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終末世界ロワイアル

1 ◆87GyKNhZiA:2020/02/27(木) 20:46:33 ID:eeB4uC2Q0

【ウィザーズブレイン】8/8
○天樹錬/○フィア/○黒沢祐一/○ヴァーミリオン・CD・ヘイズ/○デュアルNo33/○セレスティ・E・クライン/○エドワード・ザイン/○イリュージョンNo17

【Fate/Grand Order】6/6
○藤丸立香/○マシュ・キリエライト/○グラン・カヴァッロ/○カドック・ゼムルプス/○オフェリア・ファムルソローネ/○芥ヒナコ

【トライガン・マキシマム】5/5
○ヴァッシュ・ザ・スタンピード/○ニコラス・D・ウルフウッド/○ミリオンズ・ナイブズ/○リヴィオ・ザ・ダブルファング/○雷泥・ザ・ブレード

【Fate/EXTRA Last Encore】5/5
○岸浪ハクノ/○間桐シンジ/○ユリウス・ベルキスク・ハーウェイ/○ダン・ブラックモア/○ありす

【結城友奈は勇者である】5/5
○結城友奈/○東郷美森/○犬吠崎風/○犬吠崎樹/○三好夏凛

【TEXHNOLYZE】5/5
○櫟士/○蘭/○大西京呉/○吉井一穂/○遠山治彦

【ゴッドイーター(アニメ)】5/5
○空木レンカ/○雨宮リンドウ/○ソーマ・シックザール/○アリサ・イリーニチナ・アミエーラ/○ディアウス・ピター

【CODE VEIN】4/4
○ルイ/○ヤクモ・シノノメ/○ミア・カルンシュタイン/○シュウゾウ・ミドウ

【真・女神転生】3/3
○ザ・ヒーロー/○ロウ・ヒーロー/○カオス・ヒーロー

【虫籠のカガステル】3/3
○キドウ/○イリ/○アハト

【灰燼のカルシェール】2/2
○キリエ/○R・ジュヌヴィエーヴ・ナインス

2 ◆87GyKNhZiA:2020/02/27(木) 20:48:50 ID:eeB4uC2Q0


【基本ルール】
・最後の一人になるまで殺し合う。
・生き残った一人には願いを叶える権利が与えられる。
・参加者には首輪がつけられており、爆発すれば基本的に即死する。禁止エリアに一定時間留まるか、強い衝撃を与えることで起爆する。
・三日以内に優勝者が決まらなかった場合全員の首輪が爆発する。

【マップ】
ttps://w.atwiki.jp/kruschtyaequation/pages/10.html
・現地から何かしら調達することはできる。
・基本的には廃墟ばっかり。
・禁止エリアは放送ごとに三つ追加される。

【持ち物】
・基本的に武器や装備は没収される。
・なんでも入るデイパックと一日分の食料と水、タブレット式携帯端末(名簿、地図、現在位置表示、時刻表示、メモ機能などが搭載)、鉛筆消しゴムメモ紙などの文房具、ランダム支給品が一つ〜三つ支給される。

【制限一覧】
おおまかなもの。必要があればその都度追記。基本的には原作に準拠。

『ウィザーズ・ブレイン』
I-ブレインの疲労蓄積速度が上昇
虚無の領域は最大で30mに制限
幻影の継続発動可能時間の大幅な短縮

『Fate/Grand Order』
芥ヒナコの不死性の軽減
クリプター側の三人はサーヴァント連れでも良いが、参戦時期等で単独参戦にしても良い

『トライガン・マキシマム』
ナイブズの能力射程は最大100m程度

『Fate/EXTRA Last Encore』
基本的に全員サーヴァント連れでも構わないが、参戦時期等で単独参戦にしても良い

『結城友奈は勇者である』
いつまでも続けて勇者に変身していられるわけではない

『TEXHNOLYZE』
特になし

『ゴッドイーター(アニメ)』
神機使いは腕輪を没収されず、内部には三日分の偏食因子が備わっている
神機はその持ち主以外が触っても捕食されない
ディアウス・ピターはオラクル細胞による攻撃以外も通じる(ただしオラクル細胞による攻撃以外には強い耐性を持つ)

『CODE VEIN』
不死性を含め制限なし

『真・女神転生』
特になし

『虫籠のカガステル』
特になし

『灰燼のカルシェール』
特になし



予約期間は10日、延長で+7日

3OP・寄せては返す波のように ◆87GyKNhZiA:2020/02/27(木) 20:51:12 ID:eeB4uC2Q0





















 人は皆、己自身が震え立つが如き怪物を飼っている。





















   ▼  ▼  ▼

4OP・寄せては返す波のように ◆87GyKNhZiA:2020/02/27(木) 20:52:08 ID:eeB4uC2Q0





 燃える空は矢のように過ぎ行く。
 朱は濃淡に沈んでいく。
 空気は重く、湿り、血と退廃の臭いを湛えている。
 黒と紅に染まった影が、足元に長く長く伸びていく。
 目に映るのは、ただ。かつて石造りの森であっただろう倒壊したビルディングの群れ、群れ、群れ。

 死に果てた大地。
 文明の残骸。
 あるいは、人という種が築き上げた世界の黄昏か。

『─────沈黙は後退する。
 繰り返す。沈黙は後退する。
 繰り返す。沈黙は後退する。
 繰り返す。沈黙は後退する。
 繰り返す。沈黙は…………』

 レトロなラジオから、罅割れた音声が繰り返し発せられている。
 椅子の上に置かれたラジオ。それは何もかもが崩れ去った世界の中で奇妙なまでに原型を保ち、まるで風景から浮き上がったかのような非現実的な存在感を纏っていた。
 発せられる言語は、音であって声ではなかった。それは大気を揺らすことなく、大気のさざ波は風にはならず、ただ無意味に溶けて消えていく。此処では既に風すらも死んでいるらしい。

「……」

 言葉はない。今やそれに意味はない。
 何もない風景。
 自分しかいない場所。
 一体どのようにして連れてこられたのか。
 彼/彼女には身に覚えがなかった。そうされる謂れも、そうなる理屈も。ならば、今この状況は果たして何を意味するのか。

5OP・寄せては返す波のように ◆87GyKNhZiA:2020/02/27(木) 20:53:30 ID:eeB4uC2Q0

 その時だった。


「ようこそ、世界の果てへ」


 それは、彼/彼女がこの場所で初めて聞いた、意味のある言語だった。







 全ての者がそれを見ただろう。
 鏡台、窓ガラス、水たまり。あるいは川の流れであったり、あるいは磨き抜かれた銀食器の表面でもあっただろう。
 あらゆる「映すもの」に、それは現れた。

 それは影だ。人の持つあらゆる願い、希望、妄念、執着、渇望が澱み凝り固まったかのような漆黒だ。
 影は人の形をして、けれど人ではありえず。その身に纏う濃密な死の気配はおよそ尋常なる人間が発していいものではない。
 死そのものを貌とした男は、文字通りの死相(デッドフェイス)で言葉を紡ぐ。

 黒き死の仮面。
 ここにいない誰かが、そう呟いたような気がした。

「世界の果て、嘆きの壁の向こう側。熾天の檻に非ざる虚構世界に君たちは招かれた。
 碌なもてなしもできないが、心から歓迎しよう。それだけの価値が君たちには存在するのだから」

 感情の見えない声だった。
 あまりにも平坦なそれは、機械というよりは文字通りの死人の声にも聞こえて。
 希望を失ったような声。
 何かを諦めたような声。



「突然のことで混乱している者もいるだろうから、端的に言ってしまおう。
 君たちにはこれから、殺し合いをしてもらう」

6OP・寄せては返す波のように ◆87GyKNhZiA:2020/02/27(木) 20:54:34 ID:eeB4uC2Q0

 にわかに、周囲の空気が殺気立ったような気がした。
 自分以外誰もいないはずなのに。まるで何十人もの人間がそこにいて、影の説明に驚き、糾弾しているかのように。

「君たちは滅びに瀕する、あるいは既に滅びてしまった十一の世界から集められた。
 失われたものは多く、それを取り戻したいと願う者もいるだろう。そして私はその術を手にしている。
 そう、例えば」

 言って、影は大仰に腕を持ち上げ。

「例えば、赤い霧を晴らすことも」

 ───物陰で、赫い瞳が瞬いた気がした。

「例えば、人食いの変異種を一掃することも」

 ───窓の向こうで、虫のさざめきが聞こえた気がした。

「例えば、永遠の灰色雲を取り去ることも」

 ───キィ。
 ───どこかで、魂の軋む音がした。

「私には可能だ。五つの魔法すら私にとっては既知であり、万象は最早私の障害とは成り得ない。
 そうだな。こう言えば君たちのいくらかには通じるかもしれないね。
 上を見たまえ、私は現に"空"を取り戻している」

 空。
 茜色に染まる、夜色に沈もうとしている空。
 見上げた先で、誰かが嗤っているような気がした。

「最後に残った一人には、如何なる願いであっても叶えることを確約しよう。
 願いの善悪を私は問わない。世界の再生、死者の蘇生、過去のやり直し。時間の流れという絶対の束縛さえ、今や私を縛る枷とはならない。
 信じて貰えないかな? それでも構わない。結局のところ、君たちが生きて元の場所へ帰るには自分以外を殺し尽くさねばならないことに変わりはないのだから」

 事の真偽についてはもういいと、影は更に続ける。

「殺し合いをするにあたって、いくつかルールが存在する。
 まず第一に君たちには首輪をつけさせてもらった。ああ、無理に触らないほうがいい。下手に触って壊してしまえば、意外と簡単に爆発してしまうからね」

「そう、その首輪には君たちを殺傷可能な程度の爆薬が仕込まれている。
 君たちの中には頑健さや不死にも近い生命力の持ち主がいるだろうが、それでも無理に外そうとするのは推奨しない。
 無意識のうちにここまで連れてこられた事実が示す意味、それをよく考えてみるといいだろう」

「首輪が起動する条件は三つ。
 一つ、先にも言った通り首輪を無理に外そうとした場合。
 二つ、私が定めた禁止エリアに立ち入った場合。
 三つ、三日以内に最後の一人が決まらなかった場合」

「禁止エリアは6時、12時、18時、0時の6時間ごとに定時放送で伝える。
 この放送では禁止エリアの他に前回放送からの6時間で発生した死亡者の名前も告げるから、注意して聞くことを推奨する」

「君たちには共通してタブレット型の情報端末を支給する。その中には参加者の名簿や地図、時刻表示機能に現在位置の表示機能が備わっている他、殺し合いの詳細なルールも記載されている。
 他にも最低限の水や食料は揃ってあるし、アナログな人間もいるだろうからメモ帳とペンも用意してある。その辺は各自確認してほしい」

「基本的な支給品の他に、君たちには武器になるようなものをランダムで支給させてもらう。
 どうしても参加者間で格差は発生してしまうからね。それを少しでも取り除くための処置だ。寛大な心で受け入れてほしい」

「そしてこれが最後となるが、これから先の三日間において首輪以外に君たちの行動を制限するものは一切ない。
 たった一人孤高に戦っても良いし、徒党を組んでも良い。言葉巧みに騙して背中を刺しても良いし、眠っているところを不意打ちで襲っても咎める者はいない。
 あるいはそう、殺し合いなどしないと声高に叫んで私への反抗を宣言しても良い。襲い来る殺人者から身を守り、この世界からの脱出を目論んでも構わない。
 無論正規の手段───最後の一人になるまで殺す以外、脱出は不可能であると最初に明言しておくがね。そうした行動を私は止めはしない。
 そうした矛盾と対立の流れもまた、新たな闘争の火種を生み出すからだ」

7OP・寄せては返す波のように ◆87GyKNhZiA:2020/02/27(木) 20:55:19 ID:eeB4uC2Q0

 とさり、と何かが落ちる音。
 ふと足元を見遣れば、そこには数瞬前までは存在しなかったはずのデイパックが鎮座していた。

「私からは以上だ。と、言いたいところだが。
 もしかすると、これだけ言っても本気にしない者も中にはいるかもしれない。
 狂言だと、夢だと、何かの悪い冗談だと。
 そうした現実逃避を行う者も皆無とは言い切れない以上、最後にこれだけは実演しておかなければならないだろう」

 言うと、影の傍らにもう一つの小さな影が浮かび上がる。
 それは未だ幼い少年だった。歳の頃は7歳かそこらだろうか。金髪碧眼の丸い顔を厚手の防寒着で包んだ男の子。
 その顔に表情はなく、まるで操り人形であるかのようにして影の傍らに立ち尽くしている。

「この子の名はニコラ・カルンシュタイン。神骸の継承者にして、吸血鬼(レヴナント)として再びの生を受けた者だ。
 彼もまたこの殺し合いに相応しいだけの強い心と願いを有しているが、しかし悲しいかな。あまりにも力が乏しく、闘争を旨とするこの催しには不適格だと判断させてもらった。
 故に」

 ボン、という音と共に全ての映像が真っ赤に染まった。
 首輪が爆発したのだ、と気付いた時には、既に少年の頭部は消えてなくなり、いっそ冗談でしかない量の血飛沫が飛び散っているのだった。
 ……誰かの叫びが、聞こえた気がした。

「今度こそ全ての説明は終了だ。各々、全霊の境地を期待する。
 願わくば、その願いが黄金螺旋の果てに辿り着けるものであらんことを」











 その言葉を最後に、視界は曖昧に歪んでいき。

 ───全ては暗転した。


【ニコラ・カルンシュタイン@CODE VEIN 死亡】


主催進行役
【トワイス・H・ピースマン@Fate/EXTRA Last Encore】

8 ◆87GyKNhZiA:2020/02/27(木) 20:56:44 ID:eeB4uC2Q0
以上でOPを終了します。予約は今から解禁します

9 ◆87GyKNhZiA:2020/02/27(木) 20:58:15 ID:eeB4uC2Q0
天樹錬、結城友奈で予約して投下します

10明日、君が花と散っても ◆87GyKNhZiA:2020/02/27(木) 21:01:04 ID:eeB4uC2Q0






 ───神さまなんてどこにもいない。






   ▼  ▼  ▼

11明日、君が花と散っても ◆87GyKNhZiA:2020/02/27(木) 21:01:30 ID:eeB4uC2Q0





 西暦2198年2月13日───その日、少年は《天使》と出会った。
 高度一万メートルの空の上。培養槽の薄いガラスを隔てて交わし合ったぎこちない笑みでの出会い。
 それが、彼らの最初の運命だった。

 《天使》は何も知らない少女だった。
 外の世界をまるで知らない。世界を覆う絶望を知らず、世界に渦巻く悲しみを知らず、万人に訪れる死を知らず。
 どこか放っておけない危なっかしさと、己の運命を諦観しているかのような儚さを持つ少女だった。
 そして何より、この何もかも崩れ去った世界の中で誰もが失いかけていた"笑顔"を、彼女は持っていた。
 その笑顔が何を意味していたか。眩しさばかりに気を取られて、その笑みの裏で少女が何を抱え、何を押しつけられていたのか。
 その時の自分は、何も知らなかった。

 西暦2198年2月21日───その日、少年は一つの選択をした。
 少女は生贄だった。《天使》とは名ばかりの、滅びに瀕した人類が最後に縋るため生み出した偽物の偶像だった。
 何も知らぬは自分ばかりで、少女は最初から何もかもを知った上で自らの運命を受け入れていた。
 彼女の笑顔は、周囲の人たちを悲しませないようにするための、偽りの仮面。
 少年が何より守りたいと願っていたその裏で、本当に守るべきだった少女は孤独の涙を流すばかりであった。
 それを認めることはできなくて、自分を許すことができなくて。
 だからこそ、少年は一つを選択した。

 少女を守るため、世界に七つだけ遺された閉鎖都市のひとつ『シティ神戸』と、その中枢たるマザーコアを巡る戦いに、少年は自らの身を投げた。
 1000万の人命を支える永久機関『マザーシステム』。少女を追う黒衣の騎士、黒沢祐一。少年の兄姉たる二人の過去、少女の背に負わされた《天使の翼》の意味。
 青空が見たいと告げた少女の、悲しい笑顔。
 ───少年は、少女を守ると誓った。

12明日、君が花と散っても ◆87GyKNhZiA:2020/02/27(木) 21:01:58 ID:eeB4uC2Q0

 如何すればよかったのかは分からない。確かなことは、自分は命をかけて戦ったということだけ。
 一人の命と大勢の命。少女の命と1000万の人間の命。正解なんてどこにもない戦い。
 あったのはエゴと、願いと、そして純粋な祈りだけ。
 結局、シティ神戸はマザーシステムの暴走によって消滅し、たくさんの人が死んだ。
 かつて彼の兄が告げた言葉。どの道を選んだとしてもいつか後悔する日は来るだろう、と。
 自分が正しい選択をしたとは、今でも思っていない。
 背負った罪の重さとその罪悪感が消えることは、きっと永遠にないのだと思う。
 けど、それでも───少年は少女を助けたかった。
 死にたくない、そう言って手を伸ばした少女のことを、死なせたくなかった。
 同じことをもう一度繰り返したとしても、きっと、自分は同じ答えを選んでしまうだろう。
 自分はきっと、少女に生きてほしいと願うから。
 だから、後悔はしていない。
 目の前に突き付けられた現実から、自分が自分の意思で掴み取った未来。
 そこに彼女がいてくれることが、言葉で言い表せないくらいに嬉しい。
 それだけで十分なのだと思う。

 だから、同じような状況にもう一度立たされたとしても。
 少年は、きっと。
 同じ行いを───





   ▼  ▼  ▼

13明日、君が花と散っても ◆87GyKNhZiA:2020/02/27(木) 21:02:33 ID:eeB4uC2Q0





「それにしても、最初に会ったのが錬さんみたいな人で本当に良かったです」

 古びた街灯が明滅を繰り返す深夜の街並みに、少女の声が静かに反響した。
 少女───結城友奈は高台の民家に繋がるコンクリの階段に座り、同じく隣に腰掛ける少年に話しかけていた。

「うん、こっちもきみが敵意のない人間で助かった。殺し合いをしろだなんて言われて、いきなり襲いかかってくるような人ばっかじゃないって分かったし」
「そんな人なんていない……って、言えたら良かったんだけどね」

 たはは、と力なく笑う友奈に「そうだね」とだけ少年は返す。
 いきなりよく分からない場所に送られて、殺し合いをしろとだけ言われまた変な場所に飛ばされて、最初に友奈が出会ったのがこの少年だった。
 勇者としてバーテックスと命がけの戦いを繰り広げてきたとは言っても、友奈は未だ中学生。ここに来る前の状況が状況だっただけに精神的に余裕もなく、どうしようと混乱に陥る寸前だったのだけれど。最初に顔を合わせた彼がやけに冷静だったおかげで友奈も次第に興奮が冷め、それなりに落ち着いた思考を取り戻すことに成功していた。

 少年は、自らを天樹錬と名乗った。
 黒目黒髪の、まさしく日本人といった風貌の少年だ。背丈も友奈とほとんど変わらない。何歳なんだろうと聞いてみたら14歳とのことで、なんと友奈と同い年だった。
 ほっそりとした体形の、中性的な容姿の子。なんだか女の子みたい、という感想は声に出さずそっと胸にしまっておいた。言ったら多分、良い顔はされないと思うし。
 
「そういえば、きみはもう名簿は見た?」

 言われ、はたと気づく。そう言えばまだ見ていない。

「僕のほうは一通り目を通したけど、知ってる名前が結構あってさ。もしかしたらきみも、って思ったんだけど」
「すぐ見ます!」

 ようやく取り戻した落ち着きもどこへやら、友奈は胃をぎゅっと掴まれるような感覚と共に慌てて自分のデイパックへと手を伸ばした。
 嫌な予感。そうあって欲しくないという期待。でもきっと、現実はそうならないのだというある種の諦観。
 それらが相混ぜになった面持ちでタブレットを探り当て、目を通した瞬間に訪れる「ああやはりか」という静かな失意。

「……いました。私にも、知ってる人たちが」

 名簿に書かれていたのは、東郷美森・犬吠崎風・犬吠崎樹・三好夏凛の四人の名前。
 勇者部の、友奈の大切な友達の名前だった。

「そっか。その人たちは……」
「はい……勇者部って言って、そのみんなが……」

 錬が言葉を続ける前に、友奈はぽつぽつと話し始める。
 友奈のお世辞にも上手とは言えない説明は、要領を得ず度々話が飛んだりもしたが、錬は文句の一つも言わず聞き役に徹していた。
 数分が経ちようやく友奈が話し終えると、錬は得心した様子で頷いていた。

14明日、君が花と散っても ◆87GyKNhZiA:2020/02/27(木) 21:03:10 ID:eeB4uC2Q0

「つまりボランティア活動を通じた友人同士の集まりってことだね」
「えと、はい。みんな大切な友達で、それで……」
「大丈夫、落ち着いて。僕達がそうだったみたいに、その人たちだってきっと無事だから」

 だからあんまり心配することはないよ、という言葉に、友奈は溢れ出してしまいそうな言葉の数々を寸でのところで呑みこむことができた。
 怖かった。仲間が失われるかもしれないという「想像」だけでも、嫌に明確なリアリティを伴って友奈の心を串刺しにし、言い知れない不安と恐怖で苛んだ。

「それで、これからきみはどうするつもり?」

 言われ、言葉に詰まってしまう。
 迷っているわけではなかった。ただ純粋に、思考が追いつかなくなってしまったのだ。
 起きたことがあまりにも多すぎて、考えるべきことも多すぎて。
 ここはどこなんだろう、一体何が起きているんだろう。自分は、みんなは、他の人たちは、名簿、地図、支給品、生き残ること、神婚、世界の行く末、影の人、死んでしまった男の子、夜の街並み、耳が痛いほどの静寂、死にたくない。
 色んなことがごちゃ混ぜになって、何がなんだか分からなくて。何かを言おうとしても言葉がつっかえて出てこない。

 けれど。
 けれど、自分が何をしなければならないかなんて。そんなことは決まりきっていた。

「私は───殺し合いを止めたい」

 結城友奈が選ぶべき答えは、きっとそれ以外にない。

「私は誰にも傷ついてほしくない。誰にも死んでほしくない。勇者部のみんなも、他の人たちも。
 殺し合いをしようとしてる人がいたら説得するし、争ってる人たちがいたら全力で止めたい。
 そうして最後には、この殺し合いそのものを止めたいんだ」

 その言葉は、何よりも力強い意思を伴って放たれていた。
 今までの、状況に戸惑い行く末すら不確かな少女のものではなかった。
 勇者と名乗るに相応しい、少女の宣言だった。

「もしかしたら、僕達以外のほとんどが殺し合いに乗ってるかもしれない」
「そうだね。そうかもしれない」
「むしろその可能性が高い。殺し合いを前提として集められたならそうするのが当然だし、あいつが言ってた通り叶えなきゃいけない願いを持ってる人も大勢いるんだと思う」
「うん、分かってる」

 あの黒い影の人は言っていた。滅びゆく世界、失われた無数のもの。それを取り戻す術がここにはあるのだと。
 それが叶うならば、友奈だってそうしたい。友奈が元いた世界、神樹様が守ってくれるあの場所だって、滅びの瀬戸際にあるのは事実なのだ。
 襲い来るバーテックス、それに立ち向かう勇者たち。身を削り、魂を削り、大切な記憶さえ失って。それでも友奈たちは戦い続けた。
 そして今まさに、友奈は世界を守るために文字通り命を捧げようとしていた。
 それを是と、完全に受け入れたわけではない。死にたくなんてないし、これまで失われた犠牲が取り戻せるのなら、友奈だってそうしたい。
 そしてそれはきっと、ここに呼ばれた多くの人たちも同じなのだろう。

15明日、君が花と散っても ◆87GyKNhZiA:2020/02/27(木) 21:03:42 ID:eeB4uC2Q0

 つまり錬は、耐えられるのかと聞いているのだ。
 願いのために殺し合いに乗った人たち───そうしなくてはならない、本当は殺し合いなんてしたくないのに刃を振るうしかなかった人たちに出会って、尚も友奈は拳を握ることができるのかと。

「私は平気……ううん、ちょっと怖いし不安だけど、でも覚悟はしてるから。
 立ち止まるなんてできない。だって、私は勇者だから」
「勇者?」
「うん、人のためになることを勇んでする。だから勇者。風先輩が言ってくれたんだ」

 勇者部五箇条というものがある。友奈たち勇者部のメンバーみんなで約束した決まり事だ。
 "なるべく諦めない"、例え殺し合いなどという異常な状況でも、その約束は変わらない。

「私はD-3の中学校に向かおうって思う。勇者部の他のメンバーも、多分同じことを思うだろうから。
 それで、なんだけど」

 緊張しているのか、それとも不安の顕れか。友奈は少しだけどもって、躊躇し、それでも言葉を続けた。

「できればあなたにも協力してほしいんだ。殺し合いを止めるのを」
「……」

 友奈の力強い言葉に、錬は無言だった。
 1秒、2秒が過ぎて、ややあって錬は根負けしたように。

「……うん、分かった。僕も協力するよ」
「! ほんと!?」
「殺し合いをする気がないのは僕も一緒だし、仲間が増える分には心強いからね」

 ぱぁ、と明るくなる友奈の顔。それに苦笑するかのように錬が答える。
 友奈は錬の手を取り、嬉しそうに握りしめた。この殺し合いに巻き込まれて初めて、希望を持てるものが見つかったような表情だ。

「それじゃあ早速一緒に行こう! 善は急げって言うし、もうみんなも向かってるかもしれないから!」
「そうだね」

 明るい笑顔で錬の手を引き、友奈は軽快とすら形容できる様子で先を急いだ。
 それを見て、錬は一人声に出さず思考する。

 全く以てその通り、友奈と同じように彼もまた急がねばならないのだ。

 錬はそっと、懐に忍ばせておいた短剣に手をかける。
 先を歩く友奈の後ろ姿。その首筋、背中、何もかもが無防備であり警戒の色が一切ない。
 さっきもそうだった。常に周囲を警戒し敵襲に備えていた錬とは違い、友奈は己の心を安定させることに精一杯で、碌な状況判断もできていなかった。
 挙句の果てにこちらの軽薄な口約束だけで安心し、情報の交換は愚かこちらの武装状態すら確認していない。

 そもそもの話、天樹錬という名前自体が偽名や詐称の類である可能性に彼女は気付いているのだろうか。
 聞くべきことは聞き終えた。勇者部という集まりの詳細に彼女の知り合いだという4人の名前、容姿、性格に特徴なども既に脳内に叩き込んでいる。
 I-ブレインの視覚解析における表情筋や発汗状況、声紋の波長にこちらのブラフへの反応からしても、彼女が嘘をついている可能性は極めて低い。
 すなわち、結城友奈は既に用済み。この殺し合いのルールを鑑みればこれ以上の同行に価値はない。
 錬はゆっくり、そっと剣の柄に指をかけ、その安心しきった背中に向かって───

16明日、君が花と散っても ◆87GyKNhZiA:2020/02/27(木) 21:04:48 ID:eeB4uC2Q0





「それで、きみはいつまで嘘をついてるの?」





 そんな言葉を突きつけたのだった。







17明日、君が花と散っても ◆87GyKNhZiA:2020/02/27(木) 21:05:37 ID:eeB4uC2Q0





「……え?」

 友奈は再び、息が詰まるような感覚を覚えた。
 自分にかけられた言葉の意味を理解できなかった。今、自分は、何を言われた?

 嘘。
 嘘をつくなと、そう言われたのか?

「……えっと、それって何の」
「とぼけないで」

 振り返ろうとして、体が硬直したように動かなかった。
 錬の言葉は先程までとは打って変わって、どこまでも熱のない冷たさを湛えていた。
 彼の言葉が一つ放たれる度に、友奈は背中に氷柱を入れられたような寒気を襲われた。

「分かってるよ。きみが言ったことは全部本当だ。それは僕も信用する。
 結城友奈。勇者部の一人、殺し合いには乗らない。その言葉に嘘はないだろうって思う」
「だったら……!」
「僕が言ってるのはきみの顔だよ、結城友奈」

 そう言われ、友奈は思わず自分の顔を手で覆った。
 ぺたぺたとさする。顔、錬は何を言っている?

「最初は不安の表れとか、自分を鼓舞してるんだと思ってた。あとはまあ考えづらいけど、媚びてるのかもって思ったりもした。
 こんな状況だ、誰だって怖いし誰かに縋りたい。そういうことなら納得できるし、僕だって気にはしなかった」
「何を……言ってるの……?」
「まさか気付いてないの?」

 錬は少し驚いたような声で言う。気付いてない? 一体何のこと?

「きみはずっと笑っていた。時折不安そうな表情を覗かせたり言葉に詰まることはあったけど、基本的に笑顔だけは変わらなかった。いっそ不自然なくらいに」

 笑顔。
 言われ、友奈は初めて気付いた。今この瞬間においてもなお、友奈の口角はそこだけが不自然に吊り上り、歪な笑顔を形成していた。

「きみの笑顔は偽物だ。張り付けられた仮面そのものだ。
 もう一度だけ聞くよ、友奈。きみは何を隠している?」

 問われ、友奈は膝が崩れるような感覚に襲われた。
 錬が何を言っているのか、友奈にもようやく分かった。

18明日、君が花と散っても ◆87GyKNhZiA:2020/02/27(木) 21:07:04 ID:eeB4uC2Q0

 友奈は、笑い続けなければいけなかった。
 タタリ、神婚。自らの身を捧げ生贄とすることで世界の平和を守ること。
 それを口にすることはできなかった。言えばタタリが連動し、大切な友人を傷つけるから。
 友奈は一度、自分の身に起きた異常を知らせようとした。仲間に打ち明け、頼りにしようと考えた。
 それが間違いだった。言葉尻をこぼしたそれだけで、犬吠崎風は交通事故に遭い、危うくその命を落とすところだった。
 それがタタリ。友奈の身を蝕む呪いそのもの。
 だから友奈は皆に心配をかけることのないよう、ずっと笑顔でいたのだ。バレることのないように、皆が無事に日々を過ごせるように。
 自分だけが我慢すれば、それで全て丸く収まるのだから。

「わた、しは……」

 問われ、詰問を受け、友奈は口ごもる。
 元より弁が立つほうではないし、精神的にも余裕がなかった。そもそもなんて説明したらいいか分からず、答えようのない問いでもあるからだ。
 言葉に詰まり、思考はぐるぐると堂々巡りを続ける。1秒、2秒が過ぎ、友奈にとっては酷く長く感じられた数秒が過ぎて───



「…………ごめん、言い過ぎた」



 言葉と共に、何かを下げる音が聞こえた。
 早鐘のようだった心臓が重荷から解放され、止まっていた時間が突然動き出したようだった。どっと息を吐き、友奈は緩慢な動きでようやく振り返ることができた。

 そこでは、錬がバツの悪そうな顔でこちらを見ていた。

19明日、君が花と散っても ◆87GyKNhZiA:2020/02/27(木) 21:07:33 ID:eeB4uC2Q0

「わ、私……」
「うん、本当にごめん。言い訳するとこんな状況だし、何か隠されてるなって思ったら確認しなきゃって思ってさ。
 ……踏み込み過ぎた。聞かれたくなかったことなんでしょ。それも多分、かなりプライベートな部分で」
「そ、そうじゃなくて……」

 何を言えばいいのか分からなかった。
 ごめんと謝るべき? それとも、気にしないでと笑うべき?

「そうじゃないの……私、確かに嘘ついてた……
 私、みんなに言わなきゃいけないこと、ずっと黙って……」

 無意識に言葉が溢れていた。
 心の奥底に封をしていた感情が、堰を切ったようにこぼれ出した。
 望まぬ犠牲を自分に強いること、否応なく感じる恐怖と絶望。死にたくないという気持ち。それらが全てないまぜになっていた。
 眼球の奥が熱くなり、流したくもないのに目尻から涙がこぼれた。声が震え、鼻の奥がつんとする。

「ごめんなさい、何言ってるか分からないよね……落ち着くから、ちょっとだけ待って……」

 錬は無言だった。そうして数分が経ち、ようやく落ち着きを取り戻すと、錬が気まずそうに声をかけた。

「正直、きみが何を抱え込んでるのかは全然知らない。僕が踏み込んでいいことじゃないのは分かるし、偉そうなこと言える立場じゃないのも分かってる。けどさ」

 横に目をやり、一瞬どもり、やがて意を決したかのように。

「きみが勇者部の人たちを大切に思ってるってことは、僕にも分かる。
 えっと、つまりさ。後悔はしないようにって言いたかったんだ」
「後悔?」
「そう。君が何を背負ってこれからどうするかなんて、僕には何も言えないけどさ。
 それでも君には大切な人がいるんだから、その人たちときちんと向き合ってお互い後悔のないようにって、それだけ」

 そうして錬は、恥ずかしそうにそっぽを向いてしまった。
 その様子に友奈は、ああこの子も私みたいに不器用なんだな、と思った。

20明日、君が花と散っても ◆87GyKNhZiA:2020/02/27(木) 21:08:27 ID:eeB4uC2Q0

「ともかく! これで僕もきみも腹割って話したわけで、お互い含むものもなくなってことで、これからよろしくってこと」
「……それにしては、結構強引でひどかったと思うんだけど?」
「本当にごめんなさい。反省してます」

 許してしんぜよー、と笑う友奈を、錬は見遣る。
 その笑顔はやっぱりまだ張り付いたままのものだったけど、さっきよりは多分、かなりマシなものになってるんだと思うから。

(そう、これでいいんだ)

 錬はこの殺し合いに巻き込まれた当初、酷く悩み混乱していた。
 フィアが命の危機に晒されている。その事実を思っただけで、頭は沸騰しそうなほどに熱く、心は凍てついてしまいそうなほどに凍えていた。
 かつて錬はフィアを救うためにシティに戦いを挑み、結果として1000万の命を見殺しにした。そしてまた同じ状況になったとしても、同じ選択をするのだと決めていた。
 全ては少女を守るため。
 ならばこの場においても、自分は彼女を守るために両手を血で汚すべきなのかと───
 そう考えた瞬間に出会ったのが、友奈だった。

 初対面の時から笑顔で、無理しているのが明らかだった。
 張り付けられた笑い面。空虚に響く明るい声。
 その全てが、かつて錬が見た少女の笑顔と寸分同じだったから───

『……泣いてどうにもならないことなら笑っているほうがいいんです。苦しいことも痛いことも、自分の胸にしまっておけば誰かを傷つけない。悲しむのは、私一人でいい』

 崩れそうで泣きたくて、そのくせ「なんでもないよ」って笑顔のままで。
 無理してるの丸わかりなのに必死に誤魔化したりして。

(放っておけるわけがない。騙し騙されや損得がどうだのなんて二の次だ)

 きっときみも同じことをする。そうでしょ、フィア。
 錬は心の中だけで呟いて、改めて歩みを進めこちらの手を引く友奈に、苦笑いめいて答えるのだった。

21明日、君が花と散っても ◆87GyKNhZiA:2020/02/27(木) 21:09:00 ID:eeB4uC2Q0

『C-6/流9洲市街地/一日目・深夜』

【結城友奈@結城友奈は勇者である】
[状態]:身体にタタリの跡(タタリの症状自体は沈静化している)、精神疲労
[装備]:讃州中学の制服
[道具]:基本支給品一式、勇者システムのアプリ@結城友奈は勇者である、不明支給品0〜2
[思考・状況]
基本方針:みんなと協力し、殺し合いを止める。
1.錬と一緒に讃州中学に向かう。
2.勇者部のメンバーとは一刻も早く合流したい。
3.タタリは……?
[備考]
参戦時期は勇者の章5話冒頭あたり。
勇者システムのアプリは基本支給品のタブレットにインストールされています。


【天樹錬@ウィザーズ・ブレイン】
[状態]:健康
[装備]:フロストブラッド@CODE VEIN
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0〜2
[思考・状況]
基本方針:フィアを探し、保護する。
1.フィアの捜索を最優先。けれど友奈も放っておけない。
2.できれば殺し合いはしたくないので友奈の基本方針に協調。
3.ヘイズや祐一とも合流しておきたい。エドも早く保護しないと。
4.もし、仮に、万が一、フィアが死んでしまったら……
[備考]
参戦時期は少なくとも四巻以降。ディーやセラ、イルとの面識の有無は以降の書き手に任せます。
友奈から勇者部メンバーについての簡単な紹介を受けました。


・支給品紹介
【フロストブラッド】
ミドウの傀儡とされた氷刃の従者の刺突剣。
作中登場する片手剣の中では最軽量を誇る細剣。氷結の力を内包する。

22 ◆87GyKNhZiA:2020/02/27(木) 21:10:01 ID:eeB4uC2Q0
以上で投下を終了し、犬吠崎樹と櫟士で予約します。
何か質問がありましたらお願いします。

23名無しさん:2020/02/27(木) 21:56:37 ID:5MsNWTPo0
新ロワ乙です。まさかTEXHNOLYZEがパロロワに出てるのを見れる日が来るとは…

24名無しさん:2020/02/28(金) 01:13:57 ID:mFOerDIs0
新ロワ乙です

積んでたカルーシェル読むか

25 ◆nyDaicWzto:2020/02/28(金) 23:53:02 ID:AFU9dY720
新ロワ乙です
オフェリア・ファムルソローネ、エドワード・ザイン 予約させていただきます

26 ◆5ddd1Yaifw:2020/02/29(土) 20:25:29 ID:e/T40afg0
カドック・ゼムルプスを予約します。

27 ◆DWykRcNsUE:2020/02/29(土) 21:40:48 ID:C3TPYkDI0
雷泥・ザ…ブレードで予約します

28 ◆k7RtnnRnf2:2020/03/02(月) 19:55:22 ID:iFSUujfU0
ヴァッシュ・ザ・スタンピード、犬吠崎風を予約します。

29 ◆k7RtnnRnf2:2020/03/03(火) 17:23:10 ID:XKQiA8WM0
これより予約分の投下を始めます。

30――への切符 ◆k7RtnnRnf2:2020/03/03(火) 17:23:54 ID:XKQiA8WM0
「樹……」

 唇から零れ落ちた声は震えていた。
 犬吠崎風の小さな呼びかけに答える者は誰もいない。たった一人の妹である犬吠崎樹はもちろん、結城友奈たち勇者部のみんなも同じだ。
 不意に辺りを見渡してみたが、そこに広がるのは荒廃した廃墟のみ。勇者部のみんなで守り続けた日常の光景から感じられる穏やかさや、パーテックスから四国を守るために張られる結界のような派手な彩りもない。すべてが、灰色で満ちている。
 まるで、世界から自分以外の人間が全ていなくなったかのような退廃的雰囲気で満ちていた。

「……………………」

 視力が保たれている右目だけで、風は無言で廃墟を眺めている。
 この世界の雰囲気と同調するように、彼女の瞳から輝きが失われていた。このまま、廃墟の中に飲み込まれても、風は何もせずに受け入れるだろう。
 勇者部のみんなを引っ張ってきたリーダーシップも、勇者として戦い続けた勇ましさも今の彼女にはない。トレードマークと呼べる黄色のツインテールも、くすんで見えるだろう。
 視力を失った左目を覆う眼帯の黒は、今の彼女の心を象徴するようだった。

 ――ようこそ、世界の果てへ

 男の言葉が風の脳裏に蘇る。
 死、または滅びを体現したような男から殺し合いを突きつけられて、そして幼い少年の命が奪われてしまった。少年の未来が奪われたことに対する嫌悪感と、救えなかった罪悪感が湧き上がるが……体は動かない。
 超常現象を引き起こした男に対する恐怖ではなく、既に彼女は虚無感で押し潰されていた。

「今更、何ができるのよ……」

 残る力を振り絞りながら、人形のような表情で風は呟く。

「樹を……友奈たちみんなを、裏切ったのよ……」

 死を受け入れた人間のように、瞳と声色からは力が込められていなかった。
 ただ、自分自身に対する失望感しかない。女子力はおろか、生きる気力すら一欠けらもなかった。

31――への切符 ◆k7RtnnRnf2:2020/03/03(火) 17:25:07 ID:XKQiA8WM0
 気が付くと、既に見知らぬ世界に立っていた。
 勇者システムの真実を知り、勇者部のみんなを生贄にした大赦を潰そうと駆け出して、友奈や夏凜、そして樹に止められる。
 勇者部のみんなを騙し、樹の夢を奪い取った大赦が許せなかった。満開の後遺症は決して治らず、勇者となったみんなを生贄にした奴らなんて、この手で叩きつぶしてやらなければ気が済まなかった。

 ――嫌です! 風先輩が人を傷つける姿なんて、見たくありません!

 そんな憎しみに溺れた結果、友奈に満開システムを使わせてしまった。
 こうするしかなかったと、友奈は叫んでいた。大赦が勇者システムを作り、勇者として戦い続けた少女たちがいたからこそ、今の世界は守られていると言いたかったはずだ。

 ――勇者部のみんなと出会わなかったら、きっと歌いたいって夢も持てなかった

 そして、樹は気持ちを伝えてくれた。
 声は失っていたが、彼女の優しさは確かに伝わってきた。風が勇者部を作ったから、友奈達と出会うことができて、毎日が楽しくなったと。

 だからこそ、自分の行いが許せなかった。
 友奈と夏凛、そして樹の気持ちを裏切って復讐に走った自分が勇者の名前を背負えるとは思えない。
 事実、名前も知らない子どもも助けられなかった。せめて、勇者として戦えば可能性はあったはずなのに、ただ案山子のように突っ立っていただけ。そもそも、戦おうとすらしなかった。

「みんなの信頼を裏切り続けた私に……勇者の資格が……」

 こんな自分のことなんて、みんなは失望するはずだ。
 自分たちに殺し合いを突きつけた男は、最後の一人になればどんな願いでも叶えると言ったが、そんなことは信じられるわけがない。仮に願いが本当だったとしても、殺し合いに乗るということは友奈たちに対する裏切りだ。
 だけど、今更自分にできることなどあるのか。本当なら勇者スマホも手放したいが、みんなとの思い出が詰まった宝物を捨てられるわけがない。あるいは、自分で命を絶とうとしても、犬神に止められるだろう。
 殺し合いを止めるため、勇者として戦う。友奈たちならその選択をするだろうし、彼女たちを想うなら勇者部の部長である犬吠崎風こそが真っ先に立ち上がるべきだ。

32――への切符 ◆k7RtnnRnf2:2020/03/03(火) 17:25:48 ID:XKQiA8WM0
「……今更、虫が良すぎるでしょ……?」

 しかし、体が動かない。
 友奈と夏凛に危害を加えて、樹を泣かせてしまった。もしかしたら、またみんなを裏切ってしまうかもしれないと考えると、怖くて何もできなかった。
 何かのきっかけで、あの男の言いなりになって誰かを傷つけてしまうかもしれない……そんな可能性が脳裏に浮かんで、勇者になることができない。いつもの風なら甘言に対して断固として抗うが、またいつ勇者部のみんなを裏切るのかわからなかった。

 何も考えられないまま、呆然と佇むしかできない。
 その最中だった。どこからともなく、足音が聞こえてきたのは。
 反射的に振り向くと、ロングコートをまとった一人の男が立っていた。その髪型はハリネズミのように逆立っているが、片目しか見えないせいで色はあまり判別できない。
 ただ、色眼鏡をかけながらも、朗らかな笑みを浮かべていることだけは確かだった。

「大丈夫……じゃないよね。あんなことがあったばかりだし、俺だって子どもが死んでいくのは絶対に嫌だもん」

 そして、風に視線を合わせながら、男は優しく語りかけてくれた。

「……誰?」
「おっと、申し遅れた! 俺はヴァッシュ・ザ・スタンピード……人呼んで、愛というカゲロウを追いかける平和の狩人!
 世界と、そして君の心にラブ・アンド・ピースを届ける男さ!」

 その男、ヴァッシュ・ザ・スタンピードは自信満々とした決めポーズと共に、大きく叫ぶ。

「……………………」

 しかし、風は何も言い返せなかった。
 いつもなら真っ先に警察に通報するだろうが、そんな元気すらない。

「…………あれ?」

 そんな風の態度にヴァッシュもまた困惑して、気まずい空気が漂ってしまった。

33――への切符 ◆k7RtnnRnf2:2020/03/03(火) 17:30:53 ID:XKQiA8WM0


 ■


 数分間、ヴァッシュ・ザ・スタンピードは何も言わずに少女の隣に寄り添っていた。ちょうど、ベンチが備わっていたので、彼女を座らせている。
 名前は犬吠崎風であることは聞き出せたけど、それきり黙り込んでしまう。この殺し合いに怯えているのかと思っていたが、元々かなり落ち込んでいたようだ。
 風の事情を聞こうとも思ったが、誰にだって触れられたくない痛みがある。ヴァッシュ自身、荒廃した大地で数多の戦いに身を投じて、そして数え切れないほどの死を目にしたのだから。
 メリルやミリィ、そしてレムならば風の痛みや悲しみを上手く癒せただろうか。年頃の少女はデリケートなので、きちんと気を遣ってあげるべきだが、ヴァッシュには話題が思い浮かばない。
 そして、この状況をどうするであるかを考えていた。


 いつの間にか、見知らぬ場所に連れてこられて男から殺し合いを強制されたが、ヴァッシュは従うつもりは毛頭ない。罪のない少年を一方的に殺す奴の言うことなど、誰が従ってたまるか。
 断固として抗議しようと思ったが、今度は見知らぬ廃墟の中に飛ばされてしまう。こんな夜遅く、しかも何もない廃墟に放り込むとはなんて失礼な男だろう! とぼやきたくなるが、今の風の前で言えるわけがない。
 そしてもう一つ、気がかりなことがあった。


 名簿には、見覚えのある名前がいくつもあった。
 ミリオンズ・ナイブズやリヴィオ・ザ・ダブルファングの名を見た途端、大きく震えた。人類すべての、そしてヴァッシュにとっては最大の宿敵にしてたった一人の兄であるナイブズまでもがどこかにいる。彼は、この場でも人類抹殺を企てるつもりなのか。
 そしてもう一人。この目で最期を見届けたはずのニコラス・D・ウルフウッドの名前が書かれていたことも、信じられなかった。
 ウルフウッドは大切な子どもたちを守るために命を散らして、リヴィオは彼の遺志を継いでいる。それなのに、何故ウルフウッドの名前が書かれているのかが信じられないし、また彼の墓を暴いて強引に蘇生させたのであれば……それはウルフウッドに対する冒涜だ。
 尚更、男を許せなくなった。雷泥・ザ・ブレードも充分危険だし、対処しなければいけないことに変わりはなく、考えるべきことは山ほどある。
 だけど、今は隣に座る風のことが最優先だ。

「もしかして、風ちゃんの友達が連れてこられたりしてるのかな?」

 静かな声色で、俯いている風に問いかける。
 ヴァッシュの盟友ウルフウッドやリヴィオがいるのであれば、風も友達が巻き込まれている可能性が高い。そう考えて尋ねてみたが、風は口を閉ざしたまま。

「……ごめんよ、こんな時に」
「……いました。4人も。たった一人の妹の樹や、大切な仲間のみんなが」

 だけど、風は震える声で答えてくれた。
 よく見ると、眼帯に覆われていない右目は潤んでおり、既に涙が滲み出ていた。

「結城友奈と、東郷美森と、三好夏凛……みんな、私の大切な仲間だったんです。でも、私は……!」
「ストップ! 無理に話さなくていいんだ! 本当にごめんよ……君のことを考えず、無理やり聞き出そうとして!」

 風の肩を優しく掴みながらヴァッシュは叫ぶ。

34――への切符 ◆k7RtnnRnf2:2020/03/03(火) 17:31:56 ID:XKQiA8WM0
「こんな時だから、不安になるのはわかるよ。でも、俺は風ちゃんを……風ちゃんにとって大事なみんなだって守りたいと思ってる!
 俺、こう見えて結構強いからさ」

 今は風を安心させるためにも、力強く笑うしかない。
 ヴァッシュ自身は人間を遥かに凌駕する能力を誇るプラントであるし、また荒くれたちを相手に逃亡し続けた実績を持っているので、強いことは確かだ。もちろん、他者の命を奪うつもりは微塵もない。

「だから、最強のボディーガードを得たと思って、ドーンと構えてよ! 俺は風ちゃんや樹ちゃん、それに友奈ちゃんたちみんなを守るためにやってきた、スーパーヒーローだからさ!」

 風を安心させるように、ヴァッシュは胸を大きく張った。
 根拠はないし、ウルフウッドがいたら間違いなく文句を言うだろう。それでも、ここでヴァッシュがしっかりしなければ風を守ることはできない。
 風のことはよく知らないけど、守りながら少しずつ知っていけばいいだけだ。

「どうして……?」
「ん?」
「どうして、ヴァッシュさんは……私を守ろうとしてくれるの……? だって、私は……」
「おっと、そこから先は言わなくていいよ!」

 風の目前に突き出すように、ヴァッシュは人差し指を立てる。

「どうしてって、やっぱり痛いのは嫌でしょ? 俺だって、喧嘩をするよりもおいしいピザトーストをいっぱい食べたいもん! なんだったら、風ちゃんたちにだってご馳走したいと思っているよ?
 風ちゃんは、どうなの?」
「私は……私だって、本当ならみんなと一緒に楽しく遊んだり、それにうどんだっていっぱい食べたい……です。それに、みんなにはみんなの夢だってありますし、まだ……!」
「そうでしょ? だから、俺は風ちゃんたちを守りたいのさ!
 なんてったって、ラブ・アンド・ピースが一番だからね。ピース! ピース!」

 そしてヴァッシュはおどけるように笑いながら、両手でピースを作った。
 すると、風も「ぷっ」と笑う。ほんの微かな笑顔だけど、ヴァッシュもまた心が暖かくなった。

「……なんですか、それ?」
「愛と平和のピースさ! 今だって、風ちゃんを笑顔にしているじゃないか! やっぱり、落ち込んでいるよりも笑顔でいる方がいいでしょ?」

 ヴァッシュは満面の笑みを向けた。
 今はまだ、最初の一歩かもしれない。けれど、確実な前進になってくれるだろう。
 犬吠崎風がどんな少女で、また何があったのかをヴァッシュは知らない。けれど、素敵な笑顔を見せてくれることを知ることができた。

 だから、ヴァッシュは勇気を出して風から聞き出す。

35――への切符 ◆k7RtnnRnf2:2020/03/03(火) 17:33:00 ID:XKQiA8WM0
「そういえば風ちゃん、ひとつ聞きたいことがあるけどいいかな?」
「なんですか?」
「ウドン、って……何なの?」
「…………えっ?」


『H-5/廃墟/一日目・深夜』

【ヴァッシュ・ザ・スタンピード@トライガン・マキシマム】
[状態]:健康、黒髪化
[装備]:ヴァッシュのコート、ヴァッシュの拳銃
[道具]:基本支給品一式、勇者システムのアプリ@結城友奈は勇者である、不明支給品0〜2
[思考・状況]
基本方針:殺し合いを止めて、風ちゃんを守る。
1.今は風ちゃんと話をする。
[備考]
※ウルフウッドが死亡してリヴィオが仲間になった後からの参戦です。
※黒髪化の度合いについては不明です。

『H-5/廃墟/一日目・深夜』

【犬吠崎風@結城友奈は勇者である】
[状態]:健康、自分自身に対する失望
[装備]:讃州中学の制服
[道具]:基本支給品一式、勇者システムのアプリ@結城友奈は勇者である、不明支給品0〜2
[思考・状況]
基本方針:?????????
1.今はヴァッシュさんと共にいる。
[備考]
※大赦の反乱を友奈たちから止められた直後からの参戦です。

36 ◆k7RtnnRnf2:2020/03/03(火) 17:33:27 ID:XKQiA8WM0
以上で投下終了ですが、矛盾点などがありましたら指摘をお願いします。

37 ◆87GyKNhZiA:2020/03/05(木) 21:09:00 ID:WFNujIGw0
>───の切符
投下ありがとうございます。
風先輩とヴァッシュ、この二人の組み合わせで期待するものを、まさに王道にぶつけてきた登場話。参戦時期や満開の代償があり影を落とす風先輩に、それと対比するようにヴァッシュがとても眩しく映ります。
改めて、投下ありがとうございました。


制限に追記で、Fateシリーズのサーヴァントには神秘の伴わない物理攻撃でも殺傷可能という項を追加します。
また状態表の時間表記ですが、
深夜:0〜2
黎明:2〜4
早朝:4〜6
朝:6〜8
午前:8〜10
昼:10〜12
日中:12〜14
午後:14〜16
夕方:16〜18
夜:18〜20
夜中:20〜22
真夜中:22〜24
ということでお願いします。

38 ◆87GyKNhZiA:2020/03/05(木) 21:12:21 ID:WFNujIGw0
予約分を投下します

39RE:STRANGER ◆87GyKNhZiA:2020/03/05(木) 21:14:21 ID:WFNujIGw0






『あなたは、全てを壊してしまう』

『あなたは、人をいっぱい傷つける』

『あなたは、最期にたったひとり……』



 違う。

 俺は、そんなことには、ならない。

 俺はお前を傷つけない。

 ……蘭。






   ▼  ▼  ▼

40RE:STRANGER ◆87GyKNhZiA:2020/03/05(木) 21:15:33 ID:WFNujIGw0






 足を踏み出せば、そこに広がるのは時間ごと凍りついたような世界だ。
 忘れ去られた団地を彼は歩く。大昔に放置され、今は朽ち果てた石造りの森。均一化された立方体が整然と並ぶ様は墓地にも見えて、かつてそこにあった営みを想起させた。
 人の姿はない。空っぽの建築群は収めるべきものを全て吐き出してしまって、代わりに静寂を詰め込んでいるかのよう。静寂のままに夜の闇が充ち、辺りは深海底が如き停滞の色を澱ませているのだった。

「……」

 彼は───櫟士は言葉なく足を進める。
 こつり、こつりと靴音が反響する。均一、等間隔。規則正しい足の音。

 こつり、こつり。
 かつり、かつり。

 それがいつの間にか"二人分"になっていることに気付くと、櫟士は立ち止まり、やがてゆっくりと振り返る。

「いつまで付いてくる気だ」

 びく、と怯えたかのように、その小さな影は震えるように身を竦ませた。
 櫟士の視線の先、路地の暗がりに立つ少女は、怯えと心配と不安が綯交ぜになったような表情で、おずおずとこちらを見遣っていた。



 櫟士がこの少女と出会ったのはつい先ほどのことだ。
 突然訳の分からないことを言い出した男によって見知らぬ場所に連れてこられ、これもまた見たことのない携帯端末を慣れない手つきで弄ること数分。荷物を纏めた矢先に出会ったのが、この明るい髪を結った小柄な少女であった。

「蘭を知っているか」

 ふるふる、と少女は首を横に振る。櫟士は表情を変えず、出会い頭の詰問めいた言葉を詫びるでもなく続けた。

「大西京呉、遠山治彦は」

 ふるふる、とやはり否定する少女。その視線は不安げに見上げられたものであり、あるいは何かを言いたそうな目でもあった。

「……」

 櫟士は何を言うでもなく、ただ無言で少女に背を向けた。朽ちかけた扉のノブに手をかけ、静かに押し開いて外へ出た。
 彼の背に、静止の声は届かなかった。
 だから彼は止まることはなかったし、後ろを振り返ることもなかった。情も馴れ合いも流9洲における彼の生活にはなかったものだったから、それが当たり前だと考えていた。
 どうやらそれが自分の勘違いだったらしいことは、そこから50mも歩かないうちに察した。

41RE:STRANGER ◆87GyKNhZiA:2020/03/05(木) 21:16:00 ID:WFNujIGw0



 櫟士と少女の間に、重い沈黙が流れた。
 櫟士は相変わらず表情筋が死滅したかのような面持ちであるのに対し、少女は何かを言いたげで、意を決したかのように何かを伝えようとするけれど、やはり何の言葉も出てはこない。
 彼女は何をしたいのだろうか。櫟士が顔に出さないまま困惑していると、少女はがさごそとデイパックを漁り、マジックペンとスケッチブックを取り出して何かを書き始めた。

『危ないですよ』

 どん、と見せつけられるスケッチブック。そこに書かれた六文字の文章。見つめる櫟士は、やはり無言と無表情。
 ふざけているのだろうか、と考えてみたが、当の少女は真剣そのものといった顔だ。訳が分からない。

「何が言いたい」

『あなただけでは危ないです、私と話をしてくれませんか?』

「……」

「……」

 沈黙。
 櫟士は動かず、少女もまた困ったように立ち尽くしている。

 この少女は何をしたいのだろう。櫟士は思考する。
 ここが危険な場所であることは周知の事実だ。まさか安全地帯と思っているような者はいないだろうし、そんな知恵遅れや知能障害を持っているような人間と勘違いされる覚えも謂れもない。
 ならば取引か、あるいは恐喝の類かとも考えたが、どうもしっくりこない。それにしては少女の態度は下手のもので、奪う者特有の余裕や蔑みの感情はまるで見えてこない。

 ふと、ありえない可能性を思いつく。
 もしかして、この少女は単純に自分を心配しているのではないかと。

「俺の心配をする前に、自分の心配をしたらどうだ」

 仮に少女の真意が"それ"だとするならば。
 それは弱さだ。真っ先に狙われ、跡形もなく絞りつくされるのを待つだけの隙だ。
 善悪や好悪とは全く違うベクトルで、それは弱さなのだ。残念ながら。

 言われ、少女はやはり困ったような表情をして。言葉を紡ぐのではなく支給品の携帯端末を手にすることで応えた。
 櫟士には見慣れないそれを数秒ほど弄って───次の瞬間、少女は光に包まれる。

42RE:STRANGER ◆87GyKNhZiA:2020/03/05(木) 21:16:28 ID:WFNujIGw0

「ッ!?」

 突然の光に、櫟士は思わず懐の銃に手を伸ばしかける。
 しかし、燦然と輝く緑の光はそれよりも早く収まり、そこには先程とは衣服を異な物とした少女が立っていた。

 緑を基調とした、繁る命の息吹を思わせる姿。
 否応もなく、力充つる気配を湛える勇者の姿。

 それは信仰は愚か神性への理解すら持たない櫟士にさえ、ある種の荘厳さを感じさせる佇まい。
 そして少女は指先を持ち上げ───スケッチブックに何かを描き込み、見せた。

『大丈夫です。私は勇者なので』

「……」

 勇者。
 その名の意味を、櫟士は分からない。

『あなたの名前を教えてくれませんか?』

 けれど、何かを感じたのだろうか。
 改めて少女へと向き直り、彼は口を開く。

「……イチセ」

 平坦な、けれど一切敵意のない、最初からずっと変わらない声音で彼は言う。

「俺の名は、イチセだ」








43RE:STRANGER ◆87GyKNhZiA:2020/03/05(木) 21:16:56 ID:WFNujIGw0






 辺りを探索して暫くもしないうちに、目当てのものは見つかった。
 それは団地の軒先に放置されていた一台のオートバイだ。これも相当に年季が入った錆びれ方をしていたが、周囲の朽ち果てた建築群と比べればかなりマシなほうで、何とか動かすことができそうだった。

 跨り、エンジンを吹かす。作動に問題ないことを確認すると、一気に走り出そうとし───
 その動きを、服の裾を掴む指によって阻まれた。

「……」

「……何故、まだ俺に構う」

「……」

「お前にはいるはずだ、探すべき人間が」

 "イツキ"と名乗った少女と、櫟士はいくらかの情報交換をしていた。
 イツキが聾唖の身であることは、途中から櫟士も薄々察することができていた。流9洲にはそうした欠損を持つ者が掃いて捨てるほどいた。そしてそれは、今の櫟士も同じことだった。
 失われた右手の左足。それを補うために接続された人工義肢「テクノライズ」。血縁を否定し、自らを人なる種とは別種と定義する技術。
 全てを失くし、親との繋がりと己が身だけを糧として生きてきた櫟士にとって、何よりも忌まわしいはずの機械の体。
 それを幾ばくかでも肯定できるようになったのは、彼が今まで知ることのなかった"繋がり"によるものではないかと、そう考えていた。

 そして、イツキにはその繋がりがある。
 恐らくは、自分のものよりもよほど強く確かな、そんな繋がりが。

「お前はそこに行け。俺は俺の行くべき場所に行く」

「……」

 イツキはただ、ふるふると首を振っていた。書き文字をすることもなく、ただじっと、櫟士を見つめる。

「……俺は流9洲に向かう。途中、お前が言っていた場所にも立ち寄れるだろう」

 先程二人で見た地図を脳内に描く。現在位置のH-2から流9洲に向かおうとすれば、道中にはイツキが慣れ親しんでいたという"中学校"という場所がある。
 櫟士はじっと、イツキを見返した。揺るぎない瞳がそこにはあった。櫟士には目を見るだけで人柄を看破できるような経験も眼力も存在しない。しかし、イツキのそれは櫟士の知る何にも該当しない光があった。
 地下の人間のように、ただ生きるために全てを燃やし尽くすような熱でもなく。
 地上の人間のように、ただ生きることしか知らないがための死んだ穏やかさでもなく。
 櫟士の知らない何かを、彼女は持っていた。

「乗れ。行くぞ」

 こくり、と頷いて後部座席に跨る。爆音と振動が鳴り響き、二人を乗せたオートバイは勢いよく走り去っていく。
 後には残響と、舞い上げられた砂埃だけが残されているのだった。






   ▼  ▼  ▼

44RE:STRANGER ◆87GyKNhZiA:2020/03/05(木) 21:17:27 ID:WFNujIGw0






『あなたは、全てを壊してしまう』

『あなたは、人をいっぱい傷つける』

『あなたは、最期にたったひとり……』



 その言葉を───蘭が見た未来を、俺は否定することができなかった。
 それは、俺の辿ってきた人生そのものだった。

 何かを壊すことで、俺は生きてきた。
 誰かを傷つけることで、俺は生きてきた。
 そうしなければ生きられなかった。そうすることでしか、俺は生きられなかった。
 俺はずっと一人きりだった。父が死に、母が死に、寄る辺なくこの流9洲で犬のように過ごしてきた。
 手を差し伸べることも差し伸べられることもなかった。献身や博愛など空想の中にすら居場所はなく、明日を夢見る希望さえあの街にはなかった。
 だから俺は総てを壊し、誰かを傷つけ、そして一人で死んでいく。それは当然のことだ。
 それを変えたのはお前だ、蘭。
 お前と出会ったことで、俺は変われた。変わることができた。変わってしまった。
 だから、蘭。
 お前にも知ってほしい。俺は、あの世界で生きることはできないけれど。それでもお前にはあそこにいてほしいと願う。

 殺し合いのない世界で。
 お前に、生きてほしい。

45RE:STRANGER ◆87GyKNhZiA:2020/03/05(木) 21:18:14 ID:WFNujIGw0


『H-2/廃墟群/一日目・深夜』

【櫟士@TEXHNOLYZE】
[状態]:健康
[装備]:ハネムクロ@CODE VEIN、ニューナンブM60@現実
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0〜1、オートバイ@現地調達
[思考・状況]
基本方針:蘭の見た未来を覆す。
1.蘭を最優先で探す。
2.大西との合流。
3.遠山を警戒。しかし場合によっては……?
4.イツキを傷つけない。
[備考]
参戦時期は20話で遠山と再会する直前
勇者部メンバーについての簡単な情報を得ました。


【犬吠埼樹@結城友奈は勇者である】
[状態]:健康、聾唖
[装備]:讃州中学の制服
[道具]:基本支給品一式、勇者システムのアプリ@結城友奈は勇者である、不明支給品0〜2
[思考・状況]
基本方針:殺し合いには乗らず、皆で帰る。
1.イチセさんと一緒に讃州中学を目指す。
2.戦わなきゃいけない時は覚悟を決める。
3.勇者部のみんなと早く合流したい。
[備考]
参戦時期は一期で声を失って以降〜最終話以前。
勇者システムのアプリは基本支給品のタブレットにインストールされています。
満開の代償によって声を失っています。
櫟士の知り合い(蘭、大西、遠山)と流9洲についての簡単な説明を受けました。



支給品紹介
【ハネムクロ@TEXHNOLYZE】
日本刀を元に作り上げられた片手剣。作中登場する中では軽量の武器だが、それでも元となった日本刀と比べ遥かに長く、幅広の刃を持つ巨大な武器。
鞘は存在せず、その質量のままに怪物を斬り殺すことを前提として設計されている。

【ニューナンブM60@現実】
回転式拳銃。装弾数は6発。日本の警察・海上保安庁・刑務所において配備される、およそ一般に拳銃と聞いてイメージされる最も普遍的な拳銃。

46 ◆87GyKNhZiA:2020/03/05(木) 21:19:32 ID:WFNujIGw0
投下を終了し、セレスティ・E・クライン、蘭、ダン・ブラックモアで予約します

47 ◆nyDaicWzto:2020/03/08(日) 15:43:09 ID:Pc/de2aQ0
投下します

48星が降るユメ ◆nyDaicWzto:2020/03/08(日) 15:43:39 ID:Pc/de2aQ0
世界の果てとは、どうやら炎の世界ではないらしかった。
また、氷雪と雲に閉ざされた世界というわけでもないようだった。

ただ一つだけ、確かであったのは。
己に、生きているという自覚があったこと。

だから彼女は、影によって上空を見上げるように指示された際に、眼帯を外した。
その時までその力を使わなかったのは、すべてが終わる前に、その魔眼を自ら切除したことを覚えていたからだった。

――私は現に"空"を取り戻している。

その言葉と共に、北欧のそれとは異なる茜色の空が両の眼に映った。
そして右眼には、”可能性”としてこれから”暗転”が起こるという事実も視えた。
それは、大令呪も残っていない我が身に、健康な身体と、失ったはずの魔眼が復帰していることを意味していた。

もう一つ、思い出すことがあった。
ここで目を覚ますより以前に、別の景色も視えていた。
おそらく蘇生させられてから現在地に転移するまでのわずかな時間のことで、意識の間隙をついて視認したものが見せた夢だったのかもしれない。
かつて、炎の巨人王がいる景色を視てしまったように、意図せずに誰かの可能性を追いかけていたのかもしれない。

それは、巨大な白銀の柱が、灰色の曇天を枝の絨毯で満たしながら、世界に浸透していく姿だった。
巨大な銀世界の山脈に根本を落としたそれは、土地を陥没させながら目に見える速さで根を伸ばして領土を広げる。
魔眼には大地のマナが急速に取り込まれ、それの成長のために糧とされていく経過が分かる。
樹皮にあたる表面には、長大な魔術刻印のような文様が張り巡らされ、脈動のように明滅する。
大地を吸い取り、灰色の雲を取り込むように勢力範囲を広げる。
世界を塗り替え、自然界にあらざる樹木として成長していた。
まるで、空想樹。
彼女はその樹を、そう呼ぶところだった。


▼  ▼  ▼

49星が降るユメ ◆nyDaicWzto:2020/03/08(日) 15:44:10 ID:Pc/de2aQ0
オフェリア・ファムルソローネに、はっきりとした方針はなかった。
自分からこれでいいと選択して、希望をもって終わらせた。
また新たな願いを抱いて殺し合いに参加することもないと、名簿に他のクリプター2名の名前があったことで確信する。
絶対であるキリシュタリア・ヴォ―ダイムの願いとは関わりない争いのために、彼が救ったクリプター達の命を散らすことはできない。
それでもなお使命を見出すとすれば、カドック・ゼムルプスと芥ヒナコの生還に貢献して二人の大令呪を守れば、あの方はもとよりクリプター陣営の役には立つかもしれない。
特に、芥ヒナコの異聞帯はまだ順調に続いているのだから、彼女を生還させる意義は大きいだろう。
また、この大地が『漂白されていない』ことから、この世界の所在について、また『十一の滅びゆく世界』という意味について調査することも急務であるかもしれない。
理屈としては、そこまでを考慮することはできた。
だが、それは魔術師に求められるべき理屈としての判断だった。

不安、混乱、逡巡、期待されないこと。
それらを拭えない弱い人間としては、どうすればいいか分からない。
名簿に書かれていた『わたしより強くなったもう一人のわたし』や『大切な後輩』たちと今さら戦えるわけもない。
それとも、右手に再び刻まれている、三画のそれに願って助けを呼べばいいのか。
あの英霊が見せてくれたような、虹がどこかにあるというのか。

「そこに、何かあるのかしら?」

しかし、見つけたのはもっと虚ろで小さな存在だった。
夜目のきく者にならばすぐに見つかってしまいそうな高台への斜面に腰を下ろす小さな背中だった。
あまりにも無防備に、一心に空を見上げる十歳前後ほどの少年だった。
ぺたんと足を投げ出して大地に座り込み、感情のない瞳で夜の星だけを見ていた。
しばらく接触するかどうか躊躇している間もじっと動かず、何もなければいつまでもそうしていそうだった。
まるで、廃棄された人形のように力のない無表情だった。

既視感。

それがあったからなのだろうか。
相手について問うよりも、自分のことを名乗るよりも先に、何を見ているのかと聞いてしまった。

ぐるり、と少年が首を向けた。
いつかのように、視線が合った。


▼  ▼  ▼

50星が降るユメ ◆nyDaicWzto:2020/03/08(日) 15:44:57 ID:Pc/de2aQ0
少年は、期待に応えたかった。
灰色の雲に覆われた滅びかけの世界で、世界樹を育てきることが期待に応える唯一の方法だった。

少年の頭の中には、少年を創った女性が遺していった世界樹の育て方が眠っていた。
その樹を育てきったとき、世界から灰色の雲は全て除去されて、太陽と青空が戻ってくる。
シティという限られた土地以外でも人は生きていけるようになり、世界は救われる。

けれど、閉じ込められて育った少年は世界のことを何も知らなかった。
だから『世界を救ったら自分を産みだした人は喜んでくれる』とだけ考えて、世界樹の種を育て始めた。
もし青い空を取り戻せたら、大事な女性のためになることができたと胸を張れるようになる。
そうすればきっと、少年は彼女のことを『お母さん』と呼んでもいいようになるだろう。

そんな個人的な希望のことを何も知らず手伝ってくれる『れん』や『ふぃあ』のことは少年の胸を痛ませたけれど。
世界を救えば二人とも喜ぶと少年は割り切ることにした。



「そら」



少年が一命を賭してでもやり遂げようと思っていたことは、もう簡単にやってみせたと知らない男から言われた。

「くものないそら」
「ええ。そうだけれど……」

指さした先には、空がある。星がある。雲が無い。
ここには雲のない地上がある。
空が見えているのに驚いていない女性のことは違和感があったけれど、それによって少年だけに見える幻覚や錯覚でないことは証明された。
脈拍が不規則になる。呼吸がため息の形になる。

「ごうせいえいぞう?」
「地図を信用する限り天井はなさそうね」

地上から空が見られたことを良かったと考えるよりも、自分ではない人が空を取り戻すことを良くなかったと考えてしまった。
青空が戻ってくるはずなのに喜べない自分のことを、人間らしくないのではと自問する。

「……ぁ」

違う。
空を見て驚かないのが人間らしくないなら、声をかけてきたこの女性も人間でないことになる。

「おどろかない?」
「空が見えることが?」

星座の位置関係なんかは最初に確認したけれど……と、女性は困惑したように続けた。
女性にとって、空が見えることはおかしくないことで、見える方が普通のことであるかのようだった。

不可解。
Ⅰブレインに応えてもらうまでもなくそう結論が出る。
十一の世界がどうとかいう最初の説明を飲み込むことは、あまり柔軟な方ではない少年には難しかった。
けれど、あの男が何を提示したのかは覚えていた。

51星が降るユメ ◆nyDaicWzto:2020/03/08(日) 15:45:24 ID:Pc/de2aQ0
「あさには、あおぞら、みえる?」
「天気が良かったら、そうなるでしょうね」

空を取り戻したと自称する男の話では、殺し合いをして最後の一人になった者が『青空が欲しい』と言えばそれも叶うらしい。
世界樹を育てる準備を始めたばかりの頃の少年ならば、それに縋るようなことはなかった。

お母さんと呼びたい人――エリザが少年に遺したのはあくまで世界樹のデータだったのだから。
エリザの遺志を継ぐならば、世界樹を育てる方法で青空を取り戻すのが最善でしかなく、それ以外の手段を取らなくてもいい。
失敗しても少年に失うものはなかった。95%の確率で失敗するという試算が既に出ているけれども。
エリザが期待している以上、自分は残り5%のほうの結果が出せると信じられているはずだった。
そのはずだった。

「……あおいそら」
「あなたには、それが珍しいのかしら」

女性の顔が、わずかに眉尻を下げたものに変わる。
表情を変えられない少年のことを、極めて非人間的な何者かだと気付き始めたのかもしれない。
いつか命令で殺した男性のように、少年のことを『人形』と呼ぶようになるかもしれない。

今では、失敗しても失くすものがないとは思えなかった。
実は、まだ少年しか知らないことだったが。
残りの95%の方が当たった時、世界樹は暴走し、世界を滅ぼす。そのことを考えると、少年の内側が軋む。
それが起こってはいけない事だと分かるぐらいには、少年は世界のことを知ってしまった。
友達から色々と教わったおかげで、美しいものに触れてしまった。

「……………………はい」
「ねぇ。あなたは、もしかしてホムンクルスなの?」

52星が降るユメ ◆nyDaicWzto:2020/03/08(日) 15:45:44 ID:Pc/de2aQ0
まったく意味が分からない言葉に首をかしげて「いいえ」と返した。
女性はますます怪訝そうにして、「いいえ、でも魔術工房の実験体のように閉鎖環境にいた可能性は……」と小声を漏らす。
そちらのニュアンスは分かったので、少年の胸はどきりとした。
人間ではなく人形だということが、ばれたのかもしれない。
そうでなくとも、世の中には魔法士なんて大嫌いだという人もいることは、錬が教えてくれた。

だが、わずかに後ずさりをした少年を見て、女性は慌ててごめんなさいとか悪い意味はないとか謝罪をした。
実のところ、少年はどちらかといえば人見知りだ。
それでも女性に対して『螺子』を出さなかったのは、有り得ないことが起こってしまった驚きのあまりだった。

「あなた、名前は?」

ごそごそと紅茶色のコートの色々なところを引っ掻き回して、どうにか見つけた認識票を提示した。
女性がそれを受け取り、少年の有する肩書を不思議そうに読み上げる。
結果的に魔法士であることがばれてしまったが、そもそも殺し合いをするにふさわしい強さの人が集められているという説明が本当なら、女性も魔法士なのかもしれない。
先天性(うまれつき)の魔法士だとしたら軍のことを知らないのは何だか変だから……後天性(もとにんげん)の魔法士なのだろうか。
だとすれば、彼女にも、母親が。

また、頭がずきりとした。

少なくとも。
エリザの望みは、青空が戻ってくることだ。
人生の最後の最後まで青空を観たがっていたのだから、間違いなく。
もし、世界樹ではなくあの男が勝手にやってのけた方法で空を取り戻せるなら。
世界を滅ぼす危険を冒さずに、5%という数字を恐れずに、世界を救えるかもしれない。

53星が降るユメ ◆nyDaicWzto:2020/03/08(日) 15:46:04 ID:Pc/de2aQ0
「ねぇ」

女性は、目線を落としてエドに尋ねた。
錬が、大丈夫かどうかと尋ねる時の顔に似ているように見えた。

錬だったら。
殺し合いなんかやらずに、失敗するかもしれない方法で空を取り戻すのと。
殺しあいに優勝して、簡単なやり方で空を取り戻すのと。
錬だったら、どっちが喜ぶだろう。

「エドワード。あなたはここでどうするつもり?」

錬なら、どうする。

だけど。

そもそも、殺し合いに勝つということは。
錬やフィアのことも、殺すということだった。
今までで一番ひどい痛みが、頭でずきりとした。

その痛みを振り払うように、声を放った。



「ともだちに、あいたい」



友達と呼んでもいい人達と、母親と呼べるかもしれない人。
その二つを天秤にかけてしまったら、何かが壊れる気がした。

女性は、その言葉を聞いてはっとしたように左眼を見開いた。
見覚えのある顔だった。
そして、ゆっくり時間をかけてから、女性は答えた。

「そう。私もそうなの」


▼  ▼  ▼

54星が降るユメ ◆nyDaicWzto:2020/03/08(日) 15:46:56 ID:Pc/de2aQ0
似ていた。
同じような瞳だった。
あの子も、男の子のように、窓から空を見上げていた。
いつもいつも、人形のように何も知らない瞳に、空を映し続けていた。
窓の外は、いつも吹雪と曇天しかなかったのに。
来るはずのない希望を待ち続けるその姿を、いつしか重ねて見るようになった。

だから、それはただの感情的な見解だった。
大事な女の子に似ていたという一点に起因することでしかないけれど。
人間を善と悪と中庸に分類するならば少年が悪であることはおそらく無いだろう。
悪ではないからといって味方とは限らないのも事実だが。
少なくともカドックの結末を直観した時と同じくらいには、外れている予感はしない。
何より。

――何がそんなに怖いんだ。

それもまた、感覚で受け取ったことだが。
かつて自分も言われた言葉をかけたくなるような雰囲気が、どうするつもりだと尋ねた時に少しだけ見えた。

「……そう。私もそうなの」

あの子のことを一方的に『友達』だと断じることになる答えだったが、敢えてそう言った。

なぜなら、素直になってみればそれが一番の望みだったから。
また会いたい。
踏み出してほしいと願った彼女が、ちゃんと踏み出せそうかどうかを見届けたい。
それだけでなく、叶うことならもっともっと話したい。
今度は、あなたがあの『後輩』に抱いていた感情も私のそれと同じであるように見えたとか、そんな話をしてみたい。

だから探して回りましょう、と言った。
『一緒に』という言葉を添えることができなかったのは、相手がどう受け止めるか反応をみたいという計算であり、誰かを誘うことに慣れていないという臆病さだった。

どっちにせよ、こんな見つけられやすい所にいつまでもいるのは危険だから。
そのように伝えると、どのように危険なのかは理解できるようで「はい」と首肯があった。
オフェリアの服の裾の、その端っこを小さく掴まれ、そそくさと斜面を降りるために歩みを始める。
やっと無防備であったことを自覚したらしい、焦ったような歩みだった。

55星が降るユメ ◆nyDaicWzto:2020/03/08(日) 15:47:35 ID:Pc/de2aQ0
『自分も友達を探しているのだ』と伝えればある程度の警戒を解くぐらいには、甘さを持っているのかもしれない。
あるいは自分の知りえなかった『あおぞら』というものを当然のように『見えるもの』としているオフェリアに対して、己より情報面で優位にあるものとして価値を見出したのかもしれない。
そして、人形のようだった反応と打って変わってわたわたとした挙動には見た目相応の子どもらしさを見いだせた。
少しだけほっとした。
それは、彼もまた『人形』からは脱却しつつあるという証明だったからだ。
少年の駆け足が、勢い余って斜面を蹴りつけた。
少年が転ばないように合わせて踏み切ったところ、斜面ではずみがついていたようで2人ともの脚が大きく地面から離れた。

ぴょーん

そんな不器用な踏み出し方しかできなかった自分達は、やはりまだ『魔術師』や『人形』の枠を出たばかりであるらしかった。

『D-7/高台への坂道/一日目・深夜』

【オフェリア・ファムルソローネ@Fate/Grand Order】

[状態]:健康

[装備]:遷延の魔眼、令呪(3画)

[道具]:基本支給品一式、不明支給品0〜3

[思考・状況]

基本方針:他のクリプターを生還させるために行動すべきではあるが、ひとまずは状況を把握するために他者と接触したい

1.マシュともう一度会いたい

2.エドワード・ザインから可能な限り情報収集……というのが理性による判断だが、感情としては放っておけない。

3.カドック、ヒナコの両名を探す。

4.他のクリプターの立場しだいではあるが、殺し合いをしないならばカルデアの人々と休戦を続けるのはあり。

[備考]
死亡後からの参戦
大令呪はありませんが、通常の令呪は発現しています。
オフェリアによって招かれたサーヴァントはすでに土地に召喚されているかもしれませんし、これから召喚されるかもしれません。
あるいは、参加者であるサーヴァントや参加者が召喚したサーヴァントが未契約状態であれば契約することも可能となります。

56星が降るユメ ◆nyDaicWzto:2020/03/08(日) 15:48:01 ID:Pc/de2aQ0
とっさに服の裾を掴んでしまったのは、同じような瞳だったからだ。
『人間みたいなことがしてみたい』と言った人形のことを、喜んでくれたときの顔。
まさか、そんな眼をする人にまた出会うとは思わなかった。


【エドワード・ザイン@ウィザーズ・ブレイン】

[状態]:健康

[装備]:紅茶色のコート

[道具]:基本支給品一式、不明支給品0〜3

[思考・状況]

基本方針:もしも、『空を取り戻す』ことが簡単にできるのだとしたら――

1.分からないことが多すぎる

2.錬とフィアを探す

3.オフェリアへの警戒を解いたわけではないが、自分の知らない事を知っているようだしひとまずは一緒に


[備考]
参戦時期は4巻下。ヘイズの認知度は以降の書き手に任せます。

57星が降るユメ ◆nyDaicWzto:2020/03/08(日) 15:48:20 ID:Pc/de2aQ0
投下終了します。ご意見あればお願いします

58 ◆5ddd1Yaifw:2020/03/08(日) 19:27:33 ID:oWRXNx7Y0
予め延長しておきます

59 ◆DWykRcNsUE:2020/03/09(月) 21:51:23 ID:/mK7IH4g0
延長します

60 ◆DWykRcNsUE:2020/03/14(土) 13:32:01 ID:kxMs37dU0
予約を破棄します

61 ◆87GyKNhZiA:2020/03/14(土) 19:11:35 ID:/Txf3pM60
>星降るユメ
ヒマラヤに広がる世界樹を、遷延の魔眼を持つオフェリアさんだからこそ観測し得て、かつ空想樹と呼称するクロスにまず唸らされます。
そこから続く二人の邂逅は、静かで幻想的な雰囲気に満ちていて、空を共通の話題として話しているシーンでは淡々としながらも綺麗な情景が浮かび上がるようでした。
友達を探したいという共通点も、エドからホムンクルスを想起しマシュを彷彿とさせたオフェリアさんもクロスとして見事で、この二人の登場話として完璧なものだったと思います。
投下ありがとうございました。

自分のほうも出来上がりましたので投下します

62RE:MYTH ◆87GyKNhZiA:2020/03/14(土) 19:15:05 ID:/Txf3pM60



 夜闇にぱっと、赤い花が咲いた。

 少女の体がびくりと痙攣し、ゆっくりと傾いで折れ曲がる。

 遅れてやってきた鋭い銃声が轟く中で、少女が地面に落ちる音が、とさりと小さく耳に届く。

 ぶわりと広がる長い髪。金色は夥しい血に濡れてまだらとなり、割れた頭からは色を失った眼球が虚空をにらむばかり。

 私はそれを見ていた。ずっと、ずっと、見つめていた。

 虚ろな目がじっと、私を見つめ返していた。





 人のいない夜のこと。そんなふうにして、セレスティ・E・クラインは死んだ。






   ▼  ▼  ▼

63RE:MYTH ◆87GyKNhZiA:2020/03/14(土) 19:15:59 ID:/Txf3pM60






 ───見上げた夜色の空は故郷と変わらない。だが、そこには決定的な違いがあるのだと言葉にするまでもなく理解できた。遠い、あの空はなんと高く遠いのか。

 石榑ばかりが広がる寂寞の大地にあって、少女が夜空を見上げている。灰の瓦礫に腰掛けて、崩れた壁に背を預けながら。隙間なく永遠の灰色雲に覆われているはずの、しかして月と星の明かりが照らす不可解極まる空の下にて。
 未だ幼い少女だ。後方で纏めた金糸の髪を、朽ちた気配を孕んだ風に靡かせ、碧の瞳には憂いの色を湛えている。少女は己の体を抱きすくめるかのように身を竦ませ、チェックのスカートをぎゅっと掴んでいた。
 少女は───セレスティ・E・クラインは、やがて意を決したように言葉を絞り出した。

「……わたしは、人を探そうと思います」

 傍らに話しかける声。そこにはもう一人、小さな影が立っていた。
 こちらもまた少女だ。橙色の髪を両サイドで結った東洋系の顔立ち。歳の頃は、10歳のセラより少しだけ上だろうか。言葉はなく、動きもなく、ただじっとセラの隣に立ち尽くした少女。
 何より目を引くのは、顔につけられた狐の面だ。眦に朱を引いた真っ白な狐面。当人の微動だにしない態度と相まって、それはまるでこの世の者ではないかのような気配を醸し出しているのだった。
 少女は───蘭は、やはり何を言うこともなくセラの言葉に耳を傾けていた。

「ディーくんと祐一さん……二人共とても強くて、優しい人です。祐一さんならきっと、蘭さんのことも守ってくれると思います」

 支給された携帯端末の名簿を表示させて、二つの名前を指し示す。デュアルNo33と黒沢祐一という名前。
 蘭は言葉なく、ただ狐の面を少しずらしてそれを見遣った。セラは続ける。

「それで、なんですけど……わたしにはこのことをきちんと言っておく責任があると思うんです。なので、言います」

 意を決したように、セラは言葉を放った。

64RE:MYTH ◆87GyKNhZiA:2020/03/14(土) 19:16:38 ID:/Txf3pM60



「ディーくんは多分……この殺し合いに乗って誰かを殺そうとすると思います。私を、生かすために」



 それは、その言葉は。
 酷くやりきれない、もどかしさと悲しさが合わさったような響きだった。











 セラ───セレスティに、確固たる指針はなかった。
 荒唐無稽な出来事に意味不明な説明、そして次の瞬間に見せられたのはおよそ現実とは思えない光景。これだけのことが矢継ぎ早に叩きつけられて、セラは正直なところ状況を把握するだけで精いっぱいになっていた。
 殺し合いをしろと、男は言っていた。
 最後の一人になるまで生き残れば、なんでも願いを叶えるとも。

 セラにだって叶えたい願いは、ある。
 取り戻したいものが、帰ってきてほしい人が、いる。

 死んだ人間は生き返らない。失った命は戻らない。
 それは世の絶対原則であり、だからこそ人は喪失の痛みに苛まれても前を向いて進まなければならない。そうするより他にない。
 だが、その不可逆を反故にできるのだとしたら。

 死んでしまった母。最期のひと時だけ心を通わせることのできた母。
 その彼女が生きて戻ってくれるというなら、確かにセラは藁をも掴むつもりでしがみ付きたいし、自分にできることならなんだってするだろう。

 けど、これは駄目だ。
 人を殺すという選択を、セラは取ることができない。
 人倫とか良識とか、確かにそういうのもあるけれど。でもそれ以上に。

 セラには人を殺すことのできない理由が存在する。

65RE:MYTH ◆87GyKNhZiA:2020/03/14(土) 19:17:05 ID:/Txf3pM60

「ディーくんは言ってました。自分のことはどうでもいいって、自分よりわたしのほうが大事なんだって。
 だから多分、この場所でも……ディーくんはわたしを助ける一番確実な方法を選ぶんだって、そう思います」

 強制された殺し合い、脱出不可能な状況、三日後には全ての希望が潰える閉塞。
 その状況で、仮に自分の大切な人間が共に巻き込まれたらどうするか。何をすれば最も確実にその誰かを守り通すことができるのか。
 およそ人倫を無視して考えれば、子供だって思いつく一番簡単な結論。
 すなわち、自分達以外を皆殺しにする。危害を加える可能性のある者全員を再起不能にする。
 そしてその上で、本当に脱出の方法がないのだとしたら、自分で自分の命を奪う。

 考えるだけでも怖気が走る最悪の可能性。けれど一番に考えなくてはならない可能性でもある。
 何故ならディーには、確かにこの殺し合いを勝ち抜けるだけの力が存在してしまっているのだから。

「ディーくんは強いです。力も、心も。一度そうと決めたら迷いませんし、きっとやり遂げようとします。
 ディーくんはそれを選べる人で、そしてそれをやり遂げるだけの力があるんです」

 ここに連れてこられる前、シティ・メルボルンからの脱出作戦において、デュアルNo33は自分達を逃がすために二個師団もの戦力にたった一人で立ち向かうことを選んだ。
 捨て駒ではなく、勝つために。それだけの力が彼にはあった。

 迷わない心。負けない力。
 その双方を彼は手にしている。故に。

「ですからわたしは───ディーくんを止めたいと思います」

 セレスティ・E・クラインには、それを止める責任がある。
 何より彼が、セラを守るために行動するなら尚更に。

「ごめんなさい。いきなりこんなこと話されても、困りますよね。
 言いたかったのはディーくんが危ないってことと、祐一さんならきっと皆さんを守ってくれるって、そういうことだったんです。それで……」

「あなたは、その人のことが大切?」

 え? と思った。
 蘭さんのこともわたしができるだけお守りしますから、と言おうと思ってたのに。あまりに突然のことで言葉が続かなかった。
 ディーくんのことが、大切か。
 そんなの───

66RE:MYTH ◆87GyKNhZiA:2020/03/14(土) 19:18:25 ID:/Txf3pM60


「……はい。とても大事な人です」


 答えなんて一つしかなかった。

「えっと、ごめんなさい。こんなこと言える立場じゃないですし、そんな状況じゃないってことも分かってるんですけど。
 でも、大切な人なんです。世界で一番大事な人なんです。わたしも、ディーくんには傷ついてほしくないんです」

 人殺しであろうとも。
 どんなに罪を被ろうとも。
 それでも、セレスティ・E・クラインはデュアルNo33のことが大事なのだと、胸を張って叫ぶことができる。
 だからこそ、自分のために誰かを殺そうとする彼を、セラは絶対に───

 絶対に、許さないのだ。

「……そう」

 そっと仮面を外し、蘭は無感動にそれだけを言った。
 その時になってようやく、セラはもしかしたら自分はとんでもなく恥ずかしいことを言ってしまったのではないのかと思い当たり、内心顔が真っ赤になる思いだった。

「え、えと……蘭さん、今の話は───」

 とん、と胸のあたりに衝撃が走った。
 え、と思った時には、体は崩れ、後ろに向かって倒れていくところだった。
 自分を押しだした蘭の右手が、真っ直ぐ伸ばされている光景が、目に入った。

 ───次瞬、凄まじい衝撃が、セラの目の前を覆い尽くした。






   ▼  ▼  ▼





「俺は、地上の世界に行っていた」

「上は、俺の住めるようなところじゃなかったけど」

「蘭、お前を連れて行ってやりたい」

「お前を殺し合いなんかない、地上に」





   ▼  ▼  ▼

67RE:MYTH ◆87GyKNhZiA:2020/03/14(土) 19:18:52 ID:/Txf3pM60





 夜闇にぱっと、赤い花が咲いた。

 少女の体がびくりと痙攣し、ゆっくりと傾いで折れ曲がる。

 遅れてやってきた鋭い銃声が轟く中で、少女が地面に落ちる音が、とさりと小さく耳に届く。

 ぶわりと広がる長い髪。橙色は夥しい血に濡れてまだらとなり、割れた仮面が宙へ飛ばされ落ちていく。

 わたしはそれを見ていた。ずっと、ずっと、見つめていた。

 見つめていることしか、できなくて。



「───蘭さんっ!」



 無我夢中で手を伸ばし、その体を抱きとめた。
 何かを思うより先に、頭が勝手に状況の最適化を実行していた。

(I-ブレイン戦闘起動。「Shield」展開)

 セラの頭部を正確に狙撃してきた二発目の銃弾は、射線上に発生した「歪められた空間」を「真っ直ぐ突き進む」ことにより、セラに着弾する直前で直角に折れ曲がりあらぬ方向へと逸らされた。
 光使い───時空間制御特化型魔法士。
 遠距離戦闘と空間知覚に特化されたセラのI-ブレインは、本来なら㎞単位からの狙撃だって事前反応し、放たれた銃弾を着弾前に撃墜可能であるはずなのに。

 ───I-ブレインの索敵能力が落とされてる……?

 ノイズメーカーによる制限を受けているわけでもないのにこの有り様、憂慮すべき事態に他ならなかった。
 けれど今はそんな場合ではなくて。

68RE:MYTH ◆87GyKNhZiA:2020/03/14(土) 19:19:19 ID:/Txf3pM60

「蘭さん、しっかりしてください!」

 そこで初めて、セラは自分の腕に抱かれた少女がどんな状態にあるかを認識した。

 右腕が、なかった。

 セラを突き飛ばした右腕は肩口からごっそりと抉り取られ、根本から消失していた。どころか右肩すら無くなり、抉れた傷口からは砕けた肋骨と肺臓が垣間見える。どくどくと噴出する血液は止め処なく、セラは蘭がどうしようもなく助からないことを悟ってしまった。

「蘭……さん」

(「Lance」装填完了。照準設定)

 3発目の銃弾がこちらに迫ることをI-ブレインが知覚し、セラの胸元近くに新たな空間の歪みが発生。それが解けると同時、虚ろな闇に一条の閃光が穿たれた。
 Lance───閉鎖空間を用いた陽子加速。すなわち荷電粒子砲。
 極めて精緻に威力設定されたそれが、中空より迫る銃弾を瞬時に蒸発。更に続く二発目が射線上に位置する射手の右手の甲を正確に狙撃し、得物を取り落とさせる。
 その光景をI-ブレインの知覚領域で認識するや否や、セラは蘭の体を抱きかかえて後ろへ転身した。
 空間曲率を書き換え、任意の方向に「落下」することによる疑似飛行。風切る感覚を頬に覚え、セラは必死に蘭へと呼びかける。

「蘭さん、死んじゃダメです! 蘭さん!」

 分かっている。蘭が負った傷が致命傷なんてことは。
 あの時と同じだった。自分を庇い、銃弾の雨に穿たれたお母さん。
 あの時と全く同じことを、自分は繰り返している。
 分かっている。自分に彼女を助けることはできない。失われ行く命を救えない。人殺しの片棒を担ぐ人間に人助けの資格はない。
 けど、それでも。

「生きてください、蘭さん!」



 …………。


 …………。


 …………。








69RE:MYTH ◆87GyKNhZiA:2020/03/14(土) 19:20:06 ID:/Txf3pM60






 私は、ずっと諦めていた。
 生きることも、死ぬことも、諦めていたのだ。



 私には生まれつき特別な力があった。未来を見る力だ。
 ガベではそれを「物見」と呼んで、神託を下す巫女として崇める風習が代々伝わっていたのだという。
 本来、私の見る未来は可能性の一つでしかない。私が神託を下し、それを以て行動すれば変えられる。そういうものだと誰もが言っていた。

 けれど、誰も私の見た未来を変えることはできなかった。
 最初はそうじゃなかった。でも、段々と未来の可能性が狭まっていったのだ。
 人の未来そのものが無くなりつつあるのだと、誰かが言っていた。
 そして私は私自身の未来を見て───全てに絶望した。
 絶望して、諦めて、でも自分で自分を殺すだけの勇気すら私にはなくて。だから私は街を狂わせた。
 街を狂わせ、皆の正気を奪って、その果てに私の見た「永遠」を否定してもらおうと、そう思っていた。

 けれど。



『蘭、お前を連れて行ってやりたい。お前を殺し合いなんかない、地上に』



 彼はそう言ってくれた。
 言ってくれた。だから、私は、思ってしまったのだ。

 もしかしたら、彼を最後まで信じることができていたならば。
 あるいは、もっと違った未来があったんじゃないか、と。

 私は地上に行って、彼は地下に残って。
 誰も死なず、誰も傷つかず、二人で生きていけるようなそんな未来が。
 もしかしたら、あったのではないのかと。

70RE:MYTH ◆87GyKNhZiA:2020/03/14(土) 19:21:06 ID:/Txf3pM60


「……」

 薄っすらと瞼を開き、私はあなたを見る。
 セラ。セレスティ・E・クライン。儚くも眩きあなた。

 あなたは私と出会った時、ほんの少しだけ笑っていたね。
 不安と恐怖を押し殺して、どうしようもない現実を前にして、それでもあなたは笑顔を失ってはいなかった。
 それは、流9洲の人間からは失われたものだ。
 誰もが笑顔を忘れていた。夢見る明日を失って、祈るべき神すら私達にはいなかった。
 希望なき異形都市。血肉の雨が降り注ぐ等活第九小地獄。
 人に遺された最期の煉獄で、純粋に他者のために祈れる人間など、もうどこを探してもいるはずがなかった。

 セラ。セレスティ。あなたには大切な人がいるんだって、そう言っていたね。
 あなたには、私にできなかったことをしてもらいたい。未来はただ先にある現実ではなく、誰かと笑い合えるものだってそう思いたい。
 こんな自分勝手な我儘を押しつけて、本当にごめんね。

 そうだ、私は───





「……イチセ」





 未来は変えられるのだと。
 もう一度、信じてみたかったのだ。


【蘭@TEXHNOLYZE 死亡】






『D-5/朽ちたビル街/一日目・深夜』

【セレスティ・E・クライン@ウィザーズ・ブレイン】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:基本支給品一式、不明支給品1〜3
[思考・状況]
基本方針:誰かを殺すディーのことを許さない。彼を許さない自分は、だからこそ誰も殺さない。
1.銃弾の主から逃げる。
2.ディーと祐一を探す。
3.ディーのお兄さん(イル)のことは……
4.イチセという人に蘭のことを伝えたい。
[備考]
参戦時期は5巻下終盤、ディーに「あなたを許さない」と告げる直前。
I-ブレインの自動索敵範囲が縮小されていることに気付きました。

蘭の基本支給品一式と不明支給品1〜3はD-5に置き去りにされています。












71RE:MYTH ◆87GyKNhZiA:2020/03/14(土) 19:21:26 ID:/Txf3pM60


「取り逃がしたか」

 紡がれる声は、しわがれた響きの中にあって枯れ木のような印象を聞く者に与えた。
 端的に言って、潤いがない。信念や人間性、あるいは方向性と言うべきか。そうした物が枯れ、干上がり、歪なカタチで固定されてしまったかのような。
 長い時を生きすぎて、最初にあった理想も何もかも喪失してしまった生死人。
 長銃を構えるその老人は、そうした死臭めいたものを全身に湛えているのだった。

「アーチャーよ。標的の姿は捕捉しているか」

『あいあい、しっかり追ってますよ旦那。それで次はどうするんで?』

「無論、逃げるその背を撃ち貫く。例外はない。わしの前に立ちはだかる者は皆全て、今度こそ鏖殺すると、その方針に違いはない。
 だが気を付けろアーチャー、敵手は恐らく空間を弄っている。相当に手練れのウィザードと判断した。手抜かりなく殺害しろ」

『はいはい、わかってます、了解ですよ。オーダーには従います。
 それじゃあまあ一仕事してきますわ』

 念話を切り、老人は言葉なく、感動なく、ただ状況を類推していた。
 あの瞬間、狙い撃った西洋の娘は明らかにこちらを認識し逆に狙撃をしてきた。その結果として自分の右手甲は腫れ上がり、得物を落として逃げる隙を与えてしまった。
 だが、致命傷ではなかった。
 殺意がないのか、あるいは"それ"しかできないのか。ともあれ好都合、未熟な敵ならば勝ちの目も上がるというもの。
 尤も、それで油断や手抜かりをしてしまえば命を刈られるのはこちらである。加虐はしないが一切の手加減もしない。

「……」

 老騎士は迷わない。迷うなどという余分な思考は既に悠久の時の中で消え去っている。
 願いは失われ、死人の夢と成り果てた妄念は、ひたすら敵を殺すために牙を研ぎ続けるのだった。


『D-5/朽ちたビル街・屋上/一日目・深夜』

【ダン・ブラックモア@Fate/EXTRA Last Encore】
[状態]:右手甲に火傷(中)
[装備]:バレットM82@現実
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0〜2
[思考・状況]
基本方針:勝利する。
1.皆殺し
2.逃げた少女(セラ)をアーチャーに追わせ、仕留める。
[備考]
参戦時期は再消滅より前。
アーチャー(ロビンフッド)と契約しています。

72 ◆87GyKNhZiA:2020/03/14(土) 19:21:50 ID:/Txf3pM60
投下を終了します

73 ◆5ddd1Yaifw:2020/03/15(日) 15:36:28 ID:YLVSI0L60
投下します。

74白銀のフェイト〜What a true hopes〜 ◆5ddd1Yaifw:2020/03/15(日) 15:38:13 ID:YLVSI0L60
 


 クエスチョン:“運命”に出会っても尚、勝利には届かない――――貴方は、諦めますか?







 狂った世界で一人きり。
パートナーであった彼女と築いた世界は泡沫と化して消えていった。
夢を見た、明日を願った、漸く始まる所だった。
しかし、結局は右手を伸ばしても何も掴めない。
たった一度だけ与えられた運命を逃した以上、結末は既に決まっているのだ。

 その結末を迎えるのが、この世界に変わっただけである。
カドック・ゼムルプスは、何処かの建物の屋上で、一人茫洋と立ち竦む。
いきなり連れてこられて、殺し合いを強要で、最後の一人を目指せ?
無理に決まっている。簡単に死んでやるものかという反骨精神はあるが、如何せん先ゆくヴィジョンが不透明すぎる。
現実的に考えると自分が優勝して、元の世界に帰るという手段はあまりにも厳しい。
真っ黒な空の下、青年は諦観する。そうして、自堕落に朽ちていく。

 ――まっぴらごめんだ。

 心の中に生まれた諦観を、カドックは許容しない。
空は黒い、踏み締めている地面は硬い、四肢は空気を感じている。
嗚呼、まだ生きている。一度は終わったはずの生命が繋がっているのだ。
彼女が、“運命”が、願いを誓い合った少女が、諦めるなと言外に告げている。
ならば、動くしかない。例え這ってでも、前に。
無茶無謀を踏破するぐらいできなくちゃ、“最後のマスター”には追いつけない。

「…………それでも、届かないのがお約束ではあるんだけどな」

 この世界が一つの物語ならば、自分は倒されるべき人間なのだろう。
事実、カドック・ゼムルプスは藤丸立香に勝てなかった。
最後のマスター、運命に愛された人間、人理再編の物語の主人公。
それに比べて所詮、自分は端役、塵芥の屑野郎。
万全を期した。使える手札は全て切った。一度は藤丸の心を折り、勝利に指が触れかけた。
気分は上々、漸く舞台に上がる準備ができたのだから。
それでも、届かないものがある。
総てを懸けても尚、相手の運命には敵わない。
そうして、カドックの物語は終わる。
生き残ったとはいえ、サーヴァントを喪った青年ができることなど、たかが知れている。
普通ならば諦める。
諦める時だ、と。道化師が嘲笑った幻覚が見えた気がした。

 ――――だから、どうした?

 この程度で諦めているならば、とっくに自分は腐り落ちている。
正真正銘の天才。模倣など到底できやしない、本物。
キリシュタリア・ヴォーダイムという規格外の男を見て、お前は諦めたか?
否、その程度で足を止めなどしない。
かっこ悪くても、情けなくても、運命を掴み取る力が足りなくても。
勝ちたいのだ。あいつに、君に、そして何よりも、自分自身に。
彼女という“運命”が間違っていないという証明は勝利でしか飾れない。
不屈。世界が終わっても諦めない、と。
全てを失った負け犬が、安いプライドを掲げて叫ぶ。
右手を伸ばして、伸ばして――――次は勝つ。
それは突如引き寄せられたこの世界でも変わらず。
彼女に“運命”を託された身として、黙ったままではいられない。
さあ、勝利を追い求める戦いを続けよう。
自身の存在価値を強く肯定できないカドックにとって、それだけが確固とした願いなのだから。

75白銀のフェイト〜What a true hopes〜 ◆5ddd1Yaifw:2020/03/15(日) 15:38:37 ID:YLVSI0L60

 ――勝利とは、何だ?

 しかし、物事というのはいつだって障害が湧いて出るものだ。
カドックのこれからの根幹を形成するであろう疑問が浮かび上がる。
自然と漏れ出した問いかけに、カドックは即答できなかった。
目指すのは勝利。自らに価値があることの証明を成す。
その為には、この世界で何をするべきなのか。
殺し合いに勝ち残り優勝する? それとも、主催者への反抗の狼煙を上げるべきか。
数秒考えてはみたものの、どちらもいまいちピンと来ない。
まあ無差別で殺し回るなんて選択肢を選び取る気はないが、正義のヒーローを気取って弱者を保護して回るというのも自分には到底無理なことだ。
そういった正しい選択肢というのは、自分ではなく藤丸立香が担う役目だ。
まあ、その過程で自分達が協力することもあるだろうが、気は進まない。
生き残る為にも、勝利を掴む為にも、誰であろうと協力はするつもりだが、それ以前の問題がカドックには残っている。
カドックが欲している勝利とは何を指しているのか。
思考を絶やすな、常に頭を回せ。凡人である自分が超常なる存在に対抗するにはそれぐらいできて当然でなくてはならない。
自らの願い――勝利の基準さえもあやふやなのに。
軽くため息をついて、カドックは垂れ下がった前髪をそっとかき上げて。

 思考が途切れる、絶句する。

目を見開き、自らの掌を凝視した。何故だ、と。
驚きを隠さずに刻まれた紋様――令呪に疑問を投げつけた。
あのロシアでの戦いで消え去ったはずの戦いの証が蘇っている。
もはや残るは大令呪だけだった。そのはずなのに、再び刻まれている理由は一体。
その理由を考察する暇もなく、物事は次々と流れ込んでくる。
後ろに備え付けられていたドアが開く音だけで、わかる――否、わかってしまった。
透き通った魔力が、カドックに吹き付ける。風に靡く銀色の髪を覚えている。
現れた彼女は、あの時と同じく、涼やかに笑いかけた。

「“はじめまして”」

 だけど、違う。自身の口から漏れ出した言葉は、正しい。
目の前にいる彼女はカドックにとっての“運命”ではない。
カドック・ゼムルプスが総てを懸けて、皇帝にすると誓った少女――アナスタシアではないのだ。

「……あなたが、私のマスター?」
「ああ、僕が君のマスターだ」

 一目見てわかる。姿も、声も、仕草も、総てが同じであっても、彼女は違う。
眼前の彼女は、自分にとっての“運命”ではない。
それでも、それでも。
カドックは右手を伸ばして、笑いかける。
“運命”でなくても、やることは変わらない。
かつての想いが無駄という訳でもないし、胸に燻っている勝利への熱はまだ消えていない。
立ち上がって、走って、勝利を掴み取る。
それが、もう二度と会うことはないであろう、彼女への誓いだ。



 せめて、どうか、最後に。彼女が選んだマスターが間違いではなかったという証明を。



 もう一度“勝利”という名の喝采を。







 アンサー:――――うるさい、知ったことか。



『D-3/讃州中学校・屋上/一日目・深夜』
【カドック・ゼムルプス@Fate/Grand Order】
 [状態]:健康
 [装備]:令呪(3画)、大令呪
 [道具]:基本支給品、不明支給品(確認済み)1〜3
 [思考・状況]
 基本行動方針:自分が掴みたい“勝利”を探す。
 1:生き残る為に誰かと協力したりすることには躊躇はないが、藤丸立香に対しては引き気味。
[備考]
“汎人類史”のアナスタシアと契約しています。

76 ◆5ddd1Yaifw:2020/03/15(日) 15:39:13 ID:YLVSI0L60
投下終了です。

77 ◆87GyKNhZiA:2020/03/17(火) 18:01:33 ID:6L3DK2yE0
> 白銀のフェイト〜What a true hopes〜
一度敗北し全てを失っても諦められないカドックの性根、そんな彼の前に別世界の同一人物を宛がうことで永遠に失われた皇女への決意を再認識させるという手腕、見事です
今回の話はひたすらカドックという一個人の掘り下げに終始しているため、これから殺し合いの舞台に関わっていく彼の物語の土台を固めるに相応しいお話だったと思います。投下ありがとうございました

自分も岸浪ハクノを予約し、投下します

78渚にて ◆87GyKNhZiA:2020/03/17(火) 18:04:46 ID:6L3DK2yE0





 われわれは一個の超意識に相当する調和のとれた意識群の集団に直面する。地球は無数の思考する粒子におおわれるだけでなく、単一の思考する外被に取り巻かれ、機能という点から見て、ついには恒星の規模を持った一個の思考する巨大な粒子になってしまう。この思考力は全てを一体化する単一の思考行為の中に結集され、そのなかで強化される。

                     ───ピエール・テイヤール・ド・シャルダン『現象としての人間』





 このような洞察そのものは決して新しいものではありません。私の知る限り最も古い記録は約二千五百年あるいはもっと以前にさかのぼります。古代インドのつくられた時代の初期から、「人と天とは一致する」(アートマン=ブラフマン。人間の自我は普遍的な全宇宙を包括する永遠性それ自体に等しい)という認識がインドの哲学思想において、神を冒涜するものどころか、森羅万象の最も深い洞察の神髄であると考えられてきました。

                     ───E・シュレディンガー『生命とは何か』





   ▼  ▼  ▼

79渚にて ◆87GyKNhZiA:2020/03/17(火) 18:09:32 ID:6L3DK2yE0





 それは花に似ており、鳥に似ており、蝶に、炎に、水に、光に、雷に似ていた。およそこの世に在る全てのものに、それは肖ていた。
 にも関わらず、一つとして同じ姿のものはなかった。それは燃え、流れ、舞い、飛び、そして哭いた。音ではないその音は一種の時空の振動として広がっていった。
 囚われていた月の檻より解き放たれたそれは、新たに得たものに未だ戸惑い、混乱しており、身裡に食い込む棘のように感じられる何物かに悶えた。苦痛と共に強烈な何かを、今まで全く知りもしなかった、あるいはようやく取り戻した新しい/懐かしい何かを身に纏って、純粋の空間へと意識を拡散させていった。



     悟りしひとのかんばせは気高く輝き、神々しい姿は何よりも尊い
     その光明は何ものも及ぶことはなく
     太陽も月も宝玉の輝きも
     その前にすべて失われ、あたかも墨塊の如くである



 ようこそ、《雷電(ペルクナス)》の物語へ……



 ───……《旧き者(ペルクナス)》?



 彼らの睡りはゆっくりと覚めていった。空間と調和し染み渡るが如き意識が一点へ流れ込み、あたかも幼子が心地よい微睡みから醒めるように、彼らは初めて自分たちの身体の窮屈さを意識し、伸びをし、胸を広げてさわやかな大気を吸いこんだ。そして思うさま手足を広げ、その場に揺蕩った。
 そこは天もなく、地もなく、生も死もない場所。距離も時間も意味を為さず、我と汝が一体と化し、あらゆる因果を乗り越えた境地。自由の岸辺。

『一歩にしてあらゆる世界を闊歩する者。千眼にして《千の時代(ユガ)》の始まりと終わりを知る者。千手にしてあらゆる衆生を掌中に拾い上げし者。万歳、鐠仰されてあれ。汝、三千の死を踏み越え大千の苦しみを積み上げし魂の巡礼者、サハスラブジャよ』

 彼らは互いの存在を意識し、同時に、それを同一の自分自身として受け取っていた。そうすることに、何の苦労もいらなかった。彼らは幾百の死そのものであると同時に、ただ一人の生でもあった。

 ───誰かが泣いているみたいだ。

『人は泣いて生きるものだもの。なら〈神〉に非ざる彼が泣いていてもおかしくはないわ』

 青い瞳の女は言う。空中に座り、悠然と銀糸の髪を揺らす。鈴生りのような音が小さく響いた。

80渚にて ◆87GyKNhZiA:2020/03/17(火) 18:10:52 ID:6L3DK2yE0

『遍く衆生を救うことのできなかった彼。雷の鳳の呪詛を手にし、しかして人の世を照らすことの叶わなかった彼。
 此処に黄昏の女神はなく、此処に黄金と薔薇の魔女はなく、ガクトゥーンへと至ることなきカルシェールが紡がれるのみ。
 ならばこそ、彼は嘆くのです。もう誰もいなくなってしまった世界の果てで』

 そこは暗がりだった。沈黙の内の沈黙が囁く声の中にあって、静寂と暗黒が包む世界であった。もしその世界に属さぬ者が見たならば、あまりの無と理解を越える広大さにたちまち正気を失うような完全な虚無の空間に、女の声は音でない音として、たちまちのうちに広がっていく。
 暗い。ああ、此処はなんと暗いのだ。星々の光に満ちる先までの空間とは比ぶべくもない。それはここに囚われたる「彼」の認識によるものだと、彼らは女に言われるまでもなく理解した。

「誰だ」

 声。聞こえる。
 男の声だった。女のそれとは違い、単なる空気振動の結果としての、当たり前の声だった。

「お前は誰だ」

 ───私/俺/僕/自分は……

 名を告げる。
 それは数百の異なる人名であり、そしてただ一つの確たる名前でもある。

「岸浪ハクノ」

 ───……そう。それが俺の名前だ。

 名を呼び、呼ばれることで、今この瞬間に初めて彼らが収斂した。
 揺蕩う彼らが一つの像を結び、年端もいかぬ少年の姿となって〈彼〉の前に降り立つ。

 ───あなたは、誰だ?

「私は……」

 ───あなたは?

81渚にて ◆87GyKNhZiA:2020/03/17(火) 18:11:48 ID:6L3DK2yE0

「私は、名乗る価値もない者だ。
 戦いに敗北し、このアルカトラズ時間牢獄に囚われた無力な男だ」

 岸浪ハクノと定義された彼らは、女を見る。彼女は黙して首を横に振っていた。
 アルカトラズ。既に、その名に意味はない。

 彼は、男は、涙を流していた。
 影絵のような姿に、もはや人としての像すら保つこと叶わぬ疲弊した身に。
 涙を。
 流している。

 ───どうして?

「私は守れなかったのだ。
 かの都市に暮らす幾百万の人々を守ることができなかった。ばかりか、かの悪逆を押し留めること叶わずに世界を救うことができなかった。
 第一の現象数式実験は成され、黒き死の円柱が星に降り注いでしまった。私だ、この私の無力が故に、世界は滅びてしまった」

 ───守りたかったのに、守れなかった。

「そうだ。
 死をともがらとする者よ。
 生の頂を掴む番外の人類悪よ。
 お前は誰だ?」

 ───俺は、岸浪ハクノだ。

「お前は私を断罪する者か。
 嘆きの壁に覆われたこの私を、断罪し、終ぞ与えられることのなかった死を与える者なのか」

 ───俺は、そんなことはしない。

「ならば、何のために」

 ───……分からない。俺は、全ての旅を終えたはずだった。

「……」

 ───あなたは何が欲しいんだ。

「断罪を。私は最早、生を啜る価値さえない。
 価値なき生をこれ以上続けることに、私は耐えられないだろう」

 ───それに何の意味があるんだ。

82渚にて ◆87GyKNhZiA:2020/03/17(火) 18:12:27 ID:6L3DK2yE0

「だが、私だ。
 私が人の世を守れなかった事実。
 苦悶と嘆きが終末の具現たる《大機関時計》を呼んだ事実。
 私の守りたかったものが、もう何一つとして残ってなどいない事実。
 私は断罪されるより他に、死する他に、最早、生の意味を見出せない」

 ───意味が欲しいのか。

「……」

 ───なら、あなたに頼みがある。

「……なに?」

 ───世界はまだ、滅んじゃいない。

「未だ、世界は……」

 ───千年を経ても人の営みは失われず、幾億の境目を越えてなお世界は滅びず。

 ───そうして集められた十一の世界を、今度こそ、救ってほしい。

「何を……」

 ───だから、"生きる"意味がないなんて、もう俺の前で言わないでくれ。



 そうして。
 彼は深く深く息を吐いた。
 その時、彼らはようやく彼のことが分かった。彼が誰で、何をしてきたかということではない。彼が置かれている状況。黒い鎖に繋がれて、両腕を広げ、跪き、何かに祈るかのように頭を垂れた彼。
 暗がりの中で、牢獄の中で、少しも動くことのできない彼。

 魂の軋む音がした。
 しかし、どこかで何かが輝くような気配もあった。

「黒き死の宿痾を乗り越えたる者、そして無垢なる白色の女王よ。
 我が前に顕れた《光の王(サハスラブジャ)》よ。
 私は卑しくも、その言葉を祝福と受け止めよう」

83渚にて ◆87GyKNhZiA:2020/03/17(火) 18:13:22 ID:6L3DK2yE0

 そう言って。
 彼は顔を上げる。周囲の暗がりは霧を払うかのように一掃され、元の輝きに満ちた自由の岸辺の光景が広がった。
 その瞳に、既に憂いの影はなかった。
 けれど、その瞳からはまだ雫が落ちている。

 ───何故、あなたは泣くのか。

「お前には分かるまい。
 人よ。人の悪たる死を越えて、文字通りの"人"と成った者よ。
 この私が何故、お前を目にして涙を流すのか」

 ───分からない。

 ───けれど、どうでもいい。

 ───あなたがもう一度、立ち上がってくれたのなら。

「契約は此処に為された。縁は世界に楔となって繋がり、やがて波紋となって広がるだろう。
 "いつか"も"いずれ"も意味を為さぬこの空間において、実存の世界でこの約定が果たされる時は何時になるかは定かではないが」

 彼は決意を秘めて言う。
 それはまるで、空に輝く雷であるかのように。

「私は既に祝福を賜った。ならば、此れより先、私は何者にも屈しはしない」



「例え、万象が立ち塞がろうとも」





   ▼  ▼  ▼

84渚にて ◆87GyKNhZiA:2020/03/17(火) 18:13:55 ID:6L3DK2yE0





     寄せてはかえし

     寄せてはかえし

     かえしては寄せ

     夜をむかえ、昼をむかえ、また夜をむかえ。

                     ───光瀬龍『百億の昼と千億の夜』






   ▼  ▼  ▼

85渚にて ◆87GyKNhZiA:2020/03/17(火) 18:14:30 ID:6L3DK2yE0





 そこに彼が立っていたのは、夜のことだった。
 荒れ果てた御堂。しんしんと降り積もる雪。澄んだ空気は容赦なく肺を突き刺し、張りつめた弦の如くぴんとした静寂をもたらしているのだった。

 月の光が、遠い。
 少年はただひとり、神が死んだ廃寺の境内で、放心したかのように立ち尽くしていた。

「あ……」

 口を開くと声が出た。
 それは他の誰でもない、彼の声だった。
 彼は他人ではなかった。彼には彼だけの肉体があった。
 耳にかかる程度に伸ばされた茶の髪がある。痩せた腕がそこにある。冬の寒さを感じる肌がそこにある。
 どれもが彼のものであり、彼のものでしかありえない。
 血と肉と骨がもたらす当たり前の重量がそこにはあり、それが彼にとってはどうしようもなく息苦しく、枷のように感じられた。既に彼には大いなる情報の海を飛翔する権能も、量子の世界を揺蕩う感覚も、人智を超越した空間に実存した記憶すらもなくなっていたが、一個の骨肉ある人間として存在するのは初めての経験だったのだ。

 私。
 僕。
 俺。
 自分。
 名前。
 そうだ、俺の名前は。

「岸浪ハクノ」

 それだけを口にした。
 それだけで、彼には十分だった。

 右腕には令呪の輝きがあった。正しく三画、しかし彼と共にあった華の皇帝の姿はどこにもない。
 万雷の喝采を掲げた少女は、今や、この世界には存在せず。
 されど令呪の赤い光だけがそこにある。

 記憶にある形とは違っていた。
 「女王殺し」という名称が、自然と頭に浮かんだ。

「俺は、俺だ」

 呟きは確認の言葉だった。
 あの日、あの時。あるいは別の何物かとして生まれ、全ての記憶と関係さえ失うかもしれないと考えていた。
 けれど今こうして、自分は自分として此処にいる。

 それを理解した時、彼は孤独を覚えた。
 自分を得た。他人を得た。縁を得た。そしてその巡礼の果てに───今の自分はたった一人なのだと意識したのだ。
 寄る辺もなく、使命もなく、常に共に在った盟友たるサーヴァントもなく、彼はこれからも歩いていなかければならない。たった一人、何もできないままに。

「なんだ、その程度どうにかなる」

 ふっと、彼は笑った。
 死する人間には決してできない。それは生者の笑みだった。

「だって一度来た道だ」

 その言葉の意味を彼は知っていた。
 それは慈悲と呼ばれるものだった。

86渚にて ◆87GyKNhZiA:2020/03/17(火) 18:14:55 ID:6L3DK2yE0


『A-7/鎮魂の廃寺/一日目・深夜』

【岸浪ハクノ@Fate/EXTRA Last Encore】
[状態]:健康
[装備]:令呪(三画)
[道具]:基本支給品一式、不明支給品1〜3
[思考・状況]
基本方針:生きる
1.殺し合うことはしない。
[備考]
※参戦時期は最終回でムーンセルに分解されて以降。
※量子世界での記憶は現時点で失っています。
※令呪の形が変質しています。
※ハクノによって招かれたサーヴァントはすでに土地に召喚されているかもしれませんし、これから召喚されるかもしれません。あるいは、参加者であるサーヴァントや参加者が召喚したサーヴァントが未契約状態であれば契約することも可能となります。
※「何者か」との縁が世界と結ばれました。

87 ◆87GyKNhZiA:2020/03/17(火) 18:15:13 ID:6L3DK2yE0
投下を終了します

88 ◆5ddd1Yaifw:2020/03/22(日) 18:01:59 ID:GWncevB.0
間桐シンジを予約します。

89 ◆87GyKNhZiA:2020/03/22(日) 19:55:55 ID:aNFHvF4g0
東郷美森とキリエで予約し投下します

90滅びの世界で〈花〉と〈機械〉は ◆87GyKNhZiA:2020/03/22(日) 20:01:35 ID:aNFHvF4g0



 考えなければならないことはたくさんあった。
 支給品……というか端末にインストールされていた勇者システムのアプリを見て、勇者の力が健在ならばこの場所にも神樹の力は及んでいるのだろうか、とか。
 この首輪は精霊の加護すら貫通して勇者を殺傷できるほどご都合主義なものなのだろうか、とか。
 友奈ちゃんは天の神のタタリで弱っているはずだけど大丈夫なのだろうか、とか。
 友奈ちゃんたちを早く見つけたいけど勇者に変身して飛び回っては目立ち過ぎて危険よね、とか。
 こんな時に大赦は何をやっているのか、とか。
 そもそもここはどこなんだろう、とか。
 色んなことが矢継ぎ早に頭の中を流れていって、微妙に関係ないことまで浮かんでいる今の自分はきっと動揺しているんだろうなとどこか頭の隅で変に冷静な私が考えていた。

 結局、荷物を纏めて歩き出したのは、ここに飛ばされてから十分ほど経ってからのことだった。
 分からないことだらけではあったけど、とにかく動かないことには話は始まらない。
 幸いというべきか、これもまた意味不明と受け取るべきか。地図にはわざわざ「讃州中学校」と銘打たれた地名が表示されていて、この場所を目印に他の勇者部メンバーも集まってくるんじゃないかと思えた。
 ……こんな見ず知らずの場所に、それも見渡す限り廃墟と瓦礫ばかりの土地に、無理やり移転したのか一から作り上げたのかは知らないが、何の変哲もない私達の中学校を建設する意図はまるで分からないけれど。
 でももしかすると、廃寺とか遊園地とか教会というのも、私達にとっての中学校と同じように、一定のグループにとっては馴染みの深いものだったりするのだろうか。
 なんてことを考えながら歩いている頃だった。

「……誰?」

 見つけたのは、大柄な影だった。
 黒いコートを羽織った男性。夜目の利く者でも中々見つけられないんじゃないだろうかと思えるほど夜の闇に同化したその人を見つけられたのは、美森が狙撃・探索を主に担当して訓練していたおかげかもしれない。
 ともあれ、その男性はぽつんと、崩れた瓦礫の上に座ってぼんやりと上を見上げていた。
 なんて無防備な、と思う。心ここに在らずといった様子で、全然微動だにしない。
 声をかけようか迷っている間もずっと動くことなく、放っておいたらいつまでもそうしていそうな気配まであった。
 どうしようか迷ったが、結局声をかけることにした。敵意や殺意があるとは思えなかったし、むしろ困っているように見えたのだ。

91滅びの世界で〈花〉と〈機械〉は ◆87GyKNhZiA:2020/03/22(日) 20:02:14 ID:aNFHvF4g0

「あの……」
「空が見える」
「……はい?」
「雲の無い空だ。何か小さなものが光っているように見える」
「……」

 どうしよう。
 何を言ってるのか分からない。

「えっと、星のことを言ってるんですか?」
「ホシ……あの光はホシと呼ぶのか」
「……もしかしてふざけてます?」
「いきなり何を言っているんだ」

 それはこっちの台詞だ。
 
「でも聞き覚えがある。ジュネが言っていた、確かプラネタリウム」
「えっと、まあ、はい。確かに間違ってはないです」
「ところできみは誰だ? 何故ここにいる」
「今更ですか!?」

 ついつい大きな声を上げて、でも男の人はきょとんとした顔でこちらを見ている。どうやら素でこういう性格のようだ。

 ……天然なのね、この人。

 軽く諦めを一つ、溜息をついてその人の隣に座る。どうやら悪い人ではなさそうだし。

「私は東郷美森と言います。讃州中学に通っている、中学二年生です」
「トウゴウミモリ」
「東郷でも美森でも構いません。それであなたは……」
「ミモリ、きみは人間か?」
「やっぱり馬鹿にしてますよね!?」

 いけない、本当に調子が狂いそう。
 不動心、不動心、心頭滅却。心の乱れは大和の英霊にあるまじき醜態である。
 ……うん、落ち着いてきた。

「それで、あなたのお名前は」
「ミモリ、きみは……」
「あ、な、た、の、な、ま、え、は?」
「……キリエ」
「ではキリエさん。あなたはここに連れてこられた時のことを覚えていますか?」
「……覚えていない。気が付いたらここにいた」

 ぽつりぽつりと話して、どうやら彼も私と同じように不本意にここへ連れてこられたことが分かった。
 まあ、殺し合いに乗り気な人間に声をかけて承諾済みで連れてこられた、なんてことがなかったのは幸いというべきか。少なくとも、誰彼かまわず殺して回るような危険人物でいっぱい、なんてことは無さそうなのが救いだった。

92滅びの世界で〈花〉と〈機械〉は ◆87GyKNhZiA:2020/03/22(日) 20:03:34 ID:aNFHvF4g0

「それでキリエさん。あなたはこれからどうするんですか?」
「……僕は」
「?」
「ジュネを、探そうと思う」
「ジュネ、というのは」
「僕の大切な"人"だ。この世でただひとりの」

 ぼんやりとしていた彼の言動は、そこだけ強い意思で放たれた。そんなふうに聞こえた。

「そうですか……私にも、大切な人がいます」
「ミモリにも?」
「はい。友奈ちゃんや風先輩、樹ちゃんに夏凛ちゃん。みんな等しく大切で、誰一人として失いたくない」

 それに、と続ける。

「特に友奈ちゃんは……もう通学路を歩くことさえ辛そうなくらい弱っていて。
 悪い人に襲われても抵抗すらできない、禁止エリアにいたら逃げ遅れるかもしれない。
 だから私は一刻も早く友奈ちゃんを見つけてあげなきゃいけないんです」

 知らず、言葉が溢れていた。
 そんなに話すつもりはなかったはずなのに、自然と口から言葉が次々飛び出した。
 目の前の彼に縋ったわけではない。ただ単純に、自分のやるべきことを言い聞かせているのだ。

「殺し合いに乗ってしまうべきか、そう考えたこともありました。
 でもダメです、友奈ちゃんはそれじゃ救われない。だってあの子は本当の勇者だから。
 自分のことより他人のこと、誰かが助かるなら自分なんてどうでもいい。あの子はずっとそればかり。
 だから、誰かを犠牲に生き残ってもあの子は絶対喜ばない。私の肩代わりになってまで助けに来てくれた時もそうだった」

 結城友奈はずっとそうだった。
 勇者の真実を知った美森が壁を壊そうとした時も、世界を維持するため人身御供となった時も、我が身を省みることなくあの子は真っ先に助けに来てくれた。
 だから思う。あの子はきっと、誰かの屍の上で生き延びたとて、決して幸せになることはない。
 私の願いは、あの子の幸せ。
 ならばこそ、美森は他者の犠牲を容認することはできなかった。ただ一人生き延びさせることで幸せな人生を過ごせるというのなら、いくらでもこの身を修羅としただろう。けれどそうではない。仮に美森が殺し合いに乗って友奈を優勝させたところで、あの子は自責の念で自殺してしまいかねない。それくらい心優しく、そして危うい子なのだ。

93滅びの世界で〈花〉と〈機械〉は ◆87GyKNhZiA:2020/03/22(日) 20:03:45 ID:aNFHvF4g0

「それでキリエさん。あなたはこれからどうするんですか?」
「……僕は」
「?」
「ジュネを、探そうと思う」
「ジュネ、というのは」
「僕の大切な"人"だ。この世でただひとりの」

 ぼんやりとしていた彼の言動は、そこだけ強い意思で放たれた。そんなふうに聞こえた。

「そうですか……私にも、大切な人がいます」
「ミモリにも?」
「はい。友奈ちゃんや風先輩、樹ちゃんに夏凛ちゃん。みんな等しく大切で、誰一人として失いたくない」

 それに、と続ける。

「特に友奈ちゃんは……もう通学路を歩くことさえ辛そうなくらい弱っていて。
 悪い人に襲われても抵抗すらできない、禁止エリアにいたら逃げ遅れるかもしれない。
 だから私は一刻も早く友奈ちゃんを見つけてあげなきゃいけないんです」

 知らず、言葉が溢れていた。
 そんなに話すつもりはなかったはずなのに、自然と口から言葉が次々飛び出した。
 目の前の彼に縋ったわけではない。ただ単純に、自分のやるべきことを言い聞かせているのだ。

「殺し合いに乗ってしまうべきか、そう考えたこともありました。
 でもダメです、友奈ちゃんはそれじゃ救われない。だってあの子は本当の勇者だから。
 自分のことより他人のこと、誰かが助かるなら自分なんてどうでもいい。あの子はずっとそればかり。
 だから、誰かを犠牲に生き残ってもあの子は絶対喜ばない。私の肩代わりになってまで助けに来てくれた時もそうだった」

 結城友奈はずっとそうだった。
 勇者の真実を知った美森が壁を壊そうとした時も、世界を維持するため人身御供となった時も、我が身を省みることなくあの子は真っ先に助けに来てくれた。
 だから思う。あの子はきっと、誰かの屍の上で生き延びたとて、決して幸せになることはない。
 私の願いは、あの子の幸せ。
 ならばこそ、美森は他者の犠牲を容認することはできなかった。ただ一人生き延びさせることで幸せな人生を過ごせるというのなら、いくらでもこの身を修羅としただろう。けれどそうではない。仮に美森が殺し合いに乗って友奈を優勝させたところで、あの子は自責の念で自殺してしまいかねない。それくらい心優しく、そして危うい子なのだ。

94滅びの世界で〈花〉と〈機械〉は ◆87GyKNhZiA:2020/03/22(日) 20:03:55 ID:aNFHvF4g0

「それでキリエさん。あなたはこれからどうするんですか?」
「……僕は」
「?」
「ジュネを、探そうと思う」
「ジュネ、というのは」
「僕の大切な"人"だ。この世でただひとりの」

 ぼんやりとしていた彼の言動は、そこだけ強い意思で放たれた。そんなふうに聞こえた。

「そうですか……私にも、大切な人がいます」
「ミモリにも?」
「はい。友奈ちゃんや風先輩、樹ちゃんに夏凛ちゃん。みんな等しく大切で、誰一人として失いたくない」

 それに、と続ける。

「特に友奈ちゃんは……もう通学路を歩くことさえ辛そうなくらい弱っていて。
 悪い人に襲われても抵抗すらできない、禁止エリアにいたら逃げ遅れるかもしれない。
 だから私は一刻も早く友奈ちゃんを見つけてあげなきゃいけないんです」

 知らず、言葉が溢れていた。
 そんなに話すつもりはなかったはずなのに、自然と口から言葉が次々飛び出した。
 目の前の彼に縋ったわけではない。ただ単純に、自分のやるべきことを言い聞かせているのだ。

「殺し合いに乗ってしまうべきか、そう考えたこともありました。
 でもダメです、友奈ちゃんはそれじゃ救われない。だってあの子は本当の勇者だから。
 自分のことより他人のこと、誰かが助かるなら自分なんてどうでもいい。あの子はずっとそればかり。
 だから、誰かを犠牲に生き残ってもあの子は絶対喜ばない。私の肩代わりになってまで助けに来てくれた時もそうだった」

 結城友奈はずっとそうだった。
 勇者の真実を知った美森が壁を壊そうとした時も、世界を維持するため人身御供となった時も、我が身を省みることなくあの子は真っ先に助けに来てくれた。
 だから思う。あの子はきっと、誰かの屍の上で生き延びたとて、決して幸せになることはない。
 私の願いは、あの子の幸せ。
 ならばこそ、美森は他者の犠牲を容認することはできなかった。ただ一人生き延びさせることで幸せな人生を過ごせるというのなら、いくらでもこの身を修羅としただろう。けれどそうではない。仮に美森が殺し合いに乗って友奈を優勝させたところで、あの子は自責の念で自殺してしまいかねない。それくらい心優しく、そして危うい子なのだ。

95滅びの世界で〈花〉と〈機械〉は ◆87GyKNhZiA:2020/03/22(日) 20:04:36 ID:aNFHvF4g0

「ごめんなさい、色々とまくし立ててしまって。
 突然すぎましたよね」
「ミモリ、きみは綺麗だね」
「……。
 …………はい?」
「それに多分、優しい、と言うのだろう
 きみは綺麗で、優しい人だ。"人間"とは恐らく、きみのような者を指すのだと思う」
「えっと、なにを?」

 ほわほわとした言葉。ほわほわとした雰囲気。
 私よりずっと年上であるはずの彼の顔を見上げる。

 ───ああ、そっか。

 納得するものがあった。キリエと名乗る彼、大柄な偉丈夫の彼。
 彼はなんというか、子供っぽいのだ。
 だから美森も、言うつもりもなかったことをついつい喋ってしまったのかもしれない。年上の大人の男性ならきっともう少し緊張とかがあったと思うのだけど、彼はよくボランティアで行ってる幼稚園の男児めいた気配があった。
 いや、大人の人にこんなことを思ってしまうのは失礼なのかもしれないけど。でも散々調子を崩されたのだからこれくらいいいだろう。

「私は友奈ちゃんたちを探します。見つけて、そしてみんなと一緒にこんなところから出ていきたいと、そう考えています」
「……」
「キリエさんは、どうしますか?」

 返事はなかった。
 ただ、彼は目を伏せて、何かを考えているようだった。
 武骨な彼。表情の少ない、けれど何を考えているのかは分かりやすすぎるくらい顔に表れる彼。
 この人はきっと、ジュネという人のことを考えているのだろう。
 彼の表情が僅かでも変わるのは、その人のことを考えている時だと、この少ない時間でも理解することができた。

「ジュネさんのことは、私も見つけたら保護したいと思います。
 何かあった時は地図にある中学校を目指してください。私か、多分他の勇者部のみんながそこにいると思うので。
 こう見えて私もみんなも結構強いので、心配はいりませんし頼ってもらっても大丈夫ですよ」

 差し伸べられた手を見つめ、彼は動かない。
 表情はない。ただ、口だけを動かして彼は言った。

96滅びの世界で〈花〉と〈機械〉は ◆87GyKNhZiA:2020/03/22(日) 20:05:09 ID:aNFHvF4g0

「……ミモリ。僕はずっと迷っていた。
 世界はきっと汚いと思っていたし、ジュネ以外にきみのような人がいるとも思っていなかった」
「……」
「《聖域》を目指すことも、僕はどうでも良かった。けどそこ以外にジュネが安らげる場所がないなら、そこを目指すしかなかった。
 《聖域》には生き残った誰かがいると、彼女以外の人間がいるとジュネが言っていた。その人がきみのような者だったなら、きっとそれはとても良いことなんだろうって思える」

 けど、と彼は続ける。

「でも僕は、やっぱりジュネのことが大切だから。
 きっと、こういう道しか選べないんだって思う」
「……そう」

 それだけで、もう言葉はいらなかった。
 彼の左手がゆっくりと上げられ、私は後ろ手に携えたアプリを起動する。
 彼の気持ちは痛いほど分かっていた。
 私もできるならば、そのようにしたかった。
 この胸の苦しみも不安も何もかもをぶちまけて、ただ奉仕と愛情の為せるがままに動くことができたら、どれほど楽だったかと思う。

「ごめん」

 だから謝らなくていい。
 彼の思いにどうしようもなく共感して、
 だからこそ、私は彼を止めなければならない。

 だってそれは、愛する誰かのために身を捧げようとするその姿は、
 どうしようもなく、鏡に映った私自身でしかないのだから。





        ▼  ▼  ▼

97滅びの世界で〈花〉と〈機械〉は ◆87GyKNhZiA:2020/03/22(日) 20:06:11 ID:aNFHvF4g0





「兵装解放(アルルメント)」

 戦闘の開始はそんな声が告げた。
 同時に美森の総身は眩いばかりの光に包まれ、キリエの左手は機械が組変わるが如く変形を果たす。
 内側より光が溢れ、巫女のような姿となる美森。
 内側より金属が食い破り、異形の刃めいた剣呑なカタチへと左手を新生させるキリエ。
 神聖と醜悪の対照さながらに、変容を遂げた二人は戦意を胸に対峙していた。

「っ!」

 先手を取ったのは美森の側だった。
 瞬時に現出させた長銃を以て速射、闇夜に四条の閃光が奔り的確にキリエの四肢を狙い撃つ。
 反射的に飛びのいたキリエは音速を凌駕する速度で世界を流れ、同時に一瞬前まで彼のいた空間を巨大な熱量が貫く。
 青い燐光を放つ集束光めいた弾丸によって路面を構成するコンクリートが直径数十cmに渡って赤熱、衝撃音を表す空気振動と共に爆発を引き起こした。
 数ミリ秒で路地の端から端までを移動したキリエは足を止めることなく中層ビルディングの壁を蹴りつけ、十m近い距離を跳躍し向かいのビルの屋上へと着地、瞬間更なる追撃の銃撃が次々と彼のもとに殺到し、次いで同じく跳躍を果たした美森が屋上へと着地を果たす。

「高速戦闘を開始する」

 言葉が紡がれると同時、獣の如き敏捷性を有していた彼の動きが更に研ぎ澄まされた。同じく高速戦闘に対応するため異常強化された勇者の視覚能力すらも振り切って、文字通りの影と消え去った彼は既に美森の眼前で攻撃動作を完了している。
 右から振るわれる、回転鋸めいて変形した彼の左腕。

「それで───」

 長銃の代わりに現出させた拳銃によるクイックドロウは的確にチェンソーへと命中し、僅かにその軌道をずらす。間隙を縫うように後方へと跳躍し、周囲へ滞空させるように新たな二丁の長銃を召喚、追撃を許さず狙撃する。
 今の攻防でキリエの戦闘スタイルは理解した。敏捷性と近接武器を用いた格闘主体、すなわち友奈や風と同じタイプ。ならば対処は慣れているし、模擬戦を通じた戦闘経験も積んでいる。
 美森は距離を維持したまま、御幣を駆使してビルの隙間を利用し立体的な駆動を実現、円軌道でキリエに射撃の雨を降らせていく。
 凄まじい轟音と共に彼が立つビルの一角が急速に削り取られ、猛烈な勢いで土煙が立ち昇る。離脱する影は皆無、すなわちキリエは銃撃の驟雨の只中に取り残されていることを意味していた。
 防御は不能、回避も不能。ならばこそ散弾の檻より逃れる術はあるはずもなく。

98滅びの世界で〈花〉と〈機械〉は ◆87GyKNhZiA:2020/03/22(日) 20:06:43 ID:aNFHvF4g0

「……遅い」

 だとすれば、この現状は一体何であるというのか。
 コンクリートの破片が舞い、千切れ飛んだコートの切れ端が舞い、しかし煙幕の向こうより現れたキリエの体は無傷。

「っ、まだ……!」
「喚くな」

 美森は決して遅くない。
 銃弾の速度は元より、彼女自身の機動性に射撃速度、決断に位置取りに絡めたフェイントや跳弾までをも利用した弾幕はおよそ尋常なる異能者が躱せる領域を逸脱している。
 現に戦闘を開始してから十秒足らずで、今やキリエの立つビルディング屋上の床面は完膚無きまでに破壊し尽くされ、抉れていない地点など欠片も存在していない。
 それでも、彼は傷つかない。
 あらゆる攻撃を左足を動かす素振りも見せず回避し続ける。
 そして、左腕を美森に向けて。

「形態変化」

 瞬時に組み変わる。それは刃から砲塔へ、機械の骨組みが切り替わるように。
 そして放たれる金属製の弾丸。
 発射と共に生成される無数の弾丸は美森へと殺到した。秒間三千発の特殊弾頭は、かつてA国の陸軍兵器開発局で碩学たちが試算したところではおよそ地上のあらゆる物質を破壊し得るという結果が導き出されていた。はず、だが。
 しかし、弾頭は美森を穿つことはない。
 不可視の障壁めいて展開された精霊の加護が彼女を守る。爆発音と共にキリエの左腕から放たれた数千発の特殊弾頭は、美森の眼前数十センチの地点で速度と威力を失い、地面へ落ちていく。滝だ、弾丸の滝。灼熱した弾頭が、無数に、砕けた地面へと落ちて焼け焦げた異臭を立ち昇らせる。

「速度の割には硬い。装甲型(ブランディ)に匹敵するか」

 言葉と同時に更なる変化。砲塔化した左腕の上腕装甲の手首から肘にかけて幾本もの筋が直線に走り、肘部分を基点として跳ね上がる。放射状に展開された装甲板裏を埋め尽くすのは、数十発の、ごく小型の誘導弾だ。肘部分のふくらみの中で生成した化学調合物が詰め込まれた誘導弾は、攻撃対象を爆発の熱と衝撃で破壊する。
 装甲展開とほぼ同時に射出していた。
 引き金は必要ない。思考が、変異機構を作動させる。
 白煙をたなびかせて、数十の誘導弾が美森へと突き立つ。
 着弾、着弾、着弾。
 直後に立て続けの爆発。悲鳴すら掻き消されて美森の矮躯が吹き飛ばされる。未だその身に致命の傷こそ存在しないが、最早まともに立っていられるような衝撃ではなかった。
 しかし。

99滅びの世界で〈花〉と〈機械〉は ◆87GyKNhZiA:2020/03/22(日) 20:07:45 ID:aNFHvF4g0

「……」

 キリエの頬を掠める衝撃、僅かに首を傾けることで回避したその弾丸は、正確に彼の頭部を狙撃していた。
 視界の向こうに見えるのは、長銃をこちらへ向ける美森の姿。
 事ここに至り、最早殺害も辞さないと思考を切り替えたのか。

「これが、最後の警告……今すぐ戦いを止めて、武器を収めて」
「それはできない」
「ジュネって人を助けるため? そのためにあなたは人を殺すというの?」

 詰問するかのような美森の言葉。しかしその裏で、彼女はどうしようもない共感を覚える。
 大切な人のために、そうして行動したのは美森とて同じことだから。
 傷ついてほしくないから世界を壊そうとした。幸せになってほしいから自分が生贄となった。
 それは確かに自己犠牲という奴で、覚悟や決意が必要なことで、あるいは尊いと呼ばれるような行いなのかもしれないけれど。
 それでも、二度も同じ過ちを犯した先達として、美森はこれだけは言っておかなければならなかった。

「誰かのために、何かのために……そんな誰も否定できない悲壮な覚悟を盾に他者を害するのはとっても楽。
 だって自分で考えることを放棄しているんだもの。考えも責任も何もかも、その『大切な誰か』に押しつけて自分はただ暴れ回っていればそれでいい。
 ……なにそれ、ほんと馬鹿みたい。下手な言い訳に使って大切なものを一番穢しているのは、誰でもない自分自身だっていうのに」

 本当に、なんて馬鹿だったのだろう。かつての自分は。
 人の気持ちを考えて行動しなさい、なんて。そんなことは子供でも分かる当たり前のことなのに。
 何度も間違えて、傷ついて、その度にみんなで泣いて。そうやって美森は此処まで来た。

 だから、この人にも分かってほしい。
 美森が犯した過ちを、その果てに掴んだものを。
 こんなにも簡単な、ありふれた勇気のことを。

「すまない」

 返ってきたのは、短く、けれど確固たる意志に基づいた言葉だった。

「その言葉の意味さえ、僕は理解することができない」
「……そう。残念だわ」

100滅びの世界で〈花〉と〈機械〉は ◆87GyKNhZiA:2020/03/22(日) 20:08:41 ID:aNFHvF4g0

 返すと同時、美森の銃口が文字通りに火を噴いた。
 襲い来る数十の閃光、その全てを最小限の動きで回避し、キリエは左腕を掲げる。
 特殊弾頭も小型誘導弾も精霊の加護には打ち勝てなかった。この武装では美森を害することはできない。
 だから、彼は新たな変化を己が左腕に命じていた。

 向けられた砲塔の先端にあったのは、銃口ではなく透明なレンズだった。望遠鏡の先端に酷似したレンズ機構、光学装置。
 既に、肘のあたりに存在していた専用弾丸の無限生産機構が姿を消していた。
 代わりに動力機関部らしき膨らみと排気口が現出して。
 激しい噴煙が巻き起こる。
 直後、光学装置から放たれるものがある。
 閃光。周囲一帯を埋め尽くす、何よりも眩い輝き。
 あらゆる物理的衝撃を受け流す、勇者を庇護する絶対の加護目掛けて、白色の光が放たれる。

 ───閃光と衝撃が。

 ───不可視の障壁を打ち砕く。呆気ないほどに。

「光学兵装(シャイコース)」

 そんな彼の呟きが、美森の耳に届くより先に。
 視界を、白の光が埋め尽くして───





        ▼  ▼  ▼

101滅びの世界で〈花〉と〈機械〉は ◆87GyKNhZiA:2020/03/22(日) 20:09:15 ID:aNFHvF4g0

 返すと同時、美森の銃口が文字通りに火を噴いた。
 襲い来る数十の閃光、その全てを最小限の動きで回避し、キリエは左腕を掲げる。
 特殊弾頭も小型誘導弾も精霊の加護には打ち勝てなかった。この武装では美森を害することはできない。
 だから、彼は新たな変化を己が左腕に命じていた。

 向けられた砲塔の先端にあったのは、銃口ではなく透明なレンズだった。望遠鏡の先端に酷似したレンズ機構、光学装置。
 既に、肘のあたりに存在していた専用弾丸の無限生産機構が姿を消していた。
 代わりに動力機関部らしき膨らみと排気口が現出して。
 激しい噴煙が巻き起こる。
 直後、光学装置から放たれるものがある。
 閃光。周囲一帯を埋め尽くす、何よりも眩い輝き。
 あらゆる物理的衝撃を受け流す、勇者を庇護する絶対の加護目掛けて、白色の光が放たれる。

 ───閃光と衝撃が。

 ───不可視の障壁を打ち砕く。呆気ないほどに。

「光学兵装(シャイコース)」

 そんな彼の呟きが、美森の耳に届くより先に。
 視界を、白の光が埋め尽くして───





        ▼  ▼  ▼

102滅びの世界で〈花〉と〈機械〉は ◆87GyKNhZiA:2020/03/22(日) 20:10:19 ID:aNFHvF4g0





 欠けた夢を見ていた。
 二度と戻れない夢の話だ。

 晴れ渡る空の下、みんなが笑顔でそこにいる。
 笑って手を振っている。誰も欠けることがない、それはあまりに幸せな日々の情景。
 私の夢も、私の好意も、全ては一時の揺らぎ。
 きっと本来なら、あの日に全て終わっていたはずのこと。

 でもね、私、みんなに言わなきゃいけないことがあるの。
 ずっと言えなかったこと。
 嘆きの壁を越えたから、言えること。

 あのね。
 わたしは。
 わたしの世界で。
 あなたの世界で。
 わたしとあなたの世界で。
 みんなのことが、一番好きよ。

 こんなわたしのことを、友達と言ってくれて、ありがとう。
 守ってあげられなくて、本当にごめんね。







103滅びの世界で〈花〉と〈機械〉は ◆87GyKNhZiA:2020/03/22(日) 20:10:55 ID:aNFHvF4g0





「……ぉ……ぇん……ね……」

 既に焦点の合ってない目で虚空を見つめ、彼女は言う。
 キリエはただ、それを聞いていた。
 ずっとずっと、それを聞いていた。

 美森の体は鳩尾のあたりから下を喪失し、残った上半身も黒焦げとなって、そこに横たわっていた。
 血も何もない。それすら既に蒸発し、即死だけを免れて彼女は転がっていた。
 
 何かを言っているようだった。
 それを、キリエはよく聞き取ることができなかった。

「すまない」

 一言だけ謝った。
 そんなものに意味などないと、他ならぬ彼自身が一番よく知っていた。



 本当は、声を出すことさえ嫌だった。
 キリエにとって、話しかける相手はずっとジュネであって、他の誰かに返答した過去の経験は最早記憶領域には残っていない。ジュネでない相手には、本当は、何かを言うのさえ良い心地はしなかった。
 それでも、彼は美森と言葉を交わした。
 彼女に対して、嘘は一つも言わなかった。

 キリエの記憶にあるのは、ジュネを除けば荒廃した大地と死の気配、そして歩き回る機械死人しかない。世界は汚いもので、自分は醜いもので、ジュネだけが唯一の美しいものだとずっと信じていた。
 けれど、美森は、綺麗な人だった。
 外見だけの話ではない。彼女は誰かを想い、涙を流し、勇気を振り絞って戦える人だった。それはキリエにはできないことだ。涙を流そうにも、既に自分の眼窩と眼球は機械に置き換わっているから。美森はキリエの数年足らずの生涯において二度目に出会った美しいものだった。

 それでも殺した。
 ジュネのために、殺した。
 美森の言葉を、キリエは理解する。ジュネのためにと言い訳をして誰かを殺す、それはきっと最低の悪行なのだろう。
 構わない。キリエにとって、ジュネは世界の全てだ。

 だからただ、東郷美森という自分が殺した相手を忘れないようにと、キリエは記憶領域に彼女のことを留めておく。

「行こう。ジュネのために。彼女が生きていられるどこかへ」

 そうして彼は歩き出す。
 死んでしまった、世界の果てで。




【東郷美森@結城友奈は勇者である 死亡】


『A-4/崩れた道路/一日目・深夜』

【キリエ@灰燼のカルシェール】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:基本支給品一式、不明支給品1〜3
[思考・状況]
基本方針:ジュネを生かす。
1.皆殺し
[備考]
※少なくともロス・アラモス到達前からの参戦

104 ◆87GyKNhZiA:2020/03/22(日) 20:12:25 ID:aNFHvF4g0
投下を終了します

105 ◆87GyKNhZiA:2020/03/22(日) 20:12:43 ID:aNFHvF4g0
投下を終了します

106 ◆87GyKNhZiA:2020/03/29(日) 20:47:22 ID:0ZDo7VrE0
申し訳ありませんが、キリエの現在位置および東郷美森死亡地点をA-4からC-4に変更したいと思います

それとありすを予約して投下します

107勿忘の地 ◆87GyKNhZiA:2020/03/29(日) 20:54:01 ID:0ZDo7VrE0



 ───ああ

 ───眩む視界で誰かが笑っている

 ノイズと共に頭をよぎる。
 その声は、見たことのない記憶を思い起こさせる。

 記憶。
 顔も思い出せない、誰かの笑み。

 記憶。
 セピア色の。今も、また、夢見てしまった。もう戻れないのに。

 それは、そう。ほんの少し前まで。
 今はもう、永遠に離れてしまった温もり。
 学生服を着た、わたしに手を差し伸べる、暖かな。

 記憶。
 切れ切れではっきりとしない。

 記憶。
 この手を繋いでいられるものだと思っていた。
 ずっと傍で、共にいられるのだと。

 記憶。
 名残惜しむように、手の届かない高みへ上がるあなた。

 記憶。
 全てが終わってしまったあの時。


「きっと」

「きっと、また戻ってくるから」

108勿忘の地 ◆87GyKNhZiA:2020/03/29(日) 20:54:51 ID:0ZDo7VrE0

 ───声が聞こえる。

 答えられない。
 応えられない。
 言葉は出ず、伸ばした腕も届かない。

 きっとあの時、わたしはこわれてしまったのだ。
 森の中を彷徨い、約束したあなたが帰ってくるまで、ずっと待ち続けて。

 きっとあの時、わたしは諦めるべきだったのだ。
 死者は生者を掴めない。そんなこと、最初から分かりきっていたはずだったのに。

 ───千年。
 ───そう、気付けば。千年が経っていた。このムーンセルで出会って。
 ───あなたという存在に出会って、千年。

 わたしは、あなたに伝えられないまま。
 もう、伝える機会は、ない。



『こんにちは。ありす』



 ───視界の端で道化師が踊っている。

 耳元で囁く道化師。黒色の。
 いつもは見ないようにしている。道化師は、何故だか悲しさだけを運んでくるから。

 でも、えっと。
 かなしさって、なんだっけ。



『きみは』



 ───わたしは。



『何を願う?』



 ───わたしは。
 ───わたしの、願いは……





   ▼  ▼  ▼

109勿忘の地 ◆87GyKNhZiA:2020/03/29(日) 20:55:38 ID:0ZDo7VrE0





 "そこ"は何かを待ち続けるかのように、常闇の領域で昔日の残照を抱いたまま、ただ静かに咲いていた。
 一面に広がる白色は無謬の静謐だけを湛え、風に揺れることもなく、月の光の青さを煌々と照らし出している。

 都市の残骸がもたらす崩れた穴の底。純白の花畑に佇む少女は泡沫の幻想に過ぎず、横溢するつぎはぎの思念は"彼女"が唯一持っていたかつての残滓に他ならない。


 ───いかないで。いかないで。わたしを置いていかないで。


 声なき声が木霊する。肉なき影が揺れ動く。命なき地に何かが蠢く。
 ならばそれは少女の影か。寄る辺なき涜神の地に招かれた、哀れなる盲目の生贄がもたらす嘆きであるのか。

 いいや違う。そんなはずがあるものか。
 見るがいい、その奇怪なる巨影を。聞くがいい、その肉塊の煽動する不可解なる音を。
 身の丈6mを優に超える巨体は人体ではありえず、粘菌の流動するが如き動作は地上の如何なる生物にも該当しない。
 湿った腐肉を引きずるような音を響かせ、その影は這いずり穴を昇る。目的もなく、声もなく、ただ垂れ流しの思念を辺り一帯にぶちまけて。

 そして、暗い夜の闇だけが充ちる穴の底より、異形の顔が姿を見せて───







110勿忘の地 ◆87GyKNhZiA:2020/03/29(日) 20:56:23 ID:0ZDo7VrE0





 暗い穴から出てきたら、そこには明るい月の光があった。
 丸くて大きな月。白? 銀色? それとも青? 大きな丸い輪っかはとても綺麗に光っていて。 
 でも太陽じゃないわ。あんなふうに暖かな光ではないもの。もっと冷たい、水の底のような光。

 ここはどこなのだろう。気付いたらここにいた。わけもわからぬうちに。
 お城でも、森でもないわ。花のあしどられた迷路も、ティーカップのお茶会もない。ここはとても寂しいところね、お月様も泣いてるみたい。

 ……お月様。
 月って、あれ、なんだっけ。



 ずるりと音を立て、少女であった何かが今度こそ全身を這い出した。
 それは、白く巨大で、不定形な肉の塊だった。
 腹足動物のような平べったく膨らんだ腹部と脚部を持ち、翼腕めいて突き出された左右の骨格はひらひらと揺れている。異様に長い首の先についた頭部は、カメラのレンズにも酷似したガラス質の単眼のみを湛え、鼻も口もなく無機的に目の前の景色を反射させていた。
 花を愛でる少女ではありえない。尋常なる人間でもありえない。
 だが、しかし。それでも少女は人だった。
 肉体を失くし、意思を失くし、記憶を失くした今もなお。
 その願いだけは、人のままであるのだった。

 故にこそ、彼女は見惚れていた。眼前の光景に、月の光に。
 最早永遠に見られぬはずであったものを前にして、失われた何かを想って。

 彼女の目の前に広がる景色は神秘的で、荘厳で、しかし同時に地球上では見られない異様な色彩と言えるだろう。
 銀に輝く大輪の満月。常識外の大きさで宇宙の中心に鎮座するそれは吸い込まれるような輝きを放ちながら、星々を慈しみ闇を仄かに照らしていた。
 太陽の排斥された空に坐する支配者として、積もる嘆きの数々を優しく包み癒す姿はまるで優しい母のようで……

 だからこそ、この地は死界に他ならなかった。
 身を焼くような陽光がない。暴れ出すような生命の鼓動がない。
 つまり、萌芽する可能性の兆しとやらがここにはどこにも在りはしない。透き通る受容の闇はあらゆる痛みを許す反面、この静けさを乱してしまう数多の熱を拒絶していた。

 どうしようもなく、閉じた世界。
 それは月の檻と同じくして、人ならざる身に堕した彼女を捉えて離さない。

 ───いかないで。いかないで。わたしを置いていかないで。

 その想いは呪詛のように、無明の深域で静かに木霊していた。


『B-5/流9洲市街・ラフィアの花畑付近/一日目・深夜』

【ありす@Fate/EXTRA Last Encore】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:
[思考・状況]
基本方針:……
1.会いたい
[備考]
生命を認識した場合無差別に襲いかかります
基本支給品一式と不明支給品×1〜3はB-5に置き去りにされています

111 ◆87GyKNhZiA:2020/03/29(日) 20:57:04 ID:0ZDo7VrE0
投下を終了します

112 ◆5ddd1Yaifw:2020/04/01(水) 19:45:09 ID:xhm7BcS60
えんちょーします

113 ◆5ddd1Yaifw:2020/04/03(金) 21:45:10 ID:bIh6UlaI0
投下します。

114 ◆5ddd1Yaifw:2020/04/03(金) 21:46:39 ID:bIh6UlaI0
 間桐シンジは天才を自負している。それは自他共に認められるくらいには確固としたものだ。
かつては天才少年だったシンジは、いつしか青年になって、なって――進み続けた。
最初に奪ったのは共に笑った友達だった。その次に奪ったのは、見も知らぬ誰かだった。
奪った代償はある、泥に塗れた天才はその重みを背負うことに決めた。
そして、抗い、負けないことを誓ったはずなのに、いつしか思いは消えて、空を茫洋と見上げるだけになってしまった。
その結果がどうだ、下から上がってきたアイツに逆襲を果たされた、
抗いは無意味に消えた。世界は終わった。自分自身も終わった。
終わって、終わって、全部が藻屑と消え去って。

 そうして、それで――?

 結局、何も生み出せないまま終わって、満足だったのか。

「んな訳、ないだろ」

 その声は嗄れたものだった。
頑張って、疲れて、それでも頑張って、諦めた者にしか出せない臭いがした。

「そんな訳、ないだろ――――っ!」

 できることは全てやった。泥しか生まれない世界で黄金を生み出そうと藻掻き続けた。
その果てで、アイツと会って、それから―――。

「ああくそっ、思い出した。思い出してしまったじゃないかよ」

 元来、自分は諦めが悪い人間だった。
辛い現実を見続けて大人になったつもりで、斜に構えていた。
どれだけ努力を重ねようとも、成果は実らず。
だから、諦めた。もう無理だって夢を見ることを捨てて、思い出に浸っていた。

「僕は人間が負けることを認めたくなかったんだ」

 それでも、残ったものが一つ。
偽りの空を見上げて、右手を伸ばして。
本物の世界が、その先に待っていると信じ続けた。
黄金の奇跡なんてものよりも強く、鋭く。
運命を掴み取る意志の力に、シンジは気づいてしまった。
全部、アイツが悪いのだ。諦観の海に浸ることを許さなかった、かつての友。
終わってしまった世界、夢を、もう一度、と。

115イカロスの翼 ◆5ddd1Yaifw:2020/04/03(金) 21:48:06 ID:bIh6UlaI0

「それで、いつまでニヤニヤしてるんだよ。ライダー」
「おいおいシンジィ、このアタシが空気を読んで黙っていたっていうのに、自ら潰すのかい」
「さっきから口を挟みたくてウズウズしていた癖に、よく言うよ」

 変わらない、歪まない。
相変わらず、自分のサーヴァントはこのクソッタレな女海賊だ。
品の悪い笑い声を上げて、口を釣り上げる彼女をシンジは辟易とした表情であしらった。

「…………まだ、ゲームオーバーじゃない」
「ああ」
「別に、コンティニューできるとは思ってなかったけどさ。
 ここまで場を整えられて、席につかないのは情けないよなぁ!」
「良い啖呵だ。覚悟がガンギマリで、アタシが発破をかけることもなさそうだ」

 やることなんてもう定まっていた。
安っぽいプライドから始まった物語も、意地を張り続ければ本物だ。

「ライダー。奪うぞ、奇跡」
「当然。眼前のお宝を遠目で眺めるだけ? ハッ、そんな腑抜けなんてまっぴらごめん!
 ああ、ああ……奪ってやろうじゃないか、根こそぎねぇ!」

 途切れた物語を、最後のやり直しを、今度こそ貫いてみせる。

「僕は――」

 泥濡れの右手を握り締め、再び。

「――世界を取り戻す」

 喝采なき戦場で、黄金を掴み取る。



『A-4/一日目・深夜』

【間桐シンジ@Fate/EXTRA Last Encore】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:
[思考・状況]
基本方針:世界を取り戻す。
1.奇跡を奪う為にも、勝つ。
[備考]
ライダー(ドレイク)と契約しています。
死亡後参戦です。

116 ◆5ddd1Yaifw:2020/04/03(金) 21:49:06 ID:bIh6UlaI0
投下終了です。

117 ◆5ddd1Yaifw:2020/04/03(金) 23:07:08 ID:bIh6UlaI0
天樹錬、結城友奈、ザ・ヒーローを予約します。

118 ◆5ddd1Yaifw:2020/04/13(月) 19:31:37 ID:w7xsGJJs0
延長しておきます。

119 ◆5ddd1Yaifw:2020/04/19(日) 12:05:29 ID:COLbxplE0
投下します。

120サイハテの英雄達 ◆5ddd1Yaifw:2020/04/19(日) 12:06:36 ID:COLbxplE0
 


 世界なんて、救わなければよかった。







 歩く、歩く、歩く、歩く。
世界が変わっても。世界が荒れ果てても。世界が終わっても。
ただ、歩き続ける。足が折れても、心に罅が入っても。
前だけを見据えて棒のようになった足を無理矢理に動かして。
始まりは三人だった。
優等生に不良、凡庸な青年。
性格も生い立ちも違うのに、何故だか知らないが、妙に気が合った。
だから、彼らがいた時はまだ折れずにいられた。
母親を殺した時も、東京が崩壊しても、世界が様変わりしていっても。
三人ならきっと、乗り越えられると信じていたから。

 ――そんな夢が続くと信じていた。

 三人は二人になり、二人は一人になり。
再び三人になった時は、全員が変わっていた。
神の生贄。悪徳の救世主。
世界の均衡を乱す存在となった彼らを前にして、青年は強いられた。
未来の為に等しく鏖殺を。
親友だった彼らを、青年は自ら手放した。
否、手放さざるを得なかった。顔も声も知らぬ大衆の為に、未来という朧気な希望の為に。
運命が彼らと生きることを許さなかった。
それでも、それでも。この手には何かが残っていたはずだ。
例えば、使役した悪魔とか。
例えば、世界が様変わりしても再び出会えた女の子とか。
もっとも、自分には追いつけず死んでしまったけれど。
親友二人を切り捨てた時点で、青年はもう手放すことに躊躇なんてなかったのかもしれない。
大切なものが一つだけあればよかった。
その一つに女の子が入るはずだった。もしかしたら共に戦った悪魔だったかもしれない。
そう、信じていた時もあった。否、信じていたかった。
結局、彼女達も自分が殺したようなものだ。
青年がやったことは殺戮だけである。
悪魔を殺した、天使を殺した。立ち塞がる者は総て鏖殺した。
ああ、そういえば幼馴染を殺したのも自分だったか。
殺さなくては前に進めない。踏破するには全てを終わらせる他なかった。
後々、自らの障害に成り得る可能性は片っ端から潰して回る。
それが一番の近道であり、それ以外に選択肢なんてなかったから。
だから、青年はだくだくと流れ落ちる何かを気にせず、力を振るい続けた。
今は遠き、理想郷。嘗てはくっきりと浮かんだ願いは泡沫へと消えていく。
数え切れぬ程、血を流し、流させた。
手に持った武器は数え切れず。いつしか千変万化とも呼べるくらい、使いこなして――できたのは鏖殺だけ。
殺らなければ、殺られる。もはや、青年の傍には誰もついてこれない。
強く、強く、誰にも害されぬように強くならねばならないのだ。
どんな手段を使ってでも、生き残る。
奪ったものが無価値にならないように、自分が生んだ犠牲が無意味にならないように。
奪うことしか選ばせてくれなかった運命に抗い続けるのだ。

121サイハテの英雄達 ◆5ddd1Yaifw:2020/04/19(日) 12:07:06 ID:COLbxplE0
   
 そうして――――“英雄”になってしまった。

 自らの名前が滲んで読めなくなるくらいに磨り潰された、バケモノ。
遺した誓いすら、思い出せなくなった無辜の怪物。
その名を、ザ・ヒーローという。
決定的なまでに固定された在り様はもはや、変わらず。
それは、終末が目前となった世界でさえ何の感慨を浮かべはしなかった。
いつも通り、やることは一つだけ。
総てを殺す。奪った分だけ、終わらせる。もう二度と過酷な運命が紡がれないように。
支給されたものを確かめる。数秒で終わる。武器であれば何でも良い。
使いこなせない武器など、ザ・ヒーローには存在しない。

 そして、戦いが始まるのはいつだって突然だ。

 眼前に映る二人の少年少女。
戦いとは無縁に見える華奢な体に、穏やかな表情を浮かべた二人組。
名前も知らぬ、知るつもりもない誰か。
これから、奪わなくてはならないが、特に感情が揺さぶられることはなかった。
そんな初心はザ・ヒーローから消えてしまったから。
腰にぶら下げた剣を抜刀し、一気に間合いを詰める。
一太刀で終わらせる。事実、少女の方は全く反応をしておらず呆けたままだ。
このまま首を刈り取って死体が二つ、地に伏せる。
ザ・ヒーローはそう、確信していた。

「…………っ」

 ザ・ヒーローの口からは無言の驚愕が漏れ出した。
少女を斬り捨てるはずだった剣は寸前で止められている。
横にいた少年が瞬時に短刀を抜き放ち、受け止めたのだ。
なるほど、と。ザ・ヒーローは見た目によらぬ強敵に気を引き締める。
そのまま、続けざまに連撃。全てが致命の一閃であり、避けること叶わぬ鋭さを持っている。
だが、それもまた少年の短刀に防がれた。
迸る斬撃の応酬と共に、ザ・ヒーローと少年は少女から徐々に離れていく。
否、離された。少年が少女を護るべく、距離を稼いでいる。
まるでお姫様を護る騎士のようだ。
王道の物語を好む人間からは拍手喝采が舞い散るだろう。

 ――――縋られた者の末路はいつだって、残酷だ。
 
 もっとも、ザ・ヒーローのいた世界でそんなものはとっくに消え去った。
世界は青年に優しくなかった。運命は青年に過酷な淘汰を強いた。

「……すごいな」

 あんな風に、誰かを護れたら。護ることを諦めていなかったら。
自分達も、運命を呪わずに済んだのだろうか。
力を求め、底に堕ちて死んでいった彼。
理想を求め、高みへと生贄に捧げられた彼。
そして、何も捨てられなかったが故に何もかも捨てられてしまった彼。
確かに掴んでいたはずのものはもうどこにもない。
感傷だ、何も生まない終わってしまった過去を今更思い直しても意味などない。

122サイハテの英雄達 ◆5ddd1Yaifw:2020/04/19(日) 12:07:27 ID:COLbxplE0
   
「こんな状況である以上、話し合いより殺し合いが先だってことぐらいわかってる」
「当然だね」
「だからといって、殺されてやるつもりはない」

 今の最適解は殺すこと。結局、今までと同じ繰り返しだ。
剣を改めて握り直し、ザ・ヒーローは駆ける。
目の前の少年は油断していい相手ではない。
心臓、首筋、と。繰り出すのは全て必殺だ。
少年に余裕を与えてはならない。ザ・ヒーローのこれまでの戦闘経験が言外に告げている。
少女から離された時もそうだ、彼は戦うことに、誰かを護ることに慣れていた。
放った斬撃を全て受け流され、あまつさえこちらに反撃を加えようとする。
だが、届かない。届かせてなるものか。
崩壊していく世界で最後まで戦い続けた
瞬間、少年は反転して一足で距離を取った。
ザ・ヒーローは訝しむ表情を浮かべた瞬間、空気の温度が一気に下がる。
突如、虚空から生み出された氷槍の雨がザ・ヒーローへと降り注ぐ。
氷槍一つが致命の一撃、物理破壊をするのが馬鹿らしいくらいの無数の雨。
だが、どうってことはない。
何の変哲もない、特別な力など使わないただの回避行動。
予め、知っていたかのような挙動で氷槍の雨を全て躱し切る。
あの地獄を見てきた英雄にとって、この程度は致命足り得ない。

「……っ」

 少年は驚愕の表情を浮かべるも、すぐに持ち直す。
戦いに慣れているのか、淀みがない。
少なくとも、これらの氷槍がとっておきの切り札という訳ではないらしい。
手数が多いのはそれだけ取れる戦法のヴァリエーションがあるということだ。

 ――とはいえ、退く訳にはいかない。

 後々に残すと厄介な参加者は早めに潰しておきたい。
艱難辛苦を踏み越えてきた経験が告げている。
この少年はここで殺しておくべきだ、と。
必殺の決意を再度充填し、ザ・ヒーローは地面を蹴り砕き、疾走を開始した。
氷槍の回避もあってか、少年との距離は離されている。
多少の手傷を負わせ、隙あらばこのまま離脱しようかと考えているのだろう。
そうはさせない。無傷にてこの氷が降り注ぐ極寒の障害を踏破する。
雨が降る。先程と変わらず、一発でも当たったら氷槍を全て回避し、少年へと迫る。
瞬間、ザ・ヒーローは反射的に跳躍。突如出現し、秒単位で振り抜かれた金属の腕を躱す。
あの少年の手札なのだろう、突然の一撃は姿勢を崩してしまう。
とはいっても、数秒あれば持ち直す程度の空白。
姿勢を戻し、いざ少年の首を狩らんとした時、既に死地は完成していた。

123サイハテの英雄達 ◆5ddd1Yaifw:2020/04/19(日) 12:07:47 ID:COLbxplE0

「…………逃げ場なしか」

ザ・ヒーローが足を止めた数秒間があれば、少年にとって必殺の一撃を生み出すには十分すぎるものだった。
全方位に氷槍が生み出され、檻が完成する。
ここでザ・ヒーローは気づいてしまった。
最初から少年は逃げる気なんてないことに。
自分を殺すべく、入念に場を整えていたことに。

『■■■、諦めるときだ』

 視界の端で道化師が踊っている。
現実ではない幻覚――否、幻覚ではない現実か。
青年の英雄譚はここで終わる。漸く、旅路を終えて眠りにつける。
だから、これでいい。もう、いいのだ。
脳裏に浮かぶのは、まだ何も知らなかった頃。幸せな日常が続いていた頃。
母とパスカルと自分と。
満ち足りていたとまではいかないけれど、普通の青年でいられたあの時を。

 お前は、何を切り捨てた?

 母親は死んだ。悪魔に殺され、その悪魔をお前は殺した。
鏖殺の旅路は自らの居場所を壊す所から始まった。
それでも、まだ残っている願いはあった。

 お前は、何を切り捨てた?

 自らを犠牲に未来を託した少女を、お前は踏み越えた。
仕方がなかったという言葉でごまかして、その礎の上を走る決意をした。
それでも、まだ残っている願いはあった、はずだ。

 お前は、何を切り捨てた?

 袂を分かった親友達を、お前は切り捨てた。
ずっと、三人でいたかった。
母親を喪っても、少女を切り捨てても、二人がいたから生きていけた。
困難な状況にも関わらず、自分を見失わずに済んだのだ。
けれど、二人はいなくなった。自分が殺して、終わらせた。
それでも、まだ残っている■■は■■■。

 お前は、何を切り捨てた?

 もう、わからない。
少女も、仲魔も、全て消えた。
ユメは終わり、運命は相変わらず真っ直ぐなまま。
真っ直ぐ過ぎて、全部失くしてしまった。

124サイハテの英雄達 ◆5ddd1Yaifw:2020/04/19(日) 12:08:12 ID:COLbxplE0
   
『■■■、諦めるときだ』

 失ったものを取り戻そうとは思わない。
そもそも何を取り戻すべきかもわからない。
だから、せめて終わらせようと誓ったのだ。
世界が今度こそ平和になりますように。
望まぬ運命に強いられた“英雄”が生まれない世界を。



 ――――――右手を伸ばす。



 運命はまだ、“英雄”を見捨てない。
“■■■”は、揺らがない。
氷に覆われた死地を踏破することは運命に定められている。
道化師よ、そこを退け。“英雄”が通る。
地を踏み締め、握り締めた剣は銀色の輝きを増していく。
とん、と。軽い足音と共に、ザ・ヒーローの姿は掻き消える。
そして、少年が次に彼を知覚していた時、氷の檻は既に突き破られていた。

「……っ」
「……遅い」

 ほんの少しだけ弾幕が薄い箇所を見極め、突き抜ける。
全方位から穿たれた氷槍の弾幕を全て崩す必要なんてない。
ただ自分に直撃するものだけを、ザ・ヒーローは切り砕く。
勿論、その判別は並大抵の技量ではできない。
圧倒的な経験――死地を潜り抜けなくては身につかないだろう。
常人ならば。ただの戦士ならば。この氷獄にて終りを迎えている。

 ――なるほど、確かに。常人ならば、何もできないまま殺られてるね。

 けれど。どうやら。鋼の“彼”は常人ではない。
少年がその事実に気づいた時にはもう距離は一足一刀の間合いに入っていた。
振るう剣、流す短刀。少年の手札を知ったからにはそう簡単に距離は稼がせない。
ミドルレンジであれば、防戦一方になるのかもしれないが、クロスレンジならば。
ただひたすらに。ザ・ヒーローは愚直なまでに少年との近接戦に挑む。
遠距離から氷槍を飛ばすアウトレンジ系統のバトルスタイルかと思えば、実際はクロスレンジでも戦える。
オールマイティーに戦えるのだろう、ザ・ヒーローの振るう剣に的確に対応してくる。
首筋狙いの突きはしゃがみ込みつつ躱して、あまつさえ反撃の横薙ぎ一閃。
数十合の切り結びが秒単位で行われる。
互いの武器が虚空を縦横無尽に駆け回り、常人から見ると何をしているかさえ把握できないだろう。

125サイハテの英雄達 ◆5ddd1Yaifw:2020/04/19(日) 12:08:36 ID:COLbxplE0

「まだだっ!」

 少年が攻め手を変える。
大雑把な振りかぶり、それまでの繊細な斬撃とは打って変わってたものに、ザ・ヒーローは一瞬躊躇する。
とはいえ、一瞬の硬直は傷を負うまではいかず、少年の振るった刃は受け止められた。
受け止められると、すぐさまに少年は次の動作にシフトし、体を縮こませ、足を振り抜いた。
流れるように放たれた蹴撃はザ・ヒーローの腹部に直撃し、大きく吹き飛ばす。
距離が、空く。再び氷槍が飛んでくる。
予測の通り、虚空に生み出された氷槍が視界に入った時、ザ・ヒーローは既に離脱していた。
ザ。ヒーローはジグザグに走りつつ、時に剣で氷槍を撃ち落としながら徐々に距離を狭めていく。

「強いな、君は」

 自然と口から漏れ出た言葉は、ザ・ヒーローの心からの称賛だ。
少年は強い。きっと、それは過去の自分よりも。
この齢でこれだけ強いと言うことはこの先、もっと伸びていく。
崩壊後の東京でも自分を曲げずに生きていけるだろう。
すなわち、大切なものの喪失を回避できる力があるということだ。

「僕も君のように強かったら――」

 懐かしむように言葉が勝手に漏れ出していく。
郷愁、なのだろうか。こんな終末の箱庭でも善性を失わない少年に対して抱いたのは。

「大切な人達を護れたのかもしれない」
「………………は?」

 失ってしまったもの。そして、手に入れたもの。
両者は不等号が成され、比率は片方へと比重している。

「僕は――――世界を選んだから、全部失くしちゃったんだろうな」

 ザ・ヒーローは、英雄は、総てを受け入れ、総てを壊した称号である。

126サイハテの英雄達 ◆5ddd1Yaifw:2020/04/19(日) 12:09:15 ID:COLbxplE0







「喝采せよ。喝采せよ」

 世界のどこかで誰かが囁いている。
運命の夜、夢の始まり、神の終わり。
何回目か数え切れない終末の始まりを、祝福する。

「ああ、ああ、素晴らしきかな。 第一の夜を盲目の英雄が駆けるのだ。
 現在時刻を記録せよ。 クロック・クラック・クローム」

 駆ける、駆ける、駆ける。
黄金螺旋の果てまで駆ける青年が一人。
それは愚者。それは運命の生贄。それは中庸。
虐殺の英雄。
世界にして終焉の担い手であった英雄。
彼は黄金螺旋の果てまで駆ける。
一歩、一歩踏み締めて。
かつても、今も。
終焉を目指して。いと高き場所にある終焉を求めて。

「世界の望んだ”その時”だ、ムーンセルよ、導くがいい。
 黄金螺旋の果てに、我が夢、我が愛のかたちあり」

 しかし、頂上にまだ残っているものがあると誰が決めた。
かつてはあった。最後の希望があった。
今はない。何も、何も。
青年が望むものなんて、もうこの世界にはどこにも残っていないのだろう。







 
 それは、天樹錬がかつて選ばなかった選択肢。
世界か、少女か。
錬は少女を選んだ。
悩んで、悔やんで、信じて。
フィアの笑顔が自分にとって何よりも大切で尊いものだと気づいたから。
見知らぬ大勢を切り捨てて、少女の幸せを望んだ。
恐怖に揺れる人々を尻目に、たった一人、君を護る為なら、と。
罪業は深い。いつか自分達は裁かれる時が来る。
最後は断頭台に首を落とされるのが定めだ。覚悟はできている。

127サイハテの英雄達 ◆5ddd1Yaifw:2020/04/19(日) 12:09:37 ID:COLbxplE0
  
「どうして」

 そして、眼前の青年は世界を選んだ。見知らぬ大勢の為に大切な人の幸せを諦めた。
見知らぬ大勢の悲嘆をどうしても見過ごすことができなかったのだろう。
その結果、彼はもう後戻りできない領域にまで到達してしまった。
奪ったものが無意味に、無価値に沈まないように。

「どうして」

 嗚呼、こんな問いかけに意味なんてないのに。
錬にだってわかっている。問いかけたところで、彼が救われることはない。
最後まで貫いた以上は、彼は止まらないのだ。
致命的なまでに分たれた二人が何を語ろうが、結果は変わらない。

「どうして、だったんだろうな」
「……っ!」

 それでも、口からは思いの丈が漏れ出した。
錬は我慢ができなかった。その声を聞いた瞬間、悲痛な表情が抑えきれない。
青年は疲れて、もう歩けないような声で吐き捨てるように呟いた。
それに対して返答をしないということは到底できない。
だって、彼は別の道を進んだ自分だから。人々の営みを壊せなかった、天樹錬だから。

「どうして、そんな顔をしているんですか」

 怒りか、悲しみか。彼にこびりついているものが多すぎて絞りきれない。
悲しみ、苦痛、恐怖、後悔、諦め、総てが彼にまとわりついている。
顔中の神経を刺激しているのは何かさえ、錬にはわからない。
そして出来上がるのは、怒りと悲しみが中間にあるような、強張った無表情だった。

128サイハテの英雄達 ◆5ddd1Yaifw:2020/04/19(日) 12:10:05 ID:COLbxplE0
   
「そんな顔をするまで、戦って」

 青年は地を縮めたかのような速度で一気に距離を詰め、必殺の瞬撃を振るう。
錬は矢継ぎ早に放たれる閃光を捌き続ける。
一を捌けば数十に。数十を捌けば数百に。
無限に増えていく斬撃の応酬は、さながら盤面のない陣取りに等しかった。

「そこまで疲れ果てたなら……っ!」

 途中まで出かけた言葉は剣劇の音に掻き消える。
だが、消えてよかったのかもしれない。

 ――世界なんて捨ててしまえばよかったのに。

 そんな残酷なこと、彼に対して言えるはずがなかった。
涙を明日の光へと変えたい。
けれど、結局は何も変えれないまま、英雄へと堕ちてしまった。
涙は涙のまま。失った彼自身の明日はもうどこにもない。

「……たぶん、どの選択をとっても、僕は全部失ったと思う。
 どれだけ抗ってもこの結末は必然なのかもしれない」
「何を、言って」
「もう、今の僕には何も残っていない。
 世界の為に、人々の営みを護る為に……大切だったモノを犠牲にしたんだ。
 その犠牲の価値が下がらないように、僕は破綻の一切を終わらせる、
 犠牲が無意味にならないように。ただそれだけが、僕の存在意義だ」
「そんなの、間違っている! 殺して! 殺されて! それで戦い続けるんですか!
 それなら……あなたは!」

 彼自身がどこにもいけないまま、死んでしまう。
無限に積み重ねた屍が彼を永遠に縛り付けるのだ。
青年の末路は“英雄”である、と。

「いつかは終わるさ。敵を皆殺しにすれば戦いは終わる」

 喪失に報いる為に永遠に戦い続ける英雄。
数分の邂逅にも関わらず、錬は眼前の青年に酷く共感を覚えていた。
自分もシティ・神戸を存続させる選択を取ったらこうなっていたのかもしれない。
フィアの犠牲が価値なきものにならないように。
大の為に小を捨てる。判断基準に価値は存在しない。
ただ、多くを救えるなら、と。

129サイハテの英雄達 ◆5ddd1Yaifw:2020/04/19(日) 12:10:33 ID:COLbxplE0
   
「だから、君も世界も運命も総て――――僕が終わらせる。
 もう二度と、誰もが間違えることのないように」
「終わらせるもんか!」

 その決断がどれだけ重いかなんてわかっている。
他ならぬ錬だからこそ。
世界を犠牲にして一人の少女を生かすことを選んだ自身だからこそ、安易に否定なんてできない。
貫いてしまったからこそ、もう後戻りができない。
それでも、その決断を許容することは錬自身を否定することになる。
自分も選んだから。大切な少女の幸せを奪わせないと誓ったから。
少女を護る為に貫いた過去を無意味にしたくないと願っている。
その願いだけは、誰にも譲らないし奪わせない。

「あの子を犠牲にして世界を救っても、意味がない!」

 子供の癇癪だ、こんな言葉。他の人達から見ると失笑ものの言い分かもしれない。

「あなたからすると、僕の言葉なんて到底受け入れられないものだけど!
 それでも、僕にとってたった一つの真なんだ! 僕はこの選択を、曲げない!」

 けれど、いつだって、どんな時だって。
引き金を引くのは心底の願い――成し遂げたいという強い意志だ。

「…………やっぱり、君は強いな」

 青年の口元がほんの少しだけ、緩んだ気がした。
それは錬の見間違えだったのか。どちらにせよ、錬はもう迷わないし、迷えない。
フィアを護る。その為には眼前の“自分”を踏み越えなくてはいけないから。

130サイハテの英雄達 ◆5ddd1Yaifw:2020/04/19(日) 12:10:49 ID:COLbxplE0
   
「けれど、僕は――英雄だ」

 錬も、青年も。互いに選んだ結果に報いる為に生きている。
折れてはいけない、と。半ば強迫観念染みた不屈を胸に、武器を振るう。

「僕も彼女にとっての英雄で在りたい。だから、ここで……!」
「それを理解した上で言う。勝つのは僕だ」

 諦めたのは世界か、それとも自分か。
問いかけは、まだ返ってこない。

「行くよ、英雄」
「来なよ、英雄」

 自分が夢を妥協できる大人だったら。
世界が本当に悪と汚穢に満ちていたら
きっと、救われたのかもしれない。



『C-6/流9洲市街地/一日目・深夜』

【結城友奈@結城友奈は勇者である】
[状態]:身体にタタリの跡(タタリの症状自体は沈静化している)、精神疲労
[装備]:讃州中学の制服
[道具]:基本支給品一式、勇者システムのアプリ@結城友奈は勇者である、不明支給品0〜2
[思考・状況]
基本方針:みんなと協力し、殺し合いを止める。
1.錬と一緒に讃州中学に向かう。
2.勇者部のメンバーとは一刻も早く合流したい。
3.タタリは……?
[備考]
参戦時期は勇者の章5話冒頭あたり。
勇者システムのアプリは基本支給品のタブレットにインストールされています。


【天樹錬@ウィザーズ・ブレイン】
[状態]:健康
[装備]:フロストブラッド@CODE VEIN
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0〜2
[思考・状況]
基本方針:フィアを探し、保護する。
1.フィアの捜索を最優先。けれど友奈も放っておけない。
2.できれば殺し合いはしたくないので友奈の基本方針に協調。
3.ヘイズや祐一とも合流しておきたい。エドも早く保護しないと。
4.もし、仮に、万が一、フィアが死んでしまったら……
[備考]
参戦時期は少なくとも四巻以降。ディーやセラ、イルとの面識の有無は以降の書き手に任せます。
友奈から勇者部メンバーについての簡単な紹介を受けました。

【ザ・ヒーロー@真・女神転生】
[状態]:健康
[装備]:明神切村正@Fate/Grand Order
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0〜2
[思考・状況]
基本方針:総てを殺す。
1.終わらせる。
[備考]
参戦時期はニュートラルルート

131 ◆5ddd1Yaifw:2020/04/19(日) 12:11:08 ID:COLbxplE0
投下終了です。

132 ◆87GyKNhZiA:2020/07/26(日) 21:02:40 ID:ZY5UTb/k0
お久しぶりです。突然ですが、名簿の「イリュージョンNo17」を「サクラ」に変更したいと思います。
というわけでサクラを予約して投下します

133夜に駆ける ◆87GyKNhZiA:2020/07/26(日) 21:03:28 ID:ZY5UTb/k0




 伸ばし掛けた腕を、銃弾が貫く。
 飛び散った血と肉片が、視界を赤く染める。
 痛みに歯を食いしばり、堪えきれずに膝をつく。
 声の限り叫んでも、祈りは届かない。
 奇跡は起きない。
 神さまなんてどこにもいない。
 目の前には、燃え盛る炎と、数えきれないほどの兵士と。
 悲しそうな、あの子の笑顔。





   ▼  ▼  ▼

134夜に駆ける ◆87GyKNhZiA:2020/07/26(日) 21:04:49 ID:ZY5UTb/k0





 吹き付ける風は、切り裂くような冷気を孕んで、心地よかった。
 少女は小さく白い息を吐き、たなびく長い髪を掌で抑えた。

 腰かけていた細い手すりの上に立ち、ゆっくりと視線を巡らせる。地表からの高度およそ200m、彼女の立つ場所を外から見たならば、夜闇の只中に聳える漆黒たる城の威容を目にすることができただろう。すなわちそこは『運命の城』。エリアF-4に位置する大型遊園地フォードランド、その中心に聳える西洋建築の城だ。夜に溶けるような黒色の壁から突き出た保守作業用と思しき小さな足場の先、細い尖塔の上からは人気のない広大な廃墟の街と、眼下に広がる場違いなまでに豪奢な人工照明に照らされた遊園地を一望することができる。

「悪趣味なものだ」

 呟きには少なからず嫌悪の感情が滲み出ていた。
 閉鎖空間での殺し合いを強いておいて、運ばれた先がこのような場所とはずいぶんと皮肉が利いている。装飾用の色とりどりのネオン管も、陽気な曲を奏でる音楽演奏機械も、眩い光と共に回る観覧車やメリーゴーランドも、大小さまざまな看板とそこに描かれたマスコットキャラクターも、何もかもが性質の悪い冗談としか思えない。
 こんなものを用意する必要がどこにあるというのだ?
 そんな疑問を抱くのも、ある種当然と言えるだろう。

「まあ、文句をつけるような筋ではないが」

 再度呟き、風に揺れるスカートの裾を整える。飾り気のないスカートもそれを押さえる手も、闇に溶けてその姿をおぼろげなものとする。
 夜を搾って塗り固めたような真っ黒なワンピースに、同じ色の手袋が一揃い。胸の前にかき合わせた長い外套も黒なら、スカートの裾から覗く靴下もその先の靴も黒。
 全てが黒づくめのその中で、ただ、手袋の縁から僅かに露出した肌だけがコントラストを為すように白い。

 ……いっそ、肌に墨でも塗るか。

 などと冗談めいて考えたのは何時だったろうか。それを聞く相手も、返す言葉も今は彼女の傍にはなかった。
 僅かに緩められていた口元が引き結ばれる。冷たい夜気と同じくして、少女の纏う気配もまた怜悧なものへと変化した。
 唐突な異常事態、殺し合いの強制。
 それに対する少女の行動は、既に決定されていた。

135夜に駆ける ◆87GyKNhZiA:2020/07/26(日) 21:05:15 ID:ZY5UTb/k0

 少女の記憶は炎に包まれている。
 それは消えない痛みとなって、常に少女と共にある。
 最初は、そう。同じ年頃の女の子だった。まだ幼かった頃の少女は、同じく幼い少女と出会い、囚われの身であった彼女を救おうとした。
 その結果がどんなものに終わったかなど、詳細を記すまでもないだろう。
 自らの無力を悟り、多大な痛苦を味わわされ、交わした約束さえ守ることができなかった。自分の出会ったその少女が、滅び行く人類を瀬戸際で支えるための必要な犠牲であったのだと、理屈の上で理解しても感情が納得することはなかった。
 ならばもう後は落ちていくだけ。坂を転がり落ちる雪玉のように、後悔と執念は徐々にその速度と質量を増して、今や止めようのないところまで行き着いてしまった。
 生贄となる魔法士たちに救済を。人よ、その過ちを自覚せよ。
 ただそれだけを願い、少女は自らを『賢人会議』と名乗った。誰もが保身に目を塞ぐ世界の中で、それはおかしいと声を投げかける賢人たらんと願った。

 ならばこそ、少女───サクラの選ぶべき道は決まりきっている。

「私はこの殺し合いに……《願い》を叶える試練に乗る」

 死の気配を湛えた男の言に嘘はないと、何故か直感した。そしてそれは、この景色を見ることで完全な確信へと変わった。
 《空》が、そこにはあった。
 見上げた先には夜空があって、まばらな雲と浮かぶ月と、星々の輝きがあった。それは投影スクリーンに映し出された偽物ではなく、大気組成と光学的な空間識覚によって本物であると判定された。
 永遠に失われたはずの空だった。人類が滅亡に差し掛かり、魔法士たちが犠牲にされる最たる所以、それが青空の喪失だった。
 ならば、サクラは手に入れなければならないだろう。
 今ここには、魔法士たちが死ぬ必要のない世界が広がっている。
 それを自分が元いた世界にも適用する。そのためならば、たかが数十の命など省みるべきではない。
 既に我が手のひらは、幾百幾千の血で汚れているのだから。

136夜に駆ける ◆87GyKNhZiA:2020/07/26(日) 21:05:36 ID:ZY5UTb/k0

「それでも貴方は……貴方達は否と止めるのだろうな」

 名簿にはサクラの見知った名前がいくつか存在した。
 メルボルン脱出に際しての協力者である黒沢祐一に、彼の連れ人であるデュアルNo33とセレスティ。知り合ってから間もないが、少なからぬ親交を重ねた者たちだ。
 彼らとの日々は短くとも濃密で、瞼を閉じれば脳裏にその情景が浮かんでくるほど。
 そう、それは変えようのない事実ではあるのだけれど。

「だが、それでも。
 それでも私は明日が欲しい。子供たちが殺されることのない、当たり前の幸福を享受できる明日が」

 それだけを誓った、既に自らの幸福など擲った我が身はそれだけのためにある。
 正しいと信じているのではない。自分に正義がないことなど最初から知っている。それでも私は、あの子の───

 ───うん、待ってる。

 世界のどこかに、必ず、あの子の居場所を作るのだと誓ったのだから。


 夜の街を睥睨し、サクラは一歩を踏み出す。
 中空へと投げ出された体は、重力に従って自由落下を始めるも、その顔に恐怖の色はない。
 魔法士たちの生きる世界のため、サクラは永劫止まらぬ歩みを開始するのだ。

 ……何故か。
 何故か、「人類の」生きる世界のためとは、思うことができなかった。

137夜に駆ける ◆87GyKNhZiA:2020/07/26(日) 21:06:19 ID:ZY5UTb/k0

『F-4/大型遊園地フォードランド・運命の城/一日目・深夜』

【サクラ@ウィザーズ・ブレイン】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:基本支給品一式、不明支給品1〜3
[思考・状況]
基本方針:優勝し、青空を取り戻す。
1.目についた参加者から皆殺し。
2.祐一、ディー、セラと出会った場合には……
[備考]
※5巻、セラにマリアとの繋がりがバレる前より参戦。

138名無しさん:2020/07/26(日) 21:06:44 ID:ZY5UTb/k0
投下を終了します


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