目をつけられようとしているこの状況を、どうにかしてかわそうというのか。


「ええ。ですので、まずは話し合おうかと」
「……何だって?」
 
 あっけからんと、何とも平易な答えが返ってきた。
 勝手知ったるなんとやら、奥の台所から悩む様子もなくカップやソーサーを取り出し、湯を沸かす準備をしてる。
 どこをどう見ても、完全におもてなしの用意だった。

「敵対していても、いや敵対してるからこそ対話が成り立つという場合も時にはあるんですよ。
 なにせ、嫌でもはっきりと向かい合う形になりますからね」




 ◆


436 : 283さんちの大作戦〜紳士と極道編〜 ◆HOMU.DM5Ns :2021/09/03(金) 19:51:23 mGaykMeg0




 ───美しい、顔立ちだった。


 襟元を正した仕立てのいいレザースーツを身に纏った品のよさ。
 姿勢に歩調、立ち姿ひとつで上流階級に身を置く教養を受けているとわかる。
 そして闇夜を照らすばかりに眩い金の髪と、緋の瞳。
 異性どころか同性すら心をときめかせる甘いマスクに、人好きのする柔和な微笑み。
 ハリウッドの主演、オペラの花形を務めているといっても通じるほど整った容貌だ。
 たとえ月の光が無い夜にも、彼を見失うことはないのだろう。

 それら好印象(プラス)の印象を尽く反転させる醜悪(クロ)さが、男を見た舞踏鳥(プリマ)の第一印象だった。

 一目見て確信が持てた。
 コイツは自分達と同類だ。
 人殺しだ。
 碌でなしだ。
 地獄に落ちる事を覚悟し、そこに後悔はないと胸を張れる揺るぎないものを抱えている型(タイプ)だ。
 そして、最低を自負する自分達以上の事を犯(ヤ)ってきているのが、ハッキリと確信を持てた。

 英雄の雄々しさもない。
 神話の輝かしさも見えない。
 咲き誇るは、身震いするほど美しい、悪の華。

 それだけの男に、ここまで接近させてしまった。
 違う。近づいたのはこちらだ。なのに誘導させられていた。
 自分の意志で能動的に進んでいたのに、外から仕組まれお膳立てされていたかのような。


 内心の驚愕を、危険を訴える目の前の男を殺さなければという衝動をおくびにも出さず、蓋をする。
 舞踏鳥(プリマ)は動かない。群舞(コールド)の白鳥が、自分から足並みを崩して出しゃばる愚は侵さない。
 何故なら、ガムテが動いてないから。
 ガムテが”殺せ”と、命じてはいないから。
 ならば自分が言うべき事、やるべき事はここにはない。
 この世界での主役は彼であり、盤面を動かせる手はガムテにのみある。
 マスターではなく界聖杯に象られた駒の立場を、彼女は弁えていた。
 

「誰だよテメーは。いきなり現れて好き勝手言ってんじゃねーぞォォ〜〜〜〜〜?」

 ガムテが動く。
 初手からの罵倒、かなり警戒(キ)ているらしい。
 持ち前の危険感知は、舞踏鳥(プリマ)より鋭敏に信号を送っている。
 この状況で男性アイドルがお出迎えしてくれたと茶化すほどお花畑ではない。
 既に彼には透視(み)えているからだ。マスターの特権で得た『敵』の能力を把握する権限を。

「ああ、失礼。自己紹介がまだでしたね。
 こういった場面で、最初に身の上を明かす時は少なかったので。
 では改めまして。招待に応じていただき有難うございます。
 この聖杯戦争に招かれた英霊が一騎、アサシンのサーヴァントです」

 役職(クラス)を平然と開陳する衝撃を忘れそうになるほど、動揺の片鱗も見られず自然に受け応える。
 略式のお辞儀での一礼を上げた後、ガムテ達が立つ入り口前から右の、茶器一式が机に揃えられたソファに向かうよう促した。

「ささやかですが、お茶の準備がございます。
 一時の間ですが、この暑い日に起こし下さった労苦を少しでも癒やしてくだされば幸いです」
『マ〜〜マママ! いい心がけだね! どの時代でもおもてなしの心は共通なようで結構だよ!』

 脳内で聞こえるだけの声はやがて現実に響き、声を発する器官から直に放たれる。
 空室だった事務所内に、人の気配が満ち満ちていく。
 たった一人が現出するだけで、部屋全ての空気を我がものとする支配領域。
 英霊が有する覇気(カリスマ)のせいであり、また単純に物質的に、英霊が一室に収まりきらないほど巨大なせいでもあった。


437 : 283さんちの大作戦〜紳士と極道編〜 ◆HOMU.DM5Ns :2021/09/03(金) 19:52:31 mGaykMeg0

 たるんだ頬。
 皺だらけの肌。
 されど内包する覇気、怪物性共に全盛からの陰りはなし。
 首から上だけを実体化するという器用な真似をするのは、尽きせぬ食い意地の為せるわざか。
 通り名のそのままに、ライダーのサーヴァント、シャーロット・リンリンは空気を圧迫せんばかりに一室を占拠してしまった。

「おーいライダー、実体化(ダ)すのは顔面(カオ)だけにしといてねー。ここ狭いから天井ブッ壊れちゃうからよ〜〜〜〜」
「問題ないねぇ! 口さえありゃあ!!」

 ガムテが心中で舌打ちする。
 お茶と聞いた時点で嫌な予感はしていた。
 己の相棒は一度興味あるものに目が行くと、どう転んでも面倒くさい事態になるのだと経験則で。

「わざわざセッティングしたんだ。 そっちもお茶だけで済ますって気はないんだろうが、甘いお菓子の前で不味くなる話はご法度さ。
 さあさあ見せておくれ、キラキラな宝石でいっぱいの玉手箱を! それぐらいのものを引っ提げてくれたんだろうねぇ?」

 まだ舌に入らない美味の期待に法悦の心地で詰め寄る。
 舌なめずりがアサシンの頬を横切るほど近づいて。
 暗に、下手な品をお出しするようなら、その時点で会合も交渉も無為に帰すと。

「ええ、もちろん。あなたのお眼鏡に叶う品を選んだつもりですよ」

 テーブルに積まれた紙箱から漂う香りに目が食一色に染まって、思考が蕩けていたライダーに代わって。

「………………あ"あ"?」

 見過ごせぬ違和感、捨て置けぬ問題に、ガムテが荒げた声を上げた。


「テメ〜〜〜この美形(イケメン)。なんで俺達がここに襲(ヤ)って来るって知ってるんだ?」

 第一、アサシンはここで何をしていたのか。
 お菓子を買って、お茶を淹れて、ひとりでティータイムを楽しむ気でいた?
 安全が確保されるでもない場所で?
 マスターだったアイドルが死に、それがテレビで報じられた。
 283プロは話題の中心であり、マスターであれば聖杯戦争と何らかの関連性を見出す。
 そこでのうのうとお茶会に興じるのに理由があるとすれば、来訪者への待ち構え以外にない。

 では誰をだ。
 来る者拒まずで来訪してくる相手全てと接触する気でいたのか。
 いや、そんな不確定性に委ねる準備はされていない。男の用意は周到だ。
 予めここに来る相手を特定し、それ用のセッティングをしていなければまず説明がつかない。
 そこで出された『お茶会』というワード。これは完璧に自分のライダーを狙い撃ちした構えだ。

 だが何故だ。
 ガムテが283プロに来ることを、どうやって嗅ぎつけたのか。
 ガムテとアイドルとを結びつける接点など見つけようがないはずだ。繋がりの糸など伸びておらず、接触も────
 

 カチリと。
 ガムテの脳で、喪われてた欠片(ピース)のはまる、引かれた撃鉄のような音を立てた。



「先程告げた通りですよ。”お待ちしておりました”と。」


 カーテンの幕が降りた室内に、冷気が漂う。


「貴方達が遠からずこの場に来てくれることは予測していました。
 白瀬咲耶とそのサーヴァントを撃破し、今朝のニュースでその失踪を報道を目にした。
 ”死体を晒したわけでもないのに、自分達が仕留めた女が報道されるのが早すぎる”。
 意図はどうあれ、貴方達の目は自然と283プロに向く。数少ない苦戦を強いられた敵でしょうからね」


 言葉は醸造する。
 傲岸の王を殺す、毒酒の杯。


「そして貴方達が到着するのに先んじて、ここの職員に働きかけ、会合の場を作らせた。
 白瀬咲耶同様、私による誘導だとは気づきもせずね」


 観客から見えない幕内の舞台の上で、劇の開始のブザーが人知れず鳴った。


「そう、これは全て私が仕組んだ事なのですよ。
 東京中に蜘蛛糸を張り巡らせる──────この『犯罪卿』がね」




 ◆


438 : 283さんちの大作戦〜紳士と極道編〜 ◆HOMU.DM5Ns :2021/09/03(金) 19:54:00 mGaykMeg0




「……つまり、白瀬咲耶を連中にぶつけたのは自分だと騙すってことか?」

知らず力がこもった五指で、アーチャーの大型ライフルの銃把から、微かに軋む音がした。

「他の陣営が283プロに抱いてるのは“白瀬咲耶はマスターだったのか”、“もしそうだとしたら他にもあそこにはマスターがいるのか”という疑念です。
 前者についてはもう調べようがないですが、後者については率先して煽り立てる勢力がいるので注目は募る一方です。
 これを解消するには、”全てを仕組んだ黒幕”というスケープゴートを用意しなければなりません」

 アサシンは否定も肯定でもなく、説明を続けることで意思を示す。

「“白瀬咲耶及び283プロは聖杯戦争で暗躍する者の隠れ蓑であり、彼女らは利用された犠牲者だった”。
 そうした筋書き(シナリオ)を伝播できれば、NPCへの被害は格段に減らせるでしょう」

 疑心の源は見えないことだ。
 敵は誰なのか分からないから、隣人を疑い、恐れを抱く。
 拳の振り上げどころが見つからない不満が澱になって積み重なり、騒乱の火種が仕込まれる。
 “我々の生活がいっこうに豊かにならないのは、原因である悪がいるからだ”と捌け口を探す。

 だから席を用意する。
 いがみ合う民衆の耳目を1ヵ所に局注させ、糾弾による団結を促すことで結果的に世界を救う、反英雄を生み出すのと同じに。

「アイドルにマスターがいる事自体は状況が進めばいずれは知られてしまいます。ですがその頃には283プロへの興味は薄れている。
 中盤以降はどの陣営も複数の接触を果たしてる筈。
 いるかどうかもわからない脅威に気を配るより、確実にいるとわかってる敵に対処する方が先決ですからね。
 同じ理由で、『裏に潜む蜘蛛』も火付きが悪いとみれば早々に見切りをつけます。
 ───性別は不明なのであくまで便宜上『彼』と呼称してますが、彼にとって283プロは、騒動で他陣営を炙り出す数ある観測所のひとつでしかありません。
 いつまでも火が立たない場所に拘泥して本命を取り逃がし、足元を掬われる無様は決して犯さない。
 我々の動きを誘導、抑制できただけでよしとするでしょう」

 そこまで言い終えて、傾聴したアーチャーの反応を待つように一旦口を閉じた。

 犯人役は、狡猾で、悪辣であるほど望ましい。
 敵はやり手だ。NPCに情報を握らせるヘマはしていない。拷問しても無駄だろう。
 そう思わせられれば、少なくともマスター以外の283のアイドルを指定しての危害が加えられることは無くなる。
 
 筋は通っている。
 不満、不審な点はアーチャーからは何もない。
 マスターの要望通り、サーヴァントは依頼を完遂させる手を打ち出した。
 しかもそこにはアーチャーのマスターである七草にちかの思いも、追加で込められている。
 勝ち抜く上ではまったくの無益な子供の我儘に、全力で向き合い、計画を練った。
 利用するブラフにしては払うリスクがリターンと釣り合ってない。本気でアサシンは、283プロを救う為の動きをしている。
 本人に言わせれば、”マスターが生き残り、生還する策としてこれ以上のものはない”としたり顔で言いそうだが。
 

「……それが、俺を連れてきた理由か?」

 なので、計画についてでなく、前々から捻っていた問題の添削を求めた。

「ずっと疑問だったよ。そこまでひとりで考えてるあんたが、なんで俺にただ待機するような指示を出していたのか。
 俺のマスターに頼まれた手前もあるし、最初は敵へのいざという時の牽制かと思った。
 けど戦闘になったらその時点でこの作戦は失敗だ。はじめから戦わない立ち回りなら、使わない銃を遊ばせておく余裕なんてないだろ」

 非戦で事を収められる確率は高くはないと事前に進言した。
 敵戦力は強大でこちらでは単純な力負けもあると。
 直接戦闘に長けてるわけではないと、同盟成立時に申告している。
 だったら予備の戦力を控えさせる意味はない。
 幽谷霧子に付いていたイレギュラーの対処に、マスターの元へ戻らせて護衛をさせた方が余程合理的だ。


439 : 283さんちの大作戦〜紳士と極道編〜 ◆HOMU.DM5Ns :2021/09/03(金) 19:54:47 mGaykMeg0

「あんたの本当の狙いは、俺に自分の手口を見せることだ。違うか」
「……私という英霊を知ってもらうには、こうして直接見せるのが一番手っ取り早いと思いまして」

 ばつが悪そうな顔をして、アサシンは薄く笑った。
 直接口に出さず隠していたのを、彼への非礼だったと自らの浅慮を戒めるような。
 悪戯がバレて咎められている子供のような、恥じ入りと自嘲が混じった顔だった。
 
「私という記録、人類史に刻まれた足跡。
 それら殆どは騙す、欺く、謀るに集約されます。
 私の功績。私の罪業。
 遥か過去に起きたこれらは英霊を構成する材質として組み込まれ、もはや永劫切り離せることはありません」

 英霊召還は本来、ある役割に対処する為に編纂された術式であるという。
 ならもし仮に自分にその番が回った時、求められる演目とは……結局、そこに尽きる。

「だから貴方には知ってもらいたかった。
 私が何を為す者なのか。私が為した事で発生する事象は何なのか。
 もし仮に、私の行う悪が貴方がたを、そして我がマスターにすら望まぬ結末を招くと判断したのなら。
 貴方には私の背に銃を突き付け、引き金を引く選択の権利がある。私は黙してその判断に従うでしょう」

 犯罪卿は悪と血に濡れている。
 手はおろか全身、魂にまで血臭がこびりついている。
 手ずから貴族を手にかけ、首都を火の海に沈め、民と貴族の呪いを一身に受け。
 全ての汚濁を抱え、追いついた希望によって谷底へと墜ちる。

「それが───この界聖杯で初めて出会った私に協力を約束してくれた、貴方への最大の誠意です」




 ◆




「“ガムテープの子供達”は、既に聖杯戦争に着目する者には公然の都市伝説と化しています。
 市井のマスターには恐怖の硬直を与え、サーヴァントにとってはまたとない広告塔として機能する」

 論説は展開され続ける。
 聴講生によく聞こえる発声で、説明は論理的かつ簡潔に。
 大学内でも若さと有能さで人気の教授の授業風景とはこのようなものだったのか。
 過去のイギリスにあった日常が、現代を模した世界の一室で再現される。
 

「そして子供というキーワードに検索をかければ、更なる真実も見えてくる。
 1ヶ月前から、チェーン店から高級ブランド、デパートに個人店、和洋を問わず片端からお菓子の買い占めが連続しています。
 販売企業としては歓迎でしょうが、一般家庭にとっては困りものですね。少数精鋭の高級店としてもアポ無しの独占でリピーターに届く分まで無くなっては、苦情のひとつも出るというもの」

 空の手を翻し、デスクに置かれていたプリントの束をつまんで広げて見せる。

「クレーム内容によれば買い占めた客は皆一様に成人を越えてない子供。
 少々物言いは失礼ですが、とても高級菓子に手を出せる身なりでないにも関わらず、大量の札束やブラックカードで半ば強引に買い取っていったそうです。
 流石に目立ちすぎると考えたのか、ここ最近は頻度を控え、ネットショッピングに切り替えていますね。
 東京都の外に物理的な制約はない。外界そのものがあるかすら怪しいですし、ミリタリーバランスを崩すレベルの銃火器でもなければ供給に不足は起きないでしょう。いい手段です。
 もっともこうも目を疑いたくなる単位で出荷されれば、業者間の話題に登るのは避けられませんが」

 菓子業界の売上の推移グラフ。 
 リサーチした被害に遭った職人のクレーム。
 エトセトラ。エトセトラ。
 東京中にバラ撒かれた情報を隈なく目に通し、ひたすらに計算を重ねて導き出された数値は、虚偽なく事実を浮かび上がらせた。

 ガムテープの集団と、甘味界を席巻する巨大口のクライアント。  
 浮かび上がるのは、現代の食事に興味を寄せるサーヴァントと、確保に追われるマスターの構図。
 外部に露出しても形態は続けてる点から、サーヴァントにとって生命線に成り得る要素なのか。


440 : 283さんちの大作戦〜紳士と極道編〜 ◆HOMU.DM5Ns :2021/09/03(金) 19:56:03 mGaykMeg0

 羽振りの良さから集団の組織力はかなり高いものとなる。
 構成員全てが、この国での成人指定を下回る年齢で占められている。
 社会から外れたストリート・ギャングや、費用対効果の高さから紛争地で多様される少年兵の発展系か。
 指令を下す上役はいるようだが、界聖杯でそこまで再現されてるかは不明。ある種のストッパーが外れてるに近い。


 紐解く。
 暴き立てる。
 解体する。
 名選手は名監督に非ずだが、名犯罪者は名探偵足り得る。 
 その代表格こそがジェームズ・モリアーティ。 
 世界を革命する力を得ようと結託した3人の共犯者(きょうだい)。
 悪の視点から善を逆算し、善を食い物にせんとする悪を喰らう。
 因果逆転、運命干渉。
 それら超常異能を用いずに観察眼で真理を見抜く、『人』の属性の極地の一。

「これらの移動が重なり合う地点に焦点を絞れば、白瀬咲耶とのセッティングを仕込むのは難しくありません。
 後の経過は、当事者であるそちらが詳しいでしょう───」

 途切れなく進む講義により口を開くのはアサシンのみ。
 まさに独壇場だった室内の空気が、不躾に割り込んだ一声で反転した。


「で? それが何だっていうんだい?」


 実体になっているのは顔面だけ。
 胴まで霊体化を解けば、頭は天井を突き破り、足は床下を踏み抜く。
 これ以上実体部分を増やせば、内から283プロが圧潰される光景を日中からお披露目する羽目になる。
 いわば事務所内に入った時点でライダーには枷が嵌められていた。

 それでもなおこの、圧倒的な存在感。
 自分を差し置いて場を取り仕切る真似は許さないと、言葉による侵略が開始される。
 
「情報は鮮度が命、旨い時期に収穫しなきゃすぐ味が落ちちゃう。
 ガキ共の動きからおれにまで繋ぎ合わせて待ち伏せたのは大した腕じゃないか。
 ───とでも言えばそれで満足するのか? 違うだろお!?
 おめェみたいな知恵自慢は昔から何人も見てきたし……そいつらが次にどうするのかだって、おれは何度も試してるのさ」

 自分達の情報を掴んでる。だからなんだというのか。
 弱みをチラつかせて強請れば、自分に有利な条件で同盟を結べるとほくそ笑んでるのか。
 だとすればとんだ侮辱だ。
 喧嘩を売られて買わないようなら、海賊名乗ったりなんてしてしない。

「ご慧眼。流石は本戦を常勝で進んだ英霊です。
 私はこの通り武に長けていません。こうして一席設けるにも、今回のように手練を尽くさねばなりませんでしたので」

 未だ茶の一杯にもありつけてないライダーの正気の導火線が短いのは、一見すれば承知だろうに。
 アサシンはあくまでペースを崩さず、茶葉を蒸らす時間を確かめて、カップをテーブルに並べていく。

「……気に食わない、気に食わねえなぁ、その余裕な態度。
 まさかと思うがおめェ、たかがそんな紙束集めたからって、おれと対等な立場だとか自惚れてねえよなあ……!?」
「生前の功績に関わらず、サーヴァントして召喚された立場で言えばある意味で我々は対等ともいえませんか?」
「マママ! 言うじゃねえか。だったらここでおめェの持ってる情報とやらを全部むしり取っても文句はねぇよなぁ!」

 欲しければ奪えばいいが海賊の流儀だ。
 それが自分を舐めてかかる青二才なら尚の事。
 今ライダーは、目の前に策士ヅラでノコノコと姿を見せた、自分は法に守られてると驕ってる男に、無法という荒野に裸で放り出してやりたくて仕方がなかった。


441 : 283さんちの大作戦〜紳士と極道編〜 ◆HOMU.DM5Ns :2021/09/03(金) 19:57:17 mGaykMeg0
 
 アサシンの理路整然とした調和の雰囲気を吹き飛ばす、暴の念。
 只、我意あるのみ。
 空気など読まない。
 海を往く荒くれ共を纏め上げるには、清澄では務まらない。
 世に蔓延る無法者(アウトロー)を力づくで押さえつける腕っぷしのみが資質を問われる。
 老年の女海賊たるライダーこそは、その座の頂点の跡目争いに食い込む最大勢力の長なのだ。

「傘下に入るって言うのなら今が潮だぜ。そしたらもう少し生かしてやるさ。ご自慢の情報できっちり働かせてやるよ。
 その場合もらうものはきっちり頂くがな!」

 権威の恩恵に預かるため、自分を売り込んだ海賊を婚姻という形式で一族入りをさせるのも、勢力拡大の常套手。
 ビッグ・マム海賊団の掟。
 来るものは拒まず迎える。
 去るものは絶対に許さず殺す。
 忠誠の証に捧げるのはお菓子か、あるいは、寿命か。

「それに別の世界の未知の生き物……サーヴァントってのはコレクションするに相応しい逸品さ!
 サーヴァントの魂なら、どれだけ強力な兵士になるか楽しみだねぇ……!」

 傍若無人なれども、ライダーは秩序を愛する。
 己を中心に回る秩序こそが生きとし生ける者の幸福だと疑わない。
 最後に残るのは一組だけでも、ライダーにとっての聖杯戦争とは、敬愛するマザーから継いだ夢を実現させる橋頭堡だ。
 差別のない平和。
 どれだけ隔てた異種族でも平等な目線でテーブルにつける世界。
 生来の怪物性に飲み込まれ、曲解と解釈が入り組んだ今でも、純粋さだけは失われていない。

 
「さあ、腹くくって決めてもらおうか!!
 LIFE OR TREAT……!?」

 敵対か。恭順か。
 選択を迫る言葉と同時に、ライダーの体に収まってる”悪魔”の手がアサシンに伸びる。

 魂の言葉(ソウル・ポーカス)。
 超人(パラミシア)系悪魔の実「ソルソルの実」の能力による、生命から寿命を引き抜く呪文。
 寿命は魂、生命エネルギーとして蓄積され、無生物に吹き込んで新たな命を与えられる。
 魂の情報、霊基構成を簒奪する機能に変質された能力は、高次元の魂の塊であるサーヴァントにもこれは有効となる。

 喰らえば、喰らわれる。
 貪食の女王から逃れる術はない。
 対象が魂や精神に干渉できる術技を備えているのなら抵抗の可能性も残されるが、アサシンに魔術の素養は無い。
 

「─────────なるほど。
 察するに、今のワードに反応して対象の魂に何らかの干渉を行う能力のようですね
 只人の頃では何も分からなかったでしょうが、サーヴァントなった今なら、私の魂に『何か』が触れてきたのを感知できます」

 
 故に。
 因われた魂に何のの変化も起きないとすれば、はじめから効果の適用を外れているからでしかない。


「私の魂の行き着く先、還るべき安息の地は既に決まっている。
 生憎ですが、貴方にあげられる分はただの一欠片たりともありません」

「…………ッッッ!?」


442 : 283さんちの大作戦〜紳士と極道編〜 ◆HOMU.DM5Ns :2021/09/03(金) 20:02:40 mGaykMeg0


 魂の言葉(ソウル・ポーカス)発動の条件。
 それは能力者に僅かでも恐怖の念を抱くこと。
 地上天海に猛者がひしめく偉大なる航路(グランドライン)で、この能力自体の脅威は薄い。
 海軍本部、王下七武海すら迂闊に手を出すのを憚れるビッグ・マムの強大が組み合わさることで、回避不能の技へと昇華されたのだ。
 
 その武威が、通じていない。
 その身から魂を抜き取れない。
 つまりアサシンは、ライダーに恐怖していない。
 はたけば潰れる実力差で。今それが簡単に叶う間合いに詰められてまで。
 諦めず、逸らず、一歩も退かずに我々は互角だと張り合う胆力と精神力を保っている。

 
 非力を自嘲し、悪を重ねた穢れた魂を恥じる青年にも、見上げる星があった。
 美しく、憧れた希望。みんなのヒーロー。
 手に取って間近で見たいと何度願ったか知れない。
 人が幾ら星に手を伸ばしても、掌は虚を掴むだけだと、知らない歳でもないのに。

 けれど奇跡は起きた。
 星は青年の手の中に、自ら墜ちて来たのだ。
 星もまた青年を追いかけ、共に手を取り合う未来を夢見ていた。

 あれはまさに奇跡だった。
 どんな処理速度の演算機でもこの未来は導けなかっただろう。
 ウィリアム・ジェームズ・モリアーティの魂の絶頂は、重力の速さで終えるあの一瞬にこそあった。
 その魂を守るためなら、どんな災厄とも戦える、覚悟の火を燃やせるほどに。


「ハ〜ハハママママ……。よく言ったよガキィ。
 身の程も知らずにケンカ売ってくるそのクソ度胸。顔も雰囲気も全然似てないクセに、おれを一番怒らせた奴に腹立つくらい似てるねぇ…………!!!」

 逆に面子を潰された格好になったライダーが、怒り心頭に叫ぶ。
 湯が沸騰するほどの憤慨で、素で大きな顔が更に膨張したような錯覚を受ける。
 いや、事実そうなってるのかもしれない。天井と床は見えない圧力を押し付けられて、今にも底が抜けそうになるほど軋んでいる。

 会談は破断した。ならばここにいるのは敵同士。
 せっかく穏便に事を済ませてやろうとした厚意を踏みにじられたなら、手加減する道理もない。
 望み通りに消し炭にしてやる。叩き潰してやる。噛み砕いてやる。
 太陽と熱波と雷雲の稲光を従えて完全に実体化する───寸前だった気配が、ぱしんと、音もなく消えた。

 サーヴァントへの魔力供給のカット。
 お菓子を食らうことで自前で魔力を生産できるライダーだが、根本的な決定権はマスターにある。
 思わぬ窮地で錯乱の極みにあるマスターが、盾になれるサーヴァントに出撃許可を与えられないあまり、戦闘に参加できないように。

『ガムテェエエエエ〜〜〜〜ッッッ!!! テメエ、誰に指図してんのかわかってんのか!?』

 マスター以外には伝わってはこないが、怒鳴り散らすライダーの声が容易に想像できる。
 実際に念話で聞いているガムテは何も言わず、アサシンに向かって歩きだす。
 無防備な接近に、静観していた舞踏鳥(プリマ)も思わず呼び止めたくなる。
 アサシンと触れ合う寸前にまで近づいたガムテは、互いに黙視(ガン)を交わして。



「あ"〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!!!」



 デスクに短刀(ドス)を突き立てる。
 適当に掴んで投げた湯呑みが冷蔵庫にぶつかって四散する。
 ソファを蹴り上げて180度反転させる。
 テーブルの上に置かれた茶器とお菓子は残らず地べたに落とされる。

「あ"あ"〜〜〜ッ!!!
 あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ」

 狂って壊れた胡桃割り人形(ナッツクラッカー)。
 繰り返し繰り返し叫声がループする。
 走り回っては手当たり次第に引っ掻き回し、倒れても転がって倒壊をお越し、立ち上がってまた暴れる。
 子供の姿をしたモノがのたうつ惨状は、控えめに言っても地獄と呼ぶ他になかった。


443 : 283さんちの大作戦〜紳士と極道編〜 ◆HOMU.DM5Ns :2021/09/03(金) 20:03:38 mGaykMeg0

「あ"〜興醒(シラ)けた! 面白(オモシレー)戦争が見れると思って期待してたのにツマンネー事しやがってクソが! クソがクソがクソが!
 帰るぜ舞踏鳥(プリマ)! あと冷蔵庫からお菓子取って来い! どうせまだ貯め込んでんだろ!」

 唐突に我に返り、あらんかぎりの罵倒でまくしたてる。
 やがて語彙も尽きると、笑顔の鉄面皮を崩さないアサシンに興味を無くしてそそくさと踵を返した。
 扉を出る直前、悪童は無邪気とは正反対の極みにある顔で振り返って。

「俺は破壊の八極道、『割れた子供達(グラス・チルドレン)』のガムテ!
 『バンダイっ子』とか言ってたなお前〜〜! 殺人の王子様(プリンス・オブ・マーダー)の名に懸けて、テメーは絶対(ゼッテー)、最悪の病気(ビョーキ)にして殺す!!」

 中指(ファックサイン)をキメて、今度こそ階段をばだばだと降りて行った。。


「彼女に言伝をお願いできますか」
「嫌よ」
「”茶会はまた次の機会に。今度はこちらからご挨拶に伺います”と」

 紙箱を抱えて台所から出てきた舞踏鳥(プリマ)に、半ば強引に伝言を渡す。
 壮絶に嫌そうに顔を顰めるも、それ以上踏み込むこともなくガムテの後を追った。



 ◆


 
 嵐が過ぎ去った後、とはこのことか。
 荒れ放題になった事務所は、物盗りの仕業にしては破壊の規模が大きすぎて、次の来客に誤魔化せそうではない。
 気持ち的にもそのまま放置するのは落ち着かないので、片付けをしたいものだ。
 その中の、数少ない足の踏み場のあるスペースに、霊体化を解いたアーチャーが乗り込んだ。

「これで上手くいったのか?」
「はい。あのマスターは予想よりずっと知能が高い、そして相当なプロ意識を持っている。
 私の名乗りに自分も通り名で返したのがいい例です。プロは相手を選ばないが場面は選ぶ。
 マスターの繋がりがあると確信がなければ、襲撃を続ける真似はしないでしょう」

 第一宝具で作成した『計画』は、滞りを起こさず実行を完了した。
 自陣の情報を握る相手が現れた。相手は否応なしにその対処に迫られる。
 これまでのように迂闊な動きをすれば、さらに尻尾を引っ張られて動きを縫われると理解を促した。

「ここの注意を逸らせたのはいいが、今度はあんたが狙われることになったんだぞ。本当にそれでよかったって言えるのか」
「追われるのには慣れてますよ。衝動でなく意思を以て殺害を行うのなら、私の領分です。
 この分野でなら、私は決して英霊相手にも遅れは取らない」

 ここから先は、より洗練し統率された殺意の暗殺者が跋扈する。
 敵に塩を送った形にしか見えない教唆。
 だがモリアーティの想定する最悪とは、無秩序を引き起こす暴力と無差別を軸にしたテロ行為。
 ”街に潜む悪”の役割(カバー)は、何も283プロの疑惑を拭うだけの設定ではない。
 以後の勝負の土台を自身の得意分野に持ち込む布石としても機能するのだ。

「本当に対処ならないのは、ライダー女氏のような災厄的な存在です。
 そこについても、マスターとの足並みの揃わなさ等付け入る隙を見つけられました。
 海賊帽子、巨体の老女、無類のお菓子好き、魂の干渉……これだけ出揃えば特定は容易い」

 強大な英霊と、聖杯戦争を勝ち残れるサーヴァントは、決してイコールに結ばれない。
  性質が似通ってるが故に、絶対にすれ違う部分で足並みが揃わない主従関係。

「私に注視するということは、貴方に背中を晒すのと同じ意味です。
 タイミングは、お任せしますよ」

 ……モリアーティの仕掛けた計画は、守りの為ではない。
 追う側を追われる側に回させる、積極的に戦況を塗り替えていく攻めの為の下地だった。


444 : 283さんちの大作戦〜紳士と極道編〜 ◆HOMU.DM5Ns :2021/09/03(金) 20:04:31 mGaykMeg0

「マスター達から連絡は? 令呪の行使や因果線(パス)の異常がないので問題ないとは思いますが」
「ああ、全員無事だ。説明はいるか?」
「いえ、私がマスターから直接話を聞きますよ。そろそろ心配してる頃でしょうから」

 ガムテを出迎えてる最中に、摩美々との念話の回線はカットしていた。
 向こうも状況が穏やかでないのは承知してるものの、流石に並行しての交渉は進められない。
 事前に気をつけるべき点のアドバイスしてはいる。とはいえ耳で聞いた話だけでは『計画』の精度も落ちてしまう。
 些細な問題でも聞き出して、フォローの必要があるか検証しなくてはいけない。

「アーチャーは先にマスター達の所へ戻って警護をお願いします。
 指示を出す必要が出てきたら、私のマスターに伝言を頼みますので」
「まだここで何かするつもりか?」
「最後に一仕事がありそうなので。
 こちらは危険度は先程のよりぐっと落ちるので心配にはお呼びません」
「櫻木真乃、か」

 283プロ所属アイドルのうち東京都在住は7人と、白瀬咲耶も含めた事務所寮住まいの5人。
 界聖杯の設定にあたって神奈川から移住された田中摩美々と、病院寮の幽谷霧子。
 替え玉による283プロの事業縮小と、プロデューサー本人からの避難勧告。
 地方ロケや泊りの企画を挟んでなるべく都外へ出るよう調整したスケジュールで、一人だけ今日東京で仕事中のアイドルがいる。

「彼女がマスターであれば、会社の連絡を受けてここに足を運ぶ確率は高い。
 叶うなら合流、最低でも283プロの現状だけ知ってもらうべきです」

 スケジュールでは、別事務所の人気急上昇中のユニットのセンターとの共演。
 白瀬咲耶の件は平等に広まっている。自分以外にアクションを起こしていれば……。
 話を聞くに摩美々に劣らず優しい性根なのは察せられる。
 補足した者がいれば、糸をつけられている可能性は留意しなければいけない。



 アーチャーも去り、今度こそ一人になったアサシンは今後の予定を反芻する。
 清掃作業の傍らで櫻木真乃の来訪に備え、マスターとの念話で情報共有を行うマルチタスク。
 生前であれば、これだけハードワークをこなした重い思考の後は必ず一定の睡眠を挟んでいた。
 脳も体も休ませずフルタイムで動かせるのはサーヴァントの恩恵のひとつだ。
 故に思考を止まらせる術もなく、うっすらと浮かび上がる懸念を検証せずにはいられない。
 
 ガムテ達に立ち回る際に組み立てた設定。
 ”白瀬咲耶をマスターと推定し、ガムテ陣営にぶつけ当て馬にした”。

 当然これは全て嘘だ。
 敵戦力を図るためにマスターの友人を犠牲にする選択など取れるはずがない。
 もっと早く知っていたら迅速に摩美々と引合せ、協力の態勢を整えていた。

 ただ。
 ”もしモリアーティが悪の枢機だとしたら、そうなるプランを立案して実行するだろう”という試行はしていた。
 
 菓子の市場調査の間も、『計画』にとって都合のいい資料がスムーズに揃った。
 限定販売だった人気のスイーツが、買い占められるより先に入手が叶った。
 予選時に起きていた、菓子系列に限定される物流の一時停止の記録すら見つかった。
 自らに第一宝具を適用させて『計画』を立案している恩恵。それも事実だ。
 事実とした上で、”同じ考えの持ち主なら探り当てる情報をバラ撒いておいた”という、別の事実があるだけの話。
 
 義憤の徒は、自ら矢面に立ち世界の革新を試みた。
 暗黒の蜘蛛は、決して自分の尻尾は掴ませず高みから世界の崩壊を見届けようとした。



 暴く者と潜む者。
 未だ邂逅する運命の見えない二人は、回る思考は知らず共有させ、幾千先の手を見据えた駒を指していた。
   



 ◆


445 : 283さんちの大作戦〜紳士と極道編〜 ◆HOMU.DM5Ns :2021/09/03(金) 20:05:51 mGaykMeg0




「ムカつくぜえ〜〜〜なにが犯罪卿だあ〜〜〜!?
 こっちは殺人の王子様(プリンス・オブ・マーダー)だぞ、王子の方が偉いに決まってんだろうがボゲがあッ」

 再び暑い夏の道を少年と少女は歩く。
 一度起こした癇癪の波は収まらず、先程から口々に汚い台詞を吐き捨てる。
 傍につく舞踏鳥(プリマ)はそんなガムテを吐くがままにさせ、咎めたりする様子はない。

「ねえガムテ。あいつ、そんなに危(ヤバ)いの?」

 ガムテが敵を全力で罵倒するのは、その相手を最大に評価している証だからだ。

「ああ、最悪(ヤベ)え。アレは極道(きわみ)と同類だ。
 話を聞いた時点で取り込まれて、感情(こころ)も肉体(からだ)も自覚しないまま何もかも操られちまう」

 輝村極道。
 輝村照の実父。
 そしてガムテの恩敵。
 忍者と極道の全面戦争。その極道側を取り仕切る人心掌握の魔物。

「あいつに交渉する気なんざ最初(ハナ)から無え。
 俺らを挑発(ひやか)して調子狂わせて、外から主導権(イニアチ)盗るのが狙いだ」
「じゃあ、やっぱりアイドルに襲撃(カチコミ)する?」
「駄目だ、それだと今度は他の敵を寄せちまう。
 幾ら俺らでも、忍者を超える超人に棒叩(ボコ)られたら確実に敗北(まけ)る」

 無敵にお思えたライダーにも、水辺という思わぬ弱点が露呈した。
 話を聞かされる間合いに入られた時点であちらの策は半ば成功していた。
 “要は敵を全員殺せばいい”。
 ガムテ達もライダーも好んで使う最短の問題解決法を、紳士は初手で封じてのけた。

 毒酒は呷られた。
 ガムテの体内には思考を鈍らせ、手足を痺れさせる陰謀(カンタレラ)が回り始めている。
 これからあらゆる活動の裏に、あの犯罪卿の影を窺わなければならなくなる。
 それとなく示唆された「今のままのやり方では長くないぞ」の忠告に沿っても。
 逆張りで反対にやり返しても、
 どちらも掌の上。蜘蛛の巣からは逃れられない。
 現実に起き得るかは重要じゃない。
 こいつやってもおかしくないというイメージを植え付けられた事が、どうしようもなく致命的だった。



 界聖杯の『割れた子供達(グラス・チルドレン)』の練度は、本来より落ちている。

 300人のプロの殺し屋をデフォルテで配下に据えられるのは均衡を欠くと判断したのか。
 命惜しさに女王を白状(ゲロ)る奴。
 勇み足でマスターに挑みかかり組織の存在を気取らせる奴。 
 極道にはありえないような失態(ミス)を、ここでは幾つも犯してる。
 元の世界にいなかった、ガムテも知らないメンバーが増えていたりすらもする。

 彼らは殺人(コロシ)に特化した集団。前段階の敵を捜す諜報戦にはとことん不向きだ。
 普段殺すべき標的はガムテか、雇い主である極道(きわみ)からの指示で知らされる。
 そのガムテも、都内全域に潜伏するマスターを見つけるには骨が折れる。
 そこでターゲットを自分で見つけて殺す新規イベント”マスターブッ殺し課題(クエスト)”を開催する事でメンバーの射幸心を煽った。
 モチベは上がったが弊害で、社会への露出度も広まってしまった。

 雇い主の極道(きわみ)からの命令系統の不在。
 都内全域に潜む見えないターゲット。
 散発的になり、襲撃が返り討ちにあう確率の増加。
 これらの要素が、歴戦の殺し屋を浮足立たせている。

 地獄への回数券(ヘルズ・クーポン)で強化された殺し屋の人海戦術は、マスター相手には脅威だ。
 白瀬咲耶を例に、既に幾つか戦果も挙げている。
 しかし今回、こちらの動きを補足し実態を掴んだ陣営が現れた。
 あのアサシンが情報を売り飛ばせば、またたく間に自分達の存在は聖杯戦争で周知のものになる。
 そうでなくても、襲撃を返り討ちにしてる連中は確実に察知している。

 脅威であることは、そのまま矛先を一様に向けられる要因になる。
 マスター狙いの大量の暗殺者(アサシン)を警戒し、複数が団結して潰しにかかる。そんな選択も取りようがある。
 犯罪卿が目論んでるのもその筋書きだろう。
 第六感が知らせたのはこの事だったのか。やはりライダーに任せてあの場で倒しておくべきだったのか?


446 : 283さんちの大作戦〜紳士と極道編〜 ◆HOMU.DM5Ns :2021/09/03(金) 20:07:43 mGaykMeg0

 


「ねえガムテ。
 界聖杯(ここ)の私達って、そんなに頼りない?」
 
 頭がから回るガムテにそう問いかけた舞踏鳥(プリマ)は、湖面に波紋を立てず佇む白鳥より澄んでいた。

 NPCの『割れた子供達(グラス・チルドレン)』には、未来(いのち)がない。
 サーヴァントに殺されても、優勝者が決まって世界の崩落に巻き込まれて死ぬのも同じこと。

 全部理解している。
 この身がどこかの誰かの複製で、この思いも全て作りものでしかない。
 偽物だらけの場所で何の価値もなく生きていた目に、熱く光輝く『本物』が焼き付いた。
 ガムテという『本物』がいれば、偽物にも価値が生まれる。
 ガムテを生かし、ガムテのために戦えば、散った行いも『本物』になれる。
 命は、受け取ってくれる誰かがいて、初めて生まれるものだから。

「悩むことなんて何もないわ。あなたの思う通りに殺(ヤ)りなさい。
 殺(ヤ)りたい奴が殺(ヤ)ったなら勝ちでしょ。私は、私達は、誰が相手でもちゃんと精一杯殺すから」

 舞踏鳥(プリマ)はそんなガムテを後押しする。
 貴方はそんなところで足踏みしていい人じゃない。
 貴方はもっと高く、何処までも跳べる人でしょうと。
 
 声援を受けたガムテは、幼い頃の眩い思い出に目を輝かせ、一度大きく頷いてから顔を上げた。

「……いいや。そんなわけねえ。そんなわけはねえよ。
 界聖杯(こっち)でも元世界(あっち)でもお前らは最高の『割れた子供達(グラス・チルドレン)』。
 心の壊れた子供はみんな俺が味方する。みんなで仲良くブッ殺す」
 
 軽薄にして残酷。
 幼稚と狡知の反復動作。
 家を失い、人生を失い、心さえ割れて散らばった全ての子供の希望となった、殺人の王子のいつもの顔がそこにはあった。

 
 そのとき、ガムテのポケットから携帯の着信音が鳴り響いた。
 

「よォ黄金球(バロンドール)〜〜同盟(スカウト)の件どだった? 合格(イケてる)? 上出来(グッジョブ)。
 ついでにもう一個頼みあんだけどさ〜」

 伝えられた内容に満足のいったガムテは、二言三言の応対で指示を出して電源を切った。

「舞踏鳥(プリマ)、メンバー召集かけろ。マスターブッ殺し課題(クエスト)も一旦切り上げていい」
「なに。また集会(パーティ)やるの?」
「そだよ〜〜〜! これから加わる期待の新人(ニューカマー)と皆で楽しむ!
 いざ(レッツ)、歓迎会(パーリィタイム)〜〜〜!」




 蜘蛛糸の果てから。
 二人のモリアーティの顔も合わせぬ共謀は、ガムテの陣営の内実を暴き立てた。
 悪い子供は、真にずる賢い大人の餌食にされるものだと、誰かが言った。
 裏工作で自らのサーヴァントに振り回され、情報が漏洩していく。
 無敵の牙城だった呉越同舟が、共倒れの泥舟に劣化させられていく。

 だが心せよ犯罪卿。
 彼こそは悪意の可能性の器。現代のジャック・ザ・リッパー。
 廃棄(すて)られた子供達の呪(ねが)いを受け止め、凶器を持たせ狂気に導く殺人鬼。
 オマエが大人であるのなら───必ず奴等は来襲(く)る。
 もみ消した汚い罪(ツケ)を、いつまでも先延ばしにできると思うな。
 
 



 なんでもできる。なんでもなれる。
 ”頑張れ頑張れ(フレフレ)”、俺等。
 輝く未来は沼に落ち、抱きしめた刃は、みんなの夢を刺し穿つ。


 ◆


447 : 283さんちの大作戦〜紳士と極道編〜 ◆HOMU.DM5Ns :2021/09/03(金) 20:10:05 mGaykMeg0


【中野区・283プロダクション/1日目・午後】

【アサシン(ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ)@憂国のモリアーティ】
[状態]:健康
[装備]:現代服(拠出金:マスターの自費)、ステッキ(仕込み杖)
[道具]:ヘルズ・クーポン(少量)
[所持金]:現代の東京を散策しても不自由しない程度(拠出金:田中家の財力)→限定スイーツ購入でやや浪費
[思考・状況]基本方針:聖杯の悪用をもくろむ主従を討伐しつつ、聖杯戦争を望まない主従が複数組残存している状況に持って行く。
1:『彼(ヒーロー)』が残した現代という時代を守り、マスターを望む世界に生還させる。その為に盤面を整える。
2:283プロダクションに留まり、近く来るだろう櫻木真乃を出迎える。
3:白瀬咲耶さんの願いを叶えるため、マスターには復讐に関与させない。
4:同盟者を増やす。283プロダクションの仕事報告を受け取る際に噂を拾えた『義侠の風来坊』を味方にできればいいのだが。
5:"もう一匹の蜘蛛(ジェームズ・モリアーティ)"に対する警戒と嫌悪。『善なる者』なら蜘蛛を制するのではないかという読み。


【アーチャー(メロウリンク・アリティ)@機甲猟兵メロウリンク】
[状態]:健康
[装備]:対ATライフル(パイルバンカーカスタム)、照準スコープなど周辺装備
[道具]:圧力鍋爆弾(数個)、火炎瓶(数個)、ワイヤー、スモーク花火、工具
[所持金]:なし
[思考・状況]基本方針:マスターの意志を尊重しつつ、生き残らせる。
1:にちかの元へ戻り、身辺を警護。
2:『自分の命も等しく駒にする』ってところは、あの軍の連中と違うな……
3:武装が心もとない。手榴弾や対AT地雷が欲しい。
[備考]※圧力鍋爆弾、火炎瓶などは現地のホームセンターなどで入手できる材料を使用したものですが、 
アーチャーのスキル『機甲猟兵』により、サーヴァントにも普通の人間と同様に通用します。
また、アーチャーが持ち運ぶことができる分量に限り、霊体化で隠すことができます。


448 : 283さんちの大作戦〜紳士と極道編〜 ◆HOMU.DM5Ns :2021/09/03(金) 20:10:18 mGaykMeg0



【中野区・283プロダクション/1日目・午後】

【アサシン(ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ)@憂国のモリアーティ】
[状態]:健康
[装備]:現代服(拠出金:マスターの自費)、ステッキ(仕込み杖)
[道具]:ヘルズ・クーポン(少量)
[所持金]:現代の東京を散策しても不自由しない程度(拠出金:田中家の財力)→限定スイーツ購入でやや浪費
[思考・状況]基本方針:聖杯の悪用をもくろむ主従を討伐しつつ、聖杯戦争を望まない主従が複数組残存している状況に持って行く。
1:『彼(ヒーロー)』が残した現代という時代を守り、マスターを望む世界に生還させる。その為に盤面を整える。
2:283プロダクションに留まり、近く来るだろう櫻木真乃を出迎える。
3:白瀬咲耶さんの願いを叶えるため、マスターには復讐に関与させない。
4:同盟者を増やす。283プロダクションの仕事報告を受け取る際に噂を拾えた『義侠の風来坊』を味方にできればいいのだが。
5:"もう一匹の蜘蛛(ジェームズ・モリアーティ)"に対する警戒と嫌悪。『善なる者』なら蜘蛛を制するのではないかという読み。


【アーチャー(メロウリンク・アリティ)@機甲猟兵メロウリンク】
[状態]:健康
[装備]:対ATライフル(パイルバンカーカスタム)、照準スコープなど周辺装備
[道具]:圧力鍋爆弾(数個)、火炎瓶(数個)、ワイヤー、スモーク花火、工具
[所持金]:なし
[思考・状況]基本方針:マスターの意志を尊重しつつ、生き残らせる。
1:にちかの元へ戻り、身辺を警護。
2:『自分の命も等しく駒にする』ってところは、あの軍の連中と違うな……
3:武装が心もとない。手榴弾や対AT地雷が欲しい。
[備考]※圧力鍋爆弾、火炎瓶などは現地のホームセンターなどで入手できる材料を使用したものですが、 
アーチャーのスキル『機甲猟兵』により、サーヴァントにも普通の人間と同様に通用します。
また、アーチャーが持ち運ぶことができる分量に限り、霊体化で隠すことができます。


449 : 283さんちの大作戦〜紳士と極道編〜 ◆HOMU.DM5Ns :2021/09/03(金) 20:10:32 mGaykMeg0



【ガムテ(輝村照)@忍者と極道】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:地獄への回数券。
[道具]:大量のお菓子(舞踏鳥(プリマ)持ち)
[所持金]:潤沢
[思考・状況]
基本方針:皆殺し。
1:いざ(レッツ)、歓迎会(パーリィタイム)〜〜!
2:あのバンダイっ子(犯罪卿)は絶望させて殺す。
3:早く他の主従をブッ殺したい。
4:ライダーの機嫌直すのめんどくせ〜〜
※ライダーがカナヅチであることを把握しました。

【ライダー(シャーロット・リンリン)@ONE PIECE】
[状態]:健康、怒り心頭
[装備]:ゼウス、プロメテウス、ナポレオン@ONE PIECE
[道具]:なし
[所持金]:無し
[思考・状況]
基本方針:邪魔なマスターとサーヴァント共を片づけて、聖杯を獲る。
1:あの生意気なガキは許せないねえ!
2:ていうか結局お菓子食いそびれたじゃねえかクソがあ!!


450 : 283さんちの大作戦〜紳士と極道編〜 ◆HOMU.DM5Ns :2021/09/03(金) 20:11:30 mGaykMeg0
前半の投下を終了します。
後半は週末中に必ず投下します。今暫くお待ち下さい


451 : ◆EjiuDHH6qo :2021/09/03(金) 21:11:06 RC.pW9iY0
投下乙です。後編も楽しみにしています
そして昨日投下後に触れた箇所について、wikiで修正を完了したことをご報告しておきます。

田中一&アサシン、写真のおやじ、アルターエゴ(蘆屋道満)予約します
もし企画主様の方から何か前話に対する修正要求などがあった場合はそちらを優先して取り組みます。


452 : ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/09/04(土) 13:51:42 cWWQvILY0
継国縁壱、百獣のカイドウ
予約します


453 : ◆0pIloi6gg. :2021/09/04(土) 18:40:34 60jmmFdE0
皆様投下お疲れ様です!
感想は今夜中には書かせていただきますのでもう少しお待ちを。

自分も投下させていただきます。


454 : この檻の外へ ◆0pIloi6gg. :2021/09/04(土) 18:41:21 60jmmFdE0
「戻ったわ、梨花ちゃん」

 不意に耳慣れた声がした。
 不意に、とは言ったが――梨花とてマスターである。
 たとえ姿が見えなくとも、彼女が帰ってきたことは気配と感覚で分かった。
 セイバー・宮本武蔵。日本人で知らない人間はまず居ないだろう、天下無双の大剣豪。
 何故武蔵が女なのだ、というツッコミはもはや再三繰り返されてきたものであるため割愛する。
 どことなく出かける前よりも肌の色艶が増している気がしたが、それを指摘するよりも先に、聞かねばならないことがあった。

「……どうでしたか、セイバー」
 
 梨花の言葉に、武蔵は無言で首を横に振るだけだった。
 それだけで言わんとするところは十分伝わる。
 見つからなかった。やっぱり、白瀬咲耶はどこにも居なかった。

「そう、ですか。じゃあ、やっぱり咲耶は、ライダーは――」
「別に東京の街を隅から隅までくまなく探したわけじゃないわ。
 やろうと思えば希望的観測はいくらでも出来ると思う。でも、おすすめはしません」

 何事においても、"居ない"ことの証明をするのは難しい。
 俗に言う悪魔の証明だ。界聖杯から直接通達でもされない限り、咲耶が生存している可能性はこの先も常にどこかには残り続けるだろう。
 だが、梨花とて馬鹿ではない。まして彼女は百年を生きる魔女である。
 未だ幼さと青さから抜け出せていない身だとはいえ、この期に及んでまだ武蔵の言う希望的観測に縋る気にはなれなかった。
 白瀬咲耶は、もう死んでいる。彼女の手を取ることは二度と出来ない。
 その冷たい現実と折り合いを付けて、梨花は武蔵に頷いた。

「……、分かりましたです。
 ボクのわがままを聞いてくれてありがとうなのですよ、セイバー」

 そう言って梨花は笑顔を見せたが、それが力のないものであったのは言うまでもない。
 そんなマスターに対して武蔵は口を開く。
 しかしその口から出た言葉は、梨花への慰めでも鼓舞でもなかった。

「後悔してる? あの時、彼女たちの手を取れなかったこと」

 傷心の少女に対して投げ掛けるにはあまりにも配慮に欠けた、心の瘡蓋を剥がすような無遠慮な問いかけ。
 武蔵に咲耶達の捜索を命じた時の梨花だったなら、当たり前だと激昂していたかもしれない。
 だが思考がある程度落ち着き、咲耶達との離別を受け入れられた今の梨花は違う。
 その証拠に彼女は、武蔵がどうして自分にこんなことを訊くのかをちゃんと理解出来ていた。

「悔やむ気持ちがないと言えば……嘘になるのです。
 ボクがあの時咲耶の手を取れていたら、何かを変えられたかもしれない。
 そう思うと、やっぱり気分がどんよりと暗くなってしまうのですよ」


455 : この檻の外へ ◆0pIloi6gg. :2021/09/04(土) 18:41:57 60jmmFdE0

 咲耶達が唱えていた手段で本当に脱出が出来たのか、それを確かめる手段も今となってはない。
 だが、もしもあの時梨花が咲耶の手を取っていたなら――その勇気が彼女にあったならば。
 白瀬咲耶という心優しく強い少女が死ぬ未来は、避けられたのかもしれない。
 梨花はそういう観点で見ると全く使えないただの少女だが、梨花には武蔵が居る。
 武蔵の存在が咲耶達の傍にあったなら、彼女達が死なずに済んだ可能性は十分にあるだろう。
 これは聖杯戦争。奪い合いも騙し合いも許容される、血で血を洗う魔術儀式である。
 ならば手を取る取らないも自由。死んだというならそれまでの人間だったというだけのことだと、そう割り切れる精神性は梨花にはない。
 彼女はどこまで行っても見た目より少し大人びている程度の人間で、子供だ。

 ――古手梨花は、魔女ではない。
 所詮は、ただの、人間なのだ。

「――でも私には、後悔に足を止めていられる余裕はないわ。
 あの時ああしていればなんて嘆いても、時間が戻ることなんてないのだもの」

 でも、武蔵が不在の間に梨花の思考はもう前へと進んでいる。
 俯いたところで、悔いたところで、謝ったところで、咲耶はもう帰ってこないのだ。
 咲耶の願いと想い。出来れば、その強さも。
 すべて引き継いで――前に進む。そう決めたから、もううじうじ落ち込んだりなんかしない。

「……私にとってこの世界は、深くて暗い井戸の底にしか見えなかった。
 でも咲耶は――あの子は本気で、この井戸の外に出られると信じていた」

 咲耶が果たして井の中の蛙だったのか、それとももっと別な生き物だったのかは分からない。
 それを知るには、梨花と咲耶が関わった時間はあまりにも短すぎた。
 確かなのは、彼女は井戸の外に出られなかったということ。志半ばで墜ちて、深い泥濘の底に沈んでしまったということ。

「ならせめて。私は、咲耶の生きた証になりたい。
 あの子の分も、なんて殊勝なことは言えないけど……それでもよ。
 生きて、もがいて、いつか必ず井戸の外に出る。
 それがきっと、咲耶の弔いにもなると思うから」

 それを聞いた武蔵は、意外――そう思った。
 梨花のことを侮っていたわけでは決してないが、まさかこうしてちゃんと前を向けているとは思わなかったのだ。
 もしも燻っているようなら発破の一つくらい掛けてやろうと思っていたものだから、良い意味で驚かされた形である。

「うん。そこまで分かってるなら、私から言うことは何もありません。
 もしかしたら、取り返しのつかないことをしてしまったってくよくよしてるかなと思ってたんだけど――杞憂だったみたいね。ごめんなさい」
「……みー。珍しく、セイバーから花丸をもらえたのです」
「うんうん、花丸花丸! 梨花ちゃんはいい子だね〜!」

 梨花の言う通り、どれだけ嘆いても呪っても、時間だけは戻せない。
 ならば重要なのは過ぎた過去、終わった話を振り返って思いを馳せることではなく――

「じゃあ、次はこれからの話。
 残念ながら咲耶ちゃん達もその仇も見つからなかったけど、その代わり新しい主従と出会えました」

 これから先の未来を見据え、思い出だけ背負って進むことだ。
 武蔵の報告に、梨花は驚いて目を丸くする。
 念話で報告することもしていなかったのだ、驚くのも無理はない。


456 : この檻の外へ ◆0pIloi6gg. :2021/09/04(土) 18:42:24 60jmmFdE0

「……戦ってきたのですか?」
「軽〜く、ね。お互い命までは取らない、ほんの軽いじゃれ合いです」
「じゃれ合ってるつもりなのがセイバーの方だけじゃないことを祈るばかりなのです」

 いつだったか、暇潰しに眺めていたテレビで得た知識だが。
 外飼いにされているイエネコは、一日に数匹は生き物を殺して帰ってくる場合がほとんどらしい。
 もちろん餌として狙った場合もあるだろう。しかし、時にはそうですらなく。もちろん悪意などもなく。
 猫としてはじゃれ合いのつもりで生き物を甚振り追い回し、その結果死なせてしまうのだという。

 ……そんな知識が不意に脳裏を過ぎった。
 興味を持つと一直線という意味では、猫もこの剣豪も似たようなものかもしれない。
 もっとも武蔵の場合、興味の対象になるのは斬りでのある武芸者に限定されるのだろうが――それはさておき。

「いい子たちだったよ。同盟を組まないかって誘われちゃったし。
 でも私としては組む組まないの結論を出すよりも先に、梨花ちゃんに聞いときたいことがあってね」
「……? ボクに、何を答えてほしいのですか?」
「梨花ちゃん。――――今度は、手を取れる?」

 先程武蔵が梨花に投げた質問とは重みも意味合いも違う。
 先のは、梨花が過去に囚われているか否かを見る"試し"だった。
 だが今度のは、明確に未来を見据えての"確認"だ。
 これを聞いておかないことには、誘いに答えを返すなど出来るわけもない。

「確率はすごく低いらしいわ。
 咲耶ちゃん達のやろうとしてた方法に比べたら砂粒みたいなものだと考えていいと思う。
 それでも、嘘を吐いてるようには見えなかった」

 武蔵にその話を持ち掛けたライダー自身が言っていたことだ。

「私が君の立場だったら……まあまず乗らないかなー!
 そんなまどろっこしいことするより全員斬って勝ち残った方が早いし」

 確率は低い。夢物語にも等しい。
 聖杯戦争を勝ち抜いて帰るほうが間違いなく手っ取り早いと断言出来るような、そんな砂粒大の希望。
 武蔵が梨花の立場だったならどうするかは今言った通りだ。
 今でこそこの身は人類史の影。だがもしも、人の肉体と魂――世界を渡り歩く力もない、ただの人斬りとしてこの地を踏んでいたなら。
 武蔵はきっと、聖杯を手に入れて正攻法でねじ伏せる道を選んだだろう。
 それが一番簡単で、早くて、確実だからだ。少なくとも砂粒の希望に縋って徒労を繰り返すよりかは余程未来を得られる確率が高い。

「とにかく、咲耶ちゃんとライダーが目指してたやり方よりもずっと分が悪いのは確か。
 でも上手く行けば、あの子達が見ていた大団円の輪郭をなぞることも出来るかもしれない」

 説明を此処で一区切り。
 ふう。と成し遂げたしたように息づき、武蔵は再度問うた。

「で、どうする?」


457 : この檻の外へ ◆0pIloi6gg. :2021/09/04(土) 18:43:09 60jmmFdE0
「此処では決められません。
 "出来るかもしれない"のは分かりましたけど、"どうやって"の部分が明かされてないのです」

 だが、梨花は逡巡を挟まずに回答する。
 それは結論だけ見れば、決断を先延ばしにするだけの怠惰な回答であったが。
 梨花はこれで多少、心理戦の心得がある。
 彼女を取り巻く恐るべき部活メンバー達に比べれば幾らか劣るのは否めないものの、少なくとも魅音やレナなら――沙都子なら。
 此処で一時の感情に身を任せて結論を出すような愚は犯さないだろうという確信があった。

 聖杯戦争のルールを破壊し、脱出することが出来るという"解"は分かった。
 しかし今の話の中には、そこへ至るための途中式がまるで入っていない。
 確率は凄く低いだとか、難易度が高いだとか、そういう具体性を欠いた情報が疎らに散りばめられていただけ。

「セイバー。貴女も、そこについては教えられていないのではないですか?」
「鋭いね。その通り、実は私も"どうやって"成し遂げるのかは教えてもらってない」

 そんな回りくどいことをわざとするとは思えないし、そうする意味もない。
 となると、何のことはない。この武蔵もその核心部分を聞かされていないのだとすぐに察しが付いた。
 そのことを指摘された武蔵はイタズラがバレた子供のようにばつが悪そうな笑みを見せる。
 はあ、と溜め息をつく梨花。……とはいえ、相手方の申し出を蹴るとまでは言っていない。

「それを聞けないことには、簡単に信じることは出来ないのですよ。
 でも……話は聞いてみたいのです。ボクをその二人のところに連れて行ってくれませんか?」

 信じるも信じないも、まずはそれからだ。
 決めつける前にまずは話し合ってみる。これは、梨花が百年の旅の中で得た教訓の一つでもある。
 それに、この武蔵が実際に顔を合わせて好印象を抱いたという時点で一定の信用度は既に担保されていた。 

「もしもボクが信じられると――信じたいと思えたなら、今度は手を取ってみたい。
 ……だから。お願いします、セイバー」

 もっとも。
 前の時は、そこまでしても手を取れなかった。
 白瀬咲耶はまっすぐ自分を見て、対等な立場から手を伸ばしてくれていたのに。
 古手梨花は、その手を拒んだ。あの少女との縁は、それきりになってしまった。
 実際会って話して、それでどうなるかは……今の時点では分からないとしか言いようがないが。
 それでも――今度こそは自分に胸を張れる、そういう選択をしたいと思う。
 そんな梨花の思いを受け取って、天元の花はにっかりと笑った。

「――はいよ、しかと承りました。あっちも首を長くして待ってるだろうし、それじゃ早速行きましょっか!」


458 : この檻の外へ ◆0pIloi6gg. :2021/09/04(土) 18:43:49 60jmmFdE0
◆◆


「界聖杯の機能を破壊するだと!? 凄ェ話だな!!」

 それから、二十分かそこらが経過して。
 古手梨花とそのサーヴァント・宮本武蔵は、一人の奇妙な男と話していた。

 二メートルの大台を優に超える長身と、まるで岩石が人の身体を形成したかのような屈強な肉体。
 そんな彼の右手には紅い三画の刻印がはっきりと見て取れる。一方でそれを隠そうという努力の形跡は一切見られない。
 だが、彼を最も異様たらしめていたのは……この令和の時代はもちろん、梨花の生きていた昭和の時代でも確実に人目を引くであろう格好だった。
 一言で言うならば、"侍"。しかし時代劇などに登場するそれよりもずっと派手で、存在感が強い。
 この成りで日本の首都を練り歩いて、一度も職質されたりしなかったのだろうかと、心の底から疑問を抱いてしまうような。
 聖杯戦争のマスターの一人、"光月おでん"は――ひとえにそんな男であった。 

「あはは。失敗の可能性の方が高いらしいけどねー、今のところは」

 梨花達が目的地に向かう足を止めてまで彼に接触した理由は、おでんという男がどこからどう見てもマスターだったから。これに尽きる。
 彼の出で立ちと体格はこの現代の町並みの中で、いっそシュールに感じられるくらい浮いていた。
 実際道の向こうから歩いてくるおでんを見た梨花は思わず足を止めて呆然としてしまったほどだ。
 この見た目でマスターでないのなら、それは界聖杯が猛暑のせいで誤作動を起こしているとか、そういう理由しか考えられまい。

「(こんな格好の人間が一般人として認識されるようになったら世も末よ……)」

 一方で武蔵は、どうも梨花とはまた別な理由で彼のことをマスターだと見抜いていたらしい。
 念話で多少相談した結果、とりあえず接触してみようということになった。
 武蔵が目の前で霊体化を解除するのを見たおでんは大層驚いていたが、自分もその格好に驚かされたのだしおあいこだろうと、梨花は心の中ではそう思っていた――無論、おでんが敵と見ればすぐさま潰しに来るタイプでなかったのは僥倖以外の何物でもなかったが。
 この通り、武蔵はライダーが話した"界聖杯のルールを破壊する"プランについてもおでんへ共有した。
 別に隠し立てする理由もない。もしも梨花達がライダーのプランに乗ることになったなら、その時協力者の数が多いに越したことはないのだから。

 話の概略を聞かされたおでんは「う〜む……」と唸り、腕組みをしている。
 それが本当なら夢のような話だが……という胸の内が、その険しい顔からは滲み出ていた。

「もし失敗したらどうするつもりなんだ。博打に負けてみんな仲良く一文無しなんて笑い話にもならねェだろう」
「その辺はもちろん考えてると思うわ。
 理想だけ先走った無計画な戯言だったなら、私だって話もそこそこに切り上げてたもの。見くびられちゃ困ります」
「見くびれるか、お前みてェな女のことを」

 おでんは誰もが認める破天荒。型破りを地で行く豪放磊落だ。
 さりとて馬鹿ではない。だから、恐らくは梨花が思っているよりもずっと真面目に、ずっと深く――おでんは今しがた聞いた話について考えていた。

「("どうやって"やるのかは……意図的に伏せてるって感じじゃねェな。
  こいつらも、そもそも教えられてない――言い出しっぺの奴らが出し渋ってる情報ってことか)」

 現実は、決して甘いものではない。
 みんなが笑顔の大団円(ハッピーエンド)なんて基本的には絵空事の産物だ。
 その証拠に、武蔵がライダーのサーヴァントから伝え聞いたという聖杯戦争からの脱出策も決して確かな勝算があるとは言い難いものであった。
 博打も博打、大博打だ。しかし――もしもその賭けに勝てたなら。絵空事のような"めでたしめでたし"を、現実のものに出来るかもしれない。
 では、その砂粒ほどの希望に賭けてみるのが"光月おでん"という男ではないのかと思う者もあろう。
 在りし日の彼の無茶苦茶っぷりを知っている者であれば、誰もがそう思った筈だ。


459 : この檻の外へ ◆0pIloi6gg. :2021/09/04(土) 18:44:20 60jmmFdE0

 だが――もう一度繰り返す。
 現実とは、甘いものではないのだ。
 この界聖杯内界で見た一つの"現実"が、おでんに安易な選択を許さなかった。

「とにかく、話は分かった。……この件だが、おれのサーヴァントと共有してもいいか?」
「もちろん。でも他の人達には、まだ内緒にしておいてね」

 界聖杯への干渉、及び根本的なルールの破壊。
 もしそんな芸当が本当に出来るのなら、確かにこの地に残されたマスター達を元の世界に帰すことも可能なのだろう。
 目の前の古手梨花のように、そもそも戦うことに対して然程意欲を示していないマスターにしてみれば……それは宛ら、地獄の中に下りた蜘蛛の糸。
 多くのマスターが救われるだろう。多くの未来が、守られるだろう。
 それは間違いなく良いことである筈なのに。しかし今のおでんは、「待てよ」とそこに待ったを掛けてしまう。

「(それじゃ……あさひ坊のような奴らはどうなる?)」

 神戸あさひという少年が居た。
 体格は貧相で、性格もお世辞にも荒事向きではなかった。
 けれど彼は、光月おでんを前に一歩も退かなかった。
 泣く子も黙る光月おでん。それを相手に、あさひは効かないと分かっている攻撃と抵抗を繰り返した。
 彼には、そうまでして叶えたい願いがあったのだ。
 それを"悪しき願い"と切り捨てることは……おでんには、到底出来なかった。

 仮に、顔も知らないライダーの掲げるプランが上手く行ったとしてだ。
 確かに、戦いを望んでいなかったマスター達は救われるかもしれない。
 だけど。じゃあ、あさひのような――聖杯に縋るしかなかったマスター達は、どうだろうか。

 聖杯戦争を続行させれば、戦いを望まない器達が割を食う。
 かと言ってそれを破綻させれば、聖杯を手に入れるしかない器達が……あさひのような者達が、絶望のどん底に落とされる。
 聖杯などという反則に頼ろうとした報いだと嗤う者も居るかもしれない。
 だが、少なくともおでんは。神戸あさひの覚悟と強さを目の当たりにした彼には――そんな言葉はとても吐けない。
 如何にしたものかと逡巡を重ねるおでんの思考は、しかし突然断ち切られる。武蔵が、痺れを切らしたように言葉を投げ掛けて来たからだ。

「ところで、なんだけど――ねえ、おでんさん? 貴方、相当強いわよね」

 そして、これこそが。
 武蔵がおでんを聖杯戦争の関係者であると見抜けた理由だった。
 実のところ、おでんについて先にそう認識したのは武蔵の方であった。
 梨花の視力がおでんの全体像を捉えるよりも早く、武蔵の研ぎ澄まされた眼力が彼を――ひいてはその肉体の粋を、見た。
 瞬間、武蔵が悟ったことは言うまでもない。
 この男は、決して可能性を持たぬ木偶などではないと。


460 : この檻の外へ ◆0pIloi6gg. :2021/09/04(土) 18:45:11 60jmmFdE0

「その肉体、佇まい。どれも人間の枠に留まるものじゃない。
 ていうか反則級でしょ、それでマスターなんて! さっき会ったマスターの子が見たらどんな顔するか!!」

 見る者が見れば一目で分かる。
 頭など使わずとも、感覚だけで理解出来る。
 それほどまでに、光月おでんという人間が醸す強さの色は濃かった。
 武蔵がかつて、様々な事象を渡り歩く中で戦ってきた数多の強者達。
 その中でも間違いなく上位であろう、鍛え抜かれた肉体と、そこから生ずる覇気。
 その双方を、おでんは併せ持っていた。
 女武蔵をして"ともすれば"と思わせるだけの強さを、目の前のマスターは当たり前のように秘めている。

 武蔵にそう言われたおでんは口を開き、「おれは……」と何か答えようとした。
 だがその台詞を遮るようにして、小さな音が鳴った。
 その音は梨花にも聞こえていたが、彼女にとってそれは別段特筆に値する音ではなかった。
 ごく小さな音。武士が大衆娯楽の中だけの存在になり、剣が死合の凶器から競技の道具に堕ちた時代では、決して大きな意味を持たぬ音。

 チャキ、と。武蔵が腰から提げた刀鞘の鯉口が、小さく鳴ったのだ。
 単に刀の柄を弄んだ結果鳴っただけでしかない、少なくとも梨花にはそうとしか認識出来ないような音。
 されどその音を梨花の鼓膜が捉えた時には、もう既に。

 世界は――冷たく、そして鋭い静寂に染め上げられていた。


461 : この檻の外へ ◆0pIloi6gg. :2021/09/04(土) 18:46:13 60jmmFdE0

「……、え?」

 かなかなかな、かなかなかな、と。
 聞き慣れた、うんざりするほど聞いたひぐらしの声。真夏の風物詩。
 人々の喧騒、車の走行音、工事現場の騒音に政治団体の街頭演説。
 そうした諸々の音が全て、目には見えない壁の向こうに隔絶されてしまったかのような静けさ。
 梨花が掻い潜ってきた修羅場と、武蔵やおでんの言うところの修羅場は言葉こそ同じだが全く違うものだ。
 だからこそ梨花は、気付くのが遅れてしまった。
 自分は今、まさに――彼らにとっての意味合いの、"修羅場"に遭遇しているのだと。

「それ……クセなら改めた方がいいぜ。冗談で済まねェからな」

 鯉口を切る、というその行為。
 それが偶然であれ必然であれ、武士剣士の世界では致命的な意味合いを持つ。
 言うなれば臨戦態勢。今から斬り合いをするぞと、相手にそう告げているのにも等しい。
 おでんが今言った通り、冗談では済まないのだ。
 英霊ならざる人の身でありながら、しかし英霊でさえ怯ませるだろう圧力を伴った視線で武蔵を睥睨する――光月の武士。
 ビリビリと皮膚が痺れを帯びる感覚は、されど武蔵にとっては心地良いものですらあり。

「まさか。――誘ってるのよ。分かるでしょ?」

 故に武蔵は笑って、もう一度その音を鳴らした。
 おでんはふうと、仕方のない奴だ、と言うような溜息をつく。
 さりとて、彼もまた武士だ。終生に渡り我流だったとはいえ、剣の道を歩んだ者なのだ。
 であれば二度に渡る宣戦布告を、挑発を……見逃す筈もなし。此処で日和れば、それ即ち武士の恥。男が廃る臆病風に他ならず。

「そうか。なら――こうするのが礼儀だな、おれも」

 おでんはその手を、自らの二刀に伸ばした。
 カモフラージュの為に巻き付けていた布がはらりと解けて風に舞う。
 この時にはもう既に、梨花の思考も目の前の現実に追い付いていた。

「ま……待つのです、セイバー! おでん! どうしてあの話の流れからこうなるのですか!?」

 梨花の疑問は至極尤もだ。おでんは内心、彼女に同情した。難儀なサーヴァントを引いたもんだと。
 話してみた印象として、決して悪い人物だとは感じなかった。
 マスターを想う気持ちも本物だろうし、ライダーの某が謳う計画を利用して何か悪事を働こうとしている風にも見えない。
 だが、それとこれとは話が別――なのだろう。要するに。
 良きサーヴァントではあるものの、根本的な部分では戦闘狂い。強者と見れば刀を合わせずにはいられない、そういう人物。
 おでんは彼女の姿に、新世界の海で見た強豪達の面影を見出した。

「打って、」

 心の中で梨花に謝罪しながら、おでんもまた臨戦態勢。
 挑んでくるというのならば受けて立つ。相手がサーヴァントであれ、それは変わらない。


462 : この檻の外へ ◆0pIloi6gg. :2021/09/04(土) 18:46:49 60jmmFdE0
 が。次の武蔵の挙動には、さしものおでんも驚いた。
 いざ尋常に、という掛け声は確かになかったが。
 おでんの台詞が終わるよりも早く、武蔵が地を蹴り吶喊を開始していたのだ。

「(この女……そういう手合い(タイプ)か!)」

 正々堂々とは程遠く、作法も礼節もあったものではない無法の剣。
 武芸としてではない、まさに死合の剣である。
 先手を取られる形となったおでんだが、理解さえ済めば十二分。
 なまじおでん自身も剣士としては大概に無法者の部類であるからか、驚きが理解に変わるまでの時間も短かった。

 一瞬、この世の終わりのような顔をしている梨花が視界に入ったが、気にしていられる余裕はない。
 巻き込まれないように離れてろと声をあげる隙ですら死に繋がるとおでんは踏んだ。
 首筋に迫る剣へと自分のそれを掲げ、面で点を弾く絶技を事も無げに成し遂げつつ、しかし驕るどころか戦慄する。

「(鋭さと速さが尋常じゃねェ……! "突き"でおれの"閻魔"を軋ませやがった……!!)」

 武蔵の眼、そこに宿る法理をおでんは知らぬ。
 だが、彼女の眼は紛れもなく剣の道を極めた者。
 そして、死合の中に全てを尽くした者のそれだった。
 友好的な相手? 戦わずとも済む相手? ――否々、そんな事実は自分の命を担保するには役者不足過ぎる。
 
 サーヴァントを、世界に召し上げられた影法師の強さを侮っていたわけでは断じてない。
 それでも尚、これほどの戦慄と畏怖を覚えさせてくる。
 心が躍る暇もない。ただ底冷えするような死の気配が這い上がってくる感覚。
 武蔵の初撃、多角軌道から降り注ぐそれを二刀で弾き切るが、宮本武蔵にはおでん以上の手数がある。
 攻撃の機を逃せばこのまま永遠に防戦を強いられることになる――恐らくそれが最も恐れるべき展開であるとおでんは理解。
 その上で、自分の二刀をX字状に交差させながら、地を蹴って砲弾の如く勢いを突けて文字通り"正面突破"するという大博打を即断した。

「(力でならおれが勝てる。流桜使いの特権だ!)」

 光月おでんには、覇気という人智を超えた力がある。
 今おでんが使っているのはその中でも、"武装色の覇気"と呼ばれる代物だ。彼の国では、流桜と呼ばれていた。
 これを扱える人間は、敵が固体としての形を持たない"自然"であろうと斬り伏せられる。
 霊体とてその例外では恐らくない。おでんは、サーヴァントを斬れる男なのだ。
 宮本武蔵は間違いなく、剣士としておでんより格上であろう。
 だが、しかし。武蔵の生まれた世界にも、彼女が渡り歩いたどの世界にも、この技術だけは存在しなかった。
 おでんが武蔵より優れている唯一の点。
 言うなれば鬼札となるそれを活かしての力業に、武蔵の顔が驚きを湛えた。


463 : この檻の外へ ◆0pIloi6gg. :2021/09/04(土) 18:47:53 60jmmFdE0


「"おでん二刀流"」


 刹那にして彼女が選択したのは、あろうことか防御。
 英霊が――人間相手に防御を選ぶ。
 それは本来の聖杯戦争の形から考えれば異常事態であったが、武蔵はその判断を恥とは思わない。
 そうしなければ不味いと、剣士の直感と理屈、二つの感覚で理解した。


「"桃源"――――"白滝"!!!」


 ワノ国に根付いた神秘の一つ。
 山の神。位はどうあれ神獣と呼ばれるべきであろうそれを、かつておでんは斬っている。 
 その時に用いた技が、これだ。やること自体はなんてことない、単なる二刀流での突撃剣。
 だがそれを使う者が流桜の達人であり、そうでなくとも天性の剣才を持つ者であったならば。
 単純明快なその技は――神を斬る極剣へと化ける!


 マスターとサーヴァントの死合としてあまりにも不似合いな光景。
 梨花には最早、何が行われているのかすら理解出来なかった。
 剣と剣で戦っているというのは分かる。だが、何故たかが剣で此処までの戦いになるのかが分からない。
 おでんの二刀絶技を、武蔵は避けない。否、避け切れないと判断した。
 この間合いから逃げに移れば最悪、避ける時に掠めて致命傷になりかねない――そう踏んで。
 "受ける"ことを選ぶ。その意気や良しとばかりに、両者の剣は最短距離で激突した。

 その瞬間も、やはり。
 武蔵の口元には、高揚の笑みが浮かんでおり――


464 : この檻の外へ ◆0pIloi6gg. :2021/09/04(土) 18:48:17 60jmmFdE0
◆◆


 交錯の後、おでんも武蔵も生きていた。そして、立っていた。
 だが数瞬遅れて、おでんの右肩から血が噴き上がった。
 何、と驚くおでん。腕を動かせないほどの深さではないが、傷は傷だ。
 一方で桃源白滝、神を斬った技を受けて立った武蔵の身体には傷一つ見られない。

「(……あの一瞬で――おれの剣を防ぎながら、攻撃までしてやがったのか!)」

 これにはさしものおでんも驚愕する他なかった。
 なんという絶技。なんという度胸。そして、なんという"視力"か。
 自分が同じ立場に立ったとして、果たして真似できるかどうか。

 ……恐らく無理だろう。彼の剣は剛柔の"剛"に多くの比重を置いている。
 武蔵がやってみせたような、針の穴に糸を通すが如き剣は――おでんには振るえぬ剣だ。
 だが武蔵は驕りなど微塵もなく笑い、愉快痛快とばかりにこう言った。

「いや〜〜、やっぱ反則でしょ貴方がマスターって!
 界聖杯がトチ狂って間違えたとしか思えないわよ、正直!!」
「アレを無傷で凌ぎながら言われて喜べるか。
 女だからとナメてたわけじゃねェが……肝が冷えたぜ。とんでもない剣士だな、アンタ」
「皮肉なんかじゃないわ、どうか素直に受け取って。
 私――結構本気だったもの。なのに貴方はこうして生きてる」

 真実だった。
 武蔵は、おでんに対する剣に対して一切手心を加えていない。
 彼が並の剣士であったなら、恐らく十度は死んでいる筈なのだ。
 運命収束の天眼を持つ彼女と相対して一度の負傷で済んでいる。
 その時点で光月おでんは間違いなく、規格外の傑物であった。
 マスターどころかサーヴァントの枠組みで見たとしても、目を瞠る実力が彼にはある。

「最近、もっと上の剣を見ててな。だから凌げたってだけで――あっ!」

 とはいえおでんにも、自分がそれなりに出来る方だという自負はある。
 故に此処に召喚された時点の彼がすぐさま武蔵と戦っていたなら、侮りから致命傷を被っていた可能性も否定は出来ない。
 彼にサーヴァントが恐るべき相手であるということを教えたのは、他でもない己自身の召喚したサーヴァント。
 故におでんは、単なる事実としてそのことを口にしたのだったが……しかし言い方が不味かった。

「――今、なんて?」

 武蔵の声のトーンが冷え切る。
 当たり前だろう。面と向かってこれを言われて無反応な剣士など、そうは居るまい。


465 : この檻の外へ ◆0pIloi6gg. :2021/09/04(土) 18:48:52 60jmmFdE0
 
「すまん! お前を煽ろうってつもりで言ったわけじゃねェんだ!
 おい梨花、見てないでお前もおれに助け舟を出してくれ!!」
「みー。ボクはセイバーのマスターなので、それはちょっとなのです」
「忘れてたァ〜ッ!! そういえばそうだったな、お前!!」

 武蔵の突然の暴挙にひたすら驚愕したり焦ったりしていた梨花の姿を見ている内に、いつの間にか変な仲間意識を抱いてしまっていたおでん。
 幼女に完膚無きまでの正論を返されて天を仰ぐおでんだったが、もちろん武蔵も本気で激怒しているわけではない。
 確かに一瞬はヒリついたが――すぐさまその感情は、もっと大きくて激しい衝動によって掻き消されたからだ。

「あははっ、ごめんごめん。いやあ、流石に今のは剣士として聴き逃がせない言葉だったからちょっと反応しちゃった」
「別にお前が弱えとか言ったつもりはねェんだ、神仏に誓ってもいい。
 ただ……もっと"死ぬかもしれない"と思わせた剣士が居たんだよ。おれのサーヴァントなんだけどな、そいつは」
「――ふうん。貴方のサーヴァント、そんなに強い剣士なんだ」

 宮本武蔵は自他共に認める人でなしである。
 剣の道を究める為、強い者を見るとつい戦いたい衝動が湧いてくる。いわば持病のようなものだ。
 その彼女を相手取ったおでん。彼の連れるサーヴァントは、少なくとも自分と互角以上――それほどの剣士であるらしい。
 そう聞いて心の躍らぬ武蔵ではなかった。
 笑みの奥から、戦いを求める獣めいた一面を少しだけ覗かせながら、武蔵はおでんに言う。

「しょうがない、さっきの言葉はすっぱり許してあげましょう。
 でもその代わり――次に会った時は、貴方のサーヴァントと死合(や)らせて?」
「あ……お、おう。ただ、良いって言うかは分からねェぞ?」
「その時は、ほら。貴方にやったのと同じように、こうやって……」

 鯉口をこれ見よがしにチャキチャキする武蔵に、おでんは「とんでもねえ奴だ」とまた呆れた。
 
 

 ――その後は特に話し込むでもなく、両者すっぱりと別れた。
 本来の目的地に向かうべく去っていった二人を見送ってから、おでんは今交わしてしまった"約束"について考える。
 
「(縁壱の奴、伊達や酔狂で剣を振るうのは嫌いだろうしな。
  もしかするとおれは、とんでもなくマズい口約束をしちまったのかもしれん)」

 おでんのサーヴァント。
 継国縁壱は、間違いなく最上級の剣士だ。
 少なくともおでんは、彼より上の剣士を見たことがない。
 しかし縁壱は武蔵のように、自己の研鑽のために剣を振るっていた質の男ではないのも分かっている。
 彼にとって剣の才とは、悪鬼を斬って人を守るための道具。
 持ちたくもなかった、世に平穏があるのなら願わくば無縁でいたかったものでしかないのだ。
 武蔵と果たして馬が合うかどうか。そしてどちらにしろ、あそこまで極まった剣士同士がかち合ったのなら、どちらかが死ぬ以外の結末になるのは間違いないのではないかと、おでんの頭の中を"問題"がぐるぐると廻る。


466 : この檻の外へ ◆0pIloi6gg. :2021/09/04(土) 18:49:27 60jmmFdE0

「それにしても、強い……いや、とんでもねェ女だったな!
 梨花も災難だ。じゃじゃ馬が獅子の牙を持ってるようなもんだぜ、ありゃあ」

 これから梨花はあの武蔵を連れて、件のライダー陣営の元に向かうのだろう。
 その先、彼女達がどうするのかは分からない。
 首尾よく同盟が結ばれるのかもしれないし、場合によっては決裂して戦闘に、なんて可能性も無いとは言い切れまい。
 
 ――聖杯戦争の根幹を破壊し、マスターを元の世界に帰す。
 それが叶ったなら。聖杯戦争が破綻したなら。
 願いを叶えなければいけない、どん詰まりのマスター達はどうなる。
 界聖杯を明確に黒と感じつつあるのに、おでんの心にはそんな疑問がずっと重たく残り続けていた。


【世田谷区・路上/一日目・午後】

【光月おでん@ONE PIECE】
[状態]:疲労(小)、右肩に刀傷(行動及び戦闘に支障なし)
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:二刀『天羽々斬』『閻魔』(いずれも布で包んで隠している)
[所持金]:数万円程度(手伝いや日雇いを繰り返してそれなりに稼いでいる)
[思考・状況]
基本方針:界聖杯―――その全貌、見極めさせてもらう。
1:他の主従と接触し、その在り方を確かめたい。戦う意思を持つ相手ならば応じる。
2:界聖杯へと辿り着く術を探す。が――
3:何なんだあのセイバー(武蔵)! とんでもねェ女だな!!
[備考]
※古手梨花&セイバー(宮本武蔵)の主従から、ライダー(アシュレイ・ホライゾン)の計画について軽く聞きました。


◆◆


467 : この檻の外へ ◆0pIloi6gg. :2021/09/04(土) 18:50:03 60jmmFdE0


「セイバー。まず申し開きを聞かせてほしいのですよ」
「い、いやあ〜……血が騒いだっていうか、職業病っていうか?」
「病気なら病院に行きましょうです。ほら、ちょうどこの辺に皮下医院っていうおっきな病院が――」
「ごめんって〜! 今後は気をつけるから!!」
「……本当ですか? ボクの目を見て言ってほしいのです」
「……、……で、出来る範囲で……」

 露骨に目を逸らして歯切れ悪く言う武蔵に、梨花は何度目かの溜息をついた。
 
 おでんは「肝が冷えた」なんて言っていたが、梨花にしてみれば肝どころではない。
 全身が余すところ冷えたし、体内に残っているアルコールの若干の酩酊感すら粉微塵に吹き飛んだ。
 かつて山狗部隊と戦った時に味わった緊張感の何十倍かのものを、何の前触れもなく味わうことになったのだ。
 これで怒らないほど梨花は心の広い人間ではなかった。
 また、恐らく武蔵と戦ったらしい件のライダーの方は、彼女との戦闘のことを"じゃれ合った"とは思っていないのだろうなあという確信も深まった。

「まあでも、良かったこともあるわよ?
 光月おでん。彼は、梨花ちゃんから見ても"信用できる相手"だったでしょ?」
「……時と場合によるのです。
 主に、これから向かう先でするお話の内容で変わるのですよ」

 梨花からおでんに対する印象は、決して悪いものではない。
 豪放磊落で、悪いものは悪いと言える男。間違っているものを、間違っていると正せる男。
 光月おでんはひとえにそういう人間だった。信用できるかどうかで言えば、武蔵の言う通り前者。
 ただ――それはあくまでも、梨花が聖杯を狙わないことが決まった場合の話だ。

 おでんは、あの男はあまりにも強すぎる。
 あの男がサーヴァントを連れているという事実は、まさに反則の一言。
 もしも敵に回ればと考えるだけで背筋が粟立つのを禁じ得ない、そんな相手だった。

「(……ライダー達が信用できる相手であることを祈るしかないわね)」

 そう思いながら、歩みを進める。
 目的地は遠い。適当な場所でバスなり何なりに乗ることになるだろう。
 少なくともこの炎天下の中をずっと徒歩というのは間違いなく得策ではない。

「そういえば……ライダーとは何処で待ち合わせてるのですか?」
「あれ? 言ってなかったっけ」
「新宿で、としか聞いてないのです」
「んーとね、ホテルだよホテル。なんかちょっともわ〜んとした雰囲気な音楽の掛かってるホテル」
「……それ、ボクが入れないホテルだったりしませんか?」


468 : この檻の外へ ◆0pIloi6gg. :2021/09/04(土) 18:50:56 60jmmFdE0

 ――会話をしながら、武蔵は右手をぐー、ぱー、と動かす。
 ……いつもより心做しか動きが緩慢だった。それもその筈、武蔵の右腕には今軽い痺れが残っている。
 おでんの大技、"桃源白滝"。それを受け止めた反動が、彼女の腕を苛む不快感の正体だった。 

 梨花はそれに気付かないだろうし、武蔵もそれでいいと思っている。
 何しろサーヴァントの肉体は便利だ。このくらいの痺れならば、すぐに抜けるだろう。
 ただ、驚くべきは――人間の肉体で以って、武蔵に此処までの痛手を負わせたおでんの剣。
 そしてそのおでんに曰く。自身の連れるサーヴァントは、ともすれば武蔵よりも上だと言う。

「……そんなこと言われたらさあ。堪えきれなくなっちゃうじゃない」
「? セイバー?」
「ううん、何でもない。行こ、梨花ちゃん」

 ――戦ってみたい。
 斬り合って、その腕を見てみたい。
 原初神を斬って往生した時には、自分の旅もこれで終わりだと思った。
 だが蓋を開けてみればこの通り。当たり前のように、宮本武蔵の往く手には"先"があって。
 ライダーの中に眠る無限大の赫炎。そして今回存在を知った、おでんのサーヴァントと――決して武蔵を飽きさせない。

 ああ、なんて楽しいのだろう。
 不謹慎なことは百も承知で、武蔵はそう思った。
 鮮やかなる天元の花――依然、その花弁は散らず。


【古手梨花@ひぐらしのなく頃に業】
[状態]:健康、酔いも冷めたわ(激怒)
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円程度
[思考・状況]
基本方針:生還を目指す。もし無ければ…
0:白瀬咲耶との最後の約束を果たす。
1:ライダーの所へ向かう。
2:咲耶を襲ったかもしれない主従を警戒、もし好戦的な相手なら打倒しておきたい。
3:彼女のいた事務所に足を運んで見ようかしら…話せる事なんて無いけど。
4:いきなり路上で殺し合い始めるな(激怒)

【セイバー(宮本武蔵)@Fate/Grand Order】
[状態]:健康、右腕に痺れ(中度。すぐに回復します)
[装備]:計5振りの刀
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:マスターである古手梨花の意向を優先。強い奴が見たら鯉口チャキチャキ
1:にちかちゃんとライダーの所へ向かう。
2:おでんのサーヴァント(継国縁壱)に対しての非常に強い興味。
3:アシュレイ・ホライゾンの中にいるヘリオスの存在を認識しました。
武蔵ちゃん「アレ斬りたいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ。でもアレだしたらダメな奴なのでは????」


469 : ◆0pIloi6gg. :2021/09/04(土) 18:51:14 60jmmFdE0
投下終了です。


470 : ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/09/04(土) 19:57:47 cWWQvILY0
すみません、矛盾ができそうなので破棄します


471 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/04(土) 20:48:08 x6ZLo6lc0
皆様、投下お疲れ様です!

>また会いましょう、ビターライフ
さとちゃんからすれば、ウザ絡みを続ける童磨は鬱陶しいことこの上ないでしょうが、それでもしょうこちゃんの存在に救われていてほっこりしました……
しょうこちゃんの強さと優しさもきちんと思い出したので、例えさとちゃんが考えを改めなくとも、心は確かに届いたことを実感しました。
仮にさとちゃんが叔母さんと再会したら、本当にどうなるでしょう? ハピシュガ勢と鬼の再会にもなりますし。
一方で童磨もガンヴォルトとの戦いを思い返して、いちいちやかましく喋りますが、その一つ一つに答えてくれるガンヴォルトは誠実ですね。

>みなしご集う城
いつの間にか教授はこんなに大きな味方を作っていたとは!?
まさに悪の総帥と呼べる男ですし、四ツ橋さんを通じてとんでもない情報を手に入れちゃいましたね!
こんな大規模な相手に存在を知られては、あさひくんは一気に不利になりますし、しおちゃんはのんびりくつろいでいることも相まって余計不憫になります……
そして死柄木さんも少しずつ悪意を研ぎ澄ませているので、本格的に作戦会議が始まってしまえば、これからどう動くようになるのか……?

>283さんちの大作戦〜紳士と極道編〜
紳士と極道の戦いが始まって、最後には悪が勝ちましたか!
ウィル兄さんはまさに犯罪卿で、実に的確な理論をたくさん用意することでガムテとビッグ・マムに勝つ手腕に震えました。
シャーリーとの絆や奇跡があったからこそ、マムが相手でも微塵も怯まないのでしょうが、それでもウィル兄さんは凄い……メロウリンクに対しても、ちゃんと誠実で居続けましたし。
そして敗北したガムテたちでしたが、グラスチルドレンたちの王としてちゃんと立ち上がりましたし、プリマも本当にいい女ですね。

>この檻の外へ
おでんさんやっぱり強すぎますね……
サーヴァントである武蔵さんが相手になっても見事に戦いましたし、その力量は武蔵さんも認めるほど。
そして聖杯打倒の意思を持つ主従のことも認めつつも、あさひくんみたいに聖杯にすがるしかないマスターのことも忘れないこともおでんさんのいいところ。
また、梨花ちゃんも咲耶さんの理想も忘れないよう、絶対に生きるという決意を固めたのは素晴らしいですが……脱出派の意見に素直に乗れないことも事実。
武蔵さんも、確率は低いことはわかっているものの、両者を上手く繋いでくれる橋になってくれたので、本当にいいサーヴァントですね。


472 : ◆IHJrDmiRfE :2021/09/05(日) 05:16:23 A0bZW4CE0
プロデューサー&ランサー(猗窩座)を予約します。


473 : ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/05(日) 17:35:28 hzI.r0lw0
皆さん投下お疲れさまです
こちらも投下させていただきます


474 : 誰でもいいわけじゃない ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/05(日) 17:36:38 hzI.r0lw0
午後。
アパート。
少しぶりに、1人。

電話をしに席を外したアサシンも、不愉快な同盟相手二人も今はいない。
それぞれに各自のスケジューリング調整があってのことだ。

元々星野アイと櫻木真乃は、明日開催される同じライブに出る前提で対談を組まれたことで知り合った。
それが、283プロサクションがアイドルの失踪がらみで騒がしくなり、いつ記者会見にもつれ込んでもおかしくない世間的状況になってしまった。
ライブは予定通り行われるのか、行われたとして会場の警戒度はいかほどになるのか、そのあたりの都合を確かめるために、所属プロダクションに電話をするのだそうな。
表向きのロールとはいえ部外者に口外厳禁の会話であり、電話口の向こうで人の同席している気配を察知されれば苺プロの社長からこっぴどく怒られる。
そういうわけで二人は、このアパートに来るまでに使った車をつかの間の密談場所として戻っていった。
ちなみに冷蔵庫にあった飲み物はしっかりと、がめられた。
最初から最後まで腹の立つ来訪者だった。
自宅に来訪されること自体が、私にとってはありがたいものでないけど。

それでも、いなくなってくれたのは好都合だ。
今の私は鳥子のことを考えるのに必死で、他のことに回せる思考力はほんとうにギリギリだったから。

「……どうする」

ソファに身体をゆだねる。
後頭部までをべったりとクッションに預けて、身体にかかる負荷を極力取り除いて。
頭だけを、必死に回そうと試みる。

考えたくなかったけど。
きわめて有り得て欲しくない、『鳥子が存在していたら』という仮定の上でだけれど。
私は私で、できるだけ鳥子を探す努力をしなきゃいけない。
アサシンも探すということを了承したけど、あの様子では『聖杯戦争を進めるついで』ぐらいにしか捉えていないだろう。
この聖杯戦争において、本気で『仁科鳥子に会いたい』と手を伸ばそうとする人間は、実質的に私しかいないのだ。
だから、胸の内がかき乱されていようと、今は脳みそに対して働けと発破をかけるしかない。


475 : 誰でもいいわけじゃない ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/05(日) 17:38:50 hzI.r0lw0
とはいっても、私はアサシンのように協力者の心当たりなんて無いし、人間関係を広げるのだって得意じゃない。
その範囲でできることと言えば、ネットサーフィンを通してサブカルの知識を拾うのにそこそこ慣れていることぐらいだ。
ならいっそ、この世界のネットロアで似たような話が広まってないか探し回るか?
星野アイは『ユニットの子が噂話として聞いていた』と言ったし、それなら少なくとも東京のどこかの層に噂として拡散されている可能性は高いわけだ。
そこから直接的な目撃証言を拾う事ができれば、ある程度の具体的な手がかりにはなる、かもしれない。
といっても、『左手、銀色』しか検索ワードは見つからないのだけど。
ああ、鳥子だというのなら、金髪とか美人とかも囁かれてる可能性はあるか。

――それに『一般人ばなれした格好の人物と二人連れだった』って噂もくっついてれば、割と上出来かな。・

マスターとしてこの世界にいるなら、外出の際はサーヴァントを護衛につけるくらいはしていそうなものだ。
そう閃いたけれど、すぐに違うぞとその考えを否定した。
サーヴァントというものを、私のアサシン基準で考えてはいけない。
私のサーヴァント以外の全てのサーヴァントは、『霊体化』という技を使って誰にも見られないよう随行させることができるらしい。
だったら、鳥子だって目立つのを避けるためにそのやり方でサーヴァントを連れ回している可能性は高いわけで。

でも、だとしても、『連れ回している』のか。
背後に憑りつかせて、背中を預けるようにして。

組んでるのか……私以外の男か女と。鳥子が。二人組を。
相方を。
バディを。
共犯者を。
……いや、さすがに『共犯者』という私への関係と同じ扱いはして無いよな?
確かに一時期は会ったばかりの後輩にすぐ『この子も共犯者にしよう』とか軽々しいことを言って、私を不機嫌にさせたけれど。
最近の鳥子は、その頃からは比べられないほどに私にべったりになったし。
私が他の女の家に泊まったら、不機嫌になるようにもなった。
今さら、軽々しく私以外に『共犯者』なんて言葉を使うことは……でもあいつ、私よりも他人と打ち解けやすいんだよな。
決して友達が多い方ではなかったようだけれど、それでも私などよりずっと他人にフレンドリーであることは確かだ。
鳥子がサーヴァントを持ったら、私とアサシンのそれよりもずっと仲良しで、『友達』然としたものになることは予想できる。
そもそも私とアサシンが距離を置いて付き合えていることだって、一つには『アサシン』という潜伏活動に徹しては報告に戻ってくるシビアなクラスがあってこそのものだ。
界聖杯に残っている主従が23組だとすれば、そこそこどのクラスも均等に生き残っているとして、他にいそうなアサシンはせいぜい二、三組。
アヴェンジャーのようなエクストラクラスが占めていることもあり得るから、『鳥子もまたアサシンと組んで生き残った可能性』は、おそらく低い。

つまり鳥子は、私よりもずっとサーヴァントと『べったり』した関係にあるっぽいことになる。
何だそれ。何だそれ。何だそれ。
聞いてませんよ私。
ことによってはそいつと同じ家に住んで。四六時中生活を共にして。
二人で乾杯して、予選を生き残った打ち上げでもしながら楽しくおしゃべりしちゃってるかもしれないなんて。
アイやアサシンが戻ってくるかもしれない状況でさえなけえば、頭を抱えて『うがー!!』くらいは言ってたかもしれない。


476 : 誰でもいいわけじゃない ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/05(日) 17:39:42 hzI.r0lw0
いや、鳥子がいること自体がまだ分かんないんだけども。
『左手を持ってここにいるならマスターだ』ということさえ推測であって確定では無い。
無いんだけども。

いったん『鳥子の生活事情』について考えるのは止めよう。
星野アイたちが戻って来たら、それこそ『さっきまで凹んでいたのに今度は怒りだしてるぞ』とか面白がられるかもしれない。
それに、『そんなに頭を抱えなきゃいけないほど、仁科鳥子は問題のあるマスターなのか』とか邪推されても困る。
アイツらだって一応、『芸能界』というフィールドから人づての話を拾ってこれる貴重な情報源には違いないのだ。
ユニットメンバーとやらからアレ以上の噂話を引き出すことはできないにせよ、『何か分かったら教えてくれ』という念押しを改めて依頼すべきだろう。
情のない関係だろうと同盟相手なんだから、それぐらいの融通を利かせることはできるはず……。

待て、と頭に引っ掛かりが芽生えた。
大学での筆記試験から裏世界での危機察知まで、何かを思い過ごしそうになった時にあるあるの危機感だった。
はじめから考えをやり直して、私は違和感のもとを引っ張り出す。

――あいつら、そもそも鳥子の情報を拾ったとして、それをあたしに教えてくれるか?

紙越空魚にとっての仁科鳥子は、通りいっぺんの友達以上の重要人物だとアイたちには割れてしまった。
狼狽を晒したこちらの手落ちでもあるし、あんな話を聞かされたら狼狽をしても仕方なかったとも言える。

だからこそ。
『鳥子が見つかってしまえば紙越空魚との同盟が終わる』という読みを、アイたちならもう働かせている。
あれだけ狼狽して、探してほしいと訴えて、心配しているところを目撃すれば、『こいつは仁科鳥子が見つかっても一人だけ生き残る気だろう』なんて思えるはずがない。
逆に言えば、鳥子が見つからない方がアイたちにとっては都合がいい。
鳥子の存在が白とも黒ともつかないうちは、アイたちは同盟関係を続けて旨味を吸える。
この状況下で、皆殺しによる優勝を狙っていることに躊躇も罪悪感もなさげなアイたちが鳥子を捕捉したとして、『よーし空魚ちゃんに教えてあげよう、きっと喜ぶだろうなー』ってことになるか?
絶対にならない。
むしろ、まず鳥子が『利用できる存在』なのかどうかを冷静に、非情に見極めようとする。
そうなってしまったら、鳥子の立場は非常にまずいことになる。
話合いの場では絶対に口にすることはできなかったけれど。
『仁科鳥子は、いずれは殺し合う仲だけど今だけは仲良くやりましょう』と言われて、それはいいねと頷くような女の子ではない。
むしろ、自分を撃ち殺すところだった米軍の連中さえ助けに行こうとするような――それこそ『櫻木真乃と似たようなタイプ』と見なされてもおかしくないぐらいに良い奴だ。


477 : 誰でもいいわけじゃない ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/05(日) 17:40:16 hzI.r0lw0
もちろん鳥子だってバカじゃない。
『紙越空魚から頼まれてあなたを探していた』とでも切り出されたら、とりあえず表面上だけでも話を合わせるだけの知恵はある。
基本的な会話スキルは私よりずっと優れているし、『まずは空魚に会わせてください』という方向に持って行くぐらいの対応はこなせるだろう。

だけど、星野アイにせよ、別経由で探しているアサシンにせよ、鳥子が主導権を握るのは難しいんじゃないかと思えるぐらいにはしたたかだ。
いや、鳥子のサーヴァントがとてもしっかりした奴だという可能性もあるけど――そういう奴が鳥子の傍にいるのは、それはそれでなんか腹立つな。
ただ、これは無いという気がする。
『ある程度以上にしっかりしたサーヴァント』なら、鳥子の左手が噂として広まってしまう前に、それが目立つのを何とか避けた方がいいと紫外線対策用手袋をはめさせるなりなりなんなり、といった対抗策を相談しあっているはずだからだ。
鳥子がサーヴァントを連れてここにいて、その上で鳥子の左手が噂になってしまうなら、鳥子のサーヴァントはある一定水準以上の思考力を持っていないと見ていいだろう。
しっかりとしたバディなら腹が立つ反面、これはこれで大きな不安要素だ。

ともあれ、そういう連中が鳥子たちを値踏みして、『なんだ、誰も殺したくないお花畑じゃないか』と内心で見切りをつける可能性は、決して低くない。
……勝手な妄想とはいえ、鳥子がそんな分かったような口を利かれてバカにされると思うとムカムカするから、想像はここでいったん切り上げるにしても、だ。

現状を整理すると。
星野アイたちやアサシンが『仁科鳥子を探してくれ』という頼みを受け入れたのは、『必ず手を組める相手だ』という私の証言ひとつによるものなのだ。
それも、自身のサーヴァントであるアサシンでさえ『優先度は低くなる』と釘を刺してくるような有様で、だ。
それなら、その証言が『嘘だ』とはっきりしてしまった暁には。


――アイたちが先に鳥子を見つけてしまったら、『見つからない方が都合がいいからこの子には消えて貰おう』と鳥子を殺しにかかる可能性の方が、高くないか?



いやいや。
いやいや、いや。
さすがにそれは恐ろしい仮定が過ぎて、私はかぶりを振った。
そうではないという反証を見つけるために、考えた。


478 : 誰でもいいわけじゃない ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/05(日) 17:41:14 hzI.r0lw0
さすがに非情なサーヴァントだからといって、短絡的すぎるだろ。
ただでさえライダーたちは、先ほど『私達の情報を勝手に横流しする』という失点をつけたばかりだ。
この上で、『こちらが求めている情報を握りつぶす』なんてバレた時が大変になるようなリスクを重ねたいはしない、と思う。

けど、逆に言えば。
バレないならば、その方がずっと手っ取り早くて余計なリスクを抱え込まないだろうと、アイ達の立場なら考える。
なんせ、『もういないことの証明はできない』のだ。
誰にも見られないところで鳥子を始末してしまえば、『ライダーが紙越空魚を利用し続けるために鳥子を殺した』という事実ごと闇に葬れる。

そして、重ねて繰り返すが、私と鳥子を再会させたいと願う善意なんてアイ達には一切期待できない。
聖杯獲得のために協力し合える関係でさえなければ、『紙越空魚を友達と再会させる』なんて余計な感動ポルノに手間をさいたりはしないだろう。

同じことは、アサシンが電話した『協力者』なる何者かにも言える。
アサシンがどういう経緯で、どんな協力者を見つけたのかは分からないけど。
少しでも長く生き延びるために、自陣営を優位にするために、win-winだから手を組んでいる関係、には違いない。
『生き延びるために手を組むのではなく彼女を死なせたくないから探しているんです』なんて本音を察知されたりすれば、余計な慈善活動でしかない頼み事だと安く見られる可能性は低くない。
そんな連中が、鳥子に眼をつける機会を与えてしまったということは。

――最悪、私が『鳥子を探してほしい』と頼んだことが鳥子を追い詰めるかもしれないのか?

絶対に当たっていてほしくない。
そんな結果は断固としてあっちゃいけない。
だけど、これがぜんぶ仮定に仮定を重ねすぎの想像だったとしても。
鳥子のような他人想いの女の子が、『現実的な同盟を結ぼうとする連中』からすれば協力者じゃなくて『カモ』でしかないことは明らかだ。

どうする


479 : 誰でもいいわけじゃない ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/05(日) 17:42:21 hzI.r0lw0
頭を抱えた。
まずいだろ、と脳みそがみしみし軋んだ。心がゆらゆら揺れた。
鳥子探しが上手くいきそうな道筋がついたとして、それが真っ先に私のもとに、他の連中が鳥子に手を伸ばすより早く伝わらなきゃ意味がない。

だったら、協力者を他に求めるか。
例えば、『アイ達とかアサシンの協力者とかを監視して、怪しい真似をしないかどうか見張ってもらえる』ような。
いや、無理だわ。
さっき私が言ったばかりだ。
『ちょっと考えたら分かるでしょ。私だってアイの立場だったら同じこと考えると思う』と。
生き残るために協力するするならまだしも、生還を競い合う他のマスターの友達探しに協力するなんてメリットがない。
『友達がいるかもしれなくて困っているなんて、絶対に助けてあげなきゃ』と心からの善意で協力してくれるような主従が、そうそういるわけない。



いや、いるじゃん。



心当たりを即座に思い出した。
即座に思い出せる心当たりが、もういたことに驚いた。



櫻木真乃。



アイ達の話では、『主従揃ってめちゃくちゃいい子なの。もうめちゃくちゃに』なのだそうだ。
アイは嘘をつくことなら有りそうだけど、人物評を見誤ることはなさそうだ。
それが『めちゃくちゃ』を二回も言って褒めるのだから、おそらく頼み事を引き受けずにいられない類の『良い子』であることには信憑性がある。
しかも、彼女らは今、アイ達に利用されている真っ最中だ。
裏を返せば、アイ達の動向を逐一チェックして、アイたちだけでどこかに行ったりしたら教えてもらうには、ちょうどいいということ。


480 : 誰でもいいわけじゃない ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/05(日) 17:43:19 hzI.r0lw0
だったら、試してみる価値はないだろうか。
星野アイたちに口を挟まれないところで、櫻木真乃たちと直で対面すること。
そして、『私の大事な友達がここにいるかもしれないんです。どうか手伝ってください』と誠心誠意っぽくお願いすること。
もちろん、アイたちのいない場所でそうすることは大前提だ。
そこまでして鳥子探しにこだわっているところを見せるなんて、『この子は仁科鳥子を餌にすればなんだっていう事をきくんだな』と再認識させる行為でしかない。
そんな認識を確かにさせたところで、私も、鳥子の身も危うくするような結果にしかならないだろう。

ただ、仮に『櫻木真乃達と勝手に会った』ことまでばれても、開き直る余地はある。
なんせ、アイのライダーは一度、『勝手に、私達の許可もなしに私達の存在と、同盟を組もうとしている事をばらしている』のだ。
それが通るなら、『アイ達の介在なしに、私達の方が櫻木真乃に関わる』ことだってスジの上では通る。
ばれたところで、『私達の情報が洩れても大事無い相手なのかを確かめるためにも会いました』と言えば、『もともと最初にばらしたライダーたちが事の発端である』という論旨になるだろう。

ただ、それでもアサシンにこの事を話せば反対されるだろうな、とは分かる。
『櫻木真乃たちは星野アイのもう一方の関係を知らないまま利用されている』というのが私達にとっての二重同盟の大事なところだ。
それをこちらも側からアイ達抜きで真乃たちに会うなんて。
アイ達を詰めていたどの口で二重同盟の利点を放棄してるんだってことになる。
ましてや、櫻木真乃に打ち明ける情報のいかんしだいでは星野アイにそれを見ぬかれ、アイ達に察知されるだろう。
星野アイを見張るなんて二重スパイめいたことをやらせるなんて、バレ方によっては序盤から裏切ったと見なされても文句言えない。
聖杯戦争を賢く生き延びるためには、あまりにもリスクが大きすぎる一手だ。

そんなことをするぐらいなら、ノーリスクかつ安全に、『協力者』が情報を運んでくるのを待て、と。
それこそ利害関係しかない同盟の中で仁科鳥子について探りを入れる方法だって、他にもあるじゃないかと。
アサシンならそう言うだろう。
だけど、私の考えは違っていた。

そう言われて『そうですね、分かりました』と納得するのはらしくないだろ、紙越空魚。
もっと、いつもみたいに怒れよ紙越空魚。
お前は、知り合いの知り合いのそのまた知り合いみたいなやつが『それっぽい女の子見たよ』と鳥子のネタを持ち込んでくることを期待して。
それで満足して、落ち着いてのんびり待ってるような奴じゃない。
それなのに『鳥子がいるなら』なんて、鳥子の方が副次みたいな考え方をして、鳥子以外の女を部屋にあげたりして。
っていうか今日は何で鳥子以外のヤツを招くような羽目になったんだよ。
他人に本棚のラインナップを見られるとか羞恥でしかないし、灰皿なんてないのにタバコを吸われるし。
会うだけなら近くの店を指定するとか何でもよかっただろうに、プライベートの壁を突き破った場所に人を入れるなんてアサシンもぜんぜん分かってない。
うん、しっかりと腹が立ってきた。それでこそ私だ。


481 : 誰でもいいわけじゃない ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/05(日) 17:43:43 hzI.r0lw0
お前は誰だよ。
仁科鳥子の共犯者だよ。
鳥子のことだけは裏切らないよ。

だったらもう、『もし鳥子がいることが分かったら出方を変える』なんて話じゃなくて『鳥子を探す』ことを第一義に置いて、全ての労力をそっちに使ってしまっていいだろ。
鳥子のいるいないで一つきりの生還枠を狙うかどうかが変わってくるなら、まずそれを確かめるのが最優先だろ。

私はこれでも、一度やると決めたら絶対にやるタイプだ。
ことに、『鳥子とのこれからの冒険』が関わることに関係すれば。
なので、一度怒り心頭に達したら、もう『櫻木真乃とじかに会う』ことは決めた。今決めた。
だから後は、『どうやって星野アイの介入なしに火急的速やかに接触するか』と、『どうやってアサシンに言いつくろうか』という二点をクリアすることのみになる。

さすがにアサシンに黙って外出して他の主従と会ってくる、なんてことはできない。
令呪が使えないということは、他のマスターはいざってときに秒でサーヴァントを呼べるけど、私は呼べないということだ。
これでサーヴァントに無断で外出などして、悪意ある者から目をつけられたりしたら自殺行為だろう。
だから、まずアサシンを説得しなきゃいけない。
鳥子との関係をどこまで話すことになるのかは、ちょっと説明しにくいものがあるけれど。

そして、電話を終えたアイ達から今後のスケジュールを確認して、真乃と接触していない時間帯にあたりをつける。
そして、アイ達が真乃から離れているタイミングですり抜けるようにして会う。これしかない。

「櫻木真乃の所属は、283プロダクションってところだっけ……」

そうと決まれば、まずは情報収集だ。
『櫻木真乃』について、一つでも多く知っておくに越したことはない。
さっきぐぐったブラウザを再び呼び出そうとして、そもそも自室なんだし客も帰ったんだから携帯じゃなくPCを使おうと思い直した。
大学の夏休みというロールの中で、もはや大学のレポートを書くことにさえ使われていないパソコンをテーブルの上で開き、ブラウザを起動。
さくらぎ、で変換を書けると、『櫻木』ではなく『桜木』が最初に変換された。
鳥子以外の限られた友人と呼べそうな範疇に『小桜』という女性がいるから、私にとっては桜の字の方がなじみがあるのだ。

――おいおい、それは無いだろ空魚ちゃん。

思い出してしまったせいだ。
パソコンディスプレイの映り込みに、自分の顔ではなく小桜のしかめっ面が見えたような気がした。
それも、私が鳥子のことしか見えないような対応をしたときにた何度も目にしてきた、お説教をする時の顔だ。
小櫻がこんな時に言いそうなことは予想できた。

――あんたさっきまで『櫻木真乃を利用する』って話をうんうん頷いて納得してたじゃないか。
――都合が悪くなったからって『櫻木真乃さん手伝ってください』ってのは、あんまりムシが良すぎやしないか?


482 : 誰でもいいわけじゃない ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/05(日) 17:44:10 hzI.r0lw0
口うるさい優しい大人。
時にお説教の意図が分からないことはあったけど、いつも小桜の方が正論だってことは、言葉が刺さるから認めるしかない。
そして私も、いつものように反抗的な態度で内心の反論をした。
ただし、いつもよりも幾らか、突き放すように、もうあなたの言葉は聞かないと訣別するように。
そうですよ。ムシがいいんです。
これは、お願いの形を取ったところでお願いじゃない。
星野アイが目的のために非情になるのと同じで、私もつまるところ、この子を利用しに行くんだ。
私も、銃器と嘘と裏切りの世界に、一歩踏み出すんだ。

検索ワードは、『283プロダクション』に変えた。
そもそも固定の所属事務所持ちならそちらの方が詳しいかと、公式ホームページに移動する。
キラキラした星型の装飾に彩られたロゴと、たくさんのキラキラした美少女たちの写真。
そこから『せざっうぃ〜ん♪』という看板曲らしいイントロが聞こえてきた。
いや、本当はちゃんと意味のある英語なのかもしれないが、『せざっうぃ〜ん』としか聴こえなかった。
私は情報コネクションとしての283プロダクションに関心があるだけだ。
芸能プロダクションとしての283プロのことはどうでも良かった。
けれど、その楽曲の歌詞のなかで、耳に残るフレーズがあった。


――『翼を広げてキミ(鳥)とどこまでも、あのソラ(空)のかなた』か。


【世田谷区・空魚のアパート/一日目・午後】


483 : 誰でもいいわけじゃない ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/05(日) 17:44:26 hzI.r0lw0
【紙越空魚@裏世界ピクニック】
[状態]:健康、動揺
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:マカロフ@現実
[所持金]:一般的な大学生程度。裏世界絡みの収入が無いせいでややひもじい。
[思考・状況]基本方針:鳥子を探す
1:『善意で鳥子探しをしてくれる』協定を結ぶために、アイ達の介在しない場で櫻木真乃と接触したい。
2:1をするにあたってアサシンにどう話したもんか……。
3:アイ達とは当分協力。だけど、真乃と勝手に会った事は伏せたい。


484 : 誰でもいいわけじゃない ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/05(日) 17:45:15 hzI.r0lw0
投下を終了します


485 : ◆0pIloi6gg. :2021/09/05(日) 20:02:56 lw71wcGk0
>>みなしご集う城
アラフィフがどこまで手を回していたかというブラックボックスだった部分が想像以上の強さで補強されましたね……。
個性が存在しない世界とはいえデトネラットからマスコミ、政治団体まで抑えているのはあまりにも手堅い。
その上甚爾との繋がりも生まれようとしているとなるとまさに毒蜘蛛の王、悪の枢機としてのモリアーティか。
しかしそんな彼も同盟者のしおちゃんを取り巻く因縁の存在までは見抜けず、困惑しているところがコミカルで面白かったです。
当人はデンジや死柄木と仲良く新拠点でまったりしている辺りも含めてなんとも良きでした。
四面楚歌の状況に追い込まれようとしているあさひくんですが、逆にそれがしょーこちゃんとの再会フラグになる可能性もあって今後に期待です。

>>誰でもいいわけじゃない
か、紙越空魚〜〜〜〜!!!!(お前はどうしてそんなにめんどくさいんだという意味)
空魚という女の面倒臭い部分とか重い部分がはっきり描写されていて読んでいてニヤニヤしてしまいました。
アイの分析通り頭のいい人物であるのは間違いないのに、鳥子のためというただ一点で無茶をする辺りが実にらしい。
あくまで戦力としての利用に留めるはずだった真乃組をまた別な形で利用しようとする展開がなかなかどうして目まぐるしいですね。
しかし問題は本人も考えていたように、アイ達との折衷やアサシンの反対をどう押し切るか、でしょうか。
まあそれでも空魚が鳥子に対する行動力を捨てることは有り得なそうですが……。


皆さん素敵な投下をありがとうございました!!


486 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/05(日) 21:24:41 /hckXp9E0
投下乙です!
空魚さんはアイたちと組むことができても、彼女のしたたかさを知った後ではなかなか信用できませんよね。
そして鳥子さんのことを考えながらも、一人で感情を爆発させるのでやっぱりこじらせていますね……
あと、彼女が懸念するように、もしも鳥子さんの存在がバレたりしたら二人とも一気に不利になるので、真乃ちゃん達に頼らないといけないのも事実。
本当なら仲間であるはずの伏黒パパや、同盟者のアイ組の存在が鳥子を見つけるにおいて大きな障害になってしまうのが辛いですね。


487 : ◆HOMU.DM5Ns :2021/09/05(日) 23:42:53 bwcbMRy.0
後編を投下します


488 : 283さんちの大作戦〜偶像とノケモノ編〜 ◆HOMU.DM5Ns :2021/09/05(日) 23:44:40 bwcbMRy.0



 ◆



 霧子の護衛の名目で付けた皮下の配下───コードネーム「ハクジャ」の出自と歩んだ道筋は、再現元の世界とそう大差ない。
 生まれながら重い障害を抱え、人生の大部分をベッドの上で過ごしていたのを、皮下の持ち込んだ新薬の治験が効果を齎し、健常な体を手に入れた。
 それ以来恩義に報いる為に、知人を演じながら皮下の指示で裏の仕事に従事する刺客となった。
 皮下の意で動く私兵で、穏やかな気質の同性、往来に出ても比較的馴染みやすい格好。
 マスター候補の女子にあてがうに最適な要素を持つ為、今回の任務に抜擢した。

 ───以上。それ以降は、記すべき事項は何もない。
 
 招聘されたマスターと何らかの隣人知人の似姿で、界聖杯の住人は構成されてる。
 同業者であれ協力者、概ねの人間関係は元(オリジナル)のポジションと変わりない。
 自身と霧子の例を挙げて、皮下はそう予測を立てた。
 もしリスト化した全住人を各マスターに見せて、誰も面識のない者がいれば予選で敗退したマスターの世界から拝借した相手なのかもしれないが。
 一々住人の素性を設定するのが面倒だったのか、家財一式を取り上げ、新天地に飛ばされて殺し合いを催促されるマスターへに少しでも馴染んでもらうせめてもの親切心なのか。 
 面倒を感じる情緒を聖杯が持ってるのか? という疑問はともかく、マスターとの関連人物が近くに配置されるパターンは多いというわけだ。

 しかし、どこまでいっても偽物は偽物。
 界聖杯はマスターの為だけの舞台。聖杯戦争はサーヴァントのみが踏み込める死地。
 本人ならともかくその複製であるNPCに、介入できる資格は無し。
 書き割り。張り子。引き立て役の枠を出ない。 
 
 故に。
 ハクジャと呼ばれる彼女に、本来過去と呼べるものはない。
 より正確には、語るだけの価値(可能性)がない。

 彼女の半生。苦悩。覚悟の程。
 闘病の支えになっていた医者夫婦の思い出。
 病状の快癒に至った要因である葉桜が、元々この世界には存在しなかった齟齬。
 それらの詳細を明らかにされる時は来ない。
 それは無駄なものだから。
 生み出す未来が、あまりに細い枝だから。
 語られない過去は無いも同じであり、だから彼女は偽物でしかない。

 
 例外はいる。
 マスターを直接殺傷し、明確な戦果を上げた殺し屋。
 経済行政両面で全力の支援を約束するほどサーヴァントに心酔した企業人。
 彼らは自分とこの世界が比喩のない模造品であるのを聞かされ、真実であると開眼した。
 可能性持つ資格者に深く関わったNPCは、間接的な形で可能性を開花させる。
 「マスター・サーヴァントの戦術の効果」の形で、界聖杯に介入を生む。
 霧子のルーチンから外れた行動も、マスターだった白瀬咲耶の影響が刺激になったのかと皮下が睨んだように。
 盲目的に役割に従うだけの駒に、意思が芽生えるのだ。

 ハクジャもまた、聖杯戦争の概略を皮下から聞いている。
 俄には信じがたい荒唐無稽。非現実的な眉唾物。
 裏社会に身を潜める人間なればこそ必要以上に抱く疑念も、実例を見せればまたたく間に雲散霧消した。
 皮下にしても誰彼構わずサーヴァントを見せたわけではない。それなりに目算があってのことだ。
 自分の知るハクジャならこうして真実と衝撃を与えてやれば、忠実な部下として動いてくれる。そういったリユでの開陳だった。
 皮下にとっても、ライダーに頼らず、葉桜投与で凶暴化したりもしない私兵が手に入るのは有り難い。
 狙い通り、ハクジャは聖杯戦争を受け入れた。
 情報屋や斥候の面で扱いにくいライダーを通さずに、皮下の直属でマスターに探りを入れる任を受け入れた。
 自分が偽物の人形であることを、受け入れたのだ。


489 : 283さんちの大作戦〜偶像とノケモノ編〜 ◆HOMU.DM5Ns :2021/09/05(日) 23:45:43 bwcbMRy.0





「……あなたたちが、霧子ちゃんのお友達なのかしら?」
 
 ───その上で、あえて彼女の視点で物語は進展する。

 頂点を越えた太陽の下で、眦に滲ませて抱き合う少女達。
 二度と放さないと腕を回す派手な髪色の少女と、それを優しく抱きとめる霧子。
 それを少し離れたところから眺めて涙ぐむ、顔半分をマスクで隠した少女。
 突然目の前で起きた感動の場面にハクジャ自身しんと、胸に懐くものを感じながら。
 果たしてこの少女達は本物なのかと、任務遂行の値踏みを始める。

「あ……。どうもー、アンティーカの田中摩美々ですー」

 声をかけられたことで塞いでいた顔を上げ、急いで袖で目元を拭ったあと、気だるそうに挨拶する。

「アンティーカ……ああ! さっき霧子ちゃんが言ってたアイドルの……!」
「はいー。どうか以後お見知りおきをー」
「はい、よろしくね。ふふ、霧子ちゃんが言ってた通り優しい子なのね」
「む……」
 
 見た目や口調によらず、礼儀や常識の節度は弁えてそうな所作を感じた。
 目線を隣にいる霧子に向けて、すこし不満そうな念を発している。

「それで、そっちの子は……」
「あー、はい。SHHisの七草ちかですー」
「……うぇ!?」

 さっきまで「うっわ……二人揃うと顔よすぎ……てか近……」等とよくわからないことをつぶやいていた少女が、突然話を振られて頓狂な声を上げた。

「そちらの子もアイドル?」
「まぁ、そんなところですー。ちょっと気ままな親睦会をー」
「え……は、はい! そうなんですよー! さっきそこでバッタリ会っちゃいまして!
 カラオケとかで盛り上がってたら、急に霧子が心配だーなんて電話かけて飛び出しちゃって、まだ時間余ってたのに参りましたよもー!」
「……にちかー?」
「……っ! ご、ごめんなさいごめんなさい調子のってましたよね今の……!」
「や……そこまで謝ってほしいわけじゃないけどさー……」
 
 二人のやり取りを見てる霧子は、困ったような顔をしながらも薄く微笑んでいる。 
摩美々かにちかかその双方か、こうしたやり取りが霧子が見てきた日常の朗らかな風景なのだろうと察する。

「みんなにばかり自己紹介させちゃったわね。初めまして、皮下医院の院長先生の知人でハクジャです」
「……どうもー」
「ど、どうもです!」
「今日は霧子ちゃんが外に出るっていうから、ちょっとした付き添いね。ほら、最近は女の子ひとりだと危ないから」
「それはまたどうもー。霧子がお世話になってますー」
「んー、むしろお世話になってるのは先生のほうだって聞いてるわよ? 病院も休日にボランティアに来てくれて助かってるって」
「霧子、そんなことしてたのー?」
「う、うん……しらばくお仕事、お休みだったから……」

 蛇は鎌首をもたげる。
 殺気を気取られないよう草むらに身を隠し、土を這って距離を詰める。

 皮下によればマスターと呼ばれる人間には手の甲に赤い紋様が刻まれる。
 摩美々にもにちかにも両手にそれらしき刻印はない。
 霧子については至る部位に巻かれた包帯がカモフラージュしている。 
 隠蔽にしては杜撰すぎるが、聞けば体のどこかに包帯を巻くのは彼女のライフスタイルだという。
 そんな目立ったNPCがいるのかと疑うも、それなら真夏の昼に袖から踝まで黒い服でいる自分も大概だと自嘲する。


490 : 283さんちの大作戦〜偶像とノケモノ編〜 ◆HOMU.DM5Ns :2021/09/05(日) 23:47:14 bwcbMRy.0

 そう───ハクジャの格好に摩美々達は注意を寄せてる。
 霧子を抱きしめたその位置からハクジャに近づこうとせず、霧子を行かせまいとするように服に指をかけている。
 仕事仲間が行方不明になった報を受けて、初見の人間に敏感になってる反応か。
 あるいは、「敵」である可能性を念頭に入れて、仲間を守る姿勢を取る構えなのか。

「なんだか積もる話もありそうね。外で長話するのもあれだし……。
 私もご一緒していいなら、このあたりのオススメのお店に案内したいけど───どうかしら?」
 
 指令は敵性勢力の殺害ではなく見極めだ。
 3人の少女がマスターであるか否か。サーヴァントなる超常の存在はまだ姿を見せていない。
 判別の為、あえて込み入った話を促すよう手を打つ。

 自分に疑いをかけてるなら、何らかの反応を見せるはず。
 もし敵と見做され乱暴な手段に打って出るならそれもよし。
 ハクジャからの連絡が途絶えれば、皮下は霧子とその関連者をマスターだると断定するだろう。
 偽物の命。真のマスターにとって惜しくはない。自分は役目を果たせればそれでいい。

「霧子ちゃんがアイドルのことあんまり楽しそうに話してたから、もう少し聞いてみたくなっちゃって。
 ひょっとしたらこれを機会に、私もアイドルになれちゃったりして……?」 
「や、すいませんー。プライベートなお話は事務所を通さないといけないのでー」
「あら、そう。残念ね……」

 アイドルらしい、誘いを断る定型句。
 あくまでNPCらしい、聖杯戦争に関わらない人の立場を逸しない。

「けどまぁ、ハクジャさんぐらい大人のアイドルも、まあまあ見ますからねー。意外といけるんじゃないですかー?」
「ふふっ、冗談に付き合ってくれてありがとう。でもそれ以上はちょっと本気で恥ずかしいからお手柔らかにね?」

 それでいて、こちらへの興味は無きにしもあらず。
 田中摩美々という少女は中々に頭の回転が早いらしい。交渉の立ち回り方を心得ている。
 裏社会にひしめくスパイ宜しく、見た目によらずやり手なのか。
 傍らにいるかもしれないサーヴァントが、余程の知恵者なのか。

「あー……でも確かに外で話すのも暑いですねー。
 お茶はともかく、どっか場所を変えたいって気持ちには賛成ですー」

 どちらにしても、摩美々はハクジャと接点を捨てはしなかった。交渉の余地ありと見た。 
 本当にただの世間話で終わった可能性は、ここまで来たら考えない。
 田中摩美々が聖杯戦争と関わる人物の可能性は高い。
 関わるどころか、ソレそのものの確率も。
 この時点でひとつの成果は持ち帰れる。後はここから更に女王を収集できるか。
 霧子も同行者が増えたことだし、ここで一時別れる口実も作れるが……。

「あ……あのね、摩美々ちゃん……。
 わたし、もう少し行くところがあるから……」
 
 ───と。
 2人の会話を傍観していた少女が、控えめにもはっきりと自分の気持ちを告げた。

「え……?」
「ええ……?」

 摩美々は困惑の表情。
 どうして、なんで、予想だにしなかったという、本物の感情が隠しきれていない。

「霧子ちゃん? 私に気を遣わなくってもいいのよ? せっかく友達と会えたんだしゆっくりしても……」
「いえ……そういうのじゃなくて……」

 助け舟を出してみても、霧子の考えは変わらない。
 考えてみれば、霧子が外出を求めたのも最初から行く宛があったからこそに思える。
 摩美々との邂逅は、あくまで本人にとっては偶然もたらされた福音なのだろう。

「霧子、どこか行きたいところあるのー?」
「うん……。行きたいっていうか、見たい場所が、あって……」
「じゃあ私も……」

 そこまで言いさした摩美々を、霧子は慈しみを秘めた瞳が見つめた。


491 : 283さんちの大作戦〜偶像とノケモノ編〜 ◆HOMU.DM5Ns :2021/09/05(日) 23:49:10 bwcbMRy.0


「わたし……摩美々ちゃんに会えて、とっても嬉しかったよ……。
 咲耶さんの心を……ちゃんと……聞いてくれてて……」
「ん……」

 さっきの落涙の対面を思い返したのか。
 気恥ずかしさを紛らわすように、自身の結わえた両房の髪を下から撫で上げた。

「にちかちゃんも……元気でいて……よかったよって……伝えたくて……」
「………………?」

 にちかは対照的に、不思議な違和感に因われたように眉を歪めた。


「咲耶さんを…………見つけたいの」


 時が停まり、世界が凍った。
 そう感じたのは一瞬で、陽炎が見せた錯覚。
 けれどそう感じたのは、作り物のハクジャの心臓が、霧子の声を聞いて鼓動を強めたから。  

「摩美々ちゃんも……にちかちゃんも……わたしはちゃんとみんなのことを憶えていて……。
 でも……もういない人を憶えていられるのも、わたしたちしかいないから……。」

 朗々と謳う仕草。
 目を瞑り手を重ねる姿は、祈りに似ていた。

「咲耶さんが残してくれたもの……アンティーカの中にあるだけじゃない、この街に置いていってくれたものがあるなら……。
 わたしはそれを……見つけてあげたくて……摩美々ちゃんやみんなに……伝えてあげたいから……」

 いや、実際にそれは歌っているのだろう。誰かから受け取ったバトン、拾い集めたいのち。
 この全ては遍く失われる。
 命も世界も真実も、止めるすべは神すら持たない。
 できるのはただ、忘れないこと。  
 確かにあったものを、残るものに伝えていくこと。
  

「みんな……ここにいるよ、って……」


 巡る血液。
 心臓の鼓動。
 辿る記憶。

 あの日、自分を培う全てがまがい物と知らされたモノが、色彩を持つ。
 血潮の暑さが、太陽の日差しが、陰に潜んでいた蛇に光を灯す。
 眩さと明るさ、その下に立つ白銀の巫女。
 ハクジャは暫し、目を離せなかった。


 霧子が目を開ける。
 真夏の白昼夢の雰囲気は立ち消え、普段の街の一角に戻る。
 告白を受けた摩美々は無言で霧子に手を伸ばす。
 害意の無い両の指は霧子を包み込むように広がり。

「えい」
  
 もち、と。
 頬の端と端を軽く優しくつまんだ。

「ま、まみみひゃん……!?」
「咲耶も霧子もさー、いつからそんなに悪い子になったのー?
 私のお株を取らないでよねー? キャラ被りはアイドル生命に関わるんだからさー」

 なすがままされるもちもち霧子。
 わたわたと手を上下させるが、本気で抵抗してるそぶりでなく、行き場のない驚きが反射的に動いてるだけのようだ。
 指の挙動に痛めつける意図はなく、マッサージですらある労り方で頬を揉みほぐす。


492 : 283さんちの大作戦〜偶像とノケモノ編〜 ◆HOMU.DM5Ns :2021/09/05(日) 23:50:23 bwcbMRy.0

「行っといで。霧子がいいって言うなら、それでいいと思う」

 充分に堪能したもち肌を解放して、そんな風に摩美々は言った。
 心配と誇らしさが共存した、ひとり旅に出る妹を送り届ける姉のような顔をして。
 
「大丈夫……危ないところに行ったりしないよ」
「……ん」
「それに……『5人揃ったアンティーカは……最強たい……!』だから……」
「……ふふー。それ、似てないよー?」
「え……!? そ、そうかな……?」
「うん違う。恋鐘のはもっとく、ば〜りばりば〜いーー、てさー」
「……! ふふ……! ふふふふ……!」



 マスターでないNPCの彼女には、どれだけ役割から外れたらマスターといえるのか判別がつかない。
 自身がマスターの影響下で通常から異なる行動を取ってるため、こうすればマスターなのだという確証が持てない。
 サーヴァントの存在。
 令呪の有無。
 明確な証拠は掴めたわけではなく、不可思議な現象に遭ってもいない。

 3人が要警戒対象なのは変わりない。
 マスターでなくてもその接触を果たした可能性は高くなるばかりなら尚更のこと。
 このままボロを出さずとも、霧子が帰路につくまで監視の目は怠らない。
 仮にNPCである裏付けが取れても、戦いの可能性を排除できただけ。損するものではない。

 それでも。
 ハクジャは思うのだ。
 自覚させられた心は、彼女たちがマスターであればいいと、薄情にも思う。
 手柄や功績に喜ぶのでもなく。
 そうであれば、あの鬼の概念が形になった英霊に潰されなければならないというのに。
 清く正しい彼女たちに、酷く辛い最期を与えてしまうことになるのに。

 笑い合う2人を眺める目を細める。
 今目にしてる、瞳も、眩きも。
 胸の早鐘を打ったあの言葉も。
 誰かの仮り物の、淡い贋作でしかないとしたら。

 それは何て、昏い現実なのだろう。





 ◆


493 : 283さんちの大作戦〜偶像とノケモノ編〜 ◆HOMU.DM5Ns :2021/09/05(日) 23:52:28 bwcbMRy.0




「……というわけで。以上、見習い探偵マミミーヌの事件簿でしたー。ご清聴、ありがとうございまぁす」

 ハクジャを連れ添って霧子と別れてから。
 摩美々とにちかは、アサシン達からの返信が帰ってくるまで待機していた。
 こちらで起きた出来事の対策をどうするか、あちらの計画の成否がどうなったか。
 聞きたいことが積みに積まれて吐き出したくてしようがなかった。

 けれど彼らは現在任務中だ。二人よりずっと危険で、命の保証がない作戦を遂行してる。
 終了するまで念話に出れる余裕はないと、アサシンからは予め言われてる。 
 召喚されてから東西奔走し、どんな時も冷製な判断力で正解を導いてきたアサシンが。
 どうしても緊急な場合は、比較的余裕の残るアーチャーに念話を送るよう。
 生死が差し迫った最悪の状況になれば、令呪を使って呼び寄せるようにと。

 かつてない『非常策』の念押しをしてくるアサシンに、摩美々は苦い申し訳なさを覚えた。
 それだけの覚悟をする死地に、二人は各々のサーヴァントを行かせてしまったのだ。
 聖杯戦争の為にではない、関わりのない283プロの仲間を救うように。

 これでもし二人に何かあったら合わせる顔がない。
 マスターとサーヴァントの間には『繋がり』があり、どちらかが危険な状態に陥ったら一方がそれを感知するようになってるらしい。
 摩美々のも、にちかの令呪にもそれらしい兆候は見られない。
 ひとまず今は安心していいということだが……その先はまだ安心できないということでもある。
 アサシンとの念話の回線はオフにされ、さりとて安否の確認だけでアーチャーに呼び声をかけるのも気が引ける。

 ハクジャとの接触も、終わった後も、正直言えば気が気じゃなかった。
 霧子と会うだけで済んだはずが謎の同行者がいてその対処に追われ。
 先ににちかと役割分担を決めといて、本当によかったと。
 会話は摩美々が担い、にちかにはまだ繋げる余地があるアーチャーとの念話の通信役を任せる。
 腹話術じみた二重会話を練習なしでこなせる要領のないにちかは喋るのは最低限に。
 霧子が連れてきた相手なのであれば、同じユニットの摩美々が前に出て、新人アイドルのにちかが尻込みするのも道理だ。
 どこまで騙し通せたかは不明瞭だが、ひとまず危害を加えられることなくハクジャと別れることができた。
 ……霧子が自発的に離れたのは、本当に予想外だったが。



『はい、確かに報告は聞き届けました。
 そして、まずはお疲れさまでした。問題は山積みですが、今はお互いの無事を素直に喜びましょう』

 そして、時計の針は回り。
 炎天下に晒されては只でさえすり減る精神が加速度的に摩耗するという理由で、冷房の効いた喫茶店に駆け込み。
 気を揉んで待ち続けた摩美々にアサシンからの回線が復活したのが、数十分前のことである。

「ありがとうございまぁす。
 これもアサシンさんの計画通り、ですねー」
『ははは、我ながら突貫作業で、後で見たら墓に埋めたくなるほどお恥ずかしいものですけどね。
 間違っても兄弟には見せられません』

 モリアーティのしたためた、企てた犯罪を必ず成功させる第一宝具。
 霧子との対面前、摩美々はアサシンから今回のケースに対応した『計画書』を遠隔で受け取っていた。
 電話越しの、即興と予測を織り交ぜた不確定の情報だらけの、本人も認める杜撰な出来だが。
 一定の指向を持たせることはできる。
 何が起きた時、何を選び取るべきか。
 手段を剪定し、即興ならではの順応性で乗り切らせた。

「それに私の宝具は運命の干渉やその人の強化を付与するでもない、実行者の能力に依存するもの。
 口頭で聞いただけで概要を理解し実行してのけたマスターこそ、今回の一番の功労者です」
「それは……どうもー。
 すごくメンドーだったけど、霧子のためですからねー」


494 : 283さんちの大作戦〜偶像とノケモノ編〜 ◆HOMU.DM5Ns :2021/09/05(日) 23:54:18 bwcbMRy.0

 
 この交渉で霧子も含めた3人の命が懸かってるとなれば、嫌でも覚えざるを得なかった。 
 自他の命。ライブやパフォーマンスとは次元の違うプレッシャー。
 頼れるのは、自己PRも億劫になるぐらいの口八町と、脳に叩き込んだ『計画書』だけ。
 アサシン不在の間も、授けた宝具は摩美々の精神の均衡を際どいところで支えて賦活させる、安定剤の役目を担っていた。 

「というわけで、今日の摩美々は充電切れですー。
 甘いもの食べて補給しなきゃですから、次のお仕事は少し待ってくださいねー」
『勿論。状況は刻一刻と変化します。取れる時間に休息を取っておくのも大事な仕事です』

 アイスとフルーツが高く積まれたパフェを掬って、一口また一口。糖分が脳に沁みる。
 「なんでそんなドデカカロリー取ってそのスタイルなんですかね……」と恨みがましい小声が聞こえたところで、

「……っぶはぁあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」

 反対側の席で、机に突っ伏したまま特大の息を吐き出すにちか。
 偶には羽目を外したい女子高生といえど褒められた態度ではないが、今回ばかりは大目に見てもらうべきだろう。 

「よかっったあああああああ〜〜〜〜、お姉ちゃんが無事で……!」

 安堵でどっと溢れた疲労と一緒に溢れた雫。
 見えない重圧と奮闘していたのは摩美々だけではなかった。

『ええ。七草はづきさん他、全所属アイドル、及び天井努社長、共に全員の無事が確保されました。
 それに今後他の陣営に目をつけられる可能性も減少したでしょう。部屋の中は少々荒らされてしまいましたがね』
「だってー。
 ……よかったねー」
「はい……! ありがとうございます……って、アサシンさんに伝えてください。
 あっアーチャーにはもう言ってますよ! ていうか直接言わせてくださいいまめっちゃ寂しいんですから!」

 テンションがおかしくなってわちゃわちゃとするのを見て笑う摩美々だが、心境でいえばにちかと同じものだ。
 ワガママを許されたことがこれほど嬉しかった経験はそうもない。 
 摩美々の帰りたい世界の形は守られた。
 サーヴァントとの戦いに巻き込まれたりすることも、もうあって欲しくないと切に願う。
 万能の願望器だと大口を叩くなら、それぐらいは軽く叶えてもらってもいいだろう。

『ああ、失礼。そちらに戻ってもらうのはアーチャーだけです。
 私はまだもう少し事務所に留まらなくてはいけないので』
「……まだ仕事があるんですかぁ?」
『すみなせん。ですがご安心を。これは本当に先程よりずっと危険が少なくて、けれど優先しておくべき事項ですので』

 摩美々は察した。
 ここまで立て続けに起きていれば、どんなに見て見ぬ振りをしても逸らせない。

「まだ……いたんですね。283(ウチ)にマスターが」

 アサシンは述べず、ただ消去法的に残った事実のみを伝えることで答えとした。

『都外住まいのアイドル達には一時帰宅の通知。
 都内のアイドルには地方にユニットでの活動で離れてもらうか、どうしてもあぶれる方には休業の通知を。
 女子寮で住む方は白瀬咲耶さん以外にマスターでないのは裏が取れてます。
 そしてマスターのように界聖杯に調整されて都内在住に設定されてるアイドルは他になし。
 よって残るマスターの可能性があるアイドルは、今日都内で仕事をしている一人に絞られます』

 櫻木真乃。
 イルミネーションスターズの一人。
 天真爛漫で、自信なさげで、ちょっとだけ誰かに似ている子。

『真乃さんがマスターであるのなら、スケジュールからいって近く283プロに訪れる。
 我々が合流するのは、彼女に現状を説明してからです』
「まぁ……真乃なら、そうするかもねー」

 特別深い交流があるわけでもないが、ペットを育ててる同士で会話が弾む機会がそこそこにあったのを思い出す。
 マスターならプロデューサーから家にいるよう指示があっても、変に思い詰めて外に出ちゃいそうだ。
 真っ先に行きそうな事務所にアサシンが待ち構えているなら、擦れ違いで283の窮状を伝えられないこともない。


495 : 283さんちの大作戦〜偶像とノケモノ編〜 ◆HOMU.DM5Ns :2021/09/05(日) 23:55:23 bwcbMRy.0

「あれ……それだと、霧子と別れちゃったのって、やっぱマズかったですかねー」
『いえ、そうでもありません。
 失踪したメンバーと同じユニットが一緒に行動していれば、マスコミや衆目が集まるのも時間の問題です。
 というより、今は同盟者が一堂に集まる状況でありません』
「え、そうなのー?」
 
 仲間を集めれば皆を守りやすくなる。てっきりそのつもりでアサシンは動いてるものと思ったが。

『それは戦力が充溢してからの話ですね。
 守勢に心許ない現状で人員だけ増やしてフットワークが落ちるのは孤立するよりも避けたい事態です。
 より攻撃力に優れる陣営に手を組まれ、集中砲火に晒される危険がありますので。
 加えて……マスターの全員が顔見知り以上の関係である場合、チームワークは高いがその分攻勢を打ちづらくなる。
 非礼を承知で述べますが、荒事に向かない人ばかりが集まるのは、非常時にヒステリーを起こす遠因になるんです』
「ああ、それは分かりますよー」

 要は、馴れ合ってしまうというわけだ。
 大事な仲間だから傷ついて欲しくない。危ない目にあって欲しくない。
 摩美々もそう思ってる。それを全員が持っていれば消極的な戦法しか取れなくなる。
 自陣が単騎では弱小であるといって、徒党を組むにもやっぱりリスクが付き纏うのだ。
 戦場に身を置く兵士ではないアイドルに、失う覚悟を前提にした思考を常備させるのには無理がある。
 精神を擦り減らし、疑心暗鬼と集団心理で仲間割れしてしまう
 ホラー映画やパニックものでよく見るパターンだ。

『連絡は密に取り合わなければですが、全員が集まるのは定期的に、タイミングを見計らってが望ましい。
 ご理解いただけましたか?』
「了解ですー。にちかにもそう言っておきますねー」

 にちかにも『もう一人のにちかに会う』という目的がある。
 これもまた聖杯戦争と関わりないかもしれないが、個人の問題として果たさなくてはいけない。 
 ちなみに当のにちかは、メニューとにらめっこしながらパフェの欄に指を上下左右に動かしてる。

『霧子さんに付いているハクジャという女性の素性にも、大方見当がつきました。今すぐ危険が及ぶことはないと思われます。
 この件が終わればコンタクトを取ってみてもいいでしょう。姿を見せなかったサーヴァントについても検証の余地があります』
「もう調べたんですかー。本当に何でも知ってますねー」
『まさか。そこまで僕の網は万能ではありません。
 皮下病院についても、院内の死亡者表記と実際の死者にずれがある程度までしか分かっていませんので』
「ってガッツリ調べてるやないかーい」

『ところで、霧子さんは向かう先があると言ってましたが、マスターは聞いていないのですか?』
「聞いてませんよー。……でも、たぶん私が思ってるので合ってると思いますー」
『なんと。そこまで読めているとは。伝聞だけの私には想像もつきませんが……』

 少しだけ、心から驚いてるような声色のアサシンに、ひっそりと胸の内で勝ち誇る。

「まぁそうですよー。
 アンティーカの、田中摩美々ですからねー」

 モリアーティに触れ難い聖域がいるように、摩美々にも代え難い領域がいる。
 如何にアサシンの能力を信頼していても、この話ばかりは先に譲ってはあげられないのだ。











「はあー……駄目だ、選べない。
 でもさすがアンティーカの幽谷霧子だなぁ……準決でポシャった方の私にも、あんなに優しくしてくれて。
 まぁそっちのでもないんですけどねー残念ながら」




 ◆


496 : 283さんちの大作戦〜偶像とノケモノ編〜 ◆HOMU.DM5Ns :2021/09/05(日) 23:57:02 bwcbMRy.0



 ───そして、全てを見てきた鬼に視点は移る。


「それで……どこに行きたいの? 遠いようならタクシーでも拾わなきゃだけど」 
「はい……海に……行きたくて……」
「海?」
「海岸でも……砂浜でも……海が見える場所ならいいんですけど……」

 射陽を避け生の肉体を解いて霧子の背後に立つ幽鬼。
 皮下が送ってきた監視役にも、連絡を受けて集合した2人の娘にもその存在を気づかれず。
 黒死牟は霊体化してなお磨かれた感覚で、事の成り行きを観察していた。

 顔を合わせるなり涙を浮かべて抱擁する娘。
 あれは恐らく、マスターであろう。 
 しかも二人共。武を磨いた気配を漂わせぬ素人のそれ。
 それがどちらも主である娘と知己であったとは、少なからぬ意外ではある。

(だが……側に英霊はつれておらぬ……)

 ここまで近ければ霊体のままでも存在を近くできるはず。
 それが全く反応しないのであれば、サーヴァントはマスターを置いて単独で行動している。
 もしくはアサシンが備える能力で、感知できる気配を完全に遮断しているか。

(ならば……問題はなし……影に潜むだけの間諜なぞ……恐るるに足らず……)

 サーヴァントはそれ自体が強烈な神秘の具現であり、巨大な力の塊。
 小者であれ喰らえるとなれば、供給に不安が残る身には多少の足しになろうが……そうまで瀕してもいない。
 武士は食わねど、ともいう。飢えた野良犬の真似をして腐肉を食い漁る卑賤に落ちぶれる気はない。

(まっとうな英霊であっても……同じ事……弱卒を斬り捨て……戦わず消滅させても……意味はない……)

 陽光が大敵といっても、上弦の耐久度をもってすれば日陰に逃げ込むだけの時間程度なら消滅を免れる。
 その気になれば刹那に実体化し、娘二人の首を刈り取るのも可能だった。
 だがそんな勝利を得ても、剣鬼たる黒死牟の満足いく勝利には届かない。
 血湧き肉躍る、生死を賭けての死合こそが侍の本懐。
 醜い化物に堕しても、剣持つ者の意義は見失わない。

 今はいい。見逃してやろう。
 だが気配は覚えた。夜になれば探索も容易になる。
 その時こそ正当な立ち会い、互いの術技を競い自らを高められる。

 徐々に徐々に、黒死牟は戦いに引き寄せられている。
 長安寧と退屈な日々でも刃が錆付きはしなかった。
 漸く、長く待ち焦がれた瞬間に透明の心臓が昂揚する。逸る戦意を抑える。

「海は……アンティーカにとって……大事な思い出だから……」

 能天気にも、敵の間者に身内話を漏らす娘。
 自分の周囲が敵で埋め尽くされてるのに気づいていないのか。
 マスターの情報を黒死牟が伝えず隠し立てしてるのは、ひとえに霧子を警戒してのことだ。
 仲睦まじき娘達。それがマスターと知ったのならどうするか。
 あの様子では同じく聖杯の争奪に関心がない、巻き込まれた民草なのだろう。
 戦いを望まず目的を同じくするなら、鬼狩りのように結託し抵抗するのは自明の理。
 同盟はいい。孤剣での極点を目指すといえど数の利そのものを否定はしない。
 しかしそれが戦いの否定、聖杯を望まないが為の団結であれば到底受け入れられるものではない。

 故に情報は伏せてある。
 戦いを終わらせるには全ての敵を殺し尽くす他にない。そうでなくてはならない。
 只でさえ夢見がちな娘が、蒙昧な希望にしがみつかないように。
 明かすのはそう、全てを終えてからだ。
 敵手の首を落とし、逃げ惑う不出来な主を勝ち取った当然の報酬として糧とする。
 信頼する仲間が敵だと知り、無惨に転がり躯を晒す姿を見せつける。

 ここまですれば、自分の無力さを思い知り、もう二度と無意味な妄想に耽る事もなくなるだろう。
 肉の内側に掻き傷を残すような、不快な感情を与える言葉を吐き出す事もない。
 そして友を斬った己を憎み、澄ました顔に憎悪を張り付け醜く歪ませ、しかし何もできぬ自分自身を呪い───


497 : 283さんちの大作戦〜偶像とノケモノ編〜 ◆HOMU.DM5Ns :2021/09/05(日) 23:59:09 bwcbMRy.0

(……警戒? 何を用心するというのだ……あのような小娘に……)

 そこで、己が酷く馬鹿馬鹿しい想像をしていたのに気づき、急速に醒めていく。
 何をしたところで、あれに何もできはしまい。
 壊す事も、変化をもたらす事も、利益も不利益も黒死牟に与えない。
 箸にも棒にもかからない凡愚。故にこそ日中の自由を許している。意味が無いのだから。
 
(セイバーさん……?)

 丁度意識を割いていた相手に呼びかけられた事で、臓物が一瞬跳ねる。
 ハクジャなる間諜は、この時代の賃金を支払って乗る車を停めようと道路の脇に出ている。
 迂闊な声を出さず、顔に出さぬ限りは悟られまい。

(…………何だ………)
(い、いえ……なんだかいつもより、チリチリした感じがしたから……)
(……何も……問題はない……そのような瑣末事で……話しかけるな……)

 そう言い捨てて、これ以上の思惑の追求を止めた。
 日はまだ高い。どの道今は待つしかないのだ。仕掛けてくるのなら話は別だが。
 久方ぶりの実戦の予感に欣喜する余り判断力にブレを生んでいる。自制せねば。 
 夜になれば確かな戦場が待っているのだ。その時に備えて、精神を統一させてればいい。
 見えたのがあの娘ならば……いいや、考えるな。ただ斬ればいい。

 やがてハクジャがタクシーを捕まえて、霧子も後部座席に乗り込む。
 目的地は海。白瀬咲耶が、アンティーカが愛した記憶が眠る生命の母。


(でも……摩美々ちゃんだけじゃなくて……にちかちゃんと会えてよかった……。
 ここの283プロだと……少しヘンになってたから……)

 鞘を抜き放つ刻は時計の針と共に進み、迫りつつある。
 乱れを正し、透明の境地に埋没した黒死牟に、外の雑音が届くことはない。



(ちゃんとSHHisは……W.I.N.G.に優勝して……プロデューサーさんも一緒に……頑張ってたのに……)


 
 ───その、運命の扉を回す鍵となる言葉にも、耳を貸すことはなく。
 退廃の都市を走る車は、潮騒の香りが漂う方へと向かっていった。



【渋谷区・渋谷駅周辺の喫茶店/一日目・午後】

【田中摩美々@アイドルマスター シャイニーカラーズ】
[状態]:健康、咲耶を失った深い悲しみ、咲耶を殺した相手に対する怒り
[装備]:なし
[道具]:白瀬咲耶の遺言(コピー)
[所持金]:現代の東京を散策しても不自由しない程度(拠出金:田中家の財力)
[思考・状況]基本方針:私のイタズラを受け入れてくれるみんながいる世界に帰りたい。
1:霧子、プロデューサーさんと改めて話がしたい。
2:アサシンさんに無事でいてほしい。
3:咲耶を殺した奴を絶対に許さない。
4:真乃も……かー。
[備考]プロデューサー@アイドルマスターシャイニーカラーズ と同じ世界から参戦しています


【七草にちか(弓)@アイドルマスター シャイニーカラーズ】
[状態]:健康、満腹、苛立ち(小)?
[令呪]:残り三画(顔の下半分)
[装備]:不織布マスク
[道具]:予備のマスク
[所持金]:数万円(生活保護を受給)
[思考・状況]基本方針:生き残る。界聖杯はいらない。
1:WING準決勝までを闘った"七草にちか"に会いに行く。あれは、どうして、そんなにも。
2:お姉ちゃん……よかったあ〜〜〜。
3:"七草にちか"に会いに行くのは落ち着いてから。
[備考]
※七草にちか(騎)のWING準決勝敗退時のオーディションの録画放送を見ました。


498 : 283さんちの大作戦〜偶像とノケモノ編〜 ◆HOMU.DM5Ns :2021/09/06(月) 00:02:49 .W1YV.YQ0



【幽谷霧子@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:健康、お日さま
[令呪]:残り三画
[装備]:包帯
[道具]:咲耶の遺書
[所持金]:アイドルとしての蓄えあり。TVにも出る機会の多い売れっ子なのでそこそこある。
[思考・状況]
基本方針:もういない人の思いと、まだ生きている人の願いに向き合いながら、生き残る。
1:色んな世界のお話を、セイバーさんに聞かせたいな……。
2:病院のお手伝いも、できる時にしなきゃ……
3:包帯の下にプロデューサーさんの名前が書いてあるの……ばれちゃったかな……?
4:摩美々ちゃんと一緒に、咲耶さんのことを……恋鐘ちゃんや結華ちゃんに伝えてあげたいな……
[備考]
※皮下医院の病院寮で暮らしています。
※皮下の部下であるハクジャと共に行動しています。
※"SHHisがW.I.N.G.に優勝した世界"からの参戦です。いわゆる公式に近い。
 はづきさんは健在ですし、プロデューサーも現役です。

【セイバー(黒死牟)@鬼滅の刃】
[状態]:健康、苛立ち(大)
[装備]:虚哭神去
[道具]:
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:強き敵と戦い、より強き力を。
1:夜が更けるまでは待機。その間は娘に自由にさせればいい。
2:皮下医院、及び皮下をサーヴァントの拠点ないしマスター候補と推測。田中摩美々、七草にちか(弓)はほぼ確信。
3:上弦の鬼がいる可能性。もし無惨様であったなら……
4:あの娘………………………………………
[備考]
※鬼同士の情報共有の要領でマスターと感覚を共有できます。交感には互いの同意が必要です。
 記憶・精神の共有は黒死牟の方から拒否しています。


499 : ◆HOMU.DM5Ns :2021/09/06(月) 00:03:58 .W1YV.YQ0
以上で投下を終了します。
予約の超過、キャラの長期拘束、共に申し訳ありませんでした


500 : ◆0pIloi6gg. :2021/09/06(月) 00:28:14 AhTkLh1g0
投下お疲れ様です!

場合によっては大惨事になる可能性すら想定された283プロダクションの話がまさか此処まで穏便に終わるとは。
無論後につなぐ火種は残ってしまう形ではあったのですが、それでもウィリアムの凄まじい手腕が光りましたね。
そうして前半で読んでいてハラハラするようなやり取りを書き切り、今夜投下していただいた後編では一転アイドル側にフォーカスを当てた眩しくて優しい御話を書いてくると、とてもメリハリの利いた見所だらけの大作だったなという印象です。
ビッグ・マムという災害であわや崩壊かと思われたウィリアム周りの布陣は手堅さを増し、しかし霧子はそこに合流することなく次の旅へ。
個人的に氏の書く霧子はとてもあたたかくて、まさに"お日さま"という感じがしてとても好きなんですよね。
そしてそんな霧子に感情をはっきりと揺さぶられている兄上の描写も素敵でした。ハクジャ然り兄上然り、話に深く関与するわけではなかったキャラもしっかり書き上げて来た辺りに氏の力量と隙のなさを感じましたね……
改めて大作の投下、ありがとうございました!

ガムテ&ライダー(シャーロット・リンリン)
北条沙都子 予約します。


501 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/06(月) 07:05:42 DPaoOD.A0
後編投下乙でした!
ウィル兄さんの見事な立ち回りに続いて、アイドル達もハクジャという脅威を前に危機を乗り越えてくれましたか!
ウィルのサポートを受けたおかげで、摩美々はハクジャさんにも負けることがありませんでしたし、にちかもみんなの無事が確認できればホッとしますよね。
そして、太陽のようにあり続けた霧子ですが、実は彼女だけがまた別の時系列の参戦とは驚きました。確かに彼女だけ事務所について語られませんでしたが、これも何か不穏の種になりそう。
兄上が活動できる時間も遠くないものの、霧子の存在に心が乱されていますね……

櫻木真乃&アーチャー(星奈ひかる)
古手梨花&セイバー(宮本武蔵)
アサシン(ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ)
予約します。


502 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/06(月) 07:10:44 DPaoOD.A0
失礼します。
NPCですが、司令(オーダー)@忍者と極道及び攻手(アタッカー)@忍者と極道の予約を入れ忘れていました。
上記2名も追加で予約します。


503 : ◆EjiuDHH6qo :2021/09/07(火) 20:41:28 dgU3NdO.0
投下します。


504 : 妖星乱麻 ◆EjiuDHH6qo :2021/09/07(火) 20:42:16 dgU3NdO.0
 何とかなった。
 何とかなってくれた。
 流石はわが息子だ。
 "写真のおやじ"……吉良吉廣は心からの安堵に胸を撫で下ろしていた。
 写真の人間が胸を撫で下ろすというのもおかしな話だが、事実なのだから仕方がない。
“流石は吉影……わが息子。あれしきの癇癪などトラブルの内にも入らんということか”
 吉廣は俗に言う親バカの部類だ。
 息子を溺愛する余り善悪の区別も付かなくなった、ほとんど悪霊のような存在だ。
 だがその贔屓目を抜きにしても、先ほどの吉影の手腕は素晴らしいものだった。
 もはや奇行とか発狂とか呼んでもいいだろう突然の思いつき。
 それが本格的な暴走になる前に、吉影は見事マスターを鎮圧した。
 武力など使わずにだ。
 熱くなったマスターの脳に言葉の冷や水をぶっかけた。
 そして止めに脅しの楔を打ち込んで、彼は生まれかけたトラブルの芽をしっかり摘み取ってみせたのだ。
“一時はどうなることかと思ったが……これで一先ず安心か”
 さっきのは本当に危なかった。
 写真の身で出来ることには限りがある。
 今はスタンドも使えなければあの"矢"もない非力な状態だ。
 それでも、力ずくで止めにかからねばならないかと覚悟した。
 峰津院は、峰津院大和は……危険過ぎるのだ。
 マスターであろうことは分かっているが、分かっているからといってどうにもならないこともある。
 無論いつかは乗り越えなければならない相手ではある。それは確かだ。
 しかし、物事には順序というものがあろう。
 その順序を、この戦場となった東京では命綱にも等しい優先順位を。
 あろうことか初手から飛び越えようとしたのだ……この田中というマスターはッ!
“愚かな男だとは思っていたが…こうも早々にわが息子を危険に晒しかけるか、田中一……”
 割れ鍋に綴じ蓋という言葉がある。
 吉影が割れた鍋なら田中は数少ないそれを綴じられる蓋だ。
 殺人衝動という致命的な性を抱える吉影を許容出来る存在は、当然ながら少ない。
 下手に鞍替えを考えた結果受け皿が見つかりませんでしたでは取り返しがつかない。
 だから吉廣も、田中の愚かさには目を瞑って来たのだが……。
“きさまのような人間が真っ昼間から酒なぞ呑むなッ! これだから最近の若者は……!”
 さっきの件で改めて確信した。
 この男は劣等感と衝動の塊だ。
 吉廣が生きていた頃にも、人を殺して"ムシャクシャしていた"と供述する殺人犯のニュースがよくワイドショーに取り上げられていたが……
 田中はまさにそういう男で、事実吉廣は彼が道を踏み外すその決定的瞬間を目撃していた。
 あの瞬間、田中という凡人の中のブレーキが粉々に壊れてしまったのだろう。
 それはマスターに飢えと執念を求める吉廣にとって願ってもないことの筈だった。
 しかし田中の中で始まった"革命"の無鉄砲さを、吉廣も心のどこかで見誤っていたようだ。
“とにかく、今後はわしがもっとこの男をコントロールしていかなければ……”
 さもなくば愛する吉影にストレスを与えてしまうだけでは済まないかもしれない。
 その事態だけは何とか避けなければなるまい。
 頭を悩ます吉廣だったが、その一方。
 彼の胃痛の原因である田中は、実に涙ぐましいメッキで心の綻びを補修していた。


505 : 妖星乱麻 ◆EjiuDHH6qo :2021/09/07(火) 20:43:43 dgU3NdO.0
 余計なことは考えるな。
 何も考えなくていい。
 俺は俺で、俺のやることは何も変わらない。
 "田中革命"。それが俺の此処にいる意味だ。
 あのクソみたいな日常から抜け出して遠路はるばるこんなところまでやってきた。
 そして人を殺した。
 比喩でも誇張でもない。
 この手で、確かに、殺した。
 つまらない、ある意味では人様の反面教師として大変有用だろう人生を無意味無価値に重ねてきた。
 そんな俺に殺されたあの女は、最後に何を思ったろうか。
 どうでもいいし興味もない。
 ないが――あの瞬間、俺はスタートを切ったんだ。
 クソみたいな人生と日常を巻き返すためのクラウチングスタート。
“俺は何も変わってない。あの時のままだ。俺は何も、変わってない”
 そう自分に言い聞かせる。
 その上でもう一度命じるんだ。
 余計なことは考えるな。
 アサシンに言われたことなんて、思い出さなくていいんだ。
“あぁ、そうだ…そうだよなぁ。革命って言ったって、いきなりキングは取れねえよなぁ……”
 アサシンのおかげで酔いも冷めた。
 確かに、俺がさっきまでやろうとしてたことは無謀だったのかもしれない。
 元の世界じゃ聞いたこともないが、峰津院財閥ってのは相当デカい組織らしい。
 そこに無策で、サーヴァントもなしで突っ込むなんてのは……確かに少し分の悪い話だ。
 そうだな。そう考えるとアサシンに止められたのはいいことだったのかもしれねえ。
 レベル1でラスボスに挑むようなものだったんだろう、アサシンや写真のおやじにしてみれば。
 とりあえず分かったよ、納得は出来た。
 峰津院のいけ好かないガキを殺すのはまだ先だ。
 それまでは、もっと格下の敵を殺して革命の下地を作ろう。
 峰津院大和がラスボス、それに準ずる強敵だってんなら、今必要なのはレベル上げだ。
 この世界じゃ、ただ決まった相手を殺しただけじゃ田中革命は完成しない。
“そうだ、何も急がなくたっていい。殺せる奴からしっかり殺していって、メインディッシュは最後に取っとけばいいしな”
 そうだ、そうしよう。
 むしろ気付けてよかった。
 そう考えればアサシンと直接話した甲斐もあったってもんだ。
 運命は俺に味方している。今までもこれからも、ずっと。
 だから安心しろよ、田中一。
 何も怖がることなんかない――そう、怖がることなんかないんだ。
 俺は怖がってない。恐れてなんかない。
 そんな意味のないことを……田中革命に目覚めた俺がわざわざするわけがないんだから。
「おやじ。……悪かったな。峰津院のことは一旦諦めるよ」
『そうしてくれ。奴らを標的にするのはまだ早すぎる』
「ああ。まずは白瀬咲耶とかいうアイドルの周りを調べて、マスターがいたらその都度殺していくくらいにするよ。そうやって革命を進めていけば、最後にはあのボンボンもぶっ殺せるようになるんだろ?」


506 : 妖星乱麻 ◆EjiuDHH6qo :2021/09/07(火) 20:45:47 5TeJEvqs0
『そうだ、ようやくわしの言う意味が分かったか! 確かに峰津院のマスターもいずれ直面するかもしれない問題ではある!』
 分かってるよ。
 それはもう俺の中で考え終わったことなんだ。
『だが今のきさまでどうこう出来る相手ではない! 奴を倒そうと思うならば、まずは他の主従と潰し合ってくれることに懸けて――』
 ああ、うるさい。
 なんだってこんなに口ウルセえんだ、この写真は?
 せっかく人が立ち直って心機一転頑張ろうとしてるのによ。
 なんだって、そこに冷や水をぶっかけるみたいなことを言ってくんだ。
 頭の中に、沸々と苛立ちが湧き上がってきたのはきっと気のせいじゃない。
 どいつもこいつも俺のやることに口出しをする。
 もう分かってることをわざわざ改めて言ってくる。
「分かってるよ。あんたなんかに言われなくても」
『いいや分かっておらん! そもそもだ、きさまは――』
「だから……」
 分かってるって言ってんだろ。
 そう吐き散らそうとした。俺は確かに、そうした筈だ。 
 でもその言葉は途中で途切れた。
 ヒュッ、て情けない声が喉から出た。
 なんでそんなことになったか、って?
 俺が今まさに、写真のおやじに怒鳴り散らかそうとした時――出たんだよ。出てきたんだ、そいつが。
 化け物みたいな、何かがよ。

「ン、ンン、ンンンン……」
 どろりと、そいつは空間から溶け落ちてきた。
 ロウソクの蝋が滴って人の形を結んだみたいにだ。
 俺と写真のおやじが向かう先。
 誰もいなかった筈の路地の先に、突然そいつは現れた。
「ひ、っ……!?」
 思わず漏れた声は我ながら情けないものだった。
 尻餅さえついてしまったが、責められることではないと思う。
 そのくらいそいつは毒々しかった。
 まともに生きたかったら絶対に関わっちゃいけない存在だと……俺でも分かるほどの、とんでもなく濃い禍々しさを放っていた。
 おやじの知り合いか? そう思って写真の方を見たが……
『な――なんだ、きさまはッ……!?』
 どうもこいつにも予想外の遭遇だったらしい。
 ひどく不吉な顔で嘲笑う毒々しい男から目が離せない俺とそいつの目が、一瞬合った。
「不躾なご挨拶となりましたが、どうかご容赦を。マスターと……ふむ。使い魔か何かで合っていますかな?」
『質問を質問で返すなッ! 聞いておるのはわしの方だというのにッ!』
「おっと、これは失敬…と言っても一目見ればお分かりでしょう? サーヴァントでございます。当然真名は明かせませぬが、驚かせてしまった非礼のお詫びにクラスくらいはお教えしましょう」
 その時俺は、もしかすると初めて実感したのかもしれない。
 この世界が、今まで俺が見てきた世界の常識なんて一切通用しない場所だってこと。
 今までのとはまったく違うジャンルの世界に、今俺は生きているんだってこと。
 その二つを嫌でも理解させられた。
「拙僧のクラスはアルターエゴ。便宜上の名としてどうぞ"リンボ"と、そうお呼びください」


507 : 妖星乱麻 ◆EjiuDHH6qo :2021/09/07(火) 20:47:56 by.dHSYE0
“ア…アルターエゴだとッ!? いや、そもそもこの男ッ! どうやってわしらの位置を……!!”
 突然の遭遇に、吉廣の動揺は大きかった。
 吉廣は田中と行動を共にしており、そこにサーヴァントはいない。
 そして吉影のみならず、彼もまた気配遮断のスキルを持っているのだ。
 特定される要素がない。それこそ直接尾行されてもいない限りは……。
 なのに今この男は、此処にマスターがいると確信さえして現れたように見えた。
 少なくともただの偶然で出くわしたわけではない。
 そんな吉廣の見立ては当たっていた。
「そこな写真の御仁。察するに貴殿、死霊の類でありましょう」
 吉廣の動揺を見透かしたように言葉を転がす。
 その言葉を聞いた吉廣が息を呑んだ理由も、彼には手に取るように分かっていた。
 つまり、図星だということだ。
「拙僧は陰陽師ですので……貴殿のような存在には少々鼻が利くのです」
 吉良吉廣――彼は息子・吉影の守護霊である。
 息子に対する愛と執着の強さから死後も現世に留まり、その盲目な親心で吉影を助けた。
 吉影にとっては守護霊。
 世間の人間にしてみれば、悪霊。
 その性質が災いし、彼は偶々近くを通りかかったリンボに存在を感知されてしまったのだ。
 皮肉にも最初にピンチを招いたのは愚かと罵られた田中ではなく、彼の手綱を引く吉廣の方だった。
“陰陽師だと…ぐ、そんなサーヴァントまでおるとは……”
 このままではまずい。
 最悪、吉廣が消滅させられるだけならまだいい。
 だが問題は田中の方だ。
“田中に何かあれば、それはわが息子の危機に直結する…! どうする? 最悪の手段だが、田中に令呪で吉影を呼ばせるかッ!?”
 争いを嫌う吉影をサーヴァントの前に呼び出すなんて真似は勿論不本意だ。
 しかし今回ばかりは背に腹は代えられない。
 そういう状況だった――田中が死ねば必然それは吉影の破滅にも繋がるのだから。
 そうだ、田中は……そこで吉廣は初めて田中の方に目を向ける。
 つい先程には無謀にも峰津院へ喧嘩を売ると豪語していた短絡な革命家は、今……。

“ど…どうすんだよ、これ……?”
 冷や汗が顔やら背中やら、所構わずダラダラ流れ落ちてくのが分かる。
 目の前にはサーヴァント。対するこっちはマスターと役に立つのか分からんおやじ入りの写真一枚。
 俺の革命は遊びじゃない。
 そこら辺の道路で大口叩いて仲間と心をなぐさめあってるような負け犬どもとはわけが違うんだ。
 だから峰津院のボンボンを殺そうとするのにも迷いはなかった。
 何なら今だって殺せると思ってる。
 けどコイツは流石に違う。だって峰津院大和は人間だけど、コイツは人間ですらねえだろ。見りゃ分かるよ。
 人間にサーヴァントは殺せない。
 俺の世界を変えてくれたこの拳銃もサーヴァントにしてみりゃ豆鉄砲だ。
 やるだけやってみるか? と思った矢先に頭の中の知識が無理だと止めてくる。
「そう怯えないでください。何も取って食うつもりで出たわけではございませんので」
「じゃ、じゃあ……何の用だってんだよ」
 絞り出した声は我ながら情けないものだった。
 吃ってるし、声も震えてる。
 何だよこの体たらくは。
 そう思ったけど、サーヴァントが相手なんだから仕方がないと無理やり自分のプライドを守った。
「誘いに参ったのです」
「……同盟でも組もうってのか?」
 だったら悪いがお断りだ。
 こんな見るからに怪しい奴信用出来るわけがない。
 最悪、一か八かでアサシンを――大して出来のよくない頭を使って思案する。


508 : 妖星乱麻 ◆EjiuDHH6qo :2021/09/07(火) 20:49:16 L5Fk4PjE0
「いいえ。仮にそう持ちかけたとして、あなた方は拙僧を信じますまい」
「当たり前だろ。鏡見ろよ」
「何も同盟なんて大袈裟なものではありません。ただ……少し手伝っていただきたいだけなのです」
「だから何をだよ! 勿体ぶらないでさっさと話せってんだよ……!」
 精一杯の虚勢を張って先を急かす。
 クソ、助け舟くらい出せよ"おやじ"。
 こういうのは本来あんたの役割だろうが。
「絵をね、描きたいのですよ」
「……はあ?」
「美しくもおぞましく、見る者全てが阿鼻叫喚の渦に堕ちる。そんな地獄の絵を」
 何言ってんだ……コイツは。
 そう思ったのは、どうも俺だけじゃなかったらしい。
 写真のおやじの念話が頭の中に響いてくる。
“田中よ…! 時を見誤るでないぞ……!”
“分かってるよ。流石にそのくらいの分別はついてる”
“わしもわが息子にすぐこのことを知らせる。吉影をこのようなイカれた男と引き合わせるのは、ヒドく心苦しいが……!!”
 そんな俺達の会話をまるで聞いてるみたいにリンボはニヤついていた。
 あからさまに見下した、格下の相手に対する顔だった。
 ジャンル違い野郎が。
 すぐにでもお前の棲家(リンボ)に送り返してやるよ、覚悟しろ。
「フォーリナー、アビゲイル・ウィリアムズ。この名に覚えはありますか?」
「ふぉー、りなー……?」
 一瞬面食らうが、俺の頭には聖杯戦争限定の大事典が入ってる。
 フォーリナーってのは目の前のコイツと同じエクストラクラスだ。
 そこまでは分かったけど、アビゲイルとかいう名前の知識は出てこない。
 ……サーヴァントの真名なのか?
 だとしたらそれをわざわざ俺達に共有して、一体何をしようってんだ。
「金毛の実に愛らしい少女です。しかしその役割も秘めたる可能性も、儂や貴方のサーヴァントの比ではない」
 ああ、埒が明かねえ。
 付き合ってもられねえ。
 俺は右手に意識を集中させる。
 令呪を使って、アサシンを呼び出すためだ。
 正直今は顔を合わせたくないが――こんな状況じゃ仕方ない。
「そのマスターは、世にも美しい"透明な手"を持つ――ンン、彼女のマスターに相応しい金毛の――」
 …、……。
 ……、………。
 ………、…………何だって?
『"透明な手"! きさま今、"透明な手"と言ったのか!?』
「ええ、言いましたが……おや。まさか、お知り合いだったので?」
 透明な手を持つ女。
 スカした小説のタイトルみたいなフレーズだと思ったし、それを探すなんて冗談かと思った。
 アサシンの意向だということで仕方なく従っていたが……まさかこんな形で近付けるとは。
『アルターエゴよ。その女を見つけて……それでどうする気だ』
 おやじの焦りが伝わってくる。
 例の女を殺されることを恐れているんじゃない。
 女を、愛息子以外の手で殺されることを恐れてるんだ。
 それじゃアサシンの性を満たせないから。
「マスターの方に興味はありませぬ故、現状では何とも。欲しいのでしたらお譲りしましょう」
 でもその心配はどうやら杞憂だったらしい。
 コイツの関心はあくまでアビゲイルとかいうサーヴァントの方。
 透明な手を持つ女には、大した興味もないようだ。


509 : 妖星乱麻 ◆EjiuDHH6qo :2021/09/07(火) 20:51:21 kFuzk3KY0
「……リンボだっけ? なあ、一つ聞かせてくれよ」
「どうぞ何なりと」
「アンタの話…さっきから抽象的な内容ばかりだ。もっと具体的に教えてくれ」
 地獄を作るのだとコイツは言った。
 それが言葉通りの意味なのかそれとも何かの比喩なのか。
 それすら分からない状態じゃ誘いに乗るも乗らないもない。
 酔いの冷めたアタマは、さっきのが嘘みたいに冷静な判断をさせてくれた。
「恥ずかしながら……実は拙僧の描く絵図、"地獄界曼荼羅"は過去に一度頓挫した企てでして」
 そう言われても、コイツの真名を知らない俺には何の感想も出せない。
 ただ説明好きな質なのか、先を促さなくても勝手に喋ってくれた。
「前回の反省を踏まえて、計画には幾重もの改良を施しておりまする。例えば……」
「いいから結論から言ってくれ」
「……ンン、左様で。では率直に言いますが」
 自分の知らないジャンルの薀蓄をドヤ顔で語ってくる人間ほどウザいものはない。
 いいからさっさと本題を分かりやすく要約して話してくれよと心底そう思う。
「フォーリナー・アビゲイルを真の形へと到達させ、その力を以ってしてこの東京を地獄に変えるのです」
「地獄……って、結局何なんだよ」
「名も知らぬマスターよ。貴方は今、地獄と聞いて何を想像なされた?」
「そりゃ…普通に……」
「貴方が想像したそれもまた拙僧の演出する地獄の一形態です。拙僧が夢見るは、万人にとって共通の地獄絵図」
 リンボが引き裂くような笑顔を浮かべた。
 俺の人間としての本能はガンガン警鐘を鳴らしている。
 やめろ、そいつに近付くな、戻れなくなるぞ。
 ああ、うるせえ。黙れよ。戻れないから何だってんだ。
 もうとっくに戻れねえんだよこっちは。今更なんだよ、全部。
「秩序は崩れ、誰も中庸でなどいられず、誰しもが混沌の中を踊る。そんな地獄を築かせるだけの力が彼女にはあるのです」
 心臓が一際高く脈打った。
 秩序。クソ鬱陶しい社会。
 中庸。クソみたいないい子ちゃんの群れ。
 混沌。俺が辿り着いた一つの結論。
 田中革命のあり方そのものだった。
「誰もかもが道理や規範から解き放たれ、ただもがき喘ぐしかない大地獄! それこそが拙僧の描く絵画、地獄界曼荼羅……その第一候補。アビゲイル・ウィリアムズこそは、銀の鍵の巫女こそは。
 この界聖杯戦争の行く末を決めるに相応しい、偉大な偉大な爆弾なれば!」
「……俺は、何をすればいいんだ?」
「貴方のサーヴァントが望む通りのことをすれば宜しい」
 俺のサーヴァント。
 アサシンが、望むこと。
 そんなの……ああ、そういうことか。
「透明な手の女を殺せば、いいのか」
「然り! アビゲイルが秘める可能性は無限大、しかしてあの娘の精神は子女の域を永遠に出ることはないのです」
 であれば、彼女の中の可能性を呼び起こすには守りたいものを奪ってやるのが一番いい。
 そう言ってリンボは、此処にはいない透明な手の女を嘲笑った。
「名も知らぬマスター。貴方は……混沌を夢見ておりますな」
「……」
「隠さずとも宜しい。見れば分かるのです、貴方のような飢えた目をした御仁には……」
 知った風な口を利きやがって。
 そう怒る気には何故かなれなかった。


510 : 妖星乱麻 ◆EjiuDHH6qo :2021/09/07(火) 20:52:38 XRnOTrQw0
「さぞかし――拙僧の詠う地獄が……芳しく見えたのでは?」
『き……きさまッ! これ以上無駄口を叩くな、わしらはきさまを信用したわけではないッ!』
「ンン! これは失礼。そうでしたねえ……そういえば」
 秩序が崩れ、気取った中庸が狂い、結果混沌だらけに染まった社会。
 それを想像した時俺が思ったのは……悪くねえな、という感想だった。
 だってそうだろ?
 固まりきった社会が崩れてどいつもこいつも欲望のままに暴れる世の中、それが地獄だってんならだよ。
 コイツの言う地獄は、俺の革命の道と一致するんじゃあないのか?
 見たい。俺はそう思っていた。
 コイツが言う地獄界ナントカが本当にこの作り物の町を覆い尽くした未来を。
「とりあえず……分かったよ。透明な手の女を探してほしいんだよな」
“簡単に信用するな! おまえには嗅ぎ取れんのか、この男から漂うドブのような臭いがッ!!”
“うるせえよ。コイツが怪しいことなんて一目見れば分かる”
 俺の田中革命はスタートしてすぐに冷や水をぶっかけられた。
 俺には峰津院大和を殺せない。
 あのボンボンに……何一つ苦労せずに生きてきたボンクラ野郎に一泡吹かせることも出来ない。
 じゃあ、どうやったら俺はそういう奴を殺せる?
 考えても分からなかったその答えは向こうからやってきてくれた。
“でもどの道"透明な手を持つ女"は殺すんだろ? それで俺達の得になるイベントが起こるんなら、それは利害の一致って奴じゃねえのか?”
“わしらの得になるとは限らんだろう! こやつの言う地獄がわしらをも巻き込んで広がるものであったならどうするというのだッ!?”
“…うるせえな。最初からそのつもりなんだよ……俺は!”
 面倒なもの何もかも。
 つまらねえ日常ごとブッ壊してくれる地獄絵図。
 このアルターエゴはいけ好かないし気味が悪い奴だったけど、コイツの語るそれは俺にとってあまりにも魅力的だった。
 もし本当にそんなことが出来るんなら、それはとんでもない大革命だ。
 想像しただけで胸が踊る。
“いいじゃねえか……地獄。どいつもこいつも皆、俺と同じ何も持ってないボンクラに堕ちるんだ”
 おやじの咎めるような目も気にならないほど俺は高揚していた。
 今までずっとこの世界には肩透かしを食わされ続けてきた。
 殺したい相手も殺せない。自分のサーヴァントに煮え湯を飲まされる。
 せっかくの革命気分も危うく台無しになるところだったが、ようやくこんな俺にもツキが回ってきたのかもしれない。
 そんな俺のことを見下ろしながら、陰陽師は相変わらずニヤニヤと笑っていた。


511 : 妖星乱麻 ◆EjiuDHH6qo :2021/09/07(火) 20:54:00 fgahA0nc0
    ◆ ◆ ◆

 リンボが語った"地獄"の構想。
 それを聞いて心を踊らせている田中とは裏腹に吉良吉廣が抱いているのは危機感だった。
 リンボと、そして自分達のマスターに対する危機感。
 峰津院の頭取に手を出すと言い始めた時から生まれていた疑念が今確かな形を結んだ。
“この男は、吉影のことを何も理解っておらん……!”
 確かに聖杯戦争に勝利しようと思うなら、周りの競争相手が大勢潰れてくれるに越したことはない。
 だが、リンボの言うところの地獄界曼荼羅とやらはダメだ。
 そのやり方では、吉影の何より愛する平穏無事な日常までもが壊されてしまう。
 聖杯を狙っているのに目先の平穏を優先して守ろうとする姿勢は勿論矛盾している。
 しかしその矛盾も、この歪んだ親子の中では立派な理屈だった。
“とにかく、田中とでは話にならん。"透明な手を持つ女"のことも含めて、吉影に伝えなければ……”
 リンボは既に失せている。
 田中に万一に備えてということで数枚の護符を手渡し、煙のように消えた。
 もしかすると何らかの魔術や法術で生み出された分身で、本体ではなかったのかもしれない。

 平穏で代わり映えしない日常を自ら飛び出した田中。
 そんな日常をどんな手を使ってでも守ろうとした吉良親子。
 両者の間の溝は着々と開き始めていた。

【杉並区・住宅街/1日目・午後】

【田中一@オッドタクシー】
[状態]:吉良吉影への恐怖、地獄への渇望
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:スマートフォン(私用)、ナイフ、拳銃(6発、予備弾薬なし)、蘆屋道満の護符×4
[所持金]:数千円程度
[思考・状況]
基本方針:『田中革命』。
1:敵は皆殺し。どんな手段も厭わない。
2:地獄界曼荼羅……。
3:SNSは随時チェック。地道だけど、気の遠くなるような作業には慣れてる。
4:峰津院大和のことは、保留。その危険度は理解した。
[備考]
※界聖杯東京の境界を認識しました。景色は変わらずに続いているものの、どれだけ進もうと永遠に「23区外へと辿り着けない」ようになっています。
※アルターエゴ(蘆屋道満)から護符を受け取りました。使い捨てですが身を守るのに使えます。

【吉良吉廣(写真のおやじ)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]:気配遮断、焦り
[装備]:田中一のスマートフォン(仕事用)、出刃包丁
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:愛する息子『吉良吉影』に聖杯を捧げる。
0:吉影の判断を仰がねば……!
1:『透明な手を持つ女(仁科鳥子)』および『白瀬咲耶の周辺』を調査する。
2:田中と息子が勝ち残るべく立ち回る。必要があればスマートフォンも活用する。
3:当分は田中をマスターとして受け入れるが、より『適正』なマスターへと確実に乗り換えられる算段が付いた場合はその限りではない。
4:アルターエゴ(蘆屋道満)に警戒
[備考]
※スマートフォンの使い方を田中から教わりました。
※アサシン(吉良吉影)のスキル「追跡者」の効果により、仁科鳥子の座標や気配を探知しやすくなっています。


512 : 妖星乱麻 ◆EjiuDHH6qo :2021/09/07(火) 20:54:53 yTa/BvOA0
    ◆ ◆ ◆

 父からの再びの連絡を聞き終えて、吉良吉影は小さく息を吐いた。
 その姿は彼のことを知らない人間からはどこにでもいる普通のサラリーマンにしか見えないだろう。
 巷を騒がせる女性連続失踪事件の黒幕であるとは思えない平凡さ。
 スキルに後押しされて人々の認知を歪ませながら、街角の殺人鬼は往来の中歩みを進める。
“透明な手の彼女がマスターなのは予想通りだったが……”
 吉影の感知能力は高くないが、それでもサーヴァントだ。
 あの時吉影は例の女から微かながら魔力の残滓を感じ取っていた。
 そうでなくたって、あんな手をしている時点で聖杯戦争と無関係のNPCということは考え難い。
 とはいえそこまでなら別に問題はなかった。
 多少リスクを抱えることにはなるが、自分ならば殺せるという自信があったからだ。
 しかし父・吉廣から伝えられた情報を踏まえると少し暗雲が漂い始める。
 透明な手の彼女が従えるというサーヴァント、フォーリナー。
 そしてそれを利用し、この地上に地獄を具現させようとしているアルターエゴ。
 どちらも吉影にとっては……煩わしいことこの上ないトラブルの種だった。
“考える必要があるな。色々と”
 自分の身の程と折り合いを付けられないクズほどスリル満点な非日常に憧れるものだ。
 田中と一度直接顔を合わせて話し……もとい面談するのはもう必要不可欠だろう。
 でなければいつか本当に取り返しのつかないミスをしでかされかねない。
 そう思いながら吉影は、足の進む方向を変えることなく群衆の雑音の中にその靴音を響かせていった。

【文京区・大通り/一日目・午後】

【アサシン(吉良吉影)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]:健康、殺人衝動
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円(一般的なサラリ―マン程度)
[思考・状況]
基本方針:完全なる『平穏』への到達と、英霊の座からの脱却。
0:ひとまず新宿へと戻る。
1:親父とマスターに合流し、今後の方針について話す
2:『透明な手を持つ女(仁科鳥子)』は一旦保留。フォーリナー(アビゲイル)については要対策。
3:マスタ―(田中)に対するストレス。必要とあらば見切りをつけるのも辞さない。
4:社会的地位を持ったマスターとの対立は避ける。
[備考]
※スキル「追跡者」の効果により、仁科鳥子の座標や気配を探知しやすくなっています。
※仁科鳥子が日暮里周辺に住んでいることを把握しました。


513 : 妖星乱麻 ◆EjiuDHH6qo :2021/09/07(火) 20:56:31 yTa/BvOA0
    ◆ ◆ ◆

 誘いに乗ってくるかどうかは五分というところか。
 リンボを名乗るアルターエゴは田中達と別れ、一人そう感じていた。
 サーヴァントの姿は見えなかったが、あのマスターは間違いなく乗り気だった。
 問題は使い魔なのか宝具なのか、彼に付き従うように浮いていた写真の男の方である。
 写真の男は明らかにリンボのことを警戒していた。
 老いた見てくれ通り、田中よりもずっと地に足のついた視点を持っているようであった。
「とはいえ……あれらはあれらで彼女達を狙っていた、というのは嬉しい誤算でしたね」
 リンボの計画はこうだ。
 フォーリナーのサーヴァント、アビゲイル・ウィリアムズを、彼女の真の姿まで再臨させる。
 外なる神に仕える巫女としての力を百パーセント発揮出来る状態まで持っていくのだ。
 そうすれば――そう成れば、この東京を破壊することだって造作もない。
 アビゲイルが持つ可能性は規格外なのだということを、リンボは知っている。
 サーヴァントの限界だの何だのが通用する相手ではない。それは実に好都合なことだった。
“アビゲイル・ウィリアムズを使ってこの東京を超え、界聖杯そのものに干渉させる。それさえ叶えば……ンンン! この界聖杯を新たな空想樹に変えることとて不可能ではありますまい!”
 これこそがリンボの描く絵だ。
 過去一度頓挫した地獄界曼荼羅、その改良版。
 空前絶後の規模と能力を持った界聖杯を母体にすることで、過去最強の空想樹を創り……アビゲイルを新たな神として新生させる。
 とはいえカイドウにも田中にも、聖杯戦争を制圧した後どうするかの部分は教えていない。
 それに、教える必要もない。
 彼らがそれを知る時にはもう何もかもが手遅れなのだから。
“拙僧が描く地獄界曼荼羅――否、窮極の地獄界曼荼羅! ……どうぞご笑覧あれ。皆々様――!”
 力ある者、力ない者。
 力なくとも知恵と人脈で基盤を築く者。
 そのいずれもを嘲笑うように……大禍日の準備は着々と進められていた。

【???・???/一日目・午後】

【アルタ―エゴ・リンボ(蘆屋道満)@Fate/Grand Order】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:???
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:この東京に新たな地獄を具現させる。
0:地獄界曼荼羅の完成に向けて準備を進める。
1:マスタ―には当分従いましょう。今の拙僧はあの幼子の走狗なれば。
2:まさに怪物。――佳きかな、佳きかな。
[備考]
※式神を造ることは可能ですが、異星の神に仕えていた頃とは異なり消耗が大きくなっています。
※フォ―リナ―(アビゲイル・ウィリアムズ)の真名を看破しました。
※地獄界曼荼羅の第一の核としてフォーリナー(アビゲイル・ウィリアムズ)を見初めました。
 彼女の再臨を進ませ、外なる神の巫女として覚醒させることを狙っています。


514 : ◆EjiuDHH6qo :2021/09/07(火) 20:57:01 yTa/BvOA0
投下終了します


515 : ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/08(水) 21:11:19 4p/p3Cp.0
七草にちか(弓)&アーチャー(メロウリンク・アリティー)
田中摩美々
そしてNPC七草はづき@アイドルマスターシャイニーカラーズ 予約します


516 : ◆0pIloi6gg. :2021/09/08(水) 22:29:12 Vy8Yb4qs0
投下お疲れ様です!
陰謀戦や勢力戦が目立ちつつある戦況の中で一人だけ次元違いの計画を練ってるリンボマン、偉い。
すれ違いざまに計画の筋書きを話して消えていくの最悪のクソ坊主すぎて笑っちゃうんですよね。
鳥子とアビーの主従は自分達の知らないところでかなり重要度が上がっておりお気の毒としか言い様がない。
地獄を作るというその計画に憧れを抱いてしまう辺りに田中の危険さも現れており、吉良親子との対立はもはや決定的っぽいのが見ててハラハラします。
本企画最大級のレイドボスイベントを開催してくれそうなリンボ、本当に頑張って欲しい。

さて、当企画の時刻表記について少々変更を加えさせていただきます。
旧:夕方(16〜20時)
新:夕方(16〜19時)/日没(19時〜20時)
突然の変更ではございますが、書き手諸氏の方々には把握しておいて貰えると助かります。


517 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/09(木) 18:57:12 t2MMyDe20
投下お疲れ様です!
リンボは一人でハイテンションになっていますし、彼に影響されて田中革命もどんどん壊れますね!
自分を棚に上げて、写真のおやじに逆ギレした挙句、リンボの地獄に魅了されちゃいましたし。
写真のおやじは田中とリンボのせいで気が休まることがありませんし、吉良もターゲットにしていた女の周りにとんでもない地雷がいることがわかってストレスが溜まりそう。
界聖杯の世界そのものを地獄に変えられたら、ほとんどの陣営に悪影響を与えそうですが、果たして実現するか?

そして時刻表記についても了解いたしました。
また、これより予約分の投下を始めます。


518 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/09(木) 19:09:32 t2MMyDe20
「おいおい……何だよ、このプリンセスもどきのサーヴァントは」

 東京23区の某所。
 ”割れた子供達(グラスチルドレン)”のアジトにて、眼鏡の少年が表情をしかめていた。
 彼はヒデユキ。司令(オーダー)のコードネームが与えられた幹部だ。

「なあ、司令(オーダー)。映像はちゃんと見えてるか?」
「…………大丈夫。攻手(アタッカー)のおかげで、ドローンもちゃんと戻ってきたから。これで、敵対サーヴァントの情報を共有することができる」

 隣に座る体格のいい少年の言葉に司令(オーダー)は頷く。
 彼はタカヒロ。ヒデユキこと司令(オーダー)と同じく、”割れた子供達(グラスチルドレン)”の幹部であり、攻手(アタッカー)のコードネームで呼ばれていた。
 そんな彼らが居座る部屋の窓に、一機のドローンがやってくる。

「攻手(アタッカー)、ドローンが戻ってきたよ」
「司令(オーダー)……頼む」
「了解。じゃあ、指示するからね」

 司令(オーダー)の言葉通り、立ち上がった攻手(アタッカー)はドローンを回収した。
 毒親に苦しめられたせいで、彼らは重い欠損を抱えていた。自分たちの夢や未来を否定され続け、逃げ出した矢先……交通事故に遭って人生を台無しにされてしまう。
 ヒデユキは四肢を失い、タカヒロは視力を失った。その復讐に家族を殺したことをきっかけに、二人は”割れた子供達(グラスチルドレン)”の一員となり、幹部に昇格するまで活躍する。
 そして、この聖杯戦争でも社会の影に隠れながら、ガムテを勝たせるために暗躍していた。プロゲーマーを目指した二人が力を合わせれば、最新鋭のドローンでも難なく操作できる。

「ここを隠れ家にしてたけど、そろそろ潮時だな」
「じゃあ、掃除は私たちに任せて。ここにいた証拠は何一つ残さないから」

 司令(オーダー)と攻手(アタッカー)のサポートをする”割れた子供達(グラスチルドレン)”が動く。
 ここは”割れた子供達(グラスチルドレン)”が即席のアジトとして利用していた住宅だ。東京23区の各所にマスターとサーヴァントが潜んでいる為、いくつかの拠点が必要と判断し、司令(オーダー)と攻手(アタッカー)が占拠している。
 元々は別の一家が暮らしていた。だが、その家主である夫婦が毒親で、数人の子どもたちがいつも虐待されていた。その情報を掴んだ司令(オーダー)と攻守(アタッカー)が訪ねた頃、子どもたちの方から毒親の命を奪ったので、”割れた子供達(グラスチルドレン)”の一員にしたのだ。
 もちろん、ガムテや他の幹部たちも大歓迎で、本戦開始前に戦力補充を成功させた。当然、訓練や極道に関する教育を受けさせたものの……既存のメンバーに比べて、戦闘力や忠誠心はそこまで期待できない。
 日数だけなら、あの偉大(グレート)よりも下回るからだ。

「なぁ、司令(オーダー)……あいつらが俺たちの情報を売る可能性はあるんじゃないのか? 教育はしたけどよ、そこまで時間はかけられなかっただろ?」
「だろうね。それに、自分の意思とは無関係に、相手を操れるスキルを持ったサーヴァントも予選で出くわした。あれは、RPGゲームに出てくる魅了(チャーム)の効果を持つ魔法みたいなものだ。
 そういうサーヴァントがまだ残ってるってことがわかっただけでも、まだマシだろ」

 予選段階でガムテとライダー……ビッグ・マムは、相手を洗脳するスキルを持つサーヴァントと戦った。
 当然、ガムテとライダーにかすり傷一つも負わせることができなかったが、奴らはあろうことか同行した”割れた子供達(グラスチルドレン)”の意思を奪おうとしたのだ。
 司令(オーダー)と攻手(アタッカー)の援護射撃で、事なきを得たが……一歩間違えたら、逃走または同士討ちを許した挙句、ガムテ側の情報を奪われたかもしれない。
 無論、負けるつもりはないが、わざわざ敵に塩を送るのは御免だ。


519 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/09(木) 19:13:35 t2MMyDe20

「元々、あいつらはその場限りの戦力だから、鉄砲玉と割り切るしかないよ」

 情報面では打撃を受けるが、厄介な敵を発見するための対価と考えるしかない。
 等々力渓谷公園に向かわせた新参者は全員殺されている。もっとも、自分たちはガムテに命を捧げることが決まっていて、死んだ彼らも後付けで補充しただけの人員だ。人数面でははプラスマイナスゼロになる。
 殺された彼らの身元が割れれば、真っ先に警察(サツ)はこの家を探るはずだ。
 天井裏に隠した毒親の遺体も見つかってしまう。だが、”割れた子供達(グラスチルドレン)”の証拠が残らないよう、司令(オーダー)と攻手(アタッカー)、そして助手(サポーター)たちは指紋や髪の毛一本も残さないように工夫していた。
 故に、ここから離れようとも、警察(サツ)どもが”割れた子供達(グラスチルドレン)”に辿り着くことはできない。唯一の証拠となるドローンさえ持ち出せば、問題なくこのアジトを切り捨てることができた。

「プリンセスもどきのサーヴァントが来なければ、あいつらは仕留められたけど……情報を手に入れただけでも、良しとするか」
「そんなにヤバかったのか? 司令(オーダー)が見たサーヴァントは」
「多分、俺と攻手(アタッカー)がどんな武器で攻撃しても、まともなダメージは期待できないね。とりあえず、こいつらには手を出すなってみんなには連絡しないと」

 負傷したマスターとサーヴァントを襲撃させて、あと一歩というところまで追い詰めた。
 だけど、空からやってきたプリンセスみたいな少女に邪魔された。令呪と思われる紋章は見当たらず、数の不利をあっという間にひっくり返す身体能力から考えて、サーヴァントだろう。
 キラキラしたコスチュームや髪飾り、あるいは派手なツインテールなど、まるで人気アニメ・プリンセスシリーズから飛び出してきたかのような外見だ。
 重度のプリオタかもしれないが、それだけ手ごわいサーヴァントかもしれない。下手に手を出すのは危険だった。

「でも、攻手(アタッカー)のおかげで、ドローンを帰還させることができたよ。やっぱりスゲぇよ」
「ハッ、司令(オーダー)がいたからだろ? お前がいたからこそ、俺は今でも操縦できるんだよ」

 あのプリンセスもどきサーヴァントが現れた瞬間、急いでドローンをその場から退避させた。
 破壊または強奪をされては、敵対サーヴァントの情報を得られない。一方的に情報を奪われた挙句、仲間を殺されたままでいるのは癪だった。
 プリンセスもどきサーヴァント・浮浪者の少年・赤と黒のタイツをまとったサーヴァント……この3人の顔だけは入手できたことが幸いだ。

「そういや、杉並区だったか? 俺は無敵のマスターだ! とか叫んでいる奴がいたのは……確か、田中一って名前みたいだけどよ、そいつは放置していいのか?」
「報告はあったね。ただの酔っぱらいかもしれないけど、今は放置だ。
 仮にマスターだったとして、下手に手を出したら、サーヴァントに返り討ちにされるだろ。
 無能のフリをしながら、自分を囮にして大きなトラップに引っかけるつもりかもしれない」
「……そうか。なら、田中って野郎については、まずはガムテたちに相談するか。
 サーヴァントの素性がわからなけりゃ、そいつの家を探るのも今は危険だしな」

 彼らが口にしたのは田中一。
 数日前、街中で堂々と叫ぶ男の姿を”割れた子供達(グラスチルドレン)”は発見した。だが、その時の彼は泥酔状態だったため、単なる酔っぱらいのたわ言に思えた。
 しかし、聖杯戦争の最中に酒で酔えるマスターであれば、召喚したサーヴァントに相当の自信があることだ。社会不適合者の酔っぱらいという愚者を演じて、馬鹿正直に突っ込んだマスターとサーヴァントを仕留める策だろう。
 それこそ、ガムテが召喚したビッグ・マムに匹敵する格と実力を誇る可能性もある。追跡して住居特定も考えたが、途中でサーヴァントの返り討ちに遭うリスクも大きすぎた。
 よって、今の段階で田中一に手を出すのは危険と判断し、後回しにした。
 また、本当に酔っぱらいのNPCであれば、わざわざ”割れた子供達(グラスチルドレン)”が仕留める必要もないため、自然にターゲットから外れる。

「掃除、終わったよー」
「タクシーも呼んだから、もう行こう」

 殺し屋たちが交わすとは思えない程、穏やかな日常で繰り広げられそうな言葉。
 指紋はおろか毛根一本たりの痕跡も残さないまま、彼らは家を出た。
 そして、呼び出したタクシーに乗り込む。運転手に行き先を教えて、彼らは移動する。
 既にマスターブッ殺し課題(クエスト)も切り上げとなり、期待の新人(ニューカマー)の歓迎会(パーリィタイム)を始めるそうだ。ならば、今回の情報はちょうどいい手土産になるだろう。


520 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/09(木) 19:16:33 t2MMyDe20

【備考】
※NPCである司令(オーダー)及び攻手(アタッカー)、”割れた子供達(グラスチルドレン)”のメンバー2名@忍者と極道がタクシーに乗り込み、移動しています。
※”割れた子供達(グラスチルドレン)”は田中一の存在に気付きましたが、まだ手を出すつもりはありません。
※彼らが回収したドローンにはキュアスター・神戸あさひ・デッドプールの映像が映し出されています。この三人についてもまだ手を出すつもりはありません。
※本戦開始前、新たにメンバーを補充しましたが、既にキュアスター及びデッドプールに殺害されました。
※彼らが拠点としていた住宅の屋根裏部屋には死体があります。


 ◆


 神戸あさひくんとアヴェンジャーさんからの励ましを受けてから、私・櫻木真乃は星奈ひかるちゃんと一緒に283プロダクションを目指しています。
 私は一人だけじゃ何もできない無力な女の子だと思い込んでいました。だけど、私の中の輝きに気付いてくれたり、また私の在り方を認めてくれる人たちがいます。
 みんなの優しさと思いやりがあるから、私はこうして足を動かせるようになりました。
 私に何ができるのかまだわかりません。
 でも、自分を一方的に決めつけたり、また傷付けたりすることは誰も望まないでしょう。プロデューサーさんだけじゃなく、灯織ちゃんとめぐるちゃんだって、私が私を否定したら絶対に止めるはずですから。

「タクシー、全然通らない……」
「仕方ないですから、ダッシュしましょう! タクシーがダメならバスや電車です!」

 私とひかるちゃんは283プロに向かっている最中ですが、世田谷区からでは時間がかかります。
 でも、タクシーを探しても見つかりません。ひかるちゃんが言う通り、公共の乗り物を使うのが一番ですが、駅とバス停も少し離れています。
 ひかるちゃんがプリキュアに変身して、私を抱えて大ジャンプしてもらう方法もありますが、それだと目立ちます。だから、今は二人で走るしかありません。

「ひかるちゃん、大丈夫? ここからだと、ちょっと遠いけど……」
「わたしなら全然オッケーですよ! 昔から体力に自信はありますし、山登りや水泳だってみんなと一緒に楽しみましたから!」
「……そっか。なら、二人で走ろう!」

 私もひかるちゃんも、人一倍の体力はあります。
 到着までどうしても時間がかかりますが、諦める訳にはいきません。
 私はアイドルとして体力をつけて、ひかるちゃんは宇宙中を冒険しながらプリキュアとして頑張りました。だから、走る分には何の問題もないです。

「……あっ! で、でも……その前に……一つだけ、話したいことがあるの」
「話したいこと?」

 ただ、気がかりなことがもう一つあります。
 当たり前ですが、ひかるちゃんは不思議そうな顔で私を見つめます。

『ひかるちゃん。念話だけど、大丈夫かな?』

 私は念話で訪ねました。
 これから聞きたいことは、人前で話してはいけないことですから。

『……大丈夫ですよ! 何でも話してください!』

 ひかるちゃんは元気な笑顔を見せてくれます。
 そのまぶしさと、ひかるちゃんの優しさに私の胸が痛みそうです。だって、私はひかるちゃんの傷を抉ろうとしていますから。
 それでも、私はちゃんと伝えるべきです。マスターとしてではなく、ひかるちゃんのパートナーとして。


521 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/09(木) 19:19:03 t2MMyDe20
『ひかるちゃん。例え、これから誰に何を言われようとも……何があろうとも、私は絶対にひかるちゃんの味方をするよ』

 真っ直ぐにひかるちゃんを見つめながら、私は自分の気持ちを伝えます。

『……はい! 知っていますよ! 真乃さんはどんな時でも、わたしを応援してくれているので、とても嬉しいですし!』

 いつものように、ひかるちゃんは笑顔を見せてくれました。
 天の川銀河のようにまぶしくて、私の心も照らしてくれそうです。
 ……だけど、これから私はひかるちゃんの笑顔を奪おうとしています。

『そうだね。私は、いつだってひかるちゃんを応援しているし、ひかるちゃんだって私のことを応援してくれているのは……知ってるよ?』
『お互い、キラやば〜! なエールをいつも届け合っていますもんね! フレフレ! って!』
『……うん、だから……これから、誰に何を言われても……私は、ひかるちゃんを守るよ! ひかるちゃんが、さっきの戦いのことで責任を感じていたら……私も、一緒に責任を背負うから!』

 勇気を出して私は伝えました。
 ひかるちゃんから笑顔が消えて、表情は困惑で染まります。
 私たちの間で流れる時間が止まったように感じました。人や車が動いているのに、私とひかるちゃんだけが停滞しちゃったようです。

『……ご、ごめんね……ひかるちゃん。でも、これだけは……ちゃんと、言わないといけなかったの……ひかるちゃんだけが、罪や痛みを背負うなんて、不公平だと思うから……』

 念話でも、私の声は震えていました。
 罪を蒸し返して、ひかるちゃんの心を傷つけてしまうのはわかります。
 だけど、ひかるちゃんだけが苦しむなんて、私はやっぱり納得できません。ひかるちゃんが悲しみを抱えていたら、私も支えてあげたい。
 例え、ほんの少しだけでも……ひかるちゃんの痛みを和らげたいです。

『……私、アイさんみたいに頭はよくないし、あさひくんみたいに勇気がない……でも、ひかるちゃんと一緒にいてあげることはできるの。私に、何ができるのかわからないけど……』
「違いますよ、真乃さん!」

 私の念話は、ひかるちゃんのハグで遮られちゃいました。
 しかも、念話じゃないひかるちゃん自身の声が私の耳に響きます。

「真乃さんが何もないなんて、絶対に違います! 真乃さんの中には、真乃さんだけのイマジネーションがあって、それがあるからわたしはわたしでいられるんです!」

 私の胸の中で、ひかるちゃんは顔を上げてくれます。
 綺麗でかわいい瞳はほんのちょっとだけうるんでいましたが、ひかるちゃんは笑っていました。

「心配してくれて、ありがとうございます! 確かに、さっきのことはとても悲しいですし、わたしはずっと忘れちゃいけないと思っています……でも、真乃さんが隣にいてくれれば、わたしは頑張れますよ!」

 まるで、私の中の弱音を吹き飛ばしてくれるように、ひかるちゃんの声はエネルギーで溢れています。
 やっぱり、ひかるちゃんはとても優しくて強い女の子です。だけど、それだけに私は心配でした。
 あさひくんが私を心配してくれたように、もしかしたらひかるちゃんがたった一人で苦しんで、自分を傷つけてしまうのではないか……そして、プロデューサーさんみたいに、私たちの元から去っちゃうかもしれないことが、とても怖いです。

「ひ、ひかるちゃん……でも……!」
「……あれ? もしかしてあなたは、櫻木真乃……でしょうか?」

 私が言葉をつづけようとした瞬間、声をかけられちゃいます。
 振り向くと、髪の長い小さな女の子と背が高い女の人が、私たちを見つめていました。

「そうだけど……どこかで、会ったっけ?」
「本で見たことあります! 確か、咲耶のお友達……でしたよね?」
「……えっ!? あなた、咲耶さんを知っているの!?」
「はい! ボクは古手梨花……咲耶は、ボクをお友達と認めてくれた素敵な人でしたよ!」

 その女の子・古手梨花ちゃんの口から出てきた咲耶さんの名前に私は驚きます。
 彼女もまた、聖杯戦争のマスターであることに、私はすぐ気付きました。


522 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/09(木) 19:20:33 t2MMyDe20




「そ、それじゃあ……梨花ちゃんは、咲耶さんに会っていたの!?」
「そうです! 咲耶は本に載るほどの有名人ですから、咲耶のお友達と会って話がしたかったのです! にぱー!」

 ”私”の古手梨花ではなく、”ボク”の古手梨花として振る舞いながら、天真爛漫な笑顔を見せる。
 宮本武蔵と光月おでんの一騎打ちが終わってから、私たちは改めて新宿を目指して歩いていた。その矢先、私は櫻木真乃と出会って共にタクシーで移動することにした。
 TVや店の雑誌で真乃の顔を何度か見たから、すぐに話しかけることができた。

「……それにしても、梨花ちゃんはよかったのかな? 私たちと一緒に、283プロダクションについてきちゃって」
「ボクなら全然大丈夫です! 最近はとっても暑いですし、それに咲耶が働いていた場所にも……興味がありました! だから、ボクは真乃に会えてとても嬉しいです!」

 ”ボク”が口にした言葉は、”私”にとっても本心だった。
 これから新宿区に向かうとしても、炎天下で歩くのはとても危険だ。また、乗り物を使うにしても、今後のことを考えると所持金を節約したい。
 真乃を利用する形にはなるけど、同行させてもらったのはありがたい。お金を払ってもらえるし、あと涼しくて快適な移動もできる。
 おでんとセイバーが戦った分だけ時間もかかったから、尚更乗り物が必要だった。

「そーそー! お姉さんとしても、素敵な女の子二人とご一緒できた上に、こんな快適に移動できるなんて本当にありがたいよ〜!」
「ダメですよ、お姉さま? 二人に変なことを言うのは! それ以上は禁止なのです! ぶっぶっぶー! ですよ!」
「うっ……! で、でも……梨花ちゃんからの『お姉さま』呼びも……これはこれで、悪くないかも! もっと呼んで!」
「……やれやれなのです、お姉さま」
「はううううぅぅぅぅぅぅ! お姉さまサイコオオオォォォォォォォォッ!」
 
 真乃と彼女のサーヴァントであるアーチャーを見つけてから、いつものようにセイバー・宮本武蔵は目を輝かせた。流石に三度目になると、私も慣れちゃったのか……『ダメなのです!』とツッコミを入れたら、黙ってくれた。
 ちなみに『お姉さま』というのは、周りに怪しまれないための呼び名よ。でも、それはそれでセイバーは喜んじゃってる。

「……二人とも、とっても仲良しだね!」
「まさに、心からのベストパートナーって感じで、キラやば〜!」
「はい! 困った人ですけど、とても頼りになるお姉さまですよ!」
「梨花ちゃんー! 困った人ってのはどういう意味〜!? あっ、でも……とても頼りになって、しかもお姉さま呼びと来たとは!? も、もっと呼んで〜!」
「わかりました! 困った人ですね!」
「そっちじゃないいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」

 タクシーを待つ間、私たち4人は和気藹々と過ごしていた。
 まるで、雛見沢で何度も繰り返し続けた日常のように、賑やかで平穏だった。
 圭一やレナ、魅音や詩音、それに沙都子がいた頃も、こうして楽しく過ごしていたわ。悲劇が起きて、何度もぶち壊れてしまったけど。

「あっ、タクシーが来ましたよ!」

 アーチャーの言葉と同時に、タクシーがやってくる。
 すると、セイバーは霊体化をしてくれた。彼女の格好を考えると仕方がない。
 ちなみにセイバーには助手席に座らせた。マスター命令だし、後部座席に乗らせてはどう考えても危ないわ。

『…………そういえば、梨花ちゃんは大丈夫なの?』

 タクシーの中で、セイバーの念話が頭に響く。
 さっきのはしゃぎようからは打って変わって、真剣な声色よ。

『大丈夫って、何が?』
『283プロに寄り道すること。私が出会ったあの娘たちとの合流が遅れるかもしれないのに、大丈夫だった?』
『誰かが街中で戦わなければ、こんなことをしなくても済んだかもしれないでしょ?』
『……ほ、ホントにごめんね……』
『……ただ、このまま二人だけで移動することになっても、お金と時間がかかるわ。なら、真乃たちと一緒に移動した方が得でしょ? その途中で、咲耶の通っていた事務所にも通るだけよ。
 私たちは乗せて貰っているから、これくらいは譲らないと』
『……なら、後で待っている二人には謝らないとね』

 セイバーの疑問は至極当然だった。
 本当のプランでは、七草にちかというマスターたちと新宿で合流する予定だったのに、283プロに寄り道することになってしまう。もちろん、世田谷区から新宿区まで移動するにはそれなりの時間がかかるため、二人を待たせることに変わらない。
 ただ、一秒を争う状況になっている聖杯戦争で、寄り道なんて言語道断だけど……私たちは真乃たちに便乗している立場よ。


523 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/09(木) 19:22:32 t2MMyDe20
『それから、彼女たち……可愛いっちゃ、可愛いけど……本当に頼りにしていいのかなー? って気持ちはあるんだよね』
『タダ乗りさせて貰っておきながら、図々しいわね』
『それはわかってるよ? でもね、何というか……本当に現実が見えているのかなーって、どうしても思っちゃうの。二人には悪いけどさ』
『それを、今から見極めるのでしょう? わざわざ、私たちの方から火の中に飛び込むのだから。いざとなったら、お姉さまが守ってくれるでしょう?』
『……そこまで言われちゃ、私も頑張らないとね』

 セイバーの言葉自体は私にもわかる。
 困った人どころではなく、どうしようもない性格のセイバーだ。だけど、私のことを守ってくれる気持ちは本当だし、また人を見る目もそれなりにある。
 でも、今は……

『あっ、それと話は戻すけど……もっと、お姉さまって呼んでくれない!?』
『ダメなのですよ! これはマスター命令です!』
『そんなあああああぁぁぁぁぁ!』

 私はセイバーの頼みを却下する。
 セイバーはやかましく騒ぐけど関係ない。うるさい声を軽く流しながら、私は隣に座る櫻木真乃の顔を見上げたわ。

(彼女たち、大丈夫なのかしら? いい子なのはわかるけど、背中を任せられるかどうかは保留ね……)

 彼女は咲耶と同じ事務所に通うアイドルで、まさに清廉潔白と呼ぶにふさわしい子よ。
 咲耶ほどの強さは感じないものの、性格自体はとても真面目で、私のことを優しい目で見つめてくれる。当然、彼女の言葉と決意に嘘は感じない。
 ……でも、頼りなかった。比較することは失礼とわかっているけど、咲耶のように現実が見えていない。真乃だけでなく、アーチャーのサーヴァントも同じよ。
 聖杯戦争を止めたいという気持ち自体は本物だけど、その具体的なプランがまるで見えてこない。

(出会ってすぐなのに、咲耶の名前を出しただけで私たちのことを信用している……もちろん、私としてもありがたかったけど、正直危なっかしいわ)

 咲耶の願いを知ったから、彼女たちの気持ちを無碍にしたくない。
 ほんのわずかだが、真乃とアーチャーを期待する気持ちはある。彼女たちも、咲耶とライダーのように真っ直ぐな主従だから。
 けれど、今の段階では……真乃たちに全てを委ねるほどの信用はできない。何故なら、彼女たちは善良すぎるが故に、悪意に気付かないまま不意打ちされる可能性もあった。

(どうやら、しばらくは彼女たちを見極めないといけないわね。真乃とアーチャーの二人が、幸せになれるカケラを掴むきっかけになるのか、それとも中途半端な敗者になるのか……"信用できる相手"であるかを判断するのはそれからよ)

 現状では否定的ではあるものの、判断を下すには早すぎる。
 二人とも、第一印象では善良な人間であるため、少なくとも私たちに害を成す存在ではない。それにマスターの真乃はともかく、アーチャーのサーヴァントの実力が未知数である現状、今はまだ切り捨てるべきではなかった。
 本戦開始から時間が経過している以上、相応の実力を持っているはず。いざとなれば、彼女の力を借りる時が来るかもしれない。

「あっ、運転手さん! その先を左に曲がってください! そこに283プロがあります!」

 今はまだ、”ボク”の古手梨花として振る舞いながら、真乃たちと同行する。
 どうやら、283プロダクションに到着したようだ。真乃曰く、この建物には危機が迫っており、アイドル全員が離れることになったらしい。
 でも、真乃たちは283プロダクションに向かっている。

(もしも、咲耶だったら……例え何が起きようとも、今の真乃みたいに動いてたでしょうね)

 私の頭に浮かび上がるのは白瀬咲耶。
 今はもういない彼女だけど、もしも同じ状況になれば283プロに駆けつけたという強い確信がある。
 彼女の意思を尊重するのであれば、共に歩むべきかもしれない。
 自分から危険な場所に飛び込むことになるけど、こうなった以上は腹をくくるべきだ。


524 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/09(木) 19:24:00 t2MMyDe20




「283プロダクションのイルミネーションスターズの櫻木真乃さん、ですね? お待ちしておりましたよ」

 櫻木真乃さんの案内を受けて、283プロダクションに辿り着いたわたしたちを出迎えてくれたのは、金髪のお兄さんだったよ。
 背が高くて、姿勢はとてもいいし、その笑顔だってクールでステキ。スーツとネクタイもバッチリ着こなしていて、バケニャーンに変身したユニみたいにエレガントだよ。
 もしかして、この人もティーセットを構えながら上品に戦うことができるかな? そんな呑気なことを、わたし・星奈ひかるは考えちゃった。

「あ、あの……あなたは、いったい……? それに、どうして283プロがこんなに荒れているのですか!?」

 真乃さんの動揺に、わたしも部屋を見渡す。
 地震や台風の被害にあったと思うほど荒れていたよ。壁と床、それに天井はヒビだらけで、棚やTVなどたくさんのものが壊されている。ソファーとテーブルだけは無事だけど、他はみんなめちゃくちゃになっていた。
 当然、真乃さんは愕然とした表情で震えているし、古手梨花さんとセイバーさんも驚いているよ。

「それについては、これから順を追って説明します。この283プロダクションについて、伝えることがたくさんあるので」

 でも、お兄さんは真乃さんを落ち着かせるよう、ゆっくり話してくれた。
 にこやかな笑みは絶やさず、声色はとても穏やかで、真乃さんはすぐに落ち着いてくれたよ。

「……伝えること?」
「まず、私について自己紹介をします。私は『アサシン』のサーヴァントであり、マスターからの依頼があってこの283プロダクションに訪れました。そして、私のマスターは……真乃さんと同じ283プロダクションに所属するアイドルの、田中摩美々さんです」
「ま、摩美々ちゃん!?」

 アサシンと名乗るお兄さんの口から出てきた名前に真乃さんは驚いた。
 もちろん、わたしだってビックリしているし、梨花さんとセイバーさんも反応したよ。
 田中摩美々さんだったらわたしも知っているよ。聖杯戦争になってから、真乃さんは何度か283プロのアイドルについて教えてくれて、その中に摩美々さんの名前も含まれていたね。

「私はマスターの命を受けて、この283プロダクションにやってくるであろう敵対マスターとサーヴァントに立ち向かうことになりましたが……不手際によって、部屋を乱雑にしてしまい、大変申し訳ありません」

 アサシンさんは表情を曇らせながら、真乃さんに頭を下げてくれる。
 嫌味とかは全くない、心からの誠意が詰まった謝罪だよ。姿勢だってちゃんとしているし、この人の誠実さが伝わってくる。
 ……部屋をよく見ると、傷一つないソファーとテーブルの上には、お菓子とお茶が用意されている。真乃さんたちが来ることを知っているから、ここだけは守ってくれたのかな?

「い、いえっ!? 私も、ここで何があったのかわからないので……アサシンさんが謝るのは、違うと思います!」
「お気遣い、感謝いたします。でしたら、話を進めていきますね。お連れ様の分も、お菓子などは用意してますので、遠慮なく召し上がってください」

 そう言いながら、アサシンさんはわたしたちがソファーに座るように誘導してくれる。

「ちょっと待って!」

 それに反論したのはセイバーさんだよ。

「おや、何か?」
「あなた、言葉遣いはとても丁寧だし、顔も綺麗なのは認めるよ? でも……あんまり易々と、彼女たちを座らせるわけにはいかないかなぁ」
「あなたが懸念することはわかります。まず、私が用意したお茶菓子に毒を盛られていたり、または椅子にトラップが仕掛けられているかもしれない……それを警戒しているでしょう。
 283プロダクションの事務所はここまで荒れ果てていますから」
「へぇ、認めるんだ?」
「ですが、もしも彼女たちを罠で仕留めるのであれば……わざわざ出迎えたりなどしません。ドアを開けた瞬間、建物全体が爆発するトラップを仕掛ければいいですし、そもそもこうして皆様の前に姿を見せたりしませんから」
「……確かに、それもそうだけどさぁ」

 セイバーさんの警戒を前に、アサシンさんはにこやかな笑みで返事をしてくれる。
 アサシンさんの理論に、わたしたちはみんな息を呑んじゃう。まるで研究者さんみたいにスラスラと言葉が出てくるし、何よりも自信が溢れている。


525 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/09(木) 19:25:36 t2MMyDe20
「もしも、マスターたちが少しでも傷付いたのであれば、私を悪と判断して、すぐにでも攻撃して頂いても構いません」
「本気? 私、容赦しないからね?」
「わ、わたしだって……真乃さんのことを絶対に守りますよ!」

 わたしたちサーヴァントは、それぞれのマスターを守るように立つよ。
 アサシンさんが何者かはまだわからないし、悪人とは限らない。でも、真乃さんや梨花さんに何か酷いことをするなら、わたしは許さないよ。

「二人とも、待って! 今はアサシンさんの話を聞こう!」
「そうなのです! ボクたちが283プロに来たのは、戦うためではなかったはずですよ!」

 わたしとセイバーさんが構える中、真乃さんと梨花さんが止めてくる。

「あっ……そ、そうでしたね。ごめんなさい……」
「……私としたことが、ちょっと熱くなったかな? でも、マスターを傷付けさせるつもりはないからね」
「いえ、今は聖杯戦争ですから……私も、ただで信用されるとは思っていません」

 わたしたちから警戒されても、アサシンさんは笑みを忘れない。
 その目は緋色に輝いていて、炎のように熱く見えちゃう。誰にも譲れない強い意志があることが、一目でわかったよ。

「そして、ここまで来てくださった皆様の為に、私はここで起こった出来事を包み隠さずに伝えましょう。それを踏まえて、今後をどう動くのかは皆様次第ですので」

 それから、わたしたちはソファーに腰かけると、アサシンさんは話してくれた。
 この聖杯戦争で白瀬咲耶さんの命を奪った犯人が、次は283プロダクションそのものをターゲットにして、アイドルや従業員さんたちを襲おうとしたことを。
 犯人の悪事を阻止するため、アサシンさんは街の色んなところで情報を集めながら協力してくれる人たちを増やして、みんなが避難できる地盤を整えてくれた。
 だから、七草はづきさんから電話がきて、真乃さんは283プロの異変に気付くことができたよ。
 その一方で、田中摩美々さんのお願いを受けたアサシンさんは、283プロにやってきた犯人と『話し合い』をして、退けることに成功した。
 そして、真乃さんが283プロに来ることを予測したから、アサシンさんは残ってくれたみたい。
 あと、咲耶さんが書いた手紙についても、アサシンさんは話してくれた。
 咲耶さんは自分に何かあった時に備えて、帰りを待っているみんなにメッセージを残してくれたの。
 お父さんとお母さん、283プロのプロデューサーさんやアンティーカの人たちに向けた感謝が書かれていた。
 そして、手紙を読んだ人に向けたメッセージはもう一つある。
 例え、どんな失敗をしたり、そのせいでたくさんの人から責められることがあっても……咲耶さんは許してくれると。

「何があっても、自分を責める必要はない。あなたが、生きてこの東京から帰って、幸せになってくれることを願っています……それが、咲耶さんの最期の願いです」

 そう言って、アサシンさんは締めくくったよ。
 アサシンさんの話が終わった途端、部屋がしんと静まった。
 真乃さんも、梨花さんも、セイバーさんも、わたしも……言葉が出てこない。
 ただ、アサシンさんから伝えられた咲耶さんの想いに、胸がざわついている。

「さ、咲耶さん……咲耶さん……!」

 静かな空気を破ったのは、真乃さんの嗚咽だよ。
 わたしは何を言えばいいのかわからなくて、ただ真乃さんを支えることしかできない。

「……やっぱり、咲耶は、私だけじゃなく……みんなを本気で助けようとしていた……」

 寂しそうな表情で目を伏せながら、梨花さんも咲耶さんの名前を呼んでいる。
 何だか、さっきまでとは雰囲気が変わっていて、一気に大人っぽく見えちゃう。

「これは、尚更気を引き締めないといけなくなったね……」

 梨花さんの隣に座るセイバーさんも、その表情はとても真剣だった。
 本戦前に、梨花さんたちは咲耶さんと会って話をしていた。きっと、二人の中で今も咲耶さんは生きているはずだよ。


526 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/09(木) 19:27:30 t2MMyDe20

「……咲耶は、ボクたちに言っていたのです」

 そう口にしながら、梨花さんの雰囲気と口調が元に戻った。

「どうか、生きてほしいと。辛いことはたくさんあるけど、咲耶は、ボクが生きて元の世界に帰れることを祈っていると……だから、ボクは生きて帰ってみせると、咲耶に約束しました」
「それは、私も同じです。私は咲耶さんの願いを受け継いで、マスターと……そして283プロダクションの関係者の方々を絶対に生還させる責任を負いました。その為に、私は一人でも多くの協力者を得ようと考えています」

 梨花さんとアサシンさんの言葉は強い。
 きっと、ここにいるみんなの気持ちが同じだった。聖杯戦争なんてせずに、一人でも多くの人と力を合わせて、この世界から抜け出したいと思っている。
 アサシンさんは、きっとわたしたちのことを仲間として受け入れるはずだよ。

「……待ってください」

 でも、わたしはアサシンさんの好意に甘えちゃいけない。
 その前に、きちんと伝えるべきことがあるから。

「どうかしましたか、アーチャーさん?」
「みんなに、聞いてほしいことがあるんです。わたしが、ここに来る前にしたことを」

 立ち上がった瞬間、四人の視線がわたしに集まる。

「……ま、待って! まさか、さっきのことを……!?」

 当然、真乃さんだけが不安そうな目でわたしを見つめていた。
 わたしがこれから何を言おうとしているのか、すぐに気付いたはずだよ。

「そうですよ! わたしは、言わなきゃいけないんです! このまま、黙ってみんなの仲間になるのはいけないと思いますから!」
「で、でも……それは……! 今は、ダメだよ!」
「ごめんなさい、真乃さん! わたしは言います! 今だからこそ、言わなきゃいけないんです!」

 今だけは、真乃さんの優しさを裏切ることになる。
 でも、例え令呪で命令されようとも、わたしは黙るつもりはないよ。
 だって、みんなは責任を果たそうとしているから、わたしだけが隠し事をしちゃいけない。

「わたしはここに来る前……グラスチルドレンの子の命を、奪いました!」

 その言葉は、283プロダクションの部屋中に響いたよ。


527 : ひかるの罪と、ゆずれない決意 ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/09(木) 19:30:18 t2MMyDe20






「…………そ、そんな…………!」

 わたしが叫んだせいで、真乃さんは震えている。
 梨花さんとセイバーさんも、驚いたような表情でわたしのことを見ていた。

「……どういうことか、説明して頂いてもよろしいでしょうか?」

 たった一人、アサシンさんだけは落ち着いたような表情でわたしを見ているよ。
 わたしに対して怒りや失望の目を向けていないし、警戒してもいない。ただ、事情聴取をする刑事さんみたいに冷静だった。

「ここに来るまで……梨花さんたちと出会うちょっと前に、わたしはグラスチルドレンの子と戦いました。その時に、一人だけ……この手で、命を奪っています」

 ゆっくりと、わたしはアサシンさんに説明するよ。
 ウソを言っているつもりはないし、わたしが公園で人の命を奪ったことは事実だった。

「それは、真乃さんを守る為でしょうか?」
「そうですよ。あそこでわたしが戦わなかったら、今度は真乃さんが狙われましたから……わたしはサーヴァントとして、マスターの真乃さんを守る責任がありますし」
「なるほど。詳しい状況は知りませんが、アーチャーさんが戦わなければ真乃さんが殺されていたのは事実です。ですが、それはれっきとした殺人であることを、認識していますね?」

 アサシンさんの言葉は、鋭いナイフのようにわたしを刺してくる。
 でも、これはわたしの罪に対する罰だよ。例え宇宙中から許されようとも、わたしだけは絶対に逃げちゃいけない。

「……わかっています。わたしのやったことは、絶対に許されないって」
「何故、ここで話したのでしょうか? 自分たちの信用が落ちてしまうことを、存じているはずでは?」
「もちろん、本当なら黙った方がいいかもしれません。でも、ここで黙ったままなのは、無責任な気がしたんです……アサシンさんだって、わたしたちに正直に話してくれたから、わたしもちゃんと伝えるのが筋だと思いますから!」

 手紙の中で、咲耶さんは何があっても自分を責める必要はないって言ってくれた。
 でも、その優しさに甘えて、このままアサシンさんたちの仲間になるのは絶対に違う。
 ユニとアイワーンだって、きちんとお互いに自分の過ちを謝り合って、償いをしたうえで歩み寄ったから。

「……いや、アーチャーちゃんの責任自体は、充分にわかるよ」

 セイバーさんは重い口を開く。
 だけど、わたしを見つめるその目つきは厳しくなっていた。アサシンさんとはまた違った意味で鋭くなっている。

「話してもどうしようもない相手ってのはどこにだっているよ? 私も、そんな奴は何人見てきたかわからないし……そういう奴はさっさとたたっ斬るべきだから。でもね、それとはまた別の理由で……私は二人を信じていいのか、迷っているの」
「えっ? ど、どうして……ですか?」
「あなたたち、生きてこの聖杯戦争から元の世界に帰りたいんだよね? もちろん、それ自体を否定するつもりはないし、私だって応援したいよ。でも、具体的な道筋は一つも聞いていない……何も考えがなければ、私は二人を認めることはできないね」
「……咲耶は、小さな可能性でしたけど……ボクたちに道を示してくれました。二人はボクたちを納得させてくれるのですか?」

 セイバーさんと梨花の言葉に、わたしと真乃さんは固まった。
 確かに、二人の言う通りだよ。わたしたちに協力してくれる人と出会えたけど、それだけだよ。
 咲耶さんたちと、アサシンさんみたいに具体的なプランは出せない。これじゃあ、信用されなくても当然だよ。

「あとね、もっと厳しいことを言うけど……今のあなたたちじゃ、一緒にいて危ないんだよね。頼りないんじゃなくて、危ないの」
「あ、危ない!? ど、どうして……!?」
「その、グラスチルドレン……だっけ? 話を聞いていると、この東京の色んなところにいるみたいじゃん。なら、お互いに連絡を取り合うことだって簡単でしょ? アーチャーちゃんとアサシンの一件を知ったら、すぐにでもみんなに情報が行き渡る……
 そんな時に、下手に同盟を組んだりしたら、私たちだって狙われるの。降りかかる火の粉は払うけどね」

 わたしやアサシンさんはグラスチルドレンと戦い、追いはらうことができた。
 でも、追いはらっただけで、彼らをきちんと止められた訳じゃない。ノットレイダーだって何度もやってきたように、グラスチルドレンがまたわたしたちを襲ってくる可能性は充分にあった。
 もしも、グラスチルドレンがセイバーさんと梨花さんを知ったら、絶対に敵と判断する。セイバーさんの隙を狙って、梨花さんが人質にされるかもしれない。


528 : ひかるの罪と、ゆずれない決意 ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/09(木) 19:31:04 t2MMyDe20
「一つだけ、勘違いはしてほしくないの。正義であろうと頑張る人のことを、私は認めたいよ? でもね、具体的な方法を示さずに、ただ理想だけを語るのは……正義なんかじゃない。簡単に、誰かを滅ぼす悪にもなるの」

 セイバーさんはわたしたちのことを否定してるわけじゃない。
 わたしたちが梨花さんの安全を保障できると信用できれば、セイバーさんは認めてくれる。でも、今のわたしに梨花さんを生きて帰してあげることはできない。

「……ずっと昔、似たようなことをある人から言われました」

 それがわかった上で、わたしは気持ちをセイバーさんにぶつける。

「ぬくぬくと育った私に、全てを奪われた人の怒りと悲しみがわかるわけがないって」
「まぁ、一目見たら……そんな感じはするかな」
「それでも、わたしは知りたいんです。どうすれば、一人でも多くの人のことを知って、手を取り合えるのかを……わたしたちは連れてこられたなら、脱出するための方法だって絶対にあります。それを、わたしは調べたいです」

 無責任な発言だし、セイバーさんたちを納得させられないことはわかっているよ。
 でも、わたしはこの気持ちを曲げることはできない。未来を奪われた子どもの命を一方的に奪っておきながら、こんなことを言っても説得力がないのはわかった上で。

 ――我らの善意は、奴らの悪意を増長させたのだ!
 ――全て、奪われたっ!
 ――この憤りが、お前には理解できまい……ぬくぬくと生きている、お前にはなっ!

 昔、カッパードからぶつけられた怒りが、わたしの中で再生される。
 カッパードの故郷は豊かな水があふれた美しい惑星だった。だけど、別の惑星の人たちにメチャクチャにされて、カッパードは故郷を滅ぼされた。絶望のまま、ノットレイダーの幹部になるしかなかったカッパードにとって、わたしの言葉はただの綺麗ごとだった。
 あの時、カッパードはわたしのことを本気で怒ったように、セイバーさんも今のわたしを受け入れたくないはず。

「……これはまた、漠然としているね」

 実際、セイバーさんはあきれた顔でわたしを睨んでいるよ。

「調べ物をするのはいいけど、私たちはいつまで待てばいいの? それを見つける前に、私たちが殺されたりしたら、どうするつもり?」
「……でしたら、私に考えがあります」

 明らかな怒りをぶつけてくるセイバーさんだけど、それを遮ったのはアサシンさん。
 この空気でも優雅さを崩さず、声も落ち着いているから、主導権を握られちゃった。

「このままでは、話は平行線のままですし、両者が納得することはできません。そんな状態で、協力者になったところで……すぐに瓦解するでしょう」
「アサシンはわかってるじゃん。私だって、今の言葉で納得するなんて無理だからね」
「えぇ。そこで、彼女たちの決意が本当であるかを測るのです。言ってしまえば、入門テストと考えて頂きましょう」
「……入門、テスト?」

 アサシンさんの言葉に、わたしたちは4人とも首を傾げちゃう。

「簡単です。私、アサシンが裁定者(ルーラー)となって……櫻木真乃とアーチャーの主従が、私たちにとって真の意味で有益な存在と成り得るか、試すのです。
 ルールは簡単。明日のライブ開始前までにお二人が明確なプランを用意するか、あるいは"私たち全員が信頼できる協力者"を発見することですね」
「……も、もし……できなかったら……?」
「お二人は協力者として認められません。この聖杯戦争中、私たちとのあらゆる接触を禁じますし、破るのであれば私自らの手で命を奪います」

 わたしの疑問に、アサシンさんは何のためらいせずに言い放ったよ。

「例え、マスターや咲耶さんのご友人であっても、マスターに害を成すのであれば……私は手心を加えません。あぁ、マスターたちには私から上手く説明しますので、ご心配に及びません。『櫻木真乃さんとアーチャーさんは、最期まで立派な理想を抱いて戦っていました』……と、お二人の名誉は守りますから」

 丁寧な笑顔とともに、理路整然とした言葉を告げてくるけど、アサシンさんからは確かな悪意が伝わった。
 この人は本気でわたしたちを試している。ライダーさんやセイバーさんよりもずっと厳しい目で、わたしと真乃さんを見ているはずだよ。
 そして、アサシンさんのテストに失敗したら、わたしたちのチャンスは全て潰されちゃう。容赦なく、真乃さんの命だって奪われるよ。


529 : ひかるの罪と、ゆずれない決意 ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/09(木) 19:32:24 t2MMyDe20
「もちろん、これは即興の案なので……皆様全員が同意して頂かないのなら、構いません。互いに、いくらでもお話を続けてください」
「……………………」

 また、部屋は静かになった。
 アサシンさんの案は、ここにいるみんなを納得させる力がある。だけど、もしもタイムリミットを守れなければ、真乃さんは283プロに帰ることができない。
 わたしたちの意見を尊重しているように見えて、実際は逃げ道をふさいでいる。他に方法がないと知ったから、アサシンさんは『入門テスト』という名目で案を出したはずだよ。
 一瞬だけ、わたしと真乃さんは見つめ合う。
 念話をしなくても、すぐにお互いの意志が伝わった。

「……わかりました。私は、アサシンさんのテストを受けます」

 真っ先に手を挙げたのは真乃さんだった。

「今のままじゃ、セイバーさんたちを納得させることはできませんし、摩美々ちゃんたちと一緒にいても、力になれないです。なら、アサシンさんのテストで、私たちは頑張りますよ!」

 真乃さんの表情は力強い。
 わたしのせいで状況が悪くなったのに、全てを受け入れて、むしろ前を見つめている。
 その姿からは、キラやば〜! なオーラが見えたよ。

「……わたしも受けますよ! アサシンさんは、みんなを納得させられるアイディアを出してくれましたから、あとはわたしたちが動かないと!」

 真乃さんに負けないくらい、強い気持ちを乗せてわたしも言葉に出した。
 わたしたちの気持ちは同じだし、諦めるつもりはない。アサシンさんが誠意を尽くしてくれたから、わたしたちだってそれに応えたい。
 先のことがどうなるかわからない聖杯戦争で、無謀な決断をしているのはわかっているよ。でも、ここでためらったりしたら、みんなを失望させちゃう。
 何よりも『知りたい』というわたしの気持ちと、イマジネーションを止めることは誰にもできなかった。

「なるほど、真乃さんたちはこのテストを受けるのですね。では、あとは梨花さんとセイバーさんの答えですが……どうでしょう?」
「二人がオッケーなら、ボクもオッケーなのです。ファイト、ですよ」
「……それしかなさそうだね。二人の言葉が本当かどうか、試すにはちょうどいいかな?」
「では、皆様からの了承が得られたので、テストを開始します。ですが、その前に私がルールをまとめますので、少々お時間をください」

 梨花さんとセイバーさんが頷いた途端、アサシンさんはいつの間にかペンと紙を手にしている。
 スラスラと文字を書き始めたけど、その動作すらも上品でキラキラして見えちゃう。ペンが動く音だって、まるでピアノの演奏みたいに綺麗だよ。
 聞く人すべての心を癒しそうな音に、わたしたちの視線が集中しちゃう。たった数分間でも、退屈せずに済んだ。

「書きあがりましたので、真乃さんとアーチャーさんはご確認をお願いします」

 アサシンさんから差し出された一枚の紙を、わたしと真乃さんは目にする。


 入門テストルール


 ① 明日のライブ直前にまで、聖杯戦争打倒における明確なプランの構築or信頼できる協力者を発見する。
 ② 制限時間以内に条件を満たせない、または以下の禁止事項を一つでも破った場合、櫻木真乃及びアーチャーのサーヴァントを協力者として認めることはできない。


 禁止事項


 ① テスト中、櫻木真乃側から283プロダクションの関係者とは接触または連絡を行うことを禁止。
 ② ただし、①については283プロダクション関係者からの連絡が来て、接触した場合はルール違反に該当しない。
 ③ 櫻木真乃及びアーチャーの意思とは無関係に、やむを得ずに接触した場合でも、入門テストに関する言及は禁止。
 ④ 外部のマスター及びサーヴァントに入門テストに関する言及を行うことを禁止。
 ⑤ テスト開始後、櫻木真乃及びアーチャーがアサシン・セイバー・古手梨花に関する情報漏洩を行い、発覚したらその時点でテストは失格となる。
 ⑥ 外部との同盟を組む際、やむを得ずに⑤に挙げられた人物のことを話す場合、事前に許可を取ることが条件。


530 : ひかるの罪と、ゆずれない決意 ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/09(木) 19:33:48 t2MMyDe20
 紙に書かれたルールに息を呑んだ。
 これは、真乃さんが283プロのみんなと自由に会えず、またテストはわたしたちだけでクリアすることを意味する。もちろん、283プロの方から連絡が来た場合は例外だけど……助けを求められない。
 
「これが入門テストのルールですが……何かご質問等があれば、遠慮なく」
「「ありません!」」

 でも、わたしたちはアサシンさんのルールを受け入れた。
 強い気持ちを乗せた声がそろったおかげで、アサシンさんの目がちょっとだけ見開かれる。
 わたしたちの決意と、わたしたちの気持ちが本物かどうか、みんなに認められるかな?
 少なくとも、責任を果たす気持ちだけは伝えたかった。

「……あなたたちのことはまだ認めないけど、応援だけはするよ?」
「みー! 真乃もアーチャーもファイトですよ!」

 さっきと比べると、セイバーさんと梨花さんの顔は少しだけ明るくなっていた。
 特にセイバーさんは……少なくとも、怒ってはいない。むしろ、わたしたちを励ましてくれている。

「じゃあ、お姉さんから一つだけ助言をしてあげようか」
「じょ、助言?」
「アーチャーちゃん。あなたがグラスチルドレンの子を殺したことは事実だし、それを”悪”と嗤う奴も出てくるはず……それでも、自分を絶対に曲げちゃダメ。誰に何を言われようとも、迷わずに前を進むの。言えるのは、それだけかな」
「……わかりました。ありがとうございます、セイバーさん」

 セイバーさんの言葉は真っ直ぐで豪快だよ。それでいて、アヴェンジャーさんの励ましみたいに暖かかった。
 みんなの信頼に応えるためにも、わたしたちはすぐに動かないといけない。
 三人に礼をしてから、わたしたちは283プロダクションを後にしたよ。



「……大変なことになっちゃったね、ひかるちゃん」
「うぅ〜! 本当に、ごめんなさい……わたしが、余計なことを言って話をこじらせちゃって……」
「大丈夫だよ。ひかるちゃんは正直だから、あそこで隠すなんてできなかったんだよね。それに、私たちにはまだチャンスがあるから頑張らないと!」
「あ、ありがとうございます! 真乃さんっ!」

 それから、283プロダクションを去ってから数分ほどたった頃、わたしたちは街を歩いているよ。
 既にアサシンさんのテストは始まっているから、聖杯戦争を止めるプランを考えることになった。
 もちろん、同盟を組んでくれる人も課題になっているけど、こっちはまだ難しい。わたしたちだけじゃなく、アサシンさんたちが認めてくれる人を見つけることになったから。

『それと、ひかるちゃん……ありがとう。アイさんやあさひくんたちのことを黙ってくれて』

 真乃さんからの念話が聞こえてくる。

『……まだ、あの人たちについては話さない方がいいですからね。アイさんもあさひさんも、自分たちのことをペラペラ話してほしくないですから』
『うん、ライダーさんは他のサーヴァントに会いに行くって教えてくれたけど、それだって本当は私たちに話す予定じゃなかったと思うの。相手は警戒心が強いって言ってたし。
 やっぱり、アヴェンジャーさんがいたから……だと思う』

 事務所に向かうタクシーの中で、わたしたちは今みたいに念話で密かに相談していたんだ。
 これから先、他の誰かと会うことになっても、星野アイさんや神戸あさひさんたちのことは秘密にしようって。
 あさひさんはライダーさんのことを知って、心の底から怒っていたからだよ。もしも、事務所で四人のことを話しても、みんなで協力できるとは限らないし、逆にトラブルの原因になる。
 当然、わたしたちの信用は失うけど、それ以上にみんながバラバラになる方が怖い。


531 : ひかるの罪と、ゆずれない決意 ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/09(木) 19:35:38 t2MMyDe20
『特にライダーさんのことは、慎重にならないと。摩美々ちゃんや霧子ちゃん、それににちかちゃんがあの人のことを知ったら、絶対に怒るし……アイさんだってどう思われるかわからないから』

 真乃さんの心配はもう一つ。
 ライダーさんとガムテの関係が誰かに知られることだよ。ライダーさんの評判が悪くなる上に、アイさんも疑われちゃう。
 昔のライダーさんがどんな人だったか知らないけど、今はアイさんを守りたいって気持ちは本当だと思うから、二人のために黙るしかない。
 ビッグ・マムのことも喋らなかったし、アサシンさんたちには悪いと思っているけど……アイさんたちの安全には代えられなかった。
 田中摩美々さんの他にも、幽谷霧子さんや七草にちかさんもいるってアサシンさんは教えてくれた。三人とも優しいけど、咲耶さんの命を奪ったガムテたちを絶対に許したりはしない。

『わたしも、アイさんやあさひさんたちのことは絶対に秘密にしますよ』
『ありがとう、ひかるちゃん! アイさんたちについてはちゃんと相談して、OKを貰ってからにしようか』

 アサシンさんやセイバーさんたち、そしてアイさんとあさひさん、みんなの秘密を守る責任ができたよ。
 わたしの罪だけなら大丈夫だけど、協力してくれる人たちを売ることは絶対にしない。


 12星座のスタープリンセスたちから、トゥインクルイマジネーションを探してと言われたことがある。
 制限時間に加えて、ヒントもない状態で答えを見つけることになったから、トゥインクルイマジネーション探し以上に難しいテストだよ。
 それに協力者だって、どこにいるのかわからない。
 でも、わたしたちは諦めない。アサシンさんたちは命を賭けて誠意を見せてくれたし、何よりも隣には頼れるパートナーがいるから、前に進むことができたよ。



【中野区・中野区のどこか/一日目・午後】



【備考】
※櫻木真乃、アーチャー(星奈ひかる)の二人はアサシン(ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ)からの入門テストを受けました。



【櫻木真乃@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:健康、咲耶の死を知った悲しみとショック(大)
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:アサシン(ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ)の入門テストの紙。
[所持金]:当面、生活できる程度の貯金はあり(アイドルとしての収入)
[思考・状況]
基本方針:ひかるちゃんと一緒に、アイドルとして頑張りたい。
0:ひかるちゃんと一緒にアサシンさんの入門テストを頑張る。
1:少しでも、前へと進んでいきたい。
2:アイさんやあさひくん達と協力する。しばらく、みんなのことは不用意に喋ったりしない。
3:アサシンさんの入門テストを絶対にクリアする。
[備考]
※星野アイ、アヴェンジャー(デッドプール)と連絡先を交換しました。
※プロデューサー、田中摩美々@アイドルマスターシャイニーカラーズと同じ世界から参戦しています。



【アーチャー(星奈ひかる)@スター☆トゥインクルプリキュア】
[状態]:健康
[装備]:スターカラーペン(おうし座、おひつじ座、うお座)&スターカラーペンダント@スター☆トゥインクルプリキュア
[道具]:なし
[所持金]:約3千円(真乃からのおこづかい)
[思考・状況]
基本方針:真乃さんといっしょに、この聖杯戦争を止める方法を見つけたい。
0:真乃さんと一緒にアサシンさんの入門テストを頑張る。
1:アイさんやあさひさんのことも守りたい。しばらく、みんなのことは不用意に喋ったりしない。
2:ライダーさんと戦うときが来たら、全力を出す。
3:アサシンさんの入門テストを絶対にクリアする。


532 : ひかるの罪と、ゆずれない決意 ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/09(木) 19:37:00 t2MMyDe20



 ◆



「ここまで送ってくれて、ありがとうなのです!」
「この程度なら、大丈夫ですよ。この炎天下で歩かせるのは、梨花さんにとって危険ですし」

 私のマスター・古手梨花ちゃんはアサシンにお礼を言っている。
 梨花ちゃんは相変わらず可愛いけど、アサシンの笑顔はどこか恐ろしく感じた。最強の剣豪として名を広げたこの私・宮本武蔵ですらも顔をしかめちゃうほどに。
 新宿で戦ったライダーや光月おでんとは違う意味で怪物だ。巧みな話術で人の心をかき乱し、自らの手を汚すことなく破滅に導けるはずよ。
 純粋な実力で言えば、セイバーのサーヴァントとして召喚された私の方が圧倒的に上で、すぐにでもアサシンを両断できる。
 だけど、このアサシンを屠った瞬間、私と梨花ちゃんは全てを失う。それほどの影響力を持っていた。

「あなた、本気で彼女たちの命を奪う覚悟があるの?」
「セイバーさんも了承済みでは? 彼女たちは自らの命を賭けて、我々の信用を得ようと行動したのです」

 櫻木真乃とアーチャーが去ってから、私と梨花ちゃんはアサシンが用意した車で新宿まで来ている。
 移動の時間とお金は節約できたけど、アサシンに恩を売ったように思えてあまり喜べない。

「もしも、ここで彼女たちが我々の信用に応えられなければ――――そこまでの器だったと、諦めるしかありません。中途半端な善意など早々に葬って、忘れるべきでしょう」

 美しい笑顔だけど、アサシンの声色はどんな刃物よりも鋭かった。
 この男は本気だ。自分たちの責任を果たすためなら、時として仲間や家族すらも迷わず切り捨てる。

「……さっきのテスト、だっけ? 仮に、私たちが同盟を組むとして、私があの二人だけを絶対に受け入れないと言ったら……」
「セイバーさんたちを納得させるのは、真乃さんたちの役目です。心配することではありません」

 真向斬りの如く、私の疑問はバッサリと一刀両断されたよ。

「あなたたちを認めさせるプランや協力者を得れば、何の問題もないでしょう」

 すると、緋色に輝くアサシンの両目に、私の背筋が寒くなる。
 その目つきでようやく気付いた。アサシンが試しているのは真乃とアーチャーだけじゃなく、私たちも含まれていると。
 あの部屋で了承した時点で、私と梨花ちゃんまでもが入門テストとやらに巻き込まれた。明確な規則はなくとも、私たちが何か失態を犯して無能と判断されたら、アサシンはありとあらゆる手段を使って潰しにかかる。
 既にアサシンは私たちの存在に気付いた。真名や宝具を明かさずとも、光月おでんみたいに私と戦った人物から情報収集もできるはず。

「……まさか、それも最初から予想していたの?」
「いえ。私は真乃さんの来訪に備えていましたが、セイバーさんたちは例外ですよ? 私は相談役であって、超能力者ではありません。単純な実力だって、セイバーさんやアーチャーさんが圧倒的に優位です」

 謙遜しているけど、絶対に嘘だ。
 アサシンがその気になれば、すぐにでも私たちを抹殺できる。実力など関係なく、ライダーやおでんといった強豪たちを私にぶつけるはずだ。
 仮にここで私が斬りかかったとしても、アサシンは容易く逃走を選ぶ。一応、人通りの少ない場所まで送ってもらったけど、この男ならば瞬時に大通りまでたどり着く。
 常に、このアサシンは自分が優位に立つための策を練っていた。


533 : ひかるの罪と、ゆずれない決意 ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/09(木) 19:38:03 t2MMyDe20
「もちろん、あなた方も私たちと同盟を組むかは、判断にお任せします。私も、マスターの元に帰還しなければいけませんし」
「……そういえば、もう一人の七草にちか、だっけ? それ、どういうこと?」
「その件についても気がかりですが……今はまだ、両者が対面した時までの保留としましょう。お互い、時間をかけましたから」

 私は新宿のホテルで七草にちかに出会った。
 でも、この聖杯戦争には七草にちかがもう一人いることを、アサシンは教えてくれた。
 別の世界には男の宮本武蔵がいるように……双子や偽者じゃない、正真正銘の七草にちかが他にもいることだ。

「それでは、私はこの辺で……あぁ、それと梨花さんにもう一つ」
「みぃ?」
「その小さな体で、アルコールは厳禁ですよ」

 去ろうとした直前、アサシンはとんでもない発言をした。

「み、みー!? な、なんのことで……!?」
「私はお酒についても知見がありまして、梨花さんから匂いがしたのですよ。酔い自体は醒めたのでしょうが、まだ少しだけ顔は赤いです。今は聖杯戦争なので、ストレスが溜まるのは承知ですが……体は大事にしてくださいね」

 そう言い残して、アサシンは笑顔を保ったまま去っていった。
 後に残されたのは、呆然と立ち尽くす私と梨花ちゃんだけ。

「……梨花ちゃん、いつの間にお酒を飲んでたの?」
「……………………」

 私の疑問に梨花ちゃんは何も答えてくれなかった。



【新宿区・歌舞伎町前/一日目・午後】



【古手梨花@ひぐらしのなく頃に業】
[状態]:健康、酔いも冷めたわ(激怒)
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円程度
[思考・状況]
基本方針:生還を目指す。もし無ければ…
0:白瀬咲耶との最後の約束を果たす。
1:ライダーの所へ向かう。
2:咲耶を襲ったかもしれない主従を警戒、もし好戦的な相手なら打倒しておきたい。
3:いきなり路上で殺し合い始めるな(激怒)
4:櫻木真乃とアーチャーについては保留。現状では同盟を組むことはできない。


【セイバー(宮本武蔵)@Fate/Grand Order】
[状態]:健康、右腕に痺れ(中度。すぐに回復します)
[装備]:計5振りの刀
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:マスターである古手梨花の意向を優先。強い奴が見たら鯉口チャキチャキ
1:にちかちゃんとライダーの所へ向かう。
2:おでんのサーヴァント(継国縁壱)に対しての非常に強い興味。
3:アシュレイ・ホライゾンの中にいるヘリオスの存在を認識しました。
4:アサシン(ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ)は極めて危険。同盟を組むかはともかく、絶対に隙を見せられない。
5:櫻木真乃とアーチャーについては保留。現状では同盟を組むことはできない。
武蔵ちゃん「アレ斬りたいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ。でもアレだしたらダメな奴なのでは????」


534 : ひかるの罪と、ゆずれない決意 ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/09(木) 19:38:51 t2MMyDe20




 こうして、役割を果たした僕……ウィリアム・ジェームズ・モリアーティはマスターの元に帰還している。
 櫻木真乃さんとアーチャーさんの二人にはテストを用意したが、元々彼女たちには283プロダクションの関係者たちとの接触は避けるようにと伝えるつもりだった。
 その上で、情報収集や協力者の獲得を依頼する予定だったが、同行者の存在でプランを変えている。

(やはり、先生の教えは見事ですね。あの場を上手くまとめることができましたし)

 僕を鍛え上げてくれた先生……ジャック・ザ・リッパーこと、ジャック・レンフォードによる入門テストを元にした案だ。
 生前、僕たちは野望を果たすため、アルバート兄さんやルイスと共に先生と戦った。まともな実力勝負では圧倒的に不利だったが、アルバート兄さんとルイスの協力があって勝利を手にする。
 今回もそれと同じで、真乃さんの実力を測るテストも兼ねていた。無論、不用意に僕たちの存在を外部に漏らさないという条件を付けて。
 多少の手を加えたものの、当初のプランとそこまで変わっていない。僕たちを裏切り、マスターを危険に晒すのであれば、即座に手を切ることも伝えるつもりだった。

(真乃さんたちは理想主義者だが、少なくとも情報を不用意に漏らすことはしない。善良だからこそ、同盟相手にとって不都合となる情報を僕たちに話さなかったはずだ)

 真乃さんとアーチャーさんは好戦的な主従ではない。ここに至るまでに他の主従と遭遇し、同盟を組んだ可能性は充分にあった。
 相手の素性はわからないが、彼女たちの様子を見るに表向きでトラブルは起きていない。その上で同盟について話さなかったのは、僕たちに存在を知られた時点で信用を裏切るからだ。
 逆に言えば、彼女たちだけの独断で、僕たちに関する情報を他者に話す可能性も低い。僕が定めたルール以上に、彼女たちの意志が強いはずだ。
 また、アーチャーさんも自分の罪については正直に話したから、誠実であることも確定する。それに、いざという時に戦闘を躊躇する人物でないことも証明された。

(ただ、アーチャーさんのメンタルケアが必要になる時が、来るかもしれない。いかなる理由があれど、彼女が手を緋色に染めてしまったことは事実だ)

 それでも、アーチャーのサーヴァントはまだ若く、フレッドとそう歳が変わらなく見える。
 戦闘の過酷さは知り、また気丈に振る舞っているものの、どこかで心が壊れる可能性は否定できない。
 入門テストとはまた別に、僕の方から彼女にアドバイスをする機会が訪れるはずだ。

(また、古手梨花さんについても考えるべきだ。ほんの一瞬だけ変わった口調と、彼女から漂ったアルコールの匂い……少なくとも、ただの少女じゃない)

 古手梨花さんという少女についても気がかりだった。
 僕が咲耶さんの願いについて話した時、一瞬だけ彼女の表情と口調が変わった。恐らく、僕たちに見せたあどけない少女の顔は仮で、あれこそが彼女の本心である可能性もある。
 また、アルコールを摂取したことも考えて、梨花さんが普通の少女でない証拠だ。もちろん、荒んだ少年少女が故意にアルコールを摂取することも考えられるが、品行方正を演じている彼女が不道徳的な行為に及ぶとも思えない。


535 : ひかるの罪と、ゆずれない決意 ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/09(木) 19:39:44 t2MMyDe20

(……まさか、彼女は肉体や精神に何らかの影響を与える力を持っているのか?)

 この聖杯戦争ではマスターとサーヴァント問わず、異能の力を持つ人物が多数存在している。あの古手梨花さんも例外ではない。
 例えば、若返りの力だ。先に対峙したライダーのサーヴァントが相手の魂に関与する力を持っているように、梨花さんは自分の姿を自在に変える能力を持っているかもしれない。
 もしくは、肉体の状態を固定させて、自分の精神だけを成長させる力か。あるいは、心身にとどまらず、時間そのものに関係する力かもしれない。

(マスターにその類の能力を向けられては、今の僕では対応する術がないが……梨花さんが能力を持っているとも、断定できない。ただ、マスターに伝えるべきことは確かだ)

 櫻木真乃とアーチャー。
 古手梨花とセイバー、そして彼女たちが合流するであろうもう一人の七草にちか。
 真乃さんたちについてはともかく、梨花さんたちとは再び出会う時が近いかもしれない。二人の七草にちかが、僕たちを繋ぐ糸になるはずだから。
 それまでに、古手梨花さんについて少しでも考える必要があった。いざとなれば、彼女自身から訪ねる必要もある。

(そして、セイバーさんがまさか『義侠の風来坊』……光月おでんと出会い、そして戦っていたとは)

 事務所から去る少し前、僕は探し求めていた風来坊の存在に辿り着いた。
 『義侠の風来坊』の名は光月おでん。彼もまた聖杯戦争のマスターであり、セイバーさんと一騎打ちをしたらしい。
 その実力はサーヴァントに匹敵するほどに凄まじく、またおでんさんが契約したサーヴァントは更に上の実力を誇るようだ。
 詳しい話は聞けなかったものの、同盟を組めるかはまだわからないらしい。故に、光月おでんについても現状では保留だ。

(皆さん、ご健闘を祈りますよ) 

 ただ、僕はみんなを信じていることに変わらない。
 真乃さんたちは善良な少女で、梨花さんも不必要に誰かを傷付けるような少女ではなかった。
 奇跡を起こすためのアイディアを見つけ、運命を変えてくれる可能性は充分にある。
 彼女たちが契約を交わしてくれた以上、その決意を絶対に裏切ったりなどしない。僕自身が、彼女たちの期待に応えられるように動くべきだった。



【???・???/1日目・午後】



【アサシン(ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ)@憂国のモリアーティ】
[状態]:健康
[装備]:現代服(拠出金:マスターの自費)、ステッキ(仕込み杖)
[道具]:ヘルズ・クーポン(少量)
[所持金]:現代の東京を散策しても不自由しない程度(拠出金:田中家の財力)→限定スイーツ購入でやや浪費
[思考・状況]基本方針:聖杯の悪用をもくろむ主従を討伐しつつ、聖杯戦争を望まない主従が複数組残存している状況に持って行く。
0:今はマスターの元に帰還し、状況を話す。
1:『彼(ヒーロー)』が残した現代という時代を守り、マスターを望む世界に生還させる。その為に盤面を整える。
2:白瀬咲耶さんの願いを叶えるため、マスターには復讐に関与させない。
3:同盟者を増やす。283プロダクションの仕事報告を受け取る際に噂を拾えた『義侠の風来坊』……光月おでんを味方にできればいいのだが。
4:"もう一匹の蜘蛛(ジェームズ・モリアーティ)"に対する警戒と嫌悪。『善なる者』なら蜘蛛を制するのではないかという読み。
5:櫻木真乃とアーチャーについて、協力者にできるかどうかは保留。彼女たちが信用に応えない場合、即座に切り捨てる。
6:古手梨花に対する疑問。マスターたちに彼女のことを伝える。


536 : ひかるの罪と、ゆずれない決意 ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/09(木) 19:42:42 t2MMyDe20
以上で投下終了です。
また、今回のSSタイトルですが>>518から>>526の部分は「咲耶の想いと、受け継がれる願い」となります。
矛盾点や疑問点など、ご意見等があればよろしくお願いします。


537 : ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/09(木) 20:25:51 Z1PhGgkI0
>>536
投下お疲れ様です
ご意見あればとのことでしたので、個人的に気になった点を述べさせていただきます

まず、この三組が出会った場面で、完全に初対面の梨花およびセイバーがいたにも関わらず
ウィリアムが開口一番にマスターの名前を明かし、283プロで起こった全貌を語るのは違和感があります
前話で「283プロの裏側で手を引いていた悪役の振りをする」という方針を立てていたにも関わらず
283プロと縁のない初対面の主従に対して全てを打ち明けるのは軽率が過ぎるように思われました

また、入門テストについても、上述の経緯で283プロの関係者を守ったばかりのアサシンが
「テストに合格しなければ真乃たちを切り捨てる」というのは前話から乖離しすぎているように思われます
また、目の前で283プロの掃除をしていたサーヴァントの口からそう言われても説得力が欠けるという意味でも、
これを「ブラフであり実際にそうするつもりはない」と言った形で修正するのも難しいように思われるのです
ただ、入門テストのくだりを改稿するとSSの内容が根本的に変わってしまうので、この点について氏の御意見をお聞かせいただければと思います


538 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/09(木) 20:44:06 t2MMyDe20
ご指摘ありがとうございます。
まず、前者の三組合流については加筆修正をさせて頂こうと思います。
そして入門テストの下りにつきましても、自分のキャラクターに対する理解が不足していたので、こちらも改稿という形を取らせて頂きます。


539 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/09(木) 20:54:59 t2MMyDe20
そして具体的な流れにつきましてですが

真乃組が梨花組と同行するものの、目的地は283プロダクションではなく新宿の歌舞伎町前

その後、真乃組は283プロに訪れてウィリアムと合流。

会話後、二人は別行動

上記の流れで修正後、再度投下をさせて頂きます。


540 : ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/09(木) 21:05:58 Z1PhGgkI0
>>539
修正案確認いたしました。
最終的には自分一人ではなく企画主さん達にもご確認いただくことになるかとは思いますが、
その流れであれば自分が指摘した点は解消されるかと思います。対応ありがとうございます。


541 : ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/09(木) 21:05:59 Z1PhGgkI0
>>539
修正案確認いたしました。
最終的には自分一人ではなく企画主さん達にもご確認いただくことになるかとは思いますが、
その流れであれば自分が指摘した点は解消されるかと思います。対応ありがとうございます。


542 : ◆0pIloi6gg. :2021/09/09(木) 21:10:17 OzZB1AQA0
投下お疲れ様です。
感想は修正版の投稿後に改めて言わせていただきますが、修正案については氏の仰る内容で問題ないかと思われます。
ご対応感謝します。


543 : ◆EjiuDHH6qo :2021/09/10(金) 00:12:13 DvivEFAI0
飛騨しょうこ&アーチャー、ライダー(カイドウ)予約します


544 : ◆A3H952TnBk :2021/09/10(金) 00:50:53 VRq51YFk0
死柄木弔&アーチャー(ジェームズ・モリアーティ)
神戸しお&ライダー(デンジ)
予約します


545 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/10(金) 17:19:30 RxPqqRKM0
これより、昨日投下した分の修正版を再投下します。


546 : 咲耶の想いと、受け継がれる願い(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/10(金) 17:20:59 RxPqqRKM0

「おいおい……何だよ、このプリンセスもどきのサーヴァントは」

 東京23区の某所。
 ”割れた子供達(グラスチルドレン)”のアジトにて、眼鏡の少年が表情をしかめていた。
 彼はヒデユキ。司令(オーダー)のコードネームが与えられた幹部だ。

「なあ、司令(オーダー)。映像はちゃんと見えてるか?」
「…………大丈夫。攻手(アタッカー)のおかげで、ドローンもちゃんと戻ってきたから。これで、敵対サーヴァントの情報を共有することができる」

 隣に座る体格のいい少年の言葉に司令(オーダー)は頷く。
 彼はタカヒロ。ヒデユキこと司令(オーダー)と同じく、”割れた子供達(グラスチルドレン)”の幹部であり、攻手(アタッカー)のコードネームで呼ばれていた。
 そんな彼らが居座る部屋の窓に、一機のドローンがやってくる。

「攻手(アタッカー)、ドローンが戻ってきたよ」
「司令(オーダー)……頼む」
「了解。じゃあ、指示するからね」

 司令(オーダー)の言葉通り、立ち上がった攻手(アタッカー)はドローンを回収した。
 毒親に苦しめられたせいで、彼らは重い欠損を抱えていた。自分たちの夢や未来を否定され続け、逃げ出した矢先……交通事故に遭って人生を台無しにされてしまう。
 ヒデユキは四肢を失い、タカヒロは視力を失った。その復讐に家族を殺したことをきっかけに、二人は”割れた子供達(グラスチルドレン)”の一員となり、幹部に昇格するまで活躍する。
 そして、この聖杯戦争でも社会の影に隠れながら、ガムテを勝たせるために暗躍していた。プロゲーマーを目指した二人が力を合わせれば、最新鋭のドローンでも難なく操作できる。

「ここを隠れ家にしてたけど、そろそろ潮時だな」
「じゃあ、掃除は私たちに任せて。ここにいた証拠は何一つ残さないから」

 司令(オーダー)と攻手(アタッカー)のサポートをする”割れた子供達(グラスチルドレン)”が動く。
 ここは”割れた子供達(グラスチルドレン)”が即席のアジトとして利用していた住宅だ。東京23区の各所にマスターとサーヴァントが潜んでいる為、いくつかの拠点が必要と判断し、司令(オーダー)と攻手(アタッカー)が利用している。

「プリンセスもどきのサーヴァントが来なければ、あいつらは仕留められたけど……情報を手に入れただけでも、良しとするか」
「そんなにヤバかったのか? 司令(オーダー)が見たサーヴァントは」
「多分、俺と攻手(アタッカー)がどんな武器で攻撃しても、まともなダメージは期待できないね。一先ず、こいつらには手を出すなってみんなには連絡しないと」

 負傷したマスターとサーヴァントを襲撃させて、あと一歩というところまで追い詰めた。
 だけど、空からやってきたプリンセスみたいな少女に邪魔された。令呪と思われる紋章は見当たらず、数の不利をあっという間にひっくり返す身体能力から考えて、サーヴァントだろう。
 キラキラしたコスチュームや髪飾り、あるいは派手なツインテールなど、まるで人気アニメ・プリンセスシリーズから飛び出してきたかのような外見だ。
 重度のプリオタかもしれないが、それだけ手ごわいサーヴァントかもしれない。下手に手を出すのは危険だった。

「もう”割れた子供達(グラスチルドレン)”は他の奴らに気付かれている。この辺り一帯のメンバーも帰還しているから、オレ達も逃走(ずらか)るぞ」

 既に”割れた子供達(グラスチルドレン)”の存在が他の主従に広まっているため、今は急いで帰還する必要があった。
 これ以上、即席のアジトを利用するメリットはない。


547 : 咲耶の想いと、受け継がれる願い(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/10(金) 17:21:37 RxPqqRKM0
「でも、攻手(アタッカー)のおかげで、ドローンを帰還させることができたよ。やっぱりスゲぇよ」
「ハッ、司令(オーダー)がいたからだろ? お前がいたからこそ、俺は今でも操縦できるんだよ」

 あのプリンセスもどきサーヴァントが現れた瞬間、急いでドローンをその場から退避させた。
 破壊または強奪をされては、敵対サーヴァントの情報を得られない。一方的に情報を奪われた挙句、仲間を殺されたままでいるのは癪だった。
 プリンセスもどきサーヴァント・浮浪者の少年・赤と黒のタイツをまとったサーヴァント……この3人の顔だけは入手できたことが幸いだ。

「掃除、終わったよー」
「タクシーも呼んだから、もう行こう」

 殺し屋たちが交わすとは思えない程、穏やかな日常で繰り広げられそうな言葉。
 指紋はおろか毛根一本たりの痕跡も残さないまま、彼らは家を出た。
 そして、呼び出したタクシーに乗り込む。運転手に行き先を教えて、彼らは移動する。
 既にマスターブッ殺し課題(クエスト)も切り上げとなり、期待の新人(ニューカマー)の歓迎会(パーリィタイム)を始めるそうだ。ならば、今回の情報はちょうどいい手土産になるだろう。



【備考】
※NPCである司令(オーダー)及び攻手(アタッカー)、”割れた子供達(グラスチルドレン)”のメンバー2名@忍者と極道がタクシーに乗り込み、移動しています。
※彼らが回収したドローンにはキュアスター・神戸あさひ・デッドプールの映像が映し出されています。この三人についてもまだ手を出すつもりはありません。


 ◆


 神戸あさひくんとアヴェンジャーさんからの励ましを受けてから、私・櫻木真乃は星奈ひかるちゃんと一緒に283プロダクションを目指しています。
 私は一人だけじゃ何もできない無力な女の子だと思い込んでいました。だけど、私の中の輝きに気付いてくれたり、また私の在り方を認めてくれる人たちがいます。
 みんなの優しさと思いやりがあるから、私はこうして足を動かせるようになりました。
 私に何ができるのかまだわかりません。
 でも、自分を一方的に決めつけたり、また傷付けたりすることは誰も望まないでしょう。プロデューサーさんだけじゃなく、灯織ちゃんとめぐるちゃんだって、私が私を否定したら絶対に止めるはずですから。

「タクシー、全然通らない……」
「仕方ないですから、ダッシュしましょう! タクシーがダメならバスや電車です!」

 私とひかるちゃんは283プロに向かっている最中ですが、世田谷区からでは時間がかかります。
 でも、タクシーを探しても見つかりません。ひかるちゃんが言う通り、公共の乗り物を使うのが一番ですが、駅とバス停も少し離れています。
 ひかるちゃんがプリキュアに変身して、私を抱えて大ジャンプしてもらう方法もありますが、それだと目立ちます。だから、今は二人で走るしかありません。


548 : 咲耶の想いと、受け継がれる願い(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/10(金) 17:24:35 RxPqqRKM0
「ひかるちゃん、大丈夫? ここからだと、ちょっと遠いけど……」
「わたしなら全然オッケーですよ! 昔から体力に自信はありますし、山登りや水泳だってみんなと一緒に楽しみましたから!」
「……そっか。なら、二人で走ろう!」

 私もひかるちゃんも、人一倍の体力はあります。
 到着までどうしても時間がかかりますが、諦める訳にはいきません。
 私はアイドルとして体力をつけて、ひかるちゃんは宇宙中を冒険しながらプリキュアとして頑張りました。だから、走る分には何の問題もないです。

「……あっ! で、でも……その前に……一つだけ、話したいことがあるの」
「話したいこと?」

 ただ、気がかりなことがもう一つあります。
 当たり前ですが、ひかるちゃんは不思議そうな顔で私を見つめます。

『ひかるちゃん。念話だけど、大丈夫かな?』

 私は念話で訪ねました。
 これから聞きたいことは、人前で話してはいけないことですから。

『……大丈夫ですよ! 何でも話してください!』

 ひかるちゃんは元気な笑顔を見せてくれます。
 そのまぶしさと、ひかるちゃんの優しさに私の胸が痛みそうです。だって、私はひかるちゃんの傷を抉ろうとしていますから。
 それでも、私はちゃんと伝えるべきです。マスターとしてではなく、ひかるちゃんのパートナーとして。

『ひかるちゃん。例え、これから誰に何を言われようとも……何があろうとも、私は絶対にひかるちゃんの味方をするよ』

 真っ直ぐにひかるちゃんを見つめながら、私は自分の気持ちを伝えます。

『……はい! 知っていますよ! 真乃さんはどんな時でも、わたしを応援してくれているので、とても嬉しいですし!』

 いつものように、ひかるちゃんは笑顔を見せてくれました。
 天の川銀河のようにまぶしくて、私の心も照らしてくれそうです。
 ……だけど、これから私はひかるちゃんの笑顔を奪おうとしています。

『そうだね。私は、いつだってひかるちゃんを応援しているし、ひかるちゃんだって私のことを応援してくれているのは……知ってるよ?』
『お互い、キラやば〜! なエールをいつも届け合っていますもんね! フレフレ! って!』
『……うん、だから……これから、誰に何を言われても……私は、ひかるちゃんを守るよ! ひかるちゃんが、さっきの戦いのことで責任を感じていたら……私も、一緒に責任を背負うから!』

 勇気を出して私は伝えました。
 ひかるちゃんから笑顔が消えて、表情は困惑で染まります。
 私たちの間で流れる時間が止まったように感じました。人や車が動いているのに、私とひかるちゃんだけが停滞しちゃったようです。

『……ご、ごめんね……ひかるちゃん。でも、これだけは……ちゃんと、言わないといけなかったの……ひかるちゃんだけが、罪や痛みを背負うなんて、不公平だと思うから……』

 念話でも、私の声は震えていました。
 罪を蒸し返して、ひかるちゃんの心を傷つけてしまうのはわかります。
 だけど、ひかるちゃんだけが苦しむなんて、私はやっぱり納得できません。ひかるちゃんが悲しみを抱えていたら、私も支えてあげたい。
 例え、ほんの少しだけでも……ひかるちゃんの痛みを和らげたいです。


549 : 咲耶の想いと、受け継がれる願い(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/10(金) 17:25:26 RxPqqRKM0
『……私、アイさんみたいに頭はよくないし、あさひくんみたいに勇気がない……でも、ひかるちゃんと一緒にいてあげることはできるの。私に、何ができるのかわからないけど……』
「違いますよ、真乃さん!」

 私の念話は、ひかるちゃんのハグで遮られちゃいました。
 しかも、念話じゃないひかるちゃん自身の声が私の耳に響きます。

「真乃さんが何もないなんて、絶対に違います! 真乃さんの中には、真乃さんだけのイマジネーションがあって、それがあるからわたしはわたしでいられるんです!」

 私の胸の中で、ひかるちゃんは顔を上げてくれます。
 綺麗でかわいい瞳はほんのちょっとだけうるんでいましたが、ひかるちゃんは笑っていました。

「心配してくれて、ありがとうございます! 確かに、さっきのことはとても悲しいですし、わたしはずっと忘れちゃいけないと思っています……でも、真乃さんが隣にいてくれれば、わたしは頑張れますよ!」

 まるで、私の中の弱音を吹き飛ばしてくれるように、ひかるちゃんの声はエネルギーで溢れています。
 やっぱり、ひかるちゃんはとても優しくて強い女の子です。だけど、それだけに私は心配でした。
 あさひくんが私を心配してくれたように、もしかしたらひかるちゃんがたった一人で苦しんで、自分を傷つけてしまうのではないか……そして、プロデューサーさんみたいに、私たちの元から去っちゃうかもしれないことが、とても怖いです。

「ひ、ひかるちゃん……でも……!」
「……あれ? もしかしてあなたは、櫻木真乃……でしょうか?」

 私が言葉をつづけようとした瞬間、声をかけられちゃいます。
 振り向くと、髪の長い小さな女の子と背が高い女の人が、私たちを見つめていました。

「そうだけど……どこかで、会ったっけ?」
「本で見たことあります! 確か、咲耶のお友達……でしたよね?」
「……えっ!? あなた、咲耶さんを知っているの!?」
「はい! ボクは古手梨花……咲耶は、ボクをお友達と認めてくれた素敵な人でしたよ!」

 その女の子・古手梨花ちゃんの口から出てきた咲耶さんの名前に私は驚きます。
 彼女もまた、聖杯戦争のマスターであることに、私はすぐ気付きました。





「そ、それじゃあ……梨花ちゃんは、咲耶さんに会っていたの!?」
「そうです! 咲耶は本に載るほどの有名人ですから、咲耶のお友達と会って話がしたかったのです! にぱー!」

 ”私”の古手梨花ではなく、”ボク”の古手梨花として振る舞いながら、天真爛漫な笑顔を見せる。
 宮本武蔵と光月おでんの一騎打ちが終わってから、私たちは改めて新宿を目指して歩いていた。その矢先、私は櫻木真乃と出会って共にタクシーで移動することにした。
 TVや店の雑誌で真乃の顔を何度か見たから、すぐに話しかけることができた。
 人通りの少ない道で助かったわ。アイドルに話しているところを目撃されたら、絶対に目立つし。

「……梨花ちゃんたちは、新宿に行くんだったよね? だったら、そこまで送ってあげるよ!」
「何から何まで、ありがとうです! 咲耶が働いていた場所にも興味はありますけど……用事があるので、後にするのです」


550 : 咲耶の想いと、受け継がれる願い(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/10(金) 17:26:33 RxPqqRKM0
 ”ボク”が口にした言葉は、”私”にとっても本心だった。
 これから新宿区に向かうとしても、炎天下で歩くのはとても危険だ。また、乗り物を使うにしても、今後のことを考えると所持金を節約したい。
 真乃を利用する形にはなるけど、同行させてもらったのはありがたい。お金を払ってもらえるし、あと涼しくて快適な移動もできる。
 おでんとセイバーが戦った分だけ時間もかかったから、尚更乗り物が必要だった。
 とりあえず、セイバーには助手席に座らせるつもりよ。後部座席だと絶対に危ないし、これはマスター命令だから。

「そーそー! お姉さんとしても、素敵な女の子二人とご一緒できた上に、こんな快適に移動できるなんて本当にありがたいよ〜!」
「ダメですよ、お姉さま? 二人に変なことを言うのは! それ以上は禁止なのです! ぶっぶっぶー! ですよ!」
「うっ……! で、でも……梨花ちゃんからの『お姉さま』呼びも……これはこれで、悪くないかも! もっと呼んで!」
「……やれやれなのです、お姉さま」
「はううううぅぅぅぅぅぅ! お姉さまサイコオオオォォォォォォォォッ!」
 
 真乃と彼女のサーヴァントであるアーチャーを見つけてから、いつものようにセイバー・宮本武蔵は目を輝かせた。流石に三度目になると、私も慣れちゃったのか……『ダメなのです!』とツッコミを入れたら、黙ってくれた。
 ちなみに『お姉さま』というのは、周りに怪しまれないための呼び名よ。でも、それはそれでセイバーは喜んじゃってる。

「……二人とも、とっても仲良しだね!」
「まさに、心からのベストパートナーって感じで、キラやば〜!」
「はい! 困った人ですけど、とても頼りになるお姉さまですよ!」
「梨花ちゃんー! 困った人ってのはどういう意味〜!? あっ、でも……とても頼りになって、しかもお姉さま呼びと来たとは!? も、もっと呼んで〜!」
「わかりました! 困った人ですね!」
「そっちじゃないいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」

 タクシーを待つ間、私たち4人は和気藹々と過ごしていた。
 まるで、雛見沢で何度も繰り返し続けた日常のように、賑やかで平穏だった。
 圭一やレナ、魅音や詩音、それに沙都子がいた頃も、こうして楽しく過ごしていたわ。悲劇が起きて、何度もぶち壊れてしまったけど。

『…………そういえば、梨花ちゃんは大丈夫なの?』

 セイバーの念話が頭に響く。
 さっきのはしゃぎようからは打って変わって、真剣な声色よ。

『彼女たちよ。可愛いっちゃ、可愛いけど……本当に頼りにしていいのかなー? って気持ちはあるんだよね』
『タダ乗りさせて貰っておきながら、図々しいわね』
『それはわかってるよ? でもね、何というか……本当に現実が見えているのかなーって、どうしても思っちゃうの。二人には悪いけどさ』
『それを、今から見極めるのでしょう? わざわざ、私たちの方から火の中に飛び込むのだから。いざとなったら、お姉さまが守ってくれるでしょう?』
『……そこまで言われちゃ、私も頑張らないとね』

 セイバーの言葉自体は私にもわかる。
 困った人どころではなく、どうしようもない性格のセイバーだ。だけど、私のことを守ってくれる気持ちは本当だし、また人を見る目もそれなりにある。
 でも、今は……

『あっ、それと話は戻すけど……もっと、お姉さまって呼んでくれない!?』
『ダメなのですよ! これはマスター命令です!』
『そんなあああああぁぁぁぁぁ!』

 私はセイバーの頼みを却下する。
 セイバーはやかましく騒ぐけど関係ない。うるさい声を軽く流しながら、私は隣に座る櫻木真乃の顔を見上げたわ。


551 : 咲耶の想いと、受け継がれる願い(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/10(金) 17:27:32 RxPqqRKM0
(彼女たち、大丈夫なのかしら? いい子なのはわかるけど、背中を任せられるかどうかは保留ね……)

 彼女は咲耶と同じ事務所に通うアイドルで、まさに清廉潔白と呼ぶにふさわしい子よ。
 咲耶ほどの強さは感じないものの、性格自体はとても真面目で、私のことを優しい目で見つめてくれる。当然、彼女の言葉と決意に嘘は感じない。
 ……でも、頼りなかった。比較することは失礼とわかっているけど、咲耶のように現実が見えていない。真乃だけでなく、アーチャーのサーヴァントも同じよ。
 聖杯戦争を止めたいという気持ち自体は本物だけど、その具体的なプランがまるで見えてこない。

(出会ってすぐなのに、咲耶の名前を出しただけで私たちのことを信用している……もちろん、私としてもありがたかったけど、正直危なっかしいわ)

 咲耶の願いを知ったから、彼女たちの気持ちを無碍にしたくない。
 ほんのわずかだが、真乃とアーチャーを期待する気持ちはある。彼女たちも、咲耶とライダーのように真っ直ぐな主従だから。
 けれど、今の段階では……真乃たちに全てを委ねるほどの信用はできない。何故なら、彼女たちは善良すぎるが故に、悪意に気付かないまま不意打ちされる可能性もあった。

(どうやら、しばらくは彼女たちを見極めないといけないわね。真乃とアーチャーの二人が、幸せになれるカケラを掴むきっかけになるのか、それとも中途半端な敗者になるのか……"信用できる相手"であるかを判断するのはそれからよ)

 現状では否定的ではあるものの、判断を下すには早すぎる。
 二人とも、第一印象では善良な人間であるため、少なくとも私たちに害を成す存在ではない。それにマスターの真乃はともかく、アーチャーのサーヴァントの実力が未知数である現状、今はまだ切り捨てるべきではなかった。
 本戦開始から時間が経過している以上、相応の実力を持っているはず。いざとなれば、彼女の力を借りる時が来るかもしれない。

「……そういえば、二人はここに来るまでに、誰かと戦ったりしたのですか?」

 だから、私は何気ない様子で訪ねる。
 彼女たちが戦力として真に期待できるのかを知るために。

「……そ、それは……! その、えっと……!」

 その瞬間、真乃の顔が一気に青ざめてしまう。
 まるで、何か言いにくいことを突き付けられたのようだ。

「……はい、戦いましたよ」

 代わりに出てきたのはアーチャーよ。
 真乃とは対照的に、彼女の表情は真剣そのもの。さっきまではしゃいでいたとは思えない程、凛としていた。

「……ま、待って! まさか、さっきのことを……!?」

 だけど、真乃だけは不安な表情のまま。
 何か心当たりがあるのかしら? 随分と都合が悪そうだけど。

「そうですよ! わたしは、言わなきゃいけないんです! このまま、黙ったままなのはいけないと思いますから!」
「で、でも……それは……! 今は、ダメだよ!」
「ごめんなさい、真乃さん! わたしは言います! 今だからこそ、言わなきゃいけないんです!」

 真乃は必死に制止するけど、構わずにアーチャーは続けた。
 彼女は真っ直ぐな目で、私とセイバーを見つめながら宣言する。

「わたしは二人に会う前……戦っていた相手の命を、奪いました!」

 アーチャーの言葉は、私の耳に確かに響いた。


552 : 咲耶の想いと、受け継がれる願い(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/10(金) 17:28:45 RxPqqRKM0


 ◆



「…………そ、そんな…………!」

 わたし・星奈ひかるが叫んだせいで、櫻木真乃さんは震えている。
 古手梨花さんとセイバーさんも、驚いた表情でわたしのことを見ているよ。

「……どういうことですか?」

 だけど、梨花さんはすぐに落ち着きを取り戻す。
 わたしに対して怒りや失望の目を向けていないし、警戒してもいない。

「ここに来るまで……梨花さんたちと出会うちょっと前に、わたしは戦いました。その時、一人だけ……この手で、命を奪っています」

 ゆっくりと、わたしは梨花さんたちに説明するよ。
 ウソを言っているつもりはないし、わたしが公園で人の命を奪ったことは事実だった。

「それって、真乃を守る為?」
「そうですよ。あそこでわたしが戦わなかったら、今度は真乃さんが狙われましたから……わたしはサーヴァントとして、マスターの真乃さんを守る責任がありますし」

 わたしの口から出てきた言葉は、鋭いナイフのようにわたし自身を刺してくる。
 でも、これはわたしの罪に対する罰だよ。例え宇宙中から許されようとも、わたしだけは絶対に逃げちゃいけない。

「……わかっています。わたしのやったことは、絶対に許されないって」
「いや、アーチャーちゃんの責任自体は、充分にわかるよ」

 セイバーさんは重い口を開く。
 だけど、わたしを見つめるその目つきは厳しくなっていた。

「話してもどうしようもない相手ってのはどこにだっているよ? 私も、そんな奴は何人見てきたかわからないし……そういう奴はさっさとたたっ斬るべきだから。でもね、それとはまた別の理由で……私は二人を信じていいのか、迷っているの」
「えっ? ど、どうして……ですか?」
「あなたたち、生きてこの聖杯戦争から元の世界に帰りたいんだよね? もちろん、それ自体を否定するつもりはないし、私だって応援したいよ。でも、具体的な道筋は一つも聞いていない……何も考えがなければ、私は二人を認めることはできないね」
「……咲耶は、小さな可能性でしたけど……ボクたちに道を示してくれました。二人はボクたちを納得させてくれるのですか?」

 セイバーさんと梨花さんの言葉に、わたしと真乃さんは固まった。
 確かに、二人の言う通りだよ。わたしたちに協力してくれる人と出会えたけど、それだけだよ。
 咲耶さんみたいに具体的なプランは出せない。これじゃあ、信用されなくても当然だよ。

「あとね、もっと厳しいことを言うけど……今のあなたたちじゃ、一緒にいて危ないんだよね。頼りないんじゃなくて、危ないの」
「あ、危ない!? ど、どうして……!?」
「その、アーチャーちゃんが戦った相手……殺したのは一人だけってことは、仲間もいるよね?」
「はい。あの時は、10人以上もいました」
「なら、逃げた奴らがまた襲ってくるかもしれないでしょ? そんな時に、下手に同盟を組んだりしたら、私たちだって狙われるの。降りかかる火の粉は払うけどね」

 わたしはグラスチルドレンと戦い、追いはらうことができた。
 でも、追いはらっただけで、彼らをきちんと止められた訳じゃない。ノットレイダーだって何度もやってきたように、グラスチルドレンがまたわたしたちを襲ってくる可能性は充分にあった。
 もしも、グラスチルドレンがセイバーさんと梨花さんを知ったら、絶対に敵と判断する。セイバーさんの隙を狙って、梨花さんが人質にされるかもしれない。

「一つだけ、勘違いはしてほしくないの。正義であろうと頑張る人のことを、私は認めたいよ? でもね、具体的な方法を示さずに、ただ理想だけを語るのは……正義なんかじゃない。簡単に、誰かを滅ぼす悪にもなるの」

 セイバーさんはわたしたちのことを否定してるわけじゃない。
 わたしたちが梨花さんの安全を保障できると信用できれば、セイバーさんは認めてくれる。でも、今のわたしに梨花さんを生きて帰してあげることはできない。


553 : 咲耶の想いと、受け継がれる願い(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/10(金) 17:30:45 RxPqqRKM0
「……ずっと昔、似たようなことをある人から言われました」

 それがわかった上で、わたしは気持ちをセイバーさんにぶつける。

「ぬくぬくと育った私に、全てを奪われた人の怒りと悲しみがわかるわけがないって」
「まぁ、一目見たら……そんな感じはするかな」
「それでも、わたしは知りたいんです。どうすれば、一人でも多くの人のことを知って、手を取り合えるのかを……わたしたちは連れてこられたなら、脱出するための方法だって絶対にあります。それを、わたしは調べたいです」

 無責任な発言だし、セイバーさんたちを納得させられないことはわかっているよ。
 でも、わたしはこの気持ちを曲げることはできない。未来を奪われた子どもの命を一方的に奪っておきながら、こんなことを言っても説得力がないのはわかった上で。

 ――我らの善意は、奴らの悪意を増長させたのだ!
 ――全て、奪われたっ!
 ――この憤りが、お前には理解できまい……ぬくぬくと生きている、お前にはなっ!

 昔、カッパードからぶつけられた怒りが、わたしの中で再生される。
 カッパードの故郷は豊かな水があふれた美しい惑星だった。だけど、別の惑星の人たちにメチャクチャにされて、カッパードは故郷を滅ぼされた。絶望のまま、ノットレイダーの幹部になるしかなかったカッパードにとって、わたしの言葉はただの綺麗ごとだった。
 あの時、カッパードはわたしのことを本気で怒ったように、セイバーさんも今のわたしを受け入れたくないはず。

「……これはまた、漠然としているね」

 実際、セイバーさんはあきれた顔でわたしを睨んでいるよ。

「調べ物をするのはいいけど、私たちはいつまで待てばいいの? 答えを見つける前に、私たちが殺されたらどうするつもり?」

 セイバーさんの疑問に、わたしは何も答えられなかった。
 わたしが言っているのは先延ばしであって、ちゃんとした答えになっていない。それで、わたしたちを信じてもらうのは虫が良すぎる。

「……あっ、タクシーが来ました!」

 この場の空気が悪くなっていく中、真乃さんが叫んだ。
 すると、セイバーさんは霊体化をしてくれた。あの人の格好を考えたら仕方ないのかな。
 真乃さんはタクシーを呼んで、わたしたちは乗車したけど……車の中の空気はとても悪くなってる。
 わたしと真乃さんは何も言えないし、梨花さんも黙ったまま。霊体化をしながら助手席に座っているセイバーさんも、わたしのことを怒っているはずだよ。


 時間が20分ほど経った後、新宿区に着いたよ。
 本当なら梨花さんの目的地まで送るつもりだったけど、それは向こうから断られた。
 梨花さんたちを途中まで送ってから、わたしたちはまたタクシーに乗るよ。

「ここまで送ってくれて、ありがとうなのです!」
「どういたしまして……」

 ペコリと、梨花さんは頭を下げてくれるけど、真乃さんの笑顔はどこか曇っている。
 わたしが余計なことをして話をこじらせた挙句、ちゃんとした答えを出せていないせいだよ。セイバーさんだって、わたしのことを認めていないし。


554 : 咲耶の想いと、受け継がれる願い(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/10(金) 17:32:41 RxPqqRKM0
「うん、私たちをここまで送り届けてくれたことは、感謝しているよ。まだ、認めた訳じゃないけど……応援だけはするからね?」
「みー! 真乃もアーチャーもファイトですよ!」

 でも、さっきと比べると、二人の顔は明るくなっていた。
 少なくとも、怒ってはいないように見える。セイバーさんはまだ期待されているし、梨花さんも優しく励ましてくれた。

「恩返しに、お姉さんから一つだけ助言をしてあげようか」
「じょ、助言?」
「アーチャーちゃん。あなたが敵を殺したことは事実だし、それを”悪”と嗤う奴も出てくるはず……それでも、自分を絶対に曲げちゃダメ。誰に何を言われようとも、迷わずに前を進むの。言えるのは、それだけかな」
「……わかりました。ありがとうございます、セイバーさん」

 セイバーさんの言葉は真っ直ぐで豪快だよ。それでいて、アヴェンジャーさんの励ましみたいに暖かかった。
 二人とも、わたしたちを否定している訳じゃないけど、今のままじゃ期待に応えられない。だから、わたしたちの力で、ちゃんとした答えを出さないといけなかった。

「では、ボクからも恩返しに咲耶のことを教えてあげます」
「さ、咲耶さんのこと!?」
「はい! 咲耶はボクに言ってくれました。どうか、生きてほしいと。辛いことはたくさんあるけど、咲耶は、ボクが生きて元の世界に帰れることを祈っていると……だから、ボクは生きて帰ってみせると、咲耶に約束しました。
 きっと、ボクだけじゃなく、真乃たちに対しても祈っていたと思うのです」

 梨花さんと咲耶さんが交わした約束に、わたしと真乃さんは驚く。
 とても大きくて、梨花さんにとって大事な宝物になった咲耶さんの言葉。咲耶さんの祈りを受け取ったからこそ、梨花さんは生きる義務ができて、セイバーさんも重い責任を背負った。
 本戦前に、梨花さんたちは咲耶さんと会って話をしていた。きっと、二人の中で今も咲耶さんは生きているはずだよ。
 咲耶さんがいるからこそ、今のわたしたちじゃ梨花さんたちと協力できないよね。

「それじゃあ、ボクたちはもう行きますね!」
「本当に途中で大丈夫なの? 良かったら、最後まで送るけど……」
「あぁ、ここまでで大丈夫だから!」

 真乃さんの提案は、セイバーさんに固く断られた。
 あれ? セイバーさんは苦笑いを浮かべているけど、どうしたのかな?

「えっとね。私たちの目的地……多分、アーチャーちゃんには教えない方がいいと思う」
「ほわっ? どうしてですか?」
「それは、ね……私たちの目的地はね……」

 すると、セイバーさんは真乃さんの耳元でささやいた。

「…………ポソポソポソポソポソポソ、なんだよね」
「…………ほわっ? 今、なんて…………?」
「だから……………………ポソポソポソポソポソポソ……………………」
「……………………え、えええええぇぇぇぇぇっ!?」
 
 カアアアアアアアァァァァァァァッ、と顔が真っ赤にしながら、真乃さんは悲鳴をあげちゃう。
 まるで、こんがり焼いたおもちみたいに熱くなってた。

「なっ、なっ、なっ、なっ…………あわ、あわ、わ、わ、わ、ほわわわわわわわわわわわわわっ!?」
「ま、真乃さん!? 大丈夫ですか!?」
「だ、だ、だ、だ、だ、だだだだ大丈夫だよ! わ、わ、わ、わわわわっ、私ならっ! へ、へ、へへへへへっちゃらららららら……だから!」
「全然大丈夫じゃないです! いったい、何が……」
「聞いちゃダメっ! 絶対に、聞いちゃダメだから!」
「は、はいぃぃっ!?」

 真乃さんのただならぬ様子に、わたしはビックリしちゃう。
 何が何だかよくわからないけど、聞いちゃいけないのは確かだった。これ以上続けたりしたら、真乃さんはもっとパニックになる。
 目がグルグル回っているし、真乃さんの全身はヤカンのお湯みたいに沸騰していた。


555 : 咲耶の想いと、受け継がれる願い(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/10(金) 17:33:51 RxPqqRKM0
「あ、あはは……なんだか、ごめんね……」
「セイバーさん! いったい、何をしたんですか!?」
「そこは、聞いちゃダメだよ! じゃあ、私たちはこの辺でさよならするから! 二人とも、頑張ってねっ!」

 そうして、梨花さんの手を引きながら、セイバーさんは逃げるように去っていった。
 頭の中で無数のハテナマークが浮かぶ一方、真乃さんだけは未だに顔が赤くなってる。よく見ると、目元からは涙がにじみ出ているよ。

「ひ、ひかるちゃん! 私たちも283プロに急ごう!」
「で、でも……真乃さん、大丈夫じゃないような……」
「いいからっ! 早く行くよっ!」
「えっ? あっ、ちょっ、真乃さん! 引っ張らないでください〜!」

 真乃さんに腕を掴まれて、わたしはタクシーに乗せられちゃった。
 凄く強引な行動で、いつもの真乃さんからは想像できないよ。セイバーさんに耳打ちされてから、真乃さんの様子は絶対におかしい。

「えっと……本当に、何を言われたんですか?」
「聞かないでって言ってるでしょ!? もう、早く忘れてっ!」
「?????? な、なんだかよくわかりませんけど……ごめんなさい……」

 その叫びにわたしは縮こまっちゃう。
 梨花さんやセイバーさんとは別れたけど、別の意味で気まずい時間をタクシーの中で過ごすことになっちゃった。
 セイバーさんたちはどこに行くのか気になったけど、もう忘れた方がいいよね。これから先、真乃さんからは聞かないでおこう。
 そのおかげか、283プロダクションの事務所前に着いた頃には、真乃さんは落ち着いてくれた。


【新宿区・歌舞伎町前/一日目・午後】


【古手梨花@ひぐらしのなく頃に業】
[状態]:健康、酔いも冷めたわ(激怒)
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円程度
[思考・状況]
基本方針:生還を目指す。もし無ければ…
0:白瀬咲耶との最後の約束を果たす。
1:ライダーの所へ向かう。
2:咲耶を襲ったかもしれない主従を警戒、もし好戦的な相手なら打倒しておきたい。
3:彼女のいた事務所に足を運んで見ようかしら…話せる事なんて無いけど。
4:いきなり路上で殺し合い始めるな(激怒)
5:櫻木真乃とアーチャーについては保留。現状では同盟を組むことはできない。

【セイバー(宮本武蔵)@Fate/Grand Order】
[状態]:健康、右腕に痺れ(中度。すぐに回復します)
[装備]:計5振りの刀
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:マスターである古手梨花の意向を優先。強い奴が見たら鯉口チャキチャキ
1:にちかちゃんとライダーの所へ向かう。
2:おでんのサーヴァント(継国縁壱)に対しての非常に強い興味。
3:アシュレイ・ホライゾンの中にいるヘリオスの存在を認識しました。
4:櫻木真乃とアーチャーについては保留。現状では同盟を組むことはできない。
武蔵ちゃん「アレ斬りたいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ。でもアレだしたらダメな奴なのでは????」


556 : ひかるの罪と、ゆずれない決意(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/10(金) 17:37:37 RxPqqRKM0







「283プロダクションのイルミネーションスターズの櫻木真乃さん、ですね? お待ちしておりましたよ」

 櫻木真乃さんの案内を受けて、283プロダクションに辿り着いたわたしたちを出迎えてくれたのは、金髪のお兄さんだったよ。
 背が高くて、姿勢はとてもいいし、その笑顔だってクールでステキ。スーツとネクタイもバッチリ着こなしていて、バケニャーンに変身したユニみたいにエレガントだよ。
 もしかして、この人もティーセットを構えながら上品に戦うことができるかな? そんな呑気なことを、わたしは考えちゃった。

「あ、あの……あなたは、いったい……? それに、どうして283プロがこんなに荒れているのですか!?」

 真乃さんの動揺に、わたしも部屋を見渡す。
 地震や台風の被害にあったと思うほど荒れていたよ。壁と床、それに天井はヒビだらけで、棚やTVなどたくさんのものが壊されている。ソファーとテーブルだけは無事だけど、他はみんなめちゃくちゃになっていた。
 当然、真乃さんは愕然とした表情で震えているし、わたしだって驚いているよ。

「それについては、これから順を追って説明します。この283プロダクションについて、伝えることがたくさんあるので」

 でも、お兄さんは真乃さんを落ち着かせるよう、ゆっくり話してくれた。
 にこやかな笑みは絶やさず、声色はとても穏やかで、真乃さんはすぐに落ち着いてくれたよ。

「そちらの方が、真乃さんのサーヴァントでしょうか?」
「は、はい! わたしは……アーチャーです! アーチャーのサーヴァントとして、真乃さんを守ってます!」
「アーチャーさん、ですか。とても活発ですね」

 お兄さんの目が向けられて、思わず背中を真っ直ぐに伸ばしながら、わたしは大きな声で答えちゃった。でも、お兄さんはわたしの声に構わず、落ち着いている。

「では、私について自己紹介をします。私は『アサシン』のサーヴァントであり、マスターからの依頼があってこの283プロダクションに訪れました。そして、私のマスターは……真乃さんと同じ283プロダクションに所属するアイドルの、田中摩美々さんです」
「ま、摩美々ちゃん!?」

 アサシンと名乗るお兄さんの口から出てきた名前に真乃さんは驚いた。
 もちろん、わたしだってビックリしたし、田中摩美々さんだったらわたしも知っているよ。
 聖杯戦争になってから、真乃さんは何度か283プロのアイドルについて教えてくれて、その中に摩美々さんの名前も含まれていたね。

「私はマスターの命を受けて、この283プロダクションに訪れた敵対マスターとサーヴァントに立ち向かうことになりましたが……不手際によって、部屋を乱雑にしてしまい、大変申し訳ありません」

 アサシンさんは表情を曇らせながら、真乃さんに頭を下げてくれる。
 嫌味とかは全くない、心からの誠意が詰まった謝罪だよ。姿勢だってちゃんとしているし、この人の誠実さが伝わってくる。
 ……部屋をよく見ると、傷一つないソファーとテーブルの上には、お菓子とお茶が用意されている。真乃さんが来ることを知っていたから、ここだけは守ってくれたのかな?

「い、いえっ!? 私も、ここで何があったのかわからないので……アサシンさんが謝るのは、違うと思います!」
「お気遣い、感謝いたします。でしたら、話を進めていきますね。アーチャーさんの分も、お菓子などは用意してますので、遠慮なく召し上がってください」

 そう言いながら、アサシンさんはわたしたちがソファーに座るように誘導してくれる。
 アサシンさんは笑みを忘れないけど、その目は緋色に輝いていて、炎のように熱く見えちゃう。誰にも譲れない強い意志があることが、一目でわかったよ。


557 : ひかるの罪と、ゆずれない決意(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/10(金) 17:38:55 RxPqqRKM0
「そして、ここまで来てくださったお二人の為に、私はここで起こった出来事を包み隠さずに伝えましょう。それを踏まえて、今後をどう動くのかはあなたたち次第ですので」

 それから、わたしたちはソファーに腰かけると、アサシンさんは話してくれた。
 この聖杯戦争で白瀬咲耶さんの命を奪った犯人が、次は283プロダクションそのものをターゲットにして、アイドルや従業員さんたちを襲おうとしたことを。
 犯人の悪事を阻止するため、アサシンさんは街の色んなところで情報を集めながら協力してくれる人たちを増やして、みんなが避難できる地盤を整えてくれた。
 だから、七草はづきさんから電話がきて、真乃さんは283プロの異変に気付くことができたよ。
 その一方で、田中摩美々さんのお願いを受けたアサシンさんは、283プロにやってきた犯人と『話し合い』をして、退けることに成功した。
 そして、真乃さんが283プロに来ることを予測したから、アサシンさんは残ってくれたみたい。
 あと、咲耶さんが書いた手紙についても、アサシンさんは話してくれた。
 咲耶さんは自分に何かあった時に備えて、帰りを待っているみんなにメッセージを残してくれたの。
 お父さんとお母さん、283プロのプロデューサーさんやアンティーカの人たちに向けた感謝が書かれていた。
 そして、手紙を読んだ人に向けたメッセージはもう一つある。
 例え、どんな失敗をしたり、そのせいでたくさんの人から責められることがあっても……咲耶さんは許してくれると。

「何があっても、自分を責める必要はない。あなたが、生きてこの東京から帰って、幸せになってくれることを願っています……それが、咲耶さんの最期の願いです」

 そう言って、アサシンさんは締めくくったよ。
 アサシンさんの話が終わった途端、部屋がしんと静まった。
 真乃さんとわたしは、すぐに言葉を出すことができない。
 ただ、アサシンさんから伝えられた咲耶さんの想いに、胸がざわついている。

「さ、咲耶さん……咲耶さん……!」

 静かな空気を破ったのは、真乃さんの嗚咽だよ。
 わたしは何を言えばいいのかわからなくて、ただ真乃さんを支えることしかできない。
 梨花さんたちも話していたけど、やっぱり咲耶さんは本気でこの聖杯戦争を止めようとしていた。その方法をきちんと考えて、他の人を説得しようと頑張ったはず。

「私は咲耶さんの願いを受け継いで、マスターと……そして283プロダクションの関係者の方々を絶対に生還させる責任を負いました。その為に、私は一人でも多くの協力者を得ようと考えています」

 アサシンさんの言葉は強い。
 聖杯戦争なんてせずに、一人でも多くの人と力を合わせて、この世界から抜け出したいとアサシンさんは思っている。
 ここにいない咲耶さんも、そしてアサシンさんも……絶対にわたしたちのことを仲間として受け入れるよ。

「……待ってください」

 でも、わたしはアサシンさんの好意に甘えちゃいけない。
 その前に、きちんと伝えるべきことがあるから。

「どうかしましたか、アーチャーさん?」
「アサシンさんに、聞いてほしいことがあるんです。わたしが、ここに来る前に……グラスチルドレンの子と戦って、命を奪ったことを」

 ソファーから立ち上がりながら、わたしはアサシンさんと見つめ合う。
 また、真乃さんの優しさを裏切ることになるけど、わたしは自分の罪を隠したくない。

「本当なら黙った方がいいかもしれません。でも、ここで黙ったままなのは、無責任な気がしたんです……アサシンさんだって、わたしたちにちゃんと話してくれたから、わたしもちゃんと伝えるのが筋だと思いますから!」

 手紙の中で、咲耶さんは何があっても自分を責める必要はないって言ってくれた。
 でも、その優しさに甘えて、このままアサシンさんたちの仲間になるのは絶対に違う。
 ユニとアイワーンだって、きちんとお互いに自分の過ちを謝り合って、償いをしたうえで歩み寄ったから。

「それから、もう一つ……お話があります」
「何なりとお申し付けください」
「わたしたち、事務所に来る前……ある人と出会ったんです。その人たちは咲耶さんと出会ってて、どれだけ辛いことがあっても生きて元の世界に戻ってと、咲耶さんから言われたみたいです。
 それに、咲耶さんは具体的なプランも持ちかけていましたけど……わたしたちにはまだ何もないから、協力者になれないって言われちゃって……」

 梨花さんとセイバーさんの名前を出さずに、わたしはアサシンさんに相談する。
 わたしが息を呑んじゃうほど、アサシンさんは具体的なプランを用意しているはずだよ。まるで研究者さんみたいにスラスラと言葉が出てくるし、何よりも自信で溢れている。
 だから、今はアサシンさんに頼るしかなかった。


558 : ひかるの罪と、ゆずれない決意(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/10(金) 17:41:03 RxPqqRKM0

「……それでは、お二人に質問をしましょう」

 でも、アサシンさんから返ってきたのは予想外の言葉だよ。

「例えば、ある農家がいたとします。その農家はグレープフルーツの栽培で生計を立てていましたが、ある日突然……酸っぱ過ぎるという苦情が来て、売れ行きが怪しくなりました。こんな時、お二人ならどうしますか?」
「えっ? な、なんですかそれ? もしかして、クイズやなぞなぞですか……?」
「そうですね。何でもいいので、お二人で案を出し合ってください」

 丁寧な笑顔とともに告げてくるけど、アサシンさんからは確かな意志が伝わった。
 まるで、わたしたちの答えを本気で待っているみたい。優しいけど、ライダーさんやセイバーさんとはまた違う意味で、わたしたちを試していそう。
 でも、アサシンさんの言葉を無碍にするのはダメだから、わたしと真乃さんは見つめ合ったよ。

「う〜ん……冷たいジュースにして、売ってみるのは? とてもトロピカってて、キラやば〜! な、新作グレープフルーツジュースとして、みんなに宣伝するんです!」
「ほわっ……私だったら、収穫時期をずらしたり、あるいは追熟させて味を変えますね。果物や野菜は工夫次第で、収穫前に味を変えることができますし」

 わたしと真乃さんで意見が分かれたけど、アサシンさんはほほ笑んでいるよ。
 この答えが正解なのかまだわからない。でも、アイディアを出したおかげで、わたしの心は何だか明るくなりそう。

「なるほど。他には、何かありますか?」
「はいはい! わたしは思いつきました! グレープフルーツはスイーツの材料にもなるので、ゼリーやムースも作っちゃうんです! レッツ・ラ・クッキングタイムで、みんなにお菓子をお届けできますよ!」
「あと、グレープフルーツは美肌やダイエットにも期待できるので、アイドルのための……おいしい食べ方やレシピもみんなに教えてあげます。私たちアイドルに欠かせないオイルや化粧水の材料にもできますから」
「でしたら、サラダやヨーグルトにも混ぜてみましょうか! 女の子に優しい美容レシピとして、みんなに紹介するんです! これを食べれば、生きてるって感じ〜! になれるって!」
「うん! でもね、気を付けないといけないよ? グレープフルーツはおいしいけど、食べ過ぎたりするのはダメだし、あとお薬と一緒に飲むのも危険だから」
「あっ……そ、そうでした! じゃあ、ちゃんと注意書きも忘れちゃいけませんね!」
「ふふっ! それに気付けたら、大丈夫だよ! じゃあ、他に何かアイディアはあるかな?」
「いっぱいありますよ! 真乃さんに負けないくらい、わたしは用意してますから!」
「私だって負けないよ!」

 アサシンさんが見守る中、わたしと真乃さんはたくさんの案を出したよ。
 どうすればグレープフルーツが売れて、農家の人を助けられるようになるのか。農家の人が愛情を込めて育てたグレープフルーツだから、多くの人に買ってもらいたい。
 そのままの味が好きな人には、グレープフルーツの味だけで楽しんでもらう。
 甘めのグレープフルーツを楽しみたい人のためには、レシピや収穫のタイミングで工夫する。
 美容目的でグレープフルーツが欲しい人には、栄養素を最大限に活かせる方法を考えるよ。
 わたしと真乃さんが案を出せば、それだけ笑顔が生まれる。わたしたちがアイディアを話す度に、お互いのことがもっとわかる。
 真乃さんことをもっと知ることができたし、わたしのことだってもっと知ってもらえる。それがとっても幸せで、心が満たされていくよ。
 だって、今のわたしと真乃さんは……無限大のイマジネーションで溢れているから!

「……お二人とも、ありがとうございます」

 夢中になっていたわたしたちに、アサシンさんは優しい声で呼びかけてくれる。
 気が付いたら、既に10分以上も経っていたよ!

「ほ、ほわっ!? 私たち、つい熱くなって……」
「ご、ごめんなさい! アサシンさん!」
「いえいえ! 元々、私が言い出したのですし、お二人が出したプランはどれも斬新で素晴らしいと思いますよ。それがあれば、農家も大助かりでしょう。100点満点です」

 パチパチパチ、と手を叩きながら、アサシンさんはわたしたちを褒めてくれたよ。
 綺麗な笑顔に胸が暖かくなる。でも、同時にわたしの中で疑問がもう一つ出てくるよ。


559 : ひかるの罪と、ゆずれない決意(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/10(金) 17:44:48 RxPqqRKM0
「えっと、アサシンさん……今のは、何だったのですか?」
「これは、言ってしまえば入門テストです。真乃さんとアーチャーさんの決意を測るため、一つテーマを用意しました」
「……入門テスト?」

 アサシンさんの言葉に、わたしたち二人は同時に首を傾げちゃう。

「ええ。私、アサシンが裁定者(ルーラー)となって、お二人の判断力を確かめてみたのです。もちろん、罰則などはありませんし、それはマスターの信頼を裏切ります。
 結果として、お二人は協力者として充分な力量を持っていると判断します」
「ほわっ!? で、でも……私たちはこの聖杯戦争を止めるための、方法なんて……」
「たった今、お二人は意見を交わし合い、数えきれない程のプランを出しました。即席のテーマに対しても、それだけの発想力と着眼点さえあれば、今後のプラン立案にも期待できるでしょう」

 アサシンさんの笑顔に、雷が走るような衝撃を全身に感じた。
 すぐにわたしは気付く。アサシンさんが用意してくれた入門テストは、わたしたちに自信を持たせるためだって。
 実際、入門テストを受けていた時、わたしたちは心から楽しんでいたから。

「……アサシンさん、でも、わたしは……」

 そう口にしながら、わたしの心が沈んじゃう。
 アサシンさんは認めてくれたけど、わたしが人の命を奪ったことは変わらない。このままアサシンさんの仲間になっていいとは、どうしても思えなかった。

「アーチャーさん、あなたはあなた自身の意志で罪を背負うでしょうが、それでもあなたに生きてほしいと願う人はたくさんいます。例えば、隣にいる櫻木真乃さんのように」

 暗闇を照らす太陽みたいに明るい言葉が、アサシンさんの口からわたしの心に届く。

「もしも、アーチャーさんが本当に罪を償いたいと願うなら、あなた自身を否定してはいけません。この聖杯戦争から脱出した後も、誰かと一緒に償ってもらいましょう……今からでも、まだ間に合います。
 これは、僕のことを大切に想い続けてくれた"友達"が教えてくれたことですが」

 友達。
 その言葉を聞いて、アサシンさんの姿とララが被って見えた。
 ララだって、わたしが何度間違えることがあってもずっと隣にいてくれた。もちろん、わたしだって何があってもララの隣にいたよ。
 2年3組のみんなにララが宇宙人だってバレた時も、わたしたちは隣に寄り添いあった。何があろうともララはララだから。
 わたしにとってのララみたいな友達が、アサシンさんにもいるんだね。

「アサシンさんの言う通りだよ」

 わたしの肩に優しい手が添えられる。
 振り向くと、真乃さんが笑顔を見せてくれた。いつもの暖かい顔に、わたしもほほ笑んじゃう。
 もう、言葉はいらなかった。今だってお互いのことをもっと知ったし、公園でも隣にいることを約束し合ったからね。


 それから、アサシンさんは今後のことについて話してくれた。
 田中摩美々さんと幽谷霧子さん、そして七草にちかさんと……283プロのアイドルは少しずつ集まっているよ。でも、アイドル同士で集まると目立っちゃうし、悪い人たちから狙われたりトラブルが起きるリスクも高くなる。だから、しばらくは別行動を取るようにと言われた。
 もちろん、連絡自体は定期的に取り合うみたいだけど、合流はタイミングを見計らってからになるね。

「お二人ならば心配はいりませんが……我々との同盟については、他言無用で。万が一、同盟者と成り得る人物に話すとしても、事前の相談をお願いしますね」

 アサシンさんの言葉に、わたしと真乃さんは頷いた。
 今、事務所の最寄り駅にまで送ってもらったから、ここでアサシンさんとは一旦お別れだよ。

「例え、これから何があろうとも……私はお二人を信じます。あなたたちの気持ちは同じですから、生きて、同じ未来を見続けることもできるでしょう」

 そう言い残して、会釈をしながらアサシンさんは去っていくよ。
 「ありがとうございました!」と、わたしたちは声をそろえながら、その真っ直ぐな背中を見送った。


560 : ひかるの罪と、ゆずれない決意(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/10(金) 17:45:53 RxPqqRKM0
「うぅ〜! 本当に、ごめんなさい……わたしが、二度も余計なことを言って話をこじらせちゃって……」
「大丈夫だよ。ひかるちゃんは正直だから、あそこで隠すなんてできなかったんだよね。アサシンさんは私たちを信じてくれたから、頑張らないと!」
「あ、ありがとうございます! 真乃さんっ!」

 アサシンさんと別れてから、わたしたちは街を歩いているよ。
 真乃さんの励ましは嬉しいけど、今回はわたしが先走ったことは変わらない。これは反省しないとね。
 みんなのためを思うなら、真乃さんと一緒にアイディアを考える……アサシンさんが教えてくれたことは大事にしよう。

『それと、ひかるちゃん……ありがとう。アイさんやあさひくんたちのことを黙ってくれて』

 真乃さんからの念話が聞こえてくる。

『……まだ、あの人たちについては話さない方がいいですからね。アイさんもあさひさんも、自分たちのことをペラペラ話してほしくないですから』
『うん、ライダーさんは他のサーヴァントに会いに行くって教えてくれたけど、それだって本当は私たちに話す予定じゃなかったと思うの。相手は警戒心が強いって言ってたし。
 やっぱり、アヴェンジャーさんがいたから……だと思う』

 事務所に向かうタクシーの中で、わたしたちは今みたいに念話で密かに相談していたんだ。
 これから先、他の誰かと会うことになっても、星野アイさんや神戸あさひさんたちのことは秘密にしようって。
 あさひさんはライダーさんのことを知って、心の底から怒っていたからだよ。もしも、事務所で四人のことを話しても、みんなで協力できるとは限らないし、逆にトラブルの原因になる。
 当然、わたしたちの信用は失うけど、それ以上にみんながバラバラになる方が怖い。

『特にライダーさんのことは、慎重にならないと。摩美々ちゃんや霧子ちゃん、それににちかちゃんがあの人のことを知ったら、絶対に怒るし……アイさんだってどう思われるかわからないから』

 真乃さんの心配はもう一つ。
 ライダーさんとガムテの関係が誰かに知られることだよ。ライダーさんの評判が悪くなる上に、アイさんも疑われちゃう。
 昔のライダーさんがどんな人だったか知らないけど、今はアイさんを守りたいって気持ちは本当だと思うから、二人のために黙るしかない。
 ビッグ・マムのことも喋らなかったし、アサシンさんたちには悪いと思っているけど……アイさんたちの安全には代えられなかった。
 摩美々さんと霧子さん、そしてにちかさん。三人とも優しいけど、咲耶さんの命を奪ったガムテたちを絶対に許したりはしない。

『わたしも、アイさんやあさひさんたちのことは絶対に秘密にしますよ』
『ありがとう、ひかるちゃん! アイさんたちについてはちゃんと相談して、OKを貰ってからにしようか』

 アイさんとあさひさん、そしてアサシンさん……みんなの秘密を守る責任ができたよ。
 わたしの罪だけなら大丈夫だけど、協力してくれる人たちを売ることは絶対にしない。


 昔、12星座のスタープリンセスたちから、トゥインクルイマジネーションを探してと言われたことがある。これから探すアイディアは、トゥインクルイマジネーション以上に見つけることが難しそう。
 でも、わたしたちは諦めない。アサシンさんたちは命を賭けて誠意を見せてくれたし、何よりも隣には頼れるパートナーがいるから、前に進むことができたよ。



【???・???/一日目・午後】



【櫻木真乃@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:健康、咲耶の死を知った悲しみとショック(大)
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:当面、生活できる程度の貯金はあり(アイドルとしての収入)
[思考・状況]
基本方針:ひかるちゃんと一緒に、アイドルとして頑張りたい。
0:ひかるちゃんと一緒に聖杯戦争を止めるアイディアを考える。
1:少しでも、前へと進んでいきたい。
2:アイさんやあさひくん達と協力する。しばらく、みんなのことは不用意に喋ったりしない。
[備考]
※星野アイ、アヴェンジャー(デッドプール)と連絡先を交換しました。
※プロデューサー、田中摩美々@アイドルマスターシャイニーカラーズと同じ世界から参戦しています。



【アーチャー(星奈ひかる)@スター☆トゥインクルプリキュア】
[状態]:健康
[装備]:スターカラーペン(おうし座、おひつじ座、うお座)&スターカラーペンダント@スター☆トゥインクルプリキュア
[道具]:なし
[所持金]:約3千円(真乃からのおこづかい)
[思考・状況]
基本方針:真乃さんといっしょに、この聖杯戦争を止める方法を見つけたい。
0:真乃さんと一緒に聖杯戦争を止めるアイディアを考える。
1:アイさんやあさひさんのことも守りたい。しばらく、みんなのことは不用意に喋ったりしない。
2:ライダーさんと戦うときが来たら、全力を出す。


561 : ひかるの罪と、ゆずれない決意(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/10(金) 17:47:34 RxPqqRKM0





 こうして、役割を果たした僕……ウィリアム・ジェームズ・モリアーティはマスターの元に帰還している。
 櫻木真乃さんとアーチャーさんの二人には即興でテストを用意したが、二人は見事なアイディアを出し合って乗り越えた。
 遠い昔、僕を鍛え上げてくれた先生……ジャック・ザ・リッパーこと、ジャック・レンフォードによる入門テストを、僕がアルバート兄さんやルイスと力を合わせて合格したように。
 グレープフルーツの農家とはミシェルさんとバートンさんであり、あの夫妻の課題を元にテーマを用意した。

(やはり、先生の教えは見事ですね。彼女たちが奮起するきっかけにもなりましたし)

 生前、僕たちは野望を果たす第一歩として、アルバート兄さんやルイスと共に先生と戦った。まともな実力勝負では圧倒的に不利だったが、アルバート兄さんとルイスの協力があって勝利を手にする。
 今回はアレンジを加えて、犯罪卿ではなく教師や私立相談役の経験を活かして、真乃さんたちにきっかけを与えた。それも、思春期の少女が楽しめる遊びも取り入れた形で。
 すると、見事に彼女たちは無数のプランを立案した。彼女たちが本気で学べば、僕が講師を務めた大学受験にも合格するだろう。

(真乃さんたちは理想主義者だが、少なくとも情報を不用意に漏らすことはしない。善良だからこそ、同盟相手にとって不都合となる情報を僕たちに話さなかったはずだ)

 真乃さんとアーチャーさんは好戦的な主従ではない。ここに至るまでに他の主従と遭遇し、同盟を組んだ可能性は充分にあった。
 相手の素性はわからないが、彼女たちの様子を見るに表向きでトラブルは起きていない。その上で同盟について話さなかったのは、僕たちに存在を知られた時点で信用を裏切るからだ。
 逆に言えば、彼女たちだけの独断で、僕たちに関する情報を他者に話す可能性も低い。僕が定めたルール以上に、彼女たちの意志が強いはずだ。
 また、アーチャーさんも自分の罪については正直に話したから、誠実であることも確定する。それに、いざという時に戦闘を躊躇する人物でないことも証明された。

(できることなら、咲耶さんと出会った人物についても聞きたかったが……今の彼女たちに尋ねても、絶対に話したりなどしない)

 283プロダクションの事務所に訪れる前、真乃さんたちはある主従と出会っている。
 真乃さん曰く、その主従は咲耶さんと話をして、また283プロダクションにも訪れたかったらしい。だが、別件があって新宿の歌舞伎町で別れたようだ。
 咲耶さんと出会った主従についても興味はあるが、居所がわからなければどうにもならない。マスターのために探すべきかもしれないが、現状での優先順位は低くなる。

(そして、アーチャーさんのメンタルケアが必要になる時が、来るかもしれない。いかなる理由があれど、彼女が手を緋色に染めてしまったことは事実だ)

 それでも、アーチャーのサーヴァントはまだ若く、フレッドとそう歳が変わらなく見える。
 戦闘の過酷さは知り、また気丈に振る舞っているものの、どこかで心が壊れる可能性は否定できない。
 いつか、僕の方から彼女にアドバイスをする機会が訪れるはずだ。

(グラスチルドレンの構成員たちは大半がNPCであって、殺人に該当するかは怪しいが……アーチャーさんにとっては関係ない。この辺りも、上手く説得しなければ)

 グラスチルドレンの構成員を殺害したことにアーチャーさんは心を痛めていた。
 状況的にはやむを得ず、また元の世界に帰還したところで殺人罪に問われるかは不明だ。しかし、道徳や法律に関係なく、彼女自身が許したりなどしない。
 僕の両手が拭いきれない緋色に染まったように、アーチャーさんも永遠に十字架を背負うことになる。その痛みも定期的にケアする必要があった。

(お二人とも、ご健闘を祈りますよ) 

 ただ、今は真乃さんたちを信じるしかない。
 奇跡を起こすためのアイディアを見つけ、運命を変えてくれる可能性は充分にある。
 彼女たちが誠意を見せた以上、絶対に裏切ったりなどしない。僕自身が、彼女たちの期待に応えられるように動くべきだった。


562 : ひかるの罪と、ゆずれない決意(修正版) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/10(金) 17:48:01 RxPqqRKM0

【???・???/1日目・午後】



【アサシン(ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ)@憂国のモリアーティ】
[状態]:健康
[装備]:現代服(拠出金:マスターの自費)、ステッキ(仕込み杖)
[道具]:ヘルズ・クーポン(少量)
[所持金]:現代の東京を散策しても不自由しない程度(拠出金:田中家の財力)→限定スイーツ購入でやや浪費
[思考・状況]基本方針:聖杯の悪用をもくろむ主従を討伐しつつ、聖杯戦争を望まない主従が複数組残存している状況に持って行く。
0:今はマスターの元に帰還し、状況を話す。
1:『彼(ヒーロー)』が残した現代という時代を守り、マスターを望む世界に生還させる。その為に盤面を整える。
2:白瀬咲耶さんの願いを叶えるため、マスターには復讐に関与させない。
3:同盟者を増やす。283プロダクションの仕事報告を受け取る際に噂を拾えた『義侠の風来坊』を味方にできればいいのだが。
4:"もう一匹の蜘蛛(ジェームズ・モリアーティ)"に対する警戒と嫌悪。『善なる者』なら蜘蛛を制するのではないかという読み。
5:白瀬咲耶さんと出会った主従についても興味はあるが、現段階では後回しにするしかない。


563 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/10(金) 17:48:26 RxPqqRKM0
以上で修正版の投下を終了します。
再度のご意見などがあればよろしくお願いいたします。


564 : ◆A3H952TnBk :2021/09/10(金) 18:49:29 VRq51YFk0
修正乙です!自分としては大丈夫だと思います。

そして申し訳ありません、
星野アイ&ライダー(殺島飛露鬼)
紙越空魚&アサシン(伏黒甚爾)
も予約に追加させて頂きます。


565 : ◆Uo2eFWp9FQ :2021/09/10(金) 19:16:00 .aVhLuZU0
修正版投下お疲れ様です。自分としましては特に問題ないと思います。
他の書き手さんの意見次第ではありますが、問題ないようであれば、
七草にちか(騎)&ライダー(アシュレイホライゾン)とアサシン(ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ)を予約させていただきます。
もし修正等の都合で一度予約をフリーにする必要が出ましたら、一度予約を破棄して改めて予約させていただきます。


566 : ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/10(金) 19:34:54 bDJMyWyc0
修正版の投下お疲れ様です。
自分が挙げた指摘箇所も修正され、問題のないものになっていると思われます。
また、修正により追加されたラブホテルに真っ赤になる真乃やグレープフルーツをめぐる遣り取りも可愛らしく、
真乃たちが色々な人々の意見を受けて一歩ずつ前に進んでいくことを確かに感じ取れるものになっていました
異聞帯を滅ぼす藤丸を見てきたからこそ悪と見なされ得ることを予想して励ます武蔵ちゃんや、
殺人に対して誠実に向き合おうとする姿を無碍にしないウィリアムとの遣り取りもそれぞれの原作を踏まえており納得です

そして、自分も問題がないようであれば、現在の予約に
櫻木真乃&アーチャー(星奈ひかる)を追加予約させていただきます。
>>565と同じく、問題があるようでしたら一度破棄させていただきます


567 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/10(金) 19:36:50 RxPqqRKM0
皆様、確認ありがとうございます。
そして恐縮ですが、>>559及び>>560の部分における同盟部分の描写についてもご意見がありましたので、以下のように修正をさせて頂きます。
こちらも確認等をお願いします。

 それから、アサシンさんは今後のことについて話してくれた。
 田中摩美々さんの他にも同盟を組んでいる人がいるみたい。でも、大人数で集まると目立っちゃうし、悪い人たちから狙われたりトラブルが起きるリスクも高くなる。だから、しばらくは別行動を取るようにと言われた。
 もちろん、連絡自体は定期的に取り合うみたいだけど、合流はタイミングを見計らってからになるね。

「お二人ならば心配はいりませんが……我々との同盟については、他言無用で。万が一、同盟者と成り得る人物に話すとしても、事前の相談をお願いしますね」

 アサシンさんの言葉に、わたしと真乃さんは頷いた。
 今、事務所の最寄り駅にまで送ってもらったから、ここでアサシンさんとは一旦お別れだよ。

「例え、これから何があろうとも……私はお二人を信じます。あなたたちの気持ちは同じですから、生きて、同じ未来を見続けることもできるでしょう」

 そう言い残して、会釈をしながらアサシンさんは去っていくよ。
 「ありがとうございました!」と、わたしたちは声をそろえながら、その真っ直ぐな背中を見送った。

「うぅ〜! 本当に、ごめんなさい……わたしが、二度も余計なことを言って話をこじらせちゃって……」
「大丈夫だよ。ひかるちゃんは正直だから、あそこで隠すなんてできなかったんだよね。アサシンさんは私たちを信じてくれたから、頑張らないと!」
「あ、ありがとうございます! 真乃さんっ!」

 アサシンさんと別れてから、わたしたちは街を歩いているよ。
 真乃さんの励ましは嬉しいけど、今回はわたしが先走ったことは変わらない。これは反省しないとね。
 みんなのためを思うなら、真乃さんと一緒にアイディアを考える……アサシンさんが教えてくれたことは大事にしよう。

『それと、ひかるちゃん……ありがとう。アイさんやあさひくんたちのことを黙ってくれて』

 真乃さんからの念話が聞こえてくる。

『……まだ、あの人たちについては話さない方がいいですからね。アイさんもあさひさんも、自分たちのことをペラペラ話してほしくないですから』
『うん、ライダーさんは他のサーヴァントに会いに行くって教えてくれたけど、それだって本当は私たちに話す予定じゃなかったと思うの。相手は警戒心が強いって言ってたし。
 やっぱり、アヴェンジャーさんがいたから……だと思う』

 事務所に向かうタクシーの中で、わたしたちは今みたいに念話で密かに相談していたんだ。
 これから先、他の誰かと会うことになっても、星野アイさんや神戸あさひさんたちのことは秘密にしようって。
 あさひさんはライダーさんのことを知って、心の底から怒っていたからだよ。もしも、事務所で四人のことを話しても、みんなで協力できるとは限らないし、逆にトラブルの原因になる。
 当然、わたしたちの信用は失うけど、それ以上にみんながバラバラになる方が怖い。

『特にライダーさんのことは、慎重にならないと。摩美々ちゃんや霧子ちゃん、それににちかちゃんがあの人のことを知ったら、絶対に怒るし……アイさんだってどう思われるかわからないから』

 真乃さんの心配はもう一つ。
 ライダーさんとガムテの関係が誰かに知られることだよ。ライダーさんの評判が悪くなる上に、アイさんも疑われちゃう。
 昔のライダーさんがどんな人だったか知らないけど、今はアイさんを守りたいって気持ちは本当だと思うから、二人のために黙るしかない。
 ビッグ・マムのことも喋らなかったし、アサシンさんたちには悪いと思っているけど……アイさんたちの安全には代えられなかった。
 摩美々さんは優しいけど、咲耶さんの命を奪ったガムテたちを絶対に許したりはしない。


568 : ◆0pIloi6gg. :2021/09/10(金) 23:25:06 BncEbAjU0
迅速な修正ありがとうございます。
自分としても修正はこれで大丈夫だと思います。お手数をおかけしました。

予約を延長します。


569 : ◆IHJrDmiRfE :2021/09/11(土) 16:35:49 oE.i.kpc0
投下させていただきます。


570 : 滑稽な蝋翼 ◆IHJrDmiRfE :2021/09/11(土) 16:36:19 oE.i.kpc0
 かつての話、過去の話だ。
宝石ではない、ただの石ころに焦がれたのは、どうしてだっただろうか。
石ころでしかない少女がどこまで届くのか見たかったのか。
蝋翼のように、太陽へと近づくその姿を見て、何を想ったか。
もしくは、自分ならば彼女を輝きの向こう側へと連れていけるという決意を抱いたのか。
何にせよ、結末はもう確定し、覆しようがない。
蝋翼は焼け落ちた。七草にちかは偶像として、失敗作だった。
心のどこかで、その事実をプロデューサーは受け入れていた。
けれど、諦めきれなかったのが心情だ。
いつか終わるユメだと知っていながら、終わらないで、と。
殉教者のように、最期まで祈ったのは誰だったのか。

 ユメが、偶像が、少女が――。

 壊れて、捻れて、砕けて。
所詮は石ころ、どれだけ磨こうが宝石の輝きになるはずがないのに。
それでも、君は輝ける、と。下らない結末を引き起こした。

 その果てに、石ころが輝く未来をどうしても諦められなくて、こんな世界にまで至ってしまった、馬鹿な男。
それが、彼だった。一つの石ころの為に、手に持っていた宝石全てを投げ捨てた弱い人間だった。
プロデューサー、と。相応しくない肩書を持った男は、部屋で正座をしている。
もう一人の七草にちかからのお願い事を聞き届けた後、彼は真剣な表情で口を引き締めた。
誰に相対するでもなく、虚空に対して目を向けるのは傍から見ると異様だ。

「ランサー。俺は、君に謝らなくてはいけないことがある」

 呼びかけは自身が従えているサーヴァントに対して。
これまでとは違う、どこか重みの混じった声だった。
それは彼に対する礼儀だ。それは彼に対する決意だ。 
マスターとして、一人の男として、彼に報いることができてなかったことへの謝意も込めていた。
けれど、その謝意を以てしても、姿は現れない。彼はプロデューサーに聖杯を取らせる事以外、全て余分なものだと考えている。
どれだけ声をかけようが、コミュニケーションを必要としない。
王道的な関係を築くつもりがない以上、ランサーである彼は拳を振るうだけである。
とはいえ、今はまだ日中で夜になっていない。彼の特性上、じっと自身の傍で身を潜めているだろう。
そうなると、プロデューサーの近くにいるだろうし、声は聞こえているはずだ。
だから、彼へのコンタクトを取るのは今しかない。そして、次に紡ぐ言葉を、彼は無視できない。


571 : 滑稽な蝋翼 ◆IHJrDmiRfE :2021/09/11(土) 16:36:51 oE.i.kpc0

「聖杯を獲ると言ったな。君に語った願いを、俺は裏切る」

 プロデューサーの言葉は、彼が此処にいる存在意義の否定に他ならない。
瞬間、見えない圧がプロデューサーへと降りかかる。部屋の空気が一気に冷気を纏う。
冷房の寒さではない、生命の危機を感じた身体が寒気を覚えているのか。
手足がふるりと震え、口元も乾く。
依然として、ランサーは姿を顕現していないはずなのにここまでとは。
プロデューサーはこの世界に来て、初めて恐怖を覚えている。
甘く見ていた、と。戦いを是とする鬼を前にして、平常を保てるとは傲慢だ。
プロデューサーが受けるのは、剥き出しの怒り、それとも、諦観か。
よもや、ここまで腑抜けていたなんて、今すぐ手足の一本でももいで、思い出させてやろう。
嗚呼、その思いは正しい。今までおんぶにだっこで彼に頼り切りだったことを顧みると、ランサーの不快はもっともである。

「……もしもの話だ。この世界に、俺の大切な女の子がいる可能性の話をしたい」

 予選中、多数の従者を屠ってきたランサーを前にして、身一つで逃げれるはずもなく。
ここから先、一つでも言葉を間違えたら、プロデューサーの生命はあっけなく潰される。
プロデューサーとして、一人の聖杯戦争参加者として。
命を懸ける初めての戦いである。その相手が自身が契約したサーヴァントであるのは何とも締まらない始まりだ。
けれど。プロデューサーにとって、これは譲れない願いだ。
可能性が実体を伴ってしまった以上、プロデューサーは無視でごまかすことはできない。
喉元に刃物を突きつけられている状態であっても、踏み込む。
自身の真を、ランサーへと包み隠さず話すことを決めたのだから。

「そんな偶然が重なるなんてありえない。
 俺はその可能性を、今まで考えないようにしていた。
 絶対にありえないなんて保証、過去も未来もひっくるめたこの世界で、ある訳がないのに」

 少し頭を回せば気がつく可能性だった。
書き置きを残して消えた彼女。どれだけ探しても見つからない失踪。
積み上げられた条件を当て嵌めたら、行き着く結論は必然的に定まっていた。
時系列がおかしいなんてもう一人のにちかに出会った時点で、瑣末事だ。
とはいえ、まだその可能性は漸く実像を得ただけで、確定ではない。
全ては残った彼女と出会わない限り、動こうにも動けない。

「彼女が――にちかがいたら、俺は彼女の為だけに動く」

 彼女の幸せを願い、闘いを選んだ身として、筋を通すべきだと思った。
もしも、自身の知るにちかがいたら、自身は聖杯を彼女に譲る。
その想いは、他ならぬランサーにだけは打ち明けなくてはいけないと思った。
別に、プロデューサーとアイドルのように、眩い信頼関係を築きたい訳ではない。
それでも、裏切ってはいけない境界線があった。
マスターである責任が、自身のサーヴァントに対して願いをごまかすなど、矜持が許さなかった。

「だから、ごめん。俺は君の労りを裏切ることになるかもしれない」

 頭を下げる。深々と、首を差し出すかのように。
数秒、数分、どれだけ下げていただろうか。
沈黙が続くことは苦ではない。彼から反応が来るまで下げ続けよう、と。


572 : 滑稽な蝋翼 ◆IHJrDmiRfE :2021/09/11(土) 16:37:18 oE.i.kpc0

「――――そうか」

 そして、彼はその声に応えた。
平坦な声に感情はなく。顔を上げると、其処には鬼がいた。
形相には怒り、か。敵と相対しているかのような表情で、彼は言葉を続ける。

「黙っていたら良かったものを。嘘を貫き通せば良かったものを」

 ランサーの言う通りだ。
馬鹿正直に打ち明ける必要性なんて、ない。
客観的に見ると、プロデューサーの取った行動はただの自殺行為だ。
けれど、ランサーのマスターとして。願いを糧に直走る一人の男として。
願いを懸けた男の矜持を出せずして、何が彼女のプロデューサーか。

「救い難い、愚か者だ。そんな戯言を、俺が認めると思うのか」

 その拳が振るわれるのに、音はなく。
ランサーからすると人間一人を潰すことに、躊躇いはない。
ましてや、戯言を真顔で宣言するマスター失格の人間だ。
人知れず、ぐしゃりと潰れる男が一人。
何を遺すことなく、プロデューサーの聖杯戦争は終わる。

「何故、避けない」
「ここで避ける奴になりたくなかった」

 そう、思っていたはずなのに。
まばたき一つせず、プロデューサーは迫る拳から目をそらさなかった。

「何故、揺らがない」
「もう揺らがないと決めたからだ」

 拳は、顔面ギリギリで止まっている。
最初から止める気だったのか、それともプロデューサーが避けないことに疑問を抱いたから止めたのか。

「何故、俺に打ち明けた」
「君のマスターだからだ。他の誰に嘘を吐き捨てても、君だけには嘘をつきたくなかった」

 それは今のプロデューサーができる精一杯の誠意だ。
今後を踏まえて――否。
これはそんな打算抜きに、プロデューサーと呼ばれた男の意地だった。
命を懸けてでも貫こうと思った、決意の証。

「前にも言ったはずだ。聖杯を獲る、その目的が一致しているから貴様をマスターと認めている、と。
 その目的を反故にすることで、俺が怒りのままに拳を振るうと考えなかったのか」
「ははっ――そうだな……そう思った。俺は君を侮辱してると思った。だから、謝るしかないと思った。
 紛いなりにも、俺をマスターと認めてくれた君を……味方がいないこの世界でたった一人、助けてくれる君に対して。
 戦えない俺ができることは、誠意を見せることしかできないから」
「馬鹿なのか?」
「馬鹿だからこんな所まで来てしまったんだよ。もっと頭がよかったら、彼女も救えたと思うしね」

 偏に、自分が無能だったから。
もっと有能で、彼女の涙を拭える王子様であったなら。
石ころでも宝石と遜色ないまでに輝かせられるプロデューサーだったなら。

「その上で、ランサー、お願いだ。改めて、俺に力を貸してほしい」

 何度繰り返したかわからない懊悩に膝を屈する時はもう過ぎた。
それは図らずも、もう一人の七草にちかが教えてくれた。
彼女が動くなら、自分もいつまでも引きこもってはいられない。

「此処にいる七草にちかがどうであれ、俺は勝ちに行く。
 もしも俺の知っているにちかなら、最期まで護り切らないといけないし、別人なら、聖杯は俺が獲る。
 俺みたいな下から数える方が早いボンクラのマスターに手段を選ぶ余裕なんてない、だから、俺は……!」

 言外に、プロデューサーはこう言ってるのだ。
勝つ為なら、何でもやる。同盟だろうが裏切りだろうが、聖杯を取れるなら躊躇をするな。
正々堂々、真っ当なやり方で生き残れたら苦労はしない。


573 : 滑稽な蝋翼 ◆IHJrDmiRfE :2021/09/11(土) 16:37:39 oE.i.kpc0

「君にも矜持はある事は知っている。けれど、俺は願いを叶えたい。
 その為の真を、俺は君に打ち明けた」

 何度悔やんでも、取り戻せない結果は黄金の奇跡で塗り替えることができる。
苦悩も、決意も、全てを掻き消して、最初からやり直す。
奇跡を以て、軌跡を否定する自己満足。
他のアイドルからすると、それは否定しなくては行けないものであるはずだ。
彼女達のプロデューサーでもある男はそれを許容してはいけない。

「七草にちか“だけ”のプロデューサーになるって決めた以上、俺に出せるものはそれしか残っていない」

 だから、彼女だけのプロデューサーになる。
改めて、持っていた宝石達を投げ捨てる選択を。かつては愛おしいと思ったモノ達にさよならを。
それぐらい、覚悟を固めないとこの戦争を勝ち抜くなんて無理だろう。

「俺と彼女が、今度は間違えないように。力を貸してくれ――――“猗窩座”」

 ランサー、と。これまでクラス名でしか呼んだことがなかった彼を、真名で呼ぶ。
ただ一人、この寄る辺無き世界で信じた英霊へと、請う。

「……………………腑抜けているよりは、ましか」
「……っ!」
「勘違いするな。使い物にならなかった今までより、まだ見れるというだけだ。
 それに、貴様の判断を考慮して動くだけだ。無闇矢鱈と戦わないだけで、全てを委ねる訳ではない」

 それは、この聖杯戦争が始まって以来、初めてまともに交わした会話だった。
ランサーはすぐに姿を消してしまったが、先とは違い、その消え方には穏やかさがあった。
後は、プロデューサーが取る行動次第でどうとでも変わる。
改めて、覚悟の程を自身に問いかけた。たった一人、心から幸せにしたいと願った少女を選ぶことの意味を。

 ――裏切るのか。

 叱咤しながらも自分を見出し、激励してくれた人を。
ほんのりと辛口ながら傍で手助けをしてくれた人を。

「……裏切るさ」

 彼らの想いはもう引き継げないだろう。
この戦争を経て、人を蹴落とし、殺す覚悟を決めた自分はもう一緒に笑い合えない。
ごめんなさいと心中で彼らに頭を下げる。
プロデューサーとして、彼らにはもっと適任の人を選んでほしい。


574 : 滑稽な蝋翼 ◆IHJrDmiRfE :2021/09/11(土) 16:37:58 oE.i.kpc0

 ――裏切れるのか。

 自分を慕ってくれるアイドル達を。
丁寧に磨き上げ、輝いている宝石を砕けるのか。
懊悩はある、彼女達を躊躇なく切り捨てられるといえば、いいえと答えるだろう。
今も胸に迸る痛みは、自身が取る選択を省みると、決して消えやしない。
それでも、それでも。
その懊悩がどれだけプロデューサーを蝕もうとも、最後まで進むと決めた。
七草にちかだけのプロデューサーになることを選んだ。

「裏切るさ…………っ!」

 犠牲なく、彼女達を幸せにできたらよかったのに。
そんな叶いもしないハッピーエンドはもう喪われた。
他ならぬ自身の無能さが招いた結末だ、胸に抱き続けろ。
一人の女の子を取り戻す為に、その過程で踏み躙るユメを忘れるな。
一つずつ、彼女達と過ごした思い出を丁寧にプロデューサーは刻み込む。
そして、撃鉄を起こし、引き金を引く。
宝石一つ一つが、これ以上輝かないように。
粉々に砕け散った思い出が自身の歩みを阻害しないように。

 裏切り、勝ち取り、目指すべき指標を、考えろ。

 ランサーは強い。
正面切っての戦闘で彼を超えるサーヴァントは数少ないはずだ。
けれど、もしも、ランサーを超えるサーヴァントがいたら。
搦手が得手のサーヴァントがいたら。
自分という弱点がある中で、最強を自負できる程、おめでたい頭ではない。
過信はしない、自分達が最強という驕りは生命を容易に失くす。
そういった驕りをなくし、生存戦略として、今の自身達が取るべき最適な手段を。
拙い頭脳が導くのは同盟という手段だった。
大局が動くまで、集団に入り、消耗を避ける。
そう考えると、もう一人のにちかが擁する“誰か”はかなり有能なのだろう。
自身を調べ上げ、連絡手段を渡し、場を整える。できることなら、敵には回したくない。
そして、手を組むにしても慎重にならざるを得ない、とプロデューサーは警戒を強める。
頭が回る、場を演出する、主をたてる。
ジャンルこそ違うものの、アイドルをプロデュースする仕事にも通じるものがあり、それがどれだけ難しいものか、プロデューサーも理解できる。
だからこそ、危険だ。ほわほわと信じて、委ねてしまっては、一方的に利用されるだけだ。
使い物にならなくなったら切り捨てる。
もしも、親善を結ぶとしたら、不都合が起きたら切り捨てられる容易さを、プロデューサーは念頭に置かなくてはいけない。
無論、これは戦争だ。甘ったるい関係だけでどうにかなるものではない。
状況は目まぐるしく変わっていき、把握を怠った瞬間、敗退してしまう。

 ――死んでしまったであろう、白瀬咲耶のように。

 彼女に対して、自分は悲しむ権利はない。
もしも戦場で相対し、にちかと二択を迫られた際、プロデューサーが手を取るのはにちかだから。
そんな人でなしが、彼女の為に涙を流すなど、あってはならなかった。
もうこれ以上、足踏みはしない。
残った七草にちかについて、確かめる。咲耶のように死んでしまっては遅い。
不謹慎ではあるが、彼女の死が聖杯戦争の過酷さを再確認させてくれた。


575 : 滑稽な蝋翼 ◆IHJrDmiRfE :2021/09/11(土) 16:38:18 oE.i.kpc0

『お疲れ様。少し、対面で話したいことがある。聖杯戦争についてなんだけど、いいだろうか?』

 だから、逡巡なく、プロデューサーは前へと踏み込んだ。
スマートフォンのメッセージアプリを立ち上げ、簡素な文面を送る。
間違いなく、NPCではないと読んでいるからこそ、投げつけることができる文面だ。
彼女としても、この文面を投げられたら無視はできないはずだ。

 ――今度こそ、君を幸せにする為に。

 漸く、プロデューサーの聖杯戦争は幕を上げた。
蝋翼を羽撃かせ、高みへと。







 馬鹿な男の話だ。
弱くて、情けなかった男の話だ。
男は、選んだ。たった一人を救う為に、全てを犠牲にすることを選んだ。
出会った時とは違い、その眼の迷いはほぼなくなっていた。

 これは強さか、それとも弱さなのか。

 猗窩座からすると、まだ甘さは残っているが、これまでの醜態を考えるとかなり改善されている。
否、改善されてしまった。本来、人間というものは弱さを持ち合わせているものだ。
その比率が減った彼は、表面上は元通りではあるが、中身が違う。
持ち合わせたコミュニケーション能力、審美眼を容赦なく使い、勝ちを狙いに行く。
摩耗しようが、苦しもうが、残った願いだけを強く握り締めて、勝利に焦がれるのだ。

 それでも、彼は心底非情にはなれない。
鬼になれぬまま、只人として、地平線の彼方を目指す。
そもそも闘いに向いていない男が無理をして、覚悟を固めた姿は知る人から見ると痛々しいだろう。
そんな男を猗窩座が認めたのは、ここまでの決意を持った男を止める術はなく、後戻りを自ら拒むから。
よく知っている、よく知っていたのだ。
黄金の奇跡を得る為に失うものはきっと全てだ。願い以外、全てを失って、燃やし尽くすしかない。
さながら、彼は蝋翼のように、太陽に近づき過ぎて、自壊する。

 ――勝利とはなんだ?

 聖杯を獲る。それが自分達の結末であり、勝利であるはずだ。
例えば、生前の主である鬼舞辻無惨であれば、自身の永遠、と。
例えば、黒死牟であれば、単純に闘いによる勝利、と。
例えば、童磨であれば――考えるだけで腹立たしくなってきたので割愛である。

 ――自分達に勝利は、あるのか?

 蝋翼の結末をなぞる彼が迎える勝利とは、なんだ?
猗窩座としてならば、それは勿論、聖杯。
黄金の奇跡を獲得し、願いを勝ち得ることだ。
狛治としてならば、プロデューサーと七草にちかの幸せだ。
二人が笑い合える結末ならば、それは何よりも尊いものであるはずだ。
しかし、今此処にいるのは残響じみた影法師。
猗窩座という名前でこそあるが、もはやその名の根源はあやふやになっている。
鬼舞辻無惨の呪いを跳ね除けた彼にとって、今の自身は訳の分からぬ存在であろう。
頭の中で響く勝利への問いかけに対して、猗窩座は明確に答えることができなかった。


【品川区・プロデューサーの自宅/1日目・午後】

【プロデューサー@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:覚悟+
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:携帯電話(283プロダクションおよび七草はづきの番号、アドレスを登録済み)、
283プロのタオル@アイドルマスターシャイニーカラーズ
[所持金]:そこそこ
[思考・状況]基本方針:“七草にちか”だけのプロデューサーとして動く。……動かなくてはいけない。
0:にちか(騎)の反応を待つ。早い段階で会って、自分にとってのにちかかどうか確かめる。
1:もしも、“七草にちか”なら、聖杯を獲ってにちかの幸せを願う。
2:白瀬咲耶が死んだことに悲しむ権利なんて、自分にはない。
3:『彼女』に対しては、躊躇はしない。
4:序盤は敵を作らず、集団形成ができたらベスト。生き残り、勝つ為の行動を取る。
5:にちか(弓)陣営を警戒。

【猗窩座@鬼滅の刃】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:マスターを聖杯戦争に優勝させる。自分達の勝利は、何だ?
1:ひとまずは、合理的と感じられる範囲では、プロデューサーに従う。


576 : ◆IHJrDmiRfE :2021/09/11(土) 16:38:39 oE.i.kpc0
投下を終了いたします。


577 : ◆0pIloi6gg. :2021/09/13(月) 01:17:07 GGIbtoa60
皆さん、投下ありがとうございます!
感想は今日中には投稿させていただきます。

自分も投下します。


578 : 虎穴にて ◆0pIloi6gg. :2021/09/13(月) 01:18:05 GGIbtoa60

 北条沙都子の生きていた昭和58年の日本では、まだ携帯電話と呼ばれる家電が存在していなかった。
 沙都子が聖ルチーア学園に入学した頃にはサービスこそ始まっていたものの、それでも高校生と縁のある家電では到底なかった。
 この令和時代にやって来てまず最初に驚いたのはそこである。
 携帯電話――スマートフォンと呼び名の変わったそれを、誇張抜きに誰もが持ち歩いている。
 流石に施設の子供は持っていなかったが、一度街に出れば、明らかに小学生であろう子供すら慣れた手付きでそれを使いこなしている有様。
 空飛ぶ車や宇宙船のような派手さこそないものの、昭和の人間にしてみれば充分想像を超えた未来社会だった。

 別にそれでこの時代を羨ましいとは思わないが、しかし実際問題、スマートフォンの便利さに頼れないのは不便である。
 スマートフォンの普及により公衆電話もすっかり数を減らしており、見つけるのに少々難儀する羽目になってしまった。
 その内どうにかして手に入れたいところですわね……などと思いながら沙都子は懐から取り出したメモ書きに視線を落とす。
 そこに記されている電話番号を目の前の電話機にダイヤルしていき――あの頃と変わらない耳慣れたコール音を聞くこと、数秒。

『もッッしもォ〜〜〜し』

 音が途切れるなり軽薄な声が響いた。
 大人の声ではなく、子供の声だ。
 今の沙都子よりは年上だろうが、少年期特有の高い声をしていた。

「貴方がガムテさんですの?」

 割れた子供達(グラス・チルドレン)のガムテ。
 沙都子を勧誘してきた黄金球なる少年曰く、その珍妙なコードネームの人物が件の集団の元締めらしい。
 皮下医院の院長とコンタクトを取り、傘下に加わるという建前で一旦の協力関係を取り付けることが出来た以上、次に話を付けるべきは彼だった。
 些か無警戒な襲撃だったとはいえ、まさかそんな場所にカメラを仕込んでいる者達が居るとは思わなかった。
 侮れない。どんな形を取るにせよ、放置しておくには危険過ぎる。

『イエ〜〜〜ス。で、そういうお前は何処の誰〜?』
「黄金時代(ノスタルジア)と言えば伝わると、そう聞いてますわ」

 幸いなのは、あちらは沙都子を仲間として歓迎する構えを取っているらしいこと。
 薄っぺらに同情されるのは不愉快だが、自ら付け入る余地を作ってくれたのには助かった。
 何せ相手は――恐らくかなりの人数と、武装。そしてそれに基づく暴力を有している。
 自軍に抱える分にはいいが敵に回したくはない。まして、沙都子のように後ろ盾のない孤軍であるなら尚更だ。
 問題は、彼らとの同盟を皮下とあの怪物に説明するかどうかだが……そこのところは今考えても仕方あるまい。

『お〜、北条沙都子じゃ〜〜ん! 黄金球(バロンドール)、上手く口説いてくれたみたいだな』
「不愉快な喩えはお止めくださいな。一通りの話は、その黄金球さんから聞いておりますわ」

 お世辞にも知的とは感じない人物だったが、だからこそ騙そうとしているつもりはないのだろうと分かった。
 問題はこのガムテが自分のことをどう見ているかだ。
 とはいえ猫を被るのは逆効果だろう。もし見抜かれた場合のリスクを考えれば得策ではない。
 だから敢えてこうしてありのまま。カメラの映像で見られてしまっただろう、冷酷な殺人者としての顔で接する。


579 : 虎穴にて ◆0pIloi6gg. :2021/09/13(月) 01:19:26 GGIbtoa60

『了解(りょ)。なら話は早え〜な、今からオレが言う場所まで来てくれ。サーヴァントは連れて来ても来なくてもいいぜェ』

 流石に霊体化させて連れて行くべきだったかもしれないが、あの怪僧は発作的に奇行へ及ぶ悪癖がある。
 もし万一実体化されてしまえばどうなるかは先の皮下医院での一件で学習済みだ。
 いざとなれば令呪で召喚すればいい。ということでとりあえずは丸腰で、彼らの巣穴に赴く。

「分かりましたわ。会談なり交渉なりするのですわね?」
『違う違う(ノンノン)。そんな堅っ苦しいことよりもよ〜、まず優先してやるべきことがあんだろ?』
「……、」
『歓迎会(ぱーちー)だよ歓迎会(ぱーちー)。みんなで盛大に新しい仲間の加入を祝うのさ。きっと楽しいぜ〜〜?』

 ……電話越しとはいえ、直接話すと相手の人柄はある程度分かってくるものだ。
 口調や声音には人間性が出る。まして沙都子は、彼らと真の仲間にするつもりなどさらさらない。
 その点にもある程度気を配りながら彼と会話をしていたのだったが――

「(……どういう方なのかさっぱり読めませんわね。まさか本気で私と仲良しこよしの関係が出来るとは思ってないでしょうけど……)」

 結論から言うと、全く読めなかった。
 黄金球の言動からして、"割れた子供達"が相当な人数から成る団体であることは間違いない。
 ならばそれを……どいつもこいつも未成熟な子供達ばかりだというその集団を統率している人間が馬鹿や無能である筈はないのだ。
 しかし実際に話してみた印象としては、ガムテはとてもそういう人物には感じられなかった。
 どちらかと言うと、知能も程度も低い。
 あからさまに脳筋気質だった黄金球よりも軽く、薄っぺらく、とてもではないが優秀な人物とは感じられない。

『つーわけで待ってるぜ、黄金時代。すっぽかしたら絶望(ピエン)だかんなっ☆』

 そう言い残して一方的に電話を切られれば、通話が切断されたことを告げる無機質な電子音がぽーん、ぽーんと鳴るのみになる。
 数秒、何かを逡巡するようにそこに立ち尽くしていた沙都子だったが、やがて溜息をついて受話器を置いた。
 沙都子とて馬鹿ではない。今の会話だけでガムテを、心の割れた子供を統べるリーダーを侮るような愚は犯さなかった。
 あの言動通りの人物であろうと子供達の心を惹き付けられる、そのくらい優秀な人物なのか――それとも全部計算尽くなのか。
 何にせよ、こればかりは実際に会ってみなければ……歓迎会とやらに赴いてみなければ分からないことなのだろう。
 
「(人殺しが巧いだけの道化なのか、全部計算でやっているのか。……願わくば前者であってほしいものですけど)」

 どの道、いずれは裏切る相手なのだ。
 無駄に頭の回る人間であったなら、いつか背中を撃つ時に面倒だ。
 かと言ってあまりにも無能では駒としての役割も果たせない、最悪自分の立ち回りに影響が出る可能性すらある。
 この辺りは如何ともし難いジレンマであった。何にせよ、実際にガムテなるマスターと相対してみないことには始まるまい。
 沙都子は前時代的な電話ボックスを出ると、ガムテに電話で伝えられた場所へ向かうべく炎天下の中足を進め出した。
 ――せめて迎えの車くらい用意して欲しいものですわ。などと、そんなことを考えながら。


580 : 虎穴にて ◆0pIloi6gg. :2021/09/13(月) 01:21:17 GGIbtoa60
◆◆


「お〜〜ッ、黄金時代! ちゃんと来てくれると思ってたぜ〜!!」

 向かったその先は、中央区に存在するとあるマンションだった。
 一口にマンションと言っても、少なくとも世間一般の価値観に照らし合わせて言うなら"普通の"という枕詞はつかない。
 何せそこは金持ちや芸能人、舞い上がった成金などが好んで住まう高級住宅街に建つタワーマンションだったからだ。
 ちなみにこのタワーマンションというのも、沙都子の生きていた時代ではまず聞くことのなかった単語である。
 さしもの沙都子も一瞬場所を間違えたかと眉を顰めたが、その疑念はすぐに氷解した。
 マンションの前で、見覚えのある――ついさっき会って、そして別れたばかりの相手が待っていたからだ。

「どうも。さっきぶりですわね、黄金球さん」

 浅黒い肌と、どのスポーツでもやっていけるだろう恵まれた体格。
 沙都子の知る彼の姿と唯一違うのは、顔に巻かれたガムテープだろうか。
 それは本来警戒に値する異常なのだろうが、割れた子供達についての知識を持つ沙都子にしてみればさしたる不思議ではなかった。
 何せ、リーダーの名からして"ガムテ"なのだ。彼に因んだシンボルだと思えば、成程納得の行く仮装だろう。
 黄金球(バロンドール)。交渉(ネゴシエート)の為、沙都子の前に現れた……心の割れた子供の一人。

「あれ、サーヴァントはどうしたんだ? 霊体化で透明(スケスケ)にしてんのか?」
「自分で言うのも何ですけれど、私のサーヴァントはただ居るだけで角が立ってしまうような難儀な方ですの。
 手の内を隠してると思われても仕方ありませんが、歓迎の席を白けさせないよう配慮したと思って貰えると助かりますわ」

 これはあくまで推察でしかないが、この黄金球なる男は、きっと件の集団の中でも特段ガムテに信頼されている内の一つなのだろう。
 沙都子は、そう考える。
 何故か。単純だ。如何に自分に同調した手駒と言えど、敵のマスターを相手に単なる一介のNPCを一対一で向かわせるのはあまりにリスクが大きい。
 ただ殺されるだけならばまだ良い。最悪、何らかの手段で情報を引き出される可能性すらある。
 たとえ自分が殺されるような状況に置かれても、決して仲間を……首魁(ボス)を売らない精神性の持ち主。
 とてもではないが頭の回る人物とは思えない黄金球が自分との交渉役に抜擢された理由は、それ以外には考えられなかった。

「あー……成程な。いや、信じるぜ。大変だろ、ロクでもねえサーヴァント抱えると」

 実際噓は言っていないため、素直に信じて貰えて助かった。
 自分で言うのも何だが、サーヴァントの同伴無しで事実上の敵地に乗り込むなど端から見れば正気の沙汰ではない。
 にも関わらずそんな愚を犯す人物となれば、多少の疑いの目を貰っても何ら不思議ではないのだ――本来は。
 しかし黄金球は殊の外あっさりと、沙都子の言を信用してくれた。
 その時の彼の目は何処か同情するような目付きをしており、それを怪訝に思った沙都子が口を開くよりも早く――黄金球が言葉を紡いだ。

「あッ、そうだそうだ。黄金時代、ガムテの所に連れてく前に一つだけ忠告なんだけどよ」

 まるで"誰かに聞かれないように"とでもいうように、口の前に人差し指を置く黄金球。

「ちょっと色々あってな、ガムテのサーヴァントが今ムチャクチャ癇癪(イライラ)してんだよ。
 オレ達やガムテには何を言ってもいいけど、もしアイツのサーヴァントが……ライダーが実体化(で)てくるようなことがあったら、その時はなるべく刺激しないようにしてくれ。これはオレからの忠告だ」

 そんな言を聞くと、嫌でも先程相対した怪物(ライダー)の顔が浮かぶ。
 北条沙都子は魔女だ。妄執のままに惨劇を編み、自分が大切に思っていた日常をすら躊躇なく利用する悪魔だ。
 その彼女をして、恐怖に我を忘れてしまうほど――あの鬼(バケモノ)は圧倒的なものを秘めていた。
 黄金球の心底切羽詰まったような形相を見るに、彼らが頼みの綱にしているサーヴァントは相当難儀な人物なのだろう。
 ……果たしてあの怪物とどちらが上なのか。もしかして自分は、龍穴に続いて虎穴に踏み入ってしまったとでも言うのか。
 辟易の念を抱きながらも、沙都子は黄金球へと問いを投げる。


581 : 虎穴にて ◆0pIloi6gg. :2021/09/13(月) 01:22:56 GGIbtoa60

「……そんなに危険な方なんですの? ガムテさんのサーヴァントは」
「ああ。もし怒らせれば、同盟相手のお前だろうと容赦なく殺すだろうな」

 苦虫を噛み潰したような表情。
 それだけで、彼らの陣営の中で何があったのかは概ね理解出来る。
 件のサーヴァントはさぞかし面倒で、厄介な存在なのだろう。
 自分の機嫌次第で理屈に合わない行動を平然と取る、その癖力はやたらと強い――だから切るに切れない、そんな存在。

「(……リンボさんを連れてこなくて正解でしたわね)」

 そう分かった今、自分の判断が正解だったことを沙都子は悟る。
 そんな相手の前に立たせるには、あの陰陽師は些か多弁過ぎる。その癖余計なことばかり喋る。
 言うなれば、地雷原の上で好き好んで舞を踊り、禹歩を踏んで手を叩くような男だ。
 彼は彼で、自分の好きなように計画を練って貰うとしよう。
 何しろ暗躍を重ね、人を誑かして操るのが生き甲斐というような腐れ外道だ。
 彼としてもマスターに手綱を引かれるよりかは、そちらの方がやり易いに違いない。

「それはさておき、だけどよ。お前がちゃんと此処に来てくれて嬉しかったよ、オレ。
 もし断られてたらよぉ。オレを信用して任せてくれたガムテにどんな顔で報告すればいいか分かんなかった」
「……そんなに大事なんですの? あのガムテさんという方が」
「当たり前よ。アイツは……オレ達の。心の割れた子供達の、ヒーローだからな」

 つい先刻、この黄金球が口にした言葉を沙都子は覚えている。
 彼は知っているのだ、自分達が泡沫の存在であると。
 その上で腐るでもなく憤るでもなく、自分達のリーダーであるガムテの勝利を願っている。
 ガムテが勝てさえすれば、自分達は彼の中で生き続けられると……馬鹿げた思想を抱いて。 
 それを生まれた意味だと笑顔で断言する姿は、沙都子にとっては理解不能のそれであった。

「界聖杯は貴方がたのことをこう呼んでますわよ? "可能性を持たぬ者"、と」
「真実(マジ)ィ〜? そりゃ随分手厳しいな。ホントに未来とかねえんだなって実感しちまうぜ」

 時が来れば消えるだけのNPCに気を遣ってやるような慈悲深さなどない。
 当て付けめいた言葉を平然と吐き、沙都子は嘲笑した。
 複雑な表情の一つも見られればそれでいいと思っての発言だったが、しかし。
 黄金球は少し驚いたような顔をしてから、すぐにまた笑みを浮かべてみせた。

「……でもまあ、ドン詰まりの人生には慣れてるからよ。
 それならそれで吹っ切れて戦えるってもんだ。逆に燃えてきたかもしれねー……教えてくれて感謝(サンキュ)な、黄金時代」

 帰ってきたのは恨み言でも泣き言でもない。
 よりにもよって――感謝。おかげで後腐れなく戦えると、そう言わんばかりの言葉。
 駄目だこりゃと、そう言うように溜息を一つ吐き出す。
 にわかには信じ難いことであったが、だ。
 この世界のNPC……"可能性を持たぬ者"達は、どうもただの舞台装置というわけでもないらしい。
 彼らは感情を持ち、心を持ち、しかして可能性だけは持ち得ない存在。
 それはただの人形よりもよっぽど質の悪い形であり――随分酷いことをするものだと、沙都子はそう思った。


582 : 虎穴にて ◆0pIloi6gg. :2021/09/13(月) 01:23:39 GGIbtoa60

「(やっぱり理解出来ませんわ。まあ、する必要もないのですけど)」

 その在り方を、北条沙都子は承服出来ない。
 沙都子には大切な人が居る。この世の何よりも重い少女が居る。
 彼女を助ける為に自分が消滅する、そんな未来を受け入れられるか。
 答えは否だ。そこで"はい"と頷けるようなら、沙都子は魔女になどなっていない。
 世界の中心たるその少女を惨劇の檻で捕らえ、追い詰め、自分と共に故郷で永遠に生きるという鳥籠の運命を突き付ける非情などこなせていない。
 
 或いは自分も、この世界(カケラ)限りの泡沫としてこの世界を生きていたなら――黄金球達と同じ答えに辿り着けたのだろうか。
 一瞬そう考えたが、すぐに無意味な思考だと判断して止めた。
 "もしも"など想定する必要はない。自分が望む結末は一つだけで、それ以外の何事にも興味などないのだから。
 
「(全ては梨花と過ごす甘い世界の為に。
  その為なら……黄金球さん? 貴方達のことなんて――幾らでも利用出来るんですのよ?)」

 紅い眼を二つ、魔性の煌めきで彩りながら。
 沙都子は、自分を先導する黄金球の後に続く。


◆◆


「みんなぁ〜〜〜〜☆ 聖杯戦争、楽しんでる〜〜〜〜?」

 眩いカラーボールが爛々と照らし出すステージ。
 世間一般の人間が想像するマンションにはまず無いだろう空間は、本来金持ちの社交場として用意された場所なのだろう。
 クラブの真似事をするなり、はたまた著名人を呼んでライブなりトークショーなりをさせてみたり。
 そういう使い道を想定されていたと思しき空間はしかし、今は狂った子供達のパーティー会場に姿を変えていた。
 ステージの上で道化そのものの笑顔を浮かべ、無邪気に呼び掛けるガムテ。
 彼の一声に対しての反応は、しかし予想を明らかに下回る歓声だった。

「なぁ〜〜〜んて。流石に素直にゃはしゃげね〜かあ……」

 彼らの気持ちも分かるのか、ガムテは一転がっくりと肩を落とす。
 
 割れた子供達が置かれている状況は正直、決して芳しいものではない。
 仲間達は本戦が始まってからのものだけの換算としても少なくない数減っており、しかも中には極道の端くれにあるまじき最期を晒した者も居る。
 その割に挙げられた戦果は乏しい。少なくとも死んだ仲間の数に比べて言うなら、決して見合わない量と質だ。
 頼みの綱のライダーは確かに強力。しかし、彼女の気性を制御するために掛かるコストも労力も極めて莫大。
 ……等の理由から、割れた子供達の中にやや気落ちのムードが漂ってしまっているのは否めなかった。
 そして極めつけは、ガムテが直々に赴いた"握手会"が――どうも良くない結果に終わったらしいことだ。


583 : 虎穴にて ◆0pIloi6gg. :2021/09/13(月) 01:24:55 GGIbtoa60

「仲間に売られ、握手会はクソバンダイっ子のせいで台無し。
 こうも意気消沈(サゲぽよ)な事ばっかり重なるとさぁ、ガックリ来ちゃうよね……分かる分かる……」

 割れた子供達は玉石混淆。
 舞踏鳥や黄金球を"玉"とするのなら、志も技巧も"石"としか称しようのない者も居る。
 それらを等しく導くからこそのリーダー。"殺しの王子様(プリンス・オブ・マーダー)"。
 そのガムテをしても、今回ばかりは苦戦を強いられてしまっている――それは事実。
 だが。たかだか苦境に立たされた程度のことではいお終いとなってしまうような半端者が、破壊の八極道に名を連ねることなど有り得ない。

「なぁ〜〜〜〜んて言うと思ったかァ〜〜〜っ!?
 そんな真実傷心(マヂヤミ)のみんなにビッグニュースがあるんだ〜〜〜☆」

 あの美形野郎にはムカついた。心底腸が煮えくり返った、故に必ず殺してやると決めている。
 だが、あれと邂逅出来たこと自体は幸いだったと。道化の仮面の内側でガムテは冷静に思考する。
 聖杯戦争は一筋縄じゃ行かない。既に分かっていたことだが、あそこまで"出来る"奴が喚ばれているのなら話は変わってくる。
 今までの割れた子供達では不十分だ。このまま突き進めば、突き進ませれば――皆揃って誰かに利用され、奪われる。そう分かったからだ。

「もう噂で聞いてるヤツも居るかな? 実は今日、オレ達に新しい仲間が出来ました〜〜〜ッ☆」

 ああ、認められない。
 認められはしない、それだけは。
 奪われ、割られた子供達。グラス・チルドレン。
 オレ達からこれ以上奪うことなど、地球上の誰にだって許してやるものか。
 オレ達は――今後一生、死ぬまで簒奪(うば)う側。
 その大前提を貫くため、ガムテはこうして同胞を歓迎会の名目で緊急招集し……状況を振り出し(スタート)まで戻したのだ。


「極道を神技巧(カミエイム)で次々殺した期待の新星!
 そんでもってオレと同じ可能性の器(マスター)!!」


「マスタ〜〜〜〜!?」

「真実(マジ)かよ!?」「ってことは、サーヴァントも居るんだよな……ッ!?」

「うおおおお〜〜ッ! ガムテが認めた超新星(ルーキー)!?」「待ち切れねェよ王子ィ〜〜〜!!!」

 
 この界聖杯内界において最上の暴力とは何か。
 拳銃(チャカ)? 爆弾(ボム)? 麻薬(ヤク)キメた殺し屋? 権力? 全部間違いだ。
 最上にして最強の暴力。それは、英霊(サーヴァント)。
 ナイフは通らない、銃弾も通らない、そもそも見てから避けられる。
 殺し屋なんて規模には収まらない、正真正銘の怪物……人類史の影法師。
 それを従えたマスターが仲間に加わるとなれば、消沈していた子供達がにわかに色めき立つのも頷ける話だった。


584 : 虎穴にて ◆0pIloi6gg. :2021/09/13(月) 01:25:44 GGIbtoa60


「そんじゃ〜〜歓迎会(パーティー)の主役を呼ぶよ〜〜〜!
 ――――お〜〜い、出てこ〜〜〜い☆ 黄金時代(ノスタルジア)ぁ〜〜〜〜っ☆」


 歓声を受けながら、黄金球に連れられて。
 艷やかな金髪の少女が、新たな心の割れた子供が、壇上に上がった。
 少女は特に微笑むでもなく、どちらかと言えばつまらなそうな顔をしていたが――関係ない。
 子供達の目はただ一点、彼女の右手に刻まれた三画の刻印にのみ注がれていた。
 令呪だ。聖杯戦争のマスターである証、自分達が持ち得ない"可能性"を秘めていることの証明。
 それを見るなり――ざわめく声は、どんどん大きくなり始める。

「ほら、皆に自己紹介☆」

 ぽん、とガムテに肩を叩かれると、少女はぱしっとその手を払い除けた。
 それから面倒臭そうに溜息を一つ、吐いて……観念したように口を開く。
 
「……ガムテさんにお誘いいただいて、今日からこの割れた子供達(グラス・チルドレン)に加わることになりました。
 北じょ――黄金時代(ノスタルジア)ですわ。皆さん、どうぞよろしくお願いしますわね」

 瞬間、ざわめきは歓声一色に染まった。
 新入りの黄金時代……北条沙都子に対する疑念の色など微塵もない。
 新たな同胞が自分達の中に加わった喜びと、ライダーに続く二体目のサーヴァントを仲間に抱き込めたことへの喜び。
 二つの喜びが混じり合って声になって、ステージ上の沙都子へと降り注ぐ。
 聖杯戦争のマスターである以上、いずれは必ず自分達の、そして自分達が王子と呼ぶ彼の敵になる存在だというのに。
 今この瞬間、割れた子供達は――沙都子の、黄金時代の加入を心から祝福していた。


「黄金時代! 黄金時代!」 「黄金時代! 黄金時代!」

「ガムテェ〜! ガムテェ〜ッ!!」 「さっすが"殺しの王子様"だァ〜〜〜!!!」

「俺達の希望〜〜〜ッ!! お前に一生ついていくぜェ〜〜〜!!!!」


 ――何ですの、これ。
 沙都子は思う。それは呆れに近い感情だった。
 このガムテなる奇怪な男がこうまで尊敬されている理由も、ガムテの敵である自分が手放しに歓迎されている理由も分からない。
 特に後者だ。"ガムテが連れて来た人間なら大丈夫だ"と、そんな確信でもあるかのように、誰もが黄金時代の到来を歓迎している。
 奇妙を通り越して、それこそ奇怪な光景だ。
 無論大勢に警戒されている針の筵のような環境に潜り込むよりかはずっとマシなのだったが……それはそうと腑に落ちないものは感じる。
 
「(……まあ、でも。皮下先生の小間使いをやるよりかは多少マシですわね、こっちの方が)」

 その一方で、沙都子はどこか奇妙な感覚に陥ってもいた。
 ひどく歪にねじ曲がっていて、正気とはとても思えないような光景。
 顔にガムテープを巻いて歓声をあげる子供達の姿は異常者のそれにしか見えない。
 なのにどういうわけだか――微かに居心地が良いのだ。
 収まるべきところに収まっているような。まるで、自分の本来の居場所に戻ってきたような。


585 : 虎穴にて ◆0pIloi6gg. :2021/09/13(月) 01:26:32 GGIbtoa60

「(馬鹿馬鹿しい。こんなものは、私の愛した日常ではありませんわよ)」

 脳裏に浮かんだ喩えを一笑に付して、沙都子は思考を切り替える。
 とりあえず潜り込むことには成功したが、自分も彼らのように顔にベタベタガムテープを貼らなければならないのだろうか。
 出来ればそれは勘弁願いたいものだ。単純に嫌だし、何より目立つ。狂った殺し屋集団の一員だと即座にバレてしまう事態は避けたい。
 後でガムテさんに相談してみましょうか……そう思った矢先、沙都子の手をガムテの隻腕が握った。

「黄金時代。ちょっと舞台裏(あっち)で打ち合わせしよ〜ぜ☆」
「ちょっ……引っ張らないで下さいまし! 何なんですの、貴方は……!!」

 有無を言わさず強引に引っ張って連れて行こうとするガムテに、思わず抗議する沙都子。
 そんな二人の姿を黄金球が笑いながら見ていた。
 「流石ガムテ。もう打ち解けたみたいだなァ〜……」なんて呑気な言葉が沙都子の癪に障る。
 けれどそのことに文句を言う間もなく、ガムテに引っ張られるままに沙都子はステージの上から姿を消してしまうのだった。


◆◆


 舞台裏……というより、単にあのホールめいた空間の外に出たのみであったが。
 熱狂のフロアを一歩抜け出ると、やけに空気が冷たく感じられた。
 そこでは沙都子が来るよりも先に、長髪の少女が一人佇んでいた。
 「待たせたな〜、舞踏鳥」とガムテが声を掛ければ、少女は小さく「別に。待ってないわよ」とだけ答える。

 次に少女は沙都子に目を向け――視線だけ合わせて、後は何も言わなかった。
 大方彼女は他の大多数の子供達とは違い、北条沙都子/黄金時代を仲間にすることの危険性を正しく理解しているのだろう。
 その視線には警戒と、値踏みするような色合いが宿っていた。
 沙都子がそれに不快感を抱いたかと言えば、それは否だ。むしろ予想していた反応がようやく見られたことに安心感すら感じる。
 とはいえ、自分を歓迎していない相手にわざわざ媚びる必要もあるまい。
 舞踏鳥と呼ばれた少女から視線を外し、ガムテの方を見やる。

「改めて。ご招待感謝しますわ、ガムテさん」
「ん。ど〜いたしまして」
「――それで、ちゃんと分かっているんですのよね? マスターの私を懐に入れる意味は」

 ポケットに収めたトカレフの柄を握る。
 もちろん単なるパフォーマンスであって、実際に抜くつもりはない。
 舞踏鳥が目を光らせているし、そうでなくても殺し屋を相手に考え無しの真向勝負(ころしあい)を挑むのは危険が大きすぎる。
 
「当たり前だろ〜〜? お前は黄金時代(ノスタルジア)だけど、北条沙都子でもある。
 心までオレ達(グラス・チルドレン)に染まってくれるとは思ってね〜よ。そこまでおめでたい頭してると思われてたなら落胆(ショック)だぜ」
「あら。それなら、ご自分の言動を振り返ってみるのをおすすめしますわ」

 澄ました顔でそう返す沙都子だったが、その実内心では目の前の少年の本質を測りかねていた。
 少なくともその言動は完全な道化だ。というより、戯言を撒き散らすスピーカーのようですらある。
 だが今の彼の台詞は、北条沙都子という人間(マスター)の在り方をしっかりと言い当てるものだった。
 割れた子供達の"黄金時代"を名乗りながら、しかし心は自分だけの理想を求める"北条沙都子"のまま。
 要するに獅子身中の虫だ。沙都子はいつか、必ずガムテと彼の同胞達に牙を剥く。
 彼らの全てを簒奪(うば)って――その屍を踏み越えて地平線の彼方へ向かう寄生虫。


586 : 虎穴にて ◆0pIloi6gg. :2021/09/13(月) 01:27:16 GGIbtoa60

「ちゃんと全部分かってるよ。分かった上で、黄金球にお前を誘わせた」
「それは……戦力として、で良いんですのよね」
「ん〜〜。半分半分(フィフティ・フィフティ)ってとこ?」
「……はあ?」

 何を言っているのだ、こいつは。
 そんな本音が、沙都子の顰めっ面から隠し切れずに滲み出ていた。
 黄金球の言葉が脳裏に蘇る。
 あの男は確か、こう言っていた。あの時は単に不愉快な戯言として流したが――

『それに関しちゃガムテの…あいつの、割れた子供全部の味方になるって信条を信じてくれとしか言えねーな』

 半分半分(フィフティ・フィフティ)。
 それはつまり、そういうことなのか。
 まさか本当にこの狂人は、そんな信念を自分に課しているというのか?
 
「(……要観察ですわね。こういう時ばかりは、リンボさんの審美眼が欲しくなりますわ)」

 彼が演じる道化は仮面。相手を油断させる為の、殺し屋としての所作。
 無垢な少女を演じて惨劇を糸引き続けてきた沙都子と在り方は似ているが、演技の質では沙都子じゃとても敵わない。
 この世の誰よりも気が触れているから、壊れているから、イカれているからこそ被れる狂気の殻。
 冷徹な悪意と執着を寄る辺に事を成す沙都子とでは、そこが根本から違うのだ。

 ――北条沙都子は、ガムテの真実を見抜けているわけではない。
 されどガムテを侮ってはいない。むしろ、最大限に警戒していた。
 理解出来ないからだ。人は、解らないものを無条件に恐れる。
 エウアが見せた過去百年のカケラの中にも、自分自身が祟りの代行者となって紡いだ業深きカケラの中にも、彼のような存在は居なかった。
 宛ら、複雑な迷路が人の形を成しているような――深淵めいたものを、沙都子はガムテの中に見た。

「ガムテ」

 と、その時だ。
 舞踏鳥が、小さく彼の名を呼んだ。
 ガムテは首を傾げて疑問符を浮かべるが……すぐに呼びかけの意味に気付いたのか「あ!」と目を見開いて手を叩く。

「感謝(サンキュ)〜〜舞踏鳥。危うく忘れるとこだったぜ」
「ライダーへの顔見せもさせるんでしょ? 手早く済ませなさい」

 二人の会話の意味が沙都子には分からない。
 しかし"手早く済ませろ"という言葉が出た辺り、何かを自分にさせるつもりらしいということは察せた。
 
「え〜〜、じゃあこれから。期待の新星(ルーキー)・黄金時代の入門テストを行いまぁ〜〜〜っす」
「……何ですの、藪から棒に。そんなものがあるなんて話は聞いてませんでしてよ?」
「当たり前だろ。思いついたのついさっきだもん」
「……、」

 とことんこちらの調子を狂わせてくる方ですわね――沙都子は微かな苛立ちを覚える。
 とはいえ此処は彼の城、彼らの巣穴。郷に入るからには、その郷に従う必要もあろう。
 はあ、と溜息をついてから。沙都子はガムテに問いかけた。


587 : 虎穴にて ◆0pIloi6gg. :2021/09/13(月) 01:27:54 GGIbtoa60

「……で、私に何をさせるつもりなんですの?
 技巧(ウデ)の方は、貴方がたが仕掛けた監視カメラの映像を見てもらえれば分かると思いますわよ」
「それは知ってる。偉大(パネ)ェ〜射撃だったよ。鍛えたら殺島の兄ちゃんみたいになれるかもな〜〜……って知らねぇか」

 話が流れるように逸れていく様子に頭が痛くなるが、では何を試すというのか。
 ガムテはすぐに話の逸れた先から戻ってきて、続けた。

「問題(クイズ)だよ、ク〜〜イズ。
 と言っても学校のクソつまらね〜試験問題出そうってわけじゃないから安心しな」
「あら良かった。この期に及んでそんなものでテストして来る方なら、こっちから願い下げでしたわ」
「分かる分かる。ムカつくよなそういう奴。優越(マウント)取ってんじゃね〜ぞってなるもんな」

 ……とはいえ。
 このガムテが一体何を自分に対して問おうとしているのかは全く読めなかった。
 決まった答えがある命題なのか、それともどんな答えを出すかを見たがっているのか。
 何にせよ、此処で外すと色々面倒だ。何とか、せめて及第点の答えは出して切り抜けたいところだが――。

「それでは問題です」

 目を閉じて、黒板を示すみたいに虚空へ指を向けるガムテ。

「昔々あるところに〜、死ぬほどムカつく美顔(イケメン)蜘蛛野郎と黄金時代が居ました」

 ……そんな前提で始まる問題とか、この世にあるんですの?
 思わず突っ込みたくなる始まり方だったが、とりあえず堪えた。

「黄金時代は貧弱(ヒョロ)い癖してスカしたお喋りで薄ら笑いを浮かべてくるそいつのことが大ぁ〜〜い嫌いでした。
 だけどそいつはムカつくことに、超絶(メチャクチャ)頭が良くて最悪(ヤベ)え奴です。
 ブッ殺してやりたくても迂闊に動くと蜘蛛野郎が汚ったね〜〜ケツの穴から出した糸に掛かります最悪死にます。
 さあ、黄金時代はどうやってそのクソ蜘蛛野郎をブッ殺すでしょ〜〜か?」

 沙都子はあまり、クイズというものが得意ではない。
 しかしそんな彼女でも、これほど露骨に私怨を含ませた具体的な問題を出されれば意図するところは読めた。
 これは明らかに、この聖杯戦争の中を舞台にして造られた問題だ。
 更に言うなら、問題中の"黄金時代"の部分は全て"ガムテ"に置き換えて考えるべきなのだろう。
 要するにこれは――ガムテが、そして割れた子供達が今直面している課題というわけだ。
 
「(ガムテさんのサーヴァントは災害級(チート)だと、黄金球さんは言ってましたけど……)」

 強さ故に、おいそれと解き放つことは出来ない……ということなのか。
 それに、もしこうすることで全て片付くなら初手からそうするだろう。
 そうしていないということは、出来なかった理由があったと考えるのが順当である。
 用意周到に糸を巡らせ、相手の最も安直且つ強力な解決方法を封じ、その上で相手と悠々別れ――毒のように蜘蛛糸への危惧を抱かせる輩。


588 : 虎穴にて ◆0pIloi6gg. :2021/09/13(月) 01:29:25 GGIbtoa60

「(随分厄介な方も居るんですのね。どこかで出くわす前に知れてラッキーですわ)」

 で、そういう輩を相手にどうするか。
 黄金時代/北条沙都子なら、どう解決するか。
 どうやって、苛つく蜘蛛を殺してみせるか。

「質問は有りですの?」
「許〜可(い〜よ)」
「その蜘蛛男さんは単独(ひとり)なのか、それとも大勢仲間が居るのか……そこをまず教えてほしいですわね」
「大勢」

 即答するガムテ。
 それを聞いて、沙都子の答えはすぐに纏まった。
 
「まず手足を千切りますわ。卵を潰すのでも構いません」

 無論、文字通りの意味ではない。
 蜘蛛なるサーヴァント、敵手。
 その手足として動く者を、まず千切る。
 或いは。彼が守りたい、守らねばならない大事な卵を――協力関係にあるサーヴァントのマスターを潰す。
 どちらでもいい。蜘蛛に大切なものがあるのなら、それでいい。
 
「丸裸になった蜘蛛さんなら、簡単に靴で踏み潰せますもの」

 巣を構成する糸を断って。
 蜘蛛を地面に落としたら、後は簡単だ。
 蟻の群れに食わせるも良し、そのまま靴底で踏み潰してやるも良し。
 そして、もしもそれさえ無理ならば。

「もしくは蜘蛛さんの住処ごと、全部燃やしてしまうのも有りですわね。
 これは私のサーヴァントが勝手に練っているお話ですけれど――どんなに大きな蜘蛛だって、地獄の中では生きていけないでしょう?」

 ――蜘蛛をその巣もろとも、地獄に堕としてしまえばいい。

 沙都子は、双眸を紅く染めながら微笑んだ。
 舞踏鳥の目が微かに細まる。抱いていた警戒の念を、更に強くしたように。
 しかしその一方でガムテは、沙都子と同様に笑みを浮かべていた。
 そしてゆっくりと、沙都子の頭に手を伸ばし。

「――合格。ようこそ、"割れた子供達"へ」

 そう、一言だけ。言った。


589 : 虎穴にて ◆0pIloi6gg. :2021/09/13(月) 01:30:33 GGIbtoa60
◆◆


「――ガムテ。貴方、本気で北条沙都子を仲間にするつもりなの?」
「黄金時代(ノスタルジア)な。良いじゃん、有望だぜ〜アイツ。サーヴァントを連れて来てないのは気になるけどな」

 沙都子と一旦別れ、ガムテと舞踏鳥はとある場所へと向かっていた。
 ガムテのサーヴァントであるライダーの許だ。
 先の283プロダクションへの遠征で、ガムテは彼女の機嫌を大変に損ねてしまった。
 出先で調達してきたお菓子では到底機嫌を取れないだろうと思い、いざという時に備えて備蓄しておいた市販菓子の山を差し出すことにしたが……現代の味に大分慣れつつある今のライダーがそれで満足するとも思えない。
 だから直接面と向かってご機嫌取りをするべく、こうして足を向けているのだ。
 そうでなければとてもではないが沙都子とは会わせられない。最悪、癇癪のままに彼女へ"魂の言葉(ソウル・ボーカス)"を使ってもおかしくない。

「あの子、普通じゃないわよ。サーヴァントを隠してることもそうだけど、いつか必ず私達を裏切るわ」
「わ〜ってる。つーかそれ大前提(あたりまえ)だろ。聖杯戦争のマスターなんだから」
「……確かにあの子の心は割れて"いた"かもしれない。
 でも、貴方なら気付いてるんじゃないの? あの子の心はもう、修復(なお)ってるわよ」
「……、」

 "割れた子供達"は、その名の通り心の砕けた少年少女の集団である。
 汚い大人達の都合で未来を奪われ、こんな風になるしかなかった幼年期の成れの果て。
 北条沙都子はその点、間違いなく彼らの仲間になる資格を持っている。要件を満たしている。
 だが――彼女の心は、もう割れていない。
 神の気まぐれで得た力。それを用いての繰り返し。その中で――粉々に砕けた筈の心は、悪意という名の修復剤で繋がれた。

「あの子はもう簒奪(うば)われる側じゃない。簒奪(うば)う側なのよ、ガムテ」

 舞踏鳥がそれを見抜いたのは、単に女同士だからなのか。
 それとも、ガムテの意思に最も近い立場に居る腹心だからなのか。
 定かではないが、彼女の忠告には真に迫るものがあり。そして事実、的を射ていた。
 北条沙都子は魔女だ。神に繋がり、祟りの代行者となり、人間を超えた悪意の器。
 それを抱き込むことの意味は大きい。恩恵も、そして危険性(リスク)も――あまりにも。

「――安心しろよ、舞踏鳥。オレは何も変わっちゃいない。この先も何も変わらない」

 危機を訴える舞踏鳥に、しかしガムテは動じず揺るがず。
 舞踏鳥がよく知る笑顔で以って、そう答えた。
 その表情(かお)で断言されると、舞踏鳥も何も言えなくなってしまう。
 自分はこれまでずっと、この笑顔(かお)に付いて来たのだから。


590 : 虎穴にて ◆0pIloi6gg. :2021/09/13(月) 01:31:00 GGIbtoa60

「オレは何処で何をしていてもオレのままだ。あんな蜘蛛野郎に重圧(プレッシャー)感じて鈍るオレじゃねえ」
「……卑怯ね。貴方にそう言われたら、何も言えないでしょ」
「まあ長い目で見てやってくれよ、黄金時代(アイツ)のことも。
 オレだって――何も考えてないわけじゃない。ちゃんと見てるからさ」
「そう。……なら、私がこれ以上言うのは余計ね」

 諦めたような、納得したような。
 そんな顔で呼気を一つ吐き出して、舞踏鳥はそれ以上の言を止める。
 ガムテは足を止めることなく、ライダーの許へと歩き続ける。
 舞踏鳥は、それに続く。そこには二人の、無言の――それでいて確かな信頼関係があった。

「それにしても……あ゛〜〜〜面倒臭え〜〜〜〜〜〜!!!
 舞踏鳥ぁ、オレの代わりにご機嫌取りしてくれよ。絶対ブチ切れてるもんあのババア〜〜!!」
「私がその役目を引き受けてもいいけど、十中八九神経を逆撫ですることになると思うわよ。それでもいいならベストを尽くすけど」
「……いや、やっぱいいわ。オレがやるからお前は黙っててくれ」
「……自分で言っといて何だけど、ちょっと心外ね。そこまで納得する? 今ので」

 問題は未だ山積み。
 ライダーの機嫌取り。割れた子供達の今後の動かし方。
 黄金時代/北条沙都子との付き合い方。
 されどガムテは変わらない。いつだとて、いつまでも、心の割れた子供達の英雄(ヒーロー)のまま。
 侮るなかれ、この道化(ころしや)を。さすれば末路は一つ。死、破滅、あるのみ。


【中央区・某タワーマンション(グラス・チルドレン拠点)/一日目・夕方】

【ガムテ(輝村照)@忍者と極道】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:地獄への回数券。
[道具]:大量のお菓子(舞踏鳥(プリマ)持ち)
[所持金]:潤沢
[思考・状況]
基本方針:皆殺し。
1:あ゛〜〜〜面倒臭え〜〜〜〜〜〜!!!
2:割れた子供達(グラス・チルドレン)に新しい指示を出す。
3:あのバンダイっ子(犯罪卿)は絶望させて殺す。
4:黄金時代(北条沙都子)に期待。いざという時のことも、ちゃんと考えてんだぜ? これでも。
[備考]
※ライダーがカナヅチであることを把握しました。


591 : 虎穴にて ◆0pIloi6gg. :2021/09/13(月) 01:32:05 GGIbtoa60

◆◆


「コードネームまで与えて貰えましたのに。結局警戒されてるんじゃ世話ないですわね……」

 ガムテも、舞踏鳥も去り。
 沙都子は、隣に黄金球の居る状態で待たされていた。
 何でもライダーの機嫌を収めに行くとかいう話だったが、黄金球をわざわざ付かせたのは要するに監視役ということなのだろう。
 別段その扱いに不服があるわけではないものの、あからさまにそんな人間が居るとつい意地悪の一つも口にしてみたくなるのが人間だ。
 ぽろっと零した体で吐いた言葉に、黄金球は目に見えて狼狽した。

「だ、大丈夫だって! ほら、黄金時代は器(マスター)だろ? だから警戒してるだけだって、ガムテも舞踏鳥も……!!」
「私はもう皆さんの仲間のつもりですのに……残念ですわ」
「な、泣くなよォ〜〜! 分かった、分かった! オレがガムテと舞踏鳥に一言言っとくからよ〜!!」

 もちろん、本気で泣いているわけではない。
 ただの嘘泣き、女の特技の一つだ。
 けれど余程女性経験がないのか、黄金球は必死になって慰めてくる。
 それはなかなか愉快だった。雛見沢で部活に浸っていた日々のそれによく似た、楽しさだった。
 
「……とりあえず、一度歓迎会(パーティー)会場に戻りますわ。皆さんの顔を覚えるのも大事ですものね」
「お……ならオレが手伝ってやるよ。皆境遇は様々だけどよ、お前なら分かり合えると思うぜ」

 無垢に自分へ笑顔を向ける黄金球。
 馬鹿な奴だと、沙都子は心の中で嘲笑う。
 顔を覚える理由は、後に使う時のためだ。
 聖杯戦争を恙なく進めるため。もしかすると、割れた子供達を内側から崩すため。
 何であろうと、使える駒の数を増やしておくに越したことはない。
 胸の内にある奇妙な安息感を無視しながら、沙都子は黄金球の後ろに付いて――会場へと戻った。



 ――毒(ブス)、天使(アンジュ)。
 偉大(グレート)、美顔(カサノバ)。拳闘大帝(パウンドフォーパウンド)。
 あれこれと黄金球に紹介されながら、沙都子は熱狂と好奇の歓迎会場を練り歩く。
 と。そんな時にふと、やけに熱く何やら語っている少年の姿が目に入った。


592 : 虎穴にて ◆0pIloi6gg. :2021/09/13(月) 01:32:58 GGIbtoa60

『俺達は社会に抑圧されて……自由を失っていた!
 親の言うまま、大人の言うままに勉強させられて、自分の可能性を閉じ込めてしまっていたんだ!
 けどそれをガムテが、俺達の王子が解放してくれた! だから今度は俺達がガムテを支える番だ。それが出来なきゃ男じゃねえッ!! そうだろてめえらッ!?』

 足を止めてその少年の顔を見ている沙都子。
 それを、単に"足を止めているだけ"と解釈した黄金球。
 
『――だから諦めずに進み続けようぜ、お前らァァァッ!!
 それが俺達"割れた子供達"の生き様! 最高にクールな生き様ってやつだろうがッ!!!』

 こればかりは、沙都子の過去を知らない故のすれ違いだったが。

「アイツは"解放者(リベレイター)"ってんだ。
 殺しの技巧(ウデ)はイマイチなんだが、あの通り口が上手くてな〜。
 失敗して落ち込んだ奴を励まして焚き付けるのなんかにはうってつけな奴だ」
「……へえ。そうなんですのね」

 茶髪の少年。
 顔にガムテープを巻いて、目に自分が知るのと同じ炎を灯して熱弁を振るう彼。
 解放者(リベレイター)。……ああ、成程。確かに彼に相応しいコードネームだ。沙都子はそう思った。
 
「次に行きましょう、黄金球さん」
「おう。にしてもお前もマメだなぁ、黄金時代。最初から皆のことを見て回りたいなんて奴は結構珍しいぜ?」

 だが、今の沙都子にはどうでもいい人間だった。
 目指すものは帰還。欲するのは聖杯。願うのは、唯一無二の未来。
 界聖杯の内側に縛られた人間にいちいち頓着していられるほど、沙都子は暇ではない。
 だから"その人物"のことも、視線を外すなりすぐさま脳内から消し去ろうとした。
 にも関わらず一言だけ、独り言が出てしまったのは……この魔女の中に残った、微かな人間性の発露だったのか。

「……さようなら。世界が終わるその時まで、どうか幸せに過ごして下さいまし」


【北条沙都子@ひぐらしのなく頃に業】
[状態]:健康
[令呪]:残り3画
[装備]:トカレフ@現実
[道具]:トカレフの予備弾薬
[所持金]:十数万円(極道の屋敷を襲撃した際に奪ったもの)
[思考・状況]
基本方針:理想のカケラに辿り着くため界聖杯を手に入れる。
1:最悪脱出出来るならそれでも構わないが、敵は積極的に排除したい。
2:割れた子供達(グラス・チルドレン)に潜り込み利用する。皮下達との折り合いは適度に付けたい。
3:ライダー(カイドウ)を打倒する手段を探し、いざという時確実に排除できる体制を整えたい
4:ずる賢い蜘蛛。厄介ですけど、所詮虫は虫。ですわよ?


593 : ◆0pIloi6gg. :2021/09/13(月) 01:34:31 GGIbtoa60
投下終了です。


594 : ◆0pIloi6gg. :2021/09/13(月) 01:34:43 GGIbtoa60
投下終了です。


595 : ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/13(月) 07:32:54 2GLVHxbk0
皆さま投下お疲れ様です
予約延長させていただきます

そしてすいません、延長期間を含めれば書きあがりそうなのですが、
容量が大きくなってしまいそうなので前編のみ先に投下させていただきます。
(後編の投下は期間内に間に合わせます)


596 : I will./I may mimic.(前編) ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/13(月) 07:35:09 2GLVHxbk0
空にまたたくあの星は、
自分が光っていることを知っていると思うか。

そう聴かれたことがある。
星になったことがなければ、星の気持ちは分からないけど。
もし知らないなら星に教えてあげたいですね、とその時は答えた。
私には見えているから。
その星の声がうるさいぐらいに眩しいことを、私は知っているから。
光っていて綺麗だよと、星のことを認めてあげたい。

ならば。
もし、光っているその星に、手を伸ばしている人がいたら。
その星が綺麗なことを誰よりも理解っていて、魅せられていて。
いつかまた、落ちてこないかなと、祈るように待っている人がいたら。

そんな人がいたら、どうする?



彼女は、不幸な生い立ちではなかった。
家は裕福で両親は高収入。
幼いころから容姿は端麗で身体は健康、育ちに何も不自由はなかった。
知能の発達は平均より早く、要領がいい。学校に通えば優秀な成績をたやすく取る。
たくさんの習い事の数々は何をやらせても水準以上の実績を出し、当然のように大人を驚嘆させる。
才覚があり、家に恵まれ、周囲は彼女を異口同音に褒めたたえる。
そこには何の不幸も無い。
ただ一つだけ、家庭に問題のようなものがあったとすれば。
それは場合によっては問題にはならず、むしろ暴力や怒鳴り声を伴った家庭で育つよりはよほど良かろうと考える価値観の者もいるかもしれないが。

両親も、周りの大人も、彼女のことを一度も叱らずに育てたことだ。

それは、仕事で多忙にしている両親が、せめて限られた同伴の時は甘やかそうという角度の違う罪滅ぼしだったのかもしれず。
溺愛と放任主義が合体した結果、『何をやってもいい』という娘にしてみれば無関心にも見える接し方ができあがったのかもしれず。
あるいは、明白に優れた結果を出したことが『こんな優秀な子に目くじらを立てることはない』という怠慢を生み出したせいかもしれず。
それらの全部だったかもしれない理由で。

彼女は『どんなに悪い事をしても、悪い事をしてはいけないとは言われない世界』で育てられた。

他の子ならこっぴどく怒られるようなことをやった場面でも、周りの大人は彼女のことに見て見ぬふりをした。
欲しいモノは、彼女がさほど積極的に欲しがったわけではないモノまで含めて際限なく買い与えられ、わがままを許された。
そのせいで傲慢な価値観を身に着け、己は何をしても許されると錯覚して他者を踏みつける大人に育つ者もいるのかもしれないが、彼女はそうはならなかった。
むしろ彼女はその環境が特異なものであることを、かなり幼いうちから自覚した。
悪さに見て見ぬふりをされるのは、彼女にとって居心地がよくなかった。
むしろ、『叱るのは、あなたの為を想う愛情があってこそだ』という定型句に憧れた。

中学生の段階で髪を染め、早熟にも思われる年頃からパンキッシュな服装で着飾り、深夜徘徊をした。
彼女は『悪い子』になった。
『いい子』のまま得られるものだけで満足できなかったから。
『どうしてそんなことをしたんだ』という声を期待した。
誰もが、顔をひきつらせたりしながら本音ではなさそうに『似合ってるね』と言った。
一連の振る舞いを、咎められることはなかった。
母親にいたっては娘の髪が黒から紫に変わっても、人に言われるまでいっさい気付かなかった。
心ここにあらずの肯定だけを口にするなら、それは無言で対応されるのと似ている。
誰もが空気と会話するように同じことを言うなら、私は透明人間と変わらない。
そう思ったけれど、悲しんで浸ったりはしなかった。
彼女は本当に不幸ではなかったし、憂鬱なんかではなかった。
周りの理解が得られなくて憂欝ですと、そんな簡単に被害者と加害者の枠に人をはめこみたくなかった。
彼女は悪い子にはなったが、非行少女になりたかったわけではないし、有害になりたいわけでもない。
『この子はどうせこうなんだ』と、他人に向き合わないまま人を決めつけるのも、決めつけられた奴に収まるのもごめんだった。
家族のことは嫌いではない。
ただ、見つけてもらえないと自分が勝手に荒んでいるだけだ。
だったら何のために生きがいを持って、誰の為に生きればいいんだろうと、ただ人生に倦んでいた。

――俺と一緒にトップアイドルを目指してみませんか? 新しい世界が見られると思うんです!

――え!? じゃあ……高校生?

――見えない……って、それはどうでもいい。こんな時間にひとりで、危ないじゃないか。

――普通は心配するよ。危険な目にあってからじゃ遅いんだから

そして彼女は、運命の鍵を回してみないかと誘われる。

彼女の紫色も、ファッションも、何より型にはまらない、捕らえどころの無いという特質も。
すべて錆びつかせているだけでアイドルの素質になる、運命の鍵なのだと。


597 : I will./I may mimic.(前編) ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/13(月) 07:35:35 2GLVHxbk0


七草はづきが一時避難場所としてアイドル達を連れ込んだのは、事務所からそこまでは遠くない立地に構えられたレッスン室のあるジムだった。
一般には住所が公開されていないこと、内部の人間には周知の場所であるがゆえに臨時職員の送迎車を寄せやすいこと、社長である天井から連絡があった際に、合流しやすいことなどを踏まえたらそこが妥当になる。

事務所で歓談していた数人のアイドル達に運動フロアで待機してもらい、はづきは廊下のベンチに座っていた。
遅めのお昼弁に「ごちそうさま」を言って、お弁当箱を片付け、持参した水筒からお茶をいただいて一息。

(それにしても、プロデューサーさんはどうして『事務所が危ない』って分かったのかな……)

まず、大前提として今回の避難命令が悪ふざけや勘違い、与太であるなどとは疑っていない。
彼ならば信じられると言えるだけのことを、その青年は築き上げている。
はづきだけでなく、はづきの指示に従って移動させられたアイドル達全員にとってそれは共通の信頼だった。

(つまり、プロデューサーさん自身が、危険に巻き込まれているなんてことは……)

危険を察知できるだけの根拠があったなら、プロデューサー自身もそんな危険のそばに置かれているということにならないだろうか。
何度目かの、そんな心配をしていた時だった。
はづきのスマートフォンが、新たな一報を知らせるべく震えた。

(283プロ(ウチ)のメールアドレス……プロデューサーさん、今、事務所のパソコンから打ってるの? あ、社長にも同時送信されてる)

そこに書かれていたのは、緊急避難を聴いてくれたことを感謝するという前文と、事務所に関しての続報だった。
まず、事務所がどうなったかという現状報告。

(そんな……)

『危ない奴が283プロに近づいている』という警告から想像したのは、白瀬咲耶の失踪に絡んだ悪質なストーカーや嫌がらせの類だった。
そんな想像では、とうてい足りなかった。
たくさんの家具が再利用不可にまで壊され、壁や床にヒビが入っている有り様は、凶悪な武器を携えたヤクザか軍隊でも押し入ったかのような有り様だったと。
危険人物たちが去ったところで、とうてい事務所としての営業が可能な状態ではない。
それはすなわち、この建物を荒らした賊が立ち去ったところで、事務所の開業は絶望的になったことも意味していた。


598 : I will./I may mimic.(前編) ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/13(月) 07:36:07 2GLVHxbk0
続く文章には、この惨状をどうにもできなかったふがいなさへの謝罪と、プロデューサー自身の対応について書かれていた。
事情が込み入っておりスマートフォンからでは伝達に向かない為、また通話は警察とのそれに用いそうであるため、警察の許可を取って3階の社長室からメールしている、とも。
一連の流れはこうだ。

警察からの事情聴取を終えた後に、白瀬咲耶の失踪について社会的な影響――他のアイドル達も目にしてしまうような類――の様子を調べるためにSNSやネットを利用して自宅で調査を行っていたプロデューサーは、たまたま『それらしい犯行予告(事務所に爆弾を仕掛けるというステレオタイプ)の書き込み』を見つけてしまった。
しかも、標的は『白瀬咲耶の失踪を看過した事務所およびプロデューサーへの逆恨み』にあるかのごとき文面だ。
本来であればいたずらの可能性が高いと切り捨てられたそれを、プロデューサーは長年、ファンレターの仕分けや厄介ファンの対応をこなしてきた経験による直観で『本当かもしれない』と危機感を抱く。
いったんアイドル達を事務所から話した上でほとぼりが冷めそうな時間に赴くと、事務所が荒らされていることを目の当たりにした。
警察には通報し、聴取はこれから受けるとのこと。

ただ、こういった『事務所荒らし』の事後対応ではままあることとして、アイドルたちへの追及の回避と、捜査情報の隠匿、犯行手口の漏洩防止のために、対外的には『強盗に入られた』程度の扱いにとどめられる可能性が高いだろうとのこと。
ただし、標的がプロデューサー自身であった可能性もある以上、これから自身はマスコミへの露出や外部折衝を厭でも控えるように警察から指示され、引き続き本意ではない欠勤の日々が続くことになるかもしれない、とも。

(こんなの……社長だって、WING優勝とは比べものにならないぐらい泣いちゃいますよ……)

よって、はづきさんも事務所のアイドル達には詳細を伝えないまま、社長か警察との合流を待ってくださいとの伝言で文章は終わっていた。
また、アイドル達には『プロデューサーさんが警告してくれたおかげで助かった』ことにするとまた要らぬ噂の種となりかねないため、これに緘口令をしいて欲しい、とも。

(えっと……ここにいる皆さんにはこの場で言えばいいから、『事務所に来ないように』って電話をした子に、メッセージを送らなきゃですね)

とはいえ、その人数は多くなかった。
避難命令は、もとより活動休止に入っているアイドル、事務所から離れた遠地での予定を組んだアイドル達には伝えられていない。
また、仕事の有無とは別に、仕事終了時に直帰すると連絡をしていた田中摩美々や、病院で奉仕活動をすると伝えてくれていた幽谷霧子のように、事務所に来ないことが明言されているアイドルにも伝えていない。
つまり、あの時に事務所にいた人間以外で、『プロデューサーさんの伝言だから』逃げろとはづきが伝えた人物はたった一人だ。
明日のライブを控えた対談の仕事を午前中に設けており、星野アイと外出するため帰宅時間が不透明になると連絡してきた櫻木真乃。

(……そう言えば、こんな事になっちゃったなら明日の真乃さんのライブはどうなるんだろう)

ともあれ二人に口止めの連絡を送らなければ、とはづきが切り替えた時、今か今かと待っていた人達が姿を現した。

「ご苦労だったな、はづき」
「あ、社長! 社長こそご無事で何よりですー」

警官らしき目つきの悪そうな男を従えるようにしてその場に現れたのは、283プロダクションの全権を持つ男、天井努であった。
それはすなわち、社長がアイドル達や事務所を心配して姿を現したというだけではなく、アイドル達に事務所の営業停止を伝えなければならない時間が来たことも示していた。




時間はいくらか、それより遡る。


599 : I will./I may mimic.(前編) ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/13(月) 07:36:43 2GLVHxbk0
結局、選べないならば二人でちょっとずつ半分こすればいいじゃないという発想で注文された二種類のパフェが、少女ふたりのお腹に収まったころ。
四人掛けのテーブルで七草にちかの隣に、大きな荷物をぶら下げたアーチャーがどさっと腰を下ろした。

「戻ったぞ。そっちはそっちで、上手くやったみたいだな」
「おかえりなさい〜。もう、デザート食べちゃったから待ちかねてましたよー」
「どうもー。引き続き警護よろしくお願いしまーす……あれ、そのプリントみたいなのは?」

パフェ美味しかった!
でもサーヴァントいないと心細い!
という共通見解の寂しさから少女たちはわっと解放されるも、卓上に並べられたのは上質な計画用紙の2セットだった。

「アサシンからの預かりものだ。これから283プロがどうなるかのシナリオだから、読んでおいて欲しいんだとさ」

第一宝具による犯罪計画の『立案』は、つまるところ生前の頭脳労働の再現。
だが『計画書の具現化』は神秘に由来し、マスターの前で初めて使用したときに大量の紙片を出してみせたように、即座に宝具発動時の魔力で練り上げられる。
よって、手渡しさえ可能な状況であれば、計画書を即座に出現させて他人に持たせることが可能だった。

「えー、まだ覚えることがあるんですかぁ……テスト勉強みたい」

口を『3』の字にしてむくれるにちかに、アーチャーが苦笑した。

「休憩冷めやらぬところを悪かったな。けど、もうすぐあんたの姉さんから283プロの全員に連絡がいくかもしれないんだ。
だからそれより先に、今後のカバーストーリーを知っておいて欲しいんだとさ」

どうやら、脳を休めることのできる安息の時間はさほど長くは続かなかったようで。
七草はづきの名前を出されてはやる気を出さないわけにもいかず、二人はムムムと眉を寄せて紙面の内容に眼を通していく。

内容はアサシンが行った『清掃活動』の報告と、それによって予想される283プロダクションや関係者の事態推移について。

アサシンは『283プロの掃除をしてから戻る』と告げていたが、それは厳密には『すっかりきれいにした』という意味ではなかった。
というか、床や壁のヒビに家具の破壊など、短時間の清掃活動ではどうやっても繕えるものではない。
元より『大山鳴動して鼠一匹』の状況にするには人を動かし過ぎてしまったし、これ以上283プロダクションを駆動させておける状況でもない。

相応のカバーストーリーを用意するために、事務所は敢えて『完全には片付けられず、283プロに悪意を持つ者が荒らしていったかのごとく被害の内実をやや改ざんして工作され、状況を演出されたまま残される』とのこと。
そのままでは、『なぜかプロデューサーは事務所が荒らされることを予見していた』という事実が残ってしまい、彼が283プロ関係者や白瀬咲耶の失踪がらみで出入りしている警察などから追及を受けるリスクがある。
大門をはじめとする、警察機構内部で協力を取り付けた事情知らぬNPCの網に声をかけ、『既成事実』作りに動いてもらう。
カバーストーリーの為に必要な書き込みや犯行後の削除、『プロデューサーへの聴取は午後のうちに行ったことにする』という口裏合わせなどなどの下準備。
これらは、『プロデューサーによる説得』というシナリオを立案した時点で、それこそにちかが電話をかける以前から準備を整えさせている。

『警察捜査のかく乱』はこの国においても立派な犯罪――アサシンの第一宝具の完全な影響下(レンジ)に収まる事案だ。
よって、このカバーストーリーは東京都内においては真実(実在の迷宮入り事件)として機能し得るものとなる。
NPCはこれらを疑う余地もなく、可能性ある者だろうと『犯罪の解明』として上を行くことは困難だ。


600 : I will./I may mimic.(前編) ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/13(月) 07:37:20 2GLVHxbk0
もとより大門という警官には、数日前にプロデューサーの自宅訪問をさせた時点で、毛髪の入手や指紋を付着させた物品の持ち帰りを行わせている。
『プロデューサーの替え玉』作戦進行のために必要な時が来るかもしれないと用意させたものだったが、それは『荒らされた事務所にプロデューサーが一度は立ち入り、そのまま警官の事情聴取を受けた』というシナリオ作成のためのピースとして役立てられた。
そして、同じ『カバーストーリー』を、七草にちかがプロデューサーに電話をしたスマートフォンを介して、プロデューサーにも伝達してほしいとの旨がある。
とはいえ、それは手の内を知られ過ぎないよう、『社会的な追及は向きません』という協力させた分の説明責任におさまる、概略の説明にとどまるものだ。
元よりカバーストーリーに逆らった場合、プロデューサー当人も警察権力の制約下に置かれてしまうため、これに逆らうメリットはプロデューサー側にもない。

そういった情報を伝達した後、役目を終えたその端末は、喫茶店までの道中においてアサシンの指示どおりに水没させられ、所定のやり方で廃棄すること。
実は、こちら側のにちかが電話をかけた際に使われた端末は、にちかの所有物ではない。
アサシンが自身の使用していた端末とは別に、代替え機として用意していた予備の端末からかけたものだ。
決して安い買い物ではなかったはずなのに、脚のつかないところから二機も三機も用意したのはどういう魔法を使ったのか。

「仕事が増えた……」

そうぼやいたにちかではあったが、続くその意図を読み取ってさらに顔をしかめることになった。

これにより、こちら側の七草にちかの連絡先をプロデューサーは知らないままとなる。
向こうが連絡先を知っていることにメリットもあるが、今後『他の敵性マスターとプロデューサーが同盟するリスク』等も踏まえればデメリットが勝る。
ただでさえ『替え玉作戦』を七草はづきらとの接触によって察知された場合、『283プロへの肩入れが大きすぎる。つまり、七草にちか以外にも283プロに関わるマスターがいる』と付け入られる隙がこちらにはある。
もともと、田中摩美々がプロデューサーの情に訴える電話交渉役を担うパターンも計画には入っていたため、リスクを承知で設けた隙ではあったのだが。

(『敵と組んだ場合』とか……付け入ると隙とか……それって……)

また、事務所の片付けと同時進行で、山本がらみで知り合ったヤクザに依頼して、プロデューサーのアパートに見張りの手は置いた。
NPCを直接的な命の危険にさらすような手を打ちにくい以上、距離を置いての監視になってしまうことは避けられない。
ただ、予選期間を利用して第一宝具によって張り込みのノウハウを仕込んでいるため、ある程度の隠匿性は持たせられる。
仮に夜逃げ等の性急な手を打とうとするようであれば、一報は届けられる手はずになる。
ただ、行き先を調べるために尾行するとなると、『サーヴァントに反撃されるリスク』がつきまとい、『事情を知らないNPCに協力させていい仕事』の範疇を超えてしまうため、現状でそれ以上のことは叶わない。

「はぁー」という摩美々の嘆息が、にちかの心臓を跳ねさせた。
ため息の理由は分かる。
ここまで用心を重ねた対応を打っていれば、あまり頭の良い方ではないと自負するにちかにも意図はくみ取れる。

(万が一の夜逃げを予想した監視もつける……やっぱり、あの人は『敵』に裏返るかもって、ことだよね……)

それは、現在のプロデューサーが『仮想敵』としての扱いになっているということ。

「もしかして、私の電話のせい……?」

全て読み終わり、そう呟いてしまい、にちかは勝手に地雷を踏んだかと焦った。

想像の十倍ぐらいすさんでいた。
私のことをしっかり落とした時とは別人のようだった。
なんかふわっとした話し方で、よく分からなかった。
私のことを見ていなかった。
もう一人の七草にちかのことばかり気にしていた。

これでお別れみたいに、『さよなら』って言われた。

電話した時のそういう印象は、メロウリンクに対する念話を通しておおまかには伝えてしまっている。
それを正直に受け取れば、『すさみきった今のプロデューサーなら、聖杯戦争に乗り出すかもしれない』などと警戒しても無理はないだろう。


601 : I will./I may mimic.(前編) ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/13(月) 07:37:46 2GLVHxbk0
「ううん……きっとプロデューサーが決めたなら、もっと前からだったと思う」

だが、摩美々はささやくように言ってのけた。
猫のような瞳に、恐ろしいまでの無の感情を乗せて。
この警戒は、決してにちかの電話を大げさに受け止めた過剰なものではないと。

「前から……?」
「だって…………人ぐらい殺さないと、あの人が『にちかに頼まれるまでアイドルのピンチに駆け付けない』って、有り得ないから」

こうして、田中摩美々の焦点は今いちどその男へと推移する。
283プロダクションにいる皆の危機と、幽谷霧子の安否という、当座の心配事が終わった今。
まず真っ先に、想ってしかるべき相手のことだったから。

『プロデューサーは、おそらく聖杯を狙っている』という帰結を、無視できないまま。

そうとしなければ、腑に落ちない点はいくつもあった。
とりわけ、『知らないプロデューサーになった』とでも解釈しなければ、説明がつかない。
そうでなければ、『担当アイドル(白瀬咲耶)の死を受けても引きこもりを続ける』ようなプロデューサーなんて、有り得ない。

あの場で283プロダクションの皆を避難させてほしいと要請したのは、期待があったからだけでなく、試す意味合いもあったのだろうと摩美々は推測する。
名探偵というわけではなくとも、一か月一緒にいれば、アサシンがある程度『情』と『利』を分けて行動を選ぶタイプであることは読めてくる。
未だにプロデューサーが、283プロダクションのNPCが失われることを避けようとするほどには、情を残してくれているかどうか。
その色を見ることも、おそらくはアサシンの目的のひとつだった。

彼の心に、情は残っていた。
だが、感情そのものは、たった一人に向けられていた。

『依頼人(マスター)、共犯者(マスター)。ご休憩中に申し訳ない』

トーンの微妙に異なる名指しに二度呼ばれ、念話の回線が開かれた。
心配事に沈もうとしていた心が、揺り起こされるように聴覚に引っ張られる。

『んー、パフェは食べ終わりましたけど、緊急ですか?』

一か月ですっかり聞きなれてしまった声。
アサシンがいたずらにマスターを妨害する性質でないことを把握している摩美々は、それでも我が身に集中と緊張を走らせる。
まして今の時間なら、ちょうど櫻木真乃と事務所で話しているはずだ。
真乃に問題でもあったのかと、心配せざるを得なかったのだが。

『いえ、ちょうど櫻木真乃さんたちは楽しそうにディスカッションをしているところです。その間を利用して、報告したいことと、お願いしたいことがあります』
『はい?』




602 : I will./I may mimic.(前編) ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/13(月) 07:38:18 2GLVHxbk0
『We can go now! We can go now! ひとりじゃないよね♪』

その着信は、アサシンのサーヴァントと別れてからそう時間をおかず、櫻木真乃のカバンを振るわせた。
どのぐらい時間をおかないかというと、まだ改札を潜ってから、電車にも乗り込んでいないうちに。

「ほわっ! 人の流れ……場所っ、探さないと」

アイドルたる者、マナー違反になるような場所で受け答えしてはいけないという習慣は備わっている。
仕事のオフレコな話かもしれないという可能性を考慮して、人の群れから外れた壁と壁の隙間みたいな場所に入り込み。
ひかるちゃんに一応、見張りとかもお願いしてカバンをごそごそ。
もしかして、連絡先を交換したアヴェンジャーさんか、星野アイさんか、そのどちらかだろうか。
そんな予想とともにディスプレイを確認したが、表示されていたのはどちらでもない名前だった。

『摩美々ちゃん』

さっきのアサシンさんの、サーヴァントだという田中摩美々ちゃん。
283が誇る看板ユニット、アンティーカの一人。
いたずら好きだけど、とっても賢くてトークもファッションもきらきらした小悪魔系アイドル。

「もしもし摩美々ちゃん。こちら櫻木真乃です」

283プロはアイドル同士の仲が良いことも、特色のひとつだ。
ことに283プロ創立時の4ユニットともなれば、たびたびピクニックやクリスマス会、親睦会に近いことを繰り返していて、すっかり気心知れている。
警戒することなんて、何もなかった。

『やっほー真乃。今、いいかな?』
「いいですよ。あ、あのね、さっき私、摩美々ちゃんのサーヴァントの、アサシンさんに会ったばかりだったんです」

まず真っ先にそれを伝えないと、NPCと話すつもりでお話しちゃうかもしれない。
そう思って、開口一番、せきこむように言った。


『さーばんとって、なんのこと―?』


心底不思議そうに、聴かれるなんて思わなかった。

『真乃ー。真乃ー』と再三の呼びかけがあるまで、どうやら固まっていたらしい。
「真乃さん…?」とひかるでさえ首をかしげている。

「えっと、摩美々ちゃん。隠さなくて、いいよ? 私も、マスターなんです。サーヴァントのひk……アーチャーの子も、そばにいます」

いきなり、ずばりあなたのサーヴァントに会いましたと言われて、マスターでない振りをしなきゃという思いが先に出たのかもしれない。
そんな勘違いの可能性は、しかし、心底から不審そうな声によって否定される。

『だからー、言ってることがよく分かんないんだケドー? マスターとか、アーチャーとか』
「え、だって……さっき、アサシンさんが……」
『もしかして、またメンバーの誰かが出演したゲームの話? それとも、私のことを聴いたとか言ってたけど……』

それは、詐欺に引っ掛かった人でも心配するように不安そうな声だった。

『もしかして、真乃は私の関係者を騙る人に、なんか言われたのー?』

摩美々ちゃんは、聖杯戦争のことを知らない。
知らないなら。
『田中摩美々のサーヴァント』を名乗ったあの人は。


――あの人が摩美々ちゃんのマスターでないなら、あの人は誰のサーヴァントだったの?


『なーんて。はい、ドッキリしゅうりょうー』


603 : I will./I may mimic.(前編) ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/13(月) 07:38:53 2GLVHxbk0
再び、しばらく固まっていたらしい。
「真乃さん、真乃さん」とさっきよりもなお心配そうに、ひかるが呼んでいた。
あ、大丈夫だったから、ありがとうねと、ひかるちゃんへの返答だけは淡々と済ませてから。

『うん、こっちも念話で、アサシンさんから聞きましたー』
「ま、摩美々ちゃぁん……」
『ごめんねー。まみみとしても、『私はマスターです』って、二つ返事では言えなかったから』
「摩美々ちゃん……」
『今まで二人でよくがんばったねー。真乃たちみたいな『いい子』には、刺激強かったでしょ』

よしよし、よしよしと、いつものやる気の無さそうな声で。
声だけのなでなでが聞こえてくる。
棒読みなりに慈しみの感情は伝わってきたけれども。

「い、いつもよりいたずらが、いたずら過ぎるよ……本当にどきっとしたんだから……」

さすがにちょっと酷かったと抗議すると、本当にごめんねときっぱり謝罪された。
『まみみ』が悪かった、本当にと、心持ち真面目なトーンに声が変わる。

でもね。

『もし、本当にそう言われたらどうなってたー? あのアサシンとお話した後で、そういう事になってたら』
「え……」

もしも本当に、摩美々にとって聖杯戦争の話が聞いた事のないものだったら。
もしも、アサシンの方が、嘘をついていたのだとしたら。

「騙されてた、ことになります……」

私のマスターは田中摩美々ですと。
そう自己紹介された時に、真乃は『それなら証明してもらうために、摩美々ちゃんに電話してもいいですか』と尋ねることはできた。
そうしなかったのは、アサシンの発言を全く疑わなかったからだ。
紳士然とした振る舞いと、こちらを信用させようとする挙動のすべてと、知り合いの名前を出された安心感。
それらをそのままに受け取り、『アサシンが言ったこと』をそのまま本当のことだと思った。

『うん。そう思ってもらうための、お節介……みたいな』
「お、お節介なんかじゃ……」
『でも、やっぱりいたずらの加減を間違えたりして、なくもなくもなくもないのかも』

いつも、真面目な話をするのはガラじゃないと思っているようなところのある摩美々から、『危なかった』という警告を受けている。
騙すという言葉に、ひかるもまずいことが起こったのかと気にせずにいられない顔をしている。

『べつに、アサシンさんを信用して貰えたことは、嬉しいからねー?
次からは、警戒するのもヨロシクってだけだから。 なんだったら、タクシーで一緒になった人達だっけー?
その人達に注意されて学習しましたってことにすれば、急に人との接し方が変わった感は出ないと思うよー?』

いつの間にタクシーに乗り合わせた人達の情報共有まで終わっていたのか。
真乃の挙動が急に変わったことを不審がられないようにと、その配慮まで示されている。

「は、はいっ。……摩美々ちゃんの方は、すごく色々考えてるんですね……すごい、なぁ」
『あー、サーヴァントに一か月ぐらい入れ知恵されてた副作用っていうか…………咲耶のことがあったのも、あるかも』
「はい……咲耶さんのことも、アサシンさんから聞きました」
『うん……それについては、まだ皆には発表されてる以上のことはオフレコでね。恋鐘たちにも』

あ、でも受け取るものはこっちも受け取ったよ、という言葉で、最初の痛みは通過したことを知らされる。


604 : I will./I may mimic.(前編) ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/13(月) 07:39:18 2GLVHxbk0
「そうだね……咲耶さんたち、私も立派だったって、思いました」
『でしょー。咲耶の判断は、いつも最良なのだよ』

おどけたような、いつもの喋り方。
やんわりと、まだこれ以上の哀しみは先にしたいと言われた気がした。

『それから、アサシンから言われたかもだけど、事務所では誰にも会わなかったことにしてねー……って、順番は変わるんだけど』
「順、番?」
『はづきさんから『プロデューサーの伝言』があった時に、そばに誰かいた? 聞かれてたりした?』
「あ……」

神戸あさひと、アヴェンジャーに電話の内容をそのまま伝えていた。
この二人のことは、まだ摩美々たちには話せない。
話せないけど、あさひ達に教えたことはいけなかった、かもしれない。

事務所に近づかないような要請をしたのがアサシンであるなら、『プロデューサーの伝言』というのはおそらくアサシンたちが騙ったプロデューサーだろう。
あさひ達はおそらく、『プロデューサーにあたる人が、283の事務所が危ないことを分かっていた』と思いこんだままだ。

『いたんだね』
「い、いけなかったことだよね……プロデューサーさんには、きっと身に覚えのない話だから……」

誰に聞かれたの、という質問を予想して、ハラハラと不安がせりあがる。
しかし、摩美々はそこを聞かなかった。

『ううん、いけなかったのは、勝手にプロデューサーさんを使ったこっちだから。
ただ、もし聞かれた人達から『どうだった?』って心配された時にね。
……聞かれてからでいいからね? こっちから喋りにいったら逆にわざとらしいから』
「うんっ」
『“事務所は荒らされてて誰もいませんでした”って、答えてね。警察の人が来るかもしれないぐらい荒れてたから、すぐ帰っちゃった、みたいな』
「ほわっ、それでいいんですか? プロデューサーさんは関係なかった話に持って行った方がいいんじゃ……」
『それでいいの。アサシンは283プロを利用した悪者の振りをしてるんだから、プロデューサーさんが庇われるような証拠を残していく方が変じゃーん。
ただし、もし『もっと詳しく聞かせてくれ』って人達がいたら、それが誰であっても先に連絡してね。
こればっかりは、プロデューサーの安全がかかってるから、相談する順番を間違えたらダメだよ』

そうなってしまったら、神戸あさひ達と田中摩美々達の間で争いが起こるかもしれない。
しかし、NPCとはいえ『プロデューサーさんの安全』とまで言われると、弱かった。

「うん……でも、ぜんぶ摩美々ちゃん達にお任せすることになっちゃうような」
『もともと私達のせいだからいいのー。連絡方法は今から伝えるねー。
……あ、今まで会えなかったから無いかなーとは思うけど、もし、プロデューサーに会うことがあっても同じように連絡ちょうだい。
こっちも先に言っておきたいことがあるから』


605 : I will./I may mimic.(前編) ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/13(月) 07:40:11 2GLVHxbk0
ここから先は、下手に何度も直通の電話できないからと、身に覚えのない番号と、符牒らしき言葉を伝えられる。
この辺りは、アサシンからの追加の伝言でもあるらしい。

「あ、ありがとう。たくさんアドバイス、してくれたんですよね」
『えー、お節介をそういう風に言われるとやりにくい……ただ、お返しがもらえるなら、だけど』
「な、何がいいの?」
「私が、真乃だったらどうするのかなって、教えてほしいことがあって」

『私が』をつけたということは、さっきまでのような情報交換のための質問ではなく、参考意見として、おしゃべりとして、真乃に聴きたいことがあるということか。


『もし、聖杯を欲しくて勝ち残ろうとしてる人に会ったら、真乃はどう思う?』


おしゃべりではあれど、雑談ではなかった。
本音で答えることしか許されない、直球だった。
それは、白瀬咲耶を聖杯欲しさに殺した者がいるという出来事を踏まえての、問いかけなのか。

真乃が頭に浮かべたのは、二人だった。
神戸あさひと、星野アイ。
真乃を励まさずにいられないほど優しいのに、聖杯に願わなければいけないことがあるという少年、あさひ。
元の世界ではもう死んでしまっていて、聖杯に願わなければ生きられないというアイドル、星野アイ。

「それは、咲耶さんのことがあったから、ですか……?」
『たぶん……最後の一人になるしかないって考えることを、否定するつもりはない、と思う。
ほかに方法ないでしょって言われたら、その通りだから。
……でも、『最初から聖杯の為なら人を殺すつもりだった』ってのは、違うじゃん?』

それは、聖杯を狙う人達に殺されるかもしれないことだけへの怒りではない。
すでに犠牲になり、これから犠牲になる人の中にいるかもしれない、友を想っての怒り。

『咲耶が死んじゃったことは、どうやっても、『仕方なかった』とか、『願いを叶えるためだった』なんてことに、私はできない。
どんな願いのために戦ってたんだとしても、できない』

それは、咲耶を殺したマスターへの復讐心とも少し違う。
願いを叶えようとする者の為には、そうでない者が死ぬしかない、そんな世界への怒り。
そんな世界を肯定する人達への反発。


606 : I will./I may mimic.(前編) ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/13(月) 07:40:37 2GLVHxbk0
『べつに、聖杯が欲しい奴は死んじゃえとまで、思わないけど……。
もし、『自分たちだけ幸せになるな』って言われたら、『ずるくない?』って思っちゃう。
それ……聖杯の為に殺すって決めた人が言うの?って思っちゃう』

摩美々は、星野アイのことを知らない。
知らないけれど、『星野アイの為に聖杯が必要だったとしても、その為に咲耶のような人が犠牲になっても仕方ないとはしたくない』とも言っている。

『咲耶やアンティーカのことを、『可能性がなかった』なんて決めつけられるのは、もっと嫌。
界聖杯は何も分かってない。リアリティーショーの嘘編集を信じちゃう人達ぐらい、分かってない』

白瀬咲耶がリタイアしたのは、予選期間が終了する直前だった。
それを摩美々は、界聖杯が『可能性がある人達だけが残りました』と宣言した中に白瀬咲耶と5人のアンティーカはいなかったと受け止めたらしい。

『ごめん……色々、しゃべり過ぎたかも』

最後にぽつりと付け足すところは、いつも配慮が行き届いた対応をする『アンティーカ』の、摩美々らしい反応だった。

「摩美々ちゃん」

だから真乃も、素直に、正直に、話していくしかない。

「私は、タクシーで、こういう風にも言われました……もし、『聖杯に願わなかったら、もうすぐ死んじゃう人』がいたらどうするの、って」
『そう…………』
「私は、答えられなかったんです」

正直にと思ったそばから、アイたちから言われたことを伏せるために、梨花ちゃんとセイバーの発言を捏造する。
ごめんなさい、ごめんなさいとと内心で頭をさげ、『他にそんな話をしそうな人の当てがいないんです』としおしおになる。
ただし、主張の中身については偽らずに。

「摩美々ちゃんが言ったことは、きっとその通りで、間違ってなくて。
でも、聖杯のために人を殺すことは間違ってても、そんな気持ちを否定はできないって思いました。
誰かのために願いを叶えたいとか、誰かのために生きて帰りたいって思うことは、誰だって願うかもしれないって思うから」
『うん』
「そんな大切な思いがあるなら、私は、そういうのを分かり合おうとしてからにしたい」

他人のことを知りたいと願うのは、分かり合うための想像力――ひかるが言う所のイマジネーションだ。
たとえ最後まで一緒にいられない同士だとしても、あさひやアイ達ともう関わらないという選択肢を、櫻木真乃は選べない。選ばない。


607 : I will./I may mimic.(前編) ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/13(月) 07:41:02 2GLVHxbk0


「私は、元の283プロや、プロデューサーさんの為に、聖杯を持って帰りたいとは思わないです。
でも、例えば、プロデューサーさんがはづきさんや、にちかちゃんの為に、聖杯でやり直したいって思うことだってあったのかもしれない。
そんな事になったら、私はプロデューサーさんを怒るより、自分を責めちゃうと思います」



『………………』



「摩美々ちゃん?」

それまで相槌を打っていた摩美々に、ちょっとどうしたんだろうと思うほどの沈黙があった。
もしかして、白瀬咲耶を殺した人達のことも、一緒にかばっていると誤解されたのだろうか。

「あの、もちろん咲耶さんや摩美々ちゃんのことを殺そうとしたり、炎上させたりとか、そんな事まで全部分かろうとするわけじゃない、ですよ?」
『いや…………ありがとう。真乃は、良い子だなーって、思ったの』
「い、良い子だなんて……私まだ、何もしてない……」
『ううん、真乃はもう私には止められないなーって、思った』

吸い込んだ息を吐き出すようにして、摩美々は言った。

きっと真乃は、今の私達にできないことをやろうとしてるんだね、と。

『でも、いなくなったら許せないのは真乃も一緒だからね。
真乃までいなくなっちゃったら灯織もめぐるも大変だし、私が灯織をへたにいじれなくなっちゃうからー』
『はいっ。摩美々ちゃんと一緒に帰れるようにがんばります!』

そういえばユニット同士で話すときは、からかいがいがあったのかよく灯織ちゃんをいじっていたなぁ、と思い出し、やっと安心する。
くすりと笑った声は、きっと通話が切れる直前の摩美々にも聞かれていたことだろう。



【???・???/一日目・午後】


608 : I will./I may mimic.(前編) ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/13(月) 07:41:20 2GLVHxbk0
【櫻木真乃@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:健康、咲耶の死を知った悲しみとショック(大)
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:当面、生活できる程度の貯金はあり(アイドルとしての収入)
[思考・状況]
基本方針:ひかるちゃんと一緒に、アイドルとして頑張りたい。
0:ひかるちゃんと一緒に聖杯戦争を止めるアイディアを考える。
1:少しでも、前へと進んでいきたい。
2:アイさんやあさひくん達と協力する。しばらく、みんなのことは不用意に喋ったりしない。
3:あさひ君たちから283プロについて聞かれたら、摩美々ちゃんに言われた通りにする。
[備考]
※星野アイ、アヴェンジャー(デッドプール)と連絡先を交換しました。
※プロデューサー、田中摩美々@アイドルマスターシャイニーカラーズと同じ世界から参戦しています。


【アーチャー(星奈ひかる)@スター☆トゥインクルプリキュア】
[状態]:健康
[装備]:スターカラーペン(おうし座、おひつじ座、うお座)&スターカラーペンダント@スター☆トゥインクルプリキュア
[道具]:なし
[所持金]:約3千円(真乃からのおこづかい)
[思考・状況]
基本方針:真乃さんといっしょに、この聖杯戦争を止める方法を見つけたい。
0:真乃さんと一緒に聖杯戦争を止めるアイディアを考える。
1:アイさんやあさひさんのことも守りたい。しばらく、みんなのことは不用意に喋ったりしない。
2:ライダーさんと戦うときが来たら、全力を出す。


609 : I will./I may mimic.(前編) ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/13(月) 07:41:51 2GLVHxbk0
前編は以上となります。


610 : ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/09/13(月) 21:31:46 UTkeG5gA0
ガムテ&ライダー(シャーロット・リンリン)、北条沙都子
予約します


611 : ◆0pIloi6gg. :2021/09/13(月) 22:00:21 GGIbtoa60
>>滑稽な蝋翼
シャニPことプロデューサーの内面をじっくり丁寧に描写した一作、とても読み応えがありました。
アシュレイ・ホライゾンを召喚したにちかへ近付こうとする彼もまた一つの蝋翼であったという見方が凄い。
猗窩座とのやり取りは悲愴でありながら、その実彼が"プロデューサー"だった頃の良いところもしっかり出ているというのが何とも皮肉でしたね。
また、猗窩座に対する"残響めいた影法師"という評が凄く的確だなあと思いました。猗窩座は他の英霊達とは違い、まさしく残響だなあと。
そしてそんな猗窩座の最後のモノローグもまた大変に情緒的で、あ〜〜良いな……と。主従の深みがぐっと増す一作、ありがとうございました。

>>I will./I may mimic.(前編)
女の子がかわいいもといアイドルしてる作品を読むとついは〜〜〜〜って感嘆の息が出てしまいますね。
摩美々と真乃、性格もキャラクターもまるで違う二人の会話が読んでいて非常に心の潤うものでした。
真乃の善良さに敵わないなと思いつつも必要な忠告はしっかりする、その抜かりのなさが実に摩美々らしくて良い。
そりゃこんな子周りから愛されないわけないよなあと、読んでいてそう感じてしまう解像度がありました。
後編の投下も楽しみにしておりますね!

改めて、皆さん素敵な投下をありがとうございました!

リップ&アーチャー(シュヴィ・ドーラ)
仁科鳥子&フォーリナー(アビゲイル・ウィリアムズ) 予約します。


612 : I will./I may mimic.(後編) ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/15(水) 18:32:01 uoADHoF20
感想ありがとうございます

すいません、時間的に延長をかけた意味があまりなくお騒がせして申し訳ありませんでしたが
完成したので投下させていただきます


613 : I will./I may mimic.(後編) ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/15(水) 18:50:35 uoADHoF20
アサシンからの用件は、まったく大したことではなかった。
というか、しっかり彼女らのディベートに耳を傾けながらの伝言なので、『真乃たちとどういう話をしたのか』の要点と、『それを踏まえて後で電話をしてほしい』の二点に尽きた。

曰く、彼女たちの背中を押してあげたいが、それはそれとして他人を警戒することにはいくらか注意をしたい。
なので、最終的には彼女たちを落ち込ませるかもしれないから、良かったらその後に電話で慰めてもらえないか。

『それ、逆でいきましょう』

即答していた。

『真乃たちを注意するのは、私が電話でやります。付き合い長いから、上手い事言えますのでー』

こういう時、即決で決めてしまうと大人はすぐにたじろいでしまう。
いつのことだったか。
前にもプロデューサーと遣り取りした時に、『そんなすぐ決めて大丈夫か』とか何とか言われたことがあったような気がした。
なので、反論されたらこのように言い返す。

『……アサシンさん、子どもの頃に『こんなすぐ答えを言うなんておかしい。ちゃんと考えたのか』って言われたことありませんでした?』

相手も身に覚えがありすぎたらしい。
この人を言い負かせたのは、たぶんけっこうレア体験だ。いえーい。

しかし、うん。
まず自分が『叱る役目』をこなし、しかるのちに摩美々に『慰める役目』を割り振ろうとした理由なら、何となく分かってしまう。
この人は、結局のところ、『誰かが損を引き受けるなら、それは自分であるべきだ』が頭にあるっぽい。
もし組まされたのが三峰とかだったら、眉を逆ハの字にしてたちまちに『そういうとこだぞ』と怒り出しそうだ。

そう思ったので、念話で次はないとばかりに三連弾で言い切った。

『別に、険悪にするつもりはないですよー。真乃を泣かせたりしたら、あとで灯織に何言われるか分かりませんからぁ』

『アサシンさんは犯罪卿なのかもしれませんけど、283プロの悪い子はまみみなのでー』

『言うことは言うので、アサシンさんは安心して優しくなってください』





情報が漏洩していないかどうかの確認や、緊急連絡のやり方などは受け売りだったけれど、言ったことはだいたいアドリブだった。

相手に『危ないところだった。次からは気を付けよう』と思ってもらうなら、ドッキリを仕掛けるのが一番。
『いたずら』ではなく『いじわる』だと受け取られたら傷つけてしまうので、撤回するのは早々に、困らせるのはほどほどに。
こちらからも謝罪はきちんと、きっぱりと。

本当なら、危なっかしい後輩はそばにいて守ってあげなくちゃというお節介の発揮しどころなのかもしれなかったけれど。
それは無理だろうなぁとも分かる。

ライブステージを何度か経験してきたアイドルとして予想するなら、明日の合同ライブに真乃はそのまま出場する。
283プロとしての営業は事務所が壊れてしまった以上回らないだろうけど、合同ライブともなれば急なキャンセルは共演者の迷惑にも関わるからだ。
283プロダクションの進退がどうであろうと、天井社長のことだから真乃を送り出す結論を出すだろう。
そんな真乃を相手に前日からついていって、『なんでアンティーカの摩美々ちゃんが一緒に来ているんだろう』と見えてしまうのは怪しすぎる。


614 : I will./I may mimic.(後編) ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/15(水) 18:51:39 uoADHoF20
それに、そもそもこっちは『咲耶を殺した連中からどうにかして仇を撃とう』だとか話し合ったりしてる。
それに『聖杯を獲る以外の方法で帰るために、凶悪な聖杯狙いは排除しよう』という方針になってるのがもう一つの理由。
そんな物騒な話に、真乃みたいな『良い子』(相方のサーヴァントも同じぐらい良い子らしい)を乗せられるかというと、できないだろうなーという結論になる。

摩美々だって後者については、正直なところ迷いはある。
誰もかれもが、ガムテープ集団のように分かりやすい『悪』ではないはずだと、真乃も言っていた。
それでも後者に際して異論を出さないのは、283プロダクションを維持するにあたって予選期間からずっとアサシンの働きぶりを見ていたからだ。
もしもサーヴァントに過労死が有り得るなら、アサシンはとっくにそうなってもおかしくないほど頑張ってくれている。
この上で、更に守るべきもの、死なせるべきでない人を過積載するのはきつすぎると理解できるぐらい、摩美々はひねくれていた。
その上で、積載しない一線を引くなら、それは摩美々にとって『聖杯を獲るためなら咲耶や霧子や真乃、にちか達を殺してしまおうとする人達』になる。

それはきっと、真乃のような正しい優しさは無いことだとも思う。
けど、お前達だって人を見捨てているじゃないかと言われたら『人を殺すこと前提でここに来たその人達が、それ言うなんてずるい』が先に来る。

だから、アサシン――モリアーティの、『界聖杯はおかしいと言ってくれる悪』を摩美々は支持する。
そもそも、彼のおかげで生きていられる時点で支持しないも何もないのだけど。
彼の方が『正しい』なんて評することは、彼も望んでないだろうけど。
少なくとも彼は、『何も悪い事をしていない摩美々の友達が死ななきゃいけないのはおかしい』と認めてくれた。

それとも、やっぱりおかしいのかなと首をかしげたりもする。
さすがに命が懸っているともなれば、真面目に勉強するつもりになって、シャーロック・ホームズの物語ぐらいは読んだ。
当時のロンドンの、悪事の半分の黒幕。
抹殺されれば、確実に公共の利益になった男。
皆に危害を加えるなーと怒るために、たくさんの人に危害を加えた暗殺者(アサシン)のやり方に任せるのは、矛盾だった。

その矛盾の答えは、『どういうわけか、この人に悪印象は持てないんだよね』になる。

まあ、そのへんにどうにも理屈がないのは仕方ない。
アイドルになった理由が、『あんなに叱ってくれる人は初めてでしたしー』ぐらいに、ふわっとしていたのと同じだ。

だから、真乃ならどう答えるのか、知りたかったのは本当のこと。
まったく頼まれてなかったことまで尋ねたのは、ずるいとか、許せないと語ったのも本音。
でも、そんな風に敵と味方で考えたから、バチが当たったのかもしれない。


615 : I will./I may mimic.(後編) ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/15(水) 18:52:06 uoADHoF20


――もし、聖杯を欲しくて勝ち残ろうとしてる人に会ったら、真乃はどう思う?



だけどそれは、本当に、不特定多数の『勝ち残ろうとしてる人』に対しての質問だっただろうか。
私はその『許せない』人達のなかに、『あの人』が加わることを予想して、構えていたんじゃないか。



――例えば、プロデューサーさんがはづきさんや、にちかちゃんの為に、聖杯でやり直したいって思うことだってあったのかもしれない。



その言葉で、『あっ』と思った。

言葉そのものに驚いたのではない。
言葉を聞いた瞬間に、『ぱちん』と頭の中で、パズルのピースがハマる音がした。
そのピースが空いたままになっていたからこそ、自覚せずにいられたというのに。





うん、言うべきことは言った。
アサシンに見栄を切っただけの仕事は、果たした。
『悪い子』は、偉かった。
……なんぜ、真乃との電話が終わるまでは、動揺を気取られないようにできた。

すっかり打ち解けたアンティーカのメンバーならば、途中から摩美々の様子が変わったと感づかれたかもしれないけれど。
ユニットの異なる友人なら……イルミネの真乃ならば、ごまかせる程度を維持できたはずだ。
まずはやれた、偉かったと己を褒めて、そのままずるずると壁に背中を預ける。

あー、そういえば、喫茶店を出て廃ビルにいたんだっけ。
通話を切ってから、どれほどぼーっとしていたのか。
カバンから汗拭きをとりだし、徐々に青みを失いつつある空を見ていた。
さすがに学生の夏休み真っ最中の渋谷の喫茶店で、あれ以上居座るわけにはいかず。
日陰で、アスファルトの地面はなくて、最高気温時間帯は過ぎていたとはいえ、かなり暑かったけれど。
本当に、エアコンのないスポットで電話するなんて避けて通りたかったけれど。
まだ咲耶の炎上がなくなったわけではない以上、長電話で目立ちたくないのが一番ではあったので。
『偉大』とかいう少年との密会に使われていたらしく、逆に言えばガムテープ集団の方針が変わってくるであろう今の時間は誰も来ないそこが、合流場所に選ばれた。

「お、お疲れ様でしたー……って、どうかしたんですか!? 摩美々さん」

代替え機の処分を済ませて戻ってきたにちかが、声をかけるなりぎょっとしたトーンに変わる。
それほど今の摩美々は、沈んだように見える顔だったらしい。


616 : I will./I may mimic.(後編) ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/15(水) 18:52:32 uoADHoF20
「あ。はづきさんから、全体告知が来てるよ……283は『強盗が入って事務所は明日から営業見合わせ』。皆は無事なまま、いったん解散になるっぽい」

チェインで届いたお知らせを、ディスプレイから見せる。
元より自転車操業だった283プロジェクトにとって、ここに来ての事務所半壊と、備品の全壊は致命的だ。
この後に来るのは、おそらく営業規模縮小をそのまま拡大させた、これから組まれるはずだった仕事のキャンセル。
『強盗に入られた事による営業停止』と銘打たれてはいるが、それは追々と『もう芸能事務所として稼働させることはできないので無期限休業します』に変わっていくことだろう。
金看板のアンティーカも、咲耶がいなくなってしまったし。

「いや、それも大事ですけど! 熱中症ですか? それとも櫻木さんと喧嘩したとか?」
「いや、喧嘩とかは無かったよー」

ただ、たとえ話で、『もしプロデューサーさんが聖杯を狙ってたとしても』って……言われただけ。
真乃は知らないんだよね。
そうこぼすと、にちかとアーチャーが黙ってしまった。



「言えなかったよねー…………本当にプロデューサーがそうなったっぽい、なんて」



現実の283プロダクションが営業停止に見舞われた時、アイドル達の反応は二通りだった。
また変わらずすぐに活動できる様になる。
その約束を、信じた者と、信じたふりをした者だ。

まっすぐな真乃は、約束を信じていた。
プロダクションがなくなって、不慣れなソロ活動をしなければならない苦境に陥りながらも、がんばり続けると宣言した。
摩美々は、そうではなかった。
一時的なソロ活動ならまだしも、プロダクションが無い以上、アンティーカという名義が名乗れない。
『アンティーカのまみみ』でなくなったまま活動することを、アンティーカをよりどころとする彼女自身が良しとしなかったこともある。
けれど、きっと理由はそれだけではなかった。


――プロデューサーは田中摩美々を見出してくれたけど、田中摩美々はプロデューサーを救える何者かにはなれなかった。



「そんな……悲しいこと、言えなくても仕方ないですよ」
「ううん。悲しくは、ないよー。少なくとも私は、悲しくない」


617 : I will./I may mimic.(後編) ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/15(水) 18:52:57 uoADHoF20
プロデューサーを支えられなかったのは、真乃だけでなく、摩美々だってそうだ。
それを察していながら、理解を追いつかせず、信じた振りをするしかなかった。
いつもそうだ。
踏み込んだら余計なお世話ではないかと、かえって負担になるのではないかと遠慮して。
恋鐘のように、ぐいぐいと踏み込めたら解決できたのかもしれない機を逃して。
聞くべきことを聴けず、言うべきことを言えないまま見送ってしまう。


――私の運命はあの人だったけど、あの人はもう、私じゃない運命を見つけた。


いや、嫉妬してたりは無いけどね。
少なくとも、恋愛的な意味であの人を好きだったことは無かったはずだ。
私服のはづきさんと不動産屋さんに出入りしたのを見かけた時も、そういう感情は皆無だったし。

でも、摩美々のプロデューサーとして末永くお付き合いすることは、叶わなくなってしまった。
たった一人のプロデュース失敗と、それによって壊れてしまったものが、あの人を変えてしまった。
そんな、しっかりと彼のことを理解していればもっと早くに気付きそうな事実を、なかなか飲み込めないまま、物分かりのいい振りをした。

だから田中摩美々は、悲しくなんかない。
ないったら、ない。

「今日まで、一番悲しい思いをしたのは、プロデューサーだと思うから」

そうでなきゃ、あの優しくて、誠実で、暑苦しいほど人を思いやれる人が、人を殺して聖杯を獲ろうなんて考えつくはずがない。
あの人がそういう人だということは、分かっているつもりだから。
元の世界での摩美々が力不足で、踏み込み不足で、あの人を支えるに足らないほど無力だったとしても。
彼のプロデュースを受けたアイドルとして、そこだけは分かってなきゃいけないから。

ああ、でも。

「憂鬱、なのかもしれないなぁ……」

283プロダクションは、家庭でも寂しさを見出すことがある彼女にとって、初めてできた居場所で、世界で。
その世界の真ん中にいた、本当にきれいな星が、いなくなってしまった。
田中摩美々は、情熱の赤色にも、憂鬱の青色にも、染まってやらないはずだったのに。
今の彼女は、世界を『憂う』ようになった。


618 : I will./I may mimic.(後編) ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/15(水) 18:53:37 uoADHoF20
「アサシンさん、いっぱい頑張ってくれたのに……私が無理なお願いをしちゃった」

悪いことは悪いと、叱ってもらえる世界に帰りたい。
でもあの人はきっともう、聖杯を獲っても獲らなくても、迷ったアイドルを叱って、見つけ出してくれるプロデューサーさんじゃない。
『いつか283プロは再開する』という空手形で約束した時から、きっとそうだった。
わがままな子どもの摩美々が、認めきれていなかっただけ。

(よく、あの人は「特別な人と敵味方になる」ことに耐えられたなぁ)
(実際に、『別陣営なんだ』って、もう会いたくても簡単に会えるものじゃないんだって、意識するとキツイと思うよ、これ)
(なんで私がこっち側で、あの人はあっち側なんだろうって)
(苦しくてたまらないんじゃないかなぁ、こういう時は)

田中摩美々の場合は……さっき食べたマルゲリータピザとパフェが、お腹の中から『リバースしたい』ってぐるぐるしている。
飲み干したメロンソーダが『こんな事を知るぐらいなら、味わわなきゃ良かっただろ』と嘲笑ってくる。
どれもこれも好きだったのに、苦くて苦くてたまらない味になってしまった。
世界ぜんぶの優しかった大きな何かから見捨てられたみたいな、全てを吐き出したくなる味。

それとも、今のプロデューサーのことをもっとよく分かっていたら、互いの理解者になれていたらまた違ったのか。



「まみみのお願い、叶わなくなっちゃった……」



心臓が、ねじれそうだ。


619 : I will./I may mimic.(後編) ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/15(水) 18:54:01 uoADHoF20

「真乃も霧子も、それから咲耶も、すごいなー。自立してるってゆーか……」

彼女らも、感情の種類は少しずつ違っているなりに、同じくプロデューサーを慕っていた。信頼していた。
けど、帰りたいというわがままにしがみついていた摩美々と違って、彼女らはみんな、この世界でできることを見出していた。

『でも、自分がどれ程危険で困難な道を選んだかは理解しているつもりです。』

『わたしはそれを……見つけてあげたくて……摩美々ちゃんやみんなに……伝えてあげたいから……』

『そんな大切な思いがあるなら、私は、そういうのを分かり合おうとしてからにしたい』

それぞれに、プロデューサーとは独立した形での、目標を打ち立てていた。

「ごめん。にちかだって、大変な思いをしてきたのに……」

すごいと言えば、ここにいる七草にちかだってすごい。
二人暮らししていた姉を亡くしたらしいのに、ああもまっすぐ立っていられるのだから。
こっちは、それまでの『当たり前』がいなくなると考えただけでも、どんな明日になるのか想像もつかないというのに。

(これじゃ、私ひとりだけ、親離れできてないみたいじゃん……)

お前の目標は何だとか考えだすとドツボにはまるのは、WINGの三次選考やGRADの時を経て自覚していたから、さすがに繰り返したくはないけど。

「言いたいことはあるし、咲耶の手紙は届けたいけど……でも、『こんな手紙が届いたからには、敵はアンティーカの誰かだ』ってなったらどうしようとか、考えちゃう自分がやだなー」

いや、そうなったら真っ先にマスターを疑われるのは、いつも手に包帯を巻いている霧子になってしまうから、摩美々ひとりだけの都合では済まされないのだけど。
そう、一個だけ、どうすべきか分かっていることがある。


620 : I will./I may mimic.(後編) ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/15(水) 18:54:38 uoADHoF20
「でも、霧子や真乃には、言えないからー」

真乃にも霧子にも、教えない。知らなくていい。
プロデューサーは、まさに『自分を責めちゃうかも』と言った有り様になっているなんて。
プロデューサーは、最後にお別れした時に輪をかけて、あなた達のことを見ていないなんて。
そんな最悪な運命を、あの子達みたいな『良い子』たちにまで背負わせるなんて、できない。

こんな最悪なことを抱えるのは、『悪い子』だけで充分だ。



「わ、私が、ぶん殴りますよ!」



空元気と気合のこもった、裂帛の声がにちかから飛び出した。

「あの野郎、もう一人の私のことを気にしてたから! 私がもう一人の私を探してたら、会うかもしれない!
ぶん殴って、バカなことを考えるなって、反省させます!!」

両の拳を握りしめて、怒り心頭の表明をする。
『アサシンさん早く来てー、あなたのマスターがすごい顔してます!』という弱音を捻じ伏せるように、にちかは拳を握った。

「『優しい人達がたくさん心配してるのに何やってんだ』って、殴ります!
あ、もちろん摩美々さんの名前が割れないようにはしますけど! だって、こんな……」

あの男から見たら、今の七草にちかは『自分を見つけられている』子で、もう一人の自分はそれができてない可哀そうな子らしい。
だけど、それはそれとして。

七草にちかに、家族はもういない。
この世界にいる七草はづきだって、おそらく『もう一人のにちか』の為に用意された姉だ。
この世界で生活保護を受給しながら、つつましやかにカロリーメイトを食べて糊口をしのいでいた女の子の姉ではない。
一か月一緒にいてくれた不器用な同居人だって、にちかが死のうが生き残ろうが、最後には『英霊の座』とやらに帰ってしまう。

それなのに、あのP野郎はどうだ。
こんなに心配してくれるアイドル達が、あと二十数人もいたのに。
よくも、こんなに優しい人達を放っといて、殺し合いの世界なんかにやって来られたなとムカムカした怒りを顔と声に表す。

「何それ。向こうにもサーヴァントいるんだから、止められるでしょ……」

でも、ありがとー。

そうお礼を言った時の顔は。
よくもそんな顔で『悪い子』を名乗れたなと、にちかがそう言ってやりたくなるようなものだった。





621 : I will./I may mimic.(後編) ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/15(水) 18:55:04 uoADHoF20
サーヴァントの過去夢とやらを、摩美々が見ていた期間はそう長くない。
どうにも、彼は過去によほど見せるとまずいものでもあったか、あるいは見られると恥ずかしいものでもあったのか。
ある程度、マスターとサーヴァントのチャンネルを切ることを覚えてからは、夜間の間は自覚的に繋がりを切るようにしていたようだったので。

でも、その長くない期間に見ていた夢は、走馬灯のようだった。
いや、実際の走馬灯だったのかはともかく。
繰り返し、巻き戻り、回が帰する思い出の群れだった。
かつての、その人の視界から見えていた光景。
在りし日の、忘れられない、精密に焼き付いた記憶の繰り返し。

緋色に染まってべとべとになった両手の幻覚と、交互だったけど。
血に染まった両手が、思い出している間だけは忘却されるかのように。
あるいは、思い出そうととするときに、返り血がフラッシュバックして、その資格がないと囁きかけるかのように。

断片の数々だったから、全体のあらすじまでは分からない。
だがしかし、どんな風に見えたのかという話をするなら。

たった一人を見る時だけ、視界の彩度がはっきりと違っていた。
その人の姿をとらえた時だけ、世界がうるさいほどに眩しかった。

――この人、『彼』のことがめちゃめちゃ好きじゃん。

頭を使って読み解くまでもない。
たとえ人間観察の力がこの二人からすれば児戯にもならないほど劣っていたからといって、目線が違えば分からされる。
当人が客席から見ている手品を、舞台袖のタネが丸見えになる裏手から見ていれば、理解力に差が生まれるのは当然だった。
その手の漫画などを感情移入してノリノリに食い入る凛世や智代子などが見たら、相手の男に向かって手に汗にぎり、『気付いて、気付いて!』と必死になっていたこと請け合いだろう。

すれ違って様子見しただけなのに、鹿撃ち帽にインバネスコートの有名な恰好で記者会見させられている姿を、短時間の間に何度も視線を往復させて。
テストの採点をする片手間に話をしているだけなのに、答案用紙ではなく彼の表情にばかり視線を走らせて。
それも、彼にじろじろ見ていると思われないよう、彼がふと視線を外したタイミングを見計らって視線を注ぐという小細工までやらかして。
彼に渡す手紙を書いては消し、書いては消し、最終的に『読まれる手紙』と『読まれなくてもいい告白の手紙』に文章を分けて書きなぐり。

『他人の視界を借りる』という斜めに引いたラインから覗いているだけで、分かる。
その人はロンドンを震撼させた化け物でもなければ犯罪の悪魔でもない。
どうしようもなく『人』だった。
むしろ情緒が幼過ぎやしないかと、拍子抜けするぐらいに。

だから摩美々は、一度も『どうして、あなたは犯罪に手を染めなきゃいけなかったんですか』とは尋ねていない。
なぜって。あんなに想ってる相手と、敵味方に分かれてまでやらなきゃいけなかったことなら。
そういう風にしか生きられなかったんだなー、としか思えない。

もしかして、この感想もおかしいのだろうか。
どんな理由があっても殺されたのを許せないと思いながら。
それでもなお、この人はそういう生き方をしたんだなーと思ってしまう。

ああ、でも、だからこそ。
もう会えないことを承知で。
永遠の関係など無いと、分かたれたままで。
それでも奇跡にすがって会いに行くことを選ばずにここにいて。
運命の人からもらった想いを胸に抱いたまま、一人でがんばっているその人に。
私はどうしても悪印象を持てないのかもしれない。

ならば。
光っているその星に、手を伸ばしている、その人に。
その星が綺麗なことを誰よりも理解っていて、魅せられていて。
いつかまた、星が落ちてこないかなと、祈るように待っている人に。
その人が本当に辛い選択を、己を切り刻んで、泣かせるような選択をしたその時には。

背中を叩いて、アサシンさんでも、モリアーティさんでも、まして犯罪卿でもない、彼だけがその人に名付けた『あの名前』で呼んで。
そして、『会いたいと思ってるなら、悲しませるようなことをしちゃだめだよ』って教えられたらいい。


622 : I will./I may mimic.(後編) ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/15(水) 18:55:26 uoADHoF20
[全体備考]
※283プロダクションは2日目以降、営業停止に入ります。
※櫻木真乃と星野アイが出場する合同ライブは二日目に予定通り開催されます。時間帯などの詳細は後続に任せます
※上記について、書き手は現実の芸能事務所の手続きや周知速度等については不勉強ですが、『時間帯が夕方に突入する時点ではもう決まっている』ものとして扱っていただいて構いません。


【渋谷区・代々木近辺の廃ビル/一日目・夕方】


【田中摩美々@アイドルマスター シャイニーカラーズ】
[状態]:健康、赤い怒りと青い憂欝
[装備]:なし
[道具]:白瀬咲耶の遺言(コピー)
[所持金]:現代の東京を散策しても不自由しない程度(拠出金:田中家の財力)
[思考・状況]基本方針:叶わなくなっちゃった
0:プロデューサーといい、霧子といい、今日は振られてばっかり……。
1:霧子、プロデューサーさんと改めて話がしたい。
2:アサシンさんの方針を支持する。
3:咲耶を殺した奴を絶対に許さない。
[備考]プロデューサー@アイドルマスターシャイニーカラーズ と同じ世界から参戦しています

【七草にちか(弓)@アイドルマスター シャイニーカラーズ】
[状態]:健康、いろいろな苛立ち
[令呪]:残り三画(顔の下半分)
[装備]:不織布マスク
[道具]:予備のマスク
[所持金]:数万円(生活保護を受給)
[思考・状況]基本方針:生き残る。界聖杯はいらない。
1:WING準決勝までを闘った"七草にちか"に会いに行く。あれは、どうして、そんなにも。
2:"七草にちか"に会いに行くのは落ち着いてから。
3:あの野郎(プロデューサー)はいっぺん殴る。
4:お姉ちゃん……よかったあ〜〜〜。
[備考]※七草にちか(騎)のWING準決勝敗退時のオーディションの録画放送を見ました。

【アーチャー(メロウリンク・アリティ)@機甲猟兵メロウリンク】
[状態]:健康
[装備]:対ATライフル(パイルバンカーカスタム)、照準スコープなど周辺装備
[道具]:圧力鍋爆弾(数個)、火炎瓶(数個)、ワイヤー、スモーク花火、工具
[所持金]:なし
[思考・状況]基本方針:マスターの意志を尊重しつつ、生き残らせる。
0:俺よりひどい女の泣かせ方をする男がいるとは……
1:にちかと摩美々の身辺を警護。
2:『自分の命も等しく駒にする』ってところは、あの軍の連中と違うな……
3:武装が心もとない。手榴弾や対AT地雷が欲しい。
[備考]※圧力鍋爆弾、火炎瓶などは現地のホームセンターなどで入手できる材料を使用したものですが、 
アーチャーのスキル『機甲猟兵』により、サーヴァントにも普通の人間と同様に通用します。
また、アーチャーが持ち運ぶことができる分量に限り、霊体化で隠すことができます。


623 : I will./I may mimic.(後編) ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/15(水) 18:56:12 uoADHoF20
全投下終了します


624 : ◆Uo2eFWp9FQ :2021/09/15(水) 19:23:39 L8pevMRM0
予約分を投下します。今回の話は時系列としては「283さんちの大作戦」の直後になります


625 : A lone prayer ◆Uo2eFWp9FQ :2021/09/15(水) 19:25:30 L8pevMRM0







     かくして鉄のような口調で
     自然はその子に問いかける
     その命令で我らを犯罪へ導き
     その甘き行いを───
     愚者だけが裁かれ
     無罪を拒否される行いを
     何と呼ばん


                ───ヤン・シュヴァンクマイエル 「ルナシー」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


626 : A lone prayer ◆Uo2eFWp9FQ :2021/09/15(水) 19:28:00 L8pevMRM0







───それは、斯くも恐ろしき女帝と悪童が姿を消した頃。

───それは、時間にして8月1日の午後を回った頃のこと。


肘掛け椅子(アームチェア)に腰掛けた若い男がいた。
明かりも点かぬ薄暗がりの部屋の中にあって、英国風の仕立ての良い黒い紳士服(ダークスーツ)に身を包み、細かな装飾の為されたステッキを携える男の顔に張り付いた表情は、僅かな笑みだった。何かに悦ぶわけでもない。何かに安堵するわけでもない。僅かな笑み、冷やかな。笑みひとつ浮かべるごとに部屋の温度が数度ずつ下がっていくかのように思う者もいるかも知れない。確かに人間の表情ではあるのに、どこか無機質を思わせるのは何故か。
麗姿、と呼んでも良かった。
しかし、およそ尋常なる人間のものとは思えなかった。
椅子に深く腰掛け足を組むその姿はまさしく格調高雅と呼ぶに相応しく、神域に至った彫刻家がその生涯の全てを懸けて美の神髄をこの世に降ろそうと作り上げた神の似姿に等しい、人なら誰しもが持つ不完全性とはかけ離れた超自然的な威容として存在しているがために、およそ現実味のない空想の産物であるような印象さえ見る者に抱かせるのだ。
男にしては美しすぎる。女にしては鋭すぎる。人にしては完璧すぎる。
あらゆる他者を惹きつける美の体現として在りながら、同時に死と退廃の気配を色濃く同居させていた。その姿は輝きに満ちて、けれどそれを柔らかな陽の光のようにと形容することはできなかった。闇と血に染まって、青白い肌は尚も昏い輝きを増し、凄絶な美貌は地獄美と言ってもいい美しさで世界を狂わせそうだ。この光に魅せられた者は、例えその末路が自らの破滅であると悟りながらも手を伸ばすことを止められないだろう。あたかも無知な羽虫を惹き付け燃やす誘蛾灯であるかのように。
その笑みの様相を何と言おう。精錬の限りを尽くし限界まで不純物を取り除いた純金を、絹糸さえ及びもつかぬほど繊細に、緻密に編み上げたかのような金糸の髪が微かに揺れるその奥に煌めくのは、何をも映さぬ赤き月の如き双眸である。
一般に赤目とは、色素の欠乏により眼球内の毛細血管が透けることで現れるのだと言う。しかしこの男の両眼を前にして、果たして同じことが言えるだろうか。紅い、朱いのだ。一体どれほどの人の死を見つめ、どれほどの血と惨劇を目の当りにすればこうなるのか。人という種が抱く罪業を、悪性を、負の感情を、悉く煮溶かして血河に沈め、それを眼球の形に圧縮したかのような両眼が、まさか欠乏や欠損などというマイナスの要素によって成り立つものであるはずがない。仮に"罪"というものがカタチを持つとしたら、大理石の内から生まれる紅玉の如く、この青年の瞳になるのかもしれない。
ならばこそ、非現実的であり非人間的でさえある彼の笑みは、まさしく人外のそれであり、毒蜘蛛の笑みに他ならない。
笑うはずのないものが、そうしている。
世界の歪みを感じさせる表情ではあった。


627 : A lone prayer ◆Uo2eFWp9FQ :2021/09/15(水) 19:31:44 L8pevMRM0

「……なるほど」

暗がりに腰掛ける男。色とりどりの小物や縫い包み、あるいは誰かへの想いを込めた代物に囲まれていたこの一室は、平時ならば人間的な暖かみに溢れたものであっただろう。今は違う。冷やか極まる鋼鉄で構成されたとさえ思わせる重苦しさは、中天に輝く陽光が今まさに降り注ぐ時間帯であるにも関わらず光と暖かさを一切排した空間へと、この空間を変貌させている。
それは何故か。どうしてか。密室にあって暴風の直撃を受けたが如き有り様を晒す惨状であるからか。いいやそうではあるまい。
答える者は誰もいない。あるのはただ、男が辿ってきた厳然たる過去の軌跡であり、その存在こそに他ならない。
すなわち、その名も高き犯罪卿、犯罪相談役(クライムコンサルタント)、狡知の蜘蛛、蜘蛛糸の果てを紡ぐ者。
名を、ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ。今はただ一騎の暗殺者(アサシン)として少女の傍らにある者。

「至らぬ我が身とは、斯くも無知であるものか」

嫋やかな笑みを浮かべたまま、男はその手を動かす。
白魚のような繊手。ただ指を持ち上げるだけの些細な動きでさえ、あまりにも様になりすぎていた。どの角度、どの瞬間を切り取ったとて、稀代の芸術家が描く至高の名画にも匹敵するだろうと余人に思わせる完璧な所作。
天上の調べを奏でる御使いの御手さえ、こうも美しくはないだろう。
野に打ち捨てられた白骨の指先さえ、こうも悍ましくはないだろう。
光輝と清廉さを体現しながら、死と不浄をも滲ませる者よ。
お前は何だ。お前は誰だ。二律の背反を身に宿し、矛盾なく両者を調和させたる者よ。
お前の裡にある物は、一体何であるというのか。


628 : A lone prayer ◆Uo2eFWp9FQ :2021/09/15(水) 19:34:24 L8pevMRM0
「では、証明を始めましょう」

それがどれだけ荒唐無稽な仮説であったとしても。
それがあるいは、マスターとなった少女にとってある種の断絶を証明する結果になるのだとしても。
必要となるならば、彼は実行を躊躇わない。
元よりそれは契約だった。不徳なる我が身に協力を約束してくれた若き猟兵と、そのマスターたる少女との、その善意に報いる誠意だ。
たとえそれが、聖杯戦争の趨勢には一切関係のない、少女ひとりの存在意義(アイデンティティ)の問題だったとしても。アサシンは逡巡しない。
心の在り様は、時に命に匹敵する価値があるということを、彼は知っているから。

取り出した携帯端末の画面を操作し、ひとつの連絡先を表示する。
以前───この事務所に赴くよりも前、猟兵たるアーチャーたちと会談を行ったカラオケルームを発つ直前に、既にメールの文言で一方的な連絡を取っていたそこへ、今度は音声通話のコールをかける。
果たして、無機質なコール音が2つ鳴ったかというタイミングで、通話が繋がり。

「お待たせしました。それでは約束通り、話をしましょうか」
『ああ。こちらもお前を待っていたよ』

聞こえてきた年若い男の声に、彼はその笑みをより深くさせるのだった。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


629 : A lone prayer ◆Uo2eFWp9FQ :2021/09/15(水) 19:36:48 L8pevMRM0







『1日午前8時20分頃、東京都千代田区九段南1丁目の都道で、タクシーが歩行者をはねた。警視庁や東京消防庁によると、信号待ちをしていた30代の男性が死亡し、タクシーの運転手は無傷だという。目撃者は「婚約者を奪いやがって!」と叫ぶ運転手を見たと証言しており、警視庁は怨恨による犯行の可能性があると見て調べを……』

タップ、スワップ。

『ニューヨーク・ドンキース歴史的大勝。今季イニング11得点、バッター逢魔賀広偉が800本塁打を達成、会場は歓喜に包まれた。同氏には国民栄誉賞の授与も検討されており……』

タップ、スワップ。

『稀代の石油王にして財団創立者であるロバート・E・O・スピードワゴン氏の死去より70年、SPW財団は来年度に行う新規事業内容を発表した。同財団はアメリカの医療・自然動物保護に長年寄与しており、米大統領レジー・ナッシュ氏もおなじみのファックサインと共に期待と賞賛のコメントを……』

タップ、スワップ。

『政府が地域の祭りや郷土芸能などを無形の「登録文化財」として保護対象に加える方針を固めたことが30日、分かった。文化審議会の企画調査会では、先日、東京都中野区で受け継がれる伝統舞踊ヒノカミ神楽の担い手である竈門炭彦さん(15)を例に、広く担い手不足の解消を呼びかけて……』



「うーん……」

「溜息なんかついて、何か見つかったんですかライダーさん?」

ベッド隅に腰掛けるアッシュの背中越しに、肩に顎を乗せて手元を覗き込んで、にちかが尋ねる。返事の代わりに「はい、ありがとう」とにちか所有のスマホを返し、アッシュは何かを考え込むような軽い息をひとつ吐いた。
二人が待ち合わせの為の仮拠点……一般に割と如何わしい意味を含む特定使用目的の為の宿泊施設に入ってから、既にそれなりの時間が経過していた。
理由は言うまでもなく先刻接触したサーヴァント、天元にも例えられよう華のセイバーとそのマスターとの待ち合わせのためであるのだが、はっきり言って何もやることがなかった。何せ密室の中で箱詰めなのである。アッシュ自身、霊体化して周辺を偵察・哨戒はしていたものの、にちかはそうはいかない。
速攻でシャワーを浴び、汗に濡れた服を着替え、ガンガンに効かせた冷房を顔面で浴び「うあぁぁ〜〜〜〜……」と気の抜けた声を上げ、ちょっと落ち着いたらバスローブ姿で備え付けのブランデーグラスを片手に「ふっ……」とか浸ってみたり(ちなみにグラスには持参のスポドリを入れた。指の体温でぬるくなって美味しくなかった)、それにも飽きるとベッドにダイブして予想外の柔らかさと反発力にびっくりして「ライダーさん!このベッドすっごい跳ねますよ!」と丁度偵察から帰ってきたアッシュに笑顔ではしゃいだりした。はしたないからやめなさいと言われた。ぴえん。
暇、暇なのである。命を賭けた殺し合いの最中に何言ってんだと言われそうだが、実際暇なのだから仕方ない。これで何時何分までに来ますよとリミットが決まっていたならまた話は別なのだが、具体的に何時来るかも分からない来客のために無為に時間を過ごすのは予想以上に体感時間が長く感じられるのだ。
幸いにもWi-Fiが繋がっていたのでスマホを弄ってれば良いのだが、それもアッシュの「ちょっと調べものがしたい」との一声でおじゃんになった。覗いてみればニュースサイトを検索していたようで、まあ向こうにいた時とそんなに変わらないのばっかだなー、とか、界聖杯とやらはこんな細かいところまで律儀に再現しているのだろうか暇人すぎないか? とかぽけーっと考えていたのだけれど。
スマホを返したアッシュは、どうも難しい顔をしながら、にちかに尋ねた。


630 : A lone prayer ◆Uo2eFWp9FQ :2021/09/15(水) 19:38:50 L8pevMRM0

「なあマスター、白瀬咲耶って人のことは知ってるか?」
「え? まあ、はい。一応同じ事務所にいたので」

問われ、きょとんとしながらも答える。
白瀬咲耶、283プロのアイドルユニット「アンティーカ」のメンバーで、立場上はにちかの先輩だった人だ。
個人的な親交はあまりなかったけれど、よく他の人と朗らかに話していたのは覚えている。にちかも頻繁に声をかけてもらったり、レッスン内容でアドバイスを貰ったりしていた。気遣いのできる人なんだなー、というのが彼女の印象である。
だが、はて?

「えっと、ライダーさん? なんでライダーさんが咲耶さんのこと知ってるんですか?」
「……ニュースになってる。一昨日の晩から行方不明らしい」
「は?」

言われ、咄嗟に手元のスマホを操作する。
彼の言っていたものはすぐに見つかった。丹念に探すまでもなく、それは検索サイトのトップに躍り出るほどに、言うなれば「祭り」のように騒がれていたからだ。

「なに、これ……」

"新進気鋭のアイドル、失踪か!?"とデカデカとした煽り、センセーショナルな見出し記事、そんなものが否応もなく目に飛び込んでくる。
気になってSNSを開いてみれば、やはりというべきか。そこでもまさに話題で盛り上がってる真っ最中であり、トレンドにも上がり、好き勝手飛び交うコメントが山のように更新されていた。
知らず、画面を操作する指の関節が固まり、震える。何が一番信じられないかって、にちかが家を出た時、つまり今日の朝方にはこんなものカケラも話題になっていなかったということだ。
今朝方家を出て、セイバーと出会い、この場所に来るまでの数時間。たったそれだけの時間目を離していただけなのに、この変化は一体どうしたというのか。
安全とぬるま湯の中で日和っていた頭に、冷水を浴びせられたような気分だった。
たった数時間もあれば、人は死に、消えてなくなり、そしてそれが大きく取沙汰されるという、そんな現実をまざまざと突きつけられたような心地であり……
何より、多分これは白瀬咲耶が、つまり"そういうこと"だったのではないかと、飲みこみのあまり良くないにちかでも感覚的に察せられて。

「ライダーさん、これって……」
「ああ、明らかにおかしい」
「そう、ですよね……まさか咲耶さんが、そんな……多分これ、聖杯戦争に関わって……」
「だよな。普通そう思う。だからこそ余計にこのニュースはおかしいんだ」


631 : A lone prayer ◆Uo2eFWp9FQ :2021/09/15(水) 19:40:04 L8pevMRM0

え、とにちかはアッシュの顔を直視する。
アッシュは、件の白瀬咲耶がにちかの知己である事実に顔を歪ませ、絞り出すように言葉を続ける。

「ひとつ聞くけど、白瀬咲耶という人はアイドルとして有名だったか?」
「え……えっと、アンティーカは今絶賛売り出し中のユニットで、人気もあって、ファンもかなり多かったって……」
「それは、国民的なアイドルと呼べるくらいに?」
「や……流石にそこまでは……」

そこまでの知名度はない。当然である。
一体何が言いたいのかと、困惑と衝撃に揺れる瞳に訝しげな色を交えてアッシュを見れば、彼は苦虫を噛み潰したかのような顔で答える。

「すまない、マスターにとってショッキングな知らせだというのは分かってるんだ。だからまず結論から言ってしまおう。
 俺の推論の域を出ないんだが───白瀬咲耶は聖杯戦争に関わる悪意ある他者に利用されている可能性がある」
「利用、って……え……?」

予想もしていなかった方向からショックを受けて、にちかはただ呆けたような声を出すばかりである。
曲がりなりにも顔見知りの、それも決して悪感情を抱いていなかった相手の突然の失踪。状況を見れば聖杯戦争に関わるマスターだった事実に疑いはなく、ならばこそ現実の無常さと死の気配に心身を震わせて。
それら一切が、悪意ある他者による演出であると、提供された情報の多さと唐突さに付いていけない。

「これを最初聞いた時、マスターは言ったよな。"白瀬咲耶は恐らく聖杯戦争に関わってる"と。
 その反応が答えの全てだよ。マスターやサーヴァントの立場でこのニュースを目にしたら、まず真っ先に考えるのはそれだ。狙ったようなタイミングだもんな、いっそ露骨すぎるくらいに」
「で、でも、それだけじゃ……」
「ああ、それだけじゃ単なる状況証拠の暴論だ。でも、このニュース自体おかしなところがたくさんあるんだよ」

たとえば、とアッシュは続ける。

「白瀬咲耶は一昨日の夜を最後に目撃されていない、とある。確かに立場ある人間が何も言わず一日姿を消せば、周りの人間はちょっとした騒ぎになるだろうさ。
 けどそれは、あくまで周りの人間は、だ。ここまで公に騒ぎになるには明らかに時間が足りてないんだ」

夜を最後に姿を消し、明くる朝に連絡がつかなければ、周囲の人間はまず心配をする。
そして追加で連絡したり、様子を見に行ったり。それで姿が見えないとなれば、心配は危惧に代わる。
そこから自分達で捜索したり、心当たりを探ったり、いっそ警察に連絡してしまおうか、いやそれは早計ではと言葉を交わし。
そしてまた一つ夜が明けてみればこの騒ぎであると?


632 : A lone prayer ◆Uo2eFWp9FQ :2021/09/15(水) 19:41:42 L8pevMRM0

「早すぎる。仮に昨日の早朝の時点で警察に連絡が行ってるのだとしても、捜査を行って失踪事件と断定され、事件の概要がマスメディアにリークされるまでには相応の時間と手順が必要になる。
 今まで発生していた『一般女性の連続失踪事件』を見れば一目瞭然だ」

今、この東京において女性の無差別な失踪が相次いでいる。聖杯戦争に関わる者としてアッシュも当然それを把握していたし、ならばこそそれら事件の概要と発表時期を鑑みて、今回の失踪案件との差異には首を捻らざるを得ない。

「そしてそこにも矛盾点はある。さっきマスターにも聞いたけど、白瀬咲耶は東京の新人アイドルという括りで言えば有名人だが、芸能界ひいては日本人全体で見れば決して知名度のある人物とは言い難い。
 少なくとも、同じような女性の失踪事件が何度も起こっている中で、わざわざひとりだけ実名を矢面に出して全国区レベルで拡散されるに足る人物じゃないんだ」

残酷な言い方になってしまうが、つまりはそういうこと。
仮にこれが国の中枢に関わる著名な政治家であったり、100人に聞けば100人が知っていると答える国民的有名人ならば、この騒ぎにも納得は行く。しかし白瀬咲耶は人気こそあれど、言ってしまえば未だローカルな一アイドルに過ぎない。
今まで何件も失踪事件が起こっているからこその有名人の失踪という、騒ぎの土壌ともなり得る環境は整っているけれど、それにしたって白瀬咲耶の知名度では起爆剤としてはあまりに役者不足だ。

「……世田谷で他殺死体が発見されたってニュースがあった。爆発物でも使ったんじゃないかって荒らされ方がされてて、しかも殺された被害者は銃刀法違反の凶器を明らかに人に向けていた痕跡があり、更にまだ10歳程度の子供だったってさ。
 でもこちらは驚くくらい話題になっていない。凶器を振りかざした子供が、爆弾を食らったような有り様で返り討ちにあって殺されましたなんて、殺人事件を通り越してテロも斯くやってレベルにも関わらず。この国の人間は、そこまで危機意識が低いのか?」

いいや、そんなことはあるまい。この場合おかしいのは殺人事件への反応の薄さではなく、やはり白瀬咲耶失踪に対する反応の過激さにあるのだろう。
そんなショッキングな事件さえ脇に追いやられるほどに、白瀬咲耶失踪事件の盛り上がりが激しいのだ。まるで扇動された狂騒であるかのように、そして実際そうなった。

「最初にも言った通り、これは俺の勝手な推論に過ぎないし、正直杞憂の可能性のほうが高い。一つ一つの要素はグレーゾーンで、今の俺達じゃ確証に足る証拠を掴むことはできない。
 けど張り巡らされた糸を繋いでいくと、何故かピタリと符号してしまう。生前、似たような手合いを相手にした時に同じ感覚があったよ」

アッシュは生前、今回のように再現された都市での殺し合いを強制された経験がある。
巧妙に張られた策謀の罠、あらゆる予測を組み込んで都市とそこに生きる者たち全てを利用して作り上げられた完成系の蜘蛛糸。
それを成したギルベルト・ハーヴェスが、その時は味方であったから事なきを得たものの……仮にあの状況を第三者の視点から見れば、今と同じような光景が見られるのではないだろうか。


633 : A lone prayer ◆Uo2eFWp9FQ :2021/09/15(水) 19:44:23 L8pevMRM0

「もし……もしもですよ? もし咲耶さんのことがライダーさんの言ってる通りなら……誰が、何のために、こんなことを」
「マスターたちの目を283プロに向けるため、だろうな。事ここに至ってしまえば、"白瀬咲耶は本当にマスターだったのか"なんて真偽はほとんど意味を為さない。
 一度疑惑が生まれてしまえば向けられる視線は止められない。戦う相手は誰でもいい、なんて手合いだって、まず目についたところから手を出すのは当然の理屈だ」

界聖杯が執り行う聖杯戦争は、純粋に力と力をぶつける闘争のみでなく、都市運営とそこに根付いた住人たちの生活という基盤まで内包している。有体に言ってしまえば、まず他陣営を探し出して接触し、敵対なり懐柔なりを行うというプロセスを必要とする。
戦いの舞台を用意してもらい、向かい合って「よーいどん」で殺し合う単純なものでないからこそ、戦場は複雑化し、数多の思惑が交錯するのだ。
ならばそんな戦場の、それも最序盤で特定主従の居場所が事実上バレてしまったらどうなるかなど、火を見るより明らかだろう。
交戦的な者はこぞって大挙し、それを阻もうとする者もまた集まり、流れに便乗したい知恵者は訳知り顔で舞台を引っ掻き回す。
戦場を知らないにちかですら容易に想像可能な未来を予期し、青ざめた顔をして───


「……お姉ちゃんを、助けなきゃ」


震える声で呟きを漏らす。それは半ば無意識的なものであり、だからこそ紛れもない少女の本心であった。

「プロデューサーさんに、美琴さんも……多分、まだ283プロにいる……何も知らないまま……」
「……酷い言い方になるが、敢えて言っておくぞ。この東京にいる人間は、マスター以外は全て再現されたNPCだ。マスターのお姉さんは今も元の世界で無事に生きているし、それはプロデューサーや緋田美琴だって同じことだ。ここで見捨ててしまってもそれはマスターの責任にはならないし、マスターが命を懸ける必要だってない」

アッシュはにちかの頭身に目線を合わせ、真っ直ぐに見つめ。


634 : A lone prayer ◆Uo2eFWp9FQ :2021/09/15(水) 19:45:42 L8pevMRM0

「それでも、君は、彼らの命を助けたいと思うか?」

言葉はなかった。
にちかは、口を開かない。代わりに、肯定の眼差しと共に頷かれるものがあった。

「……分かった。ならまず、マスターのほうから彼らに連絡を取るのが先決だな。メールでも通話でも、コンタクトを取るのが最優先。
 理由は無理に言わなくていい。下手な嘘で取り繕ってもボロが出るだけだし、会って話したいから指定の場所に来てくれってのがスマートかな」
「わ、分かりました! ライダーさんは……」
「俺は今から霊体化して事務所に行く。場所と顔は分かってるし、10分もあれば往復できるからな。ああ、一応念話のチャンネルは開いておいてくれ。状況や彼らの返答次第では、無理にでも連れ帰るから」
「ら、拉致……」
「そうならないよう、マスターの腕の見せ所だぞ」

冗談めかすように言って、「えー」とふてるにちかにアッシュは笑い返す。
……アッシュから見て、七草にちかという少女は明るいお調子者のようでいて、根本的な部分がネガティブな子なのだと思う。だからすぐ悪い方向に思考が飛ぶし、自分で自分を必要以上に追い込んでしまう。
そこで自棄になったり諦めや妥協に逃げ込むことをしないのは、ある種の美徳ではあると思うが……ともあれ確信したのは、この子はひとりにしておくと、どんどん深みにはまっていくということだ。
端的に、放っておけない。だから今のように、無理やりだろうと少しでも明るい方向に意識を向けてやりたいと思う。
恐らく彼女のプロデューサーやユニットの相方も同じような心境だったんだろうな、と。
そんな矢先のことだった。

「……あれ?」
「どうかしたか?」
「あ、いえ……お姉ちゃんからメールが来てまして……それと」

なんか知らない人からも、とにちかにスマホの画面を見せられる。
そこには、確かに彼女の姉である七草はづきからの「危ないから事務所には行かないように」という、アッシュたちの思考を先読みしたかのような内容のメールがあり。


『お初にお目にかかります。願わくば、聖杯戦争の一件についてお話がしたく連絡させていただきました。
 詳しくはまた後ほど、直接声掛けさせていただきます。 from.W』


明らかに怪しさしかない宛先不明のメールが、嫌に存在感を放ってそこにはあったのだった。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


635 : A lone prayer ◆Uo2eFWp9FQ :2021/09/15(水) 19:47:37 L8pevMRM0







七草にちかという人間の存在自体は、実のところかなり早い段階で把握していた。
283プロダクション事務員七草はづきの実の妹であり、アイドルユニット「SHHis」メンバーのひとりとして同プロダクションに籍を置いていた新人アイドル。
ただし、彼女がアイドルだったのはあくまで過去の話だ。
新人アイドルの登竜門であるコンテスト、通称W.I.N.Gの準決勝で敗退したことを契機に、決して少なくないファンと人気に恵まれていたはずの彼女は、突如としてアイドル業そのものを廃業したのである。
W.I.N.Gに敗退することは、決して珍しい話でも、まして恥ずかしい話でもない。参加人数の分母が相当数に及ぶ大規模コンテストであり、最終的に勝利できるのはたった一組である以上、参加者として名を連ねる少女たちの9割以上は敗退者なのだから。
事実として、今をときめく283の大人気アイドルたちも、かつては何度もW.I.N.Gに挑んでは負けを繰り返し、優勝を掴み取った者は少なくない。むしろ初出場で準決勝まで上り詰めたことは、むしろ快挙と言っても良いだろう。
それでも、七草にちかはアイドルを諦めた。
そこにどんな経緯や心情があったのか、ウィリアムは知り得ない。あるのはただ、彼女がかつてアイドルであり、そして今は事務所を退所したという事実だけである。

七草にちかは283プロの関係者ではない。ウィリアムが敷いた283プロの人員確保の網をすり抜けたのはそういう理由だ。
だからこそ、コネクションを得たアーチャーのマスターとして「七草にちか」が現れた時は、表情には出さなかったが強い驚きがあった。
それも283プロの人名簿に記されていた経歴とは異なる、七草はづきとの関わりもなければ田中摩美々の知る彼女とも全く違う「あり得ざる形の七草にちか」だ。
オリジナルの経歴を設定として付与される界聖杯のNPCシステムが、まさか誤作動でも起こしたのか? それともこれが、界聖杯の掲げる「多様な世界の可能性」なのか。
そしてアーチャーのマスター・七草にちかが、未だ見ぬ元アイドル・七草にちか───紛らわしいので仮に「存在N」と呼称する───を認知し、邂逅を望んだ瞬間から、既に方針は定まっていた。
連絡先は確保済み、使用する端末はこちらの足がつかないよう新たに用意した。
接触するのはウィリアムただひとり、詳細が煮詰まるまではマスター・七草にちかを関わらせることは避けたかった。

理由としてはまず第一に、これらの情報が出揃ったカラオケルームでの同盟締結の時点では、状況に即する不安材料が多かったというのがある。
同盟相手であるにちかにとって、存在Nとの邂逅はまさしく存在意義に関わる案件だ。夢を失くし、家族を亡くし、更には自分が至れなかった……あるいは墜ちなかったifの存在が目の前に現れたという事実。七草にちかは気丈に振る舞い自立した様子を見せていたものの、これらが与える心理的負荷は考えるまでもない。
あの時点において、283プロに迫る火急の事態は一刻を争うものだった。必要なのは、迅速な行動と正しい判断。その双方が失われる可能性がある以上、あの場で情報を公開することはできなかった。
そして事態はウィリアムの描いた通り、ある程度の成果を伴って当座の危機を遠ざける結果となったわけだが……この段階に至ってなお、情報の秘匿を継続するのは、単に「存在Nの持つ危険性の判別がつかない」という一点に絞られる。


636 : A lone prayer ◆Uo2eFWp9FQ :2021/09/15(水) 19:48:49 L8pevMRM0
NPCであるならそれで構わない。マスターであっても、「七草にちか」としての人間性に既に疑いは持っていない。問題は彼女の引いたサーヴァントの性質である。
そう、例えば───この都市に巣食うもう一匹の「蜘蛛」のような、狡知と悪辣を持つ輩を相手に、ただの少女がそれを御すことはできるだろうか?
令呪の命令さえ跳ね除ける、狂気と暴虐に彩られた殺戮者なら?
存在するだけで呪いや毒素をまき散らすような悪逆の徒なら?
……それはきっと、少女の手を離れ、彼女の意思に関係なくこちらへ牙を剥いてくるだろう。
常人が無作為的に選ばれたサーヴァントを使役する聖杯戦争において、マスター側の善性とサーヴァントとの相関性は、残念なことに全く当てにならないのだ。
そして、ある意味最も軽微な問題であり、同時に最も重大な問題として、マスター側で呼ばれた人間の世界観の同一性が損なわれる可能性が存在する、というものがあった。
マスター・七草にちかと存在Nでは、辿ってきた経歴がまるで違うものとなっている。
オーディションの段階で落選し、母親と姉を相次いで亡くした七草にちか。オーディションに合格し、W.I.N.Gの準決勝まで上り詰めた存在N。更に頭の痛いことに、田中摩美々の語る七草にちかはW.I.N.Gの決勝まで勝ち上がっていたという。
同じ世界・同じ時代から集められたはずの283プロ関係者に限ってさえ、既にこれだけの相違が発生しているのだ。我ながら馬鹿げた、荒唐無稽な仮定ではあるのだが───最悪の場合、「同じ世界から来たマスターは一組として存在しない」可能性さえある。
境界記録帯として高位次元に羅列された結果、時系列を無視して召喚されるサーヴァントと同じように、マスターさえ世界と時系列を無視している可能性。それは聖杯戦争の進行自体には影響を及ぼさないものではあるが、仲間と友人を重んじ元の世界への帰還を目指す田中摩美々たちにとっては、それこそ命と同等の重篤な問題となってしまう。
端的な話、存在Nはあらゆる意味で不確定要素の塊であり、その内実の詳細次第ではマスターたちのアイデンティティや行動方針にまで影響を与えてしまう劇毒と化してしまう余地さえあるのだ。
接触は慎重に行う必要があったし、それはできれば、あらゆる意味で外様の人間であるウィリアムが単独で行うのが理想であった。



『ああ。こちらもお前を待っていたよ』



聞こえてくる年若い男の声。
「意味不明な迷惑メールに対し代わりの対処を頼まれたがための不審と警戒」の感情など全く見えない、毅然とした態度。
やはりというべきか、存在NはNPCなどではない。
これが懸念の具現となるか、あるいは理想通りの運びとなるかは、今から次第だ。


637 : A lone prayer ◆Uo2eFWp9FQ :2021/09/15(水) 19:49:44 L8pevMRM0

「最初に申し上げますと、我々はあなた方と事を構えるつもりはありません。
 今回連絡を差し上げたのは、確認と提案のためなのです」
『俺達が聖杯戦争に関わっているかどうか。なら提案というのは?』
「その前にまず、我々の身の潔白を示さなければならないでしょう。
 本意ではなかったとはいえ、あなた方とのコンタクトの取り方は些かぶしつけなものでした。
 疑念は晴らしておくべきもの。特にこれから対等の交渉をするに当たっては尚更に」

そしてウィリアムは、一拍の呼吸を置いて。

「私はアサシンとして召喚されたサーヴァント。現在は渋谷区の283プロダクション事務所にてあなた方に電話をかけています」

息を呑む声、数瞬の間。
ややあって、信じられないものを聞いたような口ぶりで端末の向こうの男が返す。

『……驚いたな。そこまで言い切ってしまうあたり、余程自分に自信があるのか。それとも既に数を揃えているのか』
「それはあなた方のご想像にお任せします」

やはり、とウィリアムは得心する。
端末の向こうの彼は、「驚いた」と言った。「嘘だ」や「信じられない」ではなく、だ。
確かに隠密と潜伏を主とするアサシンのクラスが、その所在地を暴露するのは普通ではない。だがこうした面と向かった直球の暴露は、同時にブラフとしての役割を果たすこともできないのだ。
必要に迫られてのことでなければ、そもそも言わなければいいだけのこと。あまりにも致命的な内容故に、相手が信じずバカにされたと思われてしまえば、そこで交渉はご破算。仮に相手が馬鹿正直に信じたとしてのこのこやってきたそいつに確実に勝てる算段が無ければ罠として機能せず、賭けのようなリスクと十分な戦力が保持されている現状とを秤にかければ、騙し討ちを成功させる意義さえ薄い。
端的に言って、ここで嘘を混ぜる理由とメリットはウィリアムの側にはない。その前提を認識しているからこそ、向こう側の彼は「驚いた」という言葉を選んだのだ。

『俺達も、お前たちに対しての敵対は望んでいない。その部分を同じくするなら、俺達もお前を信用したいと思っている。
 だから、一つだけ聞かせてほしい』
「何なりと」
『白瀬咲耶について、お前はどう考えている?』

ウィリアムの口角が、僅かに上がる。やはり、彼らは物事を正確に捉えている。
そう、彼らはウィリアムが現在位置を暴露するよりも遥かに以前、存在Nの端末に連絡が行った時点で既に、その可能性に行き着いていたのだろう。
いくら白瀬咲耶がネット上で炎上し、それが283プロに飛び火しようとも。今の存在Nは市井の一学生。例え283プロの人員を虱潰しに当たろうとも彼女に行き着くには相当な手間と時間がかかる。
ならばそれを可能にするのは、誰か。どの立場にいる人間なら、この早期における接触を実現できるのか。
そして、その立場にいる者がどうして、今の白瀬咲耶の現状を許してしまったのか。
彼らは既にそれを悟っている。恐らくは二者択一に迫ったところまで。ならばこそ、ウィリアムが返すべき言葉は決まっていた。


638 : A lone prayer ◆Uo2eFWp9FQ :2021/09/15(水) 19:51:16 L8pevMRM0

「仮に、あなたが考えている通りの答えだったなら───あなたはどうしますか?」

敢えて、挑発的な態度で答える。

『……』
「あなたは恐らくこう考えているはずだ、全てを仕組んだ何者かが存在すると。
 ならば仮に、私が"そう"であったなら、あなたは私に何を問い、何を望み、何をもたらしますか?
 "全ては私が企てたことなのです"と、そう嘯く悪意の蜘蛛に。あなたは、どう相対するのか」

そう、ここまでは前提だ。
ウィリアムと相手方、そのどちらもが「これだけの情報を持っており」「ここまでの推測を成り立たせている」という前提の確認が、今までの問答だ。
ならば本番はここからである。
ウィリアムという狡知の蜘蛛を前に嘘は許されない。全ての虚偽は取り払われ、人はその本心を露わにする。
さあ、その答えはなんだ。
怒りか、義憤か。否定か決意か、はたまた疑念や矛盾点の指摘でもいい。それを以て見極め、次の言葉の判断材料とする。
果たして、向こうの彼は変わらぬ口調のままで。

『それに対して、俺が返す言葉はいつだって一つだけさ』

そして、口にするのだ。



『お前の企てに俺達が協力すれば、全ては丸く収まるのだろうか』



……一瞬、ウィリアムは言葉を失った。
いつだとて智謀を回し、思考を止めることはなく、国や時代すらもその頭脳で翻弄してみせたはずの彼は。
なんてことはないそのたった一言に、一瞬ではあるが紛れもなく圧倒された。
何故ならそれは、断じて屈服や恭順、ましてや媚びの言葉ではないからだ。
ひどく単純な二者択一の問い、しかしこれは決してYESかNOで答えてはならない問いである。
そもそもが全面的な降伏ではなく、「全てを丸く収める」ことを対価としている以上、その内実はどこまでも対等な代物なのだ。そしてそれが意味するのは、何もウィリアムが相手方を害しない、というものに留まらず、そもそも他に一切犠牲を出してはならないという非常に厳格なルールの制定である。
YESと答えれば、そもそも互いのスタンスや能力、そして最終的なプラン実現への道筋が定まっていない状態で軽々しく口約束を交わす、軽薄な愚か者という評価が下されるだろう。
NOと答えれば、現状彼らが提示しているものが純粋な協力でありウィリアム側の変化が単純なリソース増加でしかないことを鑑みて、その否定は「ウィリアムは最初から無関係の他者の犠牲を前提とした行動方針を掲げている」ということを証明する結果となる。
この問いにおいて許された答えは、「分からない」という一つきり。ならばこそこの場で明確な答えは出せず、より具体的な方針の策定と直接的な会合に乗り出す他にない。
つまり、向こう側の彼はウィリアムにこう突きつけているわけだ。
"交渉したくばツラを出せ"、と。

知略に翻弄されるだけの弱者ではなく、甘さと弱さを優しさとはき違えた愚か者ではなく。
こちらに一定の協調を示すスタンスを提示しながら、しかし譲れぬ一線だけは決して越えさせない。
事ここに至り、ウィリアムの中の期待は確信へと変化した。
この男は"善人"だ。そしてならば、対応方針も一つに定まる。

「……あなた方を試す物言いをしてしまったことを、ここに謝罪します。そして最初の問いに今度こそ答えましょう。
 白瀬咲耶さんの一件については、とても残念に思います。聖杯戦争に関わる一切のしがらみを度外視して、純粋に私はそう考える。
 全ては私の不徳が招いた結果であり、後悔の念は堪えません」
『本意じゃなかったと?』
「誓って」


639 : A lone prayer ◆Uo2eFWp9FQ :2021/09/15(水) 19:52:28 L8pevMRM0

交渉事の基本において、まず大事なのは相手が求めるものを提示するというものだ。そして人が交渉で相手に求めるものは、大別すれば二種類に纏められる。
すなわち、「誠意」か「利益」だ。
そして向こう側の彼のような人間への対応スタンスの定石は、とにかく「嘘をつかない」という一点に集約される。この手の善人は意見の相違では心を乱さない。話せば受け入れる、誠実さに弱い。だが逆に、信義にもとる行いには厳しい。例えそれが、相手側の利益に繋がるものだとしても。
嘘、ごまかし、罠……こういった行為を強く嫌う。ならばこそ、こちらが筋を通す限り向こうも筋を通す。
我も人、彼も人、故に対等なのだということ。それを弁え、相手を人と扱う限り、少なくとも手酷い裏切りを初手で画策されることはない。

『信じるさ。それに貴方が全てを仕組んだ毒蜘蛛なら当然放ってはおけないけど、前提が間違ってる以上は無意味な仮定だ。
 あんなものを仕組む人間が、わざわざ身バレの危険まで犯して事務所の人間を逃がすわけないんだから』
「さて、何のことやら」
『とぼけるなよ』

これはブラフ。彼らのメールを送ってからライダー女史が去るまでの間、彼の狙撃範囲に他のサーヴァントが引っ掛かった形跡はない。
恐らくは七草はづきからの個人的な連絡によって283プロの現状を知ったのだろう。計らずもその指摘は事実ではあるのだが。

「さて、ようやく本題に入りますが……実のところ用があるのは私ではなく私の同盟者であり、それはあなたに対してではなく七草にちかさんに対してなのです」
『彼女に?』
「ええ。誓って荒事ではなく、しかし切実な用件でして」
『詳細を聞いても?』
「こればかりは直接お会いしてもらうより他にありません。また後ほど、詳しい日時を伝えましょう」

そして、とウィリアムは続ける。


640 : A lone prayer ◆Uo2eFWp9FQ :2021/09/15(水) 19:54:03 L8pevMRM0

「これは私の個人的な提案になるのですが、あなた方とは良好な関係を築きたいと考えています。
 具体的には、そう、定期的な情報交換などはどうでしょう?」
『本格的に手を組んで合流する、とは言わないんだな』
「そうしたいのは山々ではありますが、しかしそうも言っていられません。
 時に、あなたは全てを仕組んだ何者かが存在するという仮定のもと私と会話をしましたが、ならばあなたから見たこの東京はどのように映りますか?」

今度は逡巡なく、明確な確信のもとに言葉が返された。

『チェス盤だ』
「ほう」
『他には将棋盤でも象棋でも、連珠でもリバーシでも構わない。差し手は二人。東京は盤上で、マスターとサーヴァントが駒。都市機能やNPCは数多の不確定要素』
「人が人として動く以上、零和有限確定完全情報ゲームにはなり得ませんが、ならばあなたは"どちら"を選ぶのでしょうね」
『少なくとも、駒で終わるつもりはないさ』

都市そのものを盤上と見立てる不遜の輩。その構図を崩すなら、どちらか一方に協力して早々に対決を終わらせるか、あるいは盤ごとをひっくり返す他にない。
そのために必要となるのは情報であり、暴力であり、そして何より人手である。蜘蛛は多腕であるが故に蜘蛛なのだ。

「白瀬咲耶さんは明確な悪意によってその死を利用されました。言うまでもなく私はその輩を許しはしません。
 そのための協力をあなたにお願いしたいのです。現状、私では手が足りない。できるだけ多くの協力者を募る必要があります」
『さっきも言った通りだ。俺はあなたを信じたい。だから最後に一つだけ、"俺達は最終的に何を目指すのか"だけを共有しておきたい』

そして二人は、何を指し合わせたわけでもなく、告げる。

『俺の目的は、マスターを心身無事なまま元の世界に送り届けること』
「私の目的は、マスターを"悪い子"にせず元の世界に送り届けること」

ふ、と微笑がこぼれる。それは相手も同じであったようで、朗らかな口調と共に返される。

『名乗るのが遅れたけど、俺はライダーのサーヴァントだ。貴方のことはアサシンと?』
「ええ。ですが、メールの宛名に示した通り、"W"と呼んでもらっても構いません。
 真名を明かすことはできませんが、しかし私に協調してくれたあなたへの、精一杯の誠意です」

それだけを最後に、二人の通話はぷつりと途切れる。
後に残るのは、静謐の空間に僅かに残る、残響のみであった。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


641 : A lone prayer ◆Uo2eFWp9FQ :2021/09/15(水) 19:55:08 L8pevMRM0







「やられた、相当手ごわい奴だったぞ」

通話を切り、まじまじとこちらを見つめてくるにちかに対し、アッシュは心底疲れたような顔で答えた。
緊張の糸が途切れたせいか、蓄積した精神的疲労が一気に覆いかぶさってくるような気分だ。堰が切れたように冷や汗が噴出するのを、アッシュは感じた。

「手ごわいって……なんか結構和気藹々とした感じの雰囲気でしたけど、もしかして笑顔の裏で『バカな奴だぜ裏切られるとも知らずによ〜〜〜〜〜』みたいなこと考えてるタイプとか!?」
「いや、そういうのではなかったけど、釘は刺されたな……」

アサシンことWが283プロの関係者、ないし限りなくそれに近い立ち位置にいることは分かっていた。
にちかのスマホに直接連絡が来た時点で、アッシュは自分達の素性の隠匿を即座に諦めた。この段階に来ては単純に意味がないし、それを可能とする者を相手に交渉する際に余計なノイズとしたくはないからだ。
そうして話し合った結果どうなったかと言えば、Wのマスターはやはり283プロ内部の人間であり、恐らくは白瀬咲耶に近い人間であるということ。
つまりは無辜の一般人ということであり、その時点でアッシュはその人間のことを見捨てることはできなくなった。

「あいつ、ここまで計算に入れて話してたのか?」

なら相当に良い性格してやがると、脳裏に似たような計略を打ってくる眼鏡顔の男を思い浮かべ、嘆息する。
ピロン、と鳴る着信音。Wの宛名から送られた、新たな連絡先を記したそのメールを余所目に、にちかとの会話を続ける。

「でもお姉ちゃんやプロデューサーさんたちを逃がしてくれましたし……ううん、やっぱり良い人?」
「良いとか悪いとか、多分そういうとこから外れてるんだろうな。少なくとも外道の類ではなかったけど」


642 : A lone prayer ◆Uo2eFWp9FQ :2021/09/15(水) 19:56:42 L8pevMRM0

悪人ではないだろう。だが間違っても善人ではない。
ゼファーのように人間の脆弱性に寄り添う落伍者ではなく、ならばギルベルトのような光に焦れる正当性の怪物でもない。
狂人ではなく、むしろ圧倒的なまでの理性で理論武装し、その方向性を善に置いて本人もまたそう在ろうとしているが、根本的な部分、始まりの時点から何かが致命的にズレている。
だから、仮にアッシュがWの人物評を記すならば、それは。

「あれは恐らく、"悪の敵"だ」

かつて仰ぎ見た英雄の背中。
苛烈にして死の光たる男の姿が、あの柔和な紳士の口ぶりに、何故か重なり合って見えるのだった。



【新宿区・パレス・露蜂房(ハイヴ)/一日目・午後】

【七草にちか(騎)@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:健康、精神的負担(中)
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:高校生程度
[思考・状況]
基本方針:283プロに帰ってアイドルの夢の続きを追う。
1:殺したり戦ったりは、したくないなぁ……
2:ライダーの案は良いと思う。
3:私に会いたい人って誰だろ……?
[備考]
聖杯戦争におけるロールは七草はづきの妹であり、彼女とは同居している設定となります。
現在新宿区の歌舞伎町でセイバー(宮本武蔵)と待ち合わせている状態です。

【ライダー(アシュレイ・ホライゾン)@シルヴァリオトリニティ】
[状態]:健康
[装備]:アダマンタイト製の刀@シルヴァリオトリニティ
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:にちかを元の居場所に戻す。
1:界奏による界聖杯改変に必要な情報(場所及びそれを可能とする能力の情報)を得る。
2:情報収集のため他主従とは積極的に接触したい。が、危険と隣り合わせのため慎重に行動する。
3:セイバー(宮本武蔵)の存在を認識しました。また、彼女と同盟を組みたいと言う意向を、彼女に伝えてあります。
4:アサシン(ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ)と接触。定期的に情報交換をしつつ協力したい。
[備考]
宝具『天地宇宙の航海記、描かれるは灰と光の境界線(Calling Sphere Bringer)』は、にちかがマスターの場合令呪三画を使用することでようやく短時間の行使が可能と推測しています。


643 : A lone prayer ◆Uo2eFWp9FQ :2021/09/15(水) 19:57:52 L8pevMRM0












◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆







その部屋はやはり静まり返っていた。
男がひとりそこにはいて、しかし空気の揺れ動く音も、外を吹くはずの風の音も、木々の葉がこすれ合う音も、鳥や自動車の出す音さえもがそこにはない。
白貌の男の美しさに、我々は無礼だと音自らが存在を止めたかのように、そこは完全なる静寂の世界であった。

「望外の僥倖、と言えばいいのでしょうか」

ウィリアムがこの聖杯戦争に臨む上で、まず何よりも必要としたのは協力者の存在である。
まず第一に、信頼の置ける相手。それは七草にちかと猟兵のアーチャーのように直接対峙した上でそう判断できた相手であったり、あるいは白瀬咲耶や、これから事務所を訪れるだろう櫻木真乃のようにマスターの親しい知己であったりもする。
そうした相手は共に行動するに当たっては最良のチームメンバーであり、だからこそウィリアムは第二の協力者を求めた。
すなわち、能力的に信用の置ける相手である。
蜘蛛の手足は、極論多ければ多いほど良い。共に行動するチームメイトは当然心強いしありがたいが、ひと塊となっての行動では地盤を盤石にはできても行動範囲を増やすことはできない。
その点、ウィリアムたちから離れた場所で活動してくれるライダーのような存在は、今の彼にとって何より欲しかった人材だ。人柄も信頼が置けてこちらの指示なしでもある程度理想通りに動いてくれるであろう者を協力者として確保できるのは、文字通り望外の幸運であった。

「場合によっては丸め込んでしまおう、とさえ考えていたのですが」

女帝のライダーとガムテープの少年に嘯いたような、「自分こそが白瀬咲耶を陥れた張本人である」という虚実を、当初の予定ではライダーたちにも用いるはずだった。
そうして義憤に走らせた彼らを誘導してもう一匹の蜘蛛をあぶり出し、然る後に「自分とは全く関係ない」という体裁のアーチャーたちに合流してもらう。おおまかなプランとしてはそういうもので、いざこの身は再び悪辣の徒へ落ちるのだと意気込んでいたのだが。


644 : A lone prayer ◆Uo2eFWp9FQ :2021/09/15(水) 19:58:36 L8pevMRM0

「やはり君はずるい男だ」

それは単に、ライダーが示した態度が、かつてこの手を掴んでくれた無二の親友を彷彿とさせたのだという、ひどく個人的な理由に過ぎない。
今はもういない、かつて共に在ってくれた、彼。
彼の前で嘘は吐きたくなかった。彼の信頼を裏切りたくなかった。
彼は君じゃないというのに。酷く身勝手な話だろう?

「僕は嘘つきの穢れた悪魔であるはずなのに、君を思ってしまってはひとりの人間として誰かに向き合いたくなってしまうのですから」

だから、君は本当にずるい男だ。
そうでしょう? 我が親愛なる名探偵、シャーロック・ホームズよ。



【中野区・283プロダクション/1日目・午後】

【アサシン(ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ)@憂国のモリアーティ】
[状態]:健康
[装備]:現代服(拠出金:マスターの自費)、ステッキ(仕込み杖)
[道具]:ヘルズ・クーポン(少量)
[所持金]:現代の東京を散策しても不自由しない程度(拠出金:田中家の財力)→限定スイーツ購入でやや浪費
[思考・状況]基本方針:聖杯の悪用をもくろむ主従を討伐しつつ、聖杯戦争を望まない主従が複数組残存している状況に持って行く。
1:『彼(ヒーロー)』が残した現代という時代を守り、マスターを望む世界に生還させる。その為に盤面を整える。
2:283プロダクションに留まり、近く来るだろう櫻木真乃を出迎える。
3:白瀬咲耶さんの願いを叶えるため、マスターには復讐に関与させない。
4:同盟者を増やす。283プロダクションの仕事報告を受け取る際に噂を拾えた『義侠の風来坊』を味方にできればいいのだが。
5:"もう一匹の蜘蛛(ジェームズ・モリアーティ)"に対する警戒と嫌悪。『善なる者』なら蜘蛛を制するのではないかという読み。
[備考]
ライダー(アシュレイ・ホライゾン)とコンタクトを取りました。以後、定期的に情報交換を試みます。
七草にちか(弓)と七草にちか(騎)の会談をセッティングする予定です。詳細な予定時刻等は後続の人にお任せします。


645 : ◆Uo2eFWp9FQ :2021/09/15(水) 19:59:27 L8pevMRM0
投下を終了します


646 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/15(水) 22:42:00 bvFQ8r2Y0
皆様、投下お疲れ様です!

>滑稽な蝋翼
二人のにちかが歩く一方、にちかを救うためだけに聖杯を求めるシャニPも切なくて強い決意を固めちゃいますか。
猗窩座さんを裏切り、そして頼りないマスターであると自覚して、拳を受ける覚悟も決めたからこそ……互いに信頼関係が構築できて、一歩前に進めましたね。
シャニPは予選段階で命を奪い続けて、今まで触れ合ってきたアイドルたちを裏切ったからこそ、咲耶の死に対する悲しみも自分から捨ててしまったことも悲しすぎる。
猗窩座さんも体こそは鬼ですが、狛治さんの心を取り戻しちゃったので、どこか迷いが出ているので……本当に先が読めない主従ですね。

>虎穴にて
皮下さんの次はガムテ率いるグラスチルドレンと同盟を結んだ沙都子ちゃんですが、本人が言うようにこっちの方が生き生きしてますね!
ガムテは楽しそうで、バロンドールもガムテに対する真っ直ぐな想いを告げますが、肝心の沙都子ちゃんは相変わらず冷たいまま。
プリマは相変わらずいい女で、沙都子ちゃんの真意に気付いていますが、それはガムテも知った上で仲間として受け入れたから相変わらず器が大きい。
そして圭一さんがいつの間にかグラスチルドレンの一員になっていたとは! でも、彼も彼で仲間に慕われているので、実は幸せでしょうか?


>I will./I may mimic.
ウィリアム兄さんが283プロを救ってくれたからこそ、アイドルたちも落ち着けましたね。
今の自分に至るまでの回想は丁寧で、真乃にいたずらを仕掛ける悪い子ぶりを忘れない摩美々が微笑ましいですが、自分の無力さを受け止めるのでやっぱり良い子。
摩美々の悲しみをちゃんと受け止めて、励ましてくれるにちかも本当に優しすぎますね。真乃も聖杯に願いを託すしかないマスターに対して、真摯に考えているので優しさに溢れてる話でした。
最後、摩美々が見たウィリアム兄さんとシャーリーの絆を象徴する夢だって、とても光り輝いていて素敵でしたね。


>A lone prayer
前話に引き続き、ウィリアム兄さんとシャーリーの絆が星のように眩しかったです!
兄さんの容姿を褒めたたえる描写も愛を感じますし、実はアッシュと繰り広げられていた交渉にも息を呑みました。一つ一つの論理が丁寧で、とても自然ですし。
ウィリアム兄さんも誠意に溢れているからこそ、例え悪を自称しても、アッシュもすぐに真意を察してくれるのが素敵でした。
両者がマスターを守ることを宣言し合ったり、またシャーリーを想うウィリアム兄さんの姿など、見どころ満載の話をありがとうございます。


647 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/15(水) 22:49:55 bvFQ8r2Y0
櫻木真乃&アーチャー(星奈ひかる)
峰津院大和&ランサー(ベルゼバブ)
NPCで迫真琴@デビルサバイバー2
予約します。


648 : ◆A3H952TnBk :2021/09/16(木) 02:45:54 uMc.apcE0
予約延長させて頂きます。


649 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/16(木) 17:50:46 G3mJ5FyU0
七草にちか(弓)&アーチャー(メロウリンク・アリティー)
田中摩美々&アサシン(ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ)
NPCで菅野史@デビルサバイバー2、栗木ロナウド@デビルサバイバー2
追加予約します。


650 : ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/09/16(木) 22:59:22 k8SIbaD.0
予約を延長します


651 : ◆EjiuDHH6qo :2021/09/16(木) 23:31:43 gAf5LkrE0
投下します


652 : それは遠雷のように ◆EjiuDHH6qo :2021/09/16(木) 23:33:48 8VkcdKTc0
 松坂さとうとの通話を終えてすぐのことだ。
 しょうこは自室のベッドにぐったりと倒れ込んだ。
 可能性の器とか呼ばれていてもしょうこの中身は年相応のありふれた少女である。
 二度と会えないと思っていた友人との再会。
 そこでしょうこはなけなしの勇気を絞り出して頑張った。
 通話が終わって気が抜けたらしいしょうこは申し訳なさそうな声でこう言った。
『あ〜……ごめん、アーチャー。ちょっとだけ休んでもいい?』
 勿論ダメだと言う理由はない。
 別に状況が切迫しているわけでもないのだ。
 休みたい時は休んでいい。
 キミが眠っている間は、ボクがちゃんと気を張っておくから。
 そう伝えるとしょうこはへにゃりと力なく笑った。
『ん…じゃあ、お言葉に甘えるね。私、これ、ちょっともうダメだわ……』
 それからすぐにすうすうと寝息を立て始めた辺り、余程気疲れしたらしい。
 いや……張り詰めていた糸が切れたというべきか。
 それを軟弱だと責めるGVではない。
 さっきのしょうこの頑張りを見ていれば、そんな言葉は口が裂けても出てこない筈だ。
“……今は静かに寝かせてあげよう。休める内に休んでおくべきだ”
 憑き物が落ちたような穏やかな寝顔。
 GVはしょうこが点け忘れていた冷房のスイッチを押すと、踵を返して彼女の部屋を出た。
“この先、こうしてゆっくり眠れる機会がどれだけあるか分からないんだから”
 だから今はゆっくり休ませてやろう。
 その間自分は、サーヴァントとしてやるべきことをする。
 霊体化して飛騨家の門前に立ったGV。
 次の瞬間彼が始めたのは、思考と思案だった。
“……マスターは松坂さとうのことを大切に想っている。その気持ちを蔑ろにするつもりはない”
 さとうとしょうこの間にあったことはGVも聞いていた。
 GVに言わせれば、松坂さとうはこの世界でも依然変わらず危険人物だ。
 自分のマスターである飛騨しょうこを一度とはいえ殺した女。
 必要とあらば友人だろうと構わず殺せる人物。
 しょうこには悪いが、そんな人間のことを信用しろと言われても難しい。
“けどもしも松坂さとうがマスターを裏切ろうとする素振りを見せたなら……その時は、ボクが手を汚そう”
 その時は、GVの独断で松坂さとうを殺す。
 しょうこの意思はあえて確認しない。
 彼女が罪と後悔を背負わなくて済むように、自分が全ての咎を被る。
 一度目の邂逅が終わった時点でGVはそう心に決めていた。
 尤も、あくまでもしもの時の話ではある。
 それに……出来ればGVは、しょうこからさとうを奪いたくなかった。


653 : それは遠雷のように ◆EjiuDHH6qo :2021/09/16(木) 23:35:09 8VkcdKTc0
“マスターから聞いた松坂さとうの"愛"。ボクにはそれは、ひどく歪んだものとしか思えなかったけど”
 それを肯定するのも否定するのもサーヴァントである自分の役割ではない。
 GVは自分が悠久に続く人類史からこぼれ落ちた一滴でしかないことを自覚している。
 しかししょうこはさとうが死んだら泣くだろう。
 どんな形での別れであれ、あの心優しい小鳥はきっと泣く。
 GVは小鳥の涙を見たくなかった。
 願わくば二人がお別れをするのは最後の最後……この世界がどちらかの願いに溶ける瞬間であってほしいと思う。
 時間が流れていく。
 こうしている間も、この空の続くどこかで戦いが起こっているのだろう。
 もしかしたらもう脱落者だって出ているかもしれない。
 本戦がどれだけ激しいものになるのかは未知の領域だが、決して生易しいものにはならないだろうことだけは分かった。
 いつの間にか電信柱から伸びる影は四時を示している。
 季節柄日が沈むにはまだ早いが、もう夕方と言っていい時間帯だ。
“……少し索敵でもしておくかな。マスターが眠っている以上、戦闘はするべきじゃないだろうけど”
 一時とはいえ肩の荷を下ろして眠れているしょうこを起こしたくはない。
 かと言ってこのまま棒立ちで彼女の起床を待つのは賢い時間の使い方とは言えないだろう。
 しょうこの身の安全に関わらない程度で索敵と調査を進める。
 その方針を固めたGVが、飛騨家の門前から一歩踏み出した――瞬間。

“……ッ!?”
 実体化すらしていないにも関わらず、全身の毛が総毛立つような感覚に襲われた。
 それはあまりにも巨きかった。
 そしてあまりにも凄絶だった。
 いつからそこにいたのか。
 何故自分はこの巨大な何かの存在に気付かなかったのか。
 GVは、いくつもの場数を踏んでこの地に立っている。
 その彼ですら我を忘れて戦慄するほどの圧倒的な武威の気配。
 固唾を呑み、意識を張り詰めさせる。
 そんなGVを嘲笑うように虚空から重々しい声が響いた。
「――居るだろう。出てこいよ、サーヴァント」
「こっちのセリフだ、サーヴァント。姿を現せ」
 声に応えて実体化する。
 それと同時に声の主も、遥か上空で実体化を果たした。
 もう一度言う。遥か上空でだ。
「……!」
 思わず息を呑む。
 戦慄と驚愕の二つがGVの脳裏を埋め尽くした。
 上空、目算にして百メートルほどだろうか。
 そこで……巨大な魔力反応を隠そうともせず四方に放ちながら、青い龍がとぐろを巻いていた。


654 : それは遠雷のように ◆EjiuDHH6qo :2021/09/16(木) 23:37:10 8VkcdKTc0
「……場所を変えようと言っても、聞く耳はなさそうだな」
 こんな噂話を耳にしたことがあった。
 予選期間中、東京都内で時折起きた爆発事故。
 それが起こった時には決まって、青く巨大な龍の目撃談が殺到したという。
 メディアでは単なる集団ヒステリーだろうと片付けられていたが……
「予選の内から随分好き勝手暴れていたな。どれだけ犠牲が出たか分かっているのか」
 全長を正確に測ったなら、一体何百メートルになるのか分からない。
 それほどの巨体を見上げながらもGVの声は凛と鋭く張っていた。
「それで大将首を十六個取れた。死んだ奴らも報われるだろう」
「理解した。彼らの命を薪にして願いを叶えようとしている身で言えたことではないが……お前は、いてはいけない存在だ」
「ウォロロロロ…! 止そうぜ眠てェ偽善を吐き出すのは。興が削げちまう」
「言っただろう。ボクに言えたことではないと」
 GVは聖杯を求めて此処に立っている。
 彼は勝ち残ったらこの世界を踏み台にしてしまう存在だ。
 それだけはどんな綺麗事で取り繕っても変わらない。
 それなのにGVは、自身の出した犠牲を嘲笑う龍の一言一言に義憤の念を感じてしまう。
 さもそれは最愛の歌姫と別れる前……いや。
 英霊の座に登り詰める前の"彼(GV)"のように。
「お前を非道と罵る資格は……ボクにはない」
 生前の彼ならどうしていただろうか。
 お前の身勝手は断じて許せないと吠えていたかもしれない。
 でも今のGVにはその資格はとうになく。
 だから熱い言葉の代わりに――彼の象徴である蒼い雷霆をバチ、バチと虚空へ灯す。
「ならばどうする。出来損ないの英雄がこのおれに勝てると?」
「勝つさ。何故ならボクは、英雄なんかじゃないから」
 見据えるは遥か高みの青龍。
 対峙しているだけで分かる。
 これは怪物だ。GVが今までに戦ったどの敵よりも恐らく強い。
「ボクは英雄でも何でもない、ただ一筋の雷霆だ」
「龍(おれ)を射落とすとでも言うつもりか? たかだか雷が」
 龍の身体が天空を背に鳴動する。
 それだけで押し寄せてくる突風と豪風。
 それに髪を揺らしながらもGVは動じない。
 その無言を、龍は肯定と受け取った。
「――ウォロロロロロロロ! ……ならやってみろよ、小僧ォ!」
 龍を中心として拡散する覇気と風。
 この戦いは自分の死地にすらなるかもしれない。
 覚悟を胸に、それすらも電力に変えてGVは立つ。
 名乗りと共に、天の青龍へとGVは地を蹴った。


655 : それは遠雷のように ◆EjiuDHH6qo :2021/09/16(木) 23:38:42 8VkcdKTc0
    ◆ ◆ ◆

 何時間くらい寝ていただろう。
 何か懐かしい夢を見ていた気がする。
 そんなしょうこを現実へと帰還させたのはGVからの念話だった。
 彼らしからぬ、聞いたこともないような切羽詰まった声。
“敵襲だ、マスター! すぐに起きて、家の裏口から逃げるんだ!”
 困惑したし混乱した。
 しかししょうこにもそれが異常事態であるというのは分かった。
 これまで既に二組の敵を倒しているGVがこれだけ余裕のない声で警告しているのだ。
“ボクも必ず追いかける。だから今は、早く……!”
 どういうわけかこの場に現れたという敵は、きっと恐ろしく強いのだろう。
 そうでなければあのアーチャーがこうまで急かすとは考えにくい。
 幸い服は着替えていない。
 すぐさま寝室を出て、玄関口から靴だけ取って裏口を使い家を飛び出した。
 その瞬間しょうこの耳に入ってきたのは、風の音と何かが崩れる音。
 そして、大勢の人の悲鳴だった。
“どんな戦いしてんのよ…此処、住宅街の真ん中よ……!?”
 GVは聖杯戦争に否定的な思想を持つサーヴァントではない。
 ただ、彼の根っこの部分は決して悪人のそれではないことをしょうこは知っていた。
 その彼が進んで人を巻き込む場所で戦いを始めるとは考えにくい。
 であれば必然、敵がそういうことを顧みない相手なのだろうという結論に達した。
 振り向いている暇があるなら逃げるべきだ。
 頭ではそう分かっていても、振り向いてしまった。
 いや……見上げてしまったという方が正しいか。
「な…な、なあっ……!?」
 ――腰を抜かすかと思った。
 サーヴァントがぶっ飛んだ連中ばかりだというのは知っている。
 そのしょうこでもそれほど驚いてしまうような怪物の姿が、空に浮かんでいた。
 青く巨大な一匹の龍。
 暴風を撒き散らしながら君臨するそれに、見慣れた蒼い雷霆が向かっていくのが見えた。
“な、によ…あの化け物……!”
 目に見える龍のステータスは冗談じみている。
 特に筋力と耐久が異常だった。
 あんなものと戦って本当に勝てるのか。
 いや、GVが自分でさえ抱くような危機感を持っていない筈はない。
 彼ならば分かるはずだ。
 あれと正面から戦って勝とうと思うならば、こちらも相応の犠牲を払うことが大前提になってしまうことくらい。
「何やってんだ嬢ちゃん! 早く逃げろよ、巻き込まれちまうぞ!」
「あああああっ、もう! どうなってんのよ此処最近の東京は!」
「死にたくねえ、死にたくねえ! あんなバケモンの巻き添え食ってたまるかよ!」
 恐怖に怯えて逃げ惑う住民達に押されて、しょうこも止めていた足を再び動かす。
 念話で状況を確認することも考えたが、それが彼の妨げになってしまうのではないかと考えると躊躇われた。
 大丈夫、彼ならきっと大丈夫……!
 そう自分に言い聞かせながら。
 しょうこは走り、走り――鼓膜が使い物にならなくなるほどの爆音を聞いた。


656 : それは遠雷のように ◆EjiuDHH6qo :2021/09/16(木) 23:40:07 8VkcdKTc0
    ◆ ◆ ◆

“マスターはもうこの場を離れてる。出来れば、この住宅地を戦闘に巻き込むことはしたくなかったが……”
 GVに抜かりはない。
 戦闘になると確信した瞬間に念話を飛ばしてしょうこを起こし、端的に事情を伝えて自宅から退避させた。
 場所の悪さを理由にして撤退へ移るのが利口な選択だったように思える。
 だがGVがそうしなかったのには勿論理由があった。
“この龍は話の通じる相手じゃない。かと言って事情を伝えて見逃してくれるようにも見えない”
 最悪、有無を言わさずこの一帯を吹き飛ばされる可能性だって大いにあった。
 そんな状況ではしょうこに逃げるよう言い含めるだけで精一杯だった。
 胸を刺す罪悪感と後ろめたさを纏う雷の熱で消し飛ばす。
“……出来れば此処で倒したいが――”
 思案するGVの視線の先で龍が動く。
 最初に放たれた攻撃は、しかし初撃の規模ではなかった。
「"壊風"」
 龍のあぎとが大きく開かれた。
 その瞬間、そこから無数の真空波が解き放たれたのだ。
 それに触れた建造物は、まるで巨大な斧や鉈で一閃されたように切り崩される。
 巻き込まれれば、当然ひとたまりもあるまい。
“分の悪い戦いだ。けど……!”
 研ぎ澄ませ第七波動(セブンス)。
 意識は常に最大の集中を維持する。
 GVは絶望をしない。
 暗闇を照らす雷霆の彼がそれを知る時は即ち、その存在の終わりに等しい。
「向かってくるか!? 天を統べる龍に!」
「当然だ……すぐ地に叩き落としてやる!」
 電磁結界(カゲロウ)。
 それがGVの進軍を、反逆を後押しする。
 魔力消費を代償に避け損ねた鎌鼬を無効化しつつ、まさに雷霆の如く天へと駆けた。
 地から天に駆ける雷という不条理が、しかし此処でだけはれっきとした理屈として成立していた。
 先ずGVが行った攻撃は避雷針(ダート)による射撃だった。
 避雷針ナーガ。如何なる巨体であろうと貫通する一矢。
 しかしそれは、青龍に一滴の血を流させることすら叶わなかった。
「ウォロロロロ! そんな豆鉄砲でおれの肉体(カラダ)を貫けると思ったか!」
 GVは歯噛みすると同時に分析する。
 頭抜けた耐久度。
 そしてナーガの貫通力をして傷一つ負わせられない圧倒的な基礎性能。


657 : それは遠雷のように ◆EjiuDHH6qo :2021/09/16(木) 23:41:24 8VkcdKTc0
“肉体そのものが宝具に昇華されている……そういうタイプのサーヴァントか!”
 まさしく神話の悪竜そのものだった。
 巨体が嘶くだけで英霊さえ吹き飛ばす突風が舞う。
 それに紛れ潜んでいる致死級の鎌鼬は、直撃すれば雷撃鱗の防御でさえ防ぎ切れるかどうか。
 ブービートラップのように死線が張り巡らされた空――GVの敵はそこにいる。
「迸れ、蒼き雷霆よ! 傲慢な龍を撃ち落とす遠雷となれ!」
 閃く雷光は反逆の導――
 轟く雷吼は血潮の証――
 ――貫く雷撃こそは万物の理。
 第一宝具の真名解放が第七波動の急速な躍動を引き起こす。
 スペシャルスキル展開。GVを起点に空へと這った雷霆は鎖の形をしていた。
「VOLTIC CHAIN(ヴォルティックチェーン)!」
 龍の目が驚愕に見開かれる。
 全長数百メートルに達する彼の巨体を、GVの生み出した鎖は同じく規格外の長尺で絡め取っていた。
 ヴォルティックチェーンは視界の全ての敵を同時に攻撃するスキル。
 敵がどれだけ大きかろうと、蒼き雷霆の鎖はそれを逃さない。
「ォォオオオオオオオオ……!?」
 龍の呻き声が大きく響く。
 効いている、その手応えを得られただけで十分だった。
 願わくばこのまま押し切れれば最高だが、そこまでの高望みはしない。
“此処で削れるだけ削ってやる……!”
 惜しみなく波動を注ぎ込んで火力の底上げを図る。
 どの程度通じているのかは未知数だが、効いているなら好都合。
 驕った悪竜をやれるだけ痛め付けて次に繋ぐ。
 雷光に包まれて上空の龍は激しく瞬いた。
 超新星の爆発を思わせる、神々しくすらある光――その中から。
「"熱息(ボロブレス)"」
 地の底から響くような声がした。
 GVほどの実力者ですら背筋を粟立たせ、破滅のイメージを頭に浮かべる破局の気配。
 急いで防御に集中する構えを取ったGVの姿が次の瞬間かき消えた。
 彼が移動したのではない。
 相対的に豆粒ほどの大きさに見えるそのシルエットが、業火によって塗り潰されたのだ。
 竜の吐息(ドラゴンブレス)。
 竜種が持つ最強の武装である破壊。
 それがGVを襲った灼熱の火球の正体だ。
 一撃で城を、山を吹き飛ばす大火力のブレス攻撃。
 ヴォルティックチェーンへの返礼としては十分すぎる炎だった。
 しかし、熱息の火球は内側から弾けた。
 亀裂状に出現した雷が、龍の吐いた火を花火玉のように爆ぜさせたのだ。
 そして火球の残滓を彗星の尾のように引きながらホバリング機動で龍に迫るのは――GV。


658 : それは遠雷のように ◆EjiuDHH6qo :2021/09/16(木) 23:42:53 8VkcdKTc0
「なかなかいい雷だった。ゼウスの野郎を思い出したぜ」
「その様で言われても、嫌味にしか聞こえないな」
「素直に受け取れよ。誇っていいぜ……この聖杯戦争で痛みを感じたのは初めてだ」
 十六体もの英霊を斃しておいてこの発言。
 虚仮威しのハッタリと片付けるには、この龍は強すぎた。
 GVが渾身のスペシャルスキルで灼いた筈の体は軽く表面が焦げた程度。
 そんな怪物にこう言われたなら、信じるしかないだろう。
「さあ次は何をする? 撃ってこいよ小僧。出し惜しみしてんなら……」
 龍のアギトが大きく開く。
 そこに熱が収束していくのが分かって、GVは歯噛みした。
“……このままじゃジリ貧だ。ボクも攻撃に転じなければ”
 一撃目の熱息は初見であったこともあり、防御態勢を整えて受けるのが精一杯だった。
 だがその代償は大きかった。
 雷撃鱗で凌ぎ切れる限界を超えた火力がGVの肌を焼き、少なくないダメージを負わされた。
 龍は今、聖杯戦争で初めて敵から痛みを与えられたと笑ったが。
 GVもまた、この世界で受けたダメージの中では今のが最大だった。
 雷撃鱗だから何とか凌げたが、電磁結界のみで当たっていたなら最悪五体のどこかが吹き飛んでいたかもしれない。
「消し飛ばすぞ…!? "熱息"!」
 ――煌くは雷纏いし聖剣。
 ――蒼雷の暴虐よ敵を貫け。
 押し寄せる炎の吐息を見据えながら、魔力の消費を度外視してスペシャルスキルを再度使う。
 英霊になった今のGVは生前ほどSP(スキルポイント)に縛られてはいない。
 しかしその分別なエネルギーリソースの消費を要求される。それが魔力だ。
 しょうこに負担をかけるのは忍びなかったが、この戦いはどう締め括るにせよ出し惜しみしていられるものではない。
「SPARK CALIBUR(スパークカリバー)――!」
 熱息の火球が雷撃の剣に両断される。
 その勢いは死なぬまま龍の玉体に肉薄した。
“避雷針じゃ通らない。だが出力を上げていけば、奴の耐久も超えられないわけじゃない”
 最低保障のラインとしては少し高すぎるが。
 スペシャルスキルに分類される攻撃であれば、通じるようだ。
 そしてヴォルティックチェーンは面での範囲攻撃だった。
 それで倒せなかったなら、では点で貫くアプローチはどうか。
「貫き穿つ。受けてみろ、悪竜――!」
「青二才が! "龍巻(たつまき)"――!」
 空中でとぐろを巻く龍。
 その円を解放すると同時に、驚異的な威力の竜巻が溢れ出した。
 そこに突っ込んでいくGVとその雷剣。
 二つの強大なエネルギーが零距離で衝突した瞬間、世界が爆ぜた。
 そう錯覚するほどの巨大な衝撃波が住宅地の上空で炸裂して……数秒。
 世界から、音が消えた。


659 : それは遠雷のように ◆EjiuDHH6qo :2021/09/16(木) 23:44:50 8VkcdKTc0
    ◆ ◆ ◆

 既に住民達は逃げ惑っている。
 もしかするとその中には、家に帰ろうとしたしょうこの親もいたのかもしれない。
 だとすれば申し訳ないことをしたと思いながら、GVは口元の血を拭う。
 額からも血を流し、全身に傷を負いながらも二本の足で立つGV。
 誰が見ても分かる満身創痍、這々の体だ。
 そんな彼の前方に一つの巨大な影が立っていた。
 いつしか空の龍は消えている。
 しかしあの龍が放っていた覇気と闘気は、影の主に確かに引き継がれており。
 その事実が、GVの見据える鬼と先の龍が同じ英霊なのだと物語っていた。
「効いたぜ」
「噓を吐け」
 頭から生えた巨大な角。
 人間の限界を確実に超えた身長。
 岩山がそのまま人の形を結んだような堅牢な肉体。
 龍の鱗を思わせる紋様と長い髭に龍形態の名残が見える。
 彼の胴体には出血の痕跡が窺えたが、逆に言えばただ血が出ているだけだ。
 注いだ魔力と失った余力には決して見合わない戦果だった。
「腐るなよ。おれは世辞は言わねえんだ」
 最強という二文字をGVは思い浮かべた。
 GVが今までに戦ってきた敵と目の前の鬼とを単純に比べることは出来ない。
 だがただ単純に、"最も強い"のは誰かという観点で測ったなら。
 間違いなく今目の前にいるこの鬼こそがそうだと認めざるを得なかった。
“クードスの蓄積はまだ不十分だ。もう、退くしかないか……”
 こいつを倒すには最低でもクードスを最大まで蓄積させなければ話にならない。
 それがGVの見立てだった。
 クードスの最大蓄積を条件として解放出来るGVの最大攻撃……グロリアスストライザー。
 それがあって初めて倒せるかどうかの話になる相手だったが、今はまだその手を頼れない。
 理由は、シンプルにクードスの蓄積が不十分だからだ。
 ヴォルティックチェーンにスパークカリバー、二つのスペシャルスキルを連続で放ってもこの程度の傷しか与えられなかった相手だ。
 このまま意地になって戦い続けても、GVが鬼の首を獲れる可能性はごくごく低い。
 そうなるともう、撤退以外の選択肢はなかった。
 何よりタチの悪いことに……鬼の姿になったこいつは、龍だった頃よりもずっと強大な存在に感じられた。
 まるでそれは、さっきまで戦っていたあの龍形態が相手の実力を測るための小手調べだったとでもいうようで。
「お前のクラスは何だ」
「……教える義理がない」
「お前、おれの部下になれよ」
 そうすれば殺さないでおいてやる。
 そう言って鬼は不敵に笑った。


660 : それは遠雷のように ◆EjiuDHH6qo :2021/09/16(木) 23:46:25 8VkcdKTc0
「別に聖杯を諦めろって言うわけじゃねェ。他の連中を全部叩き潰した後で、またおれに挑めばいいだけだ」
 悪い話じゃねえと思うだろ?
 ニヤリと口元を歪め、誘う鬼。
 その巨体を睨むGVの目は鋭い。
 蒼き雷霆、彼の象徴。
 それによく似た鋭い光がそこにはあった。
「断るなら、今此処で殺す」
 鬼は金棒を持っていた。
 宝具ではないようだがサーヴァントの武装である。
 ましてそれを使うのはこの怪物なのだ。
 あれでただ殴り付けるだけでも十分に致死級の威力があるに違いない。
「おれのマスターはその気になれば戦場にも立てる"力"を持ってるが……お前のマスターと来たら顔一つ見せねェな。同情するぜ、腰抜けのマスターを持つと大変だろう」
 鬼が金棒を持っていない方の手をGVの方へと伸ばす。
 身長差があるので成立はしないが、それはまるで握手を求めるような仕草だった。
「望むならこっちで替えを用意してやってもいい。どうだ?」
「笑わせるな」
 その勧誘にGVが返した答えはにべもない一蹴だった。
 鬼は無言だ。
 それをいいことにGVは話す。
「マスターに恵まれていないのはお前の方だ。同情するよ、鬼。お前のマスターはそんなことも教えてくれないんだな」
「お前の価値観なんぞ聞いた覚えはねェな」
 GVの痩身に襲いかかる圧力が数段強まる。
 鬼が一歩、二歩と前に歩くだけで地響きが鳴る。
 彼の眼光とGVの眼光とが二対の稲妻として交差した。
「確かに、ボクのマスターに戦う力はない。悩み、迷い、そうやってしか進めない普通の人間だ」
「無能だな。そんな奴を庇って何になる? お前ほどの能力者が」
「人間を侮るな。ボクのマスターは……お前のような戦いが上手いだけの愚か者よりずっと強い」
 鬼の言葉に間違いはない。
 GVのマスターは弱いのだ。
 何故なら普通の人間だから。
 戦いだとか殺し合いだとか、そういう世界にはてんで似つかわしくない子供だ。
 とてもではないがGVと目前の鬼の戦闘に立ち会うなど出来ないようなひ弱な少女。
 しかし、他の誰が彼女のことを雑魚と無能と謗ろうと。
 GVはいつでもどんな時でもそれに毅然と否を返せる。
 GVは知っているからだ。
 彼女が……しょうこが持つ、"弱さ"という名の"強さ"を。
 苦しみ、のたうち、迷いながらも自分の思いを貫こうとする姿の美しさを。
「思い上がるな、怪物。ボクの守るべき小鳥は……お前に見下されるほど弱くない!」


661 : それは遠雷のように ◆EjiuDHH6qo :2021/09/16(木) 23:47:46 8VkcdKTc0
「そうかよ。なら死ね、小僧」
 鬼が金棒を腰の位置で構えた。
 奴の誘いを蹴る判断は、とてもじゃないが合理的なものではない。
 しかし愚かな選択と罵られても構わない。
 その時は甘んじて受け入れよう。
 どれほど愚かでも、阿呆でも、あの少女を見捨ててこの男の部下になるなんて選択は下せなかった。
「"雷鳴八卦"」
 GVの詠唱よりも早く紡がれる一声。
 鬼の姿が視界から消えた。
 それは見切れなかったということの証拠であり、故にGVは鬼の一撃を直撃という形で受け止めるしかない。
 されどGVは諦めない。
 先手を取られた痛恨を甘んじて受け止めながらも雷撃鱗を鳴動させ、鬼の一撃を受け止め切れた場合にすぐさま切り返せるよう準備する。
 一撃与えて、そして撤退する。
 そのために全意識を集中させる。
 姿を消した鬼がGVの目前に現れるまでコンマ一秒の十数分の一。
 そして、次の瞬間が訪れるまでの一瞬の内に異変が起きた。
 GVの姿が、突如としてこの場から消失したのだ。
「……あ?」
 苛立たしげな鬼の声をしかしGVはもう聞いていない。
 鬼の声が届くよりも遥かに早く、彼の耳を叩いた声があったからだ。
 サーヴァントの身では絶対に抗うことの出来ない命令(こえ)が。
“令呪を以って命ずる――私と一緒に逃げて、アーチャー……!”
 その声を聞いた時GVが浮かべた表情は苦笑だった。
 マスターに救われる情けなさに対する自嘲が半分。
 もう半分は、"彼女"がマスターでよかったという安堵の念だ。
 令呪による命令は時に空間移動をすら可能とする。
 どれほど怪物じみたサーヴァントでも、空間を飛び越える速度に比肩して追いかけるのは不可能だ。

「逃げやがったか。つまらねえ……」
 残された鬼はただ一人、不機嫌そうに金棒を振るう。
 しかしそれだけで、飛騨しょうこの自宅はただの瓦礫の山と化した。
 とはいえ一応理由がないわけではない。
 この聖杯戦争において、多くの場合マスターの動静は自身の社会ロールに依存する。
 皮下のようなタイプは例外中の例外なのだ。
 地位にも能力にも恵まれていないマスターに対してなら、こうして帰る家を失くしておくだけでも十分な損害になる。
 ……まあ、八つ当たりの意味合いが完全にゼロかといえばそんなことはなかったが。
“だがなかなかに愉しめた……これなら"本戦"には期待してもよさそうだな”
 GVの雷撃は、カイドウにも確かにダメージを与えていた。
 予選の間に蹴散らされた十六体は誰もそれを成し遂げられなかったのにも関わらずだ。


662 : それは遠雷のように ◆EjiuDHH6qo :2021/09/16(木) 23:49:58 8VkcdKTc0
 本戦が始まって最初の戦いで、敵はカイドウに痛みの味を思い出させてくれた。
 此処からの戦いは今までの退屈なものとは明らかに違う。
 その確信が得られただけでも、カイドウにとって今回の巡遊は大満足の結果となった。
「ウォロロロロロロロ…! 今回は逃げられたが、顔は覚えたからな……! このおれに唾を吐いて逃げられると思うんじゃねェぞ……!?」
 龍に姿を変え、そして霊体化。
 住宅街一つを恐怖のどん底に落としたことには何の関心も示さずに、ライダー……百獣のカイドウは去っていく。
 巡遊は終わりだ。
 骨のあるサーヴァントに出会えたおかげで酔いも冷めた。
 皮下のもとに帰り、今後について話し合うなりするとしよう。
 彼の名はカイドウ。
 四皇、"百獣のカイドウ"。
 クラスはライダー。
 龍に化ける最強の鬼。
 その暴力はいつだとて理不尽、いつだとて最強。
 彼が去った後の住宅街には、気まぐれな暴力の残骸だけがただただ無残に残されていた。

【板橋区・住宅街/一日目・夕方】
【ライダー(カイドウ)@ONE PIECE】
[状態]:ほろ酔い(酔い:10%/戦ったことで冷め気味)、全身にダメージ(小)、腹部に火傷(小)、いずれも回復中
[装備]:金棒
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:『戦争』に勝利し、世界樹を頂く。
1:一旦病院に戻る。
2:『鬼ヶ島』の浮上が可能になるまでは基本は籠城、気まぐれに暴れる。
3:リンボには警戒。部下として働くならいいが、不穏な兆候があれば奴だけでも殺す。
4:アーチャー(ガンヴォルト)に高評価。自分の部下にしたい。
[備考]
※皮下医院地下の空間を基点に『鬼ヶ島』内で潜伏しています。

※飛騨しょうこの自宅がある住宅街の一部に壊滅的な被害が出ました。
※飛騨しょうこの自宅は崩壊しました。

    ◆ ◆ ◆
 
「ごめん…ごめん、アーチャー……! 私、我慢出来なくて……!」
 GVに抱えられながら爆心地となった住宅街を離れていくしょうこ。
 その目からは大粒の涙がぼろぼろ溢れ出していた。
 彼女の右手の令呪は数を一画減らしている。
 三度限りの絶対命令権を……時に今回のような不条理をも可能にする大切な令呪を、しょうこは一つ失ってしまったのだ。
「分かったの、あなたが危ないことになってるって…! 私、アーチャーのことを信じられなかった! もしかしたらって、考えちゃった……!」
 GVはしょうこにこう言った。
 後で必ず追いかけるからと、そう言った。
 その言葉をしょうこは信じられなかった。
 もしかしたらと心をよぎった不安に勝てなくて、令呪を使ってしまった。
 そんな彼女を抱いて走るGVの姿は惨憺たるものだったが……
 彼の顔に浮かぶのは、少女を安心させるための微笑だった。
「謝らないで。キミは、何も悪いことなんかしていない」
「でも……!」
「むしろキミは正しい決断を下した。あまりにも分が悪いから退くつもりだったけど、キミが令呪を使わなかったら……逃げ切れずに殺されていたかもしれない」
 しょうこを慰めるための方便ではない。
 あの龍であり鬼であるサーヴァントはそれくらい異常な強さだった。
 そして……危険な男であった。
 この聖杯戦争を勝ちたいと思うなら彼との戦闘は避けて通れないと、GVをしてそう確信するほど。


663 : それは遠雷のように ◆EjiuDHH6qo :2021/09/16(木) 23:51:26 8VkcdKTc0
「だからお礼を言わせてほしい。ありがとう、マスター。キミのおかげで助かった」
「……ずるいって、そんなこと言うの」
 とにかく命は助かった。
 命運は繋がった。
 だが、今の戦いで被った損害は甚大なものだ。
 GVが受けたダメージについてはまだいい。
 かなり手痛い傷を負わされたが、GVは自己回復のスキルを所有している。
 魔力の供給が微量とはいえ自動的に為されるのだから傷の回復も他のサーヴァントに比べれば大分容易だ。
 しかしもうあの家には帰れないだろう。
 その旨をしょうこに伝えると、彼女は泣き腫らした顔で苦笑いをした。
「……アーチャー、私の家の前で戦ってたもんね」
「あれだけ派手に戦ったんだ、他のマスターの目や耳に触れる機会もあるだろう。それにこれはボクの予想だけど、キミの家は多分壊されてしまったと思う」
 あの鬼はGVのマスターが戦う力のない一般人であることに気付いていた。
 たかが家といっても、しょうこのような一般人には替えの利かない貴重な拠点である。
 GVが敵の立場だったなら確実に壊しているだろうし、あの鬼もきっとそうしたに違いないと彼は考えていた。
「どうしよ、これから」
 カイドウの襲撃に関してはしょうこもGVも悪くない。
 全ての巡り合わせが悪かったのだ。
 巡遊に出ていたカイドウが偶然この住宅街に近付き、サーヴァントの魔力の残滓に気付いた。
 あの場でGVが呼びかけを黙殺していたとしても、その時は無差別な攻撃による炙り出しが始まっていただろう。
 天災に遭ったようなものとそう割り切るしかない不運だった。
“って言っても、私の知り合いなんて一人しかいないんだけどさ……”
 頼れる相手なんて一人しか思いつかない。
 しかししょうこが彼女を頼ったとして、当の彼女はそれを受け入れてくれるだろうか。
 ……分からない。
 それにもしも受け入れられなかった時のことを思うと怖くて怖くて仕方なかった。
 ポケットの中の携帯電話を小さく握り締める手は、哀れに震えていた。

【板橋区・住宅街近辺→移動中/一日目・夕方】

【飛騨しょうこ@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:魔力消費(中)、焦燥(大)
[令呪]:残り2画
[装備]:なし
[道具]:鞄
[所持金]:1万円程度
[思考・状況]
基本方針:さとうを信じたい。あさひくんにお礼を言いたい。そのためにも、諦められない。
1:さとうを頼る? ……どうしよう。
[備考]
※松坂さとうと連絡先を交換しました。

【アーチャー(ガンヴォルト(オルタ))@蒼き雷霆ガンヴォルト爪】
[状態]:疲労(大)、全身にダメージ(大)、いずれも回復中、クードス蓄積(現在3騎分)、令呪『私と一緒に逃げて』
[装備]:ダートリーダー
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:彼女“シアン”の声を、もう一度聞きたい。
1:マスターを支え続ける。
2:ライダー(カイドウ)への非常に強い危機感。
3:松坂さとうがマスターに牙を剥いた時はこの手で殺す。……なるべくやりたくない。
[備考]
※予選期間中にキャスター(童磨)と交戦しています。また予選期間中に童磨を含む2騎との交戦(OP『SWEET HURT』参照)を経験したことでクードスが蓄積されています。


664 : ◆EjiuDHH6qo :2021/09/16(木) 23:51:44 8VkcdKTc0
投下終了です


665 : ◆VJq6ZENwx6 :2021/09/17(金) 02:12:18 nyKFlx/o0
投下乙です。

>それは遠雷のように
生前のような信念ゆえの戦いではなく、義憤の念を感じながらしかしサーヴァントとして戦う覚悟を決めたGVの心中、
「ただ一筋の雷霆」という啖呵も別の未来のアシモフに限りなく近く、決定的に違うGVの在り方を表しているようですね。
そしてそのGVの覚悟と猛攻すら通じない四皇の実力の初披露に相応しい激闘でした。

ただ、2点気になっているのですが、
>“マスターから聞いた松坂さとうの"愛"。ボクにはそれは、ひどく歪んだものとしか思えなかったけど”
とありますが、シアンを皇神から誘拐して暮らしたGVが松坂さとうの愛を「歪んでいる」と表現しているのが気になります
確かに二人の誘拐生活は多々差異がありますが、マスターであるしょうこはあさひ一家からしおを誘拐したとのみ情報を持っていること、
以前の作品にて「あのさ、しょーこちゃん――――なんでしおちゃんが独りぼっちだったのか、分かってる!?」とさとうが証言しているのをすぐそばで聞いていることを考えると、
GVが松坂さとうの愛を歪んでいると表現するのはややGVらしくない判断だと思います。
聖杯戦争本編に関わらない点であり、神経質な指摘となってしまうのは承知の上ですが、
今後松坂さとうとGVの接触が増える見通しであり、今後彼らがその点に触れる可能性を考えると一度氏の見解を伺いたいです。

もう一点ですが、しょうこ宅におけるしょうこの他の家族の存在、或いは行方については後のリレーに任せる形であると判断してよろしいでしょうか。

最後に、ガンヴォルトというキャラクターの心中に関して丁寧且つ詳細に描写していただき、誠にありがとうございます。


666 : ◆EjiuDHH6qo :2021/09/17(金) 22:32:07 6a55nkpA0
感想とご指摘ありがとうございます。
該当部分を削除する形で、wikiの方で直接修正させていただきました。
またしょうこの家族についてはその認識で構いません(こちらも修正と同時に追記しておきました)


667 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/17(金) 23:21:09 c/BIKoJM0
投下お疲れ様です!
あのカイドウからしょうこを守るため、死力を尽くすGVは本当にかっこよすぎますね!
例え力で劣っていても、守るべき人がいるからこそGVは倒れませんし、しょうこも人間として強いからこそGVを守れたという構図が素晴らしいです!
人間の優しさと強さを知り、何度でも立ち上がろうとするGVはまさに英雄と呼ぶにふさわしいです……


そしてまた別件で告知を。
企画主である◆0pIloi6gg.とはまた別に、自分も絵師の方に依頼して地平聖杯の支援イラストを描いていただくことができました。
今回はWモリアーティのイラストになります。

ただし、絵師様のご意向により、今回のイラストに関してはSNSでのアップロードは禁止でお願いします。
感想などについても当スレッド限定でお願いします。


668 : ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/17(金) 23:44:22 Nk68chxI0
>>667

支援絵、確認いたしました。
すでにwikiに収録されておられるようでしたので、当該ページへのリンクも貼らせていただきます

ttps://w.atwiki.jp/hshorizonl/pages/317.html

この度は書き手の一人としてご依頼、ご支援のほどを絵師の方共々ありがとうございました
二人の対立構図、どちらも不敵で火花が散っているように見えました


669 : ◆A3H952TnBk :2021/09/18(土) 11:55:29 oE4R6UiM0
投下します。


670 : 愚者たちのエンドロール ◆A3H952TnBk :2021/09/18(土) 11:55:45 oE4R6UiM0
◆◇◆◇




【#拡散希望】




◆◇◆◇


私と、らいだーくん。
二人で並んでソファーに腰掛けて、テレビを見ていた。
夕方の子供向けのアニメ番組だった。
頭がパンのヒーローが、悪いことをするばいきんをやっつける。そんなお話。
アーチャーのおじいちゃん達との相談が終わって、私達はゆったりとしたひと時を過ごしていた。
とむらくんは、おじいちゃんとしばらく一緒にいるんだって。

なんとなく、ゲームをする空気でもなくて。
それでらいだーくんが部屋のテレビを付けて、適当にチャンネルを回して。
最終的に、そのアニメを見ることになった。
「他はニュースばっかでつまんねえ」なんてらいだーくんは言ってた。別に私もらいだーくんも、このアニメに興味は無かったけれど。
他に見るものもなかったから、なんとなく―――これを見て過ごしている。

悪い人がやっつけられて、正しさを尊ぶ。
勧善懲悪、って言うんだって。
こういうアニメは、そういうものが一番真っ直ぐなかたちで描かれてるんだと思う。
きっとヒーローは、みんなを救ってくれるものなんだと思う。
でも、私は。
そういうものは、要らないなって。
そう思ってしまう。

だって、“正しさ”は私をじごくから救ってくれなかったし。“正しさ”はきっと、さとちゃんや私のことも傷つけると思うから。
私達の砂の上のお城を崩してしまう、いまいましいもの。きっと、そういうものだと思う。
だから、これはただの暇つぶしみたいなもの。遠い世界のできごとを、ぼんやりと見て楽しむ。それだけのこと。

テレビをぼんやりと見つめながら、私はさっきまでおじいちゃん達と交わした会話を思い返す。
昼間に、おじいちゃんやらいだーくん達は―――私のことを知っている人と出会ったみたい。
松坂さんっていう偉い人のお家で閉じ込められてる、身体中傷だらけの女の人。
うつろな眼差しで、歓喜のまじった顔で、私のことを聞いてきて。
それで、独り言でも“さとうちゃん”という名前を呼んでいた。
おじいちゃんやらいだーくんは、そう言っていた。
それが誰なのか。私は、すぐに分かってしまった。

さとちゃんの叔母さん。
ここに、いるんだね。

叔母さんとの交流は、多くはなかった。
ほんの数回だけ会って、お世話になったくらい。
私にとっては、優しいひとだったけど。
“さとちゃん”は、あのひとを嫌ってた。
だから、おばさんとお別れしたとき。
すごくホッとしてた。
さとちゃんは何も言わなかったけれど。
ずっとおばさんのこと、抱えてたんだと思う。
おばさんから解き放たれて、すごく楽になったんだと思う。
だから。さとちゃんにとって、おばさんは辛いもの。苦いもの。

それでも―――さとちゃんとの確かなつながりを持つ人であることに、変わりはない。
いなくなってしまったさとちゃんと、さとちゃんと共に生きることを願う私。
その間を結んでくれるかもしれない、唯一の手掛かり。


671 : 愚者たちのエンドロール ◆A3H952TnBk :2021/09/18(土) 11:56:42 oE4R6UiM0
「なんかすげえなァ〜……」
「どうしたの?」
「いや、お前ンとこの“さとちゃん”が叔母さんがいてさ」
「うん」
「それで―――兄貴まで此処に居たんだろ?」
「……そうみたいだね」
「やべぇなお前、親戚の集まりかよ」

さとちゃん叔母さんだけじゃない。
らいだーくんが言うように、ここには他にも私の知っている人がいた。

神戸あさひ。
私の、お兄ちゃん。
あのとき決別した、家族。
この界聖杯に、私と同じように招かれている。

「つーかさ……兄貴いたんだな」
「うん」
「一ヶ月つるんでたのに初耳だわ」
「ごめんね、らいだーくん。言わなくてもいいかなって思ってたの」

お兄ちゃん。
私もお母さんを守ってくれて、私をずっと探してくれたひと。
さとちゃんと一緒に過ごしている間にも、ずっと奔り続けていた。
家族三人での、幸せな日々を取り戻すために。

お兄ちゃんや、お母さん。
今思えば、私を最初に愛してくれた人たち。
私をずっと守ってくれたことは、“ありがとう”って思ってる。
でも、私にとっては、もう十分だった。
二人は私を愛してくれたけど、私はきっと二人を愛せていなかった。
二人は大事なひとだったけど、愛するひとじゃなかった。

だって私は、“生きたかった”だけだから。

今がこわいから。そうしなきゃ生きていけないから。だから、誰かを愛そうとしていた。
でも。それは、本当の愛なんかじゃないよ。
私はもう、自分にウソなんて付きたくない。
感謝することと、愛することは、違う。
今の私は、愛するために在りたい。

「兄貴のことはどうすんだ?会うのか?」
「今は、いいや。おじいちゃんも“様子見しておいた方がいい”って言ってたし」
「素っ気ねえなぁ〜〜。なんかこう……思うところとかねェの?」

思うところは、あるけど。
お兄ちゃんは、“今”じゃないから。
“過去”なんて、いらないから。
だから今は、後回しでもいい。
おじいちゃん達が、お兄ちゃんを追い詰めていくらしいけど。
それでもお兄ちゃんが生き延びるのなら―――私も、会わなくちゃいけないのかもしれない。

「らいだーくんは、家族がすき?」
「……物によるんじゃねえの」
「“あのおうち”で、三人で過ごしてた時みたいな?」

夢で見た記憶を引き合いに出して、私は問いかける。
らいだーくんは、何も答えず。
心ここにあらず、なんてふうに遠くを見つめている。

「お前こそどうなんだよ」
「私は……もう、いいや」

お兄ちゃんとは、まだ会えてないけど。
あの人がしたいこと、分かるよ。
いっしょに居たいんだよね。
私と、お兄ちゃんと、お母さん。

「家族よりも、好きな人といたい。
 さとちゃんとの幸せが、ほしい」

でもね。
そういうのは、もういいの。

「だからね。お兄ちゃんは、“敵”なの」


672 : 愚者たちのエンドロール ◆A3H952TnBk :2021/09/18(土) 11:58:14 oE4R6UiM0
寂れた過去を取り戻すくらいなら、さとちゃんとの甘い未来が欲しい。
だから、今は。さとちゃんとの繋がりが、ほしい。
さとちゃん。私の中に、ずっといてくれてる。
でも、やっぱり寂しい。
さとちゃんは、傍にいてくれるのに。
私は、さとちゃんに触れられない。
さとちゃんと、お話できない。
さとちゃんと、愛し合えない。
私は、さとちゃんの温もりを胸にしまってるのに。
さとちゃん。ねえ、さとちゃん―――。

「ねえ、らいだーくん」
「なんだよ」
「おばさんと会いたい」

私は、らいだーくんにそう告げた。
それを聞いて、らいだーくんは―――うん。
だいぶイヤそうな顔をしてた。

「えぇ〜〜〜……」
「らいだーくん」
「やめろやめろ、俺の頬をペチペチすんじゃねえ」
「ほっぺた固いね」
「ペチペチ叩きながら言うなよ」
「さとちゃんはもっとふわふわしてた」
「知らねえよ、俺はさとちゃんじゃねえから」

私はむぅと膨れながら、らいだーくんのほっぺたをペチペチ叩く。
イヤかもしれないけど、ワガママを聞いてほしい。

「つか、なんで会いたいんだよ」
「さとちゃんのお話、したいから」
「もう十分してんだろうがよォ」
「ううん。まだ足りない」
「ちょっとくらい足りとけよ……」
「ごめんね。でも、あの人はさとちゃんを知ってるから」

もしかしたら、さとちゃんについて答えを知っているかもしれないから。
らいだーくんは、最初に言ったよね。
なんでさとちゃんが私を生かしてくれたのか。それはきっと、単純に「生きてほしかったから」じゃないのかって。
そういう考え方もあるんだねって、私は飲み込めたけど。

「さとちゃんに触れるためにも、あの人とは会わなきゃいけないと思う」

さとちゃんの断片を追いかけるためにも、私は他の答えにも触れてみたい。
さとちゃんを知る人―――おばさんなら、もっとさとちゃんに近づける為の答えを与えてくれるかもしれないから。

「あいつのサーヴァント、やべえぞ」
「おじいちゃん、言ってたよ。日光がダメで、その人の“よわみ”も沢山握ってる。
 下手に手を出してくるのは考えにくいんだって」
「まあそうなのかもしれねえけどよぉ……」
「おばさん達と会いたくない?」
「当たり前だろ……それに」

らいだーくんは、あんまり乗り気じゃなさそう。
おばさんと、会いたくないのかなあ。嫌なことでもあったのかな。
そんなふうに思ったけど。なんだか、それだけでも無さそうで。
色々と考え込むような素振りを見せている。

「……なんかさあ」
「どうしたの、らいだーくん?」
「ダルんだよなあ」

らいだーくんが、ぽつりと呟いた。
その横顔を、私はきょとんと見つめた。

「なんつーか。お前と一ヶ月くらい、ずっとゲームばっかしてたよな」
「うん。楽しかったよ」
「テレビもいっぱい見たし、マックのデリバリーとかめっちゃ食ったし……」

思い出を振り返るように、らいだーくんは呟く。
らいだーくんと出会ってから、一ヶ月。
新しいおうちを手に入れた私達は、あてもなくダラダラ過ごしていた。
通販でやったゲームで何度も対戦したり。出前でおいしいもの食べたり。一緒にテレビを見て、のんびりした一時を送ったり。
ふしぎな時間だったなあ、なんて思ってしまう。

だって、さとちゃん以外の人と。
ああして一緒に過ごしたことなんて、無かったから。

「なんかさ」

そして、らいだーくんは。
ひと呼吸を置いて、口を開いた。


「ああいうのやってる方が、性に合うっつーか」


そんな風にぼやく、横顔は。
なんとなく寂しそうで。今まで、見たことがなくて。
だから私も思わず、声を掛けてしまった。


673 : 愚者たちのエンドロール ◆A3H952TnBk :2021/09/18(土) 12:04:20 oE4R6UiM0

「らいだーくん?」

私の呼びかけで我にかえったみたいに、らいだーくんは頭を掻いて。
なんとなく居心地が悪そうに、明後日の方を向いてしまった。

「……悪ィな、変なこと言っちまって」

そっぽを向いたらいだーくんの背中を、私はじっと見つめていた。
なんとなく付けていたアニメは、いつの間にか終わってて。夕方のニュースへと切り替わっていた。


【豊島区・池袋/デトネラット本社ビル/一日目・夕方】

【神戸しお@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数千円程度
[思考・状況]
基本方針:さとちゃんとの、永遠のハッピーシュガーライフを目指す。
1:さとちゃんの叔母さんと会ってみたい。
2:とむらくんとおじいちゃん(モリアーティ)についてはとりあえず信用。
3:最後に戦うのは。とむらくんたちがいいな。
4:“お兄ちゃん”が、この先も生き延びたら―――。
※デトネラット経由で松坂(鬼舞辻無惨)とのコンタクトが取れます。必要ならば車や人員などの手配もして貰えるようです。
 アーチャー(モリアーティ)が他にどの程度のサポートを用意しているかは後のリレーにお任せします。

【ライダー(デンジ)@チェンソーマン】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円(しおよりも多い)
[思考・状況]
基本方針:サーヴァントとしての仕事をする。聖杯が手に入ったら女と美味い食い物に囲まれて幸せになりたい。
1:しおと共にあの女(さとうの叔母)とまた会う?
2:死柄木とジジイ(モリアーティ)は現状信用していない。特に後者。とはいえ前者もいけ好かない。


◆◇◆◇




【#拡散希望】
【#拡散希望】
【#拡散希望】




◆◇◆◇


重役の為に用意された“執務室”。
まるで古めかしい書斎のように静謐な雰囲気を漂わせる内装。
その奥―――机と共に配置された椅子に、壮年の男が腰掛けている。
アーチャーのサーヴァント、ジェームズ・モリアーティ。かつて名探偵をも翻弄した、稀代の犯罪者。
応接用に用意されたソファーには、彼のマスターである黒衣の青年“死柄木弔”が俯きがちに座っている。
神戸しお達との情報交換を終えたモリアーティは、執務室を装った自らの拠点にて思案に耽っていた。

盤上で気になることがあった。
アーチャーのサーヴァント、“犯罪界のナポレオン”と称された稀代の悪漢(ヴィラン)―――ジェームズ・モリアーティは思う。
彼は、この聖杯戦争に火種を撒いた。
283プロダクション所属アイドル、白瀬咲耶の失踪。その話題は、警察や事務所からの発表を待たずして“炎上”した。
ストーカーや暴漢などの疑惑。仕事や私生活に纏わる憶測。根も葉もない噂話。あるいは、連続女性失踪事件の一環か。
真偽不明の情報は溢れ返り、インターネットの大海を跋扈した。
全てはこの蜘蛛が仕組んだことだ。
彼は大企業を中心とする人脈を利用し、多数のサクラを動かし―――無数の情報を流動させた。
否が応でも注目の的となる彼女を利用し、混乱のきっかけを作る。
社会のみならず、聖杯戦争の盤面をも巻き込む混沌。モリアーティが期待したものは、地獄だ。

そして、彼が白瀬咲耶を標的に選んだ理由は他にもある。
確実に衆目を集める騒動を起こし、尚かつ283プロダクションを標的にすることで、"もう一匹の蜘蛛"を試したかったからだ。

禪院こと伏黒甚爾―――モリアーティさえも未だ把握していないが、彼はアサシンのサーヴァントだ。
そもそも禪院は、どうやってアイドルへと当たりを付けたのか。どのようにして星野アイや櫻木真乃らを嗅ぎつけたのか。
答えは単純。幅広いコネクションを活かして業界での“噂話”を掻き集めたデトネラットからの情報提供があった為だ。
予選が終盤に差し掛かる頃より、禪院とデトネラットは結託をしていた―――企業と関わりを持つ主従をアサシンが仕留めたことが発端だった。無論、それらもモリアーティの息がかかっていた手下の一つだ。
それをきっかけにモリアーティはデトネラットを通じ、裏社会で情報収集に勤しんでいた禪院を引き込んだ。事務所周辺の情報を伝えたのも、共闘関係のよしみとしての協力行為だった。
少数精鋭のプロダクションと大企業を中心とする連合。例え経営者等がいかに優れた手腕を持とうと、人脈や人員では後者が遥かに勝る。


674 : 愚者たちのエンドロール ◆A3H952TnBk :2021/09/18(土) 12:06:07 oE4R6UiM0

元よりモリアーティは、283プロダクションという事務所に少なからず目を付けていた。
業界で囁かれている“社長の意向で休業へと向かっている”という噂。その言葉の通り、じわじわと縮小していく活動範囲。
それらの動向を見て、蜘蛛は思った―――“随分と冷静なものだ”と。
きっと人々からは何の違和感も抱かれないだろう。社長の意向に添い、芸能事務所が緩やかに休業へと向かっている。それだけのことだ。そうにしか見えない。
だが、狡猾なる蜘蛛は思った。あまりにも手際が良すぎる。業界人を中心とする多数のコネクションを持つ彼は、疑問を抱いた。
そもそも、所属タレントを除けばたった3人しかいない事務所が“休業せざるを得ない事情”とは何なのか。

考えられる可能性は、単純に“何らかの欠員により事務所が回らなくなった”。そもそもこれだけの人材でプロダクションを機能させていることが奇跡的だ。ちょっとしたきっかけで機能不全に陥ることは容易に想像できる。
とはいえ、そうならば臨時の職員を早急に雇えばいいだけのこと。事務職の代替など幾らでも居るはず。しかし彼らは事務所を一旦畳むことを選んだ。

“アイドルに何らかの直接的な危険が迫った”。これも考えられる。例えば連続女性失踪事件――――このような怪事件の頻発を受けて、彼女らを守るべく事務所の閉鎖へと踏み切った。
しかし、だとすれば早急にアイドル達の活動を休止するべきだ。脅威がこの街に潜んでいる以上、悠長に休業への準備などしている場合ではない。
それこそスケジュール管理よりも、彼女達の安全を最優先にして動くべきだろう。

モリアーティが感じた違和感。
それは、どの可能性が正解だったとしても。
事務所側の対応は、あまりにも的確だということだ。
仮に彼らが単なるNPCに過ぎないのならば、一時的なパニックに陥っても不思議ではない。
欠員で事務所が回らなくなれば、企業としての機能は破綻する。そうなれば業界でも噂として耳に入るだろう。
あるいはアイドルに危険が迫っているのならば、すぐにでも彼女達の活動を制限してもおかしくはない。荒事慣れしていない素人ならば尚更のことだ。
しかし、彼らはそうしなかった。冷静に、確実に、淡々と―――休業へと軟着陸させていった。

確かに足は付かない。
ボロも出していない。
尻尾を掴むこともできない。
穏当な着地としてはパーフェクトだ。
だが、実に有能な手段であるからこそ。
この狡知に長けた蜘蛛は、察知した。
事務所の裏で、何者かが糸を引いていると。
そこに彼は、悪を以て善を成す者―――“もう一匹の蜘蛛”の可能性を見た。

故にモリアーティは、デトネラットや集瑛社などの人脈を使って事務所周辺の情報を集め―――禪院に“提供”した。
間接的な同盟関係である以上、相手方はある程度自由に泳がせている。デトネラットを経由して得られた情報を餌に、禪院を動かす。
情報を元に動き出した禪院が283周辺に何らかの行動を仕掛けて、そこで黒幕がリアクションを起こしてくれれば上々。
言うなれば当て馬だ。此方は直接手を下さずに、奴らが尻尾を出すのを待つ。

しばらくは様子を見るとしようか―――そう考えていた矢先に、モリアーティは“事件”を掴んだ。
283プロダクションのアイドル、白瀬咲耶の失踪。時を同じくして密かに察知していた、“闇に蠢く子供達”の行動……。
それらはまさしく、当初の想定よりも過激かつ強力な火種だった。故に彼は次の手に出た。
事務所周辺に火の手を上げ、騒動を起こす。混乱に乗じて黒幕の行動を煽り、その存在を炙り出す。

“子供達”の動向もある程度だが掴んでいる。白瀬咲耶が失踪した夜に彼らが行動を起こしていたことも把握している。
白瀬咲耶の死に“子供達”が関わっている可能性は、極めて高い。モリアーティは悪のカリスマであるからこそ、悪しき暗殺者達の行動を理解できる。
仮に白瀬咲耶を仕留めたのが彼らであるのならば、早ければ“炎上直後”の日中には行動に出るだろう。そう予想していた。

この騒動を見て「これは聖杯戦争に関わる事件ではないか」と推測した主従が行動を起こす可能性は高い。
良くて騒動。悪ければ乱戦。犯罪王は、その火薬を起点に混沌の足掛かり――即ちもう一人の蜘蛛を死に至らしめる一手を打つ。
それがモリアーティの思惑だった。


675 : 愚者たちのエンドロール ◆A3H952TnBk :2021/09/18(土) 12:06:52 oE4R6UiM0

そして白瀬咲耶が本当にマスターだったとすれば、実際に仕留めたであろう“子供達”は当然それを掴んでいることになる。
彼らが事務所へと当たりを付けたとしても不思議ではない。そうでなくとも炎上に便乗して事務所を釣り餌にすることも有り得る。
仮に彼らが何もしなかったとして。事務所に潜む黒幕が何らかの行動に出る可能性もある。
どちらにせよモリアーティは、“子供達”が火種のきっかけになることを期待していた。


しかし、何も起こらなかった。
否、正確には起きたが―――ボヤ騒ぎに過ぎなかった。
撒いた火種は、事務所を焼き尽くさず。
少なくともこの日中は、大きな騒乱を回避したのだ。黒幕が炙り出されることも無かった。


確信した。
この瞬間、遂に蜘蛛は悟った。
あまりにも手際の良すぎる“休業への移行”。デトネラットによる周辺の調査。白瀬咲耶の一件と、炎上による攻撃。“闇に蠢く子供達”。騒乱の布石を敷いても尚、四散を回避した事務所……。
まるでプロダクションを守護する者がいるかのように、穏当な着地へと導かれている。そして“例の輩”は、悪の仮面を被って正義を行う義賊だった。
故に蜘蛛は、理解した。

いる。背後に、間違いなく。
“もう一匹の蜘蛛”はここに潜んでいる。
それが犯罪王の辿り着いた答えだった。
一つの真実を見出した彼は、未だ潜み続ける敵への“賛辞”を送る。


――――見事だ、蜘蛛よ。


モリアーティは、善なる蜘蛛を讃えた。
よくぞここまで戦い抜いた。よくぞここまで守り抜いた。敵ながら天晴れと言う他無い。
周囲に決して悟られぬ形で事務所を解体し続け、炎上という突発的な騒動にも対処してみせた。
“知恵比べ”ではこちらに勝るとも劣らない。全く以て見事だ。だが、優秀過ぎたが故に、モリアーティはその匂いを明確に察知した。

日中は乗り越えた。されど終わりではない。
夜の闇に紛れ、血に飢えた者達が少なからず動き出すだろう。もしかすれば、あの“子供達”も再び動き出すやもしれない。
彼らが“蜘蛛”の首を掠め取るなら、それも良し。所詮はそこまでの器だっただけのこと。
されど、彼がその襲撃をも切り抜ける程の猛者であるというのならば。こちらも相応のアプローチを仕掛けねばなるまい。
様子見を続けるか、あるいは攻勢に出るか―――何にせよ“下準備”は必要だ。
その布石を敷かねばなるまい。


「なあ、アーチャー」


モリアーティが思案を続けていた矢先。
その傍らで沈黙を貫いてきた青年――死柄木弔が、口を開いた。

「お前があれこれ理屈捏ねてんのは分かってるけどよ」

痺れを切らしたように、淡々と言葉を連ねる。

「ただ“眺めてるだけ”ってのは、つまらねェな」

そう呟きながら、彼はアーチャーへの眼差しを向けた。
黒く濁った闘志と鬱屈と、瞳に宿しながら。

「しおくん達との時間は退屈だったかネ?」
「うるせぇ。あのバカ兄妹はどうでもいい」

アーチャーの飄々とした問いかけに、死柄木は吐き捨てるように答える。
思えば、妙な時間ではあった。死柄木は思う。
あの少女―――神戸しおの保護者をやる羽目になり、二人で呑気にコンビニへと足を運び。
全員分のアイスをわざわざ買って、二人で取り留めもなく会話をしながら帰路に着いた。
デトネラットのゲストルームに招かれてからもそうだ。あの兄妹が呑気にゲームやってるのを眺めながら、アーチャーを待ち続けていた。
聖杯戦争本戦の真っ只中とは思えないお気楽ぶりだ。ヴィラン連合にいた頃も、ここまで余裕のあるひと時は過ごせなかった。

「しおくんのことは、どう思う?」

だが、そう問いかけられて。
死柄木は、思い返す。
安穏とした時間だった。
しかし、得られたものはある。
それは――――神戸しおとの対話だ。


676 : 愚者たちのエンドロール ◆A3H952TnBk :2021/09/18(土) 12:07:27 oE4R6UiM0

「イカレてやがるな」
「ハハハ、君の言う通りだ。しかしそれ故に、彼女は強い」
「だろうな。あのガキは、どうかしてやがる」

どこか嘲るような笑みを浮かべつつも。
死柄木の内面において、神戸しおという存在は決して軽視されるものでは無くなっていた。
情けが芽生えた訳でもない。仲間意識が生まれた訳でもない。
それは紛れもなく、対峙すべき相手としての認識だった。

「自己の為に、他の全てを超越する……まさに強烈なエゴだ。
 その意志で言えば、紛れもなく君に匹敵する」
「……ああ。あいつは間違いなく、俺の“敵”になる」

神戸しおは、そう言い切れる存在だった。
その答えを聞いて、モリアーティは満足げに不敵な笑みを浮かべる。

ジェームズ・モリアーティを悪として高めたのは、紛れもなくシャーロック・ホームズだった。
悪であるが故に善を超えられぬ。しかし悪であるからこそ、善を超えた先へと挑む――“更に向こうへ”。モリアーティは内心、らしくもない感傷に浸る。
しかし、敵“ヴィラン”を高みへと導くのは英雄“ヒーロー”だけではない。
同じように覇を競い合う存在もまた、彼らを研ぎ澄ませて“成長”させるのだ。
今の死柄木弔にとって、そうなるべき存在。それこそが神戸しおだった。

「やはり正解だったネ、彼女と君を引き合わせたのは」

日中、あのコンビニから車へと戻る道中。
死柄木としおは、互いの“戦う理由”について問うた。
全てを憎むが故に、壊すことを望む死柄木弔。
たった一つの愛を貫く為に、全てを踏み越えることを望む神戸しお。
自己のために、他を犠牲にする。
その為ならば、覇道を往くことも厭わない。
かたや愛を得られず、かたや愛を知り。


「神戸しおは、いずれ対立者となる。君にとっては間違いなく大きな壁になるだろう。
 なにせ彼女は―――実の兄でさえも犠牲にできる“強さ”を持っているのだから」


――――実の兄でさえも。
――――“きょうだい”さえも、犠牲にできる。


死柄木は、側頭部に右手を当てた。
その表情には、何か引っかかるようなものがあり。
不快感が込み上げてきたかのように、眉間へと僅かな皺を寄せた。
そして。ゆっくりと下ろした右手で、首筋を掻き毟り始める。
ガリ、ガリ、ガリ―――何かを思い出すように。悪しき記憶を、想起したかのように。
死柄木の中で、奇妙な苛立ちが湧き上がる。
頭が痛む。気分が悪い。
されどその正体を掴むことは、出来ず。


「“悪夢”は、相変わらずかね?」


そうして、モリアーティの一言で現実へと引き戻される。
思わず手を止めた死柄木は、彼の方へと視線を向け。
何も言わず、首筋に触れていた右手を下ろした。


「その“苛立ち”こそが、君の強さだ。
 社会を憎み、善を恨み……それ故に君は全てを破壊する」


諭すように語るモリアーティを、何も言わずに見据えた。
その目的も、その在り方も違えど。
眼前の犯罪王は、まるで“恩人”と同じように語る。
そんな彼を見つめる死柄木の表情は―――内面を隠すように、ピクリとも動かない。
しかし。それでも、死柄木の中で“衝動”は渦巻いていた。
やがて世間へと向けられる、破壊と暴力の激情―――その匂いを感じ取ったように、モリアーティはフッと笑みを口元に浮かべた。

さて、死柄木弔よ。
待たせてしまって、申し訳無いネ。
だが安心したまえ。君が存分に暴れられる舞台は、必ず用意する。
それが283プロダクションになるか。
あるいは、神戸あさひを取り巻く渦中になるか。
盤面を見定めるのは、私が引き受けよう。
もしかすれば、君とライダー達が再び肩を並べる時も来るかもしれないネ。
モリアーティは不敵な笑みと共に思う。


――――どちらにせよ、頃合いだネェ。


そして、モリアーティは思考を張り巡らせる。
何にせよ、283プロダクションに対するアプローチを取ることは確定事項だ。
その陰に何らかの黒幕―――“もう一人の蜘蛛”の気配がある以上、野放しにし続ける訳には行かない。
故にモリアーティは、暗躍へと進む。
その足掛かりとして直々に“彼”へと連絡を取るべく、懐のスマートフォンを取り出した。


677 : 愚者たちのエンドロール ◆A3H952TnBk :2021/09/18(土) 12:08:36 oE4R6UiM0
【豊島区・池袋/デトネラット本社ビル/一日目・夕方】

【死柄木弔@僕のヒーローアカデミア】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円程度
[思考・状況]
基本方針:界聖杯を手に入れ、全てをブッ壊す力を得る。
1:“舞台”が整う―――その時を待つ。
2:しおとの同盟は呑むが、最終的には”敵”として殺す。


◆◇◆◇




【#拡散希望】
【#不審者情報】
【#拡散希望】
【#不審者情報】
【#拡散希望】
【#不審者情報】
【#拡散希望】
【#東京都大田区】




◆◇◆◇



「じゃ、空魚ちゃん」


ほんの少し前の出来事。
いい性格したあの女“アイドル”が、事務所との電話を済ませてから戻ってきて。
改めて帰る時になって、私に笑顔を向けた。


「鳥子ちゃんの件さ、“私から”真乃ちゃんにも伝えておこっか?」


あいつは。あの女は。
なんてことなしに、そう言ってのけた。
私は、思わず目を丸くした。
―――――は?
そんな一言が漏れそうなくらいには、唖然としていた。


「さっきも言ったけどさ。真乃ちゃんって、すっごいお人好しだから―――」


すぐに察した。こいつが、何を言いたいのかを。私は、先手を打たれたということを。


「きっと、力になってくれるよ」


そして。
飄々と笑みを見せながら、あいつは去っていった。
まるで太陽か何かのように、キラキラしていた。作り物みたいに、輝いていた。
前々から、苦手だと思っていたけど。
今回ばかりは――――忌々しさすら覚えてしまった。





678 : 愚者たちのエンドロール ◆A3H952TnBk :2021/09/18(土) 12:09:23 oE4R6UiM0



それから、時間は回って。
何だかんだで、現在に至る。
私――紙越空魚は、酷く憂鬱で。
自分の不甲斐なさに、吐きそうだった。

傾き始めた日差しが、窓から射す中。
ごろんと、床に横たわっていた。
カーペットの感触に身を委ねて、視界の先を見つめる。
真っ白な天井。真っ白なシーリングライト。
変わらない。どれだけ目を凝らしても、何一つ変わりやしない。
虚しさとか。やるせなさとか。
よく分からない感情が、込み上げてくる。
何やってんだろうなあ。
何やってんだよ、私。
自分に対して、そんな風にぼやいてしまう。
ああ、本当に―――何やってんだか。

結論から言うと。
アサシンからは、突っぱねられた。
何を、って言うと。つまりアレだ。
“櫻木真乃”と接触する為の説得に、失敗した。

もう一つ、先に断っておくと。
星野アイに、多分こちらの思惑を気づかれていた。
とはいえ何処まで分かっているのかは曖昧だし、ひょっとすると単なる思い過ごしかもしれない。
鳥子を取り巻く危機を前にして、自分も過敏になっているだけなのかもしれない。
しかし。アイが鳥子の捜索において真乃を持ち出してきたのも、わざわざ「自分が連絡を入れること」を強調してきたのも、明らかに不自然だった。
ただ鳥子を味方に引き入れたいだけなら、バックに協力者がいるアサシンにぶん投げればいいだけのこと。
私ならともかく、業界以外に大したコネも無さそうな真乃を引っ張り出す理由が不透明だ。
単なる善意による助力―――は絶対に違う。
アイは気さくで馴れ馴れしいけど、どう見ても強かだ。

あそこでアイが真乃の名前を出した。
それには間違いなく何らかの意味があった。恐らく、こちらに対する牽制のためだ。
紙越空魚は、仁科鳥子のために“裏切る”かもしれない。そのために真乃を善意の協力者として当てにするかもしれない。
アイはそこを察知して釘を刺してきた。
自分が先に真乃を押さえる―――というか、真乃に手出しさせないようにするために。
つまり。あの女に、先回りをされたという訳だ。

それに気付いた私は、勿論焦ったし。
何よりも、めちゃめちゃに憤った。
心底、心底ムカッ腹が立った。


――――なに邪魔してるんだよ、あんた。


この女。ホント、この女……。
こっちは鳥子のために踏み出そうとしてたのに、いきなり出鼻を挫かれた。
そうはさせないよ、と言わんばかりの“したり顔”でニヤニヤと笑っていやがった。
前々からぼんやりと気に入らなかった星野アイへの印象が、負の方向へと突き抜けていった。
鳥子と生きて帰る。鳥子の為に奔る。そう決意した私に、そんな真似をするっていうのは―――喧嘩仕掛けてきたのも同然だ。
そっちが喧嘩を売るつもりなら、こっちも乗ってやる。

だからアサシンが諸々の連絡から帰ってきた直後に、私は迷わず“櫻木真乃との接触”を訴えた。
色々とそれっぽい理屈を捏ねていた。
櫻木真乃は利用できる。事務所が休止へと向かいつつあることはホームページの情報で把握している。仕事で真乃が顔を出さなくなれば、彼女と接触できるタイミングはぐっと減る。今こそがチャンスだ。
彼女を味方に引き入れれば、アイ達に対する監視として使える。その為にもアイ達を抜きにして接触する必要がある。アイ達は既に二重同盟の存在をバラす失態を犯している。つまり裏切りに等しい。ならばこちらが勝手に動いても文句は言えない……。
色々と叩き上げて説得を試みたけれど、アサシンの反応は渋かった。それで、あの人はこう言った。


《仁科鳥子を探す為の味方を付けたいだけだろ》


星野アイが賢いことは何となく分かっていたし。アサシンが切れ者っぽいことも、何となく察していた。
凡人に過ぎない私は、とんでもない奴らに囲まれたという訳だ。


679 : 愚者たちのエンドロール ◆A3H952TnBk :2021/09/18(土) 12:09:58 oE4R6UiM0
それでも折れずに、私は粘った。本心でぶつかって、アサシンを説き伏せようとした。
何とか櫻木真乃と接触する為に、鳥子を助ける為の味方を付けるために―――でも、結局は駄目だった。
アサシンは私との会話を打ち切って、「気晴らしに行ってくる」と再び外へと出て行ってしまった。
追い掛けようとしたけれど、アサシンから目で追い払われて。そのまま、どうしようもなく。
そうして私は今、こうして虚脱感に囚われているという訳だ。

さっきまでやる気になっていた自分が。
さっきまで憤っていた自分が。
何だか、酷く無様に思えてくる。
アイには先回りをされて。
アサシンには突っぱねられて。
私はこうして、宙ぶらりんのままだ。

天井を見つめながら、ふと思う。
仮にこのまま聖杯戦争を進めたら、どうなるのか。
鳥子を踏み越えて、そのまま勝ち残れば。
界聖杯とやらは、どんな願いでも叶えてくれるらしい。
例えここで鳥子が犠牲になっても、私が勝てば元通りになるんじゃないのか。
鳥子を生き返らせて下さい。そんな祈り一つで、全てが丸く収まる。
だったら。大人しく鳥子を諦めて、生存優先で戦い続けた方が。


――――いいわけないだろ、そんなこと。
――――馬鹿にも程がある。
――――“さっき”言ったろ。地獄のがまだマシだよ。


このザマかよ、紙越空魚。
言ってたじゃないか。
自分は誰の味方だ、って。
鳥子だけの味方なんだろ。
どっちを犠牲にするとか、聖杯で元通りとか。
そんな考えは、クソ喰らえだ。
情けない。弱音に飲み込まれそうになった自分が、余りにも情けない。

どうする。ここから先。
星野アイ。アサシン。障壁は数多だ。
それでも、鳥子と共に生きて帰る為なら―――どんな手段だって使ってやる。
私は、天井を睨みつけるように見つめた。





そうして、スマホを起動させて。
宛もなく―――しかし唯一の手掛かりを探るべく、SNSを開く。
283プロダクションの公式アカウントを確認しようとした矢先に、“それ”を見つけた。


「……何これ」


拡散希望。不審者情報。注意喚起。
そんな文面と共に、妙な投稿がタイムラインに流れてきた。


◆◇◆◇


680 : 愚者たちのエンドロール ◆A3H952TnBk :2021/09/18(土) 12:10:39 oE4R6UiM0
◆◇◆◇


カチリ。
ライターのスイッチを押した。
男の手元で、小さな灯火が熱を放つ。
口に加えた紙煙草に、ゆっくりと火を近づけた。
仄かな赤い光と、揺蕩う白煙。
指で摘んだ“それ”を暫し味わった後、ふぅ―――と口から煙混じりの息を吐く。
タール14mg。少なくとも、これくらいの濃さが無ければ気分転換にはならない。

何日か前に調達した煙草だった。
無論、金銭を払って正当に購入している。
既に死者であるというのに、仮にも英霊になったというのに。まるでそこいらの人間と同じような、世俗的な行為に耽っている。
煙草の煙を肺に飲み込みながら、伏黒甚爾は自嘲気味にそんなことを考える。

煙草は、別に好きでもない。
味が好きな訳でもないし、ニコチンに頭をやられている訳でもない。
結局、単なる気晴らし。
その程度のものに過ぎない。
まるで酔うことの出来ない酒よりはマシ。
少しくらいは、気を紛らわせることが出来る。
アパートの外で喫煙しながら、甚爾は自らのマスターである紙越空魚について思う。

あいつを星野アイ達に預けることも考えていたが、敢え無く取り止めとなった。
何故か。空魚が拒んだから。
そして、アイもそれを受け入れたから。
ただそれだけのことだった。
そうしてアイが帰った直後。
空魚が頼み込んできた事柄に、甚爾は僅かな驚愕を覚えた。

櫻木真乃と接触したい。
そんなことを、彼女は唐突に言い出した。

《だったら、アイ達と一緒に行けば良かったろ。櫻木真乃に会う手段としちゃ一番手っ取り早い》
《分かってます、けど。それじゃ、意味が無いって言うか》

そうして空魚は、何やら理屈を捏ね繰り回していた。
アイが認めるほどのお人好しである櫻木真乃を“個人的な味方”にする価値はある。
既にアイ達は協定違反も同然の行為をしている。二重同盟のメリットを無視して、他者に情報を漏らしているのだ。
言うなれば、小さな裏切りに等しい。
だから、こちらが勝手に行動したとしても一方的に責められる筋合いはない。真乃を抱え込めば、アイの監視や牽制にだってなる。
それに白瀬咲耶の事件もあったのだから、283プロダクションはじきに休止する可能性が高い。ホームページに記載された情報を見る限りでも、緩やかに活動を狭めている。
今のうちに行動に出なければ、真乃と接触するチャンスも取り逃がしてしまう。

甚爾は思った。
随分とご立派なことだ。
理屈を並べて、さも正論であるかのように語っておられる。
真乃との接触に利益があることを、何とかアピールしていた。
しかし、ただのハッタリだ。
彼はそのことをすぐに見抜いた。
空魚の本心は、別の所にある。
故に甚爾はそこを指摘した。

こちらまで二重同盟のメリットを踏み躙れば、いよいよ同盟が形骸化へと向かっていくことになる。
それくらいのことは、空魚も理解している筈だ。小市民のつもりでいるが、決してただの馬鹿じゃない。少なからず知恵の回る奴だ。
甚爾は、それを分かっていた。
それでも尚、空魚が損得を飛び越えるのだとしたら。

結局のところ空魚は、合理的な立ち回りをかなぐり捨ててでも“私情”を優先したいだけなんだろう。
そんなものは、他人から付け入られる隙になる。そもそもこの聖杯戦争で生き延びられるのは一組のみ。
幾ら顔見知りと言っても、最終的には争うことになる相手だ。下手な感傷は命取りになるし、あくまで自己が生き抜くことを最優先にするべきだ。
それを理解した上で仁科鳥子を探すとしても、情報網に関しては“協力者”の方が余程優秀だ。大人しく情報提供を待っていた方がまだ確実だ。


《……そこまで見抜かれてるなら》


そう伝えて、空魚は黙り込むかと思ったが―――今度は“本心”でぶつかってきた。


《こっちも“隠す必要”、無いですよね》


そんなことを言いながら、空魚は想いを吐き出してきた。
明らかに、キレかかってた。
大した図々しさだな、なんてことも言えず。
甚爾は、彼女の言い分を聞いた。


681 : 愚者たちのエンドロール ◆A3H952TnBk :2021/09/18(土) 12:11:34 oE4R6UiM0


《図々しいってこと、分かってます》


鳥子と生きたいから、こうやって頼み込んでる。鳥子と一緒にいたいから、私はこんなことを言っている。
この聖杯戦争から二人で帰る為にも、あくまで勝つことを目的とするアイ達や“協力者”を頼ることはできない。
下手をすれば、二重同盟の妨げとして鳥子が邪魔になるかもしれない。あるいは私達を縛る為の利用対象になるかもしれない。


《今更こんな非合理的なこと頼むのもおかしいって、自分でも思います》


故に、全く別軸から手助けをしてくれる同盟相手が必要になる。好戦的ではなく、打算を抜きにして、善意で助けてくれる存在がいてほしい。


《それでも。鳥子だけは、絶対に裏切りたくない》


だから、櫻木真乃に目をつけた。彼女に直接会って、同盟を申し込みたい。


《―――あいつを犠牲にして生きるくらいなら、地獄にでも落ちる方がよっぽどマシだと思ってます》


それが空魚の語った思惑だった。
甚爾は、答えた。


《やめとけ。少し頭を冷やせ》


そうして空魚との対話を打ち切った。
これ以上あれこれ揉めた所で、泥沼になるだけだと考えた。
それから甚爾は、気晴らしに外へと出て。
気晴らしの煙草で、なんてことのない時間を潰している。

紙越空魚という女は、組みやすい相手だと思っていた。
イカレているが、イカレきれてはいない。それでも、単なる甘ったれという訳でもない。
生きて帰る為ならば相応の手段も受け入れられるし、こちらのやり方にも口を出してはこない。
ビジネスライクな距離感を保ったまま、淡々と仕事に打ち込むことができる。汚れ役に徹することができる。
下手な気遣いも必要ないし、此方は黙々と勝つ為の算段を重ねられる。それなりに知恵も回る。甚爾にとって、悪くはない相棒だった。

しかし、今。
その空魚は、厄介なことになっている。
仁科鳥子。彼女にとって縁の深い存在が、この地に存在している。
それを知った瞬間から、空魚の“何か”が変わった。
打算と私情の天秤が、狂い始めている。
淡々と現実を見ていた空魚の鍍金が剥がれ落ち、他の誰かの為に―――たった一人の存在の為に奔走する“素顔”が暴かれていく。
否、彼女は元々そういう人間だったのかもしれない。彼女と常に距離を取っていたからこそ、肝心なことに気付かなかっただけだ。
それを悟った甚爾は、複雑な心境に囚われていた。

どうでもいいだろ、そんな女のこと。
この地に居る以上、どちらかが犠牲になる。
だったら、捨て置く方が余程マシだ。
例え、そう言ってやったとしても。
こいつは、止まらないんだろうな。
目が物語っている。仁科鳥子という存在は、こいつにとって何よりも大きい。

なあ、紙越空魚。
今のお前は、勝ち残る為じゃなく。
仁科鳥子の為に、戦うつもりなんだろうな。
よりによって俺みたいな猿を引き当てて、そんなことを考えてやがる。
お前、俺に“人助け”の片棒でも担がせるつもりかよ。
だったら、お門違いも良い所だ。
“殺し”しか能の無い俺なんぞに、任せることじゃない。

認められず。転がり落ちて。
何かを得て。そのまま、喪って。
そうして、“尊ぶこと”を捨てた。
思えば、そんな人生だった。
最期まで、ろくでなしだった。
だから、誰かに託すことしかできなかった。
あいつに頼まれた筈の、“ガキ”のことさえも。
結局の所。禪院家か、あの“最強の術師”か―――それだけの違いだ。
そんな生前を、別に悔いてはいない。
そういうものだと、割り切っている。
だが。それでも、鬱屈が込み上げてくる。
己自身に対する思いが、湧き上がってくる。


――――全く、御免だ。
――――ガキもろくに面倒見れなかったんだ。
――――今さらそんな仕事、やれるかよ。


甚爾は、憂鬱だった。
煙草を味わい。煙を肺に吸い込む。
白煙のように、感情が浮遊する。
そうして再び、一息をついた直後。
懐の携帯電話が、着信で振動した。


682 : 愚者たちのエンドロール ◆A3H952TnBk :2021/09/18(土) 12:15:25 oE4R6UiM0

甚爾は不意を突かれたように目線を落とす。
誰だ、こんな時に―――。
煙草を口に咥え、面倒臭そうに携帯電話を取り出した。
相手は、見知らぬ番号だ。
訝しむように眉間に皺を寄せながら、甚爾は応答をする。

「……もしもし」
『始めまして、禪院君』
「誰だ」
『君の取引先の雇い主―――“M”とでも言えば分かるかね?』 

甚爾は、目を細めた。
相手のその一言で、察した。
禪院という通り名を把握している時点で、答えは明白だった。

「……世話になってるよ、アンタんとこの“社長”には。例のガキの件もよくやってくれた」
『それは良かった。君とはこれから“より良好な関係”を築きたいと思っているからネ』
「正式な協定を結びたい、って所か」
『流石は察しが良い、実に助かるよ』

デトネラット社長、四ツ橋力也の背後に何者かが潜んでいることは甚爾も理解していた。
“あのお方”。あるいは“M”。そう呼ばれていた人物が、こうして連絡を取ってきた。

『必要な人材などは可能な限り提供する。
 それを断った上で、君に相談したいことがある』
「ほう、早速じゃねえか」
『君の優秀さを買っているからこそ、こうして早急に“仕事”の話が出来るという訳サ。
 どちらにせよ、君は乗ってくれるつもりなのだろう?』
「要件次第だがな」

饒舌に捲し立てる“相手”と淡々と通話しながら、甚爾は思う。
こいつとは、遅かれ早かれ直接手を結ぶか身元を暴くつもりだった。
向こうから連絡を取ってきた以上、必然的に前者のプランへと向かうことになる。
どのみち傀儡とだけ付き合っていくつもりなど無かった。
互いに利用し合うならまだしも、此方が利用されるだけの関係など真っ平御免だ。
故に黒幕と連絡を取り合えたことは、僥倖だった。

後は、仕事の話だ。
聖杯戦争を勝ち抜く為の、策謀。
それでいい。その方が、余程気楽だ。
甚爾は、そう思っていた。
だからこそ、電話相手からの“提案”に、ほんの僅かに表情を歪めた。


『283プロダクション関係者の本格的な調査―――あるいは攻撃について相談したい。
 社長からの情報提供で、君も何らかの手掛かりは掴んでいるのだろう?』


―――やれやれ、そう来たかよ。
やめとけ、少し頭を冷やせ。
あのとき彼は、空魚にそう告げた。
櫻木真乃に関わる暇など無いと、突き放した。
だというのに、こんな形で手間を省かれてしまうとは。
運が良かったのか、悪かったのか―――甚爾は誰にも聞かれぬように、ふぅと溜息を吐いた。


【世田谷区・空魚のアパート/一日目・夕方】

【紙越空魚@裏世界ピクニック】
[状態]:健康、憤慨
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:マカロフ@現実
[所持金]:一般的な大学生程度。裏世界絡みの収入が無いせいでややひもじい。
[思考・状況]基本方針:鳥子を探す。
0:どうするか―――。
1:『善意で鳥子探しをしてくれる』協定を結ぶために、アイ達の介在しない場で櫻木真乃と接触したい。
2:アイ達とは当分協力……したかったけど、どう転ぶか分からない。

【アサシン(伏黒甚爾)@呪術廻戦】
[状態]:健康
[装備]:武器庫呪霊(体内に格納)
[道具]:拳銃等
[所持金]:数十万円
[思考・状況]
基本方針:サーヴァントとしての仕事をする
1:M(ジェームズ・モリアーティ)と交渉。彼らと連携して283プロダクション周辺を本格的に調査する?
2:仁科鳥子の捜索はデトネラットに任せる……筈だったんだがな。
3:ライダー(殺島飛露鬼)経由で櫻木真乃とそのサーヴァントを利用したい。
4:ライダー(殺島飛露鬼)への若干の不信。
5:神戸あさひは混乱が広がるまで様子見。
[備考]
※櫻木真乃がマスターであることを把握しました。
※甚爾の協力者はデトネラット社長"四ツ橋力也@僕のヒーローアカデミア"です。彼にはモリアーティの息がかかっています。
※櫻木真乃を始めとするアイドル周辺の情報はデトネラットからの情報提供と自前の調査によって掴んでいました。


683 : 愚者たちのエンドロール ◆A3H952TnBk :2021/09/18(土) 12:16:32 oE4R6UiM0

【豊島区・池袋/デトネラット本社ビル/一日目・夕方】

【アーチャー(ジェームズ・モリアーティ)@Fate/Grand Order】
[状態]:健康
[装備]:超過剰武装多目的棺桶『ライヘンバッハ』@Fate/Grand Order
[道具]:なし?
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:死柄木弔の"完成"を見届ける。
0:当面は大きくは動かず、盤面を整えることに集中。死柄木弔が戦う“舞台”を作る。
1:禪院(伏黒甚爾)に『283プロダクション周辺への本格的な調査』を打診。必要ならば人材なども提供するし、準備が整えば攻勢に出ることも辞さない。
2:バーサーカー(鬼舞辻無惨)達は……主従揃って難儀だねぇ、彼ら。
3:しお君とライダー(デンジ)は面白い。マスターの良い競争相手になるかもしれない。
4:"もう一匹の蜘蛛(ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ)"に対する警戒と興味。
[備考]
※デトネラット社代表取締役社長、四ツ橋力也はモリアーティの傘下です。
 デトネラットの他にも心求党、Feel Good Inc.、集瑛社(いずれも、@僕のヒーローアカデミア)などの団体が彼に掌握されています。
※禪院(伏黒甚爾)と協調した四ツ橋力也を通じて283プロダクションの動きをある程度把握していました。
※283プロダクションの陰に何者かが潜んでいることを確信しました。


◆◇◆◇




【#拡散希望】
【#不審者情報】
【#拡散希望】
【#不審者情報】
【#拡散希望】
【#注意喚起】
【#拡散希望】
【#東京都大田区】
【バットで武装】
【暴力沙汰】
【通り魔的犯行】
【繁華街で見かけた】
【すぐに走り去っていった】
【くれぐれも気を付けて】
【監視カメラの映像】
【非行少年】
【連続女性失踪事件の関係者?】
【犯人?】




◆◇◆◇


多くの自動車が行き交う街道を、ワゴン車が走る。
夜へと向かってじわじわと傾き始める陽の光を、星野アイは助手席の窓から見つめていた。
従者であるライダーの運転に揺られ、彼女は左手の指を忙しなく弄びながら先程までの事柄を振り返る。

社長曰く、明日のライブは“一応やる予定”。
他所の事務所である283プロダクションとの合同企画であり、双方のスケジュールや経費の問題もある為に、直前のキャンセルは難しいらしい。
とはいえ白瀬咲耶の一件などで世間もマスコミも賑わっているので、今後どう転ぶかは未だに分からないとのこと。
どこまで行っても芸能界というものは魔境だ。諸々の事情よりも商売が優先である。まあ、こんな形での世知辛さは初めてだけど。アイはそんなことを思う。
とはいえ、やるからには―――とびきりの笑顔でファンを出迎えるまでだ。

仕事の話を終えた後、アイはライダーと少しばかり今後の相談をして空魚と別れることにした。
勿論、ちゃんと部屋に顔を出して挨拶もした。空魚に告げるべきこともあったから。
そうしてアパートを後にして、今に至る。


――――じゃ、空魚ちゃん。
――――鳥子ちゃんの件さ、“私から”真乃ちゃんにも伝えておこっか?
――――あの子、さっきも言ったけどお人好しだからさ。きっと力になってくれるよ。


別れの挨拶をしたとき、アイは空魚にそう伝えた。
あれはつまり、牽制のための一言だ。
鳥子捜索のために真乃を本気で当てにするつもりなど毛頭ない。
アイが危惧したことは、ひとえに空魚の離反である。
彼女は鳥子について「絶対に組める」と語り、同盟としての価値を強調していた。
しかし、実際のところ打算なんて空魚の頭には無いのだろう。ドライにさえ見えた彼女が、それまで装っていた冷静さを放棄するほどの存在。
恐らく空魚は、『鳥子との接触』を大前提に動き出す可能性が高い。
そして空魚ほど敏い人間が、自分のスタンスを客観的に見れない筈もない。

「空魚ちゃんは、出来るだけ手放したくない」

アイは思う。空魚の思考を、脳内で読み解く。
仁科鳥子を探すにあたって。自分が彼女/空魚だとすれば、どうするだろうか。
きっと星野アイを当てにすることは決して無いだろう。何故なら―――空魚にとって鳥子は有益でも、アイにとってそうとは限らないから。
自分達の目的のために無垢な少女を平気で利用するような主従に対して、打算抜きの友情による同盟を押し通せる訳がないと空魚は気付いているだろう。
下手をすれば、先に鳥子を発見され―――仮に彼女が穏健派だとすれば。
空魚との合流を防ぐべく、その場で“始末”されかねない。有名人でもない鳥子なら、幾らでも死の誤魔化しは効く。
空魚がそれらに気付いているのならば、アイ達に介入させたがらない筈だ。自分達だけで完結させたがるだろう。


684 : 愚者たちのエンドロール ◆A3H952TnBk :2021/09/18(土) 12:17:23 oE4R6UiM0

「だが……空魚達には協力者(ダチ)がいるだろ。
 わざわざ真乃をアテにする可能性を考えて牽制する必要はあったのか?」
「うん。多分そのダチも、結局はアサシンの繋がりでしょ?
 アサシンにとってアテになる存在でも、空魚ちゃんにとってもそうとは限らない」

空魚は、きっと気付くはずだ。
仮に鳥子を本当に見つけたとしたら、もう優勝の道は選べない。二人で生きて帰る為に行動する筈だ。
どちらかが相方を殺して、どちらかが相方を生き返らせる。空魚の態度を見る限り、そんな冷徹な判断をする筈もない。
そうなれば―――打算による同盟関係は却って枷となる。単なる親切で彼女達を応援する輩がどれほど居るというのか。
そんなことをするくらいなら、利害関係を続けさせる方が相手側にとって間違いなく旨味になる。
そして、空魚ならきっとそれに気付く。

鳥子を暗殺して空魚を戦いへと引き戻す。鳥子を利用して空魚を縛る。空魚がどう動くか次第ではあるものの、やりようは幾らでもある。
鳥子が空魚にとってのウィークポイントであることは、容易に読み取れる。
アイ自身、空魚たちを安々と手放したくない。彼女が現実的な視野を持って立ち回れることもそうだが、彼女が従えるアサシンは間違いなく“有能”だ。
それを脱出という非現実的な方針の為に消費させたくはない。どのみち、この聖杯戦争から脱出できる確証など無いのだから。

「鳥子ちゃんが見つかるまでの間なら、まあ仲良くやっていけると思うけどさ」
「……空魚が『鳥子を捜索(さが)すこと』『共に生還(いき)ること』を何よりも優先したらマズい、っつーことだな」
「そう。ぶっちゃけあの子、もしかしたらやりかねない」

そうしてアイが行き着いた可能性。
それは、四面楚歌の空魚が唯一「信頼できそうな相手」へとコンタクトを取ること。
この聖杯戦争において、打算で動かなければ聖杯を求めていないことも明確な存在。
つまり櫻木真乃を頼る、という選択肢だ。
真乃が「お花畑なくらいのお人好し」であることを伝えたのは他ならぬアイ自身だ。それ自体は問題無い。現実的な思考を持つ空魚に「真乃がいかに利用できるか」を伝えられる為に必要だったからだ。

しかし、直後に“空魚が利害を捨ててでも動き出す可能性”が浮上したのは紛れもない誤算だった。
仮に空魚が鳥子のために動き出すとすれば、アイとの関係は二の次になるだろう。打算と私情が逆転する筈だ。
その理屈で行けば、もう一方の同盟相手に頼り切るかも怪しい。打算や策略は見ず知らずの友情を支えたりなんかしない。

なら、どうするか。
友情を解してくれる穏健な主従へと駆け込む。そして、協力を求める。
紙越空魚が頭の回る人物であることは、短い交流の中でアイも悟っていた。
それ故に、彼女は信頼する。空魚ならば、ここまで視野に入れてしまうのではないかと。


だからこそ、アイは釘を刺した。
櫻木真乃は―――あなたのモノじゃない。
下手な動きは、しないように。


空魚の動向に注意するためにも、真乃とは定期的に連絡を取る必要があるだろう。
そして明日のライブが問題なく開催されれば、遅かれ早かれ彼女とは再び接触することになる。
真乃との交流においては、こちらにアドバンテージがある。

「空魚ちゃん、やっぱり頭は良いと思うよ」
「だが、それでもアイツは裏切ると考えてるんだな」
「そ。だって私も、子供達がここに居たら同じことするかもだし」
「空魚チャンにとって、仁科鳥子ってのはそこまで重要(デカ)い存在って断言できんのか?」
「あの時の空魚ちゃんの目、ぜんぜんウソ付いてなかったしね」

紙越空魚はただの堅気ではないと、アイは見做していた。
あの蒼い右目を持っているとか、そういう話とは別の次元だ。彼女の肝の座り方は、単なる一般人のそれではない。
彼女自身はきっと「いやいや私はアンタよりはまともなつもりだから」なんて言いそうだなぁとアイは思いつつ、アパートでの出来事を追憶する。


685 : 愚者たちのエンドロール ◆A3H952TnBk :2021/09/18(土) 12:18:11 oE4R6UiM0

“その話――もっと詳しく聞かせてくれない?”

透き通った手を持つ女の人。それを聞いた瞬間から、空魚の態度は変わった。
それまではアイに対しても何処か冷ややかに、それでいて現実的に対応していた。
頭は回る。冷静な視点も持っている。血も涙もない、という訳ではなくとも。必要に迫られれば手段を選ばぬ道も取ることができる。
“共犯者”としてはもってこいだとアイは思っていた。―――何気なく浮かべた言葉。それが空魚にとってどれほど意味があるのか、どれほど重いものなのか。アイは知る由もない。

しかし、仁科鳥子の話になってからは明らかに感情を顕にしていた。
特に噂話に食いついた時は、冷静に振る舞おうとしていた仮面さえもかなぐり捨てて“動揺”していた。
そこから先は幾分かポーカーフェイスを装っていたものの、何とか隙を出さない様に感情を抑えていることはアイからも見て取れた。
本音を隠す建前の顔というものは、“業界”では付きもの。だからアイは空魚の機敏を読み取っていた。嘘は、星野アイの専門分野だ。

「あの時の顔や態度とか見て、確信しちゃった。空魚ちゃんにとっての鳥子ちゃん」

だから、アイは確信した。
心を必死に押し殺した空魚の想いを。
彼女の“嘘”の陰に隠れた、真実を。


「“愛する人”だよ」


人差し指を立てて、断言した。
誰かを愛する眼差しとか、恋をした時の顔とか。
そういうものは、理解していた。
大勢のファンの前で見せる仮面。そして―――今思えば、アクアやルビーに向けていた“想い”。
星野アイは、愛のカタチというものに触れていた。

「……愛する人、ね」

取り留めもなく、ライダーは呟く。
車を運転する彼の表情を、アイは横目で見つめる。
憂いと後悔。そして羨望。そんなものが入り混じったような、複雑な横顔。
その表情をほんの少しだけ見つめて、アイは何かを察したようにそれ以上は問わなかった。

「それに、あのアサシンの協力者―――」

そしてアイは、話題を切り替えた。
スマートフォンを開いて、先程確認したSNSを起動する。
話題のつぶやき。トレンドワード。情報は既に流れ込んでいた。

「だいぶヤバいかも」

一言、アイはそう伝えた。
ハンドルを握るライダーは、険しい顔へと変わる。

「SNS、見た?」
「ああ、閲覧(みた)ぜ」
「あさひくんだよね、アレ」
「……だろうな」

アイの問いかけに、ライダーは即座に頷く。
アサシンに協力者がいることはアイ達も知っている。
その実態は未だに分からないが、少なくともアサシンが“芸能関係者”を洗い出したのは彼個人の暗躍によるものではないと推測していた。
アサシンと同じように隠密行動に長けているか。あるいは、企業に探りを入れられる程の社会基盤を持つ存在か。
少なくともその協力者にも油断はできないとアイは感じていた。そして、神戸あさひについては協力者が手を回すともアサシンは言っていた。
その結果が、夕方の“拡散”らしい。
あまりにも都合の良いタイミングからして、それが根回しによるものであることはすぐに察した。
率直に言えば―――すごいね、これ。
これだけのペースで誰かを晒し上げて、槍玉に挙げられる。
異常と言わざるを得ない。どんな人脈だよと突っ込みたくなる。


686 : 愚者たちのエンドロール ◆A3H952TnBk :2021/09/18(土) 12:19:21 oE4R6UiM0

神戸あさひについて、アイは思う。
何処か薄暗くて、窶れた雰囲気を纏っていて。しかしライダーに反発した際には、感情を顕にしていた。
汚い大人というものに対して無条件の警戒心を抱いているような。そんな感じだ。
何だか、ちっちゃな野良犬みたい。
それがアイの抱いた印象だった。
怖いことがあって、誰にも懐けなくて、だから吠えてしまう。自分の弱さを見せたくないから。

「因みにあの子、これ“やる”と思う?」
「眉唾だな」
「だよねー」

アイも大方分かっていたが、一応ライダーにも問いかけてみた。
無論、答えは彼女の予想通り
でっち上げ。捏造。その可能性には、すぐ行き着いた。というか、多分そのものだと思う。
尤も、だからと言って神戸あさひを助ける義理など無い。
これがアサシンの協力者が仕掛けた策略というのなら、放置するだけだ。

一言で云うならば。
神戸あさひは、もうアテにできない。
もしも空魚達がこちらに害意を及ぼすとしたら、真乃のみならずあさひも利用する算段はあった。
例えアヴェンジャーが優秀であっても、同じ聖杯狙いならば打算によって利用できる余地はある。
しかし、“拡散”によってそれは潰えた。もはや利用するには厄介な存在となってしまった。

今後の空魚との同盟において、恐らく真乃は鍵を握ることになる。
だから空魚に釘を刺したし、今後は真乃に定期的な連絡を取って彼女から状況を聞き出すつもりだ。場合によっては直接の接触も行う。
しかし、あくまで真乃は目的ではない。
仁科鳥子や櫻木真乃の存在によって同盟に綻びが出る。それを危惧していたが故に、そしてそうなった際にも優位に立つべく、アイは動いたのだから。

「“あっち”と組めればいいんだけどなあ。アサシンの協力者」
「……空魚を挑発したのは、釘を刺す為だけじゃねえってワケだな」
「うん。空魚ちゃんが裏切らないのが一番だけど……仮に空魚ちゃんが脱出派に転じたら、多分“あっち”も何か行動を起こすと思うから。
 たぶん空魚ちゃんも真乃ちゃんも、単に邪魔なだけの枷になる。その隙に私達が“あっち”と交渉できたら……なんて思ってる」

仮にもし、本当に空魚が真乃と結託したら。聖杯戦争を否定して、二人でこの世界からの脱出を目指すようになったら。
アサシンの“協力者”は、間違いなく何らかの行動を起こすだろう。引き止めるか、あるいはいずれかを排除するか。
そうなった場合、彼らに直接アプローチを取ることも選択肢に入れる。
つまり、同盟関係を掠め取るということだ。
あれだけの社会権力を持った協力者がいれば心強いし、何よりも一時的にでも敵に回さなくて済む。
白瀬咲耶の報道もそうだが、アイドルというものは単純に注目度が高い。それ故に一度情報に火が付けば、瞬く間にセンセーショナルな話題と化す。
彼らに狙われて槍玉に挙げられ、熾烈な社会攻撃を受ける―――そんな事態は避けたいとアイは思った。

「ま……結局、私達って結構厳しいんだよね」

そうしてアイは、背もたれに身体を預けながら虚空を見つめる。
元々アイ達に基盤は無かった。アイドルとしての繋がり以上の共闘関係を、予選のうちに結ぶことは出来なかった。
しかしアサシンや真乃達との邂逅を経て、偶然に近い形で二重同盟のチャンスを掴み取った。
アイ達はこれらを軸に立ち回って、聖杯へと少しでも近付いていく筈だった。
アサシンのマスターである紙越空魚が想定外のリアクションを見せなければ、こうはならなかったのだろう。
そして、神戸あさひの件によって浮き彫りになる“協力者”の脅威。空魚達が脱出派へ転じるのなら、彼らとの同盟関係を掠め取りたい。
尤も仮にそうなったとして、間接的な繋がりしか持たない現状ではそれが出来る確証もない。
二重同盟。紙越空魚と仁科鳥子。“協力者”。結局、不安要素ばかりが転がっている。


687 : 愚者たちのエンドロール ◆A3H952TnBk :2021/09/18(土) 12:21:30 oE4R6UiM0


「……“協力者”が仁科鳥子を先にどうにかしてくれたらいいんだけどなぁ」


例えば、知らないうちに暗殺とか。真相は闇の中。
そうなれば、空魚も聖杯戦争を続けてくれるかもしれない。
空魚は愛する人の為に戦える人間だと思うけど、確証のない逆恨みの為に暴走する程の輩でもない。
否。それでも、あの子なら。
もしかしたら、犯人がいることに気付いたりして。そのまま地の底まで追いかけて、探し出してしまうかもしれない。
結局、仁科鳥子がいる時点で空魚の手綱を握ることなんて出来なくなってしまったのかもしれない。

そこまで考えてから、アイはふっと自嘲気味に笑みをこぼす。
名前も顔も知らない“協力者”への期待に縋る。
我ながら情けないことしてるなぁ、なんてアイは思った。
先程もぼやいたように、星野アイを取り巻く状況は決して良いとは言えない。
否が応でも注目を集める社会的地位。先行きの不透明な二重同盟。姿なき“協力者”の存在。不安は山積みだし、不確定要素が幾つも転がっている。
それでもアイは、生き残らなければならない。聖杯を、掴み取らなければならない。


――――貴女には、鳥子ちゃんがいるけど。
――――私も、負けるつもりは無いよ。
――――だって。私も、“あの子達”を愛してるから。


【世田谷区・街道/一日目・夕方】

【星野アイ@推しの子】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:当面、生活できる程度の貯金はあり(アイドルとしての収入)
[思考・状況]
基本方針:子どもたちが待っている家に帰る。
1:空魚ちゃん達への監視や牽制も兼ねて、真乃ちゃん達とは定期的に連絡を取る。必要があれば接触もする。
2:空魚ちゃん達との同盟を主にしつつ、真乃ちゃん達を利用。彼女達が独自に仁科鳥子ちゃんと結託しないようにしたい。
3:アサシン(伏黒甚爾)の背後にいる“協力者”に警戒と興味。空魚達が脱出派に転じるならば、利害関係を前提に彼らへとアプローチを仕掛けてみたい。
4:あさひくん達は捨て置く。もう利用するには厄介なことになりすぎている。
[備考]
※櫻木真乃、紙越空魚と連絡先を交換しました。
※一旦事務所へ戻るのか、それ以外の場所へと向かうのかは後の書き手さんにお任せします。

【ライダー(殺島飛露鬼)@忍者と極道】
[状態]:健康
[装備]:大型の回転式拳銃(二丁)&予備拳銃
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:アイを帰るべき家に送り届けるため、聖杯戦争に勝ち残る。
1:真乃達と空魚達の動向を注視。アイの方針に従う。
2:ガムテたちとは絶対に同盟を組めない。
3:アヴェンジャー(デッドプール)についてはアサシンに一任。
[備考]
※アサシン(伏黒甚爾)から、彼がマスターの可能性があると踏んだ芸能関係者達の顔写真を受け取っています。
現在判明しているのは櫻木真乃のみですが、他にマスターが居るかどうかについては後続の書き手さんにお任せいたします。


◆◇◆◇


688 : 愚者たちのエンドロール ◆A3H952TnBk :2021/09/18(土) 12:23:00 oE4R6UiM0
◆◇◆◇




【#拡散希望!】
【#拡散希望!】
【#拡散希望!】
【#拡散希望!】
【#拡散希望!】
【#拡散希望!】
【#拡散希望!】
【#拡散希望!】
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【#拡散希望!】
【#拡散希望!】
【#拡散希望!】
【#拡散希望!】
【#拡散希望!】
【#神戸あさひ】
【#神戸あさひ】
【#神戸あさひ】
【#神戸あさひ】
【#神戸あさひ】




◆◇◆◇


この街は、何かが違う気がする。
誰かが譫言のように呟いた。
度重なる失踪事件。繰り返される奇妙な事故。
時には人の死が世間に焚べられ、喧伝される。
8月1日。なんてことのない東京の夏。
街は、言い知れぬ閉塞と不安に包まれている。
しかし、それでも群衆は変わらない。
いつものように日常を過ごし続ける。

誰かが、スマートフォンを開いた。
ベンチに腰掛けて。電車の中で。横断歩道の前で。歩道の脇で。喫茶店で。飲食店で。
この東京都内に蔓延る、不特定多数という群衆。彼らが意識を向ける先は、SNS。
あらゆる情報の濁流が渦巻く、果てなき空間。
暇潰しとして。知り合いとの交流のため。適当な情報を見るため。SNSを確認するという動作は、現代においては最早日常の一環に等しい。

誰が見張りを見張るのか。
かつて何処かに、そう問いかける者達がいた。
大衆は、世間を無責任に見張り続ける。
彼らは、タップひとつで情報の宇宙を飛び交う。
真偽さえも正しく疑われぬまま、記録の濁流が常に流れ続ける。
この世界は、山積を繰り返す。

暴力沙汰。通り魔的犯行。
被害者は複数名、女性のみ。
犯人は未だに逃走中。
バットで武装し、パーカーを纏った少年を目撃。
名前は『神戸あさひ』。
大田区では日雇いのアルバイトに従事。
午後に世田谷区での目撃情報あり。
“流出写真”として載せられた監視カメラの一画面に、その外見と人相がはっきりと映っている。
噂は広まる。その過程で疑惑も浮上する。
少年は、連続女性失踪事件に関与しているのではないか。
彼こそが、犯人なのではないか。
情報が拡散し、真偽不明の憶測や推理も次々に出現していく。

SNSでの主だった拡散者達も、目撃者とされる人物も、心求党の“狂信的な支持者”。即ちサクラだ。
街中に張り巡らされたFeel Good Inc.製の監視カメラが、神戸あさひの姿を捉えていた。
全ては彼らが作り上げた、偽りの火種。
しかし―――そこへ存分に油を注ぎ込めば、火は瞬く間に燃え広がっていく。

街をさまよう群衆に、事件の真実を知る由はない。
人々はただ情報を貪りつつ、日常を安穏と過ごすだけだ―――気怠さと憂鬱を抱えながら。

神戸あさひは、“暗躍者”によって槍玉に挙げられた。
彼らは一体、何者なのか。
彼らは一体、この戦いにおける何なのか。
答えは簡単。知れたこと。
アイドル・白瀬咲耶をたった一夜で聖杯戦争の中心へと塗り替えた、“社会の潮流”そのものだ。


689 : 愚者たちのエンドロール ◆A3H952TnBk :2021/09/18(土) 12:23:33 oE4R6UiM0
◆◇◆◇


[共通備考]
①神戸あさひが「暴力沙汰を起こした非行少年」としてSNS内で拡散されました。
②あさひの姿が鮮明に捉えられた監視カメラの画像が意図的に流出されています。
③「今朝方に大田区で日雇いのバイトをしていた」「午後時点では世田谷区で見かけた」等の情報が流されています。
④「彼が連続女性失踪事件の犯人ではないか」という噂も少しずつ広まっています。
⑤根回しは今後更に激化する可能性があります。


◆◇◆◇


690 : ◆A3H952TnBk :2021/09/18(土) 12:24:29 oE4R6UiM0
投下終了です。


691 : ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/18(土) 13:18:37 kCkFkQzE0
投下お疲れ様です
ヴィラン連合および同盟者たちから見た東京都内の策謀と対聖杯陣営への追い込み
陣営の各人の大切な人への思い入れと掘り下げ等、あますところなく描かれていて唸らされました

そして、もし即リレーをしても差し支えなければでよろしいのですが

神戸しお アーチャー(ジェームズ・モリアーティ)

この二名のみで予約をさせていただいてもよろしいでしょうか
書き手さん方による前話への御意見などで取り下げる必要が生じましたら取り下げさせていただきます


692 : ◆EjiuDHH6qo :2021/09/18(土) 15:15:22 V.BLFmWE0
皆さん投下乙です。
皮下真予約します。
またNPCとしてアイ、ミズキ@夜桜さんちの大作戦も予約しておきます。


693 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/18(土) 21:13:07 xi/spAGA0
投下お疲れ様です!
ヴィラン連合の中でも確実に動きが進みましたし、しおちゃんたちは微笑ましい日常を過ごしている一方、悪のモリアーティは次なる悪事に動きましたか。
あさひくんはSNSで悪評を流されちゃって、それと合わせてアイも空魚の目的に気付くなど、どんどん状況が悪くなりますね。
でも、アイにも愛する子どもたちがいますから、手段を選んでいられないのも事実なんですよね。

そして◆Sm7EAPLvFw 氏の予約についてですが、自分は問題ないと思います。


694 : ◆0pIloi6gg. :2021/09/19(日) 01:45:27 KqmyLe1M0
>>I will./I may mimic.(後編)
前編の感想の際にも言及しましたが、アイドルをアイドルとして描くのがとても上手い。
超越的に解釈するのではなく等身大として描きつつ、その上で魅力を示してきた印象でした。
摩美々の人間らしい部分がすごく丁寧に描かれているからこそにちかの愚直さが光りますね。
丁寧に丁寧に描かれてきた283周りのパートの例に漏れず、実に解像度が高くて笑顔になれました。

>>A lone prayer
ウィリアムの美貌や存在感を巧みな語彙力でばっちり描写しているのがすごく印象に残りました。
彼の優秀さと、そしてその交渉相手となるアッシュの凄さ。その双方がはっきり描かれていたように思います。
ウィリアムをして驚くほどの言葉を発せるアッシュはやはり話術EX。伊達に新西暦で交渉人をやってないですね。
一方でそのアッシュはウィリアムの油断ならなさにげんなりしており、どっちも凄いな……(こなみ)となること不可避でした。
この二陣営の間に縁が生まれたのは大きそうですね、今後の展開に期待大です。

>>それは遠雷のように
当企画では(今のところ)珍しい戦闘回、おっもしろ……ってなりながら読ませていただきました。
カイドウの強さ、そしてGVの強さと思いがはっきり描かれたすごく選り取りみどりな作品だったように感じます。
GVがスペシャルスキルを連打しても軽症程度で留めるカイドウはあまりにも規格外。
しかしその一方でGVも株を落とすことなく、毅然とカイドウに向き合い言葉を返しているのが格好いいです。
一瞬で家なき子になってしまったしょーこちゃん、果たしてこれからどうするのか……。

>>愚者たちのエンドロール
うわ〜〜! 頭のいい話!!(バカの感想)って感じの一作ですげーすげーと唸らされました。
いくつもの視点やフラグをしっかり扱いきって描かれた、非常に器用な一作だったと思います。
個人的にはやはり、デンジとしおちゃんののほほんとしていつつも底知れない虚ろを匂わせる会話パートが好きですね。
その一方で空魚の巨大感情ぶりや甚爾のモノローグ、そしてアラフィフ達に興味を抱き出したアイ達……。
と、見るところがあまりにも多くてとても贅沢な気持ちになれました。

皆さん投下ありがとうございました!
自分も投下させていただきます。


695 : Parallel Line ◆0pIloi6gg. :2021/09/19(日) 01:46:11 KqmyLe1M0

 家に帰り着く頃には、時刻は午後四時近くになっていた。
 とはいえ夏真っ盛りなのでまだまだ日は高いし、気温も然りだ。
 部屋のドアを開けて中に入ると思いがけず涼しい空気が肌に触れる。
 どうやら家を出る時、クーラーを消さずに出てしまったらしい。
 普段ならば"やらかした"と溜息をつく場面だが、長居する予定のない異世界での懐事情にさして執着する意味はないだろう。

「あー……流石に、つっかれた〜……」

 靴を脱いで居間に入るなり、ぼふんとソファに座り込む。
 体重は背もたれに全部預けて、両手もだらりと投げ出した。
 少し行儀の悪い格好ではあるものの、この疲れている状況でそんな小さなことを気にしている余裕などない。
 目を細めて安堵の息を吐く鳥子の隣にちょこんと座って、アビゲイルがくすりと笑った。

「お疲れさま、マスター。どうかゆっくり休んでくださいな」
「ん、そうする……。アビーちゃんもちゃんと休んでね。
 私は最後にちょっと動いただけだけど、アビーちゃんはあいつと戦ってたんだから」

 あいつ――。
 それは言わずもがな、先刻鳥子達が遭遇したサーヴァントのことを示している。
 アルターエゴ・リンボと名乗った毒々しい陰陽師。食虫花と肉食獣の合いの子のような男。
 裏世界の存在を相手に幾度となく大立ち回りを演じてきた鳥子だが、リンボはその鳥子をして経験のないタイプの怪異であった。
 あのリンボから鳥子が感じ取ったのは、底無しの悪意。
 何かを貶め陥れ、破滅へ導くことに無上の喜びを覚える対話不能の怪物。
 よく生き残れたものだと今になって思う。自賛になってしまうが――あの場で機転を利かせたのは、我ながら本当に良い判断だったのだろう。

「(まさか、本当に上手く行くとは思わなかったけど)」

 冒険の戦利品。共犯者のしるし。
 この世界で思いがけず、それもあんないけ好かない奴に一泡吹かせる大役を果たしてくれたのは結構嬉しかった。
 ただあんな大博打、そう毎度通りはしないだろう。
 そもそもああやってサーヴァントまで直接近付かなければならない時点でリスクが高すぎる。
 いざという時の奥の手として頭の中に入れておく価値はあるが、進んで狙うものではないに違いない。
 そして――それとは別に、鳥子には一つ懸念していることがあった。
 
「ねえアビーちゃん。あいつ、あれで倒せたと思う?」

 アルターエゴ・リンボは確かに鳥子達の目の前で消滅した。
 鳥子に存在の核を弾き出され、止めにアビゲイルの触手を叩き込まれて粉砕された。
 確かにその筈だ。断末魔もあげずに消えた憎たらしい面影を鳥子はちゃんと覚えている。
 だが……。

「マスターは、そうは思ってないのね」

 アビゲイルが問いかけた通り。
 鳥子は自分達の手で倒した筈の相手の生死について、疑義の念を抱いていた。


696 : Parallel Line ◆0pIloi6gg. :2021/09/19(日) 01:47:17 KqmyLe1M0
「……うーん、微妙なとこ。
 倒せてるならそれに越したことはないんだけど、私があいつの中から引きずり出したのって――なんか霊核っぽくなかったから」

 記憶を掘り起こす。
 鳥子は実際に英霊の霊核というものを見たことはないが、何となくのイメージはあった。
 淡い光を放つ物体。ないしは、人間の心臓のように脈を打つ肉塊。
 実際にそれが正しいかどうかはさておいて、こんな具合のイメージを抱いていた。
 しかしいざ引きずり出してみた時、鳥子の手に握られていた"それ"は……人型に切り抜かれた一枚の護符という形をしていた。
 無論、鳥子が無知なだけで実際は霊核の姿形はその英霊の性質や経歴によって左右されるだけなのかもしれない。
 鳥子も無論そのことを考えなかったわけではなかったが――

「パブリックイメージってやつなのかもしれないけどさ。陰陽師って、式神とか使いそうじゃん」

 伝わるかな、と少し不安だったが、特に不思議がっている様子はない。
 英霊の座から与えられる知識の中に、陰陽師という職種の概要のような情報も含まれていたのだろう。

「私達が頑張って倒したのは式神で、本体は今もどこかでのうのうと生きてる……とかだったら最悪だなって。
 アビーちゃんの情報も持ち帰られちゃったことになるし」

 無論、あれで倒せているならそれが一番良い。
 が、もしもこの懸念が当たっていた場合は一転鳥子達は非常に厳しい立場に追い込まれることになる。
 一体如何なる経緯があったのか知らないが、リンボはアビゲイルのことを一方的に知っているようだった。
 手の内も見抜かれているようだったし、彼の匙加減次第で幾らでも情報を悪用されてしまいかねない。
 尤も、リンボが消滅した今となってはどうすることも出来ないのだが……それでも些か据わりの悪い気持ちになるのは否めなかった。

「……ごめんなさい。マスターの考えが正しいのかどうか、私には分からない」

 アビゲイルはしばらく考えてから、申し訳なさそうに瞼を伏せた。
 けれど、それも一瞬。すぐに少女は、隣でぐったりしている鳥子の目を見て言う。

「でも、どうだったとしてもマスターの身の安全が最優先よ。
 今までは一緒に眠らせてもらっていたけれど、これからは夜も起きて警戒しておくことにするわ」

 ……サーヴァントに睡眠は必要ない。
 取れないわけではないが、あくまでも本来必要のない事柄だ。
 アビゲイルはこれまでずっと、夜は鳥子と同じように眠っていた。
 それは鳥子の希望でもあった。
 裏世界に何度も潜り死線を潜り、それでも冒険を止められない異常性こそあれど、仁科鳥子は"異常者"ではないのだ。
 急激に変貌した日常、相棒の空魚も友人の小桜も居ない孤独な死線――その中での不安を少しでも紛らわすため、アビゲイルへ"普通の女の子として暮らすこと"を望んだ。
 これまではそれでも支障なく日々を過ごせていたが……確かにそろそろ頃合いだろう。


697 : Parallel Line ◆0pIloi6gg. :2021/09/19(日) 01:47:49 KqmyLe1M0

「アビーちゃんがそれで大丈夫なら、ちょっとお言葉に甘えようかな……。
 あ――だけど疲れたりきついなと思ったら遠慮なく言ってね。それだけは約束」
「心配しないで、マスター。
 今まではあんまり頼もしいとこ見せられなかったけど……これでもサーヴァントなのよ、私。
 マスターにたくさん現代を楽しませてもらったぶん、ちゃんとお役目は果たすから」

 そう言ってこくんと頷くアビゲイル。
 その愛らしく、それでいて頼もしい言葉と姿に自然と頬が緩む。
 空魚が見たら嫉妬されてしまいそうだけれど、この世界では彼女の存在だけが唯一の癒やしだった。
 本当に、良いサーヴァントを引けた。あのリンボみたいなのを引いていたら、この一ヶ月を正気のまま過ごせていた気がしない。 

「……ありがと。ふふ、アビーちゃんはいい子だなあ」

 自分とお揃いの金髪を撫でながら言う、鳥子。
 しかしその声には、どことなく元気が足りない。

「どうしたの? あんなことがあったから、やっぱりまだ不安……?」
「あ……ううん、そうじゃないよ。これでも場数は結構踏んで来たつもりだから」

 死にかけたことくらい何度もある。
 今更ヤバい怪異の一体や二体と出会って心が折れるほど仁科鳥子はヤワじゃない。
 この歳で自分ほど修羅場慣れしている日本人はそうそう居ないだろうという自負もある。
 ただ。……それは、"不安"と全く無縁だという意味合いではなかった。

「でも……不安がってるのは否定できないや。さっき――ちょっと考えたことがあってさ」

 あくまで、ごく個人的な不安だ。
 杞憂かもしれないし、多分そうである可能性の方がずっと高い。
 それでも鳥子にとってそれは非常に居心地の悪い"しこり"で。
 その内容は、彼女の今の相棒であるアビゲイルにも十分察せるものだった。

「――空魚さんが居るかもしれない。そう考えてるのね」
「……うん」

 何せ、一緒に過ごした時間は一ヶ月もあったのだ。
 当然、自分の話をする機会もあった。
 その時に空魚の名前も自然と出たし、彼女について随分べらべらとアビゲイルに語ってしまったのを覚えている。
 それに。自分がアビゲイルの思い出を夢で見たように、彼女も夢を介して自分と空魚の冒険の記憶を垣間見たのかもしれない。
 とにかく、それは百点満点の正解だった。
 閏間冴月の呪縛から解放された今、鳥子が強く懸想する相手は空魚しか居ない。 

 端的に言うならば、だ。
 仁科鳥子は、この世界に――もしかしたら紙越空魚も喚ばれている可能性を懸念している。
 されど、鳥子が真に案じているのは"空魚が居た場合"の、更にその先の話だった。


698 : Parallel Line ◆0pIloi6gg. :2021/09/19(日) 01:48:28 KqmyLe1M0

「空魚ともしばったり出くわしたなら、それはそれでいいんだ。
 お互い腹括って聖杯戦争から脱出する方法探しますかって、協力し合えると思う」

 自分は我が身可愛さに空魚を殺すなんてことは絶対にしない。
 そのくらいなら自分の命を投げ出した方がマシだと大真面目にそう考えている。
 自惚れのようで少し気が引けるが、空魚の方もきっとその筈だ。そうあってくれると信じてる。
 
 だから、もし空魚が此処に居るとして。
 彼女と首尾よく合流出来たなら、それで良いのだ。
 そうなったら協力し合える。
 二人で向き合うのなら、ある筈のない出口を探すなんて無理難題も途端に攻略可能な課題に思えてくるから不思議だ。
 故に問題は、その"首尾よく合流出来る"前提が覆った場合。

「けど、もし。考えたくもないことだけど、もし」

 なかなか出会えないだとか、すれ違ってしまうだとか。
 そういう不運が重なって――空魚の存在を知った時点で、全てが終わってしまっていたなら。

「もし、空魚がどうにかなっちゃったなら。その時は――」

 ……考えたくもない最低最悪の未来。
 だけど有り得ないとは言えない。
 この世界には実質、法がないのだ。
 誰もが隣人を殺し、そして隣人に殺される。そういう可能性を等しく秘めている。
 その結果、空魚に万一のことがあったなら。
 鳥子が空魚と再会することなく、彼女が死んでしまっていたのなら。

「――その時は、多分私。聖杯を手に入れるために動くと思う」

 ……仁科鳥子はきっと、"いい人"では居られない。

 彼女には良識がある。倫理観もある。
 でも、本当に必要な時に引く引き金の重さは間違いなく常人のそれよりも軽い。
 そして紙越空魚の消失は、仁科鳥子にとってこの世で最大の非常事態。
 確信があった。もしそうなってしまったなら、その時自分は人間では居られないと。
 誰を殺し、誰を裏切ってでも――空魚を蘇らせるために動くと。
 そのことが分かってしまったからこそ、それは鳥子の心の中でしこりとして確かな存在感を発し始めるに至ったのだ。

「あくまで最悪中の最悪の話だけどね。だからあんまり気にしないで」
「マスター……」
「……ごめんね、こんな話しちゃって。
 でもね――分かるんだよ。ああ、次は我慢出来ないなって」

 鳥子は以前にも一度、大切な友人を失っている。
 閏間冴月。裏世界に誰よりも深く踏み込み、結果裏世界に消えた友。
 冴月の喪失は振り切れた。空魚のおかげで振り切れた。

 でも――二度目は、駄目だ。
 空魚に並ぶ人間が、今後自分の前に現れることはない。
 そんなことは有り得ないのだとこの世の何にも勝る強い感情でそう確信している。
 だから空魚まで失ったなら、その時鳥子はアビゲイルの良き友人では居られなくなるだろう。
 彼女を武器として使い。聖杯を手に入れようとする筈だ。


699 : Parallel Line ◆0pIloi6gg. :2021/09/19(日) 01:49:34 KqmyLe1M0

「そんな顔しないで、マスター。
 私はあなたのサーヴァント。あなたの運命は、私の運命」

 ――けれど。それを聞いたアビゲイルは、微笑みながら鳥子の頭を健気に撫でた。

 アビゲイル・ウィリアムズは仁科鳥子のサーヴァントだ。
 彼女のために喚ばれた降臨者。片翼を失った鳥を大切に抱く運命。
 その身、その霊基に世界をすら滅ぼし得る巨大な意味を背負いながらも。
 それでも。アビゲイルは、抱きしめた素敵な鳥を裏切らない。

「どんな道を選んだとしても、私はあなたについていきます。
 だからどうか謝らないで。マスターは、笑顔が一番かわいいわ」

 聖杯を手に入れる。
 この世界を出る。
 どちらでも構わない。
 どちらでも――アビゲイルは鳥子に寄り添い、ついていく。送り届ける。
 彼女にとっての本当の運命が待っているその場所まで。
 その役目を果たしたなら、そこで初めて踵を返す。
 「良かったわ」と微笑んで、それで初めて。そして最後の、さよならだ。

「あ〜〜っ、もう! かわいいなあ私のサーヴァントは〜〜!!」
「きゃ……っ!? ちょ、ちょっと、マスターっ!?」

 疲労困憊のマスターにぎゅううう、と抱き締められ。
 わしゃわしゃと頭を猫か何か宛らに撫で回されながら、アビゲイルは目を細めた。 
 銀の鍵。無垢な少女。誰かのために祈れる善良。
 願わくば。自分が、このカタチのままで居られますように。
 その願いは誰にも届くことなく――小さな胸の中だけに。


【荒川区・鳥子のマンション(日暮里駅周辺)/一日目・午後(夕方直前)】

【仁科鳥子@裏世界ピクニック】
[状態]:疲労(中)
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:護身用のナイフ程度。
[所持金]:数万円
[思考・状況]
基本方針:生きて元の世界に帰る。
1:もしも空魚が居るなら合流したい。その上で、万一のことがあれば……。
2:出来るだけ他人を蹴落とすことはしたくないけど――
3:アルタ―エゴ・リンボに対する強い警戒。
[備考]
※鳥子の透明な手はサ―ヴァントの神秘に対しても原作と同様の効果を発揮できます。
 式神ではなく真正のサ―ヴァントの霊核などに対して触れた場合どうなるかは後の話に準拠するものとします。
※手を隠していた手袋が焼失しました。今のところはポケットに手を突っ込んで無理やり誤魔化しています。
※荒川区・日暮里駅周辺に自宅のマンションがあります。

【フォ―リナ―(アビゲイル・ウィリアムズ)@Fate/Grand Order】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:マスタ―を守り、元の世界に帰す
1:マスタ―にあまり無茶はさせたくない。
2:あなたが何を目指そうと。私は、あなたのサーヴァント。


700 : Parallel Line ◆0pIloi6gg. :2021/09/19(日) 01:50:00 KqmyLe1M0
◆◆


 宿に着くと、簡単なチェックインを済ませて部屋に入った。
 まだ一日の行動を終えるには早すぎる時刻だが、東京の猛暑は思いの外体力を奪う。
 多少身体を休めつつ、これからの方針についても考えつつ……落ち着いたらまた外に出る。
 そんなプランを考えながら、ロビーの自販機で購入したエナジードリンクを一口飲む。
 ケミカルで不健康な味わいを喉奥に流し込んでから、一息吐いて、リップは霊体化したままの自分の相棒へと声を掛けた。

「……落ち着いたか?」
「……う、ん……。もう、大丈夫……」
「そうか。お前が何を見たのか俺は知らないが、あまり思い出すな」

 本戦が始まって最初の敵サーヴァントとの接敵は、リップにとってもそのサーヴァントにとっても不本意な結果に終わった。
 リップのサーヴァント・アーチャー。真名をシュヴィという彼女は、端的に言って非常に優秀な英霊である。
 火力も器用さも申し分ない。少しばかりリップの方針とは異なる思想を抱いてはいるものの、それも許容範囲内だ。

 ただ……今回は、その"器用さ"が仇となった。
 【機凱種(エクスマキナ)】の性能に基づく超絶の解析能力。
 英霊であろうが何であろうが暴き立て、詳らかに読み解き理解する反則級の解析。
 シュヴィは、遭遇したサーヴァントを"解析"した。その行動自体は至極順当なものであり、責められるものでは全くない。
 悪かったのはシュヴィではなく、――運。
 一発目から、出会ってはならない存在と出会してしまった不運(アンラック)。

「先刻のサーヴァントと次に遭遇したら、解析はせずに初手から火力で押し潰せ。
 理解するのが危険な手合いなら、そもそも理解しなきゃいい。
 一から十まで詳らかにしなくても十分やれるだろ、お前なら」
「……わかった……。……ありがと、ね。マスター……」
「……礼を言われることなんてしてねえ。俺はただマスターとして、指示を出しただけだ」

 シュヴィにとって、あの時垣間見た"冒涜"は拭い去ることの出来ない傷であった。汚染、とも言い換えられるかもしれない。
 もしも彼女が、愛という汚染に苛まれたことのある機械でなかったなら――もっと致命的な損害を被っていた可能性すらあろう。
 しかしシュヴィ・ドーラはとうの昔に、正確なだけの機械ではなくなっている。
 それが辛うじて彼女の存在と自我を繋ぎ止めた。
 恐慌はある程度引き、今ではどうにか震えも止まった。……リップの言う通り、あまり思い出さないようにすれば――だったが。

「(ごめんなさい……って、言ったら。怒られちゃう、よね……)」

 敵サーヴァントを倒すどころか、逆にその狂気にあてられて怯えて帰ってくる。
 マスターがマスターなら怒鳴られ叱責されているだろうし、シュヴィ自身、そのくらいの失態をしたと自覚していた。
 だが、リップはシュヴィを責めなかった。否定もしなかった。
 彼は、優しい男だから。過酷な茨道の中を進んでいても、本質は決して悪のそれではなく。
 むしろ人を惹きつけ、誰かの希望になれる――そんなヒーローの性を持っている、そういう人間だから。


701 : Parallel Line ◆0pIloi6gg. :2021/09/19(日) 01:50:29 KqmyLe1M0

 だから、もう一度謝れば却って怒られてしまうだろうなと分かった。
 故に謝罪を重ねることはしない。謝る代わりに、もう二度と繰り返さないことで挽回しようとシュヴィはそう誓った。
 次こそは、必ず。彼の期待と、抱く願いに添った結果を持って帰れるように。

「それよりも、これからの話をするぞ」
「……ん……」
「"ガムテープの奴ら"が持っていた麻薬の量産だが……素人の作れる範疇の設備と道具じゃまず無理だ。
 一枚二枚作るだけなら可能かもしれないが、それにしたって時間が掛かりすぎる。
 そこまで悠長に動いてたら、出来上がった時にはもう麻薬の効能程度じゃ取り返しの付かない遅れを取ってるって可能性も出てくる」
「じゃあ……薬のことは、諦める……?」
「そうは言ってない。餅は餅屋に任せるのが一番かもしれない、ってことだ」

 麻薬(ヘルズ・クーポン)の量産は個人で用意できる設備と環境ではまず追い付かない。
 無理に目指せば本末転倒。では諦めるかと問われれば、そういうわけでもない。
 リップが考えたのは、自分に与えられた"元医者"のロールを最大限に活用する方策だ。
 神の気まぐれによる医療ミスが原因で人生の道を踏み外したリップに対しては酷い皮肉と言う他ないロールだが、感情を排して考えればこれは"利用出来る"。
 
「過去の俺は、新宿の"皮下医院"に何度か顔を出してた。その頃のコネクションを使いたい」
「それは……ちょっと、無茶じゃ、ない?
 すごく無理やりに乗っ取ることになりそうだし……そうなったら、ボロも出ちゃうと、思う……」
「これは俺の、あくまで個人的な推測だが」

 エナジードリンクを、また一口飲み込んで。
 それからリップは、シュヴィの目を見て言った。

「皮下医院の院長――"皮下真"には、何か探られたくない腹がある」

 皮下真。
 院長職を務めるにはあまりにも若すぎる齢だが、しかしその異常さに見合うだけの能力と頭脳を秘めた男。
 とはいえ、リップが皮下と直接面識を持っていたわけではない。
 だが、何かと胡散臭い男であるという印象は――どうも当初から抱いていたようだ。
 
「仮に無かったとしてもそれはそれで構わない。
 その時は力ずくで、どうにかして奴を懐柔する。
 皮下の能力と、奴の病院の設備。この二つがあれば、例の麻薬の量産は無理難題ではなくなる筈だ」

 リップの視界には三通りの可能性がある。
 皮下が何か、日の当たる場所には出せないような弱みを抱えている可能性。 
 はたまたその手の事情はなく、単に頭抜けて優秀な若院長であるという可能性。
 そして、皮下がリップと同じく聖杯戦争のマスターである可能性。


702 : Parallel Line ◆0pIloi6gg. :2021/09/19(日) 01:50:58 KqmyLe1M0

「……もう少し休んだら、俺は皮下医院に赴いてみるつもりだ」
「マスターが行くなら……シュヴィも、行く……」
「ああ、出来ればそうしてほしい。万が一、億が一……サーヴァントが出て来たら、俺一人じゃどうにもならないからな」

 真実がどれだったとしても、目指すところは変わらない。
 皮下がマスターでないのなら力ずく、ないしは奴の弱みをシュヴィに見抜かせて突き付け懐柔する。
 皮下がマスターであるのなら、その時は利害の一致を突き付け一時の味方にする。
 どちらに転ぶにせよ一定のリスクを負うことは避けられないが、こればかりは行動を起こす者に必ず付き纏う荷物だ。
 その重さも受け入れて進み、現状を変えなければ――変え続けなければ。勝利はない。

「……マスターは、シュヴィが守るよ。
 だから……安心して。もう、失敗、しないから……」
「……ああ。ありがとな、シュヴィ」


【豊島区・ビジネスホテル/一日目・午後(夕方直前)】

【リップ@アンデッドアンラック】
[状態]:健康
[令呪]:残り3画
[装備]:走刃脚、医療用メス数本
[道具]:ヘルズクーポン(紙片)
[所持金]:数万円
[思考・状況]
基本方針:聖杯の力で“あの日”をやり直す。
1:皮下真に接触し、地獄への回数券(ヘルズ・クーポン)量産のために必要な設備を入手したい。
2:敵主従の排除。同盟などは状況を鑑みて判断。
3:ガムテープの殺し屋達(グラス・チルドレン)は様子見。追撃が激しければ攻勢に出るが、今は他主従との潰し合いによる疲弊を待ちたい。
[備考]
※『ヘルズ・クーポン@忍者と極道』の製造方法を知りましたが、物資の都合から大量生産や完璧な再現は難しいと判断しました。
 また『ガムテープの殺し屋達(グラス・チルドレン)』が一定の規模を持った集団であり、ヘルズ・クーポンの確保において同様の状況に置かれていることを推測しました。

※ロールは非合法の薬物を売る元医者となっています。医者時代は“記憶”として知覚しています。
 皮下医院も何度か訪れていたことになっていますが、皮下真とは殆ど交流していないようです。

【アーチャー(シュヴィ・ドーラ)@ノーゲーム・ノーライフ】
[状態]:少し……落ち着いた、かな……。
[装備]:機凱種としての武装
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:叶うなら、もう一度リクに会いたい。
0:……しっかり、しないと……。
1:マスター(リップ)に従う。いざとなったら戦う。
2:マスターが心配。殺しはしたくないけと、彼が裏で暗躍していることにも薄々気づいている。
3:フォーリナー(アビゲイル)への恐怖。


703 : ◆0pIloi6gg. :2021/09/19(日) 01:51:16 KqmyLe1M0
投下を終了します。


704 : ◆0pIloi6gg. :2021/09/19(日) 19:46:40 KqmyLe1M0
飛騨しょうこ&アーチャー(ガンヴォルト)
松坂さとう&キャスター(童磨) 予約します。


705 : ◆EjiuDHH6qo :2021/09/20(月) 20:56:32 Yi2wdJJI0
投下します


706 : さくらのうた ◆EjiuDHH6qo :2021/09/20(月) 20:57:49 E.wfDTE.0
「また派手にやったな〜、総督の奴」
 院長室のテレビでニュース速報が流れている。
 板橋区の住宅街が原因不明の爆発で半壊状態、というテロップ。
 現場では避難措置が取られ、死傷者も少なくない数出ている。
 早口でそう伝えるアナウンサーを見ながら皮下真は肩を竦めた。
“この聖杯戦争に民間人殺しのペナルティはないし、モブを巻き添えにしてド派手に戦うの自体は構わないんだが……”
 流石に不謹慎と判断されたのかまだ民放で放送されてはいない。
 しかしSNSでは既に住宅街上空に陣取って破壊を振り撒く青龍の姿を収めた写真が相当数出回ってしまっていた。
 世間的には集団ヒステリーとそれに付け込んだ悪質なコラ写真という解釈で片付くかもしれない。
 だが見る者が見れば確実に聖杯戦争絡みの事件だと分かるに違いなかった。
“言って聞く相手でもねぇしな。はぁあ、胃が痛いぜまったく”
 とはいえカイドウの姿や形が割れるだけなら然程不利益がないのも事実だった。
 一度酔いどれれば手のつけられないアル中だが、奴はその分とんでもなく便利な宝具を持っている。
 固有結界の鬼ヶ島だ。
 真名解放をして現世(こっち)に現出させるのにはかなりの消費を要求してくるが、この宝具にはもう一つ使い道がある。
 二十四時間常に此処ではない異空間に展開しておくことだ。
 そうしている分には魔力消費は驚くほど少ないし、何より鬼ヶ島は人材や道具の格納にも使える。
 カイドウも巡遊の時以外は鬼ヶ島で大人しくしている。
 あれが原因でこっちに火の粉が飛んでくることはまずないだろう。
 それこそ彼と縁ある人間があの映像を見でもしない限り。
“まぁ、鬼ヶ島にはマジで助かってるから多少の胃痛は税金と思っとくしかねえか”
 皮下が鬼ヶ島に格納している人材には大きく分けて二種類ある。
 まずは葉桜を投与し、経過観察中の被検体達だ。
 数も多いし、何より現世で保管しておくと足が付いた時が怖い。
 本職のスパイとまではいかないが、百年間も社会の闇に隠れていた皮下だ。
 彼もまた、この東京の裏で知恵者達の陰謀合戦が繰り広げられ始めていることを察知していた。
 そんな状況で被検体達を現世に置いておくのは危険すぎる。
 そしてもう一つは……葉桜に100パーセント適合した皮下直属の手駒達だ。
「さてと、そんじゃ俺もそろそろ可能性の器らしいことをしますかね」
 両目に開花の光を灯らせる。
 院長室の中で異界へと繋がるポータルが口を開けた。
 その中にもはや慣れた様子で入り込み、皮下は再現された部下達の格納先へと足を運ぶ。


707 : さくらのうた ◆EjiuDHH6qo :2021/09/20(月) 20:59:21 nyZaklG20
    ◆ ◆ ◆

「皮下ァ〜! お前がここをうろついてるなんて珍しいじゃねェか! どうした!?」
「お〜、久しぶりだなクイーン。被検体達の様子はどうだ?」
「それが芳しくねェ。ヤワすぎなんだよこの世界の人間! ちょっとペースを上げればすぐに壊れちまう!」
 道理で痩せっぽちのチビばっかりだ!
 そう言って鼻息を荒くしている辮髪の男は、決して背の低い方ではない皮下ですら見上げるしかない巨体だった。
 六メートルオーバーというもはや長身の枠に含んでいいのかも分からないような巨漢。
 百獣海賊団大看板――疫災のクイーン。
 カイドウの鬼ヶ島に格納されている名うての海賊達の中でもトップクラスの霊基を持つ怪物である。
「そういえばさっきカイドウさんが出て行ったが……いつものやつか?」
「そうそういつものやつ。敵を減らしてくれるのは結構なんだけどな。もうちょっと協調性って奴がさー、マスターとしては欲しいんだよなー…」
「ムハハハハ! そりゃあお前ムチャな話だ! あの人の手綱を引くなんてこの世の誰にも出来ねェよ!」
 この見た目からは想像出来ないが、クイーンはこれで研究畑の人間だ。
 そこで皮下はクイーンに葉桜のことを教え、被検体の管理と調整をある程度彼に任せている。
 基本優秀なのだが、時折過剰投与で被検体を壊してしまうのだけは難点だった。
 もっともそうでなくとも今のところ、目を瞠るような完成度の適合者には出会えていないのだったが。
「で? お前何しに来たんだよ。まだ昼だろ、表の仕事があるんじゃねえの?」
「仕事を頼みたくてな。アイとミズキは何してる?」
「アイなら広間で被検体のガキ共と遊んでたぜ。明日には処分しようと思ってた連中だがな、ムハハハ!」
 それだけ聞くとクイーンに手を振って彼の下を去る。

“全部が上手く噛み合ってくれた。一つでも歯車が噛み合わなかったら俺はそこで詰んでた”
 葉桜は代償を前提に人間を超人に変える代物であり。
 そして、呪われた血統の力の源泉に近付くための試金石だ。
 しかしこの世界には葉桜の起源であるソメイニンが存在しない。
 なのにその模倣品の葉桜だけが独立して存在しているなど、そんなおかしな話は本来ないだろう。
 だが……葉桜のある世界からやって来た皮下真の体内だけはその例外だった。
 皮下は自らの体内にある葉桜を抽出し、それをクイーンの技術を借りて高速培養した。
 これによりゼロだった葉桜は一ヶ月かけて潤沢な量供給され、今では枯渇とは無縁の残量が備蓄されている。
 これだけあればいざという時の奥の手としても十分に使えるに違いない。
“界聖杯が俺の体内の葉桜を見逃したこと。クイーンの異界科学に、カイドウの鬼ヶ島”
 この鬼ヶ島は皮下にとっての夜桜零の遺体の代役も務めている。
 ソメイニンに勝るとも劣らない良質な魔力を供給出来る豊かな土壌というわけだ。


708 : さくらのうた ◆EjiuDHH6qo :2021/09/20(月) 21:00:21 5hjxaKj.0
「あんたの差し金を疑っちまうくらい出来すぎた状況だよ、なぁ」
 名前を呼ぶが答えはない。
 当然だな、と誰にともなく皮下は笑う。
 誰も彼の言葉の意味、笑顔の意味を理解出来まい。
 この世界には夜桜の呪われた血は存在しないのだ。
 だから当然、"川下真"という死にゆくだけだった人間に生きる意味を与えた女の存在を知る者もいない。
“遠くに来たなんてもんじゃないが…あのままあっちで計画続けててもキツかっただろうしな。夜桜との交戦は想定内だったが、それにしたって時期が早すぎた”
 皮下真は自他共に認める人でなしだ。
 人の命を何とも思わない。
 気まぐれで人を切り捨てる。
 誰かのために命を懸ける行為をバカの暴挙だと嘲笑う。
 そんな男にも理想がある。
 世界中の誰もが力を得ることによる世界平和。
 自分の命すら勘定から外した人類救済の手段を決行段階へと移す前に皮下はこの世界に招かれた。
“聖杯さえあれば種まき計画をより完全な形で成功させることが出来る。適合に累代を経る必要もない。誰もがソメイニンに祝福されて生きる理想郷の完成だ……”
 その所業と言動からは想像もつかない理想。
 命すら投げ出しても構わないと思える……生きる意味。
 美しい、この世の何よりも美しい夜桜に触れた男は聖杯を求める。
 たとえその過程で何を犠牲にしても。
 どれだけの悲劇を生み出したとしてもだ。
 皮下は心を痛めない。
 痛む心は百年にも及ぶ人生の中でとうの昔になくなった。
 今此処にいるのは寿命を克服し、理想だけを見据えて歩む……化物だ。


709 : さくらのうた ◆EjiuDHH6qo :2021/09/20(月) 21:02:12 bWpZxHB20
    ◆ ◆ ◆

「いたいた。おーい、ミズキ〜、アイ〜!」
「あ……皮下さんだ!」
 貼り付けた笑顔で手を振る皮下。
 すると鞠のようなものを追いかけていた獣耳の童女がぶんぶん手を振り返した。
 ミズキ、と呼ばれたインテリ風の男性の傍らに戻ってちょんと裾を掴んでいる様はひどく小動物的だ。
 というより犬っぽい。
 彼女がとある希少動物の遺伝子を後天的に移植された被検体であることを踏まえて考えれば、それにも納得がいくだろう。
「ずいぶんこちらにはご無沙汰でしたね。戦況の方は?」
「本戦始まってまだ半日そこそこだ。まだ何とも言えねーな」
「先程ライダーがまた出て行ったと聞きました。貴方も大変ですね」
「本当だよ。あのオッサン、人の目とか気にせず暴れ散らかすからさぁ……」
 この世界で皮下が従えている兵士達の多くは世界の理屈に合わない存在だ。
 例えば葉桜で命を救われた過去のあるハクジャ。
 彼女が初めて葉桜を投与されたのは今から何年も前のことである。
 皮下がやって来た時期を考えると辻褄が合わない。
 そして目の前の二人……アイとミズキも同じだった。
 皮下がこの世界に召喚されたその時から、彼らは葉桜の超過適合者として。
 虹花のメンバーとして元の世界と全く同じように皮下の元にいた。
“そう考えると界聖杯も色々突貫工事だよな。俺としては助かるからいいんだが……他にもこういう運のいい奴がいるのかね”
 とはいえそこら辺の辻褄について考え出すとキリがない。
 界聖杯などという人智を超えた現象の意図など推測したところで無駄だ。
 別に自分にとって不利に働くことでもないのだしと皮下は思考をそこまでで留める。
「それで? 貴方がわざわざ足を運んできたということは、何か私に任せたい仕事があるのでしょう」
「ん。ちょっと現世に出て、この資料にある顔のアイドルを一人か二人攫ってきてほしい」
「…アイドル。それはまた……奇怪な任務ですね」
「あいどる? テレビの中のひと……??」
 渡した資料を眺めるミズキ。
 アイはその横でぴょんぴょん跳ねてどうにか自分も見ようとしている。
「幽谷霧子って子の話、したことあったよな」
「えぇ。聞くだに怪しい少女で……ああなるほど。そういうことですか」
「それもあるけどそれだけじゃない。霧子ちゃんのことを抜きにしても、その事務所はちょっとキナ臭いんだ」
 ハクジャからの報告を要約すると以下になる。
 田中摩美々、七草にちかなるアイドルとの遭遇。
 交渉沙汰に持ち込みたい気配を感じたが、霧子がそれを断った。
 その理由は何ともあの娘らしいものだったが、此処では割愛する。
 皮下に言わせればそれは、ただの非生産的な感傷でしかなかったからだ。


710 : さくらのうた ◆EjiuDHH6qo :2021/09/20(月) 21:03:45 xxttuFEU0
「白瀬咲耶、幽谷霧子。候補ってだけなら田中摩美々、七草にちか……」
 実際に摩美々とにちかがクロなのかどうかはまだ分からない。
 しかしハクジャも只者ではないのだ。
 彼女が抱いた疑いの念を考えすぎだと一蹴しない程度には皮下は彼女のことを信用していた。
 その上で摩美々とにちかを一旦マスター候補として置く。
 現時点で三人。暫定死人の咲耶を含めれば四人ものマスターが、283プロダクションの周囲で確認されたことになるわけだ。
「こんなに固まられるとさぁ。ちょ〜っと偶然とは片付けにくくなってくるよな」
「ふむ……。では貴方の見立てでは、まだこの事務所の中に関係者が紛れ込んでいると」
「咲耶ちゃんのニュースだってそうだろ。言っちゃ悪いが騒がれすぎだ」
 確かに昨今の東京には女性連続失踪事件という不気味な話題がある。
 そのタイミングに合わせての失踪となれば騒がれること自体はまあ不思議じゃないが、それにしたって程度というものがある筈だ。
 皮下の知る裏社会でもこういう根回しをする輩がごまんといた。
 だがそれも自然なことだ。
 マスコミを使って世論をコントロールするのは現代社会を掌握する一番の最短ルートなのだから。
「だからアイドルを拉致して探りを入れたいと」
「いや、そういうわけじゃない。むしろアンティーカと……あ〜、なんだったっけな。七草にちかのユニット」
「……"SHHis(シーズ)"、と書いてありますが」
「そうだそうだ、そんな名前だったわ確か。とにかく、アンティーカとシーズ?のアイドルは見かけてもスルーでいい」
 意図を測りかねているのか黙るミズキ。
 皮下は自分の顎を指先で擦りながらそんな彼に説明する。
「いきなり縁者を襲うのはあからさまに直球の攻撃だろ? 藪蛇になりかねない」
 カイドウは規格外のサーヴァントだ。
 大半の無茶は彼の力を借りれば押し通せる。
 だが、それにしたって見え透いた地雷を踏むこともない。
 安全第一だよ、安全第一……皮下が呟く。
「だから敢えてまず外側だ。捕まえて葉桜をぶち込んで、クイーンの野郎に改造させて自我もロクにない使い捨ての怪人にする」
 283プロダクションについて軽く調べた皮下が最初に思ったこと。
 それは、ずいぶんムチャクチャな経営体制で回してるんだなということだ。
 これで成り立ってるというのだから驚いたし、よほど優秀な人材が揃っているのだろうとも思った。
 いや……いい人材ばかり揃えても環境が腐っていればすぐにこんな経営は立ち行かなくなる。
 だから283プロはきっと、たくさんの"いい子、いい人"達とその頑張りで成り立っているに違いない。
 アイドルも、それを支えている周りの人間もだ。
 善性と煌きで満ちた、少女が夢へ一歩踏み出すのに相応しい環境なのだろう。
 そして皮下はそういう場所に腐乱死体や焼死体を放り込んでケラケラ笑える人間だ。
「話は分かりましたが」
 ミズキもそのことはよく知っている。
 皮下は天下無敵の人でなしだ。
 葉桜を投与した人間には不幸な生い立ち、波乱万丈の人生を辿ってきた者が多い。
 ミズキもアイもそうだ。
 その中には彼を救世主のように崇拝する者もいるが、そもそもその不幸からして皮下の仕組んだものだったというケースも少なくない。
「そこまで重要なこととお考えですか。まだマスターという確証もない相手を削ることが」
「ん? いやぁ、まあ。別に?」
 あっけらかんとそう答える皮下に閉口するミズキ。


711 : さくらのうた ◆EjiuDHH6qo :2021/09/20(月) 21:07:28 .oNk635E0
「地味だけど意外と効くんだよ。こういう嫌がらせ」
「嫌がらせ……ですか。貴方らしいですね」
「ダメージがでかけりゃ動揺して勝手に潰れてくれるかもしれない。けど不発なら不発で構わねーよ。その時は「あ〜。やっぱ人間魚雷とか流行んねえか〜」ってガッカリするだけだ」
「相変わらずの悪辣さで何よりです」
「霧子ちゃんだけは目に見えて動揺してくれそうだけどな。すげーぞあの子、まさにお日さまだ。俺もファンになりそうだった」
 なんて言う皮下をよそに、ミズキは傍らの小さな少女を見た。
 話の内容があまり分からなかったのか小首をかしげてミズキの顔を見上げている。
 一瞬黙って、それから視線を皮下に戻す。
「行くにしても私一人でいいのでは。アイさんは普通に歩かせれば目立ちますよ」
「俺はいいけどお前が嫌だろ? 鬼ヶ島(ここ)にアイを置いとくのは」
「……」
 皮下は人の心が分からないわけではない。
 彼にだって人間として生きていた時代がある。
 ミズキの心も、霧子の心も。
 ちゃんと理解して彼らと向き合っている。
 その上で何とも思っていないだけなのだ。
「ミズキさん、アイさんとお出かけするの……いや?」
「……まさか。そんなことはありませんよ、アイさん。一緒に久方ぶりの現世を楽しんできましょうか」
「……うんっ! アイさん、お仕事がんばる!」
 馬鹿と鋏は使いよう。
 この世に使えない人間など、ごく一部の化物を除けば存在しない。
 そして人の心が分かる真っ当な感受性は他人を使う上でとても役に立つ。
 その人物が何を欲しがっているか、何を失いたくないかが分かるからだ。
“そろそろ総督も戻ってくるだろうし、そしたら一度話し合っておくか”
 カイドウの巡遊は非常に迷惑なイベントだったが、幸い巡遊帰りは酔いが冷めていることが多い。
 そのタイミングを突いて今後のことを話し合っておくのが利口だろう。
 流石に本戦というだけあって、まだ一日目だというのに街の動きが目まぐるしい。
 最強の矛を持つ皮下ではあったが、それに驕って惰眠を貪る気にはなれなかった。
「さ〜てと。被験体達のところに顔でも出して時間潰すか〜……」
 伸びをして歩いていく。
 彼が今出した命令で生まれるかもしれない涙の存在など、その頭の中にはなかった。
 皮下真という化物の世界にいる人間はあの時からずっとたった一人だ。
 美しい……とても美しい、桜のような――

【新宿区・皮下医院/一日目・夕方】

【皮下真@夜桜さんちの大作戦】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:?
[道具]:?
[所持金]:纏まった金額を所持(『葉桜』流通によっては更に利益を得ている可能性も有)
[思考・状況]
基本方針:医者として動きつつ、あらゆる手段を講じて勝利する。
1:とりあえずカイドウさんの帰り待ちかねぇ。
2:病院内で『葉桜』と兵士を量産。『鬼ヶ島』を動かせるだけの魔力を貯める。
3:沙都子ちゃんとは仲良くしたいけど……あのサーヴァントはなー。怪しすぎだよなー。
4:全身に包帯巻いてるとか行方不明者と関係とかさー、ちょっとあからさますぎて、どうするよ?
5:283プロはキナ臭いし、少し削っとこう。嫌がらせとも言うな?
[備考]
※咲耶の行方不明報道と霧子の態度から、咲耶がマスターであったことを推測しています。
※会場の各所に、協力者と彼等が用意した隠れ家を配備しています。掌握している設備としては皮下医院が最大です。
 虹花の主要メンバーや葉桜の被験体のような足がつくとまずい人間はカイドウの鬼ヶ島の中に格納しているようです。
※ハクジャから田中摩美々、七草にちかについての情報と所感を受け取りました。

※虹花@夜桜さんちの大作戦 のメンバーから「クロサワ」「アイ&ミズキ」をアイドル拉致のため現世へ出しています。
 アンティーカのメンバーとシーズの緋田美琴のみ拉致の対象外です。


712 : さくらのうた ◆EjiuDHH6qo :2021/09/20(月) 21:08:03 S3cvlQKc0
    ◆ ◆ ◆

 桜の樹の下には屍体(したい)が埋まっている!
 これは信じていいことなんだよ。
 何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。
 俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。
 しかしいま、やっとわかるときが来た。
 桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。

                            ――梶井基次郎『桜の樹の下には』より

    ◆ ◆ ◆


713 : さくらのうた ◆EjiuDHH6qo :2021/09/20(月) 21:08:41 QaVydyms0
 親子のように見える二人組が黒い高級車に揺られていた。
 見るからに知的な雰囲気を醸した紳士。
 そして麦わら帽子を被った幼稚園児くらいの幼女。
 幼女の臀部からは黒く太い尻尾が伸びている。
 それを見れば、彼らが車での移動を選んだ理由はこれのようだと分かるだろう。
「アイさんはやはり、徒歩でのお出かけの方がよかったですか?」
「ううん! アイさん、ミズキさんとお出かけできるだけでうれしい!」
「そうですか、ならよかった」
「あ…でも、帰りはみんなにおみやげ買ってあげたいな……」
「そのくらいであれば大丈夫でしょう」
 そう答えながらもミズキは小さく息づく。
 アイの言うみんなとは、今日広間で一緒に遊んでいた子供達のことだろう。
 みんな、葉桜の被験体だ。
 そしてみんな、適合率が低い。
 恐らく明日には鬼ヶ島計画の魔力貯蔵のために処分される子供達だ。
 そのことをアイは知らない。
 彼女が知るのはいつだって処分された後だ。
「ねぇ、ミズキさん」
「はい、なんでしょう」
「皮下さんが勝ったら、アイさん達って消えちゃうんだよね」
 ちくりと胸を刺す痛みがあった。
「……ええ。私達は所詮、聖杯戦争のために生まれて消える一時の陽炎なのです」
 虹花の上位メンバーにはその秘密は共有されている。
 元より人としての人生がどん詰まりになった人間の集まりだ。
 教えてもそれほど支障はないと判断されたのかもしれない。
「アイさん、皮下さんに勝ってほしいよ。でも……」
 ミズキもそうだ。
 最愛の妻と娘を亡くしたあの日、ミズキの人生は終わった。
 あとはいつ死ぬかの人生。
 その日が来るのが遅いか早いかの違いでしかない。
 だから聖杯戦争のことも自分達の運命もすんなりと受け入れられた。
 それが間違いだとは思わない。
 自分達は一つの春に咲いて散るだけの桜だ。
「アイさん…消えたく、ないなぁ……」
 でも、自分の隣で窓の外に広がる青空を見つめながらぽつりとこぼした少女に。
 どんな言葉をかければいいのかは、分からなかった。


714 : ◆EjiuDHH6qo :2021/09/20(月) 21:09:03 QaVydyms0
投下終了です


715 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/20(月) 21:36:02 eonRLeWo0
皆様、投下お疲れ様です。

>Parallel Line
戦いを乗り越えた鳥子組とリップ組による穏やかな時間がとても微笑ましいです。
それぞれの主従が互いを思いやっていることを感じますし、温かい優しさが伝わる描写が素敵ですね。
じゃれあう鳥子さんとアビー、自分のマスターの優しさを知っているからこそ守ることを誓うシュヴィも……みんな可愛かったです。

>さくらのうた
カイドウの暴走で胃痛がすると言いながら、全然気にしてなさそうな皮下さん。
その裏にはクイーンを始めとした怪物が大勢いることが明かされて、やはりこの聖杯戦争でもトップレベルの戦力を誇ることが伺えますね。
しかも283プロのアイドルが狙われちゃって……本当にこの事務所はヤバい連中に狙われてますね。
それでいて、自分を消えたくないと呟くアイさんたちが切なかったです。

それでは自分も予約分の投下を始めます。


716 : 巨大な手! 狙われた283プロダクション(前編) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/20(月) 21:37:01 eonRLeWo0

(この短期間で失踪が騒がれている白瀬咲耶とは、何者なんだ?)

 私……峰津院大和はタブレットでニュースを確認している。
 本戦開始後から、あらゆるメディアで白瀬咲耶という女の失踪が頻りに報道されていた。
 各種SNSや動画サイトでも咲耶の話題で持ちきりとなり、ジプス内でも噂が広がっている。

(白瀬咲耶について調べてみたが、283プロダクションという事務所に所属するアイドルに過ぎない。だが、ここまで話題に挙がるのは異常事態だ)

 しかし、白瀬咲耶という少女が社会に影響を与えるとは到底思えない。
 アンティーカというユニットのメンバーとして歌やダンスを披露し、TVや雑誌などのメディアで顔を出す機会は多かった。アイドルの失踪が報道されれば世間の騒ぎになるが、それを踏まえてもこの広がり方は異常だ。
 普段の私ならば歯牙にもかけなかったが、ここは聖杯戦争の舞台だ。白瀬咲耶の失踪と、それに関する炎上は何か裏があり、我々に泥を塗る連中が関与する可能性は充分にあった。
 例えるなら、中央区にアジトを構えるクズどもや皮下医院、あるいは東京に糸を張り巡らせる蜘蛛だろう。
 更に言えば、立て続けに起こる女性の失踪事件についても気がかりだ。聖杯戦争が始まって以来、若い女性が立て続けに行方不明となり、その中にはジプスの女性局員も何人か含まれている。彼女たちは既に殺害されているはずだ。
 峰津院財閥を……ジプスを蝕む魔の手が増えていることだ。奴らは我々の影響力を知った上で、確実に牙を剝いている。しかも、死体はおろか毛根一つの痕跡すらも遺していない。
 女性局員が消された今、近いうちに真琴も標的にされるはずだ。我々は莫大な影響力を誇るからこそ、連中から狙われやすい。

(……やはり、私自らがコンタクトを取らざるを得ないようだ。283プロの白瀬咲耶に関する情報を得るにはな)

 私が意識を向けているのは、ジプスを狙うクズどもではなく白瀬咲耶と関係を持つアイドルたちだ。
 咲耶の行方を探っているジプスの構成員もおり、彼女を最後に映し出した監視カメラの場所から、不審な点を洗い出していた。すると、白瀬咲耶を発見した監視カメラの近くに、不自然に荒れ果てている地区が存在した。
 建物の一部は崩れ、粉々に砕け散った倉庫もいくつかあった。恐らく、このエリアで戦いを繰り広げていた主従がいて、それが白瀬咲耶である可能性は高い。

(この地区が破壊されたタイミングは、本戦開始前だ。白瀬咲耶はここで戦いを繰り広げたが、敗退し、死体は海に沈められたのだろう)

 その推測と同時に、私が保有する電子端末に一通の電子メールが届く。
 送り主は財閥の構成員だ。件名には『行方不明になった白瀬咲耶について』と書かれている。


717 : 巨大な手! 狙われた283プロダクション(前編) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/20(月) 21:38:17 eonRLeWo0
(やはり、白瀬咲耶は聖杯戦争のマスターである可能性が高い。いかに忠実に再現されたNPCであれど、わざわざこのような文章を書くとは思えないからな)

 メールを開いた瞬間、白瀬咲耶が遺したとされる遺書を警察が発見したとの文面が目に飛び込んできた。警察内部にもジプスの関係者はいるため、情報を聞き出す程度など造作もない。
 自らの死に対する覚悟と、家族や友人に対するメッセージが白瀬咲耶の遺書に書かれていたらしい。
 ならば、彼女の関係者と思われるアイドルの中に、聖杯戦争のマスターが含まれている可能性もゼロではなかった。本戦前に仕留めたマスターの中には、親族または友人といった縁者の繋がりを持つ奴らも含まれていたからだ。
 連中は互いを庇い合ったが、私は容赦なく叩き潰す。最終的な勝者は一人に限られているのに、庇い合う姿が実に愚かしく見えた。

(明日に開かれるアイドルのライブは、我が財閥がスポンサーとなっている。その立場を使えば、接触自体は容易だ……迅速に接触しなければ、アイドルたちも失踪事件に巻き込まれるだろうな)

 我々に歯向かうクズどもの対処に比べれば、リスクは遥かに低いものの……リターンも期待できない。
 例えば、マスターとなったアイドルが聖杯を狙うのであれば、排除すればそれで済む。
 だが、もしもアイドル側が頑なに口を割らなかった場合、このまま消してもいいのか? 無論、私の手元に置くメリットは皆無だが、白瀬咲耶との繋がりを持つ存在を放置するべきとも思えない。
 呑気に放置しては、白瀬咲耶と敵対者に関する情報を取りこぼすだろう。

(仮に接触するとして、優先すべきはプロデューサーという男……あるいは、ライブに参加する櫻木真乃という少女か)

 白瀬咲耶の情報を得るなら、283プロダクションの関係者と話をするべきだ。
 理想としてはアンティーカというユニットのメンバーだが、この世界に存在するNPCの少女たちでは意味がない。マスターである確証を得られない以上、不用意に接触することは愚策だ。
 もちろん、プロデューサーや天井努社長といった人物も同様。彼らがNPCである可能性はある。警察曰く、プロデューサーは体調不良で休暇が長引いているようだが、その程度で彼を疑うには不充分だ。

(先程、世田谷区の上空にて確認された少女と、等々力渓谷公園で発見された死体。そして、公園から離れた場所に設置された防犯カメラに映し出された、櫻木真乃と謎の少女……)

 ジプスの構成員はある画像を入手していた。
 世田谷区の上空では、派手で煌びやかな髪型と格好をした謎の少女が跳躍している。その身体能力から考えて、間違いなくサーヴァントの一人だ。
 構成員曰く、全くの偶然でこの画像を入手したようだが、外部に漏洩しないように指示をした。
 また、数分後には公園に放置されていた少年の遺体が確認されている。顔にガムテープを貼り、手元に刃物が落ちていたため、私を襲撃したクズどもの一員だろう。


718 : 巨大な手! 狙われた283プロダクション(前編) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/20(月) 21:40:23 eonRLeWo0
(時間から考えて、上空を飛んだ少女がクズを殺したはずだ。それ自体はなんてこともないが……公園から櫻木真乃たちの発見地点までなら、サーヴァントの脚力があれば充分に移動可能だ)

 櫻木真乃に同行する少女と、世田谷区上空で跳躍する少女。
 姿自体は大きく違うが、背丈は非常に近い。声紋分析まではできていないものの、位置関係から考えて何らかの関係を持つ可能性は高いだろう。
 その後、彼女たちは防犯カメラが設置されていない区域に移動したが、情報としては充分だ。

(……どうやら、接触対象として最も有力なのは、櫻木真乃のようだな。同行する少女……恐らく、サーヴァントだろう)
『おい、この羽虫どもが降っている光る棒は一体なんだ!? この動きには何の意味がある!?』

 私が思案を巡らせている一方、ランサーのサーヴァント・ベルゼバブはタブレットで動画を見ていた。

『こ、この統率された動き……何なのだ!? 有象無象の羽虫どもが、ここまで連携しているだと!?』

 ベルゼバブが見ているのは、アイドルのライブ動画だ。私はスポンサーになった関係上、アイドルのパフォーマンスを知ることになったのだが……何故か、ベルゼバブは驚愕していた。
 確か、この男の世界にはアイドル文化が存在しない。もしかしたら、異世界からアイドルが訪れたこともあったかもしれないが……それでも、ベルゼバブにとってアイドルとは未知の存在だったようだ。

『ぬぅ……何故、羽虫たちはここまで表情を輝かせ、熱気を放っているのだ!? 一体、何者なのだこの羽虫は!?』

 動画に熱中し、私の動きに口出ししないのは有り難いが、やはり喧しい。
 だが、今に始まった事ではない。この男の興味がアイドルに向けられただけの話だ。
『おい、羽虫! 余も明日のライブに飛び入り参加をさせろ!』などと血迷ったことを言うかと思ったが、今のところその心配はない。
 気を取り直して、私は情報収集を続ける。

(283プロダクションに謎の犯行予告……白瀬咲耶の失踪といい、何故この事務所に異変が立て続けに起こる? 何者かが故意で狙っているとしか考えられん)

 これだけの騒ぎになれば、事務所の運営など休止せざるを得ない。
 明日のライブにどのような影響を及ぼすかは不明だが、事務所が大打撃を受けることは確実だ。
 元々、283プロダクションの運営体制はかなり杜撰だったようだが、沈みかかった泥船の行く末など私には関係ない。
 ただ、このような異様かつ弱小な事務所の不手際で、我々の足元が掬われるのは御免だ。

(まさか、蜘蛛の仕業か? この事務所にマスターがいることを嗅ぎつけて、アイドルたちを動揺させるために白瀬咲耶の失踪を必要以上に煽り、仕留める……これは、私がスポンサーであることを知っての犯行なのか?)

 この騒ぎに乗じて、スポンサーである我が財閥に関する情報でも手に入れるつもりか。
 だが、それなら逆に好都合だ。もしも蜘蛛が純粋無垢なアイドルを餌にして私を釣るなら、あえて乗っかってやろう。餌もろとも、蜘蛛を我が前に引きずり出すちょうどいい機会だ。
 私は、真琴に一通のメールを送る。

(……櫻木真乃については、真琴に接触させるか)

 無論、脅迫や連行は論外であり、あくまで任意の事情聴取だ。
 いくら強大なロールを誇るとはいえ、それを悪用しては腐敗した権力者どもと同じだ。ジプスに牙を向けるクズは屠るが、そうでない民間人に必要以上の干渉をするつもりはない。
 また、真琴を向かわせたのも、櫻木真乃が話しやすくするためだ。ジプスの女性局員も同行させているため、櫻木真乃が怯えることもないはずだ。
 もしも、櫻木真乃が私に応じるのであれば……白瀬咲耶の情報を確実に得るため、どこか場所でも手配するべきだろう。


719 : 巨大な手! 狙われた283プロダクション(前編) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/20(月) 21:41:32 eonRLeWo0





 街中を歩いている最中でした。
 私、櫻木真乃の前に見知らぬ女の人たちが現れたのは。

「櫻木真乃さん、ですね?」
「ほわっ? あなたたちは、一体……?」
「私は迫真琴……峰津院財閥の使い、と言えばご理解頂けるでしょうか」

 女の人から出てきた名前に、私はビックリして目を見開きます。
 峰津院財閥。この東京に住んでいれば、誰でも一度は見聞きするであろう巨大な組織の名前です。その影響力はとても大きく、明日のライブのスポンサーにもなっている程にお金を持っています。
 でも、迫真琴さんという背の高い女の人は、何だか目つきが鋭いです。私は思わず星奈ひかるちゃんを庇うように立ちました。

「……峰津院財閥の人が、私に何の用ですか」
「我々は白瀬咲耶さんの件について、お話があって来ました」
「「さ、咲耶さん!?」」

 私とひかるちゃんの声が重なります。
 でも、街中というのもあって、周りの人が反応しちゃいました。いけない! 今は聖杯戦争聖杯の最中だから、騒ぎを起こしちゃダメでした。
 私が焦りますが、真琴さんたちは落ち着いたままです。

「これは、立ち話で済ませていい話ではありません。私どもで場所を手配致しますので、お時間がございましたら面談をして頂いてもよろしいでしょうか」
「えっと、それってわたしは席を外した方がいい話……ですか?」
「あなたもご同行をして頂いても、問題ありません」

 ひかるちゃんの疑問に、真琴さんはハッキリと答えました。
 その態度と、真琴さんから漂うオーラに押されそうになりますが、私は後ずさりません。

「もちろん、急な話と存じておりますので、ご都合がつかなければ大丈夫です。ただ、応じて頂ける時に備えて、私の連絡先をお渡ししますね。日時は真乃さんの方で調整して頂いても大丈夫です」
「……どうして、私ですか? 私よりも、適任の人が他にもいると思いますし……」
「これは、私どもの意志です。峰津院大和様が、直々に櫻木真乃さんとの面談を希望しています」
「……ほ、峰津院……大和さん……!」

 口から出てきた声の震えが、私の全身に広がります。
 真琴さんから名刺を頂きますが、私は落とさないように気を付けました。たった一枚の名刺なのに、とても重く感じちゃいます。
 もしも、少しでも汚してしまったら、それだけで何かが壊れてしまいそうで……とても不安でした。

「失礼します」

 そうして、真琴さんたちは礼をしながら去っていきます。
 私はひかるちゃんと一緒に礼をしますが、胸はバクバクと鼓動しています。峰津院大和さんの名前を出されたプレッシャーで、思考がまとまりません。


720 : 巨大な手! 狙われた283プロダクション(前編) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/20(月) 21:42:30 eonRLeWo0
「ま、真乃さん……」

 私の体が震えちゃいますが、ひかるちゃんは支えてくれます。
 暖かい感触がひかるちゃんの優しい手から伝わりますけど、吹雪の中に放り出されたみたいに震えています。真夏日なのに、コートを羽織りたくなりました。

『……ど、どうしよう! 峰津院、大和さんって、私たちだけで手に負える人じゃない……!』

 周りに気付かれないよう、私は必死に念話を使います。
 界聖杯の世界で過ごして一ヵ月が経ち、その間に峰津院財閥や峰津院大和さんの名前は何度も耳にしました。
 元の世界では聞いたことがない名前ですけど、とても偉いことは理解しています。それこそ、政府や大企業に関わるほどの影響力を持った人たちです。
 その人たちが、どうして私に話を持ちかけてきたのか……真っ先に思いついたのは聖杯戦争でした。ひかるちゃんがサーヴァントと気付いたから、大和さんは私たちを倒すつもりでしょう。

『そうだ! こういう時は、摩美々さんとアサシンさんに相談をしましょう! きっと、何か力になってくれるはずです!』
『そ、そうだね……このままだと、私たちだけじゃなく283プロのみんなも……何か大変なことに巻き込まれるかもしれないから!』

 ひかるちゃんの言葉を受けて、私は必死にスマホを操作します。
 不用意な接触は避けるべきと言われましたが、今回はそれどころじゃありません。私たちだけで大和さんに会いに行くのは無謀すぎますし、少しでも対応を間違えたら283プロにも大きな被害が及びます。
 電話をかけている相手は田中摩美々ちゃんで、数秒ほどの着信音の後……すぐに繋がりました。

『もしもーし? 真乃だよねー? どーしたのー?』
「ま、摩美々ちゃん! 大変なことになったの! 実は……」

 人気のない場所に移動しながら、私は必死に話しました。




 峰津院大和。
 わたし、星奈ひかるだって界聖杯で過ごしているうちに何度も聞いた名前だね。
 この東京で一番偉い人で、宇宙星空連合のトップ・トッパーさんみたいな人だよ。
 大和さんの方から面会してくれるみたいだけど、どう考えてもわたしたちだけで進めていい話じゃない。
 だから、櫻木真乃さんと一緒にアサシンさんの知恵を借りることにしたよ。

『ひかるちゃん。これから、摩美々ちゃんたちが待っている場所に行くけど……慎重に行こう!』
『はい! もしかしたら、誰かに尾行されちゃうかもしれませんし、ここは変装をしますか?』
『う〜ん、最近の監視カメラは高性能だから、あんまり意味はないと思う。ひかるちゃんがキュアスターに変身すれば、別だと思うけど……』
『……そっか。真乃さんは変身できませんからね』


721 : 巨大な手! 狙われた283プロダクション(前編) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/20(月) 21:43:11 eonRLeWo0
 真乃さんは普通の地球人だ。
 レインボー星人のユニみたいな変身能力はないし、プルルン星のへんしんじゅで変装することもできないよ。
 注意を払いながら、人の中に紛れて向かうしかない。アサシンさんが注意してくれたみたいに、わたしたちを狙う人はどこに潜んでいるかわからないから。

『せっかく、人気ドーナツをたくさん買えたのに……残念ですね』
『うん。でも、これはみんなで食べようか! 大変な話をするから、ちょっとでも気を紛らわせたいからね』

 わたしたちはドーナツを買いに行ってたよ。
 東京23区でもトップ10に入るくらい人気で、口コミサイトでも『このドーナツはステキすぎる!』や『ワクワクもんだぁ!』みたいなキラやば〜! なレビューで溢れていたね。
 だから、わたしたちもみんなへのお土産でドーナツを二箱ほど買った。その矢先に、白瀬咲耶さんの件で峰津院財閥の人から声をかけられたよ。

(……そういえば、まどかさんのお父さんもララたちの秘密を探ろうとしてたことがあったね)

 私が信頼する先輩の香久矢まどかさんのお父さん・香久矢冬貴さんは政府の偉い人だね。
 内閣府宇宙開発特別捜査局局長として、観星町で起きた宇宙人騒ぎの調査をしていた。香久矢の家は隠し事をしない主義で、まどかさんも一度はララやフワたちのことを話しそうになったけど……まどかさんは秘密を守ってくれたよ。
 まどかさんのお父さんみたいに、迫真琴さんって女の人はわたしたちの秘密を探ろうとしている。秘密がバレたら何をされるかわからないから、慎重に行動しないと。

『待ち合わせ場所は、摩美々ちゃんたちから教えてもらったから……そこを案内するね。人が少ないから、気を付けないと』

 真乃さんの念話にわたしは頷く。
 蒸し暑いけど、緊張でそれどころじゃない。尾行してくる人や、隠れてわたしたちを狙ってくる人の気配はないけど、どうしても歩くペースが早くなっちゃう。
 すると、坂を上った先に数階建てのビルが見えた。壁は薄汚れて、ほとんどの窓ガラスが割れちゃってる。どう見ても、危ないから勝手に入っちゃいけない廃ビルだった。

『待ち合わせ場所はこのビルですか?』
『うん! 摩美々ちゃんたち以外、誰もいないみたいだから大丈夫そうだよ』

 でも、わたしたちは足を踏み入れる。
 まだ283プロの炎上は続いているままだから、こういう場所でしか集まることはできない。わたしとしては、人間の真乃さんたちには涼しい場所で休ませたいけど……今は仕方ないよね。
 ビルの通路の奥には、4つの人影が見えた。男の人と女の人が二人ずつで、あのアサシンさんがいたよ! アサシンさんの隣には、雑誌やTVでよく出てる田中摩美々さんがいる。
 でも、あとの二人は誰だろう? 知らない女の人の隣にいるのは、サーヴァントだけど……


722 : 巨大な手! 狙われた283プロダクション(前編) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/20(月) 21:44:23 eonRLeWo0

「摩美々ちゃん! それに……にちかちゃん!?」

 叫びながら真乃さんは走って、向こうもわたしたちに気付いた。
 にちかって七草にちかさんのことかな? 確か、283プロから急にいなくなったアイドルだって、真乃さんから聞いたよ。マスクで顔を隠しているけど、この状況だから仕方ないよね。

「あっ、真乃〜! 来てくれたんだねー」
「……さ、櫻木……真乃、さん……」

 摩美々さんは不敵な笑みで出迎えるけど、にちかさんは何だか戸惑っている。
 にちかさん、283プロに起きたトラブルのせいで落ち着けてないのかな。ネットではまだ炎上したままだし。

「摩美々ちゃん、それににちかちゃん……二人とも、本当に良かった!」

 けれど、真乃さんは嬉し涙と共に二人を抱きしめたよ。
 ここに来るまで大変なことがたくさん起きて、そして今からまた大きなトラブルに巻き込まれるから、不安でたまらなかったはずだよ。でも、真乃さんはわたしのために気丈に振る舞ってくれた。
 真乃さんの強さと、そんな真乃さんを支えてくれる283プロの絆が、とても輝いて見えて……わたしだって、心が温かくなったよ。





 283プロダクションに襲いかかる脅威を振り払い、またもう一人の七草にちかさんを守るサーヴァントとの交渉を終えて、僕はすぐに敬愛するマスター・田中摩美々さんの元に帰還した。
 しかし、一難去ってまた一難。283プロダクションにて別れたはずの櫻木真乃さんとアーチャーさんとすぐに再会することとなった。
 理由はたった一つ。峰津院財閥の使者である迫真琴と名乗った人物が、真乃さんたちに接触したからだ。
 峰津院大和は白瀬咲耶さんの件で話があって、真乃さんとアーチャーさんを呼び出したらしい。


723 : 巨大な手! 狙われた283プロダクション(前編) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/20(月) 21:45:08 eonRLeWo0
「ご、ごめんなさい。アサシンさん……私の不注意で、こんなことになって……」
「いえ、真乃さんたちに一切の非はありません。今回の炎上と彼らの影響力を考慮すれば、いずれは283プロの関係者に接触することは充分にありえましたから。
 彼らは魔術に関する見識が高いからこそ、真乃さんがマスターである可能性に辿り着いて、接触を考えたのでしょう」

 俯いている真乃さんを励ますも、廃ビルの中に重苦しい空気が漂っていく。
 そう。今回の件についても、前々から僕は予想していた。今回の炎上によって、峰津院財閥にも283プロの存在を意識させ、マスターとなったアイドルをあぶり出すことが"もう一匹の蜘蛛"の目的だ。
 僕がアサシンのサーヴァントとして活動してから、峰津院財閥と峰津院大和の名は何度も耳にしている。この国内で莫大な権力を持つ財閥であり、その当主が峰津院大和だ。
 僕の時代で例えるなら、ヴィクトリア女王陛下に匹敵する人物だろう。それほどの権力者が、白瀬咲耶さん失踪や283プロの炎上に目を付けないはずがない。
 恐らく、白瀬咲耶さんに関する情報を得るため、283プロを狙ったはずだ。

「ほ、峰津院、大和……って、あれですよね……? 早い話が、総理大臣や国務大臣とか、それくらい偉い人……でしたよね……」
「そーだよ、にちか〜! アサシンから聞いたけど、大和って人も聖杯戦争のマスターっぽいって……」
「……ズルすぎますよ! なんで、そんな偉い人が聖杯戦争のマスターになって、界聖杯でも好き放題できるんですか!? 私とアーチャーは贅沢できないのに〜!」
「……す、すまない……マスター……俺がふがいないせいで、君に不自由な生活をさせてしまって」
「えっ!? い、いや! アーチャーさんを責めている訳じゃありませんよ!? ただ、あの大和さんって人だけが、恵まれすぎててズルいって話をしているんです!」

 うなだれるアーチャーさんに、にちかさんは慌ててしまう。
 すると、マスターは見かねたようにため息をついた。

「私に八つ当たりされても困るけどー……そんなに困っているなら、しばらくはご飯を一緒に食べる〜? それくらいなら、大丈夫だしー」
「えっ!? ほ、本当ですか!? 本当に、本当ですか!?」
「本当に本当だよ〜? もしかしたら、ワサビやタバスコとか……隠し味が入ってるかもしれないけどー」
「むっ……そ、それでもありがたいです! ぜひとも、よろしくお願いします!」
「マスターへの気遣いを感謝する」
「ふふー、任せたー」

 にちかさんたちを前に、マスターはいつもの得意げな笑みで応える。

「もちろん、真乃たちも一緒だよ〜」
「ほわっ……本当に、いいの? 摩美々ちゃん」
「いいよ〜? でも、ひょっとしたら超刺激的なシュークリームも出すかもよ〜? それこそ、キラやば〜⭐︎ な味だからね〜?」
「あっ、それわたしのセリフ!」
「摩美々はとても悪い子なので、アーチャーちゃんのセリフを取りました〜!」

 にちかさんたちはもちろん、真乃さんたちの緊張もほぐしてくれた。
 いたずらをするとマスターは口にしたが、本心は正反対だ。本当に困ったいる人を前にしたら、きちんと助けるのが僕のマスターだ。
 最大限のおもてなしでみんなを出迎えて、穏やかな時間を共有してくれる。
 それはそれとして、いたずらは忘れない。


724 : 巨大な手! 狙われた283プロダクション(前編) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/20(月) 21:47:25 eonRLeWo0
「……アサシンさん、本当に真乃たちは峰津院の人に会わないといけないのですかぁ?」

 だからこそ、マスターは認めたくないはずだ。
 櫻木真乃さんと、彼女のサーヴァントであるアーチャーさんが巨大の嵐の中に飲み込まれるなど、決して望まない。
 マスターだけでなく、この廃ビルに集まった全員が同じ気持ちだ。

「なんか、強制じゃないみたいなのでー……断ることも、できますよねー?」
「私としても、このままお二人を向かわせることは断固として反対です。しかし、峰津院の誘いを断ってしまえば、真乃さんたちだけでなく……283プロダクション全体に、疑いの目が向けられるでしょう」

 大和との面談には、真乃さんとアーチャーさんの参加が絶対条件となっている。
 代理を立てることはできない。もしも、今回の面談に参加しなければ、峰津院はその権力で283プロの関係者にどんな行動を起こすか?

「う、疑いの目!? ま、まさか……283プロのみんなが捕まるってことですか!?」
「彼らの関係者には、各種省庁や役所が含まれています。そのため、法治国家としての体裁を整えるなら、不当な逮捕や拘束には走らないでしょう」
「えっ? じゃあ、真乃さんたちがわざわざ会いに行かなくても済みますよね?」
「いいえ。峰津院の力さえあれば、健康診断やワクチン接種など……財閥の方で283プロの関係者を一ヶ所に集め、合法的に調査することは造作もありません。そこでマスターを発見すれば、一網打尽にできるでしょう。
 もちろん、逃走や潜伏も無意味です。東京23区から脱出できない現状、財閥が本気を出せば一日……早ければ、半日も経たずに発見されます」

 狼狽するにちかさんに、僕は峰津院の影響力を伝える。
 峰津院財閥は社会的に大きな影響力を持つからこそ、反社会的な行動に出ることはできない。誘拐や監禁、または暴力行為に及ぶことは不可能だ。あの『脅迫王』のような無法に及ぶこともない。
 しかし、峰津院財閥は公に信用されている分、合法性のある行為をいくらでも選べる。例に挙げた健康診断の他にも、写真撮影や採寸の途中で令呪の有無を確認できるはずだ。
 峰津院財閥の関係者が芸能界にいた場合、マスターたちは逃げられない。

「迫真琴から、日時の指定は真乃さんに任されている……この事を踏まえれば、今すぐに我々に害を与えることはないでしょう。先延ばしにすることも危険ですが」
「……まさか、さっきみたいにまた『話し合い』をするつもりですかぁ?」
「もちろん、我々が恭順を許されないことに変わりませんが……子供達の殺人集団に比べれば、まだ互いに妥協できる可能性はあるでしょう。
 無論、人質や傘下といった要望は飲めませんし、また同盟自体も峰津院財閥は認めません。彼らは既に充分な程の戦力を持っているので、不穏分子と呼べる我々を加えるメリットは皆無です。
 故に、峰津院大和と交渉するために、私も真乃さんたちに同行します。
 それでも、成功率は非常に低いですし、何か一つでも選択を誤ってしまえば……3人とも命を落とします」

 最後の一言を強調するように、マスターに告げる。
 竜巻や火山噴火などの自然災害へ飛び込むに等しく、危険を通り越してただの自殺だ。僕だけでなく、マスターの友人までも巻き込む。
 当然ながら、峰津院大和のサーヴァントも比類なき実力を誇る。本戦前に得た『ある人物』の情報から、そう推測していた。


725 : 巨大な手! 狙われた283プロダクション(前編) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/20(月) 21:48:41 eonRLeWo0


 僕が"もう一匹の蜘蛛"の存在を感じながら、この東京に糸を張り巡らせていた最中だった。
 ある夜、人通りの少ない路地裏にて『栗木ロナウド』と名乗った男が僕の前に現れたのは。
 元刑事にして、かつては峰津院大和の部下だったらしい。しかし彼は峰津院大和の思想に反発し、脱走して社会の影に身を隠しながら反抗の機会を伺っていたようだ。
 何故、僕に接触をしたのか? そう訪ねてみると……

 ーー俺は元刑事だ。職業病でね、ここ最近の東京で峰津院大和との接触を企んだ奴らについて調べてみたが……あんたはそいつらとは無関係のようだ。
 ーーもちろん、あいつらは俺からも峰津院について聞き出そうとしたが、どうもきな臭い。連中が峰津院大和を倒しても、ロクなことにならないだろう。
 ーーだから、あんたに忠告してやるのさ。もしも命が惜しかったら、峰津院大和からは手を引け。
 ーー奴は実力主義を掲げる男だ。世界に強者のみを残して、あらゆる弱者を切り捨てることを目的としている……その為に、悪魔の力すらも利用する男が峰津院大和だ。

 そう言い残して、栗木ロナウドは闇の中に消えた。
 彼を信用していいかはともかく、言葉から察するに峰津院大和も異能の力を持っている。
『悪魔』から察するに、現代科学では説明しきれない魔術系の力だろう。


 聖杯戦争に関係なく、魔術に関する知識が深ければ、召喚したサーヴァントも相応の実力を持つ。
 もちろん、ロナウドの件については話していない。
 峰津院大和の脅威と隣り合わせになっている中で、不安を助長させる発言は避けるべきだ。
 また、プロデューサーの件や二人目のにちかさんについても、真乃さんたちにはまだ伝えていない。大和に狙われた以上、余計な心労をかけたくなかった。

「………………」

 一方、マスターは表情を曇らせてしまう。
 僕自身、過酷な選択を強いていることを理解している。国家自体が敵となり、逃走が許されない状況だ。
 そして踏み込んでしまえば、大いなる災いをもたらすパンドラの匣を開けてしまう。その脅威に気付いたからこそ、"もう一匹の蜘蛛"も峰津院から手を引いた。
 283プロに最悪の置き土産を残す形で。

「………………アサシンさん。真乃たちを、守ってくれますかー?」
「尽力いたします。ただし、現時点では絶対の保証ができないことを、認識してください。
 引き返すのでしたら、今のうちです」

 無論、同盟者が増えた後になれば、その分だけ峰津院財閥の攻撃範囲も増えてしまい、被害はより甚大になる。
 界聖杯で甚大な権力を持つ峰津院財閥には、いずれ対処することは確かだが……明らかに分が悪すぎた。


726 : 巨大な手! 狙われた283プロダクション(前編) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/20(月) 21:50:03 eonRLeWo0
「わ、私は……逃げません! 咲耶さんは聖杯戦争を止めるために戦っていましたし、摩美々ちゃんやにちかちゃんだって、頑張っていました! だから、今度は私が頑張らないと!」
「わたしも、真乃さんとアサシンさんは絶対に守りますよ! 何があっても、二人を傷つけさせたりなんかしません!」

 真乃さんと、そして真乃さんと契約したアーチャーさんは、強く宣言する。
 その瞳には不安や恐怖といった感情は微塵も見られない。ただ、強い決意がみなぎっていた。
 まるで、この手を緋色で汚しつくした僕を追いかけ続けて、捕まえてくれた彼のように輝いて見えた。

「お二人の考えはわかりました。しかし、これから対峙する相手は、我々を遥かに凌駕する力を持ちます。アーチャーさんも、戦闘では私よりも有利に立ち回れるでしょうが……それでも、勝てる可能性は限りなく低いでしょう。
 敵対サーヴァントが、マスターの意思を無視して攻撃を仕掛けることも、充分にあり得ます」
「……わたしの考えは、勇気じゃなくて無謀だってことはわかります。でも、ここで逃げても、峰津院の人たちに疑われたままです。なら、早いうちに行かないと!」

 アーチャーさんも譲るつもりはない。
 彼女の意見も尤もだ。既に峰津院財閥に存在を気付かれた今、一刻も早く行動を起こさなければ、283プロダクションに危機が迫る。

「本当に行くつもりならぁ、絶対に生きて帰ってくださいねー……」
「し、正直……めちゃめちゃ不安で、体が震えますけど……私は、みんなを信じます!」
「……アサシン、二人のことは俺に任せろ」

 二人の少女を庇うように、にちかさんのアーチャーさんは立った。
 当然、僕のマスターとにちかさんは同行させられないので、アーチャーさんに匿ってもらう形になる。

「よろしくお願いします……アサシンさん!」

 真乃さんの言葉が答えだった。





 迫真琴さんの名刺に書いてある電話番号に、283プロのアイドル・櫻木真乃として電話をかけました。
 待ち合わせ場所は代々木公園前にしています。すると、私たち3人の前に大きなリムジンがやってきました。
 ドアから現れたのは真琴さんと、見知らぬたれ目の女の人です。真琴さんと一緒にいる女の人は、白いチャイナドレスを着ていますが……中国人でしょうか?


727 : 巨大な手! 狙われた283プロダクション(前編) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/20(月) 21:50:38 eonRLeWo0
「……お時間を作って頂き、ありがとうございます。櫻木真乃さん。しかし、そちらの男性は?」
「迫真琴さん、ですね? 私はこのお二人の護衛として、283プロダクションから雇われた者です。最近、連続女性失踪事件など、良からぬ事件が続いていますから……同行をお許しください」

 怪訝な表情を浮かべる真琴さんに、アサシンさんはテキパキと答えました。

「ニュースを確認したところ、被害者は10代から30代と……若い女性に限定されています。その中には、峰津院財閥の関係者も含まれていると、TVの報道で知りました」
「……確かに、その通りです。我が財閥でも、失踪事件について調査を続けていますが、未だに手がかりは掴めていません」
「ひょっとしたら、みんなとっくに殺されてるんじゃないの?」

 チャイナドレスの女の人は、自然にとんでもない発言をします。
 真琴さんは睨みますが、彼女はまるで動じません。

「……こんな時に不謹慎な発言はやめろ」
「ごめんね、サコっち。でも、たった今、連絡が来たけど……生存は絶望的みたい。なら、そこのお兄さんが同行するのは懸命だと思うよ?」
「それについては、私も異論はないが……お三方、失礼しました。彼女は菅野史、我が財閥の構成員です」
「サコっちに護衛されているフミです〜」

 菅野史さんと呼ばれた女の人は、何だかダルそうな様子で挨拶してくれます。
 雰囲気は摩美々ちゃんに似ていますが、今の言葉は胸が重くのしかかりました。
 巷では、連続女性失踪事件が騒がれているので、その護衛という理由でアサシンさんは同行してくれましたが……まるで私たちの心を抉っているみたいに聞こえちゃいました。

「それでは、ご同行を願います」

 真琴さんは丁寧にリムジンに案内してくれます。
 この中に入れば、私たちはもう後戻りできません。まるで、あの世への入り口みたいに見えましたが、私は足を止めませんでした。
 だって私の隣には、頼りになる味方が二人もいますから。


728 : 巨大な手! 狙われた283プロダクション(前編) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/20(月) 21:51:13 eonRLeWo0





 夕方の時間に差し掛かるが、季節の関係上で太陽は未だ沈まない。
 コンクリートジャングルと呼ばれる程の立地もあって、外には異様なまでの熱気が漂うが、私には何の関係もなかった。この程度で悪態をついては、将としての示しがつかない。
 ただ、真琴からの連絡を待っていた。櫻木真乃がすぐに対応するならそれで良し。今すぐに時間を作れなければ、別の機会を用意すればいいだけの話だ。
 財閥の権限さえあれば、283プロダクションの関係者を一か所に集め、その中でマスターと思われる人物を見つけるなど造作もない。事務所の修復だってほんの数時間さえあれば充分だ。
 彼女たちが行方をくらますならそれで結構。この東京には蜘蛛やガムテープのクズども、更には女性連続失踪の犯人など多くの脅威が潜んでいる。社会の枠から外れた凡人など、我々が手を下す必要もない。

(……真琴から連絡が来たか。櫻木真乃は……なるほど、応じるつもりか。そして、櫻木真乃に同行する少女と男……やはり、予想通りか)

 手元の端末に届いたメールを開き、私は笑みを浮かべる。
 何もかも、私の読みが当たった。櫻木真乃が面談に応じる際、蜘蛛に関連する人物が同行することは予想していた。
 子蜘蛛か、あるいは蜘蛛の本体か……どちらにしても、こうして正面から乗り込んできたからには、余程の策があるのだろう。

「羽虫よ、蜘蛛を見つけたのか」
「奴らが我々の顔に泥を塗る蜘蛛とは、確定したわけではない。だが、私の前に現れるのであれば……出迎えてやるとも」
「フン……余が言ったことを、忘れてはおらぬようだな」
「当たり前だろう? 奴らが何を用意していようとも、不穏な動きを見せればすぐに叩き潰すさ。それまで、余計な手出しは無用だ」

 ランサー・ベルゼバブに念押しをする。
 既にアイドルの動画を視聴しておらず、私と共に面談の場にいる。
 渋谷の某パーティー会場を貸し切りにしており、この場所には私たちの他に誰もいない。奇遇にも、櫻木真乃たちも渋谷区にいたようなので、到着まで時間は必要なかった。
 唯一、注意するべきは、ベルゼバブが先走って交渉相手を叩き潰すことだ。この男の過去に何があったか知らないが、策士に対して異様なまでの憎悪を燃やしている。
 不穏分子を潰すことに変わりないが、それでもベルゼバブの動きにも警戒すべきだろう。


729 : 巨大な手! 狙われた283プロダクション(後編) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/20(月) 21:52:56 eonRLeWo0





「この扉の向こうに、我々の当主様がお待ちしております。ここから先は、お三方だけでお願いしますね」

 そう言いながら、迫真琴と菅野史の二人は僕たちの前から去っていく。
 残された僕たちの前には、巨大な扉が立ちはだかっていた。最高級の木製で、植物や彫刻のレリーフが刻まれていることから、作り手の技量と情熱が伺える。
 そして、この扉の向こう側に僕たちを狙う強敵が待ち構えていた。

「……お二人とも、準備はよろしいですね」

 真乃さんとアーチャーさんは頷く。
 いざという時に備えて、アーチャーさんは戦闘態勢に入れるように準備をして貰っている。
 僕が先頭に立つ形で、扉を開けた。

「待っていたよ、櫻木真乃とそのサーヴァント。どうやら、予想外の連れも含まれているようだが……お前も、サーヴァントだな?」

 シャンデリアに照らされた豪華絢爛なパーティー会場の中央で、銀髪の少年……峰津院大和が立っていた。
 まるで、283プロでガムテたちを待ち構えていた僕のように、不敵な笑みを浮かべている。
 傍らには黒衣をまとった偉丈夫が、獰猛な鷹の如く鋭い視線で睨んでいた。
 一目見ただけで僕は確信した。峰津院大和が召喚したサーヴァントは、ガムテが引き連れていたライダー女氏に匹敵する程の災厄で、今すぐにでも僕たち3人を叩き潰さんとしていた。
 唯我独尊を体現したサーヴァントを制御しているのは、ひとえに峰津院大和の実力だろう。

「我々を甘く見ない方がいい。私の前で、嘘や誤魔化しが通用するとは思っていないはずだ」
「えぇ。私は、アサシンのサーヴァントです。我がマスターは櫻木真乃さんの協力者ですが、諸事情のため……私だけが同行する形になっています」
「ほう? ずいぶんと素直じゃないか」
「真乃さんたちを招待し、そして私の同行を許可してくださったあなたへの礼儀です」

 大和の鋭い視線を前に、僕は臆さずに答える。
 少なくとも、嘘は口にしなかった。マスターはこの場に参加できず、僕だけが真乃さんたちに同行した。
 そして、田中摩美々というアイドルが僕のマスターであることに、大和はまだ気付いていない。

「おっと、申し遅れた……私は峰津院大和。君たちも知る、峰津院財閥の当主にしてライブのスポンサーでもある」
「さ、櫻木真乃……です」
「単刀直入に言おう。知っての通り、君たちをここに呼びつけたのは、白瀬咲耶の件についてだ」

 その名前が口に出された瞬間、広い会場の空気が重苦しくなることを、僕は肌で感じ取った。


730 : 巨大な手! 狙われた283プロダクション(後編) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/20(月) 21:55:31 eonRLeWo0
「君たちも知っているだろうが、彼女は行方をくらました。彼女が最期に目撃されたカメラから、ほんの少し離れた場所で……不自然に荒れ果てた場所があった」
「……その件でしたら、私の方でも調査していました。
 そして、あなたは櫻木真乃さんを呼び出した理由は一つ……失踪が騒がれている白瀬咲耶さんに関する情報を得るためですね。
 何故なら、彼女は聖杯戦争のマスターである可能性が高いのですから」
「実に聡明じゃないか!
 その通り! ただのNPCであれば、例え行方をくらましてもそこまで加熱しない。だが、何者かが白瀬咲耶の失踪を利用した騒ぎに乗じて、アイドルどもを仕留め……スポンサーとなった我が財閥の隙を狙う魂胆だろう」

 案の定、大和は白瀬咲耶さんの炎上を利用している。
 隣に立つ真乃さんは悲しみで震え、アーチャーさんは鋭い目を向けていた。僕も拳を握り締めそうになるも、ここで感情を出しては失敗する。

「ええ。そして、あなたの目的は283プロの関係者から、聖杯戦争のマスターを探し当てることですね。櫻木真乃さんと白瀬咲耶さんが参加させられていれば、他にもマスターとなったアイドルが含まれてもおかしくない……
 そして、アイドルから峰津院財閥を探ろうとする不届き者の手がかりを得る。そのために、真乃さんを呼び出したのですね」
「……まさか、そこまで読んでいたとは驚いたな。曲がりなりにも、我々から逃げおおせただけのことはあるな。
 流石は蜘蛛と褒めてやるべきか?」

 大和の獰猛な笑みからは、確かな怒りが滲み出ていた。
 蜘蛛が峰津院財閥を探ろうとしたことを気付いている。当然、その痕跡は残さずに手を引いたが、大和の逆鱗に触れたことは確かだ。
 そして、この僕自身が峰津院に歯向かった蜘蛛であることを、彼は気付いていた。

「だが、少しばかり失望した。我々を引っ掻き回そうとした以上、今も影に潜むかと思いきや……あろうことか、私の前に堂々と姿を見せるとはな。もしや、私と手を組むつもりだったのか?」
「お心遣い、感謝致します。ですが、仮に私が同盟を持ちかけた所で、あなたはそれに応じる道理などないでしょう。既に峰津院財閥という充分すぎるロールが与えられ、ましてや峰津院大和自身が非常に優れた将なのですから、危険人物と成り得る私を引き入れる理由はありません」
「フン、わかりきったことを……前置きはいい、さっさと本題に入れ」
「わかりました。では、改めて……この東京に潜む"もう一匹の蜘蛛"の対処を、私に任せて頂きたいのです」
「……"もう一匹の蜘蛛"、だと?」

 だからこそ、僕は手札を一枚だけ差し出す。
 ピクリ、と動いた大和の眉を見逃さなかった。

「あなたは私こそが蜘蛛の親玉と判断しているでしょう。もちろん、それ自体は正解です。しかし、東京に糸を張り巡らせている蜘蛛は、もう一匹います。
 我々がこうして対峙している間にも、"もう一匹の蜘蛛"は更なる糸を広げているでしょう」
「……まさか、白瀬咲耶失踪による炎上は、その"もう一匹の蜘蛛"の仕業とでも言いたいのか?」
「えぇ。好戦的な他の主従の目を283プロに集中させるため、彼らは咲耶さんの失踪を一早く把握し、関係者を排除することが目的だったのでしょう。その騒ぎに乗じてライブのスポンサーとなった峰津院財閥がアクションを起こすことも狙っていたはずです。
 櫻木真乃さんの協力者となった私を、峰津院財閥に潰させて……蜘蛛は死んだと思わせる。それが、黒幕である"もう一匹の蜘蛛"の目的です」

 今も姿が見えない"もう一匹の蜘蛛"。
 彼は、僕がこうして峰津院大和と対峙する状況も予測した上で、白瀬咲耶さんの死を利用した。
 峰津院大和は蜘蛛について語ったものの、その数までもは把握していない。そこに目をつけて、僕と283プロダクションを身代わりに仕立て上げ、強大な敵に潰させることが目的だろう。


731 : 巨大な手! 狙われた283プロダクション(後編) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/20(月) 21:56:49 eonRLeWo0

「そして、あなたは我々から情報を奪いつくして、潰す予定ですね」
「当然だ。いかにお前が策を用意しようと、我々は敵同士……手を組むメリットなど皆無だ」
「先程も言ったように、あなたが私を引き入れる理由は何一つないでしょう。しかし、私が持っているのは他者が扱える類の情報ではありません。
 故に、ここで私たちを潰してしまえば、"もう一匹の蜘蛛"の手がかりは永遠に闇の中に葬られます」
「我々を侮るつもりか?」
「いいえ、峰津院財閥の影響力は莫大であることは重々承知です。しかし、それでもリソースは限られており、また界聖杯自体がバランス調整のため、峰津院財閥の権力を制限しているはずです。
 無論、我々からすれば驚異的であることに変わりませんが、あなたは構成員に課せられた制限を知っているからこそ……蜘蛛の調査を打ち切ったはずです」
「……………………」

 大和は口を閉ざす。
 峰津院財閥が元の世界通りの力を持っていれば、蜘蛛は二匹ともすぐに補足されるはずだった。
 しかし、蜘蛛たちも痕跡を残さないように気を配ったが、本戦前の一ヵ月という期間がありながら補足されないことも不自然だ。
 そう。この世界のNPCは姿こそ瓜二つでも、能力の再現には限界があった。無論、異能の力を持つNPCは存在するも、聖杯戦争の均衡を保つために制限が加えられている。
 例えば、『偉大(グレート)』と名乗った少年が、僕に呆気なく情報を漏らしたように。

「ならば、お前たちが"もう一匹の蜘蛛"とやらを追いかけるつもりか?」
「既に彼らは社会的にも影響力を増しています。この一ヵ月で確実に人脈を広げたからこそ、白瀬咲耶さん失踪による炎上を実現させました。
 そして、私が懸念していることがもう一つ……"もう一匹の蜘蛛"が、連続女性失踪事件の黒幕と接触して、峰津院財閥の情報を得ることです。
 彼らがその気になれば、内部の情報を確実に奪えるでしょう」

 僕の挙げた二つの脅威に繋がりがあるとは決まっていない。
 しかし、"もう一匹の蜘蛛"であれば、連続女性失踪事件の黒幕を割り出すことは造作もなかった。無論、"もう一匹の蜘蛛"も迂闊に峰津院に踏み込まないが、可能性はゼロではない。

「奴らの手がかりは」
「私の独断で言及できません。そう、易々と口外できる情報ではありませんから」
「もっともだな」
「ーーーー忌々しい」

 大和と僕の間に割り込むように、重厚感に溢れる声がパーティー会場に響いた。
 建物全体を震撼させそうな程の威圧感に、僕たちの視線が集中する。声の主である黒衣のサーヴァントは、その瞳に確かな殺意を込めていた。

「蜘蛛とやらが現れると聞いて、余も出向いてみたが……蓋を開ければ、羽虫どもの見るに堪えぬ馴れ合いとは」

 すると、サーヴァントを覆う黒衣が弾け飛び、腰にまで届く金髪と鍛え抜かれた肉体が露わになる。その背中からは、禍々しい形状の翼が生え、鋼の如く堅牢さを誇っていた。

「待て、ランサー!」

 大和の静止など聞く耳持たないように、ランサーのサーヴァントからは闘気が放たれる。
 ランサーは羽ばたかせた翼は、斧の如く勢いで振われるが。

「……スターカラーペンダントッ! カラーチャージッ!」

 アーチャーさんの叫びと共に、パーティー会場全体を飲み込む輝きが発せられた。


732 : 巨大な手! 狙われた283プロダクション(後編) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/20(月) 21:58:10 eonRLeWo0





 わたし、星奈ひかるはキュアスターに変身した。
 敵のランサーが攻撃を仕掛けてきたから、わたしは星のバリアを張って防御する。激突の衝撃が両手から伝わって、全身がしびれちゃう。
 でも、わたしは倒れない。後ろには真乃さんとアサシンさんがいるから、二人を守る責任がある。

「ほう? まさか、貴様のような羽虫が余の羽を防ぐとはな」

 わたしたちを睨みつけるランサーは、まるで悪びれようともしない。
 この人は本気だった。わたしたちの命を奪うため、容赦なく攻撃をしたはずだよ。

「アサシンさん、マスターを連れて離れてください!」

 だから、ほんの一瞬だけ振り向きながら叫ぶ。
 その直後、わたしは床を蹴って、一直線にランサーの元へ突進した。

「たあああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 ダッシュの勢いを乗せたパンチを叩き込むけど、ランサーはクロスさせた両腕で防いだ。
 ニヤリとランサーは笑う。彼はわたしと戦うつもりだよ。
 あとは、わたしが真乃さんたちを巻き込まないように戦うだけ。
 わたしの拳がはじかれるけど、すぐにランサーとの距離を取ったよ。

「いい度胸だ、羽虫ッ!」

 だけど、今度はランサーの方から突っ込んできて、一瞬でわたしの前にまで迫る。
 反射的に防御したと同時に、ランサーがわたしの体を勢いよく蹴りあげた。

「アーチャーさん!」
「アーチャーちゃんッ!?」

 アサシンさんと真乃さんの声が聞こえるけど、わたしは背中から天井に叩きつけられる。そこに飛んできたランサーが、無数のパンチをわたしに叩き込んできた。
 避けることができないまま、マシンガンみたいな二つの拳がわたしの体を容赦なく押し付けて、天井を壊しながら進んでいくよ。
 すぐにわたしの体は屋上を突き破って、外に放り出されちゃう。でも、身をひねることで体制を立て直した。

「フフフ……この聖杯戦争に、余の攻撃を耐えるサーヴァントが含まれていたとはな。余興には丁度良い」

 ビルの屋上に着地したわたしの前に、鋼の翼を羽ばたかせたランサーが現れる。
 ランサーの乱暴な笑みに、わたしは構えた。
 彼は、本戦前にたくさんのサーヴァントと戦って、命を奪ったはずだよ。もちろん、聖杯戦争だからマスターを守るべきだし、わたしだってグラスチルドレンの子の命を奪っている。
 だけど、ランサーは誰かの命を奪うことを楽しんでいた。そんな相手に、わたしは負けるわけにはいかない。


733 : 巨大な手! 狙われた283プロダクション(後編) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/20(月) 21:58:55 eonRLeWo0
「だが、羽虫は所詮羽虫。余の手で潰してやろう」
「……違うよ」
「何?」
「わたしは、羽虫なんて名前じゃない。いいや、この世界……そしてこの宇宙に、羽虫なんて名前の人はどこにもいないよ!」

 ランサーに向かって、心の底から叫んだ。
 わたしと真乃さん、アサシンさんだけじゃなく、自分のマスターの大和さんすらも『羽虫』と呼んでいる。
 どんな理由があっても、ランサーがみんなを見下していい訳がない。

「余に減らず口を叩く度胸……面白い、相手をしてやろう!」

 叫びながら、ランサーは飛びかかってくる。
 音速を上回るけど、わたしは素早く飛び上がって回避した。
 すると、ビルの屋上に設置された室外機が粉々に砕け散って、突風に流されちゃう。
 わたしは風の勢いを利用しながら突っ込んで、ランサーの懐に潜り込むよ。

「フンッ!」

 当然、ランサーも黙って見ているだけじゃなく、岩のような拳を振るってきた。
 わたしは顔を横にずらすけど、ランサーはパンチを繰り返してくる。相変わらず早いけど、わたしだって負けないよ。

「はあっ!」

 一瞬のスキを見つけて、わたしはランサーの懐にパンチする。
 鎧みたいな頑丈な巨体だから、ダメージは与えられない。連続して拳を叩き込むけど、鈍い音が響くだけ。
 もう一度、攻撃しようとするけど、わたしの拳はランサーに受け止められた。

「オオオオオオオオオオォォォォォォォォッ!」

 数回転したランサーによって、わたしの体が空高くに放り投げられる。
 だけど、わたしは両足に力を込めて、ブーツから出現した星の足場に着地するよ。
 わたしのことを、ビルの屋上から見上げてくるランサーと視線がぶつかった瞬間……ランサーは翼を大きく広げて、武器のように振ってきた。

「させないよっ!」

 両腕を前に突き出して、迫りくる翼をバリアで防ぐ。
 鋼の翼は固いけど、わたしのバリアなら問題ない。でも、わたしに通じないことを知っているはずなのに、どうしてまた翼を武器にしたの?
 疑問と共に弾き飛ばされる。空中で周りを見渡すけど、ランサーの姿がない。


734 : 巨大な手! 狙われた283プロダクション(後編) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/20(月) 21:59:32 eonRLeWo0
「後ろだ、羽虫がっ!」

 叫び声に振り向いた瞬間、ランサーのパンチがわたしに叩き込まれる。
 まともに攻撃を受けたせいで、勢いよく落下した。ダメージが深くて、すぐに立ち上がることができない。
 ランサーの翼はただの囮。わたしがバリアで防御をした隙に、ランサーは高速移動で背後に回り込んで、攻撃をしかけた。

「消えろッ!」

 倒れたわたしに向かって、ランサーは突進してくる。
 ランサーが距離を詰めてくる中、わたしは右手にイマジネーションを集中させると、星のような輝きを放つよ。

「プリキュア……!」

 そのまま拳を強く握りながら、守りたい人たちの姿を思い浮かべる。
 摩美々さんとにちかさん、アサシンさんとにちかさんのアーチャーさん、星野アイさんとライダーさん、神戸あさひさんとアヴェンジャーさん……そして、わたしのパートナーになってくれた真乃さん。
 わたしはたくさんの人と出会ったけど、みんなのことをもっと知りたいと思ってる。わたしが「知りたい」って気持ちがあれば、いくらでも強くなれるよ。
 だから、ここで絶対に負けたりしない!

「……スター、パアアアアアアァァァァァァァァァァァァンチッッッッッ!」

 素早く立ち上がって、この手に集中させた星のエネルギーを解放させた。
 わたしの決め技は、真っ直ぐに突進してきたランサーの巨体に叩き込まれて。

「……何ッ!?」

 こぶしに集めた膨大なエネルギーで、ランサーを吹き飛ばす。
 回避や防御もできず、確実にダメージを与えた。これは、わたし一人だけじゃない……真乃さんやアサシンさんたちがいたからこそ、この一撃を決められたよ。

「…………フハハハハハハハハッ! まさか、脆弱なる羽虫が余に一撃を与えるとは!」

 だけど、ランサーは高らかに笑っていた。
 わたしのパンチは確かに決まっていたけど、ランサーにとっては大きなダメージじゃない。
 このまま、ランサーがわたしの命を奪うことだって簡単にできる。

「だが、これ以上は目障りだ……そのまま消してやろう!」
「そこまでだ、ランサー!」

 ランサーの射貫くような目つきがわたしに刺さる中、屋上に声が響く。
 振り向くと、いつの間にか峰津院大和さんが立っていたよ。大和さんは険しい表情で、ランサーをにらんでいる。

「貴様……何を勝手なことをやっている!?」
「羽虫こそ、何のつもりだ? 余の戯れを邪魔して、タダで済むとでも思っているのか?」
「余計な手出しは無用と言ったはずだ! 我々が騒ぎを起こしてどうする!? ”もう一匹の蜘蛛”に、わざわざ隙を与えるようなものだぞ!」

 ランサーが放つオーラを前にしても、大和さんは全く気にせずに怒っていた。
 大和さんが言うように、わたしたちが派手に戦ったら炎上しちゃう。ここはビルの屋上だけど、戦いの音だけなら誰かに聞かれてもおかしくない。


735 : 巨大な手! 狙われた283プロダクション(後編) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/20(月) 22:00:20 eonRLeWo0

『ひかるちゃん! ひかるちゃん!?』

 わたしの頭に真乃さんの念話が聞こえてくる。
 大和さんに続いて、真乃さんとアサシンさんも現れたよ。二人とも、わたしのことを心配そうに見つめている。
 すると、真乃さんはわたしに駆け寄って、この体を抱きしめてくれた。

「よ、良かった! 本当に、良かった! 本当に……良かった! もしも、あなたに何かあったら……私……!」
「……大丈夫ですよ、真乃さん。真乃さんがいたから、わたしは頑張れますから!」

 涙を流す真乃さんの体を、わたしは優しくさする。
 ランサーと戦ったせいで、わたしは真乃さんを心配させた。その謝罪と、真乃さんへの感謝を込めて、わたしも真乃さんを抱きしめたよ。

「……興が削がれた。命拾いしたな、羽虫ども」

 この空気を壊すように、ランサーは口を開く。
 もう、ランサーは戦うつもりがなさそうだけど、アサシンさんと真乃さんは……傷付いたわたしを守るように立ってくれた。

「……これは私の責任だ。お前たちに”もう一匹の蜘蛛”を任せることを約束しよう」
「283プロダクションにも、しばらく干渉しないという条件を付けくわえた上で……ですね」

 アサシンさんの鋭い言葉に、大和さんはどこか気まずそうにため息をつく。

「そうだ。それに、財閥の内部でも何やら不審な動きが出ている……大方、”もう一匹の蜘蛛”に懐柔され、私に反旗を翻そうとする輩も増えているのだろう」
「そのような情報を我々に話してもいいのですか?」
「我々に刃向かいたければ好きにすればいい。刃向かえることができたらの話だが」

 大和さんは挑発してくるけど、アサシンさんは動じない。
 いくら敵が多くても、峰津院財閥が有利なことは事実だった。わたしたちが少しでも怪しい動きを見せたら、大和さんはすぐにでも襲いかかる。
 283プロは見逃してくれるみたいだけど、大和さんがわたしたちの敵であることは変わらない。

「…………ランサー」

 体の痛みを我慢しながら、わたしは声をかける。
 ランサーとわたしの視線がぶつかった。

「あなたは、どうして戦っているの」
「愚問だな……余こそが最強であることを証明し、世界の支配者として君臨することだ」

 さも当然のように、ランサーは宣言するよ。
 世界の支配者。物語に出てくる魔王みたいな目標だけど、それを実現できるほどの強さをランサーは持っている。
 ランサーの願いが正しいかなんて、わたしに決めつける権利はない。だって、わたしはランサーがどんな人生を歩いてきたのか全く知らないから。
 でも、真乃さんを傷つけるつもりなら、わたしは絶対にランサーを止めてみせるよ。


736 : 巨大な手! 狙われた283プロダクション(後編) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/20(月) 22:01:10 eonRLeWo0

「……おい、貴様が持っているその箱は何だ?」
「ほわっ?」

 ランサーが指さしているのは、真乃さんが持っているドーナツの箱だよ。
 283プロへのおみやげだったけど、大和さんの呼び出しで渡すどころじゃなかった。だから、ここまで持ってきちゃったの。

「えっと、ドーナツですけど……」
「ど、ドーナツ……?」

 真乃さんの言葉に、ランサーは首を傾げたよ。
 話には加わっていなくても、大和さんもいぶかしむ表情で真乃さんが持つ箱を見つめてる。
 ……もしかして、この人たちはドーナツを知らないのかな? でも、宇宙にはドーナツを知らない人がたくさんいたから、二人がドーナツを知らなくても全然当たり前だよ。

「よかったら、食べてみる?」
「何? 羽虫どもが作ったものなのか?」
「そうだよ。たくさんの人が、力を合わせて作った美味しい食べ物だよ! 羽虫なんて、決めるのはナシだからね」
「……………………」

 ランサーと大和さんはわたしの話を黙って聞いてくれてる。
 優しい笑顔を見せてくれる真乃さんから、ドーナツの箱を受け取るよ。そのまま、わたしはランサーにドーナツの箱を手渡した。
 カラフルなデザインの箱を、ランサーは無言で見つめている。

「二人で仲良く食べてよ?」
「……フン」

 そうして、ドーナツの箱ごとランサーは霊体化をするよ。
 わたしたちに対する印象は変わっていないけど、ドーナツはちゃんと大事に食べてくれそう。
 何かをおいしいって思う気持ちに、立場は関係ないからね。

「それで、峰津院大和さん……この騒ぎはどう収めるつもりですか?」
「私の方で上手くごまかす。世間を騒がせているテロリストが出たとでも説明するつもりだ」

 当たり前のように、大和さんはアサシンさんに答えた。
 言い訳としては無理があるけど、大和さんには正しいと押し通す力がある。
 改めて、わたしたちはとんでもない相手に会ってきたことを実感した。

「それにしても、アーチャー……だったか? まさか、君があのサーヴァントの正体だったとはな」

 そんな大和さんは、わたしの顔を不敵な笑みで見つめているよ。
 ん? わたしの正体って、どういうこと?

「ま、まさか? あの、わたしたちはどこかでお会いしましたっけ?」
「そうか、君は知らないんだったな。何、単純なことだ……我々は、世田谷区上空にて飛行する君の姿を目撃したのだよ」
「……えっ!?」

 大和さんの言葉に、わたしは息をのんだ。
 真乃さんとアサシンさんも同じで、この場の空気が一気に冷たくなる。
 世田谷区で飛行するわたしの姿……
 そう。グラスチルドレンに襲われたあさひさんとアヴェンジャーさんを助けるため、キュアスターに変身したわたしだ。
 そして、同時にわたしの中で浮かび上がるもう一つの記憶。
 わたしがこの手で奪った命の重さと、赤い感触が……両手に駆け巡った。


737 : 巨大な手! 狙われた283プロダクション(後編) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/20(月) 22:01:40 eonRLeWo0
「あと、もう一件……君が跳躍していた直後、等々力渓谷公園にて死体が発見された。時間と距離から考えて、これは……」
「お待ちください。彼女が犯人という決定的な証拠はあるのでしょうか? 犯行の目撃者、血痕などの物的証拠、更には動機……何一つとして明確になっていなければ、アーチャーさんを犯人にすることは不可能です」
「その通り。現場付近のカメラは破壊され尽くされ、公園で犯行に及んだ人物についても不明だ……警察も捜査中だろう」
「でしたら、尚更彼女を犯人と決めつけるのは軽率です。その状況では、例えアーチャーさんが自供しようとも、ただ犯人と主張している『だけ』に過ぎません」

 わたしのことを庇おうと、アサシンさんは大和さんに説明している。
 アサシンさんが言うように、わたしがグラスチルドレンの子の命を奪った証拠はどこにもない。誰にも見られていないし、パトカーが来る前に急いで逃げたから。

「……わたしが、彼の命を奪った犯人です」

 だけど、わたしは一歩前に出て、大和さんに話す。
 わたしを守ってくれる人の優しさを裏切ったのはこれで3回目だよ。
 真乃さんだけじゃなく、アサシンさんだってわたしを庇ってくれたのはとても嬉しいよ。
 でも、やっぱりわたしは隠し事ができないや。悪いことをしたら、それをきちんと言う責任があるから。

「やはり、君だったのか」

 一方で、大和さんは相変わらず笑みを保ったまま。
 まるで何かを見極めようとしているように、わたしを見ているよ。

「勘違いをさせたようだ。私は君を罪人と咎めるつもりはない……むしろ、君の実力を評価しているのだよ。
 巷を騒がせているテロリストと戦い、ましてやあのランサーを相手に生き延びたのだからな……君の力は、この程度じゃないだろう?
 いざとなれば、社会に害を成すクズを仕留められるのだからな!」
「……………………」

 鋭い言葉にわたしの心がえぐられる。
 大和さんの質問に答えることはできない。
 秘密じゃなくて、本当に言えなかった。確かに、人間だった頃のわたしはノットレイダーに勝ってきたけど、それはわたしだけじゃなくてララたちの協力もあったからだよ。
 だから、わたし一人の強さを聞かれてもわからなかった。

「我々の面談は終わったので、この辺りで失礼させて頂いてもよろしいでしょうか。長居をしては、騒ぎに巻き込まれますので」
「そうだったな。良ければ、真琴たちに送らせようとも思うが……」
「いいえ、結構です。それでは、失礼します」

 大和さんの提案を、アサシンさんはキッパリと断ってくれた。
 わたしは変身を解いて、真乃さんやアサシンさんと一緒に屋上から降りていくよ。


738 : 巨大な手! 狙われた283プロダクション(後編) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/20(月) 22:02:35 eonRLeWo0

『ひ、ひかるちゃん……大丈夫!?』
『心配してくれて、ありがとうございます。大丈夫、って言ったら……嘘になりますね』

 念話で弱音が出てきちゃうけど、わたしは笑顔だけでも見せた。
 この一ヵ月、不安なことがあっても、こうしてお互いに笑い合って乗りこえたからね。

『でも、わたしにはみんながいます。真乃さんやアサシンさん、それに摩美々さんやにちかさん、アイさんにあさひさんとか……みんながいれば、いつか大丈夫になります! この気持ちだけは、嘘じゃありませんよ!』
『……そっか。なら、私もひかるちゃんが大丈夫って言えるよう、頑張るからね』

 そう言いながら、真乃さんは優しくわたしの手を包んでくれた。
 その温かさが心に染みて、プレッシャーが軽くなる。いつだって、真乃さんはこうして手を繋いでくれたからね。
 それに真乃さんだけじゃない。アサシンさんだって、わたしたちを守るためにここまで来てくれたよ。大和さんの誘いを断ったのは、わたしのためだよね。
 わたしの中にはたくさんの優しさがある。だから、何があっても立ち上がれるよ。





 峰津院大和ともあろう者が、ずいぶんと甘い対応をしてしまったか?
 だが、私の前に現れた蜘蛛……アサシンのサーヴァントはここで潰すには惜しかった。
 奴の人心掌握術は侮れず、また我が財閥の異変についても一目で見抜いている。奴の言葉を容易く信じることは危険だが、”もう一匹の蜘蛛”の存在が非常に気がかりだった。
 故に、今はあえて蜘蛛の策に嵌ることにする。ここでアサシンを潰した所で、”もう一匹の蜘蛛”が嗤うだけだ。
 無論、奴がほんの少しでも失態を犯したり、あるいは我々に反旗を翻すなら、この手で叩き潰してやるまでだが。


 我々を狙う敵は未だに多い。
 ガムテープの子どもたち。
 皮下医院。
 連続女性失踪事件の黒幕。
 そして、アサシンとしのぎを削り合っている”もう一匹の蜘蛛”。
 それらの不穏な影を前に、峰津院財閥……そしてジプスだけでは対処しきれないことをあのアサシンは見抜いていた。
 不用意に人材を使えないからこそ、アサシンは私との交渉に乗り込んだはずだ。


 あのアサシンは甘い。
 知略に長け、目的を果たすためならどんな冷酷非道な手段すらも用いる男だろう。
 だが、弱者を切り捨てることを良しとしない。櫻木真乃とアーチャーに同行し、わざわざ私に姿を見せたことが証拠だ。
 また、アーチャーがクズを殺した件についても、毅然とした態度で庇っている。
 話を早急に切り上げたのも、彼女を気遣ってのことだろう。


 櫻木真乃のアーチャーも気がかりな存在だ。
 我がランサー・ベルゼバブは本戦前にあらゆる敵を寄せ付けず、無傷のままで勝ち続けていた。 
 しかし、あのアーチャーはベルゼバブに一矢報いている。圧倒的に不利だったにも関わらず、ベルゼバブに確かなダメージを与えた最初のサーヴァントだ。
 彼女は答えなかったが、圧倒的な潜在能力を秘めている。無論、私の勘に過ぎないが……侮れない存在であることは事実だ。 
 そのようなサーヴァントを使役する櫻木真乃という少女も、ただの凡人とは思えない。


739 : 巨大な手! 狙われた283プロダクション(後編) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/20(月) 22:03:26 eonRLeWo0
 だが、現状の課題はビルの騒動を片づけることだ。
 この一ヵ月で、東京23区の各地で起きた騒ぎに関連していると、財閥の権限で流せばいい。
 当然、櫻木真乃や283プロダクションとの関係については伏せるつもりだ。私とて、その程度の筋は通す。
 真琴や史を通じて、各種メディアには『謎のテロリスト襲撃』という題目で説明するつもりだ。

『……こ、このドーナツとやら……この味は一体なんだ!?』

 そして、騒ぎの元凶であったランサーは、まるで悪びれるそぶりを見せずにドーナツとやらを頬張っている。
 …………ドーナツは平民の食事だろうが、一体どんな味なんだ?
 ふと、そんな疑問が芽生えてしまった。


【渋谷区・どこかのビル/一日目・夕方】
※戦闘の影響でビルの屋上が破壊されました。

【峰津院大和@デビルサバイバー2】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:宝具・漆黒の棘翅によって作られた武器をいくつか
[道具]:悪魔召喚の媒体となる道具
[所持金]:超莫大
[思考・状況]
基本方針:界聖杯の入手。全てを殺し尽くすつもり
1:ロールは峰津院財閥の現当主です。財閥に所属する構成員NPCや、各種コネクションを用いて、様々な特権を行使出来ます
2:グラスチルドレンと交戦しており、その際に輝村照のアジトの一つを捕捉しています。また、この際に、ライダー(シャーロット・リンリン)の能力の一端にアタリを付けています
3:峰津院財閥に何らかの形でアクションを起こしている存在を認知しています。現状彼らに対する殺意は極めて高いです
4:東京都内に自らの魔術能力を利用した霊的陣地をいくつか所有しています。数、場所については後続の書き手様にお任せします。現在判明している場所は、中央区・築地本願寺です
5:クズども(”割れた子供達(グラスチルドレン)”)を探るか、峰津院財団を探る蜘蛛を探るか、皮下医院を探るか、それとも別の敵について探るかは後続の書き手さんに任せます。
6:”もう一匹の蜘蛛”については、アサシンと櫻木真乃たちに任せる。櫻木真乃のアーチャーに若干の興味。
【備考】
※皮下医院には何かがあると推測しています。
※”割れた子供達(グラスチルドレン)”との戦いに赴くため、空を跳躍するキュアスターの画像を入手しました。世田谷区の防犯カメラの映像と照らし合わせて、櫻木真乃たちと何らかの関係があると推測しています。
※NPCで存在する数名のジプス女性局員@デビルサバイバー2が失踪しました。既に吉良吉影に殺害されています。
※今度開かれるライブのスポンサーとなっています。


【ランサー(ベルゼバブ)@グランブルーファンタジ-】
[状態]:ダメージ(小)、魔力消耗(小)
[装備]:ケイオスマター、バース・オブ・ニューキング
[道具]:コンビニで買った大量のスナック菓子・ジュース・レッドブル(消費中)、スナック菓子付録のレアカード、ドーナツの箱
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:最強になる
1:現代の文化に興味を示しています。今はプロテインとエナジードリンクが好きです。また、東京の景色やリムジン、そしてアイドル系のコンテンツにも興味津々です。ドーナツも食べています。
2:狡知を弄する者は殺す
3:あのアーチャー(星奈ひかる)については……?
【備考】



740 : 巨大な手! 狙われた283プロダクション(後編) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/20(月) 22:04:14 eonRLeWo0






 峰津院財閥との話し合いはひとまず無事に終了した。
 予想通りに一悶着は起きたものの、アーチャーさんの尽力があって解決した。
 無論、こちらの勝利ではなく、283プロダクションの疑いは完全に晴れていないが……峰津院の標的から外すことに成功している。
 彼らは決して『悪』ではないため、不用意に攻撃を仕掛けてくることもない。

「アサシンさん、摩美々ちゃんたちは大丈夫でしょうか?」
「マスターでしたら、何の問題もありませんよ。敵対人物の襲撃もないとのことです」
「そ、そうですか……良かった……」

 櫻木真乃さんは胸をなで下ろす。
 時間としては30分にも満たないが、真乃さんたちにとっては永遠に等しかった面談が終わった後、僕たちは自分でタクシーを用意して渋谷駅付近に戻っている。
 もちろん、人気のない場所への移動を忘れていない。
 
「……これで、峰津院財閥から283プロが狙われなくなったのでしょうか?」
「ひとまず、標的からは外れたでしょう。無論、我々が不穏な動きを見せないことが前提ですので、引き続きの注意が必要ですが」

 例えば、迫真琴への連絡だ。
 真乃さんは彼女から名刺を貰ったからこそ、今回の面談で連絡することができた。
 だが、今後は不用意な連絡を禁止させている。迂闊に声をかけては警戒されるからだ。
 僕も連絡先は覚えたが、迂闊な連絡は避けるつもりだ。

「それでも、アサシンさんのおかげで何とかなりました……ありがとうございます!」

 真乃さんとアーチャーさんは礼をしてくれる。
 だが、僕にとっては失敗に等しい。事前に話したとはいえ、アーチャーさんに被害が及んだことは事実だ。
 ましてや、アーチャーさんの罪を大和がほじくり返した件についても、弁明の余地などない。
 もちろん、二人の善意を無下にするつもりもなかった。

「お二人は、これからどうするつもりですか」
「私たちは一旦別行動を取ろうと思います。ちょっと、やることがありますし。それに、アサシンさんから言われたように、摩美々ちゃんたちの所に戻るのは……リスクがありますから」
「……わかりました。ですが、何かありましたら早急にご連絡をお願いしますね。私でしたら、すぐに力になりますので」

 これが、僕にできるせめてもの償いにして誠意だった。
 白瀬咲耶さんのように犠牲は出さなかったものの、マスターが満足できる結果とは到底言えない。


741 : 巨大な手! 狙われた283プロダクション(後編) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/20(月) 22:04:38 eonRLeWo0
「本当にありがとうございます、アサシンさん。私たちはこうして無事でしたから、摩美々ちゃんもアサシンさんのことを怒らないと思いますよ」
「お気遣い、痛み入ります」

 やはり、真乃さんは僕のマスターに並ぶほどに聡明で優しい少女だ。僕の心境をすぐに見抜くのだから。
 でも、僕はその好意に甘えるつもりなどない。どのような叱責でも受け止めるつもりだ。

「そうだ、アサシンさん! 私たちの代わりに、人気ドーナツを摩美々ちゃんたちに届けてあげて欲しいんです!」

 すると、真乃さんはまばゆい笑顔でドーナツの箱を僕に差し出す。
 先程、峰津院大和とランサーの二人に手渡したはずだったが、まだ一箱だけ残っていた。

「さっき、みんなに渡すことができなかったから……アサシンさんにお願いしたいと思って」
「わたしからもお願いします! とってもキラやば〜! な、人気ドーナツ……みんなで食べてくださいね!」
「えぇ。そのご依頼、この私がお引き受けいたしましょう……お二人の心のこもったプレゼントを、確実にマスターたちに届けることを約束します」

 真乃さんとアーチャーさんの優しいほほえみと共に、僕はドーナツの箱を受け取る。
 どんな情報よりも重要で、あらゆる金銀財宝よりも輝いている贈り物だから、丁重に管理する責任ができた。
 この箱の中に詰まっているのは、ドーナツだけじゃない。僕のマスターに向けた、真乃さんたちの親愛の気持ちが凝縮されていた。それを壊すことは誰にも許されない。
 そうして、僕たちは二度目の別れを交わした。


【渋谷区・代々木近辺の廃ビル周辺/1日目・夕方】


742 : 巨大な手! 狙われた283プロダクション(後編) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/20(月) 22:05:01 eonRLeWo0


【櫻木真乃@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:健康、咲耶の死を知った悲しみとショック(大)
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:迫真琴の名刺
[所持金]:当面、生活できる程度の貯金はあり(アイドルとしての収入)
[思考・状況]
基本方針:ひかるちゃんと一緒に、アイドルとして頑張りたい。
0:アサシンさんたちと別行動を取って、ひかるちゃんと一緒に聖杯戦争を止めるアイディアを考える。
1:少しでも、前へと進んでいきたい。
2:アイさんやあさひくん達と協力する。しばらく、みんなのことは不用意に喋ったりしない。
[備考]
※星野アイ、アヴェンジャー(デッドプール)と連絡先を交換しました。
※プロデューサー、田中摩美々@アイドルマスターシャイニーカラーズと同じ世界から参戦しています。


【アーチャー(星奈ひかる)@スター☆トゥインクルプリキュア】
[状態]:ダメージ(中)
[装備]:スターカラーペン(おうし座、おひつじ座、うお座)&スターカラーペンダント@スター☆トゥインクルプリキュア
[道具]:なし
[所持金]:約3千円(真乃からのおこづかい)
[思考・状況]
基本方針:真乃さんといっしょに、この聖杯戦争を止める方法を見つけたい。
0:真乃さんと一緒に聖杯戦争を止めるアイディアを考える。
1:アイさんやあさひさんのことも守りたい。しばらく、みんなのことは不用意に喋ったりしない。
2:ライダーさんと戦うときが来たら、全力を出す。


【アサシン(ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ)@憂国のモリアーティ】
[状態]:健康
[装備]:現代服(拠出金:マスターの自費)、ステッキ(仕込み杖)
[道具]:ヘルズ・クーポン(少量)、ドーナツの箱
[所持金]:現代の東京を散策しても不自由しない程度(拠出金:田中家の財力)→限定スイーツ購入でやや浪費
[思考・状況]基本方針:聖杯の悪用をもくろむ主従を討伐しつつ、聖杯戦争を望まない主従が複数組残存している状況に持って行く。
0:真乃さんたちのドーナツを届けるため、マスターの元に帰還する。
1:『彼(ヒーロー)』が残した現代という時代を守り、マスターを望む世界に生還させる。その為に盤面を整える。
2:白瀬咲耶さんの願いを叶えるため、マスターには復讐に関与させない。
3:同盟者を増やす。283プロダクションの仕事報告を受け取る際に噂を拾えた『義侠の風来坊』を味方にできればいいのだが。
4:"もう一匹の蜘蛛(ジェームズ・モリアーティ)"に対する警戒と嫌悪。『善なる者』なら蜘蛛を制するのではないかという読み。
5:白瀬咲耶さんと出会った主従についても興味はあるが、現段階では後回しにするしかない。
[備考]
ライダー(アシュレイ・ホライゾン)とコンタクトを取りました。
以後、定期的に情報交換を試みます。七草にちか(弓)と七草にちか(騎)の会談をセッティングする予定です。詳細な予定時刻等は後続の人にお任せします。


743 : 巨大な手! 狙われた283プロダクション(後編) ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/20(月) 22:05:15 eonRLeWo0

【渋谷区・代々木近辺の廃ビル/一日目・夕方】


【田中摩美々@アイドルマスター シャイニーカラーズ】
[状態]:健康、赤い怒りと青い憂欝
[装備]:なし
[道具]:白瀬咲耶の遺言(コピー)
[所持金]:現代の東京を散策しても不自由しない程度(拠出金:田中家の財力)
[思考・状況]基本方針:叶わなくなっちゃった
0:プロデューサーといい、霧子といい、今日は振られてばっかり……。
1:霧子、プロデューサーさんと改めて話がしたい。
2:アサシンさんの方針を支持する。
3:咲耶を殺した奴を絶対に許さない。
[備考]プロデューサー@アイドルマスターシャイニーカラーズ と同じ世界から参戦しています

【七草にちか(弓)@アイドルマスター シャイニーカラーズ】
[状態]:健康、いろいろな苛立ち
[令呪]:残り三画(顔の下半分)
[装備]:不織布マスク
[道具]:予備のマスク
[所持金]:数万円(生活保護を受給)
[思考・状況]基本方針:生き残る。界聖杯はいらない。
1:WING準決勝までを闘った"七草にちか"に会いに行く。あれは、どうして、そんなにも。
2:"七草にちか"に会いに行くのは落ち着いてから。
3:あの野郎(プロデューサー)はいっぺん殴る。
4:お姉ちゃん……よかったあ〜〜〜。
[備考]※七草にちか(騎)のWING準決勝敗退時のオーディションの録画放送を見ました。

【アーチャー(メロウリンク・アリティ)@機甲猟兵メロウリンク】
[状態]:健康
[装備]:対ATライフル(パイルバンカーカスタム)、照準スコープなど周辺装備
[道具]:圧力鍋爆弾(数個)、火炎瓶(数個)、ワイヤー、スモーク花火、工具
[所持金]:なし
[思考・状況]基本方針:マスターの意志を尊重しつつ、生き残らせる。
0:俺よりひどい女の泣かせ方をする男がいるとは……
1:にちかと摩美々の身辺を警護。
2:『自分の命も等しく駒にする』ってところは、あの軍の連中と違うな……
3:武装が心もとない。手榴弾や対AT地雷が欲しい。
[備考]※圧力鍋爆弾、火炎瓶などは現地のホームセンターなどで入手できる材料を使用したものですが、 
アーチャーのスキル『機甲猟兵』により、サーヴァントにも普通の人間と同様に通用します。
また、アーチャーが持ち運ぶことができる分量に限り、霊体化で隠すことができます。


744 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/20(月) 22:05:43 eonRLeWo0
以上で投下終了です。
ご意見等がありましたらよろしくお願いします。


745 : ◆EjiuDHH6qo :2021/09/20(月) 22:43:45 O1q0L3.Q0
投下乙です。
バブさんやアイドルがかわいくて笑顔になれるお話でした。ウィリアムの物怖じしない切り込み方なども大変キャラクターの魅力がよく描かれていてよかったと思います。

ただ個人的な意見ですが、大和がこれで納得してウィリアムらを一時とはいえ信用するというのは少し違和感がありました。
・ベルゼバブはこれまでの話で書かれているように狡知を弄する者、いわゆる蜘蛛系に強い嫌悪を抱いています。大和の介入があったとはいえそれで大人しく鉾を収めるかは疑問があります。
・大和は蜘蛛(ウィリアム)に対する前情報をほとんど持っておらず、今回の対面がほぼ初対面だったはずです。
にも関わらずとても我が強く、大和をして扱いに難儀しているベルゼバブとの今後の関係が悪化するリスクを負ってまでウィリアムの案を受け入れていることに違和感を覚えます。
ウィリアムが283プロダクションの火種を上手く収めたのは当人たちしか知らないことですし、それを知っていたとしてもベルゼバブとの間の不和と比べてウィリアムの話に乗る方を選ぶのは彼らしくないかなと。
少し言い方は良くないかもしれませんが、全体的に大和にウィリアムが自分の存在を受け入れさせるという結末ありきでお話やキャラクターが動いてしまっている印象を受けました。

長くなりましたが自分の意見は以上になります。
長文でのご指摘失礼しました。


746 : ◆A3H952TnBk :2021/09/21(火) 00:56:50 vqQqqRLc0
投下乙です。
氏の書かれる女の子達はやはり生き生きとしていてとても可愛らしいです。
現代文化をノリノリで見つめたりひかるちゃん相手に強者ぶりを見せつけるバブさんの存在感もやはり好き。

此方も指摘をさせて頂くと、話の大前提となる導入部そのものが些か唐突じゃないかと思いました。
蜘蛛やグラスチルドレン、皮下医院など、過去話で提示された諸々のフラグとの接合性を無視して「白瀬咲耶の事件に目を付ける」という展開へと急速に向かわせている印象でした。
それだけなら問題ないと思うのですが、そこから一気に行動→接触→交渉というスパンを済ませているので正直早急過ぎるのではないかなぁと。

手持ち無沙汰のキャラを周辺に絡ませるため、展開の幅を広げるためという考え方は分かりますが、
氏の場合は以前も過去話の文脈を無視して修正を受けているケースがあっただけに(今回に関しても上記で指摘された兄さんとの駆け引きの不自然さも含めて)流石に不安を感じてしまいます。
指摘は以上になります。


747 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/21(火) 05:59:56 nAo7ezi.0
感想及びご指摘等をありがとうございます。
そして丁寧な対応をして頂きながら、誠に失礼と存じておりますが、今回の話については破棄をさせて頂きたいのですがよろしいでしょうか。
諸事情で明日の期限まで修正完了できる保証がなく、また指摘された箇所の修正から再投下をしても今後のリレーに悪影響を及ぼしかねないと判断したからです。
既に収録して頂き、皆様からのご厚意を無下にした形になって申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。


748 : ◆A3H952TnBk :2021/09/21(火) 18:20:51 vqQqqRLc0
了解しました。
お手数をお掛けして申し訳ありません。

田中一&アサシン(吉良吉影)、写真のおやじ
予約します。


749 : ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/09/21(火) 19:04:06 pm9G0WlE0
投下します


750 : オペレーション『サジタリウス』 ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/09/21(火) 19:05:04 pm9G0WlE0



ぎゃあああああッ!!


そんな、年若い少年少女の断末魔の響きが部屋に響く。
部屋の中は地獄の様相を呈していた。
ガムテープを巻いた三十人近い子供たちが、折り重なるように倒れている。
さっきまで命だったものが、今はもう物言わぬ骸となって転がっていた。
子供たちの中で生者はたった一人。
対外的にはだらだらと脂汗を流し、口をあんぐり開けて間抜けなさま。
その実、灼熱にして極寒の殺意で心中を満たして、彼は立っていた。


「ハ〜ハハハハママママ…安心しな。寿命を貰ったのはガキ共の中でも覇気の低い奴らだけさ。
命惜しさにお前を売る奴も出てきてるんだ。足元の掃除ってのは大事だろう!」


知っていた。分かっていた。
ライダーの餌やりを受け持つのは練度の低い…MP(マサクウ・ポイント)の低い者になるように命じたのは自分だ。
そして、マスター殺しの課題(クエスト)でも帰ってこなかったのは一様にMPの低い者ばかりだ。
だが、例え練度が低かろうと、新人だろうと、彼らはかけがえのない自分の仲間だった。
その仲間をライダーのババアは苛立ちの腹いせのために奪ったのだ。
人形の腹を殴る様な気軽さで。
腹を突くような怒りが、全身に満ちるのを感じる。
絶対にぶち殺す。必ず最悪の屈辱を味合わせて殺す。
その想いを心に強く強く刻みつけている間にも、耳障りなライダーの突き上げは続く。


「お前も分かってるはずだ、ガムテ。ああいうクソ生意気な小僧は生かしておけば勢いづいて厄介になる。賭けてもいいが、あのアサシンはあそこで消しておくべきだった!
そのおれの判断にお前は泥を塗ったんだ。代償があるのは覚悟の上だろう?」


俯きながら心中で幾度目になるか分かる舌打ちを漏らす。
このライダーの厄介な所は単に腕っぷし自慢のバカではない所だ。
お菓子を切らして中毒(ジャンキー)になっている時でも無ければこのように我儘な幼女が如き感情と共に、正論を押し出してくる。
先程宣った足元の掃除とやらも、一理もないわけでは無いのが業腹の極みだった。


「ライダーの言う通りだ…俺ってばあのアサシンの賢者(キレキレ)っぷりに日和(ぴえん)っちまった。ライダーを信じてやるべきだったよォ〜〜。だから、仲間の魂はオレなりの”ケジメ”だ」


ライダーが此処まで怒りを見せたのはこれで四度目。
自分たちグラスチルドレンに直接的な被害を出したのは三度目の時からだが、今回は輪をかけて酷い。
三度目は、お菓子を切らして狂化(ラリ)った時。
二度目は、白瀬咲耶のライダーに一矢報いられた時。
そして一度目は―――


「てわけでライダ〜〜…今俺の仲間で手に入れた魔力で…特攻(ブッコ)ンでみなァ〜〜〜い?
あの蜘蛛野郎ともう一勝負(バクチ)☆」


今は雌伏の時。殺意を隠し通す。一流の殺し屋は殺意すら殺すのだ。
そのまま変わらず道化の仮面を被り続けて、しかし大胆に。
ガムテは臆することなく勝負(バクチ)を切り出した。
ライダーの怒りを治めるため。
そして、これから行う賭けを成功させるため。
何より、散って言った、犯罪卿の謀略に散らされた同志(ダチ)たちに報いるために。


751 : オペレーション『サジタリウス』 ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/09/21(火) 19:05:47 pm9G0WlE0







きっかけは、熱弁を振るい終えた解放者(リベレイター)だった。
己の暴れ馬の機嫌をどう宥めるか頭を捻らせていたガムテに、彼は意気揚々と語り掛けた。


「よぉガムテ。283じゃ何か厄介なイケメンにあったみたいだけど元気出せよ!
皆には俺から言っておいた。こう言っちゃなんだが、士気は高いままだぜ?」


成程確かに、さっきまで解放者がいた場所を見れば一度落ちかけた割れた子供達の熱量は再び上昇している様子だった。
自慢気に、新人であるにも関わらず親友の様な気安さで。
解放者は自分の所属する組織のトップへ己の功績を誇る。
ハッキリ言ってしまえば今はそれ所ではない心境ではあったけれど、ガムテは特段気分を害する事はなかった。
ニッコリ笑ってよくやった〜と適当に褒める。
だがそれでも解放者は尊敬するボスに認められたと思ったのか、胸を熱くした様子で。
もう少し話したいのだと言わんばかりに、問いかけを投げてきた。


「それでさ……283プロに行った時、市川雛菜や浅倉透には会えたりしたのかな〜…って」
「いんや〜〜生憎いたのはクソムカつく蜘蛛男(イケメン)が一人だ、け……」


―――『そして貴方達が到着するのに先んじて、ここの職員に働きかけ、会合の場を作らせた。
 白瀬咲耶同様、私による誘導だとは気づきもせずね』


バチン、と。
ガムテの脳内に、電流が流れた
見落とそうとしていた。解放者が尋ねなければその違和感に気づくことが無かった。
本当にほんの些細な違和感。
だけれど、彼が見落としそうになったとしても。
彼の仲間は彼の代わりに撃鉄を起こす。白刃を煌めかせる。
それが、優れた組織力を持つ割れた子供達の強みだった。


「――――――まて、今。何て言った?何でそう聞いた?教(おち)えろッッ」
「えっ!?い、いや…白瀬咲耶が死んだ日から、俺たちに感づいたアイドルがいないかSNSのアカウントをずっとチェックしてたんだけどさ…」


直感が告げていた。
今の台詞は聞き逃すべきではないと。
おかしいところがあったぞと。
解放者は突然語気が強くなった自分に驚いているようだが、今は気にしていられない。
にじり寄り、問い詰める。
途中から偶像(ドル)に詳しい偶像崇拝(アイドル)も呼んで、更に情報を精査していく。
すると、不可解な点がいくつも浮かび上がって来た。
最初は戸惑った様子を見せた解放者も、情報を整理する事によって仄かに輪郭を帯びた事実に落ち着きを取り戻していく。


752 : オペレーション『サジタリウス』 ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/09/21(火) 19:06:02 pm9G0WlE0


「……なぁガムテ……もしかしてこれって」
「あぁ、本当によくやったよォ〜〜解放者(リベレイター…)。花丸大正解(ジャックポット)かもな〜」
「で、でもいいのか?俺が見たその投稿はもう消されてるし、今となっては証拠は無いんだぞ?」
「いや、信じるさ。そのきっかけだけで値千金(ファインプレー)だ。よくやった☆
俺一人だと見逃す所だったしな〜〜〜」


既におかしい点はいくつも浮上している。
だが、何のために?という謎解きのWhyの部分が決定的に欠落していた。
そして、あの犯罪卿の思考を読み取るのは不可能に近いのはガムテも理解している。
奴の狙いは幾つか思い当たるが、あの毒蜘蛛がそう推理する様に仕向けたのかもしれない。
だが、ガムテにはそのWhyの部分を白黒付けるためのカードが手元にある。
ガムテとしても、まさかこの局面で使うことになるとは思っていなかった、余り切りたくない鬼札。
これから自分が行うのは、間違いなく賭けだ。
勝っても負けてもライダーの首は遠ざかり、負けた時に支払う代償はいうに及ばず。
もしかしたらこの思考すら、犯罪卿に誘導されたものかもしれない状況なのだ。
だが、勝てばリターンも大きい。あの犯罪卿の化けの皮をはがせる可能性だってある。
ならば……ガムテは躊躇わない。
あの犯罪卿も分の悪い賭けに青天井(ベット)し、そして自分に勝利したのだから。
ならば、此方もリスクを背負うことを躊躇うわけには行かない。
ここで臆するようなら犯罪卿やライダーはおろか、輝村極道の首など夢のまた夢だ。


ふと視線をずらすと、今まで沈黙していた舞踏鳥と視線が交わる。
彼女は何も言わなかったが、ガムテにとっても言葉など要らなかった。
王の隣を歩くものとは、そう言うものだからだ。


「よォ〜〜しッ!行くかァ〜第二局目(ラウンド)」


パズルのピースは今組みあがった。
次に冷や汗をかくことになるのは奴の方だ。


753 : オペレーション『サジタリウス』 ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/09/21(火) 19:06:26 pm9G0WlE0






「ふむ。確かにこれは便利ですわね、使い方のご教授ありがとうございましたわ。黄金球さん」
「当然(イイ)ってことよォ〜、スマホ一つで黄金時代(ノスタルジア)が喜ぶなら安いモンだ」


割れた子供達に紹介されてから一時間程後。
黄金時代こと北条沙都子は黄金球から与えられたスマートフォンを満億気に操作していた。
与えられた理由は一つ、沙都子が黄金球に強請ったからである。
これから仲間として連携を取っていくうえで必要になるが、自分は生憎持っておらず、また田舎の出身のため使い方にも疎いと説明すれば、直ぐに彼らは新品のスマートフォンを用意してきた。
合法の契約ではないようだが、名義は借金のカタに名義を売った無関係の債務者のなので足はつかないらしい。
そして、黄金球は懇切丁寧に使い慣れていない沙都子のためにメールや地図アプリ、ニュースサイトの閲覧方法、そしてSNSの使い方まで熱心に教えてきた。
まさに至れり尽くせりの待遇だ。


(車は当分空を飛ぶ予定はなさそうですが、情報通信の飛躍は目覚ましいものがありますわね)


インターネットと地図アプリを併用すれば、態々住所を調べて紙の地図とにらめっこしなくとも目的に辿り着けるし、そこまでの正確な距離さえわかる。
ニュースサイトを開けば、狙った情報が三秒かからず手に入る。
トラップマスターの見地から言えば、これだけで戦略の幅が大きく広がるという物だ。
沙都子は既にスマートフォンの扱い方を理解しつつあった。


「オッ、見ろよ黄金時代。今日ガムテがいった事務所、活動休止だって。派手に暴れたんだろうな〜」
「それで戦果が上がっていないなら子供の駄々と変わりありませんわよ」


己のリーダーの所業を誇るように、ニュースサイトを開いたディスプレイを向けてくる黄金球の発言を、バッサリと切り捨てた。
成程、さっき言っていた握手会だの。蜘蛛男だのとはこれにまつわる事か。
しかし、してやられたのかは知らないが、ただ暴れてすごすごと帰ってくるだけとは。
ニュースの内容を見れば、被害にあったのは家具とか壁だけで、人的被害は何もないと言う。
どうせならマスターでなくとも数人アイドルを殺してくれるだけで此方の心象は今よりも上がったものだが。


「それで貴方達のリーダーさんはいつ戻ってくるんですの?もう一時間ですわよ?
レディを待たせるなんてエスコートの仕方は落第点ですわね」
「えっ、い、いやー…さっき話が纏まったってチェインがきたから、そう言わないでやってくれよ」


にべもない沙都子の言葉にがっくりと項垂れる黄金球。
それを見て薬と笑みが漏れる。
不思議と悪い気はしなかった。
一目置いた視線を向けてくる周囲の子供達も、辛辣に扱われても面倒見がいい黄金球も。
懐かしくて、くすぐったくて、遠く離れてしまった過去とこれから来るべき未来での沙都子の居場所を思わせる何かを有していた。
彼らが可能性のない虚構の存在だなんて、俄かには信じがたい程に。
界聖杯は、残酷な人形師ですわね、とそのたびに沙都子は思った。


「よっ!待望(おっま)た〜〜!」


その直後。
その少年は、割れた子供たちのリーダーは、瞬間移動でもしたのかと錯覚するほど気配を悟らせず。
相も変わらずお道化た様子で沙都子の背後に立っていた。


754 : オペレーション『サジタリウス』 ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/09/21(火) 19:06:56 pm9G0WlE0



「遅い帰りでしたわね。ま、便利な物もいただけましたし、それについては目をつぶりましょう。
……で、ゲストを待たせるだけの何かがあったんですの?」
「無論(モチ)。んじゃこれからの事を話すついでにライダーの面通しもやっから着いてきてくれ」


そう言って、ガムテは廊下を先行し、くいくいと遺った方の腕で手招きしてくる。
相変わらず何を考えているか分からない男だと思いながら、沙都子はその後を追った。
黄金球の話ではライダーは最上階にいるらしいから、そこへ連れられて行くのだろう。
だが、彼女のそんな予想は早々に裏切られる事となる。


「んじゃ、俺の後に入ってきてね〜〜」
「いや、ついてこいと言われましても……」


ガムテが先行した先は何故か玄関の方ではなく、大きなジャグジー付きの浴室の方だった。
一体何を考えているんだという目で見つめても、ガムテという少年の様子は相変わらずヘラヘラしている唯のバカにしか見えない。
もしや、危ない薬を使っているという話だったし、本当に薬の効果で頭をやられてしまったのか?
そんな考えを巡らせている内に―――ガムテの身体は浴室の前方、鏡がある方へと進み出た。


「な……!」


これにはオヤシロ様の代行者。新たなる魔女となった身の上の沙都子も驚愕を隠し切れなかった。
何故なら、ガムテの姿が鏡の中へと吸い込まれて消えたのだから。
鏡の中へと入るなど、まるで童話の世界の話だ。


「お〜〜い。黄金時代(ノスタルジア)躊躇(ビビ)って無いででさっさとカモ〜ン!」


俄かには信じがたい光景だったが、鏡の中からガムテの声が聞こえてくれば最早疑いようもない。
ついて来い、と言うぐらいだから自分も入れるのだろう…余り気は進まないが。
意を決して、鏡へと手を伸ばす。
すると、ずぷんと沈み込むように指先が沈み込んだ。


「早く行きなさい……私たちは、入れないんだから」
「え!ちょっ!ちょっと待って―――!」


恐る恐ると言った様子の沙都子の背後から、平坦な声がかけられる。
振り返って見てみれば、殺気ガムテの隣にいた少女…舞踏鳥が険しい顔で立っていた。
まるで、羨むように。そして、妬むように。
次瞬、ドンと背中を押されて、鏡の方へとバランスを崩す。
そして、そのまま鏡の中へと吸い込まれていった。





755 : オペレーション『サジタリウス』 ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/09/21(火) 19:07:22 pm9G0WlE0


「ヤッホー。黄金時代(ノスタルジア)。ま、座れよ」


なんともメルヘンチックな鏡の世界で待っていたのは、テーブルを前にして椅子に腰かけるガムテープを巻いた子供と、夥しい数の鏡だった。
なんともミスマッチな景色ですわね。そんな事を考えながら、彼女も用意された椅子に腰をかける。


「よォ〜し。そんじゃ、悪事(ワル)さかます相談しよっか☆」


バサリと、目の前のテーブルにプリントアウトされたと思しき紙の山が広げられる。


「何ですの、これ……?」
「イ〜から。ま、読んでみ」


試しに一番上の紙を一枚手に取って見てみれば、そこに載っていたのはさっき黄金球が教えてくれたSNSの投稿の画像だった。


今日のおやつ
【#ノクチル】
【#市川雛菜】
【#ノクチル】


そんなハッシュタグと共に、二つのアイスとどこかの事務所の窓が映された写真。
ノクチル、というワードに心中で「げ」と吐き捨てながら、これが何なのかと尋ねた。


「それなァ〜〜このガムテ様が今日の午後行ってきた偶像事務所(ドルムショ)の偶像のトーコーを復元した奴。
でも肝心の偶像(ドル)共は一人もいなかった。いたのはクソムカつく美男子(イケメン)が一人」
「………件の蜘蛛男さんですの?でも、それとこの写真が何の関係があるのでございましょう。
様は貴方が来るのを察知されて、一足早く避難させられた。というだけの事では?」
「ン〜〜そうなんだよなァ。これを聞いた時、俺も最初はそう思った。でも、奴は俺を準備して待ち構えてたって言ったンだよ」
「会話の主導権を握るための嘘(ブラフ)でしょう」
「凡夫(モブ)ならな。でも、奴みてーな真実(ガチ)悪魔が裏を取られれば即嘘だと分かる嘘を吐いたこと、それそのものが俺には不可解(イミフ)だったんだよなァ〜」


予選の段階から待ち構えていたと言うなら、今日の午前中まで普通に事務所が稼働していたのは明らかに妙だ。
事務所を唐突に締める事が不自然にならないよう午後に来るのを見越した采配だったのかもしれないが、それにしてはニュースが流れるタイミングがおかしい。
午後から来てほしいならばニュースを流すタイミングとしては昼頃だろう。
朝に流れれば、まだアイドルがいる午前中に行こうと考える主従が出てもおかしくない。
というより、他ならぬ自分たちがそうだった。
とは言え、ライダーが甘党である事すら把握していた相手だ。
自分たちが寄り道する可能性も見越しての采配だった可能性は十分にある。
しかし、それなら今度は情報を発信した媒体がおかしい。
自分とライダーを誘い込みたかったのなら、もっと直接的なメールなどのメッセージを選ぶはずだ。
ニュースやSNSでは情報が無作為に広がり過ぎる、他の好戦的な主従が目にしても不思議ではない。
その結果事務所で鉢合わせ――自分たちに釘を刺す暇もなく乱戦に発展した可能性だってあった。
それに気づいた時、ガムテの中で疑惑の種が萌芽した。
そして調査をしてみると、おかしな点は他にも見つかった。


756 : オペレーション『サジタリウス』 ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/09/21(火) 19:07:47 pm9G0WlE0



次にガムテが見せたのはペットショップのホームぺ-ジと、もぬけの殻になった思わしき件の店舗の写真だった。
特段、ホームページの方は変わった様子はない。
八月の定休日のお知らせ、というページだけ分かるのはで今日は営業日だったという事ぐらいだ。
だが、店員はおろかペットすらいなくなり、休業どころか廃業の様相を呈していた写真と組み合わせると沙都子も微かに違和感を抱く。


「この写真、今日撮った物ですわよね」
「そ、つーかさっき撮ってきた」
「私はこういった事に疎いのですけど…これだけ店舗が空っぽなのに、お休みの連絡とか致しませんの?今日急にお休みしたみたいですし、この様子だと、一日二日のお休みではすみませんでしょう」
「正解(ピンポーン)。ここでまた、奴が言ってた『ずぅっと準備して待ち構えてた』って台詞が怪しくなる」


もし準備していた状態で待ち構えていたと言うなら、既に休業の知らせが通知されているだろう。
ホームページをよく見てみれば最終更新日は三日前。
毎日とは言わずとも頻繁な情報発信を行っている店舗なら猶更である。


「で、畜生小屋(ペットショップ)でこれなら偶像(ドル)共の予定はどうだったんだ?って調べてみたのがコレッ」
「焦らなくても目を通しますから…押し付けないでくださいまし……!」


矢継ぎ早に用意した資料を突き出してくるガムテに少々苛立ちを覚えながら、新しい資料に目を通す。
そこに記されていたのはここ一か月の283プロダクションに所属しているアイドルのスケジュールだった。
一月前までは特に違和感を抱く場面はない。だが、3週間程前から沙都子の目から見ても違和感を抱くスケジュールとなっていた。


「……なんですのこれ?日付が今日に近づくにつれて遠方のお仕事が増えたり休止になっていたり…
あ、ガムテさんが来るのを見越して此処を空っぽにする準備とか?」
「いや、それは皆無(アリエ)ねぇ。俺がこの偶像事務所に来るとしたら今日しかなかった。
なのにあの暗殺者(イケメン)は態々一週間先まで事務所を空っぽにしようとしてるってコト」


聖杯戦争が本格化すれば白瀬咲耶の敗退の黒幕だったと言われても「今更予選の脱落者の事がどうだと言うんだ」という反応しか帰ってこないだろう。
一番予選敗退者に注目が集まるタイミングは現在である。
そのために自分たちに挑発行為を行うなら今日をおいてほかになかった。
しかし、それにしては今日でお役御免のはずの事務所を空ける期間が長すぎるのだ。


白瀬咲耶の一件をほぼ知らない沙都子の視点から見ても違和感の出る事務所の動き。
下手人であり、あのアサシンと邂逅したガムテには輪をかけて怪しいものに映った。
沙都子の指摘の通り、『聖杯戦争の開幕に合わせたように』遠方の仕事やロケが入っているアイドル。
白瀬咲耶の失踪の影響が無いはずの時期から、何故か活動を休止しているアイドル。
ユニットで活動しているはずのに、何故かほぼソロアイドルと化しているアイドル。
白瀬咲耶の事件の影響を受けざるを得ないアンティーカのメンバーは置いておくとしてだ。
都心のアイドル事務所なのにも関わらず、今後都心での仕事の予定が入っているのが櫻木真乃一人と言うのは奇妙な話だった。
有識者である偶像崇拝(アイドル)から聞いた話だが、この事務所のアイドル達は都心近辺での活動が主だったと裏はとっている。
結果見え隠れするのは、アイドル達を事務所から遠ざけようとしているかのような何者かの意図だった。
そしてその何者かとは十中八九、この状況を作り出したのはあのアサシンだろう。
だが、何のために?単に今日のための人払いというなら、そもそも283プロではなくもっとイニシアチブが握れてリスクの少ない場所をあの男なら用意できたはずだ。
態々姿を曝し、実力が上の相手に喧嘩を売って得た物が空っぽの矮小(チャチ)い事務所では割に合わない。
白瀬咲耶と何らかの契約を結んだ可能性もあるが、捨て馬にしたと豪語するあの犯罪卿がそこまで便宜を取り計らう物なのか?


757 : オペレーション『サジタリウス』 ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/09/21(火) 19:08:10 pm9G0WlE0



「直ぐに思い浮かぶのは…リスクと手間を賭けててでも蜘蛛さんが手放したくない何かがが此処(283プロ)にはある。
もしくは、純粋に此処にいる方々を逃がす事そのものが目的だった…とか?
―――ただ、もし本当にその蜘蛛さんが全て手を引いていたらの話ではございますけど。。
これだけだと嘘(ブラフ)の可能性や偶然が重なった結果であり、蜘蛛さんはその偶然に乗っただけと言う可能性も否めない気がしますわ」


もしかしたら、ペットショップは急な休業の対応で更新が遅れているだけかもしれない。
もしかしたら、偶然283プロが遠方の仕事に力を入れ始めた時期に聖杯戦争が始まったのかもしれない。
加えて、疑いの種となったSNSでの投稿も、仲間がいなくなった日にそもそもこんな情報を発信するか?と沙都子は尋ねた。


「まァ〜そこは情報が発信されたタイミングでできた誤差(バグ)か…白瀬咲耶(ブス)の事知ってたとしても信者(ファン)に対する配慮って奴だろうなァ〜〜偶像崇拝から聞いた話じゃ他の事務所でもヒストリーカッスだかの偶像(ドル)消えたらしィけど、他のメンバーは絶賛平常運転らしいぜ〜」


―――全てが元に戻った時に、戻ってきた人間が安心できるように、でございますか。
ガムテの話を聞きながら、沙都子はそんな事を考えた。
彼女も心当たりがあるからだ。
いなくなった兄・北条悟志の部屋を、いなくなった当時のまま守り抜こうとした過去。
まだ無力な少女だった頃。どれだけ叔父が怖くても、その一点だけは彼女は譲らなかった。
もしかしたら、この少女も全て理解(ワカ)っていた上で『いつも通り』を演じようとしたのかもしれない。
もっともこの数時間後のガムテの襲来でそんな願いは残酷な形で裏切られ、疑心の種を生んでしまった訳だが。


「とは言え、俺も偶然(ラッキー)って可能性が皆無(アリエ)ねぇと思ったわけじゃない。
………これを見るまではな〜」


バサリと広げられる紙束。
社員の一人と思わしき人間の休職届及び転居届や、メールでのやりとりだった。
順繰りに目を通していくが、これ自体に違和感は感じない。
むしろスタッフの一人が休暇を取ったなのなら、一部のアイドルが活動休止するのも辻褄が合うような気さえする。


「あッ!黄金時代(ノスタルジア)ここにはおかしい所は無いって思っただろォ〜?」
「――いいからさっさとこんな資料を用意した内訳を教えてくださいまし」
「チェ〜黄金時代ノリ悪〜ィ、そんなんじゃ悲哀(ピエン)だぜッ
まぁいいや、話し戻すとォ〜この事務所、偶像(ドル)は20人以上いるのに働いてるのは三人だけなンだわ。んで、そのうちの一人で唯一の社員が休業(リタイア)したんだと」
「……は?ちょ、ちょっと待ってくださいまし。私こういったお仕事について無知ですが
それでやっていけるものなんですの!?」
「フッツ〜に考えたら非実在(アリエネ)ェわな。でも実際何故か何とかなってる。なり過ぎてる」


本来なら唯一の実働部隊である職員が欠けた時点で事務所はあっという間に立ちいかなくなるだろう。
そこで事務所も対応し、臨時職員の雇用や休業届を出したはずの職員が直ぐに在宅勤務を申し出ているが……一言で言えば、対応が完璧すぎた。


758 : オペレーション『サジタリウス』 ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/09/21(火) 19:08:41 pm9G0WlE0


「首(プロデューサー)が吹っ飛んでンのに一つも支障(アクシンデンツ)も起きず、予選の期間悠長に遺書(ポエム)書いて救急車呼んでベッドの上で大往生しようとしてンだ。色々おかしすぎンだろ〜が」
「成程…そしてそんな真似ができるのは件の蜘蛛さんを置いて他にいない、と。
態々、一月も労力と時間をかけて面倒を見るなんて…もっとやるべきことがあるでしょうに。
余程喪いたくない物があるのでございましょうね」


くすくすと、悪い笑みを浮かべる沙都子。
ここまで材料が揃えば最早この事務所に蜘蛛が手放したくない何かがあるのは疑うべくもない。
しかし一時間ほどでよく此処まで調べられた物だと目の前の少年の手腕を称賛しながら、同時に警戒を覚えずにはいられなかった。


「ま、それについてはこの枝婆がいなけりゃ無理だったろ〜な」


ガムテの隣に無言で佇む、鏡を持った枝の様な老婆。
彼がパチンと指を鳴らすと、周囲にあった無数の鏡の内の一つが映していた景色が切り替わった。
映し出された先の景色は、沙都子も見覚えのある事務所…283プロダクションだった。


「鏡世界(ミラミラ・ワールド)使えば事務所まで直通(ダイレクト)だ。警察(サツ)が居ても俺なら余裕で忍び込める。ンで虚無(シャバ)い仕事用PCの一つでも強奪(ガメ)れば―――」


―――後はライダーの能力で幾らでも情報を引き出せる。
そう言ってテーブルの下から取り出される機械端末。
それを見て、沙都子は再び驚愕を隠しきれなかった。
ソレは形状から察するに、自分の持つスマートフォンと似たような用途の物だろう。
だが、決定的に違う点が一つ。
顔が、付いていた。


『ママー!』
「はいシャラ〜ップ!悪いけどこっちは最重要機密(トップシークレット)だッ」
「あら、つれないですわね。私やっぱり信用されていませんの?」
「じゃあ黄金時代のサーヴァントの能力の情報と交換(トレード)でいいぜ〜?」
「言ってみただけですわ。話を続けましょう」


今しがた見せたのが、ビッグマム…本名シャーロット・リンリンの権能。
物質に奪った魂を与えるソルソルの実の能力である。
魂を与えられた『ホーミーズ』はビッグマムの命令に逆らう事ができない。
PCをホーミーズ化すればパスワードを設定していようと、暗号化していようと、ビッグマムが「見せろ」と一言言えば勝手に解除して開示せざる得ないのだ。
その能力を以て、外の人間では知り得ない情報の数々を抜き取ったのである。

そして、もう一つの能力、ビッグマムの実子であるシャーロット・ブリュレの能力こそ、今回ガムテが挑んだ賭けの中核を成す能力であった。
鏡を通した諜報と、鏡面世界という目立ちすぎるライダーを収容する異界の獲得。
その能力を持つ彼女を呼び出すために解禁したのが、ライダーの第三宝具である。
この宝具の事を知ったのはライダーを召喚した当初の事だ。
ライダーの統治していた国と彼女が生んだ子供達を呼び出す宝具だと、彼女は得意げに語った。
その際ガムテは彼女の息子や娘にどんな能力者がいるのかも聞き出していた。
ライダーはああ見えて用心深く、自分の能力については中々語ろうとしなかったが、息子や娘の能力については饒舌に語ってくれた。
その中でもガムテが最も関心を惹かれたのがミラミラの実という能力だ。
鏡に映した相手の姿の投射や、鏡を通した諜報と移動、そこに彼は目を付けた。


759 : オペレーション『サジタリウス』 ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/09/21(火) 19:09:17 pm9G0WlE0


目を付けたが―――この時はあえて発動できない風に振舞った。
当然ライダーは機嫌を損ね、その時は使えないマスターだとなじられた。
思えば、ライダーを召喚してからあれが最初の癇癪だっただろう。
駄菓子で満足していたライダーに高級菓子を納めるきっかけの事件であり、アレによりライダーを養うための資金が莫大なものとなってしまった。

だが、ライダーの機嫌を損ねててでもガムテにとってこのカードは温存…否、封印しておきたかった手札だ。
何故ならこの手札はガムテにとってリスクの大きい宝具だったからである。
まず、単純にこの宝具は燃費が悪いのだ。そもそも気軽に切れるカードでは断じて無い。
全力展開を行うならば、令呪の使用が不可欠となる。
だがライダーという暴れ馬を抑えるための、緊急時の制御装置を易々と手放す気にはなれなかった。
そのため、予選の段階では使用不可能だったというのも半分は嘘ではないし、ライダーの追求を受ける際もこれを理由にやり過ごすつもりだ。
この宝具がマスターへの負担が大きいのはライダーもまた承知しているのだから。

そして、この宝具が抱えるリスク。そのもう一点。
ライダーに忠実な部下を呼び出して仕舞えば、自分がライダーに叛意を抱いていることがバレる危険性があるためだ。
今の所ライダーが此方の最終目標に気づく様子はない。
だが、ライダー以外の大勢の部下も呼び出してしまえば感づかれるリスクは上がる。
感づかれなくとも、部下の戦力によってライダーの消耗が減れば必然的にその首も遠ざかってしまう。
その上、此方は莫大な魔力消費で消耗を強いられるオマケ付きだ。
それを考えれば、必要に迫られなければ余り切りたくない手札なのは間違いなかった。
ガムテの最終目標は優勝だけでなく、ライダーをぶっ殺す事に他ならないのだから。


以上の理由から敬遠していた第三宝具の解禁だが、犯罪卿との邂逅によってそれも叶わなくなった。
情報戦において、自分たちは大きく遅れを取っている事を自覚させられてしまったからだ。
その遅れを埋めるために、第三宝具の解禁に彼は踏み切ったのである。
想定通り、使い魔であるブリュレ一人呼び出すために発動した一瞬の展開でもかなりの魔力を持っていかれた。
今までのお菓子の接種によって得た魔力と、仲間(ダチ)の魂を代償にした魔力が全て消費されてしまったのだ。
だが一度ミラミラの実で作り出した異界…鏡面世界を作ってそこに収容して仕舞えば、後は固有結界を現実世界に発動し続けなくともよい。
直接のスペックは低いブリュレ一人の維持なら、消耗は抑えられる。
魔力消費は当然増えるが、ライダーにお菓子を食べさせ続ければ自己補完の範疇だ。
そして、それは奇しくも、ライダーと同じ四皇・百獣のカイドウが取った手段と同一の物であった。


ただ誤算だったのは、苦労して手に入れたミラミラの実の能力の制約が想定以上だったこと。
まず、前提としてマクロな探知にはこのミラミラの実の能力は向いていない。
この東京には鏡が多すぎる。反射物も含めれば途方もない数に及ぶ。
それを一枚一枚除いていたらマスターを全員を補足する頃には数か月は経っているだろう。
となれば、ある程度ポイントを定めて決め撃ちするほかない。
ミクロな情報の傍受には絶大な効果を発揮するが、あの犯罪卿の様な0から1の情報を得るには不得手な能力だった。


加えて、鏡面世界は現状NPCには不可侵領域だったこと。
もし侵入可能であればすぐさま割れた子供達全員を安全な鏡面世界内に収容し、万全の監視体制と、補足したマスターの拠点の反射物から強襲作戦が可能となっていた。
だが、舞踏鳥や他のメンバーで試してみたが、やはり鏡面世界へ足を踏み入れるのは不可能だった。
リスクを避けるためにブリュレの意思を?奪した完全な使い魔での召喚だったためか、
或いはそれを認めてしまうと著しくバランスを欠くと界聖杯が判断したためか。
それとも―――やはり彼らが『可能性無き者』だからか。


760 : オペレーション『サジタリウス』 ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/09/21(火) 19:09:52 pm9G0WlE0


「っとによォ〜ッ!苦労して呼び出したのに使えねーなこの枝婆!!枝ッ!枝ッ!枝ッ!」
「その方に当たっていないで、そろそろ本題に入りましょう」


突然不機嫌になり、意識があったら激怒しそうなことを言いながら鏡の使い魔を蹴る少年を諌める。
何はともあれ、ここまで材料が揃えば件の事務所に何かがあるのは間違いない。
そして、その鍵を握っている人物も都内に現在その身柄がある人物に限られる。
そこまで絞る事ができればこの割れた子供達(グラス・チルドレン)のマンパワーがあれば存分に叩く事ができるだろうと沙都子は踏んだ。
しかし、ガムテは首を横に振った。


「ン〜〜今は特攻寄りの監視(アリよりのナ〜シ)!!」
「あら、随分と弱腰ですわね。このままその蜘蛛さんが毒糸を張り巡らせるのを指を咥えて待つと?」


沙都子は直接犯罪卿を見たわけでは無い。伝聞でそう言った厄介なサーヴァントがいると聞いただけだ。
加えて、察知能力が高い主従の多くに既に割れた子供たちが補足されていることも余り把握していない。
そのため、犯罪卿が割れた子供たちの情報を横流しする前に叩くべきは今であると主張した。
後ろ盾がない孤軍である沙都子にとっても割れた子供たちの組織力や鏡面世界の諜報力は喪うには惜しい戦力だからだ。
同時に、いずれ対決するときには消耗しておいてほしい存在でもある。
その為の主張だったし、ある意味ではガムテ側からしても的を射ている意見でもあった。
だが、この発言を彼女を十秒後に後悔する事となる。


「ハ〜ハハハハママママ……全くその通り!ウチのマスターはどうにも弱腰でいけねぇ。
おれはお前の意見を全面的に支持するぜ!傘下に入るのも認めてやろうじゃねぇか…!」


空間が、急激に膨張する。
ぞく、と。
沙都子の背筋に冷たいものが走った。
さっと顔が青ざめていく。手が震えそうになる。
この感覚には覚えがあった。と言うより、数時間前に体験したばかりだ。
この、魂を震わせるような感覚は―――


「―――が、ウチは働かざる者食うべからずだ!入る前に仕事を一つしてもらう!
なァに…難しい事じゃねぇから安心しな!ママママママ……」


ドン!!!と。
満を持した様に、その女は姿を現した。
巨人と見間違う体躯―――数時間前に会ったライダーと比べてなお大きい。
その暴食を現す様なだらしない体型であったが、体内に満ちる覇気は暴力的なほど。
あの鬼のライダーと並ぶ圧倒的な威圧感を以て―――四皇、シャーロット・リンリンは姿を現した。


「な……――、ッ」


何だこれは、今回の聖杯戦争で召喚されたサーヴァントはこんなのばかりなのか?
だとしたら自分はとんでもない外れくじを引いたのでは?
圧倒的な不公平感と畏怖の感情に晒され、思わず声が上擦る。
魔女ではない北条沙都子の残滓が思わず見えてしまったが、奇しくもこの時彼女が取るべき反応としては完璧(パーフェクト)な物だった。


761 : オペレーション『サジタリウス』 ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/09/21(火) 19:10:24 pm9G0WlE0

もし魔女として余裕綽々の顔で目前のライダーと出会っていれば―――彼女は既にこの世にいないだろう。

助け舟を求める様に、ガムテの方を向く。
そして、その時彼女はやられた、と悟った。
彼の表情はいつも通りのアホ面だったからだ。
勝手に話を進めようとするライダーにもまるで慌てていない。
つまり、最初からこうなるように示し合わせていたのだ。
自分の口から強硬な言質を引き出すのが目的だったのだろう。


「理解(ワカ)ってるぜ黄金時代(ノスタルジア)ァ〜俺もト〜ゼンこのまま済ますつもりは皆無(ネ)ーって」


今ガムテが最も避けたいのは「そうか!283プロの関係者が怪しいから攻撃するぞ!」と勇み足になった結果それが囮であり罠だった場合だ。
都内に残っている283プロの関係者……その家族も含めて特攻(カチコ)むとなれば大規模な動きにならざる得ない。
そしてそれが罠であればいよいよ他の主従から袋叩きを受けてもおかしくない。
白瀬咲耶を当て馬にしたという犯罪卿の言葉を素直になぞれば、それが最も可能性の高い奴の狙いだとしてもおかしくないのだから。
故に割れた子供達(グラス・チルドレン)は動かせない。動かせたとしても少数だ。
偶像(ドル)達の攻撃もできない。蜘蛛の毒は、今もしっかりとその効果を発揮している。
だが―――、


「いるんだよなァ〜一人だけ、偶像事務所(ドルムショ)から距離取って
なおかつ数日程度の失踪(ドロン)じゃ騒がれそうにない奴が……」


ガムテが指を鳴らす。
すると、彼の背後の鏡が映す景色が切り替わった。
切り替わった景色が照らすのは、アパートの一室。
そこで神妙な顔をしてじっとスマートフォンを握りしめる少しやつれた成人男性。
その手には、ガムテや沙都子に刻まれた物と同じ物が刻まれていた。


「それじゃ開戦(ハジメ)っか!Pたん捕獲作戦☆」


762 : オペレーション『サジタリウス』 ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/09/21(火) 19:11:06 pm9G0WlE0






この作戦の主目的は犯罪卿、ウィリアム・ジェームス・モリアーティの正体を見極める事。
即ち、本当に白瀬咲耶を当て馬にし、283プロを隠れ蓑にした非情の悪魔なのか。
それとも、283プロを甲斐甲斐しく守護しようとして弱点を晒してしまった張り子の虎か。
283プロの関係者…その中で最も交流が広かったであろうプロデューサーの身柄を抑える事でそれは図る事ができる。


もし割れた子供達への追求が弱まれば後者、そうでなければ前者となる。
自分たちを追い詰めるという事は、共にいるプロデューサーも巻き添えで窮地に追いやるのと同義なのだから。
もし前者の場合であってもマスターであることは確定しているため空振りはない。
あの男がアサシンのマスターであるなら、マスターさえ押さえてしまえば後は煮るなり焼くなり好きにできる。
違うサーヴァントを従えていれば、あの男が使役しているサーヴァントが持ち駒として手に入るのだ。
しかも、成人男性。
それも休職中で社会との繋がりを絶っている者など失踪したところでニュースにもなりはしない。
有名人でもない大の男が一人、数日消えた所で誰も気にしないからだ。
他の主従にも感づかれるリスクは少ない。
複数の名が売れたアイドル達に手を出すより余程安全と言える。
無論それでも他の勘の鋭いマスターには察知される恐れもあるが―――マスターであることが既に確定している以上、勝負に出る価値はあるとガムテは判断した。
だが、万全には万全を期す。
ベストなのは、割れた子供達の仕業ではないと思わせる事。
北条沙都子のサーヴァントを使うのもその一環だ。ライダーは何しろ目立ちすぎる。
そして、作戦に投入する割れた子供達もごく少数…実働部隊は今回たった一人だ。


「なぁ……礼奈(レナ)ホントに一人で大丈夫か?向こうにゃサーヴァントだっているんだぞ?」
「大丈夫だよ解放者(リベレイター)。そのために黄金時代(ノスタルジア)ちゃんが協力してくれるんだもん。ぞろぞろ行って私達の仕業ってバレたらこの作戦の意味がなくなっちゃう」


白のロングスカートの下に取り付けられたホルスターに、トレードマークの獲物である鉈を刺す。
黒の指抜きグローブと無骨なブーツを履いて、正に準備は万端と言った様子で。
「準備できたよ」と。
茶髪の少女―――割れた子供達が一人、礼奈(レナ)はガムテに語り掛けた。
これから向かう場所はまず間違いなく、苛烈な戦闘が予想される。
にも拘らず、少女の様子は穏やかだった。


「そうだぜ〜礼奈(レナ)。ゼッテ〜露見(バレ)んなよッ!支援(アシスト)はしてやれね〜ケド☆」
「うん、分かってる。必ず成功させてくるから」


今回の作戦で選ばれた礼奈(レナ)という少女は、ガムテからすれば見たことのない顔だった。
だが、一目見て確信した。こいつは、玉石であれば玉の方に当たると。
それ故に、この重要作戦に投入する事を決め、礼奈の方もそれを快く受け入れた。


「ガムテ君の夢は、私達の夢だもん…少なくとも私はそう思ってる。その為なら命だって賭けられるし、誰だってブッ殺せる」


763 : オペレーション『サジタリウス』 ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/09/21(火) 19:11:33 pm9G0WlE0

情報によると、礼奈と言う少女の人生は、悲惨極まる物だった。
両親が幼い頃に離婚し、父に引き取られ。
その父が美人局に引っかかった事で財産の全てがむしり取られそうになった。
そうして彼女は家を護るために…その手を汚した。
美人局の相手と、脅しをかけてきた金髪の男性を不意を突いて惨殺したのだ。
だが、警察に感づかれ―――暫くの間、貯金の幾らかを引き出し別の場所に身を隠す事とした。
そして、その先で知る事となる。
生まれ故郷が、大災害で滅んだことを。
帰った時には全てが後の祭りで。
あれだけ護ろうとしていた父も死に、家庭も無くなってしまった。
その時の身を引き裂かれる様な悲しみは今でも克明に覚えている。
覚えているのに、自分の心には消せない罪と割れた傷があるのに――――
それすらも、否定された。
偽物だと。聖杯が用意した作り話に過ぎないと断じられたのだ。
そして、自分たちの存在が、あと一か月程であることも。


「この身体も、思い出も―――全部が嘘だって思い知らされて、未来はないんだぞって言われて。
それでも生まれちゃったから、仕方なく最期の時まで生きるなんて…私には耐えられない。
それなら、疾走(はし)って、夢見て死にたい。私が死んじゃっても、ガムテ君が勝ってくれれば私はガムテ君の中で生きられる。この狭い世界から―――自由になれる。そうでしょう?」


私達はきっと、これからも塵のように死んでいく。
私達には此処しかないし、何処にも行けないけれど。
貴方の中に還る事ができたなら。きっと、何処へだって行ける。


「了解(おけぴ)。分かってるぜ〜〜礼奈(レナ)んで、作戦のためなんだどさァ……」


そんな礼奈(レナ)達の想いに、相も変わらずお道化た調子で王は応えて、
ごにょごにょと礼奈に耳打ちをする。
その内容を把握した途端、花が咲いたように礼奈の顔は輝いた。


「え〜〜!!なりたいなりたいなりたーい!!本当に誰でもなれるの?」
「勿論(モチ)」
「え、えっとね!じゃあ礼奈(レナ)。この子になりたい!」
「………?んん?何でそいつなん?ま、構わね〜ケドォ
んじゃ、鏡の前に立ってみ(スタンドアーップ)」


怪訝そうな顔を浮かべて準備するガムテを尻目に、期待に胸を膨らませ、礼奈(レナ)は鏡の前に立つ。
すると、彼女の目の前…鏡の中に鏡を持った老婆が姿を現した。
老婆が持つ鏡の中には283プロの『元』アイドル―――七草にちかが映し出されていた。
そして数瞬後―――礼奈(レナ)の姿は七草にちかになっていた。
鏡の中に映した人物の虚像を投影することでその姿になれるミラミラの実の能力。
ネットに転がっていた七草にちかの活動写真を鏡に投影することで、七草にちかの姿を手に入れる事に成功したのだ。


「は…!はうぅ〜!!!にちかちゃんか〜いいよ〜!!おっもち帰りィ〜〜!!!」
「いや、今はお前がにちかだろ〜が」
「はうっ!そ、そうだった!!」


成果は上々。
可能性無き者(NPC)がミラミラの実の能力に干渉することは不可能でも、此方から干渉することは可能らしい。
無論この能力にも時間制限や何らかの制約が加わっている可能性もあるが―――今の礼奈の姿は何処からどう見ても七草にちかだ。


764 : オペレーション『サジタリウス』 ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/09/21(火) 19:12:16 pm9G0WlE0


「でもな〜んで偶像(ブス)共の中でこんな今は事務所(ムショ)に所属してもいね〜凡夫(モブ)選んだんだァ?」
「―――好きだったんだ、この子。歌が、ちょっと哀しくて……
最後のライブにも行ったんだよ!それで引退しちゃったみたいだけど…ダメ、かな?かな?」
「ま、イ〜けどォ。ンじゃ、今すぐ作戦区(ポイント)で準備(スタンバ)っとけ
黄金時代(ノスタルジア)のサーヴァントが着いたら作戦開始(クエストスタート)だかんな〜」
「……うんっ!頑張ってくる!!」



割れた子供達(グラス・チルドレン)のメンバーだとバレず、いきなり相手にサーヴァントをけしかけられない姿ならそれでよかった。
前々から知っているアイドルなら、ある程度演じる事もできるだろう。
そして、作戦区に向かおうとする礼奈(レナ)に、今は虎の子として厳しく管理されている地獄の回数券(ヘルズクーポン)を手渡し、静かにガムテはその姿を見送った。
まだまだやるべき仕事は残っている。
それでもガムテは一切疲れた様子を見せず、最も信頼する右腕に司令を出す。


「さ〜〜て、次は舞踏鳥(プリマ)、お前が他の幹部と指揮を取って偶像共(ドル)共の関係者に張り付いてくれ」
「襲撃(カチコ)むの?」
「いや、今はまだ近くで様子見で良い。俺が特攻(ブッコミ)命令出さね〜限りゼッテ〜他の仲間が先走らないよう管理頼むわ。MPが低いやつらは特にな」
「……分かったわ、精一杯頑張るから。でも、北条沙都子の事は大丈夫?」
「俺が黄金時代に殺されると思うか?」
「……いいえ、あり得ないわね」
「そ、だから頼んだぜ?俺の右腕」


あの犯罪卿の手によって割れた子供達の運用は方向転換を余儀なくされている。
これまでの遊撃ではあまり効果が上がらないどころかサーヴァントとの偶発的な遭遇戦によって返り討ちにされ、情報漏洩という事態を引き起こした。
となればこれまでの様な遊撃ではなく、割れた子供達本来のスタイル…狙いを定めたピンポイント攻撃に切り替えるほかない。

現状の目標(ターゲット)は都内に残る社長や事務員を含めた283プロの関係者十名あまり。
そこに数グループに分けた100人余りの割れた子供達を遠すぎず近すぎない位置に配置する。
だが、攻撃は控えさせる。今はまだ、遠巻きに圧力をかけるだけでいい。
攻撃命令を途中で出すとしたらそれは残った事務所の関係者が一斉に都心を離れる動きをした場合のみだ。
一定期間自宅がある場所を離れるとしたらそれなりの準備が必要だろう。着の身着のままという訳にはいかない。
そして、そう言った怪しい兆候は鏡面世界を通じていち早く傍受できる。
攻撃を行うときは一度に、それも迎撃(インターセプター)のサーヴァントが出てきても追尾しきれないように飽和攻撃を仕掛けるのが肝要だ。
残り主従の数を考えると迎撃に出られるサーヴァントは多くとも数騎程度。
どこか一、二か所が迎撃を受けても、他の283の関係者は全員拉致あるいは殺害できる。

それだけでなく、NPCの護衛でマスターの守りが手薄になると言うならむしろ僥倖。
悠々と自分とライダーは鏡面世界を通じてがら空きになったマスター達を殺りに行ける。
もっとも、この作戦は犯罪卿が283の関係者を守護ろうとしている前提が無ければ成立しない。
プロデューサーの捕獲失敗や、成功した場合でも犯罪卿が見殺しにすることを選べば割れた子供達を撤収させるしかなくなるが、今は置いておく。


練度の低い者はライダー用のお菓子の調達に回す。
第三宝具を解禁した以上、ライダーのお菓子の摂取による魔力の備蓄はこれまで以上に重要となる。
穴をあける事が無いように彼等にはフル回転してもらわなければならない。
業務の格差で不満が出る者が出ないよう、犯罪卿との本格的な激突(コウソウ)では彼らも作戦に投入することを約束して納得してもらった。


765 : オペレーション『サジタリウス』 ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/09/21(火) 19:12:29 pm9G0WlE0


そして、残りのメンバーは誰か幹部に指揮をとらせ、緊急時の拠点の確保に動いてもらう。
ガムテはそう遠くないうちにこの高級住宅塔のアジトを放棄することとなるのは予感していた。
そのため、今の段階から新たな拠点の確保に動いておく必要があると判断したのだ。
新たな拠点とは即ち割れた子供達の雇い主である竹本組傘下の極道事務所や屋敷だ。
そこに出入りしている極道達は近々大きな戦争があると伝えて暫くバカンスにでも行ってもらう。
裏の業界では鼻つまみ者の割れた子供達だが、メキシカンマフィアを壊滅させた話は竹本組傘下の極道達には知れ渡っている。
その割れた子供達が戦争するとなれば必然的に血の雨が降る。
面倒事と言うレベルではない厄種に自ら首を突っ込もうと言う極道は少ない。
命がかかっているなら猶更だ。
多少の反発はあるだろうが、巻き込まれることを恐れた極道の大部分は快く譲ってくれるだろう。


以上が、ガムテが定めた割れた子供達の今後の方針であった。
一先ず、これまで目立ち過ぎたことを考えれば割れた子供達は一度前線から下げるしかない。
もっと御しやすいサーヴァントであれば柔軟な手が打てたのだが――


―――マ〜マママママ…いいだろう、ガムテ。お前の案に乗ってやる。
ただ殺すだけじゃ気が済まねぇ…このおれに、四皇ビッグマムに喧嘩を売ったことを後悔させてやりな!
これでもおれはお前の事は買ってるんだ。お前はおれが喰いたいお菓子を喰いたくなる前から用意してくれるからねぇ……


よく言うぜクソ婆が、とガムテは心中で毒づく。
天上天下唯我独尊、その時の気分で言っていることがコロコロ変わるから始末が悪い。
と言うか、割れた子供達のキルスコアではあの婆が敵主従を抑えて堂々一位だ。
これで強くなければ即座に自害を命じている。


766 : オペレーション『サジタリウス』 ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/09/21(火) 19:13:04 pm9G0WlE0

「―――行っておきますが、使い走りのような事をするのは、これが最初で最後ですわよ」


と、ガムテがライダーへの苛立ちを募らせている時だった。
隣で、ジト目を浮かべた沙都子がどこか不服そうな表情で見つめていたのは。
次瞬、ガムテはまたお道化た表情に戻って。


「オッケ〜!Pたん捕まえれば黄金時代にンな手間かけさせる事も無いしな〜!
まッ礼奈(レナ)の作戦成功を祈って俺たちは他の偶像(ドル)共の家、盗視(デバガメ)しちゃおうぜ〜」
「もう少し言い方どうにかなりませんの?」


相変わらずお道化た様子の少年の姿は魔女である沙都子をして単なる馬鹿にしか見えない。
どれだけ油断ならぬ相手だと分かっていても、このお道化っぷりを見せられればそう思わざる得ない。
厄介な相手が競争相手にいる者だと、沙都子は強く実感した。


(……しかし、レナさんまでいるとは、まさか、全員いらっしゃるのではございませんよね?)


作戦の実行役だと言って彼女が出てきた時は表情には出さなかったが、正直面食らった。
この調子だと園崎姉妹までいるのではないだろか。
まぁいた所で今の沙都子にとって、いずれ来る理想の世界の彼ら以外興味はないのだが。
だから、危険な作戦にかつての仲間が参加するとなっても特別な感慨はいだかなかった。
北条沙都子は既に魔女なのだから。
正常な倫理観など、とうに昔に彼女自ら崩壊させている。


767 : オペレーション『サジタリウス』 ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/09/21(火) 19:13:26 pm9G0WlE0



(ま、精々頑張ってくださいまし、レナさん。損な役回り(ババ)はさっさとプロデューサーと言う方に押し付けて仕舞いたいので)


沙都子に任された仕事とは、プロデューサーが従えているであるサーヴァントの足止め。
その間に礼奈(レナ)がプロデューサーに近づき、交渉ないし強襲を行う手はずだった。
なし崩し的に巻き込まれた形になったが、沙都子にとっても悪い話ではない。
頼まれたのは足止めだけなのだから、そこから先はガムテ達の仕事だ。それはガムテに確約させた。
この仕事が成功すれば自分は割れた子供達の中での地盤を固める事ができる。
失敗してもガムテの信条から殺される事はないだろうし、もし怪しいなら皮下の陣営に寄れば良い。


(蜘蛛さん達の失敗は、一切の危険を排除しようとしたこと。
……隠そうと思えば思うほど、その意図は露になる物でございますのにね?)


蜘蛛の毒糸はそもそもリスクを徹底的に排除する運用は想定していない。
最善の防御策は、社会情勢を掌握した素早く広い探知と権謀術数を生かした先制攻撃だ。
謀略の本質は相手を陥れ、追い詰め、破滅させる事。
そして根幹にあるのは攻撃こそ防御という思想。
だがその蜘蛛を運用する者達の前提は、決定的に攻撃精神に欠けていた。
その大いなる矛盾が…最高のパフォーマンスを発揮した蜘蛛の防御策にほんの僅かな穴を空けてしまった。


「そンじゃ〜頼むぜ黄金時代(ノスタルジア)お仕事(ちごと)の時間だ
1ラウンド目は向こうにとられちゃったけどォ〜…2ラウンド目はこっちが殺る」
「えぇ…でも、案外こんな大がかりな事をしなくてもあの方は取り込めるかもしれないですけどね。
ガムテさんも気づいているでしょう?」
「あぁ、そうなりゃ超絶僥倖(ウルトラ・ラッキー)ッ!」


鏡で見た映像に映っていたあの男。
あの男の瞳の奥に燻る炎は―――人を殺した者の目だ。
正常な倫理と、鮮血に染まった掌の狭間で揺れる者の目だった。
ガムテは割れた子供達の勧誘時に、沙都子は雛見沢で起きる惨劇のループの中で。
慣れ親しんだ瞳だった。
もしかしたらこんな策を労せずとも取り込めるかもしれないが、今は現実的な範囲で最善を尽くす。


「―――――リンボさん?ええ無事ですわ。ただ怖い叔母様に少しお仕事を頼まれまして…
は?窮極の地獄界曼荼羅?……まぁ、後で伺いますわ。ともかく今は―――」


そして、悪童(ワルガキ)二人は悪事(ワルさ)かます。
不遜な悪魔を殺すための第一の矢を放つ。
紳士と悪童。
第二局目、開始。


768 : オペレーション『サジタリウス』 ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/09/21(火) 19:13:39 pm9G0WlE0


【中央区・某タワーマンション(グラス・チルドレン拠点)/一日目・夕方】

【ガムテ(輝村照)@忍者と極道】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:地獄への回数券。
[道具]:大量のお菓子(舞踏鳥(プリマ)持ち)
[所持金]:潤沢
[思考・状況]
基本方針:皆殺し。
1:Pたん捕獲作戦開始ィ〜☆
2:283プロへの攻撃は今は控えさせる。
3:あのバンダイっ子(犯罪卿)は絶望させて殺す。
4:黄金時代(北条沙都子)に期待。いざという時のことも、ちゃんと考えてんだぜ? これでも。
[備考]
※ライダーがカナヅチであることを把握しました。
※ライダーの第三宝具を解禁しました。
※ライダーが使い魔として呼び出すシャーロット・ブリュレの『ミラミラの実の能力』については以下の制限がかけられています。界聖杯に依るものかは後続の書き手にお任せします。
・NPCの鏡世界内の侵入不可
・鏡世界の鏡を会場内の他の鏡へ繋げる際は正確な座標が必須。
・投射能力による姿の擬態の時間制限。

【北条沙都子@ひぐらしのなく頃に業】
[状態]:健康
[令呪]:残り3画
[装備]:トカレフ@現実
[道具]:トカレフの予備弾薬
[所持金]:十数万円(極道の屋敷を襲撃した際に奪ったもの)
[思考・状況]
基本方針:理想のカケラに辿り着くため界聖杯を手に入れる。
1:最悪脱出出来るならそれでも構わないが、敵は積極的に排除したい。
2:割れた子供達(グラス・チルドレン)に潜り込み利用する。皮下達との折り合いは適度に付けたい。
3:ライダー(カイドウ)を打倒する手段を探し、いざという時確実に排除できる体制を整えたい
4:ずる賢い蜘蛛。厄介ですけど、所詮虫は虫。ですわよ?


769 : ◆8ZQJ7Vjc3I :2021/09/21(火) 19:13:52 pm9G0WlE0
投下終了です


770 : ◆EjiuDHH6qo :2021/09/21(火) 23:30:43 qIYgWwQQ0
櫻木真乃&アーチャー、峰津院大和&ランサー、神戸あさひ&アヴェンジャー予約します。


771 : ◆A3H952TnBk :2021/09/22(水) 18:38:44 lWcWzUxg0
すみません、仁科鳥子&フォーリナー(アビゲイル・ウィリアムズ)も追加予約させて頂きます。


772 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/22(水) 19:37:57 iHfKL8I.0
皮下真&ライダー(カイドウ)
NPCでアオヌマ@夜桜さんちの大作戦、風野灯織&八宮めぐる@アイドルマスターシャイニーカラーズ
予約します。


773 : ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/23(木) 16:06:23 053pq0fw0
投下します


774 : 小惑星(ユグドラシル)の力学 ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/23(木) 16:07:59 053pq0fw0
『私が言いたいことはすべて君の頭に浮かんでいるはずだ』彼は言った。

『では、おそらく私の答えはあなたの心に浮かんでいるでしょう』僕は答えた。

(中略)

『もし、君に私を破滅させるほどの知恵があるとすれば、まして私が君にそうできないことがあろうか』

『お褒めいただきましたので、モリアーティさん』僕は言った。

『一つお返しをさせてください。もし最終的に前者が保証されるなら、私は公衆の利益のために、喜んで後者を受け入れるでしょう』


A・C・ドイル『最後の事件』





『禅院』との間で話し合いを終わらせたモリアーティの執務室に神戸しおが来訪したのは、折よくモリアーティがマスター達は夕食を終えた頃だろうかと懸案していたタイミングだった。
ノックの音が大人の身長よりもずっと低い位置から聞こえてきたために、訪問者がしおであることはすぐに分かった。

「こんばんはー」

ノックはするけれど、「どうぞ」というこちらの返事を待たずに部屋に入り込んでくる。
礼儀作法などが、保護者のしつけによるものではなくテレビ仕込みであるが故の、子どもらしい仕草なのだろうと察する。

「あれ? おじいちゃん、忙しかったならごめんなさい」
「いやいや、こちらはいつでも大丈夫な用事だったよ。それより、何か要望でもあるのかネ?」

彼女なりに礼儀を見せようとしている証拠に、モリアーティが携帯端末を操作している様子を見て気遣うように下がろうとする。
神戸あさひの拡散具合をチェックするためのSNSから『板橋区が半壊』というニュースを手早くブックマークし、端末を手放して少女と向かい合った。

「さとちゃんのおばさん……松坂さんのお家にいたおばさんに会いたいから、おじいちゃんに会わせてもらいに来ました」

書斎机に腰掛けるモリアーティと机ひとつぶんほど距離を置いて相対し、ぺこりとお辞儀。


775 : 小惑星(ユグドラシル)の力学 ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/23(木) 16:08:38 053pq0fw0
「ほう? 会って何をする?」
「たくさんお話がしたいです」

努めて敬語を使う緊張感がありながらも、声は子どもらしくあどけない。
この年頃の子どもは、親の許可など求めないまま遊びに行くなどしょっちゅうだろうし、実際に昼間は思いつきでコンビニに行っていた。
もちろん無断で外出をされるよりも圧倒的にありがたいことは確かだが、心境の変化でもあったのか。

「どうして、私の許可が必要だと考えたのかネ? 昼間にお邪魔したお宅の住所を忘れたわけではないだろう?」
「おばさんのサーヴァントは会ってもいい人なのか、もう一回たしかめたかったし。それにおじいちゃんが許してくれたら車が使えるから」

なんともまっとうな打算だった。
家庭環境のいびつさをのぞかせる割に、しお君はこういうところがしっかりしているんだよネ……と、改めてモリアーティは気付かされる。

幼少期に与えられる過度なストレスは、生活機能の低下や学力の低下を引き起こしやすい。
また、目的のために社会規範を犯すのではなく、情緒不安定さゆえに常識からかけ離れた行動、喧嘩、暴走が常態化するようにもなる。
そういった影響を鑑みれば、むしろ神戸しおは極めて健全でさえあった。

「『らいだーくん』は一緒じゃないのかネ?」
「らいだーくんは行きたくなさそうだったから。『おじいちゃんも賛成しれくれて、車も準備できてる』って先に言った方が、動いてくれるでしょう?」

なるほど、子ども特有の『〇〇ちゃんは賛成してくれたのに』という根回し工作を仕掛けに来たということか。
常識や知識に大幅なかたよりこそあれ、彼女は現状を正しく分析し、デンジが言うところの『発作』以外については共感の成立する会話をこなしている。
作戦会議においてモリアーティが伝えた『松坂さとうの叔母のバーサーカー』の危険性と特徴も、きちんと理解して記憶している。

「サーヴァントである私のもとに、1人だけで訪れたりしてもいいものかな。何かの思いつきで君が邪魔になった時に、君を守る者が誰もいなくなってしまうよ?」
「でも、おじいちゃんはそうしない。私たちはまだ、何もしていないから」

幼いがゆえの拙さはあるものの、まちがいなく地頭は良い。
『同盟を組んでいる以上、その同盟の元が取れる、あるいは元が取れない結果が出るまでは手出しされない』という理屈を分かっている。

つまり、まだまだ伸びる余地がある。
ここで手早く、許可を出してしまうには惜しい。

「良かろう、と言いたいところだが、今この場でそれだけでは足りそうにないね。しお君」
「足りない?」
「私たちは、互いにとって得になるから仲良くしている」
「うん」
「つまり、下心があって君に優しくしているんだ。だから君が、私を納得させてみせなさい。君がおばさんと対面するのは、私にとっても良いことだと」

いずれ敵連合がどこかで勝者決定戦を行う時、当然にアーチャーは死柄木の側に立つことになる。
つまり、彼女にはその時までに『陣営』の将として、サーヴァントの使い手としての立ち振る舞いを覚えてもらう必要がある。


776 : 小惑星(ユグドラシル)の力学 ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/23(木) 16:09:12 053pq0fw0
相手の機先を制するための判断力。
相手の思いもよらない仕掛け方をする発想力
相手はこういうことをしてくるかもしれないという想像力。

つまり、悪として振る舞うための『ノウハウ』だ。
それを彼女には、機会があるときに教授しておく必要がある。
幼い少女が、幼いゆえの無知を将来のアダとしない為に手を入れて、先鋭化させる。

「それができれば、おばさんに会わせてくれるってこと?」
「その通り」

競い合うならば、死柄木にも可能だろう。
しかし、教え導くとなれば己以上の教授役はいないという自負がモリアーティにはある。
元コンサルタントにして、元教師。
犯罪教唆にあたって、悪の芽を育てたことは数知れず。

「良いことって言われても…………おじいちゃん、おばさんのことをほとんど知らないでしょ?」
「ならば、理解していこうじゃないか。標的を仕留めるには、『まず相手やその周りについて探るところから始める』のだ。
これが私の生徒であればノートに取るように推奨するところだが、作戦会議の様子を見るに君は記憶力も悪くないからネ。覚えなさい」

教師としての顔を向けられ、しおはただただ目をぱちくりとさせている。
これは何だろう、と言いたげに首をかしげているあたり、就学して先生と対面した経験そのものが皆無であるのかもしれない。
今後、あまり難しい言葉は使わないよう努めよう。

「分かってもらおうと思ったら、さとちゃんのことから全部話すことになるよ? たくさんお話することになるよ?」
「それもよかろう。いい加減、ライダー君も君の話に、あまり良い相槌を打ってくれなくなったのではないかネ?」

ノロケ、というのは基本的に、どれだけ発話する相手が可愛らしかろうとも過剰摂取すれば食傷になるものだ。
ましてライダーのようなぞんざいな兄貴分であれば、喜んでラブストーリーの聴き手としての役割を全うしているとは思えない。
やはりというべきか、しおは陽が射したような喜びを顔いっぱいに表した。
さとちゃんの話に、真剣に耳を傾けてくれる聴き手が存在する。
その喜びが、面会を引き延ばしにされている残念さを上回ったのだ。

「おじいちゃん、いい人だね」
「おやおや、そんな風に考えるのは間違いだよ。これだって、『いつか敵になるから、標的について知ろうとすること』の一つなのだ。
君もいつか役に立つから、もっと相手の狙いを考える癖をつけるようにするといい。ただ、そうだね……もし、少しばかりでもお礼をもらえるならば」

「私のことは『おじいちゃん』ではなく……」と言いかけ、モリアーティは黙る。

果たして、例えば幼女から『おじさん』と呼ばれているところが目撃された場合、周囲は『あ、若作りをしたいおじいちゃんが、おじいちゃん呼びを禁止してるんだろうな(察し)』という顔をしないだろうか?
いやいや、アラフィフと言えばまだ『老人』のくくりには入らないと思いますよ?
まして、この時代で言えばまだ定年の歳にだって全然遠いじゃないですか。いけるいける。

……ああ、でもなぁ。加齢臭を指摘されたことはあったんだよなぁ。

「……これからは、『M』と呼んで欲しい」

教授は土壇場で臆病風に吹かれ、呼ばれ方を妥協した。





プロフェッサー、Mを聞き役として、少女は甘い甘い砂糖になぞらえた物語を語った。

出会いから、別れまで。
記憶を失い、『お城』で目覚めた時のこと。
毎日のただいまとおかえり、ご飯、お風呂、誓いの言葉、一緒のおやすみ。
『お城』は融解し、死はふたりを分かつことになり、それでも生まれ変わってハッピーシュガーライフを過ごすまでのことを。


777 : 小惑星(ユグドラシル)の力学 ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/23(木) 16:09:55 053pq0fw0
自らにある気持ち。
その人のことを考えるだけで幸せで、一緒になれると満たされて、ただいまとおかえりで笑顔になる。
きらきらしたものでいっぱいになって、触れあっていると甘くて、あったかさが胸にずっとあること。

アーチャーに相づちを打たれ、話を促されるうちにしおは気付く。
この老人がしおの話を真剣に聞いてくれるのは、あくまで『しお達の事情を知りたい』からであって、『さとうとしおの仲を取り持ちたい』わけではない。
興味こそあれど、さとうの叔母のように『応援したい』という好意ではないのだと、先ほどのやり取りも踏まえて理解する。
ここで彼が、『君とさとう君のために聖杯は譲ってあげよう』なんて言い出したら、その方がよっぽど変なのだから。
それでもうんざりしたような顔をするデンジより楽しく話ができることに、感謝の気持ちは大きかったけれど。

「では、おばさんがどんな人だったのか教えてくれるかな?」

アーチャーの『えむさん』が求めていることは、『どれほどおばさんに会いたがっているか』と真剣に訴えることじゃない。
今、えむさんを興味のある話で釣っているように、『私とおばさんが会うことは、あなたにも得です』と分からせてほしいと言っているのだ。

「おばさんは、自分のことよりも、私とさとちゃんの仲を応援してくれる。これは絶対にそう」

二人が逃亡計画のために考えていた策の数々は、常識の追いつかないしおにとって難しいことが多数あった。
それでも、おばさんは逃亡計画に関して言えば、さとうに全面的に協力していた。
明らかに運転し慣れていない車を手配して、いろいろな工作に従事していた。

「さとちゃんは、おばさんを苦手にしてたけど、おばさんは絶対に裏切らないって信用してた。
おばさんが、脅されてしゃべったら私たちは逃げられないかもしれないのに、ぜんぶを打ち明けてた。
だからおばさんは、自分のことが危なくなっても私たちの味方をしてくれる」

しおとさとうの幸せを語って求めるだけでなく、アーチャー達も得することを作り上げる。
それが、駆け引きをするということ。

「だから、わたしからおばさんに『お願い』って頼めば、おばさん達はえむさんの言う事を聞くようになると思う」

同じ結論を、とても頭が良くて住居の用意まですぐにできるほど何でも分かる『えむさん』ならとうに計算しているだろう。
それでも彼は、二つ返事で引き受けるのでは無く、『しおが自分からメリットを思いついて提示する』まで会話に付き合った。
愛のために戦うなら、戦い方と武器の使い方を覚えろと老人は教えたいのだ。

「おばさんはそうであっても、おばさんのサーヴァントは言うことを聞いてくれるかな?
おばさんとそのサーヴァントの仲は、おせじにも良いとは言えなかった。
おばさんが協力してくれても、サーヴァントが従わずに台無し、はあり得るのではないかネ?」

だからこんな風に反対するのも、しおを促す為であるはず。
それだからこそ、少女は、知っていることを思い出そうとする。
しおと叔母について知っていることで、その反論に答えられる手札がないかを選び出す。

「……令呪があるよ。仲が悪いのに逆らいきれてないなら、おばさんはまだそれを残してると思う」
「素晴らしい。まずまずの交渉だった」

ぱちぱちと拍手されることをおおげさに感じ取りながらも、悪い気はしない。
この人のやり方を間近で見ていれば、もっと賢くなれる。
その手応えを、しおも感じ取った。

「どのみちバーサーカー君には動けるようになったら拠点を移してもらう予定だったネ。その引っ越しと重なるように都合を付けよう。」

モリアーティは四ツ橋に内線をつなぎ、現状で松坂家にアポイントを取って欲しいという要請をする。
また、松坂家の新居になる『日光の射さない家』は確保できたかどうかも確認をとる。
どちらも渡りがつけば、荷運びのトラックなども用意させつつ、バーサーカーが動ける日没を待ってからマスターごと転居させる。
そのタイミングで、引っ越し祝いを持参しながらしおを帯同させて会う、という段取りが組めるだろう。


778 : 小惑星(ユグドラシル)の力学 ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/23(木) 16:10:44 053pq0fw0
「すぐ出かけられるように車も待機させるから、ライダー君にも話を通しておくといい」
「ありがとーございます!」

ふたたびぺこりと頭をさげ、ぱたぱたと退室しようとする。
そこをモリアーティは、ふとした気まぐれのように呼び止めた。

「そう言えば、しお君。話題は変わるのだがネ」
「なぁに?」

喜びいさんでライダーを誘おうとしたところに別の会話を組まれた少女は、ちょっとだけ残念そうな顔を見せる。
だが、Mという先生の話は有意義だということを、もう知っている。

「君の意見……君ならどう思うのかを聞いてみたいことがあるのだが、いいかな?」

少女に聴いてみるという選択肢をたった今、思いついたかのように、教授はゆっくりと切り出した。
それは実際に、なぜか聞いてみたくなった、としか思われないほどに唐突な話始めだった。

「実は私には生前……ずっとずっと昔から、こいつにだけは消えて欲しくてたまらないあん畜生がいたのだよ」
「あんちくしょう? ああ、さっきテレビでやってたあんパンのヒーローの仲間なの?」
「いや、違うのだが……そうなのかもしれないね。あんパンのヒーローと、ばいきんの悪役。我々はそういう間柄だったのだ」
「えむさん、悪い人だって言ってたもんね」
「そう、私がばいきんの側なのだヨ。ところが、だ。この聖杯戦争にいるかもしれないサーヴァントに、『こいつも同じあんパンの敵だったのか』と思える奴がいてね」

真名をあててみようとする発想さえないほどに物語を戯画化し、教授は宿敵のことを話題にした。
『同じあんパンの敵』が、己の鑑写しかもしれないとなどと、ノイズになる情報は伏せたまま。

「えむさん、あんパンとばいきんの仲なのに、そんな人がいるって知らなかったの?」
「そんなヤツがいるなんて、まったく想像もしていなかった。だが、集めた情報をもとに一から考えると、どうにもそうとしか思われない」

ところが一つ問題があってね、と前置きし。

「私の考えるそいつの性格は、どうしたって、あの『あんパン』を敵に回すような奴だとは思えないのだ」

盤上で駒を操りながら。
その『もう一人』を始末するために、同盟者に動いてもらう計画を電話で相談しあっていた、さらにその裏側で。
己の頭を悩ませる、個人的な疑問点について、少女の意見を求めるつもりになったのは、なぜなのか。

「どころか、今回の『聖杯』の取り合いのように、争う理由も思い当たらない」

もしかすると。

「どう考えてもその二人は敵として憎み合うような理由も、動機もないのに、最後には殺し合ったことだけが分かっている。しお君は、そんなことがあり得ると思うかな?」

壊れてしまった少女であれば、おかしな人間関係のことを思いもつかないように評するのではと、そのように期待したのかもしれない。





最初に『もしや』と思ったのは、四ツ橋力也の『覚醒』を見届けた直後のことだった。

生まれ変わったかのごとき顔でスポンサーになることを約束した四ツ橋に、まずモリアーティは使いを命じた。様々なことを試させた。
電車、飛行機、船舶、徒歩などのありとあらゆる交通手段を利用させ、二十三区外に足を運ぶことかどうか検証させたのが主であったが、それ以外にも色々と。
ただの『可能性なき』NPCに過ぎなかった段階と比較して差異はあるのか、可能になったことに対して不可能になったことはないか、徹底的に確認した。
それまで当然のように行っていたことができなかったために、いざという時アテにできませんでした、といったことは避けたい。

結果は、モリアーティの予想通りのものだった。

覚醒する前にあたりさわり無く出入りできていた――当然のように隣県に出入りできるものと思い、また都外に足を運んだ記憶もあった――NPCの時の状態は、保てなくなっていた。
区と市の境界線をまたごうとしても同じ景色が立ちはだかり、行けども行けどもGPSは同じ位置を示し続ける。
聖杯戦争の参加者と、まるで同じ状態に置き換わっていた。


779 : 小惑星(ユグドラシル)の力学 ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/23(木) 16:11:32 053pq0fw0
界聖杯がそのように定めたのも、すべて予想の範囲内であった。
仮に『参加者は東京都外からの物資の調達などを想定していないが、事情を理解しているNPCに己の代行をさせるのは可能だ』などという状態がまかり通れば、『この世界に二十三区外は無い』という世界の仕組みが形骸化し、聖杯によってまかなえる世界のキャパシティは壊れてしまうことだろう。

その結果を聞き取り……『やれやれ、危ないところだった』とモリアーティは胸をなで下ろした。

それはデトラネットの掌握の可否とはまったく別のところから生じていた危惧だった。
できればそうあって欲しくなかった――生前ならそうあって欲しかった――仮説が、実現し得るところを確認してしまったが故のことだ。



ああ、この惑星(界聖杯)は、壊そうと思えば壊せてしまう。



ひとつひとつ、論理は繋がることを証明しよう。

まず、可能性なきNPCや二十三区内の物資はすべて魔力によって構成された、界聖杯の管理下に置かれたデータである。これは前提だった。

物流の再現も、23区における食料自給率の数値を鑑みれば、マスターが飢えないための措置として『区外から流れてきた物資搬入の乗り物と運転手』が魔力で精製され出現している、という状態にあることは想像がたやすい。

出勤の都合などで『区内と区外を出入りしている』設定を持たされたNPCも、『二十三区外が存在しない』という前提がある以上、都心を離れて会場外に出てしまえばひとたび界聖杯を循環する魔力に置き換わり、都心に戻ってくる時間になれば『出かけていたという記憶』と『出かけていたという設定によって再構成された身体や手荷物』を付与されて、再び駒として復帰する。
このような措置が取られていると見るのが妥当だ。

だが、覚醒したNPCにこのような措置は行われない。
どころか四ツ橋は、己の意思によって『協力し得る全てをMに提供する』と宣言した。

つまり、状況を理解したNPCは、界聖杯の管理下にある端末から、独立した人間(参加者と同じ状態)へと移行する。
これについても、NPCに付与された知能水準を考慮すれば、『NPCに状況を理解させること自体は可能である』と事前想定できた。

より、突き詰めた断言をすれば。
『覚醒したNPCは、己の存在を界聖杯から独立させて、己が定めた主従に魂喰い(魔力提供)をさせることも可能になる』ということ。

ひいては。
『覚醒したNPCが魂喰いなどによって参加者に魔力を提供すれば、その分だけ界聖杯の管理下にあった魔力総量が参加者の手に渡る』ということを意味する。

つまり。

東京都23区で暮らしている都民を、短期間のうちにすべて『覚醒』させるようなプレゼンテーション能力を持ち。
都民全体の意思を、一つの方向に誘導、ないし煽動、ないし話術による教唆をすることによって、全都民から魔力供給を受けられる。
そんなサーヴァントが存在すれば。
モリアーティ自身には、それが可能ではあるのだが。

界聖杯は、東京都民約970万人の命を維持できるほどの魔力をそのまま失う、ということになる。
それどころか、その魔力を手にしたサーヴァントが事象改変、もしくは機能改造を得手とするサーヴァントであれば、それをそのまま聖杯破壊兵器に改造される可能性すらある。

そうでなくとも、内界の広さは東京都23区に限られ、それ以上の世界は設定する余地がないと規定されている規模の世界だ。
その世界を構成する中でも、『並行世界の人間を再現する』というのはとりわけ手間のかかる要素であることは疑いない。
その人口、全員分の魔力を削ぎ落とされて、界聖杯が形を維持し続けられるか――おそらく、否である。

予想が立てられれば、あとは計算の世界の領域だ。
界聖杯の世界に存在する物資、生物、NPCの全体数のおよそを計測。
固体それぞれの維持にかかりそうな魔力量を代数で置換。
代数の正確な値は魔術に通じた者でも無ければ割り出せそうに無いため、低く見積もった最低値と、期待にかなった場合の最大値をそれぞれで代入。
モリアーティは魔術については博学ではなかったけれど、すべて計算式と力学で組み上げられるならば、『数学者』であれば足りる。
むしろ『数学者』でなければ計算がかなわず、結論を出せない。

遠い日に、『地球を破壊することは可能』という主旨の論文を書いたのと同じ事。
できる、と言う計算だけはできてしまった。
やれる、と言う結論だけは出してしまった。


780 : 小惑星(ユグドラシル)の力学 ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/23(木) 16:13:05 053pq0fw0
その上で、『やれやれ、危ないところだった』と安堵した。
同じ結論にたどり着こうとする酔狂な者など、まずいないだろうと予想した上での、感想だが。
誰かが聖杯を獲る前に別の者が聖杯を破壊することは、『970万人の殺戮』という人道さえ踏みにじれば可能であったのだから。

だが、『もしや』と思ったのは、『もう一匹の蜘蛛』も一度たどり着いていると察したためだった。
そうであるとしか思えないように、もう一匹は動いていた。

例えば、峰津院財閥への対応がそれだ。
手を入れた痕跡があったことはこちらも同様であった。
『財閥のトップに会いたい』という目的での探りだったことも、互いに同じだった。
だが、『それだけ』だったのだ。
もう一匹が『探り』を入れている気配なら、幾度も互いに感知し合っている。
互いに、それが分からないようでは同業者としてはやっていけない。
だが、こちらが四ツ橋に眼をつけるまでに都内企業の総浚いをしたのと比較して、もう一匹が『企業ごと抱き込む』ための接触を狙っていたと見受けられる事例は、それだけだった。

原因として考えられる他の企業との差異は、『長がNPCではなくマスターだと推定されたから』という一点しか見受けられなかった。
峰津院財閥との接触であれば、『事情を打ち明けられるNPCかもしれない』と見込んでのものではあり得ない。
ある程度、21世紀の国情に順応したサーヴァントであれば『この時代の東京に財閥があることはおかしい』と分かる。
つまりその接触は、明確に『同盟できるマスターであれば近づくが、そうでなければ退く』という一線を引いてのものだ。
モリアーティとデトラネットのように、『NPCであろうと巻き込む』という手段を選ばない接触ではない。

仮に、一つの目的のために企業を総動員させるならば、どうしてもその企業のトップには『聖杯戦争の事情を理解させる』という手順を踏まなければならない。
社長が目的を理解しているかどうかで、社長の権力によって動員できる戦力の質は変わってくる。
企業として可能になる対応には雲泥の差が生じてしまう。
その、『NPCに事情を打ち明け、聖杯戦争のことを理解させた上で協力者となってもらう』という過程を踏みたくない……それを明らかに避けている者の動きだった。

そう見受けられる理由ならば他にもあった。
予選期間の間に、互いに駆使し合っていた『NPCを利用した情報の糸を張る』という応酬。
そこでNPCを足がつかないように使っているというやり口は同一でありながら、その使われ方は『事情を打ち明けなくとも、恩義や脅迫によって実行できる範囲の協力』にとどまっているのだ。
明らかに、聖杯戦争の舞台について打ち明けることのリスクを知っている者の対応だった。

若い蜘蛛も、気付いている。
覚醒によって、ゲーム上のデータだったNPCが参加者と同質の『可能性ある命』と化すならば、それは聖杯が作った物の破壊ではなく、道義上の殺人なのだと峻別できない危険を孕んでいる。
界聖杯を破壊すること自体は可能だが、それは約970万人の『命を生み出した上で刈り取る』のと同義になりかねない。
『勝つためにNPCを次々と目覚めさせていく』という行為が、最終的にはその発想に繋がり得るということを。

その結論に到達した上で、聖杯を悪用させないために、970万人に命を宿らせた上で殺すという選択肢は放棄している。
『自陣が死ぬことを計画に入れるバカ』であれば、死柄木のような願いによって滅ぼされる地球人口70億人を守るために、全マスターを含めた都民970万人を殺戮できたのかもしれないが、それはやらない。


781 : 小惑星(ユグドラシル)の力学 ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/23(木) 16:13:44 053pq0fw0
それを決断させたのは、モリアーティに『死柄木を見届ける』という新たな目的があったように、先方にも『巻き込まれただけの無辜のマスターを見捨てられない』という守るべき一線があったからだ。
もしも、聖杯を否定する者がその手段をとった場合。
戦争に無辜の市民を巻き込むのは許せないと主張する者が、同じ言葉で戦争に巻き込まれる命を積極的に増やしていることになる。
聖杯に対して革命を起こす大義が失われる。
故に、『NPCに舞台を理解させて目覚めさせる』という手段をその陣営は使えないし、使わない。
それが老いた蜘蛛(もう一匹)に対して圧倒的に勢力の規模で劣り、積極的な攻め手を撃つにも速度と質で競り負ける結果に繋がると理解した上で、そのままに戦うつもりでいる。

ここまでを考慮したところで、数学教授の思考は『なぜ解けた』に戻ってくる。
界聖杯破壊説を計算しようとするなど、策謀家の発想ではなく論文を書く学者のそれだ。
界聖杯の破壊に必要なエネルギーを算出する式など、ただ『頭が良い』だけでは絶対に解けない。

数学的見地からモリアーティと同じ地平に立っていなければ『小惑星(ユグドラシル)の力学』はできない。
故に、全ての『それ』以外の可能性は、有り得ないと除外される。



――彼の職業は、数学者だ。



そして、モリアーティは疑念を持つ。

犯罪と証拠隠滅による暗躍だけならば、まだ『スタンスの違う同業者だ』と済ませることができた。
だが、その同業者の中に『小惑星(ユグドラシル)の力学』に解を出そうとする者が、いったいどれほどいるのか。

そして、283プロダクションの醜聞(スキャンダル)を経て疑念はより強くなっていく。
相手は、『数学』教授と、『犯罪』専門家に加えて、さらに経営の『コンサルタント』がかなうことが濃厚となったのだ。

並行世界があまたあったところで、これだけの酔狂な職業をすべて経験した英霊が、『モリアーティ(自分自身)』以外に存在するだろうか?

これだけ希少な職業が別人の英霊によってすべて重複する可能性など、そちらの方がよほど極少ではないか。

そう思わせる根拠なら、理性だけでなく感性の側にもあった。
『まったくスタンスの異なる自分と、盤上で向かい合う感覚』に、ジェームズ・モリアーティは覚えがあったのだ。
それはシャーロック・ホームズではない。
ホームズとモリアーティは、双方ともに英霊の座に召し上げられてからも永劫変わらない宿敵の縁を持っている。
故に、互いが同じ舞台に召喚された時に、両者には『お互いが存在することを理解する』ことが可能となっている。
つまり、盤上に立つその人物が、『さも義賊のように振る舞うホームズのカバーである』という可能性は初めから除外されているのだ。

それは、『善のモリアーティ』と、『悪のモリアーティ』と呼称されていた、新宿における聖杯戦争での対立の時のものだ。
アーチャーとしてのモリアーティに付与された『魔弾の射手』は、仇敵の打倒という共通の目的で、幻影魔人同盟を交わした際に取り込んだものだ。
つまり、魔弾の射手を持ち合わせている時点で、新宿の亜種特異点でのことはひと通り記憶として有している。。
結果的に一連の企みはすべてモリアーティの自作自演であり、『善と悪のモリアーティ』もそれぞれ同一人物というわけでなかったが。
当時の『己と似たような傾向を持つ、スタンスの異なる相手を盤上に置いて仮想相対する感覚』と、今回のそれは似ていた。

ここまで重なってしまえば、やはりそうなのかと、結論をつける向きに思考は流れる。
しかし、ただ一点だけ、『だとすればおかしい』という矛盾があった。
それだけが、結論を阻害していた。

若い蜘蛛が、『違う可能性のもとに生まれ付いたもう一人のモリアーティ教授』だったとして。

義賊である彼には、正義のシャーロック・ホームズを宿敵として位置づける理由がどこにもない。
故に、彼が『シャーロック・ホームズの敵』たるモリアーティ教授であることは否定される。


782 : 小惑星(ユグドラシル)の力学 ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/23(木) 16:14:27 053pq0fw0
己が小説の中の存在であることを、モリアーティは全面的に認めるつもりはない。
だがしかし、物語の登場人物(キャラクター)として語られる存在であること、物語の人物に置換ができる存在であることは自覚している。
その上で、『ジェームズ・モリアーティ』の物語上の存在意義は、シャーロック・ホームズの打倒にあったとも理解している。
打倒しきれなかったからこそ、必ず勝てないという宿命を抱え込むことにもなったのだが。

故に、考える。
モリアーティ教授が真の悪人でないならば、シャーロック・ホームズを殺そうとする敵として登場する意義そのものに欠ける。
故に、若い蜘蛛が『別の物語のモリアーティ』だという仮説は立証できない。

義賊のままで『犯罪王』と同じ所業を行った理由ならば、いくらでも心当たりをつけられる。
ジェームズ・モリアーティは当時の大英帝国が、どのような時代だったのかを知っている。
30万枚のガラスがあしらわれた水晶宮が建造される一方で、街ひとつまたげばスラム街で数万人の堕胎児が生まれていた時代を、知っている。
堕胎されずに生まれて来られたら幸いで、盗みや殺人に手を染めないまま成長できる子どもなど、もっとごくごく一握り。
何よりも上層階級の者がそれが当然のように放置する理不尽がまかり通っていた時代を、知っている。

君は、あの世界が嫌いだろう。
理不尽に殺し合いを強要するような現状に反旗を翻そうとするような者にとって。
人種や階級、生まれによって他人を虐げる権利が発生する時代は、生き辛いことこの上なかっただろう、と。
正攻法ではあの時代を治癒するなど不可能だったとを、知っているからこそ。
彼をモリアーティ教授として置いた場合の最終的な目的は、犯罪による社会の革命だったのだろうと類推できる。

だが、そういう物語であるならば、彼を主人公に置くだけで、宿敵を置かないまでも完結する。

探偵役を配置する意義は、あっただろう。
犯罪によって社会に要求を突きつけるならば、『このような現状は間違っている』とプレゼンテーションする探偵役を用意することには効果がある。
だが、そうなった時の探偵は犯罪王に操られて探偵役をやらされる駒、より辛辣な言い方をすれば道化にすぎない位置に甘んじる。
モリアーティとは対等にも主人公にもなれないし、物語の中で成長をとげるにせよ、『モリアーティを倒すところまでモリアーティの思惑どおり』であるのは主人公の振る舞いとは言えない。

あるいは、犯罪王は間違っている、犯罪は犯罪だと糾弾する探偵役を置くことも可能だろうが、それだけでは敵にはなれても『宿敵』までには至れない。
正しい方法のみであの時代を変革すること自体は、ヒーローがいようとも不可能なのだ。
そして、両者の社会を改革するという大目的は一致していなければ、この物語はハッピーエンドにならない。最終的に、両者は敵対しない。

まさか、向こうのモリアーティにとっての歴史では、ホームズの方が悪の側だったのか、あるいはシャーロック・ホームズの方が敗北していたのか。
その可能性も有り得ない。
相手方の動きは、明らかに『善性を持った存在がいると信じており、悪の蜘蛛の打倒は可能である』ことを前提としたもの。
悪のモリアーティは正義のホームズに敵わないという大原則を理解している者のそれだ。
この人物が、『シャーロック・ホームズ』を敵に回した悪党の物語であり、なおかつ悪党は敗北する。
その構図が、どうにも思い描けない。
絶対にシャーロック・ホームズでなければならない理由が、存在しない。

老いた蜘蛛にとって、そこだけが『もう一匹』を『モリアーティ』と呼ぶことを躊躇わせる、最大の難題だった。


783 : 小惑星(ユグドラシル)の力学 ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/23(木) 16:17:04 053pq0fw0



「有り得るよ」

当時のロンドンで一二の叡智を持ったその教授に対して、少女は即答した。
なんだ、そんなことかと簡単な解法を持つように。
天使のようにたおやかな微笑みで。
愛を語る少女は解答する。

その矛盾を解決する、たった一つの解法は存在する。



「その人は、大好きだったんだね。おじいちゃんが大嫌いな人のことが」



だって、死がふたりを分かつまで殺し合えば、最後まで一緒にいられるでしょう?
マキマさんたちもそうだったもんねぇ、と一人うんうんうなずいている。

その答えに、教授は驚愕し、ただ口を開けた。
言葉を取り戻すまでにやや時間を要し、『好きだったから』という単語を飲み込むのにしばらくかかり。
その意味を黙考して咀嚼しきる前に、まず反論が口をついて飛び出す。

「いや、だがね、しお君。敵同士だよ? まさに、私とその大嫌いな奴のような関係なのだよ?」

そこに『好き』があるというのか、と。
老いたモリアーティにとって最大の難所であるはずの、その『引っかけ』を、8歳の少女がいともたやすく越える。



「わたしと、とむら君は、敵同士だけど仲よしだよ?」



何もおかしなことはないと言わんばかりに提出される、自信満々な解答用紙。
その断言ぶりに、往年の大英帝国の叡智の一角は、それ以上の反論ができなかった。

頭の歯車が、違う形に噛み合う。
仮に、『その感情』があったとすればと、再構成が為される。

「ああ、ああ……」

仮に、『犯罪者』が『探偵』に向ける感情が、嫌悪や憎悪でなかったとすれば。
その仮定に立ってみるのは、かなり生理的におぞましい事だったけれど。
一端それは脇に置いて、見直せば。

そこに好意があるならば、『犯罪者が探偵に絆された』という解釈が成り立ち、探偵の勝利は成立する。
犯罪者は死亡し、探偵が生き残るという結末は、『犯罪者が探偵を道連れにできなかった結果』として探偵が勝った結末になる。



――あれ、楽しかったでしょう?



「私も一度は『そう』だったのに、見落とすとは恥ずかしい……」

『探偵に向ける感情がそうだった』という点については認めたくなかったが、それでも経験したことがあるゆえの納得はあった。

その感情に絆されては、敗北するしかない。
どんな思惑を秘めていようとも、相手の思うままに流される切り札。
あの亜種特異点新宿で、悪の計略をどうしようもなく破綻させて敗北させた、敗因。
それは、『七発目の魔弾が直撃するほどの親愛(いちばんたいせつなひと)』。


784 : 小惑星(ユグドラシル)の力学 ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/23(木) 16:18:11 053pq0fw0
「おじい……えむさんにも、好きなひとがいたの?」
「たった一度だけ。もう忘れようと決めていることさ」

それを己も持ったことがあるだろうにと、己の不明を認める。

「私には大切なものが、何ひとつ存在しなかった。愛用の棺桶を手に入れる過程で知り合った、たった一つの出会いを覗いてはネ」
「えむさん、結婚できなかったんだね。かわいそう」
「君の言葉はロマンスでいっぱいなのにピンポイントで生々しいなぁ……」

お城で育った女の子にとって、『大切な人がいない』とは『誓いの言葉をささやいて結婚式を一緒にあげる人がいない』という事実を指す。
だが、大人の世界におけるそれは『結婚も子ども無かったなんて寂しい人生を送ったなぁ』という凶悪な煽りと化す。

ここに現界したのは、『新宿幻霊事件』を経たモリアーティ教授である。
宿敵を倒すために、無理やりじみた手法で善性を獲得し、一度だけは『正義の味方(じゃあくなるもの)』として振る舞ったことがある教授だ。
しかし、ここに現界したのは天文台(カルデア)に召喚されたモリアーティ教授ではない。
界聖杯に召喚され、悪役(ヴィラン)の首魁に引き寄せられたモリアーティ教授だ。
サーヴァントの性質は、マスターに引っ張られる。
であれば、藤丸立香ではなく死柄木弔に召喚されたサーヴァントが悪を志向するのは当然。

ジェームズ・モリアーティは悪であり、またそのことを自覚もしている。
これが人理の危機であり、かつて大切に思ったマスターの抱える問題であれば、その悪意は人を救う為に役立てられたかもしれない。
しかし、悪の可能性を目にしてしまったモリアーティが、前召喚においてつむがれた縁を『不要』と断ずるのは当然のこと。
それでも一つだけ、言及することがあるとすれば。

――死柄木弔が破壊しようとしている世界が、『藤丸立香が救った世界ではない』と分かった時は、安堵した。

いやはや、まったく、愛とは『これ』だから。
犯罪界のナポレオンは、愛を御することができない。
いまひとたびの愛に染まるつもりはないし、これから先に誰を愛することもない。
一人だけ存在した『大切な人』が界聖杯には招かれていなかった以上、その先を知ることもできない。

だが、愛が厄介なものであることは知っている。
故に、神戸しおの『愛』について、彼女を育てるための根幹だと価値を見出す。

「どうして?」
「ん、どうしてとは?」
「えむさんはその人のことが大好き。なら、えむさんみたいに悪い人が、どうして悪い事をして会いに行かないの?」

目の前にいる老人は、テレビに出てきた『悪いことはやめるんだ』と説かれる悪役のように、したいことの為なら悪さをするのを躊躇わない。
故に、大切な人のいるMが、大切な人に会いに行くよりも『とむら君』の面倒にこだわるのはおかしいと主張する。

その言葉に老いた蜘蛛は口元を歪め、これは君には出会った事の無い考え方かもしれないが、と前置きして。

「世の中にはね、『その人の為なら騙しても犯しても奪っても殺してもいい』と思える人がいる一方で、
『その人の為なら、騙したり犯したり奪ったり殺したりすることはできない』と思える人がいるのだよ」
「…………」

彼女がそれを『愛じゃない』と判定するのか、『そんな愛は間違ってる』と評するのか、それは蜘蛛の判定することではなかったが。


785 : 小惑星(ユグドラシル)の力学 ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/23(木) 16:18:58 053pq0fw0
「だから私は、大事な彼女を望まないのサ。今の教授(せんせい)は、『悪の味方(じゃあくなるもの)』だからネ」

故に老いた蜘蛛(オールド・スパイダー)は、愛さない。
また、もしも愛することを考慮した上で己がマスターに接すれば。
いずれ『大事なものを奪う七発目の弾丸』が、今度は死柄木弔へと発射条件を満たしてしまう。
故に老いた蜘蛛(オールド・スパイダー)は、他者を愛せた己に別れを告げる。
己にわずかばかり芽生えたかもしれない善性を、切り離す。

「ただし。それが君にとって、『愛じゃない』と言えるものだったとしても、『愛だ』と認められるものだったとしても、そのどちらにも言えることだが」

言葉を切り、大事な要点を授業で説明する時のように、もったいを付ける。
幼い少女へ、後学のためにと、教唆(アドバイス)を行う。

これから君がおばさんの厚意を利用しに行くのもそうだよ、と前置きして。



「他人の愛は、悪用しなさい」






神戸しおが退室した後、283プロダクションへの仕掛け方について相談済みだった禅院のもとへと、さらに追加で連絡を入れた。

――もし、283プロジェクトに潜んでいたサーヴァントが『二つ名』を名乗っていることがあれば、それをすぐに私に教えてほしい。

当然に、真名が露呈しかねないような二つ名を名乗るサーヴァントはいない。
しかし、己が『M』だとか『教授』だとか名乗っているように、ゆかりのある呼称をつけてしまうということはある。
たとえばそれが、彼の職業に関わるものだったとすれば、この予感には解答を得られるだろう。
その時は、『もう一匹』のことを、いよいよ真名『ジェームズ・モリアーティ教授』だと仮定する。

また、もしもその仮定どおりであったとすれば。
『もう一匹』もまた、こちらが『ジェームズ・モリアーティ』である可能性には至っていることだろう。
向こうの『悪の敵』と違って、『悪の味方』をするモリアーティの人物像は、ほぼほぼ小説の『シャーロック・ホームズ』のそれに立脚した、巨悪としての立場で動いている。
『物語に刻まれた英雄も、英霊として座に加わることがある』というサーヴァントの知識をもってすれば、こちらが向こうの真名をあてるよりも推測材料は多いのだから。

禅院には、先方の正体に心当たりや興味でもあるのかと探りを入れられたが、その理由は伏せた。

――いや、対面して見てもし顔の良い若い男だったなら、『なんでこっちは腰痛持ちアラフィフなのに向こうはイケメンなのかネ』という長年の劣等感から解放されるから。

「「「「そこかよ」」」」と、もしこれが死柄木でもライダー(デンジ)でも四ツ橋でも禅院でもでも同じ言葉を言い返したはずだが、誰もその理由は知らない。


786 : 小惑星(ユグドラシル)の力学 ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/23(木) 16:19:43 053pq0fw0
しかし、神戸しおに言われたとおりの物語だったとして、やはり本気で腑におちないことがある。
あんな男の、どこがいいんだと。

犯罪王の、ジェームズ・モリアーティだけが知っていることがある。
小説でシャーロック・ホームズの所業が褒めそやされるたびに。他者がホームズに好評をつけるたびに感じ取る、わずかな違和感。
『ジェームズ・モリアーティの知るシャーロック・ホームズは必ずしも善人ではなかった』ということ。
モリアーティは悪人だったが、それと対を成すものが善人であるとは限らない。

むしろ蜘蛛の知るシャーロック・ホームズは、人理を、公衆の利益を守るためならば、どのような手段をも実行する男であった。
でなければ、正当防衛が成立する状況であったとはいえ、『モリアーティの逮捕は不可能だから、ライヘンバッハの滝に突き落として死んでもらおう』などという選択肢を選べるはずがない。
また、とある幻霊都市にて、狼王を陥れる為にその妻の死と、巻き込まれただけの無垢な一般犬を利用するなどという策を用いるはずがない。
数々の事件において、名探偵は『善人』には選べない、他者が引くほどの冷酷な選択肢をいざとなれば提示してきた。

間違いなく『正義』を掲げる者ではあったが、善と悪では善を取る男ではあったが、必ずしも善人ではない。
最善の行為によって犠牲を良しとする裁定者。
真実を解き明かし、人類史を維持するためにこそ万物を裁定する探偵。
幾多の地獄を積み上げ、時には土地の民を殺戮し、『悪』と呼ばれてでも前に進める集団に属せる者。
目的は誰かのためなどではなく、ただひたすらに正義のため。
神戸しおからすれば、『いらない』のひとことで済ませるような存在。

悪を殺すことに躊躇はなく、悪と手を取り合わず、悪に向かって手を伸ばすことなど有り得ない。
たった一人のヒーローには成りえない、『みんな』しか救わない正義の味方(ヒーロー)。
それが老いた蜘蛛の知る名探偵だった。

一言で言ってしまえば、あの『名探偵』を個と個の関係として一方的に好きになる人間など、そういないと思っていた。
そこだけは、納得がいっても内実が分からない。
蜘蛛の奸智は、邪智の極みではあっても全知ではないのだ。

それが証拠が、早くも一つ浮上しかかっている。
これから彼が為そうとしていることに、誤算があったとすれば。
今現在、会いに行こうとしている松坂家の女は、決して神戸しおのように行先を告げてから出かけてくれる性質ではないということだった。


[備考]
日没にさしかかろうとする頃に、中央区・豪邸の松坂家のもとに、デトラネットから引っ越し先の確定および神戸しおからのコンタクトがかかります。
松坂さとうの叔母達の外出と前後するかどうかは、後続の書き手に任せます


【豊島区・池袋/デトネラット本社ビル/一日目・夕方(日没開始直前)】

【神戸しお@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数千円程度
[思考・状況]
基本方針:さとちゃんとの、永遠のハッピーシュガーライフを目指す。
1:さとちゃんの叔母さんに会いに行く。
2:とむらくんとえむさん(モリアーティ)についてはとりあえず信用。えむさんといっしょにいれば賢くなれそう。
3:最後に戦うのは。とむらくんたちがいいな。
4:“お兄ちゃん”が、この先も生き延びたら―――。
※デトネラット経由で松坂(鬼舞辻無惨)とのコンタクトを取ります。松坂家の新居の用意も兼ねて車や人員などの手配もして貰う予定です。
 アーチャー(モリアーティ)が他にどの程度のサポートを用意しているかは後のリレーにお任せします。


787 : 小惑星(ユグドラシル)の力学 ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/23(木) 16:20:16 053pq0fw0
【アーチャー(ジェームズ・モリアーティ)@Fate/Grand Order】
[状態]:健康
[装備]:超過剰武装多目的棺桶『ライヘンバッハ』@Fate/Grand Order
[道具]:なし?
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:死柄木弔の"完成"を見届ける。
0:当面は大きくは動かず、盤面を整えることに集中。死柄木弔が戦う“舞台”を作る。
1:禪院(伏黒甚爾)に『283プロダクション周辺への本格的な調査』を打診。必要ならば人材なども提供するし、準備が整えば攻勢に出ることも辞さない。
2:バーサーカー(鬼舞辻無惨)のマスターと、神戸しお君を面会させるためのアポイントメントを取る。そろそろ日没だが、勝手に出かけたりしてないだろうな?
3:しお君とライダー(デンジ)は面白い。マスターの良い競争相手になるかもしれない。
4:"もう一匹の蜘蛛”に対する警戒と興味。真名が『モリアーティ』ではないかという疑念。
[備考]
※デトネラット社代表取締役社長、四ツ橋力也はモリアーティの傘下です。
 デトネラットの他にも心求党、Feel Good Inc.、集瑛社(いずれも、@僕のヒーローアカデミア)などの団体が彼に掌握されています。
※禪院(伏黒甚爾)と協調した四ツ橋力也を通じて283プロダクションの動きをある程度把握していました。
※283プロダクションの陰に何者かが潜んでいることを確信しました。


788 : 小惑星(ユグドラシル)の力学 ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/23(木) 16:20:37 053pq0fw0
投下終了です


789 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/23(木) 17:23:02 BwhrnvNo0
投下お疲れ様です!

> オペレーション『サジタリウス』
ガムテは本格的に覚悟を決めるようになりましたね!
さくやんやウィル兄さんに負けて、グラチル達も大勢失っただけに……これ以上は負けられないのでしょうね。
ウィル兄さんの策の穴を突きながら、ミラミラの実で的確に情報を手に入れて、今度はプロデューサーを標的にするとは。
しかもレナもグラチルの一員になっていて、3人目のにちかが出てきたりしたら……また283プロ絡みで混乱が起こりそうですね。

>小惑星(ユグドラシル)の力学
ガムテに続いて、悪のモリアーティも丁寧な論理を立ててくれますね。
しおちゃんの才能もアラフィフは見抜いていますし、しおちゃんだからこそアラフィフに欠けたピースを埋められるのでしょうね。しおちゃんはナチュラルにハートを抉りますが。
新宿では愛と善性を利用したせいで敗北したからこそ、愛の力を充分に理解して、また悪用するように進言できるのですね。また、NPCの覚醒から界聖杯の破壊を可能とすることに気付いたアラフィフの頭脳も凄いだけに、スケールの壮大さも感じちゃいます……

それでは自分も予約分の投下を開始します。


790 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/23(木) 17:26:43 BwhrnvNo0

 界聖杯に生きる人間たちはNPCだ。
 仮の命とはいえ、怪我をすれば病気にだってなる。
 だから皮下医院だって用意されたし、この俺……皮下真も医者として働いているぜ。
 あの北条沙都子って嬢ちゃんのことも、俺は医者として接するつもりさ。歯向かいさえしなければって話だけどな。
 今だって、人気の皮下院長として患者の診察をしている。さっき、総督が暴れまわった件を始めとして、この東京ではキナ臭いニュースがどんどん流れてやがるから、ビビる患者も多い。
 でも、そんな患者を前にしても、俺はいつもの笑顔を絶やさないさ。

 ーー怖いのはわかります。
 ーー俺だって、皆さんの身に何かあったらと思うと……不安で寝られなくなりそうです。
 ーーでも、何かありゃ気軽に言って下さい! 俺でよければ、いつだって話くらいなら聞きますって!

 そうして、サムズアップを決めてやれば、患者はすぐに俺を信用する。
 けど、俺は嘘を言っているつもりはないぞ。戦前の”川下真”だった頃の俺だったら、寝られなくなるからな。
 聖杯戦争に巻き込まれてNPCの数が減ってしまえば、俺の手駒にできる奴が減っちまう。そりゃ、誰もが適合者になれるとは限らないけどよ……やっぱり、今は無駄遣いは避けたいだろ?
 クイーンに差し出す被検体のことを考えると、NPCが減っちまえば……俺の勝利が遠ざかるはずだ。
 だから、俺は患者のカウンセリングだって受けることにしてる。仕事は増えちまうけど、被験体を得るための労働と考えれば何も問題ない。


791 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/23(木) 17:28:35 BwhrnvNo0
(にしても、あの峰津院財閥の人間が俺たちを嗅ぎまわっているなんてな……ツイてね〜!)

 俺は今、時間潰しも兼ねた被験体の観察をしている。
 『タンポポ』のメンバーに頼んで、NPCを拉致してもらったけどよ……その中に峰津院財閥の構成員が数人ほど含まれている。
 俺が元いた世界じゃ聞いたことねえ組織だけどよ、この界聖杯じゃとんでもない影響力を持っていやがる。
 それこそ、国家権力に等しい連中だ。トップである峰津院大和も恐らく聖杯戦争のマスターかもしれねえが、できるならぶつかりたくねえ。
 俺のサーヴァントとなった総督がかなりの化物だから、大和だってとんでもないサーヴァントを引き当てているはずだ。
 負けるつもりはねえけどよ……下手にぶつかるのは分が悪すぎる。

(連中が持っていたICカードを使えば、財閥に侵入できるかもしれねえが……どうする? 「虹花」の誰かに任せてもいいけどよ……下手に楯突くと、何をされるかわからねえしな)

 峰津院の強大さにため息をついていると、俺のスマホが振動する。
 手に取ってみると、相手は「虹花」のアオヌマだ。峰津院財閥のスパイが現れてから、皮下医院付近をチャチャと共に監視させている。

「もしもーし? どうしたの?」
『……なぁ、皮下。緊急の患者だ』
「緊急の患者? おいおい、俺は今取り込み中で……」
『さっき、クロサワたちにアイドルの拉致を依頼しただろ? そのアイドルが、向こうから来やがったんだよ』
「……なんだって?」

 アオヌマの言葉に俺は目を見開く。
 話を聞いてみると、283プロのアイドルが患者としてやってきたらしい。
 ハクジャから幽谷霧子ちゃんに関する報告を受けた後、アイとミズキ、クロサワの三人に283プロに関係するアイドルの拉致を命じた。
 被験体達に顔を出す前、アカイとアオヌマとチャチャの3人にも拉致の件を伝えておいたが……まさか、獲物からやってくるとは予想外だ。

『今、受付で待っているけど……俺が拉致してやろうか?』
「いいや、俺が行く! でかしたぜアオヌマ! 今度何か奢ってやるよ」
『パス』
「ありゃ? 相変わらずの塩対応……あ、そうだ。一つ頼みがあるんだ」
『何だよ。俺は病院の周りを監視している最中だぞ』
「すぐに済むから大丈夫だって! アオヌマから、アカイに伝えてほしいのさ……星野アイってアイドルを調べてくれって」
『星野アイ……確か、明日のライブに参加するアイドルだっけ』
「正解。彼女、283プロのアイドルじゃないけど……共演はするだろ? だから、星野アイの周囲も探ってほしいんだ。星野アイを拉致するかどうかは、アカイに任せる」
『了解』


792 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/23(木) 17:29:22 BwhrnvNo0

 そうして、スマホは切られちまう。

(アイとミズキには、こっちの星野アイを任せればよかったか? アイだけに……なんちゃって!)

 誰も突っ込まないギャグを心の中で決めた。
 でも、星野アイについても調べる価値があると思っているぜ。
 彼女は283プロダクションの所属じゃないが、繋がりだけは持っている。だから、283プロのキナ臭さを考えると可能性はゼロじゃなかった。
 もちろん、聖杯戦争のマスターでなくとも、283プロの"いい子、いい人"達はでかいダメージを受ける。
 被験体の減少や、峰津院財閥という脅威に対する不安もすぐに吹き飛んで、この足が軽くなった。
 後ろから聞こえてくる声だって、まるで気にならないぜ。





 現れた患者は風野灯織だ。
 何でも、風邪気味だから皮下医院に受診したらしい。灯織ちゃんの付き添いとして八宮めぐるという少女も来ている。
 おいおいおい。まさに、鴨が葱を背負って来るってことじゃねえの?

「それで、どうでしょうか……何だか、最近熱っぽくて……あまり、寝られてないんです」
「ん〜? 多分、夏風邪だと思うけど……意外と治りにくいんだよねぇ、こういうのって」

 だけど、俺は高まる気持ちを抑えながら、優しい院長として振る舞う。
 顔が火照っている灯織ちゃんと、心配そうに見つめているめぐるちゃん。
 この二人はかなり仲良さそうだよな。青春っていいねえ。

「それにほら。最近、物騒な事件が続いているでしょ? そのストレスもあって、体調が悪くなってるんじゃないかな」
「……確かに、不安で寝付けなくなる日があります。だから、めぐるもよく一緒にいてくれてるんですよね」
「そうですよ! わたし、灯織のことが心配で……最近よく一緒にいるんです!」

 へぇー、と俺は相槌を打つ。


793 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/23(木) 17:30:25 BwhrnvNo0
「それは何よりだ! でも、俺としては灯織ちゃんはもちろん、一緒にいるめぐるちゃんも心配なんだよね。ひょっとしたら、風邪がうつっちゃうかもしれないしさ……」
「わたしなら全然へっちゃらですよ! 元々、丈夫ですし……それに、灯織が苦しんでいるのをほっとけないですから!」
「めぐる……ごめんね、私に付き添わせちゃって」
「何を言ってるの! 灯織のためなら、わたしは何だってできるから心配しないで!」
「……ありがとう、めぐる」

 心配そうに見つめている俺をよそに、灯織ちゃんとめぐるちゃんは美しい友情を繰り広げている。
 ははっ。この二人といい、あの霧子ちゃんといい……283プロのアイドルは良い子しかいないのか?
 もちろん、その方が俺としても嬉しいけどね。どっかの酔っぱらいよりマシさ。

「まぁ、二人分のお薬は処方しておくよ。灯織ちゃんだけじゃなく、めぐるちゃんの分もね」
「えぇっ!? わたしなら平気ですよ〜!」
「いやいや! 俺からの出血大サービスさ! 君たちは体を大事にしてほしいし、もしも病気になったら……霧子ちゃんも悲しむだろ?」

 慌てふためくめぐるちゃんに、俺はタンポポのような笑顔で答える。
 既に二人には俺と霧子ちゃんの関係について話している。そのおかげか、俺のことをまるで警戒していない。
 当然、灯織ちゃんとめぐるちゃんが病気になったら、霧子ちゃんが泣くことも知っているぜ。

「そういえば、霧子さんは病院の寮で暮らしているのでしたっけ?」
「そうだぜ、灯織ちゃん! あの子、本当に良い子なんだよな! 俺はもちろん、病院のスタッフや患者さんにも優しく挨拶をしてくれるし、手伝いだってしてくれるんだぜ?
 もしかして、灯織ちゃんとめぐるちゃんも世話になってるだろ?」
「……はい。霧子さんはとても優しくて、私たちにいつも気を遣ってくれます。最近、あまり会えていませんが……また会えたら、お礼を言おうと思います」
「そうですよ! わたしからも、お礼を言いますからね! 先生にお世話になったって!」
「そっかそっか、その時が来たらよろしくな! おっと、それともう一つ……」

 話に花が咲く中、水が入った紙コップに手を伸ばす。
 二人の診察をする前に、俺があらかじめ用意したのさ。机の上に置いたけどよ、二人はまるで気にも留めていなかった。


794 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/23(木) 17:31:36 BwhrnvNo0
「……二人とも、水でも飲もうぜ」
「えっ? ここで、ですか?」
「あぁ。この炎天下の中、病院にまで来てくれただろ? そのせいで風邪が悪化するかもしれねえし、水分補給も大事じゃん? 霧子ちゃんだって、いつも俺たちに水を用意してくれてるしさ」
「……わかりました。では、いただきますね」
「ありがとうございます! わたしも、ちょうど喉がカラカラだったんですよね!」

 そのまま、灯織ちゃんとめぐるちゃんは水を飲み込む。
 彼女たちは察しが悪い訳じゃなさそうだが、病気と霧子ちゃんの名前を使えば、すぐに俺の言葉を信じた。
 霧子ちゃんの名誉のために言っておくが、俺たちに水を用意してくれるのは本当のことだぜ? この時期はめっちゃ暑いし、空調が効いた病院内でも水分補給を欠かすのは厳禁だ。
 本当に霧子ちゃんは良い子だよな! 病院にいない時だって、こうして俺の手伝いをしてくれるからな。

「……あ、あれ? 何だか、急に……眠く……め、めぐる……」
「ひ、灯織……大丈夫……? わ、わたしが……」
「おっと? 二人とも、大丈夫か!? すぐそこにベッドがあるから、横になるといい」

 俺は彼女たちをベッドに案内した。
 ちょうど、二人分の医療ベッドが用意されているから、スムーズに案内できる。
 横たわった瞬間、灯織ちゃんとめぐるちゃんは眠ってしまった。

「おやすみなさい、お嬢さんたち……目が覚めるまで、良い夢を見ていろよ」

 二人の眠り姫に俺はそうささやく。
 彼女たちが夢を見られるのはこれで最後だからな。
 そして、俺は眠りについた二人を他所に準備を進める。表で騒ぎにならないよう、書類の手続きとか色々あるからね。
 俺が手を回して、二人は緊急入院が必要になったと説明しよう。例えば、未知のウイルスに感染して、面会謝絶となったみたいに……いくらでもごまかす方法はある。
 灯織ちゃんとめぐるちゃんの治療はここまで。
 後は、二人の体力次第になりそうだな?





「んっ……」
「あ、あれ……ここは……?」
「おぉ! 二人とも、グッドモーニング! もう夕方だけどな!」

 瞼を開けた灯織ちゃんとめぐるちゃんに元気よく挨拶をする。
 彼女たちに飲ませた水の中には睡眠薬を混ぜたおかげで、グッスリ眠ってくれたけどよ……なんか、早く起きちまったみたいだ。
 俺としたことが種類や分量を間違えたか? 医者としてあるまじき失敗だな。
 ま、次の反省に活かせばいいか。


795 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/23(木) 17:32:19 BwhrnvNo0
「やあやあ、灯織ちゃん! グッスリ眠れたかい?」
「せ、先生……? あ、あの……これは……?」
「ん〜? 強いて言えば、精密検査……かな? ほら、灯織ちゃんは風邪気味だろ? だから、俺に任せれば大丈夫だって」

 困惑する灯織ちゃんに、俺は胸を張って説明する。
 彼女は全く納得していないが、そんなことはどうだっていい。
 インフォームド・コンセントを気にしてはいられない程の緊急事態だからな。

「……な、何あれ……!?」
「えっ……?」

 めぐるちゃんの震える声に、灯織ちゃんが振り向く。
 彼女たちの視線の先に広がっているのは無数の死体だ。俺たちの実験で壊れた奴らの成れの果てさ。
 当然、年頃の少女に直視できる光景じゃなく。

「「――――――――――――!!」」

 二人とも、声にならない悲鳴をあげてしまった。
 あーあ。やっぱり、刺激が強すぎたようだ。
 これだから、灯織ちゃんとめぐるちゃんには眠ったままでいて欲しかったけど……こうなった以上はしょうがないか。

「……えっ!? わ、私たち……縛られてる!?」
「何これ!? どういうことなの、先生!?」

 そこで、灯織ちゃんとめぐるちゃんは、自分たちが拘束されていることに気付いたようだ。
 両手と両足が縛られて大の字になっているが、洋服はちゃんと着せたままさ。
 女の子の服を強引に脱がす奴なんてサイテーに決まってるだろ? 俺はそんなことしないぜ。

「だから、言ったじゃないか……これは精密検査だって! 何、そんなに時間はかからない。二人分のお薬だって、出血大サービスだからな」

 そう。俺はこの時のためにお薬だって用意している。
 二人の袖をまくって、綺麗な腕を出してあげた。このくらいは医師として当然の務めだからな。

「や、やめてください! 先生!」
「ね、ねえ……霧子ちゃんは!? 霧子ちゃんは、どうしたの!?」
「……そ、そうです! まさか、霧子さんは……!?」
「ん? 霧子ちゃんはここにいないぜ! あの子は今、俺の部下とお出かけ中さ……ここのことだって何も知らない。まぁ、善意の第三者さ」

 顔を青ざめながらも、二人は霧子ちゃんのことを心配していた。
 当然、俺は正直に話している。鬼ヶ島と無関係な霧子ちゃんは、ハクジャと出かけている最中さ。
 やけに時間がかかっているけど……まぁ、年頃の女の子だからショッピングとか色々あるか。


796 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/23(木) 17:33:47 BwhrnvNo0

「そ、そうですか……」
「よ、よかった〜……」

 灯織ちゃんとめぐるちゃんは安堵のため息をつく。
 この期に及んで、身の危険よりも他の誰かを心配するなんて本当に良い子だ。
 よし、そんな二人のために俺の方からプレゼントをしてあげるか!

「そういえば、君たちは283プロダクションのユニットだったよな。確か、名前はイルミネーションスターズ……もう一人、櫻木真乃ってアイドルもいたよね?」

 胸ポケットから出したのは一枚の顔写真。
 その写真を見て、灯織ちゃんとめぐるちゃんは驚きで目を見開いた。
 そう。灯織ちゃんとめぐるちゃんにとって、大切な友達と呼べるアイドル……櫻木真乃さ。

「……ま、まさか……真乃に、手を出すのですか!?」
「やめてっ! 真乃は何も関係ないよっ! 真乃は巻き込まないでっ!」
「そうです! お金が必要でしたら、私たちがいくらでも用意します! だから……だから、真乃だけはっ!」

 真乃ちゃんの写真を見せた瞬間、二人とも大慌て。
 まるで刑事ドラマみたいなやり取りだけどよ、本当にあるんだなこういうのって。灯織ちゃんとめぐるちゃんのポジションはちょっと違う気がするけどな。

「あーあ、違う違う! 俺はお金なんていらないよ。君たちみたいな女の子からお金を巻きあげるなんて、悪趣味ことはしない。ただ、検査を受けてほしいのさ」
「「け、検査…………!?」」
「あぁ。灯織ちゃんは風邪気味だし、めぐるちゃんも病気がうつっていないか心配でさ……このままじゃ、真乃ちゃんだって危ないだろ?
 だから、二人には検査を受けてもらう。その途中に、注射とかも使うけどね」

 俺はいつだって正直さ。
 霧子ちゃんのお友達に嘘をつくなんてとんでもないだろ? だから、何一つとして隠し事はしない。
 それに、真乃ちゃんに風邪をうつしたくないのも、二人にとっては本心だと思うぜ?

「もっとも、二人がイヤなら別にいいよ? 俺の方から真乃ちゃんに会いに行くだけだからさ……霧子ちゃんに頼めば簡単だろ!」

 二人は絶句する。
 これだって俺の本音だ。霧子ちゃんを通じさえすれば、真乃ちゃんにもすぐ会える。
 それなら、今の灯織ちゃんとめぐるちゃんのように、検査を受けてもらうこともできるはずさ。

「わ、わかりました! 私は先生の検査を受けますっ! 真乃は……真乃は……!」
「真乃にだけは、手を出さないでよっ! わたしにできることなら、何でもするから!」
「ははっ、いい返事だ! それじゃあ、さっそく始めようか……クイーン!」
「ムハハハハハハハ! 呼んだか、皮下!?」

 闇の中からクイーンが現れる。
 その巨体に、灯織ちゃんとめぐるちゃんは「ひっ!」と悲鳴をあげてしまった。
 だけど、クイーンは相変わらずおっかない笑みを浮かべている。


797 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/23(木) 17:34:48 BwhrnvNo0
「彼女たちは検査を受けたいそうだ。注射とかも使ってもいいけど、丁寧にやってくれよ? 灯織ちゃんとめぐるちゃんは、霧子ちゃんの大切なお友達だからな」
「そうかそうか! なら、任せろ! おれがちゃんと丁寧に検査をしてやるからな! ムハハハハハハハ!」

 俺は「検査」と口にするが、大笑いするクイーンは意図を察している。
 これは生贄だ。
 クイーンの魔の手にかかれば、彼女たちに未来などない。
 彼女たちが目覚める直前、クイーンとは「検査」の打ち合わせをしていた。
 死にゆく運命にあったハクジャに「葉桜」を投与した結果、薬の副作用と病気が奇跡的に作用している。そしてハクジャが「完全適合者」として生き残ったように、灯織ちゃんとめぐるちゃんにも似たようなことをさせようと提案した。
 例えば、テトロドトキシンやサルモネラ菌、あるいはカエンタケやクサウラベニタケのような毒物を摂取させた後、「葉桜」を投与すれば「完全適合者」になれるんじゃないか?
 そう提案した結果、クイーンはノリノリで乗ってくれた。

「い、いやっ!」
「離して! 離してっ!」
「おいおい、今更何をビビってるんだよ!? てめェら、櫻木真乃が大事じゃねえのかよ!?」
「「…………ッ!」」

 クイーンが真乃ちゃんの名前を出した途端、二人とも黙り込んでしまう。
 ここで自分たちが生贄にならなければ、真乃ちゃんが狙われると察したからだ。

「ムハハハハハ! 行儀のいいガキどもだ! さあ、このおれが検査してやるぜ!」

 そうして、俺とクイーンの検査が始まる。
 この鬼ヶ島に少女たちの悲痛な叫びが響き渡った。
 検査の最中……灯織ちゃんは「助けて」とわめき、めぐるちゃんは「苦しい」と叫ぶ。
 だけど、その度に……

「ほらほら、頑張りなよ! 真乃ちゃんに病気をうつしたくないんでしょ?」
「そうだそうだ! 櫻木真乃のため、おれたちが検査をしてやってるんだから、ちょっとは我慢しろよ? ムハハハハハハハ!」

 俺たちが真乃ちゃんの名前を出せば、それだけで二人は黙っちゃう。
 涙を流しながらも頑張る姿は感動的だね。でも、このままじゃ二人も我慢の限界が来るかもしれない。
 だから、俺は心の中でフレフレってエールを送る。
 病気に負けるな、灯織ちゃん。友達のために頑張るんだ、めぐるちゃん。
 君たちはイルミネーションスターズだから、その絆があればどんな困難でも乗り越えられるからね!


798 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/23(木) 17:35:49 BwhrnvNo0





「ウォロロロロロロ! 帰ったぜ、皮下!」
「やあ、おかえり! 総督!」
「……ん? なんか、偉く機嫌がいいじゃねえか」
「へへっ、面白い拾い物があったからさ……それより聞いたぜ? また、街で派手に暴れたみたいだな!」
「ああ。相手にしたのは途中で逃げ出すような腰抜けだ……けど、顔は覚えた」
「そうかい」

 ライダーのサーヴァント・カイドウから逃げ出すとか、どれだけ立ち回りが上手いんだよ?
 俺は心から驚いたぜ。何しろ、この暴君と戦った相手は誰一人残らず敗退したからな。
 でも、逃げ出したサーヴァントはこれから大変だろうな。だって、総督はこの巨体に対して、蛇みたいに執念深いからな。
 居所がバレたら、絶対に潰されるし。

 同情している最中、鬼ヶ島から女の子たちの悲鳴が聞こえてきた。

「なんだ、今の声は?」
「俺たちのために頑張ってくれてる子たちの気合いさ」
「……訳がわからん」
「後で説明してやるよ。それよりも、これからのことについて話したいけどよ……」

 俺は総督と共に今後のことを話し合う。
 総督の暴走についてはもう諦めるとして、峰津院財閥の本格的な対処も考えたかった。


 そして、灯織ちゃんとめぐるちゃんの検査が本格的に成功しても、アイドルの拉致をやめるつもりはない。
 アイとミズキ、そしてクロサワの三人を出撃させた以上、すぐに帰還命令を出すのも馬鹿馬鹿しい。
 アオヌマが見つけた二人は、あくまでも自分たちからやってきた。だから、今回の命令とは無関係……ノーカウントさ。
 アオヌマに彼女たちを拉致させることもできたが、ここは皮下医院の敷地内だ。騒ぎを防ぐため、俺が医者として灯織ちゃんとめぐるちゃんに接触する。
 結果、面白いほどに俺は信用されて、二人の検査ができた。
 もちろん、検査じゃなくてクイーンの実験なんだけどね。


 そうだ。
 もし、クイーンの実験が成功して、灯織ちゃんとめぐるちゃんが生まれ変わったら……二人を真乃ちゃんに会わせてあげよう。
 当然、二人に約束をしたから、俺だけは真乃ちゃんに手を出さない。せめて「虹花」のメンバーが真乃ちゃんを見つけないことを祈っておくか。
 今、俺の手元には灯織ちゃんとめぐるちゃんのスマホがある。
 チャチャに頼めば、スマホ程度のセキュリティなど簡単に破れるはずだ。
 そして、チェイン……だったか? その連絡アプリを使って、灯織ちゃんとめぐるちゃんの代わりに、真乃ちゃんにメッセージをしておこう。
 サプライズとして、灯織ちゃんとめぐるちゃんの体内には自爆チップも混ぜるか!


799 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/23(木) 17:36:58 BwhrnvNo0

『真乃! 私、めぐると一緒にいるから……会いに行くよ! by灯織』
『わたしも真乃に会いたいんだ! 灯織と一緒に、真乃の所に行くからね! byめぐる』

 うん。こうすれば、きっと真乃ちゃんも喜んでくれる。
 灯織ちゃんとめぐるちゃんの姿を見たら、絶対に真乃ちゃんはビックリするぞ。
 今からワクワクするねぇ!


【新宿区・皮下医院/一日目・夕方】

【皮下真@夜桜さんちの大作戦】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:?
[道具]:?
[所持金]:纏まった金額を所持(『葉桜』流通によっては更に利益を得ている可能性も有)
[思考・状況]
基本方針:医者として動きつつ、あらゆる手段を講じて勝利する。
1:カイドウさんと今後のことを話し合う。
2:病院内で『葉桜』と兵士を量産。『鬼ヶ島』を動かせるだけの魔力を貯める。
3:沙都子ちゃんとは仲良くしたいけど……あのサーヴァントはなー。怪しすぎだよなー。
4:全身に包帯巻いてるとか行方不明者と関係とかさー、ちょっとあからさますぎて、どうするよ?
5:283プロはキナ臭いし、少し削っとこう。嫌がらせとも言うな? 星野アイについてもアカイに調べさせよう。
6:灯織ちゃんとめぐるちゃんの実験が成功したら、真乃ちゃんに会わせてあげるか!
7:峰津院財閥の対処もしておきたいけどよ……どうすっかなー? 一応、ICカードはあるけどなぁ。
[備考]
※咲耶の行方不明報道と霧子の態度から、咲耶がマスターであったことを推測しています。
※会場の各所に、協力者と彼等が用意した隠れ家を配備しています。掌握している設備としては皮下医院が最大です。
 虹花の主要メンバーや葉桜の被験体のような足がつくとまずい人間はカイドウの鬼ヶ島の中に格納しているようです。
※ハクジャから田中摩美々、七草にちかについての情報と所感を受け取りました。
※峰津院財閥のICカード@デビルサバイバー2、風野灯織と八宮めぐるのスマートフォンを所持しています。


※虹花@夜桜さんちの大作戦 のメンバーの「アオヌマ」は皮下医院付近を監視しています。「アカイ」は星野アイの調査で現世に出ました。「チャチャ」は「アオヌマ」と共に監視していますが、他にも役割があるかもしれません。
※風野灯織&八宮めぐる@アイドルマスターシャイニーカラーズは皮下に拉致されて、鬼ヶ島でクイーンの実験を受けている最中です。


【ライダー(カイドウ)@ONE PIECE】
[状態]:ほろ酔い(酔い:10%/戦ったことで冷め気味)、全身にダメージ(小)、腹部に火傷(小)、いずれも回復中
[装備]:金棒
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:『戦争』に勝利し、世界樹を頂く。
1:皮下と今後のことを話し合う。
2:『鬼ヶ島』の浮上が可能になるまでは基本は籠城、気まぐれに暴れる。
3:リンボには警戒。部下として働くならいいが、不穏な兆候があれば奴だけでも殺す。
4:アーチャー(ガンヴォルト)に高評価。自分の部下にしたい。
[備考]
※皮下医院地下の空間を基点に『鬼ヶ島』内で潜伏しています。


800 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/23(木) 17:37:36 BwhrnvNo0
以上で投下終了です。
何かご意見があればよろしくお願いします。
そして今回のサブタイトルは「オペレーション・ドクター!〜包囲せよイルミネーションスターズ〜」となります。


801 : ◆0pIloi6gg. :2021/09/23(木) 21:02:34 K.BvttZI0
>>さくらのうた
NPC(宝具の一部なクイーン含む)の存在を十全に活用したお話、うちの企画らしいな……と思いました。
病院長という社会ロールを最大限使いつつ、現実的に難しい部分は鬼ヶ島に格納するという実にクレバーな立ち回り。
葉桜絡みの設定についても此処ではっきり明文化して下さり、企画主としても大助かりでございます。
そして皮下が企てる"嫌がらせ"があまりにもタチが悪すぎる。というか現にもう悲劇が起こってしまっている(9/23現在)ので、本当にとんでもないことを考える奴だなこいつ……不可避。

>>オペレーション『サジタリウス』
兎にも角にも一から十まで頭が良い、そんな感想が出るお話でした。
今まで割を食う展開が多かったガムテと割れた子供達が痛烈なカウンターパンチを叩き込もうと構える見事な転換回。
自分が出した解放者圭一が上手く使われていて嬉しかったですし、レナがあのコードネームで出てきたのも面白くて凄い。
シャニPを狙う突然の危機に加え、一度目は封じ込められる形に終わったウィルに対する今後の立ち回りといい、とてもこれからの展開に期待が持てるなと。

>>小惑星(ユグドラシル)の力学
しおちゃんを使ってアラフィフのキャラを更に掘り下げていく手際が鮮やか過ぎる。
狡知に長ける蜘蛛である彼に見抜けなかった点をしおちゃんがすっぱりと見抜き、アラフィフが驚愕する展開とても好き。
それを差し引いてもウィルに対する分析が非常に的確で、今後もこの二人の暗闘は続いていくんだろうなあ……とワクワクしました。
NPCの覚醒が界聖杯に齎す影響についての考察パートも非常に面白く、それでいて筋の通ったもので、書き手さんの力量の高さを感じるお話でした。

>>オペレーション・ドクター!〜包囲せよイルミネーションスターズ〜
ほら早速こういうことになった! 最低なんだあいつ!(チョッパー)ってのが第一の感想です。
アイドルの心優しさを本当にイキイキと利用し踏み躙りに行く辺りの外道っぷりが凄まじい。
前の話でもそうでしたが、皮下とクイーンという最悪な科学者が仲良くしてるの本当に最悪で最悪だと思います。
現在の予約でもともすればとんでもない目に遭いそうな真乃の明日はどっちだ。


皆さんたくさんの投下をいつもありがとうございます。
本編もどうやら50話を突破した様子で、今後とも当企画を何卒よろしくお願いいたします。

それでは、自分も投下させていただきます


802 : ガラテアの螺旋 ◆0pIloi6gg. :2021/09/23(木) 21:04:50 K.BvttZI0

 味のしない夢だった。
 微笑む者、祈る者、悲しむ者、罵る者。
 自分の前に次から次へと現れる"感情"がどうしようもなく空虚なものに見える。
 いつかの記憶を思い出す。まだ叔母の部屋で暮らしていた頃の記憶だろうか。
 テレビで映画か何かが流れていて、でもその内容は小難しいのかつまらないのかちっとも頭に入ってこない。
 だけど他にやることもないから、ただぼんやりと駄作を垂れ流す液晶を見つめ続けている……。
 そんな記憶と重なる。けれど違うことが一つあるとすれば、さとうの記憶では見つめる先はテレビ画面だったが。
 "この人物"は――自分の外に広がる世界の全てを見つめながら、あの時のさとうと同じ空虚を感じていることだ。

 喜怒哀楽様々な顔をして目の前に現れる人間達。
 淫らな顔をしてすり寄ってきた女がいつの間にか血まみれになって白目を剥いていた。
 鬼のような顔をしながら斬り掛かってきた侍めいた剣士が次の瞬間には地に臥せり、何やら恨み言を吐いて死んだ。
 泣きながら土下座をして命乞いをする母親を殺して、その奥で半狂乱になって泣き叫ぶ童女を捕まえ口に運んだ。

 ――それでも何も感じない。
 痛む心もなければ恐れる心もない。
 興奮、高揚、一切無縁。この世のどんな感情も、全てが色褪せている。
 無味無臭。そういう意味では、さとうの抱える宿痾よりも尚深い空ろだ。
 
「(……ああ、そっか。これ、あいつの記憶なんだ)」

 サーヴァントと契約しているマスターは、入眠時に夢を介して従僕の記憶を垣間見ることがあるという。
 ひとえに松坂さとうが今目の当たりにしているこの空ろな夢の正体はそれだった。
 キャスターのクラスを持って現界した鬼。他人の神経を逆撫でしなければ生きられないのかと疑ってしまうような、戯言の坩堝。
 名を童磨という彼はさとうにとって、お世辞にも信頼の置ける相棒などではなかった。

 耳障りな声で囀ってはさとうを苛立たせる穢れた鬼。
 自分と同じ愛を抱くと僭称し、その癖日光に当たることが出来ないという致命的な弱点を抱えたサーヴァント。
 戦闘能力は申し分のないものを持っていることだけは幸いだったが、それでもさとうの彼に対する不満は尽きなかった。
 
 何が哀しくて、貴重な仮眠の時間をこんな男の身の上話を知るために使わなければならないのか――。
 心から辟易したものの、童磨の記憶を追体験しているさとうには嘆息の自由さえも許されていない。
 さとうは観念したように、目の前で繰り広げられる追想の図を観劇することにした。
 何の味もしない、空寒いほど起伏のない世界。
 何もかもが絵空事のようだった。出来の悪い三文芝居の中に、自分だけ役者でも何でもない立場で放り込まれたような感覚になった。
 昼は潜んで、夜は殺して、喰らって。
 見目の麗しい女ばかりを好んで喰らい、時にそれを嗅ぎ付けてか襲いかかってくる刺客を事もなく退けて。

 そうして進んでいく追想は、何ともつまらない――観る意味の一つも感じられないものだったが。
 収穫と言っていいのかすら判然としない、小さな納得はあった。
 聖杯が何故、自分の下にあんないけ好かない男を寄越したのか。
 その意味が、今のさとうには分かる。


803 : ガラテアの螺旋 ◆0pIloi6gg. :2021/09/23(木) 21:05:43 K.BvttZI0

 ――私より酷いなあ、これ。

 同情する気なんて微塵もない。
 でも、それだけは確かだと思った。
 松坂さとうは愛を知らなかった。
 他の感情は理解出来た。でもそれだけは、どうしても――何をしても理解することが出来なかった。
 今思えば何かしらの精神的な疾患だったのだろうと思うが、童磨の感情欠落は自分の比ではない。

 喜び、怒り、哀しみ、楽しさ。
 それ以外にも、人間が浮かべることの出来る感情、そのすべて。
 そのすべてが、童磨にとってはずっと無縁の絵空事だったという。
 この世に生を受けた瞬間から、人を辞めて鬼になっても、ずっと。
 ずっとずっと、彼はこの味も匂いも色もない、三文芝居の世界を生きてきたのだ。
 この男は、一体何のために生まれてきたのか。
 そう問いたくなるような空虚が視界を常に満たしている。

「(なんで鬼になんかなったんだろう。断って殺されてれば良かったのに)」

 ……まあ、それならそれで無理矢理鬼にさせられていただけな気はするが。
 それでもさとうが彼の立場ならば、恐らく蹴っていた勧誘だ。
 人間の身で分からないものが、たかだか寿命の概念を超越した程度で分かるようになるものか。
 無意味な人生を無駄に長引かされるくらいなら、断ってさっさと死んだ方がどう考えてもいい。少なくとも、さとうにとっては。

 そう考えている間にも追想の夢はどんどん進んでいく。
 代わり映えしない血と臓物だらけの夢が終わりに近付いているのが分かった。
 空間の概念が歪んだ、見ているだけで気分が悪くなってくるような何処かで。
 童磨が一人の女剣士を殺した。するとすぐさま、殺された剣士の縁者らしき少女が現れ――それから猪頭の奇怪な人間が現れた。
 童磨は彼ら/彼女らを、ただただ圧倒的な力で蹂躙し、追い詰め。
 
 そして――敗北した。

 それはさながら勧善懲悪、御伽草子の筋書きのように。
 童磨は取るに足らない、雑魚と蔑んでもいい剣士達に殺された。
 気の遠くなるほど長い生涯の中で彼らを超える剣士など何度も殺しているだろうに。童磨は、滅ぼされた。
 ざまあみろ、と笑うことはさとうには出来なかった。
 むしろさとうは、ただ押し黙っていた。
 取るに足らないと思っていた者に足元を掬われる経験には覚えがあったからだ。

 童磨が崩れて死んでいく。
 頸を斬られた鬼は生きられない。
 意思の力でその定石を打ち破ろうにも、童磨にはそれを可能にする熱がない。
 だから当然のように彼という穢れた魂は人間の生きるべき常世から弾き出され――


804 : ガラテアの螺旋 ◆0pIloi6gg. :2021/09/23(木) 21:06:55 K.BvttZI0
 深い、底の見えない地獄に墜ちる間際に。
 彼は、一つの邂逅を果たしていた。


「(――――え)」


 それを見たさとうは言葉を失った。
 失ったのと同時に、理解していた。
 童磨が何故あれほど、自分は君と同じだと繰り返し宣っていたのか。
 あの鬼が何故、訳知り顔で愛を説いていたのか。
 その理由を、知った。
 何故ならば――肉体を失い、魂とも思念ともつかない存在になって現れた女の嫌悪と嘲りを目の当たりにした瞬間。

 これまで都合百年以上、ずっと色褪せて味のしなかった世界の中で……彼女だけが引くほど鮮やかで。
 それでいて、味覚が麻痺するほど強烈な甘さを放つ存在として君臨していたからだ。

「(……そうなんだ。これが、あいつの愛なんだ)」

 失った心臓が脈を打つ。
 共に地獄に行こうと語りかける口。
 可愛い、愛おしい、美しい、素晴らしい。
 あらん限りの美辞麗句が踊る脳内はどう控えめに言っても膿んでいた。
 その強さ、激しさ故にさとうも理解する。
 これが童磨の言う愛。彼が百年以上もの彷徨の末に辿り着いた答え。
 それを理解したからこそ、さとうの中にとある感情が芽生えた。

「(だとしたら、あいつは――)」

 今際の愛は届かず一人地獄に墜ちていく。
 自らが滅びる間際に見た燦然たる愛。
 それは、ああ。
 あまりに、ひどく――


805 : ガラテアの螺旋 ◆0pIloi6gg. :2021/09/23(木) 21:07:26 K.BvttZI0
◆◆


 意識が浮上する。
 気付けば時刻は夕方と言っていい時間帯だ。
 とはいえ日没までにはまだ時間がある。
 二度寝しようと思ったが、冷房を掛けながら眠っていたせいか喉が渇いていた。
 冷蔵庫の中のミネラルウォーターをコップに注いで飲み干して、ふうと小さく息を吐く。
 するとそこで、もはや聞き慣れた耳障りな声がさとうの耳朶を叩いた。

「やあ、もうお目覚めかい? てっきり夜までは眠るものだと思っていたよ」
「……夢見が悪くて起きただけ。またすぐ寝るから心配しないで」
「さとうちゃんも悪夢なんて見るのか。なんだか似合わないねえ、君に悪夢は」

 知った風な口を利く鬼。
 これとの付き合い方はさとうなりに覚え始めている。
 とにかく真面目に相手をしていてはキリがない。
 そもそも話の通じる相手ではないのだから、適度に受け流しつつ必要な時だけ意思疎通を行うのが肝要だ。
 そうでもなければストレスと気疲れだけがどんどん溜まっていくことになる。
 この一ヶ月で学んだ、童磨に対する向き合い方のノウハウだったが……しかし。

「教えてあげようか。あなたの夢を見たんだよ、キャスター」
「……へえ! そうか、そうかそうかそうか! 俺の夢を見たのかあ、なんだか照れ臭いな。
 でも嬉しいよ。前々からずっと、君には俺の知った美しい愛の形を見て欲しいなと思っていたんだ」
 
 童磨とストレスなく付き合おうと思うなら、こんな会話をすることに意味はない。
 さとうが童磨に対して真面目に言葉を紡ぐのは必要な時だけだ。
 そうしなければいけないと必要に迫られて初めて、さとうは己のサーヴァントに向き合うようにしていた。
 そして今回もその例外ではない。
 喜色満面の童磨を冷ややかに見つめながら、さとうは続ける。

「あなたのこと、ようやく分かった。
 あなたが生きていた世界がどんなものかも。
 凄いね、キャスター。確かにあなたの空虚に比べたら、私のなんて取るに足らないや」
「そう卑下するなよ、さとうちゃん。
 俺と君は同じ生き物だろう? 何かが欠落した苦界の中で愛を知った、かけがえのない同志なんだから」
「……胡蝶しのぶさんだっけ。綺麗な人だったね」

 あくまでさとうは童磨の生涯を、早送り且つシーンスキップ有りで垣間見ただけだ。
 だから彼の生きた時代、戦った敵の仔細までは知らない。
 だが童磨の愛の対象である胡蝶しのぶは、確かに凄まじい人間だった。
 己の命をも擲って、怨敵を斃すことだけに全てを注いだ。
 その生き様の凄まじさは、さとうにも理解出来る。


806 : ガラテアの螺旋 ◆0pIloi6gg. :2021/09/23(木) 21:08:04 K.BvttZI0
 
「そうなんだよ、しのぶちゃんはとても可愛くてねえ。
 あの娘だけが俺に感情を教えてくれた。俺を人間にしてくれた!
 俺は心底感動したよ。これが愛なのだと数百年越しに理解した」
「うん、分かってるよ。見てきたから」
「なら感想を聞かせてくれよ、さとうちゃん。
 どうだった? 俺と同じ愛を知る君の目から見ても、俺の得た愛は最上の答えだったろう――?」

 だからこそ、ああ。
 思うのだ――童磨の真実を知ったから。
 今まで彼の言動に対して抱いてきた不快感とは別の感情を。
 彼が語る愛の全貌を知った今だからこそ抱く想いがある。
 それはただ冷たいだけの侮蔑でも、吐き捨てるような嫌悪でもなかった。
 もっと人間らしくて、それでいて。

 百の侮蔑よりも尚、鋭く貫くヒトの情。


「――――かわいそうだね、あなたは」


 童磨の表情が硬直した。
 冷気を扱う彼が"凍り付く"なんて、とんだ皮肉だが。
 今の彼はそうとしか形容の出来ない反応を見せていた。
 さとうはそんな彼を嘲笑うことはしない。
 ただ、いつも通りの表情のままで――憐れんだ。

「キャスターのそれは確かに愛だと思うよ」

 さとうには、童磨の愛を否定するつもりはなかった。
 何しろ常人の何倍もの時間、あの世界を生きてきた男なのだ。
 あの何の味もない、匂いもない、色もない空虚の世界を。
 三文芝居に囲まれた世界を命尽きるまで不感のまま彷徨い続けた男が今際の際に抱いたあの感情は、確かに一つの愛だろう。
 
「でも――あなたの愛は、あなただけのもの。
 あなたが一人で目覚めて、一人で抱えて、一人で大事にしてるだけのもの」
「……わからないな。何が言いたいんだ? さとうちゃん」
「わからないんだ。なら、それが全てじゃない?」

 でも、それだけだ。
 愛は一人だけのものじゃない。
 正しいとか間違ってるとかじゃなくて、それ以前に。
 一人だけで抱えて磨いて大事に愛でるその愛は。さとうの知ったそれとは明確に形が違う。
 昔のさとうなら童磨のことを否定は出来なかったかもしれない。
 けれど今のさとうは、違う。

「私はしおちゃんを愛してる。そして、しおちゃんに愛されてる」


807 : ガラテアの螺旋 ◆0pIloi6gg. :2021/09/23(木) 21:08:40 K.BvttZI0
「ははは。そんなの、俺だって――」
「噓。だってあなたは、あれきり胡蝶しのぶと会ってない。彼女達に殺されて、それからすぐ地獄に行ったんでしょ」

 目を閉じれば蘇る言葉。
 さとうにとって、人生で一二を争うほど苦かった言葉。

 ――さとちゃん、きらい。

 ああ、思えば。
 きっと、私達が"始まった"のはあの瞬間から。
 初めて拒絶の味を知った。
 初めて、向き合う痛さを知った。
 それがあって、私は。
 松坂さとうは、神戸しおという女の子と真の意味で向き合うことが出来て。
 一方通行で独り善がりな、薄くてわざとらしい甘さの愛は。
 あの時――確かな、本物の愛へと形を変えたのだ。

「今まで何回も言ってきたことだけど、改めて言うね」

 生きていく。
 生きていたい。
 ずっと二人で歩いていたいと思うし、思われていると確信している。
 自惚れ、エゴイズム、何と罵られようが構わない。
 松坂さとうは神戸しおを愛していて。
 松坂さとうは、神戸しおに愛されている。
 それが――さとうの真実。
 その真実を胸に抱いて此処まで来たからこそ、言える言葉があった。


「あなたと私は同じじゃないよ。
 あなたは独りで、私はふたりだから」


 踵を返す。
 もう話すことは何もない。
 言いたいことは言った。
 伝えなければならないことは伝えた。
 ああ……でも。

「また会えるといいね。しのぶさんに」

 形は違えど、空ろな世界で愛を見つけたよしみとして。
 そのくらいの言葉は掛けてあげようと、さとうはそう思った。
 仮眠へ戻ろうと寝室へ進む足。
 さとうの背中に、童磨の声が掛かる。


808 : ガラテアの螺旋 ◆0pIloi6gg. :2021/09/23(木) 21:10:19 K.BvttZI0

「……待ってよ。さとうちゃん――君は、何を言っているんだい?」

 その声のトーンが普段とほんの少しだけ。
 本当に微かだけれど違う気がしたのはさとうの気のせいだろうか。
 分からないし、分かったところで意味もない。
 ただ今なら、もう少しこの男に対して気長に寛大に接してやることが出来そうだった。
 だって。彼はどこまで行っても……それこそ。
 聖杯を手に入れでもしない限り、ずっと独りなのだから。

「聞こえないのかい? 話をしようよ、さとうちゃん」

 話すことは何もない。
 寝室へ向かう足、背中。
 そこに声が掛かる。
 この悪鬼らしからぬ鋭さを帯びた声だった。

「ねえ」

 無視する。
 まだ童磨が動けるようになるまでには時間があるのだ。
 夜に何が起きるか分からないのだから、今の内に体力を回復させておきたい。
 
「さとうちゃん」

 ベッドに腰を下ろして、後は身を横たえるだけ。
 そこまで来たところで不意に、ベッド脇のコンセントプラグで充電をしていたスマートフォンがてれれん、と通知音を鳴らした。
 これはトークアプリの通知音だ。無視しても良かったが、どうせ惜しむほどの手間でもない。
 端末を手に取って通知をタップすると、そこには馴染みのある名前が表示されていた。

 飛騨しょうこ。つい数時間前に再会し、電話で話もした相手だ。
 さとうは怪訝な顔をする。
 この期に及んでまだ話すことがあるのかと、そう思ってしまった。
 もう話すべきことは先程一通り話したと思っていたが……何か漏れでもあったか、それとも。
 そう思いながらアプリを起動して彼女からのメッセージを見ると、そこにはこんな文面が躍っていた。

『ごめん』
『今から、さとうのところに行ってもいい?』

 ……思わず嘆息してしまう。
 一方で、しょーこちゃんらしいな、とも思った。
 なんでそうしたいのかの理由がすっぽり抜け落ちている。
 本来なら真っ先にそこのところを教えて貰わなければ困るというのに。


809 : ガラテアの螺旋 ◆0pIloi6gg. :2021/09/23(木) 21:11:10 K.BvttZI0

「(……用があるなら電話掛けてくればいいのに。
  わざわざトークアプリで連絡してくるってことは、ちょっと気まずく感じてるのかな)」

 しょうこは活発な性格をしているけれど、あれで意外とそういうところがある。
 さっき電話で話したばかりなのに、すぐこうして会おうという連絡をしてしまうことを彼女なりに少し気まずく思っているのだろう。
 そんなしょうこの性格面の情報はさておいて――どうしようかとさとうは思案する。

「(しょーこちゃんは聖杯を手に入れようとしてる。
  その気持ちを疑うつもりはないけど……あの子、甘いからな)」
 
 しょうこの覚悟はさとうにも伝わっている。
 自分と競い合ってでも聖杯を手に入れてやるのだという強い意思。
 それは理解出来たし、疑うつもりもないが……しかし人間性というのはそう簡単には変わらないものだ。
 しょうこの優しさ、甘さ。そういう要素が自分の足を引っ張るのではないか。
 そんな懸念は実際あった。そしてこの聖杯戦争は、そんな贅肉めいた無駄を抱えながら勝ち抜けるほど甘くはない。

「(でもキャスターの報告を信じるなら、あの子のサーヴァントは結構強い。
  ……夜の間しか動けないこいつの脆さを補完するにはちょうどいいかも)」

 しょうこと実際に会えば本格的な協力関係、同盟へと発展するだろうことは想像に難くない。
 それにはリスクもあるが、されどその分大きなリターンもあった。
 さとうはキャスターを弱いと思っているわけではない。
 だが、脆いサーヴァントだとは思っている。彼への好悪から出る感想ではなく、純粋に事実だけ見た場合の話だ。
 
 童磨は日中、一切外で活動出来ない。
 八月の東京の日没時間は午後七時。
 一方で日の出は午前五時前と非常に早い。
 一日の半分以上もの時間パフォーマンスを発揮しきれないサーヴァントなど、如何に実力が優れていても"扱い難い"以上の評価は下せない。
 これで高い実力が備わっていなかったなら、さとうはきっと本戦を待たずして脱落していただろう。
 その脆さ、扱い難さを解消する最も手っ取り早い手段が――別なサーヴァントを味方に付けてしまうことなのだ。

『なんで。急にどうしたの?』
『サーヴァントに襲われた。うちにはもう帰れない』

 トークアプリを閉じてWebブラウザを開き、ニュースサイトに飛ぶ。
 するとそこには真新しい、それでいて物騒な見出しが躍っていた。
 板橋区の住宅街で大規模な破壊。死傷者多数。テロの可能性あり。
 タイミング的にこれだろうなとすぐに分かった。どうも、余程なりふり構わない戦いをしたらしい。

『さとうが嫌なら諦めるから』

 どう返信したものかと迷っている間に続きのメッセージが届く。
 
 ……変わらないな、こういうところは。
 そう思いながらさとうは返事を打ち、送信した。

『いいよ。今から家の場所送るから』


810 : ガラテアの螺旋 ◆0pIloi6gg. :2021/09/23(木) 21:12:19 K.BvttZI0
◆◆


 ぽーん、ぽーん……。
 そんな電子的な呼び出し音が鳴る。
 インターホンのモニター越しに移るのは、確かにさっき別れたばかりの友人だった。
 玄関口まで向かって扉を開ける。「あ、あの、さとう……」と何やらおどおどしている彼女の言葉を遮って声を掛けた。

「上がって。外、暑かったでしょ」 

 そう促してやればしょうこはこくりと小さく頷いて、さとうの暮らすワンルームの中へと足を踏み入れた。
 しょうこの脳裏に過ぎる、元居た世界での最後の記憶。
 あの時の部屋とは間取りも雰囲気も違っていたが、紛れもない死を味わった記憶が否応なく浮かび上がってきて身体が強張る。
 すう、はあ――そんな風に大きく息をする。
 彼女の様子に気付いてか、霊体化したままのアーチャーが念話を飛ばした。

『大丈夫だ、マスター。ボクが居る』
『……うん、分かってる。ありがとね、アーチャー。
 アンタが居なかったら私、動けなくなっちゃってたかも』

 人はそう簡単には変われない。
 戦う覚悟を決めて前に踏み出したしょうこの精神はしかし、依然として凡人の域を逸するまでには至っていないのだ。
 死の恐怖を覚えれば身体が固まり、それを乗り越えるための勇気を絞り出そうと思えば当然相応の時間が掛かる。
 その何とも脆く、しかして失うべきでない人間らしい弱さを雷霆の弓兵が傍で支える。
 未だ満身創痍の状態ではあれど、彼の声はしょうこの心に熱く疾く届き満たした。

 案内された先はリビング。
 テーブルを挟んでさとうとしょうこが向かい合う。
 虚空から像を結んでアーチャー……GV(ガンヴォルト)が実体化したのは、部屋の中に己以外の英霊の姿を見つけたからだ。
 そしてその英霊は――かつて邂逅した折GVに忘れられない強烈な印象を刻み込んだ、耳障りな倒錯者/鬼種であった。

「(あの時仕留め損ねた、冷気を操るキャスター……生き残っているかもと思ってはいたけど)」

 まさか、よりによって此処で出会すことになろうとは。
 警戒心を露わに童磨を一瞥するGVだったが、当の悪鬼はにっこりと微笑んで手を振ってくる始末。
 あいも変わらずの掴み所がない、その上で此方の神経を逆撫でしてくる不快な振る舞いにGVは眉を顰めた。
 奴が何か良からぬ行動をしようとしたなら、負傷を重ねる危険性を度外視してでも此処で倒す。
 そう密かに決意するGVをよそに。彼のマスターである少女は、緊張で乾いた唇を開き声を発した。

「――受け入れてくれてありがとう、さとう。
 ごめんね、いきなりあんなお願いしちゃって」
「ううん。何があったのかは大体分かってるから」

 言って、ニュースサイトの記事をしょうこの眼前へ突き出してみせる。
 しょうこからの連絡が来る少し前に発生したという、何処から見ても聖杯戦争絡みの案件としか思えない大惨事。


811 : ガラテアの螺旋 ◆0pIloi6gg. :2021/09/23(木) 21:13:08 K.BvttZI0

「これでしょ? しょーこちゃんが無事で良かったよ」
「……あはは。アンタには何でもお見通しね」

 さとうの予想通り、しょうこが助けを求めねばならない立場になった原因はそれだったらしい。
 緊張の糸が少し緩んだように、昔懐かしい苦笑を浮かべて肩を竦めるしょうこ。
 数時間前に予想外の再会を果たした時、人目の多い場所であるということもありしょうこはサーヴァントを霊体化させていた。
 どういったサーヴァントであるかには既に当たりが付いていたものの、いざ実際に見てみると――なかなか精悍な顔立ちをした少年である。
 先の戦闘でかなり手酷くやられたらしく、その時の負傷がまだ色濃く残っているのが見て取れた。
 童磨と互角に戦った彼をこうもボロボロに出来る英霊が居るという事実は、さとうにとってあまり芳しいものではなかったが……それはさておき。

「その人が、しょーこちゃんの?」
「初めまして、松坂さとう。マスターの懇願を受け入れてくれたこと、ボクからも礼を言わせてほしい」

 よく通る、はっきりとした声だった。
 成程これならしょうこの脆い所もしっかりカバーしてやれるだろう。
 彼女はサーヴァントの引きにおいては、間違いなくさとうに勝っていた。

「礼なんて要らないさ、雷霆の君。あんなに激しく熱く互いの愛を語り合った仲じゃないか」

 そう思わせる元凶が話に勝手に入り込んでくる。
 するとしょうこのサーヴァント……GVが顔を顰めて言った。 

「今お前とは話していない。お前のマスターと話しているんだ」
「律儀に反応しなくていいよ。どうせ言っても無駄だから」

 彼の記憶を夢で見て、彼というサーヴァントについての理解を深めた今のさとうにはよく分かる。
 童磨の言葉にこうやって律儀に反応したり、いちいち怒ったりムキになったりするのは全く意味のないことなのだ。
 それはさとうが彼と過ごしたストレスフルな一ヶ月を経て身に着けた対処法だったが、童磨を相手取るに当たっては間違いなく最適解である。
 何故なら童磨の言葉をどう受け止めどう返したところで、当の彼にはほぼほぼ届かないのだ。
 先の"らしくない"反応を見るに一応例外はあるようだが、基本的に童磨の意識は他人と一枚壁を隔てた向こう側にある。
 自分は相手の心を好きに掻き乱す癖して、こっちの反応は童磨の心に届かない。
 まさに戯言のスピーカーだ。こいつにかかずらっていたら、時間がどれほどあっても足りない。

「それで。しょーこちゃんは、私を頼ってどうしたいの。言ったよね、私達は──」

 そう分かっているので、さとうはさっさと話を変える。
 世間話や身の上話にうつつを抜かす段階を飛ばして本題へ。
 自分のことを頼ってきた飛騨しょうこに対し、問いかける。
 どうしたいのか。あなたは、私に、どうしてほしいのか――と。

「分かってる。……分かってるからこそ、アンタを頼ったの。
 私が聖杯戦争に勝つために。アーチャーと一緒に、この逆境を乗り越えるために」

 それに対してしょうこは毅然と答えた。
 そこにはこの部屋に入ってきた時のおどおどした、弱々しい様子はもはやない。
 GVに支えられ死の記憶に打ち勝って、小鳥は友を見据える。
 確固たる意思と、友に対する真摯な光(いろ)を、その綺麗な両目に灯して。


812 : ガラテアの螺旋 ◆0pIloi6gg. :2021/09/23(木) 21:13:52 K.BvttZI0

「私が聖杯を求める気持ちは、アンタの愛ほど強いものじゃないかもしれない。
 でも、私のだってちゃんと"願い"なんだよ。弱くても、不格好でも……私はこの願いを貫きたい」

 しょうこは、さとうの抱く愛の強さを理解している。
 正確な大きさは分からない。分かるはずもない。
 松坂さとうという人間をああも変えた、彼女に熱を灯した唯一無二、永久不変の愛。
 ああ、勝てないだろう。
 しょうこの願いはちっぽけだ。自分でも分かるほどに月並みだ。
 願いの意味、その大きさ。
 そこで競い合ったなら、しょうこのそれはさとうの足元にも及ぶまい。

 ――それでも。それでも。
 飛騨しょうこは、その小さな願いを抱えて明日を目指す。
 どれほど傷ついても、羽が千切れても。
 もう二度と逃げないのだとそう誓って、愛の巨翼に並んで飛ぼうと力を振り絞る。

「だから……友達としてじゃない。一人のマスターとして、アンタと協力したいの」

 お互いの目指す未来の形が違うこと。
 いずれ自分達は願いのために殺し合うだろうこと。
 それらを不足なく理解した上で、しょうこはさとうにそう持ち掛けた。

「……そんなボロボロのサーヴァントと一緒に駆け込んできて。
 私に断られて殺されるかもしれないとは考えなかったの?」
「そりゃ考えたわよ。考えたけど、そこはアンタを信じることにした」

 しょうこの帰る家は、もうない。
 自分を散々束縛してきた母親も、何処で何をしているのか不明だ。
 恐らく生きてはいるのだろうが、しょうこが母親の許に帰ることはもう二度と無いだろう。
 その覚悟を決めて、此処に来た。
 まがい物の日常を振り返ることはもうしない、と。
 そう決めた上でしょうこがまず最初にしたことは、一度は袂を分かった親友を信じることだった。

「しょーこちゃんは変わってるね。普通、自分を殺した人間のことをそんな風に信用出来ないよ」

 さとうの言うことは実にもっともだ。
 幸いさとうにその気はなかったが、ともすれば弱り目をそのまま叩かれてしょうこの聖杯戦争は終わっていたかもしれない。
 その危険を承知の上で、まして自分を殺した人間のことを"信じる"など――博打が過ぎる。

「言ったでしょ、私はアンタに信じてもらえる自分になりたいんだって。
 その私がアンタのことを信じなくてどうするのよ、さとう」

 この世界に居る松坂さとうは、飛騨しょうこが乗り越えるべき敵だ。
 あなたに信じてもらいたいからあなたを信じると、いずれ殺す相手にそう語っている。
 そのおかしさ、歪さ、滑稽さ。誰がどう聞いても矛盾している。道理が通っていない。
 それでもしょうこは本気で、今目の前に居るさとうのことを信じていたし。
 彼女の言葉を受けたさとうもまた――やや逡巡はあったものの。しょうこの言を信用に値するものだと、そう認識した。


813 : ガラテアの螺旋 ◆0pIloi6gg. :2021/09/23(木) 21:14:46 K.BvttZI0

「……分かった。私にとっても悪い話じゃないから、呑んであげる」

 結ぼっか、同盟。
 その言葉にしょうこの顔がぱっと明るくなる。
 強がってはいても、やはり心の奥では不安だったのだろう。
 もしも断られたら。もしも、この場で自分を切り捨てに来たら。
 そんな不安を完全に払拭出来るほど、飛騨しょうこは強くない――彼女はあくまで、願いを叶える可能性を抱えただけの普通の少女なのだから。

 それに、さとうとしてもやはり戦力はもっと欲しかった。
 通常の聖杯戦争に比べ、この界聖杯を巡る聖杯戦争は英霊の数が格段に多い。
 となれば、誰も彼もが馬鹿正直に自陣営の戦力だけで戦っているわけではあるまい。
 徒党を組んであれこれ手を巡らせ、取れる選択肢の数を増やして聖杯戦争を有利に進めようとする。
 そういう輩も少なからず居る筈だと、さとうはそう踏んでいた。
 そしてそれが出来る状況・機会があるのなら、無碍にする理由はない。
 故にさとうは、しょうこの同盟の申し立てを受け入れると決めた――のだが。

「でも、一つだけ条件があるの」

 さとうには、一つだけ懸念があった。
 しょうこと組むことに異存はない。
 だが、その懸念だけは払拭しておきたかった――でなければ、戦況を有利にするための同盟関係に首を絞められかねないからだ。
 ニュースサイトを閉じ、SNSアプリを開く。
 目当ての投稿はすぐに見つかった。否、探そうとするまでもなく、画面に出てきた。

 しょうこへと、それを見せる。
 突きつける、と言った方が正しかったかもしれない。
 とにかく。
 さとうの端末に表示されたその投稿を見た途端……しょうこの顔から、色が消えた。


814 : ガラテアの螺旋 ◆0pIloi6gg. :2021/09/23(木) 21:15:15 K.BvttZI0

「――ぇ」

 しょうこも今時の娘だ。
 SNSくらいやっているだろうに――余程余裕がなかったのだろう。
 もしも、さとうの所に来る前にしょうこがこれを見ていたら。
 ひょっとすると彼女は、"彼"を探す方に行動の舵を切っていたかもしれない。
 そう考えるとさとうは幸運だった。
 しょうこが最初に取った手は、"彼"のものではなく。
 他でもない、親友(じぶん)のものだったのだから。

「こいつについて出回ってる情報や風評が何処まで正しいのかは分からない。
 でも、真実がどうであろうと」

 ――暴力沙汰。通り魔的犯行。
 女性のみをターゲットにした卑劣な犯行。
 金属バットを携帯した少年により複数名が重体。
 昨今の連続女性失踪事件との関連性も疑われている。
 警察が現在行方を捜索中。午後に世田谷区での目撃情報あり。

「絶対に関わろうとしないで。私にとって今のしょーこちゃんは友達で仲間だけど、こいつは今も昔もずっと私の敵だから」
「そ……そんなわけ、ない。だって、だって――あの子は、そんな……」

 名前は――『神戸あさひ』。
 犠牲者多数。現在逃走中。
 麻薬中毒者との情報。半グレ、極道界隈との付き合いがあるとの証言も確認。
 拳銃所持の可能性。刃物所持の可能性。既に死亡者も出ている。
 etc、etc、etc――数多の情報が踊る。好き勝手に連なっては廻る。
 
 違う。そんなわけがない。
 そんなこと、あるわけない。
 さとうのスマートフォンを奪い取ってスクロールしてみるけれど。
 探せば探すほど、しょうこの知る彼とはてんで似つかない情報ばかりが目に入る。
 血も涙もない極悪人。女性ばかりを狙った卑劣な通り魔。
 それって――誰のこと?
 しょうこは問わずにはいられなくて、助けを求めるように、さとうの顔を見上げたけれど。

「しょーこちゃん」

 そんな。
 喘鳴を漏らす傷ついた小鳥に――砂糖少女はただ一言。


「――――"信じる"からね」


 呪いを、かけた。


815 : ガラテアの螺旋 ◆0pIloi6gg. :2021/09/23(木) 21:15:46 K.BvttZI0
◆◆


 自分のスマートフォンを開いて確認もした。
 何かの勘違いであってほしかったし、少しでも信じ難い現実から逃れようとした、というのもある。
 しかし現実というのはかくも無情で、何の風情もなく飛騨しょうこに絶望を突き付けてきた。
 SNSを中心にあらゆるメディアで拡散されている、女性連続襲撃犯の情報。
 神戸あさひの名を載せて。無数の尾鰭で面影を改竄しながら、顔のない無数の人間が、しょうこに救いをくれた少年の存在に警鐘を鳴らしている。
 投稿によっては画像も添付されており、それは紛れもなく"彼"のものだった。

「(……なんで。そんなわけない、有り得ないでしょ。
  あの子が……あの子が、そんなことするわけないって)」

 あの小動物みたいな少年が。
 あのとても優しい、人の痛みの分かる男の子が。
 ――通り魔? 女性を襲撃? 危険人物?
 ふざけるな、としょうこは思った。
 わけがわからない、としょうこは譫言のようにそう零した。
 なんでこんなことになっているのか、考えてもさっぱり分からない。

『マスター、気持ちは分かるけど一度落ち着くんだ。今の君は冷静さを欠いている』
『……落ち着けるわけないでしょ。もう何が何だか分からないのよ、こっちは……ッ』

 彼に当たっても仕方ない。それは勿論分かっている。
 だけど、そうやって少しでも感情を外に排出しないとおかしくなってしまいそうだった。
 記憶の中にある彼と、今大衆の間で拡散されている彼の姿がさっぱり結び付かない。
 その理解不能な現実は、一度落ち着いた筈のしょうこの心を、荒波となってまたぐちゃぐちゃに掻き乱した。
 
 感情が乱れる余り、身体を小さく震わせてさえいるしょうこ。
 そんな彼女に対し、GVはしかし冷静だった。
 声を荒げて一喝するでもなく、落ち着いた普段通りの口調で忠言する。

『君の知る"神戸あさひ"と、この世界の"神戸あさひ"のイメージがあまりにも噛み合わないというのなら。
 今拡散されている情報は真実ではなく、何者かが意図的に流した悪評(デマゴーグ)だって可能性もある』
『それなら……、……っ』

 それなら、助けないと。
 そう言おうとして、しょうこは自分の矛盾に気付いて口を閉じた。
 神戸あさひを助ける。根も葉もない悪評に曝され、社会の敵に堕とされた彼を守ってやる。
 それは、一人の人間としては確かに正しい行動だろう。
 だが聖杯戦争のマスターが取るそれとしては、全く理屈に合うものではない。
 松坂さとうという同盟相手が居るのに、身元と姿の両方が悪評と共に拡散されている相手をわざわざ抱き込む意味がない。
 しょうこがそうすることを選ぶなら、それは――聖杯を手に入れるのだと意気込む者の行動ではないと言わざるを得なかった。


816 : ガラテアの螺旋 ◆0pIloi6gg. :2021/09/23(木) 21:17:32 K.BvttZI0

 GVは電子戦、サイバー戦の領域においては間違いなくこの聖杯戦争で随一の力を持つサーヴァントだ。
 ハッキングを行えば、神戸あさひに纏わる書き込みを行った人間の身元を特定することも簡単だろう。
 だが。その彼をしても、これだけの速度で拡散され増殖していく数多の"誰か"の中からそれを行うのはかなり根気の要る作業になる。
 それに――それ以前に。松坂さとうが同盟の条件として提示した文言の存在もある。


 ――絶対に関わろうとしないで。
 ――私にとって今のしょーこちゃんは友達で仲間だけど、こいつは今も昔もずっと私の敵だから。

 ――しょーこちゃん。
 ――"信じる"からね。


 GVは静かに唇を噛んだ。
 彼には分かる。あれが、呪いだと。
 飛騨しょうこの心と、その願いを深く穿つ楔だと。
 そして、そういうやり方は。
 心優しい小鳥に対して――この上なく覿面に効く。

『……マスター。言ったよね、ボクはキミのサーヴァントだと』
『……アーチャー』
『キミがどちらを選んでも、それは変わらないよ』

 理屈に合うか合わないかなんて小さなことでマスターを見限るGVではない。
 GVは飛騨しょうこの選択、その全てを尊重する。
 彼女が聖杯を求めるために非情になると言うのなら、GVは彼女の敵を悉く滅ぼす雷霆になろう。
 彼女が矛盾を抱えてでも大切な人を助けたいと言うのなら、GVは非業の少年を助ける稲妻になろう。

 されど――。どちらに飛ぶか決めることだけは、GVには出来ない。
 それを選ぶのは、選べるのはしょうこだけだ。
 どちらの方に飛ぶにしても、しょうこは――今まで通りではいられない。
 

【北区・松坂さとうの住むマンション/一日目・夕方】

【飛騨しょうこ@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:魔力消費(中)、焦燥と混乱(大)
[令呪]:残り2画
[装備]:なし
[道具]:鞄
[所持金]:1万円程度
[思考・状況]
基本方針:さとうを信じたい。あさひくんにお礼を言いたい。そのためにも、諦められない。
1:なんで、あの子が。
[備考]
※松坂さとうと連絡先を交換しました。

【アーチャー(ガンヴォルト(オルタ))@蒼き雷霆ガンヴォルト爪】
[状態]:疲労(大)、全身にダメージ(中)、いずれも回復中、クードス蓄積(現在3騎分)
[装備]:ダートリーダー
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:彼女“シアン”の声を、もう一度聞きたい。
1:マスターを支え続ける。彼女が、何を選んだとしても。
2:ライダー(カイドウ)への非常に強い危機感。
3:松坂さとうがマスターに牙を剥いた時はこの手で殺す。……なるべくやりたくない。
4:よりによってあの時の彼がサーヴァントなのか……。
[備考]
※予選期間中にキャスター(童磨)と交戦しています。また予選期間中に童磨を含む2騎との交戦(OP『SWEET HURT』参照)を経験したことでクードスが蓄積されています。


817 : ガラテアの螺旋 ◆0pIloi6gg. :2021/09/23(木) 21:18:07 K.BvttZI0
◆◆


 しょうこが自宅を訪ねてくることが確定してから、彼女が来るまでの間。
 その空き時間数十分の中で、さとうは"彼"が危険人物としてインターネット上で猛拡散されていることを知った。
 最初は目を疑った。可能性を持たないとされているNPCがこれだけの事態を引き起こすとは考え難い。
 さとうはすぐに悟った。神戸あさひ――さとうの最愛の少女の実兄。
 さとうの甘い日々を壊そうとする敵の一人。彼もまた、この世界で聖杯を求めて戦っているのだと。

「(本当なら、令呪を使わせてでもアーチャーの行動を縛りたかったけど。
  今のしょーこちゃん、あの子なりにちゃんと聖杯を目指してるみたいだし……そこは妥協かな)」

 その事実はしょうことの同盟の行方に暗雲を立ち込めさせた。
 元の世界でしょうこを殺した時、さとうは彼女の携帯電話を見ている。
 その時点で既に、しょうことあさひの間には繋がりがあった。
 そしてこの世界での最初の邂逅時にも……しょうこは、あさひのことをやたらと重視した主張をさとうにぶつけてきた。
 これらの事実から浮かび上がる可能性はそう多くない。
 しょうこと付き合いの長いさとうには、そのわずかな選択肢の中から――"しょーこちゃんならこれだろう"という答えを選び出すことなど容易だった。

 飛騨しょうこは、神戸あさひに強い感情を抱いている。
 それが何であれ、どういう形であれ。
 そのことにしょうこが気付いているのか、どう受け止めているのかは定かではないが。
 "その感情"は、さとうにとってとても不都合だった。

 神戸あさひは敵だ。元の世界でも、今の世界でも。それは一切変わっていない。
 なのに同盟相手のしょうこがそれを助けようとし出したなら、さとうとしては非常に面倒な展開になる。
 世界が変わっても、私の幸せの邪魔をしようとするのか。
 唾の一つも吐き捨てたくなるような不快感がごぼごぼと胸の奥で湧いてくる。
 その嫌悪はもはや、童磨に対して向けていたそれより格段に大きい。

「(釘を刺して正解だった。神戸あさひの炎上のことを伝えた瞬間、目に見えて顔色が変わったし)」

 さとうはしょうこを呪った。
 彼女の心に返しのついた釘を打ち込んだ。
 しょうこが自分を大切に想ってくれているのは知っている。
 それを逆手に取って、利用して、しょうこの抱く"感情"の行き場を塞いだ。
 松坂さとうは飛騨しょうこのことをよく理解している。ひょっとしたら、彼女の肉親よりも。
 だから分かる。――あの呪いは、彼女に対しては効果覿面であろうと。

「(それでもしょーこちゃんが神戸あさひを追うんなら、どの道あの子とは組めない)」

 さとうは、しょうこと末長く協力し合えたらいいなと思っている。
 ただでさえ活動可能な時間が限られているという、あまりに大きな弱点を抱えているサーヴァントを持つ身なのだ。
 確立出来た同盟相手を失いたくなどない。だがそれでも、この期に及んで神戸あさひを優先するならしょうこと組むのはどの道無理だ。
 その時は、切り捨てることになるだろう。それが文字通りの意味でになるかどうかは、まだ分からないが。

「……それにしても。どうなってるんだろ、この聖杯戦争」

 しょうこ達は自分の部屋へと向かわせた。
 飲み物を取ってくると言って彼女達の所を離れ、思わず呟く。
 飛騨しょうこ。叔母。そして神戸あさひ。
 数多の器達が、世界の垣根をすら超えて蒐集されているというのに――何故こうも自分の周りの人物が目に付くのか。
 率直に言って――気味が悪かった。
 自分達を中心に、何か目に見えない大きな渦が逆巻いているような。
 そんな感覚に囚われてしまう。しょうこだけならまだ偶然で片付けられたが、叔母、神戸あさひとそれが重なっていけば……。


818 : ガラテアの螺旋 ◆0pIloi6gg. :2021/09/23(木) 21:18:47 K.BvttZI0

「不思議だねえ、さとうちゃん。一体界聖杯は、君達の何をそんなに気に入ったのやら」
「絡むならあのアーチャーのところに行きなよ。積もる話もあるんじゃないの?
 あっちにしてみれば、話すことなんて何も無いだろうけど……」
「そう嫌わないでくれよ、相変わらずつれないなあ。
 俺はサーヴァントらしく、君に有意義な忠言をしてやろうと思っているんだぜ」

 忠言。
 忠言と来たか。
 その単語は凡そこの悪鬼とは似つかわしくないものであったが、さとうは無言で先を促した。
 以前までなら一も二もなくそっぽを向いて無視していただろうに、話を聞く姿勢を見せているのは……彼という存在への理解が深まった故なのか。

「君に殺された少女。君を形作った女。そして、君の敵である少年」

 童磨が笑みを深くする。

「此処まで揃っているのなら、さ」

 そして彼は、言った。
 

「"しおちゃん"も居るんじゃないのかな? この世界に」
「……………………え」

 
 その言葉は――多分。
 この一ヶ月の間、彼の口から聞いた数多の不快な言葉の中で一番、さとうの心に深く突き刺さった。

 気付かなかった?
 思い付かなかった?
 いいや違う。そんなの、嘘だ。
 しょうこだけじゃなく、叔母の存在を確信した時点で。
 その可能性には、既に思い当たっていた。
 なのに見ないふりをしていた、目を背けていた。
 だって、それは。
 それは――松坂さとうにとって、きっと。
 考えられるどの可能性をも凌駕する、一番の"最悪"だから。

 神戸しお、さとうの最愛の少女。
 彼女が居たらどうしようとは、ずっと考えていた。
 でも、いつしかその懸念は心の空白に圧されて鳴りを潜めていた。
 そのくらい、辛かったから。
 この一ヶ月は、さとうにとって生き地獄に等しい空虚だったから。
 それが、今。しょうこと、叔母と、神戸あさひの存在という事実に背中を押されて――再びさとうの前に姿を現した。
 その大きさは。今や、さとうが最初に知覚した頃のそれとは比べ物にならないほど大きくて。


819 : ガラテアの螺旋 ◆0pIloi6gg. :2021/09/23(木) 21:19:28 K.BvttZI0

「君はさっき、俺のことを憐れんだろう?
 なんでこんな意地悪を言うんだろうと思ったよ。そして同時に、聞いてみたいなとも思ったんだ。
 さあ――答えてくれよ、さとうちゃん。君は……」

 童磨の口元が弧を描き、瞳は少年のような輝きを帯びる。
 彼のことだ。嗜虐の類ではないのだろうが――しかしてその問いは、的確に松坂さとうの急所を抉るものだった。
 
「"しおちゃん"がこの世界に居た時。どうするんだい?」

 こんな男の言うことに耳を貸す意味はない。
 どうせ戯言だ。何の意味もない雑音(ノイズ)だ。
 それ以上でもそれ以下でもないものに思考を傾けるくらいなら、しょうこをこれからどう扱うかについて考えた方が余程建設的だ。
 さとうの理性はそう叫んでいたが、それとは裏腹に彼女の脳髄は混迷で満ちる。
 この期に及んで急に現実味を帯びてきた危惧。神戸しおがこの世界に居る可能性。
 それは、しおとさとうが。愛し合った二人が、敵同士として対面する未来が有り得るかもしれないのだと示唆しており。
 
「(しおちゃんが、此処に居たら)」

 考えたくない。
 考えたくない――そんなことは有り得ないと切り捨てたい。
 でも、童磨によって打ち込まれた"もしも"の楔はあまりにも深くて。
 さとうの思考は、強制的に回転させられる。
 彼の愛を憐れんだ代償と言わんばかりに、今度は彼女が断崖に立たされる。
 突き付けられた命題。愛の存在証明であり不在証明。
 神戸しおという"可能性の器"を認めた時、松坂さとうはどうするのか。

「(私は、あの子に……)」

 明滅する思考。
 止まらない螺旋。
 甘さと苦さの乱反射。
 それを以って導き出された答え。
 心の中に、溢れた――その欠片。


「(生きて――――――――、)」


 ――――――――ぴしり、と。さとうは、自分の中の何かがひび割れる音を聞いた。


 それは器。
 或いは殻。
 愛の蛹の外殻。
 そこに入った一筋の亀裂。
 松坂さとうがいずれ辿り着いたろう悟りの片鱗。
 ヒトの心を理解出来ないが故の不躾で無遠慮な詰問。
 それが開いた、導いた、一つの可能性。


820 : ガラテアの螺旋 ◆0pIloi6gg. :2021/09/23(木) 21:20:15 K.BvttZI0


「……さとうちゃん? どうしたんだい、俺は君の答えを――」
「キャスター。行くよ、アーチャーと話がしたかったんでしょ?」


 童磨へと向けていた背。
 踵を返して、彼の顔を見る。
 その顔には、微かながら笑みが浮かんでおり。
 それを見た時の童磨が抱いたのは――

「(……なんだ、その表情(かお)は?)」

 疑問、だった。
 童磨は人間の感情を理解出来ない。
 彼にとってヒトの想いは総じて絵空事。壁の向こうの三文芝居。
 なればこそ、彼が松坂さとうに放った質問は嘲笑の意味合いでなどなかった。
 だが。それを差し引いても――問いに答えることもせず、ただ微笑むさとうの姿が理解出来なかった。
 そんな顔。これまでの一ヶ月の中で、自分には一度だって見せなかったのに。

「待ってくれよ、さとうちゃん。君は今、俺の問いから何を得た?
 独り占めするなよ、狡いじゃないか。俺達は主従(なかま)だろう? 教えてくれよ、なあ――」
「キャスター」

 疑問の童磨は、さとうが何らかの答えを見出したものと思っている。
 だがその実、さとうは答えに辿り着いてなどいなかった。
 ただ、彼女は殻に亀裂を入れただけ。
 凝り固まった愛の形。利他と言いながら利己の形を描いていた愛の蛹。
 それに一筋の亀裂が入り、可能性の種子が生まれたというただそれだけ。
 なのに。さとうが童磨を見る目は、以前のそれとは確実に異なっており。

「行くよ。二人が待ってる」

 さとうは迷う。
 さとうは考える。
 それは不確定なる事項。
 ともすれば杞憂に終わる未来。
 さりとて。紛れもなく真実を射止めた思案。

 神戸しおがもし、この世界に存在したのなら。(――神戸しおはこの世界に存在している。)

 その時、松坂さとうが願うのは――
 彼女が、どんな世界の出身であろうとも。
 どんな時空の悪戯に愛されていようとも。


 神戸しおに■■■■■■。


 答えは未だ霧の中。
 さとうの歩む道の先。
 されど、されど。
 彼女という"可能性の器"は今この時――ひとつの芽を、出した。
 それだけは嘘偽りも間違いもない、事実である。


821 : ガラテアの螺旋 ◆0pIloi6gg. :2021/09/23(木) 21:20:49 K.BvttZI0

「(待てよ。待ってくれよ――君は今何を見た?)」

 童磨にさとうの意思など、彼女の進む先に待つ可能性など、理解出来る筈もない。
 何故なら彼は、本質的に他人の心を理解することが出来ないから。
 ただ一つ、今際の際に見た殺意のみを愛と信じて彷徨う悪鬼。
 単方向の愛だけで自分の全てを染め上げて、聖杯を希求する者。
 
「(何故君は俺を憐れんだ。俺と君は、同じものの筈なのに。
  十数年そこらしか生きていない娘が何故、英霊の俺の先に居るような顔をする?)」

 童磨は百年を遥かに超える時を生きた鬼だ。
 だがその実。感情を持たず、そして知らずに生きてきた彼の内面は童子のそれと変わらない。
 歳ばかり食って磨り減った童子。それが童磨の本質だ。
 鬼舞辻無惨の名付けた忌み名の通りの在り方を彼は持つ。
 だからこそ、か。童磨には、さとうが自分に向けた憐れみの意味が分からない。
 松坂さとうと童磨。二人の欠落者の間に存在する明確な差異に、気付けない。
 
「(……定命の人間の部材で俺を憐れんだんだ。なら、君のをしっかり見せてもらおうじゃないか)」

 童磨は龍の逆鱗を平然と踏み抜く狂人だが。
 しかし少なくとも、この場における彼は愉快犯ではない。
 彼にだってあるのだ、願いは。
 勝てさえするのならばマスターが松坂さとうである意味はない。そこに固執する価値はない。
 だから、場合によっては此方からさとうを切ることも視野に含めていたのだったが……この時童磨の中で、はっきりとその"基準"が定まった。

「(もしもそれが、俺の愛に及ばないのなら。
  もしもそれが、俺の愛の先を行くものでないのなら――その時は。
  君を捨てて、君を喰らって。俺が、君の先に行くよ。さとうちゃん)」

 戯言を吐く鬼と、それに腹を立てながら日々を過ごす砂糖少女。
 この一月ずっと変わらず、進みも戻りもしなかった関係性。
 それが此処に来て、変化の兆しを見せ始めた。
 少女は墜落へ続く羽化の未来を垣間見。
 鬼はそのことに気付かないまま、微かな揺らぎを自覚しつつ審判者を気取る。


822 : ガラテアの螺旋 ◆0pIloi6gg. :2021/09/23(木) 21:21:29 K.BvttZI0

 砂糖少女。鬼。小鳥。雷霆。
 螺旋のように絡み合った想いは、果ても知らずに捻れていく。
 或いは、その行き着く果てこそが――地平線の彼方。世界樹の名を冠した、究極の可能性なのかもしれなかった。


【松坂さとう@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:健康
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:鞄
[所持金]:数千円程度
[思考・状況]
基本方針:しおちゃんと、永遠のハッピーシュガーライフを。
0:もししおちゃんが居たなら。私は、しおちゃんに――
1:どんな手を使ってでも勝ち残る。
2:しょーこちゃんとはとりあえず組む。ただし、神戸あさひを優先しようとするなら切り捨てる。
3:叔母さん、どこに居るのかな。
[備考]
※飛騨しょうこと連絡先を交換しました。
※飛騨しょうこのサーヴァントが童磨の言う"雷霆の弓兵"であると当たりを付けました。
※本名不詳(松坂さとうの叔母)が聖杯戦争に参加していると当たりを付けました。

【キャスター(童磨)@鬼滅の刃】
[状態]:健康
[装備]:ニ対の鉄扇
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:もう一度“しのぶちゃん”に会いたい。
0:君の愛が、俺の先を行くものでないのなら。その時は俺が君の先を行くよ、さとうちゃん。
1:日没を待つ。それまではさとうの“感覚”を通して高みの見物。
2:さとうちゃんの叔母と無惨様を探す。どうするかは見つけた後に考えよう。
3:雷霆の弓兵(ガンヴォルト)と話したい。俺は話すのが好きだ!
[備考]
※予選期間中にアーチャー(ガンヴォルト(オルタ))と交戦しています。さとうの目を通して、彼の魔力の気配を察知しました。
※鬼同士の情報共有の要領でマスターと感覚を共有できます。交感には互いの同意が必要ですが、さとうは索敵のために渋々受け入れています。
※本名不詳(松坂さとうの叔母)と鬼舞辻無惨が参加していると当たりを付けました。本名不詳(松坂さとうの叔母)は見ればわかると思ってます。


823 : ◆0pIloi6gg. :2021/09/23(木) 21:21:46 K.BvttZI0
投下終了です


824 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/24(金) 08:23:15 AgqzMDZg0
投下乙です!
童磨の過去を知って一方通行の愛を哀れみながら、しおちゃんとの愛があるから童磨と違うと断言できるのはさとちゃんならでは。
そのせいで童磨もキレてさとちゃんと決裂しそうになってますが、当のさとちゃんはしおちゃんに気付いたのでそれどころじゃない。
ガンヴォルトとの絆のおかげで、しょーこちゃんもさとちゃんともう一度やり直すきっかけを掴めましたが……あさひくんの件を知っちゃいましたか。
さとちゃんとあさひくんを天秤にかけられた上に、しょーこちゃん自身も余裕がない立場なので、これからどうなるか?

光月おでん&セイバー(継国縁壱)
NPCでクロサワ@夜桜さんちの大作戦、三峰結華&小宮果穂&有栖川夏葉@アイドルマスターシャイニーカラーズ
予約します。


825 : ◆0pIloi6gg. :2021/09/25(土) 15:10:58 Gi6jV0hk0
古手梨花&セイバー(宮本武蔵)
七草にちか&ライダー(アシュレイ・ホライゾン)
プロデューサー

予約します。


826 : ◆A3H952TnBk :2021/09/25(土) 19:51:51 pDKdqVzU0
投下します。


827 : 奴を高く吊るせ! ◆A3H952TnBk :2021/09/25(土) 19:53:19 pDKdqVzU0
◆◇◆◇



吊るせ、吊るせ――――。
誰かが、そんなことを叫んだ。

この村は悪魔に犯されつつある。
全ての不幸は、奴らが仕組んだことだ。
“あれ”は悪しき魔女だ。
奴らを縛り首にしろ。

吊るせ、吊るせ――――。
他の誰かが、口々に叫んだ。



◆◇◆◇


828 : 奴を高く吊るせ! ◆A3H952TnBk :2021/09/25(土) 19:53:44 pDKdqVzU0
◆◇◆◇


新宿駅構内、山手線上り行きのホーム。
俺―――“田中一”は、ベンチに座って黙々とスマートフォンを弄っていた。
SNSで流れてくるニュースを、黙々と見つめている。

板橋区で大規模な破壊。近隣に甚大な被害。目撃者は集団ヒステリーのような証言を繰り返している。
暴力沙汰を引き起こした非行少年が逃走中。名前は神戸あさひ。連続女性失踪事件との関与が疑われているとか。

前者のニュースは、間違いなく聖杯戦争に関わることだと思う。この大破壊ぶりに高揚感は感じなくもない。
しかし、今の俺の頭を支配しているのは―――そんなことよりももっと壮大で過激な、“地獄”を顕現させる計画だ。
あのアルターエゴ・リンボが言っていた、悪夢的な企み。それは俺が待ち望んでいた“混沌”そのものだった。

後者のニュースは―――まあ、どうでもいい。
どうせただの模倣犯か、目立ちたがり屋の馬鹿だろう。金属バット振り回してるだけで殺人鬼になれるかよ。
そっちへの興味は、早々に失せた。

あのリンボとの邂逅を経た後、俺はアサシンから念話で指示を出された。
新宿駅の山手線、上り方面のホームで合流しよう―――と。
アサシンに会うのは、気乗りがしなかった。峰津院の一件もあって、あいつと顔を合わせたくはなかった。
それでも俺があいつの命令に逆らえるはずも無く、結局は指示通りに新宿駅へと着いた。
西荻窪駅などが通ってる中央総武線に乗れば、杉並から新宿へと向かうのにそう時間は掛からない。
だったらなんで午後の間とか住宅街うろうろしてたんだよ、って聞かれると―――酒が入ったせいでそういう気分になってたとしか言いようが無い。

で、俺はこうして新宿駅で待ち続けていた。
駅員のアナウンス。忙しなく行き交う有象無象。俺の視界を幾度となく横切る緑色の車両。遠くから頭を出す高層ビル。
山手線のホームから見える景色は、いつだって騒々しい。
そして、俺は独りぼっちでここにいる。
写真のおやじは側にいるのか、何処かへ行ってるのかさえ分からない。
なんだか俺は、風景に溶け込んでるような気がしてくる。群衆や町並み。その中に佇む、ちっぽけなひとりの人間。
急に自分のことを俯瞰して、憐れみかけた矢先。


ふと、視線を横に向けた。
俺はベンチの端っこに座っていて。
その右側に立つ、“サラリーマン風の男”を見上げた。
姿とか顔とか、そういうのは殆ど記憶にないのに。直感で理解してしまった。


『――――待たせたね、“田中一”君?』


俺の頭の中で、言葉が響く。
俺は思わず、ビクリと反射的に震えてしまった。
サラリーマン風の男は、俺を横目で流し見るように見下す。
強者が弱者を一瞥するように。
あるいは、蔑むように。
“アサシン”は、俺に視線で指示を出してきた。

上り方面行きの列車が、再び駅のホームに到着した。
車両の扉が開き、乗客の降車後に構内で待っていた人々が一斉に乗り込んでいく。
その群衆に紛れるように、アサシンは電車の中へと踏み込んでいく。
俺はそれを見て慌てて立ち上がり、アサシンを追う形で山手線の車両に乗り込んだ。





829 : 奴を高く吊るせ! ◆A3H952TnBk :2021/09/25(土) 19:54:40 pDKdqVzU0



ガタン、ゴトン。ガタン、ゴトン。
山手線の車両は、いつものように走り続ける。
夕方になっても、色んな乗客が乗り込んでいる。夏休みということもあってか、遊び帰りの若者達とか親子連れとかも多い。
傾き始めた陽射しが、窓から車内へと入り込んでくる。新宿や大久保なんかを越えて、都会の景色は流れていく。

両脇を乗客達に挟まれながら、俺は座席の真ん中に腰掛けていて。
その向かい側で、同じ様にアサシンは座っていた。
まるで他人同士であるかのように、何事もなく。
周囲の人間は、一切気が付かない。すぐ側にいる男が。何気ない顔で座席に座っている男が。
そいつが、世間を震わせている連続殺人鬼であることに。

行き先は、アサシンから念話で聞かされていた。
荒川区の日暮里駅だ。新宿からおよそ二十分程度で着く距離である。
透明な手を持つ女がその近辺に住んでいるらしいことは共有している。
そこへ向かうことに異議はない。その女を殺すことが、リンボの行っていた地獄を顕現させる第一歩になるのだから。
しかし、それでも気になることはある。

『あ……あのさ』
『何かな?』
『日暮里から帰ってきて……また日暮里なんだよな』
『そういうことになるね』
『なんていうか……ダルくならないの?』
『会社での無茶な使い走りに比べればマシさ』

―――殺人鬼の癖に社会人の鑑かよ。
俺は思わず内心でツッコミを入れてしまった。
アサシンは俺と念話をしていることをおくびにも出さず、何やら鞄から文庫本を取り出して呑気に読書を始めている。
思ってたのと違う、というのが率直な感想だった。
さっきの俗っぽい一言もそうだけど。なんていうか、想像以上に普通の男に見える。
ちょっと気品があるだけで、そこらへんのサラリーマンのおっさんって言うか。
NPCに混じって自然に乗車している姿は、サーヴァントとは到底思えない。
だけど、こいつがあの連続失踪事件の犯人であるという事実に変わりはない。
そんな奴が、こうして風景に溶け込んでいる。
それが街にとっていかに脅威であるのかは、よく理解できる。

『君を放置したのはすまなかったね』
『いや、その……いいんだけど……』
『これからは私が“面倒を見る”。安心するといい』

アサシンは淡々とそう伝えてくる。
感慨も何もなく、事務的に。
俺は思わず眉を顰めた。
面倒を見るって。
なんだよ、その上から目線。
流石の俺も、その軽率な一言には不満がある。
だけど俺は、その不満を堪らえながら念話を飛ばす。

『あの、アサシン……さん』
『……なんだい?』

あくまで下手に出て、穏やかに。

『なんか、その……迷惑掛けて、すみません……。
 多分俺は、ずっと足を引っ張ってたんだと思う』

そうして、謝罪の言葉を連ねた。


830 : 奴を高く吊るせ! ◆A3H952TnBk :2021/09/25(土) 19:55:09 pDKdqVzU0
せめて誠意は示さないと、いつまでもアサシンに縛られる羽目になる。
俺は大人しく面倒なんか見られたくない。
俺は、革命を起こしたいのだから。
だから少しでもアサシンに“こいつは反省してるし、やる気もあるんだな”と思ってもらう。
そうすればきっと、俺に役割を与えてくれる筈だ。


『だからせめて、俺に出来ることをコツコツと―――』
『君はSNSでも見ながら大人しくしていればいい』


そんな淡い期待は、即座に切り捨てらた。
――――は?思わず声が出そうになった。


『いや、でも……』
『君に武術などの心得は?』


俺の言葉を遮って。
アサシンは、そんなことを投げ掛けてくる。


『なにか魔術や超能力は使えるかね?』


俺は、何も言えない。
俺が目を泳がせている間にも、あいつは畳み掛けてくる。


『社会的地位や経済力は?』


まるで面接官か何かのように。
淡々と、俺を追い詰めていく。


『あの夜の“殺人”以外に、犯罪の経験は?』


俺がいかに無力で、使えない奴なのか。
そんな現実を、まざまざと突き付けてくる。

『それが君の限界だ。革命などと言うモノは、聖杯に祈れば幾らでも叶えられる。
 今は勝つことだけを考えればいい。なに、君には手を煩わせないさ』

何も言えない俺に対して、アサシンは返事を待つこともなくそう告げてきた。
苛立ちが、自然に込み上げてくる。
まるで主人か何かのように尊大な態度を取ってくるサーヴァントへの怒りが、煮えたぎってくる。

何なんだよ。偉そうに。
勝手に話を進めるなよ。

だけど、そんな口答えは出来るはずもない。
目の前にいるのは、この街を騒がしている『連続女性失踪事件』の犯人なのだから。
その気になれば、今すぐにでも俺を殺せる。


831 : 奴を高く吊るせ! ◆A3H952TnBk :2021/09/25(土) 19:55:57 pDKdqVzU0

『さて……現時点で目を向けるべきは、あのアルターエゴだ』

そうしてアサシンは、アルターエゴ・リンボの話へと切り替える。
俺はあいつの言っていたことを脳裏に蘇らせる。
規範や道徳が崩壊した地獄絵図。
秩序が淘汰され、混沌が蔓延る悪夢的世界。
誰もが藻掻き、足掻き、必死に這いずり回る。
全てを巻き込む“非日常”への転落―――それが地獄界曼荼羅、らしい。

『大学に通っていた頃……図書室で適当に本を読み漁っていた時期があってね』

リンボが齎す“地獄”のことを考えていた俺の思考に、アサシンの言葉が割り込んでくる。
大学が―――何だよ、急に。

『当時は文学部の学生だった。教養を深めることも兼ねて、国内外の文学にはよく手を出していたよ』

だから何だってんだよ。
いきなり知識自慢かよ。
俺はつらつら語り始めるアサシンに苛ついていた。

『だからアビゲイル・ウィリアムズという名についても……思い当たる節があった。
 セイレム魔女裁判―――海外の大衆文学で度々取り上げられていた題材だ。
 英霊としての情報と、生前に得た知識が噛み合ったという訳さ』

だけど、そこでやっとアサシンの言いたいことが分かった。
アビゲイル・ウィリアムズ。確かあのリンボが言っていた名前だ。

――――フォーリナー・アビゲイルを真の形へと到達させ、その力を以ってしてこの東京を地獄に変えるのです。

――――地獄界曼荼羅……その第一候補。アビゲイル・ウィリアムズこそは、銀の鍵の巫女こそは。

――――この界聖杯戦争の行く末を決めるに相応しい、偉大な偉大な爆弾なれば!

リンボによれば、そのアビゲイルってのが地獄を生み出すための“鍵”らしくて。
この聖杯戦争の行く末を決めるくらいの素質とか能力とか、そういうのを抱え込んでいて。
だけど今はその力を抑え込まれているから、何とかしなくちゃならない。
その為にはそいつの“守るべきもの”を奪ってやるのが手っ取り早い。
そうすれば、アビゲイルの可能性は目覚める。この界聖杯に地獄が訪れる足掛かりとなる。

『さて、君はアビゲイル・ウィリアムズについて聞いたことはあるかな?』
『いや、知らないけど……』

んなもん知るわけねえだろ。
ジミヘン知ってる?って一般人にいきなり聞くようなもんだろ。
マニアの間じゃ一般教養だったとしても普通そのへんにいる素人は知らねえんだよ。
俺は心の中で毒づいた。
まあそれはさておき、アサシンは律儀に説明を始めた。


832 : 奴を高く吊るせ! ◆A3H952TnBk :2021/09/25(土) 19:56:45 pDKdqVzU0
それで、アサシン曰く。
17世紀末の植民地時代アメリカ、即ち英国領に過ぎなかった頃。
現在で言うマサチューセッツ州のセイレムという地で大規模な“魔女狩り”が発生した。
集団心理と疑心暗鬼、宗教的観念などが絡み合い、数多くの住民が裁判に掛けられ―――そして異端者として“処刑”された。
その最初の告発者である少女がアビゲイル・ウィリアムズ。……らしい。

村に住んでいた少女。
魔女裁判における始まりの告発者。
それ以外の記録は、特に無し。
いや―――それつまり普通の人間じゃね?
俺はそう言いたくなったけど、あのリンボが目を付けるくらいなんだから凄い奴なんだろう。

最早当たり前のことだけれど。
アサシンは、連続殺人鬼だ。
誰にも存在を悟られずに幾人もの女性を手に掛けてきた、“街に潜む闇”だ。
こいつならきっと、透明な手を持つ女も容易く殺せる。そりゃそうだ、殺人に関してには誰よりも慣れてるんだから。
今まで色々と不和もあったけど、アサシンは欲望の為に透明な手の女を殺すしかない。
そして、そいつの死こそがフォーリナーの覚醒に繋がる。
利害の一致だ。此処から先、俺とアサシンは同じ目的の為に戦うことになる。
だからこそ、萎えかけていた高揚感がふつふつと湧き上がってきた。

ああ、そうだ。アサシン。
お前の殺人と、俺の欲望。
その二つが噛み合って、この街に地獄が降りてくる。
だから、思う存分やってくれよ。
お前の狂気で、その女を―――――。


『透明な手を持つ女を、殺すんだよな』
『いいや。寧ろ“その逆”だ』


電車は揺れる。山手線を走り続ける。
ガタン、ゴトン。ガタン、ゴトン。
目的地へと向かい、虚しい音が響き続ける。

色々と言いたいことはあった。
こいつに対する恐怖とか敬意とか、不満とか。俺の中で感情があべこべになっている。
取り敢えず、今の俺が言いたかったことは自分でも分かっていた。

なあ、アサシン。
お前さ。ほんと何なんだよ。


◆◇◆◇


833 : 奴を高く吊るせ! ◆A3H952TnBk :2021/09/25(土) 19:57:07 pDKdqVzU0
◆◇◆◇



吊るせ、吊るせ――――。
狂気に蝕まれ、人々は喚き立てる。

苦痛。絶望。虚無。諦観。
誰のせいだ。何者の仕業なのだ。
これは、我々の罪なのか。
否。断じて違う。
罰せられるべきは、悪しき異端者達だ。

吊るせ、吊るせ――――。
人々は口々に唱える。
鍵と、鍵穴。二つが結びつく。
外なる神による、混沌の“革命”が起こる。



◆◇◆◇


834 : 奴を高く吊るせ! ◆A3H952TnBk :2021/09/25(土) 19:57:41 pDKdqVzU0
◆◇◆◇


我が息子、吉良吉影の思惑はひとつ。
アルターエゴの抹殺だ。この街に混沌を降臨させようとする奴の存在は、決して無視する訳にはいかない。
このわし、“吉良吉廣”は息子から一通りの方針を念話で伝えられている。
吉影が行動している間、息を潜めながら田中を遠巻きから監視する。それが今のわしに任されたことだった。
息子から直々の脅しを受けている田中が下手な行動を出る可能性は極めて低いが、もしも不審な行動に出たならば即座に報告をする。

アルターエゴを利用し、強力な社会基盤を持つ主従に揺さぶりを掛けることも息子は視野に入れていた。
しかし、やはりアルターエゴを見逃すわけにはいかない。奴が街に大きな不和を撒き散らす前に叩かねば―――そう結論付けた。
アルターエゴというサーヴァントは間違いなく危険だ。しかし、息子がアルターエゴを叩くのはそれだけが理由ではない。
奴が語っていたフォーリナーのサーヴァント、アビゲイル・ウィリアムズへの懸念こそが大きかった。

あのアルターエゴとやらは、フォーリナーには地獄を顕現させる力があると言っていた。
サーヴァントというものは生前に備えていた能力のみならず、逸話や伝説に基づいた宝具やスキルを獲得することがある。
まるで本体の精神や在り方をスタンド能力が反映するかのように。
ならば生前に魔女裁判という惨劇の引き金を弾いたアビゲイル・ウィリアムズはどうなるのか。

“混乱を伝播させる能力”。あるいは“人間の理性や道徳を剥奪し、惨劇を引き起こす能力”。
より質の悪いものとしては――“特定の対象への敵意を集中させる能力”と言った可能性もある。
魔女狩りによって異端者と見做された者が迫害され、人々から吊るし上げられたように。
アルターエゴの計画がフォーリナーの存在を前提としているのならば、そういった能力を持っている可能性は極めて高い。

同時に、吉影はこう考えた。
あのフォーリナーは不穏だが、アルターエゴによる介入が無ければその能力は小規模なものに留まるのではないか。
あるいは、フォーリナー自身はそういった能力を行使する意思を持たないのではないか。
アルターエゴによれば、フォーリナーは地獄界曼荼羅とやらの鍵になる。そのマスターを殺害し、精神の枷を崩壊させることで“爆弾”へと昇華される。
しかし、マスター消滅後のサーヴァントにどれだけのことが出来る?例え何らかの宝具を行使したとしても、その時点で魔力の限界を迎えるのではないか。
レンジャーなどの属性を持つ訳でもないアビゲイル・ウィリアムズが、単独行動に値するスキルを持ち合わせている可能性も低い。

仮にマスターを喪ったフォーリナーの脅威が、アルターエゴによる介入ありきだとすれば。
そもそもフォーリナーというサーヴァント自体は、そのような外的要因が無ければ大きな脅威足り得ない存在なのではないか。
もしそうだとすれば、アルターエゴの排除さえ成し遂げれば“起爆”へと至る大きな可能性を潰せる。

無論、懸念は数多存在する。
例え小規模だとしても、本人に不和を齎す意思がないとしても、推測される能力はいずれも厄介極まりない。
それでも、明確かつ直接的に脅威として存在するアルターエゴを放置しておくことの方がより危険であると息子は判断した。
仮に自分達が『透明な手を持つ女』を殺さずとも、奴が何らかの手先を差し向けるかもしれない。
それならば先にあのアルターエゴを始末して確実に脅威を追い払ったほうがいい。それからフォーリナー単体の危険性を見定めた上で、改めて『透明な手を持つ女』を殺せばいい。


835 : 奴を高く吊るせ! ◆A3H952TnBk :2021/09/25(土) 19:58:15 pDKdqVzU0
そして吉影には、もう一つ思惑があった。
マスターの鞍替えだ。田中は愚かではあるが、殺人鬼・吉良吉影の殺人衝動に共鳴している。それ故に利用価値があると思っていた。
しかし、リスクが高すぎた。率直に言って、あの男はあまりにも無軌道で浅慮なのだ。
予選期間中は大人しくしていたから良かったものの、まさかあれほどまで愚かだったとは―――写真のおやじも見誤っていた。

だからこそ、新たなマスター候補は探さなければならない。そうして目をつけたのが、まだ見ぬアルターエゴのマスターだった。
アルターエゴの行動は明らかに愉快犯的だ。戦略という域を超え、単純に混沌を楽しんでいるような言動を取っていた。
もしもあれが、マスターさえも感知していない行為だとすれば。そしてそのマスターが、アルターエゴを引き当てるような“性質”を持っているのだとすれば。
アルターエゴを抹殺すべく動く際、彼の暴走を密告することで“鞍替え”へと動かすことが出来るのではないか。
その上でマスターがアルターエゴに近い“悪”としての属性を持つのならば、吉良吉影の殺人鬼としての逸話も受け入れられるのではないか。

とはいえ、アルターエゴと同様の破壊的な危険人物という可能性も否定はできない。最悪、田中一を超える厄介者である危険性も孕んでいる。
更にマスターの顔も座標も全く分からない以上、探し当てられるかも不透明なままだ。
故に、多大な期待は寄せない。駄目ならばその時はその時、田中を制御しつつまた他の候補を探せばいい。

アルターエゴは抹殺する。フォーリナーの覚醒は防ぐ。ならば、そのためにどうするか。
『透明な手を持つ女』と結託する。
それが息子の出した答えだった。

息子の“爪”は伸び続けている―――湧き上がる衝動に未だ蝕まれている。
それでも、息子は“耐えること”を優先した。
平穏を望む殺人鬼・吉良吉影は、敢えて欲望と平穏を“後回し”にすることを選んだのだ。
つまり、息子が直接『透明な手を持つ女』と接触する。そして対等に―――あるいは此方が優位な条件で同盟の取引を持ち掛ける。
相手の座標は既に“追撃者”スキルで把握している。『殺人の標的』等が効果の対象となるが、中でも『美しい手を持つ者』に対しては最大限の機能を発揮する。

田中の存在は弱点に等しい。下手に見せびらかすことはできないし、取引の場には持ち出せない。
息子は追い詰められても最悪逃げ切れる。吉良吉影とはそういう英霊だ。隠れ潜むことにおいては、卓越している、
しかし田中には無理だ。奴の無能ぶりこそが息子の足を引っ張っている。

息子はスキルを活かして自らがマスターであるを装うことも視野に入れていたが、“サーヴァント抜きでのこのこと姿を現すマスター”という不審な行動をカバーすることは難しい。
例え誤魔化せたとしても同盟を結ぶことを目的としている以上、今後サーヴァントの存在には触れざるを得なくなる。
そのすり合わせの手間暇に手古摺らされるくらいなら、初めからサーヴァントとして姿を晒す―――息子はそれを選んだ。
それに、自らがサーヴァントであることを告白すれば敵への威圧になる。交渉を有利に進める為の武器として使えるのだ。

自らの意思で、己の存在を晒す。
生前の息子ならば、決してこのような行動には出なかっただろう。
しかし、今は違う。失敗と死を経たことで、リスクを承知で行動に出るという強かさを手に入れた。
今の吉良吉影は、ただ隠れ潜むだけの殺人鬼ではない。息子は“成長”をしているのだ。

わしは息子を信頼している。
だが、田中一への期待は最早崩れ落ちている。
だからこそ、息子と共に共有した事柄があった。


――――わしらが“鞍替え”を考えているように、この男もじきに“鞍替え”を考え出すのだろう。


殺人衝動への理解という点を除けば、もはや田中一という男は“足手まとい”に過ぎないのだ。


◆◇◆◇


836 : 奴を高く吊るせ! ◆A3H952TnBk :2021/09/25(土) 19:58:42 pDKdqVzU0
◆◇◆◇



吊るせ、吊るせ――――。
誰かがまた、そんなことを叫んだ。

吊るせ、吊るせ――――。
他の誰かがまた、口々に叫んだ。

吊るせ、吊るせ――――。
神に祈り、悪魔の実在を望む。

吊るせ、吊るせ――――。
禁忌への行進が、胎動する。



◆◇◆◇


837 : 奴を高く吊るせ! ◆A3H952TnBk :2021/09/25(土) 19:59:27 pDKdqVzU0
◆◇◆◇


アルターエゴ・リンボに“鞍替え”したい。
今の俺は、確かにそう思っていた。
あいつと組めば、田中革命は起こせる。

で、俺は今何をやってるかって?
山手線、日暮里駅に到着して。
その駅前の喫茶店で待機中。テーブル席で座りながら、アサシンの報告を待っている。

何もしないで、じっとしてればいい。
それがアサシンからの要請。もとい命令。
アサシンがすぐに駆けつけられるように、出来るだけ付かず離れずの位置に居ろ。そういうことらしい。
俺がわざわざ日暮里まで来た意味は、それだけ。つまりお荷物にならないようにすぐ手に届く所に置いておきたい、そういうことだ。

察しの悪い俺でも、ここまで来ると薄々気付いてくることがある。
アサシンと俺は“噛み合わない”。
深刻な性格の不一致。価値観の錯誤。
仕事でも遊びでも組みたくないタイプ。
最早あいつは俺を従わせることしか考えていないし、革命に理解を示している様子もない。
あろうことか、『透明な手を持つ女』の抹殺をここに来て放棄してきやがった。
殺す気満々だったじゃねえか、お前。
俺の閃きを尽く蹴飛ばして、尽く梯子を外してくる。心底つまらない奴だ。
遊び心無さすぎて友達から嫌われるんじゃないかとか余計な心配もしてみる。
先程までアサシンに抱いていた畏怖の感情が、気がつけば理不尽に対する苛立ちへと変わっていく。
一人で放置されたせいで、却ってあいつへの怒りがふつふつと込み上げてくる。

甘ったるいアイスココアを啜りながら、俺は思う。
このままアサシンと組むくらいなら、どう考えてもリンボに乗り換えた方が気が合うんじゃないのか。
リンボの目はいけ好かない。明らかに俺を見下してやがった。
だけど、それは多分アサシンと同じだ。あいつだって俺を下に見てやがる。
どっちも嫌なヤツだと言うんなら、せめて“世の中をブチ壊したい”っていう方針で一致してるヤツと組む方が余程マシなのではないか。
少なくともあいつは俺の“革命”に寄り添ってくれる。善も悪も無い、秩序が崩れ去った“混沌の世界”の到来を望んでくれる。

だったら、俺はリンボを自分のサーヴァントにしたい。
幸いアサシンはリンボへと近付こうとしている。あいつが敵に気を取られている隙を付けば、きっとアサシンとの契約を断ち切ることができる。
そうしてあいつを処分した後にリンボを説き伏せて、俺と組むメリットを訴えれば―――いける。きっと取引に乗ってくれる。
だって俺とリンボは同じ地獄を望んでいるんだから。そうだ、俺ならやれる。
俺にとって真の革命は、ここから始まるんだ。

地獄界曼荼羅。
きっとそこに、俺の望むものがある。
俺が待ち望んだ破滅を、あのリンボが運んで来てくれる。
楽しみで仕方なかった。高慢ちきなアサシンの鼻っ柱をへし折ってやれると思うと、黒い高揚感が込み上げてきた。
今までは所詮茶番に過ぎなかった。
そう、俺の戦いはこれから始まるんだ。
真の田中革命は、ここから――――。


「ん」


そんなことを考えていた矢先。
俺は思わず顔を顰めた。
蚊だ。俺の目の前を、蚊が飛んでる。


838 : 奴を高く吊るせ! ◆A3H952TnBk :2021/09/25(土) 19:59:56 pDKdqVzU0
ちょこまかと鬱陶しく、そいつは纏わり付いてきて。
俺は右手を伸ばして、掴み取ってやろうとした。
そのまま握り潰してやる―――しかし、右手は虚しく空を切る。
蚊は相変わらず飛び回ってる。

もう一度、手を伸ばした。
右手で掴もうとする。また失敗。
今度は左手で試す。また失敗。
段々苛ついてきた。
人前で蚊を潰すの、嫌なんだよな。
こう。パーンって、でかい音立てるのが。

だけど、もう四の五の言ってられない。
俺は両手を構える。眼前の蚊を見据える。
しっかりを狙いを定めて、神経を研ぎ澄まして。
パァン。一本締めするみたいに、両手で蚊を潰した。

ほんの少しのカタルシスを味わって、俺は自慢げに手のひらを見た。
無惨に潰された蚊の残骸を、じっと見つめて。
じっと見つめて。じっと、見つめて。
訳もなく、見つめ続けて。
頭の中が、急激に冷え切ってきた。


―――何してんだ、俺。


こうして一人、取り残されて。
下らないことに快感を覚えて。
不意に我に返る瞬間が、訪れる。

思えば、昔からそうだった。
社会への不満、他人への不満、現状への不満、政治への不満、自分への不満、世の中への怒り、苛立ち、文句、絶望。
そんなものをうだうだ考えた末に、いつもやってくる。
どうしようもない、虚無感という奴が。

わかってるよ。
とっくに知ってる。
少し考えれば、すぐに分かることだ。
あんなでかい財閥を仕切ってるやつが、苦労してない訳ないだろ。
何もしなかった俺なんかより、ずっと努力してるに決まってる。
結局俺は、都合のいい標的が欲しかっただけ。あいつを怒りの矛先にしたかっただけ。
気付いてた。それくらい、最初から理解してた。

でも、そんなの受け入れたら―――もう何も残らないだろ。
俺の革命は、単なる気の迷いでしかなかったって認めるようなもんだろ。
だから。身勝手に全部否定して、全部ぶっ壊す方が、余程楽だ。


ああ。何もかも、クソだ。
手のひらの虫けらを、乱暴に払った。


839 : 奴を高く吊るせ! ◆A3H952TnBk :2021/09/25(土) 20:01:50 pDKdqVzU0
【荒川区・日暮里駅前の喫茶店/1日目・夕方】

【田中一@オッドタクシー】
[状態]:吉良吉影への恐怖、地獄への渇望、虚無感
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:スマートフォン(私用)、ナイフ、拳銃(6発、予備弾薬なし)、蘆屋道満の護符×4
[所持金]:数千円程度
[思考・状況]
基本方針:『田中革命』。
1:敵は皆殺し。どんな手段も厭わない。
2:SNSは随時チェック。地道だけど、気の遠くなるような作業には慣れてる。
3:リンボに“鞍替え”して地獄界曼荼羅を実現させたい。ただ、具体的な方策は未だ無い。
4:峰津院大和のことは、保留。その危険度は理解した。
[備考]
※界聖杯東京の境界を認識しました。景色は変わらずに続いているものの、どれだけ進もうと永遠に「23区外へと辿り着けない」ようになっています。
※アルターエゴ(蘆屋道満)から護符を受け取りました。使い捨てですが身を守るのに使えます。



【吉良吉廣(写真のおやじ)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]:気配遮断
[装備]:田中一のスマートフォン(仕事用)、出刃包丁
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:愛する息子『吉良吉影』に聖杯を捧げる。
1:アルターエゴ(蘆屋道満)を抹殺すべく動く。田中一の監視も適宜行う。
2:息子が勝ち残るべく立ち回る。必要があればスマートフォンも活用する。
3:当分は田中をマスターとして受け入れる予定だったが、危機感を抱いている。より適正なマスターへと鞍替えさせたい。
4:『白瀬咲耶の周辺』の調査は一旦保留。
5:田中も遅かれ早かれ“鞍替え”を考えるだろうと推測。
[備考]
※スマートフォンの使い方を田中から教わりました。
※アサシン(吉良吉影)のスキル「追跡者」の効果により、仁科鳥子の座標や気配を探知しやすくなっています。
※フォーリナー(アビゲイル)は「悪意や混乱を誘発する能力」あるいは「敵意を誘導する能力」などを持っていると推測しています。
 ただしアルターエゴのような外的要因がなければ能力は小規模に留まるのではないかとも考えています。


840 : 奴を高く吊るせ! ◆A3H952TnBk :2021/09/25(土) 20:03:28 pDKdqVzU0
◆◇◆◇



吊るせ、吊るせ――――。
吊るせ、吊るせ――――。

“少女”は、その顛末を見つめていた。
人々が煽り立てる。喚き立てる。
吊るせ。吊るせ。吊るせ。吊るせ。
丘の上に建てられた処刑台。
垂れ下がる縄が、“魔女”の首へと括られていく。
懇願も、弁明も、何一つ聞き入れられず。
悪魔を罰する儀式は、黙々と進められていく。

遠目から見つめる“少女”の胸に込み上げるのは、恐怖。動揺。後悔。罪悪感。
ほんの少し、魔が差したから。
きつく叱られて、虫の居所が悪かったから。
ちょっとだけ、大人を困らせてやりたかったから。
ただそれだけのこと。
それがきっかけだった。
そうして、惨劇は幕を開けた。

もう何もかも、手遅れになってしまったというのに。
“少女”は祈る――――“内なる神”へと。
其れは果たして、“清廉なる父”だったのか。
それとも、“名伏し難き異形”だったのか。

隣に立つ“親友”の手を、握ろうとした。
星の妖精のような、あの娘の手を。
しかし、伸ばした右手は空を切り。
脳裏に刻まれた思い出は、瞬く間に霧散し。
一体誰へと手を伸ばしたのだろうと、“少女”は我に返る。
そして―――酷く寂しく、酷く懐かしいような感傷が去来した。
それは、“少女”の生前の記憶だったのか。
あるいは、“少女”の混濁が生んだ夢幻なのか。

この娘にも、いたのかな。
私にとっての、空魚のような存在が。
その答えを知ることは、出来なかった。



◆◇◆◇


841 : 奴を高く吊るせ! ◆A3H952TnBk :2021/09/25(土) 20:04:49 pDKdqVzU0
◆◇◆◇


そして、瞼を開いた。
ぼんやりとする意識。
うとうとと揺らぐ脳内。
睡眠と覚醒の合間を彷徨うように。
視界のピントが合わさっていく。

先程まで見ていた“少女の夢”から“現実”へと引き戻されて、私―――仁科鳥子は自己の状態を認識する。
ソファーに身を委ねたまま転寝していたらしい。思った以上に疲れてたんだな、なんて思う。

どのくらいの時間、寝ていたんだろう。
うっかり夜まで寝過ごしてしまったのか。
それとも、まだ数十分か一時間程度なのか。
うっかり寝ちゃうのって、ちょっと時間が勿体無い気がする―――そんなことを思っていたけれど。
曖昧だった私の意識は、すぐに目の前の光景へと向けられた。

アビーちゃんが、私に背を向けて立っていた。
まるで何かから身を呈して庇うかのように。
その時私は、ようやく“異変”に気付いた。

私を守るように立つ、彼女の背中。
彼女の視線の向こう側。私は、覗き込む。
その先にあるものを、見据える。
そして私は。目を見開いた。


「失礼……お嬢さん」


―――――見知らぬ男が、そこにいた。


サラリーマン風の“男”は、いつの間にか家に上がっていて。
ダイニングチェアに腰掛け、足を組みながら此方を見つめていた。
まるで自宅で寛ぐかのように、悠々とした態度だった。


「“霊体化”というものは未だに慣れないが……“忍び込む”には確かに便利だ」


“男”は、飄々と語る。
あまりにもふてぶてしく、傲岸に。
そんな相手の態度を見て、アビーちゃんはいつでも戦えるような態勢を取っている。
まさしく急転直下―――裏世界に突然巻き込まれているのには、慣れているけど。
それでも。目の前の“男”のような血肉の通った脅威には、私も動揺を覚える他無かった。


「セイレム魔女裁判の“告発者”……君がアビゲイル・ウィリアムズだね?」


“男”が、アビーちゃんへと呼びかけた。
その一言で、思わず驚愕する。
真名を、相手に知られていた。
なんで、どうして―――そんな疑問が浮かび上がる。


842 : 奴を高く吊るせ! ◆A3H952TnBk :2021/09/25(土) 20:05:22 pDKdqVzU0


「なに、君達と争うつもりはないよ」


私達の態度を気にかけることもなく。
“男”はわざとらしく両手を上げて、無害であることをアピールし。


「少しばかり、“お話”がしたいだけさ」


そして、“男”はそう言ってきた。
私は、立ち上がって身構えた。
すぐ側に立っているアビーちゃんへと、視線を向ける。
その顔には、明らかな動揺の色が浮かんでいた。
アビーちゃんは、私が眠っている間にもずっと起きていた。
サーヴァントとしての役割を果たすべく、常に警戒を怠らずに身構えてくれていた。
にも関わらず、この“男”は堂々と―――屋内への潜入を果たした。 
アビーちゃんが周囲の気配を探っていたにも関わらず、だ。

この至近距離まで迫っていたのに。
こうも堂々と姿を晒しているのに。
私は相手が忍び込んでいることに全く気付かなかった。
そしてアビーちゃんさえも、その気配を一切感じ取れなかった。
これが相手の能力。その気になれば―――誰にも勘付かれることなく、こっちを手に掛けることが出来る。
それを否応なしに悟って、私は息を呑んだ。
警戒を高める私達の態度をよそに、その“男”はゆっくりと口を開いた。


「私はアサシンのサーヴァント」


そして、“男”はそう名乗り。
少しの間を置いて、“取引”を持ち掛けてきた。


「『アルターエゴ・リンボ』を討つべく、君たちと手を組みたい」



◆◇◆◇


843 : 奴を高く吊るせ! ◆A3H952TnBk :2021/09/25(土) 20:05:48 pDKdqVzU0
◆◇◆◇



其れは、悪魔。
其れは、魔女。
被告、即ち悪食の獣。
告発者、即ち殺人鬼。
此れより御覧に入れますは『悪しき裁判』。

告発者は叫ぶ。乙女達を煽り立てる。
我らを苦しめる“異端”を赦すな。
我らの平穏を乱す“背信者”を裁け。
判決を下せ。“罪人”を罰せよ。
吊るせ、吊るせ―――奴を高く吊るせ!



◆◇◆◇


844 : 奴を高く吊るせ! ◆A3H952TnBk :2021/09/25(土) 20:08:39 pDKdqVzU0
【荒川区・鳥子のマンション(日暮里駅周辺)/一日目・夕方】



【仁科鳥子@裏世界ピクニック】
[状態]:疲労(中)
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:護身用のナイフ程度。
[所持金]:数万円
[思考・状況]
基本方針:生きて元の世界に帰る。
0:目の前のアサシンに対処。
1:もしも空魚が居るなら合流したい。その上で、万一のことがあれば……。
2:出来るだけ他人を蹴落とすことはしたくないけど――
3:アルタ―エゴ・リンボに対する強い警戒。
[備考]
※鳥子の透明な手はサ―ヴァントの神秘に対しても原作と同様の効果を発揮できます。
 式神ではなく真正のサ―ヴァントの霊核などに対して触れた場合どうなるかは後の話に準拠するものとします。
※荒川区・日暮里駅周辺に自宅のマンションがあります。

【フォ―リナ―(アビゲイル・ウィリアムズ)@Fate/Grand Order】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:マスタ―を守り、元の世界に帰す
0:目の前のアサシンに対処。
1:マスタ―にあまり無茶はさせたくない。
2:あなたが何を目指そうと。私は、あなたのサーヴァント。

【アサシン(吉良吉影)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]:健康、殺人衝動
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円(一般的なサラリ―マン程度)
[思考・状況]
基本方針:完全なる『平穏』への到達と、英霊の座からの脱却。
0:仁科鳥子に取引を持ち掛ける。
1:アルターエゴを排除。フォーリナー(アビゲイル)の覚醒を阻止する。
2:アルターエゴのマスターを探して“鞍替え”に値するかを見定めたい。尤も、過度の期待はしない。
3:あの電車で察知したもう一つの気配(シュヴィ・ドーラ)も気になる。
4:社会的地位を持ったマスターとの直接的な対立は避ける。
5:田中も遅かれ早かれ“鞍替え”を考えるだろうと推測。
[備考]
※スキル「追跡者」の効果により、仁科鳥子の座標や気配を探知しやすくなっています。
※仁科鳥子の住所を把握しました。
※フォーリナー(アビゲイル)は「悪意や混乱を誘発する能力」あるいは「敵意を誘導する能力」などを持っていると推測しています。
 ただしアルターエゴのような外的要因がなければ能力は小規模に留まるのではないかとも考えています。


845 : ◆A3H952TnBk :2021/09/25(土) 20:09:06 pDKdqVzU0
投下終了です。


846 : ◆EjiuDHH6qo :2021/09/26(日) 00:37:50 lTPnxUrY0
延長します


847 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/26(日) 08:15:37 olhQQz4s0
投下お疲れ様です!
田中と吉良親子は確実に溝が深まってますし、いつ決裂してもおかしくないですね。
同じ病気を抱えていますが、両者の理想は全くの正反対で、心を通わせることができませんし……
田中も自分の過ちに気付いているものの、その場で燻ることしかできず、ただ不満を零してばかりの自分に虚無感を抱くのもどこか切ない。
一方で吉良はリンボ打倒のため、鳥子さんたちにまさかの同盟を持ちかけましたが、これがどう出るか?


それでは自分も予約分の投下を始めます。


848 : 侍の名は、光月おでん ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/26(日) 08:17:11 olhQQz4s0

「嫌あっ!? 離して、離してください!」
「な、何なのあなた!? 私たちから離れなさい!」
「…………」

 皮下真の指令を受けたクロサワは二人の少女を拉致しようとしていた。
 ターゲットは小宮果穂と有栖川夏葉。283プロダクションに所属するアイドルで、放課後クライマックスガールズのメンバーだ。
 初めは皮下医院から自力での移動を考えたが、それでは気付かれると皮下から止められる。故に、「山ちゃん」と呼ばれた男が運転する車で、移動することになる。
 そして「山ちゃん」を別所に待機させ、クロサワ一人で探索していたら……とある緑地にてアイドルたちを見つけた。

「やめてくださいー! やめてくださいよー!」
「あなたっ! 果穂を傷付けるつもりなら、私は絶対に許さないわ!」

 この手で捕えた少女たちはわめいているが、クロサワにとって何の障害でもない。
 だが、このまま騒ぎ続けるなら、二人を気絶させるべきか。「山ちゃん」と連絡を取って、迎えに来させればいいだけ。
 幸いにも、周囲に監視カメラも設置されていないので、迅速に行動すれば済む。

「やめてよ! 果穂ちゃんとなっちゃんに何するのさ!? 二人に酷いことをするなんて、三峰は許さないからね!」

 すると、もう一人だけ少女が現れる。
 アンティーカに所属するアイドルの三峰結華だ。彼女は標的ではない。
 果穂と夏葉を捕えた瞬間、偶然にも結華が現れたのだ。たまたま通りかかったのか、あるいは何かの都合で少しだけ二人から離れていたのか。
 その疑問を他所に、結華は木の枝でクロサワに攻撃してくる。その程度、完全適合者となったクロサワにとって、蚊に刺される程度の痛みすら感じない。
 だが、流石に鬱陶しいので軽く蹴飛ばす。

「わあっ!?」

 急所を外したものの、結華の華奢な体躯は吹き飛んだ。
 皮下からの命令があるため、殺さない程度には手加減をしている。だが、ただの少女には重く、痛みでうずくまっていた。

「結華さん!」
「結華っ!?」

 クロサワに捕らわれた少女たちは、結華に手を伸ばす。


849 : 侍の名は、光月おでん ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/26(日) 08:17:46 olhQQz4s0

「か、果穂、ちゃん……なっ、ちゃん…………!」

 一方、結華も必死に腕を伸ばそうとするも、クロサワの一撃を受けて立ち上がれるわけがない。
 即死していないだけでも奇跡だった。
 しかし、顔を見られたからには消すべきか? 皮下の命令には背くが、中途半端に生かした所でマイナスになる。

「……………………」

 少女たちの抵抗を見てもクロサワは何も感じない。
 彼の本名は黒田善正。元死刑囚にして、15歳より殺人を重ね続けた異常者だ。
 自他に関係なく死に対する恐怖心と関心が欠如し、『クロサワ』の名を得るまでに猟奇的な手術を数多く受けても……何の反応も示さなかった。
 故に、少女たちの痛みと涙を前にした所で、「つまらない」という考えすら芽生えない。

「……だ、誰か……誰か、果穂ちゃんとなっちゃんを……助けて……!」

 結華は必死に願うが、それを耳にする人間などいる訳がない。
 一方、両腕では少女たちが暴れているが、流石に騒がれては面倒だ。
 ここは、手足を引きちぎり、無理矢理にでも黙らせよう。死亡する危険もあるが、口封じで彼女たちを殺すしかなかったと皮下には言い訳すればいい。
 クロサワはそう思案した瞬間……

「…………させるかあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「……!?」

 どこからともなく、大気を振るわせるほどの声が響く。
 クロサワが振り向くも、一瞬で巨体が吹き飛ばされた。反射的に果穂と夏葉を離しながらも、クロサワは起き上がる。
 すると、目前には猛牛や熊を連想させる肉体の大男が立ちはだかっていた。

「か弱き女子供を狙う変態野郎が! このおれが相手になってやる!」

 感情をなくしたクロサワですらも驚愕させるほど、その大男は叫んだ。


850 : 侍の名は、光月おでん ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/26(日) 08:18:13 olhQQz4s0





 女侍のサーヴァントとの一騎打ちを済ませてから、おれはあてもなく街を歩いていた。
 あの女はマジですげえ奴だった。光月おでんの名に恥じないよう、おれも相当鍛えたはずだったが……やっぱりこの世は広いな!
 おれのサーヴァント・継国緑壱もそうだが、白吉っちゃんやロジャーの船でも充分にやっていける程の腕だ。きっと、この界聖杯にはそんな奴がゴロゴロいるんだろうな。
 それはそれとして、おれはこれからのことを考えないといけねえ。
 その日の金は充分に稼いだし、飯や風呂も悪くねえ。でも、そんな呑気な暮らしじゃねえ……この界聖杯のことだ。
 あの女侍は界聖杯そのものを破壊する方法があるといった。それ自体は文句ねえけどよ、あさひ坊みたいな奴はどうすりゃいいんだ?
 おれとしては、あさひ坊の気持ちを無下にしたくねえ。かといって、界聖杯を望まない奴らの願いを否定するのも違う気がする。
 頭を悩ませていた時だ。おれの耳に悲鳴が聞こえたのは。
 何事かと思い、駆けつけてみたら……上半身裸の変態野郎が女子供を誘拐しようとしていた! しかも、その友達と思われる嬢ちゃんを蹴飛ばしてやがる。
 どっからどう見ても、ただ事じゃねえ。だから、おれは変態野郎に特大の蹴りをお見舞いしてやったのさ。

「……………………」

 けどよ、変態野郎は何事もなかったように立ち上がる。
 おれは手加減をしてねえけど、この変態野郎は只者じゃねえと一目で察した。
 屈強な体つきに加えて、皮膚も鋼のように固い。何よりも、変態野郎の目つき……ありゃ、人を平気で殺すような目だ。

「おい、この変態野郎が! だんまりかよ!?」
「……………………」
「どういうつもりかと聞きてえが、答える気はなさそうだな! 上等だ!」

 言葉が通じてない訳じゃなさそうだが、おれの叫びに変態野郎は何も答えない。
 それどころか、ニィと笑いやがった。

「結華さん、しっかりしてください!」
「結華! 大丈夫!?」
「……う、うん……三峰なら、大丈夫……! 果穂ちゃんと、なっちゃんの二人が……無事で、三峰は嬉しいよ……」

 後ろから聞こえた声に、おれは振り向いちまう。
 変態野郎に捕まっていた二人の嬢ちゃんが、蹴飛ばされた眼鏡の嬢ちゃんを心配そうに見つめていた。眼鏡の嬢ちゃんは笑っているけどよ、どう見たって大丈夫じゃねえ。
 それにも関わらずして、あの変態野郎は笑いやがった。こんなの、許してたまるかよ。


851 : 侍の名は、光月おでん ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/26(日) 08:19:18 olhQQz4s0
「おい、嬢ちゃんたち! あの変態野郎はおれに任せろ!」

 そう叫んだ後、おれは刀を抜いて変態野郎に飛びかかる。
 おれは勢いよく斬り下ろしをするが、なんとあの変態野郎は腕だけで受け止めやがった。
 激突の衝撃で風がピリピリ震えるけどよ、おれは手加減をしねえ。ここで手を抜いたら、この変態野郎は嬢ちゃんたちに何をするかわからねえからな。
 だから、おれは力を込めて、変態野郎の腕をぶった切ってやった!

「……………………」

 すると、変態野郎は腕を見つめている。
 ざまあみやがれ。これで、嬢ちゃんたちの痛みは少しでも理解できたはずだ。
 だが、何か様子がおかしい。腕は粉々に砕け散ったが、あの野郎は特に動揺していない。
 それもそのはず。おれがまばたきをする間もなく、なんとたたっ切った腕が復活しやがった!
 しかも、武器に変わっていやがる。

「何!? てめえ、能力者か!」
「……………………」

 相変わらず、変態野郎は黙り込んだままだが、薄気味悪ィ笑みが答えのようだ。
 こいつはどれだけ斬られても、すぐに復活できる。例え斬首の刑にしても、1秒もせずに再生するはずだ。
 だが、おれも負けるつもりはねえ。この変態野郎をぶちのめさない限り、嬢ちゃんたちは安心して寝られねえからな。

「…………」

 この変態野郎がマスターとサーヴァントのどちらかはわからねえ。
 あるいは、NPCって住民かもしれねえけどよ、だとするとこいつはかなり厄介だ。
 嬢ちゃんたちを襲ったこいつは、下手な主従程度だったら軽く蹴散らせる程の実力を持っている。
 事実、こいつはおれの右肩を狙って攻撃をしてきやがる。もちろん、おれも二刀で防ぎ、そこから反撃するけどよ、すぐに再生しちまう。
 しかも、背中からは鞭のようにしなる棘を突き出して、おれの傷を少しずつ広げてやがる。痛いったらありゃしねえ!

「手加減無用だ!」

 おれは変態野郎の胸を突き刺してやった。
 どんな人間やサーヴァントでも、胸を破壊されたらひとたまりもない。
 そのはずだったが……即死するどころか、ニヤリと笑いやがった!
 気に食わない笑みにただならぬ気配を感じて、おれは反射的に後退する。信じられないことに、おれが与えてやった傷はすぐにふさがった。


852 : 侍の名は、光月おでん ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/26(日) 08:20:06 olhQQz4s0

「なんて化け物だ……信じられねえ!」

 流石のおれでも目を疑った。
 もちろん、白吉っちゃんやロジャーの船に乗って航海した頃には、おれの知らねえ面妖な力を持った奴がウヨウヨいたさ。けどよぉ、致命傷の傷を自力でふさぐなんて、いくらなんでもありえねえよな!
 っと、ぼやいてもしょうがねえ。ケンカの途中で愚痴るなんてみっともねえマネができるか!

「………………」

 すると、変態野郎は腕を掲げる。
 だが、標的はおれじゃない。あいつの腕の先にいるのは、あの嬢ちゃんたちだ!
 まずい! 誘拐できないなら、口封じをするつもりか!?
 眼鏡の嬢ちゃんは怪我をしたのか、うずくまったままだ!

「やめろおおおぉぉっ!」

 おれの叫びも空しく、変態野郎の腕から無数のトゲが飛び出す。
 呆然とした嬢ちゃんたちが、どす黒いトゲに貫かれようとした瞬間だ。
 どこからともなく吹いた一陣の風が、嬢ちゃんたちを狙ったトゲを切り裂いたのは。

「…………!?」

 驚くのは変態野郎。
 一方で、おれはホッと胸をなで下ろす。何故なら、嬢ちゃんたちを守るように、頼れる仲間が駆けつけてくれたからな。

「お、お侍さん……ですか!?」
「あなた、私たちを守ってくれたの?」
「……三峰たち、助かった?」

 当然ながら、嬢ちゃんたちは驚いた。
 何しろ、この東京じゃ珍しい風変わりな侍がいきなり現れたんだからな。

「来てくれたのか、相棒!」

 だから、おれは叫ぶ。
 この男は味方であることを嬢ちゃんたちに伝えるために。
 あまり意味はねえけど……サーヴァントであることはちゃんと隠さねえとな。


853 : 侍の名は、光月おでん ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/26(日) 08:21:26 olhQQz4s0
「彼女たちは私が守ろう。お前は、奴に集中しろ」
「おうともよ! 任せろ!」

 そう。
 セイバーのサーヴァント……継国縁壱が駆けつけてくれたのさ。
 鬼とやらを探すため、緑壱は一旦別行動を取っていた。だが、おれの異変にはちゃんと駆けつけてくれるから、やっぱり頼りになる相棒だぜ。
 緑壱の助けがありゃ、もうおれの不安は何もねえ! これで思う存分、あの変態野郎をぶちのめしてやれる!

「……………………」

 一方で、あの変態野郎の両腕は形を変えていく。
 刃物やトゲじゃねえ。なんと、バカでかいドリルになりやがった!
 こいつの力、どれだけでたらめなんだよ!? 全身武器人間だから、なんでも用意できるってのか!

「へっ! おれたちの体で穴掘りをしようってのか? かかってきやがれ!」

 変態野郎のドリルは人間の背丈ほど長いが、おれはビビらねえ。
 カイドウの軍勢と比べれば、たかが武器の一つや二つなど恐れるに足りねえ。
 おれが啖呵を切る一方、変態野郎はドリルを地面に突き刺して、とんでもない勢いで穴を掘り始めた。
 ドドドドドドドドドドド! と、おれたちの耳をかき回す轟音と共に、視界が土煙で遮られちまう。
 何のつもりかわからねえが、おれは構える。不意打ち上等、奴がどんなせこい行動を仕掛けてこようが、おれは負けるつもりはない。
 すぐに視界は晴れて、あの野郎を刀の錆にするつもりだったが……

「……何!? 穴を掘って逃げやがったのか!」

 おれの前にあるのは大きな穴だけ。
 攻撃ではなく、尻尾を巻いて逃げるためにドリルを出したのだろう。
 おれと緑壱を同時に相手にするのは分が悪いと考えたのか。白昼堂々と誘拐に及ぶ割に、引き際を見誤らない奴だったとは。
 このまま追いかけてもいいが、流石に穴の中じゃおれも刀を構えられねぇ。追いついても、殴り合いで相討ちになったら元も子もねえからな。
 だが、このまま野放しにしていい奴じゃねえ。どうしたものかと考えた瞬間……

「あの、助けてくれてありがとうございました!」

 おれを呼ぶ声が聞こえた。
 振り向くと、あの果穂って嬢ちゃんがキラキラとした目でおれを見上げている。
 特にケガはなさそうだ。


854 : 侍の名は、光月おでん ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/26(日) 08:23:05 olhQQz4s0
「嬢ちゃんたち、大丈夫か?」

 だから、おれは嬢ちゃんたちに声をかける。
 果穂と夏葉、そして結華って嬢ちゃんは……みんな無事みたいだ。
 結華の嬢ちゃんも、顔をしかめながらもようやく立ち上がってくれた。
 改めて、おれは胸をなで下ろす。

「はい! 危ないところを、どうもありがとうございます!」
「……あら? もしかして、あなたは義侠の風来坊かしら。最近、噂には聞いてるわ」
「ん? あぁ……そういえば、どうやらおれはそんな風に呼ばれているみたいだな! いかにも! おれは光月おでん……助けを呼ぶ声があれば、どこにでも駆けつける風来坊さ!」

 果穂と夏葉の嬢ちゃんに、おれは胸を張って答えた。
 おれは別に正義の味方じゃねえけど、人さらいを見逃すろくでなしのつもりはない。

「はぁ〜! 本当、一時はどうなるかと思ったよ! せっかく、三峰たちはユニットを越えた楽しいピクニックの最中だったのに……」
「災難だったな、結華の嬢ちゃん。また、何かあったら大声でおれの名前を呼べよ! いつだっておれは飛んでくるからな!」
「了解、風来坊さん! 三峰は風来坊さんを頼りにしてるよ〜!」

 結華の嬢ちゃんを安心させるため、おれはニッと笑う。
 果穂と夏葉、結華の嬢ちゃんはみんな暖かい笑顔を見せあった。
 この嬢ちゃんたちは界聖杯によって生み出された模倣だ。でも、嬢ちゃんたちの間にある友情や信頼は嘘なんかじゃない。
 それでも、聖杯戦争の決着がついてしまえば消えてしまう。その運命はおれでも変えることができない。

「嬢ちゃんたち! 例え、この世界が終わる日が来ても……絶対に、みんなで仲良く笑っていてくれ! 嬢ちゃんたちの絆は、紛れもない本物だからな!」

 だから、おれは嬢ちゃんたちを励ます。
 絆はもちろん、笑顔と思い出だってまがい物なんかじゃねえ。もしも、笑う奴がいたらこのおれが叩き潰してやるとも。

「当たり前ですよ! あたし、みんなのことが大好きですから!」
「えぇ! おでんさんに言われるまでもなく……私はみんなのことを大事にするわよ?」
「果穂ちゃんとなっちゃんに同じく! 三峰はみんなを笑顔にするからね!」

 おれの気持ちが届いて、三人ともまぶしい答えを返してくれた。
 モモの助や日和も大きくなったら、この嬢ちゃんたちみたいな素敵なダチができるかもな。
 父親として、あいつらを見守ってやれねぇのは心残りだが……でも、モモの助と日和なら大丈夫だ! 
 何せ、光月おでんの血を受け継いだ息子と娘だからな。おれに負けないくらいデカくなるだろ!


855 : 侍の名は、光月おでん ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/26(日) 08:24:30 olhQQz4s0
「……ただ、お出かけはしばらくやめようか。さくやんのことも心配だし、何よりも……神戸あさひって人の炎上も怖いもん!」

 と、三峰の嬢ちゃんから出てきた名前に、おれは耳を疑う。
 神戸あさひ……あさひ坊のことか?
 それに、炎上って何のことだ? 特に火の気はねえけどよ……

「なあ、三峰の嬢ちゃん。いったい何の話をしているんだ? どこか、火事にでもなっていやがるのか?」
「……風来坊さん、こんな時に新手のギャグ?」
「おれは真面目に聞いてるんだ! 炎上ってのは、何のことだよ!? それに、あさひ坊と何か関係があるのか!」
「えっ? あさひ坊、って……風来坊さんの知り合いなの?」
「あぁ! 一食を共にしただけの仲だが……あさひ坊に何かあったのか!?」
「う〜ん……説明するより、見た方が早いよ。はい、これ!」

 そうして、三峰の嬢ちゃんは懐から四角い小さな箱を取り出す。
 名前は、確か……すまほ? だったか? この街の人間のほとんどが持っていやがるけど、おれにとってはちんぷんかんぷんな代物だ。
 要するに電伝虫の一種ようだが……おれにはとても手を出せねえ。緑壱も同じだと思うぜ。
 それはさておき、三峰の嬢ちゃんが指ですまほ? とやらを動かしてくれるが……

「……な、なんだこりゃあ!? これはいったい、どういうことだ!?」

 書かれていた内容におれは叫ぶ。
 三峰の嬢ちゃんが指さす先には、あさひ坊に対する罵詈雑言が山ほど書かれていた。不審者だの、通り魔だの、暴力少年だの……挙げりゃキリがねえ。
 もちろん、あさひ坊の顔だって派手に載っていやがる。
 何が何だかわからなくて、体がわなわなと震えるのをおれは自覚した。

「三峰たちも、状況がよくわからないの! ついさっき、このあさひさんって人に対する悪口がたくさん書かれて、凄い勢いでかく……えっと、周りに広がって……」
「誰だ!? どこのどいつの仕業だ!? こんな根も葉もねえデマをまき散らすのは!」
「そんなの知らないよ!」
「……ッ!? す、すまねえ……!」

 おれとしたことが、三峰の嬢ちゃんに当たっちまった。
 だが、この胸の中で湧きあがる怒りは止まらない。東京のことに詳しくないおれでも、あさひ坊に危機が迫っていることがわかった。
 確かに、あさひ坊は聖杯戦争に優勝しようと戦うマスターで、おれを倒そうとしている。でも、あいつは譲れない願いがあるから聖杯を求めているのであって、悪口を言われるような奴じゃない。
 おれへのお礼を忘れないから、良い奴だってことは一目でわかった。


856 : 侍の名は、光月おでん ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/26(日) 08:25:42 olhQQz4s0
「……ま、まさか……あさひ坊は……誰かにハメられたのか!?」

 脳裏に浮かぶのは、おれの故郷・ワノ国を地獄に変えようとした連中の顔だ。
 オロチの側近のババアが”マネマネの実”で我が父上・スキヤキに化けて、大名やワノ国のみんなを騙しやがった。
 同じように、誰かがあさひ坊をハメるために、あいつに化けた上にくだらねえデマを流したのか!?

「な、なあ……嬢ちゃんたち! 折り入って頼みがある! あさひ坊の無実を、証明してくれないか!?」
「……もしかして、あたしたちに見せられているこれって……ウソなんですか!?」
「そうだぜ、果穂の嬢ちゃん! みんな、騙されてるんだ! おれが知ってるあさひ坊は、こんなことをする奴じゃねえ! 信じてくれ!」

 おれはあさひ坊のことをほとんど知らない。
 けど、あいつの目はとても必死だった。叶えたい願いがあって、もう奇跡にでもすがらなければいけないほどに追い詰められていた。
 もちろん、それは他の奴だって同じ。あさひ坊だけを特別扱いするのは違う。
 だが、こんな卑怯な方法であさひ坊を追い詰められるなんて、おれにはどうしても我慢ならなかった。

「……わかりました! あたしはおでんさんの言葉を信じます! 神戸あさひさんは、おでんさんのお友達なんですね!」
「命の恩人の頼みなら、私も聞かない訳にはいかないわね。私の力で、彼の無実を証明してみせるわ!」
「そういうことなら、三峰だってお安い御用だよ! 風来坊さんのお友達がピンチなら、三峰も頑張らないとね!」
「嬢ちゃんたち……! かたじけない、頼んだぜ!」

 嬢ちゃんたちの気遣いに、おれは頭を深々と下げる。
 『情けは人の為ならず』って言葉があるけどよ……まさにその通りだな!
 この嬢ちゃんたちは本当に良い子だ。出会って間もないおれの言葉をちゃんと聞いて、しかもあさひ坊を助けてくれるからな。
 あとは、このおれが嬢ちゃんたちの気持ちに応えるだけだ。

「それじゃあ、嬢ちゃんたち! おれたちはもう行くぜ! 気を付けて帰るんだぞ! 行くぞ、相棒!」
「ああ」

 おれは嬢ちゃんたちに別れを告げて、緑壱と共に突っ走る。
 本当なら嬢ちゃんたちを家まで送り届けてやりてえし、あの変態野郎だってぶちのめさないといけねえ。
 だが、それ以上に……あさひ坊を助けてやりたいって気持ちが、おれの中を満たしていた。

「待ってろよ、あさひ坊! おれが駆けつけてやるから、絶対に死ぬなよ!」


857 : 侍の名は、光月おでん ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/26(日) 08:27:34 olhQQz4s0





「それで、夏葉さん! 夏葉さんの力でって言いましたけど、どうするのですか?」
「私の会社と、それと知り合いの力も借りるわ。ただ、この知り合いってのが……かなり厄介な相手だけど」
「厄介って……なっちゃん、誰に頼む気なの?」
「世界経済新聞社社長のモルガンズさんよ。彼の力さえあれば、SNSなんて目じゃないレベルの影響力を持ったニュースを流せるわ! ただ……」
「「……ただ?」」
「モルガンズさん、記事を盛り上げるために話を誇張したり、平気で曲解しそうなのよね……彼曰く、いくらお金を用意されようとも、譲らないらしいわ」
「なっちゃん……そんな人に頼んで大丈夫なの?」
「結華の心配はわかるけど……このまま放置してたら、モルガンズさんが何をしてくるかわからないわ。だから、私の方からモルガンズさんに説得するの。かなり分が悪い賭けになるけど……」
「うぅ〜っ……夏葉さん、頑張ってください!」
「ありがとう、果穂! ……もしもし、モルガンズさんですか? 有栖川夏葉です! 今回は、SNSで炎上している神戸あさひという少年の件でーーーーーー」



【???・???/一日目・夕方】

【光月おでん@ONE PIECE】
[状態]:疲労(小)、右肩に刀傷(行動及び戦闘に支障なし)
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:二刀『天羽々斬』『閻魔』(いずれも布で包んで隠している)
[所持金]:数万円程度(手伝いや日雇いを繰り返してそれなりに稼いでいる)
[思考・状況]
基本方針:界聖杯―――その全貌、見極めさせてもらう。
0:あさひ坊を助けるために走る!
1:他の主従と接触し、その在り方を確かめたい。戦う意思を持つ相手ならば応じる。
2:界聖杯へと辿り着く術を探す。が――
3:何なんだあのセイバー(武蔵)! とんでもねェ女だな!!
4:あの変態野郎(クロサワ)は今度会った時にぶちのめしてやる!
[備考]
※古手梨花&セイバー(宮本武蔵)の主従から、ライダー(アシュレイ・ホライゾン)の計画について軽く聞きました。


【セイバー(継国縁壱)@鬼滅の刃】
[状態]:疲労(小)
[装備]:日輪刀
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:為すべきことを為す。
1:光月おでんに従う。
2:他の主従と対峙し、その在り方を見極める。
3:もしもこの直感が錯覚でないのなら。その時は。
[備考]
※鬼、ひいては鬼舞辻無惨の存在を微弱ながら感じています。
 気配を辿るようなことは出来ません。現状、単なる直感です。


858 : 侍の名は、光月おでん ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/26(日) 08:29:24 olhQQz4s0





 ボゴッ! という音を鳴らしながら、クロサワは地中から飛び出す。
 スマホの地図アプリで場所を調べながら穴掘りをしていたため、人の気配が少ない場所に到着している。
 別の場所に待機させた山ちゃんには連絡して、迎えに来させる。それまでは一ヶ所に隠れなければいけない。

「…………」

 ただ、クロサワは危惧していた。
 あと一歩で邪魔に現れた巨漢の男。奴は噂に聞く義侠の風来坊だ。
 奴は聖杯戦争のマスターであり、完全適合者となったクロサワを圧倒する程の実力を持っていた。
 途中で現れた侍は風来坊のサーヴァントだろう。二対一は分が悪く、これ以上戦闘を続けては皮下の任務を果たせない。
 だからこそ、あの場は逃走するしかなかった。

「…………」

 クロサワはメッセージアプリで皮下に連絡する。
 義侠の風来坊と、彼が従えるサーヴァントには警戒するべきだと。
 完全適合者となったクロサワですらも撤退を余儀なくされる実力だ。「虹花」のメンバーを全員ぶつけても、数の不利をひっくり返すだろう。
 その情報を得ただけでも、大きな収穫と考えるしかない。


【備考】
※クロサワ@夜桜さんちの大作戦はドリルで穴を掘って逃走しました。どこに辿り着いたは不明です。
※クロサワは山ちゃん@夜桜さんちの大作戦にアプリで連絡を取っている最中です。
※三峰結華・小宮果穂・有栖川夏葉@アイドルマスターシャイニーカラーズの3人は神戸あさひの無実を証明するために動き出しました。
※有栖川夏葉@アイドルマスターシャイニーカラーズの知人にモルガンズ@ONE PIECEがいます。
※モルガンズは世界経済新聞社社長となっていますが、トリトリの実の能力までもが再現されているかは不明です。


859 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/26(日) 08:29:50 olhQQz4s0
以上で投下終了です。
ご意見などがあればよろしくお願いします。


860 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/26(日) 09:34:20 olhQQz4s0
>>857の部分にてご意見がありましたので、以下のように修正をさせて頂きます。
それに伴い、状態票の一部も修正致しますので、こちらでもご意見があれば再度お願いします。







「それじゃあ、夏葉さんに結華さん! さっそく、SNSであさひさんの無実を証明しましょうか!」
「えぇ! 私の方でも、上手く根回しをしてみるわ」
「……果穂ちゃんになっちゃん。なんだか、大変な事件がいっぱい起きちゃってるよね……事務所の活動も減ってる中に、変なニュースもいっぱい出て……しかも、さくやんも行方不明になってるみたいだし……」
「あたしも心配です……咲耶さん、大丈夫でしょうか?」
「さっきも、はづきさんから非難の連絡が来たわよね。咲耶のことも心配だけど、私たちはしばらく283プロに近付かない方がよさそうね……」
「……今は、おでんさんとあさひさんの為にも……あたしたちがSNSで呼びかけましょう! 神戸あさひさんは無実ですって!」
「そうだね! きっと、さくやんだって同じことをするはずだから……さくやんの分まで、三峰たちが頑張ろう! 果穂ちゃん、なっちゃん!」
「えぇ! せっかくのお休みに、3人のピクニックを台無しにされたけど……今は、私たちがあさひさんを助けないとね」
「はい! あたしはヒーローアイドルですから、困っている人は見過ごせませんから!」



【渋谷区・鍋島松濤公園付近/一日目・夕方】



【備考】
※クロサワ@夜桜さんちの大作戦はドリルで穴を掘って逃走しました。どこに辿り着いたは不明です。
※クロサワは山ちゃん@夜桜さんちの大作戦に通話アプリで連絡を取っている最中です。
※三峰結華・小宮果穂・有栖川夏葉@アイドルマスターシャイニーカラーズの3人は神戸あさひの無実を証明するために動き出しました。具体的にはSNSであさひの無実を証明する方針です。


また、>>848の描写も一部修正させて頂きます。

そして「山ちゃん」を別所に待機させ、クロサワ一人で探索していたら……とある緑地にてアイドルたちを見つけた。

そして「山ちゃん」を別所に待機させ、クロサワ一人で探索していたら……渋谷区の鍋島松濤公園にてアイドルたちを見つけた。


861 : ◆EjiuDHH6qo :2021/09/26(日) 15:13:13 uF.SmkgA0
投下乙です。
クロサワという脅威から見事にアイドルを守り抜くおでんはやはり格好いい。
そしておでんと縁壱から逃げ切れたクロサワはある意味大金星なのかも。

指摘ですが、今回登場したNPCの三人の行動に少し違和感があります
修正前のモルガンズ@ワンピースを絡めたものは確かにフラグ管理がしきれなくなりそうな問題がありましたが、犯罪者として拡散されている人間の無罪をSNSで証明するというのは三峰・夏葉の二人らしくない短絡的なアイデアだと思いました。
おでんに頼まれたからといってアイドルである彼女たちがそんな行動に出れば事務所や同僚のアイドルたち含めたくさんの人間に飛び火してしまうわけですし、幼い果穂はともかく他の二人がそれをよしとするのは命を助けられた恩があるのを加味しても不自然だと思います。
もちろんやり方を工夫すれば彼女たちの狙いを完了するのも可能かもしれませんが、それだけの説得力がある描写を割かねばならないとなると後続の書き手にかかる負担がかなり大きくなる他、聖杯戦争のことを教えられたわけでもないNPCが展開に関わりすぎでは、ということにもなってくる気がします。


862 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/26(日) 19:51:48 olhQQz4s0
ご感想及び、再度のご指摘をありがとうございます。
そして、指摘された箇所を修正させて頂いたので、恐れ入りますが確認及びご意見をお願いします。



「な、なあ……嬢ちゃんたち! 聞いてくれないか!? あさひ坊は誰かにハメられようとしているんだ!」
「もしかして、あたしたちに見せられているこれって……ウソなんですか!?」
「……おれはあいつのことをほとんど知らねえ。けど、あいつは無意味に誰かを傷付ける奴じゃねえんだ! これだけは信じてくれ! この通りだ!」

 おれとあさひ坊は同じ飯を食っただけの仲だ。
 だから、あいつのことを何でも知っているなんて、口が裂けても言えねえ。
 ただ、あさひ坊はとても強い奴だった。その目はとても真っ直ぐで、悪い奴じゃねえってことが伝わった。
 叶えたい願いがあって、もう奇跡にでもすがらなければいけないほどに追い詰められていた。
 もちろん、それは他の奴だって同じ。あさひ坊だけを特別扱いするのは違う。
 だが、こんな卑怯な方法であさひ坊を追い詰められるなんて、おれにはどうしても我慢ならなかった。

「……わかりました! あたしはおでんさんの言葉を信じます! 神戸あさひさんは、おでんさんのお友達なんですね!」
「彼のことは何も知らないけど……正直、この炎上は出所がわからなくて胡散臭いから、私としても簡単に信じられないわ」
「まぁ、どこの誰が拡散しているのかもわからないから、三峰たちからしても疑問だからね……了解だよ、風来坊さん!」
「嬢ちゃんたち……! かたじけない!」

 嬢ちゃんたちの気遣いに、おれは頭を深々と下げる。
 『情けは人の為ならず』って言葉があるけどよ……まさにその通りだな!
 この嬢ちゃんたちは本当に良い子だ。出会って間もないおれの言葉をちゃんと聞いて、しかもあさひ坊を助けてくれるからな。
 あとは、このおれが嬢ちゃんたちの気持ちに応えるだけだ。

「それじゃあ、嬢ちゃんたち! おれたちはもう行くぜ! 気を付けて帰るんだぞ! 行くぞ、相棒!」
「ああ」

 おれは嬢ちゃんたちに別れを告げて、緑壱と共に突っ走る。
 本当なら嬢ちゃんたちを家まで送り届けてやりてえし、あの変態野郎だってぶちのめさないといけねえ。
 だが、それ以上に……あさひ坊を助けてやりたいって気持ちが、おれの中を満たしていた。

「待ってろよ、あさひ坊! おれが駆けつけてやるから、絶対に死ぬなよ!」





「結華さん、夏葉さん……あたしたちで、このあさひさんって人を助けられませんかね?」
「気持ちはわかるけど、下手に口を出すのは危険よ。一歩間違えたら、283プロにも飛び火しちゃうわ」
「あうっ……ご、ごめんなさい……」
「……果穂ちゃんになっちゃん。なんだか、大変な事件がいっぱい起きちゃってるよね……事務所が休業になった中で、変なニュースもいっぱい出て……しかも、さくやんも行方不明になってるみたいだし……」
「あたしも心配です……咲耶さん、大丈夫でしょうか?」
「さっきも、はづきさんから非難の連絡が来たわよね。咲耶のことも心配だけど、私たちはしばらく283プロに近付かない方がよさそうね……」
「……果穂ちゃん、なっちゃん。とりあえず、今はまっすぐ帰ろう? 風来坊さんも、三峰たちを心配してくれているしさ」
「そうね。せっかくのお休みに、3人のピクニックを台無しにされたけど……今は、私たちの身の安全が大事ですもの」
「……わかりました。今は、おでんさんとあさひさんの無事を、祈るしかないですね。ヒーローアイドルとして、あたしはおでんさんのことを応援します!」


863 : ◆EjiuDHH6qo :2021/09/26(日) 20:01:06 TmDJjWzI0
修正お疲れ様です。
自分はこれで問題ないと思います


864 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/27(月) 21:41:59 IcqnYsaY0
幽谷霧子&セイバー(黒死牟)
予約します。


865 : ◆Sm7EAPLvFw :2021/09/28(火) 19:21:45 zMx7FAe20
仁科鳥子&フォーリナー(アビゲイル・ウィリアムズ)
田中一&アサシン(吉良吉影)、吉良吉廣
予約します


866 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/29(水) 06:56:21 UseAGIPM0
これより投下を始めます。


867 : 追・追・輝・憶 ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/29(水) 06:57:05 UseAGIPM0

 わたしはあなたの心を追いかけています。
 あなたが最期に何を想っていたのかをわたしは知りません。
 でも、この世界でもあなたが変わることがなかったことをわたしは知っています。
 あなたが遺してくれた想いを知った時、わたしは心から泣いちゃいました。
 もう、あなたに会えないことを知って、わたしの心がバラバラになりそうでした。
 でも、あなたがわたしに届けてくれた最後のプレゼントは、本当に暖かかったです。
 だから、わたしはあなたから受け取った優しい気持ちを、他の人にも届けることにしました。


 咲耶さん。わたしは……アンティーカの幽谷霧子として、あなたから貰ったたくさんの宝物を輝かせることを誓います。


868 : 追・追・輝・憶 ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/29(水) 06:58:04 UseAGIPM0






 海は全ての命のお母さんと誰かが言いました。
 わたしたちアンティーカはもちろん、セイバーさんやハクジャさんも海に育てられました。
 海の中にはお魚さんや海藻がいっぱい泳いでいて、わたしたちはその命を頂いています。
 何よりも、地球で最初の命は海の中で誕生したみたいです。
 それに『海』って漢字は『母』が含まれていますから、みんなのお母さんと呼べるかもしれません。

「綺麗な海ね」
「はい……とても綺麗で、まぶしい海です……」

 ハクジャさんと一緒に、潮の香りを堪能しています。
 傾きかけたお日様に照らされて、わたしたちの目の前で広がる大海原はキラキラしていました。
 太陽の角度と、それを見る人の場所によって海の輝きは変わります。だから、時間が経てばこの景色も変わっていくでしょう。
 ここは港区の台場公園です。既にお日様が傾きかけて、人の通りも少なくなっていました。

「確か、霧子ちゃんたちは海に思い出があるって言ってたわよね?」
「……アンティーカのみんなで、海に行ったことがあったんです。そこで、わたしたちは気持ちをぶつけあって、一つになりました……」

 渋谷で摩美々ちゃんやにちかちゃんと再会して、咲耶さんの心が二人に届いたことを知りました。
 きっと、咲耶さんは摩美々ちゃんたちの分もお手紙を書いてくれたのでしょう。
 聖杯戦争の舞台になったこの世界ですから、自分が明日までに生きていられる保証はありません。だから、咲耶さんは『その時』が来ることを予感して、お手紙を書いたはずです。
 咲耶さんはお手紙を書いていた時、わたしたちとの思い出を振り返ってくれていたでしょう。283プロの感謝祭で、アンティーカのみんながバラバラになりそうになって、こうして海に集まった時のことだって……思い出していたはずです。

「霧子ちゃんたち、ケンカでもしてたの?」
「ケンカ……とはまた違います。むしろ、わたしたちはずっと互いを想い合っていました……でも、お互いを気遣い過ぎて、気持ちがすれ違って……そのせいでバラバラになりかけたのです」

 わたしたちはケンカなんてしたことありません。
 咲耶さんや摩美々ちゃんだけじゃなく、恋鐘ちゃんや結華ちゃんだっていつもみんなのことを考えてくれています。
 だけど、みんなに優しすぎるあまり、時として自分の気持ちを隠しちゃうこともありました。
 本当はアンティーカのみんなとずっと一緒にいたい。その願いを持っていても、みんなが輝くためなら、我慢しないといけないと咲耶さんは考えていました。


869 : 追・追・輝・憶 ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/29(水) 06:59:13 UseAGIPM0
 ーー本当は元気がないのに笑ってる
 ーーそういうの、すっごく心配

 気持ちにふたをした咲耶さんのことを結華ちゃんは怒っていました。

 ーー私は本当に幸せなんだ
 ーー結華や、みんなのおかげでね

 それでも、咲耶さんは笑ってくれていました。
 きっと、あの言葉は咲耶さんにとって本心だったでしょう。わたしだって、咲耶さんから幸せをもらいましたら。
 ……それでも、アンティーカの間で隠し事はして欲しくありません。だから、わたしたちは本気でぶつかって、気持ちを一つにしました。

「でも、わたしたちなら大丈夫でした」
「あなたたちは最強だから?」
「はい。摩美々ちゃんも言ってましたが、わたしたちはずっと最強です……アンティーカの名前が決まってから、ずっと……」

 ふふっ……と、わたしとハクジャさんは笑います。

 ーー霧子の歌も聴いてみたいよ

 ーー霧子はこういう曲が好きなんだね

 まだ、アンティーカの名前も決まっていなかった頃、わたしたちは5人でカラオケに集まりました。
 当時、歌うことに慣れていませんでしたが、咲耶さんはわたしの歌声を褒めてくれました。
 ……ただ、咲耶さんはわたしの歌を聞くことはもうできません。

 ーーまだまだお互い知らないこともあるんだねぇ

 ーー共通の趣味を見つけるのって難しいし、これはきりりん大手柄だよ!

 わたしたちは歌を披露して、それぞれの好みをちょっとずつ知っていきます。
 結華ちゃんは大喜びをしていましたし、わたしも胸がポカポカと温かくなりました。
 ……でも、その喜びはもう一つにできません。

 ーーよし、決まりたい!
 ーーうちらのユニットのコンセプトは、ゴシックばい!

 わたしの歌をきっかけに、恋鐘ちゃんもユニットのコンセプトを笑顔で決めました。
 あのカラオケからわたしたちのアンティーカが生まれて、たくさんの人を楽しませることができました。
 ……だけど、わたしたち5人のアンティーカはもう永遠に揃えません。


870 : 追・追・輝・憶 ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/29(水) 07:00:55 UseAGIPM0

「…………咲耶さん…………」

 わたしは咲耶さんの名前を呼びます。
 もちろん、咲耶さんがわたしの声を聞くことはないです。ただ、この声が咲耶さんに届くといいな、という願いを込めています。
 きっと、この海のどこかに、咲耶さんは帰っていったはずですから。

「……ハクジャさん」
「どうしたの、霧子ちゃん?」
「歌を、聞いて欲しいんです」
「歌?」
「はい。咲耶さんに、わたしの気持ちが届くように…………そして、ハクジャさんにも、わたしたちアンティーカの歌を聞かせたいなって……」

 太陽に照らされる海をスポットライトにした単独ライブです。
 わたしの独断なので、283プロのみんなが知ったらきっと怒るでしょう。事務所に通さず、アイドルがライブを開くのはダメです。
 でも、咲耶さんとハクジャさんだけに向けた、秘密のライブをします。

「ハクジャさん……どうか、秘密にしてくださいね?」
「えぇ、私たちだけの秘密にしましょう。霧子ちゃんの歌声を独り占めできるいい機会ですもの」

 ぺこり、とハクジャさんに一礼しました。
 でも、この場にはもう一人だけお客さんがいますよ。わたしとハクジャさんを見守ってくれるお侍さん……セイバーさんです。

『セイバーさんにも、わたしの歌を聞いてほしいです』
『勝手にするがいい』
『ありがとう、ございます……! セイバーさんだけじゃなく、セイバーさんのご家族の方にも、届けますね! もしかしたら、この世界のどこかに……いるかもしれませんし!』

 その念話を送ると、セイバーさんはわたしに振り向いてくれました。
 もしかして、歌を聞きたくなったのでしょうか? でしたら、わたしはセイバーさんの心にも届くように、息を思いっきり吸います。
 この海のどこかにいるかもしれない咲耶さんと、わたしの単独ライブのお客さんになってくれたセイバーさんとハクジャさんのため、心を込めて歌いました。


 明るい空と綺麗な海をバックに、わたしは歌います。
 風に乗って、東京のどこかにいる摩美々ちゃんとにちかちゃんにも届くように。
 水の流れに沿って、わたしたちアンティーカの思い出が詰まった海に歌声が広がるように。
 もう二度と会えなくなった咲耶さんと、わたしたち3人の帰りを待っている恋鐘ちゃんと結華ちゃんに気持ちが伝わるように。
 そして、この世界で生きてきた人たちと、それぞれの世界にいるすべての人に……咲耶さんが遺してくれた優しさが広がるように。
 わたしは歌いました。アンティーカのみんなとの思い出と、283プロで過ごした日々を思い出しながら、わたしは一人で歌っています。
 咲耶さんと、アンティーカのみんなが褒めてくれた思い出の歌を……わたしは披露しました。


871 : 追・追・輝・憶 ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/29(水) 07:01:46 UseAGIPM0
 最後のパートを歌い終わってから、わたしはまた一礼します。
 パチパチパチ……と、ハクジャさんは優しく拍手をしてくれました。

「素敵な歌をありがとう、霧子ちゃん」
「あ、ありがとうございます……! ハクジャさん!」

 ハクジャさんの笑顔に、わたしは心が温まりました。
 わたしの歌声がハクジャさんを喜ばせている。その達成感に、わたしも自然と笑顔になれます。
 セイバーさんは……やっぱり、まだ何も言ってくれません。わたしの力がまだ至らないので、これからレッスンを頑張らないといけませんね。
 でも、セイバーさんは特に文句を言わず、わたしの歌を最後まで聞いてくれました。だから、これからわたしが頑張れば、セイバーさんも喜ばせられるはず。

「霧子ちゃんの歌がみんなに届くといいわね」
「はい……! みんなに届けられるように、わたしも心を込めて……歌いました……!」

 この気持ちを届けられるよう、精一杯の笑顔を浮かべました。
 いつだって、周りへの気遣いと笑顔を忘れなかった咲耶さんに対する敬意を込めています。
 きっと、みんなの笑顔と幸せを守るために、咲耶さんは頑張っていたでしょう。
 咲耶さんを想うのであれば、あの人が遺してくれたものを、一つでも多く見つけてあげたいです。
 咲耶さんの愛と優しさ、笑顔をいつまでも忘れないように。

 ーーアンティーカは、ここから始まるんだ

 わたしたちアンティーカの名前はプロデューサーさんが考えてくれました。
 みんなでおそろいの衣装を身にまとって、アンティーカのデビューライブが始まりました。

 ーーデビューライブ、やっちゃるけ〜ん!

 ーーおーっ!

 恋鐘ちゃんの掛け声から、わたしたちの気持ちは一つになっています。
 みんなで最高の気分になったまま、デビューライブを成功させました。その時の思い出を、はづきさんが写真に残してくれています。
 誰もがいい表情になっていますし、プロデューサーさんもデビューを祝福してくれました。
 この時から、わたしたち5人で運命の鍵を掴んでいます。みんなでおそろいの衣装を着て、一緒に頑張っている実感が持てたからこそ、アンティーカは最強になりました。
 アンティーカのモチーフとも呼べる歯車の飾りは、摩美々ちゃんが用意してくれました。キラキラ輝く歯車のおかげで、アンティーカは輝いています。


872 : 追・追・輝・憶 ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/29(水) 07:03:46 UseAGIPM0
 ーー5つの歯車は、ここから回り始めるんだね

 ーーああ、そうだ
 ーー本当に、ここからスタートだな

 咲耶さんとプロデューサーさんの言葉から、わたしたちは本格的にスタートしました。
 まだまだ283プロのヒナでしたが、ここから思いっきり飛び立ったのです。
 ……もう、5つの歯車は回りませんし、5人で最強のアンティーカになることもできません。

 ーー「行っといで。霧子がいいって言うなら、それでいいと思う」

 けれど、わたしたちの気持ちは変わりません。
 摩美々ちゃんが暖かい表情でわたしを見送ってくれました。ここの283プロはおかしくなってましたが、さっき出会った摩美々ちゃんとにちかちゃんは、わたしの知っている二人でした。
 にちかちゃんはマスクをしていたので、もしかして風邪気味でしょうか? ちょっと心配ですけど、摩美々ちゃんが助けてくれるはずです。

(……そういえば、はづきさんから283プロの休業連絡が届きましたけど、本当に何があったのでしょうか……?)

 この界聖杯にも283プロがありますが、何だか様子が変でした。
 咲耶さんの失踪事件と、警察の人から渡された遺書に続いて……はづきさんからは事務所の休業が知らされます。
 ここまで立て続けに起きては、偶然と片付けることができません。まさか、わたしたちの283プロに何か大変なことが起きているのですか?

「霧子ちゃん? もしかして、彼女たち……摩美々ちゃんたちが心配?」

 そんなわたしの不安を見抜いたように、ハクジャさんが訪ねてきます。
 ……あぁ。この人は、やっぱり鋭い人ですね。プロデューサーさんやはづきさんみたいに、誰かの不安をすぐに見抜きます。

「……はい。摩美々ちゃんたちのことは、心配です」

 だから、わたしは自分の気持ちを正直に伝えました。
 その名の通り、ハクジャさんは美しい笑顔をわたしに向けてくれます。

「なら、今からでもみんなの所に戻る?」
「いいえ。もう少しだけ、この海を見ていたいです……この広い海のどこかに、咲耶さんが遺してくれたものが、ありそうな気がして……」
「そう。なら、私もご一緒しても大丈夫かしら?」
「ぜひ、よろしくお願いします。でも、海を見終わったら……………」

 ……隣にハクジャさんがいてくれることに安心しながら、わたしはこれからのことを伝えました。


873 : 追・追・輝・憶 ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/29(水) 07:05:00 UseAGIPM0





 ーーセイバーさんだけじゃなく、セイバーさんのご家族の方にも、届けますね! 
 ーーもしかしたら、この世界のどこかに……いるかもしれませんし!


 ……我がマスターの念話が響いた瞬間、私の心はかき乱された。
 私の家族。私が、強さを追い求めて鬼になる過程において切り捨ててしまった異物。
 そして、私が最も疎ましく想い、最も憧れていたはずの男……緑壱だ。


 あの娘の歌声など、私にとってただ煩わしいだけ。
 だが、娘の言葉を聞いたことで、私は現実を突き付けられた。
 鬼がこの界聖杯に招かれたのであれば、鬼狩りどももどこかにいる可能性から……目をそらしていた。
 当然、緑壱がいることも、充分にあり得る。


 無論、緑壱が我が前に立ちはだかるのであれば、今度こそこの手で切り捨てるのみ。
 ……だが、私が奴に勝てるのか? 老いてなお、鬼となった私を追い詰めるほどの剣を振るうほどの男だ。年老いて朽ち果てなければ、私が敗れていただろう。
 鬼狩りたちに敗れた私が、こうして召喚されたように……緑壱が若返った姿でいた所で通りがある。
 もしも、その太刀筋と肉体が未だに衰えていなければ、私は…………


 …………下らん。
 今更、怖気づくような私ではない。
 例え緑壱がいようとも関係なかった。今度こそ、この手で奴を刀の錆にするまでのこと。
 我が刀を振るうにふさわしい相手として、今度こそ死合うのみ。


 それがわかっていても、体の震えが止まらない。
 胸がざわめき、息が荒れていく。
 恐怖や武者震いではない。何か……もっと、別の大きな何かが……私の中をかき乱していて…………


 …………否。
 この程度で揺れる程度の軟な心ではない。呼吸をすぐに落ち着かせ、平常心を取り戻す。
 もうじき日は沈み、鬼の本領を発揮する刻が訪れる。
 何者が現れようとも、私は闇の中で刀を振るうだけだ。


874 : 追・追・輝・憶 ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/29(水) 07:06:32 UseAGIPM0


【港区・台場公園のどこか/一日目・夕方】



【幽谷霧子@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:健康、お日さま
[令呪]:残り三画
[装備]:包帯
[道具]:咲耶の遺書
[所持金]:アイドルとしての蓄えあり。TVにも出る機会の多い売れっ子なのでそこそこある。
[思考・状況]
基本方針:もういない人の思いと、まだ生きている人の願いに向き合いながら、生き残る。
0:咲耶さんが遺してくれたものを探すため、もう少しだけ海を見ていたい。その後は……………………
1:色んな世界のお話を、セイバーさんに聞かせたいな……。
2:病院のお手伝いも、できる時にしなきゃ……
3:包帯の下にプロデューサーさんの名前が書いてあるの……ばれちゃったかな……?
4:摩美々ちゃんと一緒に、咲耶さんのことを……恋鐘ちゃんや結華ちゃんに伝えてあげたいな……
[備考]
※皮下医院の病院寮で暮らしています。
※皮下の部下であるハクジャと共に行動しています。
※"SHHisがW.I.N.G.に優勝した世界"からの参戦です。いわゆる公式に近い。
 はづきさんは健在ですし、プロデューサーも現役です。
※摩美々たちの元へ向かうのか、皮下医院に戻るのか、それとも別の場所を目指すのかは後続の書き手さんにお任せします。


【セイバー(黒死牟)@鬼滅の刃】
[状態]:健康、苛立ち(大)
[装備]:虚哭神去
[道具]:
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:強き敵と戦い、より強き力を。
1:夜が更けるまでは待機。その間は娘に自由にさせればいい。
2:皮下医院、及び皮下をサーヴァントの拠点ないしマスター候補と推測。田中摩美々、七草にちか(弓)はほぼ確信。
3:上弦の鬼がいる可能性。もし無惨様であったなら……
4:あの娘………………………………………
5:もしも、この聖杯戦争に緑壱がいて、私の前に現れたら……………………
[備考]
※鬼同士の情報共有の要領でマスターと感覚を共有できます。交感には互いの同意が必要です。
 記憶・精神の共有は黒死牟の方から拒否しています。


875 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/09/29(水) 07:07:00 UseAGIPM0
以上で投下終了です。


876 : 名無しさん :2021/09/29(水) 07:27:54 3HGDMjlk0
投下乙です。
霧子の優しさ、繊細さが余すところなく描かれ、霧子の心を感じ取る事ができました。
そして何もしてないのにどんどん灼かれていく兄上がお労しい。夜になって縁壱、同僚や上司と出会ったらどうなってしまうのか…


877 : ◆VJq6ZENwx6 :2021/10/01(金) 12:22:55 9Ut2eo0g0
飛騨しょうこ&アーチャー(ガンヴォルト)
松坂さとう&キャスター(童磨) 予約します


878 : ◆0pIloi6gg. :2021/10/01(金) 21:36:38 TAE3kb1U0
>奴を高く吊るせ!
相変わらずモノローグの使い方が巧みで、それが演出をキレッキレにしていて最高ですね。
吉良親子と田中の間に生じた軋轢というか溝はもはや致命的で回復不可能の領域、まあ残念でもなく当然。
リンボからの誘いについてもサーヴァント側とマスター側でまったく受け止め方が違うと、見事なまでの噛み合わなさを見せてくれました。
田中の中にあった吉良への憧れがどんどん色褪せて落胆に変わっていく流れが凡人らしい生々しさでとても良かったです。
そんな彼はともかく、鳥子の元に突如現れた吉良。もはや現代怪異の領域で恐ろしい……。

>侍の名は、光月おでん
おでんが無辜の民のためにヒーローをしている、これだけでめちゃくちゃ良いんですよね。
葉桜適合者とはいえクロサワは相性が悪すぎる。というか生きて情報持ち帰れただけで大金星どころの騒ぎじゃないのでは?
彼らの存在が伝わるとともすればカイドウがおでんの存在を知ることになるので後の展開に大きく関わりそう。
そしてそのおでんもおでんであさひの窮地について知り怒りを燃やしてるの、実に彼らしい。
そりゃおでんがそれを知ってキレないわけないよな……という納得がありました。

>追・追・輝・憶
霧子絡みの話は毎回すごく彼女のことをしっとりとそれでいて眩しく書かれていてほっこりします。
ハクジャも在り方としてはただの間者なんですが、儚い境遇にある彼女が霧子に同行しているというのもやはりとても似合いますね。
一方、その傍らで眩しさに灼かれる兄上。もうずっと灼かれてるしそろそろこんがりしてきそう(バカの感想)
今のところはかなり平和で霧子らしい、お日さまらしい時間を過ごせている彼女ですが夜も近付いてきています。
日没して鬼の時間が来た時どうなってしまうのか、どう歩んでいくのか、とても気になりますね。


最近めちゃくちゃ感想サボっててすみませんでした、真面目に書きます
また、予約の方を延長させていただきます。


879 : ◆Sm7EAPLvFw :2021/10/03(日) 17:26:18 ixVfPfcA0
投下します


880 : 汝は魔女なりや ◆Sm7EAPLvFw :2021/10/03(日) 17:26:54 ixVfPfcA0
仁科鳥子は、『フォーリナー』というクラスについて未だに正しい知見を持っていない。
聖杯戦争の常道(セオリー)など身に着けようもないうちに『エクストラクラス』という例外を引き当てたことで、深く考えても仕方ないという感覚になっていたこともある。
だが、そもそも鳥子自身が他人に対して『話したくないことなら話さなくていい』というスタンスで接していることが大きかった。
彼女自身が『私には母親が二人いて』だとか『その親も今は亡くなっていて』といった自分のことを積極的に語らないこともあって、アビゲイルにじかに尋ねることを良しとしてこなかった。
何より、小さな女の子に向かって『あなたがどういう英霊なのか教えて』などと問い詰めるまでもなく、アビゲイルの健気さと純真さには疑う余地などなく信頼できるものだったから。

自宅にまで入り込んでいたアサシンのサーヴァントという異邦人が、周知のようにアビゲイルの真名と事情を口にしたことは『なぜ』という混乱の淵に彼女を立たせていた。
しかも、そのサーヴァントの目的はアビゲイルがかつてないほど恐怖していたサーヴァントの打倒だという。

「どういうこと? まったく事情が見えない――そもそも、どうしてこの子の名前を?」

プライベートな空間に侵入を許されていた恐怖と、その恐怖すべき対象が『敵意の無い話し合い』を切り出しているという違和感。
その葛藤をどう処理すべきか分からないままに、問い返す。
サーヴァントを名乗った、サーヴァントの気配を感じさせない男は、こともないと言った風に質問に「ふむ」と沈思した。
午前七時の山手線車内に乗り込めば――いくらでもとは言えないほどに顔は良かったが――何人でも似たような会社員はいるだろう、そんな容姿をした男だった。
だが、そんなどこにでもいるサラリーマンが仁科鳥子の自宅に『いつの間にかいる』という事態は、あきらかに尋常有りえることではない。

「何も複雑な経緯は無いよ。件のアルターエゴは先刻、私のマスターに同盟の打診をしていたのだ。
そしてその時に、『フォーリナーのアビゲイル・ウィリアムズと透明な左手を持ったマスター』を狙っているという発言をした。
私はアサシンとして標的の追跡に向いたスキルを持っていてね。たまたま私の行動圏内と君たちの行動範囲が重なっていた結果、君達の自宅を特定させてもらったというわけだ」
「え……先に同盟の話を受けた? それだけで自宅を特定したの?」

答えは滑らかなものだったが、その内容には困惑を深めるところしかない。
たまたま鳥子とアビゲイルを倒そうという同盟を持ち掛けられて、すぐに鳥子の自宅を特定した?
アルターエゴから同盟を持ち掛けられたが、その同盟に背を向ける形でリンボを倒すための同盟を結びにやってきた?
少し聞いただけででも、アサシンの意図にはつかめないところが多すぎた。
何より。

「先刻って、いつ? ……リンボってヤツなら、私達がお昼ごろに倒したばっかりだけど」
「だとすれば、仕留めきれていなかったという事だろうな。私のマスターと接触した時に、奴は君たちの外見特徴と真名をすっかり掴んだ風に話していた。
つまり、君達との交戦経験を踏まえた上で、私のマスターに声をかけたということだ。
それで我々も、『フォーリナー』というクラスと真名を知ることになった。あとは史実の知識があれば彼女の生前については知れるというわけさ」
「アビーちゃんの生前?」

言葉をオウム返しに呟き、鳥子はすぐに後悔した。
鳥子の身を起こしたソファと来訪者の間を遮るように立ちふさがっていた少女――アビゲイルの背中が、びくんとはっきり震えを走らせたからだ。
マスターと不審なサーヴァントの間に会話が成り立ちそうなことを恐れるかのような反応は、リンボの時と似ていた。
リンボの時のように、その口から「耳を傾けてはダメ」という言葉が出ないことは違っていた。
つまり、リンボの言葉のような聞くに値しない讒言ではない。
彼女にとって、おそらく事実を突かれたのだが触れてほしくない出来事だったのだ。


881 : 汝は魔女なりや ◆Sm7EAPLvFw :2021/10/03(日) 17:27:41 ixVfPfcA0
「アビゲイル・ウィリアムズ・1681年頃出生。没年不詳。
アメリカマサチューセッツ湾植民地セイレム出身。
両親とは幼少期に死別。家族構成は叔父と従妹。
1692年に参加した降霊会の最中に奇行を発症し、悪魔憑きと診断される。」

いったい何を言い出すんだ、と面食らう。
そんな困惑さえも計算に入れているのかいないのか、アサシンは独り舞台の語り手のように長く喋りだした。
あたかも被告人アビゲイルの罪状を読み上げる検事のように、朗々とした語り口だった。

「この時点ではアビゲイル・ウィリアムズは被害者だったが、少女はその後に告発者として有名になった。
己を呪った魔女がいると称して友人とともに加害者探しを煽り立て、数十人にのぼる無辜の村民に対して逮捕しろと法的苦情を起こしたのだ。
魔女裁判にかけられた者はまた別の者を密告して、告発される者は加速度的に拡大した。
最終的に逮捕者約200人、刑死者19人、獄死5人、拷問死が1人の被害者を出した惨劇として歴史に記録されたわけだ」

まるで事前に学んできたかのようにすらすらと並べ立てられる罪状を聴いた鳥子の感想は、『まさか』に尽きた。
ヒステリックに他人を魔女だと決めつけ、明らかに冤罪としか思えない人数の村民を陥れるなど、『良い子』のアビゲイルを知っていればとても同一人物の所業とは思えない。
だが、鳥子の眼前にある小さな少女は、鳥子の方を振り向こうとして、振り向けない。そんな震えを繰り返している。
アサシンに対して攻撃の手を繰り出して黙らせるより、話を聞いた鳥子がどう思うのかを気にせずにはいられない、という挙動。
そして、つい先刻まで体験していたアビゲイルの過去夢のことを厭でも思い出す。
あれは確かに、魔女として吊るされる刑執行を群衆として眺めている記憶だった。

「後世では一連の告発の流れには様々な仮説が付けられている。
当時の大人優位かつ閉鎖的な社会がもたらした集団ヒステリー説だったり。
当時は解明されていない麦角中毒による集団幻覚説だったり。
あるいは――大人たちが告発によって慌てふためき、気に入らない大人が処刑される様を楽しんでいた愉快犯の少女だったという説もある」
「違うわ! あの村に、悪魔はいた――」

言い返そうとし彼女は、それが真名の肯定になるが故に凍り付いた瞳のままに口を閉ざすしかなく。
あたかも、判例を並べ立てる理屈でできた大人と、反論ができない年相応の少女。
そのような印象を受けた鳥子は、動かずにいられなかった。

「やめて」

そんな風に、目の前にいるアビゲイルを糾弾するかのような物言いをすることはない。
その意図を知らしめるようにきっぱりと否定し、ソファからアビゲイルの背中へと近づいた。
気持ちを雄弁に伝える為に、少女の肩へと腕を回す。
庇おうとしてくれていたのに邪魔だったかな、でも今すぐ殴りかかるわけじゃなし、少しだけ肩を抱き寄せるくらいは良いよねと思い直して。

「この子のことは、私がこの子からじかに聴きます。この子は、今は私のサーヴァント」
「マスター……」


882 : 汝は魔女なりや ◆Sm7EAPLvFw :2021/10/03(日) 17:28:10 ixVfPfcA0
感極まったような声が、すぐそばにある金髪のヴェールの向こうから漏れる。
回された腕を、小さな両手がぎゅっと握りしめてきた。
サーヴァントを称する男は、感情を気取らせない瞳でその様子を眺めていた。
会話の流れからして、アビゲイルの所業をうやむやにする甘さを糾弾されるか嘲笑されるか、それならきっぱり同盟なんか蹴ろうと鳥子は覚悟を固めたのだが。

相手は、サラリーマンが取引先の相手にそうするように頭を下げた。

「すまなかったね。彼女の過去を必要以上に吊るし上げる意図はなかった。
ただ、アサシンという杵柄で、どうしても悪意があっての所業かどうかは疑ってしまったのだ。
君のサーヴァントにたいする無礼な言動を謝罪するよ」
「え、いや……」

淡々と謝罪の体を取られたことで、怪しいという感覚はそのままに、感情のぶつけ所は行き場を失う。
アビゲイルに愉快犯扱いするかのような言い方をしたことに苛立ちはあれど、大人を相手にここまで正式に謝罪されてしまっては怒りを継続させる方が無礼だ。
アビゲイルを抱き寄せていた腕をはずし、鳥子は改めて男と距離をとり直す。

「重ねて弁明するが、私は君達に敵意などありはしない。
君達よりもあのアルターエゴの方が、よほど危険な手合いだと思い定めている」

あそこまでアビゲイルについて長々と説明した上で、男は話を当初のものに戻してきた。
被告人はあくまでリンボであって、アビゲイルではないと前提を示すように。

「アイツが危ない奴だってのは、私達も分かってます。っていうか、見ればすぐに分かります。
でも、だからって手を組めるかどうかは別。
そもそも、なんでアイツは一回仕留め損ねただけの私達を狙っているから協力してくれなんて話になったんですか?」
「なぜと言われたら、その理由こそが君達に協力を申し出た理由だ」

痛快に一矢報いてやったはずのリンボを、その実まったく倒せていなかった。
それを聞いただけで暗澹たる心地になるには充分であったが、アサシンが語ったことには更に悪い夢のような続きがあった。

曰く、アルターエゴ・リンボはアビゲイルを生贄にして、界聖杯を地獄絵図に変えようとしている。

「どうしてそんな、聖杯戦争にぜんぜん関係ない話が飛んでくるの?」
「文句なら私ではなくリンボに言いたまえ」

信じられないとしか言いようのない物語だったが、アサシンは言動の責任はリンボにあるとして取り合わず、その上でリンボの発言を真面目に検討している。
当事者の鳥子にとっては、とっさに『信じられない』以外の感想をつけようがない。

フォーリナーは鍵となるクラス?
アビゲイル・ウィリアムズが地獄の門を開く?

パンケーキに眼を輝かせる少女としてのアビゲイルばかり見てきた鳥子にとっては、いずれも『どうしてこんな女の子にそんな怪しげな素質があるんだ』としか思えない事案だった。
当のアビゲイルもまた、呆然とブルーのきれいな瞳を見開いている。
『この姿のままでいれば大丈夫だと思ったのに……』とつぶやくのも聞き取れた。


883 : 汝は魔女なりや ◆Sm7EAPLvFw :2021/10/03(日) 17:28:35 ixVfPfcA0
「どうやら君達にとっても、まったく寝耳に水となる話だったようだな」
「当たり前ですよ……一か月一緒に暮らしたけど、この子に危ないところなんて一つもありませんでした」

もっとも、一つも無かったと言えば語弊はある。
例えば、アビーの頭を撫でている時に左手がずぶりと内側にめり込むような感覚があった、とか。
例えば、ただの少女が戦闘に際してこの世ならざる生き物の触手を使役するのはおかしい、とか。

しかし、仁科鳥子は知っている。
本当に『この世の常識』が通用しない怪異というのは、そういった質感だとか触手だとか以前のものだと。
もっと根本的な魂のありようから捻じれて、理解不能の振る舞いをするところを何度も何度も目にしている。

裏世界から現実に侵食する怪異は、いずれも言葉が通じなかった。
通じたとしても、それは人間の偏桃体を刺激して恐怖を与えるためだけに言葉を操っているに過ぎなかった。
裏世界の生物は、いずれも地球上の生物原則に則っていなかった。
元は人間だった者達も、裏世界に通じてしまえば理解不能の思考回路と異形の本性になって戻ってきた。
くねくね、八尺様、姦姦蛇螺、DS研の第四種たち。そして何より『怪異になって戻ってきた冴月』。

そんな第四種接近遭遇者たちとアビゲイルは、明らかに一線を画していた。
撫でてあげれば年相応の子どもらしく喜ぶし、現代の甘味には目を輝かせて俗なところを見せる。
褒めてあげると甘えるし、叱られると反省する。マスターを守りたいという健気さをもって接してくれる。
とても聖杯戦争そのものを揺るがすような怪異と繋がる何かではない。
ただの少女に、きっと少しばかり不思議な何かが宿っているだけだ。

しかし、同時に納得もあった。
仮にアビゲイルが、わずかでも『向こう側の深淵』に触れた上で正気の少女として有り続けているというのなら。
それは何度も裏世界から帰還し、『普通なら正気ではいられない』と言われながらも日常を過ごしている自分達のような存在に召喚される縁もあるわけだ、と。

「だが、少なくともアルターエゴの方は本気で君達を悪用するつもりでいる。
であれば、真偽の程度はどうあれ、君達はアルターエゴから身を守るためにアルターエゴを倒そうとする者と手を結ぶべきではないかな?」

鳥子やアビゲイルの逡巡とは対照的なまでに平静そのものと言った声で、男は同盟の利害に話を戻した。
初めから最善の答えが分かり切っており、そこに向かって話を進める道筋をなぞるかのように、すらすらと話している。

「事情は分かったけど、聴きたいことはまだあります。アルターエゴに会ったのはマスターなのに、どうしてサーヴァントだけでここに来たんですか?
玄関でチャイムを鳴らしてくれたら、私達だってそこまで警戒しなかったと思うんですけど」

仁科鳥子は、人より距離感を性急に詰めてしまうところがあるけれど、それも相手による。
少なくとも、こちらは主従そろって所在を掴まれているのに、相手のマスターは同盟交渉に立ち会わないことを対等でないと感じ取れるだけの警戒心はあった。

「簡単なことだ。あのような目的を明かした以上、リンボは遠くない未来に、君達か、もしくは私のマスターのいずれかと再接触を図ろうとするだろう。
そして、リンボには私の顔は割れていないが、マスターと私の使い魔の顔は割れているのだ。
マスターと君達が共にいるところを目撃されたら、マスターがリンボを裏切って計画を密告したのだと知らしめているようなものだろう。
しかし、マスターが同盟を蹴ったことさえばれなければ、リンボと手を組む振りをして罠に嵌めるといった手段を講じることもできる」

ならば、マスターは君達と接触しないように遠ざけ、何かあれば私が急ぎ駆け付けられるよう使い魔を付けておくのが最善だとアサシンは説く。
それだけが本心だとは納得できないまでも、論理は通っているように感じられた。
少なくとも日中にアルターエゴに話しかけられた時のように、言葉そのものに答えを強制するような誘導は感じられない。


884 : 汝は魔女なりや ◆Sm7EAPLvFw :2021/10/03(日) 17:29:38 ixVfPfcA0
「あなたは、リンボじゃなくアビーちゃんを始末しようとは考えなかったんですか? どうしたって私達よりもリンボを敵に回した方が分が悪いでしょう?」
「私は物の道理を分かっているのさ。界聖杯そのものが地獄に変わると言われて、言われるままフォーリナーを差し出すバカはいない。
だが、たとえ先んじてフォーリナーを始末したとしても、我々は取引を台無しにした主従としてリンボから付け狙われるだろう。
ならば狙われている君達と手を組んでリンボを排除した方が後々の安寧に繋がる」

将来のリスクを考えれば、先にリンボを排除した方が安全だ。
筋が通っているようには聞こえる。

(むしろ、筋が取ってない方が答えを出しやすかったんだけどな……困った……)

リンボのように、強制的にこちらを支配しようとする獣の類であれば良かった。
相手を排除する以外に道はないと、覚悟を決められたから。

リンボは、恐ろしい存在として振る舞ったが故に、腹を据えられた。
その男は、恐ろしい存在のように振る舞っていないが故に、主導権を握られている。
アビゲイルは普通の良い子であるが故に、恐怖はなかった。
その男は、普通の社会人男性にしか見えないが故に、どういう者なのかが分からなかった。
それが、矛盾でありながらも恐ろしかった。
あたかも、異物がそこに馴染んでいるのに、異物だと声をあげても取り合われないだろうという焦燥感。

「そもそも、どうしてリンボは貴方達を誘ったんですか?
聖杯戦争を地獄に変えたいって言われて協力したがる人なんて、ほとんどいないでしょう?」
「狂人の思考回路など私に理解できるはずがないだろう。もっとも、白状すると私のマスターはこれといった技能の無い一般人だ。
『マスターの方なら威圧すれば足りる』と思われたのかもしれないな」

いくらか隙のありそうなところに疑念を差しはさんでも『アルターエゴの考える事だから分からない』とかわされる。
悪意があるのではないかと疑うことは可能であれど、悪意を証明することはできない。
例えば、今この時に、アサシンは薄く笑みを浮かべたように見えたのだって、『見間違いだ』と切られたらそれで終わるだろう。
こちらは、『何か相手が笑うような失言をしただろうか』と冷や汗が伝うものだったとしても。
果たして、アサシンは決め手となる可能性を口にした。

「だが、そうだな。我々にさえ声をかけたぐらいだ。……あのリンボなら、他の主従に会っても『フォーリナーとそのマスターを優先して狙ってくれ』と頼み込んでいる可能性はあるな」

「そんな……」とアビゲイルがショックを受けた声を漏らす。
鳥子も、意味するところを理解して、顔から血の気を引かせるしかなかった。
痛いところを突かれたのだと相手に晒す事を理解していてもなお、立っていることが難しくなる。
膝が崩れて、そのままソファに体重を預ける。

アサシンの話に、何も確証はなかった。
だが、確証はなくとも、仮に実際にアルターエゴが触れ回っているという状況が成立したならば、鳥子達は限りなく『詰み』に近くなる。
誰もかれもが『そんな提案をするアルターエゴの方こそ倒すべきだ』という発想に至るとは思えない。

――フォーリナーをリンボの手に渡す前に始末してしまうのが、最も手っ取り早い。

今後、リンボの計略を知るマスターが増えるたびに、そのように考える主従も現れるだろうと予告されたようなものだ。
それだけでなく、鳥子たちがこれからアサシン以外の主従と手を結ぼうとしたところで、『こいつらと組んでいれば、頭のおかしいアルターエゴから優先して狙われる』という理由で忌避される可能性さえ出てく


885 : 汝は魔女なりや ◆Sm7EAPLvFw :2021/10/03(日) 17:30:00 ixVfPfcA0
これが相手を見極める余地などなく迫られた一方的な同盟の求めだったとしても、拒否することで鳥子達に先はないという状況が出来上がってしまっている。

仁科鳥子は、理解する。
たしかに被告人は、アビゲイルではなくリンボだった。だが判決を迫られるのは鳥子だった。
これは、仁科鳥子に対して『誰を先に吊るすか』と問いかける場に等しいのだ。
リンボという確定クロが場にいる中で、それを放置してグレーのアサシンが吊るされることは、まずない。





(交渉は、吉影の優位に進んでいる。『透明な手の女』――仁科鳥子への衝動も抑え込めている。やはり息子を信じたわしの眼に狂いはなかった)

念話でリアルタイムに伝えられる成果に満足しながら、吉良吉廣は夕闇の向こうで交渉に精を出している息子へと思いをはせていた。
客の回転率が高いチェーン店の喫茶店で追い出しを受けないよう、田中にはアイスココアのお替わりを注文に出させる。
あからさまにうっとうしい説教を受けた時の反応をしながらも、田中は腰をあげてカウンターに向かった。
会計の時も握ったままのスマートフォンには、セイレム魔女裁判の正確な犠牲者数などを調べさせた百科事典サイトが未だに表示されている。

簡単な段取りについては吉廣もリアルタイムでの通信を交えて知らされていた。
それによって田中に『いったん史実のセイレム魔女裁判について調べろ』と指示を出すこともした。
まず、アビゲイル・ウィリアムズの真名を調べ上げてきたことを明確にして、『アビゲイル・ウィリアムズの精神性』を見極めるとともに『透明な手の女との関係』を確認する。
それは必要な手順だった。
アビゲイルの精神性は年相応の少女のそれと変わりないとはリンボの言である。
しかし、その言葉はあくまでリンボの見立てひとつによるもの。
己が連続殺人鬼(シリアルキラー)であることを伏せながら生活していた吉良吉影であるからこそ。
どうしても『アビゲイル・ウィリアムズが意図的に多数の人間を絞首台へと送った連続殺人鬼の少女である』という可能性だけは考慮せずにはおかなかった。

故に、史実での罪状をつまびらかにして、『正体を暴かれた殺人鬼』の顔にはならないことを確かめた。
そうでなければ、仮に田中一のように世の中が慌てふためく混沌の坩堝を望むような理解不能の本性を隠していた場合、積極的にアルターエゴの元に身売りする危険さえあったのだ。
結果として年相応の少女でしかない狼狽を見せたことでそれは否定された上に、『透明な手の女』との関係が良好であることもはっきりした。
これは吉良吉影にとって僥倖だった。
もしもフォーリナーがマスターと不仲であれば、『マスターの乗り換えを検討している』吉良にとっては競合相手となり得る、だけではない。
もしもフォーリナーのマスターが『アビゲイルさえ切り捨ててしまえば自分が狙われることはない』と保身に走るような関係だったならば、アルターエゴに対抗するために同盟しようという前提が崩れかねなかった。
『透明な手の女』がフォーリナーを見捨てないという前提があればこそ、こちらと手を組む以外に道はないという話の筋が通用したのだ。

『なんかもう勝ちは決まったような顔してるけどさ』

特に気分を変えようという趣向には走らなかったのだろう、同じアイスココアのカップをトレイに載せた田中が席についた。

『そもそもその女たちは、アサシンを戦力として信用すんのか?
アサシンはステータスも何も見えないんだから、サーヴァントだって言われても胡散臭いだろ?
だからってバカ正直に予選であげた成果なんか話したら、若い女はふつうドン引きすんだろ?』

お前が予選でやったことだって、『若い女はふつうドン引き』する案件だろという指摘は、水掛け論になるのでやめた。


886 : 汝は魔女なりや ◆Sm7EAPLvFw :2021/10/03(日) 17:30:20 ixVfPfcA0
『ぬかりはない。今まさに息子がその点について説いておるところだ。
実のところ、アルターエゴを倒すにあたって過剰な戦力は必要ない。
マスターの方の所在を突き止め、地獄計画を打ち明けて主従関係を崩せば足りる……という方向に持って行く』

あのような計画に本心から頷いておるマスターなどお前以外にそうおらんだろうし、女達にとっても『アルターエゴを殺すことはそのマスターの為にもなる』と説得した方が乗り気になるだろう。
己への確認もこめてそう念話に載せれば、『何だよそれ』と呆れたような反応が返ってきた。

『俺には殺人経験が足りないだの特技がないだの言ってたくせに、今さら殺しを躊躇うようなヤツにはコナをかけるんだな』

どうやら、先の山手線での会話を根に持たれているらしい。
実のところ、リンボのマスター探しを優先する方針には裏側の意図がある。
マスターの乗り換えを検討するからには、マスター未発見のままにリンボが倒されてしまうと『追跡者』のスキルによる特定も困難になり、大変に不都合なのだ。
そのような事情を明かすわけにはいかないため、黙ってしまった田中へと別の角度から説得力を持たせる。

『リンボを始末した後は、最終的にはフォーリナー達にも消えてもらわねばならないのだぞ。腹が据わっていない方がむしろ好都合ではないか』

いつ暴発するか分からない一般人は、味方であれば荷物になる。
だが、最終的には敵同士となる関係であれば、『いつ強い意志を宿すか分からない一般人』ほど、かつての息子の脅威となった者はいない。

たかが一般人だ、たかが素人だ、たかが子どもだと侮っていれば、足元を掬われる。
そして、その手の『ただの子ども』が吉良を驚かせるほどの『意志の力』を見せるタイミングは、いつも決まっていた。
『目の前にいる吉良吉影は敵であり、吉良を排除することは間違っていない』と確信した瞬間だ。
故に、吉良吉影は学習している。
『目の前にいる吉良を、今のうちに倒すことはできない』という迷いのうちにある限り、その豹変を食らう機会はやってこないということを。
故に、吉良吉影は説明を徹底する。
彼女たちがここで同盟の話を蹴ることは、詰みを早める一手にしかならないと理解をさせる。
怪しくとも頼らなければ生き残れない。
たとえリスクをはらんでいたとしても、今は消してしまうことができない。そういう位置取りに己を埋没させる。

故に、吊られるべき相手は初めから定まっていた。

(――おお、おお! 喜べ、同盟は成ったようだぞ!)


【荒川区・日暮里駅前の喫茶店/1日目・日没開始】


887 : 汝は魔女なりや ◆Sm7EAPLvFw :2021/10/03(日) 17:30:45 ixVfPfcA0
【田中一@オッドタクシー】
[状態]:吉良吉影への恐怖、地獄への渇望、虚無感
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:スマートフォン(私用)、ナイフ、拳銃(6発、予備弾薬なし)、蘆屋道満の護符×4
[所持金]:数千円程度
[思考・状況]基本方針:『田中革命』。
1:アサシンがリンボのマスターに近づくなら、その間にリンボには近づけるかもしれないな……。
2:敵は皆殺し。どんな手段も厭わない。
3:SNSは随時チェック。地道だけど、気の遠くなるような作業には慣れてる。
4:リンボに“鞍替え”して地獄界曼荼羅を実現させたい。ただ、具体的な方策は未だ無い。
5:峰津院大和のことは、保留。その危険度は理解した。
[備考]※界聖杯東京の境界を認識しました。景色は変わらずに続いているものの、どれだけ進もうと永遠に「23区外へと辿り着けない」ようになっています。
※アルターエゴ(蘆屋道満)から護符を受け取りました。使い捨てですが身を守るのに使えます。


【吉良吉廣(写真のおやじ)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]:気配遮断
[装備]:田中一のスマートフォン(仕事用)、出刃包丁
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]基本方針:愛する息子『吉良吉影』に聖杯を捧げる。
1:アルターエゴ(蘆屋道満)を抹殺すべく動く。田中一の監視も適宜行う。
2:息子が勝ち残るべく立ち回る。必要があればスマートフォンも活用する。
3:当分は田中をマスターとして受け入れる予定だったが、危機感を抱いている。より適正なマスターへと鞍替えさせたい。
4:『白瀬咲耶の周辺』の調査は一旦保留。
5:田中も遅かれ早かれ“鞍替え”を考えるだろうと推測。
[備考]※スマートフォンの使い方を田中から教わりました。
※アサシン(吉良吉影)のスキル「追跡者」の効果により、仁科鳥子の座標や気配を探知しやすくなっています。
※フォーリナー(アビゲイル)は「悪意や混乱を誘発する能力」あるいは「敵意を誘導する能力」などを持っていると推測しています。 
ただしアルターエゴのような外的要因がなければ能力は小規模に留まるのではないかとも考えています。





「分かりました……少なくとも、リンボを倒せるまでは組みます」


888 : 汝は魔女なりや ◆Sm7EAPLvFw :2021/10/03(日) 17:31:03 ixVfPfcA0
同盟を受け入れると、アサシンはたいそう機嫌良さそうに笑った。
そういう挙動も『取引先との間に契約を成立させたサラリーマン』めいていて、リンボの獣じみた嘲笑をはかけ離れていて。
この人は本当にサーヴァントなのだろうかという再三の疑念に囚われてしまう。
サーヴァントだとしか判断しようのない相手に『サーヴァントに見えない』という印象を持つ方がおかしいことを、頭では分かっているのに。

「賢明な判断に感謝するよ。それでは共犯関係にあたる上での情報共有として、リンボと交戦した時の事などを教え――」

その時だけ、サーヴァントとマスターでありながら、そんな実力差も礼儀も無視して、遮る言葉が出た。

「その『共犯』ってのはやめてください」

自分でもびっくりするぐらいに、冷たい声がのどを振るわせていた。
そういえば空魚からも、前にまったく同じことを言われたなと思い出した。
『私でない子を共犯者と呼ぶのはやめて』と言った時の空魚が、もし今の私と同じ気持ちでその言葉を言ったのだとしたら。
そんな場合ではないのに、アビゲイルには申し訳ないけれど、嬉しくなってしまう。

「あの、遮ってすいませんでした。でも、あくまで『協力者』という扱いでいいですか?」

さすがに相手の神経を逆なでしては困ると、両手をぱっと上げて『敵意はありません』のジェスチャーをした。
両手をあげ、まっすぐ反った両の掌がアサシンの方を向くようにして。
とっさにそうしたことは、却ってまずかったのかもしれない。
ソファで就寝していたところを起こされたばかりだったのだ。
当然、その手に外出用の手袋は身に着けておらず、透明な左手をそのまま相手の眼前に晒す結果になった。

「……いや、君の好きなように呼べばいいだろう」

言葉は、怒っていない者のそれだったけれど。
いくらサーヴァントでも説明のつかない挙動だから、眼の錯覚かもしれないけれど。

その両手を見せた途端、男の両手指先の爪が、膨張するようにぐぐっと伸びた――ようにも見えた。


【荒川区・鳥子のマンション(日暮里駅周辺)/一日目・日没開始】


889 : 汝は魔女なりや ◆Sm7EAPLvFw :2021/10/03(日) 17:31:27 ixVfPfcA0
【仁科鳥子@裏世界ピクニック】
[状態]:疲労(中)
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:護身用のナイフ程度。
[所持金]:数万円
[思考・状況]基本方針:生きて元の世界に帰る。
1:アサシンのことは信用しきれないが、アルターエゴ・リンボの打倒を優先。
2:アビーちゃんが何か秘密を抱えているようなら、どこかで対話して不安を和らげてあげたい。ちょうど夕ご飯もまだだし。
3:この先信用できる主従が限られるかもしれないし、空魚が居るなら合流したい。その上で、万一のことがあれば……。
4:出来るだけ他人を蹴落とすことはしたくないけど――
[備考]※鳥子の透明な手はサ―ヴァントの神秘に対しても原作と同様の効果を発揮できます。
式神ではなく真正のサ―ヴァントの霊核などに対して触れた場合どうなるかは後の話に準拠するものとします。
※荒川区・日暮里駅周辺に自宅のマンションがあります。

【フォ―リナ―(アビゲイル・ウィリアムズ)@Fate/Grand Order】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]基本方針:マスタ―を守り、元の世界に帰す
0:私のせいで狙われることになってしまってマスターには本当にごめんなさい
1:アサシンのことは信用しきれないが、アルターエゴ・リンボの打倒を優先。
2:マスタ―にあまり無茶はさせたくない。
3:あなたが何を目指そうと。私は、あなたのサーヴァント。

【アサシン(吉良吉影)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]:健康、殺人衝動
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円(一般的なサラリ―マン程度)
[思考・状況]基本方針:完全なる『平穏』への到達と、英霊の座からの脱却。
0:仁科鳥子と情報交換および今後の作戦会議。親父とは念話で適宜連携を取る。
1:アルターエゴを排除。フォーリナー(アビゲイル)の覚醒を阻止する。
2:アルターエゴのマスターを探して“鞍替え”に値するかを見定めたい。尤も、過度の期待はしない。
3:あの電車で察知したもう一つの気配(シュヴィ・ドーラ)も気になる。
4:社会的地位を持ったマスターとの直接的な対立は避ける。
5:田中も遅かれ早かれ“鞍替え”を考えるだろうと推測。
[備考]※スキル「追跡者」の効果により、仁科鳥子の座標や気配を探知しやすくなっています。
※仁科鳥子の住所を把握しました。
※フォーリナー(アビゲイル)は「悪意や混乱を誘発する能力」あるいは「敵意を誘導する能力」などを持っていると推測しています。
ただしアルターエゴのような外的要因がなければ能力は小規模に留まるのではないかとも考えています。


890 : 汝は魔女なりや ◆Sm7EAPLvFw :2021/10/03(日) 17:31:43 ixVfPfcA0
投下終了です


891 : ◆EjiuDHH6qo :2021/10/03(日) 22:50:02 2kp8r.N60
申し訳ありません、間に合いそうにないので破棄します。
長期の予約拘束申し訳ありませんでした。


892 : ◆0pIloi6gg. :2021/10/04(月) 22:30:37 0Crq11KI0
>汝は魔女なりや?
氏と言えば、といってもそろそろいいのではないかと思えてきた理詰めで展開していく流れがお見事でした。
吉良の立ち回りや話術が冴えているのはもちろん、悪役の彼も彼なりに生前の失敗から学んでいるというのが面白い。
鳥子達の懐にするりと潜り込んだ手腕からこのサーヴァントの恐ろしさがひしひしと伝わってきました。
しかしそんな吉良の思惑もだいぶ薄氷の上にある危ういものですので、まだまだ気は抜けなそうです。
アビゲイルの存在を中心に一気に不穏さを増したこの周辺の物語、まさに狂気と正気が隣り合わせにある感じがたまりませんね。

今回も素敵な投下をありがとうございました!


893 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/04(月) 22:48:35 Fynqiyqo0
投下お疲れさまでした!

鳥子さんたちの部屋に忍び込み、リンボ打倒に向けた同盟を上手く結んだ吉良の交渉術は流石です!
殺人鬼でありながら、普通の人間として平穏を望んだから吉良だからこそ、メリットにも説得力を出せるのでしょうね。
一方で、鳥子さんもただ吉良と同盟を結ぶのではなく、ちゃんと距離を取っていることが強い。アビーちゃんのこともきちんと守りましたし。
リンボと戦えば、その裏にいる更なる強敵にも目を付けられるかもしれませんが、果たしてどうなるか……?


894 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/05(火) 18:19:14 zo8H4tHA0
櫻木真乃&アーチャー(星奈ひかる)
神戸あさひ&アヴェンジャー(デッドプール)
光月おでん&セイバー(継国縁壱)
予約します。


895 : ◆VJq6ZENwx6 :2021/10/06(水) 01:05:06 ekaf9FI60
予約を延長します


896 : ◆EjiuDHH6qo :2021/10/07(木) 23:31:20 4iEcC8UQ0
リップ&アーチャー、皮下真&ライダー予約します。


897 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/08(金) 06:15:46 KtsesKKI0
これより投下します。


898 : あさひを狙うワナ!? 大パニックの街 ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/08(金) 06:16:58 KtsesKKI0
【#神戸あさひを絶対に許すな!】

 SNSに広がっていた一文に目を疑います。
 私・櫻木真乃は田中摩美々ちゃんとの連絡を終わった後、パートナーの星奈ひかるちゃんと一緒に街を歩いていました。
 息抜きを兼ねて、ウインドウショッピングやファーストフードも楽しんでいます。ここまで、大変なことがたくさんありましたからね。
 そして、静かな公園のベンチで一休みをしながら、スマホを覗いてみると……SNSでは神戸あさひくんの悪口がたくさん書かれていました。

「な、なんですか……これ……!? 真乃さん……こんなの、嘘ですよね……!?」

 隣ではひかるちゃんも震えています。
 私だって信じられません。【不審者情報】や【注意喚起】、更には【非行少年】や【危険人物】など……あさひくんを悪く言う呟きがたくさん流れています。
 巷を騒がせている失踪事件の犯人というコメントすらありました。ツイスタだけじゃなく、動画サイトでもあさひくんの悪口が拡散されていて、留まる気配を見せません。
 加えて、監視カメラに撮られていたあさひくんの外見も広まっていました。まるで魔女狩りのように、あさひくんに対する誹謗中傷が撒き散らされています。

「あさひさんが、こんなことをするはずがありませんよっ!」
「お、落ち着いてひかるちゃん! 私だって、とても信じられないよ……! あさひくんが、悪いことをしたなんて……!」

 インターネットで飛び交っている無数の悪口に、私たちは息ができなくなりそうです。
 私とひかるちゃんはあさひくんのことをあまり知りません。あさひくんたちがひかるちゃんに助けられてから、成り行きで同行しただけの関係です。
 でも、あさひくんは心優しい人ですよ。だって、敵である私のことを励ましてくれました。
 あさひくんは聖杯を求めて戦っていますが、それだってちゃんと理由があります。私利私欲じゃなく、星野アイさんみたいに譲れないものを持っていますから。
 だから、悪事を働くとは思えませんし、一方的に責められることが我慢できません。

「……ど、どうしよう……このままじゃ、あさひくんが……!」

 私はあさひくんを助けに行きたいです。
 でも、ここで私が動いても状況は変わりません。それどころか、283プロにも迷惑がかかりますし、摩美々ちゃんとアサシンさんたちにも飛び火します。
 けれど、あさひくんを見捨てるなんて絶対に嫌です。私に温かい言葉を投げてくれた彼が、一方的に傷付くことは見逃せません。

『真乃さん、あさひさんを助けましょう』

 周りに人はいませんが、ひかるちゃんは念話で聞いてくれました。
 やっぱり、彼女ならお見通しですし、気持ちも一緒です。ひかるちゃんだって、あさひくんを助けに行きたいでしょう。


899 : あさひを狙うワナ!? 大パニックの街 ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/08(金) 06:18:07 KtsesKKI0
『真乃さん、あさひさんを助けに行きたいんですよね? なら、早く行きましょう! 場所も近そうですし!』
『……ひかるちゃん。でも、ここまで炎上してるんだよ? それで、私たちが首を突っ込んだりしたら……火に油を注ぐだけだよ……』
『それは、わたしもわかります。今は聖杯戦争の最中ですし、何よりも真乃さんは明日のライブが控えていますから……慎重に行動しないといけません。でも、ここで真乃さんがあさひさんを助けなかったら、絶対に後悔すると思うんです!』
『……ひかるちゃん……』

 ひかるちゃんの眼差しはまっすぐでした。
 私は自分の立場を考えて行動する義務があります。私の行動は、私一人の責任じゃ済みませんから。
 でも、ひかるちゃんが言うように、自分の気持ちに嘘をつくこともイヤです。

『……私もあさひくんを助けたいよ。このまま、あさひくんを見捨てたりしたら、一生後悔することになる』
『そうですよね! わたしは真乃さんのパートナーですから、お手伝いをしますよ!』
『でも、どうするつもり? このままあさひくんの所に向かっても、私たちも危険な目に遭うだけ……そんなの、アサシンさんたちは望まないよ?』
『そこはわたしに考えがあります!』

 ひかるちゃんが指差す先にはお洋服屋さんと雑貨屋さんが並んでいました。

「真乃さん……これから家のお手伝いをたくさんしますから、わたしのお願い事を聞いてください!」
「????????」

 念話じゃなく、今度は生の声です。
 ひかるちゃんは思いっきり頭を下げましたが、この時の私は意図がわかっていませんでした。





『なぁ、あさひ……これを見ろよ』

 世田谷区から渋谷区に着いた頃、俺の脳裏にデッドプールの念話が響く。
 デッドプールに言われるまま、スマホの画面を目にした瞬間……俺は声をあげてしまった。

 ーー警察も、神戸あさひを捜索を始めました。
 ーー犯人の神戸あさひはどこにいる!?
 ーー見つけ次第、神戸あさひを捕まえろ!

 俺の名前や写真と共に、身に覚えのないことがネットの海に拡散されていた。
 反社会グループの一員だの、薬物中毒者だの、連続失踪事件の犯人だの……挙げればキリがない。
 もちろん、巷を騒がせている連中とは無関係だが、こうなった以上は誰も俺の話を聞かないだろう。


900 : あさひを狙うワナ!? 大パニックの街 ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/08(金) 06:19:52 KtsesKKI0
「ねえ、あそこにいる子……神戸あさひじゃない?」
「ほんとだ! まさか、こんな所にいるの?」
「うっわ! マジで汚い身なりじゃん!」
「ってか、警察に通報した方がよくね?」

 そんな声が聞こえてくる。
 振り返ると、道行く人たちが俺のことを怪訝そうに見つめていた。
 俺をゴミのように見つめている誰かがいれば、ヒソヒソと陰口を言っているだろう誰かがいる。
 刃物のように鋭い話し声と視線に、俺は固まって動けなくなりそうだった。

『チッ……どいつもこいつも好き勝手に言いやがって!』

 デッドプールの念話が俺を現実に引き戻した。
 その声色だけで、デッドプールは本気で怒っていることがわかる。霊体化をしながら、震えているはずだ。
 もちろん、俺だってやり場のない憤りが胸の中に広がるけど……反射的にその場から逃げることを選んだ。

『おい、あさひ! どこに行く気だよ!?』
『考えてない! でも、こんな所でジッとしている訳にはいかないだろ!』
『……わかったよ。けど、さっきみたいなドッキリは無理だからな! こんな時に銃をぶっ放したら、逆効果だぜ!』

 グラスチルドレンたちの時以上に状況が悪くなっている。
 俺に対する誹謗中傷がインターネットに広がった以上、デッドプールに発砲をさせては火に油を注ぐに等しい。
 道行く誰もが俺のことを睨んでいるような気がして、一刻も早くこの場から離れたかった。

「あいつ、もしかしてーーーー!」
「ねえ、やばくないーーーー!?」
「離れようぜーーーー!」
「こっちに来ないでーーーー!」
「どっかに行ってくれよーーーー!」

 ざわざわと、冷たい空気と共に暴言があちこちから襲いかかってくる。
 疑いの目、怒りの目、汚いものを見るような目……辺り一面から、イヤな目が俺に集まっていた。

『あさひ! あんな連中の言葉なんか耳にするな! デマに流されるフールどもは無視しろ!』

 デッドプールに言われなくともそうするつもりだ。
 だけど、俺の足は思うように動かない。炎天下の中、厚着をしているせいで……思うように走れなかった。
 それに加えて、周りから針のように刺さるいくつもの目。
 みんなが俺を睨んでいることがわかって、その恐怖で転びそうだった。
 行く当てもなく人の気配が少ない道を走り、曲がった。
 すると、行き止まりだった!


901 : あさひを狙うワナ!? 大パニックの街 ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/08(金) 06:20:42 KtsesKKI0
「し、しまった!」
「見つけたぞ、神戸あさひぃ!」

 背後から怒鳴り声が聞こえてくる。
 振り向くと、俺よりも背丈の高い数人の男女が道をふさぐように立っていた。
 全員、明らかな怒りと憎しみを込めた目で、俺をにらんでいる。

「俺の妻をどこにやった!?」
「妹の場所を教えなさい!」
「薬物をやってるとか、マジかよ!」
「どんな親に育てられたんだよ!? こんな汚い格好で、バットを持っていやがるしさ!」
「まさか、そのバットでお姉ちゃんを殺したの!? だったら、許せないわ!」

 違う。
 俺じゃない。
 そんなこと俺は知らない。
 いくら俺が否定しても、誰も話を聞いてくれない。
 みんなが俺のことを犯人と決めつけて、救いの手を伸ばしてなんかくれない。
 俺や母さんに暴力を振るったあいつと、俺たちを助けてくれなかった汚い大人たちと同じだ。
 こいつらみんな、俺をゴミと決めつけて捨てようとしているんだ。

「ーーーーおい、いい加減にしろよ」

 そこに割り込む冷たい声。
 いつの間にか霊体化を解いたデッドプールが、俺を責めてくる男の首を持ち上げていた。
 当然、狭い道に集まった奴らは驚く。

「ぐ、えっ……! な、なんだ……お前、は……!?」
「たまたま通りかかった不審者さ? なぁ、俺ちゃんも鬼ごっこに混ぜてくれよ……ターゲットはあんたらだけどな」
「何を言っているのよ!? こいつは、神戸あさひは連続失踪の犯人なのよ!? この子のせいで……」
「ハッ、こんなガキンチョにそんなイカれたことできるかっての? テメーらまとめて、眼科に行くことをおすすめするぜ」

 デッドプールの目つきは怒りで染まっている。
 俺を追い詰めた奴ら以上に凄まじく、思わず息を飲んでしまう。その凄味に周りの奴らは「ひっ」と悲鳴をこぼした。

「……待てよ! 俺は大事な家族を奪われたんだぞ!?」
「妹のことだって心配なのよ!? この前、初めてのプレゼントを渡す予定だったのに……」
「私だって、友達がいなくなった! 今度、一緒にお祝いをしたかったのよ!?」
「それを……こんなガキに台無しにされた! どうしてくれるんだ!」

 しかし、連中は一歩も譲らない。
 その頑なさにデッドプールはため息を吐くと……その手でつかんでいた男を離す。
 デッドプールは両手をポキポキと鳴らし始めた。

「どうやら、言ってもわからないみてーだな。ここは、ボンクラどもに俺ちゃんのパンチをプレゼントしてやるか……」
「ちょっと待ったああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


902 : あさひを狙うワナ!? 大パニックの街 ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/08(金) 06:22:00 KtsesKKI0
 突如、空から叫び声が響いてきた。
 その声に、俺とデッドプールはもちろん、狭い道に集まった奴らも空を見上げてしまう。
 建物の屋上で、誰かが腕を組みながら立っていた。

「とおおおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!」

 掛け声と共に、誰かはジャンプをする。
 空中で数回転しながら、俺たちの間に割り込むように着地した。

「な、何だお前は!?」

 俺を追っていた男は驚いている。
 当然、俺もビックリした。何故なら……黄色いロングヘアのカツラとウサギのカチューシャを身に付けた女の子が現れたからだ。長袖のワンピースは派手なピンク色に染まり、その手は白くて綺麗だ。
 顔は見えない。後ろを向いているからではなく、お面を付けていた。アニメの世界から飛び出したように可憐なヒロインのお面だ。
 その異様な格好に、俺は唖然とした。

「ふっふっふ、わたしが何者かって? 聞いて驚きなさい!」

 一方で、謎の女の子は胸を張りながら叫ぶ。
 あれ? この声、どこかで聞いたような……

「わたしは、人気アニメ『フラッシュ☆プリンセス』に登場するプリンセスの妹分!」
「い、妹分!?」
「そう! わたしは『フラッシュ☆プリンセス』のプリストロベリーの第14代目・妹分にして、『スター☆ライトプリンセス』のプリオヨヨンの相棒兼プリセイレーンの後輩! プリミホッシーとは、このわたしのことだよ!」

 狭い道の中で、謎の女の子……プリミホッシー? はポーズを決めていた。
 絶対に、お面の下ではどや顔をしているはず。

「「……………………」」

 俺とデッドプールは何も言えなかった。
 当然、この場は微妙な空気になってしまい。

「ぷ、プリミホッシー?」
「そんなプリンセス、いたかしら……?」
「で、でも……あんな高い所から飛び降りても平気だから……本当にプリンセスじゃね?」
「マジで!? 姉貴がプリンセスの大ファンだったんだ!」
「私も、小さい頃にハマってたのよ!」

 困惑の末、流れが変わってしまった。
 襲ってきた奴らの視線はプリミホッシー? さんに集まっている。
 ……プリミホッシー? さんのハキハキとした声って、やっぱり聞き覚えがあった。

『…………なあ、あさひ。もしかしなくても…………あれ、アーチャーの嬢チャンじゃね? ほら、あのブーツとかさ……』

 答え合わせのようにデッドプールの念話が届く。
 ……そうだ! 櫻木真乃さんのサーヴァントになったアーチャーの声だ。
 髪型と服装は全然違ったけど、絶対にアーチャーだよな!? 彼女の足元をよく見ると、靴に見覚えがあるし。


903 : あさひを狙うワナ!? 大パニックの街 ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/08(金) 06:23:28 KtsesKKI0
「では、改めて……プリミホッシー参上!」

 一方で、プリミホッシー? を自称するアーチャーはまたしてもポーズを取る。
 まるで俺たちを悪意から守ってくれるように。俺よりも小さい背中の向こうには、櫻木さんの輝く笑顔が見えそうだった。

「あなたたち、この二人はわたしに任せて! でも、写真や動画はNGだよ?」

 あいつらの味方にも聞こえる言葉が、プリミホッシー? ことアーチャーの口から出てくる。
 でも、彼女の真意は違う。グラスチルドレンたちから俺たちを守ってくれたし、何よりも櫻木さんのサーヴァントであるアーチャーだ。
 SNSで俺たちの危機を知ったからこそ、ここまで飛んできたはず。
 どうして、わざわざ変装をしているのかはわからないけど……

「さぁ、二人とも観念なさい!」

 襲ってきた奴らに背を向ける形で、アーチャーは俺たちの前に立った。

「おうおうおう、プリミホッシーとやら? アメリカバイソン100匹を2秒で仕留められる俺ちゃんとやる気かぁ!? ヤドクガエルだって敵じゃねえんだぜ?」

 プリミホッシー? に乗っかるように、デッドプールはファイティングポーズを取る。
 もちろん、二人の間に敵意は全く感じない。ここに集まった連中をごまかすための芝居だ。

『ほう? あいつら……プリミホッシーを信じて、スマホを出してねえでやるの』
『本当だ! でも、アーチャーはどうするつもりなんだ……?』
『さあな。ここは救いのヒロインに任せて、目をつぶろうぜ……覚悟を決めてな』

 デッドプールの念話通りに俺は目を閉じる。
 何をするかわからないけど、今はアーチャーに任せるしかない。

「さぁ、かかってこいよプリミホッシー!」
「そのつもりだよ! 行くよ……プリンセス! ミホッシーパーンチッ!」

 挑発するデッドプールと、それに答えるプリミホッシー? ……じゃなくて、アーチャー。
 バコン! と……アスファルトが割れる音と、アーチャーの叫びが重なる。
 まぶたの裏が光に照らされた直後、俺の体は誰かに持ち上げられた。
 いきなり、エレベーターに乗せられたように、宙を浮いていく。
 でも、恐怖はない。俺を抱きかかえる感触は強くて、とても優しいからだ。

「うわあああああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 それでも俺の口からは声が出てしまう。 
 吹き付ける風が全身に突き刺さっては、どうしても耐えられない。
 ぎゅっと目をとじたまま、突風に身をまかせることしかできなかった。


904 : あさひを狙うワナ!? 大パニックの街 ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/08(金) 06:25:30 KtsesKKI0
「ごめんなさい! もう少しだけ、我慢してくださいね!」

 俺の不安に気付いたようにアーチャーは叫ぶ。
 次の瞬間、地面に着地する感触が、アーチャーの両腕から伝わってきた。俺の体に襲いかかるはずの衝撃は、ほとんど感じない。
 ゆっくりと目を開けると、見てしまった。
 俺の体は抱きかかえられていて、ひざと背中が少女の腕に支えられている。
 顔を上げると、お面をかぶったアーチャーとデッドプールが見えた。
 二人の表情はわからないけど、笑顔で俺を見守ってくれていることは確かだ。

「よっ、あさひ! お姫さまになった感想はどうだい?」

 デッドプールは相変わらずの軽口だ。
 その瞬間、俺の全身が一気に沸騰する。女の子に抱っこされている状況が、あまりにも恥ずかしかったからだ。
 俺はすぐに降りようとするけど、アーチャーにがっちり支えられてはビクともしない。

「なっ……は、離してくれよっ! 俺ならもう大丈夫だって!」
「全然大丈夫じゃありませんよ! 下にはまだ、あさひさんを追いかけている人がたくさんいますから!」
「そうそう! ここは素直にお姫さま抱っこされようぜ? 今のあさひはメリー・ジェーンやグウェン・ステイシーみたいな名ヒロインだからな!」
「誰だよ!?」

 思わずツッコんだ。
 そして気付く。俺たちが立っているのは、どこかのビルの屋上であることに。
 ここなら流石に人の気配はなく、監視カメラも設置されていない。
 アーチャーの脚力なら、このくらいのジャンプも問題ないのか?

「それにしても、プリミホッシーのジャンプ力は半端ねえな……ひょっとして、知り合いにスーパーガールやワンダーウーマンとかいたりする?」
「ん? P.P.アブラハム監督の映画に、そういう名前のヒロインはいましたっけ?」
「……ごめん。やっぱ、何でもない」

 二人の会話がわからない。
 映画を見たことない俺にはついていけなかった。
 楽しそうに語っているアーチャーとデッドプールが羨ましくて、遠い存在に見える。

「そうだ。あさひにはマジックの種明かしをしてやるけどよ……このプリミホッシーは目くらましをした後、大ジャンプをしたんだぜ? その後、俺ちゃんは霊体化してついていったけどな!」
「……まさか、あのパンチはあいつらから逃げるためだったのか?」

 その通りです! と、アーチャーは頷く。
 彼女の技は星のように輝いていたけど、攻撃じゃなく逃走のために使ったのだ。誰のことも傷付けないために。
 幸いにも、さっきまでいた場所には監視カメラは設置されていない。スマホを持っていなかったあいつらからすれば、いきなり消えたようにしか見えないはずだ。

「それじゃあ、プリミホッシー……あさひのこと、頼むぜ? 俺ちゃんはまたしばらく霊体化するからよ」
「わかりました! 口の中をかまないよう、あさひさんは気を付けてくださいね?」
「は?」

 二人が何を言っているのか俺にはよくわからない。
 デッドプールが消えた直後、アーチャーは俺を抱えながら、勢いよく一直線にダッシュする。その先に見える屋上のフェンスで、ようやく気付いた。


905 : あさひを狙うワナ!? 大パニックの街 ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/08(金) 06:27:11 KtsesKKI0
「お、おい……アーチャー! まさか、ここを……!」
「喋らないでください! わたしが全力でジャンプして、安全な場所まで逃げますので!」
「待ってくれええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 アーチャーの足が速すぎるせいで、俺はうまく話せない。
 彼女の脚力はデッドプールも認めるほどだけど、こうして実感する羽目になっては、さっきまでの恥ずかしさも吹き飛ぶ。
 電車などの乗り物をはるかに上まわるスピードで、俺の体を抱えるアーチャーは、簡単にフェンスを跳びこえた。

「あああああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 俺の口から悲鳴がこぼれるのは二回目になる。
 屋上から先、アーチャーは空高くにジャンプしたので、俺はここから真っ逆さまに落下すると思ってしまい、全身がガチガチになった。
 早送りみたいに、俺が見ている周りの景色や建物が通りすぎる。
 目を疑うヒマもなく、俺を抱えたアーチャーは、一瞬で隣のビルの屋上に着地した。
 アーチャーはその細い足で、数メートルもの距離を跳んだのだった。

「まだまだ、ジャンプしますからね!」

 アーチャーは止まることなどせず、ダッシュとジャンプを繰り返す。
 サーヴァントの力なら不可能じゃないが、体感している俺ですらも今が現実なのかわからなくなりそうだ。
 そもそも、この聖杯戦争自体が信じられない出来事の連続だが、やっぱり頭が混乱する。
 ただ、俺はアーチャーの肩をしっかりとつかんで、振り落とされないように耐えるしかなかった。

『ヘイ、あさひ! 超特急のジェットコースターはどうだい?』
『デッドプール! お前、こうなることがわかってたのかよ!?』
『ブッブー! 俺ちゃんはエスパーじゃないから、知らなかったぞ? 俺ちゃんはマラソンをしているけど、いざとなったら受け止めてやるから、安心してアーチャーちゃんに抱っこされてようぜ!』
『ふざけるなあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』

 デッドプールへの念話すらまともに送れない。
 アーチャーが俺を落とさないように頑張っていることは知ってるけど、高い所を跳ばれては怖い。
 絶対に、デッドプールは霊体化をしながら笑ってる。
 俺とアーチャーの必死な顔を、愉快そうに見ているはずだ。
 デッドプールに怒鳴りたかったけど、アーチャーにしがみつくだけで精一杯だった。





 何度、アーチャーは跳んだのかわからない。
 どこまで行くのかわからなかったから、俺はアーチャーに必死で捕まっていた。
 地上に着地しても、俺は呆然としたまま、必死に呼吸するしかない。


906 : あさひを狙うワナ!? 大パニックの街 ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/08(金) 06:28:25 KtsesKKI0
「はーっ……はーっ……はーっ……」
「あ、あの……あさひさん、大丈夫ですか!?」

 お面をかぶったまま、アーチャーは俺をゆっくりとベンチにおろしてくれた。
 腰がぬけてしまい、心臓がバクバクと音を鳴らして、足も震えている。
 頭もクラクラした。どうして、俺はここまで来て、またアーチャーが隣にいるのか、思い出すまでに時間がかかる。
 ……そうだ。俺は変な濡れ衣を着せられて、街の奴らに追われていた所を、アーチャーが駆けつけてくれたんだ。
 そこで、アーチャーは俺を抱えながら、ビルの間を跳びこえまくって…………
 …………ダメだ、これ以上はもう思い出したくない!

「お疲れさん、あさひ」

 いつの間にいたのか。
 デッドプールは、どこからか取り出した濡れタオルを俺の頭に当ててくれた。
 その冷たさに心が落ち着き、酔いやショックだってマシになった。

「この嬢ちゃんに感謝しろよ? 来てくれなかったら、今頃どうなっていたかわからねえぞ?」
「……それくらい、わかってるよ。ありがとう……アーチャー…………」

 ベンチの上で横になりながら、俺はアーチャーに向けてほほ笑む。
 すると、アーチャーもお面を外して、優しい笑顔を見せてくれた。

「どういたしまして、あさひさん!」

 彼女に助けられたのはこれで二度目になる。
 強引だったけど、あそこで俺たちを抱えてくれなければ、間違いなく殺されていた。
 例え命を奪われなくとも、警察に捕まって何もできなくなる。無実を叫んでも、誰一人として話を聞いてくれない。
 そんな状況の中、身の危険も顧みずに駆けつけてくれたのだから、アーチャーは恩人だ。

「……ここにいたんだね、みんな!」

 そして、あの人の声も聞こえてくる。
 顔を上げた先には、やっぱり櫻木真乃さんがいた。アーチャーのマスターであり、283プロダクションのアイドルだ。


907 : あさひを狙うワナ!? 大パニックの街 ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/08(金) 06:29:16 KtsesKKI0
「さ、櫻木さん……」
「よかった……あさひさんが無事で、本当によかった……!」

 そのきれいな瞳からポロポロと涙を流しながら、櫻木さんは笑ってくれた。
 俺がいくら疑われても、彼女は俺のことを信じている。
 たくさんの大人から手を払われ、大切な人を失いつづけた……そんな俺のところに、櫻木さんは来てくれた。
 だけど…………

「……どうして、俺を助けてくれたのですか? みんなから悪人扱いされて……そんな俺を、助けたりしたら、櫻木さんだって…………」
「私は、あさひくんが悪い人じゃないってことを知っています」

 俺の疑問は、櫻木さんのまっすぐな視線と言葉に遮られた。

「あさひくんが、SNSで言われるようなことを絶対にするはずがありません。悪いデマで傷付くなんて、耐えられなかったんです」
「でも、そのせいで櫻木さんに被害が及んだりしたら、どうするつもりだったのですか? あなたは俺と違って、アイドルで……たくさんの責任が、ありますよね?」
「……私も、一度はそれで迷っちゃいました。あさひくんを、助けていいのか……あさひくんが傷付いていることを知っていながら…………足を、止めちゃったのです……本当に、ごめんなさい」

 櫻木さんは深々と頭を下げてくれる。
 俺を助けたら、周りにも迷惑がかかることを、彼女が知らないはずはない。
 周りにいる人たちと、俺一人の命……櫻木さんだって一度は天秤にかけてしまった。
 彼女は悩み、悲しんでいた。俺を見殺しにしかけて、泣いていた。

「でも、彼女が……アーチャーちゃんが、私の背中を押してくれたんです。私があさひくんを助けたいと願っているなら、そのお手伝いをしてくれるって」
「あさひさんは、迷っていた真乃さんの背中を押してくれました。その恩返しに、今度は私が真乃さんの背中を押したんです……だから、あさひさんにも傷付いてほしくありませんでした!」

 顔を上げた櫻木さんの隣には、アーチャーが胸を張っている。
 決して口先だけなんかじゃない。二人の優しさはまぎれもない本物であり、俺や母さんが得られなかった暖かい気持ちだ。
 その真っ直ぐな想いに、俺はなんて答えればいいのかわからない。
 冷たい雨に濡れて、すさみきっていた心を抱きしめてくれるようで。ゆっくりと、きれいな光が広がった。

 ーーきっと光はあるよ。あんたの道のその先に。
 ーーだから約束して? その時は、思いっきり笑うって……

 俺の脳裏に浮かび上がったのは、飛騨しょうこさんの笑顔と言葉。
 彼女との出会いは、俺の心に確かな安らぎと光を与えてくれた。
 ほんの一瞬だけでも、生まれてきてよかったと心の底から思えた瞬間だった。


908 : あさひを狙うワナ!? 大パニックの街 ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/08(金) 06:30:28 KtsesKKI0
「…………あさひ坊!? あさひ坊かっ!?」

 俺の思考を遮るように、この場に新たな声が響く。
 振り向くと、男の人がいた。現場監督から庇い、ご飯をごちそうして、そして俺を励ましてくれた恩人……光月おでんさんが立っていた。

「無事だったんだな、あさひ坊!」
「………………おでんさん? なんで、ここに…………?」
「あさひ坊がくだらねえデマに苦しんでるって聞いて、突っ走ってきたんだ! 手がかりはねえし、ほとんどカンで走ったんだが…………一瞬だけ、ものすげぇ勢いで空を飛ぶ影が見えたんだ! ワラにもすがる覚悟で、そいつを追いかけてみたら……あさひ坊を見つけたのさ!」

 おでんさんは息を切らせていた。
 まさか、この人もずっと俺を探してくれたのか?
 俺はおでんさんに襲いかかったのに、それをまるで気にしていない。むしろ、この命を助けようと走っていた。

「大丈夫だ、あさひ坊! おれは…………いいや、みんながお前を信じてる! ここにいるみんなが、お前の味方だ!」

 おでんさんの言葉は、心に突き刺さった。
 今、俺の周りには……俺を心配してくれている人がこんなにいる。
 ありがとう、と口にしようとしたけど、言葉が出てこない。
 だって、俺のほおは濡れていたから。悲しみと苦しみを洗い流してくれるように……瞳から、暖かい涙があふれていた。





 中野区の哲学堂公園に、わたしたちは集まっているよ。
 わたし・星奈ひかると櫻木真乃さんだけじゃなく、光月おでんさんって男の人も、神戸あさひさんを助けようと頑張っていたの!
 それに、おでんさんも聖杯戦争のマスターで、お侍さんのサーヴァントがいるよ。とても強そうで、キラやば〜! なセイバーのクラスで召喚されたみたい!


909 : あさひを狙うワナ!? 大パニックの街 ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/08(金) 06:31:24 KtsesKKI0
「それじゃあ、あさひさんとおでんさんたちは、一度は戦ったのですか?」
「おう! あさひ坊は本当に強かったんだぜ! このおれを前にしても、一歩も引かなかった……こいつは、おれでも止められねえと本気で思ったさ!」
「お、おでんさん! やめてくださいよ! 俺、手も足も出ませんでしたし……」
「何を言ってやがる! おれは本気で、お前の強さを認めてるんだぜ?」
「そうですよ、あさひさん! あなたは本当に強くてカッコいい人ですから!」

 わたしとおでんさんはいっぱい褒めるよ。おせじなんかじゃなくて、心からそう思っているからね!
 あさひさんは顔を真っ赤にしながら、ちぢこまっちゃったけど……

「あさひくんとおでんさんが戦ったなら、アヴェンジャーさんとセイバーさんも……戦ったのでしょうか?」

 同じ頃、真乃さんはアヴェンジャーさんとセイバーさんに訪ねているよ。

「あぁ。この男は、強かった……マスターが強いからこそ、彼のようなサーヴァントが召喚されたのだろう」
「アカデミー賞レベルのべた褒め、サンキュ。なら、俺ちゃんのリターンマッチと行くか? いつでも待ってるぜ」
「そんな暇はないと、お前も知っているはずだ」
「…………あーあ。これだから、草食系の日本人はイヤなんだよ。嬢ちゃんを楽しませるジョークくらい、考えろよ?」
「ふふっ、お二人とも……仲が良さそうですね」

 アヴェンジャーさんたちを前にしても、真乃さんはいつものほんわかしたオーラを忘れない。
 まるで、お花見やピクニックをしているように、公園には穏やかな空気が流れているよ。
 夕方の時間だから人は少ないし、周りに監視カメラもない。だから、わたしはこの場所にあさひさんを避難させたよ。

「……そういえば、アーチャーの格好は何なんだ? そのカツラや服とか、ちょっと見ないうちに雰囲気が違うけど……」

 あさひさんの疑問は当然だね。
 たった数時間で、わたしの格好はずいぶんと変わっちゃったから。
 星奈ひかるでもキュアスターでもない……新しいわたしに変身するためのアイテムだよ。

「よく聞いてくれました! これは、あさひさんを助けるために、真乃さんから買ってもらったものです!」
「さ、櫻木さん……から? どういうことだよ?」
「実は……」

 わたしはあさひさんに事情を説明するよ。


910 : あさひを狙うワナ!? 大パニックの街 ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/08(金) 06:32:16 KtsesKKI0


 ライダーさんが運転する車に乗って、世田谷区のとある公園まで逃げた時まで、話はさかのぼるね。
 あさひさんとライダーさんの間でトラブルが起きずに済んだ後……みんなで、こんな話をしていたんだ。

『そういや、アーチャーの嬢チャン。さっきからずっと思ってたんだけどよ……プリンセスに似てるよな?』
『ぷ、プリンセス?』
『ほら、これを見ろよ』

 ライダーさんが手にしたスマホの画面には、アニメに出てくるキュートな女の子が映っているよ。
 まぶしい笑顔に、キラキラしたコスチュームとアクセサリー、そして楽しそうに集まっている女の子たち。
 画面の左上には『スター☆ライトプリンセス』と、鮮やかなタイトルロゴも大きく載っているね。

『言われてみれば、確かに似てるよね』
『ほわっ……似てる気がします』

 ライダーさんの言葉に、星野アイさんと真乃さんも頷いたよ。

『俺ちゃんとしても、まあまあ同意できるけどよ……マスターはどう思う?』
『…………似てると言われれば、似てるの……かな?』

 この時ばかりは、アヴェンジャーさんとあさひさんもライダーさんに同意してた。
 う〜ん…………プリンセスたちは、わたしたちプリキュアと何だか似てる気がする。
 どこか、見覚えのあるキャラクターがいっぱいいた。ヒロインの女の子だけじゃなく、妖精だって初めて見た気がしない。
 ドッペルゲンガーとはまた違う。どちらかと言えば、そっくりさんみたい。

『もしかして、嬢チャン……プリンセスに憧れているのか? さっきの姿、絶対に嬢チャンが考えたオリジナルのプリンセスだろ?』
『いや、全然違いますよ!?』

 わたしは否定するけど、ライダーさんからは疑いの目を向けられちゃう。
 ライダーさんだけじゃない。周りのみんなが、キュアスターに変身したわたしのことを、プリンセスのそっくりさんと思ってそう!?
 このあとすぐに、ライダーさんとアイさんの二人とは別れたから、それどころじゃなくなったけど…………


911 : あさひを狙うワナ!? 大パニックの街 ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/08(金) 06:33:36 KtsesKKI0
 ライダーさんの言葉からヒントを得て、わたしは変装をしたんだ!
 あさひさんに向けられた悪口を見てから、真乃さんと一緒に買い物をしたの。
 洋服やカチューシャ、それにウィッグとプリンセスのお面を買ってもらってから、人のいない場所でキュアスターに変身したよ。
 いつものコスチュームの上に、真乃さんが買ってくれたワンピースを着たの。
 この洋服は、キュアスターの姿を見られないために、真乃さんに頼んだよ。ウィッグとカチューシャでツインテールを隠して、わたしはお面をかぶった。
 体のサイズにピッタリで、真乃さんから買ってもらったワンピースを着たおかげか、なんだか胸がドキドキしたよ。
 プリキュアに変身した時とはまた違う、不思議な高鳴りだった。

『おおっ、バッチリでキラやば〜!』
『似合ってるよ、ひかるちゃん! ……じゃなかった! なんて呼べばいいのかな?』
『もう決めてますよ! その名も……『プリミホッシー』です!』
『ほわっ……可愛いお名前だね!』

 ふと、お手洗いの鏡を覗いたら、全身に流れ星がきらめくような気持ちになる。キラキラとした輝きで、心がいっぱいだよ。
 今のわたしは、星奈ひかるでもキュアスターでもない。プリンセスたちの妹分、『プリミホッシー』だね。
 名前の由来は、観星町商店街を守るために現れた5人の少女たち……ミホッシースターズからなんだ。
 観星町商店街でハロウィンの仮想コンテストを開いていた頃、カッパードたちが街のみんなを襲いにやってきたよ。その時、ハロウィンの仮装とごまかすため、プリキュアに変身してから、ミホッシースターズに変装したことがあるの。
 ミホッシースターズのミホッシーピンクみたいに、わたしは『プリミホッシー』になったんだ。キュアスターに変身したまま、あさひさんたちの所に向かったら、写真をSNSや動画サイトに拡散されちゃう。
 わたしを仲間と認めてくれたアサシンさんたちのためにも、正体がバレるリスクは少しでも減らしたい。
 助けに来たのは『キュアスター』じゃなくて『プリミホッシー』だからね。


 それから、真乃さんと別行動を取って、わたしはあさひさんたちの所に向かったよ。
 霊体化したわたしが走っている間、緑地に移動している真乃さんと、念話で定期的に連絡を取り合ったの。
 あさひさんの目撃情報や、建物の間を跳びつづけているわたしがバレていないかを、真乃さんはスマホでチェックしてくれた。
 真乃さんがくれた情報があったから、わたしはあさひさんを見つけることができたし、うまく逃げることができた。
『プリミホッシー』の名前は広がったけど、写真や動画はアップロードされていない。幸運にも、あさひさんを見つけた場所では監視カメラもなかったよ。
 今のところ、メディアでわたしたちが取り上げられることはなさそう。
 ネットでは、神戸あさひと謎の不審者2名が、いきなり神隠しにあった!? という、噂が出ているから、これからどうなるかわからないけど……



「俺たちのために、そこまで……」
「真乃の嬢ちゃんも、アーチャーの嬢ちゃんもやるじゃねえか!」


912 : あさひを狙うワナ!? 大パニックの街 ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/08(金) 06:34:44 KtsesKKI0

 わたしが話し終わった頃に、あさひさんとおでんさんは心からおどろいたみたい。
 周りに人の気配はないから、誰かに話を聞かれることもないよ。

「……ネットでは、今もあさひさんたちの悪評は止んでいません。ここに逃げたことは、まだ気付かれていませんが……」

 でも、スマホを覗いている真乃さんの表情は暗いまま。
 あさひさんたちは助けられたけど、状況は何も変わっていない。
 むしろ、時間の経過とともに、炎上はエスカレートすると思う。

「あの、おでんさん……結華ちゃんと果穂ちゃんと夏葉さんが襲われたって、本当ですか?」
「あぁ、本当だ。あの嬢ちゃんたちを襲った変態野郎だって、おれは取り逃しちまった」

 真乃さんが落ちこんでいる理由はもう一つ。
 ここに集まってから、283プロのアイドルが変な人に襲われたとおでんさんは教えてくれた。
 三峰結華さんに、小宮果穂さんと有栖川夏葉さん。三人とも、真乃さんにとって大切な人たちだよ。
 おでんさんとセイバーさんが駆けつけたおかげで、彼女たちに被害が及ぶことはなかった。でも、三人を襲った不審者は大きな穴を掘って逃げたみたい。

「すまねぇな、真乃の嬢ちゃん……あの変態野郎をぶちのめすことができなくて」
「いいえ! みんなを守ってくれて、本当に嬉しいです! おでんさん、ありがとうございます!」

 みんなが無事だったから、真乃さんは喜んでいた。
 もちろん、わたしだって嬉しいからね。おでんさんは、283プロのアイドルを守ってくれた恩人だよ。

「かたじけない、嬢ちゃん! それはそうと、あの変態野郎には気を付けろよ! 全身が武器になっている上に、いくら傷を受けてもすぐに再生しやがるからな」
「ってことは、俺ちゃんをパクってやがるな? 誘拐の上に、著作権侵害とは不届きな野郎だぜ!」
「いや、アヴェンジャーは関係ないだろ!?」

 おでんさんに乗っかったアヴェンジャーさんを、あさひさんは見事にツッコむ。
 でも、話を聞く限りだと、油断できない相手なのは確かだね。
 おでんさんがいくら攻撃しても傷がふさいで、トゲやドリルみたいな武器を自由自在に出せるの。
 それだけ危険な相手が、今も東京のどこかにいるなら、わたしも気を付けないと。

「心配なんだな」

 ふと、セイバーさんが重い口を開く。
 彼の目は真乃さんに向けられていたよ。

「友が襲われて、気が気でないはずだ」
「……はい。他のみんなも、狙われちゃうかも……しれませんし……」

 真乃さんの心配事はわかる。
 おでんさんが戦ってくれたとはいえ、犯人は逃げたから、いつまた襲いかかってきてもおかしくない。
 アサシンさんは283プロを守るために頑張ってくれたけど、まだ危機は去っていないことを実感した。


913 : あさひを狙うワナ!? 大パニックの街 ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/08(金) 06:35:58 KtsesKKI0
「櫻木さん。俺なら、大丈夫です……みんなの所に行ってあげてください」

 あさひさんのまっすぐな目が、わたしと真乃さんに向けられたよ。
 とても輝いていて、おでんさんの評判通りに強かった。

「櫻木さんとアーチャーのおかげで、俺は助かりました。櫻木さん……あなたは、あなたのお友達の所に行くべきです」
「そうだぜ? それに、俺ちゃんたちも、真乃チャンたちを危険に巻き込みたくない……このままじゃ、二人も疑われちまうしな。あと、おでんはともかく……俺ちゃんたちのことは秘密で頼むぞ?」
「……でも、私はまだ…………あさひさんを…………」

 あさひさんとアヴェンジャーさんは、やっぱり真乃さんの気持ちに気付いている。
 283プロの騒動にあさひさんたちを巻き込みたくないと、真乃さんが思っていた。同じように、あさひさんたちだって真乃さんを危険から遠ざけたいはず。

「あさひ坊のことならおれに任せろ! 何があっても、おれが守ってやるからな!」
「さあ、すぐに行くんだ。君たちを待っている者のためにも」

 おでんさんとセイバーさんが、優しい笑顔と共に真乃さんの背中を押してくれた。
 もう、心配はいらないと、みんなの笑顔から伝わってくる。
 あとは、わたしが真乃さんの後押しをするだけだよ。

「真乃さん、行きましょう。みんなが待っていますから!」
「……そうだね。私も、みんなのところに行かないと!」

 真乃さんも迷いは吹っ切れた。
 あさひさんが心配だけど、周りには頼りになる人がこんなにいる。
 大丈夫って、無責任なことは言えない。でも、おでんさんという頼れる大人がいて、本当に心強い。
 あさひさんたちは、わたしと真乃さんの出発を見届けてくれている。

「あさひさん。これ、着替えも買ってきました。サイズに合うかわかりませんし、最近の監視カメラは変装を簡単に見破りますので……気休めにしかなりませんけど……」
「……何から何まで、ありがとうございます!」

 真乃さんは、あさひさんに大きな袋を渡したよ。
 袋の中には男用の洋服と、帽子やマスクが入っている。プリミホッシーの変装セットと一緒に、真乃さんが買ってくれたんだ。
 もちろん、これだけであさひさんの正体は隠せないけど……何もしないよりはマシだった。

「おでんさん、アヴェンジャーさん、セイバーさん……あさひさんを、よろしくお願いします」
「真乃さんのことは、わたしが絶対に守りますから! また、どこかで会いましょうね!」

 真乃さんとわたしは、あさひさんたちにペコリと頭を下げる。
 みんなの優しさを受け取って、二人で歩いたよ。
 途中、人のいないトイレに入り、霊体化をしたわたしはコスチュームを脱いだ。重ね着だから一分もかからないし、ウィッグやカチューシャだってすぐに外せる。
 洋服を綺麗にたたんで、変装グッズと合わせて袋にしまったから、簡単に星奈ひかるに戻れたよ。


914 : あさひを狙うワナ!? 大パニックの街 ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/08(金) 06:36:55 KtsesKKI0

(何だか、新鮮な気持ちになれたなぁ……たまにはこういうのもアリかも!)

 キュアスターでもない、まったく新しい『プリミホッシー』というプリンセス。このキャラクターは、真乃さんたちのおかげで生まれた。
 このプリミホッシーだって、わたしだよ。普通の女の子の真乃さんと、283プロのアイドルの真乃さんがいるように。
 もしも、プリミホッシーになったわたしを、ララたちが知ったらどう思うのかな? ちょっとだけ、気になっちゃうね。

『ひかるちゃん、本当にありがとう……あさひくんを助けてくれて』
『真乃さんも、ありがとうございます! 真乃さんがお金を出してくれたからこそ、わたしもプリミホッシーに変身して、あさひさんたちを助けられましたから!』

 緑地から離れてからも、わたしたちは念話で話しているよ。
 人通りが少ないけど、気を抜いたらダメ。あさひさんたちについては秘密だから、今はまだ口に出せない。
 あさひさんたちには申し訳ないと思っているけど、今は少しでも遠くに離れるため、バスに乗っているよ。周りの人たちから、真乃さんが怪しまれる様子もない。

『ちょっとお金がかかったけど……約束通り、これからひかるちゃんには家のお手伝いをいっぱいしてもらおうか?』
『はい、何でも言ってくださいね! お掃除やおつかい、お洗濯や料理のお手伝いも……何でも頑張りますから!』
『……あれ? でも、よく考えたらいつもやってもらっているよね。ひかるちゃんのおかげで大助かりだよ! 昨日はゴミ捨てにも行ってくれたよね?』
『い、言われてみれば……』
『じゃあ、明日のライブまでわたしのことを守りながら、一緒にいてくれることを約束してね?』
『もちろん、絶対に約束しますよ!』

 真乃さんにはライブが控えているから、わたしは絶対に守る責任がある。
 聖杯戦争の最中だからどこで戦いが起きてもおかしくない。283プロのトラブルやあさひさんの炎上など、大変なことはいっぱい起きている。
 今も、SNSをチェックしている真乃さんの顔は暗くなっているよ。

『……ひかるちゃん。さっき、板橋区で爆発事故が起きたって、ネットニュースで流れてた』

 言葉が気になって、わたしは真乃さんのスマホをチェックする。
 メチャクチャになった住宅街と、大きな龍の写真がネットに拡散されていた。ケガ人はもちろん、命を奪われた人の数も少なくない。
 そのニュースを見た直後、わたしは息が止まりそうになる。
 予選中でも、大きな龍の目撃と爆発事故が何度も起こっていたけど、わたしは真乃さんを守ることで精一杯だった。
 さっきだって、あさひさんを助けることしか考えていない。でも、もっと早くに気付いていれば……わたしが街の人たちを助けられたはずだった。

『ひかるちゃんは悪くないよ』

 わたしの不安と後悔を吹き飛ばすのは、真乃さんの念話だった。

『……こんなことが起きて、私だって悲しいと思ってる。街の人たちは、怖くてたまらなかったはずだから。でも、ひかるちゃんは……私とあさひくんのためにベストを尽くしてくれた! だから、もしも責任があるとしても……それはひかるちゃんだけじゃなく、私も同じだよ!』

 霊体化したわたしに、真乃さんは手を添えてくれる。
 例え、すり抜けたとしても、真乃さんの優しさと温かさがわたしの心に届く。
 この気持ちがあるから、わたしは頑張れた。


915 : あさひを狙うワナ!? 大パニックの街 ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/08(金) 06:38:48 KtsesKKI0
『……そうですね。わたしたちは、いつだって一つですから!』
『ふふっ! ひかるちゃん……いつものように、嬉しい気持ちと辛い気持ちを、二人で分けよう?』
『はい! 真乃さんたちがいたから、プリミホッシーだって生まれましたよ!』

 わたしと真乃さんのイマジネーションが一つになれば不可能なんてない。
 あさひさんとおでんさんを会わせられたし、プリミホッシーにも変身できた。
 きっと、大変なことはまだまだ起きるかもしれないけど、わたしたちなら乗りこえられるはず。

『真乃さん、これからどうします?』
『一旦、摩美々ちゃんとアサシンさんに……結華ちゃんたちとおでんさんのことを相談しようと思う。もちろん、あさひくんのことは内緒だけど……』

 摩美々さんとアサシンさんの二人とは定期的に連絡を取り合うことを決めている。
 だから、あさひさんを除いて、おでんさんに関することを伝える必要があった。少なくとも、おでんさんについては秘密じゃないからね。
 ……ふと、思ったけど。アサシンさんだったら、プリミホッシーの正体がわたしだってことに、すぐに気付く?
 そんな疑問の中、真乃さんはチェインで摩美々さんたちに連絡をしていた。


【中野区・どこかの道を走るバスの中/一日目・夕方】


【櫻木真乃@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:健康、咲耶の死を知った悲しみとショック(大)
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:当面、生活できる程度の貯金はあり(アイドルとしての収入)
[思考・状況]
基本方針:ひかるちゃんと一緒に、アイドルとして頑張りたい。
0:今は摩美々ちゃんたちに連絡をする。
1:少しでも、前へと進んでいきたい。
2:アイさんやあさひくん達と協力する。しばらく、みんなのことは不用意に喋ったりしない。
3:あさひ君たちから283プロについて聞かれたら、摩美々ちゃんに言われた通りにする。
[備考]
※星野アイ、アヴェンジャー(デッドプール)と連絡先を交換しました。
※プロデューサー、田中摩美々@アイドルマスターシャイニーカラーズと同じ世界から参戦しています。


【アーチャー(星奈ひかる)@スター☆トゥインクルプリキュア】
[状態]:健康
[装備]:スターカラーペン(おうし座、おひつじ座、うお座)&スターカラーペンダント@スター☆トゥインクルプリキュア
[道具]:プリミホッシーの変装セット(ワンピース、ウサギ耳のカチューシャ、ウィッグ、プリンセスのお面@忍者と極道)
[所持金]:約3千円(真乃からのおこづかい)
[思考・状況]
基本方針:真乃さんといっしょに、この聖杯戦争を止める方法を見つけたい。
0:真乃さんと一緒に聖杯戦争を止めるアイディアを考える。
1:アイさんやあさひさんのことも守りたい。しばらく、みんなのことは不用意に喋ったりしない。
2:ライダーさんと戦うときが来たら、全力を出す。
3:おでんさんと戦った不審者(クロサワ)については注意する。
[備考]
※プリンセスのお面@忍者と極道を持っていますが、具体的にどのプリンセスなのかは現状不明です。


916 : あさひを狙うワナ!? 大パニックの街 ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/08(金) 06:39:53 KtsesKKI0





「おぉ、似合ってるじゃねえか!」
「……あ、ありがとうございます……」

 真乃チャンとアーチャーの二人が去ってから、しばらく俺ちゃんたちは公園で隠れることにした。
 その間に、あさひはトイレの個室に行き、真乃チャンから貰った服に着替えている。
 うん。おでんが言うように、今のあさひはなかなか決まってるぜ。
 彼女はアイドルだから、やっぱりセンスはあるみたいだな。

(……さて、これからどうしたものか。あさひは超能力とか持ってねえから、下手に動けないぞ)

 ひとまず、危機から抜け出したものの……炎上自体は全く収まっていない。
 SNSをチェックしたら、なんと街を破壊するドラゴンのニュースも流れてやがる。
 こいつの騒動で、フールどもの目が向けられないかと願うけどよ、そんなことは起こらないだろうな。
 あのサムライジャックと、交代で周りを見張ることになっている。おでんが何も言わないから、今のところは大丈夫そうだが……いつ警官がやってくるかわからねえ。

(大方、あさひがここまで狙われちまったのは、ライダーの仕業だろうな)

 俺ちゃんの脳裏に浮かび上がるのは、星野アイのサーヴァントになったライダーのスカした顔だ。
 あいつは別の主従と交渉すると言っていた。その時に、俺ちゃんたちの存在が不都合だから、上手く消すように根回ししたはずだ。
 ライダーの仲間である極道とやらか、それとも協力者の背後に何かでかい組織でもいて、そいつらがSNSでデマをまき散らしたのか。
 …………絶対に許せねえ。今度会ったら、マスターもろともミキサーにぶち込んでやるよ。
 ライダーの方も、今頃俺ちゃんたちを切り捨てているだろうしな。

「よかったな、あさひ坊。あの嬢ちゃんたちが、本当にいい子で」
「……はい。櫻木さんたちは、とても優しい人です。これで、助けられたのは二度目になります」
「そうか」

 木の上でのんびり休みながら、俺ちゃんはあさひとおでんを見守っているぜ。
 レッサーパンダみたいに愛くるしいポーズだけど、ちゃんと見張りは忘れてないぞ? 公園の中で、怪しい奴が残っていないか、チェックしているのさ。
 あと、スマホで情報収集も忘れない。何か怪しいことがあれば、すぐに知らせられるように、あさひたちの近くにいる。
 ……それもこれも、おでんとサムライジャックがスマホを持ってないせいだ。
 この情報社会で、スマホを全く知らないんだぜ? 情弱ってレベルじゃない、もはや大昔からタイムスリップをしてきたのかと疑っちまう。
 界聖杯のやる気のなさは今に始まったことじゃないけどよ……マジでファックだ。
 とりあえず、サムライジャックとの戦いは後回しにするしかないな。


917 : あさひを狙うワナ!? 大パニックの街 ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/08(金) 06:41:58 KtsesKKI0

(真乃チャン……君たちには本当に感謝してる。けど、その時が来たら……俺ちゃんは容赦しない。覚悟を決めてくれよな)

 あさひとおでんが褒めるように、真乃チャンたちは本当に真っ直ぐだ。
 自分たちの身の危険を顧みず、敵対する俺ちゃんたちに救いの手を差し伸べてくれた。
 やっぱり、君たちは理想のヒロインだ。
 でも、わかっているだろうが……あさひにだって譲れない願いはある。そのためなら、俺ちゃんは二人を平気で踏み台にしてやるぜ。
 許してくれなんて言わない。
 わかってくれなんて言えるわけがない。
 ただ、あさひを死なせるわけにはいかないんだ。
 俺ちゃんのことだったら、好きなだけブーイングを吐いてくれてもいい。この包容力で、全部受け止めてやるとも。
 でも、生きてほしいと思っているのも、本心だぜ? 俺ちゃんたちの危険に巻き込みたくないから、あえて離れさせたのさ。
 大切なお友達が心配なこともわかる。だから、俺ちゃんたちと一緒にいるよりも、少しでもいい思い出を残してやりたい。
 だから、再会を願っている。

「そうだ。あさひ坊……せっかく、また出会えたんだ。ここらで一発、話でもしないか?」

 俺ちゃんがセンチな気分に浸っている頃、おでんは豪快な笑顔であさひと向き合っていた。

「話って……何ですか?」
「ああ! お前、聖杯にかけてる願いがあるだろ……俺は、それが少し気になってな。
 男同士で、じっくりと話そうじゃないか!」

 ……ヴァネッサ。俺がのんびりできる時間は、まだまだ来そうにないぜ。



【中野区・哲学堂公園のどこか/一日目・夕方】

【神戸あさひ@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:疲労(小)、全身に打撲(中)
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:金属製バット、リュックサック、着替え(洋服、帽子、マスク)
[所持金]:数千円程度(日雇いによる臨時収入)
[思考・状況]
基本方針:絶対に勝ち残って、しおを取り戻す。そのために、全部“やり直す”。
0:おでんさんと話をする。
1:折れないこと、曲がらないこと。それだけは絶対に貫きたい。
2:“対等な同盟相手”を見つける。そのために星野アイや283プロダクション、グラス・チルドレンなどの情報を利用することも考慮する。
3:ライダーとの同盟は続けるが、いつか必ず潰す。真乃達はできれば利用したくない。
4:“あの病室のしお”がいたら、その時は―――。


【アヴェンジャー(デッドプール)@DEADPOOL(実写版)】
[状態]:『赫刀』による負傷(胴体および右脇腹裂傷(小)、いずれも鈍速で再生中)、疲労(小)
[装備]:二本の刀、拳銃、ナイフ
[道具]:予選マスターからパクったスマートフォン
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:俺ちゃん、ガキの味方になるぜ。
0:今はあさひを守るしかない。
1:“対等な同盟相手”を見つける。そのために星野アイや283プロダクション、グラス・チルドレンの情報などを利用することも考慮する。
2:真乃達や何処かにいるかもしれないしおを始末するときは、自分が引き受ける。
3:ライダー達と、その協力者に対しては容赦しない。
4:サムライジャック(継国縁壱)については後回し。
[備考]
※『赫刀』で受けた傷は治癒までに長時間を有します。また、再生して以降も斬傷が内部ダメージとして残る可能性があります。
※櫻木真乃と連絡先を交換しました。
※ネットで流されたあさひに関する炎上は、ライダー(殺島飛露鬼)またはその協力者が関与していると考えています。


918 : あさひを狙うワナ!? 大パニックの街 ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/08(金) 06:42:16 KtsesKKI0

【光月おでん@ONE PIECE】
[状態]:疲労(小)、右肩に刀傷(行動及び戦闘に支障なし)
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:二刀『天羽々斬』『閻魔』(いずれも布で包んで隠している)
[所持金]:数万円程度(手伝いや日雇いを繰り返してそれなりに稼いでいる)
[思考・状況]
基本方針:界聖杯―――その全貌、見極めさせてもらう。
0:あさひ坊を守りながら、聖杯にかける願いについて話し合う。
1:他の主従と接触し、その在り方を確かめたい。戦う意思を持つ相手ならば応じる。
2:界聖杯へと辿り着く術を探す。が――
3:何なんだあのセイバー(武蔵)! とんでもねェ女だな!!
4:あの変態野郎(クロサワ)は今度会った時にぶちのめしてやる!
[備考]
※古手梨花&セイバー(宮本武蔵)の主従から、ライダー(アシュレイ・ホライゾン)の計画について軽く聞きました。


【セイバー(継国縁壱)@鬼滅の刃】
[状態]:疲労(小)
[装備]:日輪刀
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:為すべきことを為す。
1:光月おでんに従う。
2:他の主従と対峙し、その在り方を見極める。
3:もしもこの直感が錯覚でないのなら。その時は。
[備考]
※鬼、ひいては鬼舞辻無惨の存在を微弱ながら感じています。
 気配を辿るようなことは出来ません。現状、単なる直感です。


[備考]
※渋谷区のどこかに『プリミホッシー』(に変装したキュアスター)の目撃情報が出ました。


919 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/08(金) 06:43:29 KtsesKKI0
以上で投下終了です。
ご意見などがあればよろしくお願いします。


920 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/08(金) 07:34:42 KtsesKKI0
そして、こちらの不手際で表記をミスして申し訳ありません。
今回の話は>>898~>>905が前編、>>906>>918までが後編となります


921 : ◆A3H952TnBk :2021/10/08(金) 18:43:22 ul0nVuwQ0
投下乙です。
感想は別所にて既に書いたので、改めて此方でも指摘させて頂くと

・炎上直後に被害者遺族がいきなり徒党を組んで暴徒化するのは流石に現代社会のリアリティーライン的に怪しいし、その上であさひくんの位置までピンポイントで特定するのは流石に拡散込みでも難しいのでは?と思いました。
(せめて「ハピシュガに度々出てくるような柄の悪いチンピラ達」か「オッドタクシーの樺沢やそのシンパのように騒ぎに焚き付けられた愉快犯的連中」と偶々エンカウントした、くらいのが良さそうかなと)


922 : ◆Sm7EAPLvFw :2021/10/08(金) 19:42:59 AD4u.HLE0
投下乙です
あさひ君を襲う名もなき悪意と、おでんさんや真乃の無償の善意の落差があたたかいお話でした
目撃されずに助けに入るための対策として『変身ヒロイン(忍極のプリネタ)』を利用するというのも、
いかにもプリキュアらしい発想として可愛らしく微笑ましかったです
絆を深める真乃主従と、戦いを経て改めて向かい合うあさひとおでん
今後の荒波を避けられなそうな気配も含めて先が楽しみになる引きの話でした


指摘としては、いくら暴徒化しているとはいえ(そちらについては別指摘が来ていますが)
あさひ君をどの区にいるという情報だけで発見する流れがスムーズ過ぎるかと思いましたので
暴徒のくだりを訂正するに伴って、『連絡先を交換している真乃が心配してデッドプールに連絡をした』
などの描写があった方が自然かなと思いました


923 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/08(金) 20:36:58 KtsesKKI0
感想及びご指摘ありがとうございます。
それでは>>899以降から、該当箇所の修正投下をさせて頂きます。



『なぁ、あさひ……これを見ろよ』

 世田谷区から渋谷区に着いた頃、俺の脳裏にデッドプールの念話が響く。
 デッドプールに言われるまま、スマホの画面を目にした瞬間……俺は声をあげてしまった。

 ーー警察も、神戸あさひを捜索を始めました。
 ーー犯人の神戸あさひはどこにいる!?
 ーー見つけ次第、神戸あさひを捕まえろ!

 俺の名前や写真と共に、身に覚えのないことがネットの海に拡散されていた。
 反社会グループの一員だの、薬物中毒者だの、連続失踪事件の犯人だの……挙げればキリがない。
 もちろん、巷を騒がせている連中とは無関係だが、こうなった以上は誰も俺の話を聞かないだろう。

「ねえ、あそこにいる子……神戸あさひじゃない?」
「確かに……なんか、似ているね」

 そんな声が聞こえてくる。
 振り返ると、道行く人たちが俺のことを怪訝そうに見つめていた。
 俺をゴミのように見つめている誰かがいれば、ヒソヒソと陰口を言っているだろう誰かがいる。
 刃物のように鋭い話し声と視線に、俺は固まって動けなくなりそうだった。

『チッ……どいつもこいつも好き勝手に言いやがって!』

 デッドプールの念話が俺を現実に引き戻した。
 その声色だけで、デッドプールは本気で怒っていることがわかる。霊体化をしながら、震えているはずだ。
 もちろん、俺だってやり場のない憤りが胸の中に広がるけど……反射的にその場から逃げることを選んだ。

『おい、あさひ! どこに行く気だよ!?』
『考えてない! でも、こんな所でジッとしている訳にはいかないだろ!』
『……わかったよ。けど、さっきみたいなドッキリは無理だからな! こんな時に銃をぶっ放したら、逆効果だぜ!』

 グラスチルドレンたちの時以上に状況が悪くなっている。
 俺に対する誹謗中傷がインターネットに広がった以上、デッドプールに発砲をさせては火に油を注ぐに等しい。
 道行く誰もが俺のことを睨んでいるような気がして、一刻も早くこの場から離れたかった。

『あさひ! ネットでしか粋がれない連中の言葉なんか耳にするな! デマに流されるフールどもは無視しろ!』

 デッドプールに言われなくともそうするつもりだ。
 だけど、俺の足は思うように動かない。炎天下の中、厚着をしているせいで……思うように走れなかった。
 それに加えて、ネットで書き込まれていた俺に対する無数の悪口。
 みんなから睨まれているかもしれない……そんな恐怖で、俺は転びそうだった。
 ただ、人通りの少ない道を走り、曲がった。
 すると、誰かにぶつかってしまう!


924 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/08(金) 20:38:02 KtsesKKI0
「いてっ!?」
「す、すみませんっ!」
「気を付けろよ! って、こいつ……神戸あさひじゃね?」
「えっ?」

 ぶつかってしまった男は、明らかにガラが悪かった。
 いかにも不良と呼べるような男女が、数人ほど集まっている。
 こいつらは、俺の顔を見た瞬間……薄気味悪い笑みを浮かべ始めた。
 元の世界にいた頃、俺のことを笑った不良と似ている気がする。

「おいおい、こんな所に不良少年がいるのかよ?」
「マジで? SNSや動画サイトで有名人になってるじゃん!」
「薬物をやってるとか、マジかよ!」
「どんな親に育てられたんだよ!? こんな汚い格好で、バットを持っていやがるしさ!」
「まさか、そのバットで人を殺したの!? こわーい!」

 違う。
 俺じゃない。
 そんなこと俺は知らない。
 いくら俺が否定しても、誰も話を聞いてくれない。
 みんなが俺のことを犯人と決めつけて、救いの手を伸ばしてなんかくれない。
 俺や母さんに暴力を振るったあいつと、俺たちを助けてくれなかった汚い大人たちと同じだ。
 こいつらみんな、俺をゴミと決めつけて捨てようとしているんだ。

「ーーーーおい、いい加減にしろよ」

 そこに割り込む冷たい声。
 いつの間にか霊体化を解いたデッドプールが、俺を責めてくる男の首を持ち上げていた。
 当然、狭い道に集まった奴らは驚く。

「ぐ、えっ……! な、なんだ……お前、は……!?」
「たまたま通りかかった不審者さ? なぁ、俺ちゃんも鬼ごっこに混ぜてくれよ……ターゲットはあんたらだけどな」
「何を言っているのよ!? こいつは、神戸あさひは連続失踪の犯人なのよ!?」
「ハッ、こんなガキンチョにそんなイカれたことできるかっての? テメーらまとめて、眼科に行くか、義務教育を受けなおすことをおすすめするぜ」

 デッドプールの目つきは怒りで染まっている。
 俺を追い詰めた奴ら以上に凄まじく、思わず息を飲んでしまう。その凄味に周りの奴らは「ひっ」と悲鳴をこぼした。

「……待てよ! まさか、てめえも仲間なのか!?」
「だったら、ここでアタシたちが二人仲良くぶちのめしてやるよ!」
「そーだそーだ! ちょうどヒマしてたしな!」
「テメーら仲良く、ぶちのめしてやるぜ!」

 しかし、連中は一歩も譲らない。
 その頑なさにデッドプールはため息を吐くと……その手でつかんでいた男を離す。
 デッドプールは両手をポキポキと鳴らし始めた。


925 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/08(金) 20:40:01 KtsesKKI0
>>902の修正になります。



「ふっふっふ、わたしが何者かって? 聞いて驚きなさい!」

 一方で、謎の女の子は胸を張りながら叫ぶ。
 あれ? この声、どこかで聞いたような……

「わたしは、人気アニメ『フラッシュ☆プリンセス』に登場するプリンセスの妹分!」
「い、妹分!?」
「そう! わたしは『フラッシュ☆プリンセス』のプリストロベリーの第14代目・妹分にして、『スター☆ライトプリンセス』のプリオヨヨンの相棒兼プリセイレーンの後輩! プリミホッシーとは、このわたしのことだよ!」

 狭い道の中で、謎の女の子……プリミホッシー? はポーズを決めていた。
 絶対に、お面の下ではどや顔をしているはず。

「「……………………」」

 俺とデッドプールは何も言えなかった。
 当然、この場は微妙な空気になってしまい。

「ぷ、プリミホッシー?」
「何だよ!? また、変質者かよ?」

 困惑の末、流れが変わってしまった。
 襲ってきた奴らの視線はプリミホッシー? さんに集まっている。
 ……プリミホッシー? さんのハキハキとした声って、やっぱり聞き覚えがあった。

『…………なあ、あさひ。もしかしなくても…………あれ、アーチャーの嬢チャンじゃね? ほら、あのブーツとかさ……』

 答え合わせのようにデッドプールの念話が届く。
 ……そうだ! 櫻木真乃さんのサーヴァントになったアーチャーの声だ。
 髪型と服装は全然違ったけど、絶対にアーチャーだよな!? 彼女の足元をよく見ると、靴に見覚えがあるし。

「では、改めて……プリミホッシー参上!」

 一方で、プリミホッシー? を自称するアーチャーはまたしてもポーズを取る。
 まるで俺たちを悪意から守ってくれるように。俺よりも小さい背中の向こうには、櫻木さんの輝く笑顔が見えそうだった。

「あなたたち、この二人はわたしに任せて! でも、写真や動画はNGだよ?」

 あいつらの味方にも聞こえる言葉が、プリミホッシー? ことアーチャーの口から出てくる。
 でも、彼女の真意は違う。グラスチルドレンたちから俺たちを守ってくれたし、何よりも櫻木さんのサーヴァントであるアーチャーだ。
 SNSで俺たちの危機を知ったからこそ、ここまで飛んできたはず。
 どうして、わざわざ変装をしているのかはわからないけど……

「さぁ、二人とも観念なさい!」

 襲ってきた奴らに背を向ける形で、アーチャーは俺たちの前に立った。

「おうおうおう、プリミホッシーとやら? アメリカバイソン100匹を2秒で仕留められる俺ちゃんとやる気かぁ!? ヤドクガエルだって敵じゃねえんだぜ?」

 プリミホッシー? に乗っかるように、デッドプールはファイティングポーズを取る。
 もちろん、二人の間に敵意は全く感じない。ここに集まった連中をごまかすための芝居だ。

「おおー!? ケンカかー!」
「やれやれー! やっちまえー!」

 プリミホッシー? とデッドプールの対峙を前に、不良たちは煽っている。
 既に、あいつらの意識は俺に向けられていなかった。

『ほう? あいつら……プリミホッシーのバトルに熱中して、スマホを出してねえでやるの』
『本当だ! でも、アーチャーはどうするつもりなんだ……?』
『さあな。ここは救いのヒロインに任せて、目をつぶろうぜ……覚悟を決めてな』

 デッドプールの念話通りに俺は目を閉じる。
 何をするかわからないけど、今はアーチャーに任せるしかない。


926 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/08(金) 20:42:11 KtsesKKI0
>>904の加筆修正です。
レスが続きましたが、ご意見などがあればよろしくお願いします。



「それにしても、プリミホッシーのジャンプ力は半端ねえな……ひょっとして、知り合いにスーパーガールやワンダーウーマンとかいたりする?」
「ん? P.P.アブラハム監督の映画に、そういう名前のヒロインはいましたっけ?」
「……ごめん。やっぱ、何でもない」

 二人の会話がわからない。
 映画を見たことない俺にはついていけなかった。
 楽しそうに語っているアーチャーとデッドプールが羨ましくて、遠い存在に見える。

「そうだ。あさひにはマジックの種明かしをしてやるけどよ……このプリミホッシーは目くらましをした後、大ジャンプをしたんだぜ? その後、俺ちゃんは霊体化してついていったけどな!」
「……まさか、あのパンチはあいつらから逃げるためだったのか?」

 その通りです! と、アーチャーは頷く。
 彼女の技は星のように輝いていたけど、攻撃じゃなく逃走のために使ったのだ。
 幸いにも、さっきまでいた場所には監視カメラは設置されていない。スマホを持っていなかったあいつらからすれば、いきなり消えたようにしか見えないはずだ。

「あと、真乃チャンからも連絡が来て、俺ちゃんたちの場所だって聞かれたぜ? 彼女と連絡し合ったから、プリミホッシーもやってきたのさ」
「はい! 真乃さんとアヴェンジャーさんのおかげで、あさひさんを見つけられました!」

 やっぱり、櫻木さんのおかげだったのか。
 確かに、デッドプールと櫻木さんは連絡先を交換したから、念話と合わせれば俺をすぐに見つけられる。

「それじゃあ、プリミホッシー……あさひのこと、頼むぜ? 俺ちゃんはまたしばらく霊体化するからよ」
「わかりました! 口の中をかまないよう、あさひさんは気を付けてくださいね?」
「は?」

 二人が何を言っているのか俺にはよくわからない。
 デッドプールが消えた直後、アーチャーは俺を抱えながら、勢いよく一直線にダッシュする。その先に見える屋上のフェンスで、ようやく気付いた。


927 : ◆Sm7EAPLvFw :2021/10/08(金) 20:53:30 AD4u.HLE0
修正乙です。指摘した点については自分は問題ないと思います。
そして、もし他の方も遠しでよろしいようでしたらという但し書き付きですが、リレーさせていただきます
(ご意見あれば予約取り下げます)

紙越空魚&アサシン(伏黒甚爾)
櫻木真乃&アーチャー(星奈ひかる)
七草にちか(弓)&アーチャー(メロウリンク・アリティ)
田中摩美々&アサシン(ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ)
幽谷霧子&セイバー(黒死牟)
NPCハクジャ@夜桜さんちの大作戦
予約します


928 : ◆A3H952TnBk :2021/10/08(金) 21:08:11 ul0nVuwQ0
修正乙です。これで大丈夫だと思います、対応ありがとうございます。
◆Sm7EAPLvFwさんの予約に関しても自分は大丈夫です。

神戸あさひ&アヴェンジャー(デッドプール)
光月おでん&セイバー(継国縁壱)
予約します。


929 : ◆0pIloi6gg. :2021/10/09(土) 13:03:19 fcClEURg0
投下お疲れ様です!
感想はまた後ほど。

自分の予約分ですが、明日中には投下させていただきますのでもう少々お待ちください


930 : ◆Sm7EAPLvFw :2021/10/09(土) 18:38:03 /K77bwy60
申し訳ありません
本日、リアルの都合により執筆が厳しくなってしまいました
大人数を拘束してしまった上で大変申し訳ありませんが、破棄させていただきます


931 : ◆0pIloi6gg. :2021/10/10(日) 15:51:57 QIPPoFHM0
めちゃくちゃ遅れてすみません、投下します


932 : 霽れを待つ ◆0pIloi6gg. :2021/10/10(日) 15:52:47 QIPPoFHM0

 時刻は午後四時を少し回った頃。
 古手梨花とそのサーヴァント・宮本武蔵は、一軒のホテルの前に立っていた。
 武蔵が霊体化を解除しているのは、少なくとも見かけ上では幼子そのものである梨花の保護者を演じるためだったが。
 如何せん現代の人間ではない武蔵だ。そんな建前以前の問題が自分達の行く末に横たわっていることには、梨花に言われるまで気付かなかった。

「……あのですね、セイバー。ボクみたいな子供はこういうホテルには入れないのですよ」

 パレス・露蜂房(ハイヴ)というその名前からして、そういう匂いは漂っている。
 そう、此処はホテルはホテルでも、前に"ラブ"の二文字が添えられる類のホテルであった。
 聞こえ良く言うならば、恋人同士が泊まって愛を育むことを前提とした宿。
 もっと身も蓋もなく言うならば、"そういうこと"をするために借りるお手頃な場所。
 言わずもがな、青少年の健全な成長を大事にする気風の広がるこの現代で梨花のような幼女が入れる場所ではない。
 光月おでんと別れてから櫻木真乃達と会うまでに、武蔵は梨花からそのことを聞いていた。
 当初は「まあ、何とかなるなる!」と楽観的だった武蔵も、いざ実際に建物を前にすると苦笑いを漏らし始めたから始末に負えない。

「…………、…………どうしよっか」
「せめて電話番号くらい聞いてきてほしかったのです」
「それは直球で嫌だって言われたんだも〜ん、仕方ないでしょー!
 "今このタイミングで、こっちのマスターの連絡先を教え合うのは避けたいんだが"って、ぐっさり釘刺されちゃったし!!」

 とはいえ武蔵を責めても仕方ない話だ。
 元を辿れば、彼女に任せきりにして塞ぎ込んでいた自分が悪いのだ。
 聖杯からの知識があるとはいえ、"宮本武蔵"が現代の風土に精通しているわけもないのだから。
 だがそれはそうと、どうやってホテルの中に居るライダー達にこの状況を伝えたものだろう。
 最悪、霊体化させたままの武蔵にホテル内を虱潰しに探し回ってもらおうか。
 いつか部活でプレイした、カードを引いてそこに記されたアイテムを使ってピンチを乗り切るカードゲームのことをなんとなく思い出した。

「ま、まあとりあえず物は試しでしょ。お姉さんに任せときなさいって、大船に乗ったつもりで!」
「セイバーはたまに、すごくおっきい泥船になるから素直に安心出来ないのです」

 先の一件を通じて、梨花は己のサーヴァントに対し抱く印象を大分変えていた。
 史実に語られる宮本武蔵もかなりの破天荒な人物だったとされているが、この女武蔵は更にその上を行く。
 というか、単純にとんでもない暴れ馬なのだ。もとい、暴れ剣豪とでも言うべきか。
 強い相手を見ると我慢できないし、平気で相手を本気にさせるような挑発をする。
 今でも梨花は、彼女と光月おでんが本気で斬り結び始めた時の動揺とそれから来る動悸、息切れの感覚をよく覚えている。

「(ていうか、あんなことされて水に流すおでんもおでんよ。
  普通だったら令呪でサーヴァントを喚ばれてもおかしくない状況だったでしょ、あれ……)」

 ホテルの中へと梨花を置いて入っていく武蔵の背中を見送りながら嘆息する梨花だったが。
 さっきの出来事について考えると、"そもそもなんでただのマスターが剣の英霊と真っ向から斬り合い勝負出来てるんだ"という根本的な疑問に到達してしまうことに気付いたため、程々にして思考を打ち切った。
 額に浮かんだ汗を拭って武蔵の戻りを待つこと数分。
 戻ってきた武蔵は「てへへ」というような困り笑顔を浮かべており、その表情を見ただけで交渉の結果がどうなったのかは十分察せられた。

「……流石に小学生は無理だって! どうしよっか!!」

 ――はてさて、どうしたものだろうか。
 部活メンバーの一員として、或いは百年の魔女として様々なことを考えてきた梨花だが。
 流石に「小学生が合法的にラブホテルに入る方法」などというものを考えるのは、その長い旅路の中でも初めてのことだった。


933 : 霽れを待つ ◆0pIloi6gg. :2021/10/10(日) 15:53:31 QIPPoFHM0
◆◆


 七草にちかは、良いラブホテル特有のふんわりしたベッドに座りながらこれまでのことを思い返していた。
 本戦の開始を告げられて、あの型破りを地で行くセイバーと出会った。
 彼女と自分のライダーの戦闘の一部始終を見届けただけでも、正直にちかの脳のキャパシティはかなり限界に近かった。
 ……のだが、怒涛の勢いで揺れ動く聖杯戦争は彼女のそんな非凡な許容限界に合わせてなどくれない。
 次にやって来たのは白瀬咲耶の失踪の報、そして"W"を名乗るサーヴァントからのコンタクト。
 おまけににちかを名指しして会いたいと言っている人間が居るとかどうとかで、結局彼女は心の休まる暇が一切ないまま此処まで過ごしてきた。

 ――なんて言いつつも、それ自体は別にそこまで辛くない。
 脳が結構混乱気味なのは否めないけれど、とはいえ駄目になって動けなくなってしまうほどではなかった。
 283プロダクションには件のWが居座り、その結果関係者にはある程度の安全が担保されている。
 にちかがわざわざマスターであることの露見するリスクを押してまで方々へ注意喚起の旨を送る理由も、彼のおかげでなくなった。
 
 状況だけで言えば、決して悪いものではない筈だ。
 しかしにちかの顔色は、今ひとつ芳しくなかった。
 少なくとも初めてのラブホテルであれこれはしゃいでいた頃の元気は、今は鳴りを潜めている。
 その理由は……サーヴァント同士の戦闘などよりも余程鈍く心に伸し掛かった、"現実"の重み故のものだった。

「(なんか、実感しちゃったな……)」

 にちかだって、何も考えずにぼうっとこれまでの時間を過ごしてきたわけではない。
 彼女なりに色々考えて、サーヴァントと対話をして、そうして此処まで生き残ってきた。
 だが――それでもまだ、足りなかったのだろう。聖杯戦争のマスターとしての自覚や、認識が。

「(咲耶さん。特別親しかったってわけじゃないけど、いい人だったのは覚えてる)」

 にちかは決して馬鹿ではない。
 凡人ではあれど、それを更に下回る人間ではないのだ。
 なればこそ分かる。冷たいと言われるかもしれないが、察せてしまう。
 白瀬咲耶は、多分もう生きていない。
 聖杯戦争とは殺し合いで。生きるか死ぬかの競い合いで。
 であれば、その舞台で"失踪"が囁かれる人間がどうなっているかなんて――多弁を弄して語るまでもないことだ。

 にちかにとっての咲耶は、きっと友達ではなかった。
 いいところで同じ事務所の先輩止まり。でも彼女が掛けてくれた言葉やアドバイスは、今もはっきりと思い出せる。
 そんな咲耶が、消えた。恐らくは、死んだ。
 その事実はにちかの心を上から圧迫する重たい現実であり、脳を冷却させる冷や水でもあった。

「(私も……もっとしっかりしないと。ちゃんと現実見ないと、ダメだな)」

 重ねて言うが、七草にちかは白瀬咲耶と"親しい"といえるほどの仲ではなかった。
 だから彼女の訃報を聞いても、涙を流すようなことはない。
 心を刺すような痛みはあったが、しかし所詮その程度。
 例えばこの東京の何処かに存在しているだろう、"アンティーカ"の彼女達が感じている痛みに比べれば――ごくごく微々たるものである。
 けれど、だからこそなのか。
 にちかは咲耶のニュースを通じ、そしてWの接触を通じ……マスターとして兜の緒を締め直せた。


934 : 霽れを待つ ◆0pIloi6gg. :2021/10/10(日) 15:54:12 QIPPoFHM0

 ライダーには聖杯戦争を終わらせ得る力がある。
 しかし成功率は決して高いものではなく。
 その癖、使うまでに必要な工程の難易度はべらぼうに高いと来ている。
 そんな道を往かねばならない身なのだ、にちかは。ずっとライダーにおんぶに抱っこでどうにかなるとは思えない。

 ――七草にちかは魔術師ではない。
 それどころか、人並みにすら戦えない。
 良くも悪くも歳相応な、何処にでも居るようなごくごく普通の女子学生だ。
 だけどそんな言い訳を聞いてくれる存在は、この界聖杯内界の何処にも存在しない。
 もはや、自分の平凡を言い訳にすることが罷り通る時間は終わったのだ。
 
「……ところで。セイバーさん達ってまだ来ないんですか?
 流石にもう一回延長の電話をするのは恥ずかしいんですけど」
「日が暮れてくるまではとりあえず待ってみて、それでも来なかったらまた考えよう。
 あのセイバーに限って断りもなくすっぽかすとは思えないが、もしかしたら何かあったのかもしれない」

 本当なら、所謂"飛ばし"の携帯電話の一台でもあれば便利だったのだが……生憎その備えはなかった。
 この高度に情報化された社会では、迂闊に連絡先を教えることが思わぬ形でこちらの首を絞めかねない。
 そう思って連絡先を渡すことは避けたのだったが、やはりあちらの不測の事態を感知出来ないというのは如何ともし難い不便さがあった。
 もしもこのまま待ち惚けになってしまえば、アッシュ達は貴重な昼間の時間を数時間ドブに捨てることになる。
 次はもう少し何か考えた方がいいかもしれないな、と少し反省しつつ、アッシュは続ける。

「……まあいいですけど。でも次はライダーさんからフロントに電話してくださいね。
 私ばっかり電話してたら、その、私がいろいろ旺盛な子みたいに思われて恥ずかしいですから!」
「考えすぎだと思うけどなあ……。まあ、分かったよ」

 元はと言えば、まだ午前中の内に一時間半で取った部屋だ。
 一方で現在の時刻は午後四時過ぎ。にちかは既に一度、フロントに延長の電話を掛けている。
 それだけでも年頃の乙女には結構な羞恥だったのだ。流石に二度目は御免被りたかった。
 アッシュにそう念を押しつつ、ベッドにぼふんと倒れ込みスマートフォンを弄る。
 そこで──ふと、にちかはあることに思い当たった。
 
「(……一応、お姉ちゃんにだけは直接何か送っておこうかな。無事だとは思うけど、やっぱ心配だし)」

 Wは、283プロの事務所からにちかの姉・はづきを含む皆を逃してくれた。
 あの事務所は今、どういうわけか聖杯戦争と関わりの密接な火薬庫と化してしまっている。
 WINGで敗れアイドルの道を降りたにちかではあるものの、姉の存在を抜きにしたって一時在籍していた事務所の人間が危険に晒されてなんとも思わないほどドライにはなれない。
 だからその点は、事務所に居たであろう彼ら・彼女らを先んじて逃してくれたWに素直に感謝していた。
 
 ただそれでも、やはり身内は話が別だった。
 事務所の仲間やプロデューサーとは道を違えても、姉であるはづきとは今後も、にちかの人生が続く限り家族として関わっていくのだ。
 せめてそれとなく、無事を確認するメッセージの一つくらいは送っておきたい。
 そう思ってメッセージアプリを起動した、まさにその瞬間だった。新しいメッセージが一つ通知されたのは。
 特に不審がるでもなく、慣れた操作で件のメッセージを開き――まず送信者の名前を見て眉根を寄せた。
 そして次の瞬間。文面を見て――心胆の底から疑問符を吐いた。


935 : 霽れを待つ ◆0pIloi6gg. :2021/10/10(日) 15:55:05 QIPPoFHM0



『お疲れ様。少し、対面で話したいことがある。聖杯戦争についてなんだけど、いいだろうか?』 


「――――は?」

 は? と。
 心の中で出た言葉と、口から出た言葉とが完全に一致した。
 思考を空白が染め上げる。何言ってんだこいつ、と悪態めいた疑問がまろび出る。
 そんなにちかの様子を察してか、アッシュが「どうした?」と案じた。
 にちかは未だ混乱の中にありながらも、彼へ端末の画面を見せる。
 あれこれ言葉を弄して説明するよりも、こうして直接見せる方が確実に手早かった。

「いや、あの。これ」
「……驚いたな。いよいよもって偶然じゃ片付けにくくなってきたぞ」

 メッセージの送信者は他ならぬ、七草にちかのプロデューサー"だった"男。
 文面に隠そうともせず記された"聖杯戦争"の四文字。
 長ったらしい前置きを載せるでもなく、婉曲な言い回しをするでもなく、ど真ん中の直球でにちかへの接触を図ろうとするメッセージ。
 それに対してようやく思考が落ち着き始めたにちかが最初に抱いた感情は――

「(……何やってんの、あのヒト)」

 苛立ちにも似た、困惑だった。
 咲耶の失踪を知った時のそれとも、283プロが危ないと聞かされた時のそれとも明確に違う情動。 
 なんでよりにもよってあなたが、こんなことに巻き込まれているのか。 
 なんで。よりにもよって、あなたが。
 あなたが、こんなところに居るんですか。
 あなただけは、居ちゃ駄目でしょ。
 こんなところに、そんな立場で居たら――駄目でしょうが。

「……いいだろうか、じゃないでしょ」

 眉間に寄った皺が全然戻らないまま、にちかは小さく呟いた。
 第一、こんな大事なことをメッセージアプリで、それもこんな一文だけで伝えてくるというのは如何なものだろう。
 せめて電話で話すべきなのではないのか。そしたらこっちの受け止め方だって、少しは変わったかもしれないのに。

「とりあえず返信してみます。いいですよね」
「ああ。ただ、くれぐれも油断しないようにな」

 アッシュに許可を取って、にちかはキーボードをタップして返信文を作り始める。
 油断しないようにな、という注意の意味することはちゃんと分かっている。
 最悪の想定だが、プロデューサーの端末を何らかの手段で手に入れた人間が送ってきている可能性だって無くはないのだ。
 文面はなるだけ簡潔に、必要以上のことを喋らないように。
 気を抜くと滲み出そうになる感情に注意し、何度か文面を修正しながら、にちかは二行から成る返信文を書き上げた。


936 : 霽れを待つ ◆0pIloi6gg. :2021/10/10(日) 15:55:40 QIPPoFHM0

『あなた、本当に私のプロデューサーさんですか?』
『会って話したいならまず説明してください。何が何だかさっぱりわかんないです』

 ……書き上げて、見直して。
 一息つきつつ、アッシュに見せる。

「……ちょっと冷たく返しすぎましたかね、これ。勢いだけで書いちゃいましたけど」
「いや、良いと思うよ。少なくとも添削する箇所は見当たらない」

 文面としては、かなり"冷たい"印象を受ける仕上がりだ。
 とはいえ相手の考えも、そもそも本当ににちかの知る"彼"なのかも分からない現状を踏まえればそう悪いものでもない。
 アッシュにもオーケーを貰えたところで、にちかは送信をタップ。あちらからの返事を待つ身となった。

「それはそうと、これだけは聞いておくぞマスター。
 理屈を抜きにして感情だけで考えた場合、君はどうしたい?」
「……、……」
「別に詰めようってわけじゃないから安心してくれ。
 理屈と打算を許に行動するのも大事だけどな、感情を完全に排するとそれはそれでボロが出るものなんだよ。
 だから俺としては、君個人の感情も聞いておきたい。サーヴァントとして、なるべくマスターの意向には添いたいからな」

 メッセージを送ってきたプロデューサーが本物かどうかという問題は、一旦置いて。
 もとい本物だと仮定して、アッシュはにちかに問いかけている。
 アイドルとして無謀な夢/太陽に向かい羽ばたいた七草にちか。
 その飛翔をただ一人、一番近くで見届けてくれた――見守ってくれたプロデューサー。
 もしも彼がこの界聖杯内界で、にちかと同じ可能性の器として戦わされていたとしたら。
 
 ――七草にちかは、どうしたい?
 その問いかけに対する答えは、やはりと言うべきか最初から決まっていた。

「そりゃ……会いたいですよ。私は結局、あの人の言葉に報いることは出来ませんでしたけど――」

 七草にちかは勝てなかった。
 太陽に到達することなく翼が溶け落ち消えた。
 今まで何人ものアイドルをプロデュースし羽ばたかせてきた彼は、蝋翼少女を天翔させるのに失敗した。

「それでも、色々気にかけてもらいましたし。
 第一ちょっとでも関わったことのある人とか、此処じゃめちゃくちゃ貴重じゃないですか?
 咲耶さんのこともありますし……個人的には、会ってみたいです」

 そのことを謗るつもりはない。恨んでもいない。
 というか、もし引きずっていたら逆にうわぁ、と思ってしまうかもしれない。
 とにかくだ。この世界では同じ境遇にある知り合いなんてものは貴重なのだから、折角の機会を無碍にはしたくない。それがにちかの考えだった。
 アッシュもそれに異を唱えることはせず、首肯して口を開いた。


937 : 霽れを待つ ◆0pIloi6gg. :2021/10/10(日) 15:56:16 QIPPoFHM0

「分かった。でも、ひとまずあっちの説明次第だな」
「もちろんです。いくら何でも説明が必要ですよ、説明が」

 そこについてはもちろんにちかも異論はない。
 まさかこんな踏み込み方をされるとは思っていなかったし、久しぶりに会う相手に対するコンタクトの取り方としては剛速球過ぎる。
 とにかくあちらの説明や申し開きを聞かないことには、直接会って話す段階までは踏み切れない。

「アサシン……Wの言ってた、マスターに会いたがってる人物のこともある。
 ひとまずセイバー達との交渉を終わらせて、それから改めて考えよう」

 セイバーのマスターに、W側に居る某か。そしてプロデューサー。
 にちかと会いたがっている聖杯戦争関係者が現状なんと三人も居る。
 何か、自分がとてつもない有力者になった気分だった。
 まあ聖杯戦争を終わらせる可能性を秘めたサーヴァントを使役しているという点では、ある意味それも間違いではないのだが。

「――ちょうど来たみたいだ。あいつの魔力反応を感じる」
「え。本当ですか? 私なんも感じないんですけど……」
「迎えに出てくるよ。部屋の番号は教えてないしな」

 言って部屋を出ていくアッシュを見送るにちか。
 ラブホテル特有のやけに大きな枕を抱き締めながら、ベッドの上で意味もなく寝返りを打つ。
 はふう、と気の抜けた息が口をついて出た。
 身体は元気だが、気分は大分疲れている。
 他のマスターも皆これくらいわちゃわちゃしているのかと思うと、他人事ながら皆凄いなあ、と感じてしまった。

「(忙しいな、聖杯戦争って……でも、早いとこ慣れないと……)」

 なんて考えながら、備え付けの寝具と戯れる時間が十数分ほど流れた。
 若干うとうとし始めたところで部屋の扉ががちゃ、と音を立てたので、にちかは急いで飛び起きたような格好になってしまう。
 別に眠たくなるほど疲れていたつもりはないが、ふかふかでふわふわな寝具というのはある種の魔力を秘めている。
 気を抜くとどれだけコンディションが良くてもすぐさま眠りの園に引っ張っていかれることを、にちかは常日頃の経験からよく知っていた。
 
「やけに遅かったですね」
「……説得の手間が、ちょっと、な……」
「説得?」

 それはさておき。
 何事もなかったような表情と声色でアッシュを出迎えるにちかに対し、彼はやや疲れたような顔で嘆息した。
 最初は何を言っているのか分からなかったが、彼の後ろからひょいと顔を覗かせた人物の背丈を見て納得する。
 
 その背丈は低かった。
 手足はか細く人形のようで、顔立ちも少女期以前のあどけなさをまだ多分に残している。
 彼女の脇には先程にちかの目の前でアッシュと心臓が止まるような殺陣を演じてくれたセイバーの姿があって。
 それは彼女が待ちくたびれた交渉相手、セイバーのマスターであることを如実に物語っていたのだが……。

「――初めまして、にちか。お待たせしてしまってごめんなさいなのです」

 それにしたって、その少女は――露蜂房(ラブホ)に立ち入るには幼すぎた。
 少女というより、完全に幼女だった。
 一体何の説得をしていたのだろうと疑問に思っていたにちかは一転、さぞかし苦労をしたであろう、ついでに人目を気にすることになったであろうアッシュに心底同情した。

「(む、むしろよく説き伏せられたなぁ……!)」

 セイバーのマスターは、心做しかげっそりしたアッシュの様子を横目に、にこにこと人懐っこく微笑んでいた。


938 : 霽れを待つ ◆0pIloi6gg. :2021/10/10(日) 15:56:57 QIPPoFHM0
◆◆


「ボクは古手梨花と言いますです。さっきはセイバーがご迷惑をおかけしました」

 普段は隠しているのかもしれないが、マスター同士での会談ではむしろさらけ出した方が話が早いと思ったのだろうか。
 ぺこりと頭を下げた梨花の片手には、三画揃った令呪がはっきりと刻まれていた。

「……な、七草にちかです。よろしくね、えっと――梨花ちゃん?」
「みー。よろしくなのですよ、にちか」

 それにしても、あのセイバーのマスターがまさかこんな小さな子どもだとは思わなかった。
 歳は恐らく、どう高く見積もっても小学校高学年程度だろう。
 普通なら見ていて微笑ましい年頃だが、しかしこの子……古手梨花はただの子どもではない。
 聖杯戦争のマスター。界聖杯の好む呼び方をするならば、可能性の器。
 そんな彼女が此処を訪れた理由もまた、決して安穏とは言い難い案件だ。
 積極的な敵対になる可能性こそ低いものの、やることは結局"交渉"である。

 アッシュに無言で目配せされて、にちかはこくりと頷いた。
 見かけで油断するなよ、と言いたいのだろう。
 それに対して「言われなくても分かってますから」と強気に返せるほど、交渉を前にしたにちかに余裕はなかった。

「(ていうかこの子。初対面からめっちゃ呼び捨てなの、子どもとはいえ育ちが心配になるな)」

 なんてどうでもいいことを考えているにちかをよそに、梨花のセイバーがあはは〜、と笑う。

「待たせてごめんねー、ライダーもにちかちゃんも。ちょっと道中で色々あってさ」
「いいよ、気にするな。またぞろ誰かに斬り合いを挑んだ結果遅れたとかなら、流石に怒るかもしれないが」
「……、……いやー。ソンナコト、ナイヨー?」
「おい」

 露骨に目を逸らし、声のトーンを二段階ほど上げるセイバー。
 どうやら本当に、このホテルに来る前に某かと斬り合いを演じてきたらしい。
 基本的には話が通じる相手なのだが、何故こうも血の気が多いのか。
 目の前で自分のサーヴァントが本気で死ぬのではというほど苛烈な剣戟を見せられた時の記憶が蘇り、にちかの心臓がきりきりと痛んだ。

「――それはさておき、早速だけど本題に入りましょ。お互い時間は有限でしょ?」
「遅れてきた側が言う台詞では間違いなくないが、同感だ。
 梨花、だったな。話はセイバーから一通り聞いてるって考えていいか?」
「はい。貴方達には、この聖杯戦争を瓦解させる手段があると聞いてますです」

 梨花とセイバー……宮本武蔵の到着が遅れたことで、にちか達の今後の予定はかなり詰まってしまっている。
 Wが擁する、にちかに会いたいという謎の人物。
 やり取りの結果次第ではあるものの、同じくにちかと会うことを希望しているプロデューサー。
 梨花達との交渉も確かに大事なことだが、だからと言ってあまり時間を割いているわけにもいかない。
 スムーズに話を進めるに越したことはないだろう。武蔵の言う通り、お互いにだ。


939 : 霽れを待つ ◆0pIloi6gg. :2021/10/10(日) 15:57:51 QIPPoFHM0

「……ボクの目的は元の世界に帰ることです。
 でもそのために犠牲を出すことなく帰れるのなら、それが一番いいと思っているのです」

 にちかより幾つも年下だとは思えない、しっかりとした口調。
 聖杯戦争がどういう戦いであるかを理解し、その上で自分が何を目指すのかもしっかり固めている。
 その彼女が、自分のサーヴァントを通じて"聖杯戦争からの脱出"を可能にし得る人物の存在を知った。
 であれば話を聞いてみない選択肢はなかった――かつては拒んだ他者の手を、今度は取ってみたいとそう思った。

「だから、ライダー。そしてにちか。
 ボクは、貴方達と協力してもいいと考えています」

 そうして梨花は此処までやって来た。
 もしも本当に脱出を可能にする術があるのなら協力したいと、そう考えて。
 
 先程自身でも言っていたが、古手梨花の目的は元の世界への帰還。それのみである。
 それを成し遂げるまでの道程は二つだけだ。
 聖杯戦争に勝利するべく、多くの願いと犠牲を足跡代わりに残し地平線の彼方を目指すか。
 もしくはか細い、あるかどうかも分からない希望に縋って聖杯戦争からの脱出手段を模索するか。
 どちらも困難な道であることに変わりはないが、現実味からして疑わしいという点で後者は本来真っ先に切り捨てられるべき選択肢だ。
 だが、しかし――もしもそこに現実味を与えられる者が現れたなら。話は大きく変わってくる。

 古手梨花は百年もの間、不動なる絶対の運命に囚われ続け――殺され続けた。
 希望と絶望、期待と諦めが入り交じった迷宮の末に梨花が出た井戸の外。それは、誰の犠牲も許さない大団円のカケラ。
 大団円の果てで絶望に絡め取られようと、旅路の果てに学んだ答えは今も梨花の中で生きている。
 なればこそ。他者の犠牲を前提にした解決法とそうでないものがあるのなら、後者を選びたくなるのは彼女にとって当然の心理だった。

 ……さりとて。

「――でも、今のままじゃまだ"うん"と頷くことは出来ないのです」

 だからと言って手放しににちか達のことを信用するほど、梨花は迂闊ではなかった。
 
 仮に此処で自分が死んだとして。
 その時繰り返しの法則が働く可能性は限りなく零に近いだろう。
 何故なら此処は雛見沢ではなく、羽入の存在を感じたこともない。
 そもそも今の羽入は残り香だ。遥か時空の彼方にあるこの界聖杯にまでその権能を飛ばすことなど、どう考えても不可能である。
 
 即ち、この世界の梨花は一度きり。
 故に誰かを信じるその行為にすら、極限の慎重さが求められるのは当然だった。

「それは、聖杯戦争から脱出する手段の詳細を話してくれ……ってことか」
「はい。そうじゃないと、素直に信用は出来ません」

 部屋に漂う空気がぴりりと張り詰めていくのを、にちかは感じ取っていた。
 ごくりと生唾を飲み込むその音も、やけに大きく響く気がする。


940 : 霽れを待つ ◆0pIloi6gg. :2021/10/10(日) 15:58:34 QIPPoFHM0

「話は分かったよ。だが、出会ったばかりの主従に切り札の種明かしをするのはリスクが大きい」
「私達ももちろんそれは分かってる。
 だけどね、ライダー。リスクがあるのはこっちも同じよ? いや、むしろこっちの方が上と言ってもいい」

 アッシュが武蔵に伝えたのは、あくまで界聖杯の権能を破壊する手に覚えがあるというだけだ。
 その手段は伏せているし、それ自体はごく真っ当な判断だろう。
 武蔵も梨花もそれは分かっている。分かっているが、しかしだからと言って"それなら仕方ない"と納得出来るかと言うと話はまた変わってくる。

「ライダー。ボク達には、ライダーの話が本当か嘘か確かめる方法がないのです」

 実に身も蓋もない話だが、信じて命運を預けるには些か話の根拠が足りなすぎるのだ。
 極端なことを言えば、ただ"出来る"というだけなら誰にだって可能だろう。
 梨花がライダーを信じることに踏み切れていない理由はそれだ。

「本当か噓か分からない話に乗っかって、最後の最後で実は騙されてました! ……なんて、笑い話にもならないでしょ?」

 アッシュが武蔵の方を見やる。
 その視線の意味は当然、武蔵も理解していた。
 武蔵には既に、アッシュが此方を騙そうなどとしていないことが分かっている。
 梨花の抱く疑念は的外れで、今気にするべきはアッシュの言うそれが果たして実現可能な難易度なのかというその一点なのだと――そう分かった上で敢えて梨花と同じくアッシュを詰問する側に回っているのだ。
 思わずアッシュは肩を竦めた。油断ならない女だと、改めてそう認識する。

『……ライダーさん。これちょっとまずい流れじゃないですか?
 その方向から攻められたら私達、どうしようもないんじゃ――』
『いや、大丈夫だ。何もこの二人は、俺に証明を求めてるわけじゃないだろうからな』

 とはいえその意図は分かる。
 武蔵は要するに、答えを出すのは自分ではなく、マスターの梨花であってほしいのだろう。
 そしてその梨花もまた、先に彼女自身の口で言ったように答えは半ば決まっていると来た。
 となれば、アッシュがこれから彼女達に伝えるべきことも自ずと見えてくる。

「確かに、君達の言うことももっともだ。
 全てを教えることは出来ないが、もう少しこちらの情報を明かす」
「……、」
「これは君達ももう察しているだろうが、界聖杯に干渉する手段というのは俺の霊基に登録されたとある宝具だ。
 宝具、とは言うけど実際の在り方はほとんど"魔法"に近い。正直、間違っても一介のサーヴァントに与えていい力ではないな」

 界聖杯は、神域機械の演算能力を持った赤子のような存在である。
 誰かの願いを叶えるという自身の存在意義を満たすためだけに世界の垣根を超え"器"を集めた世界樹。
 それに己の行動を客観的に見つめるなんて機能が備わっているかは疑わしいが、もしも彼ないし彼女にそんな能力があるならば、アシュレイ・ホライゾンという極晃奏者を召喚させたことは失敗だったとそう結論付けるだろう。
 星辰界奏者(スフィアブリンガー)。最果てにして最弱、それ故に最も多くの可能性を許容する維持の極晃星。
 仮にほんの刹那、瞬きの間の発動だったとしても――聖杯戦争を破綻させ得る存在。
 ノアの箱舟になれなかった誰かの継承者となるに足る、灰白混ざった優しい英雄。


941 : 霽れを待つ ◆0pIloi6gg. :2021/10/10(日) 15:59:13 QIPPoFHM0

「その全貌については伏せるのを許して欲しい。
 だが、さっきも言ったようにこれは魔法の領域に限りなく近い宝具だ。
 発動出来たとしてもごくごく短時間。そしてその間に、界聖杯の権能(なかみ)の書き換えを行う必要がある」

 しかしてそんな界奏ですら、そう容易く目的は果たせない。
 英霊の座から現世に持ち込むにはあまりに過多なその星光は、この地においては見る影もないほどに零落させられていた。
 魔力の消費などという本来存在しないデメリットを搭載された結果、実用性は遥か彼方に吹き飛んだ。
 それを作戦の核に据えるリスク。当然、低いわけがない。

「その上、内界から本体へ接続出来る座標を特定しないことにはどうにもならない。
 試行回数を用立てることも出来ないし、万一界聖杯が何らかの防衛機能を持っていた場合もかなり厳しくなる。
 セイバーには先刻言ったけど、圧倒的に失敗する公算の方が高い」

 非現実的な話ではあるが、令呪三画分クラスの魔力を複数回用立てる手段があったとする。
 だがそれでも、アッシュは恐らく二度目の挑戦は不可能だろうと踏んでいた。
 そもそも英霊の身には過ぎた出力である極晃を解放するというのが弩級の無茶なのだ。
 まず間違いなく、そんな無茶を侵せばアッシュの霊基は崩壊する。
 要するに自壊だ。界奏の発動はアッシュの消滅とイコールであり、故に挑戦回数は一回。この上限は決して動かない。

「とまあ、言えるのはこんなところだ。
 これ以上のことはどれだけ食い下がられても話せない。ケチ臭いと思うかもしれないけど、今はこれだけの情報で判断して欲しい」

 ……我ながら、とんでもない話をしてるなと。
 アッシュは正直、苦笑したい気分だった。
 何しろさっきから一つたりとも希望的なことを口にしていない。
 見るからに目を泳がせ、落ち着かない様子でそわそわしているにちかの姿などは見ていて気の毒なほどだ。

 ただ、これに関してはどの道隠し立てすることなど出来ない。
 それに、もしも偽りを混ぜようものなら即座に武蔵が見抜くだろう。
 だから偽る理由はない。ありのままに絶望的な真実(リスク)ばかりを並べる。

 それを梨花は、黙って聞いていた。
 そしてアッシュが話し終えると。
 彼女は……真剣な眼差しで彼を見、言った。

「……分かりました。ライダー、にちか。貴方達の話に乗ります」
「えらく即決だな。正直、もう少し迷われるものだと思ってたんだけど」
「みー。上手く行くにせよ行かないにせよ、成り行きを見守るに越したことはないと思ったのです」

 その言葉を聞いて、アッシュは微かに苦笑した。
 相手は子どもと見くびっていたわけではないが、存外にしたたかだ。

「成程な。最後まで同じ船に乗るか途中で乗り捨てるかは、何も今決めなくてもいいってことか」
「そういうことなのです。ボクはずるい子なのですよ、にぱー☆」

 信用出来ると、未来を託してもいいと思えたのならそのまま船に乗り続ける。
 一方でもう付き合いきれないと感じたなら、そこで船を乗り捨てて離脱する。
 そう考えれば、今この瞬間は乗っておいた方が確かに利口だ。
 それが本音なのか、それとも建前なのかは分からないが。
 時には、真実がどうであれ深く追及しない方がいいことというのも少なからずあるものだとアッシュは知っている。


942 : 霽れを待つ ◆0pIloi6gg. :2021/10/10(日) 15:59:47 QIPPoFHM0

『梨花ちゃんのお眼鏡に適ったみたいね、ライダーは』
『……ボクは元々、疑ってかかるつもりはありませんでした。
 ただ、ライダー達が信じられる相手かどうかを見られればそれで良かったのです』

 そしてその命題の答えは、梨花と武蔵の念話の中で語られる。
 梨花には現状、アッシュ達のことを乗り捨てるつもりなどない。 
 武蔵に彼らのことを聞いた時点でも、協力することはほぼ決めていた。
 なのにわざわざああして詰問したのは、ひとえに彼らがどういう人物なのか――信じるに値する相手なのかどうかを見極めるため。
 その結果、アッシュはこれ以上は明かせないという秘密のラインは守りつつ、出来る限りの誠実さで自分達の追及に応えてくれた。

 であれば、もう文句のつけようもない。
 アッシュとにちかに協力し、彼らの目指す道に続く。
 そう決めたとき梨花が覚えたのは、脱力感にも似た安堵だった。
 他の主従/器を殺し、乗り越えて進む茨道。
 そこから外れ、一縷の光条に縋る道――そこに辿り着けたことに、古手梨花は間違いなく安堵していた。

「じゃあ、私達はこれからそっちの陣営と一緒に行動する感じでいいのかな?」
「いや、それはまた後にして貰ってもいいかな。
 実はこっちも……あれから色々あってさ。他の聖杯戦争関係者と会う予定があるんだよ」
「ああ、そういう。確かにそれは角が立っちゃうわね」

 聖杯戦争からの脱出、ないし戦争自体の瓦解を狙う貴重な同胞だ。
 にも関わらず一時とはいえ手放すのには、当然相応の理由がある。
 にちかとアッシュには、一時離れておいた方がいい訳があった。
 それこそが、他の聖杯戦争関係者との対面での対談の予定。
 もしもそこにアポ無しで他の主従ないしそのどちらかでも連れて行こうものなら、一触即発の空気になるのは必至であろう。
 無用なリスクは負いたくないし、アッシュ達と組むと決めた側としてもそれは不本意だ。

「分かってくれて助かるよ。とはいえせっかく組むのに行動は別々ってのも不便な話だから……そうだな。
 夜の内には一通り片付くだろうから、そのくらいにでもまた場所を決めて落ち合うってのはどうだ?」
「それは良いのですが、ボクはすまーとふぉんを持ってないのです」
「あ……なら私のスマホの番号教えるよ。そうしておけば公衆電話とかから簡単にかけて来られるだろうし」

 ここだ! と言わんばかりに、今まで場の成り行きを見守るしかなかったにちかが身を乗り出した。
 先程は連絡先の交換まではしなかったが、同盟が成立した以上は渋る理由もないだろう。
 にちかの提案にアッシュは特段反対することなく。また、梨花はにぱっ、と可愛らしく笑った。

「ありがとうなのです、にちか。
 セイバー。お礼に、ボク達が出会ってきた人達のことを教えてあげてほしいのです」

 そして"その情報"は、梨花達から切り出して来なければアッシュが問うていただろうものだった。
 梨花達の到着が遅れた原因であり、どうも矛を交えることすらしたという聖杯戦争の関係者達。
 武蔵は最初"色々あって"とぼかしていたが、交渉相手を差し置いて優先すべき火急の用事など、聖杯戦争絡みの案件以外はまず有るまい。
 剣技の極北にすら手を掛けている武蔵と白昼堂々戦うことになったその相手には経験者として心底同情したい心地だったが――それも、彼らないし彼女らがどういう手合いであったのかに依る。

「……んー、そうね。あの二人はむしろ、ライダー達に話を通しておいた方が喜ぶかもだし」

 そう前置いて、宮本武蔵は話し始めた。
 サーヴァントと斬り結べる人外めいた実力を持つ"侍"と。
 そして、眩くもどこか危うい、善良で純粋な少女達のことを。


943 : 霽れを待つ ◆0pIloi6gg. :2021/10/10(日) 16:01:39 QIPPoFHM0
◆◆


 一通りの情報交換を終え、ホテルを去る武蔵達を見送った二人。
 部屋に戻るなり、にちかは若干げっそりしたような表情をしてアッシュの方を見た。

「……あの事務所って呪われてるんですか?」
「正直、俺も驚きっぱなしだよ」

 セイバー・宮本武蔵が教えてくれた二人のマスター。
 その内の一人は、またしても"例の事務所"……283プロダクションに縁ある者だったのだ。
 櫻木真乃。例に漏れずにちかとそれほど関わりが深かったわけではないが、応援の言葉を掛けてくれたことは印象に残っていた。
 そんな彼女も、この世界に召喚され――サーヴァントを従えてマスターをやっているという。
 一体283プロはどうなっているんだと心底疑問を呈したくなる状況だったが、しかしにちか達にとっては間違いなくプラスになる情報だった。

「けど、櫻木真乃が"話の出来る"マスターだと分かったのは大きい。
 光月おでんとかいう化け物じみた侍のこともそうだ。上手く行けば、聖杯戦争からの脱出を狙う大所帯を作れる可能性だってある」
「セイバーさん、明らかにおでんって人のことを話す時の方が楽しそうでしたもんね。目ぇキラキラしてましたよ」
「ああ、俺もそう思ってた。何にせよ、出来れば敵対したくない相手なのは確かだ。話に乗ってくれるといいんだが」

 櫻木真乃、そして謎の侍・光月おでん。
 両方のマスターがアッシュ達の話に命運を預けてくれるかはまだ分からないものの、仮にそうなれば事態は大きく前進する。
 悪くない流れが彼らの前に形成されつつあった。
 これに上手く乗ることが出来れば、一度きりのギャンブルにとりあえず"挑める"だけの状況は存外早く整えられるかもしれない。
 尤も、今の順調さがこの先も恙なく続いていってくれれば、の話ではあるのだが……。

「それはそうと、プロデューサーからの返事は来てるか?」
「……あ。ごめんなさい、あんまりびっくりしすぎて忘れてました」

 アッシュに促されて、にちかは慌ててスマートフォンを起動する。
 年頃らしい、自分と友人の写った青春を感じる待ち受け画面。
 そこには、新たな通知がある旨のシステムメッセージが表示されていた。
 一件の新着メッセージ。その主が誰であるかは、考えるまでもなく。

「来てます。今、開いてみますね」

 にちかは通知をタップし、送られてきた"彼"からの返信を読み始めた。


【新宿区・パレス・露蜂房(ハイヴ)/一日目・夕方】

【七草にちか(騎)@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:健康、精神的負担(中)
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:高校生程度
[思考・状況]
基本方針:283プロに帰ってアイドルの夢の続きを追う。
0:プロデューサーと話をする。何してんのあの人?
1:殺したり戦ったりは、したくないなぁ……
2:ライダーの案は良いと思う。
3:梨花ちゃん達と組めたのはいいけど、やることはまだまだいっぱいだ……。
4:私に会いたい人って誰だろ……?
5:次の延長の電話はライダーさんがしてくださいね!!!!恥ずかしいので!!!!!
[備考]
聖杯戦争におけるロールは七草はづきの妹であり、彼女とは同居している設定となります。


【ライダー(アシュレイ・ホライゾン)@シルヴァリオトリニティ】
[状態]:健康
[装備]:アダマンタイト製の刀@シルヴァリオトリニティ
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:にちかを元の居場所に戻す。
1:界奏による界聖杯改変に必要な情報(場所及びそれを可能とする能力の情報)を得る。
2:情報収集のため他主従とは積極的に接触したい。が、危険と隣り合わせのため慎重に行動する。
3:セイバー(宮本武蔵)達とは一旦別行動。夜間の内を目処に合流したい。
4:アサシン(ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ)と接触。定期的に情報交換をしつつ協力したい。
[備考]
宝具『天地宇宙の航海記、描かれるは灰と光の境界線(Calling Sphere Bringer)』は、にちかがマスターの場合令呪三画を使用することでようやく短時間の行使が可能と推測しています。


944 : 霽れを待つ ◆0pIloi6gg. :2021/10/10(日) 16:02:11 QIPPoFHM0

【古手梨花@ひぐらしのなく頃に業】
[状態]:健康、安堵
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円程度
[思考・状況]
基本方針:生還を目指す。もし無ければ…
0:白瀬咲耶との最後の約束を果たす。
1:ライダー達と組む。
2:咲耶を襲ったかもしれない主従を警戒、もし好戦的な相手なら打倒しておきたい。
3:彼女のいた事務所に足を運んで見ようかしら…話せる事なんて無いけど。
4:櫻木真乃とアーチャーについては保留。現状では同盟を組むことはできない。

【セイバー(宮本武蔵)@Fate/Grand Order】
[状態]:健康
[装備]:計5振りの刀
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:マスターである古手梨花の意向を優先。強い奴が見たら鯉口チャキチャキ
1:うんうん、善きかな善きかな!
2:おでんのサーヴァント(継国縁壱)に対しての非常に強い興味。
3:アシュレイ・ホライゾンの中にいるヘリオスの存在を認識しました。
4:櫻木真乃とアーチャーについては保留。現状では同盟を組むことはできない。
武蔵ちゃん「アレ斬りたいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ。でもアレだしたらダメな奴なのでは????」


◆◆


 真夏の太陽はしぶとく空に蔓延り続ける。
 午後四時を過ぎてもまだ翳る気配すらない辺りからもそれは窺えた。
 男が従えるサーヴァントは、陽の光に嫌われている。
 寿命の克服と人智を超えた力を得る対価に、永久に夜をしか歩めなくなった哀れな生物。
 上弦の鬼。その参番目、猗窩座。堕ちた狛犬が暴威を振るうためには、最低でもあと三時間ほどの待機が必要だった。
 不便ではあるが、こればかりは不平を垂れても仕方がない。
 昼間動けないというのならその分、マスターである自分が夜に備えて働こう――プロデューサーと呼ばれたその男は、そう考えていた。


945 : 霽れを待つ ◆0pIloi6gg. :2021/10/10(日) 16:02:43 QIPPoFHM0

『あなた、本当に私のプロデューサーさんですか?』
『会って話したいならまず説明してください。何が何だかさっぱりわかんないです』

 返ってきた文面を見て、プロデューサーは思わず苦笑した。
 別に感激されたいわけではなかったが、思いの外突き放した文面だったからだ。
 いくら何でも不躾過ぎたか、と反省しつつ――あの子らしいな、とどこか懐かしさをも覚えつつ。
 
『本物か確かめたいなら、電話を掛けてくれてもいい』
『でも、出来れば俺はにちかと直接会って話したいと思ってる。
 少なくとも聖杯戦争について話すのなら、そうしたい』

 返事を送信した。
 正直、もっと苛立たせてしまうような気はしたが……仕方がない。
 自分は彼女と話さなければならない。彼女に、会わなければならない。
 そして、確かめなければならない。
 ようやく幕を開けた自分の聖杯戦争。
 その小さな、それでいて排することの出来ない第一歩だ。


 ――されど、男は未だ気付いていない。
 気付ける筈もない。これから自分を待ち受ける、視界外からの受難の存在になど。
 それを認識した時、それと遭遇した時、彼がどう行動し、どうなるのか。
 その過程と結果如何では、プロデューサーの聖杯戦争は今度こそ奈落の底に堕ちるだろう。
 
 視界の外で投げられた賽子。
 器の上へと落ちるまで、あと――


【品川区・プロデューサーの自宅/1日目・夕方】

【プロデューサー@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:覚悟
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:携帯電話(283プロダクションおよび七草はづきの番号、アドレスを登録済み)、
283プロのタオル@アイドルマスターシャイニーカラーズ
[所持金]:そこそこ
[思考・状況]基本方針:“七草にちか”だけのプロデューサーとして動く。……動かなくてはいけない。
0:にちか(騎)と話す。
1:もしも、“七草にちか”なら、聖杯を獲ってにちかの幸せを願う。
2:白瀬咲耶が死んだことに悲しむ権利なんて、自分にはない。
3:『彼女』に対しては、躊躇はしない。
4:序盤は敵を作らず、集団形成ができたらベスト。生き残り、勝つ為の行動を取る。
5:にちか(弓)陣営を警戒。


946 : ◆0pIloi6gg. :2021/10/10(日) 16:03:12 QIPPoFHM0
投下終了です。
今回は遅れてしまい申し訳ありませんでした(改めて)。


947 : ◆HOMU.DM5Ns :2021/10/10(日) 23:31:43 r61jMPBg0
古手梨花&セイバー(宮本武蔵)
幽谷霧子&セイバー(黒死牟)
NPCハクジャ@夜桜さんちの大作戦
予約します


948 : ◆EjiuDHH6qo :2021/10/11(月) 01:33:43 QcDrPFuI0
投下乙です。
自分も投下します


949 : Down the Rabbit-Hole ◆EjiuDHH6qo :2021/10/11(月) 01:34:52 QcDrPFuI0
 この世界でのリップに与えられた過去はクソだ。
 医者として活動し、どこかの手術で医療ミスをした。
 そして表舞台から姿を消し、今は非合法の薬物を売って生計を立てるクズのような人生。
 神の介入すらない単純な失敗で人生を棒に振った役立たず。
 その癖自ら死を選ぶわけでもなく、社会の裏でゴミのように生き長らえている。
 神の気まぐれで大切な人を失ったリップにこんな経歴をあてがうなんて、ずいぶん辛辣な皮肉だった。
“だが、そのおかげで手繰れる縁もあるってことか”
 何年ぶりかの正装を着て病院内に足を踏み入れる。
 大きな眼帯を付けた容姿とスーツは案の定噛み合わない。
 人目は引いていたが気に留めてやる筋合いもなかった。
 不思議な懐かしさを感じる院内を歩きながらリップは念話を飛ばす。
“首尾はどうだ”
“ん…病院内の至る所に、新旧様々な魔力残滓……。
 皮下医院にマスターないしサーヴァントが常駐してるのは、ほぼ確定”
“それ以上の解析は出来るか”
“たぶん、宝具…。使用頻度の高さからして、移動か格納……その系統の非戦闘用宝具だと、思う……”
 厄介だな。
 リップはそう思った。
 対城宝具や対軍宝具は確かに強力だが、しかしその厄介さが発揮されるのはあくまで戦いの土俵においてのみだ。
 勝つためにあらゆる手段を駆使しようと考えるリップのようなマスターにしてみれば、面倒なのはむしろ小回りの利く便利どころの宝具。
 早い内に目を付けておいてよかったらしい。
 記憶の中にうっすらと残る皮下医院"院長"の面影を頭に浮かべながら独りごちる。
“皮下は動いていないな?”
“院長室から、動いてない”
 シュヴィの最大の長所は解析能力だ。
 魔力や宝具といった無形のそれすら読み解くのだから、既に理論の確立された機械文明に対しそれが適用出来ない筈はない。
 ましてたかだか21世紀の科学である。
 【機凱種】の解析体(プリューファ)のハッキングに対する防衛機能など有しているわけもなく。
 結果。院内の人間を守るための防犯カメラは最高権力者の居所を暴く千里眼と化した。
 院長室前の監視カメラの録画を遡り、院長室に入った皮下がまだ出ていないのを確認。
 以降シュヴィには各種解析の傍らカメラの映像をリアルタイムで監視させている。
 窓から飛び出されるような不測の事態に備え、監視の対象は病院敷地内全てのカメラだ。
 皮下の逃げ場は何処にもない。
 おまけにシュヴィは気を利かせ、監視カメラの本体には自身の生成したダミーの映像を読ませていた。
 これで、リップ達の接近は誰にも気取られることはないというわけだ。


950 : Down the Rabbit-Hole ◆EjiuDHH6qo :2021/10/11(月) 01:35:47 QcDrPFuI0
“皮下を殺すかどうかは話してみて判断する。初撃は俺から仕掛けるが、お前は奴が何をしてもいいよう備えておいてくれ”
“了、解……”
 その足取りに迷いはなかった。
 モタモタしていれば相手に気取られかねない。
 奇襲とは意識の外から仕掛けるからこそ意味があるのだ。
 まして相手は何やら不穏な宝具を抱えた危険人物。
 行動は速攻かつ端的であればあるほどいい。
“行くぞ”
 院長室の前に立つ。 
 施錠がないことを確認するなり、リップは扉を蹴り開けた。
 室内の皮下が「うわ」と驚いた声をあげている間に事は終わった。
 古代遺物による急加速で距離を詰め、そしてリップは昔と変わらず若々しい姿を保った院長を床へと組み伏せるのだった。

    ◆ ◆ ◆

「金ならそっちの金庫の中だ」
「皮下真。お前は、聖杯戦争のマスターだな?」
「無視かよ。…いたたたた、肘の関節が変な固まり方してんだけど! お〜い、マジで折れちまうって!」
「聞かれたことだけ話せ。さもなくばこのまま折る」
 リップは不治の否定者だ。
 その能力は治癒の否定。
 そして、治療行為の禁止。
 それを踏まえれば、彼の脅しがどれほど重いものかは分かるだろう。
「…オーケー、オーケー。答えるから少し腕を緩めてくれ」
「……」
「俺は確かにマスターだ。腕を確認してみな」
 袖を捲って腕を検める。
 そこには桜を思わす令呪がはっきりと刻まれていた。
「院内に奇妙な魔力の残滓がいくつもあった。あれは何だ?」
「魔力の残滓? へぇ…。すげーな、そんなのまで分かんの?」
「聞かれたことにだけ――」
「あぁ、分かった分かった! んーとな…俺のサーヴァントが持ってる宝具の使用痕だと思うぜ」
 予測は的中していた。
 今更だが、シュヴィの解析能力の高さには恐れ入る。
 魔力のほんの残滓程度からでも大まかな分類を割り出せるというのだ。
 敵に回ればどれほど厄介だったか……。
 リップは久方ぶりに、自分の幸運に感謝した。
「種別は」
「倉庫みたいなもんだ。平時は此処とは違う位相に展開してあってな……俺のサーヴァントも普段はそっちにいる」
 すかさず、シュヴィの声が脳内に響く。


951 : Down the Rabbit-Hole ◆EjiuDHH6qo :2021/10/11(月) 01:36:55 QcDrPFuI0
“固有結界、だと思う…。心象風景の具現化……現実を誰かの心で塗り潰す、魔術の、最奥……”
“…ああ、それは俺も分かってる。だがそんな気軽に普段遣い出来るもんなのか?”
“普通は、無理…。イレギュラー中の、イレギュラー……”
 倉庫と言えば安く聞こえるが、サーヴァントを格納出来るほどのものとなれば話は変わってくる。
 固有結界級の宝具を此処とは異なる位相と言えど、常時展開しておけるというのだ。
 そこにはサーヴァントすら"しまう"ことが出来、挙句シュヴィクラスの解析能力持ちでなければ分からないほど使用の痕跡も小さいと来た。
「そこにしこたま戦力を溜め込んでるってわけか」
「そういうことだ。いざとなったら逃げ場にも使えるしな、便利だぜ?」
 カマをかけたところ、あっさりと引っ掛かってくれた。
 だが明らかになった事実はリップ達にとっていいものではない。
 皮下は案の定というべきか、その固有結界の中に戦力を溜め込んでいるのだという。
 それがどれだけのものであるかにもよるが……リップは既にこの男から、何か底の知れないものを感じ取っていた。
「それで? そろそろ話してくれよ」
 くつくつと笑う皮下。
 爽やかな筈の笑みがひどく不気味に映る。
「お前は、俺に何をさせたい? 何をしてほしくて此処に来た」
「従わせるためだ」
 携帯している医療用メスの一本を皮下の首筋に突き付ける。
 このままあと少しでも手を動かせば皮膚を裂くだろう。
 そしてたったそれだけの傷ですら、リップの不治の対象になる。
「俺が与えた傷は何であれ、俺が死ぬまで治らない」
「……マジで?」
「四肢をへし折れば二度と起き上がれないし、ほんのかすり傷でも流れる血は永遠に止まらない」
 それだけではない。
「そしてもう一つ追加だ。俺に傷付けられたなら、お前はその時点で決して俺を殺せなくなる」
 不治の異能の最も悪辣な点。
 それは、不治の解除条件を聞くことそのものが一つの縛りのトリガーになることだ。
 リップを殺せば不治が解けて傷が癒えるようになるのなら、その殺傷は治療行為とイコールで結ばれる。
 不治で傷を負い、その上で不治の解除条件を聞いたなら。
 その人物は――もう二度とリップを殺せない。
 リップはその瞬間に無敵となる。
「未来を閉ざしたくなければ言うことを聞け」
 皮下真には利用価値がある。
 此処で殺すのは簡単だが、可能なら首輪を付けて飼い殺しにしたい。
 皮下はリップに組み伏せられた時点で九割九分詰んでいる。
 彼が利口な人間ならば要求を呑まない理由はあるまい。
「…大きく出たな。それで? 次は"令呪でサーヴァントを縛れ"か?」
「自分の立場が分からないのか」
 ぐ、と皮膚にメスを触れさせる。
 あと微か力を込めれば皮膚が破けるだろう。
 それでも皮下の笑みは崩れない。


952 : Down the Rabbit-Hole ◆EjiuDHH6qo :2021/10/11(月) 01:37:46 QcDrPFuI0
「悪いな。俺は飼う側なんだ」
 沈黙が流れる。
 その奇妙な自信を虚勢と笑い飛ばすのは簡単だ。
 なのにそれをさせない奇妙な雰囲気が彼にはあった。
 メスを握る手の平が微かに湿っていることに、リップはようやく気付く。
「けどやり方は悪くなかったぞ。悪かったのはやり方じゃなくて、タイミングだ」
「何を言ってる」
「あともう一時間早く来てたら、勝ってたのはお前だったよ」
 皮下の目が光るのをリップは見た。
 そこに浮かび上がる桜の紋様。
 瞬間、リップは彼を利用する考えを捨てる。
 “マスター!”というシュヴィの声を聞くよりも行動は早かった。
 しかしその声の意味が、マスター殺しを咎めるものでないということは分かっている。
 今のは、リップに危険を知らせるための声だ。
「――な」
 殺意を込めて動かした手が最後の一線を踏み出せない。
 良心の呵責? 躊躇い? 違う。
 本当に、動かないのだ。
 体が金縛りか何かにでも遭ったみたいに固まっている。
“なんだ…これは……?”
 組み伏せた皮下の頭上に黒い何かが渦を巻く。
 実体化したシュヴィがリップに駆け寄り同じくそれを見た。
 そしてちょうどその瞬間である。
 渦の中に浮かび上がるものがあった。
「――――――――か、ッ」
「…! マス、ター……!!」
 それは――瞳だった。
 途方もなく大きな質量を持つ何かの瞳。
 心臓を握られるような錯覚を覚えリップはメスを取り落した。
 しかしそれでもまだ上等だろう。
 "覇王色の覇気"の直撃を受けて曲がりなりにも意識を保っている時点で、人間としては十分に超人の部類だ。
「ごめんなさい…マスター……!」
「っ……いや。助かった、アーチャー」
 間に割って入ったシュヴィがリップを突き飛ばし、皮下と距離を取らせた。
 とっさのこととはいえ乱暴になってしまったことを謝罪するシュヴィだが、もちろん責められる謂れはない。
 彼女はサーヴァントとして最善の行動をした。


953 : Down the Rabbit-Hole ◆EjiuDHH6qo :2021/10/11(月) 01:38:32 QcDrPFuI0
“解析はもういい。とにかく戦闘の備えをしてくれ”
“解析なら、もう終わってる…。渦は門(ポータル)…さっきのは、サーヴァントの放った"気"……!”
 念話を交わす二人をよそに皮下が立ち上がる。
 腕を回し、首を鳴らしながら立つ姿は頼りなくすらあった。
 彼が立ち上がるのに併せて渦が平面から立体に変わる。
 覗く瞳は相変わらずだ。
 ただ覗かれている、視られているだけなのに…全身の毛穴が総毛立つ。
 蛇に睨まれた蛙とはもしかするとこんな感覚なのかもしれなかった。
「おー、いててて。危うくゲームオーバーになっちまうとこだったぜ」
「動かないで」
 今度はシュヴィが皮下にその言葉を吐く。
 妙な行動を取れば容赦しないと、彼女は言外にそう言っていた。
 なるべくなら相手のマスターは巻き込みたくない、その思いに変わりはない。
 だが……この男には、そんな甘いことは言ってられない。
 シュヴィも一歩遅れて、リップと同じくそう理解した。
「何かしたら…すぐに、撃つ。この間合いなら……こっちの方が、速い……」
「何もしないさ。あっちの兄さんが怖すぎるからな」
 両手を上げて降参のジェスチャーをするが、それは背後に規格外の巨大質量を構えながらする仕草ではない。
 しかしながら、皮下に交戦の意思がないこと自体は事実だった。
 その理由もまた今彼が言った通りだ。
 リップの能力、不治。
 それがある限り、皮下は少なくともこの至近距離で彼らを敵に回す気にはならなかった。
“助かったぜ〜総督。あのまま切られてたらマジで詰んでたわ”
“脇が甘ェんだ、お前は”
 呆れたような声が異界から響く。
 本当に危なかった。
 もしも"総督"の不在時にリップの襲撃を受けていたなら、皮下は言葉通り本当に詰んでいただろう。
「話をしようぜ。お互いにとって旨みのある、対等な話を」
 しかし皮下は運がよかった。
 運よく、タイミングよく…生き延びることが出来た。
 であればその幸運はやれるだけしゃぶり尽くすべきだろう。
 敵意満面のシュヴィとリップに背を向けて、皮下は一人渦の中へと足を踏み入れる。
「その気があるなら付いて来な。ウチの総督(サーヴァント)も大歓迎だそうだ」
 その言葉を残して、皮下真の姿が消える。
 残されたのはリップとシュヴィだけだ。
 だが…皮下が消えた後も、彼の入っていった渦は不気味にその場に残っていた。
「マスター…行く、の……?」
「……ああ。リスクはあるが、此処では退けない」
 皮下を一方的に支配下に置くのが最善であったのは確かだ。
 それに失敗したのなら、潔く退くのが安牌というのも納得出来る理屈ではある。
 しかし皮下が持つ、リップの想定していた以上の戦力…それは此処で切り捨ててしまうには少々惜しいものだった。
「ついてきてくれ、シュヴィ。お前の力が必要だ」
「ん…。シュヴィは、マスターのサーヴァントだから……
 マスターが行く、なら……何処にでも、ついてくよ……?」
「…そうか。ありがとな、シュヴィ」
 健気な従者に短く礼を言って。
 リップも皮下に続いて、異界に続く渦へと足を踏み出した。


954 : Down the Rabbit-Hole ◆EjiuDHH6qo :2021/10/11(月) 01:39:34 QcDrPFuI0
    ◆ ◆ ◆

「よ〜う! 来てくれると思ってたぜ不治! アーチャーちゃん!!」
「喧しい黙れ馴れ馴れしい。俺はお前の仲間になったつもりも軍門に下ったつもりもねぇぞ」
「ちゃん付け…やめて……うさん、くさい……ていうか、キモい……虫唾が、走る………」
「ひどくね?」
 渦を越えた先は何か建物の中だった。
 内装は和風。
 しかし現代の価値基準に照らし合わせれば時代錯誤……つまり古い。
 江戸時代とかその辺りの文化が前面に押し出された、そんな装いとなっていた。
「心の傷も不治なの? だったら俺の聖杯戦争、此処で終わったかもなんだが」
「何処に向かってるんだ?」
「スルーかよ。…まあいいか。そりゃ、この城の主の所だよ」
 やはりなとリップは思う。
 城の主。つまり、皮下真のサーヴァント。
 空間越しの視線だけでリップをあわや昏倒まで追い込みかけた何者か。
 此処までの道中でシュヴィの意見も聞いている。
 シュヴィはあれを、こう評した。
 "異常な質量と密度を持った、天体にも似た何か"…と。
“分かっちゃいたが大博打だな。最悪此処が死地になるか”
 アンダーで過ごした戦いの日々でもそうそう感じなかった次元の緊張感。
 それを感じながらリップは皮下に続いていく。
 シュヴィはそんなリップの隣を歩きながら、時折心配そうに彼のことを見つめていた。
「一応釘を刺しとくけどな。戦おうとは考えない方がいい」
 皮下の声にずっとあった軽薄さがその時だけは鳴りを潜めた。
 本心からの忠告であることが、皮肉にも理解出来てしまう。
「今はそこまで酔ってないが、それでも根本的には話の通じないイカれたオッサンだ。常に地雷原の上を歩いてると思っといてくれ」
「ずいぶん親切に忠告してくれるな。上司気取りか?」
「まさか。おたくは誰かに飼われるようなタマじゃないだろ? 目ぇ見りゃ分かるよ」
 足音だけが、城の中に続いていく。
 大きな扉が見えてきた。
「俺としては、おたくとはビジネスライクな関係を維持していきたいと思ってる」
「ハッ。そんなに"不治"が怖いか?」
「あぁ怖いね。つーか怖がらない奴いねえだろ、反則もいいとこだ。多少奔走してでも味方に置いておきたいと考えるのは当然じゃねー?」
 一行の足が扉の前で止まる。
 皮下が扉を開ければ、ごごごごご、という重厚な音が城の中に響き渡った。
 その瞬間、扉の向こうから殺到する重圧。
 しかしそれも、あの時リップが浴びた"覇気"に比べればそよ風程度のそれでしかない。
「お〜っす、来たぜ総督。それに大看板共。今回のビジネス相手だ」
 皮下に続く形で大広間に入る二人。
 そこに入るなり、まず真っ先に目に入ったのは…さっきの瞳の主と思しきサーヴァントだった。


955 : Down the Rabbit-Hole ◆EjiuDHH6qo :2021/10/11(月) 01:40:33 QcDrPFuI0
“……ッ”
 鬼が胡座を掻き酒を呷っていた。
 しかしその背丈は明らかに尋常のそれではない。
 立ち上がれば果たしてどれほどの丈になるのか。
 考えるだけで馬鹿馬鹿しいような巨体が、王としてそこに君臨していた。
“シュヴィ”
“……何?”
“勝てるか?”
“――"全典開"を前提とするのなら、二割弱。使わないのなら、限りなくゼロ”
 そうか、とリップは会話を打ち切る。
 予想はしていたが、とんでもない怪物だった。
 目に見えるステータスの高さははっきり言って頭抜けている。
 シュヴィが言った異常な質量という形容が正しいことをリップは本能的に理解した。
「気安いな、皮下。貴様の物言いはいつも不快だ」
 だが……。
 問題は彼だけではない。
 彼の他にも、この場には三体――異常な存在が同席していた。
「そうカッカすんなよキング。同じ陣営の仲間同士だ、仲良くしようぜ〜?」
「ムハハハハ! そうだぜバカ野郎! 俺はともかくテメェは皮下よりも格下だろ!!」
「自虐か? 悩みがあるなら相談に乗るぞ、クイーン」
 漫才のようなやり取りを交わした末、互いにガンを飛ばし合う二体。
 翼竜を思わす翼の生えた男と肥満体の男。
 そのどちらもが人間の規格を明らかに超えた図体の持ち主だった。
 そして……そのどちらもが、サーヴァントに匹敵する巨大な魔力反応を発していた。
“確かに大した戦力だ。魔力の消耗を鑑みて、普段はこっちに隔離してるってとこか……”
 シュヴィは既に解析を済ませているだろう。
 その結果は後で聞くとして、今は目の前の状況に集中する。
 鬼を見据えるリップの目を、鬼がじろりと見返した。
 数秒の沈黙があってから鬼は皮下へ視線を向ける。
「すぐにおれを呼べよ。お前が殺されたらおれ達まで共倒れになっちまうだろうが」
「あんたが出たら病院までぶっ壊しちまうだろ? まだ捨てるには早いと思ってな」
「物持ちのいい野郎だ」
 それで――。
 そう言い、鬼が再びリップを見た。
「お前が"不治"か?」
「そうだ。そういうお前は何のクラスだ」
「ライダーだ。……そいつは?」
「アーチャー」
 リップは物怖じせず受け答えしている――ように見える。
 とはいえ彼も人間だ。
 その背には汗が伝い、緊張は喉をカラカラに渇かしていた。
 だがそれでも緊張と畏怖の色を滲ませないのは、ひとえに甘く見られないための努力。
 これに舐められれば、侮られれば手痛い損害を被ることになる。
 そう分かっているからこそ敢えて生意気な強者を演じる。
 その意図を見抜いているのかいないのか、鬼…ライダー、カイドウは「ウォロロロロ…!」と奇矯な笑い声をあげた。
「皮下ァ。お前、いい人材を連れてきやがったな」
「だろー? 絶対役に立つぜ、こいつ」
「ああ。まず、おれの覇王色に耐えたってのが気に入った」
 ぐびぐびと手元の盃を傾け中身を呷り。
 酒で濡れた口元を拭いながら、カイドウがリップを見やる。
「――おい、小僧。お前…おれの部下になれよ」
「ならない」
「ほぉう」
 勧誘はしかし、即答の却下で返された。


956 : Down the Rabbit-Hole ◆EjiuDHH6qo :2021/10/11(月) 01:41:14 QcDrPFuI0
 リップに向く眼光が圧力を増す。
 この場に居合わせた三体の大看板も、いずれもリップを睥睨した。
 人間が背負うには重すぎる圧力を前にしても、リップはその威勢を保つ。
 元気付けようとしてか、シュヴィがきゅっと彼の手を握った。
 笑ってしまいそうなほど愚直な励ましだったが、その効果は意外なほど大きかった。
 手から伝わってくる信頼の熱が、リップの心に吹く臆病風を単なる微風にまで貶める。
「勘違いするな。俺には俺の願いがある。俺は、俺の願いを叶えるために此処にいる」
「叶わねェよ。おれがいる」
「お前も殺す。界聖杯を獲るのは俺達だ」
 部下になる?
 寝言は寝てから言え。
 リップは思い、反吐を出すように言葉を吐いた。
「ビジネスとしてなら手を組んでやる。だが、俺達とお前達は対等だ。主従関係がお望みなら他を当たれ」
 確かに、目の前の鬼は強大だ。
 通常の聖杯戦争基準で考えれば相当以上に強大であろうシュヴィ。
 その全力をして勝率は二割がせいぜいという、圧倒的なまでの力。
 そしてそれに付随する大看板その他の戦力。
 敵に回すと考えただけで馬鹿らしくなるような怪物の群れ。
 しかしそれでも、リップに願いを諦めさせるには足りない、足りなすぎる。
「ほざいたな、小僧。今此処でおれに殺されてェか」
「そのつもりならそうすればいい。だがそうするなら、損をするのはお前の方だ」
 リップは、神を殺すと決めた身なのだ。
 そんな男がどうして、今更英霊一騎に怖じ気付くのか。
「俺達と敵対すれば、お前達は不治を敵に回すことになる。
 そして当然、俺のアーチャーの力を借りることも出来ないわけだ」
「……」
「俺達は全力で抵抗する。たとえ負けるにしろ、お前の戦力をやれるだけ削ぎ落としてから死んでやる。
 ――そこまでされて勝っても、お前達が得るものは何もない。残りの二十一騎との戦いが苦しくなるだけだ」
 リップは確信していた。
 此処で弱みを見せれば、喰える存在だと思われれば、自分達は全てを搾取されると。
 こいつらは恐らく現状最も有力な勝ち馬だ。
 戦力面でも個人の戦力でも度を越している。
 利用しない選択肢はない。
 だが、利用されるのは御免だ。
「強欲だな。ならお前はおれ達に何を求める?」
「言った筈だ。"対等"だよ、ライダー。そして皮下」
 一方的に利用してやるなどと大きく出るつもりはない。
 下手に欲を掻けば喰われるのはこちらだ。
「力を貸す。だから力を貸せ。俺から持ちかけるのはそれだけだ」
「……だってよ。どうする〜? 総督」
 皮下に決断を求められたカイドウはやはり笑って。
 それから、空になった盃をぐしゃりと握り潰した。
 ず、とそんな擬音が似合う動作で立ち上がって、カイドウはリップ達を改めて睥睨する。
 その上で口を開き彼は言った。


957 : Down the Rabbit-Hole ◆EjiuDHH6qo :2021/10/11(月) 01:42:14 QcDrPFuI0
「気に入った。いいぜ、手を組んでやるよ」
「いい返事が聞けて何よりだ。こっちとしても、お前みたいなのとはなるだけ敵対したくなかったからな」
「ただしだ。このおれにあれだけ大見得を切ったんだ」
 カイドウの眼差しとリップの眼差しが再び交差する。
 それでも怯まず立つリップに、カイドウは笑みをより深くした。
「失望だけはさせるんじゃねェぞ。その時は…虫ケラみてェに殺してやるよ」
「こっちのセリフだ。期待を裏切るなよ、ライダー」
 答えたリップの手を。
 シュヴィが、より強く握りしめてくれた。

    ◆ ◆ ◆

“付き合ってくれてありがとな、シュヴィ”
“シュヴィは、マスターのサーヴァント……一緒にいるのは、当然だよ……?”
“……それでもだ。助けられたよ、お前には”
 カイドウの元を去り、再びリップとシュヴィは皮下の後に続いていた。
 皮下によれば、彼の主立った研究設備はこの固有結界の内に置いているらしい。
 であればリップが皮下を尋ねた一番の目的である、例の麻薬の量産についての話をするタイミングは此処だと踏んだ。
 皮下に地獄への回数券(ヘルズ・クーポン)について聞かせたところ彼はえらく食い付いた。
 その有用性はどうやら、本職の人間からしても無視出来ないものだったようだ。
“……マスター”
 皮下とカイドウ。
 強大な彼らと手を組んだ恩恵は大きいが、同時にリスクも大きい。
 関わった時間はごくわずかだがそれでも分かる。
 皮下は自分達の勝利のためならばどんな犠牲も許容する人間だ。
 気を抜けば使い潰される。
 彼らの駒として利用された末に死ぬことになる。
“ほんとに、だいじょうぶ……?”
“…ああ。大丈夫だよ、シュヴィ。俺は奴らになんか喰われない”
 大いなる力には代償が伴う。
 リスクは大きいが、その分得られる恩恵もでかい。
 皮下が従えるライダーと、彼の宝具に内包された数多くの戦力。
 あれだけの力を友軍に出来るというだけでも勝利の高みに大きく近付ける。
 リップは決めた、リスクは受け入れると。
 その上で、これまでと依然変わらず勝利を求めると。
“俺を信じてくれ。俺に、ついてきてくれ”
“…わかった。でも……無理はしないでね、マスター”
 この身に感じる、シュヴィの視線。
 それに乗る思いが強まったのをリップは確かに感じた。
 感じた、けれど――。
“マスターが苦しいと…シュヴィも、くるしいよ”
 ……最後のその言葉にだけは。
 どう答えればいいか、分からなかった。

【新宿区・皮下医院(鬼ヶ島内部)/一日目・夕方】
【リップ@アンデッドアンラック】
[状態]:健康
[令呪]:残り3画
[装備]:走刃脚、医療用メス数本
[道具]:ヘルズクーポン(紙片)
[所持金]:数万円
[思考・状況]
基本方針:聖杯の力で“あの日”をやり直す。
1:皮下陣営と組む。一方的に利用されるつもりはない。
2:敵主従の排除。同盟などは状況を鑑みて判断。
3:地獄への回数券(ヘルズ・クーポン)の量産について皮下の意見を伺う。
4:ガムテープの殺し屋達(グラス・チルドレン)は様子見。追撃が激しければ攻勢に出るが、今は他主従との潰し合いによる疲弊を待ちたい。
[備考]
※『ヘルズ・クーポン@忍者と極道』の製造方法を知りましたが、物資の都合から大量生産や完璧な再現は難しいと判断しました。
 また『ガムテープの殺し屋達(グラス・チルドレン)』が一定の規模を持った集団であり、ヘルズ・クーポンの確保において同様の状況に置かれていることを推測しました。

※ロールは非合法の薬物を売る元医者となっています。医者時代は“記憶”として知覚しています。
 皮下医院も何度か訪れていたことになっていますが、皮下真とは殆ど交流していないようです。

【アーチャー(シュヴィ・ドーラ)@ノーゲーム・ノーライフ】
[状態]:健康
[装備]:機凱種としての武装
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:叶うなら、もう一度リクに会いたい。
0:…マスター。シュヴィが、守るからね。
1:マスター(リップ)に従う。いざとなったら戦う。
2:マスターが心配。殺しはしたくないけと、彼が裏で暗躍していることにも薄々気づいている。
3:フォーリナー(アビゲイル)への恐怖。
4:皮下真とそのサーヴァント(カイドウ)達に警戒。


958 : Down the Rabbit-Hole ◆EjiuDHH6qo :2021/10/11(月) 01:43:50 QcDrPFuI0
    ◆ ◆ ◆

 リップの襲撃を受けた時、皮下は心底驚いた。
 皮下医院の周囲はアオヌマが、中はチャチャが監視している。
 にも関わらずそれを全て貫通し、自分の元に敵が直接やってくるとは思わなかったのだ。
 しかし、それで部下達を責めるのは酷というものだ。
 皮下はそう考えていたし、実際今回のは不幸な事故のようなものだと思うことにしていた。
“アーチャーちゃんの能力だろうなぁ、十中八九……”
 アオヌマの監視を掻い潜るだけならば出来なくはないだろう。
 だがチャチャのシステムによる監視を欺くとなれば話は大きく変わってくる。
 そこまでくれば異能の領域だ。
 皮下の見立てでは、アーチャーが何らかの能力を用いてシステムに干渉。
 夜桜の技巧派とすら張り合える能力を持つと見越したチャチャをも欺く力を発揮し、誰にも気付かれることなく自分の元に辿り着いた。
 なかなかどうしてゾッとしない話だったが、これが妥当な結論だろうと考えていた。
“まぁでも、怪我の功名も大きかった。九死に一生を得た形だな”
 不治の異能。
 実際にその効果を確認したわけではないが、それでも彼が噓をついているようには見えなかった。
 不治は使える。
 戦力として抱えておくに越したことはない。
 それにチャチャの監視をも欺いてみせたあのアーチャーもそうだ。
 彼女に一体どれだけの力が秘められているかはまだ未知数だが……カイドウにあれだけ大見得を切ってのけたのだ。
 少なくとも弱いサーヴァントではまずあるまい。
 それどころか、ともすればカイドウにすら届くポテンシャルを秘めたサーヴァント。
 皮下はリップの従えるアーチャーのことをそんな風に分析していた。
 そして……リップと組むことで得られる甘い汁はそれだけには留まらない。
“超人化の効能がある麻薬ねぇ。これは正直、予想だにしない拾い物だったな”
 リップが皮下に打ち明けてきたとある麻薬。
 まだその詳細を分析するまでには至っていないものの、何でも"超人化"の効能がある薬物らしい。
 皮下とてアプローチは違えど広く見れば同じ分野を追い求めてきた人間だ。
 無視することなど出来る筈もない、美味しい話だった。
“もしもその効き目が本当なら……出どころも含めて調査していきたいところだな”
 量産の話についてはとりあえずクイーンとも相談しなければなるまい。
 だが前向きに検討したいと皮下はそう考えていた。
 皮下とカイドウが目指すのは戦力の増強。
 いずれ来たる鬼ヶ島の顕現と同時に聖杯戦争を制圧出来るだけの兵力。
 その理想を満たす上で、リップの手土産は大きな助力になりそうだった。


959 : Down the Rabbit-Hole ◆EjiuDHH6qo :2021/10/11(月) 01:44:12 QcDrPFuI0

 ――皮下医院を舞台に嵐は育つ。
 いつか東京を覆うかもしれないその嵐はまだ、誰も知らない異空の彼方に。

【皮下真@夜桜さんちの大作戦】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:?
[道具]:?
[所持金]:纏まった金額を所持(『葉桜』流通によっては更に利益を得ている可能性も有)
[思考・状況]
基本方針:医者として動きつつ、あらゆる手段を講じて勝利する。
1:戦力を増やしつつ敵主従を減らす。
2:病院内で『葉桜』と兵士を量産。『鬼ヶ島』を動かせるだけの魔力を貯める。
3:沙都子ちゃんとは仲良くしたいけど……あのサーヴァントはなー。怪しすぎだよなー。
4:全身に包帯巻いてるとか行方不明者と関係とかさー、ちょっとあからさますぎて、どうするよ?
5:283プロはキナ臭いし、少し削っとこう。嫌がらせとも言うな? 星野アイについてもアカイに調べさせよう。
6:灯織ちゃんとめぐるちゃんの実験が成功したら、真乃ちゃんに会わせてあげるか!
7:峰津院財閥の対処もしておきたいけどよ……どうすっかなー? 一応、ICカードはあるけどなぁ。
[備考]
※咲耶の行方不明報道と霧子の態度から、咲耶がマスターであったことを推測しています。
※会場の各所に、協力者と彼等が用意した隠れ家を配備しています。掌握している設備としては皮下医院が最大です。
 虹花の主要メンバーや葉桜の被験体のような足がつくとまずい人間はカイドウの鬼ヶ島の中に格納しているようです。
※ハクジャから田中摩美々、七草にちかについての情報と所感を受け取りました。
※峰津院財閥のICカード@デビルサバイバー2、風野灯織と八宮めぐるのスマートフォンを所持しています。

※虹花@夜桜さんちの大作戦 のメンバーの「アオヌマ」は皮下医院付近を監視しています。「アカイ」は星野アイの調査で現世に出ました。「チャチャ」は「アオヌマ」と共に監視していますが、他にも役割があるかもしれません。
※風野灯織&八宮めぐる@アイドルマスターシャイニーカラーズは皮下に拉致されて、鬼ヶ島でクイーンの実験を受けている最中です。


【ライダー(カイドウ)@ONE PIECE】
[状態]:健康
[装備]:金棒
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:『戦争』に勝利し、世界樹を頂く。
1:鬼ヶ島の顕現に向けて動く。
2:『鬼ヶ島』の浮上が可能になるまでは基本は籠城、気まぐれに暴れる。
3:リップは面白い。優秀な戦力を得られて上機嫌。
4:リンボには警戒。部下として働くならいいが、不穏な兆候があれば奴だけでも殺す。
5:アーチャー(ガンヴォルト)に高評価。自分の部下にしたい。
[備考]
※皮下医院地下の空間を基点に『鬼ヶ島』内で潜伏しています。


960 : Down the Rabbit-Hole ◆EjiuDHH6qo :2021/10/11(月) 01:44:31 QcDrPFuI0
投下終了です


961 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/11(月) 06:44:55 689y/Cvo0
皆様、投下お疲れ様です!

>霽れを待つ
弓にちかに続いて、騎にちかも確実に前を進みつつありますね!
プロデューサーさんとも話ができるようになり、アッシュを通じて確実に味方が増えるようになって、上手くいけば283プロのみんなとも合流できる希望が芽生えそうですね! 
梨花ちゃんをホテルに入れるようにした上に、きちんと信用されるようになったアッシュの交渉術は本当に凄いです。
梨花ちゃんや武蔵さんからもひとまず組めましたが、ホテルに集まったみんなの知らない所でプロデューサーさんに危機が迫っているのが不安ですね……

>Down the Rabbit-Hole
あの皮下すらも相手にあと一歩という所まで立ち回るリップでしたが……やっぱり覇王色の覇気は侮れないですね。
ただ、カイドウを前にしてもリップは意識を保って、決して服従しないので本当に強い。
傍らにはシュヴィも優しく寄り添ってくれるからこそ、リップも戦えるのでしょうが……それでも、シュヴィの苦しみを癒しきれないことがどこか切ないです。
そしてリップの口からヘルズクーポンについても聞いてしまったので、鬼ヶ島の戦力がますます増えそう……


962 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/11(月) 07:22:22 689y/Cvo0
峰津院大和&ランサー(ベルゼバブ)
予約を含めて、ゲリラ投下をします。


963 : ハッピースイーツライフ ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/11(月) 07:23:15 689y/Cvo0

「…………ゆ、許せん…………」

 唐突に、ランサーのサーヴァント・ベルゼバブは不満をこぼした。
 タブレットを手にして震えている。
 よく見ると、ベルゼバブの表情も憤怒で染まっていた。何がこの男の逆鱗に触れたのか?
 まさか、スナック菓子とレッドブルが尽きたことに不満を抱いているのか?

「…………板橋区の住宅街を、壊滅させただと…………!?」
「そのようなニュースが流れているな」

 空を飛ぶ青龍により、板橋区が破壊されたとネットで話題となっている。
 これも聖杯戦争であり、街を破壊した青龍はサーヴァントだろう。その後、霊体化をされたことで、行方をくらましたが。
 どうも、聖杯戦争の予選期間中にも、この青龍は各所を破壊していた。巻き込まれた敵対主従も少なからず存在する。
 いつかは我が峰津院財閥……ジプス本部にも牙を剥くだろう。

「……奴は、余の手で叩き潰さねば気が済まん……!」
「何故だ?」
「板橋区の人気スイーツとやらを…………余から奪ったのだからなッ! 余はまだ口にしていないのだぞ!」

 ベルゼバブの叫びが私の耳に響く。
 人気スイーツ店を潰された恨みが原動力に、板橋区を破壊した青龍の打倒を決意している。
 ……私にとっては、実にどうでもいいことだった。
 無論、それを言葉に出しては、ベルゼバブは怒り狂うだろう。

「余はネットを調べ、知ったのだ……この東京23区には、未知のスイーツが無数にあることを」
「後で私の手で用意してやる」
「阿呆が!」
「何ッ!?」
「スイーツとは、直に出向いて食してこそ…………旨味が増す! ならば、余が直々に買いに行くのが道理だろう!? これを見ろッ!」

 憤りながらも、ベルゼバブはタブレットの画面を突き付ける。
 平民の学生、またはアイドルと思われる少女が、人気スイーツを堪能している記事が載っていた。
『観光先で食べるメチャうまスイーツ!』という派手な見出しもある。

「……これが、どうした?」
「フン。余は羽虫を買いかぶり過ぎていたようだ…………自らの力で手に入れ、しかるべき場所で食してこそ、スイーツの旨味は増すことがわからんのか!? その機会を、あの羽虫は余から永遠に奪い取ったのだぞ!」
「……………………」

 ただの煽り文句を本気で受け取るベルゼバブに、私は絶句した。


964 : ハッピースイーツライフ ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/11(月) 07:23:46 689y/Cvo0
「…………貴様、聖杯戦争と娯楽のどちらが大事なんだ?」
「聖杯は聖杯、文化は文化……比較対象になると思ったのか?」

 正論だが、この男にだけは言われたくない。
 圧倒的なステータスに比例するほど、傲慢な態度のベルゼバブだ。

「食と共に動画サイトも堪能する……これはこれで、悪くない娯楽だ」

 フフッ、と得意げに笑っている。
 この男が持っているタブレットは私の所有物だったはずだが、返却する素振りは見せない。いつの間にか奪われた挙句、『もっと用意しろ!』などと言い出す始末だ。
 仕方がないので、ベルゼバブには合計で5台ものタブレットを渡しているが……オンラインゲームだけでなく、動画サイトの視聴にも使っていた!
 無論、情報収集には動画も必要不可欠だ。
 しかし、ニュースと平行して、ベルゼバブはアニメなどのサブカルチャーを視聴している。
 どのような経緯か、『プリンセスシリーズ』という女児アニメもタブレットで見ていた。しかも、複数のシリーズを、4台の端末で同時視聴すらしている。

「この予選期間中、『プリンセスシリーズ』とやらを視聴した。余の頭脳さえあれば、一ヵ月で全話視聴をするなど造作もない」
「それがどうした」
「EDのダンスとやらも、余は完璧に覚えたぞ。この最強の肉体であれば、羽虫ども以上に軽やかに舞えるのだ!」

 どう反応すればいいのか。
 確かにベルゼバブが誇る知性と身体能力があれば、踊りの一つや二つなど軽くマスターできるだろうが、聖杯戦争の最中に覚えられても困る。
 トレーニングルームでは、奇妙な動きと共にベルゼバブが歌っていた日もあったが……まさか、ダンスの練習をしていたのか?

「そして、渋谷区に現れたと言われる『プリミホッシー』とやら……あれは不敬だ」
「何がだ」
「不敬だと言っておるのだ。プリンセスを自称するのであれば、余の領域に至るまでの強さと美しさが必要だ……余こそが、プリンセスとしてふさわしい神秘的な格をまとっているとは思わないか」
「……絶対にやめてくれ」

 威風堂々としたベルゼバブの発言だが、もはや狂気の沙汰だ。
 時として、アニメや漫画の影響を大きく受ける平民がいると聞いたことがある。まさか、ベルゼバブもアニメの影響で、プリンセスとやらに憧れたのか?
 ……この巨体で、華やかな衣服や飾りを着飾るなど、考えただけでも頭が痛い。
 一歩間違えたら『羽虫よ! 余をプリンセスシリーズに登場させるよう、アニメ会社に圧力をかけるのだ!』と、ベルゼバブは言い出すのではないか?
 ましてや、私のサーヴァントであることを知られては、誇りが地の底にまで落ちる。
 この東京で糸を張り巡らせる蜘蛛からも嘲笑されるはずだ。


965 : ハッピースイーツライフ ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/11(月) 07:26:48 689y/Cvo0
「そういえば……そのプリンセスとやらは、神戸あさひと共に行方をくらましたようだな」

 私は話題を変える。
 夕方になってから、ネットでは神戸あさひという少年で炎上を起こしていた。 
 連続失踪事件の犯人や、薬物中毒者などの噂が流れている。そんな神戸あさひの元には、プリンセスを名乗る人物が現れたそうだ。
 そして、神戸あさひと共に姿を消したらしいが、発言しているのは社会に甘えたクズらしい。
 そんな不確実の情報など、悪質なデマの可能性が非常に高かった。
 愚民どもならともかく、私が踊らされるわけにはいかない。

「調査をしているのか」
「警察に任せればいい。たった一人の少年に、わざわざジプスが関与することもないだろう。もちろん……この少年が聖杯戦争のマスターである可能性は充分にある。数時間前、失踪が騒がれていた白瀬咲耶とやらみたいにな」
「何者かが、意図的に騒ぎ立てたのだろう」
「あぁ。ただのNPCであれば、ここまで炎上させる必要はない。マスターであると特定した人物を標的にして、確実に仕留めることが目的だ。我々が探るべきは、この炎上が誰の差し金なのか……それだけだ」

 ただのアイドルに過ぎない白瀬咲耶と、ただの少年に過ぎない神戸あさひ。
 白瀬咲耶は283プロダクションに所属するアイドルであり、周囲を探れば何か情報が出てくるだろう。調査の価値はあるが、現状では優先させるべき敵は多くいる。
 神戸あさひも同様だ。彼はあくまでも餌に過ぎず、私が探るべきは騒動の裏に隠れている存在だ。
 それこそ、我が財閥を探っている蜘蛛の可能性もあるが……情報が足りなすぎる。
 既に他マスターに狙われている以上、神戸あさひにジプスの構成員を差し向けても、戦いに巻き込まれて人材を浪費するだけ。

「なら、『プリミホッシー』を名乗る羽虫はどうするつもりだ」
「そんな訳の分からない奴など探しようがない。諦めろ」

 サーヴァントの可能性もあるが、居所がわからなければどうしようもない。
 私からすれば理解しがたく、今だけはセプテントリオンと同等に厄介な存在と呼べる。
 ……これ以上、妙な対抗意識を燃やさないよう、私がベルゼバブの手綱を引くべきだった。

「……そんなにスイーツが食べたければ、今から私が用意しよう。迫に連絡する」
「フン……よかろう。それで妥協をしてやる」

 不承不承ながらも、ベルゼバブは受け入れたようだ。
 このビルの一階にはちょうど高級スイーツ店が存在するので、私は迫にスイーツの手配をさせた。


966 : ハッピースイーツライフ ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/11(月) 07:34:26 689y/Cvo0
 先の予選期間中、あの男の身勝手さは痛感したつもりだが、まさかこんな時にスイーツを食べると言い出すとは思わなかった。
 だが、ここで下手に断っては、ベルゼバブが癇癪を起こして街を破壊する危険は充分に高い。
 既にジプスの構成員が失踪してる今、ICカードが奪われているかもしれない。
 その調査のため、迫真琴を連れて皮下医院に出向く予定だったが……まさか、ベルゼバブが気まぐれを起こすとは。

(仕方ない……迫に連絡を取って、皮下医院の調査を少し遅らせよう)

 サーヴァントなしに、敵地に突っ込むなど無謀極まりない。
 私はジプスの局員の中で実力が高い3人に、聖杯戦争について話している。
 迫真琴(サコマコト)、そして菅野史(カンノフミ)と柳谷乙女(ヤナギヤオトメ)だ。史と乙女は大阪で活動しているが、この聖杯戦争では東京に配置されている。
 自分たちが、いずれ消えゆく運命にある命と知って、当然ながら3人は驚いた。もっとも、そこまで動揺せず、すぐに受け止めたが。
 彼女らが所有する悪魔召喚プログラムも再現されていたが、火力は元の世界に比べて著しく低下している。
 凡人程度のマスターであればともかく、サーヴァントとの戦いではダメージが期待できない。
 邪魔なNPCを排除する程度の戦力として考えるしかなかった。
 一般局員には聖杯戦争の真実について伝えていない。全員が運命を受け止めきれるとは限らず、発狂する恐れがあったからだ。
 故に、ベルゼバブの存在を知っているのは、ほんのごく一部だ。先程、真琴を前にベルゼバブは霊体化をしたものの……本線開始後に真実を知らせている。
 史は敵対マスター及びサーヴァントの研究、乙女は聖杯戦争に沿った医療体制の構築……それぞれのロールの都合上、真琴よりも早いタイミングで伝えていた。
 数分ほど経って、迫真琴が持ってきたスイーツを口に含んだベルゼバブは……

「この舌触りと、余にこそふさわしい上品な甘み……なるほど、この文化もまた一興か」

 ひとまず、満足したようだ。
 私から奪い取ったタブレットを操作して、口コミサイトでレビューをしている。
 どうやら、『BABU』というハンドルネームと共に、スイーツ店に高評価を付けているようだ。
 ……その一方、心底から同情した目つきで、迫真琴は私を見つめていた。



【新宿区・どこかのビル/一日目・夕方】

【峰津院大和@デビルサバイバー2】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:宝具・漆黒の棘翅によって作られた武器をいくつか
[道具]:悪魔召喚の媒体となる道具
[所持金]:超莫大
[思考・状況]
基本方針:界聖杯の入手。全てを殺し尽くすつもり
1:ロールは峰津院財閥の現当主です。財閥に所属する構成員NPCや、各種コネクションを用いて、様々な特権を行使出来ます
2:グラスチルドレンと交戦しており、その際に輝村照のアジトの一つを捕捉しています。また、この際に、ライダー(シャーロット・リンリン)の能力の一端にアタリを付けています
3:峰津院財閥に何らかの形でアクションを起こしている存在を認知しています。現状彼らに対する殺意は極めて高いです
4:東京都内に自らの魔術能力を利用した霊的陣地をいくつか所有しています。数、場所については後続の書き手様にお任せします。現在判明している場所は、中央区・築地本願寺です
5:ベルゼバブや迫真琴と共に、皮下医院を調査するつもり……だったが…………
6:白瀨咲耶、神戸あさひと不審者(プリミホッシー)については後回し。炎上の裏に隠れている人物を優先する。
【備考】
※皮下医院には何かがあると推測しています。


※迫真琴、菅野史、柳谷乙女@デビルサバイバー2の3名は、大和から聖杯戦争の真実について知らされたNPCです。
※彼女たちの悪魔召喚プログラムで召喚される悪魔は、いずれも原作に比べて火力がある程度落ちています。


【ランサー(ベルゼバブ)@グランブルーファンタジ-】
[状態]:健康
[装備]:ケイオスマター、バース・オブ・ニューキング
[道具]:タブレット(5台)、スナック菓子付録のレアカード
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:最強になる
1:現代の文化に興味を示しています。今はプロテインとエナジードリンクが好きです。また、東京の景色やリムジンにも興味津々です。限定スイーツも楽しんでいます。
2:狡知を弄する者は殺す。
3:青龍(カイドウ)は確実に殺す。
【備考】
※峰津院大和のプライベート用のタブレットを奪いました。
※タブレットで情報収集を行ったり、動画サイトでサブカルチャーの視聴をしています。
※動画サイトでプリンセスシリーズを全話視聴し、密かに練習を重ねたことで歌とダンスをマスターしました。


967 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/11(月) 07:35:17 689y/Cvo0
以上で投下終了です。


968 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/11(月) 18:52:36 689y/Cvo0
投下させて頂いた「ハッピースイーツライフ」につきまして
ギャグ描写を誇張しすぎという旨のご指摘を受けましたので、修正後に再度の投下をさせて頂きます。


969 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/11(月) 21:42:00 689y/Cvo0
これより修正版を投下させて頂きます。


970 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/11(月) 21:42:19 689y/Cvo0

「…………板橋区の住宅街を、破壊か」

 タブレットを手にしながら、ランサーのサーヴァント・ベルゼバブは呟いた。
 既にスナック菓子とレッドブルが尽きた頃、彼はニュースを確認している。空を飛ぶ青龍により、板橋区が破壊されたと各所で話題になっていた。

「そのようなニュースが流れているな」
「奴もサーヴァントだな」
「どうも、聖杯戦争の予選期間中にも、この青龍は東京の各所で暴れまわっていたようだ。巻き込まれた敵対主従も少なからず存在する」

 破壊活動のたびに、青龍が霊体化をしたことで、行方をくらました。
 無論、ジプスも調査を続けているが、手がかりがまるで掴めない。青龍の手によって、峰津院財閥に関係する施設もいくつか破壊されている。
 放置しては、いつかはジプス本部にも牙を剥くだろう。

「……奴こそは、余の手で叩き潰してやる」
「同感だ。マスターの正体は掴めないが……君の力を借りなければ、到底太刀打ちできる相手ではない」

 私がベルゼバブ程と呼べるサーヴァントを引き当てたと考えると、青龍のマスターも相応の実力者だ。我が峰津院財閥に及ばないにせよ、社会的なロールもそれなりに高いはず。
 そこで私が狙いを付けた場所が皮下医院だ。界聖杯の住民たちからは信頼され、インターネットでも好意的な声が多い。
 だが、この病院に関する死者数は異様なまでに増えており、その中には遺族も含まれている。我が財閥の構成員も調査に出向いたが、行方をくらました。
 ICカードを奪われた挙句、殺害されただろう。拷問の末に機密情報を奪われる可能性もあり得た。

「これより、皮下医院に出向くが……異論はないな」
「ない……蔓延っている羽虫どもごと、叩き潰してやる」

 ベルゼバブは何の躊躇もない。
 今、この男は皮下医院についても調べている。
 この男が持っているタブレットは私の所有物だったが、返却する素振りは見せない。いつの間にか奪われた挙句、『もっと用意しろ!』などと言い出す始末だ。
 仕方がないので、ベルゼバブには合計で5台ものタブレットを渡しているが……複数の端末で、別々のニュースを同時に確認している。

「そういえば……先程、神戸あさひという羽虫も現れたそうだな」

 ベルゼバブは話題を変える。
 夕方になってから、ネットでは神戸あさひという少年で炎上を起こしていた。 
 連続失踪事件の犯人や、薬物中毒者などの噂が流れている。そんな神戸あさひの元には、『プリミホッシー』を名乗る人物が現れたそうだ。
 そして、神戸あさひと共に姿を消したらしいが、発言しているのは社会に甘えたクズらしい。
 そんな不確実の情報など、悪質なデマの可能性が非常に高かった。
 愚民どもならともかく、私が踊らされるわけにはいかない。


971 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/11(月) 21:44:02 689y/Cvo0
「調査をしているのか」
「警察に任せればいい。たった一人の少年に、わざわざジプスが関与することもないだろう。もちろん……この少年が聖杯戦争のマスターである可能性は充分にある。数時間前、失踪が騒がれていた白瀬咲耶とやらみたいにな」
「何者かが、意図的に騒ぎ立てたのだろう」
「あぁ。ただのNPCであれば、ここまで炎上させる必要はない。マスターであると特定した人物を標的にして、確実に仕留めることが目的だ。我々が探るべきは、この炎上が誰の差し金なのか……それだけだ」

 ただのアイドルに過ぎない白瀬咲耶と、ただの少年に過ぎない神戸あさひ。
 白瀬咲耶は283プロダクションに所属するアイドルであり、周囲を探れば何か情報が出てくるだろう。調査の価値はあるが、現状では優先させるべき敵は多くいる。
 神戸あさひも同様だ。彼はあくまでも餌に過ぎず、私が探るべきは騒動の裏に隠れている存在だ。
 それこそ、我が財閥を探っている蜘蛛の可能性もあるが……情報が足りなすぎる。
 既に他マスターに狙われている以上、神戸あさひにジプスの構成員を差し向けても、戦いに巻き込まれて人材を浪費するだけ。

「なら、共に消えた羽虫はどうするつもりだ」
「そんな訳の分からない奴など探しようがない。諦めろ」

 サーヴァントの可能性もあるが、居所がわからなければどうしようもない。
 私からすれば理解しがたく、関わり合いにもなりたくなかった。

「行くぞ、ベルゼバブ」

 そうして、我々は皮下医院を目標に歩みを進めた。


【新宿区・どこかのビル/一日目・夕方】

【峰津院大和@デビルサバイバー2】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:宝具・漆黒の棘翅によって作られた武器をいくつか
[道具]:悪魔召喚の媒体となる道具
[所持金]:超莫大
[思考・状況]
基本方針:界聖杯の入手。全てを殺し尽くすつもり
1:ロールは峰津院財閥の現当主です。財閥に所属する構成員NPCや、各種コネクションを用いて、様々な特権を行使出来ます
2:グラスチルドレンと交戦しており、その際に輝村照のアジトの一つを捕捉しています。また、この際に、ライダー(シャーロット・リンリン)の能力の一端にアタリを付けています
3:峰津院財閥に何らかの形でアクションを起こしている存在を認知しています。現状彼らに対する殺意は極めて高いです
4:東京都内に自らの魔術能力を利用した霊的陣地をいくつか所有しています。数、場所については後続の書き手様にお任せします。現在判明している場所は、中央区・築地本願寺です
5:ベルゼバブと共に、皮下医院を調査する。
6:白瀨咲耶、神戸あさひと不審者(プリミホッシー)については後回し。炎上の裏に隠れている人物を優先する。
【備考】
※皮下医院には何かがあると推測しています。


【ランサー(ベルゼバブ)@グランブルーファンタジ-】
[状態]:健康
[装備]:ケイオスマター、バース・オブ・ニューキング
[道具]:タブレット(5台)、スナック菓子付録のレアカード
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:最強になる
1:現代の文化に興味を示しています。今はプロテインとエナジードリンクが好きです。また、東京の景色やリムジンにも興味津々です。限定スイーツも楽しんでいます。
2:狡知を弄する者は殺す。
3:青龍(カイドウ)は確実に殺す。
【備考】
※峰津院大和のプライベート用のタブレットを奪いました。
※複数のタブレットで情報収集を行っています。


972 : ◆k7RtnnRnf2 :2021/10/11(月) 21:44:16 689y/Cvo0
以上で修正版の投下を終了します。


973 : ◆0pIloi6gg. :2021/10/12(火) 23:47:15 lCd7vh7g0
皆様投下、また修正お疲れさまです。
感想はまた改めて投稿させていただきます。

スレの残量がそろそろ心許なくなってきましたので、新スレの方を作成させていただきました。
以降の投下は新スレでも、また文量的に間に合いそうであればこちらにそのまま投下していただいても構いません。
どうぞご承知よろしくお願いします。


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