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ジョジョ×東方ロワイアル 第七部

1 : ◆YF//rpC0lk :2016/09/02(金) 20:58:25 3lsXGVP.0
【このロワについて】
このロワは『ジョジョの奇妙な冒険』及び『東方project』のキャラクターによるバトロワリレー小説企画です。
皆様の参加をお待ちしております。
なお、小説の性質上、あなたの好きなキャラクターが惨たらしい目に遭う可能性が存在します。
また、本企画は荒木飛呂彦先生並びに上海アリス幻楽団様とは一切関係ありません。

【参加者】
『side東方project』

【東方紅魔郷】 2/5
●チルノ/●紅美鈴/○パチュリー・ノーレッジ/●十六夜咲夜/○レミリア・スカーレット

【東方妖々夢】 3/6
○橙/●アリス・マーガトロイド/●魂魄妖夢/○西行寺幽々子/●八雲藍/○八雲紫

【東方永夜抄】 6/6
○上白沢慧音/○因幡てゐ/○鈴仙・優曇華院・イナバ/○八意永琳/○蓬莱山輝夜/○藤原妹紅

【東方風神録】 5/6
○秋静葉/●河城にとり/○射命丸文/○東風谷早苗/○八坂神奈子/○洩矢諏訪子

【東方地霊殿】 2/5
●星熊勇儀/○古明地さとり/○火炎猫燐/●霊烏路空/●古明地こいし

【東方聖蓮船】 3/5
●ナズーリン/●多々良小傘/○寅丸星/○聖白蓮/○封獣ぬえ

【東方神霊廟】 1/5
●幽谷響子/●宮古芳香/○霍青娥/●豊聡耳神子/●二ッ岩マミゾウ

【その他】 9/11
○博麗霊夢/○霧雨魔理沙/●伊吹萃香/○比那名居天子/○姫海棠はたて/○秦こころ/○岡崎夢美/
●森近霖之助/○稗田阿求/○宇佐見蓮子/○マエリベリー・ハーン

『sideジョジョの奇妙な冒険』

【第1部 ファントムブラッド】 1/5
○ジョナサン・ジョースター/●ロバート・E・O・スピードワゴン/●ウィル・A・ツェペリ/●ブラフォード/●タルカス

【第2部 戦闘潮流】 6/8
○ジョセフ・ジョースター/●シーザー・アントニオ・ツェペリ/○リサリサ/●ルドル・フォン・シュトロハイム/
○サンタナ/○ワムウ/○エシディシ/○カーズ

【第3部 スターダストクルセイダース】 6/7
○空条承太郎/○花京院典明/○ジャン・ピエール・ポルナレフ/
○ホル・ホース/●ズィー・ズィー/○ヴァニラ・アイス/○DIO(ディオ・ブランドー)

【第4部 ダイヤモンドは砕けない】 3/5
○東方仗助/●虹村億泰/●広瀬康一/○岸部露伴/○吉良吉影

【第5部 黄金の風】 3/6
○ジョルノ・ジョバァーナ/●ブローノ・ブチャラティ/●グイード・ミスタ/○トリッシュ・ウナ/●プロシュート/○ディアボロ

【第6部 ストーンオーシャン】 4/5
○空条徐倫/●エルメェス・コステロ/○フー・ファイターズ/○ウェザー・リポート(ウェス・ブルーマリン)/○エンリコ・プッチ

【第7部 スティールボールラン】 4/5
○ジャイロ・ツェペリ/●ジョニィ・ジョースター/○リンゴォ・ロードアゲイン/○ディエゴ・ブランドー/○ファニー・ヴァレンタイン

残り58/90


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2 : ◆qSXL3X4ics :2016/09/03(土) 01:37:05 MRtqhHpE0
スレ立て乙です。
続きを投下します。


3 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/03(土) 01:38:41 MRtqhHpE0
綻びの糸は、いつの間に現れていたのだろう。
徐倫には分からない。何も知らない。
目の前で蜃気楼のように儚く揺らぐ男の、本当の名前も。
彼の過去も。記憶も。目的も。
かつてウェザー・リポートと呼ばれた仲間の、見据えるその瞳の先に燃ゆる光景も。

何も、かも。


(ウェザー…………)


男の心から解れつつあった糸は、綻びとなって千切れ落ちてゆく。
殻から現れた空っぽの心こそが、その男『ウェス・ブルーマリン』の正体であり。
徐倫は今、真に彼と向き合うことが出来たのだ。


全ては、遅かった。


肌に触れていたそよ風が、一段と鋭く荒む。
訊きたいことがあった。
話したいことも沢山あった。
その機会が、この掌からポロポロと零れてゆく。

二人に会話はない。
正確には徐倫のみが、未だ何かを語りかけようと男を臨むも。
既に男の瞳は全てを拒絶する暴風のような眼光を放っている。
徐倫は一目見て察した。


―――彼はもう、『ウェザー・リポート』ではない。


ウェザー・リポートという過去の残像のみが精神となって、男の傍に吹く嵐として暴を撒き散らしているに過ぎない。

『ストーン・フリー』―――“石の海”から自由を手にするという意味を込めて、そんな名を付けた。
あたしは自由を手にした。だがウェザーの心は、永遠に縛られたままだ。
救ってやりたい。もう一度救って、彼の心を運命の糸から解放させてあげたい。
ウェザーの綻びは、あたしが―――


威を増してゆく風が二人を取り囲んだ。
視界の外、二人の周りには雨がしきりに呻きを上げている。
徐倫とウェザー。彼女らを中心とした半径10メートルのみが、暖かな晴れ間と共に風を渦巻かせていた。
ここは二人の世界。
彼女らだけが感情を吐露することを許された、二人だけのそよ風の中。


徐倫とウェザーが全く同時にスタンドを出した瞬間、徐倫は全てを察して駆けた。
何もかも分からないが、今のウェザーはきっと『敵』だ。ならば徐倫に出来ることは至ってシンプル。

―――まずはブン殴って止めるッ!

結局、彼女が取れる選択肢はそれしかないのだ。
ウェザー・リポートの傍らに浮かぶ雲が帯電するようにバチバチと雷光を光らせる。
稲妻が来る―――! そう直感した徐倫はすぐさまウェザーの懐に跳ぶも、距離が遠い。
元よりストーン・フリーに飛び道具らしい武器は無いが、ウェザー相手に遠・中距離戦を選ばなかった徐倫の判断は正解である。
何といっても相手は天候を自在とする規格外の能力。同条件での遠隔対決では勝ち目がない。
だからといって近接戦闘なら相手を土俵から突き落とせるかといえば、事はそう単純な話ではない。
ウェザー・リポートはそのスタンドステータスも高く、天候の応用があれば遠かろうが近かろうが柔軟に対処される。
味方である限りはこれ以上なく頼りになるが、敵として戦うことは徐倫も考えたくなかった。

ウェザー・リポートの両腕が迫り来る徐倫に伸ばされたと同時、最高値まで漲った殺意の雷鳴が轟く。
音速を越えた二本の電光石火の槍は―――その双方が徐倫の両脇を通り過ぎて、そのまま風の彼方へ消えた。

「……」

ウェザーはその不可思議な光景を眺め、しかし何の言葉も発さず。
外れたのではない。“外された”のだ。
走り来る徐倫の両腕から二本ずつ、直線状に延びた『糸』がウェザーの両腕を絡め取っていた。これにより攻撃の軌道は意図的に逸らされたのである。
ストーン・フリーには飛び道具こそ無いものの、幾重にも延ばし、拡がらせることの出来る『糸』がある。応用力、という点では徐倫も決して負けていない。


「到着よ、ウェザー」


超近接。ウェザーの能力をよく知る徐倫は、この互いに1メートル未満という一撃絶命の間合いこそが最良の距離だと判断する。
この距離なら雷は撃てない。自分まで感電する恐れがあるからだ。
徐倫はウェザーの両腕に絡めていた糸を、右腕だけ残して手元に回収する。
そして残した糸を幾重にも編み込み、頑丈なる『手錠』へと変化させてウェザーの手首にガッチリと嵌め込んだ。
徐倫の『右腕』とウェザーの『右腕』。その手首から連なる糸の手錠は、二人の間合いを決して剥がさない。

剛と柔の両特性。しなやかな強さを持つ徐倫の糸が、台風の目の中心で舞う。


4 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/03(土) 01:41:01 MRtqhHpE0


「ねえ……ウェザー。何か……言いなさいよ」

「……」


徐倫とウェザー。二人の対照的な瞳が交差し、言葉をかけた。
男から返ってくるのは、言葉でなく拳。
ウェザー・リポートの風速を纏った重い拳が、徐倫の心臓を狙い打つ。打つ。打つ。
糸の持つ柔軟さでその全てを受け流す徐倫に、反撃の意志は。


「ねえったら……お願いよ、ウェザー。何であたし達、こんなことやってるの……?」

「……」


二人の周囲を渦巻く雨風が、また一層に激しさを増す。その様はとてもそよ風などと形容できる範疇になく、もはやハリケーンの域。
それでも中心に立つ男と女の頭上には、なおも優しげな陽光が射している。
今、ウェザーは何を思い、何を感じながら拳を振るっているのだろう。
徐倫には、何も分からない。
たとえ彼が理由もなく襲ってこようと、徐倫には理由なく彼と戦う(殺す)ことが、やはり出来ない。


「オラァ!」


拳の嵐を掻い潜って見つけた隙。徐倫の糸の拳が、ここでとうとうウェザーの頬に届いた。
怯み、ほんの一瞬両者の間に疾風が走る。
だが、それまで。


「―――ッ!」


男は倒れず、その瞳は揺るがなかった。
それほどに強靭な覚悟なのだろうか。それもあるだろう。
だがそれ以上に、徐倫の闘志が男の闘志を上回れなかった。それが拳の重さに現れ、決定的な一打に成り得なかったのだ。

どちらからともなく手錠を引き寄せ、二人の距離がゼロに近づく。
またも、拳のラッシュ。ラッシュ。ラッシュ。


(……こんなにも)


男はその静寂をも纏う心中で、どこか残念そうに気落ちする。


(……こんなにも弱かっただろうか。彼女の拳は)


男は、過ぎし日見た彼女の勇姿を心に思い浮かべる。
彼女はもっと強かった。こんなにもひ弱な拳ではない。


(やはり徐倫……君は、優しいな)


理由など、とうに知れている。
俺が彼女の仲間であり、共に同じ道を歩もうとした者同士だったからだ。


(俺は吹っ切れているが、君はまだ……)


徐倫と戦う目的は一つだ。
呪われた運命の清算。その為に俺は今、彼女と戦っている。
だからこんなじゃあ、俺自身がとても納得できない。
こんな腑抜けたパンチを打つ徐倫を殺したところで、俺も彼女も永遠に救われることは出来ない。
お互い、全霊の力でぶつからなければ、この戦いに意味など見出すことは出来やしない。


―――ならば、その心に風穴を。


5 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/03(土) 01:41:44 MRtqhHpE0























「――――――エルメェスは…………俺が殺した」






















初めて、男は口を開いた。
皮肉にもこの一言が、彼と彼女の初めての会話となってしまう。

ほんの数秒、時間が止まり。
そよ風が、二人を包み込んで。






「―――ッ!! ウェザァァアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーッッッ!!!!」






哀に哭かれた、愛のように。

暮雨に荒れる、暴のように。



石の海を共に生き抜いた“相棒”を奪われた哀しみと怒りは、“愛”と“暴”が吹き荒れる嵐となって二人を包んだ。



「ウェザー、か。…………その男は、死んだ。俺の名前は―――ウェス・ブルーマリンだ」

「―――ッ!」

「俺を殺してみせろ。……空条徐倫」



風雲急は告げられた。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


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6 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/03(土) 01:44:06 MRtqhHpE0

「じゃあそのスタンド使いの男は徐倫に何か恨みやらがあって、アイツを殺しに来たってのか!?」

「でしょうね。でもこれって当人たちの問題。私たちが首を突っ込むべきではないのよ」

地面に押し倒されたまま、魔理沙は鈴仙から全てを聞かされた。
話を聞く限り、その男は鈴仙を正面から下した芸達者。あのワムウとの激闘の傷癒えぬままでは、徐倫といえど……

「は、放せよ! だったら尚更アイツがやばいだろ!」

「話を聞いてたの? あの人はもう諦めて。私だってこんなこと好きでやってるわけじゃない」

「私は自分の目の前で誰かが死ぬのは嫌なんだ! アリスも妖夢も死んだ! これ以上……!」

せめて、自分の掌に収まる者たちだけは救う。幼くも理想を追う魔理沙の、固く脆い決意。
彼女の与り知らぬ場所で死に逝った者については、ある程度は仕方ないと割り切れる部分もまだあったろう。
だが今回はすぐ近くで、手の届く範囲で仲間が死ぬかもしれないというのだ。
自分が動くことで徐倫を救える。逆にここで徐倫を失う羽目になれば、魔理沙の心に掛かる負担は尋常ではなくなる。

『自分のせいで仲間を死なせてしまった』……。否応に痛感するだろう。
未熟だったから、決断が遅れたからと、責め立てるのは自らのひ弱な心だ。
そんな最悪な状況を回避するためにも、魔理沙はここで奮起せねばならない。
ここで動かねば、それは霧雨魔理沙ではない。

「頼むから退けって鈴仙! お前、正気じゃないぞ!?」

「正気じゃないなら狂気かしら? ……私の気持ちにも、なってよ」

対して鈴仙を取り巻く心境は、魔理沙とは一線を画している。
彼女は既に“零してしまった”のだ。救えた命を、目の前で取り零した。
そんな悲劇を経験してなお、鈴仙は立ち止まらない。目的を見据えてひたすらに足を止めることはない。
これでも鈴仙は魔理沙を気に入っている。だからこそ、そんな彼女をのこのこと死地に向かわせるわけにはいかない。

『幻想郷の皆を守って欲しい』というアリスの遺した願いは、ある種鈴仙に呪いとして機能しているのかもしれない。
故人の望みを叶えることで、その無念を晴らしてあげたい。
言葉に出せば滑稽と捉えられかねない。けれども鈴仙には、アリスの想いを無視することなどとても出来なかった。

ほんの少し話しただけの人間。切って捨てるに、何の躊躇もありはしない。
魔理沙には気の毒と思わないでもないが、それで彼女が助かるならそれでいいではないか。
だから鈴仙の行動は間違っていない。苦渋と慈愛に満ちた、立派な判断であるはずだ。
そうやって鈴仙は、自らの行動を正当化して心に刷り込んだ。


「徐倫はな! アイツなりにアリスの死を弔ってくれた! 私を元気付けてくれたんだ!」

「……っ」


叫び、魔理沙は懐から綿人形を取り出して見せた。
それはアリスの家で徐倫が見繕ってくれた、誰かにソックリな人形。
これを受け取ることで魔理沙は、初めてアリスの死に向き合うことが出来た。


7 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/03(土) 01:44:41 MRtqhHpE0

「この人形はアリスの証そのものだ。そして同時に、徐倫の証そのものにもなる。お前、これを呪いの人形にでも進化させるつもりか?」

「……人形は所詮、人形よ。死んだ人を想起するのに、物は必要ない。大事なのは死んだ人が何を想い、それをどう受け継ぐか、よ」

「だから私を生かして徐倫を殺すのか!?」

「あなただけじゃない。こうしてる間にも霊夢だって危険な目に遭ってるのよ」

脳裏に蘇ったのは例の新聞記事。
鈴仙は暗に『徐倫はさっさと諦めて霊夢を助けに行ったらどうだ』と示唆している。
魔理沙とて時間が迫っているのは分かっている。だがこれはどちらを天秤に掛けるという話ではない。

魔理沙は既に宣誓したのだ。徐倫と共に、光り輝く流星の星々を見続けると。
流れ星を見続けるには、自らも星となって追うしかない。
勿論死ぬという意味ではない。自分を見失わない確固たる煌きを放ち続けることによって、この空を流れるように翔び抜くのだ。
いつだって輝きを失わない北極星こそが、魔法使い魔理沙が到達するべき最終地点なのだ。


その輝きを、自らの光条を、戦場に舞う血で覆い隠されることだけは絶対にイヤだ。


「霊夢も当然大切だが、私は徐倫の親父も必ず助けたいと思っている。
 お前、徐倫の目を見て綺麗だって言ってたろ。父親のことで必死になれるアイツを羨ましいって」

「……言った、わよ」

「私だって羨ましいぜ。アイツは私やお前には無いモノ持ってんだからな」

「私には無い、モノ……」

「お前が居るかも分からん親に対して何を求めているかは知らんが、徐倫を見ていたらその悩みも解決するんじゃないのか?」

「……それって『一緒に来い』って言ってるの? 私に……?」

「そう聞こえなかったのなら、その長い耳はハリボテだってことだな」

殺しの檻にてせっかく会えた最初の知己だ。わざわざ別れる理由もない。
今の鈴仙を見ていると、不安になるほどの危うさが見て取れる。誰かが彼女に付いていなければならない。
魔理沙にだって、件のディアボロには思うところはある。それはもう星のようにある。
だがまず救うべきは徐倫。それを終えたら霊夢だ。
ディアボロを追うのはその後からだって遅くはない。鈴仙はその優先順位をどうにも履き違えている。どこか正常ではないのだ。

「とにかく私は徐倫を助けるぜ! ようは私が死ななきゃいいんだろ! 簡単だ!」

魔理沙の懸命な問い掛けが功を奏したのか、覇気を失った鈴仙を体から退かすことに成功すると、一目に駆け出していく。
鈴仙の幻惑攻撃が未だ尾を引くのか、少しふらつきながらも魔理沙は里内の騒がしい地点……台風の目を目指す。



「―――待って! …………お願い待って、魔理沙」



焦燥に色塗られる背を、鈴仙の弱々しい声が射抜いた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


8 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/03(土) 01:45:37 MRtqhHpE0

そこは、荒れ狂った暴風雨のドームのようだった。
そよ風が呼んだ乱気流は女の心に風穴を開け。
今や彼女の拳に躊躇はない。


戦いは激烈を極め、韋駄天台風が如く加速を極めていく。


「ウェザーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!」

「『その男』は死んだと言った筈だ。『俺』が殺してやった」


かつて二人の心に繋がれていた『仲間』という絆の糸は、今日この時に千切れて落ちた。
今、男と女を繋ぐのは手錠のみ。運命に囚われてしまった心を解放させる為、糸は鎖となって二人を引き寄せる。


1の距離を0に縮めようと女が駆けた。
ウェスは肉弾戦の不利を殺ぐ為、『ウェザー・リポート』の起こす突風で女を吹き飛ばす。

不可。繋がれる手錠により、両者の間に距離は生まれない。
―――徐倫にウェスの突風は効かない。


バランスを崩しながらも、徐倫は男の眼前ゼロ距離まで近づけた。
完全密着状態。だがこの距離ではパンチに力は生まれない。
懐から取り出した小型拳銃『ダブルデリンジャー』の銃口を男の腹に突きつける。

不可。ウェザー・リポートの起こす雨水が、装填された弾丸を中からダメにした。
―――ウェスに徐倫の拳銃は効かない。


僅かな隙の生まれた女を突き飛ばし、再び距離を開ける。
多少距離が出来ればウェスの持つ『ワルサーP38』が威力を吹く。
三発の弾丸全てが女の胸に吸い込まれた。受け皿は心の臓、人体の急所だ。

不可。確かに入った筈の弾丸は、女が皮膚表面に編んだ糸の防弾チョッキにより防がれた。
―――徐倫にウェスの拳銃は効かない。


血を吐きながらも徐倫は、男を視線から外さない。
右の手錠を手前に引き寄せ、男の身体ごと拳の間合いに持ち込ませた。
グンと引っ張られた男の顔面へと『ストーン・フリー』のパンチが迫る。

不可。ウェザー・リポートの生み出した空気の層が、徐倫の打った一発を左へ逸らした。
―――ウェスに徐倫の拳は効かない。


攻撃の隙を突いたウェスはストーン・フリーの腕を掴み、逆の手で女の頭部を両端から掴んだ。
頭蓋をミシミシと圧迫された女の表情は苦痛に歪まるも、すぐに蹴りを入れようと軸足に重力を落とす。
その強靭なミドルキックが放たれる前にウェスは、女の肺も、頭部も、喉も、『雨浸し』にして溺死を狙う。

不可。突然女の喉や胸からスルスルと糸が解かれ、その皮膚に穴が出現して体内に生んでやった雨を逃がした。
―――徐倫にウェスの雨は効かない。


糸状にした身体を再び編み込み、徐倫は男に掴まれたままスタンドの拳を構える。
片腕でダメなら両腕で。それでもダメなら何度だって。
拳の糸を何重にも、幾重にも編みこんで『剛』を生成し、オラオラのラッシュを畳み掛ける。

不可。男の周囲を守るように纏われた高気圧雲が空気抵抗摩擦熱を生み出し、徐倫の両腕を燃え盛りながら登ってくる。
―――ウェスに徐倫のラッシュは効か


「――――――関係あるかァァアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!」


烈風とも紛う拳の風。轟々と突き抜ける風圧と炎が、ストーン・フリーの突きに乗算され。


「―――しまっ」


ウェスが悪手を打ったと後悔した時には、徐倫の拳は既に眼前。
燃え盛る炎のラッシュは、空気の防御層を物量によって悠々と突破した。


9 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/03(土) 01:47:40 MRtqhHpE0


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」


自身へのダメージも省みずに徐倫はひたすら叩き込む。
本来、ストーン・フリーは糸という構成上、『炎』に弱い。糸へのダメージはそのまま本体へとフィードバックされてしまう。
ウェスはそれを知っていた。その上で弱点を突いた。

突いた、つもりであった。


「ウェェーーーーーーーーース!!!!」


その瞳、まるで揺らがず。
逸れず、迷わず、これと決めた目的へと一直線。
肉体全身に炎が燃え移ってなお、徐倫は攻撃の意志を絶やさない。


(あぁ…………そうだ、忘れていた。これこそが君の……空条徐倫の、強さだった)


拳の乱撃を受けながらウェスは、彼女と触れ合った僅かな日々を思い出す。
今はもう捨て去った日々。ウェス・ブルーマリンには不必要な異物だ。

捨て去ったが故に、敗北する。
ウェスは徐倫という女性と決別したが故に、彼女の強さまで見誤ってしまったのだ。
思い出の無い人間は死人と同じだと、誰かが言った。

だが、まだまだ。
足りない。こんな執念(モノ)では、まだ―――!



(俺の心の中にはもう……そよ風が吹くことさえない。この命、果てるまで……絶対に)



二人を取り巻く風が、掻き消えた。


10 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/03(土) 01:48:06 MRtqhHpE0


ガクン―――!


「……!?」


ラッシュを続ける徐倫の右腕を襲った振動。
薄れゆく意識の最中、ウェスが反射的に手錠を思い切り手前へ引いたのだ。
必然、腕に繋がれた徐倫もバランスを崩し前方へ倒れる。
ウェスと徐倫。二人の身体が地面へと吸い込まれる。完全には体勢を崩すまいと、膝と手を地に突かせ転倒を防ぐが。

その瞬間であった。徐倫の鼓膜に届いた神の唸り声が、彼女を戦慄させる。


(徐倫は……捨て身の攻撃で俺を追い詰めた。俺が彼女に勝つには、同じく捨て身の特攻を仕掛けなければならない……!)


戦いの環境を取り巻く暴風雨の操作をウェスが解除したのは、意識の薄れによるものからではない。
ただ、雨に濡れたかった。
ハリケーン外部では自然の雨が降り続いている。ウェスはその『雨』に、塗れる必要があった。

だから、天候の操作を解除した。



バシャン!



ウェスと徐倫が体勢を崩して地面に手を突いたそこには、大きな水溜りが口を広げて待っていた。
次にこの場を襲ったのは、ゴロゴロと鳴り響く『雷雲』の音。
ウェスが“この方法”を行わなかった理由は、徐倫に距離を詰められていたからに他ない。
天候操作の弱点は、極端に距離を詰められると大規模な攻撃では自分が巻き込まれてしまうことにある。
徐倫に纏わせた炎が、牙を剥いて自分を襲ったように。
彼女はウェザー・リポートの弱点をよく理解していた。だからウェスもここまで追い詰められてしまった。


―――だがもう、臆病風に吹かれるのは終わりだ。


ラッシュを受けて息も絶え絶え。『撃てる』数はこの一発が限度だろう。
これはイチかバチかだ。この短いスパンでは、即死級の威力は出せない。



「――――――身も心も痺れようぜ、一緒に」

「ウェ――――――!」



徐倫は立ち上がろうと腕に力を込める、も。




ゴ ォ ン ッ ――――――!




直近で空爆を受けたかのような、破壊的な爆発音。
訪れる雷鎚の洗礼。神の怒り―――トールハンマー(Thor's Hammer)が地上を噛み潰した。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


11 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/03(土) 01:49:35 MRtqhHpE0



   ザァーーーーーーーー

      ザァーーーーーーーー



暴の吹き抜けた無法地帯。今や雨音の響きを残し、静寂が支配するのみとなっていた。

嵐は去った。

徐倫とウェス。二人の肉体が、水溜りの中に沈んでいた。
相打ち。ウェスが狙ったのは双方共に撃ち抜く相打ちだ。


バリ!


小さな火薬が炸裂したような音。
出所は沈み込むウェスの心臓からだ。


バリ!  バリ!  バリ!  バリ!


一定のリズムで小気味良く流れるその音は、先の雷鎚のそれと似ている。
だが遥か縮小されたその規模の電撃は、ウェスの息の根を完全に止める為に流れるという目的ではない。

心室細動。
心臓の心室が小刻みに震え、全身に血液を送ることが出来ない状態をいう。
ウェスの放った最後の雷は、通常よりも極端に威力の低いモノであり、ゆえに彼は死を逃れることが出来た。
とはいえ肉体に負った過大なショックは、ウェスの身体に心室細動を起こしてしまった。
彼が行っているのは、ポンプ機能を失った心臓に息を吹き返す為の救急行為。
所謂、スタンドを応用した電気ショック療法。無意識下の肉体で自身に電気を流し続けることで、心拍蘇生を図っている。


「――――――ガハッ……! ――ハァ! ――ハァ! ――ハァ……!」


痙攣と共に身体を起き上がらせたのはウェスだ。
彼は心臓に手を当て、自らの生存を認識して大きく息を吐いた。

完全に賭けであった。
あの時、周囲に広く水溜りを作っていたことが幸いしていた。
自らを避雷針とするには流石に危険度がケタを越える。だからウェスが雷で狙ったのは自分達の肉体そのものでなく、周囲の水溜りだ。
水の量と撒かれた範囲によって電流の強さは大きく変動する。最低限、生命を脅かさない程度に弱めた雷は、水溜りによって広く拡散されながら二人へと伝導した。

共倒れ覚悟の自爆策。徐倫より先に復活出来たのは運が良かっただけに過ぎない。


「……………………うっ」


フラフラと立ち上がったウェスの耳に、女の呻き声が届いた。

「……驚いた。まだ意識があったのか」

うつ伏せのまま水溜りに沈む徐倫が覚醒していたのだ。
見れば彼女の肉体からは、数多の糸が周囲の水溜りの外側、その地面部へと張られている。
アース(接地)だ。徐倫は雷が肉体を襲う直前、糸のアースで身体を流れる何割かの電流を地面へと逃がした。
心臓に電流が到達するのを防ぐ為、咄嗟の逃げ道を生成することで心停止を逃れたのだ。
しかし、とはいえダメージが大きいのは徐倫だ。ウェスと違って彼女には、自己再生の術など持ち合わせていなかったのだから。


「だが、しばらく起き上がれまい。この雨ですっかり消失したようだが、炎のダメージだって軽くはないだろう」

「ウェ…………ス…………っ!」


必死に大地へと腕を突き立てるも、力が入らない。立つことが出来ない。
それでも徐倫は未だ燻る瞳を、目の前に立つ男へと突き刺している。

勝敗は喫した。この優劣が覆ることは無いだろう。
その事実は勝者であるウェスにも、敗者である徐倫にもしかと刻まれた。


12 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/03(土) 01:50:27 MRtqhHpE0

「な、んで……ウェ、ス…………!」

徐倫の心を占めるものは『痛み』だ。
肉体的な痛みではない。一度電撃を喰らって大きく冷えた頭は、彼女から闘争心と引き換えに男への哀情を思い出させた。
名を捨てようとも、徐倫にとって目の前の男はウェザー・リポートその人である筈だった。


彼が何を思い、エルメェスを殺したのかは計れない。
彼が何を思い、このあたしと戦ったのかも計れない。
あたしは何故、彼と戦わなければならなかったのか。
あたしは何故、彼と共に歩む事が出来なかったのか。

あたしはウェス・ブルーマリンという男を知らない。
何も知らず、何も理解してあげようとせず、エルメェスを殺されたという怒りのままに拳を振るった。
彼は違うだろう。あたしは野蛮が為に感情の糸をブチ切れさせてしまったが、彼は違う。
彼が戦う理由はきっと、人の本来が持つ野蛮の中にはない。
彼とプッチ神父の間に何か計り知れない確執が存在するのは分かっていた。大切な者の為の復讐……それもあるだろう。
だが彼は――ウェスは、己の呪われた運命の清算の為に戦い続けている。
ウェスにとってあたしを殺すという行為は、きっと必要な儀式……なのだろう。
決定的な何かがあたし達の運命を断たせてしまった。
グチャグチャに絡み尽くしたコードの糸のように、醜く歪んで。
時間を掛けてゆっくり解いていけば元通りになったであろう糸を、彼は引き千切ることで前へ進もうとした。
それだけの、話。



―――ねえ、ウェザー。貴方の心は、本当に救われたの?



「―――あぁ。『ウェザー・リポート』の心は確かに、空条徐倫に救われたよ。……ありがとう」



ずっと訊きたかったその答え。
それは決して、徐倫が求めていた意味ではなかった。


―――そう…………『ウェザー』はやっぱり、この世には居ないのね……


分かってしまった。
エルメェスに続き、ウェザーの死も実感してしまった。
ストーンオーシャンを共に生きた仲間の、二人目の死を。
そして自らに迫る死を間際にして静まり返った心は、ここへ来てようやく『哀しみ』をもたらした。

徐倫の頬に雨とは違う雫が伝う。
石の如き硬い意志を持つ彼女も、普通の魔法使いを自称する魔理沙となんら変わらない少女である。
同じだ。一般の普通とは逸する魔理沙も徐倫も、その本質はどこにでも居るような少女と同じなのだ。


最後に掛けられたウェスの「ありがとう」という言葉に、徐倫の心はほんの少しばかり―――救われた。
それはウェスの心に残った一抹の、徐倫に対する情、なのかもしれない。

ウェスが徐倫に向けた拳銃は、エルメェスの生命を奪った物と同じ。
とてもスタンドで防御する力は残っていない。


(――――――そういえば、魔理沙のヤツはどこへ行ったのかしら)


死を覚悟した徐倫の脳裏に浮き上がるのは走馬灯などでなく、この地を共にした相方の姿。
魔理沙ではこの男にとても敵わない。危機を察して、いち早く逃げ出したのかもしれない――などどあられない想像すら浮かんだ。
そしてそんな下らぬ妄想はすぐに手で振り払う。
あの極めて普通なマジシャンが、我が身可愛さに戦場を真っ先に去るわけがない。



―――去るわけが、ないでしょう。……ねえ、魔理沙?




「たりまえだッ!! この霧雨魔理沙が、こんなド派手な嵐!雷! そして友のピンチをむざむざ見過ごすワケがないだろ!」




ヒーローは遅れてやって来るもんだぜ。そうキメながら、嵐の過ぎた戦場にて白と黒の魔法使いが颯爽と降り立つ。

いや、違う。
“降り立つ”ではない。その少女は遮ったのだ。
ウェスの射線上。徐倫の前方。
『ウェザー・リポート』の射程範囲内を。


13 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/03(土) 01:52:00 MRtqhHpE0


「……なんだ、お前は?」

「自己紹介ならたった今終えたところだぜ! 嵐吹き、雷轟く所に私の影在り……ってな!」

「そうじゃあない。……ひょっとしてだが、俺を倒しに来たとでも?」

「それもあるが、私は徐倫を逃がしに来た。『ハーヴェスト』!」


魔理沙と名乗った少女が声高に叫び上げると同時、どこからともなく現れた小型の黄色い群体スタンドが濁流を作り上げた。
数を数えることすら馬鹿らしくなるほどの大群。ウェスのスタンドはこの手の群体型に対して相性は悪くないが、これら全てに即対応するほどの体力があるかといえば厳しい。
だがこの女はどうやらオツムの方は残念らしい。本体が一緒に現れたとなると、その本体を潰せばイイだけの話なのだから。
何故かウェスの眼前、完全射程距離内に飛び出してきた魔理沙を逃すほど、ウェスの肉体は麻痺状態に陥っていたわけではない。

ガシリと、ウェザー・リポートの腕で魔理沙の首を容易く鷲掴みにする。

「雷轟く所に……とかなんとかぬかしていたな。何ならお前自身が雷電を轟かせるか?」

バチバチ鳴る積乱雲を纏う右腕が、魔理沙の喉元を狙う。
それを見据えてなお、この魔法使いが不敵に笑うのは蛮勇の類かそれとも。


「ぐ……っ! こ、このどこぞの竜宮の使いを思わせる紫電……天候が乱れる異変はもうコリゴリだ、が……っ
 知恵比べは……私の勝ちだぜ! 全ての風は私の方向に吹いている!ぜ!」


ハーヴェストと呼ばれた群体スタンドの攻撃が来る前に魔理沙を仕留めようとしたウェスだった、が。
当のハーヴェストらはウェスを無視し、傷付き倒れる徐倫の体を持ち上げ、そのまま猛スピードで里の外へ逃亡を開始した。
ウェスの元には一匹たりとも、攻撃は寄越さずに。

「…………?」

「言ったはず、だぜ……! 私は徐倫を、逃がしに来たって……な!」

「……つまりこういうことか? “お前は自分の命を犠牲にして徐倫を助けた”」

魔理沙は誇らしげに踏ん反り返ったままだ。無言の肯定、という奴なのか。
まさしく嵐が過ぎたような静寂が一瞬だけ、二人を包んだ。
呆気に取られた。ウェスがそんな表情を浮かべたのもほんの一瞬。


14 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/03(土) 01:52:52 MRtqhHpE0

「知恵比べのつもりだったか? ……徐倫はとんだノータリンをお供に選んだらしい」

「破天荒の魔法使い……と呼んで欲しい、ぜ……っ!」

「誤用だ。破天荒は『乱暴で型破り』という否定的な意味じゃあない。『前人未到の境地を切り開く』という、徐倫のような一本槍の女のことを言うんだ」

「そーなの、か……? じゃ、あ……ますます…私のこと、だぜ!」

「……時間を無駄にした。やっぱり『雷』はパワーを使う。お前は『何』にするべきか……そうだな―――」





「―――『焼死』だ。魔女の死にザマにはやはりコレが一番似合うだろう」





そして男は、摩擦熱を伴った風速の腕で魔理沙の胸を打った。
小さな体が吹き飛ぶと同時、瞬く間に燃え上がる少女の服飾。髪や帽子、皮膚から何まで。
少女は喉を焼かれ肺を焼かれ、何を断末魔とすることもなく、ただ苦しそうに天へと腕を伸ばす。



そして、終わった。
幕切れとは驚くほどに呆気ないものだった。
燃え盛る肉体は完全に運動を止め、かつては霧雨魔理沙だった『黒炭』が、人里の地に斃った。





「……徐倫のアザの反応は、ここから北に向かっているな。手引きはあの兎女ってとこか。アイツ、今度会ったらミンチにしてやる」


そもそも魔理沙を引き剥がせという取り決めを完璧に反故にされている。そうは見えなかったが、あの兎女も自分の命が惜しくない輩だったか。
気流で追いかけられる速度ではない。何か乗り物にでも乗っているのかもしれないとウェスは当たりを付ける。
徐倫に与えたダメージは決定的なモノではなかった。精々が火傷と、一時的な肉体麻痺が望めるところだろう。
彼女の性格。そして近場にあった『電子掲示板』の内容を顧みるに、徐倫の当座の目的は。


「―――『空条承太郎』、か」


徐倫がすぐさまリターンマッチを行うのでなければ、恐らく彼女は緊急である父親の救出にひとまず向かう筈だ。
そういえばあのはたてからも喧しくメールが何通も届いていた。内容は死にかけの空条承太郎およびその他の現在地だ。

最強のスタンド使い・空条承太郎。その抹殺のまたとないチャンス。
滞りなく行けば、親子揃って始末することも出来るかもしれない。


「…………追うか」


痺れの抜け切っていない身体を押し、ウェス・ブルーマリンは己を止まらせない。
黒炭と化した少女に見向きもせずに、ただただ目的に向かって足を進めるのみだ。


風が止み、天から滴る霧雨だけがそんな光景を眺めていた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


15 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/03(土) 01:53:46 MRtqhHpE0
【昼】E-4 人間の里

【ウェス・ブルーマリン@第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:体力消費(中)、精神疲労(中)、肋骨・内臓の損傷(中)、左肩にレーザー貫通痕、服に少し切れ込み(腹部)、麻痺(時間経過で回復)、濡れている
[装備]:妖器「お祓い棒」@東方輝針城、ワルサーP38(5/8)@現実
[道具]:タブレットPC@現実、手榴弾×2@現実、不明支給品(ジョジョor東方)、ワルサーP38の予備弾倉×1、
ワルサーP38の予備弾×7、救急箱、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:ペルラを取り戻す。
1:この戦いに勝ち残る。どんな手を使ってでも、どんな奴を利用してでも。
2:はたてを利用し、参加者を狩る。まずはメールの場所へ。
3:空条徐倫、エンリコ・プッチ、FFと決着を付け『ウェザー・リポート』という存在に終止符を打つ。
4:あのガキ(ジョルノ)、何者なんだ?
[備考]
※参戦時期はヴェルサスによって記憶DISCを挿入され、記憶を取り戻した直後です。
※肉親であるプッチ神父の影響で首筋に星型のアザがあります。
 星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※制限により「ヘビー・ウェザー」は使用不可です。
 「ウェザー・リポート」の天候操作の範囲はエリア1ブロック分ですが、距離が遠くなる程能力は大雑把になります。
※主催者のどちらかが『時間を超越するスタンド』を持っている可能性を推測しました。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。
※ディアボロの容姿・スタンド能力の情報を得ました。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


16 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/03(土) 01:55:25 MRtqhHpE0
『霧雨魔理沙』
【昼】E-4 人間の里 北



「―――なーんつったりしてな」



人里を脱出した少女三人、霧雨魔理沙、空条徐倫、鈴仙。
彼女らは現在北西を目指し、平地の上を空飛ぶ箒で滑空している。当然、霊夢と承太郎の救出のためである。

「私のカタチした人形が殺される光景なんて見たくなかったぜ。……鈴仙、あの男は追ってきてないか?」

「大丈夫。追ってきてはいるかもだけど、少なくとも今は撒いたわ」

「フー……、作戦は何とか成功したみたいだな」

「代わりに私の連れてた『木人形』は犠牲になっちゃったけどね」

箒の後列で周りを警戒する鈴仙の表情は暗い。
彼女の獲得したスタンド『サーフィス』、その依り代となっていた木人形を陽動として囮に使ったのだから当然だ。
魔理沙に化けたサーフィスはあのウェスを完璧に騙し通した。これで彼の中ではひとまず魔理沙は死亡扱いにされているだろう。

「なあ鈴仙。やっぱあのままハーヴェストでアイツを攻撃した方が良かったんじゃないか?」

「やめときなさいよ。中途半端に攻撃に転じて返り討ちに遭うのが関の山だわ。時間もないんでしょう?」

「……まあ、そうだな」

帽子の縁に溜まった雨水を全て流し捨てながら、魔理沙は背にもたれ掛かる徐倫を振り返る。
電撃を受けた麻痺は残っているものの、その肉体に大きな損傷は見られない。この雨により熱傷の拡大も防げたのも幸いだ。
それにしては彼女の顔色は優れなかった。その理由の一端を魔理沙はよくは知らないが、相手の男との関係にあるものだと何となく察しはつく。


「……知り合いだったのか?」

「…………」


無言。
その言葉なき感情が、魔理沙には背中越しで痛切に伝わる。
なればこれ以上何を言うこともすまいと、魔理沙は一旦頭を切り替えて目的を据える。それが彼女なりの優しさだった。


「―――で、鈴仙」

「……なに?」

「私達はこれから霊夢たちを助けに向かうが……」


―――お前、どうするんだ?


言外に滲ませるその意味を、鈴仙は未だ返答する術を持っていない。
霊夢が危機に陥っているというのなら、それは鈴仙からしても無関係ではない。

勿論、助けに向かいたい。
やっと出来た仲間と呼べる存在と共に、アリスの遺志は極力叶えてあげたい。
だが……


「……ごめん魔理沙。私やっぱり……」


彼女の決断はやはり固い。
同行の拒否を示すと共に、鈴仙は箒の上から一人、ピョンと飛び降りた。

「わたし、私は……っ」

「ああ。……お前の気持ち、分からんでもないからな。その代わり……」

「……ええ。絶対ディアボロを殺して―――」

「バーカ違うだろ。…………絶対、死なないでくれ。無茶だけはするな」


17 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/03(土) 01:57:29 MRtqhHpE0

独り孤高を選び、申し訳無さそうに顔を歪める鈴仙を魔理沙は激励し、懇願する。
彼女の意思はどうあっても曲げられそうにない。鈴仙は既に『兵士』の道を突き進んでいる。
あるいは強さ。またあるいは弱さとも見える彼女の生き様を、魔理沙はもうこれ以上否定しない。

鈴仙は戦ったのだ。
あの時、ウェス・ブルーマリンの元へ向かおうとする魔理沙を引き止め、徐倫を救う策を構築したのは鈴仙だ。
己の武器ともなるサーフィスの媒体を捨て石にしてまで、鈴仙はウェスに歯向かった。
それは彼女にとって魔理沙が大切であると同時に、肉親を救う為に迷いなく前進する徐倫にどこか心打たれていたからかもしれない。
自分には無いモノ。それを徐倫は持っていた。
それを失ってしまうのが何故かたまらなく悲しいことだと、あの時の鈴仙は感じたのだ。


「魔理沙も。……その人間、死なさないでね」

「分かってるってばよ。それと、これあげるぜ。釣りは要らん」


そう言って魔理沙が投げ渡してきたのは小さな人形。先程、魔理沙が徐倫から受け取った、どこかの誰かに似た綿人形だ。

「これって……」

「お前の……何だっけ? サーフィン?とかいう能力に必要だろ」

「いや、でも……」

「いいんだ。私にはもう……必要のないモンさ」

そう言う魔理沙の顔はやっぱりどこか悲しげで。
これが彼女にとって、意味のある品だということが鈴仙にもよくわかる。
それを手放すということは、彼女は成長したということなのだろう。
未熟な少女だった心が、また一段階。

徐倫から魔理沙へ。
魔理沙から鈴仙へ。
受け継がれゆく『証』は、解れた心を縫う『糸』となって、『人形』のカタチを手に入れた。
ならばこれはきっと、鈴仙にとっても大事な大事な証にもなる。


「それじゃあ、魔理沙。霊夢や……その子のお父さん、絶対助けてあげなさいよ」

「お前もあんま一人で抱えんなよ。―――じゃ、私たちは行くぜ」


しんみりする空気は嫌いだぜ、とでも言うかのように。
スピードスターを自称する魔法使いは、その二つ名を体現するかのようにあっという間に遠くへ消えた。


(行っちゃったな……)


残された鈴仙の兎耳に、冷たい雨がシトシトと落ち続ける。
しばらくの間、二人が去った方向を眺めていたが、すぐにその目つきを鋭く変貌させる。

ディアボロ。
鈴仙の追跡を完全に煙に巻き、今もどこかでのうのうと息吐く悪魔。
普通に探したのでは日が暮れかねない。鈴仙はここで、兼ねてより考えていた伝を当たることにした。


「姫海棠はたて……確か彼女の能力は『念写』、だったわね」


聞けば徐倫とも既に接触していたという。
阿呆らしいことに、彼女の現在地はあの掲示板に堂々と飾ってあった。
霊夢・承太郎の追跡取材。二人の居場所の近くにあの鴉天狗は潜んでいるという。
この殺し合いにて自らの居場所を名指しで第三者に示すというのは、余程の馬鹿か大物かのどちらかだ。
恐らく前者だろうと予測をつけ、それでも油断は出来ない。
空飛ぶ鴉天狗を地上から撃ち落すなど、流鏑馬の達人であろうと簡単ではないからだ。
それでも何とか彼女と接触できれば、噂に聞く『念写』によりディアボロの現在地を捕捉できる可能性はある。

はたての潜んでいるであろう場所と、霊夢たちの逃走先――すなわち魔理沙らの目的地は合致する。
だが鈴仙はあえて魔理沙らと共に行動することを拒否した。
やはりまだ、踏ん切りは付かなかったのかもしれない。独りで居たい心境だったのだ。
下手をすればあのウェスと再び鉢合わせする可能性だってある。
そうなったらそうなったで戦うつもりだが、今度こそは殺されるかもしれない。


「いや、とにかく今は進もう。……考えてる暇なんて、私には」


無いのだ。
迷える仔兎に、手に取る選択肢など、元々。

手に持つ綿人形をグッと握り締める。
今これに能力を行使すれば、ミニ魔理沙が出来上がるのかな。
そんな可愛げな想像を浮かべ、ふと頬が緩む。
自分にはまだ、残されているモノがある。
友は死に、名は捨て去り、居場所も失い、それでもまだ。

自分は一体何の為に歩くのか。
何を目指すのか。
心の底に浮き現れたそんな疑問を強引に押し込み、孤高のハンターは再び走り出した。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


18 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/03(土) 02:01:14 MRtqhHpE0
【昼】E-4 人間の里 北

【鈴仙・優曇華院・イナバ@東方永夜抄】
[状態]:疲労(中)、妖力消費(小)、濡れている、渇望、強い覚悟
[装備]:スタンドDISC「サーフィス」
[道具]:基本支給品(食料、水を少量消費)、ゾンビ馬(残り40%)、綿人形@現地調達、不明支給品0〜1(現実出典)、鉄筋(数本)、その他永遠亭で回収した医療器具や物品
[思考・状況]
基本行動方針:アリスの仇を討ち、自分の心に欠けた『何か』を追い求めるため、ディアボロを殺す。
1:未来に何が待ち構えていようとも、必ずディアボロを追って殺す。確か今は『若い方』の姿だったはず。
2:姫海棠はたてに接触。その能力でディアボロを発見する。
3:『第二回放送前後にレストラン・トラサルディーで待つ』という伝言を輝夜とてゐに伝える。ただし、彼女らと同行はしない。
4:ディアボロに狙われているであろう古明地さとりを保護する。
5:危険人物は無視。特に柱の男、姫海棠はたては警戒。危険でない人物には、ディアボロ捜索の協力を依頼する。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※波長を操る能力の応用で、『スタンド』に生身で触ることができるようになりました。
※能力制限:波長を操る能力の持続力が低下しており、長時間の使用は多大な疲労を生みます。
 波長を操る能力による精神操作の有効射程が低下しています。燃費も悪化しています。
 波長を読み取る能力の射程距離が低下しています。また、人の存在を物陰越しに感知したりはできません。
※『八意永琳の携帯電話』、『広瀬康一の家』の電話番号を手に入れました。
※入手した綿人形にもサーフィスの能力は使えます。ただしサイズはミニで耐久能力も低いものです。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。


19 : 愛する貴方/貴女と、そよ風の中で  ◆qSXL3X4ics :2016/09/03(土) 02:01:34 MRtqhHpE0

【空条徐倫@ジョジョ第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:体力消耗(中)、全身火傷(軽量)、麻痺(時間経過で回復)、全身に裂傷(縫合済み)、脇腹を少し欠損(縫合済み)、濡れている、竹ボウキ騎乗中
[装備]:ダブルデリンジャー(0/2)@現実
[道具]:基本支給品(水を少量消費)
[思考・状況]
基本行動方針:プッチ神父とDIOを倒し、主催者も打倒する。
1:魔理沙と同行、信頼が生まれた。彼女を放っておけない。
2:空条承太郎・博麗霊夢の救出。
3:襲ってくる相手は迎え討つ。それ以外の相手への対応はその時次第。
4:FFと会いたい。だが、敵であった時や記憶を取り戻した後だったら……。
5:姫海棠はたて、ワムウを警戒。
6:しかし、どうしてスタンドDISCが支給品になっているんだ…?
7:もし次にウェスと出会ったならば……
[備考]
※参戦時期はプッチ神父を追ってケープ・カナベラルに向かう車中で居眠りしている時です。
※霧雨魔理沙と情報を交換し、彼女の知り合いや幻想郷について知りました。どこまで情報を得たかは後の書き手さんにお任せします。
※ウェス・ブルーマリンを完全に敵と認識しましたが、生命を奪おうとまでは思ってません。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。


【霧雨魔理沙@東方 その他】
[状態]:体力消耗(小)、精神消耗(小)、全身に裂傷と軽度の火傷 、濡れている、竹ボウキ騎乗中
[装備]:スタンドDISC「ハーヴェスト」、ダイナマイト(6/12)@現実、一夜のクシナダ(120cc/180cc)、竹ボウキ@現実
[道具]:基本支給品×2(水を少量消費、一つはワムウのもの)
[思考・状況]
基本行動方針:異変解決。会場から脱出し主催者をぶっ倒す。
1:徐倫と同行。信頼が生まれた。『ホウキ』のことは許しているわけではないが、それ以上に思い詰めている。
2:博麗霊夢・空条承太郎の救出。
3:出会った参加者には臨機応変に対処する。
4:出来ればミニ八卦炉が欲しい。
5:何故か解らないけど、太田順也に奇妙な懐かしさを感じる。
6:姫海棠はたて、エンリコ・プッチ、DIO、ワムウ、ウェスを警戒。
7:咲夜……生きているのか?
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※徐倫と情報交換をし、彼女の知り合いやスタンドの概念について知りました。どこまで情報を得たかは後の書き手さんにお任せします。
※C-4 アリスの家の「竹ボウキ@現実」を回収しました。愛用の箒ほどではありませんがタンデム程度なら可能。やっぱり魔理沙の箒ではないことに気付いていません。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。
※二人は参加者と主催者の能力に関して、仮説を立てました。
内容は
•荒木と太田は世界を自在に行き来し、時間を自由に操作できる何らかの力を持っているのではないか
•参加者たちは全く別の世界、時間軸から拉致されているのではないか
•自分の知っている人物が自分の知る人物ではないかもしれない
•自分を知っているはずの人物が自分を知らないかもしれない
•過去に敵対していて後に和解した人物が居たとして、その人物が和解した後じゃないかもしれない
です。

※E-4人間の里内に『電子掲示板』が立てられてあります。参加者および主催者の持つ電子媒体から、最新の新聞やマンガなどがリアルタイムで更新されます。
※E-4人間の里内に『木人形』の燃えカスがあります。


20 : ◆qSXL3X4ics :2016/09/03(土) 02:06:53 MRtqhHpE0
これで「愛する貴方/貴女と、そよ風の中で」の投下を終わります。
予約破棄から更に長期間、投下出来なかった失態を改めて謝罪します。申し訳ありませんでした。

続いてになりますが
射命丸文、火焔猫燐、ホル・ホース、パチュリー・ノーレッジ、封獣ぬえ、吉良吉影、
ファニー・ヴァレンタイン、カーズ、エシディシ、ワムウ、サンタナ
以上11名を予約します


21 : 名無しさん :2016/09/03(土) 02:53:56 gDn/pdD20



22 : 名無しさん :2016/09/03(土) 10:02:48 ld4UHSvM0
投下乙
鈴仙の裏切りとウェザーの揺るがぬ意志
読んでいて絶望感がすごかった
と思いきや魔理沙の想いが届いて鈴仙の狂気を留めるに至ったわけで
最後の「人形」のくだりは心にグッと来るものがあった
徐倫にはこれからも人を繋ぐ糸として頑張ってほしい
そしてやっぱり氏はジョジョと東方の絡ませ方が上手いなあ
まるで糸みたいだあ…(比喩)


23 : 名無しさん :2016/09/03(土) 13:15:03 E47.6Mr20
投下乙です!
いやはや…二転三転もするストーリーは良いですね…
地の文も魅せ方が半端無いしキャラを活かし生かしで絶句物です


24 : 名無しさん :2016/09/03(土) 13:42:04 pyEaNK8s0
柱の男全員か……


25 : 名無しさん :2016/09/03(土) 23:05:12 bjgGs7EQ0
これはまた不穏な


26 : ◆BYQTTBZ5rg :2016/09/09(金) 21:24:56 24UjFgLw0
八意永琳、西行寺幽々子、稗田阿求
ジャイロ・ツェペリ、ジャン・ピエール・ポルナレフ
予約します


27 : ◆qSXL3X4ics :2016/09/10(土) 01:14:18 wro9BrIE0
予約を延長します


28 : 名無しさん :2016/09/11(日) 00:02:19 mmlCmB160
やはり早苗さん達は迷子になったのか・・・


29 : 名無しさん :2016/09/11(日) 00:16:50 rdD7VJmk0
緑髪の子かわいそう


30 : ◆BYQTTBZ5rg :2016/09/16(金) 01:02:13 v9FUfG560
予約延長します


31 : ◆qSXL3X4ics :2016/09/17(土) 18:10:34 i89bgrYM0
お待たせしました。投下します


32 : MONSTER HOUSE DA! ◆qSXL3X4ics :2016/09/17(土) 18:13:04 i89bgrYM0
『サンタナ』
【昼】D-3 廃洋館 エントランスホール


「カーズ様。……折り入ってお話が」


サンタナの発したその言葉に、この場に立つ三人――カーズ、エシディシ、ワムウが世にも珍しい物でも見たかのように、意外そうな表情で声の主を見やった。
館の探索も終え、柱の男四人ともがここエントランスホールに会した時、ワムウの後方にて鎮座していたサンタナが突如口を開いたのだ。

サンタナといえば、無口を通り越して個の意思すら持ち得ているのかも怪しい男。
同胞とはいえ、他の三人もこの男を歯牙にも掛けていない。それほどまでにサンタナは三人の輪から極端に離れていたはぐれ者。
そんな彼が、見計らったかのように口を挟んできたというのだ。
今後の動向を決める重要な談合の最中、頭領であるカーズの話を遮ってまで。


「……サンタナ? どういうつもりだ?」

「先の話にあった、DIO……という吸血鬼について、このサンタナが意見を申し上げる無礼をお許しください」


カーズは思わず横のエシディシと顔を見合わせた。
エシディシの方も内心驚いているようで「ほお……」と声を漏らしている。
ワムウも同じだ。目を傷付けているので詳細な表情は読み取れないが、柱の末端が放つ思わぬ提案を興味深そうに聞き入れようとしている。
何せ彼――サンタナが自ら意見を申し出そうなど、彼らの歴史においてはとんと記憶がない。

サンタナの静かなる瞳は、それを掲げた頭ごと垂らされ、ゆっくりと床に跪いて。
そして言い放たれる。



「紅魔館に居付くというDIO……その者の打倒を、このサンタナに任されてくれませんか」



視線を下に向けたままのサンタナの表情、その真意は掴めない。
もとより彼ら三人が半ば見捨ててきた男の言葉だ。それが如何なる経緯を以て導いた考えなのか……見当など付きようもなかった。


「サンタナ」


だが、この男――カーズにとってそんな事はどうでもよい些末に過ぎない。


「今の発言、あの吸血鬼の若造はお前が始末しに向かう……その是非を問うているのか?」

「…………はっ」


肯定の意思。
サンタナはおよそ生まれて初めて、主たちに意見した。
その魂胆に根付く決意は固い。彼はDIOが穿つ死線を潜り抜けたかった。
あのカーズをして脅威と知らしめた吸血鬼……その男を討てばサンタナが目指すステージに数段階近づける。
空っぽの心を携えたサンタナが充足できる人生を生きるには、闘争が不可欠なのだ。

ワムウの生き方に近いかもしれない。
しかし彼は武人。日々、己の闘技を極め尽くし、見据える明日に限界を求めない。
対してサンタナが血を求める理由は曖昧だ。虚ろなる心が故、当然といえばそうなのかもしれない。
だがその虚ろこそが一番の理由であり、サンタナは自らの虚ろなる存在意義から脱する為にも、闘うことで『証』を手に入れようとしている。

ワムウのように遠くは見ない。
腕を伸ばせばきっと『失ってしまった何か』に触れる。もう一度手にすることが出来る。
だからまず、彼は一つ一つを手繰り寄せるように大切な手段を掴もうとしている。
確固たる『己』を確立させる為に、脆き崖を這い上がるつもりでいる。
気の遠くなるほど永い年月を閉じ篭っていた殻から、抜け出したかった。

その為にも、主の『許可』は絶対不可欠であった。



「いい気になって酔うんじゃあないぞ、番犬の存在が」



しかし、彼に立ち塞がる崖は果てなく遠大。


33 : MONSTER HOUSE DA! ◆qSXL3X4ics :2016/09/17(土) 18:14:31 i89bgrYM0

「たかだか数度の戦いで成長したつもりにでもなったか? だからお前は番犬だと言うのだ」

「……」

「聞けば吸血鬼のメス餓鬼如きにすら三度もの苦渋を舐めさせられたらしいではないか」

「……」

「ならばせめて別種の吸血鬼を殺すことで、この煮え立った溜飲を下げることにしよう……よもやそんな下らぬ感情で動こうというのではあるまいな」

「……」

「確かに……DIOには適当な当て馬をぶつけでもしてそのスタンド能力を解明しようとも考えた」

「……」

「だがキサマが赴くのでは話が変わってくる! 曲がりなりにもお前は我々と同じ能力を有しているのだ」

「……」

「もしもキサマが敗北することがあれば、それは我らの能力が敵に知れることも同義!」

「……」

「ならぬ! そんな負け犬が抱くような情けない感情はとっとと捨てろ」

「……」

「それとも魔が差したのか? たかだか一人や二人の参加者を始末しただけで調子にでも乗っているのか?」

「……」

「このカーズの言葉を遮り、不明瞭にしてリスクの高い進言をさも妙案の如く……呆れ果てたぞ」

「……」

「酔うなよ。キサマはただ我らの命に首を下げていればよい」

「……」


そう言ってカーズはサンタナから視線を外して翻る。


終始、黙考。
サンタナはただ、主の指摘を黙って聞き入れるのみに徹していた。
尤もであるのだ。カーズの反論は、慎重を期した紛うことなき正論である。
此度のゲームはもはや彼らがこれまで体験してきたような波紋戦士との戦いとは、種から異なっている。
集団戦。戦争のそれと近い要素が徐々に現れてきているのだ。
事実、あの恐竜男が従える翼竜は斥候として、既に会場各地にバラ撒かれていた。
情報戦という分野において、この柱の集団が後れを取っているのは瞭然であった。
ただでさえ自陣の情報が敵に漏れているかも分からぬ状況。迂闊な行動は首を絞めることにしかならない。



「―――上等、ではないでしょうか」



ピタリ、とカーズの足が止まる。
離れてゆくその背に向けて、サンタナの反論が射抜かれた。


「敵に我らの情報が伝わってしまう……それの何が、問題であらせられますか」


サンタナの瞳は――じっと主の背を見つめている。
自らの欲が生んだ言の葉をどうしても聞き入れて欲しい。そんな必死さが、どことなく浮かんでいるようであった。
ワムウもエシディシも、放ったサンタナ自身でさえその言葉に驚く。
誰に向かって意見を垂れているのか。それが自覚できぬほど彼は愚かではない。
だが口から溢れる言葉は止まってくれない。


「お言葉ですが……わたしは下らぬ感情の為なぞに動こうとは考えておりませぬ。
 敵に――全ての生物に我らが恐怖を知らしめる為、初陣を切りたい……そう、思った末に偉そうなことを述べました」

知らしめる為。
自らの存在を、恐怖を、世に知らしめる為に。

「我々は闇より生まれし生物……それゆえに現状、この社会にも我らの存在を知る者は少ない。
 いずれは主たちが赤石により究極生物となり、この地上を支配する。所詮それまでの間に過ぎませぬが」

かつてはその戦いに置いていかれた自分だ。
歴史の闇に身が埋もれていく。今更になってそんな未来を想像し、たまらなく嫌悪を示す。

「たかが能力の片鱗です。いっそ知らしめてみるのも我らが存在意義かと。
 『奴らは本物の超生物だ』『とても敵わない』……と言わしめたい。そうは……思いませんか」

少し以前までの自分なら想像することすらなかったであろう意見。
欲とも言い換えられるその言葉は、サンタナの口から止め処ない飛沫のように溢れ続ける。
酔っている―――そうなのかもしれない。主から突きつけられた言葉は、胸の奥に違和感なくスゥッと入り込んできた。


34 : MONSTER HOUSE DA! ◆qSXL3X4ics :2016/09/17(土) 18:15:21 i89bgrYM0


「わたしはDIOの一味に……我らが恐怖を知らしめてやりたい。カーズ様……どうか、奴を討つ許可を」


二度目の申し入れ。
身分を省みない、身の程知らずな進言。
次の瞬間に首を刎ねられてもおかしくない、傲慢な態度とも言えた。

それでも、今日この日生まれた『サンタナ』は確かに己を突き通した。
ハッキリした目的を抱えて、初めて主に意見した。
これでダメなら、道は絶たれるだろう。
その時は……殉じるしかない。この身に燻る、最後の忠義心に。


「“サンタァナ”……『メキシコに吹く熱風』、という意味だったか」


僕の物珍しい口上に、カーズは背を向けたまま言葉を傾ける。
その口ぶりから感情を読み取ることは、サンタナには出来ない。
立腹か、驚嘆か、奇異か。もし最前者であるならサンタナの命はここで摘まれるだろう。
野に咲いた苺の花のように、いとも簡単に命を散らされる。


感情の希薄なサンタナの額から、一粒の汗がタラリと伝った。


「名の通り、随分と……熱くなっているみたいじゃあないか、外面とは裏腹に。
 それに言葉も流暢だ。このゲームでどれだけ学べたかは知らんが……別人のようだぞ」

振り向かれたカーズの長髪が、蝋燭の光を反射して輝いたように見えた。
その面に張り付いた表情は如何なる種であるか。サンタナには、やはり掴み取れない。

「キサマの言うことにも一理、ある。我々闇の一族の本質は、地上の人間共を恐怖させ、蹂躙することにあるのだからな。
 だがキサマの吐くそれは、やはり感情論でしかない。結局の所キサマは、己が欲の為に暴れたいという我侭を根源にしているに過ぎん」

我侭。それは……その通りでしかない。
極少であるとはいえ、闇の一族は同胞四人からなる歴とした組織だ。
組織の中で我を通すには、それなりの力を誇示しなければならない。
例えばワムウのように、僕であるにもかかわらずある程度の発言力があるのは、彼が圧倒的な武力を有しているからだ。
主からも一目置かれた彼と違い、サンタナには実績がほとんど無い。そんな男が、どうして組織内で融通を利かせられるだろうか。

「その提案、ワムウからの発言ならば一考に価していた。だがサンタナ……自分でも痛感しているだろう。
 お前では“力不足”。一体どんな根拠でお前はあの吸血鬼に恐怖を叩きつけられるつもりでいるのだ?」

反論が出来ない。DIOなる男のスタンド能力に、実際全く対処のイメージが湧かないのだ。
無論、相手はあくまで格下の吸血鬼。本来はハエでも叩き落すように軽く一蹴すべき雑魚。
だが悲しきかな。此度の殺し合いでサンタナの持つプライドや自信のような物は、既に塵となって崩れ落ちている。
この申し出は、全く新しい自信を手にする為の巨大な儀式の門出でもあるのだ。
例え相手が不明確なまやかしの使い手であろうとも、今のサンタナなら退かずに立ち向かおうとするだろう。
それが主から見てどんなに愚かで、滑稽であろうとも。

「カーズ。何なら俺が行ってこようか? その舐め腐った吸血鬼の若造を潰しに」

「ふむ……確かにエシディシ、お前なら場を冷静に見極めることも可能か。どちらにせよ負傷を完全に癒してからになるだろうが」

横から入ってきたエシディシが口を挟んできた。
彼ら二人は最も長い付き合い。カーズはエシディシを情や贔屓でなく、客観的な目で分析に掛けた。
もし自分ら四人の中でDIOの能力を探り当てる可能性が一番高いのは、エシディシであるだろうと。
彼ならきっと、どんなに予測不能な事態が訪れようと、最適策を構築して敵を手玉に取れる。


「……よし、ならばエシディシよ。正午の放送後、傷が癒えたならば紅魔館に向かい―――」

「――――――お待ちくださいカーズ様。……どうか、」


三度目の要求。
サンタナにとって、ここは退くか退かぬか最後の一線。
そして同時に、彼の処遇を決定付ける最後の一線(デッドライン)。
意地とも言える気持ちが、サンタナにその線を割らせてしまった。

カーズの機嫌を損なうのであれば、ここで南無三か――――――



「サンタナ……キサマ―――」


「――――――カーズ様」



冷やりとした風がサンタナを撫でた、その瞬間。
またも割って入った声の主は――ワムウ。



「侵入者の気配です。それも、少し多いようです」



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


35 : MONSTER HOUSE DA! ◆qSXL3X4ics :2016/09/17(土) 18:16:26 i89bgrYM0
『ホル・ホース』
【昼】D-3 廃洋館 リビングルーム


かの空条承太郎に会うため、ジョースター邸に足を進めていた射命丸文、火焔猫燐、ホル・ホース一行。
互いに腹に一物抱えた不安定なチームであったが、此処に至るまでは特に危なげもなく進むことが出来た。
途中、雨が降ってきたというので雨宿りも兼ねてこの廃れた洋風の館に侵入したはいい。
用心深いホル・ホースの一案で裏手に回り、勝手口からこのリビングルームに入った一行が目撃した“モノ”は……



「こい、し……さま…………?」



壁際に寝かされるように置かれた、変わり果てた“主”の姿だった。


「い、いやァァアうぷっ―――!?」

「シッ! ……気持ちは分かるが、騒ぎ立てるな」


古明地こいしの痛ましい亡骸を目撃し、悲鳴を上げかけたお燐の口元をホル・ホースが咄嗟に塞いだ。
目尻に涙を浮かせ、動揺と悲壮を一気に吐き出し喚くお燐を手元で押さえながら、彼は冷静に物事の判断を行う。
この部屋に侵入する前、窓外からの屋内確認・警戒は当然終えていたが、死体が窓際の死角に隠れていたのに気付けなかったのは迂闊だった。

だが、現時点でこいしの遺体を発見できたのは、ある意味では幸運だったのかもしれない。
一行の目的、その一つが『古明地こいしの救出』であるからだ。
ここで彼女の遺体をスルーしたままジョースター邸まで赴いていれば、冷たい言い方ではあるが多大なる時間のムダになっていただろう。

「大きな声は出すんじゃねえぞ。……この娘が『古明地こいし』かい?」

「こいし様……! こいし、さまぁ……っ! 何で……一体誰が……っ!」

お燐の狼狽を横目で見ながらホル・ホースは半ば確信する。
ここで倒れているこいしは、魔法の森で文を襲った後、この館まで辿り着いた。
その後、館に潜む何者か、または後からここを訪れた何者かに彼女は無残にも命を奪われた。
こいしの辿った筋書きとしては、このような悲劇の末路であるだろう。

(ひでえ様相だ……身体中を殴られたように、いや靴跡からして蹴られたのか。尚更だぜ……)

おまけに右目に深々と突き刺さったナイフ。下手人は容赦もなく、この娘に過度な暴行を繰り返したようである。
見ればこいしは、ホル・ホースが思っていた以上に幼い容姿であった。

(可哀想に……年齢からしてまだ『アイツ』と同じぐれーのガキじゃねえか)

脳裏に浮かぶは、己を逃がした犬耳娘の背中と叫び。
今はもう居ない彼女の幻影をブンブンと振り払い、男は合理的に現状を見据えた。

「お燐。泣くなとは言わねえ……が、ここじゃちとマズイ。この娘の遺体持って、すぐにここから出よう。……少し、ヤベェ空気がするぜ」

「……ひっく……こいし、さまぁ……」

鼻をすすりながらお燐は、床にへたり込んだまま動こうとしない。
気持ちは分かるのだ。ホル・ホースは悪党ではあるが、女性の、ましてや子供に手を上げたりは決してしない。ボロボロに痛めつけるなど論外だ。
心の内側が針に突かれたような痛みに襲われた。ドス黒い気分にもなる。

しかし、このこいしの死に顔はどうだろうか。
どこか穏やかで、まるで心地良い夢の中をフワフワ漂っているようでもある。
これが無残にも全身を痛めつけられた少女の、最期の死に顔なのか? それにしては笑っているようにも見える。

(……もしかしたらコイツを看取った奴がいるかもしんねえな。……誰だかはさっぱりわかんねーが)

使い古したカウボーイハットを深く被り直し、ホル・ホースはせめて心の中だけでも少女の死を弔った。
幻想に想いを馳せるように……彼女の末路に、せめて少しの幸せが訪れたことを願って。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


36 : MONSTER HOUSE DA! ◆qSXL3X4ics :2016/09/17(土) 18:17:21 i89bgrYM0

(始末する手間が省けたわね。丁度良かった)

その光景を後ろから見下ろす鴉天狗、ひとり。
射命丸文は、二人のやり取り――正確には古明地こいしの成れの果てを眺めながら、思う。

(残念……残念だったわね、お燐さん。でもこれが現実なのよ)

こいしの死に、心など全く動かされないのが現実だった。どころか、喜んでさえいる。
頬の緩みを決して悟られないよう、誤魔化すように前髪を整えて気持ちを落ち着かせる。

さて、偶然立ち寄った館でこいしが骸を晒していたのは、紛うことなき幸運だ。
死んで当たり前だとすら思う。この娘が我々――文とジョニィに仕出かしたことは忘れるわけもない。
DIOの肉の芽の洗脳を受けていたかもしれない? 関係あるものか。
殺した。直接的ではないにしろ、この少女はジョニィの命を奪いに来たのだ。その罪が、巡り廻って己に跳ね返ってきただけだ。

少女だとか洗脳だとか、そもそもこのゲームにおいては何の意味も持たないひ弱な立場でしかない。
いつ、何処で、誰に死の弾丸が放たれるのか。それは知りようもない。
ゲームに臨む意志・立ち回り・運のみが、参加者全員の命運を握っているのだ。
今日この時、古明地こいしに弾丸が貫通した。事実はただのそれだけであり、そして次に撃たれるのは文自身かもしれない。
だから自分はあの時、ゲームに乗ってやろうと決意したのだ。他の誰よりも死を恐れ、その結末を回避する為に。


これにて文の懸念のひとつは去った。こいしが死んだ以上、承太郎に会う必要も無くなった。
予定は大幅に狂ってしまった。……彼女にとっては多少、良い方向にであるが。

「お燐さん。ホル・ホースさんの仰る通りです。お気持ちは察しますが、早くここから出た方がいいですよ。
 この廃洋館に入ってから、鳥肌が立つほどの妖気を感じます……鴉天狗だけに」

「妖気ィ!? おい射命丸! そんな物騒な気配がこの場所に漂ってるっていうのか!? まさかDIOじゃあねーだろうな!」

「いえ気のせいかもしれませんが。でも、こいしさんを殺した犯人がその辺にまだいる可能性は高いでしょう」

彼女らがこの地に立ち寄ったのはあくまで雨宿り。危険人物が潜んでいるというのならこれ以上この場に留まる必要もない。
古明地こいしの死亡。この情報という一点のみで収穫ものだ。
後は彼女のペットであるお燐がどう行動するか。暴走してこちらに襲い掛かってくれれば後腐れもなく事態は収まる。
正当防衛という免罪符を振りかざし、彼女の持つ遺体を奪って殺せるのだから。


「おい、聞いたかい嬢ちゃん。弔うのは後にしようぜ。今はとにかく……」

「―――き、なぃ……」


ホル・ホースの急かしに一切動こうとしないお燐の口から虚ろげな、言葉とも取れないような何かが漏れる。
こいしに寄り添って項垂れる彼女の様子は、傍から窺えば茫然自失となった者のそれ。
文はそんなお燐を見下ろしながら戦闘態勢を構え、ホル・ホースは状況の悪化を予知し、強引にお燐の首根っこを掴もうとする。


「……出来、ない。こいし様と……会話できないよ……どう、して? こいし様……何処に居るんですか?」


茫然自失を越えて、もはや気狂いだ。
ホル・ホースは何処をも映せないお燐の灰黒い瞳を眺め、彼女にそんな評価を下した。
気の毒にも思うが、彼女に必要なのは時間だ。時間がお燐の容態を解決してくれると信じ、ホル・ホースはひとまずお燐を気絶させ、どこかに運び込もうと拳を握り締めた。


37 : MONSTER HOUSE DA! ◆qSXL3X4ics :2016/09/17(土) 18:18:14 i89bgrYM0


「おかしいよ……“いつも”なら出来るのに……死体なら、あたいの能力で会話できる筈なんだ……」


成り行きを見守っていた文は「おや?」と思う。
お燐の様子は至極普通とは違っていたが、心が壊れたというほど正気を失っているわけでもなさそうだ。
ピンと来た。情報通である文は地獄の火車・火焔猫燐の能力も聞きに及んでいる。

「待ってくださいホル・ホースさん。お燐さん、会話が出来ないというのは?」

不幸な勘違いが起こってしまうより先に、文はすぐさま口を挟んでホル・ホースの行動を制御した。

「…………あたいの能力は『死体を持ち去る程度の能力』だけど、それとは別に霊や死体と会話も出来るんだ。
 今、こいし様の遺体に話し掛けてみた。……でも、駄目なんだよ。どうしてか、うんともすんとも言わない」

俯き、力無い声色で話すお燐は絶望に満ちていたが、自分を見失っているわけではない。
彼女曰く、死体と話すことが出来ない。それは単純に、文のように主催からの制限を受けていると考えるのが普通だ。
尤も、文からすれば好都合。こいしの死体とやらが口など開き、語るに落ちたりなどすれば、彼女と交戦した文にはいかにも都合が良くない。

「死体と会話ぁ〜〜〜? おいお燐、するってえとお前さん、つまりはその……死んだ奴とお話出来るってえのかい? 魂とかと?」

「魂、とも出来るんだけど、何ていうのかな……死体に残ったその相手の『意識の残り香』みたいな感じ、だね。残留思念的な」

「でしたらお燐さん。こいしさんの『魂』とかは今どうなってます? 残り香とやらも含めて全然嗅ぎ取れないんですか?」

文の問いかけにお燐は辛そうに顔を歪めながらも、こいしの死体と向き合い凝視する。

「…………だめ。まるでもぬけの殻だよ。完全に……『空っぽ』みたいだ……」

結果は同じだった。空っぽ……つまりハッキリ『見た』ということだろう。お燐は空洞と化した骸を、確かに『見れた』のか。

「ちょっと聞きたいんですけどお燐さん、それはただ自分の能力に『制限』が掛けられているのとは違うんですか?」

「う〜〜〜〜ん…………制限、制限かあ。そう言われればそんな気もするし、でも違うような気もするし……」

お燐の返答は何とも曖昧で、文の疑問に答えてくれる内容ではなかった。
ただ制限であるのならばこの話はここでおしまいだが、もし本当に死者の肉体が完全空っぽだというのならば……

(脳だけでなく、あの主催者は参加者の精神性・霊体にまでネジを打ち込む能力を持っている。
 そもそも参加者ひとりひとりが有す能力の微細な部分まで制限出来るというのは、あまりにも……)

何でもアリだ。
果たしてそんな細かな調整が可能なのか? いっそ完全に能力を制限させる方がまだ現実味がある。
とはいえ文も死者や霊魂に関しては門外漢。その分野の専門家といえば、後は精々白玉楼の西行寺幽々子。
キョンシー愛好家の霍青娥も色々知ってそうではあるが、彼女は岸辺露伴が追っている。もしかしたら既にお縄についているのかもしれない。

早々に思考に見切りをつけ、文は現状に意識を向き直す。

「多分、『紙』になら死体でも入るのではないでしょうか? 貴方の猫車はこの会場だと少々露骨過ぎます」

「……そう、だね」

幾分か様子の落ち着いたお燐は、言われるがままにエニグマの紙を取り出し、亡き主の遺体をそっと収めた。
まだまだ割り切れないが、お燐のその性分からしてせめて遺体を横に置いておくことで、彼女の支えにもなるだろう。


「あたいは、大丈夫だからさ。とにかくこの館を出よう――――――」


38 : MONSTER HOUSE DA! ◆qSXL3X4ics :2016/09/17(土) 18:19:11 i89bgrYM0








「――――――闘技『神砂嵐』――――――」








声帯の奥底を震わせながら這い出てきたような、重く神々しくも聞こえる呟き。

その声が鼓膜に届くよりも早く、まず異常を察したのは文。
閉め切った扉のスキマの向こうから感じた、阿修羅が纏う風のオーラが千年天狗の全身を震撼させた。
壁に亀裂が走り、崩壊と同時に瓦礫ごと宙に舞い、互いが互いに喰い合って巨大化していく熾烈なる風の大津波。
集合し、放たれる風に上乗せられた殺気は、この一行では最も力を持つ文をして、何としても『回避』を最優先させる直感を刻み付ける。


「伏せ――――――!」


て下さい、などの警告は全く無意味。
一瞬でそう思わせるほどの夥しい、つむじ風と呼ぶにもあまりに軽すぎる『風の砲撃』が、壁を貫通しながらこの部屋を蹂躙した。

「うおォォ!?」
「きゃ……っ!?」

幻想郷最速の鴉天狗は、不意に起こった災害をも置いていくほどに疾い。もとより『風』の探知は、他の誰よりも得手であると自負している。
反射的にホル・ホース、お燐の襟首を掴んで行動に移せたのは、文からすれば余計な無駄時間でしかない。
何よりも御身が大事であった文だが、いつの間にか体が動いていたのは、未だ彼女の心に巣食う『善』が最善の行動を選べたからなのか。

ともあれ文たち三人は、この巨人の一薙ぎを模した空爆という初撃を、奇跡的に無傷で回避することに成功した。


(下手人たちが戻ってきた……くそ! ウカウカしすぎた……とにかく、ここから逃げ―――)


―――られない。巨大な風の大砲はこの場に居る存在の生命を奪うだけでなく、迅速なる逃走をも不可能とさせる意味をも兼ねていた。
窓が備え付けられた壁際……つまりは、唯一外へと抜けられる壁の一面が天井ごと崩壊させられ、少なくともこの部屋から屋外へ脱出することは出来なくなってしまった。

瓦礫の土煙に塗れ、文たちはなす術なく襲撃者と対面する。厄介なことに相手は一人ではなかった。


「申し訳ありませぬエシディシ様。少々すばしっこいネズミ三匹のようです」

「はっはァ〜〜〜お前の神砂嵐を避けたか! なるほど少しは楽しめそうだ! 数も……こちらと同じ『三匹』だしなァ」

「……」


柱だ。
巨大な三本の柱が立ちふさがっていた。
どの男もいでたちは似通っており、異様な雰囲気を醸しだしている。
思わず文の全身に身震いが走る。彼ら三人とも、人間ではない。天狗社会を上から支配する『鬼』の威圧にも酷似したそれ。
妖怪の持つ直感とも言うべきか、瞬間的に力量の差を感じ取る。相手が鬼であるならば、天狗の文に勝機はない。三人相手なら尚更だ。

「な、な、な、何だァ〜〜テメーらは!」

「その角……まさか鬼!? もしやアンタたちがこいし様を……ッ!」

ホル・ホースが皇帝を構え、お燐は震えながらも猫爪を尖らせる。
文を含む三人ともが戦闘態勢に入るも、その背に氷柱でも突き刺されたかのような底冷えた恐怖が戦慄となり、襲う。

まず勝てるとは思わない。見れば相手には、先程の恐ろしい竜巻を射出できそうな武装が一切見られない。
支給品の類でないならばスタンドか。だがそのヴィジョンも今のところ確認できない。
文はスタンドには詳しくないが、スタンドにしては単純な火力のケタが段違いにも思える。
まさか本当に『鬼』なのか。しかし幻想郷にこんな鬼がいるなど、それこそ聞いたこともない。


39 : MONSTER HOUSE DA! ◆qSXL3X4ics :2016/09/17(土) 18:19:54 i89bgrYM0

(逃げましょう皆さん。これ、ちょっと洒落にならないです)

(たりめーだぜッ! お燐、変に刺激するなよ!)

(フー! フー!)

生命の防衛反応か、仇を前にした興奮か、お燐は生来の化け猫の血を騒ぎ立てて毛を逆立たせる。
その姿を見てなお、現れた大男たちは余裕を崩さない。


「ワムウ。サンタナ。お前たちは『誰』をやる?」

「最初に飛び退いたあの者。疾風のように素早いスピードを持つようです。……このワムウにお任せを」

「…………どこからか拳銃を発現させたあの男。スタンド使い、みたいです。……興味、ございます」

「じゃあ〜俺はあの震える子猫ちゃんだなァ! 体は万全じゃねえが、丁度良いハンデだ」


裂かれた目を向けてジッと構える男。
顎に手を当てニヤニヤと余裕ぶる男。
黙し、ただ不気味にこちらを睨む男。

三者三様の、それでいてそのどれもが卓越した圧威を携える優美なる強者。
一人一殺を謳う彼ら三人と、碌な信頼も築けていないこちらの三人では勝負にもならない。
否。これから行われるのは勝負などではない。血肉をしゃぶり尽くされるかのような凄惨なる一方的な虐殺だ。


「ハア!!」


機先を制するべく第一に動いたのは、やはり素早さ最高値の文だ。
風を操り、部屋中を覆うほどに飛び舞う土煙によっての撹乱。こんな目潰しがどこまで通用するかも分からないが、取れるコマンドなど逃げの一手でしかない。

「お、お? おぉ?? 迷いなく逃げに入るか。いいぜ、鬼ごっこだ」

最も余裕ぶっていた首領格の大男が嘲る。
舐めきっている。それは間違いなく自信の裏返しでもあるが、文たちからしたらありがたい限りだ。


射命丸文――もとい鴉天狗という種族は、根本的に縦社会という枠組みの中層に根を張るしかない生き物。
有り体に言うなら、下を見下し、上に媚びへつらって集団の歯車を形成してきた者たちが彼女である。
種の特性とでもいう、そういった環境で永きを生きてきた文は、その経験の為か初見相手の分析・観察に長けていた。
長年、上司の鬼たちの顔色を窺ってきた文である。その彼女が一目にて『格上』を判じる程、敵の肉体一個一個に蓄積されたキャパシティが並ではないのだ。

一言で言えば『シラフの鬼』。
酔った方が強い鬼も多いが、つまりは我らを殺す気満々でいる鬼が三体も雁首そろえて襲い掛かってきているのだ。
天狗でなくとも目を背けたくなるような絶望感。弾幕ごっこならともかく、これでは間違っても勝とうなんて思わない。

「俺も勝手にやらせてもらうからワムウよ。お前たちも好きなようにやっていいぜ。カーズも今頃『向こうのヤツ』と遊んでるだろう」

土煙の中から、聞きたくもない単語を聞いてしまった。どうやら同クラスらしき敵が他にもまだ居るときた。
崩落した天井からリビングの上階に逃げ込めば、そこから外へと脱出できる。
屋内では捕まってしまう。大空を自由に飛び交う鴉天狗は、屋外でこそ『最速』と云われるその力が発揮できる。

もうホル・ホースもお燐も知ったことではない。少なくとも一度は彼らを救ってやったのだ。後は自分の身で何とかして欲しい。
そして出来れば、お燐の身体に隠された遺体だけは何とか回収したいものだ。
文はあくまで自己願望の為だけに、お燐の無事を心で祈りながら、その黒翼を羽ばたかせようと地面を踏み込む。


(…………『向こうのヤツ』?)


エシディシと呼ばれた男の一言が、心の隅で引っかかりつつも。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


40 : MONSTER HOUSE DA! ◆qSXL3X4ics :2016/09/17(土) 18:21:59 i89bgrYM0
『ホル・ホース』
【昼】D-3 廃洋館 廊下


(ヤバい! ヤバい!! ヤバい!!! アイツらは“超ヤバい”ッ!! クソッタレがコンチクショー!!)


何かに引き摺り込まれた感覚と共に一瞬視界が暗転した後、気付けば己の身体は粉塵塗れ。何が起こったかを把握するのに数秒を費やした。
ホル・ホースが今まで感じたことのない悪寒がただちに生命の危険として脳に伝わり、この館からの逃亡を目指す。
崩壊した壁際の窓からはもう逃げられない。襲撃者たちが現れたリビングの入り口とは別の脱出口、隣室の客間に備えられた扉から出るしかなかった。
煙の中ゆえに何度も物や壁にぶつかりかけたが、構わずに一目散と足を駆ける。
客室から出ればそこは館の廊下。身を隠すスペースなど当然無く、無駄に長いこの一本道を抜け出るのに果たして掛かる時間は何秒か。


(クッソ! お燐や天狗のねーちゃんと剥がされちまった!)


向こうに見える扉へと辿り着くまでのたった数秒。ホル・ホースの脳裏にはまたあの光景が蘇る。
女を置き去りにし、一人必死に逃げ出して命に喰らい付こうとする姿。決別したつもりだった、情けない過去の残像だ。
だが事実、とても連れを気にする暇などありはしなかった。固まって逃げるよりかは、単独でバラけた方が逃走成功率も上がるという判断もあった。

空の飛べる文はまだいい。主を殺されて正常な判断を失っていたお燐を置いてきてしまったことが、ホル・ホースをまたも苦しめている。
彼女は逃げ切れているだろうか。不幸中の幸いか、あの三人が一人ずつこちらを捕まえようとしていたのはホル・ホース達にとっても逃げやすい。


―――扉まで十五メートル。


響子の時から全く進歩していないではないか。
奴ら三人は怪物だ。とても人間とは思えない。DIOと同じ吸血鬼か何か。ホル・ホースの直感がそう告げる。
だとしたら置いてきたお燐が無事に逃げ切れる確率は限りなくゼロだろう。もう直にか、既にか、彼女は死ぬ。
そうなれば奇跡的にホル・ホースがここから逃げ切れたとしても、彼はもう一度あの後悔の念に襲われるだろう。
もう二度と後悔だけはやらないと、そう決めた己の指針を捻じ曲げることになってしまう。


―――扉まで十メートル。


戻るなら今しかない。
心の地図に従え。今ここで後ろを振り返ること、それは前進であるはずだ。
誓った決意を嘘にしない為にも、ここで来た道を戻る事こそが男にとって前を向くことであるのだ。
障害があるなら、吹き飛ばせ。蹴り落とせ。撃ち殺せ。


―――扉まで五メートル。


この狭い廊下を戻るというのなら、それは戦いの合図だ。
確か自分に興味があるとか言っていた大男の名は、サンタナと呼ばれていた。
後ろを振り向くのが恐ろしい。あの化け物は、きっとすぐ背中にまで飛び掛ってきている。
もし戦うのなら振り向きざまか。この廊下で放たれた銃を避け切ることは普通では至難だ。
己のスタンド『皇帝』。暗殺特化の、決して正面からのタイマンには向かない能力。


41 : MONSTER HOUSE DA! ◆qSXL3X4ics :2016/09/17(土) 18:22:31 i89bgrYM0


―――扉まで、ゼロ。


ノブに手を掛けたと同時、スイッチが入ったようにホル・ホースの頭は急速に冷えていく。
腕には自信がある。初撃で仕留められなければ、恐らく次の弾丸を撃つ間もなく殺されるだろう。
ただの一発だ。曲がりくねる弾道を脳天にブチかまし、瞬殺してみせる。自分にはそれが出来る。
冴えゆく脳とは裏腹に、心は昂揚していく。今や汗の一滴もかいていない。

ホル・ホースがドアノブに手を掛け、逡巡を開始してからコンマ二秒ほど。
その間、彼の中に凄まじい勢いで恐怖と、冷静と、過去と、自信と、仮想と、決意とが順に流れ。

そして、翻ったと同時に『皇帝』を構えた。
いつもやってきたように、しかしその瞬間の銃を構え終えるまでの技巧は、これまでのどの実践よりも卓越して抜き放たれた。


目を覆ったのは、まず闇。
違う。それは影だった。
すぐ背後まで迫っていた化け物の、跳躍した影がホル・ホースの顔を覆った。

逆光であり、シルエットにもなっていたその巨躯から生み出された影は。
引き金を引くホル・ホースの指を。

ほんの……僅かだけ、止めてしまった。



「――――――う、」



美しい。


それは、大空を舞い翔ける、大鷲の羽ばたきか。
はたまた、獲物へと跳んだ、獅子のたてがみか。
あるいは、海面から現れた、白鯨の潮吹きか。


眼前に迫り来るそのシルエットを一目見て。

愚かにも、ホル・ホースはそんな場違いな感想を抱いてしまった。

男の、一世一代の早撃ちショーは。


華麗で、鮮やかなる極技は。


何処にも撃ち鳴らされることなく。


誰にも披露されることもなく。




「――――――サンタナ。それがお前を殺した、“恐怖”の名だ」




代わりに、化け物の口からポツリと漏れた声の響きと。


ホル・ホースの頭蓋が捻り潰された、ぐしゃりという音だけが。


余韻として、後に残った。




【ホル・ホース@ジョジョの奇妙な冒険 第3部】 死亡
【残り 57/90】
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


42 : MONSTER HOUSE DA! ◆qSXL3X4ics :2016/09/17(土) 18:24:37 i89bgrYM0
『火焔猫燐』
【昼】D-3 廃洋館 リビングルーム


射命丸文が、風を操って部屋中に土煙を舞わせた。
それはこの死の館から『逃げろ』という合図。しかし彼女――お燐は、未だ脚を動かすことが出来ずにいる。
巨大な殺気を突きつけられた恐怖からか、こいしを殺された怒りからか、あるいは両方だろう。
何かに引き摺り込まれた感覚があった気がしたが、この灰被りの視界では何が何やらわからない。
しばらくその場で毛を逆立てていると、次第に彼女の周りを漂う煙幕も晴れてきた。


「どうしたァ? 小娘、お前は逃げないのか。せっかく十秒くらいは待っててやろうと思ったが」


一面の崩壊した部屋に残されたのはお燐と、相手の首領格の大男のみ。
気配からしてホル・ホースと文はお燐を置き去り、それぞれ別方向に逃亡したらしい。だがそれを冷酷だとは思わない。

逃げ出す好機を自ら捨てたのは自分自身だ。
それにある意味では、望んだ結果ともいえた。


「アンタが、こいし様を殺したの」

「クックック……! そうだと言ったら……どうするね? なァ小娘」


巨木の如き腕を組ませ、男はこちらを下に見て嘲笑う。
毛筋がピンと張る。大妖を前にしたような、それほどの妖気。
たとえば『鬼』。酒瓶片手に旧地獄街をたむろする彼らをお燐はよく目撃するし、世間話も日常的に行う。
鬼とは案外気さくだ。常時酒に酔っているせいかもしれないし、強者の風格がその余裕を生み出しているせいかもしれない。
そういう意味では、目の前に佇む不気味な大男もまた『鬼』とはそう変わらない。

だが違う。
鬼は卑怯を好まない。嘘を毛嫌う。策を弄さず、正々堂々を求む。
相手の大男はそのどれとも一致しない、鬼とは対極の性格をしているとお燐には思えた。

こいし様はきっと、卑怯にも、惨く、嬲られるように、いたぶられながら、何度も何度も苦痛を味わされて、殺された。
あたいの家族ともいえる、人を。
許せない。こんな外道が、のうのうと笑っていることが許せない。


「なァ、お前も妖怪なのだろう? 教えてくれよ。一体何の妖怪なんだ? それに気のせいか、耳が四つ付いてないか? ン?」

「……火車ってのは死体を持ち去る妖怪さ。だけど生きてる相手を自分から死体に変えてまで運ぶなんてことは普通やらないし、あたいの趣味じゃない。
 でも、そのポリシーもどうやら今日までさね……!」


そこからは、全てが加速的に動いた。
お燐の激情を体現するかのように、周囲に浮き出た青白い炎が彼女を取り巻き、そして。


「アンタの死体を持ち帰って、地獄の大釜に投げ入れてやるッ! ―――妖怪『火焔の車輪』!!」


怨霊の炎がひとつ、ふたつ、よっつ、やっつ。
見る見るうちに倍、二倍、四倍、八倍と増していき、それらはお燐の周りを高速回転する大車輪と化した。
飛び散る無数の火の粉が部屋の温度を爆速に上昇させ、妖怪車の燃料となって相手に牙を剥く。


「お! 何だ何だお前も炎使いかァ〜〜!? 多いなこの幻想郷には!」


ただの人間ならば見るだけで慄き、慌てて道を譲るであろう炎の大車輪。
この男はそれを見てもなお笑う。妖怪車の突撃に真正面からぶつかって来ようというのだ。

凡そ全ての生物は生まれながらにして、火を恐怖の対象として認識している。それは紛うことなき生者の本能なのだ。
目を瞑りたくもなるだろうその火焔の回転に、男はまばたきひとつせず突っ込んできた。
人の、いや生物の本来が持つ拒絶という防衛本能が、この男には概念からすっぽりと抜け落ちているようであった。


「だがッ! この俺にィィィ!! 『炎』で戦うとは身の程知らずもいい所よのォォ〜〜〜〜〜ッ!!」


高らかに叫び、男の皮膚をウネウネと蠢きながら針鼠の様に突き破ってきたのは『血管』。
数にして十数にもなるその気味の悪いホースから溢れるは、男の『血液』。
500度まで上昇した男の沸騰血液が周囲を飛び散りながら、お燐の目前まで迫る。


43 : MONSTER HOUSE DA! ◆qSXL3X4ics :2016/09/17(土) 18:25:18 i89bgrYM0


「な、なにコイツ……っ!?」

「俺は『熱』を操る流法の使い手、炎のエシディシ! 炎熱車輪対決といくかァァーーーーーッ!!」


お燐の放った妖怪『火焔の車輪』を物ともせずに、エシディシは地を蹴り、宙を舞った。
その華麗な体技から成る男の妙技『怪焔王大車獄の流法』が、お燐の火焔車輪のスキマを潜り抜けて放たれる。
火の輪潜りなどという生易しい曲芸ではない。体の骨格を変えながら器用に宙を回るエシディシに、お燐の弾幕はひと掠りもしない。
やがて地獄の火輪を完全に掻い潜ったエシディシは、更に体を縦回転させながら血管を伸ばしてゆき、そしてとうとう。


「あァアッ!? な、にこれ……あ、熱い……ッ!」

「ほォ〜〜ら捕らえたァーーーーー!!」


ミミズのようにグネグネと曲がりくねるエシディシの血管が、お燐の身体を縛る。
化け物の駆使する大車輪芸が、本場の火焔車輪を突き破ったのだ。


「あ―――ああああぁぁああァァアアアアああぁぁアアァァァあああああああぁあ!?!?!!?」


ジュウジュウと皮膚の溶ける怪音が、皮膚の焦げる悪臭が、悶え狂うような熱さに苦しむ絶叫が。

お燐の生命を瞬く間に溶かし尽くしていった。


「ククク……! 同じ500度でも気体と液体の熱伝導は天地の差よ。
 俺の血液はお前のチンケな宴会芸とはワケが違う。死体になるのはお前の方だったな、小娘」


惚れ惚れする体技を魅せつけ地に着地したエシディシは、自身の背から伸びる血管に縛られたお燐を見上げた。
ポタリポタリと雫のように地面に伝うのは、エシディシのマグマのように煮え滾る血液と……お燐の溶けゆく皮膚。

想像を絶する苦痛と恐怖だった。
永く生き、妖怪化し、火車としてさとりに仕え続ける彼女も、これほどまでに苦しい炎は初めて味わう。
自分を笑いながら見上げる化け物の姿は、鬼などより遥かに恐ろしかった。
もはや後悔のみが残留し、彼女はここで果てるのだ。

家族の為に戦う決意も、何一つ達成されず。
主の命を奪った怨敵に、仇討ちすら出来ず。

妖怪・火焔猫燐は、化け物の餌とされる。



「――――――あ、ギ、ァ……かは…………ふぅー……ふぅー…………っ――――――」



悔しさの涙も、蒸発して霧消する。
喉も焼かれ、声も上げられない。
一矢報いることなど、夢のまた夢でしかなかった。


こうして少女は骸となることも許されず、その柔らかな肌の全面を煮立たされ、ぐずぐずの肉塊へと変えられて、



無残にも殺された。



【火焔猫燐@東方地霊殿】 死亡
【残り 57/90】
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44 : MONSTER HOUSE DA! ◆qSXL3X4ics :2016/09/17(土) 18:27:50 i89bgrYM0
『射命丸文』
【昼】D-3 廃洋館 外庭


初速を繰り出す前に、下手を打った。
飛び立つ直前、周囲眩ませる土煙の中で何かに足を躓かせて思わず転げてしまったのだ。
転げると同時に何かに引き摺り込まれる感覚があった気がしないでもないが、今は何を置いても逃げが第一。
俊足の翼をはためかせ、文は弾丸かと見紛う速度で土煙を脱出し、崩壊したリビングの上階に駆け込んだ。
二階からなら容易く窓を破り、屋外へと出れる。そうなれば制空権を支配できる文に速度の軍配が上がるだろう。

「ハァ!」

無骨に窓を蹴破り、紫外線を浴びる。外では未だ雨が降り続くも、この程度の雨天で飛行に影響が出るほどやわな翼はしていない。
タンッと軽く床を蹴り、上階から館の外へと飛び出す。脱出は何事もなく成功した。

だが、油断など出来ない。
自分を追うなどと宣いた、あの風を切り裂く大男。もし奴が来るのであれば、とんでもない範囲と火力を内包した遠隔狙撃を撃たれかねない。
背後の警戒の為、飛翔しながら後方を振り返る。あの大男の姿は―――


(…………居ない?)


少なくとも目視できる範囲に、あの目立つ巨体は確認できない。崩壊した瓦礫の山が、館の壁を形作っているだけだ。
速度の違いを悟り、諦めてただちに別のターゲットを仕留めに向かったか。
そうであればホル・ホースらには気の毒だが、このまま館から悠々自適に遠ざからせてもらう。
恐らくもう二度と近付こうとも思わないだろう、こんな悪鬼羅刹が住まう怪物の巣窟などに。



――――――ふわっ



視点を前方に戻しかけた文の黒髪に、ほんのばかし僅かな―――
風を操る文だからこそ気付けた、僅かな『乱れ』が。


(……気流が――――――?)


乱れている。気流が、空気が、風が、大気を乱している。
つい先程も味わった、風が起こした違和感。



「――――――闘技『神砂嵐』」



ゾクリ―――!



届いた風の乱れは強烈な殺気に化け、文を再び戦慄の渦へと巻き込んだ。
冷や汗を振り撒きながらバッと振り返った文は、今度こそ目撃する。
何も無い空間に集束する、暴力のみを凝縮させた風の火薬が。
ライフリングから回転炸裂した弾丸のように―――いや、此れは大砲である。

風の大砲が無慈悲な轟音を振り撒き、“誰も居ない場所”から爆裂した。


(ど、何処から―――!? しまっ デカっ―― 速っ―― 避っ―――)


周囲の大気を巻き込みながら、次第に次第に密度を高めた風大砲が、飛翔する文目掛けて一直線に放たれる。
完全に不意を打たれた文は行動を遅らせるも、自身の行動を死ぬ気で回避一点のみに注いだ。

だが、アレは大き過ぎる。
あの圧倒的な破壊空間に呑まれたら最後、内臓をミキサーに掛けられた様にグチャグチャにすり潰されるだろう。
一瞬、死を予期した文は全身全霊で飛翔方向を真下に転向。アレは絶対に喰らってはマズイ。


(逃げ――――――!)


耳を劈く風切り音は、死神が鎌を振るう不吉な音のようだ。
間もなく頭上を通り過ぎる大嵐は、間一髪で―――文の片翼を殺いだ。


「あッ――――――!」


直撃は免れるも、体勢の崩壊は免れようもない。
その余波のみでザクザクと千切り取られる我が身の翼を憂う暇などない。
生まれて初めて空中から叩き落された屈辱に身を震わせる余裕などない。

クルクルと回転しながら地面に落ちる文の耳に、豪快な勢いで草を踏みしめ駆け抜ける音が届いた。
その方向の先に、“何か”がいる。あの化け物が追撃してくる気配だ。
だが音の先には、先と同じで何も見えない。何も見えないが―――何か来るッ!


45 : MONSTER HOUSE DA! ◆qSXL3X4ics :2016/09/17(土) 18:28:59 i89bgrYM0


「か、ぜ…………風を纏って、プロテクターに…………」


墜落してゆく文は全てを察した。
よく見れば何か居ると思われる空間が、雨によって少しだけ表面が歪んでいるのだ。
その歪みの正体が、体から吹き荒れる空気のスーツ――『光の屈折現象』を利用した、透明な風の鎧なのだと気付いた瞬間。

空気の歪みは、既に落下途中の文の眼前にまで達していた。


「う―――ああああああああああああああッ!!!!」


咆哮と共に、文は最後の攻撃に賭けた。
回転落下の反動を利用した、風を纏った本場の旋風脚―――『天狗のダウンバースト』。
鴉天狗の強靭な体と風を味方につけた、大木をも薙ぎ倒す本気の蹴りだ。
最大風速90m/sを優に超えるその急降下キックが、人型を形成する『歪み』の脳天を一点集中で狙う。


刹那の交差。
歪む風の鎧のスキマに、一瞬だけ人の顔を映し見た。


「おれは『風』の流法を操るワムウ! 娘、そいつがお前の操る『風のプロテクター』か!
 悪くはないが、おれからすれば蚊トンボの羽ばたきが如き! そのまま落ちるがいいッ!」



バキリ!



嫌な音が、文の鼓膜を揺らす。
意識が飛びそうな痛みに声を漏らす暇も無く。
文とワムウの交差した蹴りが、一陣の旋風までを生み。

そして、砕かれた文の右足から先が消失した。
風の鎧を身に着けただけの文では、『肉の鎧』である闇の一族の特異体質を貫くことが出来なかった。

ぶつかり合った体技の果てに、文の右足の骨は粉砕され、一瞬にて『喰われた』。
ワムウの皮膚に取り込まれるように飲まれた右足は、そのまま男の栄養分となり。

文は頭から地面に激しく突撃し、意識を失った。



「……古明地こいしの件で、許しを請うつもりなどない。あの娘は最期に小さくも気高い『強さ』を見せた。
 ―――おれがお前に見たのは、保身に脳を焼かれ、一目散に逃げ惑う情けない背中だけだったな」



もっとも今のおれに不要な視界など映らないがな……と、横たわる文を見下ろし、つまらなそうに息を吐くワムウ。
雨天とはいえ、その体質のせいで屋外へと迂闊に出られない彼は、迷わず『風のプロテクター』を纏い文を追った。
戦おうともせず空へ逃げた相手だ。透明化からの神砂嵐の連撃を、卑怯などとは一切思わない。
本来は逃げる女を追撃するなど戦士である彼の望む所業ではないが、主からの命でもあり、逃がせば後々面倒な事態にもなりかねない。


そして嘆息したワムウは彼女の全身を、千切った片翼を残して自らの身体に取り込み『消化』し―――その場を後に館へと戻っていったのだった。



【射命丸文@東方風神録】 死亡
【残り 57/90】
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46 : MONSTER HOUSE DA! ◆qSXL3X4ics :2016/09/17(土) 18:30:03 i89bgrYM0
『パチュリー・ノーレッジ』
【昼】D-3 廃洋館 ミュージックホール


「あ……くっ! ―――つ、月符『サイレントセレナ』!」


五行思想に加えて日と月の二種類、計七つの属性魔法を使役するパチュリー・ノーレッジという魔法使いが攻撃に選んだのは月符だ。
太陰、月、陰陽の陰の象徴。『受動と防御』を示す月の魔法陣が彼女の足元に展開される。
そこから形成されし魔法は、輝く青白い光の矢。静寂なる月の女神が射抜くその矢は、一寸の光陰とも云うべき僅かな時間で、放たれた相手の長髪の大男に射し迫って流された。
しかしその狙いは攻撃に非ず。弾幕が放つ月の光が如く輝かしい月光が、相手の目を眩ませる副次的効果こそパチュリーの狙い所だ。


「―――フン。目くらましか、くだらん」


技を放たれた長髪の男は一言に吐き出し、隆々なるその腕で防御するかのように交差し、目の前に構えた。
その腕から突き出たサーベルの刀身が、サイレントセレナの放つ強力な月光を反射し、更に猛然と光を放ってパチュリーの目を襲う。


「きゃ……っ!? な、なによ……それ……!」

「オレは『光』の流法を操るカーズ! 貴様ら虫ケラの放つ光なぞ、まさにホタル以下よ! 転がってろッ!」


光の矢を悠々と避わしながら、カーズは目も眩む極光を倍増しでパチュリーに反射させた。
瞼の裏にまで焼き付くような強烈な光線を浴び、思わず膝を突いてしまう。


男――カーズはまさに人外の化け物ともいうべき妖艶な威光を輝かせていた。


事の始まりは、こんな廃洋館に立ち寄ったことが全ての悪運である。
藤原妹紅からの逃亡を終え、待ち構えるように見えてきたのがこの古い館だ。
進行ルート上、ここに立ち寄ることも予定の上であったし、何より調査するべき理由があったのだ。

館の周りにいくつか燃え尽きた『お札』が散らばっていた。それを博麗の巫女が使用する霊撃の札とみたパチュリーたち一行は、館への侵入を行わざるを得なかったのだ。
かつては霊夢が咲夜や承太郎相手に大暴れした痕跡。彼女の探索および拉致を目論むパチュリーらが、これを見逃すわけにもいかない。
ダメージを負った吉良とぬえは外に置いてきた。あの二人を残すのは不安ではあったが、現状パチュリーだけが比較的万全に動き回れるという理由からだ。

が、結果的にその判断は失敗であった。理由など、この現状を見れば明白だろう。


(圧倒的な『妖気』……まさかこんな鬼みたいな奴が潜んでたなんて……!)


窓から忍ぶように御身ひとつで侵入したパチュリーが遭遇したのは、柱の男が首領『カーズ』。
出会い頭で「支給品を見せてみろ」などとふざけた態度を見せるので、すぐさま逃亡を図った途端に襲われたのだ。
勿論話など通じる筈もなく、こうしてなす術なくあしらわれた。こうなれば多少騒がしくとも吉良たちを連れるべきだったか。


「天下の魔法使いを……舐めないで欲しいわね……! 日符『ロイヤル―――」

「パ〜チュリィ〜〜〜〜〜。無駄な抵抗などやめとけやめとけ! 私は貴様を害するつもりなどないのだ。“今のところは”、な」


目をやられながらも反撃の手段として日符『ロイヤルフレア』を撃とうとした判断は、あるいは正解かもしれない。
ロイヤルフレアはパチュリーの大技だ。しかしそれを除いても、彼ら闇の一族に対抗する術に『太陽』を象徴するこの魔法を選んだのは、考えられる限りでは最適解でもある。

しかしその詠唱も中断させられては意味がない。
この男がたった今呼んだ自分の名前。自己紹介を交わした覚えのないパチュリーの脳内に疑問が湧く。


47 : MONSTER HOUSE DA! ◆qSXL3X4ics :2016/09/17(土) 18:30:56 i89bgrYM0

「ん〜〜〜? フ・シ・ギ・かァ? “何故この男、私の名前を知っているの”と、そう言いたげな顔だなパチュリー?」

ほくそ笑むカーズ。彼は以前に一度、パチュリーと夢美に近付き会話を盗み聞きしていたが、当の本人はその事実を知る由もない。
困惑するパチュリーを無視し、カーズは放り出された彼女のディパックを我が物顔で漁り始めた。

「ちょっと……! 人の物、勝手に漁らな―――」

「黙れ下等生物が。次ナメた口をきいてみろ。その柔らかな肌をベリベリ引き剥がして絨毯にでも仕立ててやる」

首元に突きつけられる、男の腕から伸びた異様に鋭利な刃。
この窮地を脱する詠唱のひとつでも唱えようと試みれば、その瞬間に自分の首は床に転がるだろう。

万事休す。
心から、それを痛感した。
ひょろひょろもやしの自分にしてはかなり良くやった方だと、観念もした。


「勘違いをするんじゃあない。余計な気を起こさなければ、私も別に何もしやしない。……有用な支給品は頂くがな」

「…………何が狙い?」

「情報だ。パチュリーよ、キサマ“どこまで考察を進めている”? いや、聞くまい。確かメモがあった筈だからな」


見えてきた。この男、何故か自分たちの動向を幾らか掴んでいる。どこかで情報が漏れていたのだ。
確かにパチュリーメモには現時点での実験過程を記述しているが、ハッキリ言ってまだまだ分からない事だらけだ。
この男はどうやらこれまで考察してきた全情報の開示を求めるようだが、大した結果が得られないと知るや、最悪殺されるかもしれない。

「ん、あったぞメモが。………………ふむ。魔力、か。……………スタンドも用いての実験」

真剣に実験メモを眺めるカーズの姿は、研究者らしい本質を窺えるそれではあったが、パチュリーからすればたまったものではない。
厳めしい有名教授に論文を評してもらう出来の悪い生徒……その100倍は気が気でない心境だ。冷や汗どころではない。

「なるほどな……興味深くはあるが、そういえば紙の中に…………そう、こいつか」

次にカーズがパチュリーの荷物から取り出したのは、墓から暴き出した広瀬康一の生首。
ゴロンと放り投げられた彼の頭部が、まるで恨めしい目で見るかのようにパチュリーを睨んだ。

「ククク……! 研究気質の考える事はどこも同じだなァ? コイツをこれから解剖しようと言うのだろう?」

整わない顔色でカーズを精一杯に睨みつけ、パチュリーは出方を窺う。
生殺与奪を握られた現状では、全ての決定権がこの男の掌にあるのだ。屈辱だが、何も出来ない。



「―――だが遅い。こんなチンタラ考察してるようじゃあ『不合格』だぞ、パチュリー・ノーレッジよ」



ズブり。



「――――――え」



気付けば、男の腕が魔法使いの少女の胸を―――貫いていた。


「…………あ、……え…、っ…………?」


内臓がまとめて侵食され、気持ちの悪い感覚が全身の血管を高速で巡る。

声が、でない。






「――――――どうした? 痛むか? だとしたらそれは……『思い込み』だ。よく見るがいい」






…………ハッ!?

貫かれたと思った己の胸には、異常など何処にも見て取れない。……穴が開けたお気に入りの服以外。


48 : MONSTER HOUSE DA! ◆qSXL3X4ics :2016/09/17(土) 18:31:41 i89bgrYM0


「ぁ……けほっゲホっ! い、一体、何を……っ!?」

「今、お前の心臓のすぐ隣に毒薬入りリング……名付けて『死の結婚指輪』を仕掛けた。外部から外そうとすれば直ちに毒が漏れ、お前は即死するだろう」

「毒、薬……!」

「リミットはこれより『十二時間後』! すなわち『第四回放送』を超えた時間にリングが溶解し始める設定を施した!
 その時までに脳内爆弾解除に至る全ての不安を排除し、実験を完全成功させて再びこの私の元に来いッ! さもなければ……」


―――死ぬぞ。


下卑た笑みで耳元にそう囁くこの悪魔は、とんでもない時限爆弾をパチュリーに仕掛けてしまった。
ことごとく『爆弾』に縁のある彼女の不幸の元凶は、もしやあの吉良が発端なのではないか。そう思いたくもなってくる。
しかしまさか自らが爆弾そのものになるとは。これではまるであのキラークイーンに触れられたような―――

(いや、そうよ。私達にはキラークイーンがある……! 吉影の力を借りてこのリングを破壊すれば……)

「吉良という男のスタンドで内部からリングを破壊しようと考えているな? パチュリィ〜〜?
 始めに言っておく……やめた方がいい。スタンドで触れた瞬間、漏れ出した毒はすぐに心臓へと吐き出される」

心の内を読まれた。カーズは実験メモの内容から、吉良のスタンドを知ってしまったのだ。
それを踏まえた上で、このような非道を行っている。なんて計算高い男で、おまけに性格の悪い奴だと、パチュリーは歯噛みした。

「つまりだ……例え会場から脱出する手段を講じても、私の持つ解毒薬が無ければどちみち貴様は腐れ果てるという事だ。
 そうなるのが嫌なら、四回放送時に再びこの廃洋館に来い。もしその時この場を不在にしてた場合、そっちから死ぬ気で探し出せ。
 私の望む結果を持って来てくれるなら解毒剤を渡してやる」

嘘だ。
相手の嘘の気を掴み取れるパチュリーでなくとも、コイツの全身から溢れ出るオーラが大嘘吐きのそれだとすぐに分かる。
この時限爆弾を止める術は今のところ……コイツを抹殺する以外に無い。つまりは現状不可能だ。
『死の結婚指輪』などという洒落の利いたネーミングセンス、レミィあたりとは気が合いそうだなどと、皮肉めいた自虐まで浮かんでくる。

絶望に包まれるパチュリーを見て気分を良くしたのか、カーズはニヤリともうひと笑いすると、ディパックからひとつだけ取り出した。


「これは『スタンドDISC』か? 丁度いい、こいつも探していた所だ。これだけ貰っておこうか」


正確にはそれは『F・Fの記憶DISC』であり、能力を会得できる種の物ではない。
パチュリーはここに来るまでとうに中身を見ている為、大した損失ではない。それでもこの有無を言わさず人様の物品を奪っていくその横暴は、どこぞの白黒魔法使いだけで充分だ。


心臓に纏わり付く不快な違和感に嫌悪していると、更なる絶望の声がパチュリーに届いた。


49 : MONSTER HOUSE DA! ◆qSXL3X4ics :2016/09/17(土) 18:32:57 i89bgrYM0


「カーズ、様……侵入者の一人を始末、しました」


突如ホールの入り口から現れた、これまた大男。
二本角のサンタナがのそりと姿を現した。その腕に、首の潰れた人間の死体を持って引き摺りながら。

「ほう……最初はお前だったかサンタナ。思ったよりも早かったな」

物珍しそうにDISCの裏表を翻して観察するカーズに、サンタナと呼ばれた第二の化け物が従順な姿勢で報告する。
ゆらゆら幽鬼の如く、死体を携えて歩いてくるその男もまた超人的な化け物。
この状況からどう脱するかを、目まぐるしい速度で思案していたパチュリーには全く嬉しくない誤算である。


(仲間……!? それに、私の他にも侵入者が居たの……!?)


サンタナは静かにカーズの傍まで近付くと、手に持っていた男――ホル・ホースの死体を捧げるように床に寝かせ、自分も一歩引く。

全ての平穏を死骨の沼にまで引きずり込むかのような、虚無に潜む鬼気を宿した瞳――鬼人であった。

心臓を握り潰されるような悪寒に、もはや喘息すら引っ込んだ。

パチュリーの誤算ともいえる絶望は、それだけには終わらない。


「おう此処だったかカーズ、こっちは終わったぜ。火車とかいうしょうもない雑魚相手だったがな。クールダウンにもなりゃしねえ」


サンタナが現れてから三十秒も経たずして現れた、これまた筋骨隆々な大男。
彼は先のサンタナと同じく、腕に『ナニカ』を担いでズンズンと歩いてきた。
グチャグチャの肉塊を形成した、服の切れ端が引っ付いていることから先程までは人の形をしていたであろう、ナニカだ。
男の台詞からその肉塊の正体は、あの地獄の火車妖怪の彼女であったことが何とか予想できる程度。


(火焔猫……燐……あの娘も…………)


登場した第三の化け物も、サンタナの隣まで並び立ち、ホルホースの死体の上に乱暴な手つきでその肉塊を放る。

この世の希望を煉獄の焔を以て灰にし尽くすような、恐ろしく混沌に満ちた狂気を宿した瞳――狂人であった。

鼻腔を刺激する異臭に、思わずパチュリーは吐き気と共に顔を背けた。


「エシディシも終わったか。ならば後は―――」


最後の絶望が、重い足音と共に届けられる。


「カーズ様、エシディシ様。……遅れて申し訳ありませぬ。風を操る侵入者は何事も無く、このワムウが完全に始末いたしました」


そしてワムウと名乗った、第四の化け物の登場に……パチュリーはいよいよ目の前が真っ暗となった。
四人目の男もまた、張り鍛えられた肉体を輝かせる巨躯。
例に漏れずその手に持つは、今度は死体……とは少し違う。
鴉のような黒い翼。かつては双方揃えて美麗であっただろう、人並み程に大きい翼の持ち主に……パチュリーは幾つか心当たりもある。
風を操る、と言ったところから恐らく……


(射命丸、文……彼女まで…………)


ワムウはエシディシと呼ばれる男の傍に迅速に並び立ち、それまでと同じ様に死体の一部……片翼を放り出した。

降り掛かる天光を残らず薙ぎ倒すような、暴の極みを漲らせる闘気を宿した瞳――武人であった。

男に触れればそれだけで切り刻まれそうな圧倒的な暴威が、錯覚となってパチュリーの時間を完全に止めた。


50 : MONSTER HOUSE DA! ◆qSXL3X4ics :2016/09/17(土) 18:34:03 i89bgrYM0



「――さて、パチュリー・ノーレッジよ。
 ――これが私の同胞だ。
 ――これが我らの暴力だ。
 ――これがこのバトルロワイヤルを征する最強の四柱だ。
 ――貴様ら下等生物がどれほど集まろうと、我々の前では……所詮は吹けば消し飛ぶ、藁の砦よ」



男は。

闇に漂う死と絶望とを具現化したような、全生命を蹂躙せんとする邪気を宿した瞳――邪人であった。

カーズという名を冠した邪鬼が、嘲りながらパチュリーに囁く。

彼女の平穏と。
彼女の希望と。
彼女の天光と。
彼女の生命を。
一片の芥も残さず、消し飛ばすように。
黒く、暗く、深く、笑むのだ。

ここは地獄の一丁目か。
もはや過酷と呼ぶにも生温い光景の中心地で、パチュリーは最後に思う。

彼ら四人は、自分らがこれまで形成してきた烏合の衆とは全く違う。
届く所に在るかもわからぬ希望の星に縋り、壊滅のすぐ傍に立つ、脆き藁の砦などとは。
彼らの集団に、綻びは無い。決裂は無い。油断は無い。
『同胞』という、種族の根に繋がる、頑丈で、堅牢な芯を持つ……


そう、例えば―――



(――――――こいつらの結束、まるで……『柱』…………!)



それが、本能で分かってしまった。
間違いなく、このゲームを攻略するのに避けては通れぬ『柱』。
崩れない、『柱』。

鬼人サンタナ。
狂人エシディシ。
武人ワムウ。
邪人カーズ。
四本の柱から成る、最悪の陣が其処に立っていた。

過去に感じたことのない絶望が、魔女の心を折り。



――――――そして、彼女の意識を闇に落とした。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


51 : MONSTER HOUSE DA! ◆qSXL3X4ics :2016/09/17(土) 18:36:06 i89bgrYM0




再び目を開いた時、まず網膜に映ったのは光。




パチュリー・ノーレッジは、気付けば館の外。泥土に寝かされ、雨に打たれながら覚醒した。
曇天といえど、それは確かに光。先までの、深淵から覗く闇のような、生きた心地がしない釜の中とは世界が違う。

『九死に一生を得る』……この言葉が“十分の九での死、十分の一での生”を謂うのなら、パチュリーは確かに一生を得たのだろう。
だがそれは決して正確ではない。彼女は“生かされた”に過ぎない。それも、時限爆弾つきの首輪を嵌められて。
これで一生を得たとは、見当違いも甚だしい。

(気絶、しちゃってたみたいね。……紅魔の魔女ともあろう私が、情けない)

今になって身体が震えだす。全身の肌に張り付くような冷たさは、雨のせいではないだろう。
もう二度と近付きたくない思いとは裏腹に、彼女はまたこの洋館に足を踏み入れなければならない契りを交わされたのだ。
素直に命惜しみ、奴らの命に従うか。それとも反旗を翻すか。
もし戦うなら……神・大妖級の味方を彼奴らと同じ人数以上に揃えなければ見込みも無い。
それを魔女の認識に刻み込むほど、彼らの陣は鉄壁だった。


「…………パチュリーさん? 大丈夫かね、酷く顔色が良くないが」

「フン。どーせ足でもスッ転ばせて頭でも打ったんでしょ」


いつの間にだか、連れの吉良とぬえが傍に立ち、言葉だけを取り繕ってパチュリーを見下ろしていた。
その表情はどこか、不安だとか焦りだのといった色が垣間見えるようだ。
きっとだが、彼らも何となく察しているのだろう。この洋館の中に恐ろしい魔物が巣食っていることを。
念の為に二人を外に置いてきて良かったという所か。もし連れていたなら二人共、少なくとも実験要因に関係ないぬえは殺されていた筈だ。
無残に殺された、あの『三人』のように。

「中に目的の人物が居なかったならとにかく、ここをさっさと離れた方がいいな。
 さっきの炎を繰り出す怪物女が追って来ているかもしれないし、館の向こう側で激しい爆撃音が二度ほど聞こえた」

「……ジョースター邸とやらはもうすぐよ。いつまでも呆けてないで、早く箒を出しなさいよ」

吉良とぬえに急かされ、パチュリーは自分の傍に落ちていたディパックに気付いた。
慌てて中を確認するも、やはり記憶DISCとやらは奪われている。それ以外の『首』や『箒』などは無事なようだ。


「ご、ごめんなさい……。中に霊夢も紫も居なかったわ。……先を急ぎましょう」

「……その服、どうしたのだね? 穴が開いているようだが……」

「……何でもない。何でもない、のよ」


フラフラと立ち上がり、露わになりかける胸部を隠しながら行動を開始する。とにかく一秒たりとも此処には滞在したくなかった。
ここで起こったこと。もしメンバーが集合したならば話さねばならない。
だが心臓に掛けられた『毒薬』……このことを果たして話すべきかどうか。


もし話したならば約一名、消沈するかも爆発するかも予想の付かない、あの科学馬鹿を抑えられる自信が……

パチュリーには、あまり無い。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


52 : MONSTER HOUSE DA! ◆qSXL3X4ics :2016/09/17(土) 18:36:37 i89bgrYM0
【D-3 廃洋館 外/昼】

【パチュリー・ノーレッジ@東方紅魔郷】
[状態]:恐怖、体力消費(小)、霊力消費(小)、カーズの『死の結婚指輪』を心臓付近に埋め込まれる(2日目の深夜後に毒で死ぬ)、服の胸部分に穴
[装備]:霧雨魔理沙の箒
[道具]:ティーセット、基本支給品×2(にとりの物)、考察メモ、広瀬康一の生首
[思考・状況]
基本行動方針:紅魔館のみんなとバトルロワイヤルからの脱出、打破を目指す。
1:霊夢と紫を探す・周辺の魔力をチェックしながら、第三ルートでジョースター邸へ行く。
2:夢美や慧音と合流したら、仗助達にバレずに康一の頭を解剖する。
3:魔力が高い場所の中心地に行き、会場にある魔力の濃度を下げてみる。
4:第四回放送時までに考察を完了させ、カーズに会いに行く?
5:ぬえに対しちょっとした不信感。
6:紅魔館のみんなとの再会を目指す。
7:妹紅への警戒。彼女については報告する。
[備考]
※喘息の状態はいつもどおりです。
※他人の嘘を見抜けますが、ぬえに対しては効きません。
※「東方心綺楼」は八雲紫が作ったと考えています。
※以下の仮説を立てました。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかは「東方心綺楼」を販売するに当たって八雲紫が用意したダミーである。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかは「東方心綺楼」の信者達の信仰によって生まれた神である。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかは幻想郷の全知全能の神として信仰を受けている。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかの能力は「幻想郷の住人を争わせる程度の能力」である。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかは「幻想郷の住人全ての能力」を使うことができる。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかの本当の名前はZUNである。
 「東方心綺楼」の他にスタンド使いの闘いを描いた作品がある。
 ラスボスは可能性世界の岡崎夢美である。
※藤原妹紅が「メタリカ」のDISCで能力を得たと思っています。


【吉良吉影@ジョジョの奇妙な冒険 第4部 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]:体力消費(中)、喉に裂傷、鉄分不足、濡れている、ちょっとストレス
[装備]:スタンガン
[道具]:ココジャンボ@ジョジョ第5部、ハスの葉、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:平穏に生き延びてみせる。
1:しばらくはパチュリーに付き合う。……館で何があった?
2:東方仗助とはとりあえず休戦?
3:空条承太郎らとの接触は避ける。どこかで勝手に死んでくれれば嬉しいんだが…
4:慧音さんの手が美しい。いつか必ず手に入れたい。抑え切れなくなるかもしれない。
[備考]
※参戦時期は「猫は吉良吉影が好き」終了後、川尻浩作の姿です。
※慧音が掲げる対主催の方針に建前では同調していますが、主催者に歯向かえるかどうかも解らないので内心全く期待していません。
 ですが、主催を倒せる見込みがあれば本格的に対主催に回ってもいいかもしれないとは一応思っています。
※能力の制限に関しては今のところ不明です。
※パチュリーにはストレスを感じていません。
※藤原妹紅が「メタリカ」のDISCで能力を得たと思っています。



【封獣ぬえ@東方星蓮船】
[状態]:体力消費(小)、精神疲労(中)、喉に裂傷、濡れている、吉良を殺すという断固たる決意
[装備]:スタンドDISC「メタリカ」@ジョジョ第5部
[道具]:ハスの葉、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:聖を守りたいけど、自分も死にたくない。
1:隙を見て吉良を暗殺したいが、パチュリーがいよいよ邪魔になってきた。ていうかこの女、顔が死にかけてない?
2:皆を裏切って自分だけ生き残る?
3:この機会に神霊廟の奴らを直接始末する…?
[備考]
※「メタリカ」の砂鉄による迷彩を使えるようになりましたが、やたら疲れます。
※能力の制限に関しては今のところ不明です。
※メスから変化させたリモコンスイッチ(偽)はにとりの爆発と共に消滅しました。
 本物のリモコンスイッチは廃ホテルの近くの茂みに捨てられています。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


53 : MONSTER HOUSE DA! ◆qSXL3X4ics :2016/09/17(土) 18:37:27 i89bgrYM0
『カーズ』
【昼】D-3 廃洋館 エントランスホール



「サンタナ」



一言、忠臣である男の名をカーズは呟いた。
つまらぬ些事。彼らからしたらどうとでもない、ちょっとしたゴタゴタ程度で終わった侵入者の掃除を終え、部屋に戻る途中でのことだった。


「…………はっ」

「貴様、少し変わったか?」


薄暗いエントランスの中央にて、足を止め振り返ったカーズが最後方に追従するサンタナを見る。
空気が変わった雰囲気を感じ取り、視線を遮る位置に居たエシディシとワムウも横に退き、成り行きを見守る。

カーズとサンタナの視線が、交差した。

「申し訳ありませんが、言葉の意味を図りかね……」

「フン。惚けるんじゃあない。貴様自身、薄々感じてきておるのだろう? その自覚に」

侵入者からの茶茶入れを挟まれ有耶無耶にされかけていたが、カーズが話すのは先のサンタナの申し出、その結論だ。
生意気にも、という言葉が頭に付くが、サンタナが徐々に変貌している様子にあることはカーズとて気付いていた。

それは『進化』と言い換えられるかもしれない。
良い方向へか、悪い方向へかは未だ真実が見えない。
先程の侵入者への対処。サンタナは決して他の同胞に後れを取ってなどいなかった。
淡々と、己の役割を全うする為に獰猛を振るったのだろう。恐怖を振り撒くという、種族の本質を。

サンタナの醸し出す進化を見て、カーズは『可能性』を見た。
進化とは可能性だ。カーズは一万年以上も昔、可能性を求めてこの地上に飛び出した。

今のサンタナの瞳……依然、虚無が渦巻いているように見えるが、少なくともあの地底で共に育った『腑抜け』ばかりの同胞とは違う。
愚かで無様だけの、進化を掴み取ろうともしない無能共と、現在のサンタナは違う。


カーズはおよそ直感に近い感覚で、サンタナをそう評した。


「サンタナ」

「はっ」

「認められたいか」

「…………」


その質問に、サンタナはすぐには返事できない。
変容しつつある己の感情を、自分でもどう操るべきか戸惑う部分も多い。
だが、


「…………はい」


何千年待ったことか、この時を。

ようやく……ようやくに、訪れたのだ。
空っぽでしかなかった己の存在意義を、認めて貰えるチャンスが。存分に揮えるチャンスが。



「…………いいだろう」



そして、カーズは答えを出した。
一族を治める頭領として。仲間を束ねるリーダーとして。
『番犬』などでなく、真に『同胞』として扱う、そのチャンスを授けたのだ。

カーズらがサンタナを見下していたのは、ひとえに彼が弱かったからだ。
そしてその無能さ以上に、彼が何の可能性も掴もうとせず、勝手にゴロゴロと道を転がり落ちていくだけだったからだ。
つまりはその空っぽの『精神性』こそが、何よりカーズたちを落胆させ、最終的に彼を見限る決断に至った要因である。

落ちていった『負け犬』が再び『可能性』を見据え、チャンスを掴み取ろうともがくのなら。

主として、与えてやろうではないか。

その―――チャンスを。


54 : MONSTER HOUSE DA! ◆qSXL3X4ics :2016/09/17(土) 18:37:59 i89bgrYM0


「―――『試合』だ。もし貴様がDIOと戦いたいと本気で思うのなら……まずその『やる気』を我々に示してみせよ」


「…………試、合」


カーズの提案は、鉄面皮であるサンタナを少なからず驚愕に歪めた。
試合といえば、一族間ではそう珍しい行いではない。要は組み手である。
暇と力を持て余す彼らは、たまに遊びのように仲間同士で力比べを始める。それを今ここでやれと言うのだ。

かつての大昔、サンタナにも記憶はある。
だが彼はただの一度として、仲間の誰一人に一本すら取った事は無く、それ故に呆れられていたのだが。


「相手は……ワムウ!」

「はっ」


主の一声にすぐさま反応した男――武人、ワムウ。
彼の戦闘力は誰もが認めるところであった。そのセンス、一族随一の天才也。

そのような天才と、負け犬であったサンタナが。



「闘えィ! 貴様の力、この私に認めさせよ! 半端な覚悟であったなら……貴様は『番犬』に逆戻りだ」



闘う。
サンタナとワムウ。
二人が、拳を打ち合う。


「かしこまりましたカーズ様。……サンタナ、手加減など期待するなよ」

「……望む、ところ」


サンタナの目がワムウを貫いた。
まずまともにやっても、この武人には勝てない。ワムウが現在、目を潰されているハンデを考えたとしても、だ。
それを理解しながら、サンタナは考える。己の力をどう認めさせるかを。


(……『流法』、しかない。それを、見せ付ける。……イメージは、出来ているのだ。何となくのイメージ、は……!)


流法(モード)。すなわちコレが出来ないから、主は自分を見限った。
当然だ。それすら扱えないようでは、どうして力を認めさせることなど出来ようか。


「時は『正午』! 放送の終了後、ただちにこのホールにてワムウとサンタナの試合を行う事とする!」


ここが己の、転機となる。
理解し、サンタナは心臓の鼓動が一層早まるのを……その胸に感じた。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


55 : MONSTER HOUSE DA! ◆qSXL3X4ics :2016/09/17(土) 18:39:04 i89bgrYM0
【D-3 廃洋館 エントランスホール/昼】

【カーズ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:疲労(小)、胴体・両足に波紋傷複数(小)、シーザーの右腕を移植(いずれ馴染む)、再生中
[装備]:狙撃銃の予備弾薬(5発)
[道具]:基本支給品×2、三八式騎兵銃(1/5)@現実、三八式騎兵銃の予備弾薬×7、F・Fの記憶DISC(最終版)
[思考・状況]
基本行動方針:仲間達と共に生き残る。最終的に荒木と太田を始末したい。
1:第二回放送終了後、ワムウとサンタナの『試合』に立会い、サンタナの意思を見極める。
2:幻想郷への嫌悪感。
3:DIOは自分が手を下すにせよ他人を差し向けるにせよ、必ず始末する。
4:奪ったDISCを確認する。
5:この空間及び主催者に関しての情報を集める。パチュリーとは『第四回放送』時に廃洋館で会い、情報を手に入れる予定。
[備考]
※参戦時期はワムウが風になった直後です。
※ナズーリンとタルカスのデイパックはカーズに回収されました。
※ディエゴの恐竜の監視に気づきました。
※ワムウとの時間軸のズレに気付き、荒木飛呂彦、太田順也のいずれかが『時空間に干渉する能力』を備えていると推測しました。
 またその能力によって平行世界への干渉も可能とすることも推測しました。
※シーザーの死体を補食しました。
※ワムウにタルカスの基本支給品を渡しました。
※古明地こいしが知る限りの情報を聞き出しました。また、彼女の支給品を回収しました。
※ワムウ、エシディシ、サンタナと情報を共有しました。
※「主催者は何らかの意図をもって『ジョジョ』と『幻想郷』を引き合わせており、そこにバトル・ロワイアルの真相がある」と推測しました。
※「幻想郷の住人が参加者として呼び寄せられているのは進化を齎すためであり、ジョジョに関わる者達はその当て馬である」という可能性を推測しました。


【ワムウ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:疲労(小)、失明(いつでも治せるがあえて残している)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:掟を貫き、他の柱の男達と『ゲーム』を破壊する。
1:第二回放送終了後、サンタナと試合を行う。
2:霊烏路空(名前は聞いていない)と空条徐倫(ジョリーンと認識)と霧雨魔理沙(マリサと認識)と再戦を果たす。
3:ジョセフに会って再戦を果たす。
[備考]
※参戦時期はジョセフの心臓にリングを入れた後〜エシディシ死亡前です。
※失明は自身の感情を克服出来たと確信出来た時か、必要に迫られた時治します。
※カーズよりタルカスの基本支給品を受け取りました。
※スタンドに関する知識をカーズの知る範囲で把握しました。
※未来で自らが死ぬことを知りました。詳しい経緯は聞いていません。
※カーズ、エシディシ、サンタナと情報を共有しました。
※射命丸文の死体を補食しました。


56 : MONSTER HOUSE DA! ◆qSXL3X4ics :2016/09/17(土) 18:39:26 i89bgrYM0
【サンタナ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:疲労(小)、再生中
[装備]:緋想の剣@東方緋想天、鎖@現実
[道具]:基本支給品×2、パチンコ玉(19/20箱)@現実
[思考・状況]
基本行動方針:自分が唯一無二の『サンタナ』である誇りを勝ち取るため、戦う。
1:戦って、自分の名と力と恐怖を相手の心に刻みつける。
2:第二回放送終了後、ワムウと試合を行い、新たな『流法』を身につける。
3:自分と名の力を知る参加者(ドッピオとレミリア)は積極的には襲わない。向こうから襲ってくるなら応戦する。
4:ジョセフに加え、守護霊(スタンド)使いに警戒。
5:主たちの自分への侮蔑が、ほんの少し……悔しい。
[備考]
※参戦時期はジョセフと井戸に落下し、日光に晒されて石化した直後です。
※波紋の存在について明確に知りました。
※キング・クリムゾンのスタンド能力のうち、未来予知について知りました。
※緋想の剣は「気質を操る能力」によって弱点となる気質を突くことでスタンドに干渉することが可能です。
※身体の皮膚を広げて、空中を滑空できるようになりました。練習次第で、羽ばたいて飛行できるようになるかも知れません。
※自分の意志で、肉体を人間とはかけ離れた形に組み替えることができるようになりました。
※カーズ、エシディシ、ワムウと情報を共有しました。


【エシディシ@ジョジョの奇妙な冒険 第2部 戦闘潮流】
[状態]:疲労(小)、上半身の大部分に火傷(小)、左腕に火傷(小)、再生中
[装備]:なし
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:カーズらと共に生き残る。
1:ワムウとサンタナの試合を見学したい。
2:神々や蓬莱人、妖怪などの幻想郷の存在に興味。
3:静葉との再戦がちょっとだけ楽しみだが、レミリアへの再戦欲の方が強い。
4:地下室の台座のことが少しばかり気になる。
[備考]
※参戦時期はロギンス殺害後、ジョセフと相対する直前です。
※左腕はある程度動かせるようになりましたが、やはりダメージは大きいです。
※ガソリンの引火に巻き込まれ、基本支給品一式が焼失しました。
 地図や名簿に関しては『柱の男の高い知能』によって詳細に記憶しています。
※レミリアに左親指と人指し指が喰われましたが、地霊殿死体置き場の死体で補充しました。
※カーズからナズーリンの基本支給品を譲渡されました。
※カーズ、ワムウ、サンタナと情報を共有しました。
※ジョナサン・ジョースター以降の名簿が『ジョジョ』という名を持つ者によって区切られていることに気付きました。

※ナランチャのナイフ@ジョジョ第5部はリビングルームに放置されています。
※頭の潰れたホル・ホース、射命丸文の片翼、ぐずぐずに溶けた火焔猫燐の肉塊が廃洋館ミュージックホールに放置されています。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


57 : MONSTER HOUSE DA! ◆qSXL3X4ics :2016/09/17(土) 18:40:19 i89bgrYM0
『ファニー・ヴァレンタイン』
【昼】D-3 廃洋館 リビングルーム


炎の狂人エシディシが、『火焔猫燐』を殺害し、この部屋を去るのを目撃し。
風の武人ワムウが『射命丸文』を吸収し、部屋を横切って扉から完全に出て行くのを見届け。

『その男』は、リビングに備えられた箪笥の引き出しの中から、音も無くゆっくりと姿を現して出てきた。


「………………行ったか。もういいだろう。出てきたまえ」


男――ファニー・ヴァレンタインが周囲を警戒し終えてそう合図すると、同じ様にして彼ら三人……

―――ホル・ホース、火焔猫燐、射命丸文が蒼白な表情を形作り、這いずるようにして引き出しからまとめて出てくる。


「な、な、なんだったんだ……? オレたちは一体どうなりやがった……?」
「これって……ブラフォードお兄さんの時と同じ……」
「……っ」


今、何が起こったのか?
現象の説明が付かない。だが彼らが見たままを端的に述べるのならば。

『自分と同じ姿をした者たちが、なす術も無く目の前で殺された』

馬鹿げているとしか思えない。悪い夢でも見ていたというのか。
だがそれが“確かに起こった事実”だというのなら、それを起こしたのは間違いなくこの男―――

「大統領さん!」

「危なかったな、お燐」

大統領と呼ばれたその男が、駆け寄るお燐を気遣った。

(大統領!? この男が……!)

お燐の叫んだ一言は、文の心中を驚愕に染まらせる。
何をやったのかは計り知れないが、今自分たちを救ってくれたこの男が、“あの”―――!


「大統領〜〜〜!? ……って、お燐、今のはオレの聞き違いかい? こいつが、その……」

「……緊急時だったもので紹介が遅れたな。私の名はファニー・ヴァレンタイン。アメリカ合衆国大統領を務めている者だ」


衝撃に染まるはホル・ホース。
安心に包まれるは火焔猫燐。

そして、警戒を露わにしたのは……射命丸文だった。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


58 : MONSTER HOUSE DA! ◆qSXL3X4ics :2016/09/17(土) 18:41:10 i89bgrYM0

ジョースター邸にて空条承太郎と博麗霊夢、そしてフー・ファイターズと別れた大統領は、次なる目的地を考察する。
そこで彼はディエゴに、もう幾度目かになる連絡を試みたのだ。まともに連絡の付かない彼だったが、今回でやっと繋がった。
彼は彼でコソコソと何か企んでいるようではあったが、大統領も深くは追求しなかった。どうせはぐらかされるだけだ。
そして大統領はディエゴの恐竜網から最新の情報を受け取った。
あのジョニィ・ジョースターが死んだという事実。ジャイロはまだ生きているようだが、その情報は大統領にとってプラスであった。
更にもうひとつ……命蓮寺方面からお燐を含めた三人組が真っ直ぐやって来る、というもの。

お燐が参加者を伴い、自分の居るここまでの道を戻ってくる。
“何かの意図を感じる”……大統領の決断は早かった。ジョニィの馬『スローダンサー』を走らせ、この廃洋館にお燐らが侵入していく姿をギリギリで発見できたのだ。
そこからは激動のように場が動いた。只者ではない大男が三人、お燐らを襲撃するシーンを覗いていた大統領はD4Cを発動。
急いで『隣の世界』に赴き、平行世界の火焔猫燐、射命丸文、ホル・ホースを拉致し、『土煙』と『土煙』の間から現れて彼らを突き放す。
同時に本物の三人を再び土煙の間に押し込み、基本と並行の彼らをそのまま入れ替える形にして隠した。

これが大統領の起こした顛末、その全てである。


「―――するってえと、アンタはマジモンの大統領閣下ってわけかい? 正真正銘、アメリカさんの所のトップ?」


廃洋館を脱出し、ひとまず彼ら四人は館から距離を取ることにした。あの場所は……おそらく会場内では危険度SSS級だろう。
軽く自己紹介を交わしながら大統領はホル・ホースの質問に適当に答えている。
普通ならばわざわざ危険な地に自ら向かい、参加者など助けはしない。大統領の目的、その最優先が遺体だからである。
だがお燐がその場に混ざっているとなれば、話は少々違ってくる。少なくとも彼女は大統領が渡した遺体の両脚を持っているのだ。


「私のことはもういいだろう。それより『見た』だろう? 君たちも……“君たち自身の辿る結末”を」


大統領が話すのは、ついさっき『自分たち』に起こった悲劇についてだ。
ホル・ホースもお燐も大統領の能力の謎についてはさっぱりであったが、自分にそっくりな存在が無残な結末を辿った光景は、隣の世界から覗いていた。

あれはただそっくりなだけの『人形』などでは決してない。
正真正銘の『自分そのもの』。それが分かってしまった。だからこそ戦慄するしかない。
あれは『仮想(シミュレーション)』だ。“もし大統領が居なければ、あの光景が己の身に起こっていた”という、恐ろしい仮想。

お燐は覗いてしまった。自らが焼かれ、絶叫を上げながら無残に溶かされゆく光景を。
文は覗いてしまった。外から帰還したワムウがその手に持っていた、己の肉体の一部。その片翼を。

ホル・ホースだけは並行世界の自分がどのような殺され方をしたのかは分からない。廊下まで追って殺害したサンタナが、そのまま何処かへ消えたからだ。
だが心臓を握り潰されるような悪寒は、何処かの自分が惨たらしい死を与えられて殺されたという事実をその身に感じた。

彼らが三人それぞれ死ぬ瞬間、自分が何を思い、何を後悔し死んでいったのか。
如何な並行世界の自分とはいえ、それだけは死に追い詰められた本人にしか分からないのだろう。


「と、とにかく礼を言うぜ、えーっと大統領サマ? 本ッ当〜に死ぬトコだった。すまねえ」

「いや……礼には及ばないさ。私もそれなりの『見返り』を求めて、ここまでやって来たのだからな」

「見返り……? 何ですかい、それは―――」


ホル・ホースがひょうきんな態度で、彼なりに礼を述べたその直後であった。
大統領がツカツカとお燐……そして文の隣にまで歩き、その肩に手を置いた瞬間―――



「少し、彼女達を借りていくぞ。君はここで待っていてくれたまえ」



え……、と小さく驚きを漏らすホル・ホースをよそに。

大統領と文、お燐の身体が……一瞬で雨に塗れて『溶けた』。


「な……!?」
「え……」

「―――D4C」


その身に起こった現象を理解する間もなく。

雨に打たれるホル・ホースを残し、三人は『雨粒』と『雨粒』の間に挟まれ、再び隣の世界へと消えた。


↑ ↓ ↑ ↓ ↑ ↓ ↑ ↓ ↑ ↓ ↑ ↓ ↑ ↓ ↑


59 : MONSTER HOUSE DA! ◆qSXL3X4ics :2016/09/17(土) 18:41:59 i89bgrYM0
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「―――さて、『本題』といこうか。……射命丸文くん、だったかな?」



迂闊だった。文は前髪に伝う雨と冷や汗を振り払いながら、大統領と距離を取る。
大統領のスタンド能力『D4C』についてはジョニィからおおよそ聞いていた。大統領の人柄と『これまでやってきたこと』、それら全ても。
だからこそ文は彼という男を警戒する。下手をすれば大統領は――さっきの大男よりも更に厄介な男である、とも感じる。

「……本題ですって? 貴方ほどの方が、私のような鴉天狗に何の用があるというのです?」

「…………『所持』しているのだろう? 聖人の遺体を」

心臓の打つリズムが倍にまで跳ね上がった。
この男は賢明だ。遺体を捜すお燐が私と行動を共にしている事実だけを見て、私が遺体を所持しているとあたりを付けたのだ。

「……大統領さん。この人、持っているよ……!」

大統領の横でお燐が文を指差す。
周りには自分たち三人だけだ。これでお燐は、ホル・ホースを気にすることなく文を糾弾することが可能となった。
彼がホル・ホースを向こうの世界に置いてきたのには、そういう意図も含まれているのだろう。

「……どうしてホル・ホースさんでなく、私の方が遺体を持っていると分かったのですか?」

「お燐くんの視線を見ていればすぐにピンときたよ。『この女こそが遺体を持っている』と言わんばかりの視線だったものでね」

文は思わず舌打ちでもかましそうなところを、お燐を睨みつけるだけに抑えた。
自分にとっての最悪は、何も終わってなどいなかった。あのモンスターハウスを切り抜けたと思ったら、真の最悪はこの男の方であった。


「ジョニィさんから貴方のことについては伺っております。……ここで私を殺す気ですか?」


こと遺体については、その執念に他を圧倒する凄まじいものがある。
ジョニィは生前そう言っていた。ならば目撃者の居ないこの世界で、この男は好き勝手できるということだ。

どうする?
勝てるか……? 聞く限りではえげつない能力を有すこの男に、スタンドすら持たない自分が?

……いや、殺らなきゃ殺られる。不意打ちならば、あるいは―――


―――腰に差す拳銃に手を掛ける。
―――それは『とある世界』において、大統領が己の正当性を説く裏で、ジョニィ・ジョースターを騙し討ちにかけた拳銃であった。
―――皮肉な事に、今度は大統領自身がその拳銃を向けられ……



「いや、私は君を傷付けるつもりなど一切ない」



真実、文を真っ直ぐ見据えてその男は断言した。


60 : MONSTER HOUSE DA! ◆qSXL3X4ics :2016/09/17(土) 18:42:36 i89bgrYM0


「……信じません。貴方は遺体の為ならば『何でもやる』男だと、ジョニィさんは仰ってました」


大統領の確固とした宣言を受けても、文の心は動じない。
ジョニィは大統領の言葉を信じ……そして裏切られたと言っていた。
文はこんな大嘘吐きの言葉など、100%信じない。


「私が遺体を欲しているのは事実だが、君を傷付けて強引に奪う真似はしない。
 ……博麗の巫女とそういう『契約』を交わしているからだ。幻想郷の民を攻撃したりはしない、とね」

「口約束なのでしょう。いつだって破れますよ、そんなもの」

「私は『嘘は吐かない』。話し合いにて君の遺体を譲って貰おうと考えている」

「どの口がそれを言うんですか……ジョニィさんを騙したクセに」

「……何の話だ?」

「いえ、お気になさらず。とにかくすぐに元の世界へ戻してください。私は貴方だけには遺体を渡すつもりなど無いのですから」

「まずは話を聞いて欲しい。遺体はこの私が持つことで、初めて意味が生まれる存在だという事を」


この対話は平行線だ。無限に続くこの並行世界のように、大統領の説得が終結することはない。
文はそう見切り、もとより遺体を手放すつもりはないとムキにすらなっている。
その想いの根底にはやはり――ジョニィ・ジョースターの意志が大きく影響を及ぼしているのだ。


そして大統領も真実、遺体を手に入れるつもりである。
だが霊夢の約束を破ったりなどすれば、彼女達の『信用』を著しく損なうことは目に見えている。


(この娘がジョニィからどこまでを聞いたかは分からない。だがこれは『試練』だ)


強硬手段を使えなくもないが、大統領にそれを行使するつもりは今の所ない。
この程度の説得すら出来ないのであれば、このさき遺体を完成させる事など夢のまた夢だろう。

厄介なのはジョニィ・ジョースターの意志。死んだ筈の男が、この期に及んで自分の邪魔をしてくる。
霊夢との契約など無ければ、間違いなくこの女は始末していた。それほどに厄介な執念を、この女からは感じる。

それでも射命丸文は殺さない。その上で、遺体は絶対に奪わなくてはならない。
それも、なるべく彼女の合意を得てからというのがベストだ。最悪、自分の正当性を保てたままであるなら、どのような形になってでも。
ハードな任務であったが、自信はある。だからこそわざわざ“目撃者を作る為”に、お燐を連れてきたのだから。


(そこで見ているがいい、お燐。このヴァレンタインの『覚悟』と『執念』を……!)


交わる事のない二つの執念が雨に消え、彼と彼女の戦いの始まりを告げた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


61 : MONSTER HOUSE DA! ◆qSXL3X4ics :2016/09/17(土) 18:44:02 i89bgrYM0
【D-3 廃洋館 外(隣の世界)/昼】

【ファニー・ヴァレンタイン@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:健康、濡れている
[装備]:楼観剣@東方妖々夢、聖人の遺体・左腕、両耳@ジョジョ第7部(同化中)、紅魔館のワイン@東方紅魔郷、暗視スコープ@現実、スローダンサー@ジョジョ第7部
[道具]:通信機能付き陰陽玉@東方地霊殿、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:遺体を集めつつ生き残る。ナプキンを掴み取るのは私だけでいい。
1:遺体を全て集め、アメリカへ持ち帰る。邪魔する者は容赦しないが、霊夢、承太郎、FFの三者の知り合いには正当防衛以外で手出しはしない。
2:射命丸文の遺体を説得にて手に入れる。こちらから危害は加えない。
3:形見のハンカチを探し出す。
4:火焔猫燐の家族は見つけたら保護して燐の元へ送る。
5:荒木飛呂彦、太田順也の謎を解き明かし、消滅させる!
6:ジャイロ・ツェペリは必ず始末する。
※参戦時期はディエゴと共に車両から落下し、線路と車輪の間に挟まれた瞬間です。
※幻想郷の情報をディエゴから聞きました。
※最優先事項は遺体ですので、さとり達を探すのはついで程度。しかし、彼は約束を守る男ではあります。
※霊夢、承太郎、FFと情報を交換しました。彼らの敵の情報は詳しく得られましたが、彼らの味方については姿形とスタンド使いである、というだけで、詳細は知りません。


【射命丸文@東方風神録】
[状態]:大統領への敵意、胸に銃痕(浅い)、服と前進に浅い切り傷、濡れている
[装備]:拳銃(6/6)、聖人の遺体・脊髄、胴体@ジョジョ第7部(同化中)
[道具]:不明支給品(0〜1)、基本支給品×3、予備弾6発、壊れゆく鉄球(レッキングボール)@ジョジョ第7部
[思考・状況]
基本行動方針:どんな手を使っても殺し合いに勝ち、生き残る
1:大統領に遺体は渡さない。
2:火焔猫燐は隙を見て殺害したい。
3:ホル・ホースを観察して『人間』を見極める。
4:幽々子に会ったら、参加者の魂の状態について訊いてみたい。
5:DIO、柱の男は要警戒。
6:露伴にはもう会いたくない。
7:ここに希望はない。
[備考]
※参戦時期は東方神霊廟以降です。
※文、ジョニィから呼び出された場所と時代、および参加者の情報を得ています。
※参加者は幻想郷の者とジョースター家に縁のある者で構成されていると考えています。
※火焔猫燐と情報を交換しました。
※ジョニィから大統領の能力の概要、SBRレースでやってきた行いについて断片的に聞いています。


62 : MONSTER HOUSE DA! ◆qSXL3X4ics :2016/09/17(土) 18:44:31 i89bgrYM0
【火焔猫燐@東方地霊殿】
[状態]:人間形態、妖力消耗(小)、こいしを失った悲しみ、濡れている
[装備]:毒塗りハンターナイフ@現実、聖人の遺体・両脚@ジョジョ第7部
[道具]:基本支給品、リヤカー@現実、古明地こいしの遺体
[思考・状況]
基本行動方針:遺体を探しだし、古明地さとり他、地霊殿のメンバーと合流する。
1:家族を守る為に、遺体を探しだし大統領に渡す。
2:大統領と射命丸文の成り行きを見守る。
3:ホル・ホースと行動を共にしたい。ホル・ホースには若干の罪悪感。
4:地霊殿のメンバーと合流する。
5:ディエゴとの接触は避ける。
6:DIOとの接触は控える…?
7:こいし様……
[備考]
※参戦時期は東方心綺楼以降です。
※大統領を信頼しており、彼のために遺体を集めたい。とはいえ積極的な戦闘は望んでいません。
※死体と会話することが出来ないことに疑問を持ってます。


【ホル・ホース@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:鼻骨折、顔面骨折、疲労(中)、濡れている
[装備]:なし
[道具]:不明支給品(確認済み)、基本支給品×2(一つは響子のもの)、スレッジハンマー(エニグマの紙に戻してある)
[思考・状況]
基本行動方針:とにかく生き残る。
1:響子を死なせたことを後悔。 最期の望みを叶えることでケリをつける。
2:響子の望み通り白蓮を探して謝る。協力して寅丸星を正気に戻す。
3:あのイカレたターミネーターみてーな軍人(シュトロハイム)とは二度と会いたくねー。
4:誰かを殺すとしても直接戦闘は極力避ける。漁父の利か暗殺を狙う。
5:使えるものは何でも利用するが、女を傷つけるのは主義に反する。とはいえ、場合によってはやむを得ない…か?
6:DIOとの接触は出来れば避けたいが、確実な勝機があれば隙を突いて殺したい。
7:あのガキ(ドッピオ)は使えそうだったが……ま、縁がなかったな。
8:三人とも、一体何処へ消えちまったんだ……!?
[備考]
※参戦時期はDIOの暗殺を目論み背後から引き金を引いた直後です。
※白蓮の容姿に関して、響子から聞いた程度の知識しかありません。
※空条承太郎とは正直あまり会いたくないが、何とかして取り入ろうと考えています。

※現在大統領たちが居る世界は『ホル・ホース、射命丸文、火焔猫燐が既に殺されている世界』です。


63 : ◆qSXL3X4ics :2016/09/17(土) 18:45:53 i89bgrYM0
これで「MONSTER HOUSE DA!」の投下を終了します。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
感想や指摘などありましたら、お願いします。


64 : 名無しさん :2016/09/17(土) 19:59:27 AJ/4w8tA0
投稿乙!
大統領さん流石ッス・・・3人とも死んだと信じきってたので正直ビックリしたで・・・
本ロワでは見られなかったサンタナの成長、自分でもやしと自覚しているパチュリーが面白かった


65 : 名無しさん :2016/09/17(土) 20:11:00 l3zK3pdAO
投下乙です

パチュリーの前に次々死体片手に現れる柱の男達
まさに地獄の大盤振る舞い
そしてそんなヤバい奴らに気づかれることなく救出ミッションを完遂する大統領のチートっ振り


66 : 名無しさん :2016/09/17(土) 20:32:02 tDEKkgQ.0
投稿乙です!
毎度毎度ハラハラされますね…
感情輸入だけで殺されそう


67 : 名無しさん :2016/09/17(土) 20:39:15 vtY3L6kM0
これ大統領と文の弾幕ごっこか?


68 : 名無しさん :2016/09/17(土) 22:40:57 3CMbHM4g0
一気に在庫処分にかかったのかと思った


69 : 名無しさん :2016/09/18(日) 17:33:23 c6MTwUAA0
投下乙です
やっぱ柱の男はヤベえw
原作だと波紋戦士が相手だから忘れやすいけど普通は触れただけでアウトなんだもんなぁ
サンタナ・パチュリー共々次に向けてのフラグが立ったしこの先どうなるやら…


70 : 名無しさん :2016/09/19(月) 01:10:20 EZ8ZO7H60
投下乙です。

とうとうサンタナも認められつつあるな。
それにしてもサンタナは一体どんなモーションとなるだろう?


71 : 名無しさん :2016/09/20(火) 00:31:14 ndn1m0NU0
しまった、モーションちゃうモードだった。暗黒空間があったら入りたいほど恥ずかしい。


72 : 名無しさん :2016/09/20(火) 11:40:42 JrzzyZxo0
落ちこぼれだったがやる気を取り戻した万年平社員のサンタナとやる気だけではない成長を見てその評価を改めつつある上司たち
ホルホル君は中盤死のジンクスを避けられなかったか…と思ったら大統領は身代わりのつえを振った!一時しのぎの壺を使った!で回避していたとは…
パチェが柱の男たちの暴力を見せつけられてるシーンではこちらも胃がキリキリドキドキして口の中に唾がたくさん溜まった…
果たして大統領と文の交渉の行方は?サンタナとワムウの試合は?いよいよノンキしてられなくなったパチェは?
今後も目が離せないぜ! 最後に投下乙です!


73 : ◆qSXL3X4ics :2016/09/21(水) 18:30:56 e6N/5KsI0
皆さん、ご感想ありがとうございます。
ところで ◆at2S1Rtf4A氏に質問があります。
以前予約していた仗助、天子、神奈子について今後投下の予定はありますか?
もし完全に白紙にしようというのであれば私の方で改めて予約したいと思っております。


74 : 名無しさん :2016/09/21(水) 21:14:24 KVHfWnco0
半殺しで済ませてくれそうな他の二人と違ってワムウは加減しなさそう


75 : 名無しさん :2016/09/21(水) 21:36:46 7GcVNzLc0
まあ全力で戦って死んだんなら後悔はしないだろう


76 : 名無しさん :2016/09/21(水) 22:08:25 2NBFMzgM0
脳内爆弾、康一の生首、吉良、ぬえ、そして指輪
幾らなんでも爆弾?の持ちすぎじゃないっすかね、パチュリーさん


77 : 名無しさん★ :2016/09/22(木) 01:52:29 ???0
>>73
いつも投下お疲れさまです。サンタナとワムウの試合、何故か青春を感じて微笑ましい。
サンタナが柱の男の輪に解け込めることを祈りたくなります。

そして投下の予定ですが、書けない日が続いて、少し自信がないって感じです。
ただ、最近のジョ東の作品読んでパワー貰ってるし、負けられねぇ!って対抗心に火が付いて来たので
作品で返せるよう尻叩きに予約したいと思います。
またしても待たせる形になって申し訳ないですが、それでもよければ、もう少しお時間下さい

東方仗助、比那名居天子、八坂神奈子、ヴァニラ・アイスの4名を予約します


78 : ◆at2S1Rtf4A :2016/09/22(木) 02:03:04 e86lMeeo0
トリが出ないようなのでこちらから
東方仗助、比那名居天子、八坂神奈子、ヴァニラ・アイスの4名を予約します


79 : ◆BYQTTBZ5rg :2016/09/23(金) 22:18:10 e..2pZ3U0
すみません。
予約を破棄します。


80 : ◆BYQTTBZ5rg :2016/09/25(日) 21:42:32 DazzthKQ0
投下します


81 : 迷いを断て!白楼剣! ◆BYQTTBZ5rg :2016/09/25(日) 21:43:57 DazzthKQ0
結局、私の取った選択肢は幽々子さんを探しに行くというものでした。
それは熟慮し、英断を下したと言えるものでは到底ありません。
ただ前回は丸く収まったのだから、今回もきっと大丈夫だろうという下らない楽観の産物です。
そもそも何が正しいのか、結果からでしか論ずることのできない状況では、考えること自体が無意味なもの。
どうせ徒に時間を浪費するぐらいだったら、心が痛むことのない行動をしよう。
私の足を動かしたのは、そんな思考の放棄とも言えるものからでした。


「チッ、雨でろくすっぽ前が見えねえ!! 阿求、てめえも呑気に俺にしがみついてねえで、ちゃんと周りを確認しろよ!!」

「そんなことぐらい分かっていますよ!!」


雨音が盛大に響く中で、それに負けじと私は大声でジャイロさんに吼えます。
幽々子さんを探しに行くことに否定的であった彼を馬と共に、こうして連れ出すことができたのは、
私の何の考えもなしの行動を正当化する為に、何とか捻り出した推測とも言えない推測でした。


永遠亭には、この異変を解決するにあたって必要であろう八意永琳が住んでいる。
当然、荒木・太田打倒を志す者達は、彼女との接触を求め、永遠亭にやって来る。
当の八意永琳も仲間との合流を求め、永遠亭に足を向けることは想像に難くない。
そんな風にして集まった知恵者達の頭脳と能力があれば、想定される荒木達の監視から逃れる術も容易い。
そしてそれを施されたが故に、ペンデュラムは幽々子さんに反応しなくなった。


ジャイロさんに向かって放たれた私の言葉は、そんな浅はかなものでした。
全くのお笑い種です。そんな考えを証拠立てるものは、何一つないのです。単なる私の妄想なのです。
しかし、ジャイロさんは私の顔を見ると、笑いもせずに、ただ「分かった」と言って、折れてくれました。
そこにあったのは同情か、憐憫か、それとも諦めか。必死に前を見て、考え、行動をしてきたジャイロさんには、
何だか申し訳ない気持ちが、その時の私の中に込み上げてきました。
そしてそれに符号するかのように、ジャイロさんのデコピンが再び襲ってきたのを、私は今でも覚えています。


82 : 迷いを断て!白楼剣! ◆BYQTTBZ5rg :2016/09/25(日) 21:44:41 DazzthKQ0
「勝手に言って、勝手に落ち込んでんじゃねーよ、このバ〜〜カ。それで、どうするんだ?
幽々子が、そんな奴らと合流したっつーんなら、次はどこに向かう?
さっさとポルナレフの気持ち悪い浮かれ顔を、どうにかしてくれよ」


私の気持ちの変化に気付いた故の茶化した行動なのでしょうか。それは嬉しくもあり、心苦しくもありました。
何故ならジャイロさんに対する私の返答は、またしても何ら確証の得られない、薄っぺらな嘘の集まりでしたから。


「永琳さんをはじめとした彼女達が、この異変を解決する当たって、実質的にどう動くかは明白です。
殺し合いを成さしめる原因は、頭の中にある爆弾。ですから、それを取り除くのが、異変解決の第一歩と言っていいでしょう。
そしてそれをする為には、爆弾の構造を調べ、どのように爆発するかを確認することが予想されます。
つまり、参加者の身体の解剖、そして禁止区域での起爆・動作実験です。
この永遠亭に解剖する身体がない以上、必然的に答えは出ますよね、ジャイロさん?」


私が弱々しい声で、途中つっかえながらも、何とかそれを言い終えると、ジャイロさんは地図を勢いよく広げ、指示を出しました。


「禁止区域っつーのは、確かB-4とF-5だったよな。なら、ポルナレフ、てめーはB-4に行け。
俺はもう一つの方に行く。そして帰りがてら、花京院達をここに連れてくる。
阿求、外は雨が降っているし、危ねーから、オメエはここで大人しく隠れて待っていろ! 俺たちも出来るだけ早くに戻ってくる!」


こうして私とジャイロさんは、土砂降りの雨の中を、声を上げながら走っているという状況になったのです。
え? 何で私が外に出ているかですって? それは当然、幽々子さんを探す為です。
と、心の底から言えたら立派なのでしょうが、残念ながら私の場合はそうではありませんでした。
勿論、幽々子さんを心配する気持ちはあります。だけど、それと同時に後ろめたさがあったのです。
何の臆面もなく私の口から出たでまかせを信じてくれた御二人に対する自らのやましさが。
私の取った行動は、純粋に誰かの為に行う尊いものというわけではなく、自分の汚さを誤魔化すための一種の自己保身だったのです。


「幽々子さん!! いませんかー!! いたら、返事をして下さーい!!」


私は自らの中に再度募り始めた罪悪感を振り払うように、急いで大声を上げました。何度も、何度も。
そんな風に喉が枯れんばかりの声を出す一方で、私は幽々子さんは生きていることを未だに信じきれずに迷ったまま。
その心と身体の絶望的な距離は、他者の目には、どれほど滑稽に映っているのでしょうか。


83 : 迷いを断て!白楼剣! ◆BYQTTBZ5rg :2016/09/25(日) 21:45:20 DazzthKQ0
「おい、阿求、あんま無茶すんじゃねーぞ!! 身体が丈夫じゃねーんだろ!?
てめーが、ここでぶっ倒れたら、幽々子を折角見つけ出しても、意味がねぇーんだぜ!?」


私を心配するジャイロさんの台詞を聞いて、私は思わず笑ってしまいました。
別に彼に似つかわしくない私へのあからさまな気遣いが面白かったというわけではありません。
ただ気がついてしまったのです。私がこんなにも必死になって幽々子さんを探している本当の理由を。


要は言い訳作りなのです。病弱な私が我が身を省みずに動いている。
そんな自己犠牲を厭わない姿勢を見せれば、他者を思い遣る心清らかな「私」としての立つ瀬が十分に残せる。
そして必死になり、無茶をすればするほど、私の聖人のような「清らかさ」が顕著になり、幽々子さんへの罪悪感を減らしてくれるという寸法。
自分にも、他人にも向けた、何とも卑怯で下卑た考えです。実際問題、私がいたところで、幽々子さん捜索の助けになるどころか、
ジャイロさんに要らぬ心配をかけ、足手まといにしかなっていないという現状をみれば、それは一つの証左にしか成り得ません。


稗田阿求は自分本位の屑。異変解決に皆との協力が必要不可欠なのに、どこまでいっても自分のことしか考えられない愚か者。
ああ、それが今まで気がつかなかった本当の私なのです。「あの時」も、結局は我が身を案じての行動だったのでしょう。
気がつきたくなかった。知りたくなかった。こんな誇りのない、汚辱に塗れた人生が、私の在り方だったなんて。


「阿求ッ!!! 見つけたぞッ!!!」


耳をつんざくように、いきなり響いたジャイロさんの声に、私の意識は引き戻されました。
この人は私が少しでも落ち込むを素振りを見せると、すぐに声をかけてきますね。
だけどここに至って、その優しさに反感を抱いた私は涙目になりながら、大声で怒鳴り返します。


「一体何だっていうんですか!!? 私のことは、もう放っておいて下さいッ!!! 私はどうせ生きる価値のない人間なんです!!!」

「ああ!!? いきなり何をほざいてんだ!! この馬鹿!!」

「誰が馬鹿ですか!!? 馬鹿って言う方が馬鹿なんです!! この馬鹿〜!! 馬鹿ジャイロ〜!!」

「うるせええええッッ!! なにキれてんだッ、この馬鹿女!! とにかく前だ!! 前を見ろっつってんだよ、この馬鹿阿求!!!」


84 : 迷いを断て!白楼剣! ◆BYQTTBZ5rg :2016/09/25(日) 21:46:00 DazzthKQ0
ジャイロさんの、あまりに切羽詰った物言いに負けた私は、涙を払い、渋々と彼の言うとおり前を覗き込んでみます。
すると、私の内にあった卑屈な感情は一気に驚きで吹き飛ばされてしまいました。何と、前方に人影が見えたのです。
雨の中、視界は良好とは言えませんが、目を凝らして見れば、その赤と青の特徴的な服装から、それが誰だか分かります。


「永琳さん!!!」


急激な感情の変化を表すように私の声は突然と上擦り、さながら下手な弦楽器の悲鳴といったものになりました。
そんな金切り声にジャイロさんの馬は驚いたのか、その急いでいた足を止めてしまいます。
これ幸いとばかりに馬を飛び降りた私は、彼女に駆け寄りながら、その名前を再度呼び上げました。
相変わらず雨が地面を叩きつけた音が盛大に邪魔をしてきますが、今度は私の声も永琳さんの耳に届いたのでしょう。
彼女がこちらの方に顔を向けたのが、私に目に留まります。そしてその次の瞬間でした。
彼女の足元から蝶が咲き乱れたのです。


淡い燐光を放つ美しき胡蝶。その人目を奪う麗しき舞を放つことが出来る人物など、一人しかいません。
しかし、その答えに辿り着く前に、私の目に飛び込んできたのは、乱れ舞う胡蝶をその一身に受けて、吹き飛ぶ永琳さん。
そして彼女が持っていた剣が、白刃を振り回しながら、私の方に飛来してくる姿です。


そんないきなりの攻撃を回避できる運動神経など、当然私は備えておりません。
もっとも、咄嗟に両腕を前に掲げることぐらいはできましたが、それだって虚しさ以外の意味を、そこに見出すのは甚だ困難なことだったでしょう。
何故なら、光など大してない雨の中でも十二分に煌く刃は、腕ごと遠慮なく私の身体を切り裂いていったのですから。


無様な死。何ら意義のない人生の終焉。
それが私に訪れたかのように思えましたが、その死が単なる幻視だと気付けたのは直ぐのことでした。
刀で斬られたのに、痛みはおろか出血もないのです。一体何故と思うと、私の後ろの岩にぶつかって地面に落ちた当の刀が、
切っ先を地面に突き刺しながら、私に寄りかかってきます。そしてそれを手にとって、疑問は氷解しました。


「白楼剣」


答えを述べると同時に、唐突に、本当に唐突に私は理解しました。ここで自分が何を成すべきなのか、を。
それは私にとって些か以上の重荷ですし、重責をも感じます。
ですが、たった今、白楼剣と共に手に入れた私の新しい『生き方』が、それ明るく肯定してきてくれます。


私なら大丈夫だ、と。


85 : 迷いを断て!白楼剣! ◆BYQTTBZ5rg :2016/09/25(日) 21:46:49 DazzthKQ0
なみなみと込み上げてくる自信。その勢いのままに、私は早速ジャイロさんに自らの『責務』を伝えようとしますが、
あろうことか、今度は怒りが私を支配してきました。彼の方に目を向けてみると、ジャイロさんが倒れている永琳さんを
紳士のように優しく抱き起こしているのです。額に青筋を浮かべた私は、途端にジャイロさんに食って掛かります。


「あの、ジャイロさん!! こういう時は、仲間である私をイの一番に心配したり、助けたりするんじゃないでしょうか!!?」

「あっれ〜〜、おたく、いつからそこに居たわけ? 全然気がつかなかったわ〜、いやマジで」


こ、このクサレガキャア〜〜ッ!! その舌を根っこから引き抜いてやろうか〜〜〜〜ァッ!!
ワナワナと震えた私は、あらん限りの力で握り拳を作ります。そしてそれをジャイロさんの口の中に突っこんでやるところまで夢想しました。
ですが、悲しいことに、私にはそれをすることができませんでした。ジャイロさんとは、短いですが、同時に長くも付き合ってきたのです。
私に飛来する刃が人体を害するものであったなら、ジャイロさんは間違いなく私の方に手を伸ばしてきたことでしょう。
彼のそういった瞬時の判断能力や行動力、そして優しさを心の底から信じてしまうほどに、私達は浅からぬ関係となってしまったのです。
……というか、改めて言葉にすると、妙に淫靡で卑猥な響きを持ちますね。今更ながらに、恥ずかしさを覚えてきた私は、
それを誤魔化すように急いで永琳さんに声を掛けました。


「永琳さん、お怪我はありませんか? って、貴方相手に変な質問でしたね。とにかく、状況の説明をお願いしたいのですが?」


私がそう言うと、永琳さんは私の顔を見て、ふか〜く溜息を吐きました。
あっれ〜? 私って、そんなに面倒くさい人間だと思われていたのですか? 結構ショックです。
といって、別に私はそれを糾弾するつもりはなかったのですが、私の感情が図らずとも面に出てしまったのか、
永琳さんは慌てて謝罪の言葉を述べてくれました。


「ごめんなさい。それでは貴方は……え〜と?」

「阿求です。稗田阿求。何度か、お会いしたことがあると思うのですが?」

「……そう。じゃあ、ド忘れってやつね。本当にごめんなさい」

「い、いえ、それで一体何が……?」

「その前に、貴方達は輝夜に会った?」

「いえ、残念ながら」

「本当に残念ね。それで話は変わるけれど、貴方達は幽々子って子の知り合い?」

「ええ、まぁ」

「じゃあ、さっきまでのあの子の様子も知っているかしら? あの子、大分錯乱しているようだったから、
無理矢理にでも薬を飲ませて、落ち着かせようとしたんだけど、それがひどい誤解を招いちゃったみたいでね」

「成る程。誤解ということでしたら、私達が間に入ればどうにかなりそうですね」

「そう。じゃあ、あの子のことは、お願いするわね。あと私には特別敵意や害意は持ってなかったってことも伝えておいて」

「あれ? 妙に他人事じゃありませんか? 永琳さんは、これからどうなさるおつもりなんですか?」

「悪いんだけど、私、これから用があるのよ。だから、ここで失礼させてもらうわ」

「えっ? え〜〜〜〜〜〜〜っ?」

「一応、付け加えさせてもらうけれど、私はこの殺し合いには乗っていないわ。それじゃあね、さようなら」


そう言うなり、永琳さんは足早に脱兎の如くこの場を去っていきました。
咄嗟に私が伸ばした手を掠りもさせずに素早く消えゆく様は、さすがは八意永琳といったところなのでしょうか。
しかし、いつまでもそのことに唖然とはしていられませんでした。「あらあら、一人逃しちゃったわね」と、
至極残念そうに呟きながら、幽々子さんがこちらにやって来たのです。


86 : 迷いを断て!白楼剣! ◆BYQTTBZ5rg :2016/09/25(日) 21:47:39 DazzthKQ0
ようやくの探し人との再会。それももしかしたら死んでいるのかもしれないと危惧していた人です。
ここに至って、喜びは一入のはず。しかし、私とジャイロさんに訪れたのは著しい困惑でした。
幽々子さんが持つ親しみやすさを感じさせる柔らかな雰囲気は消えてなくなり、
代わってあるのは対面する者の両肩にずっしりと圧し掛かる重い威圧感。
そそと歩く姿は見た目こそ美しくあれ、その一歩一歩は相手の首を真綿で締め付けていくような強い圧迫感を与える足取り。
まるで肥大するノトーリアス・B・I・Gがゆっくりとこちらに迫ってくるような深い絶望感と戦慄とが、今の幽々子さんにあったです。
そのプレッシャーで顔中に脂汗を浮かべたジャイロさんは、堪らず訊ねました。


「……幽々子、まさか殺し合いに乗っちまったっつーのか?」

「ふふ、ところでここって何処なのかしら? 見覚えがない場所なんだけど」

「否定はしねーのかよォッ!!」


ジャイロさんが苦渋に満ちた表情で吼えますが、幽々子さんは涼やかな微笑で答えるのみ。
その粗略な対応に、私達の間にはどうしようもない距離ができてしまった、と私には痛感できました。
しかし、ジャイロさんはそれで納得できなかったのか、続けざまに言葉を放ちます。


「マジで、そんなことを考えているわけか、幽々子!? 大体、こんなので最後の一人になってどうするっつーんだ!?」


その質問には幽々子さんも興味があったのか、しおらしく答えます。


「そうね〜。まだそこまで深くは考えてはいないけれど、妖夢を生き返らすということでいいんじゃないかしら」

「寝ぼけんてんのか!! 死者が生き返るなんて……!!」

「……ありえない。それとも、あってはいけないと言うのかしら、ジャイロ? 
だとしたら、随分と酷い殿方ね。こんなうら若き乙女に、また死ねっていうんだから」


幽々子さんの言葉に、ジャイロさんは当惑します。彼女の事情を知らない方では当然の反応でしょう。
西行寺幽々子は、とっくの昔に死んでいて、今はこうして生身の肉体をもって生き返っている。
そんな荒唐無稽な話は、幻想郷でも与太話として扱われる類のものなのですから。
もっとも、それ自体はどうでもいいことです。本題は今の幽々子さんを、どうすべきか。
勿論、その答えは既に私は知っています。白楼剣が、それを私に教えてくれたのですから。


87 : 迷いを断て!白楼剣! ◆BYQTTBZ5rg :2016/09/25(日) 21:48:25 DazzthKQ0
「ジャイロさん!」と、私は凛と呼びかけます。「貴方は永琳さんを追ってください!
彼女はおそらくこの異変を解決するに当たって、重要な『鍵』となる人物です。ここで見失うわけにはいきません!」


こんな状況で、一体何を言っている。そんな顔でジャイロさんは、私の方に振り向いてきましたが、
彼の口から出てきたのは、それとはかけ離れたこんな内容の台詞でした。


「あ〜? おたく、本当に阿求、さん? 何かさっきまでと違って自信あるっつーか、頼りがいがあるっつーか、妙に凄味が……ある」

「あの、ジャイロさん、それって女性に向かって言う褒め言葉じゃありませんよね?」

「…………それはともかく、何があった? というか、お前は、ここで何をするつもりだよ?」

「まぁ、私のことは大丈夫ですよ。『確信』があるんです」


私は手に持った白楼剣を握り締め、ジャイロさんが納得するよう、より強く宣しました。


「ふ〜〜〜〜ん、俺が永琳を追い、阿求が幽々子を片付ける。つまり、二方面作戦ってわけだ。いい策だと思うぜ〜。
だけどよ〜、ここにもっと良い作戦があるぜ。俺とお前と、そして幽々子の三人で永琳を追いかける。どうだ、これで完璧だろ?」

「大変素晴らしいと思いますが、そんなに悠長にしていられる暇はないかと」

「いいや、すぐに終わるさ。要は『あの時』の再現をしようってわけだろ?」


ジャイロさんは私が持つ白楼剣に目を遣りながら、したり顔で訊ねます。
私が大人しくそれを首肯すると、彼はニョホホと自信満々に笑ってきました。


「そして、俺も『あの時』の再現をしてやるっつってんだ!!」


そう言って、ジャイロさんは鋼球を勢い良く取り出しました。
その鋼球は、鉄球を失ったジャイロさんが代わりになるものを、と永遠亭にあった医療機器を心苦しくもバラした時に中から飛び出てきたものです。
ポルナレフさんが言うには、それはベアリングボールといい、正確な真球で出来ているとのこと。
サイズとしては小さめですが、ジャイロさんがその真価を発揮させるのには、些かの問題もないでしょう。


88 : 迷いを断て!白楼剣! ◆BYQTTBZ5rg :2016/09/25(日) 21:49:11 DazzthKQ0
「さあ、走れッ!! 阿求ゥゥッ!!」


ジャイロさんの檄と共に、私は背中を押されるように走り出しました。


「そしてコイツを食らええぇえッ!!」


続けざまに響くジャイロさんの咆哮に鋼球の風切り音、そしてギャルギャルギャルという独特の回転音。
直後、鋼球は私のお尻に直撃しました。


「おひゅうっ!?」


と、変な悲鳴が思わず私の口から零れてしまいました。ちょっ、どこに当てているんですか!?
などという抗議が当然出てくるわけですが、その前に急速に私の下半身の筋肉が収斂を開始。
そして私の上半身を置き去りにして、足が前に前にと急速に飛び出していったのです。


「えっ!? ちょ、これ、何、速ッ!! いや、それ以前に走りづらぁっ!!!」


自分が体験したことのないスピードを、自分が体験したことのない変な体勢で走るのです。
それで目的を達成できるはずもありません。案の定、私の足はもつれ、そのまま勢いよく地面へダイブ。
そして私の身体は幽々子さんの横をゴロゴロゴロと情けなく転がっていきました。
途端にジャイロさんの怒声が私の耳に入ってきます。


「おい!! 阿求!! テメエ何してんだ!! 今の、絶好のチャンスだったろうがァッ!!」


雨土の中をすっ転び、泥まみれとなった私は這う這うの体で何とか起き上がると、
ジャイロさんに負けじと叫び返しました。


「ジャイロさんこそ、何が『あの時』を再現してやるですか!!? 
『あの時』はこの刀に鉄球をぶつけていたじゃないですか!! この嘘つきィィィー!!」

「ああ〜!!? 俺は成功を再現してやるって意味で言ったんだよ!! 大体、『あの時』はもう剣がブッ刺さってたじゃねえか!!
今回とじゃあ、状況が違うんだから、テメエのおケツ様に当てて加速させてやんのが筋だろうがよおお!!」

「あー、もう!! 屁理屈ばっかり捏ねて!! もういいです!! さっさと永琳さんを追ってください!! このアンポンタン!!」

「俺の完璧な作戦を台無しにしておいて、その言い草かよ!! テメエ、本当に一人で大丈夫なんだろうなあ!!?」

「さっきも言いましたけれど、私には『確信』があるんです!! 大丈夫です!!
それよりもジャイロさんの方こそ、分かっていますか!!? 永琳さんもペンデュラムが反応しないのかもしれないのですよ!!」


その言葉でジャイロさんの表情にも焦りが生まれてきました。
私が異変解決における『鍵』と称した人物の重要性は、彼にも簡単に分かることでしょう。
私とジャイロさんは多くの人と出会い、多くの時間を共に過ごしてきましたが、
やったことといえば、敵と戦ったり、場所を移動したりするだけで、異変解決の糸口など、全く掴めずにいる状態なわけです。
であるからして、永琳さんは私達にとって、お釈迦様が地獄へ垂らしてくれた蜘蛛の糸も同然。ここで手放すわけにはいかないのです。
ジャイロさんは不承不承といった体で馬に乗ると、「阿求、ここでくたばったら許さねーからな」と
捨て台詞を吐き、急いで永琳さんのあとを追っていきました。


89 : 迷いを断て!白楼剣! ◆BYQTTBZ5rg :2016/09/25(日) 21:50:18 DazzthKQ0
「今更ですけど、ジャイロさん見逃して良かったんですか?」


私は、にこやかにジァイロさんを見送る幽々子さんに訊ねました。
彼女は、さして動揺することなく平然と答えます。


「彼は永琳を連れて、ここに戻ってくるのよね? なら、問題はないわ。
それよりも、阿求、こうして二人きりになったわけだけれど、貴方の方こそ大丈夫なの?
貴方は、貴方自身のことを心配した方が良いんじゃないかしら?」


剣呑な言葉が容赦なく突き刺さってきます。その次は弾幕なのでしょうか。
ですが、その前に、と私は何とか質問を挟み込みます。


「どうして幽々子さんはこんなことを?」

「……そういえば、ここってどこなのかしら?」

「答える気はないということでしょうか? ここは地図でいうところのE-5とF-5の境目といったところです」

「F-5……何だか聞き覚えがあるわね〜。本当にうっすらとだけど」

「荒木が開幕で言っていた禁止区域を覚えていますか? 先の放送で荒木がそこを禁止区域に定めたのです」

「あらあら、やっぱりそうなのね」

「何が、そうなのですか?」

「阿求、貴方になら分かるんじゃないの? 私は気絶させられ、そこに寝かされていたのよ?」

「さて、どうでしょう? 私如きでは、あの方の深謀遠慮を計ることなどできませんから」

「それは謙遜のし過ぎ、というよりは、単なる過大評価ね。あれは肩書きほど凄い存在ではないわ。
あれが一人の従者として完璧に思えた? 所詮は、その程度。あれは私達の想像の内に十分収まるものなのよ」

「人と人の間に、完璧な答えというものはあるのでしょうか?
また、あるとしても、それは万人に共通するものなのでしょうか?
案外、あの方達には、ああいった関係が適切なのかもしれませんよ?」


そこで幽々子さんの口は閉じられました。それに伴って、私に向けられる視線は一層鋭くなります。
ですが、それは私に言い負かされたからというよりは、私を見定めるためといった方が正しいでしょう。
事実、彼女の口から次に発せられた言葉は、こんなものでした。


90 : 迷いを断て!白楼剣! ◆BYQTTBZ5rg :2016/09/25(日) 21:50:54 DazzthKQ0
「貴方、本当に阿求? 貴方は、もっと他人を顔色を窺って話をするタイプじゃなかったかしら?」


確かに、と思う部分は少なからずありましたが、今の私はそれを思いっきり笑ってあげました。


「ハハハ、面白いことを言いますね、幽々子さん。友達同士での会話に何を遠慮することがあるんですか?」

「フフ、阿求、貴方も面白いことを言うわね。誰と誰が友達なのかしら?」

「私と幽々子さんが、です」

「私は貴方と友達になった覚えはないわね〜。そもそも友達というのは、対等な者同士がなるもの。
例えば、こんな殺し合いで誰かの役に立つどころか、足を引っ張ることしかできない人間が、誰かの隣に立つなんて可能なのかしら?」


ズキリと心が痛みました。確かに私は幽々子さんには遠く及ばない存在でしょう。
そして、いまだこの異変で明確な役割を得られない私は、誰にとってもまさにお荷物でしかありません。
そんな人間の言葉など、やはり弱者が生存のために強者に縋りついているだけと思われるのが関の山かもしれません。
ですが、私は言いました。声を大にして。それは何と言っても、私の本心なのですから。


「私は幽々子さんを信じることができます。貴方の隣に立って、貴方を支えてあげることができます」


私が迷いなく言い切ると、幽々子さんは怪訝な顔を浮かべ、次いで悲しみ、驚き、怒るといった何とも複雑な表情をしました。
だけど、それも落ち着いてくると、途端に彼女の舌鋒は鋭くなります。


「信じる? 私の何を? 貴方は私のことなど何も知らないでしょう? そういうのは、おためごまかしというのよ、阿求。
そんなんだから、貴方には本当の友達ができないのよ」

「何も知らないということはありませんよ。勿論、全てを知っているというわけでもありませんが、
それでも貴方を信じるには十分なものだと思います」

「信じて……信じて、何になるっていうの? 結局は裏切られるだけじゃない」

「……成る程。誰も信じられないから、殺し合いに乗るということですか」


ハッと幽々子さん慌てて口を噤みました。
私程度の存在に心の根を晒してしまった不覚に気づいたのでしょう。幽々子さんの常にはない姿です。
しかし、今更時間は巻き戻すことなどできません。幽々子さんは怒りと屈辱とでか、顔を紅潮させ激昂します。


91 : 迷いを断て!白楼剣! ◆BYQTTBZ5rg :2016/09/25(日) 21:51:15 DazzthKQ0
「そうよ!! 紫は妖夢を殺し、永琳は私を助けるといって私を殺そうとしたのよ!!
あいつらは私を裏切った!! あれほど信じていたのに!! 結局の所、私が信じられるのは妖夢だけなのよ!!
私には妖夢がいれはいい!! それでいい!! それで満足!! 他の奴らなんていらない!! みんな死んでしまえッ!!!」


幽々子さんが今までに見せたことのない感情の激烈ともいえる昂ぶり。
こんな様子なら、私でも付け入る隙ができるのでは、と冷静に思慮を重ねていましたが、どうやらそれは悪手だったようです。
鬼の形相を携える幽々子さんを前にしても、一切たじろがず、毅然と前を見据える稗田阿求。
そんな私は、幽々子さんに違和感を与えるのに十分なものであり、そしてそれは彼女の火照った頭を冷やす良い打ち水となってしまったのです。
続いて話をする幽々子さんには、さっきの怒りはどこへやら、氷のように冷たい微笑が飾られていました。


「成る程ね。短絡的な理由でゲームに乗る、そして優勝を目指すのに、その手段が稚拙で先を見通せていない。
それは平素の西行寺幽々子からはかけ離れた考えであり、いっときの迷妄に囚われているに過ぎない。
だから、白楼剣で斬れば、その迷いは晴れ、西行寺幽々子は正気に戻るに違いない。
阿求、貴方が考えているのは、こんな所じゃないかしら?」


「さあ、どうでしょう」と、肯定も否定もせずに、私は愛想笑いを浮かべました。
しかし、幽々子さんは確信に至ったらしく、私へ向けられる微笑が、次第に嘲笑へと変わっていきました。


「今度は自分を過大評価したようね、阿求。相手が紫や霊夢だったなら、色々と考えたり、言葉を弄する必要があるけれど、
今、私の目の前にいるのは阿求なのよ? いても、いなくても問題ない、誰にとっても無価値な人間。
そんなのを相手に何かを取り繕う必要があるのかしら? ない、わよね?
つまり、私が貴方に向けた言葉は全て本心ってこと。私のどこにも迷いなんてないわ〜」

「そう思われるのでしたら、白楼剣で斬られてみてもよろしいのではないですか?」

「あら、だからといって、貴方の思い通りに動くのは癪じゃない。でも、私にかかって来るというのなら好きになさい。
貴方は私を信じる。随分と見え透いた嘘だけど、貴方がそこまで言うのなら試してあげるわ。
貴方の言うことが真実なら、きっとどんな目にあっても、私を裏切ったりしないのよね? 手足を失っても、内臓を抉り出されても。
さ、ゲームの開始よ、阿求。貴方が白楼剣で私を斬るか、それとも私が貴方の言葉を嘘と証明できるか。ふふ、どっちが勝つのかしらね〜?」


その狂気染みた台詞を聞いて、私は安堵しました。殺し合いに乗るといいながら、結局殺すということを先送りにしている。
それが意図してか、無意識でかまでは分かりませんが、決定的な判断をいまだ迷っている状態なのです。
どれだけ仮面を被ったとしても、やっぱり根底にあるのは私の知る幽々子さん。あとは、それを表に出してあげればいい。
だから、私は白楼剣を振り上げ、彼女に向かって、思いっきり駆け出しました。


92 : 迷いを断て!白楼剣! ◆BYQTTBZ5rg :2016/09/25(日) 21:53:42 DazzthKQ0
一体、どれほどの弾幕を私は受けたのでしょうか。幽々子さんが放つ光弾は石のように硬く、
私の顔を含めた全身のいたるところは赤く腫れ上がり、猛烈な痛みと熱さを感じさせてくれます。
そんな惨状に、逃げ出したい、ここに来なければよかった、といった後悔が当然のように湧いてきますが
それで私の心が挫けてしまうことはありませんでした。だって、私は生きているんです。
あの執拗な攻撃を受けて尚、あの死を操る幽々子さんを前にして尚、私は生きているんです。
その確かな事実は、私の『確信』を深める励みにしかなりませんでした。


それに私はただ幽々子さんの弾幕を身体で受けていただけではありません。
飽きるほど攻撃をくらって、ようやくそれをかわすタイミングというものを掴んできたんです。
彼女の息遣いに始まる攻撃の予備動作。その一連の流れを見逃さず、私は「えい!」と叫んで横に跳び、弾幕を無事に回避しました。


「これなら私も霊夢さん達のように弾幕ごっこに興じることができるでは」と
この殊勲に心を踊らせましたが、残念ながらそれは僅か一瞬で否定されることになりました。
まるで私の行動を見計らっていたかのように、回避した先に別の光弾が飛んできていたのです。
咄嗟に剣でそれを振り払おうとしますが、それよりも早く私の顔面に直撃。
「あっ、う!」という情けない悲鳴と共に口と鼻から血が飛び出しました。


風船のように膨れ上がった私の顔に、更なる血が彩られ、凄惨という言葉をより良く表現してきます。
きっと地獄の苦しみとは、こういうのを言うのでしょう。しかし、幽々子さんの攻撃は、それだけでは終わりませんでした。
何と先ほどかわした弾幕が、私を嘲笑うかのように反転し、もんどりうつ私の身体を地面へ勢いよく叩きつけたのです。


痛みによる悲鳴と交代するかのように、口の中に入ってきた泥の味が、私の意識を呼び覚まします。
ほんの一瞬ですが、どうやら私は気を失っていたようです。全く、自分でも嫌になるくらい貧弱な身体です。
攻撃はただの一度もかわせず、おまけに私の身体はズブ濡れ、血塗れ、泥塗れといった最悪の三拍子。
反対に幽々子さんは、頭上で何匹もの胡蝶がヒラリヒラリと舞い、雨を弾いているおかげで、その身体は依然綺麗なままです。


私としては正義の味方のつもりだったのですが、これでは、どっちが正義で悪かは分かりません。
というか、傍目からでは、汚れた罪人が必死に女神に許しを請うているような哀れな姿に見えるかもしれませんね。
まぁ、でも、水も滴るいい男、もといいい女、と言いますし、と考えてしまうあたり、まだ私の心には余裕があるのでしょう。
しかし、身体の方はというと、やはり限界を迎えつつあります。早くに決着をつけなければならないでしょう。
私は白楼剣を支えにして、何とか泥の中から起き上がると、決然と口を開きました。


93 : 迷いを断て!白楼剣! ◆BYQTTBZ5rg :2016/09/25(日) 21:55:20 DazzthKQ0
「だから、馬鹿なんですよ、貴方は!! 殺し合いに乗っておいて、相手を殺さない!?
そんな悠長にしている暇はあるんですか!? 何か意味があるんですか!? 貴方は一つ一つの決断が遅いんです!!
そんなんだから、妖夢さんは死んだんです!! 貴方がもっと早くに決断して動いていたら、きっと結果は変わっていた!!
分かりませんか!? 妖夢さんは誰かに殺されたんじゃない!! 貴方のそのマヌケさに殺されたんですよ、幽々子さん!!」


私がそう叫ぶと、幽々子さんの顔は歪み、何やら言葉ともつかない言葉が、彼女の口から矢のように飛び出してきました。
そしてそれと同時に彼女の手の平に今までにないほどの眩しい光が収束し始めます。
私はそれを見て、ニヤリと笑うと、残る力を振り絞って、前に走り始めました。


幽々子さんの幾つもの弾幕を受けて分かったことは、攻撃をかわすタイミングの他にもう一つあります。
それは威力のある攻撃しようとする時は、それに比例して時間がかかるというものでした。
だから、私が付け入る隙があるとしたら、まさにそこ。彼女が私を殺したくなるほどの怒りを煽ってやればいいのです。


だけど、結局の所、それは素人の浅知恵、苦肉の策以外の何物でもありませんでした。
私が勢いよく一歩目を踏み込むと、幽々子さんの手の平にあったエネルギーが霧散。
そして歪な顔をしていた彼女は急変し、にっこりと優しく私に微笑んできたのです。


「考えが浅いわね、阿求。挑発であることが見え見えよ」


その言葉が終わるや否や、幽々子さんの頭上を羽ばたいていた胡蝶が、私を目掛けて一気に舞い降りてきました。
ええ、分かっていましたとも。私程度がどれだけ考えを巡らしたところで、幽々子さんに敵うわけがありません。
それほど私は頭が良くなく、それほど彼女は頭が良い。だから、これは当然の帰結と言っていいでしょう。


ですが、今の幽々子さんの濁った目で、果たして見通すことができたでしょうか。
私には、ジャイロさんが与えてくれた回転の力が、まだ残っていることに。
確かに、それはほんの少しのものです。あと一回力を使えば、あと一回地面を蹴れば、費えてしまうような儚い力。
だけど、私と幽々子さんの距離は、もうその一回の力で十分に届くのです。


94 : 迷いを断て!白楼剣! ◆BYQTTBZ5rg :2016/09/25(日) 21:55:59 DazzthKQ0





ああ





でも





それでも





私の掲げた剣は届かず、私の目の前には壁となって胡蝶が現れました。


無常にも、無様にも、このまま終わってしまうのでしょうか。





いや、終われない! 終われるわけがない!!


まだ私は何も成し遂げてない!!





かわせ! かわすんだ!! 何としても胡蝶を潜り抜けろ!!


折角、ここまで来たんだ!! あと一歩!!





もう先のことなんて知らない!! 私の全霊をここに賭す!! 


それでも足りないなら!!


お願い!!


メリー!! ジャイロさん!! 神子さん!! そして妖夢さん!! 私に力を貸して!!!





「うおおおおおおお!!! 彼の者の迷いを断てぇ!! 白楼剣ッッ!!!!」


95 : 迷いを断て!白楼剣! ◆BYQTTBZ5rg :2016/09/25(日) 21:57:02 DazzthKQ0

      ――
 
   ――――

     ――――――――





「あら」と目を覚ますと、私は随分と見慣れた光景の前に座っていた。
雄大な枯山水の庭に、それを囲う低い堀越しに見える優美な桜。
そしてそれを眺める私の手元には熱いお茶とお饅頭が置いてある。
なんて事はない。これは白玉楼の日常の風景なのだ。


チョキン、チョキンと不意に何かを切る音が聞こえてきた。
目を向けてみると、黒いリボンに銀髪のおかっぱ姿をした小さな女の子が、庭園の植木に剪定を加えている姿がある。
「ああ、妖夢」と安堵すると同時に納得できた。さっきまでのことは夢だったんだ、と。


「ようやくお目覚めですか、幽々子様?」


私の口から微かに漏れ出た声に反応して、妖夢がこちらに振り返った。
その表情には幾分かの呆れが見え隠れし、おおよそ主に対する従者としては、あるまじき態度だけれど、
今の私にはそれすらも愛しく思えた。私は優しく笑って答えを返す。


「どうやら、そのようね。本当にひどい夢だったわ」

「はぁ、どんな夢だったんですか?」

「さぁ、どんなのかしら? それよりも、妖夢、こっちに来てお話でもしましょう。何だかとっても久しぶりのような気がするわ」


私がそう言うと、途端に妖夢の顔に不機嫌といった感情が広がった。
私としたことが何か失態でも演じてしまったかしら。私は慌てて彼女に訊ねる。


「どうかしたの、妖夢? そんなお饅頭みたいに膨れちゃって」

「お忘れですか、幽々子様? 今日は剣の手合わせをして下さるという約束ですよ?」

「あら? そんな話だったかしら?」

「そんな話です」


妖夢はそう言うと、私の正面に立ち、居合い抜きのように刀を構えた。
それと共に発せられる彼女の殺気は凄まじく、私の背筋を粟立たせる。
何と妖夢は気組みだけで、この私に死を想起させたのだ。
怖いと思う反面、従者の成長に嬉しさを覚え、私はしばし感慨に耽った。


96 : 迷いを断て!白楼剣! ◆BYQTTBZ5rg :2016/09/25(日) 21:57:55 DazzthKQ0
とはいえ、どれだけ感情を刺激されようと、今は誰かと闘う気にはなれない。
先ほど見ていた陰惨な殺し合いという夢のせいなのだろう。
約束を破る形となってしまうのは申し訳ないが、私は妖夢に断りを入れた。


「ごめんなさい、妖夢。今はそんな気分じゃないのよ。手合わせは、また今度にしましょう」

「……かかって来ないというのなら、こちらから行きますよ」


そう言って、妖夢は大地が爆ぜるかのような勢いで私の懐に踏み込み、瞬息の剣を振るった。
それは彼女の放っていた殺気と相まってか、十分に私の死を予見させるもの。
だけど、私は抵抗することなく、微動だにすることなく、それを受け入れることができた。


「すごいじゃないの、妖夢。ちょうど紙一枚分ってところかしら。本当に腕を上げたのね」


パチパチパチ、と軽い拍手を送り、私は妖夢を称賛した。
彼女の剣は私の予想通り首元でピタリと止まっていたのだ。
しかし、私の反応は妖夢の予想とは違っていたのか、彼女は刀を鞘に納めると、こんなことを訊ねてきた。


「どうしてかわさないのですか、幽々子様?」

「不思議に思うことがある? だって、相手は貴方じゃない、妖夢」

「それは私が未熟だからということでしょうか?」

「あら、そんな風に取っちゃったの。それは誤解よ、妖夢。貴方の剣があまりに速かったから動けなかったのよ」

「御冗談を」

「ふふ、それとあと一つ。貴方は決して私を傷つけないって信じていたから」

「成る程、では何故私をそこまで信じれるのですか?」

「だって、私は妖夢のことを今までずっと見てきたのよ。それは信じると判断するには十分な材料になるんじゃないかしら?」

「だったら、どうして紫様のことは信じてあげないのですか?」


97 : 迷いを断て!白楼剣! ◆BYQTTBZ5rg :2016/09/25(日) 22:00:09 DazzthKQ0
その言葉を聞くと、私の頭の中に夢の内容が鮮烈にフラッシュバックされた。
荒木と太田の登場に始まり、阿求、メリー、ツェペリ、ポルナレフ、ジャイロ、神子達との出会いと別れ。
そして荒木の放送で告げられる妖夢の死に、彼女をまさに殺さんとする八雲紫の写真。
私は動悸が激しくなり、息も絶え絶えになる中で、何とか言葉を搾り出す。


「よ、妖夢……き、急に、な、何を言っているの?」

「幽々子様は、誰かによって、むりやり紫様と御友誼を結ばされたのですか? 答えは違います。
幽々子様は私を見てきたように、紫様の色々なところを見て、御友人となることを選んだはずです」

「だ、だから、何だっていうの?」

「お分かりになりませんか? 幽々子様の目は節穴ではないと、たった今、証明されたのですよ」


お酒が五臓六腑に染み渡るようにスーッと、その言葉が私の中で溶けて、広がっていった。
ああ、確かに私が見てきた八雲紫は、私の大切な従者の命を奪うような輩ではない。
そういった行為を平然とやってのけるようなら、私は紫とは友達にならなかったはずだ。


それを理解すると、他人に化けたり、幻を作り出したりする数多の妖怪の名が、私の脳裏に浮かんできた。
またはそれに準ずるようなスタンド能力といった可能性も、今では十分に考えられるだろう。
何てことはない。私が自分で勝手に袋小路に入り込み、そこを彷徨っていただけなのだ。


突然、私の頬に一つ、二つ、と涙が零れ始めた。
あの出来事が顕界で起こったことだというのなら、否応なしにこの事実に突き当たってしまう。


「妖夢……貴方は、これが夢だって言うのね?」

「胡蝶がヒラリヒラリと舞っていたのは、幽々子様の頭の中と、お見受けします」

「ふふ、痛いところを突くわね。でも、私が言いたいのは、そうじゃないの。これが夢だというのなら、貴方は……」

「幽々子様、私達にとって死とは永遠の別れではありません。幽明の境の向こうにある白玉楼こそ、私達の住処、私達の魂の安らぎ処」

「私が貴方に生きて欲しいって願っちゃ駄目なの?」

「幽々子様の御仕事は一体何だったでしょうか。未練は魂を縛る鎖。幽々子様は、そのことを良く御存知のはず。
それに私はこんなにも偉大な方に仕えていたんだって、どうかあの閻魔めに自慢させて下さい」


98 : 迷いを断て!白楼剣! ◆BYQTTBZ5rg :2016/09/25(日) 22:02:15 DazzthKQ0
私が迷っていたこと、私が考えていたこと、そして私はしてきたことは全て、妖夢を貶めていたのだ。
それを今更ながらに気づかされた。とはいえ、それをここでおめおめと認めたら、ますます妖夢の立つ瀬が無くなってしまうだろう。
だから、私は涙を払ってから、鷹揚に笑って、こんなことを訊ねてみる。


「あら、妖夢、それって私に生きて、あの異変を解決しろってことなのかしら?」


妖夢は屈託のない、とても柔らかに笑みを、私に送ってくれた。
答えは、言わずもがな。全く、とんでもない課題を与えてくれたものだ。
だけど、それで妖夢が誇れる主になれるというのなら、やるより他はないだろう。
何と言っても、私は幽冥楼閣の主にして、幽人の庭師・魂魄妖夢の主である西行寺幽々子なのだから。


「さて、そろそろ行かなくっちゃね」


気力を漲らせて、縁側から立ち上がると、さっきまでは無かった白玉楼の門が現れた。
きっと、そこを抜けて行けば、あの忌まわしき場所へと辿り着くのだろう。
今更、躊躇いなどない。私は自らの意志を現すように力強く前へ歩を進めていった。
しかしその途中で、私にはまだ遣り残したことがあることに気づき、その場を急いで振り返った。


「例えこれが夢や幻だとしても、最後に……妖夢」


私の呟きと同時に、妖夢が涙を見せながら、私の胸の中に飛び込んできた。
だけど、私はそれをヒラリとかわし、縁側に置いてあった饅頭を手に取り、それをほうばる。


「幽々子様〜〜」


先ほどとは打って変わって、妖夢の情けない声が聞こえてきた。
それに幾ばくかの懐かしさを覚えつつ、私はほっこりした笑顔で言葉を返す。


「ほうだんよ、ひょうむ」

「せめて、食べ終わってから言って下さい!」


もぐもぐ もぐもぐ ごっくん


「冗談よ、妖夢。さ、こっちに来なさい」


おずおずとこちらに寄ってくる妖夢を、私は勢い良く抱きしめた。
ほのかに伝わってくる妖夢の温かさ。それはもう二度と感じることはできないのだろう。
それはとても寂しく、とても辛いことだ。でも、今度は私が生きて、妖夢にそれを伝えることができる。
いや、そうしなければならない。それが主として、愛する従者への務め。
その為にも、私は荒木と太田を打倒して、あの異変を解決する。


「妖夢、名残惜しいけれど、もう行くわね。あんまり阿求を待たせても可哀想だし」

「……幽々子様、どうか御武運を」


何よりも嬉しい妖夢の励ましを背に、私は門を潜り抜けて行った。


99 : 迷いを断て!白楼剣! ◆BYQTTBZ5rg :2016/09/25(日) 22:04:27 DazzthKQ0
      ――
 
   ――――

     ――――――――





冷たい雨が降り注いでいた。空を見上げれば、どんよりと曇り、陰鬱にさしてくれる。
だけど、その雲もいずれ晴れることだろう。雨が止まない日はないように、
本気を出したこの西行寺幽々子に解決できない異変などないのだから。


さて、と下を見てみると、傷だらけ、泥だらけの阿求が私の顔色を必死に窺っていた。
「マヌケめ、阿求!! お前のおかげで、人殺しへの迷いが吹っ切れたぞ〜〜!!」などと叫んだら、
彼女はどんな反応をするのかしら。そんなイタズラ心が刺激されるけど、さすがにそれをやるのは無粋なこと、この上ない。
勝負に負けたことは、少々悔しくはあるが、それ以上に嬉しくもあるのだ。だから、今は素直に阿求の勝利を祝ってあげよう。


「ただいま、阿求……」


それに続く私の言葉を待たずして、阿求は安心したように顔に笑みを浮かべ、力なく地面へ倒れていった。
私は慌てて、彼女の傷つき、疲れ果てた身体を支えてあげる。そしてその瞬間、私に罪悪感と後悔の念が一気に吹き寄せた。
妖夢と比べたら、阿求は何と弱々しく、何と細い身体なのだろうか。このまま抱きしめたら、枯れ枝のように簡単に折れてしまいそうだ。


「阿求、こんな身体で、あんなにまで頑張っていたというの」


それ自体は返答を期待した問いかけではなく、自戒を促す単なる私の独り言だ。
しかし、阿求は怪我にも負けぬハッキリした口調で、私に言葉を返してきた。


「声が、聞こえたんです」

「声?」


阿求の素っ頓狂な物言いに、私は顔中に疑問符を貼り付けて、思わず訊き返す。
そうすると、今度の彼女は、私の様子に笑いながらも、優しく説明を加えてくれた。


「白楼剣を手にした時、妖夢さんの声が聞こえてきたんです。『大丈夫。自分を信じて。そして幽々子様を信じて』って。
だから、頑張れたんです。だから、幽々子さんは大丈夫だって『確信』が持てたんです」


全く、あの子は死んでまで、私に気を配っていたというのか。
これほど主を思いやれる従者は、他にはいまい。幻想郷のみならず、世界中の皆に胸を張れる私の宝物だ。
そんな誇らしい妖夢の為にも、そして彼女が誇れる主である為にも、私はここで今、宣言しよう。


「安心なさい、阿求。一人前の従者の主が、半人前なわけないでしょう。
私はもう迷わない。私は紫を、阿求を、私は自分の友達を信じるわ」


100 : 迷いを断て!白楼剣! ◆BYQTTBZ5rg :2016/09/25(日) 22:06:42 DazzthKQ0
【E-5 北東の平原/昼】

【西行寺幽々子@東方妖々夢】
[状態]:スッキリ爽やか
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:妖夢が誇れる主である為に異変を解決する
1:私は紫を信じるわ。
2:永琳に阿求の治療をさせる。
3:他の仲間との合流。
※参戦時期は神霊廟以降です。
※『死を操る程度の能力』について彼女なりに調べていました。
※波紋の力が継承されたかどうかは後の書き手の方に任せます。
※左腕に負った傷は治りましたが、何らかの後遺症が残るかもしれません。
※稗田阿求が自らの友達であることを認めました。
※友達を信じることに、微塵の迷いもありません。
※八意永琳への信用はイマイチです。


【稗田阿求@東方求聞史紀】
[状態]:精神充溢、疲労(極大)、全身打撲、顔がパンパン、ずぶ濡れ、泥塗れ、血塗れ
[装備]:白楼剣@東方妖々夢
[道具]:スマートフォン@現実、生命探知機@現実、エイジャの残りカス@ジョジョ第2部、稗田阿求の手記@現地調達、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いはしたくない。
1:自分を信じる。それが私の新しい生き方です。
2:ジャイロさん、永琳さんらと合流。というか、身体中が痛いです。
3:幽々子さんも見つけたことだし、皆で永遠亭に戻る。
3:メリーを追わなきゃ…!
4:主催に抗えるかは解らないが、それでも自分が出来る限りやれることを頑張りたい。
5:荒木飛呂彦、太田順也は一体何者?
6:手記に名前を付けたい。
[備考]
※参戦時期は『東方求聞口授』の三者会談以降です。
※はたての新聞を読みました。
※今の自分の在り方に自信を持ちました。
※西行寺幽々子の攻撃のタイミングを掴みました。


【E-5 北西の平原/昼】

【ジャイロ・ツェペリ@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:疲労(大)、身体の数箇所に酸による火傷、右手人差し指と中指の欠損、左手欠損
[装備]:ナズーリンのペンデュラム@東方星蓮船、ヴァルキリー@ジョジョ第7部、月の鋼球×2@現地調達
[道具]:太陽の花@現地調達、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:ジョニィと合流し、主催者を倒す
1:永琳を追う。
2:途中で花京院と早苗を拾い、皆で永遠亭に戻る。
3:メリーの救出。
4:青娥をブッ飛ばし神子の仇はとる。バックにDioか大統領?
5:ジョニィや博麗の巫女らを探し出す。
6:リンゴォ、ディエゴ、ヴァレンタイン、八坂神奈子は警戒。
7:あれが……の回転?
8:遺体を使うことになる、か………
[備考]
※参戦時期はSBR19巻、ジョニィと秘密を共有した直後です。
※豊聡耳神子と博麗霊夢、八坂神奈子、聖白蓮、霍青娥の情報を共有しました。
※はたての新聞を読みました。
※未完成ながら『騎兵の回転』に成功しました。


101 : 迷いを断て!白楼剣! ◆BYQTTBZ5rg :2016/09/25(日) 22:07:31 DazzthKQ0
【八意永琳@東方永夜抄】
[状態]:精神的疲労(小)、少し濡れている
[装備]:ミスタの拳銃(4/6)@ジョジョ第5部、携帯電話、雨傘
[道具]:ミスタの拳銃予備弾薬(15発)、DIOのノート@ジョジョ第6部、永琳の実験メモ、幽谷響子とアリス・マーガトロイドの死体、永遠亭で回収した医療道具、基本支給品×3(永琳、芳香、幽々子)、カメラの予備フィルム5パック
[思考・状況]
基本行動方針:輝夜、ウドンゲ、てゐと一応自分自身の生還と、主催の能力の奪取。
       他参加者の生命やゲームの早期破壊は優先しない。
       表面上は穏健な対主催を装う。
1:レストラン・トラサルディーに移動。
2:輝夜、てゐと一応ジョセフ、リサリサ捜索。
3:しばらく経ったら、ウドンゲに謝る。
4:基本方針に支障が無い範囲でシュトロハイムに協力する。
5:柱の男や未知の能力、特にスタンドを警戒。八雲紫、八雲藍、橙、藤原妹紅に警戒。
6:情報収集、およびアイテム収集をする。
7:リンゴォへの嫌悪感。
[備考]
※参戦時期は永夜異変中、自機組対面前です。
※ジョセフ・ジョースター、シーザー・A・ツェペリ、リサリサ、スピードワゴン、柱の男達の情報を得ました。
※『現在の』幻想郷の仕組みについて、鈴仙から大まかな説明を受けました。鈴仙との時間軸のズレを把握しました。
※制限は掛けられていますが、その度合いは不明です。
※『広瀬康一の家』の電話番号を知りました。
※DIOのノートにより、DIOの人柄、目的、能力などを大まかに知りました。現在読み進めている途中です。

※『妹紅と芳香の写真』が、『妹紅の写真』、『芳香の写真』の二組に破かれ会場のどこかに飛んでいきました。


○永琳の実験メモ
 禁止エリアに赴き、実験動物(モルモット)を放置。
 →その後、モルモットは回収。レストラン・トラサルディーへ向かう。
 →放送を迎えた後、その内容に応じてその後の対応を考える。
 →仲間と今後の行動を話し合い、問題が出たらその都度、適応に処理していく。
 →はたてへの連絡。主催者と通じているかどうかを何とか聞き出す。
 →主催が参加者の動向を見張る方法を見極めても見極めなくても、それに応じてこちらも細心の注意を払いながら行動。
 →『魂を取り出す方法』の調査(DIOへと接触?)
 →爆弾の無効化。


【C-5 魔法の森/昼】

【ジャン・ピエール・ポルナレフ@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:気合十分、疲労(大)、身体数箇所に切り傷、胸部へのダメージ(止血済み)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品 、???(※)
[思考・状況]
基本行動方針:メリーや幽々子らを護り通し、協力していく。
1:B-4周辺で幽々子捜索!! うおおおお!! 絶対見つけ出してやるぜえ!!
2:1の結果如何に関わらず、しばらくしたら永遠亭に戻る。
3:メリーの救出。
4:仲間を護る。
5:DIOやその一派は必ずブッ潰す!
6:八坂神奈子は警戒。
[備考]
※参戦時期は香港でジョースター一行と遭遇し、アヴドゥルと決闘する直前です。
※空条承太郎の記憶DISC@ジョジョ第6部を使用しました。3部ラストの承太郎の記憶まで読み取りました。
※はたての新聞を読みました。
※ノトーリアス・B・I・Gが取り込んでいた支給品のいずれかを拾ったかもしれません。次の書き手の方にお任せします。




・月の鋼球(ベアリングボール)
永遠亭にあった医療機器に使われていた鋼球。
鋼球とは軸受けの摩擦を軽減する玉のこと。この鋼球のサイズは親指の先っぽくらい。
また月の産物である為に、その素材は鋼やセラミックスより上と思われる。
つまり硬度が非常に高いうえ、耐摩耗性、耐食性、耐薬品性、絶縁性など優れた性質を持っている。


102 : ◆BYQTTBZ5rg :2016/09/25(日) 22:08:23 DazzthKQ0
以上でうす。投下終了。


103 : 名無しさん :2016/09/25(日) 22:25:06 UODTYruI0
乙!
今回も楽しませて頂きましたァン!
阿求死ななくてよかった・・・妖夢・・・『ありがとう』それ以外に言う言葉が見つからない・・・。
幽々子様の 状態:スッキリ爽やか で正直ワロタ


104 : 名無しさん :2016/09/25(日) 23:43:17 lcaO9DK20
投下お疲れさまです
妖夢、幽々子様は清らかに覚悟したよ・・・
でもジョセフならあれはやりかねんw
ポルナレフは、うん頑張れよ見つかるといいな


105 : 名無しさん :2016/09/26(月) 00:31:21 3jswxwHY0
投下乙!
みんな喜べ!漸く妖夢ちゃんに台詞が入ったぞ!!それもスゲーまともな奴だ!!!やったぜ!!!!
安心と信頼のウジウジ阿求ここに極みれりって感じからここまで盛り返したのが、もう素直に嬉しい。
ベアリング鉄球、に尻に当たったって書いてあって座薬かと焦った。in!!してないよね?阿求の貞操は守られたよね?でも直腸摂取した方が効き目良いのか?鉄球は医学。
阿求が幽々子に友達として信じることが出来るって迫るところ
と妖夢の「むりやり紫様と御友誼を結ばれたのですか?」って台詞良い感じに被ってて好き。
要所要所に散りばめられた、信じる=友達を軸に作品が回っていてスゲー良かった。ボッチじゃないさ、目指せリア充阿求


106 : 名無しさん :2016/09/28(水) 19:49:23 fGjTdi9s0
投下乙です。
東方勢が徐々に決意固めてきてるなあ…
幽々子と妖夢の最後を思わせる、切なくもどこか彼女達の“らしさ”を感じる会話。
「優雅に散らせ、墨染めのカリスマ 〜Border of …」でも垣間見た幽々子の想起と何か繋がりを思わせますね。
今の幽々子なら紫と逢わせても大丈夫だと思わせる安心感があります(紫の方はそれどころじゃないけど)。


107 : ◆at2S1Rtf4A :2016/09/29(木) 23:49:47 089tnCJU0
予約延長します


108 : ◆e9TEVgec3U :2016/10/01(土) 21:22:59 DDF92XFQ0
ゲリラ投下させて戴きます


109 : Fragile/Stiff Idol-Worship ◆e9TEVgec3U :2016/10/01(土) 21:24:36 DDF92XFQ0
【昼】B-5 魔法の森



雨の中、七人の参加者が歩みを進める。
その行く先は同じはずなのに、雰囲気は重い。


意識の薄れた少女を助けんとする波紋使い、その波紋使いの殺害の機会を伺う聖職者。
そしてただ狼狽える事しかできない妖獣とその妖獣の変貌を見て少なからず動揺している住職。
更に住職と共に行動する付喪神や己の信念の為に戦いを選んだ八百万の神。


彼女達の意思の殆んどが違う方向に伸びている。
それを収束させたい物も居れば、それが気に喰わない者も居る。
行く末は誰にも、分からない―――



午前に集い、軽い情報交換を済ましただけで既に昼になっていた。
食材も少なく、調理器具も無いという悪条件下。
気付けば果樹園の小屋で行う事は休憩・談話になっていた。


その中で住職、聖白蓮は思案する。
これから皆の協力を取り付けたい、というのはあるがそれよりも心配な事があった。
信用を置いていた者が以前とは違う眼差しをしていたのだ。
恐らくの理由はなんとなくだが想像は付いた。だがそこからこうなってしまうまで変わってしまうのだろうか。


考えど決して妙案は出てこない。
せめて小屋に着いたら本人から話を聞きたい。
そして烏滸がましいかもしれないがもう一度昔の彼女に戻って欲しい。


託された思いを胸に、彼女は己の信じる道の下に歩みを進める。
守れなかった弟子達の為にも、そして誰かが二度と悲しむ事の無い様に。
一歩、また一歩とただ信念を噛み締めるようして歩みを進める。


110 : Fragile/Stiff Idol-Worship ◆e9TEVgec3U :2016/10/01(土) 21:25:19 DDF92XFQ0

10分も歩いただろうか、1つの小屋が見えてきた。
魔法の森には異質なプラムの木に囲まれた、小屋より家と言っても差し支えの無い物。
地図に曰く、果樹園の小屋である。


…ところで、プラムの花言葉は『甘い生活』。
殺し合いには全くと言っても良い程にそぐわないのは火を見るよりも明らかであろう。
『甘い生活』という花言葉を知る者は居ないが、白蓮がそれに近い物を目指しているのはある意味皮肉に近い物があるかもしれない。



中に入って各々が荷物を置き、腰を下ろす。
こころが支給品の中の食糧を食べるにつれ、プッチもそれに倣う様に食べ始めた。
一方、ジョナサンは香霖堂で回収した食糧をさとりに摂取させようと躍起になっている。
さとりを殺したい静葉は気が気でないようだ。


そして長い沈黙が訪れ―――
信念を再確認した白蓮は、説法の前に1つだけやっておきたい事を為そうと口を開く。


「星、少し着いて来てくれませんか?
 話したい事があるので…」


白蓮は本尊である星の名を呼ぶ。
一旦自分と星の二人で話したいと考えたのだ。
静葉の変貌はやはり気がかりではあったが、まずは自分の信用している者と一体一で会話がしたいという点も後押ししていた。
だがそんな思いもいざ知らず。急に名前を呼ばれた星は狼狽えたまま聖に続いて小屋の外に出る。



そして小屋の中は五人になった。


111 : Fragile/Stiff Idol-Worship ◆e9TEVgec3U :2016/10/01(土) 21:26:10 DDF92XFQ0
「この辺りで良いでしょう」
そう言って、白蓮は歩みを止める。
魔法の森、小屋から少し離れた場所。大体C-5との境目の辺りである。
白蓮は星と話をする為にそこに足を運んだのだ。


星は俯いている。
否、白蓮を直視出来ない程に怯えていると言った方が正しいだろうか。
それも仕方が無い事だ。
自分が持っていた確固たる意思が崩れてしまった。
しかもこの時点で既に自分を慕っていた者を一人殺してしまっている。


ただ星は白蓮が言葉を紡ぐのを怯えながら待つのみ。
白蓮はそんな星を見てから静かに口を開く。


「私は…貴女がそんな顔をした所を見るのは初めてです…
 何があったか…詳しく教えてくれませんか?」


精一杯の懇願であった。
だが星は俯いたまま。その様子を見て白蓮は少し悲しそうな顔をし、言葉を続ける。


「貴女は既に何人かを手にかけてしまったのでしょう…
 誰かを殺す事は悪い事です。
 ですが覆水盆に返らず。失った物は決して元には戻りません。」

「私は…」


星は何かを言おうとしたが、黙り込む。
白蓮はこんな自分の事をどう思っているのだろうか。
いつの間にかそればかりが頭の中を覆い始めていた。


112 : Fragile/Stiff Idol-Worship ◆e9TEVgec3U :2016/10/01(土) 21:27:02 DDF92XFQ0

瞬間、星の中で「白蓮に見捨てられるのではないか」という思いが浮かんでしまった。
その疑念は現実の物かは星には分からない。
ただ浮かんでしまった考えは中々頭から離れようとはしない。
白蓮は相手を見捨てる事などしない、とは思いつつもそれ以外に何と言われるのかが想像できないのだ。


…結局の所自分がどうなっていってしまうのか、それがただただ怖い。
白蓮の為なら自分を含めた89人を殺せる、等と豪語した自分の行為が間違っていたと認めてしまう事が怖いのだ。


どうしようもない事なんて既に分かっている。だから信じている者の為に先に進まなければいけない。
そう思っていたからこその見捨てられる恐怖。
自分の信じていた道と白蓮の信じていた道が真逆な物だった事もその恐怖を駆り立てる。


かつて白蓮は信じていた人間に裏切られた。
今度は信じてくれていた自分が裏切ってしまったのか。
もう二度と白蓮と共に同じ道を歩めないのだろうか。
そうなってしまったら私はどうなってしまうのだろうか。
この殺し合いの中で蹂躙されるだけの立場になってしまうのか。


疑念はいつまで経っても消えず、あろうが事がどんどん膨らんでいく。
自問自答をしても決して答えは出てこない。白蓮が次の言葉を出すまでの時間が長く感じる。
死刑台への階段を刻々と登っていく様な、そんな気分。
今にも吐きそうだった。


「元に戻らない事はどうしようも無い。私は貴女の行為を否定は出来ません。
 殺し合いは反対ですが、貴女が自分の意思でやった事でしょう。
 何かの過程を経てそうなってしまったという事は察しが付きます。
 …後悔するくらいなら、まずは自分で抱え込まずに私に相談して下さい。
 私は貴女を、信じていますから。」


…だがそこには慈母のような笑みで再度星を迎え入れようとする白蓮の姿。


113 : Fragile/Stiff Idol-Worship ◆e9TEVgec3U :2016/10/01(土) 21:27:48 DDF92XFQ0

「貴女がさとりさんを攻撃していたのも…何かの理由があっての事でしょう?
 私は貴女が以前のような優しい笑顔を振る舞ってくれる事を望んでいます。
 さぁ、顔を上げて…私に何があったのかを教えてください。」


白蓮の言葉で星は思い直す。
あぁ、そうだった…聖はそういう方だった…
なんて馬鹿な事を考えていたんだろう…


結局、信じていなかったのは私の方だったじゃないか。
聖の為と思ってやっていたけど…空回りだったんだ、私が誰かを殺して、聖一人だけになっても聖は決して喜ばない。
もう取り返しの付かない事って言っていたのは私だったのに…


「私は…、貴女の…!」


啖呵を切ったかの様に星は大声で泣く。これまでの罪を赦して貰わんとするばかりに泣く。
響子は自分を許してはくれないだろう。
それでも赦しを乞うのだ。これから二度と過ちを犯さない為にも。


そして星は白蓮に自分の今までの行為を懺悔する。
まだ涙は止まず、溢れていく。


神父の前では無く、一介の寺の住職の前で懺悔するのは少し変なのかもしれない。
だが、彼女としてはこれで良いのだ。
自分の事を受け止めてくれた者に語ってこそ、懺悔する意義がある。


全てを聞いて白蓮は少し悲しそうな顔を浮かべるが、
それを星に悟らせまいと顔を綻ばせ、そして覚悟をを受け止める様にそっと星を抱き締める。
星は更に声を張り上げて涙を溢してしまった。
微笑ましく、かつ暖かい情景。



やがて星の涙は止まる。だが目はもう先程のような闇を宿していない。
充血こそしているが自分の進むべき道を確立し、堂々として輝いている。
この時、星は毘沙門天の代理として、そして命蓮寺の本尊として、再び立ち上がったのだ。


114 : Fragile/Stiff Idol-Worship ◆e9TEVgec3U :2016/10/01(土) 21:28:32 DDF92XFQ0
一方、白蓮と星が離れて5人となってすぐの果樹園の小屋。
食事を取る者達に混じって一人だけ、雨が降っている窓の外を憂鬱そうに眺めている者が居る。
八百万の神の一柱、秋静葉。
彼女はこの状況を良しとは思っていなかった。


星が白蓮との邂逅であんな事になるとははまず想定出来ていなかったし、
何よりここでスタンスを崩されてしまえば誰かを殺す機会が得られなくなってしまうかもしれない。
1人と2人の差は大きいなんて誰でも知っている。


そこで躓いていては仕方が無いからこそ、星は最悪諦める事を前提にこれからを考える必要があった。
しかし彼女と一緒に闘っていた以上、それを覆す事は至難の技である。


誰か他に共同戦線を張れる者が居ればなんとかなるだろう。
だがそんな人物が居るのだろうか。
思い起こせばプッチ…と言ったか、あの男は何か他と目的が違うとも取れる不思議さを持っていた。
もし彼が「乗っている」ならここから逆転する事も可能かもしれないと考えるが、
そもそも彼が「乗っている」かどうかなんて全く分からない。
邂逅時の情報交換でこっそり聞いておけば良かったか…?
流石に今の状況下で聞くのは無理だ。
してもしょうがないのだが少しだけ後悔をしてしまう。


ならいっその事星のDISCを奪い返してハイウェイ・スターと猫草の二刀流でどうにかしようか…
なんて事も考えるが、私に毒を仕込んだあの大男に勝てる見込みが薄い。
そもそも静葉にはDISCを盗る方法すら分からない。
猫草と弾幕だけではジョナサンには勝てない事は先程の戦闘で承知の事だ。
このままでは憔悴し切ったさとりすら殺せない。


115 : Fragile/Stiff Idol-Worship ◆e9TEVgec3U :2016/10/01(土) 21:29:09 DDF92XFQ0
強くならなければならない。
勝ち残って穣子を生き返らせなければならない。
この二つは絶対条件。なのに前方には高い壁が幾重にも立ち塞がっている。
それも、打ち破る術があるのかすらも分からない壁だ。
世間一般で言えば『チェックメイト』という状況に近いのだろう。
それでも彼女は掲げた意思を貫き通す事を決めていた。
ただ、覚悟があっても力が無くては意味が無いという状態ではある。
そんな自分が恨めしいし、憎たらしい。


彼女は一つ、誰にも聞こえない程度に溜息を漏らす。


そんな事をして考えが出る訳が無い事は知っているが、
それでも気分を落ち着けたい、そんな心の現れか。
雨音で最早静葉にすら聞こえなくなってしまった溜息は空気に混ざってすぐ消える。


取り敢えず支給品から食糧を取り出し、口に放り込む。
何故なのだろうか、全くと言って良い程に味がしない。


だが味なんて知った事ではない。空腹で倒れたら覚悟も全て水の泡だ。
私は打開策を必死に探さなければならない。
死に物狂いで探して、そして最終的に司会者どもに復讐を果たす。
彼女は決して少なくは無い脳ミソを使い、必死に頭を動かして考える。


只管に、我武者羅に、思考を働かせる。最善の案が出るまで絞り出す。
最善でなければ勝てない、恐怖を捨てろ、必ず道があるはずだ、と自分に言い聞かせながら。


116 : Fragile/Stiff Idol-Worship ◆e9TEVgec3U :2016/10/01(土) 21:30:01 DDF92XFQ0


暫く考えていた時であった。


「君は確か…秋静葉、だったかな。
 君と少しだけでも話をしたいと思っているんだが、いいかな?」


自分の名前を呼ばれ、一瞬びくっとする。
声の主はプッチだった。
だが静葉は彼の事を殆んど知らないし、ゲームに「乗っている」かどうかすら分からない。
ただこのゲームに乗っていればそれはそれで好都合というだけ。
だが一方の向こうは自分がジョナサンを殺そうと追いかけて来た事を知っている。
何故声を掛けてきたかすら分からない。
白蓮みたく利他行の精神でも話してくるのだろうか?
…明らかに言えるのは話しても殆んどの確率で利益などないだろう、という事だけ。


しかしそう考えはすれども、
「自分に何の話があるかどうかは知らないが、それでも話をした方が良い」と彼女の本能は告げていた。
損得感情で動く時では無い。今は強くなるべき時である。
その為には全てを踏み台にし、全てを糧として吸収すべきだ。
そう思い直し、彼女はプッチの意見に了承すると小屋の外で話すことを提案。
プッチは少し間を置いてから了承し、小屋の外に出た。


雨なんて関係ない。
利用出来そうなら利用する。
利用出来なさそうなら白蓮が帰ってくる前に殺す。
そんな考えを浮かべて静葉も外へ出る。


―――誰にも見えない角度で猫草を背に忍ばせながら。



そして小屋の中は3人となった。


117 : Fragile/Stiff Idol-Worship ◆e9TEVgec3U :2016/10/01(土) 21:31:35 DDF92XFQ0
【昼】C-5 魔法の森




遡る事10数分前。
魔法の森を独走する影が居た。
ジャン・ピエール・ポルナレフその人である。

雨と疲労を撥ね退け、気合で苦境を乗り越える姿―――

と言えば格好良いが、実の状態は櫛風沐雨。
風雨に晒されて辛苦奔走しているのだ。
一応辛い目にあっても奔走こそしているのが彼らしい所だ。


(クッソー!折角の髪が台無しじゃねぇか!トコ屋にでも行ってまた整え直すのは癪だしよォー)


そんな事を思い浮かべながら、ふと承太郎の記憶DISCで見たエドフの床屋を思い出す。
散髪時の髭剃りは気持ちが良い物だ。こんな状況下でも少し恋しくなってしまう。
が、それと同時に嫌な記憶をもフラッシュバックさせた。


(あの後俺は刀に操られて承太郎を殺しかけたらしいな…あれは記憶だけでも不甲斐無い物だったぜ…)


彼にはアヌビス神との戦闘の記憶は無い。
厳密には太陽の畑でアヌビス神の刀を持った宇佐見蓮子との戦闘があったのだが、それはまた別の問題。
だからこそ些細な事、ではあるが彼はその非礼をもう一度。
記憶の上では無く実際に謝りたいと考える。


だがその前に幽々子の捜索だ。
自分の剣で護ると誓った者が居なくなった、それは彼にとっても大きなショック。
だからこそ見付けられる糸口があったなら、その道を突き進むしか無いだろうとも思えるのだ。
その為に自分は走っているという実感はある。
絶対に見付け出すという覚悟もある。


若干雑念はあるが。


118 : Fragile/Stiff Idol-Worship ◆e9TEVgec3U :2016/10/01(土) 21:33:06 DDF92XFQ0

…だが、人間が気合だけで疲労に打ち勝つ事は出来ない。
結局ポルナレフは疲れから立ち止まってしまった。


だがそれでおめおめと立ち止まるポルナレフでは無い。
エニグマの紙から御柱を取り出し、地面に置く。


(早苗ちゃんは空からこれで降ってきた…となるとこれで空を飛べるって事だよな、
もしかしたら俺でも力を込めるとかすればこれで空を飛べるんじゃないか…?)


空を飛ぶ事は誰もが夢見る事だと彼の心を躍らせる。
しかし置いた所でで思い出してしまった。


(そういえば…こいつはノトーリアス・B・I・Gにエネルギーを吸われてたんだった…
もしかしたら上空ですぐ墜落するんじゃねぇか…?)


途端に人生で3度も飛行機が墜落したと豪語していた男の顔が浮かぶ。
まだ会った事は無いが何故か思い出しただけで笑いが込み上げてくるみたいだ。
少しでも疲れを吹き飛ばせる様に笑う。



…結局、ポルナレフはまた走り出す事に決めた。
今の思い出し笑いの間に少しは体力が回復したように思えるが、B-4までその体力は持たないだろう。
だが、地図にはB-5の南東の方に「果樹園の小屋」というのがあった筈だ。
幽々子には少し悪いがそこで休憩すべきだ、C-5から真っ直ぐB-5へ走り抜ける事にしよう。


執念か、覚悟か、彼は走る。
己の道を、己の剣を携えて。



その覚悟は幸か不幸か。
一心不乱だったが為に近くに居た白蓮と星に気付かなかった。
それを知らない『戦車』の暗示を持つ男は幽々子の為。さも自らが戦車の様に森を駆け抜ける。


119 : Fragile/Stiff Idol-Worship ◆e9TEVgec3U :2016/10/01(土) 21:34:11 DDF92XFQ0

そして3人となって幾数分経った果樹園の小屋。
秦こころと古明地さとりとジョナサン・ジョースターの3人は未だに押し黙ったままだった。


別に3人の間に裂罅がある訳では無い。
3人共押し黙っているのにはそれぞれが理由があった。


こころは死への恐怖と白蓮の教えを交互に思い返し。
さとりは傷こそ大方回復しており、ジョナサンが懸命に介抱しているのに未だ意識は混濁している。
そしてジョナサンはそんなさとりに悔しさを感じていた。


周囲の者が命を失う事を止めたい2人と、命を失いかけている1人。
その思いが交差しようとする中…


雨の音に混じってドアのノック音が聞こえた。



ジョナサンは考える。
ドアを''ノック''した。 つまり敵では無いだろう。
危険人物ならノックせずにこの家を煮るなり焼くなりすれば済む話。
わざわざ自分の存在を誇示する敵なんて居る訳が無いのだ。
先程の静葉達の例は別として。


とどのつまり、誰かから逃げてきた者か休憩地を求めてやってきた者の二択。
後者なら主催打倒に協力してくれる可能性が高いだろう。レミリアの知人なら尚更好ましい。
だが前者は…なるべくは避けたい。体力を消耗しているからなるべく交戦したくはないし、
何よりさとりを守りながら戦うのは難しいだろう。


しかし外にはプッチと静葉が居る。
プッチは穏やかそうな見た目だが一緒に戦ってくれそうだ。
静葉は…協力してくれるかは怪しい。
兎も角前者でも何とかなりそうな気はしてきた。個人的には後者を推したいのだが。
彼はさとりの介抱を一旦止めてドアを開ける。


120 : Fragile/Stiff Idol-Worship ◆e9TEVgec3U :2016/10/01(土) 21:35:05 DDF92XFQ0


しかし彼は気付かなかった。
危険人物はディオの様な真正の悪か、静葉や星の様に愛する家族の為に心を鬼にした者しか存在しないと考えていた。
故に。
悪意の無い殺意を。自分を見失った者を。漆黒に包まれた死神を。
彼は家に招き入れようとしてしまった。



「ねぇ、『蓬莱の薬』って持ってなぁい〜?」



死神の名は、藤原妹紅。
記憶喪失になった蓬莱人の成れの果て。
彼女の抱く炎は黒く、この世の全てを吸い込んでしまいそうな深さをして。
小屋に居た誰もが今までに見た事の無い悪夢の様であった。


しかし死神の来訪を小屋の裏に居た静葉とプッチは何かを話していて気付かない。
黒い焔が上がるのは時間の問題か。
雨の中、死神の焔の煙は決して月に届きはしない。


部屋の中で突然の来訪に戸惑うジョナサンとこころ。
未だ意識が混迷としているさとり。
命蓮寺の本尊として立ち上がった星に、それを喜ぶ白蓮。
殺意を撒き散らす静葉。
そして未だ本心を表さないプッチ。
更に小屋が戦場になりかけている事を知らずに突き進むポルナレフ。



第2回放送まで、あと幾許も無い。


121 : Fragile/Stiff Idol-Worship ◆e9TEVgec3U :2016/10/01(土) 21:37:07 DDF92XFQ0
【昼】B-5 果樹園の小屋


【秦こころ@東方 その他(東方心綺楼)】
[状態]体力消耗(小)、霊力消費(小)、内臓損傷(波紋によりかなり回復)
[装備]様々な仮面、石仮面@ジョジョ第一部
[道具]基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いには乗らない
1:感情の喪失『死』をもたらす者を倒す。
2:聖白蓮と共に行く。
3:感情の進化。石仮面の影響かもしれない。
4:エシディシへの恐怖。
[備考]
※少なくとも東方心綺楼本編終了後からです。
もしかしたら深秘録以降で妹紅の事を知っているかもしれません。
そこは次の書き手さんにお任せします。
※周りに浮かんでいる仮面は支給品ではありません。
※石仮面を研究したことでその力をある程度引き出すことが出来るようになりました。
力を引き出すことで身体能力及び霊力が普段より上昇しますが、同時に凶暴性が増し体力の消耗も早まります。


【ジョナサン・ジョースター@第1部 ファントムブラッド】
[状態]:腹部に打撲(小)、肋骨損傷(小)、波紋の呼吸によりかなり回復
[装備]:シーザーの手袋@ジョジョ第2部(右手部分は焼け落ちて使用不能)、ワイングラス@現地調達
[道具]:河童の秘薬(9割消費)@東方茨歌仙、不明支給品0〜1(古明地さとりに支給されたもの。ジョジョ・東方に登場する物品の可能性あり。確認済)、
命蓮寺や香霖堂で回収した食糧品や物資、基本支給品×2(水少量消費)
[思考・状況]
基本行動方針:荒木と太田を撃破し、殺し合いを止める。ディオは必ず倒す。
1:古明地さとりの事が心配。
2:ひとまず聖白蓮と同行する。
3:レミリア、ブチャラティと再会の約束。
4:レミリアの知り合いを捜す。
5:打倒主催の為、信頼出来る人物と協力したい。無力な者、弱者は護る。
6:名簿に疑問。死んだはずのツェペリさん、ブラフォードとタルカスの名が何故記載されている?
 『ジョースター』や『ツェペリ』の姓を持つ人物は何者なのか?
7:スピードワゴン、ウィル・A・ツェペリ、虹村億泰、三人の仇をとる。
[備考]
※参戦時期はタルカス撃破後、ウィンドナイツ・ロットへ向かっている途中です。
※今のところシャボン玉を使って出来ることは「波紋を流し込んで飛ばすこと」のみです。
コツを覚えればシーザーのように多彩に活用することが出来るかもしれません。
※幻想郷、異変や妖怪についてより詳しく知りました。
※ジョセフ・ジョースター、空条承太郎、東方仗助について大まかに知りました。
4部の時間軸での人物情報です。それ以外に億泰が情報を話したかは不明です。


122 : Fragile/Stiff Idol-Worship ◆e9TEVgec3U :2016/10/01(土) 21:38:21 DDF92XFQ0

【古明地さとり@東方地霊殿】
[状態]:脊椎損傷による下半身不随?内臓破裂(波紋による治療で殆んどが回復)、極度の空腹、意識混濁
体力消費(大)、霊力消費(中)
[装備]:草刈り鎌、聖人の遺体(頭部)@ジョジョ第7部
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:地霊殿の皆を探し、会場から脱出。
1:意識混濁。
2:食料を確保する。
3:迅速に家族と合流する。
4:億康達と会って、謝る。
5:襲撃者(寅丸星と秋静葉)との遭遇を避ける。(秋静葉の名前は知らない)
6:お腹に宿った遺体については保留。
[備考]
※会場の大広間で、火炎猫燐、霊烏路空、古明地こいしと、その他何人かのside東方projectの参加者の姿を確認しています。
※参戦時期は少なくとも地霊殿本編終了以降です。
※読心能力に制限を受けています。東方地霊殿原作などでは画面目測で10m以上離れた相手の心を読むことができる描写がありますが、
 このバトル・ロワイアルでは完全に心を読むことのできる距離が1m以内に制限されています。
 それより離れた相手の心は近眼に罹ったようにピントがボケ、断片的にしか読むことができません。
 精神を統一するなどの方法で読心の射程を伸ばすことはできるかも知れません。
※主催者から、イエローカード一枚の宣告を受けました。
 もう一枚もらったら『頭バーン』とのことですが、主催者が彼らな訳ですし、意外と何ともないかもしれません。
 そもそもイエローカードの発言自体、ノリで口に出しただけかも知れません。
※両腕のから伸びるコードで、木の上などを移動する術を身につけました。
※『ハイウェイ・スター』について、情報を得ました。
 ○ハイウェイ・スターは寅丸星の能力。寅丸星と同じエリアが射程距離。
 ○ハイウェイ・スターは一定以上のスピードを出せない。
 ○ハイウェイ・スターは一度に一つの標的しか追えない。
 ○ハイウェイ・スターにこちらから触れることはできない。
 ○ハイウェイ・スターに触れられると、エネルギーを奪われる。
 ○ハイウェイ・スターは炎で撹乱できる。(詳細な原理はまだ知らない。)
※ジョナサンが香霖堂から持って来た食糧が少しだけ喉を通りました。
 極度の空腹はいずれ治るでしょうが、そのタイミングは次の書き手さんにお任せします。


【藤原妹紅@東方永夜抄】
[状態]:発狂、記憶喪失、霊力消費(小)、左肩に銃創、黒髪黒焔、再生中、濡れている
[装備]:火鼠の皮衣、インスタントカメラ(フィルム残り8枚)
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:生きる。殺す。化け物はみんな殺す。殺す。死にたくない。生きたい。私はあ あ あ あァ?
1:蓬莱の薬を探そう。殺してでも奪い取ろう。
2:―――ヨシカ? うーん……。
[備考]
※全て忘れています。


123 : Fragile/Stiff Idol-Worship ◆e9TEVgec3U :2016/10/01(土) 21:39:13 DDF92XFQ0
【昼】B-5 果樹園の小屋(裏口付近)


【秋静葉@東方風神録】
[状態]:顔の左半分に酷い火傷の痕(視覚などは健在。行動には支障ありません)、霊力消耗(小)、肉体疲労(小)、
覚悟、主催者への恐怖(現在は抑え込んでいる)、エシディシへの恐怖、エシディシの『死の結婚指輪』を心臓付近に埋め込まれる(2日目の正午に毒で死ぬ)
[装備]:猫草(ストレイ・キャット)@ジョジョ第4部、上着の一部が破かれた、服のところが焼け焦げた
[道具]:基本支給品、不明支給品@現実(エシディシのもの、確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:穣子を生き返らせる為に戦う。
1:感情を克服してこの闘いに勝ち残る。手段は選ばない。
2:だけど、恐怖を乗り越えただけでは生き残れない。強くならなければ。
3:一時的に聖白蓮と同行するが、状況を見計らい殺せる者を殺す。優先するのはさとり。
4:寅丸はもう諦めた方が良さそう。
5:エシディシを二日目の正午までに倒し、鼻ピアスの中の解毒剤を奪う。
6:二人の主催者、特に太田順也に恐怖。だけど、あの二人には必ず復讐する。
[備考]
※参戦時期は少なくともダブルスポイラー以降です。
※猫草で真空を作り、ある程度の『炎系』の攻撃は防げますが、空の操る『核融合』の大きすぎるパワーは防げない可能性があります。
※プッチと何かを話しています。内容は次の書き手さんにお任せします。


エンリコ・プッチ@第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:肉体疲労(小)、全身打撲、ジョセフへの怒り、リサリサへの怒り
[装備]:射命丸文の葉団扇@東方風神録
[道具]:不明支給品(0〜1確認済)、基本支給品、要石@東方緋想天(2/3)
[思考・状況]
基本行動方針:DIOと共に『天国』へ到達する。
1:ジョナサン・ジョースター……
2:ひとまず聖白蓮と同行し、ジョナサン殺害の機会を伺う。
3:ジョースターの血統とその仲間を必ず始末する。特にジョセフと女(リサリサ)は許さない。
4:保身を優先するが、DIOの為ならば危険な橋を渡ることも厭わない。
5:古明地こいしを利用。今はDIOの意思を尊重し、可能な限り生かしておく。
6:主催者の正体や幻想郷について気になる。
[備考]
※参戦時期はGDS刑務所を去り、運命に導かれDIOの息子達と遭遇する直前です。
※緑色の赤ん坊と融合している『ザ・ニュー神父』です。首筋に星型のアザがあります。
星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※古明地こいしの経歴及び地霊殿や命蓮寺の住民について大まかに知りました。
※主催者が時間に干渉する能力を持っている可能性があると推測しています。
※静葉と何かを話しています。内容は次の書き手さんにお任せします。


124 : Fragile/Stiff Idol-Worship ◆e9TEVgec3U :2016/10/01(土) 21:40:06 DDF92XFQ0
【昼】B-5 C-5との境目付近


【聖白蓮@東方星蓮船】
[状態]:疲労(小)、体力消耗(小)、両手・右足及び胴体複数箇所に火傷(波紋により大方回復)
[装備]:独鈷(11/12)@東方心綺楼
[道具]:基本支給品、不明支給品0〜1個@現実、フェムトファイバーの組紐(2/2)@東方儚月抄、
   宝塔@東方星蓮船(スピードワゴンの近くに落ちていたものを回収)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを止める。
1:星…良かった…
2:静葉の変わり様に衝撃。後ほど話をしたい。
3:プッチを警戒。一時保留。
4:殺し合いには乗らない。乗っているものがいたら力づくでも止め、乗っていない弱者なら種族を問わず保護する。
5:弟子たちを探す。ナズーリン……響子……マミゾウ……!!
[備考]
※参戦時期は東方心綺楼秦こころストーリー「ファタモルガーナの悲劇」で、霊夢と神子と協力して秦こころを退治しようとした辺りです。
※魔神経巻がないので技の詠唱に時間がかかります。
簡単な魔法(一時的な加速、独鈷から光の剣を出す等)程度ならすぐに出来ます。その他能力制限は、後の書き手さんにお任せします。
※DIO、エシディシを危険人物と認識しました。
※リサリサ、洩矢諏訪子、プッチと情報交換をしました。プッチが話した情報は、事実以外の可能性もあります。


【寅丸星@東方星蓮船】
[状態]:左腕欠損(手首まで復元)、精神疲労(小)、肉体疲労(小)、気分晴れ晴れ
[装備]:スーパースコープ3D(5/6)@東方心綺楼、スタンドDISC『ハイウェイ・スター』
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:聖を護る。
1:聖…!
2:響子を殺してしまった事を後悔。
[備考]
※参戦時期は少なくとも神霊廟以降です。
※能力の制限の度合いは不明です。
※ハイウェイ・スターは、嗅覚に優れていない者でも出現させることはできます。
ただし、遠隔操作するためには本体に人並み外れた嗅覚が必要です。

※C-4魔法の森にある霊烏路空の死体の傍に制御棒が置かれています。


【ジャン・ピエール・ポルナレフ@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:気合十分、疲労(大)、身体数箇所に切り傷、胸部へのダメージ(止血済み)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品 、御柱@東方風神録、???(※)
[思考・状況]
基本行動方針:メリーや幽々子らを護り通し、協力していく。
1:B-4周辺で幽々子捜索!! うおおおお!! 絶対見つけ出してやるぜえ!!
2:でもB-4に着く前に少しだけ休憩だ。
3:1の結果如何に関わらず、しばらくしたら永遠亭に戻る。
4:メリーの救出。
5:仲間を護る。
6:DIOやその一派は必ずブッ潰す!
7:八坂神奈子は警戒。
[備考]
※参戦時期は香港でジョースター一行と遭遇し、アヴドゥルと決闘する直前です。
※空条承太郎の記憶DISC@ジョジョ第6部を使用しました。3部ラストの承太郎の記憶まで読み取りました。
※はたての新聞を読みました。
※ノトーリアス・B・I・Gが取り込んでいた支給品のいずれかを拾ったかもしれません。次の書き手の方にお任せします。
 取り込んでいた残りの支給品は十六夜咲夜のナイフセット@東方紅魔郷、止血剤@現実、基本支給品×2です。
 使い物にならないかも。


125 : ◆e9TEVgec3U :2016/10/01(土) 21:41:05 DDF92XFQ0
以上で投下終了となります。


126 : 名無しさん :2016/10/01(土) 21:47:06 bB1S7y5U0
うわぁ・・・
元々藁の砦状態だったB-5に、イカれもこうとGO-GO-ポルポル参戦かぁ。
バトロワらしい混沌とした展開になってきちゃったよ・・・次を見た瞬間、誰かが 死ぬ(予言)


127 : 名無しさん :2016/10/02(日) 14:49:26 atNl7pJ20
投下乙そしてジョ東ロワスレへヨーソロ…新トリ書き手さん

南無三が何とか寅丸を引き止めたは良いけど油断出来ない状態が続きそうだ
しかもロクでもない二人がつるみ出したからさあ大変
近くとはいえ安易に離れてしまったのが痛い、甘いぜ南無三…

>>110の『一体一』という表現は多分『一対一』だと思われ

それと気になったのは妹紅の移動距離がちょいフリーダムになってることでしょうか
二時間でF-4、E-3、B-5は頑張り過ぎな気がしました
それ以外は特に問題はないと思います
改めて投下乙でした!


128 : 名無しさん :2016/10/03(月) 02:26:12 zNKinrA20
新しい書き手さんだ……投下乙です!

何気に怖い要素揃った聖様御一行。聖からすれば最も気に掛けるべきは星であるわけで…
仏僧らしくありがたいお説教で星を正しい道に戻したのも束の間、怖いのは静葉の方なんだよなあ。
途中、プラムの花言葉を挟んでくるのは良かったですね。甘い生活どころか今から修羅場と化しそうではありますが。
そして一方、イライラ気味の静葉ネキさん。焦燥しつつもあくまで冷静に今後を見据える姿、既に以前までの彼女からは考えられない姿。
で、とうとうこんなところまで来ちゃった暴走妹紅。一気に展開に火が付くもここでバトン。何ともニクいタイミング。
後はポルナレフ…直接的な戦闘力ではトップであろうアンタが頼りだ! 余計な事はせず、上手くここは収めてほしい!

多様な場面を次に繋ぐ、良い下ごしらえ話でした。良かったらまた書いてみて欲しいな!


129 : ◆at2S1Rtf4A :2016/10/06(木) 23:59:10 l2POYDq20
投下します。


130 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:01:00 ???0
title:相剋『インペリシャブルソリチュード』


131 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:01:28 ???0
重い両開きの扉を開け、そこにある空間に脚を踏み入れる。
何回扉を抉じ開けたか、両手指の数を超えたかと思うと、少々うんざりする。
私は一人で野暮用の最中。思いっきりスッ飛ばしてここまで来たとはいえ、後ろの心配をしなければならない。
そういうワケで、出来ればアイツと離れたくない。決して他意はなく、違う。深い意味はない。
スライド式の鉄格子の扉をズラして、ガラガラと不作法な音が医療監房内に響き渡る。
扉の上枠を潜り、そこにある空間に脚を踏み入れ、しかしその脚を引っ込め、代わりに溜息だけが室内へ。


空気が変わった。
ここは感染している。この世の有象無象に仇成さんとするほどの純粋な敵意に。
空間から立ち込める異様な気。私が来るや否や向けられたそれは、警告などという生易しいものではない。
しかし、そこに人はなく、私に向けられた殺気だけが漂うだけ。
緋想の剣がなくても、私なら見極められるほど充満している。どうやら居るらしい。
気は進まないけど逃げるのも手段の一つ。ただ、それを選ぶことは出来そうにない。
断っておくと、ただ単に私が乗り気だからではない。背後を慮ってのことだ。
先に来て良かったと思う。挟撃なんて以ての外だ。来た道にはアイツがいる以上、その危険を取り除くのは当然私になる。
なんてことない、アイツだってそーするし、私だってそーする。
結局、接触するほかない、といったところ。


霧散した溜息の後を追った。
扉越しから既に見えていたが、やはり他の監内と変わらないみたいだ。
入るとそこは小さな広間となっていて、椅子と机が疎らに設置された食堂らしき場所が見える。
周囲を警戒しつつ食堂の中央にまで足を運ぶ。
一体どんな不始末か、一本のナイフが調理場に突き立ててある。
一歩ずつ踏み入る毎に、満ち満ちた殺気もそこにある鋭利な刃物を連想させた。
感じる。相手は見ている。
広間の隅にいくつかの部屋があるだけ。出所はすぐにでも分かった。
私は声を出した。出てくるようにと、話があるのならこちらも応じると。


その瞬間だ。身体が軽くなったのは。


緊張からの解放。接触寸前、四面楚歌の刃が一斉に取り下げられた。
殺気が立ち消えたことに私は気付く。唐突に。丸々全て。そこから失せた。
薄刃包丁?微塵切り?いや違う。それどころではない。微塵すら残らない。あるのは零。
一もなく二もなく、間に合え、と私は願ったのが、最後の思考。


空気が変わった。


  ―――――――――

    
          ―――――――――――――――――――――――


 
     ―――――――



―――――――――――――――――




―――――――――――――――――



       ―――――――――――


132 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:01:54 ???0


「ようやく着いたわね、GDS刑務所に!」

肩を上下させ、歪な影を作った少女は一人語意を強める。

「ほら仗助!着いたわよ!」

どうやら、二人のようだ。仗助と言うのだろう。少女の背中には逞しい体格の青年が眼を閉じぐったりとしている。当然、少女の言葉に反応する気配は見られない。
その無反応の返しに、少女の表情は目に見えて分かる不機嫌の貌を象った。

「……」

だが苦言は呈さず、代わりに脚を動かす。身長差のせいで青年の靴が地面を擦る。
少女の来た道を辿れば引き摺った跡がしっかりと残っていることだろう。
空色の髪の毛は雲一つかかっていないのにポツポツと雫を滴らせている。
それどころか、髪の毛だけならず少女の至る所から細雨を降らせていた。
更には少女の纏う白のブラウスは青年の出血で朱に染まってしまっている。

だが少女はそれらの一つも意に介することなく、物々しい建物へと足早に駆け込むだけだった。
先の不服面も誰かに向けたものではないのだろう。まして背中に乗せた『仲間』宛てでは断じてない。

ここにいる少女の素行のみを見て名前を導き出せる者は、彼女の知人には一人もいないかもしれない。


少女の名前を比那名居天子と言う。


133 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:02:20 ???0



天子は仗助をあまり揺らさないように小走りで駆ける。彼女の目的は背中で眠っている仗助の負傷の処置と休息にあった。

先の神奈子との交戦の負傷による出血、弾丸が貫通し切っているものの決して浅くはない。
なんせその弾丸を放ったのは無痛ガンことガトリング銃、それを腹に受けかつ意識を手放した。一刻を争う事態なのに変わりはない。

 さっさとこのおバカさんを休ませないと、殴りたくても殴れないわ。

友人の死も己の怪我も全ての責は自分にある。
そんな自罰的な考えを持つ仗助には後で一発知らしめなければならない、と天子は考えていた。
何をとは言わない。彼の言葉をそっくりそのまま返すために。

 それにしても、この建物……

現在、天子は広い空間にいた。まず目に留まるのが中央に鎮座してある牢屋だ。三辺を石で造られているものの、もう一辺は頑丈な格子。
囚人のプライベートのなんぞ容易にそこから窺い知れてしまう。
しかもこの空間、部屋の隅の方に様々な施設が備わっているようで、常に人がうろついているのは明白。
独房から食堂に最も近いことを考えれば悪い事だけではないかもしれないが。

いかつい見た目に反して中は斬新奇抜ね、何があったのかしら?

更にここには無数の破壊痕が散見された。風穴を開けられた扉に、その向かいの壁には長い半円柱に削り取られた跡がいくつも残っている。
尤も天子が刑務所に入って来たのも、ここと同じように壁に穿たれた球状の穴から侵入した。正規の入り口は南を向いており、彼女らはその真逆、北から入って来た形になる。
彼女からしたら回り込む時間も惜しかったので、危険を承知で入ったのだが、室内の荒れ様は予想の範疇を大きく超えていた。
牢屋に始まり、音楽室、厨房、食堂どこを見ても穴だらけの欠陥住宅、厳重さで威嚇するような建物もこれではご無体もいいところだ。

 規則性のある破壊痕。スペルカードっぽいけど、今の私たちにこんな威力はちょっと不可能かな。

少なくとも天子の頭には、スタンド使いか幻想郷の住人の二択だけしかない。
天子は部屋の様子を確認しつつ、ここを荒らした正体はスタンド使いだ、と推測する。

 まだ居るかもしれない。ここを離れるべきかしら?

幸いジョースター邸までの距離はさほどでもない。ここを後にして合流地点に辿り着くのも選択肢として大いにアリだった、だが。

 ……冷たいわね、仗助の身体。

仗助をおぶり密着しているので、彼の体温が直に伝わる。天子共々ずぶ濡れの状態でここまで突っ走しってきたため、すっかり冷え切っていた。
詮索しながら小走りする今、ようやくそのことに気が付いたのだ。

 やっぱりここで休ませてあげましょう。私は平気だけど、どんだけ粋がってもコイツは人間。ほっといても無茶する奴に私が無茶させてもしょうがないか。

それにGDS刑務所内は至って静かであった。とてもこの世に人がいるとは思えないほど。
その上、強力なスタンド使いがいたとして、いつまでもこのような場所に留まっている理由がない。
敵が一狩り終えてジョースター邸に向かった可能性だって十分に在り得る、そう考えた。

絶対安全な場所なんて元からない。だったら、逃げ隠れできるここの方が都合が良い。まあ、私にとって見敵必殺のが好みだけど。

アンタのせいだからね、と仗助にごちる。天子の肩にのっかかる彼の顔を横目で覗きながら。
流石に顔が近すぎたのか、自責の念が駆られたのか、今更気恥ずかしがっているのか、チラリと見るだけだった。


「この邪魔な髪を切り落としてやろうか」


きっとそれだけか、あるいは全部なのだろう。


134 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:03:28 ???0

それからほどなくして、天子は医務室と病室を発見する。
大広間と壁一枚で隣接している病室は損傷が激しかったが、その奥にあった医務室の損傷はまだマシな方だった。あくまで病室と比較した上での話だが。
ベットが一つ残っているだけでも儲けモノか、と天子は考え一先ず仗助をそこに寝かせようかとする。

 その前に水気取らないとダメか。一つしかないし。

天子はそう思い直し仗助を適当な壁にもたれ掛けさせ座らせてあげた。何を思ったのか立ち上がり、顎に手をやり思案する。

脱がすしかないわよね、コレ?

何とも言えない微妙な表情で仗助を見下ろす。
無暗に体温を下げないためにも、身体を拭いて着替えさせる他ないのは道理だが。

 ど、どうやったらいいのよ、コレ?

天子は唸る。うんうん唸る。
生まれてこの方、召すもの頂くものを受けることはあっても、それを施す側のことなど大して知りもしない彼女は僅かに躊躇う。
見たままやっていいものか、まして相手が青年であるなら、逡巡の一瞬ぐらいあっていいものである。


「あ〜〜〜しゃらくさい。……やだなぁ」


見ないようにやろう。さっさと終わらせよう。
重力千倍、引力千倍。いつ腰を下ろしたか瞬く間に膝立ちの状態に移り、両腕は風切り音を置き去りに仗助の喉元へ迫る。
神速の妙手に、きっと誰一人目に追いつくことは叶わない。
まぁ、そもそも誰もいないか。


ブツリ


「あっ」


小さなゴミができた。


天子はそれを自分の衣服にこっそり忍ばせると何事もなかったかのように学ランに手を伸ばした。
上から何番目かが外れたようだ。

 むぅ…思ったより取りにくいわね、このボタン……それそれ。

頭でっかち尻すぼみ。最初の勢いはどこへやら。慣れない学ランのボタン外しに天子は苦戦する。
ちまちまと一つずつ取ってやると着ている服のボタンを外すことの難しいものだと、なんとなしに思った。
ボタンを外し終えると、彼の身体を揺らさないようそーっと脱がせる。

 なんというかチグハグよね。

学ランは黒を基調とした学生にとって本来フォーマルな装いだ。それなのに、明らかに場違いな装飾が見受けられる。
襟首には金ピカの錨、ハートマーク。後ろにはこれまた金ピカの鎖。内側にはJとOを飾りも見られるが、
崩した字形のOは出来損ないの通行止めのマークにしか見えない。紫が持ってた。


135 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:04:15 ???0
ポイっとそれを放り、色の入ったシャツを脱がせにかかった。
胸元には何故か縦に二つ開けられるようジッパーが取り付けられてある妙なシャツだった。
今度は仗助を床に寝かせ、バンザイさせるように腕を頭の方へと動かす。
天子はTシャツの胴体の部分を掴み、そのまま頭の方へとグイッと引っ張り脱がせようとするが。

 だから髪が邪魔だってば。

仗助のリーゼントがそれを阻む。引っかかって中々服を脱がせられない。天子はえいやっと渾身の力で引っ張ってあげることでやっとこさ上半身の丸裸に成功した。
彼自慢のリーゼントがそれはもう愉快なことになってしまったが、天子はやっぱり一人黙殺することにし、やっぱりシャツもそこら辺に放っておいた。

半裸にされた仗助なのだが、完全に上半身を剥かれたわけではない。腹部に一枚だけフリル付きの薄布があてがわれていた。
そう、龍魚の羽衣だ。ここに来る道中、天子が自分の持ち物に気付き、それで傷口を思いっきりふんじばった。
とは言っても、持ち主には悪いが、どこまで清潔か分からないもので止血しておくのは、やはり問題がある。
ましてドリル状に変化させ相手を殴るような代物だ。人妖の血を吸った立派なマジックアイテムである。やっぱりばっちい。持ち主には悪いが。

 まあ、本当にばっちくなっちゃったからどーでもいいわね。

天子は詮索の途中で見つけたタオルで仗助の身体を拭きながら、そんなどうでもよいことを考えていた。持ち主には悪いが。


「さて、と。」


再度、仗助を床に寝かせ、深く深く深呼吸をした。
なんてことはない。上をやったら下もやらねばならない、ただそれだけだ。


「いやまあその、別に今更恥ずかしいワケじゃないーーーって違う違う!そんなにコイツと親しくなんかないの!
 ……そうよ!もっと親しくなってからじゃないとこんなことーーーってぇえええええ!?
 あんなもこんなも無いぃいいいいい!!ないない!!ぜ〜〜〜〜〜〜〜たい在り得ない!!!
 ………そう、そう!!想……お、思う!仲には垣を結え!私と貴方の仲なんだから。気安く身体を触るなんて、失礼なの!
 でもそんなこと言ってられないでしょ!だから私がやるの!だって……」


しちゃかちゃグダグダに言い繕う。


「まあ、アンタは、私のことを……『仲間』って言ってくれたでしょ?」


何故か、天子は尋ねてしまう。


「だけど、あの時さー、ほらアレよアレ。言ってくれないと困るじゃない?」


「それともひょっとして、貴方はーぁーっ……って、ああやっぱナシだ、やめとこ。」


押し留めた。些末事が漏れ出でるその前に。


「垣が必要だわ。私の口に立てるための。」


ちっぽけな不安だった。本当に本当に。そんなモノを漏らすなんて柄じゃない、そう思った。少女は垣を立てた。



スボン降ろすために何をやっているんだ、そんな考えが過り、やっぱり溜息が零れた。


136 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:05:14 ???0

それから数分後、医務室にはベッドに寝かせてある仗助と床に転がる天子の姿があった。


「あ〜〜終わった〜〜〜!」


処置の方はつつがなく進んだ。尤も、限られた医療具と知識しかない天子にできることなど高が知れているし、実際大したことはしていない。
清潔な包帯で保護しただけだ。消毒したくても、液体の入ったビンには中身と思われる名称の張り紙のみ。
結局、龍魚の羽衣を外して、仗助の胴体にこびり付いた血をガーゼで拭き取る。仕上げに血が滴らないよう幹部に滅菌ガーゼに当てつつ包帯を巻いてあげた。
出血は未だ収まる様子がなかったので、きつめにふんじばっておいた。
びしょ濡れだった下半身も上半身同様、水気を切って上げた。
因みに下の下まではやらなかったし、やれなかった。思う仲ゆえ垣を結った。
天子は床に大の字を描いて身体を休ませる。
彼女は仗助と違って外傷はないものの、びしょ濡れのままここまで走り、休みなしに彼の処置に努めた。
天人の頑丈さに物を言わせて無理をしてきたが、一仕事終えると気が抜けてしまうもので。


「ぶえっくしッ!!」


思わず首が跳ね上がるほどのくしゃみが飛んでいった。
ズズズと鼻をすすりつつ、外に追いやった菌に触れないようゴロゴロと床を転がる。

 うーん、お風呂が怖い。

詮索の途中で浴場らしきものは見えたが、いつまた神奈子が襲ってくるのかわからない今、暢気に湯船に浸かって良い状況ではない。

 さっさとケリ付けて一風呂浴びたいわね。

天子にしてはささやかな願いを忍ばせつつ、むくり、と起き上がる。

 まあ、私は無茶がきく身体だからいいけど……

「アンタは、どうなの?」

仗助の寝息が聞こえるベッドを見遣った。
今の彼はベッドの上にパンツ一丁。何枚にも折り重なったシーツの下敷きになって眠っていた。
本来なら何かしら代わりに衣類を着せ、布団の中に潜り込ませるべきだが、生憎ともその両方がここにはなかった。
いや、正確に言えば両方ともここにあったはずだ。だが、戦いの余波で使い物にならない状態として、だ。
まるで主催者が予め知っていたかのように、そして意地悪をしてやるかのように、実に都合の悪く、ここにそれらはなかった。

 私の一張羅、貸したところで濡れたまんまだし、そもそも着せてもサイズ合わないだろうし。というか貸したくない。

視線を移し壁にある張り紙に焦点を当てる。

 男子監のシーツはもう掻き集めちゃったし、あるとしたら……医療監房かな。

見取り図によればここから南の方角、細い通路を真っ直ぐ行けば、すぐにでも辿り着く。

 そんなに遠くはないけど、あの女がいつ来るのか分からないし…

天子が眼を離している間に仗助の寝首を掻かれでもしたら、悔やんでも悔やみきれない。
かと言って、寒さが祟って風邪でも拗らせるのも拙いのは事実。


137 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:05:55 ???0

 暖を取らせてあげればいいんだけどねぇ……

室内だろうと室外だろうと火を焚くリスクを鑑みれば安易にそれを選ぶことは出来ない。

 うーん。要は仗助の身体が温まりさえすればいいんだけど……

そこまで口にして、天子は閃く。


「あーそっか、あったあった。一つあった。」


天子は名案を閃いたとほくそ笑んで仗助に歩み寄る。
しかしその歩みはあっという間に重くなる。歩くと言うよりは詰め寄るように、にじり寄るかのように近づく。
まるで彼を中心に局地的暴風が吹き荒れているかのようで彼女の足取りはそこで止まってしまった。

 アレ?ひょっとして私、躊躇っちゃってったりするの?

思いの外身体が動かず却って天子は当惑する。別にこれからすることなど気に留める必要もないはずなのに。

 いやいや天子。むしろここは躊躇する方がアレじゃないの!?何一つ後ろめたいことなんてないんだから!

だがしかし、天子の考えと裏腹にその両脚は停止し、完全に立ち止まってしまう。

 同じことをするだけなのに。何を今更って感じよ、全く……

はて、あの時と今の何が違うのか、天子は物思いにふけようとするが、ふける間もなく一つの節を思い当たる。


「そうね。確かにそうかもしれないけど、そうじゃないかもしれない。でも私は確かだと、そうだと思っている。」


噛み締めるように、少し前のことを反芻し、吐き出す。

「だからまあ、あの時と同じじゃないのかなぁ……」

その声色は彼女の身体付き同様、非常にのっぺりとしていて、それゆえ少女としての素がそのまま響く。

 とは言ったものの、こいつを腫れ物みたく扱うのもしょうがないでしょうに。

天子はそれに気づいた時、自然と歩き出していた。いや、彼女は既にそのことを気付いていたのだろうが。
そのまま仰向けで眠っている仗助の顔を覗き見る。ますます不細工になった前髪以外は実に安らかな表情で寝息を立てていた。

「まったく良いご身分だ事で。」

憎まれ口を叩きつつも、彼女の表情は安堵し切った顔のそれだ。
徐に膝立ちの姿勢になると、仗助のシーツへと手を突っ込んだ。

「暖取ったげるわ」

天子はそれをズルズルとシーツの外へ引きずり出す。

「手だけだけど」

天子はベッドに両肘を付き仗助の右手を、さながら雛鳥を包み込むかのように優しく、優しく支えた。
ほんの短い時間だけそうしていると、彼の手をシーツへと少し無理やり押し込む。

 さて、ちょっくら探しに行くとしますか。

暖を取るのに失敗した以上、布団と衣服を仗助に用意する必要がある。
神奈子がここにいつ辿り着くのかは不明だが、最低でも半時ほどの猶予はあると天子は踏んだ。
医療監房まで突っ走ろうとした時、彼女は念のためと仗助のデイパックを覗き込む。

「それじゃ行ってくるから、大人しくしてなさいよ。」

返事はやはり返ってこないが、それももうしばらくだろう。仗助の手は思いの他熱があり、冷え切ってはいなかった。
案外すぐにでも眼を覚ましてくれるかもしれない。天子は随分と希望的に考えているなと自分でも思った。バカが移ったと思った。
ついでに、先ほどの自分の行いを青く感じると、代わりに顔が赤く熱を感じた。


「垣根を立てただけ、か。それとも私が囲ってしまったのかしら。」


それはないな、そう思いつつクスクス笑う。そのまま天子は熱を逃がすよう走った。






そして辿り着く。差し迫る零への、その瞬間まで。


                    ―――――――――――――――――


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             ―――――――――――――――――



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138 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:06:42 ???0



「あ………れ…?」

一つのドアが軋む。私の張り詰めた糸はそんな安っぽい音に切断された。

「……」

男が現れた。広間の隅にある一室は既に開かれ、そこから私に視線を寄越す。
頭上に疑問符が踊った。はて、これはどういうことか、この展開は埒外だ。
私は確か、目一杯の危険信号が受けて、剣を構えて、と考えている私の思考に横槍を放られる。
男が何食わぬ顔で近づいてくるのだ。

「止まりなさい!」

構えていたLUCK&PLUCKの剣、男に焦点に合わせ切っ先を差し向ける。
そう、あの時。空気、いや気質が揺らいだのを感じた。私は思わず身構えたというのに。
私の警告を無視して近づく男が現れただけだった。


「お前はDIO様を知っているか?」


男は尚も前進する。あげく向けられた剣先など、見えていないかのような第一声。
状況整理する間もなく、一方的な質問を投げつけて、カチンと来るけどクールに振舞う。

「勿論、存じ上げているわ。ただ、無暗矢鱈口走るワケにはいきません。DIO様のことを、名前も知らない貴方にお教えできることなんて、ね。」

口から出まかせ、それにしては悪くない返しだと自分を褒める。ついでに、話をする前に名乗ることもできないのか、言外にそう口にすることも出来た。

「ふん、なるほど。」

男は一人で納得し、足を止めた。どうやら問答無用で事を構えるつもりはないのか。
ようやく、こちらに近づいて来る男の姿をまともに観察する。

左腕がない。治ったのか疑わしい肘の断面図が見える。さらに全身には切り傷とレーザーでも受けたのか貫通痕が幾つか。
ボロボロの身形は本来なら女性が纏うであろうレオタード、その上にジャケットを着用。
みょうちきりんな恰好ながら、整った外面のお蔭で誰かさんよりは幾分マシだ。あっちは髪がダメだ、顔はともかく。
さて、そんな男も線が細ければ、あるいは中世的な出で立ちと言ってもいい。無論違うし、その逆の筋骨隆々。
挙句、顔つきも安穏とは程遠く険しさが際立つ。
そしてその厳めしい面構えで私にガンを飛ばしていた、と。



 うん?…………おかしい。あるはずなのに、ない?咽返るほどあったモノが、ない。


そうだ、思い出せ。コイツと面と向かうまで私は何を感じていた?
悉くを排するほどの敵意に彩られた重苦の空気、それに塗り潰されぬほど濃密な視殺するほどの眼光、
全てが私に降り掛かるはずだった。だと言うのに、入り混じったそれらは何の前触れもなく消失した。それが思い過ごしだなんて鈍り切ったつもりはない。



 そう。あの殺気は、コイツの気質はどこに行った!!??



明確な違和感が、取り留めのない思考から引き上げた。
気付けば男は私へと歩き始め―――させるか。
撃つ。撃った。二歩目は許さない。足元に向けたレーザーは細い穴を作った。


「思う仲に垣を結え。ならば思わぬ仲に垣はない、なんて考えないことね。そんな当たり前のこと、誰も言わないだけよ。」


私の言葉の意を介する様子もなく、男はこちらに目線を向けるだけ。
そう、驚いてすらいない。私が撃ったことに。


「皆が皆、己の拠り所を声高に叫べば、たちどころに広さを失う。たとえどんな場所でもよ。肩身の狭い思いなんて、あっちでだけで十分。」


何を考えているのか、大した反応も見せない。殺気のない鋭い視線、いや殺気だけが切り抜かれた視線を寄越し続けている。
そう言わざるを得ないほど不自然で、そこからナニカが欠落している。
だがしかし、その所作と佇まいは、間違いない。殺る気だ。
この男にとって先の質問の時点で、私の利用価値は零になったらしい。
それほどDIO様とやらが根深いのか。自分の名前すら触れられないワケがないと踏んだのか。考えの及ばない理念か。意図した動きか。


その思考を見透かせないものか、相手の瞳を覗き見た。しかし視えない。遠過ぎる。眼を完全に捉えるには遠過ぎた。
だが違った。一瞬だけ視えた真紅の明滅。それは私の瞳だった。覗き見たのではない、覗き見られたのだ。探りを入れたのはこちらだけではない。


既に始まっている、その事実に私は目を数度瞬かせ、相手は眉一つ動かすことはなく、身体ごと、風を切らして先駆けた。


139 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:07:22 ???0

空気が音に裂かれた。
幕無に鳴り始めた健脚の駆動音が武骨な空間を彩る。
それとは対に音も無く、しなやかな腕は翳された。

傾け太陽。夕闇を焦がす眩い光は落日の届かない牢獄に、その色を語る。
地の色は緋色。呑み込みが早い。石の海は、今見た色を在るがまま投影。
寄り集まった光。一つ一つは糸のように細く儚い。けれど幾重にも折り重なり列を成す。やがて列は隊伍を成し、夥しく溢れる様は人波の如し。
石の海にて、さざめく人波。夕焼け小焼けで、明日はない。真紅の軍勢を従えた蒼一点が命令を下した。


只一つの跫音は何時しか、大挙するさざめきに掻き消された。
もう時間を要することなく、衝突、いや呑み込まれる。


寸前、男は転じた。
迫る煌めきの海波。美しくも残酷な情景を前に、込めたのは祈りではなく、あらん限りの力。その身一つの三肢に託す。
くぐればモグラ。止まればハチの巣。どちらにもなれない―――ならば跳べ!

男にとって、それはいつも通りのこと。距離を目で計ること、自分の速度も換算することは、いつもしている。この場の誰よりも。
勝手の違う『いつも』と違うこの状況においても、それは変わらない。だから恐れない。
眼が眩む光量を前にしても、何の感慨も抱かない。
振り上げた足が焦がされても、何の感慨も抱かない。
抜き足が焼かれ針孔を作っても、何の感慨も抱かない。
真下に広がる熱量の奔流を浴びても、何の感慨も抱かない。
抱くのは恭慶。あの方への崇拝のみ。
ただそれだけで、走り駆け抜け跨ぎ渡った。
飛翔もかくや、しかし只一度の跳躍。紅の潮騒を背に、三肢獅子は舞い降りる。


轍の音は再度息を吹き返す。そして即座に轟と空を切り、緋の純光が満ちる標的に狙いを定めた。
だが、潮騒の奏者もただ黙認していたわけではない。一波目がさざ波ならば二波目は大海嘯。
放つ。背後に控える無窮の朱弾を。汗一つ見せぬ鉄仮面が降り立った瞬間を、その間隙を縫い止めんがために。



瞬間。影が交差する。ナニカが茜に染まった空間を切り裂いたと思えば、間もなくして日は没した。


空を駆り標的に得物を掛けたのは、潮騒の奏者、ではなかった。


140 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:07:57 ???0


轍の走者だ。


左脚を振り抜き空を蹴り抜いている。そして左脚には轍を刻む車輪がない。
靴を飛ばした。着地したエネルギーさえも殺すことなく余すことなく、その身を撓らせ、逸らし、撃ち放った。
渾身の一脚は顔面を、奏者の頬を削り取るほど無常。
受けた拍子に後ろによろめき、踏鞴を踏ませるほどの一撃。
恭慶に濡れた爪が、奏者の芯を刺し込み、揺らす。

光は失われる。煌びやかな眼前閃輝の幻想は空想へと貶められた。

走者はとっくに地を蹴っていた。死線をギリギリで擦り抜け、一挙手一同全てを以て淘汰せんとする原動力とは何なのか。
どこまで熾烈な狂想を燃やしているのか。



接近を許すだろう、奏者は思う。軽く右頬を拭うが簡単に血が止まる気配はない。
剣を突き付け、走者を見据える。不敵に、太々しく、そして少女らしく、笑った。


141 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:08:24 ???0


片や勇気と幸運を抜き放ち、飛び出す。
片や殺意の銀光を納め隠し、駆ける。

両雄、隔たりを貪り喰らい、走駆の糧だと燃やし尽くす。
鬩ぎ合い、鎬を削る。一速でも疾き風を纏い、しかし時すらも、差し違え、追い越し、突き放つ。
我先にと先駆けるその姿。ただ一人が許される頂きを賭けた奪い合い。その冠の名は先駆者。

だがその名を冠する者が等しく勝利者とは限らない。移らねばならない。打たなければならない。
布石を。膳立てを。乾坤一擲に至る道筋へと、構え、揃え、備えねばならない。
忘我の果てにある走駆など、醜き痩躯の姿を晒し、走狗として死ぬ。


先んじたのは、勇気凛々。
柄握るその右拳は脇腹へと宛がわれた。
いや、宛がうより強く、押し当てるように。押し当てるより強く、殴り抜くかのように。
踊るだけだった鉄の穂先に芯が宿る。ピタリと一点を見据えて。
稈を守る葉鞘の如く、穂先さえも包み支える剣の鞘。
その構えは打突。諸手ではなく、片手。威力以上に射程を選び、しかし威力を殺さない。
痛みを伴うほどの横腹に膂力を乗せるもう一つの訳。
爆発させるのだ。溜めた力を。瞬時に力のベクトルを己から敵へと転化させ、穿刺への気勢へと化けさせる。
神速の域へ至る衝きの軌道は、読めず見せず映さずの力動となる。
凛然の現身は、速度の極点にしがみ付き、なおも踏み込む間合いを目測し続ける。


静と動。
驀進し、体躯を整え、巧智を働かせることさえも、これから起こる闘争に至るための下拵えに過ぎない。
静と言う微細な情景の連なり、動と言う超過し尽くした侵攻の連なり。
今、その静寂と動乱の境界にある。


だと言うのに、消失した気質は静寂の中に佇んでいた。
そう、未だにただただ遮二無二に走り続けるのみ。
衝突しかない。このままでは文字通りの体当たり。
それも相剋する対敵を見れば叶わないのは必定。たまらず人の串刺しが転がる。
まるでその双眸に光が宿っていないかのように、全てを拒絶しているかのような唯我独尊。
いつの間にか霧散した気質と同じく、この男には何一つ持ち得ないということか。

いや、ある。
たった一つの崇拝が、賛美が、畏敬がある。ただ、それしかなくとも。
信仰には供物が必要である。自らの信心、そして贄という『結果』。
二つを掲げ始めて狂信者としてそこにいられる。
果たすべきを果たさずして、不敬の十字を背負って、尊ぶべき存在に会うことができるのか。
否だ。たとえ許されたとしても、暗澹とした精神は尊き後光にかき消えてしまう。
故にここにいた。恭慶に濡れた刃を以て斬獲を果たす、という一念を抱いて。
それがためならば、たとえ走駆の最期に、醜き痩躯の姿を晒し、走狗として死ぬことも厭わない覚悟。



尤も、死ぬつもりなど毛頭ない。
既に、とうに、最初から、動いていた。
静と動の『動』を。


142 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:09:20 ???0
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未だスタンドを使う素振りがない。
この、男ヴァニラ・アイスの挙動の異常の全てはここ一つに収束する。だがしかし、ヴァニラの挙動は既にある時点からおかしかったのだ。
話を遡れば、二人の少女と出くわすまでのこと。
こいしとチルノ、この二人と接触出来たことそのものにある。


彼の目的は見敵必殺。
その彼が如何な変遷を辿れば、お互い無傷のまま情報交換に至れたのだろうか。
最低でも、こいしとチルノが先にヴァニラを発見、捕捉しなければ話にならない。
だが、それは限りなく不可能に近い。

当然だが、彼は自分が一番クリームの能力の程を理解している。空間と速度を把握していなければ、この利かん坊は下手な鉄砲すら劣るスタンドだ。
なんせ縦横無尽全方位好き勝手に動け、何一つ障害を物ともしない。目標に最適解で忍び寄る、その明晰な頭脳を以てして、その力は殺戮兵器に変貌する。
何度も顔を出すなど、そんなヌケサクをすればするほど寿命が縮む。ならば襲撃に備え迎撃する下準備を怠って休憩するなど、まず以て在り得ない。
襲撃には迎撃を、侵入するなら暗殺を、ヴァニラは常に先手を打てる状態で休んでいた。
行き止まりの部屋を背にして、退路であり進路に眼を配らせるなど想像に難くない。

そう、ヴァニラが先手を打つ状態でいたにも関わらず、チルノもこいしも傷一つ負うことなく接触した。
こいしは先の闘いで気絶、肉の芽を宿すチルノも愚鈍さが抜け落ち油断は少ないが、完璧ではない。
無意識の能力が完全な透過を齎せば、あるいはイニシアチブを握れたかもしれないが、気配を消し切るだけでは最後は視界に納まる。

ならば答えは一つ。
ヴァニラは自ら、二人に接触を果たしたのだ。それこそ今回の天子と同じように。
情報を漏らさぬよう、相手の反応を、DIOに対する態度を窺うだけに留めて。
先の敗北を忘れて間もないと言うにも関わらず、結果を打ち立て忠誠を注ぐことを律してでも。
ここにいるDIOの天国を目指すという意図を知らされてないのにも関わらず、彼はもう見敵必殺を捨てていた。
闘う術があるからこそ、自ら近づいた。
あるいは体の良い実験相手が現れたと思ったのだろう。
そして幸か不幸か、披露することなくつつがなく情報交換に至ったのだ。


何より、ヴァニラはあの二人を当てにしていなかった。ならば、少なからず用意してしかるべきだ。
怨敵を前にして逃げるだけなら、殺すために生きる、言い訳が出来る。言い訳してでも生きて見せる。
だがDIOを前にして、ジョニィと会い見えた時、殺すために生きる、そんな言い訳は万死しかない。


ヴァニラ・アイスは間違いなく、既に、仕掛けている。
例えば、その傍にスタンドを侍らせていたとしたら、どうなる。
それも、目視不可能のまま、無色透明のドス黒いクレパスを纏っていたとしたら、どうなる。


そして、そういう能力だと思い込ませてしまえば、それはきっと最高の仕込み杖になるのではないだろうか。

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143 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:10:05 ???0


近い。双方押し入った。命が明滅する領域、軋轢のみが支配し、不和の絶叫が木霊する。華狭間なきバトルフィールド。


陣風巻き起こすは、朱に染まる蒼の花。
敵前直前にしての急停止が、鋭い気流を呼び寄せる。
動きを止めたが、終わりではない。ここからだ。

―――『静』から『動』へ―――

静止と同居した踏み込み。
超加速した肉体を片脚で抑える。押さえ込む。押し留める。
全身が震え悶える。勢いのまま倒れてしまうほどの運動エネルギー。
半端に上げた右脚、前のめりになる姿勢、実に滑稽、しかし結構。

コンマ数秒の悶絶は終わった。
エネルギーは芯の芯にまで行き渡り、循環し尽くした。


技倆の限りを! 総身十全を以て! 放散せよ!!


  ダァアンッ!!


落雷の如き鳴動と共に、踏み込まれる。
揺れた。右脚を起点に波紋が広がるそれは、原始的過ぎる人工大地胎動。
輝いた。閃耀の如き速さで射出される、片手突き。
伸縮膨張の権化。時間さえも追い越すかのように、瞬く間に。
自らを鞘とし納めていた幸運も、もはや血潮を以て勇気を求む魔の一振り。


地を揺らし天の加護を以て人が放つ奥義、天人は今この時、天地人を支配した。


144 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:10:22 ???0

――――――――――――――――――――




関係の無いことだ。


天を支配しようと、地を支配しようと、人さえ支配しようと、


この身を支配しているのは、きさまではない。




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145 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:11:09 ???0

何でもひっくり返す能力、それを目の当たりにしたような光景が広がる。


少女の動きが逆転した。
ぶつかって弾けるなら、分かる。だが、ぶつかることなく弾かれる、これは分からない。

背後へ吹き飛ぶ。天地人の支配者はまるで巨人にでもなったのか、たった一歩一足で距離を稼ぐ。全ての加速を吐き出した。
宙を舞い、突風に煽られるかのように、幼子が諸手を上げるように。
背中から倒れ込みかねない姿勢のまま、距離だけが引き剥がされる。


逃げられた。
鉄仮面に亀裂が走った。追走する。逃がす訳にはいかない。
だが、その行く手を遮られる。目前には緋の光芒。真一文字の展開に回り込めず、飛び越めず。
躊躇なく突撃。空疎とは言え完全に弾幕に身を晒した。
重ねて逃がす訳にはいかなかった。そう、自らの肉を斬り相手の骨を断ってでも。


しかし、着弾ゼロ。鉄仮面に新たな創傷は無い。命中の軌道にあった弾幕もまた無い。
いや、直撃する弾幕だけが消え去った。
男を目前に球状に切り抜かれ、光の残滓となって空に還る。


不可思議な光景。
しかし、不可視のスフィアがそこにいたならば、どうなるか。
そして少女が飛び退いた理由が、そこにあるとしたら、どうなるか。


そう、消失は見送られた。道はそこにあった。少女はそれを求めていた。


146 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:12:06 ???0


不良天人、いざ参る。
伏せ駆け抜ける。忌むべきその名に抱かれるように。
されど踏み躙り蹴る。誇るべきその真名を謳うように。
地否、天是。己は誰か。この力動は霹靂。地を走れど、その想いは天を奔り有頂を目指せと突き進む。
天鼓鳴動掻き鳴らし、突き抜ける地奔り閃光が捉える…!
今、対敵の傍らを過ぎ去り、しかし過ぎ去らない!
響くは裂帛!付き従え血彩滑刀!!


  グシ…シシシャァアッ!!……ッッ!!!


走破の健脚『稲光』。 打ち据えるは剣の『峰』。一つの和を護るべく立つ『人』。
今一度、返り咲く。天地人の有頂天へ。そして只一度、命じる。勇気の一振りを以て、退け、と。


影が歪に交わった瞬間、お互いの動きは縫い止められた。闘いに見呆け、秒針が歩みを忘れたかのように。
だが徐々に、一人の身体は『く』の字に折れる。それは時の流れを物語る何よりの証、たとえ耳打ちするような囁きであっても。
しかし、語り手は声を大にしなければならない。変化は、もうすぐそこまで迫っている。


  轟ッッ!!


語る言葉すら置き去って、空気は低く鈍く、そして瞬く間に呻いて消えた。
風切り音。しかし、その空を切り分け進むのは人。ならばこれは叫び声。怨嗟の宿った絶叫だ。
当然、口から漏らしてなどいないし、漏らせない。
三位一体の一閃は胴を薙いだ。内臓は数秒ひしゃげ、伝播した衝撃が骨にヒビと断裂を走らせる。
吐き出されたのは呻吟と一塊の血だけ。それらが滴るよりも先に、峰より下る颪に浚われ、激しく打ち付けられた。


荒く不規則な気息だけが残り、少女は自覚する。転瞬の連続を征したことに。


少女の体内にて起こる風の循環。息吹の輪環は確かに回っている。
けれど、サイクルは解れ出していた。漏れ出で始めていた。目線をそこへと寄越す。

そこは少女の右手であり、たった今、勇気を体現した剣が映っていた。
幸運ではない。もう、吉兆は訪れないのか。今、剣の名を冠するは勇気。
いや、最初から文字を象ることなく、汚れてしまっていた。そんな余裕などなかった。
既にあの時から、命の断片を取り零してしまっていたのだ。
勝者はそこで静かに両膝を付いた。


147 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:13:06 ???0


比那名居天子は死んでいた。


初撃の全身全霊の打突。これを完全に実行していればの話だが。
胴体と首はサヨナラ、即死していた。

ヴァニラ・アイスは、クリームを眼前に堂々と忍ばせた。
そう、自身を取り込ませることなく、クリーム単独で暗黒空間に仕舞いこんだ。不可視と消滅の能力を懐刀とし携え、埒外の必殺を狙った。
普段の彼なら100%実行しない、いやそもそもこのような応用など、出来ないかもしれない。
だが、今はそれが出来たし、それを選んだのだ。それも、敢えて。

一方の天子だが、寸での一歩前で違和感が確信へと化けた。
一歩手前。そう、彼女が踏み込もうとした時。気質を見極める秘剣の残滓が、破滅の断層を一瞬だけ映し出させた。
一寸先の闇は入滅の門。門戸は叩いても潜るわけにはいかない。

天子の判断は速かった。予定通り、右脚で踏み込み打突を敢行。但し、前に踏み込むも、身体は後ろへと流しつつ。その勢い全てを逃げる動力に転化させた。
さらに左足元の石畳を隆起させ斜面を形成。背から倒れ込む姿勢のまま、斜面をブチ破る勢いで踏み抜いた。
全速後退の烈度は凄まじく、あっという間に間合いを引き離し、地面に背を向け低空で宙を踊った。
だがしかし、いや当然。それで終わりではない。
弾幕をバラ撒いていた。追って来るであろうヴァニラ攻略の糸口のために。
天子即席の逃走経路は、そのまま迎撃経路に直通。
弾幕が虚空に還され、馬脚を露せば、辿るべき道は自ずと見える。
一寸先の闇に一筋の光明が差す。クリームはヴァニラの上半身を守るように滞空し続けているのが確認できた。


右脚を錨の如く振り下ろし、浮いた身体を引きずり下ろす。
衝撃を吸収するよう身体を丸め着地し、構えはクラウチング。
丈夫な肉体に物を言わせ、両脚のみで推力へと転じ、右脚のカタパルトで自らを射出。
即座に間合いへと舞い戻り、剣を振り抜く。
抜き胴の要領で、真横に抜け出た瞬間に打ち込む。
大きな違いはその場で踏み止まったこと。
敵の側面に立って剣を振り抜く様は、もはやホームラン狙いのバット捌き。
ボールはヴァニラ。ホームランとはいかないものの、ヒットそのままに得点を上げるランニングホームラン。
行き場を彷徨い続けたエネルギーは終着駅に辿り着いた。
そして、追い打ちとばかりに壁に打ち付けられ、決着と相成る。


148 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:13:47 ???0

巻いても滴り、巻いても垂れ、巻いても浮き出て、巻いて―――止まる。
それも程なくして滲み、染み出し、巻いて巻いた。


攻守に渡り機転を利かせた少女は、男に決定打を叩き込んだ。だが、決定打。致命打には至れない。切り払えなかった。それは躊躇いか、精彩を欠いたか。分からないからこそ悔む。
さらに、その右腕には少なくない量の血が伝っている。打突の瞬間。後退するためとはいえ、全力の突きを放った瞬間。浅く削り取られた。しかし右腕の内側、掌から肩にかけて丸々。
血塗れた右腕が浅くない爪痕を、その深さを見せつけている。
もう数センチ近づけていれば鼻先は抉られ、十数センチでのっぺらぼう、数十センチで首は新居に構えることになった。
それに比べれば、なんてことはない。
それで済んでいれば、なんともない。
それにまだ、終わってなどいない。


149 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:14:27 ???0

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


最初に抱いたのは絶望、遅れて憤怒が湧き立ち、己を塗り潰す。先の怨敵との決定的な敗北。それは男にとって死を同義するほど重く圧し掛かる事実だった。
一方的に下された敗北だと、男にはそうとしか思えない。勝つ寸前だったなんて、そんな過程など己だけを慰めることしか何の役にも立たないクソのカス。
何の役にも立たないのだ。
己自身も、また。
そこから脱しなければ、男はもう間もなく死ぬ。あのお方に従ってこそ、男は男足り得る。ならば、怨敵の殺害を第一とする、あのお方に従えぬ男に一体どれほどの価値があるのか。
無くなる。失うモノすら、無くなる。


闘う術に、力に飢えた。それは、後にも先にもこの時が初めての感情だった。
だからこそ、初めて外に出た。その力を振るいつつ、外に出ることを男は願う他に術はない。


あのお方に従ってこそ、男は絶対の安心感を与えられる。従っていなければならない。
それでも、あのお方ならば自分に価値を見出してくれる。そう思える一方で、そこに縋る己に怒りを覚えた。
それが、本当に本当に数少ない男の人間性が見せた、見栄とも言うべき感情なのだろう。
張るべき見栄と意地が、男にはある。己こそが果たすべき忠義がある、その決意があるからこそ、男はここに残ることを選択した。
忌むべき名を連ねる地に赴くことを捨てたのだ。
抱く恭慶を必ずや、成し遂げるために。

守護霊は己の心象を映す鏡だ。男の異能などその最たる例。全てを跳ね除けるのではなく、全てを呑み込み消し去り拒絶する。
どこに続くのか分からない心の闇を抱く男がそこに入り込んでこそ、暗黒空間は形を成す。
男の精神そのものが暗黒空間であるが故に、範囲そのものが半減した。相乗りしない以上、常に射程距離に阻まれ自在に操れはしない。
それでも、新たな得物の、そのナイフの柄を握り締める。
今その刃は喉元を、少女の細首目掛け疾走する。問題なく、身体は動いた。淘汰すべき怨敵を思えば、目の前の少女など、この程度の負傷など、物の数ではない。
こんなところで、立ち止まるわけにはいかない。
ここはまだ、こんなところ、でしかない。
余裕の表れか、その逆か、男が動き出してなお傷を庇うことに感けている。関係などない。どちらであっても、目の前の敵は叩いて潰す、それだけ。
そうだ、叩いて潰す。


拳と剣の異口同音。
意志が跳ね合った。しかし瞬けば、それは意地の張り合いとばかりに摩擦の熱が帯びる。
死合いの間合いに、両者は今また舞い降りた。剣越しにて、拳越しにて、視線は絡む。ねめつけ合う。
賭けるべき命への意地をその瞳にギラつかせて。


150 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:17:19 ???0

剣戟の律動が、鳴り止んでは響く。鳴り止んでは響く。
甲高いそれは喝采だ。その蛮勇を褒め千切るために。剣と体躯の交差を、その無謀を称えるために。
称えられし者は、その一挙手一投足を加速させる。万雷の拍手を受ける毎に。称賛を勝ち得ることに歓喜を示すように。
だが、それは否だ。むしろ逆。まだ届かない、まだ過程だ。得るべき結果は未だその手に納まっていない。
だからこそ、もっと早く、弾いて逸らして往なして返す。


袈裟懸けを弾く。剣の腹を強引に腕で外へ流し、崩す。
次いで脛蹴り。男の健脚が低空を切る。直に神経と骨に衝撃を走らせ、痛みで、崩す。
詰め寄る、一気に。崩しに使った足を地に付け、身体を引き寄せる。右腕を振り上げ、指を折り揃える。
フィンガージャブ、目潰し。ガラ空きの顔面を、その手が覆った。
しかし覆った。その右腕は衝撃と共に天を突く。
男は片腕、少女は両腕、1:2。剣を持ち替え軽くなった左腕で、咄嗟に隻腕を薙ぎ払われた。


お互いが動きを潰し合い、一瞬の膠着状態が生まれた。少女は大きく、男は小さく、上体を反らしてしまっている。
しかし先んじたのは、潰れた双眸。


ひらり、翻る。
よろめきを一歩で立て直そうとするも、仰け反る身体を支えられない。
故に身体を廻す。踏み留まらず、むしろ倒れる勢いさえ拾って加速する。
独楽のように鮮やかで、しかしただ一度の円転。これで決着。二転三転しはしない。
長き青髪はためかせ、柄握るその手力ませて、斬り結ぶは水平一閃。
真一文字に、絶つ。


劈いた音は一際大きく、鉄の嘶きが木霊した。
それは喝采だった。何度も聞かされた、喝采だった。男に向けられるべき、あの喝采。
返し刃は阻まれた。


横一文字の剣、縦1文字の踵。
大上段の踵落としは、剣の腹を打ち据え、防御に成功させる。愚直な軌道を貫き切ったのは信じる者の願いの力の差か。
しかし意趣返し。男の目前には左足。肌蹴る衣装は冥土の土産、顔面覿面蹴り上げ迫る。
見越していた。既に上体を後方に折り、そのまま倒れぬよう身体を反らし三肢で支える。ブリッジ。
橋に吹き抜ける風切り音は回避の成功。
橋から突き抜ける上昇気流。鋭すぎる反撃の狼煙。
正体は男の右脚。真上へ伸びる。空を切らない。一瞬の捕捉。空ぶった少女の脚を追いかけ追いつき蹴り抜く。
振り上げ切った脚が更に無理な急加速を強要。足元は掬われる。代わりにと男は既に立ち上がっている。そのまま腕を走らせて。

  ドズンッ!

掌底炸裂。宙に縫い止めるように、その一撃は浮いた身体を突き刺した。
少女は確かに止まるが、それも一瞬。無抵抗のまま吹き飛び、やがて地へと落ちる。
そこに影も、落ちる。

  グシャアッ!

蹂躙。跳躍からのフットスタンプ。縫い針と呼ぶには太すぎるその脚が、少女の腹を地へと縫合。
痛みに耐えかね、反射的に四肢は跳ねるも、それさえもすぐに地に横たえる。
決定的な一撃が、極まった。


うつ伏せた背中に跨る影は、何の感慨も見せずそこから降り立つ。
ひしゃげたカエル目掛け、振り上げ振り下ろす。
高らかに掲げた脚はさながら断頭台、急落する踵はギロチンの刃に相違なく、執行される。
その首、へし折るために。


  ズッゴッッ!!


151 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:17:52 ???0
だがしかし、五体満足。どこも、何一つ、折れてはいない。
意識を手放したのはホンの一瞬だった。咄嗟に四肢で這い、足と床で踏み潰されるのだけは避けた。
四つん這いの姿勢で持ち応える。踵を首に受け、それでもなお屈さない。
いや、踵ではない。足首だ。僅かにズレた、ズラせたのだ。
守護霊の具足を纏わない地点まで。そう、触ることが出来る。いいや、少女なら、持ち上げられることだってできるだろう。


ひしゃげたカエルは、跳ねる。


四肢にあらん限りの力を込めて、その手、その脚で石床を跳ね除ける。
討ち込まれたギロチンの刃もろとも、跳ね除ける。
そう、二人は宙を舞う。
先刻の意趣返しに返す刀を添え、迎撃する。


混濁する意識は得物の存在しか教えない。躊躇はなく、できない。身体を撓らせて、打ち込む。
昇る感覚と共に振り上げ、沈む感覚と共に振り下ろす。
聞き覚えのある衝突音。それは喝采。
受け覚えのある手応え。これは守護霊。


またも遮られた。
断片的な情報の中、落胆する暇もない。
弾幕を滅多撃つ。落下を果たし尻餅をつきながらも。矢継ぎ早に、次から次へと、手あたり次第に。
守護霊を完全に出して盾にした今。ガラ空きの背後を狙う。
まだ、意識がもたついて動けない。
ロクに見えず動けない今、男に択を取らせてはいけない。そのために先駆けた、それでも。
近すぎた。遠回りにホーミングさせる暇もなく、全てが弾かれた。


首根っこを掴まれる。両手で鷲掴みにし、そのまま身体を持ち上げられていく。


両腕両脚をバタつかせるも、ビクともしない。当然だ。生身でスタンドに抵抗はできない。
締められていく。呼吸ができないだけなら、まだ我慢のしようがある。頑健な天人ならば首の骨もすぐには折れないかもしれない。
だが、唐突に頸部を圧迫されれば、タダでは済まない。ましてスタンドの膂力、思考もへったくれもあったモノじゃない。
もがく動きがあっという間に衰えていく。このまま脳への血流止まるか、首の骨が折れるのが先か。
いや、それすらも待つ必要はない。


口が開く。暗黒空間への入り口が。
そこへ放ってしまえば、全てが片付く。
腕をそこへ持って行く。頭から一気に押し込む―――はずだった。


その動きは目と鼻の先で、ピタリと止まる。不自然だ。
あるいは、嬲る趣味でもあったのか、目覚めたのか。いや、そうではない。
男の様子がおかしい。そこに愉悦を見出すには、その表情が目に見えて青ざめていた。
目線を移せば、不可解な出で立ちに釘付けにされる。


男の脚が一本増えていた。


もし、三本目の脚が生えてくるとしたら、どこにあるのがバランスがいいだろうか。脚から脚が生えてはバランスが悪くなる。どうしてもあと一本欲しくなってしまうと言うモノ。
ならば、局部にあるのが最も相応しいのではないだろうか。そう、ここならば何の問題もない。
だからこそ、三本目の脚はそこにあった。
それは余りにも太く、まるで丸太か岩のようで、いや岩そのものだった。
その正体は石柱。そして金的だ。大地を操り、股間を狙ってしたたかに打ち付けた。
直に内臓を手で描き回される痛みが、果てを知らず押し寄せる。
後一歩。ほんの数センチ持って行けば致命に届かせる、それが出来ない。
むしろ悶えることなく、少女を掴んだままで堪えているだけで、相当な忍耐を振り絞っているに違いない。


だがしかし、風呂敷包みは翻り、脚売り婆は嘲笑う。男の脚が二本に戻り、三本足に戻った。


狙われた股間。二度目の睾丸圧迫。瞬間、男の理性は彼方へと一足飛び、男の仇も彼方へと投げ捨てた。それは全く寸分違わぬタイミングだった。
その激痛は風邪を引いて垂れる鼻水のように、どこまでも内から湧き上がり、溢れ出る。
八熱地獄の無間地獄。カラダを灼く痛みがハラワタを、モツを声帯器官に変身させ、絶叫を上げる。
男はその身体を蹲らせ、すぐには動けそうになかった。
少女の意識が明瞭なら、確実に逝去する一撃だったのが口惜しいところか。


152 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:18:25 ???0


瞳をジワリと開ける。ようやっと、その目を開けることが出来た。
乱雑に身体は回り、変化の乏しい空間が次々と過ぎ去って行くのが分かった。
身体を折り反し、あわやぶつかる、その未来を返上する。
そして少女は壁にて体現する。地に足付ける、ということを。
何事もなく、優雅でもなく。
両膝をガッシリと屈伸させる佇まいは、視界に収めるか迷いそれでも結局見てしまうだろうが、それも一瞬。
少女、飛翔。
壁を大地と成す今、そう呼ぶに相応しい。
だがその速度は、はためく翼を連想するには似つかわしい。
さながらロケットだ。
剣を掲げ天へ走るフォルムも、真っ直ぐに突き抜けるスピードも、相違ない姿。
変わらぬ得物を相剋する敵に突き付け、喉元めがけて空を裂く。


ロケットの終着点に当たるその男は、よろめきながらも立ち上がる。私怨が無かったのももはや過去。今や視殺せんほどの眼光で見据えている。
失態の轍を踏まないよう、にじり寄るペースも等間隔を崩す。しかし避ける猶予はあっても、ロケットの射線から外れる様子は見せない。
迎え撃つのだ。痛みを庇う姿など見せず、決然と相対する。相対していた。獲物一点を見据える鋭い視線が、放射状に広がる。
驚愕した。



ロケットが小惑星に衝突を果たしたから。
ロケットが背後から爆音を鳴らしたのだから。


153 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:18:59 ???0

織り込み済み、だった。

格闘戦は優位に立てるが、余りにも堅く、致命打まで届くのに骨が折れるのが見えた。
ならば削ってしまえばいい、減じてしまえばいい、失くしてしまえばいい。
その空間もろとも。男にはそれができる。
そして結果的に、逃げ場のない状況、が生まれた。確実に能力を当てられる、そんな状況が。咄嗟とはいえ、投げて正解だった。
少女の冴えた立ち回り、それに着いて来れる体躯がある。態勢を立て直せる。壁を蹴って来る。衝突することなく、その反動を活かしてくる。


スタンドを能力で隠し―――蹴破られる。
衝突する軌道に合わせ―――蹴破られる。
身体を割る風穴を開け―――蹴破られる。


少女にとって、織り込み済みもまた織り込み済みだった。


154 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:20:17 ???0

現れる。注連縄の巻かれた岩が。
衝突まで幾何も無い、その瞬間に。二人の間に割って入った。
ロケット激突。喝采響く。得物と獲物がカチ合った。

喝采はその蛮勇のために。血濡れた勇気は砕けない。
納まるべくして納まるかのように、止まるべくして止まるかのように。
要石は刃を喰い込ませた。要石は鞘となったのだ。


しかし、失せた。喝采を受けるべき少女が。


空だ。
トスカーナもかくやの聖剣の持ち主は、そこに。
中空で横軸の逆回転、競技用鉄棒で背後から正に目まぐるしく回り続ける。
推進力を殺し切れず、投げ出されてしまった。投げ出した。
その速度たるや凄まじく、あっという間に男の頭上を超えて―――


―――轟音を上げて石の海に降り立った。


そう、降り立ったのだ。
宙にいたはずのロケットは、数瞬で着地。
空中にて動力の獲得に成功した。


ロケットは空中にて体現した。地に足付ける、ということを。


もう一つ呼んだ要石を足場に、空で地を蹴る。
蝙蝠の様な逆さ吊りの姿勢で、急降下。
ギリギリまで横軸の回転の中でそれを成す動きは、余りにも神懸かったタイミングだった。


石造りの床を砕き、鳴り響く。巻き起こる。爆音と土煙。とてもそこに人が降りたなどと思わせない。
さしものこの男も事態に付いて行けなかった。身体が動かない。僅かな瞬間、少女が生んだ空気に呑まれてしまった。
接近への足跡とも言える二つの要石を順に視線で追おうとし、咄嗟に振り向く。
土煙から飛び出た影は、男の動きの一手も二手も上を行く。


既に懐。照準は右脇腹。振り向き切らない男に鉄拳を狙う。
男は裏拳。振り向き様の一撃を狙う、が遅い。明らかな出遅れが既に響いている。
守護霊はいない。今の男から見たら背後で棒立ちだ。
少女が飛び出てようやく動き出したが、こちらはさらに遅すぎる。


好機しかない。無茶を重ねたアドバンテージは、決して陳腐ではない。
何発でも来い。スタンドの格闘を耐え切った少女にとって、男の拳なぞ屁でもない。
一際大きな砂利の音。追従する鈍い風切り音。
踏み込み、腰を捻り、拳は弾丸の如き速さで発射。


だが、その一撃を以て終了と相成る。いやその一撃すら叩き込むことなく、余りにも呆気なく、少女は倒れた。


155 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:21:21 ???0
 ̄―_ ̄―_ ̄―_ ̄―_ ̄―_ ̄―_ ̄―_ ̄―_ ̄―_ ̄―_ ̄―_ ̄―_ ̄―_ ̄―_


―――天人の五衰『不楽本座』
自らの位置を楽しまなくなること。
私の席は、私の座す場所は、どこだろう。
退屈な毎日に嫌気がさして、身勝手に生きる私にはきっとない。
面白半分で異変を起こしたのも、私にとっては暇つぶし。
神社を乗っ取ろうとしたのも、カタチだけでも居場所が欲しかったからか。
ダメな奴だって自覚はあるけど、悪かった、と思うほど私は真っ直ぐじゃない。自覚はある。

そんな私を心配してくれたアイツ。
本当に慮ってくれた相手が何人いただろう。それは確かにいたはず。でも消えていった。
私は汲み取らなかった。いつも驕り高ぶる私を心配した奴は見放していく。自覚はある。
そんなモノなんだ、所詮はそんなモノ。私のせいでそうなるのだ。自覚はある。
だと言うのに、アイツはしつこく何度でも。ほっとけばいいのに何度でも。
耳障りの良い言葉を並び立てて、私の都合よく従って、それで私は満足していたのに。

アイツの心配がウソじゃないことは誰よりも理解しているつもりだ。
その姿を私だけが知っているから。友人を失いもがく姿を。アイツの優しさはきっと他の誰よりも深い。
だから、私も!私も!って思ったのか。図々しくてやはり私は高慢だ。自覚はある。

言葉にすればそれは陳腐で不確かな関係を、心の隅で私は望むようになった。
座したい場所は、そんな有り触れた処にあった。有り触れたは少し失礼か。
でもアイツにとって、それは有り触れた、きっと当たり前のモノなのだろう。
むしろ、有り触れているからこそ、私は欲しいんだ。
そして、有り触れているからこそ、私は不安なんだ。
知らず知らずの内に手にした、私の座す場所。そう願う場所。
それをまた知らない間、気付かない内に、私は失くしてしまうかもしれない。
アイツにとって有り触れているだろうから。私にとって有り触れていないから。
ああ、そうだ。
私はきっと怖いんだ。
だからこそ、こんなにも追い縋っている。


只一度、戻って来ない、返事の来ない、問い掛けを。
私の居場所はどこでしょうか?
そこに私は居るのでしょうか/要るのでしょうか?
優しい貴方はYESと言う。でもだからこそ、私はNOを言い含む。
傷付いた時ぐらい、もっと頼ってほしい。私を惨めにさせないでほしい。
気付かなくたって、しょうがないじゃない。私は初めてで気が利かない。けど。それでも。
私は貴方を信頼したい。信用じゃなくて、信頼を。
肩透かしの信頼なんて、惨めな思いをしたくないから。



―――声が聴こえた。余りにも遥かで、清らかで、尊い、YESと宣って頂いた言霊が。
―――私は何一つ疑うことなく、満たされた。私は受け取った。『それ』に向かって破顔した。


ありがとう…ありがとう…ありが、あり、あ、あり。


―――男の右腕が『それ』だった。『それ』は乾いた腕だった。


そこで、私の幻視は終わる。こんな、こんなモノを、見せて―――


 ̄―_ ̄―_ ̄―_ ̄―_ ̄―_ ̄―_ ̄―_ ̄―_ ̄―_ ̄―_ ̄―_ ̄―_ ̄―_ ̄―_


156 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:22:19 ???0

倒れたと言う表現は、相応しくない。
避けたと言うべきだろう。男の拳、いや右腕を。
何故と聞かれて答えられる者はここにはいない。
何せ避けた本人も、避けられた本人も、共に理解していない。
その証拠に二人の視線が絡み合って解けない。頭上に疑問符が泳いでいる、そんな有様だ。

ただ、男の右腕に眠るモノが少女を平伏させたことは間違いなかった。
そこに宿る存在の大きさに、本能が避けることを選んだ。一瞬の内に『ナニカ』を見たのだ。
そして、少女は思ったのだ。余りにも大きく、尊く、眩い、と。
そう思ってしまった。
あの少女が、比那名居天子が、である。
そしてそれは、大事なオモイさえも塗り潰されて。





「ふ、ざッ!けるなァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」





激情が生まれた。生まれないわけがない。目の端に涙が浮かぶ程の屈辱と憤怒と羞恥。
混濁する情報と膨張する感情が彼女の脳内を掻き乱した。



認めさせられた。認める相手がいるのに。



それを飛び越えていくように、認めさせられたのだ。
己をへし折られた、折ると決めるのは確かに自分だ。認めるのは自分なのだ。
それを、あの…あのッ!!あの輩はッッ!!!!





怒りに塗れても、時は待ってくれなどしない。感じる。男が不可視の暴虐と共に躍り出ていることを。
突っ伏してはいられない。避けようとする。立ち上がり、立ち上がろうとした。


157 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:23:01 ???0
虚脱。力が入らない。立ち上がれない。
イラつきながらも少女は転がる。異音と共に床は抉り取られた。
少女の右腕がまたも削れたがそれも掠り傷。気にしてなどいられない。
気にした瞬間、死ぬのだから。


消失へ誘う破壊音は鳴り止まない。
床には一直線のラインが半円柱状の溝となって引かれている。死に至る導火線。
少女はただ転がり続ける他、難を逃れる術がない。
今この瞬間も、少女が通過した床は1秒も間たずして綺麗に抉り消えていっている。
予断を許さないこの状況、少女は未だ立ち上がれずにいた。


守護霊による殴打を急所に撃ち込まれ、平衡感覚が狂って倒れて然るべき運動を繰り返した。
支払った代償は安くない。それでも涼しい顔で闘ってこれたのは、少女の背負う存在がいたからこそ。
青年を護る誓い、その決意の大きさが、精神と肉体に強い影響を与えていた。
男を放っておけば、その青年が自分以上の無茶をすることは考えるまでもないことだった。
そして、青年の信頼を勝ち得たかった幼い下心も、認めはせずともそこにあった。


それが内に宿る少女の心象。それが突如包まれてしまった。彼方の尊き存在に。
何を賜ったか定かではないが、少女の心に暖かな光が差したに違いない。差さないわけがない。
圧倒的な尊敬と崇拝を受けた存在。その言葉は容易にヒトの心に入り込んでしまう。
そして有無を言わさず、意味を理解することも出来ずに、満たされてしまった少女の心象は如何なモノだったのか。
偽りの悦びを覚えた自分を。賜った言葉に嘘はなくとも。それを欲しかったのは、誰からだろう。
まるで裏切りだ。頑健な身体を貫いて、深い罪悪感に少女は打ちのめされていた。


 違う…!!すぐに、すぐに私は気付いた!!違うって!!これは違うって分かったのに!!!わかった、のに…


そう思い繕うことが、どこか後ろめたくて。
後ろめたく思うほど、誰かに謝りたくなって。


どちらにせよ、その意志を折られた。
虚脱に塗れた肢体こそ、認めてしまった明らかな証拠。
そのことが少女にとって、本当に、どこまでも、悲しかった。


男にはツキがあった。隠していたわけでもないこの手札。腕の負傷を癒した一枚が鬼札へと化けた。
少女は主導権を握りながらも、覆されたのだ。偶然、幸運、ラックの差で。窮地は窮地。そして、もはや窮する場所もなくなる。
少女はたった今、壁にぶつかった。


158 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:23:46 ???0


今度こそ差し伸べられたその手を。私は受け取るはずだったのに。
胸を張って、そうだと言える。そのために。
だけど受け取ったその手は貴方じゃなかった。なのに私はホッとして。
取り戻すしか、ない。過ちは。せめてこの手で。
そうだと。『仲間』だと、胸を張って言う私の為に、アイツじゃない私の為に。



座することもままならず、横たわる。
せめて睨む。右腕と男を。僅かに赤みの差した瞳に、敵意を込める。男は動じる様子もなく、少女に断絶の具現を突き付け迫る。
このまま直撃すれば胴体と頭がサヨナラしてしまう、恐怖のスタンドがもう、すぐそこ。
しかし少女は避ける。身体を動くことなく、代わりにとなかりに石造りの床が悲鳴を上げた。
少女は男を眼下に納める。高い所は少しだけ気分を良くする、訳もなく。身体の調子も一緒に上がれと投げやりに願うだけだ。
少女は昇る。大地を操り、石床を突き破り、大地のおだち台を作り上げる。昇降機のように、高度をあげるそれに乗っかることで直撃を免れた。
気味の悪い音が、小気味良く四度鳴り響く。


傾いた。当然の結果だ。放っておくわけがない。男にはその理由がない。
能力を以て石柱を破壊してしまうことなど、誰にだって想像できる。
ならば、聡明な少女がそこに気付かないわけがない。


駆け出してはいた。不確かな足取りだけが確かな感覚。忌むべきその身、動ける自分は少しだけ。自身の狭量さだけ自由が還って来た。
そのまま投げる。身を投げる。己そのものを投げ放つ。
開けたら閉める扉のように、投げては返すキャッチボール。そう、これは当たり前のこと。二つで一対、一蓮托生。
返って来た玉を、いや魂を投げ返すことなど至極当たり前のこと。投げ出したくない想いがあるからこそ、その身を投げ出せ。


身体は放物線の頂点に達していた。
もう、これが臨界点、高さも肉体も。ならば今この瞬間こそ、少女は有頂天のお嬢ちゃん。
それも一瞬のこと。放物線は下るモノ。最上の天に上は無い。永遠の絶頂など在りはしない。
首を括ったのだ。自ら吊ったその身体、後は自重で絞まるのみ。委ねる縄すら持たざる者、孤独に討ち果て、大地に朽ち果て。その瞬間まで座して待て。


 ―出来るワケがない―   ―出来ないワケがない―
扉を開けろ、外へ詰め出せ。扉を閉めろ、内へ押し込め。


少女は、乏しくない。
命を天秤に乗せ揺れ動かないほど、乏しくなんてない。





そして、全てが成就することを強く願わないほど、乏しくなんて、なかった。


159 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:24:34 ???0


地に降り立つ。いや、地が湧き立った。
浮遊感は消滅する。少女の足元には見覚えある、おだち台。
石の海を突き破り、またしても作り上げた陸の孤島。


―――少女は駆け出す、孤島の浜辺。
           ほんの数歩。わずか数瞬。
   もう一度、いや何度でも。
     海へと漕ぎ出せ、空へと飛び立て。
             孤島を越えて、孤独を越えて―――


跳ぶ。力の限りに。現れるであろう次なるステージに向かって。
放物線は頂点のまま。最高度のまま着地。地に足付けるは、お手製石柱。
そのまま駆ける。またも跳ぶ。何度も何度も繰り返す。
一つ一つ、いや一段一段高さは増していく。
大掛かりなそれを造って走って跳び移る。

だがしかし、爆音が響く。爆音が響く。
石柱はけたたましく悲鳴を上げる。飛び散る瓦礫、湧き立つ粉塵。しかしそのいずれも掻き消して、突き進む影が一人。
砂煙から飛び出し、目線を動かすも、少女に二、三先を行かれていた。挙句、破片の幾つかを身に受けてしまっている。知ったことか、そう言いたげに追走の脚は緩めない。
水を得た魚を思わせるほど速い。追い付けないことが理解できないほど愚昧でもない男は、歯噛みしつつ立ち止まった。
そして、今度は地響きが、瓦礫共の騒音を飲み込んだ。

石柱が立つ、並び立つ。折れてなお、立ち上がることを声高に叫ぶように。次々と。
それは階段だった。天上へ征くための、逆巻く渦状階段。
渦。連立するこの軌跡は、そう呼ばねばならない。
しかし、一巡だけだ。石の海に描く渦、その軌跡は一周限り。
この空間の中心。その最高度のための。
少女は、その一巡限りの渦紋を駆け抜ける。なぞっていく。
だが、やはりこれは渦だった。流れに吸い寄せられるのは少女だけか、いや違う。
流れに遡上し、最短距離を突っ切る者も、一人いるのだ。
各々の終着駅は違う。
少女は天上。男は地上。
流れに乗らなければたどり着けない彼方。流れに乗らずともたどり着ける此方。
先んじたのは、男だ。
下克上を成すのも、男だ。
破壊の権化は、確かにそこを通り抜けた。
それも最初は渦の様に低い呻き声を立てるだけだった。
しかし、過ぎ去った瞬間、呑み込まれたモノたちが、混ざりぶつかり爆ぜて響く。
最上段の石柱、その足元は刈り取られた。
少女がそこに跳び移るべく、宙に身を委ねた瞬間のことだった。
もはや、浮き足立つしかない。


しかし、少女は動じない。
落ちるしかない今、動いていないワケがないこの状況で。
動じることなく、動く。もう既に、風を切って更なる高みへゲインしている。
確かに足場は失った。ならばどこに、地に足を付けたというのか。


『勇気』がその手に納まっていた。
それは一体どこに突き刺さっていたのだろう。どこに置いて来たのだろう。
『要石』の上に両の脚でしかと立つ。
地に足を付ける。それを空中で成す矛盾を一度、少女は成したはずだ。



既確認飛行物体ロケットは空を舞う。緋を噴き上げ突き進み、天井へと、もう激突する。
そう、足場は『二つ』あった。


160 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:26:38 ???0

地を蹴って、目指すは天蓋。箱庭の一枚天井。
ロケットは突き抜ける。緋色の煙霧は忘れ物。立ち込めぬ煙は細く棚引く夕日の残光。
剣を掲げ勇気を胸に。天は衝かれた。刃を喰い込ませ、天に問う。是が非か答えよ、天道是非。


問わねばならない。問わずにはいられない。
少女は今この瞬間、きっと誰よりも、勝利を欲した。
その先にあるモノのため、天は本当に正しい者の味方なのか、答えを知りたかった。
しかし、この少女にそれを問う権利はあるのか。天地人を統べると憚ることなく宣っては、その身で体現した。
まして今、天に剣を向ける暴挙に出るこの少女に、返って来る答えなど。


刃は沈む。天井の石の海に。
飛沫に代わり破片散り、波風に代わり罅走り、そして留まる。
覆せなどしない。この石の海、それを只一人の力で。そして、その身はもはや天人に非ず。
汚れきったその身形が既に死出の旅路に足を踏み入れている。
衣裳垢膩。
身体臭穢。
脇下汗出。
そして、下楽本座は。
五衰を幾つ満たしただろう。完全なる死相まであと幾つか。
嗚呼、天道是非は無慈悲に終わる。衝き立てた剣に吊られ、またも立ち止まる。




天はきっと少女の味方になってくれない。
ああ、そうか。だからこそ彼女は欲するのか。
きっと味方でいてくれる、そう信じていたい人がいるのだから―――




―――折れないのだ。
たとえ、天と地に挟まれても。
その身を槌に打ち付けられても、楔として押し潰されても。
足元から伝播する衝撃が全身を駆け巡っても。骨にヒビが入るか、あるいは折れるほどの衝撃も
―――折れないのだ。


沈めたのは己そのもの。剣でも石でもない、この身こそが波紋を呼ぶ、一刀にして一投。
亀裂が駆け、それを追い越すように瓦礫が弾け飛ぶ。先の名残の、その全てを砕いて散らす。
覆す。この石の海を。たった一人から旅立つために。たとえ、その身が天人に非ずとも。


石の天蓋は砕かれた。そこにはぽっかり一つの穴が空いている。
しかし、その穴はもう、穴でなくなる。全てに穴を、空け切ってしまえば、穴の境目さえも穴に、残るは空。そして少女は空に。
身体が痛い。心はもっと痛い。アイツに無茶させないために、無茶している自分がバカらしい。そんな可笑しさに笑えて、震えた心身がまた痛い。
ロクな手段が思い付かなかった。当たって砕けるしか思い付かない。少女は賢いのに、ややバカが移った。
限界を彷徨う身体は熱を抱き続け、それでも陽の暖かさを一身に感じている。お天道さんが、是非もない、とぼやいた声が頭に響く。
その通りか、しょうがないことだ。優しさに絆されてしまったんだから、脆くもなる。
そしてその脆くなった処から、砕かれていくのだろう。殺されていくのだろう。無慈悲な世界だと、少女は溜息を漏らす。
ただ、それでも願わずにはいられないのは。



アイツの優しさだけは、どうか砕かないでほしい、と。



泡沫の夢想は、重力と現実に引きずられ目を覚ます。
身体を屈め、軋む膝を折り、そこに手を沿え、右脚を振り被る。四股を踏むように。一撃で全てをほがし抜くために。
加速に伴わせ、更に振り被る。乱雑に髪が靡く毎に、更に更に振り被る。憚る目線もないと思えば、更に更に更に振り被る。
その御脚を以て、天上より、天井を刺し穿つ。
脆くなった心が、最も脆い処を崩すのもまた道理か。


グリーン・ドルフィン・ストリート重警備刑務所『医療監房』
その天井はこの瞬間、完全に破壊された。


161 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:28:05 ???0


瓦礫の雨が空より下る。引き連れ躍り出る少女は獰猛な笑みを浮かべて。
少なくとも男にはそう見えた。嗤い返すまでもない。恐れるに足りない。
なるほど。天井そのものを崩し落とした石の雨、確かに逃げ道はない。だが、そもそも逃げる必要もない。
それほどまでに薄い。少なくとも不可視の暴虐にとっては。


ただ、呑み込むのみ。
降り頻る瓦礫の中、事も無げに腕を組んで男は佇む。
その頭上に傘を差す。それは色も無い、持つ必要すらない。そこにあるかもわからない。
もう待てないと、石の驟雨が質量の限りを尽くし地を打ち付ける。
けたたましく掻き鳴らされるそれらは、少女決死の咆哮。あらん限りの鬨の声。
男はただ、聞き流す。
動じず、身じろぎすらなく、だと言うのに、暴虐の異音が雨音を締め括った。決死を以ても、その死は男に届かない。余りにも無常。



だがしかし今日は良く降る日だった。
太陽を遮る天井が振り尽くしてもなお、未だ曇が差したような暗がりの中。
そう、影が落ちている。これから落ちるモノの影が、もう既にそこに落ちている。
男は見上げる。全てに気付いた時の一瞬は、きっとどこまでも果てしない。



柱が傾く。押し寄せる。



少女が敷いた、天井破りの直通階段。渦を描く石柱群、男は正にその渦中、渦の真っ只中。
撃ち落とすべく追ったのだから、至極当然のこと。あるいはそれも少女の思惑の中か。
故に四面楚歌、八方塞がり。囲え囲え、カゴメカゴメと、全ての柱が男へと差し迫る。
そう、全ての柱が、だ。意志を持っているかのように男目掛けて殺到する。全ての、柱が。


いつの間にか、男は震えていた。
それはもうバカみたいに、震えが止まらない。震えている事実に男も理解が追いつかない。


石の雨は暗幕に過ぎなかった。幕開けと奈落が繋がるこの柱の雨こそ終劇を呼ぶ決殺の舞台。
ヒトの丈の何倍もの柱が幾重にも重なる。ぶつかったかと思えば、滑らせる。ぶつかったかと思えば、砕き合う。
柱傾き岩降り注ぐその雨は、たった一人の血の雨を望む地の雨。


その渦中に曝されて、その殺意を向けられて、震えぬ者などいやしない。


最初の雨粒が滴る。
雨粒とも滴るとも言い難い、巨大な石柱が男の頭ごと地を穿つ。男の異能に阻まれてさえなければ、だが。
天下る絶望は、男の頭上を真一文字に叩き割ることなく、その身を砕いた。
だが砕かれるのもまた、仕事の一つ。
そう言わんばかりに、絶望が地を跳ね砕け弾け飛ぶ。
灯台下暗し、とでも言うべきか。頭上の守りに特化させたのがケチの付け始め。
カタチも大きさも不揃いの瓦礫が男の身体を抉り、減り込んだ。
千鳥足で踏鞴を踏む以外、男は動くことすらままならない。


しかし、震えるその身を奮わせられぬ程、男は弱くない。
今の一撃がきつけになったか、迫り来る絶望の痛みの何と小さいことか。
痛みなど、何を恐れることがある。一から十から百から千、積み重ねて届くなら幾らでも貰うことだろう。それで届かないのだから、悉くを痛みに染めるのだ。
自身だけが痛みに染まることのない、このスタンド。その異能を以て、あのお方の痛みを取り除く。差し出がましく、憚りある願い。それでも願わずにはいられない。
ならば、この身にそれ以上の恐れなどあるものか、あるのは畏れのみ。
畏怖が恐怖を噛み砕く。恐怖の味をその舌で絡め取る。
畏れるだけの心は、震えを忘れた。それにも関わらず、その身は未だ震え続けている。
ならば、この恐怖の震えは嘘を付いている味。初めから震えてなどなく、揺れているのだとしたら、いや揺らされているのだとしたら。
今更、どこを揺らしているなどと口にするのは無粋だ。あの無数の柱が倒れ出したのは何故か、柱はドコと繋がっている。そんなモノ一つしかない。


意識が舞い戻った。
ほんの一瞬の逡巡、未だ抉られた感覚が新しい。視界がスローで流れる。死が軒を連ねる今だからか、あのお方が時を止めて下さっているからなのか。
しかし依然動くことは出来ない。強烈な揺れがその身体を縛っていた。
地震。
柱の倒壊も、臆したかに思えた錯覚も、全て少女が引き金を引いていた。天より大地の槍を降らし、地より天仰ぐ者を捕らえる、この天と地の挟撃こそ少女が組み敷いた布陣だったのだ。
ならば、もう、出し惜しみは出来ない。突き破る。
最後の手札にして、常套手段。
天を仰ぐ者が、天を征けぬと思い込ませたのだから。全てを等しく制するこの力を、見下す者のその喉元に突き付ける。それが出来る。
たとえ一瞬、この地の雨に打たれることになっても。在るがままの、不可視の暴虐を視せてや―――



弾かれた。


162 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:31:00 ???0
地の胎動。ただ捕らえるだけでは能がない。殺すと言うなら焙り出せ。局所的かつケタ違いな振動に、いよいよ耐え切れず石床が隆起する。
噴出した大地の上に立っている者はいなかった。そう、男の足元も例外ではなく。地の雨が降り頻る傘の外へ、その身体は飛び出されてしまった。
憐れにも、その身体は緩衝材になる。
むき出しの岩肌と横倒しの石柱、二つの間に割って入った。まるで守るように。
男にそんな意図などある筈もない。ただ挟まれるべくして挟まり、もう潰される。


ただ、男が護りたかったモノは勿論こんなモノではない、遥かに崇高なモノで。
身を挺して庇う形になったモノ共は、男の存在など決して意に介するなんてなくて。
ヒト一人が挟まったところで、岩肌は削れ、石柱は砕けてしまう。至極当然の答えこそ。


男がどう足掻こうと、何一つ、変わることは無いという事実。


嘲笑れた。
誰からも必要とされない存在だと、この世で一番安い命だと、セセラ笑った!
この命に価値を見出した、あのお方諸共、世界が嘲る!!
黙れよ世界!!私を嘲けるのは只一人!!世界を靡かせる、あのお方だけだ!!!


暴虐が風を巻く。
その動きはまるで点と点のように、隔たりを跨ぐほど速過ぎた。過ぎゆく瘴気の風だけが、結ばれた線のカタチを知っている。
この瞬間が切り取られるならば、その一枚には男しか映っていない。周囲の有象無象を一瞬で粉微塵に変えたのだから。
たった一つのモノしか、彼は必要としない。ただ、己こそが忠義を果たす、その意志だけが。


だが、それはやはり切り取られた瞬間のことでしかない。揺れが強すぎた、そんなつまらないほど純粋な暴力に潰されて。一つ先の瞬間、男の身体は地に抱かれる。


そこから先は惨いモノだった。
無色の傘が身を包み込むも、揺れが身体を引きずり出す。ミリでもはみ出せば過剰圧殺。運良く凌げど瓦礫散弾。
倒れ込んだ今、それはもう面白いほどに。傘を出て来ては戻るを繰り返す、まるでバカの一つ覚え。
賢しくも、無様にうつ伏せて地に張り付き揺れを耐え凌ぐ。
それも叶わない。
傘の広さを忘れて大の字になって無事で済むものか。はみ出た手足指先が血と地で塗れ、小さくなる。
咄嗟に戻し何を逃れるワケもない。
触れるな、と言わんばかりに隆起した大地が顔面を殴り抜く。いや、顔だけに至らない。全身各所したたかに、ここから立ち退け、と執拗に。
殴られ跳んだ意識さえ、転がる拍子に削り潰され目を覚ます。擦り切れぬ限り、擦り減らされ続けられる意識。寝ても覚めても、広がる地獄。見果てぬ絶望。
世界が男を拒絶した。


それでも、止まない雨はないのか。いつしか地の雨は上がっていた。


163 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:34:00 ???0
だから男も世界を拒絶する。
止まない雨はない、そんな慰めの言葉を贈るこの世界を。
だって、また降っている。
地の雨に続けと、正真正銘の雨が滑り落ちて来た。雨は止まない、ただそれだけだった。
あるいは、これが慈雨なのだろうか、辛苦を耐え抜いた男を洗い流す恵みの雨なのか。
男はそうは思わない。思えなかった。雨粒が土埃と混じり汚泥となって絡み付く。潰れ弾けた身体のかしこが気が触れたと思う程の熱感と激痛。
せめてこの雨も降り続けさえすれば、汚泥も痛みも、あるいは何もかも、水に流したのかもしれなかったのか。
そうはならない。
それが降るから、雨は止んだ。闘いは止まない。止まない雨の最後の一滴。超々ド級の要石が滑落する。少女は身を乗り出してでもこちらを見据えている。
見下すためか、外さないためか、男は知らない。だがそんなことはもう、どうでもいい。
決着が着く。
男は立ち消える。
痛ましい己の身体を晒すのは、お目汚しになる、と皮肉るように。
それに、お目汚し程度で済ませるつもりもない。これから真っ赤に汚れるのだ。


止まない雨に打たれるのは、お前だ。
雨を止められずとも、お前如きなら止められる。
そして、あのお方ならば、世界を手繰るあのお方ならば、雨すらも止め、やがては止ませてしまう。
そして、お前はこれから降る自身の雨さえも、止めることが出来ない。
お前に、この雨が止めることが出来るのか?


その音は雷か。それ以上に野太く喧しく、命を寄越せ、と大地に吠える。
だが、男にとって、その音さえも今や膜壁の向こう側。地に叫べど、その身は既に地を離れた。
二つは相剋する。
しかし相剋と呼ぶには余りにも一方的で、そして余りにも一方通行。
潰し合うことなく、ただすれ違い、不可視の暴虐の咢にかかった。
互いが互いを違え違える孤独と孤独の蠱毒の果てなど、ただただ孤独だ。


しかし、そうはならなかった。
孤独と孤独はまだ、いた。


男はただ見えなかった。ただ感じなかった。だから届かなかった。だから通り過ぎて行った。
何モノであろうと、それはきっと、あのお方でさえも、過ぎ去った後に気付くことだろう。
何もかも寄せ付けず、何もかも受け付けない。近づけば消し去られ、遠ければ自らを消し忍び消し去る。
受容なき拒絶。
その背後には、雨に打たれる情景も、追い遣られる姿も、窺い知ることは出来ない。いやそもそも、そこにそんなモノなど何も無いのか。
一体、どんな切除が男を動かしているのか、誰も彼も知ることは禁じられた。
只一人を除いて。そしてその一人の為に。


血の雨を、降らせるのだ。


パシャ、雨音に混じって聞こえた。
桃の果実が、桃の葉が、丸い帽子が、その音を作った。
頭上華萎。これが最後なのかもしれない天人の五衰の一つが満たされる。


たった一度の交差で、男は少女の右を、奪い去った。
全てを奪い去るのに、何度すれ違うことになるのだろう。いやこの男は永遠にすれ違い続けるしかない。
誰も彼も彼女もモノも命なきモノ共すら、すれ違い消し去って行く。その十字架から逃れることは、きっと叶わない。


拒絶した世界を男はただ拒絶し返すように。


164 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:35:33 ???0



「あー?完全に消えたのかい、これは。」



同じ時刻なのかそうでもない時刻、妙齢の女性が軒下に座して竿を垂らしていた。
仗助の腹に銃弾をブチ撒けた張本人、八坂神奈子。ガトリング銃も、もはやトレードマークの一つのようだ。
古めかしい装飾の彼女のイメージに溶け込むほど馴染むのもまた、過去に頓着し過ぎない神としての気質か。

 随分とハデにやっているけど、二人だけか。どうやら、運良くここに先客がいたようだね。

すぐに中に入らず、彼女は内部の情報を漁っていた。スタンド『ビーチ・ボーイ』の糸を可能な限り潜行させた。
動きと音をサーチ出来るスタンドの特徴を活かし、簡単な状況を掴むことが出来た。
まどろっこしい手段を用いたのも、外装に風穴が設けてあった異常を鑑みてのことだった。


 そして、ようやっと動き出したか。てっきりオッちんだかと思ったよ。


竿を垂らしたまま、神奈子もGDS刑務所に押し入る。向こうで役者が揃うのも、そう間を置かないだろう。
果たして何人残っているか、ほくそ笑む。全員残っていたとしても一向に構わないし、サシでやりあうのも一興だ。


「さあ、総取りの始まりだ。漁夫の利は掴ませてもらおうよ、天子、仗助。」


間に合うといいわね、悪びれもせず一人知った風な言葉を最後の無駄口に彼女もまた渦中に赴く。
置き去りにした言葉も、静かに雨音の鳴き声に掻き消され、止まない雨だけが未だそこに残り続けた。


165 : 名無しさん★ :2016/10/07(金) 00:38:11 ???0
【C-2 GDS刑務所/昼】


【八坂神奈子@東方風神録】
[状態]:体力消費(小)、右腕損傷、早苗に対する深い愛情
[装備]:ガトリング銃@現実(残弾70%)、スタンドDISC「ビーチ・ボーイ」@ジョジョ第5部
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:主催者への捧げ物として恥じない戦いをする。
1:『愛する家族』として、早苗はいずれ殺す。…私がやらなければ。
2:洩矢諏訪子を探し、『あの時』の決着をつける。
3:GDS刑務所の戦場に乱入する。
[備考]
※参戦時期は東方風神録、オープニング後です。
※参戦時期の関係で、幻想郷の面々の殆どと面識がありません。
 東風谷早苗、洩矢諏訪子の他、彼女が知っている可能性があるのは、妖怪の山の住人、結界の管理者です。
(該当者は、秋静葉、秋穣子、河城にとり、射命丸文、姫海棠はたて、博麗霊夢、八雲紫、八雲藍、橙)
※仗助の能力についてはイマイチ確信を持っていません。


【東方仗助@ジョジョの奇妙な冒険 第4部 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]:腹部に銃弾貫通(処置済み)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品×2、龍魚の羽衣@東方緋想天、ゲーム用ノートパソコン@現実 、不明支給品×2(ジョジョ・東方の物品・確認済み。康一の物含む)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いの打破
1:???
2:霊夢と紫を探す・第一ルートでジョースター邸へ行く。
3:吉良のヤローのことを会場の皆に伝えて、警戒を促す。
4:承太郎や杜王町の仲間たちとも出来れば早く合流したい。
[備考]
※幻想郷についての知識を得ました。
※時間のズレ、平行世界、記憶の消失の可能性について気付きました。
※比那名居天子との信頼の気持ちが深まりました。
※デイパックの中身もびしょびしょです。

※仗助が現在何をしているかは次の書き手の方にお任せします。


【比那名居天子@東方緋想天】
[状態]:翳り出した小さな『光』、霊力消費(極大)、肉体疲労(大)、右腕内側から出血、左頬出血、両腕両脚にヒビ、生乾き、身体右側にガオン(※)
[装備]:木刀@現実、LUCK&PLUCKの剣@ジョジョ第1部、百点満点の女としての魅力
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに反抗し、主催者を完膚なきまでに叩きのめす。
1:男(ヴァニラ・アイス)を殺す。
2:霊夢と紫を探す・周辺の魔力をチェックしながら、第一ルートでジョースター邸へ行く。
3:これから出会う人全員に吉良の悪行や正体を言いふらす。
4:仗助は信頼し合う『仲間』だったのに…
5:殺し合いに乗っている参加者は容赦なく叩きのめす。
6:吉良のことは認めてない。調子こいたら、即ぶちのめす。
7:紫の奴が人殺し? 信じられないわね。
[備考]
※この殺し合いのゲームを『異変』と認識しています。
※東方仗助との信頼の気持ちが深まりました。
※デイパックの中身もびしょびしょです。
(※)最後に受けたクリームによるダメージの程度は次の書き手の方にお任せします。

【ヴァニラ・アイス@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:疲労(大)、体力消耗(大)、左腕切断、、胴骨損傷(大)、両手両足の指が不揃いに破裂、全身に切り傷と衛星の貫通痕(ほぼ完治)
全身の部位各所に落石による圧迫、破裂、出血
[装備]:聖人の遺体・右腕@ジョジョ第7部(ヴァニラの右腕と同化しております)
[道具]:不明支給品(本人確認済み)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:DIO様のために行動する
1:少女(比那名居天子)を殺す
2:戦果を上げるまでDIO様の前に現れない決意。
3:地下にあるものとプッチを探す
4:ジョースターを始め、DIO様の害になるものは全て抹殺する
5:それ以外の参加者は会ってから考える
[備考]
※参戦時期はジョジョ26巻、DIOに報告する直前です。なので肉体はまだ人間です。
※ランダム支給品は本人確認済みです。
※チルノ達からDIOの方針とプッチのことを聞きました
※ほとんどチルノが話していたため、こいしについては間違った認識をしているかもしれません


166 : ◆at2S1Rtf4A :2016/10/07(金) 00:40:38 aJJ/JjRQ0
投下を終了します


167 : 名無しさん :2016/10/07(金) 00:50:38 HCXiK8Kk0
投下お疲れ様です!

天子とヴァニラの対峙から派手に動くまでが流暢…
ヴァニラをここまで相手取るのは流石天子と言えますね
そして神奈子は辿り着いちゃうわ仗助は一人で何かしてるわ続きが見えねぇ!
頼むから不良コンビ死なないで…(懇願)


168 : 名無しさん :2016/10/07(金) 00:50:51 CeCiQeEQ0
投下乙です!
前半は天子どんだけ仗助のこと好きなんだよと思いましたが、それも一瞬。
戦闘モードになった途端イケメン天子になりました。かっこいい。

イマイチ比喩表現の多さでどのキャラが動いているのか判らなくなることがあり、そこの部分が気になりましたが、迫力のある描写でコーフンしました!
仗助が今どうしてんのかが気になるナァ・・・。


169 : 名無しさん :2016/10/07(金) 01:36:14 t122Jnbk0



170 : 名無しさん :2016/10/07(金) 03:16:35 2BV5cSjQ0
投下乙です。

悶々と服を脱がそうと決意する天子、乙女也。可愛い。
対ヴァニラ戦。全てが一撃必殺に成り得る極悪能力との戦いは毎度の事ながらやっぱりハラハラさせます。
今をときめく不良コンビ。とうとう天人の五衰が満たされ始めたか…ひとえに危険なフラグですね。
そして突発的に現れた聖人の遺体…もとい、声。その肯定に一旦は平伏す『天人』である天子と、すぐに逆上して憤慨する『素』の天子。
外面良くとも内面は横暴な彼女らしい姿であると、印象深いシーンとして心に刻まれました。

更に圧巻のスケールで描かれる戦闘描写は感嘆モノ。
ただ、上にありますように比喩表現が少しばかり多く、戦闘中の台詞が少ないことからも、少々光景をイメージし辛い、というのも読んでいて感じました。
もう少し直接的な表現も挟んでいけばバツグンにテンポ良く、読みやすくなるのでは…というのが生意気ながらも読む側としての意見でした。
文章のレベルが非常に高いだけに、これからも氏の卓越していく作品を読み込んでいきたい。素直にそう感じさせる力ある文章です。
不良コンビの続きは一体どうなってしまうのか…更なる期待に胸が高まるばかり。改めて、投下お疲れ様でした!


171 : ◆753g193UYk :2016/10/09(日) 01:03:02 z3Ma/oBU0
射命丸文、火焔猫燐、ホルホース、ファニー・ヴァレンタイン
で予約します。


172 : ◆qSXL3X4ics :2016/10/15(土) 01:29:31 ej5lkqsU0
東方仗助、比那名居天子、八坂神奈子、ヴァニラ・アイス
以上4名予約します


173 : ◆e9TEVgec3U :2016/10/15(土) 19:22:49 /kfJRmus0
岸辺露伴、上白沢慧音、岡崎夢美、レミリア・スカーレット
の計4名で予約させて戴きます。


174 : 名無しさん :2016/10/15(土) 20:45:42 On606bEA0
予約の波を感じる・・・


175 : ◆753g193UYk :2016/10/16(日) 00:51:17 AzHXhGLM0
投下します。


176 : ALIVE(前編) ◆753g193UYk :2016/10/16(日) 00:52:54 AzHXhGLM0
 音もなくふりしきる雨が、文の黒髪を、身に纏った衣服を絶えず濡らしている。雨の勢いは決して強い訳ではないが、この物々しい雰囲気の中、濡らされた衣服が身体に纏わり付くのは、存外に心地が悪い。粘着く汗と雨とが混ざり合って、濡れたブラウスは動悸に合わせて上下する胸にべっとりと張り付いき始めている。
 いつもよりも胸の鼓動が早いことは明白だった。この場の物々しい雰囲気が、一切の選択ミスの許されぬこの局面が、文の緊張感を煽る。だが、しかし、立場としては、文に何ら大統領を下回っている要素はない。両者互いに遺体を所持し、曲がりなりにも『話し合い』で解決しようと大統領は申し出ているのだ。現状は『対等』だ。そう自分の心に言い聞かせて、文は決して緊張など表情に出すこともなく、強い眼差しで大統領を見据える。

「――もう一度言います。ヴァレンタイン大統領……すぐに私を元の世界に戻してください」
「君を元の世界に戻すこと自体は構わない。だがその前にわたしの話を聞いて欲しい」
「話し合いでの解決を望むというなら尚更です。あなただけが行き来することの出来る世界で話をするというのは、ちょっと『対等』とは言えないでしょう。そういう人間の言葉に聞く耳なんて持てますか」
「君は『勘違い』をしている。『フェア』も何も……わたしにはそもそも君と争う気はないのだ。あくまでスムーズに話し合いをすすめるため、邪魔の入らないこの世界に君を招いただけに過ぎない」

 文は、ほう、と小さく唸った。

「物は言いようですねえ。私の立場から考えれば、遺体を渡さなければ元の世界に返してやる気はない……という意思表明にも取れますが。しかも、この世界で何が起ころうと、目撃者は『あなたのお仲間』のお燐さんだけときた。信用する要素がひとつもないわ」

 当て付けがましくお燐に視線を送る。さも心外とでも言わんばかりに、お燐はまなじりを決した。だが、何事かを口走ろうとしたお燐は、大統領に片手で制され、開きかけた口をすぐに閉じることとなった。


177 : ALIVE(前編) ◆753g193UYk :2016/10/16(日) 00:53:17 AzHXhGLM0
 
「まあ待て……落ち着くんだ、射命丸文くん。お燐の名誉のために言っておくが、わたしはお燐に口裏合わせを頼んだり、ましてや君から遺体を奪い取ることの手伝いをさせようなんて気はさらさらない。お燐とて、そういう行為に加担することは望まないハズだ……少なくとも、わたしはお燐を信頼している」

 お燐へとちらと振り返る大統領の表情には、微かな笑みすら浮かんでいた。

「あ……う、うん!」

 深く息を吐いたのち、我に返ったように冷静さを取り戻したお燐が、文へと向き直る。

「そうそう、そうだよ。っていうか、そもそも! あたいは何もお姉さんが憎いってワケじゃないんだよ。ただ、みんなで元の世界に帰りたいだけ。そのために大統領さんに協力してるだけで……、あっ、そうだ! 天狗のお姉さんもあたい達と協力しようよ! 何もこんな殺し合いに乗ることないんだ、大統領さんならみんなで一緒に――」
「話にならない」

 たった一言。短い言葉に圧を込めて、文はお燐の言葉を遮った。無言の圧力に気圧されて、お燐は反射的に息を呑むように黙り込んだ。
 この短いやりとりで分かった。大統領はそうとう頭が切れる。根拠はないが、もしも文の挑発に乗りかけたお燐を静し、お燐にこう言わせる事まで大統領の思惑のうちだったとしたなら、この男はやはり厄介だ。きっとこの紳士的な態度で、あの博麗霊夢をも懐柔したのだろう。
 だが、だとしても文の意思は動かない。この男は、幾度となくジョニィを殺そうとした。あまつさえ、ジョニィの友情を思うこころに訴えかけて信用させ、その末に騙したような男なのだ。きっと今ここにジョニィがいたならば、絶対に大統領を二度とは信用しない筈だ。ならば、文の心も動かない。大統領の口車に乗せられることは絶対にあり得ない。

「……何故、君はそうも頑なに協力を拒む……? 君の目的は何だ」
「ただ生きたいというだけですよ。その上で、私には遺体が必要だから、渡せない。何も難しい話はないと思いますけど」
「いいや、生きることが目的ならば手を取り合えばいい。わたしは何も君を『始末』して遺体を奪おうなどとは考えているのではない……遺体はわたしが預かるが、その『見返り』として、わたしに協力を申し出た参加者は等しく守りぬく。それがわたしの目的だ。射命丸文くん……君にとってもそれは『悪いこと』ではないハズだが」
「……私は、そういう話をしてるんじゃない」


178 : ALIVE(前編) ◆753g193UYk :2016/10/16(日) 00:53:42 AzHXhGLM0
「なに?」
「あのですね。私にとって『良いこと』だから従うとか、『悪いこと』だから従わないとか、そういうのはもうどうだっていいんですよ。ただ私は、あなたが何を言おうと、信用はできない。だから遺体も渡さない……それだけです。だったら平行線でしょう、この話は。時間の無駄です」
「それは……ジョニィ・ジョースターの意思が介在しているため……か?」

 文は何も答えなかった。回答の方向性としては、大統領の言う通りだ。ジョニィの意思が今もまだ生きているから、あなたに遺体を渡すことは出来ません、とでも言えば概ね間違いはないのだろう。しかし、大統領に促されてそれを言わされるのは非常に不快だった。
 だけれども、無言でいるということは、肯定と同義だ。大統領はその前提で話を進める。

「いいか、射命丸文。物事の……片方の面だけを見るのはやめろ。なぜジョニィ・ジョースターの話だけを信じて、わたしの言葉には耳を傾けない。何度も言うが……わたしはゲームには乗っていないんだ……博麗霊夢とも協力体制にある。さらに言えば、わたしはわたし自身の私利私欲のために遺体を欲しているワケでもない。それを……あの男の言葉だけを信じて、わたしだけを蔑ろにするのは……あまりにも一方的だとは思わないか」

 確かに大統領の言葉にも一理ある。心で否定しても、理屈では大統領が絶対的に間違ったことを言う類の人間ではないということを理解できてしまう自分がいる。
 大統領の言い分は何処までも合理的で、正しく聞こえるのだ。お燐や博麗霊夢が大統領の側についたことにも頷ける。文にはそれが空恐ろしかった。

「……ファニー・ヴァレンタイン大統領。話に聞いていた通り……あなたは口が上手い。成程、あなたの言うことに一件間違いはありませんよ。ええ、あなたが国家のため、ひいては国民のために遺体を求めていたことも、ジョニィさんから聞いています。そんなあなただからこそ……博麗の巫女も、そこにいるお燐さんも、あなたに協力する道を選んだ。だからジョニィさんも、一度はあなたを信じようとしたのでしょう」
「ふむ……どうやら、ジョニィ・ジョースターはわたしにとって害悪となる情報だけを伝えていたワケではないらしいな……だが、それならば話は早い。わたしの目下の目的はこの馬鹿げた殺し合いからの脱出だ……そこに嘘がないことも、君はもう分かっているんじゃあないのか」
「いや、知りませんよそんなこと。私はあなたを信じないと言ってるでしょう」
「お姉さん! そんなこと言わないで、ちゃんと話を聞いてよ。大統領さんはお姉さんと向き合って話し合いをしようとしてくれてるんだよ。あたいはもう、これ以上、誰かが死ぬところなんて見たくないよ……それが例えお姉さんでも!」

 お燐の言葉が、なんの他意もない、純粋な善意からのものであることは明白であった。古明地こいしも死んだ今、お燐単体に対する私怨は特にはない。遺体さえ頂けるならあとはどう転んでも関係のない小娘ではあるが、それはそれとしてそういう物言いをされるのは、文の良心が糾弾されているようで、やはり気分はよくない。家族を失ったばかりのお燐が相手では尚更だった。

「あのねえ……お燐さん、あなたも分かってるんですか。その男は、自分の目的のためなら他人なんて平気で裏切る男。最後には結局、自分で決めた正義を優先する類の人間よ。そういう人間は一番始末に負えないわ。だって、自分自信を正義だと信じてるんだもの」
「そ、それは……」

 一瞬、お燐の視線が大きく泳いだ。文の言葉に何らかの心当たりがあったのかもしれない。例えば、既に目の前で大統領の『正義』に誰かを殺されている、とか。

「まあ、別に私はあなたがどうなろうと知ったこっちゃありませんけど、一応警告だけはしておきますよ。誰彼構わず信じるのは考えものってね」
「……射命丸文、わたしとジョニィ・ジョースターとの間に確執があったことは認めよう。そして君の言うように、わたしは国家のため、国民のためならば何でもやる男だ……それも認めよう。だが……国を、何かを護るというのは……結局はそういうことなのではないか?」


179 : ALIVE(前編) ◆753g193UYk :2016/10/16(日) 00:54:14 AzHXhGLM0
 
 今度は何を言い出すつもりか。否定も肯定もせず、文は冷ややかな気持ちのまま、静かに大統領に視線を向けた。

「聡明な君ならば分からない話でもないだろう……国を護るということは、容易いことじゃあない……太古の昔から、人は常に護るために戦い、奪い、そして殺してきた。『美しさ』の陰には『酷さ』がある……何かを生かすというのは……何かを殺すということでもあるのだ」
「……そりゃまあ、否定はしませんけど」
「そしてわたしには、アメリカ合衆国大統領として、いかな手段を取ろうとも、国を守りぬく義務がある! 国民に絶対的な繁栄を約束する責務がある!」
「っ、ちょっとちょっとあなた、ここへ来て開き直るつもりですか」
「開き直りではない、事実だ。ジョニィ・ジョースターとの確執は……彼らが我が国にとってのテロリストだったからだ。国の繁栄のために必要な『遺体』を狙うテロリストを、わたしは放っておくワケにはいかない……しかしそれは決してわたし個人の私欲のためではない」
「だから、だから自分は悪くないって言いたいんですか」
「そこまでは言わない。狙われる側としては、わたしを怨む気持ちも分かるからな。だが、それはあくまで『国家単位』での話だ。この場所ではまず、個々人が生き残ることが優先される……『個人単位』での世界だ。この場所へ来てなお、ジョニィ・ジョースターと争うつもりなどわたしにはなかった……状況は遺体の奪い合いどころではないからな」

 文は一瞬、返す言葉に詰まった。またしても、大統領の言葉に不条理さはない、と感じてしまったのだ。だが、本当にジョニィと争う気がなかったのかどうかなど、ジョニィが死んだ今となっては分からない。どうとでも言えることだ。

「……ジャイロさんは」
「なに?」
「まだ生きているジャイロさんは、どうなんです。ジョニィさんのお友達の……彼とも、協力する気はあるんですか」
「……ある。例え一時的であろうとも、この場で力を合わせることは、決して愚かな判断ではない。相手が誰であろうと……この殺し合いに反発するもの同士ならば」

 文は言葉を返すことが出来なかった。筋は通っているように思われた。
 数秒の沈黙が、随分と長い時のように感じられる。嫌に生暖かい水分が、じっとりと頭皮を伝って、頬に当たる雨と一緒に流れ落ちていく。何処までが汗で、何処までが雨かは分からないが、ともかく、不快だった。文は鼻筋を避けて両のこめかみにぴったりと張り付いていた黒髪を掻き上げて、微かに荒くなった吐息を吐き出す。

「いいでしょう。だったら……ふたつ、約束しなさい」
「約束?」
「ええ、約束です」
「……聞こう」

 軽く人差し指を掲げて、文は言った。

「ひとつ。ジャイロ・ツェペリには、絶対に手を出さないこと。博麗の巫女と約束したのと同じように。元の世界での因縁を忘れて、ジャイロさんとも手を取り合うこと」

 無言のまま、大統領はじっと文を見詰める。緊迫した空気が辺りを包む。
 会ったこともないジャイロのことなど、正直に言えばどうでもいい。だが、ジョニィを殺す気がなかったというなら、その仲間であるジャイロも扱いとしては同格である筈だ。そのジャイロに手を出さないことを約束させることに意味がある。


180 : ALIVE(前編) ◆753g193UYk :2016/10/16(日) 00:55:17 AzHXhGLM0
 
「約束しよう」

 大統領が首肯する。
 文は人差し指に続いて、薬指を立てた。ここからが重要だった。

「ふたつ。あなたが今持っている遺体を……すべてこの私に寄越しなさい。勿論、そこのお燐さんが持っている遺体も含めて、全部」
「……なに?」

 これには流石に、大統領も眉をしかめた。

「あなたが真にアメリカ合衆国の繁栄のためのみに遺体を求めているのなら……この殺し合いが終わってから、遺体を持ち帰ることさえ出来れば問題はないハズです。殺し合いに悪用をするつもりがないのなら……すべてが終わるまで、あなたが持っている遺体を私に寄越しなさい」
「殺し合いが終わるまで……遺体を手に入れるたび君に渡せと……」

 文は静かに頷いた。

「だが……最後に集めたすべての遺体をわたしに返還するという保証は……何処にもない」
「大統領……私はことあなたとの取引において、一切の妥協はしない。それはあなたに、ジョニィ・ジョースターを騙したという『実績』があるからよ……どっちみち、今ここであなたに遺体を渡すことは絶対にあり得ない。この条件が呑めないなら、交渉は決裂よ」

 この場で遺体の一部を要求することと、すべての遺体を揃えてしまった相手に遺体を要求すること。その意味合いはまったく違う。大統領からすれば、ここで遺体の一部を手に入れられるかもしれないチャンスをみすみす逃すことになるのだ。そう簡単に頷ける訳はない。だが逆に言えば、そこまで譲歩させねば、文には大統領を信用することも出来なかった。

「……天狗のお姉さん! あんたちょっとセコいよ! 大統領さんが下手に出てるのをいいことに……」
「それくらいでなければ、私は大統領を信じることは出来ないと言っているの。さあさあ、呑まないならどっちみち話は終わりですよ。そっちに戦う気がない以上、私をとっとと元の世界に戻す以外に道はありません」

 大統領の表情に大した変化はない。だけれども、この要求が大統領にとってかなりの不利になる要求であることは考えるまでもない。心中は穏やかでない筈だ。

「……その条件を、そのまま呑むわけにはいかない……無理だ! わたしには、君を信用する材料が少なすぎる」
「それはお互い様ですね。私だってあなたを信用することなんて出来ないもの」
「疑いたいワケじゃあない……だが、遺体を全て揃える前に、君に不意を打たれる可能性だってある……不完全とはいえ、遺体のパワーを身に付けた君に」
「だからそれはお互い様ですってば。それ言い出したら私だって、遺体を揃えきる前に、何らかの事故に見せかけて殺される可能性だってある。他の仲間をけしかけて私を襲わせないって保証も何処にもない。この条件が呑めないなら交渉は決裂ですよ、私は一歩も退きません」
「……結局、わたし達の間に信頼など生まれるわけもなかった……ということか」

 大統領は大きく息を吐いた。諦念のニュアンスが感じられた。

「実に……残念だ。出会い方が少しでも違っていれば……君という優秀な妖怪を味方につけることも出来たのだろうか」
「そういう可能性もあったのかもしれませんけどね。私はもう、ジョニィさんと出会ってしまいましたから」


181 : ALIVE(前編) ◆753g193UYk :2016/10/16(日) 00:55:47 AzHXhGLM0
 
 ここから先、文が口走ろうとしていることは、敢えて口に出して言う必要はない類の発言なのだろうということはわかっていた。だけれども、拒絶はハッキリと。納得できる理由を添えて、突き放してやろうという気持ちが文の中で鎌首をもたげた。

「悔しい話ですけどね。私はあのちっぽけな人間を『気高い』と感じてしまった。千年以上も生きてきた私が、あんな若者をです。それは、或いは私たちのような妖怪には辿り着けない……ごく短い時を生きる人間だけに見出だせる輝きなのかもしれません」
「だからジョニィ・ジョースターを裏切ることは出来ない……そう言いたいのか」
「まあ、概ね間違っちゃいません。仮に私が『ゲームに乗る』と判断したとしても、あのときジョニィさんに感じた気持ちに嘘はない。今更それを否定することは出来ない」
「……そうか」

 大統領は小さくため息をついて、目を伏せた。

「最後に、もう一度だけ聞くぞ、射命丸文。どうしても……考えなおす気はないのか」
「あなたもしつこい人ですね、無理だって言ってるのに子供ですか」
「……君の考えはよくわかった。わたしにはその考えも、ジョニィ・ジョースターをも否定する気はない。その上で、一時的にでも手を組むという選択肢は」
「ありませんので諦めてください」

 にべもなく言い放ってやった。言ってやった、という気持ちが少なからずあった。
 こと遺体に関しては、自分でも、思っていた以上に熱くなっているのがわかる。文自信、冷えきった筈の自分の心の中に、未だこんな熱が残っているだなんて思いもよらなかった。
 この熱は最後に残ったプライドだ。そもそも文は積極的に殺しがしたかったワケでもない。すべての懊悩をかなぐり捨てて殺し合いに優勝したとて、後々気持ちのいい生活を幻想郷で送ってゆけるとも思わない。せめて最後に残ったプライドだけは、守りぬく必要があった。
 思えば、ヴァニラ・アイスと対峙したときのジョニィは、こういう、理屈では判断しにくいが、どうあっても譲れぬ思いに駆られていたのかもしれない。洗脳されているチルノを助けようと言い出したときも。それがジョニィの心の地図だとするなら、今の文の心の地図は、『大統領に遺体を渡さないこと』だ。それだけは絶対に曲げられない。

「わかった。今君が持っている遺体に関しては……ここで譲って貰うことは諦めよう」
「やっとわかってくれましたか」
「ああ。だが君はいずれ後悔することになるぞ……ここでわたしという『権威』を突き放す判断をしたことを」
「はあ、そうですか」

 気の抜けた返事だった。大きなお世話だ、という感想が大きかった。
 大統領が怪訝そうに文を睨む。眇められた瞳には微かな敵意が感じられた。
 それは、本来ジョニィ・ジョースターに向けられるべき瞳である事に文はすぐに察しがついた。変に味方につけようとされるよりも、こと大統領においては、こういう目つきで睨まれた方がまだ気分はよかった。


182 : ALIVE(前編) ◆753g193UYk :2016/10/16(日) 00:56:13 AzHXhGLM0
 
「成る程な……確かにジョニィ・ジョースターなら、こんな説得ぽっちでわたしに遺体は渡さなかったろう」
「そうでしょうね。あなたがいま相手をしているのは、もはや私ひとりじゃないってことですよ」

 言ってから、文は自分の発言に違和感を覚えた。自分のからだの中に灯った正体の判然としない熱い何かが、文の口ついて勝手に出てきたような心地だった。何を口走っているのかと一瞬思いもしたものの、今更それを止めようという気は起こらず、文は感じたままに動く口にすべてを任せた。

「あなたは、私とジョニィ・ジョースター……このふたりを同時に相手しているものと考えるべきだった」
「……今、納得した。奇妙なことだが……君の背後に、ジョニィ・ジョースターの面影を感じるよ。君は彼と実によく似た目をしている」

 挑発なのか単なる感想なのか、すぐには判断がつかず、文は返答に窮した。

「いや、気にするな。大した意味じゃあないぞ……射命丸文」
「……まあ、何でも構いません。で、これ以上話もないならとっとと元の世界に戻して欲しいんですけどね」
「それについてなんだが……どっちみちこのままでは君も元の世界へは帰れないんだ。ここからは……わたしの提案を受け入れて貰うぞ」
「はあ、提案。それ聞いてあげない限り戻れないって言うんですか」
「ああ……だが決して難しいことじゃあない。射命丸文……お燐くんにそうしたように……遺体はいったん君に預けよう。その代わり……わたしと別行動を取って、君にも遺体を集めて貰う」
「あややっ、交渉が無駄だってわかったからって、今度は堂々と私を利用しようってワケですか」
「これは最大限の譲歩だ……これ以上はあり得ない! 例え君が腹のうちで何を考えていようとも……せいぜい利用はさせて貰う。これだけは『納得』して貰うぞ、射命丸文」

 それは最早、大統領にとってのプライドといっても過言ではないのだろう。
 事実上他に出来ることがないためとはいえ、ただ言い負かされておめおめと帰るだけでは合衆国大統領の名が泣く、といったところだろう。だがそうなってくると、文としては素直に頷いてやるのも癪だった。


183 : ALIVE(前編) ◆753g193UYk :2016/10/16(日) 00:57:02 AzHXhGLM0
 
「……それ、つまり今は何も出来ないってことじゃないですか。今までと何ら状況変わりませんけど」
「そうだ。君が今持っている遺体に関してはいったん保留にさせて貰う。だが、わたしは決して遺体を諦めたワケでも、譲ったワケでもないということは忘れないで欲しい。わたしとの交渉に勝ったなどと思われるのは勘違いも甚だしいからな」
「うっわ、面倒くさい人ですね、あなた。子供じゃないんだからそんな」

 大統領は最早文の軽口には耳を貸さなかった。

「最終的にわたしがすべての遺体を揃えるという結果に変わりはないのだ。ならばせめて、その結果に至るまでの過程を君に協力して貰う。君にその意志があろうとなかろうと関係なくな」
「……ああもう。はいはい、わかりましたよ。そうしなきゃあっちの世界に戻れないって言うんじゃ、拒否権もありませんしね」

 さも面白くなさそうに、分かりやすい不快感を隠しもせずに、文は軽く両の掌を上へ向けて掲げて見せた。
 結局、最終的に大統領の提案に従う形になることは業腹ではあるものの、元の世界に帰る手立てがないのでは話にならない。大統領にここまで譲歩させたのだ、此方からも最低限の譲歩は必要だと思われた。
 ここからは遺体争奪戦だ。元の世界に戻って大統領と別れたら、何処かで隙を突いてお燐を『始末』し、まずはあの小娘の持っている遺体を手に入れる。それから――

「ただし、お燐くんはわたしが連れて行く。君と一緒に行動はさせない」
「は?」
「仮にわたしがお燐と別行動を取るとしても、今後お燐くんに遺体は預けない。もはや彼女は君にとってターゲットのひとりだろうからな」

 まるで文の思考を読んでいるかのようなタイミングだった。お燐は訳もわからないといった様子で、大統領に瞠目の視線を送るだけだった。

「いや、いやいやいや、何をそんな物騒な」
「物騒。物騒だと……よく言う。君の瞳の中には、あのジョニィ・ジョースターによく似たドス黒い意思を感じるぞ……射命丸文。わたしはもはや、君に対して一切の油断は出来ない」
「……はあ。それはそれは、随分と警戒されたもんですね」
「で、でも大統領さん! それじゃあたいはこれからどうすればいいのさ」
「お燐くん……君はよくやってくれた。こうして遺体を私に引きあわせてくれたのだからな……もう十分だ。これからはわたしが君を護る」

 大統領の大きな手が、お燐の赤い髪の上に乗せられる。お燐は存外心地よさそうだった。さっきのお燐の反応を見るに、お燐の中には、少なからず大統領に対する疑念がある筈だ。それを、ああして上手く逆らわないように懐柔している。ろくな男ではない、と文は思った。
 面白くない結果だが、ここで異を唱える訳にもいかず、文はひとこと「そうですか」とだけ呟いた。考えてみれば、合理的な判断だ。大統領の視点で考えれば、既に文に狙われているお燐に遺体を預け続けておく訳がない。流石と言うべきか、半端なことはしない男だ。

「はいはい、分かりました。分かりましたよ。それじゃあもうとっとと元の世界に戻してください、それで私は構いませんから」

 あからさまに不承不承といった様子で、文はこくこくと頷いた。一拍の間を置いて、いいだろう、と呟いた大統領がゆっくりと文へと向かって歩を進める。
 話し合いは終わりだ。状況は決して大統領の思惑通りに進んだ訳ではないというのに、どうにも胸騒ぎを覚える。この場で持っていかれるかもしれなかった遺体を守り抜いたというのに、安心出来ずにいる。
 その理由にもすぐにあたりがついた。天狗である自分が、人間如きに危機感を覚えていることそのものが異常なのだ。この男は、ジョニィとは間逆だ。天狗でありながら敬意を払わずには居られなかったあの男とは真逆、天狗でありながら脅威を感じてしまっている。
 幻想郷の基準で考えて、こんな男は、居てはならない。妖怪すら脅かし、人々を導くカリスマ性を備えた人間など。

 ――この敵は『危険』なんだ。僕が今ここで完全に『始末』しなければいけない。

 ふと、不意に。ジョニィの言葉が、文の脳裏に蘇った。
 大統領はそもそもジョニィに一度『始末』された人間だ。みんなで脱出すると言ったあのジョニィが。自分を殺そうとするチルノをも見捨てず助けようとしたあのジョニィが。あの心優しいジョニィ・ジョースターが、『始末』しなければならないと判断した人間だ。


184 : ALIVE(後編) ◆753g193UYk :2016/10/16(日) 00:57:39 AzHXhGLM0
「それでは、お燐はこのままわたしが連れて行く。ホル・ホースくん……今まで彼女を守ってくれたこと、感謝する」
「い、いや……おれは別になにもしちゃあいませんぜ」

 おずおずと言った様子で、ホル・ホースは軽く頭を垂れる。
 
「一緒に居てくれただけでも、あたいにとっては嬉しかったよ。あたいのことは心配しないでね、きっと大丈夫だから」
「お燐……おめーが決めたことならそれでいいけどよォ……あんまり無理はするんじゃあねーぜ」
「うん、分かってるよ。ありがとう! 優しいね、ホル・ホースのお兄さんは」

 連鎖的に響子の最後を思い出したホル・ホースは、そこで口を噤んだ。
 この世界と限りなく近い異世界とやらで、既に大方の話はついたらしい。たった十分程度の話し合いの末に、一体どうしてチームをふたつに分ける事になったのか、ホル・ホースにはどうにも理解が及ばなかった。ともかく、馬に乗った大統領に、リヤカーを引くお燐が追従する形で、ホル・ホースと文の元から離れてゆこうとしている。
 一体どういった話し合いをしていたのかと問おうにも、大統領も、文も、はっきりとしたことは教えてくれなかった。ただ、その方が効率がいいと両者口を揃えて言うだけだった。その決定に、ホル・ホースが口を挟む余地はなかった。
 大統領とお燐の陰が、ゆっくりと離れていく。リヤカーを持ち運ぶお燐に配慮してのことだろうか。次第に遠ざかってゆくふたりを見守りながら、ホル・ホースはちらと隣の文を見た。一体どんな会話をして、今に至ったのだろうか。そんな疑問は、すぐに吹き飛んだ。

「おま……っ」

 文の双眸は、まともではなかった。
 あの人懐っこく可愛らしい少女の顔は、そこにはない。今の文は、言うなれば『人殺しの眼』をしている。その双眸の奥底に、人を殺すことに対する躊躇いを捨て去った、漆黒の炎が揺らめいていた。
 文が懐から一丁の拳銃を取り出した。ホル・ホースの静止など間に合う訳もない。既に覚悟を決めた文の行動は、すべてが早かった。拳銃の照準を大雑把に大統領へと合わせると同時に、引き金を引き絞った。
 ぱぁん、と甲高い発砲音が辺りに響き渡る。瞬く間に、脇腹を抑え込んだ大統領が、馬から落ちた。命中したのだ。お燐がリヤカーを投げ捨てて大統領に駆け寄った時には既に、文の背中で折り畳まれていた漆黒の翼が、急速に広がり、羽ばたいていた。瞬時にトップスピードに達した文は、周囲の雨を弾きながら弾丸さながらの勢いで大統領へと急迫した。
 ホル・ホースは、この瞬間はじめて天狗の力の一端を垣間見た。この場において文の飛行速度が制限されているという話は聞いていたが、それを差し引いても十分驚異的な速度だった。おそらく、百キロは出ている。それも、この雨の中、一瞬でだ。
 そこから起こる出来事は、すべてがあっという間だった。ほんとうに、あっという間に始まって、あっという間に終わっていた。それがホル・ホースの抱いた感想だった。


185 : ALIVE(後編) ◆753g193UYk :2016/10/16(日) 00:58:09 AzHXhGLM0
 
 文にとって、最初の弾丸が何処に命中するかはもはやどうでもよかった。肝心なのは、命を奪うに足る確実な隙を生み出すことだ。
 ジョニィは大統領のスタンドをえげつないスタンドと評していた。実際『隣の世界』へと移動するスタンドなど、普通ではない。人間には過ぎたる力だ。だけれども、一瞬で殺し切ってしまえば、平行世界への移動など大した問題ではない。
 どっちみち、ここで大統領を逃すわけにはいかない。もしも大統領の提案の通り、遺体集め競争を受け入れたとして、次に大統領と顔を合わせる時には必ず状況は文にとって不利な方向へ向かっていることだろう。大統領はこの短時間でお燐だけでなく、あの博麗の巫女をも味方につけたのだ。奴に時間を与えれば、仲間は着実に増え続けていく。口惜しいことだが、大統領にはそれだけのカリスマ性がある。仲間が多いということは、それだけ遺体を集める効率も良いという事だ。これ以上文にとっての敵を増やされる事も避けたかった。大統領を逃がす事によって生じるデメリットは、ホル・ホースの前でいい子ちゃんを続けるメリットに勝ち過ぎていた。
 漆黒の殺意を抱いて飛んだ文は、降りしきる雨を弾き飛ばし、濡れた砂を突風で巻き起こし、驚異的な速度でふたりの元へ突っ込んだ。

「どけッ!」
「にゃっ!?」

 ドス黒い炎揺らめく瞳は、既に大統領しか捉えてはいない。高速の飛行によって得られた速度をそのまま力としてぶつける形で、駆け寄ろうとしていたお燐を払い除けた文は、瞬く間に大統領へと肉薄した。脇腹を撃たれた大統領が、上半身だけを捻って文へと向き直る。その眼に、確かな『脅え』が見て取れた。文は、ここへ来て貶められ続けてきた妖怪としての威厳を取り戻す心地だった。
 強烈な目眩に襲われた。遺体を持った者同士が急接近した時に生じる感覚だが、文はそれを既にお燐と出会った時に経験済みだった。一度経験した事ならば、予測することは容易い。予測済みの目眩では、勢い付いた文を掣肘するには至らない。

「大統領ッ! あんたはここで『始末』するッ!!」

 突き出した文の手刀が、大統領の左腕の肘関節に突き刺さった。脆い部分を穿たれ、血液が溢れ出る。大統領の体内へと入り込んだ文の指先が、生暖かい肉をかき分けて、骨を掴む。それは、聖人の遺体だった。勢い良く引き抜くと、大統領の左腕から先は容易く千切れ、弾き出されるように遺体が飛び出した。遺体が文の左腕へと吸い込まれてゆく。
 聖なる力が今、また一つこのからだに宿ったことを実感する。感情が急速に熱を得て、昂揚した思いが全身に伝播してゆく。力がみなぎってゆくのが感覚でわかった。
 続いて文は、同じように大統領の喉元へと手刀をねじ込んだ。鋭利な刃で突き刺した、というよりも、腕力で以て無理矢理叩き込んだ、と表現する方が適切だった。大統領の口から、喉から、淡い色合いの血液が一気に溢れ出て、雨とともに上半身の衣服へと染み込んでゆく。大統領の瞳から急速に光が失われていくのを見て、文は勝利を確信した。
 スパァン、と何かと何かが衝突するような音が、背後で響き渡った。ごく至近距離で聞こえた異音に違和感を覚えたその刹那、強烈な痛みと重みが文の右の翼を襲って、文は大きくバランスを崩した。


186 : ALIVE(後編) ◆753g193UYk :2016/10/16(日) 00:58:30 AzHXhGLM0
 
「なっ」

 何が起こったのか、理解は追い付かなかった。一瞬ごとに、文の右翼だけが、軋みを上げて崩壊してゆく。それだけは何となくわかった。だが、何故、どうして、何が起こっているのかは文にはわからない。痛みから逃れようと踊り狂った文は、いよいよ立っていることもままならず、その場に突っ伏して倒れ込んだ。
 首だけを回して文が見たのは、自分の右翼が、何処からか現れたもう一枚の、まったく同じ右翼と『くっついて』崩壊してゆく様だった。まるでスポンジ同士が互いの隙間を潰し合ってひとつになろうとするように、持ち主のない黒翼が軋みを上げて文の翼の中へと入り込んでゆく。文の片翼は既に半ばまでが崩壊している。崩壊した部分から、同じように崩壊したもう一枚の翼が、さながら鏡写しにでもしたように突き刺さって、生えている。もはや原型を留めては居なかった。
 そして、無残な外見へと成り果てた翼越しに文が見たのは、もっと信じられない光景だった。

「Dirty deeds done dirt cheap」

 ――いともたやすく行われるえげつない行為。
 傍らに大きな耳を持った人型のスタンドを携えたファニー・ヴァレンタインが、五体満足の姿で文を見下ろしていた。瞬間、さっき湧き上がった感情とは別種の感情が沸騰して、全身を熱くする。だが、もはや怒りを口にするだけの勢いは文には残っていなかった。

「なッなん……なん、で……っ」

 恐慌状態になりつつある口から発せられた精一杯の言葉は、疑問だった。文の傍らに、既に死体と成り果てた大統領が転がっている。脇腹を銃で撃たれ、左腕の肘から先を失い、首を貫かれた、大統領だったものの哀れな残骸が。
 勝った、筈なのに。いったいなぜ、どうして、なんで。状況を受け入れられず、疑問ばかりが文の胸中を満たしていった。

「全てを理解したぞ。射命丸文……今、隣から来たこのわたしが『基本』となった……この意味が解るか」

 問いに応える余裕などはなかった。激痛で思考が回らない。大きな翼を羽ばたかせて距離を取ろうにも、何処からかやってきた翼が突き刺さって崩壊し始めた方の片翼は、ぴくりとも動こうとはしない。すぐに飛ぶのは、不可能だった。

「あ、ぁ、あァああ」

 目頭が熱くなる。此処へ来て初めて、涙が湧き出るのを感じた。
 悔しかった。ただ、ただ、悔しかった。文の視界がぐにゃりと歪む。降りしきる雨と混ざり合って、すぐに許容量を超えた涙が、文の頬から零れ落ちた。
 こんなことはあってはならない。天狗である自分が、こんなくだらないことで不覚を取って殺されるなど、あってはならないことだ。
 震える手で、大統領へと拳銃を向ける。背中から伝播する苛烈な痛みに苛まれて、照準は定まらない。一発、二発と続けて打つが、もはや銃の反動を受け止めることも出来ず、射線は大きくズレて、いずれも大統領には命中しなかった。


187 : ALIVE(後編) ◆753g193UYk :2016/10/16(日) 00:59:02 AzHXhGLM0
 
「どうした? ぜんぜん狙いが定まっちゃあいないぞ。脅えているのか? このわたしに」
「う、ぁぁァアぁあぁあああああああーーーッ!!」

 続けて残りの三発の弾丸も撃ち尽くすが、パニックに陥った文の弾丸など大統領にとって脅威でも何でもないことはあまりにも明白だった。弾丸は全て明後日の方向へ飛んでいった。引き金を引き続けるが、あとはもう、カチ、カチ、と渇いた音が鳴るだけだった。

「万策尽きたか……安心しろ、殺しはしない。しかし、君の遺体はすべて寄越してもらう。これは『正当なる防衛』の結果だ……決してわたしから君を襲ったワケじゃあない……実に残念な結果だがな」

 大統領が、ゆっくりと歩を進める。文の右の翼のほとんどが、既に形を失っていた。

「……その翼は、隣の世界の君が遺した形見だ。君がさっき殺した『この世界』のわたしが……君の『死がい』を回収させるよう予め頼んでいたのだ。あの男たちが部屋を出た隙を狙ったんだが……まったくハラハラしたぞ。いかなわたしとはいえ、奴らに見つかっては少しばかり面倒くさいからな」
「そ、れが……なんでっ!」
「それはどこに対する疑問だ? どうしてわたしにそんなことをさせたのか、か? それとも、どうして君の翼が崩壊をはじめたのか、か?」

 疑問は投げたものの、もうどっちでもいい、何でもいい、そういう心持ちであった。
 文にはただ、憎々しげに大統領を睨むことしか出来ない。この戦いは完全に文の負けだ。

「前者は純粋に、君を警戒していたからだ。シンプルな答えだろう」
「く、そ……くそ、が……ッ!!」
「そして後者は……このわたしのスタンドをのぞいて……同じ世界に、同じものは同時に存在できない。残念ながら、君の身体は既に奴らに食い尽くされたあとのようでね……その翼しか見当たらなかったんだ。君にとっては不幸中の幸いといったところかもしれんが……だから君の翼は崩壊をはじめた」

 大統領の説明を受けて、文もまた、全てを理解した。
 ジョニィをして「えげつない能力」と言わしめる意味を、理解した。
 今回の場合、既に『入れ替われるもう一人の大統領』がこの世界で行動していたことが、最も大きな敗因であろう。それさえなければ、代わりを連れてくる前に『即死』させれば殺せないことはないのだろうが、いまさら悔やんでも遅い。
 大統領は文に殺される瞬間、スタンドを出す余裕すらなかったのではない。あの時、文は『あの』大統領を殺しきる事に集中しすぎて、視野が狭まっていた。実際には既に、大統領のスタンドは本体を抜け出て、もう一人の大統領へと移っていたのだ。
 気力を失い、がくりとうなだれた文の視線の先に、大統領の革靴が見える。一瞬逡巡した大統領は、同じ顔をした自分の死体の両耳から聖人の遺体を回収すると、みるみるうちに死んだ大統領の身体に無数の穴が空き始めた。やがて大統領の遺体は消失した。雨粒に挟まれて、隣の世界へと移動したのだ。
 ふう、と一息ついて、大統領はすぐに文の左腕を掴み上げた。


188 : ALIVE(後編) ◆753g193UYk :2016/10/16(日) 00:59:31 AzHXhGLM0
 
「だ、大統領さん……もう大統領さんの勝ちだよ、あんまり乱暴なことは」
「案ずるな、お燐。何もこの女がしたように、左腕を奪おうだなんて思わない。ただ、遺体を返してもらうだけさ」

 抵抗する気力も、体力もなかった。ただ捻り上げられた左腕から、神秘の力が抜け落ちていく。こうして、文は遺体をすべて奪われて、今度こそ何もかも失うのだろう。
 岸辺露伴に洗脳されて。ちっぽけな人間に影響されて、助けられて。その人間を守り切ることも出来ず、妖精ごときにナメられ、奪われ。そして今、大統領を倒すことも出来ず、片翼を失いつつある激痛の中で、奪った筈の遺体を奪い返されようとしている。おまけに心底見下していたお燐にまで同情されるというおまけ付きだ。

(もう、最悪だ)

 文の誇りは地に堕ちた。千年以上もの時を生きてきたが、こうも立て続けにコケにされ、プライドを傷付けられたことは、未だかつてなかった。いっそ殺してくれた方がまだ楽になれるだろうに、あの大統領はそれをする気すらないと宣った。どの面下げてこれから生きていけばいいのかが、文にはもう、わからなかった。
 悪態すら吐く気力もなかった。ただ、言葉の代わりに、止めどない涙がぼろぼろと落ちていく。やがて、ばつんッ、と大きな音を立てて、今文の右翼の付け根まで、跡形もなく消滅した。千切れた付け根から血液がどくどくと溢れ出て、白いブラウスの背を汚してゆく。崩壊の真っ最中よりは、完全になくなってしまった方が、痛みは幾らかマシだった。
 妖怪にとって、身体への外傷は致命傷にはなり得ない。生還さえ出来れば、そのうち翼も治るのだろうが、最早そういう次元の問題ではなかった。見下していたやつらに散々コケにされた末に、自慢の翼を失い、実質的に幻想郷最速の称号を失ったということそのものが、文にとっては耐え難い絶望であった。

「ムッ!」

 突然、大統領が、文の左腕を離した。支えを失った左腕が、雨で濡れた地べたへと落ちる。掌が、ぱしゃ、と音を立てて地面に溜まっていた水を小さく跳ね上げた。
 ぼんやりとした思考のまま文が見たのは、左手が裂けて、その隙間から妖精のような姿形をした『何か』が顔を出している姿だった。理解が及ばぬ事柄の連続だった。

「チュミミ〜〜ン」

 文の腕から抜け出した妖精が、蚊の鳴くような声で何事かを告げる。文の左人差し指の爪が、勢い良く発射された。咄嗟に飛び退き距離を取った大統領に被害が及ぶことはなかったが、しかし大統領の顔にはわかりやすい驚愕の色が見て取れた。
 自分が今何をしたのかは分からない。だが、爪を発射する、という行為に、心当たりはあった。


189 : ALIVE(後編) ◆753g193UYk :2016/10/16(日) 00:59:55 AzHXhGLM0
 
「あ……ぁ……ぁぁあああ……ッ」

 既に緩みきっていた涙腺から、滂沱と涙が溢れ出る。
 死んだはずの男の幻が、大挙して押し寄せる。決して多くはないが、その分強烈な男の思い出が、走馬灯のように文の脳裏を駆け抜けていく。
 後ろ暗い絶望の涙ではない。とっくに冷え切っていたと思い込んでいた心のうちから込み上げるそれは、まだ微かなあたたかみを残した涙だった。声にもならない嗚咽が、後から後から沸いて出る。
 まただ。また文は、あの男に助けられたのだ。

「う……うう、ぅ……うっ、うっ……」

 今ここで名前を呼ぶことは出来なかった。それをしたら、自分の心のうちに残る甘さにいよいよ圧し潰されてしまうような気がした。そのかわり、文は『感謝』を、その胸に懐いた。もう二度と借りを返すことの叶わぬ男への感謝を。
 あの男が最期に遺してくれた希望が、文の中に残った希望が、もう一度軌跡を起こしてくれた。それだけは分かる。ならば、泣いている場合ではない。雨と、涙とで歪んだ視界では、まともに大統領を捉える事も出来ない。歯を食いしばって、固く目を瞑った文は、目頭に溜まっていた涙を雨とともに洗い流した。
 再び開かれた文の瞳には、目の前の敵に対する『漆黒の殺意』が再燃していた。
 震える左腕を掲げる。人差し指の爪は消えてなくなったが、残りの爪はまだ四本ある。あの勇敢な男の姿を思い描いて、文は大統領へと左の爪を向ける。あの男が見せてくれた『回転』を強くイメージする。指先で、爪がくるくると回り始めた。やがて速度を上げてゆき、あの男ほどでないにしろ、爪は立派な回転を見せ始めた。

「……やめろ、射命丸文。お前の行為は『ヘビにそそのかされたイヴ』のごとき愚かなる過ちだ。そんなもので我が『D4C』と戦えはしない」
「やってみなければ……わからない。あんたは『危険』なのよ……ここで『始末』しなくてはいけない」
「やめろ。その爪はジョニィ・ジョースターの真似事以下だ」

 続く言葉はなかった。文の爪弾が、大統領目掛けて発射される。爪が大統領に到達する前に、現れたD4Cが振り下ろした手刀によって文の爪団は掻き消された。

「あ……っ」
「やはりだ。貴様の爪は敵を追尾することすらしない。簡単に掻き消えるぞ!」

 敵を追尾する。それがジョニィの能力。頭で理解していても、イメージだけでは回転は変わらない。インタビューをしても、ジョニィは『回転の技術』だけは詳しく教えてくれなかった。こんなことなら、もっと詳しく聞いておくべきだった。
 いっそ逃げるか、この遺体だけでも持って、この場から離れたほうがいいのではないか。そんな考えが一瞬脳裏をよぎるが、不思議とその考えはすぐに消え去った。この敵は『危険』だ。今後仲間を増やされて手が付けられなくなる前に『始末』する必要がある。

 ――『途中で逃げ出すただのクズ』に戻るなんてまっぴらだ。僕は最後まで行く!!

 またしても、ジョニィの言葉が脳裏に甦る。ここで逃げることは、出来ない。尚も左腕を大統領に突き付けたまま、続けて爪弾を発射する。だが、どれも結果は同じだった。三発目、四発目、五発目。ついにすべての爪弾が、大統領のスタンドによって掻き消された。大統領が再び文の左腕を掴み上げるのに、そう時間は必要としなかった。


190 : ALIVE(後編) ◆753g193UYk :2016/10/16(日) 01:01:02 AzHXhGLM0
 
「あ、あ……」
「今度こそ奪わせて貰うぞ……貴様の遺体を」

 今度は乱暴な手付きだった。いよいよ抵抗の出来なくなった文の左腕を捻り上げる。文の腰が、地面を離れた。無理に引っ張り上げられた左腕の付け根が軋む。生まれたての子鹿のように、文は足をばたつかせ何とか自重を支える。その時には既に、大統領の大きな掌が、文の脇腹に添えられていた。優しく撫で回すような大統領の手付きに、くすぐったさは感じない。ただ、汗と雨とで濡れた身体を、よりにもよって大統領にまさぐられる嫌悪感と不快感だけが文の心を蝕んでゆく。
 やがて、大統領の掌が文の脇から胸部にかけてを強く掴んだ。文の柔らかな部分に、大統領の指圧が沈み込む。

「ぅ……、ぁ……そん、な」

 己の身体から、今度は容易く、胴体部が抜け出てゆくのを文は見た。
 大統領は遺体の胴体だけをその手に掴んで、文の身体から引きずり出していった。完全に胴体が文の身体を抜け出た時、大統領は乱暴に文の左腕を突き放した。
 受け身もろくに取れず、尻もちをついた文が見たのは、大統領の左腕に脊椎付きの胴体が、右腕には聖人の左腕が掴まれている光景だった。文の顔がさっと青ざめる。遺体はそれぞれ、大統領の体内へと入り込んでいった。
 それを見届けた時、文の体力はいよいよ尽きた。今度こそ成すすべなく頭を垂れる。

「行くぞ、お燐。遺体は手に入れた……もうここに用はない」
「えっ、う、うん!」

 大統領は、もともとこの世界の大統領が乗っていた馬の手綱に手を懸けた。馬は大統領を拒否するように大きく、ぶるぶると身震いした。反射的に一歩身を引いた大統領など意にも介さず、馬は文の背後まで回り込み、鼻先を文の尻から腰にかけての部分に押し当てた。
 思わず背筋を伸ばした文の身体を、馬は鼻先を振り上げる事で跳ね上げた。文の身体が宙に舞う。


191 : ALIVE(後編) ◆753g193UYk :2016/10/16(日) 01:01:44 AzHXhGLM0
 
「わ、わ」

 上空で片翼を羽ばたかせるが、いつものようにはいかない。いつもなら容易く飛んでいた筈の文の身体は、空中で一瞬浮かんだだけで、すぐに落下を始めた。片翼では姿勢制御すらままならなかった。一瞬ののち、文が落下した先は、地面ではなく、馬の背中の上だった。
 訳もわからぬ間に騎乗させられる形になった文は、困惑を禁じ得ず、未だ涙の湧き出る瞳で大統領を見遣る。大統領は何処か納得したように、鼻を鳴らした。

「その馬はジョニィ・ジョースターの愛馬、スローダンサーという。既にこの世には居ないジョニィ・ジョースターの『代わり』とでも言うべきか……どうやら君を気に入ったらしい」
「ジョニィさんの、愛馬……この子が!?」
「その馬は既に君を選んだ。もはや私に乗りこなすことは不可能だろう。射命丸文……遺体はすべて貰って行くが、交換だ。せめてスローダンサーくらいは君に譲ってやる。どっちみちその傷では移動も疲れるだろうからな」
「……なんで、なんで私にそんなことッ」
「わたしを『殺した』ことに対する『正当防衛』は既に、君の翼で釣り合いは取った……何しろ千年以上もの時を生きる烏天狗の片翼だからな……これで十分だ。遺体もすべて返還してもらった。これ以上君に鞭打つ理由は何処にもない」
「情けを、かけるつもり」
「そうではない。君はわたしの命を狙ったが、そんなことは関係ないのだ……わたしは『幻想郷の人間を傷付けることはしない』と博麗霊夢に『約束』したんだからな。アメリカ合衆国大統領として、わたしは一度口に出して『約束』したことは必ず守る」
「ふざ、けるなッ……ふざけるなよ! 何処まで私をコケにすれば気が済むのよ、おまえッ大統領ォォーーーッ!!」
「これで少しでも、わたしを信用してくれることを……祈っているよ」

 大統領の言葉は、最早文の問いに対する返答ですらなかった。すました態度で放たれたその言葉は、余計に文を馬鹿にしているように感じられた。
 それきり大統領は、文など敵ですらない、と言わんばかりに背を向け、文が取り落としたデイバッグと拳銃だけ回収し、歩き出した。お燐もまた、それに追従する。お燐はしばらく、後ろ髪引かれるように幾度か文に振り返っていたが、やがてそれもなくなった。何処か申し訳無さそうに文を見るその眼が、この上なく腹立たしかった。
 自分の情けなさに、文はまた、泣いた。文の戦歴に、遺体をすべて奪われることと、ジョニィの敵である大統領に情けをかけられた上、馬まで恵んでもらうという項目が追加された。何が烏天狗だ。何が千年生きた妖怪だ。これでは、威厳も何もあったものではない。


192 : ALIVE(後編) ◆753g193UYk :2016/10/16(日) 01:02:54 AzHXhGLM0
 
「……なあ、文。おめー」
「なんですか、ホル・ホースさん。これは雨です。涙ではありません」

 涙と雨でぐしゃぐしゃになった目元を、服の裾で乱暴に拭って、しかしそれでも泣き腫らした目は隠しきれはしないと判断して、文はホル・ホースから顔を背けた。

「そうかい。まー、こんな雨に直接目を打たれちまったんじゃあ、赤く腫れちまうのも無理はねぇよなァ……仕方のねぇことだ」
「うっ……う……」

 涙で真っ赤に充血した瞳で、文はホル・ホースに視線を向ける。文の方が、馬上からホル・ホースを見下ろす形になっていた。
 文は小さく嗚咽していた。整った顔立ちの少女が、髪も服も雨によってびしょ濡れにされて、声を押し殺して泣いている。不謹慎であることは承知しているものの、ホル・ホースはその儚げな『美しさ』に思わず見惚れ、言葉を失った。アジアンビューティ、という言葉がふと脳裏をよぎった。
 ホル・ホースが感じた漆黒に燃える殺意の炎は、既に文の瞳からは消えている。ここにいるのは、ただ不条理に打ちひしがれて涙を流す、ひとりの少女だった。
 涙の理由を聞く気にはならない。文が自分から話そうとしない以上、ホル・ホースが詮索することでもないからだ。中途半端な同情は、女のプライドを傷付けることをホル・ホースは知っていた。

「うっ……ひっく、ホル、ホースさん……なんで、こんなことになったかっ、聞かないんですか」
「今はそういう気分じゃねぇ……ただ、おめーが生きていてくれて、良かった。死んでからじゃあ、後悔しても遅ぇーからよ」
「……、見て、ください。翼を、持って行かれました。私、烏天狗なのに。もう、飛ぶことも……出来ません。遺体も、荷物も、全部奪われました。ぜんぶ……っ、ぜんぶ、失ったんです」

 ホル・ホースには、遺体というのが何を指すのかまるでわからなかった。だけれども、今この場に限っては、そんなことはどうでもいいことのように思われた。
 怒りと悔しさに燃える瞳から溢れ出る涙を堪えることもせず、文は叫んだ。

「このままじゃ、終われない……っ! 失って、奪われて、このままじゃ……!」
「……悔しいんだな。おめー、あいつらに『プライド』を傷付けられて」

 射命丸文の姿が、何処か、自分と似ているようにホル・ホースは感じた。

「悔しいなんてもんじゃないッ! もう『生きる』とか『死ぬ』とか……誰が『正義』で、誰が『悪』だなんて、そんなことどうだっていいッ!!」
「…………」
「私はっ……ぜんぶ、全部奪われた! 今の私は『マイナス』なのよッ! 『ゼロ』に向かっていきたいッ……『遺体』を手に入れて、自分の『マイナス』を『ゼロ』に戻したいだけなのにッ!!」
「…………」
「うっ……うぅ、……その『遺体』も……奪われたッ! ジョニィさんが、最後に遺してくれた『希望』なのに!!」
「…………」
「くそっ……くそォォ……っ! こんなことなら『遺体』なんて最初から知らなければ良かった! ジョニィさんとなんて出会わなければ良かったッ! 私は何も知りたくなかったのにッ!!」

 状況はわからない。だが、文が何をそんなに苦しんでいるのかは、何となく、分かる。故にホル・ホースはただ静かに、文の言葉を受け止める。
 数十年単位でしか生きていないホル・ホースに、何もかもを失った文の悔しさをまるきり理解しろというのは難しい話かもしれない。だが、それでも、『誇り』を傷付けられる『痛み』と『苦しみ』は、ホル・ホース自身がこの場で経験したことだ。暗闇の中で、心の指針を失うような心地を、ホル・ホースは二度と味わいたくないと感じていた。
 おそらく文は、まだホル・ホースに隠していることがある。今回の一件はきっと、出会ってすぐのお燐との口論の時点から尾を引いて続いているのであろうことも想像はつく。このホル・ホースに嘘をついて仲間面していたことは些か悲しいことだが、女とはそもそも嘘をつく生き物だとホル・ホースは考える。それに目くじらを立てて、泣いている文を突き放すのは、あまりにも情けない。
 今度こそ、己の心の地図に後悔は持ち込まない。女を見捨てるような真似は二度と出来ない。例え何度騙されようとも、ホル・ホースは女のために行動すると決めたのだ。
 この女にこれ以上付き合うことは、まさしく死出の旅へ付き合うようなものだろうが、それでも。見捨てるわけには、いかない。


193 : ALIVE(後編) ◆753g193UYk :2016/10/16(日) 01:03:21 AzHXhGLM0
 
「だったら、取り返すしかねぇだろうよ。奪われちまった『プライド』を……おめーのその手でよォ」
「奪い返せなかった! あなただって見てたじゃないの!」
「ああ。だがまだおめーは生きてる……なあ、おめーのそのスタンド、まだ使えるのかい?」

 ハッとした文が、ぼんやりと左の指先を掲げ、眺める。失った筈の左手の爪が、少しずつ、少しずつ、生えはじめている。文は大きく息をついた。

「わからない……ジョニィさんの『能力』が、ジョニィさんの持っていた『遺体』に残留していて、私に受け継がれたのかもしれないけど……私には、この爪をジョニィさんのように『回転』させることなんて、出来ない……出来るわけがない!」
「そのジョニィってあんちゃんは、爪を回す方法は教えてくれなかったのかい」
「回転の技術については教えるわけにはいかないって……、あ」
「ん?」

 言葉の途中で、文は言い淀んだ。何かを思い出したように、曇天の空を仰ぎ見る。

「……いえ、ジャイロさんが。ジャイロ・ツェペリさんのおかげで、ジョニィさんは回転の技術を学んだんだ、って」
「おー、そりゃ決まりだな。確かそのジャイロってのも名簿に記されてた名だ、探すぜ」
「探すって! 何処に居るかもまったくわからないのに」
「今のままじゃおめーは大統領サマには勝てねェー。それは認めろや。だったら、変わるしかねェーだろ」

 言い返す言葉も見当たらず、文は表情をしかめる。
 しかしその表情は、存外に不快そうではなかった。

「どうして。なんで、あなた、私に付き合うんです」
「そりゃおめー、さっき言ったじゃあねーか、おれはもう女を見捨てねぇってよォ」
「私はあなたを騙してたのよ……『遺体』のことも黙ってたのに」
「おいおい、女の嘘を許せねぇ男ってなァ、みじめなモンだぜ。おまえさん、このおれがそういうタマだと思うかい?」

 ほんの一瞬、目を見開いて、呆けた顔をした文だったが、すぐに辟易とした表情で大きな嘆息を落とした。

「……、はあ。ほんっと、馬鹿馬鹿しい。後悔しますよ、きっと」
「上等だねェ、とことんまで付き合ってやろうじゃあねェーか」

 スローダンサーの鐙に足を乗せた文が、手綱を引いて馬を前進させる。ハットの庇を抑えながら、小走りで追い付いたホル・ホースは、文の隣を陣取った。文はホル・ホースからは顔を背けたまま、決して振り向いてはくれなかった。


194 : ALIVE(後編) ◆753g193UYk :2016/10/16(日) 01:03:50 AzHXhGLM0
 
 
【D-3 廃洋館 外(移動開始)/昼】

【射命丸文@東方風神録】
[状態]:漆黒の意思、疲労(大)、胸に銃痕(浅い)、服と前進に浅い切り傷、片翼(翼の付け根から出血)、濡れている、牙(タスク)Act.1に覚醒?
[装備]:スローダンサー@ジョジョ第7部
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:ゼロに向かっていきたい。マイナスを帳消しにしたい。
1:ジャイロを探す。会って、話を聞きたい。
2:生きるとか死ぬとか、誰が正義で誰が悪かなんてもうどうだっていい。
3:遺体を奪い返して揃え、失った『誇り』を取り戻したい。
4:ホル・ホースを観察して『人間』を見極める。
5:幽々子に会ったら、参加者の魂の状態について訊いてみたい。
6:DIO、柱の男は要警戒。ヴァレンタインは殺す。
7:露伴にはもう会いたくない。
[備考]
※参戦時期は東方神霊廟以降です。
※文、ジョニィから呼び出された場所と時代、および参加者の情報を得ています。
※参加者は幻想郷の者とジョースター家に縁のある者で構成されていると考えています。
※火焔猫燐と情報を交換しました。
※ジョニィから大統領の能力の概要、SBRレースでやってきた行いについて断片的に聞いています。
※右の翼を失いました。現在は左の翼だけなので、思うように飛行も出来ません。しかし、腐っても烏天狗。慣れればそれなりに使い物にはなるかもしれません。

 
【ホル・ホース@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:鼻骨折、顔面骨折、疲労(中)、濡れている
[装備]:なし
[道具]:不明支給品(確認済み)、基本支給品×2(一つは響子のもの)、スレッジハンマー(エニグマの紙に戻してある)
[思考・状況]
基本行動方針:とにかく生き残る。
1:また寄り道が増えちまったが、文のためにジャイロを探さなくっちゃあな。
2:響子を死なせたことを後悔。 最期の望みを叶えることでケリをつける。
3:響子の望み通り白蓮を探して謝る。協力して寅丸星を正気に戻す。
4:あのイカレたターミネーターみてーな軍人(シュトロハイム)とは二度と会いたくねー。
4:誰かを殺すとしても直接戦闘は極力避ける。漁父の利か暗殺を狙う。
5:使えるものは何でも利用するが、女を傷つけるのは主義に反する。とはいえ、場合によってはやむを得ない…か?
6:DIOとの接触は出来れば避けたいが、確実な勝機があれば隙を突いて殺したい。
7:あのガキ(ドッピオ)は使えそうだったが……ま、縁がなかったな。
8:大統領は敵らしい。遺体のことも気になる。教えてもらいたい。
[備考]
※参戦時期はDIOの暗殺を目論み背後から引き金を引いた直後です。
※白蓮の容姿に関して、響子から聞いた程度の知識しかありません。
※空条承太郎とは正直あまり会いたくないが、何とかして取り入ろうと考えています。


195 : ALIVE(後編) ◆753g193UYk :2016/10/16(日) 01:05:02 AzHXhGLM0
 

 


「ねえ、大統領さん。これ、返すよ」
「ああ、ありがとう……お燐。今まで遺体を守ってくれて」

 大統領にとって拠点たるジョースター邸への道を引き返しながら、ふと立ち止まったお燐は自らの体内に入り込んでいた遺体を大統領へと差し出した。事前に話し合った通りだ。大統領は、お燐の髪を優しく撫で擦る。お燐はまるで猫のように目を細める。そこではたと思い出した。この少女はそもそもが猫であった。
 自らの両足部に聖なるパワーがみなぎる心地を実感しながら、大統領は考える。お燐に今後遺体を任せることは、避けた方がいいだろう。また、一人で行動させることも。
 おそらく、きっと、射命丸文は既にお燐を敵とみなした筈だ。もしも大統領とはぐれて一人で居るところを文に見つかりでもしたら、その場で殺されてもおかしくはない。
 お燐にはここまで遺体を守り、そして大統領に新たな遺体を二つも齎したという実績がある。大統領の言いつけを守り、実績を残したお燐を切り捨てることは、絶対にしない。今後彼女を守ると宣言したならば、大統領は必ずお燐を守りぬくつもりでいた。

「……それにしても、わからないのは射命丸が使ったあのスタンドだ」
「え? あの、爪がくるくる回るやつ?」
「そうだ。アレはジョニィ・ジョースターといって、既に死んだ男が使っていたスタンドの筈なのだ」

 ジョニィ、という名を出した時、お燐は反射的に、どこか暗鬱とした表情を浮かべた。だが、それも一瞬だった。すぐにいつもの笑顔を取り戻したお燐が、大統領に問いを投げる。

「それって、すごいことなの?」
「スタンドは本来当人の精神を表すヴィジョンだ……他人のスタンドを身に付けることなど、普通はない」

 言いつつ、大統領は、例外のケースを脳裏に思い出していた。
 大統領の刺客、フェルディナンドが使っていた『スケアリーモンスター』だ。アレは本来、フェルディナンド当人の才能であった筈だが、Dioはどういう訳か原理は分からないが、遺体の力でフェルディナンドからスタンドを引き継いだという。
 もしもジョニィ・ジョースターのスタンドも同じように、遺体を通じて文へと乗り移ったとしたなら。とても納得の出来る話ではないが、可能性としては十分にあり得る。
 あくまで仮説だが、文が持っていた胴体と脊椎の遺体が、もともとジョニィが所持していたものとするなら。ましてや、文が最後に手に入れた左腕だって、本来はジョニィが見つけ出した遺体だ。一度ジョニィの体内に入り込み、ともに死線をくぐり抜けた遺体が、あの瞬間、三つも文の体内に移動していた事になる。
 仮に遺体がジョニィの能力を『遺した』まま、文へ受け継がれ、文本人の精神状態がジョニィに限りなく近付いた事で、スタンドが覚醒したと考えるならば、決してあり得ぬ話ではない。

(射命丸文のあの眼……あれはジョニィ・ジョースターの眼だ)

 思えば文は、あの話し合いの時点から既に、ジョニィとよく似た危うい輝きをその瞳に宿していた。霊夢との約束もある手前、敢えて殺さずに泳がせる道を選んだが、その判断は果たして正解だったのだろうか。
 上手く行けば、遺体の蒐集に燃える文が、また大統領の代わりに遺体を集めてくれる可能性もある。そうなったなら、もう一度話し合いを持ちかけるつもりではあるが、もし、万が一にも文がジョニィ・ジョースターに匹敵するテロリストと成り果てたなら。


196 : ALIVE(後編) ◆753g193UYk :2016/10/16(日) 01:05:51 AzHXhGLM0
 
(……考え過ぎか。回転すら中途半端だったあの小娘に、そんなことが出来るわけがない)

 かぶりを振って、とりとめのない不安を払った大統領は、ジョースター邸への帰路を急ぐ。こんな雨の中でいつまでも留まっていては、体によくない。何より、自慢のパーマが雨に濡らされるのはもうそろそろ我慢ならなかった。
 ふと、不意に振り返る。この雨天の中、ぬかるみに車輪を取られて、お燐が立ち止まっていた。聖人でもない小娘の遺体をリヤカーに乗せて、溜まり続ける水を適度に排出しながら進むお燐の脚は遅々としていた。家族とはいえ、死んだ者の遺体など捨てればいいのに、とは思う。さらに言えば、そのリヤカーも必要ではないだろうに、とも。

(いや、仕方ない。このわたしに遺体のパワーを齎してくれた功労者のためだ)

 お燐がいなければ、胴体と脊椎はあの薄汚れた妖怪の手に落ちたままだったことを思うと、一切の悪意を持たぬお燐の優しい意思を尊重してやらぬわけにはいかなかった。
 ふう、と息を吐いた大統領は、数歩引き返し、リヤカーを軽く持ち上げてやった。案の定、立ち止まっている間にリヤカーには水が溜まって、すっかり重くなっていた。

「えへへ、ありがとう、大統領さん」

 大統領の助けを得て、硬い地面へと車輪を戻したお燐は、人懐っこい笑みを浮かべた。守ると約束した微笑みだ。大統領は再びお燐の髪を撫でた。

 
【D-3 廃洋館 外(ジョースター邸へ向けて移動開始)/昼】

【ファニー・ヴァレンタイン@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:健康、濡れている
[装備]:楼観剣@東方妖々夢、聖人の遺体・両耳、胴体、脊椎、左腕、両脚@ジョジョ第7部(同化中)、紅魔館のワイン@東方紅魔郷、暗視スコープ@現実、拳銃(0/6)、
[道具]:文の不明支給品(0〜1)、通信機能付き陰陽玉@東方地霊殿、基本支給品×5、予備弾6発、壊れゆく鉄球(レッキングボール)@ジョジョ第7部
[思考・状況]
基本行動方針:遺体を集めつつ生き残る。ナプキンを掴み取るのは私だけでいい。
1:遺体を全て集め、アメリカへ持ち帰る。邪魔する者は容赦しないが、霊夢、承太郎、FFの三者の知り合いには正当防衛以外で手出しはしない。
2:お燐の持つ遺体を回収する。今後はお燐も一緒に行動する。
3:形見のハンカチを探し出す。
4:火焔猫燐の家族は見つけたら保護して燐の元へ送る。
5:荒木飛呂彦、太田順也の謎を解き明かし、消滅させる!
6:ジャイロ・ツェペリは必ず始末する。
※参戦時期はディエゴと共に車両から落下し、線路と車輪の間に挟まれた瞬間です。
※幻想郷の情報をディエゴから聞きました。
※最優先事項は遺体ですので、さとり達を探すのはついで程度。しかし、彼は約束を守る男ではあります。
※霊夢、承太郎、FFと情報を交換しました。彼らの敵の情報は詳しく得られましたが、彼らの味方については姿形とスタンド使いである、というだけで、詳細は知りません。


【火焔猫燐@東方地霊殿】
[状態]:人間形態、妖力消耗(小)、こいしを失った悲しみ、濡れている
[装備]:毒塗りハンターナイフ@現実
[道具]:基本支給品、リヤカー@現実、古明地こいしの遺体
[思考・状況]
基本行動方針:遺体を探しだし、古明地さとり他、地霊殿のメンバーと合流する。
1:大統領と一緒に行動する。守ってもらえる安心感。
2:射命丸は自業自得だが、少し可哀想。罪悪感。でもまた会うのは怖い。
3:結局嘘をつきっぱなしで別れてしまったホル・ホースにも若干の罪悪感。
4:地霊殿のメンバーと合流する。
5:ディエゴとの接触は避ける。
6:DIOとの接触は控える…?
7:こいし様……
[備考]
※参戦時期は東方心綺楼以降です。
※大統領を信頼しており、彼のために遺体を集めたい。とはいえ積極的な戦闘は望んでいません。
※死体と会話することが出来ないことに疑問を持ってます。


197 : ◆753g193UYk :2016/10/16(日) 01:10:08 AzHXhGLM0
投下終了です。
今回は不安な点があるので、通しで大丈夫かどうか検討をお願いします。
ルール上、矢・遺体によるスタンドの付与は禁止と記載はあるのですが、今回は新規のスタンドの付与ではなく、
ディエゴのスケアリーと近い形での、遺体によるスタンドの受け継ぎを描写しております。一応理由付けはしたつもりですが、
もしも厳しそうなら破棄扱いということでも対応致しますので、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します。


198 : ◆qSXL3X4ics :2016/10/16(日) 03:48:06 OPQlY3ZM0
投下乙です。
自分の意見を、ということで酉付きで。

まず、前回の流れを綺麗に汲んだ趣旨を基とした、大統領と文(とお燐)の良い対峙が組み込まれたお話でした。
安直に荒々しい展開に持っていかず、原作を彷彿とさせる舌戦には読む方もハラハラしました。
文の終始つっけんどんな口調が、「一線は譲らない」と端から決断している感じを読み取れて好きでした。
大統領も交渉で上手を取られて今回はちょっとカッコ悪かったかな?と思っていたところに現れた隣の自分。
最初から文の取る行動などお見通しだとばかりに、7部のラスボスとして格を全く落とさない描写で惚れ惚れ。
しかしこの話のポイントとして、蚊帳の外でのホル・ホースが良い味を醸している!
「同情はすれども自業自得」という、読む側にとってある意味気分の良くない感情を、最後に彼の優しさが上手く中和してくれた。
文の中に眠るジョニィの意志が強調された、彼女にとっても転機となる境目の話だったかと思います。

最後に氏の懸念する「文のタスク発現はルールに触れてるか」について、私個人の意見を述べます。
結論から言いますと、さほど問題は無いかなと思ってます。
「遺体によるスタンド発現は禁止」ルールは、あくまでスタンド入手の手段の乱用を防ぐ措置であり、
今回の場合は原作にもあった説明付けがしっかり応用された上での、理屈としては綺麗に納得できる範疇かと。
ただ何も考えずに文にスタンドを付加した、のではなく、今後の彼女の運命に大きく関わることをキチンと想定した重要なシーンです。

以上であります。改めて投下乙でした。
氏が今後も当ロワに書いていきたいと思えたのならば幸いです。


199 : 名無しさん :2016/10/16(日) 08:09:27 JXuG3iHw0
投下乙です!
氏の語っている点については個人的に特に問題はないと思います。

そして冒頭の交渉シーンからして緊張感に溢れ、論理の立て方が実に凄いと感じました。
その後、文の不意打ちを受けるも、完璧に逆転した大統領の手腕。そして『約束』を守り続ける信念に震えましたね。
文は果たしてジョニイの想いを受け継いで、大統領にリベンジができるのか……ホル・ホースにも頑張ってほしいですね。唯一の支えですし


200 : 名無しさん :2016/10/16(日) 09:55:39 va/N7Mno0
投下乙!
タスクの辺りは魅せてくるな…なんて思いました。
ジョニィの意思を受け継いだ文もさる事ながらホル・ホースの優しさがあって…
ちゃんとジャイロを見付けてくれる事を祈ってます。

そして大統領はこのロワだと善人突き通しそうな感じでしたが難しくなっちゃいましたね
正当防衛だからセーフ…?でも大統領自身の正義を歩んでいる事は確か。
上手くキャラを立てながら次へ回してて今後にも期待です!
お燐頑張れ!


201 : ◆e9TEVgec3U :2016/10/18(火) 23:00:09 l2UTq.260
投下致します。


202 : 或いは暢気なアームチェア・ディテクティブに捧ぐ ◆e9TEVgec3U :2016/10/18(火) 23:01:39 l2UTq.260
【昼】C-3 湿地帯





「暑いじゃない!傘を私にちょっとくらい寄せなさいよ!」

「私は吸血鬼だから傘は必需品!お前には決して貸してやらん!
 そのハイなんちゃらで金属製の傘でも作れば良いじゃない!」

「嫌よ持つだけで疲れるじゃない!」


そんな喧嘩が聞こえるはC-3北部の湿地帯。
そこに一見すれば和気藹々とした雰囲気に感じる4人の姿がある。

先程から喧嘩しているのがレミリア・スカーレットと岡崎夢美。
後ろでそんな2人に激昂するかしないかのラインまで感情が昂ぶっているのが上白沢慧音。
そして他3人に目もくれず植物のスケッチをしているのが岸辺露伴。



霊夢・紫の2名を探しながら一応歩いてはいるが、その殆んどは会話となっていた。
しかもパチュリーの話をして以降、レミリアと夢美はウマが合っているのか合っていないのか。
両者は巫山戯たり、時に喧嘩したりで仲が良いのか分からない。
何せレミリアに至ってはパチュリーに会いたいが為に着いて来ている。

今もそうだ。変な事で突っ掛ってこそいるが、実はただの戯れ合いかもしれない。
…まぁレミリアはウォークマンで音楽を聴きながら歩いている為、夢美をあしらっているだけの様なのだが。


際限無く続く喧嘩。
―――プツン。
遂に慧音の堪忍袋の緒が、音を立てて切れた。
途端に変わる空気の流れ。
恐る恐る2人は後ろを向くと、そこには凄い形相の慧音が居た。
「お前たち、いい加減に進まんかぁ!」


203 : 或いは暢気なアームチェア・ディテクティブに捧ぐ ◆e9TEVgec3U :2016/10/18(火) 23:03:45 l2UTq.260
本日2回目の説教タイム。

数刻前に説教したばかりというのに、また勢いよく怒号が溢れ返る。
前回はなんとか別の話題に移れたが今回はそうも行かないだろう。
そう思うと夢美は足の痺れの再来にほんの小さく溜息を漏らす。

一方のレミリアは正座こそしているが、耳にウォークマンを突っ込んだまま。
逆に曲を聞いてすっかりその曲のリズムに乗らされている様であった。
上機嫌のレミリアは音量を上げる。
間奏に入り、ドラムメインとなったその曲はイヤホンから音漏れして隣の夢美にも聞こえてきた。


「うるっさいわね!説教されてるのにそんなに音を出さないでよ!」

「それは私の趣味だろう?別に良いじゃないか、何が悪いんだ」


喧嘩の様な会話が再発。
しかしそれは慧音の激昂の度合を強めてしまった。


「こっちが話してるのにその態度はなんだァァ!」


残念ながら説教は続くのである。
その先は留まる事を知らないだろう。
時間が経つにつれどんどんヒートアップしていく。
それにつれ、2人の機嫌も悪くなる。
そして更に別の怒号も降り注いできた。


「静かにせんかァーッ!原稿に集中できないじゃないか!
 お前たちはいつもそうなのか!頼むから五月蝿くしないでくれ!」


気付けば露伴の機嫌も悪くなってしまっていた。


204 : 或いは暢気なアームチェア・ディテクティブに捧ぐ ◆e9TEVgec3U :2016/10/18(火) 23:06:31 l2UTq.260

「『原稿を書く』事がどれだけ素晴らしい事か分からないのか!?
 そんな素晴らしい時間を邪魔するとはお前たちはどんな教育を受けてきたんだ?
もしこのせいで僕の漫画がつまらない物になってしまう事が万が一あったら許さんぞ!
 最高のネタが揃ったこの場所で読者に見て貰う、その一心を無下にする気か?」

「あ、いや…本当にすまない…」

気付けば説教をしているのは露伴、されているのは慧音という状況になっていた。
しかも先程まであんなに怒号を上げていたのに今では言葉を濁している。


「ヘブンズ・ドアー!すまないが慧音先生、この対価として先程の続きを読ませて貰いますよ!」

「え…いやちょっと待て、またやるのか!勘弁してくれ!」


懇願虚しく、人型のビジョンが浮かんだかと思えば慧音を『本』にしていた。
慧音の体が倒れ込むと同時に、露伴の体も倒れかける。
しかし目の前にあるネタの宝庫を前に、倒れかけた体を奮い立たせる。


「重いが仕方無い事だと思ってくれ…
 夢美先生…いや、今回は幻想郷をよく知っているレミリアの方が適任かな…
 悪いがページを捲ってくれッ!」

「ふん、やってやろうじゃないの、岸辺露伴。」


綺麗な手つきでレミリアはページを捲る。
そして夢美は横から『本』を覗き見る形となった。


205 : 或いは暢気なアームチェア・ディテクティブに捧ぐ ◆e9TEVgec3U :2016/10/18(火) 23:08:37 l2UTq.260

「射命丸の奴、慧音先生にインタビューした事があるんだな…
 ほう、慧音先生は学校を開いていたのか、驚いた。
 そういえばレミリアは射命丸にインタビューされた事があるのか?」

「あの鴉天狗からでしょ?
2、3度はあるわね。紅霧異変の事とか質問されたし…
 後、異常気象が起きてた時にも来たわね。」

「異常気象って何があったんだ!?
 ラニーニャ現象とかそこら辺か?」

「ラザニア現象…?何それ。
 と言うかここに書いてあるじゃない。
 この図の青髪の奴が局所的に色んな天気を発生させて滅茶苦茶だったのよ。
 花曇だのダイヤモンドダストだの台風だの天気雨だの極光だのうっとおしいったらありゃしないわ。
 私は快晴が怖いから安楽椅子探偵してたけど。」

「台風やダイヤモンドダストやオーロラを局所的にだと!?
 そりゃぁ凄い!是非とも見せて貰いたいなぁ…!」

「ってコイツさっき私を『赤女』って呼びやがった奴じゃない!
 今は変な髪で学ラン着た仗助…だっけ?って子と一緒に行動してたっけ。
 両方とも12時にジョースター邸前で集合する事になってるわ。」

「あぁ、比那名居天子、だっけか?
 後で漫画の題材の為に本にさせて貰うとしよう。
 レミリア、早く次のページを捲ってくれ!」

「言われなくてもするわよ。私だって興味あるし。」


3人が興味津々に『本』を舐める様に見入る。
漫画家の狂気と大学教授の探究心、そして吸血鬼の好奇心。
それらが入れ混じり、慧音の記憶を読み干さんと食い入る様な目で見ていた。
今回は慧音は抵抗しようとする事を諦め、ただ傍観に徹すのみ。

3人の顔が近いのは流石に嫌なのだが。


206 : 或いは暢気なアームチェア・ディテクティブに捧ぐ ◆e9TEVgec3U :2016/10/18(火) 23:10:01 l2UTq.260

一方、露伴の漫画に対する情熱は留まる事を知らない。
読んだ行を自分の糧とする為に一語一句を脳に刻まんと真剣な表情を浮かべている。
それもその筈だ。

『風神の来訪』『怨霊の大量発生』『一晩で出来た妖怪寺』
『神霊が大量発生』『厭世観の蔓延』『博麗の巫女が月に行った』

そのどれもが露伴にとって未知の領域。
彼の好奇心を唸らせてガッチリと掴み離さない。
気付けばマジックポーションを1本飲み干していた。

夢美も夢美で探究心が尽きず、露伴に早く捲ってと迫り出す始末である。
気付けば紙からペンを出し、支給されたA4用紙にメモをし始めた。
汚い字ではあるが本人にはきっと読めるのだろう。
そして『厭世観の蔓延』、彼女の知るところの『東方心綺楼』というゲームで起きた事の顛末は彼女を驚かせた。
ネタバレをされるというのも癪な気分だったろうけれども。

そしてレミリアも好奇心を抑えられず、『本』を楽しそうに読んでいる。
先程『本』にされた時とは一転し、とても穏やかな雰囲気であった。


そんな最中、レミリアはとある記事を見付けた。
いや、自然と目が行ってしまったと言えば良いのだろうか。


「なんだこの記事は…
 こんな事が起こっただなんて私は全く知らんぞ…?」


そこに抱いたのは興味ではない、疑惑。
彼女の目線は一つの『異変』についての歴史に向いていた。


207 : 或いは暢気なアームチェア・ディテクティブに捧ぐ ◆e9TEVgec3U :2016/10/18(火) 23:11:32 l2UTq.260
『神社で面霊気の舞を見た』 『道具が突然動き出した』 『大人しい妖怪も暴れ出したそうだ』
『博麗の巫女が異変解決に乗り出した』 『奇妙な雲が出来ている』
『どうやら紅魔館のメイドや森の魔法使いも異変解決へ向かった様だ』
『この異変の主犯は天邪鬼と小人らしい』 『天邪鬼は取り逃がしたと聞く』 『小人は博麗神社で監視中』
『天邪鬼の討伐の号令が出た模様』 『竹林で発見も四尺玉で逃げられた』


捲っていた手が止まる。
この情報は何なんだ、こんな事は今までにあったか?
考えど道具が突然動き出すなんて異変は記憶の中には全く存在しない。
天邪鬼や小人なんて私は知らないし、天邪鬼の討伐の号令なんて物も知らない。
そして何より、咲夜が異変解決に乗り出したなら主である私が知っている筈…
ならこれは一体何だと言うのだ。

分からない。
ただコイツは何なんだ?どんな歴史を見たんだ?
一応、面霊気の舞は私も見た事がある。
和というモノには疎いが、素人目でも美しいという事が一目で分かった。
だがその後がさっぱり分からない。一切合切の事が不明。
もしや慧音が歴史を食べた…?
だが文章を見れば解決しただろう異変なんて物を食べて何の得になると言うのか。


狼狽えてしまった自分が何を見たのか、幻想郷外の2人には全く分からないだろう。
と言うか2人はその顔をすぐさま無想の彼方に忘れて『本』に集中しだすに違いない。
そういう奴らだ。

―――そう考えてレミリアは一人小さく頷き、すぐさまページを捲る作業に戻る。


208 : 或いは暢気なアームチェア・ディテクティブに捧ぐ ◆e9TEVgec3U :2016/10/18(火) 23:13:14 l2UTq.260
今後の移動の体力も考え、レミリアの自問から少し経った所で『本』を読むのは終了となった。
慧音は元に戻り、4人はジョースター邸へ向かって再び歩き出す。

道中、レミリアは慧音に先の事を話す事を決めた。
夢美と露伴とは少し離れさせて歩き出す。


「上なんとかけーね、貴方に質問がある」

「突然改まって…一体どうしたんだレミリア。
 あと私の名前は上白沢慧音だ。」

「ふん、なら上白沢慧音。
 先ほど貴方の記憶を拝見させて戴いたけど…天邪鬼云々の異変、とはどういう事かしら?」


単刀直入。
慧音の答えはすぐ返って来た。


「天邪鬼云々とはどういう事って…
 打出の小槌の魔力で道具が動き出した異変が起きたじゃないか」

「私はその異変をあんたの記憶を見て初めて知ったんだが」

「…え?お前…
 確かあの時お前の所のメイドが異変解決に向かった筈だろう?
 それに天邪鬼討伐の号令が出た時に随分と張り切ってたそうじゃないか。
 確か『フィットフルナイトメア』…だったか?」

「何故あなたがまだ使った事のないスペルカードの名前を知っているのよ」

「いや知っているも何もお前が使ったんじゃないか!」


…どういう事だ。理解ができない。
何故こいつは私が知らない事を知っているんだ。


209 : 或いは暢気なアームチェア・ディテクティブに捧ぐ ◆e9TEVgec3U :2016/10/18(火) 23:14:54 l2UTq.260
険悪な雰囲気。それは後ろを歩く2人にも伝わっていたのだろうか。
夢美と露伴がこちらへ駆け寄ってくる。
夢美の手には何やら見慣れぬ機械があった。


「ちょっとどうしたのよレミリアちゃん、何で口論になってるのよ」


ちゃん付けは止めろ。と言うか何で口論って分かったんだ。


「しかし集音器で聞いてみれば面白そうなネタみたいじゃないか。
 記憶の相違って言うのか?少し見せてくれないか?」


こいつはこいつで厄介だ。と言うか会話を盗み聞きしてたのかコイツらは。


「ま、まずこの状況はどういう事なのか、一旦両方の言い分を整理してみてはどうだ!?
 二度三度と『本』にされちゃこちらが敵わん!」

「聞くより『本』にした方が『リアリティ』の面で大きいんです。
 しかも何があったのかは会話より書き纏めた方が早いでしょう?」

「露伴先生は体をもう少し労わってくれ!
 と言うかここで足を止めるより歩きながら会話した方が時間が有意義に使える筈だ!」


そして言い合いになるとこの二人は譲らない。
パチェのような全体の纏め役が居ればもう少し楽なのだが…
ここは仕方無い。露伴を制止させて今私が『本』にされる事だけでも阻止しなければ。


―――だがそれは杞憂だった。
あの岸辺露伴が慧音の頭突きを喰らい、折れたのだ。
物理的ではなく精神的に。
生憎、慧音はまた後で対価として『本』にされる事になってしまったが。

何はともあれ、恙無く再出発を開始出来たのは大きいだろう。


210 : 或いは暢気なアームチェア・ディテクティブに捧ぐ ◆e9TEVgec3U :2016/10/18(火) 23:16:27 l2UTq.260
「それで、なんだ。
 要するにレミリアは付喪神の異変を全く知らないのか」

「そうなるけど…どういう事よ?」

「いや、どういう事と言われてもなぁ…」

「僕に言わせてみれば…僕が主催者の立場だったらその相違を生んだのは、必然的だろうという事だ」

「すまないがもう少し解かりやすく説明してくれないか?」

「例えばA、Bの2人の人物が居たとする。二人は同じ世界の人物で、AとBは元々敵だがとある時期に和解したとしよう。
 ではもしの話だ。Aが和解以前に、Bが和解以降にこの様な世界に呼び寄せられたらどうなる?」

「AはBを敵と認識するが、BはAを味方と認識する…って事?」

「その通りだ。この場合、上手く事が運べば一方的な蹂躙が有り得るだろう。
 そうやってこのゲームを円滑に進めようとしている、と思えば極めて自然な事じゃないか?
 まぁこの場合お互いに敵意の無い時間軸から呼ばれているのが少し不思議だが…」

「成程。つまり私は里がどんちゃん騒ぎな所でこのゲームに呼び出されたが、慧音はそれ以降で呼び出された。
 召喚された時間軸が違う者が居ても可笑しくない、という訳ね。」


レミリアは納得した様子だ。
気分が良いのか羽がピョコピョコと動く。
すかさず露伴がスケッチするのは慣れた光景か。


会話は続く。時間軸のズレに気付いただけでも露伴の功績は大きいだろう。
主催者の立場で考えるとは凄い着眼点を持っている。
それも漫画への情熱から為せる事なのだろう。



視界には既に西洋の高級住宅みたいな雰囲気を醸し出す建物が入っていた。
4人の足取りは早くなる。

レミリアと夢美はパチュリーとの再会を待ち望み。
露伴は漫画のネームと仗助をブン殴る事を同時に考え。
慧音は再び事件が起きない様に願い。

遂に目的地・ジョースター邸に着いたのだった。


211 : 或いは暢気なアームチェア・ディテクティブに捧ぐ ◆e9TEVgec3U :2016/10/18(火) 23:18:03 l2UTq.260

4人はジョースター邸の中に入る。
残念ながら他のチームはまだ到着していない。
だが、露伴にとってはそれでも充分。
荒木飛呂彦から支給された仕事道具一式を広げ、すぐさま残っているペン入れの作業へと移った。

歩きながらでもペン入れは可能だが、立ち止まっている時と歩いている時では進み具合は全然違う。
記憶を穿り出し、幻想郷の住民の姿を思い起こしながらペン入れに向かう。
ペン先を踊るように走らせ、的確にベタ塗りを行っていく。
時が加速してる状況下でも期限までに原稿を間に合わせる事が可能、と言われても頷けるレベルだ。
『漫画を書く』という行動だけで彼の気分は上々。
辺境の地でも創作活動が出来る喜びなんて、それ以上の幸福は彼には存在しないだろう。



思うに、だ。

『スポイラーになって勝負してやる』

はたてにはそう言ったが、果たしてそれは勝負と言えるだろうか。
下衆で煽情的な捏造。それは確かにゲームに乗った人物には有効と言える。
だがそうでない人物には自分の漫画の方が圧倒的に有利。
読者の為に書いているのだから至極当然な話だ。
まぁ自尊心の高い鴉天狗が果たして自分の意見を改めるだろうか、と言えば分からないがね。


そんな事を思いながらでもそのペン先は留まる事を知らない。
結局、12時を待たずにペン入れまで完成した。彼にとっては上出来である。

原稿用紙をモバイルスキャナーに取り込み、ものの数分でデータ化。
更にタブレットPCに接続して原稿のデータを送信。
後は一斉送信するだけなのだが、彼にはほんの少しの気がかりがあった。


「タイトルこそ決まったがメールの序文はどうしようか…
 普通に僕が書きましたとか書くのは面白くない…」


そう、メールは週刊誌とは違う。
件名は「東方幻想賛歌 第1話」。そしてこの漫画のテーマは「生きること」。それだけは決して譲れない。
だがこの会場においては漫画をただ送っても、不審がられて読んでくれない可能性だってあるからな。
メールを開いた時にまず見るだろう序文。そこからまだ見ぬ読者の心をガッチリ掴んでやる。


212 : 或いは暢気なアームチェア・ディテクティブに捧ぐ ◆e9TEVgec3U :2016/10/18(火) 23:19:53 l2UTq.260
―――よし、こうしよう。
『アームチェア・ディテクティブたちにこの物語を捧ぐ』。


さっきレミリアが安楽椅子探偵と言っていたのでそこから取ってみた。
レミリアは理由があったが、理由も無しに安楽椅子に座って捜査する探偵なんて愚の骨頂。
探偵は歩き回って事件を探るべきだ。自分に与えられた行為を放棄するのはどうかと思うね。


要するに生きることを放棄する様な奴らにこの物語を読んで欲しい。
そして「希望」を持ってハッピーエンドを迎えて欲しい。そんな所だ。
伝わり辛いかもしれないが、今は読者を惹き付ける事を優先しなければな。


どんな結末を迎えるかは自分たち次第だ。
その為にも僕はこの漫画を漫画家として必ず完結させてやる。



露伴は一人でそう考えながら、自分の漫画を登録されているメールアドレス全てに送信する。
自分の作品がメールで送られるというのは慣れない物だし、とても呆気ない。
送った、という事実がそこにあるから多分送れているのだろう。

他のグループが来る様子はまだ無い。
だがもう少し経てばやって来そうな、そんな雰囲気だってある。
彼は次のネームを考えながら他のグループが来るのを待つのだった。



彼の紡ぐ物語はまだ始まったばかり。
そう簡単に終わりはしないだろう。

願わくば、彼の作品が完成する事を。


213 : 或いは暢気なアームチェア・ディテクティブに捧ぐ ◆e9TEVgec3U :2016/10/18(火) 23:20:53 l2UTq.260
【昼】C-3 ジョースター邸



【レミリア・スカーレット@東方紅魔郷】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:「ピンクダークの少年」1部〜3部全巻(サイン入り)@ジョジョ第4部、ウォークマン@現実、
    鉄筋(残量90%)、マカロフ(4/8)@現実、予備弾倉×3、妖怪『からかさ小僧』風の傘@現地調達、
    聖人の遺体(両目、心臓)@スティールボールラン、鉄パイプ@現実、
    香霖堂や命蓮寺で回収した食糧品や物資(ブチャラティのものも回収)、基本支給品×4
[思考・状況]
基本行動方針:誇り高き吸血鬼としてこの殺し合いを打破する。
1:咲夜と美鈴の敵を絶対にとる。
2:ジョナサンと再会の約束。
3:サンタナを倒す。エシディシにも借りは返す。
4:ジョルノに会い、ブチャラティの死を伝える。
5:自分の部下や霊夢たち、及びジョナサンの仲間を捜す。
6:殺し合いに乗った参加者は倒す。危険と判断すれば完全に再起不能にする。
7:億泰との誓いを果たす。
8:ジョナサン、ディオ、ジョルノに興味。
9:ウォークマンの曲に興味、暇があれば聞いてみるかも。
[備考]
※参戦時期は東方心綺楼と東方輝針城の間です。
※時間軸のズレについて気付きました。


【上白沢慧音@東方永夜抄】
[状態]:健康、ワーハクタク
[装備]:なし
[道具]:ハンドメガホン、不明支給品(ジョジョor東方)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:悲しき歴史を紡がせぬ為、殺し合いを止める。
1:他のメンバーとの合流。
2:殺し合いに乗っている人物は止める。
3:出来れば早く妹紅と合流したい。
4:姫海棠はたての『教育』は露伴に任せる。
[備考]
※参戦時期は少なくとも弾幕アマノジャク10日目以降です。
※ワーハクタク化しています。
※能力の制限に関しては不明です。
※時間軸のズレについて気付きました。


214 : 或いは暢気なアームチェア・ディテクティブに捧ぐ ◆e9TEVgec3U :2016/10/18(火) 23:21:38 l2UTq.260
【岡崎夢美@東方夢時空】
[状態]:健康、パチェが不安
[装備]:スタンドDISC『女教皇(ハイプリエステス)』、火炎放射器@現実
[道具]:基本支給品、河童の工具@現地調達、レミリアの血が入ったペットボトル、不明支給品0〜1(現実出典・確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:『素敵』ではないバトルロワイヤルを打破し、自分の世界に帰ったらミミちゃんによる鉄槌を下す。
パチュリーを自分の世界へお持ち帰りする。
1:パチェが不安! 超不安!! 大丈夫かしら…
2:他のメンバーとの合流。
3:能力制限と爆弾の解除方法、会場からの脱出の方法、外部と連絡を取る方法を探す。
4:パチュリーが困った時は私がフォローしたげる♪ はたてや紫にも一応警戒しとこう。
5:パチュリーから魔法を教わり、魔法を習得したい。
6:霧雨魔理沙に会ってみたいわね。
[備考]
※PCで見た霧雨魔理沙の姿に少し興味はありますが、違和感を持っています。
※宇佐見蓮子、マエリベリー・ハーンとの面識はあるかもしれません。
※「東方心綺楼」の魔理沙ルートをクリアしました。
※「東方心綺楼」における魔理沙の箒攻撃を覚えました(実際に出来るかは不明)。
※時間軸のズレについて気付きました。


【岸辺露伴@第4部 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]:背中に唾液での溶解痕あり、ひと時の達成感
[装備]:マジックポーション×1、高性能タブレットPC、マンガ道具一式、モバイルスキャナー
[道具]:基本支給品、東方幻想賛歌@現地調達(第1話原稿)
[思考・状況]
基本行動方針:色々な参加者を見てマンガを完成させ、ついでに主催者を打倒する。
1:『東方幻想賛歌』第2話のネームはどうしようか。
2:仗助は一発殴ってやらなければ気が済まない。
3:主催者(特に荒木)に警戒。
4:霍青娥を探しだして倒し、蓮子を救出する。
5:射命丸に奇妙な共感。
6:ウェス・ブルーマリンを警戒。
[備考]
※参戦時期は吉良吉影を一度取り逃がした後です。
※ヘブンズ・ドアーは相手を本にしている時の持続力が低下し、命令の書き込みにより多くのスタンドパワーを使用するようになっています。
※文、ジョニィから呼び出された場所と時代、および参加者の情報を得ています。
※支給品(現実)の有無は後にお任せします。
※射命丸文の洗脳が解けている事にはまだ気付いていません。しかしいつ違和感を覚えてもおかしくない状況ではあります。
※参加者は幻想郷の者とジョースター家に縁のある者で構成されていると考えています。
※ヘブンズ・ドアーでゲーム開始後のはたての記憶や、幻想郷にまつわる歴史、幻想郷の住民の容姿と特徴を読みました。
※主催者によってマンガをメールで発信出来る支給品を与えられました。操作は簡単に聞いています。
※ヘブンズ・ドアーは再生能力者相手には、数秒しか効果が持続しません。
※時間軸のズレについて気付きました。


215 : ◆e9TEVgec3U :2016/10/18(火) 23:22:36 l2UTq.260
以上にて投下を終了させて戴きます。


216 : 名無しさん :2016/10/19(水) 00:15:23 gIZ2KA720
投下乙です
聖なる遺体が大統領に寄せ集まるかのように近づいていて只ならぬ強運が大統領に味方しているようですね。総取りの時は来るか、そして遺体は最後には誰のものとなるのか目が離せない
露伴は後先考えて無さそうにガブカブ飲んじまってるのは気にしないでもどうにかなりそう
レミリアの望む通りにパチュリーに再会したら吉良も狙いの彼女に再会するというのは運命のいたずらか、第二ラウンドの藁の砦(取手)開幕となってしまうのか


217 : 名無しさん :2016/10/19(水) 15:14:29 j1SmlRag0
投下おつー
まーた慧音先生が本になっておられる。とばっちり過ぎないかコレ…
割りと周りに問題しかいないのに損な空回りばっかでちょっと悲しい、タイトルの匂わせ方は好き

それとレミリアは雨だと外歩けないはず(紅魔郷ex見て)なんで、酒蔵から地下経由で行くか、天気を曇りにするかにした方が良いよ。
他のマップの兼ね合い考えるなら雨降るのは確実だから、地下からジョースター邸に行くのが無難だと思うけど


218 : 名無しさん :2016/10/19(水) 17:21:35 Rq5CYqdo0
投下乙です。
ジョースター邸最初の到達者は先生組か…。
しかしパチェ組が(主にパチェが)悲惨なフラグを建設しまくり、不良コンビが絶賛襲撃中だというのにコイツらだけ平和だ…泣けるくらいに。
完全に慧音が引率の先生みたいになってるけど、露伴と夢美とおぜうの問題児三人の面倒は厳しい。
他の組の姿見た反応がちょっと楽しみだ


219 : 名無しさん :2016/10/19(水) 18:50:34 KXo6ap2.0
投下おっつおっつ
正直露伴先生の自分を貫くスタイル、嫌いじゃあないよ。
でもそのとばっちりを至極マトモな慧音先生が受けるのはかわいそうだね。ひどいね。
藁の砦チーム全員がジョースター家に無事集まれるかが危ぶまれてるし、他の書き手さんの今後に期待大ですね。

>>217
序盤で教授と傘についての掛け合いがあるじゃろ?
吸血鬼云々の話は補完されてると考えるのが利口じゃ。


220 : ◆qSXL3X4ics :2016/10/21(金) 15:39:19 XCQyU9eU0
投下します


221 : ◆qSXL3X4ics :2016/10/21(金) 15:47:27 XCQyU9eU0


天人の五衰。

天界で長く快楽の世界で悠々としていたとしても、いざそこから転落するという時にはとてつもない苦しみに襲われるのだ。
その時が近づいてきた場合に現れる五つの衰亡の相のことを「天人五衰」という。

一つには頭の上の花鬘もたちまち萎れ、
二つには天衣も塵や垢で汚れ、
三つには腋の下より汗をかき、
四つには身も穢れて臭い出し、
五つにはもはや自分の住居をも楽しまなくなる。

そうなってくるとその七日目に、いよいよ地獄の十六倍もの苦しみが襲い天界から退く時がやってくるのだ。

ここに居る比那名居天子に限らず、天人は総じて身体がこの五衰に満たされることを最も嫌う。
死こそが恐怖そのものだ。
人も妖怪も、およそ数多の存在がこの死から逃れようと苦悩し、高みを目指そうとする。
天人も例外ではない。寧ろ天上に漂う雲の上にまで登り詰めた天人らこそが、不死を究めた種族の最たる例であるひとつだ。
しかし彼らは不老不死といえども、遠い遠い未来の死を免れる方法など無い。蓬莱人でもない限り、どんなものにも寿命は存在するのだ。


天人・比那名居天子。
元人間。親の七光りという経緯で天人という座に胡坐する、この上ない我儘者で、怠惰者。
彼女は自分さえ楽しければそれで至上の幸福を得られる。その為なら身の回りの世界が多少、地に傾こうが気にしない。
退屈嫌い。負けず嫌い。努力嫌い。少女を表す端的な要素の悉くは、まるで子供のそれ。

だから、と言ってもいいのだろうか。
少女は無駄に強く、厄介者で通っていた。
栄華である現在を極めた、光り耀く箱入り嬢。

天人の五衰を逆説的に考えれば、無類の不良天人・比那名居天子は今を楽しんでおり、体は汚れず、臭ったりせず、腋から汗すら流さない。
頭上の仙果である桃の果実は、彼女を体現するかの如く清々しい鮮度を放ち続けることだろう。



不良娘の比那名居天子は、紛う事なき非想非非想天の娘―――幻想の有頂天に轟くトンデモお嬢様であった。

このお話は、緋想天にて腕組んでいたひとりの天人が地上に降り立ち、最悪の異変を砕こうと奮起する――

そんな、世にありふれた寓話。

例えその結末がどんな終わりを迎えようとも。

それは、世界からすれば、ありふれたものでしかない。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


222 : ◆qSXL3X4ics :2016/10/21(金) 15:48:24 XCQyU9eU0
『比那名居天子』
【昼】C-2 GDS刑務所 医療監房


『死』が、私を見上げながら微笑むように視えた。
それはもう、ムカつくくらいにハッキリと。堕ちゆく私の顔に歪む死相が、走馬灯のように流れて映り込んできたのだ。

ここは地上の大罪人が収容されるグリーン・ドルフィン・ストリート重警備刑務所、通称『水族館』……と館内案内所に書いてた。
罪人の魂が漂う肌寒いこの施設は、まるで地獄だ。天界に住む私には間違っても縁のない場所。

その天蓋を叩っ壊してやった。
登って、上って、昇って、遥か天界を仰ぎ往くかのように幾重もの天柱を足蹴にして。
そうして辿り着いた石の海。私の行く手を邪魔するその蓋に穴を開けるために。
光遮る石に亀裂を裂き、大空に飛び出すために。
なにより、あの悪魔を二度と這い上がれぬ石海に沈み臥せるために。

この右手に携えた、“勇気”を意味する剣閃にて。
一太刀を掲げ、それで終わり。


天井が派手な音を立ててバラバラと崩れ落ちる、その僅か最中。
私は一瞬だけ、天空を見上げた。
次第に拡がっていく亀裂のスキマから射し込まれる、一筋の光明。
灰色の雨雲がほんの気まぐれで見せた、僅かばかりの慈愛。
雨の中からお天道様が顔を覗かせる、お狐様の嫁入り。
俗に謂われる天気雨。眩いばかりの日光と、天高く上り往く龍神様――七色のアーチ“天の虹”。
更にはその遥か天上、いまや懐かしき我が楽園の里である天界を望み見て。


(綺麗だなあ………………)


と、ただそれだけ。
昔日の頃、毎日のように仰いだあの空が。
今となっては怠惰を過ごし、つまらない日常の象徴と成り果てたあの空が。


こんなにも、綺麗に映った。


あの空にもう一度帰りたいと、一瞬でも思ってしまったのは内緒。
退屈な場所ではあったが、あの天こそが私が本来座する故郷であり。
あそこには家族が居る。衣玖も居る。幸福な生活に必要な凡そ殆どの物が揃っている。

だから“最後”に、私は宙を落ちながらも腕を伸ばした。あの美しき虹を掴みたくて。
どんなにつまらなくとも、彼の処こそが天人・比那名居天子にとっての天国であり。
そして、この世に二つと無い家なのだから。

腕を精一杯に伸ばして、すぐにも私は途中で止めた。
このとき確かに、私は決意したんだと思う。
何の決意かと問われれば……今はまだ、その正体が掴めない。
でも私は、これを以て全てを投げ打つ。
『不楽本座』……かつて在るべきだったその座を、自ら捨てる。

ああ……私はとうとう、かつての『今』を楽しめなくなってしまったのだ。
五衰の一角。その砦が侵される。こんな天子(わたし)は、天子(わたし)じゃない。
ならばわたしとは誰だ。
わたしは今から何に成る?
瓦礫と共に堕ちながら、わたしはゆっくり考える。


善悪の頂に在る『真実』とは何か? 
之より地獄に堕ちたる罪深き天人こそが、果たして悪と成るか。
決めるのは閻魔か。
それとも釈迦か。
あの『右腕』か。
―――違う。


223 : ◆qSXL3X4ics :2016/10/21(金) 15:49:53 XCQyU9eU0

天道。
天人が住まう世界。私の居る処だった筈の場所。
空を舞う奇跡こそが天人たる所以だったのに、今の私ではもう空を翔べそうにない。

―――堕ちる。堕ちる。天子は堕ち逝く。

人間道。
人間が住まう世界。四苦八苦に悩まされる世界で、私には無縁だと思っていた場所。
大昔、まだ人間だった私がこの世に生を受けた場所でもある。

―――堕ちる。堕ちる。天子は天から視界を落とす。

修羅道。
阿修羅の住まう世界。修羅は終始戦い、争うとされるとか。
まるで今の私みたい。この殺し合いに、一体何人の修羅が跋扈しているのかしら。

―――堕ちる。堕ちる。天子は下界の悪鬼を見下ろす。

畜生道。
牛馬なんかの畜生の世界。ほとんどが本能ばかりで生きている、救いの少ない世界。
ここまで来れば立派なマイナスだ。プラスからゼロへ。ゼロからマイナスへと私は堕ちている。

―――堕ちる。堕ちる。天子は只管マイナスへと身を堕とす。

餓鬼道。
腐れに腐った餓鬼の世界。飢えと渇きに悩まされる餓鬼は、ある意味このゲームにはおあつらえ向けだ。
他人を慮らない餓鬼なのは、果たして今までの私か。

―――堕ちる。堕ちる。天子は全てを捨て去ってでも。

地獄道。
とうとう辿り堕ちてしまった地獄の世界。天人がこの界隈に踏み入れるなんて言語道断。
罪を償わせるために在るのがこの世界なら、私の犯した罪――或いはこれから犯す罪とは。

―――堕ちる。堕ちる。天子はこの世の最底まで墜落した。


此処に御座すはまさしく邪鬼。
不可視の暴虐を撒き散らす、死界の骸骨を模した鬼そのもの。
対峙すべくは天から堕ちた堕天使もとい、堕天子少女。
比那名居を冠した不屈の破天荒が、崩落する石の海と共に地獄へと舞い堕りて来たのだ。

数多の罪人を閉じ込めるこの刑務所は、さながら地獄。無間の牢獄だ。
とするなら、希望という名の天へと向かって立ち登った天子は。
そこから再び地獄の底へと堕ちてしまった天子は。
もう二度と、栄光の天界へと這い上がれなくなってしまったのだ。

蜘蛛の糸から堕ちてしまった者は、決して光を見ることなど出来ない。


(私は……それでいい)


流れる六道を堕つる最中、心に過ぎった感情が少女の人生を決定付けてしまった。
足元にド級の要石を顕現させ、崩れゆく柱と天蓋に紛れて。
鋭く睨み付けるは、地獄道から見上げる悪鬼の貌。


224 : ◆qSXL3X4ics :2016/10/21(金) 15:51:39 XCQyU9eU0

今思えば、死の予兆……そのフラグとでも言うべき片鱗は“あの時点”で既に見えていたのだ。
偽りの空を裂こうと、妖怪山の山腹から下界を見下ろしていたあの遊戯開始時点で。
空が飛べない、なんて体験は随分久しい。『主人公』を目指して崖から飛び立った彼女が、情けなくもゴロゴロと転げ落ちた頃が半日も前。
落下の影響で天衣が汚れてしまったあの時は深く考えなかったが、アレこそまさに天人五衰・衣裳垢膩。滅亡の前兆。

こうやって、大地に落ちる/堕ちるのは今回で二度目だ。
そして現在、堕天子の抱える死相の数。その程は―――

『死』が、視えた。
頭上華萎(ずじょうかい)。頭の上の花鬘もたちまち萎れ、
衣裳垢膩(えしょうこうじ)。天衣も塵や垢で汚れ、
脇下汗出(えきげかんしゅつ)。腋の下より汗をかき、
身体臭穢(しんたいしゅうわい)。身も穢れて臭い出し、
不楽本座(ふらくほんざ)。もはや自分の住居をも楽しまなくなる。

完全なる天人五衰。全てが充満に刻まれた崩壊の序章。
これより私は間違いなく、死ぬのだろう。それが何となく、分かる。
死ぬのが怖くないのかって? 馬鹿を言わないで欲しい。
死が怖いから、天人なのだ。
死が怖いから、不死を究めたのだ。
死が怖いから、より地獄に近い下界を見下ろすのだ。

嗚呼、天人とはなんと因果で愚かな極地なのか。
こんな身体で、『アイツ』の傍に居られるもんか。



こんな身体で。




こんな身体で……





……こんな、身体でッ!











   ガ オ ン ッ !











――――――『死』が、視えた。












「――――――クレイジー・ダイヤモンド」










同時に、この世のどんなことよりも優しい金剛の光が私を包み、そして。










▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


225 : ◆qSXL3X4ics :2016/10/21(金) 15:53:16 XCQyU9eU0
『東方仗助』
【昼】C-2 GDS刑務所 医務室



―――天女に包まれる、優しい夢を見た。



上も下もない無限の闇。
どこまでも落ち着かない浮遊感に苛まれ、東方仗助はその場所に浮いていた。
ズキズキと、腹の傷が抉るような痛覚を訴えかける。
まるで地獄だなと、仗助は大雑把でしかない感想を抱く。


(向こうに居るのは……ありゃ康一、か?)


深淵の先の先。何十里の彼方にポツンと佇む、見える筈のないシルエットが網膜に映った。
チビの癖に妙な存在感を放つそれは、何となく友人・広瀬康一に見える。
護ることが出来なかった、男の姿。


(あっちには……じいちゃん? ……はは、マイッタぜ、こりゃ)


目を横にやれば二人目のシルエット。
東方良平。毎日のように見飽きた家族の影だ。
彼もまた、かつて仗助が護れなかった男のひとり。
その内に正義の精神を宿す、立派な男だった。
死んだ人間が居るというのなら成る程、ここは確かにあの世の類なのだろう。

(つまりおれは…………クソ。あのままお陀仏になっちまったっつーのかよ)

仗助の最後の記憶には、小さな少女の背中が映っていた。
どうしようもなく我侭で、うるさくて、生意気で、高飛車で、自己中で、暴力的で、不条理で、子供っぽくて、厄介者。あと、なんか硬い。

そんな内心ムカつくとすら思っていた女。

だが、『仲間』だ。

最後に彼女は、仗助を『護』ろうと必死に駆けていた。今までの彼女の姿を思うと、目を疑う光景だ。
少しは成長した、ということなのだろうか。
仗助はほんの少し、少女の行いを誇りに思った。仲間の気高い姿を見れば、誰しもが誇り高い気持ちを抱くものだ。


ふわっ、と。
何かが手に触れた。


虚ろな意識の中、仗助が首を回すと。
そこに居たのは、蒼天の色彩を放つ、長く綺麗な髪を持つ天女。
母親が愛する子を愛でるかのような壮大な母性が、ほんのりとした温かさを伴って仗助の右手を包む。



純粋に、綺麗だなと思った。






226 : ◆qSXL3X4ics :2016/10/21(金) 15:54:12 XCQyU9eU0


(生きてんのか……おれ……)


再び目を覚ませばそこはベッドの上。固い石の壁に阻まれた、冷たい部屋の中に仗助は孤独と共に居た。
どこか施設の内部らしい。自分をこの場所まで運んで来たであろう仲間の姿は、ない。

「天子さん……?」

寂しさの中、思わず呟いた少女の名に応える者は居ない。どうしようもなく、孤独感を覚えてしまう。
ズキリと痛む脇腹が、時の止まった仗助の世界を動かした。
見れば自分はパンツ一丁。衣服を脱がしたであろう心当たりの異性を思い浮かべ、思春期である少年は柄になく羞恥を覚えた。
脊髄反射でいつもの学ランを探すも、壁に掛けられたそれは、水気を切られていたとはいえ未だ全身が濡れていた。
ひとしきり大きな溜息を吐き、仗助は我侭主の帰還を待つことにする。

「……っつか、ヘッタクソな処置だなオイ」

己の包帯姿を見れば、なんとまあ彼女の不器用の極みが見て取れた。
最低限の消毒は施されていたものの、不慣れどころか元来の手際の悪さが容易に想像できるグダグダの包帯が腹を覆っている。
ド下手くそではあったが、しかし彼女にしては頑張った。及第点だ。



ゴォォ…ン  ドゴォ…  ガォオン……



まこと上から目線な感想を抱いていると、何処からか地響きと騒音が鳴り響いてきた。
発信源は遠くはない。この施設が何処なのかは分からないが、あのガトリング女が追って来ている可能性もある。

「男がオンナ置いていつまでも寝てるようじゃ、カッコわりーな……! 可愛げのねェ奴だがよォ」

濡れてはいるが、せめてズボンとシャツだけを羽織り、男は眼孔を鋭く変貌させた。
学ランの胸ポケットから愛用のクシを取り出し、魂の象徴とも言える髪を乱雑にセットしながら。


少年・東方仗助は、地響きの震源地――仲間の元に駆け出した。





227 : ◆qSXL3X4ics :2016/10/21(金) 15:55:15 XCQyU9eU0



「――――――クレイジー・ダイヤモンド」



聴こえた響きは、この世のどんなことよりも優しく。

そして、この場の誰よりも怒りに満ちた音色を孕んでいた。

だが少なくとも、意識が薄れゆく天子には、その奏でが心地良く聴こえる。


「じょ、ぅ……っ、……っ…………、」

「喋んねえでくれ、天子さん。……傷はおれが治す」


其処は廃れた、石の舞台上であった。
仗助が目撃した光景は、どこまでも重苦しい演劇で。
そして何よりも、到底許すことの出来ない悲劇が今まさに幕を引き下ろそうとしていた。

舞台は崩壊した石の海上。
喝采は天から堕ちる雨音。
役者は孤独の悪鬼と天女。

三流の、馬鹿げた脚本だ。
何故そこに、おれが居ない?
何故おれは、仲間の傍についてやれなかった?
何故彼女は、こんなにも悔しげな瞳でおれを見上げている?

少女の右肩から先が丸々失われ、絶望的な量の血液がこの地の海の底に、血の海を形成する。
クレイジー・Dで治す。それでも、何度能力を施しても……傷は治ってくれない。
ドクドクと流れ込む切断面だけは何とか塞いだ。それでも、右腕は帰ってきてはくれない。
『無い』のだ。どこを探しても、天子の白魚のように綺麗だった腕から先が。

例えば、仗助の脳裏に過ぎったのが親友・虹村億泰のスタンド『ザ・ハンド』だ。
あの右腕に削られたものは、どこかへ消えてなくなってしまう。そうなれば仗助の能力でも治せないことは、既に織り込み済みだった。


治せない。仲間の負傷を、治してやれない。
それが仗助にとって一番の悔しさと、怒りの正体であった。
天人は頑丈。そんな謳い文句はあくまで物理的な防御。金剛の如き装甲を称えた物に過ぎない。
ならばこの攻撃痕は何だというのか。あらゆる盾に風穴を開ける、そんな矛にて突かれた様なこの傷は。
矛盾にすら成り得ない。敵の持つ矛が、最高の暴力性を携えていただけの話。

ダイヤモンドの様に硬い盾は……砕かれた。
クレイジー・ダイヤモンドは……治せない。


「―――天子、さん。悪ィ……ちぃーっとだけ、我慢しちゃくれねえか。すぐに、絶対に……助けてやるからな」

「―――ば、……っ、……か………………――――――」


それは未だかつて聞いた事のない、有頂天少女の弱々しい言の葉。
力無く倒れる仲間の姿が、“あの時”吉良吉影の攻撃を受けた億泰の姿と否が応でも重なる。
何度揺すっても、何度声を掛けても、目を開ける事すらしなかった親友の姿。

だが奇跡は起きた。
あの時、億泰は暗闇の中から自分の戻るべき『場所』を見つけ出し、帰ってくることが出来た。
仗助の仲間を想う懸命な優しさが、確かに奇跡を起こしたのだ。


だから今回だって、きっと―――


「クレイジー・ダイヤモンド。この崩壊した天井を、『直す』……!」


絶望に蝕まれつつある仗助の声色が、倒れる天子を包んだと同時。
天上から崩れ落ちた夥しい数の瓦礫が、在るべき場所に収まろうと動き出す。
仗助はそっと優しい手つきで、その瓦礫のひとつに天子の身体を置くと。
暁色の雨の中、崩落した地の雨は時を逆流し、天人を支えて再び天へと上り往く。戦場の血の雨から、遠ざけるように。

蜘蛛の糸から堕ちた罪深き天人は、再び天へと帰っていくのだ。
全ては少女を『護る』為。あの悪鬼から、動く事も喋る事も出来なくなった仲間を救う為に。


「コイツをブッ飛ばして、すぐに……何とかして完治させてやるからよ……! だから待ってろ……っ!」


空に見えなくなった天子へと、希望を傾けるように声を掛ける。
声色の震える理由は、怒りか、絶望か。少なくとも今の仗助に、天子の傷を治す術は見つからない。
最後に触れた少女の身体から、生命の光が消え去っていくように見えた。
ただの奇妙な幻想。ふざけた幻覚に違いないと、己に鞭打ちながら。
あるいは、『そんな現実など見たくない』と、この期に及んで青臭い希望に縋りたかったのか。


「テメーかかって来やがれコノヤロォーーーーッッ!!!」


目の前の男に対しては、殺意を収める鞘など見当たらない。だがそれは敵もまた同じだろう。

瞬殺宣言。仲間を逃がし、仗助はサシでのやり合いを心に決めた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


228 : ◆qSXL3X4ics :2016/10/21(金) 16:01:08 XCQyU9eU0
『八坂神奈子』
【昼】C-2 GDS刑務所 医療監房 屋上





















比那名居天子は死んでいた。
















少女の右肩を境とした左は、本来の少女から酷くかけ離れた惨状。
冠する丸の黒帽に供えられた天界の仙果も、蒼を彩る流麗の髪も、今や血雨に塗れて萎える。――頭上華萎。
高貴なる装いも過去のモノ。粉塵や土垢、果てはこの雨によって夥しく全身を濡らしている。――衣裳垢膩。
残る左の脇下のみならず、容姿端麗という他ない身形から覗く肌汗は少女が懸命に戦った証。――脇下汗出。
嘗ての華麗はいずこやら。穢れに穢れきったその御身より放たれるは、罪人が纏う血の臭い。――身体臭穢。
四項を満たして尚、滅亡の予兆を自覚していて尚、在るべき場所に唾を吐き、自ら堕ち退く。――不楽本座。

その全てが、天人の死を確かな終末として伝えていた。


「アンタ、天人なんだろ。上からモノを見下すその鼻につく態度。すぐに分かったよ」


少女の右肩を境とした右に目をやれば、そこには左半身よりも更なる悲劇が目に見えていた。
いや、見えなかった。既に右腕が丸々消失した、不完全な躯体が野晒しにされていたのだから。

在るのは五体不満足であり。
そして五衰満足となった天人少女の骸。


「なんとまあ、ものの見事に天人五衰のフルコースを極めてるじゃないかい」


かつての栄光もあられなく、“天人”比那名居天子は死んだ。


「……直接の死因はこの無くなった右腕よりも、むしろ五衰を満たしちまった苦しみかねえ」


天人の亡骸を前に胡坐かき、独立不撓の神は独りごちる。
その表情に貼り付くは、哀情とも憤怒とも興味とも見える、下々には形容し難い薄い笑みだった。

彼女がわざわざ雨に降られてまで医療監房の屋上に足を運んだ理由は、此処に眠る少女を暫し眺めていたかった以外に無い。
下界の死闘なら、途中からではあるが直に覗いていた。この比那名居天子とヴァニラ・アイスを名乗った男の、それはあまりにも熾烈なぶつかり合い。
割って掻き乱そうなどという無粋な水差しなど、見た瞬間、思考の彼方に吹き飛ぶほどの壮絶な光景であった。
ルール無用の殺し合いだというのに、だ。
あろうことかその戦神は戦場から一歩遠のき、天に登った。少女の『果て』を、一目見たいという、ただそれだけの理由で。

これもまた、ちっぽけな感傷に過ぎず。

遅れて登場した、あの負傷した少年は……まさに遅すぎたのだ。
この天人がたった独りで戦っていた理由など、ひとつしかない。
先刻、湖での戦い。その一端が、少年に暫しの休息を急務とさせた。

「私のせい、だろうねえ。アンタがここでオッちんでるのは」

女は胡坐の上で、自嘲気味の溜息を漏らす。
後悔など勿論していない。しかしだからこそ、己が関わった少女の末路は見届けるべきなんじゃないかと。

少年のスタンドが少女の傷を治していたように見えたと同時、全ての柱が少女を再び天へと押し上げた。どうやら彼の能力の全容が見えた気がする。
だが、少女の傷は絶望的であり。
そして天人としての『死の予兆』は免れようもなかった。


「五衰を満たした天人の苦痛は地獄の十六倍と聞く。いやはや、想像したくもない痛みだろうさ」


そっと優しく、八坂神奈子の手が少女の頬に触れた。
実際の年齢は違うだろうが、早苗とそう変わらない年頃のように見える。
まだ温かみが残る頬を擦りながら、ぽつりぽつりと神奈子は呟き続ける。


229 : ◆qSXL3X4ics :2016/10/21(金) 16:04:00 XCQyU9eU0


「それなのに―――ねえ、何故なんだい? アンタは自ら五衰を受け入れたように、私には見えたがね」


立てた片膝に乗せる逆の手で頬突き、戦神はゆっくりと吐き出し続ける。
雨の音にも掻き消されそうな、小さく、しかしどこか優しげな声色で。


「まさかとは思うけど、あの少年の為かい? だとしたら信じ難い。
 五衰を受け入れる天人なんて古今東西、天にも地にも聞いたことない。……そこまでして、あの人間の傍に拘りたかったとでも?」


蜘蛛の糸を一度でも堕ちた者が、再び天へと帰れることはない。
この娘は少年の能力で、天に帰れたのではない。
天に召されてしまった。陳腐な物言いだが、事実はそれだけだ。

あの時、天人は自ら堕ちた。
死の予兆を我が身に受け入れておきながら、釜底に投身したのだ。
何の為か? それを真に理解できる者は……


「―――少なくとも、私には理解できないね」


神奈子は空を仰ぐ。
雨雲のスキマから、僅か射し込む日の光。偽りが創ったお天道様。
暁色の光線が反射を促し、辺り一面を薄紅の雨景色へと変貌させた。


天人、暁に斃れる。
そんな幻想の光景を、戦の神は見惚れるように、ただただ……眺める。


(―――早苗。アンタは今、何処でどうしてる? この暁の空の下、まだ私を止めようと錯綜しているのかい?)


もし早苗がまだ生きているのなら、それは傍に居る者のおかげでしかない。
このゲームをあの子がたった一人で生き抜くことは、あの子お得意の奇跡を起こしたって不可能だ。
ならば容易に想像がつく。早苗の隣に居る者は恐らく……“あの時”仕留め損ねた花京院典明だろう。
線の細い見た目に反して、天晴れな精神を持つ少年だった。あの男が付いているなら、早苗もそう簡単には死なない筈だ。

あの子に死んで欲しくない。
神奈子が心から想う願いであり、そして同時に不可能な現実だとも察していた。

この殺し合いは……あの子が想像する以上に凄絶だ。最低だ。醜悪だ。
その本質を心根で理解できた神奈子には、早苗が此処から生還できるとは端から思わない。
だからこそ、今では奮起する気力のある早苗も、最後には必ず潰れる。人の悪意に殺されてしまう。
神奈子にとってそれこそが危惧する最悪であり、避けなければならない事態である。
出来ればそうなる前に、早苗には私自ら手を下さなければならない。
慈愛溢れる抱擁の中、あの子には地獄を見ずに綺麗なままで逝って欲しい。


矛盾した想いだと分かってはいても。
神奈子の願いとは、最初からそれただ一つ。


「それでも……早苗が花京院と出逢ったっていうなら、それは幸運だったのかもしれないね」


幸運。
つまるところ、この殺し合いで生き残る術は幸運があるかどうかだ。
自分にとって最良の『相手』と出逢えるかどうか。乗ってようが乗ってまいが、それがその人間にとっての運命を左右する。
早苗にとっての花京院が最良なのかは分からない。元よりあの少年には片鱗にしか触れていないし、そんなことはあの子達にしか知り得ないことだ。


230 : ◆qSXL3X4ics :2016/10/21(金) 16:04:57 XCQyU9eU0


「じゃあ、『アンタ』にとっての最良が、あの『仗助』だった……ってワケかい?」


雫に濡れる骸に、語り掛ける。
少女から返事は、当然返ってこない。
この天地人が有頂天に再び返り咲くことは、もう無い。
五衰を満たすとは、そういうことだ。


「天子、だったよね? アンタ。良い名前を貰ったね。『今』となってはその名前も無意味だろうけどさ。
 …………面白いね。面白いよ。アンタも、あのハンバーグ頭も」


そんな興味を抱いたからこそ、神奈子は戦場に割って入ろうとはしなかった。
自分こそがこのゲームに興じる立役者だと、自覚しておきながら。
敢えて神奈子は、漁夫の利を獲る無二の好機を自ら逃したのだ。

殺し合いに乗っているとはいえ、神奈子にも感情はある。
下界の人間に揺られて感情を昂ぶらせる気まぐれこそ、神たる本分。
そう、自分にも言い聞かせるように、神奈子は自らを嘲け笑う。


頂に辿り着けなかった全ての少年少女が、いずれは滅ぶ運命だと分かってはいても。
今はどうか……この未来ある若者たちをもう少し、眺めていたい。これも感傷である。

だが、もしも。万に一つ。誰かの奇跡で。この醜悪なゲームを砕ける者たちが現れるとするなら。



「―――それは私のような、古席で胡坐かく老害じゃあない。主人公ってのはアンタたちみたいな……未来ある若者の役目さ」



諏訪子みたいに酔った言葉を吐いちまった。神奈子はそう苦笑し、しかし酒に酔うなら茶飯事だとも。

しばし景色の彼方を眺め、何を思ったかビーチ・ボーイの針を、己の居座る床の下……戦場へと垂らし始める。
あるいはその光景こそが、漁夫の利を表す故事そのものの絵のように。


然らば、気ままな神の獲物は――――――


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


231 : ◆qSXL3X4ics :2016/10/21(金) 16:05:52 XCQyU9eU0


「貴様は、何だ?」


短い言葉の中に、男の隠せぬ殺気が煙のように朦々と出で立つ。
天子に惨劇を下した男の戯言だ。仗助としては聞く耳を持つ理由もない。


「―――東方仗助」


聞く理由はないが、答えぬ理由もない。
たった一言。今からボコボコに殴り飛ばす代償として、名前くらいは与えても良いだろうと、仗助の最後に残った理性が口を動かした。

「そうか…………貴様も、か」

返されたその言葉の意味を考える理性までは残っていない。
仗助には時間が残されていなかった。天子の状態は―――いや、それを今考える事こそ無意味の極地だ。
相対する男は、果たして満身創痍である。
流石はあの女というべきか、タダでは転げない。起き上がるついでに五、六回は足を踏みつけてくるような理不尽娘だ。
その理不尽娘をああも悲惨に仕立て上げたこの男の能力とは。
警戒すべきは男が隠すその牙。ボロボロの相手とはいえ、安易に近付くべきではない。

「お前……東方仗助。…………そうか、キサマもそうだったか。通りであの小娘……」

ブツブツと、男は文字通りの血眼となってこちらを睨みつけている。
その視線の……死線の先にあるモノは。


「あの『黒い翼の小娘』も……同じだった。先程の、剣を振り回す生意気な小娘と。
 ……何故『ジョースター』に与する者共は、こうもわたしに――いや、DIO様に、牙を立ててくるのだ?」

「……あ? ディオ〜?」


男が睨むは、首の『アザ』。
学ランを脱ぎ、シャツのみとなった上半身の首に映えた『星のアザ』が、眼前の男の殺気を誘発している。

「テメー、今確かに『DIO』っつったよなぁ〜。そいつとどんな関係だ?」

「答える必要はない……! キサマもこのヴァニラ・アイスの暗黒空間にバラ―――」

「だったらよォー!! 答えなくてもいいぜッ! 本人に直接訊くッ! テメーを壁に埋めた後でな!!」

茶番は要らない。
もう我慢の限界だ。そして限界たるは、天上にて待つ仲間だ。
ヴァニラと名乗った男の左腕が無かった。あれも天子の功績か。
あの覇なる天候の如し破天荒を怒らせたのだ。腕の一本二本、持っていかれて当然。
だが男に牙は残っている。その牙こそが天子を瀕死にまで至らしめ、ならばそれを折ることこそが仗助の仕事。
ヴァニラに武器は見当たらない。流石に例のガトリング女ほどの露骨な武装など早々無いだろうが、スタンド使いの可能性も十二分にある。
瓦礫に塗れた床の掃除は九割がた片付いた。クレイジー・Dの能力を以てすれば、全てが元在る侭に。
最後の大掃除だ。そこに立つはゆらりと蠢く、ドス黒いヒトの形。
もはや立っているだけでも大した精神力だ。死にかけを呈する狂気の塊。

(何か分からねぇが、奴の持つ『何か』はあの天子さんの身体を粉々にする程の破壊力がある……迂闊には近づけねえ)

迂闊には近付けない。だが敵もまた、迂闊には近付かない。
時間稼ぎでも狙っているのか。はたまた呆けか。それは仗助にとって最も陥りたくない状況。

「ほう……来るのか、ジョースター」

「近付かなきゃテメーをブッ飛ばせねェーんでな……!」

だから往く。初志など捨て、敵の闇を孕む懐にあえて潜り込む。
ヴァニラの言う『ジョースター』が、首のアザを指しているとするならば。
東方仗助はやはりジョースターの血脈を受け継ぐ男だ。この直進力こそが間違いなく彼をジョースターたらしめる証だ。
ダイヤのように硬い意志の貫徹こそが、彼を表す耀きなのだ―――!


232 : ◆qSXL3X4ics :2016/10/21(金) 16:06:29 XCQyU9eU0


男との距離、五メートル。
仗助はクレイジー・ダイヤモンドを顕現させる。
ヴァニラに動きは、まだ無い。


男との距離、三メートル。
スタンド射程距離は二メートル。あと一歩の踏み出しで、金剛の拳を叩き込める位置。
ヴァニラに動きは、まだ無い。


男との距離、二メー「ドラァァアッ!!!!」


時速300km/hの豪速が、弾けんばかりの怒声を伴ってストライクゾーンに叩き込まれる。
馬鹿正直に放った真正面からのストレートではなく、敵の失った左腕という死角から曲げるように打ち込んだスライダー。

「〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!!」

捕手のミットに吸い込まれるように、ヴァニラの腹へとデッドボール狙いの死球が打ち込まれた。
敵がスタンド使いだと仮定して、バッターという名の守護霊すら顕現させず、バットを振ることすらなく馬鹿正直に攻撃を受けた。
その理由とは何だ。それを考える時間すら惜しい。

「どーしたバニラの森永アイスちゃんよォー! 暗黒空間がどーとか仰ってなかったかァァー!?」

猛りを抑えることの出来ない仗助は、吹っ飛んでいったヴァニラへの追撃を容赦なく狙う。
そもそもがこの相手、既にしてボロボロの状態であったのだ。
ならば仗助のクレイジー・Dとマトモに相対するほどのスタンドパワーが残っているか、考えるまでもなかった。
怪我人相手だ、とか。卑怯だ、とか。暴れ狂った頭の中では倫理観も意味を成さない。
わざわざ負傷を治してすぐさまボコす……ハイウェイ・スターの時のようなみみっちい飯事は、杜王町だからこその『遊び』の様なものだ。

この男に、そんな遊びは通じないだろう。
本気で撃った弾道ミサイル。クレイジーな怒りの体現をその身に受けてなお、敵は立ち上がった。
敵もまたクレイジー。その双眸に迸るは究極の殺意。殺意以外の全てが切り抜かれた男の視線は、フラフラと立ち上がって今なお崩れない。

男がジョースターに抱く殺意を一身に受け、正面から切り崩すはやはりダイヤの拳。

「その根性、グレートだぜ……! 医者に行くならおれ以外の所に当たりな。このクソゲームが終わった後でな!」

殺すことはしない。仗助が過去に相対したスタンド使いを直接死に至らしめた事など、ひとりとして居ない。
それはこの殺し合いも同じこと。呪われた魂に成り果てる業を自ら背負ったりは絶対にしない。

だが剛を以て強を制す。轟々と撃ち放たれる豪なる拳こそが、呪われた業を跳ね返すのだ。
GOのシグナルは既に鳴った。己の胸中に宿る怒りを、自ら鼓舞して。
漆黒を秘めた男は、地に立つことが精一杯。隙だらけの、透きだらけ。
すかさず二撃目を与えてやる。
三撃目は、無い。

GOだ。GO。


GO―――!


ゴウ―――!



ご、ぉ―――






   ガ オ ン ―――!






―――『静』から『動』へ―――


仕込み杖から放たれた、なにより不吉な音が。

不屈のダイヤモンドをも削る、暗黒の殺意が。

不可視の暴虐となって。





233 : ◆qSXL3X4ics :2016/10/21(金) 16:07:26 XCQyU9eU0


ヴァニラ・アイスの全霊の一撃は、機を待つことで初めて効果を発揮する。
左腕は捨てた。石の海に覆われ、肉体も限界が近い。
男の脅威の具現像『クリーム』。その能力の旨みも半減したと言っていい。
なにしろ本体が暗黒空間に侵入出来なくなってしまうほどの精神性にまで変貌したのだ。
最強の矛と盾。その盾が無用の長物へと。
それならそれで、新たな境地へと至ればいい。たったそれだけの、細事だ。

新たに現れたジョースターの一族。この脅威に、どう立ち向かうか。
ヴァニラは奇をてらうことで、機を待った。それもまた、細事。

『この敵は、先の戦闘にて既に瀕死の一歩手前だ』

実際そうであったし、そう思わせることにも成功した。
ただ一撃。少年の操る屈強な金剛拳を、ただ一撃だけ耐える事が出来れば。
攻撃の手段が肉弾戦のみであろう相手の距離を引き付けることが出来れば。


その油断は、致命的な隙となって『クリーム』をストライクゾーンに打ち込めるコースを誘発させる筈だ。





234 : ◆qSXL3X4ics :2016/10/21(金) 16:08:20 XCQyU9eU0


油断をしたつもりなど無かったが、やはりそれは油断に過ぎなかったのだろうか。
仲間を。女を。自分を救うために奮起した彼女を。
殺したこの男に対して、怒り心頭の思いが邪念となり、隙を突かれてしまった。
自慢の髪型を貶された時よりも、断然気分が悪い。プッツンした。

したたかだったのは、ヴァニラ・アイス。
天子の状態を省みれば、この男の攻撃が必殺の攻撃性を備えていることなど一目瞭然だろうに。

見えない。
仗助には、何が迫ってきているかがまるで見えない。
不可視なのだから当然だ。『ナニカ』が迫ってきている、というあやふやな脅威だけが彼を戦慄させている。

そしてそれは、一瞬で完結する。
防御は間に合わない。そして、意味も無い。
男の形相からは「してやったり」という感情が、嫌というほどに雪崩込んでくる。
してやられた。
敵は、切札を巧妙に隠していた。透明のベールにて。
隙だらけなのは自分であり、透きだらけなのは敵のスタンドであった。


(お――――――)


終わった。
失敗(しくっ)た。


すぐ眼前に迫る『ナニカ』を察知し、仗助の頭にはそればかりが流れて消える。
天子の頑強な肉体を削ったソレをまともに喰らい、果たして戦闘の続行など可能なのか。
きっと、無理。
何が仲間だ。
おれはまたしても、仲間を救えなかった。
あの我が侭で、それでいてちょっぴりだけは優しい女を。
命を救ってもらった恩人を、救えない悔しさ。
泥のように圧し掛かる、憤り。不甲斐無さ。
負の感情が、スタンドの動きを鈍らせる。
金剛の光が。耀きが。
風前の灯を思わせる儚さで、消滅していく。


ダイヤモンドの拳に、亀裂が。
砕けない拳が、暗黒に呑まれて、そして――――――




   ガ オ ン ―――!




伸ばしたその腕に、線が入った。













「――――――あ?」

「……………っ!?」


そして、それは線に留まった。


(…………なに? は……『外した』のか!?)


グンと伸ばした右腕。その外側の皮膚に走る、真一文字の線。亀裂。
傷は負ったが、想定したものより遥かに浅い裂傷。
正体不明の攻撃が、外れた。何の前兆も見せずして。


完全なるアウトコース。打者も投者も理解不能といった呆け状態。さながらクロスカウンターが決まる直前の絵面のままで時間が止まった。


235 : ◆qSXL3X4ics :2016/10/21(金) 16:09:08 XCQyU9eU0


「――――――ド」


一瞬早く我に返ったのは、少年の方。


「ドラァアッ!!!」


時間の溜めは生じたが、勢いの溜めは削がれてしまった。
距離もなく、停止状態から速度が殺されたままのパンチに威力は生まれない。
しかし、呆けるヴァニラの顔面を再び殴り抜けるだけのダメージまでには届いた。

「ガハッ!?」

冷たい石の床に這わされたヴァニラは、未だ理解に及ばない。
何故、クリームの攻撃が逸らされた? 完璧にタイミングを合わせた、正確無比の一撃必殺を生み出せたはずだ!
コイツは何をした!? ……いや、何もしてやしない。殴り抜けた本人も、何が何やらといった表情なのだから。
ならば理由は自分にある。クリームは逸らされたのではなく、バランスを崩したのだ。
即殺の矛を外した理由は、クリームの――否。
本体・ヴァニラのバランスが猛烈に崩されたことに端を発する。


「――――――なに?」


脳震盪直前の頭部を支えながらも、己のバランスが崩れた『原因』を発見した。


『右腕』が、無い。


正確には、本来あるべき腕が備わっていた場所にぶら下がっていたのは、貧相な『元のまま』の腕だった。
あのジョニィ・ジョースターから受けたタスクの攻撃を癒した『聖なる遺体』が消失していた。
本体とスタンドの状態はリンクする。ヴァニラ本体の右腕が以前までの負傷状態に突如戻ってしまった為、クリームの軌道が崩されたのだ。

「ど……どこだ!? あの『右腕』は何処にいったァーーー!!」

全霊の一撃を逃した。
膨れ上がる怒りの感情を吐き出しながら、ヴァニラは自らを離れた肉体を探す。


「―――グレート……」


声の主は仗助。
追撃の好機を見過ごし、彼は見上げていた。
石の海の天井。天上。
天の光を。

其処に在るのは、正しく聖なる光。
降り注がれた極光に浴びられ、天へ天へと浮かび上がっていく『右腕』を。
まさに我々は奇跡の瞬間を垣間見ている。
聖なる遺体がひとりでに飛び上がる、神の起こした奇跡。

だが真相は違う。
右腕は、ひとりでに動いているわけではなかった。
それは気まぐれな神の起こした軌跡をなぞる様に。
一本の『糸』に釣り上げられ、遺体は天を辿るのだ。

ならば天にて座す神とは、誰なのか。
奇跡をもたらした神は、少年に何を授けるのか。

それもまた、真相とは違う。


「――――――お……オメー」


少年の視界が、歪んだ。
これこそ神の威光がもたらした影響か。
それもきっと、違う。

光は、スキマから漏れ出ていた。
確かに直した筈の、石の天蓋から割れた亀裂。
其処から漏れる光こそが、宙に浮く遺体を耀かせていたのだ。
そしてスキマは次第に亀裂を広げ。


―――次の瞬間、破天荒を連想させるド派手な音と共に炸裂した。


「チクショウ、やっぱオメ〜…………!」


視界がグニャリと歪み、一筋の雫が仗助の頬を伝った。
それは決して、神の奇跡に心奪われた俗物的な感情ではない。

ただただ、嬉しかったのだ。
少年が最後に触れた少女の身体からは、生命の光は既に失われていた。
心の奥底では、そんな絶望が蝕んでいたから。


だから、こうしてもう一度『あの女』の天立つ姿が見れるなんて。


236 : ◆qSXL3X4ics :2016/10/21(金) 16:10:16 XCQyU9eU0

天井が、崩された。
そこに見える少女が、乱暴な手つきで『聖人の右腕』をブン取る。
そこに立つ剣を携えた少女が、完全なる五体満足を取り返し、仁王立ちでこちらを見下ろした。
絶望的だった筈の傷は、遺体により上書きされ。
在るべき姿を取り戻した少女の傲慢な笑みが、天人の帰還を何よりも正しい真実として歴史に刻みつけた。

だが在るべき姿ともまた、真相は少し違う。
腰に届くほど長く綺麗だった蒼色のロングヘアが、バッサリと断髪されていたのだ。肩まで、短く。
恐らくはその左手に持つ勇気の大剣で、不器用ながらも強引に切り落としたのだろうか。無骨で、荒々しい断髪式だった。
渦巻く胸中は、どういう心境か。少女の表情からは、何となく思惑が窺える。


それでも仗助は、今はただこう叫ぶのだ。


「生きてんじゃねーかこのクソ女ッ!!!!」

「生きてるわよッ!! このバーーーカ!!!!」


ああ、あの大胆不敵な態度は、確かにかつての少女だ。
しかし違う。かつてのままだが、何もかもが違う。
仗助には今の少女が、何故だかそんな風に見えた。

そしてその予感は、次なる少女の宣誓によって確信を得た。

少女は右腕を伸ばし、あの天を指す。
まるで天に仇為す、強欲なるヒトのように。
あの天こそが不倶戴天の敵だと、豪語するように。


「――――――私は天人を辞めるわ、仗助」


小さく前置きを並べて。
傲岸不遜な人差し指を有頂天に向けて立てた【人間】の少女が、気高く吼える。


「ヒトに堕落することで、新たな『自分』に至れるというのなら……
 もはや天人としての座(強さ/弱さ)など―― そんな名誉など――

 ―――この天の衣(なまえ)と共に、脱ぎ捨ててやるッ!」


その少女は高々と、新たなる自分を宣言した。
こんな愚かな自分を縛る煩悩も、誇りも、全てを捨てよう。
あの六道を堕ち往く最中、少女の中にそんな決意が光を灯し始めたのだ。
お気に入りだった髪を短く切り落としたのも、分かりやすい意思表示の為。己を奮わせる決意の証だ。

少女は天に仇する指を下げ、地獄で這い蹲る悪鬼に向けてもう一度叫んだ。


「母なる空の有頂天より堕落した愚かな私には、天衣無縫などもはや過去の栄華!
 今を以て、私はヒトだ! 【人間】比那名居“地子”と、その【仲間】東方仗助が!
 貴様を父なる大地の下に還してやるッ! 粉々にしてね!」


右手には聖光を。
左手には勇気を。
今……聖なる勇気を宿して少女は、少年(なかま)の『傍に立つ』―――!





237 : ◆qSXL3X4ics :2016/10/21(金) 16:11:04 XCQyU9eU0


「……なんで私を助けたのよ」


少女は下界に指を指したまま、視線だけは逸らさず背へと訊ねた。


「私はキッカケを与えただけさ。肉体的な死から復活出来ても、精神的な死からは逃れられない。天人なら尚更だ。
 『五衰』から復活できたのは紛れもなく、アンタ自身の成長が起こした奇跡だよ」


胡坐をかいたままの姿勢で、その神は不敵に答えるだけだった。


「こんな『右腕』……本当はもう見たくもなかったのに」

「だから『キッカケ』なのさ、そいつは。あんな暴君よりもっと相応しい所持者が居るだろうと、私はお節介を焼いただけ。
 そいつをどう扱うかはあくまでアンタだ。嫌なら捨てりゃあいい」

「……答えになってないわ。アンタの目的は皆殺しでしょう。これじゃ逆じゃない」

「見たかったのよ。アンタがどんな『決意』を下すかを、ね」

「…………ふざけないで」

「いやいや本気だよ。本来、五衰に蝕まれた天人はもう終わりなんだ。それはアンタが一番良く知っている。
 そんな絶望的な逆境を越えさせたのは、私みたいな一柱の神じゃなく、ましてやそんな干からびた『右腕』でもない。
 ……天人を辞め、人間の身に堕ちるなんて素っ頓狂な『決意』に至ったアンタ自身が起こした奇跡。
 そんな神をも恐れぬ愚行――天人を辞めることで……自ら“ヒト”に堕ちることで、死の予兆を回避したんだ。普通なら考えにも及ばない」

「……私、元々は人間だし」

「通りで。……だが、二度と天界の地は踏めないよ。そんな穢れた身体じゃあ」

「それも含めての、私の『決意』よ」

「……そんなに、あの少年の隣が心地良いかい?」

「…………」

「無粋だったね。ごめんごめん」

「……今は見逃してあげる。次会ったら、ブッ飛ばす」


少女は最後まで背後の神へと目を合わせず、そこから飛び降りた。
その背中は、心なしか以前よりも生き生きと耀いてるように、女には見えた。


「……全く。見逃したのは私の方だってのよ」


漏れ出た独り言も、どことなく浮かれてるようで。

八坂神奈子は楽しそうに笑った。





238 : 緋想天に耀け金剛の光 ――『絆』は『仲間』――  ◆qSXL3X4ics :2016/10/21(金) 16:12:52 XCQyU9eU0


―――堕ちる。堕ちる。天子は全てを捨て去ってでも。


石の海。その最天上からもう一度。
あの時と今では、その意味も全然違う。
さっきはまだ、心に迷いがあった。
今はもう、ありはしない。
私が地上に降り立った時、その瞬間こそがこの名前とも決別の時だ。

―――堕ちる。堕ちる。天子は新たな座を見つめながら。

左に持つ勇気の剣を、右に。
その右腕こそが、かつて私を上から目線で見下した幻想そのもの。
今は、私の手中。ざまあみろ。

―――堕ちる。堕ちる。天子が立つは人間道。天子が絶つは地獄道。

之より先は人の道。
自らの位置は此処にこそ。
嗚呼、其れが艱難たる逆境であろうとも。
五衰を受け入れた今の私には、其れこそが天への道。天人道。

―――堕ちる。堕ちる。真なる天人道とは、崖を登ることと見付けたり。

それでも今はヒトである身。
一度地獄に堕ちることで、見える光も在るというもの。
だったら喜んで堕ちてやる。何度でも。
そいつが私の目指す天人道。

―――堕ちる。堕ちる。奈落の底にまで堕ちた人間に残るは、這い上がることだけ。

ならば強くならないわけがない。
堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し。
私は救わなければならない。
他ならぬ、私自身の手によって。
そいつが私の謳う堕落論。

―――堕ちる。堕ちる。此処はこの世の最底辺。しかし、彼女にとっては最高天。

平和で何の不足も不満もない状態であれば、人はいくらでも理想の自分でいることが出来る。
好きな仮面を被って、本当の自分を偽って生活することだって出来る。
だが、いざ其処から転落するという瀬戸際へと至った時。
彼らはどこまでその状況を保っていられる?


仮面は脱いだ。
天衣も捨てた。
在るのは――新たな『座』のみ。


有頂天である天界に、登るべき崖は存在しない。
そこに住む、端から天人である彼らは、そんな些細な事にも気付かない。嫌悪すべき怠惰だ。
ならば堕ちよう。なればこそ私は堕ちたのだ。
地上の有象、『ヒト』の身に。
ここは人間界。今こそ私は此処から登ろう。
もう一度、空を翔ぼう。

―――これから隣を歩く、唯一無二の『仲間』と共に!


239 : 緋想天に耀け金剛の光 ――『絆』は『仲間』――  ◆qSXL3X4ics :2016/10/21(金) 16:15:31 XCQyU9eU0


「仗助ェ! 『アレ』いくわよォ!!」

「『アレ』? ……上等ッ!!」


溌剌とした声で、天子は仲間に促した。
何を、とは言わない。言うべくもないのだから。

猛烈な勢いで天から降ってくる天子の意を、仗助は察する。
対する悪鬼。討つべき地獄の鬼ヴァニラ・アイスは、これに対応できない。
殺した娘が、今また天から舞い降りる光景。
先の焼き増しだが、決定的に違う。

少女には仲間が居た。
少年には仲間が居た。
だが、ヴァニラには。

孤独でしかないヴァニラには、対応する術がとうに失われている。
それでも男の牙は折れたりはしない。
不屈の狂気は、不可視の凶器と成って。
今また少女と、すれ違うのだ。

「浅はかだぞッ! 今度は全身を奪ってやるッ!!」

空すら飛べない少女に、宙空にてクリームを躱す術は次こそ無い。
左腕も、右腕も、必要ない。
牙さえあれば、唯一無二の畏敬に従う術が揃うのだから。

「クリィィィィイイイイムッッ!!!!」

「―――断じて行えば鬼神も之を避く。固い決意をもって断行すれば、何者もそれを妨げることは出来やしない。
 それでも貴方が避けないというのなら。私も之を避けるつもりは毛頭ない。必然、衝突よ」

天を照らす金剛の光が、空から突っ込んでくる天子を包んだ。
天庭(あまてらす)で戯れる神のように、どこまでも不敵な笑みを作りながら。
鬼神の暴虐に衝突すれば、タダでは済まなくなる。先のやり合いで、それは身に沁みて心得ていた。

馬鹿正直には突っ込まない。語る言葉を持たずしても、少女と少年は通じ合っていたのだから。

「いくぜッ! クレイジー・ダイヤモンド!!」

天子が得意の要石を出現させたのと、仗助のスタンドが光を反射させたのは同時だった。
二人に降り注ぐは、眠ったら死ぬ程度の天気『ダイヤモンド・ダスト』の耀き。
相手の気質に合わせて天候を変える天子の特技が、仗助の気質に影響されて天を映す光を反射させたのだ。

暁の雨から、金剛の細氷へと。
ダイヤモンド・ダストの発光が、クレイジー・ダイヤモンドの像を無限の耀きへと乱反射せしめ。
幾億と繰り返される金剛と金剛の幻想リフレクト――その混合が、仗助と天子の精神に黄金のスピリッツを生み。
それは果てしない絆へと昇華し、砕けぬ意思で交わす勇気の賛歌となる。
決して砕けぬ金剛<ダイヤモンド>の光こそが、彼女の目指す緋想天へと導くただ一つの路。

最硬の精神こそが、最高の精神なのだ。
ギラギラ耀く粒子纏うこの精神こそが、大異変解決の『主人公』たる証明なのだ。
もう『ごっこ遊び』なのではない。真の意志が、少女の理想を最硬の石へと変化させ。
今ここに二人の『主人公』が並び立つ―――!


少年が、要石を拳で砕いた。
バラバラの粉末状にまで散らされたそれは、ヴァニラの身体を煙の牢獄のように包み、そして。


「―――直す」


一人の不良と、一人の不良天人。
少年と少女が初めて出会い、拳を交し合った『あの時』の光景が鮮明に思い出される。
同じだ。
仗助がとった手段は。天子が選んだ路は。
初めてのケンカ、それの再現に過ぎない。
だが、あの時とは何もかもが違う。

「な、に……ッ!?」

「ただし、今度はアンタが餌食になりなさいッ!」

塵状から復元された要石がヴァニラを巻き込んで固まり、捕縛した。
動きを止めたところで、不良コンビの合体技は終わりはしない。

「もっとよ仗助! もっと、もっともっともっともっともっとーーッ!!」

「分かってんすよ、ンなこたァ! ドォラララララララララララララララララーーーーーッッッ!!!!」

地の底から天子が呼び出した天柱に、仗助がラッシュを打ち込む。
動きの止まったヴァニラにこれを躱す術は、またしてもない。
柱とヴァニラ。ふたつを同時に巻き込んで。
金剛の拳は、悪を砕く。

「――――――――――ッッッ!!!!」

もはや吐き出す絶叫も出ない。
要石に取り込まれたヴァニラが、そのまま天柱にも取り込まれて。

クレイジー・Dのデタラメな復元能力が、その地に一本の『人柱』を作り上げた。


240 : 緋想天に耀け金剛の光 ――『絆』は『仲間』――  ◆qSXL3X4ics :2016/10/21(金) 16:16:27 XCQyU9eU0

「ガ…………き、サマら……! ジョース、タ…………ッ!」

抜け出せない。声を上げるのも苦痛だ。
クリームを……駄目だ!
完璧に体が柱と同化している。スタンドを操ることすら出来ない……!


「―――って、きゃああああああ止めて止めて受け止めて仗す……」

「は!? うごァ!!?」


敵の完全無力化に成功し、安心しきった仗助の素敵な髪の上に、落ちて来る天子が流れ込んで倒れた。
何とか受け止めたはいいものの、自慢の髪型は散々たる有様を呈してしまった。

「痛ったたたぁ〜〜〜……ちょっと仗助! ちゃんと受け止めてよ! 私の身体、もう前みたいに頑丈じゃないのよ!?」

「ッテェ〜〜……あーーー!? お、おれの髪がぁーー!!」

「アンタの下手な髪より私の心配をしなさいっ!」

「誰の髪がヘチマのへたみてぇだとコラァーーー!!!!!」

そこにはいつもの光景。
そりの合わない男と女が、日常風景となった痴話喧嘩を始めるだけだった。


「コロ、シテ……ヤル……ぞ…………ッ! きさ、まらァ……!」

「あらアナタまだ居たの? 随分シックな見た目になったじゃない」

「テメー、ヴァニラだとか言ったな。悪いがテメーにはこのまま観光名所オンバシラ様として、一生を過ごしてもらうぜ」

「……殺さないの? 仗助」

「……おれは、そーいうのは好きじゃねえ。殺しちまったらそれは『このゲームに乗る』っつーことだからよ」

「……そ。ま、アンタがそう言うなら私はそれでもいいけど」


たったそれだけを言い放ち、獰猛なる二人の少年少女はそこから立ち去って行った。


後に残るは真の孤独。
ヴァニラはこの罪人眠る魂の牢獄で、一生を過ごす事になる。
それはどれほどに屈辱的で、憤慨すべき醜態だろうか。
なまじ意識がある分、死ぬことよりも恐ろしい末路でしかない。
主の為に何の行動も起こせず、おめおめと敗北し。
果ては永遠の生き地獄を晒す羽目になるのだ。
男にとってそれは、地獄の何十倍にも耐え難き罰だった。


241 : 緋想天に耀け金剛の光 ――『絆』は『仲間』――  ◆qSXL3X4ics :2016/10/21(金) 16:17:21 XCQyU9eU0





――――――――――

――――――

―――










孤独の世界に、変化が赴いた。


人柱と成り果てた邪鬼の前に、柱の女が現れる。
何もかもが嵐の後だ。其処に女の入り込む隙間など、僅かとて在りはしない。

決着は、完全に付いたのだ。


「いーや、付いてないね、全然。アンタほどの男を思えば、全く終わってないともさ」


八坂神奈子はここで初めてヴァニラ・アイスと正面から対峙した。
満身創痍である天子と仗助を追撃する利を捨て、漁夫の利を狙った獲物をこの男一点のみに絞ったのだ。

理由など語るに及ばず。


「ゥ……ゴ、アァア……! 女ァ……オレを、この柱から……出せェェ…………ッ!」

「おー怖。まだまだ元気じゃないかい。アイツら、結局トドメは刺さなかったみたいだね。
 そんな『優しさ』で、この殺し合いの儀を生き残れるとは到底思えないがねえ」


だがそれもまた、彼らの素晴らしき味なのだと神奈子は納得する。
だから神奈子は天子を救うような神の真似事を行い、二人を見逃したのだから。
彼らを生かしておけば、優勝を狙う自分にいずれ牙を向けてくることは明白。
それも問題はさほど無い。それならそれで再び返り討ちに出来る自信はあるし、逆境の中に身を置くというのも一興だ。
それにあの少年少女が掲げる……云うなら『黄金の精神』とも称すべき正義の覚悟は、早苗を悪意から護ってくれるかもしれない。
少なくとも『来るべき刻』が到来するまで、早苗は生きなければならない。他の誰よりも、あの娘と決着を付けるべくは己なのだから。



「―――だが、アンタは『駄目』だね」



女の醸す雰囲気が一変した。

目の前で殺意を撒き散らすこの男こそが、神奈子の危惧する最悪そのもの。
こんな危険の針を振り切った悪魔を早苗と遭わせる訳には、絶対にいかない。
最優先で掃討すべき対象は、天子でも仗助でもない。


「お前はこの場所で散れ。ヴァニラ・アイス」


ガチャンと。
柱の女を、柱足り得る者として象徴する『鉄の柱』が、重厚な金属の音を鳴らした。
だがそれは女の真髄などでは決してない。八坂神が柱足りえる者として象徴される真相は、ヒトの生み出した殺人兵器には無い。


242 : 緋想天に耀け金剛の光 ――『絆』は『仲間』――  ◆qSXL3X4ics :2016/10/21(金) 16:18:09 XCQyU9eU0


「天道是か非か。神から受ける正当なる裁きの対象は、人か。天か。罪か。言うべきにも非ず。
 是は善。善こそ人。成れど人は天成らず、天は人の身に堕ちて。其処に在るは、今や金剛に耀けん、人ふたり」


女が両の掌(たなごころ)を激しく合わせ、『柱』を創造する。
生贄には大罪人を。
流れる血は冷たい刑務所の、地の獄の極へと。
天より降り注ぐ四の巨なる御柱が、男へと。


「善悪の頂に在る『真実』とは、ヒトの個々が持つ精神の器。その中身にこそ在る。
 其処に裁きを下すのは……天じゃあない。―――下すは我! この“山坂と湖の権化”八坂神奈子也ッ!
 貴様こそ非! 非であり卑でしかない有象の羅刹如きに、天寿全うの生など永劫無いものと心得よッ!」

「グ…………ウグオオオオォォォおおおおおガアアアァァあああぁぁあッッ!!!!
 わたし、は……ッ! お、オレは……ッ! こんなところでェェエエーーー!! DIO様にィィイイイ!!!」



          グシャリ



断末をあげる人柱は、天上より降り注がれし御柱により潰された。
肉の弾ける音と血飛沫とが、印を結んだ神奈子の眼前で儚くも舞う。

さながら、墓標のようであり。
それは女神が見せた、生に苦しむ人間へのせめてもの情であった。


「貴方の信仰する神<DIO>は、貴方に本当の幸福を与えられましたか?
 その起源は果たして崇拝? 賛美? 畏敬? ……畏怖なのかしら?
 私には貴方が不憫でなりません。罪が宿るは人の内。せめてその魂、どうか安らかに眠りなさい。
 ……ヴァニラ・アイス」


神々たる威光を煌かせながら、神奈子は柱の墓標に背を向けた。
近くに落ちていた男のディパックを拾い上げ、中身を検めて、すぐに施設外へ足を運ぶ。
雨は未だ止まず。むしろゲームの進行を表すかの如く、その勢いは増すばかり。
神奈子は弾薬が濡れるのを防ぐ意味も兼ね、乾を操る。身の回りの雨が、透明状のドームに弾かれるように避け始めた。
『乾』とは『天』。元来、風雨の神である神奈子に雨は意味を為さない。屋外だろうが屋内だろうが、これまでと同じ様にガトリングの行使は可能だ。


「あの天人……いや今は“人間”か。気まぐれで施しを与えた身、すぐに鉢会うってのもなんだかね……」


右腕を丸々奪われたあの天人に、ヴァニラの右腕から“釣り上げた”神々しい遺体を授ける気になった理由とは。
どちらにしろ皆殺しという最終目標に変わりはないというのに。敢えて神奈子は少女を救い、今また見逃すつもりでいる。

五衰の苦しみを受け入れ、それに耐え、最後には天人の座すら堕りたあの少女。
少女がそれほどに辛い選択を選び、人間として傍に居ることを決意させたであろうあの少年。

神奈子が理に適ってない気まぐれを起こした理由など、間違いなくあの二人の精神に中てられたからだ。
そんな不明瞭とした自覚が、己の胸を漂うかのように渦巻いている。

だのに何とも……気分がイイ。朗らかだ。



「―――全く……これだから人間って奴は好きさ。魅せてもらったよ……アンタ達の『人間賛歌』を」



人間を辞め、高みを登ろうとする輩は星の数ほどいる。
だが高みから人間に堕ちようなどという奇特な種は、そうはいない。
人間賛歌は『勇気』の賛歌。
居るべき全ての地位を捨て、人間へと成ることを決意したあの少女。
勇気(PLUCK)の剣身を振り抜き、生涯初めての『仲間』を手にした幸運(LUCK)を生まれ持ったあの少女。


―――それもまた、穢れし檻の中で生まれた……ひとつの素晴らしき『人間賛歌』なのだろう。




【ヴァニラ・アイス@ジョジョの奇妙な冒険 第3部】 死亡
【残り 56/90】
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


243 : 緋想天に耀け金剛の光 ――『絆』は『仲間』――  ◆qSXL3X4ics :2016/10/21(金) 16:19:47 XCQyU9eU0
【C-2 GDS刑務所 医療監房/昼】

【八坂神奈子@東方風神録】
[状態]:体力消費(小)、霊力消費(小)、右腕損傷、早苗に対する深い愛情
[装備]:ガトリング銃(残弾70%)、スタンドDISC「ビーチ・ボーイ」@ジョジョ第5部
[道具]:不明現実支給品(ヴァニラの物)、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:主催者への捧げ物として恥じない戦いをする。
1:『愛する家族』として、早苗はいずれ殺す。…私がやらなければ。
2:洩矢諏訪子を探し、『あの時』の決着をつける。
3:DIO様、ねえ……
[備考]
※参戦時期は東方風神録、オープニング後です。
※参戦時期の関係で、幻想郷の面々の殆どと面識がありません。
 東風谷早苗、洩矢諏訪子の他、彼女が知っている可能性があるのは、妖怪の山の住人、結界の管理者です。
 (該当者は、秋静葉、秋穣子、河城にとり、射命丸文、姫海棠はたて、博麗霊夢、八雲紫、八雲藍、橙)
※神奈子がどこへ向かうかは、次の書き手さんにお任せします。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


244 : 緋想天に耀け金剛の光 ――『絆』は『仲間』――  ◆qSXL3X4ics :2016/10/21(金) 16:21:20 XCQyU9eU0
『比那名居地子』
【昼】C-2 GDS刑務所 正面玄関



















「……仗助」

「……なんスか」

「私、今……何処に“居る”?」

「おれの隣で一緒に大の字で仰向けになってるように見えます」

「そうね」

「そうっすね」

「じゃ、もう一個。……貴方にとって、私は“要る”存在かな?」

「たりめーっスよ。仲間っつーのはそういうことでしょ?」

「そうね」

「そうっすね」

「…………」

「…………」

「え、終わり?」

「うん」

「いや、うんって……続きは無いンすか?」

「続けて欲しいの?」

「いえ別に」

「そ」

「…………」

「……確認、したかっただけよ」

「続けるんスね」

「文句ある?」

「無いっす」

「よろしい。……私はね、私の座すべき場所を、今一度確認したかったの」

「座すべき場所……っスか?」

「そう。私は天人って教えたでしょ?」

「まあ、はい(ていうか天人って何だ?)」

「高貴で極楽。毎日歌って踊って食べてればそれで幸せな腑抜けた種族の事よ」

「……天子さんは嫌いなんすか? その天人ってのが」

「在り方は正直、好きになれなかったわ。だって退屈だもの」

「そーいうモンっすか? 随分気ままで楽しそうっすけどね」

「そーいうモンよ。……それでも私は、この親のついでで手に入れたような己の地位に誇りはあったわ」

「結構なことじゃないっスか」

「でも、その役柄も全部捨てちゃった」

「……」


245 : 緋想天に耀け金剛の光 ――『絆』は『仲間』――  ◆qSXL3X4ics :2016/10/21(金) 16:22:50 XCQyU9eU0

「天人の五衰。その症状が現れると、天人様はその地位を退くことになる。想像できない苦しみに悶えるの」

「ごすい……何スかそれ?」

「後であの寺子屋にでも訊いて。とにかく、天人としての比那名居天子は死んだ。
 もう、ダメなのよ。この五衰が出てきちゃったら」

「じゃあ、今おれの横でペラペラくっ喋ってるアンタは誰なんですか」

「いい質問ね。頭上華萎。衣裳垢膩。脇下汗出。身体臭穢。これら四項を満たしてしまった私に最後に残ったのは不楽本座だけ」

「ふらくほんざ……ってなんスか?」

「質問が多いわねえ。『自らの住居すらも楽しめなくなってしまったこと』。私は最後まで残った自分の座すべき場所を、自ら捨てた。
 今までの自分じゃあ、新たな座に居座る資格なんて無いって気付いちゃったからよ」

「新たな座……」

「アンタの隣よ、仗助」

「……じゃあ天子さんは、わざわざおれの隣に座る為に、その『ふらくほんざ』っつーのを捨てたンすか」

「『仲間』っていうのは、同じ高さで一緒に戦うってことじゃないの? 片方だけが天上で見下ろすってのは、何か違うんじゃないかってさ。
 だからアンタの居る、遥か地上まで堕ちて来ただけ。それだけの……ことよ」

「それだけ……って、それで天子さんが全部捨てちまったんじゃあ意味ないじゃないっスか!」

「あら、私の為に怒ってくれてるんだ?」

「はぐらかさないでください! よーするに天人辞めちゃったってことでしょーが! アンタの『誇り』じゃなかったんスか!?」

「座を降りて、天人辞めて、全部捨てても……新しく手に入れた座があるじゃない」

「……そいつが『仲間』、スか」

「今まで結構長く生きてきたけど、私には『仲間』はおろか『友達』と呼べる存在も居なかった。アッチから来るのは死神ばっかりよ。
 ……だから嬉しかった。不思議ね……天人じゃなくなったってのに、こんなに清々しい気持ちになれるなんて。
 あ〜あ。不良天人から天人を取っちゃったら、それこそただの不良じゃない。げっ……アンタと一緒じゃん」

「天子さん…………」

「地子」

「……はい?」

「私の……人間だった頃の旧名。比那名居地子。正直この名前で呼ばれるのは嫌いだったけど。
 天人“比那名居天子”は今日を以て消滅。人間“比那名居地子”に戻るわ。これから私のことは『地子』と呼びなさい、仗助」


246 : 緋想天に耀け金剛の光 ――『絆』は『仲間』――  ◆qSXL3X4ics :2016/10/21(金) 16:24:24 XCQyU9eU0

「“ちこ”、スか。……ぷっ」

「って、ナニ笑ってんのよアンタ!」

「い、いや……響きがチンチクリンで可愛いなって思っただけっスよ…………ぷくく」

「はあッ!? あ、アンタ、人の名前でよくも………………いや待って」

「……?」

「フンフン。仗助……人べんに丈夫の『丈(じょう)』と『助』ける、かあ」

「!!」

「決めたわ! 仗助! これから貴方を仗助(じょうじょ)……『ジョジョ』って呼ばせてもらうわ!」

「はあッ!? いや、それだけはカンベンしてくださいよ天子さん!」

「地・子!」

「いや、幾らなんでも名前音読みで『ジョジョ』は強引だしダセーっすよ!」

「あははははっ! いいじゃないジョジョ〜! 『不良コンビ』同士、『信頼』を築き合う仲間なんだしさ〜」

「ぐ、ぐぬぅ〜〜……! 屈辱だぜ……そのアダ名でおれを呼ぶ奴がまたも現れるなんてよォ〜!」

「で、ジョジョ。どう? どう? これ!」

「早速呼ぶんスね…………何がスか?」

「イメチェンよイメチェン! 心機一転。人間に堕ちた新・地子様の可愛い髪型はどう?」

「前向きっスねアンタ……。そうっスねー、おれはどっちって言やあ、ショートよりロングの方が大人びてて好きっスけど」

「……え」

「あ、いや天子……じゃねえ地子さんのことじゃなくってですね、単に髪型の好みって言うか……」

「仗す……じゃなかった。ジョジョは………………年上の方が好み、とか?」

「うん? まあそっすねー」

「……そ、そう。…………そっか、そっかぁ」

「……あ! これも地子さんのことを言ってるんじゃねっスよ! 大体、地子さんってぶっちゃけあんま年上らしくねえ、っつーか……」

「…………は?」

「粗暴だし、我侭だし、子供っぽいし、おれの好みを言うならもっとこう……全体的な凹凸が圧倒的に足りねえ、っつーか。なんか硬いし」

「…………」

「スタイルもそうなんだが、クールさが足りねえよなあ〜〜地子さんには。髪切ったぐれーじゃあ人間、簡単に変わりゃしねーぜ〜」

「………………こ、の」

「……あん?」





「この…………イカレヘチマヘアーがーーーーーーッ!!!!」





   ゴ キ ャ !







☆★ 永江衣玖さんの特別課外解説2 ★☆
     [ジャーマン・スープレックス]
これまた有名なプロレス技ですね。簡単に言えば、背中から組み付いての投げ技です。
相手の背後から腰に腕を回してクラッチ(手と手を組むこと)し、そのままブリッジをする要領で相手を真後ろへと反り投げる豪快な技です。
えーっと、まあ大層危険な技でして。素人がプロレスごっこで、ましてや屋外マット外で絶対やっちゃダメな奴ですよ。
悪者ならともかく、大切な『お仲間』に仕掛けるような技じゃないです。「ゴキャ」って音出てましたけど、総領娘様……。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


247 : 緋想天に耀け金剛の光 ――『絆』は『仲間』――  ◆qSXL3X4ics :2016/10/21(金) 16:25:08 XCQyU9eU0
【C-2 GDS刑務所 正面玄関/昼】

【東方仗助@ジョジョの奇妙な冒険 第4部 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]:首ゴキャ(多分そのうち治る)、黄金の精神、精神疲労(小)、右腕外側に削られ痕、腹部に銃弾貫通(処置済み)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品×2、龍魚の羽衣@東方緋想天、ゲーム用ノートパソコン@現実 、不明支給品×2(ジョジョ・東方の物品・確認済み。康一の物含む)
[思考・状況]
基本行動方針:仲間と共に殺し合いに反抗し、主催者を完膚なきまでに叩きのめす。
1:このカチカチまな板オンナ……ちっとも変わってねえーーッ!!
2:後は真っ直ぐジョースター邸へ向かう。
3:吉良のヤローのことを会場の皆に伝えて、警戒を促す。
4:承太郎や杜王町の仲間たちとも出来れば早く合流したい。
[備考]
※幻想郷についての知識を得ました。
※時間のズレ、平行世界、記憶の消失の可能性について気付きました。
※デイパックの中身もびしょびしょです。


【比那名居天子@東方緋想天】
[状態]:黄金の精神、人間、ショートヘアー、霊力消費(極大)、肉体疲労(大)、濡れている
[装備]:木刀、LUCK&PLUCKの剣@ジョジョ第1部、聖人の遺体・右腕@ジョジョ第7部(天子の右腕と同化してます)、三百点満点の女としての新たな魅力
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:仲間と共に殺し合いに反抗し、主催者を完膚なきまでに叩きのめす。
1:この華麗なるスタイルがまな板みたいですってェ!?
2:後は真っ直ぐジョースター邸へ向かう。
3:これから出会う人全員に吉良の悪行や正体を言いふらす。
4:殺し合いに乗っている参加者は容赦なく叩きのめす。
5:吉良のことは認めてない。調子こいたら、即ぶちのめす。
6:紫の奴が人殺し? 信じられないわね。
[備考]
※この殺し合いのゲームを『異変』と認識しています。
※デイパックの中身もびしょびしょです。
※人間へと戻り、天人としての身体的スペック・強度が失われました。弾幕やスペルカード自体は使用できます。


248 : ◆qSXL3X4ics :2016/10/21(金) 16:27:03 XCQyU9eU0
投下を終了します。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
感想や指摘などありましたらよろしくお願いします。


249 : 名無しさん :2016/10/21(金) 19:43:01 ZQ/d0who0
投下おっつおっつ。(2回目)
天人の座を捨て地に堕ちた天子、輝ける精神の影響を受けた神奈子、頭がグシャった(二重の意味で)仗助、死んで塵となったヴァニラ・・・。
全てにおいて一字千金、気韻生動の最高のストーリーでした。

天子シナナカッタ・・・ヨカッタ・・・ヨカッタ・・・ありがとう神奈子・・・『ありがとう』・・・それ以外に言う言葉が見つからない・・・。
完全なる不良のコンビの結成、段々と人情の湧いてきた神・・・物語がどのように蠢いていくのか、楽しみで楽しみで仕方がない。
天人の五衰の解説に、原作セリフの引用と、作品に対する深い愛が感じられ、心震える文章に心底感動しました。


250 : 名無しさん :2016/10/21(金) 21:31:25 UXsVKqbIO
投下乙です

ヘチマ頭とまな板ボディでお似合いですよご両人
ジョジョは誇りある血統の名なので、安心して呼び呼ばれしましょう


251 : ◆at2S1Rtf4A :2016/10/22(土) 01:14:29 t6eYAjoE0
投下乙です。いやもうスゴいのなんのって……!
色々と予想してたのに、それ以上のモノでスポーンと飛び越えられた気がします
不良コンビは、ホント仗助はともかく天子はもうアウトやろなーでおっかなびっくり読んでたら
地子が舞い降りた、なシーンとか、何気にジョ東初?の合体技とか、読んでて負けるしねぇ!!!って笑いながら読んでたぐらい
『天道是非の剣』に『天人の五衰』そこに『六道』を絡めて堕落天子改め地子ちゃん爆誕!
発想のスケールで負けた、ってジョセフの気持ちが良く分かる。何か書き覚えのある単語やらなんやらがあってニヤリ
神奈子もニクい動きだった。三つ巴の乱戦の一柱かと思ったけどそれ以上の側面が見れた。
彼女の描写の所作がいちいちヒャハる側のそれに見えないぐらい。
敢えてヒト臭さある方から攻めてきたかと思うし、ヴァニラに相対するシーンは厳かな神だったり、
今回の作品で一番予想外の姿が描かれてあってキャラを魅せてきたなーと感じます
台詞回しも描写もイカしてたし、こんなに早く面白くリレーされて感謝の極み過ぎる

バチュリー・ノーレッジ、吉良吉影、封獣ぬえ、上白沢慧音、
岡崎夢美、レミリア・スカーレット、岸辺露伴の七名を予約します


252 : 名無しさん :2016/10/22(土) 09:03:48 PMV6TzUw0
露伴先生と吉良吉影・・・いったいどうなるんだ・・・


253 : 名無しさん :2016/10/23(日) 11:01:57 ZduCOg0M0
康一君死んでるわパチェに指輪がぶっ刺さってるわぬえがヤバい挙動見せてるわと
一向にまともな事になりそうもない藁の盾組の明日はどっちだ…


254 : 名無しさん :2016/10/23(日) 15:53:11 Gsgpl8a60
宇宙一の永遠亭の医学薬学に出来んことはなぁぁぁぁぁぁい!!!


255 : 名無しさん :2016/10/28(金) 20:50:40 /N9TgKP.O
結構仲いいのに再会する気配がまるで無いけーねともこたん


256 : ◆.OuhWp0KOo :2016/10/29(土) 12:00:53 Jwmqzq8k0
ゲリラ投下を開始します。


257 : ある者は、泥を見た ◆.OuhWp0KOo :2016/10/29(土) 12:01:33 Jwmqzq8k0
鈴仙は人間の里から西に、森の中を駆け抜けた。
森林地帯の端に近づくと、木々の切れ目、白く煙る湖の霧の向こうで、
赤い建物がぼんやりとその姿を現した。
紅魔館。今は外壁を彩る赤いレンガが雨に濡れ、血染めのように赤黒い。
ここで、霊夢たちは何者かに瀕死の重傷を負わされたのだ。

鈴仙は森の際の木陰から顔を出し、慎重に周囲の様子を探る。
いつものように周囲の光を操作し自身の姿を隠すが、これ以上雨脚が強まるとそれも役に立つまい。
遠目にはごまかせるが、雨の中、近くからだと不自然に雨の降らない空間がヒト型に浮き出てしまう。

先程見た掲示板によれば、このあたりで戦闘が行われる間近だった、との事。
それからいくらかの時間が経ったが、
東側――人の姿は無し。人の出す『波』の反応もない。
西側――やはり人の姿も反応も無し。
だが、大きな戦闘があったのだろうか、湖岸の地面が大きくくぼみ、木々が幾重にも折り重なって倒れている。
戦闘があったのだ。
花果子念報で予告されていた、霊夢たちを追うものと守るものの戦いが。
そして正面――紅魔館の方角にも人の姿と反応はなし。
紅魔館の内部の様子までは、流石にここから探ることはできない――のだが。

紅魔館に眼を凝らしたとき、鈴仙は、ぞくり、と、言い知れぬ悪寒を――覚えた。
背中から胸までをツララで貫かれ、傷口から広がった冷気が体を食い破り、心臓と背骨を凍らせる。
一瞬、鈴仙はそう錯覚した。
紅魔館の中に、恐ろしい何かがいる。
だが、私が勝手にそう思い込んでいるだけなのかも知れない。
先ほど霊夢が戦いで重傷を負ったのが紅魔館だという情報が先にあったから、

悪寒を感じたのは、視られてしまったから、ではない。そんなはずはない。
この霧の中、こちらが顔を出しただけで、窓の少ないあの建物から見えるはずがない。
私が、勝手に怖れているのだ。
猛獣が潜んでいるかもしれないとわかっている茂みの傍を通るのは、
たとえそこに何も居なくても怖ろしいものなのだ。

そのような恐怖を、私はこの距離で感じさせられている。
今、紅魔館に潜んでいるかもしれないのは、それほどに強大な存在なのだ。
しかもただ強大なだけではない。
吸血鬼、鬼、天人――ただ強大な存在というだけなら、鈴仙は今までにだって相対してきた。
だがそんな鈴仙がこれほどの恐怖を覚えるということは、
紅魔館にいる奴は――途方もなく大きな悪意、あるいは敵意を持っているに違いない。
妖怪たちは、常に人の意志によって駆逐されてきた存在だから、間違いない。


258 : ある者は、泥を見た ◆.OuhWp0KOo :2016/10/29(土) 12:01:44 Jwmqzq8k0

今は霊夢たちを追うのが最優先。だからあそこに向かう意味はない。
と、至極まっとうなはずの今の目的を述べることが
敵前逃亡の情けない言い訳に聞こえる程、怖ろしく感じられた。

ともかく、今は霊夢たちだ。

鈴仙はもう一度、左側、西の方角を見た。
よく見ると地面には車輪の跡がある。
車輪は紅魔館を出て湖岸沿いを西に向かって走り、えぐれた地面に遮られる形で途切れている。
追手を足止めするために地形を変えたのか。
このようなハデな芸当が可能だとすれば、守矢神社のカエルの神様だろうか。
彼女の『坤』、つまり大地を創造する力は、鈴仙も何度か目の当たりにしている。

鈴仙は周囲に神経を尖らせつつ、車輪の跡を目で追った。
白っぽくて細長いモノが、えぐれた地面の端、水際に転がっている。
鈴仙はおそるおそる近づくうちに、その細長いモノの正体を知り、息を呑んだ。
ヒトの脚だ。素足に下駄を履いている。
新聞に報じられた人物の中でその特徴に一致するのは、人里でよく見る化け傘の、多々良小傘か。

洩矢諏訪子、多々良小傘、そして第一回放送前に死んだはずの十六夜咲夜。
小傘のモノと見られる片脚を残して、彼女らは影も形もない。
彼女ら3人は、追手を食い止められなかったのだろうか。
と、そこで鈴仙はえぐれた地面の向こう側から血の臭いが漂ってくることに気がついた。

えぐれた地形を迂回し、木立の中を通り抜け、倒木を跳び越え、
鈴仙はすぐに臭いの源へとたどり着いた。
遠目ではそれは、赤黒いぬかるみにしか見えなかった。
近寄るとそれが、大量に出血した跡であることが分かった。
あと十数歩の所まできて、鈴仙はなぜか足がすくむ感覚を覚えた。
そして目の前のそれを見て、ようやく鈴仙は悟った。
これは――ヒトの死骸なのだ、と――。


259 : ある者は、泥を見た ◆.OuhWp0KOo :2016/10/29(土) 12:01:58 Jwmqzq8k0

外科手術で摘出した内臓を寸胴鍋に満杯で詰め、
血と胃液と腸液で煮詰めた臭いを何倍も濃縮したような、鼻がバカになりそうなほどの血と屍肉の臭い。
直径数メートルにも広がった赤黒いぬかるみは、血と泥が混ざり合ってできた混色だ。
赤黒の中からは、ところどころ白い骨とピンクの肉が細切れになって飛び出ている。
水色の毛で覆われた物体は、頭の皮膚だろうか。
ぬかるみの中から突き出ていた四角い木片がある――。
鈴仙が拾い上げたそれは、血と泥に塗れた下駄だった。
鋭い刃物で切りつけたような跡が刻まれている。
これは、爪痕、なのだろうか。

見れば、かつて多々良小傘だったこの赤黒いぬかるみに、獣か何かの爪痕が余す所なく刻みつけられている。
小傘をただ殺すに飽き足らず、その死骸を執拗に切り刻んだ跡なのだ。
オレに逆らったら、こうなる――この血溜まりを作った獣らしき何かが、そう告げているかのようだった。

鈴仙はぬかるみのほとりにへたり込み、胃の中が空になるまで吐いた。


――逃げなきゃ。


一瞬、脳裏をよぎる言葉。
逃げてはいけない。鈴仙はかぶりをふり、その弱気な思考を振り払おうとする。
奴は、霊夢たちもこんな目に遭わす気なのだ。
私が行って、食い止めなければならない。


――逃げなきゃならない。行ってはいけない。行けば、私も『こう』なる。


膝をつき、気力を奮って立ち上がった鈴仙は、轍の跡が示す先へと足を向ける。
そして足を踏み出そうとして、倒れた木の一本につまずいて、べしゃりと地面につんのめった。
立てない。
行かなきゃいけないとわかっていても、立ち上がることができない。

私は、また、『臆病者』に逆戻りしてしまったのだ。


260 : ある者は、泥を見た ◆.OuhWp0KOo :2016/10/29(土) 12:02:11 Jwmqzq8k0

私という存在の本質は結局、あの時から何も変わっていない。
兵士として月を守るという任務を放棄して、逃げ出したあの時から。
私は結局、復讐者としての仮面を被っていたに過ぎなかった。
月にいた頃でさえ、私は結局兵士という仮面を被っていただけなのだろう。
そして幻想郷に流れ着いてからも、滑稽なことに私は、
自分から捨てた月の威光を笠に着て周りを見下してばかりいた。
私は、自分という存在の本質をひた隠しにして、上っ面だけを取り繕って必死に逃げ惑って来たに過ぎない。

なるほど、スタンドはどうやら本当に持ち主の魂の写し身らしい。
だから精神の波を操作する能力が通じやすいのだ。
上っ面だけを取り繕うサーフィスはまさに私にお似合いというわけだ。
それどころか、さっきは機械兵の上っ面を被っただけのその人形の、耳に痛い助言さえ無視して、
泥を舐めさせられたではないか。
私は、あの機械兵の上っ面より、さらに中身がないらしい。

私の、『鈴仙』というスカスカの上っ面の中には、
生まれてこの方ちっとも成長していない臆病な仔ウサギがいつも縮こまって震えている。
まさしく私こそが臆病であり、臆病こそが私なのだ。
『鈴仙』と名前を書けば、『おくびょう』と読み仮名がつき、
『臆病者の鈴仙』というフレーズは『頭痛が痛い』と同様の二重表現なのだ。


そして私は、臆病な本質をひた隠しにしながら、結局臆病にさえなりきれなかった半端者なのだ。
ウェスという天気を操るスタンド使いとの戦い。
私はあの時、真っ先に逃げるべきだったのだ。傷ついた仲間が背後にいるわけでもなかったのだから。
復讐者の仮面を被っていい気になっていた私は、結局全力で闘うことも、逃げることもせず
組み伏せられた挙句に仲間を売るハメになってしまったのだ。
いつもの臆病な私らしく全力で逃げ去っていれば、
徐倫と魔理沙はウェスに2対1で当たることができていた。
徐倫が雷に打たれることはなかったかも知れないし、ウェスをそのまま倒すことだってできたかもしれない。

ウェスの持つスタンドは確かに強力だった。
だが、半端者の私では、ウェスがスタンドを持たず、
拳銃1丁、いや、ナイフ1本の武器しか持っていなかったとしても、負けていたに違いない。
私の持つ『波長を操る能力』がいかに強力であろうと、兵士としての訓練を受けていようと関係ない。
能力も、経験も、十全に使いこなせばどんな相手にも対抗しうる能力だが、
それは結局強力な武器を持っている、というだけのこと。
武器の使い手である、私のせいで負けたのだ。

強力な武器を持とうと、私自身が弱いせいで、魔理沙と徐倫を危険に晒したのだ。
私が、自身の臆病さを受け入れられなかった弱さのせいなのだ。


261 : ある者は、泥を見た ◆.OuhWp0KOo :2016/10/29(土) 12:02:21 Jwmqzq8k0

だから私は『臆病』であるという本質を受け入れ、素直にそれに従って生きていかなければならない。
するとどうなるか。
まず、私は霊夢たちを助けに行かない。
すでに霊夢たちを治療するための道具はいくらか魔理沙に渡している。
箒に乗った魔理沙たちの方が霊夢たちに追いつくのは確実で、
私が追いつく頃にはすべてが終わった後ではないのだろうか。どんな結果だろうと。
敢えて私が行く理由があるのか。

そもそも私が霊夢たちを助けに行って、何ができるのか。
私は臆病な鈴仙だから、どんな相手にも勝てない。
まともなら1対1で戦うところ、私が戦う時は、
私は臆病な自分自身という、もう1人も相手にしなければならない。
1対2、いや、0対2の戦いだ。戦うまでもなく負けている。

敗北して、私が死ぬだけならまだいい。(全然よくない)
何しろ私は臆病だから、敵に脅迫されれば先程のように簡単に従ってしまうだろう。
そして、味方の顔をした敵の道具として、霊夢たちの敵に回ってしまうのだ。
私が行くことは、霊夢たちの敵にとっての都合のよい駒を増やしてしまうことに他ならない。
臆病者の私が頑張ったところで、『足手まとい』であり、『マイナス』であり『無能な働き者』でしかない。
とすれば、私は無闇に場を乱すだけで、味方にする価値はなく、
敵にとっても恐るるに足らない存在なのだろう。

もう復讐も何もかも忘れて、誰にも会わないように逃げ回っているべきか。
臆病風に吹かれて飛び回る、空っぽの鈴仙よ。

あるいは八意様に頭を下げ、恥を偲んで永遠亭に出戻ることにするか。
まぁまず間違いなく、門前払いか、殺処分だろう。
良くていつも通りの扱い、つまり実験用のモルモット扱いか。爆弾解除用の。
八意様、輝夜様、てゐ。第一回放送で、彼女らの名前は当然のように呼ばれなかった。
圧倒的な力を持つ月人の八意様と輝夜様。
生き残ることに関しては海千山千のてゐも、既にちゃっかり強くて頼りになる味方を見つけているに違いない。
彼女らは私の力などなくともこのゲームを脱出する方法を考案し、そして実行に移すのだろう。
私なんかが心配するのもおこがましい。

永遠亭の彼女らは、みな私より遥かに、桁違いに永い時を生きている。
そして何百年か、何千年かの時が過ぎ。
私が妖怪としての寿命を迎えて朽ち果てる時も、今と全く変わらずに在り続けているに違いない。
私は彼女らにとっての何だったのだろう。
人間が虫を飼うようなものだったのだろうか。

人間が子を育てるのは、主に年老いた時に自分を養わせるため、
あるいは、自分の死後に財産、技術、職務、ひいては血そのものを継がせる為だと、地上に来て知った。
親が年老いて死ぬ埋め合わせとして、子の成長に何らかの期待をしているから、子を育てるのだ。
寿命や老衰という概念の存在しない月人たちには必要のない行為なのだ。

彼女らは私より遥かに長く生き、私の力を必要とせず、その上私より先に死ぬことも老いることも決してない。
ゆえに彼女らは私なんかに何も期待しなくてよい。
彼女らは私を、必要とはしていない。
私は彼女らに、必要とされていない。
永遠亭にいる限り、私はずっと子供でいられて、そして子供でいるほかなかったのだ。


262 : ある者は、泥を見た ◆.OuhWp0KOo :2016/10/29(土) 12:02:35 Jwmqzq8k0

ふと、鈴仙は、右手に何かが握られているのに気づく。
思い返せばそれは魔理沙から受け取ってここまで走ってきて、
今までずっと握りっぱなしだっただけの話だが。
人形だ。アリスの形見ともいえる人形を、ずっと握っていた。


「アリス……」


鈴仙の口から、こぼれ出た名前。
鈴仙の力を何より必要としていた者。
いや、今でも、鈴仙の力を最も必要としている者。

私を必要とする者の為に、私は生きるべきなのだろうか。
アリス。彼女は私に遺言を遺した――。


『……幻想郷の皆が一人でも多く生き残れるように、貴女の力で守ってあげて。
 それから、これはできればで良い……私のカタキを討って。』


そうではない。その後の言葉。


『……ねえ、鈴仙。もし、貴女が、…………
 …………なんでもない。いいわ、外して』


アリスは何かを言おうとしていた。ついに声には出さなかった。
だが、唇の動きは鈴仙にもわかった。


『もし、貴女が望むなら、優勝して』


彼女はそう、言いかけていたのだ。
それが、アリスの本音。それまでの言葉は、所詮上っ面の建前。
鈴仙が望むなら、優勝して――優勝して、アリスを生き返らせる。
私がアリスを生き返らせたならば、アリスは私の望むものを与えてくれるだろうか。
アリスの与えてくれるものは、私の渇望を満たしてくれるのだろうか。
アリスの抱擁は恐慌状態だった私を癒やしてくれはしたが、
私の望むような――母親の愛情という幻想の代わりとなってくれるのだろうか。

遭うものすべてを皆殺しにして、私が優勝して実際にアリスを生き返らせてみるのが、
それを知る最も確実な方法なのだろう。
実行するのが絶対に不可能だという問題を除けば、だが。

できるわけがない――できるわけがない。何度でも、声を大にして言える。
できるわけがない!

私に、優勝することなど不可能だ。心情的に、私が皆殺しなどできないのはもちろんのこと。
私に、臆病で半端者の私に、戦って勝つことなどできない。
結局ディアボロに勝てたのは、破れかぶれのラッキーパンチがたまたま直撃したに過ぎない。
私が、私である限り、誰かに『勝つ』ことなどできない。


263 : ある者は、泥を見た ◆.OuhWp0KOo :2016/10/29(土) 12:02:49 Jwmqzq8k0

そう――私だ、全ては私なのだ。
私が鈴仙である限り、私はどこへもたどり着くことはない。
私が私であるという前提であり土台が、どんな覚悟も、意志もひっくり返して無に還してしまう。
私のくせになまいきだ。
私が鈴仙[オクビョウモノ]として生まれた時点で、既に詰みへの布石に乗ってしまっていたのだ。

では、私が私でなくなればいい?
性格をまるっきり変えてしまう薬、あるいは、脳外科[ロボトミー]手術。
できない。――いや、できなかった。
それらの方法で人格を変えてしまうのは、
私自身の破壊と同じであり、自殺と変わらない。
結局それらの手段をとることは恐ろしくてできなかったし、する許可ももらえなかった。

私は私のままでいるのがもう嫌になってしまった。
その上、私は死ぬのさえが怖ろしいという有様。
こんな私が、いったい何のために生きている?

私はいったい――何がしたい?
私はいったい――何を欲している?


――――


転んで起き上がれないままでいた鈴仙が、重々しい仕草でようやっと身を起こした。

自分勝手な、悪い考えばかりが浮かんできて止まらない。
それでも、私は行かなければならないのだ。
歪んだ幻想に浸って自分を哀れんでいる場合ではない。
現実を見ろ。

小傘を殺し、今も霊夢たちを追っている奴らがいる。
その数は――足跡や車輪の跡から察するに、少なくとも3。
四輪車に乗っているのが霊夢たちとして、他に二輪車が1台。
小傘を手に掛けたと思しき生物は、1匹はすぐに二輪車に相乗りしたようだが、2匹分の足跡が付いている。
大きな鳥のような足跡だ。二輪車に付いていけるほどの俊足ということは、
外界の草原に棲むという、ダチョウのような生物なのだろうか。
いや、待て――二輪車という乗り物はダチョウが相乗りできる構造だっただろうか?
そもそもダチョウは二輪車の上で大人しく相乗りできるものなのか?

一方、霊夢たちを逃してくれているのは、
霊夢と承太郎という男の手当にそれぞれ当っている二人に、四輪車の運転手を合わせて、合計3人。
霊夢と承太郎は写真を見る限り、とても手が離せる容態には見えなかった。
向こうには実質1人しか戦力がないことになる。
霊夢の元へ急行している魔理沙が間に合い、徐倫が目を醒まして、ようやく3対3で互角。
だが、徐倫はウェスに狙われている。
魔理沙たちがウェスに追いつかれれば、霊夢たちの敵は4人。

さらに、姫海棠はたては霊夢たちの顛末を記事にしようと彼女らを追いかけているはずだ。
記者がネタを自演するとは思えないが――。
いや、記者だからこそ、もっと『面白くなる』方向へ事件を『演出』してくるかも知れない。
とすれば、霊夢たちの敵は5人。
紅魔館から追加の刺客が送り込まれる可能性だって、ゼロではない。

他に考えうる味方の戦力――。
多々良小傘と共に追手を止めようとした、カエルの神様と十六夜咲夜(?)の姿はやはり見えない。
彼女らのモノと思しき足跡は、追手の進んだ方向にはない。
斃されて湖底に沈められたか、それとも負傷して森の中に撤退したのか。
いずれにせよ、彼女たちはもう戦えないと考えるべきだ。

となると、私しかいない。
私が追いついて、一人前の働きをしてみせてようやく4対5。
敵の中には、先程苦杯を舐めさせられたウェスがいる。
神様たちの防衛戦を突破し、多々良小傘を徹底的に嬲った怪物もいる。
私が行かなければ、魔理沙と霊夢たちは数と戦力の差で圧殺される。
ズタズタに引き裂かれる。小傘のように――。

想像などしたくもない。だが、近いうちに現実となる。
現実とはなって欲しくない。――そんなの誰だってそうだ。
問題は、私が、止めに行けるか――?
もう一度、ウェスに溺死の苦しみを味わわされるのか?
小傘を切り刻んだであろうその爪の前に、私の体を晒せるか?


264 : ある者は、泥を見た ◆.OuhWp0KOo :2016/10/29(土) 12:03:03 Jwmqzq8k0

――鈴仙[わたし]では勝てっこない、やめよう。


私の中の仔ウサギがささやく。


「……ダメだ……」


進み出ようとした鈴仙は足に力を込めることが出来ず、またがくりと膝を突いた。


――鈴仙[わたし]はそれでいいんだ。何も怖いやつに殺されに行くことはない。


「…………ダメだ」


目の前に転がっていた倒木に被さるように倒れこんで、目を瞑る。


――霊夢たちのことは諦めよう。生きてさえいれば、また良い友達に出会えるよ。


「……ダメだって、言ってんのよ!」


鈴仙は叫び、がばと身を起こしたかと思えば、
倒木の幹に、思い切り頭を叩きつけた。

ここで行かなければ、私は殺されるのだ。他ならぬ私自身に。
私は、これまで何度も私を『殺して』きたのだ。
月を守る玉兎兵だった私は、臆病者の私に殺された。
孤高の復讐者を気取っていた私は、臆病者の私に殺された。
今度も、また私は臆病者の私に殺されかけている。
霊夢と、魔理沙の――――友達である私が。

地上に降りてから、人の兎[どうぐ]でない、『人』と同格として扱ってもらえた、初めての友達。
宴会での兎鍋反対に、鳥鍋のメニュー追加で(不十分だけど)意見を聞いてくれた、友達。
ついさっき裏切って、仲間を危機に晒したはずなのに、あっさりと許してくれた、友達。

ああ、そうか。
私は魔理沙と霊夢のことが、気に掛かって仕方ないのだ。
そもそも、私はディアボロの行く手を知るために、
念写能力を持つ姫海棠はたてを追っていたのではなかったか。
だけど無心で走っているうちに、そして現実を目の当たりにしていくうちに、
魔理沙たちの方が心配になってきていたのだ。


265 : ある者は、泥を見た ◆.OuhWp0KOo :2016/10/29(土) 12:03:16 Jwmqzq8k0

「……よし、聞こえなくなった」


しきりに頭を叩きつけていた鈴仙がむっくりと立ち上がる。
額からは一筋の血が流れ、鼻筋を通って滴り落ちているが、気にする様子はなく走り出す。


私の心には、今もアリスを殺したあの男への憎しみが燃えている。
だが、一旦それは胸の中に秘めておく。
今私が行くのは、生きるため。
霊夢と魔理沙の友達である私が、臆病な私に殺されないために行く。
霊夢と魔理沙の友達であることも、やはり臆病な私の上っ面に被った仮面なのかも知れないが、関係ない。
それが仮面でないことは、行動で示すほかない。

それに私だからできないとか、私が臆病だからとか、もう言っていられる状況ではないのだ。
私が行くのがプラスにならない?
霊夢に魔理沙らは、死んでもともとの状況に追い込まれつつあるのだ。
行かなければ、私も彼女らも、みんなみんな『殺される』。


266 : ある者は、泥を見た ◆.OuhWp0KOo :2016/10/29(土) 12:03:31 Jwmqzq8k0

私が何を欲しているか、私が何をしたいか。

そんなもの、ある訳がない。
私に、望みを持てる訳がない。
私が私であるという土台が、重大な欠陥を抱えている。
何も成し遂げる望みのない者が――自分に何もできないと思っている者が、
望みを持って、それに向かって歩むことなどできないのだ。

そうだ、私に欠けているのは――『大地』なのだ。
大地がなければ、自分自身の道など見つけることが、できない。
大地がなければ、心の中に地図を持つことなど、できない。
大地がなければ、臆病風に吹かれた時に踏ん張ることも、できない。
大地がなければ、望みのために最初の一歩を踏み出すことさえ、できない。
大地がなければ、空に向かって飛び立つことなど、できるわけがない。
まず大地があって、はじめてその上に空ができるのだから。

『大地』とは、自分には生きる価値がある、自分なら大丈夫、自分ならやれる、という、根拠なき自信。

地上で薬売りを始めて、私はその時、人間の生態を知った。
それは驚くべきことだった。
妖怪と違って、人間は皆、乳児という極限まで無力な状態で生まれてくるのだ。
食事に排泄に、着替えに入浴に睡眠――何から何までを親に依存しなければ生きていけないのだ。

もし私が赤子の状態で永遠亭に拾われたとしたら、
当時の八意様たちは私を育てるのを面倒がって殺処分していたかもしれない。
私自身、彼女らに申し訳なくて自殺していたかもしれないが、
赤ん坊では申し訳ないという概念は理解できず、自殺を実行に移す能力もない。

だけど人間は――少なくとも正常な家庭ならば、
生まれたばかりの赤ん坊の親は、昼夜を問わずうるさく泣きわめく赤ん坊に付きっきりで世話をする。
まるで赤ん坊こそがその家庭の王となったかのように。
そして三ヶ月ほどで、ようやく赤ん坊は自分の名を呼ぶ声に反応し、それだけの事で親は手を叩いて喜ぶのだ。
一年ほど経って、ようやく立って歩くことができた時に、親は涙を流して喜ぶのだ。

極限まで無力な時代に何もかも世話された経験があるからこそ、
人間は根拠なく自分の存在に価値を感じられる。

理由もなく不安で泣いていた時につきっきりであやしたもらった経験があるからこそ、
人間は根拠なく自分の不安を振り払うことができる。

ただ自分が立ち上がっただけで歓喜された経験があるからこそ、
人間は根拠なく自分の成長を信じることができる。

親の愛情が、人間の心の中に『大地』を育むのだ。


267 : ある者は、泥を見た ◆.OuhWp0KOo :2016/10/29(土) 12:03:45 Jwmqzq8k0

私が、ヒトが生きていく上で必要不可欠なもの。
いや、『大地』を手に入れてはじめて、ヒトはこの世に生まれ落ちたことになるのだろう。

そしてアリスは――わたしの『大地』になってくれたかもしれないヒトだった。
アリス自身がどう考えていたかはともかく、その時アリスは私にかりそめの『大地』を与えてくれた。
私がディアボロを憎むのは、自分自身の『大地』を取り戻したいがためなのだ。
それがかりそめのものだったかもしれないにせよ。

そして残念ながら――永遠亭は、私の『大地』ではなかったのかもしれない。
八意様に輝夜様にてゐ。
彼女らは私からみれば足元に手も届きようがないほど強大で、しかも永遠に不滅の存在。
風船のようにフラフラ飛ぶ私を今まで首輪で繋いでいてくれた恩義はあるが、
彼女が私をそうしてくれた理由が――少なくとも私には理解できない。
たかが兎一匹などと口にする彼女のこと、気まぐれでいつ追い出されても、殺されてもおかしくない。
そんな彼女らのもとでは、私の『大地』は天寿を全うして死ぬまで見つからないのかも知れなかった。


私の『大地』は未だ見つからない。
今はただ、魔理沙の繋いでくれた一筋の糸だけが頼り。
手繰った先には、何があるのか。少なくとも人間はいる。
『大地』を踏みしめて歩く人間の友達が。
その人間の『大地』が、私の『大地』である保証はない。
だけどその姿は、私の『大地』を探す手がかりになるかもしれない。
だから私は、友を守るために死地に赴く。


『大地』は、私自身の中に見出す。
私自身の『大地』を見つけるために、私は戦うのだ。

いつか『大地』を見つけて私は――『地上の兎』になる。


268 : ある者は、泥を見た ◆.OuhWp0KOo :2016/10/29(土) 12:04:06 Jwmqzq8k0

【昼】C-4 霧の湖のほとり

【鈴仙・優曇華院・イナバ@東方永夜抄】
[状態]:疲労(中)、妖力消費(小)、額から少量の出血、雨で濡れている、泥で汚れている、『大地』への渇望
[装備]:スタンドDISC「サーフィス」
[道具]:基本支給品(食料、水を少量消費)、ゾンビ馬(残り20%、20%を魔理沙に譲渡)、綿人形@現地調達、
多々良小傘の下駄(左)、不明支給品0〜1(現実出典)、鉄筋(数本)、
その他永遠亭で回収した医療器具や物品(いくらかを魔理沙に譲渡)
[思考・状況]
基本行動方針:自分自身の『大地』を見つけ出し、地上の兎になる。
1:霊夢と魔理沙たちを守るために、彼女らを追う。
2:アリスの仇を討ち、自分の心に欠けた『大地』を追い求めるため、ディアボロを殺す。
確か今は『若い方』の姿だったはず。
3:姫海棠はたてに接触。その能力でディアボロを発見する。
4:『第二回放送前後にレストラン・トラサルディーで待つ』という伝言を輝夜とてゐに伝える。
ただし、彼女らと同行はしない。
5:ディアボロに狙われているであろう古明地さとりを保護する。
6:危険人物に警戒。特に柱の男、姫海棠はたては警戒。
 危険でない人物には、霊夢たちの援護とディアボロ捜索の協力を依頼する。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※波長を操る能力の応用で、『スタンド』に生身で触ることができるようになりました。
※能力制限:波長を操る能力の持続力が低下しており、長時間の使用は多大な疲労を生みます。
 波長を操る能力による精神操作の有効射程が低下しています。燃費も悪化しています。
 波長を読み取る能力の射程距離が低下しています。また、人の存在を物陰越しに感知したりはできません。
※『八意永琳の携帯電話』、『広瀬康一の家』の電話番号を手に入れました。
※入手した綿人形にもサーフィスの能力は使えます。ただしサイズはミニで耐久能力も低いものです。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。


・アイテム紹介

多々良小傘の下駄(左)
【出典:東方星蓮船】
多々良小傘の初期装備。小傘が左足に履いていた下駄である。
血と泥で汚れた上に深々と爪痕が刻み込まれており、かろうじて原型を留めているに過ぎない。
彼女の死を仲間に伝える物証として、鈴仙が回収した。


269 : ◆.OuhWp0KOo :2016/10/29(土) 12:04:22 Jwmqzq8k0
以上で投下を終了します。


270 : 名無しさん :2016/10/29(土) 13:33:42 lfZCj7Y2O
投下乙です

臆病兎は果たして大地に立って星を見ることはできるのだろうか


271 : 名無しさん :2016/10/29(土) 18:40:31 wuEFuTlw0
投下乙です。
泥を噛みながらも土の上に立とうとする鈴仙。
文字通りの泥臭さが、現在の彼女の孤高を表現していて愛を感じます。
1歩ずつですが確かに前へ歩いている……力強さと共に儚さをも見て取れる危うさ。
このロワでどこまで通用するか、今後も期待ですね


272 : 名無しさん :2016/10/29(土) 21:21:53 DglV8ME20
ゲリラ投下乙!!
ロワに共通するものだろうけれど、凄惨な現実とか過酷な状況とかに陥ると、そのキャラが持ってた決意、屈強な意志がいともたやすく覆されるんだよね。
でもうどんちゃんは今までの経験から、揺れた心を更に頑丈なものにしてるんだ。

アリスに対しての依存性、うどんちゃんの自己精神性がしっかりと描写されていて、人情味のあるキャラクターが上手く書けている部分にもはや『崇拝』しかない・・・。
改めて前に投下されている回(アリスが死んだ回)を読み直すと、今回で伏線がしっかり回収されてるのは正直神かよと思いました。


あと何気に小傘ちゃんの下駄を回収しててイイ(KONAMI感)


273 : ◆at2S1Rtf4A :2016/10/30(日) 07:01:28 CLqWxAj60
すみません遅れました、一旦予約破棄します


274 : ◆e9TEVgec3U :2016/10/31(月) 16:32:38 VGh0daso0
八雲紫、霧雨魔理沙、洩矢諏訪子、霍青娥、空条徐倫、ディエゴ・ブランドー
以上6名で予約させて戴きます


275 : 名無しさん :2016/11/01(火) 20:40:36 s7VObKis0
徐倫…成仏してね


276 : 名無しさん :2016/11/02(水) 21:22:31 wDdpYSGQ0
一難去ってまた一難ってレベルじゃねーぞ!


277 : ◆e9TEVgec3U :2016/11/06(日) 20:40:38 W7mh4nJ20
すみませんが予約延長させて戴きます…


278 : ◆e9TEVgec3U :2016/11/11(金) 21:56:20 9yopOoZk0
投下致します。


279 : スターゲイザー ◆e9TEVgec3U :2016/11/11(金) 21:57:34 9yopOoZk0
今、魔法の森では3つの群が居る。
トラックを追う者。トラックで追われる者。トラックを護らんとする者。

これらは互いにトラックについて何かをしているという事で共通点がある。
端的に表現するなら陣取りゲーム。
トラックとその乗員、という「陣」を奪うだけのシンプルなゲームだ。
追跡者と対峙者の勝者が「陣」を得て、その者達の今後を決めると言っても過言では無い。
勝敗によって人命が左右される。

ゲームによって命が永らえるか潰えるかを決めるのは実にバトルロワイヤルらしい。
勿論それは「陣」だけでなく敗者にも言える事。
バトルロワイヤルであるからこそ、ゲームの敗者は死ぬ。
至極当然な話だ。


取るべき「陣」は博麗霊夢、空条承太郎、他3名。
「陣」を欲すのは霍青娥、ディエゴ・ブランドーとその配下の恐竜達。
では、「陣」を守るのは―――




それは友人のピンチに駆け付けて善を助け悪を挫く者。
所謂主人公達であるべきではないだろうか?


280 : スターゲイザー ◆e9TEVgec3U :2016/11/11(金) 21:59:20 9yopOoZk0
【昼】C-5 魔法の森(北西部)





森を高速で低空飛行する一陣の光に星二つ。
その光は真っ直ぐに、どこに居るか分からない者達へと進んでいく。
一人は友人の為。一人は親の為。
思いを馳せ、見慣れた光景を飛ぶ。

霧雨魔理沙と空条徐倫。
彼女達は二人共が、一途に親しき者を探している。
事の発端は一つの記事。
それさえなければ死地に向かうなんて真似はしなかった。
それさえなければ親しき者に会えなくなっていたかもしれなかった。
命を運ぶ、と書いて運命と読むとは誰の言葉だったか。
ならば運ばれた命はどうなるのだろうか?
だが、そんな事を考えている余暇なんて物は無い。
二人共が刻一刻を争う事態に冗談なんて以ての外だ。
それは本人が一番知っていたし、だからこそ同じ境遇の者に声も掛けられない。
風切音だけが木々に響く。雨の音は最早気にならない。
濡れた服も最初からそうであった様に意識の外。


――思いやる言葉すら発せないのだ。
もどかしさこそあれど、ふとしたきっかけでの口論を恐れてしまう。

だからこそ、目の前の事象に集中する事を選ぶ。
選択肢なんて他にあっただろうか?
もしかしたらあったかもしれない。だが、今の状況でそれらは見えない。
思いは風に消えて形にならなかった。
いや、幻想に浸る時間が短かったと言った方が良いだろうか。

魔理沙は前方に影を発見した。


その全てが人影だったならばどれだけ良かった事だろう。
二足歩行のトカゲが2匹と、黒い異質な物に跨った人。
よりによって一番ブチ当たってはならない者達だ。しかも、当の魔理沙はその邂逅が最悪な物と気付かない。
救いだった事は速度面で向こうに気付かれるまでに時間がそれなりにある事か。

だがそれよりも、彼女にとって幸運な事があった。


殿が洩矢諏訪子・多々良小傘・十六夜咲夜の3名という「情報」を既に持っていた事だ。
お蔭様で前方に見える群が敵である可能性、と言うか十中八九敵だろうと考える事が出来た。

それがなければ、不用心に近付いた結果ディエゴの配下が2匹増えるという事態になっていた事だろう。

このゲームで戦闘は必然。
それ故に、「敵か味方か」「相手は何をしてくるか」という情報は戦況を大きく変える事に繋がりかねない。

――そう考えてみると、新聞という媒体は良い働きをしてくれたに違いない。
書いている人物が人物だが。


281 : スターゲイザー ◆e9TEVgec3U :2016/11/11(金) 22:00:23 9yopOoZk0
魔理沙はすぐさま徐倫に言葉を投げかける。


「前方に敵らしき奴が居るぜ。」


それはぶっきらぼうに、無愛想に、正確に、端的に。
彼女は静かに燃えていたのだ。
さっき魔理沙の形を取ったサーフィスが燃えていたが、別にそういう事ではなく。

それは年相応で純粋な怒り。友人を傷付けた者に対する怒り。
大きく息をして、もう一度覚悟を決める。


「敵…ね。…姿は?」


徐倫もまた静かに燃えている。
それは年相応の親への想い。それは親を狙う者への怒りに変わる。


「2足歩行のデカいトカゲが2体と、黒い変な機械に跨った奴だ。どっちも中々のスピードがある。
 今はまだ気付かれてないな。」

「デカいトカゲ、かぁ…。多分スタンド像だと思うけど…」

「けど…?」

「それがもしトカゲの参加者だったらそいつらも何かしら能力を持ってるって事でしょ?」

「成程な…それはご勘弁願いたいぜ…。
 まぁトカゲから狙ってけば済む話だろうけどな。もう一人も倒す算段は付いてるし。」

「ふーん…。魔理沙も中々やるじゃない。」

「褒めても何も出ないぜ。
でだ、徐倫。お前にもやって貰いたい事があるんだが…」


282 : スターゲイザー ◆e9TEVgec3U :2016/11/11(金) 22:01:14 9yopOoZk0

「何かの音がするぜ。こっちに向かって突っ込んでくるぞ」


人間体に戻って開口一番。
オートバイの音の中に微かにあった、何かが近付いてくる音をディエゴは聞き逃さなかった。


「あらあら…猪突猛進って奴かしらね?」

「そんな事までは分からないが…もしかしたら移動途中なだけかもしれん」

「翼竜でも遣わして見てみれば良いじゃない」

「雨が強まって使えたもんじゃないんだ」


受け答えをするは霍青娥。
ディエゴと行動を共にする、言わば同盟者だ。
二人共、泥濘に付いた車輪の後を追いかけている最中である。


「それで、ディエゴくんはどうするの?」

「霊夢という女が現状最優先だ。一応無視する。
 だが…攻撃してきたら殺す。必ず殺す。」


博麗霊夢を殺すという意思。それは怨恨とでも言うべきか。
そんな感情でディエゴは進んでいた。
故にその思いは強く、魔理沙達の接近ですら信念を揺るがす程の物ではない。


283 : スターゲイザー ◆e9TEVgec3U :2016/11/11(金) 22:02:04 9yopOoZk0
だが、用心するに越した事は無いのだ。
油断すれば敗北まっしぐら、なんてよくある事。
生き残る事が最重要。最悪この女を盾にして逃げれば良い。
利用できる事はなんでも利用する。大統領もDIOもいずれ始末する事になるかもしれないが、構わない。


「なぁ邪仙、少し良いか?」

「私には霍青娥、という名前がちゃんとありましてよ?」

「お前と居ると気が狂うな…
 で、青娥。少し良いか?」

「私に出来ることならなんなりとどうぞ♪」

「あー…。カエルみてぇなガキなんだが…
 その溶かした腹を解除してくれねぇか?」

「どうしてですの?見てる側としては楽しいのに…。」

「お前の美的センスを疑うが…まぁ良い。
 最悪、突撃して来た奴にこいつを投げようと思ってな。
 こいつで傷を付ければ恐竜化させる事も可能だろう。」

「あら、意外と考えてらしたのね。」

「五月蝿い。とっととやれ。」


青娥という人物の人間性は、まさに限りない好奇心であると言えよう。
もし、セッコの「オアシス」ではなくチョコラータの「グリーン・デイ」のDISCを持っていたとしたら…
恐らく第1回放送を前にして優勝者が決まっていただろう。
それ程に深く、例えるなら深淵に等しい。

手際良くオアシスの能力で2頭の恐竜を引き剥がす。
そして左足を掴んで、ディエゴの方にまるでゴミをゴミ収集車に叩き込む様に投げる。


段々と何かの音が近付いてくる。
きっと正体不明な者が木々の間を抜けて接近するまであと僅かなのだろう。
それが敵だった時に備え、ディエゴは恐竜化して相手の動向を疑う。


284 : スターゲイザー ◆e9TEVgec3U :2016/11/11(金) 22:03:27 9yopOoZk0

ところで、霧雨魔理沙には1つのスペルカードがある。


彗星「ブレイジングスター」


鴉天狗の射命丸文に光る泥棒、と揶揄されたスペカ。
その名が表すように、見た感じは完全に彗星だ。
マスタースパークを後方に撃ち、その推進力で空を超高速で翔ける。
途中で星弾をバラ撒きながら常に自機を狙って飛んでくる。

また、彗星は別名箒星とも呼ばれる。
箒に跨り空を翔ける彼女にまさにピッタリな名称だ。


そして、弾幕の説明は単調だが決して侮る事無かれ。
ビームが尋常じゃない程に太いのだ。
それ故に、来る直前に避けようなんて思ってもまず回避出来ない代物である。
因みにしゃがめば当たらない。

ただ欠点として、ミニ八卦炉が無いと全然使い物にならない事がある。
だから今使おうとしても何も出来ない。

だがそれはそのまま使えばの話だ。


光撃「シュート・ザ・ムーン」に然り。
恋風「スターライトタイフーン」に然り。
天儀「オーレリーズユニバース」に然り。

別にビームを出すなら他の方法もある。
奴隷タイプの弾幕とかまさにそうだ。

ならば―――


285 : スターゲイザー ◆e9TEVgec3U :2016/11/11(金) 22:05:18 9yopOoZk0
ディエゴは音の方向に構えていた。
相手の敵意を一瞬で判断する為に。
手には今や恐竜と化した洩矢諏訪子を大事そうに抱えている。
彼なりに、丁重に扱っているのだろう。

やがて音の出処は急激に接近する。
一瞬で諏訪子を投げる体勢に入れるように集中する。

そして、恐竜の動体視力で2人の姿を捉えた。
1人は幻想郷縁起とやらに載っていた人物だ、と頭の中で記憶を起こす。
…が、その時視認すべきその姿はもう無かった。


違和感を感じると視界に映るは光の筋。


魔理沙は箒の後方に使い魔を数体固定させ、その使い魔から出るビームの推進力を使って加速していたのだ。
そうなるともう別のスペカだが、やってる事はブレイジングスターに等しい。
太さこそ全然だが、得られる推進力はそれなりにあった。
制限こそかかっているがこの状況では充分過ぎる物。


次の瞬間ディエゴ達の体を強風と雨が襲う。

ディエゴはバランスを崩さない様に2本の足でなんとか踏み止まる。
恐竜化した紫もなんとか踏み止まれている様だ。
しかし、人間体ではそう上手くはいかない。
青娥は泥に足を取られて尻餅を付いた。
枯れ木で擦ったか、脚の辺りに痛みを感じる。


ここで青娥は残念ながら、弾幕を見て射出主が霧雨魔理沙だと気付けなかった。
それに気付けばもしかしたら霊夢を助けに来たのかもしれない、と考える事も出来ただろう。
だが気付かない。痛恨のミス。
移動途中だろうという考えに他の選択肢が覆われてしまっていたのだ。


286 : スターゲイザー ◆e9TEVgec3U :2016/11/11(金) 22:06:05 9yopOoZk0
付け加えると、彗星「ブレイジングスター」は実に面白いスペカである。
超高速で画面を翔け、画面外に出る。そこまでは良い。
だが次の瞬間、別の場所からまた超高速で画面内に突っ込んできては自機を狙うのだ。

要するに。

ディエゴ達が再び霊夢を追おうとした瞬間に。
縦方向に去って行った筈の魔理沙達が横方向からまた突っ込んで来た。


ディエゴと青娥はここで漸く、魔理沙達に敵意がある事に気付く。
後5秒程度気付くのが遅ければ諏訪子を投げるまでに正面衝突する事は間違いなかっただろう。
ここならまだギリギリ間に合う。

コイツらも命を賭してあの女を助けに来たのだろう。
ならばその行為を『無駄』にさせる。
博麗霊夢に伸びる思い全てを『無駄』にしてやる。
ディエゴの意志は固く、鋭い。


「GOAAAAAHH!」


彼は叫ぶ。喉が痛くなる程に。

彼は踏み締める。続く大地の果てまで怨恨を抱き。

彼は構える。敵意を示した者に向けて。

彼は投げる。嫉妬の様な一心で。


元々神であった恐竜は宙に弧を描き、魔理沙達に牙を剥く。
正面衝突を狙って来たのなら、正面衝突で散るのがお似合いだ。
ディエゴは薄気味悪い笑みを浮かべる。

超高速で直進する魔理沙達に避ける術は無かった。


287 : スターゲイザー ◆e9TEVgec3U :2016/11/11(金) 22:07:00 9yopOoZk0
確かに避ける事は叶わない。
だが、避けられない弾なんてボムや霊界トランスで無理矢理にでも突破するのが幻想郷である。


「徐倫!」

「ええ!」


まるで一を聞いて十を知るかの様な問答。
それが耳に入った刹那、ディエゴは驚くべき事を目にした。

糸だ。
糸が突然現れたのだ。
そしてその糸はまるで意志を持っているかの様に動くと恐竜の胴に巻き付く。

恐竜はスピードを失って、傷を付ける前に自由を奪われた。
糸はそのまま地面の方へ向かうと、恐竜を静かに下ろす。
当然右手足が無い為に生きているものの動けない。


「私の糸を舐めて貰っちゃ困るわよ!」

「予防線張っといて正解だったな…。
 このまま突撃するぞ徐倫!」


そう、魔理沙は先程徐倫に「何かが飛んで来たら糸で捕らえるかガードしてくれ」と頼んでいたのだ。
飛び道具やら何やらを喰らえば死んでしまうかもしれない。
何も言わなくとも徐倫ならこの状況をワンセットワンアクションで切り抜けていたかもしれないが、やはり予防線は張っておく物である。
しかし事が上手く運び過ぎで逆に心配になってくる。


竹箒は進む。トカゲを一体一体倒す為に。

ディエゴには抵抗する時間は殆んど無い。
恐竜は何故か呆然と立ち尽くしていて使えないし、傍から見れば勝てる見込みも薄い。
だが、それでも彼は生き残る為に抵抗を選ぶ。

ディノニクスは跳ねる。
覚悟していた。故に迷いは無い。
彼の脳裏に敗北のビジョンは映らない。


だがそれは彼に経験が無かったからであった。
彼はレース中、人型のスタンドとの肉弾戦をしていない。

故に、徐倫のスタンドが拳を出して殴ってくるなどと一体誰が想像しただろうか?


288 : スターゲイザー ◆e9TEVgec3U :2016/11/11(金) 22:07:51 9yopOoZk0
糸が集まり、一つの像を作り出す。


「ストーン・フリー」


スタンドの名を徐倫は静かに叫ぶ。
その声には明らかに怒りが混じっている。

右サイドの拳。
跳躍しているディエゴに躱す術は無い。拳の接近を見ながら何も出来ない。
爪が先か、拳が先か。
気付けば腹に強烈な打撃が入る。
あと僅かで傷を付けられたのだが、体勢を崩されてそれは叶わない。

続けざまにもう1発、左からの拳。
段々と重みと速さが増していく。

箒の上からでも正確無慈悲な渾身のラッシュ。
親を思う気持ちは拳に乗算されてディエゴの体に衝突する。


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ
 オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァ!」


ディエゴは後方へ吹っ飛ばされる。
その時偶然か、自分を殴り抜けた女の背に星型の様な痣を見付けた。

――そういえば紅魔館で騒ぎがあった時に上からDIOを見たが、同じ様な痣があった様な気がするな…
そう思ったのと、木に衝突したのとどちらが早いか。
彼の意識はそこで途絶えた。


289 : スターゲイザー ◆e9TEVgec3U :2016/11/11(金) 22:09:24 9yopOoZk0

「ナイスだぜ徐倫!」

「それ程でも無いわ…
 と言うかまだ1体と1人居るんでしょ?もっと気を引き締めなさいよ!」


箒から降りてトカゲのブッ飛んで行った方を見やる。
どうやら木に衝突した様だ。恐らく気絶しているのではないだろうか。

そう思った刹那、そのトカゲは人へと姿を変えていた。


「うぎゃーっ!!何だアレ!?」

「トカゲになるスタンド…とでも言うのかしらね?
 ブチのめして姿が戻っているって事はアイツが本体…?
 って事はもう1体も参加者で、能力解除されて元に戻ってる…?」

「…って事はなんだ。
よく理解は出来ないが…要するにもう1体は能力を食らってトカゲになってたって事か?」

「そういう事なんじゃない?私はよく知らないけど」


倒すべき敵は残り1人である。
そう認識した2人は箒に乗り、敵との邂逅場所に舞い戻ろうとした。
だがそれは残虐な音に阻まれる。


カチリ。

それは人間の限界に迫ったと呼ばれる兇器の音。
弾幕に相応しくない、美しさも糞もない弾を放つ武器の装填音。


「あ〜あ…だから引き際は弁えなさいって言ったのに…
でもとんだ邪魔だと思ったらディエゴくんを倒すなんて貴女達中々やるじゃない。
もっとも、私達が勝つ事に何も変わりはしないけどね〜♪」


遅れて神経を逆撫でる様な甘美な声色が響く。
魔理沙と徐倫はその声の方向に顔をやった。


「霍青娥…お前が徐倫の父親を…霊夢を…やったのか…?」

「私ではありませんわ。
 まぁ尤も、あの方の事について言うつもりはないのだけど。」


青くて妖艶な邪仙。
霍青娥がS&W M500を構えてそこに立っていた。


290 : スターゲイザー ◆e9TEVgec3U :2016/11/11(金) 22:10:25 9yopOoZk0
「ん〜…その子、徐倫って言うのかしら?
 良いわね…貴女のスタンドDISCも欲しくなってきちゃった」

「止めときな。青娥、お前は徐倫に勝てないぜ」

「あら、どこにそんな根拠がありましてよ?」


煽り合い。
張り詰めた空気が場を加速させる。

徐倫は青娥を見つめた。
魔理沙はこの女と知り合いみたいだが、どちらにせよコイツは敵だ。
それを重々承知で挑発しているのだろうか。
と言うかこいつの口振りはスタンドDISCを取り出す方法がある、と言っている様なものだ。
プッチの仲間か、そうでないか。どちらにせよ危険過ぎる。
先程倒す手段がある、なんて魔理沙は言っていたが、こんな未知数な相手には勝てない様に思える。

しかしそんな徐倫の心配とは裏腹に、魔理沙は更に煽り合いを続ける。


「ならコイツを見てまだ勝てるって言うか?」


そう言ってスカートに手を突っ込み、出したのは1枚の紙。
自信満々の彼女だが、倒せる要素なんてどこにあるのだろうか。


「あ〜らあら、そんな小さく折り畳んだ紙で何が出来るっていうのかしら?地図で目晦まし?
 それにこっちは銃器を持っているのよ?魅力が無いと分かった瞬間撃つつもりでいるけど…」

「あ、そういえばそうだったな…お前にはそれがあったか。
 済まない済まない。今の話は忘れてくれ。思い過ごしだった様だ。」


「ふう〜ん…ならこちらの話は簡単よ。」


青娥はそう答えると、指先に力を掛けた。


「貴女には用が元から無かったのよねぇ〜
 何か策があるとか聞いて楽しみにしてたけどそれも無い。
 ディエゴくんは倒れてるし…このままずっと黙らせれば宜しいと思わなくて?」

「えっ!?ちょっと魔理沙!?どういう事よ!?」


突然の死刑宣告。たじろぐ徐倫。なのに――

魔理沙は不敵に、ただ笑うのみ。



そして兇器は爆発した。


291 : スターゲイザー ◆e9TEVgec3U :2016/11/11(金) 22:12:14 9yopOoZk0
単刀直入にもう一度言おう。

S&W M500は爆発した。


元々この銃は、使用弾薬量の多さとリボルバーの構造上発生するシリンダーギャップのせいで、大量の発射ガス漏れが起こる。
その銃に、魔理沙はハーヴェストを1体詰めた。スタンドはスタンドでしか傷付ける事は出来ない。
例え発射されてもハーヴェストが銃弾を防ぐ。それを狙ったのだ。
結果、ハーヴェストは図らずして発射ガスすらも防いだ。
行き場の無くなった空気の勢いで銃身は破裂。

先程の紙だって、ブレイジングスター使用時に青娥からこっそり盗んだエニグマの紙だ。
魔理沙は予め10匹程度放っておいて、青娥達が光線に必死になっている間に気付かれずに奪取していた。

この様に色々と応用力が効くのだ。
それ故最初こそタネ明かしをしようと思っていたが考え直し、多くを語らまいとして拳銃を受けても敢えて喋らずにいた。
まさか銃身を破壊するとは思ってもみなかったが。


「あ、貴女ねぇ…!」


それに対し、青娥は怒りを露わにした。
簡単にいなせると思った相手からの手痛い一撃。
少し怒りを感じるも、感情の変化は負けに繋がり易いと思い直す。
いざ後退して中距離からの攻撃に入ろうと行動。

だがそれに対する魔理沙の対応は冷静そのもの。


「そう動かない方が良いと思うぜ。血管の膨張は悪影響を及ぼすからな。」

「な、何を…」



思えば段々と力が抜けていく感覚がある。
心なしか眠気も感じてきていた。


292 : スターゲイザー ◆e9TEVgec3U :2016/11/11(金) 22:13:41 9yopOoZk0

「大分血管に回ってる様だな…
 知ってるか?…まぁ今日この説明をするのは2度目なんだが。
 酒ってのは血管から摂取すると何十倍も効くんだぜ。鬼でも酔わせる事は可能だろうな。
 しかもこの酒は説明は省くが所謂『云われのある品』だ。
 仙人でも余裕で効くんじゃないか?」


「そんなのいつの間に…」

「私が1回通り過ぎた時に足の辺りに痛みを感じなかったか?
 その時に既にお前のスカートの下に私のスタンドを潜ませておいたんだよ。
 まぁ1体だけで1合の半分いかない位を注入させるんだからな、時間稼ぎさせて貰えて本当に助かったぜ。」


青娥は連戦による疲れが溜まっていた。
その為、魔理沙が喋り終わった時には既に悔しそうな表情らしき顔を浮かべて夢の中。

瞬間的に疲れが魔理沙の体にどっと押し寄せる。
敵を全て倒したと思い、緊張がほぐれて疲れが戻ってきたのだろうか。
少し体がフラつく。雨を吸った服のせいか体がかなり重い。


「だ、大丈夫か!?本当心配させないでよ…」

「あぁ、悪い悪い。取り敢えずここから早く霊夢達を見付けねぇとな…。
 お前さんが言う曰く『トカゲになってた』って奴らからも話を聞きたいし、それに青娥とかがいつ起きるか分からない。
 ここは早急にバッくれなきゃな」

「話が早いわよ…まぁ私も親父を早く見付けたいし。そうするのが吉かしらね。」


293 : スターゲイザー ◆e9TEVgec3U :2016/11/11(金) 22:15:47 9yopOoZk0
2人は箒に乗るまでもなく、すぐ近くでトカゲになっていたと思しき者を2人発見した。
両方が金髪。二人共紫基調で袖が白い服を着ているが、1人は右手足が無かった。
それを見た魔理沙が驚嘆の声を上げる。


「紫!?それに諏訪子か!?
 と言うか諏訪子、コイツ手足が片方ずつ無いじゃねぇか…!
 出血も酷い…どうなってやがる…」

「知り合い…?」

「あぁ、そうなんだが…。まさかこんな事になってるとはな…」


実際の所、魔理沙達がディエゴ達に圧勝したのは不意打ちによる功績が大きい。
もし何かのピースが欠けていれば何にせよ配下恐竜の増加は避けられなかっただろう。
だから正面切って戦った諏訪子は負けてしまったのだ。
オアシスの能力も解除され、そこに血溜りを作っていた。


この状態も十中八九青娥かさっきの男の仕業だろう。
だから代価としてこの紙は死ぬまで借りてやる事にした。


中には色々な物が入っていた。
ハーヴェストとはまた別のスタンドDISC。大量の基本支給品。
恐らく外来品だろう物も大量にあった。
そして、洩矢諏訪子の右腕と右脚も。

確か鈴仙から貰ったゾンビ馬とかいう訳の分からない奴もあったな…
それはもう無いが糸でも最悪どうにかなって欲しいぜ…
魔理沙は考えを巡らす。


「クソッ…仕方が無い…
 私のハーヴェストを使えば諏訪子1人位なら運べそうだな…
 徐倫、お前のスタンドで箒に乗りながら紫を運ぶって事は可能か?」


「やってみなくちゃ分からないけど…多分出来ると思うわ…!」

「それは頼もしいぜ…!
 恐らくこのタイヤ痕を辿れば霊夢達に追いつけそうだな…
 追い付くまでの間に私は諏訪子の手足を縫う!
 頼むからそこまで持ってくれよ…霊夢…!」


294 : スターゲイザー ◆e9TEVgec3U :2016/11/11(金) 22:17:08 9yopOoZk0
【昼】C-5 魔法の森(北西部)



【ディエゴ・ブランドー@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:気絶中、体力消費(大)、右目に切り傷、霊撃による外傷、
    全身に打撲、左上腕骨・肋骨・仙骨を骨折、首筋に裂傷(微小)、右肩に銃創、
   全身の正面に小さな刺し傷(外傷は『オアシス』の能力で止血済み)
[装備]:なし
[道具]:幻想郷縁起@東方求聞史紀、通信機能付き陰陽玉@東方地霊殿、ミツバチの巣箱@現実(ミツバチ残り40%)、
   基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:生き残る。過程や方法などどうでもいい。
1:気絶中…
2:霊夢を殺す。ついでに青娥と共に承太郎を優先的に始末。
3:ディオ・ブランドー及びその一派を利用。手を組み、最終的に天国への力を奪いたい。
4:恐竜化した八雲紫&諏訪子は傍に置く。諏訪子はDIOへの捧げ物とするため、死ぬような無理はさせない。
5:同盟者である大統領を利用する。利用価値が無くなれば隙を突いて殺害。
6:主催者達の価値を見定める。場合によっては大統領を出し抜いて優勝するのもアリかもしれない。
7:紅魔館で篭城しながら恐竜を使い、会場中の情報を入手する。大統領にも随時伝えていく。
8:レミリア・スカーレットは警戒。
9:ジャイロ・ツェペリは始末する。
[備考]
※参戦時期はヴァレンタインと共に車両から落下し、線路と車輪の間に挟まれた瞬間です。
※気絶中です。いつ頃起きるかは後の書き手さんにお任せします。
※主催者は幻想郷と何らかの関わりがあるのではないかと推測しています。
※幻想郷縁起を読み、幻想郷及び妖怪の情報を知りました。参加者であろう妖怪らについてどこまで詳細に認識しているかは未定です。
※恐竜の情報網により、参加者の『8時まで』の行動をおおよそ把握しました。
※FFは『多分』死んだと思っています。
※首長竜・プレシオサウルスへの変身能力を得ました。
※紫と諏訪子が元に戻った事に気付いていません。


【霍青娥@東方神霊廟】
[状態]:睡眠中、疲労(大)、霊力消費(小)、全身に唾液での溶解痕あり(傷は深くは無い)、衣装ボロボロ
    右太腿に小さい刺し傷、両掌に切り傷(外傷は『オアシス』の能力で止血済み)、
    胴体に打撲、右腕を宮古芳香のものに交換
[装備]:スタンドDISC『オアシス』@ジョジョ第5部
[道具]:オートバイ、 河童の光学迷彩スーツ(バッテリー100%)@東方風神録
[思考・状況]
基本行動方針:気の赴くままに行動する。
1:睡眠中…
2:DIOの王者の風格に魅了。彼の計画を手伝う。
3:ディエゴが気絶しちゃったけどどうしましょう…
4:小傘のDISC、ゲットだぜ♪  会場内のスタンドDISCの収集。ある程度集まったらDIO様にプレゼント♪
5:八雲紫とメリーの関係に興味。
6:あの『相手を本にするスタンド使い』に会うのはもうコリゴリだわ。
7:芳香殺した奴はブッ殺してさしあげます。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※睡眠中です。いつ頃起きるかは後の書き手さんにお任せします。
※制限の度合いは後の書き手さんにお任せします。
※光学迷彩スーツのバッテリーは30分前後で切れてしまいます。充電切れになった際は1時間後に再び使用可能になるようです。
※DIOに魅入ってしまいましたが、ジョルノのことは(一応)興味を持っています。
※エニグマの紙が盗まれた事に未だに気付いていません。


295 : スターゲイザー ◆e9TEVgec3U :2016/11/11(金) 22:18:57 9yopOoZk0



「うーん…」

目覚め。
地面が揺れている。視界に見えるは一面の森。
先程まで水底に居たのでは無かっただろうか。
それに、振動ごしに伝わってくる感触。
霍青娥にやられて、薄れゆく意識の中でもう味わう事が出来ないと思っていた右腕がある。
だが思う様に体が動かない。
その時、聞き覚えのある声が聞こえる。


「おっと、漸く起きたか。
 まだ手術中だ。動かずにじっとしてな。」


それは顔を何度か合わせた事のある金髪の少女。
後ろにはもう一人、外来人らしき少女も居る。

手術中とは何事と顔を下半身の方に向けると、今度は右脚がある。
更にその右脚に、何やら小さくて変な造形をした生物がうじゃうじゃと蠢いていた。
しかもそれらは針と糸で器用に縫合をしている。
針は病院にある様な、奇妙な形をしていた。


「よし、終わったぜ。
 まぁ治るかどうかは分からないがな…。」

「ん、ありがと。でなんだけどここは何処なんだい?」

「魔法の森だ。安心しな、青娥とトカゲ男は気絶中だ。
 あ、私と後ろに居る徐倫は霊夢達を助けに来ただけで別に敵意は無いぜ。」

「アイツらを倒してくれたのか…
 それじゃぁ礼を言っても言い切れるか分からないね。
 でもこりゃなんだい…?結構揺れてるのは心許ないなぁ…」


諏訪子は今辛うじて動く左腕で、ウジャウジャしているハーヴェストたちを指差す。


「あぁ…それは私がさっき身に付いたばっかの能力でな。色々と出来るんだぜ?
 徐倫もこれとはまた違った感じの能力を持ってるんだが…説明が難しいな…」

「まぁ言葉足らずなら無理強いはしないさ。
 で、そういえばなんだけど…FFと小傘を見てない?」

「今FFっつったなアンタ!」


296 : スターゲイザー ◆e9TEVgec3U :2016/11/11(金) 22:20:29 9yopOoZk0
箒の上でぼーっとしていたかのように見えた徐倫だが、知り合いの名前を聞いてすぐさま反応した。
魔理沙からの回答が来ると思っていた諏訪子は一瞬面食らう。


「うん…。そうだけど…貴女はFFの知り合い?」

「良いからFFがどうした!?アイツはどこに居るんだ!?」

「あーうー…そんないっぺんに言わないでよ…。
 さっきFFと小傘とで殿を努めてたんだけどね…」

「ん?天狗の新聞によりゃ咲夜と小傘とお前で殿してたって書いてあったが…」

「あぁ、そこからかぁ…。
 咲夜って子の体って言うか遺体と言うか…それを使って動いてるんだってさ。
 実態はプランクトンの集合体とかなんとかって言ってたよ?」

「ふーん…分からんが…兎も角あの場にはお前と紫しか居なかったぜ?
 私達が見逃してた可能性も否定できないが…」

「FF…大丈夫かしら…」


落胆。彼女達は今どうしているのだろうか。
徐倫と呼ばれた少女は心配しているが、FFは恐らく大丈夫だろう。
だが、小傘は腰が引けている。もしかしたら川縁で重傷を負っているかもしれない。
だがここで引き返してしまえば、霊夢達を守る事は出来ない。
神なのに付喪神1人すら助けられないだなんてね…
諏訪子は歯痒さを感じながらハーヴェストに揺られる。


結局早苗とだって、神奈子とだって、ここに来てから一度も会えていない。
しかも早苗は霍青娥からもう死んでいるだろう、なんて。
と言うか自分が早苗を殺した様な物、とまでも言われたのだ。


それでも神か。

救いたい時に救えない。
傍に居てやりたい時に居てやれない。
信仰が無ければどうする事も出来ず、ただ手を拱くだけの存在の何が神か。


泣く様な事じゃないと言いたいけど。
この気持ちを癒す術を知らない。

これは、子供騙しの、夢だ、と断ずるような。
そんな思いを無視できないのが。

途端に早苗の占星術が脳裏に浮かぶ。
あの星の弾幕の、なんと綺麗だった事か――


そう…私は、今、、、悔しいんだ。


297 : スターゲイザー ◆e9TEVgec3U :2016/11/11(金) 22:22:02 9yopOoZk0
魔理沙は箒を走らす。
ハーヴェストとの同時進行で、彼女の霊力消費はかなりの物になっていた。
ここまでの経緯で彼女は多くの知り合いを失った。
第1回放送で名前が読み上げられた者達。
そして、霊夢の命も尽きかけているのかもしれないと否応なしに感じてしまった。

諏訪子を見て思い出したが、早苗はどうだろうか。
まさかもう死んでないよな?
アイツは案外生き抜いていそうな感じがある。
さっきの諏訪子みたく片手片足が無くなったとしても奇跡とかそんなんで簡単に治してしまいそうだ。


…だが、そんな考えを抱いたのは間違いだった。
諏訪子に早苗はまだ生きてるだろうな、なんて気持ちを和らげる為に話しかけたのは愚行だった。

既に青娥の毒牙に掛かっていた、だなんて。


『死』を眼前に広げたこのゲームで、私は未だに『死』を見ていない。
だから悲しむ事なんてない、なんて思えども思考はそれを否定する。

神社にちょくちょく顔を出していたり、異変解決に共に向かったりしたり。
でもそんな経験はもう2度と戻ってこないのだ。
死んだ者は生き返らないだなんて寺子屋に通う子供達でも知っている。


果てしなさは夢を反古にして、ずうっと高いところから私を見下す。

その全てに抗おうとして、私はどこまで戦えたのだろうか。


298 : スターゲイザー ◆e9TEVgec3U :2016/11/11(金) 22:24:02 9yopOoZk0
…ならばと、知り合いの『死』を感じたくない為にも。
私は霊夢を絶対に助けなければならないんだろうな。
見返せないまま私を置き去りにするだなんて、絶対に許さないぜ。


雨空を睨みつけるのは、「星を見る人」たる私。
どれ程、俯いたとしても、捨てられないんだ――!



ずっと高い道でも、ずっと遠い道でも、足を止める事だけは、けしてできない。

諦めたら背を向けた全てに、いつか胸を張る事もできなくなるから。

終わりになどけして手を伸ばすものか。
私にできる全てをやり尽くすまで。


私らしくある為に、星を見つめて、飛んで行こう。


気高き、覚悟となれ。
互い違い願い、かけ離れてすれ違わぬように。



向かうは想い人の所へ。

空を翔ける幻想少女の思いは強く響く。


299 : スターゲイザー ◆e9TEVgec3U :2016/11/11(金) 22:25:17 9yopOoZk0
【昼】B-5 魔法の森(北東部)



【空条徐倫@ジョジョ第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:体力消耗(中)、全身火傷(軽量)、全身に裂傷(縫合済み)、脇腹を少し欠損(縫合済み)、濡れている、
    竹ボウキ騎乗中かつストーン・フリーで八雲紫を抱えている
[装備]:ダブルデリンジャー(0/2)@現実
[道具]:基本支給品(水を少量消費)
[思考・状況]
基本行動方針:プッチ神父とDIOを倒し、主催者も打倒する。
1:魔理沙と同行、信頼が生まれた。彼女を放っておけない。
2:空条承太郎・博麗霊夢の救出。
3:襲ってくる相手は迎え討つ。それ以外の相手への対応はその時次第。
4:FFと会いたい。だが、敵であった時や記憶を取り戻した後だったら……。
5:姫海棠はたて、霍青娥、ワムウを警戒。
6:しかし、どうしてスタンドDISCが支給品になっているんだ…?
7:もし次にウェスと出会ったならば……
[備考]
※参戦時期はプッチ神父を追ってケープ・カナベラルに向かう車中で居眠りしている時です。
※霧雨魔理沙と情報を交換し、彼女の知り合いや幻想郷について知りました。どこまで情報を得たかは後の書き手さんにお任せします。
※ウェス・ブルーマリンを完全に敵と認識しましたが、生命を奪おうとまでは思ってません。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。


【霧雨魔理沙@東方 その他】
[状態]:体力消耗(小)、精神消耗(小)、霊力消費(大)、全身に裂傷と軽度の火傷 、濡れている、
    竹ボウキ騎乗中かつハーヴェストで諏訪子運搬中
[装備]:スタンドDISC「ハーヴェスト」@ジョジョ第4部、ダイナマイト(6/12)@現実、一夜のクシナダ(60cc/180cc)、竹ボウキ@現実
[道具]:基本支給品×8(水を少量消費、2つだけ別の紙に入っています)、双眼鏡@現実、500S&Wマグナム弾(9発)、
催涙スプレー@現実、音響爆弾(残1/3)@現実、スタンドDISC『キャッチ・ザ・レインボー』@ジョジョ第7部、
不明支給品@現代×1(洩矢諏訪子に支給されたもの)
[思考・状況]
基本行動方針:異変解決。会場から脱出し主催者をぶっ倒す。
1:死んだ奴らの餞の為にもできる事はやらなくちゃ…な。
2:徐倫と同行。信頼が生まれた。『ホウキ』のことは許しているわけではないが、それ以上に思い詰めている。
3:博麗霊夢・空条承太郎の救出。後もう少しで着く…!
4:出会った参加者には臨機応変に対処する。
5:出来ればミニ八卦炉が欲しい。
6:何故か解らないけど、太田順也に奇妙な懐かしさを感じる。
7:姫海棠はたて、霍青娥、エンリコ・プッチ、DIO、ワムウ、ウェスを警戒。
8:早苗…死んじゃったのか…
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※徐倫と情報交換をし、彼女の知り合いやスタンドの概念について知りました。どこまで情報を得たかは後の書き手さんにお任せします。
※C-4 アリスの家の「竹ボウキ@現実」を回収しました。愛用の箒ほどではありませんがタンデム程度なら可能。やっぱり魔理沙の箒ではないことに気付いていません。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。
※二人は参加者と主催者の能力に関して、仮説を立てました。
内容は
・荒木と太田は世界を自在に行き来し、時間を自由に操作できる何らかの力を持っているのではないか
・参加者たちは全く別の世界、時間軸から拉致されているのではないか
・自分の知っている人物が自分の知る人物ではないかもしれない
・自分を知っているはずの人物が自分を知らないかもしれない
・過去に敵対していて後に和解した人物が居たとして、その人物が和解した後じゃないかもしれない
です。


300 : スターゲイザー ◆e9TEVgec3U :2016/11/11(金) 22:26:33 9yopOoZk0
【八雲紫@東方妖々夢】
[状態]:全身火傷(やや中度)、全身に打ち身、右肩脱臼、左手溶解液により負傷、
    背中部・内臓へのダメージ、全身の正面に小さな刺し傷(外傷は『オアシス』の能力で止血済み)
    徐倫のストーン・フリーに抱えられている
[装備]:なし(左手手袋がボロボロ)
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:幻想郷を奪った主催者を倒す。
1:気絶中…
2:幻想郷の賢者として、あの主催者に『制裁』を下す。
3:DIOの天国計画を阻止したい。
4:大妖怪としての威厳も誇りも、地に堕ちた…。
5:多々良小傘は、無事だろうか……。
6:霊夢…咲夜…
[備考]
※参戦時期は後続の書き手の方に任せます。
※放送のメモは取れていませんが、内容は全て記憶しています。
※太田順也の『正体』に気付いている可能性があります。


【洩矢諏訪子@東方風神録】
[状態]:霊力消費(小)、右腕・右脚を糸で縫合(神力で完全に回復するかもしれません。現状含め後続の書き手さんにお任せします。)
    魔理沙のハーヴェストが箒と並列で運搬中
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:荒木と太田に祟りを。
1:神なのに何もできない自分が悔しい…
2:早苗、本当は死んでないよね…?
3:守矢神社へ向かいたいが、今は保留とする。
4:神奈子、早苗をはじめとした知り合いとの合流。この状況ならいくらあの二人でも危ないかもしれない……。
5:信仰と戦力集めのついでに、リサリサのことは気にかけてやる。
6:プッチを警戒。
[備考]
※参戦時期は少なくとも非想天則以降。
※制限についてはお任せしますが、少なくとも長時間の間地中に隠れ潜むようなことはできないようです。
※聖白蓮、プッチと情報交換をしました。プッチが話した情報は、事実以外の可能性もあります。


301 : ◆e9TEVgec3U :2016/11/11(金) 22:27:38 9yopOoZk0
以上で投下を終了致します。


302 : 名無しさん :2016/11/11(金) 23:51:09 3filFaBg0
投下乙です
ここまで破竹の勢いだったディエゴ達もようやく土が付いた
踏んだり蹴ったりのゆかりんも念願の解放でここからどうなるやら…w

すいませんが一つ指摘を、「彼はレース中、人型のスタンドとの肉弾戦をしていない。」とありますが
ディエゴの参戦時期的に列車内で大統領のD4Cとの戦闘と行っている筈なので、矛盾が出ると思われます。


303 : ◆e9TEVgec3U :2016/11/12(土) 00:05:37 5xlkVSAs0
>>302
確かに今読み返したところ電車内で殴られてる描写がありますね…
wiki収録時にはその点「片手の指に収まる程しかしていない」と修正しておきます。
間違いを見付けて下さり有難う御座います。


304 : 名無しさん :2016/11/12(土) 00:56:09 lgWo0.wE0
投下・オツカレー様です。
予約を見た時はとんだ大波乱が起きそうだゾ・・・と思っていましたが、流石主人公組。
経験の差を上手く使った作戦勝ちとも言える戦闘描写にはテンション上がるもんですよ。

なにがともあれ強敵の二人組を倒したのはとてつもない戦功と言えますね。
妖怪の賢者(笑)と諏訪子様が生き返った・・・ウレシイ・・・ウレシイ・・・

臨場感があり、想像に容易な判りやすい描写に、もはや『尊敬』しかない・・・。


305 : 名無しさん :2016/11/12(土) 18:16:36 PTkN31EU0
投下乙です。
恐ろしいコンビを下したもう一組の主人公コンビ。彼女らもまた希望の「星」となれるのか。
魔理沙、徐倫、諏訪子の「星を見る」という意味のタイトルが色々な要素に掛かっててニクイですね。
逆にディエゴと青娥は今回、ついに土を付けられたという事で「泥」の方を見ることに…

一つだけ、徐倫たちの現在地が魔法の森内部に設定されてますが、これですとジョルノ組が森を突き抜けていったことになります。
四輪走駆のトラックで険しい魔法の森を直進するというのはいかにも無謀で、実際青娥も「森の中のバイク走行は難しかった」発言も過去にありました。
前回の話でもうどんげが「トラック組は湖沿いを西に廻って行った」ことを確認してますので、今回の話でのフィールドを設定し直したほうが良いかと思われます。


306 : ◆e9TEVgec3U :2016/11/12(土) 18:30:18 613xl.WY0
>>305
あぁ…そこも確かに修正しなければなりませんね…
うどんげっしょーで永琳が書いた魔法の森の大雑把な地図で道らしき物があったのでそれで良いや、
と慢心していました…。修正点の指摘有難う御座います。


307 : ◆NUgm6SojO. :2016/12/25(日) 21:10:52 xDfxGUMk0
荒木飛呂彦、太田順也
上記2名を予約します。


308 : ◆NUgm6SojO. :2016/12/26(月) 15:33:39 7R33QRC20
先日主催組で予約したものです。
このまま第二回放送を始めても宜しいでしょうか?
宜しければ、荒木飛呂彦、太田順也で投下するつもりです。ご反応をお願い致します。


309 : ◆qSXL3X4ics :2016/12/27(火) 01:53:21 GdYnVcyI0
ご予約ありがとうございます。こうして未だに新しい書き手さんがいらっしゃってくれる事、大変に嬉しく思います。
放送の件ですが、以前よりジョルノ組が午前から動いてないと危惧されてきていました。
これはロワ企画としてはあまり良くない傾向であり、自己リレーにはなってしまいますが、私の方から件の組のプロットを組み立てている最中であります。
しかし年末年始ということもあり、リアルの方で中々筆が取れないことも予想しており、まことに勝手ながら、書き上げられる目処が立ってからのジョルノ組予約を考えてます。
◆NUgm6SojO氏の放送話予約は、それが無事投下された後に…ということではいかがでしょうか?


310 : ◆NUgm6SojO. :2016/12/27(火) 02:03:04 mz4/Wrc60
◆qSXL3X4ics様、貴方様のお返事に誠に感謝しております。

トラック組が予約、いえ投下されたのち、第2回放送となる拙作をゲリラで投下したく存じます。
貴方様の状況をお聞きし、お忙しい中の執筆になるかと思われますが、上記のような経過とすることを考えておりますので、どうぞ宜しく申し上げます。


311 : ◆NUgm6SojO. :2016/12/27(火) 02:30:50 mz4/Wrc60
先日放送話を予約した者ですが、申し訳ございません。
一旦<<307の予約を廃棄します。


312 : ◆qSXL3X4ics :2017/01/05(木) 02:08:23 GqC36DL60
少し遅いですが、明けましておめでとうございます。
今年も当ロワの繁栄を祈って、という願いも込めて支援絵を描かせていただきました。
勝手ながらになりますが◆.OuhWp0KOo氏の作品からひとつ。
ttp://iup.2ch-library.com/i/i1761357-1483548754.png

また以前頂いた支援絵の一部がリンク切れを起こしていたようですので、こちらの方も再度掲載させていただきます。
ttp://iup.2ch-library.com/i/i1761358-1483548754.jpg
ttp://iup.2ch-library.com/i/i1761359-1483548754.png

ジョルノ組の予約の方も、現在煮詰めているところになります。
申し訳ありませんが、今しばしお待たせします。


313 : 名無しさん :2017/02/19(日) 22:02:46 hlznsBUg0
シーザー「死者スレから来たシーザーだッ生存確認しにきたッ生きてるかッ皆ッ!!」


314 : 名無しさん :2017/02/19(日) 22:12:08 hlznsBUg0
シーザー「生存確認を取るッ生きてるかァァァァァ皆ァァァァァッ!!」


315 : 名無しさん :2017/02/19(日) 22:26:26 w76XyAug0
下らないレスでageないでください


316 : 名無しさん :2017/02/19(日) 22:58:45 X4oCPh0.0
ただのsage忘れでしょうに場を和ませる生存確認レスに下らないとか言うのはやめとけ!やめとけ!


317 : 名無しさん :2017/02/21(火) 20:57:12 9EIgYTOI0
和ませるどころか凍り付いてるんですがそれは


318 : ◆ZbV3TMNKJw :2017/02/22(水) 01:25:08 1.Rj2KcY0
サンタナ、ワムウ、カーズ、エシディシを予約します


319 : ◆ZbV3TMNKJw :2017/02/25(土) 02:19:37 24c30T0M0
投下します


320 : 強者たちの舞台裏 ◆ZbV3TMNKJw :2017/02/25(土) 02:21:18 24c30T0M0
これは、放送前の語るまでもないほんのちょっぴりの出来事。




『サンタナ』


ペタリ、ペタリと廊下を歩く音が木霊する。

"サンタナ"。己の存在価値を掴みとるためにもがく一個の怪物のものである。

「......」

サンタナは考える。自分は弱い。この地にいる他の種と比べてではない。
同族のあの三人と比較して、だ。
『悔しい』―――そう、『悔しい』がそれは認めている。
このバトルロワイアルに身を晒し、幾度も闘争を重ねようやく得たモノだ。
自分の諦め以外の『感情』を自身で否定する謂れはない。

その感情に従い、彼は現状でのワムウとの模擬戦を幾度か脳内でシュミレートしたが、結果は全敗。
やはり己の『流法』を手に入れるしかないのだが、どうにも壁に阻まれる。
この壁さえ乗り越えれば辿りつけるというのに攻略法がわからない。
崖のぼりの世界記録に挑戦している最中に頂きが霧に包まれているせいで先に進む二の足を踏んでしまうロッククライマーのような心境とでも例えればいいのだろうか。

とにかく、サンタナは言いようのしれない不安を抱いていた。
劣るが故に、今まで全てを諦めてきたサンタナにとっては初めての感情だ。

一人で悶々と悩んでいても仕方ないと悟ったサンタナは、ある場所を目指していた。
それは資料室。資料に詰め込まれた知識と知恵の宝庫。

知識―――主、カーズのような知識があれば、石仮面のように更なる進化の術を生み出すことができる。
知恵―――なんてことのないモノでも、工夫し応用を加えればそれは立派な武器となる。

ジョセフ・ジョースターが抜いた髪の毛で弾丸を防ぐ盾を作ったように。レミリアやブチャラティ達が己の能力を応用しサンタナを苦しめたように。


下等生物の知識なぞに頼ってたまるものか―――そんな意固地なプライドはいまは要らない。
己の流法を得るためなら、彼らに認められるためならなんだってやってみせる。

そんな決意と共に歩み、やがて目当ての資料室に辿りつき―――先客と目が合った。


321 : 強者たちの舞台裏 ◆ZbV3TMNKJw :2017/02/25(土) 02:22:05 24c30T0M0

「なんだ、お前もここに用があったのか」

主、エシディシは、本棚の前で小さな冊子を読みふけっていた。

「......」

無言で片膝をつき顔を俯かせる。
認められたい気持ちはあれど、今はまだ主従にもなれていない間柄である。
待ち受ける試練を乗り越えるまでの己への戒めの意も込めて、サンタナはこれまで通りの服従のポーズをとった。

「ワムウとの戦いで参考になるものでも探しにきたか?」

チラリ、と上目遣いでエシディシを見やる。
やはりと言うべきか、こちらには顔を向けず本に釘づけだ。
この扱いに、よくもまあ一切の不満を抱かずにいられたものだと今までの自分が不思議になる。

「...ハイ」
「そうか。邪魔をしたな」

えっ、と思わず声を漏らしかける。
いま、主はなんと?
顔をあげた時には、既に主は己の横を通り過ぎた後だった。

今までの自分の扱いならば、サンタナの存在を認識することもなく、主が冊子に飽きるまで何時間でも待たされたことだろう。
そして、己の目的へと触れることなくワムウとの試合に臨むハメになったはずだ。
だが、いま主は確かに『邪魔をしたな』と意識を向けてくれたのだ。

背を向けた主の姿に呼びかけそうになる。
だが、喉から出かけた空気をグッと飲みこみ堪えた。
駄目だ。こんなものでは満足していては今までと変わらない。
主が意識してくれたとは言うが、ただの言葉の綾か気まぐれを勘違いしただけかもしれない。いや、事実そうだろう。
少なくとも、ワムウのように扱われたとは口が裂けても言えまい。
いまはまだ、傍から見れば四柱でもその実質は三柱のもとに転がる瓦礫だ。
それでも。
ほんの僅かな前進は、壁を覆う霧をほんの少しだけ晴らしてくれた気がした。


322 : 強者たちの舞台裏 ◆ZbV3TMNKJw :2017/02/25(土) 02:22:53 24c30T0M0




『ワムウ』

彼は目を瞑り―――盲目状態の彼にそう言うのもおかしな話かもしれないが―――精神を集中させていた。
これから行うは同族との試合だ。戦士たる彼が滾らぬはずもない。
とはいえ、相手は"サンタナ"。実力は主はおろか自分にすら劣る者だが。

(...邪念だ。闘いにおける筋力の優劣や能力の差など、手段と状況においていくらでも覆る)

ジョセフ・ジョースターは、翼の生えた娘は、ジョリーンは、マリサはどうだった。
彼ら達は皆、己より弱い種族でありながら見事な戦いぶりをこの身に刻んでくれたではないか。

ならばあの"サンタナ"も、明確にではないにせよ見下していたあいつも、彼らのように強敵となるやもしれぬ。

このゲームで培ってきたものを見せつけ、またはこいしのようにやり取りの最中で成長して。

『怖かったの……これ以上、流され続けるのが。悪い人たちに、みんなが……わたしが……傷付けられちゃうのが、怖かったの。 だから、がんばった、の』

「......」

やはり邪念が拭いきれていない。
目蓋の裏に浮かび上がる少女を意識の底に沈めるように、彼の精神は暗い、暗い闇へと沈んでいく。

行うのは精神統一のための瞑想。
怒りも悲しみも喜びも、いまは全てを忘れ去る。

第三者がこの場面を見れば、こう感じとるだろう。
いまのワムウは"無"の境地に達していると。


323 : 強者たちの舞台裏 ◆ZbV3TMNKJw :2017/02/25(土) 02:23:59 24c30T0M0

「FUOHH―――」

突如吐かれる息。間を置かずに放たれるは、前傾姿勢からの後方への右足による蹴りあげ。
それはまさに反射的なもの。視覚を封じようとも尚健在の戦士の勘。
だが手応えはない。代わりに、面積にして人差し指ほどの感触を右足に感じている。

「なるほど。反応は鈍っていないようだな」
「―――ハッ!」

攻撃してしまった対象、主エシディシの声に、ワムウは我に返った。
ワムウが慌てて右足を地に下ろすと、蹴りあげられた右足を支点に人差し指で逆立ちしていたエシディシもふわりと着地した。

「失礼を!エシディシ様」

ワムウはすぐに両ひざをつき謝罪の体勢に入る。

「主人に対する無礼を働きました...なんなりと罰をお与えください」
「謝るのは俺のほうだ。お前のコンディションを測りたかったのだが余計な世話だったようだ。許してくれ」

ワムウには、己の影の中に入られるのを極端に嫌い、反射的に攻撃してしまうという癖がある。
戦士としての勘といえば聞こえはいいが、主人に対しても反応してしまう辺りは悪癖ともいえよう。
エシディシは、それを知りながらわざと影に足を踏み入れたのだ。

「この眼のことでしょうか」
「そっちじゃない。お前のことだ。それにはとうにモノにしているだろう」
「おそれながら」
「俺が気にかかったのはあのこいしとかいう小娘のことだ。侵入者の狩りでお前が一番時間がかかったのは奴が影響しているのかと思っていた...が、少なくとも戦闘に支障はないな。邪魔して悪かった。...それとついでにだが」

意味ありげに言葉を区切るエシディシに、ワムウは疑問符を浮かべる。

「ヤツとの試合は全力で相手をしてやれ。いまの奴は手強いぞ」


324 : 強者たちの舞台裏 ◆ZbV3TMNKJw :2017/02/25(土) 02:25:45 24c30T0M0

顎に手をやりながらくつくつと笑みを零すエシディシに、ワムウは思わず問い返す。

「手強い、とは」
「奴は俺たちの誰よりも"飢え"ている。才能が無い故に、俺たちにはできぬことができるやもしれん」
「我らにできぬこと...」
「いまのアイツには全力で応えてやるのが闘いの礼節ってモンだ。まあ、誰よりも正しき闘争を重んじるお前のことだから心配はいらんと思うが」
「ハッ」

そのやり取りを終えると、ワムウの邪魔をしたことを詫び、エシディシは去っていく。

「......」

手加減はするつもりなどない。それは"サンタナ"にも告げたことだ。
しかし、奴が自分を打ち破る姿を想像できないのも事実だ。
人間たちと"サンタナ"。同じくワムウに劣る者達の違いはなにか。
それは初見であるかどうかが大きいだろう。
あの人間たちとは関わった機会が少なく、それ故彼らの目立つ部分しか知らない。
"サンタナ"は違う。ワムウは"サンタナ"のあの全てを諦めた姿を長年見続けてきた。それが無意識下の侮りに繋がっているのだろう。

(成長、か...)

成長。それはワムウが戦士たちに期待する"強さ"。
"サンタナ"は間違いなく成長している。認めた戦士たちもこのバトルロワイアルを通じて成長しているはずだ。彼らとの戦いはより良いモノになるだろう。
だが、追いつかれて、追い抜かれるだけでいいのか。こいしに語った、『信念に基づく不変の強さ』だけでいいのか。

「......」

自分のこれまでの闘争が間違っているとは思わない。その果てには納得し満足できる最後を迎えられるだろう。
だが、成長する戦士たちの姿を思い描けば、ほんのちょっぴりだけ羨望の念が湧いてくるのもまた事実だった。


325 : 強者たちの舞台裏 ◆ZbV3TMNKJw :2017/02/25(土) 02:27:36 24c30T0M0



『カーズ』と『エシディシ』

「あいつら、随分と気合が入ってるじゃあねえか」

すれ違った二人の様子を見た彼は呟く。
この殺し合いを通じて思うところがあったのだろう、静かに己の心に火を点け成長しようとするサンタナ。
己の邪念や慢心を捨て改めて戦士になろうとするワムウ。
両者ともやる気は充分。俄然、奴らの試合が楽しみになってきた。

「"サンタナ"もだがワムウの奴が自戒で目を潰したのもチト驚いた。...奴らに共通するのは『スタンド使い』と出会ったことか」

サンタナとワムウ。
彼らが共通し、エシディシは共通しない経験は、スタンド使いとの遭遇である。

スタンド使い。聞けば、奴らは人の身でありながら波紋使いとも違う異能力を有しているらしい。
しかも、波紋使いは生命エネルギーを流すことを基本とするが、スタンド使いは違う。
形状からは想像もつかない未知の能力を行使するらしい。
面白い。
そういう対処が困難な相手ほど、攻略した時の爽快感は素晴らしい。
その理不尽ともいえる能力を行使するスタンド使い、是非ともお目にかかりたいものだ。
あのレミリアという小娘もだ。
食糧にしかすぎぬ吸血鬼でありながら、あそこまで自分と張り合った獲物は珍しい。
可能ならば今度こそ戦い手を下したいものだ。

名簿を取り出しその人数を計算する。

「人数は90人。最初の放送では18人落ち、この館でも4人が死んだことから、残りは多く見積もっても60人前後か」

果たしてこの中にあと何人面白い獲物がいることやら。
できれば残りの参加者を一度は見てみたいが、それは贅沢というものだろう。

(どれ。ここいらでちょいと整理しておくか)

思えば、第一回放送の時は潜伏していたDIOの館を禁止エリアにされたこともあり、色々と慌ただしかった。
そのせいで、基本的な情報の取捨選択と整理整頓する暇もなかった。

(とりあえず死亡者の整理だけでもしておくか)

死者。肉体から魂を抜かれてしまった敗北者。
関わった者ならいざ知らず、関わりのない者に対してまで情を抱く必要はない。
それらは既にいらない情報である。

「え〜っと、たしか最初に死んだ奴の名は...」

荒木が呼んだ名前を記憶の彼方から引きずり出す。数時間前のことだがもはやそれはうろ覚えになっている。
なんせあの時は状況を把握するのに必死だったのだ。情けないことだが、この点だけは認めるしかない。

「あぁっと、思い出した。たしかヤツの名は...」

数分の後、ようやくその名前を思い出したエシディシは、早速名簿を確認する。

「...ん?」

エシディシは、己の抱いた違和感に思わず首を傾げそうになった。


326 : 強者たちの舞台裏 ◆ZbV3TMNKJw :2017/02/25(土) 02:28:44 24c30T0M0




もの寂しい一室。
カーズはカーテンの向こうにある天敵を見据えていた。

「なにを見ている?」

サンタナとワムウ、両者との接触を終えやってきたエシディシが問いかける。

「太陽だ」

太陽は美しい。その陽の光に何度焦がれたかもしれぬ。
だが自分はあの光のもとへ出ることはできない。そういう体質だから。そういう一族だから。
いまこの布を取り除けばそれだけで自分は身動きをとれなくなる。光から逃れても動ける世界は限られてしまう。
だから―――彼はそれを克服したいと思っていた。何者にも縛られぬ真の自由を手に入れたかった。

「我らは太陽に焦がれ、しかし触れられずにいた」
「それも赤石があれば解決する。...なんだ、やけにセンチじゃねえか」
「私とて思いにふけるときはある」

冷酷ではあるが、それ以前にカーズも感情のある生物。想い焦がれる乙女のように、太陽に触れたいと惚けるときはあるのだ。

「だが、赤石を手に入れたとしても為さねばならぬことがある」
「荒木と太田。二人の始末、だな」
「うむ」

荒木飛呂彦と太田順也。
カーズからしてみれば既に死人であるエシディシ、ワムウ、サンタナと再会させてくれたことには感謝すべきなのかもしれない。
だが、それと二人への処分は別の話。如何な生物をも死に至らせる能力と時間軸を超越し前触れもなく他者を拉致する能力。どちらも邪魔にしかならない。
ならば、二人を始末すべきという結論は当然の帰結だ。


327 : 強者たちの舞台裏 ◆ZbV3TMNKJw :2017/02/25(土) 02:29:54 24c30T0M0

「奴らの能力の正体。それを掴まねば話にならん」

能力の正体。特に、頭を破壊し如何なる者をも死に至らしめる能力は厄介だ。
これを攻略しなければ勝ち目はないだろう。

「そうだな。...ここいらでボチボチ考えてみるか」

カーズも頷くことで賛同の意を示し、二人は荒木と太田の能力について話し合うことにした。
とはいえ、判断材料は体験したモノしかないため、確証はほぼない。
可能性を論じる程度、もっといえば世間話程度のモノになるため、試合に集中したいであろうワムウとサンタナを呼ぶ必要はないとふたりは判断した。

「あの頭部を爆発させる能力だが、奴らはこう言っていた。
『君たちの脳が爆発する条件は主に3つ。
まずは、会場内に設けられた禁止エリアに入った場合。これは進入後10分で自動で爆発する。
次にゲームが開始して以降、連続24時間で死者が一人もいない場合。
最後に僕たちに逆らった場合』と」

「カーズよ、お前はどう思う」

「そうだな...単純に考えれば脳に爆弾を埋め込まれている、といったところか。これなら自在に爆破できる説明もつく」

単純に考えればそれが理に敵っている。
脳内に小型の爆弾を埋め込み、スイッチを押すことで爆発させる。
全身機械仕掛けのシュトロハイムとかいう軍人もいるのだ。頭部に爆弾を仕込む程度のことは造作もないだろう。
しかし、その程度のことで吸血鬼はともかく自分達柱の男や妖怪や神様とやらをすべからく殺すことができるかという疑問も湧いてくる。

「エシディシ、お前はどうだ」

「正体は皆目見当がつかんが、俺は、奴らの示した三つの条件に『ウソ』が紛れていると睨んでいる」


328 : 強者たちの舞台裏 ◆ZbV3TMNKJw :2017/02/25(土) 02:30:46 24c30T0M0

カーズは目を細める。
主催者の言葉に『ウソ』が紛れているだと?

「いや、『ウソ』よりは『俺たちは解釈を間違えている』の方が近いか」
「聞かせてくれエシディシ」
「俺の考えとしては、奴らは『自分の好きなタイミングでの爆破はできない』可能性が高い」
「なに?」
「あの最初に荒木達に食いかかった女とのやり取りを覚えているか?」


『あー、説明の途中なんだけど。誰だっけ君?えっと確か、秋……あき……』
『秋穣子よ! み・の・り・こッ! さっきから聞いてたら、いきなり拉致して、今度は殺しあえ!あんた達何考えてんのよッ!』
『あのさぁ、君こそ僕の説明聞いてた?それとも幻想郷じゃ、丁寧に説明している相手に喧嘩吹っかけるのが挨拶なわけ?』
『ンフフ、まあまあ荒木先生。一寸待って下さい』
『ちょうど良いじゃないですか。我々に逆らったらどうなるか説明するのは、具体例を挙げるのが一番だと思いますよ。その子"神様"の部類ですし』
『そうか、それは確かに都合がいい』

たしかこんな具合だったはずだ。
多少のざわつきはあったものの、とりわけ騒いでいたのはあの少女であるためよく覚えている。

「私は特に違和感をもたんが...これがどうかしたのか?」
「ああ。やり取りには問題はないだろう。だが、本当に違和感はないか?」

エシディシはニヤニヤと笑みを浮かべながら、大金をかけたクイズ番組の出題者のようにもったいぶりつつカーズに問いかける。
近所のいたずらっ子のように、自分の投げかけた問いでカーズが悩んでいる様を楽しんでいるのだ。
カーズもそれに付き合うように知識と記憶をフル稼働させて答えを見出そうとしている。

同族とはいえあくまでも主従であるワムウと番犬のサンタナ相手では見られない光景だろう。

悩むこと数分。

「...わからんッ。教えてくれエシディシ」

音をあげたカーズはついに答えを求める。
エシディシは待ってましたと云わんばかりにイタズラ大成功!な笑みを浮かべた。


329 : 強者たちの舞台裏 ◆ZbV3TMNKJw :2017/02/25(土) 02:31:42 24c30T0M0

「あのミノリコとかいう女が食ってかかったから、荒木たちは説明を兼ねた見せしめとして殺したのがあの状況だ。
この条件で言えば、例えば俺がミノリコのように声を荒げ邪魔をすれば俺が処刑されたことになる。だがそれにしては奇妙なことがあるのだ」
「奇妙?」
「名簿にやつの名が記載されていないことだ。アクシデントにしちゃあ随分と都合が良くないか?」
「!!」

そこまで言われればカーズも理解した。
あの状況は、参加者として招かれた筈のミノリコが説明を遮り食ってかかったというイレギュラーな事態であり、荒木と太田はそれの対処と爆発の効果を知らしめるために行った措置、というのが今までの認識である。
つまり、最初の参加人数は『90人』ではなく『91人』。そこからアクシデントで死亡したのが『秋穣子』である。
だが、名簿には『秋穣子』という参加者の名は記載されていない。まるで、『あらかじめ彼女は参加者として扱うつもりはなかった』かのように。
つまり、あの状況と名簿は矛盾しているのだ。

「あの女が死んだから名簿を作りなおした?まあ、その可能性もある。だが俺が奴らの立場なら...」

エシディシは指を軽く噛み、名簿に記載された、自らが殺した『ロバート・E・O・スピードワゴン』の名に、滲む血で横線を引く。

「こうする。こっちの方が手間がかからんしな」
「ふむ...確かに、私もそうするな。いや、それ以前に修正をする必要もない」
「まあな。あの女が死んだという認識は参加者全員が持ってるんだ。名簿にそのまま載ってても死亡者扱いされるだけだ」

名簿には90人の名が連ねられている。ここから一人が減った程度でと思うかもしれないが、これがコピー機という便利な存在を知らない彼らにとっては中々に面倒な作業であるのだ。
なんせ名簿から一人が消えただけで90人の名簿を書き直し、それを90人分行うというのだから全くもって無駄な手間だといえよう。
仮にコピー機の存在を知っていたとしても、90人分の印刷をし直すのはやはり無駄な手間だと判断していただろう。

「ではあのミノリコとかいう女が食ってかかったのは」
「ああ。荒木達があらかじめそうするように指示していた可能性が高い」

91名の中から秋穣子だけを選別し自分達に歯向かわせるのは困難を極めリスクの高すぎる賭けといえるだろう。
ならば、彼女は既に荒木たちの手の内にあったと考えた方が無理はない。
では、なぜ秋穣子が見せしめとして協力したか、という問いに答えるのは簡単だ。
考えられる理由は三つ。

①秋穣子はなにか弱みを握られて従うしかなかった。無難だがこれが可能性が高いだろう。

②荒木たちには他者の意識を強制的に誘導あるいは乗っ取る能力がある。これが一番厄介な答えになるだろう。
なんせ、奴らを追い詰めたところで意識を乗っ取られれば一気に形勢を覆されてしまう。できれば当たってほしくないものだ。

③秋穣子は荒木たちの純粋な協力者であった。できればこれが一番当たって欲しいと思えるものだ。
見せしめではなく純粋な協力者であれば、あの女は実は生きている可能性が高い。つまりあの爆発はブラフであり自分達を致死に至らせる威力がない可能性が生まれる。そうなれば、即刻に荒木達を始末し、もうこんな遊戯に付き合う必要もなくなる。
...もっとも、彼女があの寸前に裏切られ、本当に死亡している可能性の方が遙かに高いが。


330 : 強者たちの舞台裏 ◆ZbV3TMNKJw :2017/02/25(土) 02:33:02 24c30T0M0

「だがなぜ奴らはそうまで手のこんだことを」

カーズの疑問は当然である。
秋穣子を見せしめとして予め決めておいたにせよ、自由に爆破できるのならわざわざ用意周到に手の込んだことをせず、適当なタイミングで爆破させればいいだけの話だ。
わざわざ『説明→実演』から『説明→乱入→中断→実演』と手間を増やす必要はない。

「なぜ奴らがこうまで手の込んだことをしたか―――あの頭を爆発させる能力は、奴らの指定した条件を満たさなければ発動できないというのが俺の仮説だ」
「その条件が『禁止エリアへの侵入』『24時間の死者が出なかった場合』『奴らに逆らった場合』のいずれか、か。...しかし、それでは自由に起爆できるのと変わらないが」
「いいや。奴らに逆らったと認識させなければいい。目を瞑っててもできるのと目を開けてなきゃ出来ないのではだいぶ違ってくる。なんにせよまともに突破するのは困難だろうが、やりようによるさ」

ただまあ、とエシディシは付け加え残念そうに己の顎を指で弄る。

「コイツはあくまでも仮説だ。それも、ロクな確証もないな。真実を知るには判断材料が少なすぎる」
「それでも充分だ。いくら考えようが私には辿りつけなかった。...しかし、よくもまあ名簿とあの状況を結び付けられたものだ」

先刻の『ジョジョ』と『幻想郷』のことといい、やはりエシディシはその好奇心を持ってカーズの興味を向けず気付けないモノを拾ってくれる。
それは非常に心強く頼もしいことだ。カーズは素直に彼を称賛した。

「好奇心は猫を殺すということわざがあるが、同時に好奇心こそが生を彩るものだと俺は考えている。視野を広く持つのは生を楽しむ上では欠かせないことだ」
「その手の本も好奇心の産物か?」
「ああ。書斎で手に入れた幻想郷に関する資料だ。気晴らしにでも読んでみろ。嫌い、見下しているだけでは進歩は遅くなるぞ」

カーズは幻想郷の進化しようとしない在り方を嫌い見下した。
しかし、それが全て要らぬものかどうかを触れもせずに断じるのは早計である。
こいしの話だけでは全てが解るはずもないし、当然、語られていないだけでカーズの興味を引くものも隠されているかもしれない。

「わかった。お前の助言、しかと受け入れよう...だが、こういった書物があるのならあのこいしとかいう小娘の発言と照らし合わせておくべきだったか」
「お前も俺ほどじゃないが荒っぽい気質だから仕方ないが、あそこで小娘を殺してしまったのはチト迂闊だったなァ」
「考えてみれば、禁止エリアに放置し爆発の真偽の実験にも使えたか...ムウゥ」
「お前も俺のように短時間で感情を抑制する方法を身に着けた方がいいかもしれんな。どうだ、ひとつ俺に倣って...」
「やらんぞ」


331 : 強者たちの舞台裏 ◆ZbV3TMNKJw :2017/02/25(土) 02:33:28 24c30T0M0

かくして、柱達の一幕は静かに過ぎていく。
このバトルロワイアルにて多くの激戦を繰り広げてきた彼らも、波乱も敵もなければ存外大人しいものなのである。


【D-3 廃洋館/昼】

※書斎には幻想郷関連のモノが置いてあるようです。

【カーズ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:疲労(小)、胴体・両足に波紋傷複数(小)、シーザーの右腕を移植(いずれ馴染む)、再生中
[装備]:狙撃銃の予備弾薬(5発)
[道具]:基本支給品×2、三八式騎兵銃(1/5)@現実、三八式騎兵銃の予備弾薬×7、F・Fの記憶DISC(最終版) 、幻想郷に関する本×1
[思考・状況]
基本行動方針:仲間達と共に生き残る。最終的に荒木と太田を始末したい。
1:第二回放送終了後、ワムウとサンタナの『試合』に立会い、サンタナの意思を見極める。
2:幻想郷への嫌悪感。
3:DIOは自分が手を下すにせよ他人を差し向けるにせよ、必ず始末する。
4:奪ったDISCを確認する。
5:この空間及び主催者に関しての情報を集める。パチュリーとは『第四回放送』時に廃洋館で会い、情報を手に入れる予定。
[備考]
※参戦時期はワムウが風になった直後です。
※ナズーリンとタルカスのデイパックはカーズに回収されました。
※ディエゴの恐竜の監視に気づきました。
※ワムウとの時間軸のズレに気付き、荒木飛呂彦、太田順也のいずれかが『時空間に干渉する能力』を備えていると推測しました。
 またその能力によって平行世界への干渉も可能とすることも推測しました。
※シーザーの死体を補食しました。
※ワムウにタルカスの基本支給品を渡しました。
※古明地こいしが知る限りの情報を聞き出しました。また、彼女の支給品を回収しました。
※ワムウ、エシディシ、サンタナと情報を共有しました。
※「主催者は何らかの意図をもって『ジョジョ』と『幻想郷』を引き合わせており、そこにバトル・ロワイアルの真相がある」と推測しました。
※「幻想郷の住人が参加者として呼び寄せられているのは進化を齎すためであり、ジョジョに関わる者達はその当て馬である」という可能性を推測しました。
※主催の頭部爆発の能力に『条件を満たさなければ爆破できないのでは』という仮説を立てました。





【ワムウ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:疲労(小)、失明(いつでも治せるがあえて残している)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:掟を貫き、他の柱の男達と『ゲーム』を破壊する。
1:第二回放送終了後、サンタナと試合を行う。
2:霊烏路空(名前は聞いていない)と空条徐倫(ジョリーンと認識)と霧雨魔理沙(マリサと認識)と再戦を果たす。
3:ジョセフに会って再戦を果たす。
[備考]
※参戦時期はジョセフの心臓にリングを入れた後〜エシディシ死亡前です。
※失明は自身の感情を克服出来たと確信出来た時か、必要に迫られた時治します。
※カーズよりタルカスの基本支給品を受け取りました。
※スタンドに関する知識をカーズの知る範囲で把握しました。
※未来で自らが死ぬことを知りました。詳しい経緯は聞いていません。
※カーズ、エシディシ、サンタナと情報を共有しました。
※射命丸文の死体を補食しました。


332 : 強者たちの舞台裏 ◆ZbV3TMNKJw :2017/02/25(土) 02:33:49 24c30T0M0

【サンタナ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:疲労(小)、再生中
[装備]:緋想の剣@東方緋想天、鎖@現実
[道具]:基本支給品×2、パチンコ玉(19/20箱)@現実
[思考・状況]
基本行動方針:自分が唯一無二の『サンタナ』である誇りを勝ち取るため、戦う。
0:書斎になにか新たな『流法』のヒントがあればいいのだが...
1:戦って、自分の名と力と恐怖を相手の心に刻みつける。
2:第二回放送終了後、ワムウと試合を行い、新たな『流法』を身につける。
3:自分と名の力を知る参加者(ドッピオとレミリア)は積極的には襲わない。向こうから襲ってくるなら応戦する。
4:ジョセフに加え、守護霊(スタンド)使いに警戒。
5:主たちの自分への侮蔑が、ほんの少し……悔しい。
[備考]
※参戦時期はジョセフと井戸に落下し、日光に晒されて石化した直後です。
※波紋の存在について明確に知りました。
※キング・クリムゾンのスタンド能力のうち、未来予知について知りました。
※緋想の剣は「気質を操る能力」によって弱点となる気質を突くことでスタンドに干渉することが可能です。
※身体の皮膚を広げて、空中を滑空できるようになりました。練習次第で、羽ばたいて飛行できるようになるかも知れません。
※自分の意志で、肉体を人間とはかけ離れた形に組み替えることができるようになりました。
※カーズ、エシディシ、ワムウと情報を共有しました。



【エシディシ@ジョジョの奇妙な冒険 第2部 戦闘潮流】
[状態]:疲労(小)、上半身の大部分に火傷(小)、左腕に火傷(小)、再生中
[装備]:なし
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:カーズらと共に生き残る。
1:ワムウとサンタナの試合を見学したい。
2:神々や蓬莱人、妖怪などの幻想郷の存在に興味。
3:静葉との再戦がちょっとだけ楽しみだが、レミリアへの再戦欲の方が強い。
4:地下室の台座のことが少しばかり気になる。
[備考]
※参戦時期はロギンス殺害後、ジョセフと相対する直前です。
※左腕はある程度動かせるようになりましたが、やはりダメージは大きいです。
※ガソリンの引火に巻き込まれ、基本支給品一式が焼失しました。
 地図や名簿に関しては『柱の男の高い知能』によって詳細に記憶しています。
※レミリアに左親指と人指し指が喰われましたが、地霊殿死体置き場の死体で補充しました。
※カーズからナズーリンの基本支給品を譲渡されました。
※カーズ、ワムウ、サンタナと情報を共有しました。
※ジョナサン・ジョースター以降の名簿が『ジョジョ』という名を持つ者によって区切られていることに気付きました。
※主催の頭部爆発の能力に『条件を満たさなければ爆破できないのでは』という仮説を立てました。


※ナランチャのナイフ@ジョジョ第5部はリビングルームに放置されています。
※頭の潰れたホル・ホース、射命丸文の片翼、ぐずぐずに溶けた火焔猫燐の肉塊が廃洋館ミュージックホールに放置されています。


333 : ◆ZbV3TMNKJw :2017/02/25(土) 02:34:21 24c30T0M0
投下終了です


334 : 名無しさん :2017/02/25(土) 06:39:44 L/q.OhVU0
投下乙です。
柱の男が全員集結すれば、という原作IFの展開を楽しんで書いているのが伝わってきました。
>これは、放送前の語るまでもないほんのちょっぴりの出来事。 と冒頭であるように、四人それぞれに焦点を当てた他愛ない触れ合い。
ささやかな出来事・会話であるからこそ、貴重なワンシーンの重ねになる。原作を楽しんでいる身としても、やっぱり見てて楽しいですよね。
そんな他愛なさの中でも、以前とは確実に変わってきているサンタナとその周囲。ここは一番の書き甲斐ある描写だと思いますが、エシディシがサンタナに興味を示しつつある場面は色々と感慨深い。
またカーズとエシディシのやり取りも興味深い考察を交えながら、突然クイズ大会を始める二人の「普段」に和みました。
彼らの普段見れない新しい側面が徐々に描かれていく柱組…嵐の前の静けさ(雨だけど)のような、会社に出勤する前のモーニングコーヒータイムのような、そんな何気ないお話でした。
さて、やっぱり気になるのが今後のサンタナの「流法」ですね。次の話により一層期待を沿えられ、面白く、興味深く、楽しく読めた作品でした。


335 : 名無しさん :2017/02/25(土) 10:04:55 fy/Ptr0c0
投下お疲れ様です。
予約→投下の期間が短い中、ボリュームのある話がよく書けているなぁ、と、畏敬の念を抱かずにはいられません。
繋ぎ回……と言うべきにあらず。小話として語られている内容は、『柱の男たち』の内情が細かく書き込まれており、エシディシ・カーズの考察含め次回への布石が詰め込まれた……まさに『力作』でした。

予約された当初は、第2回放送前にビックイベントの1つを潰す気か。などと見当違い甚だしいことを考えていましたが、いざ投下されてみれば、そのビックイベントを盛り上げる種……この作品への純粋な愛が――少なくとも私には――伝わってきました。


336 : 名無しさん :2017/02/25(土) 10:23:58 .nyOtmj60
投下乙
ニヤリできる日常話だわこれ。ロワで日常話てなんぞって話だけど。
柱sが四人揃っているだけで色々とレアだったし、なんだかんだ原作での描写は少ないけど
仲間内では(サンタナもいるにはいるけど)アツいよ!なイメージが補完されてサンタナもいるよ!になったのはジョ東成分あってこそ、やったねサンタナ
首輪?考察も何気に穣子に背景持たせられそうなフラグがチラ見しててこれにはネキもニッコリ
ワムウもワムウで原作ラストから、もう一歩踏み越えていけそうな揺らぎも見えて話の広がりを感じる。感じろ。


337 : ◆I1ta8UInAI :2017/03/04(土) 20:27:37 Ih5o/2hs0
大変遅くなりました。トラック組を書き上げられる目処が付きましたので、ゲリラではありますがまずは前半という形で投下します。


338 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/04(土) 20:32:35 Ih5o/2hs0
『姫海棠はたて』
【昼】C-3 霧の湖のほとり


殺人。
人が人を殺すこと。
他者の命を奪うこと。
もちろん知っている。

言うまでもなく、原則的には禁じられている。
多分、ていうか、ほぼ間違いなく、外の世界のどの地域でもルール違反も違反。大罪だ。
知ってるよ、それくらい。

じゃあ妖怪は?
妖怪が人間を殺すこと。
または人間が妖怪を殺すこと。
それは、果たして殺人という枠に当てはまるか。

当てはまらない。
少なくとも幻想郷では、『事故』として処理される。
ここに“妖怪”と“人間”の絶対的な壁がある。
妖怪も人間も、それぞれ独立した形態で生き、法律を作る。
規律が囲いを形成し、秩序を生み、統率が成され、そこで初めてバランスとして成立する。
私たちの法が交じることは、普通ありえない。一個の囲い同士が交じり合うと、バランスが傾くからだ。
類似点や共通点も多いとは思うけど、社会性や種族概念が根本的に異なっている。理解し合える訳がない。
ましてや私たち鴉天狗は、『集団社会』に重きを置いて成り立っているんだから。
近年設立された『命名決闘法』は、人と妖がより互いに近づける為への救済措置だけど、アレだって異種族が仲良しこよしやっていくルールというわけじゃない。
頭のお堅い上層天狗の連中たちは、寧ろ煙たがっている節すらある法律だもの。

よーするに、妖怪と人間の間には乗り越えようのない、本質的な価値観の違いがあるってこと。
だから妖怪が人間を喰おうが、人間が妖怪を退治しようが、基本的には罪にはならない。
とはいえ、幻想郷という枠組みの中でそうした『不和』をもたらせば、両者のバランスが崩れかねない懸念もある。
ので、『罰』はある。罪にはならないけど、キッチリ罰が返ってくる。それが仕組み。
罪を犯すから罰なのではないのか、なんて禅問答は別の誰かとやってほしい。

話、ズレちゃったけど……今は、私の問題に向き合いたい。
さっきは妖怪が人間を殺しても殺人にはならないって言ったけど、ここでは便宜上、殺人って言葉を使わせてもらうわ。
妖怪社会では、『殺人』は必ずしも『罪』にはならない。これは当たり前の常識なんだけど。
じゃあ私が殺人……つまりは『人間』を襲ったことがあるかと問われたら。

程度の差はあっても、人間や妖怪の命までを奪った経験は……無い。

殺人が罪になろうがなるまいが、無い。
無いんだ。私は誰かを殺した経験なんて一度たりとも無い。

ほんとだよ?

私には、誰かを殺した経験なんて無いよ。
このゲームに巻き込まれてから、新聞記事で間接的に煽りまくったりはしていたけど、それでも。
それでもこの手を直接汚した経験は……無い。


無いよ、私には。


339 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/04(土) 20:33:55 Ih5o/2hs0



「―――う、ぇえ……ぅ、うう…………っ」



気持ちの悪い立ち眩みから膝を折って、私は胃の中の物を地面に逆流させた。
さっき食べたおむすびもクチャクチャの残骸になって、全て土の上に戻った。

「う……く、ぅぁあ……っ!」

唐傘の妖怪、多々良小傘が殺された。
邪仙・霍青娥と、トカゲのような生物に変身する人間の男に、殺された。
別に、あの妖怪と親しかったわけでもない。
でも彼女が無残なバラバラの残骸にされたのを目撃した時、私の心には言いようのない澱みが渦巻いた気がした。

誰かが誰かに『殺される』という光景を、私は初めて目撃した。
レンズを通すでもなく、記事写真を通すでもない、間近で見たリアルな現場。
いや、正確には『二度目』か。あの秋の神様が見せしめにされたのが最初だった。
だけど今回のこれは、ちょっと別格だ。衝撃的、なんてレベルを超えてる。


「なに、よ……あの二人……!」


見せしめに殺された最初の神様の時とは、悪意の次元が違った。
そう、『悪意』だ。あのトカゲ男の『悪意』と、邪仙の『無邪気さ』に、私は何より恐怖した。
人の死体くらいは見たことあるし別にどうとでもないつもりだったけど、あの子は死体すら残せずに惨めに殺された。

なに、よ……あの男の、人を人とも思わない、残忍な『悪意』は……!
何なのよ……あの女の、他人を物にしか見ていない『無邪気』は……!

小傘が殺された時、私は遠くで見ていることしか出来なかった。
またとないシャッターチャンスに、カメラを構えることすら忘れる大ポカまでする始末。
惨い光景に気分を悪くした、というよりかは奴らの『殺意』に中てられたのかもしれない。
あまりに他人事のようだけど、誰かの『死』がここまで私の精神を抉るだなんて、想像だにしてなかった。
助けようと思えば助けに入れたけど、それは私の望むところではない。
ただじっくりと激写の瞬間を待ち望んで、胸を踊らせて…………気付いたら、私の身体は震えていた。
襲撃者二人の姿はなく、死体とも言えないような少女の残骸が、悲劇の終幕を伝えて。

新聞とは、世事の『結果』を伝える媒体だ。
朝になると多くの読者が、天狗の発行した数百の古臭い紙に走らせたインクの文字に釘付けとなる。
彼らが求めるのは結果であり、その結果に至らせた『過程』なんぞに目を付ける者は少ない。
私自身も、新聞の善し悪しを決める最上の要素は心踊るネタが生んだ結果なのだと、そう思っている。
誰もが、綺麗に整頓された結果をこそ日々望み、その真実の裏にある穢れた『過程』からは目を背けようとしている。

殺人という『結果』ばかりネタにしようとしていた私が、その『過程』に至る“行為”に向き合った途端このザマだ。


「………………情けない、わね」


そうよ、なんて情けない。
私は何を呆けていたのよ? これこそがずっと求めてきた『スクープ』の瞬間じゃないの?
ちょっとビビッただけでこのザマなんて、本当に情けない。それでも新聞記者か。

「……うん! もう大丈夫! 誰にだって失敗はあるよ」

頬をペシッと叩いて気合を入れなおす。
私が怖がることなんてない。だって彼女を殺したのはあの二人なんだから。
私は関係ないし、これから私の記事が原因でまた誰かが死ぬことになろうとも……それは私が殺すわけじゃない。
私は手を汚さない。殺人なんてやらないやりたくない。
私に『罪』は無い。だから『罰』だって返ってこない。
私が行うのは新聞作りだけ。だから私は……悪くない。
私自ら巫女を陥れる記事を拡散したから、これから沢山の危険人物が集まってくるかもしれないけど。
私は殺さない。
私は死なない。
私は悪くない。
私は撮るだけだもん。
私じゃなく、悪いのはこんなゲームを開催したあの主催者たちだから。
私なら大丈夫。
私なら岸辺露伴に……文にも勝てる。


「私…………これでいいんだよね? ねえ、文?」


340 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/04(土) 20:34:37 Ih5o/2hs0
撮り損ねた『大スクープ』の写真。
アンダー・ワールドもムーディ・ブルースも、使う気にはなれなかった。過去を遡ってまで、『あの』過程をもう一度鑑賞したいとは思わなかった。
悪意と無邪気。二峰の兇賊が披露した殺人劇は、思った以上に私の心へ精神的ショックを与えたようだ。


ふと、地面に溜まった水溜りが視界に入った。
冷たい雨に頭から打たれながら、笑顔を貼り付けようと努力する女。
孤独でいて、子供みたいな、でもどこか虚しさを感じる笑み。

心のフィルムを焼き付けたなら……きっと私のレンズに映るのは、こんな空虚な笑顔なのかなって。

「……ガンバレ、」

水溜りに反射するワタシの顔は、自嘲するように私を精一杯の空笑いで応援してくれましたとさ。

「……ガンバレ、私」

私に似た声の、そんな幻聴が水鏡線の向こうから響いて。
自然の作ったレンズの向こうで、不自然に笑うワタシが放ったその一言を、私は極めて前向きに受け取った。

頑張らなくっちゃ。道はまだまだ長いんだから。



「顔は洗ったか? 随分と酷いツラだぜ、お嬢ちゃん」



不意に後ろから聞こえた、人の心の真髄を舐め下すような、癇に障った声。
私とて二度も背後を取られるマヌケじゃない。コイツが近づいていた事にはとっくに気付いていた。

「……私、そんな顔してた? ―――ウェス」

「お前はもうちょっとギラギラ燃えるような瞳をしてたと思ったがな。ありゃ気のせいらしい」

「……お互い様でしょ。今のアンタも結構ブザマじゃない」

息を荒くしながらウェスは、拳銃を構えて背後に立っていた。
戦闘の後なのか、服が所々焦げ付いている。何があったか根掘り葉掘りインタビューしたい所だけど、今はあまり時間がない。

「人間の里からここまで一直線に走ってきたんだ。お前を探していた」

「私の記事、見てくれたんだ。じゃあ狙いは巫女たちね?」

「ワケあって急いでいる。面倒になる前に、徐倫より先にトラックに追い付いてターゲットを始末したい。お前、俺を運べ」

運べと来たか。
飛脚じゃないんだから、そういう運び屋みたいなことはなるべくしたくないんだけどな。

「つべこべ言うな、こっちもダメージはある。体力は出来るだけ温存したい。それとも鴉天狗の腕力で持てるのは、箸とカメラだけなのか?」

「…………私はあなたを運ぶだけ。誰に対しても直接危害は加えないし、それ以外であなたを手伝わないからね」

「そーいうのをな、偽善ってんだ。……だがそれでいいさ。ああ、記者ならばとことん薄汚く、恥知らずに生きるべきだ。
 どんな不純な動機だろうが、目的を持って生きていけるヤツは……少なくとも何も持ってないヤツよりかはマシだろう」

虚栄心。利己心。
そんな下品極まる名を冠した火薬袋は、いつの間にか私の重荷となるまで膨らんでいた。
「自分の手だけは汚さない」という、食わせ物の免罪符を懸命に振りかざして、私はワタシに言い訳し続けているのかもしれない。

それでも、仮初にも私を認めてくれたコイツの皮肉ですら、ワタシの心に沈む澱みを清浄してくれるような気がして。


「ねえ。私の書いた記事、どうだったかな。……私、間違ったこと書いてないかなぁ」


純粋に、誰か味方が欲しくなって、肯定を求めた。


「……不安になるってことは、心が迷ってるってことだ。そんな浮ついた気持ちで書くぐれーなら、記者なんて辞めて今ここで死ぬか?」


決して私の為を思って言ったわけではない言葉。
そんな表面だけの言葉でも、消極的になっていた私には支えになるモノだ。


私が私である為に。
新聞記者である私を忘れない為に。
文や露伴に勝ちたい私である為に。

激しくなる雨のつぶてを振り払うように。
ウェスを抱えて、私は再び空を翔る。


「……かっ飛ばすわよ。振り落とされないでね」


その選択の結果が、幻想郷の未来を左右しかねないという現実から目を背けて。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


341 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/04(土) 20:35:40 Ih5o/2hs0
『ジョルノ・ジョバァーナ』
【昼】D-2 猫の隠れ里


雨足が強まってきた。
本降りとなるまであと幾らか。この気候の流れは、現状のジョルノらにとって凶の兆しであった。

「…………ジョルノ、リサリサさん。二人の容態はどう?」

霧の湖をグルリと大きく回って辿り着いたこの荒れた廃墟群の隅、不測の事態に対応出来るようエンジンを掛けたままのトラックが一台。
冷たい雨水は怪我人の身体に障る。先程取り下げたトラックの幌は再び装着され、荷台に座る者を気候から守るように包まれている。
その運転席と荷台に通じる小窓から、トリッシュ・ウナは心配そうな面持ちで後方の仲間に声を掛けた。

「……峠は越えましたが、まだまだ安心できる状況ではありません。彼女らに刻まれたのは、それほどのダメージです」

返答を告げたのはジョルノのみ。無言のままでいるリサリサの表情はサングラスで読み取りにくいが、少なくとも絶望ではない。


博麗霊夢。空条承太郎。
二つの肉体。二つの魂。
“悪”に敗け、それでも屈さぬままに自己を保ち貫いた、少女と青年。

博麗霊夢。空条承太郎。
鮮やかなる紅(くれない)色の魂。大洋が如きマリンブルーの魂。
R(ed) & B(lue)。紅蒼を彩った双つの魂は、弱々しくも確かに此処に在る。

博麗霊夢。空条承太郎。
此処に居るジョルノ、トリッシュ、リサリサは二人をよく知らない。
行き掛かり上で助けることとなった…と説明されたとして、否定することは出来ないだろう。
突如ジョルノたちの前に現れた『F・F』と名乗る珍生物……その彼から、真剣な態度で頭を下げられた。
だから、こうしてダメージを負ってでも助けた。それだけに過ぎない。

ダメージ。
霊夢と承太郎だけでなく、ジョルノたちにとってもこれは果てなく大きなダメージ。
その“実感”を、最初に薄々感じてきたのはやはりジョルノだった。


「…………雨、強くなってきましたね」


一言。
霊夢を治療しながら彼は、ポツリ――それだけを呟いて。
そのたった一言で、運転席のトリッシュが何もかもを察したように動揺し、目を見開き……すぐに顔を俯けた。


ぼたぼた、ぼたぼた。
雨だれが、廃屋の軒から落ち続ける音。


ぽた……ぽたり、と。
それに混じって、小さな小さな水滴音が、トリッシュの哀しみの音色となって切なく響く。


響くは、自らの心へと。
ヒビとなるのも、自らの少女らしい心の外殻だ。
日々の象徴である雨風景は、涙雨となってヒビ割れた心象風景に響かれた。

トリッシュにとっては、この世界での唯一の“日々”と言っていい。
過去の他愛ない記憶のワンピースを繋げ合わせた時間を“日々”と称するのなら。
今確かに、この日々にヒビ割れる音が響いてしまった。
この悪寒が錯覚であったなら、どれほど救われるだろうか。

ジョルノが呟いた『雨』という単語に、トリッシュは一人の少女を重ねた。
自らが『傘』となって、凍え立つ死の雨からジョルノを護ってくれた少女。

その少女の名は―――


342 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/04(土) 20:37:38 Ih5o/2hs0


「…………小傘は、無事かしら。…………ねえ、ジョルノ?」


涙ぐんだ様子を微塵にも見せまいと、あくまで平常を振る舞い、後方荷台の仲間に返答を促す。


「…………………………………………………」


長い、息も詰まりそうな長い沈黙であった。


「…………ねえ、何とか言いなさいよ」


苛立った感情ではない。
声が……舌が震えているのは、決してジョルノの無言に焦燥を覚えたわけではなかった。


「………………トリッ……、…………いえ、…………きっと無事ですよ、彼女たちも………」


ようやく絞り出したジョルノの返答は、根拠のない浅き希望などではない。
トリッシュにも分かっている。クールなようでいて心優しいこの少年は、“自分”の為に嘘を吐いてくれているのだと。

恐らく、ジョルノはとうに理解しているのだ。
だからこそ、トリッシュに『嘘』を吐いた。それがトリッシュにも分かってしまった。
最初に“実感”したのはやはりジョルノで、そこから感情が連鎖するように、次にトリッシュも“実感”出来た。
隣のリサリサも、察することが出来ている。だから、大人である彼女は何も言わない。何も訊かない。


先程、雨空のスキマに差し込む綺麗な虹が見えた。
望んだ者の目を思わず射止める程に、美しい七色の曲線。天空に描かれた、華やかなアートであった。
アレは、小傘たちが追手を防いでいた方向だ。

その虹はすぐに姿を隠し、次に雨粒が大きくなり始めた。
まるで誰かの涙雨。哀色をまとった、胸がきゅうと締め付けられそうな心苦しい雨だった。

だから何か。
虹が見えた方向が、小傘を置いてきた方向と同じだからなんなのか。
誰かの涙雨? 雨は雨だ。自然現象の一種であり、そこに誰かの感情が混ざり込むなど非科学的だ。
何もかもが『悪い予感』などという、曖昧な波長に惑わされる幻影だ。

トリッシュのそんな最後の冷静な思考も、たったひとつの確かな『事実』に踏み潰される。


ぽた、ぽた……


穴が穿たれた。
トリッシュの歳相応な部分の、『感情』という防波堤に。
頬を伝う涙は、もはや止まらない。


「…………うそは、……やめてよ……っ! いいのよ、もう……私にも、何となく、わかる……から…………っ」


結局の所、トリッシュの予感を実感へと変えたのは、ジョルノの言葉や表情。その僅かな機微が決定打である。


「………………小傘のDISCに与えていた僕の『生命』の破片が、先程…………彼女の魂を見失いました」


事実とは、ただのそれだけである。
小傘の生命を繋いでいた唯一のDISC……言い換えれば、小傘の魂のカケラが、消えた。
生命を操るジョルノのゴールド・エクスペリエンスが、それを悟ったという。すなわち、DISCが小傘の額から『抜かれた』ということだ。
その言葉を引き出したトリッシュの心から、全ての希望は失われた。


343 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/04(土) 20:38:27 Ih5o/2hs0

「…………う……っ く……ぁ!」

慟哭は止まない。
チャイナドレスを纏った、綺麗な赤髪の女性。彼女が命を賭して守った少女の存在が。
天候を操る謎の男の攻撃から、今度はその少女自身が命を賭してジョルノを守った。
半身を失い、生命の危機に陥った少女は、奇跡的に現世へ戻ってこれた。
そして。

―――私はまだ自分の正しい道も見出しきれない未熟者だけど、前向きで眩しい想いを持つ貴方の様な人に、私の『道』を照らしてほしい!

紆余曲折を経てトリッシュという少女は、『仲間』と認めた少女にこう嘆願した。



そんな彼女―――多々良小傘が、死んだ。



あの時のように仕込まれた『茶番劇』ではない。
「やったわ!すごいでしょ!」と、ピョンピョン跳ねながら屈託なく笑っていた、あの時のような。
他人を驚かすことを生き甲斐としていた、多々良小傘はもういない。

殺されたのだ。
DIOの追手、彼らの悪意に。


殺されたのだ……!


「―――何の罪もない少女を、てめーだけの都合で……ッ!」


いつしかトリッシュの慟哭は、怒りへと変わっていた。


ガンッ!!


トリッシュの座っていた運転席の逆側……助手席が派手な音を立て、壊れ――


ガンッ!! ガンッ ガンガンガンッ!!


壊れ、ない。
何度も、何度も何度も彼女のスタンドにより破壊を繰り返されては、形状記憶合金のようにすぐにまた“元に戻る”。
物体を究極まで柔らかくする『スパイス・ガール』は、トリッシュの気が済むまで破壊が完了することを認めない。
殴っては元通り、殴っては元通り。
彼女の気の済むまで、というのなら、それが訪れることはあるのだろうか。
あるとしたら、きっと。

「ジョルノ……私、奴らを許せない……ッ!」

トリッシュが、仇討ちを成し遂げたその時でしかない。

「…………駄目です、トリッシュ」

怒りを振る舞う彼女に対し、ジョルノはあくまで冷静に断る。
依然、霊夢の治療を止めぬままで、冷静に。

「何でよッ!? 小傘は……あの子は仲間だった! 仲間が殺されてもボケッとしてるのがアンタの信じる『道』なの!?」

「……僕はギャングです。必ず『報復』はします。ミスタと、小傘の無念は絶対に晴らします」

「だったら―――ッ!」

「僕の目指す『ギャング・スター』とはッ! 僕の目指す『道』とはッ!
 たとえ見知らぬ他人であろうとも、受けた『恩』は必ず返すような……人を信じる『心』を忘れてはならないことだ!」

思わずトリッシュがたじろぎ、隣のリサリサも黒いレンズの奥に光る眼差しを動かす。
ジョルノの硬い精神が、覇気が、この曇った場を支配し始めた。

「ここにいる霊夢さんと承太郎さんを、僕たちは知りません。会話だってしたことがない。
 それなのにどうしてここまでダメージを負いながらも二人を助けようとしているか。それが分からないトリッシュではないはずです」


344 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/04(土) 20:39:38 Ih5o/2hs0
脳裏に過ぎるは、F・Fの姿。
彼にとっては他人でしかない、殺し合いゲームの敵かもしれない初対面のジョルノたちに、F・Fは頭を下げて頼み込んだ。
霊夢と承太郎の二人は大事な人間。死なせたくない大切な仲間であるからだと。
そう言われ、助けて欲しいと必死に縋られた。
そんな彼の目を見て、ジョルノは誓った。約束を交わしたのだ。

必ず助けます、と。

「今ここで、重傷であるこの二人を救うよりも仇討ちの方が重要なのだと言うのならトリッシュ。
 僕は貴方を軽蔑するでしょう。……頭を冷やしてください」

ハンドルを握っているのはトリッシュだ。こうしてジョルノが諭さなければ、彼女は今にも来た道をUターンしかねない勢いであった。
今、最もするべきことを見誤ってはならない。報復ではなく、救うと約束した命を最優先に守る。
それこそがジョルノの信じる光。
幼少時代に出会った名前すら知らない恩人――彼にとっての『ギャング・スター』を裏切らない栄光への道。
『約束を交わす』という行為は、人を信じることなのだと。その信頼を裏切ることは、ジョルノの目指すギャング道を裏切る事に他ならない。

「『殿は任せろ』と、F・Fは僕たちに言いました。つまりF・Fは僕たちに、霊夢さんと承太郎さんの一切を全て任せると言ったのです。
 ならば今、個人の感情に任せてF・Fの意志を蔑ろにする行為は絶対に許しません。……耐えてください」


ガンッ!!


今度はジョルノが拳を叩いた。
治療に使用しているスタンドの腕ではなく、自らの生身で荷台の床を思い切り。

耐えるべきは、己であった。
トリッシュには偉そうに垂れた論説はその実、己の芯にこそ言い聞かせる信念。
力不足。小傘の死は、回避することが出来なかった非業だというのか。
違うはずだ。至らなかったのは、きっと己自身。ジョルノの判断ミス、作戦の失敗こそが仲間の死を招いた。

(すまない、小傘……あなたから受けた恩に報いることは、出来なかった……!)

F・Fとの約束を交わした一方で、多々良小傘という少女に『恩』を返すことが出来なかった。
それはジョルノの失態であり、彼の信念に大きく傷を付けられる禍根となってしまった。
そんな自分が許せない。そういう意味では、ミスタの訃報と今回とでは、同じ仲間の死でも全く意味合いが違う。
ブザマなことだ。この醜態でギャング組織のボスを担っているというのだから。
もしここに頼れるチームリーダー・ブチャラティが居たならば、『F・Fとの仁義を守り』『多々良小傘も守り通す』の両方をやり通していただろうか。
きっと、彼という男ならばそれが可能だった。ジョルノよりも遥かな経験量を持つブチャラティならば、きっと。


「――――――人生に、本来の『意味』なんてモノはあるのかしら。ジョルノ・ジョバァーナ?」


鉄を伝う振動音。ジョルノの殴った音響の余韻が鳴り止まぬうちに、隣に佇む彼女の口は開かれた。
耳を澄ませば、生命力が湧いて溢れるような……不思議な呼吸音が続く。

「『生』に意味を見出す……そんなことはその人間個人個人が考えればいいこと。『死』もまた同じ。
 人間なんて所詮、神サマの気まぐれで生み出された化学物質の集合体。人の運命に『本来の意味』なんてものは存在しないわ」

「リサリサさん……」

「それでも……例えば誓いや後悔、愛なんていう要素は、人が前を向くために存在する。
 困難に屈しそうになった時、人は立ち向かわなくてはならない。そうでなければ、人は生きて生き損、死んで死に損。
 最後まで前を向けていた者だけが、死の間際……これまで生きてきた意味を得ることが出来る」

リサリサの見た目の若々しさからは想像できない、やけに達観した知言であった。
まだ十代半ばのジョルノやトリッシュよりも、圧倒的に鋭く洗練された言葉の重み。非常に失礼だが、年の功という言葉がよく似合う物言いだ。

小傘は……死ぬ前に何を見て、思い、感じて、天へ昇ったのか。
あの子は……最期に前を―――上を向けただろうか。
もしそうであるなら、多々良小傘という少女はきっと、最期に生まれてきた意味を悟って逝くことが出来た。

きっと。そうであると信じて。


345 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/04(土) 20:40:13 Ih5o/2hs0

「……大人、なのですね」

「受け売りよ。どこかの小さな神サマの、ね。
 私だって、まだまだ自分の人生に意味を見出せていない。……後悔することばかりよ」

きらりと、サングラスの奥でリサリサの眼光が一閃する。
視界の果てには、最愛の夫と息子。愛弟子。恩人。そして――

(……あの娘は、無事かしらね)

“神サマ”を自称する少女『洩矢諏訪子』。彼女も小傘と同じく、追手たちの追走を阻む殿組の中心だった。
初めて彼女と出会った時は確か、家族を探していると言っていたか。
神サマのくせに、どこにでも居る少女と同じように家族を持ち、家族を愛する少女。洩矢諏訪子。
小傘が本当に殺されたというのなら、同行していた諏訪子もまた―――

(……私には、関係のないこと)

偶然出会い、行動を共にしているというだけの存在。決して仲間などではない少女だ。
願わくば無事を祈っている……それ以上でも、それ以下でもない平行の感情。
そしてもし、諏訪子が生きているというならば、家族との無事な再会を再び祈ろう。
ただそれだけの、共感。


「…………私はここで、家族を探している。ジョセフ・ジョースターという青年をご存知かしら」


慌しかった今までと打って変わって、流れ続ける雨音以外、冷え冷えするほどの静寂が続いてきた。
思えばリサリサとジョルノたちも冷静にモノを話すタイミングは無かった。治療の片手間には良い情報交換の場だと、彼女は愛する息子の名を出した。

「いえ、すみませんが……」

「そう。…………貴方たちには、探している家族はいるかしら?」

期待外れだったジョルノの返答に憂い一つ見せず、リサリサはこの勇敢なる少年少女について更なる話の種を求めた。
もし彼らにも探すべき家族が居たのなら、仮にも一人の母であるリサリサは本心より何事もない再会を祈る。
もっとも、ジョルノの『父』については全くの例外とするのだが。

「……僕の『父』については先程起こったことが全てです。あの男以外には……会うべき家族など、僕には居やしません」

一拍を置きながらジョルノは、何故だか言葉に棘を含ませながらキッパリ断言した。
誰しも踏み込まれたくない領域というものは存在する。それが家庭環境という敏感な空間なら尚更だ。
リサリサは察し、次に運転席のトリッシュの返答を待った。

「…………こっちもジョルノと同様よ。私にとってあの男……『父』とは、倒すべき敵でしかないわ」

顔は見えないが、およそ少女には似つかわしくない確かな決意の現れが、その言葉にはこれ以上なく盛り込まれていた。
無二の子から敵意を持たれる親の心とは、または親から殺意を向けられる子の心とは、果たしてどんな気持ちなのだろうか。
リサリサには決して理解できない心象なのだろう。息子ジョセフから恨まれることはあっても、敵とまで言い放たれることなど彼女は想像したくない。
親の顔が見てみたいとはこの事だ。あわよくば、会って説教の一つもしてやりたいくらいだ。ジョルノの親にはさっき会ったが。


ふと、今自分が全力治療中のこの青年のことが気になった。
空条承太郎、という名のこの男。随分と大柄で強面だが、まだ学生……ちょっとそうは見えないが高校生だろう。
彼に関して何故だか親近感を覚える。ジョセフにどこか似ているということもあるのか、不思議な感覚だ。
この青年にも家族は居るのだろうか。名簿には同じ苗字の参加者が居たような気もする。

どうにもこの醜悪なゲーム、『家族』を道連れに攫って来ているパターンも多い気がしてならない。
諏訪子の家族。ジョルノの父。トリッシュの父。そして我が息子までも。
空条承太郎――もし彼の家族までもがこの会場に居るのなら、やはり会わせるべきなのだろう。
相手が『善』か『悪』かは関係なく、その方向がどこへ向かおうとも。
家族と真に理解し合えるのもまた、血の繋がった家族なのだろうから。

その為にも空条承太郎と博麗霊夢は、必ず蘇生させる。させなければいけない。
このまま彼らが死ぬことになれば、彼らが生きてきたその『意味』を本人が知る機会は、永久に閉ざされるのだ。
全てが『無駄』になる。ジョルノが「無駄なことは嫌いだ」と言ったように、リサリサもまた無駄は嫌いだった。


346 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/04(土) 20:40:45 Ih5o/2hs0


「――――――で、ジョルノ。これからどうするの?」


仇敵でしかない親の顔を思い出し、嫌な気分にでもなったからだろうか。前方のトリッシュがこれからの方針を尋ねてきた。
治癒技術のあるジョルノとリサリサとは違い、彼女は手持ち無沙汰だ。小傘のこともあり、今何もせず周囲を警戒しているだけの時間が怠惰にも感じてきた。

「最優先事項は二人の完全なる蘇生です。それまではあまり動き回らない方が得策でしょうが……懸念は大きい」

一向に起き上がる気配のない霊夢の回復に専念しながらジョルノは、幌の入り口――トラックの外側を覗き眺める。
廃れた廃墟群と降り立つ雨以外、大人しい光景だった。一種の風情すら感じる。だがそれもいつまで続くか。
まず第一に、地図によるこの『猫の隠れ里』なる土地、既に大規模な戦闘の跡が所々見かけられる。
雨晒しとなっていた女二人、男一人の遺体も転がっていた。とても安全地帯とは言えない場所なのだ。

現実問題、小傘の死から予想される最悪の状況とは、F・Fと諏訪子の敗北……つまりは彼女たちの全滅である。
この雨だ。泥土に付けられたタイヤの跡を追えば、昼寝癖のある亀にだってそのうち追いつかれてしまうだろう。
追手が生きているのであれば、確実に自分達の居場所がバレてしまう。そうでなくとも相手には全方位の恐竜情報網があるというのに。
かといって無闇矢鱈に逃げ回っていても、新手の危険人物に遭遇する可能性が大きい。トラックを逃走手段にするには少々目立ちすぎる。

結局、ジッと待ち構えることが最良でしかない。トリッシュ護衛に使用した『あの亀』でもあれば話は違うだろうが。

「この会場に安全地帯なんか存在しません。あの『暗殺チーム』や『ボスの親衛隊』に常時狙われていた時と同じです。
 が、生憎この状況……重傷人二人に加え、僕とリサリサさんは治療に手一杯です。……言ってる意味が分かりますか?」

「ええ、ええ分かってますとも。マトモに戦えるのは私だけってことね。……これじゃあ以前とは逆じゃない」

愚痴でも溢すようにトリッシュは、眉をしかめさせながらハンドルに顎を乗せる。
確かにどう見積もっても、頼りのジョルノは積極的な応戦には参加出来そうにない。リサリサに関してはスタンド使いですらないと言う。
発現させて間もない、我が映し鏡『スパイス・ガール』でどこまでやれるか。一味違うどころの窮地ではない。

「トリッシュ。貴方への『護衛任務』はとっくに終わったのです。これでも僕は貴方を認めている。……頼りにしてますよ」

ジョルノのいつもの爽やかスマイルもプレッシャー十倍増しでトリッシュへ向けられる。
そりゃあ思い返してみれば、ノトーリアス・B・I・Gに急襲されたあの悪夢の飛行機以来、トリッシュは幾度も仲間のピンチを救っている。
成長した、という実感は決して自惚れではないにしろ、自信が付いたのは間違いない。



「―――ごめん、小傘。せめて“そこ”から私たちを見ていて頂戴。そしてあわよくば、これからも私たちの歩む道を照らし続けて欲しい」



歩む道程は過酷で壮大だ。それでも『向かうべき正しい道』を歩んでいるのなら、その過程が闇に包まれることはない。
かつて我々が歩んだ、あの『希望への道』……苦難の運命を切り開いていった道のように。

ふと上を見上げると、雨雲の切れ間から一筋の虹の切れ端が覗いた……ような気がした。
あの美しき光条が、この暗闇の荒野をどうか切り裂いてくれる事を祈って。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


347 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/04(土) 20:41:22 Ih5o/2hs0


『血』……とは、時に厄介である。


人の遺伝子、性質や先祖から受け継がれた因縁、意志を子に遺す。
それは、あるいは愛であったり。
またあるいは、呪いと表現されたりした

多くの場合――あくまで多くの場合であるが――『家族』とは、取って代わることの出来ない唯一の愛。
この寵愛を受けずして、人が真っ当に生を謳歌することは難しい。
母が、あるいは父が子を愛するのは種の義務であり、これが放棄されると、その者の運命はどう残酷に蝕まれるのだろう。
生まれたばかりの子には、そんな呪いに抗う術など無い。親を『運命の壁』として乗り越えるには、力が必要となるのだ。




『ならばその運命の壁とやらを、我が身を以て乗り越えられた時……子はどんな道を歩んでいくと思うね? ―――八雲紫』




深淵の中、妖艶なる男が囁く。
DIO。ディオ・ブランドー。
平和であった幻想郷にも、侵略者DIOの足音が響く。八雲紫の背後で、男は嘲りを浮かべながらそっと近づいてくる。

「それは私に訊いているのかしら? それとも……一人の人間の『子』として産まれ落ちた貴方自身? もしくはあのジョルノという少年の『父』として立ち塞がった貴方自身?」

紅魔館で起きた、止められた時間のように短い寸劇……支配に上塗りされた思考の中、あの一部始終を見ていた八雲紫。
会話の流れから、ジョルノと呼ばれていたあの黄金の少年がDIOの息子だという察しはついた。
やはり人間だ。紫から見ればこのDIOも、所詮は化け物の皮を貼り付けた人間に過ぎないのだ。

その圧倒的なパワーも、鬼ほど豪快とは言えず。
その瞬くスピードも、天狗ほど疾速とは言えず。
その煌く不死性も、蓬莱人ほど完全とは言えず。
その異能力も、某メイド長ほど洗練とは言えず。

全くの半端者。高水準のオールラウンダーという評価が関の山の、まさに吸血鬼らしいパラメータだ。
ただ『一点』―――男は邪だった。他に追随を許さないほどに、絶望的な深さを掘った闇。
その一点こそが、この幻想郷のどこにも存在しない『巨悪』であった。

『……私にも家族はいた。心底、吐き気のするクズだったがね。……だから私自ら“殺した”。
 あの男に唯一感謝があるとしたなら、この私が踏み越えるべき壁となってくれたことだ。奴がいなければ、今の私は無かっただろう』

本来、己を守ってくれる筈の『親』という存在が、自分を傷付ける側に立っていた。そんな運命を与えられた子供は、どうなる?
まだ幼かった悪の芽は、ひたすら耐えるしかなかったのか?
違う。
蓄えていたのだ。
機を見ていたのだ。
悪の芽は、唯一であった『家族』という呪いを養分とし、開花する時をひたすらに待った。
想像以上に速い速度で目醒めた巨悪は、唯一の拠り処である筈の『家族』を殺した。親殺しという禁忌を経て、更に力を付けたのだ。

『だが……“血”とは時に厄介だ。ジョジョの――ジョナサン・ジョースターの血族は、どこまでも私の運命を雁字搦めにして立ち向かってくる』

始まりの地点。ジョナサン・ジョースター。
全てはその男から始まった。DIOを惑わす因縁は、ジョナサンの子へ、そのまた子へと受け継がれ、そして。

「―――『敗北』したってわけかしら? 血という名の“業”が、それを産み落とした貴方自身を圧し潰した。
 皮肉なモノね。貴方を貴方足らしめた筈の『血』が、今度は貴方を阻もうと世代を超えて立ち向かってくる」



    グシャア!



紫の意識が次に覚醒すると、既に己の身体は冷たい地面の上に転がっていた。
感覚で理解できる。『時間』を止められたのだ。
悪逆非道。他者を害すことに一片の躊躇も踏まない邪悪。


348 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/04(土) 20:41:54 Ih5o/2hs0


『―――本当に、DIO様の仰る通り。貴方にとっても“血”は厄介である筈だわ』


風穴を開けられた背に、ふわりと加わる重量。
その身を縛り付ける重力など虫ほどに存在しないような、奔放なる女の声が上から囁かれる。

『たとえば……愛すべき“家族”が、時には枷になることもある。……そうでなくって?』

霍青娥。
ともすればそれは、DIO以上に厄介な存在にも成り得る女だった。
DIOとは真逆で、この女に『悪意』はない。深海を揺蕩う海月のように掴みどころがなく、それ故に相手にするべきでない邪仙だ。
だからこそ、この女がひとたび牙を見せれば。

「先程から、貴方たちは私を鏡か何かだと勘違いしておられません? ねえ、邪仙さん」

『そーねえ……私も家族を持ったことはあるわ。自問自答になっちゃうけど、確かに家族って時には邪魔でしかないもの』

千年以上の時を生きた邪仙。いつしか人並みの『愛』を手に入れた青娥だったが、彼女にとってそれは枷以外の何物でもなかった。
かくして青娥は家族を欺き、人間から邪仙へと成る。己の目的の為ならば、彼女は唯一の愛ですら躊躇なく捨てることが出来る女だった。

『それで……貴方はどうなの、八雲紫サマ? 貴方にとっての“家族”って、なに?』

ドクドクと流れ続ける紫の流血など視界にも入らないというように、傷口に腰を落としたまま青娥は指を鳴らした。
キョンシーマスター霍青娥。彼女の操る秘術にかかれば、朝食を準備する事などよりも簡単にリビングデッドが生み出される。

『ゆか、り……ざ ま ァ』

『くるし、い よぉ……あつい゛よぉ……』

「ら、藍……橙……!」

土の下より現れた我が眷属、八雲藍と、橙。
今は焼け焦げた焼死体に変わり果てた、大切な大切な……家族。

『苦しそう? 可哀想かしら? わかるわぁ〜。私だって“あの”芳香ちゃんを見た時は、心が張り裂けそうなくらい悲しかったもの』

ケタケタと笑う青娥の表情に、憂き節の感情は見当たらない。
ただこれは―――怨嗟の類であるものだと、紫は直感する。

『一体“誰が”私の芳香をバラバラに裂いたのかしらね? ねえ紫ちゃん、貴方は―――“知ってる”? ね え 、紫 ち ゃ ん 』

「や、め……なさ、い……! 青娥……やめ―――」



    グシャ



紫にとっての“拠り処”と言ってもいい、家族の象徴。
キョンシーと化した八雲藍と橙の頭が、青娥によってまるで泥団子のように握り潰された。

ひとつひとつ、紫にとっては掛け替えのない価値が奪われていく。
自らの価値とは、なんだ。
藍や橙、彼女らは式神に過ぎなかったが、それでも大切な―――家族だった。
そして家族とは、我が家の内に住まう、幸福を共有したいと願う者たちのことだ。

紫にとっての我が家とは……幻想郷なのだ。

(私にとっての……『家族』…………それが今、こうしている間にも一人一人……!)

もはや立ち上がる力も残っていない。
いや、それどころか―――


349 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/04(土) 20:42:47 Ih5o/2hs0


『―――よお。どうだい? 家族が奪われていく光景を、アホ面で眺めるしか出来ない無能さを実感していく気持ちは』


動けない。動けないまま、自分は自分でなくなっていく。
DIOに続いていつの間にか青娥の姿も消え、後に残るは二つの躯体と二人の男女。
動けない紫の体を椅子にするように腰掛け、ディエゴ・ブランドーが白い双眸を向けてギョロリと見下してきた。

この空間に在るもの。
それは支配する側と、される側の二種類だけだった。
勝者は全てを得、敗者は全てを奪われる。古代より続く、大地の掟。
体現するのは這い蹲ってきた人間ディエゴと、這い蹲る大妖八雲紫。

「あ……貴方は、」

『ん?』

「貴方ハ、なんナの……! ディエゴ……ブランドー!」

もはや言語機能も侵食されつつある意識の中、紫はそれでも問い質したかった。
何故、何もかもが奪われなければならない。
何故、愛する者が殺されなければならない。

敵は……誰だ?
幻想郷の賢人として、このセカイで闘うべき敵とは一体なんなのだ。

私は……何から――を守らなければならない?


『……八雲、紫』



    ザンッ!



「が……ァ!?」

『今、切り裂いたその首の傷は、オレがいた人間世界の悲惨の“線”だ。
 お前……境界を操れる妖怪、らしいなァ? だったら今すぐ、この線を消し去ってみろよ』



    ザクッ!!



「―――カ……ハ、ぁ……っ!?」

『そしてこれが、それを超えた線。オレがこれから手に入れる、この幻想郷への“線”さ。
 オレはたとえ自分の“母親”だって、人間世界の線へと置き去りに出来るぜ。……お前に、そんな覚悟があるかな?』

奪う側へと回った男、ディエゴ・ブランドー。
血の繋がった唯一の家族すらも礎と出来るこの男に、道理での抵抗は不可能だ。
己の身に刻まれた、横と縦の『境界』。これを越えられる覚悟を持つ者だけが、運命の壁を乗り越えられる力を手に出来るというのか。

家族を捨てられる覚悟。
幻想郷の人々を、捨てられる覚悟。
完全敗北した八雲紫を引き摺っている枷が、『家族』の存在だというのなら。
我が精神をこうまで衰弱させる要因が、『繋がり』という諸刃の血であるのなら。


(ワタシ、は…………枷、ヲ………………!)


恐竜化に汚染される思考の中、最後の理性で紫は思い返す。
思えば――そう、思えばあの時。


350 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/04(土) 20:43:31 Ih5o/2hs0



―――『霊夢っ!! 助けっ―――』



あの時―――紫は救いを求めていたのではない。
霊夢を―――救おうと、手を伸ばしたのだ。

八雲紫。幻想郷の重鎮であり、強者の格である。
そんな大妖が、いかなる過程を経ようとも。いかなる逡巡を経ようとも。
他者に助けを求めるなどという矮小な行為が、許されるだろうか。

今なら自信を持ってハッキリ断言できる。確かにあの時、紫は霊夢を助けようとしたのだ。
霊夢とて、幻想郷の家族の一人に間違いは無いのだ。


(私は…………この『枷』を、背負ってでも、立ち向かわなくてはならないッ!)


枷とするには、あまりに膨大で重い鎖。
それでも外すわけにはいかない。この歪な形を成した一つ一つの輪が、まさしく家族という名の繋がりなのだから。
これを見捨ててしまった時。外してしまった時。
生まれるのは、八雲紫という名を冠しただけの―――醜いケモノ。バケモノで、タワケモノ。堕ちたモノノケだ。
他者を除け者(ノケモノ)にして弾き、蹂躙することだけを考え、後に待つのが『破滅』でしかない……そんな恐竜のような怪者(ケモノ)に堕ちることは、もうしない。


「救えない……貴方たちの方こそ、救えない大戯け者よ、ディエゴ」

『…………』


繋がりを断ち切れる覚悟を持つ者が、より強い力を得る? 冗談も休み休み言え。
最後のその時まで、より多くの……より重厚な繋がりを保っていた者が勝者となれる。DIOたちが語るところの“捨てた者の強さ”とは、勘違い甚だしい彷徨い者の屁理屈だ。

「そもそも貴方たちの住む世界に、確たる“線”など存在しない。裕福で平穏な清き『白の世界』も、貴方の生きてきた悪意の闊歩する黒の世界も在りはしない。
 黒と白。二つが歪に混ざり合い、一体となっている『灰色』こそが人間の棲む混沌の世界。其処に境界が在ると言うのなら、それは貴方自身の勝手な価値観でしかない」

『…………』

「貴様はもっと、『世界』を識った方が良い。覚えておけ……若輩小僧」

いつしか紫に刻まれた二本の『境界線』は、完全に消失していた。
深淵だった景色に、鉄製の扉がそっと置かれていた。ディエゴの姿も、気付けば無くなっている。
胸に開けられた穴も埋められていた。十全の身体が、完全とはとても言えないまでも、取り戻された。


どうやら随分と長い悪夢を見ていたらしい。
……行かなくてはならない。この扉を開けた向こうは、再び穢き檻の外の、穢き世界だ。
彼の世界にも境界など存在しない。混沌廻る地に、生を望む全ての生命たちが在るだけ。

光。扉から漏れた光が誘うは、この世の何処なのか。
立ち上がった紫は――最後に崩れた二体の家族を振り返り――扉に手を掛けた。


この一歩を踏み込むまでに多くの犠牲があったし、恐らくこれからもそれは続くだろう。
しかし此処が、彼女にとって大切な―――大切な最初の境界線。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


351 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/04(土) 20:45:29 Ih5o/2hs0
『八雲紫』
【昼】D-2 猫の隠れ里 入り口付近


果て無き永い夢から覚醒した紫を迎えた、最初の境界線。そこを踏み越えた彼女を待つのは、やはり安寧などではなく。
更なる艱難。ついぞ今しがた見ていた夢は、ネクストステージに比べたら悪夢などではなかったと認識する。あるいはあのまま夢見心地に心を傾けていた方がよっぽど幸せだったろうか。
否、それは誤りだ。檻の中で管理され飼われる獣が野生よりも遥かに幸せだと、誰が断定できるだろう。
獣の本来は、興味や嘲笑の視線を集める鉄の檻の中には存在しない。
この箱の外に道徳などない。優しさもない。

在るのは無秩序。野蛮。本能。――――――自由。

剥製の愛に囲まれた園の檻に、幸福など転がっていない。真の幸福とは、『自由』という広大な宇宙空間の中にこそ漂っている。
かくして『支配』という名の檻から抜け出た紫は、自由の身となった。自由でいて尚、彼女の足や腕、その全身に至るまでには夥しい数の鎖枷がジャラジャラと音を立ててひしめき合っている。
このような身で自由とはおこがましい。むしろこれは、自らの『宿命』だと彼女は悟った。
手放してはならない。握り締め続けなければならない。

幻想郷の大妖怪『八雲紫』の幸福とは、この宿命の中にこそ広がっているのだから。




「――――――状況を」


黄金に輝く髪が、空より落ちる幾多の雫を万倍にも美しく反射させる。
深い、深い、不快な夢から目覚めてすぐに、紫は状況の把握を急いた。催促の相手は……自分と同じく、金色の髪を持つ少女。


「やーっと起きたのかこの昼行灯。もうすぐ昼メシの時間、だ…ぜ……」

「生憎、今は薄暗い雨天の最中。たとえ真昼間でも、少しは行灯の灯火に期待は出来るでしょう。……あくまで少し、ですが」


皮肉交じりの朝礼をにべもなく交わせるのも、この魔女帽を被った少女が紛うことなき霧雨魔理沙ゆえに。
自虐を含めた紫の返答に魔理沙は、力なく口元弛ませる。安心からではない。むしろ逆……不安から生まれた笑みだった。
今の紫の言葉にいつもの不遜さはなく、加えてこれは謙遜でもない。

正真正銘、八雲紫は衰弱している。肉体も、精神も。

紫の言葉の節から垣間見た魔理沙の直感が、“この状況”の好転に、現状の紫ではやや力不足だと嗅ぎ取った。


「居眠りから起きて早々、この偉ぶった台詞……中々吐けるモンじゃあない、わね……魔理沙、なにコイツ?」


この場で唯一、紫の見知らぬ金髪少女が、睨みつけるように……いや、真実睨んできた。
彼女の名を空条徐倫。そこで転がっている魔理沙と同じく、無様に泥を付けられながらも瞳に宿る闘志は尽きない、タフな少女だった。

「タチの悪さと胡散臭さなら優に私の百倍はあるヤツだ。大物そうな存在感に騙されるなよ、意外と寂しがり屋だぜ」

「……危険なヤツじゃないの? 『あの新聞』に載ってた女に見えるけど」

「とっても危険な妖怪だぜ。……妖夢とか勇儀の件についても訊いときたい所だが―――それどころじゃなさそうだ」

新聞とは何のことだ、と紫自身思わなくもなかったが、今は引き続き本当にヘビィな状況らしい。
魔理沙と徐倫が箒から墜落し、雨に鞭打たれながら泥塗れとなっている理由など考えるまでもないのだ。

果て無き永い夢から覚醒した紫を迎えた、最初の境界線。そこを踏み越えた彼女を待つのは、やはり安寧などではなかった。
今までは1stステージに過ぎない。境界を踏み越えた、ここからの2ndステージは更なる悪夢を見る羽目となる。



「もう一回だけ、言うよ。……馬鹿な真似はやめて、そこを退きな ――――――神奈子」

「何度だって言いなさい。……誰が、誰に向かって、退けだって? ――――――諏訪子」



遊戯。闘い。決闘。戦争。殺し合い。弾幕ごっこ。スタンド戦。
人と人との闘争とは、これまでの歴史を紐解いても数多くの『形態』がある。
闘争という形態一つとっても、その様相には更に多数の『手段』が存在する。
謀略。策略。奇襲。暗躍。虚報。駆け引き。騙し討ち。
バトルロワイヤルというゲーム盤ではそういった知謀を巡らせた戦略が、後に大きな実を結ぶことも多々あるだろう。
言うなら『裏の戦い』とも称すべき側面。ならば必ず『表の戦い』という片側も存在するのだ。


それを、この地上では『正攻法』と呼ぶのなら。


「天竜――――――」


恐らくそれは―――八坂神奈子の領域だ。


「―――『雨の源泉』」


絶対的な力の前に、小賢しい戦略など塵芥同然。
強者はただ―――全力で攻めるだけだ。


352 : ◆qSXL3X4ics :2017/03/04(土) 20:49:40 Ih5o/2hs0
前半投下終了です。
本当に長らくお待たせしまして、申し訳ございませんでした。
後半も既に筆を乗せているので、あとほんの少しだけお時間を頂きます。
目処としては一週間以内には投下できるよう努めます。


353 : 名無しさん :2017/03/04(土) 22:13:07 KBc1pyqk0
投下乙
はたて意外にも壁にぶつかったな、そういうのに躊躇わないタイプだと思ってたらウブでした
小傘の訃報を知れたおかげでトリッシュの覚悟完了できたのは救いだけどサシで殺れる相手じゃないだろうなぁ
ゆかりんは憔悴したままだし、しかも神vs神だ諏訪大戦だで次回がヤバい
続き楽しみにしてるze★


354 : ◆at2S1Rtf4A :2017/03/11(土) 00:12:25 B1c7apBE0
パチュリー、吉良、ぬえ、慧音、夢美、レミリア、露伴の7名を予約します


355 : 名無しさん :2017/03/15(水) 16:19:45 LCC8lXpI0
予定していた土曜日投下を大幅に遅れてしまい、すみませんでした。
これより後編を投下します。


356 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 16:22:52 LCC8lXpI0
『八雲紫』
【昼】D-2 猫の隠れ里 入り口付近


果て無き永い夢から覚醒した紫を迎えた、最初の境界線。そこを踏み越えた彼女を待つのは、やはり安寧などではなく。
更なる艱難。ついぞ今しがた見ていた夢は、ネクストステージに比べたら悪夢などではなかったと認識する。あるいはあのまま夢見心地に心を傾けていた方がよっぽど幸せだったろうか。
否、それは誤りだ。檻の中で管理され飼われる獣が野生よりも遥かに幸せだと、誰が断定できるだろう。
獣の本来は、興味や嘲笑の視線を集める鉄の檻の中には存在しない。
この箱の外に道徳などない。優しさもない。

在るのは無秩序。野蛮。本能。――――――自由。

剥製の愛に囲まれた園の檻に、幸福など転がっていない。真の幸福とは、『自由』という広大な宇宙空間の中にこそ漂っている。
かくして『支配』という名の檻から抜け出た紫は、自由の身となった。自由でいて尚、彼女の足や腕、その全身に至るまでには夥しい数の鎖枷がジャラジャラと音を立ててひしめき合っている。
このような身で自由とはおこがましい。むしろこれは、自らの『宿命』だと彼女は悟った。
手放してはならない。握り締め続けなければならない。

幻想郷の大妖怪『八雲紫』の幸福とは、この宿命の中にこそ広がっているのだから。




「――――――状況を」


黄金に輝く髪が、空より落ちる幾多の雫を万倍にも美しく反射させる。
深い、深い、不快な夢から目覚めてすぐに、紫は状況の把握を急いた。催促の相手は……自分と同じく、金色の髪を持つ少女。


「やーっと起きたのかこの昼行灯。もうすぐ昼メシの時間、だ…ぜ……」

「生憎、今は薄暗い雨天の最中。たとえ真昼間でも、少しは行灯の灯火に期待は出来るでしょう。……あくまで少し、ですが」


皮肉交じりの朝礼をにべもなく交わせるのも、この魔女帽を被った少女が紛うことなき霧雨魔理沙ゆえに。
自虐を含めた紫の返答に魔理沙は、力なく口元弛ませる。安心からではない。むしろ逆……不安から生まれた笑みだった。
今の紫の言葉にいつもの不遜さはなく、加えてこれは謙遜でもない。

正真正銘、八雲紫は衰弱している。肉体も、精神も。

紫の言葉の節から垣間見た魔理沙の直感が、“この状況”の好転に、現状の紫ではやや力不足だと嗅ぎ取った。


「居眠りから起きて早々、この偉ぶった台詞……中々吐けるモンじゃあない、わね……魔理沙、なにコイツ?」


この場で唯一、紫の見知らぬ金髪少女が、睨みつけるように……いや、真実睨んできた。
彼女の名を空条徐倫。そこで転がっている魔理沙と同じく、無様に泥を付けられながらも瞳に宿る闘志は尽きない、タフな少女だった。

「タチの悪さと胡散臭さなら優に私の百倍はあるヤツだ。大物そうな存在感に騙されるなよ、意外と寂しがり屋だぜ」

「……危険なヤツじゃないの? 『あの新聞』に載ってた女に見えるけど」

「とっても危険な妖怪だぜ。……妖夢とか勇儀の件についても訊いときたい所だが―――それどころじゃなさそうだ」

新聞とは何のことだ、と紫自身思わなくもなかったが、今は引き続き本当にヘビィな状況らしい。
魔理沙と徐倫が箒から墜落し、雨に鞭打たれながら泥塗れとなっている理由など考えるまでもないのだ。

果て無き永い夢から覚醒した紫を迎えた、最初の境界線。そこを踏み越えた彼女を待つのは、やはり安寧などではなかった。
今までは1stステージに過ぎない。境界を踏み越えた、ここからの2ndステージは更なる悪夢を見る羽目となる。



「もう一回だけ、言うよ。……馬鹿な真似はやめて、そこを退きな ――――――神奈子」

「何度だって言いなさい。……誰が、誰に向かって、退けだって? ――――――諏訪子」



遊戯。闘い。決闘。戦争。殺し合い。弾幕ごっこ。スタンド戦。
人と人との闘争とは、これまでの歴史を紐解いても数多くの『形態』がある。
闘争という形態一つとっても、その様相には更に多数の『手段』が存在する。
謀略。策略。奇襲。暗躍。虚報。駆け引き。騙し討ち。
バトルロワイヤルというゲーム盤ではそういった知謀を巡らせた戦略が、後に大きな実を結ぶことも多々あるだろう。
言うなら『裏の戦い』とも称すべき側面。ならば必ず『表の戦い』という片側も存在するのだ。


それを、この地上では『正攻法』と呼ぶのなら。


「天竜――――――」


恐らくそれは―――八坂神奈子の領域だ。


「―――『雨の源泉』」


絶対的な力の前に、小賢しい戦略など塵芥同然。
強者はただ―――全力で攻めるだけだ。


357 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 16:24:15 LCC8lXpI0

「おい神奈子! 冗談だろっ!」

魔理沙は唇を強く噛み締めた。
あと少し。恐らく、すぐそこだったのだ。トラックのタイヤ跡から推測できる霊夢と承太郎の逃走地点までの距離は、ほぼゼロまでに縮まっていた。
追撃を担っていたあの邪魔者二人は、自分でも惚れ惚れする程のチームプレイで華麗に排除できた。憂う要素はキッパリと晴らしたと、思い込んでいた。
だがあの天狗の新聞や逃走チームの残したタイヤ跡は、事ここに至っていささか余計な敵までも誘い込んでしまったらしい。
これが危惧すべき展開。バトルロワイヤルでは出来得る限り回避しなければいけなかった状況であると、魔理沙は改めて学習する。

予期しない敵との――予測しなければならなかった状況だが――不意のエンカウント。危険なのはこの遭遇だった。

そして何より厄介なのは、この過ちにより発生した凶槍が、更に想像さえ出来ない場所から降りかかってきた場合である。
「よりによって」という言葉を頭に付けるのなら、ここにいる魔理沙も紫も「よりによって神奈子が」という感想が第一に浮き出てきた。
彼女と密な関係にある諏訪子の心中など、更に推して知るべしだろう。

八坂神奈子という名を持った彼の山ノ神は、単純に―――“強い”。

弾幕ごっこが、などという枠組みを取り払えば尚の事。基本的にこの類の強者から『ルール』という枷を外せば、並大抵の相手では手が付けられない。
魔理沙もそれをよく理解できている。何と言っても彼女は人間。ヒトが神に打ち勝つなど、まさに神話の中の世界だ。

我々人間は、「神」にだけは勝てない―――


「―――土着神『洩矢神』!」


問答無用で急襲してきた神奈子の弾幕を、盾として遮る諏訪子の弾幕が相殺する。
巨大なカエルを模したオーラが、後方の紫、魔理沙、徐倫を咄嗟に守った。凄まじい炸裂音が雨中に轟き、それは戦争開始の鐘となる。

「〜〜〜〜!!! す、諏訪子お前、怪我とか大丈夫なのか!? とりあえず助かったが……!」

「答えたくない質問だけど…………相手が“相手”だからね」

神奈子の『第二波』をどうにか耐え、諏訪子は接着したばかりの不安な両脚で大地に構える。
この女の『第一波』……つまりは初撃を喰らった時点では完全に油断していた。
なにせここに居る諏訪子と神奈子は旧知の仲だ。お互いの性格や気質、戦法も全てお見通し。気心の知れた好き関係である。

―――そう、信じていた。

だからこそ隠れ里に侵入する寸前だった神奈子を目撃した時、諏訪子は開口一番何の疑いもなく大声を叫びながら近づいてしまった。
その結果がこの醜態か。まさかいきなり攻撃してくるとは。徐倫が咄嗟に回避行動を促さなかったら、死人が出ていただろう。

蛇の道は蛇、という言葉はあるが、知り尽くしていたと思っていた互いの心は、その実何も知れていなかったのかもしれない。
所詮、蛇と蛙の関係だったというのか。喰う者と喰われる者。所詮この世は弱肉強食の、食物連鎖。
ならば喰われる者――蛙は、この場合どちらなのか。
喰う者――蛇とは、誰だ。

祟り神ミシャグジ様を操る土着神の頂点・洩矢諏訪子。白蛇の化神である彼女は、見た目に似合わず身分相応に強者だ。
だが太古の戦争にて諏訪子は―――侵略者・八坂神奈子に完膚なきまで敗北の苦い過去を持つ。その瞬間から、蛇と蛙は逆転したのだ。


358 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 16:26:19 LCC8lXpI0

「ちょうどイイ、諏訪子。この場でアンタに出会ったら……ちょっと訊きたかった事があったのよね」

「…………私だって、色々訊きたいよ」

睨みを利かせる両者。蛇に睨まれた蛙とは、この場で喰われるしかない蛙とは―――


「なあ――――――どっちだろうね、“今の”私たちは。…………どっちが『蛇』だと思う? すわこォ」


動くことが出来ないのは……諏訪子だ。
神奈子が鈍く光らせる眼光は、これから狩り(ハント)を行う捕食者の放つソレだ。
本能で理解(わから)された。

睨まれた蛙は――――――諏訪子だった。

「……それ、嫌味のつもり? 分かってんでしょ、私は昔、アンタに敗北した。……決定的に。
 事実は事実。『蛇』はアンタだろうさ。……私と神奈子じゃあ、強いのはアンタだよ」

伊達に長い付き合いをしているわけじゃない。諏訪子も神奈子も互いの力量など、当の昔に把握し合っている。
そして更に絶望的なことに、諏訪子の土着神としてのパワーはその当の昔に比べて……つまりは全盛期よりも遥かに衰退している。
ここでいう『蛇』とはまさしく、神奈子であった。その神奈子がどういうわけだか殺し合いに興じている様子なのだ。
彼女の背中に背負うしめ縄は蛇を表し、人々のミシャグジ様に対する恐怖に対抗する為、脱皮を繰り返す蛇の姿から再生を示すと同時に、蛙を食べる生物として諏訪子への勝利を喧伝する目的がある。
そういった粗暴そうな雰囲気とは反して、彼女は聡い女だ。我が身可愛さに優勝を狙う骨無しでもない。他人の生命に敬意を払えない下衆でもない。
神奈子は過去に幾らでも異変の原因となっていたが、腐っても幻想郷の立派な一員だ。知り合いに易々と手を掛けるほどの暴れ牛でもなかった筈なのだ。

何より神奈子は―――早苗を、家族を愛する女なのだ。ゲームに乗るということは即ち。

「―――神奈子。…………早苗のことだけど」

脳裏に浮かぶのは、最愛の娘と言ってもよいあの子の、満天の星空のような笑顔。
一瞬、諏訪子は早苗のことを口に出すのは戸惑った。信じたくはないが、あの邪仙によると早苗の命は――――それを考えたら神奈子にだって伝えるのを躊躇してしまう。

その躊躇さえなければ……あるいはこれから起こる事柄は、まるで別の結果を辿っていたかもしれない。

言い淀む諏訪子に口を挟むかのように、神奈子は平然と言ってのけた。


「あぁ……早苗、ね。…………会ったさ、夜が明けるちょっと前くらいに」

「………………え?」


会った? 既に神奈子が、早苗と?
夜明け前、って……じゃあ早苗が邪仙に…………殺されたのは、その直後…………

ふつふつと、諏訪子の全身に流れる血脈が“またも”煮え滾っていくのを感じた。
件の邪仙から“精一杯謝られた”あの時と同じく……いや、ある意味ではそれ以上の『怒り』。


「え……じゃあ、何?」「アンタ、早苗と会って」「それでいてのこのこ一人でこんな所うろついてるってワケ?」
「何で早苗を一人にした?」「そのせいであの子は、邪仙に」
「―――殺されたんだぞ?」
「おい、神奈子」
「お前」


―――なにやってんだ、オイ。


それらの言葉を、絞り出すことすら叶わなかった。
ただ、そんな怒りの数々を表す文章の羅列が脳内に奔流しては、口に出されることなく消えていく。
最も近い身内なだけに、諏訪子の怒りはもはや青娥にではなく、目の前の女に集中砲火する勢いで堆積していく。
無論、今の短いやり取りで全てを悟れることなど出来ない。
神奈子が早苗と別れた理由には、抜き差しならない、どうしようもない事情が介在していたのかもしれない。
それでも、神奈子が付いていれば早苗はきっと無事だったろう。
この薄情な神に、そんな当然の怒りをぶつけてやりたい気持ちは収まらない。

諏訪子にとって、早苗も神奈子も……大切な家族であるのだから。
だからこそ。


「…………あぁ、アンタには怒る権利がある」


諏訪子の怒り心頭も極致に達するその刹那、神奈子はどこか笑うように、艶やかに殺気を受け流しながら呟いた。
いや、受け流しなどという逃げ腰ではない。神奈子は全身で、目の前の怒れる友人の殺意を余すことなく受けていた。
まるで逃げることを拒絶するように。友の怒りの総てを受けてやらねば、自分で自分を許さないとでも言いたげに。

揺るがぬ体勢で、神々しさすら感じる仁王立ちを以て、諏訪子の想いを受け止めた。


359 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 16:29:11 LCC8lXpI0
睨みを利かせる両者。蛇に睨まれた蛙とは、この場で喰われるしかない蛙とは―――


「神ァ〜〜〜〜〜奈ァ〜〜〜〜〜子ォ〜〜〜〜〜……! 説明して、貰おうか……ッ!」


睨まれていたのは、蛇。
その両の赤黒い瞳の中心に映る、“睨まれていたハズの蛙”が…………神奈子をその場に固まらせた。
諏訪子は神奈子という蛇を“見極めていた”のだ。
これから殺し合うことになる“かもしれない”女。その真実を。
舐るように、それこそ蛙などではなく蛇のように、研ぎ澄まされた『殺意』と『集中』で、かつての敵《とも》を、視ていたのだ。

それは神VS神などという、かつての諏訪大戦を再現せしめた神話。後光すら射して視えるほどの錯覚を起こす、荘厳なる魔境とでも言うべく景色だった。
この場にて唯一の“人間”である魔理沙と徐倫は震えた。二人の神が起こす大気の振動が、空気を、皮膚を伝ってその脳に警戒信号を与えたのだ。
異様な光景。睨まれている筈の蛙が、とぐろ巻く蛇を大口開けて喰わんとする、死の光景。

“神様”の“本気” ―――それに圧倒されていた。


「諏ゥ〜〜〜〜〜訪ァ〜〜〜〜〜子ォ〜〜〜〜〜……! “あの時”の決着、付けるかい? 今 こ こ で 」


ガチャリ。
鉄の音と共に現れた。鬼に金棒、武神に機関銃。
神奈子がこの殺し合いを渡りきる上で、最大のアドバンテージの象徴はこの『無痛ガン』と言っても過言ではない。
単純な殺傷力では支給品の中でも群を抜く。プラス本体の力量に、極め付けが『ビーチ・ボーイ』だ。
正攻法では相当な突進力を持つ神奈子の隙を埋めるように、遠隔操作型スタンドなどという変化球が加わっている。
本来彼女が蓄えていた神力を幻想郷流にアレンジした『スペルカード』と併せて、まさしく『三種の神器』を操る神奈子に正面から向かって突破できる手練などそうはいない。

とにかく、簡単には近づけないのだ。この移動砲台を射程圏内に入れるには、幾つかの方法がある。
まず単純に、彼女以上の長射程距離からの狙撃。それも手早く仕留め切れなければ、見た目より俊敏な機動力であっという間に近づかれる。
神奈子の初陣であったポンペイ遺跡での花京院戦。花京院が一方的に神奈子を射程内に捕捉していたにもかかわらず、初弾をいなされたことによってあっさり接近を許してしまったのは花京院のミスだろう。

二つ目の方法は、やはり神奈子以上の奇術的な変化球を投げることだ。
ストレートでは押し負ける。直球に見せかけたカーブを、そのままデッドボールに当てに行くぐらいの『騙し』は最低必要だ。
ようは意表を突くこと。この点を言えば有効なのは『スタンド』だろう。例えばあのヴァニラ・アイスの暗黒空間からの不意打ちという殺人コンボ。
変化球にしてはあまりに直球な例だが、神奈子相手にスタンド特有の『初見殺し』は同じく有効だ。尤も、そのヴァニラも神奈子自ら粉砕したのだが。

そして最後の方法。
神奈子の『感傷の隙』に入り込むことだ。
現状の彼女が多く入れ込む人物など、参加者の中には殆ど居ない。居るとするなら、それは―――


(諏訪子……アンタと、そして早苗に対してだけは……どうにも『コイツ』を向けたくないね……!)


人間の産み出した殺戮兵器。神である身ながら、彼女がこの下衆な武器を手に取ったのも、半端な覚悟で立ち上がったワケではないからだ。
負ける気はない。この『儀式』に、私は勝たねばならない。
それが当たり前だと思ったから。だからその手を穢してまで、こんなモノに頼っている。

だが、それでも『家族』だけは、せめて苦しまずに逝って欲しいのだ。
激痛を感じる前に即死するから『無痛ガン』――とは言うが、殺戮兵器によって命を絶たれる末路など、家族のそんな残酷な死に目など、見たくない。
だから家族……愛する家族だけは、せめて我が腕の中で逝かなければならない。
あまりに身勝手すぎる、戯言。どんな理由であろうが、いかなる手段であろうが、要は殺す。家族を、殺そうというのだ。
たとえ血の繋がりはなくとも、諏訪子も早苗も……家族だ。そして愛する者だからこそ、己が枠付けた勝手な一線でも踏み越えたくないという想いが存在する。
儀式の勝者は一人。少なくとも早苗では、その頂に立つことは不可能だ。たとえ立った所で、その後の人生を穢れた体で生き抜くあの子に真っ当な幸福などあるわけがない。


360 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 16:30:02 LCC8lXpI0

だからせめて私が。だから、だから―――

「だから」などという、芯に通っていない矛盾した理屈でも。それは彼女を繋ぐ『己』であり、最後の理性。神奈子にとって見ればギリギリの手綱だけは、手放せない。
もしこの線を超えてしまえば―――もはや八坂神奈子は神でも何でもなくなってしまう。

枷が外れ、歯止めすら失った―――醜いケモノ。バケモノであり、ウツケモノでしかない。


だから。


「―――だからまずは後ろのお前たちだッ!」


だから神奈子はまず無痛ガンによる掃討対象を、『家族』の後方に散布している三人に絞った。
顔も知らない金髪の人間その1その2。そして同じく金髪である最後の一人は妖怪。それもこの幻想郷で数少ない顔見知りの八雲紫だ。
人間など造作もないが――と、ここまでの戦いを経て得た経験上、軽率に言えることではないが――あのスキマ妖怪はかなり厄介である。
この幻想郷に顔を出してすぐの頃――つまり神奈子の感覚では今日だが――新参者の挨拶として言葉を交わしたあの女は結界の管理者。幻想郷でも随一の力と立場を併せ持つと聞く。
諏訪子との対戦で最も邪魔を入れてくるであろう紫を、出来れば一番に排除したい。
こんなモノがどこまで通用するかは不明だが、牽制には充分だろう。

「徐倫、ありゃあ何だ?」

「馬鹿、“ガトリング”だァーーーッ!! 避けろォォーーーッ!!」

見慣れぬ現代兵器に呑気な魔理沙に対し、徐倫は刑務所での一件以来、機銃にはイイ思い出なんか無い。
たとえば花京院が咄嗟に行ったように、『糸』を繭のように身に纏えば銃弾は防げる……とも限らないのだ。
徐倫の糸はあくまで彼女の身体を糸状に放出しているだけであり、糸に損傷を受ければ本体にもダメージがいってしまう。スタンドの盾としては期待できる構造ではない。
よってこの場では全力回避しか逃れる手はないのだが、箒から叩き落されている状態では、この平地に身を隠す場所などありはしない。
無常にも神奈子の掃射は、耳を塞ぎたくなるほどの異様な轟音と共に砲口から火噴かれた。


「―――随分と簡単に引鉄を引くのね。後ろの人間二人はともかく、よりにもよってこの“私”に対して。
 そうねぇ……諏訪子、神奈子。貴方たちに足りないものは、ナメクジかしら? どっちが『蛇』かを簡単に見極める為の」


回避行動に移ろうとする徐倫の鼓膜に爛々と響くのは、ついぞ今しがた昼寝から起き上がったばかりの寝坊助女。
この空気には似合わぬ、その悠々たる作り声。八雲紫が、腹の立つほどに余裕綽々の態度で両手を扇のように広げていた。
そして、それで終わりだった。
この体を貫くはずの無数の鉄塊が、瞬きを終えた次の瞬間、全てが消え去っている。

「枕石漱流」

女は雄弁に、ただそれだけを呟き、神奈子の掃射が失敗に終えたことを徐倫はようやく悟った。
スキマ妖怪八雲紫の手に掛かれば、目の前の空間にカーテン上のスキマを開き、相手の弾幕を吸収するなど造作も無い芸当。
たとえ衰弱していようとも、大きな制限が掛けられていようとも、この程度の奇術的『変化球』は容易い。

(―――と言いたいとこだけど、これが『限界』か)

弾丸の雨の確実なる防御の為とはいえ、瞬間的に広範囲へと開いたスキマの力が及ばせた能力疲労は想像以上であった。
やろうと思えば吸収した弾丸をそのまま相手に返却するくらいは可能だったが、それは諏訪子の意を汲み取る為にも、そして自分自身の決意に反しない為にも、あえてやらない。
だから今まで、この二神の会話には口を挟まなかった。その判断が、凶と出ないことを心中で祈りつつも。

「〜〜〜っとぉ、流石はスキマ妖怪。ただの昼行灯じゃあなかったぜ」

「……さんきゅ、紫。でも、ここは私一人で大丈夫だから」

背を向けたままで諏訪子は、後方の紫に感謝を示しながら己の決意を伝えた。
四対一という図式だが、この神奈子は数の暴力で簡単に押し潰せるほどやわではなさそうだ。
諏訪子は魔理沙たちに、暗に伝えている。
“博麗霊夢たちを一刻も早く救出して欲しい”と、今度もまた自らを殿として。


361 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 16:31:20 LCC8lXpI0

「……いえ、そうはいきません」

諏訪子の意を察してなお、紫は無碍に断った。
聡明を彩った面に影が落ちる訳は、脳裏に浮かぶ無垢なる付喪神の姿。
記憶を掘り返すのも煩わしい出来事だが、霊夢たち逃走組を追う紅魔からの追跡者――紛れもなく自分もその一個だった――を阻む三人の少女。
諏訪子はこうして命を取り留めているが、他の二人……特に小傘は、悲劇的な末路を迎えたことを紫自身の目で目撃している。

また、同じ過ちを繰り返すのか。
ここに諏訪子一人残して霊夢らを救出できたとして、残った彼女が無残に殺されていたとしたら。
それは今度こそ紫への決定的なダメージになってしまう。愚かな判断ミスでまたしても、同郷の家族が死ぬのだ。

(小傘……)

内に抱える悔恨は、かつて小傘と呼ばれた『神様』と交わした……最後のお願い。
果たすも果たさぬも、まずは霊夢が生きなければ話にならない。ここで神奈子を食い止める役割は必須だが、諏訪子のサポートも考慮しなければ待つのは破滅への一方通行。

……ダメだ。やはり諏訪子一人残しては、興奮するばかりの大蛇に必ず食われる。
ならば成ろう。不本意ではあるが、大蛇の皮膚を溶かす『ナメクジ』役は、ここでは私だ。
しかしこれは三つ巴に非ず。態度の大きい蛇一匹に対し、こちらは口の大きい蛙と、自惚れの大きい蛞蝓。
神奈子とはサシで向き合いたいらしい諏訪子には悪いが、無理やりにでも彼女を支えなければ。全く手の掛かる。

「……魔理沙、と……徐倫、だったかしら? 貴方たち二人はすぐに隠れ里へ向かいなさい。お友達なのでしょう?」

神奈子の背後にひっそりと佇む廃れ里の入り口を見据え、紫は指示を促す。
『あの場所』は……自分にとっては苦い思い出の残る地。出来る事ならもう足を踏み入れたくはないという思いがあるのも事実だ。
女々しいことだった。門を潜る決意を経てここに立っている筈なのに、見たくのない光景には蓋をし、その門を他人に潜らせようとしている。

「ば、馬鹿言え! お前ら二人残して行くなんて……それにまだ体調が万全じゃないんだろ!?」

「魔理沙。……どっちにしろあの武装相手に数で有利になったりはしない。急がないと」

うだうだと足踏みする相方を急かすように、徐倫はその肩を掴んだ。
空条徐倫という女性は決断が物凄く早い人間だ。一度こうと決めたら、ひたすら愚直にその目的まで突き進む。
吹き飛ばされて泥に落ちた箒を拾い上げ軽く汚れを落とすと、魔理沙の見よう見真似でそれに跨り念じ始めた。

目的地まで、もうすぐそこだ。


「…………って、何で飛ばないのよ! 魔理沙がやってたようにあたしにも操縦させてよ!」

「ばーか普通の一般人が空飛ぶ箒を操れるわけないだろ」

「アンタは自称普通の人間じゃなかったっけ」

「普通の“一般魔法使い”だぜ。ちょっとそこどけ、私が前だ」


爪先立ちで箒に跨りながらピンと背筋を伸ばしたままという、格好のマヌケ絵面と化した徐倫を蹴りどかすように魔理沙が箒をブン奪る。
余談だがこの箒はいたって普通の竹箒であり、これを魔法の箒として扱える者は魔法使いくらいである。ちなみに徐倫はおろか、当の魔理沙さえも未だこの箒の正体に気付いていない。


362 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 16:32:23 LCC8lXpI0

「お〜い。逃げるならとっとと逃げなよー。せっかくこっちが空気読んで待ってるってのにさあ」

手持ち無沙汰な銅像と化していた神奈子もいい加減痺れを切らしたように、魔理沙と徐倫の手際の悪さを眺めている。
一々待ってあげているのも神奈子なりの“遊び心”のようなものだ。撃ち込んでもどうせさっきのようにスキマ・マジックでいなされるのがオチ、というのもある。
むざむざ敵を逃がすのもリスクはあるが、そういった経験は先に出会った不良&不良相手にも同対応を行った。
思えば結局あの時は、若干の消化不良という(シャレではないが)悔いは残っている。暴れ足りない、というのが本音だ。
そんな状況で諏訪子と出会ったのだ。ここいらで有り余ったバイタリティを放出するには、最高のタイミングと最高の相手だと言わざるを得ない。
少しくらい獲物が逃げ出したところで、どうということはない。

「諏訪子! お互い難儀な幻想郷(セカイ)に迷い込んじまったね! 成るはいやなり思うは成らず……私はせめて、私自身がやるべきことを成すさ」

「本当に……難儀な殺し合い(セカイ)さ、神奈子。自分が一体全体何やってんのか、頭冷やして思い知りな……!」

「諏訪子。貴方も私も、万全の体調とはいかない。……数の利は考えない方がよろしいかと」

ここでは最も冷静に場を見極めようとする紫が、いきり立つ諏訪子の横に並ぶ。
蛙。蛇。蛞蝓。
大地がうねり、烈空が鳴る。此の身に穿つは、母なる空の繁吹き雨。
相対すべくして相対した、といえば皮肉に聞こえる。
だが諏訪子も神奈子も、それぞれの導き出した結論に向かって望むだけだ。
たとえその道を共に歩むことなくとも、交わった地点をすれ違えば、互いの心の真意に触れるチャンスは必ず来る。
後はどこまで、その心の殻を削って剥くことが出来るか。

それを暴力という名の手段で遂げる。
バトルロワイヤルの、哀しい定めでもあった。



初めに響いた音が、どの強者の繰り出すモノであったか。
神奈子の掲げる巨大な注連縄の、ふさりとした藁の一束一束が揺らいだ音か。
諏訪子の二足がバネの伸縮運動の如く縮み、蛙を思わせる跳躍を披露しようと地を蹴った音か。
紫のしなやかなる両の腕が演舞のように開かれ、無数のスキマを顕現させた音か。
それとも、魔理沙と徐倫が三人に対し何かを伝えようと、大きく叫んだ声か。

どれとも違った。
この場で最初に響いた音は。
この場で最初に動いた影は。
天から落ちる、冷たい雫のモノでもなく。
されど“それ”は、まるで神の裁きのように……やはり天から贈られた―――『災害』。


「――――――な」


驚愕の声を最初に発した者も、誰か分からない。
だがその疑問を問い詰めることに、意味など無い。
この場にいる諏訪子も、神奈子も、紫も、魔理沙も、徐倫も。
誰しもが同じように意表を突かれ、事の起こりを理解することすら叶わなかったからだ。

唯一、この災害の襲来を、僅かばかりの差異だったが、この場の誰よりも早く『理解』出来たのが……空条徐倫だった。



   パシャ  パシャ パシャパシャ



明日ハレの日、ケの昨日。
日常の光景は過去と化し、非日常はけたたましい神遊びの音と共にやってくる。

それは『雨』であった。
雨という名の、ハレ――儀礼や祭、年中行事などの非日常――が、到来した。
今まさに神々の戦いが勃発せんと、土地が隆起しかねない程のエネルギーが地面を揺らした瞬間。
無数の影がこの場の全員を襲ってきた。


363 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 16:33:51 LCC8lXpI0


「痛ッ! ――――――な、何だ? …………カエル?」


魔理沙の帽子を衝撃と共に襲った雨の正体は、天より降り注がれる『蛙』。
妙に派手で鮮やかな体色をした蛙だ。少なくとも、魔理沙の育った幻想郷にこんな種類は居なかったように思える。
だがそうでなくとも、職業上『この手の種類』には多少精通している魔理沙にはすぐに理解できた。あまりにも、見た目に怪しい類の生物だということが。
つばの広い魔女帽を被っていたのは間違いなく魔理沙の幸運である。これがもし『直接』皮膚の上に落下してきたら―――


「ヤドクガエル……!?」


次いで諏訪子が異変に気付く。彼女が蛙について博識であったおかげか、この雨の『異様さ』に背筋がゾッと凍りついた。
原因は定かではないが、突然降り出してきた異常なる雨。このヤドクガエルと呼ばれた種には、そう……


「『毒ガエル』だァァーーーーーッ!! 魔理沙、急いで網に入り込めェーーーーーッ!!!」


ザアアーーーーーーーーーー


神奈子の扱う機関銃を連想させる、激しい雨つぶてが生み出した轟音である。
静から動へ。カラフルな一陣のスコールが、この闘争の地に乱入を果たしてきた。
徐倫は糸で編み出したネットを頭上に掲げ、すぐさま直近の魔理沙を相合傘に誘い入れる。

「な、な、な、なんだなんだ!! 毒ガエルだとッ!? 何でンなもんが空から降って来るんだッ!?」

あまりにも突然すぎる災害。この事故に徐倫が迅速な対応が為せた理由は、“それ”が出来る人物に一人心当たりがあるからである。
というより、あの男しかいない。こんな馬鹿げた天災を起こせる人物は。

「ウェスだ!! 畜生あのヤロー、やっぱ追って来やがったわッ!」

「さっきの天気マンか!? でもこれカエルじゃん!」

「ンなこと知るかァァーー!! とにかく、どっかその辺にアイツが居るはずだけど……絶対にこの網の中から顔を出すんじゃないわよッ!」

糸で作った網の上に、降り注がれた大量のカエルを繋ぎ合わせて更なる網を重ね掛ける。
カエルの網で、毒ガエルの猛毒液から身を守る。かつての刑務所で瀕死の徐倫が考案した、決死の防御網であった。
少なくともこれで徐倫と魔理沙は、猛毒から身を守れるだろう。しかし残された三人は―――

「な、なにこれ……まさか、『怪雨(あやしのあめ)』……!?」

「うっほぉ〜い! 随分と荒々しい通り雨ねえ。諏訪子、アンタの仕業……なワケないか」

激突寸前だった二人の神の興味は、今や目の前の旧友には無い。
諏訪子は、太古より世界の各地で起こったという落下現象の話を思い出した。この日本でもオタマジャクシなどの水棲生物が降って来たという稀な事例はある。
一方、神奈子の態度は対照的。驚愕の表情を作ってはいるものの、怖じないその態度はまさに雨の到来を静かに喜ぶカエルのようだ。

「ファフロツキーズ(原因不明物体落下現象)……まさか、竜巻!? いや、それにしたって……」

残る紫も、驚きつつも冷静に現状の理解に努める。彼女とてヤドクガエルの猛毒性はその豊満なる知識にある。
絶対に、皮膚で触れてはいけない。蛙の落下時に潰れた衝撃で体液が飛び散っているが、その対策は基本的に徐倫がやっていることと同じことをやればいい。

「諏訪子! 頭上にスキマを作るわ、すぐに入ってっ!」

「おっけ!」

大規模のサイズで傘を作るには疲労が激しい。なるべく最小限の面積で、且つこの毒雨を完全に凌げるサイズのスキマを維持しなければ。
体勢を低くしながら紫と諏訪子は、頭上に開けられた空間にスポスポとシュートされゆく蛙を見上げる。


364 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 16:35:24 LCC8lXpI0


ボトン! ボト ボトボト


先程までとは異なる落下音。
目の前に落ちてきた“それ”を見て、紫も諏訪子も頭痛に襲われるような錯覚を起こした。いや、こんなモノまで落ちてくれば実際に目眩もする。
蛙の他に、別の生物も降ってきた。
まるでモノのついでのように蛙の群に混ざり合い落ちてくるそれの外見は、傍目には細長いロープと見間違えそうである。
全長約60センチほどだろうか。その太短い胴体にビッシリ埋められた鱗と、時折、暗褐色の舌をチロチロ見せ付けては地面を蛇行する姿。
どう見てもアレであった。


「「へ、ヘビーーーーーーーー!!!」」


絶賛相合傘に閉じ篭っていた魔理沙と徐倫の乙女な絶叫が、大音量に響き合うこの雨音を一瞬だけ凌駕した。
カエルの次はヘビの雨。おあつらえ向きというか、バッチリ都合が良いというか、例によって毒ヘビである。

「ま、マムシー!? って、コッチ来るぞ徐倫! 殴れ! 蹴れ! 殺せ! オラオラだ急げ!」

「うるせえこっちは必死にネット張ってんだ!! アンタが撃ち殺せェ!!」

「もう撃ってるっつーの!! って、ギャーーーー!? カエルの液体が足にーーーーッ!!!」

「バカ騒ぐな! ネットが崩れるでしょーが! うっぷ……オェエ……キモ!」

「おい諏訪子ォーー! ヘビとカエルはお前んトコの専売特許だろ! 何とかしろよ!」

「いやあこの量はちょっと。そうだ、守矢のお守り買わない? ヘビ除けの。友達料金で安くしとくけど」

「こんな時まで商売するなーーーっ!!」

ザバザバザバザバと、まるで笑えない冗談かのような光景が広がっていた。
カエルとヘビとナメクジの衝突が始まると思ったら、何の前触れ無く、空からリアル毒ガエルと毒ヘビの大群が降ってきたというのだ。
まさか次は毒ナメクジの番じゃないだろうなと、徐倫は顔を青くして周囲を警戒していたがそこは幸い、あのヌメヌメした生物の影はない。

戦いも一時中断を余儀なくされ、各々がひたすらに傘に身を隠す中、たった一人だけ雨中にその身を晒す女、神奈子。
風雨の神でもあった彼女が天候と名の付くモノから嫌われることはない。雨だろうが雪だろうが蛙だろうが蛇だろうが、それが『気象現象』ならば神奈子の領域でもある。
雨粒は、毒ガエルは、毒ヘビは、その全ての気象という気象は、神奈子を避けるように重力から弾かれていく。
弾けて散布されたヤドクガエルの毒飛沫も、獲物を求めてうねり進むマムシも、不思議なことにまるで磁石に反発するかのように棒立ちの神奈子を避けるのだ。
挙句には、興奮した蛇たちが潰れた蛙を丸呑みし始めていた。警告を意味する体色を彩っているのにもかかわらず、意に介さないように次々と。

「何とまあオゾましい景色。蛙ってのは霊や魂の象徴ともいうけど……ここまで雁首揃えてまで私たちをあの世に導いて帰りたいのかしら?
 黄泉ガエルってわけ? ケロケロ」

「ケロッとした顔で言ってる場合じゃないでしょ。コイツァ誰かが人為的に起こした『奇跡』だよ。ちーっとも有り難味のない奇跡だけど。ケロケロ」

非常時にも呑気な紫のらしい言い様に、諏訪子も思わず気を抜かれる。
こちらも神奈子と同様、祟り神ミシャグジの司る諏訪子が纏う威光のおかげで、蛇と蛙の悪影響は殆ど受けていない。必死にあたふたしているのは、人間である魔理沙と徐倫のみである。
そんな乙女二人を華麗に無視し、諏訪子は土砂降りの只中で腕を組む神奈子を睨みつけた。こんなアクシデントの真っ最中だったが、もっぱらの敵はやはりあの女なのだ。


365 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 16:36:41 LCC8lXpI0

「ちょっと……外に出る気? どこかにこの『雨』を降らしている奴がいる筈よ。まずはそいつを叩かないと……」

「ごめん紫、そいつはあなたに任せるよ。私ならこんな蛇や蛙、億匹降ってきたって平気だからさ」

断固とした眼差しが、諏訪子の瞳を燃やしていた。
こんな雨如きでは怒れる神の天罰は止められない。とうとう諏訪子はスキマの傘から身を乗り出した。

「来るかい諏訪子。雨天決行、怒髪天結構。こんな雨ぽっち、火照った頭を冷やす冷水にもなりゃしないね」

「冷やしたいならたっぷり冷やしてやるよ、神奈子。絶対零度の氷水で、その胸の詰め物と一緒に洗いざらい憑き物落としてやる」

双神にとってこの程度の通り雨は、クールダウンにすら届かないらしい。その後ろ姿を、紫は傘の下から見送ることしか出来ずにいる
頭上のスキマごと移動させればいい話かもしれないが、スキマの操作に集中して諏訪子のフォローが疎かになれば目も当てられない。
天下の大妖怪八雲紫様が、あの神を見習って外に出たところで「マムシに噛まれて死亡!」など、霊夢や魔理沙辺りが聞いたら三日三晩は爆笑され続けるかもしれない。笑い話もいいとこである。
愛用の傘もここには無い。こんな時、あの唐傘妖怪が傍に居てくれたら……と、あらぬ思いまで浮き出てくる始末。

(しかたない……まずはこの雨を降らせている犯人を突き止めて…………)

めくるめく速度で過ぎ去る怒涛の展開に、足を止めたら待つのは死。
大妖たる強者。彼女にとって死とは、深淵の底に消沈する寿命の切れたランプのように儚く実感の無い概念。
それこそ永劫の果てに迎える寿命くらいでしか知ることの出来ない終末だと思っていた。
それも昨日までの話。ケの昨日は、日常である昨日は終わってしまったのだ。
ここではどんな大妖怪も神様も、引き金を引くだけで簡単に終末を迎えてしまう。
何よりそれを理解できない紫ではない。彼女は既に、家族に対して『二度』も引き金を引いてしまったのだから。

虚空を仰げば、黒雨。
蛇と蛙に彩られた、空を暗く覆わんとする大雨。
神々の対峙に茶々を入れる不届きが、必ず近くに潜んでいる筈なのだ。

「…………ん?」

紫にしてみればこの異常気象に苛立ち、思わず睨み付けてやった程度の行動。
その気まぐれが、何の幸いか空に映る『ある一点』を捉えることが出来た。


「あそこの空を飛んでいる奴……男の方は知らないけど、そいつを掴んでいる輩……鴉天狗の『姫海棠はたて』か」


上空を覆う雨という雨のスキマを縫った向こう側……『犯人』はそこに浮かんでいた。
こちらを監視するように一定の距離を空ける卑怯者の二人組。内一名は、紫の見知った妖怪であった。
頭を抱えたくもなる。愛する幻想郷の家族が、またしてもこんな腐れた余興に手を出していたのだから。
八坂神奈子のようにどこかワケありふうならばまだ理解も出来るが、鴉天狗連中の考えそうなことは残念ながら凡そ見当が付く。
自分本位な目的での、この上ない下種な理由だろう。霍青娥と大差ないレベルだ。

さて、敵の居場所が判明した所で参った。あの距離は弾幕が届かない。
通常のように空でも飛べれば迷う必要もないが、魔理沙の箒を借りようにもこの毒雨の中を突っ切るのはかなりのギャンブルとなる。


―――ほんの一瞬。紫がほんの一瞬だけ、思案の為に目を伏せたその一瞬。


めくるめく速度で到来しては過ぎ去る展開が、新しい登場人物を戦場に運んできた。


「トリッシュ、ハンドルを右に切ってください! その道はカエルたちが多すぎる! トラックが横転するぞッ!」

「フロントガラスがカエルやヘビ共で埋まって前が見えないのよッ! それに横っ風が……つ、強すぎるッ!」


突然のエンジン音と共に、滑るように爆走してきたのは外界でいう軽トラックという種の乗り物だ。
まさにあれこそ、紫が恐竜化されていた時に追い回していた、霊夢らが乗る逃走車だった。
運転手を担う赤髪の女性と、幌もボロボロに破れて中の空間が丸見えとなった荷台に座る黄金の髪の少年。あのDIO相手に堂々と啖呵を切っていた黒髪の女性も隣に健在だ。

そして―――

「父さんッ!!」

「霊夢ッ!!」

カエルの網に潜り込んだままの姿勢で、組み伏せていた徐倫と魔理沙が同時に叫んだ。
当然だ。二人にとって追うべき“背中”であった人物の、物も言わぬ躯体を目に入れてしまったのだから。
あんな新聞などより遥かに、ひしひしと伝わってくる。
我が父が、我が友が、『死に掛けている』。否応に湧き上がる、その絶望が。


366 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 16:37:32 LCC8lXpI0

「ジョルノ! トラックが倒れる! その子を掴んで!」

「リサリサさんは彼をお願いします!」

隠れ里から飛び出してきた、トラックというよりかは最早ひしめく生物に包まれたオブジェとも言うべき車が、その勢いを殺せぬままに徐倫たちの方角へ爆走してくる。
そして今まさに、トラックは余りある物量の残骸と化したヘビやカエル共の山にタイヤを取られ、横転を開始し始めていた瞬間であった。
不自然に横面から猛烈な速度で飛び込んでくる突風が、車の転倒にも一役買っている。
この些末を見て徐倫は納得がいった。この暴れ気象を生み出しているウェスは、自分達五人ではなく負傷者を乗せた彼らトラック組を攻撃していたのだ。
物のついでのように攻撃を受けていたことが発覚した徐倫は、更なる憤怒をかつての仲間に向ける。

そんな慌しい自分達の存在に気付いていないかのように、トラックに乗った人間達は車の横転に備えてしがみ付く。
だが承太郎も霊夢も、沈んだ意識のまま。その上に瀕死という身体で荷台から放り出されれば、彼らの生命に止めを刺されかねない。

「トリィーーッシュ!!」

「わかってるわよッ!! スパイス・ガール!」

ジョルノの意図を阿吽で察するまでもなく、トリッシュは既に自らのスタンドを発現させていた。
ひしめく生物達と突風とに押し出され、派手な音を立てながらとうとう横転したトラックの衝撃は甚大だ。中の住人たちも地面に向かって弾き飛ばされていく。
瀕死者にとって致命的な衝撃になりかねない大地との激突を、物体を柔らかくするスパイス・ガールが寸でのところで防いだ。
どんなに有り得ない硬度を纏った物体だろうが、トリッシュがひとたび拳を振るえば、それは決して割れない豆腐の如き柔軟性へと変貌する。

「へえ……口先だけ粋がった、ただの小娘ではなさそうね」

「見栄ばっか気にしてはすぐ男に頼るような、その辺の小便臭いオンナ共とは一味違うってことよ」

リサリサは仮面でも被ったような冷たい表情を僅かに微笑みへと変えることで、トリッシュへの尊重とした。
かくして「ボヨヨン」という気の抜ける擬音と共に、トラック内の五人が五人とも無事に着地を為せた所で……この悪夢は終わったりしない。
依然、霊夢も承太郎も瀕死の状態が続く。トラックが走行不可となった今、彼らという重りが、ジョルノらのフットワークを余計に削ぐ。

「でも……チクショウ! 何なのよこのカエルやヘビは!? あの天候男……天気を操るスタンドじゃなかったの!?」

「本で見たことがある……! 突然、空から蛙、蛇、魚や羊の群れなどが降ってくるという異変の話を。
 原因は竜巻だという説もありますが、結局真相は未だ謎のまま……どちらにせよ『コレ』の原因はあの男で間違いないでしょうが」

運転席に篭城するトリッシュと、植物の草葉を作ってカエルたちの雨から身を守るジョルノたち。
猫の隠れ里内にて突然この奇襲を受けた彼らは、異変の源がポンペイ遺跡で小傘を襲った天候男の仕業によるものだと気付いた。
気付きながらも、あんな空高くから空爆を受けたのではとても反撃できない。結局は今までのようにトラックでの逃走を図ったところで、成す術なく引き摺り出されてしまった。

「リサリサ! 霊夢たちは無事なのかい!?」

「諏訪子……! …………とりあえず危ないところは乗り切ったわ。今のこの現状を『無事』だとは、とても言えないけど」

この雨のド真ん中に立つ二人の女性、その片方の存在に気付いた時、リサリサは小さな安堵の息を吐かずにはいられなかった。
とはいえ、それに気付けた者は居ないし、この驚天動地のような景色の中にそんな余裕を持つ者も居やしない。
敢えて言うなら、この場で最も平常心を保てている者が―――其処の注目を残らず掻き集めるかのように、吼えた。

「おいアンタたち!! 神様同士の決闘に次から次へと水を差すんじゃないよ!」

ここで初めてジョルノらが、今この状況がいかに切迫した修羅場であるかを悟った。
追撃の手を止める為に自ら降りていった殿組三人の内、諏訪子だけが五体満足でいる。
そして更に見知らぬ女性四人――八雲紫・八坂神奈子・霧雨魔理沙・空条徐倫――が、新たな登場人物として加えられた。
紫の衣装を纏った金髪の女性は立ち位置からして諏訪子らの味方のようだが……厄介そうなのは巨大な注連縄を背負った女性。
今、偉そうに大きな声を上げた女は、いかにもこれから一戦暴れようといった気概を抑えきれずにジョルノたちを睨みつけている。


367 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 16:38:47 LCC8lXpI0

「とりあえず諏訪子さんが無事で安心しましたが……今、どういう状況ですか?」

ジョルノが努めて冷静に、無事な姿を見せる仲間に状況を問い質す。

「あーうー……それはこっちが知りたいんだけどなあ」

諏訪子が困った顔で、周りを見渡しながら口を閉ざす。

「諏訪子。あの追手たちはどうなった?」

リサリサが凛とした様子で、後方を追撃していた二人組の末を訊く。

「おい霊夢! お前、なに勝手に負けてんだよ霊夢ったら!」

魔理沙が必死な声で、友達に叫び続けている。

「父さんッ! そのケガ……一体、誰にやられたんだ!?」

徐倫が信じられないといった表情で、父親の心配をする。

「ジョルノ!! どうすんのよこの状況! どうやって空にいるアイツを叩くの!?」

トリッシュが運転席に閉じ込められたまま、頼れる頭脳に状況の打開策を問う。

「おーい! 神サマを無視するんじゃなーい!!」

神奈子がカエルとヘビの雨の中、苛立たしげに声を張り上げる。

「あらあらあらあら。……ちょっと人が多すぎませんこと?」

紫が極めてマイペースに、ここに居る人数を数えている。

十人。意識のない霊夢と承太郎を除いても、八人の人・妖・神がそれぞれ一堂に会しているのだ。ここに外側から雨あられを降らし続ける空の襲撃者まで居るのだからタチが悪い。
ややこしい状況を輪に掛けてややこしくしているのが、空の厄介な二人組だろう。
一寸途切れることなく降り続けるヘビとカエル。これをどうにかしなければ、神様を除いたこの場の全員が全員、ロクに動けないのだ。
ただでさえ一触即発の諏訪子と神奈子が、危険度Sを振り切る毒雨の中、お構いナシにぶつかり合う寸前。もはや収拾が付かない。


「―――ジョルノ・ジョバァーナ」


まるで死の憑く雨が如く、篠突く雨の中。
ふしぎに澄んだ、笛のように綺麗な声が。
戦場に降り立った女神を思わせる―――八雲紫の声が、雨粒と雨粒の間を反射させるかのように、ひっそりと響いた。


「……貴方は、」


懸命に霊夢を毒ガエルの魔の手から守るジョルノだけが、その声に気付いた。
自分と同じに黄金の髪を持つ、妖艶な女性。
初めて顔を合わせた筈にもかかわらず、どこかで見た気がするというおかしな意識が頭に残る。
すぐに答えは出た。あの紅魔館のエントランスホール、ディエゴの隣で従事するように仕えていた恐竜……その人なのだと。

奇妙な示し合わせだ。恐竜だった頃とは似ても似つかぬ容貌であるのに、不思議なことにジョルノには、どうしてかあの恐竜が彼女だと一目で理解できた。

「私の代わりにその子を……霊夢を救ってくれたのですね。心より、感謝します……ありがとう」

スッと頭を下げるその礼は、清く静かなる一動作でしかなかったが、これだけで彼女がこの博麗霊夢を真に大切に想っていることが分かった。
依然、霊夢の命を救えたとはまだまだ言えないラインであったが、この時ばかりはジョルノの心にも爽やかな風が吹いた。

人に感謝される。ギャングではあるが……いや、むしろギャングであるからこそ、他人との『信頼』を大切にしていくことが重要だとジョルノは考えている。

「いえ……とある人物との約束ですので。それに彼女はまだ重傷人です」

「ええ。もう少し落ち着ける場所に移動したいのだけど……あの空の奴らが邪魔ね」

「生憎、僕は霊夢さんから離れられません。奴らを撃ち落とす方法……何か名案でもありますか?」

「こっちも空を飛ぶ手段は無くはない。貴方は引き続き、治療を優先してください。……こちらのことは、こちらで」

「お任せします。……お名前を訊いても?」

「八雲。八雲紫と言います」

忙しない雨と、けたたましい轟音の中である筈だったが。
どうしてか、離れた距離からでも二人の会話は綺麗に通じ合った。
秘めた意志を燃ゆらせていることを、互いの瞳を通して感じ合えるほどに、静かだった。


368 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 16:39:19 LCC8lXpI0


「ジョルノ、トリッシュ! 上から来るわッ!」


リサリサが声高に叫んだ。

この戦場に災厄の雨を降らせる張本人……その男が自ら雫の一部となって、



     ボ フ ン ッ !



隕石のように落下してきた。



「…………っ!? なんだなんだ今度は何が降って来たんだ!?」

「……魔理沙、―――『奴』よ……!」

突如として舞い降りた仇敵の姿に、魔理沙と徐倫は改めて身を引き締め、

「おやおや。まさか自分から降りて来てくれるなんてね」

「増えたねえ。コイツで何人目? 今何人ここに居る?」

ニヤニヤと笑う神奈子をよそに、諏訪子はグルリと周囲を見渡しながら、

「人間の方だけか。私としましてはあの鴉の方にも用があったのですけど……コイツをとっちめて叩き落してもらうしかなさそうね」

捉えどころのない、不気味で不吉な金色の瞳を、紫は男に向けて凝視し、

「厄介な相手です……! 怪我人がいる以上、僕とリサリサさんは応戦できそうにない」

「不思議な着地をするのね、あの男。アレも『スタンド使い』という奴かしら?」

「夜に会ったわね。アイツには、ちょっと恨みもあるのよね」

ジョルノもリサリサも、意識の無い二人を庇うように盾となり。
トリッシュは、一度戦ったその相手を鋭く睨む。



「……痛ー……ッ! あの、小娘……次会ったら殺してやる……ッ!」



男―――ウェス・ブルーマリンを名乗るスタンド使いが、戦場の真ん中でゆらりと立ち上がった。



「―――さて。見知った顔も何人か居るが…………数が多いな。面倒だ、死にたい奴から名乗り上げてくれ」



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


369 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 16:41:04 LCC8lXpI0
『ウェス・ブルーマリン』
【数分前:昼】D-2 猫の隠れ里 上空


1922年9月5日。フランスのシャロン=シュル=マルヌで、二日間にわたりヒキガエルが降り続けたという報告がある。

1954年6月12日。イギリスのバーミンガム市サトン・パークで、シルヴィア・マウディ夫人が小さな息子と娘を連れて雨宿りをしていると、何百匹ものカエルが空から降ってきた。
カエルは往来の人々の傘に当たって跳ね返り、地面に落ちるとピョンピョンと跳び回ったので気味悪がられた。

1969年。イギリスの著名な新聞コラムニストであるヴェロニカ・パプワースによれば、彼女が住んでいたイギリス・バッキンガムシャー州のペンという町で、数千匹ものカエルの雨に見舞われたという。


「―――それって、いわゆる『怪雨』?」

「竜巻やら鳥が落としたやらって説はあるが、原因は結局不明のままだがな。カエルやヘビが恵みの雨のようにドサドサ降ってきたって話だ」


隠れ里上空。どこからともなくカエルとヘビが降り頻る、嘘のような光景の中だった。
はたてがその細い両腕でウェスの腰を抱えながら、バタバタと慌しく翼を動かしている。
傍から見れば随分と可愛げのある画だが、当のウェス本人はふてぶてしい面構えに加え両腕まで組んでいる為、どこか格好が付いている。

「へえー面白いわね。でもこのカエルたちが仮に竜巻でピョ〜ンって吹き飛んできてるってのなら、ちょっとおかしいわよね。
 だってこの会場、参加者以外には基本的に生物居ないっぽいし」

「ウェザー・リポートは天候を操る能力……というより『気象現象』だな、これはもう。
 過去にそういった気象が確認されている以上、カエルもヘビも『天候』なんだよ。俺のはオマケとして『毒』が引っ付いてきてるがな」

「なんか……なんでもアリね、スタンドって。私たちは大丈夫なんでしょうね」

天候を操るにあたり、ある程度の融通は利いてしまうというのがスタンド能力の出鱈目な部分であろうか。
『カエルやヘビが雨のように降ってきた前例があるから、これは気象の一つである』
やや強引すぎないか、という一般的な理解としては当たり前の感想がはたての脳内を巡るが、事実、目の前の光景はそれを物語っている。
自分自身までこの天候に巻き込まれては元も子もない程の広範囲攻撃だが、これもかなり細かい範囲で操れるらしい。自分達の周囲だけはこの怪雨も綺麗に避けて降って来ている。

「……見ろ、トラックが横転した。これで奴らは行動が制限されたってわけだ。
 どうやら他にもウロチョロしてるのが何人か巻き込まれてるようだが……丁度良いな。このまま全員、雨の藻屑にしてやる」

「…………」

眼下で起きる常識離れした状況。紛れもなく、このウェスと―――そして自分が起こしている、乱痴気騒ぎであった。
はたては苦虫を噛み潰したような表情を作り、口をつぐんだ。黙りたくもなる事態である。

別にこれはやりすぎだとか、卑怯だとか、そういう場違いな道徳を持ち出したいわけではない。
むしろメチャクチャ面白い。こういった、新聞の格好の画になる光景こそはたての求めるネタには間違いないし、その結果で誰かが死ぬのは……それは気の毒とは思うが、仕方ないことだ。
どっちにしろこの世界ではどう足掻こうが、結局誰かが死んでいくのだ。撃たれて死ぬか、毒で死ぬか。そういった些細な違いでしかない。


370 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 16:42:13 LCC8lXpI0
だが……そういった事件に自分が直接関わってしまうのは、はたてとしては不本意。
要は嫌なのだ、自ら手を汚す行為が。
記事を使って他人を煽って……それで更なるネタを発生させて、また記事を作って……
そういう、間接的に殺し合いを加速させる行為ならばまだ自分を納得させられる。

(だって、私が殺すわけじゃない。―――悪いのは、責任があるのは、私じゃなくって殺した本人)

文も言っていた。写真に自分のショットを入れてしまうのは三流記者のやることだと。
記者として、あくまで自分は第三者の立場で記事を作らなければならない。ねつ造も工作も仕込むことはあるかもしれないが、そこに自らを匂わす影を直接入れてしまうようでは、記者失格なのだ。

―――というのが、はたての表面上で考える建前であり。

本当の所は、そうではない。
単純な話、はたてには他者の命を直接的に奪う度胸が備わっていないだけ。
もっともらしい倫理性を盾にしただけの、ずる賢い臆病者。
それが『姫海棠はたて』という鴉天狗の、何ということのない不修多羅なる正体であった。

仮にはたてから『新聞記者』という職業を取り上げたら、記者ですらなくなった彼女は……あっという間に殺されるに違いない。
敵意を向けることにも、向けられることにも、等しく弱いのだ、はたては。
唯一、『新聞記者』という、大きな心の柱を芯にしていられるからこそ、はたては折れずにいられる。


『新聞記者』から『殺人者』へと成り代わってしまった時……そのときこそが、彼女の折れる時である。


「……ねえ、私言ったよね? 運ぶだけだって。これじゃ私がアンタと協力してアイツらを攻めてるみたいじゃない」

「……『みたい』? そいつはギャグのつもりか? 実際にその通りだろう、誰がどう見たって」


その通りであった。
だからはたては協力者であるウェスに一言、そう物申した。
たまらなく気分が悪い。こうして実際に、己の手で誰かを苦しめている現実を直視するのは、心の中がざわつく気分だ。
第一……

「っていうか! この格好だと写真撮れないじゃないの! カメラが構えられない!」

「知るか」

一蹴された。
はたてにとってはこっちの方が現実的な死活問題である。目の前に美味しいネタが広がっていて、両手が塞がっているというマヌケな理由でカメラに収められないのだから。

さて、それではどうするか。
カメラが構えられないのは、図体&態度のデカイ男が腕の中でどーこーうるさくしているからだ。
目下の所は、この困った状況をスッキリと整理させたい。


答えを導き出して実行するのに、はたての思考は1秒も掛からなかった。



「――――――ごめんねっ」



ぱっ



「――――――は?    て め…………ッ」



そして男の体は見る見るうちに豆粒のように小さくなり、こうしてはたては自由を得た。
あの男は天候を操れる。この程度の高所から突き放されたところで、勝手に何とかしてくれるだろう多分。
はたては小さく舌を出しながら挨拶ばかりの謝辞を述べると、毒ガエルの雨に巻き込まれないよう、近隣の木の下まで飛び込んだ。
これでようやく記者としての本領発揮。先までの葛藤など何処へやら、はたては胸踊る気持ちでカメラを構えるのだった。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


371 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 16:44:41 LCC8lXpI0


「ウェスゥゥウウーーーーーーーーーーーーッ!!!」


徐倫が叫ぶのも無理はない。ついぞ数十分前の出来事を心の棚に仕舞っておくのは、あまりに早すぎる記憶だ。
仲間と殺し合いを行い、捨て身の攻撃で敗北し、逃走してきたばかり。そこから猶予など挟まず、男は追ってきた。
かつてウェザーだったこの男は、本気の本気で、皆殺しを達成するつもりなのだ。

「さっきぶりだな徐倫。それと……こりゃ驚いたな。お前は確かに燃やした筈だと思ったが」

「お前の目ン玉が節穴で助かったぜ。蜃気楼でも見てたんじゃないのか?」

ヤドクガエルの体液から身を守る為とはいえ、徐倫と雁字搦めとなったままの姿勢で魔理沙はふんぞり返ってみせた。
その様は傍から見れば滑稽、みすぼらしい強がりとも言える。が、何故か魔理沙がやればどことなく頼りに感じる。

「それに……お前たちの方は夜中に会ったな。だが……気のせいか数が減ってやしないか? あの中華風の女と、臆病なガキはどうした?」

「黙れってのよ! アンタが殺したクセに……白々しいこと言ってんじゃねーわよッ!」

運転席に篭城したままでトリッシュは、沸き上がるように吼えたくなる気持ちを抑えられない。
紅美鈴を殺害したのは、イタチの最後っ屁とも言えるウェスの手榴弾による爆殺だった。あろうことかこの男は、それに気付いてすらいない様子で、彼女の死を侮辱した。
小傘の死もだ。二人の立派だった生き様を何も知らないクセに、その尊厳を冒涜した。
それが、トリッシュには絶対に我慢ならなかった。

「―――そして、お前か。意外だな、あの『三人』の中じゃあ一番最初に死にそうなツラしてたってのになあ」

「……成る程。あの『氷霧』は貴方の仕業だったってわけね。
 この度は、お初にお目にかかります。死にそうなツラで生還した、八雲紫という名の大妖怪ですわ」


見ている側の神経に障りかねないほどに、温和丁寧な所作で軽くお辞儀をこなす紫。
奇しくも先刻、同じ猫の隠れ里で襲撃を仕掛けてきた男が、今また自分に牙を剥いている。
あの時は顔も目撃できていなかったが、男の口ぶりとこの現象を照らし合わせた結果、あの超低温の氷霧で襲撃してきた男が目の前のコイツだということは容易に察せる。

「どいつもこいつもが、少なからず俺に因縁アリってわけだ。断ち切っとくには丁度イイな。
 因縁ってのは、まるで『引力』のように人と人とを吸い付けようとしてくる。……ウザってえ」

仲間から突き落とされた拍子で逆に頭が冴えきったのか。ウェスは市場の魚でも品定めするかのようにゆったりと、喰うべき獲物たちをグルリと見渡した。
その全員が怨敵を射殺すような視線でウェスを睨んでいた。数にして、八人。ひとりで全員相手にするには、相当骨が折れる数だ。
こうなることを恐れて空爆作戦を遂行したのだが、身勝手な阿呆天狗に台無しにされてしまった。
だったら臨機応変に対応を変えなくてはならない。わざわざ全員抹殺する必要は、今の所はないのだ。


372 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 16:46:48 LCC8lXpI0

(まずは徐倫の父……空条承太郎、と、ついでに隣の博麗霊夢とかいう女も始末するか)

当初の第一目標は彼らであった。後々の最大の厄介な相手にもなり得る承太郎。ここで彼を殺害しておくとおかないとでは、終盤への優位もケタ違いになるだろう。
周囲の邪魔が懸念になるが、この毒ガエルと毒ヘビの雨がそう簡単に横槍を入れさせない。
実際、徐倫も魔理沙も口ぶりではイキがってばかりだが、見ての通りマトモに立つことすら困難な姿勢のままだ。

独りで戦う必要のあるウェスの起こした怪雨異変。この策が、かなり有効に作用している。
後先考えずノープランでこんな戦場に突っ込んでいれば、さっさと袋叩きに遭うのがオチだったろう。


「―――とでも、思ってたんじゃないのかい? アンタ……藪をつつきすぎて大蛇を出しちまったねえ」


ズイと、一際目立った衣装を施した女が、毒雨の中を物ともせずにウェスの前へ一歩踊り出た。
奇妙な光景である。ウェスは天候を操り、雨の被害に巻き込まれないよう自分の周囲にのみ平常気候を纏っていた。
ところがこの女はどうだ。さっきから全くカエルに降れられても触れられてもいない。地を這うマムシも、地震の前兆に大群で逃げ出すネズミの如く、彼女を恐れるように一斉に避けている。

(何だ、この女……。まさか、俺と同じ能力……?)

内心、動揺を隠せないウェスの危惧は概ね当たりである。
八坂神奈子。かつては、だてに風雨の神を名乗ってはいない。この程度の児戯で、本物の神々を慄かせたりは出来ない。

「まあ、ちょっとは驚いたけどさ。でも天候操作は守矢の特権なんだ。ただの人間がおいそれと奇跡なんか起こしちゃあ、こちとら商売上がったりよ」

この程度の異変など、出先で夕立に降られたように些細なもの。神奈子のしたり顔は、ウェス相手にそれを如実に悟らせた。


(―――なーんて言っても……こりゃちょっと本気で驚いたわね。『天候操作』という一点だけなら、コイツ……私たちより『上』か?)


鼻で笑う神奈子の表情の下は、若干の焦りが浮き出てくる。
何しろ相手は見たところ神でもなく、早苗のような現人神でもなく、ちょっと目つきが悪いぐらいの至って普通の人間だ。
そんな一人の人間が、いとも簡単に気象を自由自在と呼べるまでの操作を行っている。

信じられないが、これはハッキリ言って神奈子以上だ。
神奈子とて天候を操る程度は可能だ。……が、例えば雷を特定箇所にピンポイントで落とす事など不可能だし、ましてやカエルを降らせるなど考えに及んだことすらない。
あくまで気象を起こす程度のもの。精々が自分に雷が落ちないよう操作出来るくらいで、嵐は呼べても細かい気流の操作は難しい。

気に入らない。
神奈子の、というより神としてのプライドが、たかが人間なんぞに神を凌駕する能力を操れることが、気に入らない。
自身の領域に土足で侵入してきたこの人間が、物凄く気に入らない。


「ちょいちょい。アンタ、ジョルノの話に出てきた天候人間だね? 遥々、天狗タクシーでお越し頂いて悪いんだけど……
 神のケンカに割って入っておきながら、まさか『まずは怪我人からやっつけよう』……って作戦かい?
 ―――神様、舐めんな」


ウェスと霊夢らの間に立つように、諏訪子が言葉を挟んできた。その背後には紫がいつでも援護できるよう、応戦態勢に入っている。
諏訪子と神奈子とウェス。真上から覗けばこの三人でちょうど正三角形を形作るように、三つ巴となって形成された布陣だ。

その間合いを見てウェスは察する。神奈子と呼ばれたこの女、おそらく殺し合いに乗っている。
彼女が今まさにこの集団を襲撃してやろうと飛び出た刹那、ウェスとジョルノたちの攻防が入り込んでしまった……といった所か。
少しややこしい場面に遭遇したらしい。だが同時に好都合でもある。
1対8だと思っていた図式だったが、真実は1対1対7らしい。
向こうで治療中のジョルノとリサリサを実質木偶人形に数えると、1対1対5だ。充分勝ちの見込める数字であった。


373 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 16:48:06 LCC8lXpI0

「神サマ、か。随分チビッこい神も居たもんだが……お前はカエルの神か何かか?
 幻想郷だか何だか知らねーが、『井の中の蛙大海を知らず』って諺もある。小っせえ井戸の中で、お前は豪雨に溺れて死ぬんだ」

「面白い人間だね。でも残念、私は外界から越してきた神さ。
 『意のままの蛙大侮を知り尽くす』……程々に軽んじて相手してやるよ。じゃないと人間はすぐに死んじゃうからねえ」

ケラケラとせせら笑う諏訪子の態度に、外見相応の無邪気さは感じられない。
こんなガキが神などとは全く冗談甚だしいとウェスは吐いて捨てたかったが、肌に突き刺さる両者からの殺気は果たして本物だ。

藪をつついて大蛇。神奈子の言ったことはあながちその通りかもしれない。
本物の大海を知らない自惚れた蛙なのは、果たして諏訪子か……それとも。

飢えた蛇と蛙に喰われるのは、人間である自分なのか。
こんな場所に突っ込んだのが、そもそもの過ちなのか。


「ヘビを降らせるから……何? 悪いが、ここで言う人喰いヘビは―――私だ」
八坂神奈子が、身の毛もよだつ瞳を彩り、構えた。


「毒ガエルの一兆一京降らせたところで、従える神はお前じゃない―――私だ」
洩矢諏訪子が、背筋の凍る殺意を漲らせ、構えた。


「――――――足りねえな」
ウェス・ブルーマリンが、一口に言って、構えた。


「三つ巴には、ヘビとカエルだけじゃあ足りねえ。流石にナメクジを降らすことは出来ねえが……」
ウェス・ブルーマリンが、己の精神像を隣に立たせた。


「カタツムリで良けりゃあ、プレゼントしてやるぜ。……お前らがカタツムリみてえに、地面をグズグズ這うんだ
 もっとも、俺一人でヘビもカエルもカタツムリも生み出せる。さて、この三つ巴で一番上等なのは誰だ?」


ウェザー・リポートの、封じられた禁断の能力―――『ヘビー・ウェザー(悪魔の虹)』
虹に触れた者全てをカタツムリへと変え、じっくりと終末に追い込んでゆく、まさに悪魔の能力。
この殺し合いでは彼にとって不運なことに、制限という枷によって再び封じられていた。
そんなことはウェスからすれば些事だ。カタツムリのように土を噛ませ、地面を這わせるには『暴力』一つあれば充分事足りる。

「一つ、訊きたいんだが…………『神サマ』ってのァ、ただ人を愛してしまっただけの純粋な少女ですら……天罰を下すのか?」

「……あ?」

「いや………………彼女に、ペルラに起こった悲劇は、誰が悪かったとか、誰の罪だとか…………そういうんじゃあない」

ただ、数秒。
その一瞬ともいえる、ごく短い時間。
ウェスの瞳は、殺人鬼のそれでなく……“かつて”の、人間の色を取り戻していたように―――徐倫にだけは、そう見えた。


「ただ俺は――――――『神』が嫌いだ。それだけを……言いたくてなッ!」


ほんの僅かな間だけであった。
男は一人の人間から、元の殺人鬼―――悪魔が宿すドス黒い色彩の瞳へと、戻った。
全く同時に駆け出す。殺す対象は……喰う対象は、カエルからだ。
諏訪子に向かって、スタンドの拳を突き出す。傍にもう一人、自称大妖怪の金髪女が睨んでいるが、お構いナシだ。

土台、この場で皆殺しなんて到底無理。結局は当初の予定通り、まずは承太郎を始末する。
そこからはヒット・アンド・アウェイ。他の獲物を殺せる機を見つけては叩き、適当なタイミングで身を隠す。
無茶するべき場面では無茶をし、無茶するべきでない場面では身体を休ませる。長い戦いを基本一人で生き抜くためには、この方法が最も効率が良い。

「―――紫! 援護、お願い!」

「必要とあらば」

「おっと私に背中向けるなんてね! あと諏訪子、巻き添え食らっても言い訳しないでよ!」

迫ってくる悪魔に、諏訪子も紫も弾幕展開の準備を始める。
あわよくば全員一度に仕留めようと、神奈子はウェスの背中と諏訪子らを攻撃範囲に入れてスペルカードの詠唱を始める。
ここに来て未だ何も出来ない魔理沙と徐倫。せめてこの毒ガエル共の雨さえ無力化できれば……と、唇を噛む。


374 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 16:49:26 LCC8lXpI0
益々激しくなる、雪崩のような雨。
もはや隣に居る者の声さえ、叫ばなければ聞こえないほどの轟音。


その轟音の中に、トリッシュの声が混ざっていた事に気付けなかったのは……あるいはジョルノ最大の失態かもしれなかった。






――――――籠の外で悪魔が、常闇に咲く虹のように…………薄気味悪く嘲笑った。

















  「―――『キング・クリムゾン』―――」

















―――――――――。





「…………………………っ!?」


時間にしてそれは幾許か。
ここに立つ全ての人妖神へ、たとえ平等に『時』という名の物差しを分け与えたとしても。
今、この『時』に関して言えば……それは無用の長物に過ぎないのだ。

『体感時間』―――肺から凍えるような冷気を吐き出しながら、翔け抜けたウェスの体感時間に異常が起こった。
これが異常でなければ何だ。立ち塞がる諏訪子と紫を蹴散らす勢いで走り始めたウェスが、


まばたきをただ一度だけ行い、再び目を見開いた時には―――諏訪子らの傍を通り抜け、ジョルノとリサリサの目の前にまで到達していたなど。


375 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 16:51:45 LCC8lXpI0


「……………………ッ!?」


数拍遅れ、諏訪子も紫も事の異様さに衝撃が走った。
目の前から差し迫ってきていたウェスが、まばたきをした次の瞬間には同じく、背中側に突き抜けていたなんて。
神奈子も、一瞬で遠のいた目標物の瞬間移動が如き奇術に、その手を止めてしまった。
皆が皆、普段とは明らかに異なる体感時間を一瞬にして体験した。
まるでこれは―――

(時間を止め―――!?)

誰よりも早く、大妖怪八雲紫が真実に到達しかけ…………だがそれは誤った真実だということに、すぐに気付いた。
あのメイド長のように、あのDIOのように、ただ『時』を止めたのでは説明できない感覚だ。

誰もが同じ『体感時間』という物差しを配られ、同じ体験を過ごした。

ただ一人……この場に居る誰でもない男。その者が所持できる『絶対時間』という帝王だけの物差しが、



―――全ての地を這う獣たち。彼らの時間を絶対的にブチ抜いた。



「…………こ、この『現象』は、まさか……ッ!」


戦場を一歩、蚊帳の外から刮目していたジョルノだからこそ、理解できる事実がある。
苦難の道を歩み終え、眠れる奴隷を解き放てた彼だからこそ、理解できる現象がある。


「今……『時間』が飛んだぞッ! まさか『奴』が近くに…………トリッシュ! 周囲を警戒してくださいトリッ――――――」


幾多もの驟雨に蝕まれた死骸の上を、太陽のように眩しい夢を信じるジョルノの瞳が映した。
少年の瞳が、見る見るうちに濁る。運転席にて毒の雨から身を守っていた少女の姿が、そこに無く。

蛙と蛇の死骸の上。
土に寝かせられた死骸は、墓標だ。
墓標の上に、求めていた赤毛の少女の姿が転がっていた。

その腹に、拳大の風穴を空けられて。
降り積もる蛙と蛇と、水色の雨粒に交ざりながら真っ赤な血が滴っていた。


「――――――馬鹿、な」


震える声と呼べるものを吐き出せたのは、ここではジョルノ一人。
それ以外の全ての者達が、事態の理解に及ばず、愚かにも動きを止めて言葉を失っていた。

絶句。
静寂。
ザアザアと絶え間なく憎悪の雨が落ち続けているというのに、全員の鼓膜にはそのノイズすら聴こえることなく、ただ絶句しながら見ていた。

承太郎を仕留める格好の好機である筈のウェスも。
その殺人鬼を再起不能へと成せる諏訪子も、紫も。
一網打尽に掃討する手段を持ち得ていた神奈子も。
毒雨から逸する策を練っていた徐倫も、魔理沙も。
任せられた責を果たすべく場に留まるリサリサも。

ジョルノ以外の、全ての『時間』が止まっていた。


376 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 16:55:41 LCC8lXpI0




「トリッシューーーーーーーーーーーーッッ!!!!」




木霊と共に、再び時は流動を開始する。
この上ない悲劇を突きつけられたトリッシュへ、すぐさま治療しようと雨の中構わずジョルノが飛び駆けた。
霊夢の身体は今尚完治してなどいないが、ある程度の余裕は生まれてきた。今は、救える仲間の命を優先するべき場面だ。

「ジョルノ。……急いで彼女を」

ジョルノの咄嗟の行動と連動するように、リサリサが前へ出る。
強敵ウェス・ブルーマリンの眼前へと。

「……何が何やらわからんが、俺が手を下すまでもなく勝手に死体が増えたらしいな。お前もそこの赤毛の仲間入りしたいのか?」

トリッシュ治療のジョルノを守るべく、今度はリサリサが盾となる。
空降る毒ガエルの雨は脅威に他ならないが、リサリサの体表面を滑る不思議な閃光が、毒生物たちの突撃を軽く弾き飛ばしている。
極上の波紋戦士リサリサに、毒など問題にならない。より問題なのは、この男の操るスタンドの方だ。

「トリッシュ……!? どうしたのさジョルノ! 何が起こっているんだっ!?」

流石の諏訪子も通常の落ち着きを忘れ、慌てふためる。
敵は神奈子とウェスの二人ではなかったのか。その他にも、どこかに新たな敵が潜んでいるということなのか。
異常だ。異常だからこそ、この場の全員が迂闊な行動を控えざるを得なかった。


377 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 16:56:10 LCC8lXpI0


そしてここに来て、物語は更なる登場人物を舞台に押し上げる。



「――――――あ…………ボ、ス……ゥ………っ ぼく……やり、まし……た…………!」



呻き声を上げながら、その少年は“いつの間にか”そこにいた。
横になったトラックの運転席。散々たる有様と化した空間の中、本来トリッシュがいた筈のその中に、見知らぬ人物が倒れている。

彼の名はドッピオ。
その名も、その顔も、少年を知る人物はどこにも居なかった。

つい、今の今までは。

「…………ッ! な、なんだその少年は!? このカエルの雨の中……いつ、どこから現れたのだ!」

完全なるイレギュラー。ジョルノですらこの少年の存在自体はかねてより認知していても、顔までは知らなかった。

いよいよ混乱も極まりつつある。

唯一と言っていい、ドッピオを知る人間がとうとうここまで追いついてきたのだから。




「ディィィィィイイイイイイイイイイイイイアアァアアアアアァアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーー




獰猛に咆える、地上の兎―――獣が、悲願の寸前にまで腕を伸ばしてきた。

鈴仙。
確かなナニカを求める為……そして仇敵を抹殺する為。
その名を捨ててまで。
永遠亭という繋がりを断ち切ってまで。

やっと。
到頭。
到頭、辿り着いた。



ァァアアアボォォオオオオオオオォォオオオロォォオオオオオォォォオオアアアアアァァーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!」




ここに最後の舞台役者が出揃った。

然らば――――――いち早く役目を終えた役者も……せめて最期はまどろむ様に逝くのだ。

悪夢を魅せつけるのは、いつだって悪魔《DIAVOLO》だ。

安らかなる安寧の幻夢か。身を切られるような深淵の悪夢か。

どちらにせよ……眠りにつく者にしか知り得ない、永久の夢。

それでも。

それでも先に旅立つ者は―――黄金のような『夢』を、誰に語るでもなく。

その胸の内に、夢想のように抱いて。

上を―――あの空を見上げながら、眠るのだ。








▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


378 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 16:59:04 LCC8lXpI0
『DIAVOLO』
【昼】D-2 猫の隠れ里の地下 地霊殿


とおるるるるるるるる……

とおるるるるるるるる……

とおるるるるるるるる……

とおるるるるるるるる……

とおるるるるるるるる……

とおるるるるるるるる……

とおるるるるるるるる……






これはわたしの……そうだな。
夢、と言っていいのかもしれない。




あの狂気の瞳を映した赤い目の悪魔。奴から受けた、心底堪え難き悪夢。
『ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム』の呪いを受け、永久の悪夢を魅せられ続けていたあの頃とよく似た、狂った夢。
眼孔から溶岩を流し込まれ、脳髄に五寸釘を数秒間隔で打ち込まれ、胃の中を腐った生ゴミで埋め尽くされるような。
そんな、不快感と呼ぶにはあまりに底気味悪い夢を、もはや何時間魅せられてきたことか。

その間、心から神に縋る気持ちでわたしはコールを流し続けてきたのだ。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。

もうダメかと思った。腹心の部下は二度とわたしの声に応えてくれないと、絶望が心を包んだ。
何もかもを諦めかけた、その時だったよ。


とおるるるるるるるる……

とおるるるるるるるる……

とおるるる――『ぷつッ!』



『も……もし、もし…………ドッピオ、です』

「お、……おぉ、おお! 無事だったか……! よくぞ出てくれたぞ、わたしの可愛いドッピオ……!」


379 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 16:59:51 LCC8lXpI0
こういうのを奇跡、と言うのかもしれない。ゴールド・エクスペリエンス・レクイエムの呪いを脱し、今またあの兎の呪いを脱する機に繋がった。
電話の向こうの腹心は、酷く気だるげな声で朦朧としながらも、わたしの声に返事してきた。

「お前に繋がるのをずっと待っていた……! 随分と眠たそうな声だな、睡眠中だったか?」

『あ…………ぼ、ボスっ! ぼくも、ずっと待っていたんですよ! ようやく……ようやくあなたの声が聴けた……!』

「ああ、言わずともいい。お前のことはわたしが誰よりも知っている。―――独りで、ずっと戦っていたのだな」

『ボス……! ボスぅ……! ぼく、ぼくは、ずっと……!』

感動の対面――面は合わせられていないが、とにかく奇跡的に我が部下と『繋がった』。
わたしが『外』に出て行けるチャンスは、今を逃せば次はいつ来るか……! それほどまでに、あの兎から打ち付けられた『楔』は深い。
しかし最大の『幸運』は今を置いて無い。わたしには……『ある考え』があった。

「ドッピオよ。今まで本当によく戦ってくれた。この殺し合いでのことばかりではない。
 わたしとお前は一心同体と言えるほどの、信頼しあう主従だ。わたしはお前無しでは、帝王の座には至れなかったろう」

『ぼ、ボス……?』

「千載一遇のチャンスなのだドッピオ。……今、ここより近い場所――恐らく上だ。我が『娘』、トリッシュが居る。なんとなく分かるのだ」

『…………』

「わたしが今、『そこ』に出て行けば、トリッシュの方もわたしの存在に気が付くだろう。……言いたいことはわかるな?」

『……ええ。分かりました、ボス。……ぼくがなんとか、何とかトリッシュに近づいてみせます』

「流石だドッピオ。わたしはお前のそういう執念を、何よりも頼りにしている。―――もう少しだけ『エピタフ』の力をお前に貸そう」

『任せてください。必ずやあなたの期待に沿えるよう……やり遂げてみせましょう』

「信用しているぞ……わたしのドッピオ」

通話はそこで、再び切れた。
ドッピオは何も―――あえて何も訊かなかったが、きっと全てを察していただろう。


恐らくこの通話が……わたしとドッピオの『最後』の通話になるだろう、ということを……


それでも。
それでも、わたしと真に心を通わせる繋がり……『家族』なのは、アイツだけなのかもしれない。

わたしは今より『繋がり』を、自ら断ち切る。
だがそれは『捨てる覚悟』とは違う。繋がりの『手段』は消えても、我々の『絆』は決して千切れることはない。

全てが確証の無い賭けだが、ドッピオならば大丈夫だ。
アイツは私の、信頼する腹心なのだから。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


380 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 17:01:19 LCC8lXpI0


『血』……とは、時に厄介である。


人の遺伝子、性質や先祖から受け継がれた因縁、意志を子に遺す。
それは、あるいは愛であったり。
またあるいは、呪いと表現されたりした

多くの場合――あくまで多くの場合であるが――『家族』とは、取って代わることの出来ない唯一の愛。
その唯一の愛とも言える『血の繋がり』が……『親』にとって只々、邪魔でしかない『枷』あるいは『呪い』でしかなかった時。
まだ未成熟である『子』が、親から向けられた敵意に立ち向かうだけの力を蓄えられていなかった時。
壁に圧し潰された子は、どのような末路を辿るのか。
重い枷を断ち切った親は、どのような力を得るのか。

『過去』というものは、人間の真の平和を雁字搦めにする。
かつて男は、人生の絶頂を保つ為に―――あろうことか、娘を自らの手で消し去ろうと目論んだ。


一度は黄金の意志たちによって砕かれたその企みも、起こってはならない巡り会わせという奇跡によって―――再び。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


381 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 17:02:29 LCC8lXpI0
『トリッシュ・ウナ』
【昼】D-2 猫の隠れ里 入り口付近



ジョルノから言われて、ぼんやりと悩み続けていたことがある。



『突然ですが、トリッシュ。貴方は今、夢がありますか?』

『はい?』

『夢や目標。まあ、そんな感じのものです』


夢。
彼らが私を護衛していた期間、たまにジョルノが口癖のように呟いていたのを思い出す。
「このジョルノ・ジョバァーナには夢がある」なんて、少年のようにキラキラ瞳を輝かせて真顔で言うのよ。まあ彼、確か15だけど。
内心、そんなジョルノを羨ましい気持ちで見ていた。彼はその夢の内容を決して語ってはくれなかったけど、でっかい夢だったんでしょうね。
同じく私が小さな頃から掲げていた夢も、まあ中々ビッグな夢だった。でも、無理かなーなんて、歳を取るごとに現実的な視線で改めてた。
だからよ、私がジョルノを羨望の目で見ていたのは。だって彼、実現出来て当たり前みたいに自信たっぷりに言うんだもん。

それを見てね、私も少し頑張ってみようかな、なんて思っちゃったり。
まあ、『歌手』……なんだけどね、夢。

一応、昔から母と一緒にステージに立ったりもした。半分は叶えてたのよ、歌手っていうビッグドリームも。
でも母が死んで、それからちょっと落ち込んで、そしてあのギャング抗争に巻き込まれて……いや私が巻き込んだみたいなものだけど。


そして、ブチャラティたちに出会って。


『ジョルノ……悪いけど、私が今目標を持つのにどんな意図があるの?』

『んー……至極単純ですが、目標があれば頑張れる。ものすごく砕いてしまうと、大方そういう意味です』


目標があれば頑張れる。そうよね、シンプルなことだけどその通りだわ。
もう一度、ステージに立ちたかった。立って、夢を叶えて、そして私は――――――


(ブチャ、ラティ……わた、し…………あなたに………………っ)


一体いつの間に近づいて来たのか。
この身体に穴が開くほんの数秒前……確かに私は『奴』の気配を感じた。
ジョルノたちを守らなきゃって、そう思った。そのプレッシャーが結果的に、焦りを生んでしまったのかも。

ほんの一瞬。
ナランチャが殺された時みたいに、私もほんの一瞬で蹂躙されてしまった。
戦場という籠の外から、あの悪魔は機を待ちながら嘲笑っていたのだ。
まさか最初に私が狙われるとはそのときは思いもしなかったけど、よくよく考えれば当然だ。私とアイツは、互いの存在が分かってしまうのだから。

何故なら『家族』だから。
どれだけ奴が他人を――たとえ娘であろうともゴミのように見下す外道だったとしても。
私とアイツは、残念ながら本物の家族。血が繋がっているのだ、憎らしいことに。

信じられない悪魔ね。
家族なのに、ではなく、家族だから、アイツは私を手に掛けた。



「――――――ッシュ! トリ―――ュ!」



ジョルノの必死な声が、暗闇の底に沈みつつある私の意識を揺らしている。
どんなに深い奈落の底に居ても、どこまでも照らし輝くような、爽やかな声。
今は、その声だって絶望に蝕まれつつある。それがよく分かってしまう。


完璧に致命傷、ね…………もう、ジョルノですら治せないくらいに。


ああ……ダメ、みたい。
もう、何も見えない。視界が、真っ暗、に…………


382 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 17:03:11 LCC8lXpI0



『――――――人生に、本来の『意味』なんてモノはあるのかしら。ジョルノ・ジョバァーナ?』



リサリサさんの言葉が、今になって突き刺さる。
私が生きてきた意味。密かに抱いた夢……『想い』すら、伝えられずに閉じる、人生の意味なんて。

……誓いや、後悔。
…………愛、かあ。

私、今……後悔してる。
夢を叶えて……そして―――『その先』の、やりたかったこと。伝えたかった想い。
そういう、人が誰しも持ってるような……ありふれた幸せに……届かない。
思うに夢ってのは、叶えて終わりじゃあない。
夢を叶えたその先に、本当のやりたかったことがある。


ねえ、ブチャラティ。
私、あの名簿であなたの名前を見た時……本当は物凄く嬉しかったわ。
ジョルノに夢を託して、先に逝ってしまったあなただったけど、この殺し合いに呼び出されて―――本当は私、ちょっぴり喜んだ。
伝えられなかったことがある。
言えなかった気持ちがある。
もしも歌手になれたら……私は、あなたに…………絶対に言いたかったことが……あったのよ……

(…………もう、無理…………みたい、ね)

この気持ちがあったから頑張れた。
ジョルノが言ったように、何よりも代えがたいこの想いを認識出来たから、私は頑張れたの。


ここまで…………頑張れた。


「ねえ……ジョルノ、小傘。
 わたし……『夢』を叶えられなかった。
 わたし、歌手になって……そしてね……ブチャラティに……―――」


それでも……今のわたしは、ちゃんと前を向けてるかな?
上を……向けられてる?



だったら…………わたしの生きた意味は……飛沫に消えた、亜麻色の夢は――――――きっと、






【トリッシュ・ウナ@ジョジョの奇妙な冒険 第5部】 死亡
【残り 55/90】
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


383 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 17:05:16 LCC8lXpI0


あまりにも、あっけなさすぎた。
ボスがもたらす悪夢は、いつだってジョルノに唐突な死を突きつけてくる。


ジョルノの決死の治療も功を奏さず、トリッシュ・ウナは殺された。


その腹に空けられた大穴は塞いだにもかかわらず、彼女が目を覚ますことは無かった。
トリッシュは最期に、何かを言おうと懸命にジョルノと――そして、あの空の隙間に一瞬だけ浮き出た『虹』を見上げていた。
とうとう彼女の口からは一言も言葉が漏れることなく、そのまま眠りにつく様に逝ってしまった。
今際の言葉さえ聞いてあげられず、いとも簡単に仲間を失った。
ミスタ、小傘に続いて今度はトリッシュ。しかも目の前で、何も出来ずに失ったというのだ。


その致命的過ぎる心の隙ゆえ、ジョルノは気付くのに遅れてしまった。
たった今失った筈のトリッシュの肉体に―――不可解な『魂』が宿っていたことに。


「――――――全員、すぐにかたまってッ! ディアボロの仕業よッ! 離れていると『時』を吹き飛ばされるわッ!!」


最後に現れた登場人物、鈴仙。
ヤドクガエルの毒に冒されながらも、執念的な気力でここまで辿り着いた彼女が、爆発するように大声を上げた。

霊夢たちを助ける為、雨の中構わずトラックの後を駆け抜けてきた彼女だった。
全てが手遅れにならない為に。もう二度と、掛け替えのないモノを手放さない為に。

だからこそ鈴仙は、途中で見かけた男女すらも無視してまで、ここまで走ってきたのだ。
愚行だという自覚はある。道端に倒れていた、明らかに只者じゃない男と女――女の方はすやすや寝息をたてる邪仙だった――のトドメすら刺すことなく、傍をほぼ素通りしただけなんて。
童話でいう『ウサギとカメ』の、昼寝こいたウサギを発見したカメのような気持ちであった。ウサギは自分だが。
確証は無かったが、恐らく霊夢らを追っていた追っ手の二人だったろう。この上ない『殺害』のチャンスだったのである。
このまたと無い好機を切り捨て、何より霊夢捜索の目的を最優先させた。まさにお話のカメである。
理由など、考える暇すら惜しい。彼らを下した者たちすらトドメを放棄して先へ進んだのだから、鈴仙もそれに倣っただけだ。

更には、マムシとヤドクガエルの雨の中を傘も差さずに突っ切ってきた。師匠であった永琳ならともかく、自分には毒が効いてしまうのだ。
現に、早速カエルの毒が回り始めてきた。ヤドクガエルの毒は強力だ。この鮮やかな色の皮膚のすぐ下に、吹き矢にも使われるような猛毒が渦巻いていることは知っている。
それでも鈴仙が倒れることなく、この戦場のド真ん中まで到達できたのは(師匠の度重なる実験による毒耐性は多少あるのかもしれないが)ひとえに執念のおかげなのだ。


そして、混沌の中心で彼女は思いもよらない人物に遭遇してしまう。
瀕死の霊夢。雨の中動けずにいる魔理沙。自分をあっさりと下した天候男。
以上に挙げた名など霞むほど、会いたくて会いたくて、そして消し去りたかった男―――ディアボロ。
正確には少年人格の方であるドッピオだが、鈴仙からすれば差異などあって無いようなもの。
今、この場で起こっている状況の正確な所は分かりようもないが、最優先で行うべきは脳に刻み付けている。
一度は霊夢の救出を優先させたが、ゴール地点に『奴』が居るとなると話は別。

到頭、現れた悪魔の抹殺。

コイツを必ず…………殺(け)す!


「うおおおおおおおッ!! 消滅しろディアボロォォオオオーーーーーーッ!!!!」


力を使い切って意識を失うディアボロの姿は、水場から陸に揚げられた魚のようなものだ。
この瞬間をずっと追って来た。己の『大地』を取り戻す為の、孤独な戦い。
それへの終止符が―――いや違う。奴を殺すことで、初めて鈴仙は大地を踏み歩く資格を得るのだ。これは、キッカケを掴む為の戦い。

横転状態のトラックの中、ピクリとも動かない敵に狙いを定めながら鈴仙は走る。
ヤドクガエルの毒がこの命を蝕み始めるまでの数分か、あるいは数十秒か。与えられた猶予の中、我武者羅にひた走る。


384 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 17:05:51 LCC8lXpI0


「次から次へと……今度は『お前』か。これまた丁度いい、お前にも会いたかったぜ」


鈴仙に与えられた猶予を限りなくゼロへと縮めようと、ウェスが一際鋭く視線を走らせた。
先程軽く一蹴してやったウサギ女が、ウェスとの協定をあっさり破り裏切ったにもかかわらず、早くも顔を出してきた。
よほど死にたいらしい。殺意を向けられていることにも気付いていないのか、鈴仙はウェスを見向きもしていないのだ。

隙、丸出しだ。


「―――っとォ! ちょい待ちお兄さん! アンタはこっちで私らと遊ぶんでしょうが」

「……ッ!?」


鈴仙のドタマに拳銃を放つ間際、その腕を神奈子のビーチ・ボーイの針が貫き、空中でピタリと押し留めた。

「邪魔くせえな、お前」

「アンタでしょ、さっきから色々と邪魔してんのは」

殺戮の手段。数多あるその一つを縛られ、女に主導権を奪われたウェスの表情に焦りはない。
ウサギなどいつでも踏み殺せる。承太郎などいつでも撃ち殺せる。
だがこの女は容易い相手では無さそうだ。少し本気で能力を駆使しなければ勝てない相手だろう。

鈴仙に向けた体勢を、もう一度神奈子へと向きなおした――――――その瞬間。


「――――――グッ…………ァ!?」



死したトリッシュの体を支えていたジョルノの両腕が…………吹き飛んだ。



「ジョルノ!? トリッシュ、あなた……!」


リサリサは一部始終を目撃した。目撃して尚、理解がまるで追い付かずにいる。
確かに死亡したように見えたトリッシュが―――ジョルノの両腕をスタンドらしき腕で切断したのだから。

「え――――――」

少年――ドッピオに迫っていた鈴仙も、不可解な現象に戸惑い、その足を止めてしまう。

気のせいなのかこれは。いや……間違いない!
トリッシュと呼ばれていたあの赤毛の人間から……『ディアボロ』の波長を感じ取った!

(な……なに、アイツ……! ディアボロは一体、何処に潜んで――――――!)

これは鈴仙の脳裏に湧いて出てきた、根拠の無い憶測だった。
永遠亭にて奴と戦った時……確かにディアボロの内には波長が『二つ』あった。
それは鈴仙の仇敵であるディアボロの物と……そしてもう一つ。
今、トラック内で意識を失っている少年の物との、二つだ。
そうだ、あの男は『二重人格』だった!

(解離性同一性障害の類……!? いや、だけどこれはあまりにも、異常……!)

二重人格だろうがなんだろうが、肉体は一つに決まっている。
ならばあの少年の方を抹殺すれば、それはディアボロの精神も消滅することと同義。
同義である……はず、だったのに。

だったら何故、どういう理屈で、トリッシュの肉体にディアボロの波長が生まれてきたのか。

どういう理由で、死んだ筈のトリッシュが再び目を見開き、少年の両腕を抉ったというのか。

鈴仙には想像も及ばない。

真相に到達できたのは……ここではやはりジョルノひとりだ。


385 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 17:09:51 LCC8lXpI0


「ぐ……ッ! ディア、ボロ……貴様、トリッシュの『肉体』に…………ッ!」


ここから話すことは、全く突拍子もないふざけた論理だ。
ディアボロとドッピオ。先にこの世に生まれたのがどちらの意識で、どちらが『本体』なのか。それは今となっては本人すら分からないかもしれない。
ギャング組織パッショーネの頂点。『ボス』という座に居座る帝王には、いつしか誕生した『精神』が二つあった。
器となる『肉体』は当然一つだが、ディアボロという名を冠する悪魔には、ある一つの化け物染みた『特技』のようなものがある。

自身の精神を器の外に吹き飛ばし、他人の肉体に潜む……これには『取り憑く』という表現がもっとも適当だろう。

実に荒唐無稽で、馬鹿げた冗句のような内容ではあったが―――ジョルノはかつて、その嘘のような光景を目撃したことがある。
ディアボロは確実に……他人の肉体に取り憑くことが行える。
それが肉体的・精神的な波長が似通った『家族』の肉体であれば、尚のこと容易だ。
しかしあくまで『取り憑く』までであり、他人の肉体を完全に支配――『乗っ取る』ことまでは不可能とされていた筈だった。
ましてや今のように、娘のモノといえどその肉体を十全に動かし、完璧にモノにするなど。

(しまった…………ディアボロがトリッシュを真っ先に狙ったのは……『コレ』が狙いだった!)

他人の肉体を完全に支配できないのは、持ち主の精神が邪魔になるからである。
一つの肉体に精神が二つ……元々の自分の肉体すら、ドッピオが『表』に出ている時は、ディアボロが自在に操作することは出来なかった。

だからディアボロは、まずトリッシュという肉体から邪魔な精神を消し去った。
肉体から持ち主であるトリッシュの精神を消滅させ、すかさずディアボロの意識が入り込めば―――肉体一つに、精神一つ。

トリッシュの肉体を自在に操作することまで可能としたのだ。

無論、医学的根拠も科学的根拠も皆無。故にこの行為はディアボロにとっての『賭け』だ。
トリッシュの肉体だったからこそ成功したとも言える。この馬鹿げた策は、血の繋がった親子という条件が必須だったのだから。
その上、策が成功したとしても、肝心の乗っ取るトリッシュの肉体が瀕死であればまるで意味がない。
下手すれば乗っ取って、そのまま親子共々昇天する未来もあった。
突然の仲間の死に動揺したジョルノが、その肉体をすぐさま治療することを見越しての策。
ブチャラティの時も、アバッキオの時も、ナランチャの時も、ジョルノが起こした行動は一貫していた。その全てを目撃しているディアボロがこれを予想するには難くない策だった。


「冥土の土産の『礼』を言うぞ、我が娘トリッシュよ! この血を断ち切ったことで、我が運命を縛り付ける枷を外したことで……!
 お前という『繋がり』が私をッ! 上へ押し上げてくれたのだッ!」


皮肉以外の何物でもない。親が、子の命を奪ったことで、更なる栄光を歩み始めるなど。
娘の姿で。
娘の声で。
かつてトリッシュだった姿の者が、倒すべき悪魔となってこの世界に顕現した。
トリッシュ・ウナの精神は死亡し、ディアボロとして新たな覚醒を経たのだ。

これが悪夢でなくて、何だ。


「キング・クリムゾンッ! 『時』は再び消し飛ぶッーーーー!」


ジョルノ・ジョバァーナの両腕が地に着く前に。
鈴仙の赤き狂気の瞳が怨敵を貫通するより前に。


〝トリッシュ/ディアボロ〟の姿は、帝王のみに許された絶対時間空間を移動し―――次の瞬間、音も残さず消え去っていた。


腕を吹き飛ばされた衝撃でジョルノの意識が霞む。
本来ならディアボロの至近距離からの攻撃が、ジョルノの心臓を貫いていた筈である。
かろうじて犠牲を両腕だけに留めきったのは、ひとえに生命を感知するジョルノのゴールド・エクスペリエンスが、間一髪でトリッシュの肉体に潜んでいた『もう一つの精神』に気付き、咄嗟に身を引いたからだ。
だが両腕を失ったジョルノは……もはやスタンド能力の行使は不可能となった。


ジョルノ・ジョバァーナは―――再起不能だ。


386 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 17:10:26 LCC8lXpI0


「…………あのディアボロなる男……、『娘』であるトリッシュを、殺したっていうのかしら……?」


悪夢の全貌から醒めたリサリサが、サングラスを外して暗く呟いた。その声には、震えを含んでいるようにも。
ジョセフを息子に持つリサリサは静かに憤る。平然と子を殺せる親など、あのDIOくらいのものだと。そう思いたかったが……


「…………親が……子供を…………殺したの? なに、それ…………!」


感情が連鎖していくように、諏訪子も喉の奥から怒りを隠せぬ言葉を吐く。
早苗という、娘同然の少女を想えば、諏訪子のディアボロに対する怒りも当然であった。


「……………………ディアボロ、ね」


先までとは一転して沈下した声をぼやいたのは、神奈子。
その表情には、何か思うところがあるように、自嘲に似た笑みが漏れている。


「悪、魔……。親が、自分の子供を……殺すなんて、……親ってのは、子供にとっての『大地』…の、筈じゃなかったの……?

  ――――――お前は、それでも『人間』かディアボロォォーーーーーーーーッ!!!!」


またしても。
鈴仙はここまで来て、またしてもディアボロを見失った。
それだけではない。ここに至るまでの数々の経験で、鈴仙は自分だけの『大地』を求めるように彷徨い始めていた。
家族を持たない鈴仙にとって、その存在は彼女が求める『大地』には成り得なかった。
だが少なくとも、普通の人間から見れば家族という繋がりこそが、彼らにとっての確かなる『大地』であると信じられた。
信じられたからこそ鈴仙は、『大地』を清いものだと疑わず、それに取って代われる『ナニカ』を探し求めていた、というのに。

アイツは、いとも簡単に―――その『大地』を自ら穢し、滅ぼした。


鈴仙には、それが信じられなかった。許せなかった。
相反するような価値観が、恐ろしかった。憎いと思った。

アイツは―――人間じゃない。……悪魔だ。




「家族が家族を殺す。……たとえば、『弟』が『兄』を殺す。あるいは『兄』が『弟』を殺す。
 ―――どこも変じゃねえだろう。繋がりだろうが何だろうが、自分以外はみんな気取った他人。それが『人間』だろうが」




途方に暮れる鈴仙の隙を抉るタイミングを狙うかの如く、ビーチ・ボーイの針が突き刺さったままのウェスが言った。
冷え切った刃物で心臓を突き刺すような、冷たく、刺々しい言葉。肌を凍て付かせる温度を伴って、その男はさらりと言葉を続かせる。


「俺もあのディアボロとかいう奴と同じさ。―――エンリコ・プッチ。あの兄貴をブチ殺す為なら、どんな非道だって遂げてやるぜ」


その宣言は、またも意味している。
血の繋がった家族を殺す。人間の、禁忌を犯そうという者が……これから先も増えていくことを。
ジョルノとDIOにしたって。
トリッシュとディアボロにしたって。

そして。


神奈子と早苗にしたって、そうだ。


「―――私だって、結局の所はアンタたちとやってることは一緒さ」


ウェスに続き、神奈子も口にした。



「――――――私は早苗を…………大切な家族を、この手で殺すつもりでいる」



神奈子が、あの八坂神奈子が、宣言してしまった。
諏訪子の目の前で、その『家族』を殺すのだと……とうとう言ってしまった。


387 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 17:11:29 LCC8lXpI0



「――――――――――――え?」



脳が、貫かれたのかと、思った。
神奈子の思いもよらない宣言に、諏訪子は面食らうことしか出来なかった。
その女の言葉が言い放った台詞の意味を、頭の中で数回逡巡させ、何度か霧散しては再び意味を巡り合わせ、また考える。

くら……っと、意識が揺れた。これ以上考えることが、出来ずにいる。
神奈子は今、何を言ったのか? ……早苗を、どうすると?
諏訪子にとって早苗は間違いなく家族。れっきとした血の繋がりが存在するのだ。
では神奈子にとって、早苗は何だったというのだ。
確かに血は繋がっていない。
だから、家族じゃない?

家族。
家族って、なに?
神奈子にとって、早苗は、諏訪子は、


家族とは、



「――――――なんなんだ。アンタ、神奈子……かなこ……お前…………―――」



――――――本当に、殺されたいのか?



もしその二の句を告げていれば、我慢し切れずに神奈子を殺そうと飛び掛っていたかもしれない。
実際、瞬間的に諏訪子の殺気という殺気が放出され尽くし、辺りに舞っていたカエルもヘビも、ざわりと危機を感じた。
自らの生命を喰い付くさんとする祟り神。この女にだけは殺されたくない……と言わんばかりに、諏訪子の周囲から一斉に逃げ出し始めたのだ。

だが寸での所で留まった。それは諏訪子の最後の理性が成果を上げたわけではなく、神奈子への残った愛情が躊躇を掛けたわけでもない。
今の今まで黙して語ることなく、淡々と『機』を見ていた少女二人が、ここぞとばかりに鬱憤を晴らすように爆発したからである。


「オ……ラァァアアアアアアアッ!!」

「っしゃいいぞ徐倫、いったれ!」


剣呑な空気に茶々でも入れるように、徐倫と魔理沙の大声が轟いた。
一体いつの間に移動していたのか。二人は毒ガエル&毒ヘビの雨から身動きが取れずにいた状態だったはずだ。
蚊帳の外から叫ぶだけのポジションかと思われた彼女らがトラックの傍にまで移動し、横転していたそれを獰猛な物理パワーで再びゴロンとひっくり返したのだ。
見れば二人の足元には、黄色い群体スタンドがうじゃうじゃと蠢いている。
魔理沙の『ハーヴェスト』が、対毒ガエルネットを展開し防御したままで動けなかった徐倫たちをその体の下から持ち上げ、寝たままの移動を可能にしただけの話だ。
かくして徐倫のストーン・フリーにより、オブジェと化していたトラックはもう一度元のままの姿を取り戻す。
その目的など、今更語るまでもない。

「魔理沙、アンタは荷台で父さんたちを見てて! あたしが運転する!」

「よし来た!」

元より、『父』と『友達』を救出しに駆け抜けてきた彼女たちだ。
想像以上に人が集まったが、その目的は心に縛ったまま変わることはない。
ここは今から、更に危険で満ち溢れる。瀕死の承太郎と霊夢を一刻も早く、ここから逃がさなくては。

「ってアンタ! まさかここに残るつもりなのか!?」

「……偶然とはいえ、同じ家族を捜す者同士。もう少しだけ、あのチビッこい神サマと一緒に居るわ。
 安心して。その二人の治療は既に『完了』している。後は当人たちの回復力次第」

気障な台詞と共に、リサリサはクールに吐き捨てた。
人間の身で、この毒の雨を物ともせず、あの二人の神やキレた殺人鬼相手に退こうともしない。
そろそろ鈍った身体に運動を与えてやりたいとも思っていた所だ。優雅な足並みでリサリサは、落ち着かない様子の諏訪子の隣へと並んだ。

「リサリサ……悪いけど、今の私に周囲を気遣う余裕は」

「なさそうね。でも丁度いい、私もあの女にちょっと説教でも……と思ってたところよ」

ここにはどうも、家族を敬愛するという『家族愛』の足りない輩が多すぎる。
神奈子にしたって、ウェスにしたって。
そして、自分だって……その本質は大して変わらない。ジョセフという一人息子に対し、母としての愛を注げたなんて間違っても言えない。

どいつもこいつも、本当に恥知らずな連中だ。
徐倫や魔理沙くらいではなかろうか。人間らしい生き方を歩もうとしているのは。
その二人とはすれ違い程度の認識であるリサリサだったが、彼女たちの目を見れば分かるというものだ。

真に大切な者を想う人間の、心の強さというものが。
泥に塗れても星を見続ける、果敢な勇気なるものが。


388 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 17:12:27 LCC8lXpI0


「―――わかったぜ! アンタと……諏訪子も! 絶対死ぬなよ! それと……霊夢たちの治療、ありがとな!」


ぐったり横たわる霊夢の手を握りながら、魔理沙は心の底からリサリサに感謝した。
ブオオンと勢いよく、トラックのエンジンが起動を開始する。

「それとアンタら! 『コイツ』の処遇があたし達には分からない! ……頼んだわ!」

慣れないハンドル操作にてこずりながら、徐倫が運転席から少年――動かないままのドッピオを乱暴に放り投げた。
彼が結局何者なのかは定かではないが、せめてもの施しとして少年の上にはカエル避けのネットを被せてやった。
コイツに関しては、後はもう知らない。煮るなり焼くなり、カエルの餌にするなりで構わない。
徐倫からすれば、どちらかと言うとあのコロネ髪の少年の方が気にかかる……が、そこは『彼女』に任せるしかない。少なくとも今は、まだ。

「ブッ飛ばすわよ魔理沙! 舌、噛むんじゃないぞ!」

「それはいいがお前、この乗り物ちゃんと動かせるんだろうな? 箒すら乗れなかっただろ」

「…………免許は無い。でもま、普通の車なら運転経験アリよ。……ちょっと盗んだヤツだけど」

「えぇ……」

随分と騒がしいドライブの予感を胸に秘めながら、徐倫と魔理沙はあっという間に走り去っていく。
承太郎と霊夢。二人を乗せて、遥か険しい悪走路を。

「ク……ッ! 徐倫め………ン!? 何だ……?」

その逃走っぷりを眺めるしか出来ないウェスが、己の懐に起こった異変を感じ取った。
彼の支給品であった『お祓い棒』が何の前触れも無く蠢き始め、デイパックから勢いよく飛び出してきたのだ。
そうかと思えば、棒はまるで何かの意思でも介在しているかのように宙を駆け、猛然としたスピードでトラックの後を追っていったのだった。
ポカンとするウェス。アレがそのまま瀕死の承太郎らを殴り殺してくれるのならありがたい奇跡だが、ウェスは棒に触れてすらいない。

真相は謎だが、元よりあのお払い棒はそこまで信頼を寄せていた武器というわけでもない。
今はあっちより―――こっちの対処だ。
結局は承太郎どころか、徐倫すら逃がしてしまった。それもこれも……とりあえずはあの自分勝手な鴉天狗のせいだという事とする。


389 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 17:12:59 LCC8lXpI0

「……仕方ねえか。不満だが、残り物のお前らの死体でここは茶を濁すとしよう」

「あら、レディに向かって残り物とは言ってくれるじゃない」

どうやらまず、この神とやらとの衝突からだ。神奈子の戯言など聞き流し、ウェスはちらりと周囲を見渡した。
―――居ない。降り積もったカエルとヘビの死骸の山以外に、既にここには神奈子、諏訪子、リサリサ、そして謎の少年しか残っていなかった。
どうやら尻尾を巻くのだけは得意な連中だったらしい。他に居た奴らも残らず全員、煙のように消えていた。
ウェスは小さく溜息を吐くと、指を鳴らして天候操作を中断した。途端に天気は、カエルもヘビもない、実に良好な『雨模様』へと戻る。


「……お前ら相手に、この天気は大して意味がないらしいな。それならそれで構わないが―――じゃあどんな死に方がお好みだ?」

「神奈子……ッ! どうしちゃったってんだ、アンタ……ッ!」

「気持ちは分かるけど、少し落ち着きなさい諏訪子。……敵は二人もいるんだから」

「…………諏訪子は元よりだけど、そこの子供にも用ができたわね」


バチバチと火花交わす四人。その中でも一際落ち着く態度で、神奈子は眠っている少年――ドッピオをチラと覗き見る。
ディアボロとは何なのか。彼がその男の名なのか。事態は上手く飲み込めない神奈子だったが、興味は出てきた。

神奈子は―――早苗を殺す為に、その他の障害を排除する腹積もりだ。
愛する早苗を悪意から守る為に、全ての悪意を根絶やしにする気だ。
そして最後に残った早苗(むすめ)を、自ら殺す。屠るは悪意でなく、愛ゆえに。
結果は同じようでいて、全く異なる。神奈子の中では、絶対的に違うのだ。

そんな彼女がディアボロ/ドッピオに興味を抱いたのは、ある種必然か。
神奈子が与り知りようもない事実がある。ディアボロは娘トリッシュを“自らの手で必ず殺す”ため、ブチャラティたちに彼女の護衛を依頼した過去がある。
他の悪意から彼女を守るため、相当に用心深い手回しでトリッシュを守らせ―――そして最後に屠ろうとした。
全ては娘から自らの断片が零れないようにする為の保身。万が一にも帝王である自分に影響を及ばせない為、完璧なる慎重を心掛けた。

それだけだった。
ディアボロがトリッシュを殺そうとしたのは、本当にそれだけの理由。そこに愛など、欠片すら存在しない。

その事実を神奈子が知る由もないが、ディアボロの行動を垣間目撃し、何か己と通ずる物を感じ取ったのだろう。
だから興味を持ち、話の一つも聞きだしたい所だった。
神奈子とディアボロでは、『子』に対する愛はあまりにも異なる認識を擁している。
だが結局の所……自分もディアボロもそう変わらないと、神奈子は思うだろう。

何を想おうが、そこに愛が在ろうが無かろうが、最後にはその生命を奪おうというのだから。


雨がいよいよ本降りとなって、泥を跳ねさせた。
ここから先は底抜け騒ぎの乱戦となる。
諏訪子も神奈子もリサリサもウェスも。人と神が入り乱れるこの戦陣にて、四人ともが家族を求める者たちだ。

ある者は『娘』を。
ある者は『息子』を。
ある者は『兄弟』を。
流れる血の色は、同じだというのに。
其処には、血で血を洗うような、酷なる運命が大口を開けて待ち構えている。
こんな世界では、家族などという繋がりも……本当に『枷』でしかないのかもしれない。
皮肉な事に、此処に住む者たちはそうと理解していながらも……こぞって其処を目指したがる。


まこと―――『血』とは厄介なモノだ。
ふと、誰かが小さくそう言った。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


390 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 17:15:21 LCC8lXpI0
【D-2 猫の隠れ里 入り口付近/昼】

【洩矢諏訪子@東方風神録】
[状態]:霊力消費(小)、右腕・右脚を糸で縫合(神力で完全に回復するかもしれません。現状含め後続の書き手さんにお任せします)、濡れている
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:荒木と太田に祟りを。
1:神奈子……どういうつもり?
2:早苗、本当は死んでないよね…?
3:守矢神社へ向かいたいが、今は保留とする。
4:信仰と戦力集めのついでに、リサリサのことは気にかけてやる。
5:プッチ、ディアボロを警戒。
[備考]
※参戦時期は少なくとも非想天則以降。
※制限についてはお任せしますが、少なくとも長時間の間地中に隠れ潜むようなことはできないようです。
※聖白蓮、プッチと情報交換をしました。プッチが話した情報は、事実以外の可能性もあります。


【リサリサ@ジョジョの奇妙な冒険 第二部戦闘潮流】
[状態]:健康、濡れている
[装備]:タバコ、アメリカンクラッカー@ジョジョ第2部
[道具]:不明支給品(現実)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:柱の男と主催者を打倒する。
1:ひとまず目の前の二人に対処する。
2:DIOは絶対に滅する!
3:スピードワゴンさん、シーザー!
4:ジョセフ……
[備考]
※参戦時期はサンモリッツ廃ホテルの突入後、瓦礫の下から流れるシーザーの血を確認する直前です。
※目の前で死んだ男性が『ロバート・E・O・スピードワゴン』本人であると確信しています。
 彼が若返っていること、エシディシが蘇っていることに疑問を抱いています。
※聖白蓮、プッチと情報交換をしました。プッチが話した情報は、事実以外の可能性もあります。


【八坂神奈子@東方風神録】
[状態]:体力消費(小)、霊力消費(小)、右腕損傷、早苗に対する深い愛情
[装備]:ガトリング銃(残弾70%)、スタンドDISC「ビーチ・ボーイ」@ジョジョ第5部
[道具]:不明現実支給品(ヴァニラの物)、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:主催者への捧げ物として恥じない戦いをする。
1:『愛する家族』として、早苗はいずれ殺す。…私がやらなければ。
2:諏訪子とは『あの時』の決着をつける……が、彼女に対して無痛ガンは使いたくない。
3:あの少年から話を聞きたい(ディアボロとは?)
4:DIO様、ねえ……
[備考]
※参戦時期は東方風神録、オープニング後です。
※参戦時期の関係で、幻想郷の面々の殆どと面識がありません。
 東風谷早苗、洩矢諏訪子の他、彼女が知っている可能性があるのは、妖怪の山の住人、結界の管理者です。
 (該当者は、秋静葉、秋穣子、河城にとり、射命丸文、姫海棠はたて、博麗霊夢、八雲紫、八雲藍、橙)


【ウェス・ブルーマリン@第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:体力消費(中)、精神疲労(中)、肋骨・内臓の損傷(中)、左肩にレーザー貫通痕、服に少し切れ込み(腹部)、濡れている
[装備]:ワルサーP38(5/8)@現実
[道具]:タブレットPC@現実、手榴弾×2@現実、不明支給品(ジョジョor東方)、ワルサーP38の予備弾倉×1、ワルサーP38の予備弾×7、救急箱、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:ペルラを取り戻す。
1:この戦いに勝ち残る。どんな手を使ってでも、どんな奴を利用してでも。
2:はたてを利用し、参加者を狩る。
3:空条徐倫、エンリコ・プッチ、FFと決着を付け『ウェザー・リポート』という存在に終止符を打つ。
4:あのガキ(ジョルノ)、何者なんだ?
[備考]
※参戦時期はヴェルサスによって記憶DISCを挿入され、記憶を取り戻した直後です。
※肉親であるプッチ神父の影響で首筋に星型のアザがあります。
 星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※制限により「ヘビー・ウェザー」は使用不可です。
 「ウェザー・リポート」の天候操作の範囲はエリア1ブロック分ですが、距離が遠くなる程能力は大雑把になります。
※主催者のどちらかが『時間を超越するスタンド』を持っている可能性を推測しました。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。
※ディアボロの容姿・スタンド能力の情報を得ました。


【ドッピオ@ジョジョの奇妙な冒険 第5部 黄金の風】
[状態]:熟睡中(放っておいたら6時間は起きない)、体力消費(大)、精神力消費(大)
[装備]:なし
[道具]:メリーさんの電話@東方深秘録
[思考・状況]
基本行動方針:ボスの腹心として、期待に沿える。
1:(熟睡中)
2:ボス……ぼくはあなたの役に立ちましたか?
3:ボスを守る立ち回りをする。
[備考]
※ディアボロの人格とは完全に分離しました。よって『キング・クリムゾン』は持っていません。

※人間の里入り口周辺はヤドクガエルとマムシで埋もれています。


391 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 17:16:06 LCC8lXpI0
『姫海棠はたて』
【昼】D-2 猫の隠れ里 入り口付近 樹上


この出来事を網膜に映すのみでは、あまりに勿体無い。
近場の樹上にて、雨を避けながら写真を撮りまくっていた姫海棠はたての感想は、つまる所そこに収束する。
つくづく自分が新聞屋で良かった。眼前での衝撃シーンを写真に残すという癖が身に付いているのだから。

「いや〜〜……大漁ね、コレは」

ネタの宝庫。
はたてから見たら、今起こった光景は垂涎モノ。まさに珠玉の時間を過ごせたと言っていい。
一体どの場面を切り取って記事へ抜粋すればいいのか。その編集作業ですら、心待ちにする自分が居た。
ウェスには悪いことをしたが、ここまで送ってやった交通費はこのネタでおあいことしよう。

ただ……

「やっぱ、“実際に”人が殺されるシーンを生で見るのは……慣れないなぁ」

トリッシュと呼ばれていた、自分に比べたら全く年端もいかない少女。
そんな彼女が惨殺されている光景は、はたての気分に僅かな寒気を及ぼす物だった。
が、肝心要の殺人の瞬間は写真に収められていなかった。
あの時……どういうわけだかあの少女は、気付けば死んでいたとしか言い様がない状況で死んだのだ。
そもそも、死んだと思った少女は不思議なことにすぐに蘇り、次の瞬間に消え失せていた。まるで理解不能だ。
なので実際、はたては人死にの瞬間を本当に見ていたわけではない。だからなのか、小傘の時よりも精神的ダメージはかなり薄い。

どこかホッとしている自分と、極上のネタを逃して悔しい自分の、矛盾した両面が存在している。
気の迷いか、そうでなければ興奮状態ゆえの気持ちの錯覚だろう。
はたてはさっさと断定し、この嫌な気分を忘れるように、少しだけ思案に耽ることとした。
選択は二つだ。今起こった出来事はもちろん記事に起こすが、次はどちらを追うべきか?

引き続き『ウェスたちの戦いを取材する』か、『逃走した巫女たちを追跡取材する』か。

とにもかくにも、まずは正午に予定していた記事を作成しなければならない。
主催者から送り届けられる予定の、今回の更新分リストもそろそろ着く頃合だろう。
はたては脳内で、じっくりと次の記事構想を練り始める。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


392 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 17:17:25 LCC8lXpI0
【D-2 猫の隠れ里 入り口付近 樹上/昼】

【姫海棠はたて@東方 その他(ダブルスポイラー)
[状態]:霊力消費(小)、人の死を目撃する事への僅かな嫌悪、濡れている
[装備]:姫海棠はたてのカメラ@ダブルスポイラー、スタンドDISC「ムーディー・ブルース」@ジョジョ第5部
[道具]:花果子念報@ダブルスポイラー、ダブルデリンジャーの予備弾薬(7発)、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:『ゲーム』を徹底取材し、文々。新聞を出し抜く程の新聞記事を執筆する。
1:ウェスと巫女、どちらを追おう?
2:12:00(第二回放送)頃に続報を配信予定。
3:岸辺露伴のスポイラー(対抗コンテンツ)として勝負し、目にもの見せてやる。
4:『殺人事件』って、想像以上に気分が悪いわね……まあネタにはするけど。
5:ウェスを利用し、事件をどんどん取材する。
6:死なないように上手く立ち回る。生き残れなきゃ記事は書けない。
[備考]
※参戦時期はダブルスポイラー以降です。
※制限により、念写の射程は1エリア分(はたての現在位置から1km前後)となっています。
 念写を行うことで霊力を消費し、被写体との距離が遠ければ遠い程消費量が大きくなります。また、自身の念写に課せられた制限に気付きました。
※ムーディー・ブルースの制限は今のところ不明です。
※リストには第一回放送までの死亡者、近くにいた参加者、場所と時間が一通り書かれています。
 次回のリスト受信は第二回放送直前です。
※花果子念報マガジン第4誌『【速報】博麗霊夢・空条承太郎再起不能か!?』を発刊しました。


393 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 17:18:50 LCC8lXpI0
『霧雨魔理沙』
【昼】D-2 猫の隠れ里 近隣


どれ程、だったろうか。
魔理沙が支給品の時計を取り出し、二本の針をじっと見つめた。
現在時刻正午前。最初に集められた会場で霊夢の姿を見たような気がしたから、体感12時間か。
霊夢の姿を見たのは、これで12時間ぶりということになる。
たった半日。寝て起きて、朝食でも摂って運動がてら博麗神社まで赴き、暇そうに箒を振り回しながら境内の掃除辺りをしている霊夢をからかう。
幻想郷でのなんてことのない日常の頃と、同じくらいの時間。絶対時間という物差し上では、12時間という数字でしかない。
それでも魔理沙の体感時間では12時間どころではない、途方もなく久しぶり、といった感覚だ。
本当にたかが12時間の内に、魔理沙の霊夢に対する認識は変わり始めてきた。

そして、己の培っていた世界観も、激変を遂げてきた。
何せ、自分の周囲で人が殺されたのを見た経験など魔理沙には殆ど無い。秋穣子の時と、今回のトリッシュで二回目だ。
おぞましい寒気がする。人に対する尊厳も敬意もまるで感じられない、ひたすらに悪意をぶつけられた死体だった。
ぶるりと震えた肌を、思わず抱くように支える。あんな辛い出来事が、もし霊夢にも起こってしまったなら―――

そっと、目を瞑ったままの友達の頬に手を添えてみる。
冷たかった。
死人のようだ……とまでは行かなくとも、流動する血脈が与えてくれる人本来の温かさは全然感じられない。
そもそも、本当に霊夢の体には血液が巡っているのか、という疑問すら湧いてくる。
見たところ外傷らしい外傷は無い、というよりも塞がっている。
はだけた巫女服から覗く、採れたて大根のように透き通った白肌には痛々しい傷痕が見て取れる。
一体どんな武器で斬られたらこんな大きな刀痕が付けられるのか。
日本刀による、いわゆる袈裟斬りと呼ばれる種の切り口だ。あれは確か、銅の広い面積を斬られるから高確率で致命傷とか聞いたことがある。
普通ならとっくに死んでいる傷だ。少なくとも、普通の中の普通である魔理沙がこれを受けていた場合、気合で耐えられる道理の範疇を高飛びで越えられていただろう。
霊夢を治療してくれた彼らに対し、感謝してもしきれない。願わくば、礼の一つでもしてやりたいものだ。

魔理沙にしては珍しく、真っ当にそんな恩義を感じていた。


「霊夢……お前のこんな弱々しい姿、初めて見るぞ。博麗神社、急いで跡継ぎ見つけた方が良いんじゃないのか?」



「―――うっさいわねぇ。ウチは跡継ぎよりも今晩の献立の方が切迫してるっての」



魔理沙のいつもの皮肉に、霊夢がダルそうにしながらも応える。

そんな日常を期待していた魔理沙の耳に、やはり霊夢の返事は返って来なかった。
死んだように、眠ったままだ。

リサリサなる女性は「後は本人の回復力次第」とは言っていたが、逆を返せば霊夢の体力が足りていなければこのままずっと目を覚まさず……という可能性もある。
死ぬかもしれないのだ。あの(性格以外は)完全無欠の霊夢が、このまま一言も会話を話さず、死ぬかもしれない。

「…………早く、起きやがれ。この寝坊助巫女」

グッと、冷たくなった手を握りしめてやった。
今は、霊夢……いや、霊夢たちが安静に回復できる場所を探すことが先決だ。
そんな天国のような場所があるのか、今のこの幻想郷に。
魔理沙はゆったりとした動作で頬を伝う汗を拭き、ボロボロになったトラックの幌から外を眺める。


394 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 17:21:37 LCC8lXpI0

その時だ。車の後方から、何か棒状の物がすっ飛んできたのを魔理沙の瞳が捉えた。
ドクンと一層響かせる心臓。早くも敵に追いつかれたか……!?
しかし杞憂に終わった。そいつは魔理沙もよく知る、友達の相棒でもある愛棒だった。

「……っとと、何だお前? 霊夢のお払い棒じゃんか」

予想だにしない知り合いの登場に、魔理沙の顔が先程よりも僅かに柔らかくなる。
空を直進してきたお払い棒は、愛する主人のあらぬ姿を認めた瞬間、心配そうに霊夢の周囲をピョンピョンと飛び跳ね始めた。

「おいおい……この妖怪殺しの棒、まーだ妖器化が解けてなかったのか? こっちは主人に似ず、可愛らしいモンだが」

魔理沙の軽口に反応するように、棒はくく〜っと体(?)を曲げ、首(?)を傾げた。さながら小動物のようである。
霊夢の愛する武器(本来は神祭用具のハズだが)の帰還に、魔理沙もふと自分の相棒を恋しく思う。

―――そのタイミングを狙ったかのように、今度は承太郎の懐から見覚えのある小物が飛び出してきた。

「……って、私のミニ八卦炉! アンタが持っててくれたのか!」

承太郎の支給品として配られていたミニ八卦炉が、お払い棒と一緒にピョンピョン踊りだしていた。
……と、思えば八卦炉はすぐに力尽きたかのように、荷台の床にゴロンと横たわった。
どうやらただのエネルギー切れらしく、こっちはあまり主人想いではなかったらしい。普段の人使いの荒さをちょっぴり反省する魔理沙であった。

「何はともあれ、これで私と……そして霊夢。お前の武器も戻ってきたってワケだ。
 だから、おい霊夢……すぐに目ェ開けて、コイツを磨いてやれ。ちょっと汚れてるぞ、このお払い棒」

相棒の八卦炉を撫でながら、魔理沙はくすりと笑った。
このミニ八卦炉も、魔理沙が実家を出る際、森近霖之助が彼女を心配してわざわざ作ってくれたマジックアイテムなのだ。
思い出深いといえば、思い出深い品だ。霖之助……香霖は今ごろ何処で何してるだろうか。最近八卦炉の火力の効きが弱いので、調整を頼みたかったところなのに。

……会いたい奴。会わなくてはいけない奴が、まだまだ多い。
さっきは慌てていたのでロクな挨拶もかけてやれなかった。今なら少し余裕があるだろうか。魔理沙は運転席の徐倫に声を掛ける。

「徐倫、アレ出してくれアレ。まだ“向こう”とは繋がってるんだろ?」

「いいけど……そろそろ“切れる”わよ。この糸、あんま射程距離長くないし。……ホラ」

運転に集中しながら徐倫は、左手の指先に繋がっていた細長い糸をピンと張る。
魔理沙は、徐倫が予め繋げていたその『糸電話』を通して、『彼女』が無事かどうかを確認するのだった。


「あ〜あ〜。ただいまマイクのテスト中……あ〜あ〜。ただいまマイクのテスト中……。
 おーい紫、聴こえるか〜? こっちは無事、奴等から離れたぜ。お前らは無事か? どうぞ」

『―――あ〜あ〜、聴こえる? 紫よ、魔理沙ね? こっちは……まあ少なくとも私は無事よ。私以外が壊滅的だけど。どうぞ』

「そこはどこだ? そっちに鈴仙と、あの金髪で変なクルクル髪の男は居るか? 鈴仙が『ゾンビ馬の糸』ってのを持ってた筈だ。
 急いでその糸使ってまず男の腕を治療してやれ、多分治るから。どうぞ」

『諏訪子の足と腕を繋げた糸ね? 了解、こっちはこっちで何とかするわ。それと、此処は――――――』


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


395 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 17:22:26 LCC8lXpI0
【D-2 猫の隠れ里 近隣/昼】

【空条徐倫@ジョジョ第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:体力消耗(中)、全身火傷(軽量)、全身に裂傷(縫合済み)、脇腹を少し欠損(縫合済み)、濡れている
[装備]:ダブルデリンジャー(0/2)@現実
[道具]:基本支給品(水を少量消費)、軽トラック(燃料80%、荷台の幌はボロボロ)
[思考・状況]
基本行動方針:プッチ神父とDIOを倒し、主催者も打倒する。
1:魔理沙と同行、信頼が生まれた。彼女を放っておけない。
2:空条承太郎・博麗霊夢をどこかで安静にさせる。
3:襲ってくる相手は迎え討つ。それ以外の相手への対応はその時次第。
4:FFと会いたい。だが、敵であった時や記憶を取り戻した後だったら……。
5:姫海棠はたて、霍青娥、ワムウ、ディアボロを警戒。
6:しかし、どうしてスタンドDISCが支給品になっているんだ…?
7:なんだか父さん、若い……?
[備考]
※参戦時期はプッチ神父を追ってケープ・カナベラルに向かう車中で居眠りしている時です。
※霧雨魔理沙と情報を交換し、彼女の知り合いや幻想郷について知りました。どこまで情報を得たかは後の書き手さんにお任せします。
※ウェス・ブルーマリンを完全に敵と認識しましたが、生命を奪おうとまでは思ってません。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。


【霧雨魔理沙@東方 その他】
[状態]:体力消耗(小)、精神消耗(小)、霊力消費(中)、全身に裂傷と軽度の火傷 、濡れている
[装備]:スタンドDISC「ハーヴェスト」@ジョジョ第4部、ダイナマイト(6/12)、一夜のクシナダ(60cc/180cc)、竹ボウキ、ゾンビ馬(残り10%)
[道具]:基本支給品×8(水を少量消費、2つだけ別の紙に入っています)、双眼鏡、500S&Wマグナム弾(9発)、催涙スプレー、音響爆弾(残1/3)、
    スタンドDISC『キャッチ・ザ・レインボー』@ジョジョ第7部、不明支給品@現代×1(洩矢諏訪子に支給されたもの)、ミニ八卦炉 (付喪神化、エネルギー切れ)
[思考・状況]
基本行動方針:異変解決。会場から脱出し主催者をぶっ倒す。
1:死んだ奴らの餞の為にもできる事はやらなくちゃ…な。
2:徐倫と同行。信頼が生まれた。『ホウキ』のことは許しているわけではないが、それ以上に思い詰めている。
3:空条承太郎・博麗霊夢をどこかで安静にさせる
4:何故か解らないけど、太田順也に奇妙な懐かしさを感じる。
5:姫海棠はたて、霍青娥、エンリコ・プッチ、DIO、ワムウ、ウェス、ディアボロを警戒。
6:早苗…死んじゃったのか…
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※徐倫と情報交換をし、彼女の知り合いやスタンドの概念について知りました。どこまで情報を得たかは後の書き手さんにお任せします。
※C-4 アリスの家の「竹ボウキ@現実」を回収しました。愛用の箒ほどではありませんがタンデム程度なら可能。やっぱり魔理沙の箒ではないことに気付いていません。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。
※二人は参加者と主催者の能力に関して、仮説を立てました。
内容は
•荒木と太田は世界を自在に行き来し、時間を自由に操作できる何らかの力を持っているのではないか
•参加者たちは全く別の世界、時間軸から拉致されているのではないか
•自分の知っている人物が自分の知る人物ではないかもしれない
•自分を知っているはずの人物が自分を知らないかもしれない
•過去に敵対していて後に和解した人物が居たとして、その人物が和解した後じゃないかもしれない

です。


396 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 17:22:51 LCC8lXpI0
【博麗霊夢@東方 その他】
[状態]:体力消費(極大)、霊力消費(極大)、胴体裂傷(傷痕のみ)、瀕死(回復中?)
[装備]:いつもの巫女装束(裂け目あり)、モップの柄、妖器「お祓い棒」@東方輝針城、
[道具]:基本支給品、自作のお札(現地調達)×たくさん(半分消費)、アヌビス神の鞘、缶ビール×8、
    不明支給品(現実に存在する物品、確認済み)、廃洋館及びジョースター邸で役立ちそうなものを回収している可能性があります。
[思考・状況]
基本行動方針:この異変を、殺し合いゲームの破壊によって解決する。
1:現在、意識不明。傷はほぼ治癒できたが…?
2:戦力を集めて『アヌビス神』を破壊する。殺し合いに乗った者も容赦しない。
3:フー・ファイターズを創造主から解放させてやりたい。
4:全てが終わった後、承太郎と正々堂々戦って決着をつける。
5:紫を救い出さないと…!
6:『聖なる遺体』を回収し、大統領に届ける。今のところ、大統領は一応信用する。
7:出来ればレミリアに会いたい。
8:暇があったらお札作った方がいいかしら…?
9:大統領のハンカチを回収し、大統領に届ける。
※参戦時期は東方神霊廟以降です。
※太田順也が幻想郷の創造者であることに気付いています。
※空条承太郎@ジョジョ第3部の仲間についての情報を得ました。
 また、第2部以前の人物の情報も得ましたが、どの程度の情報を得たかは不明です。
※白いネグリジェとまな板は、廃洋館の一室に放置しました。
※フー・ファイターズから『スタンドDISC』、『ホワイトスネイク』、6部キャラクターの情報を得ました。
※ファニー・ヴァレンタインから、ジョニィ、ジャイロ、リンゴォ、ディエゴの情報を得ました。
※ディエゴ、DIOから受けた傷は深く、回復したとしても時間が掛かると思われます。


【空条承太郎@ジョジョの奇妙な冒険 第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:体力消費(極大)、精神疲労(極大)、全身火傷(火傷痕のみ)、瀕死(回復中?)
[装備]:長ラン(所々斬れています)、学帽
[道具]:基本支給品、DIOのナイフ×5、缶ビール×2、不明支給品(現実に存在する物品、確認済み)
    その他、廃洋館及びジョースター邸で役立ちそうなものを回収している可能性があります。
[思考・状況]
基本行動方針:主催者の二人をブチのめす。
1:現在、意識不明。傷はほぼ治癒できたが…?
2:花京院・ポルナレフ・ジョセフ他、仲間を集めて『アヌビス神』を破壊する。DIOをもう一度殺す。その他、殺し合いに乗った者も容赦しない。
3:『聖なる遺体』を回収し、大統領に届ける。今のところ、大統領は一応信用する。
4:大統領のハンカチを回収し、大統領に届ける。
5:ウェザーにプッチ、一応気を付けておくか…
6:霊夢他、うっとおしい女と同行はしたくないが……この際仕方ない。
7:あのジジイとは、今後絶対、金輪際、一緒に飛行機には乗らねー。
8:全てが終わった後、霊夢との決着を付けさせられそうだが、別にどーでもいい。
※参戦時期はジョジョ第3部終了後、日本への帰路について飛行機に乗った直後です。
※霊夢から、幻想郷の住人についての情報を得ました。女性が殆どなことにうんざりしています。
※星型のアザの共鳴によって同じアザの持つ者のいる方向を大雑把に認識出来ます。正確な位置を把握することは出来ません。
※フー・ファイターズから『スタンドDISC』、『ホワイトスネイク』、6部キャラクターの情報を得ました。
※ファニー・ヴァレンタインから、ジョニィ、ジャイロ、リンゴォ、ディエゴの情報を得ました。
※停止時間は2→5秒前後に成長しました。
※DIOから受けた傷は深く、回復したとしても時間が掛かると思われます。


397 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 17:24:41 LCC8lXpI0
『八雲紫』
【昼】D-2 地霊殿


『そこはどこだ? そっちに鈴仙と、あの金髪で変なクルクル髪の男は居るか? 鈴仙が『ゾンビ馬の糸』ってのを持ってた筈だ。
 急いでその糸使ってまず男の腕を治療してやれ、多分治るから。どうぞ』

「諏訪子の足と腕を繋げた糸ね? 了解、こっちはこっちで何とかするわ。それと、此処は――《ブチ》――って、あら?」


彼女たちがトラックで逃走する直前、乗り込んだ魔理沙が投げ渡してきたこの『糸電話』。
中々面白いけど、どうやら距離の限界が来たらしい。通話中にブチっと切れちゃった。

「まあ、霊夢たちが無事なら取り敢えずは良しとしましょうか。……にしても」

周囲をぐるっと見渡す。広大な地下空間に佇むこの無駄に広い屋敷は……恐らく『地霊殿』か。
あの時、神奈子と天候男がいがみ合ってる隙に魔理沙たちと合図し合い、それぞれ別方向に脱出した。
魔理沙らはトラックで地上を。そして私は地面にスキマで穴を開けて、この地下世界にまで。
天井に開けていたスキマを閉じ、私は完全に地上との連絡手段を絶った。隠れ里の地下に地霊殿があるなんて可笑しな話だけど、どうせここも偽造世界だろうし。
結局、諏訪子はあのまま置いてくるしかなかった。神奈子との決着を付けたがっていたのは彼女自身ではあったし、家族の問題は家族同士で……ってのは流石に他人事かしらね。
守矢は幻想郷のトラブルメーカーではあるけど、それでも家族。彼女たちの誰かが居なくなることは、私にとっても哀しいこと。
リサリサなる女性が、どうか彼女の支えとなることを願おう。少なくとも、私があの場に残るよりはマシでしょうし。


「―――あ、……ぅう、ディ……ア、……ろ……っ」


そして、この『ウサギっ子』。
彼女だって家族だ、死なせるわけにはいかない。

鈴仙・優曇華院・イナバ。あの戦場での最後の登場人物として、降って湧いたように現れた永遠亭の従者。
無謀にもヤドクガエルとマムシの雨を、傘無しで突っ切ってきた大馬鹿者。案の定、その身体には猛毒が回っている。

「解毒、しないと死んじゃうわね。さて、困ったわ」

血清なんて持っていない。今の私に、この子を救う術は……無い。
嗚呼……なんて無力で弱い生き物なのかしら、八雲紫という大妖は。


「……く、……ッ ゆかり、さん…………ぼくの、腕を……っ」


そしてこっちのジョルノも。
あのディアボロ(トリッシュ?)に両の腕を切断され、それでも何とか意識を保てている人間の子供。
子供だ、永き時を生きる私たち妖怪にしてみれば、人間など皆子供。

でも、こんな子供でも。
『枷』という名の業を背負う私にとっては―――光にも成り得る。
多くの少年少女たちが目を煌かせて見据えることと同じように、この子もきっと……『夢』の一つも抱いていたのかもしれない。

年寄りが、先行きの明るい少年の『夢』という可能性を絶たせる。
……これほど愚かなことも無いわね。

「貴方の両腕、持って来てるわ。これでもお裁縫は得意科目なのだけれど……本当に治るのかしら?」

魔理沙曰く「ゾンビ馬の糸なら治る」らしい。毒で動けない鈴仙の懐をまさぐってみると、確かに糸があった。
ひとまずはジョルノの復活かしら。それが済めば……次は鈴仙ね。

ジョルノの身体よりも鈴仙の方が一大事のように見えるけど……私では毒など、どうしようもない。
でも、“アテ”はある。ジョルノはさっきまで瀕死の霊夢を治療していた筈。スタンド使い、なのでしょう彼も。
不思議なことに彼はあのカエルの雨の中を(一瞬ではあったけど)外に出た。毒に対する『免疫』……ワクチンのような物を事前に注入していた可能性がある。
もし彼の能力が治癒能力であるなら、もしかしたら鈴仙を助けられるかも。
随分と都合のいい考え方だけど、それに賭けるしかない。今の私は、他人の力無しではただのひ弱な怪しいお姐さんでしかない。

「一応、コレも持って来てるけど……徒労に終わらないで欲しいわね。―――心底、願うわ」

地上からフン掴まえて来た、一匹ずつのカエルとヘビ。
もし血清が作れるなら重要な素材になるでしょう。……ああ気持ち悪い。

そもそも私自身、色々なことが起こり過ぎた。休養は必要、か……
幸せを逃す大きな大きな溜息を吐きながら、私は地霊殿の正門に寄りかかる。


とにかく今の私に出来る唯一は、ジョルノ・ジョバァーナを復活させること、ね。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


398 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 17:26:10 LCC8lXpI0
【D-2 地霊殿 正門/昼】

【八雲紫@東方妖々夢】
[状態]:全身火傷(やや中度)、全身に打ち身、右肩脱臼、左手溶解液により負傷、 背中部・内臓へのダメージ
[装備]:なし(左手手袋がボロボロ)
[道具]:ゾンビ馬(残り20%)、ヤドクガエルとマムシ
[思考・状況]
基本行動方針:幻想郷を奪った主催者を倒す。
1:ジョルノと鈴仙の復活。
2:幻想郷の賢者として、あの主催者に『制裁』を下す。
3:DIOの天国計画を阻止したい。
4:大妖怪としての威厳も誇りも、地に堕ちた…。
5:霊夢たちは魔理沙に任せる。
[備考]
※参戦時期は後続の書き手の方に任せます。
※放送のメモは取れていませんが、内容は全て記憶しています。
※太田順也の『正体』に気付いている可能性があります。


【ジョルノ・ジョバァーナ@第五部 黄金の風】
[状態]:体力消費(大)、精神疲労(大)、両腕切断、スズラン毒・ヤドクガエル・マムシを無毒化
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品×1(ジョジョ東方の物品の可能性あり、本人確認済み、武器でない模様)
[思考・状況]
基本行動方針:仲間と合流し、主催者を倒す
1:八雲紫の治療を受ける。
2:ブチャラティに合流したい。
3:トリッシュ……!
4:ディアボロをもう一度倒す。
5:あの男(ウェス)と徐倫、何か信号を感じたが何者だったんだ?
6:DIOとはいずれもう一度会う。
[備考]
※参戦時期は五部終了後です。能力制限として、『傷の治療の際にいつもよりスタンドエネルギーを大きく消費する』ことに気づきました。
 他に制限された能力があるかは不明です。
※星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※ディエゴ・ブランドーのスタンド『スケアリー・モンスターズ』の存在を上空から確認し、
 内数匹に『ゴールド・エクスペリエンス』で生み出した果物を持ち去らせました。現在地は紅魔館です。
※現在両腕欠損中です。今のままだとスタンドは使えません。


【鈴仙・優曇華院・イナバ@東方永夜抄】
[状態]:疲労(大)、妖力消費(小)、ヤドクガエルとマムシの猛毒進行中、濡れている、泥で汚れている、『大地』への渇望
[装備]:スタンドDISC「サーフィス」
[道具]:基本支給品(食料、水を少量消費)、綿人形、多々良小傘の下駄(左)、不明支給品0〜1(現実出典)、鉄筋(数本)、その他永遠亭で回収した医療器具や物品(いくらかを魔理沙に譲渡)
[思考・状況]
基本行動方針:自分自身の『大地』を見つけ出し、地上の兎になる。
1:アリスの仇を討ち、自分の心に欠けた『大地』を追い求めるため、ディアボロを殺す。少年の方はどうするべきか…?
2:霊夢と魔理沙……心配だ。
3:姫海棠はたてに接触。その能力でディアボロを発見する。
4:『第二回放送前後にレストラン・トラサルディーで待つ』という伝言を輝夜とてゐに伝える。ただし、彼女らと同行はしない。
5:ディアボロに狙われているであろう古明地さとりを保護する。
6:危険人物に警戒。特に柱の男、姫海棠はたては警戒。危険でない人物には、霊夢たちの援護とディアボロ捜索の協力を依頼する。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※波長を操る能力の応用で、『スタンド』に生身で触ることができるようになりました。
※能力制限:波長を操る能力の持続力が低下しており、長時間の使用は多大な疲労を生みます。
 波長を操る能力による精神操作の有効射程が低下しています。燃費も悪化しています。
 波長を読み取る能力の射程距離が低下しています。また、人の存在を物陰越しに感知したりはできません。
※『八意永琳の携帯電話』、『広瀬康一の家』の電話番号を手に入れました。
※入手した綿人形にもサーフィスの能力は使えます。ただしサイズはミニで耐久能力も低いものです。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。


399 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 17:27:05 LCC8lXpI0
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
『ディアボロ』
【昼】D-2 地下道


  ズキン ズキン

    ズキン ズキン


頭痛がする。眩暈もだ。
クソ……あの兎耳の女、どこまでわたしを苦しめるのだ……!

これはできれば実行したくはない賭けであった。
娘トリッシュの肉体を支配できたのは良いが、元のディアボロの肉体と比べれば小娘の脆弱な身体。ハッキリ言って後悔している。
だが“仕方なかった”。あの女から受けた精神攻撃が、あまりにも深すぎたのだ。
ディアボロの脳に大きく打ち込まれた楔は、精神の分離を余儀なくされた。一つの肉体に精神二つでは、とても耐え切れない異常な傷を奴は残してくれやがった。
恐らくあのままだと、わたし――そしてドッピオは共倒れとなっていた。
これは苦渋の延命措置に過ぎない。少なくとも肉体に掛かる負担は、精神を分離させたことでかなり減少しただろうが……

「だが……ドッピオ。お前という腹心を失ったこと……それは我が力の『損失』とは限らないぞ」

止むを得ずトリッシュの肉体に移ったのは事実だが、これで良かったのかもしれない。
わたしにとっても、ドッピオにとっても……きっとこれが本来の、儘の姿なのだろう。

再び帝王の座に返り咲く……それに必要なモノは何だ?
力。
誇り。
繋がり。
その全てを、わたしはまだ失ってなどいない。
力も、誇りも、そしてドッピオという繋がりさえも、わたしの心の中には未だ顕在したままだ。
わたしはドッピオを捨てたのではない。肉体的な繋がりは敢えて断ち切り、心の拠り処として新たに絆を築いた。
彼はきっと……わたしの為にこれからも陰で助力してくれるだろう。そういう男なのだ、アレは。

この世界の何処か見えない場所で、自分を思う者が知れず戦ってくれている。
それを考えると―――勇気が湧いてくるのだ。


帝王の座に必要なモノは『勇気』である。
臆病に隠れ続けてきたかつてのわたしには、無縁な俗物だった。
だがそれも『過去』の話だ。
恐怖とは過去からやって来るのではない。
過去そのものが、わたしにとっての恐怖そのものだった。
その恐怖を克服する……過去《ドッピオ》を敢えて断ち切り、今わたしは新しい《わたし》となれた。

お前に半分を背負わせてしまうこと。唯一の気がかりがそれだった……ドッピオよ。
心配ではあるが、わたしもせめて祈らせてもらおう。
彼の幸福な人生を……生涯。


これからは真に独りでゲームの攻略に望むことになる。ドッピオにとってもそうだ。
あの毒ガエルの雨を回避しながら単身突っ切れて来れたのも、わたしが貸した『エピタフ』の未来予知あってこそ。
そうでなければとてもあの状況でトリッシュに近づくことなど出来なかった。
だがそれ以上にドッピオは勇気のある男だ。その勇気が、困難を乗り越えさせた。
今のわたしがあるのは、彼のおかげでしかない。


ここは再び地下空間。壁や地面を突き抜ける、あの不思議なのみを使用してここまで逃げてきた。
まだ精神的な不調はあるゆえ、休みながらとはなるが……

だが、わたしが逃げるのはここまでとしよう。
立ち向かうことへの勇気……大切な物は、全てドッピオが教えてくれたのだから。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


400 : この子に流れる血の色も ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 17:27:32 LCC8lXpI0
【D-2 地下道/昼】

【ディアボロ@ジョジョの奇妙な冒険 第5部 黄金の風】
[状態]:トリッシュの肉体、体力消費(中)、精神力消費(大)、酷い頭痛と平衡感覚の不調、スズラン毒を無毒化
[装備]:壁抜けののみ
[道具]:基本支給品、不明支給品0〜1(現実出典、本人確認済み、トリッシュの物で、武器ではない模様)
[思考・状況]
基本行動方針:参加者を皆殺しにして優勝し、帝王の座に返り咲く。
1:新たな『自分』として、ゲーム優勝を狙う。
2:ドッピオなら大丈夫だ。
3:『兎耳の女』は、必ず始末する。
4:サンタナを何とかしたい。
5:新手と共に逃げた古明地さとりを探し出し、この手で殺す。でも無理はしない。
6:ジョルノ・ジョバァーナ……レクイエムの能力は使えないのか?
[備考]
※第5部終了時点からの参加。ただし、ゴールド・エクスペリエンス・レクイエムの能力の影響は取り除かれています。
※能力制限:『キング・クリムゾン』で時間を吹き飛ばす時、原作より多く体力を消耗します。
※トリッシュの肉体を手に入れました。その影響は後の書き手さんにお任せしますが、スパイス・ガールは使えません。
※ディアボロが次にどこへ向かうかは後の書き手さんにお任せします。


401 : ◆qSXL3X4ics :2017/03/15(水) 17:32:21 LCC8lXpI0
これで「この子に流れる血の色も」の投下を終了します。
予定の大幅な遅刻、企画進行の遅延にも繋がってしまったことを改めて謝罪します。申し訳ございませんでした。
感想や指摘などあればお願いします。
それでは、第2回放送話を心待ちにしながら失礼します。


402 : 名無しさん :2017/03/15(水) 23:54:37 WNbHj0sA0
投下乙です
乱入に次ぐ乱入 キングクリムゾンが発動したときの驚きといったらもう…
家族と言う血の鎖を共通項として軸にしたことが哀しみを一際滲ませる話でした


403 : 名無しさん :2017/03/16(木) 00:05:55 L.9w8Kq60
投下乙
もう色々と何というかスゴいとしか言い様がない
トリッシュへの憑依とか細かい指摘あるかもしれないけど、んなこまけぇこたぁどうでもいいんだよ!です
殺人的な大人数をキッチリ捌く手腕に乾杯だわ、お疲れ!


404 : 名無しさん :2017/03/16(木) 00:17:22 imZA.RBM0
投下乙です
ボスがボスしてる.....だと.......(驚愕)
やはりキングクリムゾンの能力は恐ろしい.....ドッピオはよく頑張ったよ


405 : 名無しさん :2017/03/16(木) 12:23:12 0fulDTp6O
投下乙です

家族だから守る者
家族だろうと殺す者
そして、家族だから殺す者


406 : 名無しさん :2017/03/16(木) 20:27:18 EOysQbVc0
勇気を持ったディアボロって隙が存在しないやんけ


407 : 名無しさん :2017/03/17(金) 03:40:59 esBalUYA0
むしろガチガチに用心してた頃よりは隙が現れやすそうだけど、その分をガンガン攻撃性に回してきそう
いうならドッピオの積極性を手に入れたディアボロみたいな。そのドッピオを切り離したわけだから矛盾してるように聞こえるけど


408 : ◆NUgm6SojO. :2017/03/17(金) 23:15:58 1f.3QLuA0
投下お疲れ様です。
第2回放送前にビックイベントを消化しきらず、放送後の盛り上がりを残すという意気に感じる作品でした。
それだけでなく、豊富な語彙に粋だと思わせる文章力……それでいてスピーディーに気持ちよく読める良作です。
様々なフラグを遺していたキャラが逝ってしまうのも、バトルロワイヤルの醍醐味と言えるものでしょう。
ディアボロ、ウェザーと、この状況では『悪』と断言できるような者たちがこれからどのような活躍をするのか、とても楽しみです。

さて、その盛り上がりのための小休止となる(ならないなぁ)第2回放送の件ですが、
◆at2S1Rtf4A氏が予約している話が投下された次の日に、第2回放送を投下したいと考えています。
放送話の癖に、これからの展開に深く関わってきそうな内容となっているので、多少心配な部分もありますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。


409 : ◆at2S1Rtf4A :2017/03/18(土) 11:04:31 1o8cnUWM0
申し訳ありません予約延長します


410 : 名無しさん :2017/03/22(水) 22:33:53 FByGOBQw0
おぉボスが!ついに帝王がご帰還なされた!
混戦につぐ混戦をうまくまとめきっていて心が揺さぶられた!


411 : ◆at2S1Rtf4A :2017/03/25(土) 22:43:41 DOY13wys0
申し訳ありません、私の力不足で間に合いませんでした。
どうしても読みづらくなってしまったので、もう少しだけ時間を下さい。
3/28に必ず投下させて頂きます。重ねて本当に重ねてお詫びいたします…


412 : ◆at2S1Rtf4A :2017/03/25(土) 22:50:34 DOY13wys0
28日じゃねぇ最短で再予約できる27日までに投下だ。紛らわしい連投までして本当すみません…


413 : ◆at2S1Rtf4A :2017/03/27(月) 23:57:55 N.RoWlC.0
投下します


414 : 名無しさん★ :2017/03/27(月) 23:59:42 ???0
title.ワーハクタクは動かない 〜エピソード『人間賛歌偽典』


415 : 名無しさん★ :2017/03/28(火) 00:00:36 ???0
「慧音先生の好きなモノって何?」
「………は?」

少し時間は遡る。
物珍しい奇貨を手にする前、横暴横柄な漫画家と出くわすより更に前、二人の少女が並んで歩いていた。
慧音先生と呼ばれた少女の表情は厳しい。いや、沈痛な面持ちをして歩いていた。ここは殺し合いの舞台。ならば悩める少女の思いも死人に起因していた。
出立直前のアクシデントは二人の死者。それが原因なのは想像に難くない。しかし殺し合いの場に立つならば、いつまでも項垂れていてはいけない。
それに何よりも、彼女にとっていよいよ話しておくべきことが一つあったのだから。

「だから好きなモノよ好きなモノ!何かあるでしょ?」

もう片方の少女が答えを催促する。だがそれは慧音にとって話しておきたいことにカスりもしない話題だった。
アレだろうか、好きなモノを考えていれば気分も良くなるとか、そんなノリじゃないだろうか。そこまで単純に見られているとしたら慧音にとって少々物悲しい。

「なんだなんだ藪から棒に。この状況で他に尋ねることはなかったのか?」
「いいじゃない、こんな状況でも。私の趣味と貴女の実益も兼ねて、ねぇ?」

趣味も実益も全部お前のためだろう、慧音は声に出さず細めた視線で言外に語るが少女は別段取り繕う様子がない。
鈍感と言うより、どこ吹く風と言った体だ。必ずそうだ。間違いない。

「急に言われても、だな。好きなモノなんて、そんなすぐには…」

一応、沈黙を蹴破ってくれたことを素直に感謝していたし、歩きながらとはいえ真面目にも彼女は付き合ってあげた。

「そう?先生の見た目からして、これは!って言うのがあると思うけどなぁ…」
「そんな身形で好きなモノが割れるワケがないだろう。」

呆れた顔で隣を見遣ろうとする慧音だったが、当の少女はと言うと両手をそれぞれの両耳に当てて人差し指を伸ばしていた。ニコニコと慧音に視線を返し、そこで丁度目が合う。
一対の『角』のように見える。自分の双角はこんなにみすぼらしくなんてない、と慧音は思う。
そしてそんな角モドキが慧音の趣味嗜好を指しているつもりらしい。余りにも分かりにくいヒントだ。

「歴史の編纂が私の好きなモノ、そう言いたいんだな?」
「そうそう!好きでもなきゃやってらんないでしょ、歴史の編纂なんて!」

随分な言葉も一緒に帰ってきたが、少女の謂わんとしていることの的を得ていたようだ。


冴えた施政者にこの妖在りと謳われた『白沢』。
少女は智啓の聖獣を継ぐ半人半妖、ワーハクタク。
名は体を表すとばかりにその姓は上白沢(ウワハクタク)。
しかし、彼女は常に人間と共に在るのだから、その姓を上白沢(カミシラサワ)と呼ぶ。
やや堅い喋り口の少女の本名は上白沢慧音。双角と尾っぽを生やした本性、ワーハクタクの姿を日の元に曝していた。


「残念ながら歴史の編纂そのものが好きかと言われたら、そうでもない。」


ぎょっとした顔で慧音は見られていた。その頭上で乱舞する疑問符。その理由は先の少女の言葉通りだろう。何で好きでもないのにそんなことしているんだ、と。
歴史の編纂は妖怪の状態でさえ重労働と言って良い重労働。それ故にそんな反応されてもやむなしかな、と慧音も思わないでもない。
しかし、こちらの諸々の事情も知らずここまで意外に思われるのも、やはり面白くないしやっぱり物悲しい。
仕方がない、つまらない堅物と思われるようなあらぬ誤解を解くためにも、ささやかな愚痴も添えて少し語ることにしよう。


416 : 名無しさん★ :2017/03/28(火) 00:01:11 ???0
「歴史の編纂の何が大変かと言えば、それはもう一から十全てが大変だ。まず、ワーハクタクに姿が変わると同時に、ありとあらゆる幻想郷の知識が流れてくる。歴史の作る程度の能力で得られる編纂に必要な情報の断片群だ。一つの事件、出来事をあらゆるヒトの視点から多角的に眺められるようになるのだが、その量は膨大どころの話ではない。この話も膨大じゃあ済まないぞ。鈍い頭痛と闘い、うんうん唸りながら情報を精査し、筆を執る。中には知識とは言い難い、編纂の役に立たないモノも混ざる。やれあそこの肉まんが旨いだとか、やれ油揚げがまとめ買いされただとか、食べ物が絡むと編纂のために夕食を早めた身には、胃袋に効く。夜が明ける追い込みの時間にそんなモノ見せられてみろ……私だって夜食ぐらい摂りたくなる。摂っちゃったさ、いいじゃないか白沢だもの。それに頭に来るのが一番、今日一日退屈だった何も無い一日だったとか、そんな些末事を見た時だ。こちとら満月中に一月分の歴史を纏め起こさなきゃあならないと言うのにだぞ!暇があるなら分けてほしいさ。どこの誰がそんな一日を過ごしたのかいっそ探り出して、閻魔じゃないが説教に赴こうかと何度実行しかけたか…そもそもそんな時間がない。そう、何より時間がないんだ時間が!半日未満じゃあちっとも足りない!!いくら妖獣でも私は元人間なんだから無理なモノは無理が出るさ。疲れるのは嫌さ。あっ…その顔、それじゃあ編纂に備えて予め毎日調査しておけばいいとか考えたな岡崎夢美。違うぞ、歴史の編纂はそんな甘いモノじゃない。私という一人物の視点が濃くなれば濃くなるほど、それは私の歴史。幻想郷の歴史として遠のいてしまうだろう。歴史は所詮、出来事に過ぎない。関わった人にとって見えるモノが変わってしまう。そして私は人里のたった一人の編纂者だ。私はあくまで中立で物事を見て判断しなければならない。かつての、白沢、いや中国に伝わる白澤は、施政者が変わる毎に過去の歴史を改竄させられていったと聞く。過去の歴史を貶めることで今の施政から大衆の目を背けさせたり、正しいと錯覚させるためだな。残念に思うよ。決してそんな風に使われるべきモノなどではないのだから。だからこそ私は、一つの出来事とっても是と非の意見の二つを突き合わせ、そこから生まれる中立の出来事こそ真の歴史と言えるのではないかと考えている。ワーハクタクなんて人間と妖怪の中庸な存在である私だからこそ出来る義務。だからこそむしろ私が平時に事件に関わりたくはないし、すべきでないのだ。というかしたくないぞ。プライベートな人間の時間まで誰が差し出すか。人間の時で出来ることなんて精々、触れるであろう出来事にぼんやりと目星を付けるぐらいさ。私だって白沢」


「ああーーーはいはい!!わかったわかったわかりましたから!!好きじゃないってのは、ほんとーによーーく伝わりましたって!!!!」
「誰も嫌いだとは言っていない」

長話のおまけに名指しされた岡崎夢美は、もう一言釘を刺そうかするも押し留める。次は何が飛んでくるか分かったモノではない。

「つい愚痴が弾んだが、幻想郷の知識が流れる感覚一つ取っても、この役目を嫌ってなどいないよ」
「あっそれは興味あるわ、全知全能って感じがしそう」
「お前と一緒にするな」

身も蓋もなくピシャリと言い切られる夢美。両手で口の両端を引き延ばし、イーイー言うも慧音は僅かに視線を細めるだけで更に続けた。

「あらゆるヒトを介した情報が一斉に私の頭の中に入って来るワケだが、そこに何も無い空白が入ってくることもある。」

空白。それが頭に入るとは如何なることか、夢美が口を延ばしたまま、またも猜疑の視線を寄越す。しかしそれはすぐに氷解した。

「新しく生まれた、生命だよ。」

ほーん、と間の抜けた声で相槌を打つ。しかし、この岡崎夢美それなりに驚いていた。それは慧音の能力の程は夢美の想像を大きく逸脱していたからに他ならない。

「だからこそ空白なんだ。何も知らない真っ白な無垢なんだ。」


417 : 名無しさん★ :2017/03/28(火) 00:01:41 ???0
幻想郷の全ての知識を以て歴史を創る。
それがワーハクタクに変じた慧音の能力なのだと、夢美は既に聞かされていた。しかしこの力、歴史を創ることなんかよりヤバい能力なのではないか、と認識を改め始める。
その能力とは幻想郷の全ての知識を以て歴史を創る、とのこと。
そう『幻想郷の全ての知識』なのだ。
全てとはどこまで指すのか、土地が覚えていたりするのか、果ては幻想郷中の書物なのか、分からなかった。だが慧音の話で一つ明らかになった。
知識とは、智慧を智慧として認識できる『ヒト』だからこそ持つことが出来る一つの技術。
ヒトの持つ知識という技術は、ありとあらゆる『過去』の経験、その成果が知識として集積される。


ならば『幻想郷の全ての知識』とは『ヒト』に記憶される『過去』そのもの。そして上白沢慧音はそれら『全て』を知ることができることになる。


これを驚かずにいられるだろうか。


「だが、私にも映らない空白の出来事こそが、その命の歴史の一頁を飾るのだろうな。」


そしてそれは、生まれたばかりの赤子の記憶の情報さえも拾う。ひょっとしたら人に限らずヒトの、人妖の知識さえもあるいは、と想いを馳せる夢美。いや可能だろう。出来るに決まっている。そう思いたい。
異変に関わる大半は当然、妖怪だ。連中の知識なくしてまともな歴史はカタチに出来るはずがない、一先ずはそう結論付ける。
それほどの情報収集能力があれば、歴史の編纂も出来るというもの。一つの出来事を多角的に情報を覗くことで自ずと真実は浮き彫りにされる。


『歴史を創る準備が整う程度の能力』慧音の力はこう言い換えることができる。


そこで夢美は考えごとをしていると悟られぬよう、慧音と目線を合わせた。

「私は事実を糧に筆を執るけど、人が生まれたってことはそこに事実以上の意味があることを忘れないようにしたい。歴史の節目に立ち会える名利以上の重さをね。」

堅苦しい言葉に似合わず、その表情は慈愛に満ちていた。そしてその表情を夢美は既に知っている。放送後間もなくパチュリーに言葉を掛けた、聖母マリアもかくやの優しげな表情。
そうか、あれは見間違いではない。ここにいる堅物は確かに幻想郷の人間の母でもあるのか、と夢美は思った。
そして同時に、誰よりも多くの親不孝を被ってきたのかな、とも思った。

「歴史の終わりにも立ち会うこともあったでしょ?」

思うだけに留まらず、口走る。始まりを覗くこともあったならばその逆だってあるはずだ。今際の際を、人が死ぬ直前を、不可抗力とは言え見たことだってあるはず。
ぶしつけに尋ねた。失礼だろうと構ったことではない。今ここで知りたい。それに、同情とか綺麗事以上にここで知ることに意味があった。

「いやに察しが良いな。ああ、そういうことだって何度かあったよ。」

それを知ってか知らずか、失礼千万の夢美の言動を、慧音は頭ごなしに叱ることもなかった。

「じゃあ慧音先生にとって、ここはどこまで幻想郷?」

これだけではちょっと要領を得ない言葉だ。しかし夢美の微笑みには、これぐらい先生なら分かるでしょ、と書いてある。慧音は溜息と言葉を返す。

「君は話を飛躍させたがる節がある、もうちょっと順を追ってほしいよ」
「先生はダラダラと話したがる節がある、もっと端折っていきましょう」
「君と足して2で割れば丁度いいのかもしれないな」
「私はパチェとかけ合わせたい♪」

両手人差し指でバツ印させ、それはもう満面の笑みを慧音に向けた。
さらっとお断りされた慧音は別段気にする様子を毛筋一本分も見せることなく、飛躍した質問に答えるべく口を開く。


「どこまでも幻想郷だよ、ここは。異物が混じり、在るべき人と妖怪がいないこと以外、ここは幻想郷だ。」
「ここは幻想郷!だとしたら流れている!!『幻想郷の全ての知識』!それ即ちこのパチモン幻想郷の住人となった私たち全員の知識!!バトロワ歴史なるモノが!!!」


418 : 名無しさん★ :2017/03/28(火) 00:02:13 ???0
慧音の話通りならば、そうあって然るべきだ。夢美は鼻をフンスフンス鳴らし興奮を隠さないのも無理はない。
今の彼女はワーハクタク。この限りなく幻想郷に似せた舞台を土台にしたバトルロワイヤル、その歴史を編纂出来るほどの知識が慧音には流れている。
だが疑問に思うこともあった。

「まず断っておくと今は流れていない。」

疑問は解けた。それもそうだ、目の前の妖怪が今まで延々と人の死に様を見ていたとは到底思えそうになかった。
夢美の疑問はそこなのだった。もし慧音に『幻想郷の全ての知識』がここに来てずっと垂れ流しになっているとしたら、それは疑似的な殺し合い追体験だ。
そして、それに耐えられるような人物だとは到底思えない。そこで夢美は少しホッとし、肩を下ろした自分に気付いた。

「じゃあ、流れるようにするには?」
「指先一つでパチンと」
「おっけーね、お手軽ねー」

家電製品みたく切り替えが利く、らしい。案外そっちのが便利なんじゃないのかと思ったが、今度こそ思うだけにしておいた。

「本来は満月なら常に流れ続けている。それがどういうワケか今は流れていない。」

ワーハクタク化に関しては、満月の魔力に相当する魔力をこの会場が有しているという話だった。
だが今現在、ワーハクタクになったにも関わらず、幻想郷の全ての知識を引き出すにはワンステップ必要になるらしい。
仕様が異なると言うべきか、今の慧音はかつての慧音と勝手が違うとのことだ。
これ全てが、土地の魔力だけの問題になるのか。

「ステレオをモノラルに切り替えられる充実したオプションね。」
「……」

つまらない軽口を相手にする様子もない。先の軽さはどこへやら、慧音の表情は重々しい。
無理もない。常に流れているはずの幻想郷の全ての知識が切り替え可能になっている。満月どころか陽が上がった今でもワーハクタクのままになっている。
端的に言って、これらの事実はもう自分の知る上白沢慧音ではない。


「私はもう私じゃないかもしれない」


既に弄られている可能性が高い。彼女の顔つきも厳しくなるのも不思議ではない。

「イイじゃない。みんな頭に爆弾仕掛けられているみたいだし、弄られているって言うなら全員一緒よ」
「はぁ、随分と軽く言ってくれるな」
「先生見たいな真面目なヒトが殺し合い実況まがいなモノ耐えられないでしょ。妖怪はメンタルが資本なんだし、それで良しとしましょ?私は先生とお話出来て嬉しいわぁ」
「白々しさしか聞こえんなぁ」

考え出したら不安が蒸し返されたか、少しつれなくなった慧音。夢美は割と善意を込めて口にしただけに、彼女の日頃の行いの悪さが祟った。
そんな慧音に合わせるように夢美も話題と声のトーンを変えた。

「それより良かったの?私に話して?」

謂わんとしていることが分からない彼女ではないだろう。今まで隠してきたことを打ち明けたのだ、そこに何の意味もないとは考えられない。
それこそ、その危険な能力を前向きに使ってくれるのではないか。

「黙ってたら何されるか分かったもんじゃないし」
「うわっ」
「九割九分九厘はその理由」
「一縷の望みに願いを託すわ。さぁカモンフォローカモン」
「打ち明けたかったからかな、誰かに」
「私ね!私にね!!」
「誰でも良かったんだ。そう、誰でも」

夢美の扱いは割とぞんざいだった。いや、それにしたって、けんもほろろのズタボロである。
しかし、やられたらやり返すのが教授の流儀。
夢美は思う。さあさあ、一体何からどこからどんなとトコから仕返してやろうかしら、と。


419 : 名無しさん★ :2017/03/28(火) 00:04:03 ???0

「……」
「……」
「……」
「……」

「……」
「……」
「……」
「……」

「……」
「……」
「……」
「……」

沈黙に次ぐ沈黙。
ざっざっざっ、と草を踏み締める小さな音だけが、枯れ木も山の賑わいと盛り上げようとする。しかし、ただ甲斐甲斐しさだけが二人の後ろへと過ぎて行く。
何も慧音への意趣返しを咄嗟に思い付かなかったワケではない。夢美のプラトン、いやソクラテス並の頭脳を以て弾き出した解に偽りはない。
慧音は何か話したがっている。
彼女の言葉にそれとない一抹の不安を嗅ぎ取ったというか。勘だ。ソクラテス並の頭脳も今は腐らせよう。何か待ってれば何か起きるだろう。


「肝心なトコでうるさくないなぁ」


やはり沈黙は金、値千金だ。


「さぁ続けて続けて」
「姦しい貴方だからと期待したのに、急に黙りこくって」
「ほらほら、やっぱり私じゃないとイケないんじゃない!」
「あの時騒がしてくれなかったんじゃやっぱり誰でも良かった」
「うわっ」


さめざめと嘘泣く素振りを見せる夢美に溜息を、そして内に溜めていた言葉を、慧音は吐き出す。



「最初から、ここに来た時から、この能力を使っていればと思って。」



歴史を創る程度の能力、延いては『幻想郷の全ての知識』それを最初から手にしていれば、ということだろう。


「二人も死ぬことはなかったってこと?」
「ああ」


ああ、そうだろうな、と夢美は納得した。だって彼女も真っ先にそこに考え着いたから。
慧音は康一とにとり、二人の死を慧音は悔いている。
彼女が能力を駆使していれば、にとりが爆弾作ったことなど真っ先に露見する。
いやそれどころか、にとりが悪意を抱いていることすら、彼女のバトロワ歴史を紐解けば看破出来たのかもしれない。


「でも、そんなに単純な状況でもなかったでしょ?」


あるいはたった一人を除いて、上白沢慧音は人知れず『終わっていた』かもしれない。
あの男の素性をいの一番に察して、彼女が何もしない可能性があるのか。
その男、殺人鬼吉良吉彰。慧音と最初から行動を共にしていた人物。彼女は決して愚かではないが、廃ホテルでも説得するなど言い出した事実もある。説得の果てに殺されていてもなんらおかしくない。
吉良は徹底した殺人鬼だ。一対一、隠蔽の効く範囲なら躊躇なく殺しにかかる。今は丸め込めているが、そう容易に口説き落とせる相手ではない。
その他にだって、あの時にこの時に知っていればと思うことはあるだろう。しかしそれらは過ぎた過去、全てはたられば、そこに留まるのは詮無きことだ。

「それでも、それでもだ。」

だが、だからこそ、そこで踏み留り次に繋げようと苦心する。過去を省み今を変えようとヒトは葛藤する。そこに人だの妖だの隔たりはないはずだ。

「知ってさえいれば、何も分からないまま終わることなんてなかった。私はあの惨劇を防げるはずだった、はずだったんだ…!」

こんな醜悪な争いにこの力を持ち込みたくない。流れる不の情報に潰されるかもしれない。矜持と臆病が邪魔したばかりに二人の死を許してしまった。
そういえば、と夢美は思い出す。慧音がパチュリーに一つの懸念を漏らしていた。


もし一人になって己の心に真に対峙したらどうなるのか、と。


それは、持て余した己の能力の処遇にあったのかもしれない。
一人になれば、もう誰かに教える教師でなんていられない。その手にあるメガホンで誰かを呼ぶ非常識ができるヒトでもない。いよいよ矜持を捨てしかし臆病を抱えパンドラの箱を開けることになる。
耐えられないのかもしれない、そんな風に他人事のように考えていたのだろうか。だって9人もの集団だった。だがそれも、たった2人の死で彼女を決意させた。
慧音は、脆かった。


420 : 名無しさん★ :2017/03/28(火) 00:05:35 ???0

「だから話した。遅かれ早かれ使うだろうし話してスッキリさせたかった。」


仕事も悩みも溜め込んだままだと毒だからな、と慧音は軽口を付け足した。その横顔に陰りは見えない。


「私はスッキリしてないけどね。」


そんな風に見えるとしたら、今すぐ診てもらった方が良いと夢美は思う。
慧音の顔は取り繕った表情をしている。それが却って顔の端々に深い陰影を刻んでいる。そんな風に見えなくもない。


「やはり諍いの種になるだけだと君も思うか。」
「なんだ、わかってるじゃん。」


夢美が慧音の能力を危惧している。それは余りにも単純なことだ。
誰だって心の内など知られたくない。
能力を行使した慧音は、さとり妖怪と比較して大なり小なり似た存在になる。
知識とは過去を集積した結果。慧音はそれを参照することが出来る。そのヒトの過去を覗く、ある意味で読心術紛いの能力と言える。
それでも幻想郷ならば不特定多数と言えるほどの頭数が揃っていた。能力は一月に一回切りだった。そして悠長に閲覧する余裕もない編纂作業。
ここでは違う。
豊か過ぎる個性の妖怪が半数を超える。中身を覗けば人物を特定は難しくはない。朝を過ぎてもハクタク化は未だ解けない。編纂などここでワケもない。そして能力の切り替えすら可能と来た。
まるで使ってくれとばかりに、放っておくのは宝の持ち腐れとばかりに、幾らでも用途のある能力だ。

「吉良さんとは再び呉越同舟。なのにみすみす刺激するようなモノだわ」
「この能力は口外しないつもりだ、私が裏で動いて争いの芽を摘んでみせる」
「私に伝えといてそりゃないでしょう。まず私がパチェにバラしちゃうし」

慧音が渋い顔をしたのが横から見ても良く分かった。
能力を口外しない、と彼女は言ったがおそらく出任せだ。むしろ公正を来たすために全員に打ち明けるべきか悩んでいたはずだろう。
慧音の気持ちは先走っている。自分に出来ることはあったのだから、今度こそなんとかしなければならない、と。
しかし、裏で能力を使っていたと知られれば争いの火種をバラ撒き、猜疑心は加速する。
かと言って、予め打ち明けたところで一悶着は免れない。そんな能力を持っていると知られ輪を乱さないワケがない。
その上、慧音の能力ここに来てほぼノータッチで来ている。能力を披露した結果、全て根掘り葉掘り大っぴらにされるか、あるいはここに呼ばれただけの情報なのか、未だ不透明だ。
どちらにせよハイリターンは期待できる。
だがそれに見合ったリスクが、それもさらに膨らんでいくリスクを負うのは確実だ。それをやるには覚悟がいる。裏で隠れて何かやるというなら露見するリスクを背負わなければならない。

「でも私は先生の話に乗るつもり。」

しかし岡崎夢美は違う。ハイリターンさえあれば良い。そこに興味があれば良い。
歴史を創る程度の能力の一端『幻想郷の全ての知識』その甘美な言葉は夢美の感性を刺激して余りある。周りへのリスクを度外視してでも。

「早速使ってみましょう。まずはどこまで使いモノになるかチェックしてみないことには話が始まらないわ。」
「……そうだな。試してみないことにはな…」

好きなモノを好きにしたい、それが岡崎夢美の金科玉条。彼女の『好き』の犠牲者を見れば、それはもう言葉が要らないほど自分の好きに愚直だと分かる。
そして『好き』というのは自分自身のモノの基準であり価値観。彼女は自分の価値感に超率直、他人のことなどお構いなし。一言で言ってワガママなのだ。


421 : 名無しさん★ :2017/03/28(火) 00:05:54 ???0


「手始めにパチェのあんなことこんなこと調べちゃって頂戴な♪」
「やっぱりやめた」
「何でよ!!!!!」


うっがー、と地団駄する夢美。疾風怒号のスタンプラッシュ。掌を返した角女の手がそこに転がっているかのようだ。もちろん無い。
余りに侘しい様を当の角女は冷えた視線で見つめ、仕方なしに歩みを止めた。

「まったく、真に受けるんじゃなかったよ。調子の良いこと言って、君はパチュリー以外何も見えてないのか?」
「ちゃーんと見えてます!見えた上で!迷惑上等で!厄介承知で!それでも知りたいんです!!」
「なおさらタチが悪い」
「ああーッ!!もう!!!」

ぎゃあぎゃあ言う赤女を他所に慧音は深い溜息を吐いた。危うくこの赤女の身勝手で軽率に能力を使うところだった。
慧音自身、能力を使う覚悟は決めているし、それに賛同した赤女のことも、まあ、まあ感謝している。
だが、赤女の明け透けな考えを放っておくには、教師としての性が許さない。


「君はパチュリーを信じてないのか?」
「信じてる!心配!怖い!いいえ、信じようとするから怖いんじゃない!!だから教えてほしいの!!」


まあそんなところだろうな、と慧音は一人得心する。そして安心もした。
我欲身勝手だけで慧音の能力に目を走らせただけではなかったことに。向こう側にいるのだ。目配らせ続けている相手が。それを含めて知りたかった、その理由に慧音は安堵したのだ。


「ダメだ」
「何でよー!!!」


かと言って能力を使うかどうかはまた別の話だ。夢美はヒト一人入る穴でも掘るかの勢いで、未だ地団駄し続けている。

「もーいやよー。何でこんなず〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っと悶々としてなきゃいけないのよーーちくしょーー!」
「まだ30分も経ってない」
「うるさーい!!私の6時間はもう終わったのよーーー!パチェーー早く来てーーー!!」

コイツあんまり人信じた試しがないのかな。慧音は失礼だろうが、ぼんやりと思った。バトルロワイヤルという殺し合いの舞台ゆえ、親しくなった相手が心配なのは致し方ないと思う。
しかし、あれほどパチュリーと仲良くしておきながら、別れてちょっとしたらこの有様だ。

「夢美さん、パチュリーだって君を信じているんだ。きっと同じように君を案じ思い悩んでいる。それなのに君だけが信じるのを止めてしまうというのは如何なモノか。」

パチュリーが今この瞬間、夢美を案じているとまでは思えないが、余計な言葉は胸に仕舞う。

「信頼は互いの信じる気持ちが拮抗してなきゃいけない。思い悩む余り信じる気持ちを忘れたら『信頼』し合える仲にはなれないんだから。
でも君が誰かを心配して苦悶できることは限りなく優しい感情だ。だけどそれじゃダメと言われたろう。『一方通行』の優しさだけじゃダメだと。」

パチュリーが口にした、そんな魔力に期待して、彼女が話した内容を思い出し慧音は講釈を垂れた。



「先生には、言われたくない。」



つーん、とそっぽを向いて夢美は短く口にした。冷めたのか。話の途中で地団駄は止め、砂埃が腰の辺りまで微かに漂っている。


「慧音先生だって、その能力で色んなヒトのあれこれを見てるんでしょ?それってスゴく『一方通行』じゃない?先生はヒトが好きらしいけど、それって『信頼』し合えてないってことでしょ。」


毎月の慧音の行為を一方的な情報の搾取だと夢美は貶めた。まして慧音は人間が好きだ。その好きな相手に『一方通行』を働いているのは、慧音もまた同種だと、なじった。


422 : 名無しさん★ :2017/03/28(火) 00:06:45 ???0


沈黙。


慧音はそこで怒ることを良しとしなかった。代わりに感心した様子で少し目を見開かせ、夢美の背中を眺めていた。
それは少なからず彼女が気にしている事柄を的確に突いて来たからに他ならない。


「そうだね。私は人間と決して信頼を結べない存在だ。」


咀嚼するようにゆっくりと言葉を繋ぐ。しかし、噛み締めるにしてはその声色は穏やかで、全てを受け入れた風に語っていた。

「だからこそ反面教師になるだろう。私みたいになる必要が、君たちにはないんだ。だから私の代わりに、と言うのも可笑しなことかもしれない。でも二人には信頼を深めてほしい。」
「先生は里の人間と信頼できない、それでいいってことなの?物分かりが良すぎる。そんなんでいいの?」
「私一人の信頼なんかより必要だと信じている。歴史は必要になる。だから創る。それが一方通行の優しさであっても私は構わない。」

慧音は頑なだ。先の発言とは打って変わったこの態度が彼女の決意を思わせる。あるいは慧音の人間への想いも執着も薄いのではないか、そんな夢美の考えを飲み込ませるほど。

「じゃあ何で必要なの?」

嚥下し切れなかったのは純粋な興味。そこにどんなワケがあるのか夢美は疑問だった。

「幻想郷には、そういう役割の子がいるんじゃなかったっけ?」
「稗田阿求だな。彼女も私と同じく、人間の生活を守る目的から幻想郷縁起を記している。でも私は私独自のモノが必要だと思っているよ。」

夢美は黙らされたささやかな悔しさを、慧音の決意を引き出すことで、帳尻を合わせる。

「彼女はどちらかと言えば異変や妖怪がメインだ。当然だな。縁起は百数十年に一度、一冊しか出されないのだから。そこに載るに相応しい事柄が選ばれる。」

幻想郷は妖怪たちの楽園だ。ならば、そこに記されるのは自ずと彼らになる、彼らがあの箱庭の主役なのだから。

「だから人間の歴史が必要ってこと?」
「妖怪は随分と長く生きる。だから歴史なんて必要ない。しまいには自分の都合良く覚えてしまう。あるいは歪める。ヒトの数だけ歴史があると言っても、だ。」

改竄した歴史を盾に嘯く施政者を、白沢はよく知っていた。

「私はより里の人間に迫ったカタチにして歴史を編纂しているよ。幸い私の能力なら多くの視点でモノを視られる。人間の目線でかつ、公正に仕上がっていると思うよ。我ながらね。」

阿求ならもっと中立の視点でやるだろうけど、と一言付け足した。羨望の混じった声だった。それこそが正しいとまたも受け入れた風な感じだ。

「妖怪は人間の敵。いざという時に守る術を持っていないといけない。人里の歴史はそのためにある。」

何事においても知ることこそが自衛への簡単最短の道だ。

「妖怪は人間の敵、ね。」

思わず夢美は反芻する。人外たる誰かもまた人間である自分と相対するものなのだろうか。バカバカしい。


423 : 名無しさん★ :2017/03/28(火) 00:08:59 ???0

「妖怪は人を襲うってこと……それってやっぱ人間を殺そうとしたりするモノなの?いや、ちょっとだけ、疑問に思っちゃってさ。」

不安が宿った声色。本当に本当に微かな変化だったが、傍若無人を地で行く誰かにしてはらしくなかった。これもまた向こう側の彼女を気にしての発言だろう。

「殺害にせよ捕食にせよ、そう滅多に起こることじゃない。夜更けに人里を離れるような真似さえしなければね。」

夜は彼らのゴールデンタイム。まして、人里の外は人外の里。そこで何も起きなければ妖怪の沽券に関わる。何かが起きなければならない。絶対に。
夢美の心中を察しつつも確かな真実を伝える。きっとそれこそが真に安寧を与えるはずだ。
「ただ、例外も度々ある。」
例外とは何を指した例外なのか、夢美は尋ねるより先に慧音がさらに続けた。

「『妖怪が人間を襲う』その定義、最もポピュラーなのが異変、もう一つが人里を『恐怖』に陥れる、大きくはこの二つになる。」

異変に関しては夢美も大まかにパチュリーから窺っている。異変とまでは言い難いかもしれないが彼女自身もやったことがある。まあ恐怖を目的とした行為ではなかったが。
それ故に、後者については僅かに首を傾げた。

「私たちはこのバトルロワイヤルの主催者二人を神と仮定した。そして神というのは一様にして『信仰』なくして存在しえない。もし妖怪に同じような概念があるとしたら…」
「それが『恐怖』だってことね」

彼らのほとんどは忘れられた存在。神への信仰、妖怪への恐怖、人間は忘れてしまった。

「人間は、いや外の世界の人間は、妖怪も神も真に恐れてない。夢美さんの世界でもそんな感じじゃないかな。」
「そんなモノかもね。こっちは魔力の魔も無い科学の世界。そーいうあやふやな存在を信じてるなんて極々少数派でしょうね。」

夢美はオカルト好きが高じて文献を漁ったりもしただとか。かつてはそういう存在もいたらしい記述はあるが、実に乏しい。

「こちらの世界の話をするとね。妖怪という種族は、人間の文明開化と共に追いやられていった。あらゆる事象が科学的に紐解かれ夜の暗さに恐れる者が急激に減ってしまった。
特に、昔の妖怪はね。人間の持つイメージに大きく左右されていたんだ。」

ほうほう、と夢美は興味あり気に頷く。

「妖怪としてポピュラーな天狗を例に挙げれば、山中にて怪奇な音を立てる、石を降らす、赤子を攫う『恐怖』の対象だった。人間を脅かす現象として彼らは始まった。
逆もまた然りだが恐怖とは信仰でもある。そうして仏教の伝来を経て天狗は山岳信仰の対象になる。山伏を手助けも邪魔もする精霊として。今の天狗が山伏の恰好を模したものも、
余りに厳しい修行を努める山伏は天狗と同一視されていたことが起源と聞いている。天狗のイメージとして有名な、あの鼻高天狗なんかも山伏たちが持っていたお面が元になっているらしい。」

「随分とコロコロ変わるモノねぇ、でもそれもここまでかしら。」
「ああ。それが文明開化と共に存在の不実のみが明らかにされ、人間のイメージに左右される彼らは居場所を失った。」


424 : 名無しさん★ :2017/03/28(火) 00:10:57 ???0
私が妖怪だったらひょっとしてポックリしてないか、と向こう側で自説をメタメタにされた夢美の脳裏に過った。

「天狗に限らず全ての妖怪が消滅の危機に瀕した。それを救うべく幻想郷は隔離した世界になった。
元から姿形の定まらなかった彼らはこの時、真に自由を得たという。そうして独自の体系のもと進化を遂げ今に至る。」

「かつての妖怪は人間の『恐怖』延いては人間の想像の枷を外すことで、幻想郷の妖怪へと進化した……ってアレ?」

慧音は言った。人里を『恐怖』に陥れることで妖怪は『今』も人間を襲っているのだと。
だとしたらおかしい。たった今『かつて』の妖怪が人間の想像の枷を『恐怖』を外したと話したばかりだ。真っ向から食い違っている。

「里の人間は今も妖怪に脅かされる日々を過ごしている。」

慧音の顔付きは渋い。そしてさらに続けた。昔に比べれば遥かに良くなっているとは言え、と。

「人間と敵対し果ては捕食する、五体に裂かれても平気の平左で立ち上がる、ヒトはその様を見て立ち竦み恐れ戦き逃げ惑う。それが妖怪の本質。私たちの根幹は人間から向けられる『恐怖』にある。
だからこそ里の人間を脅かし続けなければならないというのは、当然の帰結である。かつて無形だった私たちは精神こそが主体。故に己の精神を満たさないまま、生きることは叶わないのだから。」

「妖怪の本質は変わっていない。進化したのは彼らの住まう土地『幻想郷』だけだったってこと。」

だからこそ、今もなお妖怪は人間を脅かそうとする。そこにどんな理由があろうと。
情報の統制だろうが、裏の支配権を握るためだろうが、ある者は純粋に人間の恐怖を求めて、人里を混乱に恐怖に陥れる。
智慧の無い木端妖怪は、その意味すら知らず無用に人間の命を奪いさえする。ときに昼夜を問わず、挙句人里という安全圏すら踏み込んで密かな凶行の影は走る。
そこから抜け出そうとする者がいて何がおかしいだろう。里の隠れた片鱗を知り、自らを妖怪にやつしてでも。しかし、その命もまた多くに知れることなく潰えた。
慧音は全てを知っている。だが、たとえ妖怪が妖怪として存在するためでもあっても、あったとしても、人間は妖怪に怯え果てに命を奪われもする。それを耐えろ、と言うのは余りにも酷な話ではないか。
何せ彼女は全てを知っているのだから。


だからこそせめて歴史の一つでも記すのだ。もうこれ以上、里の人間が過ぎた恐怖に煽られることのないように。


「慧音先生の歴史は、そういった妖怪から守るためにあるのね。だから里の人間に信頼されなくても構わないと。」


私みたいになる必要がない、という慧音の発言の意味が少し分かった気がする。人間が好きでありながら、真に通じ合えない白沢の存在を。

「その代わり私は君にパチュリーを信頼してほしいと思うワケだ。迷惑上等、厄介承知と言った具合にね」
「押し付けって言うんじゃありません?タチが悪いわぁ」
「そうだろう?なら先の君の発言もそういうことになるな?取り下げられてやむなし。おあいこ」

斯くして、慧音の能力に目を付けた夢美のワガママな要求は突っぱねられた。
たとえ好きだとしても里の人間と信頼し合うことが出来ない、そんな慧音の姿に思うところがあったのかもしれない。
ただ、人間と妖怪は存外歪な関係で結ばれていることを知るに至った。夢美の興味は何だかんだ満たされたので、それでよしとした。


425 : 名無しさん★ :2017/03/28(火) 00:12:07 ???0





「慧音先生が『先生』なのも、妖怪の知識を伝えて回る歴史の教師だからなのね」
「私は教えてないよ」
「はい?」
「私は、教えてない」

まだ、終わらない。
もう少しだけ彼女の興味は満たされる。そして、より歪な人妖模様を知ることになる。


426 : 名無しさん★ :2017/03/28(火) 00:13:16 ???0

「ちょっ!?ちょっと待ってよ!先生は里の人間に歴史を教える教師じゃなかったって言うの!?」
「歴史は教えるさ。正確には、私が編纂した『人間の為の歴史』それを『里の人間』に教えることは、ほぼない。」

夢美は押し黙って思考する。ちょっと情けなく狼狽し過ぎた自分を戒める意味も込めて。流石に予想外だ。意味が分からない。
里の人間に教えないとしたら、その歴史は一体誰に教えると言うのか。妖怪か、それこそ、まさかだ。

「里の人間には歴史は教えている。でも人間の為の歴史を使わないで授業してるってこと?」
「そうだ」
「どうして!?」

考えもなしに疑問をぶつけた。だって意味がない。信頼されなくても構わない、そんな意志で歴史を創っていたのではないのか。それを使わないなら最初から必要ないではないか。
何故彼女は別の歴史を吹き込んでいるというのか。


「妖怪が恐怖に根差した存在だというのは、先に語った通り。それに付随して、私は人間の為の歴史を知らせることを諦めている。」


そこで夢美は、一つの考えに至った。表情には決して出さない。恥の上塗りは勘弁だ。

「一つ夢美さんに尋ねたい。康一君が死んだあの瞬間、貴女はどう感じた?変に取り繕わなくていい、教えてほしい。」

いきなりこの質問だ。それも今の話と符合する質問とは思えない。
十秒も前の夢美だったらそう思ったかもしれないが、この問い掛けが脳裏に過った考えと合致、確信した。

「ワケが『分からなかった』とでも言えばいいかしら。だっていきなり人一人がドカン!なんて流石に参っちゃう。」

悲しいだとか残念だとか、そういう綺麗事はこの際忘れておく。慧音の望む話の流れにそれらはきっとそぐわないはず。
夢美もまた康一、にとり爆殺の一連の流れに動けなかった。それが正直なところだった。それと凄まじくぞんざいに扱われたことをまたも思い出した。

「私も同じようなモノさ。あの状況に呑まれてしまった。だって理解できなかった。一体誰が、何故康一君が、他にも諸々。泉のように湧く疑問で頭の中は過積載だ。」

悪びれもせず夢美に比べて、慧音の表情にはいくらか悔しさが滲み出ていた。

「河城にとりの殺意も、その手段も、私たちは一切合切『知らなかった』。まあ知りようがなかったからね。わかるかっつーの。」

慧音は顔をまた曇らせただろうか。只一つ『知らなかった』あの状況を『知る』術があったのは、先に話した通りだ。今の論点はそこではない。
『知らなかったが故に理解できなかった』そここそが大事なのだ。



「私たちは、あの瞬間『恐怖』したのだと思う。一人の人間が突如死んだ事実に戦慄し、状況を理解できずに恐々した。」



『恐怖は常に無知故に生じる』そんな言葉があるように、あの状況を理解するには情報が足りなさ過ぎた。余りにも突発的だった。
恐怖、そう称されるのは夢美にとって癪だが否定は出来ないだろう。爆弾の矛先がもしパチュリーに向けられていたとしたら、そう考えると夢美とてゾッとする。


「脅威とは見えない謎がそこにあるから。分からないのに厳然な事実が私たちを無理やり分からせてくる。理解が追いつかない、その状況こそが恐怖。」


そこで慧音は言葉を止めた。大事なことを言いますよ、とそんな如何にもな間の取り方だ。


427 : 名無しさん★ :2017/03/28(火) 00:14:35 ???0
「そんな『恐怖』を根源にする存在が妖怪。だから、私が『無知』を取り除くワケにはいかないんだ。」


あの状況で起きた混乱、恐怖も、妖怪が起こすそれと変わらない。慧音はそう思って引き合いに出した。
そしてそれが慧音が人間に妖怪を教えない理由だという。だがやはり、このままでは分かりにくい。


「見えない、知らない、分からない、そんな状況こそが『恐怖』を生む。そして妖怪はその恐怖が欲しい。そのために、里の人間には『無知』なままでいてもらった方が良いと。」


知らないでいた方が都合が良いのだ。里の人間が無知であるほど恐怖に染め上げるのは容易い。人間の里は妖怪の恐怖で満たせる環境を創り出している。
だって幻想郷の主役は、里の人間なんかじゃない。
妖怪だ。


「先生はそれで良いの?」


一番気になるのはそこだ。人間が食い物にされていると言われても、字面通りに食物にされているワケじゃない。そこに嫌悪感はない。少なくとも夢美にとって。
妖怪にとって必要なら、それも致し方なしと思える。
だが慧音は違う。彼女は当事者であり、何より人間が大好きだ。


「黙認してきた私にそれを咎める権利はない。」


加えて生真面目だった。努めて平静な声色が却って痛々しい。
幻想郷の存続と人間の尊厳を天秤にかけ、そこに彼女なりの分銅を乗せた上で天秤にかけ、それでも出した答えだと想像に難くない。


「ごめんなさい愚問だったわ。」


そういえばまだ背を向けていた。回れ右して頭を下げる。それも素早く。もうちょっと近ければおさげが慧音を襲っていたかもしれないぐらい速かった。おかげで彼女の顔を見ないで済んだ。
ほんの少しの沈黙を経て慧音は続けた。

「これは言い訳に過ぎないけど」
「え?」
「幻想郷の鬼は余りにも強かった」
「へ?」

夢美は思わず下げていた頭を上げた。眉根を僅かにひそませつつも、慧音の顔はいつものそれだった。だからどうして、彼女は堪えようとするのか。

「妖怪退治の専門家と違った鬼退治の専門家がいたほど、鬼とは正に恐怖の権化、そんな時代があった。」

話の掴みも繋がりもへったくれもない、一体どうしたのか本気で心配する。しかし、私を見習って話を端折ったのだろう、と夢美は自意識過剰気味に解釈した。

「だが今の幻想郷、地上には片手の指で数えるほどしかいない。何故だろう。」
「退治し尽くされたってワケじゃなさそうね。」
「ああ、今いる鬼の多くは地下世界に移住してしまった。人間に嫌気が差したから。」

そこで夢美は右手で首を撫でながら傾げた。珍しく悩む素振りを取ってのシンキングタイムだ。
だが、それも長くない。この話は繋がっている。『未知が生む恐怖』それと地続きになっている。

「鬼だけの専門家がいるほど、彼らは知り尽くされ研究されてしまったのね。人間は鬼への『未知』を、『恐怖』をモノにしてしまった。」
「そう、やがて人間は言葉巧みに鬼を騙した。人間は鬼の性をよく理解したんだ。例えば、鬼は必ず人間の用意した勝負事に乗っかる、とかね。そこから人間の逆襲が始まった。」

―――鬼は酒が好きだ、なら飲み比べに称して毒をこってり盛ってしまえばいい。
―――鬼は決して仲間を裏切らない。たった一匹、それさえ捕まえれば良い。何だここに酔いつぶれた鬼がいるではないか。
人質ならぬ鬼質だ。さあ脅そう。投降せねばこの鬼を殺してしまうぞと。するとどうだろう。一匹だった鬼がまた一匹また一匹と増えてしまった。

そういった過程で鬼は嘘を毛嫌い敏感に感じ取るようになった、という説もある。慧音はそう付け足した。


428 : 名無しさん★ :2017/03/28(火) 00:15:22 ???0

「なまじ鬼という一括りの種族だっただけに、ありとあらゆる手管を以て鬼という鬼を下した。やがてそれらの全貌を知った鬼は幻想郷を去って行った。
因みに今の鬼にこんな雑な退治方法は通用しないよ。本当の退治方法は、人間の歴史認識の甘さにより遺失してしまったから。」

既にいる。
前例がある。
幻想郷の人間に淘汰された妖怪は、幻想郷の人間の知恵に屈した妖怪は、最強の種族と謳われる鬼だった。


「そんな過去があったからこそ、里の人間に本当に正確な妖怪の知識を持たせるワケにはいかないのね。最悪、妖怪は身を滅ぼす、と。」
「『知る』という根っこの部分から押さえ込み、振り絞る知恵をそもそも持たせないようにする。実に徹底してるだろう?」


夢美は感心していた。
幻想郷の管理人がいるとしたら、そいつは本気で里の人間を飼い殺す決意を固めている。
慧音が里の人間に知恵を貸さないのも当然と言える。
もし、里の人間全てが正しく妖怪の知識を身に付けてしまったら、妖怪の適格な対策を取られてしまったら、妖怪は『恐怖』を失うだろう。
恐怖を失えば、人間を脅かす存在足り得なくなり、遠からず消滅するのかもしれない。
たとえ慧音が人間側に重きを置く人物とはいえ、妖怪の滅亡を望んでいるワケではない。


しかしだ。話をひっくり返すが、仮に里の人間が妖怪の知識を持ったとして、そのまま滅亡を辿るかと言えば夢美は違うと答える。
恐怖を失い始めた妖怪は、再び恐怖を獲得するべく動くのだ。彼らには別の手段がある。里の人間を脅かす最上上等の方法―――『暴力』を以て。


恐怖を得るという目的は変わらない。今までは手段がそのまま目的だった。恐怖を得るために恐怖に陥れようとしていた。それが恐怖を得るために力で訴えるようになるだけだ。
幾ら妖怪の知識を得たところで、妖怪は謂れに弱いと一口に言っても、一朝一夕で妖怪の力に抗えるものか。
妖怪にとって今までは全て『ごっこ遊び』だった。そしてそのごっこ遊びに耐え兼ねたのは人間だ。
手を抜かれてなお恐怖に屈していた人間が本気で挑んで、力の差が埋まるワケがない。妖怪は本気を出すまでもなく、お遊びのまま人間を叩き潰す。
だが決して滅ぼされはしない。彼らは妖怪の生命線、彼らは恐怖の源泉。失ってしまうワケにはいかないのだ。
そして人間は滅ぼされない限り必ず復讐の刃を研ぐだろう。そしてその力をいつか爆発させる。大妖中の大妖、鬼を退けたように。
禁忌の膜壁は破られ、超えてはならない一線を超える。
人間と妖怪の争いのクロニクルが幕を開けるのだ。

それは『怖さを知り、恐怖を我が物とする』そんな命題の物語。
『人間』の『無知』を『恐怖』を乗り越え、『知恵』と『勇気』を以て『妖怪』退治へ挑むストーリー。


429 : 名無しさん★ :2017/03/28(火) 00:16:12 ???0



『人間賛歌』と呼ばれる『人間』の『勇気』の物語が始まる。



もう一度だけ問おう。妖怪とは何だ。恐怖だ。恐怖の権化なのだ。
人間など吹けば飛ぶ。そんな虐げる力を持て余しながら、遊びに興じる。精神こそ元本、それ故に身勝手の極致を地で行く怪物なのだ。
その強大な怪物に恐怖に貧弱な人間は挑む。
奪われた『知恵』を取り戻し『無知』を塗り替える。『無知』から生じる『恐怖』はたちどころに霧散し真に恐れるべき『恐怖』の正体『妖怪』と相対出来る。
そこまでして人間は初めて『勇気』を持てる。そこまで出来て人間は、いや『里の人間』ようやく『人間』足り得るのだ。


謂わば『里の人間』は『人間』ですらない。


彼らに『物語』はない。物語の主役は彼らではない。だってあの箱庭の主役は誰だ。人間か、いいや違う。違うはずだ。違うだろう。






―――妖怪なのだ。
―――だからこそ『幻想郷に人間賛歌は響かない。』






そして勇気も智慧もないヒトが学ぶ歴史を影に妖怪はこう宣うのだろうか。














―――『人間賛歌偽典』、と。


430 : 名無しさん★ :2017/03/28(火) 00:17:44 ???0

「人間は無知であり続け、妖怪に踊らされなきゃいけない、かぁ。」

しばしの熟考を終え、夢美はそうひとりごちた。その言葉が幻想郷を維持する安全策。だがそんな幻想郷の理屈など彼女にはまっぴらだ。守る気などさらさらない。

「先生には悪いけど、パチェをもっと知りたいのよ私は。幻想郷の暗黙のルールなんて守れそうにないわね。」
「ああ、構わないよ。君は例外だからね。むしろよろしく頼む。」

あれれ、と一瞬固まった夢美。守らないとヤバいんじゃなかったか、妖怪消えちゃうんじゃなかったのか、思わず疑問が湧きそうになり、そこで思い出す。
自分の立場のことを、だ。

「あ『里の人間』じゃないか私って」
「らしくないな君にしては。まあそれだけ熱心に聞いて考えてくれたんだろう?」
「さあね」

夢美は部外者だ。妖怪染みているものの人間であり、どこともいつとも知れぬ外の世界っぽい世界在住の人間である。
幻想郷の暗黙のルールが『里の人間』を括りにしているのならば彼女は、ぺっ、と爪弾きにされる存在だ。

「君は無知である必要も恐怖に戦く必要もない人間ってことだな。」
「まぁそもそも私は賢いし妖怪は怖くないし私は賢いし。」
「そして君の他にも、幻想郷に『例外』がいる。ワケあって里の外で暮らしている人間がね。当然彼女らも例外になる。」

人里の外で暮らす人間も僅かだが存在する。その僅かはこの殺し合いの舞台に召還されてしまっているが。

「君と同じように、彼女らは真に妖怪を恐れていない。いわゆる『妖怪との距離が近い人間』に当たる、ほんの『一部』の人間だ。」
「距離?」
「距離だよ。これを近づけ過ぎた者は人妖と呼ばれそのほとんどは処断される。だがまあ、それはまた別の話だ。」

さらっと、とんでもないことをブチ撒けてきた。
何せ目の前にいる半人半妖こそ、その人妖と呼ばれる存在に極めて近いのではないか。その証左を慧音は既に語っている。後天的にワーハクタクへと至った、と。
人間から妖怪に変じている。人間と妖怪の距離をゼロにしてしまった存在ではないか。処断されるべき存在なのではないか。
そして彼女が人間の時点から人里に住んでいたとしたら、彼女は如何な変遷を辿り今に至るのだろうか。
彼女の背中に深い影が差している、そんな風に思えてならないのは考え過ぎだろうか。
今は、忘れよう。


431 : 名無しさん★ :2017/03/28(火) 00:18:06 ???0

「そんな『妖怪との距離が近い人間』は『恐怖』を妖怪に寄与することはほとんどないが、代わりに重要な役割を担っている。」
「それが異変解決。」


―――『妖怪が人間を襲う』その定義、【最もポピュラーなのが異変】、もう一つが人里を『恐怖』に陥れる、大きくはこの二つになる。」

慧音が先に口にした言葉だ。
今までの話から考えるに、異変とは、妖怪としての力を誇示することで自然と妖怪への畏怖を高め恐怖に繋がるのだろう。
そして、それを終息させる役割に『妖怪との距離が近い人間』が存在すると考えていいのか。
そこで夢美はふと思い口にする。

「例外がルールに組み込まれているって感じよねぇ。」

妖怪が主役の幻想郷で、彼らの存在に必要なモノは恐怖。であるなら、恐れない人間という存在そのものが不要だ。
だがしかし、異変を解決するのに、無知で恐怖に浮き足立つ人間がこなせるものではない。そう、妖怪を恐れない人間が『例外』が必ず必要になってくる。
本来はルールの外に在る筈の例外が、異変と言う妖怪が人間を襲う最重要ルールの要素に含まれている。イレギュラーな存在にも関わらず。

「敢えて例外を作ったんだろう。里の人間から大きく変えていくことができないのは先に話した通りだ。身勝手を是とする妖怪に至っては論外だ。話が通じない。」
「妖怪が人間を襲う、その恐怖で妖怪は満たされる。そこから外れた関係を模索していた。そのための彼女たちってワケね。だから妖怪に恐れない人間をルールに組み込んだ、と。」

妖怪は里の人間を脅かし、里の人間はそれに怯える関係。それを完全に崩してしまえば、今の幻想郷の平穏に影を落とす。たとえそれが仮初の平穏であっても。
故にルールを堅守し続けなれば幻想郷は幻想郷でなくなってしまう。


「だからこそ、ルールの外側の『例外』をルールに則って動かした。」


『里の人間』と『妖怪』が、妖怪が人間を襲うというルールを守り続ける存在ならば、
『妖怪との距離が近い人間』はそのルールを破る存在、もしくは、どんな妖怪も最後には退治されるというルールを守る存在。
前者のルールの比重が大きい幻想郷において、その存在は『例外』と言える。妖怪を恐れない人間と妖怪を突き合せたらどうなるか、それを観測する舞台こそ異変解決か。

「八雲紫は、幻想郷の今を変えるヒントを模索してた、と私は思っている。」

恐れない人間と妖怪がぶつかったら、恐怖とは違った関係が生まれることだろう。だってそもそも恐れないんだからどうしようもない。代わりにお酒でも入れるしかない。
『妖怪との距離が近い人間』と『妖怪』が別の『ナニカ』で関係を築けると言うならば、
あるいは『里の人間』と『妖怪』の恐怖の関係を解き放てる『ナニカ』を見付けられるのではないか、と考えていたのかもしれない。


「先生だって気付いてるでしょ。だからこそ私にお節介焼いて説教した。」


夢美には身に覚えがあり過ぎる、つい先ほどのやり取り。それもまた人間と妖怪の新たな関係を求めたモノではないのか。


「………私のそれは、只の期待だ。立場のせいだけじゃない。私にはできないからって遠ざけて来た、希望的観測な人妖模様。」


432 : 名無しさん★ :2017/03/28(火) 00:18:50 ???0



「「『信頼』」」



『恐怖』に代わる『信頼』の関係、慧音はそれを望んでいる。
人間も妖怪も怯え脅かすことなく、ときに信じときに頼るそんな共生の関係を。

「でも、やっぱりそれは絵空事なんだ。」

慧音は自嘲気味に自分の意見を取り下げる。

「『恐怖』が生まれずして、妖怪は妖怪足り得ない。そこに『信頼』で取って代わろうなんて、テンで意味が分からないだろう?土台無理な話なんだよ私の考えは」

妖怪が『恐怖』を失えば、その存在の意義を失うのだ。代替できなければ意味がない。恐怖が信頼と置換できなければ、その先はただ影を差すのみ。
お互い信じられるようになりました。仲良しこよしになりました。はいおしまい、とはいかない。その物語は許されない。
物語が終わっても、その生は続く。ならばその続きも生あるよう、綴らねばならないのが物語だ。
仲良しこよしではいおしまいの物語は、妖怪の存在そのものがおしまいになるだけ。
だからこそ幻想郷の管理人は苦心する。苦心し続けている。


「そうかしら?私は信頼することだって、怖いことだと思うわ。」


だが、夢美はそれに異を唱えることができた。他ならぬ今、妖怪と信頼を築こうとする彼女だからこそ、一つ考えがあった。


「だって、他人のことなんて分からないじゃない。自分より遥かに。特に、私はそう思うわ。それなのに信じようとするってちょっと嫌よね。まぁパチェのためだけど。」


自分のことは自分が知っている。だから怖くない。
だが他人を知るのに限界がある。それはきっと自分以上に難しい。知らないことは絶対出て来る。まして信じる相手は人間同士でなく『人間』と『妖怪』だ。
それでも信じようとすることが頼られることが『信頼』というならば、それは紛れもなく『恐怖』への対峙と言えないだろうか。恐怖と対峙するは己が内の妖怪を退治することにある。


「無知故に恐怖は生まれ、それでもそのヒトを知り信じることはおよそその為の闘い。これを『恐怖』への対峙としないで、ワーハクタクは何と称するの?」


慧音は言葉を返す素振りもなく押し黙る。しかしその両眼は僅かに見開かれていた。


「私はパチェの無事を信じてるけど怖い。不安で不安で仕方ない。そういうのも『恐怖』って言えるんじゃないかってことね。まぁ、これはこんな場所だからこその恐怖だけどね。」


夢美の声色に陰りはない。それどころか逆に明瞭だ。
自分さえ付いていればパチュリーに這い寄る全ての敵から守れる、そんなどうしようもない自信が言葉の端々に見せている。


「だけどまあ他にもあるでしょ。きっともっと『恐怖』ってのは転がってるモノだと思う。妖怪と人間が『信頼』する過程で。」
「信じることもまた怖い。『信頼』の過程もまた『恐怖』か。」


慧音は納得したかのように、そこで長く息を吐いた。夢美はその様子をニコニコしながら眺めている。どうだまいったか、と口走りそうな表情だった。
夢美は夢美なりに考えている。そのことが慧音は素直に嬉しい。
だが、この考えに一つだけ憂いがある。
信頼の過程に恐怖はあるだろう。それは確かだ。ならばその過程の果て行き付いた時、それでなお残っているのだろうか。残らなかったら、妖怪はどうなる。
それが残っていてなお信頼と呼ぶのか呼ばないのか、別の行き付く先があるのか。慧音には分からなかった。
ただ、ここで異を唱えるつもりはない。慧音はその答えを持ち合わせていない、代案があるワケでもない。それなのに、否定して芽を摘むような真似はしたくなかった。

「あるいはここはそんな場所なのかもね。」
「どういうことだ?」

夢美はポツリと呟く、たった今何かに気付いた口振りだ。


433 : 名無しさん★ :2017/03/28(火) 00:19:38 ???0


「今話したことが、ここで私たちを殺し合わせる理由なんじゃないかって、ちょっと思ったの。」


慧音の表情が一気に強張るのが見て取れた。

「この殺し合いが、信頼を築くためのモノだとでも言いたいのか!そのために人間と妖怪を集めたと、いくら何でもそれは…!」
「確かに先生の言葉通りだと、ちょっと具体的過ぎる。もうちょっと解釈を広げて言うなら、そうね。人間と妖怪の新しい関係を探るって感じ?」
「同じことだッ!確かに主催者は幻想郷における全能の神という仮説は立てた…!だが奴らが何故、幻想郷の未来を憂えるようなマネをする…!!」

全能の神の考えることなんて、ここにいる参加者全員が分かることではない。夢美もまた同じことだ。
だからと言って、そんな泣き所を叩かれてここで返さないのは些か癪だ、それが夢美なら猶更そう感じることだろう。

「なら別の方からアプローチしてみましょうか。八雲紫のことよ。彼女が作ったであろうゲームが殺し合いに起因しているって仮説は、先生も聞いてるでしょう?」
「東方心綺楼のことだな。」

東方心綺楼と同じように幻想郷での争い、異変がゲーム化され人気を博した。紫が用意した製作者のダミーが神格化するほどに。
神となった太田と荒木は『幻想郷の住人を争わせる程度の能力』で殺し合いの異変として参加者を引き摺り出した、そんな一つの仮説のことだ。


「作品っていうのは、その作者の意図が組み込まれているものでしょ。その作者の価値観やら考えやらがね。」


ゲームや漫画、果ては小説にエトセトラ。作品と呼ぶならば、そこに意味を持たせてあるモノが多い。

「だとしたら東方心綺楼の作品の考えって何かしら?これを作ったのが太田であり荒木であるとして、彼らは八雲紫のダミーであるとして、一つ思い付かない?」
「八雲紫が葛藤した、幻想郷の人間と妖怪の在り方がこの作品にも混ざっていると?」

八雲紫が作ったにせよ彼女が用意したダミーが作ったにせよ、このゲームの大本は八雲紫だ。いわば彼女がゲームの作者であるなら、彼女の考えが混ざってしまうのは当然のこと。

「八雲紫は幻想郷の未来を憂える存在と言えるでしょ?ある意味で彼女はこの殺し合いを望んでいたって節があったのかもね。」

先の話で、里の人間の智慧を奪ってまで楽園の維持に努めようとしたほどの傑物であり怪人だ。
ならば既に人間と妖怪の殺し合いに一つの可能性を見出していて、なんらおかしくない。

「それじゃあ!!八雲紫がこの殺し合いを望んでいただって…!?幻想郷の維持に、この殺し合いを開いたと…」

慧音が驚くのも無理はない。だが彼女の思考がさっきから少々堅い、いや直情的になり過ぎている。今にも崩れてしまいそうだった。

「いいえ、流石にそこまでは言い切れない。ただ、妖怪と人間の関係改善の可能性として、彼女が思い付かないワケがない。でも、それが望むカタチにはならないと分かっていたんでしょう。」

だが、その思想が造り出したゲームにも宿ってしまっていた、夢美はそう考えている。

「言ってしまえば、ここは八雲紫が望んだかもしれない場所。人間と妖怪の新しい関係は見付かる。でもその人間も妖怪も失う。だから八雲紫も望まなかった。そんな葛藤の一つだと思いたいわね。」

そう考えれば、恐怖に怯まない人間『例外』たちがここに呼ばれていることも、彼女の願望の一環だと考えられる。
ゲームの内容もその全てが異変を取り扱っているのも、異変の持つ一つの側面に人間と妖怪の在り方を観測する舞台だと先に論じたから。


「あの主催者が本当にゲーム作者のダミーだとしたら、八雲紫の考えに基づいて今回の殺し合いに至った。私たちを人間と妖怪の関係を正すために……」


慧音はそこまで口にすると茫然と立ち尽くしていた。


434 : 名無しさん★ :2017/03/28(火) 00:21:05 ???0


「まあ、この話は置いときましょうか。何にしたって慧音先生も、誰かと信頼することは大事ってことね!」
「……」
「それに、ここにはスタンド使いって『例外』もいるワケだしさ!」
「…ああ」
「それとも既に信頼に足るお相手は、ここに来ているとか?」
「……」
「まぁ、どっちみち、慧音先生自身がそれをここで知ることは大切なんじゃないかって思うわ。教える立場なんだもの」
「……」
「だから能力なんか使わなくたっていい。一方的に知ったって信頼ある関係なんてできない……って先生に言う必要なんてないか」
「……」
「……」
「……」
「……」
「私は、使うよ」

たとえそれが信頼より遠い行いだとしても、そんな肉付けのできる台詞を慧音は吐いた。少なくとも夢美にはそうとしか聞こえない。

「だからどうしてよ!先生って里の人間と信頼し合いたいとか、そんなんじゃないの?だったらここでそれを学ぼうってなんないの!?」

別に慧音の態度が他力本願で気に入らないとか、夢美はそんなことを考えてはいない。
夢美の行動原理は只一つ。好きなモノを好きにしたい、ただそれだけだ。
だからこそ目の前のワーハクタクが、人間が好きでそれでも諦めていた上白沢慧音が、そのための一歩を踏み出さないのが夢美にとって癪だった。



「確かに夢美さんの言う通りの姿を、私は求めている。あるいは至上の目的と言ってもいい。でもね。たった今、それを超えてしまう思いが一つだけ、できてしまった。」



夢美は奥歯を深く深く噛み締めた。腹立たしいワケじゃない。慧音の口にした言葉のその重みを文字通り咀嚼しただけだ。
これから続く言葉の重みは今までの比ではない。
だって彼女はたった今、と口にした。彼女の背中を今、夢美は押してしまったのかもしれない。


「いいわ。聞いてあげる。ただ、言葉には気を付けてね。貴女が今から発するそれは、至上の目的とやらも全てを塗り替えちゃうんだから。」


そういうことになる。
慧音は里の人間との信頼を結びたがっていた。だが、その想いは幻想郷のしがらみに十重二重に阻まれ、とても叶わない。乞い願おうとも叶わない。
決して縮まらない人間と妖怪の溝。それを埋めるヒントを得たのかもしれない。たとえそれが如何に陳腐なモノだとしても。
慧音はそれを蹴った。
それを振り払ってでも今、果たすモノがあると言ったのだ。



こんなの嫌な予感しかしないじゃないか、夢美は目を瞑った。眼を背けたか、杞憂であれと祈ったか。


435 : 名無しさん★ :2017/03/28(火) 00:22:05 ???0







「あの主催者共が骨の髄まで憎い。」







「だから私はこの力を使う。もう、アイツらの思い通りなんて、とても、とても耐えられない…」


「信頼の過程に恐怖が潜む。私は今その考えを知るに至った。それはとても有意義で、何より夢美さんの善意が本当に嬉しくてたまらなかった…」


「でもだからこそ、それをこんな場所で気付いたことが、我慢ならない…!私たちは本当に導かれているようでそう思えてならない。そんなこと認めたくない認めて、認めて、たまるか…!!」


「勇気ある人間が恐怖の妖怪を下す『人間賛歌』は、手を取り合う人間と妖怪が生まれ『夢物語』は、間違いなく人妖の関係は一気に昇華させる。だけど、そのために、それくらいのために………」







「幻想郷を蠱毒の坩堝に陥れるなんて!!!!許してやるものかッ!!!!」







「最初から!最初から幻想郷は蠱毒の坩堝だった!ただの蠱毒じゃない。食い潰し合うことのない、大き過ぎる矛盾を抱えた蠱毒だったんだ!!
人間の尊厳を平気で踏み躙っていたさ、とても否定できない!擁護なんてできもしない!!」


「停滞は即ち衰退だ!だから完全に停滞し切らないように妖怪は敵で在り続けたんだ!!そうまでして呑気な蠱毒はここまで来た、ここまで来れたんだ!!
 安定した不安定を敢えて続けさせて、静かに静かに変化を待った!そうなるよう私たちは幻想郷を整えて来たのに……!!」





「それをアイツらはその全てをブチ撒けた!!!!ご破算にした!殺し合う、そんな絶対に越えようのないどうしようもない一線を越えさせた!!!!」


436 : 名無しさん★ :2017/03/28(火) 00:24:06 ???0







「それを幻想郷の今を変えるためだなんて、一言でもほざいてみろよ。」







「変わって当然だ!!!当たり前だろう!!そこを越えさせないために、どれだけの幻想郷の連中が苦慮したと思っている!!!」







「たかが玩具に宿る二柱の神が!!!吹けば飛ぶ信仰のクソッカス共が!!!!どのツラ下げて創造主ヅラしてやがるんだぁああああああああッッ!!!!!」


437 : 名無しさん★ :2017/03/28(火) 00:30:21 ???0


ずしゃり、とヒトが倒れたような音がした。


慧音の怒りは理に適いつつも、幼いモノだった。
気に入らないのだ。慧音のそれは、ただそれだけなのだ。それだけで能力を使うつもりでいる。
これ以上主催の手中で踊らされるのが勘弁ならない。たとえそれが主催の掌で踊ることになっても。
だけど激情は理屈なんか一足飛びに超えていく。そういうモノだと夢美は思っている。
自分のことは分かっている、と先に言った言葉は少し訂正しなければならない。だって己の価値感に如何にして火が付くか、これだけは分からないことを夢美は既に実感しているから。
その分、慧音の怒りは十分筋が通っている。慧音は確かに人間が大好きだ。故に彼女はこれから全てを失うワケというではない。なんせ彼女の愛する里の人間は幻想郷で依然健在のはずだから。
だが、和を以て貴しとなす。
慧音はそう在り続けて来た。幻想郷にも、妖怪にも、里の人間にも、決して諍いの起きることのない様に振る舞い続けて来た。それなのに幻想郷と妖怪は彼女の与り知らぬところから勝手に瓦解し始めた。
雁字搦めのルールに縛られ、それでもスキマを掻い潜り、緩やかな変化を待ち続けていた幻想郷は、今や全てのルールを無視して、急激な変化の代償に妖怪と人間を使い潰している。
幻想郷の賢人らにとって、あるいは同じ方法を考えていたのかもしれない。これで人間と妖怪が歩み寄る答えが出ない方が嘘なのだ。だがそれを誰が実践する。誰がそこにいる。誰が残っている。
見守ってきたのに。耐え忍んできたのに。待ち続けたのに。自分を殺してでも遠い理想郷を夢見て。
もう、その理想郷は帰って来ない。
理想は幻想に溶けて潰えた。
その幻想の郷ももはや。
戻ることはない。
永遠に。





ならば、それを齎した者に怒り狂わずしてどうしろというのだ。
そこにある意義は確かに小さい。その力を使っても争いを防げるとは限らない。おそらくはむしろ踊らされる。もう既に介入された力、それこそ全ては思う壺だ。
じゃあだからと言って!何もせずにいろと?諦めて全てを受け入れろと?ふざけるな!!歯向かずしてどうするというのだ!!どうしろというのだ!!!




夢美は閉じていた瞼をようやく押し上げることができた。何のために目を閉じていたか、もう覚えていない。
ただほんのうっすらと視界が滲んでいた。恐怖に竦んだ己を守るために、瞼を下ろしたとしか思えなかった。
慧音は夢美に背を向け、その場で崩れていた。地面を拳に叩き付けていた。何度も何度も判を押すように。忌々し気に。けれど力なく。夢美はこの時初めて気付いた。
彼女の後ろ姿が余りに小さかったことに。
慧音は泣いていた。
先の怒りなどもはや燃え尽きてしまったかのように、その涙を以て鎮火させてしまったかのように。ただ咽び泣く。静かに泣く。


上白沢慧音は半人半妖だ。そしてその存在通り、彼女は私情に全てを明け渡すことを良しとしない中立な存在であったのは、もはや語る必要もない。彼女は誠実だった。
だからこそ、この失意と絶望はどの妖怪の追随を許さないほど重いのに、彼女の『性』が踏み留まろうと働き出している。
慧音が望んでやまない尊い『信頼』という願いすらも、ここではもはや卑しい願いへと貶められたのに。
まだ理性のタガは外れきれなかった。それは何よりも救いでもあったが、余りにも彼女が憐れ過ぎた。

夢美はどうしたらいいか分からない。でも一つだけなら絶対にやり遂げられる。
彼女と彼女に教えてもらったことぐらい、全うできずして何が天才か。
卑しくなんかない願いだと、せめて取り下げてやらねば、彼女にはもう何も残りはしない。
ワーハクタクを動かすべく彼女は動いた。


438 : 名無しさん★ :2017/03/28(火) 00:31:04 ???0

「それじゃ先生は能力を使うってことね。OK任せるわ。不埒な輩を見付けたら、ちゃんと教えてよね。」

夢美の態度も言動も、もはやいつものそれだ。先のやり取りがなかったかのようだ。

「あぁ、でもそういうの『信頼』的なアレに反してダメだっけ?勝手に知るってことだから。でもまあ、そこら辺の裁量も先生に任せるわ。」

慧音は地に蹲ったまま見向きもしない。それを良いことに夢美は音も無くにじり寄り、慧音の首にその両腕を素早く絡めた。

「っん!放さないか!!」
「それとその内バレると思うから言っとくけど、康一君の首、悪いけど多分パチェが持ってるはずだから。」
「なっにッ!?」

言うが早いが慧音は拘束を力づくであっさりと振り解くと、そそくさと距離を取った夢美と対峙した。

「あはは、やっぱ近づくモノじゃないわね。痛い痛い、掴まれなくて良かったわホント。」
「どういうことだ!!どうして死者を弄ぶ真似なんかやったんだ!!答えろ!!」

慧音の両眼はやはりというか真っ赤に染まっていた。そしてまだ興奮が抜けきっていないのは言動を聞いての通りだ。

「どうもこうもないわ。この殺し合いを脱出するために生首が必要になることくらい先生だって分かるでしょ。」
「仗助君だっているんだぞ。みすみす和を乱すつもりか!」
「そうね河童の生首があれば一番良かったわ、悼むヒトなんていなさそうだったし?それに帽子の中身も見たかったなぁ。あー惜しい。」
「夢美!!貴様ッ!!!」

慧音の眼が更に血走った。幻聴なのか歯軋りがここまで届いて来た。これは完全に沸騰したかもしれない。ちょっと拙いが上等だ。



「貴女がやろうとしていることは、そういうことだから。それでもって言うなら今、私に突っ込んできなさいよ、慧音!」



二人はそのまま睨み合う。いや片方が睨みもう片方はそれを受け流すように視線が混ざり合う。
そして数秒の間膨れ続けた空気は、小さく弾けた。


439 : 名無しさん★ :2017/03/28(火) 00:32:35 ???0


「やめだ」
「ええー」


激闘の予感は細やかな茶番の幕に貶められ切って落とされた。慧音は長く息を吐き出し、身体に走らせていた緊張を解きほぐした。

「やっぱり、私なんかじゃ先生は動かせないのかねぇ。受け止めてあげられなかったぁ〜」
「そんなことは。私は、夢美さんに危険な目に合ってほしくなかったし、感謝している。」
「そこを振り切りさせられないから私じゃ役不足ってワケだけどね」

慧音が困った顔をするのを見てしまう前に、夢美は徐に地面に転がった。

「でもこれで良かったかな。貴女が一番信頼できるヒトに私がならなくて…」

夢美にしては珍しく物憂げな顔つきで、慧音は本気で驚いた。

「まぁ私はパチェ一筋だからねぇ、慧音先生が二番目になっちゃうのが可愛そうじゃん?重婚罪ってワケにもいかないしね」

慧音はしらーっとした夢美を睨んだ。心配したのにと顔に書いてある。

「何をしてる」
「こういう仲違いの後は草原で寝そべるのが定番」
「さっさと起きなさい」
「先生は寝なくてもいいわよ、さっきのは仲違いでも何でもないんですもの」
「勝手にしろ」
「素直で宜しい」

慧音は身体を投げ出して夢美の隣に並んだ。うっかり角が夢美に刺さらないよう注意する素振りもなかった。恐ろしい。

「素直ついでにありがとう」
「どういたしまして。でも私が撒いた種だった。しかも刈り取れそうにない。そうでしょ?」
「………」
「やっぱり諦めてくれないの?」
「多分、使う」
「そっか、ごめんね。なら私が諦めとくわ、うん。やっぱりごめんなさい…本当に」


慧音はその能力を使って、諍いの芽を摘むつもりでいる。先の夢美の茶番も、慧音が能力を使うにあたって、どこまでの裁量があるか見たかったからだ。
細かな問題は目を瞑らなければならないだろう、そして大き過ぎる問題もまた目を瞑らなければならないだろう。
慧音が裏で能力を使うならば必ずその見極めができなければ意味がない。自滅する。
そう、自滅しかねない。そんな危険な役割を勝手に始めようとしている。他ならぬ夢美の言葉によって。後悔しないワケがなかった。
あわよくば、先の茶番が闘いになれたとしたら、慧音の抱える想いを幾らか晴らすことができる、そんな魂胆もあった。
今は夢美は慧音に背を向け、その表情が良く見えなかった。


「信じさせてね…先生。それで手を打つから!」
「分かったよ。私も君には信じていてほしい」


それら全てを夢美は精算することは叶わなかった。だからこそ、最後にして最高の妥協案を慧音に押し付けることができる。
『心配』だから『信頼』させろ、と。
パチュリーと慧音に教わった信頼を、慧音にとって余りにも得難い信頼を押し付けることができる。それが決して卑しいモノではないと押し付けることができる。


「どう転んでもってことか、大した役者だな」
「さあて、先生がポカしないように信じといてあげるから、先生も私とパチェが信頼できるかでも信じてて、これで『信頼』ね」
「大きなお世話だ、まったく。それと、君たちの信頼の如何なんて、これっぽっちも信じちゃいないよ」
「あら冷たい」
「どうして君が私を信じるのに、私は君とパチュリーの仲を信じなきゃいけない。対等に行くぞ。私は君を信じる。これで『信頼』だ」
「あら熱いわ」
「君たちの仲なんて、どうせ私が信じなくたって勝手にやるだろう」
「じゃあもっと私を信じられるように、色々お話してあげなきゃ。知ってもらわないとね」
「いい加減にして行くよ、時間を潰し過ぎた」
「ちょっと先生待ってよ〜」

慧音が大股でズカズカ歩き出し、夢美はそれに追随する。
その道中は夢美が勝手にくっちゃべり些かにぎやかが過ぎた。そしてあっさりと漫画家に見つかり、更には吸血鬼を見つけていく。
存外その結託とは案外堅いのかあるいはとても緩かったのか。
怪しまれないためとは言え、片方が本にされてもそっちのけで読み耽るばかりか、その輪に入り込む人間一人。
あの時、友人の死に打ちひしがれた漫画家。その手に握られていた一ページがもしめくられていたら、友の首の行方が載っていたかもしれない。
その後も二度に渡り、天国の門を開かれるワーハクタクだが『幻想郷の全ての知識』を白日の下に曝されることは終ぞなかった。
知識の上澄みを読み取られるだけで済んだのも、彼女の勤勉さが功を奏したのか。未だ使っていない能力故にワーハクタクすら知り得ない内容なのか。
あるいは『幻想郷の全ての知識』とは余程のタブーなのだろう。
読み始めに【警告】の文字が躍っているほどの。


だが、いずれにせよここでのやり取りは奇跡的に露見されることなく、今に至る。
そしてジョースター邸に七人の人間と妖怪が、終結する。


440 : 名無しさん★ :2017/03/28(火) 00:34:01 ???0


中にヒトはいる。気配、彼女にとってはそれもまた魔力で判別が付く。尤もかなり頼りない精度だが。感知する領域に至らない微かなそれは4名のヒトが占拠していると判断できた。
東方仗助、比那名居天子、岡崎夢美、上白沢慧音、ぴったり4名。問題なし、レッツゴー。なんてできるほど、彼女の道程はイージーではなかった。
何より、気配が違った。夢美と慧音はおそらくいる。だが、他二人のそれは仗助と天子ではない。そこまでしか読み切れない。
挙句ジョースター邸の近くは、散乱し焼けた鉄の残骸に焼け野原。これで身構えない方がどうかしていた。
後ろの二人に臨戦の指示を振る。そしてパチュリー・ノーレッジはジョースター邸の扉を開いた。
敵か味方か、いざ。

「………」

開け放った扉、そこから確保された視界からは人っ子一人いない。
入るわよ、いつも以上の囁き声でパチュリー一向はジョースター邸へ入館を果たした。


辺りを三人で詮索するも、このフロントにはいない。次の部屋まで行くべきか。だが気配は決して遠くはないのだが。

「おひさ」

いたのか。
わざわざ天井に張り付いていたのだろうか。蝙蝠みたく。できればそうあってほしい。四つん這いで天井に張り付いていたなんて聞きたくない。
何にしても私の背後から聞き覚えのあり過ぎる声が、それも淀みなく、聞きたかった声が聞こえた。
何故か随分と懐かしい。

「おひさ」

言葉は抑えめに。余り喜ぶと笑われかねない。きっとこの吸血鬼もそうだと思っている。ならば、それに沿うのが通りだ。
見栄っ張り、だとは思う。
だけどお互いが同じように考え同じように見栄を張り挙句同じようにそれを理解しているのなら、それは十二分に仲睦まじいものだとパチュリーはいやレミリアはいいやパチェもレミィも思っている。
だから今は、これだけで良い。

「吉良、ぬえ、安心していいわ。レミリア・スカーレット、もう話した通り吸血鬼で一応私の友人よ。」

何より、この不安を煽るような来訪をした友人の後始末が先だ。山ほど積もった話は後でもできる。
吉良はスタンドを出し、ぬえも霊力を収束させていた。巻き添えはごめんだ。


「パチェ〜〜〜〜〜いやっほ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」


ああ、こっちの巻き添えはもっとごめんだ。今にも私目掛けて突っ込んで来る。だが逃げ切れるかというと、まあ無理な話だし。諦めるしかない。
レミィの文字通りの横槍は期待できそうにない。落ち着き払った悠然とした佇まいは、私の反応を窺っているのか、そういう意味なのだろう。


441 : 名無しさん★ :2017/03/28(火) 00:34:18 ???0

「はぁ」

取りあえず両腕を広げて、突っ込んで来るバカを受け止めなければならない。頑健じゃないんだから、腰をイワしてしまわないか不安だ。
この体勢のまま日符でも切るか、とかぼんやり考えた。いや考えるだけの時間が流れている。
あれ、突っ込んで来ないの。


「パチェ!」


ニコニコと擬音が聞こえてきそうなハツラツとした笑顔だった。どうにもロクな時間を過ごしていないせいだろう。それだけで心に熱が籠もった。
いや、熱は私の手にも。岡崎夢美の熱だ。強すぎず弱すぎず、私の手をギュッと。


「『また』!!会えたね!!!」


律儀に覚えていたのか。でも鼻で笑う気にはなれない。


「そうね。『また』会うことができた…」


生長するのは速いモノだと薄ぼんやりと思いもする。
いつぞや『寂しい』と思ったことは未来永劫、黙秘することになりそうだ。だって目の前で甲斐甲斐しくも腕一つ、掌一つの温もりで満足しようとしている少女がいるのだから。
まぁいきなり飛び付いてくるかもしれないし、騙されないようにしよう。
だが褒めてはやろうか。

「やればできるじゃない。」

我ながら可愛くない言葉しかでない。見栄っ張りは中々治らない病気だ。

「まぁね♪パチェから『信頼』されているって思えばこそ、ね」

夢美はそれさえもひっくるめて嬉しそうに笑った。会えて嬉しいなんて、伝えたら何されるか分かったもんじゃないな、と意地悪に考えておいた。それを理由にまだ『嬉しい』は黙っておこう。

そしてここで悪い考えが過ってしまうのは私が日陰の少女だからだろう。
もし仮に、私が命を落としていれば、と思ってしまった。現に死にかけた、というか現在進行形で死へのカウントダウンが始まっている。
下手を打てば、夢美の信頼を裏切ってしまっていたかもしれない。そうなれば、彼女にどれほどの影を差してしまうのだろうか。
まだ死ねない。元より死ぬつもりでなどいやしない。それでも芽吹いた信頼が実を結ぶまでは、それを吹き込んだ者として責任があるだろう。
まったく、丸め込んだと思ったら却って心配する羽目になるなんて。
これじゃどっちが思う壺に嵌ったのかわかりゃしない。


442 : 名無しさん★ :2017/03/28(火) 00:35:40 ???0


背後が賑やかになってきた。
とっくにフロントを後にしている。仗助らはいない。それに放送までそう遠くない。そんな安寧の一時をただ私はくつろぎたかった。
くつろぎたかったのに。
パチュリーさんの言う通り私は『安心』していたんだ。彼女は『信頼』できる。それだと言うのに、クソッ。


「お前が吉良吉影だな。」


最悪だ。
よりによって、よりによってか。どうして私は出会わなければならない。付き纏われなければならないんだ。忌まわしい顔見知りなんかに。
ここは杜王町ですらないというのに、どうしてこうも立て続けに出くわさなければならない。


「まあ座れよ。そこ、空いているだろう。」


二人きり
ああ、椅子なんて腐るほど転がっている。良いインテリアだな、このダイニングテーブルは。
じゃあどうしてその内の一つを指差されなきゃいけない。そして何故お前なんかと面と向かって座らなければならないんだ。

「悪いが、遠慮しておくよ」

御免被る。ここは食堂だろうが、こんな奴と向かい合わせだ。仮にどんな豪勢な料理を差し出されても受け付けないだろうさ。こんなところいてたまるか。

「動くな。」
「……」
「動けばお前を本にする。本にした上で中身を全部引っぺがして、火にくべる。嫌だろ。なら椅子に座るんだな」
「…」

聞く耳すら持たない。その一点で、コイツは誰よりもタチが悪い。舐めやがって。

「露伴さん。貴方は勘違いしていないか。私は、ゲームに乗っていないんだ。一言で言ってね」
「さん付けするな、馴れ馴れしい」
「何より私はこのゲームから逃れ得る鍵でもある。滅多なマネは君の首も締めるんだ、露伴」
「呼び捨てにするな、馴れ馴れしい」

ふっざけるなよ…!!私が下手に出てれば付けあがりやがって…!
しかも、馴れ馴れしいだと!?選りに選ってその言葉を吐くか!!お前と慣れ合うつもりなんざ毛筋一本分もありはしない、この吉良吉影にその言葉を吐くか!!!


「しかも、お前。今『優越感』に浸ったんじゃあないよな?ゲームを逃れる鍵って。自分のことが、この露伴より優れてると思えて仕方ないってワケかい。ふふふ」


挙句この言いがかりだ。眩暈がする。とても同じ人間とは思えない、狂っているんじゃあないのか。

「そんなつもりはない、酷い誤解だ。癪に障ったのなら訂正させてもらおう」
「『訂正』していいんだな?僕の手で?そうかそうかそうかそうか」

ダメだ。コイツは揚げ足を取る機械だ。やはり最悪。コイツに何を言っても、何一つ通じない…!

「まあ聞けよ。僕はね、ちょっとばかし反省していることがあるんだ。」

露伴は伏し目がちに語る。反省しているようで、あくまでそれっぽい動きだけ。そうとしか捉えきれないのは奴の人となりがなせる業だな。

「3回だ、これ何の数字かわかるかい?分かったらここから離れていいよ、嘘じゃあない。」

下らない。真面目に取り合ったところで、どうせ最後は嵌めるに決まっている。だが、答えなければ、そこからまた言いがかりを吹っ掛ける。

「君がこの会場で本にした回数か」
「あっはっは惜しいね惜しいねぇ。本にした回数は合っているんだ。でも少しばかり違うんだよ」

当たらずとも遠からずか。だが、問題なのはコイツがこれから私をいつ本にするかだけだ。どうにかして撒かないと、十中八九私は本にされるだけ。


443 : 名無しさん★ :2017/03/28(火) 00:38:21 ???0



「同じヒトだ。同じヒトを3回も本にしてしまった。」



意味が分からない。3回も本にしただと。

「僕はね。これでも自分のことはよ〜く分かってる。ちょっとだけ短気で賢いんだ。そして『ヘブンズ・ドアー』を振るうことで齎す意味はもっと良く知っている。
 コイツは何よりも不和を呼ぶスタンドだからな。知りたい放題、証拠も消せるし命令も……って、お前はもう知っているんだよなぁ吉良吉影」

本にする、その言葉だけで大人しくし過ぎたか。父親から、コイツの能力やらは全て把握している。どの道、シラを切った時点で本にされるだけだから、どうしようもない。


「さてそんな能力を同じヒトに3回も使った。リアリティは何よりも優先する、そんな僕でも3回はちょっとやり過ぎなんだよ。
 覗くだけの価値はあってもそれを知るためだけにってのはちょっと頂けないよな」


「じゃあどうして、僕はそんな行動をしてしまったのかちょっと考えた。答えはすぐ出たさ。」


「康一君の死を知ったせいだ。彼を失って僕はとても怒っている。とっても『軽率』になれるんだ。僕を怒る彼がいない。彼に咎められるかもしれない、そんなブレーキはもうないからな。」


「そう、今の僕はとても『軽率』なんだよ。吉良吉影。お前のお蔭でな。」


「言いがかりだ!!私は康一を殺してなどいない。何も聞かされていないのか!?」
「聞かされたさ。だけど、それがお前を隠し事をしていない証左には繋がらない。確実なリアリティを以て知る。康一君の死を受け止める覚悟はできているからなッ!」


お前の覚悟なんざ知ったことかぁッ…!!
無茶苦茶だ。コイツは周りの人間をロクすっぽ信じちゃいないだけのクソッタレにしか私には見えない!!


「お前言ったよな。ゲームから逃れる鍵って。知ったこっちゃあない。このゲームは岸部露伴がブッ壊す。僕の漫画がブッ壊す。そしてお前は僕のスタンドでブッ壊すとしよう。」


どう転ぼうと私を本にするつもりかコイツは…!クソッ!逃げられるならとっくに私は逃げている。
コイツのスタンドはパワーもないスピードだって大したことはない。
だがコイツが、コイツの筆の速度が、それだけは、どうしようもない…!!疾すぎる…!!!


「安心しろ、殺しはしない。まずお前がにとりと結託してなかったか、その情報を掴む。後は、運を天に任せておくんだな。」


スタンガンを爆弾に、投げ…!!


「遅すぎるんだよ、ノロマが」


光っぁ……くっそクソクソクソ!!クソッタレ共が!!!どうしてどうしてどうして!!!この吉良吉影ばかりが、ゴミ共の因縁に振り回され続けなければならないんだ!!!!


444 : 名無しさん★ :2017/03/28(火) 00:41:23 ???0



パラパラと本のページが翻る。その音は静かに吉良の鼓膜を叩いた。しかしおかしい。身体の自由が効いたのだ。そして気付いた。







「これで『4回目』だ。反省。してるんじゃなかったのか露伴先生。」








上白沢慧音が割って入っていた。身を挺して吉良の盾となっていた。小気味よいページの音が、インクで汚れた慧音の手を笑っているようだった。

「なっにぃッ…!いつから居た!!割り込んだだとォ!?在り得ない……どうして!?」
「妖獣……だからな、脚ぐらい・…・…速い、さ。」
「そんなんで納得いくか!!何で…どうしてだ…描く速度なら絶対に誰にだって負けない僕が……天狗だって出し抜いた僕の早業が……??」

露伴はそこで茫然としてしまっている。好機だ。

「吉良さん…・本当に申し訳ない!彼には……言い付・けておくから、もう・…少しだけ他所…で待って…てくれ。頼む!」

じっとりとした汗ばんだ服も気にしてもいない、それほど呼吸が荒い。余程急いで駆けつけて来たのだろう。
私は慧音さんに頷くと、去り際に一人でほくそ笑む。あのいけ好かない漫画家のプライドに実に気味の良い傷跡が付いたからだ。今までの屈辱が全て清々しさにひっくり返るほど。
その一方で疑問が残らないワケじゃなかった。露伴と同じような疑問を。
ふん、露伴は時間稼ぎという私の下らない浅知恵に負けただけ。諦めず会話を続けた私の執念が上回っただけだ。
謙虚に振舞っていれば良かっただけのこと。愚か者の末路には実に相応しい。私では犯しようのないしょうもないミスに足を掬われた。
自分の行動が過去に移っているのに、誰かに見られていることすら考えていなかった。
それに比べ慧音さんは身を挺す前提だ。しかも時間の無さを知っていたかのような徹底ぶり、覚悟が違った。それこそが何よりの敗因だ。
そしてやはり、慧音さんは素晴らしい。私の命を救ったと言っても過言じゃない。もしほんの数秒でも遅れたら、私は何もかも忘れてアイツの操り人形にされ兼ねなかった。
それに大声を上げたわけでもない。合図なんて到底できない。それどころか、ついさっき再会したばかりだというのに。即座に私の元へ駆けつけて来てくれた。
ふふ、私の命をより良いところへ運んでくれる、そんな運命を慧音さんは全うしてくれる。
そして、慧音さんの手をわざわざインクで汚した露伴。不可抗力だって?仕掛けたのは露伴だ。隙あらば奴も芥子すら残さず発破してやる。私の手で精算してやるさ。


七人もの人間と妖怪が集まった洋館で一人の妖怪は姿を潜め、二つの事の成り行きをただ静観していた。
僅かに舌を鳴らし怒りを露わにするも、誰も見届ける素振りなどあるはずもなく。
どちらにも付かず、どちらにも付けず、未だ保身のために。
レッサーパンダはただ見ている


二回目の放送まで、もうすぐのこと。ジョースター邸はかつてない活気を取り戻していた。


445 : 名無しさん★ :2017/03/28(火) 00:44:18 ???0
今回は放送直前にお待たせするカタチになって大変申し訳ありませんでした
ちょっと遅れて状態表張るので、一先ずこれで投下終了です


446 : 名無しさん :2017/03/28(火) 00:54:25 7bdjwG6A0
投下乙です!
夢美と慧音の会話でほっこりして、レミパチェとゆめパチェで癒されてたらその吉良はいかんよ…
と言うかぬえちゃんも暗躍しだして藁の砦再建案件になっちゃってるじゃないですかやだー!
新生藁の砦の明日はどっちだ!?

しかし露伴先生はスタンドよりも性格面の方が不和を呼びやすい気がします…


447 : 名無しさん★ :2017/03/28(火) 01:12:43 ???0
【昼】C-3 ジョースター邸


【レミリア・スカーレット@東方紅魔郷】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:「ピンクダークの少年」1部〜3部全巻(サイン入り)@ジョジョ第4部、ウォークマン@現実、
    鉄筋(残量90%)、マカロフ(4/8)@現実、予備弾倉×3、妖怪『からかさ小僧』風の傘@現地調達、
    聖人の遺体(両目、心臓)@スティールボールラン、鉄パイプ@現実、
    香霖堂や命蓮寺で回収した食糧品や物資(ブチャラティのものも回収)、基本支給品×4
[思考・状況]
基本行動方針:誇り高き吸血鬼としてこの殺し合いを打破する。
1:パチェと話す。
2:咲夜と美鈴の敵を絶対にとる。
3:ジョナサンと再会の約束。
4:サンタナを倒す。エシディシにも借りは返す。
5:ジョルノに会い、ブチャラティの死を伝える。
6:自分の部下や霊夢たち、及びジョナサンの仲間を捜す。
7:殺し合いに乗った参加者は倒す。危険と判断すれば完全に再起不能にする。
8:億泰との誓いを果たす。
9:ジョナサン、ディオ、ジョルノに興味。
10:ウォークマンの曲に興味、暇があれば聞いてみるかも。
[備考]
※参戦時期は東方心綺楼と東方輝針城の間です。
※時間軸のズレについて気付きました。


【パチュリー・ノーレッジ@東方紅魔郷】
[状態]:体力消費(小)、霊力消費(小)、カーズの『死の結婚指輪』を心臓付近に埋め込まれる(2日目の深夜後に毒で死ぬ)、服の胸部分に穴
[装備]:霧雨魔理沙の箒
[道具]:ティーセット、基本支給品×2(にとりの物)、考察メモ、広瀬康一の生首
[思考・状況]
基本行動方針:紅魔館のみんなとバトルロワイヤルからの脱出、打破を目指す。
1:今は再会の喜びを噛み締める。
2:夢美や慧音と合流したら、仗助達にバレずに康一の頭を解剖する。
3:魔力が高い場所の中心地に行き、会場にある魔力の濃度を下げてみる。
4:第四回放送時までに考察を完了させ、カーズに会いに行く?
5:ぬえに対しちょっとした不信感。
6:紅魔館のみんなとの再会を目指す。
7:妹紅への警戒。彼女については報告する。
[備考]
※喘息の状態はいつもどおりです。
※他人の嘘を見抜けますが、ぬえに対しては効きません。
※「東方心綺楼」は八雲紫が作ったと考えています。
※以下の仮説を立てました。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかは「東方心綺楼」を販売するに当たって八雲紫が用意したダミーである。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかは「東方心綺楼」の信者達の信仰によって生まれた神である。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかは幻想郷の全知全能の神として信仰を受けている。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかの能力は「幻想郷の住人を争わせる程度の能力」である。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかは「幻想郷の住人全ての能力」を使うことができる。
 荒木と太田、もしくはそのどちらかの本当の名前はZUNである。
 「東方心綺楼」の他にスタンド使いの闘いを描いた作品がある。
 ラスボスは可能性世界の岡崎夢美である。
※藤原妹紅が「メタリカ」のDISCで能力を得たと思っています。


【上白沢慧音@東方永夜抄】
[状態]:健康、ワーハクタク
[装備]:なし
[道具]:ハンドメガホン、不明支給品(ジョジョor東方)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:悲しき歴史を紡がせぬ為、殺し合いを止める。
1:『幻想郷の全ての知識』を以て可能な限り争いを未然に防ぐ。
2:他のメンバーとの合流。
3:殺し合いに乗っている人物は止める。
4:出来れば早く妹紅と合流したい。
5:姫海棠はたての『教育』は露伴に任せる。
[備考]
※参戦時期は少なくとも弾幕アマノジャク10日目以降です。
※ワーハクタク化しています。
※能力の制限に関しては不明です。
※時間軸のズレについて気付きました。


448 : 名無しさん★ :2017/03/28(火) 01:13:26 ???0


【岡崎夢美@東方夢時空】
[状態]:健康、パチェが不安
[装備]:スタンドDISC『女教皇(ハイプリエステス)』、火炎放射器@現実
[道具]:基本支給品、河童の工具@現地調達、レミリアの血が入ったペットボトル、不明支給品0〜1(現実出典・確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:『素敵』ではないバトルロワイヤルを打破し、自分の世界に帰ったらミミちゃんによる鉄槌を下す。
パチュリーを自分の世界へお持ち帰りする。
1:パチェとお話♪
2:他のメンバーとの合流。
3:能力制限と爆弾の解除方法、会場からの脱出の方法、外部と連絡を取る方法を探す。
4:パチュリーが困った時は私がフォローしたげる♪ はたてや紫にも一応警戒しとこう。
5:パチュリーから魔法を教わり、魔法を習得したい。
6:霧雨魔理沙に会ってみたいわね。
[備考]
※PCで見た霧雨魔理沙の姿に少し興味はありますが、違和感を持っています。
※宇佐見蓮子、マエリベリー・ハーンとの面識はあるかもしれません。
※「東方心綺楼」の魔理沙ルートをクリアしました。
※「東方心綺楼」における魔理沙の箒攻撃を覚えました(実際に出来るかは不明)。
※時間軸のズレについて気付きました。



【岸辺露伴@第4部 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]:背中に唾液での溶解痕あり、プライドに傷
[装備]:マジックポーション×1、高性能タブレットPC、マンガ道具一式、モバイルスキャナー
[道具]:基本支給品、東方幻想賛歌@現地調達(第1話原稿)
[思考・状況]
基本行動方針:色々な参加者を見てマンガを完成させ、ついでに主催者を打倒する。
1:ふざけるなよ。速筆の僕が…どうして遅れを取った…?
2:『東方幻想賛歌』第2話のネームはどうしようか。
3:仗助は一発殴ってやらなければ気が済まない。
4:主催者(特に荒木)に警戒。
5:霍青娥を探しだして倒し、蓮子を救出する。
6:射命丸に奇妙な共感。
7:ウェス・ブルーマリンを警戒。
[備考]
※参戦時期は吉良吉影を一度取り逃がした後です。
※ヘブンズ・ドアーは相手を本にしている時の持続力が低下し、命令の書き込みにより多くのスタンドパワーを使用するようになっています。
※文、ジョニィから呼び出された場所と時代、および参加者の情報を得ています。
※支給品(現実)の有無は後にお任せします。
※射命丸文の洗脳が解けている事にはまだ気付いていません。しかしいつ違和感を覚えてもおかしくない状況ではあります。
※参加者は幻想郷の者とジョースター家に縁のある者で構成されていると考えています。
※ヘブンズ・ドアーでゲーム開始後のはたての記憶や、幻想郷にまつわる歴史、幻想郷の住民の容姿と特徴を読みました。
※主催者によってマンガをメールで発信出来る支給品を与えられました。操作は簡単に聞いています。
※ヘブンズ・ドアーは再生能力者相手には、数秒しか効果が持続しません。
※時間軸のズレについて気付きました。


449 : 名無しさん★ :2017/03/28(火) 01:14:07 ???0
【吉良吉影@ジョジョの奇妙な冒険 第4部 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]:体力消費(中)、喉に裂傷、鉄分不足、濡れている、ストレスすっきり
[装備]:スタンガン
[道具]:ココジャンボ@ジョジョ第5部、ハスの葉、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:平穏に生き延びてみせる。
1:露伴から離れる。
2:東方仗助とはとりあえず休戦?
3:空条承太郎らとの接触は避ける。どこかで勝手に死んでくれれば嬉しいんだが…
4:慧音さんの手が美しい。いつか必ず手に入れたい。抑え切れなくなるかもしれない。
[備考]
※参戦時期は「猫は吉良吉影が好き」終了後、川尻浩作の姿です。
※慧音が掲げる対主催の方針に建前では同調していますが、主催者に歯向かえるかどうかも解らないので内心全く期待していません。
 ですが、主催を倒せる見込みがあれば本格的に対主催に回ってもいいかもしれないとは一応思っています。
※能力の制限に関しては今のところ不明です。
※パチュリーにはストレスを感じていません。
※藤原妹紅が「メタリカ」のDISCで能力を得たと思っています。




【封獣ぬえ@東方星蓮船】
[状態]:体力消費(小)、精神疲労(中)、喉に裂傷、濡れている、吉良を殺すという断固たる決意
[装備]:スタンドDISC「メタリカ」@ジョジョ第5部
[道具]:ハスの葉、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:聖を守りたいけど、自分も死にたくない。
1:隙を見て吉良を暗殺したいが、パチュリーがいよいよ邪魔になってきた。ていうかこの女、顔が死にかけてない?
2:皆を裏切って自分だけ生き残る?
3:この機会に神霊廟の奴らを直接始末する…?
[備考]
※「メタリカ」の砂鉄による迷彩を使えるようになりましたが、やたら疲れます。
※能力の制限に関しては今のところ不明です。
※メスから変化させたリモコンスイッチ(偽)はにとりの爆発と共に消滅しました。
 本物のリモコンスイッチは廃ホテルの近くの茂みに捨てられています。


450 : 名無しさん★ :2017/03/28(火) 01:14:41 ???0
改めて投下終了します


451 : ◆NUgm6SojO. :2017/03/28(火) 14:53:18 FCTa31s60
第二回放送、投下します。


452 : ◆NUgm6SojO. :2017/03/28(火) 14:55:45 FCTa31s60

 キィィィ―――――ン……と、甲高い音が空に鳴り響いた。
 放送のための機器の姿は見えないが、その爆音は参加者の鼓膜を、確かに揺らしていた。

 うぅん、しまったな。さっきので逆上せてしまったのかもしれない。
 それとも、太田くんからの激烈なアプローチがあったせいかな、少し目眩がしてきたぞ。
 折角一回目の放送の時にマイクテストをしたんだがね。デカいハウジングを起こしてしまったよ。
 さて、酒で喉がやられていないか確認して、だ。第二回目の放送を始めようか。





  ***





 やあ、久し振りだね……参加者の諸君。第一回目の放送時と変わらず、荒木飛呂彦だ。
 殺し合いが始まってから12時間が経過したが、その時間に見合ったインクレディブルな時を過ごせたんじゃあないかな?
 少なくとも現状を顧みれば、そう考えざるを得ないね。
 今現在、生存している参加者の大半が『絶望』とか『恐怖』を感じているだろうが、『希望』なんてのを感じている者もいれば面白いかな。

 ああ、また話が長くなってしまったかな。
 無駄なお喋りは終わらせて、キミ達が待ち望んでいる本題に移ろうか。
 まずは……と言うより、一回目と同じ流れで、脱落者の発表をするよ。
 同じように一回しか発表しないから、耳の穴かっぽじってよく聞いてくれよ。
 第一回放送からこの放送までの脱落者は……

 宮古 芳香
 ジョニィ・ジョースター
 チルノ
 虹村 億泰
 霊烏路 空
 豊聡耳 神子
 藤原 妹紅
 広瀬 康一
 河城 にとり
 ブローノ・ブチャラティ
 西行寺 幽々子
 多々良小傘
 ルドル・フォン・シュトロハイム
 森近 霖之助
 橙
 八雲 藍
 古明地 こいし
 ヴァニラ・アイス
 トリッシュ・ウナ
 ディアボロ

 以上、20名だ。

 素晴らしい……素晴らしいぞ君達! 前回放送時から脱落者の数が更に増えているとは!!
 大分順調に進んでるじゃあないか! いいぞ、このペースで突き進んでくれ! 
 この時点で脱落した数名の中には僕の嫌いなヤツもいるようだしな!!
 ……っと、すこしハイになってしまっていたか。いやぁすまないすまない。

 ともかく、これで生存者は残り51名となった訳だな。
 参加者の半分が脱落しているわけだが、現時点で虫の息になっている者は……まあポックリ逝っちまわないよう気をつけたまえ。

 ……さて。
 既に完結している話は終えて、だ。次は大事なこれからの話だ。
 第一回の放送にもやった通り、禁止エリアを設ける。
 次の追加禁止エリアは『C-2』だ。そこにいる奴らは10分以内に他のエリアに行かないと……もう言わなくてもいいか。

 ああ、最後にひとつ。
 もう気づいている者もいるかもしれないが、フィールド内のある場所に『街頭掲示板』が設置されている。
 どうせなら見に行ってみるといい。面白いモノが見られるぞ。

 今回も相変わらず長くなってしまったが、ここいらでお開きとしようか。
 次回の放送も6時間後、夕方の6時に行われる。
 これにて、第2回放送を終了するよ。


453 : ◆NUgm6SojO. :2017/03/28(火) 14:56:49 FCTa31s60
  ***





 一方その頃、太田順也は。
 下腹部にタオルを巻き付け、半裸でディスプレイの前に座っていた。

 彼は思う。
 同じタイプのスタンドを持っている……という嘘が、荒木先生にバレたらイヤだなぁ、と。
 僕の本当の能力が知られたら……もっとイヤだなぁ、と。
 彼は想う。
 このロワイヤルを楽しむ……それは荒木飛呂彦にとって完全ではないと。彼にはその先の目標が存在しているのだ。
 しかし僕だけが、この会場で何が起きているのかを完全に知り得ていると言ってしまったら、荒木先生はどう反応するのだろうかと。

 思考を振り払い、彼は思考する。
 荒木飛呂彦はこの場を盛り上げるために死力を尽くしている。この場に居る者達に干渉している。
 その傍らで、太田順也は自分の秘密を間一髪で隠し通していた。
 彼は今まで、何度か荒木の目を盗んで無理をすることが多々あったのである。

 最初の無理は、古明地さとりが制限を超えた能力を行使した時に、警告として彼女に語りかけてしまったことだ。
 本来参加者の脳に声を伝えるのは荒木のみにしか出来ないし、ある程度の条件もあること……だったのだが、太田順也の『本当の能力』をうっかり使ってしまったのだ。その事実が荒木にバレていたら、二人の関係は破綻。バトルロワイヤルが機能しなくなる可能性があった。これは危ない。
 だが一番の無理は、藤原妹紅を誤って2エリアくらいブッ飛ばしてしまったことだ。
 荒木と風呂に浸かりながら、愛しのジョセフ・ジョースターのことを思い浮かべていたとき、香霖堂の近くまで迫っていた彼女の姿を、チラリと見ていたのだ。
 酒に酔っていたことや、気持ちが舞い上がっていたこともあり、色々な私情からついつい彼女の座標を変えてしまったのだ。

 そんな無理を乗り越え、彼は自分にとって有利な展開に持ち込んでいた。
 多少の無理ならば、荒木飛呂彦には秘密を隠せる。秘密がバレる可能性を減らしていたのだ。

 モニターに表示された参加者の『生存・死亡』を表す点。
 荒木先生はそれ以外に会場の様子を見る術はなかったんだが……はたてと関わりを持ったり、岸辺露伴と直接話をしたりとすることで、結構自由に事を進めていた。

「ンフフ……荒木先生、このロワイアルを貴方なりに楽しむのなら、僕も折角のチャンスをみすみす逃したりはしませんよ……」

 ならば、と彼は動き始めた。
 キーボードを叩きながら、不気味な笑みを浮かべている。

 一体全体何をしているのか。
 ……答えは単純だ。ある人間との意思疎通を図り、香霖堂のパソコンを遠隔操作で起動させているだけである。……今のところは、だが。

 彼も荒木飛呂彦と同じく、完璧な存在などではない。
 なにもかもができる……なんていう、全てを超越した生物などではないのだ。


 そんな彼の行動が、これからこのゲームにおいてどのような影響を及ぼすのか……それを知るには、まだ、早い。


454 : ◆NUgm6SojO. :2017/03/28(火) 15:01:43 FCTa31s60
これにて、第二回放送の投下を終了いたします。


455 : 名無しさん :2017/03/28(火) 15:11:14 nDZOpP6E0
投下乙です。
心地よい不協和音が鳴り始めましたか。
放送と追加要素が参加者にどういう影響をあたえるやら。


456 : ◆e9TEVgec3U :2017/03/28(火) 15:30:51 7bdjwG6A0
放送話の投下お疲れ様です!
うーん…主催陣営のメリット云々も考えると実験は成功したんですかね…?
あとは太田の方、143話で裸体を眺めていたと思ったら会場を見てたんでしょうか、進展が楽しみになって参りました
疑問点としては…第一回放送までに18人死亡、第二回放送までに20人死亡扱いになっているなら生存者は52名じゃないでしょうか?

さてはてこの様な内容の直後ですが…西行寺幽々子、八意永琳、稗田阿求、ジャイロ・ツェペリ
以上の4名を予約させて戴きます。


457 : 名無しさん :2017/03/28(火) 15:56:33 yZx2jww20
投下乙です!
共同の主催は一枚岩とはいかないんですね…
秘密は隠せている間はまだいけるまだいけると自信を持ってしまうものですが、一度明かされたらその先にあるのは藁の砦と同じ末路なのが普通…主催コンビの信頼関係が揺らぐのか嘘を隠し通せるのか


458 : ◆NUgm6SojO. :2017/03/28(火) 16:00:20 FCTa31s60
申し訳ございません。
◆e9TEVgec3U氏の言う通り、生存者は52名となります……私のミスで混乱させてしまいました……
wiki収録時にはそこの部分の修正をお願いいたします……


459 : 名無しさん :2017/03/28(火) 16:52:35 iee8n55I0
御二方、投下乙です。
>ワーハクタクは動かない 〜エピソード『人間賛歌偽典』
外側からでは中々全容が掴めない、幻想郷の窮屈なるシステムその構築性に深く突っ込んでいったお話。
所々に唸るポイントを入れながらも、同時にこのロワのテーマにもなりつつある『人』と『妖怪』の関係に大きくメスを入れる構成に脱帽でした。
―――妖怪なのだ。
―――だからこそ『幻想郷に人間賛歌は響かない。』
ここ凄く良いですね。ジョジョテーマへの深いアンチテーゼにも思えて、「ジョジョ×東方」の意義を改めて象徴する文だと感じました。
この話で語られたことが今後このロワ最終盤にも大きな意味を伴って実を結んでくる……そんな種が蒔かれた話なのかな、と舌を巻きながら読んでいました。

で終わりかと思いきや、やってきたのは皆大好き藁の砦。
吉良はここだと感情の波が激しくって見てる方もハラハラさせられます。
ぬえやら不良コンビやら館に近づく大統領やら、まだまだ面白くなりそうな要素満載のジョースター邸の明日はどっちだ。

細かい所ですがパチェの吉良への二人称は「吉影」だった筈なので、そこだけ修正すれば良いかと思います。

>第二回放送
そしてとうとう放送突破おめでとうございます!
荒木と太田は、以前からちょくちょく亀裂とは言えないまでも小さな対立が見られていたので、今回は更に太田の内心が表に出ましたね…

肝心の脱落者内容ですが、ここに少し気になる部分がありました。
ディアボロの場合は分かるのですが、妹紅と幽々子の場合は仮死から復活したにもかかわらず死者として扱われています(幽々子は元々死者だけど)。
例えば前回の小傘の例ですと、彼女は魂が肉体からほぼ離脱しかけていた状態でも第一回放送では呼ばれませんでした。
コレを単純に「復活できたから」と捉えたとしても、今回の幽々子と妹紅の例とでは少々矛盾を感じてしまいます。
彼女らが放送を跨いで復活した、という場合なら納得できますが、永琳が「実験失敗」と発言していることから考えても、二人のいわゆる首輪解除状態はちょっとまだ早すぎる段階なのでは、と疑問に思っています。
幽々子が死亡扱いだとそれはそれで面白くなりそうではありますが、一度検討なされてはいかがでしょうか?


460 : ◆NUgm6SojO. :2017/03/28(火) 21:32:46 FCTa31s60
>>459
はい、そこの部分について、私の説明が足りませんでした。申し訳ございません。
ある程度補完させていただきますと、今回第二回放送で妹紅・幽々子の名が呼ばれた理由として、
――今思い返せば、本文中に記載すべき事柄だったのですが――『第一回放送と第二回放送の間に起こっていた主催者側の油断とミス』、『荒木が永琳の工作に気づいているか、気づいていないかが不明』という二点がございます。

言い訳がましくなってしまうのですが、実はこれらの事柄はあえて記載しておりませんでした。
リレーものらしく、書き手・読み手の皆様に深い考察などができるように、わざとぼかした表現をしていたのです。
それが逆に、私の浅慮によって生まれた障害となってしまったようです。

今のままでは進行に支障がきたしてしまう。という場合でございましたら、拙作について『流し』にするべきかどうかを議論していただけたら幸いです。ご迷惑をおかけしました。


461 : 名無しさん :2017/03/29(水) 11:12:07 QqxM44DA0
>ワーハクタクは動かない 〜エピソード『人間賛歌偽典』
うおおおお、まさか慧音の爆弾を拾ってくれる人が現れるとはー!
もう自分以外みんな忘れていると思っていたよ。
また、そこから主催者の目的を推察していく流れは秀逸だなー。
読んでいて、ついつい熱中してしまった。何というか、リレーの妙味かね。面白かったです。

そしえ最後のぬえちゃんの登場で思い知ったのだが、
彼女の康一殺しという完全犯罪を暴けるのが露伴と慧音と二人も現れてきたんだよね。
これを知ったら、ぬえはどう動くか。ひょっとして河童みたいな立ち回りになるのか。
かなりワクワクしてくる。

あと、信頼という言葉に重みを持たせてきたところで、
吉良がぱチュリーを信頼しているという展開に笑ったなぁ。
まぁ彼の信頼には、多分する方にも、される方にも、恐怖が付きまとうものだし、
ある意味理想的なのかもしれないけどね・・・。といか、レミリアの新たなるライバルの登場だよ。
パチュリー争奪戦に吉良が参加とか、フフフのフだよ!

>第二回放送
ようやくですね。万感の思いです。
二人は仲良しだと思っていたから、このお話はビックリ。
彼らの雪見酒はどうなることやら。


脱落者についてですが、自分でまいた種を誰も刈り取らなかった時は、
ちゃんと自分で刈り取るという気概があるのなら、問題ないかと。
考察やその後の展開を次にまかせるのは、確かにリレーの醍醐味ですけど、
その提示された部分に必ずしも皆が興味や関心を持つというものでもありませんしね。
まぁでも、今回のは個人的に面白いと思うので、やっぱりアリかなと。
ポルナレフの反応とかえーりんがどう考察していくとか、興味シンシンです。


462 : 名無しさん :2017/03/30(木) 01:30:06 dW5XcOG20
投下乙&放送突破おめでとうございます。
>ワーハクタクは動かない〜
全編ほぼ会話のみで構成されていながらも素晴らしい考察話でありました。
今後のロワの方向性にも大きく関わる言及がいくつか出てきましたね。この話を下地に更なる展開も現れる予感がひしひしと感じられる興味深い話です。
慧音のロワではある意味反則級能力を逆手に取ってここまで話を広げられるような氏の手腕には毎度驚かされます。
そしてとうとう集まってきた藁の砦……まだ集合しきっていない段階で早くも亀裂が入ってくるあたり、もはや呪われてるとしか思えないチームだ…

>第二回放送
太田の半裸をまたも見せられるとは思わなかった。
放送の内容にも多少曲がりを入れてみるのはなかなか面白いと思いました。
ですがやはり妹紅と幽々子の名前まで入れられますと、少し噛み合わない点が大きく二つ挙がってきます。
上でもある通り、ほぼ同じ状況(どころかそれ以上)に陥った小傘が第一回放送では呼ばれず、仮死から復活した妹紅らが呼ばれたというのは辻褄が合わないように思えます。
次に、これもやはり永琳の実験ですが、永琳が相応の手順を踏まえて慎重に実験を積んでいこうとしている第一段階にも至ってない状態でいきなり解決してしまうというのはどうにも突飛すぎる感は否めない、というのが本音でした。
放送の内容、その方向性自体は何も問題ないかと思いますので、幽々子と妹紅の名だけを修正するのはどうか?それが個人的な意見です。
ここはすごく重要なポイントであり、かつ後の予約組に大きく直結した所なのでお早い決断が望まれるでしょう。
少し長くなりましたが、何はともあれ破棄するほどではない、シンプルな指摘のようなものです。放送突破、本当におめでとうございます。


463 : ◆NUgm6SojO. :2017/03/31(金) 01:31:48 SCVYOhr60
まずは皆様にご迷惑をおかけしましたこと、誠にお詫び申し上げます。
皆様の意見を聞き、現時点で投下されている第2回放送の一部分を加筆・修正させていただきます。
……今までの状況や展開から考え、そのまま通してしまうと放送以降の(言葉は悪いのですが)ネタつぶしになり得てしまう部分があることに気づきました。
今から投下するのは、その部分の修正版となるものです……どうぞよろしくお願いします。


464 : ◆NUgm6SojO. :2017/03/31(金) 01:32:34 SCVYOhr60
キィィィ―――――ン……と、甲高い音が空に鳴り響いた。
 放送のための機器の姿は見えないが、その爆音は参加者の鼓膜を、確かに揺らしていた。

 うぅん、しまったな。さっきので逆上せてしまったのかもしれない。
 それとも、太田くんからの熱烈なアプローチがあったせいかな、少し目眩がしてきたぞ。
 折角一回目の放送の時にマイクテストをしたんだがね。デカいハウジングを起こしてしまったよ。
 さて、酒で喉がやられていないか確認して、だ。第二回目の放送を始めようか。





  ***





 やあ、久し振りだね……参加者の諸君。第一回目の放送時と変わらず、荒木飛呂彦だ。
 殺し合いが始まってから12時間が経過したが、その時間に見合ったインクレディブルな時を過ごせたんじゃあないかな?
 少なくとも現状を顧みれば、そう考えざるを得ないね。
 今現在、生存している参加者の大半が『絶望』とか『恐怖』を感じているだろうが、『希望』なんてのを感じている者もいれば面白いかな。

 ああ、また話が長くなってしまったかな。
 無駄なお喋りは終わらせて、キミ達が待ち望んでいる本題に移ろうか。
 まずは……と言うより、一回目と同じ流れで、脱落者の発表をするよ。
 同じように一回しか発表しないから、耳の穴かっぽじってよく聞いてくれよ。
 第一回放送からこの放送までの脱落者は……

 宮古 芳香
 ジョニィ・ジョースター
 チルノ
 虹村 億泰
 霊烏路 空
 豊聡耳 神子
 広瀬 康一
 河城 にとり
 ブローノ・ブチャラティ
 多々良小傘
 ルドル・フォン・シュトロハイム
 森近 霖之助
 橙
 八雲 藍
 古明地 こいし
 ヴァニラ・アイス
 トリッシュ・ウナ
 ディアボロ

 以上、18名だ。


 素晴らしい……素晴らしいぞ君達! 前回の放送時から変わらず、18人もの死者が出てるなんてなぁ!
 大分順調に進んでるじゃあないか! いいぞいいぞ、このペースで突き進んでくれ! 
 この時点で脱落した数名の中には僕の嫌いなヤツもいるようだしな!!
 ……っと、すこしハイになってしまっていたか。いやぁすまないすまない。

 これでともかく、残りの生存者は54名となった訳だな。
 参加者の半分が脱落しているわけだが、現時点で虫の息になっている者は……まあポックリ逝っちまわないよう気をつけろよ。


 ……さて。
 既に完結している話は終えて、だ。次は大事なこれからの話だ。
 第一回の放送にもやった通り、禁止エリアを設ける。
 次の追加禁止エリアは『C-2』だ。そこにいる奴らは10分以内に他のエリアに移動しないと……もう言わなくてもいいか。

 ああ、最後にひとつ。
 もう気づいている者もいるかもしれないが、フィールド内のある場所に『街頭掲示板』が設置されている。
 どうせなら見に行ってみるといい。面白いモノが見られるぞ。

 今回も相変わらず長くなってしまったが、ここいらでお開きとしようか。
 次回の放送も6時間後、夕方の6時に行われる。
 これにて、第2回放送を終了するよ。


465 : ◆NUgm6SojO. :2017/03/31(金) 01:33:32 SCVYOhr60
 ***





 ふう。
 少しはしゃぎ過ぎてしまったかな……太田くんに口出しできる立場じゃあなくなっちまったよ。
 せっかく主人公が倒されて、バトルロワイヤルらしくなってきたんだ。それを崩したら笑いものにもできないね。
 それにしても、ヴァニラ・アイスが倒されるとは驚いたな。仗助相手じゃあ分が悪かった、なんてことも無かったハズだ。
 ……ヴァニラがどんな風に倒されたのかが詳しく判らないっていうのは、なんとも口惜しいものだ。

 そして……パチュリー・ノーレッジとかいうやつ、あのカーズを前にして生き延びているということは、このゲームから脱出する術を探っているのかな。
 カーズのことだ、この状況を打破できる方法を見つけること……それを第一の目標としているだろう。そういう風に僕が画いているのだから間違いはないハズだ。

 そうだ、吉良と太田くんのキャラクターが何やら争っていたようだが、この妹紅とかいう娘……。
 コイツは不思議なヤツだな。暫く動かないでいると思ったら、カエルが力いっぱい跳ぶみたいに瞬間移動したぞ。しかも移動宣言の1エリアを優に越えている。
 そういう能力でもないようだが……クソ、やっぱり監視カメラでも用意しておくべきだったな。

 ……まあいい。はたての新聞は色々と盛り上がらせてくれたし、大いに役に立った。対して露伴先生のマンガはどんなモノになっているのか……楽しみだな。





  ***





 一方その頃、太田順也は。
 下腹部にタオルを巻き付け、半裸でディスプレイの前に座っていた。

 彼は思う。
 同じタイプのスタンドを持っている……という嘘が、荒木先生にバレたらイヤだなぁ、と。
 僕の本当の能力が知られたら……もっとイヤだなぁ、と。
 彼は想う。
 このロワイヤルを楽しむ……それは荒木飛呂彦にとって完全ではないと。彼にはその先の目標が存在しているのだ。
 しかし僕だけが、この会場で何が起きているのかを完全に知り得ていると言ってしまったら、荒木先生はどう反応するのだろうかと。

 思考を振り払い、彼は思考する。
 荒木飛呂彦はこの場を盛り上げるために死力を尽くしている。この場に居る者達に干渉している。
 その傍らで、太田順也は自分の秘密を間一髪で隠し通していた。
 彼は今まで、何度か荒木の目を盗んで無理をすることが多々あったのである。

 最初の無理は、古明地さとりが制限を超えた能力を行使した時に、警告として彼女に語りかけてしまったことだ。
 本来参加者の脳に声を伝えるのは荒木のみにしか出来ないし、ある程度の条件もある……のであったが、太田順也の『本当の能力』をうっかり使ってしまったのだ。その事実が荒木にバレていたら、二人の関係は破綻。バトルロワイヤルが機能しなくなる可能性があった。これは危ない。
 だが一番の無理は、藤原妹紅を誤って2エリアくらいブッ飛ばしてしまったことだ。
 荒木と風呂に浸かりながら、愛しのジョセフ・ジョースターのことを思い浮かべていたとき、香霖堂の近くまで迫っていた彼女の姿を、チラリと見ていたのだ。
 酒に酔っていたことや、気持ちが舞い上がっていたこともあり、色々な私情からついつい彼女の座標を変えてしまったのだ。

 そんな無理を乗り越え、彼は自分にとって有利な展開に持ち込んでいた。
 多少の無理ならば、荒木飛呂彦には秘密を隠せる。秘密がバレる可能性を減らしていたのだ。

 モニターに表示された参加者の『生存・死亡』を表す点。
 荒木先生はそれ以外に会場の様子を見る術はなかったんだが……はたてと関わりを持ったり、岸辺露伴と直接話をしたりとすることで、結構自由に事を進めていた。


「ンフフ……荒木先生、このロワイアルを貴方なりに楽しむのなら、僕も折角のチャンスをみすみす逃したりはしませんよ……」

 ならば、と彼は動き始めた。
 キーボードを叩きながら、不気味な笑みを浮かべている。

 一体全体何をしているのか。
 ……答えは単純だ。ある人間との意思疎通を図り、香霖堂のパソコンを遠隔操作で起動させているだけである。……今のところは、だが。

 彼も荒木飛呂彦と同じく、完璧な存在などではない。
 なにもかもができる……なんという、全てを超越した生物などではないのだ。


 そんな彼の行動が、これからこのゲームにおいてどのような影響を及ぼすのか……それを知るには、まだ、早い。


466 : ◆NUgm6SojO. :2017/03/31(金) 01:34:20 SCVYOhr60
これで第二回放送、修正版の投下を終了します。


467 : ◆e9TEVgec3U :2017/04/04(火) 13:32:12 ICzGTeYo0
恐縮ですが、予約を延長させて戴きます…


468 : ◆e9TEVgec3U :2017/04/08(土) 12:51:09 ucEdjCVE0
誠に申し訳ございませんが、予約を破棄させて戴きます…


469 : ◆BYQTTBZ5rg :2017/04/08(土) 22:36:54 tEvRFINc0
花京院と早苗を予約してみます


470 : ◆BYQTTBZ5rg :2017/04/15(土) 17:58:56 3iOqV.rI0
予約延長します


471 : ◆at2S1Rtf4A :2017/04/16(日) 00:11:32 3P22.Ck20
藤原妹紅、古明地さとり、秦こころ、ジョナサン・ジョースターの4人を予約します


472 : ◆qSXL3X4ics :2017/04/18(火) 20:20:54 6Fp9CsOU0
射命丸文、ホル・ホースの2名を予約します


473 : ◆BYQTTBZ5rg :2017/04/21(金) 23:01:27 P7Nr/yxI0
toukaします


474 : 恋霧中 ◆BYQTTBZ5rg :2017/04/21(金) 23:04:17 P7Nr/yxI0
「あの、花京院君、怒っていますか?」


東風谷早苗は、おそるおそる質問をした。
今しがた、荒木が放送で言っていたように、殺し合いは続いているのだ。
それなのに自分達ときたら、そんなのとは無縁のように竹林の中を呑気に何時間もさ迷っている。
ハッキリ言って、馬鹿である。勿論、それ自体は望んでやったことではないが、
そんな結果に至ってしまった過程を考えると、どうしたって彼女の中にも罪悪感が湧き出てしまう。


「別に怒っていませんよ」


花京院は早苗には目もくれず、ぶっきらぼうに答えた。
そしてそのまま早苗を無視して、彼は昼食の用意を続けていく。
彼の視線の先を辿ると、カセットコンロの火の上に乗った鍋があり、
そこからはコトコト、コトコト、と何とも小気味好い音が聞こえてきた。
花京院が手に持ったスプーンで鍋の中をグルグルとかき回すと、今度は香ばしい味噌の香りが辺りに漂ってくる。
それは花京院に支給された食糧である水、レトルトご飯、インスタント味噌汁の三つを
一つの鍋の中に放り込んで、ざっくりと煮込んだ料理とも言えない料理だ。
ぞんざいな作りのせいか、見た目は悪く、間違っても人に出すような代物に見えない。
しかし、延々と歩き通して疲れた身体には、そんなものですら魅力的に映ってくるから不思議なものだ。
早苗は口の中から涎が出てくるのを何とか我慢し、再び花京院に訊ねる。


「じゃあ、何でそんな怒った顔をしているんですか?」

「その怒った顔というのが、どういうのか知りませんが、僕は単に考え事をしていただけです」

「考え事って何ですか?」

「僕はこんな所で何をしているんだろう、と」

「やっぱり怒っているんじゃないですかー!!」


475 : 恋霧中 ◆BYQTTBZ5rg :2017/04/21(金) 23:05:25 P7Nr/yxI0

たまらず、早苗は吠え立てた。花京院の言は、早苗にとって皮肉や嫌味にしか聞こえない。
とはいえ、花京院は怒っていなかったというのは本当らしく、「どうせ、私が悪いんですよ」と
ふてくされる早苗に向かって、彼は溜息を混ぜながらも、甲斐甲斐しく声をかけた。


「今になって思えば、あの場で皆を待つという東風谷さんの選択肢が正しかったのでは、と考えていたんです」


その言葉に、早苗の表情は色彩を取り戻したかのように明るくなる。


「ほらー、やっぱりそうなんですよ! だから、私が言ったじゃないですかー!」

「まぁ、だからと言って、迷子になった東風谷さんの責任が消えて無くなるわけでもありませんが」

「……うぅ」


途端に色を失ったかのように早苗の顔は暗くなる。
そんな彼女の口から漏れ出る溜息は重く、昼を迎えたというのに、その表情は夜のように濃い影を差している。
反省するのは良いが、それで気落ちして動けなくなっては元も子もない。
花京院は早苗をいじめるのを止め、代わって湯気が立ち込もる鍋から、昼食をよそってあげることにした。


「ごはんができましたよ、東風谷さん。これを食べて、元気を出して下さい」


完成したおじやを、早苗のお皿によそる。到底、物を食べる気分などではないが、
身体は現金なもので、いざご飯を目の前に出されると、早苗のお腹は待ってましたとばかりにグゥーと盛大な音を鳴らした。
早苗の暗い顔は、今度は一転して赤くなる。「はわわわ」と、恥ずかしさからか、彼女は慌ててその場を立ち去ろうするが、
その前に花京院は早苗の手を掴み、おじやが入ったお皿を手渡すことに無事成功していた。


476 : 恋霧中 ◆BYQTTBZ5rg :2017/04/21(金) 23:06:20 P7Nr/yxI0
「どうぞ、東風谷さん。味については色々と文句があるかもしれませんが、こんな場所なのでご容赦下さい」


そう言うなり、花京院は自分の分の昼食を皿によそり、それをガツガツとスプーンで口の中に放り込んでいく。
彼の様子を見るに、どうやら早苗のお腹の虫の音は聞こえなかったと見える。
早苗はそのことにホッと一安心すると、大人しくその場――椅子代わりの大きな石――に座り、
差し出された食事を食べることにした。


「いただきます」


と、早苗は花京院に向かって小さく言うと、おじやから立ち上る湯気の中で大きく息を吸い込み、また吐き出した。
ご飯と味噌の香りだけで、心が落ち着き、肩から力が抜けていくのが分かる。何とも素晴らしい魔法だ。
大した栄養など含まれていないのに、何故日本人は先祖代々に渡って米と味噌を食しているのか、
これだけでも理解できようというものだ。


早速、早苗はそのおじやをスプーンですくい、口に運んでいった。
舌に訴えるのは、懐かしき味わい。別にご飯も味噌汁も久しぶりというわけでもない。
だけど、郷愁にも似た安心感を覚えるほどに、頭と身体は食事のことを綺麗さっぱりに忘れていたようだ。


ついつい浮かべてしまった笑顔で、早苗はおじやをゴクリと飲み込んで、胃の中に落とす。
そうすると、お腹を中心にじんわりと温かさが身体全体へ広がっていった。何というか、身体に沁みるのだ。
疲弊して、空っぽになった身体を満たすように、エネルギーが全身に行き渡る。
早苗はそれを確かに実感すると、次の行動に備えて一口、また一口とおじやを口にしていった。


「そういえば、僕は以前、死神(デス・サーティーン)というスタンドと戦ったことがあるんですよ」


早苗がごはんを半分も食べた頃、花京院が唐突に話題を振ってきた。
その話には何か意味があるのだろうか、それとも他愛のない会話の一環なのだろうか。
早苗は昼食を食べながら、そんなことを考えて言葉を返す。


477 : 恋霧中 ◆BYQTTBZ5rg :2017/04/21(金) 23:07:38 P7Nr/yxI0
「死神ですか。何とも恐ろしげなスタンドですね」」

「ええ、実際に恐ろしいスタンドでした。その能力は人の夢の世界に入り込み、それを支配するというもの。
もっと簡単に言えば、死神は夢の中を自分の思い通りにできたわけです。それこそ空を飛んだり、何もない所から物を生み出したりとね。
まぁそれだけなら取るに足らないものですが、夢の世界で起きた肉体の変化が、現実世界にも適用されるというのが、
そのスタンドを死神たらしめていました。つまり、夢の中で死ぬと、現実でも死ぬのです」

「話を聞くだけだと、何だか無敵って感じがしますけれど、そんなのを相手にどうやって勝ったんですか?」

「夢の世界ではスタンドを出すことができなかったのですが、ひょんなことから眠る時にもスタンドを出していれば、
着ている衣服と同じように夢の世界に持ち込むことができるのでは、と思い至ったのです。
そうして僕は夢の世界にハイエロファント・グリーンを連れて行くことに成功し、死神相手に無事に勝利を収めることができたわけです」

「えっと、おめでとうございます」

「しかし、問題はここからでした。死神のスタンド使いは、何と赤ん坊だったのです」

「え、赤ちゃんですか? それじゃあ、その赤ちゃんは一体……?」

「僕も悩みました。幾ら僕を殺しにかかってきた敵とはいえ、さすがに赤ん坊を再起不能にするのは良心が痛みますからね。
かといって、そのままにしといたら、また襲い掛かってくるということもありますから、やはり罰は必要となってきます」

「罰ですか。結局、何をしたんですか?」

「それはですね、赤ん坊のウンチをこういう風にしてですね」


そこで花京院はスプーンで何かを掬い取るような仕草をしてから、それを鍋に入れてグルグルと力強くかき回し始めた。
そして早苗の視線がこっちに向いているのをしっかりと確認してから、花京院はゆっくりとその先の言葉を続けていく。


「赤ん坊に食べさせたのです」

「え……? ま、まさか……!?」


早苗は目の前の鍋と手元にある食事を交互に見比べ、ハッと何かに気づいたように顔を青くする。
それ対して花京院は笑みを浮かべて、早苗が待ち望んだ答えをくれてやった。


「悪い子には、お仕置きが必要ですよね?」

「おええええぇぇぇ」


早苗はすぐさま顔を下に向けて、胃の中にあったものを吐き出した。
そのいきなりのことに、花京院は目を丸くして、口を大きく開く。


478 : 恋霧中 ◆BYQTTBZ5rg :2017/04/21(金) 23:08:31 P7Nr/yxI0

「な、何をしているんですか、東風谷さん!! 折角のごはんが勿体無い!!」 

「勿体無い、じゃありませんよ!! あんなことを言われて、食べられるわけないじゃないですか!!」

「ですが、僕が言ったのは冗談です!」

「そんな冗談がありますか!!」

「大体、僕は東風谷さんの目の前で料理を作っていたんですよ! いつ、そんなのを入れる余裕があったというんですか!
いや、それ以前に僕も同じ鍋のものを食べているんですから、冗談だってすぐに気がつくはずです!」

「だからといって、世の中には言って良い冗談と、悪い冗談があります!! そんなことも分からないんですか、花京院君は!!」


言いたいことを言い終えると、早苗は支給された水を取り出し、それで口の中ををすすぎ始めた。
それが済むと、彼女は花京院に背中を向けて、デイパックから自分に支給された食糧を取り出す。
早苗はツーンとそっぽを向き、もう花京院とは口をきかないといった姿勢だ。


「すみません、東風谷さん。悪ふざけが過ぎたようです」


花京院の謝罪の声がすぐに聞こえてきたことに、早苗はビックリした。
こういったことには男の子は意地を張るものだと彼女は思っていたのだ。
それとも、花京院君は自分の意地以上に私のことを大切に思ってくれたのだろうか。
そんなことを考え、早苗はさっきの怒りとは別に、ちょっと嬉しくなったりもする。


「はぁ、しょうがないですねぇ。でも、許すのは今回だけですからね」


頬が緩んでしまうのを何とか我慢しながら、早苗は厳かに振り返る。
しかし、そんな華麗なる転身に泥を塗るかのように、何ともすえた臭いが彼女の鼻孔を刺激した。
何事かと下を見ると、早苗が吐き出し物が、まるで玉座に座るように盛大にふんぞり返っている。
どうしようと前を見ると、花京院が悪びれることなく呟いた。


「まぁそういう訳ですので、東風谷さんがそれを片付けて下さい。
文字通り、それは東風谷さんがまいたものなんですからね」


ぐぬぬ、と早苗は強く歯を噛んだ。花京院に対して物凄くたくさんの文句が思い浮かんでくるが、
結局のところ、足元にあるのは早苗自らが出したものに違いはない。
早苗はいきり立つ気持ちをぶつけるように、つま先で何度も地面を蹴り、ドロドロの物体に土を被せた。


479 : 恋霧中 ◆BYQTTBZ5rg :2017/04/21(金) 23:09:59 P7Nr/yxI0

ドスン、と花京院に抗議するかのように音を立てて石に座りなおすと、早苗は改めて食事を開始した。
彼女に支給された食糧はパンの詰め合わせだ。その中からサンドイッチを手に取り、小さな口でほうばる。
味は悪くない。寧ろ、良い方だろう。挟んである具材だって、けち臭くなく、ちゃんとした厚みがある。
しかし、それで早苗の心が満たされることはなかった。


雨足は弱まってきたとはいえ、冷え込みは段々と厳しくなってきているのだ。
ややもすれば、身も震わすような寒さ。そんな中では、どうしたって温かい食べ物が欲しくなってくる。
だけど、今更おじやを下さいなどとは、早苗の口からは間違っても言えない。


「そのサンドイッチは美味しいですか、東風谷さん?」


花京院は早苗の気持ちを見計らったかのようなタイミングで訊ねてきた。
早苗は先ほど浮かんだ気持ちをひた隠し、しれっと答える。


「ええ、美味しいですよ。おじやなんかよりも、ず〜〜っと。でも、花京院君にはあげませんからね」

「……そうですか。美味しいのですか」


そこで花京院は頭を伏せ、地面を黙って睨みだした。あれ、そんなにショックだったのだろうか。
罪悪感に駆られた早苗は慌てて言葉を付け足す。


「ああ、いや、嘘ですよ。欲しければ、ちゃんとあげますから、そんな悲しまないでください」

「……別にパンが貰えなくて悲しいから項垂れていたというわけではなく、単に考え事をしていただけです」

「考え事? また私をいじめる算段ですか?」

「違います。東風谷さんは大分僕という人間を誤解しているようですね。
まぁそれはともかく、東風谷さんの支給品は何でしたか?」

「えっと、スタンドDISCですね。ナット・キング・コールという」

「ふむ。他の人に配られた支給品というのは覚えていたりしますか?」

「覚えているというか、印象に残っているのは、オンバシラですね。あれは美鈴さんのです。
あとは、その、神奈子様のでっかい銃とスタンドが忘れられません」

「美鈴という方は女性ですか?」

「ええ、そうです」

「では、プロシュートと言いましたか? 人を老化させるスタンドを持った、あの凄腕の男の支給品は何か分かりますか?」

「んー、えーと、ナイフだったと思います、確か」

「やっぱり、そうですか」


480 : 恋霧中 ◆BYQTTBZ5rg :2017/04/21(金) 23:11:16 P7Nr/yxI0

花京院は早苗の答えに深く頷いた。その意味深な言動に、早苗はサンドイッチを食べることも忘れて聞き返す。


「何がやっぱりなんですか?」

「その前に僕の支給品を教えましょう。
僕に配られたのは、承太郎の記憶DISCと先ほどの昼食で使ったコンロとお皿が入ったキャンプセットとかいうやつです。
確かにそれは食事を作るにあたっては役には立ちましたが、そんなものが殺し合いで役にも立つはずもありません。
正直に言ってゴミですね。僕に配られたのは、そんな役立たずの不用品です。そしてプロシュートのナイフも他の支給品に比べたら、
やはり見劣りしてしまいます。ここまで言えば分かりますか、東風谷さん?」

「支給品に差があるということですよね」

「正確には、男女において、差があるということです。無論、サンプルが少ないから絶対というわけではないですが、
これが真であるのならば、そこからは一つの結論を導き出すことができます」

「何ですか、それは?」

「荒木たちも所詮は男ではないか、ということです」


花京院の予想外の台詞に、早苗は呆気に取られながらも、何とかその内容を整理する。


「えっと、つまり荒木と太田は私達女性に良からぬというか、憎からずというか……
とにかく、そんなやましい感情を持っているから、支給品を優遇したということですか?」

「そういうことになります」

「成る程、一理あるかもしれませんが、それにどんな意味が?」

「分かりませんか? これはつまり、荒木達に色仕掛けが通用するかもしれないということです」

「色仕掛け」


思ってもみなかった異変の解決方法に、早苗はその言葉を反芻し、意味を咀嚼する。
しかし、早苗がその内容を完全に理解する前に、花京院が実に素敵な言葉を放ってきた。


481 : 恋霧中 ◆BYQTTBZ5rg :2017/04/21(金) 23:12:23 P7Nr/yxI0

「そういう訳ですので、東風谷さん、ここは一つ、僕を荒木や太田だと思って誘惑してみてください」

「ええーーッ!? 私がやるんですかーー!?」

「他に誰がいるんです」

「いや、でも、誘惑ってどうすればいいんですか? そんなの分かりませんよ!」

「東風谷さん、今までに良い人の一人や二人はいたでしょう? その時のことを思い出してくれればいいんです」

「良い人って……今まで私にそんな縁があったことはありませんよ!! 
っていうか、花京院君は私をからかって遊ぼうとしていませんか!?」

「失敬な。僕は至って真面目です」

「いや、でも、じゃあ、何でここで……!?」

「東風谷さんも荒木の放送を聞いていたでしょう? 幸いなことに、僕達の親しい人の名前は呼ばれませんでした。
しかし、今現在も殺し合いは続いていて、罪無き人々の命があたら失われようとしているのです。
そしてその中に、いつ僕達の知り合いや大切な人の名前を含まれても、おかしくはないのです。
それを防ぐのに、東風谷さん、貴方のたった一つの行動で済むのかもしれないのですよ。
それを聞いても、東風谷さんはまだ動くことを躊躇うのですか? それとも、ここでやる意味はないと、お考えですか?
僕は何も東風谷さんを笑おうと思っているわけではありません。僕はただ荒木達に対して実践する前に練習をしてみようと言っているのです」


花京院は真摯な表情で切実に訴えかける。彼の態度には人を揶揄するようなところは見られない。
おそらく花京院のは、純粋に他意のない発言なのであろう。実際、彼の言っている内容に偽りはないし、納得できる部分も多い。
それを悟った早苗は再び歯を強く噛み締めると、羞恥心を脇に押しやり、勇気を振り絞ってみることにした。


「ぜ、絶対に笑わないでくださいね」

「勿論です」


花京院がそう請合うと、早苗はおもむろに立ち上がり、両脇で自らの胸を抱え上げた。
そして腰をくねくねと左右に振り、ウィンクをしながら投げキッスを贈る。


「うっふ〜ん(ハート)」


482 : 恋霧中 ◆BYQTTBZ5rg :2017/04/21(金) 23:14:00 P7Nr/yxI0

花京院は盛大に溜息を吐くと、荷物をそそくさとまとめだした。
それが済むと、すっと立ち上がり、早苗に背中を向けて遠慮なく前へ歩き出す。


「ちょ、ちょっと待ってくださいッ!! どこに行くんですか〜!?」


早苗は慌てて花京院の背中に飛びつき、しがみついた。
彼女の目の端は涙が浮かび、顔は茹蛸のように真っ赤だ。
しかし、花京院は彼女のそんな姿に泡を食うこともなく、冷静に目的地を告げる。


「どこって、皆の所にです。元々、それが僕達の行こうとしていた所じゃないですか」

「いや、そうですけど! そうですけど!! でも、その前に言うことがあるんじゃあないんですか!?
私、恥ずかしいのを我慢して、精一杯頑張ったんですよ〜!!」

「逆に訊きますが、東風谷さん」そこで花京院は振り返り、早苗を憐れんだ目で見つめながら告げる。「何か言った方がいいのですか?」

「……ううぅっ、やっぱりいいです」


花京院の冷たい顔から放たれる言葉を聞いたら、きっと心はガラスのように脆く砕け散る。
そんなことを予感した早苗は、大人しくその場を引くことにした。
とはいえ、それで湧き出た恥ずかしさや後悔が消えてなくなるわけでもなく、早苗は花京院を正視できず、俯いたままだ。
そのくせ、花京院の服の裾を掴んで離さないのだから、彼女の心の中で何がせめぎ合っているかは容易に見て取れる。
そんな不毛な葛藤で精神の浪費、あるいは磨耗を続けていたら、後々の行動にも障りかねない。
花京院は一瞬ほど瞑目すると、早苗に向かって優しく声をかけた。


「東風谷さん、確かにあの仕草には女性としての魅力は大いに欠けていました。
しかし、そこには欠けた部分を補って余りある東風谷さんの魅力が十分に溢れていたと思います」

「……私の魅力って何ですか?」


その質問に花京院は思わず黙り込む。そのあんまりな態度に早苗の額にはクッキリと青筋が浮かんだ。


「いや、私を慰めるんじゃないですか!? 何でそこで黙るんですかー!?」

「すみません、少し考え事をしていて。まぁそれはともかく、僕からも質問いいですか?」

「ともかくって何ですか、ともかくって!? ひょっとして、このまま流すんですか!?
流しちゃうんですか!? 私を励ます話は無かったことになっちゃうんですか〜!?」

「すみません」


483 : 恋霧中 ◆BYQTTBZ5rg :2017/04/21(金) 23:16:02 P7Nr/yxI0

花京院の謝罪に早苗は大きく嘆息を吐く。これでは男として、甲斐性が欠けていると言わざるを得ない。
普通は嘘でもいいから、語感の良い綺麗な言葉で女性を着飾ってやるべきなのだ。
こういう場合は、それが何よりも男としての役目なのだ。
それなのに花京院ときたら、小さな声で早苗に謝るのみ。彼女が抱いた失望は、それは大きなものであった。


「……いえ、花京院君に、こういうことの機微を期待した私が馬鹿でした。ええ、きっと私の方が悪いんですよね」

「何だか、僕のことをひどく馬鹿にされたような気がするのですが?」

「気のせいですよ。それで質問って何ですか?」

「……まぁ、いいでしょう。質問というのは、他に魅力的な女性を知らないかというものです」

「まだ、あの作戦を敢行するつもりなんですか?」

「ええ。確かに穴は多いかもしれませんが、やって損するものでもありません」

「まぁそうですね。でも、私にとって男を悩ます魅力的な女性というのは一人しか知りませんよ」

「それは誰ですか?」

「神奈子様です」


その発言に花京院は息を呑んだ。神奈子といえば、ガトリング銃とスタンドで花京院の命を奪いにきた凶悪な輩である。
とてもではないが、女性的な魅力に溢れているとは思えない。寧ろ、あの益荒男ぶりは、男らしいといった方が、より相応しいだろう。


「あの、東風谷さん、僕にはそんな印象を抱けなかったのですが?」


花京院は冷や汗を流しながら、おずおずと訊ねる。
おそらく彼の脳裏には神奈子に襲われている光景が、まざまざと思い出されているのだろう。
そんな様子に、早苗はクスリとほんの少しだけ笑みをこぼすと、丁寧な説明を加えていった。


「花京院君がそう思うのは無理からぬことかもしれませんが、普段の神奈子様はあんな殺伐とはしていませんよ。
明るく、優しく、綺麗で、面倒見が良くて、いつも人の輪の中心におられて……。
他愛のない話なんかしてても、別に退屈そうにはしなくて、笑って耳を傾けてくれるんです。
男の子からすると、包容力があるっていうんですかね? 私が失敗とかもしても、勿論怒ったりはするのですが、
理不尽に責めたりはせず、ちゃんと私の話も聞いてくださる。そうして最後には、いつも私を温かく励ましてくれるんですよ。
とにかく神奈子様は同じ女である私が憧れ、そして嫉妬してしまうような魅力的な御方なんです。
ボディの方も、こうボンキュッボンで凄いですからね!」


484 : 恋霧中 ◆BYQTTBZ5rg :2017/04/21(金) 23:17:04 P7Nr/yxI0

アハハ、と早苗は最後に笑って付け足す。神奈子のことを話して、湿っぽい空気になりつつあったのを、払拭しにかかったのだろう。
そんな健気で殊勝な気遣いを無駄にしないためにも、花京院は早苗のことへと話をそらさずに、本題を追求していくことにする。


「東風谷さんがそう言うなら、それは事実なのでしょう。実際、彼女の支給品の充実振りを見れば、答えは自ずと分かります。
あれは荒木達に愛されていると言っても過言ではない。僕はどうやら、出会い頭のあの強烈な姿に見事騙されていたようです」

「神奈子様の魅力を分かっていただけて、私としても嬉しいのですが……しかし、そうなると、どうなるのでしょう?」

「そうなると、八坂神奈子を止めるという重要性が増すのです」

「ですよね」


早苗は自らの責任の重さを再確認する。山の神を止めるという行いは、この殺し合いの行く末を決めることにもなってしまったのだ。
もし八坂神奈子が凶行を止めることもなく、荒木たちの誘惑にも失敗するようであれば、流血の連鎖は延々と続くことになってしまう。
そんな悲劇は、何としても御免蒙りたい。しかし、神奈子を殺してでも止めるという悲壮なる覚悟を決めていた早苗だが、
ここに来て一つの光明を見つけたのも確かだった。早苗は早速、その希望の光を手中に収めんと手を伸ばす。


「花京院君、私からも質問いいですか?」

「構いませんよ」

「花京院君の話を聞いていて思ったのですが、ここは死神(デス・サーティーン)の夢の世界ってことはありませんか?」


その質問に花京院は知らず知らずの内に腕を組み、手を顎にやり、思考に没頭する。
そうしてしばらくした後に、彼の口から出てきたのは、意外にも早苗の考えを肯定するものであった。


「確かにその可能性はありますね。死神と戦って以来、僕は眠る時には必ずスタンドを出すということを習慣づけていました。
しかし、突発的に、あるいは瞬間的に、相手を眠りに陥らせるスタンドというものがあってもおかしくはない。
その方が、夢の世界を支配するだとか、奇跡を起こすだとかよりは、よほど現実的ですからね」

「あの、花京院君、さりげなく私に喧嘩を売っていませんか?」

「気のせいです。とにかく、死神の能力なら、この会場を作り出すことも、
また誰にも気づかれることなく頭の中に爆弾を仕込むことも容易に可能ということです。
何と言っても、夢の中なら何でもできるのですから」

「えーと、自分で訊いといて何ですが、その可能性って本当にあるのですか?
夢の中だとスタンドを出すことが出来ないって、花京院君は言ってませんでしたか?」

「確かにできません。しかし、死神は他のスタンドを作り出すことができ、
そうしてスタンドを出したと勘違いさせることもできるのです」

「本当に何でもありなんですね」

「本当に何でもありなのです。だからこそ、ここは死神の夢の世界ということが考えられるのです」


485 : 恋霧中 ◆BYQTTBZ5rg :2017/04/21(金) 23:18:32 P7Nr/yxI0

そこまで話が進むと、早苗は一度大きく深呼吸をした。
そして今まで、どこかのほほんとした表情を引き締め、これから先はふざけることは許さぬ、と
花京院を矢のように見据えて、重々しく訊ねる。


「では、もう一つ質問します。ここが夢の世界だと実証する手段はありますか?」

「ありませんよ」

「え〜〜、ないんですか〜〜!」


花京院の実にあっけらかんとした返答に、早苗の張り詰めていた表情は途端に緩み、何とも情けない声で悲鳴が漏れでてしまった。
彼女の身体はそれに釣られてか、へなへなと力が抜けていき、まだ濡れているにも関わらず、地面へと膝をつける。
早苗の様子に花京院は首をかしげながらも、まずは死神のことを話すのが先決だと思い、その詳細を語っていくことにする。


「そもそも、あの戦いで夢の中とかスタンド攻撃とかと気づけたのは、死神が呑気に自分の能力を説明してきてくれたからです。
もし死神の登場や、能力の説明がなかったら、僕もポルナレフと同じく遊園地で遊んでいたかもしれません。
というか、死神に勝てたのも、そこらへんに由来します。もしスタンド使いが精神的に未熟な赤ん坊ではなく、
十年も修羅場を潜り抜けてきたような凄味のある奴だったら、もっと言うのならプロシュートのような男だったら、
ポルナレフは勿論のこと、僕や承太郎、そしてジョースターさんまでもが死を免れることができなかったでしょう」

「は〜〜、そうですか〜〜」


覇気が全く感じられない早苗の返事に、さすがの花京院も湧き上がる疑問を抑えることができなかったらしく、
今度は素直にその原因を訊ねてみることにした。


「東風谷さんは何故そんなことを訊くのですか? そもそも夢の中だろうと、そうでなかろうと、
当面の行動に違いは出てこないと思うのですが……」

「花京院君は言っていたじゃないですか。神奈子様は殺し合いに乗るのは、幻想郷の最高神が生贄を求めているからだって。
だから、ここが幻想郷とは全く関係ない場所だって証明できたら、神奈子様を止めることができるだろうって思ったのです」


486 : 恋霧中 ◆BYQTTBZ5rg :2017/04/21(金) 23:20:58 P7Nr/yxI0

その考えを聞いた花京院は、元気のない早苗を打って変わって、喜びを露にする。


「成る程、それは妙手かもしれませんね。どうやら僕は東風谷さんを誤解していたようです」

「誤解? どういうことですか?」

「いえ、八坂神奈子を止めると言った時の東風谷さんは随分と思いつめた表情をしていましたから、
てっきり東風谷さんは感情で訴えるとか、力づくで止めるとか、脳味噌空っぽの猪武者みたいな行動をすると思っていたんです。
ですが、東風谷さんは、それとは違う選択肢も考えていたんですね」

「ハハハ。やっぱり花京院君は私に喧嘩を売っていますよね? っていうか、私は覚えているんですからね!
花京院君が私に付いてくる時、戦力が必要だって言ったことを。それって戦うことを前提とした発言ですよね?
どっちの脳味噌が少ないか、もう明白じゃないですか!」

「僕は万が一の時のために戦力が必要と言ったのです。誤解してもらっては困ります」

「ああ言えば、こう言う。花京院君はいい加減自分の過ちを認めることをしたらどうなんですか!」

「僕がいつ過ちを犯したというんですか? それに東風谷さんこそ、いい加減に悪意ある曲解はやめたらどうなんですか!
僕は先ほど東風谷さんを褒めたんですよ!」

「あの花京院君の台詞のどこに喜ぶ要素があったんですか!? 
あれが褒め言葉って、もう言葉のチョイスの仕方が根本的におかしいですよ!」

「いいえ、普通です。僕は至って正常です」


二人は、そのまま自分達の意見を譲り合わず、睨み合う。
一触即発。そのように思われたが、次いで、その二人の口から出てきたのは、長い溜息だけだった。
こんな所で、お互いに争うのは不毛だと判断したのだ。


「意見をまとめましょうか」


花京院は気持ちを切り替えるかのように軽く咳払いしてから、改めて早苗に声をかけた。
彼女も再び話が脱線せぬように努めて冷静に応える。


487 : 恋霧中 ◆BYQTTBZ5rg :2017/04/21(金) 23:21:26 P7Nr/yxI0

「はい、そうですね。といっても、話はそう難しいものでもありませんよね」

「ええ。男女における支給品の優劣の差は、荒木達が女に弱いから。
その支給品の充実振りからは、八坂神奈子が荒木達に愛されていると推測できる。
そしてそんな彼女の色仕掛けなら、荒木達の心変わりを狙えるのではないか、という寸法です」

「何というか、改めて言葉にすると、すごく馬鹿げているように思えます」

「ですが、ハニートラップは昔に始まり、現代において尚も存在します。
それが廃れなかったのは、色仕掛けが男には有効だという何よりもの証左なのではないでしょうか」

「それはそうなんでしょうけど……。いえ、まぁ、そこらへんは神奈子様の魅力に期待しましょう」

「そしてその作戦の大前提となる八坂神奈子の説得です」

「はい。勿論、最悪の場合は戦うということになると思います。
ですが、その前段階として、ここは幻想郷とは関係ない場所だから、と説き伏せることができるのではないかということです。
要するに、神奈子様の行動の根幹を崩しちゃおうってわけです。ただ神奈子様が今、歩まれているのは容易には引き返せぬ道。
単なる推測では、方針を変えることはないでしょう。ですから、その方法で説得するとなると、
やはり誰にも否定できぬ証拠というものが必要となってくると思います」

「証拠となると難しそうですね。ここが死神の夢の世界だとしたら、何をしても起きることはありませんし、
例え起きたとしても、夢のことを覚えているというわけでもありません。ここが夢の世界だと立証するには
それこそ死神のスタンド使い、おそらくはスタンドDISCで力を得たであろう荒木達の説明を願うしかないでしょう」

「何だか雲を掴むようなというか、藁にも縋るようなというか……。もどかしい感じですねぇ」

「僕の方では残念ながら解決策は思いつきません。ですが、東風谷さんの方はどうですか? 
ここが幻想郷ではないと立証する方法、あるいは立証できる人や妖怪の心当たりはありますか?」

「ありますね」


早苗は即答した。花京院の台詞を聞いて、真っ先に思い浮かんだ妖怪がいたのだ。


「それは誰ですか?」


早苗の答えの速さに驚きながらも、その迅速さに興味を引かれた花京院は心して訊ねる。
そして早苗の方も、一音も聞き漏らしてはならないように、と丁寧に、ハッキリとした口調で答えた。


488 : 恋霧中 ◆BYQTTBZ5rg :2017/04/21(金) 23:22:09 P7Nr/yxI0

「それは幻想郷を作った言われる八雲紫さんです」


その台詞に、花京院は目を見開いた。そこまで大げさな肩書きを持った者がいるとは思わなかったのだ。
だがしかし、それは帆に順風を送るような理想的な答えでもある。そんな妖怪がいるのであれば、
この場所と実際の幻想郷の差異など、簡単に明らかにできるであろうから。
花京院は肩の力を抜いて、実に気楽に口を開いていった。


「成る程、そんな方がいるのでしたら、案外説得への道のりは遠くないのかもしれませんね。
それでその八雲さんが、この会場で行きそうな場所は見当がつきますか?」

「私、あんまりあの方のことは良く知らないので、結構な当て推量になると思います。
それでも話すとしたら、彼女の行き先は永遠亭じゃないでしょうか。
私はまだ幻想郷で暮らして短いですけど、あそこは殺し合いを良しとする場所じゃないってことだけは分かります。
スペルカードに代表されるように、平和で穏やかで、それでいて楽しいって所を作った方なら、絶対にこの異変に反意を抱くはずです。
でも、実際に荒木達に反抗するにしても、無理があるじゃないですか。
私達はこんな所に連れこまれ、閉じ込められているんです。しかも、無理矢理にです。
一人でどうにかできるなら、こんな事態には陥っているはずもありません。
となるとですよ、荒木と太田を倒すって考えたら、誰かしらの協力を得ようってことになると思うんです」

「その誰かしらが、永遠亭に関係ある方なんですか?」

「結論から言うと、そうなります。そこには八意永琳という、とんでもなく頭の良い方がいらっしゃるとのことで。
多分、あの方を味方に付けるというのが、危急の際における最善の策かなぁとは思います。
ただですね、私とか、霊夢さんとか、魔理沙さんとか、あとは私とかですね
そういった異変解決の主人公というか、スペシャリストにも、お声が掛かるんじゃないかなぁと思うと、
探す範囲は永遠亭にとどまるものではなくなってしまいますね」

「現状、あまり手広く探すことなどできませんから、やはり近くを探すというのが現実的ですね」

「となると、永遠亭ですね」

「永遠亭ですか」

「永遠亭です」

「永遠亭か」


「永遠亭」と二人揃って小さく呟くと、彼らは気の抜けた笑いをしながら、お互いに目を伏せた。
永遠亭。二人にとって、それは最早、呪いのような響きを持った言葉である。
随分と前から、そこに行こうとしているのに、依然と辿り着けていない迷宮のゴール。
永遠亭は文字通り、彼らから貴重な時間と体力を奪っていったのだ。それも一方的に、無慈悲に、残酷に。
そんな忌むべき場所の名前が、再び語られることとなっては、二人の心労は大きくなるばかり。
とはいえ、有限の時間の中では、いつまでも気落ちはしていられない。
早苗は「よし!」と気合を入れると、花京院を叱咤するように声をかけた。


489 : 恋霧中 ◆BYQTTBZ5rg :2017/04/21(金) 23:23:02 P7Nr/yxI0

「こんな所で、グズグズとはしていられません! それでは行きましょう!」


すかさず花京院は疑問の声を上げる。


「行くって、どこにです?」

「永遠亭にです」

「どうやってです?」

「…………では、ここは一旦、元の場所に戻ってみますか? それで皆さんと合流した後にということで」

「戻るって、どうやってです?」


重い沈黙が辺りを支配する。二人とも、その問いに対する答えを持ち合わせていなかったのだ。
先ほど、自らに活を入れた早苗の意気はもう阻喪とし、彼女の瞳は光を反射せずに真っ暗となっている。
もう一方の花京院も全く答えの見えない状況に嫌気が差したが、それでも気力を振り絞り、早苗に声をかける。


「とりあえずは、竹林を出ることを第一目標としましょう」

「何か私達の目標って、どんどん低くなっていますよね」

「情けないことは確かですが、千里の道も一歩からと言います。気を取り直して行きましょう」

「そうですよね。何をするにしても、その一歩が肝心なんですよね」


動かなければ、何も始まらない。それを改めて悟った早苗は再び「よし!」と掛け声を上げ、自らを奮い立たせた。
そうして食べかけだったサンドイッチを一気に丸ごと口の中に放り込む。これで気力のみならず、体力も満タンだ。
早苗は意気揚々と、最初の一歩目を踏み出した。しかし、最果てにまで届きそうな力強い足取りは、僅か数歩で止まってしまった。
花京院が早苗に続かず、その場で棒立ちのままなのだ。その様子を不審に思った早苗は訝しげに訊ねる。


「どうしたんですか?」

「ああ、いえ」


と、答えて、花京院は黙り込んだ。不審極まりない答えである。だが、それもむべなるかな。
というのも、冬眠前のリスやハムスターのように、両頬に食べ物を目一杯詰め込んた早苗のマヌケ面を見たら、
不意に「私の魅力って何ですか?」と訊いてきた早苗の言葉が、花京院の頭に過ぎってしまったのだ。


490 : 恋霧中 ◆BYQTTBZ5rg :2017/04/21(金) 23:24:05 P7Nr/yxI0

その時、口に出さずに終わった答えが「東風谷さんは承太郎の母親であるホリーさんようです」だ。
人の心を和ませる、傍にいるとホッとした気持ちなる、とホリーに似通った点を花京院の早苗の中に見出していた。
しかし、それをどうしても早苗に伝えることができなかった。それを言おうと瞬間、花京院は思い出してしまったのである。
「恋をするのなら、あんな気持ちの良い女性がいいと思う」とホリーを評していたことを。
そしてそれに気がついた途端「まさかッ!?」という考えが、花京院の頭の中を支配し、彼に言葉を見失わせてしまったのだ。


「本当にどうしたんですか?」


早苗は花京院の顔を覗き込みながら訊ねた。
その急接近に、花京院は思わず後ずさりしながら答える。


「すみません。少し考え事をしていただけです」

「考え事? ま〜た私をいじめる算段ですか?」

「違います。ただ単に東風谷さんはかわ……」

「……かわ? かわ、何です?」

「いえ、何でもありません。先を急ぎましょう」


ぞんざいに答えを放り投げると、花京院は足早に歩き出した。
そんな愛想のない彼の背中に向かって、早苗の怒りの言葉が届けられる。


「もう本当に私、怒りますよ! どうせ、私の頭がかわいそうとかって言おうとしたんですよね!?
私、分かっているんですからね! 女の子は、そういうのには敏感なんですから!」

「だから、違います。東風谷さんも、いい加減に誤解はやめてもらいたい」

「じゃあ、何て言おうとしたんですか!? どうせ、その問いには、答えられないんですよね!?
答えられないのが、まさに私の勘が正しいって証拠じゃないですか!」

「別に僕は何も言おうとはしていませんよ。単なる東風谷さんの勘違いです。きっと幻覚でも見ていたんでしょう」

「また、それですか!! 絶対に私のことを馬鹿にしていますよね、花京院君は!!」

「だから、誤解です」

「もういいです! イーッだ!」


早苗は白い歯を見せて、ご機嫌斜めといった表情を見せてくる。
全く意志の疎通が取れていない会話に、花京院は頭が痛くなる思いだったが、
それでも早苗が八坂神奈子のことを考えて、時折見せる塞ぎ込むような、悲痛に満ちた表情よりかは、全然マシだと思った。
心が和む。そこまではいかないが、こういった下らない会話が、いつまでも続けばいい。
だが、竹林を抜け、他の参加者や八坂神奈子と出会えば、それは自ずと終わりを迎える儚いものだ。
願わくば、いつかは他愛のない日常の中で、東風谷早苗の元気で、温かな笑顔を見られたら、と
花京院典明は心の中で何となく思ったり、思わなかったりするのだった。


「だから、誤解です」

「イーッだ」


491 : 恋霧中 ◆BYQTTBZ5rg :2017/04/21(金) 23:27:37 P7Nr/yxI0
【不明 迷い竹林のどこか/真昼】

【花京院典明@ジョジョの奇妙な冒険 第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:迷子、体力消費(小)、精神疲労(小)、右脇腹に大きな負傷(止血済み)
[装備]:なし
[道具]:空条承太郎の記憶DISC@ジョジョ第6部、キャンプセット@現実、基本支給品×2(本人の物とプロシュートの物)
[思考・状況]
基本行動方針:承太郎らと合流し、荒木・太田に反抗する
1:竹林の脱出。そして永遠亭へ行く。八雲紫の捜索。
2:東風谷さんに協力し、八坂神奈子を止める。
3:承太郎、ジョセフたちと合流したい。
4:このDISCの記憶は真実?嘘だとは思えないが……
5:3に確信を持ちたいため、できればDISCの記憶にある人物たちとも会ってみたい(ただし危険人物には要注意)
6:青娥、蓮子らを警戒。
[備考]
※参戦時期はDIOの館に乗り込む直前です。
※空条承太郎の記憶DISC@ジョジョ第6部を使用しました。
これにより第6部でホワイトスネイクに記憶を奪われるまでの承太郎の記憶を読み取りました。が、DISCの内容すべてが真実かどうかについて確信は持っていません。
※荒木、もしくは太田に「時間に干渉する能力」があるかもしれないと推測していますが、あくまで推測止まりです。
※「ハイエロファントグリーン」の射程距離は半径100メートル程です。
※荒木と太田は女に弱く、女性に対して支給品を優遇していると推測しています。またそれ故、色仕掛けが有効と考えています。
※八坂神奈子の支給品の充実振りから、荒木と太田は彼女に傾倒していると考えています。


【東風谷早苗@東方風神録】
[状態]:迷子、体力消費(小)、霊力消費(小)、精神疲労(小)、過剰失血による貧血、重度の心的外傷
[装備]:スタンドDISC「ナット・キング・コール」@ジョジョ第8部
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:異変解決。この殺し合いを、そして花京院君と一緒に神奈子様を止める。
1:竹林の脱出。そして永遠亭に向かい、仲間と合流する。八雲紫の捜索。
2:出来たら、ここが幻想郷とは関係ない場所だと証明する。それが叶わないのならば……。
3:『愛する家族』として、神奈子様を絶対に止める。…私がやらなければ、殺してでも。
4:殺し合いを打破する為の手段を捜す。仲間を集める。
5:諏訪子様に会って神奈子様の事を伝えたい。
6:3の為に異変解決を生業とする霊夢さんや魔理沙さんに共闘を持ちかける?
7:自分の弱さを乗り越える…こんな私に、出来るだろうか。
8:青娥、蓮子らを警戒。
[備考]
※参戦時期は少なくとも星蓮船の後です。
※ポルナレフらと軽く情報交換をしました。
※痛覚に対してのトラウマを植え付けられました。フラッシュバックを起こす可能性があります。
※ここがスタンド「死神」の夢の世界ではないか、と何となく疑っています。



<キャンプセット@現実>
テント、シェラフ、テーブルウェア、クッカー、カトラリー、カセットコンロ、カセットボンベ(予備)を
一纏めにした充実品。これがあれば、日をまたいでのバトルロワイヤルも安心して過ごせる。


492 : ◆BYQTTBZ5rg :2017/04/21(金) 23:28:26 P7Nr/yxI0
以上です


493 : 名無しさん :2017/04/22(土) 01:34:09 DQujikEk0
投下乙です
この気持ち、まさしく恋だ!


494 : 名無しさん :2017/04/22(土) 12:01:26 Pvm.nYPc0
ああ、うんこ入りベビーフード食ってる時に味噌おじやの話する花京院くんも早苗さんと似合いの変人だあ……w
いつかこの変が実ると良いですね。

相変わらずのメシテロ
描写に、殺伐とした場面ばかりの中、貴重な夫婦漫才。
そして、色仕掛けで主催を攻略できるか、ですか……
『ここは幻想郷とは関係ない所です、殺し愛なんて止めて、主催への色仕掛けに協力してください!!』
……ですか。神奈子さまがそれで説得できるか、見ものですね。

面白い作品をありがとう。


495 : 名無しさん :2017/04/22(土) 19:30:55 IeQ6v5CwO
投下乙です

支給品格差はまあ……もっと上位の仕業だよ
上っていうか壁の向こう


496 : 名無しさん :2017/04/22(土) 22:53:49 SMJ4Qurg0
まーた花京院くんはそういうこと言う〜プンプーン
乙女(笑)に対してなんて卑劣なことをさせるんだ全く……、だからキミはBL本にひっぱりだこなんだってうわなにをするやめr

……投下乙です!
支給品はアレですよね、そう。上で書いてあるように、主催者よりももっと格上の存在というか、手の届かない範囲のものというか。
このバトルロワイヤルの舞台に対しての考察は面白いところに目を着けたというところでしょうね……こりゃ(色んな意味で)面白くなってきた


497 : 名無しさん :2017/04/23(日) 05:22:51 6R7ltn1s0
「イーッだ」が可愛すぎて思わずこっちまでにやけてしまう…
竹林の中で全く前進しない緑コンビも、その仲だけは少しずつ前進していってる……のかな?
こんな他愛ない会話も、ロワでは貴重。ちょくちょく見たくなるタイプの話ですね。
早苗もこういう方面には意外と(?)奥手というか、天然ニブチンなイメージもあるのでちょっぴりもどかしい。
で、神奈子様の所へはいつ到達できるのか?


498 : ◆at2S1Rtf4A :2017/04/23(日) 22:41:00 GxYOz9v20
予約延長します。
そして緑コンビ、なんというか明後日へと走っていく考察といいチグハグなやりとりといい、ギャグ路線に入ると他の追随許さないガス抜きっぷり。二人ともここはパロロワですよ二人とも。
早苗さんを気遣ってあの花京院がうんこなど色仕掛けなど女性側有利の支給品格差など口にしたと私は信じています。最後にそう書いてあるから信じていいよね?
花京院の状態表?備考欄?考察〜?ん〜?んなモン見えんなぁ〜?
信じてます!!信じさせろ!!!


499 : ◆NUgm6SojO. :2017/04/23(日) 23:28:34 D28aagDY0
ジョセフ・ジョースター、因幡てゐ、(太田順也)で予約します


500 : ◆qSXL3X4ics :2017/04/25(火) 21:27:10 kB6.8hJ.0
投下します


501 : 鼻折れ天狗のウォーキング・スロウリィ:√0 ◆qSXL3X4ics :2017/04/25(火) 21:28:16 kB6.8hJ.0

刻んだ時にしてみれば、実に『116日と6時間と33分……12秒』、だったか。
世界の帝王なにやらが決まったあの瞬間、けたたましく響いた人間の歓声を心に想起してみれば、確かに彼と歩んだ軌跡は、終わってみれば実にその程度の時間だったのだなと記憶している。
その程度……とは言ったが、我々にしてみれば4ヶ月という歳月は決して短くない。
短いようで長かった、我が人生の中で最も充実足りえた4ヶ月だと、今にして思えばそう断言してもいい。
ああ、まさかこの齢にしてこんな女々しい気持ちが芽生えてくるとは。我が事ながら新鮮な体験であり、心底驚いている。
だがそれでも、老いさらばえた背を跨ぐ主亡き今、改めて浮かび上がったこの感情を心に掲げよう。




───そうだ。年甲斐もない告白だが、私はあのジョニィ・ジョースターのことが好きだったのだ。





▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


502 : 鼻折れ天狗のウォーキング・スロウリィ:√0 ◆qSXL3X4ics :2017/04/25(火) 21:29:40 kB6.8hJ.0
『スロー・ダンサー』
【1890年9月25日:朝07時06分】 サンディエゴ西海岸


思い返してみるに……私があの青年──ジョニィ・ジョースターを自らの鞍の上に乗せた理由は何だったかな。


『歳取った暴れ馬』との烙印を押され、『性格のイジけた駄馬』と罵られ、人間の馬売りとの間を転々と渡ってきた。
いや、違うか。渡らされてきたのだ。血気盛んだった若き頃ならともかく、歳も取りいよいよ誰にも見放された私は、己の脚で走るという意義をいつしか忘却していた。
私は、走ることをやめていたのだ。諦念の思いも大きかった。
まこと人間とは自分勝手な生き物だ。己の都合で生み出し、勝手な価値観で結果を見限ると、己の都合で手早く切り捨てる。
愚劣で愚鈍なるヒトの小童たちへと、いい加減辟易もしてきた。私はとうとうレースに出ることすら完全にやらなくなった。

もはや天命を迎えるくらいしか、老後の楽しみも無くなってきた頃だったか。
ヒトの噂で、世界最大のレースの祭典が行われると私の耳まで届いた。
別段、レースへの興味など失っている。湧き立つ界隈に心躍らせる歳でもない。
そんな時、私の前に現れたのだ。かつて見たこともないほどの大馬鹿が。


「ちくしょ、お…………ちくしょお……っ! オレは、諦め…ぇ……絶対に、いつ、か……っ」


夢を見るような妄言を絶え絶えに吐き散らしながら、青年は私の鞍にしがみついてきたのだ。
聞こえてきた話だったが、彼はとある不幸な事故で半身を不随とした『ジョニィ・ジョースター』という元天才騎手の人間らしい。
過去の栄光に縋り付いてばかりの男が、今では老馬の背中一つ満足に乗りこなせない。痛覚でも失っているのか、その脚に木片が貫通してなお、暴れる私に必死にしがみつこうとしてきた。
知ったことかと今度は全身を踏み付けてやったが、彼は一向に諦める素振りを見せようともしなかった。

私の気持ちに苛立ちが募る理由は、青年が鬱陶しく思えたからではなかった筈だ。
そうだ。あのとき私は、柄になく激情していたのだ。拒絶していたのだ。
この青年の燻る瞳を覗くことに対し、とてつもなく虫唾が走ったのだ。

とうに衰えた私の精神だ、レースへの栄光など昔日の夢に等しい。まして件の催しは大陸横断レースと聞く。
完走など不可能に決まっていた。私も、そしてこのジョニィなる人間も。
だというに、あろうことかこの出来損ないの人間は、同じく出来損ないへと枯れていくだけだった私を選んだらしい。
不可解と同時に、羨望もあった。似たような境遇でいて、彼には私が失ったかつての気持ちを今も燃やしていたのだから。
人種が違う、どころか生物としての種すらも異なっているこの男の哀れなる姿を、私は自身へと重ねてしまった。
たまらず断絶してしまうというものだろう。なぜ今更になって、こんな男がよりによって私の前に現れたのか。

「回転、の……謎…………絶対に、つきとめて、やる……っ」

まだ諦めない。人間の脆弱な身体なら、死しても不思議でない負傷だ。
……私とて、老馬には老馬なりの矜持がある。長く培ってきた『経験』と『知識』は、レース完走への大きな力にはなるだろう。
だが私には蓄えた力を解放するだけの意志は既に無い。お前がその意志を乗りこなしてくれるとでも?

「……ち、くしょ…………ぜったぃ、に…………諦めねぇ……オレは、もう一度……ッ!」

そうまでしてか、人間の男よ。
………………そうか。そうまでして、再び大地を走りたいかね。

思えば私に足りないモノは、この『希望に突き進んでゆく意志』なのかもしれない。
ならば彼に足りないモノは、私の『意志を成し遂げる為の手段』なのかもしれない。

『意志』と『手段』。
この世に生まれ落ちた生物たちは程度の差はあれ、これら二つのモノを掲げて生長しなければならない。
む……少し違うか。生長するのに不可欠となるモノがこれら二つに値する、ということだけだ。
老輩の戯言だ、一笑に付せればいい。笑われて生きてきたのは、お互い様なのだろう。
馬の私が発するのも滑稽な台詞だが、どこの馬の骨とも分からぬこの底辺人間が、私が乗せる最後の『人間』となるのかもしれない。

少し、気に入ったよ。
お前が意志を達する為の脚を持たぬなら、私がお前の『脚』になってもいい。
その代わりと言っては何だが、お前が私に見せて欲しい。
枯れ果てた私の心に沈んだ───『希望』という、かつての栄華に輝いた光の道を。



そうだな……老体の身で些か気恥ずかしい物言いだが……

───この『物語』はきっと……彼が歩き出す物語となるのだろう。



   『スティール・ボール・ラン・レース』
      ――スタート3時間前――


503 : 鼻折れ天狗のウォーキング・スロウリィ:√0 ◆qSXL3X4ics :2017/04/25(火) 21:30:43 kB6.8hJ.0
『射命丸文』
【真昼】E-4 草原


カポ、カポ、と蹄の鳴らす音だけが耳に入ってくる。軽快とはとても言えないが、小気味の良い響きだった。
それ以外の一切の不協和音は、天の幕より落ちる数多の雫も含めて文の鼓膜には響かない。心にも、響くものはない。
何よりも、雨音など問題にならないほどに不協和音たらしめる声。これを今もっとも拒絶したいというのが彼女の本音であった。


「なあ文よォ。カネ、持ってるかい?」


前方に顔を上げる気力すら残っていない。大統領から何もかも奪われ意気消沈の文は、深く項垂れながら雨の中を往く。
目的らしい目的はあるが、肝心の地点が見定まっていない。いまや彼女らの行路は、跨る老馬の気まぐれに委ねているといった次第だ。
道を後戻りとはなっているが、大統領の向かった北西方面には向かいたくない。かといって、近くに点在する人間の里にも近寄りたくはない。
ホル・ホース曰く、文たちが『隣の世界』に居る間、あの辺りで『雷』が落ちたという。今近づくのは危険かもしれないとの判断だ。
しかしそれでも、あまりに行き当たりばったり。見通しの目処がまるで立っていない、聡明な彼女らしからぬ大雑把なプランだ。
事実、今の文は何も思考していなかった。今にも死にそうな面で、ただただ馬に跨っているのみ。

「あ〜……カネっつってもアンタらの土地だと通貨が違うか。“ドル”って分かるかい? まっ、持ってるわけねぇーよなァ」

悲しみに打ちひしがれる女の気持ちを知ってか知らずか。
いや、馬の隣を並行して歩く陽気なこの男が、彼女に起きた惨劇を察していないわけがない。
元気付けようとでもしているのか。さっきからこの男は、こうして馬鹿馬鹿しい世間話を全く途切れさせようとしないのだ。
不快だ、ハッキリ言って。これで女の扱いは心得ていると自負しているらしいのだから、外の世界の人間の女とはどれ程チョロイかが窺える。

「…………さっきから、ちょっとうるさいですよアナタ。持ってたら貸してくれ、とでも言うんですか」

「お! ようやく反応してくれたかい、嬉しいねぇ。で、持ってる?」

「持ってるわけ、ないでしょう」

精一杯の苛立たしい声色を作りながらそう返すと、この男──ホル・ホースの表情は「予想通りだ」といったニヤケ面を形作り、一人勝手に納得した。
その意味不明な反応に文は、流石に視線を彼に移した。バカにしているのか、この人間は。

「まあ念のために訊いといた、ってだけの話さァ。もしお前さんが“コレ”持ってたら、オレ達の関係もちょっとばかし変わる、っつーこった」

人差し指と親指で円を作り、下品な笑みでキラリと歯を見せられた。本当に状況を理解しているのかこの男は?
こんな世界で金など何の意味もありはしない。この期に及んで俗物に走る人間の末路など、碌なものにならないことを文はよく知っている。

「意味ならあるとも」

「……何ですって?」

「理解しちゃいねーのはあんさんの方さ。カネっつーのはな、命と同じくらい……いや! 時にはそれ以上に大事な代物だぜ。
 一押し二金三男ってことわざがある。男が女の愛を得るにはまず何より押しの強さ。次にカネで、最後に男前であること。
 三つの必要不可欠な要素で愛は完成するのさァ。当然オレは三つともコンプリートしてるがね」

「……呆れた。こんな時までナンパですか」

「おうおう勘違いはよくねぇ。雨にしっとり塗れたお前さんは確かに魅力的だが、オレぁ別に男女の仲を説きたくてこんなことわざを引き合いに出したわけじゃねえぜ。
 あくまでオレ達の『信頼関係』を確かめたくて、ちょっと嬢ちゃんの懐事情を訊いただけでさぁ。信頼には色々な形があるワケだ」

「……お金があれば、私はアナタの信頼を勝ち取れるとでも言いたいのですか」

「まあ聞けって。まず別方向からの確認だ。単刀直入に言うぜ」

そう前置きしてホル・ホースは足を止め、同時に馬の手綱を許可無く握った。
停止の意味を理解したスロー・ダンサーは文を乗せたままその場にピタリと止まり、蹄の生み出す軽快な音楽は中断された。

瞬間、今まで陽気に振る舞っていた男の気配が一変する。
何か、文にとっては触れられたくない話題を始めるつもりだ。この冷ややかな空気を、文は直感的にそう受け取って思わず身構える。


504 : 鼻折れ天狗のウォーキング・スロウリィ:√0 ◆qSXL3X4ics :2017/04/25(火) 21:31:48 kB6.8hJ.0



「───チルノを殺したのはお前さんだろ」



彼の口から解き放たれた、およそ確信に近い問い掛けの意味を理解するより早く、文はその右腕を豪速とも称せるスピードでホル・ホースへと向けた。
ギャルギャルギャルと、ジョニィの回す爪には程遠くとも、人間ひとり殺傷するに余りある速度だと悟らせる回転音だ。

『牙(タスク)』。ジョニィから文へ受け継がれたとも言えるスタンドだ。
その伝染現象に如何なる意味が、因果が関わっているかは誰にも分からない。分からないが、少なくともこれは現在の文にとって貴重な『殺害・防衛』の手段だ。
裏を返せば諸刃にもなり得るその言い逃れしようのない殺意を、大した考えも中継せずいきなり隣の相手へ発動させる。
平時の文では考えられない迂闊ではあったが、こと今の彼女の精神状態を考えればそれほど不審でもなかろうか。

「……私を、始末でもする気ですか」

「返答は“イエス”と受け取ったぜ」

ホル・ホースの手の中には既に『皇帝』が握られている。銃口の矛先は当然、文だ。
流麗とすら讃えられる彼の鮮やかな手際を以てしても、鴉天狗の先を行くスピードでの速攻とは考えにくい。
同発での早撃ちでは不利。となれば単純に、文がタスクを構える遥か以前から、ホル・ホースは銃を抜き出していただけに過ぎなかった。

男と女が銃を構え、睨みながら対峙する。
画にして説明すれば、それは西部劇のワンシーンを切り抜いただけの、よく見る光景に過ぎない。

「オレがあの寺でお燐と共にお前さんから聞いた話ではこうだ。
 “私たちを襲撃したチルノはジョニィと相打ちになって死んだ” ……そう言ったよな」

「言い訳するつもりは最早ありませんが、どうしようもなかった事態でした。嘘を吐いていたことは謝ります」

どうしようもなかった、と。
文は自分の口から衝いて出たその言葉に、それこそどうしようもない違和感を感じ取る。
本当に、どうしようもなかった事態であろうか。あの時あの瞬間、チルノを灰にせしめんとした自分には、本当に正当防衛に縋った焦りしか存在しなかったのか。
そんなことは自問自答するまでもなく、否定できる。
間違いなくあの時の自分には、他者を焦がすようなドス黒い殺意の炎が渦巻いていたと自覚できる。
ましてやそのチルノを救おうとして飛び出した戦いだけに、否定などしようもない。

確かにあの戦い……チルノの命を摘み取る悲惨な結果は、避けようと思えば避けられた戦いであった筈だ。
過剰防衛、ですらなかった。奪われた仲間の命への弔い、などと綺麗事へ逃げるつもりもない。

言いようのない冷たい感情に心を任せ、負かされ、蒔かれてしまった漆黒の芽。
その芽吹きの犠牲となったのが、かつては何よりも純粋素直な氷精であったチルノだった。

今では心の奥底に鍵を掛けて隠したつもりの『真意』。
それをホル・ホースに見破られた衝動が、更にこんな事態を招いている。
向けた『牙』を、さあ何処に落とし込むか。最悪、この場でまたしても死体が増えるだろう。
勿論ここでの『最悪』とは、文自身が死体になることであるのは言うまでもない。

「勘違いしねーでくれよ。オレは別に『謝れ』だなんて一言も言っちゃいないぜ」

膠着状態もたかが数秒続いたところで、緊張の糸を切るかのようにホル・ホースは軽々しく言った。

「オレがこうして銃を向けてンのは、マトモじゃねえ思考状態のあんさんからうっかり撃ち殺されねえように、だぜ。
 頼むからオレに女を撃たせねえでくれ。これでも一応ポリシーはあんだからよォ」

この軽薄な男にも『女に暴力は振るわない』という、いっぱしの誇りはあるらしい。
その考え自体は文も素直に好感が抱ける類のものだが、今の状況を見ると暴力どころか命すら奪われかねない場面だ。

つまりホル・ホースは、ポリシーに反してでも『撃たねばならない場面』を弁えている、というのが文の悟った彼の本性だ。
少し、見くびっていた。愚かで逃げ癖のある女好き、という彼への評価を改める必要がある。


コイツはいざとなれば、迷わず『撃つ』。
女であろうが何であろうが、撃つべき場所は決して見誤らない。
ある意味ではジョニィ・ジョースターと同種とも言える。何と皮肉な星の巡りか。


505 : 鼻折れ天狗のウォーキング・スロウリィ:√0 ◆qSXL3X4ics :2017/04/25(火) 21:32:45 kB6.8hJ.0


「そう、ですね……。私も少し、動転しました。……銃を下ろして頂けますか?」

「…………下ろすのはそっちからだ」


イニシアチブを握るのはあくまでオレだ。そう言わんばかりの、静かで強い口調が滲み出ていた。
やはりコイツは用心深い。一旦敵意を見せてしまえば、決して隙は作らない男だ。実に食えない人間だった。
ほんの少しの逡巡を見せ、文は警戒しながらも渋々と構えたタスクを取り下げる。


ホル・ホースの『皇帝』は、それでも構えられたままだった。


「いや、早くそれ下げてくださいよ。さっきはついタスクを向けてしまいましたが、私は別にあなたを害するつもりはない……」
「お前さんがオレに対して本当に敵意が無いのか。それを判断するのはオレだ」


その眼光はいやに鋭い。まるで獣だ。
文がホル・ホースにタスクを向けたのは謂わば突発的。動揺からの行為だった。
対して彼が銃を構える理由とは、文の殺意を嗅ぎ取ったから、というだけの理由ではないのか?
コイツ、決して『受身』で銃を構えたわけではない……!と、文は自分が今、想像以上に崖際に立たされていることを思い知る。

文が大統領に完全敗北した直後のホル・ホースの態度はといえば、それはそれは心優しい紳士であった。
必要以上に踏み込まず、傷心の文を気遣う素振りも見せてくれた。彼がことあるごとに抜かしていた“オレはモテる宣言”もあながち嘘八百ではないのかもしれない。
その時とはまるで別人の男が、今こうして自分に銃を構えている。その理由に文は思い至る節あれど、疑問を抑えられずにいられない。

何か、重大な失言でもしてしまったのか。
女は見捨てない、女の嘘は許すとまで掛けてくれた男が、何故?
それとも心変わりか。所詮は欲深い人間の男だ。保身に走るあまり、弱体化した惨めな妖怪は使えないと判断してしまったのか。


(なるほど……賢い、わね。……賢いわよ、あなた。会ったばかりの私のことをよく理解してるわ。……私よりも)


だとしたらホル・ホースの行いは限りなく正解である。
チルノを殺害し、こいしやお燐をも狙い、数多もの嘘まで吐いた情緒不安定な危険人物が今こうして、見るも無残な弱々しい姿を大っぴらにしている。
どう見たって彼にとっては足手まとい、だけならまだマシ。どころかいつ背中を撃たれるかも分からないような危険な存在と化している。

こんな女を、それでも助けようだなんて。
そんな男が、参加者の中にいる訳がない。

(ジョニィさんなら……『撃って』いたのかな)

またもや頭を過ぎる影は、故人となってしまった男の背中。
未練がましいのは重々承知の上で、けれども執拗に靄をかけてくるその影を払拭できないのは私の未熟さゆえだろう。
すかさず創造してしまう。私の脳内に浮かぶ『ジョニィ・ジョースター』なら、今の私を果たして『撃つ』か『撃たない』か。
現状のホル・ホースの立場があのジョニィだったなら、果たして今の私はどう映っている?


───『君の言うとおり彼女は操られているだけだとしたら、自分の意思なんてなくて、誰かに道具のように使われているだけだとしたら。
    僕は助けたい。再び彼女に自分の意思で歩かせてやりたい』


正気を失ったチルノに対してこんな聖人のような台詞を掛けることが出来た、あのジョニィだったなら。
今の私は、どう映っている?
空を羽ばたくことも出来なくなった今の私は、自分の意思で歩けているの?
ズタボロに切り裂かれた精神が独りでに浮遊し、何処とも向かない方向へ勝手に暴走しかけているだけではないの?


506 : 鼻折れ天狗のウォーキング・スロウリィ:√0 ◆qSXL3X4ics :2017/04/25(火) 21:34:04 kB6.8hJ.0
『意思』……違う。
『意志』だけが、確かに私の心には存在していて。
けれどもその意志を成し遂げるだけの『手段』を見失っている。
手段がなければ、裸にひん剥かれた意志のみが、到達すべき地点を見据えること叶わずに暴走に果てる。
かつてのジョニィにとっての『手段』が、話に出てきた『ジャイロ・ツェペリ』だったとしたなら。

(ジョニィさんなら……きっと『ジャイロ』さんのように在りたいと願うでしょう)

そして己の意志で立ち上がることの出来たジョニィなら……『ゼロ』から『プラス』へと前進し始めたジョニィなら……
きっと彼は、『マイナス』で立ち止まってしまった今の射命丸文にもこう語るだろう。


『君はすでに答を掴んでいる。大空へ羽ばたこうとする意志を持つなら何故それを使わない?』


あっけらかんとした笑みで、歯を白く光らせながらそんな台詞を吐いてくれるのだ。


「……ホル・ホースさん。私は、ジャイロさんにお会いしたいだけです。確かに貴方には色々なことを隠していました。
 ご迷惑をお掛けしたのは事実でしょうし、これからも掛けるかもしれません。貴方が銃を構える理由とは、私の不逞が原因ですか?」

「お前さんの心に『敵意』があるかどうかを判断するのはオレだが、お前さんを『撃つ』かどうかを判断するのはオレじゃあねぇー」

「……仰ってる意味を図りかねますが」

「まあ聞けや。オレのスタンド『皇帝』は銃型のスタンドだ。ここに弾丸を『6発』込める部位があるだろ? 『シリンダー』ってんだけどよォ」


文の警戒を解すように、突然に自分のスタンド説明を始めだしたホル・ホース。
幻想郷在住の文にとってみれば外界の武器など全てが新鮮。これが常の幻想郷であれば早速とカメラをカシャカシャしていたことだろう。
無論、現在の幻想郷は緊急事態の渦中にある。興味がなくもないが、この話が一体何処に着地するのかが文にはサッパリ分からない。

「さて、この部分に『1発』だけ弾丸を込めてェ〜……シリンダーを回転させる。こんな具合にな」

実に手際よく、ホル・ホースの手に収まった拳銃のシリンダーがカラカラと音を立てながら回転する。
いずれ止まったシリンダーを外から見ても、果たして6つある弾倉の内、どの弾倉に銃弾が込められているか。これでは分からない。

何か、何となく……この男が何をやろうとしているのかが分かってきた。

「この状態でトリガーを引けば6分の1の確率で弾が発射されるって寸法よ。こいつをオレらの世界で『ロシアン・ルーレット』という」

「何を……言っているのです」

「オレはな、文よォ。何度も言うが、別にお前さんが隠してる事実を必要以上に詮索する気はこれっぽっちもねェー。
 チルノを殺したァ? それがどうしたぃ、オレも金の為に何十人も殺している。
 遺体を隠してたァ? オレなら隠さず、とっとと売っ払って金に変えちまうね。
 オレを騙してたァ? 悲しい事実だが、オレも世界中の女達に嘘を吐いている。」

一つ一つの例を出す度に、ホル・ホースは銃を握っていない方の手の指を順に折っていく。
この男も随分と沢山の嘘を振り撒いてきた人生らしいが、どうやら自分の欲望にだけは正直な男なのは確かだった。
彼は己に対してだけは嘘を吐かない。それは確固たる『信念』があるからなのだろう。
自分に嘘を吐くということは、心の芯に建てた矜持を自ら否定することと同義。それでは最早、信念とは言えない。


507 : 鼻折れ天狗のウォーキング・スロウリィ:√0 ◆qSXL3X4ics :2017/04/25(火) 21:34:58 kB6.8hJ.0
ホル・ホースに対し、自分はどうか。
信念などどこ吹く風という具合で、吹かすのは威風ばかり。風を操る天狗様がこれでは、いずれ吹くのは風でなく一泡だ。
嘘で誤魔化し、誇張で体裁を立てる。『文々。新聞』が纏う悪名の源流とは、まさに自分のこの信念の無さが一因なのではないか。
そうだ。保身のあまり己の心にまで嘘を纏い、グラつく黒と白の狭間で未だ信念など見出せず、ついには全ての殻を剥がされた。
唯一にして全であった、千年の歴史を誇る鴉天狗という『象徴』と『プライド』すらも完膚なきまで奪われた今、


(───こんな私に、どこまで生きてる価値があるっていうの)


口に出すのだけは何とか押し留めたその言葉の重みを、じっくりと噛み締めていく。
ジョニィから受け継いだナニカを背負うだけ背負って、圧し潰されるは我が心の芯の無さゆえ。
大黒柱が、足りなかった。一本の強い、力強い柱を失ったがゆえの、自虐めいた負荷。
精神が資本の妖怪達にとって、非常に危機的な状況。己の価値観を奪われた妖怪は、遠からず消滅する。
決して大袈裟な言い方ではなく……今、射命丸文という妖怪は、滅亡の瀬戸際に直面している。
これが大統領の狙いなのかも、とすら思えてくる。直接的な手段を取らず、遠回しに、しかし極大かつ致命的な方法で、そのうえ博麗の巫女との契約には反せず、邪魔者でしかなかった射命丸文を結果的に排除寸前まで追い詰めているのだから。


「───ぃ、おいったらよォ。聞いてんのか文?」


急速に渦が巻く頭の中に、男の声が侵入を果たす。
自嘲気味へと変貌しつつあるこの暗い気持ちは──かなり言い掛かりに近しいが──ホル・ホースが一因でもある。
大した力を持っているわけでもない、ともすれば俗的とも言えるこの男と今の自分をどうしても比較してしまうのだ。
卑小で矮小だの、陰鬱で悪辣だのと、後ろ向きな感情に支配された自分から見れば、彼という楽天的な性は眩しく見えてしまうというもの。

「……聞いてますよ。で、そのロシアン何やらがどうしたと言うのです」

そう言う文だが、この先ホル・ホースが何をやらせようとするのか。腐っても利口である彼女には見当が付く。

「こういう事はあまり自分で言うべきじゃねえっつーのは分かってるが、オレは女の嘘に対しては寛容なつもりだ。
 だが……だがな、よく聞きなよ。オレは女を利用したりもする、が……女がオレを利用するのは我慢ならねえ性質なのさ」

一層に鋭く変化する男の双眸。その内には『男のプライド』という奴があるのだろう。
女である文に男の世界など理解しようもない。だが彼に嘘を吐き、利用しようとしていた事実はホル・ホースにとって軽く流せる些事でもない。
吐かれた嘘を『許す』ことと『受け止める』ことは、一見軽い性格のこの男にとってはまた重大かつ別問題であるらしかった。
なにせチルノを殺害したことが感付かれている今、文の嘘の全てを優しく受け入れるなんて聖人行為は逆に自分の首を絞めかねない。
一線を弁えている男だ。意外と小賢しいというか、卓越した判断力は評するべき点だった。

「そこでオレはアンタと『禊』を交わすことにした。オレなりの、というよりかはアンタなりの儀式とも言える」

「……禊?」

「そうとも。アンタは自分の身を守るためとはいえ、オレにあらゆる嘘を吐いている筈だ。
 この嘘を『全て許す』と軽々しく受け止め、半端に優しい気持ちでこの先行動を共にするのもお互いモヤモヤしちまう。
 だったら自分の吐いた嘘は、自分で責任取るしかねえじゃねえか。文、この『皇帝』を握ってみな」

そう言いながら手渡される『皇帝(エンペラー)』をじっと見つめる。
スタンドはスタンド使い以外には触れないのでは、と言おうとした所で、そういえば今は自分もスタンド使いだったことを思い出す。

震える腕で、文はホル・ホースから『皇帝』を受け取った。自分には似つかわしくない大仰な名だな、と……ネガティブ思考が文の判断力を邪魔する。


「そいつをテメェのドタマ向けて一度だけ、トリガーを引きな。6分の5の確率でアンタは生存できる。
 ただし! 運の女神サマに見放されてりゃあ……」


その先の台詞をホル・ホースは紡がない。言葉は、必要としないのだ。
ドロドロに黒く濁ったコールタールのような、只々不快感を募らせているだけの思考の重量が、皇帝の重みと共に一層増してくる。
この気持ちの悪い感情を一秒でも早く消し去りたい、スッキリさせたいと、そんな文を見かねたホル・ホースなりの儀式。

そいつがこの、禊。


508 : 鼻折れ天狗のウォーキング・スロウリィ:√0 ◆qSXL3X4ics :2017/04/25(火) 21:35:36 kB6.8hJ.0

「……トリガーを引いて、私が生き残ったらアナタは何をしてくれるのですか」

「別に? なんも」

馬鹿げてる。
必ずしも必要な工程ではない。寧ろ、何のメリットがあってわざわざ6分の1での死を受諾するのか。
その意味する所を理解できぬ文ではなく、察して然るべき男の行為だろう。彼なりの優しさ、といった所だろうか。
余計なお世話だ、これ以上私を惨めな気持ちにする気か、と思う反面、次は二度と無いだろうチャンスであることも理解できている。

この引き金を引いた時、男からの『信頼』は確固たる鎖となる。
弾倉に込められた一発の弾丸は、自業自得とも言える粛清するべき『嘘』の弾丸。たった一発の嘘が鉛毒と化し、この身体に深く、永く残って文を苦しめるだろう。
罪悪感などではない。巡り巡って自身に牙を剥く、一種の呪いに似た嘘。その呪いを解呪してやろうとホル・ホースは回りくどい手段で持ち掛けているのだろう。

払う対価は己の勇気。賭けるモノは己の命。
呪いのルーレットに勝利した時、身体にこびり付いた錆びは幾分か剥がれ、また男の信頼も勝ち取れるのだろう。
精神的な話になる。理屈では決して納得できない、文自身の黒白を傾ける己との勝負だ。

チラリと、目前のカウボーイを覗くように窺う。
何も言ってはくれないその口だったが、目は口ほどにモノを言うとは今の状況を指す言葉だろう。
如実に語るその双眸は、文の虚ろなる瞳を外れない。真っ直ぐに見据えながら、文の決断を待つのみ。
決断というのは、この禊を『受ける』か『受けない』かというもの。
強制ではない。拒否権があるのだ、此度の儀式は。命を惜しみ、例え受けずともホル・ホースは何も言わず、女である自分の為に手を貸してくれるだろう。
その関係は大きく変わることはない。やはり理屈のみで考えれば、こんな禊とやらはどこまでも馬鹿げた行為に他ならない。

是非もない。拒否して当然。
だが……恩賞や損失の取捨選択、打算などでは計れない価値が、この禊の先に齎される気がしてならない。
此処に立つのは『マイナス』の上の射命丸文だ。此処から先、更なるマイナスへの転落は、もはや己の『死』しか在り得ない。
少しでも『ゼロ』へと近づくため……公算の大きいこの可能性に賭けるメリットはどれほどの価値となるのか。
危惧すべきはその『マイナス』というのが、死でしかない点についてのみ。

……そうだ。この禊は『一歩』を賭けて行う儀式なのだ。
勝てばほんの一歩だけ、『ゼロ』へと近づける。
負ければ、また一歩……後退する。更なる『マイナス』───『死』へと、転落する。

死───片翼をもがれ、妖怪の威厳を剥がされた自分はもう……死んでいるようなものではないのか?
いっそ楽になりたいという気持ちはゼロではない。ここまでボロボロの精神体へ堕とされたのだ、死して彼岸へ渡ることが『楽』への一番の近道なのではないのか?


509 : 鼻折れ天狗のウォーキング・スロウリィ:√0 ◆qSXL3X4ics :2017/04/25(火) 21:37:18 kB6.8hJ.0
カチャリと、トリガーに指を掛ける。

もう…………『近道』を進むのも苦ですらない。わざわざ『遠回り』を選ぶ必要なんて……無いのかもしれない。

『生きる』とか『死ぬ』とか……誰が『正義』で、誰が『悪』だなんて、どうだっていいじゃないか。

そう、思ってしまえば……この引き金も随分と軽く感じる。


たかが『6分の1』……大丈夫、成功すれば儲けモノ。外せば……いや、“当たって”しまえば、それはそれで楽になれる。



在って無いようなリスクかもしれない。だとすれば……もう決断する必要も…………ない。




心臓を鷲掴みにされるような心苦しさは、いつの間にか消えていた。かいていた汗も、ピタリと止まっている。





ゆっくりと、ナニカに促されるように、手の中の皇帝をこめかみに当てる。






雨音も、心臓の鼓動音も、風の薙ぐ音も、世界から抜け去っていく。







冷たいトリガーの側面が、銃口の矛先が、皮膚を伝わって骨の髄まで透き通る。








指先に力を込めつつ、それと同時にまたしても一人の男の姿が脳裏に現れ、囁いた。









──────『心が迷っているなら、射命丸文…………撃つのはやめるんだ。それじゃあ新しい道は開かれない』










私が“撃つべき”場所…………私が歩むべき道とは。











灰色で空白だった私の世界に、甲高い音が響いて…………私の膝はくたりと崩れ折れた。












▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


510 : 鼻折れ天狗のウォーキング・スロウリィ:√0 ◆qSXL3X4ics :2017/04/25(火) 21:38:23 kB6.8hJ.0
『スロー・ダンサー』
【1890年12月28日:夕方16時30分】 フィラデルフィア市街


「なあ…ジャイロ……! さっきぼくの脚が動いたんだ……」


私からしてみれば、青臭い少年であった。
青春から大人へと。少年はいつしか『男』へと生長したように、私には見えた。
彼───ジョニィ・ジョースターを乗せて長らく続けてきた旅も、もうすぐ終幕を迎えるのだと思うと……どうにも込み上げるモノがある。
年のせいだろうか。たかだか数ヶ月の旅であったが、どれもこれもの過去がその当時に立ち返って懐かしく思い出されるのだ。
それら全てに私なりの想いがあり、感慨を断ち切ることは出来ない。


「脚が動いて……み……見てくれ……移動できたんだ……み……見てくれよ、動いたんだ!」


ここは8th Stage。全ての始まりとなったあのビーチから随分と遠くまで走ってきたものだ。
自分で自分を褒めてやりたい。老体でありながら、まだここまでの無茶が出来たとは我ながら驚いている。
それもむべなるかな。私とて、一人の『友』がいなければ恐らくここまでは来れまい。
友というのも如何せん、年齢が開きすぎている気はするが、とにかく今も私の隣でふてぶてしく立っている男だった。

彼の名を『ヴァルキリー』という。
無骨で荒々しい、一匹狼のような男だった。馬だが。
主人にジャイロ・ツェペリという頼れる友が居たように、私にも友が出来たようだ。
お世辞にも友好関係の幅広いとは言えない私だったが、この大陸横断レースの中で友情を育んだのはどうやら主人だけではなかったらしい。

まったく……生きてみるものだ。


「み……見てくれ…………見てくれよォォォ〜〜〜〜ッ!!」


主人の動かなかったはずの脚が、次第に次第に立ち上がろうとする光景が私たちの目前で広がった。
さながら産まれたての仔馬のようである、と言ったら水を差すことになるだろう。
もちろん彼がこのまま己の脚のみで歩けるようになることは、何より喜ぶべき事柄だ。
しかし正直な所、私はこの光景を見て感動すら覚える傍ら……ほんの少し、良くない感情も生まれていた。

───このまま主人が歩くこともなければ、私はもう少しの間……彼を乗せて大地を走れるのではないか、と。

馬鹿な、と首をブンブン振って霧散させる。
それは『光』を一直線に見据えて歩んできた主人への──ジョニィへの冒涜。彼の人生への否定に過ぎない。


「くそッ! もう少しだッ! くそッ! あとほんの少しなんだッ! どうしても遺体を手に入れたいッ!
 『生きる』とか『死ぬ』とか、誰が『正義』で誰が『悪』だなんてどうでもいいッ!!
 『遺体』が聖人だなんて事も、ぼくにはどうだっていいんだッ!!」


魂の叫びであった。
とうとう主人の膝はくたりと崩れ折れ、大地に屈した。
男が心底から上げ放つ究極の本音は、私の感情を大きく揺らす。先ほどの馬鹿げた感情を生んだ自分が、とてつもなく恥ずかしく感じた。


511 : 鼻折れ天狗のウォーキング・スロウリィ:√0 ◆qSXL3X4ics :2017/04/25(火) 21:39:41 kB6.8hJ.0


「ぼくはまだ『マイナス』なんだッ! 『ゼロ』に向かって行きたいッ!
 『遺体』を手に入れて自分の『マイナス』を『ゼロ』に戻したいだけだッ!!
 くそッくそォーーッ! こんな事なら遺体なんて最初から知らなければ良かったッ! あとほんの! ほんの少しなのにッ!!」


地面に幾度とも拳を打ちつける主人の姿を、私はいよいよ見ていられずに目を背けてしまう。
希望を、確かに見える希望の光を、ずっと見据えて此処まで走ってきた筈だ。
全てを剥がされた男が、最後の光として腕を伸ばした、希望という名の『遺体』。目前にまで近づけたその光を、寸での所で取り零す。

これを絶望と言わずして何と称する。
これが敗北者と言わずして何なのだ。
6,400kmもの距離を走ってきた路(ロード)の末が、この仕打ちか。
レースの主催者はこのSBRについて、こんな事を宣っていた。

『真の『失敗』とはッ! 開拓の心を忘れ! 困難に挑戦する事に“無縁のところにいる者たちの事をいうのだッ”!
 このレースに失敗なんか存在しないッ! 存在するのは冒険者だけだッ!』

馬である私の心にすら響くものがあった。しかし彼の言を借りるならば、今まさに敗北しようとしているジョニィの存在とは何なのだ?
無謀ともいえるこのレースに希望を見出して此処まで来れたジョニィは、『成功者』か『失敗者』か。

私に言わせれば……このままだとジョニィは『敗北者』で終わるだろう。
マイナスに立つこの人間の苦しむ姿を見て、どこが成功者だと言えるのか。
SBRレースが彼に齎したのは奇跡なのではない。誰しもが直面するような冷たい『現実』。

ジョニィの旅は、ジョニィは、こうしてただの凡夫として結末を迎える。
何もかも、中途半端な旅だった。



「───馬の鞍の『鐙』が発明されたのは…………11世紀だ」



今まで黙して語らなかったジャイロが、途端に口を開いた。
絶望していた主人も私も、思わずその声に導かれ顔を上げる。

「知ってるか?“なんと”11世紀! ……それまではこの体重を支える『鐙』なんてなく、人類は鞍だけで馬に乗っていたんだ。ケツだけで足をブラブラさせてな」

“導く者”ジャイロ。彼が語る内容は実に興味深く、それでいて俄かには信じ難い伝承だった。
曰く、『中世の騎士』が活用したと言われる『鐙』こそが、馬から人間の下半身へと伝わる螺旋の回転技術こそが、無敵のパワーを得ると。

「ツェペリ一族の伝承によると、それに馬のパワーを『鐙』から加える技術がある!
 お前さんがもし『鐙』に両脚を踏ん張っていられるなら……ジョニィ。もし馬から得たその『回転』エネルギーを生み出せたなら…………
 大統領の未知のスタンド能力に立ち向かえるチャンスはあるかもしれない」

「『馬』からパワーを得る…どんな回転だ? そ…その回転エネルギーでどんな事が起こるんだ?」

「オレは“チャンスがある”と言っただけだ。今の話、どこにも何ひとつ確実な事はない。
 オレは今まで一度も馬のパワーを利用して鉄球を使った事はないし、父上がやってるところを見た事もない……
 本当にそんな『回転』があるかどうか“さえ”もだ…。何ひとつわからない。ツェペリ一族の遠い先祖からの伝承に過ぎないんだ。
 ツェペリ一族は処刑執行官であって『騎兵』じゃあないんだからな」

馬からパワーを得る……伝説の『回転』……?
長く生きた私ですら聞いたことさえない伝承だ。果たしてそんなパワーとやらが本当に実在するのか……?

やってみるしかあるまい。もしもそんなモノがあったとして、ジョニィが再び立ち上がれるというのなら……
私自身のパワーを『力』としてジョニィに授け、あのヴァレンタインに打ち勝てるというのなら……

最後の最後まで、助力を惜しまん。
私は、ジョニィの……『脚』なのだからな。


512 : 鼻折れ天狗のウォーキング・スロウリィ:√0 ◆qSXL3X4ics :2017/04/25(火) 21:40:07 kB6.8hJ.0



「ジョースター家は馬乗りの家系だ」

「だから説明したッ! おそらく回せるのは『馬乗り』だけだッ!」



戦おう。私も君と共に、『ゼロ』へと目指そう。───ジョニィ・ジョースター。
私自身が『良い』と思うように走らせてくれ。
私自身が草の上を自然体で走って喜ぶように……
私自身が……この大地と空の下に生まれてきた事を……ジョニィと出逢えた事を感謝するように……


そしてこのレースを終え……歩き終えた彼がどこに到達するかを───見届けよう。


「…………ありがとう。すぐに傷の手当てをして欲しい……ジャイロ。すぐに! 傷は完治しなくても……馬に乗りたい……」


本当に驚き入る。舌を巻く思いだ、この御主人のどこまでも一貫した強固な意志と行動力は。
大ダメージを負った彼は、それでも止まらない。死ぬまで歩みを止めないのではないかとすら思えてくる。


「ぼくのスロー・ダンサー。よくぞ…ここまで走って来た、初老の馬よ……
 もう少し……あとほんの少しの間だけ、このぼくの我が侭に付き合ってくれ。ぼくに君の力を貸してくれ」


当然だ……気高き人間の男(オス)よ。
君の目指す『ゼロ』へのルート……その最後の地点へと、私が必ず導くと約束する。



   『スティール・ボール・ラン・レース』
    ――8th Stage 決戦前の出来事――

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


513 : 鼻折れ天狗のウォーキング・スロウリィ:√0 ◆qSXL3X4ics :2017/04/25(火) 21:40:37 kB6.8hJ.0
『射命丸文』
【真昼】E-4 草原




「ヒヒン! ブルッ ブルッ!」

「………………ッ!」




灰色で空白だった世界に、スロー・ダンサーの甲高い鳴き声と、蹄を蹴り上げる音だけが響き渡った。
突然なる馬の暴れる様相に、引き金を引く直前であった文は驚き、膝をくたりと崩れ折ってしまった。
まるで文の凶行を塞き止めるかのようなスロー・ダンサーの猛りに、傍で見ていたホル・ホースはギョッと目を丸くする。



「──────撃てま、せん……っ!」



両肩を抱き、膝を折って小刻みに震える文は、まるで生まれたての雛鳥が如き、か弱い存在感。
ドサリと、その小さな手の中から皇帝が音を立てて零れ落ちる。


「むり……無理です……っ! だって私は『弱い』から! 臆病だから!
 自分の吐いた『嘘』に、対価は払えないから! 決断するのが、怖いんです!
 一人で歩いて行くのが怖い! 一歩を踏み出すのが怖い! 自分の歩く道が何処に繋がっているか、それを思うとたまらなく怖い!
 自分勝手で、卑怯者だって、自分では理解してても……! それ、でも…………っ!」



「───死にたく、ない、の……っ!」



そこに居るのは、一人の少女であった。
打算に逃げず、蓑に隠れず、『死』を目前にしてしまった少女の正真正銘、偽りなき魂の叫び。

ここで初めてホル・ホースは、射命丸文という少女の本質を垣間見た気がした。
幻想郷という隔離された世界で生きてきた鴉天狗なる妖怪。社会を形成し、融通の利かない周囲に溶け込み、彼女もまた社会を形成する歯車の一部となった。
新聞記者という職もまた、彼女の自由を束縛させる大きな一因であったのかもしれない。
いつしか彼女は自分を隠して生きることが常となった。己の力を見せびらかさない種の特性も、彼女の生き方を形成する起因の一つだ。
傍目には高圧的にも見える態度の裏側に、彼女本来が持つ心の弱さが隠れていることを知る者は誰も居ない。

誰も、居なかった。
今の、今までは。


514 : 鼻折れ天狗のウォーキング・スロウリィ:√0 ◆qSXL3X4ics :2017/04/25(火) 21:41:12 kB6.8hJ.0


「……そうかい。死にたくねえかい」

「……ぅ……ぅあ……!」


泥に落ちた皇帝をゆっくりと拾い上げ、ホル・ホースは自分の意思で皇帝を消した。
これはもう必要ねえ。そんな小さな独り言が、彼の唇から零れ落ちた。



「……“死にたくねえ”。その言葉を、聞きたかったのよ」

「………………え?」

「ネタばらしすっとな、もしお前さんが引き金を引いていたなら……オレはほんの少し、軽蔑してただろう。“当たり”を引こうと引くまいと。
 さっきまでのお前さんの瞳は、死を覚悟した者の強い眼じゃねえ。死を受け入れてもいいとかいう、最低最悪な弱者の眼をしてたからな」


言われて思い返せば、震えは一層留まらない。
確かにあの時、文は「いっそ死んでもいい」などという恐ろしい諦観思念に屈していた。

「無論、見捨てようとまでは思っちゃいなかったが……そんな気持ちで生を獲得した所で、近い内にまた必ず同じような場面に遭遇するだろう。
 そんな時……死を受け入れたままのお前さんを、オレは再び見捨てねえとも限らねえ。結局の所、一番大事なのはてめえの命だからな」

男は今、言った。“再び”、と確かに。
一度目に女を見捨てた場面が彼の脳に否応なく蘇る。
男として、そんな恥ずべき告白をさせているのだろうかと文は思う。彼の最も触れられたくない過去を喋らせているのだから。

「だからこその『禊』だったのよ。たかだか6分の1での死を、それでもお前さんは受け入れられなかった。結局はな。
 “死にたくない” ……結構なことじゃねえか。誰だって死にたかねえんだ。勝てば大金が貰えるギャンブルでもねえ」

「ホル・ホースさん…………でも、私は……チルノさんを殺して……貴方も騙したりして……」

「あーあー言わなくていいってばよォ。それはもういいんだ。いや、チルノちゃんとやらには気の毒だが。
 とにかく! お前さんの中にまだ『生きたい』って気持ちが残っていることが知りたかっただけさ。
 それさえありゃあ、前には進める。一人で歩いて行くのが怖い、ってさっき言ったよな?
 だからオレが居るんじゃあねーの! もう少しよォ、男を信用しやがれってんだ」

「…………」

「遠回りしていこうじゃねえか。辿り着けるかわからねえ、何処に在るかもわからねえ『光』の道でもよォ……
 一歩ずつ歩いてきゃあ……いつかはテメエで『納得』できるゴールってのが、見えてくるっつーもんよ。……だろ?」

「…………そう、でしょうか」

ニヒルな笑みでニカッと笑い、ホル・ホースは立ち上がる。
話はこれで終いだとでも言わんばかりの姿勢で、崩れたままの文の手を取りそのまま引き上げた。


515 : 鼻折れ天狗のウォーキング・スロウリィ:√0 ◆qSXL3X4ics :2017/04/25(火) 21:41:46 kB6.8hJ.0
ふと、事の起こるキッカケの話題を文は思い出し、その疑問を投げつけてみることにした。


「そういえば、ホル・ホースさん。私がお金持ってたらどうするつもりだったんです?」

「あ〜? そりゃおめえ、護衛料よ。カネさえありゃあ、ボディーガードくらいはやってあげてもいいっつー確認さ」

「……なるほど。貴方を雇えば、私たちは『仕事の関係』ってやつになると」

「それが一番手っ取り早いオレなりの『信頼確認』の方法だったんだがね。カネが無いってんなら別の手段とるしかねーようだからなあ」


文は納得がいったと同時に、彼の人間性もよく理解できた。
カネで作り上げた信頼と、本音を吐き出して出来上がった今の自分らの信頼は、同じではない筈だ。
成る程、『禊』とはよくぞ言ったものだ。少しだが、文の中で悪い憑き物が洗浄されたような気がした。
未だ自分の中で『信念』は生まれてこない。黒白(モノクロ)の境界線に立つ、灰色の心のままだ。
それは恐らく、大別してしまえばこのホル・ホースも同じような地点にいるのではないかと思う。
彼は黒でも白でもない。挫折したりもするが、どちらにも染まらず飄々と気ままに歩く風来坊だ。

羨ましいと思う。心から。

何もかも奪われた自分は、この後どこへ歩けばいいのか。
形骸化され尽くした、外殻だけは立派なハリボテのプライドだった。一見、マイペースな流浪民のホル・ホースとはまるで逆。

天狗の鼻折れ、我らの名折れ。そこへ直れと座ることも拒絶し、だからといって立ち直れもしない。それでも右に倣うは種の性質か。
所詮、天狗社会など誰かの真似事しか出来ない倣い倣いの歴史。強者に頭を下げ、弱者の足元を見てばかり。首も疲れる一方だ。
そこを言うと、このホル・ホースなる人間は何から何まで文とは真逆だった。いや、“似て非なる”という言葉の方が適切かもしれない。
短時間の付き合いで分かったこともあるが、彼は何というか……他人を見下したりしないのだ。
自分を下げ、相手を持ち上げる。そのうえで己の力量には一定の自信を保ち、かつ相手の能力を120%引き立てる。
この「相手を尊重する」「見下さない」というのが中々どうして難しい。何しろこの幻想郷で考えれば、彼のようなタイプは人妖問わず珍しいとも言えた。
スタンド使いから見ても同じだった。およそ多くのスタンド使いは己の能力に増長し、他者を見下す傾向にある。
しかしホル・ホースはそれをしない。一番よりNo.2が彼の人生哲学なのだった。
身近な者で例えるなら……博麗の巫女、くらいではなかろうか。彼女も誰に対して平等に接し、妖怪であろうと見下したりはしなかった。
他はどいつもこいつも自分がナンバーワンだと疑っていない自信家ばかり。


「ほらとっとと行くぞ文。早く馬に乗りな」


急かすように先を進むホル・ホース。私はその時、何となく思いました。
女には優しいと宣言する彼が、6分の1とはいえそんな危ない橋を、私だけに一方的に渡らせるでしょうか?……って。


「ホル・ホースさん。……さっきの『皇帝』って───本当に弾倉の中に、『弾』はあったんですか?」


弾丸とはいえ、スタンドはスタンド。弾倉の中で消すも現すも、使い手である彼の自由。
特に確証なんてありはしないけど……彼ならきっと、万に一つも私が死ぬような弾丸なんて、残さなかったんじゃないかなって。


「あ〜〜? ンなもん、当たりめえだろーが。……さ、早く行こうぜジャイロを捜しによォ〜」


私はふと、そんな気がしたのです。



「…………ホル・ホースさんの、嘘つき」



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


516 : 鼻折れ天狗のウォーキング・スロウリィ:√0 ◆qSXL3X4ics :2017/04/25(火) 21:42:09 kB6.8hJ.0
【E-4 草原/真昼】

【射命丸文@東方風神録】
[状態]:漆黒の意思、疲労(大)、胸に銃痕(浅い)、服と前進に浅い切り傷、片翼、濡れている、牙(タスク)Act.1に覚醒?
[装備]:スローダンサー@ジョジョ第7部
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:ゼロに向かって“生きたい”。マイナスを帳消しにしたい。
1:ジャイロを探す。会って、話を聞きたい。
2:遺体を奪い返して揃え、失った『誇り』を取り戻したい。
3:ホル・ホースをもっと観察して『人間』を見極める。
4:幽々子に会ったら、参加者の魂の状態について訊いてみたい。
5:DIO、柱の男は要警戒。ヴァレンタインは殺す。
6:露伴にはもう会いたくない。
[備考]
※参戦時期は東方神霊廟以降です。
※文、ジョニィから呼び出された場所と時代、および参加者の情報を得ています。
※参加者は幻想郷の者とジョースター家に縁のある者で構成されていると考えています。
※火焔猫燐と情報を交換しました。
※ジョニィから大統領の能力の概要、SBRレースでやってきた行いについて断片的に聞いています。
※右の翼を失いました。現在は左の翼だけなので、思うように飛行も出来ません。しかし、腐っても鴉天狗。慣れればそれなりに使い物にはなるかもしれません。


【ホル・ホース@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:鼻骨折、顔面骨折、疲労(小)、濡れている
[装備]:なし
[道具]:不明支給品(確認済み)、基本支給品×2(一つは響子のもの)、スレッジハンマー(エニグマの紙に戻してある)
[思考・状況]
基本行動方針:とにかく生き残る。
1:本音を引き出せた文のために、ジャイロを探さなくっちゃあな。
2:響子を死なせたことを後悔。 最期の望みを叶えることでケリをつける。
3:響子の望み通り白蓮を探して謝る。協力して寅丸星を正気に戻す。
4:あのイカレたターミネーターみてーな軍人(シュトロハイム)とは二度と会いたくねー。
5:誰かを殺すとしても直接戦闘は極力避ける。漁父の利か暗殺を狙う。
6:使えるものは何でも利用するが、女を傷つけるのは主義に反する。とはいえ、場合によってはやむを得ない…か?
7:DIOとの接触は出来れば避けたいが、確実な勝機があれば隙を突いて殺したい。
8:あのガキ(ドッピオ)は使えそうだったが……ま、縁がなかったな。
9:大統領は敵らしい。遺体のことも気になる。教えてもらいたい。
[備考]
※参戦時期はDIOの暗殺を目論み背後から引き金を引いた直後です。
※白蓮の容姿に関して、響子から聞いた程度の知識しかありません。
※空条承太郎とは正直あまり会いたくないが、何とかして取り入ろうと考えています。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


517 : 鼻折れ天狗のウォーキング・スロウリィ:√0 ◆qSXL3X4ics :2017/04/25(火) 21:42:40 kB6.8hJ.0


ついぞ先ほど、放送とやらで我が主の名前が呼ばれた。
私の居ない所でジョニィは、死んだのだという。正直、未だに実感が湧かない。
志半ばで、といった最期だったのだろうか。およそ彼らしくもない。

ここ(幻想郷)は……嫌な匂いが漂う土地だ。野生とは無縁の環境で生きてきた騎馬である私をして、否応にも五感に語ってくる刺激臭。
“死”の匂いだ。
私はこの場所で、何を行えばいい? 誰を走らせればいい?
ロクな説明も無く、突然とこんな場所にまで連れて来られた。年齢が年齢なのだから、もう少し丁重に扱えないのか人間は。
もしや我が友ヴァルキリーもこの場所に居るのか? あのヴァレンタインなる輩に(なぜ生きている?)頭を垂れる気もしない。

そんな最中に出会ったこの小娘──人間ではないらしい──に、どこかあのジョニィの瞳と同じモノを感じた。
体が勝手に動いた、というのはもはや言い訳だ。『マイナス』にまで突き落とされた小娘の涙を見て、またも心が突き動かされたのだから。
隣にはあのジャイロにもよく似た身形のカウボーイ。陳腐な表現だが……『運命』、という力が働いているのかもしれない。

やれやれ…………射命丸文と言ったか、この女(メス)は。
元主人ほどの強靭な意志を持ち合わせているワケではなさそうだ。それが余計な老婆心を引き出してしまった。
女を乗せるのは人生で二度目だ(一度目は確かルーシー、とか言ったか)。つくづく厄介事に巻き込まれやすい性質だと、我ながら呆れ返る。
ジョニィと同じ瞳だとは言ったが、やはりこの小娘はジョニィとは違う。絶対的に、違う。

もしジョニィが彼女の立場だったなら、先の瞬間……自らの額へと引き金を引くなんてことはなかったに違いない。
あの男が自らを撃つ時は───決まって勝利への道を見出した時だけだからだ。
絶望の瞳で死を覚悟した、先ほどのこの女のような表情で撃ったりはしないだろう。……絶対にね。

…………知った風なことを言ってしまったかな。
だからここでもまた、お節介を出させてもらった。衝動的に、彼女の自傷行為を止めてしまった。
その責任の代償は、お前の行動で払ってもらいたいものだ。



「───もう一度だけ、戦おう。私が君を、『ゼロ』へと導こう。───射命丸文」



雨の降る丘で、今度こそ最後の戦いとなるであろう時を予感しながら。
私は背の上の『御主人』に、宣言した。


「え? ……ホル・ホースさん、何か言いました?」

「あん? オレは別に何も言っちゃいねーが」

「…………ブルル」


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


518 : ◆qSXL3X4ics :2017/04/25(火) 21:44:31 kB6.8hJ.0
これで「鼻折れ天狗のウォーキング・スロウリィ:√0」の投下を終了します。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
感想や指摘などあればお願いします。


519 : 名無しさん :2017/04/25(火) 23:32:23 QCXkhYx.0
投下乙。読んでて悔しいくらい面白かった。
ジョジョテイスト溢れる会話に描写がホルホの格を底上げされてて、彼が口先の男じゃない感じビンビン感じる。
彼の男として意地やら生き汚いところやら、ただ女だからと言って手を上げないワケじゃない。この部分がスゴく見たかった。
女性が半数超えてるジョ東の環境、彼が約束一つ守れないマジで舌先三寸の伊達男になりそうだったから、その部分をタッチしたのがGJと言わざるを得ない。
そして、そんなホルホ書きつつ文ホルのラストシーンもまたいい感じにぼかされてあって、たまらない。
やっぱホルホそれでいて、こういうとこは甘いんじゃないかってのもまたホルホ?なんで、中庸というか、どっちなのかを掴ませない感じ、それでいて男を見せる。そこがビビっときた。
天狗社会のしがらみに生きるあややと風来坊ホルホース、このキャラを対比させてて、関係持たせたのもニクい着眼点だ。
とにかく乙!面白かったぜ!


520 : 名無しさん :2017/04/26(水) 21:26:28 lOOcG7LIO
投下乙です

生存最優先コンビ結成
しかし、そこには確かな温かさがある


521 : ◆at2S1Rtf4A :2017/04/30(日) 01:17:12 vJvmPWc60
申し訳ありません、予約を破棄します


522 : ◆NUgm6SojO. :2017/04/30(日) 15:03:27 ZacUg69w0
よ……予約……延長します……


523 : ◆qSXL3X4ics :2017/05/01(月) 02:49:04 TcKPBfic0
フー・ファイターズ、単体予約します。

それと書き手自らの身で大変恐縮ではありますが、いくつか支援絵のようなものを描かせて頂きました。
こちらもwikiの方に掲載しておこうと思います。

ttp://iup.2ch-library.com/i/i1804577-1493573540.jpg
ttp://iup.2ch-library.com/i/i1804578-1493573540.jpg


524 : ◆qSXL3X4ics :2017/05/01(月) 02:52:26 TcKPBfic0
続き
ttp://iup.2ch-library.com/i/i1804579-1493573540.jpg
ttp://iup.2ch-library.com/i/i1804580-1493573540.jpg
ttp://iup.2ch-library.com/i/i1804581-1493573540.jpg


525 : ◆qSXL3X4ics :2017/05/01(月) 02:53:04 TcKPBfic0
続き
ttp://iup.2ch-library.com/i/i1804582-1493573540.jpg
ttp://iup.2ch-library.com/i/i1804583-1493573665.jpg
ttp://iup.2ch-library.com/i/i1804584-1493573665.jpg


526 : 名無しさん :2017/05/01(月) 02:59:39 2WoPSM9s0
乙です!
一部ホラーも入っているのがこのロワらしい。
早苗さんはそういう役回り似合うなー。


527 : 名無しさん :2017/05/01(月) 08:15:08 6nzvEbWE0
支援絵乙です!
ホラーだったりほのぼのだったり絵柄の幅広くてすげえ


528 : 名無しさん :2017/05/01(月) 16:48:20 AH37aCOA0
乙と言わざるを得ない!つーかアンタは絵も描けるんかい!すげぇすげぇちょーすげぇ!!


529 : ◆qSXL3X4ics :2017/05/08(月) 00:22:05 VpNWxDik0
投下します


530 : F.F.F.F ◆qSXL3X4ics :2017/05/08(月) 00:25:34 VpNWxDik0
『フ■・フ□イ/十■夜■夜/ターズ』
【黎明?】幻■郷?/D-■ 廃■館??/紅■館???


カチッ カチッ カチッ カチッ ───。


紅魔の館の住民達を見守るように備え付けられた、それは大きな古時計。
私がこの館で働くより遥か以前から作られた、たいそう立派な大先輩だ。


カチッ カチッ カチッ カチッ ───。


悪魔の家には多種多様な変わりダネが、日々を変わらずに過ごしている。
暴れん坊の悪魔姉妹、三度の飯より読書大好き魔女、あと役立たず門番。


カチッ カチッ カチッ カチッ ───。


そんな彼女たちの平和で安全なる生活、その管理を仰せつかった重要職。
謂わば紅魔の館を裏から操る真の主人──それがこの私、十六夜咲夜だ。


なんちゃって。


カチッ カチッ カチッ カチッ ───。


ヒマそうな私の独りボケ。その観客は目下の所、目の前の古時計だけだ。
いえ、絶賛仕事中なのだけれど。お昼を終えた後は館のお掃除タイムだ。


カチッ カチッ カチッ カチッ ───。


今の仕事にはやり甲斐を感じている。天職、と言ったら自惚れなのかも。
しかし実際問題、私が居なければこの紅魔館は瞬く間に崩壊するだろう。
ふよふよ慌しく右往左往するだけの妖精メイドも、大して有能ではない。
あのお嬢様に掃除洗濯料理は不可能だ。買い物なんて以ての外。無理ね。


今のはお嬢様には内密に。カットしてください。


カチッ カチッ カチッ カチッ ───。


古時計の音が一層虚しく静寂を刻んだ。エントランスには私だけが居た。
人々に恐怖される悪魔の家も、太陽の昇る時間帯は案外に静かなモノだ。

まるで、私だけ。この世界に生きる生物は、私だけなのだと錯覚しそう。


《お嬢様は……パチュリー様は、何処へ行ったのかしら。捜さなければ》


カチッ カチッ カチッ カチッ ───。


私の背丈の倍はあるだろう古時計に、体を宙に浮かして雑巾掛けを行う。
蓋を取り外し、埃被った内飾の隅々まで。常に完璧が私のモットーなの。


ツルッ


「あ」


妙な考え事をしていたのが災いしてか、部品を手から滑らせてしまった。
立派な装飾を施した時計盤だった。随分なウッカリだ、私らしくもない。


531 : F.F.F.F ◆qSXL3X4ics :2017/05/08(月) 00:27:16 VpNWxDik0


「──────止まりなさい」


別に声に出して言う必要など全くないけども、反射的に『能力』を発動。
時は止まる。時計も止まる。全ての運動が止まる。私以外の、何もかも。
こうして私は己の失態すらも止めるべく、静止した時計盤に腕を伸ばす。

時を止めるこの能力は、物心ついた時より既に我が手中に備わっていた。
最初は瞬き程の一瞬しか止められない、未発達で発展途上の能力だった。
しかし私が成長するにつれ、2秒、3秒と長く止められるようになった。
今では5秒……なんてものじゃない。とにかくずっと目一杯止められる。
時間が止まっているのに「何秒」だなんて変だろとお嬢様に昔言われた。


たぶん、羨ましかっただけでしょう。


カチッ カチッ カチッ カチッ ───。


「あら?」


そのとき、時計盤を受け止めようとする私の鼓膜に不可解な音が届いた。
おかしい。今は私以外の世界は凍り付いてる筈なのに。音の出所はどこ?


カチッ カチッ カチッ カチッ ───。


いや『これ』だ。止めた筈の時計の針が、私の許可無く動いているのだ。


「あ……ちょっ……!」


《ガシャアン》


時計盤が、床に落ちて壊れてしまった。細かな機械の部品が辺りに散る。
どうやら最近の過労からか、ウッカリと時間を解放してしまったらしい。
皿一枚割るのとはワケが違う。大先輩に対して酷い粗相をしてしまった。


「───ん?」


バラバラ死体と化した時計を拾おうと床に着地した時、異変に気付いた。
肌の感覚で理解(わか)る。鼓膜に届く風の擦り音で察知(かんじ)る。


時間は、動き出してなどいなかった。先とは変わらず凍り付いたままだ。


「……あれ? おかしいわね」


時間が止まったままならば、何故この時計盤はいきなり動き出したのか。
この『世界』を自由に動けるのは、自分以外には居ない。何であろうと。
だというのにコイツは、私の意識を無視して勝手に動いて、壊れたのだ。


《2時4分。時の針は其処から先へ動かないまま。永遠に動かないまま》

《咲夜の世界から零れ落ち、彼女の時を止めたまま。永遠に止めたまま》


「っ痛……! なんなの……?」


ズキリと、頭痛に襲われる。心なしか、首の辺りも何故か痒みを覚えた。
二日酔いに翻弄されるほど呑んじゃいない。なにか、身体の調子が変だ。


532 : F.F.F.F ◆qSXL3X4ics :2017/05/08(月) 00:27:48 VpNWxDik0


カチッ カチッ カチッ カチッ ───。


飛び散った古時計の針が、壊れたままに蠢きだす。怪音も止まらぬまま。
絶対に奇妙だ。だって、時計は壊れたのに。時間は止まったままなのに。
時が止まっているのに、時計は止まらず。破壊されても、針は止まらず。


まるで時の『入門者』だ。咲夜の世界に、土足の侵入者が現れたが如く。


《やっぱり変。私以外に、この世界に立ち入れる存在なんてありえない》


ツゥーー……


首筋に更なる違和感。背中がぞくっとした。おぞましい寒気に襲われた。
わけのわからない恐怖。焦りと共に私は首に手を伸ばしてみる事にした。


(あ、れ……? 腕が……いや、身体が……動か───!)


身体がまったく動かない……! まるで、時間でも止められたみたいに!
目線を下へ下げると、首筋の傷から真っ赤な血がドロドロ溢れ出ていた。


《この傷は何!? 鋭利な刃物で斬られたみたいに私の首を囲んで…!》


わからない。何も《思い出せない》! 自分の身に何が起こってるのか!


カチッ カチッ カチッ カチッ ───。


時間は止まらない。止まっているのに止まっていない、のだ。理解不能。
真っ白なエプロンドレスが朱に染まっていく様は、猟奇的な光景だった。
ドロドロドクドクと、私の身体はすぐに血塗れの人形のように固まった。


《……後、お願いします。……そのあと名前、必ず…………おしえ……》


死に体の頭にフラッシュバックする、奇妙な《記憶》が深い混乱に誘う。

……死ぬ? 私は、死んでいるの? 時間を止められないのもそのせい?


カチッ カチッ カチッ カチッ ───。


───時間が止められない、のではない。勝手に動いているのでもない。

私が、十六夜咲夜の感覚だけが、時間/世界に置いて行かれているのだ。

ひとたび止まってしまった私だけの時間は、二度と動き出すことはない。

古時計の刻む音は、私を置いて行く世界が彼方まで歩き往く足音だった。


(待っ……! 行かないでっ! 動けない……! と、止まって……!)


カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ ───。


床に崩れた二つの針が、私を嘲笑うかの様にグルグルと廻り続けている。
死骸へ果て逝く私の肉体は、ただ黙ってそれを眺めることしか出来ない。
常に動き往く『時間』という名の星々から、私だけが転げ墜ちてしまう。
腕を伸ばそうとも、屍人の肉体では動けない。星々には、届かないまま。
《紅》と《蒼》に煌く彼の星々を見上げて、自然と頬に涙が伝い、消ゆ。

嗚呼……長年、時空間を捻じ曲げて弄んだツケを今、払う時がきたのだ。
宇宙の理相手に、私如きが手を加えていいワケがなかった。因果応報だ。


カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ ───。


私は『世界』に追い付けない。私の中の『時間』は止まってしまった。
『世界』は私を置いて行く。虚ろなる私は『過去』に囚われたままだ。


《嘘っ……! そんな、私には……逢わなきゃいけない人がいるのに》


533 : F.F.F.F ◆qSXL3X4ics :2017/05/08(月) 00:28:24 VpNWxDik0
脈が止まっていた。心臓(こころ)が、時間(いのち)が、動かない。
咲夜の世界/ワタシのハリは壊れ、永遠に時間を止められたままだ。
時間に置いていかれる感覚。初めて体験する、悲しい感情だった。
すぐに目の前の光景が消えた。私は暗黒の空間に放り込まれた。
五感の内、視覚を奪われた。人が生きるのに最も重要な感覚。
次に音が消えた。外界の囀りも、己の声すらも聴こえない。
聴覚を奪われた私は、いよいよ自分の居場所を見失った。
紅魔の象徴とも言える紅茶の香り──嗅覚も消失した。
嗅ぎ慣れた筈の、我が家を漂う風。懐かしい匂いも。
味覚も無いのだろう。あの紅茶を味わう事もない。
お嬢様の好みの味を、明日から誰が淹れるのか。
最後に私の世界から、触覚が失われていった。
ここに居るという感覚。私が私である為の。
じきに何も感じなくなる。今の私は人形。
お嬢様……せめて最後に一目だけ……。
……だめ。もう意識すら消えていく。
嫌よ!怖い!誰か、誰か居ないの!
私は、まだ沢山やるべき事が…!
私の時間が、完全に止まる…!
私の針が、止まってしまう!
誰かお嬢様の力になって!
私はもう、ダメだから!
お嬢様だけじゃない!
霊夢も、承太郎も!
二人が危ないの!
喪いたくない!
お願いです!
彼女達を─
守って─
もう─
消─


















534 : F.F.F.F ◆qSXL3X4ics :2017/05/08(月) 00:29:49 VpNWxDik0


    ◯

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  ◯          ◯
     ◯                ◯





泡─
飛沫─
水泡だ─
ブクブク─
耳障りな音。
此処は何処だ。
水の中、か……?
まだ、生きている。
私はどうなったのだ。
ディエゴに敗北した後。
湖の底で気を失ったのか。
さっきの記憶は一体なんだ?
十六夜咲夜の、肉体の記憶か。
屍人でも、夢を見るのだろうか。
本来の私は、夢を見ることはない。
元々がプランクトンでしかないのだ。
先程の映像は、私にとって初めての夢。
新鮮で、不愉快で、おどろおどろしい夢。
咲夜の記憶と感情が、私の意識に介入する。
これが《人間》か。これが《十六夜咲夜》か。
咲夜の夢にしては辻褄が合わない原因は、私か。
咲夜(にんげん)とF・F(わたし)の双遺伝子。
違法フュージョンが生んだ、渾然一体の偽装遺伝子。
今、私の肉体と咲夜の記憶は更なる化学反応を見せた。
ヒトの脳とは面白いもので、時折こんな遊びを働かせる。
もっと知りたい。十六夜咲夜を、人間を、深く見ていたい。
だが屍人から得られ、観察できる情報量は極めて微々たる物。
大事なのは『未来』だ。私が覘くべき光は過去の映像には無い。
何か大切な使命があった筈。私の知性は、私の生きる証は、何だ。
咲夜の世界/わたしのハリは動き、もう一度時間を未来へ進ませる。
脈は動いていた。心臓(こころ)が、時間(いのち)が、再び流れる。




私は再び『世界』に追い付かなければならない。私の中の『時間』は、もう一度動き出す。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


535 : F.F.F.F ◆qSXL3X4ics :2017/05/08(月) 00:32:05 VpNWxDik0
『F・F』
【真昼】C-3 霧の湖 地下水道


カチッ カチッ カチッ カチッ ───。


一致率30%───
ハマらない。ハマらない。中々ハマってくれない。


カチッ カチッ カチッ カチッ ───。


一致率50%───
ハマらない。ハマらない。上手くハマってくれない。


カチッ カチッ カチッ カチッ ───。


一致率80%───
まだハマらない。綺麗にハマらない。肉体部の接合率は約95%なのに。


カチッ カチッ カチッ カチッ ───。


一致率85%───
もう少しだ。もうすこ、し。100%の合致で、私は。


カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ ───。


一致率88%───
ダメだ。現段階でこれ以上は、精神的負荷も未知数となる。クソッ


カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチッ!


一致率86%───
下がってんじゃないわよ! もういい!


536 : F.F.F.F ◆qSXL3X4ics :2017/05/08(月) 00:32:37 VpNWxDik0







「───ぶはァ! ……ハァ! ……ハ! ……はぁ……っ げほ……っ!」


仄暗い水の底へと、その新生物は叩き落された。

身形だけを述べるなら、その者の名は『十六夜咲夜』と答えることが正解だろう。
しかし今の彼ら/彼女らという多数的存在にとって、『名前』とは等しく重要だ。
十六夜咲夜/フー・ファイターズ/F・F……どれもが彼ら/彼女らの証となる、大切な生の証明。
ゆえに少女の形を作ったその存在を咲夜と呼ぶことは、完全なる正解ではない。
不定形のピースを探し当て、正解の存在しないパズルを作るような、あてどない問い。
そこにピースを嵌め込む本人の意志を介在させるのならば……暫定的にも『彼女』の名は───『F・F』である。
自我知性の消滅危機からやや強引に掬い上げてくれた少女──博麗霊夢から与えられた新しい名前と存在理由だ。


F・F/フー・ファイターズ/Foo Fighters/Who? Fighters。


“彼女達”は誰なのか?
“彼女達”は誰が為に戦うのか?
“彼女達”は誰と戦う運命にあるのか?

“彼女”はF・F。多数の意思が一個に結した人間モドキ。
“彼女”は己が為に戦う。己が存在意義を守る為、キッカケを与えてくれた霊夢と承太郎は何としても守り通す。
“彼女”は自身の運命をまだ知らない。しかし己が運命に影を落とす敵に対しては、容赦なく殺戮を選ぶ。


支配戦争の末に、敗北を喫した。
敵の名は『ディエゴ・ブランドー』と『霍青娥』。
何としても勝たねばならない戦いだった。敗北は、霊夢たちをより確実な死淵へと近づける。
それはF・F自身の死と同義。生物の最も忌避する頂……その到達点に至ることは、F・Fにとっては少なくともまだ早すぎるのだ。

だが───太古の王『恐竜“ダイナゾー”』。
ヤツの圧倒的支配力に、人へ成り損なったプランクトンの群など、土台勝てるわけがなかった。
ミクロ大戦には完敗。本体の頭部はもぎ取られ、“殻”と共に湖底深くまで沈められたのだ。

底へ、底へ、仄暗き水の底へ。
僅かに通っていた湖底の穴に吸い込まれ、いつしか落ちてきたこの場は『地下水道』。
ディエゴに敗北したF・Fは意識喪失の最中、一緒に流れ着いた“彼女”の殻と接触できた。
必要なのは地上を自由に歩き回れる肉体だ。所詮は水棲生物である本体では、逃がした霊夢たちを追い掛けることすら難しい。
無意識下であったが、F・Fはすぐさまに十六夜咲夜との融合を図った。

カチ、カチと、複雑怪奇なパズルにでも挑戦しているかのようだった。
咲夜の肉体・記憶と共にF・F本体との完璧な合致を目指したが、結果から言うとこれでは完全と言えない。
相当の無茶をしただろうが、精々が咲夜との合致率85%止まり。これ以上の結合には時間を要するだろう。
最初に咲夜と融合した時も完璧ではなかった。それ故に途中、時間停止を覚醒させた時も元の持ち主と違い、0.5秒が限界だった。

壊れてバラバラに散った職人時計を、素人の手で復元するようなものだ。
どれが短針でどれが長針なのか。人間でいう動脈と静脈のように、針は時間(いのち)を運ぶ部位。
数多ある部品の中からそれらを探し当てるには、『十六夜咲夜』という、元在る儘の完全なる時計をもっと知る必要がある。

『時』を『計』る少女──咲夜。
彼女を量るのに、要すべきはやはり『時間』だ。
朽ちた彼女の記憶を探り、最善を目指せばいずれは100%の合致率を図れる。
もし次に、あのDIOのような男が現れれば……現状のF・Fでは再び敗北するだろう。

そうなる前に、どこかで糧を得なければ。


537 : F.F.F.F ◆qSXL3X4ics :2017/05/08(月) 00:33:04 VpNWxDik0




「はあ……! はあ……! はあ……! こ、ここは……何処なの?」


天井隅に備え付けられた電灯がチカチカと鳴り、濡れそぼった自らを眺め回してまずは安堵する。
戦いの舞台が水中間際であったことが幸いし、千切れ飛んだ本体の修復はそう難儀なことではなかった。
だが安堵の後にこそ、状況の把握を完了した気の緩みにこそ、次の絶望が自覚を伴ってやって来る。

どうやらこの場所は地下らしい。果たしてどこから流れ着いたのか、ざっと周りを見渡しても地上への入り口らしき物は見当たらない。
下水道のような場所だった。第一回放送時に主催が「地下に面白い物がある」と言っていたが、この地下空間のことだったのか。
周囲に誰も居ない。敗けたのだ、私は。ディエゴ・ブランドー達に敗北し、こんな薄暗い地下の穴倉にまで叩き落されてきた。
敗北したこと、それ自体は大した問題にもならない。問題は奴らの、霊夢たちへの追撃を許してしまったことにある。
霊夢も承太郎も、瀕死の瀕死だ。そこを狙われてはひとたまりもないだろう。

「……諏訪子は!? こ、小傘……生きてる!? 返事して!」

あの戦いの直前、彼女達の体内に忍び込ませた自身の分身。極小の個体といえど、意志の疎通や会話程度なら可能な筈だが。
……返答はない。良い方向に考えるのなら、距離が離れすぎたことが原因だが……最悪───二人共殺されている。
付喪神の小傘はともかく、諏訪子はあれでも祟り神ミシャグジを支配する強力な神の部類だ。
そんな彼女をたかだか二兵の武力で下したというのなら、敵は想像以上に曲者。
途端にF・Fの顔から血の気が引いていく。霊夢たちの惨殺された姿が、否応に脳裏に浮かんできてしまう。

「そ、そうだ……今何時なの!? 確か、そろそろ『放送時刻』が迫ってきてた筈だけど……!」

如何な時間を操る咲夜の肉体といえど、体内時計に関しては自信もない。
今が12時を過ぎているのなら放送はとうに終了している筈であり、残念ながらF・Fには放送の記憶など全く頭に残っていない。
らしくなく慌てて周囲を見渡し、彼女にとっては幸運なことにデイパックが水浸しの状態で発見された。
気絶したF・Fと一緒に流れてきたのだろう。これに関しては全く運が良かったと言わざるを得ない。


……懐中電灯。
ダメだ、完全にイカレている。これはもう使えない。

……食料。
泥水まみれのふやけたおにぎりで良ければ食べられなくもない。どっちにしろ私には不要だけど。

……地図。
これも酷い状態だ。ぐちゃぐちゃに破けてとても地図の体を成せていない。破棄決定。

……コンパス。
これは無事だった。もっとも、ここが何処だか分からない地下である以上、あまり意味はないかも。

……支給品。
ナイフやジャンクスタンドDISCも全て無事だった。参加者の命運を握る命綱だが、今必要なのはこれではない。

……ビニールパック?
こんな物がデイパックに紛れていたのか。雨が降っても中身はこれで大丈夫などという、主催共の気遣いだろうか。だったら早く言え。

……あった、時計!


「って壊れてるじゃない! もうっ!!」


538 : F.F.F.F ◆qSXL3X4ics :2017/05/08(月) 00:33:41 VpNWxDik0

予想できていたオチだったが、やはりF・Fの癪に障るだけの結果に終わってしまった。
雨曝しのようにすっかり雫を滴らせる簡素な丸時計が伝えるのは、時報ではなく絶望だ。何しろ時間が分からなければ放送の有無すら知れないし、何といっても普通に不便だ。
自分は今、どれだけの時間を無防備に寝ていたのか? この座視した刻の分だけ、霊夢たちは三途の川を漕いでいるかも分からないのに。
癇癪を起こした子供のようにF・Fは、機能を失った時計を踏み潰して水道へ蹴り飛ばした。
壊れた針は『12時』より前を指していた。戦いの衝撃か防水加工を施されてなかったかは知らないが、少なくとも自分の感覚から言って現在はとっくに正午を過ぎているだろう。

放送を聞き逃したことはF・Fにとって相当痛い。全参加者にもたらされる平等な情報アドバンテージを、自ら閉ざしてしまったのだ。
死者の発表とやらで、霊夢や承太郎、諏訪子やジョルノらの名が呼ばれたかどうか。それを知ると知らないのでは天地の差だ。
禁止エリアのこともある。自分が生きている以上、精々分かるのはここが禁止エリアではないということくらいだ。
北か南か、東か西か。一歩エリアの外に出ればドカンという事態にだけは遭遇したくない。そもそもここがどのエリアかも分かっていない。
───実際の禁止エリアはC-2でありここよりすぐ真上の区域なので、実はF・Fは本当に危険な状況なのだが。


「…………いえ、そういえば……そうだったわね」


突然に、何事か明瞭不明の言葉を吹き出すF・F。表情を作るは、先とは打って変わって至極冷静な貌だ。
契約があった。霊夢たちと行動を共にするのは『6時間』だけだったという、確かそんな口約束。
元々強制に、なし崩し的に乗せられた口車。共倒れになるのは、命の恩人といえど割には合わない。
正午までなのだ、此度の契りは。彼女達とはぐれた以上、身を粉にしてまで尽くす必要性は最早どこにも無くなった。
命の恩人、とは言うが、そもそも火の粉を降り掛けたのは霊夢だ。向こうが黒炭にし掛けておきながら急に殺すのは止めた、と助けられた末に恩人などと言い出す輩が居たなら、そいつはまさしくプランクトン並みの知性だ。
尤も、彼女とのいざこざに於ける火の元、つまり最初に仕掛けたのは紛うことなきF・Fなので、その辺を突かれると痛い。実際、霊夢にはそこを突かれて結果強引に契約させられたのだが。

つまりは約束の6時間が過ぎた以上、彼女は『自由』を得たということだ。


「自由…………か」


サアサアと水の流れる音と、私の呟きのみが空間に響き、この暗く長いトンネルを奥底まで流れていった。
独りだ。私は今、たった独りで此処に立っている。
ホワイトスネイクにいい様に命じられ、たった独りでDISCの護衛のみを遂行してきたあの日々に戻るだけ。
いい社会見学になった。随分と刺激も強かったが、それだけで私が生まれた意味もあったように思う。
霊夢と承太郎の安否は気になるが、ジョルノという少年に全てを任せよう。無責任のように思えるが、生物の本能として危険を回避するのは当たり前の判断ではないだろうか。
何より重要視するべきは、私自身の『知性』が喪われることだ。私という宇宙空間に生まれた、知性という小さな感情──記憶──そんな産物が容易く崩される。
真に危惧するべきは、そんな事態だ。

霊夢と承太郎が喪われるのは恐ろしい。
しかしそれと同じくらい、『自分』の知性が喪われるのも恐ろしいのだ。

天秤が揺れる。
心が揺れる。
合理化を図り、秤を量るは己の実体験ばかり。
過去の蓄積あっての未来だ。


「………………やはりDISCかしら、今は」


DISC。それがF・Fに与えられた初めての使命であり、生きる意味といえた。
奪われたであろうそれらの円盤を奪い返す。元を辿れば、絞り込む目的など最初からそれ一つではないか。
何を呑気に人間ごっこなど。
こうして敗北を経験し冷静になった頭で、F・Fはごくシンプルな原点に立ち返る。
散りばめられたヒントは虚無に等しいが、一枚一枚せっせとDISCを探して集めるか……最悪、霊夢たちが手遅れであった場合はゲーム優勝を狙うか。


539 : F.F.F.F ◆qSXL3X4ics :2017/05/08(月) 00:34:36 VpNWxDik0



「──────時よ、止まりなさい」



キィ──ン……


F・Fが念じると同時、流水が氷河のように固まり、そして間もなく音を逆立て流れ出した。

「……まだ、1秒か」

咲夜本人やDIOのような時間停止、その模倣を行使してみた。が、紅魔での戦いの時とあまり変わらず上達の気配を見せない。
咲夜との融合一致率85%では、やはり雀の涙の如きか細い模倣だ。
練習ではなく、実戦の中で経験値を積む必要がある。相手も時止め操作術を持つなら上達も早かろうが、参加者の中に時間能力者がそう何人も居るとは思えない。

猶予う時間の中、十六夜の模倣に誘うは、己が自惚れにいざ酔う弱きココロ。
強靭な使命を精神に掲げ困難に立ち向かわなければ、時は永遠に進まない。
ここで燻っていても、私の時間(いのち)は止まったまま。
針(あし)を進めるには、命(じかん)を得るには、何処かの場所で糧を得る。

そうでなかったら、私の時間は永遠に壊れた古時計のまんまだ。
私は再び『世界』に追い付かなければならない。私の中の『時間』は、もう一度動き出す。



カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ ───。



下水道に投げ捨てた筈の時計の刻音が、幻聴のように私の頭を支配しだす。
実際、これは幻聴でしかない。私の中の世界に揺蕩う、唯一無二の絶対時間。
しっとりと濡れたメイド服の上からそっと手を当てると、其処には確かな時間が途切れることなく流れ続けている。
これは脈の流れる心音。心臓(こころ)が、時間(いのち)が、咲夜の世界に生み出す幻想の響。


トクン トクン トクン トクン トクン トクン ───。


かつての私にはなかった、安らぎの音楽。
人間が行う細胞分裂の回数は限界がある。細胞は不死などではなく、ある程度の回数をこなすとやがて限界を迎え天寿を全うする。
私の持つ知性の記憶にそんな説があったが、これを『ヘイフリック限界仮説』というらしい。
身体の部位によって細胞分裂の理屈も違ってくるので、今日では寿命と単純に繋げられる論ではないが、どんな物にも限界は来るということだ。

無限など、夢のまた夢。
最果てに向かって万物は歩いているというのなら、この胸の心臓が起こす鼓動もまた、有限だ。
有限だからこそ、この鼓動は幽玄なる調べ。永遠など、ヒトの身にはおこがましい。

産声を上げ続けるこの鼓動にも、限界が定められているのだろうか。
だとすればそれは天命。
人間は、生まれ落ちたその瞬間には既に寿命が決定されている。
あるいは宇宙が誕生した瞬間にはもう決まっている、と。そんな説もこの世には存在する。
オカルト的な話がしたいのではない。宇宙論など持ち出すには、今の状況はやや切羽詰りすぎている。

『寿命』と『運命』では、意味がまるで異なる、という話だ。
ヒト、あるいはモノの『寿命』とは予め決められており、変更させることは基本的に不可能だ。
対して『運命』。これは人の人生に於ける巡り合わせをいう。
行動や信念、立ち振る舞いによって、運命は変わる。変えることが出来るのだ。
寿命が先天的な終焉の日を示すなら、運命の終焉とは後天的に変えることが出来る。


───運命を変える。口に出すのは容易いが、並大抵のことではないのだと、私は思う。
───どこかのお嬢様は「そんな程度の能力は容易いものだ」と、軽く鼻で笑うけども。


トクン トクン トクン トクン トクン トクン ───。


絶え間なく、けれども一定だ。
十六夜咲夜の鼓動は、寿命は、今もなお生を証明している。
とっくに死に絶えているクセに。
寿命など、とうに迎え切ったクセに。
運命に敗北したクセに。
往生際悪く、抗っているのだ。この少女の残滓は。

何の為だろう。
私は静かになった頭で、『十六夜咲夜』を考える。
記憶が教えてくれている。
レミリア・スカーレット。少女の主となる、吸血鬼だ。
よほど主人が気に掛かるのだろう。気を抜けば、私(F・F)が少女(咲夜)の意識に喰われかねないほどだ。

主の為。従者の誇りを護る為。
己の為であり、護るべき者の為でもある。
どちらが欠けても矛盾の生じる、二つの信念。それら纏まった全てが『十六夜咲夜』。
そして私(F・F)自身の心が、彼女の信念を取り込んでいる。
私からすればレミリアなど虚構の像。そこに矜持の入り込む隙間など、在るわけがない。
一心同体、ならぬ異心同体だ。取り込んだとはいえ、あくまで私は私であり、咲夜は咲夜なのだ。

だが、咲夜の強靭な忠心……そこから学べる事柄は莫大なる量。
ただ陸用の足として彼女に寄生したのではない。全く、これは『運命』と言い換えたっていいかもしれない。
これも縁だ。彼女の途切れた運命の糸は、私が紡ぎ直せる。

それはもはや十六夜咲夜とは言えないかもしれない。新しい私───霊夢から与えられた『F・F』という名が歩き出す、第二の運命なのだ。


540 : F.F.F.F ◆qSXL3X4ics :2017/05/08(月) 00:35:20 VpNWxDik0


「私が……私自身として、成さねばならないこと…………」


虚空に消えた、自らへの問い掛け。
咲夜には感謝しなければならない。そしてきっと、これからも世話になる。
内に残る、彼女の“我”の残滓など、所詮は些末な不確定要素に過ぎない。


だが、不確定だからこそ……彼女が最期まで人間として幕閉じたからこそ……

揺さ振られるべきは、我が『心』───!
人間にも満たぬ、極小の『感情』───!


こんなにも馬鹿げて、素敵で、面白い!! そんな『十六夜咲夜』を“受け入れて”──────!



「──────ええええええええええええいッ!!!!」



      ゴ ン ッ !



気でも触れたように、咲夜の形を取ったF・Fが突如奇行を始めた。
額にツツーと流れる、紅い線。ジンジンと、痛覚に“よく似た”信号が、少女の感覚を通してF・F内部にも伝わってくる。
自らをコンクリート壁に打ち付けた痛みは、例え一時でも歪んだF・Fの心の迷い。その代償だ。



「──────受け入れた上で、私は先へ進むわ。……少し臆したけど───もう、猶予(いざよ)わない」


やはりジョルノに誓った言葉を嘘にはしたくない。
何度倒されようと、何度殺されようと……心に浮かぶ『二人分』の感情が消えぬ限り、我が存在は滅しない。
擬似的に人間の心を手に入れた今こそ、我が『感情』の為に翔ける時ではないのか?

DISCなど、もうどうだっていい。使命など知ったことか。
暗雲は切り払った。十六夜咲夜の心に残った『人間』としての誇りが、私を再び前へ向かせる。
私は新たに、私自身へ使命を与える。
『契約の6時間』は過ぎ去った。自らを縛る縄が解き放たれた今、真の意味で私は自由を得た。
此処から先、自由の身となったからには、勝手に行動をさせてもらうとしよう。


「私へ『命』を与えてくれた霊夢と承太郎に───今度こそ、殉じましょう。尽くしましょう。護りましょう」


己の天秤。
F・Fに与えられた『理屈』と『感情』という名の、両の秤。
敗北の味を知り、支配に負けた結果、『理屈』に傾きかけていた、その天秤が。

この瞬間……ゆらりと釣り合った。


「ありがとうございます、咲夜。貴方の持つ、立派な『時計』……今しばらくお借りしますわ」


少女の壊れた古時計は、それでも音を鳴らし続ける。
針なら、自分自身が補えばいい。
時を進めるには、長針/F・Fと、短針/咲夜の、両針/両心/良心が揃えば事足りる。

人は天秤が釣り合わねば、心が動かされたりはしない。
浮いた『感情』の秤皿に、ヒトの心という分銅を乗せたその腕は……今は歩みを止めてしまった、完全で瀟洒なメイドの……その虚像。
ちょっぴり手助けは貰ったけども、これで天秤は綺麗に釣り合った。


「霊夢も承太郎も……きっとまだ『生きている』ッ! 此処より先は、私自身への『命令』で動かせてもらうわ!」


実に、実にシンプルな想いが、彼女の……或いは彼女達の行動理念を矯正した。
喪いたくない。
それだけの、感情。
今はまだ正体の掴めぬその感情───『愛』が、F・Fを疾走させた。
行動や信念によって、運命は変えることが出来るのなら。


「今、虚空に霧散しようとしている霊夢たちの運命は、私が変えなければッ!」


541 : F.F.F.F ◆qSXL3X4ics :2017/05/08(月) 00:36:00 VpNWxDik0

早く。早く。F・Fは決死の感情を振り撒きながら地下水道を駆けた。
もう他人任せにしてはいられない。そのせいで、犠牲も出てしまった。
今は亡き十六夜咲夜もフー・ファイターズも、かつては主から命令を下されるがままの存在だった。
二人の心が合わさり『F・F』へと進化を経た今では、全てが彼辺此辺(あべこべ)。
命令を下すのは、猶予わない己側であり、我の芽生えが感情の花を返り咲かせる。


もしも霊夢たちの『運命』という名の時計が、今際の寿命を迎えようと針を進めているのなら。


(そんなフザけた運命など、この私が時計盤ごと完全に止めてやる! 叩き壊してやる!)


自〝身〟とは向き合った。
決〝心〟も完了させた。
忠〝信〟も自覚した。
指〝針〟も決めた。
前〝進〟だけだ。

自ラ決メタ、忠ナル指ヲ前ヘ。
ワガ身心ヲ信ジ、針ヲ進メヨ。

(それら全てが、私の〝真〟なる〝芯〟なのだと、そう思う)

後はもう、本当にそれだけ。
最後に私が前進する方向を決めるのは、方位磁石の羅針だけだ。
水害の災から生き残ったコンパスをグッと力強く、手の中に握りこんだ。
北。南。東。西。
四肢に伸びた下水道の彼方。ルートは四つ。信じるは勘。
鬼が出ても蛇が出ても、玄武でも朱雀でも青龍でも白虎でも。
四〝神〟だろうが何だろうが、我が道を遮るのであれば容赦はしない。〝死ん〟でしまえ。
林檎を齧り、永い眠りの夢に就くだけの〝シン〟デレラ役は、もう御免だ。
眠りを貪ったまま、寝穢く不完全な屍のままの咲夜を許さないのは、私を介して感じる咲夜本人の感情。


「お願い……無事でいて! 霊夢! 承太郎!」


他人に敷かれた運命の絨毯を、見守るだけの人生だった。
今度は、今よりは、自ら絨毯を広げ、踏み抜く時だ。
今日、この時を以て、F・Fの最初で最後の物語が始まる。

それは儚い、最後の幻想(ファンタジー)のように。
幾重もの時の隔たりを越えて召喚された、彼女自身が紡ぐのだ。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


542 : F.F.F.F ◆qSXL3X4ics :2017/05/08(月) 00:38:13 VpNWxDik0
【真昼】C-3 霧の湖 地下水道

【フー・ファイターズ@第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:十六夜咲夜と融合中、体力消費(中)
[装備]:DIOのナイフ×11、本体のスタンドDISCと記憶DISC、洩矢諏訪子の鉄輪
[道具]:ジャンクスタンドDISCセット2
[思考・状況]
基本行動方針:霊夢と承太郎を護る。
1:霊夢たちはきっと生きている! まずは捜し出す!
2:参加者の誰かに会い、放送の内容を訊きたい。
3:レミリアに会う?
4:墓場への移動は一先ず保留。
5:空条徐倫とエルメェスと遭遇したら決着を付ける?
6:『聖なる遺体』と大統領のハンカチを回収し、大統領に届ける。
[備考]
※参戦時期は徐倫に水を掛けられる直前です
※能力制限は現状、分身は本体から5〜10メートル以上離れられないのと、プランクトンの大量増殖は水とは別にスタンドパワーを消費します。
※ファニー・ヴァレンタインから、ジョニィ、ジャイロ、リンゴォ、ディエゴの情報を得ました。
※咲夜の能力である『時間停止』を認識しています。現在1秒だけ時を止められます。
※基本支給品の懐中電灯、食料、地図、時計など殆どの物が破棄され、地下水道に流されました。
※第二回放送の内容を聴いていません。


○支給品説明

<洩矢諏訪子の鉄輪@現地調達>
洩矢諏訪子の神力で生み出された鉄の輪っか。
前にこの輪っかは何なのかと訊いてみたら「フラフープ」という答えが返ってきた。
土着神凄いな。(霧雨魔理沙談)


543 : ◆qSXL3X4ics :2017/05/08(月) 00:41:08 VpNWxDik0
これで「F.F.F.F」の投下を終了します。
完全に今気付いたのですが、諏訪子の鉄輪を拾うくだりが完全に抜けていたのでwiki掲載の際に加筆しておきます。

次にディアボロの単体予約をします。
これは自己リレーになってしまいますので、他の書き手さんで取りたい方がいればお譲りします


544 : ◆NUgm6SojO. :2017/05/08(月) 19:19:27 0IEpSAx20
投下お疲れ様です。
『咲夜の世界』のくだりは、咲夜の意識が沈んでいく描写に、FFの意識が浮かんでくる描写。どちらもssひとつでここまで表現できるものかと感銘を受けました。
プロの歌手のようにテンポよく言葉のリズムを刻み、プロのラッパーのように心地よく韻を踏んでいる文章は、まさに大文豪のようなスゴ味を感じられました。


かなり連絡が遅れましたが予約を破棄させていただきます……本当に申し訳ございません


545 : ◆BYQTTBZ5rg :2017/05/14(日) 20:46:27 GmOWwcV.0
文章の視覚的効果?が面白いですね。言葉選びも、センスを感じる。
自分はそういうのは思いついても、やり遂げる自信はないなぁ。
なんか、無難に終わってしまう。

あと、予約します。
レミリア、パチュリー、教授、けーね、露伴、ぬえ、吉良を。


546 : ◆qSXL3X4ics :2017/05/14(日) 23:35:22 Crg0Sfg20
投下します


547 : DIAVOLO ◆qSXL3X4ics :2017/05/14(日) 23:37:20 Crg0Sfg20
『ディアボロ』
【真昼】C-2 地下道


日に四回行われる、参加者らにとって強力な方針材料と成り得る『放送』は、言うまでもなく重大な情報ソースだ。
全90人──現時点では実に50余りの人数だが、各々の放送によるリアクションなど百人百様、千差万別である。

人間──それは『波紋戦士』であったり、『巫女』であったり、『学生』であったり、『ギャング』であったり、『殺人鬼』であったり。
人外──それは『吸血鬼』であったり、『天狗』であったり、『魔女』であったり、『蓬莱人』であったり、『仙人』であったり。
また或いは『神』であったり、『闇の一族』であったりと、人妖入り乱れる異種格闘技会場にて、様々な参加者が各々の反応を示す。

家族を喪い、『悲哀』に暮れる者。
因縁の存命を、『忌わしげ』に思う者。
仲間と支え合い、新たに『志』を立てる者。

中には放送どころではない渦中に溺れる者もいるだろうが、藁をも掴む気持ちで有利に立とうとする精神が無ければ溺没するのが常だ。
『絶望』か『希望』──恐らく多くの参加者にとっては絶望に類する情報が多数を占める放送だが。


しかし、全参加者の中でも断トツ、特一等級の『困惑』をもたらされた者は……この男だろうか。



「………………どういう、意味だ?」



大ギャング組織『パッショーネ』トップに君臨する人間『ディアボロ』。
彼は──その容姿から『彼』と称するべきかは曖昧な線だが──大きく困惑していた。
地獄の拷問部屋で鞭打たれる痛覚に耐えること数時間。ようやく振りに解放され、この世で唯一の『肉親』を殺し、その器を乗っ取った。
信頼を置いていた『繋がり』を一旦は切り離し、地下に潜り休息場を探し続け、たかが数分が経った頃だった。


───『やあ、久し振りだね……参加者の諸君。第一回目の放送時と変わらず、荒木飛呂彦だ』


定時放送の襲来。頭痛に苛まれていてウッカリしていたが、そういえば私は第一回放送の内容すらも知らなかった。
薄暗いトンネルの壁に寄り添い、すかさず荷を物色。これはトリッシュのデイパックであるが、どうやら参加者名簿含む基本的な支給品は一通り揃っているようだ。
一度目の放送時に死んだ者、禁止エリア、全てが見落とし無くメモされている。ブチャラティチームの下っ端のカス、満月下の日本屋敷で殺してやった金髪の小娘も落ちている。
まずまずの中途結果に満足する間もなく、第二回放送で死んだ参加者の名前が読み上げられてきた。


『ブローノ・ブチャラティ』
これは朗報だ。この先、確実に我が障害となるだろう男の死。思わず握り拳を作ったほどだ。

『トリッシュ・ウナ』
呼ばれて当然。自ら殺した女であり、その肉体は今、我が器となって歩き回っているのだから。

『ディアボロ』
そう。そして最後に私の名前が呼ばれ、この悪趣味な点鬼簿はピリオドを…………………………




「……………………ディア、ぼろ?」




つい流れで、自分の名の横に『×』の印を付けかけ……半端な形で押し留めた。
死者の読み上げはそこでひとまず終えられ、荒木の放送は禁止エリアの発表に差し掛かる。
そんなことは今の私の頭に入ってこない。一つだけ、明らかに意味不明な情報が特大の爆弾を引っ提げて投下されたのだから。
聞き間違いだと思いたい。その男が放送で名を呼ばれるなど、本来は“あってはならない”ことだ。


548 : DIAVOLO ◆qSXL3X4ics :2017/05/14(日) 23:38:35 Crg0Sfg20


「お、おい荒木とやら!! 今……いま、誰の名を言ったんだッ!? ディアボロだとッ!」


ジメジメした湿気臭い地下トンネルに、変声期も経てない年頃の少女の猛る大声が張り叫ばれた。
本来は音楽のようにすべすべした調子の綺麗な声も、その凄みでは台無しだ。もっとも、“本当の本来”であった筈のディアボロの圧の掛かった声も、その甲高い声帯では更に台無しであった。
自らの喉奥から発せられる、自らでない声帯の差異に違和感を抱いている場合ではない。
彼はいつもの調子も忘れ、届くわけのない叫びを何処に居るやも分からぬ主催向かって高らかに叫んだ。
この瞬間ばかりは、どの参加者よりも困惑をもたらされた彼からすれば仕方のない事態であったと言える。


当たり前だ。たった今呼ばれた『死者』の名、ディアボロとは他ならぬ彼自身だ。


「このオレをおちょくっているのか……? しかし、そうでないとすれば…………」


考えられる可能性に及ばないわけではない。
自身の名が呼ばれるという、普通ではありえない現象。その原因たる出来事に半ば“心当たり”が無いでもなかった。
ワケのわからない冷や汗は無視し、落としていた腰をゆっくりと浮かせ、華奢となってしまった『己』の身体をもう一度、眺める。

間違いなく我が娘だ。『乗っ取り』は滞りなく、完全に成功している。
立ち上がってみれば、いつもの己の肉体と比べて随分目線が下にあると実感できる。身長差を考えれば当然だが、まだ慣れない。
女の身体を扱うことに未だ不便を感じるが、身体能力の男女差についてはじき慣れるだろう。スタンドがその溝を埋めてくれる筈だ。

さて視線を下に下げると、否応に視界へと侵入してくるは、まずは張りがある双つの……年齢にしては豊満と言って差し支えない丘陵だ。
自然に手がその双丘に誘われ、少し上品なスプーン菓子……例えばパンナコッタのような手触りの良さを指先で感じ掬う。
といっても別段やましい気持ちゆえの行為ではなく──誓って、反射現象だ。性などが反転すれば、男女関係なくこのような行動に出ることと思う。ましてや正真正銘の娘なのだ。
はて、誰に言い訳しているのか。どこか慌てながら私は、グレープフルーツのような大きさと形を模した二つの果実から手を離す。
間違っても我が子の成長結果を評価しているワケではないと前置きするが、プロポーションに申し分ある所はない。不満があるなら、この寄せて上げるタイプの下着──つまりブラジャーだが、これが結構カユイ。
無論、邪魔だからといって取り外すなどということは御法度だろう。あまり考えたくはないが、これから一生を女の身体で生きるのだ。
これも今の内に精々慣れておく必要がある。……自分で言っててなんとも言えない気持ちになるが。

次に手を見る。綺麗なものだった。爪はよく磨かれ手入れされているし、何処のメーカーかは知らんがマニキュアも塗られているようだ。
この殺し合いによる激しい戦闘での“爪”痕か。荒々しく剥げかけてはいるも、赤くマニキュアされた爪先はこの暗がりの地下でも仄かに艶を放って見える。
誰か気になる男がいてもおかしくない年頃だ…………と、『普通』の父親なら娘に対し、そんな感情も持つかもしれない。

生憎と、私はトリッシュに対し、一片もそんな人間的な感情など浮き出てこない。
娘ではある、が……こんな小娘、私にとっては本当に邪魔でしかなかった。愛する肉親だなどと思えた試しもないし、そもそもトリッシュの存在を知ったのはつい最近だ。

そこに愛情なんか、存在しない。

「…………確かに。何度見回しても、どれだけ睨みつけても、オレの肉体は今───トリッシュだ」

改めて観察を終えた所で、ディアボロは己が置かれた状況を噛み締める。


───放送で『ディアボロ』の名が呼ばれたという事実を、果たしてどう受け取るべきか?


『ディアボロ』は、生きている。死したトリッシュの器の内奥に潜む我が精神こそが『ディアボロ』であり、生の証明など今更必要ではない。
しかし……この肉体はあくまで『トリッシュ』であり、『ディアボロ』の肉体自体は『ドッピオ』へと変換され、地上に置いて来た。
肉体的には確かに『死亡』した……と言い換えられるかもしれない。タイミングを考えれば、放送で呼ばれた理由はそれしか在り得ない。


549 : DIAVOLO ◆qSXL3X4ics :2017/05/14(日) 23:39:43 Crg0Sfg20

「じゃあ奴らは……オレのことを今現在、死んでいるものだと考えているのか?」

だとすれば随分とお粗末な監視体制だと言わざるを得ない。一体何をもって参加者全員の生死を判断しているのかは定かではないが、大方頭の中の爆弾とやらに秘密があるのだろう。

「…………いや、待て!? まて、待てよ……? 爆弾…………爆弾だと!」

唐突に、荷物の中を再び物色し始める。確か、参加時点で基本的なルールメモのような用紙が配られていた筈だが……

「………………あった。これだ……!」


『・脳の爆発以外の要因で死亡した場合、以降爆発することはない。誘爆もなし』


とっくに忘れかけていた事項だ。この項目の意味するところはつまり、どういうことか。

「主催共の放送が嘘のない『真実』としたなら……オレは今、奴らからは『死んでいる』と思われている、筈だ」

実際ディアボロ本人がこうして生きて狼狽している以上、あの放送は真実ではないと言える。
だがこの場でそのような揚げ足取りはどうでもよい。その『真実』を知る者は本人と、トリッシュ殺害の現場に居合わせたあのカス共だけだ。

主催は今、ディアボロが生き延びている事を『知らない』。たかが12時間ぽっちも生きられなかった雑魚だと思い込んでいる。
そしてメモがぬかすこの項目を信じるのなら。


「───オレの頭にあるとかいう『爆弾』は……今、どうなっているのだ……?」


死者の爆弾は以降、爆発することはない。

  以降 爆発することはない。

    ばくはつ することはない。





     ───爆弾解除、成功───





「──────ッ!! ば、バカな…………ッ!!」


思わず壁まで後ずさり、後頭部を打ち付ける。
脳裏を過ぎった、あまりにも不確かで、馬鹿げた最終判決。
こんなフザけた事態、信じる方がどうかしている。主催におちょくられていると考える方が断然に現実味がある。
トリッシュの肉体に潜り込んだ行為は謂わば仕方無しに、やむを得ない結果として行ったギャンブルであり。
そしてたまたま成功した、というだけの、完全に『運が良かった』としか言えないような大博打に勝った話である。

ウサギ女の攻撃が強烈過ぎました。
仕方ないのでイチかバチか、娘を殺して精神だけ憑依しました。
大成功のうえ、何故か爆弾解除のオマケまで付いてきました

、と。


なんだ、この茶番は。


550 : DIAVOLO ◆qSXL3X4ics :2017/05/14(日) 23:40:23 Crg0Sfg20


「待て……! 落ち着くのだ、ディアボロよ……っ これは全く何の確証もない、ただの都合の良い妄想に過ぎん……!」


あまりに突飛過ぎた発想に、心まで浮き足立っている。これではマトモな思考も出来やしない。
確かに……そう、確かにトリッシュの肉体は死亡した。己自身の凶手が貫いたのだから確実だ。
もし参加者に付随しているとかいう爆弾(スタンド能力かそれ以外の術によるものかは知らない)が、物理的なイメージで脳に取り付いているとしたら。
私の肉体から精神だけを飛ばして憑依した『今』の肉体に、爆弾は一緒に付いてきているわけではない、と考えられる。
無論、このトリッシュの肉体にもそれとは別の爆弾が備え付けられているだろうから、それでは解除できたことにはならない。

しかし、このメモによると───

『脳の爆発以外の要因で死亡した場合、以降爆発することはない』

このトリッシュの肉体はとうに死亡しており、それを私の支配が上塗り・操作しているに過ぎない。

しかし、もしこのトリッシュの爆弾が、メモの内容そのままに、一旦は解除されている、のだとすると。


「…………もう、このまま二度と爆発することがない、のではないのか?」


やめろ。妄想だ。
そんなことは全て憶測。素人の拙い推理だ。
『もしも』? 『だったら』? 『かもしれない』?
何ひとつとして、そんな根拠はないッ!
放送内容に嘘や勘違いが混ざっていないと、どうして言い切れるのだ!?
このメモの全てが真実を綴ったものだと、それを証明できる裏付けは!?
仮に爆弾が解除されていたとしても、どうやってその事実を立証する!?
禁止エリアに入り込んで待ってろとでも!?
失敗したら……それこそ確実に死ぬのだッ!



「──────禁止、エリア?」



我ながら迂闊だった。その禁止エリアの発表も同時に告知されていることに意識が傾かなかったのだから。
自身の名が呼ばれるなどというアクシデントのおかげで、その後の放送内容は大して頭に入り込んでこなかったが……


「…………確か、次の禁止エリアは」


『次の追加禁止エリアは“C-2”だ。そこにいる奴らは10分以内に他のエリアに移動しないと……もう言わなくてもいいか』


……『C-2』!

記憶の隅から隅を舐るようにして掻き集めれば、確かに次なる禁止エリアの場所はこのC-2だっ…………




┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨…


「──────“このC-2”だとォーーーッ!!?」


┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨…



主催の用意したこの『地下道』とは。
所々に枝分かれするルートが混ざってはいるが、基本的には一本道の薄暗いトンネルである。
対向自動車二台がギリギリすれ違える幅であろうか。天井まではやや高めだが、あまり広い空間とはいえない。
そしてどこまで行っても変わり映えなく、無機質的なコンクリート壁が地平の彼方まで続いているような長ったらしい密閉施設である。
天井の両隅数メートル置きに申し訳程度の蛍光灯が設置されているので、薄暗くはあるが暗黒の世界というほどでもない。
しかしこの息苦しい地下フィールド、困ったことに目印らしい目印は皆無だ。
地図にも記載されていないゆえ、つまり自分が今どの場所に居るか。その把握が非常に困難となるのが欠陥住宅であった。

だがあの主催者も意外といえば意外で、そこの気遣いは予め念頭にあったらしく。
ウッカリ足を踏み入れたこの場所が禁止エリアの区切りでした、などという『馬鹿らしい事故』は極力起こらないように配備があったらしい。
エリアの区切り区切りに、表示がキチンと備えられているのだ、この地下施設には。
来る者達の興味から隠れるように、区切りの始終点となる壁面にコッソリとだが『C-2』と、実に質素簡素な存在感で貼られている。

そして確かに、ついさっきディアボロが通過してきたエリアの区切りには、件の表示が貼られているのをしっかりとその目で見た。


C-2、と。


551 : DIAVOLO ◆qSXL3X4ics :2017/05/14(日) 23:41:10 Crg0Sfg20


「し、しまった……! もう随分このエリア内を歩いてきてしまったが……間に合うか!?」


1エリアの四方は1km×1kmと、地図には記載がある。
最悪、この場所がエリアの中心近くだとして、エリア外へ抜け出るには500メートル。
迷いなく脱出すれば10分は掛からない。たった今まで、爆弾のことについて悩みに悩んでいた時間の浪費を考慮してもだ。
すぐさま荷を持ち、今まで歩いてきた道を全速力で引き返す。



ピタリ、と。
帝王の足が止まった。



「………………これは、偶然か。それとも…………」


───運命なのか。


殻を脱ぎ捨て、新たな己として新生の進軍を開始したつもりであった。
その直後、忌わしき放送で『ディアボロ』の死を聴かされ。
爆弾の解除の『可能性』に気付き。
そして今居るこの場所が、偶然にも禁止エリアに指定された。

偶然、だというのか。

馬鹿らしい、と一言に一蹴し。
ディアボロは女の身体で駆ける。迷っている時間など、あるわけがない。

ズキリ、ズキリ、

脳髄と、腹部の両方が痛覚を訴えてくる。
この腹の傷は、今でこそ癒えている様に見えるが……自らトリッシュの肉体に与えた傷だ。
ジョルノ・ジョバァーナが癒してくれる筈だと、そんな賭けを行って、勝利した証の傷だ。
本来はこのトリッシュの肉体に潜り込むこと自体、相当不安の大きい賭けでもあったのだ。


賭け。賭け。賭け。
賭けて、駆けて、欠けた我が半身も、心に懸けるは我が幸福。
半身であるドッピオが居なければ、今の私はない。
私を上に押し上げてくれたのは、敵であるジョルノとトリッシュ。
そして何よりも、我が繋がりであったドッピオなのだ。

以前の私であれば考えられない、ギャンブルの連続。
この勇気は、ドッピオより受け継いだ勇気。
その身、独つで殺し合いを勝ち抜いてきたであろう、ヴィネガー・ドッピオより渡されたバトン。
奴は私に無いモノを持っていた。
心のどこかで、それを羨ましいと考えていた。
奴も私の、そんな嫉妬のような弱心に気付いていたに違いない。
私と奴は、表裏一体の心なのだから。

だから、なのか?
だからドッピオは、臆病であった“かつての”私へ、勇気を……?

私がわざわざ奴と離れた理由とは。
奴を置き、こうして独りで闘うことを決意した理由とは。
脳へのダメージもあるが……本当のところは、


「───『繋がり』を自ら捨てる…………勇気」


それを───ドッピオに魅せ付ける為。


「では、今こうして……ブザマに禁止エリアから脱しようとする私の姿を…………」


───誰に魅せ付ける?

───ドッピオが、こんな私を認められるか?


552 : DIAVOLO ◆qSXL3X4ics :2017/05/14(日) 23:42:36 Crg0Sfg20


「──────『エピタフ(墓碑銘)』は…………置いて来た」


数秒先の『未来』を視る能力、エピタフ。
我がキング・クリムゾンの真髄……その『半身』とも言える、帝王の能力。
その究極の力は…………今の私の内には───無い。

未来が視えるからこそ、人は『覚悟』を完了できる。
しかし私のキング・クリムゾンは、不都合な未来は全て『消す』ことが可能だ。
危うい未来は消し飛ばし、常に人生の落とし穴を飛び越えて絶頂でいられた。
『キング・クリムゾン』と『エピタフ』は、帝王の『矛』と『盾』だ。
この二つが揃っているからこそ、帝王という椅子に永遠と座していられる。

しかし、いつまでも私の網膜に焼き込まれ、消えない『体験』があった。



───『すぐにそこを移動しろ!! 画面を見ておきながら“ドッピオ”!! なぜすぐに移動しないッ!』



故郷サルディニアの海岸にて戦った暗殺チームリーダー“リゾット・ネエロ”。
奴は強力なスタンド使いだった。磁力を操り、鉄分を固めて攻撃してくる恐ろしきスタンド使い。
足を奪われ体力を奪われ、絶体絶命の崖際に追い込まれた私たちは、果たして奴相手に“どう勝利した”?



───『しかしボス…お言葉ですが… だから動かない方がいいんですよ…………体力を消耗している…………
    だから動かない方がわかりやすい! ヤツの能力は!!』



愛しき半身ドッピオの『勇気』が!
未知なる敵の攻撃に臆した私の命令に反してでも、奴は!



───『そこだリゾットオオオオオオオオオオオ』



立ち向かったッ!
それを『勇気』と言わずして、なんと称する!?



「正直に言うと私は“その時” …………自分が情けなく思った」


隠れて、逃げて、何処とも分からぬ高みから指令を下す組織の王。
不都合な未来を全て消し、あたかも独裁者であるかのように振る舞う。
それは思えば、組織崩壊の序曲。いつかは崩れて当然の楼閣、なのではなかっただろうか。
事実、多くの裏切り者を生んでしまった。
ブチャラティ。ジョルノ。リゾット。もっと目を光らせれば、膿など幾らでも出てくるだろう。

私とドッピオは、表裏一体だ。
私が『陰』ならば、ドッピオは『光』。
過去に思いを馳せれば、いつだってドッピオは、大事な所では私の命にすら背き、立ち向かって行った。

陰からそれを眺めながら私は───彼を眩しく、思っていたのだと。


表裏一体。
ディアボロとドッピオは、一枚のコインの裏と表のようなもの。
表の人格も、裏の人格も、それら両面合わせてコインは回る。
スタンドは一人につき一つ、という大原則がある。
キング・クリムゾンもエピタフも、元々はまったく別の能力。
ディアボロの〝キング・クリムゾン〟
ドッピオの〝エピタフ〟
時を消し飛ばすという無類の時空間能力。ディアボロの人格はいつしかそれを体現させた。
未来を視通すという特異な未来予知能力。ドッピオの人格は未来(ひかり)を向いてきた。

いつからだったろう。
それら二つの異能力を、我が物顔で振り散らす暴君が生まれたのは。

いつからだったろう。
『光』を押し込め、時空間の理に未来視の能力を組み込ませたのは。

いつからだったろう。
回るコインの『裏』に隠れ、勇気を忘却の彼方へ消し飛ばしたのは。


コインの『表』と『裏』を決めるのは、誰だ?
誰がそのコインを回す?

私は今更になって、気付いた。

私たちのコインに、表も裏もない。
回して現れた面が、表という結果を得るだけ。
表から隠れた面が、裏という結果を得るだけ。
そこに基準……境界線などは、端から存在しなかったのだ。
次にコインを回す時は、逆転するかもしれない。

だがこの先、コインが回ることは───もうないだろう。


553 : DIAVOLO ◆qSXL3X4ics :2017/05/14(日) 23:43:18 Crg0Sfg20
私は既に、自らの意志でドッピオを断ち切ったのだ。
裏が無ければ表も無い。コインは、コインでなくなってしまった。
そして“本来は”ドッピオが持ち主であっただろう『エピタフ』も、返還してきた。
あの能力は未来を見据えて立ち向かえる彼奴にこそ、真に相応しい物だと私は考える。
このことで、戦力は半減したと言ってもいいかもしれない。
未来を視るあの能力が無ければ私は、コインの出す表裏すら分からないのだ。


禁止エリア内から一刻も早く脱するべき状況で私は、すっかり足を止めて物思いに耽る。
偶然か、運命か。それすら今の私には分からない。
だがこれを運命として捉えるのなら、いま私はまたしても分岐点に立っている。


「…………時刻は『12時9分』か」


怖いくらいに頭の中は冴えていた。しかし実のところ私は今、確かに恐怖している。
そっと時計を取り出し、短針の動きを目視する。一秒一秒がやたら永く感じてしまう。
禁止エリア進入から『10分』で頭部は爆破されるという。ならば運命の刻はあと幾許もない。


カチッ カチッ カチッ カチッ ───。


エピタフは無い。未来は視えない。
数十秒後の私が果たしてどうなっているのか。
私の予想が外れていれば、死ぬのだ。恐怖しないわけがない。


カチッ カチッ カチッ カチッ ───。


これも以前の私なら考えつかない行動だ。
慎重に慎重をきたし、万が一の破滅をも拒み続けてきた。
そんな私がこうして足を止め、根拠のないギャンブルに身を投じている。


カチッ カチッ カチッ カチッ ───。


それは『勇気』か? はたまた『無謀』か?
だがここでもまた臆するようなことがあれば……ドッピオから渡されたこの勇気を懐に仕舞い込み、

一体どのツラ下げて、再び奴と再会できる?


カチッ カチッ カチッ カチッ ───。
 トクン トクン トクン トクン ───。


心臓と時計の音が重なる。
死なら見てきた。何度でも。何度でも、何度でもだ。
悪夢の無限回廊に閉じ込められたおかげで、生物が本来持つ『死』への拒絶本能というヤツが、私には多少欠けているのかもしれない。
だからこそ、こんな賭けに出れたのだとも言える。
ジョルノ・ジョバァーナともし次会うことがあれば、礼の一つもせねばなるまい。

ギャングなりの、『礼』をな…………



カチッ カチッ カチッ カチッ ───。
 トクン トクン トクン トクン ───。
カチッ カチッ カチッ カチッ ───。
 トクン トクン トクン トクン ───。



結局の所、物事はコインの表か裏かでしかない。
この世は選択の連続だ。表が出るか、裏が出るか。右か左かの二択しかないのだ。
私は既に選択を終えている。結果がどう出るかは、未来の視えない今の私には知り得ない。

『表』か。
『裏』か。


554 : DIAVOLO ◆qSXL3X4ics :2017/05/14(日) 23:47:18 Crg0Sfg20




───時計の長針が、

      ……一周する。






      1 0

         分

            が


        経

         過



     す











 『PiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPi――――……』




      脳髄に直接響く、警告音。
















「今、オレの頭に雑音が過ぎったとしたら、それは」

「勇気を僻み、光に隠れる、過去のオレ自身が発した歪みの幻聴」

「未来を覗く必要はない。己の臨界を飛び越える『今』こそが、我がキング・クリムゾンの真骨頂なり」


泥濘に渦巻く恐怖など──────失せろ。













カチッ カチッ カチッ カチッ ───。

 トクン トクン トクン トクン ───。





針は、時間は、変わらずその足音を刻んでいた。
生命の鼓動音も、何ら変わることなく正常に機能を保っている。


555 : DIAVOLO ◆qSXL3X4ics :2017/05/14(日) 23:48:59 Crg0Sfg20
いつの間にか、ディアボロは冷たいコンクリの地に座していた。
瞳を閉じ、呼吸を整え、両の脚を左右対称に深く折り曲げ。
それは彼にとっては馴染みのない、座禅と呼ばれる精神統一の姿勢。
意識して組んだ体勢ではなく、自然と身体が瞑想の型に落とし込まれていた。
自我を極力排除し、最後に吹聴された負の歪み“ひずみ”も乗り越えた。
年若い少女の発する雰囲気とは思えない、熟練の使い手であるかのような。
外見だけを見れば、ある種異様な空気を纏い、帝王は孤坐の域にてゆっくりと目を開けた。


悪魔が囁く幻聴を吹き飛ばし、本当の悪魔が目醒める。
彼を縛る鎖はこの瞬間、真の意味で解き放たれた。




     ゲーム開始から12時間

  こうしてディアボロは全参加者の誰よりも

ブッチギリの到達速度で己の『縛り』を消し去った。


556 : DIAVOLO ◆qSXL3X4ics :2017/05/14(日) 23:50:13 Crg0Sfg20








「──────く」


「く、はは、ハハハ……ッ」


「ハ……ハァーーーハッハッハッハッハ!!」


『籠の外』で悪魔が、常闇に咲く虹のように…………薄気味悪く嘲笑った。


「ハァーーーー…………!」


その狂気の沙汰に、かつてのトリッシュだった少女の面影は見当たらない。
たまらなく、どうしようもなく、歓喜した。
こんな僥倖はあり得ない。物怪の幸いを引き入れたのだ。


「くっ…………くはは、クハハハハ…………ッ!」


肺から濁流してくる笑みを、押し留めきれない。
蝕みは消え去ったのだ。
縛りに怯える必要はなくなったのだ。
我が勇気が、恐怖に打ち勝ったのだ……ッ!

これが笑わずにいられるものか!


「───勝ったッ! このバトルロワイヤル、既に優勝したも同然だッ!」


誰もが考える。
禁止エリアという大波に苛まれることはなくなった。
ならば、後はもうこの禁止エリア内にて『待ち』の一手しかない。
参加者全員同士討ち、少なくとも残り一人になるまで待機し。
そして、疲弊しきった最後の参加者を討てば、それだけで優勝だ。

それしかない。
それ以外の選択肢は、あり得ない。


「愚かな主催共よッ! 手ぬるい! 手ぬる過ぎるレクリエーションだぞッ!
 貴様らは敗北したのだッ! オレと! 我が半身ドッピオの勇気に敗けたのだッ!」


ディアボロは半身と、能力の『盾』を捨てた。
代わりに得たモノは、ほんの少しの勇気のみ。
天秤が釣り合うには、大きな代償だったかもしれない。
『盾』はなくとも『矛』は残る。エピタフをも置いて来たディアボロに残ったのは、捨て身で挑む気概。
盾無き決心の男が、捨て身の覚悟を作った。

その差が、ゲーム優勝への圧倒的な『近道』を生んだ。


「後はもう簡単だ……ッ! この禁止エリアの中心にて、帝王のように座すれば勝利もすぐそこッ!」



選択は終えた。
悪魔は勝利する。
コインの『表』と『裏』、あるいは。
目の前に佇む『左』の扉か、『右』の扉か。


男は左の扉を選び、宝部屋に辿り着けただけ。
この話は、そんな選択の物語でしかなかった。




【ディアボロ@ジョジョの奇妙な冒険 第5部】 爆弾解除───成功
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


557 : DIAVOLO ◆qSXL3X4ics :2017/05/14(日) 23:51:08 Crg0Sfg20
【C-2 地下道】

【ディアボロ@ジョジョの奇妙な冒険 第5部 黄金の風】
[状態]:爆弾解除成功、トリッシュの肉体、体力消費(中)、精神力消費(中)、腹部貫通(治療済み)、酷い頭痛と平衡感覚の不調、スズラン毒を無毒化
[装備]:壁抜けののみ
[道具]:基本支給品、不明支給品0〜1(現実出典、本人確認済み、トリッシュの物で、武器ではない模様)
[思考・状況]
基本行動方針:参加者を皆殺しにして優勝し、帝王の座に返り咲く。
1:爆弾解除成功。禁止エリア内にてゲーム終了まで潜伏。
[備考]
※第5部終了時点からの参加。ただし、ゴールド・エクスペリエンス・レクイエムの能力の影響は取り除かれています。
※能力制限:『キング・クリムゾン』で時間を吹き飛ばす時、原作より多く体力を消耗します。
 また、未来を視る『エピタフ』の能力はドッピオに渡されました。
※トリッシュの肉体を手に入れました。その影響は後の書き手さんにお任せしますが、スパイス・ガールは使えません。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


558 : DIAVOLO ◆qSXL3X4ics :2017/05/14(日) 23:52:49 Crg0Sfg20








とおるるるるるるるる……


とおるるるるるるるる……


とおるるるるるるるる……


とおるるるるるるるる……


とおるるるるるるるる……


とおるるるるるるるる……


とおるるる――『ぷつッ!』





『もしもし、ドッピオです』

『ボ、ボスですか……!? はい! ぼくの方も無事です!』

『ああ……それよりボスの方こそ……! このクソッタレ爆弾を解除できたんですね!』

『良かった……いえ、ぼくはあなたの為ならこの命すら捧げてみせます……!』

『ハイ! ボスはそのエリアで、参加者が全滅するまでごゆるりと待機していて下さい!』

『残りの参加者はぼくが……ぼくの力で何とかしてみせます……!』

『あなたから受けたエピタフもあります。きっと全ての参加者をブチ殺してみせます』

『あなたは生き残るべき人です。帝王が手を汚す必要なんて、ないんです』

『いつもの様に、ボスの命令さえあればぼくは……喜んであなたの駒になりましょう』

『ぼくが最後の一人になったなら……ボスの元へ向かいます』

『そこであなたが、ぼくの胸を貫くだけで……ゲームは終わりです』

『あなたへと心臓は捧げます』

『もう一度、ボスが帝王の座へ返り咲けることを』


『ぼくは心より……祈ってます』



『少し、寂しいですけど』




『そろそろ、電話……切りますね』





『………………、』






『それでは…………』







『───パッショーネに、栄光あれ』








『ぷつっ ツー… ツー… ツー…』


559 : DIAVOLO ◆qSXL3X4ics :2017/05/14(日) 23:54:43 Crg0Sfg20






















なんだ、今の声は。



何故、今また私の耳に、ドッピオの声が聴こえたのだ。
奴との『通話』は、もう不可能になってしまった。

それでいて、何故。

何故、奴は。

この期に及んで。

あんな台詞を口走った。

何故、オレは。

諸手など挙げて、歓喜している?

何故、オレは。

勝った気でいる?

何故、オレは。

奴に何もかもを任せ、自らは動こうとしない?

何故、何故と、そう訊かれたなら答えるのは簡単だ。
爆弾は解除されているからだ。
ドッピオは我が腹心だからだ。
オレが帝王であり、それ以外の存在は全てが駒だからだ。
堅固なる城の玉座にて、王自ら動く必要など無いからだ。
外の戦いは全て駒に任せ、王はゆるりと待てばいいのだ。

それが王だ。
それが駒だ。

それがゲームだ。



「違うッ!!!!」



爆発するかのように、堰を切った。
目を大きく見開き、血流がマグマのように沸騰した。
帝王の逆鱗にでも触れたかの如く、髪を逆立てて立ち上がった。

許せなかった。
自分が、こんなにも腹立たしく感じた。


560 : DIAVOLO ◆qSXL3X4ics :2017/05/14(日) 23:55:26 Crg0Sfg20

(オレはッ! オレはさっき、何を言ったッ!? 何を叫んだッ!!)

我が発言に、我が姿勢に、
何よりも、怒りを感じた。


『───勝ったッ! このバトルロワイヤル、既に優勝したも同然だッ!』

『後はもう簡単だ……ッ! この禁止エリアの中心にて、帝王のように座すれば勝利もすぐそこッ!』


ふざけるなッ!!!
オレは何を言っているッ!?
“あの時”……新入りのジョルノ・ジョバァーナに『矢』を奪われた時、オレはしかしッ!
逃げなかっただろうッ! 立ち向かっただろうッ!

それは何故だッ!?


オレに帝王としての『誇り』があったからだろうッ!


結果的には奴に敗北し、かつてない侮辱を味わわされたが!
その『誇り』は! 今もこのオレの手の中にあったッ!

あった筈だろうがッ!!

違うかッ!?

答えろディアボロォ!!!



「……………………駄目だ、」

「…………ここで逃げては、駄目だ」

「……ここで逃げては、以前までのオレと何も変わらない」

「…きっと『誇り』は永遠に失われる」

「勇気とは何だ」

「困難に立ち向かうことこそが、奴から譲り受けた勇気なのではなかったのか」

「賭けに勝ち」

「歪みを乗り越え」

「選択を終えて」

「勝利を目前にし」

「今また、怯えるのか」

「『籠の中』では、残してきたドッピオが独り戦い」

「全ての参加者をも乗り越えた奴と、最後に再会し」

「その間、ずっと胡坐ばかりを掻いてきたオレは、傷だらけの目の前の奴にこう言うのか」

「───『やったなドッピオ、我々の勝利だ! 流石は我が腹心だ!』と」

「握手を交わし、互いを讃え、」

「そして憔悴しきったドッピオは、その勇敢なる顔つきで私にこう返すのだ」

「───『やりました。褒めてください、ボス』と……心から喜びながら」

「肩を抱き、私はドッピオの喜ぶ表情を最後に───奴の心臓を貫いて」



「優勝するのだ」



…………なんだ、これは。


またしても、訪れたのは茶番劇か。
違う。これは人形劇だ。
これが勝利への近道だと慢心し、身勝手な歓喜を叫び、勘違いした帝王論を振り撒く、
ピエロなオレの、つまらん独り人形劇。

楽しいか、主催共。
客席(そこ)から眺める、オレの独り劇は楽しいか。
これが見たくて、くたばってもいないオレの名をわざわざ放送で読み上げたのか?
「見ろ! ディアボロの奴め」
「我らの予想通りに踊ってくれた。最高のパフォーマンスだ!」
そう笑い、拍手を送り、喝采を飛ばし、
ひとしきり楽しんで、飽きたらとっとと舞台から引き摺り下ろす腹積もりか。


561 : DIAVOLO ◆qSXL3X4ics :2017/05/14(日) 23:56:08 Crg0Sfg20


「こんな……屈辱が…………あってたまるか……ッ!」


奴らがどこまで計算し、脚本を立てているかなど知らん。
それ以上に、奴ら以上に、


「オレは、オレ自身が許せないッ!!」


こんな姿、見せられるか……ッ!
これがお前から与えられた『勇気』の賜物だと、
奴と再会したその時に! 言うつもりかッ!



───『ス……ボス…………駄目です、ボス!』

───『ボス! あなたは再び帝王に返り咲く人だ! ここは堪えてください!』

───『どうかボス! ぼくが全ての土を被りますので! この場は、動かずに───



「黙れッ!!!」



オレは最大限の怒りと共に、頭の中でナメた口を利く幻聴を吹き飛ばしてやった。
煙の如く空に消えていく、心の中のドッピオ(よわさ)を認めると、
オレは荷を持ち、前へと歩き出した。

これは『試練』だ。
過去(じぶん)に打ち勝てという『試練』と、オレは受け取った。
人の成長は……未熟な過去に打ち勝つことだとな。


「もう、逃げることはしない。脅かす障害など、いつものように『消し去れ』ばいいだけだ」


薄暗い地下の目の前、オレの目の前にはルートが『二つ』ある。
『右』か『左』か。この先は禁止エリア外。戦場だ。

何となく、オレは一枚のコインを手に取った。
偶然、娘のポケットに入っていた、何の変哲も無い一枚のユーロ硬貨だった。
ゲーム開始以前からたまたま紛れていただけであろう、そのコインをオレは床に投げることにした。


「──────表」


表なら左。裏なら右のルートを歩むだけ。
エピタフを失ったオレにとって、ここから先は何もかも未知数。
数秒先の未来ですら、知りようがないのだ。


チャリン───クル、クル……カラァン


「…………裏、だったか」


こんな二択でさえ、今のオレではしくじる始末だ。
未来が分からないというのは、なんと恐ろしいことか。
だがこれでいい。きっと、これがオレにとっては『正しい道』なのだろう。

右の道を進もう。
道を遮る敵は一人残らず、このディアボロが皆殺しだ。


562 : DIAVOLO ◆qSXL3X4ics :2017/05/14(日) 23:57:24 Crg0Sfg20





「──────ええええええええええええいッ!!!!」





……今の声は?
若い女のあげた声だ。そう遠くはない。
この狭い通路。逃げ場も隠れ場もない、か。


「…………やはり左の道にするか」


コインの結果を捻じ曲げ、オレは声の轟いた『左』の道へと方向を変えることにした。
未来など視えずとも、キング・クリムゾンは過程を捻じ曲げる能力を有している。
もはやコイン一つで、オレが歩む道は変えられやしないのだ。
道に転がる薄汚い硬貨を蹴り飛ばし、


こうしてオレは左───『表』の道を選択した。



「誰であろうと、我が道を邪魔する輩は許さない。
 殺(け)してやる。鼓動を止めてやる。───その時間(いのち)を、消し飛ばしてやる」


563 : DIAVOLO ◆qSXL3X4ics :2017/05/14(日) 23:58:05 Crg0Sfg20
           ◆


ここに男がひとり、いました。
男の目の前には『扉』が二つ。男は『左』の扉を選びました。
左は宝部屋。そして右は奈落。ポッカリ空いた落とし穴でした。
男の選択した左の扉は、正解の扉だったのです。
宝部屋に到達した男は、歓喜します。帝王に相応しい、勝利者の資格を得たのです。
男はしかし、積まれた黄金と輝く宝石の奥に『もうひとつの扉』を発見しました。


発見、してしまったのです。


深淵の匂い。血と錆びのこびり付いた扉。
男の背後からは、頼れる部下が必死に引き留めています。
「その先は危険だ! 行ってはならない!」と。玉のような汗をかき、腕を伸ばしているのです。


『───貴方だったら、その扉を開きますか?』





この世は選択の連続だ。
ディアボロはただ、選択し続けただけ。
無限に死に続けるかつての世界線に、選択肢など用意されていなかった。
今は違った。男はひたすら、選択をし続ける。
次に開く扉は、必ずしも二択とは限らないのだ。
進んだ隔たりのその先に、百の扉が待ち構えていようとも。
男は歩き続けるのだろう。
正解など視えない。未来など分からない選択の先へと。
結局のところ彼にとって重要なのは、『選ぶ』か『選ばない』かの二択でしかないのだから。

終わりの無いのが終わり。
そんな言葉遊びにはもう迷走されない。
終わりを目指して、ひたすら選び抜く。
こうして男は、傍目には信じ難い選択の扉に誘われ───潜り抜けた。


『娘』に憑依した『悪魔』は目醒め、嘲る。
白く光る牙のその先、この世の幸福の全てを薙ぎ消すような恐ろしい深紅色の双眸が睨む、その先から。
迷いなく駆け抜けてくるは、悪魔を祓う正義のエクソシストか。

それとも、

『深紅の悪魔』に仕えるメイドの殻を纏った───獰猛な犬か。

時間と時間が、いのちといのちが、相打つ。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


564 : DIAVOLO ◆qSXL3X4ics :2017/05/14(日) 23:58:39 Crg0Sfg20
【C-2 地下道】

【ディアボロ@ジョジョの奇妙な冒険 第5部 黄金の風】
[状態]:爆弾解除成功、トリッシュの肉体、体力消費(中)、精神力消費(中)、腹部貫通(治療済み)、酷い頭痛と平衡感覚の不調、スズラン毒を無毒化
[装備]:壁抜けののみ
[道具]:基本支給品、不明支給品0〜1(現実出典、本人確認済み、トリッシュの物で、武器ではない模様)
[思考・状況]
基本行動方針:参加者を皆殺しにして優勝し、帝王の座に返り咲く。
1:爆弾解除成功。新たな『自分』として、ゲーム優勝を狙う。
2:ドッピオなら大丈夫だ。
3:『兎耳の女』は、必ず始末する。
4:新手と共に逃げた古明地さとりを探し出し、この手で殺す。
5:ジョルノ・ジョバァーナ……レクイエムの能力は使えないのか?
[備考]
※第5部終了時点からの参加。ただし、ゴールド・エクスペリエンス・レクイエムの能力の影響は取り除かれています。
※能力制限:『キング・クリムゾン』で時間を吹き飛ばす時、原作より多く体力を消耗します。
 また、未来を視る『エピタフ』の能力はドッピオに渡されました。
※トリッシュの肉体を手に入れました。その影響は後の書き手さんにお任せしますが、スパイス・ガールは使えません。
※南に潜伏するF・Fの存在を感知しました。


565 : ◆qSXL3X4ics :2017/05/15(月) 00:00:26 sDML12OQ0
これで「DIAVOLO」の投下を終了します。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
指摘や感想等あれば、よろしくお願いいたします。


566 : 名無しさん :2017/05/15(月) 00:42:33 jaq1KKU.0
投下乙です
新生ボスも血の惨劇が似合う


567 : 名無しさん :2017/05/15(月) 01:56:22 HtL4ekXk0
投下乙です
禁止エリアに気付いてからのディアボロの心理描写が息もつかせぬ勢いで圧倒されっぱなしでした。
特にドッピオとの『通話』を終えたあとの怒濤の展開が凄すぎる。『安全な勝利』を捨てて『死地』に赴こうとしているという状況なのに、これほど説得力強く描けるものなのか。
ドッピオとエピタフを失ったからこそ逆に『未来』を見据える覚悟を得たディアボロ。ただしその先は茨の道。
選択した扉の向こうには、早くも次なる障害が。
勝利の軍配は、果たしてどちらに上がるのだろうか。


568 : 名無しさん :2017/05/18(木) 18:59:20 6yE2ibB60
エピタフを渡したか…
でも不意を打たれた階段からのブチャパンチを自らの意志でキンクリ、
血の滴を垂らしたポルの一閃を腕にわずかに傷をつける程度に回避、
刺したのは毒を持つサソリと一瞬で判断し肉ごと切断。
レクイエムを誰よりも早く解き明かし、リゾットによる窮地も知恵を駆使して
エアロスミスを利用する。
予知を用いずしてもその実力は確かなものである。


569 : 名無しさん :2017/05/21(日) 22:48:40 hUrrFvrg0
投下します


570 : 信頼は儚き者の為に ◆BYQTTBZ5rg :2017/05/21(日) 22:50:38 hUrrFvrg0
パチュリー、レミリア、そしてぬえの三人は思わず首を傾げた。
目の前にいた慧音が、いきり立つように顔を赤くしたかと思うと、
いきなり露伴と吉良の方に向かって、ヒィヒィ言いながら走り出していったのだ。
何の脈絡もない、その挙動不審な様に、皆はドン引きである。
これからの慧音との付き合いは、考え直した方がいいのではないだろうか。
三人が揃ってそんなことを考えていると、突然と露伴の絶叫が鼓膜を叩いてきた。
それに耳を傾けてみると、どうやら彼の目には慧音が一瞬で現れたように見えたらしい。
果たして、それは何を意味しているのだろうか。皆がその答えを探していると、吉良がパチュリーの方にそそくさとやってきた。
そこに会話らしい会話はない。だが、吉良の額に浮かんでいた冷や汗だけで、パチュリーが気がついてしまった。
何かトラブルがあったのだ、と。パチュリーにとって吉良は殺し合いを打破する大切な「鍵」である。
ここで万が一があって、大事に至ってはならない。彼女は「鍵」を守る為に、早速露伴の所に釘を刺しにいった。


「慧音、お取り込み中の所悪いけれど、そっっちの人間を紹介してくれないかしら?」


パチュリーは露伴をねめつけながら訊ねた。露伴によって、本になった慧音だが、今は元通りの身体となっている。
どうやら体力の消費を危惧した露伴は、すぐにスタンドを解除したらしい。そのことに彼女はホッと人知れず安堵すると、
これから仲間となる岸部露伴の紹介をパチュリーにしていった。


「こちらは岸部露伴さんだ。私達と同じ荒木と太田を良しと思っていない人間で、強力なスタンドを持っている。
少し性格に難があるし、しょっちゅう漫画を描いていたりする偏屈者だが、基本的にはいい人だ。
あと、彼は何でも康一君の親友だそうだ。そこらへんを留意してくれると、私としても有り難い」


広瀬康一の首を切断したであろうことを岡崎夢美から聞いた慧音は、それとなくパチュリーに注意を促す。
ここでいきなり「爆弾を調べる為に解剖でもしましょう」と、康一の生首を出されては、問題がややこしくなるばかりである。
しかし、パチュリーはそんな心配をよそに、呆れたと言わんばかりの冷たい目で、慧音にこんなことを言ってきた。


571 : 信頼は儚き者の為に ◆BYQTTBZ5rg :2017/05/21(日) 22:51:21 hUrrFvrg0

「康一の親友? 慧音、貴方はそんな虚言を真に受けたの?」

「どういうことだ、パチュリー?」

「簡単なことよ。私は康一から親友だなんて紹介で岸部露伴の説明を全く受けていない。
もし親友という大切な間柄なら、それこそ仗助達のことより丁寧に、その人物について私達に話すでしょう?」


岸部露伴は広瀬康一の親友ではない。そう言われて、黙っていられる人間は、そこにはいなかった。
案の定、露伴は吉良のことも忘れて、舌鋒鋭くパチュリーを攻撃してくる。


「おいおい、魔法使いってのは、こんなにも知能が低いのかい?
それは単に君が康一君から信頼されていなかったという裏づけにしかならないじゃないか。
そんなことも分からないのか、ええ、パチュリー・ノーレッジ?」

「信頼していなかったら、知り合いのことを私には教えないでしょうし、支給品を全て私に預けるということも、しなかったでしょうね。
ここまでくれば、答えは実に簡単よね。広瀬康一にとって、岸部露伴は赤の他人でしかなかったってことよ」


ドンッ、と大きな音を立てて、露伴が目の前にあったテーブルを叩いた。
見開かれた彼の目には燃え盛る炎のような激甚たる怒りの意志が宿っており、
それと対面する者に火熱の如き攻撃的な圧力が容赦なく与えられる。
しかし、それでもパチュリーに手を出さない辺り、まだ彼には理性が残っているのだろう。
そしてその頼りがいのある理性で、露伴は前に飛び出そうとする身体を何とか押しとどめ、代わりに口を開く。


「おい、パチュリー・ノーレッジ! パチュリー・ノーレッジで、いいんだよな!?
僕も大人だ。僕に対しての悪口だったら、それは大人としての寛大さでもって、笑って許してあげることはできる。
だけどな、僕と康一君のタイヤモンドよりも硬い友情を侮辱するのだったら、それは到底許容なんかできないぞ!!
いいか!!? これは最後通告だ!! そして絶対的な事実だ!! 僕と康一君は親友だった!!!」


鬼気迫るような表情で、露伴は捲くし立てる。その雰囲気に嘘を言っている様子はない。
事実、嘘を見抜けるパチュリーにも、露伴からは嘘の気は感じられなかった。
それはつまり、彼は本当のことを言っているのだろう。
だが、それでも康一から得た情報との齟齬を簡単に払拭できるものではない。
もしここで疑うこともせずに相手を受け入れたら、どうなるか。河童の時のような悲惨な結果になるのは何としても避けたい。
疑を以って相手に尽くす。ここは一つの正念場なのだ。パチュリーは皆を守る為、露伴を信じるのではなく、疑うことにした。


572 : 信頼は儚き者の為に ◆BYQTTBZ5rg :2017/05/21(日) 22:51:47 hUrrFvrg0

「それって貴方の勝手な思い込みなんじゃないの? 大方、康一の優しさを勘違いしたんでしょうね。
それでわざわざ親友などという妄言で、私達に近づいてきた目的は何? 何か理由があるんでしょ?」


ドンッ、と大きな音を立てて、露伴は地面を踏みつけて立ち上がった。
もうそこに自らの怒りを抑え付けるような理性の葛藤は、かすかにも感じ取れない。
寧ろ、頸木が取れたことを喜ぶかのように、露伴は湧き上がる感情のままに吼え立てた。


「おいッ!! 僕はもう警告したからな!! 悪いのは、お前だぜ、パチュリー・ノーレッジ!!
ヘブンズ・ドアー!! 何、安心しろ。僕の能力で、その低い知能を少しはまともにしてやるよ!! 感謝するんだな!!」


今度は慧音に邪魔されぬように、と露伴は彼女の腕を引っ張り、自分の背後へとやり、スタンドを発動させる。
そして瞬く間に虚空に描き出された「少年」は、その腕を伸ばし、パチュリーへ到達した。


「え、なに? 何かしたの?」


ヘブンズ・ドアーを受けたパチュリーは極普通に訊ねてきた。見てみれば、彼女の身体には、どこの変化に見られない。
幸か不幸か、どうやら知能も、そのままのようだ。しかし、そんな当たり前の姿に、露伴は口を閉じるのも忘れて驚愕を露にする。


「ば、バカな! 僕のヘブンズ・ドアーは完璧に決まった。何故、本にならないんだ!?」


露伴の独り言に、パチュリーは小さな顔を傾げて、はてなと疑問符を浮かべる。
何となく可愛い仕草ではあるが、そんな彼女の姿を見て、露伴は見とれる前に気がついたことがあった。
全身紫の服という悪趣味極まりないファッションセンスに、そのパジャマ服で平然と臆面もなく皆の前を闊歩できる羞恥心の無さ。
それは否応にも、あの鳥の巣のような頭をした人間との精神的な同一性を想起させる。つまり、ダサいのだ。センスがないのだ。
そしてそんな奴らとは、全く波長が合わないということを、露伴は己の人生経験から知っていた。


(だから、ヘブンズ・ドアーが効かないということか? いや、まて。僕だって成長しているんだ。
今なら、仗助にだって命令を書き込める! …………いや、だからこそ、荒木達は僕に制限をかけたということか!?)


露伴は頭を抱え込みながらも、何とかこの状況への推察を終える。
そしてパチュリーへの制裁をどうするか、と彼女の方へ新たに目を向けて、露伴の怒りはたちまち頂点に達してしまった。
どこかへ行ったはずの吉良吉影が、いつの間にか戻ってきており、パチュリーの影で露伴を笑っていたのである。


573 : 信頼は儚き者の為に ◆BYQTTBZ5rg :2017/05/21(日) 22:52:12 hUrrFvrg0

「おい、吉良! お前如きに僕を笑う権利があると思っているのか!? そういえば、さっきの慌てぶりっていったらなかったな。
あの時のお前のマヌケ面を思い出したら、今でも笑えてくるよ! あまりにも滑稽で、情けなくてな!」


露伴は吉良を心底見下し、嘲笑うように言葉をぶつける。
対する吉良はフンと鼻を鳴らすと、これまた露伴を嘲るように勿体つけた口調で答えた。


「いや、これから岸部露伴が、どうするのかと思ったら、ついね。
君は私とパチュリーさんに攻撃をしかけた。これから荒木達を一緒に倒そうという仲間に随分な仕打ちじゃないか。
それをどう清算するつもりだ? まさか、いい大人が子供のように喚き散らして問題を無かったことにするのか、
はたまたこの場所に居づらくなって、感情のままに、ここから逃げ出していくのか? う〜ん、実に興味深い」

「おい! 一体、誰と誰が仲間だって!? 下らないお喋りで格好つけてないで、こっちに来いよ!
女の後ろに隠れていて、恥ずかしくないのか!? お前、それで本当に玉が付いてんのか、吉良吉影!?」

「……見た所、君もどうしたらいいか分からないといった所か。それなら、私から一つ提案しよう」

「おい、もう喋らなくていいぞ。お前が口を開ける度に、臭い息がこっちにまで届くんだよ!
何だ、ひょっとして、それで僕を息をさせないで窒息死させるつもりか!? だとしたら、上手くいくかもな!
お前の口ん中は本当に臭いからな! さすがは殺人鬼様だよ! ハハハ……!」

「……謝ってくれ」

「な、に?」


吉良の唐突な頼みに、露伴の口からは思わず疑問の声が漏れる。
極悪非道の殺人鬼には、何とも縁が無さそうな台詞だ。実際問題、謝罪を求められるのは、犯罪者こそが相応しい。
だからだろうか、露伴は頭はひどく混乱し、さっきまであった弁舌の勢いを失ってしまった。
そしてそんな彼の様子に、吉良はニヤリと、ほんの一瞬だけ笑みを見せると、冷静に、淀みなく、言葉を続けていった。


「だから、提案すると言っただろう。私とパチュリーさんに攻撃を加えようとしたことを謝ってくれ。
ちゃんと誠意を込めてな。そうすれば、私は寛大な大人だ、笑って許しやろうじゃないか。
何と言っても、私達は荒木と太田の打倒を共に目指す仲間なのだからね。
パチュリーさんも、それでどうだろうか? 彼を許してやってくれないか?」

「ええ、そうね。謝ってくれれば、さっきの不躾な言動は私も不問にするわ」


突然と話を振られたパチュリーだが、一連の会話の流れから、理は吉良にあると彼に追従する。
露伴の眉間には、瞬く間に不可解といった皺が刻まれた。吉良は絶対悪で、自らに正義がある、と露伴は確信している。
その正義が何故、悪に屈さねばならぬというのか。状況を理解すると、露伴は目に見えるような怒りの炎を身に纏い、激昂した。


574 : 信頼は儚き者の為に ◆BYQTTBZ5rg :2017/05/21(日) 22:52:54 hUrrFvrg0


「おい、ふざけるなよ!! 何で、僕がお前らに謝らなくっちゃあなんだ!! 頭を下げるのは、そっちだろ!!
僕と康一君の友情を虚仮にした女に、何人もの罪もない人間を殺した殺人鬼!! 非が、どちらにあるかは明白だ!!
お前らが地面に頭をこすり付けて、必死に懇願するんだよ!! どうか愚かで、低脳で、罪深い私達を許して下さいってな!!
ええ、そうだろう、みんな!!?」


吉良を倣ってか、自分達の喧騒を取り囲むように集まっていた皆に、露伴は同意を求めた。
これで自らの正当性が立証されるはずだ。しかし、そんな露伴の思惑を否定するかのように、彼らは口を閉じたままであった。
そんな中で慧音だけが、おずおずと申し出る。


「露伴先生、話し合いを拒否して、いきなりスタンドで攻撃しようとするのは、私もどうかと思う」


驚天動地である。その発言に愕然とした露伴は、血の気が引いたように顔を蒼褪めさせ、足元も盛大によろつかせた。
慧音の言葉を言い換えれば、吉良が正しいということだ。そんなロジックは、どう考えたって有り得ない。いや、あってはいけない。
何故なら、吉良こそが、この場における全員の敵なのだから。露伴は目眩で倒れそうになるのを何とか我慢し、必死に抗弁する。


「それは、この岸部露伴に頭を下げろと言っているのか!!? こんなクサレミソッカス以下のゲロ虫共にッ!!?
冗談にも程があるぞ!! 大体、僕が何の為に吉良と対峙していると思っているんだ!! 守る為だぞ!!?
人の命を何とも思わない殺人鬼から皆を守る為に、僕はこのゴミクズとの対決にのぞんだんだ!!
それが何故、僕が悪いということになる!! 意味が分からない!! 正義は、絶対に僕にある!! 
レミリアも夢美先生も、何か言ってやって下さいよ!! この脳味噌スッカラカンの低脳共にッ!!」


露伴は名前を呼びながら、二人の顔を順繰り見つめたが、そのどちらも口を開かなかった。
自らの考えを示さない何とも曖昧な返答。だが、それ露伴にとっては、あまりに痛切で哀しい答えであった。
沈黙の意味を悟った露伴は力なく笑うと、やがて自らの荷物を持ち上げて、皆に背を向けた。


「おや、どこかへ行くのかな、露伴さん?」


露伴の所作を見て取った余裕綽々に訊ねた。
口元が緩んだ吉良の顔に気づいた露伴は怒り心頭に食って掛かる。


「おい、人の名前を馴れ馴れしく呼ぶなって言ったよな!? もうそんなことを忘れちまったのか!?
さっき言ったばかりだぞ!! お前、ひょっとしてアホの億康よりも馬鹿なんじゃないのか!?」

「………………そんな文句を言う為に荷物を手にとって立ち上がったのか?」

「答えが気になるか!? そうだろうな!! お前は女の後ろに隠れることしかできない臆病者だ!!
そんな奴の敵が、どう動くかを知っておかないと、怖くて夜も眠れないだろうからな!!
ああ、教えてやるよ!! ここを出て行くのさ!! だが、勘違いするなよ!!
何も、僕はここに居たたまれなくなったとか、お前に負けたから出て行くというわけじゃない!!
ここを出て行くのは、お前を倒す為だ、吉良吉影!! ここにいると、皆に邪魔されてかなわないからな!!
いいか、吉良ァ!? お前は、この岸辺露伴に喧嘩を売ったんだ!! そのことを忘れるなよ!!
そして僕はその喧嘩を買ったぞ!! 今更、後悔なんてするなよ!! お前は、この岸辺露伴が直々にブチのめす!!
精々、一人にならないように気をつけるんだな。僕は、いつだってもお前を見ているぞ!!」


575 : 信頼は儚き者の為に ◆BYQTTBZ5rg :2017/05/21(日) 22:53:14 hUrrFvrg0

露伴は指先を吉良に突きつけながら、つい今しがた背を向けたとは思えない程、威風堂々と宣戦布告した。
そして彼は何の未練もなく、悠然と自らの足をドアの方向へ進ませていく。
そこに翻ることのない強固な意志を見て取った慧音は、彼を止めようと慌てて声をかけた。
だが、そこに返ってきたのは、露伴の憎悪を感じさせるほど敵意に染まった目と、怒りに満ち満ちた声だった。


「妖怪如きが、僕に気安く声をかけるんじゃあない!! 上白沢慧音とは、もう仲間でも友達でもないんだからな!!
違うというのなら、今すぐに吉良の首を取ってみろよ!! それが出来ないなら、お前とは敵だってことだ!!」


苛烈なまでの言葉に、慧音は思わず二の足を踏んでしまう。しかし、それでも逡巡を振り切り、追いすがろうとするが、
露伴がジョースター邸を出て行くのを待っていたかのように、喜色に富んだ荒木の放送が突如として鳴り響いてきた。
露伴を追おうとしていた慧音の足は、いよいよ動かす機会を失ってしまった。


「パチュリー、廃ホテルで私が言ったことを覚えているか?」


放送が終わり、しばらく経ったころ、慧音はパチュリーに声をかけた。
パチュリーは、意図が全く分からない質問に、つい怪訝な表情を浮かべてしまう。


「は? 何よ、急に」

「私はこう言ったんだ。疑う相手との『距離』を計り違えば絆は簡単に綻び、『傷跡』を残すぞ、と」

「……私が悪いって言いたいわけ?」

「そうは言っていない。いきなりスタンドをけしかけた露伴先生に非があることは間違いない。
だがな、こうも思ってしまうんだ。もっと他にやりようがあったのではないか、と。
そうなれば、もっと違う結果が得られたのではないか、とな」


この結末に後悔を感じているのだろうか、どこか悲痛に満ちた慧音のトーンだった。
露伴が消えたことなど大して気にしていないパチュリーだったが、
慧音の物憂げな様子に、さすがの彼女も自責の念にかられ、返す言葉を失ってしまう。
その重苦しい沈黙が幾ばくか流れると、慧音はクスリと小さく笑みをこぼした。
発言を遠慮してしまうような鬱々たる空気だが、その中にあるパチュリーの態度に、
『傷跡』と向き合おうとする姿勢を見て取ったのだ。尤も、それは小さく、か細く、頼りない光りだが、
それでも岸部露伴と共に歩く道のりの先にあるのは、暗闇ばかりではないと安心することができる。
再び自らの足を動かす気力を得た慧音は「夢美さん、こっちのことは任せたぞ」と言って、露伴を追いかけに行ってしまった。


576 : 信頼は儚き者の為に ◆BYQTTBZ5rg :2017/05/21(日) 22:54:29 hUrrFvrg0

「随分と慧音に信頼されているみたいね」


慧音の背中をドアの向こうへ見送ると、パチュリーはぶっきらぼうに呟いた。
その台詞の内容に、夢美はさっきの陰気な雰囲気はどこ吹く風とばかりに「んふふ」と陽気に笑う。


「あら、それって嫉妬? それは私に対して? それとも慧音先生に対して? ん〜どっち〜?」


パチュリーは重く溜息を吐いた。何気なく言っただけの言葉を、どうしてそんな風に解釈出来るのか。
こんなお馬鹿さんには、やっぱりゲンコツによる制裁が必要だ。パチュリーは右手に目一杯の力を込めて握り拳を作る。
しかし、パチュリーがそれを「せーの」と振りかぶった所で、夢美は唐突に、そしてあっけらかんに、こんなことを言ってきた。


「あっそういえば! 露伴先生は、あの荒木とコンタクトを取れるわよ」


予想の地平線をぶっちぎりで通り越した発言に、パチュリーは振り上げた拳で殴りつけるようにして夢美の胸倉を掴む。


「お馬鹿!! それを何故、早く言わないのよ!! それを知っていれば、もっと言葉を選んだのに!!」


首から取れるのではないかというくらい上下左右に夢美の頭を勢いよく揺らし、パチュリーは猛然と迫った。
殺し合いの主催者と連絡が取れるなど、それこそ新たな『鍵』と成り得る存在だ。
それを今更になって教えてくるなど、危機感、真剣味、その他諸々が欠如していると言わざるを得ない。
パチュリーはそんな馬鹿に代わって、急いで頭を回転させ、露伴を引き止める策を巡らしていく。
しかし、有効な案など思いつかない。彼女にとって、岸辺露伴は嘘吐きで口の悪い人間。
そんな奴にプライドを投げ捨て、我が身を省みず縋りつくのは、いかにも業腹だ。、
かといって、露伴を体よく説得できる言葉を、すぐに思いつけるほど、パチュリーは要領がいいというわけでもない。
となると、現状における最適解は、ソファにゆったりと腰をかけ、呑気にくつろいでいる吸血鬼だけだろう。


「レミィ、悪いんだけど、あの二人をお願いできるかしら?」


露伴と一緒に行動していたレミィなら、ちゃんと説得できるわよね、とパチュリーはレミリアに目を向けた。
レミリアとしては、頼られるのは癪ではないが、このまま素直に「はい」と言うのは、ちょっと癪だったりする。
なので、彼女は欠伸をしながら、ゆっくりと伸びをして、無関心を装い、退屈そうに、のんびりと訊ねてみることにした。


「もう遊びは終わったの?」

「私達のはね。それで今度はレミィの番ってわけ」

「パチェは、これからどうするの?」

「私は、生物のお勉強。教授の頭の中が、どうなっているかを、ちょっとね」

「え、その赤女を解剖するの!? やった! 私がやりたい! 面白そう!」

「あ、間違えた。教授のじゃなくて、教授とだ。っていうか、やめときなさい、レミィ。教授に触るとバカが移るわよ」

「バカかぁ。威厳が無くなりそうだから、やめとく」


夢美の顔を見て、レミリアはしみじみと呟いた。それに対して夢美が抗議を企てるが、パチュリーが肩でドンと
ソレを脇に押しやり、再びレミリアに先のことをお願いする。レミリアは沈思すると、やがて勿体ぶった口調で答えを返してきた。


577 : 信頼は儚き者の為に ◆BYQTTBZ5rg :2017/05/21(日) 22:55:19 hUrrFvrg0


「何だか寒くなってきわたねぇ、パチェ」

「ま、天気が悪いしね」

「外は、もっと寒いんだろうなぁ。ブルブル」

「太陽が出てないんだから、レミィは元気が出るんじゃないの?」

「こんな冷える日は、温かい紅茶をゆっくりと飲みたいわねぇ」

「……ほよ?」

「じゃ、ま、そういうことで」


レミリアは玲瓏たる蒼髪をふわりと揺らせ、ソファから華麗に立ち上がると、楚々とドアの方に歩いていき、
泰然とした背中と、そこから生える美麗なる黒翼を皆に見せつけながら、悠々と外へ出て行った。
何だか無意味に厳粛な雰囲気がジョースター邸の中に立ち込める。こんな空気で、一体どうしろというんだ。
「え〜と」と、パチュリーが当て所なく言葉を探していると、いきなり口元を綻ばせた夢美が眼前に現れた。


「フフ、パチェは、露伴先生が言ったことは信じないけど、私が言ったことは信じるのね〜」

「何よ、荒木とコンタクトが取れるというのは嘘だったわけ?」

「別に嘘じゃないわよ。そうじゃなくて、私が岸辺露伴を信じてって言ったら、パチェは信じる?」

「……教授は、康一が露伴の親友だっていう発言を信じるの?」

「そこらへんは、まぁ、私とパチェのように確たるものがあるわけじゃないから、疑問の余地は残るけれど、
それってわざわざ問いただす必要があること? どうしても確認しなければならないにしても、
仗助君の話を聞いてからでも遅くはない。そこらへん、パチェにしては迂闊過ぎたというか……。
何ていうか、パチェ、焦っていない?」


焦る。その言葉で、パチュリーは思わず渋面を作ってしまった。思い当たる節が、胸の中にハッキリとした形であったのだ。
ハッとしたようにパチュリーは顔を上げると、夢美の沈痛とした表情がそこにはあった。パチュリーの変化など、
ほんの一瞬にも満たぬ間であったが、夢美がそれと気づくのには十分な時間だったらしい。


「そ、そういえば、露伴のスタンド能力って、何だったの!?」


夢美が口を開きかけたところで、パチュリーは急いでそこに割って入った。
あれ、と心の中でパチュリーは首を傾げる。何故、夢美の言葉を遮ったのであろうか。
どう考えても、カーズのことや、彼から貰った結婚指輪のことを話すのが合理的だ。
その方が問題解決に近い。それなのに、パチュリーの口から出てきたのは、焦る理由とは全く無縁のことであった。


578 : 信頼は儚き者の為に ◆BYQTTBZ5rg :2017/05/21(日) 22:55:48 hUrrFvrg0

「ん、ああ、露伴先生のヘブンズ・ドアーは、人を本に変え、その人の記憶を読み取るというものよ。勿論、妖怪にも可能みたい」


パチュリーの内心に気がついたのであろうか、それとも気がつかなかったのであろうか、
夢美はパチュリーの質問に大人しく答えた。パチュリーがそれに安心と、そして不安とを同時に抱え込むという
何とも器用な真似をしていると、「ウエ゛ッ!!?」と、ぬえの奇妙な絶叫がジョースター邸を揺るがすほどの音量で響き渡った。


「な、何よ、き、急に? ビックリしたわね」


パチュリーは飛び出した心臓を元の場所に戻すかのように手で胸を押さえて、息を落ち着かせながら訊ねた。
ぬえは、別にそれに気がついて謝るわけでもなく、しどろもどろになって返答を開始する。


「ああ。いや、別に。何でもない。ほんと」


顔を伏せ、皆との距離を取り始めるぬえ。それを横目で確認しながら、夢美は露伴のスタンドの話を続けていく。


「まぁ、パチェに効かなかったのを見るに、相性みたいのが存在するようね」

「相性ねぇ」と、パチュリーは露伴とのやり取りを思い返す。

「ところで、パチェは漫画を読むの?」

「読まないわよ。あんなのは時間の無駄でしょ」


パチュリーは即答した。そこに我が意を得たり、と夢美は揚々と答えを照らし合わせていく。


「じゃあ、相性はやっぱりそこらへんに由来するものなのかもね。露伴先生は漫画が命って感じだし。ちなみに私はパチェ命」

「最後のは、どうでもいい。あと、ついでにもう一つ質問。慧音って、もしかして使えるの?」

「ん、そうみたい」

「そ、じゃあ、別に康一の解剖に立ち会ってもらう必要はなさそうね」

「あ、やっぱり彼の死体を掘り起こしたんだ」

「……何で、貴方は廃ホテルに戻って来なかったのよ?」

「さっき言った慧音先生の使える使えないで、色々とね」

「ハァ、それじゃあ爆弾のことを、さっさと調べましょう。仗助達が、ここに来ても面倒だしね」


579 : 信頼は儚き者の為に ◆BYQTTBZ5rg :2017/05/21(日) 22:56:35 hUrrFvrg0

そこまで言って、パチュリーは、はたと気がついたことがあった。


「教授、もしかして露伴が出て行くのを止めなかったのって、それが理由?」


と、図らずもパチュリーの口から確認の声が出てしまった。
あの場面で、口うるさい岡崎夢美が黙ったままでいることに違和感があったが、
ここに来て、ようやく氷解したといった感じだ。事実、夢美はそれを肯定する発言をする。


「ま、康一君の生首をどうするって話には、露伴先生は邪魔だしね。
っていうか、最初はパチェもそのつもりで動いているって私は思っていたんだけど、
途中からマジで喧嘩を売っているって気がついて、結構冷や汗ものだったわよ」


そんなに危ない橋を渡っていたのだろうか、とパチュリーは自問する。
確かに岸部露伴はパチュリーの目にも好戦的に見えたが、明確に死を予感させるカーズよりかは遥かにマシだ。
寧ろ、カワイイとすら思えてくる。とはいえ、この殺し合いに加えて、
カーズという橋までも渡っている最中であるからして、そう呑気にもしていられない。
パチュリーは早速、康一の生首が入ったバッグを抱えて、解剖の準備に取り掛かる。


「それじゃあ、吉影にぬえ、見張りの方をお願いね。これから康一の頭をいじるから、
露伴と仗助をくれぐれも亀の中に入れないようにね」


「亀?」と疑問符を打つ夢美を連れたって、パチュリーは亀の部屋の中に入った。
好奇心を刺激されてか、夢美は溜息を漏らしながら、部屋の中を注意深く見回す。
パチュリーから仙人は異空間を作れると聞いて、その時は半信半疑で終わった夢美だが、
こうして改めて異空間というのを目の当たりにすると、その話も嘘ではないと納得させられる。
仙人やスタンドの能力によって、この殺し合いの会場が作られたという話は、俄かに信憑性が増してきた。


580 : 信頼は儚き者の為に ◆BYQTTBZ5rg :2017/05/21(日) 22:57:46 hUrrFvrg0

「ところで、ここでの音って、外に聞こえたりするの?」


夢美は壁を拳で軽く叩きながらに訊ねた。
康一の生首を取り出そうとしていたパチュリーの答えは、「そのくらい自分で調べなさいよ」と、至ってぞんざいなものだ。
それを聞いた夢美はスーーッと大きく息を吸い込むと、パチュリーの鼓膜が破れんばかりの大きな声で叫びだす。


「キャーーーーーッ、パチェーーーーッ!!!! いきなり服を脱いでどうしたのーーー!!!! 
まさか、ここでエッチなことを始めるつもりーーーーー!!!!? イヤーーー、助けてーーー!!!!」


その音で、全ての空気を肺と腹から出し切った夢美は、パッと上の天井を急いで見上げる。
そこから見える外の吉良吉影の背中は微動だにしない。どうやら亀の中の声は、外に聞こえないようだ。
そのことに夢美が「へぇ〜」などと一人勝手に頷いていると、額に青筋を彩ったパチュリーが猛烈な勢いでやってきた。


「貴方!! もっとマシな確認方法が思いつかなかったの!!? 何で私が変態だって喧伝するわけ!!?
あと、耳がすっごいキンキンするんだけど!!? っていうか、殴られたいの!!? グーがいいの!? ねえ!!?」

「いや〜、めんごめんご。やっぱり男性相手に確認するのは、これが一番かなって。テヘ」

「テヘ、じゃない!! ああ、もう!! 教授って、いつもそうよね。ようやく貴方に再会できたって実感が湧いてきたわ」

「パチェはいつもの調子を取り戻した?」

「知らないわよ! とにかく、遊んでないで、解剖を始めましょう」

「その前に、一つだけ質問いいかしら?」

「何よ」

「吉良さんが鍵って、どういう意味?」

「誰から聞いたの、その話?」

「ん、吉良さんと露伴先生が話しているのをね」


成る程、と納得すると、パチュリーは吉良のスタンドを使っての脳内爆弾の解除方法と、その実験のことを話した。
その一つ一つの話に、夢美は興味深く頷き、パチュリーの推理や仮説を丹念に咀嚼していく。
そしてそれら全てが終わると、夢美は天井の向こうにいる吉良の背中を改めて見上げてから、ゆっくりと息を吐いた。


「パチェって、面白いことを考えるのねぇ」

「ありがと。さ、もういいでしょう。解剖を始めましょう」

「待って、パチェ。今のは質問じゃないわ。単なる確認よ」と、夢美は勝ち誇ったように言った。

「……それで、質問って何?」と、パチュリーは不機嫌を露にして訊ねる。

「その解除方法が上手くいったとして、吉良さんはちゃんと協力すると思う?」

「どういう意味よ?」

「まず仗助君や、そのお友達だけど、吉良さんは間違いなく彼らの爆弾を解除しないわよね?」

「それは私達とは関係ないことよ。あくまで、彼らの問題。私達が立ち入ることではないわ」

「じゃあ、その私達っていうのは百パーセント安全なの、パチェ? 爆弾を解除する時って、すっごく無防備。
パチェなら、その意味は分かるわよね? 吉良さんが、優勝を目指すってことになったら、私達は一巻の終わりよ?」

「その点は大丈夫よ。まず私が一人目の爆弾解除の役を担う。そのあとは、私が吉影の喉元に刃を突きつけてあげるわ」

「ふーーーーん、パチェが人柱になるってわけ」

「そうよ、それなら文句はないでしょう? さ、もういい加減、解剖でも始めましょう」

「待って、パチェ。今のは質問じゃないわ。単なる会話よ」


581 : 信頼は儚き者の為に ◆BYQTTBZ5rg :2017/05/21(日) 22:58:41 hUrrFvrg0

そこでふざけた会話に終止符を打つように、パチュリーは夢美を鋭く睨み、
猛獣が敵を威嚇するように声を低くして、警告した。


「教授、私だって怒る時は怒るのよ。解剖したくないんだったら、貴方はさっさと出て行って。
これ以上邪魔をするんだったら、私は容赦なく貴方に攻撃を加えるわ」

「パチェ、廃ホテルで貴方が私に言ったことを覚えている?」と、出し抜けに夢美は訊ね、
パチュリーの顔を真正面から見つめた。「さあ、私が答えてもらいたかったのは、それよ。
廃ホテルでパチェが私に言ったことを覚えている?」

「は、何よ、いきなり? まさか慧音の真似をして私に説教でもするつもり?
あの件だったら、もう分かったわよ。次からは気をつける。それでいいでしょう?」


パチュリーは強い恥ずかしさと当惑を感じながら顔をそむけた。
夢美はそんな彼女に一歩近づき、穏やかに話しかける。


「落ち着いて、パチェ。私は別に説教なんてするつもりはないわ。私はパチェの味方だもの。
それに露伴先生の言動だって、やっぱり問題がある。っていうか、あの程度の軋轢や確執なら、私なんかしょっちゅうよ」

「結局、教授は何が言いたいわけ?」


夢美はもう一歩パチュリーに近づき、ゆっくりと訊ねる。


「覚えていないの? あの時、私達がお互いに愛称で呼ぶようになった時、パチェは私にこう言ったのよ。私を信じてって」

「それが何よ?」

「今度は私が言うわね」夢美は更に一歩を踏み込んで、パチュリーの顔を真っ直ぐと見据えながら答えた。
「吉良になんか頼らない爆弾の解除方法を、私が絶対に見つける。だから、私を信じて、パチェ」


582 : 信頼は儚き者の為に ◆BYQTTBZ5rg :2017/05/21(日) 22:59:02 hUrrFvrg0

その答えを聞いた瞬間、パチュリーの目の奥に熱いものが込み上げてきた。
爆弾を解除する為に、引いてはこの異変を解決する為に、パチュリーはどれほどの責任を感じていただろうか。
彼女の知る幻想郷の面々といえば、それは頼りない奴らだ。異変が起きても、大して危機感も抱かず、
呑気に、のんびりと自分の時間を過ごしている能無しのマヌケ達。そんなぐうたらなクズ共では、今回の異変は到底解決できない。
だからこそ、そんな性根の腐った蛆虫共に成り代わって、自分が動かなければならない、とパチュリーは強く思っていた。


それは、言い換えれば、幻想郷全員の命を背負うということだ。幾ら膨大な知識を誇る大魔法使いといえど、
今回の異変の規模を考えれば、その小さな背中で担ぎきれるものではない。その上、少ない情報の中で
何とか考え付いたものは、薄氷を踏むが如き爆弾の解除方法だ。それでは、皆を守る、異変を解決するなどとは
自信を持って言うことが出来ない。いよいよパチュリーの背中にあるものは、その重みを増してきた。


だが、ここに来て、その重荷を共に背負うと言った人間が現れたのだ。それも言い逃れようのない、確かな言葉で。
その時、パチュリーに訪れた喜びと解放感といったら、どうだろう。思わず感涙で頬を濡らし、夢美に抱きつきたくなったほどだ。
とはいえ、そんなことをおいそれとするのは、パチュリー・ノーレッジのキャラクターではない。
それを知る彼女は代わりに、と一歩を踏み込んで、岡崎夢美に右ストレートをぶちかました。


「んほおおおーー!!」と夢美は殴られた鼻面を押さえながら、床をゴロゴロと転げまわる。
「え、何で!? 何で殴るの!? 今の、感涙で頬を濡らし、私に抱きつく場面じゃないの、パチェ!!?」

「うっさい!!」と、パチュリーは容赦なく切り捨てた。「新しい爆弾の解除方法を見つけるって大言壮語を吐くなら、
それを成してからにしなさい。そうすれば、信じるでも、抱きつくでも、何でもしやるわよ!!」


それを聞いた夢美は、勢いよく跳ね起きた。そして全力全開のダッシュをして、
パチュリーの胸に飛びつき、その勢いのままに二人仲良くソファに倒れ込む。


「今の台詞、聞いたわよ、パチェ。何でもするのね? 何でもって言ったら、何でもよね?」


ぐへへ、と夢美は欲望を露にした笑顔を下品にさらけ出した。
それを見て、自分の失言を悟ったパチュリーは慌てて訂正の言葉を投げかける。


「待って! 今のナシ! 抱きつくまでが限度よ! どう考えても、それ以上はナシ!」

「い〜や! ダメ! ちゃんと言質は取ったわよ! 何でもね! ふふ、何をしてもらおうかしらね〜?」


そのまま二人はナシ、ダメとお互い言い合いながら、ソファの上でじゃれあっていく。
そこには二人にあった不安の翳りは見られない。確かな平和の光景だ。
しかし、そんな彼らを、漆黒に染まった双眸がジロリと、いつの間にか亀の上から見つめていたのであった。


583 : 信頼は儚き者の為に ◆BYQTTBZ5rg :2017/05/21(日) 23:00:18 hUrrFvrg0

【C-3 ジョースター邸 亀の中/真昼】

【パチュリー・ノーレッジ@東方紅魔郷】
[状態]:カーズの『死の結婚指輪』を心臓付近に埋め込まれる(2日目の深夜後に毒で死ぬ)、服の胸部分に穴
[装備]:霧雨魔理沙の箒
[道具]:ティーセット、基本支給品×2(にとりの物)、考察メモ、広瀬康一の生首
[思考・状況]
基本行動方針:紅魔館のみんなとバトルロワイヤルからの脱出、打破を目指す。
1:康一の頭を解剖する。
2:レミィの為に温かい紅茶を淹れる。
3:カーズのことを教授に話した方がいいのかな? っていうか、放送で文と燐が呼ばれていないわよね?
4:魔力が高い場所の中心地に行き、会場にある魔力の濃度を下げてみる。
5:第四回放送時までに考察を完了させ、カーズに会いに行く?
6:ぬえに対しちょっとした不信感。
7:紅魔館のみんなとの再会を目指す。
8:妹紅への警戒。彼女については報告する。
[備考]
※喘息の状態はいつもどおりです。
※他人の嘘を見抜けますが、ぬえに対しては効きません。
※「東方心綺楼」は八雲紫が作ったと考えています。
※以下の仮説を立てました。
荒木と太田、もしくはそのどちらかは「東方心綺楼」を販売するに当たって八雲紫が用意したダミーである。
荒木と太田、もしくはそのどちらかは「東方心綺楼」の信者達の信仰によって生まれた神である。
荒木と太田、もしくはそのどちらかは幻想郷の全知全能の神として信仰を受けている。
荒木と太田、もしくはそのどちらかの能力は「幻想郷の住人を争わせる程度の能力」である。
荒木と太田、もしくはそのどちらかは「幻想郷の住人全ての能力」を使うことができる。
荒木と太田、もしくはそのどちらかの本当の名前はZUNである。
「東方心綺楼」の他にスタンド使いの闘いを描いた作品がある。
ラスボスは可能性世界の岡崎夢美である。
※藤原妹紅が「メタリカ」のDISCで能力を得たと思っています。

【岡崎夢美@東方夢時空】
[状態]:健康、パチェが不安
[装備]:スタンドDISC『女教皇(ハイプリエステス)』、火炎放射器@現実
[道具]:基本支給品、河童の工具@現地調達、レミリアの血が入ったペットボトル、不明支給品0〜1(現実出典・確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:『素敵』ではないバトルロワイヤルを打破し、自分の世界に帰ったらミミちゃんによる鉄槌を下す。
パチュリーを自分の世界へお持ち帰りする。
1:パチェ、私を信じて!
2:康一の頭を解剖する。
3:吉良に頼らない爆弾の解除方法を絶対に見つける!
4:能力制限解除方法、会場からの脱出の方法、外部と連絡を取る方法を探す。
5:パチュリーが困った時は私がフォローしたげる♪ はたてや紫にも一応警戒しとこう。
6:パチュリーから魔法を教わり、魔法を習得したい。
7:霧雨魔理沙に会ってみたいわね。
[備考]
※PCで見た霧雨魔理沙の姿に少し興味はありますが、違和感を持っています。
※宇佐見蓮子、マエリベリー・ハーンとの面識はあるかもしれません。
※「東方心綺楼」の魔理沙ルートをクリアしました。
※「東方心綺楼」における魔理沙の箒攻撃を覚えました(実際に出来るかは不明)。
※時間軸のズレについて気付きました。


584 : 信頼は儚き者の為に ◆BYQTTBZ5rg :2017/05/21(日) 23:01:06 hUrrFvrg0
【C-3 ジョースター邸/真昼】

【吉良吉影@ジョジョの奇妙な冒険 第4部 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]:体力消費(小)、喉に裂傷、鉄分不足、濡れている、ストレスすっきり
[装備]:スタンガン
[道具]:ココジャンボ@ジョジョ第5部、ハスの葉、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:平穏に生き延びてみせる。
1:この吉良吉影が思うに「鍵」は一つあれば十分ではないだろうか。
2:東方仗助とはとりあえず休戦?
3:空条承太郎らとの接触は避ける。どこかで勝手に死んでくれれば嬉しいんだが…
4:慧音さんの手が美しい。いつか必ず手に入れたい。抑え切れなくなるかもしれない。
[備考]
※参戦時期は「猫は吉良吉影が好き」終了後、川尻浩作の姿です。
※慧音が掲げる対主催の方針に建前では同調していますが、主催者に歯向かえるかどうかも解らないので内心全く期待していません。
ですが、主催を倒せる見込みがあれば本格的に対主催に回ってもいいかもしれないとは一応思っています。
※能力の制限に関しては今のところ不明です。
※パチュリーにはストレスを感じていません。
※藤原妹紅が「メタリカ」のDISCで能力を得たと思っています。

【封獣ぬえ@東方星蓮船】
[状態]:精神疲労(小)、喉に裂傷、濡れている、吉良を殺すという断固たる決意
[装備]:スタンドDISC「メタリカ」@ジョジョ第5部
[道具]:ハスの葉、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:聖を守りたいけど、自分も死にたくない。
1:吉良と二人きりか……これってチャンス??
2:岸部露伴のスタンド能力は厄介だなぁ。あと慧音の使えるって??
3:皆を裏切って自分だけ生き残る?
4:この機会に神霊廟の奴らを直接始末する…?
[備考]
※「メタリカ」の砂鉄による迷彩を使えるようになりましたが、やたら疲れます。
※能力の制限に関しては今のところ不明です。
※メスから変化させたリモコンスイッチ(偽)はにとりの爆発と共に消滅しました。 本物のリモコンスイッチは廃ホテルの近くの茂みに捨てられています。


585 : 信頼は儚き者の為に ◆BYQTTBZ5rg :2017/05/21(日) 23:01:46 hUrrFvrg0
【C-3 ジョースター邸付近/真昼】

【レミリア・スカーレット@東方紅魔郷】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:「ピンクダークの少年」1部〜3部全巻(サイン入り)@ジョジョ第4部、ウォークマン@現実、 鉄筋(残量90%)、マカロフ(4/8)@現実、予備弾倉×3、妖怪『からかさ小僧』風の傘@現地調達、 聖人の遺体(両目、心臓)@スティールボールラン、鉄パイプ@現実、 香霖堂や命蓮寺で回収した食糧品や物資(ブチャラティのものも回収)、基本支給品×4
[思考・状況]
基本行動方針:誇り高き吸血鬼としてこの殺し合いを打破する。
1:慧音と露伴をパチュリーの所に引っ張っていく。
2:温かい紅茶を飲みながら、パチェと話をする。
3:咲夜と美鈴の敵を絶対にとる。
4:ジョナサンと再会の約束。
5:サンタナを倒す。エシディシにも借りは返す。
6:ジョルノに会い、ブチャラティの死を伝える。
7:自分の部下や霊夢たち、及びジョナサンの仲間を捜す。
8:殺し合いに乗った参加者は倒す。危険と判断すれば完全に再起不能にする。
9:億泰との誓いを果たす。
10:ジョナサン、ディオ、ジョルノに興味。
11:ウォークマンの曲に興味、暇があれば聞いてみるかも。
[備考]
※参戦時期は東方心綺楼と東方輝針城の間です。
※時間軸のズレについて気付きました。

【上白沢慧音@東方永夜抄】
[状態]:健康、ワーハクタク
[装備]:なし
[道具]:ハンドメガホン、不明支給品(ジョジョor東方)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:悲しき歴史を紡がせぬ為、殺し合いを止める。
1:『幻想郷の全ての知識』を以て可能な限り争いを未然に防ぐ。
2:露伴をなだめて、連れ戻す。
3:他のメンバーとの合流。
4:殺し合いに乗っている人物は止める。
5:出来れば早く妹紅と合流したい。
6:姫海棠はたての『教育』は露伴に任せる。
[備考]
※参戦時期は少なくとも弾幕アマノジャク10日目以降です。
※ワーハクタク化しています。
※能力の制限に関しては不明です。
※時間軸のズレについて気付きました。

【岸辺露伴@第4部 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]:背中に唾液での溶解痕あり、プライドに傷
[装備]:マジックポーション×1、高性能タブレットPC、マンガ道具一式、モバイルスキャナー
[道具]:基本支給品、東方幻想賛歌@現地調達(第1話原稿)
[思考・状況]
基本行動方針:色々な参加者を見てマンガを完成させ、ついでに主催者を打倒する。
1:吉良とパチュリーをぶちのめす。
2:『東方幻想賛歌』第2話のネームはどうしようか。
3:仗助は一発殴ってやらなければ気が済まない。
4:主催者(特に荒木)に警戒。
5:霍青娥を探しだして倒し、蓮子を救出する。
6:射命丸に奇妙な共感。
7:ウェス・ブルーマリンを警戒。
[備考]
※参戦時期は吉良吉影を一度取り逃がした後です。
※ヘブンズ・ドアーは相手を本にしている時の持続力が低下し、命令の書き込みにより多くのスタンドパワーを使用するようになっています。
※文、ジョニィから呼び出された場所と時代、および参加者の情報を得ています。
※支給品(現実)の有無は後にお任せします。
※射命丸文の洗脳が解けている事にはまだ気付いていません。しかしいつ違和感を覚えてもおかしくない状況ではあります。
※参加者は幻想郷の者とジョースター家に縁のある者で構成されていると考えています。
※ヘブンズ・ドアーでゲーム開始後のはたての記憶や、幻想郷にまつわる歴史、幻想郷の住民の容姿と特徴を読みました。
※主催者によってマンガをメールで発信出来る支給品を与えられました。操作は簡単に聞いています。
※ヘブンズ・ドアーは再生能力者相手には、数秒しか効果が持続しません。
※時間軸のズレについて気付きました。
※パチュリーが大嫌いです。


586 : ◆BYQTTBZ5rg :2017/05/21(日) 23:02:24 hUrrFvrg0
以上です。投下終了。


587 : 名無しさん :2017/05/22(月) 00:37:57 .NmdQlmQ0
投下お疲れ様です。
あるふたつの爆弾を抱えたままのパッチェさんが、この先何回道を踏み外してゆくのか……楽しみですね。
今回は露伴先生の地雷を踏みまくっていったわけですが……そこをなんとか他の誰かがカバーしてくれればオッケイなのです……が! まあ難しいでしょうね……

キャラ同士の掛け合いや、心理のさぐり合いは見ていて楽しいものです。よくこんな風に画けるなぁと感心する余りでございまする。


588 : 名無しさん :2017/05/23(火) 20:10:13 vbDrhcac0
投下乙です
地の文で時折見られる、少しコミカルでどこか毒もある、氏らしい言い回しは健在ですね。
東方キャラに多い歯に衣着せぬ会話も露伴先生相手では、完全にそりが合わないだろうなぁ…w
ひとまず首輪解除実験は頭脳二人が攻略中か……吉良とぬえが二人でいる以上、あまりいい予感はしない。
こうなったら不良コンビに賭けるしか……(厳しそう)


589 : 名無しさん :2017/05/26(金) 20:01:56 OBd79LE20
投下乙
露伴ちゃんが露骨にキレてプルプルしてるところを、その頼りがいのある理性で〜とか表現して笑うし、また煽られたらヘブンズドアーかますから、すげー皮肉だ。ぬえがちょっとの出番でボロ出てるけどギャグみたいなもんだし、ガス抜き中のおぜうは頑張って次でいげん()を取り戻してもらいましょう。そしてラスト不安だー!止めろー!状態表に何てモン仕込んでやがんだー!バカヤロー!コンチクショー!


590 : ◆qSXL3X4ics :2017/05/28(日) 01:46:19 MTAaIjpk0
蓬莱山輝夜、リンゴォ・ロードアゲイン、ジャイロ・ツェペリ、稗田阿求、西行寺幽々子、射命丸文、ホル・ホース
以上7名予約します


591 : ◆e9TEVgec3U :2017/05/28(日) 06:32:44 6BnKsxAs0
うっわ…藁の砦また爆発しそう…
危険人物

比那名居天子、火焔猫燐、東方仗助、ファニー・ヴァレンタイン
以上4名を予約させて戴きます


592 : ◆e9TEVgec3U :2017/06/01(木) 23:27:11 ktwW21jQ0
投下致します。


593 : 船、うつろわざるもの、わたし。 ◆e9TEVgec3U :2017/06/01(木) 23:28:50 ktwW21jQ0
わたし―比那名居天子…否、もう比那名居地子に戻ったんだった。には、考えていることがある。


それは「わたし」について。


「わたし」は先程の戦いでいくつか変わったことがある。

五衰を受け入れてしまった。
自らの天人としての座を捨ててしまった。
自らの座す場所を変えてしまった。
自らの字を遙か昔の物に戻した。
髪を心境の変化から短くした。
そして、右腕は自分の物ではない「何か」に変わってしまった。

でも、この今居る座に不満があるわけでもないし、むしろ自分から嬉々として受け入れている。
ジョジョとの絆を得て、あの石作りの海でヴァニラとかいう男を石柱に変えてやった。
仲間意識、というのかけがえのない物も得た。

以前の、こんなフザけた催しに参加させられる前の私には持っていなかった物を今は持っている。
以前の、こんなフザけた催しに参加させられる前の私が不必要だと思っていた物が今ではたまらなく嬉しい。



だが、変容を受け入れると同時に――


私は変容することを幾らか恐れているのだ。



「わたし」はこのフザけた催しに参加させられた前から、精神的にも肉体的にも大きく変わっている。

衣玖を含めて、昔の私を知っている者が今の私を見たらどう思うだろうか。
驚くだろうか。
笑うだろうか。
嘲るだろうか。
もはや天人ではなく、六道を堕ちてしまった、この私を。


今や「比那名居天子」という存在は変容し、以前の「天人という種族としてのわたし」は今や失われつつある。


594 : 船、うつろわざるもの、わたし。 ◆e9TEVgec3U :2017/06/01(木) 23:30:26 ktwW21jQ0

もしも、仮に。
私が髪の色を蒼天のような青色から変わってしまったら。
私が身に着けている帽子をどこかへやってしまったら。
私が身に着けている服を全く別のものに変えてしまったら。
私の身体全てが今の右腕みたいに「何か」に置き換わってしまったら。


私を示す全ての物を空に捧げてしまったら。



周りはどの時点まで私を「わたし」と認識できるのだろうか?
私はどの時点で「わたし」ではなくなるのだろうか?



天人を辞めて、自分の立場を再確認して。
「相棒」に自分を認めてもらって。
たまらなく清々しい気持ちになって。

その先にあったのは、今得た物を手放したくない、ちっぽけで臆病な私だったのだ。


ならばこの先、私は暗闇の中に何を光明として見出さねばならないのだろうか。

今はまだその感情を表面に出さなくても過ごしていける。
だが、いずれ私は答えを探さなければならない。


探さなければならない、のだが……


595 : 船、うつろわざるもの、わたし。 ◆e9TEVgec3U :2017/06/01(木) 23:31:57 ktwW21jQ0
「ねぇジョジョ」


「なんスか地子さん?」


「今さ、アンタの目には何が映ってる?」


「えーっと…湖っスよね、多分……」


「これってもしかして…私達、朝に居た場所に戻ってるのかしら?」


「考えたくもないっスけど…多分、そういう事なんじゃないっスか?」


「で、パチュリー達とは第二回放送にジョースター邸ってところで集合って事になってたわよね?」


「多分そんなんだったと思いますけど…時計はあともう少しで12時っス」


「あぁ〜もうどうすんのよ!
 あんのヴァニラとかいう男と戦って疲れてるってのに更に歩かないといけないワケ!?」


「元はと言えば地子さんがあの刑務所の正面玄関で首ゴキャってしたのが悪いっスよ!
 あんな事に時間を掛けさえしなければ引き返しても間に合ったかもしれないじゃないっスか!」


「それはアンタが私を煽ったからでしょ!
 折角清々しい気分であそこを起とうとしてたのにあれで台無しになっちゃったじゃない!
 そもそもアンタの首をゴキャってしてもしてなくても引き返す時間はなかったわよ!」


「じゃぁ地子さんが方向間違えたのが悪いっスよ!
 何はともあれおれが責められる要素はどこにもないじゃないっスか!」


「じゃぁ何よ!アンタにはどっちに行けば良いか分かったって言うの!?」


「まぁ…そうっスね、と言うか方位磁石配られたじゃないっスか」


「なら先に言いなさいよ!
 これじゃぁ骨折り損のくたびれ儲けじゃない!」


「自信満々に進んでたっスからてっきり分かってるものだと思うじゃないっスか!
 って…アレ?」


596 : 船、うつろわざるもの、わたし。 ◆e9TEVgec3U :2017/06/01(木) 23:33:13 ktwW21jQ0

「どうしたのよ?」


「向こうに人影が二つ見えるんっスけど…気のせいっスかね?」


「あー…確かに見えるわね……
 でもさっきの山の神みたいに乗ってる奴だったら最悪だし……
 どうする?話でも聞きに行く?」


「話を聞きたいのは山々っスけど…そんな暇ないんじゃないっスかね〜?」


「まぁなんとかなるでしょ!
 それに協力者は多い方が事足りるわ」


「……もしあの二人がこのゲームに乗っていたら?」


「容赦なくブチ呑めすに決まってるでしょ!」


「そう言うんなら構わないっスけど…」


「じゃぁ行くわよ!」


湖畔を歩く二人の影は仲睦まじいのか、それとも互いに衝突し合っているのか。
体は雨で濡れているにも関わらず元気に歩く。
少し泥濘んだ大地を力強く踏みしめて、二人組と二人組は接近して。
そして……



「ねえーっ! そこのア


    キィィィ―――――ン



天子の言葉を遮るかのように響く甲高い音。
その音は仗助の鼓膜を、そしてもう二人の鼓膜を震わす。
音の出処は分からないが、確かに響く感触のある、本日二度目の忌々しい音。



――やあ、久し振りだね……参加者の諸君。


なんの因果か、それとも運命か。
二人組同士が邂逅しようとした瞬間に、二回目の放送が始まった。


597 : 船、うつろわざるもの、わたし。 ◆e9TEVgec3U :2017/06/01(木) 23:34:37 ktwW21jQ0



終わってみれば、心が動く、とかそういった感情はそんなに湧いてこなかった。
聞いていて見知った名前もちらほら耳にしたが、特別親しい者の名前が呼ばれた訳でもなし。

ただ、別れてすぐに物言わぬ骸となってしまった仗助の親友、広瀬康一。
そして、彼を殺した河城にとり。
――この二人の名前が呼ばれた時に心が動かなかったか、と言えば嘘になるが。


だが、仗助は私とは違う。


「康一…億泰……!」


自己の変化ではなく、周囲の変化。
守れなかった友人の名前が呼ばれ、憎き殺人鬼が飄々と生きている。
それだけでも許しがたいのに、康一以外にも彼の友人がもう一人、名前を呼ばれていたのだ。
これを悲しいと言わずして何と言えるだろう。

歯を食いしばり、涙を必死に堪え。
見てもたってもいられない様な形相で、いかにも泣き出しそうで。
いつもの仗助なら絶対にしないような雰囲気を出していて。
彼の悲しみが痛々しい程に伝わってくるのだ。


「ハァ、全く……
 ジョ…いや、仗助。アンタは近くの木陰にでも行って気が済むまで泣いてきなさい。
 我慢してるアンタなんてみっともないし、いつまでも悲嘆に暮れてる姿なんて見てらんないわ。
 私はあの二人組と話をして、ついでに吉良の悪行をあることないこと言いふらしてやらなきゃならないんだから」


「えっ…あ……そうですね、ありがとうございます」


雨の響きが弱まる中、しっかりと耳に届いた言葉。
その言葉は天子の顔に微笑みを作らせるには充分で。
彼はそのまま踵を返すと近くの木の方へ歩いて行く。


598 : 船、うつろわざるもの、わたし。 ◆e9TEVgec3U :2017/06/01(木) 23:36:05 ktwW21jQ0

「よし」


一方の天子はそのまま二人組の方へと歩み寄る。
居たのは赤髪獣耳の妖獣と、金髪を靡かせた気品のある男性。
放送前は二人共近い位置にいたはずだが、今は少し距離があるようだ。

気分は晴れやかではないがそれでも十分。
先程は遮られたが、今回はいけるはず。


「ねえーっ! そこのアンタ達ー!
 ちょっと聞きたい事があるんだけど良いかしらー!?」


すると男性の方がこっちを向いた。


「ふむ。君は……確か、『比那名居天子』くんだったかな?」


「アンタ、何者?」


「あぁ、すまないな。自己紹介を忘れていたよ。
 私の名前は『ファニー・ヴァレンタイン』。アメリカ合衆国第23代大統領を務めている者だ。
 そしてあそこに居る彼女はお燐くん。本名は『火焔猫燐』と言うそうだ。
 君の事を知っていたのは…幻想郷縁起、という本の情報を知っていたからだな」


「……単刀直入に聞くわ。
 アンタとあの化け猫はこのフザけたゲームに乗っているのかしら?」


「いや、とんでもない。
 それに私は博麗霊夢と会って、幻想郷に人妖に手を出さないと『約束』している。
 正当防衛以外で危害を加えるつもりは全くない。」


「そう、分かったわ。
 ところで…あそこにいる化け猫はどうしたのよ?なんか世界の終わりみたいな顔してるけど……」


「さっきの放送で、どうやら家族の名前が呼ばれたみたいでね。
 彼女の家族は見つけ次第保護する事にしていたのだが……
 彼女には悪いが、こうなってしまってはできる事もなくてどうしようもない」


それは直感か、それとも目の前の男がそういう雰囲気を纏っていたのか。
はたまたその淀みない口調がそう感じ取らせたのか。
天子はこのファニー・ヴァレンタインという人間が、仗助のように優しく正義感のある人間だと思えた。


――この人間なら吉良の悪行について分かってくれるんじゃないか?

そう考え、口に起こそうとした矢先の事。
突如として謎の目眩が走った。

だが、それは目の前のヴァレンタインも体感したようで。


「これは…聖人の遺体…!?」


すぐさま出たヴァレンタインの声に合わせて、俯いていたお燐の顔から少しだけ翳りが消えた。


「えっ…?何…?」


だが天子はただ、剽軽な顔をするのみ。

天子がその「聖人の遺体」が自分の右腕である事に気付くのに、そう時間は要さなかった。


599 : 船、うつろわざるもの、わたし。 ◆e9TEVgec3U :2017/06/01(木) 23:37:14 ktwW21jQ0

「おっと、言いそびれていたね。
 君は『誰かのために』何かをしようかとしたことは無いかい?
 私は…祖国のためにとある物を集めている。
 それは集めると祖国に大きな発展を齎してくれる物でね。
 そのとある物、というのがその君の右腕と同化している聖人の遺体なのだ」


「……つまりアンタは祖国ってののためにその聖なる遺体をよこせって言っているのかしら?」


「よこせ、というのは間違っている。
 私は順当な『約束』の元に君と契約したいのだよ、比那名居天子くん。
 武力行使はしたくないタチでね。できれば穏便に済ませたい。
 なるべく対価を持って話を付けられれば良いと思っている。
 ……どうか、その聖人の遺体を私に渡してほしい」


「随分としおらしいわね……
 渡さないって言ったらどうするのよ?私を殺してでも奪い取る?」


「渡さない、と言われたら武力行使も止むをないだろう。
 だが…そういうことはなるべくしたくないのだよ。
 私は『信用』に重きを置いている……そして、『信用』を損なうことを何よりも恐れている。
 だから、話し合いだけで全てを解決したい」


突風が二人の間を割き、雨が体を叩きつける。
それは決意の表れか。


「悪いけど、この右腕は私にとって必要な物なのよ。
 二つ返事で渡せるほど安くはないわ!
 アンタがどれ程の奴か、見せてもらおうじゃない!」


木刀を携え、泥濘んだ地面を蹴り上げ……
否、地面から突き出した要石の勢いで加速。
天子は大きく空へ飛び上がった。


「そうか…残念だ。
 そちらが武力行使をしてくるなら止むを得ない」


天子は遙か上からヴァレンタインの頭上に狙いを付ける。
掲げるは勇気。捧ぐは決意。
木刀をただ一心に振り下ろすだけ。

天子にとっては、ただの力試し。
異変を起こし、幻想郷の『命名決闘法』というルールの中で戦っていた彼女にとっては、ちょっかいのような物。


600 : 船、うつろわざるもの、わたし。 ◆e9TEVgec3U :2017/06/01(木) 23:38:40 ktwW21jQ0

……それは木刀を振り下ろす直前だった。
ヴァレンタインの隣にスタンド像が出てきたのは。


「『Dirty deeds done dirt cheap』
         ”いともたやすく行われるえげつない行為”」


勇気は、時として無謀に変化する。
そう、無謀だったのだ。


ヴァレンタインの姿は、どこかへ消えていた。

天子がその異常に気が付いた時には、既に遅かった。遅すぎた。

着地しようと構えた天子の左腕が、突如現れた腕に掴まれる。
そして、どこかへ引きずり込まれた。

それを見計らったかのように雨粒と雨粒の間からヴァレンタインが現れる。


「肘より下を『隣の世界』へと引きずり込んだ。
 そして『隣の世界』と自由に出入りできるのはこのわたしの能力だけだ」


「な…腕が…どうなって…」


「引きずり込まれた君がもう一人の君自身と出会った時…その肉体がどうなるか分かるか?」



まだ自分の「座」を得てから全然経っていないのに。
まだ自分の変容について完全に受け入れたわけじゃないのに。
まだ自分がなすべきことは山ほどあるのに。


迫り来る死の予感に抗う事はできない。

襲ってきた形容しがたい痛みは天人だった頃には絶対に味わえない程度の辛さを併発し──


601 : 船、うつろわざるもの、わたし。 ◆e9TEVgec3U :2017/06/01(木) 23:40:48 ktwW21jQ0
天子さんに言われて木陰で休んでいる間、これまでのことが涙のように流れてきた。
枝と枝の間を縫って落ちてくる雨粒はトレードマークの髪型を滴り、学生服を伝い、地面へ流れてゆく。
雨粒と涙は混ざり合い、皮膚の上ではどれが雨粒でどれが涙か分からない。
だが、水が頬を伝うたびに過去は鮮明に浮かび上がる。


杜王町のこと。吉良を追っていた時のこと。
じいちゃんや重ちーの死。
この会場にきてからのこと。
天子さんと一緒に行動したこと。

そして、康一や億泰との思い出。


せめて平穏である間だけは。
平穏な今だけは感傷に浸りたい。
吉良や、さっき戦ったヴァニラや神奈子の事なんて忘れてゆったりと過ごしていたい。

なのに。
それなのに。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


何故なのだろうか。
平穏は、いつも長くは続かない。
耳に聞こえてきたのは、天子さんの悲痛。

心の中にある正義感が灯ると共に、考えるまでもなく足が動いていた。
考えを行動に移そうとした時には既に、泥を蹴飛ばし、泥濘に足を取られるかなんて事も考えずに、俺は天子さんの方向へ走り始めていた。


602 : 船、うつろわざるもの、わたし。 ◆e9TEVgec3U :2017/06/01(木) 23:42:24 ktwW21jQ0


「もう一度言う。その聖なる遺体を渡してくれ」


決着は既に着いていた。
天子にはこの状況をどうする事もできない。
自分自身を諦める決心も、右腕を潔く捨てる決心もできていないのだ。

何も考えていなくて無言なわけではない。
ただ、天子には変容が怖いだけ。
変容を無鉄砲に受け入れる事が、もうできない。
一方通行の袋小路。


その時。


「天子さんに何をしやがったぁぁぁぁ!」


天子の耳に聴き慣れた相棒の声が届いてきた。

向かってくるは仗助の怒り。
放たれるものも仗助の怒り。
クレイジー・ダイヤモンドの拳が、まっすぐに。ただ直向きに。
仗助の心を表すかのように放たれ……


「もうやめてよ!大統領さんもそこのお兄さんも!」


なかった。
つい手が止まっていた。

驚いた顔をする仗助とヴァレンタイン。
天子はただ、決心の鈍るばかり。

代わりに放たれていたのはお燐の叫びであった。


603 : 船、うつろわざるもの、わたし。 ◆e9TEVgec3U :2017/06/01(木) 23:44:02 ktwW21jQ0

雨足は気付けば弱くなっていた。
そこにあるのは、小さくとも確かに存在するお燐の意志。



「さっきの天狗のお姉さんの時は確かに大統領さんが正しかった!
 大統領さんが下手に出てるのを良い事に一方的に遺体を全て寄越せなんて言われたら大統領さんじゃなくても嫌な気分にはなるし、
 羽をああするしか他に方法は無かったと思う!
 でも今のは違う!攻撃してきたのはあっちだけど…あんな痛そうになるまでしなくてもまだ解決出来たよ!
 まだ話し合う余裕だってあったと思う!」



涙ぐんだ声を雨がかき消す事はもうない。
その声は弱々しい子猫が放つものなのに、一句一文が重い。
段々と弱くなっていく雨と違い、お燐の言葉はだんだん強くなっていく。



「向こうから攻撃してきたのは同じだけどさ!
 あの青髪のお姉さんは大統領さんを殺そうとまではしてなかった!
 さっきの天狗のお姉さんとは違うんだよ!?それなのに……!」


「確かに彼女は射命丸文やブラフォードとは多少違ったかもしれない、だが……」


「大統領さんが遺体を集めるのに大きな理由があるのは知ってるよ!
 誰がを犠牲にしてまで叶える意義があるんだってのも分かってる!
 だけど…その理由のために殺さなくても良い人まで犠牲にして、誰かが悲しんでほしくないよ!
 さっきの放送で、お空とこいし様の名前が呼ばれて物凄く悲しかった……
 何もしなければ辛い思いをしなくて済んだ人が、大統領さんのせいであたいと同じ思いをしてほしくない!
 もう、これ以上、誰かが死ぬところは見たくない!」



足が竦みそうだった。
体は震えそうだった。
それでも、出そうになる嗚咽をグッと堪えて、言い切った意志。

──それは、彼女なりの、精一杯の請願。


604 : 船、うつろわざるもの、わたし。 ◆e9TEVgec3U :2017/06/01(木) 23:45:27 ktwW21jQ0



「そう、だな……確かに、わたしは少し早とちりをしていた。
 『正当なる防衛』を振りかざすなんてわたしらしくもない行動を取ってしまったようだ……
 射命丸文とのやり取りがあってから些か落ち着いていなかったのかもしれないな……すまなかった」



お燐に向けて返した言葉。
ヴァレンタインにとって、その謝罪は本心に近い物であった。
彼にとっての「正義」は遺体に関する事でしかないし、ましてや知らない者の命の為に遺体を諦める事などできる訳が無い。
だが、お燐にとっての「正義」は自分の物とはまた別の物である事も重々承知していた。

これでも彼女の家族も含めてお燐を守ると決めた身だ。
射命丸文との確執から少しばかり事を急いてしまった自覚も少なからずはあったし、「話し合う余裕もあった」と言われてしまえばそれに従っておいた方が今後の為にもなるだろう。
それに、遺体を手にする事が出来るという前提があるのなら目の前の少女への攻撃を止めた方が『信用』を失わずに済む。
少しばかり考えていればこちらにとって円満な解決法は出ていたのに、事を急いてしまったのが残念で仕方無く思えてきた。



僅かながらまだ降っている雨と雨の間に挟まれ、ヴァレンタインの体が消えたと思えば別の場所にまた現れた。
それと同時に、天子はようやく起き上がることができた。


「えっ……?あっ……」


自分の意識していないところで気付いたら終わっていた。
捨てる物を決断する前に、捨てなくてもよい選択肢を与えられていた。
そして左腕の肘から先の感覚が、戻っていた。
見やれば右腕と同じように「聖人の遺体」とやらが同化し始めている。


605 : 船、うつろわざるもの、わたし。 ◆e9TEVgec3U :2017/06/01(木) 23:47:13 ktwW21jQ0

「左腕を失わせてしまった事について、わたしが遺体を全て集めるまではこれで許してもらいたい。
 そちらから攻撃してきたので焦ってこういう手段に出てしまったが……すまないことをしたと思っている」


「……確かに先に攻撃したのは私だったからね、まぁ自業自得って奴よ」


「地子さん、なんか性格丸くなったっスよね〜」


「アンタうっさいわよ!」


性格が丸くなった、というわけではない。
ただ、天子は袋小路から一向に抜け出せていないのだ。

迷いがある。
変容への恐れがある。
だから目の前の相手に口はいつも通りでも心の中では怯えを隠せない。


「で、だ。こちらにも責任はあるが…その遺体は私にとっては大切な物でね。
 こちらにも事情があって、タダで渡すわけにはいかない」


「……私に何をしろと?」


「単刀直入に言おう。わたしやお燐くんと…同行してくれないか?
 そうすれば遺体をわたしの手元とまでは言えないが手の届く範囲に置いておくことができる、君にも悪い話ではないと思うが……」


「残念だけどここから結構離れてる場所で12時頃に待ち合わせをしてるのよ。
 だからそこに行かなくちゃならなくてね。約束は約束よ、しっかり守らなくちゃいけないでしょ?
 …ま、あんたが私たちに同行するってなら考えてみなくもないけど」


「ここから離れてる、と言うとわたしと目的地が被っているという事もなさそうだが……
 まぁ構わない、それで手を打とう」


606 : 船、うつろわざるもの、わたし。 ◆e9TEVgec3U :2017/06/01(木) 23:49:06 ktwW21jQ0

天子は恐怖からか、それとも安堵感からか。
自分の中にある迷いを一旦は振り切る為にわざと快活に振舞う。
それは自分の懸念している事を考えたくないようでもあり。
他の3人がそれに気付かないのは幸いであった。


「そうと決まれば早速出発よ!
 ジョジョ、ジョースター邸ってどっちに行けばいい?」


「えぇっとD1からC3までっスから…方位磁石で言う南南西……」


「……ジョースター邸?」


「あ、そうっスね。俺たちジョースター邸ってところで待ち合わせしてるんスよ」


「……ん?
 いや待て、ジョースター邸はすぐ近くじゃないのか?」


「えっ?それは流石におかしいっスよ。
 ここはD1じゃないんスか?」


「この湖が地図で言う霧の湖だから、もう目と鼻の先にある筈なんだが……」





「「えぇぇぇぇぇぇぇーーーっ!?」」


607 : 船、うつろわざるもの、わたし。 ◆e9TEVgec3U :2017/06/01(木) 23:50:53 ktwW21jQ0
【真昼】C-3 霧の湖 湖畔(ジョースター邸に向けて移動中)


【比那名居天子@東方緋想天】
[状態]:黄金の精神、人間、ショートヘアー、霊力消費(大)、肉体疲労(極大)、濡れている
[装備]:木刀、LUCK&PLUCKの剣@ジョジョ第1部、聖人の遺体・左腕、右腕@ジョジョ第7部(天子と同化してます)、三百点満点の女としての新たな魅力
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:仲間と共に殺し合いに反抗し、主催者を完膚なきまでに叩きのめす。
1:私はこのまま変わっていっていいのかなぁ……
2:この華麗なるスタイルがまな板みたいですってェ!?
3:後は真っ直ぐジョースター邸へ向かう。
4:これから出会う人全員に吉良の悪行や正体を言いふらす。
5:殺し合いに乗っている参加者は容赦なく叩きのめす。
6:吉良のことは認めてない。調子こいたら、即ぶちのめす。
7:紫の奴が人殺し? 信じられないわね。
[備考]
※この殺し合いのゲームを『異変』と認識しています。
※デイパックの中身もびしょびしょです。
※人間へと戻り、天人としての身体的スペック・強度が失われました。弾幕やスペルカード自体は使用できます。



【東方仗助@ジョジョの奇妙な冒険 第4部 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]:首ゴキャ(多分そのうち治る)、黄金の精神、右腕外側に削られ痕、腹部に銃弾貫通(処置済み)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品×2、龍魚の羽衣@東方緋想天、ゲーム用ノートパソコン@現実 、不明支給品×2(ジョジョ・東方の物品・確認済み。康一の物含む)
[思考・状況]
基本行動方針:仲間と共に殺し合いに反抗し、主催者を完膚なきまでに叩きのめす。
1:このカチカチまな板オンナ……ちっとも変わってねえーーッ!!
2:後は真っ直ぐジョースター邸へ向かう。
3:吉良のヤローのことを会場の皆に伝えて、警戒を促す。
4:承太郎や杜王町の仲間たちとも出来れば早く合流したい。
5:あっさりと決まったけど…この男と同行して大丈夫なのか?吉良のヤローについても言えなかったし……
6:億泰のヤロー……
[備考]
※幻想郷についての知識を得ました。
※時間のズレ、平行世界、記憶の消失の可能性について気付きました。
※デイパックの中身もびしょびしょです。


608 : 船、うつろわざるもの、わたし。 ◆e9TEVgec3U :2017/06/01(木) 23:52:27 ktwW21jQ0

【ファニー・ヴァレンタイン@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:健康、濡れている
[装備]:楼観剣@東方妖々夢、聖人の遺体・両耳、胴体、脊椎、両脚@ジョジョ第7部(同化中)、
紅魔館のワイン@東方紅魔郷、暗視スコープ@現実、拳銃(0/6)
[道具]:文の不明支給品(0〜1)、通信機能付き陰陽玉@東方地霊殿、基本支給品×5、予備弾6発、壊れゆく鉄球(レッキングボール)@ジョジョ第7部
[思考・状況]
基本行動方針:遺体を集めつつ生き残る。ナプキンを掴み取るのは私だけでいい。
1:遺体を全て集め、アメリカへ持ち帰る。邪魔する者は容赦しないが、霊夢、承太郎、FFの三者の知り合いには正当防衛以外で手出しはしない。
2:遺体が集まるまでは天子らと同行。
3:今後はお燐も一緒に行動する。
4:形見のハンカチを探し出す。
5:火焔猫燐の家族は見つけたら保護して燐の元へ送る。
6:荒木飛呂彦、太田順也の謎を解き明かし、消滅させる!
7:ジャイロ・ツェペリは必ず始末する。
[備考]
※参戦時期はディエゴと共に車両から落下し、線路と車輪の間に挟まれた瞬間です。
※幻想郷の情報をディエゴから聞きました。
※最優先事項は遺体ですので、さとり達を探すのはついで程度。しかし、彼は約束を守る男ではあります。
※霊夢、承太郎、FFと情報を交換しました。彼らの敵の情報は詳しく得られましたが、彼らの味方については姿形とスタンド使いである、というだけで、詳細は知りません。



【火焔猫燐@東方地霊殿】
[状態]:人間形態、こいし・お空を失った悲しみ、濡れている
[装備]:毒塗りハンターナイフ@現実
[道具]:基本支給品、リヤカー@現実、古明地こいしの遺体
[思考・状況]
基本行動方針:遺体を探しだし、古明地さとりと合流する。
1:大統領と一緒に行動する。守ってもらえる安心感。
2:射命丸は自業自得だが、少し可哀想。罪悪感。でもまた会うのは怖い。
3:結局嘘をつきっぱなしで別れてしまったホル・ホースにも若干の罪悪感。
4:地霊殿のメンバーと合流する。
5:ディエゴとの接触は避ける。
6:DIOとの接触は控える…?
7:こいし様……お空……
[備考]
※参戦時期は東方心綺楼以降です。
※大統領を信頼しており、彼のために遺体を集めたい。とはいえ彼によって無関係の命が失われる事は我慢なりません。
※死体と会話することが出来ないことに疑問を持ってます。


609 : ◆e9TEVgec3U :2017/06/01(木) 23:53:27 ktwW21jQ0
これにて投稿を終了させて戴きます。


610 : 名無しさん :2017/06/02(金) 15:47:33 HLcKYSTwO
投下乙です

自分で望んで変容したけど、周りは変容を受け入れてくれるのだろうか?


611 : 名無しさん :2017/06/02(金) 19:33:30 zkb3ugkI0
投下乙!

ロワを通して徐々に変化していく東方キャラは数あれど、それをハッキリ自覚できているキャラは意外に多くないかもしれませんね
更にそういった感情を、今までに無かった変容だと動揺しているのが丁寧な気持ちの過程を描けていてとてもイイ
大統領は善人ではないけど、今すぐに危険があるわけではないので直接的な脅威ではないかな。お燐が癒しだ…
一人称視点含む仗助・天子の互いの呼び名が、ジョジョだったり仗助だったり天子だったり地子だったりでバラバラなのでそこは意図的な物なのかな、と少し気になりました


612 : ◆qSXL3X4ics :2017/06/04(日) 00:49:39 YP1miXtQ0
予約を延長します


613 : ◆qSXL3X4ics :2017/06/11(日) 23:59:52 EW39OV6Y0
輝夜らの予約が先ほど完成致しました。が、恥ずかしながら肝心の推敲の方が充分でない状況です。
期限一杯お待たせさせたにもかかわらず身勝手なようで大変申し訳ありませんが、あと一日、リアルの都合上で遅ければ明日の日付が変わる頃には投下できる見通しです。
何卒、お許しください。


614 : 名無しさん :2017/06/12(月) 00:32:21 a8Hb7CjY0
よっしゃ期待!ゆるりと待つぜ!


615 : ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 04:51:29 ScB6g8Wc0
予定としていた時間からかなり遅れてしまい、申し訳御座いません。
投下します


616 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 04:54:42 ScB6g8Wc0
『蓬莱山輝夜』
【真昼】D-5 草原


第二回放送が終わった。今度はちゃんと聴いていた。
死者18人。これで前回と合わせ36人の参加者が散った事となる。
一応はマトモに応答がこなせる状態となったリンゴォから第一回放送の内容をやっと、ようやっと訊きだして輝夜はふむむと考える。
永遠亭の誰か。自分と親しい者の死亡は無かったにせよ、この人数は良くない。異変解決の道を歩まんとする彼女にとって、とても良くない。


(うぅ〜……参ったわねぇ。妹紅のこともあるし、実際どう動けばいいのか……不慣れなこと、よねぇ)


いつだって永琳の言う事に従っていた彼女だ。永琳が敷いてくれる茣蓙でのんびり茶を飲み、たまに命令を出すだけだった人生。
永琳居てこその輝夜。永琳居てこその永遠亭。彼女の言うことは常に間違いは無く、本来なら今回のような荒事は彼女が指揮棒を振る役目の筈。
向いていないのだろう。少なくとも自分は異変が始まってからの12時間、殆ど何も出来てない。その内半分は本当に何もしてないのが余計に悲壮感を感じさせる。

「ねえリンゴォ。永琳はレストラン・トラサルディで待つって言ってたのよね?」

草原を割るような砂利道の上を、愛用のマジックミラー号にてトロトロゆっくり走る。
操縦者は輝夜で、リンゴォは後方から文句一つ無く付いて来ていた。暑苦しいので同乗はお断りだ。

「…………」

無言は肯定の証。雨に濡れることさえ厭わず、彼は何だかんだで勝者との約束を反故にするような男では無いらしい。
リンゴォにはキチンとした役目を与えてある。
それは輝夜にとって絶対に必要なことであり、それまでは彼が死ぬことも手元から離すわけにもいかない。
輝夜にとって目下の悩みとなるのは、その役割を全うさせる為に必要なのは正確にはリンゴォでなく、彼のスタンド。
時間を6秒戻す稀有なる能力が、現状“発揮できない”という事にあった。

(やり過ぎた……? いえいえ、道は険しきものであるほど、対価はより絶対的な褒美として完走者に齎す。この程度、ワケないわ)

時折車から顔をちょこんと覗かせ、我が協力者の顔色を窺う。情けない喚き顔を見せていたさっきまでと変わり、どこか吹っ切れているようだ。
ならまあ、何とかなる。楽観的にも見える輝夜の考えがこのゲームでどこまで通じるか。難題を解く側に回るのもたまには悪くない。

まずは永琳だろう。彼女と合流できるなら、取り敢えず妹紅は後回しでいい。
とはいえ、今から輝夜がリンゴォに“やらせようと”している事柄は、永琳が聞けば間違いなく卒倒モノだ。
簡単に話がつくとも思えないし、今度という今度はリンゴォも粛清される可能性すらある。

ひとまず“この件”は胸に秘めておこう。土台、今回の異変で永琳にハイハイ従うつもりだって輝夜には無い。
あくまで家族の無事なる顔を一目見ておきたい。トラサルディに向かう理由など、言ってしまえばその程度の茶飯事だった。
無欠の永琳は当然として、鈴仙もあれで結構頼りになるし簡単に死にはしないと思う。てゐは……案外、あーいう娘が不死者の自分や永琳を出し抜いて、ちゃっかり最後まで生き残ったりするのだ。


(私には私にしか出来ない事を、やるだけ)


ハッキリ言えるのは、いま自分が為すべきことは頭で理解していること。
いま自分が何を為しているのか、それすら分かっていない馬鹿を一発殴る……いや、丸焦げにされた仕返し含めて百倍返しだ。


「リンゴォ。私のことは置いといて、貴方自身はこれから何がしたいの?」

「……お前のように、同じステージに居座り続ける者にはわからんだろうな。
 常に高みに挑む者にとって、“生きる”ということはそれだけで更なる危機に遭遇し続ける永遠の修羅場だ」


やれやれと、輝夜は首を軽く振った。
結局、彼の持つ根源は以前と劇的な変化を遂げることはないらしい。
早い話が、己の生き方を変えることはない。基本は今まで通りだ、と。

それでもいいと輝夜は思う。それでこそ彼らしい。
所詮、自分のやったことは些細なものだ。這い上がれただけ、面白いものが見れた。

口元を綻ばせながら、再度運転に集中しようとした時である。


617 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 04:56:40 ScB6g8Wc0






「よぉ……久しぶりじゃねえか」






雨の音が変わった。空気の変貌が、肌に張り付く。
さて、これで『三人目』だ。妹紅、リンゴォに続いてようやく三人目。
輝夜は来訪者の気配に動じることなく、非常にのんびりと腰をゆっくり上げて車内から降り立った。

馬である。
当然、語りかけて来たのはその背に跨る、カウボーイハットとマントを羽織った粋な風貌の男だ。


「ジャイロ・ツェペリ、か。……会いたかったぞ」


真っ先に応答するは、背後のリンゴォ。
燻っていた彼の瞳に、バチバチと火花が上がっているようにも輝夜には見えた。

(ははあ……成る程、因縁のお相手みたいね)

把握は出来たしこれからどういうことが起こるかも、何となく予想はつく。
だが私闘など以ての外。リンゴォは輝夜の目的への協力者であり、ボディーガードではないのだ。

「ご機嫌よう。私は蓬莱山輝夜。連れのこっちは……紹介の必要はなさそうね。それで、貴方はどちら様かしら?」

「ジャイロ。ジャイロ・ツェペリだ」

車から降り立つ輝夜を倣ったか。ジャイロと名乗る男もマントを翻し、馬から降りて自己紹介を交わした。
出で立ちや物腰を見れば危険な人物ではなさそうだが、その瞳に添えるは最上の敵意。
恐らくリンゴォを警戒しての姿勢。旧知の友、ではないらしく、やや面倒なことになりそうだ。

「そう、ツェペリ。それで貴方は、私たち一行に何の御用? こっちも少し急いでるのよ、知り合いと待ち合わせしてて」

「安心してくれ、人捜しだ」

決して視界からリンゴォを外さずにジャイロは、次に言い放った。



「八意永琳、っつー女を捜してる。銀髪で、赤青の看護服着た妙な女だ」



本当に、面倒事というのはある日突然降ってくる。
センスを疑う変な服というのは概ね同意だが、この男が永琳を捜す理由とは如何に。


「……知ってる」


答えを誤れば彼女に危険が及ぶか、逆に彼へと危険が及ぶ。
それでも輝夜はこの場を偽らず、誤魔化さず。


「本当か!? こっちの方向へ来た筈なんだが、見失っちまったんだ。何処へ行った!?」

「教えてあげない」


慎重に量らなければなるまい。
この男の、拠所ない“事情”をば。
この男の、人間たる“資質”をば。

リスクと対価が釣り合えば、齎されるはきっと──光明だ。


618 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 04:57:48 ScB6g8Wc0


「なに? 何でだよ、オレは別に危害を加えようってんじゃ……」

「ジャイロ」


丁度、手元にはイレギュラーが居る。
元より自分は蚊帳の外に徹するべきだろう。輝夜は“彼ら”の因縁に、直感的にそう思った。


「……何か用か? リンゴォ・ロードアゲインさんよ」

「貴様が何をしたいとか、何の目的だとか、そんな事はオレにとって関係ないこと。以前、お前がオレに言った台詞だったな」


鳴かぬなら鳴くまで待てばよい。
かつて変化を拒んだ自分らしい呑気さ。そう考えていた輝夜だったが、思いの外、早くに“機”が現れた。
対価はあるだろう。果実が実れば、目的に一歩、二歩と近づける。
リスクも当然ある。しくじれば、鼓動を止めた刻の針は二度と巻き戻らないのだから。


「一匹狼のテメーが誰かと行動してるってのは、ちと驚いたが……人間、そう簡単に根元からは変えられねーなァ」

「生憎とオレはオレだ。少し、今の自分にも戸惑っているが……それでもオレは自分の器を量る者で在りたい。
 そういえば『あの時』の決着もまだだったな」


ならば鳴かせてみせよう。
相手を量る為にも、我が相方を謀る為にも、我が目的を図る為にも、彼ら二人の因縁を利用させてもらおう。



「なら丁度いいじゃない。リンゴォ、『決闘』を許可するわ」



さも平然と、輝夜から鳴いてみせた。
物騒な二文字が口から飛び出たことにジャイロは意表を衝かれ、リンゴォも似た反応を返す。

「は!? 決闘、って……何でそーなンだよ! 嬢ちゃんもそこの顎ヒゲと同じ、異常者の類か?」

「あら、私が“異常”に見えて? だったら私は“正常”ね。非日常の中では、そういった主観と客観は簡単に反転する」

「謎掛けはいーんだよ! こちとら急いでんだ! とっととあの女の居場所を教え……」

「貴方がこのリンゴォに勝てば教えてやらないでもない。永琳に危害を加えないって条件と、加えられないって自信がある前提、での話だけど」

「だからなァ〜〜〜!」

「ジャイロ・ツェペリ……貴様、どこか“焦って”ないか?」

人を見る観察眼が異様に鋭いリンゴォ。彼はジャイロの内に澱んだ、ある種の焦燥を見た。

「まあ、大方の見当は付くがな。もっとも“あの時”と“今回”では、絶望的な違いがあるようだが」

「……! てめぇ、それ以上口を開いてみろよ」

「愚弄するつもりなど無い。オレも“その件”について、残念には思っているからな。だが、今のままの貴様では近い内に死ぬだろう」

挑発ではない。リンゴォはただ、事実を述べただけ。
忠告といってもよいその口ぶりが、かえってジャイロの癪に障った。

「……“あの時の決着”、とかぬかしたな。いいだろう。そこの女の言うとおり、ケリはつけなきゃあな」

ジャイロは永遠亭にて泣く泣く作成した鋼球を、生きている方の右腕で握る。
名簿にあるように、この世界でリンゴォが生きていることにジャイロは驚くが、それでも充分勝算はあった。
一回目での闘いの記憶。ジャイロにあってリンゴォに無いそれは、根拠たる自信となる。

あの時は、辛くも勝てた。だとすればサシでの決闘、もはや負ける道理はない。
どっちにしろリンゴォは、ジャイロの認識では危険な人物だ。遅かれ早かれ、ぶつかる相手だろうと踏んでいた。


「───やるか? 今、ここで」

「待っていたぞ、その言葉をな」


明らかに空気が異質となる。ジャイロの闘気に、リンゴォが応える形で殺意を放った。
今にも撃ち合いが開始されようとする、その刹那。


619 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 04:58:50 ScB6g8Wc0



「待ちなさいリンゴォ。……別のお客さんみたい」



離れて様子を見ていた輝夜が、新たなる襲来を伝えた。


視線の奥には、またしても馬である。
その背に跨るは、烏の濡れ羽色と形容するにこれほど相応しい存在はいないであろう、黒髪の少女。
そして彼女の横に立つ男は、これまたジャイロのようなカウボーイハットを被った風貌。
計算されたタイミングとしか思えない。それほどに奇なる偶然を読んだ邂逅であった。


ホル・ホースと射命丸文が、ジャイロとリンゴォの対峙に割るかのような視線を送ってきていた。


「ジャイロ、さん……あの方が、ジョニィさんの…………」


文の視線の中心。そこには、自分を残して死した男がかつて話していた情報と一致していた。
紛れない、ジョニィを導いた男ジャイロその人が、目の前に立っていた。


「こいつぁツイてる。トントン拍子で無駄が無ェ。……そういう時は決まって、簡単にァ越えられねえ壁が立ち塞がってるもんだが」


帽子のつばを押さえながらホル・ホースは、微妙な表情を形作った。
早くもジャイロを見付けられたのは良いが、聞こえてきたやり取りによれば修羅場の最中である。


「ジャイロさん! 貴方がジャイロ・ツェペリさん、ですね!? 私───」


構うものかと文は、馬から飛び降りジャイロの元に駆け寄ろうとする。
そこをホル・ホースが押し留めた。現状を眺めるに、今はジャイロから話を聞く場合ではなさそうだ。

「ホル・ホースさん! 止めないでくださ……」

「へいへい落ち着きなよ嬢ちゃん。……迂闊に近寄れば火傷じゃ済まなさそうだぜ、こりゃあよ」

闘志という名の『火』が、余所者の乱入を拒む。
ジャイロとリンゴォの瞳に映る闘志は、然う然うな事では消えそうにない。
下手をすれば、こちらにまで燃え移りかねない。いや、事実───

「そこの貴方たち。片方は確か、新聞屋さんだったわね」

輝夜がおっとりした声色で、闖入組に語り掛ける。
彼女からすれば知り合いと呼べる者が、どうやら面白そうな人材を連れてやって来た。

奇なる偶然。この邂逅もついでに利用してやろうか。


「悪いのだけど此方の殿方は先約が入ってますわ。用が無いのなら立ち去るべし。それでも入用なら……どうぞ、輪の中にお入りよ」


水も滴る美女の振袖より現れし手招きに、ホル・ホースらが馬鹿正直に応じるのも考え物だ。
迦陵頻伽をも連想させる美しい声で招くあの大輪には毒がある。
うっかり花弁に近づき、バクリと喰われてはたまったものじゃない。ホル・ホースも未知なる女の扱いには、第一印象を大事とする。
ではどうする? ビビッて帰路につき、土産話の一つも持ち帰れない。それは男が廃るというものだ。
無論、プライドがどうのという話ではない。命の危機を秤に掛けるなら、いつもならここは「よし帰ろう」と迷わずUターンする場面だ。

チラリと、文を横目で眺める。
腕を伸ばせばすぐ届く場所に、あと半歩が足りない。そんなあからさまなるイラつきが目に見えた。
自分らはただジャイロと会話をしたい“だけ”。その“だけ”が、こんなにも近くで、遠い。


(くぅ〜〜〜……! いつの世も男ってのは損な役回りよのォ……)


飛び出しかねない文を片手で制しながら、ホル・ホースは大輪の中に入っていった。さながら初陣を切る武将のように。
腹を決める場面だと、ホル・ホースお得意の勘が囁いたのだ。

男たちの闘志が、火の粉のように撒かれ燃え移ってしまった。
火傷で済むかどうかなど、結局は己の器次第である。
大輪の毒など花弁ごと焼き払ってしまえばいい。己の闘志で以て。


620 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 04:59:43 ScB6g8Wc0


「……ナニモンだい、おたくさんはよォー」


警戒の構えは解かず、陣に侵入してきたホル・ホースへとジャイロが問う。

「あー……オレはホル・ホースっつーしがない殺し屋よ。あんさんらの因縁なんて知ったこっちゃねーが、オレ達はジャイロ……お前に用がある」

ビシリと指を突きつけ、ホル・ホースはジャイロこそが意中の人物だと宣言した。

「オレはお前らなんか知らねーぜ。後にしてくれ」

邪険に扱われるのも当然だと思う。一旦盛りだした闘志の火は、こんな雨じゃあ消えてくれない。
ならばどうする、ホル・ホース。男が一度陣に入れた足を、また怖ず怖ずと引くのか。



「───決闘、だとか言ってたな。その死合、オレも混ぜろ」



宣言に宣言を重ねた、開戦宣言。
いつもの仕事とは違い報奨金だって得られない、見返りの無い闘い。それでもホル・ホースが戦火に身を投じたのは、彼なりの考えあってのことだ。
しかしその宣言も、文にとっては意味の分からぬ自棄っぱちにしか映らない。


「は……はあ!? ホル・ホースさん、あなた一体何を……!」



「面白い」



文の言葉に被せるように、リンゴォは不敵に呟いた。

声色に、表情に張り付くは───この上ない興趣。

新たに現れた、ジャイロと見比べても決して遜色ないガンマンらしき風情の男。


「───“壱”対“壱”対“壱”。お前が望む形式は、それでいいのだな? ホル・ホースとやら」

「なんならオレ対あんさんら二人でもいいぜぇ?」


面白い……!
リンゴォはホル・ホースへの評価を、興趣に支配された己の高揚心を手繰って点数付けた。
後半の自信は明らかなるハッタリだが、そこから導き出される彼という男の性格は大方把握した。


「輝夜。ひとつ、頼みごとが出来た」

「はいはい。これ以上、私に借りを作っても返済する時が大変よ?」

「元より借りなど作った覚えはない。が、ほんの少し時間を頂こう。なに、精々『10秒』も掛からない」

「強気ねえ。言ってみなさいな」

「此度の決闘を見届ける『立会人』。お前にはその座に着いてほしい」

「あらら、その程度でよろしいの?」

「古来から決闘とはその様なしきたりだ。闘いの提案を出したお前には、それを見届ける義務がある」

「采配は私が決めたりしても?」

「穢れを厭うお前にはこれ以上ない役割だろう」

「私を穢したのは貴方でもあるのよリンゴォ?」

「よく言う」


彼と彼女にしか分からぬ、理解の難しい交流があったのだろう。
傍目には怪しい、けれども本人達の納得を経た会話。事は実にスムーズに進んだ。


「それじゃあ、公平な立会いを務めさせてもらうわ。私、蓬莱人輝夜が責任を以て三人の戦いを取り仕切ります。
 皆、悔いはないようにね。出すもの出して、後に控えましょう。うんうん」


決闘とは殺し合いの事。
本来なら輝夜と妹紅が普段より行うような、死を前提としない“遊び”とは違う。
ヒトの、毛嫌うべき愚行だ。それへの立会いを受諾した輝夜に、思う所はあるのか。
愚問である。無ければこのような粋狂、認めない。

「お互い、10メートルは離れて頂戴ね。そうそう、その位置がいいわ。
 あ、新聞屋さん。貴方は馬と一緒に離れてなきゃ危ないわよ。私も離れるけど」

「ホ、ホル・ホースさん! 決闘って……せっかく見付けたジャイロさんを殺す気ですか!? なに考えてんですか!」

文の言い分は全く正論で、ホル・ホースの行動こそが納得できるものではなかった。
しかし、いまや彼の耳に文の声など聞こえてないといった様子で、精神のスイッチはオンとなっている。
これがオスの闘争本能とかいう奴であるなら、何とも面倒臭く、厄介で、大馬鹿だ。


621 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:00:39 ScB6g8Wc0


「オレからひとつ、対等となる話をしよう。特にホル・ホースに向けてだが、オレのスタンド能力は『マンダム』。
 時間を6秒、巻き戻すことが可能──だが、未熟ゆえ、今のオレではロクにスタンドも発現できない。
 色々あってな。生憎武器となるのは、この『一八七四年製コルト』の拳銃のみ。ウソはない」


定位置についたリンゴォは、いつものように己の全てを開示する。
卑劣さを排した正当性こそが、いつだって彼の道を照らしてくれるのだと信じ。


「───よろしくお願い申し上げます」


対峙する者からしたら、慇懃無礼とも。敗北を通じた生を得ても、彼の本質は変わらない。
リンゴォと出会ったならこうなることは分かりきっていた。ジャイロは落ち着かない自分の心を宥めるかのように、鋼球を擦る。
流されるがままでなく、軽率ではあったが、それでも受けた決闘に『納得』は優先される。

納得が何よりも優先されるべき信念だというのなら。
ジャイロがこの決闘を受けた理由とは。


「相ッ変わらず、ムカツクぐれー丁寧な挨拶する奴だなオメーは。新顔も居るし、癪だがこっちもお前のスタイルに敢えて乗ってやる。
 オレはこの鉄球……もとい『鋼球』を回して戦う。ただの球遊びだと思わねーこった。
 銃は使わねーが、この鋼球は変幻自在の銃弾だと思え。ツェペリの歴史を見せてやるぜ、死に際にな」


隻腕というハンデはあるが、勝ち筋が見えないわけではない。
問題はこのホル・ホースなる男の腕だが……


「成る程な。敢えて自分の能力をバラし、公正な場で相手を叩き伏せる……そーいうベタなのも嫌いじゃねえ。
 オレのスタンド『皇帝』はイッツァ・シンプルよ。銃型のスタンド、ただそれだけだ。精々が弾丸を操作出来るって事ぐらいで、それ以外の特筆できる点はねえ」


ほお、と小さく息を漏らしたのはリンゴォ。
弾丸操作、という一点においてすぐに連想したのは、ここに来て最初に出会った強敵『グイード・ミスタ』。
彼との闘いもまた興趣に打ちひしがれた決闘であったが故に、その結末は実に残念で許し難いものでもあった。
屈辱の過去。輝夜に立会人を任せたのも、無意識的にそんな失敗が頭を掠めたからかもしれない。彼女の采配なら横槍などという無礼は二度と起きないだろう、という妙な信頼感のような物がある。

「じゃあ、まっ! ヨロシク頼むぜ。やるからには勝たねえとな」

軽く言うホル・ホースの態度に嫌味は感じない。そこには汗も震えも見当たらない。
自分とは違う、とリンゴォは彼を再度評価する。闘いを終える度に手が震えるような、自分とは。



「準備はいいわね? ジャイロが勝てば、永琳の居場所を教えてあげるわ。
 リンゴォが勝つなら、それは貴方の言うところの『道』へとまた一歩、引いた分だけ倍歩ける寸法よ。
 ホル・ホースが勝っちゃうと……ま、貴方なりに得る結果はあるんでしょ? 悪くない対価じゃないかしら」



三人の男は、それぞれ正三角の陣に広がった。
互いが互い共を間合いに置く、古来の殺陣。
輝夜は己の職を全うする。その奥に眠る目的など、本当にあるかも怪しい。

それでも今はただ、立会人として。女として。
男たちの意義を貫かせなくてはならない。
遥か昔、永琳がイイ女の条件として教授してきたことをぼんやりと覚えている。



「性に率う之を『道』と謂う。貴方たちの辿る道……しかと見せてもらう」



ピョ〜ンと、人の身とは思えない跳躍力を見せて輝夜は陣から離れた。

今よりこの陣は、常人の精神ではもたない『死』の結界と化すのだから。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


622 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:01:41 ScB6g8Wc0
『西行寺幽々子』
【真昼】D-5 草原


遅れて辿り着いた女二人もまた、理解届かぬ光景に釘付けとなった。

あのひと悶着の後、図らずも阿求の顔面をボコボコにしてしまった責任として僅かばかりの介抱を施し、「大丈夫ですから」と涙を見せんばかりの強がりで阿求は立ち上がった。
歩けぬ負傷ではない。何より、今はジャイロのことが心配だった。幽々子に起きた悲劇を思えば、“それは”ありえる未来だ。

「ジャイロ、さんに、早く合流しないと……私、心配で……寝てなんていられないです……!」

「阿求……」

健気なその姿に、流石の幽々子も茶化したりは出来ない。彼女に苦労を掛けさせたのは、いや周囲の善き人たちに苦労を掛けさせているのは、他ならぬ自分なのだから。
聞くによれば、自分の誠勝手な行動のせいで皆は散り散りとなったらしい。
豊聡耳神子は邪仙に殺され、メリーは連れ去られ、ポルナレフは消えた幽々子を捜し求め、阿求には大変な苦労をさせ、緑が似合うあの男女はお留守番。
その全ての責が幽々子にあるわけでないにしろ、起こってしまった出来事の情報量に彼女は顔を真っ青にするばかり。

これ以上、自分のせいで誰かを失うのはごめんだ。
幽々子は多少無茶でも、まずは阿求と共にジャイロとの合流を急ぐことにした。
阿求と同じに、幽々子もやはり彼のことが心配だったのだから。

“前回”、妖夢の死の真相を知った幽々子は実に不修多羅で、恥ずかしい醜態を晒した。
ならば“今回”、ジャイロもがそうならない、なんて保証は無い。少なくとも、精神に影響が出るのは当然だ。


足早に二人が、草原地帯を急いでいたその途中での光景。
悪い予感が当たったというべきか、そこには理解の届かぬ光景が、三人の男たちの形をとっていた。

ジャイロはすぐに見付かった。
だが……もう二人の顔は知らない。友達同士といった風でもない。
何が、始まろうとしているのか。


「じゃ、ジャイロさ───!」


張り上げようとしたその声は、空より降って来た絢爛の姫君によって遮られる。


「よっ、と。……あら? またもお客さん? 何だかいきなり多いわねぇ」


見て呉れに似合わぬ機敏さに阿求が思わず声をあげ、そんな彼女を幽々子が背に回した。
手には阿求から借り受けた『白楼剣』。元より、それは西行寺家に代々伝わる刀。
斬るも斬らぬも、使い手の意思により自在。妖夢ほどではないが幽々子とてそれなりの格好にはできる。
しかし相手が相手だ。何しろ幽々子の苦手とする、死の概念の無い『蓬莱人』。彼女の従者である永琳が先ほど自分に何をしたか、忘れたりはしない。


623 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:02:18 ScB6g8Wc0

「貴女、永遠亭のお姫様ね」

「そういう貴女は白玉楼のお姫様」

幽々子は警戒する。輝夜の物腰に殺意といった害的な空気は全くといって感じられないが、どうにも月の連中はキナ臭い。

「刀を下ろして。私は敵ではない」

「……信じて、いいのね?」

「うん。それどころじゃない催しが今から始まろうとしているもの。目なんてとても離してる場合じゃない」

武器を構える自分を意にも介していない。その態度は己の力量に自信がある輩か、何も考えてない愚か者のどちらか。どちらかと言えば、たぶん後者。

「分かったわ。取り敢えずは貴方を信じましょう」

「か、輝夜さん……あの、向こうの光景は一体、何が」

恐る恐るといった様子で、阿求が幽々子の背後から顔だけを覗かせる。

「えっと……どちら様?」

「阿求です〜! 稗田家の阿求!」

「あー……すっごい顔してたもんだから気付かなかったわ、ごめんなさい。でも、どうしたのそれ? 蜂の巣でも突いた?」

「うぅ〜……」

こればかりは幽々子のせいだと、阿求はポカリと幽々子の背中を一発叩いた。

「ま、決闘って奴かしら? 貴方たちは彼(ジャイロ)の付添い人?」

「は、はい……! あの、決闘なんてすぐに辞めさせてください! ただでさえジャイロさんは今……」

「不可能ね」

凜と、ハッキリした声で輝夜は正面切って断言した。

「私はただ選択肢を───『道』を差し出しただけ。後は彼ら男たちの世界。たとえ津波に襲われたって、あの三人を止める事は出来ないでしょう」

「な……む、無責任でしょうそんなのって! 殺し合わずに済む道があるなら、どう考えたってそれを選ぶべきです!」

「子供なのね、アナタって。いえ、それ以前に女としてもまだ未熟?」

「な……な……!」

こうも容赦なく子ども扱いを受け、ついでに女としての品性を疑われた。
全くもって納得できない。確かに年齢を言うなら精々10代半ばだが、転生を繰り返した身体である以上はそれなりに経験もある。
いえ、経験といってもそれは男性経験とかそーいうのではなくいやいや今はそんな話ではなくでも第一輝夜の方が経験あって当たり前で自分は女として少なくとも小鈴とかよりは全然上

「阿求」

「───ハイ!?」

いけない、理不尽な罵倒を受けて余計な煩悩が湧き出てきた。
幽々子の短い名呼びに、阿求は肩をビクリと揺らして反応する。

「いい機会じゃない。貴方はもっと『男』を知る時期かもしれないわね」

「え……ええっ!」

先とは打って変わって幽々子の表情が和らいだ。何か悪巧みを考えているニコニコ顔だ。悪い女の時の表情だ。しかも何気に馬鹿にされた気がする。

「男の世界……その末端が見られそうよ。───貴女も、こっちに来て見ておきましょう? 新聞屋さん」

いつの間にかだ。馬の手綱を引いた射命丸文が、暗い顔して近くに佇んでいた。
輝夜の呼び掛けにも特に反応はしなかったが、ゆっくりと彼女は傍まで近寄ってきた。
何がどうなってこうなったのか、全然理解できない。そんな顔をしている。


種族も年齢も違う女が四人。
彼女たちの出る幕は、ここには無いだろう。
傍観に徹する事こそが、せめて出来得る唯一の祈り。

佇まうのみが、男たちの道を邪魔せぬ方法であった。
少なくとも、輝夜と幽々子だけはそれを理解している。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


624 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:02:55 ScB6g8Wc0


三匹の獣がいた。


撃ち合いを制す。守備に割く労力は極力削り、攻速と精度に心血を注ぐ。
幾重もの年月を掛けて磨いた、それぞれの巧みなる技量で以て。


(なんつーか、分かるんだよな。勘で。……ここらがハジケ時だっつー、『機』がよォ)


荒野の旅ガラス。縁の下の皇帝。
ホル・ホース。彼にとってのアドバンテージ足る要素は、ズバリ『得物』である。

各々の射程距離内に、獲物は二匹。全員が全員、敵を射止められる間合いに既に立ち会っている。
その中でもホル・ホースのスタンド『皇帝(エンペラー)』は、この決闘においては比較的優位に立てる武器であった。
彼は日頃より皇帝を「タイマン向けではない」と、もはや口癖のようにこぼしている。
結局は実銃並みでしかない火力や、皆無に等しい防御性能を考慮すれば、それは皮肉にも的を射た説明ではあった。
自分の能力の頭から爪先の隅々を把握しているホル・ホースは、自ずと理解していくのだ。

『オレには強者相手にサシでやり合う能力はねえ』、と。

過小評価では断じてなく、己の物差しで客観的に格付けができる。
そんな、ある意味スタンド使いの中では異端ともいえるホル・ホースが、この決闘において己の得物が“優位”だと、見定めた。
単純にそれは、相手の男二人の得物を秤に置き、僅かではあるが自分の『皇帝』が勝っていると判断しただけ。

そも、彼が不得手としている戦いの多くの場合が『スタンド戦』であり、そして『近距離パワー型』と大別されるタイプが相手であれば、軒並み正面から叩き落されるのがオチだ。
そういった相手に勝つには、これはもう不意、隙を突くしかない。そして初撃の急襲をしくじれば、近寄ってくるパワー型の相手に成す術はない。
では相手が『遠隔操作型』のスタンドであれば有利かというと、そもそもその手の輩は馬鹿正直に真正面から立ち会ったりはしない。
大抵の場合は間違いなく本体が隠れて、あるいは既に自分に有利な土壌を作っておいて、向こうから不意を打ってくる。まずこちらに先手など打たせてくれよう筈がない。

結局の所、ホル・ホースのスタンドが真正面から打ち勝つには、非常に稀有な、限定的な状況が必須である。
だからこそ普段より彼は常に誰かと組み、暗殺を主とした卑劣な手段で戦う。
ルール無用のスタンド戦。それがホル・ホースの理解する殺しの世界。


(だがこの決闘……利は“オレ”にあると見たぜ!)


曲がりなりにも凄腕の殺し屋を自負するホル・ホースは、その上で此度の決闘に勝機を見た。

決闘。決闘なのだ、これは。
普段のスタンド戦とは趣を異にする、男と男と男の、正面切っての果たし合い。
そこに卑劣さや悪意はない。三人が一斉に我が技量を披露する、原始の撃ち合いなのだ。
ひとりは実銃。ひとりは鉄球。そして己が得物は、この場で唯一、銃の形を取った『異能力』……スタンドであった。

となれば、ここで僅かなり厄介なのはジャイロ・ツェペリの方だろうか。
いや、きっとそうなのだろう。リンゴォとやらの得物は所詮、実銃に過ぎない。単純な撃ち合いなら、優位なのは自分だ。
対してジャイロの鉄球とは、ホル・ホースからすればまだまだ未知の得物。どう出てくるか予想できないというのは、心体にも悪影響を及ぼす。
早撃ちではこちらの有利に立てるリンゴォを先に撃つべきか。その逆をあえて突くというのも戦略としてはアリだ。

冷静に、冷徹に考える。己の勝利の道を。
悪天候やリロードに邪魔されない、磨いた技術を超能力のビジョンでそのままブチ込めるスタイルは、『決闘』などという古来の戦いにおいて有利に働く。
更に相手の男二人は、己の得物、その性能を馬鹿丁寧に説明しているときた。普段、ホル・ホースがやっていることと同じように。
それは裏返せば『自信』の顕れだが、相手の能力が知れたものだという前提の上ならば、これはもはや『スタンド戦』ではない。


『積み重ね』の、実演場だ。


625 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:03:25 ScB6g8Wc0


(……いい風だ。渇きを訴えるような、砂塵を運ぶ懐かしい風。それに、誂え向きに“オレ”には有利の霊雨。どうやらツキはあるらしい)


こんな感覚も久しぶりだな。
ホル・ホースはピリピリ疼く肌の心地良さを感じ取りながら、澄み渡る思考の中でそんな事を考えていた。
三つ路の交叉する男同士の決闘。この闘いは、その一瞬の狭間での擦れ違いなのだ。
積み重ね。修羅場を経験した数がモノを言う、言い訳無用のぶつけ合い。
であるならば、ホル・ホースといえどここは背を見せるわけにもいかない。
邪道の世界で王道を刻み込む。そんな覇道が今、男たちには求められていた。

ホル・ホースの学んだ哲学は“生き残ればそれでいい”と言う類の邪道ではあったが、彼は決して身の丈を超える仕事を選んできたわけではない。
普段より相方を持ち上げ、自分は舞台の下でやれるだけを行う役割を好む。影のような性質を抱える彼は、実のところ自分の培った技量には人一倍自信があった。
生半可な世界では生きてない。凡庸なる星の下に生まれ、大して優れた性能でもないスタンドを得、それ故に彼は一心に技術を磨いた。
時代遅れになりつつある古臭いスタイルを捨てず、コツコツと、しかし確実に、ホル・ホースは積み上げるべきを積み上げ、殺しを繰り返してきた。

慢心した者は遅かれ早かれ死ぬ。増長する者は自身の限界すら見極めきれずに朽ちる。
何よりそれを理解しているホル・ホースだった故に、逃げ時は見失わず、ヘコヘコと情けなく生き恥を晒してでも、此処まで生きてこられた。
死んだら何もかもオシマイだ。プライドを優先するあまり、馬鹿げた末路を迎える馬鹿を何人だって見てきた。
傍目には卑怯者と蔑まれた男の人生。しかしそれも裏返せば、立派な経験量となって一層の切れ味を発揮する。

卑劣な邪道を歩んだホル・ホースの、卓越された殺しの千手を魅せ付ける。
皮肉なことに『正々堂々』という名の舞台上は、彼の真価を披露するに相応しいステージであったことを男は理解していた。

だから受けた。
この決闘を『勝てる』と判じ、受諾した。
技術なら積み重ねてきた。これは勝てる勝負だ。勝算のある、受けるべき果たし状だ。
どの道このバトルロワイヤル、どこかの場面で死線を潜らねば生存など夢のまた夢。恵まれし勘が、頭の中で口酸っぱく囁いているのだ。


(ここだ。オレの勘がそう言ってやがる。踏み越えなきゃならねえ死線〝デッドライン〟は、今この瞬間だってよォ)


パタパタと、幾年を共にしたカウボーイハットに雨雫が降り掛かる。
褪せたスパーブーツを、感触を確かめるように地に擦り付ける。
大きく、大袈裟とも言えるほどに両の足を肩幅以上に広げて立つ。
重心を地球そのものに根差すように、ガッシリとブレずに立たせる。
両腕を体の外側に軽く広げるその様は、威嚇する昆虫の翅が如し。
ホル・ホースという一匹のオスは今まさしく、敵を威嚇しているのだ。
コンマ一秒も掛けず、瞬速でスタンドを顕現させるイメージを脳内で静かに描く。
求める映像は、己の勝利する姿のみ。
いつもやってきた事と同じだ。リラックスされた100%のコンディションで、敵の真芯を撃ち抜く。



汗はかいていない。呼吸も乱れていない。

いつでも───ブチ抜ける。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


626 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:04:14 ScB6g8Wc0


(……少し、ぬるま湯にダラダラ浸かりすぎた。ゆえに、この決闘は今のオレにとっては刺激の強い熱湯だな)


孤高のガンマン。崩された男の路を、再び。──On The Road Again。
リンゴォ・ロードアゲイン。彼にとってのアドバンテージ足る要素は、すなわち『業前』である。

吹き立つ風に揺らぐ草の原。三匹の獣は互いに敵を値踏みする。
ジャイロ・ツェペリに関してはこの『ゲーム』に呼ばれる直前、既に組み討っている。よってこの場で改めて推し量る優先順位は後回しだ。
ホル・ホース。リンゴォの興味の大部分は今、この男に向いていた。
一見しては飄々で軽率な態度が目立つ、リンゴォの好かないタイプの人間。
だがその色惚けた瞳の奥に覗く、石柱のように揺るがぬ意志……信念や自信に類する『可能性』をリンゴォは目撃した。
間違いない。この男もまた、あのミスタのように手段を選ばぬ歴戦の兵(つわもの)。


(自分を弱く見せておきながら、死合の際には翅を広げて獲物を喰わんとする。……その冷徹な姿、まるで『昆虫』だ)


凡庸だろうが非凡だろうが関係ない。確固たる事実は、この男は当に体得していること。
『信念を貫く術』を、長い年月を掛けて。その術を知っていれば、『強さ』とは後から自ずと付随してくる物だ。
そこのみを取り上げるのなら、あのジャイロよりも更に一段、年季が入っている。
ホル・ホースという男の真実は九割がた、視えた。リンゴォの眼は誤魔化せない。

それらを踏まえて尚、リンゴォは己の技量に分があるという直感を信じた。
ホル・ホースの得意とするスタンドの説明を受けてリンゴォはまず、即座に初動の不利を感じ取ったのだ。
彼のスタンドはそのものズバリ“銃”。顕すも消すも、念じるという行為それ一つで完了する。
つまり、イチ、ニの、サンで撃ち合う古来の決闘法において、得物を取り出すという過程を丸ごとスキップできるのだ。
刹那を競う決闘においてはコンマ一秒の隙ですら命取り。その過程を必要としないのであれば、奴のスタンドは脅威に他ならない。
一方、リンゴォやジャイロの得物はどうしたって『構え』に入るまでの姿勢にタイムラグが生じてしまう。
先の機を譲るリンゴォと、投擲武器であるジャイロのスタイルを考慮すれば尚更初速に差が発生する。

が、構わない。元々リンゴォのスタイルも『相手を先に撃たせる』ものであるからして、そのハンデは全く憂慮に値しないのだ。
初動は譲らざるを得ない。撃たせた上で勝利することが前提である程に、リンゴォのガンマンとしての能力は純粋に高水準だからだ。
その自信の根源はひとえに、リンゴォが積んできた並々ならぬ修練が導く意思。
反社会的な人生を歩み、尋常でない手段を遂げ、何年も何年も狂気に近い感情に身を委ねたと言っていい。
とても合理的な道筋など辿ってはいない。しかし刻んだ己の足跡は、絶対に嘘を吐いたりしない。
そこを否定してしまえば、または否定されてしまえば。
それはリンゴォ・ロードアゲインではなくなってしまう。


在るのだ。
自惚れではない、確かな修練の末に掴んだ『業前』が、自分の手の中に。
リンゴォが此度の決闘に勝機を見出すとしたら、純粋なる己の業(わざ)を信じるしかない。
どこまでも、不器用な男の生き方だった。


(……だが)


周囲に気付かれないほどに僅か、リンゴォは眉をしかめる。
無視するにはあまりに極大な憂心が渦巻いている。その男の平素からは通常考え難い、甘ったれた精神であった。

一生癒えぬ『傷』、と言い換えられるだろうか。払拭しようのない事実があった。
リンゴォには既に大敗している過去がある。それもたかだか同じ小娘相手に、二度も土を付けられた。これは堪え難き屈辱である。
と同時に、別の『ナニカ』を得られた闘いであったようにもリンゴォは思う。
だが今の場合にお為ごかしは必要ない。あの完膚なきまでの敗北は、事実としてリンゴォの精神を殺いだ。
どうしようもなく、深く、大きく、削ぎ取った。

致命的な憂心として挙げるに、己の持つ今のコンディションはお世辞にも100%とは言えない。言えるわけがない。
ましてこれはスタンドを交えた精神的な殺し合いでもあるのだ。あの敗北が後を引き摺って、リンゴォのポテンシャルに負の影響を与えかねない。
更に言えば目の前のホル・ホースの精神的コンディションは、リンゴォの抜群なる観察眼では、ほぼ万全だろうと嗅ぎ分けた。
この差は簡単には埋まらない。卓越した『業前』を差し引いても、この勝負……相当不利。


だが逆境の中にこそ、かつて彼が信じていた『光の道』が悠然と輝く。


627 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:04:41 ScB6g8Wc0


(……いい土だ。渇いた土地は、かつての荒野の味をオレに思い出させてくれる。思い出せ……昔のオレを)


ここに土はない。背の低い草原が、漢たちが生やす鉄の脚を蔑むように撫でるだけだ。
だがリンゴォには。そして恐らくホル・ホースやジャイロにも。目の前の光景を緑の風とは捉えていないだろう。
不思議な錯覚であった。ここに立つ三人が見る光景。その全員が全員とも、この世界を西部の荒廃した砂の地と見ていたのだ。


サラサラと、細かい砂の粒子が肌を通り過ぎてゆく。
踏み鳴らせばジャリジャリ音響く固い地面は、此処が東方の清き幻想國だと夢にも思わせない乾燥味があった。
遠い遠い地平の彼方を望めば、砂煙に紛れて見通せない現実感のない空。灰色のカーテンだ。

己が三匹だけだ。
この退廃する飢えきった砂漠に、
この世から切り崩された領域に、
この神聖なる───男の世界に、


獣が、三匹だけだ。


(どうする。オレにとって僅かに厄介な相手は恐らくホル・ホース。先に倒すべくは、奴か……? いや……!)


リンゴォの瞳には力が再び漲っていた。皮膚にも赤みがさしている。
どれだけの堕落を味わおうと、この男は結局───闘いの中でしか生きられない性なのだ。

彼が変化を受け入れたとするのなら、それは。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


628 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:05:44 ScB6g8Wc0


(……オレは、勝てるか? この闘いに)


受け継いだ者。受け渡す者。この世の最高の敬意と尊厳を与える死刑執行人。
ジャイロ・ツェペリ。彼にとってのアドバンテージ足る要素は、言わば『祖先』である。

彼の一族『ツェペリ家』には、他の歴史に類を見ない宿命が暗雲となって覆われていた。
380年に渡って伝えられた『回転』の技術をジャイロは父から学び、その父も、そのまた父も同じようにしてずっと教えられてきた。
ツェペリに生まれた長男のみに伝授される技術。回転とは、ジャイロにとっての『男の道』そのものなのかもしれない。
決して戦闘の為の技術ではない。だが与えられた特異なる秘伝と責任は、彼をその若齢で達人の域にまで到らせた。
人間の急所はどこなのか? 骨などに邪魔されずどこを切ればよいのか?
死刑執行人であるジャイロは人の肉体を知り尽くしている。代々に渡って発展されてきたそれは、間違いなくジャイロにとっての長所。
そしてぶつかる敵にしてみれば、その技術はどこまでも未知なる技だ。

その『未知』という部分が、ジャイロの『道』へと僅かに光明を齎してくれるだろう。

鉄球は──今となっては縮小サイズの鋼球だが──あらゆる側面において万能である。
いつ何時、どのような難事が訪れようが、大抵の苦境は回転で乗り越えられる。此度の決闘においても例外ではない。
事実、かの凶敵ノトーリアス・B・I・Gも最終的には回転の力で消滅を為せた。
これより相対するリンゴォ、そしてホル・ホースとかいう風来坊も、鉄球の力の半分だって理解できていない。

それは『勝機』だ。スタンド戦と同じに、人間は未知がある故にそれを壁と見做し、本能的に足踏みしてしまう。

(脅威はやはりリンゴォの奴だ。たとえスタンドが使えなかろうが、奴のガンマンとしての業前は超一流。どう倒すか……)

過去に苦戦した経験がある以上、ジャイロがリンゴォに対し警戒を敷くのは当然。ましてや一度は“殺されている”のだ。
時間逆行の末に無かった事とされてはいたが、死の体験はジャイロの記憶より永遠と消えることはないだろう。
払拭しようもない脅威。ホル・ホースの方も一癖ある人物像だと見極めてはいるが、より自分を知る者としてリンゴォの危険性がそれを上回っている。

これは三人での闘い。ならば先に仕留めるべくは強敵リンゴォか。はたまた僅かなりにも組み伏し易いホル・ホースか。
順番を誤れば……即座に『死の際』へと追い込まれる。
それが決闘。それが死闘。

脳内でシミュレーションを幾度も行い、最善の道を模索する。
勝利への感覚。自分にはそれがまだ、見えてこない。
ジャイロは常に『祖先』へと感謝している。それは自分をここまで育ててくれた一族への限りない『恩』であり、同時に『誇り』だからだ。
祖先から受け継がれた鉄球の回転は、自分にとって、そしてこの闘いにとって最上の武器。これは絶対だ。

だが物事とは、ひっくり返った裏面にこそ思いもよらない落とし穴が隠れている。
ジャイロの至高の武器である祖先への、祖国への感謝は、裏を返せばそのまま弱点にもなりえる。


いつかある男が自分に向けてハッキリ言った言葉がある。



『君は国家や親たちから教えられ受け継いだ……“技術”と“精神力”でこのレースに参加している。
 そして自分が死刑にしなければならない無実の少年を救わなければという、追いつめられた状況もわかる。
 でもそれらは全て君が誰かから“受け継いだ”事柄だ』

『君は“受け継いだ人間”だ!』

『Dioは“飢えた者”! 君は“受け継いだ者”!』

『その差は君の勝利を奪い、君を食いつぶすぞッ!』

『“飢えなきゃ”勝てない。ただしあんなDioなんかより、ずっとずっともっと気高く“飢え”なくては!』



未だに心へ深く刻み込まれている、親友の言葉。
思えばこの言葉をきっかけにして、ジャイロは更なる『生長』を臨んだのだ。
自分の“背後にあるもののせいで負けた”……臆面もなく、友人は偉そうにそんな意見を垂れてきたのだ。

Dioは飢えた者。そしてリンゴォもその類の人間。ここにはジャイロとの歴然とした差がある。
あの時は勝てた。しかし今回は? 同じようにいくか? この決闘にはもう一人、イレギュラーが立っているのだ。

いつになく自信が薄れゆく感覚。その“原因”たる根源は、自分の中で当に分かりきっていることだ。
しかしいつまでも引き摺っていては、余計に闘いへと影響が出る。一旦は、“そのこと”は忘れよう。


629 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:06:14 ScB6g8Wc0


(リンゴォ……奴の瞳に以前までの尖りきったセンスは見られないように思える。スタンドも使えないらしいが、“何か”あったんだろうな)


オレには関係のねえことだ。ジャイロはすぐに思考を切り替え、チラと自分の両手を見た。
左手は消失しており、右手の中指と人差し指も見る影がない。
ノトーリアス・B・I・G相手に無傷で生還しようなど、最初から考えていなかった。
それでもあの激闘を生き残った代償は小さくない。この無様な手で、果たしてどこまで闘える?
思わず小さく舌打ちを鳴らしてしまう。現状のコンディションを考えれば、肉体的にも精神的にも万全とはとても言えない。
鉄球の技術には自信があるが、相手の得物は二頭とも銃。物理的に、鉄球の到達速度より銃弾の方が速いのは自明。
必然、相手より『先』に撃たねば絶命するのはこちらとなる。
リンゴォなら一先ずは撃たせてくれるだろう。だがもう一方の獣はどうか。
鋼球は『二つ』。左手の行使は不可能だが、片手のみでそれぞれを同時に狙う技程度なら難しくない。射出速度で劣る自分に必要なのは、そういった捻り技だ。

……だが、無傷ではいられないだろう。
サシの撃ち合いならともかく、達人二人との同発勝負。
手元から離れれば回収にラグが発生する鉄球では、どうしても複数相手では不利なのだ。

じゃあ何故、この決闘を受けたのか。
きっとそれは、いつになくイラついていたからかもしれない。
もしくは、ガラになく悔しかったからかもしれない。
モヤモヤしたこの気持ちをどうにかして発散させる為にも、早い内からどこかの場面で苦難にブチ当たるべきだったのだ。


(……いい空だ。丁度、少し涼みたかったオレには出来合いの、薄ら冷てえ気温。まるで砂漠に降る雨、だな)


この現実感のない空のどっかに、お前はいンのかよ。
なあ、オイ。お前は今、“どっち”に向かって進んでんだ?
ちゃんと自分の信じられる道へと歩んだんだろう? そういう奴だったよ、お前さんは。
たまにこっちがドン引きするような意志を見せてたけどよォ……お前はやっぱ、正しい方向を目指してたんだと思うよ。
今にして思えば、だけどな。

……あー、でもなんだったっけ? 虫刺されフェチか?
アレだけはよォ、やっぱり今でもドン引きなんだわ、オレ。

ま、『約束』だったから誰にも言ってねえし、言わねえよ。
これからも、ずっとな。



じゃあ、死んだ人間に言うのもなんだが───元気でな……相棒。
オレはまだ、そっちに行くつもりはねえよ。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


630 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:07:28 ScB6g8Wc0


「走馬灯ってあるじゃない? 死の間際、時間が超スローに感じ、自分の過去の様々な体験が映像として脳裏に過ぎる、ってアレ」


ジャイロさんたちが動き出すのを、私は固唾を飲んで見守っていました。
そんな、誰しもが言葉を発するべきでないような緊迫の場面。輝夜さんはあっけらかんとその空気を壊しにいきます。

「阿求。貴方は体験したことがあるかしら? 確か何度も死んで転生して、を繰り返してるんでしょ? 貴方って」

ある意味それも不老不死よねー、と輝夜さんは実に朗らかな笑顔を携えながら、何故か同胞を見るような目で私の肩をポンポン叩いてきます。
仰るとおり、私は昔ながらに寿命が約三十年と短く、かつ『今』の稗田阿求(わたし)は初代御阿礼の子である稗田阿一から数えて『第九代目』の転生体。
つまり、かれこれ八回もの死を優に体験しているわけです。言い換えればそれは、走馬灯を見る機会が私には最低八回は存在していたのだと輝夜さんは言いたいのでしょう。
ですが……

「輝夜さんの期待を裏切るようで申し訳ないですが、アレって確か突発的な死の場合に多く見られる症状じゃありませんでしたか?
 私の過去は毎回『寿命』によるもので幕を閉じております。走馬灯なんて生まれてこの方、見たこともないですよ」

そもそも私は『一度見た光景は決して忘れない』。過去の集積を紐解くのに、わざわざ臨死体験を経る必要なんてないんだから。
そういう輝夜さんの方こそどうなんでしょうか? 風の噂によれば、輝夜さんは竹林に住む蓬莱人と時折二人だけの殺し合いを行っていると聞きます。
私のような弾幕も撃てない一般人からしたらゾッとする話ですが、その御友人とのタイマンの過程で走馬灯を目撃することは考えられることです。

「無いわよそんなの」

一蹴されてしまいました。

「あのねー、走馬灯ってのは『死』の隣に追い込まれるからこそ起こる現象なのよ。
 私は蓬莱人。この世で最も『死』から遠い最果てに立つ種類の存在なんだから、走馬灯なんて見れるわけない」


───私に過去の集約が記録されてるというのなら、是非見てみたいものだけどね。……“アイツ”と。


最後にそんな意味深な台詞を添えて、本当に本当に小さな呟き声で輝夜さんは言いました。
その瞳がどこを向いているか。輝夜さんの事情を真に推し量ることの出来ない私には、理解の届かない世界に居たようにも思います。


「……まっ! 私や貴方のことなんて今はどうだっていいのよ。
 脳死における人体のメカニズム、なんて摩訶不思議は永琳の分野。私が考えることじゃない」

勝手言ってます。最初に振ったのはそちらなのに。


「つまりね、阿求。輝夜が言いたい『考えの洪水』という現象は、稀に起こり得る毅然とした事例なのよ」


ふらりと、まさに亡霊のように希薄な存在感で幽々子さんが説明の補足を挟んで来ました。

「飛び降り自殺する瞬間を想像してみて、阿求。空も飛べない貴方なら、高所における恐怖は人並みにあるでしょ?」

え〜〜……、もっと平穏な喩えは無かったんでしょうか? 亡霊の姫から促されたのでは、説得力も一際です。
私は嫌々ながらも難しい表情で、絶対に訪れて欲しくない人生の終幕を一生懸命想像しました。

「そーいうの、たまに夢で見ますけど……なんか、こう……『ギュ!』って全身が一瞬で引き絞られる感覚、でしょうか」

「0点ね」

れいてん。

「落下してる間の5秒間に何を考えていたか、その10倍の時間を掛けても貴方は説明することは出来ないと思うの。
 そのたった5秒の時間が何百倍にも引き伸ばされたように感じ、かつ明晰な思考力で人生の早送り体験は完了する。
 これがまさにギュッ!っと詰まった『考えの洪水』。永遠にも思える、一瞬の出来事。つまり───」

そこで言葉を遮った幽々子さんは、わざとらしくグッと溜めた間を置いて、輝夜さんへと「さあさあ決めて頂戴な!」と言わんばかりにバチバチのウィンクを送ります。



「───『須臾』よ。生死の狭間に陥った人間は極稀に、ほんの僅かな時間の中を途方もない速度で思考することもある」



幽々子さんのナイスパスから見事シュートを決めた輝夜さんは、ヒラヒラしたその袖の下に隠した口元でドヤ顔の唇を形作ったのだと私は確信を持ちました。
須臾とは、認識出来ない程の僅かな時間の事。その針先のように小さい時間の中を自在に動けるという輝夜さんが述べるなら、確かに説得力もあります。
ついでに幽霊である幽々子さんが自殺がどうこう口走るのも、何だか嫌な説得力があります。彼女は生前の記憶が、つまり“死ぬ前”の記憶が無いそうなので、深い意味は無いのでしょうけど。


631 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:08:21 ScB6g8Wc0

「『世界(ザ・ワールド)』みたいなものね。あれってたった5秒間の時止めでも、当人達の頭では尋常でないスピードで思考が渦巻いている。
 だから本人の主観から見れば、それはとても5秒どころじゃない時間に見えてしまう。実際はゼロ秒に限りなく近い時間なのにね」

「ざわーるど、ですか……?」

輝夜さんの言うそれが何なのかはよく分かりませんが、脳の引き起こす現象でもそういった超常は存在する、というのは分かりました。

「あ、ちなみに走馬灯って自殺みたいな故意による遂行では起きにくいっぽいけどね。さっきのは単なる喩え。補足補足〜」

と、ここで幽々子さんはお茶目な口調で説明を添えました。こんな事態なのにやはり掴めない御方です……。


「で、何が言いたいかというとね。私は単なる個の能力で『須臾』の中を動き回れるけど、この世には別の手段を用いてそれを行える人種もいるみたい。
 それが……彼らのような者たちよ」


まとめに差し掛かる輝夜さんは、長い振袖をふわりと舞わせながら一点を───ジャイロさん達を指差したのです。
互い同士を睨みつけ合うあの方達に、もはや私達女性の姿なんて一片も視界に入らないようで……


私は少し、彼らのことが『怖い』って思ってしまいました。


「今から始まる『決闘』をよ〜〜く見ておきなさいな、阿求。
 私たち第三者から見ればそれはたった『数秒』での出来事でも……彼ら当事者が感じる体感時間は、それこそ『永遠』のように長く感じる筈だから」


少しだけ、輝夜さんの瞳が普段よりも真面目なそれへと変化したように思えました。
大らかな雰囲気の中に流れる、月の住民特有の達観した視界には、一体何が見えるのでしょうか。

「『須臾』と『永遠』。対極に位置する二つの概念は、突き詰めれば限りなく一枚に重なってしまうもの。
 彼らが行う決闘とは───『男の世界』とは、その二つを重ねた領域を何処までも何処までも突き詰め、好き好んで潜っていく儀式」

「好きで、潜っていくんですか?」

「好きで、潜っていくのよ」

「…………理解不能、です。私みたいな『女』には」

「あははは。実は私にも理解不能よ。『女』だもん」

実に朗らかに笑い飛ばせる輝夜さんほど、私の精神は熟していません。
女である前に、やっぱり子供(みじゅく)、なのでしょうか……私は。

「うふふ♪ その自覚が見えたなら、阿求も一人前の女性へとまた一歩、ってところね〜」

私の肩に顎を乗せながら、幽々子さんも大人の風格でふふふと笑んでいます。
生憎と、私にはとても笑えません。だってジャイロさん達は今から……殺し合いをするんですよ?


あの人が死ぬかもしれないのに……笑えるわけ、ないじゃないですか。


632 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:09:59 ScB6g8Wc0


「私、やっぱりジャイロさんを止めて───」
「ダメよ」


意を決して振り絞った言葉は、私の肩の上で微笑む幽々子さんにあっさりと遮られました。
彼女にしては重く、キッパリと伝わった否定の言葉。私からすれば到底、納得できるモノではありません。

「お子ちゃまの阿求に私から良いアドバイスをしてあげるわ。
 男が女に対してやっちゃいけないことはモチロン暴力と、台所に立つ女性を怒らせることよね。
 逆に女が男に対してやっちゃいけないこと。それはね、彼らの価値観を揺すぶることよ」

只管に転生を繰り返すだけの私とは違い、幽々子さんは大人の風格を煌びやかに含ませながら言います。
男女の価値観。それは決して同調したりしない、と。
子供の誤りを諭すように、とても優しい口調で。

「男の人って女性が思ってる以上に繊細で、誇り高い自尊心を掲げてるものなの。
 ジャイロたちは今、決闘という名の儀式を通して自己を確立させようとしているわ。
 私たち女がそれらを邪魔するというのは……彼らに対する最大級の冒涜にもなる。例えそれが慮っての気持ちでも、ね」

自己……ですか。それは果たして、命よりも価値があるモノなのでしょうか。やっぱり私には、理解の及ばない世界です。
心の奥がどよどよとムズ痒い気持ちになって幽々子さんの言葉を噛み締めていると、輝夜さんが微笑みを崩さずに割って入ってきました。

「フフ。貴方も随分ジャイロって人を信頼してるのねぇ。今から死ぬかもしれないってのに、よくまあそうも穏やかでいられること」

「あらら。今の台詞、そのまま貴方にも返せちゃうわよ? あの素敵なおヒゲの殿方……リンゴォさんかしら? 貴方のお連れでしょう?」

「まあね、確かに責任は感じちゃってるわ、一応。私はリンゴォの誇る『男の世界(価値観)』を、一度は叩き壊しちゃったもの。
 それは彼が今まで斃してきた相手や、信じて突き進んだ人生を冒涜することと同義。穢しちゃったわけよ」

冒涜。それはつまり、輝夜さんは女性として、リンゴォさんの侵してはならない領域に踏み込んでしまったということでしょうか。
何を考えているのか。何も考えていないのか。量り難い御方ですが、彼女なりに理由があってリンゴォさんと行動を共にしているのでしょう。

「でも先に言っておくと、私は誰の味方でもありません。この決闘を采配する立会人なの。……あくまで今は、だけど」

「あっそ〜。つまんないわね〜……。ねえ新聞屋さん? 貴方もそっちで見てないで、こっちにおいでなさい。
 あの素敵なハットを被ったカウボーイさんも貴方のお連れなんでしょ? 応援してやんないと、本当に死ぬんじゃないかしら?」

なにやら物騒な事を含ませながら幽々子さんは、少し離れて彼らを見守っていた射命丸さんを呼びます。

「……別に、あの方は勝手に私へと付いて来てるだけです。連れなんかじゃないです
 ジャイロさんも見つかった以上、ホル・ホースさんが私を助ける義理立てはないと思います。……死んだら死んだで、私とは関係ないです」

いつも元気に、元気すぎるくらいに新聞を届けていた射命丸さんとはまるで別人のようでした。
その姿は卑屈とも言えるほどに、幽々子さんの誘いを暗い心中で蹴ってしまいました。
しかしとはいえ、やっぱり彼女も決闘には興味があるらしく、馬の手綱を握りながら生気の感じられない瞳で彼らを見守っています。


「───『老いたる馬は道を忘れず』……そのお馬さんと同じに、長寿で経験豊かな鴉天狗のアナタには適切な判断が備わっている筈よ」

「…………何が言いたいのでしょう、輝夜さん」

「いえいえ。ちょーっとした警告、のようなアレよ。
 ……さあ。そろそろ始まりそうね。恐らくこの闘い、あっという間に終わるわ。結着は止まる時よりも早く着くでしょうね」


そそと、私たちの前に足を一歩踏み込んだ輝夜さんは、いたって落ち着き払った様子で見守ります。
始まってしまうのでしょうか。この決闘に、いったい如何なる意味があるのか。


……私なんかには、見出すことが出来ません。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


633 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:11:51 ScB6g8Wc0

ホル・ホースがこの決闘に勝機を見出した理由の一つに、『得物』でのアドバンテージという要素があることは先述した通りだ。
相手二人は、それぞれ実銃と投擲武器。未知の武器である鉄球はともかく、リンゴォなる男の得物それ自体にさほど脅威性はない。
これが早撃ちに準ずる決闘であるなら、敵への攻撃が到達するまでの初速、その圧倒的な可動速度を持つのはこの場では間違いなくホル・ホースだ。

武器を『抜き取り』、『構え』に至るまでの所作。その前半の過程が、ホル・ホースには丸ごと必要ない。
言うまでもない。ホル・ホースのスタンドは、『念じる』という瞬間的な行為それのみで、そのまま『構え』の動作に至れる。
早撃ちの決闘という舞台において、それはどれほどのアドバンテージを得られるか。
彼だけが半歩抜きん出た地点からのスタートダッシュを許される。そのメリットをホル・ホースは遠慮なく受け入れる事とした。


(“奴”への一発目はオレがブチ込む。確実に、絶対にオレじゃねえと、ちとマズイかもしれねー)


不気味に静まりかえった空間に会する三匹。彼らの耳には、もはや雨の音すら聴こえていない。
聴こえるは、己の鼓動のみ。之をも見失うことは、敗北の証明。

死だ。

世に、理屈では理解できぬ事柄は無数に在る。
その“域”に達した者たちだけが共感できる、不思議な幻覚。
悟りの境地とも言い換えられる広大な土地は、今や男たちの足元から蝕むように視界の変貌を訴えかけてきた。




そこは暑い暑い砂漠の真ん中だった。




ある極東の国では『三途の川』と。
また別の地方では『天国の扉』と。
いわゆる“死後の世界”と呼ばれる、無限の虚空。幻想の宇宙。
そういった場所は実在する。少なくとも、幻想郷の住民たちは日常的に知っていた。

此処は、それら終焉の土地とは少し違う、路の交わる世界の中心であった。
偶然か。必然か。
三人の男たちが掲げる世界観において、視えた景色は一致する。
男たちにとって、英雄たちにとって、『死』の視える領域とは三途の川などではなく、此処では乾いた砂の世界であった。


渇きを訴える喉を、すぐにでも鎮めなければ朽ち果てるだろう。
必要なのは血だ。水分だ。目の前に転がっている二頭の獣が、自らを昂める血の容器だ。
理由など、それで充分。大志を掲げるのに、人道は邪魔だ。


張り詰め合う五感を研ぎ澄ませ。
絶対零度の温度を纏った緊張の糸。それらが切れる瞬間を、察知しろ。
その音を聴ける者こそが、五感の更なる昇華次元───『第六感』を得る資格ある強者。


もはや交差する地は、一点だ。


遥か昔。
最初に其の地から生還した者が、震えの治まらぬその青い唇で、彼の場所をこう呼んだ。




───“死域”、と。








        メギャン───!






舞台に立つ者。決闘に立ち会う者。成り行きを見届ける者。
本人も含め、ここに居る全員がそんな奇怪な擬音を耳にした。
いや、“錯覚”した。
図らずとも、それは決闘開始のゴング。数十秒にも満たぬ、刹那の果たし合い。
これが始まりの音色となった。


634 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:12:53 ScB6g8Wc0
前兆は、あった。
だが籠の外から覗く第三者たちには、それを感じ取ることなど不可能。
当人たちのみが、
殺気を撃ち放ち、弾き合う男たちのみが、
死域に立ちながらも、己が第六感を研ぎ澄ます決闘者たちのみが、


兆しを───緊張が途切れるその瞬間を、鋭い嗅覚で嗅ぎ取れたのだ。


理屈では到底説明のつかない感覚。
メギャンと鳴るホル・ホースの『皇帝』。その顕現を象徴する音が、遠くの輝夜らに届く前に。


既に『一歩』先んじていた男がいた。


ジャイロ・ツェペリ。
この場の誰よりも早く、疾き技術を体現させた男。
ホル・ホースはジャイロの腕の動きに一手を許し、遅れて──本当に僅かな差だが──スタンドを発現させたに過ぎない。

前兆の音色を真っ先に嗅ぎ取った男は、ここではジャイロ。
既に男の右手には鋼球が掴まれ、隙を極限まで削った下手投げの態勢を半分まで経過させていた所だ。


彼の第六感が、二人の達人を置き去りにして初動を勝ち獲った。


しかし、否。
ここまではジャイロが獲らなければならない絶対条件。勝利の地点には程遠い、スタートラインに過ぎない第一手。
元よりスタートの線から半歩、前に出た状態での初動を許された男がいた筈だ。

ホル・ホース。
男の『皇帝』は、ジャイロが気付いた時には既にその腕の中に収められ、こちらに砲口を向けていた。


───疾い! 撃たれる!


ジャイロの思考は数歩先の未来を予測し、そして以後全ての思考を一旦は遮断させる。
撃たれるのは分かりきっていたこと。鉄球技術では、端から銃の弾速に及ぶべくもない。
だから、まずはそれでいい。ホル・ホースの最初の狙いが自分であるなら、それでもいい。
肝心なのは『先』に鋼球を放つことであり、それすら阻止される事こそが真に恐れる事態なのだから。


初動を“勝ち獲る”ことには成功。勝負の一手目はジャイロに旗が上がった。
しかし初動を“制する”ことは、また別の勝負。二手目にて優劣が覆れば、それは真に制したことに非ず。


ジャイロの手元から鋼球が離れたとほぼ同時。完全に顕現されたホル・ホースの『皇帝』の銃口から火が噴かれた。
恐ろしい早業だ。軽い男に見えてその実体は、高速の最中でも平然と獲物に飛びつき喰らう、昆虫。
その翅の広げ様と速度はトンボの如し。間違いなく、ガンマンとしては高次元の強敵。

既に鋼球は一発放った。離れた鋼球の操作は不可能。
武器を投擲した時点でジャイロは、身体を横に跳ばすことに全神経を注いだ。
自分目掛けて飛んでくる弾丸など、近距離パワー型スタンドでもない限り避けようがない。目視してからでは遅いのだ。
何も考えず、考えるまでもなく、ジャイロは跳んだ。
急所への命中を逸らす為だ。ホル・ホースから攻撃が放たれる一瞬前、初手を獲ったジャイロには回避への専念が可能となる。


635 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:14:01 ScB6g8Wc0



───ダァァン!



ホル・ホースの得物とはまた違う種の砲口音が遅れて響いた。

リンゴォ・ロードアゲイン。
此度の決闘、その第一手となる初動の闘いにおいて大きく遅れた男。
しかしそれは敗北の意ではない。
先の先を制するスタイルを主眼に置いた彼のやり方が、結果的に三人の中で最下位を獲ってしまっただけだ。


(構わない。初動は譲る以外にない。だが、この『一手』はしくじる訳にいかない)


無心の境地で、リンゴォの脳裏を勝負の予測が掠め、すぐに消失した。
此処より先に魅せる二手目こそが、彼の培った『業前』の本領発揮。


───“ひとりずつ”などと、日和った狙いは毛頭ないッ!


驚愕した。
ジャイロも、ホル・ホースも、目を見開いた。
籠の外にて見届ける輝夜もが、思わず舌を巻いたほどだ。

音は、単発であった。
確かにリンゴォの放った銃の轟きは、一つであったように聴こえた。

だがジャイロもホル・ホースも、死と隣り合う領にて向き合っていたからこそ“聴こえた違和感”もある。
『永遠と須臾を操る程度の能力』を持つ蓬莱山輝夜だからこそ“視えた違和感”もある。


音の影にほんの少し、須臾ほどの時間差で“再び”銃声が放たれていた。
高速滑空する弾丸のほんの少し後方から“再び”銃弾の影が視えていた。

死域の中心で闘う男たちには前者の違和感を聴き取ることができ、
人外の能力を持つ月の姫には後者の違和感を目撃することができた。


銃声は『一つ』。
弾丸は『二つ』。


リンゴォが磨き上げた『業前』は、一つの銃声に隠された矛盾を可能とした。


(に……『二発』ッ!)


皇帝の射撃に備え、横に跳んだ姿勢のままでジャイロは声を呑んだ。


(あのヒゲ男……なんつー連射速度だよ!?)


ジャイロへと速攻を仕掛けたホル・ホースも、卓越なる業に度肝を抜かれた。


銃声の重なり、その違和感に気付いた時にはもう遅い。
機を譲るスタイルのリンゴォだからこそ、神速の射撃を可能にしたのだ。

限界の先にあるもう一つの限界。
死域に立てたリンゴォの、冷たく研ぎ澄んだ、ある種常軌を逸した集中力。
二兎を追う者、一兎も得ず。ならばこそ必要なのは、二頭を同時に狩る早業。
限界の限界まで己を追い込んで、最後に魅せるは男の世界。その生き様。


リンゴォの狙いは、端から二匹共々。
決闘の『二手目』は、彼の強欲な殺意が勝ち獲った。



此処までに経た刻など、一秒にすら満たない。


636 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:14:36 ScB6g8Wc0


(に……二発、か!)


ジャイロの思考は猛然であり、同時に冷徹でもあった。
己に迫り来る災厄に対し、超速回転する思考に意識がピタリと追いついているのだ。
彼が浮かべた「二発か」という言葉は、リンゴォの同時撃ちへの言及ではない。

我が身に迫る弾丸、その数を冷静に自覚したのだ。
二発。ホル・ホースが初手に撃ち込んできた一発と、今しがたリンゴォが遅れて撃ち込んだ同時二発の内、一発が己に。

時間が止まったような、それほどに短い須臾の中。
己に飛んで来る二つの死弾を見据えながら、ジャイロの思念だけがゆっくりと次の一手を、二手を、予測する。
三手先を、四手先を、その先に伸びる勝利への道を、予測する。

そしてすぐにも、これ以上の予測それ自体が『悪手』だと、脳内に浮かべたプランを悉く破棄した。

今、自分は。
そして恐らく相手たちも。
死域の渦中にて、懸命にもがいている。
弾丸の到達速度よりも素早く思考を進められているのは、その恩恵だろう。
まるで走馬灯のように次々と、脳裏に二手先、三手先の『道』が枝分かれし、選択肢となって現れてくる。
だがこれは走馬灯とは決して違う。考えの洪水、という奴だろうか。


『生』を視る、男たちの世界そのもの。
これは個々にとって大切な『ナニカ』を掴み取る為への闘い。

視るのは『過去』ではない。
勝利への『未来』。それだけだ。
故にこれは、走馬灯とは別次元の幻覚。


(『二手先』を考えてる時間はねえ! 『一手』だ! 次への最良となる選択肢だけを考えろッ!)


たとえ考えの洪水に及ぶ時間が、体感では永遠に思えようとも。
それはあくまで『思考』止まり。『実行』に移せる時間など、そう残されてはいないのだ。
ジャイロは無数に現れ出でる『二手先』への選択肢へと、一つ残らず唾を吐き蹴った。
邪推だ。それらは全て、歪な勝利の幻影へ誘う悪魔の囁き。

そんなものは『近道』だ。易しを追い求め、楽を講じようと『最短の道』などという幻想に誘われる。
ジャイロ・ツェペリがSBRレースで学んだことは、そんな凡学ではなかった筈だ。

遠きに腕を伸ばせ!
得難きを得ろ!
『最短の道』とは、遠回りのことだ!
必要なのは『一手』! 『次』への対処こそが、己に求められている絶対的な行動ッ!
それ以外の思考など、邪魔だッ!


(今! オレに対し『二発』! ホル・ホースへと『一発』! そして───!)


ジャイロが一番手に放った鋼球。
その矛先は現在───リンゴォの心臓に向かっていた。


彼という男の脅威性を理解しているジャイロだったがこそ、その選択は『正解』に限りなく近い。
もしも今、ジャイロがホル・ホースに向けて攻撃を放っていたならば、リンゴォを攻撃する者が誰一人として居ない状態であった所だ。
ホル・ホースはジャイロへと。リンゴォはホル・ホースとジャイロの両者へと。
そして自分がリンゴォに攻撃したことにより、全体のバランスは程よく釣り合った。

攻撃を受けなかった者だけの一人勝ち。ジャイロの持つ天性の勘が、その状態に陥る事を防いだ。



───決闘の二手目が、終わる。


637 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:15:15 ScB6g8Wc0



「ゥ、が……ハ……っ!」



朱が飛沫いた。緩く開いた蛇口から捻り出した様な嗄れ声が、肺の奥から喚かれる。
かすれた声の主はジャイロ。死の凶弾は、まずジャイロへと届いた。
それはホル・ホースの投げ遣った、三途の川の渡し賃。

ジャイロの希望的観測は真中から大きく外れた。
末恐ろしい操作術だ。事前に思い切り横回避を行ったにもかかわらず、ホル・ホースの銃弾はジャイロの身体を弾道ミサイルのように追従して来たのだから。
急所への命中こそ外したものの、相手の動きに合わせて追撃してくる精密動作性は並大抵の腕前ではない。
只の、たかだか銃型スタンド。だがそれ以上でも以下でもないシンプルさが、そのままホル・ホースの射的屋としての腕を底上げしているのだ。


腹部に銃撃を喰らったジャイロは、身体を横に跳ばした態勢のまま更に後方へ吹き飛ぶ。



間髪入れず、そこを今度はリンゴォの弾丸が襲った。



続けざまに凶弾を貰ったジャイロの身体は、紙くずの様にブッ飛ぶ……



(っと思ったがよォー……! 流石に奴さん、“芸”の数はオレなんかとは比べモンにならんわな……!)



───異様な光景を見て、ホル・ホースは当てが外れたと同時に驚愕する。いやこの場合、実を言えば半分は“当たっていた”と述べるべきか。


とにかく、ジャイロが連続して受けた銃弾はその命を狩るどころか、当の本人はなんと───



「い……痛でェェェェェ!! テメエら、よくもやりやがったな……ッ! あークソ痛ェ!!」



ピンピンとまでは言わずとも、腹部・左肩へとほぼ同時に着弾した銃弾を殆ど物ともしていない。
身体を転ばせながら蛮声を迸らせるその容態に、ホル・ホースはギョッとした。


ホル・ホースとリンゴォが撃ち込んだ銃弾が、皮膚を突き破って“いない”。
銃弾のてっぺんはジャイロの皮膚一枚のみを貫き、射撃者を嘲笑うようにブレットの尻がこちらに向いていた。


肉体を支配するジャイロの鉄球技。
その数多の技の一つ……『皮膚の硬質化』による効果であった。
鋼球を『二つ』所持しながらも、初手にて『一投』しか行わなかったのはこの為である。
一つは攻撃に。もう一つは手の中で回転させておき、己の皮膚の防御特化として役割を与えた。
静かに回転された鋼球はジャイロの皮膚の表面へと即座に波を生み、支配し、鉄鋼の如き防御力を齎した。


(ヒュー! 大した手並みだぜ、ジャイロあんちゃんはよォ……!)


ホル・ホースは心中で、素直に敵を賞賛した。
二つしかない投擲武器。それら二つとも無思慮に攻撃へと回していたら、確実に今ジャイロは敗北していたろう。
これもまた、彼の持つ天性の勘とでも言うべきか。

冴え渡る砂漠模様の思考の中、ホル・ホースは闘いの成り行きを冷静に見定め、対処を急かない。
ジャイロがのた打ち回るのを視界に入れつつ、すぐさま自分も防御の姿勢を構えながら跳んだ。
いや、既に跳んでいた。


初めにリンゴォの撃ち放った熟練されし射撃が、こちらへと飛んで来ている。


順で言うならリンゴォよりもジャイロの放った鋼球が初めに撃たれた物だが、雷を思わせる弾速がそれを優に追い抜いたのだ。
だが、精度はやや甘い。リンゴォの射撃は達人級であることは間違いない。その評価を踏まえても、この悪天候での射撃だ。
雨は狙いを狂わせる。ほんの少しの風雨でも、切迫の中での死闘においては精度を大いに殺してしまうもの。
スタンドであるホル・ホースの皇帝とは違って、実弾も鉄球も周囲の環境に大きく影響されてしまう代物。
ホル・ホースの得物、その優位性とはこの環境を含んでの見立てだった。


638 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:16:01 ScB6g8Wc0


「〜〜〜〜……がッッ!! やり、やがったな、リンゴォォオ……!」


それでも、ホル・ホースの表情は苦渋に歪む。
狙いがズレたとはいえ、リンゴォの攻撃はしっかりとホル・ホースの左肩の肉を抉り取って彼方へと消えていく。
激痛だ。掠っただけにしろ、肩への蓄積は狙撃者にとって致命的な不利を呼ぶ。
思わず恨み言を吐かずにはいられない。死域の中心であろうが、痛覚は麻痺してくれやしないようだ。


だがこのダメージも、痛み分けだ。
それを思うとホル・ホースはいつもの下卑た顔へ元通りとなって、無理やりにリンゴォを睨みつける。


「ぶ……、ぐ…がァ……ッ!!」


鈍い衝撃が、リンゴォにも伝っていた。
ジャイロの第一投目がここにきてようやくリンゴォの左腕に到達し、勢いのままに肘から“捻じ切った”。


黄金の回転。


彼の子孫らが代々に磨きをかけ、伝えを絶やさなかった至上の恩赦が形を浴びて今、ジャイロの技術へと昇華されている。
必要なのは『感謝』。
伝統に感謝するその貴い心が、ジャイロ・ツェペリの強さの秘密。

必要なのは『黄金のスケール』。
自然界に存在する黄金の比率。四辺を完璧なる美に囲われたそれらのスケールを視界に入れる必要がある。
ジャイロの目に映るは、二匹の獣。互いが互いの首を狩らんと燃える、飢えた獣。
そして『砂漠の世界』。実際の周囲は草原の地であったが、もはや決闘者たちの目にそんな生易しい光景など広がっていない。
彼らにとっての“死域”と呼ばれたこの荒廃した砂の地に、自然が作る完璧なスケールなど無かった。


それでも天から降る無数の『雨雫』は、ジャイロにとって勝利の女神が落とす涙。
限りなく凝縮された須臾の時間は、重力に引かれ落ちる雨粒の一つ一つを、まるで止まった時のように静止されて視えた。


水には本来、決められた形など無い。故にそこには『黄金のスケール』も存在しない。
しかし天から地に引かれ合う瞬間を、一枚の写真のように切り取った彼らの儚い姿は。


例えば───固形化されて『雪の結晶』と化した水の黄金長方形。それらの“奇跡”と何が違うのだろう。

死域は、血に彩られた砂漠の世界にも『黄金のスケール』を降らせる呼び水となった。



(み……見える! 『見える』ぞッ! 雨の一粒一粒が宙で止まった水晶みてーに、ハッキリと『黄金長方形』の形に見えるッ!)



決闘が始まってから何秒経っただろうか。
身体を走る鈍痛も忘れ、ジャイロはとてつもないスピードで走り抜けゆく脳内の光景一つ一つを、ハッキリ認識出来ていた。
流れるフィルムの最後の一枚。それはリンゴォの左腕が肘から千切れ、ボウリングのピンか何かのように吹き飛んでゆく光景。
黄金長方形が完璧に炸裂したのだ。赤いシャワーかと見紛う腕の血飛沫を意にも介さぬリンゴォだったが、その顔を伝う汗は動揺の印。
応急の処置を施さなければ、確実に失血で死ぬ。それだけのダメージを、手応えとして確信する。

時間など、巻き戻しようがない。
リンゴォのスタンド『マンダム』は左手首の腕時計のスイッチを捻ることにより発動する。
ただでさえスタンド使用不可となるまでの、本体精神の変容。加えてジャイロは能力使用のスイッチになる左腕を狙って吹き飛ばした。
吹っ飛んだ手首を拾ってマンダムを発動させるまでの大きな隙は、この決闘においてはあまりに無防備。それこそ致命傷となる。



「オラァァ!!」



見えてきた。勝利への道、そこに到れる感覚が。
皮膚の硬質化を解き、ジャイロは大きく咆えながら右手の中で回っていた残りの鋼球を力の限りブン投げた。
リンゴォの牙は半分奪った。
もう片方の獣、ホル・ホースの牙はまだ折れていない。
仕留めるのはどっちからだ。
片腕を失ってなお、漆黒の意思を絶やさないリンゴォか。
苦しそうに笑みながら、今にも次の弾丸を放たんと引き金に指を掛けるホル・ホースか。



違うッ!

どっちからじゃねえッ!

『両方』一度に、仕留めるッ!



鋼球は、表面に纏わりつく雨雫──〝黄金長方形〟を回転振動によってブチ撒きながら

鈍い音を鳴らしてホル・ホースの右腕に着弾した。


639 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:17:12 ScB6g8Wc0



(ゥガ……ッ!? 〜〜〜っの、野郎ォーーー……ッ!)



ジャイロの攻撃はホル・ホースの利き腕──皇帝を構えた右腕に命中。
直前にリンゴォを襲った悲劇がホル・ホースの脳裏に蘇った。黄金の回転とやらの爆発力が、次に自分の右腕を吹き飛ばすだろう。


そのような光景を予測していたホル・ホースは次なる瞬間、疑念に囚われてしまう。
右腕は無事だ。それどころか大した痛みもなかった。
当たり所が良かったのだろうか。なんたるラッキーと脳内に喜色が湧いた途端、都合の良い妄想はすぐに散らされる事となった。


ぐるん。


それほどの擬音が聞こえてきそうなほど、己の右腕が歯車か何かのように大袈裟に捻られ。


皇帝の銃口が“自身”の首元に向いた。


自分の意思とは無関係に、銃を握った腕が勝手に攻撃対象を『自分』へと変えてきたのだ。
一瞬にして表情が蒼白に変えられるホル・ホース。
肉体を支配する鉄球の技術。ジャイロの操る回転がホル・ホースの皮膚をそっと、しかし具に刺激し渡っていく。
皮膚から神経へ。神経から関節へ。ホル・ホースの腕関節を一瞬だけ我が物としたジャイロは、一石にて二鳥を撃ち落とす策に出た。


(や、ヤベェ撃たれる……! 自分の意思じゃ、腕が動かねえ───!)


このまま皇帝から銃弾が飛び出せば、その凶弾は自身の首を貫通し死に至らせる。
それだけでなく、そのまま貫通して飛び出した銃弾は、その軌道上に立つリンゴォの肉体をも貫くだろう。
全てが計算された一手。既にホル・ホースの右腕は、今や完全に鎖から解かれた猛獣と化した。




喰わ、れ──────




またしても、時が静止した感覚に襲われる。

それは一計を案じたジャイロの視点で見ても、仰天の刹那を映した映像であった。

打ッ魂消る、とはこういう状況を指すのだろう。

確実に、少なくともホル・ホースはジャイロの術中に嵌まった。相手の狼狽する表情を見てそれは確信できた。

だが、皇帝の裁きが自らを避雷針とすることは無い。

ジャイロに支配された右腕の人差し指が皇帝のトリガーを押し込むその瞬間。

極めて達人的なタイミングで、ホル・ホースはその皇帝を右腕から『消し』、

更なる瞬間、肉体支配の外側に居る左腕へと再顕現し『持ち替え』、



瞬時に発砲せしめた。
利き手とは逆の腕で、一寸の躊躇いも無く。



皇帝とは我が意の下であるからこそ、絶対的な権を誇示する『皇帝』なのだと。
そう明示するかのように。


リンゴォを狙い絞り、ただ一発だけ撃ち放った。



(───あ、あぶ、危ねェ〜〜〜! 死ぬかと思ったぜ……ッ!)



見る者全てを残さず驚愕の色に染めるほどの業を披露した彼の心中はといえば、実に三下を思わせる焦り。
今しがたジャイロを魅せ付けた巧みなる演技とは反比例する、彼らしいといえば彼らしい思考である。

強者は、心とは裏腹に動ける。
ホル・ホースは強気の時は強気だが、劣勢に陥るとそれ以上に逃げ腰となる、まるで小者のような考えを持つ男だ。
その根っこにある人間性は決闘の最中であろうとさほど変貌したりはしない。
ジャイロやリンゴォのように、本当にタフで優れた精神性を掲げられるわけでもない。

しかしその上で彼は、動くべき事態に“動ける”。
撃つべき事態で“撃てる”。
肉体に蓄積された経験が、ホル・ホースという男の強さを土壇場で、火事場の馬鹿力のように発揮させる。


それこそが彼の持つ『本当の強さ』だ。


640 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:18:28 ScB6g8Wc0
だからこそ彼は、かつてあのDIOをも唸らせたほどの実力があった。
そして、そのDIOの忠実なる参謀──『エンヤ婆』と僅かな対峙を行った経験があるからこそ、今の窮地を凌げたとも言える。
日頃の行いが良かったのか。ホル・ホースには今の状況と酷似した場面に遭遇した経験があった。
DIOに命じられたジョースター一行討伐。その二度目となる単身出撃でのこと。
傷を付けた相手の肉体の部位を自在に操作するエンヤ婆のスタンド『正義(ジャスティス)』の罠に掛かったホル・ホース。
老婆の凶悪なる歯牙に呑まれ、自身の肉体を操られて皇帝を己の口内にブチ込まれた、あの経験。
先の攻防はアレとほぼ同じである。あの時は皇帝の『弾丸』のみを寸での所で消し、死を免れることは出来た。
ジャイロの能力に嵌められた時、あの経験がホル・ホースの脳裏に瞬時に過ぎり、更なる対策を捻ることに成功した。

それが───



「今の“逆撃ち”ッ! カウンターというわけか! 面白い、面白い男だホル・ホース!」



本当に、本当に嬉しそうな表情でリンゴォが叫んだ。
左腕を失い、朦朧とする筈の半死人が、残った『右腕』で銃を構え、



そして……既に“撃ち終わった”構えのまま、ホル・ホースに向けて喝采を上げた。



リンゴォ・ロードアゲイン。
たかが牙の半分が折れた程度で、その男が膝を突く訳もなかった。
以前に増して轟然と燃え盛る瞳の中の炎が、彼に反撃の狼煙を上げさせた。

ホル・ホースの射出した皇帝の発砲音と完全に重なった破裂音があった事を、ジャイロの鼓膜だけが僅かに捉えていた。
今の攻防戦で一瞬──それは僅かゼロコンマ以下の隙であったにもかかわらず、リンゴォはそれを絶好の『機』だと見た。


ジャイロとホル・ホース。二匹の獣が本当に一瞬だけ、リンゴォの存在を視界から外したのだ。


ホル・ホースはジャイロの『肉体支配』の技術に心底驚き。
ジャイロはホル・ホースの『カウンター』を目撃し、同様に驚いた。
リンゴォが致命的な損傷を受けていたことも理由の一因だろう。それらの理由により、刹那の間際リンゴォは好機を得た。

看護師が患者の静脈にゆっくりと注射を施すように、リンゴォはここに来て一際集中された精神で、動じることなく狙撃の構えを取った。
それはホル・ホースが、『利き手』から『逆の腕』へと皇帝を入れ替えた瞬間と一致するタイミング。
ドクドクと漏れ出る左腕の失血状態など意識の外。

リンゴォは、ホル・ホースの発射と同時に右腕で構えた拳銃を発射した。
消失した左腕では照準の固定など出来よう筈もない。そんな絶大なハンデなど物ともしない、実に鮮やかな片手撃ち。
ホル・ホースは自身の撃った発砲音に掻き消され、リンゴォの『カウンター返し』に後れを取ってしまった。


見る者が見れば、それは二人がこちらを見ていない隙に攻撃したのだという『漁夫の利』だと捉えかねない。
リンゴォの最も嫌悪する『卑怯さ』に通ずる、姑息な手段だとも言えた。
だが撃った本人も、相手の獣二匹も、そんな言い訳じみた物言いは露にも思ったりしないだろう。
強者同士の勝負の中、相手を視界から外すなどという愚行は命取り。ゆえにそれは卑劣さでなく、相手側に落ち度がある。



「しくじってなお、獰猛な牙を向けてくるか。素晴らしい『業前』だったぞ、ホル・ホース」



確固とした瞳で、リンゴォはホル・ホースを讃えた。
その眼には以前、月の姫相手に晒した弱々しさは欠片も見当たらない。
やはり彼は勝負を惑溺し、勝負に生きる人間。その路の中で生長することしか出来ない男だった。


641 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:19:11 ScB6g8Wc0


リンゴォの狙いはホル・ホース。
彼へのトドメを刺さんと、弾道は今……真っ直ぐにホル・ホースへと飛んでいく。


リンゴォが真に称するべきはホル・ホースの集中力。
彼は最後の攻防。
確かにジャイロへカウンターを仕掛けたように見えたが。
リンゴォが自分に向けて撃った事を勘付くと。
その一発の弾丸はガクッと、不自然なほどのカーブを描いて。
ジャイロからリンゴォへと対象を変更してきたのだ。


彼のスタンドだから為せる曲芸。これにリンゴォは「ほう」と感嘆するも、決してそれ以上の動揺を漏らしたりはしない。
利き腕ではない逆の、しかも肉片ごと抉られた左肩でのカウンター撃ち。
通常、そんな状態で放り込んだ弾丸が都合よく命中するわけがない。
だがこの場合、ホル・ホースにとっての“通常”が当て嵌まることはないということも、彼らは当に熟知していた。

弾丸を正確に操作出来るスタンド。
そもそも射撃時の姿勢や安定感、悪天候など彼にとっては整える必要すらない。
ひとまずは撃てさえすれば、その後の軌道調整(フォロー)など実に容易なことなのだから。


しかしそれでも、劣ってしまったのはホル・ホースの判断だったのか。
一旦はジャイロに定めていた照準を、撃った直後に慌てるような形でリンゴォへと変更させたのだから。
九十度もの歪な急転カーブを行ったツケは相当に大きい。そのツケは返済でき得ぬ巨大な時間差と化け、リンゴォの弾丸より大きく遅れた。




結果───リンゴォの弾丸は先に、ホル・ホースの脳に到達。

その大脳組織の過半数を破壊した。




「──────っ」




世界が揺れた。
衝撃的な地響きが起こり、ホル・ホースの視界は一瞬にて暗闇に堕とされる。




(──────あ、ヤベ……これは…………死ん、)




悠長にも、死する間際となって彼が浮かべた台詞は、最期まで平凡たるモノだった。
リンゴォに向かって飛んでいた皇帝の弾丸も、本体の瀬戸際によって消滅。



この決闘で初めに敗北したのは───ホル・ホースであった。




(──────駄目、だ───完全に、逝っち、まう──前、に──────“あの弾丸”──だけ、は──死ん、でも───)




彼の最期の意思は、果たして相対者へ噛み付く執念の牙となるか。

答えは直ぐに、知らされることになる。




───この決闘の汽笛が上がり、たかが『4秒』が経過した地点で、ホル・ホースの命は虚しき砂漠の地へと還った。




【ホル・ホース@ジョジョの奇妙な冒険 第3部】 死亡
【残り 54/90】
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


642 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:22:41 ScB6g8Wc0




「ジャイロさァァアアアーーーーーーーーーーんッ!!!!」




一際離れて決闘を臨んでいた者たちに、この死合の真髄を測ることなど困難だ。
所詮、流れ弾の当たらぬ死域の外側。安息の立場から眺めていたに過ぎない者たち。
輝夜も、幽々子も、阿求も。
そして……今しがた大声を張り叫びながら跳んだ射命丸文も。


彼女は柄になく動転した。
決闘が始まり、たったの4秒経過時点で協力者のホル・ホースが殺された───からではない。
無論、こんな腑抜けた自分にも優しく声を掛けてくれた彼が、ああもあっさり死んだことによる動揺は多少なりともあっただろう。
だが死んだ者は死んだ者。その事実を嘆くより、文はすぐさま次の危惧へ対処しようと突発的に跳んだのだ。


ジャイロ・ツェペリ。彼だけは今、ここで殺される事を防がなければならない。


自分の歩むべき『道』。その方向性もマトモに決まらぬままジャイロまで失っては、いよいよ文の存在意義、その土台から崩壊しかねない。
少なくともジャイロには伝えるべき『言葉』があるのだ。それすら達成できぬまま、彼が死ぬのをおめおめと指を咥えて見てられるものか。
いや、既に充分、4秒といえど充分過ぎるほどに指は咥えていた。
この決闘が始まって精々4秒。だがこの4秒は彼女にとって、針の筵に転がるような息苦しさを意味する『無意味』な時間。
遠くでただ見ているだけの自分自身という、苛立ちが頂点に達する4秒時点。
そのボルテージが針を吹っ切れるかどうか、という瞬間に───ホル・ホースが斃れる光景がちょうど重なった。


643 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:30:11 ScB6g8Wc0


我慢の限界だ。これ以上……


(堪えられるわけがないッ! すぐにあのリンゴォとかいう人間は始末する!)


決闘? 関係あるもんか。
男の世界? 知らない。私は女だ。


644 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:44:19 ScB6g8Wc0

片翼が消滅した。自慢のスピードも半分以下にまで落ちた。
それでも文がジャイロを救おうと飛び出した決死の瞬間速度は、まさにライフリングから回転発射された弾丸の如き超速度を叩き出した。



「はい駄目〜! この決闘に野次入れは無粋よ、新聞屋さん?」



目を見張った。
他の何者にも追い付かれてはならない鴉天狗のスピードに、余裕綽々で背後から追い付くフザけた存在が居たことに。


蓬莱山輝夜。此度の決闘の『立会人』を仰せつかった威風堂々の姫様である。


実に軽々しい態度で輝夜は、飛び出す文の後頭部を片手で鷲掴みとし、そのまま問答無用で地面に叩き付けた。
文とは違い、超スピードのようでその本質はスピードではない。時間隔という点と点の間をひとっ跳びに移動する、もはやワープ航法に近いデタラメ技だ。
容赦が無いというよりかは、目の前を飛ぶ蚊を叩き落すような反射運動。
まるで文がこのような暴挙に出ることを予期していたかのような、あまりに平然とした表情で輝夜は上から言った。


「『老いたる馬は道を忘れず』……警告はした筈ですけど? 貴方は“適切な判断”が出来る人だって。
 それでも貴方が『道』を誤るのは勝手だけど、彼らの『路』を邪魔することだけは、せめて私が邪魔させてもらうわね」


その瞳に映る真意は掴めない。
文は輝夜の制裁に対し、屈辱や怒りが浮かぶよりも、嫉妬の感情が第一に出た。


何故コイツは何も考えてなさそうなクセして、全て自分の思い通りに進んでるような隔てない笑みを浮かべられるのだろう。
何故コイツは大した苦労も葛藤も経験せず、それでいて見当違いな、無意味な正論の“ようなもの”を振り回せるのだろう。


ズルい。
この女が、ヘラヘラ笑っていられることそれ自体が、どうしようもなく疎ましく、ズルい。
どうしても、全て失った今の自分と比べてしまって……余計に惨めになる。


「見てなさい、ブン屋さん。この決闘に勝つのは、誰なのか?
 それはきっと、『未来』の為の『覚悟』を抱く者。最後に勝者となるのは、より未来を視る者よ」


偉そうに上から降り掛けてくるその言葉に従うのも癪だったが、地に伏せられた文に出来ることがそれ以外に無いのもまた事実。
今の文に出来ることは最早、この決闘で最後に立つ者がジャイロである事を祈るしかない。
後ろでそのやり取りを見ていた幽々子も阿求も、各々の顔色は違えど見据える景色は同じであった。





     ───ダァァン……!───





そして、決闘の終息を伝える最後の銃声が響いた。





▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


645 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:45:21 ScB6g8Wc0




最近、多いなぁ。こうして一人で走ることが……




ジャイロは再び、ぼんやりと思う。
二度目、だったろうか。こんな風に『一人』で馬を駆けることも、こんな風に哀愁の気持ちを焦がすことも。
確かそう……一度目はあのノトーリアス・B・I・Gを討伐せんと単騎で大地を走っていた時だ。
あの時も、隣に居ない男を想起し、らしくない感情にしばらく身を傾けていたのだった。


隣に居ない男。


ジャイロの隣から、居なくなってしまった男。


あの時と今では、どうしようもなく深い溝という“違い”が、その二つを隔てていた。


今、自分は独りだ。
おかしくなってしまった幽々子を阿求に任せ、逃げた永琳を己が身一つで追っている最中。
道半ばで突如として鳴り響いたその『放送』は、ジャイロの脳を大きく揺るがした。


電撃が走ったように身体は硬直し、思考の一切を担う脳組織が電源ごと引き抜かれてしまったように感じた。


ほんの少しだけ、頭を項垂らせる。
愛馬の生む蹄鉄音が、今だけはありがたい。馬に乗ると心が落ち着く。
ひとしきり瞼を閉じる間にも、相棒のヴァルキリーは主の気持ちを汲んでくれるかのように優しい歩幅で走っていてくれた。



しかし、ジャイロにとってもう一人の『相棒』は───『ジョニィ・ジョースター』は、隣に居ない。



降ってきた事実は、男の感情を沸々と煮え滾らせる激情の火となり、しかし燃え様は実に静かであった。
グッと、手綱を強く握り締める。
ただの一度だけ鳴った、雨音に隠れてしまうほどの小さな舌打ちを、彼の愛馬だけが耳に入れた。



ジョニィ・ジョースターは。

弱かった。

未熟だった精神は他人から攻撃されることに慣れておらず、生命の危機が危ぶまれた時、ジョニィは決まって涙を流していた。

そして、逆境に晒されたその『弱さ』を、レース中、常に隣に居たジャイロが正面から認めた時。

ジョニィは決まって、生長を遂げた。

それが、ジョニィ・ジョースターの持つ『強さ』。

それが、ジョニィ・ジョースターの歩んだ『道』。



(誰だ……? アイツをやったのは)


再び頭を上げた時、ジャイロの瞳は静かに燃えていた。
スイッチを切り替えたように素早く、反転的に事を考える。
ジョニィは確かに弱い。だが、その弱さが“反転”した時、アイツは急激に容赦がなくなる。
前を“見過ぎて”しまうのだ。目的達成の為なら、人間性までも捨ててしまえる人間。
だがそれもジョニィ自身が『正しい』と信じられる道を、ひたむきに見据える結果が生む変容。



───オレは思うんだ。ジョニィの奴は、言うほどひん曲がってねえ。

───オレからすりゃあアイツは、いつまでも純真な良い子ちゃん。

───立派な、人間なんだ。良くも悪くも、『正しい道』を歩んでる男ってわけだ。


646 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:45:54 ScB6g8Wc0


そして、そんなアイツだからこそ信じられる事柄もある。
アイツは最期まで……『正しい道』を歩もうとした。


そして、ジョニィのその強さ/弱さを狙った卑怯者が……アイツを殺した『犯人』だ。


誰だ。そんなことが平気で出来る奴。
そいつは恐らく、『悪』のタガが外れた奴。
ストッパーの無い、ある意味ではジョニィと似たタイプの、『前』しか向けねえ人間。あるいは妖怪、か。


ジャイロは第二回放送の内容を、騎乗しながら器用にメモに取り、決して最後まで狼狽えることなく全てを受け止めた。
胸中に燻るは怒り。苛立ち。
そのような負の感情がない交ぜになり、とうとう何処にも発散できぬまま……




───彼はリンゴォと輝夜の二人組に出遭ってしまった。






─────────

──────

───




647 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:46:30 ScB6g8Wc0





(───何を考えてんだオレは、こんな時に……!)




ハッとしながら、ジャイロは呆けから瞬時に覚醒した。


ホル・ホースが殺された。リンゴォに、敗北した。
そんな有様を目撃し、『次に自分が殺される』───と、一瞬でありながらもジャイロは“思ってしまった”のだ。
それは相棒ジョニィが逝ってしまった事実による、無意識の弱さが表に出てしまったのか。
リンゴォがホル・ホースを撃ち抜き、ゆっくりとこちらの方へ銃口を向け直した瞬間。
どういうわけかジャイロの瞼の裏に、これまでのありとあらゆる『過去』が次々に到来し、消えていったのだ。


12時の放送からジョニィの死を知った、あのぶつけどころのない感情から始まり。
初めてジョニィと出逢った、運命の日。
SBRレースの開催日。
ジョニィと共に遺体を集めることを決心した日。
しとしと雪の降る街で、ジョニィと乾杯を交わした日。
大統領との決戦前、ジョニィと互いの秘密を言い合った日。


そして、あの果樹園の小屋でジョニィが撃たれ、リンゴォ・ロードアゲインと決闘を交わした日。


まるで去来する『走馬灯』のように。
ジャイロは須臾の狭間に、かけがえのない無数の記憶と。
己を撃ち抜かんとする明確な『漆黒の殺意』を垣間見た。
瞬きの中、本当に短い一瞬の出来事であった。


だがこれは走馬灯などではない。
死を隣に置いた、“死域”の魔力が放った幻想の罠(ゆめ)。
真の強者同士の闘いにおいてよく起こる、理屈ではない体験。
強者達にとっては極上で至高の体験を得られる地だが、その場所に留まることは『死』を意味する。

ゆえに『死域』。

ジャイロは自らの視界に映る、この広大なる蜂蜜色の砂漠の上で……夢を見た。
永く浸かれば、二度とは出られぬ『死の夢』。
甘い記憶。縋りたい過去。失った筈の友。
其処に立つ、かつての相棒の姿に手を伸ばしかけ……
すぐにも、それは虚像だと気付き……払拭した。


ゆえにこの『夢』は、ジャイロにとっては死を象徴する走馬灯ですらない!
この記憶は、この過去は、この姿は、
最早ジャイロからすれば、かつて見習おうとした『生きる意思』そのもの!
己をもう一度、在るべき地点に立たせる鋼球の意思!

視たのは『過去』。しかしほんの一瞬、縋ったのみ。
目指すは『未来』。どこまでもどこまでも、遠くへ。

走り抜けるは、鋼球が如き意思の硬さで!
路駆ける鋼球の意思(スティール・ボール・ラン)を生きたジョニィの姿は!
ジャイロ・ツェペリが駆ける『路』そのものッ!



(───3キュー4ever〝サンキューフォーエヴァー〟……ジョニィ。オレはこっちへ……進むぜ)


648 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:47:01 ScB6g8Wc0
死域の魔力に呑み込まれる寸前、須臾の狭間からの覚醒を終えたジャイロは、真っ直ぐに『敵』を射抜いた。
目前にはたった今、ホル・ホースを斃した強敵リンゴォ・ロードアゲインの立ち姿。


両者の視線が交叉する。
相手は既に銃を構え、ジャイロを撃ち殺せる態勢を完了している。
対してこちらには既に鋼球は無い。皮膚硬化に使用していた残りの一球も、ホル・ホースへの投球に使ったばかりだ。


絶体絶命だった。
それでも、ジャイロの心から鋼球の意思(スティール・ボール)が消える未来は、もう来ない。
死域が。
死が。
ジャイロの進むべき道に……こんな『砂漠の世界』にも、『光』をもたらしてくれた。
光はジャイロのとてもよく知る男の形をとり、次第に次第に霧散していき、やがて光の矢となって道を照らした。
前を向く。自分の信じられる路を迷わず走れるように。
太陽のようだった。あの赤い石が生んだ、魔を灼き尽くす灼熱の太陽。
それと比べても遜色ないほどの、大地を照らす太陽。死の砂漠にはうってつけの道標だ。

無意識に、懐の『太陽の花』を握った。左手で、無い腕ではあったが、ジャイロは確かに握ったのだ。

ジャイロは“ふたつ”の太陽の祝福を受け、砂漠を抜け出すことができた。
ジョニィが照らした方向へ。もしかすれば、人をナメた態度で笑うあの似非聖人少女の恩恵もあったかもしれない。

己は今、光の道を進んでいる。
この場所はもう、『死域』などではない。
“生”を駆けた友と、“聖”なる為政者の女が標となった───生域/聖域。


ならば此処こそ、ジャイロが目指した生長点。


ならば死ぬのは、己では有り得ない。



(ネットに弾かれたテニスボール……起こるべくして起こる『奇跡』。
 オレが願うのは、もはやそれだけだ。なあリンゴォ……アンタにも『礼』を言っとくぜ……先にな)








       ───ダァァン!








           ◆


649 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:47:37 ScB6g8Wc0



銃声が轟いた。
音は一つ。



リンゴォはホル・ホースを死に追いやった直後、すぐさまジャイロへと連撃を仕掛けるため、彼の方向に銃を構えなおした。
銃口を向けられたジャイロの表情はほんの一瞬だけ───死相を交えて。


次なる瞬間、ざわめいたのは己の方だった。


“変わった”のだ。

走馬灯でも見ていたのか。ジャイロは僅かな時間、その顔を項垂らせ……次に顔を上げた時にはもう、変わっていた。

瞳が。精神が。見据える方向が。

ついぞさっきまでの彼はというと、どこか心が浮き足立っていたように見えた。焦っているようにも。
大方の見当は付く。放送で呼ばれた、あのジョニィ・ジョースターの死について、といったところだろう。
心のスキマに巣食った焦燥は、内殻を食い破りかねない寄生虫へと変貌を遂げる。
傍目には目立たないその弱みも、リンゴォの目から見れば一発で悟ることが出来た。故にリンゴォは、この決闘の一番の強敵をホル・ホースへと見定めていたのだ。


それもさっきまでの話。
今は違った。決定的に、ジャイロは変わっていた。
奴は一足早く、この“死域”から抜け出していたのだ。



死の流砂に足を飲み込まれ始めていたのは、オレの方だった。



振動が轟いた。


銃声は『一つ』。
弾丸は『二つ』。




「…………カ…、……く゛、はァ……ッ!?」




喉の奥が、異様に熱い。
空気の管から、ドス黒い血液と呼吸がドロドロに漏れ出す嫌な感覚。


喉を撃たれた。
そして同時に、ジャイロの身体もくたりと斃れた。


“相討ち”だ。


オレは奴の心臓を貫き、奴はオレの喉を貫いた、という事か。
だが、解せん。奴の鋼球は、二つとも手元から離れていた。
奴には武器が無かった筈だ。懐に隠し銃を所持していた?
いや、銃声も一つだった。オレの撃った銃の音のみが、響いた筈だ……!


(ば、かな…………奴は一体、“どこから”オレを……“どのようにして”、撃った……の、だ…………っ!)


ジャイロが血を吐いて、地面に傾くのが見える。
即死。心臓をまともに撃たれたのだ。今度こそ、走馬灯など見る間もなく、死んだ……!
あのホス・ホースと同じように!



(──────ホル、ホ……ス、だと……?)



ホル・ホース。奴も即死だった。それは確か。
ならば奴のスタンド『皇帝』も、本体が死したのであれば同時に消滅するのが道理。
だがスタンドとは時に、道理の外なる現象を齎す。

ほんの一秒。
ホル・ホースが死んでほんの一秒足らずで起こった“相討ち”。
このたった一秒の間、もしホル・ホースが最期の気力を振り絞って『皇帝』を顕現させ続けていたとしたら。
いや皇帝までいかずとも良い。
必要なのは皇帝の『弾丸』なのだ。
たった一発の弾丸を、たった一秒の間。
ホル・ホースが“ジャイロ”に撃ち込み、それを“皮膚硬化”の技で防がれた、あの一発の弾丸を。
ジャイロの皮一枚に埋め込まれた“まま”だった、あの弾丸を。
もしジャイロが手に取り、それを“黄金の回転”でオレに撃ち込んだのだとしたら。


勝ったのは、オレか?
ジャイロ・ツェペリか?
ホル・ホースか?


650 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:48:15 ScB6g8Wc0
黄金の回転。ジャイロはホル・ホースが自分に撃ち込んだ弾丸が、まだ“生きていた”ことに気付いたのだ。
オレがジャイロに撃ち込んだ弾丸も皮膚硬化で防がれ奴の皮一枚で止まっていたが、それは弾頭が潰れていた。十全の効果は発揮できないだろう。
スタンドの弾丸だったからこそ、それを咄嗟にツェペリの技術でオレへと返し得た『執念の弾丸』。


ジャイロの『祖先』と、ホル・ホースの『得物』。
オレが長年磨いてきた『業前』は、それらに敗北した。


だが、しかし……!
しかし、この『現状』は……ッ!


ジャイロの心臓が破壊され、今またオレも『死域』の最果て───『死』へと落ちようとしている、この現状はッ!


ジャイロの肉体から、完全に生命の焔が消えたのが感覚で理解できた。
そして同じように、オレの肉体からも生命が消えようとしているのが分かる!


(それだけは……駄目だ! 勝者の居ない決闘など、何も生まない闘いなど……それは闘った相手への『侮辱』だッ!)


オレが敗北することも、相手に路を譲ることも、認めよう!
だが誇りを懸けて闘った相手の生命を冒涜するような、そんな惨たらしい結果を生むことだけは、オレの歩んできた路をも否定することと同義!

勝者はジャイロだ!
勝ったのはホル・ホースなのだ!
最後に立つ者が誰も居なくなる……それこそが、我々が絶対に辿ってはならない『無色の生き様』なのだ!



「ガ…………ハ、……く、ふぅ…………」



視界が急激に暗くなった。
『死』だ。これこそが、死。
死ぬのが怖くない、といえば嘘になるだろう。
それはあの生意気ばかりを口走る月の姫にも晒してしまった本心。今や隠しようもない。
だが死よりも、オレはオレ自身の信じられる路を否定されるのが何よりも恐ろしいのだ。


(腕時計……『左手首』は、どこに落ちている……!)


初めの、ジャイロの一投目によって吹き飛ばされたオレの左腕。
そこにこそ、オレが求めるモノが身に付いている。
6秒戻すスタンド『マンダム』のスイッチを捻らねば、全員が死んで、そこで終わり。
捻ったとして、しかしマンダムは果たして発動するのか。オレの精神状態は、今なお巻き戻せる地点に居ないというのに。

とうとう身体が崩れた。闇の視界の中で、氷のような痛覚がオレに最後の土の味を伝えてきた。


ダメだ。もう手首は探せない。スイッチを捻る体力さえ、オレには無かった。



戻さなければ。なんとしてでも、おれは───を、……どして、……───。




しょ…り、───か、れ……ら───、…………──────。






スイッ、チ…………を──────



















「ちょっとリンゴォ〜〜! 貴方の顔、入り口全開よ?」




暗闇の中に、輝夜の危機感のない声だけが木霊した。

オレは、もう何度目になるかも分からんコイツの奇行に、今度という今度は堪忍袋の緒もはちキレた。


651 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:48:45 ScB6g8Wc0



「ふざけるなキサマ輝夜! どこまでオレを虚仮にする!? 決闘はまだ終わってはいないッ!」

「目ン玉瞑ったままでなに怒ってるのよ。決闘はもう終わったわよ。いえ、始まってすらいないのかしらね?」



迷わず眼を開けた。
輝夜が映った。




「──────なに?」




これはデジャヴかはたまた走馬灯か。
オレは地面に立っていた。銃も腰に収め、負傷などまるで“無かったように”、何事もなく突っ立っていた。



        メギャン───!



次に、聞いたような擬音が入り口全開となっていたオレの耳に入り込んだ。
眼前にちょこりと立つ輝夜の頭の向こう側、死んだ筈のホル・ホースがこちらに向けてスタンドを発動させた音だった。



───オレがジャイロに撃たれて斃れる、ちょうど『6秒前』でのシーンが、そこに再現されていた。



「いや〜〜、すっごく長ったるい『6秒間』だったわねー! 貴方たちにとっては更に長苦しく感じたんじゃないの、リンゴォ?
 ま、撃ち合いでの決闘なんてそんなモノかもしれないわね。いえ、とてもイイ体験が出来たわこっちとしても」



うんうん、と輝夜は全知を得たように一人で勝手に納得し、首を縦に揺らしている。
何が何だか分からなかった。6秒前をなぞって思わずスタンドを出したホル・ホースも、呆気に取られるといった顔を隠せていない。
だが“ジャイロ”は、何故だか全て理解したように気障な格好を立てて腕を組んでいた。

まるでこうなる事が分かっていたように。
まるで端からオレが『6秒』戻すのだと信じていたように、だ。




「では不肖、此度の決闘の『立会人』を務めさせて頂きました、わたくし蓬莱山輝夜が高らかに宣言いたします。
 勝者…………『全員(ぜんい〜ん)』! 以上! 皆、本当にお疲れ様〜!」




ペコリと、むしろ虫唾が走る勢いで綺麗なお辞儀を終えた輝夜は、閉会宣言をとって労いの言葉を掛けたのだった。
ポカンと口を開けたままのオレの棒立ち姿は、実に滑稽であったことは言うまでもないだろう。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


652 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:49:28 ScB6g8Wc0


刹那にて、永遠の果てを知った。


須臾に短い一瞬の狭間にて、永久にも長き思考の洪水に埋もれた男たち三匹の体感した感想を述べるなら、そんな矛盾が成立するような一言に尽きる。
ジャイロも、リンゴォも、ホル・ホースも、今まさに刹那の中から果てを見た。
その道程は数字にしてみれば、たかだか6秒間という、一句を詠み終えられるかも怪しい時間。

しかし清き聖人の言葉よりも信じられる事柄が、そこにはあった。
彼らは6秒の道を歩み終え、それぞれがぞれぞれに、得た物があったのだろう。
たとえ刻んだ時が巻き戻されようとも。
彼らの中には確かに、歩みを終えたという事実が残っているのだ。


千年や万年よりも今の一瞬。それで良いではないかと、立会いを司った蓬莱山輝夜は自分ごとのように言ってのけた。


彼女は全てを見届けた後、つぶさに説明で補ってくれた。
リンゴォは、失われた己のスタンド『マンダム』を無事に引き戻す事に成功したのだと。

そもそも彼の能力に、腕時計のスイッチを捻る作業が必ずしも必須とはしない。
あくまでそれは精神的なスイッチであり、リンゴォが『その気』になれば──例えば死を忌避する意思に呼応すれば、能力の発動は不可ではない。
かくしてリンゴォは死の瀬戸際、奇跡的に6秒という時間を巻き戻して『スタート地点』に戻る事が出来た。


『続き』が行われることはなかった。立会人を任せた輝夜がその時点で間に立った以上、ゴネることは不毛だろう。
それは以前のままでのリンゴォであれば、絶対に納得できる裁定ではない。
勝って生きる、負けて死ぬの二択しか知らない頃のリンゴォであったなら、決闘を侮辱する愚か者として輝夜までを撃ち抜いていたに違いない。
それをせず、どこか消化不良の気持ちがあったにせよ、リンゴォが再び銃を抜くことはなかった。


男は闘いを通じて、己の能力を再び取り戻した。
その事実一点のみで、得たモノはあったのだ。
立会人は決闘の勝者を『全員』と宣言した。
闘いの過程を顧みれば、それは少し違うように思う。


(この闘い、精神的な敗者はオレ一人。そして勝ったのは奴らの方だろう)


自らへの過小評価でなく、相手への買いかぶりでもない。
リンゴォは純粋に、今回の決闘をそう評す。不思議なことに悔しさよりも、清々しさが湧いてきた。


「勝ったのは全員って言ったでしょ。負けてナニカを失った者が敗者。それでもナニカを得た者が勝者。
 『本当の強さ』とは、己を変容させる者の事。変化を受け入れられる者が、真の強さを得る。
 私から見ていて、全員が持つ覚悟の物量に大差なんてなかった。皆、ナニカを得たのよ、この決闘で。
 それとも私の立会いに文句がおありかしら? 私にそこを任せたのは確かリンゴォ、貴方だったと思うけどそれって……」

「わかったわかった……! 文句は無い、最初からな……」


リンゴォの冴えない表情を不満と落胆の表れだと受け取ったのか、輝夜は心を読んだようにフォローを入れた。


「リンゴォ、なんかオメー……前よりも随分丸くなったっつーか……牙が抜けてねえか?」


意外な物を見たとでも言わんばかりのジャイロのきょとんとした表情。
以前のリンゴォを知り、今の彼と輝夜の関係を知る由も無い彼がリンゴォの変容に驚くのも無理ないこと。
ジャイロとて、6秒戻った時点で当然の如くリンゴォが再度拳銃を抜くだろうと身構えていたのだから、この光景には拍子抜けである。

いつの世も男の心を惑わすのは女の純真。禍(わざわい)を呼ぶのも女だ。
良くも悪くも一癖あったリンゴォは、この輝夜という少女によって変えられたのだろうか。
どうしようもない程に無頼漢。一途だった男が久しぶりに会ってみれば、随分とまあ険が取れたというか、あのガツガツした感じが減ったように思う。
以前よりも迷っているように見えた。選択肢を与えられた、迷い道迷いし一匹狼。されど彼の瞳に不安の色は薄い。
きっと、新たな道を見付けてしまったのだ。光り輝く道の果てに枝分かれした、求めた男の世界と少し違う冒険譚。


「少し、別の価値観を探してみようと……思っただけだ」


それもまた、男にとっては浪漫に相違ない。


「別の価値観、ね」


共感は、得られる。一族の業を背負ってきたこの男もまた、レースによって己の変化を受け入れたのだから。


「そうとも。笑うがいい」


闘い終わって夢のあと。走馬灯が魅せた夢は、男たちを躊躇させる道端の小石ですらない。


「そうかい。でもま、笑われて歩こうぜ。そいつが男の路───『ロマン』だろ」


ゆえに彼らは、笑うのだ。
ひとりはニヒルに。もうひとりは黄金の輝きをその心と歯に添え。


「……『路男』、か。なるほど……いい言葉だ」


653 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:50:01 ScB6g8Wc0
二人の路が再び交叉する未来はもう無いだろう。
互いは充分に見た。決闘とは、擦れ違う男たちの内奥までを究極にまで覗き合う儀礼の事。
死とは、その結果の一つに過ぎない。
そしてまた、掴んだ生も結果の一つに過ぎなかった。
6秒が戻り全てが無かった事実とされても、彼らの心に残った“モノのカタチ”は朧気ながらも確固であった。


それはこの男───ホル・ホースにとっても例外はない。彼は彼で、結果には満足していた。
闘いの空気にアツく流されてはいたが、すっかり頭が冷えていつもの彼らしい平静に戻ったところで、この決闘を続ける意味は無い。
元々、ホル・ホース自身に決闘を受ける意味も得られる恩恵も無かった筈だ。皆無に等しい。
自分の為に動く男ではあるが、しかし彼にしては珍しく、この決闘は“他人”の為に受けたものである。


(一時はどうなるかと思ったがよォ……ま、ひとまずこれにてお嬢ちゃんへの体裁は整ったかねえ)


決して口には出さず、心中のみで安堵する。
ひいては涙を流した女の為。ホル・ホースはただ、射命丸文をジャイロに“逢わせる”、ただそれだけの為に命を張った。
ジャイロとリンゴォの因縁に割り込んだのも、ジャイロが殺されては困るから。
闘いの中でリンゴォだけでも始末し邪魔が消えたところで、後は上手い口車にでも乗せてジャイロと文に何とか会話の場を設けさせたかった。

つまりホル・ホースには最初からジャイロだけは殺すつもりなど毛頭無かったのだ。
だが決闘の熱気に中てられたのか、随分と自分らしくない無茶をしてしまった。
格闘の技に『寸止め』という、相手の眼前皮一枚で拳を止める技がある。
ホル・ホースがジャイロに撃ち込んだ最初の弾丸。あれはジャイロの皮膚硬化が無くとも、元より寸止めで弾丸を止めるつもりであった。
高速で放たれる弾丸を相手の皮膚一枚の所で止める。超高等技術だが、ホル・ホースからすれば朝飯前だ。
初めに狙う相手をジャイロに絞ったのも、彼がリンゴォに殺されぬように。寸止めとはいえ、暫く戦闘不能程度にはするつもりだった。

それでも自分が死ぬ所までは予定に無い。あくまで勝つつもりで決闘を受けたのだ。
ジャイロと違い時間を巻き戻させることを計算に入れてなかったホル・ホースは、あの『死』の体験を思い返すだけで寒気がする。
だがホル・ホースの負けじと足掻いた執念が、結果的にはジャイロと共にリンゴォを追い詰め、時間を戻させた。


女の為にナニカをしてやれる。もしもホル・ホースが得たモノがあるなら、たったそれだけの自己満足。
もしくは、ある少女への『贖罪』。
その過程で己が死ぬような事があっても、裏の世界を生きる者としてその程度の覚悟はあった。

命を拾えたことに安堵の溜息を漏らし、煙草でもふかそうとポケットを弄るも目当てのブツは無いことを思い出し、また溜息。
ズレたハットを深く被りなおした所で、視界の奥からようやく我が相方含む傍観者達が、それぞれの表情を作りながらやって来た。


「じゃ、ジャイロさん! だ、だだ大丈夫なんですか!? あのあの、私にはジャイロさんがその、“死んでしまった”ように一瞬見えて、その……でも、良かったぁ……っ」


少女性の強く残るその瞳が半泣きとなっていることに気付いているのかいないのか、阿求が駆け寄る形でジャイロに声を掛ける。
時間が巻き戻る体験など初である彼女に、事の詳細は知りようもない。心臓を撃ち抜かれたジャイロの姿を目撃した阿求の動転など推して知るべしである。
安堵に痺れ、糸を緩め、一先ずは胸を撫で下ろす。
阿求も幽々子も、文も、そして輝夜でさえもそのような素振りを見せた。


654 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:50:44 ScB6g8Wc0



「では……ツェペリ、だったかしら?」



一呼吸を置いて、輝夜はずいとジャイロの名を呼ぶ。

「私とリンゴォはこれより永琳との待ち合わせ場所へ赴くわ。貴方も彼女に用があるのでしょう?
 どうぞ御一緒に……って言いたいとこだけど、貴方にはまだ先約があるみたいだし……先に行ってるわね」

「ああ? 先約?」

ジャイロの疑問に応えることなく、輝夜は一歩ごとに鈴を鳴り歩かせるような雅やかをもってこの場を後にする。

彼女は結局、何の目的があってこの決闘を采配したのだろう。
リンゴォの『生長』の為? それとも巡り巡った自分への恩恵の為?
それも含め、どうにも全ては輝夜の好計通りとなっている気がしてならない。何も考えてなさそうな顔して。

無言でそれに続くリンゴォの背を見送った所で、既知の声が降りかかってきた。


「お疲れ様、ジャイロ。素晴らしい御手前だったわよ」

「幽々子か。お前の方はもう大丈夫なのか?」

「お蔭様で醜態を見せてしまったわね。でも、阿求が頑張ってくれたから」


ひょいと顔を覗かせた幽々子の様子に、ジャイロの荷が取り除かれた。
最後に見た幽々子の様子は酷く常軌を逸した口ぶりだったが、そこは阿求の活躍があったのだろう。今の幽々子は以前のように朗らかだ。

「おう、阿求。よく頑張ったじゃねえか。人間、死ぬ気でやりゃ何でも出来るモンだな」

「うぅ〜〜……本当に死ぬ気でやりましたよ……」

涙目で、ついでに酷い顔だった。……物理的な絵面で。
阿求の顔の腫れを撫でながら幽々子はごめんごめんと一言だけ慰め、ジャイロに向き直って言う。


「じゃあ……私と阿求はひとまず輝夜に付いて行くわ。貴方も用が終わったら来なさいな」


輝夜とは違う趣で幽々子は、フワフワと音も無い幽霊のような優麗さで阿求と共にこの場を後にする。
曲がりなりにも幽々子が憑いて…付いているのだし、すぐに追わずともしばらく危険は無いだろう。


「さて、と……」


身を整え、自分に用があるらしい“彼女”に向けてジャイロは尋ねた。
最早ここに残る者は自分を含め、気を遣っているのか少し遠くで腰を落としているホル・ホースと……




「───ジャイロ・ツェペリさん、ですね? 貴方を捜して、ここまで来ました」




今なお明確な路を見出せずにいる、片翼の鴉天狗。



「……誰だい、お前さんは」

「申し遅れました。私、ルポライターの射命丸文という者です。色々と積もるお話はありますが……。
 まずはジャイロさんにお伝えしなければならない事が御座いまして。……お時間を頂きます」



それでも一歩一歩、歩んでこそ。
生きてこそ。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


655 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:51:33 ScB6g8Wc0
【D-5 草原/真昼】

【ジャイロ・ツェペリ@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:疲労(中)、身体の数箇所に酸による火傷、右手人差し指と中指の欠損、左手欠損
[装備]:ナズーリンのペンデュラム@東方星蓮船、ヴァルキリー@ジョジョ第7部、月の鋼球×2
[道具]:太陽の花、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:主催者を倒す。
1:文の話を聞き、幽々子らと合流。
2:花京院や早苗、ポルナレフと合流。
3:メリーの救出。
4:青娥をブッ飛ばし神子の仇はとる。バックにDioか大統領?
5:博麗の巫女らを探し出す。
6:ディエゴ、ヴァレンタイン、八坂神奈子は警戒。
7:あれが……の回転?
8:遺体を使うことになる、か………
[備考]
※参戦時期はSBR19巻、ジョニィと秘密を共有した直後です。
※豊聡耳神子と博麗霊夢、八坂神奈子、聖白蓮、霍青娥の情報を共有しました。
※はたての新聞を読みました。
※未完成ながら『騎兵の回転』に成功しました。


【射命丸文@東方風神録】
[状態]:漆黒の意思、疲労(中)、胸に銃痕(浅い)、服と前進に浅い切り傷、片翼、濡れている、牙(タスク)Act.1に覚醒?
[装備]:スローダンサー@ジョジョ第7部
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:ゼロに向かって“生きたい”。マイナスを帳消しにしたい。
1:記者として、ジャイロに“彼”のメッセージを伝え、話を聞く。
2:遺体を奪い返して揃え、失った『誇り』を取り戻したい。
3:ホル・ホースをもっと観察して『人間』を見極める。
4:幽々子に会ったら、参加者の魂の状態について訊いてみたい。
5:DIO、柱の男は要警戒。ヴァレンタインは殺す。
6:露伴にはもう会いたくない。
[備考]
※参戦時期は東方神霊廟以降です。
※文、ジョニィから呼び出された場所と時代、および参加者の情報を得ています。
※参加者は幻想郷の者とジョースター家に縁のある者で構成されていると考えています。
※ジョニィから大統領の能力の概要、SBRレースでやってきた行いについて断片的に聞いています。
※右の翼を失いました。現在は左の翼だけなので、思うように飛行も出来ません。しかし、腐っても鴉天狗。慣れればそれなりに使い物にはなるかもしれません。


【ホル・ホース@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:鼻骨折、顔面骨折、濡れている
[装備]:なし
[道具]:不明支給品(確認済み)、基本支給品×2(一つは響子のもの)、スレッジハンマー@ジョジョ2部
[思考・状況]
基本行動方針:とにかく生き残る。
1:出来る範囲で文の手伝い。
2:響子の望み通り白蓮を探して謝る。協力して寅丸星を正気に戻す。
3:誰かを殺すとしても直接戦闘は極力避ける。漁父の利か暗殺を狙う。
4:DIOとの接触は出来れば避けたいが、確実な勝機があれば隙を突いて殺したい。
5:あのガキ(ドッピオ)は使えそうだったが……ま、縁がなかったな。
6:大統領は敵らしい。遺体のことも気になる。教えてもらいたい。
[備考]
※参戦時期はDIOの暗殺を目論み背後から引き金を引いた直後です。
※白蓮の容姿に関して、響子から聞いた程度の知識しかありません。
※空条承太郎とは正直あまり会いたくないが、何とかして取り入ろうと考えています。


656 : 路男 ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:52:02 ScB6g8Wc0
【西行寺幽々子@東方妖々夢】
[状態]:スッキリ爽やか
[装備]:白楼剣@東方妖々夢
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:妖夢が誇れる主である為に異変を解決する。
1:私は紫を信じるわ。
2:輝夜らと共に永琳に会う。
3:永琳に阿求の治療をさせる。
4:花京院や早苗、ポルナレフと合流。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※『死を操る程度の能力』について彼女なりに調べていました。
※波紋の力が継承されたかどうかは後の書き手の方に任せます。
※左腕に負った傷は治りましたが、何らかの後遺症が残るかもしれません。
※稗田阿求が自らの友達であることを認めました。
※友達を信じることに、微塵の迷いもありません。
※八意永琳への信用はイマイチです。


【稗田阿求@東方求聞史紀】
[状態]:疲労(大)、全身打撲、顔がパンパン、ずぶ濡れ、泥塗れ、血塗れ
[装備]:なし
[道具]:スマートフォン、生命探知機、エイジャの残りカス@ジョジョ第2部、稗田阿求の手記、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いはしたくない。
1:自分を信じる。それが私の新しい生き方です。
2:輝夜さんと共に永琳さんに会う。
3:メリーを追わなきゃ…!
4:主催に抗えるかは解らないが、それでも自分が出来る限りやれることを頑張りたい。
5:手記に名前を付けたい。
6:花京院さんや早苗さん、ポルナレフさんと合流。
[備考]
※参戦時期は『東方求聞口授』の三者会談以降です。
※はたての新聞を読みました。
※今の自分の在り方に自信を持ちました。
※西行寺幽々子の攻撃のタイミングを掴みました。


【リンゴォ・ロードアゲイン@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:精神疲労(小)、左腕に銃創(処置済み)、胴体に打撲
[装備]:一八七四年製コルト(5/6)@ジョジョ第7部
[道具]:コルトの予備弾薬(13発)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:『生長』するために生きる。
1:自身の生長の範囲内で輝夜に協力する。
2:てゐと出会ったら、永琳の伝言を伝える。
[備考]
※幻想郷について大まかに知りました。
※永琳から『第二回放送前後にレストラン・トラサルディーで待つ』という輝夜、鈴仙、てゐに向けた伝言を託されました。
※男の世界の呪いから脱しました。それに応じてスタンドや銃の扱いにマイナスを受けるかもしれません。


【蓬莱山輝夜@東方永夜抄】
[状態]:疲労(小)、身体の所々に軽度の火傷
[装備]:なし
[道具]:A.FのM.M号@ジョジョ第3部、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:皆と協力して異変を解決する。妹紅を救う。
1:妹紅と同じ『死』を体験する。
2:レストラン・トラサルディーに行き、永琳と話す。
3:勝者の権限一回分余ったけど、どうしよう?
[備考]
※第一回放送及びリンゴォからの情報を入手しました。
※A.FのM.M号にあった食料の1/3は輝夜が消費しました。
※A.FのM.M号の鏡の部分にヒビが入っています。
※支給された少年ジャンプは全て読破しました。
※黄金期の少年ジャンプ一年分はC-5 竹林に山積みとなっています。
※干渉できる時間は、現実時間に換算して5秒前後です。


657 : ◆qSXL3X4ics :2017/06/13(火) 05:58:00 ScB6g8Wc0
これで「路男」の投下を終了します。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
なお>>643辺りでNGワードに引っかかり対処出来ず仕舞いで、泣く泣く何行か削っておりますがwiki収録の際に修正しておきます。

次に姫海棠はたてを単騎で予約します。


658 : 名無しさん :2017/06/13(火) 05:58:20 TzwBN6sk0
投下乙です。
いいタイトルだ、ほんと良いタイトルだ。


659 : 名無しさん :2017/06/13(火) 20:19:13 GYwJwJQs0
投下乙です
男の戦い…いいものだ


660 : 名無しさん :2017/06/13(火) 22:36:38 E7tn6/nM0
作中時間が6秒とか言われつつも体感時間が10分近くあるの怖い…

なんだかんだで支援絵の方を書かせて戴いたので落としておきます
ttp://iup.2ch-library.com/i/i1819281-1497360787.jpg


661 : ◆qSXL3X4ics :2017/06/20(火) 15:49:15 seVOQo0U0
予約を延長します


662 : ◆BYQTTBZ5rg :2017/06/26(月) 01:06:47 sOn50FOk0
天子、じょーすけ、ヴァレンタイン、おりん、露伴、けーね、レミリアで予約します


663 : ◆qSXL3X4ics :2017/06/27(火) 00:37:21 n7bbAd5s0
すみません、予約を破棄します


664 : ◆BYQTTBZ5rg :2017/07/03(月) 21:27:38 c3YeBHQM0
暑いダルイ
けど、投下します


665 : グッドモーニング, ナイトメア ◆BYQTTBZ5rg :2017/07/03(月) 21:29:09 c3YeBHQM0
まるで取り付く島がない、と慧音は思った。
露伴がジョースター邸の周りをゆっくりと歩きながら、その家を詳細にスケッチしている間、
慧音は幾度となく声をかけたのだが、そのいずれもが一顧だにしない無視で終わっていたのだ。
そうこうしている内に露伴は再びジョースター邸に近づき、窓やドアが開いているがどうかをチェックし始めた。
岸辺露伴は吉良吉影の暗殺を画策しているのかもしれない。そんなことを思った慧音は「やれやれ」と溜息をこぼすと、
いよいよ一つの決断を実行に移すことにした。


「そういえば、露伴先生は随分と躊躇いなく自分の能力を他人に行使するなぁ」


前を行く露伴に必死に縋ろうとしていた足をピタリと止め、慧音は実に気安く声を放った。
先程まで切羽詰ったような悲哀に満ちた声をしていた彼女の急激な変化に、露伴もたまらず足を止めて訝しげな顔を作る。
だが、そこで振り返らないのは彼の意地か。どうやら、ここで振り返って会話をするのは、露伴にとって負けを意味するらしい。
勿論、彼には敗北を甘受するだけの度量を持ち合わせていない。自分の発言を簡単に翻し、相手のご機嫌を窺うなど、
それこそ敵の靴の裏を舐めるが如き屈辱的な行為だ。しかしそれにも関わらず、露伴はこれから負けを受け入れることになってしまうのだった。


「……今回は露伴先生を見習わせてもらうよ。私も自分の能力を使おう」


未だ呑気に背中を見せる露伴に向かって、慧音は誰よりも不敵に微笑んだ。



      ――
 
   ――――

     ――――――――



(疲れた)


と、地子は心の中で独りごちた。この異変が始まって以来、彼女はずっと動きっぱなし、戦いっぱなしである。
それでも以前の天人の身体であるのなら、その程度で疲弊など感じるはずもないのだが、生憎と今は人間の身体。
休むことのない酷使には、否応にも身体は悲鳴を上げてしまう。


666 : グッドモーニング, ナイトメア ◆BYQTTBZ5rg :2017/07/03(月) 21:32:43 c3YeBHQM0


(っていうか、眠い。お腹空いた。汗がベトベトする。身体を洗いたい。服を着替えたい。下着を履き替えたい。
靴下も新しいのがいい。あ〜何が食べたい。喉も渇いた。家の布団でゴロゴロしたい。とにかく横になって休みたい)


世俗的な考えが地子の頭を支配する。それと共に如何に自分が変容を受けきれていないかを、彼女は痛感した。
人間であることを喜ぶのなら、こういった艱難辛苦も受け入れて然るべきなのだ。
それなのに彼女の中にあるのは、みっともない拒絶感だけ。
しかも、これから先ずっと、そういった煩悩に苛まれ続けていかなければならないのだ。
それは控えめに言っても、地獄と形容するのに十分なものであろう。


仗助と敵に立ち向かった時には、確かに輝かしい気持ちがあった。
比那名居地子は人間として、新たに飛翔できる座を得たという感慨があった。
だが、疲労が積み重なり、変容が現実として自らの身体に圧し掛かってくるのを感じると、
途端に地子の中にあった黄金のような精神の輝きは色褪せていくのだった。


(結局の所、私は後悔しているのだろうか?)


心の奥底から湧き出てきた疑問に、地子は躊躇いなく首を振ってみせた。
そこに迷いはない。過去の行いと選択は、誇りにこそ思える。
だけど、人間の身体の不便さと現実を知った今では、どうしても不安が生じてしまうのも、また確かなことであった。


彼女が感じたように人間とは脆く、弱いのだ。その上、寿命も短い。
怪我や病、そして老いで衰えていくことを考慮に入れれば、人間が動ける時間は更に短くなる。
それが変容の結果で得た、天人とは比べることもできない、儚き人間の生なのだ。


光陰矢の如し。まさしく閃光のように、あっという間に人間の時間は過ぎ去り、消えてなくなってしまう。
諸行無常。比那名居天子が人間となって、ようやく手に入れたものも、また同じようにすぐに消えてなくなってしまう。
それが否定のできない人の理だ。だとしたら、地子が天人の座を捨て、仗助と一緒の地に立って得たものに、本当に価値などあったのだろうか。


人間へと変容した比那名居地子。そして身体が聖人の遺体に置き換わっていく比那名居地子。
元にあった自分が失われていくにつれて、彼女は自分のアイデンティティをも失いかけた。
だけど、そんな虚ろな彼女の心の内にあって消えなかったのは、絶対に手放したくないと思った宝物――人との絆だ。
それが地子が人へと到達した理由であり、目的でもある。そしてそこにこそ、彼女の同一性と存在意義は確立される。


比那名居地子は、ようやく変容を受け入れ、自らの足で地に立つことができた。
しかし、そう思った矢先、彼女は祇園精舎の鐘の声を聞いてしまったのだ。
地子は何だか目の前が真っ暗になっていくような気がした。


667 : グッドモーニング, ナイトメア ◆BYQTTBZ5rg :2017/07/03(月) 21:33:28 c3YeBHQM0


「あの、地子さん、大丈夫ッスか?」


地子が木刀を杖代わりにして、額に汗を流し、息をゼェゼェと喘がせながら歩いているのを見た仗助は心配げに声をかけてきた。
それを耳にした地子はクワッと目を見開き、疲労なぞ知らんと気炎を上げて答える。


「大丈夫に決まっているでしょ!」


勿論、大丈夫ではない。彼女は今も一杯一杯だ。しかし、男女の違いはあれど、仗助は地子と同じ人間なのである。
その仗助が平気の平左で歩いている横で無様に弱音を吐くなど、彼女のプライドが許せることではない。
とはいえ、疲労は明らかに地子の中に蔓延し、その力を奪っていた。だからであろうか、疲れによって緩んだ彼女の自制心は、
ついついこんなことを口走らせてしまったのだった。


「ねぇ、ジョジョ、貴方にはやり直したいことってある?」


言った瞬間、地子は「しまった」と思った。こんな質問は、悩みを抱えていると自白しているようなものだ。
しかし、今更後悔するのも面倒くさいし、何よりも疲れるので、彼女は言葉を撤回などせずに、
そのまま黙って仗助の答えを待つことにした。


「はあ? 何すか、地子さん、いきなりその質問は?」

「……別に答えたくないなら、それでいいわよ」


ふてくされた顔をして、地子はそっぽを向いた。
そんな子供じみた怒りに仗助は「やれやれ」と頭をかき、大人しく、素直に質問に答え始める。


「そりゃあ、色々とありますよ。お、美味そうだなって思って、ちょっと洒落たレストランに入ってみりゃあ、
値段は高いばかりで味は極普通。そういう時は、他の店にしとけば良かったな〜って心の底から思いますね。
それに学校のテストで、あんま良い点が取れなかったら、もっとちゃんと勉強しときゃあな〜って後悔したりもします。
まぁ、オレの人生はやり直したいことだらけですね」

「いや、そういうんじゃなくって……」

「あ〜、真面目な話っすか? そりゃあ康一や億泰ににとりちゃん、それにこの殺し合いで死んでいった人達のことを思うと
やりきれなさというのは感じますよ。こんな所で、荒木と太田の勝手な我儘で無意味に死んでいく。すげー辛いっす。
出来ることなら、無かったことにしたい。だけど、それで死んだ人間を生き返らせて、やり直そうっていうのは、何か違うと思います。
答えとしては陳腐なものですけれど、命の価値が下がるっていうんですかね。簡単に生産できるような命になったら
やり直しが効く分、その人との関係がおざなりになるような気がするんす。それって、結局の所、相手のことをどうでもいいやって思うことですよね。
オレは康一や億泰に対して、そんな思いは抱きたくないんすよ」

「あっそう」


と、地子は切り捨てた。何か期待していた返答と違っていたのだ。
地子のために、わざわざ長口上を並べ立てた仗助は「こ、このクサレアマァ」と拳をワナワナと震わせる。
そこに前を歩いていたお燐が突如として振り返り、こんなことを言ってきた。


668 : グッドモーニング, ナイトメア ◆BYQTTBZ5rg :2017/07/03(月) 21:34:04 c3YeBHQM0


「あたいも、やり直そうっていうのは違うと思うなぁ。それって荒木が最初に言っていた優勝者の願いを叶えるってやつだろう?
優勝するってことはさ、さとり様を殺すってことだ。幾らこいし様やお空に生き返って欲しいからって、
さとり様の死を望んだり、ましてや殺したりするのは、あたいは間違っていると思うよ」

「へーそう」


と、地子は切り捨てた。さとりが死んだら貴方はどうするのよ、とツッコムのが面倒くさかったのだ。
そんな溜息と共に奏でられる地子のぞんざいな対応に、お燐は思わず頬を膨らませる。
と、そこに今度は地子の後ろを歩いていたヴァレンタインが急遽話に参加してきた。


「そのやり直すというのは、死者を復活させることかな? だとしたら、私も反対だな」


自分に辛酸を舐めさせてくれた男の考えに興味を引かれた地子は、さっきとは打って変わって真面目に言葉を返す。


「別にそういう意味で言ったわけじゃないんだけどね。でも、一応訊いとくわ。何で?」

「私が考えるのは、仗助君の言うところの死者の魂の尊厳ではない。その逆の生者としての覚悟だよ。
死とは人間にとっては必然なことだが、この盤上にあっては自然の摂理のことではない。
それはまさしく誰かの悪意によって為されることだ。その悪がまかり通る中で、死ぬことは無意味か?
私は答えよう。決して無意味ではない、と。人の死とは教訓であり、糧なのだ。
無論、死は悼むべき事柄ではあるが、そこからは学ぶべき大切なものが詰まっている。
死というものに忌避を感じるのなら、単なるミスという言葉に置き換えてもいい。
ミスをすることで、自分の至らなさを自覚することができるだろう。
そんな風にして、人は成長していくのだ」

「死は単なるミスだってわけ?」

「それは誤解だ。あくまで分かりやすいように例えを用いただけだ。
それに単なるミスと死とは決定的に違うものがある。それはメッセージの重さだよ。
私の父は敵軍に捕まり、ひどい拷問を受けた末に死んだ。だが、父は最後の最後まで仲間の情報を敵に喋らなかった。
そのおかげで父の味方は敵に勝つことができ、今という世を迎えることができたのだ。
私は父と、その死を誇りに思う。父がいたからこそ、我が祖国アメリカがあるのだとね。
そしてその死を私は決して無駄にしない。私は必ず祖国を繁栄させてみせる。
祖国のために、より良き未来を、必ずこの手に掴んでみせる。それこそが、死によってもたらされる生者の覚悟だ。
だから、死を無かったことにするべきではない。死を覆しては、教訓も何も残らない。
死のない世界では、生者は漫然と生きるだけになるだろうからね」


ふむ、と地子は頷いた。それも彼女が期待していた答えとは違うのだが、足元くらいは照らされるような光を得た感触はあったのだ。
だが、地子の淡白な反応はヴァレンタインには不服だったらしく、彼は続けざまにこんな事を言ってきた。


「国という話は幻想郷に住まう者にとっては理解しづらかったかな。それならば、お燐君の話を例として持ち出そう。
私は家族の幸せにする決意と子孫を繁栄させる覚悟を、父の死によって得たのだよ。これならば、少しは分かりやすいかね?」


ヴァレンタインの発言を耳に入れた瞬間、地子は頭を抱えて煩悶としだした。
そのいきなりな反応にヴァレンタインが年甲斐もなくギョッとする。
大変珍しい光景だが、今の地子はそれに目もくれずに心の中で盛大に叫びだした。


669 : グッドモーニング, ナイトメア ◆BYQTTBZ5rg :2017/07/03(月) 21:34:44 c3YeBHQM0


(ウワーーーーーッ!! 忘れていたわ!! 人間って結婚して、子供を生むのよね!!)


勿論、天人にも結婚や出産というものはある。だが、天人と人間とのそれには、明確な違いがあった。
それは適齢期である。もし天人のような時間間隔で日々を過ごしていれば、人間などあっという間に老人だ。
それでは結婚も出産も間に合わない。今の地子の肉体年齢が人間のに換算すると、どれくらいになるかは分からないが、
天人の時の余裕は見せれるはずもない。つまりは、地子はすぐに結婚相手と子供のことを真剣に考えなければならないということだ。


(ある意味、これが一番怖いわ。まるで想像がつかない。っていうか、何をどうすればいいのよ)


人間への変容の受け入れづらさを改めて味わう地子。
だけど幸か不幸か、その悩める時間は終わりを迎えることになった。
苦悶の表情を浮かべている彼女に、仗助が声をかけてきたのだ。


「あの、地子さん、ジョースター邸が見えてきましたよ」


その言葉にハッと我に返った地子は、慌てて仗助が指差す方向に目を向ける。
どうやら、いつの間にか目的地のすぐそこまで来ていたようだ。もう他の皆は到着しているのだろうか。
遠くおぼろげに見える人影を、地子は目を凝らして観察する。


「あれは慧音かしら? 何か緑だし、そうよね。あとは、誰だろう……あ〜、前ならもっと良く見え……。
いや、っていうか、あの背格好はそうはいないわよね。あれって吸血鬼じゃないかしら」

「吸血鬼ぃ〜?」


不穏当な響きを持った言葉に仗助は拒否反応を示した。
地子も、それを咎めるわけでもなく、逆に深く頷いて危機感を煽る。


「そうね。私もあんまり良い予感がしないわ。先を急ぎましょう」


その場にいた四人は気を引き締めると、急いでジョースター邸へ向かっていった。



      ――
 
   ――――

     ――――――――


670 : グッドモーニング, ナイトメア ◆BYQTTBZ5rg :2017/07/03(月) 21:36:24 c3YeBHQM0



「いやー、実は僕、パチュリー・ノーレッジに会うのが楽しみなんですよ」


岸辺露伴は屈託のない笑みで顔を飾り、慧音に朗らかに話しかけた。
見てみれば、先程まであった彼の刺々しい態度は無くなり、まるでこれから遠足にでも行く小学生のような
るんるん気分でいる。慧音も、それには思わず相好を崩して晴れやかに返事をしてしまう。


「いやー、露伴先生がそう言ってくれて、私も嬉しいよ」


今にも肩を組んでスキップをしそうな二人だが、その急変には然るべき理由があった。
露伴は絶対に態度を軟化させないと見た慧音は、彼のジョースター邸内での歴史と吉良に関する歴史を食べたのだ。
つまり、今の彼にはパチュリーと最悪の出会いをしたこと、そして吉良吉影という人間の記憶がないのである。
だからこそ、彼は吉良に関心を払うこともなく、これからの出会いを期待して笑っていられるのだ。


「いやー、魔法使いっての興味も引きますが、レミリアと夢美先生、
その癖のある二人を引き付ける魅力ってのが何よりも気になりますねえ。
もしかしたら、僕も彼女に惚れてしまうかもしれませんよ? その時はすみませんねえ、慧音先生」


自分の歴史が消失したことなど露知らずに呑気に話を続けていく露伴。
それを聞いていた慧音は安堵した。これで争いの火種は無くなってくれたのだ。
あとはパチュリーと吉良に、この事を言い含めて、出会いを一からやり直してやれば良い。
理性的な彼らのことだ。きっと、どっかの誰かさんと違って、波が立つようなことは控えてくれるだろう。
これで万々歳というやつだ。


「そういえば、夢美先生はどこに行ったんですか?」


慧音がうんうんと一人頷いていると、露伴が辺りを見回しながら訊ねてきた。
彼の記憶では、まだジョースター邸に入っていないのだから、もっともな疑問だ。
だが、慧音は慌てることなく、事前に用意していた答えを述べる。


「彼女なら、朝のお通じがまだだったわ、と言って急いで中に入っていったよ」

「そんなことを、わざわざ口に出して言ったんですか? 全く、夢美先生は品のない人だ。
そこらへんは素直にレミリアを見習って欲しいですね。彼女なら、そんな下品なことは言わない」


ハハハ、と慧音は明るく笑う。何とも愉快な一時だ。
だが、その次の瞬間、彼女の顔は恐怖で青ざめることになった。
露伴が慧音の肩越しにのぞいて、こんなことを言ってきたのである。


671 : グッドモーニング, ナイトメア ◆BYQTTBZ5rg :2017/07/03(月) 21:39:19 c3YeBHQM0


「なあ、そうだろう、レミリア?」


その質問の答えが出るよりも早く、慧音は急いで背後に振り返った。
そこには何と傘を差したレミリアが静かに佇み、慧音を冷たく見据えていたのだ。


「レ、レミリア、いつからそこにいたんだ?」


慧音は額に冷や汗が伝うのを感じながら、恐る恐る訊ねた。
人の歴史を食べる行為は、他人の目にどう映るにせよ、慧音にはパチュリーと吉良になら、良き事だと説得できる自信があった。
事態の危急性に比べれば、たった一人の人間の一部の記憶喪失など大したはないと、彼らなら判断してくれるという
確信にも似た期待があったのだ。だが、レミリアの場合は、どうなのであろうか。
異変を起こすような妖怪が、誰彼と構うことはないと思う。しかし、岸部露伴はレミリアの友人なのである。
そのことを考えると、途端に彼女の行動は読めなくなってくる。果たして、レミリアの天秤は今、何を秤に乗せているのであろうか。


「ところで、貴方は私の能力を知っているかしら?」


必死に顔色を窺う慧音を無視して、レミリアは何の脈絡もなく訊ねてきた。
意図が全く読めない質問に、慧音の眉間には皺が寄る。


「な、何だ? いきなり何を言っている?」


懸命にレミリアの答えを推察する慧音の身体は、緊張によってか強張っていく。
彼女の目は据わり、肩肘も張り、何とも危なっかしい構えだ。
すると、そこに誰かが慧音を助けようと思ったのか、突然と彼女の頬にヒヤリと冷たいものが落ちた。
疑問に思った慧音が空を見上げてみると、冷たい雨に混ざって、曇天の空から白い雪が降ってきているではないか。


気がつけば、随分と冷え込みが増してきている。この分だと、夜には雪が降り積もるだろう。
慧音は深呼吸をして、自分の吐息が白くなったのを確認してから、肩の力を抜いてみた。
そうして改めてレミリアに目を移してみると、彼女は自分の手の平に乗せた一片の雪を物珍しげに眺めてから、
フッと息を吹きかけて、それが空で踊る姿を一人楽しんでいる。
どうやら先にレミリアの質問に答えないと、話は前に進まないらしい。


672 : グッドモーニング, ナイトメア ◆BYQTTBZ5rg :2017/07/03(月) 21:40:07 c3YeBHQM0


「……確かレミリアの能力は運命を操るとかだったな」


慧音の答えを耳にしたレミリアは雪をはらうと、人をからかうような無邪気な笑みを向けてきた


「フフ、貴方はそれを信じる?」

「さて、な。幻想郷に住む輩は、やたらと大仰なものを好む。
それなのに、肩書き通りの実力者も多数いるときている。私としては何とも言えないよ」


そこでレミリアはくるりと回って、慧音に背中を向けた。
紫色の悪趣味な唐傘が目に入り、レミリアの表情は途端に窺えなくなる。
彼女は喜んでいるのだろうか、怒っているのだろうか、それともどうでもいいと思っているのだろうか。
未だ明確な回答を示さないレミリアに、慧音はやきもきさせられる。
そしてそんな彼女の様子を楽しむように、レミリアは声を明るく弾ませてきた。


「一つ、貴方に良いことを教えてあげるわ」

「何だ?」

「これから貴方が何を言っても、私は何も否定しない。寧ろ、喜んでそれを肯定してあげる」

「だから、お前はさっきから何を言っている?」

「ああ、それとな……」


ゾワリと慧音は総毛立った。雪のせいで、寒さがより厳しくなったのだろうか。
いや、そうではない。その答えは、実に分かりやすく慧音の目の前に置いてあった。
いつの間にかレミリアは振り返っており、氷のような冷たい、酷薄な笑みを傘の下から覗かせていたのだ。


「……お前が露伴にしたことだけど、やっぱり気に食わない」


その言葉と共に、レミリアは左腕をフワッと軽やかに横に振るった。
それを合図に、血のような赤いナイフが何十本と虚空の中に生み出されたかと思うと、
すぐにそれらは鮮やかな光の尾を引きながら、慧音と露伴に殺到してきた。


弾幕攻撃など、初心者の露伴には間違ってもかわせる代物ではない。
慧音を彼の身体を抱えて咄嗟に横に飛ぶが、当然そんな状態で、その全てをかわせるはずもなく、
幾つもの攻撃を受けて、二人は後ろへと吹っ飛んでいった。


673 : グッドモーニング, ナイトメア ◆BYQTTBZ5rg :2017/07/03(月) 21:41:33 c3YeBHQM0


露伴をかばった慧音は、彼を自らの背後へやってから、慌てて怪我を確認する。
しかし、身体のどこにもダメージはない。派手な弾幕ではあったが、その実、威力はスカスカのものであったらしい。
いよいよ、レミリアの行動が理解しかねる。そして慧音が立ち上がって、再びレミリアに事の真意を問おうとした、その時だった。
慧音とレミリアの間に、勢い良く人影が割って入って来たのである。


「吸血鬼ィィ!! あんた、やっぱり殺し合いに乗っていたのね!!」


比那名居天子の服を身に纏った小汚い少女が剣を構え、敵意に満ちた声でレミリアに向かって吼えたのだ。
その少女の蒼い髪は短く、天人のような清らかさも窺えないが、そこにある面影は慧音には確かに見覚えがあった。


「お前、ひょっとして天子か?」

「地子よ!!」

「ちん……? おお前は、いきなり何を言っているんだ? 気でも狂ったのか?」

「地子よ!! 莫迦!!」


少女の怒声に慧音が首を傾げていると、今度は東方仗助が背後から颯爽と現れ、少女の横に並び立った。
そして続けざまに、火焔猫燐、ファニー・ヴァレンタインが慧音の前に立ち、その各々が戦闘態勢に入る。
それを見た慧音は恐怖によって、再び顔が青ざめていくのを感じた。


勿論、戦いを止めることは簡単だ。自らが露伴の歴史を勝手に食べて、レミリアの不興を買ったことを告げれば良い。
だがそうすると、今度はレミリアに代わって新たな四人の闖入者の反感を招くことになるかもしれない。
それに加えて、露伴の歴史を元に戻せば、彼の怒り買うことは必至。
それでは慧音が危惧していた以上の争いの種が、ここで芽吹くことにもなってしまう。
しかし、レミリアは敵だと今の戦いを肯定してしまっは、荒木と太田に反旗を翻す者同士での無意味な潰し合いとなってしまう。


慧音は苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた。大体、今回のことはレミリアは見て見ぬ振りをしてくれていれば
全ては丸く収まっていたのである。それが何故、最悪と最悪のどちらかを選ばなければならないという状況になっているのだろうか。
まるで悪夢のような出来事に、慧音はレミリアに向かって憎々しげに言葉を吐き捨てずにはいられなかった。


「この悪魔めッ!」


その実に心地よい台詞を耳にしたレミリアは、赤い唇を妖しく舐めると、慧音を挑発するかのように艶かしく口角を吊り上げた。


674 : グッドモーニング, ナイトメア ◆BYQTTBZ5rg :2017/07/03(月) 21:44:56 c3YeBHQM0
【C-3 ジョースター邸の横/真昼】

【レミリア・スカーレット@東方紅魔郷】
[状態]:健康
[装備]:妖怪『からかさ小僧』風の傘@現地調達
[道具]:「ピンクダークの少年」1部〜3部全巻(サイン入り)@ジョジョ第4部、ウォークマン@現実、 鉄筋(残量90%)、マカロフ(4/8)@現実、予備弾倉×3、 聖人の遺体(両目、心臓)@スティールボールラン、鉄パイプ@現実、 香霖堂や命蓮寺で回収した食糧品や物資(ブチャラティのものも回収)、基本支給品×4
[思考・状況]
基本行動方針:誇り高き吸血鬼としてこの殺し合いを打破する。
1:ぎゃおー! 私は悪魔だぞー!
2:さて、慧音はどんな運命をみせてくれるのかしら。
3:慧音と露伴をパチュリーの所に引っ張っていく。ま、出来たらでいいや。
4:温かい紅茶を飲みながら、パチェと話をする。
5:咲夜と美鈴の敵を絶対にとる。
6:ジョナサンと再会の約束。
7:サンタナを倒す。エシディシにも借りは返す。
8:ジョルノに会い、ブチャラティの死を伝える。
9:自分の部下や霊夢たち、及びジョナサンの仲間を捜す。
10:殺し合いに乗った参加者は倒す。危険と判断すれば完全に再起不能にする。
11:億泰との誓いを果たす。
12:ジョナサン、ディオ、ジョルノに興味。
13:ウォークマンの曲に興味、暇があれば聞いてみるかも。
[備考]
※参戦時期は東方心綺楼と東方輝針城の間です。
※時間軸のズレについて気付きました。


【上白沢慧音@東方永夜抄】
[状態]:健康、ワーハクタク
[装備]:なし
[道具]:ハンドメガホン、不明支給品(ジョジョor東方)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:悲しき歴史を紡がせぬ為、殺し合いを止める。『幻想郷の全ての知識』を以て可能な限り争いを未然に防ぐ。
1:この悪魔め! 
2:私はどうすればいいんだ?
3:他のメンバーとの合流。
4:殺し合いに乗っている人物は止める。
5:出来れば早く妹紅と合流したい。
6:姫海棠はたての『教育』は露伴に任せる。
[備考]
※参戦時期は少なくとも弾幕アマノジャク10日目以降です。
※ワーハクタク化しています。
※能力の制限に関しては不明です。
※時間軸のズレについて気付きました。


675 : グッドモーニング, ナイトメア ◆BYQTTBZ5rg :2017/07/03(月) 21:45:21 c3YeBHQM0
【岸辺露伴@第4部 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]:背中に唾液での溶解痕あり、プライドに傷
[装備]:マジックポーション×1、高性能タブレットPC、マンガ道具一式、モバイルスキャナー
[道具]:基本支給品、東方幻想賛歌@現地調達(第1話原稿)
[思考・状況]
基本行動方針:色々な参加者を見てマンガを完成させ、ついでに主催者を打倒する。
1:何がどうなっているんだ?
2:『東方幻想賛歌』第2話のネームはどうしようか。
3:仗助は一発殴ってやらなければ気が済まない。
4:主催者(特に荒木)に警戒。
5:霍青娥を探しだして倒し、蓮子を救出する。
6:射命丸に奇妙な共感。
7:ウェス・ブルーマリンを警戒。
[備考]
※参戦時期は吉良吉影を一度取り逃がした後です。
※ヘブンズ・ドアーは相手を本にしている時の持続力が低下し、命令の書き込みにより多くのスタンドパワーを使用するようになっています。
※文、ジョニィから呼び出された場所と時代、および参加者の情報を得ています。
※支給品(現実)の有無は後にお任せします。
※射命丸文の洗脳が解けている事にはまだ気付いていません。しかしいつ違和感を覚えてもおかしくない状況ではあります。
※参加者は幻想郷の者とジョースター家に縁のある者で構成されていると考えています。
※ヘブンズ・ドアーでゲーム開始後のはたての記憶や、幻想郷にまつわる歴史、幻想郷の住民の容姿と特徴を読みました。
※主催者によってマンガをメールで発信出来る支給品を与えられました。操作は簡単に聞いています。
※ヘブンズ・ドアーは再生能力者相手には、数秒しか効果が持続しません。
※時間軸のズレについて気付きました。
※歴史を食べられたため、156話と162話の記憶がありません。
※歴史を食べられたため、吉良吉影に関する記憶がありません。
※パチュリーが大嫌い? うそうそ。彼女に興味津々です。


【ファニー・ヴァレンタイン@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:健康、濡れている
[装備]:楼観剣@東方妖々夢、聖人の遺体・両耳、胴体、脊椎、両脚@ジョジョ第7部(同化中)、紅魔館のワイン@東方紅魔郷、暗視スコープ@現実、拳銃(0/6)
[道具]:文の不明支給品(0〜1)、通信機能付き陰陽玉@東方地霊殿、基本支給品×5、予備弾6発、壊れゆく鉄球(レッキングボール)@ジョジョ第7部
[思考・状況]
基本行動方針:遺体を集めつつ生き残る。ナプキンを掴み取るのは私だけでいい。
1:遺体を全て集め、アメリカへ持ち帰る。邪魔する者は容赦しないが、霊夢、承太郎、FFの三者の知り合いには正当防衛以外で手出しはしない。
2:遺体が集まるまでは天子らと同行。
3:今後はお燐も一緒に行動する。
4:形見のハンカチを探し出す。
5:火焔猫燐の家族は見つけたら保護して燐の元へ送る。
6:荒木飛呂彦、太田順也の謎を解き明かし、消滅させる!
7:ジャイロ・ツェペリは必ず始末する。
[備考]
※参戦時期はディエゴと共に車両から落下し、線路と車輪の間に挟まれた瞬間です。
※幻想郷の情報をディエゴから聞きました。
※最優先事項は遺体ですので、さとり達を探すのはついで程度。しかし、彼は約束を守る男ではあります。
※霊夢、承太郎、FFと情報を交換しました。彼らの敵の情報は詳しく得られましたが、彼らの味方については姿形とスタンド使いである、というだけで、詳細は知りません。


676 : グッドモーニング, ナイトメア ◆BYQTTBZ5rg :2017/07/03(月) 21:46:47 c3YeBHQM0
【火焔猫燐@東方地霊殿】
[状態]:人間形態、こいし・お空を失った悲しみ、濡れている
[装備]:毒塗りハンターナイフ@現実
[道具]:基本支給品、リヤカー@現実、古明地こいしの遺体
[思考・状況]
基本行動方針:遺体を探しだし、古明地さとりと合流する。
1:大統領と一緒に行動する。守ってもらえる安心感。
2:射命丸は自業自得だが、少し可哀想。罪悪感。でもまた会うのは怖い。
3:結局嘘をつきっぱなしで別れてしまったホル・ホースにも若干の罪悪感。
4:地霊殿のメンバーと合流する。
5:ディエゴとの接触は避ける。
6:DIOとの接触は控える…?
7:こいし様……お空……
[備考]
※参戦時期は東方心綺楼以降です。
※大統領を信頼しており、彼のために遺体を集めたい。とはいえ彼によって無関係の命が失われる事は我慢なりません。
※死体と会話することが出来ないことに疑問を持ってます。


【東方仗助@ジョジョの奇妙な冒険 第4部 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]:黄金の精神、右腕外側に削られ痕、腹部に銃弾貫通(処置済み)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品×2、龍魚の羽衣@東方緋想天、ゲーム用ノートパソコン@現実 、不明支給品×2(ジョジョ・東方の物品・確認済み。康一の物含む)
[思考・状況]
基本行動方針:仲間と共に殺し合いに反抗し、主催者を完膚なきまでに叩きのめす。
1:吸血鬼? 俺自身に恨みつらみねえが、あんま良い感じがしねえな。
2:地子さんと一緒に戦う。
3:吉良のヤローのことを会場の皆に伝えて、警戒を促す。
4:承太郎や杜王町の仲間たちとも出来れば早く合流したい。
5:あっさりと決まったけど…この男と同行して大丈夫なのか?吉良のヤローについても言えなかったし……
6:億泰のヤロー……
[備考]
※幻想郷についての知識を得ました。
※時間のズレ、平行世界、記憶の消失の可能性について気付きました。
※デイパックの中身もびしょびしょです。


【比那名居天子@東方緋想天】
[状態]:人間、ショートヘアー、霊力消費(大)、疲労困憊、空元気、濡れている、汗でベトベト、煩悩まみれ
[装備]:木刀、LUCK&PLUCKの剣@ジョジョ第1部、聖人の遺体・左腕、右腕@ジョジョ第7部(天子と同化してます)
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:仲間と共に殺し合いに反抗し、主催者を完膚なきまでに叩きのめす。
1:レミリアをブチのめす。疲労? そんなのは気合でカバーよ!
2:眠い、お腹減った、喉が渇いた、身体を洗いたい、服を着替えたい、横になって休みたい。
3:人の心は花にぞありける。そんな簡単に散りいくものに価値はあったのだろうか。よく分かんなくなってきたわ。
4:これから出会う人全員に吉良の悪行や正体を言いふらす。
5:殺し合いに乗っている参加者は容赦なく叩きのめす。
6:吉良のことは認めてない。調子こいたら、即ぶちのめす。
7:紫の奴が人殺し? 信じられないわね。
[備考]
※この殺し合いのゲームを『異変』と認識しています。
※デイパックの中身もびしょびしょです。
※人間へと戻り、天人としての身体的スペック・強度が失われました。弾幕やスペルカード自体は使用できます。


677 : ◆BYQTTBZ5rg :2017/07/03(月) 21:47:21 c3YeBHQM0
以上です


678 : 名無しさん :2017/07/03(月) 22:18:23 YvnOd4YoO
投下乙です

慧音の運命は、最悪or最悪!
いっそのことみんなの記憶食って、やり直しちゃおー


679 : 名無しさん :2017/07/03(月) 23:52:33 aDk/.ofw0
なんだかとっても混沌としてるな、久しぶりに死人出るかな?わくわく
乙です


680 : 名無しさん :2017/07/04(火) 21:04:58 mbxXdsqQ0
投下乙です
それぞれのやり直したいこと改め死者復活に対する考え、興味深かったです
仗助がレストランがテストがどうたらと、割りとどーでもいい話を槍玉に挙げるのがジョジョらしくてイイ
彼の命の価値を軽んじる、という考えもかつて救えなかった祖父の命を通して辿り着いた答えのような気がします
それと大統領ね考えがカッコいい。それでいてヤバい
あくまで端的な例として口にした、死=ミス、それを糧にして人間は成長しなければならない『覚悟』。だから死を否定しない
彼の生き方が見え隠れして面白い。というよりスタンド能力まんまだ
混じりっ気のない彼の本心が地子の心を軽くさせてて、やっぱり人心掌握パワーにビビらせられる
同じ『覚悟』をキーワードにする神父じゃダメだ。
空飛んで苦しんでるところを波紋パンチで止めを刺された神父じゃダメだった……

一つだけ指摘があります
慧音が『歴史を食べる能力』を使いましたが、この能力は人間のときのみでワーハクタクじゃ使えない設定です
今はワーハクタクなんで『歴史を創る程度の能力』しか使えず矛盾しています
何より、前の前の話あたりで慧音は『歴史を創る程度の能力』を使うしかない、と考えるくらい追い込まれていました
せめてワーハクタクの今でも歴史を食べることができる、という気付きがほしい

元々今の時間帯は日中なので、いつもの慧音ならば歴史を食べることができます。人間に戻れるので。
ロワ会場の魔力で日中もワーハクタクになっていた設定、それを主催者の不手際か、そこだけ特別魔力が薄かったとか、理由付けすればイケるかなと思います

私が何か読みきれず勘違いしているかもしれません。それだというのに長文での指摘、失礼しました。


681 : ◆BYQTTBZ5rg :2017/07/04(火) 23:11:49 s1i92J1c0
ご指摘ありがとうございます。
それで質問なんですけれど、「ワーハクタクは動かない」のお話の中で、慧音が露伴より早く動けたじゃないですか。
その理由って、何だったんでしょうか?

私は歴史を食べて、そう認識させたからかなって考えました。
だから、今回も普通に歴史を食べる能力を使っているという次第です。

それと件の話の中で、もう以前の私じゃないって感じで慧音が話していたと思います。
その話と本来ない能力の使用から、慧音は文字通り改造されたんだって解釈、というか着想を得ました。

それで何故改造されたかって考えていって、太田の能力や監視の詳細を思いつき、
そんな風に利用されているんだったら、死んだら困るよなって感じで、レミリアの弾幕を受けても
かすり傷一つ負わない不死身の慧音、能力を強化させた慧音を誕生させました。

書いていて、正直そこらへんは分かりづらいなって自分でも思いましたけれど
慧音メインの話ではないし、一話完結の話でもないし、別にいいかなって曖昧なままで終わらせました。
いい加減で、すみません。

まあ、歴史を食べたから露伴より早く動けたという前提が間違っていたら、全てが破綻する話なんですがね。
違っていたら、普通に訂正します。人間に戻ったという話にします。


682 : 名無しさん :2017/07/05(水) 00:05:07 w/rG8UAM0
お返事ありがとうございます
色々ボカしてたりしてあったところを昇華したカタチだったんですね
でしたら完全にこちらの杞憂でした。改めてありがとうございます

「私はもう私じゃないかもしれない」て言ってたらマジだった慧音先生に手を合わせるしかねぇ


683 : 名無しさん :2017/07/05(水) 04:13:27 zH80CQwc0
投下乙です。
いよいよカオスと化してきた藁の砦。何もかもが上手くいかない感じでもどかしい…
何気に遺体がもう一つ大統領の前に現れたことも危なっかしい。あっちでもこっちでも怪しいフラグが…
地子の悩みがどこに辿りつけるか、これも先への楽しみの一つとなりそうです


684 : ◆qSXL3X4ics :2017/07/07(金) 00:30:12 nv.VAfYA0
博麗霊夢、空条承太郎、霧雨魔理沙、空条徐倫
以上4名予約します


685 : ◆EPyDv9DKJs :2017/07/10(月) 18:53:38 1UAKhZaM0
ジョセフ・ジョースター 因幡てゐ 八意永琳
以上三名を予約します


686 : ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:31:36 haL/GpZE0
投下を開始します。


687 : 生まれついての悪 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:32:13 haL/GpZE0
「そう。つまり、鈴仙。あなたは消滅しなければならない。一カケラの肉片も残さずにね」


ゆっくり、はっきりと、説き伏せるように。
あくまで落ち着いた口調の、八雲紫のヴィオラのように澄んだ声には、絶対の圧力が込められていた。


「……聞こえなかった訳ではないでしょう?
 それとも、聞こえた言葉の意味を信じたくないのか」


天然溶岩の輝きで薄明るく照らされた地底の洋館――地霊殿の一室で、
八雲紫の視線は眼の前の床に転がる、濡れた毛の塊に向けられていた。
巨大な毛虫のように身をくねらせる紫色の塊を足で踏みつけ、紫は言った。


「『運命とは性格なり』とは、ある賢者の言葉よ。
 この場で、あなたの性格はあなただけでない、周りの存在全てに破滅をもたらすわ。
 だからチリひとつ残さず消え去ってもらう必要があるのよ」


八雲紫の足元で、紫の毛虫――鈴仙は一層激しくもがいた。
急な運動と、天然の床暖房と、そして何よりも恐怖でびっしょりと汗をかき、
長い髪が背中の素肌にじっとりと貼り付いていた。
彼女の手足は、既にこの空間から失われていた。
両肩、両腿の付け根に、布の裂け目を広げたような黒い穴が張り付き、その先は消失している。
八雲紫の作り出した空間のスキマが、鈴仙の手足をこの部屋から排除したのだ。
朝露をまとうスミレのような濡れ髪のベールの下から、
玉の汗が浮かべて紅潮した肌と、丸くて短い尻尾が覗いている。
鈴仙は、裸だった。


「その恰好、まるで子供の玩具のお人形、いいえ、大人の玩具のお人形ね」


鈴仙が尺取り虫のように胴体をたわませ、一気に伸び上がる。
そして反動で目一杯背を反らし、首を起こして、
私に死ねというのか、と叫んだ。


「だから何回もそう言ってるじゃない」


とうとう恐れていたことが起こってしまったと、鈴仙は悟った。


688 : 生まれついての悪 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:32:31 haL/GpZE0


     ◇     ◇


暖かな黄金色の光に、体が照らされているのを感じた。
その心地よい波長はまぶた越しに目で分析するまでもなく、全身の素肌で感じ取ることができた。
地上の大地を照らす、朝日だ。
もう、起きる時間なのだ。


(ん、うう……起き、なきゃ……)


起きたらまずは、朝食の用意、庭と門前の掃除、それから洗濯に、薬売りの支度をして――
ああ、その前に井戸で水を汲んで、顔を洗わないと。
そうだ、毎日タケノコばっかりだとてゐ辺りから文句が出てきそうだから、
薬売りの帰りには山菜でも摘んでこよう。イノシシが罠に掛かってないかも見ておこう。
そろそろ塀の周りの空堀も掘り直さないといけない時期だ。
何しろ周りが全部竹林だから、空堀で防がないと竹が敷地の中まで芽吹いてきて大変なことになる。
あの異変で永遠亭の歴史が動き出して以来、私の仕事は増えっぱなしだ。
兎たちはサボるばっかりで、ぜんぜん働かないし。
つい最近に再び歴史の動き出した永遠亭で、私はやることが増えただけだった。
きっと私はそうやって天寿を全うするまで働くのだろう。
そうしなければ、XX様のきついお仕置きが待っている。
だけど、大人しく従っている限りはとりあえず身の安全は保証してくれる。
私なんかにとっては、十分すぎる待遇なのだろう。幸福とは、そういうものなのだろう。
これ以上の希望を持つのは、贅沢に過ぎる。
自分から、何かをしようなんて思ってはいけない。そう、思っていた。

さあ、とにかく朝だ、お天道様が呼んでるから、起きないと――。

そうして重いまぶたを持ち上げた鈴仙の目の前には、一人の少年の顔があった。
金髪の巻き毛、よく通った鼻筋、そして意志の篭った瞳の輝き。
心地良いまどろみが一瞬で消し飛んだ。
忙しくも幸せだったはずの日々は過去へと吹っ飛んでいたことを悟った。
というか、半分自分で放り捨てていた。
がばと身を起こし、指の銃を構え、辺りを見回す鈴仙。


「……ディアボロ! ……あいつは?!」


「ディアボロはここにはいない。姿を変えて……地底のどこかにいるはずだ」


「……ここは?」


「地霊殿……という、地下に建った屋敷らしいけど」


ゆっくりと、鈴仙が状況を思い出す。
毒雨の中を突っ切って、倒れかけながら憎きディアボロの元に辿り着くも、
ディアボロは少女の肉体を乗っ取って地下へと消え、私の傍には両腕を切り落とされた金髪の少年と、
スキマ妖怪がいて――そこでとうとう全身に回った毒をこらえきれなくなり、意識が途切れたのだった。


689 : 生まれついての悪 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:32:52 haL/GpZE0


「あなたが……私を助けてくれたの?」


鈴仙はシーツの上で手足の指をグーパーして、体に異常が無いことを確かめた。
つま先から兎耳のてっぺん、肩にふくらはぎに膝小僧、内腿に尻尾に乳首と、
全身至る所を毒蛇に噛まれ、毒ガエルの汁を浴びたのだ。
出血毒で噛み傷から流れる血が止まらず、筋肉毒と神経毒で体中が痛んで痺れて、
意識を失くす頃には呼吸することもままならなくなってきていた。
放っておかれていたら、死んでいた。


「……ありがとう」


「僕の方こそ、お礼を言わせて欲しい」


少年がどういう魔法を使ったのか、鈴仙の全身に回った毒の痛みや痺れはすっかり消え、
蛇の噛み傷がチクチクとした痒みに似た感覚として残るだけになっている。
つま先、兎耳のてっぺん、肩、ふくらはぎ、膝小僧。
鈴仙は噛み傷を一つ一つ、手で触れ、目で見て、指で肌を伸ばしたりしながら検めてみたが、
針に刺されたような小さな傷が点々と残るだけとなり、ほとんど目立たなくなっていた。
内腿、尻尾、乳首。
デリケートな粘膜に爛れはなく、尻尾は元々毛で覆われていて傷は目立たず、
ここ数年で膨らみが目立ち始めた胸の二つの盛り上がりの先端は、幸いにして貫通はされておらず。


「……ん?」


「そもそも君の持ってきてくれたあの『糸』がなければ……」


鈴仙の全身が、凍りついたように強張った。
そして少年の顔と、自分の体を交互に見る。
少年は毒から回復した自分を見てほっとしてくれているようだった。それは良い。
だが自分の体。肌色だ。裸だ。全裸だ。
ブラウスもスカートも下着も靴下もネクタイも、何一つ身につけていない。
ピンク色の乳首も、口に出すのは憚られるような股間の部位も、
勢い良く飛び起きたせいで、シーツがはだけて丸出しだ。


690 : 生まれついての悪 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:33:05 haL/GpZE0


「ふ……服は!? 私の服!! 私なんで裸!?」


しかも傷の確認のためとはいえ、局部を指で広げてまさぐったりしていた。
この少年の眼の前で。――最悪だ。

君の服なら、と平然と答えようとする少年から、
鈴仙が反射的に飛び退いたのは、『少女』であるならそれは自然な行動だった。
鈴仙が後頭部を壁に強打したのも、ベッドが壁際に据えられていたことを考慮すれば自然な事故だった。
鈴仙が壁に背を預けてずり落ちるのも、ぶつけた時の衝撃の大きさからすれば自然な反応だった。
鈴仙の上体がベッドと壁の隙間に落ち、腰から下だけがベッドの上で大股開きとなるのは、自然な体勢だった。
そして、少年が鈴仙を助けようとベッドに大きく身を乗り出すのも、至極自然なことで、
少年の口元が、鈴仙の股ぐらに。吐息の掛かるような、口づけするような至近距離に肉薄するのも――
自然だった。自然なケツ末なのだった。


「ど、どこ向かって話しかけてんのおぉぉぉぉ!
 ていうか見るな喋るな触るな嗅ぐな息するなぁぁぁぁ!!」


股ぐらに息が掛かってこそばゆかった。不快ではない。――それがいけない。
これはダメなことだ。やっちゃいけないことだ。
名前も知らない、行きずりの少年と、してはいけないこと。


バチィィィィィン!


鈴仙は、その兎の妖獣らしい、ムッチリと肉づいた太腿を勢い良く叩き合わせた。
それは一歩間違えば少年の顔面を自らの股間にロックし、更なる誤解を生みかねない悪手だったが、
少年は素早い反応で身を起こし、兎の脚力の魔の手、いや魔の脚をからくも逃れた。


「あの……ホントに、頭は大丈夫?」


「うう……」


鈴仙は答えることができなかった。
見ず知らずの少年の前で全裸であんな姿やこんな姿を晒してしまい、
果たして大丈夫と答えて信じてもらえるのか。
顔も、耳も、全身の皮膚が熱くなっているのがわかった。
煮えたぎる兎鍋から脱出した直後のように体中が真っ赤なのは自分の目で見ても明らかで、
つまりそれは目の前の少年から見ても明らかということだった。
その上、少年は鈴仙が裸でいることに対してはさしたる動揺も見せずに「手を貸そうか」
などと爽やかな調子で訊ねてくるものだから、余計に少年の視線が突き刺さってきた。
羞恥が限界を振り切れて、未知の興奮に目覚めてしまいそうだった。
この場から姿を消し、透明になってしまいたかった。


「あっ」


691 : 生まれついての悪 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:33:15 haL/GpZE0

鈴仙は、自分には『それ』が可能であることを思い出した。
最初からそうすれば良かったのだ。
鈴仙の瞳が一瞬淡く輝くと、彼女の体が手先、足先から胴体に向かって、周囲の物体に溶け込むように消失した。
光の波を操り、首から下を透明に見せたのだ。
そのままベッドの上に這い上がる鈴仙の姿は、ウサ耳の生えた生首が宙に浮いているようで、
裸には動じなかった少年も流石にぎょっとした。


「君のスタンド能力……なのか?」


「スタンドとは違う、私たちの種族が生まれつき持っている能力よ。
 ここまで使いこなせるのは私くらいのものだけど」


鈴仙がふふんと鼻を鳴らし、長い髪をかきあげながら答えた。
が、その得意顔の視線を何気なく落とすと、鈴仙は再び全身(生首)を真っ赤に染め、
わざわざ透明化を解いてからベッドの上の毛布をひったくり、慌てて胸元から下に被せた。
透明化できる時間には限りがあるため、元々こうするつもりだったのだが、この慌てよう――
鈴仙は見てしまったのだった。
柔らかなベッドのシーツに、透明化した自分の腰を落とした部分(つまりお尻だ)が、
くっきりと細部まで『型取り』されてしまっているのを。
通常は決して見ることができないそれを他人に見られるのは、
実物を直接見られるよりさらに恥ずかしい気がした。
少年にまで見られたら、今度こそ未知の興奮に目覚めてしまう気がした。
穴があったら入りたかった。あるにはあるが、自分の穴には流石に入れそうもない。


「……今の見てないわよね?」


「見るも何も、見えなかったんだけど」


「扇情的[エロティック]とか、変態的[マニアック]を通り越して、
 いっそ学術的[アカデミック]とでも表現したい光景だったわよねぇ」


突然響いてきた、聞き覚えのある女性の声。
この場で『知り合いを二人殺している』と報じられた者の声だ。
ハッとして鈴仙は立ち上がり、周囲を見回す。が、声の主の姿はない。
ジョルノも驚いているようだが、警戒する様子とは違う。
そういえばこの声の主は、少年と一緒にいた、気がする。――彼女も味方なのだろう。
ひとまず敵襲でないことに安堵した鈴仙がベッドに腰を下ろすと、壁の中から女性の首が生えてきていた。
長い金髪に、白いモブキャップ。金色の瞳に、紅玉[ルビー]の唇。
美しい姿形と声を持っていながら、その声や放つ波長には、どこか不安に感じさせる揺らぎが込められている。


「……八雲、紫さん?」


にこりと微笑みかけた紫の表情から、鈴仙は何の感情の波長も読み取ることができなかった。


692 : 生まれついての悪 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:33:29 haL/GpZE0

○     ○


こうして、鈴仙と、鈴仙を助けた少年――ジョルノ・ジョバァーナと、
八雲紫の3名がこれまでの経緯を共有することとなった。
鈴仙が意識を失っている間に、ジョルノと紫は既に情報を交換していたらしく、
まずは鈴仙が話し役に回ることとなった。
ディアボロがさとり妖怪を襲撃する瞬間の目撃、
永遠亭でのアリスとの遭遇(マミゾウもいたけど)、
ディアボロの襲撃と戦闘、アリスの死、そして、復讐の誓い。
復讐のため永遠亭の面々と別れ、優曇華院の名を捨てたこと。
ディアボロの足跡を辿るも、リンゴォ、シュトロハイムと知らない者に会うばかりで
追跡はうまくいかず、八雲藍に襲われたこと、
さらに天気を操るスタンド使いには、復讐に備えて力を温存しようとした結果敗北し、
魔理沙の同行者である、徐倫なる女性の襲撃に協力させられたこと。
掲示板と魔理沙からの情報でディアボロの追跡を一旦取りやめ、
霊夢たちの救出に向かい、途中で小傘の残骸を見つけ、形見を拾い
(……口には出さなかったけど、ジョルノは少なからずショックを受けていたようだった)
ディエゴと青娥が転がっているのを目撃したあたりでディアボロのスタンドの発動を察知し――。


「雄叫び上げながらイノシシみたいに突っ込んできて、毒で倒れたという訳ね」


「刺し違えてでもあいつを殺(け)すつもりだった、だけど……」


事のあらましを鈴仙は包み隠さず話した。
藍や魔理沙のことは、話すべきか内心迷いもしたし、話すことはとても心苦しく感じた。
だが自分の命を助けた二人に対して不義理は働きたくなかったし、
その頭脳で知られる八雲紫の前で、その場しのぎの嘘は却って命取りと感じた。
ジョルノという少年も相当に頭が回るようで、こちらの思うことをすべて見透かされているように感じられた。
それに――魔理沙のことを、これ以上裏切りたくなかった。


「ところで、そろそろ服を着たらどうかしら」


話すことに夢中で鈴仙自身もすっかり忘れかけていたが、彼女は服をまだ着ていなかった。
元々着ていたブレザーやスカートや下着に至るまでが、
全身を毒に冒された鈴仙の手当のために切り裂かれてしまっていた。
今、それらは雨と泥と血と汗と毒ガエルの汁をたっぷり吸い込んだボロ布となって、部屋の隅に固められていた。
鈴仙が目覚めた時に紫の姿が見えなかったのは、
着替えを地霊殿の部屋から集めて回っていてくれたから、とのことらしい。
紫が支給品を収めていた例の紙を広げると、ベッドの上に何着もの衣服がこぼれ出てきた。

紫が目配せするとジョルノがうなずき、部屋を出ていった。
つい先ほどにあんな所まで見せてしまったのに、今さら着替えくらい、と鈴仙は思った。
それに鈴仙が気絶している間、ジョルノが治療を施してくれた時は、必要とはいえ、
耳にすればもっと恥ずかしいこともしたのだろう。
とはいえ、それでもまだ、鈴仙には異性の前で着替えを見せることへの羞恥心が残っていた。
だからひとまずは、この神出鬼没の妖怪の、らしくない気遣いを黙って受け取ることにした。
本当に、いつも人の事情にも構わずいきなり出てくるのに、らしくない。


693 : 生まれついての悪 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:33:40 haL/GpZE0

鈴仙はベッドの脇に立ち、衣類の山を漁った。
出て来るのは当然、ここ地霊殿に住む面々の衣服だ。
これを着て出歩けば、窃盗行為になってしまう。
持ち主に遭遇した時の反応を思うと面倒だが、まさか永遠亭まで裸で着替えを取りに行く訳にもいかない。
竹林を全裸で闊歩する、ウサ耳女。誰かに見られてしまったら。
あるいは、見られてしまうかもしれないとビクつきながら、
真っ昼間の野山を何キロも歩かなければならないとしたら。
想像するだけで顔が熱くなってきた。
ここで着替えを失敬するほかない。


「……うすらでかい……」


だが、この地獄鴉の霊烏路空[れいうじうつほ]――もっぱらお空[くう]と呼ばれている――の服は論外だ。
膝丈のスカートにブラウスと、ファッションの系統は鈴仙に最も近いのだが。
鈴仙とは体格が違いすぎる。彼女は鈴仙より頭一つは大きい長身だ。
もちろん、着るものも、何もかもが大きい。ブラのカップなど、どんぶり鉢並の大きさだ。帽子にもなりそうだ。
確かこいしという名前だったか、サトリ妖怪の妹の方の服は、明らかに鈴仙には小さすぎるようだ。
姉の方は別に――。こいしの姉のさとりの体が鈴仙と比べて大きいか、詳しくは知らない。
が、見たところは違和感なく袖を通せそうなサイズだ。
しかし、この服も鈴仙は避けたい、と思った。フリルが多すぎるのだ。
鈴仙とて少女、フリルがふんだんにあしらわれたこういう系統の、
いわゆるロリータ趣味の服に憧れがない訳ではない。
が、袖口までフリルが飾り立てられたさとりの服は、
指で銃をかたどった時、狙いを付ける妨げになるかも知れないと思った。
日頃から着慣れたさとりはともかく、
ブレザーなどの比較的シンプルなデザインの服に慣れ親しんだ鈴仙にとって、この服は邪魔くさく感じられた。
今は街に遊びに出るのではなく、戦わなければならない時だ。

さて、後はあのお燐と呼ばれる火車の服しか残っていない。
年中死体と懇ろにしている彼女の服を着るのは気が進まないが、裸よりはマシだ。
鈴仙と体格の近いお燐の服は、サイズは問題なさそうだが、これまた着慣れないワンピースだ。
コルセット付きのものと無いものがあるようだが――。


「あれ?」


衣類の山の中から不合格としたものをどけ、残った数着の中に見たことのない服があった。
生地は濃い紺色で、大きな襟には白いラインの意匠。
色は違うが、寺に住むムラサとかいう舟幽霊の服に似たデザインだ。
上着とセットであろう、同じ色のスカートもある。
裏地には『ぶどうヶ丘高校』の刺繍。外界の学生が着る服のようだ。
動きやすそうで、サイズもぴったり。うん、これにしよう。
サイズの合う下着と靴下も見つかった。
あとは――


「人間に尻尾は生えてないからね……」


鈴仙はスカートのお尻の部分を慎重に裂き、尻尾を通す穴を開けた。
玉兎の尻尾は短いので、服の中に隠しても問題ないのだが。
変装の時以外は、こうして尻尾を外に出した方がラクなのだ。


694 : 生まれついての悪 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:33:51 haL/GpZE0

「鈴仙。確認したいことがあるのだけど」


背後から、今まで衣服を物色する鈴仙をじっと見守っていた八雲紫の声が聞こえてきた。
かがみ込んでいた鈴仙がギクリと反応すると、手にしていた下着をベッドに落とし、
ぴんと背筋を伸ばして体を強張らせた。
今まで黙って着替えを物色する鈴仙を見守っていた彼女から、えもいわれぬ圧力を感じたのだ。


「……何ですか?」


鈴仙は振り向かず、ゆっくりと両手を顔の高さまで上げた。
手のひらは背後の紫に向ける。ホールドアップの構えで敵意がないことを示した。
冷や汗が喉を伝い、なだらかな双丘の谷間からへそのくぼみに向かってしずくが流れた。


「聞きたいのは、二つ。鈴仙、あなた…………」


「……………」


「…………………………」


「………………………………………」


「………………………………………………………」




「………………………………………………………………………」




「………………………………………………………………………胸、大きくなった?」




「………………………………………………………………………は?」


「胸よ。バスト。永夜異変で初めて見た時は、もっと、真っ平らじゃなかった?」


「……ええ、昔の下着はもうだいぶキツくなってきましたが、それが何か」


「……そう」


695 : 生まれついての悪 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:34:02 haL/GpZE0

鈴仙は大きく息をつく。何だ、そんなことに、大げさな。
ホールドアップのままだった腕を下ろしかけた所に、


「じゃあ二つ目の質問。
 あなたは、本当に、この参加者名簿に記されている鈴仙・優曇華院・イナバ、本人なのかしら?
 別の誰かが化けていたりしない?」


「…………へ? 本人ですよ。間違いなく、本人です。
 さっきも話した通り、優曇華院、とはもう名乗れませんが。
 だいいち、気絶している間も別人に化け続けるなんて、普通だったらできないでしょう」


「やっぱりそこは……信じるしかない、のでしょうね。いきさつを話す時の様子からしても。
 では、スタンド攻撃か、何か精神に作用する攻撃を受けたりはしなかった?」


「……あの天気男に反射された私自身の攻撃だけです、今は影響はありませんが。
 ……いったい何が言いたいんですか」


「ここで最初に遭った時のあなたの行動が、あまりにも不自然だったのよ。
 どうして貴女はあの毒の雨の中、雄叫びを上げながらディアボロに向かって突進していったのか」


「奴を……ディアボロを殺(け)すために、決まっているじゃないですか。
 毒蛇や毒ガエルが怖くて、復讐ができる訳ないでしょう!」


「本当に、ディアボロとやらを殺したかった?」


「本当です。……さっきの私の話、聞いていなかったんですか」


「聞いていたわ。あのディアボロという女、ああ、元は男だっけ、をたいそう憎んでいることも。
 だからこそ、聞きたいのよ。あなたがそこで、何を考えていたのか。思い出して欲しいのよ。
 まず、まともに浴びれば死に至りかねない毒の雨、あなたならどう防いだ?」


「毒雨を防ぐ障壁[バリア]を張ることができますし、
 毒虫が嫌がる音波を発して遠ざけることだってできます。
 存在の位相そのものをズラして、毒虫に全く触れないでいることだってできたかもしれません。
 ……この方法は試してないので、『制限』とやらでできなくなっているかも知れませんが。
 あの中に無策で突っ込むのは、馬鹿のやることです」


696 : 生まれついての悪 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:34:16 haL/GpZE0

「そうね。何の対策も打たないのは、馬鹿のやること。
 ……まさに、あの時のあなたのことよ。あなたを一度負かした天気男にも無警戒だったし。
 ディアボロに近づくのも、色々降ってきてたにせよ
 姿と音を消せば逃げられる確率はグッと下がったはずよ」


「奴は……急に姿を現したんです。考えつかなくても仕方ないでしょう」


「貴女、あそこに偶然ジョルノ君が居合わせていなければ、確実に死んでたのよ? それを理解していて?
 死ぬかもしれない危険が迫る場面で何も対策を打たないなんて、
 あなた、知能に『制限』を掛けられているのではなくて?
 貴女が能力に制限を受けていたとしても、今挙げた内のいくつかの対策はできたハズよね?
 少なくとも、姿を消すことはできたみたいだし」


紫はさらに続けて言った。


「……ねえ、鈴仙。あなたはどうしてあんな行動をとったの? 誰かに脅されてあんなことをしたの?
 ディアボロにも貴女の能力は知れているのでしょう? 近寄れば逃げられると、わかっていたのに。
 あの場で毒虫を防ぐ策を打たず、ディアボロを確実に仕留めるために姿を隠そうともせず、
 ディアボロ以外の敵には全くの無防備で、あまつさえ存在をアピールするかのように大声で叫んだ。
 貴女の行動は『無謀』にも満たない、『迂闊』とさえ評価できない。
 ……目的も手段も、完全に破綻した行動だった。
 火の中の飛び込む虫のように、何の意志も感じられない、操り人形のような行動だった。
 ただ『破滅』へと向かってまっすぐに突き進んでいくように思えたわ」


「……もう、だから、何だというんですか」


「……鈴仙、もう一度聞きましょう。
 貴女は、本当に精神に異常をきたしていない? 誰かに操られていたりしていない?
 ジョルノ君から聞いた話では、『嘘しか喋れなくなり、本当のことを言葉でも書き文字でも表現できなくなる』
 というスタンドが存在するらしいわ。あなたも、気づかないうちにスタンド攻撃を受けたりしていない?
 『無意識が破滅願望に満たされて、衝動的に自殺行為を行ってしまう』とか、
 『ただ一つのことしか考えられなくなり、他の事に対する注意を全く失う』とか、
 『目的に到達する意志を破壊されて、どこにも向かえなくなる』とか
 ……もっとストレートに、『救いようのない程の馬鹿になる』とか」


「私は……正気です。……信じてくださいよ。
 そんなスタンド攻撃……私の気づく限りでは、受けていません。
 酷い……あまりに、酷い言い草じゃないですか。あなたに関係ないことで」


「ふうん……あくまであなたは正気[シラフ]だと、そう言い張りたい訳ね」


「もう……何なんですか、さっきから。そうです、私は、正気です」


「……では、その言葉信じましょう。……信じるしか、ないのね」


「……はあーー…………気は済みましたか? いい加減、服、着ても……」


697 : 生まれついての悪 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:34:36 haL/GpZE0

「………………それが、私の最も怖れていたことなのよ」




 その一言で、部屋の気温が一気に30度も下がったように感じられた。




「……えっ」


「えっ、ではないでしょう。あの場であなたが異常な行動をとったという事実は、消えようがないのよ?
 その原因が、スタンドか何かの、外的な要因によるものなら、それを取り除けば正気に戻るでしょうから、
 ある意味、対処は楽とも言えるわね。
 そうでないとすれば、貴女自身の精神が壊れているのよ。自分では正気だと思い込んでいるだけで」


「……どこが壊れている、というんですか。私の」


「貴女、あの気象を操るスタンド使いと戦って負けたわよね?」


「ええ。……最初から本気でいけば、少なくともあんな結果にはならなかったハズです。
 ……面識がないとはいえ、魔理沙の仲間を売る裏切る破目になるなんて」


「……そう。あのとき貴女は、このバトルロワイヤルで能力を出し惜しみすることは、許されない。
 人間と言えども、あなたより遥かに格上の相手が、ディアボロ以外にも大勢存在するのだから。
 戦うにせよ、逃げるにせよ、目の前の行動に死力を尽くさなければ、簡単に命を落とす。
 それどころか、友人を巻き込む、情報を吐かされる、敵に武器を奪われる、と、
 自分一人が死ぬより酷い結果になるかも知れないと、その時に後悔して学んだ……はずよね?」


「……はい」


「はい、ではないのよ。あなたは結局何も学んでいなかったのだから。
 あなたが最善を尽くせば可能だった毒の雨を防ぐ手立ても、ディアボロを確実に仕留める方法も、
 何一つ実行しなかったじゃない。
 学習する能力を、何者かに剥奪されてしまったのかしら?」


「………………………………」


「……あなたの話を聞いていて、苛立ちが抑えきれなくなってきていたの、わからなかった?
 あなたが物語の登場人物だとすれば、真っ先に退場しなければならないキャラクター。
 主役だろうと敵役だろうと脇役だろうと、成長も学習もせずに何度も同じような失敗を繰り返す人物は、
 読者を苛立たせ、興ざめさせるだけだもの」


698 : 生まれついての悪 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:34:48 haL/GpZE0

「……どうする気ですか、私を」


鈴仙はホールドアップ体勢のままゆっくりと腰を落とし、
じりじりと、裸足で床を踏む感触を確かめた。――逃げる、べきか?


「どうしようもないわ、あなたは。
 あなたが一人で壊れたゼンマイ人形みたいに破滅に突き進むのは勝手だわ。
 好きに彷徨って、好きに野垂れ死になさい」


「じゃあ、もう放っておいて……」




「……と、してあげたい所だったけど、そうもいかない事情があるのよ。
 このバトルロワイヤルにはDIOという外界の吸血鬼が参加している。
 私たちの身体など、単なる輸血パックくらいにしか見ていないのがね。
 奴は私たち幻想郷の妖怪の血を大いに気に入ってしまった上に、
 肉の芽という自身の細胞の塊を他人の脳に植え付けて、忠実なしもべにしてしまうのよ。
 そして、ディエゴという、小傘を死体も残さず切り刻んだ男。
 奴は、傷つけた相手を恐竜に変えて、手下にすることができるのよ。
 ……今の貴女が彼らと遭遇すれば、間違いなく負ける。そして奴らの手駒にされてしまうわ」




「……奴らには近づくな、と。ご忠告、ありがとうございます。
 『私・鈴仙は弱いから、DIOとディエゴに遭遇したら、その瞬間に敗北します。
  そして、さっきまで友達だったヒトたちを殺して回る操り人形にされます。
  ですから、絶対に奴らには近寄りません。姿を見たら、全速力で逃げることを誓います。
  たとえ、あなた、八雲紫が襲われている状況でも。』
 ……で、良いですか」


「良く言えました。実際に遭った時に憶えていられるかまでは期待しないけど。
 もう一つ、あなたの頭でこれ以上記憶するのは厳しいかも知れないけど、よーく、聞いてね?
 あなた耳が四つもあるんでしょう? 私もついさっき知ったけど。
 で、話というのは、霍青娥……知っているでしょう?
 彼女が、死体からキョンシーを作ることができるのを。
 これから『確実』に犬死にするであろう貴女の死体を、彼女に与える訳には……」



――その後に続く言葉は、鈴仙には予想がついた。
鈴仙がやおら振り返り、駆け出そうとする。――が、できない。
脚をいくら動かしてみても、地に足が付かない。
全力で稼働しているはずの両脚は寒々とした空間をかき混ぜるだけで、一向に体のほうが付いてこない。
視線を落とすと――鈴仙の両脚が消失していた。
鈴仙の腿の付け根に取り付けられた空間の『スキマ』が、彼女の脚を奪っていた。


699 : 生まれついての悪 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:35:00 haL/GpZE0

「逃げようだなんて、私の言いたいこと、なんとなく分かったのかしら。
 ただ死ぬにしても、あの邪仙の術でキョンシーにされて暴れられては堪らないわ。
 死ぬ時はなるべく五体不満足で死んで貰いたいのだけど、そう都合よくもいかないわよね」


両脚の支えを失った鈴仙の胴体が、床に落ちる。落下の途中で、腕も『スキマ』に奪われた。
受身を取ることもできず、尻尾の付け根を強かに打ち付け、鈴仙がうめいた。


「鈴仙、あなたは、この地に蔓延る悪意のエサ、【P】[パワーアップアイテム]に過ぎないのよ。
 だから、そうなってしまう前にあなたに引導を渡し、
 死体も、この下の溶岩で焼却しておきたいと思うのよ。灰も残さずに」


「そんな……私は、あいつを……ディアボロを殺(け)さなきゃならないんです!」


「あなたに、できると思うの?」


「できる、できないの問題じゃないんです。やらなきゃならないんです……。
 アイツはもうアリスの仇ってだけじゃない。
 私が……私が正しいと信じたモノを、目の前で簡単に叩きつぶしていった奴を、許せないんです」


「無理よ。あなたには」


「なぜ!? 一度は追い詰めた相手です、今度こそやってみせます」


「だからよ。手負いの虎ほど、手強いものはない。傷を負った経験を元に、学習し、成長している。
 ……それが人間という生き物の強さ。例えに挙げたのは虎だけど。
 現に奴は命をチップに賭けに出て、そして勝利した。
 奴の敵対者・トリッシュの殺害と、二つ目の体、という対価を勝ち取って、ね」


「じ、実の娘の体を奪うなんてやり方が、成長であるものか……!」


「ジョルノ君から話に聞く過去のディアボロの人物像から考えると、あの行動は考えられないわ。
 過去のディアボロは、自分の正体を隠すために別の人格を作り出し、実の娘さえ消そうとした。
 そんな臆病な男が、もう一人の人格の方に身体を明け渡し、娘の身体を乗っ取るなんて。
 奴にどんな心境の変化があったかは知らないけど、奴もまた、成長しているのよ。恐らくね。
 成長することに『制限』を掛けられているようにしか見えないあなたでは、
 絶対に、絶対に勝利することはできないわ。
 あなたごときがディアボロに勝利することは、一種の不当、不条理でさえあると思う
 一度あなたがディアボロを撃退したのだって、何かの間違いだったんじゃない?」


「不当……!! 私が奴に挑むことそのものが、間違いだっていうんですか!?
 ヒトの命を、娘の命まで、平気で踏みにじっていくあいつを倒そうとすることが!?」


700 : 生まれついての悪 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:35:12 haL/GpZE0

「どの口でそんなこと言うのかしら。私たちは妖怪。
 人を恐怖させなければ存在できない。人肉だって喰らう。
 ディアボロが悪で、こっちが善だから勝てるって理屈は通じないのよ。
 だいたい兎なんて、飢えたら妊娠中のお腹の子供まで吸収[たべ]ちゃう生き物じゃない。
 善悪の天秤に掛けるなら、あなたはディアボロと大差ないのよ」


「……私は、人間なんて食べたことありません! 食べたいとも、思いません!
 子供も作ったことなんてない! お腹の子なんて吸収[たべ]たことあるわけない!
 それに、私だって成長したい! 成長したいのよ! アリスの仇を討ちたいし、友達だって助けたい!
 成長しなきゃ、こんな風に、足手まといだって言われて、師匠に、見知った誰かに、見捨てられるって!
 私が生まれついてのクズだって、そんなのわかってるわよ! 嫌ってほどに!
 でもそんなの、もう嫌なんです……嫌なんですよ……嫌だから……変わりたかった、のに……」


「ふーん。……その想いまで、私は否定しようと思わないわ。
 だけど、今は非常時。あなたの成長をゆっくり待つ時間があるかしら?
 あなたの成長したいという願いは、痛いほど理解できた。
 理解できたからこそ、今のあなたの体たらく……とても残念に思うの。
 ……だから、本当に心苦しいのだけど、あなたには、この戦いを降りてもらいたいと思う。そう――」



八雲紫はまっすぐこちらを見て、嘘偽りのない言葉で話している。鈴仙はなぜかそう感じた。
床に伏せっている鈴仙に、紫の様子を伺うことはできないが、本心からの言葉に聞こえた。



「つまり、鈴仙。あなたは消滅しなければならない。一カケラの肉片も残さずにね」


――――――


――――


――


701 : 生まれついての悪 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:35:28 haL/GpZE0

とうとう恐れていたことが起こってしまったと、鈴仙は悟った。
死神の鎌は、再び鈴仙の喉元に突きつけられた。今度は敵ではなく、味方だと思っていたハズの人物から。
味方だと思っていたのはこちらだけで、向こうにとっては自分は敵、
いや、それより厄介な、無能な味方だということなのだろう。

こうなってしまえば、ただひたすらに、鈴仙はただひたすらに臆病、ただそれだけの存在だった。
罠に掛かってもがいている最中に猟師の足音を聴いた野ウサギは、きっとこんな心境なのだろう。
今はただ、復讐のことも友のことも忘れ、死にたくないの一心だった。
正しさも守るべきものも全て忘れ、ただただ死の恐怖に怯えてしまうのが嫌で嫌で仕方なかった。
結局、私は我が身がかわいいだけなのだ。心の中で仔ウサギが嘲笑った。
必死に否定したくても、否定し切れなかった、自分の浅ましい本質を白日のもとに晒されている気がした。
この浅ましい本質を乗り越えたいがために、鈴仙は『大地』に降り立ち、成長することを望んでいた。
だがそんな自己嫌悪は僅かに脳裏をよぎるだけで消え失せ、
今はどうにかして紫を説得する言葉を絞り出そうとしていた。
死にたくない。その一心だった。


「そんな……横暴にも程がある! ジョルノ君が、こんなこと許すとでも……」


「ジョルノ君の事は、貴女が心配することではないわ。
 私が貴女の行動を不自然に感じたことを彼に話したら、
 目を覚ました後の貴女の処理は、ひとまず一任してくれる、と」


「貴女は……妖怪を守りたいんじゃないんですか?
 その為に幻想郷を創ったんでしょう!? 私はその住民と認めないとでも!?」


「確かに、貴女は月の生まれで、この郷で生を享けた訳ではない。
 けど……貴女も今はもう、幻想郷の住民よ。それは認める。
 それでも、貴女はこの場で処断しておくのが最善だと、私は判断するわ。
 既に妖刀に憑かれた半霊の剣士と、戦いに狂った鬼で、この手は穢れてしまっている」


「やっぱり、あの記事は本当だったんですか!
 貴女の友人がかわいがってた半霊の子まで……」


「……その事についての批判も中傷も、甘んじて受け入れましょう。
 私自身も、DIOに敗れ、ディエゴに人質に取られ、霊夢の敗北という結果を生んだ。
 狂っていると罵られようと、八つ当たりと詰られようと、
 二度とあんな結果を繰り返させないために、最善を尽くす必要があるわ」


「……本当に、私は生きちゃいけない存在だと?
 私がただ生きていることが、それだけで霊夢や魔理沙たちの害になる、と?」


「くどい。あなたの身勝手によって、大事な幻想郷の住民たちをこれ以上失う訳にはいかないのよ。
 ……どうしてこんなことを、DIOでもディエゴでも青娥でもディアボロでもなく、
 最初にあなたなんかに言わなければならないの?」


702 : 生まれついての悪 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:35:48 haL/GpZE0

「私は……あいつらと同じレベルなんですか……幻想郷にとっての『悪』なんですか……!」


「そうよ。確かに、貴女は『悪』だわ。生まれ持った性質をコントロールできず、
 自覚なしに次々と周囲に破滅をもたらす……かなり最悪なタイプの『悪』なのかも」


首筋に突き立てられた死神の鎌が、そのまま食い込んでいくようだった。
頭蓋骨をなまくらのノコギリで、ゴリゴリ刻まれているような気分だった。
胸骨に手廻しドリルがグリグリとねじ込まれ、心に穴を空けられていく感覚だった。
潰れそうだった。何が、と表現はできないが、とにかく、潰れそうなほど苦しい。
私が死ぬのは、きっと正しいことだと、理解していた。――理解していたのだ。
だけど、それを仲間から告げられることはないと、どこかで油断していた。
それを言葉に出してしまっては、仲間同士で戦争になってしまうから。
甘かった、その懸念は前もって無条件降伏させられた状態から、現実となっていた。
私は死ぬしかないと、この上なく正しくて賢い人に無力化されてから告げられて、
それでも死ぬのが怖くて、板挟みなのだ。


「……だけど、あなたの命をつなぐ方法が一つだけある」


その言葉が、気を失いかけていた鈴仙の意識を現実に引き戻した。


「鈴仙。あなた、私の式になりなさい」


703 : 生まれついての悪 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:36:00 haL/GpZE0

しき。鈴仙が、鼻声でその言葉を繰り返した。
しき、式。命令文を妖獣などの頭に貼り付けて、操るという――。
そういえば、レストランで襲ってきたあのキツネも――彼女は、式に命令されて、私を襲ったのか?


「先の放送で、八雲藍、橙の名が呼ばれた。
 私との合流が叶う前に、二人とも何者かに殺されてしまったらしいわ」


「だから、私に彼女らの代わりを……」


「……務まる訳がないでしょう。今、手元にあるのは、急ごしらえの式よ。
 貴女が目を覚ますまでの短い間にでっち上げた、ね」


紫が身を屈め、足元で転がる鈴仙の目の前に、紙切れを差し出して見せた。
数式らしき何かが細かい字でびっしり書き込まれた、手のひら大の黄色い御札だ。


「急造だから、当然、単純な命令しか聞けない。自分からは言葉も発せられない。
 思考は一切できなくなる。声で動くラジコンに毛が生えた程度の存在になるわ。
 ……それでも、今の貴女を野放しにしておくよりは随分とマシ」


「……でも、そんな状態では」


「囮か、弾除けとしての働きが限度。次に敵に遭った時に九割がた死ぬわ。
 いやその前に、崖から落ちたり、水に溺れたり、つまんない事故で死ぬかも。
 あ、私が死んだら式の方も死体を残さず自殺するように、
 そこだけはしっかりプログラムしてあるから、私のことは死ぬ気で護りなさい。
 もっとも、死ぬ気で、という思考さえさせずに死ぬまでコキ使うけど」


それのどこが『命をつなぐ方法』なのか――と問うことは、今の鈴仙には不可能だった。


「万が一にもありえない可能性だけど、……だけど、このバトルロワイヤルで
 私のことを式として護り通して、生還できたならば。
 ……貴女は自由の身よ。永遠亭に戻るなり、月に帰るなり、私の式を続けるなり……好きになさい」


本当にありえない。だけど、一切の思考が奪われるということは――


「いずれにせよ、式を受け入れれば、貴女はこれ以上の痛みも恐怖も感じずに済む。
 万に一つの生還の可能性に賭けてみるのは、悪い選択ではないと思うけど?」


その通りなのだ。式となって、紫の操り人形になれば、何も感じずにすむ。
死に怯えることも、死に怯えて誰かを裏切る罪悪感に苛まれることも、
上っ面だけの、空っぽな自分自身の心の在処に悩むことも、ない。
天文学的な確率で生還できる可能性がある、というおまけ付きだ。


704 : 生まれついての悪 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:36:15 haL/GpZE0

「あとは貴女が私の式を受け入れる、と誓ってさえくれれば、貴女を私の式にできる」


『受け入れます。この瞬間から、私めは紫様の式となることを誓います。』思わず声に出そうになる。
――が、出なかった。出せない。だって、式になってしまえば――。



「時間が惜しいわ。私が5から0まで数える間に決めてくれるかしら。決められないなら首を落とす」


「なっ!?」


「5」


――式になってしまえば、結局死ぬのだ。死の瞬間に苦しまずに済むだけで。
だが、式にならずとも、結局は死ぬ。今ここで、八雲紫に殺される。
今ここで紫が私を殺すというなら、脱出するしかない。
四肢が奪われていようと、紫を押しのけて、ここから逃げなければならない。
私が生きようとすること、それ自体が、間違いなのだろう。それでも、私は――。


「4」


鈴仙が首を振ってもがき、必死に周囲を見回した。
大量に汗をかき、床は水たまりのように濡れて不快だ。だが気にしている場合ではない。
まず鈴仙の『眼』で、背中を踏みつけている八雲紫を直接攻撃することはできない。
首が180度回る訳ではないのだから。
そして、鏡やガラスのような反射物も、視界の中で見つけることはできなかった。
手足をスキマから引き抜くことも、当然できない。
スタンドも発動できない。『サーフィス』の発動に必要な人形は、
部屋の隅、かつて鈴仙が着ていた布切れの山の中に紛れていて、触ることはできない。




「……3」




あと3秒も残っているのに、早くも私の詰みは確定してしまった。
残るは、命乞いしかない。『死にたくない』。『見捨てないで』。逆効果だ。
私の口から出れば、それは『すぐに殺してくれ』と同じだ。
顎の骨を通じて床から、ごろごろと地下の溶岩が煮えたぎる音が聞こえる。
私は、これからあの中に叩き落され、骨まで焼かれるのだ。跡形もなく。
――あの、化け傘と同じ、いや、断じて違う。彼女に失礼だ。

――私を助けてくれる人なんて、誰もいない。
たとえこの場に輝夜様かてゐが居たとして、私が助けを求めても、
彼女らは紫と一緒に私の体を踏みつけに掛かるだろう。
いや、私が裸でダルマにされている原因が、紫でなく、彼女たちになっているかもしれない。
ましてや八意様がこの場に居たとしたら、私はこの部屋で目を覚ますことなく即殺害されていただろう。


705 : 生まれついての悪 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:36:27 haL/GpZE0



「…………2」






『師匠、二人組の方が勝ちました。人間と、そうでない奴のコンビです』


『一対二なら、数の多いほうが勝つのは当然……か。
 信じがたいことだけど、本当に人間とそうでないのが協力しているとは』



脳裏を過るのは、過去の光景。今にしてみれば、随分と平和な光景。
踏み潰された毛虫のように絶望的な気分なのに、頭だけは冴えていた。否、暴走していた。
思考の波が狂ったように奔り、嫌でも思い出してしまうのだ。
死に瀕した者が、過去の思い出を次々に思い出すという――。
もう思い出すまいと、思い出したくないと思っていたことまでも。








「……………………1」








『ここ、永遠亭にまっすぐ向かってきます。……扉の封印を急ぎましょう。
 奴らを姫様に会わせる訳にはいきません』


『てゐを時間稼ぎに向かわせたけど、あの二人が相手では殆ど持たないでしょうね。
 ウドンゲ……封印に加えて、アレをやっておきなさい。私の言ったとおりに』



結局、最期まで『あんた』と一緒かよ。

――ああ、私は八意様のことが嫌いだったんだ。
そしてそんな彼女の言う通りにしか生きることのできない自分は、もっと嫌いだった。
なのに最期が、どうしてよりにもよって『あんた』なんだ――どうして。


706 : 生まれついての悪 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:36:37 haL/GpZE0







「………………………………………………0」










『……私に、できるのでしょうか。やはり、姫様に頼んだ方が』


『ウドンゲ、姫の存在をアレに気取られるマネはしたくない……解らない訳ではないでしょう?
 私が教えるべきことは教えた。貴女の理解もひとまずは十分。事前の練習でも成功した。
 ……なら、今回も、私の言ったとおりやればいい……そうでしょう?』




結局、私は『あんた』の敷いたレールを外れたら即死する運命だったということなのか。
私の心、私の意志、『あんた』という強大な存在の前では、何一つ無意味で、無駄なのだ。
そうだ、私は――。


ガゴン、と、鈴仙の顔面を石の床板が強打した。
鈴仙の体ごと跳ね上がる勢いで、床板が、鈴仙の顔面を叩き上げた。

死の直前、鈴仙の脳裏を過ぎったのは、もう何年も前の、地上での記憶。

永遠亭に侵入する者を迎え撃つため、空間の波長を操作して、廊下を『長く』した時の記憶。

空間の波長を伸ばせば距離が離れ――逆に縮めれば距離も近づく。

鈴仙は眼の前の空間――床板までの空間の波長を一気に縮め、
その勢いで床板を自分の顔面にぶつけて、跳んだ。

鈴仙の尻を押さえ込んでいた紫の左足さえ跳ね除け、手足を封じられた鈴仙が跳び上がる。

体重を乗せた軸足を押し上げられ、後ろにのけぞった紫の鼻の頭に、鈴仙の後頭部がめりこむ。
そのまま二人が、あおむけで重なり合って倒れる。
同時に、鈴仙は手足が戻ったことに気づくや否や、体を裏返して右腕を紫の首に回し、
そのまま腕を軸に、尻もちを突く紫の背後に素早く回り込んで、左手で紫の後頭部を抑える。
スリーパーホールド、文字通りの裸締めの体勢。


707 : 生まれついての悪 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:36:51 haL/GpZE0


(ごめんなさい――それでも、私だけは、私を見捨てられない。
 見捨てたら、そこで本当に終わりだから)



涙声でつぶやいて、鈴仙は腕に力を込めた。


どんな妖怪だろうと、人の形を取っているなら頸動脈の血流を止めれば意識を奪えるはず。
だが、おかしい。
紫が、抵抗しない。


抵抗の必要などなかったのだ。
先ほど鈴仙を助けてくれた少年が部屋に突入し、彼の出現させたスタンドが傍まで迫ってきていた。

黄金色のスタンド像は、鈴仙に目掛けて鋭く拳を突き出し、側頭部を――指で、弾いた。勢い良く。
要は、ただのデコピン。こめかみにデコピンを受けた――ただそれだけだった。
ただそれだけのはずが――痛い。気を失いそうな程、痛い。痛みの波のピークが、止まらない。
デコピンの直撃の瞬間のほんの一瞬の痛みが、何秒も、何十秒も――ずっと止まらない。
こめかみを、スタンドの指で抉り取られている、衝撃が脳まで達して、死ぬ――。

鈴仙が一瞬の間にそう錯覚し、我に帰った時、八雲紫は鈴仙の腕の中にいなかった。
こめかみを抑えて座り込む鈴仙の前に立ちはだかるように並ぶ、ジョルノと紫。
鈴仙は、巣穴に火炎放射器のノズルを押し込まれたアナウサギのような気持ちで二人を見上げた。



「……私は、どこにも行けなかった。初めから、何もしていないも同然だった……」



鈴仙は、正座だった。なぜだか、正座していた。
体の震えと涙が止まらなかったが、なるべく体の力を抜き、苦しまずに逝けるよう務めた。


708 : 悪の救世主 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:37:19 haL/GpZE0

     ▲     ▲


毒雨と悪魔の跋扈する戦場を脱した紫たち3名は、地霊殿の一室、火焔猫燐の部屋にいた。
至って普通の、年頃の女の子の住むような、小ぎれいに片付けられた洋間だ。
人間が横になるベッドの横に、クッションの敷かれた網カゴという名の猫用ベッドがあって、
『ゾンビフェアリーの部屋』と書かれたドールハウスがあって、
ところどころに実物のしゃれこうべのオブジェが飾られている以外は、至って普通の洋間だ。

鈴仙は人間用のベッドに横たえられており、ジョルノが傍に立って治療を行っている。
八雲紫は、その様子を見守っていた。
そして今、ジョルノのスタンドの指がヘビとカエルの喉元から赤い液体をすくい取り、鈴仙の腕に注ぎ込んだ。


「血清の投与が完了しました。
 ……ひとまず、これで命は助かると思います。
 いつ目を覚ますかは本人の生命力しだいですが……
 今まで見てきた限り、妖怪の生命力ならすぐ良くなると思います」


「腕の具合は、問題なさそうね。……この子の持ってきた糸に救われたわ」


紫は最初、スキマでジョルノの腕の治療を試みたが、上手く行かなかった事を思い出した。
スキマによってジョルノの腕を繋ぐと、止血することまではできたが、腕は殆ど動かせなかったのだ。
通常であれば切断された四肢を持ち主につなぎ直すくらい訳ないはずが、どうやら制限を受けているらしい。
紫自身の外れた肩は、何とか動かすようにはできたのだが……。
ジョルノのスタンドも、傷を治す能力のみが特に低下している、という。
殺し合いを促す上で、強力すぎる治癒能力は邪魔、という主催者の意図なのだろうか。
とにかく、スキマだけでは腕を完全に治すことはできず、鈴仙への血清も間に合わなかっただろう。

血清を与えられた鈴仙は、目に見えて回復し始めていた。
溺れるように激しく、消え入りそうにか細かった呼吸は力強くゆっくりしたものへと、安定を取り戻した。
全身の皮膚を赤黒くマダラに染めていた腫れは、既に引き始めている。
そんな鈴仙の様子を見てジョルノは安堵の息をつき、口を開いた。


「紫さん。……第二回放送の内容、覚えていますか?」


とても第二回放送を聞いていられる状況ではなかったであろうジョルノに、紫は放送の内容を教えた。
正確に、なるべく動揺を表に出さないように。


709 : 悪の救世主 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:37:32 haL/GpZE0

「……以上、18人よ。知り合いの名前はあった?」


「先ほどあの場所で殺害されたトリッシュと、それから……ブチャラティ、小傘」


「ブチャラティとは、あなたの友人?」


「尊敬する上司……でした」


「上司? あなた、どう見ても学生やってる歳に見えるけど」


紫のもっともな問いに、実は、とジョルノは自己紹介を始めた。
曰く、彼は日系イタリア人の15歳で、イタリアの大規模なギャング組織に入団し、
今はボスをやっている。スタンド能力に目覚めたのは数ヶ月前の事だという。
今でも中学校に籍はあるので、学生というのも間違いではないですが――と付け加えた。

人外の存在である紫をして、あまりに荒唐無稽と評せざるを得ない経歴。
だが『子ども』らしからぬ肝の座り方と判断力を幾度も見せられてきた以上、納得せざるを得なかった。


「あの、出過ぎた真似かも知れませんが……紫さんは」


なるべく動揺を露わにしないと決めていたのに、この少年には知り合いの死を見抜かれていたらしい。
彼が鋭いのか、それとも傍から見た私の動揺が思ったより大きかったのか。


「……八雲藍と、橙ね。特に親しかったのは。
 実は、思った程ショックじゃないのよ。……胸騒ぎがして、何となくわかってしまったから。
 付き合いが長かったから、かしら」


言い訳がましく、ショックでないと強がってしまう。なんて醜態だろうか。
私がディエゴに操られてなければ、彼女らと合流できていたかも知れないのに。
私があそこでDIOに不意打ちを受けていなければ、ディエゴの駒になどなっていなかっただろうに。
私が第一回放送で動揺していなければ、DIOに遅れをとることなどなかっただろうに。
――気を強く持たなければ。ドミノ倒しに、全てがダメになる。


「……こう言うと薄情かも知れませんが、ぼくもそれほどショックはないです。
 ぼくの知るブチャラティは、既にこの世を去った人だった。
 ディアボロやプロシュートと同じように、生きている時間軸から連れて来られたんだと思う。
 亡くなった時の彼はパッショーネの幹部か、その数日前まではヒラの構成員だったから、
 ぼくがブチャラティの上司になってしまいます。……おかしいです、そんなの」


「……プロシュートとは、また私の知らない名前ね。
 ……知っていることを、話してくれる? お互い、今は為すべき事をしましょう」


710 : 悪の救世主 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:37:49 haL/GpZE0

そう、今はとにかく、為すべきことを。
ようやく、それが叶う。失われたモノに囚われ続けるのは、お互いのためにならない。
――ついさっき、いや、今も痛感させられ続けている。
紫は、ジョルノと、ここに来てからの経緯と、知り合いの名などを手短に交換する。
最初に伝えなければならないのは、ディエゴのスタンドによって恐竜化させられ、
いつまた操られるか解らないこと。
自分に恐竜化の兆候が見られたら、すぐに鈴仙を連れて退避してほしい、と。
味方の顔をしていながら、次の瞬間に敵に回ってしまうかも知れない現状は、
本当に、不甲斐なかった。

既にスタンド使いを数多く目にしてきた紫にとっても、
ジョルノから得た情報は大いに驚かされるものだった。
イタリアでは、今もスタンド使いのギャング達が抗争を繰り広げており、
ジョルノはその収拾に奔走していた、という。
何でもギャング組織の前のボスであるディアボロが作った麻薬チームが、今も麻薬を売り続けているため、
こちらも討伐チームを結成して力づくで止めに行かなければならない、とか。
人間を吸血鬼に変える石仮面が今もイタリアのどこかに隠されているとの情報があり、
急いで探し出して処分しなければならない、とか。
まるで荒唐無稽な話が現実の――外の世界の、社会の一部となって飛び交っていて、
これでは我々妖怪が幻想となって隠れた意味がない。
人間同士の争いに忙しくて、妖怪など既に眼中にないのだろうか。
――だが、妙だ。参加者の半数が知り合いだった私に比べて、妙に彼の知り合いが少ない。
ズィー・ズィーもそうだったが――。

ジョルノ自身、あの吸血鬼DIOの血の繋がった息子なのだという。
そこで試しに、体質について訊ねてみる。
が、彼は日光や流水を苦手とするわけでなく、にんにくも平気らしい。
豆類は苦手とのことだが――単なる食の好みの問題のようだ。
つまりジョルノは生物学的には完全に人間で、つまりあのDIOという男も、しょせん改造人間に過ぎないのだ。
それにしても――


「あの男から、こんな人間のできた子が生まれるとはね。……世の中、解らないものだわ」


「出来ている、なんて評してくれるのはうれしいですけど、
 ぼくは生まれつきこんな性格だった訳じゃありませんよ。
 一歩間違えば――「……っくしゅん!!」


「あら?」


ベッドで横になっていた鈴仙がくしゃみをしていた。
毛布の上からでも微かに膨らみを主張し始めた胸がゆっくり上下している。
頬に赤みが差し、わずかに開いた唇からは白い歯が覗いていた。
回復は、もう時間の問題だろう。


711 : 悪の救世主 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:38:03 haL/GpZE0

「手当の時に、衣服は全て破いてしまいましたからね。
 血清を打ったとはいえ、毒ガエルの体液が染み込んでいた服を着せたままというわけにもいきません。
 紫さん、着替えを探してきてくれませんか?」


「……この子はこの子で、様子がおかしいのよねぇ。
 本来は、あんな危険地帯に自分から飛び込んでいくような子じゃなかったんだけど」


「彼女、ディアボロの名を叫んでいました。彼女に親しい人をディアボロに殺されたのでは……」


「考えられなくはないけど、彼女と親しい永遠亭の人達はみんな生きてるのよね……。
 そもそも、私の知る鈴仙は、仇討ちなんてできるような性格の子でもないし」


「人が変わったみたい、ですか?」


「変身能力を持つ妖怪がいない訳ではない、けど……どちらかというとこれは、
 本人が精神をいじられているように見えたわね。どう考えても、アレは自殺行為だもの。
 ジョルノ、スタンド能力の中に、性格を変えてしまうものってないかしら」


「性格とは違いますが、『嘘しか喋れなくなり、本当のことを言葉でも書き文字でも表現できなくなる』
 スタンドなら見たことがあります……治療した時には、そのような痕跡は見られませんでしたが」


「彼女が目覚めた時に、本人に直接聞いてみるしかないわね。
 ……ジョルノ、一度、彼女と二人きりで話をさせてくれないかしら。
 短い時間で構わないわ。あまり長い時間を掛けると、恐竜化するかもしれないし」


「ぼくも一緒の方が良いのでは」


「一応、顔見知りの私と、二人きりにして欲しいのよ。
 で、着替えだけど……要るかしら、服」


「……えっ」


712 : 悪の救世主 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:38:27 haL/GpZE0

「だってこの子、ウサギよ?」


「ええ、そうですけど……会った時は服を着ていましたよね。
 ……だいいち、耳と尻尾以外はほとんど人間の女の子と変わりないじゃないですか」


「ふふ、そうね。こんなちんちくりんでも、裸だと15歳の男の子には目の毒よね」


「そういうことを言いたい訳では"まったく"ありませんが、彼女自身がかわいそうです」


「淡白な子ねぇ。でも、この子が人間の姿じゃなくて、例えば、
 動物の兎が二本足で歩いてるような姿だったとしても、同じことを言えるかしら?」


「……いったい、何が言いたいんですか?」


「……私も、知りたいわね。……さて、着替えは私が探してきましょう。
 本来なら女の私が鈴仙に付いているべきなのでしょうけど……いつ恐竜化するか分からないし。
 ジョルノ君、鈴仙を頼んだわね。この家の構造には詳しくないから、"ちょっと"時間がかかるかもだけど。
 ……イタズラしちゃだめよ?」


そう言ってウインクした紫はスキマを開き、壁向こうへと姿を消した。


713 : 悪の救世主 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:38:42 haL/GpZE0

     ▲     ▲


屠殺直前の家畜のように諦めきった表情で座り込む鈴仙。
彼女に少年の方、ジョルノが片膝を突いて身を屈め、鈴仙と目を合わせた。
鈴仙はその視線をかわすように、顔をうつむけた。
するとジョルノは、こう言った。



「鈴仙。ぼく達と一緒に、来てくれないか?」


「えっ………………殺さないの、私を」


「君が正気か確かめたかっただけだよ。
 ……それにしては、随分と過激なやり方だったと思いますけどね、紫さん?」


ジョルノが紫に振り向くと、紫はにっこりと微笑んだ。


「ちょっと脅しを掛けてみただけよ。どうもあなた、『死にたがってる』ように感じられたから。
 あの時『死にたくない』とか、『助けて』とか一言でも言えば開放するつもりだったのに。
 ……力づくで脱出を試みるなんて、貴女って想像以上に強情な子だったのね」


先ほどまでの紫のあの残酷さは、全て演技だった、ということらしい。信じがたいことだが。


「……という訳です。今の紫さんのやり方には君も思うことがあるでしょうが、
 ぼくたちは、この殺し合いを止めたいと思っています。
 君の憎む相手、ディアボロも倒すつもりでいる。君の力を貸してほしい」


ジョルノは、鈴仙の方をまっすぐに見つめていた。
鈴仙は耐えきれず、紫の方に目をやる。


「……どのような選択を取るにせよ、せめてどんな場面でも死力を尽くしなさい。
 貴女の頭できちんと考えて、最善と確信できる行動を判断し、実行なさい。
 兎の尻尾は短いのだから、お尻に火が着いたと思ったら、あっという間に丸焼きよ。
 今までのように中途半端では、本当に貴女は【P】[パワーアップアイテム]扱いよ」


「ジョルノ、君? ……私なんかで良いの」


「君のことについては、紫さんからも少し聞かせてもらった。
 応用の利く、非常に優れた才能を持っていると思う。
 それに君はウサギの妖獣なら、耳も良いのだろう。鼻も利くのかもしれない。
 だから、君の力を貸してくれたら、とても心強いんだけど」


「ジョルノ君、助けてくれたあなたの恩に報いたい、です。
 けど、信用できない。紫さんでも、ジョルノ君でもなく、自分自身が、信用できない。
 あなたに同行しても、私じゃ足手まといになってしまう」


714 : 悪の救世主 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:38:56 haL/GpZE0

「……一度、魔理沙たちを裏切ったと言っていたね」


「もうしない、って、心に誓ってる。
 でも、私なんかの誓いは無駄だとも思う。
 ……また殺されかけた時、今度はジョルノ君たちまで裏切ってしまうかも。
 だから、あなたたちに近づきたくない……私は、誰かの仲間になる資格なんて、ないのよ」


「……たった一度、失敗を犯したくらいで、一生、仲間から、逃げ続ける気なのか?
 それは、失敗を防ぐために自分から失敗し続けるのと同じじゃないのか?」


「たった一度、じゃあ、ないのよ。私は。
 私は元々ね、月の都の兵隊で、でも逃げ出したのよ。
 地球人が月面に旗を立てて、地球人が攻めてくるって噂が流れただけで。
 戦わなきゃいけない仕事なのに。私なんて、破滅して当たり前の存在なのよ。
 失敗というなら、私が、私という人格を持って生まれ落ちたことが、たった一度の、最大の失敗なのよ……」


「……そうよ。私の心には何一つ、誇れるような真実は存在しなかった。
 何もかもが、上っ面だけの、失敗作の紛い物だった。
 一時の勝利で増長して、唯一度の敗北で萎縮する!
 仲間がいれば依存して、孤高を気取れば迷走する!
 味方に対しては有害で、敵のコマとしては有用で!
 慎重を期して後退したつもりが、傍目には臆病でしかなくて!
 勇気を奮って前進したつもりが、事実では無謀でさえなかった!」


今まで心の底に澱んで溜まっていたもの。
誰にも言えない、かつての師にさえ打ち明けられることのできなかった思い。
なぜか、止まらなかった。――それは、後から思えば、一種の甘えだったのかもしれない。


「私はね、クズなのよ! カスなのよ! 生まれながらの!
 人間のあんたにはわからないのよ! 私が、クズの私として生まれ落ちた絶望が!
 両親から愛されて、自信たっぷりに育ったあんたには!!
 この穢れた魂を禊ぐために、私はディアボロを殺(け)すのよ!
 できなければ、クズが一匹消えるだけ! それの何が悪い!」


715 : 悪の救世主 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:39:14 haL/GpZE0

その時――プッツンと、何かが切れる音がした。
ジョルノのスタンドの黄金の右の掌が、鈴仙の頬に叩き込まれるのは、ほぼ同時だった。



「……黙れよ……! 僕がわざわざ救ってやった命を、これ以上侮辱するな……!


「ざ……残念だったわね! わざわざ助けてやった命がこんなクズで!」


スタンドによって増幅された痛みに耐えながら、鈴仙の左手がスタンドの右腕を掴んでいた。


「そして……」


ジョルノのスタンドが左手を振り上げた。
鈴仙は右腕で防ごうとするが――


「僕の命を救ってくれた恩人を、これ以上侮辱するなああ!!」


間に合わない。ゴールド・エクスペリエンスの左腕の方が遥かに速い。
歴戦のギャングさえ震え上がる激痛を顔面に立て続けに受け、たまらず鈴仙が崩れ落ちた。




「…………うう……何それ……? 私は……あんたなんて助けた覚えは……」




「……君の持ってきてくれたあの糸。ゾンビ馬、だっけ?
 アレがなければ、ディアボロに腕を斬り落とされたぼくは助からなかった。
 ……君は、ぼくの命を救ってくれたんだ」





「……ああ、そう。元々はそれ、霊夢に届ける予定だったんだけど。
 別にあんたを助けようとした訳じゃないんだから、私なんかに感謝しないで」


「糸の使い方は、魔理沙という金髪の子が教えてくれたんだ。
 あの子に貴重な糸を分けてあげて、使い方まで教えたのは
 霊夢たちを確実に救うためだったんだろう?
 でなければ、気を失っていたきみがゾンビ馬を持っていたことも知らず、
 持ち物の中から糸が出てきても、使い方が分からなかったかも知れない。
 だとしたら、ぼくは治療が間に合わず失血死していたかも」


716 : 悪の救世主 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:39:26 haL/GpZE0

「……じゃあ、魔理沙に感謝すればいいじゃない」


「わからないか? ……きみの、友を想う気持ちが、ぼくの命を救ってくれたんだ。
 きみは、友達想いの、優しい人なんだと思う」


「ああ、そう。……で、だから何? 私が友達想いの一面を持っていたとして、
 私が根っからのクズでカスであるという根底だけは、覆せないわよ」


ジョルノが、鈴仙の赤く腫れた頬にスタンドの掌をかざした。
痛みだけで気絶しそうな、あの感覚を思い出しそうになり、鈴仙の身体が強張った。




「……お願いだから、もうやめてください。自分の事を無用に貶めるのは。
 さっきみたいに、痛みで体に覚えさせる真似はしたくない。
 言葉が通じる相手なのに、家畜をしつけるみたいで。……ぼくだって、心が痛むんだ」


無用じゃない、と鈴仙は声に出そうとした。
が、ジョルノの発する声の波長は、僅かだが、恐怖やトラウマの感情を含んでいるように感じられて、
――何か嫌なことを思い出しながら話しているようで、思わず声が詰まった。
鈴仙にその理由は知れない。教育やしつけというものは、痛みと共にあるのが当然だったからだ。




「……きみが、ディアボロを発見しても姿を隠さず、
 大声で叫びながら突撃した理由、ぼくにはわかった」


「……私の知能が気づかない間に低下していたのよ。紫が言ってたじゃない」


「断じて、違います。きみの行動は、ある一点において、この上なく適切だった。
 きみが、あの場にいた全員を、守ってくれたんだ。ディアボロから」


717 : 悪の救世主 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:39:36 haL/GpZE0

二人のやりとりを静観していた紫が、ハッとしてジョルノを見た。


「紫さんも、理解してくれたみたいですね。
 鈴仙。きみは、ディアボロのスタンドの発動をいち早く察知すると、
 最初に、その場の全員にディアボロの攻撃への対処を叫んだ。
 そして、きみがあの時、敢えて姿を晒しながら突撃していなかったとしたら、
 ぼくは腕だけでなく、首まで落とされていたと思う」


「……ゾッとしないわね。ディアボロの、時間を吹き飛ばす能力。
 あの場でその能力に対抗しうる可能性がディアボロに知られていたのは、恐らく、ここの鈴仙だけ。
 この子が突っ込んでこなければ、誰にも手の着けられないディアボロがそのままあの戦場に居座って、
 殺[ヤ]りたい放題に殺っていたかもしれない……ということ?」


「あなたがぼく達の生命よりも復讐を優先して、姿を隠しつつ慎重に近づいていたら、
 トリッシュだけではなく、ぼくと、他に何人もがディアボロに始末されていたと思う。
 どこまであなたの計算があったのはわからないけど、
 復讐の機会をフイにしてまでとったあなたの行動は、確かに、
 ぼくと紫さんを含むいくつもの命を救ったんだ。
 それは、あなたのかけがえのない『優しさ』によるものだと思う。
 ……毒虫をなぜ防がなかったのかは、ぼくにもわかりませんけど」


「……私は、『甘かった』、という訳ね。
 本気で復讐を成し遂げるなら、知り合いの危機にも無関心でなければならなかったってことか……」


「……鈴仙。復讐は、もうやめにしないか。復讐なんて、君にはできないと思う」


「復讐なんて、無駄なことはやめろって。復讐に囚われて、大局を見失うぞって。
 結局、あんたもそう言いたいわけね……ジョルノ。
 『たかが兎一匹』の私が、大局を見て、どうしろというのよ。
 私は結局、目の前の事を追いかけるだけで精一杯。二兎を追うものは一兎をも得ず……
 私は、友達がどうとか、他人がどうとか、面倒を見られる器じゃなかったのよ。結局。
 だから、せめて、一つくらい……」


「復讐するのが、良いか悪いかの問題じゃないんだ。
 向き不向きの問題で、きみには向かないと思う」


「……でも、ディアボロを殺さなきゃ、みんながあいつに殺されるのよ?」


718 : 悪の救世主 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:39:49 haL/GpZE0

「それだよ。それで良いんだ、きみは。……きみはやっぱり、優しいんだ。
 それを『甘さ』と捉えて切り捨てようとするのは、ぼくはもったいないと思う。
 きみは復讐のためではなくて、友達を、仲間を守りたいという気持ちから、戦えばいい。
 無意識の行動だったにせよ、きみはあの時、復讐よりも、他者を守る事を選んだんだ。
 きみは、きみのままで良いんだ」


「……それが私の、一番怖れていることなのよ!?」


「……無理に上っ面だけの憎しみで、自分自身を奮い立てなくてもいいんだ。
 ディアボロを憎むなとは言わないし、憎しみが消えるとも思わない。
 でも優しい心を持つ君は、憎しみをエネルギーにはできないんだと思う。
 それは何も間違っていない。至極真っ当な心の持ち主だよ」


「けど、私は……私なのよ? 筋金入りの臆病者として生まれて、故郷さえ裏切った私なのよ?
 どこにも行くことのできない、私なのよ? そんな惨めな私に、私のままで惨めに存在しろっていうの?」


「……くどい。鈴仙。君をもう、ぶちたくないんだ。
 ぼくは、君がありのままの君であることが素晴らしいことだって言っているんだ。
 君はありのままの君が一番強くて、それで十分に強いと、ぼくは思う。
 最初にディアボロと戦った時は、アリスという子を守るために戦ったんだろう?」


ジョルノが再び、鈴仙へと手を差し出した。


「……だから、もう一度、たずねよう。
 鈴仙。ぼく達と一緒に来て、この殺し合いを止めるのに協力してくれないか?」


――だが、やけに遠い。
床に座った鈴仙が手を伸ばすだけでは、届かない。
ジョルノの手を取るには、鈴仙自身が『立ち上がって、一歩踏み出す』必要がある。
『とてつもなく遠い』距離だった。



「さあ、ぼくの意志は示した。あとは、君の判断で決めてほしい」


719 : 悪の救世主 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:39:59 haL/GpZE0

鈴仙がありのままの鈴仙であることを、ここまで真摯に必要としてくれる人が、なんと、存在した。
しかも、彼は目の前で、自分に向けて手を差し伸べている。力を貸して欲しい、と。
――鈴仙には、信じられなかった。信じようとしてはいけないとさえ思っていた。
だけど、その事実から目をそらすための退路は、もう塞がれてしまっていた。
彼に付いて行って力になりたかった。
彼の誘いをフイにする理由など、鈴仙には存在しなかった。
ここで付いて行かなければ、それこそ、自分自身の価値と、
ジョルノの意志を、自らドブに投げ捨てるようなものだ。


なのに、立てない。
立ちあがって、一歩踏み出し、ジョルノの手を取るという行動が、できない。
立ちあがらなければ、進めないというのに。
進めなければ、自分の価値と、ジョルノの真摯な想いをドブにぶち込むというのに。
しょせんそうしてしまうことが、自分にとってお似合いなのか。
――だけど、自分はともかく、ジョルノまでドブにぶち込みたくはない。

なのに、体が、肩が、とてつもなく重い。
自分の意志で、進まなければならないのに。
進んだ結果、自分の失敗でジョルノたちを死なせるかもしれない。
そう思うと、私なんかが立ち上がってはいけない気がする。
選択に伴う、責任の重さ。
思えば、こんなことは初めてだ。自分で、進むべき道を選ぶということは。
月で兵隊になった理由は、もう憶えていない。
恐らく、才能を認められてのことなのだろう。たぶん自身の意志ではない。
兵隊を抜け、地上に逃げた時、こうして座り込んで途方に暮れていたところを拾われた気がする。
その時、私を拾ってくれた誰かの手はこんなに遠くなかった。
座ったままで届いたはず。こちらから何もせずとも、耳を掴んで引っ張り上げてくれたはず。


「何を、怖れているの?」


紫が言った。
何もかもに決まっている、と鈴仙は思う。
ああ、そうとも、この選択にまつわる、何もかもが、怖ろしい。
ジョルノを、仲間を失うのは、自分のミスのせいなのか、自分の不在のせいなのか。
――どちらにせよ、自分の選択の結果なのだから。
ジョルノが、私を対等な、一人の戦力として、人格として、当てにしているのだから。


720 : 悪の救世主 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:40:09 haL/GpZE0

『別に君が居ようと居なかろうと、ぼくに影響はないけど、可哀想だから付いてきても良い』


そう言って誘ってくれたなら、どれだけ気楽だったことか。
だから私は『独り』が良かった。
『独り』は確かに怖い。だけど『一人』になるよりは、マシだった。
一人前の、『一人』の存在として、見られたくなかった。


――私の成長を縛っていたのは、他でもない、私自身だったのだ――。


ここで進まなければ、私はきっと一生、『一人』にはなれず、『独り』のままだ。
周りに誰がいようとも、周りの誰とも対等な『一人』にはなれず、ずっと『独り』なのだ。
ジョルノは、まだ待ってくれている。
立てない? 立てないなら――匍匐前進。這いずってでも進むまで。
汗にまみれた素肌が床を擦って気持ち悪いが、関係ない。
その速度は遅々として遅く、濡れた軌跡を床に残して――。
これではまるで、毛虫、いや、地を這う蛞蝓[ナメクジ]だ。
私はまだ、兎未満。
それでも、私が這いずるための大地は、きちんとそこにあった。
なぜなら、ジョルノが上で待っているから。
天で太陽が輝くなら、その下に大地が存在するのが、地上の摂理。
ジョルノ、あなたが私を、大地へと導いてくれた――。

こうして、遥か百万マイクロメートルもの長い長い旅を終え、鈴仙は太陽の足元へとたどり着く。
視界が霞んで、顔が見えない――。
それでも、太陽のような、ジョルノの波長だけは、肌で感じ取ることができる――。
にじんで溶けた視界の中で中空に手を伸ばすと、指先がジョルノの手の甲に触れる。
ジョルノは、間違いなくそこにいた。
鈴仙が必死でその手を掴むと、ジョルノは優しく鈴仙を引き上げ――
そこで鈴仙は自分が裸だったことを思い出したが、既にもうどうでも良くなっていた。
裸より恥ずかしい心の内を、たっぷり吐き出してしまったからだった。
が、そこで、紫の大きな咳払いが聞こえて、羞恥心を取り戻した鈴仙は、
ベッドに広げられていたセーラー服に飛びついたのだった。


721 : 悪の救世主 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:40:20 haL/GpZE0

     ○     ○


鈴仙が鏡に向かって一回転すると、長い耳と髪と一緒に、大きな襟がふわりと揺れた。
スカートからすらりと伸びる長い脚は、スマートな印象を与え、彼女の身長を本来より高く見せていた。
スカーフを左右対称に結んで――これで完成。


「うん、良く似合ってるよ、鈴仙」


後ろでジョルノがそう言うと、鏡に映る表情が自然と緩むのが分かった。
お世辞とわかっていても、やっぱり嬉しいのは、少女のサガ、か。


「本当ね。……生まれが生まれだから、自然と似合ってしまうのかも。
 ……そのセーラー服も、元は水兵の服だから」


それは私が、元々月の兵士だったから、ということ、なのだろうか。
相変わらず、含みのある言い方の好きな御仁だ。


「鈴仙、あげるわ。これ。……さっき脅迫した、お詫びだと思ってちょうだい」


八雲紫はそう言って、鈴仙に黄色い紙切れを手渡した。


「お詫びなんて、別に……ゲッ! これ、さっきの……」


式神だ。……頭に貼り付けると、思考を奪われるといって、見せつけてきた。


「……その式神、本当は、貼り付けた者を操る機能なんてないわ。
 私の作ったスペルカードを封じてある。
 貼り付ければ、その術を発動するための知識を与えてくれるわ。
 今もあなたの頭の中に入っている、スタンドDISCと似たようなものと考えなさい。
 だけど結局、実際に発動できるかは、式を憑けられた者の力量次第。
 劇的なパワーアップを望めるようなものではないわ」


「……どうして、それを私に?」


722 : 悪の救世主 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:40:31 haL/GpZE0

「その式神には、私の、『境符「波と粒の境界」』が封じられている。
 あなたの力なら、それを発動して私のものと似たような弾幕を放つことも可能でしょう。
 ……けど、私の狙いは、それじゃない。それだけなら、ただの劣化コピー。
 この術には、あなたの能力を成長させるための、ヒントが含まれている。
 理論を言葉で教えるより、式神で直接知識を流し込む方が効率的だから、作ったんだけど」


「私の『波長を操る』程度の能力に、まだ『先』がある、と?」


「ええ。波と粒の境界を超えた時、あなたはきっと、玉兎を超える。
 『海と山を繋ぐ』ことさえ、可能となる……かも知れない。
 ……これでも、あなたには期待してるのよ?」


「……あなたに言われなくても、私は勝手に強くなってやりますよ」


「じゃあ、この式神も要らない?」


「あっ、もー、誰も要らないなんて言ってないじゃないですか!」





八雲紫は心から、この地上の兎の成長を願っていた。
でなければ、結局、彼女は悪意の餌でしかないのだから。
鈴仙と初めて出会った、永夜異変から数年。わずかだが、彼女の肉体は成長している。
肉体を少なからず精神に依存する妖怪という種族にとって、それは精神の成長を意味する。
槐と安とは実に名を敗る、とは、いつかの不良天人が彼女に寄越した忠告だったか。
月人たちの庇護の下、ひたすらに安息だけを望むのが、かつての鈴仙だった。
そんな彼女が、理由はどうあれ。自らの意志で永遠亭の庇護を離れ、自らの意志で行動している。
地上の民の仇を討つために。地上の民を守るために。
――私から言わせれば、彼女はもう、立派な『地上の兎』だ。
彼女自身が願うまでもなく、彼女は成長し始めている。

成長したところで結局、あの神へと転じた化け傘のように、強大な悪意に叩き潰されるだけなのかも知れない。
それでも、八雲紫は種を蒔くことをやめないだろう。
幻想郷という空間を現在の形にしたのは、まさに成長させるためなのだから。
幻想の成長を促し、現実に返り咲くための力を蓄えるための空間なのだから。
此度のバトルロワイヤルで、『幻想』は予定より大分早く『現実』の悪意に晒されることとなった。
他人の事を言えた立場ではないが、今度こそ、彼女には強く育って欲しい、八雲紫は、そう願っていた。

そして――と、八雲紫は、ジョルノの方をちらりと見る。
彼には、人の本質を見抜き、正しい方向へと導く才能があるようだ。
その人々を導く灯台のように光り輝く精神こそ、彼の際立った才能だと思う。
生命を操り傷を癒やすスタンド能力など、そのおまけに過ぎない。
聞けば、彼はあのDIOの息子なのだという。DIOも、言葉で幻想郷の少女たちを籠絡する術に長けていた。
まるでコインの表と裏、光と闇――。
人の心に完全な光と闇など存在しないにせよ、彼ら親子はその両極端に近い存在に感じられた。
紫の視線にジョルノが気づき、目が合う。
どうか鈴仙を、正しく導いてほしい――紫は視線でそう、懇願した。


723 : 悪の救世主 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:40:43 haL/GpZE0

紫さんがぼくの方を見て、何かを訴えかけている。
鈴仙――彼女の事だろう。
ぼくに何ができるかは、正直、わからない。
ただ――放っておけない所がある。
彼女は、自分がこの世のカスだと言っていた。どこにも向かうことがないと言っていた。
こんなことを彼女に言ったら機嫌を損ねるかも知れないが――
まるで子供の頃の、あのギャングと出逢う以前の、ぼくだ。
母親に構われず、養父に殴られ、街の悪ガキにいじめられて居た頃の――。
ぼくはその頃、どこにも誰も味方の居ない、ひとりぼっちの――この世のカスだった。
誰一人信用できず、一生暗闇をさまよい、どこにも行くことのできない運命が続くと思っていた。
そんなボクの心を救ってくれたのが、顔も名前も憶えていない、所属も知らない、あのギャング。
今、彼はどうしているのか。
今もギャングなのか、もう足を洗ったのか、それとも既にこの世を去ってしまったのか。
いずれにせよ、子供のぼくと同様に苦しむ彼女を救うために、
ぼくはあのギャングが教えてくれたことをするだけだ。
『一人の人間として、敬意を持って接する』――なんて、なんて当たり前のことなのだろう。
そんな、当たり前のことをしてもらえなかったからこそ、苦しかったのだ。
そんな彼女にも、いずれ彼女の希望を見出すことができるときが来ると、信じたい。


ジョルノが、こちらを見た、気がする。
私は、彼に付いていくことを、とうとう選んでしまったのだ。
選んでしまったからには、彼の期待に応えたい。
正直、まだ自信がある、と言える訳ではないけど、でも――。
私がいじけて力を発揮できなければ、彼が悲しむ。それだけは、いけない。
なぜ、私は彼が悲しむと、確信できるのか。
ついさっきまで赤の他人だったのが悲しむ事を、どうして私はいけないことだと思うのか。
月で兵士だった頃。永遠亭に居た頃。
私が何を感じようと、何を考えようと、誰も気に掛けなどしないと思っていた。
逆もまた然りで、他人が何を考えていようと、実害がない限りは無関心だった。
(実害がありそうな時は全力でビクつく)
それは私が兎の妖獣だからなのか。
動物の兎は群れで生活する一方で、孤独である。何も矛盾していない。
群れるのは捕食者に襲われた場合に散り散りで逃げて、自分が標的にされる確率を下げるためだからだ。
いざとなったら私じゃなくてアイツが喰われてほしいと、兎の一匹一匹がそう考えていて、
周りの同族も当然同じことを考えていると知りながら、生き残る確率を上げるためだけに群れている。
単独で生きる種より、よほど孤独な種なのかも知れない。
そんな動物の本能が染み付いた私が、今まで他人を信じるという発想を持てるはずがない。
永遠亭の面々さえ、心の底からは信用していなかった、と思う。だから、ここでは会いたくなかった。

私の事をよく知るからこそ、特に会いたくない面々だった。
彼女らは、特に、『あいつ』――八意様は、八雲紫のように優しくはない。
私を足手まといと判断したら、即殺処分されるだろう。――私は、『あいつ』が、怖かった。
私に聞こえていないと思ってか、
『もし私に逆らうようだったら、兎一匹位どうとでも……』と、
声に出していたのを聞いてしまったことがある。
そうでなくとも、彼女にとっての一番は、輝夜様。
私は――人間が『一匹』の兎を見る目でしか、見られていなかった。

だけど幻想郷では、そして、ジョルノにとっては、他の多数の『一人』の妖怪と同じだった。
――多分、いま、私は、その事がとてもうれしいのだと思う。
だから、永遠亭のためではなく、ジョルノのため、幻想郷のために動きたいと感じたのだと思う。
だとすれば、私の『大地』は、きっと――。


724 : 悪の救世主 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:41:00 haL/GpZE0

ようやく。

ようやく、そこに居合わせただけだった寄せ集めの3人が、目的を同じくするチームの様相を示し始めた。

ある者にとって他の二人は、『穴を空け、繋ぐ能力者』と、『銃弾を放ち、探索に長けた能力者』。
ある者にとって他の二人は、『発展途上の妖獣』と、『頭脳明晰の参謀』。
ある者にとって他の二人は、『精神を導く高貴な血統』と、『知識を授ける深遠な賢者』。

お互いにとって喪ったはずのモノ、捨てたはずのモノが、図らずも再び集まった。
その事実は、未だ当事者さえも知る所ではないのだった。


※今後の3名の行動については、後の書き手さんにおまかせします。


○支給品紹介

『式神「波と粒の境界」』
八雲紫謹製の式神。見た目は手のひら大のお札。
八雲紫のスペルカード『境符「波と粒の境界」』の発動方法が封じられており、
頭に貼り付けると、そのスペルカードを放つための知識を得られる。
ただし、スペルカードの威力は使用者の力量次第。
式神は水に弱く、普通は濡れると剥がれてしまうので注意が必要。

『ぶどうヶ丘高校女子学生服』
ぶどうヶ丘高校の女子制服。セーラー服。冬服であるため、長袖。
サイズはMサイズ。東方projectの女性キャラクターでは、
身長設定『やや低い』〜『やや高い』までの体格なら、違和感なく着こなすことができる。
身長170cmを超える徐倫、エルメェスらが着るには小さすぎる。
身長163cmのトリッシュなら、何とか着られる。男性が着ることはできない。

『鈴仙の服(破損)』
鈴仙の、玉兎時代の軍服(ブレザーなど)。バラバラに切り裂かれており、もはや服としての機能は果たさない。
さらに雨と泥と血で汚れた上、ヤドクガエルの毒液が染み込んでおり、不用意に触るのさえ危険である。


725 : 悪の救世主 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:41:11 haL/GpZE0
【D-2 猫の隠れ里の地下 地霊殿・火焔猫燐の部屋/真昼】

【ジョルノ・ジョバァーナ@第五部 黄金の風】
[状態]:体力消費(大)、精神疲労(大)、スズラン毒・ヤドクガエル・マムシを無毒化
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品×1(ジョジョ東方の物品の可能性あり、本人確認済み、武器でない模様)
[思考・状況]
基本行動方針:仲間を集め、主催者を倒す
1:※今後の行動方針は、後続の書き手の方にお任せします。
2:ディアボロをもう一度倒す。
3:あの男(ウェス)と徐倫、何か信号を感じたが何者だったんだ?
4:DIOとはいずれもう一度会う。
[備考]
※参戦時期は五部終了後です。能力制限として、『傷の治療の際にいつもよりスタンドエネルギーを大きく消費する』ことに気づきました。
 他に制限された能力があるかは不明です。
※星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※ディエゴ・ブランドーのスタンド『スケアリー・モンスターズ』の存在を上空から確認し、
 内数匹に『ゴールド・エクスペリエンス』で生み出した果物を持ち去らせました。現在地は紅魔館です。


【八雲紫@東方妖々夢】
[状態]:妖力消費(小)、鼻を打撲、全身火傷(やや中度)、全身に打ち身、
右肩脱臼(スキマにより応急処置ずみ)、左手溶解液により負傷、 背中部・内臓へのダメージ
[装備]:なし(左手手袋がボロボロ)
[道具]:ゾンビ馬(残り5%)
[思考・状況]
基本行動方針:幻想郷を奪った主催者を倒す。
1:※今後の行動方針は、後続の書き手の方にお任せします。
2:幻想郷の賢者として、あの主催者に『制裁』を下す。
3:DIOの天国計画を阻止したい。
4:大妖怪としての威厳も誇りも、地に堕ちた…。
5:霊夢たちは魔理沙に任せる。
[備考]
※参戦時期は後続の書き手の方に任せます。
※放送のメモは取れていませんが、内容は全て記憶しています。
※太田順也の『正体』に気付いている可能性があります。


726 : 悪の救世主 ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:41:21 haL/GpZE0

【鈴仙・優曇華院・イナバ@東方永夜抄】
[状態]:疲労(大)、妖力消費(小)、両頬が腫れている、全身にヘビの噛み傷、ヤドクガエル・マムシを無毒化
[装備]:ぶどうヶ丘高校女子学生服、スタンドDISC「サーフィス」
[道具]:基本支給品(食料、水を少量消費)、綿人形、多々良小傘の下駄(左)、不明支給品0〜1(現実出典)、
鉄筋(数本)、その他永遠亭で回収した医療器具や物品(いくらかを魔理沙に譲渡)、
式神「波と粒の境界」、鈴仙の服(破損)
[思考・状況]
基本行動方針:???
1:※今後の行動方針は、後続の書き手の方にお任せします。
2:友を守るため、ディアボロを殺す。少年の方はどうするべきか…?
3:霊夢と魔理沙……心配だ。
4:姫海棠はたてに接触。その能力でディアボロを発見する。
5:『第二回放送前後にレストラン・トラサルディーで待つ』という伝言を輝夜とてゐに伝える。ただし、彼女らと同行はしない。
6:ディアボロに狙われているであろう古明地さとりを保護する。
7:危険人物に警戒。特に柱の男、姫海棠はたては警戒。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※波長を操る能力の応用で、『スタンド』に生身で触ることができるようになりました。
※能力制限:波長を操る能力の持続力が低下しており、長時間の使用は多大な疲労を生みます。
 波長を操る能力による精神操作の有効射程が低下しています。燃費も悪化しています。
 波長を読み取る能力の射程距離が低下しています。また、人の存在を物陰越しに感知したりはできません。
※『八意永琳の携帯電話』、『広瀬康一の家』の電話番号を手に入れました。
※入手した綿人形にもサーフィスの能力は使えます。ただしサイズはミニで耐久能力も低いものです。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。
※まだ八雲紫・ジョルノ・ジョバァーナとの情報交換を十分に行っていません。


727 : ◆.OuhWp0KOo :2017/07/11(火) 23:41:39 haL/GpZE0
以上で投下を終了します。


728 : 名無しさん :2017/07/12(水) 23:08:23 wj8PvnZoO
投下乙です

向いてないことしても上手くいかない
向いてることをしよう


729 : 名無しさん :2017/07/13(木) 19:50:18 j/1ksRXM0
投下乙です
ここまで様々な苦汁を舐めさせられてきた鈴仙にもようやく光の手が差し伸べられて、この話が彼女のターニングポイントとなりそうですね
あえて憎まれ役を演じた紫の振る舞いや言動も非常にらしい。
前途多難。まだまだ不安の多いところである鈴仙だけど、ジョルノの黄金の精神が彼女を良い方向へ導いてくれると信じていたいですね


730 : ◆qSXL3X4ics :2017/07/14(金) 21:48:00 6IanOmpM0
予約を延長します


731 : ◆EPyDv9DKJs :2017/07/16(日) 16:14:23 6DCXY5dA0
投下します


732 : ◆EPyDv9DKJs :2017/07/16(日) 16:14:53 6DCXY5dA0
 香霖堂───この舞台の施設の一つとなった、森近霖之助が経営する古道具屋。
 多数の雑貨が乱雑する店は、いまや店仕舞いをせざるを得ない状況になっていた。
 焼け焦げた跡、焼けた黒猫と、仁王立ちの今にも叫びそうなサイボーグ軍人の死体、
 これらだけでも、十分に人を招き入れることに抵抗がある凄惨な光景と化していた。
 そして何よりも、この店の店主が既に、物言わぬ存在の一人になっているのだから......

 殺し合いの中でギャンブルと言う奇妙にして、
 ただのギャンブルでありながら八雲藍と熾烈な戦いを経て、
 生き残った者の名前は、ジョセフ・ジョースター、因幡てゐ。
 勝者、と言うには少々憚られる。彼等の目的は藍を説得することだ。
 しかしそれは叶わず藍は止まることはなく、三人もの仲間を失ってしまった。
 人は何かを得る為に何かを賭け、戦う。だが彼等が得たものは、虚しい勝利に近い。
 故に、彼等を勝者と称えるべきではない。彼等はガッツポーズで喜べるわけがない。

 目先の戦いは終わり、ほんの僅かながらの休息を手に、今は放送を待つ。
 てゐは見張りがてら外へ、ジョセフは店の中で寝転がって休んでいる。
 解毒剤を飲んだとは言え、麻痺毒で起き上がれないだけでもあるのだが。
 休んでる間、ジョセフは三人を横目で見ながら思っていた。

 この殺し合いに呼ばれてから最初に出会った少女、橙。
 無邪気で外見相応の、文字通りの子猫みたいな子だった。
 彼女との出会いが、今に至るまでの半日に及ぶ行動の始まりだ。
 解毒剤を飲むことが出来たのは、彼女の抵抗があったからだ。

 絶体絶命のジョセフを助けてくれた恩人、霖之助。
 気を失う寸前にてゐと話し合って、冗談に聞こえないゾッとするような会話、
 そして、此処で再会した時ぐらいしか、彼とはまともに会話をすることがなかった。
 故に彼がどういった人物だとかは、余り詳しくは分かってはいない。
 けれど、彼が不条理なこの世界で抗い続けた事で、てゐは勝利を掴めた。
 それを知っているわけではないのだが、ジョセフは敬意を表さずにはいられない。

 シュトロハイム───殺し合いに招かれる前からの知己。
 祖国の為なら足の二本や三本どころか、カーズに真っ二つにされた下半身と、
 カーズを火山に突っ込んで、その後に失った両足も合わせれば、
 計六本の足を失おうとも、祖国の為に戦い続けた誇り高きドイツ軍人。
 死体でありながら、すぐ傍で存在感を放っており。今にも動き出しそうである。

 今こうしていられるのは、三人のお陰だ。
 誰一人、無駄な死ではない。彼等のお陰で、二人は生きていられる。

 キィィィ─────ン……
 どこからともなく聞こえてくる、耳障りな音。
 ジョセフは気を失ってたので、初めて聞く音だ。

『やあ、久し振りだね……参加者の諸君。第一回目の放送時と変わらず、荒木飛呂彦だ。 』

 全ての元凶ともいえる諸悪の根源の声が、会場中へと広がっていく。
 放送を聴き損ねるような状況でもないので、二人は聞き逃すことはしない。
 特に、ジョセフは第一回の放送は察したシーザー以外は又聞きのようなものだ。
 情報が正しくなければ、本来味方になりうる人物からも疑われかねない。
 心理戦で相手の隙を突くジョセフにとって、情報は武器である。
 その武器を捨て置くなんて事は、絶対にしない。

『これにて、第2回放送を終了するよ、』


733 : ◆EPyDv9DKJs :2017/07/16(日) 16:15:37 6DCXY5dA0

 声は消えて、雨音だけが二人の鼓膜を刺激する。
 そんな中───



 ドンッ!!



 ジョセフが床を強く叩く。
 許せない。DIOにプッチ、荒木に太田、そして見ている事しか出来なかった自分に。
 チルノはDIOに何かされただけだ、こいしもまだ引き返せたはずだと言うのに。
 自分を自嘲気味に疫病神と言ったが、彼が関わった人物の殆どがこの殺し合いの犠牲者と化した。
 その上で、プッチ、DIO、柱の男は今も生きている。疫病神どころか、死神にすら思えてくる。

 外では音にてゐが反応するが、何の音かはおおよそ察しており、まだ店に戻らない。
 彼女も似た考えだ。彼女も出会ったブチャラティの死を知り、幸運とはなんなのかと思う。
 幸運の能力を使ったのはジョセフとブチャラティのみだが、彼女と出会う事自体が、本来は幸運なのだ。
 けれど、此処では制限されてるのか、彼女が出会った者はどうなった? ブチャラティも、こいしも、チルノも、
 先のギャンブルで関わった三人も、藍でさえも生き残ると言う幸運には至らなかった。
 自分の幸運は幸運ではなく、他人の幸運を吸い上げ、他人にカスをつかませてだけではないのかと。

 倒すべき存在は未だ健在。そして、他にも乗った参加者はいるのだろう。
 けれど、二人が目指すは荒木達を倒し、殺し合いを打破する異変解決だ。
 DIO達はその道中の敵に過ぎない。前途多難の道で先は思いやられるが、
 ジョセフは元からそのつもりとして、てゐも相棒と共に行くと決めた。
 自分達が疫病神だと、死神だと思おうとも、諦めることは───ヒーローの資格は失いはしない。

 特に何事もなく放送が終了し、店の中へとてゐは戻る。
 中に戻れば、ジョセフが軽く準備運動で体を動かしており、

「よし、治ったみてぇだな。」

 麻痺毒が大分消えたことを確認する。
 多少動きは鈍いが、十分もしないうちに治るはずだ。
 先の怪我は短時間で治るはずもないが、調子はまだ良いほうだろう。

「しっかし、俺ってなんでこう毒に縁があんだろうなぁ〜〜〜。
 お祓いとかあてにしねえ性質だが、一度やっておいた方が良い気がするぜ。」

 改めて彼は思う。人生に三度も誰かに毒を入れられた経験など、
 このジョセフ・ジョースター以外に恐らくいないだろう。
 ・・・・・・人生で何度も墜落をやらかすことについては、
 三度目の経験がまだないので特に思わない。

「知り合いに巫女がいるよ。お祓いついでに貧乏神と悪霊を付属してくれるかもね。」

「それぜってぇ、お祓いじゃあねえだろ。」

「じゃあ緑の方に頼む? あっちも何処か頭のネジ外れてるけど。」

 幻想郷で頭のネジが外れてない人間など、殆どいないだろう。
 外の世界の常識から消えていった存在が集う場所の住人のだから、当然だが。

「外れてない奴はいねえのか?」

 思えば、霖之助も気絶する前に物騒なことを口走っていたわけだ。
 まともな奴はいないのかと、ジョセフは突っ込まざるを得ない。

「お坊さんならあんまりネジ外れて・・・・・・」

 ふと、比較的幻想郷でも常識人たる存在を思い出す。
 あれはまともな方だろうと思っていたが、風の噂で、
 バイクに乗って駆けていたと言う、はっちゃけた話も聞いたことがある。
 風の噂なので、真偽は不明だが。

「ないよね?」

「いや、俺が知ってるわけねーだろ。」


734 : ◆EPyDv9DKJs :2017/07/16(日) 16:16:27 6DCXY5dA0

 漫才のような雰囲気ではあるが、周りには文字通りの死屍累々。
 端から見れば、二人のやってることはなんと不謹慎と思うだろう。
 しかし、この場にいた人物の死だけでなく、助けたかった人や出会った存在の死。
 二人とも、自分が思っている以上に精神的なダメージは大きいものとなっている。
 気が滅入ってる今こそやっておかなければ、ずるずる引きずってしまいそうだった。
 とは言え、いつまでも続けるつもりもなく、一息つけばジョセフは真面目な顔つきへと変わり、

「・・・・・・やるか。」

「だね。」

 ジョセフがそう言うとてゐも頷き、
 散乱するディパックや支給品をテーブルへと集めていく。
 ついでに、集める間にこれまでおろそかにしてた情報交換をする。
 一応、シュトロハイムと出会った時にもしたのだが、その時は時間軸のずれのせいで、
 どうにもそっちに話が行ってしまい、永遠亭の仲間や柱の男について話せていなかった。
 と言っても、互いに動く分には問題はなく、散乱すると言ってもそう遠い場所ではない。
 柱の男や永遠亭の身内の話を終える頃には、テーブルに多数の支給品が纏められる。
 シュトロハイムに刺さってる薙刀は、今すぐ使うわけでもないので一先ず保留。
 とは言え、此処を発つなら、敵に使わせないためにも引き抜かねばならない。

 橙のディパックから出てきたのは、先ほどの悲劇の引き金とも言える焼夷手榴弾。
 威力の強さは、嫌と言うほど理解してるので、二人は使いたくない印象が強い。
 エシディシの時以上に残酷な趣味だが、ゲス野郎にかましてやるものとしては上質で、
 柱の男はともかく、プッチとDIOに対しては比較的通用するだろう。

「藍のは───ってぬおおおおおっ!?」

 次のディパックをてゐが確認していると、驚嘆しながら咄嗟に飛びのく。
 その余波が続いたのかのように更に後ろへ、壁際まで後ずさりし、やがてぶつかる。
 結構痛そうな音を出していたが、今はそれを感じてる場合ではなかった。

「なんだぁ? びっくり箱でもあったのかぁ〜?」

 ビビったてゐににジョセフはやけながら藍のディパックに手を突っ込む。
 髪の毛のような奇妙な感触を感じながら掴んで引っ張り出し、それを見た瞬間、

「───うおおおおおっ!?」

 『それ』には申し訳ないと思いつつも、投げるように手放し、同じように飛びのいて、距離を取る。
 投げられたそれは僅かに跳ねた後、床を軽く転がって、やがて止まる。
 藍が『これ』を持ってきているとは、てゐはともかく、ジョセフは予想していた。
 しかし、あの激戦のせいで、完全にこの存在を忘れてしまった。

 出てきたものは───誰かの首。
 彼等は知らないが、宮古芳香と呼ばれた者の首である。

「す、すっかり忘れてたぜ・・・・・・あるって思ってたのによぉ〜〜〜〜。」

「他にも首は・・・・・・ない、か。」

 そっとディパックの中をのぞいてみるも、
 同じように首が入っているというわけではなかった。
 基本支給品は入っていたものの、死体の首と一緒に入っていた支給品。
 しかも、藍は紙に首が入ると知らなかった以上、紙にいれていない。
 故に、首から流れた血がディパックや支給品に染み込み、異臭が結構酷い。
 使いたいと言う気は起きず、芳香の首は投げ捨てたことを謝りつつ、霖之助の側の椅子に置く。
 シュトロハイムのも特にめぼしいのはなく・・・・・・と言うよりめ、ぼしい物は既にくすねた。
 彼のディパックから蓬莱の薬をくすねたからこそ、あのギャンブルが成立していたのだが。
 残るは霖之助のディパックのみ。此方も基本支給品があり、そして───

「持ってるって言ってたなぁ、そういえば。」

 出てきた一枚のディスクを見て、てゐがまじまじと眺める。
 自分が持っていたディスクと、殆ど変わりはしない円盤。
 けれども、彼自身がスタンドディスクと言っていたものだ。
 スタンドディスクであるのは間違いないだろう。

「何だそりゃ? どっかで見たような、ないような・・・・・・」

 ホワイトスネイクにディスクを抜かれた時の記憶はあるにはある。
 だが、殆ど昏睡状態だったので、おぼろげな記憶しかない。

「これ? 頭に突っ込めばスタンドが使えるようになる奴。
 アンタが戦ってた聖職者いたじゃん。あいつの傍に立ってた奴も多分スタンドだよ。」

「ああ、あの時の円盤か。あれスタンドって言うのか・・・・・・んで、スタンドってなんだ?」

「って、知らなかったのね。」


735 : ◆EPyDv9DKJs :2017/07/16(日) 16:18:46 6DCXY5dA0
 プッチと戦ってた時、ジョセフはある程度互角に戦っており、
 てっきりスタンドのことは理解しているものだと思っていた。
 故にてゐは先ほどの情報交換で、スタンドディスクについては特に説明していない。

「といっても、私も殆ど分かってないよ。自分の精神が形になった存在って聞いた。」

 最初にブチャラティと出会った時も、
 大した説明は受けているわけではない。
 ドラゴンズ・ドリームは自我(と別の誰かの意志の残滓)を確立しているが、
 かといってスタンドの基本を説明をしてくれるわけでもなく。

「とりあえず、誰でもスタンドが使えるアイテムって事。
 もう少し細かい情報交換もしたいけど、試しに使ってみる?
 これを額に文字通り突っ込むだけで、スタンドは出すことが出来るから。」

 てゐにはすでにドラゴンズ・ドリームがある。
 他のスタンドを使いこなせる自信もないので、ジョセフに投げるように渡す。

 使えば間違いなく混沌を齎すスタンド『サバイバー』が入ったディスク。
 嫌な予感がしたから霖之助が避けていた、なんてことを彼等が知るはずがない。
 地雷前提のため、スタンドの細かい説明書の類すらないのでは、使わない理由がなく。

「そうだな、試しに使ってみるか。」

 ディスクを入れた瞬間、全てが手遅れとなるスタンドなどと知らず、
 ジョセフは遠足を前にはしゃぐ子供のように楽しみにしながら、
 ディスクを頭にはめ込む───





「って待てよ?」

 ───寸前、ジョセフの手が止まる。

「あの眼鏡の兄ちゃん、戦えたのか?」

「へ? どうしたのさ、急に。」

「いやね、考えてみたらスタンドが身につくってことは、
 プッチの野郎を思い出すと、分身を作るようなもんだろ?
 つまりだ、単純に言って一人で二人の戦力になれるってこった。
 なら、普通は使うのが当然じゃあないのか? 何で態々ディパック眠ってるんだ?
 んで最初に考えたのが、眼鏡の兄ちゃんはこれを必要としないぐらい強かったか、だ。」

 戦いが避けられない以上、自衛できるものなら装備するに越したことはない。
 特に、自分が弱いと認識しながら主催者へ出来る限り抗っていた彼が、
 生き残るために使うか、誰かに渡して使わせるのが、普通の見解になる。
 自分に装備する時間も、誰かに渡しておくぐらいの時間はあったはずだ。
 けれど装備せず、誰かに渡すこともしないまま放置する理由とは何か。
 ジョセフはそれを考えていた。

「いんにゃ、あの店主はからっきしだよ。
 戦うなんて無理無理。この殺し合いで最下位狙えるよ。」

 危険地帯に足を運ぶなんて無茶な事をしているが、
 能力も、本人の身体スペックも常人とさほど変わらない。
 あるとすればその能力と知識の豊富さによる、頭の回転の早さだろう。

「じゃあ、こいつを使わなかった理由が別になるのか。
 なんでこれを使わなかったのか・・・・・・大体三つになるな。
 頭に入れる事を知らなかったか、使えないスタンドか、使う場面が来なかったか。」

 いずれにしても、チルノと対峙した時にはったりでやりすごす理由にもなりえる。
 これだけでは、ディパックに入っていた答えにはたどり着かない。

「あの店主は見ただけで道具の名前と用途が分かる能力があるけど、あくまで用途。
 例えば、これで言えばスタンドを得るディスクって説明が出るかもしれないけど、
 『頭に挿し込む事で』って言う部分は分からないんだよね・・・・・・あ、説明書入ってた。」

 ディパックを漁れば、普通に使い方を記された紙きれが出てくる。
 道具の用途はわかれど、使用方法が分からない能力でも、
 これなら使用することは出来るだろう。

「これが頭に挿すものだって分かってて使わなかったか・・・・・・」

 残るは二つ。使えないスタンドか使う場面がなかったか。
 前者は単純にして明快、後者は戦闘において不向きなスタンドであったのかもしれない。

「あー、考察してるところ、悪いんだけどさ。」

 考えているジョセフへ、ばつが悪そうにてゐが手を挙げる。

「何だ?」

「あいつ、スタンドが何か知らなかったっぽいよ?」

『僕の支給品は『スタンドDISC』なる物と『賽子』の3つセットだ。
 正直どう扱った物か、使いあぐねている。『スタンド』などと言われてもまるで意味が分からないしね。』


736 : ◆EPyDv9DKJs :2017/07/16(日) 16:21:03 6DCXY5dA0

 支給品を開示したあの時、彼はそう言った。
 スタンドと言う単語は知っていたようではあるが、
 同時に、スタンドが何かを理解しているわけでもなかった。
 てゐはブチャラティと出会ったからこそ、スタンドに理解があったようなものだ。
 二人が出会ったスタンド使いは他にはプッチだけで、プッチも説明はしていない。
 てゐだけが唯一スタンドを知っていたことになるが、彼の前では口にしておらず、
 霖之助の口ぶりからも、スタンド使いとも出会っていない。となると、
 彼がスタンドが何かを知る機会は、恐らく一度もなかった事になる。
 もしかしたら香霖堂へ行く間に誰かと出会えていたかもしれないが、
 彼がこの道具を使ってないところを見るに、その可能性は低いだろう。

「え、そうなの?」

「と言うわけで、ディスクがあるのはそういうこと。
 ってか、それを気にして今更どうなるっての、ジョジョ。」

「ま、それもそうだな。なんにしても頭に入れちまえば答えは出るってことだな。」

 ある意味、ジョセフの言うことは正しい。
 入れてみればどんなスタンドかは操作すれば分かる。
 鬼が出るか蛇が出るか、ジョセフはそのディスクを───





 放送を聞きながらも、トラサルディーへと向かう永琳。
 死者は十八人と多数ではあるが、余り思うところはなかった。
 確かにシュトロハイムは死亡してしまった。協力者が減ったのは痛い。
 けれど、彼女の目的はあくまで永遠亭のメンバーの脱出である。
 『残念ね』程度にしか思わず、優曇華が襲った藍の脱落を気にしたぐらいか。
 どちらかといえば、生存者についての方が思うところは多い。
 殺したと妹紅が言った輝夜含めて、永遠亭の者は呼ばれていない。
 輝夜は殺したと言った妹紅の戯言は気にせずとも、身を案じる以上安堵の息を吐く。
 妹紅は禁止エリアによる自滅を回避し、柱の男も四人とも生存している。
 厄介な敵は揃い踏みだが、接触を考えているDIOも生存しているようなので、
 特に支障をきたすような状況ではない。

 幸い、伝言要因としてはリンゴォがまだ生きている。
 てゐや輝夜に会えていれば幸運と思いながら、
 川沿いに走り続け───あるものを見つけた。

 川の近く、禁止エリアへ向かう時にはなかった死体を見つける。
 誰と認識できるかも怪しい、全身焼け爛れた姿は常人なら目を背けるものだ。
 医者である以上死体も見てきた、惨い死体でも、目を背ける事もなく直視することは出来た。

 たかがギャンブル、されど壮絶な戦いを経た末に死亡した、八雲藍の死体。
 優曇華から八雲藍の情報は聞いてこそはいるが、これでは彼女だと認識は無理だ。
 今後、何かしらで更に死体が必要になっても、損傷が激し過ぎてサンプルには不向き。
 支給品があれば回収したかったが、周囲にはない。なので放っておこうとは思ったが、
 力尽きた死体なのに、なぜか腰が少し浮いた状態で曲がっており、永琳は死体を仰向けにする。

「これは・・・・・・腕?」

 仰向けにすれば、死体に鉄製の腕が突き刺さっていた。
 それが突っかかっていたことにより、僅かに腰が曲がっていただけだ。
 香霖堂での戦いでシュトロハイムが飛ばした、鉄製の右腕。

 使いにくいが鈍器や防具、或いは義手としての運用が可能だろう。
 彼女は医者だ、義手による手術も設備があれば出来なくはない。
 ・・・・・・もっとも、この腕が義手としての機能を果たせるかは疑問だが。
 持ち運ぶのにも特に困らないので、死体から引き抜き、それを紙にしまう。

 少し時間は費やしたものの、目的地は殆ど目と鼻の先のようなものだ。
 トラサルディーまでもうすぐの所。香霖堂から漏れる灯りを見つける。
 空は暗雲により暗く、灯りは陽が沈んだ夜間のように、よく目立つ。
 明らかに人がいると知らせており、無用心極まりない感想を抱いた。
 なので、あれは誘蛾灯、もとい罠と言う可能性が極めて高い。
 傘を閉じて、静かに窓から軽く顔をのぞかせ、内部の様子を探る。
 危険人物ならば逃げる。そうでなければ接触を図る。ただそれだけだ。
 数分の時間と、雨に濡れるぐらいの損失ならば、特に気にはしない。

「す、すっかり忘れてたぜ・・・・・・あるって思ってたのによぉ〜〜〜〜。」

「他にも首は・・・・・・ない、か。」

 中を覗けば、出会った参加者から名前すら挙がらなかったてゐが、背丈が高い男と一緒にいた。
 同時に、今しがた死亡と分かったシュトロハイムが仁王立ちで薙刀に貫かれ、
 他にも死体と、死体か分からない参加者も近くにいる。

(この光景は、どっちなのかしら。)


737 : ◆EPyDv9DKJs :2017/07/16(日) 16:21:55 6DCXY5dA0

 永琳は考えた。
 てゐ達は乗っているのか。てゐ達が身を護った結果、こうなったのか。
 てゐ達が来る頃にはこの店は既にこうなってたのか。加害者、被害者、第三者。
 推測は無数、しかし全てにおいて確実性にかけていて、情報が足りなさ過ぎる。
 此処で何がおきたのかをある程度把握しなければ、今入るのは愚行と言うもの。
 また、男もシュトロハイムの言うジョセフ・ジョースターの挙げた特徴に近いが、
 今のところ確信は持てない。まだグレーの段階として、永琳は警戒を続ける。

「って待てよ?」

「あの眼鏡の兄ちゃん、戦えたのか?」

「へ? どうしたのさ、急に。」

 再び顔を覗かせれば、誰かの話をしている。
 てゐは何時も通りで、妹紅と違って未だ正常のようだ。
 けれど、どこか逞しいというか、精悍な顔つきに感じる。
 以前の彼女ならば、そういう表情は見受けられなかった。
 『未来』の彼女なのか、それともこの殺し合いで成長したのか。

「え、そうなの?」

「と言うわけで、ディスクがあるのはそういうことだよ。
 ってか、それを気にして今更どうなるっての、ジョジョ。」

 ジョジョ───ジョセフ・ジョースターのあだ名と聞いている。
 シュトロハイムが言っていたジョジョと言うのは、彼で間違いないだろう。
 けれど、まだ接触しない。彼は安心できる人物と、断言するのにはまだ早い。
 優曇華が乗らないと思っていた藍に襲われ、彼女も乗っていないと思っていた妹紅に襲われた。
 この極限の状況下では、人は短時間で見違えて変化する。良い意味でも、悪い意味でも。
 思い込みはしない。思い込むのは何よりも恐ろしい。

「ま、それもそうだな。なんにしても頭に入れちまえば答えは出るよな。」

 妹紅のような事態には陥ってはなさそうだ。てゐとの会話も、スムーズに進んでいる。
 声をかける分には安全だ。てゐの仲介もあれば、敵ではないことは示せるはず。
 問題は、まだこの惨状の元凶かどうかがいまいち分かっていない事だ。
 時間軸のズレもあいまって、知己でも口論や何かしらの問題が起きかねない。
 完全なシロとは言い切れない現状、確信を持つ手段を画策していると───





「ところで、アンタは何時まで俺達を見てるつもりだ?
 まさか隙が出来るまでずぅ〜〜〜〜っと壁に張り付いてるのか?」

 頭に円盤状のものを突っ込もうとした寸前、
 男が視線を窓───すなわち、彼女へ向けなら言葉を紡ぐ。


738 : ◆EPyDv9DKJs :2017/07/16(日) 16:22:28 6DCXY5dA0
(!?)

「え、誰かいるの? ってかなんでいるって分かるの?」

 てゐは全く気づいてなく、焦った表情でジョセフの視線の先の窓へ視線を向けた。
 別に、永琳は隠密行動に長けているわけではないが、かといってしくじった覚えもない。
 答えは、永琳やてゐの知識の外にあるものだ。

「ヒヒ、ちょっとした波紋の応用ね。」

 ジョセフはスタンドについて殆ど知らないが、てゐもまた波紋について殆ど知らない。
 二人からはデイバッグに隠れて見えないが、ジョセフの左手にはペットボトルの水が渦を巻いている。
 波紋によるレーダーを用いて、少し前から誰かが隠れていることには気がついていた。
 ただ、首の件で呼吸が乱れて機能を失い、気づく事が出来たのは、ディスクを挿し込む寸前。
 ディスクを入れた時どうなるかは分からない。もしかしたら一瞬だが視界が見えなくなるとか、
 そういう一瞬でも何かしらの隙が出来たらまずい。故に、その寸前に適当な雑談に興じた。
 無論、相手に悟られないように突拍子もない話ではなく、今までの話に繋がるような内容で。
 適当に話をして、様子を伺う。誰かいることは分かったが、敵なのか味方までは分からない。
 敵ならば隙を突くだろうと、ディスクを入れる素振りを二度も見せたが、まだ出てこない。
 味方だとしても、この死屍累々の状況を誤解してもおかしくはなく、下手に刺激も出来なかった。
 けれど、いつまでも放って置くわけにも行かないので、ジョセフは声を掛ける。

(敵意はなさそうだし、素直に従った方がいいわね。)

 見つかってる以上、隠れるだけ無駄と言うもの。
 警告してくる以上、乗っている可能性もないだろう。
 無駄に長引かせては余計に疑われてはかなわないので、
 素直に近くの玄関から姿を見せる。

「あ、お師匠様!!」

 半日と言う、長い年月を生きるてゐにとって、瞬きに過ぎないような時間。
 余りにも短い時間のはずが、何十年ぶりに再会する友人のような気分を感じた。
 やっと会えた永遠亭のメンバーにてゐは駆け寄るも、

「感動してるところ悪いのだけど、拭くものってないかしら。」

 聞き耳立てるために傘はしまったので、永琳はいまやずぶぬれである。
 足元に水溜りは当然で、今も髪やら手やら、雫は絶え間なく落ちていく。

「りょ、了解!」

 普段の関係を忘れることはなく、てゐは足早に店を散策する。
 話には聞いていたが、上司と部下と言う立場は想像がつかず、
 今のてゐの行動に、ジョセフは唖然としてしまう。

「シュトロハイムから聞いているわ、ジョセフ・ジョースター。
 この文字通りの死屍累々の状況の説明、してもらえるかしら?」

「あ、ああ。わかった・・・・・・」

 唖然としているところ、すぐに現実に引き戻され、
 二人はテーブルについて説明を始めた。



 青年会話中......



「てゐが生きてるのは、貴方達のお陰なのね・・・・・・礼を言うわ。」

 てゐが持ってきたタオルで顔を拭きながら、永琳は言葉を紡ぐ。
 仲間との脱出こそ最優先で、他人が脱落しても構わない考えだが、
 だからといって、身内を助けられた者へ礼が言えない人物ではない。
 この場にいた者達のお陰で、てゐは今もこうして生きていられる。
 その事については、彼女は本心からジョセフへ、死者に感謝している。


739 : ◆EPyDv9DKJs :2017/07/16(日) 16:23:39 6DCXY5dA0
(シュトロハイムの右腕が刺さっていたのは、その八雲藍か。)

 窓の位置で分かりにくかったが、シュトロハイムの右腕はない。
 先ほど拾ったのも右腕で、右腕が彼ので、先の死体が八雲藍なのはおおよそ察した。
 けれど、それらは大した問題ではない。ただの一つの過程を知ったに過ぎない。

(それよりも、問題なのは───彼等。)

 一方で、二人の目的であるこの異変の解決は、彼女を悩ませた。
 脱出優先であることから、そのことについては賛成ではある。
 だが、異変解決の荒木と太田の打倒は、能力を奪う機会が失われるかもしれない。
 或いは、能力の奪う手段を確立する前に解決されて、終わってしまうのではないか。
 現在は何にも至ってない白紙の計画ではある以上、気にするほどではないとは思うが、
 それは此方も同じ事で、爆弾のことについても余り調べきれていない。
 どうするか。穏やかな表情ではあるものの、内心は少し焦っている。

「お師匠様の動きは何時も通りって感じだね。ほい、ジョジョも。」

 タオルの他にもお茶を出しながら、てゐは言う。
 戦力よりも人脈や情報収集を優先。厄介な相手はいたが、
 誰かしらと出会っても激戦に至る事はなく、やり過ごす。
 月の頭脳と謳われた彼女らしい立ち回りは、流石と言うべきだ。
 ・・・・・・無論、実験の為に色々やったことはある程度伏せているが。

「おう、サンキューな・・・・・・って何だこれ?」

「何って、お茶だけど? ああ、ジョジョって紅茶派?」

「ああ、お茶ね・・・・・・ってゴミ入ってるじゃあねえか!」

「茶柱だアホ! 寧ろ立ってたら良いことあるんだよ!」

 ギャーギャー騒ぐ二人を見ながら、思索をめぐらせる。
 もしも、トントン拍子で異変を解決されてしまえば、目的は達成できない。
 かといって中止させたり、妨害させるのも難しい。やりすぎれば乗っていると疑われるし、
 何より、相手は脱出させたいてゐだ。てゐを死なせないように補佐しながらも、
 異変解決もすぐにはさせないが、それでも解決を目指し、荒木と太田から能力の奪取。
 凄まじい難題だ。輝夜の難題の一つにでも組み込まれても良いのではないかと思えるほどに。
 そう考えていると、視界の隅に映る、一人の参加者だった存在。

「そういえば、あの首だけど・・・・・・」

 永琳が視線を向けるは、霖之助の隣の椅子に置かれた、芳香の首。

「あれか? あれは藍が持ってた奴だが・・・・・・知り合い、だったのか?」

 先ほどの放送で呼ばれた名前と、
 妹紅が呟いていた人物の名前が一致し、
 なおかつ破いた写真に写っていた少女。、

「いえ、知らないわ。さっきの話で出てこなかったから聞いただけよ。」

 けれど、別に関係ない事だ。
 妹紅を戻したいと思うつもりはなく、『アレ』は最早手遅れだ。
 彼女がどういう人物だったか知った所で、なんら意味はない。
 自分にとっては、知己でもなんでもないのだから。

「さて、と。ひと段落着いたところで・・・・・・」

 話も一通り終わり、ジョセフは机に置いたディスクを手にする。


740 : ◆EPyDv9DKJs :2017/07/16(日) 16:24:58 6DCXY5dA0

「それにしても、そういう手段で得られるのもあるのね。
 スタンドについてはリンゴォから聞いてはいたけれど。」

「今度は邪魔がないように、確認してと。」

 いい加減使ってみようと、波紋探知機でも人数はこの場にいる者の数だけ。
 誰からも妨害はされることはないはずだ。

「それを終えたら、トラサルディーに向かっても良いかしら?
 輝夜が待っているかもしれないから。」

「おう、分かったぜ。」

 今度こそ額へディスクを運ぶ。
 そしてディスクを挿し込み、悲劇を───










「ん?」

「え?」

「へ?」

 ───招かなかった。
 まだ、ジョセフの額にディスクは入っていなかった。
 挿し込む寸前に、三人はあるものに気づき、声を上げて止まった。
 声を上げた理由は───音だ。静かにうなり声を上げる、機械音。
 三人が音の元凶となる場所へ視線を向け、視線の先にあるものは───



 パソコン。
 デスクトップのタイプの、白を基調とした古めのパソコン。
 何もしていないのに勝手に起動し、音を立てながら立ち上がる。

「何だぁ? このテレビみてーな箱は。」

 パソコンなんてジョセフの時代には存在しない。
 だから、テレビのような物体としたものとしか認識できなかった。

「店主がいつか言ってた式神だね。操作方法知らないけど。」

 てゐは何度か通った以上、これが何かは聞き及んでいる。
 もっとも、店主自体がこれの用途は分かってただけで、
 使い方を分かっていたかは、今となっては分からないが。

 起動し、質素な緑だけの背景の画面へと切り替わる。
 スタート画面やら何やらも後を追って出てくるが、
 二人には使い方が分からないので、あぐねてしまう。
 
「これ、私が操作しても良いかしら?」

 とは言え、此処で悩んでも仕方がない。
 悩む二人をよそに、永琳がパソコンの前の椅子へと座る。

「アンタ、こいつが何かわかるのか?」

「分からないけれど、なんとなくは分かるわ。」

 医者であるが故に、機械にも多少の心得はある。
 あくまで多少レベルであって、パソコン自体操作したことはないので、ほぼ直感だ。
 けれど、二人よりかは間違った行動もしないだろう。

「俺達じゃあ出来るわけでもねえし、任せるぜ。」

 自分達が特に出来ることもないので、操作は永琳に任された。
 マウスを、カーソルを動かしてパソコンの画面内を動く。
 ジョセフもてゐも、パソコンと言うものが分かってないので、
 物珍しげに永琳が操作しているところを画面を見つめる。
 『まるで子供みたい』と、微笑を浮かべながら、永琳はパソコンを操作する。
 デスクトップのショートカットアイコンがあったのは、メールボックス。
 スタート画面を押すと、幾つか項目は出てくるも、どれを指してるか分かりにくい。
 外的要因で電源がついたものだ。恐らくは目立つ存在に何かしらあるのだろう。
 目立つといえば、ショートカットアイコンが唯一存在する、メールボックス。
 カーソルを合わせクリックするも、右でクリックしたことで更に項目が確認され、
 余計にどれを選べば良いかわからなくなったが、今度は左クリックでメールボックス押す。
 右クリックで出てきた項目は消え、メールボックスが開かれる。
 メールボックスを開けば、案の定メールが一件入っている。
 タイトルは───






『ジョセフ・ジョースターへ。太田、といえば分かるよね?』


741 : ◆EPyDv9DKJs :2017/07/16(日) 16:26:57 6DCXY5dA0
【D-4 香霖堂/真昼】

【ジョセフ・ジョースター@第2部 戦闘潮流】
[状態]:精神消耗(大)、胸部と背中の銃創箇所に火傷(完全止血&手当済み)、てゐの幸運
[装備]:アリスの魔法人形×3、金属バット
[道具]:基本支給品、毛糸玉、綿、植物油、果物ナイフ(人形に装備)、小麦粉、三つ葉のクローバー、香霖堂の銭×12、スタンドDI

SC「サバイバー」
[思考・状況]
基本行動方針:相棒と共に異変を解決する。
1:太田!? ってか、俺を名指し!?
2:こいしもチルノも救えなかった・・・・・・俺に出来るのは、DIOとプッチもブッ飛ばすしかねぇッ!
3:シーザーの仇も取りたい。そいつもブッ飛ばすッ!
[備考]
※参戦時期はカーズを溶岩に突っ込んだ所です
※東方家から毛糸玉、綿、植物油、果物ナイフなど、様々な日用品を調達しました。この他にもまだ色々くすねているかもしれません。
※因幡てゐから最大限の祝福を受けました。
※永琳、てゐと情報交換しました

【因幡てゐ@東方永夜抄】
[状態]:黄金の精神、精神消耗(大)、頭強打
[装備]:閃光手榴弾×1、スタンドDISC「ドラゴンズ・ドリーム」
[道具]:ジャンクスタンドDISCセット1、蓬莱の薬、基本支給品、他(コンビニで手に入る物品少量)
[思考・状況]
基本行動方針:相棒と共に異変を解決する。
1:太田!?
2:暇が出来たら、コロッセオの真実の口の仕掛けを調べに行く
3:柱の男は素直にジョジョに任せよう、私には無理だ
[備考]
※参戦時期は少なくとも星蓮船終了以降です(バイクの件はあくまで噂)
※制限の度合いは後の書き手さんにお任せします。
※蓬莱の薬には永琳がつけた目盛りがあります
※永琳、ジョセフと情報交換しました


742 : ◆EPyDv9DKJs :2017/07/16(日) 16:27:30 6DCXY5dA0
(まさか、太田が直接接触してくるなんて・・・・・・!)

 流石に予想外だった。
 こんなにも早く、しかも向こうからの接触。
 (もっとも、主催者と関わりのある人間は既に複数いるのだが。)
 これからどうするか悩んでいた矢先にこれだ。
 しかも、異変解決に臨むジョセフを名指ししている。
 話を切り上げて、トラサルディーは向かってる場合ではなくなった。
 太田は一体、何をするのか、それは月の頭脳をもってしても分からない。
 分かることは一つ。彼女の目的は───輝夜の難題を超えるであろう難題ということだけ。

【八意永琳@東方永夜抄】
[状態]:精神的疲労(小)、かなり濡れている(タオルで拭いてる)
[装備]:ミスタの拳銃(5/6)@ジョジョ第5部、携帯電話、雨傘、タオル@現地調達
[道具]:ミスタの拳銃予備弾薬(残り15発)、DIOのノート@ジョジョ第6部、永琳の実験メモ、幽谷響子とアリス・マーガトロイド

の死体、永遠亭で回収した医療道具、基本支給品×3(永琳、芳香、幽々子)、カメラの予備フィルム5パック、シュトロハイムの鉄製右

腕@第2部
[思考・状況]
基本行動方針:輝夜、ウドンゲ、てゐと一応自分自身の生還と、主催の能力の奪取。
       他参加者の生命やゲームの早期破壊は優先しない。
       表面上は穏健な対主催を装う。
1:・・・・・・どうする?
2:レストラン・トラサルディーに移動
3:輝夜の捜索、一応リサリサの捜索
4:しばらく経ったら、ウドンゲに謝る
5:柱の男や未知の能力、特にスタンドを警戒。八雲紫、藤原妹紅に警戒。
6:情報収集、およびアイテム収集をする
7:計画や行動に支障が出ない範囲でシュトロハイムの事へ協力する
8:リンゴォへの嫌悪感
[備考]
※参戦時期は永夜異変中、自機組対面前です。
※シュトロハイムからジョセフ、シーザー、リサリサ、スピードワゴン、柱の男達の情報を得ました
※『現在の』幻想郷の仕組みについて、鈴仙から大まかな説明を受けました。鈴仙との時間軸のズレを把握しました
※制限は掛けられていますが、その度合いは不明です
※『広瀬康一の家』の電話番号を知りました
※DIOのノートにより、DIOの人柄、目的、能力などを大まかに知りました。現在読み進めている途中です
※『妹紅と芳香の写真』が、『妹紅の写真』、『芳香の写真』の二組に破かれ会場のどこかに飛んでいきました
※リンゴォから大まかにスタンドの事は聞きました
※てゐ、ジョセフと情報交換しました

○永琳の実験メモ
 禁止エリアに赴き、実験動物(モルモット)を放置。
 →その後、モルモットは回収。レストラン・トラサルディーへ向かう。
 →放送を迎えた後、その内容に応じてその後の対応を考える。
 →仲間と今後の行動を話し合い、問題が出たらその都度、適応に処理していく。
 →はたてへの連絡。主催者と通じているかどうかを何とか聞き出す。
 →主催が参加者の動向を見張る方法を見極めても見極めなくても、それに応じてこちらも細心の注意を払いながら行動。
 →『魂を取り出す方法』の調査(DIOと接触?)
 →爆弾の無効化。

※テーブルに橙、シュトロハイム、霖之助、藍のディパック(中は全員基本支給品のみ)、賽子×3、トランプセット(JOKERのみト

リックカード)、マジックペン、焼夷手榴弾×2、飲みかけの茶が入った湯飲み(ジョセフのだけ茶柱)@現地調達が置かれています
 店内に橙の死体、霖之助の死体、秦こころの薙刀が突き刺さったまま仁王立ちのシュトロハイムの死体があります
 また、霖之助の側の椅子に宮古芳香の首が鎮座してます
 川の近くに藍の死体があります


743 : ◆EPyDv9DKJs :2017/07/16(日) 16:28:30 6DCXY5dA0
以上で『天よりの糸』の投下を終了します


744 : 名無しさん :2017/07/16(日) 17:24:00 Kax1nDhE0
投下乙です
ジョセフと言えば墜落だけどここじゃ毒盛られた経験のが多いってのは笑う…wなあに、かえって免疫がつく
茶柱立ってるのにブーたれてバカしてるのを見てると何とかやっていけそうで少し安心だ
考察班のえーりんが主催のメッセージを掴めるのはデカいか……?


745 : 名無しさん :2017/07/16(日) 21:07:22 myyv4dvA0
投下乙です
サバイバーが入りそうで入らないコント感には笑う


746 : 名無しさん :2017/07/19(水) 00:05:26 WJacuJm.0
投下乙です!
このタイミングで主催からのコンタクトとは……一体どうなるのやら
永琳と合流したことでてゐがどういう立ち位置になるのか少し心配。永琳とジョセフ、両方ともてゐにとって「信頼できる相手」だからこそ余計に。


747 : ◆qSXL3X4ics :2017/07/21(金) 21:18:59 73DlyM/M0
すみません予約を破棄します…


748 : ◆qSXL3X4ics :2017/09/08(金) 22:50:19 FpkCbW2o0
ゲリラ投下します


749 : ◆qSXL3X4ics :2017/09/08(金) 22:55:00 FpkCbW2o0
『霧雨魔理沙』
【真昼】E-4 命蓮寺 本堂


「なあ……徐倫」

「なによ魔理沙」

「こんな時になんだけど……いや、こんな時だからかもしれんな」

「だからなによ」

「お前の親父さん……あー、父親についての話、とか、訊かれたりするのは嫌か?」

「……別に、嫌じゃないけど」


センチメンタルになったから、とかじゃない。
気まずい空気になったから、とかでもない。
空条徐倫という人間の事を、私はもう少しだけ詳しく知りたかったからだ。
コイツの境遇とか、目的とか、仲間とか敵とか、そういう話は既に聞いている。
肝心なのは、コイツがあんなにも我武者羅になって助けた父親───『家族』のことをどう思っているか、だった。
鈴仙の奴から感化されたわけじゃあないんだが、この数時間を共にしてきた以上、ちょっぴり気になってきたんだ。


いや、悪ィ……嘘かもしれん。やっぱり、センチだな。今の私は……
駄目だ……何か話してないと、頭の中がグルグル回って気持ち悪い。
これまで以上に気分の優れない感情の捌け口が見つからず、救いを求めるようにして私は徐倫に父親の事を訊いた。

本当の所は、どうだって良かったかもしれない。
ただ、私たちの後ろで二人して寝かし付けている霊夢と徐倫の親父さん。
こいつらを見て、何気なく疑問に思っただけなんだ。
徐倫は父親の事を、一体どう思ってんだろ……ってな。
会話の内容なんてのは、実際の所どうでも良かった。



───香霖……霖之助が死んじまったなんていう、馬鹿馬鹿しい放送内容なんざ聴いた後には、何もかもどうでも良くなってしまう。



「空条承太郎……あたしの父さんは………………」



そこで徐倫は口をつぐんだ。なにやらハッとしたような表情で、随分と間抜けなツラを晒している。

「どうした?」

「いや……そういやあたし、親父のこと何にも知らねーなって思っちゃってさ」

恥ずかしげに、または申し訳なさそうにも。
そんな微妙な顔を作って徐倫は、後ろで寝かせる親父さんを振り返った。

「そんなの……私だって似たようなモンさ」

「つってもさぁー……まあ、あたしぐらいの年齢の女なんてどこもそんな感じかもしれないわね」

「少なくともお前は父親を助けたくて、今まで頑張ってきたんだろ? だったら何も恥じることないだろ」

「…………そうかなぁ」

頭をポリポリと掻きながら徐倫は小さくぼやき、しばらく言葉を溜めてからようやっと語り始めた。



「…………そうねえ。あたしの父さん───空条承太郎は、多分……『特別』な人間だったんじゃないかと思うわ」



雨足の弱まっていく曇天を眺めながら、私たちは命蓮寺の堂内でただただ会話を続けた。
二度目の放送によってポッカリ空いた心のスキマを、無心で埋めるように……ひたすらと。


750 : ◆qSXL3X4ics :2017/09/08(金) 22:56:17 FpkCbW2o0



















 ジョジョ×東方バトルロワイヤル 第168話

    「星屑の巡り 絆げ靈夢の紅蒼詩」
      ――『絆』は『約束』――




           ★


降り積もった刻は、雪解け水のように煌きを反射させ、静かに……粛粛と流れ出す。
時間は決してその場に留まることなく、ゆっくりとだが……清流が如く深深と。


      少しずつ……
            少しずつ……





「だから……俺は別に『特別』なんかじゃねー。そんな風に持ち上げられるのは嫌いだし、不快だ」



抗えぬ力。有無を言わせぬ悪意。
決定的な敗北により身を屈し、鼓動を止められた。

DIOとDio。
二人の帝王の凶手に掛かり、“光”は潰えた。
けれどもその精神は決して屈さず。悪を穿つ黄金の精神こそが、最後の灯火の光。


空条承太郎。
男は、普段と変わらぬぞんざいな口調で、彼女への返答を空に投げた。



「と、とにかく! 絶っ対に『特別』な人間なのよアンタは。私と同じくらいにね」



博麗霊夢。
女は、普段とは少し様相の異なる口振りで、空に投げられた彼の返答を強引に拾って、また投げつける。


「……なんなんだ、そのワケのわからねー自信は」

「ん〜〜〜…………勘、だけど」

「くだらねー」


くだらない。
実にくだらないと断ぜられるような、ただのお喋り。何ということもない、満月の下での会話だった。






▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


751 : 星屑の巡り 絆げ靈夢の紅蒼詩 ――『絆』は『約束』―― :2017/09/08(金) 22:59:56 FpkCbW2o0
『博麗霊夢』
【深夜】 博麗神社 縁側


夢は無意識からのメッセージ。
起きている間は、意識や理性によって抑えられている「その人の本音」を映しだす鏡でもある。
また、夢を探ることで自分の本音と向き合うことが出来る。
しかし、夢は無意識が支配する世界なので論理性はなく、何が言いたいのかわからない場合も多い。


「もう随分永く、夢の中でくっ喋ってる気がするわ」

「どこがだ。平均睡眠時間より断然短ェだろ」

「魂が感じる体感時間のことよ。私もアンタも、もうずっとこの夢から醒めずにいる」

「……情けねえこったぜ。二人揃って夢の中とはな」

「ほんっと情けない。あンのトカゲ男と態度デカイ吸血鬼……目覚めたら次こそ退治よ退治。コテンパンにしてやる」


無数に煌く星々の光条に照らされた、虫の音に囲まれたこの舞台。此の地を、博麗神社という。
その縁側に座って(承太郎は態度悪く寝転がってるが)二人は揃って夜空を見上げていた。
素朴な木の匂いを漂わせる新築の板敷きの上には、霊夢の愛好する日本茶と煎餅が、平穏な時間を象徴するようにお盆に載せてある。
霊夢の湯呑みの中は既に空だったが、少女は馴れた手つきで隣に置かれた急須からやや激しく、新たなる茶を注いだ。
仄かな湯気と和を彩る香りが、二人の鼻腔を柔らかく蕩けさせる。
お茶請けに用意した胡麻煎餅を荒々しく、一口だけ齧る。夜の博麗に響いた気持ちの良い咀嚼音が、楽しげな食感となって耳に通じていく。

「飲まないの? せっかく美味しい胡麻煎餅も用意したのに」

「ん……いや、あんま食欲もねえしな」

「そう……? じゃ、私が貰っちゃお」

ラッキーとばかりに霊夢は、承太郎に出した皿と湯呑みへ腕を伸ばし、瞬時に自分の胃に入れた。


平穏だった。
何も無い、何も起こらない退屈な時間。
それが今の霊夢にとって、掛け替えのない何よりも幸せな時間。
もう……どれだけの時間をこうして無為に過ごしただろうか。
目を覚ますことが恐ろしくなってくる。この平穏が二度と戻っては来ない時間だと、自覚するのが怖い。

周りを見渡せば、いつもの何ら変わらない博麗神社のまま。
どこぞの迷惑天人のせいで一度は崩壊した不幸なる神社だったが、まあ紆余曲折あってこうして元ある姿を取り戻したワケだ。
何もかもが霊夢のよく知る博麗神社。この地に住まうただ一人の巫女がそう断ずるのだから、間違いなどあろう筈もない。
上を向けば、いつの間に日が沈んだのか。無数の星屑たちが存在を証明するように眩い光を放っている。


752 : 星屑の巡り 絆げ靈夢の紅蒼詩 ――『絆』は『約束』―― :2017/09/08(金) 23:01:13 FpkCbW2o0





あの紅魔郷での死闘のあと、不思議なことに霊夢は気付けば此処に立っていた。
更に不可解なことに、DIOと戦っている筈だった承太郎までもが神社の中に既に居た。
そして霊夢は、すぐさまに現状をこう認識したのだ。


───ああ……私たち、敗けたのね。


身体を顧みても、あのディエゴから受けた裂傷など欠片も見当たらない。DIOに吸われた血も、今では嘘のように全身に漲っている気がした。穢れの無い、純真だった頃の巫女である
だったら今居るこの世界はあの世か何かか……とまで考えた所で、どう見たってかの彼岸にはカスりもしない光景である。
ならばこれは夢か。いや、いつもの鄙びたこの神社こそが“本来”で、さっきまでの悪夢が文字通りの夢なのかもしれない。


(…………都合の良い妄想は止めましょう。“今”見ているこの光景は、恐らく───『霊夢』か何かってトコね)


“霊夢”───メッセージ性が強い夢のことを、特にそう呼ぶ。

霊夢とほかの夢との違いは、「鮮明に覚えている」という点。
夢は見た後すぐに忘れてしまう事も多いが、一週間経ってもその夢のことが気になるという場合は、霊夢の可能性が高いのだという。
霊夢の種類は、いつも見る夢と変わらない場合もあるが、まぶしい光や何度も同じシーンを夢に見る、亡くなった人たちが出てくるなど、不可思議な夢の場合もあるらしい。

霊夢とは、魂へのメッセージ。
正神の神々より齎される、予知夢のこと。

腐っても神に仕えるとされる巫女である“博麗霊夢”は、およそ直感的に今見るこの光景を霊夢の類だと決め付けた。
そうと分かれば、現状悪いことばかりではない。自身が夢の中に立つ自覚を得ているということは、少なくとも死んだわけではないことが分かる。
巨悪に敗北したあの後、何者かが自分らを救い出してくれたということ。
それはF・Fかもしれないし、別の誰かかもしれない。だったら事態は急くこともない。
死人同然の自分たちに、出来ることなど何一つありはしないのだから。


「……ねえ承太郎。少し座って、話でもしましょう? ここ、私ん家だから。お茶は好きかしら?」


霊夢の見ている夢に何故、承太郎が居るのか。そんな疑問など、楽園の巫女にとっては小さな些事でしかない。
夢を見ている間は、現実との区別など付かない。そういった定説も、今となっては無意味だ。
これは紛うことない『霊夢』であり、自分にも何故だかその自覚がある。だったら覚醒までの間、どう過ごそうが自分の勝手だ。


「……やれやれ」


呑気が過ぎる霊夢の言葉に、承太郎は帽子のつばを押さえながらお決まりの口癖を吐いた。


753 : 星屑の巡り 絆げ靈夢の紅蒼詩 ――『絆』は『約束』―― :2017/09/08(金) 23:02:01 FpkCbW2o0



──────

───





こうして霊夢と承太郎の止まった時は、ほんの少しずつ氷解してゆく。
思えばこのように座ってゆっくり出来る時間など、あの現実には殆ど無かった。
十六夜咲夜を殺してしまった霊夢には、魂が寛ぐ時間など許されなかった。神や仏からの許しではない。
自分が自分で、許せない。自戒のつもりか、枷を嵌めたのは自身の無意識からだった。ディエゴに敗北した一端も、無重力を失った故でもある。

だが今は。承太郎と他愛ない会話が続けられる今だけは。
霊夢にとっては本当の意味で、『素』でいられる時間なのかもしれない。元より夢とは、それが許される鏡の中の世界なのだから。
逆に言えば『現実』に居る時の霊夢は、仮面で隠された偽りの巫女なのかも、と考える。

“博麗の巫女”……それは本来、自由奔放であった博麗霊夢にとっては唯一の『重責』といえる肩書きである。

如何なるプレッシャーや圧力にも、決して屈さない無重力の精神。自由に空を飛ぶ無敵の巫女。
その『自由』こそが霊夢の持つ最強の個性であり、彼女を彼女足らしめるアイデンティティ。
幻想郷で最も『自由』であった彼女の存在は、実のところ、幻想郷では唯一の『規律』とも言えた。
言い換えるのならそれは『束縛』。
博麗霊夢の真相とは、『自由』であると同時に……法に『束縛』される存在そのものであったのだ。
それは誰から見ても矛盾である。あの霊夢が、何かに縛られる存在であったなどと認めてはいけない。

幻想郷とは、基本的に自由な國であった。
そんな土地にも勿論、法はある。砂の城のように脆いバランスを保つため、秩序という名の土壌を示す存在は絶対に必要不可欠であった。
遥か昔、当時を覚えている者が残っているかも怪しい時代。
そんな折節に、白羽の矢を立てられた者が『博麗』の名を貰う。非常に優秀な力を持つ、超俗なる者たちだった。
彼らは、彼女らは、永きに渡って博麗の名を襲名し、この幻想郷の維持に心血を注いできた。

霊夢は、孤児であった。
そんな彼女が博麗を襲名し、今に至るまで役割を全うしてこられたのは、彼女の類稀なる能力があるからに過ぎない。
異変解決。幻想郷の維持。そんな大義を何事もないように受け入れている霊夢の心の内を知る者は、皆無だ。
紫も霖之助も、魔理沙にだって。ともすれば地底のサトリ妖怪ですら見透かすことの出来ない、心の底の底。


どうして少女は、戦うのか。
それは彼女が、博麗霊夢であるから。

どうして少女は、妖怪退治を続けるのか。
それは彼女が、博麗霊夢であるから。

どうして少女は、幻想郷を守るのか。
それは彼女が、博麗霊夢であるから。

どうして少女は、自由に空を飛べるのか。
それは彼女が、博麗霊夢であるから。


誰も彼もが、少女の行いに疑問など持とうともしない。本人すらも。
博麗霊夢が博麗霊夢であるから。ただそれだけの形式的な理由で、少女は戦う。戦わされている。周囲から。世界から。自分から。
それ以外の理由など、とうに忘却の彼方であった。そこに本人の納得は必要としない。経る必要のない過程なのだ。

だからこそ霊夢は、幻想郷でただひとつの『自由』であり。
だからこそ霊夢は、幻想郷でただひとつの『規律』である。

幻想郷で唯一、博麗の者だけが規律を持つのだ。
紅白の巫女服は、その象徴たる制服。幻想郷の東端からこの空を見つめつつ、茶を飲むことを日課とし。
己に課せられた使命に何一つ疑いを持つことなく、今日も彼女は空を飛ぶ。


博麗霊夢という少女は、幻想郷で最も『特別』なのであった。


754 : 星屑の巡り 絆げ靈夢の紅蒼詩 ――『絆』は『約束』―― :2017/09/08(金) 23:02:48 FpkCbW2o0



「だから……俺は別に『特別』なんかじゃねー。そんな風に持ち上げられるのは嫌いだし、不快だ」




急須の中の日本茶もそろそろ底を尽きようか、と言えるほどの時が過ぎた。
最初の種は、確か霊夢の「承太郎は今までどんな旅をしてきたの?」といった何気ない会話からだったように思う。
概要だけは既に聞いていたが、こうして落ち着いて腰を据えた状況でゆっくり話を聞くという暇など無かった。
曰く、大した修行も使命もなく、普通の不良高校生として日常を過ごし、あるとき『スタンド』に目覚め。
仲間と共に世界中を旅し、遥か遠きの地にて因縁の相手をとうとう討ち倒す。
それだけに飽き足らず、この男は真正面から勝った。あの博麗霊夢を、殴り倒したのだ。

その事実は霊夢から見れば、充分に『特別』なのだった。
空条承太郎は、ジョースターは……特別な血筋。博麗霊夢と肩を並べるほどに、特別な運命を持つ男。
承太郎に敗け、太田の呪縛から解き放たれ、そして彼から話を聞けば聞くほどに、霊夢が抱いた『勘』は『確信』へと移ろい行く。

この男も、自分と同じように『特別』な存在。
そう思ったからこそ霊夢は、この機をいいことに彼へと呟いたのだ。


「承太郎もさあ、私と同じで大概に『特別』なのね」


……と。本当に、本当に何気なく。
返ってきたのは、先の否定の言葉。不快だと言った本人の顔は、僅かだが苛立っているように霊夢には見えた。


つい最近スタンドを手に入れたに過ぎない、一介の高校生。
因縁を潰したあと、平然と日常に戻って学者を目指すのだと宣った男。
そんな一般人の皮を被った男が、特別なる血を受ける博麗霊夢を倒したというのだから我慢ならない。
かくして霊夢の中では、本人がなんと言おうと承太郎は自分と同じで『特別』な人間。

だからなのか。承太郎がそれをにべもなく否定しながら返答した時、霊夢の中で『ナニカ』が崩れ始めた。
承太郎が自分を特別などではないと否定するのは、彼に勝ちたい霊夢自身を否定されることと同義。
承太郎が特別な存在であったのだから、それに敗けた自分もまだ納得できる。

だって彼は特別なのだから。
特別なる霊夢が敗けた理由など、彼が特別であったから以外に無い。当たり前のようにそう思っていた。
だから承太郎が自身を特別ではないと言った瞬間、霊夢は目の前に根本的な矛盾を叩きつけられた感覚に陥った。
承太郎曰く、彼は『普通』だと。つまりはそれに敗北した霊夢は、実のところ『特別』でも何でもなかったのだと。

霊夢は承太郎を自分と同列に考えていた。
私が『特別』なんだから、彼も同じくらいに『特別』。
でも彼はたった今、自分を『普通』であるかのように言い切った。


じゃあ、私っていう存在は何?
私も、承太郎と同じように……実は『普通』の人間、だったってこと?


その事実が、今まで『特別』であろうとした霊夢の精神に変化を与える。
本人に自覚は無いだろうが彼は今、博麗霊夢という少女の全てを否定したようなものだった。



霊夢はこの瞬間───本当に何気なく承太郎から返されたその言葉を、生涯胸に刻み付けることとなる。



物心ついた頃よりであったか。今となってはいつからだったか、などの自問自答に意味は無い。
別段、彼女は得られた地位と恩恵に鼻を高くするといった横柄な性格ではない。与えられた職務をこなしていければそれで良かった。
そんな霊夢本来の人間性も、他人にとってはどうだって良かったのだろう。周囲から『特別』の判を押され、自らもそれらの声に甘んじる事となるのに時間は掛からなかった。
特別、特別、特別……特別でなければ博麗の巫女などやっていけない。
霊夢は気付けば、その言葉を当然のように自身の心に刷り込ませた。いや、幻想郷という奇異なる環境が、それを彼女へと勝手に押し付けてきたのかもしれない。
今まではそれに疑問を持つ者など現れなかったし、だからこそ霊夢は自身に巡る特異環境を受け入れられているのかもしれない。

しかし今、承太郎はそれらの当たり前だった環境を遠回しにではあるが、丸ごと否定したのだ。
この出来事は、霊夢にとって革命ともいえる程に大きな……大き過ぎる変化だった。


755 : 星屑の巡り 絆げ靈夢の紅蒼詩 ――『絆』は『約束』―― :2017/09/08(金) 23:04:06 FpkCbW2o0



「──────い。……おい。どーしたんだ、急に間抜けなツラして」



突如顔を俯けてボソボソ呟き始めた霊夢に、流石の承太郎も異常を感じて声を投げ掛ける。


「あ…………い、いえ……何でも、ないわよ」


ここで話は、夢の冒頭へと繋がる。


「と、とにかく! 絶っ対に『特別』な人間よアンタは。私と同じくらいにね」


焦りを悟られては、またしてもこの男に負けたように感じる。
霊夢の中の大切な何かは、それを矜持として一線を引かない。


「……なんなんだ、そのワケのわからねー自信は」

「ん〜〜〜…………勘、だけど」

「くだらねー」


くだらない。
実にくだらないと断ぜられるような、ただのお喋り。何ということもない、満月の下での会話だった。
彼にしてみれば、くだらない会話の一端。
霊夢にしてみれば、それは。





「俺からしてみりゃあ、オメーも大概『普通』のオンナに見えるがな」





乱された精神を取り繕おうと、煎餅を齧ろうとした霊夢の手が……そこで完全に止まった。


「──────え?」


数瞬遅れて、短い声が喉の奥から湧いて出た。承太郎はこちらを見ようともしていない。


「何かオメー、無理しようとしてねーか」


学生帽の陰に隠れた鋭い瞳は、依然として夜空に瞬く星屑たちを仰いでいる。
元々図り難い男であった。不用意に意図を口にしない寡黙な性格が、彼という人格をより強固に形成している。

「…………無理ぃ〜? 私に一番似合わない言葉だわ」

だから霊夢は、心の底の底では承太郎に畏れを抱いている節もあった。
無駄な事を喋ったりしない性格のクセして、その瞳は相手の何を見ている?
その星の白金は、私の心のどこまでを見透かしているの?……と。

ハァ……と、承太郎は短い溜息を一つ寄越して、霊夢の心に溜まる苛立ちを助長させた。

「霊夢。テメーは……自分がなんつーか、『特別』でなけりゃならない、そんな立場に無理して収まろうとしていねーか」

僅かに首を傾けて、ここで初めて承太郎は霊夢の瞳を捉える。
少女の体が一瞬だけ強張ったことに、男は気付かないフリをした。

「ナニそれ。あんたって私の先生か何か? 随分知った風な口ぶりじゃない」

動揺は出さない。今までも、ずっとそうして生きてきた。
特別である博麗の巫女“だから”、少女は強く生きようとした。弱さを見せまいと、本心を殻に閉じ込めて、肉体のみを空に浮かせて。

「私とアンタってついさっき知り合ったような間柄でしょ? 的外れもいいとこだわ。
 私は……『博麗霊夢』は、いつだって自然体。そんな圧力に弱みを見せてたんじゃあ、博麗の名折れじゃない」

霊夢はプレッシャーを感じない。常に己が侭に振る舞い、淡々と使命を果たす。
まるで喜怒哀楽を手に入れた機械のように。誰に言われるまでもなく、そうであるのが当たり前である、と言わんかのように。
それが幻想郷でただ一人……『博麗霊夢』なのだから。


「俺はその『博麗ナントカさん』に言ったんじゃねーぜ」


だというのにこの男は。
そんな風習など、使命など、規律だの、博麗だの、幻想郷だの、
知るか、とでも一蹴しそうな勢いで平然と言うのだ。


「オメーだよ。オメーに訊いてんだ───『霊夢』」


756 : 星屑の巡り 絆げ靈夢の紅蒼詩 ――『絆』は『約束』―― :2017/09/08(金) 23:07:03 FpkCbW2o0

いつの間にか承太郎は半身を起こして、真っ直ぐに霊夢を射抜いていた。
夜の神社に一陣の風が通り抜け、霊夢の頬と黒麗の髪を撫でた。
今までの気だるげながらも穏やかだった雰囲気は一変。霊夢は返答に詰まる。


「お前、さっき俺を『特別』だとかぬかしてたろ。普通じゃねー、特別な運命を背負う人間だとか何とか」

「だ、だってそうじゃない……! アンタは突然スタンドに目覚めて、母親が呪いで苦しんで、一族の敵を倒す為に遠い地まで旅して……それで普通の人間だなんて言ってたら、私の知り合いの白黒魔法使い辺りはひっくり返っちゃうわよ」

「そりゃ単に巻き込まれただけだ。祖先からの深い因縁がたまたま俺の代で巡ってきた。俺は降り掛かってきた火の粉を払ったっつーだけの話だろ」

「それが『特別』って言ってるのよ。少なくとも普通の人間はそんな奇縁な人生送ったりしないわ」

「だから、オメーが言ってンのは俺に纏わる災害……厄介な“人生”について言及してるだけだろう」

「同じことよ。それがアンタの歩んだ特別な人生なんだから」

「あのな……確かに普通じゃねー人生っつーのは認めるが、俺が仲間と共にDIOのクソッタレ野郎を倒しに向かったのは何も祖先の無念の為じゃねーぜ。
 ジジイに頭下げられたからでもねーし、周りから押し付けられたからでもねーし、一族の代表ヅラしたかったからでもねー。ジョースターがどーのとか、関係ねーんだ」

「…………」

「おふくろを救う為に俺はDIOを倒した。DIOが俺を怒らせたから、ヤツは敗北した。たったそれだけのシンプルな理由じゃねーか」

「……誰かに任されたからではなく、使命とか因縁とかも関係ない。ただ自分の為にアンタは動いた……そう言いたいの?」

「何も難しいことはねー話だと思うがな。俺は自分のスタンドを最強だの特別だの思ったことなんざ一度としてねーし、むしろ苦戦だらけの旅だったぜ。
 この殺し合いとかいう馬鹿げたゲームさえなけりゃあ、今頃は普通の高校生に戻ってただろーよ」

「自分の為、に……」

「霊夢。お前は何で異変解決、とかいうのやってんだ。自分の為か? 故郷の為か? 言われたからやってんのか? やらなきゃいけねーから渋々やってんのか?」

「私は…………」


何故、自分は異変解決を生業としているのだろう。
それは自分が博麗の巫女だからだ。何もおかしいことなど無い。
霊夢の中には、答えなどそれしかなかった。


───そう。霊夢は、それしか答えを持っていなかった。


他に言いようが無い。少なくとも現状で自分しか居ないから。幻想郷のバランサーとして、最たる適合者が博麗霊夢だからだ。


「ならそれでいい。別に俺は幻想郷のことなんざ知らねー。それをどうこう言える立場じゃねーさ。
 俺が訊いてンのは、そいつを決定付ける『意思』がお前の中に本当に在るのかってことだ」

「……言ってる意味が、わから」

「お前は『博麗』として生きてんのか。それとも『霊夢』として生きてんのか」


その疑問に完璧に答えることなど不可能だ。
自分は『博麗』『霊夢』。どちらの名が欠けても、その瞬間に自己は崩壊する。
承太郎はてんで的外れな事を訊いている。全く成立しないのだ、その矛盾だらけの問いは。
彼は霊夢という人間を全く分かっていなかった。霊夢という存在が、幻想郷を左右する如何に重大な人間なのかを。
正直な話、渋々異変解決に乗り出している点は否定できない所も多いが、それを苦とは思わない。勿論どこぞの山の巫女と違い、楽しいからやってるのでもない。
自分に“その力”があって、それを行使するべきである立場を任せられた以上、最後まで使命をやり遂げなければならない責任感くらいは霊夢にもある。
やりたい、やりたくない、ではないのだ。やって当然のことであると霊夢が感じるのは、それほどおかしいことであろうか?
承太郎が母親の為にDIOを倒したことと同じように、霊夢も幻想郷の為に異変解決を行っている。そこに自分の意思を挟み込むこと自体、的外れなのだ。


757 : 星屑の巡り 絆げ靈夢の紅蒼詩 ――『絆』は『約束』―― :2017/09/08(金) 23:07:45 FpkCbW2o0


「私は『博麗霊夢』。幻想郷を愛する者。彼の地の為に、私はこれからも異変を解決し続ける。『博麗』として。そして『霊夢』としても」


そう、言ってやりたかった。当然が如く、凛として。
だが……いざその台詞を相手の鼻面に叩きつけてやろうと向き直り、承太郎の瞳を見据えると。
どういうわけだか、出て来なかった。用意した回答が、喉の奥で引っかかって口から出て行こうとしない。

「どーした。何か言ってみな」

口篭るばかりの霊夢に、承太郎は追い討ちするように煽る。回答できない自分の姿を嘲笑するように霊夢には見えた。
何故、何も言えない? 心の内には戸惑う要因などある筈もない。実に簡単な問い掛けであるにもかかわらず、だ。
困惑する理由。承太郎が常に纏う鋭すぎる雰囲気の中に、霊夢は答えの片鱗を見つけた気がした。

こんな事を正面から訊いてきた馬鹿野郎は、霊夢にとって承太郎が初めてだったからだ。
承太郎は───コイツは、何も分かっちゃいない。当然だ、彼は外の世界の人間。霊夢が置かれた立場など知る由もないし、そもそも幻想郷に興味すら無さそうだ。
幻想郷に興味も無いクセに……しかし霊夢のことを彼なりに良く知ろうとしている。承太郎が無知ゆえに、彼は訊くまでもない質問をして霊夢を戸惑わせた。
幻想郷の者ならまず、わざわざ訊いたりしないだろう。霊夢が何故異変解決などやっているかなど。

そして、彼が幻想郷とは無縁の人間だったからこそ気付けた事柄も確かにあるのだ。


「あんまり思い出したくねー記憶だろうが……オメー、最初に出会った時のこと覚えてるか? 俺にブッ飛ばされた時のことだ」


それは本当に思い出したくもない記憶だ。しかし同時に、決して忘れてはならない戒めの過去でもある。

「……アヌビス神と共に咲夜を追い詰めて……そしてアンタが湧き出てきて、派手に一発貰った……あの出来事?」

「衝撃で記憶が飛ぶ心配はなかったようだな。その時、お前は何て言いながら立ち直ってきた? 霊夢」



───『くっ……くそおおおおおおおお!!』

───『ガキが……そんなに負けるのが“悔しい”か』

───『うるさいッッ!!……まだ負けては、いないわ』



もう随分と昔のように思える。
あの『創造者』から命令され、咲夜を襲い、そして現れた空条承太郎に敗けたも同然の記憶が霊夢の脳裏に蘇った。
その時は。その時ばかりの意思と感情は絶対に忘れたりはしない。忘れるもんか。

「…………悔しかったわ」

隠しようもない。見ず知らずの人間に土を噛ませられ、正義の鉄槌といわんばかりの拳を受けた。
あの時ほど感情が昂ぶった経験があっただろうか。自分はそれほどにプライドの高い人間だっただろうか。

「悔しかった。アンタに敗けたことも、私の一人相撲のせいで咲夜が死んでしまったことも。あんなに自分を見失ったことって無かったわ」

「そーかい。後者はともかく、俺にはイマイチ理解できねーがな。その“敗けて悔しい”なんつー精神は」

「嫌味? 無敗のスタンド使いサマは敗けたことなんてないでしょーね」

「悔しいもクソもねえぜ。スタンド戦なんてモンは敗けりゃあ死ぬんだからな」

言外に、またも承太郎との壁を感じさせるようなことを言われた気がした。
所詮、弾幕ごっこは女の子の遊び。彼らの旅で常時交わされてきた“本物”の命のやり取りとは根本から違うのだと。
単に闘いの年季というだけなら、むしろ霊夢の方が上だろうに。自分がなにか、酷く矮小な存在の気分になった霊夢は、下唇をグッと噛み締める。


758 : 星屑の巡り 絆げ靈夢の紅蒼詩 ――『絆』は『約束』―― :2017/09/08(金) 23:11:03 FpkCbW2o0


「…………花京院って男がいる」


唐突な話題の転換に、霊夢は俯き加減だった顔を緩やかに上げて承太郎を見た。

「……あんたの仲間ね」

「そうだな。そいつがDIOの肉の芽に操られ、俺を襲った話はしただろう」

「確かDIOの最初の手先としてそいつと戦ったのよね。で、アンタが勝って無事、肉の芽は解除されましたと」

「そうだ。オメーと“同じ”だな」

同じ…?
承太郎の言う意味が一瞬理解できなかった霊夢は、次なる彼の言葉を待つように、催促の意を込めたひと睨みを返してやった。
困惑を含む視線を極めて適当に受け流した承太郎はじっくり間を溜め、フウと溜息を吐きながら霊夢の疑問に応えることにした。

「肉の芽に洗脳された花京院と、太田順也に言いように操られたオメーがソックリだ、っつってんだ」

「あ……」

「花京院は洗脳から解けるとすぐに俺達への協力を申し出てきた。アイツ曰く「そこんところだがよくわからない」らしーがな。
 アイツなりの筋の通し方。洗脳から解けて浮き出てきた『本当の花京院』、いうなら本音っつーヤツだろうぜ」

「本音……」

「俺に敗けて『悔しい』って言ったよな。そいつはテメーが持つ何よりの『本音』で、この世で唯一の自己……『本当の霊夢自身』の言葉なんじゃねーのか」

「私、“自身” …………」

幻想郷の博麗の巫女ではなく、霊夢自身の感情。気持ち。
太田の操り人形から解き放たれた霊夢は、確かに見失った自分自身を取り戻せた。
その時、その瞬間こそが、幻想郷も使命も関係ない、本心在りの儘の博麗霊夢の姿を見たような気がした。
鏡の中か、はたまた外か。鏡界の向こう側に立つ自分自身を、あのとき確かに引き入れたのだ。

自分を見失うという事は、自分と見つめ合う最良の機会を手に入れるという事だ。
自分を取り戻すという事は、新たな自分へと変革する絶好のチャンスという事だ。

じゃあ、新たな自分って、なんなんだろう。
承太郎に負かされたあの時の感情は、なんだかすっごくムカついて、それでいて……何というか、とても貴重な気持ちなんじゃないだろうか。
それは『博麗』である自分にはひっくり返っても似つかない、平凡でありふれている人間だという何よりの証左。


「もっかい言うけどな。俺からすりゃあ霊夢……お前も俺と同じ『人間』だ。『普通』の、どこにでもいるような人間だと、俺は思うぜ」


はるか幼い頃より内奥に隠してきた……いや、“彼女”自ら引っ込んでいった本来を、霊夢は思い出そうとする。
“彼女”はどんな人物だっただろう。どんな性格で、普段はどんなことをしていて、何が好きで、何が嫌いで。
何が理由で“彼女”は消えたのだっけ。いつしか“彼女”の姿は見えなくなり、そして当たり前のように“わたし”は巫女としての任を果たしてきた。
“わたし”も“彼女”も、根っこは同じだった筈なのに。“彼女”が居なくなったことに“わたし”はもっと戸惑うべきなのに。

“彼女”は周りの人間が思うよりもずっと『普通』の少女であり、
“わたし”は自分で思ってる以上にきっと『特別』な存在であり。

そんな“彼女”も“わたし”も、全部ひっくるめて……それは『博麗霊夢』であるのだと思う。

単純なことだ。そんな単純な事実が、私には見えていなかった。私だけでなく、周りの人間や妖怪も理解しようとしなかったのだ。ちっとも。
『博麗』としての私ではない、『霊夢』としての私を認識しようとしてくれたのは───きっと承太郎。彼が初めてかもしれない。
魔理沙や紫、霖之助さんもきっと……常に見ているのは『博麗』としての私なんじゃないかと思う。それが当たり前。
でもこの男は多分、見て呉れよりもずっと仲間想いだ。そしてだからこそこの人は私を仲間として信頼し、彼なりに博麗霊夢を理解しようとしているの。
そんな失礼千万な男が私に投げかけた言葉。一笑し、切り捨てればいいだけの、大した意味もない問いかけを私はずっと考えている。


759 : 星屑の巡り 絆げ靈夢の紅蒼詩 ――『絆』は『約束』―― :2017/09/08(金) 23:12:25 FpkCbW2o0
結局のところ、博麗霊夢という人間は今まで無意識にも無理を続けてきたのかもしれない。
どうして異変解決なんかやっているのか。考えるに値しないその問いを、やはり私は考えるまでもないと今更ながらに思う。


(…………やっぱり私って、幻想郷のことが───■■なのよねえ……)


その気持ちにだけは嘘はない。
使命とか責務とか関係なく、私は純粋に、ただただ幻想郷を守りたい。
そうでなければ……あの時、哀しみの涙なんて流すわけがない。『普通』の女の子みたいに大泣きするわけがない。
それを改めて気付かせてくれた転機は、やっぱり……承太郎に敗北したあの瞬間、ということになってしまうのだろう。



なんか、私って結局……実は自分で思ってる以上に普通の女の子、なのかな。



こんがらがっていた頭の中の紐が、綺麗な一本へと解けた気がした。
物事は物凄く単純で、霊夢自身が勝手に目を背けていただけなのだ。
気付く必要がないから彼女は粛粛と、淡々と任務をこなしてきただけであり。
指摘する人間が居ないから彼女はひたすらに、自由に空を飛んできたというだけの話。
だからといって彼女のこれからに大きく影響を与えるというわけでもない。
これからも今までどおり異変解決をするというのは何ら変わることのない事項だし、博麗の巫女を辞める予定も今の所ない。
何のことはないのだ。心のどこかで淀んでいた気持ちがスッキリしただけであり、『博麗』の価値も『霊夢』の価値も、無くなったりはしない。ちょっとばかしその比重が偏っただけだ。
そして『生命』の価値を軽々しく見下す主催者への天罰を行う気概が増した。この度の“夢”は、その一点においても非常に価値があった。


「私は『博麗霊夢』。幻想郷を愛する者。彼の地の為に、私はこれからも異変を解決し続ける。『博麗』として。そして『霊夢』としても」


喉の奥で引っかかったまま出てこなかった台詞が、満を持して言葉の形で承太郎に伝わった。
しっかりと霊夢自身の言葉で届いたことが効いたのか。耳に入れた承太郎の口の端がほんの少し、上がった。


虫たちの音色に囲まれた博麗神社の頭上で、大きな大きな流星が軌道を描いて、どこかへと消えた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


760 : 星屑の巡り 絆げ靈夢の紅蒼詩 ――『絆』は『約束』―― :2017/09/08(金) 23:35:24 FpkCbW2o0
『霧雨魔理沙』
【真昼】E-4 命蓮寺 本堂


「霊夢……霊夢、かあ。確かにアイツは『特別』な存在だと思うぜ。幻想郷の中でも、かなり」

「ハクレーのミコ、ってやつ? 日本のしきたりは難しいわねえ」


つらつらと時間を怠惰に重ねるような、心の焦りを強引に埋めたいが為に始めたような会話だった。
魔理沙も徐倫も、互いの大切とする人間の一から十についてが如何なモノかを徒然と説く。

「でも正直言うとな、私もたまに霊夢が分からなくなる時があるんだ。理解しきれてないっつーのかね。
 私が見ているのは霊夢の普段の一面だけで、もっと別の面とかがアイツにはあるんじゃねーのかなって。アイツ基本、異変解決してるか茶ァ呑んでるか箒掃いてるかだし」

「あたしもぶっちゃけ、親父のこと全然知らねーで育ったからなあ。記憶DISCなんつーモンで表面的に理解したってだけで、実際の親父の姿はそんなに見てきちゃいない。
 信じられる? あたし、あの親父が笑ったトコなんて一度たりとも見たことないの。子供の頃、一回だけ一緒にトムとジェリー観たことあんだけどさー、爆笑するあたしの横で終始真顔。ロボットかっての」

互いを一から十まで理解はしていても、隠された残りの九十の面など知らないかもしれない。
個人個人の器によって、その人物のあらゆる個性は影に潜む。器の底が深いほどに、全容を理解することも困難なのだ。
ましてや魔理沙が大切に思う博麗霊夢という器は、底抜けに奔放で計り難い。そもそも底があるかも怪しいとすら魔理沙は思う。
徐倫の方も、長年父とはすれ違ったままの人生だ。今でこそ真に心が通じ合っているとは信じているが、あくまでそれは精神的な気持ち。
徐倫と承太郎では、圧倒的に時間の積み重ねが足りない。DISCでの知識・記憶を受け継いで、鼻高々に“分かった気”になっているだけかもしれない、という恐怖を徐倫が時折り浮かべるのは無理ないことだ。

だから魔理沙も徐倫も、互いの想い人の事をより鮮明に口にする。
知って欲しいと、そしてその過程を経て己もまた、想い人への理解を深めようと。

「霊夢はメチャクチャ笑ったりするけどなー。喜怒哀楽けっこう激しいヤツだけど、異変解決とか妖怪退治してる時のあいつはマジに容赦ない時あるからな」

「なんだ仲良さそうじゃん。羨ましいわねー」

「そうだな。私は親友だと思ってるぜ。…………私はな」

不安なのだった。理解していると信じていた相手の事を、その実何一つ知らずにいた、という事実から目を背けるように。
そんな事実は全て妄想で、自分こそが相手にとって『特別』なのだと、そう思いたい。思わせて欲しい。歳相応といえば相応な悩みだが、彼女らにとっては切実だ。
二人は──特に魔理沙は、霊夢に対して劣等感のような気持ちを隠している。
かたや天才。かたや凡夫。凡夫なりに相当の努力をして魔法使いにまでなれたものだが、当の霊夢は自分のことなど実は歯牙にもかけていないんじゃないか、と。
あまり言えないが、霊夢の『誰に対しても平等』という性格が、魔理沙には時折り煩わしく感じることもある。

博麗の巫女は幻想郷にとって特別。だが魔理沙は、『博麗の巫女』でなく『博麗霊夢』を特別視したい。目標としたい。
そして同時に彼女は、『博麗霊夢』が『霧雨魔理沙』を特別視してくれるその日を待ち続けているのかもしれない。
そうでなければ対等とはとても言えない。他人を平等に扱う霊夢の個性は、魔理沙からすればまるで平等とは違うのだから、皮肉としか言えなかった。


761 : 星屑の巡り 絆げ靈夢の紅蒼詩 ――『絆』は『約束』―― :2017/09/08(金) 23:36:16 FpkCbW2o0

「……私はいつか、霊夢に認められたいんだ。どっちが強いとか、そんなんじゃあない。
 アイツに真の意味で認められたい。今はまだまだ力が足りないけど、その内絶対に霊夢の『特別』になってやる」

その為にどうすればいいのか。今はまだ具体案など出てこないけど。
とにかく、今やらなければならない事はハッキリしている。

「……アンタの親友、絶対に助けて、認めさせましょ」

「おう。徐倫の親父さんもな」

ここに至るまでに、様々な苦と思いがあったろう。託し、託されもした。
渡されたバトンを握るのは自分たちだ。ゴール地点はいまだ見えないが、共に走る同志も得た。


(ごめん。……ごめんな香霖。でも霊夢は絶対に死なせないから……ゆっくり眠ってくれ)


愛想のない、見慣れすぎた店主の顔を心に浮かべながら、何とか受け入れられた死を胸に魔理沙は手を組む。
一介の普通なる魔法少女にとって、目の前にはあまりにも困難な試練の壁が幾重にもそびえ立っている。
乗り越えるに必要なのは、やはり仲間だ。今は空条徐倫がいる。霊夢も重大なダメージを負いはしたが、必ず這い上がってくる少女だ。
そして空条承太郎。徐倫の父親で、最強のスタンド使いなのだという。ならばそのポテンシャルはあの霊夢に肉薄するものであるだろう。
致命的な負傷を負ったと聞いていたが、もう大丈夫だ。治療は終わった。きっと蘇生には成功しているはず。
後は本人たちの体力次第ならば、霊夢も、そして空条承太郎も死ぬことはありえない。
なぜなら二人は『特別』なんだから。ここで退場するような輩じゃあ、ない。



「──────ッつ! 痛っ……!?」



その時であった。
突然、あまりに予兆なしの、不意を打つ出来事が魔理沙の隣から呻き声として現れた。見やれば徐倫が何やら右腕を押さえている。
まるで見えない刃に切り裂かれたかのように、彼女の押さえた腕から一滴の血が伝ってきていた。

「徐倫!? ど、どうしたんだその腕……! まさか敵襲……!」

「……いや、違う。……古傷がちょっと開いただけだ、問題ない」

「古傷……? 何だそのカッターで刻まれたような傷は? 『JOLYNE』……ジョリーン、って文字に見えるが」

何でもないと手をパタパタ振る徐倫の顔は、言葉とは裏腹に動揺を孕んでいた。
その細い腕の肌には確かに魔理沙の言うように、刃物で刻まれたような『JOLYNE』の文字が、流血を伴って赤く滲んできていた。

それは彼女にとって、父親との理解の証。心で通じ合ったことの何よりの証明。




「──────父さん?」




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


762 : 星屑の巡り 絆げ靈夢の紅蒼詩 ――『絆』は『約束』―― :2017/09/08(金) 23:39:21 FpkCbW2o0
『博麗霊夢』
【深夜】 博麗神社 縁側


「ナズーリン」
「伊吹萃香」
「十六夜咲夜」
「紅美鈴」
「星熊勇儀」
「魂魄妖夢」
「二ッ岩マミゾウ」
「アリス・マーガトロイド」
「幽谷響子」
「宮古芳香」
「チルノ」
「霊烏路空」
「豊聡耳神子」
「河城にとり」
「多々良小傘」
「橙」
「八雲藍」
「古明地こいし」


放送にて流れた一人一人の名前を、じっと、想いを馳せるように呟いていく霊夢の表情は愁色で然るべきだ。遠い星の下へと行ってしまったかつての顔見知りなのだから。
けれども彼女たちの名を告げていく霊夢はどこか、慈顔するように儚く優しげだった。
正直なところ、それほど親しげでない者も多い。名前すら正確に覚えていたかも怪しい面々だ。
でも今は、“あの頃”を象徴する幻想の民達が何よりも愛おしい。心から、そう思う。
失って初めて気付くこの気持ちに、後悔は多い。これもまた、彼女が博麗であるが故なのか、それとも。



「そして…………」


人妖問わぬ18もの同胞の名を挙げた霊夢はそこでグッと言葉を切り、次に明らかに躊躇った素振りを見せた。
次に挙げる名が彼女にとって、誰に対しても平等に接する性格の霊夢にとって、決して距離の遠くない間柄である事を想像するのは容易だ。


「……霖之助さん。森近霖之助さん。何かしらねー……私にとってあの人は、近所に住む気の良いお兄さんって感じ。
 ま、別に近所じゃないし、私の方からしょっちゅうお邪魔させてもらってる便利な古道具屋の店主よ」


そこまでを耳に入れ、承太郎はその名前がいつだったか、霊夢との会話で一度だけ出た名前だということを思い出す。
そしてそれが今までに挙げられた名とは場違いの、ある要素を含んでいることに少しだけ興味を持った。

「やっと男の名か。幻想郷っつーのはそんなに女ばっかのトコなのか?」

「別にそうでもないけどね。霖之助さんは半妖で、妖怪の血が半分混ざってるの。
 だから私が生まれてない頃からずっとお兄さん姿のままだったし、私が小さい頃から色々面倒も見てもらったわね。
 物集めにしか興味の無い薄幸人だったけど何だかんだで話し相手になってくれてたし、この服だって霖之助さんの仕立てなのよ?」

紅白の巫女服の袖をピンと張らし、仕立て人の趣味だと言わんばかりにオープンな脇部分を微妙な視線で眺める。
そんな霊夢を見て承太郎は、その霖之助という男はこれまで彼女が話してきた者たちよりも、ずっと近しい相手なのだと想像する。
霊夢が「さん付け」するような相手は、実際のところ他に居ない。他者と必要以上に深い関係をとらない霊夢にとって霖之助は、それでも他の誰とも違う感傷を抱いていた。


その男も、死んだ。

霊夢の知らない所で、消えていった。

彼もまた、救うことが出来なかった。


「カァー」


夜だというのにカラスが鳴いていた。神社の鳥居の上で、不気味な黒色を忍ばせながらこちらを見下ろしている。
その一声で霊夢は想い出の邂逅から引き戻された。誰かを想う瞑想の余地など、彼女には許されないとでも言わんばかりだった。

博麗霊夢は涙を見せない。それは博麗の巫女であるからだとか、霊夢本来の性格上だからとか、そういった表面的な理由ではない。
もはや語る必要もない。彼女は既に、吐き出してしまった。滝のように流した涙も、今しがた言葉として吐いた想い出も。大いに、力一杯に。
霊夢の語りは途切れた。じっくりと何かを思案するように、口をつぐんで目を伏せる彼女の姿は弱々しげであった。
承太郎も口を挟んだりはしない。寡黙であるが故と、傷心の少女を気遣う心構えくらいは得ているつもりだ。


(私は……どうするべきなんだろう。博麗として、そして霊夢としても振る舞う為に。どこかでキッカケが必要、なのかもしれない)


私にとって、コイツは───承太郎とは、何なのか。
コイツに敗けた“意味”ってヤツが、もしもあるとしたなら。

私は……近い内にその“意味”を考えなきゃ駄目なんでしょうね。きっと……。


763 : 星屑の巡り 絆げ靈夢の紅蒼詩 ――『絆』は『約束』―― :2017/09/08(金) 23:41:38 FpkCbW2o0


「ずっとアンタに訊きたかった事があるのよね」

「なんだ」


ぶっきらぼうながらも、一応は耳を傾けてくれている。どーせなら目も傾けて欲しいものだけど。

「F・Fと戦ったとき……覚えてる? あの時、アンタさあ……倒れた私を庇ってくれたじゃない?」

「覚えてるが……どっちかってーと、そりゃお前の方が覚えてンのか?」

「覚えてるわけないじゃない、気絶してたんだもん」

ぶわっと、承太郎の後ろ髪が揺れた気がする。ちょっとイラついたのが何となく分かってきた。

「まあまあ。で、さあ……アレ、何で」

「……何がだ」

焦れったい物言いだと自分でも思う。
縁側の外をぶらつかせていた両足を板敷きの上に乗せ直し、曲げた膝の上に顎を乗せる。三角座りの姿勢で、私は遠くの星を眺めた。


「何で私を庇ったの?」


馬鹿げた質問を。
自分でも分かってる。訊くまでもないことよね。

「何でって……」

「いや、意識が無かったから私もそんな言えないんだけど……少なくともアンタが私を庇ったり助けたりしなければ、もっとスマートにあいつを倒せたんじゃないかなって、さ」

何を言ってるのかしらね、私ってば。そりゃ傷付いた私を無視してれば、F・Fひとりにあんだけ大苦戦することもなかったでしょうよ。
でも承太郎の性格を考えれば、それってありえないことなんだと思う。心底そう思う。

「たりめーだろ。女を……仲間を見捨てて激情に走るような真似なんかするか」

「…………そう、よね。アンタってそういう奴よね」

仲間、かあ。
承太郎の口からさも当然のように吐き出されたその言葉。こう言ってしまうとコイツは怒るかもしれないけど……

「嬉しいんだけどさ……私、別にアンタの事を『仲間』だと思っちゃいないのよね。
 何ていうか、異変解決を手伝ってくれる同志……精々手を借りているって程度の認識よ」

これは本心。承太郎は信頼しているし頼りになる奴なんだけど、仲間……と言われても私の中ではピンと来ない。
そもそも私自身の性格というか性というか、今まで生きてきて誰かに対し仲間なんて感情は持ったことがない、と思ってる。
薄情かも。魔理沙に対してですら、そう思ったことはないし。『腐れ縁』と『仲間』は全然違う。

「そんなくだらねーことを言いたくて、オメーは俺に話を振ったのか?」

若干、怒ってるのかなーと思ったけど、元々コイツはこーいう喋り方をする奴よね。ちっとも動じてない。
うぅーん……駄目だ。同年代の男の子(ってのが信じらんないけど)と会話したことが殆どないから、何か調子狂っちゃう。
でも、私が言いたいことはそんなんじゃなくって、こう……

「じゃなくってね……ちょっと確認、っていうか。ここら辺で確かめ合いたかったことがあんのよね」

「確認?」

「承太郎は私を『仲間』として助けた。それには感謝してるわ、ありがと。
 でもさっきも言ったように、私はアンタを『仲間』とは思ってない。なーんかくすぐったいっていうか、ちょっと違うかなって感じ」

「ほう。続けな」

「私からすればアンタって、仲間ってよりは『好敵手』(ライバル)? これはこれでくすぐったいんだけど、私を負かした相手だし。
 アンタが私を仲間だと感じてくれても、それって結局一方通行の関係になっちゃうじゃない? 私はそう思ってないんだから」

「……その言葉、好敵手って言葉でも同じ内容で返せるぜ」

「でしょうね。悔しいことに、アンタは私のことを露ほどだって好敵手だなんて思っちゃいない。これまた私からアンタへの一方通行」

「メンドクセェだけだしな。ンな傍迷惑な思い込みは」

直球ねえ。コイツも、私も。
私も別に物事にはこだわる性格じゃないんだけどなあ。そこまでしてコイツをライバル認定──つまり『特別扱い』すること自体、博麗霊夢らしくない。
でも悔しいモンは悔しいのよ。あの時コイツにブッ飛ばされた時、本当に、涙を流したいくらい悔しかった。滅茶苦茶ムカついた。

じゃあ今。私とコイツ───博麗霊夢と空条承太郎を互いに繋ぎ止めている“モノ”は何だろうって考えたら……それは『仲間』とか『相棒』とか『好敵手』なんかじゃあなく。


764 : 星屑の巡り 絆げ靈夢の紅蒼詩 ――『絆』は『約束』―― :2017/09/08(金) 23:42:57 FpkCbW2o0



「───『約束』、なのよ。きっとね」



これしかないじゃない? 私とコイツの……まあ、絆みたいなモンは。

「…………しちまったモンは取り消せねーと承知はしてるが、ハッキリ言って俺は迷惑なんだがな」

「でもしちまったんでしょ? 男の責任ってモンがあるじゃない?」

微笑を携えながら私は承太郎に詰め寄った。
それを非常に、まこと隠そうともせずに鬱陶しそうな表情で承太郎は、帽子を深く被りなおして私の視線を無視した。

「忘れてないわよねぇ〜〜〜? あの時の『約束』、覚えてるわよねぇ〜〜〜?」

「……やれやれだ。別に忘れちゃいねーよ、メンドクセーが」

このバトルロワイヤルを止め、太田と荒木をブッ飛ばしたその後に。
私は承太郎へともう一度、再戦の契りを交わしている。随分強引な取り決めだったような気がするけど。

「覚えてるならそれで結構よ。約束ってのは互いの了承があって初めて交わされる人と人の誓い。
 たとえ強引だろうが何だろうが、アンタは私と『約束』をしたの。一方通行じゃない、真に通じ合う唯一のカタチとして」

「俺は無視してやりたい気持ちで一杯だったがな。……訊きたかったってのは、そんなことか?」

「そんなこと。くだらないでしょ? でも約束だから、観念しなさい」

思い合う気持ちとか、そういうのはやっぱり私には似合わないしね。
でもこれだって立派な『絆』。承太郎ならきっと、この約束を反故になんかしないと信じてる。
ただそれだけのことを一直線に信じていられるってだけで、私の心には高揚感や幸福感がムクムクと湧き出てくるようだった。
俄然、これからの方針に力も入ろうというもの。DIOもディエゴも太田も荒木も、承太郎への再戦の為だと思えばちっとも恐ろしくない。

承太郎との約束さえ叶うのなら、今の私はどんな絶望にだって立ち向かっていける自信がある。
だからきっと……この『夢』だってもうすぐ醒める。こんな薄汚い、ゆめまぼろしの神社からはオサラバして、とっとと“蘇生”しましょう。


「ねえ承太郎。私、自分なりにちょっと考えたことがあんのよね」

「まだあんのか、ウットーしいな」

「もう少しだけご静聴願うわ。さっき、皆の“名前”読み上げながら感じたんだけどさ。私、基本他人を呼ぶ時って普通に名前で呼ぶのよ。霖之助さんだけはさん付けだけど」

「そーかい」

「で、ね? アンタは私のこと……『普通』の人間だって言ってくれたワケよ。だったらもうちょっと、普通の女の子っぽいことやってみようかなって思ったのね」

「くどいな、話が見えんが」

「まあー、その……慣れないことなんだけどさ……………………ちょいと『アダ名』って奴で、呼んでみようかと思って」

「………………誰をだ」

「アンタ」


鼻先に突きつけられた人差し指を、承太郎は心底嫌そうに、面倒臭そうに、害虫でも見るかのように睨みつけた。
心外ね。これでも私は大真面目に言ってるつもりだけど。……何かおかしなこと言ってる? 言ってるかもしれない。いや言ってるわコレ。


「うっさいわね!! 別にイイでしょ、こんくらい!」

「何も言ってねーが」

「とにかく! アンタは私を普通扱いしたセキニンをとるのが筋ってモンよ!」

「関係ねーだろ、それとこれとは……」

「ジョジョ!」

「………………あ?」

「ふふん。空条承太郎……“条”と“承”をくっ付けて『ジョジョ』よ! 中々洒落の利いたネーミングだと思わない?」

「……………………や──」

「“やれやれだぜ”禁止!」

「………………………」


黙り込んでしまった彼の姿を見て、降参の意と受け取った。
ジョジョ……ん〜〜、悪くないと思うんだけどなあ。ジョジョ。JOJO。ん〜〜〜〜〜…………。変かも。まあいっか。すぐ慣れるでしょ。


765 : 星屑の巡り 絆げ靈夢の紅蒼詩 ――『絆』は『約束』―― :2017/09/08(金) 23:49:04 FpkCbW2o0


「ね、ジョジョ。イイこと教えてあげるわ」

「…………今度はなんだ」


半分諦めるような様子で承太郎改めジョジョは、再び縁側の上に寝っ転がって適当な返事を返した。


「神様ってね、一度交わした“約束”、破れないのよ。どうしてだと思う?」

「知らん」

「一度誓った契約は決して破棄できないから。神の類は総じて、しかるべき契約には背けない。それは約束も同じこと。
 でも人間って奴は契約に縛られない。約束なんて、そもそも守る必要なんてないのよ。アンタも人間なんだし、約束ぐらい破ったことあるでしょ?」

「おめーに交わされたのは、約束っつーよりは強要に近かったがな」

「どっちでもいいわよこの際。私が言いたいことはそういうことじゃないわ。
 アンタは人間。約束なんて、破ろうと思えば破っちゃえる。じゃあ逆に、どうして人間はわざわざ約束を守ろうとするか分かる?」

「……さあな」

「“守りたい”からよ。人間はね、約束を守りたいから守るの。考えてみれば義理堅い種族だと思うわ」

「オメーとの約束、俺は破って構わないっつー事を言いてえのか」

「さて、ね。でもジョジョ。貴方は私との『約束』……守りたい? 守りたくない? 断る権利なら誰にだってあるわ。人間である限り」

「…………巫女、ね。詐欺師に転職した方が向いてんじゃねーか、テメー」

「宗教に大別される役職なんて、だいたいが詐欺師みたいなモンよ」


随分と回りくどい言い回しを述べて私は、ジョジョの眼前へと右の拳を突き出した。
後は向こうも拳を突き合わせれば、この『約束』……それが完了することになる。まあ二回目になるけど、私は改めてジョジョの意思を確認したかった。


「……それならさっきもやっただろ。二度目はしねー」

「あ! やりなさいよちょっとー! 今そういう流れだったでしょ!」

「メンドクセー。口約束で充分だろ」


照れ隠しって奴なのか。どーもこの辺に男女の溝を感じるわね。
私は突き出した拳を渋々引いてアヒル口を作った。確かに、同じ約束なんて何度もやってれば軽々しくなっちゃうものだけど。

「どーでもいいが霊夢。オメー、さっきから随分と女々しいな。らしく……」

「“らしくねー”って言いたいんでしょ? 私もそう思う。でもいいのよ。
 だって夢の中なんだもん。少しくらい本音も吐かせて欲しいものだわ。そういうジョジョだって、ここに来て結構喋ってるじゃない」

「お前が話振ったから応じてるだけだろーが」

「はいはい……ふふ。私、アンタに思いっきりブン殴られてから、頭のどこかが壊れたまんまなのかも。自分でもちょっとおかしいなって思うわ」

「知るか。病院にでもあたりな」

「ふふふ」


こんなにも静かな博麗の夜。こんなにも耀かしい星天の下で。
私はなんだか悪くない気分になっちゃって。不思議なものね、すっごく“生きてる!”って感じがするの。

立ち上がって、いつものように私は空を飛んだ。
風を愛でるように。水を流れるように。体中の神経を解放して、ふわりと空を飛んだ。
今だけは、咲夜を死なせてしまったことも忘れられそう。
でも、それは絶対に許されないこと。私はいつまで、空を飛べるのだろう。
幻想郷の空は広い。少なくとも、私にとってはここが世界の中心で、全て。
あの星々を守りたい。この月明かりを奪われたくない。
だから私は空を飛ぶ。何者にも縛られない、無重力のドレスを纏って天を伝う。


766 : 星屑の巡り 絆げ靈夢の紅蒼詩 ――『絆』は『約束』―― :2017/09/08(金) 23:53:37 FpkCbW2o0
そろそろ、この『霊夢』も醒めるでしょう。ほんのひと時の、最後の安堵なのかもしれない。
夢は無意識からのメッセージ。この場所で交わした触れ合いは、きっと私にとって大事なモノになると思う。
ここから目を醒ます時が、反旗の時。
勝って約束を叶える為に、永かった休息はここまでにしよう。



「ジョジョ。行くわよ」



何となく、鳥居の下を潜りながら。振り返ることなく私は、そこから上を見上げた。
遠い遠いあの星空を目指して翔んだ。
その時だ。



「──────霊夢。…………いや」



後方から聞こえてきたジョジョの言葉は、彼にしてはいやに歯切れが悪く。
私はちょっとだけ変に思って、やっと振り返った。

何か、違和感があった。黒い学生服を纏うアイツの影が、一層と黒ずんで見えたような。


「カァー」


カラスがまた鳴いている。得もいわれぬ感覚が、冷たい温度を纏って背中をそっと舐めた。
ジョジョは私を一瞬見上げただけで……その表情をすぐに帽子の陰へと隠した。

朧気。その時の私は、ジョジョには最も似合わないそんな印象を抱いてしまった。ほんのちょっと不安になって私は尋ねる。


「……どうしたの? 昼寝の時間は終わりよ」

「いや…………俺は、空なんか飛べねえんでな。悪いが……先に行ってちゃくれねえか」


言われてみればそうだった。確かに『普通』の人間やスタンド使いは空なんか飛べるわけがない。

その時の私は、彼の言葉を深く考えなかった。

ジョジョの隠れた表情の中に、どうしようもない『諦め』が張り付いていたことに……気付けなかった。


「そう? それもそうね。じゃあ、一足先に目醒めるとしますか」




「ああ………………悪いな、霊夢」




こうして私───博麗霊夢は、永くて短かった不思議な『霊夢』を終えた。

綻び一つ見当たらない博麗の社、その全景を見下ろしながら息を漏らす。

そういえば紫がいつか、言ってたっけ。神社を訪れる夢には強い暗示性があるとか。……細かい種類とかは忘れちゃったけど。

この霊夢は、果たして私の何を予見してくれたのやら。起きたら何も覚えてませんでした、なんてオチはごめんだけど。



頭上に光る満点の星空。

あの星屑十字軍の中で、一際大きい一等星の輝きが無くなっていたことに。

とうとう私は最後まで気付かなかった。





           ★


767 : 星屑の巡り 絆げ靈夢の紅蒼詩 ――『絆』は『約束』―― :2017/09/09(土) 00:03:53 aaUQqBBU0
生命を産む、類なる力。
黄金の風を纏うあの少年は、充分に奇跡を起こした。
巨悪から少女を守り抜き、絶望的な傷を癒し、奪われた血液も創り。
邂逅せし『新たなる正義の心』に、全てを託して。

確かなる“一個”の奇跡を、起こし得たのだ。
“希望”の糸は、確かにここへ紡がれたのだ。




齎された奇跡はしかし、ひとつであった。

奇跡は、既に起きたのだ。

幻想郷の崩壊を憂う者たち。その想いは奇跡を起こした。

博麗霊夢の覚醒は、この殺し合いを打破する確かなる希望。

それは既に、霊夢の意識と共に眦(まなじり)を決した。

僅かだが、同時に過小していた脅威。

DIO。その男の恐怖。悪意。執念。それらは決して秤に載せられる類ではない。

百年にも及ぶ因縁にケリを着けたいと焦がしていたのは、何も正義の血族だけではないのだから。

げに恐ろしきは、やはりその男の悪意。その巨大さであった───







かくして霊夢は、粗末な出来合いで整えられた病床から数時間ぶりに身体を起こした。

先程まで漂っていた真っ白な夢狭間とは違う、リアルの空間。

千切れ飛んでいく己が魂の手綱を再び掴み取り、神が現世へと受肉するような……間違いなく、瀬戸際からの帰還。




それで。

それだけで。

もう、充分に……奇跡であった。

奇跡は既に───起きたのだ。



そして神は、“それ以上”の霊験を…………決して起こさなかった。





「───きて! ───きてよ! ───うさん! 起きな───よッ!」





起こらない。

思わせぶりな神秘は、起きない。




「起きてッ! 目を覚ましてよッ! ───さん!! お願いだから…………起きろっつってんだよオラァ!!」




起きなかったのだ。



「お、おい徐倫……! ちょっとやり過ぎじゃ……」

「うるさい!! アンタに、アンタなんかに……あたしの何が分かるんだッ! クソ! クッソォ!!」



覚醒したばかりで、朦朧とする意識の最中。
虚ろな瞳で霊夢は、聞いたことのない怒鳴り声の少女と、よく聞いた友人の声を耳に入れていた。


768 : 星屑の巡り 絆げ靈夢の紅蒼詩 ――『絆』は『約束』―― :2017/09/09(土) 00:05:27 aaUQqBBU0


(魔理、沙…………?)


魔理沙。それは霊夢と最も近い距離に立つであろう友人の名。
その友人が、自分ではない別の少女に語りかけている。
怒鳴っている少女は、なにか床に向けて必死に腕を動かしていたように見えたが、霊夢の位置からでは何をしているかが分からない。
ただ、とてつもなく嫌な予感が霊夢の胸中を過ぎった。
それほどにその少女の様相が、あまりに必死な動揺を孕んでいたからだ。


「んなこと言ったって、お前のその腕も少し傷付いてきてんじゃねーか! もう……やめろよッ!」

「うるさい! うるさいうるさいうるさい!! くそ……何で、さっきまで安定してたじゃないのよ……っ! 何で急に……!」


背中越しに霊夢が見た光景は、徐倫と呼ばれた少女が『ダレカ』に向けて『ナニカ』を施しているものだった。
フラフラと危うい視界の中、霊夢は何となく感じ取る。
少女は非常に乱暴で力強い手際ではあったが、床で仰向けになる『ダレカ』……へと拳を叩きつけるような。

そう……心臓マッサージ、のように見えた。

少女は、床に倒れる『ダレカ』に向けて懸命過ぎるほどの心臓マッサージを行っていた。
魔理沙は、救命措置というにはあまりに過剰なそれを咎めるように、彼女の肩を揺らしているのだ。


(誰……? さっきのは、夢……? 私、いや、私たち、どうなったの?)


状況の把握が困難だ。
もとより生死の狭間を彷徨った弊害。思考する頭脳に、酸素が足りない。血も、栄養も。

しかし、その困憊こそが何よりの生の証。
ディエゴに敗北し、DIOに血を吸われ、殺されかけ、あの世らしき場所で一人の男と語りを終え。

蘇生した。
帰ってくることが出来た。
常人であれば誰もが口を揃え、大仰に呟くだろう。



奇跡が起きた、と。






「死なないで父さん……! お願い……帰って、きてよぉ…………っ」






悲痛な呻きと同時、一瞬だけ場が静寂に包まれた。

瞬間……かの絶望から“一人”生還した霊夢は、見た。

見てしまった。


769 : 星屑の巡り 絆げ靈夢の紅蒼詩 ――『絆』は『約束』―― :2017/09/09(土) 00:07:09 aaUQqBBU0






















「…………………………ジョ、ジョ?」























思わず漏れたその名は、夢の中で交わした契りの証明。
霊夢の中で、一線を踏み越えようと彼女なりに変化を受け入れた、いかにも俗的な子供ごっこ。
まずは『アダ名』からだという、まるでただの少女のように戯れた、第一歩。

きっと大事なのだ。
たかがアダ名であったが、霊夢からすれば珍しく他人に踏み寄ろうと閃いたやり取り。
だから大事なのだ。
その名が、霊夢の中で芽生え始めた新たな『光』になるのだと、小さくも健気な自覚であったのだから。



ジョジョ。

空条承太郎。

呼ばれた男からの返事は──────永遠に返ってこない。






「え……」






霊夢は現実に帰還する。
動揺が彼女の小さな唇から転げ落ちるように漏れ、酸素の足りていない脳が再び活動を停止させた。
蒼白に塗り固められる表情。
白い意識に支配されゆく中、ようやく彼女は理解する。

狭き幻想郷の枢軸、博麗。
最たる特別な血族、博麗。
重責を背負う運命、博麗。

あの“夢”から、あの“霊夢”から帰ってこれた理由。

それは自分が特別なる“博麗”であるから。
神の僕。奇跡をその内に宿す者であるから。
幻想の都を背負う定めの人間、であるから。

だから霊夢の頭上には、当然のように、当たり前のように“チャンス”は舞い降りた。

再び大空を翔ぶ、そのチャンスを与えられた。

ようやく彼女は理解する。
共に肩を並べた少年。今となってはその大きな双肩も、後ろへと、後ろへと。
少年だ。彼はまだ、自分と大して変わらない齢の少年。
奇なる血筋と運命を与えられたという点では、自分とよく似た少年。


770 : 星屑の巡り 絆げ靈夢の紅蒼詩 ――『絆』は『約束』―― :2017/09/09(土) 00:09:18 aaUQqBBU0
───『だから……俺は別に『特別』なんかじゃねー』



少年───空条承太郎。その男がぼやいたかつての台詞が、脳に木霊する。




彼には、霊夢のような都合の良い“チャンス”など、決して与えられなかったことを、





ようやく彼女は理解したのだ。






霧雨魔理沙が霊夢の覚醒に気付き、泡飛ばす勢いで何かを語り掛けてきている。







隣の少女は、「父さん」と呼ばれた承太郎の身体へと必死にマッサージを続けている。








その何もかもの光景が。









今の博麗霊夢にとっては、まるで。










白麗のように綺麗で、靈夢のように神秘的な幻想のようだと。











現実感の無い、星屑(スターダスト)のような儚さを纏った夜空のようだと……。












「ジョジョ」












最後に約束を交わした男の存在を───彼女は呟いた。


771 : 星屑の巡り 絆げ靈夢の紅蒼詩 ――『絆』は『約束』―― :2017/09/09(土) 00:11:39 aaUQqBBU0













降り積もった時は、雪解け水のように煌きを反射させ、静かに……粛粛と流れ出す。
時間は決してその場に留まることなく、ゆっくりとだが……清流が如く深深と。


こうして……霊夢にとっての目標/越えるべき星───『空条承太郎』の存在は。
抗えぬ“死別”という災によって、永劫到達の出来ぬ幻想へと掻き消えた。


かつて交えた『約束』と、共に。












【博麗霊夢@東方project】蘇生成功───生還。
【空条承太郎@ジョジョの奇妙な冒険 第3部】蘇生失敗───死亡。
【残り 54/90】


772 : 星屑の巡り 絆げ靈夢の紅蒼詩 ――『絆』は『約束』―― :2017/09/09(土) 00:29:55 aaUQqBBU0
【E-4 命蓮寺/真昼】

【博麗霊夢@東方 その他】
[状態]:体力消費(極大)、霊力消費(極大)、胴体裂傷(傷痕のみ)
[装備]:いつもの巫女装束(裂け目あり)、モップの柄、妖器「お祓い棒」@東方輝針城
[道具]:基本支給品、自作のお札(現地調達)×たくさん(半分消費)、アヌビス神の鞘、缶ビール×8、
    不明支給品(現実に存在する物品、確認済み)、廃洋館及びジョースター邸で役立ちそうなものを回収している可能性があります。
[思考・状況]
基本行動方針:この異変を、殺し合いゲームの破壊によって解決する。
1:ジョジョ……?
2:戦力を集めて『アヌビス神』を破壊する。殺し合いに乗った者も容赦しない。
3:フー・ファイターズを創造主から解放させてやりたい。
4:全てが終わった後、承太郎と正々堂々戦って決着をつける。が……
5:紫を救い出さないと…!
6:『聖なる遺体』を回収し、大統領に届ける。今のところ、大統領は一応信用する。
7:出来ればレミリアに会いたい。
8:暇があったらお札作った方がいいかしら…?
9:大統領のハンカチを回収し、大統領に届ける。
※参戦時期は東方神霊廟以降です。
※太田順也が幻想郷の創造者であることに気付いています。
※空条承太郎の仲間についての情報を得ました。また、第2部以前の人物の情報も得ましたが、どの程度の情報を得たかは不明です。
※白いネグリジェとまな板は、廃洋館の一室に放置しました。
※フー・ファイターズから『スタンドDISC』、『ホワイトスネイク』、6部キャラクターの情報を得ました。
※ファニー・ヴァレンタインから、ジョニィ、ジャイロ、リンゴォ、ディエゴの情報を得ました。


773 : 星屑の巡り 絆げ靈夢の紅蒼詩 ――『絆』は『約束』―― :2017/09/09(土) 00:31:05 aaUQqBBU0
【空条徐倫@ジョジョ第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:体力消耗(中)、全身火傷(軽量)、右腕に『JOLYNE』の切り傷、脇腹を少し欠損(縫合済み)
[装備]:ダブルデリンジャー(0/2)@現実
[道具]:基本支給品(水を少量消費)、軽トラック(燃料70%、荷台の幌はボロボロ)
[思考・状況]
基本行動方針:プッチ神父とDIOを倒し、主催者も打倒する。
1:父、さん…………
2:魔理沙と同行、信頼が生まれた。彼女を放っておけない。
3:FFと会いたい。だが、敵であった時や記憶を取り戻した後だったら……。
4:姫海棠はたて、霍青娥、ワムウ、ディアボロを警戒。
5:しかし、どうしてスタンドDISCが支給品になっているんだ…?
[備考]
※参戦時期はプッチ神父を追ってケープ・カナベラルに向かう車中で居眠りしている時です。
※霧雨魔理沙と情報を交換し、彼女の知り合いや幻想郷について知りました。どこまで情報を得たかは後の書き手さんにお任せします。
※ウェス・ブルーマリンを完全に敵と認識しましたが、生命を奪おうとまでは思ってません。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。


【霧雨魔理沙@東方 その他】
[状態]:体力消耗(小)、精神消耗(小)、霊力消費(小)、全身に裂傷と軽度の火傷
[装備]:スタンドDISC「ハーヴェスト」@ジョジョ第4部、ダイナマイト(6/12)、一夜のクシナダ(60cc/180cc)、竹ボウキ、ゾンビ馬(残り10%)
[道具]:基本支給品×8(水を少量消費、2つだけ別の紙に入っています)、双眼鏡、500S&Wマグナム弾(9発)、催涙スプレー、音響爆弾(残1/3)、
    スタンドDISC『キャッチ・ザ・レインボー』@ジョジョ第7部、不明支給品@現代×1(洩矢諏訪子に支給されたもの)、ミニ八卦炉 (付喪神化、エネルギー切れ)
[思考・状況]
基本行動方針:異変解決。会場から脱出し主催者をぶっ倒す。
1:うそ、だろ……?
2:徐倫と信頼が生まれた。『ホウキ』のことは許しているわけではないが、それ以上に思い詰めている。
4:何故か解らないけど、太田順也に奇妙な懐かしさを感じる。
5:姫海棠はたて、霍青娥、エンリコ・プッチ、DIO、ワムウ、ウェス、ディアボロを警戒。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※徐倫と情報交換をし、彼女の知り合いやスタンドの概念について知りました。どこまで情報を得たかは後の書き手さんにお任せします。
※C-4 アリスの家の「竹ボウキ@現実」を回収しました。愛用の箒ほどではありませんがタンデム程度なら可能。やっぱり魔理沙の箒ではないことに気付いていません。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。
※二人は参加者と主催者の能力に関して、仮説を立てました。
 内容は
•荒木と太田は世界を自在に行き来し、時間を自由に操作できる何らかの力を持っているのではないか
•参加者たちは全く別の世界、時間軸から拉致されているのではないか
•自分の知っている人物が自分の知る人物ではないかもしれない
•自分を知っているはずの人物が自分を知らないかもしれない
•過去に敵対していて後に和解した人物が居たとして、その人物が和解した後じゃないかもしれない


 です。


774 : ◆qSXL3X4ics :2017/09/09(土) 00:33:25 aaUQqBBU0
これで「星屑の巡り 絆げ靈夢の紅蒼詩 ――『絆』は『約束』――」の投下を終了します。
前回の予約から随分と時間を掛けてしまい、申し訳ありません。
感想や指摘などありましたら何卒。


775 : 名無しさん :2017/09/09(土) 01:06:52 sjDcGV9w0
投下乙です

じょ、承太郎ォォォォォォ!!??!
DIOへのリベンジや霊夢との約束は果たせず落ちてしまうなんて……
夢でのやり取りに思わずニヤけてしまっただけにこの展開は辛い


776 : 名無しさん :2017/09/09(土) 02:12:34 SUt17BKs0
投下乙です。嘘だろ承太郎!?(絶望)
③現実は非情である……。どうなる霊夢、どうなる徐倫


777 : 名無しさん :2017/09/09(土) 07:49:19 XElPKHTs0
投下乙です
承太郎ォォォォォォ!!
いやジョジョォォォォォォ!!

自分も霊夢と同じで、承太郎は当分死なない『特別』な存在っていう根拠のない信頼があった
だけど、本人が言うように、彼もまた登場人物の一人にすぎない、『普通』の人間だったんだなあ


778 : ◆BYQTTBZ5rg :2017/09/21(木) 01:16:20 0gzPAJp20
荒木、太田、ジョセフ、てい、えーりんで予約します


779 : ◆BYQTTBZ5rg :2017/09/27(水) 23:39:17 H.wth54o0
投下します


780 : Hail 2 U! ◆BYQTTBZ5rg :2017/09/27(水) 23:41:14 H.wth54o0
『ジョセフ・ジョースターへ。太田、といえば分かるよね?』


そのメッセージをジョセフが読み上げると、ガガガとパソコンの本体が唸り声を上げ、新たなウィンドウが勝手に画面上に現れた。
そしてそこには何と上半身裸の太田の顔が映し出され、驚くジョセフ達とは反対にニンマリと笑っていたのである。


「て、てめぇは太田!!?」


忘れるはずのない殺し合いの主催者の顔の登場にジョセフはたまらず吠え立てた。


「Yes,I am」


黄色い歯を剥き出しにし、口角を目元まで吊り上げた凄絶な太田の笑みがジョセフらの目に入る。
ゾゾッ、とたちまち三人の背中に怖気が走った。
人間性をかなぐり捨てた常軌を逸した笑顔に、人間という仮面を捨て去った醜悪な欲望の塊。
それらを露骨なまでの形で示され、人間、妖怪、月人といった種との絶望的な隔絶を、彼らは本能的に思い知らされたのだ。
更に太田の不気味さに拍車をかけてきたのがパソコンだった。回線の遅さとコンピューターの処理能力が低さでか、
画面に映る太田は鈍重なコマ送りのようにやたらカクカクとした動きで、聞こえてくる声も口の動きと一致しない。
そこから得られる印象は、おおよそ人間とは思えない別の生命体。それなのに、人目を引き付けてやまない不思議な貫禄が窺える。
異様と威容を混ぜ合わせて丹念に練り上げた高貴な汚泥のような存在が、まさしくそこにはあった。
だがしかし、とグロテスクな物体に向けてジョセフは気炎を上げてみせる。


「ヘッ、そんな気味悪い演出で、こっちをビビらせようって魂胆が見え見えだぜ、太田ァッ!!
さあ、目的を言いな!! 殺し合えって言った奴が、わざわざ連絡を取ってくるんだ!! よっぽどのことなんだろうよ!!」

「おや、随分とせっかちだなあ。もっとジョセフは余裕があるキャラだと思っていたけれど……。
ンフフ、それともあのジョセフが、この僕に恐怖でもしているのかな〜?」


太田が再び黄色い歯を見せて、醜い笑顔を見せてくる。画面越しのはずだが、ややもすれば、口臭も漂ってきそうな妙な迫力と存在感。
そのプレッシャーに晒されたジョセフの額には思わず冷や汗が伝う。


781 : Hail 2 U! ◆BYQTTBZ5rg :2017/09/27(水) 23:41:54 H.wth54o0

「クッ……誰が恐怖しているって? 怖がっているのは、そっちだろう!? 
違うって言うのなら、こっちに来てみろってんだ、太田!!」


太田に圧倒されてはならない、とジョセフは精一杯強がってみせる。
だが、そこに返ってきた答えは、なんとジョセフの予想を超えて更に彼を圧倒するものだった。


「え、そっちに行っていいの? じゃあ、行くよ」

「な、なにぃ〜〜!!?」


何の抵抗も感じさせない、実にスムーズな展開にジョセフの顔は途端に驚きの色に染まる。
そしてジョセフが太田の嘘に気がついたのは、次の瞬間だった。
太田は顎を手に乗せ、もう片方の手に赤ワインが入ったグラスを揺らしながら、楽しそうに、そして愛しそうにジョセフを眺めていたのだ。
全く動く気配のない態度の太田に、ジョセフは鼻息を荒くして食ってかかる。


「てめぇ〜、太田、オレをからかって遊んでやがるな〜!!」

「ンフフ、そう怒らないでよ、ジョセフ先輩。ちょっとした茶目っ気じゃないか」


「野郎〜!」とジョセフが拳を握り、歯軋りしているところに、突如として光に煌く銀色の糸が彼の視界の端で舞った。
目を向けてみると、八意永琳が凛と背筋を伸ばして佇み、射抜くように太田を見つめている。
そして彼女の口からはリンと鈴が鳴るような声で、何とも華麗に言葉が紡がれていくのであった。


「太田、挨拶はもういいでしょう? 貴方は……」


そこまで音が奏でられたところで、太田は無遠慮に、無感動に永琳の台詞を遮ってきた。


「いや、僕は君に興味はないんだ。君の考えそうなことは、大体分かるしね。君は邪魔だから、引っ込んでいてくれ」


気持ちが悪いほど笑みが張り付いていた太田の顔は、いつの間にか開幕であったような感情の乏しいすまし顔に戻っていた。
だけど、それは最初に見せ付けられたような余裕というよりは、どこか退屈だからというような印象をジョセフは受けた。
これは相手の気持ちを読み解く上で、重要なパズルのピースとなるかもしれない。そう思ったジョセフは、
パズルを完成させるためのピースを更に拾い集めようと、軽口を叩きつつ、太田との会話に臨んで行くことにした。


782 : Hail 2 U! ◆BYQTTBZ5rg :2017/09/27(水) 23:42:23 H.wth54o0

「あっれ〜、おたく、オレに興味津々ってわけ〜? いや〜、オレってば、やっぱりカッコイイからな〜。
でも、オレはカワイコちゃんが好きなわけよ。分かる? 気色悪い裸のオッサンとおしゃべりする趣味はないの。
分かったなら、顔を洗って出直してきな、太田!!」


少し余裕を取り戻したジョセフは挑発を織り交ぜて、つっけんどんに言い放つ。
この状況で、そしてまたとない機会で、随分と突き放した言い方だが、ジョセフの予想通り、
太田はまた一転して笑顔を取り戻し、朗らかに口を開いてきた。


「おや、さっきよりは、らしくなってきたかな? やっぱりジョセフの魅力は心の余裕にあると僕は思うんだ」

「随分とオレを知っているような口振りじゃねーの。なに、ひょっとしてオレのファンなわけ?」

「その問いにはイエスかな。ジョセフが大好きでね、もう君の話は何回も見返したし、これからも君の活躍を見ていきたいと思っている」


その愛の告白にも似た発言に、途端にジョセフは顔は蒼くなる。


「え、ちょっと待て! ちょっと待てよ、太田! え、それってそういう意味なの? え、マジで?
だ、だから裸なわけ? オーノー!! オレはカワイコちゃんが好きだって言ってるだろうがー!!」

「そう邪険にしていいのかな、ジョセフ?」

「ああ? それはどういう意味……ま、まさかオレにお前の気持ちを受け入れろっつってるのか!? オーマイゴッド!!」


ジョセフは頭を抱え込み、本気で目の前に現れた現実に苦しみだす。
これがジョセフが求めていたパズルのピースなのだろうか。
いや、そうであってはならない、とジョセフは頭を激しく振り、その中にあったピースを急いで追い払う。
そうして冷静に、努めて冷静に先程のやり取りを思い返し、ジョセフはやっと一つの答えに辿り着くことができた。


783 : Hail 2 U! ◆BYQTTBZ5rg :2017/09/27(水) 23:43:16 H.wth54o0

「邪険にしていいのかって、さっき言ったよな? それはつまり裏を返せば、何かしらの提案や譲歩がお前にはあるってことだ。
でなければ、あそこで脅迫めいた発言は出てこない。違うか、太田?」

「ンフフ、そこをそう取るのか。面白いなぁ。別にそんな意味を含ませたつもりはなかったけれど、時間もないことも確かだ。
ここは君の推理を正解として、本題に入るとしよう。さて、敬愛する荒木先生曰く、心の底からの願いには、その人の全てが現れる、だそうだ」

「それがどうした。まさかオレの願いを叶えてくれるってか? そんなわけはねーよな。さっさと話の続きを言いな、太田!」

「そこで、だ。三つ、ジョセフの願いを叶えてあげようじゃないか」

「なにぃぃぃぃぃーーッッ!!!!?」


ジョセフの驚愕が絶叫となって部屋の中で木霊した。
そしてそれが済むと、今度は怒りの咆哮でもって、ジョセフはその場を満たし始めた。
願いを叶える。この殺し合いを否定する願いを言ったら、どうなるのだろうか。
それを叶えても良いとしたら、この殺し合いやそれで死んでしまった人達に一体何の意味があったというのだろうか。
命に何の敬意も払わず、自由勝手気ままに人を弄ぶ太田に、とうとうジョセフは我慢の限界を迎えた。


「太田!! 太田ッ!! 太田ぁぁー!!! てめぇはどこまで腐ってやがる!! それともまだふざけんてやがんのか、てめえは!!?」


黄金のように眩い輝きを放つジョセフの怒りと正義の気迫。
だが、悪を真っ白に塗りつぶさんばかりの光は、残念ながら画面の向こうの太田には届かなかったらしい。


「その質問に答えるのが、一つ目の願いかな?」


ジョセフの言動に僅かにも心を動かされることなく、相変わらずの不気味な笑顔で太田は応じた。
人の尊厳を踏みにじることに何の躊躇いを覚えない卑劣漢を前に、ジョセフの怒りは更に募り、
その激情はついに彼の意志を飛び越えて、口からこんな言葉を飛び出させてしまう。


「野郎〜ッ!! 嘗めくさりやがって!! それなら、願いを言ってやるぜ! スピードワゴンのじいさんを生き返らしてみろ!!
シーザーもだ!! そして俺たちの頭ん中にある爆弾を取り除いてみやがれ!! それが出来るっつーなら、今すぐやってみろ、太田ァッ!!」

「それがジョセフの願いでいいのかな?」

「やかましい!! さっさと……!!」


その先を言おうとした所で、突如永琳の怒号がジョセフの鼓膜を殴りつけるような勢いで叩いてきた。


784 : Hail 2 U! ◆BYQTTBZ5rg :2017/09/27(水) 23:44:16 H.wth54o0

「莫迦!! やめなさい、ジョセフ!! どう考えても、太田は……!!」


そこまで言った所で、今度は太田が永琳の台詞を邪魔してくる。


「おっと、ストップだ、八意永琳。言っただろう、僕は君に興味はないって? 君の助言や忠告はいらないんだよ。
これ以上、何かを喋るようだったら、この会談は無しだ。勿論、筆談なんかでジョセフに何かを伝えるも駄目。
僕は君ではなく、ジョセフと語り合いたいんだ。そのご自慢の頭で、僕の言ったことは少しは理解できたかい?」


その質問に、永琳は太田を無言で睨みつけることで答える。
彼女の態度に、太田は満足そうに頷くと、改めてジョセフへ向き直った。


「それで、ジョセフ、君の願いはさっきの三つでいいのかな?」


太田の声を耳にすると、ジョセフは額から泉のように湧き出る脂汗を腕で拭った。
すぐ隣で永琳が質量を感じさせてしまうほど凄まじい眼力の伴った視線を、彼に浴びせ続けていたのだ。
見られるだけで寿命が減ってしまう。そんな感覚に襲われたジョセフは自分は冷静であることを告げると、
永琳の目から逃れるように、急いで自らの思考に没頭していった。


(チクショー! どうにも太田のペースに乗せられているような気がするぜ。反省しねーとな。
おかげで、橙や霖之助、そしてシュトロハイムに変な罪悪感を覚えるハメになっちまった。
とりあえず、この件に関しては、あいつらの墓を作るということで勘弁してもらうとして、問題は願いだ。
大方、太田の答えは予想はできるが、これについて確認しないと話は進まねえ)


オレは冷静だぜ、と永琳を安心させるように再び伝えると、ジョセフは飄々と太田を見据えた。


785 : Hail 2 U! ◆BYQTTBZ5rg :2017/09/27(水) 23:44:45 H.wth54o0

「へい、太田ちゃ〜ん、さっきの単なる言い間違いだ。わりぃな。そして決まったぜ、オレの本当の願い」

「へー、興味深い。それじゃあ、その内容を聞こう」

「アラジンとかの話を初めて聞いた時から思っていたのよ。こういう時は、どうすればいいかって。
ズバリ、答えはこれ。オレの願いは、願い事を……」

「……あっ、叶える願い事を増やせっていう願いは、当然無しね。それに文句があるなら、今回の話は無かったということで」


ジョセフの言葉を待たずして、太田はその先を続けていった。
予想出来た反応ではあるが、がくりとジョセフは肩から崩れ落ちて、悔しがってみせる。


「あークソー! やっぱ、そうなるよなー」

「ンフフ、さすがにそれは僕も予想できたかな」

「……何か随分とオレの反応を気にかけてくるよね、太田ちゃん。そんなにオレのことが好きなら、
何故オレだけをさらってこなかったわけ? 他のやつらを巻き込む必要なんか全然ねーよな」

「その質問に答えるのが、一つ目の願いかな?」


雑談に興じて太田は自分たちの事情を話すつもりはないらしい。
願いを叶えるとか、とぼけた事をぬかす奴だから結構口が軽いのでは、と
思っていたジョセフの当ては残念ながら外れる形となってしまった。
もう少し太田との会話を続けて探りを入れるのもいいが、太田の言っていた「時間がない」も気になるところ。
実るか分からない果実を待って有限の時間を終えるよりかは、ここは素直に願いを言った方が有益なのかもしれない。
そう結論づけたジョセフは、いよいよをもって願いを言うことにした。


「それじゃあ、願いを言うぜ。さっき言ったスピードワゴンのじいさんとシーザーを生き返らせる願い、
そして俺たちの頭の中にある爆弾を取り除くという願いを、お前はどうやって叶えるつもりだったんだ?」

「へー、そう来たかー。確かにそれなら結構な旨味が得られるかもしれないね。ま、あればの話だけど」

「それで、どうなんだ?」

「その前に確認を一つ。それがジョセフの一つ目の願いでいいんだね?」

「ああ」


と、ジョセフが力強く頷くと、太田は黄色い歯を画面へと突き出し、その歓喜の情を露にした。


786 : Hail 2 U! ◆BYQTTBZ5rg :2017/09/27(水) 23:45:17 H.wth54o0

「Hail 2 U(君に幸あれ)! スピードワゴンとシーザーが生き返り、
皆の爆弾も解除されて、めでたしめでたしという夢を、ジョセフが一人見続けることになっただろうね」

「ちっくしょう! やっぱそういうオチかよ!」

「それで何か収穫はあったかな?」

「少し黙ってな、太田ちゃん」


と、悪態をつく一方で、ジョセフは頬に手をあてがいながら、考えを整理する。


(太田が提示した方法を、こっちがそっくりそのままトレースしていって無事に問題解決というわけにはいかねえか。
まあ、仮に今の質問に答えてくれたところで、その内容がスタンドみてえに個人の能力に由来するものだったら、
今の俺たちにはどうしようもねえんだけどよー。だが、元々そっちはついで。狙いは別にあるぜ。
今の願いで知りたかったのは、殺し合いを直接破綻させる願いを叶える気が太田にはあるかということ。
結果は、まぁ予想通り。それで二つ目の願いだ。直接が駄目なら、間接的に破綻させる願いってえのはどうだ?
しかし、知りたいことも、たくさんあるぜえ。殺し合いの目的、太田と荒木の居場所、何故この会談に時間に限りがあるのか、
そして俺の話を誰か聞いたとかではなく、何度も見返したという、その意味)


ややあって、ジョセフは頭を横に振った。相手の内情を訊ねても、意味がないことに気がついたのだ。
例え太田が本当のことを話してくれても、それが事実だと確認する術がジョセフにはない。
真偽の分からない情報を手に入れては、皆の間に疑心暗鬼を無意味に振りまくだけという結果にもなってしまう。
つまり、二つ目の願いについては、ジョセフ達が確認を取れる内容でなければ、太田の言葉の信用度を計れないということだ。


それなら、当初の通り、間接的に殺し合いを破綻させる願いが叶えられるかに絞っていっていいだろう。
そして「間接的」という部分を、なるべく「直接的」に近づけて、荒木・太田の打倒へと繋げていきたい。
だが、あまり近づけすぎては、願い自体が先の例のように無益なものとなってしまう。
大切なのは線引きだ。こちらが有利になるように、かといって有利になり過ぎない。
そんな微妙なラインを慎重に吟味し、そして明確にし、最後の三つ目の願いへと役立てていかなければならない。


787 : Hail 2 U! ◆BYQTTBZ5rg :2017/09/27(水) 23:46:54 H.wth54o0

「おし! 決まったぜ、二つ目の願い」


ジョセフの顔は晴れやかとは程遠いが、その瞳の奥に決意という光を輝かせて、太田を見つめた。
太田はワイングラスに並々と注いだ赤ワインを一気に飲み干すと、興奮の色を隠せぬ表情でジョセフを受けて立つ。


「うん、聞こう!」

「二つ目の願いは、この殺し合いの参加者の今現在の居場所を教えてくれ。勿論、死んだ奴も含めてだぜ」

「ンフフ、さっきのことを警戒してか、随分と遠慮したものだなぁ。二つ目の願いは、本当にそれでいいの?」

「……ああ、いいぜ」

「それじゃあ、Hail 2 U(君に幸あれ)!」


太田はそう叫ぶと、参加者の位置情報を淡々と述べ始めた。
ジョセフ、てゐ、永琳ら三人は慌てて地図を取り出し、そこに言われた名前を記していく。
そうして全員の名前を書き終わったところで、改めてジョセフはその内容を検分した。


(俺がここで出会った奴らの位置は、大体合っているな。正直、地図の上側と左側の方は全然分からねえから
確認のしようもないが、太田は俺の反応を楽しんでいるような節があった。それなのにリサリサとおじいちゃんの名前を、
柱の男たちやディオ・ブランドーと同じ位置に持ってきていないってことは、その悪趣味な目的とは外れているってことだ。
つまり、この位置情報に関しては、それなりに確度があることだと思う。でなければ、わざわざ皆をバラけさせる意味がねえ。
まあ、柱の男達は全員一緒にいるみたいだがな…………)


柱の男達については気になるし、何よりも太田がこちらの動揺を誘うために嘘をついたとも考えられるが、
その可能性を論じる前に、まずは永琳らにこの情報の整合性を訊ねるべきだと、ジョセフは彼女に目を向ける。
しかし、永琳はジョセフの視線に気づかず、地図のD-5のところでペンを止めたまま、ずっとそこを睨んでいた。
いぶかしげに思ったジョセフは思わず疑問を口にする。


「おい、永琳! どうかしたか?」


その声にハッと我に返った彼女は慌ててジョセフに目線を移すと、口を開かずに、おもむろに首だけを横に振った。
その動作に一瞬、疑問を覚えたジョセフだが、すぐにその意味を理解できた。


788 : Hail 2 U! ◆BYQTTBZ5rg :2017/09/27(水) 23:47:34 H.wth54o0

「ああ、そう言えば、あんた喋っちゃ駄目なんだっけ? それでこの位置情報は合っていると思うか?」


永琳は無言のまま頷くことだけを答えとする。彼女から見ても、参加者の居場所に嘘は感じ取れなかったらしい。
となると、願いはちゃんと叶ったと言っていいだろう。柱の男達が全員集合していることを考えると、
ジョセフとしては頭が痛くなるばかりの思いだが、これでひとまずの前進だ。


「私はジョジョとほとんど一緒にいたからね、この情報から得られることは貴方と同じだと思うよ」


足元から突然聞こえてきた因幡てゐの声に、ジョセフは思わず飛びずさる


「うおっ!? お前、いたのかよ!?」

「いや、いたからね!! さっきから、ずっといたからね!! キツネ相手に私が大活躍したの忘れたの!?」

「あーそうねー、分かってるよー、覚えてるよー。ちょっとした冗談だろ、てゐ」

「はぁ〜、まぁそれはいいけどさ、こっちの方はちゃんと分かってる? この情報が正確だとするなら……」

「そっちはマジで分かってるよ。その狙いもあって、さっきの願いを言ったんだからなあ」


全参加者の位置情報を把握している。それはつまり、太田たちはこの会場と参加者のことを監視しているということだ。
さすがにどんな方法でかまでは分からないが、荒木・太田の打倒を目指すなら、そちらへの注意も怠ってはならないだろう。
でなければ、肝心なところで奴らに足元をすくわれかねない。故に監視方法の早急な確認とその排除が必要となってくるが――。


(さて、三つ目の願いはどうする? それでいってみるか?)


ジョセフは永琳とてゐを脇に押しやり、再び思考に没頭する。


(まずは確認をしてみるか。一つ目と二つ目の願いで大体の指標はできた。
一つ、殺し合いを破綻させるような願いは、ちゃんと叶えられない。
二つ、殺し合いを破綻させない情報――参加者の現在地程度――は、問題なくこちらへと渡してくれる。
…………確認してみたが、結構微妙だな。クソ! 太田の言うとおり遠慮しすぎたかあ?
いや、でも、もっと踏み込んで願いが叶っていなかったら、今よりまずい状況になっていたかもしれねえ。
何にしても、後の祭りだ。今ある指標を頼りに、三つ目の願いを言わなければならない)


789 : Hail 2 U! ◆BYQTTBZ5rg :2017/09/27(水) 23:48:07 H.wth54o0

ジョセフが人目をはばからず頭を抱え込んでいると、太田は血色の良い顔にある病的なまでに痩せこけた頬をコミカルに歪ませ、
殺し合いの主催者として権威を高らかに鳴らしながら笑い声を発してきた。


「ンッフフ、悩んでいるところ悪いけれど、そろそろ時間も迫ってきている。三つ目の願いを聞こうか」

「まっ、待て! まだ考え中だ!」

「待て、というのが三つ目の願いかな?」

「だー!! やかましい!! 少し集中させろ!!」


ジョセフは必死の形相で言葉を吐き出すと、大慌てで考えに意識を集中させていった。


(クソ! どうする!? どうする!? 殺し合いを破綻させない、そして俺たちが有利になること。
何だ!? 何を願えばいい!? 監視方法か? いや、それは太田が殺し合いを進めていく上で必要なことだ。
それを奪うってえのは、太田にとっては破綻を意味するんじゃねえか? だったら、あいつらの内情を聞くか?
それで俺たちが何かを邪魔できるってわけでもないし、本当のことを話してくれるような気もする。
だが、そんな情報を得ても、俺たちがこの殺し合いで有利に動けるとも思えねえ。確かに色々と疑問は解決するがな。
なら、参加者の情報はどうだ? 誰が殺し合いに乗っているとか、誰それのスタンド能力とかは、結構重要だ。
しかし、それは他の参加者と出会って情報交換でもすれば、すんなりと解決しそうな気もする。
じゃあ、ここで発想の転換だ。情報ではなく現物を願う。飛びっきりのスタンド能力とか、会場を自由に素早く移動できる乗り物とか、
あるいは殺し合いに反対している奴らと連絡を取れる手段なんてえのも、面白いかもしれねえ。
……いや、これは俺たちにとって有利になり過ぎか!? 試してみる価値もありそうだが……。
ああ、クソ! 分からねえ! マジで本当に分からねえ! 俺は一体、何を願えばいい!!?)


チン、と太田は空になったワイングラスの縁を指で弾いた。
その音に意識を引き戻されたジョセフがパソコンの画面を見ると、太田は恋する女学生のようにうっとりとした眼差しをし、
その煌びやかな目とは正反対のような黄色い汚い歯を、アルコール臭い息と共に遠慮なくジョセフにさらけ出していた。
彼の醜悪な笑顔には、最早脅迫にも等しい不穏で不気味な色合いがある。どうやら時間切れのようだ。


ジョセフの考えは、まだまとまらない。最後に彼は藁にも縋る思いで、てゐに、永琳に目を向けてみた。
そうして、ジョセフは目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をして、自分の考えを僅かな時で再び整理する。
そして次の瞬間、ジョセフは決然と目を見開き、迷いを払うかのように力強く声を発した。


「よし! 決まったぜ、太田! 三つ目の願い!」

「いよいよか。思うに、この三つ目こそがジョセフの本命なんだろう? ンフフ、それじゃあ、聞こうか」

「ああ、三つ目の願いは――」


790 : Hail 2 U! ◆BYQTTBZ5rg :2017/09/27(水) 23:49:34 H.wth54o0



      ――
 
   ――――

     ――――――――



「まさか、ジョセフがあんなことを願うなんてなあ」


ジョセフとの通信を終えた太田は自らの部屋で一人、興奮も冷め切らぬ様子で呟いた。
ジョセフの願いは、太田のどの予想をも裏切ってくれたのだ。そして同時に十二分にジョセフの魅力も伝えてきてくれた。
太田は過ぎ去ったジョセフとの語らいに思いを馳せ、とろけそうなほど恍惚とした表情を作る。


「太田く〜ん、ちょっといいかな?」


と、そこに突然、太田の部屋の扉をノックしながらの荒木の声が聞こえてきた。
太田は驚愕のあまり、さっきの興奮もどこへやら、目を剥き出し、大口を開けて、叫び声を上げる。


「え!? 荒木先生!? ちょ、ちょっと待って下さい!!!」


パソコンは未だ電源が点いたまま。おまけに太田は裸同然の格好と来ている。
とても悠長に荒木をお迎えする状態にはない。えらいこっちゃ、と太田は慌てて服を掴み、
パソコンのプラグを引っこ抜こうと手を伸ばす。しかし、どうやら太田は慌て過ぎたらしい。
次の瞬間、太田はドンガラガッシャーン、と大きな音を立てて、転んでしまったのだ。


「太田君! すごい音がしたけれど、大丈夫かい!?」


音を聞きつけた荒木は心配してか、部屋の主の声を待たずして、部屋に押し入ってきた。
荒木のいきなり登場に、泡を食って立ち上がった太田は、パソコンを何に使ってたか、急いで尤もらしい言い訳を考える。
だが、その場で荒木が発した疑問の声は、太田の予想とは随分とかけ離れたものであった。


「お、太田君は、何故裸なんだい?」


見てみると、確かに太田は裸であった。先ほどの転倒の弾みで腰巻きのタオルが取れてしまったと見える。
太田は頭を掻きながら、申し訳なさそうに謝罪の言葉を述べた。


「すいません。荒木先生が来ると思ったら、つい……」

「僕が来ると思ったら、つい裸になってしまったのかい?」

「ええ、まぁ」


と、太田が答えると同時に、荒木はバタン! と大きな音で扉が閉め、ドタドタ! と大きな音を立てて廊下を走り去っていった。


「参ったなあ。荒木先生を怒らせてしまったかな?」


矢のように飛び去っていった荒木を目にした太田は、反省の意を込めて自らの頭をペチンと叩いた。


「確かに裸で人を出迎えるのは、些か以上に礼を失する。荒木先生が、あんな態度にでるのも無理はない。
あとで菓子折りでも持って謝りに行こう」


幸いにもパソコンの方には目を向けられなかったみたいだが、不幸にも荒木との確執が変な形で出来てしまった。
人生ままならないものだ、と太田は一人憂いの表情を見せる。
しかし同時に、それこそが人生の妙味でもある、と太田は一人ほくそ笑む。
人生とはお酒のように、時、場所、状況で味が変わってくるのだ。
だからこそ、面白くもあり、美味しいものに出会えた時には感動すら覚えてくる。
そしてそれは最早至福と言ってもいい、極上の体験だ。


「ンフフ、その為には、もっと、もっと『お酒』を醸さなきゃかな」


素っ裸で佇む太田は黄色い歯を剥き出しにして、舌なめずりすると、これからの宴に思いを寄せていった。


791 : Hail 2 U! ◆BYQTTBZ5rg :2017/09/27(水) 23:50:20 H.wth54o0
【D-4 香霖堂/真昼】

【ジョセフ・ジョースター@第2部 戦闘潮流】
[状態]:精神消耗(大)、胸部と背中の銃創箇所に火傷(完全止血&手当済み)、てゐの幸運
[装備]:アリスの魔法人形×3、金属バット
[道具]:基本支給品、毛糸玉、綿、植物油、果物ナイフ(人形に装備)、小麦粉、三つ葉のクローバー、香霖堂の銭×12、スタンドDISC「サバイバー」
[思考・状況]
基本行動方針:相棒と共に異変を解決する。
1:三つ目の願いは――!!
2:こいしもチルノも救えなかった・・・・・・俺に出来るのは、DIOとプッチもブッ飛ばすしかねぇッ!
3:シーザーの仇も取りたい。そいつもブッ飛ばすッ!
[備考]
※参戦時期はカーズを溶岩に突っ込んだ所です
※東方家から毛糸玉、綿、植物油、果物ナイフなど、様々な日用品を調達しました。この他にもまだ色々くすねているかもしれません。
※因幡てゐから最大限の祝福を受けました。
※真昼の時間帯における全参加者の現在地を把握しました。
※三つ目の願いは後続の書き手の方にお任せします。


【因幡てゐ@東方永夜抄】
[状態]:黄金の精神、精神消耗(大)、頭強打
[装備]:閃光手榴弾×1、スタンドDISC「ドラゴンズ・ドリーム」
[道具]:ジャンクスタンドDISCセット1、蓬莱の薬、基本支給品、他(コンビニで手に入る物品少量)
[思考・状況]
基本行動方針:相棒と共に異変を解決する。
1:太田!?
2:暇が出来たら、コロッセオの真実の口の仕掛けを調べに行く
3:柱の男は素直にジョジョに任せよう、私には無理だ
[備考]
※参戦時期は少なくとも星蓮船終了以降です(バイクの件はあくまで噂)
※制限の度合いは後の書き手さんにお任せします。
※蓬莱の薬には永琳がつけた目盛りがあります。
※真昼の時間帯における全参加者の現在地を把握しました。


792 : Hail 2 U! ◆BYQTTBZ5rg :2017/09/27(水) 23:51:51 H.wth54o0
【八意永琳@東方永夜抄】
[状態]:精神的疲労(小)、かなり濡れている(タオルで拭いてる)
[装備]:ミスタの拳銃(5/6)@ジョジョ第5部、携帯電話、雨傘、タオル@現地調達
[道具]:ミスタの拳銃予備弾薬(残り15発)、DIOのノート@ジョジョ第6部、永琳の実験メモ、幽谷響子とアリス・マーガトロイドの死体、
永遠亭で回収した医療道具、基本支給品×3(永琳、芳香、幽々子)、カメラの予備フィルム5パック、シュトロハイムの鉄製右腕@第2部
[思考・状況]
基本行動方針:輝夜、ウドンゲ、てゐと一応自分自身の生還と、主催の能力の奪取。
       他参加者の生命やゲームの早期破壊は優先しない。
       表面上は穏健な対主催を装う。
1:・・・・・・
2:レストラン・トラサルディーに移動
3:しばらく経ったら、ウドンゲに謝る
4:柱の男や未知の能力、特にスタンドを警戒。八雲紫、藤原妹紅に警戒。
5:情報収集、およびアイテム収集をする
6:計画や行動に支障が出ない範囲でシュトロハイムの事へ協力する
7:リンゴォへの嫌悪感
[備考]
※参戦時期は永夜異変中、自機組対面前です。
※シュトロハイムからジョセフ、シーザー、リサリサ、スピードワゴン、柱の男達の情報を得ました
※『現在の』幻想郷の仕組みについて、鈴仙から大まかな説明を受けました。鈴仙との時間軸のズレを把握しました
※制限は掛けられていますが、その度合いは不明です
※『広瀬康一の家』の電話番号を知りました
※DIOのノートにより、DIOの人柄、目的、能力などを大まかに知りました。現在読み進めている途中です
※『妹紅と芳香の写真』が、『妹紅の写真』、『芳香の写真』の二組に破かれ会場のどこかに飛んでいきました
※リンゴォから大まかにスタンドの事は聞きました
※真昼の時間帯における全参加者の現在地を把握しました。


○永琳の実験メモ
 禁止エリアに赴き、実験動物(モルモット)を放置。
 →その後、モルモットは回収。レストラン・トラサルディーへ向かう。
 →放送を迎えた後、その内容に応じてその後の対応を考える。
 →仲間と今後の行動を話し合い、問題が出たらその都度、適応に処理していく。
 →はたてへの連絡。主催者と通じているかどうかを何とか聞き出す。
 →主催が参加者の動向を見張る方法を見極めても見極めなくても、それに応じてこちらも細心の注意を払いながら行動。
 →『魂を取り出す方法』の調査(DIOと接触?)
 →爆弾の無効化。

※テーブルに橙、シュトロハイム、霖之助、藍のディパック(中は全員基本支給品のみ)、賽子×3、トランプセット(JOKERのみト
 リックカード)、マジックペン、焼夷手榴弾×2、飲みかけの茶が入った湯飲み(ジョセフのだけ茶柱)@現地調達が置かれています
 店内に橙の死体、霖之助の死体、秦こころの薙刀が突き刺さったまま仁王立ちのシュトロハイムの死体があります
 また、霖之助の側の椅子に宮古芳香の首が鎮座してます
 川の近くに藍の死体があります


793 : ◆BYQTTBZ5rg :2017/09/27(水) 23:52:46 H.wth54o0
以上です。投下終了。


794 : ◆qSXL3X4ics :2017/09/28(木) 20:10:51 Ris0PpgU0
荒木と太田、温泉入ったり食レポ始めたり妙な勘違いでドタバタしたりと、友達感覚すごい
ジョセフに突如もたらされた願い、三つ目の願いも含めこれをどう糧にしていくかが気になりますね
庶民感と大物感のバランスがとても味わい深い、中々新しいボスが引き出されていて魅力を感じますね。

さて、昨日の今日となりますが(ゲリラ)投下します。


795 : 悪魔の円舞曲を踊りましょう :2017/09/28(木) 20:13:39 Ris0PpgU0
『ディアボロ』
【黎明】D-6 迷いの竹林


『ボス……ぼく今、荷物に入ってたこの『参加者名簿』とかいうヤツ見てるんですけど』

「あぁ。そこに連なる全員が私達の敵となるだろう。事前に目を通しておくことは非常に重要だ」


つい先程、私達で一泡吹かせてやった紫髪の小娘。突如現れた日本人らしきガキに惜しいところで横槍を入れられ、小娘諸共逃げられた。
奴らを追ってこの竹林地帯に入り込み、ほんの少しの休憩中に我が半身ドッピオが突然『通信』を掛けてきたのだ。
支給品『壁抜けののみ』の説明をしっかり把握し終えたドッピオは、例によってその辺の小石を媒体とし『私』へと接触を試みる。



別段、特筆することもない。これはただのお喋りの一過程で、その内容に意味など求めたって仕方ないやり取りだ。



『あのブチャラティとかジョルノ・ジョバァーナ……ミスタやトリッシュも。それにプロシュートって確か、壊滅した暗殺チームの一人じゃないですっけ』

「名簿に嘘がなければ、私がこの場に呼ばれている事と似たような理屈だろうな。……俄かには信じられんが」

『大体は知らない奴の名だけど……でもこのポルナレフって奴も、確かボスが昔殺したはずの男ですよね? コロッセオで生きてましたけど』

「同姓同名の別人でなければ、ポルナレフは既に殆ど戦闘不能の身体だったはずだ。脅威とは言えん」

『ですよね。……でも、ボス。ぼくはその近くにある、この『空条承太郎』って名前を知っているような気がします』

「……ああ。奴はある意味、裏界隈では有名人だからな。パッショーネの中でもその日本人を知っている奴は何人かいる」

『ちょっとした噂ですよね。───“時間を止めるスタンド使い”空条承太郎って』

「我がパッショーネの情報網によると奴は現在、あのSPW財団と繋がっているらしい。このゲームの中でも飛び切りに厄介な敵となるだろう」

『腹、括らないといけませんね。…………ねえボス、至極くだらないこと、お聞きしてもいいですか?』

「なんだ?」

『時を止めるとかいうその日本人の噂を聞いてぼく、ちょいと思ったんです。もしそいつとボスが戦ったら…………』

「……戦ったら?」

『……いえ、なんでもありません。ぼくとしたことが、愚問でした』

「ふん。大方『この私と空条承太郎が戦ったらどっちが強いか?』などと訊くつもりだったんだろう」

『い、いえそんな! 勿論ボスが勝つのは分かりきったことです! 本当にちょっとだけ、ボス自身にも訊いてみたくなったってだけで……』

「勝つのは───私だ」

『! で、ですよね!』

「根拠のない自信を述べているわけではない。『時を止める能力』と『時を吹き飛ばす能力』が戦えばどうなるか……歴然とした論理の下、私なりに導き出した結果だ」

『歴然とした論理、ですか?』

「簡単な理屈だ。そういう意味でも、確かにお前の訊いたことは至極くだらない質問だったな」

『流石はボスです! ……で、その理由と言いますと?』

「ドッピオ。お喋りもいいが、名簿と支給品の確認が済んだならさっさとあの瀕死の雌ガキを追わなければ、完全に逃げられてしまうぞ」

『あ……そ、そうですね。すぐに向かいます───永遠亭へ』

「急ぐのだドッピオ……全ての参加者を滅ぼすためにな」


結局はどこへ着地することもなかった、本当に意味などないお喋り。
周りを包囲する大波のように背の高い竹林の中。それは狂気の如く紅き満月下での“独り言”に過ぎなかった。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


796 : 悪魔の円舞曲を踊りましょう :2017/09/28(木) 20:14:47 Ris0PpgU0
『F・F』
【真昼】C-2 地下道


身もさむざむと凍るようなひんやりとした空気。このアンダーグラウンドの世界で彼女は──F・Fは、およそ考えられ得る限りで最悪の邂逅を果たしてしまった。
刻。地。状況。そして何といっても『相手』の得物が、今この場においてはひどく食い合わせが良くない。


「……っ!? 貴女……トリッシュ?」

「…………っ」


薄暗い地下水道。響く音といえば、すぐ横を走る一本の長い水路。そこを伝う水流の醸す、不気味にも聴き取れる静かな旋律。そして、霊夢と承太郎を救うべくして駆け抜ける十六夜咲夜の肉体……F・Fの足音のみであった。
施設内の構造上、敵と鉢会えば一触即発回避不可の戦闘へ直ちに転ずるであろう長廊下。F・Fとて周囲への警戒心を最大限へ引き伸ばしての捜索。
にもかかわらず『その少女』は、まるで突然その場に舞い降りたかのような、幽霊とも見間違えかねないふわりとした足取りで目の前に立っていた。
距離にして十メートル程の地点。F・Fは予期せぬ遭遇に足を止め、暗闇でも透き通る輝きを刀身に纏うナイフを一本、懐より取り出して相手を睨んでやった。

質素な蛍光灯から照らし出される相手の顔は、F・Fも見覚えがある。何といってもついさっき別れた集団に混じっていた者であるのだ。
名を、確か「トリッシュ」。交わした言葉は多くなかったが、情熱の意を持つパッショーネを象徴するかのような煌びやかな赤髪と、どこか年齢にそぐわぬ固い意志を秘めた瞳は印象深く思っていた。
何より彼女は霊夢と承太郎の救出を引き受け、そして先ほど軽トラにて先に行かせた筈だった恩人の一人。忘れようがない。
故に思わず反射的に口から出た彼女の名に、少女が一瞬反応……というより戸惑いの様な機微を示したように見えたのは、およそ冷静とは言い難い現状のF・Fが生んだ錯覚だろうか。

「まさかこんな地下で再会するとは思ってもみなかったわ。……貴方一人かしら?」

「……ええ、敵に襲われて。ジョルノとも逸れてしまったわ」

どこか違和感を感じながらもF・Fは、何よりも性急に問わねばならない事を尋ねる。今のF・Fにとって、それ以上に重要な事などない。

「霊夢は!? 承太郎は無事なのっ!? 敵に襲われたって、二人はまさか……!?」

F・Fの最新の記憶によれば、あのディエゴと青娥に我々は完全敗北を喫し、自分は一人こんな地下にまで叩き落されたのだ。
阻止は失敗。追撃を許してしまったその後の敵の行方を考えれば、二人の身に何が起こってしまったかは容易に推理できる。
見る見るうちにF・Fの──十六夜咲夜の顔色が青ざめていく。トリッシュがこの場に居るということは、つまり“そういうこと”なのではないだろうか、と。

「霊夢……承太郎……ね」

F・Fの尋常でない焦燥に反し、目の前のトリッシュはいたって平静を保っている。わざと言葉を溜めてこちらの焦りを引き出そうとでもしているんじゃないかという程にまで見えた。
その冷淡ともいえる様子は、F・Fの心にイラつきと同時にある種の齟齬のようなものを僅かにだが植え付けた。

「トリッシュ……? 何を冷静にボソボソ呟いているの?」

「いえ。それよりアナタ……上に出たいんでしょう? 地上への出口なら……この先にあるわ」

そう言ってトリッシュは、今まで自分が歩いてきた道を見せびらかすように道を開け、その後方を指で指し示した。
どこまでも落ち着いた、気障とまでいえる態度を身に纏うトリッシュの瞳に、己の姿が反射して映った。
会話が、どこか噛み合わない。

「トリッシュ……私の質問に答えて欲しいのだけど?」

「霊夢と承太郎が今も無事かどうか。私がそれを知る術はないのよ。さっきも言ったように、私も襲撃を受けて今この地下に落とされた」

「……その『敵』っていうのは、ディエゴと青娥かしら」

「ガトリングを携えた、巨大な縄のようなものを背負った女。それと、頭にフードを被った男も居た。少なくとも男の方は、スタンド像が確認できたわ」

トリッシュの放った内容は、あの恐竜男と邪仙の特徴とは明らかに違う。つまりは更なる新手が、瀕死である霊夢たちに迫ったということ。
目の前の少女には若干の不審点が見受けられたが、そもそもF・Fとてトリッシュについてそれほどよく知らない。霊夢らを襲う危機と比べれば、無視できる範疇にある些細な違和感だ。
そんなことよりは、今は恩人たちへの救命を第一優先。只でさえ気絶していたというのに、これ以上こんな所で油を売っていられるわけもない。


797 : 悪魔の円舞曲を踊りましょう :2017/09/28(木) 20:16:03 Ris0PpgU0

「さあ……私が地上まで案内するわ。早いところ行きましょう」

トリッシュは背後を指す手とは逆の腕で、F・Fに対して軽くカモンの動作をとった。
しかし何だろうか。暗闇で背中をそっと撫でられるかのような、この正体不明の気持ち悪さは。

「どうしたの……? 急いでるんでしょう。私も同行するから……二人を助けましょう」

その通りであるはずだ。こんな事をしている間にも二人は彼岸へと近づいているかもしれない。何を躊躇しているのだ。

「……ええ。確かに、急ぐべきですわ」

言いながらもF・Fの脳裏に、トリッシュへの違和感は積もり続けるばかりだ。
足早にトリッシュが示す先へ向かおうとする。駆け抜けるような真似はせず──否。それが出来ない。
燻る疑問の種が、F・Fを少しずつ警戒への姿勢に変えゆこうと動く。競歩の速さで、F・Fはどんどんとトリッシュに近づいてゆく。


(トリッシュ……向こうの方角から私の元へ近づいてきた。一本道の地下水道だし、他にルートはない)


確かにトリッシュが歩いてきたであろう方角は、F・Fの走ってきた反対方向───すなわち、今トリッシュが指で指し示している方角だ。
トリッシュからすれば逆方向に戻る形となる。そこが、どうにも不自然。
彼女は今、敵に襲われこの地下に落とされたと説明した。そこからここまで歩いてきたのだと。


(何故、さっさと地上へ戻らなかった? 上への出口を知っている風に言っておきながら)


思考しながらF・Fは足を止めない。段々と、段々段々と出口への方角───トリッシュの横を素通りしようと歩みを続ける。


(この地下をわざわざ進む必要があった? 私を見つけた途端、彼女は案内するなど吐いて即座にUターンを開始した……)


霊夢が心配だ。承太郎といえどあの重傷……手当てを受けているとはいえ、本来ならいつ死んだっておかしくない致命傷。


(間違いなくトリッシュの姿。だけど、例えば何者かが『擬態』した姿の可能性は?)


それでも、一度浮かべた疑惑は中々消え去ってくれない。切迫した事態であるのにもかかわらず、F・Fの足は段々と歩行速度を落としてゆく。


(さっき彼女……同行していたジョルノの名を出した。状況に矛盾はない。それといって、口を滑らせたことは言ってないみたいだけど)


右手に携えた銀のナイフを、綺麗に持ち直す。時間も1秒だけは止められる。『もしもの事態』には対応できる。


(そういえば……彼女、一度も私の名前を呼んでない……?)


思い過ごしならそれでいい。だが『敵』であったならば。


(いえ…………口を滑らせたのは、まさか私の方? 初めに、真っ先に『トリッシュ』の名を呼んでしまった)


いよいよF・Fの足は完全に動きを止めてしまった。トリッシュとは、その距離約5メートル。


798 : 悪魔の円舞曲を踊りましょう :2017/09/28(木) 20:16:38 Ris0PpgU0

(少し、発破を掛けてみようかしら)



「……ねえ、トリッシュ。その前になんだけど……ちょっと私の『名前』呼んでみてくれないか、し…………──────!?」



口を開いたF・Fの表情は、台詞を終わらせない内にまたしても───しかし、ここに来て一気に青ざめた。一瞬にて蒼白に彩られたのだ。

今度こそ彼女は自身に迫る、別方向からの『真の緊急事態』を認識できた。完全に。



(ウソでしょ──────ッ!)



眼前のトリッシュも、言いかけた言葉も、何もかもをも無視してF・Fは…………怒涛の勢いで身を翻した。

逸散走りという言葉を体現するように。トリッシュに対して全身の隙を丸出しにしてでも、背を向けて逃げ出した。

刻。地。状況。それら全てが、F・Fの敵に回っている。

今、彼女を襲った最悪の危険とは、眼前で手招きする少女などではない。



己が頭の中に、警告信号が不気味に赤光りし……舌舐めずりでもするかの様に妖しく待ち構え、潜んでいた。







『警告デス! 30秒以内ニ タダチニダッシュツ シテクダサイ! ココハ禁止エリアナイ デス!』







            ◆


799 : 悪魔の円舞曲を踊りましょう :2017/09/28(木) 20:17:07 Ris0PpgU0


その『悪魔』は、選択の扉を開いた。

ディアボロ。今の彼は未来を見通す力が消失している。自らの手で暗闇の荒野を切り開くことのみが、彼が前進する唯一の方法。
『大人しく禁止エリアに引っ込んでいればいいのに』
『エピタフを置いてくるなんてどうかしている』
未だに頭の中を反射するそんな弱者の声は全て残らず振り払い、消し去っていく。
恐怖に膝を屈して得た『勝利』という対価の価値は、如何ほどのものか。あるいはそれこそが一般的な選択の扉であり、しかし決して帝王の選ぶべき扉ではない事と知った。
自分は既に選択を終えたのだ。今更過去を悔やむ暇などあろうはずがない。
前進しか残されない己の道は、早くもディアボロに次なる選択の扉を与えてきた。

女。どこか目を見張る妖艶さと冷徹さを身に着けてはいるが、顔立ちに僅かに残った幼さを観察してみると、あれは少女といって差し支えないかもしれない。
所謂メイドなる衣装を纏った銀髪の女が、トンネルの奥からやって来ていた。このジメジメした薄暗い場には間違っても似合わない、優艶たる少女だ。
予想通りといえば予想通り。先ほどトンネル内に広く響き渡った女の声を求め、ディアボロは進んで来たのだから。
だが予想を超えてといえば予想を超えた遭遇。まさかこれほど勢いよくこの『禁止エリア内』に突っ込んでくるとは、流石のディアボロも思わなかった。

そうだ。ここはC-2禁止エリア。異例中の異例であるこのディアボロを除き、全ての参加者にとってはまさに悪魔のエリアである筈なのに。
どうしてあのメイドは、これほど迷いなく突っ切ってこれるというのだ……?
初期対応をどう捌くか、ディアボロはほんの僅か逡巡する。問答無用で攻撃か、無力の少女を装って不意打ちでもいい。
ともあれ、隠れ場所など無い。堂々と現れ、相手の出方を窺おうとした時……思いもしない言葉が向こうの口から先に飛び出した。


「……っ!? 貴女……トリッシュ?」

「…………っ」


トリッシュ。それは間違いなくこの『肉体』に元々与えられた名……我が娘の名だった。つまりはトリッシュとこの少女は知り合いだということになる。
一瞬の戸惑いの後、まずは安堵。もしもこちらから初対面のように声を掛け挨拶などしようものなら、三文芝居の大根役者がノコノコ突っ込んで来たと、秒殺で相手にバレていた。
そして、彼女に対して積もっていた疑問はこのとき、あっという間に氷解する。


(このメイド……間違いない。コイツはつい先ほど行われた『放送』をまるで聴いていないッ!)


漫画や居眠りに夢中で放送を聴き逃す馬鹿者でもない限り、死者として読みあげられたこのトリッシュの姿を見て呑気していられる訳がないし、第一禁止エリアに進入する愚行など行わない。
バカめ……と、思わず口角を悪魔の形相のように歪めたくなる衝動を必死の思いで抑え、ディアボロは即座に策を構築する。

───この女の脳味噌を、夏花火のように綺麗にブチ撒けて殺してやろう。

禁止エリアに進入後、10分で頭部は爆破される。簡単なことだ。たった数分コイツをエリア内に足止めするだけで、後は勝手に派手な音をたててドブネズミの餌が出来上がる。
自分の爆弾が既に機能していない以上、この土俵での立ち回りに圧倒的な利があるのはディアボロの方だ。


「まさかこんな地下で再会するとは思ってもみなかったわ。……貴方一人かしら?」

「……ええ、敵に襲われて。ジョルノとも逸れてしまったわ」


さて、新生ディアボロの最初の贄となるこの女……このままマヌケにも目の前で爆裂してくれるのか。
面倒臭いようなら……方法は幾らでもあるのだ。
こうして笑いを堪えるだけでも、一苦労だな。

            ◆


800 : 悪魔の円舞曲を踊りましょう :2017/09/28(木) 20:17:41 Ris0PpgU0

予想はしていた事態だったのに。だがこの結果は些か予想を大きく飛び越える、最悪の事態。
私は第二回放送を見事に聴き逃している。当然ながら新たに加えられた禁止エリアが今、自分が立っているC-2だったなんて知るわけがなかった。
主催の温情とも言える措置……取り敢えずは進入後10分間は安全だという設定に今は感謝するべきかしら。
もとより心に警戒はあった。このエリアが地雷原かもしれないという危惧を常に持ち、これでも慎重に行動していたつもりだ。
そんなタイミングで別の参加者に遭遇すれば、保っていた危惧とやらも彼方へ吹き飛ぶのが人の心。新生物の心。
その思い込みが今回、こうして最悪の形で牙を剥いてしまった。

(マズイ……ッ! ヤバイ……ッ! 残り30秒! ここはエリアのどの辺り!? 間に合うか……ッ!)

元の肉体の持ち主・十六夜咲夜は運動神経に関しては、人間にしては抜群の高水準にあった。
当然足も速い。速い、のだけど……例えばここがエリアの中心近くだとして、エリア外に脱するには最悪500メートル。たった30秒でその距離を走り抜けるのは天狗や吸血鬼でもない限り、あり得ない。

(アイツ……トリッシュ、なの!? 明らかに私をハメるつもりで禁止エリアの奥に誘い込んできたっ!)

トリッシュだろうが偽者だろうが、奴の意図が判明した以上は敵だ。その敵を背にし、恥も外聞もかなぐり捨てて私は逃げ出している。
さっき『C-2』と書かれたプレートを通過してきたのは覚えている。警戒しながらであったし、そこから大した距離は通ってないはず。
ならば全速力で駆け抜ければ、まず脱出は可能であるはずだ。
しかしここからだ。真に恐ろしく、理解不能なのは背後の存在だった。

(ワケが分からない……あの女、どうして“爆破されない”!? アイツも私と同じ、放送聴き逃しのウッカリ組だったってワケ!?)

疾走し続け、脳に酸素が充分に供給されずにいる状況で、私の思慮はもはやトリッシュの姿をした敵の謎に集中している。
あの女、何故この場所に居る? 先ほどの『警告音声』は私の脳内のみで流れたようだけど、奴も自分と同じく警告は受けたはずだ。
恐らくは私よりも先にこのエリアへ到着しておきながら、のうのうと生きて、そのうえ罠まで張った。蟻地獄の中心に誘い込もうと猿芝居を打ったのだ。


(くそ……! 考えてる場合じゃないかも、ね……! 『使う』しかない!)


            ◆


801 : 悪魔の円舞曲を踊りましょう :2017/09/28(木) 20:19:24 Ris0PpgU0

この私に対し何か台詞を投げ掛けようとしたメイドは、呆けたように唇を開いたまま言葉を切り、かと思えば突如身を翻して撤退行動に出た。
すぐにも「見破られたか……?」と焦りが過ぎったが、しかしそうでない可能性に行き着きピンときた。
大方のところ、放送と同じ要領で警告のような音声が奴の脳内で流れたのだろう。
逃走の直前、奴の顔に浮かんだ呆けはまさに、見知らぬ声に驚き胸を冷やしたかのような反応だったのだ。

(さて小娘よ。残された時間はあと何秒かな? 10秒? 30秒? ……絶対に逃がしはしない)

当然だが、逃げ出すメイドの背中を呑気に見送るわけがあるか。相手が背を向けたとほぼ同時、シマウマを狩るライオンが如き全速力で一気に詰め寄る。
が、ここで今の私はあくまで『少女』の肉体だという枷を嵌めている事に否応でも気付かされた。成人男性でそれなりの脚力を備えていたかつてとは、えらく勝手が違う。
慣れない肉体。少女並みの運動能力。目線の低下。そこに加えて、あまり変わらない年齢差であろう相手との脚力は、雲泥の差とも言ってよかった。

引き離される。少しずつだが、奴の背中に光るエプロンドレス姿は縮小の一方だ。
せっかく敵自らヒグマの巣穴へのこのこ入り込んできたのだ。このまたとない好機、むざむざ見逃すなどという醜態は晒せない。


(虎の子を出し惜しんでる場合ではないか……『使う』しかない!)


───時間をブッ飛ばす。

キング・クリムゾン。それ以上に私を悪魔足らしめんとする武装など存在しない。
未来を視る力『エピタフ』の発動が不可である以上、K・クリムゾン発動中に周囲の動きの軌跡を予測する術は皆無。
しかし『盾』を捨ててなお余りある強大な『矛』は、タイマンでの闘いにおいて無敵なことに変わりない。時間操作能力に初見で対応できる輩など居るものか。
スタンドの右腕で壁のコンクリートをゴリゴリと削り取り、拳大に丸め込んだ破片をグッと握り込む。投擲武器など身近な物で幾らでも代用が利く。

「時間跳躍と同時に撒かれるこのコンクリの雨を躱す術はないッ! 内臓全部ブチ撒けさせて下水のカビにしてやろうッ!」



  ドォオ――――――――――――ン………!



………………………

……………

……




「──────あ?」


形容しがたい感覚が襲った。言葉では説明しようのない、抽象的な悪寒とも言うべきか。
私はまだK・クリムゾンを発動していない。その直前、全身の肌に氷でも貼り付いた様な気味悪い感触が舐ってきたからだ。
何かされたのか? だが異変はそれ以上の違和感へと昇華はされず、「何かされた」という至極曖昧な変容のみで終わって一抹の不安を纏わせた。

(……なに? 何か様子がおかしい……!)

チラと周囲に首を動かすも、この薄暗い地下景色には何一つとして変化は起きていないのだ。
何か……何かされたのだ……! だがその『何か』に辿り着けない。私はこの感覚をずっと以前から知っているようで、しかしどういうわけだか解まで至れずにいた。

「まあいい……何かわからんがくらえッ!」


802 : 悪魔の円舞曲を踊りましょう :2017/09/28(木) 20:19:53 Ris0PpgU0



  ドォオ――――――――――――ン………!



………………………

……………

……




「──────ン!?」


まただ! またさっきの『形容しがたい感覚』ッ!
手に握りこんだコンクリ片を投擲する直前、またしてもあの悪寒が私の肌を舐めた!
二度目ともなれば気のせいなどと楽観できるわけがない。そして、今回こそは私の目に『ハッキリとした形』で変容が見えた!

「アイ、ツ……あの小娘、まさか……」

前を走っている女。その背中が、例の感覚が襲った瞬間、僅かに小さくなった。つまり私の目から見て『一瞬で距離が離された』ということになる。
奴の姿は視界に捉えたままでいるのだ。加速した、という感じではない。これが比喩でなく、本当に“一瞬で距離が離されている”としたら。


───次は見極めねばならない。


私は猛然とひた走りながら、神経を集中してメイドの背を凝視した。
そろそろ来るはずだ。マセラティの高級車へ泥塗れの手足で入って来られるかの様な、あの不躾とした嫌悪の正体……!



  ドォオ――――――――――――ン………!



メイドの背が、三度遠ざかった。


「ぐッ……!?」


三度目となれば間違いない。受け入れたくはないが、もう決定的だ。

侵された。
半身を失い、本来の絶頂の座から降りてしまった私の──オレの矜持に最後に残された『帝王の世界』をッ!
あろうことか目前の女は、こちらへと見向きもせずに土足で!

軽々と入門してきやがったッ!



「───ぁ、の……女ァァ!!」



確定。
オレを置き去りにして爆走する謎の銀髪メイドは…………『時を止めながら』走っている───!


            ◆


803 : 悪魔の円舞曲を踊りましょう :2017/09/28(木) 20:20:40 Ris0PpgU0


『残リ20秒デス。ソノママ直進・シテ・クダサイ。ココハ禁止エリアナイ デス』


まだ、エリアを出ない。100メートル程は猛進しただろうけど、頭の中で鬱陶しく反射する警告は鳴り止まない。
着々と『死』が迫って来ている。一つはカウントダウンという形で、脳内へ。もう一つは、後方より迫るトリッシュの形貌を模した謎の敵。
どちらも驚異的だ。もはや背後の存在は殺気を隠そうともせず、殺す気満々で私を追って来ている。
何故アイツは禁止エリア内に潜んでられたのか? そんな当然の疑問はひとまず横に置いておく。今は速やかにこの窮地を脱することだけを考えろ。


(…………一呼吸。何度も、とにかく何度だって!)


時間を止める。
たかだか1秒だけども、それはとんでもない事なのだと思う。
宇宙の。万物の理を捻じ曲げようというのだ。人の身でありながら。
十六夜咲夜も。空条承太郎も。DIOだってそうだ。あの月の姫もそういった事が可能だと聞く。
全くもって恐ろしい。本当にそう思う。
だが今は私にも───F・Fにも、かの技術は受け継がれている。捻ったベルトをそのまま装着し、強引に着こなすかのように歪な未完成形ではあるけども。

これも運命なのだと捉えましょう。
私が〝十六夜咲夜〟を受け継いだのだから。
咲夜の心臓(こころ)と時間(いのち)は、既に我の表裏。
そう簡単に散らせては、恩人達と……お嬢様にも申し訳が立たない!


(よし! 『一呼吸』……時を止めつつ時間を稼いで、1秒でも早くここから脱出を!)


時止めの連続使用は不可能だ。その制限が、一呼吸置かせるという多大な隙を生ませている。
逆に言えば、呼吸を置きさえすれば無制限。ならば何度だって。何度だって!


「もう一度…………『咲夜の世──────」



  ドォオ――――――――――――ン………!




………………………

……………

……




「──────んん!?」


時間を止める〝咲夜の世界〟を発動したと同時。なにか……何か形容しがたい感覚が私を襲った。
言葉では如何とも表現しにくいけど……肉体から剥がされた精神のみを奈落まで突き落とされた様な、全身がフワッとした奇妙な感覚。
今見ていた夢を、起きてからすぐ忘れてしまうことのようにモヤモヤとした気持ち。

私は今、確かに時間を止めたハズだけど……!

能力を発動したなら、“発動した”という感覚が脳に刻み込まれているはず。
不思議なことに、その記憶がない。時を1秒止めたのなら、止めた分だけ距離を稼いでるはずなのだが、その分の距離すら走っていないようにも思える。
何か、様子がおかしい。

(あの女……何か、した?)

首を回し、後方に迫る少女の姿を確認する。
完全にこちらを殺す気満々の瞳なのが見て取れる。あれは狩人の目だ。
やはり妙だ。距離が離れていない気がする。時間は……止められていなかった?

(……今は何よりも距離を稼ぐことの方が最優先! もう一度、時間を止めるッ!)

一呼吸。
次いで詠うは──────『咲夜の世界』。


804 : 悪魔の円舞曲を踊りましょう :2017/09/28(木) 20:21:14 Ris0PpgU0


  ドォオ――――――――――――ン………!



………………………

……………

……




「──────え!?」


首を後ろへと回したまま、その視界一杯にまるで弾幕のようなコンクリ片の嵐が、今にも私を撃ち沈めようと周囲を取り囲んでいた。
いつの間に!? あの女が攻撃するような素振りを私は一片も見ていない!


(時間を、止、め──────られない!?)


例によって身震いするような悪寒が私を包んだ。このコンクリ片が注がれたのはその一瞬後……いや、まさにその瞬間に空間に突如現れたように見えた。
慌てて時止めを発動せんと〝咲夜の世界〟を唱えようとするも……やはり時は止まらない。

「あぁ……ッ!」

時速何百キロの暴投だったろう。宙に突如として現れた幾重ものコンクリ片の豪速を、全ては躱しきれない。
腕を掠め、足を掠め、肩を掠め、肉片が飛び散ろうとも足だけは止めない。
止めたら今度こそ終わってしまう。脳が爆裂するか、心臓を貫かれるかのどちらかだ。

「アナタ……何をしたッ!?」

「…………」

走行フォームをバックステップに変更。多少速度は落ちるが、最優先はこの『敵』の能力の正体を見極めることが第一となった。
敵は私の苦し紛れの問いかけにピクリとも反応してくれやしない。実に不敵な無表情で私を追い込もうと駆けている。

(この女、やっぱり何か行っている! まさ、か……)

時間停止。
嘘だと言って欲しかった。このゲームの参加者に時間操作系は何人潜んでいるんだ!?

(いえ……それにしては少し辻褄が合わない部分がある)

辿り着きかけた解をそのまま受容することはせず、浮かび上がった疑には冷静な目を向けなければならない。
さっき、私は確かに時を止めようとした───違う、確かに時は止められたはずだ。止めたのだ。
時間停止の際に伴う疲労感が身体に残っている。次に襲ったコンクリの雨を躱す時止めが使用できなかったのは、そこから連続使用となったからだ。
自分で言ってて意味が分からない。時を止めた筈なのに、止まっていない。だが時を止めたからこそ、次に襲った攻撃を躱す為の時止めが連続使用となり、発動まで至らなかった。

例えば、こう考えれば矛盾は消える。事実として一度目は時を止められたが、奴はその記憶を私から抹消した。だから私は慌てて時間停止の連続使用に走ってしまった。

(……いや、矛盾だらけね。奴が私の記憶のみに干渉したのであれば、突然現れたコンクリ片や、一向に引き剥がれない相手の謎に説明が付かない)


一呼吸。
もう一度、今度こそ時を止めてやる。さあ行くわよ。お前は一体『何を』やっている?

───見せてみなさい!


「咲夜の世か──────」



………………─────────。

………………………

……………

……




「──────い゛!?」


バックステップで走る私の周囲には、優にさっきの倍はあるコンクリ片の数々が『現れていた』。
時止めによって引き離されるはずの女は…………まるで『離れていない』。
確かに発動しようと念じた時間停止も、まるで無かったかのように『吹き飛んでいた』。
私は奴が迫る瞬間も、攻撃する瞬間も『見ていないのに』!

時間を止め───ダメだ今度も止まらない!


805 : 悪魔の円舞曲を踊りましょう :2017/09/28(木) 20:21:55 Ris0PpgU0


「さ……『殺人ドォォーーール』ッ!!」


ナイフ! ナイフナイフナイフ!! ナイフナイフナイフナイフナイフナイフナイフ!!!
瓦礫の雨を撃墜できるだけのナイフを投げる! 投げる!! 投げる!!!
殺到するコンクリから我が身を守るように、周囲にナイフの雨あられを配置。十六夜咲夜がその肌へ徹底的に刻み込んでいた兼ねてよりのナイフ技術が、そのまま全神経を瞬時に可動させた。
弾き、逸らせ、反り、躱し、完璧な回避とはいえないほどの損傷を被ったが、対価として得られたものは充分。


(コイツも……間違いない! やっぱり時間操作系能力! 言うなら『時間を吹き飛ばす能力』ってとこか!)


同じ能力体系同士だから理解できる事柄もある。まず間違いなく、この女は時間に干渉し弄くっている。
例の感覚が襲うと同時、敵は私の時止めを無効化し! 私の周囲の光景も、まるで何秒か飛んだかのように進んでいた!
このマジックの種、時間停止じゃあない……! 寧ろそっちの方がよっぽどマシなぐらい、相性は最悪かもしれない……!


私の『止めた時間』までも、丸ごと吹き飛ばされているッ! おまけに私にはその吹き飛んだ間の記憶が一切無いッ!


「女ァ!! 貴様のような輩だけは絶対に生かしちゃおけんッ! 『キング・クリムゾン』!」


キング・クリムゾン! それがお前のスタンドの名か!
足をやられ、速度は大幅に減少。おかげでとうとう追い付かれてしまった。
時間停止は効かない! どうすればいい!?

……一呼吸! 次の攻撃を繰り出せる!


「と……時符『プライベートスクウェア』!」


この身体……十六夜咲夜の能力───『時間を操る程度の能力』。これは何も、時を止めるだけの能力に留まらないらしい。
有り体に言えば、時間停止の他に『時間加速』。逆に『時間減速』……つまりは、周囲に流れる時間をスローモーションの様に変化させることが出来る。

今! 時間を弄くり、敵の行動を緩やかにさせた! これで逃げ切──────



 ──「我以外の全ての時間は消し飛ぶッ!!」──



逃げ、切…………っ



――――――――――――………!











「───逃げ切れる……と、思ったか? 手こずらせてくれたな、小娘」


気付けば、頬には冷たいコンクリの床。お前にはそこが御誂え向きだと言われんばかりに私は、背中を強く踏みつけられて伏していた。
ダメだ。時を止めても、時を弛緩させても、コイツはその行為を丸々消去させてくる。


……強すぎる! 何だコイツの能力は!?


806 : 悪魔の円舞曲を踊りましょう :2017/09/28(木) 20:22:39 Ris0PpgU0


「少しおかしな表現ではあるが……キサマがどれだけ長い時間を止めていられようと、それは『ほぼゼロ秒』の間を動いているに過ぎん。
 たった1秒にも満たん『時』を可能な限り引き伸ばして動く、お前という名の『テープ』を、私はほんの数秒間だけカットする……
 丁度映画のフィルムを切り取るように、キサマの支配下にあるコマ割りだけをハサミでな。そろそろ気付いた頃だろう?」

「……お互い、理屈を越えて理解できる事ってあるものね。───『時間を吹き飛ばす能力』!」

「正直驚いたさ。あの近距離でコンクリの雨を避けた……いつぞやのポルナレフ並みの戦闘センスだ。
 というよりも、我が〝K・クリムゾン〟の発動を無意識的に察知したな? これも同じ時間操作能力同士、通じるモノがあるというワケか……」


極端な話、私が私の感覚で『1時間』だろうが『1日』だろうが時間を止めていられても、それは結局のところ『限りなくゼロ秒に近い』時の流れなのだ。
コイツはそれを読み、あくまで『先出し』で時を数秒か吹き飛ばしてくる。もし後手に回り先攻で時を止められたなら、コイツだって能力は発動できないと考えるのが筋だろう。時間が止まっているんだから。
私が時を止めていたのは一呼吸間隔……つまり今まで一定のリズムで能力を発動していた。何度か時間停止を喰らっていれば、先読みは容易い、ってことか。



『残リ10秒デス。ソノママ 前進シテクダサイ。ココハ禁止エリアナイ デス』



マズイ……! 捕らえられた状態での時止めは殆ど無意味! 時間が……来てしまう!


「そろそろ『爆破』される頃合ではないか? ン? 選ばせてやろうか。『私に殺される』か『勝手に脳ミソ撒き散らせて死ぬ』か」

「……その両方とも、お断りよ。お前が何故、禁止エリア内で平然としてられるかは知らないけど───」



「「「───脳ミソを撒き散らして死ぬのはお前だッ!」」」



幾人もの声と発射音が重なり、“私たち”は相手目掛けて無数のF・F弾を乱射した。
さっき、ナイフを振り撒いたどさくさに紛れて下水に予め撃ち込んでおいたのだ。
我がフー・ファイターズ……その分身をッ!

「……!? なんだ、この気色の悪い虫ケラ共は……!」

突如として現れた“我々”の奇襲を、私を捕らえたままでいるコイツが回避する術は無い! もし逃げようと私を解放した瞬間、今度こそ私は『先攻』の時止めでコイツを突き崩す!
生憎、このF・F/十六夜咲夜……『弾幕ごっこ』もお手の物でしてよ!


「私はまだ死ぬ訳にはいかないの! 喰らえェェ!! この周囲全てが『私』だァァーーーー!!」


逃がさない。この危険生物は、私がここで仕留める。
壮絶なる弾幕音がこの地下世界に乱反射した。楽園の巫女ですら、回避不能の反則弾幕。
ついでだ! コイツの身体の謎なら、死体解剖で解明してやるッ!


807 : 悪魔の円舞曲を踊りましょう :2017/09/28(木) 20:24:04 Ris0PpgU0





「──────キング・クリムゾン」





………………………

……………

……







「───確か『鏡の国のアリス』だったか。〝バンダースナッチ〟という凶暴な生物が登場する話は」


右腕の感覚が消失していた。左腕が“あった箇所”も同様に、猛烈な熱さが迸っている。
右脚……無い。左脚は……視界の奥に吹き飛ばされていた。


「曰く───『この怪物を止めることは時間の流れを止めるくらいに難しい』と大層な評を与えられているようだが……」


脳には白い靄でも掛かっているように、伝達神経が遮断されていた。同時に、私の『分身』も瞬時に崩れ落ちていった。
私は……何をされている。
首根っこを持ち上げられ、達磨のように四肢をもがれ、腹に風穴まで開けられ、まるで成す術なく……獣に睨みつけられていた。
千切られた断面からは、コールタールのようにドロドロした黒い液体が滴り続けている。中身であるフー・ファイターズ達だった。


「私からしてみれば、時の流れを止める程度の事など何の障害にも値しない。……怪物メイドよ。貴様は噛み付く相手を間違えたな」


この女……いや、コイツの本質はきっと、このトリッシュだった少女には内包していない。
ワタシと……同じだろう。死骸を貪り、器にし、弄んでいる。
トリッシュだった者。その瞳の奥にドス黒く燻るそれは、情け容赦のない殺意の眼光。
その殺意は、狂気的な殺人鬼らの放つ、荒々しいそれとは一線を画する。
これは本物の獣だ。コイツの目からその殺意を読み取るのは、本来なら至難の業なのだろう。
奴らは、獲物を仕留める時……驚くほど静かな目をしている。見た者を凍りつかせるような……


───まるで、悪魔。


「そういえば……『アリス』。そんな名の女も居たな。そっちの方はとうに殺してやったが、取るに足らんカスだったよ」


アリ、ス……。その名前は、知っている。咲夜の記憶が、うねるような嘆きを私へと訴えているようだった。
このまま野放しにしていれば、コイツは必ず霊夢たちにも牙を剥くだろう。


「我が世界は決して何者にも干渉されてはならない。……弾幕ごっこ? “おままごと”でもしているつもりだったのか?
 お前は最初の『紫髪の小娘』や、『兎耳の小娘』よりも随分と柔らかい。怪物とはいえ、所詮は人間か」


ゴミでも見るような視線で、悪魔は私の黒い血液を見下す。異常な嫌悪感と敵意が、既に無い手足へと注がれているようだ。

予想以上、だった。
コイツへの全ての物理的攻撃は、例外なく透過して無効化するらしい。特に遠距離攻撃や弾幕の類に対し……この悪魔は無敵だ……っ
ヤバイ。ヤバすぎる……弾幕攻撃を完全無効化するなんて……『私』の、いや、『弾幕』を操る幻想郷民の『天敵』じゃないのか……!?


「『未来』を視通すまでもない。キサマ程度の悪足掻き……『勇気』を振り絞る価値も無い」


……だけど、敵が悪魔というのなら……ワタシ、だって…………


───紅魔が牙。完全瀟洒なるメイドの皮を被った…………その腹に業宿す、悪魔の犬と畏れられる従者だ。

───こんな所で、恩も返せず死ぬわけにはいかない。





「──────ワタシ、は……霊夢、……っ、と……じょう、た……ぅ……を……、ま……───」





『時間デス。警告カラ 10分ガ経過シマシタ。貴方ノ脳ハ 破壊サレマス』






            ◆


808 : 悪魔の円舞曲を踊りましょう :2017/09/28(木) 20:24:38 Ris0PpgU0


「荷は下水に投げられたか。せめてもの嫌がらせ、というわけか? ……フン」


怪物の所持するデイパックを探したが、周囲には見当たらなかった。武器でも渡して戦力など増幅させたくない一心とでも言うのだろうか。
まあいい。このディアボロの振るう最強の矛は、未だ我が内に健在であるのだ。
時間を吹き飛ばす能力。まさに悪魔の如き力だと、我ながら思う。

床でくたばっている、頭部と四肢の欠損した肉叢をチラと見下ろす。
どんなに淑やかで綺麗なイタリアの女性群に混ざっていても、全く見劣りしない程に目を引かれる美しさだった。
そんな女も、今や見る影もない。ふわふわとした麗しい銀髪を流していた小さめの頭も、首から上ごと爆裂している。
醜悪な骸だった。虫ケラのように転がる死骸に開けられた様々な断面から流れ落ちる黒き血液は、まさにバケモノと言ったところだろう。
コイツが負け“犬”の遠吠えのように垣間見せた、あの凶暴な面構え。ヒトの身でありながら化け物を宿したメイドには、やはり冥土こそが相応しい。
……ああしまった。どうせなら脳ミソかっぽじって爆弾とやらがどんな物か、試しに見ておけば良かった。ドタマがこうなってはもう遅いか。


「……バケモノが」


汚いモノでも見るかのように、軽蔑の視線を注いでやった。
侮蔑の言葉で一蹴し、動かぬ奇形を下水のドブへと一蹴する。
派手な水音を立ててその巨ゴミは、じわりと赤黒い波紋を呼びながら水底に沈んでいった。
負け犬には、下水の底がお似合いだ。


「バケモノが」


心底、穢らわしい。
そのくせ、一丁前に我が世界へと入門までしてくる。本当に、此処にはバケモノばかりだ。
虫唾が走る。


「……ああ、クソ。バケモノめが」


吐いても吐いても、臓腑に沈んだ嫌悪感は消えてはくれない。
この世界には、まだまだこんなバケモノがウヨウヨと闊歩している。
そいつら全員を沈めて進まなければならないのだ。分かっていたことだが何とも気が滅入るものであるし、困難に立ち向かう事への恐怖心は簡単に払拭できるものではない。

それでも。この選択の扉を開けたのは己の手だ。
楽な近道を閉ざし、盾を捨て、勇気を携え、長き道のりを選んだのは己自身の心であるのだ。

後悔は、ない。



「さあ…………次だ。次。なるべく人間がいい。肉をホジるのが幾分楽だからな」



未だにバカ真っ直ぐにオレを追って来ていたあの兎耳。このオレに最大級の侮辱を与えてくれたジョルノ。
この際何でもいい。誰でもいい。どうせ全員殺すのだ。ドッピオばかりに無茶をさせるわけにもいくまい。
今オレは、帰る場所を取り戻す為に戦っている。
帰還の為。これは、オレ自身の……取り戻しの戦争なのだ。


レクイエムを奏でよう。悪魔が謳う鎮魂歌を、この世界の生きとし生けるカス共全てに……


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


809 : 悪魔の円舞曲を踊りましょう :2017/09/28(木) 20:25:11 Ris0PpgU0
【C-2 地下水道】

【ディアボロ@ジョジョの奇妙な冒険 第5部 黄金の風】
[状態]:爆弾解除成功、トリッシュの肉体、体力消費(中)、精神消費(中)、腹部貫通(治療済み)、酷い頭痛と平衡感覚の不調、スズラン毒を無毒化
[装備]:壁抜けののみ
[道具]:基本支給品、不明支給品0〜1(現実出典、本人確認済み、トリッシュの物で、武器ではない模様)
[思考・状況]
基本行動方針:参加者を皆殺しにして優勝し、帝王の座に返り咲く。
1:爆弾解除成功。新たな『自分』として、ゲーム優勝を狙う。
2:ドッピオを除く、全ての参加者を殺す。
3:ジョルノ・ジョバァーナ……レクイエムの能力は使えないのか?
[備考]
※第5部終了時点からの参加。ただし、ゴールド・エクスペリエンス・レクイエムの能力の影響は取り除かれています。
※能力制限:『キング・クリムゾン』で時間を吹き飛ばす時、原作より多く体力を消耗します。
 また、未来を視る『エピタフ』の能力はドッピオに渡されました。
※トリッシュの肉体を手に入れました。その影響は後の書き手さんにお任せしますが、スパイス・ガールは使えません。


810 : 悪魔の円舞曲を踊りましょう :2017/09/28(木) 20:25:50 Ris0PpgU0



カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ ───。
 トクン トクン トクン トクン トクン トクン ───。



この程度じゃあ止まらない。止まってくれやしない。
我が心臓(こころ)が、時間(いのち)が、奮い立てと響を刻む。
長針/F・Fと、短針/咲夜が、針(あし)を止めるなと、鼓動に変えて訴えかけてくる。


(…………奴は、行ったか? どうやら成功したらしい、な……)


悪魔の踏む足音(ステップ)の音響が、完全にこの場から失われたと同時。
私はグズグズの身体で、水面から顔だけを覗かせた。咲夜ではなく、フー・ファイターズ本体の身体だ。
この場所が水分に満ち溢れていたことは不幸中の幸いか。そうでなければとうに死んでいる。
無残に捨てられた十六夜咲夜の死体は、修繕と再生が何とか可能だ。まるで人形のように。

最後の瞬間……私は下水に飛ばした分身たちに紛れて、本体(フ・ファイターズ)も一緒に下水へ撃ちこんでいた。
禁止エリア外まではあと僅かだった。そのほんの少しを得る為、謀ってまで水底を這い、エリア外にまで逃げ切りたかったのだ。
あの敵が掴んでいた咲夜に入っていたのは、当然残してきた分身体である。警告音に合わせて頭部を炸裂させることで、爆死を装うことは簡単だった。
おかげで咲夜の肉体は散々たるものだったが、あの敵から逃れる方法など他に無かった。決死の逃げだったのだ。
捨てられた咲夜の肉体と、咄嗟に捨てた荷物を両腕に抱え、私は力なく陸上へ踊り出た。睨みつけるは、奴が進んでいった方向。

「追うか……………………いや、」

追えない。追いかけたくない。
何ということだ。私は今、心の底より恐怖している。私という個性が失われる恐怖に、屈したのだ。
このまま敵を野放しにしていたら霊夢たちだって危険だ。奴は全参加者を皆殺しにしようと行動している。どういうわけか禁止エリアの影響もないらしい。
そんな危険人物を、あろうことか私は放置したい一心だったのだ。
もう二度と出逢いたくない。そんな弱音が、私の全てを支配した。


「……悪魔め」


時間停止が全く通用しない。信じたくないが、あの女はDIOたちと同等の力を持っているのではないか?
そもそも本当に女なのか。人間なのか。


アレは、ヒトなのか。


「悪魔め」


腕の先が、ブルブルと震えて止まらない。このゲームにはまだまだあのクラスの敵が大勢のさばっている。
追え!
仕留めろ!
今ならば奴は油断している!
暗殺して、消し去れッ!



…………ダメ、だ。あの悪魔に、サシでの勝負で敵う気がしない。
奴は、私の決意も何もかもをも丸ごと吹き飛ばして、戦意を折ってきた。
今は耐える時だ。必要なのは戦力であり、犬死に精神ではない。


「……ああ、畜生。悪魔めが」


消沈した心のままに、咲夜の肉体を補修に掛かる。
集め、繋ぎ、再生し、フー・ファイターズは咲夜へと……F・Fへと戻る。
彼女の知識が、記憶が、再び私へと逆流していく。あと何度、私は死ぬのだろうか。蘇るのだろうか。


悪魔は私を『バンダースナッチ』、と称した。全く、上手い事を言ったものだ。
話の中の怪物に噛み付かれたら最後、その知識や記憶、更には言語機能までをも食い尽くされるらしいと聞く。
まさしく今の私そのものではないか。実に……皮肉だ。
こんなことが……
いつまで、続く。



『なあ…………十六夜咲夜」



それでも───私の時間は、まだ止まってはくれない。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


811 : 悪魔の円舞曲を踊りましょう :2017/09/28(木) 20:26:15 Ris0PpgU0
【C-2 地下水道】

【フー・ファイターズ@第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:十六夜咲夜と融合中、体力消費(大)、精神疲労(大)、手足と首根っこに切断痕、腹部に風穴(補修中)
[装備]:DIOのナイフ×11(回収しました)、本体のスタンドDISCと記憶DISC、洩矢諏訪子の鉄輪
[道具]:ジャンクスタンドDISCセット2
[思考・状況]
基本行動方針:霊夢と承太郎を護る。
1:霊夢たちはきっと生きている! まずは捜し出す!
2:参加者の誰かに会い、放送の内容を訊きたい。
3:レミリアに会う?
4:墓場への移動は一先ず保留。
5:空条徐倫と遭遇したら決着を付ける?
6:『聖なる遺体』と大統領のハンカチを回収し、大統領に届ける。
[備考]
※参戦時期は徐倫に水を掛けられる直前です。
※能力制限は現状、分身は本体から5〜10メートル以上離れられないのと、プランクトンの大量増殖は水とは別にスタンドパワーを消費します。
※ファニー・ヴァレンタインから、ジョニィ、ジャイロ、リンゴォ、ディエゴの情報を得ました。
※咲夜の能力である『時間停止』を認識しています。キング・クリムゾンとの戦闘経験により、停止可能時間が1秒から延びたかもしれません。
※基本支給品の懐中電灯、食料、地図、時計など殆どの物が破棄され、地下水道に流されました。
※第二回放送の内容を聴いていません。


812 : ◆qSXL3X4ics :2017/09/28(木) 20:28:00 Ris0PpgU0
これで「悪魔の円舞曲を踊りましょう」の投下を終了します。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
感想指摘など、あればお願いします。


813 : 名無しさん :2017/10/01(日) 23:09:06 xb2eZAeo0
おぉ、FF咲夜が死んでしまったかと思ったけど生きていてくれてよかった。
冷酷なボスも素敵です。


814 : 名無しさん :2017/10/06(金) 10:07:05 jRx7Xd/Q0
投下乙ですわー。

久々の純粋なバトルなのもあって見応えあったなぁ、エピタフ抜きでもやはりボスは強い……。
もしエピタフがあったらこの上で時間を止められる最初の数幕すら省いて出し抜いてたと思うと、まさに悪魔のごとき強さだったんだな。


815 : ◆753g193UYk :2017/10/11(水) 23:30:52 sC6ExCd60
射命丸文、ホル・ホース、ジャイロ・ツェペリで予約します。


816 : ◆753g193UYk :2017/10/14(土) 21:48:25 O0NnoiYo0
投下します。


817 : 雪下の誓い ◆753g193UYk :2017/10/14(土) 21:51:51 O0NnoiYo0
 最前まで眼下に広がる草の絨毯を揺らしていた雨粒も、今はもう線の細い小雨と成り果てて、緩やかに大気を舞っている。雨脚が弱まるにつれて、この数時間感じていた蒸し暑さが嘘のように、周囲の気温が低下し始めていることにジャイロは気付いた。頬に触れる冷たい霧雨を、人差し指と中指の無くなった右手で軽く拭う。この分ならば、そう時間をかけず、雨は雪に変わるだろう。
 やがて雪へと変わりゆく雨の中で、ジャイロは記憶が焼け付くような懐かしさを覚えた。今はもうこの世にいない、唯一無二の親友の残り香を色濃くその身に纏わせた老馬が、ジャイロの愛馬との再会を喜ぶように、毛並みの良い尾を揺らしていななく。あの偏屈なスローダンサーが、射命丸文を背に乗せることを受け入れ、従っている。その事実が、文に対する警戒を薄れさせる。この女は敵ではないと、ジャイロは精神で理解していた。
 老馬のたてがみを軽く撫でた射命丸文は、背中の片翼を羽ばたかせ、鞍から飛んだ。

「よ、っとと」

 空宙で姿勢を崩しながらも、一本下駄で草原の大地を踏み締めた文の体には、血と雨で濡れたブラウスがべっとりと纏わり付いている。髪の毛もしとどに濡れている。ブラウスの下には黒の下着一枚しか着用していない様子だった。ジャイロは、文の下着が透けていることよりも、斯様に濡れそぼった薄着でこの冷え込みの中を過ごすことを心配しかけたが、当の文本人は己の状態など気にも留めていない様子だったので、口に出すのは憚られた。それよりも、文の言葉が、その態度が、今はそんなくだらない話をしている場合ではないことを言外に示している。ジャイロはなにも言わず文の次の言葉を待った。

「ジャイロさん。私は、あなたに『彼』の言葉を伝えなければならない。そのために、私はあなたを探し、ここにたどり着いたのです」

 三度目に聞いた文の声は、はじめて聞いた時よりも、些か重たく感じられた。
 ほんのそれだけで、ジャイロは悟った。いったい文が誰の言葉を背負って、己の体を血と雨とで汚しながら、それすらも厭わずにジャイロを探し続けて来たのかを、悟ってしまった。
 だから、ジャイロは次に告げられる言葉に備えることができた。

「『親愛なる友人ジャイロ・ツェペリに、“ありがとう”』……と」

 一音一音を慈しむように、文はゆっくりと喉を震わせた。

「私の命を救ってくれた……ジョニィ・ジョースターという男性からの伝言です。これは、彼が、自分にとって一番大切な人に……、あなたに、心から“伝えたい”と願っていた言葉です」

 そのとき、ジャイロの胸中を満たしていた懐かしさが、急激に熱を持った。身構えてはいたものの、それを真正面から受け止めた途端、胸を内側から焦がすように溢れ出した感情が、己の意思に反して、久しく感じることのなかった震えをジャイロのからだにもたらした。


818 : 雪下の誓い ◆753g193UYk :2017/10/14(土) 21:54:13 O0NnoiYo0
 ジョニィ・ジョニィ・ジョースターと過ごした旅の記憶が、一斉にジャイロの脳裏を駆け巡る。楽しかったこと、苦しかったこと、それらを二人で乗り越えて、互いの秘密を打ち明けあったこと。きっとまだそう遠くない日々の思い出が、焼け付くような熱を持って、ジャイロの心を焦がす。

「そうか……ジョニィのやつが……そんなことを」

 やがて、ふっ、と微かな笑みが漏れた。文とジョニィの間になにがあったのかは計り知れないが、ふたりの関係性は、なんとなく理解できた。ジャイロが神子と出会いともに戦ったように、ジョニィも文と出会い、ともに死線をくぐり抜けてきたのだろう。
 怒りとも悲しみともつかぬ熱い感情が、次第に心を満たすあたたかさとなって、ジャイロの全身へと染み渡っていく。ジャイロは肺の中でとぐろを巻いていた重苦しい空気を吐き出しながら、自嘲気味に笑った。

「ったく、礼を言いたいのはこっちだっつーのによォ……どいつもこいつも、オレよりも先に逝きやがる。どいつもこいつも、だ……“ありがとう”だなんて言い残しやがって」

 文は、なにも尋ねようとはしなかった。ホル・ホースはハットの庇を右手で抑えたまま、文よりも後方で伏し目がちに腰を落としている。野暮な問いかけがないことが、今はありがたいと感じられた。
 頬を濡らす冷たい霧雨が降り積もり重なり合い、やがて水滴となってジャイロの頬から顎へと伝い、しずくとなってぽたりと落ちた。ジャイロは、清々しい感情すら抱きつつ、顔を上げた。

「お前さん、文とか言ったな。ひとつ、教えてくれるか」
「ええ、私に答えられることならば……いえ。きっと、私には、答える義務があるのだと思います」

 文は、当惑することなく、問い返すことなく、鷹揚に頷いた。これからジャイロに問われる質問の内容は既に予測されている様子だった。ジャイロもまた、概ね返答の方向性の分かりきった問いを投げるつもりであった。

「ジョニィは、最期まで『正しい道』を歩んでいたか? 自分の道を曲げることなく……己の心に従ってよォ」
「ええ。私の知るジョニィ・ジョースターは……どこまでも勇敢な男性でした。最期まで『立ち向かう』ことをやめず……『諦める』ことをせず……そして、どこまでも『優しかった』……それが、私が看取ったジョニィさんの歩んだ『道』です」
「そうか……、そうか。だったら、いいんだ……それを聞いて、オレはひとつ『納得』できた」

 ジャイロの中で蟠っていたやりきれない感情が、ほんの少しだけではあるものの、氷解してゆく。ジョニィのことは誰よりも理解しているつもりだ。そのジョニィがジョニィらしく生きて、そしてその最期を看取った文の目に、最後の瞬間までそういうふうに映っていたのだとしたら、ジョニィの死についてはひとつの『納得』がいった。同時に、最期まで己を貫いたジョニィの命を奪った卑怯者の存在を思うと、最前いだいた感情とは別種の、内蔵を内側から熱く焦がすような感情が彷彿と湧き上がってくるのを感じた。
 ジャイロは低く唸るように声を響かせた。

「だったら……そのジョニィをやったのは、誰だ」
「チルノという妖精です。おそらく、DIOという男に操られていたのだと、思われます。ジョニィさんは、自分を殺そうと襲い来るチルノを、それでも助けようとして、……そして、卑劣な罠にハメられて……命を落としました。あまりにも、呆気無く」
「その、チルノって奴も死んだことは知っている……放送で聞いたからな」
「チルノは、私が殺しました。あまり後先のことは考えず、あの瞬間私の体と心を支配した感情に任せて、この手で」

 文の物言いに、後悔は感じられない。冬の湖面のような冷徹さをもって、淡々と事実だけを語る文の瞳を、ジャイロは知っている。頭ごなしに文を否定する気にはなれなかった。
 
「そうか……そういうことなら、それはいいんだ。オレがその場にいたなら、オレがそうしていたかもしれねーからな……殺すか殺されるかっつー状況だったなら、尚更だ。だがよォー……そうなると残る問題はチルノを操っていたDIOっつーヤローだ。そいつは今も、人を裏で操ってのうのうと生きている……ッつーことだな」

 今度は、自分自身の瞳にドス黒い炎が宿るのを、ジャイロは我ながら理解した。
 DIO――ディオ・ブランドー。Dioとは違う、もうひとりのディオ。騎士道精神を重んじるポルナレフを、己が汚れたる野望のために操り、利用し、幽々子を、メリーを傷付け、この場所で出会ったもうひとりのツェペリを死に追いやったドス黒い悪意の原点。


819 : 雪下の誓い ◆753g193UYk :2017/10/14(土) 21:56:24 O0NnoiYo0
 回転の技術をもたないウィル・A・ツェペリという男は、ジャイロにとって身内と呼べる存在とは言い難いが、それでも、ツェペリが最期に遺した『命の輝き』を目の当たりにしたジャイロは、彼の死に敬意の念を抱いている。同時に、その死をもたらしたDIOに対し、心中では静かに義憤を抱いてはいた。そのDIOが、チルノを操り、今度はジャイロの友であるジョニィを殺したのだ。ジャイロは、ここへ至ってはじめて、DIOという男に対し憎悪にも近い激しい怒りを覚えた。指の欠けた右手でつくった拳が震える。右手からは、どくどくと血が滴っていた。

「その様子を見るに……ジャイロさん、あなた、DIOと戦おうというおつもりですか」
「DIO……ヤローは、ツェペリのおっさんと、ジョニィの仇と言っていい。自分の手は汚さず、他人を道具みてーに使って人殺しをさせる……オレはそーいう胸クソの悪いヤローがどーにも気に喰わねェ。もしも見つけたら……このオレがただちにブッ倒す……これは確定事項だ」
「そう、ですか……きっと、ジョニィさんも同じことを言うのでしょうね。DIOの配下であるヴァニラを『始末』しようとしたジョニィさんなら」

 無言の間が生じる。ジャイロの意図を察した文は、記憶を辿るように視線をあらぬかたへ送った。

「ヴァニラ・アイスという男です。私とジョニィさんは、DIOを盲信するヴァニラに命を狙われ、そして撃退した。ジョニィさんは言っていました……この殺し合いはみんなで生き残るのだと。私のことも、ジャイロさんのことも死なせない……そのためにも、このヴァニラはここで『始末』しなければならないのだ、と」
「ああ、オレの知っているジョニィなら……きっとそういうだろうな。ジョニィはそういうヤツだ……殺すと決めたなら、一切の情け容赦なく殺しにかかる」
「でも。その戦いでヴァニラを仕留め切れなかったことが原因で、ジョニィさんの能力の概要がヴァニラに知られ、そのヴァニラから情報を得たチルノに……ジョニィさんは殺されたのです」

 ジャイロは眉根を顰めた。

「お前さん、なにが言いてえんだ」
「ジョニィさんの意思は、結局ヤツらの悪意の前に殺された……無意味だった、と言い換えてもいい。私には、DIOに立ち向かうことが本当に賢い選択だとは思えない」
「無意味じゃあねーだろ……ジョニィが生きた意味は、今もここにある」
「え」
「お前さんは、ジョニィの意思を『死なせたくない』と思った……だから、このオレを探して、ジョニィの言葉を伝えようとしたんじゃあねェーのか」

 文は衝撃に打たれたように目を見開いて、押し黙った。

「そしてジョニィの意思は、オレの中で今も生きている……生きている以上、オレはDIOを倒す……それが『受け継ぐ』っつーことだ。文、オメーはどうなんだ。ジョニィの心は、ほんとうに死んじまったのか」
「受け、継ぐ……、私は……」

 小さな音が、ジャイロの鼓膜を揺らす。なにかが、細かく回転する振動音だ。ふいに視線を下げると、文の細くしなやかな指先で、艶のある爪が高速で回転し、周囲の霧雨を巻き込んで水滴を弾き上げている。やがて、文の左腕から、妖精のような風貌をした小さなスタンドが姿を表した。文が自分で出した、というよりは、スタンドが自動的に発現した、といった様子だった。
 見覚えのあるスタンドを目の当たりにしたとき、ジャイロはまず、瞠目した。

「お前ッ、……まさか」
「ジョニィさんの力を、『遺体』を通じて受け継ぎました……しかし、この力を受け継いだからといって、私にはジョニィさんのように爪を『回転』させることはできない……この力を使って、なすべきことも……わからない」
「お前さん……『遺体』を……持っていたのか」
「ジョニィさんが、遺してくれたもの、です……今はもう、奪われました。ファニー・ヴァレンタイン大統領に、なにもかも……ぜんぶ、奪われました」

 文の声がひそかに震えた。屈辱に身を震わせ、目線を伏せる。ジャイロは、文が一切の荷物を持っていないことに気付いた。

「野暮なことを訊くようだが……お前さんのその翼は」
「大統領に、奪われました……私のプライドと一緒に」
「……そうか。そいつは、厄介な相手を敵に回しちまったモンだな」

 ジャイロは、文にかける言葉を、一瞬見失った。どんな慰めの言葉も、嘘臭いように感じられた。


820 : 雪下の誓い ◆753g193UYk :2017/10/14(土) 22:01:24 O0NnoiYo0
 大気を舞う霧雨が、気温の低下に伴って、徐々に形を持ち始めている。白い結晶となったそれらが、はらりはらりと二人の頭上に降り注ぐ。ふたりの愛馬が、ぶるる、と息を吐き出して震えた。

「正直に言って……私はDIOなんて、どうでもいい……関心が、沸かない。ただ、奪われたものを取り戻したい……ファニー・ヴァレンタイン大統領を倒して、ジョニィさんが遺してくれた希望を……奪い返したい。そうしなければ……私は、なにもかも奪われて、失って、コケにされたままで……ッ」
「文……」
「私は……『負け犬』のまま終わりたくない。『ゼロ』に向かっていきたいッ……『マイナス』のまま、途中で逃げ出すクズに成り下がるのだけは……耐えられない」

 頭上に緩やかに積もり始めた雪を振り払いもせず、文は低く声を絞り出した。瞳が僅かに赤く充血している。ジャイロは、死んだはずの友が目の前にいるような錯覚を覚えた。文と出会ってすぐに感じた、胸を焼くような懐かしさの正体に気付いた。文の瞳の中には、ジョニィがいる。この黒髪の少女の心の中に、ジョニィは今もまだ生きている。
 ジャイロの雪降りしきる中、二人で乾杯した日の記憶が鮮明に蘇った。

「そうか……そういうことなんだな、ジョニィ」
「ジャイロさん……?」

 ジャイロは、視線を下げて、己の腕を見る。今はもう、左腕は欠損して、右の指も欠けている。黄金長方形のスケールで回転させることは可能だが、現実的に考えるならば、どこまで戦えるか、疑問は残る。対して、射命丸文には、可能性がある。伸びしろがある。なにしろ、まったく知識のない状態から、自力で爪を回転させるところまではこぎ着けたのだ。
 射命丸文は、受け継ぐものだ。この女は、ジョニィの意思を、無意識だろうが確実に受け継いでいる。

「だったら……お前に、『黄金の回転』の秘密を教えてやる……ツェペリ家の『技術』を、可能な限り叩き込んでやる」
「え……、でも」
「その代わり、条件がある」
「……条件」
「大統領をブッ倒す、それはいい……自分自身の『運命』に『決着』をつけるためにそれが必要だっつーんならよォ……それは他人が否定できるコトじゃあねーからな。だが……ジョニィの力を受け継いだオメーが、ジョニィの意思を踏みにじるような真似をすることだけは……許さねえ」
「ジョニィさんの、意思……」
「ジョニィは、みんなで生き残ると言った……操られているチルノを、それでも救おうとした……その心を、他でもないオメーが踏みにじることだけは……オレは、絶対に許さねえ。もしもオメーが、殺し合いに乗るだとか……そーいうジョニィの望まねえことをするっつーのなら……オメーはオレが、ここでブッ倒す!」

 ジャイロの右手の中で、鋼球が音を立てて回転している。黄金長方形による、完璧な回転だ。回転は、ジャイロの手から滴る血を巻き上げて吹き散らしている。濡れていようが、雪の中だろうが、回転に淀みはない。それは、文の返答次第で、即座に鋼球を放つという意思表明だった。
 射命丸文は、自分の指先を見つめた。不完全で、美しいとはいえない、ただ回っているだけの爪の回転。対して、ジャイロは欠損した指ですら、見惚れる程に鋼球を回して見せている。

「私は……殺し合いがどうとか、そんなことはもう、どうでもいい……ただ、死にたくない。そして、このまま終わりたくない……ただのそれだけです。けれど、大統領と戦った私には分かる……私が前に進むためには、その『回転』が必要不可欠なのだと」

 粛然とした静寂の中、ジャイロの手元で唸りをあげる回転音だけが文の鼓膜を揺らしている。ジャイロも、後ろにいるホル・ホースも、なにも言おうとはしない。文の言葉を、みなが待っているのだ。

「大統領はこの手で仕留める、これは絶対よ。そのために必要なら、DIOを倒すことにも協力します。ジョニィさんが望んだことを、どこまでやれるかは分からないけれど……きっと、ヴァニラ・アイスを仕留めようとしたジョニィさんならば、DIOのことも、許すとは思えない」
「わかってんのか、そのために死ぬかもしれねえんだぞ」
「勿論、死にたくはありません。けれども、現状私は負け犬のままです……このままなにも成せず『負け犬』のまま死ぬくらいなら……せめて『ゼロ』に向かっていきたい」

 自分自身、なにを言っているのか、よくわからなかった。大統領を倒すため、黄金回転の技術を得たいという理由が第一にあることは、間違いない。けれども、今はそれ以上に、ジャイロの言葉を真正面から受け止めて、後ろに引き下がるような言葉を返すことが耐えられなかった。口をついて出た言葉が、それだった。
 ジャイロの手元の回転音が、緩やかに鳴りを潜めてゆく。ニョホ、と特徴的な笑みをジャイロは漏らした。


821 : 雪下の誓い ◆753g193UYk :2017/10/14(土) 22:03:40 O0NnoiYo0
 
「上等だ……オメーがそういう精神で挑むっつーのなら、オレも教え甲斐がある」
「あやや、なんか……上手く乗せられた気がしないでもありませんが……よろしくおねがいします、ジャイロさん」

 数時間ぶりに、文の頬が緩んだ。握手の手を差し伸べようとも思ったが、ジャイロの右手を見るとそれも憚られたので、軽く会釈をするに留めておくことにした。

「おーい、文」

 ふいに呼び止められた声に振り返ると、ホル・ホースがなにかを放り投げた。放物線を描いて手元に落下してきたそれを、文は受け取った。折り畳まれた衣服が入ったビニール袋だった。開封し、中身を取り出してみたところ、ベージュ色のテーラードジャケットにキュロット様のパンツ、同色のキャスケットに、白のブラウス、それから赤のネクタイがセットで入っている様子だった。

「あの、ホル・ホースさん。これは」
「最後の支給品だ。幻想少女のお着替えセットっつーことなんで、使うこたぁねえと思っていたんだがな。文にはそれがよォーく似合いそうだと思ったんでよ」
「なぜこれを私に」
「バーカ、おめー自分の姿見てみろよ」

 ホル・ホースがけらけらと笑う。訝しげに眉根を寄せつつ、文は軽く両手を掲げて視線を降ろす。雨が降りだしたあたりから、自分の外見というものにはまるで頓着していなかった文だが、ここへきてようやっと、己の状態に気がついた。
 あちこち裂けて、自分の血や、大統領の返り血がじわりと滲んだブラウスは既に雨と汗に濡れて、ぴったりと文の体に張り付いている。ひと目で男の欲情を誘えるほど大胆な体型をしているという自負もないが、華奢ながらも適度に丸みを帯びた体の線が浮き彫りになっている。よく見れば胸元は下着も透けて見えている。それに気付いた途端、文は己の顔が熱くなるのを感じた。

「な、なな、なんで言ってくれなかったんですか!」
「オメーそれどころじゃなかったろ。あんなピリピリされてちゃあ、言うに言え出せやしねえ」
「違いねえ」

 ホル・ホースが笑うと、つられてジャイロも笑った。
 取り急ぎベージュ色のジャケットを取り出した文は、それをブラウスの上から羽織り、胸元を隠すようにジャケットの布を引っ張った。遅れて気付く。ジャイロを探すという目的を果たした今、自分自身の精神にほんの少しの余裕ができている。
 ホル・ホースは、幽谷響子から託された基本支給品一式の入ったデイバッグを肩にかけて立ち上がると、元々自分に支給されていたデイバッグも文の足元へと投げて寄越した。デイバッグの中に入っていた紙を広げると、中には大型のスレッジハンマーが入っていた。文が支給品の確認を済ませて、スレッジハンマーを再び紙に戻す頃には既に、ホル・ホースは文に背を向けていた。


822 : 雪下の誓い ◆753g193UYk :2017/10/14(土) 22:04:20 O0NnoiYo0
 
「ホル・ホースさん、どうして」
「ああ、そいつも持っていけや。荷物なんかふたつあってもしょーがねェし、なによりおれには皇帝がある。そーいう直接戦おうっちゅう武器は、どォーにも向いてねえ」
「あの、いえ……そういうことを言っているのではなく、そんなまるで、これでお別れみたいな」
「そう言ってンだよ。無事ジャイロと出会うことが出来た以上、おれの役目は果たしたと言ってもいい」
「そんなことは……っ」
「おー、なんだ、おれと離れることを寂しいと思ってくれるのかい。こいつは嬉しいねェ、あのプライドの高い文ちゃんが」
「はあ、誰が」

 文は思わず唇を尖らせて、ぷいと視線を背けた。首を回して文を振り返ったホル・ホースは、白い歯を見せて明るい笑顔を見せた。心地の良い、前向きな笑顔だと文は感じた。

「どっちみち、DIOとやり合おうっつーのなら、おれは付き合えねえ。おれは別に奴に従ってるってワケじゃあねえが、真正面からDIOを敵に回そうなんて考えられるほど、命知らずじゃあねえ」
「おい、待て。オメー、DIOのことを知ってんのか」
「おうおう、勘違いすんじゃあねえぜ、ジャイロ。おれも一度雇われたことがあるってだけで、DIOの能力とか、そういうモンについてはなにひとつ知らねー。だが、ひとつ分かることがあるとするなら……DIOは底知れねえ闇を抱えた野郎だ。戦おうってのなら、それ相応の『覚悟』をもって挑むことだな」

 大統領に、DIO。これから挑まなければならない強敵たちを思えば、早くも辟易する思いではあったが、しかしここまで来て引き下がることもできない。文は胸中でわだかまり始めた不安を、吐息とともに吐き出した。暖かな息が、白い湯気となって霧散してゆく。

「ホル・ホースさん……あなた、これからどうするんですか」
「面倒だが、おれにはやらなくっちゃあならねーことがある」
「……聖白蓮に会いに行くんですね。寅丸星をとめるために」
「おうよ。響子の願いも果たさなくっちゃあならねー今、DIOとやり合おうなんて寄り道こいてる場合じゃねー」

 ホル・ホースはなんでもないことのように笑っている。努めて冗談ぽく笑って見せていることが、文にはわかった。
 文は、この場所にたどり着くまでに過ごした、ホル・ホースとのふたりの時間を思い返した。ホル・ホースは、利用しようと嘘をついて、騙して取り行っていただけの文を許し、受け入れてくれた。生きる希望を失っていた文に、もう一度“生きたい”という願う心を思い出させてくれた。
 今ならばわかる。ホル・ホースは、文をジャイロと引き合わせるために、ただそれだけのために、自分の命を張って、先の決闘に参加したのだ。ホル・ホースが命をかけてくれたからこそ、ジャイロは警戒することなく文と向き合ってくれたのだ。

「あなたというひとは、まったく、どこまでも」

 呆れ半分ながらも、文は笑った。笑わずにはいられなかった。

「じゃあな、文、ジャイロ……死ぬんじゃあねーぜ」

 ホル・ホースは、最後にもう一度にっかりと笑顔を弾けさせると、それきり二度と振り返ろうとはしなかった。あてがあるのかは知らないが、ホル・ホースは西の方角へと向かって歩き出している。元々東側をうろついていたので、魔法の森を迂回して西へ向かうつもりなのだろう。
 伝えなければならない言葉がある。このまま行かせてはならない。
 文は、大きく息を吸い込んだ。

「――ホル・ホースさん。今まで、ありがとうございました!」

 ホル・ホースは振り返らず、人差し指と中指だけを伸ばした左手を軽く振った。

「本当に……本当に。ありがとうございました……ホル・ホースさん」
 
 
 
【D-5 草原/真昼(西に向かって移動開始)】

【ホル・ホース@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:鼻骨折、顔面骨折、濡れている
[装備]:なし
[道具]:基本支給品(幽谷響子)、幻想少女のお着替えセット@東方project書籍
[思考・状況]
基本行動方針:とにかく生き残る。
0:元気でな、文。そして待ってろよ、響子。次はおめーの願いを叶える番だ。
1:響子の望み通り白蓮を探して謝る。協力して寅丸星を正気に戻す。
2:誰かを殺すとしても直接戦闘は極力避ける。漁父の利か暗殺を狙う。
3:DIOとの接触は出来れば避けたいが、確実な勝機があれば隙を突いて殺したい。
4:あのガキ(ドッピオ)は使えそうだったが……ま、縁がなかったな。
5:大統領は敵らしい。遺体のことも気にはなる。お燐のことも心配。
[備考]
※参戦時期はDIOの暗殺を目論み背後から引き金を引いた直後です。
※白蓮の容姿に関して、響子から聞いた程度の知識しかありません。
※空条承太郎とは正直あまり会いたくないが、何とかして取り入ろうと考えています。
※東側はある程度探索済みなので、西の方角(C-5、B-5方向)に向かって歩き出しました。


823 : 雪下の誓い ◆753g193UYk :2017/10/14(土) 22:05:11 O0NnoiYo0
 
 
 



 雪の降り始めた草原の大地を、二頭の馬が並んで歩いている。向かう方角は、北だ。蓬莱山輝夜が去っていった方角へと向かい、ジャイロと文はふたり馬を進める。馬上の文は既に着替えを完了しており、ホル・ホースから受け取ったベージュ色の衣装に身を包んでいる。時たま肩や頭に乗った雪を払い落としながら、文は今度の衣装はあまり汚したくはないな、などととりとめのないことを考えていた。

「ああ、そういや文……オメー、ルポライターっつってたよな」
「え、ああ、文々。新聞というものを発行しています。人里ではけっこう人気があるんですよ」

 ふいにかけられた言葉に対して、文は嘘はつかない程度に前向きな情報だけを伝えた。ジャイロはそれ自体はどうでもいい様子で、ふーんと鼻を鳴らした。

「じゃ、なんとかネンポーっつーのは、オメーの知り合いが書いた記事か」
「はて、案山子念報のことでしょうか。姫海棠はたてという新聞記者が書いている記事です。まあ、私からすれば三流以下の低俗な記事ですけどね」
「そいつには同意するぜ、ありゃあ確かに低俗だ」
「読んだんですか」
「ああ、クソみてーな記事だったがな」
「ふむ。興味ありますね……今、ここにありますか」
「ない。メリーっつーヤツのスマホに送られてきたのを読んだだけだ」
「スマホとは」

 ジャイロはなにも答えなかった。ただ前を見て馬を進めるのみだった。聞きなれないスマホなる道具の概要も気にならないことはないが、ジャイロが答えない以上、文はスマホについての言及は切り上げることにした。

「で、どんな記事だったんですか」
「八雲紫っつー妖怪が殺し合いに乗って、その場にいた参加者を皆殺しにしたっつー内容だ。本当のトコロはわからねーが、魂魄妖夢はそこで紫に殺されたらしい。その記事を見て、幽々子がパニックに陥った」
「あやや、どうして八雲紫が……というか、そもそもの話、彼女がそんなことをするとは思えないのですが」
「幽々子もそう言ってたが、本当のトコロは誰にもわからねー。捏造かもしれねーって話だぜ」
「はあ、なんですかその記事、クソですね。真相がなにもわからないじゃないですか」

 歯に衣着せず、文は思ったことをそのまま口にした。
 文は、真実を暴くことをポリシーとしているものの、なんでもかんでも暴いて記事にすればそれで人気が出るなどとは微塵も考えていない。読者が求めているものはなんなのか、それを無視してただ真実を暴いたところで、幽々子がそうなったように、混乱を招くだけだ。

「八雲紫が魂魄妖夢を射殺する瞬間の写真もあったが、なんだってそーなったのかは一切書かれちゃいねー……低俗な記事だったぜ」
「論外ですね。私から言わせれば……読者というのは、大抵の場合、心が動いた瞬間に『楽しい』とか『悲しい』とか感じるものです。極論を言えば、読者は涙を流すほど喜んだり、悲しんだり、笑ったり、そういうカタルシスを得たいと感じている」
「一理あるな」
「けれども、そういう風に起こった事実だけを衝撃的に伝えられたところで、ギョッと驚く感情が先にたって、流すべき涙も乾いてしまう。その先にあるのは、混乱だけです。そんな記事を本気で面白いと思って書いたのなら、私は彼女を軽蔑します。新聞記者として。まあ、元より取材に行きたがらない不良記者ではありましたけど」
「お前さん、案外と新聞書くことに関しては真面目なんだな……意外だぜ」
「こんなこと、初歩の初歩でしょうが。読者がなにを思うかを度外視して書かれた記事など、ただの自己満足です。まあ、単に混乱を招くことだけを目的として書かれた記事という可能性もありますが……どちらにせよ、新聞記者としては三流以下ですね」

 元より文には、殺人事件を記事にはしたくないというポリシーがあった。このゲームに参加させられてからというもの、誰かが誰かを殺す記事を書こうと思ったことは一度もない。殺人事件の記事を読んだところで、読者は暗鬱な気持ちになるだけで、そういう事実があったのだと重く受け止めるか、もしくは軽く流されるだけだ。対して、ジョニィから取材した『スティール・ボール・ラン』レースの概要は、どれも面白い話ばかりだった。遺体の概要について詳しく聞けなかったことは心残りだが、前代未聞のレースに命をかけて挑んだ男の体験談に心を動かされる読者はきっといるはずだ。文は、はたての書いた記事を否定する。

「そもそも、なぜにあの八雲紫がそのような凶行に走ったのか。それを暴かずして、なんのための新聞というのでしょう」
「だったらよォ……文、おめーが真実を暴いてやりゃあいいんじゃねーか」
「えっ、私が、ですか」


824 : 雪下の誓い ◆753g193UYk :2017/10/14(土) 22:06:58 O0NnoiYo0
 
 文は、思わずジャイロを見た。
 ジャイロは、なんでもないことのように前を向いたままだ。

「なにもジョニィとまったく同じ道を歩むことはねえ。オメーにはオメーの道がある……ジョニィの意思を継いだからといって、その道を否定することはねえ」
「私の、道……ですか」
「っつっても、ツェペリ家の技術についてはネタにするんじゃあねェ〜ぞ。これは一応秘密なんだからな」
「あややっ、それは残念ですねえ。きっとみんな喜んで読んでくれると思うんですが」

 冗談っぽくくすくすと笑う。本気で黄金の回転をネタにするつもりは、最早文にはない。聖人の遺体のことも、今はもう文だけの秘密だ。
 聖人の遺体を揃える権利も、その秘密を知る権利も、文だけにある。ファニー・ヴァレンタイン大統領を打倒し、聖人の遺体を奪い返していいのは、他でもない自分だけだと、文は信じて疑わない。その秘密を、軽々しく新聞で広めることは、自分自身が許さない。

「ですが、そうですね……殺人事件を記事にするのはポリシーに反しますが、一度は参加者を混乱の渦に巻き込んだ事件の真相を暴いて、それがまったくの誤報と知らしめることがもしも出来たとしたら……それは、記事としてはなかなかセンセーショナルで面白いのかもしれません」
「そうしたら、幽々子も喜ぶだろうな」
「ふふ、そうですねえ……それと、ジャイロさん。『SBR』についての取材もこれから受けてもらう予定ですから、インタビューに対する回答もある程度用意しておいてくださいね?」
「ハァ〜〜〜〜〜!? 黄金回転の秘密を教えるだけじゃ飽きたらず、そこまで面倒見てやらなくっちゃあならねーのか!?」
「まあまあ、いいじゃないですか。諸々の秘密については伏せておきますから」

 文は得意気に笑った。一度記事を書くと決めたなら、嫌がろうが必ずインタビューには答えてもらう。今までもずっとそうしてきた。『文々。新聞』は、当事者の生の声を載せた記事であり、それは今後も変わらない。ジョニィは死んだが、彼の意思は必ず記事にする。その決意は揺らがない。そう思った時、ジャイロの言葉の意図が、少しだけ理解できた。
 ジョニィの心は、まだ死んではいない。ジョニィのインタビューをまとめたメモは、今も文のポケットの中に潜んでいる。既に濡れてくしゃくしゃになってはいるものの、字は問題なく読める。仮にメモがなくなったところで、ジョニィの言葉は、今でも文の記憶の中に残っている。
 進むべき道は、曇天から降り注ぐ白い雪に覆われて、視界は覚束ない。けれども、絶望の暗闇の中でもがいていた頃よりは、幾らか道は歩きやすくなった。文が踏みしめる道は、確かに前へ向かって続いている。
 川沿いに北へと進むと、やがて雪で霞んだ視界の中に、一軒のレストランと思しき建物が見えた。いったん馬を止めて、ジャイロを一瞥する。ジャイロは、こくりと小さく頷いた。それを合図に、ふたりの馬はまた歩き出した。


825 : 雪下の誓い ◆753g193UYk :2017/10/14(土) 22:07:29 O0NnoiYo0
 

 
【D-5 草原(レストラン・トラサルディーは目前)/真昼】

【ジャイロ・ツェペリ@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:疲労(小)、身体の数箇所に酸による火傷、右手人差し指と中指の欠損、左手欠損
[装備]:ナズーリンのペンデュラム@東方星蓮船、ヴァルキリー@ジョジョ第7部、月の鋼球×2
[道具]:太陽の花、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:主催者を倒す。
1:文に『技術』を叩き込み、面倒を見る。
2:まずは幽々子らと合流。その後、花京院や早苗、ポルナレフと合流。
3:メリーの救出。
4:青娥をブッ飛ばし神子の仇はとる。バックにDioか大統領?
5:DIOは必ずブッ倒す。ツェペリのおっさんとジョニィの仇だ。
6:博麗の巫女らを探し出す。
7:ディエゴ、ヴァレンタイン、八坂神奈子は警戒。
8:あれが……の回転?
[備考]
※参戦時期はSBR19巻、ジョニィと秘密を共有した直後です。
※豊聡耳神子と博麗霊夢、八坂神奈子、聖白蓮、霍青娥の情報を共有しました。
※はたての新聞を読みました。
※未完成ながら『騎兵の回転』に成功しました。


【射命丸文@東方風神録】
[状態]:鈴奈庵衣装、漆黒の意思、少し晴れやかな気分、疲労(小)、胸に銃痕(浅い)、片翼、牙(タスク)Act.1に覚醒
[装備]:スローダンサー@ジョジョ第7部
[道具]:基本支給品(ホル・ホース)、スレッジハンマー@ジョジョ第2部
[思考・状況]
基本行動方針:ゼロに向かって“生きたい”。マイナスを帳消しにしたい。
0:ありがとうございました、ホル・ホースさん。
1:ジャイロについてゆき、黄金の回転を習得する。
2:遺体を奪い返して揃え、失った『誇り』を取り戻したい。
3:姫海棠はたての記事を読む。今のところ軽蔑する要素しかない。
4:幽々子に会ったら、参加者の魂の状態について訊いてみたい。
5:柱の男は要警戒。ヴァレンタインは殺す。
6:なりゆき上、DIOも倒さなければならない……。
7:露伴にはもう会いたくない。
[備考]
※参戦時期は東方神霊廟以降です。
※文、ジョニィから呼び出された場所と時代、および参加者の情報を得ています。
※参加者は幻想郷の者とジョースター家に縁のある者で構成されていると考えています。
※ジョニィから大統領の能力の概要、SBRレースでやってきた行いについて断片的に聞いています。
※右の翼を失いました。現在は左の翼だけなので、思うように飛行も出来ません。しかし、腐っても鴉天狗。慣れればそれなりに使い物にはなるかもしれません。
※鈴奈庵衣装に着替えました。元から着ていたブラウスとスカートはD-5に捨てました。


【支給品情報】
○幻想少女のお着替えセット
【出展:東方Project書籍】
ホル・ホースに支給。
書籍に登場した各種東方キャラのバリエーション衣装が取り揃えられている。
射命丸文の鈴奈庵衣装、霧雨魔理沙の茨歌仙衣装、博麗霊夢や八雲紫の香霖堂衣装などその種類は多岐にわたっており、その他の人物の衣装もある程度支給されている。
ただし、ゲームに参加していない東方キャラの衣装は入っていない。
鈴奈庵衣装は射命丸文に譲渡された。


826 : ◆753g193UYk :2017/10/14(土) 22:09:21 O0NnoiYo0
投下終了です


827 : 名無しさん :2017/10/14(土) 22:26:53 0R6qeTjE0
投下乙です!
うわぁ、ジャイロと文の関係が本当に素敵ですね! 『黄金の回転』を叩きこまれたことで、文がこれからどんな成長を見せてくれるのかが楽しみです!
この二人を見守ってくれたホル・ホースの姿も実に男前で、本当に格好良かったです!


828 : 名無しさん :2017/10/14(土) 22:35:31 cHlo50bw0
投下乙です
文が「あやや」って言ったのいつ以来だろう……
衣装も新たにして、ようやく文らしさが戻ってきたようで嬉しい。
ジャイロとホル・ホースたちがいたからこそここまで復活できたんだろうし、文は仲間に恵まれてるなあ。はたてと違って。


829 : 名無しさん :2017/10/15(日) 01:41:28 QmZe6pZ.0
投下お疲れ様です。
こんな時間まで起きていて良かったと、心底より感じさせるいい話でした。

文とジャイロの邂逅から、この話が投下されるまで、か〜なりワクワクしながら待っていました。そして投下された作品は、情景は容易く目に浮かぶほど丁寧に描画され、キャラクターは意思を持っているかのように描かれ、ストーリーの運びは流れる様に心地よく描写されている、予想以上期待大以上の良作品でした!

少しずつ立ち上がり、ジョニィの意志を継いで生長していく文、
ジョニィの死を、彼らしくも『納得』というかたちで落とし込ませたジャイロ、
さっすがホルホルくん!イケてるナイスなハンサムガイ!なホルホース、
それぞれのキャラクターの個性、それまでのストーリーを活かした、惚れ惚れするような作風でした!
ホルホルちゃんにジャイロと文ちん、これからの行く先に栄光あれ!

最後が思いっきり不穏なのがまたさらにドキドキしますね……


830 : 名無しさん :2017/10/16(月) 21:35:52 8/ZBZQkI0
投下乙です!
登場話からしてここまでずっと精神的に気の休まることのなかった文が、ようやく一つの安寧を手に入れたような優しい話でしたね。
ジョニィの持つ遺体やスローダンサー、そして彼の言葉がこの旅路でやっとあるべき場所に収められたのだなと。
ここから新たな二人組、そしてホル・ホースは再び一匹に戻って別々の道を歩み始める。何ともこの先も気になる関係になってきました。頑張れあやや。


831 : ◆BYQTTBZ5rg :2017/10/28(土) 15:46:13 8GqgFAzM0
れいむ、まりさ、じょりーんで予約します


832 : ◆BYQTTBZ5rg :2017/11/01(水) 21:30:18 dujsbl0A0
投下します


833 : ◆BYQTTBZ5rg :2017/11/01(水) 21:31:36 dujsbl0A0
「それで貴女はいつまで死体にすがりついているの?」


目を覚ました霊夢は夢幻泡沫のような幽けき瞳で徐倫の親父さんをしばらく見つめていたけれど、
やおら立ち上がると、さっきまでの様子とは打って変わって力強く声を発した。
そういう言い方は、父親を目の前で亡くしたばかりの奴には少し厳しいんじゃないか。
霊夢が再び目を覚ましてくれたことに対する喜びも忘れて、私は慌てて声をかけようとする。
だけど、掣肘は許さずと霊夢の手によって、二人の間に入ろうとした私の身体は押し退けられてしまった。


「……何で、あいつは助かって、父さんは……」


徐倫は未だ親父さんの死体に恋々と目を向けたまま、か細い言葉を搾り出す。
霊夢は、そんな徐倫を見下ろしながら、まるで自分に言い聞かせるように、
一つ一つの単語をハッキリと発音しながら答えを述べた。


「それは、ジョジョが特別じゃなかったってことよ」


霊夢の傲岸不遜とも取れる回答に、徐倫の虚ろだった瞳にかすかに意思の光が灯り、霊夢へと向けられた。
何やら雲行きが怪しくなってきたことに不安を覚えた私は、「おい、落ち着けよ」と言って、二人を諌めようとする。
でも、今度は徐倫の手によって、私の身体は脇へと押しやられることになってしまった。


「それは、おまえが特別だって言っているのか? それとも父さんには何の価値もなかったって言っているのか?」


徐倫は立ち上がって、男と何ら変わりない身長で、霊夢を上から見下ろす。
その佇まいは、どこかこれから罪人に審判を下さんとする閻魔を彷彿させる。
だけど、霊夢はそこに恐怖など感じなかったようだ。彼女は実にあっけらかんと自らの考えを述べた。


「そう聞こえたんなら、貴女はとんだマヌケってところね。ジョジョは私に勝ったのよ」

「……なるほど、理解したよ」

「へぇー、見かけによらず、頭はいいみたいね」

「おまえが私にッ!! 私と父さんに喧嘩を売っているっていうのを、理解したよッ!!」


834 : After Rain Comes Stardust ◆BYQTTBZ5rg :2017/11/01(水) 21:33:26 dujsbl0A0

そう叫ぶと同時に、男の香霖にも匹敵する徐倫の精強な身体から、巌のような拳が霊夢に向かって勢いよく飛んでいった。
しかし、霊夢は別に慌てることなく、冷めた目で徐倫の拳を受け流すと、間髪入れずに徐倫の手を掴む。
そしてそのまま手首と肘の関節を捻り上げ、徐倫を地面へと投げ落とした。
「んのガキィッ!!」と徐倫は声を張り上げ、慌てて起き上がろうするが、
それよりも前に霊夢のお祓い棒が、まるで血に染まった妖刀の切っ先の如く、徐倫の眉間に突きつけられていた。
おいおい、こいつ、本当にさっきまで瀕死だった人間かよ。


「はい、私の勝ち」


私の呆れをよそに、霊夢は平然と勝ち名乗りを上げた。
まるで悪びれる様子もない霊夢に、徐倫は歯軋りしながら親の仇を見るかのように睨み返す。
だけど、そんな徐倫のささやかな反抗も霊夢には何ら痛痒を与えなかったようだ。
霊夢は徐倫を氷のように冷たく見据えながら、私に声を投げかけてきた。


「それで魔理沙、この女は誰?」

「あ、ああ。徐倫は、その、霊夢の言うジョジョって奴の娘さんだそうだ」


私の返答に霊夢は顔一杯に怪訝という表情を浮かべながらこっちの方に振り向き、
「お前、莫迦だろ」という考えを微塵も隠さずに、こんな言葉を返してきた。


「確かにジョジョは老けているし、年嵩の紫なんかよりも遥かに貫禄があるけれど、彼は私たちと年齢はそう変わらないわよ。
それなのに何で私たちより、ましてや父親より年上みたいな娘がいるのよ。魔理沙、貴女の頭は大丈夫?」

「いや、まあ、そう思うのは無理はないけどさ、どうやら私たちは違う時間軸から連れ去られてきたみたいなんだ」

「……悪いけど、魔理沙、私は頭の病気は専門外なのよ」


落胆、侮蔑といったものを丹念に視線に混ぜ込み、心なしか私との距離を取り始める霊夢。
それに対して私が「あ〜〜」と言い訳やら霊夢を説得するための言葉を当て所なく探していると、
霊夢は「まぁいいわ」と言って、私との会話を切り上げてしまった。
そして改めて霊夢は徐倫へと目を向ける。


835 : After Rain Comes Stardust ◆BYQTTBZ5rg :2017/11/01(水) 21:34:44 dujsbl0A0

「あんた、ジョジョの子供だっていうけれど、あいつなら私の攻撃なんか軽くいなせたわよ」

「もう一度試してみるか!? そしたらお望み通り、そのツラをちゃんとへこましてやるよ!」


霊夢はその発言に「へぇー」などと興味深そうに頷くと、徐倫の眼前に置いてあったお祓い棒を自らの肩に乗せ、
いかにも隙だらけといった様子で気楽にその場にとどまった。そして霊夢は何を考えているのか、自らの発言に挑発を織り交ぜる。


「そんなにお父さんが大切? なら、最後の一人になってみる? そうすれば、荒木と太田は何でも願いを叶えてくれるそうよ」

「お前をぶっ飛ばすだけで、そうなるんだったら、遠慮なくやってただろうよ!」


徐倫の物言いに、霊夢は「はっ」と吹き出すと、何とも愉快そうに言葉を続けていった。


「上等。簡単に折れないところは、ジョジョにそっくりね。いいわ。貴女がジョジョの子供だっていうのを認めてあげる」


ぎろりと、徐倫は霊夢を睨みつけた。親子の絆に対しての霊夢の上から目線の話に、お冠と言った感じだ。
このままでは、本当に二人とも燃え上がるような喧嘩に発展しかねない。
これ以上、両者の間に火花を散らせ、身体へと引火させないために、今度こそ私は二人の間に割ってはいる。


「おいおい、二人とも落ち着けって。こんなことで争っても意味ないだろう? 大体、何で霊夢はそう徐倫に突っかかるんだよ?」

「別に突っかかってなんかいないわよ」

「突っかかっているだろ!」


私が少し語気を荒くすると、霊夢は口を閉じて、ソッポを向いてしまった。
あれ、何か予想していた反応と違うなぁ。私がそんな風にいぶかしげに思っていると、
私の視線に気がついた霊夢が溜息を一つ吐き、こんなことを小さな声で口走ってきた。


「ジョジョはね、私と約束していたのよ。荒木と太田を倒したら、また戦うっていう約束をね」


約束を反故にしてくれた親父さんの姿を、徐倫に重ねてしまったということなのだろうか。
どうにも霊夢の言葉足らずで、理解が及ばない。だけど、私と徐倫の共感や同意など、どうでもいいのか、
霊夢は先程の吐露を何ら補強することなく、話を前に進めていった。


836 : After Rain Comes Stardust ◆BYQTTBZ5rg :2017/11/01(水) 21:35:25 dujsbl0A0

「ジョジョは、荒木と太田を倒すと言っていたわ。なら、それを勝負としてあげる。
アンタの代わりに、私たちが奴らをぶっ倒して、この勝負、私の勝ちよ」


霊夢は説諭のように厳しく、それでいて優しく呟くと、脇目を振らずに出口に歩いて行ってしまった。
またぞろ霊夢は重力の束縛から解き離れたが如く、一人で空へ飛んでいってしまうのだろうか。
それでは、折角ここで合流できた意味も薄れてきてしまう。私は大急ぎで制止の声をかけようとする。
だけど、それより前に霊夢の足は止まり、私たちの方に気もそぞろと言った具合にそわそわとした様子で振り返った。


「ふ、二人とも、何をグズグズしているの。さっさと支度しないと、置いてくわよ」

「え? は?」


私の予想の地平線を遥かに通り越した言葉に、私の口から思わず変な声が漏れ出た。
異変解決を前にして、霊夢は私の手をちゃんと取ろうなんて奴だっただろうか。
少なくとも私の記憶では違う。どちらかと言えば、逆に私が霊夢の手を掴まんと、腕を伸ばしていたはずだ。
私がそのギャップに混乱していると、そんな私の反応が霊夢は大層気に入らなかったらしく、怒りの口調を途端に露にした。


「何よ! 何か文句でもあるの!?」

「いや、ないけど……っていうか、私たちも一緒に行っていいのか?」

「当たり前でしょう」

「いや、えっと、ちなみにどこに行くつもりなんだ?」

「どこっていうか、取り敢えずは、白蓮とか早苗とか守矢の神様を探してみようかしら。
あいつらなら結構強いし、殺し合いにも反対でしょう? それに花京院とポルナレフっていうのも仲間にしたら、心強そうね」

「え、仲間!? え、これから仲間を探しにいくってことなのか!? え、霊夢が!?」

「あのね、魔理沙は私を何だと思っているの? 私一人で何でもできるわけないでしょう? 普通なの。普通!
だから、私一人の手に余る問題が出てきたら、普通に人手を借りるし、普通に皆と協力するわよ!」


困難に直面したら、人の助けを借りる。あるいはピンチだから、人様に助けを乞う。
普通の考えだ。至極まともと言ってもいい。しかし、だからこそ、私には違和感が付きまとった。
博麗の巫女は、そんな支えなど必要としなかったはずだ。
無理を押し通し、それを可能にし、人としての弱さなど全く見せないスーパーウーマン。それが博麗霊夢。


837 : After Rain Comes Stardust ◆BYQTTBZ5rg :2017/11/01(水) 21:37:21 dujsbl0A0

もう一度、霊夢を目を凝らして見てみたけれど、怪我や人の死に目にあって、一時的に弱気になったという感じではない。
霊夢は霊夢然として普通の霊夢を主張してきている。その変化に私の中で膨れ上がった疑問が思わず口をついて出そうになるが、
私の視界の端に親父さんの前で項垂れていた徐倫の姿が突然と映り込んだ。まぁ、何をするにしても、こっちの問題解決が先か。


「なぁ、霊夢、少し待っちゃくれないか。せめて、徐倫の親父さんを埋葬する時間ぐらいはさ」


私がそう言うと、霊夢は命蓮寺の本堂の扉をガラガラと音を立てて開け放った。
途端に冷気が風となって、堂内を吹き抜ける。見てみれば、外ではしんしんと雪が降り注ぎ、
薄っすらとだが境内を白色に染め上げていた。そして霊夢は雪景色を見つめ、
境内の至る所にある地蔵を眺めながら、こんなことを言ってきた。


「そうね。笠を地蔵に貸しただけでお礼参りなんかに来るみたいだし、ジョジョをそのままにしといたら、化けて出てくるかもね」



      ――
 
   ――――

     ――――――――



徐倫の親父さんは棺に入れられ、本堂に安置されることになった。
命蓮寺には墓地もあることだし、そこに埋めればいいと最初は思っていたけれど、
あんな巨体を入れる穴など、どこにもなかったし、あっても見ず知らずの誰かさんと一緒にというのは、
本人にとっても、徐倫にとっても、嫌であろうということで却下された。


勿論、骨壷に収めて適当な場所に埋めるという案も思いついたが、それも止めといた。
ミニ八卦炉が手に入った今なら、遺体の一つや二つ、気合を入れれば灰にすることはできる。
だけど、徐倫が見ている横で「ヒャッハー!」などと火傷だらけの親父さんの遺体を再び火で炙る行為など、
どう考えても自殺志願者のすることだ。そして私は自殺する気は、さらさらない。


さて、親父さんの遺体はどうするべきか。と、そうこうしている内に、霊夢がどこからか棺を持ってきた。
他に遺体を弔う手段は持っていなかったし、結局はその棺に納めるという形で、事は落ち着いた。


本堂にあった線香に火をつけ、棺の前に置くと私はパンパンと手を叩いた。
隣を見ると、霊夢はお祓い棒を振り、何やら念仏っぽいことを短く唱えていた。
そして徐倫は手を組み、ひざまずき、荘厳とも言える雰囲気の中で真摯に祈りを捧げていた。
三者三様の別れが済むと、徐倫はすっくと立ち上がり、霊夢へと目を向けた。


838 : After Rain Comes Stardust ◆BYQTTBZ5rg :2017/11/01(水) 21:38:11 dujsbl0A0

「父さんは、荒木と太田を倒すと言っていたのか?」


徐倫の声に震えはなく、瞳に揺らぎもない。どうやら親父さんに死に折り合いがついたと見える。
だけど、それによって得た覚悟がどんなものであるかまでは、今の私には分からない。
もしかしたら、それは霊夢との対峙に繋がる可能性もある。さっきの一触即発の事態を考えれば、さもありなん。
私はいつでも飛び出せるようにして、徐倫と霊夢のやり取りを注意深く見守った。


「そうだけど、それが何?」


霊夢は徐倫に負けじと、真っ直ぐと目を見据えて、言葉を返す。
それに対して、徐倫は自らを指差し、命蓮寺全体が震えてしまうほどの声量で力強く咆哮した。


「なら、私だ!!」

「はい?」

「父さんの意志を受け継ぐのは、お前じゃない。この私だと言ったんだ!!」


哀しみから立ち上がった徐倫が見るのは、泥じゃない。星の光なんだ。
ああ、私は知っていたはずだぜ。絶望という暗闇の中で下を見るのではなく、希望を求めて上を見るのが徐倫だってことを。
思わず浮かんだ私の微笑に呼応するかのように、霊夢は瞠目し、感じ入り、
どこか懐かしいものを見るような嬉しさと親愛の色を、その瞳に覗かせた。
徐倫の言葉に含まれる精神的な強さ、優しさ、そしてその誇り高さは、
もしかしたら徐倫の親父さんと一緒にいた霊夢には見覚えがあったものなのかもしれない。
霊夢は頬を僅かに緩ませながらも、徐倫の向かってつっけんどんに口を開く。


「貴女がジョジョの意志を? でも、あんた、弱いじゃない。
ちょっと前まで瀕死だった私に、あの様よ。大人しくしていた方がいいんじゃない?」

「さっきのは油断していただけだ」

「こんな異変に巻き込まれて、呑気に油断しているって時点で、その実力はお察ししろって話よね」

「つまり、油断している奴が悪いってことか、それは?」

「そういうこと」


霊夢が肯定すると、徐倫はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「へぇー、じゃあ、これなーんだ?」

「……糸?」


と、霊夢が答えると同時に、徐倫は「オラァッ!!」と叫びながら持っていた糸を思いっきり引っ張った。
すると、霊夢の着ていたスカートがずり落ち、その中にある真っ白な下着が「こんにちは」と勢いよく顔をだしてきた。
徐倫の奴、あんな必死に親父さんに祈りを捧げている最中に、こんな仕返しの準備をしていたのかよ。
今はさぞかし、してやったりという顔をしているんだろうなぁ、と私は徐倫の顔を覗いてみたけど、
そこにあったのは正反対とも言えるしらけた顔と「うっわ、イモ臭ァ」などという興ざめた感想だけであった。


839 : After Rain Comes Stardust ◆BYQTTBZ5rg :2017/11/01(水) 21:39:11 dujsbl0A0

「ちょ、ちょっと、あんた、いきなり何をしてくれるのよ!!」


霊夢は顔を赤くして、スカートを持ち上げながら徐倫に抗議する。ややもすれば、バトルへと発展しかねない気迫だ。
しかし、徐倫はそんな霊夢を全く相手にせず、手をヒラヒラと振り、うっとうしそうに言葉を跳ね除けるだけであった。


「あ〜、悪かった、悪かった。こんなガキ相手にムキになっていた私が悪かったわよ」

「ちょっと、まちなさいよ!! 何で下着一つでそこまで見下されなくっちゃなの!?」

「だから、私が悪かったって言っているだろう? ほら、先、行くよ、霊夢ちゃん。仲間を探すんだろう?」


徐倫は大人の余裕で以って霊夢の怒りと疑問を受け流し、スタスタと出口に歩みを進めていく。
そのあとを霊夢が「私を子供扱いしないで!」と普通の女の子のようにぷんぷん怒りながら、徐倫を追いかけていく。
私はそんな二人の背中を見送ると、改めて徐倫の親父さんの方に向き直った。


「霊夢をあんな風に変えちまったのは、あんたなんだろう、親父さん?」


空を自由気ままに飛ぶ博麗の巫女。彼女の手を掴み、地面に足を付けさす奴が現れるとしたら、
きっとソイツは私なんだろうなぁって、何となく、漠然とだけど、そう思っていた。
でも、それは私じゃなかったんだな。しかも、私が長年かけて出来なかったことを、
親父さんはたった一日でやってのけるときたもんだ。全く、無力な自分が嫌になるぜ。
親父さんへの嫉妬やら自分の不甲斐なさで醜く歪んでしまった顔を隠そうと、私は俯き、帽子を目深に被る。


「ちょっと、魔理沙、いつまで待たせるのよ?」

「おい、魔理沙、何でアンタが私の父さんとの別れを一番名残惜しそうにしてんのよ?」


霊夢と徐倫の声が揃って私の耳の中に入ってくる。あいつらと一緒にいると、ろくに感傷に浸っていられる暇もない。
だけど、先に行く二人のおかげで私にも覚悟ってもんができたぜ。いや、別に覚悟ってほど、おおげさなものでもないかな。
私は人差し指で帽子のつばを押し上げると、今度は美人の私らしく嫣然として親父さんに微笑んだ。


「荒木と太田を倒すっていう、その勝負。私も一口、噛ませてもらうぜ」


確かに私は親父さんに負けてしまったんだろうさ。だけど、生憎と私も泥ばかりを見ているのは、性に合わなくてね。
夜空に輝く星を掴む。親父さん、あんたに勝てば、私にもそれができそうな気がしてくるんだ。
まぁ、あいつはもう上にはいないのかもしれないけどな。だけど、だからといって、それで歩みを止めるのは格好悪いだろ?


「……あばよ。元気でな」


死んだ親父さんにそう挨拶すると、私は先を歩く二人を急いで追いかけていった。


840 : After Rain Comes Stardust ◆BYQTTBZ5rg :2017/11/01(水) 21:41:44 dujsbl0A0
【E-4 命蓮寺/真昼】

【博麗霊夢@東方 その他】
[状態]:体力消費(極大)、霊力消費(極大)、胴体裂傷(傷痕のみ)
[装備]:いつもの巫女装束(裂け目あり)、モップの柄、妖器「お祓い棒」@東方輝針城
[道具]:基本支給品、自作のお札(現地調達)×たくさん(半分消費)、アヌビス神の鞘、缶ビール×8、
    不明支給品(現実に存在する物品、確認済み)、廃洋館及びジョースター邸で役立ちそうなものを回収している可能性があります。
[思考・状況]
基本行動方針:この異変を、殺し合いゲームの破壊によって解決する。
1:有力な対主催者たちと合流して、協力を得る。
2:1の後、殲滅すべし、DIO一味!! 
3:フー・ファイターズを創造主から解放させてやりたい。
4:『聖なる遺体』を回収し、大統領に届ける。今のところ、大統領は一応信用する。
5:出来ればレミリアに会いたい。
6:大統領のハンカチを回収し、大統領に届ける。
7:徐倫がジョジョの意志を本当に受け継いだというなら、私は……
[備考]
※参戦時期は東方神霊廟以降です。
※太田順也が幻想郷の創造者であることに気付いています。
※空条承太郎の仲間についての情報を得ました。また、第2部以前の人物の情報も得ましたが、どの程度の情報を得たかは不明です。
※白いネグリジェとまな板は、廃洋館の一室に放置しました。
※フー・ファイターズから『スタンドDISC』、『ホワイトスネイク』、6部キャラクターの情報を得ました。
※ファニー・ヴァレンタインから、ジョニィ、ジャイロ、リンゴォ、ディエゴの情報を得ました。
※自分は普通なんだという自覚を得ました。


【空条徐倫@ジョジョ第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:体力消耗(中)、全身火傷(軽量)、右腕に『JOLYNE』の切り傷、脇腹を少し欠損(縫合済み)
[装備]:ダブルデリンジャー(0/2)@現実
[道具]:基本支給品(水を少量消費)、軽トラック(燃料70%、荷台の幌はボロボロ)
[思考・状況]
基本行動方針:プッチ神父とDIOを倒し、主催者も打倒する。
1:父さんの意志を受け継ぐのは、この私だ!
2:魔理沙と同行、信頼が生まれた。彼女を放っておけない。
3:FFと会いたい。だが、敵であった時や記憶を取り戻した後だったら……。
4:姫海棠はたて、霍青娥、ワムウ、ディアボロを警戒。
5:しかし、どうしてスタンドDISCが支給品になっているんだ…?
[備考]
※参戦時期はプッチ神父を追ってケープ・カナベラルに向かう車中で居眠りしている時です。
※霧雨魔理沙と情報を交換し、彼女の知り合いや幻想郷について知りました。どこまで情報を得たかは後の書き手さんにお任せします。
※ウェス・ブルーマリンを完全に敵と認識しましたが、生命を奪おうとまでは思ってません。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。


841 : After Rain Comes Stardust ◆BYQTTBZ5rg :2017/11/01(水) 21:42:08 dujsbl0A0

【霧雨魔理沙@東方 その他】
[状態]:体力消耗(小)、精神消耗(小)、霊力消費(小)、全身に裂傷と軽度の火傷
[装備]:スタンドDISC「ハーヴェスト」@ジョジョ第4部、ダイナマイト(6/12)、一夜のクシナダ(60cc/180cc)、竹ボウキ、ゾンビ馬(残り10%)
[道具]:基本支給品×8(水を少量消費、2つだけ別の紙に入っています)、双眼鏡、500S&Wマグナム弾(9発)、催涙スプレー、音響爆弾(残1/3)、
    スタンドDISC『キャッチ・ザ・レインボー』@ジョジョ第7部、不明支給品@現代×1(洩矢諏訪子に支給されたもの)、ミニ八卦炉 (付喪神化、エネルギー切れ)
[思考・状況]
基本行動方針:異変解決。会場から脱出し主催者をぶっ倒す。
1:二人とも、待てよー 。
2:徐倫と信頼が生まれた。『ホウキ』のことは許しているわけではないが、それ以上に思い詰めている。
4:何故か解らないけど、太田順也に奇妙な懐かしさを感じる。
5:姫海棠はたて、霍青娥、エンリコ・プッチ、DIO、ワムウ、ウェス、ディアボロを警戒。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※徐倫と情報交換をし、彼女の知り合いやスタンドの概念について知りました。どこまで情報を得たかは後の書き手さんにお任せします。
※C-4 アリスの家の「竹ボウキ@現実」を回収しました。愛用の箒ほどではありませんがタンデム程度なら可能。やっぱり魔理沙の箒ではないことに気付いていません。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。
※二人は参加者と主催者の能力に関して、以下の仮説を立てました。

・荒木と太田は世界を自在に行き来し、時間を自由に操作できる何らかの力を持っているのではないか
・参加者たちは全く別の世界、時間軸から拉致されているのではないか
・自分の知っている人物が自分の知る人物ではないかもしれない
・自分を知っているはずの人物が自分を知らないかもしれない
・過去に敵対していて後に和解した人物が居たとして、その人物が和解した後じゃないかもしれない


842 : ◆BYQTTBZ5rg :2017/11/01(水) 21:42:59 dujsbl0A0
以上です


843 : 名無しさん :2017/11/02(木) 02:05:27 M2GabzrY0
投下乙
霊夢さん思ってたより立ち直り早くてなにより、これも承太郎のおかげやね
魔理沙が霊夢さんのどこが変わりどう驚いているのかを見るとかつてのジョ東霊夢さんの振る舞いが見えて面白い


844 : 名無しさん :2017/11/02(木) 03:31:13 lC9zdr1Q0
投下乙です。
承太郎の死に一瞬は唖然となりつつも、すぐに取り払って普段の霊夢らしく素に戻ろうとするのがスゴくらしい。
それでも彼女の中には自覚的か無自覚的か、確かな変容があって、それをもたらしたのも承太郎なんだなあと思うと因果を感じずにはいられない。
最後に承太郎へと挨拶を告げたのが魔理沙というのも、彼への嫉妬や敗北感を認めつつそれすらも己の糧にしようとする健気さが話の締めとして素敵に思いました。


845 : 名無しさん :2017/11/04(土) 20:50:25 qE0JfKw.0
投下乙
一触即発がありつつもなんとか丸く収まったようでなにより
お祓い棒やら八掛炉持ちの東方W主人公が揃って、徐倫もいるし戦力的にもなかなか頼もしいけど、それでもやっぱりここに承太郎がいないのが寂しい…


846 : 名無しさん :2017/11/09(木) 21:13:31 myG9pg460
ほしゅ


847 : 名無しさん :2017/11/09(木) 22:06:07 pi7Ar6r.0
保守とかいらねーだろ


848 : ◆at2S1Rtf4A :2017/11/27(月) 00:43:42 E6Ll3Xdc0
霍青娥、ディエゴ・ブランドー二名を予約します


849 : ◆qSXL3X4ics :2017/11/28(火) 01:01:07 vF0Kw9fU0
ジョナサン・ジョースター、古明地さとり、秋静葉、寅丸星、エンリコ・プッチ、聖白蓮、秦こころ、藤原妹紅、ジャン・ピエール・ポルナレフ
以上9名予約します


850 : 名無しさん :2017/11/28(火) 01:21:39 NvvEk8A60
おお……ついに大炎上が見れるのか……?


851 : ◆753g193UYk :2017/11/29(水) 22:26:17 cCU/jZCM0
封獣ぬえ、吉良吉影の二名で予約します


852 : ◆753g193UYk :2017/11/30(木) 07:22:59 qp3CY5ec0
投下します


853 : 存在の証明 ◆753g193UYk :2017/11/30(木) 07:24:10 qp3CY5ec0
 かつて食堂として使われていたのであろう宏壮な空間の真ん中に、長大なテーブルがひとつと、周囲には派手な装飾が施された豪奢な造りの椅子が等間隔で並べられている。吉良吉影はそのうちのひとつに腰掛けて、眼前の大テーブルの上をのそのそと歩く亀の遅々とした歩みを目で追った。
 ほんの少し視線を上げると、細身ながらも霊妙なからだの曲線を浮き彫りにするぴったりとした作りのワンピースを身に纏った少女が視界に入る。封獣ぬえは、吉影に対して体の芯を横へそむけるかたちでテーブルに頬杖をつき、向かい側の席に座っている。投げ出した脚は太腿の辺りで組まれており、股下の短い裾から、膝上までを覆う黒の布地までに存在する健康的な肌色は、良くも悪くも挑発的に感じられた。少なくとも、礼儀作法を重んじる貴族の食卓には似つかわしくない姿勢である。
 パチュリーと夢見が亀の内部へ入ったあと、一先ず亀を持ってこの食堂へと移動してからしばし経過してはいるものの、未だふたりの間に会話はない。
 複数人でいる間は別段気にならない相手ではあったが、いざ二人きりとなると思いのほか居心地が悪い。話すべき話題のとっかかりに考えを巡らせることはしたけれども、真っ先に思い出されるのは広瀬康一が爆死したあの瞬間、誰よりも先に吉影を糾弾しようとしたぬえの姿だった。状況を考えれば仕方がないとはいえ、ぬえに対して良い感情を抱けるわけがない。
 吉影の気持ちを知ってか知らずか、ぬえは此方には視線すら寄越さぬまま、軽い溜息をついた。つられて顔を上げると、ぬえの頬を寄りかからせる“手”が目に入った。慧音の細くしなやかな大人の“手”と比べるとやや小振りで幼さの残るものの、手首から指先にかけての曲線は決して形の悪いものではない。それを認識した時、瞬間的に、ほぼ反射的に、どろどろと濁った衝動が込み上げてくる。
 このままではいけない。余計な考えが浮かぶ前に、気を紛らわす必要がある。吉影はそういう思考が鎌首をもたげる段階へきて初めて、重い口を開いた。

「きみは……たしか、かの有名な『鵺』の妖怪と言っていたかな」

 ぬえは、頬杖をついた姿勢のまま眠そうな目でちらと吉影へと一瞥をくれた。

「そうだけど、だからなによ」
「きみとはまだあまり話していなかったことを思い出してね。わたしときみは……少なくともこの場では仲間になったんだ……少しくらい互いのことを知ってもいいんじゃあないか」
「それは意外な申し出ね。私、アンタに嫌われてると思ってたんだけど」

 吉影は答えなかった。肯定することも否定することもしなかった。
 広瀬康一が死んだあの瞬間を含めて、両者の間にはろくな会話がなかったからだ。

「その反応見るに図星みたいね。私にも心当たりはあるし、無理しなくていいよ」
「いいや……広瀬康一が死んだ時のことなら……既に水に流したつもりでいる。あの状況では仕方のないことだ……だが、誤解は解けただろう。犯人はわたしじゃあなかったんだからな……それだけが純然たる『結果』だ。済んだことのために仲間うちで『よくないもの』を残すのは……こういう状況ではあまり賢い判断だとは思わない」
「……アンタ、私が妹紅に襲われても助かったと知ったとき、なんて言ったか覚えてる?」


854 : 存在の証明 ◆753g193UYk :2017/11/30(木) 07:25:15 qp3CY5ec0
 
 それは、吉影の言葉に対する返答ではなかった。ぬえの言葉には、吉影に対する確かな刺が感じられた。

「なんだ、まだ生きていたのか……ってアンタ言ったのよ。さも私が生きていたことが残念ってふうな顔をしてね」
「はて……そんなことを言ったかな? 仮に言ったとしても、ほんの軽口だろう……他意はないよ。イヤ、ほんとう……きみが死ななかったことは、よかったことだと思っているんだ」
「どうだか……けどまあ、そういう言い訳が出てくるあたり、表向きだけでも仲良くしようとしてくれてるっていうのは察したよ」

 頬についていた手を降ろしたぬえは、諦念ともとれる嘆息を落として吉影へと向き直った。向かい合わせになった両者の間は、およそひと一人分ほども距離が離れている。産業革命期の貴族の食卓が如何に会話に向かないかを、吉影は再認識した。

「まあ……私も思う所はあるから、謝るよ。あの時は、アンタが殺人鬼だって聞いた直後だったからさ。冷静でいられなくって、つい声を荒らげちゃったんだ。悪かったね、吉良」
「そういう理由があって、精神的に参っていたなら仕方ないと……わたしは思う。気にしていないさ……これっぽっちもね。なにより、わたしも大人だ……そのあたりは割りきって考えることができる。あのクソッタレの岸辺露伴とは違ってね」
「へえ。じゃあ……あの性格の悪い岸辺露伴はともかくとして、少なくとも仲間には優しいって考えてもいいの」
「当然だ……はじめからそう言っているだろう。もっとも、敵となれば容赦はしないがね」
「敵……っていうと、あの河童のにとりみたいな」
「ああ。残念だが……あの女はわたしに『害』をなそうとしたからな……それは『無理』だ。わたしは『平穏』を脅かそうとする『外敵』に対しては、全力で『排除』にとりかかると決めている。これはわたしにとって大切な『指針』であり……社会に対するスタンスでもある」
「そりゃ物騒だね」
「だがそれだけじゃあない。逆に……わたしにとって『吉』となるものに対しては……わたしは全力で『守る』ために動くつもりでいる。そこに嘘はないと誓おう」
「……ふうん。で、それがこの集団ってわけ」
「そうだ。このチームは現状……わたしにとって『吉』であると言っていい。パチュリーさんや慧音さんは、このわたしに『居場所』を与えてくれたんだからな。それはわたしにとっての『平穏』に直結する……彼女らをこの吉良吉影が手に掛けるメリットはどこにもない」
「うーん、なるほど。アンタってそういう考え方で動いているんだ」

 感心したようにぬえは唸った。
 決して嘘を言った覚えはないが、しかし言葉の通りに純粋な『味方』であるととって貰えるとも考えてはいない。言外に、この吉良吉影の味方でいようとする限りは害をなさない、という姿勢を示しているのだ。ぬえが正しい身の振り方を理解できぬ愚者でないことを祈って。
 最善までの胡乱げな表情が嘘のように、ぬえの表情に明るく笑顔が咲いた。奔放な、子供らしい無邪気さを感じさせる笑みではあるが、その裏に潜んだ感情は読み取れない。心を許すにはまだ早い。


855 : 存在の証明 ◆753g193UYk :2017/11/30(木) 07:25:55 qp3CY5ec0
 
「いいよ。だったら私も、あんたの『味方』でいてあげる」
「ほう。これは意外だな……ずいぶんあっさりと認めてくれるじゃあないか」
「不用意に『爆弾』に触れて、にとりみたいになるのは御免だからね。私だって死にたくはない。そういう理由なら幾らか信じられるでしょ」
「打算的協力、というワケか……確かに、打算があるうちは信用できる」
「そゆこと」

 歌うように頷いたぬえは、軽薄に笑って見せる。
 ぬえはぬえで、嘘はついていない。今しがた吉良に話したことは、紛れも無い本心であった。
 いざ自分が爆破されるかもしれないという状況下で、真正面から爆弾を刺激することほど愚かしいこともない。吉良吉影はそのうち始末するが、現状はまだ殺す必要はないと、ぬえは考え始めていた。今まで散々機を狙って外し続けて来たのだから、押してダメなら引いてみろの精神だった。
 寧ろ、現在最もぬえが警戒すべきは、人の記憶を盗み見る岸辺露伴の『ヘブンズ・ドアー』の方である。本人は正義感で動いているつもりである分、刺激さえしなければ直接牙を向けられることのない吉良吉影よりもよっぽど性質が悪い。もしも岸辺露伴に記憶を読み取られるようなことがあれば最後、ぬえはこの集団にいられなくなるばかりか、間違いなく吉良吉影の逆鱗にも触れる。それは最悪の結果だ。
 広瀬康一の死の真相が露呈することを避けるのが、現状最も合理的な生存戦略であると思われた。その為にも、今は当分動かない方がいい。メタリカでの襲撃が失敗した時点で、当分の間、なにもしない方がよいのではないか、そういう思考は浮かび始めていたが、今や既に思考は静観側に切り替わりつつある。
 ふとふいに、吉良が口を開いた。

「しかし、それにしても。鵺……というのはこのわたしすら知るほどに有名な妖怪だが……わたしはその能力を具体的には知らない。正体不明の妖怪とは聞いているが……きみはいったい、どうやって自分の身を守るんだ?」
「なによ、この大妖怪の封獣ぬえ様の実力を疑おうっての」
「そういうわけじゃあない……純粋な好奇心さ。これも他意はない……きみに興味を持ち始めた証拠……と捉えてほしい」
「はん、口が上手いわねー……まあいいけど。知っての通り、私はかつて、日の本中を震え上がらせ、時のミカドをも脅かした大妖怪よ。戦闘なんて、正体不明の能力で……」

 言いかけたところで、ぬえは言葉を失った。なにか、違和感がふつふつと湧き上がる。
 正体不明の能力。それは対象に種を植え付けて、その正体をわからなくする能力である。封獣ぬえにとって最大級の特性だが、しかし正体不明の種をこの場で使用することは、考えてみれば現実的ではない。
 まず第一に、この集団の連中は、みながみな、既に封獣ぬえという存在を認識し、理解している。集団を掻き乱すために正体不明の種を使って“なにか”の正体を奪ったところで、そんなことができる犯人はかの有名な妖怪・鵺、すなわち封獣ぬえ以外にいないとすぐに気付かれるだろう。他の誰も気付かなかったとしても、パチュリーを出し抜くことはこの能力では不可能だ。
 第二に、そもそもの話、かつて日の本中で恐れられた妖怪・鵺の正体は厳密に言えば封獣ぬえではない。この世に蔓延る『正体不明の怪異』を総じて人々は鵺と呼び、その結果として、猿の顔だの狸の胴体だの虎の手足だのといった不定形の特徴を盛り込まれたものが鵺という妖怪なのだと、遍く人々は信じるようになった。
 つまり、鵺とは、本来存在しない妖怪である。
 世に存在する『なんだかよくわからない妖怪』に対する恐怖が鵺という妖怪の外殻をかたちづくり、それを存在させるための核として生まれたのが、他ならぬ封獣ぬえなのである。かつて源三位頼政に討たれた鵺も、方々で噂された恐ろしい鵺の逸話も、すべて核として生まれたぬえが正体不明の種を植え付けて生み出した“なにか”でしかない。
 けれども、その“なにか”を生み出すための正体不明の種は、この集団の中にいる限り封じられていると考えていい。人々の恐怖心が生み出した正体不明の妖怪はしかし、その正体不明の“なにか”を生み出しうる存在の“正体”として、この場の誰からも認識されてしまっている。
 一般的に、それは正体不明とはいえるものではない。正体の判明した未確認生命体は、ただの生命体でしかない。
 鵺という種族は、己が思っていた以上に、他者にその存在維持を依存する種族なのだと、ここへ来て初めてぬえは思い至った。


856 : 存在の証明 ◆753g193UYk :2017/11/30(木) 07:26:40 qp3CY5ec0
 
「ぁ……れ」

 正体不明の種は使えない。
 正体が認識されている以上、誰もぬえに恐怖心は抱かない。

 誰からも恐怖されない以上、
 
 その存在は妖怪として成り立ち得ない。

「……っ」

 己が存在の根幹を揺るがす事実に気付いてしまった。途端に激しい目眩に襲われた。酷い酩酊状態に陥ったように視界がぼやけて、堪らずぬえはテーブルに突っ伏した。瞳を閉じて、しばし重たくなった体をテーブルに預ける。

「どうした、ぬえ……大丈夫かね」
「うる、さい……ちょっと、立ち眩みしただけ」

 立ち上がった吉良に対し、意図せず荒い口調で返答する。
 下等な生物だと見下していた相手にすら心配される事に、千年生きた妖怪としてのプライドが反射的に感情を熱くした。
 考えてみれば、吉良も鵺という存在は知っているという。けれども、今こうしてこの場にいて、正体不明の力を実質的に行使できなくなったぬえに対して、吉良が恐怖心を抱くことはないだろう。知名な妖怪ゆえ、その存在も、正体も、吉良には既に認識されてしまっている。
 仮にメタリカで奇襲を仕掛けたあの戦いに関して吉良がなにか思うことがあったとして、あの戦いで吉良が抱いた感情は、すべて藤原妹紅に対する感情として置き換えられてしまった。ぬえに対する認識ではない。

(え、っていうかこの殺し合い……、妖怪にとっちゃかなりヤバいんじゃないの)

 続いて思い至った事実を想像するや、胸中に言い知れぬ不安がよぎる。
 そもそも妖怪が存続できるのは、幻想郷というなの閉鎖空間で、常に妖怪を恐れてくれる人間たちがいるからだ。妖怪の賢者は、妖怪の存続のために人間を飼い殺しているのだとどこかで聞いたことがある。
 幻想郷よりも更に閉鎖されたこの隔離空間の中で、妖怪という存在に恐怖心を抱く存在がどれだけいるかは甚だ疑問だ。スタンド使いと呼ばれる人種は元より怪奇現象には慣れているし、そもそも精神に依存する妖怪という種族は、周囲から、相手から恐怖されてこそである。
 メタリカで襲撃した際の吉良の顔を思い出す。
 ここの連中は、妖怪に対して恐怖心を抱かない。
 結果、本来人間とは比にならぬ程の身体能力を持った妖怪が、人間に敗れ、朽ちてゆく。
 そこまで見越して荒木と太田が妖怪をこの閉鎖空間に隔離し、全体の能力を均一化させてゲームバランスを保とうとしたのだとしたら、益々奴らに対して勝ち目はないのではないかと思われた。


857 : 存在の証明 ◆753g193UYk :2017/11/30(木) 07:27:33 qp3CY5ec0
 
(ああ、クソッ……なんにせよ、このままじゃマズい)

 このままでは妖力が減衰しつづけて、近いうちにそこらの雑魚妖怪並の能力にまで落ち込んでしまうかもしれない。妖怪全体が不利になる環境下であるとしても、他者の認識に依存する鵺という種族は他よりも増してその影響を受ける。鵺の特性を殺すこの集団の中にいるのでは尚更だ。
 封獣ぬえが封獣ぬえとしてあり続けるためには、誰かに正体不明の“なにか”として認識される必要がある。恐怖という感情で認識されるならばなおいい。
 ぬえの心に、最前までとは別種の焦燥が降り積もりはじめる。両腕を抱いたまま、ゆるく被りを振って、窓の外に視線を向ける。最前まで降っていた雨は、いつの間にか白い雪に変わっていた。

「あれ……ゆき、いつの間に」
「どうりで、冷え込むと思った。さっきまではそう寒くもなかったんだがな……どうなっているんだ? この会場は」

 怪訝そうに眉根を寄せる吉良に続いて、ぬえもその双眸を眇める。窓の向こうに人影が見えた気がした。建物の側面に面した食堂の窓からではよく見えないが、正門側に人の気配を感じる。

「ねえ、吉良。仗助たち、帰ってきたかも」
「なんだ、生きていたのか……残念だな。こっちは本当に、だが」

 ぬえは胡乱な表情で立ち上がった吉良を見上げる。正門側から喧騒が聞こえる。どうやら揉めているらしく、吉良の意識は既に外側に集まった者に移っている。ぬえは目線を下げて黙考する。
 なにかことを起こすか、この集団から抜けるか。または別の道を探るか。なんにせよ、決断は早いほうがいい。吉良とは対照的に、ふらりと椅子に座り込んだぬえは、額にじわりと滲みはじめた玉のような汗を拭って、肺にとどまり蟠った空気を深く吐き出した。
 

 
【C-3 ジョースター邸 食堂/真昼】

【封獣ぬえ@東方星蓮船】
[状態]:環境によって妖力低下中、精神疲労(小)、軽い目眩、喉に裂傷、濡れている、吉良を殺すという断固たる決意
[装備]:スタンドDISC「メタリカ」@ジョジョ第5部
[道具]:ハスの葉、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:聖を守りたいけど、自分も死にたくない。
1:このままでは妖力がどんどん低下していく。正体不明の“なにか”に対する恐怖が欲しい。
2:吉良はいずれ殺すが、現状『味方』として振舞っている限り『害』はないので、当分は利用してもいいのかもしれない。
3:今最優先で始末すべきは『岸辺露伴』。記憶を読まれるわけにはいかない。
4:ところで慧音の『使える』って?
5:皆を裏切って自分だけ生き残る?
6:この機会に神霊廟の奴らを直接始末する…?
[備考]
※「メタリカ」の砂鉄による迷彩を使えるようになりましたが、やたら疲れます。
※能力の制限に関しては今のところ不明です。
※メスから変化させたリモコンスイッチ(偽)はにとりの爆発と共に消滅しました。 本物のリモコンスイッチは廃ホテルの近くの茂みに捨てられています。
※妖怪という存在の特性上、この殺し合い自体がそもそも妖怪にとって不利な条件下である可能性に思い至りました。
※現状、妖怪『鵺』としての特性を潰されたも同然であるという事実に気付き、己の妖力の低下に気付きました。現在進行形で妖力低下中です。正体不明の妖怪としての存在を証明できれば、妖力も回復すると思われます。

【吉良吉影@ジョジョの奇妙な冒険 第4部 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]:喉に裂傷、鉄分不足、濡れている
[装備]:スタンガン
[道具]:ココジャンボ@ジョジョ第5部、ハスの葉、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:平穏に生き延びてみせる。
1:封獣ぬえは『味方』たりえるのか? 今は保留。
2:この吉良吉影が思うに「鍵」は一つあれば十分ではないだろうか。
3:東方仗助とはとりあえず休戦? だが岸辺露伴はムカっぱらが立つ。始末したい。
4:空条承太郎らとの接触は避ける。どこかで勝手に死んでくれれば嬉しいんだが……
5:慧音さんの手が美しい。いつか必ず手に入れたい。抑え切れなくなるかもしれない。
[備考]
※参戦時期は「猫は吉良吉影が好き」終了後、川尻浩作の姿です。
※慧音が掲げる対主催の方針に建前では同調していますが、主催者に歯向かえるかどうかも解らないので内心全く期待していません。
ですが、主催を倒せる見込みがあれば本格的に対主催に回ってもいいかもしれないとは一応思っています。
※能力の制限に関しては今のところ不明です。
※パチュリーにはストレスを感じていません。
※藤原妹紅が「メタリカ」のDISCで能力を得たと思っています。


858 : ◆753g193UYk :2017/11/30(木) 07:28:26 qp3CY5ec0
投下終了です


859 : 名無しさん :2017/11/30(木) 18:53:23 RzOA7UO60
投下乙です。
ぬえの正体や存続性に別方向からの切り口で迫ってきた、氏らしい丁寧な文章での話でした。
ここにきてぬえと吉良との関係が薄々変化してきたのかな、という新鮮な感想と共に、段々と不穏さが募っていく藁の砦への期待も高まる内容だったと思います。
藁の砦組は結構東方的なお話も多いし、普段とは違った空気が感じられるのもとても良いものですね。氏の更なる作品にも御期待しております。


860 : 名無しさん :2017/12/01(金) 06:29:51 4Cpkyzec0
投下乙です!
ぬえと吉良に奇妙な仲間意識が芽生え始めたけれど、自分の不利に気付いたことでまた不穏な空気が生まれそうですね……
互いが利用価値はあるものの、もしも少しでも自分に矛先が向けられたらその時点で決裂しそうな危ういバランスがまた面白いです。


861 : ◆at2S1Rtf4A :2017/12/04(月) 21:26:40 yYZMIbSc0
予約延長します


862 : ◆qSXL3X4ics :2017/12/05(火) 19:11:42 PD9MWYeQ0
すみません、予約延長します


863 : ◆qSXL3X4ics :2017/12/08(金) 18:58:14 6XcVezr20
投下します。


864 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 19:06:44 6XcVezr20


「は……っ! は……っ! は……っ! ………………はァ……!」



都合の悪い、何かから逃げ出すように。
都合の良い、何かへと追い縋るように。
ひたすら、脇目もふらずに走り尽くしてきたつもりだった。……これでも。
辿り着けるかも分からない、遠い遠い処に煌く星の光を目指して、私は此処まで来た。

此処まで来た。

来れたんだ……此処まで、来れた。


「ハァ……っ! あと…………あと、はち……、にん……っ!」



―――バトルロワイヤルなどという愚戯が始まってから、そろそろ『36時間』が経過しようとしている。









▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
『秋静葉』
【第二日:昼】E-2 妖怪の山


胸が苦しい。
私は自分の心臓をそっと押さえた。
どくん、どくん……と、たった今までこの険しい妖怪の山をひた走ってきたツケを回すかのような動悸の早さ。

生きている。
この鼓動が、私の『生』を確かに伝えていた。
か細い悲鳴を上げ続ける己の心臓は『生』の象徴であり、同時に『死』の象徴でもある。……今の私にとっては。


───『一度しか言わんから、よく聞けよ? きさまはあと『33時間』で死ぬ』


そう言って私の胸に丸太のように太ましい腕を潜らせ、その心臓に毒薬を仕掛けたあの狂人の言葉がついさっきのように思える。


狂人―――あの大男エシディシは、とうにこの世から去っているというのに。


エシディシの言葉は、私の鼓膜へとまるで呪言の如く反射し続けている。
33時間。あの時は確か……『昨日の深夜3時』くらいだったっけ。
……そろそろだ。もうすぐ、タイムリミットの『33時間後』がやってくる。もしかしたら、もう過ぎているのかもしれない。


「クソ…………くそぉ……! なんで……なんで勝手に死んじゃってんのよ、化け物のクセに……!」


エシディシは──────死んだのだ。

勝手に私へと時限爆弾を仕掛けたくせに、
勝手に奴への強制再戦を仕向けたくせに、

勝手に死んだ。

私の『結婚指輪』だけは、しっかりと遺したままに、勝手に死んだのだ。
私の居ない所で、勝手に誰かに倒されたらしい。


「――――――ふざけ、ないで」


アイツの死報を知ったのは、いつだかの放送でその名が読み上げられた時だった。
瞬間、私の頭の中身は蒼白に、空っぽに、上塗りされた。
愕然とした。当たり前だ。アイツの持つ解毒剤とやらが無ければ私だって死んでしまうんだから。


この瞬間、秋静葉のゲーム優勝の可能性は、限りなくゼロへと落下してしまった。


先程、『第五回放送』が終了した。
その時点での残り生存数―――9人。
私以外では、あと8人。目的達成まで、もう少し。もう少し、だったのに……!


865 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 19:10:46 6XcVezr20


「ふざ……っけ、…ぃでよ…………っ!」


もう無理。今にも毒薬が溶け出そうかという瀬戸際、ふるいにかけられた選りすぐりの猛者8人を続けざまに倒せるわけがない。
つまり、私のバトルロワイヤルはここで終末を遂げることが確定。
終わった。
終わって、しまった。
穣子を、蘇生させることが不可能となってしまった。


「みのり、こ…………!」


愛する妹の名を木霊させる。
ここは妖怪の山。9人となった参加者の他、生物一匹消え失せてしまったこの山に、木霊するのは私の声と、無気力な足音だけ。
身近な木を見繕い、私は背を預けた。途端に全身から力が抜けていき、ずるずると腰が落ちていく。

疲れてしまった。
……もう、疲れた。


「………………穣子」


埋めた顔と膝の間で、誰に聞こえないように私はもう一度、血を分けた姉妹の名前を。
泣き言みたいにか細い囁きで、ボソリと。


「………………穣子。私……もう、」



──────いいよね?



思わず吐き出しそうになる言葉(よわね)を、グッと固く呑みこんで。
埋めていた顔をほんの少しだけ、上げた。
辺りに散らばっているのは、不思議なことに紅葉の群だ。
木々から散っていった落葉の数々が、私の周囲を囲んでいた。

(もう、そんな季節だったかな……)

ぼんやりとした意識の中、己の置かれていた本来の境遇を手繰り寄せようと私は頭を働かせる。ほんの少し。
妹・秋穣子。秋の豊穣神。
私・秋静葉。秋の終焉神。
秋の終焉は私の季節であることを示唆すると共に、私自身の終焉も示唆している。
秋が去ればすぐにも冬が到来する。そうなれば、私たち姉妹の出番はまた来年となるのだ。

「今年の秋も、もう終わりね……」

落ちていた紅葉の1枚を手に取り、私は毎年お馴染みとなってきた台詞を独り呟いた。
秋の来ない年は存在しない。来年も、その来年も、そのまた来年も、秋は延々と繰り返される。
たとえ私が消え去っても──来年まで姿を消す、というのではなく神様としての寿命を迎える意味で──またいつか、秋は来るだろう。

私が此処で死んでも、秋は死なない。
だったら、誰一人悲しまないんじゃないだろうか。
幻想郷に……いや、この地上に秋静葉という存在は……もはや必要ないかもしれない。


───だったらもう、神様ですらなくなりつつある私が、これ以上頑張る必要なんて……


     (……を見て……引力……素養が……二度とは……)



     ガサ



入り乱れた落葉を踏みしめる音が、項垂れる私の意識を覚醒へと引き戻した。
気配の方向に頭を動かすと、『彼女』がそこに立っていた。



「……ここに、居たんですね。───静葉さん」



彼女はそう言って座り込んだ私をジッと見つめている。
最悪だ。誰にも会いたくない時に限って、よりによって彼女とは。神サマってば、なんて性格が悪いのだろう。……私含めて。


「……笑いに来たの? それとも、ケジメ? どっちにしろ、貴方が手を下すまでもなく私は死ぬわ、間もなく。
 此処までは来れた。でも、私は所詮…………此処までだった。自分が自分で惨めなものね──────寅丸さん」


866 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 19:13:50 6XcVezr20
寅丸星が、確固とした瞳を向けながら私に対峙する。
いえ、対峙だなんて格好付けたモノじゃない。確固たる意志を失った私に、格好を垂る意思なんか残っちゃいない。
何もかも諦めた格好悪い私は、もはや格好の餌食でしかないのだ。矜持を取り戻した獣が振る、気高き矛への供物が今の私なのだ。

「正直、驚いています。“あの時”、私と袂を分けた静葉さんが、まさかたった独りで此処まで生き残っているなんて」

「なんだ……やっぱり笑いに来た方じゃない。…………それで?」

「随分と卑屈になってるじゃないですか。そのお召し物の様な色で、静かに燃える瞳を映してた昨日の貴方は何処へ行ったんです」

「何処へも…………私はもう、何処へも行けなくなってしまった」

「何処へも、ですか」

「……妹を殺されたあの瞬間から私は、本当は死んでいたのかもしれない。今ここでくたびれているのは、秋静葉の抜け殻よ」

「へえ。それで? そのセミの抜け殻さんに諭され歩みを共にした、毘沙門天の成れの果てに掛ける言葉はそれだけですか」

お互い、意地になっていたのかもしれない。
それぞれ愛する存在を救えず、伸ばした腕も虚しく空回り。これまでの苦労も苦しみも、犠牲にしてきた他の皆も全部無意味なものだった。
これで何処へ行こうというのか。きっと、私の行き着く地獄にあの子は居ないのでしょう。私なんかよりずっと優しく恵まれた、妹なら。

「…………もしかして寅丸さん、怒ってる?」

「怒ってる、ですって……?」

魂が抜けた私の湿り声に、寅丸さんはピクリと反応した。
つかつかと歩み寄り、彼女はらしからぬ乱暴な仕草で私の胸倉を掴み、そのまま持ち上げて木の幹にガツンと押し付けてきた。
いつ息の根を止められたっておかしくない状況。その距離でも、今更私の心は何ら動くことはない。

「怒ってるわよ! 当たり前じゃないっ!」

「…………」

「此処まで来たんでしょう!? 弱っちいアナタが、万感の思いで此処まで生き残れたんじゃない!」

「…………」

「なに諦めてるのよっ! 死に物狂いで生き残ると宣誓したあの時の言葉は何だったのよっ!」

「…………」

「そんなアナタの言葉に感銘して、共に勝ち進むと決心した私が馬鹿みたいじゃないッ!
 なにが“何処へも行けない”よ! なにが“抜け殻”よ! 私たちがどんな想いでこの手を汚してきたか……もう忘れたの!?」

「…………」

「黙ってないで……何とか言いなさいよッ!」

彼女は本気だった。私の醜態に本気で呆れ、本気で怒っていた。
自分で言えることではないけど、無理もない話だ。立場が逆であったら、私なら……どうするんだろう。もしかしたら、殺すかもしれない。

でも、本当に……私はもう無理みたいだ。
寅丸さんの本気の喝も、今の私の心には───何も響いてはこない。


「…………寅丸さんは、私を殺しに来たんでしょう。もういいから、早く殺して」


バチンと、頬に熱い衝撃が迸った。脳天が揺れ、私は無抵抗のまま秋の絨毯の上に転がされた。

「ふざけるなァ!!」

牙をも見せかねない彼女の、怒り狂ったとでも言える激昂。煮え繰り返った腸が透けて見えそうな程に、普段の彼女からは想像も出来ない態度だった。
これが寅丸星の本性。真面目、冷静、温厚、人格者であった表の顔を裏返せば、実に感情的な素顔がころりと転がってくる。
ジンジンと痺れる頬の痛みは、生気を失った私にせめてもの反証、その口実を吐かせようとする程度の気概をもたらしてくれたようだ。

「知ってるでしょ……私の心臓に仕掛けられた『毒薬』のこと」

「知ってるわよ……っ」

「じゃあ……汲んでよ。もう、諦めないとか、死に物狂いとか、そういうレベルの話じゃないの。……物理的に、どうしようもないじゃない」

「それでもッ!」

胸の火を灯すことも出来ず、断念の思いをタラタラと流すばかりの私と違い、寅丸さんは躍起になって切言する。

「それでも……! 私は、妹の為に泥の底を泳ぎ続けるアナタに憧れた……!」

滑稽だ、と思った。この期に及んで私に何らかの期待をかける彼女の姿は、それ以下の廃人──ならぬ廃神の私から見れば、腹の立つほどに鬱陶しく見えた。

「そう……。思えばずっと、息継ぎなんてしなかったものね。そろそろ、泳ぐのにも疲れたわ」

「息継ぎですって……? いいえ、今のアナタはまさしく抜け殻。生きる意志を完全に捨てた泥魚に、呼吸なんて必要ない。
 そのまま泥煙に塗れたまま、沈んでなさい。……私は、戦いに赴きます」

もうこれ以上、お前の顔なんか見たくない。
ここから立ち去ろうと身を翻す寅丸さんは、そんな顔を作って私を軽蔑していた。我ながら、本当に救えない。

「───聖白蓮、でしたか。貴方の大切な人……彼女の命を、蘇らせる為に?」

「……聖は、死にました。残された私に出来ることなど……もう、他に……!」


867 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 19:16:45 6XcVezr20
大きくって、そして小さなその背中が、微かに震えていた。
彼女は、かつての私と同じ選択を歩むつもりだ。

───当然、かもしれない。聖白蓮も既に、亡き人となっているのだから。


「それでは、失礼します。…………さようなら、静葉さん」


行ってしまう。修羅道を共に受け入れた、唯一の理解者が。
たまらなく幻滅したのだろう。全てを閉ざされ足場を失った私に、寅丸星はきっと……未来の己の姿を重ねてしまいそうになった。
自分もすぐに、抜け殻と化すのかもしれない。
あのような、何事にも揺り動かされない愚かな末路を歩むのかもしれない。
だから彼女は、こうなってしまった私の前から逃げるように去っていくのだ。

ああ……もしそうであったなら。彼女には悪い事をしてしまったかもしれない。
もはや冬を越せるだけの力を奪われた私と違い、彼女の頭上にはまだ『可能性』という僅かな希望の糸が垂らされているのだから。


「待って」


そうであるならせめて、私は彼女の……ツギハギだらけの未来に手を貸してあげたい。
少しでも、彼女の糧になれるのなら……もう少しだけ、立ち上がれる。



「私と今、殺し合いなさい……寅丸星」



穣子のことは諦めた。主催への復讐も諦めた。自身の未来なんか、以ての外だ。
ここで朽ちて、秋の終焉と共に消え去ろうと立ち止まった。
けれども、目の前で戦いに向かう彼女の背中を見てると……分かったことがひとつだけある。


「貴方が私を探してここまで逢いに来た理由……今なら分かる気がするわ」

「……静葉さんは、それで納得できるのですか」


背を向けたままの寅丸さんは、どんな顔で私の言葉を聞き入れているのか。
怒っているのか。悲しんでいるのか。笑っているのかもしれない。


「私はこの殺し合いの初めから、自分が選ぶ道の全てに納得してきたつもりよ」

「…………私は、貴方を殺す為に来たのではない。倒す為でも、笑う為でも、罵る為でもない」


振り返った彼女の顔に張り付くは……やはり変わらない。
それは、鎧を捨てた生身の覚悟を持つ者だけが浮かべる気概。


「私は貴方を乗り越える為にやって来たのです。───秋、静葉」


868 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 19:18:09 6XcVezr20
鉄の志。
半死人だったかつての獣は、その手に再び宝塔を携えて……私の前に立ちはだかる。
しっかりと両の足で立つ彼女が持つ宝塔は、夜だというのに孤高の存在感を存分に発揮する陽光が如く、ギラギラと煌いていた。
かつての彼女は、抉られた腕と消失した得物によって空いた溝を埋めるかのように、特異な『スタンド』という力を己がモノにしていた。
あれから一日。どれほどの糧を吸ったのか、彼女の千切れ飛んだ腕はすっかり元の様相を取り戻し、失われていた宝塔もその手に握られている。
完全100%の力を取り戻した寅丸星。彼女自身はそれほど力の強い妖怪ではなかった筈だが、危険なのがあの『宝塔』だ。どちらかと言えば、寅丸が秘める強さの八割方が宝塔の加護によるものと聞いたことがある。

彼女がどのような想いでそれを手にしたのか。聖なる輝きを放つ神具を、血の滴る刃として振るうことに決めたのか。
私は……寅丸星と相対するに相応しい人材なのか。
彼女が最後に乗り越える『崖』へと、私は成れるのか。
この『糧』が、最後に何をもたらすのか。



私と寅丸星の関係は……『血』によって終幕が垂らされる。
秋の神である私の血を吸い、糧とし、きっと彼女はおぞましい怪物へと『変わる』のだろう。
だったら私は……喜んで我が血を与える選択を取る。

それで───何もかもが終わる。




『ニャァ…』



十全の力を取り戻した寅丸星が、月光と陽光を反射させるその宝塔をかざした時。
脈絡もなしに、どこからともなく響いた猫のような鳴き声が、私を──────、









▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


869 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 19:20:29 6XcVezr20
『藤原妹紅』
【第一日:昼】B-5 果樹園小屋周辺の林


「あ〜も〜〜……ちっくしょう。何なのよ、さっきの紫パジャマは。藪から棒に」


ワケのわからない頭痛に苛まれ、私は胡乱な目でふらつき、何処とも知らない木々の中を彷徨っていた。
全く不思議なことだけど、この場所に至るまでの経緯がまるで記憶に無い。本当にふと、突然この世界に立たされていたのだ。
私の覚醒に立ち会っていたのは、どっかで見た女だった。確か名前は『八意永琳』だっけ。あの馬鹿たれ(輝夜)の従者だ。
彼女は──本当にどういうワケだか分からないけれど──突然、理由もナシに私を攻撃してきた。混濁する脳裏の中、私は必死に逃げて、逃げて、先ほどまた別の女に出会った。
今度は知らない女だった。紫色を基調としたパジャマのような装いをした、魔法を使う根暗そうな女。
またしても攻撃を受けた。本当にワケがわからん。熊とでも間違えたのだろうか。馬鹿らしい。

「くそ……意味が分からない。第一ここは何処なんだ? 一体全体どうして私はここに居る?」

頭の中を片っ端から掘り返してみても、コレが全然思い出せない。


───何も思い出せないんだ。


一種の記憶混雑なのかもしれない。あるいは何者かの陰謀で誘拐されたか。
でも、これまた不思議なことに。私はこの知らない土地の何処かに『輝夜』の奴が居るんじゃないかって確信があった。
根拠なんて全くないけど、アイツは私の唯一人の……

唯一人の──────何だっけ?


「……いや、そうだ。そう、確か───蓬莱の薬。薬は何処だ?」


つらつら、ふらふらと歩いて行く内に、ふと『ある記憶の片鱗』が脳裏に顔を出した。

『帝の勅命』『岩笠』『咲耶姫』『蓬莱の薬』『不死の山──富士山脈』

そう……だ。何となくだけど、思い出してきた記憶がある。
不老不死の薬。私は岩笠とかいう男が勅命を受け、蓬莱の薬を富士山の火口へと隠密に運ぶ一行の後を付けていた。
あの時、兵士の一団は互いに殺し合い、躰は焼け爛れ、“まるで怪物に襲われたかのように”全滅したんだ。
残ったのは私と岩笠。そして蓬莱の薬。
魔が差した、という言葉で片付けられる罪ではないだろうけど、信じられないことに私は恩人とも言える岩笠を蹴り落とし、そのまま薬を奪って逃げた。
逃げて、逃げて、頭が真っ白になるくらいに逃げて…………

「覚えてないんだよなあ。それから……どーして私はこんな場所に居るんだ?」

『その記憶』の続きが『今』だと言うのなら、私の手には蓬莱の薬が握られているはず。
おかしい。辻褄が合わない。それにもしそれが正しい記憶だとして、この場所に『永遠亭』の『八意永琳』が居るはずもないし、輝夜も同様だ。
記憶が全くグチャグチャだった。少し時間を置かないとダメかもしれない。

「いや、そんな暇も無いかもしれないわね。さっきみたいな変な奴らが私を追ってきているかもしれない」

今思えば、あの紫パジャマの魔法使いは全滅したと思っていた兵士の生き残りかもしれない。私が薬を奪って逃げたので、始末して奪い返す気ってわけね。
当然だ。どう考えたって悪いのは盗んだ私で、口封じも兼ねて私を殺そうというのは如何にも筋が通ってる。
一つだけ筋が通らないのは、今の私の手元には何故か蓬莱の薬は無いってことだ。落としたのか、私が眠ってる途中にまた誰かに盗まれたか。

あの薬が欲しい。ここには私の『敵』ばかりだ。殺らなきゃ殺られる世界だ。
だったら一刻も早く、薬を見つけて飲んでしまいたい。“もう”痛いのは嫌だ。


870 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 19:21:58 6XcVezr20


───『殺しなさい、妹紅。貴方には、生きる権利がある』


ズキズキと、未だに頭の中が握り締められる感覚が振動する。
同時に響く声は、私がよく知っている者の声。


───『このバトルロワイヤルの中では貴方は“まともな人間”よ。痛いのが嫌。死ぬのは怖い。正常な人間なら当然持ち得る考え。結末』


くっ……何だってのよ。周り全員、追手ばかりか。
輝夜に逢いたい。アイツに逢って……そして、どうしようか。


───『他者を屠って己の正当性を証明しなさい妹紅。でも気をつけて? 今はまともな貴方でも、ひとたび“日常”へ帰れば“異常者”は貴方になる』


日常。私の日常は、何処へ行った?
彼方(あっち)? それとも此方(こっち)?
夢も現も、ちょっと視点を変えれば全て彼辺此辺(あべこべ)だ。


───『改めて妹紅。貴方は果たして“まとも”かしら?』


まともだとも。だってこうしてその自覚があるんだ。まともに決まってる。私はどこまでも、正常な人間よ。
薬を盗んだのも、異常者/敵を排すのも、恐れから来る行為。恐怖するということは、まともな人間の証なんだ。
だから。


───『戻りなさい妹紅。殺しなさい妹紅。怯えなさい妹紅。抗いなさい妹紅。生きなさい妹紅。妹紅。妹紅。もこう。モコウ』


宿敵の声にとってもよく似た、けれどもこれは『私』の声。
〝わたし〟自身が、恐怖する〝私〟に警告を促している。
全ては恐怖から逃れる為。全ては生きる為。

きっと私は、誰よりも正常な人間。
周り全てが『怪物』だらけ。だったら、そいつらから身を守る“術”を手に入れたいと思うのは、それこそまともな思考なんだ。


「……小屋だ。人の気配もする、か」


果樹園を抜けた先。私を待ってるみたいにポッカリ口を開けた空間に、ボロっちい小屋が建っていた。
少し怖いけど、あそこに蓬莱の薬があるかもしれない。そうでなくとも雨宿りには使えそうだ。

よし、行ってみるか。














───『妹紅。妹紅。妹紅。妹紅。妹紅。妹紅。もこう。妹紅。もこう。もこう。モコウ。も殺う。妹コウ。 コう。 コ 。も゛ う゛。    。  う  。  ■゛ ぅ 。  ぁ  こ゛  、、、 。 殺 妹紅  。 ……■ ■ し なさ ぃ ─────────

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


871 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 19:24:33 6XcVezr20
『ジョナサン・ジョースター』
【昼】B-5 果樹園小屋


ジョナサン・ジョースターは戦士ではない。
忠義に尽くす兵士でもなければ、イカれた殺戮者でもない。あのブラフォードやタルカスとは違い、元々心優しい青年であり、特別修練を積んで人生を重ねてきたワケでもない。
紳士だった。誰から見ても清く眩く映る、英国きっての逞しき紳士。
あらゆるを経て。そして深い因縁と運命をその身に受容し、一流の波紋使いにまで成長はしたが。
彼を大きく形作る要素とは、何者にも屈しない強靭な精神──ではないのだ。
誉れ高き父から受け継いだ恩愛の心。

『優しさ』と『勇気』である。

そして、ジョナサン最大の長所といっていいそれらは、裏を返せば致命的な短所にもなり得る。
付け焼刃とまでは言わないが、所詮は極短い修行の末に磨かれた波紋と精神力。彼自身を“本物”の戦士へと至らせるには、まだ足りない。
かつて友に言われた『アマちゃん』という言葉が、ジョナサンの脳裏にふっと浮かんだ。


(しまった……! 背中と足をやられた……!)


事が起こってから、一瞬の出来事だった。
突如現れた謎の少女の対応に、ジョナサンはどうしようもない後れを取ってしまったのだ。
「説得は不可能」と、本能的に理解してしまった。それは先の対立時、静葉と寅丸の覚悟を肌で感じた時とはまた別種の、畏怖とも言い換えられる彼女への理解。
黒髪の少女の瞳を覗いた瞬間、内奥に潜む『虚無』を感じ取り、彼女に対して言葉での対応はそもそも意味を成さないと分かった。
吸血鬼と化した友、ディオ。彼と同じ吸血鬼ではあるが、どこか違うレミリア。大切な誰かの為に戦う静葉と寅丸。彼ら彼女らは、善悪抜きに見てみれば『正常』に生きる者達であり、言葉も通じるし意義もある。
しかし目の前の少女はどうか。正常であるジョナサンゆえに、一目で異常だと分かる少女へと会話を試みる勇気に、果たしてどれほどの意味があるのだろうか。
それでも、ジョナサンは根元の芯から『紳士』だ。だからと言って問答無用で少女──藤原妹紅へと攻撃を仕掛けるような人間ではない。

結果、生まれた『躊躇』が妹紅の先制を許してしまい、今に至る。


「大丈夫? ジョナサン」

「あ、ああ。ありがとう。……僕としたことが油断した」


秦こころの気遣いを、軽い礼で返したジョナサン。丸太のように屈強なその腕には、依然と意識混濁の古明地さとりが抱えられている。
襲来した妹紅の有無を言わさぬ広範囲火焔攻撃が、立ち尽くしたジョナサンを襲ったのだ。動けないさとりを瞬時に庇い、あわや丸焦げのところをこころの弾幕が寸前で塞ぎ留めた。
無傷とはいかなかった。防ぎ零した黒い不死鳥の羽根が、ジョナサンの背と足を烙印を押すように焚いたのだ。大丈夫だと口にする彼の額に浮かんだ脂汗は、この小屋の熱気によるものではないだろう。

「アイツ……」

「彼女を知っているのか? こころ」

膝を折り、憔悴するさとりの盾となる形のままジョナサンは横のこころに問いかける。
こころはすっくと立ち上がり、黒い来訪者の姿をキッと睨みつけた。



「殺しなさい妹紅殺しなさい妹紅殺しなさい妹紅もこうもこうもこうモコう あなた、 誰よ 蓬莱のほうらいのクスリは何処 どこなんだ くそお …… わ た し は も う 死 に た く ナ イ の に 」



そいつは、誰から見ても異常であった。
揺らめく灼熱の生み出す蜃気楼が、まるで彼女の存在そのものを希薄に映していた。
夥しく、陽炎のように燃え広がる黒き髪が、深淵に誘おうと手を招く死神に見えた。
悠久なる紅蓮を人の形として象った少女の成れ果てが、蓬莱人形として立っていた。

そいつは、誰から見ても───


「……知らない。私はあんな『怪物』、見たこともない」


872 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 19:26:23 6XcVezr20
こころは哀しげに滲ませた瞳を、雨雫でも振り払うように、ジョナサンの問いに対してかぶりを振った。
嬉しげでもない。怒りでもない。悲しみでもない。楽しげでもない。
しかし、嬉しげでもあり。怒りでもあり。悲しみでもあり。楽しげでもある。こころには妹紅がそう見えた。
目の前の怪物に宿る感情は、彼女の知る表情のどれとも様相が異なっていた。
それは恐らく、秦こころという面霊気が最も恐れる表情──“零”感情。すなわち『死』である。
感情が無いという事は絶望であり、死であり、そして死は希望(みらい)を作らない。
かつて妹紅と呼ばれていた彼女を、こころは確かに知っている。かの異変では、大した事情もなく喧嘩を吹っ掛けたような気もする。

“アレ”は、違う。こころの知る藤原妹紅ではない。
“アレ”に希望(みらい)は感じられない。死人でさえもう少し人間らしい表情を浮かべるだろう。

こころは希望を求めて、『感情の迷路』とでも言うべき迷宮の出口を目指して彷徨っていた。あの宗教戦争において彼女が演じた役割とは終止それに尽きる。
しかし今の妹紅には、感情そのものが汲み取れない。屍の如く虚ろなまま迷宮からずり落ち、奈落に向かって落下しているようなものだ。
腕を伸ばして彼女を掬い上げるには、あそこは遠すぎる。どうしようもない所にまで妹紅は追い込まれてしまったのだと、一目見て実感できる。
あの少女は、こころの最も忌避すべき怪物だ。哀しみの姥面を被り、目の前の絶望から目を背けるように、両手で顔を覆って少女は語る。

「私は……とても哀しい。知っている『人間』の感情がこうまで喪われるなんて、あってはならないこと」

仮面と両手によって覆われたこころの表情は見えないが、きっと彼女は心の底から嘆いているのだ。
友や知り合いが『人間』から『怪物』へと変貌し嘆く気持ちを、ジョナサンは痛いほどによく分かる。

「そして私はとても怒りに満ちている! 貴方のような哀しい存在を産んでしまったこの残虐非道なる遊戯に対しッ! そして貴方の感情に対し何も出来ずにいる我が無能さへとッ!」

般若の面へと被り直したこころの素の表情は、きっと本当に本当に、燃え尽きるくらい怒りに溢れているのだ。
友の凶行を防ぐことの出来なかったかつての自分を思えば、こころはまるでジョナサンの感情を写し鏡にした仮面(ペルソナ)だ。

「能面を上向きに見ると悲しみ、下向きに見ると喜びの表情に見える。上下逆さに被ると性質が反転する仮面も多くある」

66の面の一つ一つがまるで意志を持つ妖精の様に、こころの周囲を青白い光を発しながら浮遊する。あまりに幻想的なその光景を、ジョナサンは見惚れるように呆然と眺めていた。

「でも、仮面の表と裏を逆さに被る者は居ない。表情とは〝心〟のこと。仮面は、心を表現する感情そのもの。故に、その裏っ側など見せるべきではないから」

しかし、66に加えられた“ひとつ”の仮面を見た瞬間───彼の表情は驚愕に塗れる事となった。

「忘れたのならば思い出させてやろう。───我が名は『秦こころ』。感情を愛し司る……『心』を表す付喪神!
 キサマの裏返しとなった心の仮面……もういっぺんひっくり返してやる!」

まさに“それ”こそが、かつてジョナサンの友を『怪物』へと至らせた悪魔の仮面なのだから。


「WRRRRYYYYYYYYYYYYYYY!!!!」


優越感と、全能感と、残虐性と。
様々な感情を含むその仮面の狂気に、こころは飲み込まれたりはしない。
数多の面を操り、正負の感情を己の物にしてこそが、表情豊かなポーカーフェイスたる秦こころ。彼女の舞う暗黒能楽だ。
そしてこの仮面に潜む最も大きな表情───『進化』こそが、『退化』の道へと堕ちる妹紅を引っ張り上げる唯一の感情だとこころは悟る。

その手段は暴力となるが、構わない。こころは未だ覚束ない足取りの妹紅へと、正面から跳んだ。


873 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 19:30:06 6XcVezr20
「こころ!? き、君の持つその仮面はもしや……ッ!?」

「貴様はそこで彼女を見ていろジョナサン! コイツは私が泣かすッ!」


深くはないが、ジョナサンは現状手負いである。加えて動けないさとりの守護に入らねばならない為、妹紅の対応は必然、こころが適任だ。
すぐ近くにプッチや聖たちも居る。この騒ぎだ、すぐに駆けつけてくれるだろう。危惧すべきは例の二人……静葉と寅丸の扱いだが、そこは聖に任せるしかない。

(こころ……あの『石仮面』を被っているようだが、吸血鬼化しているのか……!?)

傍目にも異様なテンションで跳び掛かった彼女を見てジョナサンもギョッとするが、石仮面抜きに考えてもこころには元々そういった性質が見られるようだ。理性はあるようにも見える。
第一、石仮面の『針』は発動しているわけではない。あくまで気持ち、精神的な高揚を促すこころ流の儀式か何かだと、ジョナサンは早まりを抑えた。

「くっ……ゴホ……っ! 波紋の呼吸が、上手く扱えない。ここは場所が悪いか……!」

兎にも角にもこの火傷では迅速な戦闘は厳しい。ジョナサンは即座に波紋の呼吸による治療を試みるが、妹紅の第一撃による炎が小屋の実に半分程度を燃やし、黒煙が辺り一面に上がり始めている。
この雨降りだというのに、盛る炎は消化を辿るどころか燃え広がる一方だった。この黒い炎……どこか普通とは違って“まとも”じゃない。
モクモクと部屋中に広がる煙は一酸化炭素を多分に生み、人の気道や肺を熱傷させる。肺へのダメージは波紋戦士への最大の敵と言っても良い。体中に酸素が運ばれなくなり、すぐさま呼吸困難に陥るのだ。
このままでは治療どころか意識を失う。ジョナサンはすぐにさとりを抱きかかえ、火傷の足を引き摺ってでも外への脱出を試みた。


「ぁ…………は、ぁ…………っ」


入り口正面には妹紅が立っている。裏口か窓からの逃走を考えたその時、腕の中の少女が呻き声を上げた。さとりの意識が僅かではあるが、回復しつつある。

「君、大丈夫かい!? 詳しくは後で話す……! 袖を口に当ててなるべく煙を吸い込まないようにするんだ」

「げほ……っ! ぁ……か、ぃ、…………!」

絶え絶えではあるが覚醒の兆しを見せたさとり。元々完全に気絶していたわけではないが、彼女もこの危機的状況を理解はしているようだ。
故に、彼女は覚醒一番に『畏怖』した。サトリ妖怪の性が、反射的に思考を読み込んでしまった。距離はあったが、その片鱗に触れただけでさとりは目を見開き、怖気を震う。


「───怪、物……っ! あの娘、の…、げほっ……心には……何も残って、ない……っ」


深淵を覗き込みすぎて、狂気に取り込まれた。
そんな哀れな少女の心をまた、サトリ妖怪は覗いてしまった。




──────そこには何も、無かった。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


874 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 19:32:44 6XcVezr20
『聖白蓮』
【真昼】B-5 果樹園小屋周辺の林


聖白蓮は、僧侶としての本懐を遂げた。
仏道──広く言えば宗教の凡そ全てに当て嵌まるが、その大願は人を導くことである。最終的な地点は宗派によってガラリと様相は変わるものだが、こと今回の出来事に至ってはそんな大それた話ではない。
道義を誤っていた弟子に、命蓮寺たる住職として正善の路を指し示し、理非曲直を正しただけである。決して高尚な話ではない。
師弟だろうが。主従であろうが。家族であろうが。友であろうが。
一先ずではあるが、結局は倫理の中の当たり前を為しただけであった。親が子に教育を施すことのように、特別なことなど何も無い。

喪われたモノはあまりに大きい。少なくとも、身内が身内の命を奪った事実はあるまじき沙汰である。軽く説教をして、反省しましたもうしません、などと流される行いではない。
一生涯消えない大罪を背負ったのだ。たとえ幽谷響子が許しても、その尊い命を奪った本人が己自身を許さないだろう。本来なら寅丸星の行為への罰は、破門程度では済まされない。


「弟子の不出来は、私の不出来。全てを甘んじて受け入れましょう。未熟な私自身の足りなさが、貴方の心を不必要に迷わせてしまった」


それが本心だろうと気遣いだろうと。
白蓮の掛けてくれた、あまりに高潔で優しい言葉は、溶けかけた寅丸の心を正の路へと矯正させた。
秋静葉と交わした誓いは、落ち葉のように脆く、儚く、ボロボロに散った。傍から見れば、なんて軽々しく馬鹿げた決意だったのか。守ると決めた御方を一目見た瞬間にこの有様なのだから。
これでは道化だ。彼女を守る最も堅実な方法など、殺戮に身を投じる以外無いというのに。


「大切な事は、秩序を重んじることです。この穢れし舞台の法……あの主催共の宣った『殺生』の事ではありません。
 法とは。ここで言う秩序とは……星。貴方の心に刻まれた信念を決して裏切らない志操堅固の精神を指すのです」


寅丸の心。ひいては人の心に本来備わった倫理を、決して裏切らないこと。自身の信念から、目を背けないこと。
それこそが白蓮の説く説法であり、寅丸は己の本心から目を背けたのだ。結果、自分を見失い、弟子を殺めてしまった。
寅丸は妖怪だが毘沙門天の代理であり、命蓮寺の本尊である以上、この教えは絶対だ。そうでなくとも響子は可愛がるべき弟子であり、彼女が殺されなければならない理由なんてどこにも無かった。

白蓮は、それでも寅丸を赦した。
無論、お咎め無しなどという虫の良い話とはならないだろう。きっとこの先、どこかでバチは当たる。塗炭の苦しみがいずれは彼女に与えられるだろう。
それを前提とした上で、寅丸星は再び立ち上がる。白蓮も、そんな弟子の支えとなれるよう努めるだろう。苦しみを分かち合おうとするだろう。
罪の清算は途方も無い年月と努力、信頼が必要となる。それでも。何十、何百もの歳月を積み重ねようと、彼女は二度と足を踏み外さない。守ると決めた大切な人が隣を歩いてくれるのだから。

今は、それで良かった。悩み、足を止めるのは今やるべきことではない。



───『今回も相変わらず長くなってしまったが、ここいらでお開きとしようか。次回の放送も6時間後、夕方の6時に行われる。これにて、第2回放送を終了するよ』



白蓮と寅丸は駆けながら第二回放送を耳に入れていた。足を止め、じっくりと聴き入っている状況ではないからだ。
放送が鳴る直前、果樹園小屋の方角にて轟音が響いてきた。残してきた者たちの身に何か起こったのは明白だ。故に彼女らはメモも取らず、簡易的に内容を頭に入れながら足を動かしていた。

「小傘……神子さんまで……」

ショックの大きさでは白蓮が上である。寺の仲間達が立て続けに逝き、殺したって平然と立ち上がってきそうなあの似非為政者までが呼ばれたのだから。
傍で共に駆ける愛弟子を除けば、命蓮寺の仲間と呼べる者の生き残りは封獣ぬえのみにまで減ってしまったのだ。生真面目な寅丸でさえ暴走していたのだから、己を御すことにおいて特に不慣れなぬえの身は、色々な意味で心配である。
もうこれ以上、我慢ならない。そんな焦燥の心を白蓮は幻想郷随一の自制心にて何とか抑制し、寺の仲間を探しに飛び出したい衝動よりも、残してきた迷える子羊たちの安全を優先した。
小屋からはそう離れてはいない。それでも其処へ向かう道程は、針の筵へ転がる程に永く苦しい時間に思えた。


875 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 19:35:39 6XcVezr20

「星。『六波羅蜜』が一項───“持戒”」

唐突に白蓮は、横の寅丸に向けて言葉を投げかける。六波羅蜜とは、この世に生かされたまま仏の境涯に到るための六つの修行をいう。
その内の一つに『持戒』という項が存在する。これは仏道を修行する者にとっては基本項、最も堅く守るべき戒である。

「……殺生しない、盗まない、不倫をしない、嘘を言わない、酒を飲まない、の五つの戒律を守る事、です」

「そうですね。貴方はその内、人が守るべき最も大きな『不殺生戒』の教えを、私の為とはいえ、心の弱さが原因となり破ってしまいました」

本当の所は最後の項目もこっそり破っているのだが、余計な所で説教の時間を増やすのは嫌なのでこの場は黙っておいた。

「しかし、貴方は偽らなかった……つまり『不妄語戒』の教えを破らず、全てを私にきちんと話してくれた事は本当に嬉しく思っています」

それでも、起こした悲劇に比べればあまりに微々たる幸い。慰めにもならない筈の白蓮の優しさが、何故だか今の寅丸にとっては至上の救済にも思える。
白蓮の言葉一つ一つが、寅丸にとっては宝だった。財宝を引き寄せる寅丸の能力が、富ではなく身近な幸福を言葉に変えて齎してくれている。
愚かなのは、身近なる幸福に彼女が気付いたのがあまりに遅すぎたこと。覆水は決して盆に返ることはない。

だから白蓮がこれから言わんとする内容は、命蓮寺の本尊として新たに生まれ変わった寅丸には予想がつく類の『任』であり、『生きる意味』そのものである。


「人々を救ってください。人も妖も、分け隔てなく」

「……はい」


心より尊敬する人である。故に身を焦がすほどの罪悪感と贖罪への気持ちが、今の寅丸を胎動させる。


「“正しき目的”の為に揮うという強い覚悟さえあれば、人は自ずと迷わなくなります」

「はい」


一生涯をこの御方へ、そして犠牲としてしまった彼女たちへ、そして何より自分自身へと尽くして生きる。道を踏み外した報いは、きっと大きいけれど。


「ある『正義の男性』が“コレ”を私へと託し、亡くなりました。本来は貴方にこそ相応しい神具です」

「はい」


“赦す”という事は、この世のなによりも難しくって……きっと、素晴らしい行いなのだと。


「お返しします。……ここは私が『彼』と話をつけましょう。皆さんを頼みますよ」

「───はいッ!」


聖から赦され、かの『宝塔』は私の手に戻ってきた。神々しい輝きが、私の心に一層溶け込んでいくみたいだった。
正義の執行。一度は修羅へと堕落した私に、そんな権限などあるのだろうか。
……違う。権限だとか、そんな表向きの良い建前はお呼びじゃない。
今、私は確かに必要とされていて。そして応えるべき場面なのだ。
聖から頼まれた。ただのそれだけで、私の荒んでいた心に『勇気』が湧いてくる。


「走ってください!」

「聖も、どうかお気をつけて!」


黒い火の手が上がる小屋方向を見据えて、白蓮と寅丸は再び別れた。
新たな敵襲と考えて間違いない。暫定『白寄りの黒』と見ていたプッチ神父と、『紛うことなき黒』の“倒れた秋静葉”が、小屋の外にまで出てきてこんな所に居るのだから。
このまますんなりと小屋の方へ向かわせてくれる空気ではない。何故静葉が死んだように倒れているかも、そこの神父には聞き出さなければならないだろう。
その役目を申し出たのが白蓮の方だ。命を受けた寅丸は、心配ではあったがそのままプッチらの横を素通りし、燃え盛る小屋へと走っていった。


「……案外、彼女はあっさり通してくれるのですね」

「このまま成り行きを見守りたかった私としても、君と彼女の二人を同時に相手するには少々厳しいと思ってね」


876 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 19:36:30 6XcVezr20
手に持つは地図と参加者一覧表。この騒ぎの中でもメモを怠らずにきっちりと放送を聴き終えたであろうプッチは、荷を仕舞いながら平然と答えた。物腰などは先程までとそう変わらないが、纏う空気が明らかに変貌している。
守矢諏訪子が察した『彼の本性』が、徐々に顕れてきているようだった。同職同士、悲しいことではあったが、状況から言ってプッチ神父は『黒』と断定。
出来る限りの対話を望んでいた白蓮といえど、こうなれば実力行使も視野に入れる。一人残った白蓮は、実に落ち着いた姿勢でプッチと言葉を交わしていき、彼の本意を紐解こうと試みた。

「あら、私一人ならどうとでもなるというのでしょうか?」

「軽く見ているわけじゃあないが、所詮は神に縋ることしかできない尼だ」

「お互い様では?」

「まさか。私も神に仕える身だが、神とは縋るものではない。君たちが崇める所のそれは、力のない民衆が最後に頼る、当たるかもわからない夜店のクジ引き屋みたいなものだ」

「では問います。貴方個人にとって、プッチ神父さん。……神とは何でしょう?」

「人と人とを。或いは運命と運命とを巡り逢わせてくれる超常的な存在。ある時は『引力』と呼ばれるそれを、人は決して拒めない。だから覚悟の足りない民衆は、時にそれを崇拝し、時に拒絶する」

穏やかとも言える会話の裏筋には、確かな闘気が沸々と湧いて出てきている。
聖白蓮のものであった。穏便に済ますなどということは不可能だろう。プッチの方も衝突の予見をその肌で感じる。

「定義など宗教によって様々……それもまた、素晴らしい考えなのだと私は思います」

「それはどうも」

「では話を変えましょう。そこで横たわっている静葉さんに、何をしたんですか?」

「夢を見ているだけさ。彼女に『引力』が作用しているならばすぐにも起きるだろう。もし、素養がなければ……二度とは起き上がってこないだろうね」

「それもまた、貴方の言う『神』が引き起こす出逢いなのでしょうか」

「神は、いつだって我々人間を引き逢わせ、試してきた。これもまた『運命』を克服する為の試練なのだ。おっと、彼女も神サマ……だったっけ? どうでもいいがね」

プッチの足元で目を閉じたまま横たわる静葉の表情は、苦悶に塗れているかのようだった。悪夢でも見る、子供のように。ただ気絶させられているだけでもなさそうだ。

「……どうやら私には、些か足りていなかったみたいですね。───人様の心の内を見透す、観察眼が!」

「人の心など不用意に見るべきではないよ。それは得てして、良くないものが齎されるものだ。……覗かれた本人にとっても、覗いた者にとっても、ね」

これ以上、会話など必要ではないと判断したのか。恐るべき速度で先に飛び掛かったのは白蓮からだった。プッチはそれを受け、身構えるも決して動じない。


「お淑やかな美人かと思えば、その血の気の多さ。全く……意外と破戒僧なんだな、聖白蓮」

「それもまた、お互い様でしょう! 邪なる神父は、仏罰で苦しむがよいッ!!」


黒煙のシルエットを背景として、ここにまた相容れない聖職者達の争いが勃発した。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


877 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 19:38:25 6XcVezr20
『秦こころ』
【真昼】B-5 果樹園の小屋 前


見た目に反して他愛もない相手だなと、こころは思う。
目の前で狂い踊る襲撃者の名前をこころは知っているわけではないが、以前にも弾幕を交えた相手ではあった。
これ程までに安直で後先顧みない闘い方をする人間だったか。石仮面の恩恵で攻撃性が増したこころですら、頭の冷静な部分ではそんな評を下す始末だ。

「〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!! なんでよ!?!? どうっして!! 当たらないんだッ!!
 ■ね!! 死■!! ■ね!! 死■!! ■ね!! 死■!! ■ね!! 死■!! 死ね死ね死ねぇぇえええ!!!!」

癇癪でも起こしたみたいに喚き散らしながら爆炎を放出する妹紅の攻撃を見切ることは、あの尼僧の強烈過ぎるそれと見比べれば随分と楽なものだった。
妹紅は元々、不死にかまけた行き当たりばったりというか、言ってしまえばずさんで被虐的な戦闘スタイルだった気がしたが、今の彼女はそれにも輪をかけて酷い。
弾幕ごっこの基礎である『美しさ』など欠片も見当たらず、醜悪で凶悪な火炎弾幕を滅多矢鱈に撃ち出す。ひたすらそれの反復だ。これでは猪を追う猟師の方がまだ上等な腕前だ。
無論、これは美しさを競う弾幕ごっことは違う『殺し合い』。こころもゲームに乗っているわけではないが、だからと言ってごっこ遊びに興じる程遊んでいるつもりもない。
逆を言えば、殺戮を繰り出す相手に対してこころは真剣に相対しているからこそ、余計に妹紅の荒さが浮き出て見えてしまっていた。

感情など無い。表情もメチャクチャ。何にも考えていない。
故に攻撃の幅も、稚拙で幼稚。噴き出す火力こそ高く、レンジも脅威の広範囲となるが、相手の挙動をしっかり見ていれば対応は容易かった。

「あああああああ灰にしてやるゥゥうううあああっ!!!!」

「最高に灰(ハイ)ってやつだァァああああああッ!!!!」

猛る黒焔のスキマを器用に潜り抜け、石仮面により鋭さを増幅させたこころの蹴りが妹紅の腹を突き刺した。
隙だらけの脇から射抜かれた豪速の足先が、妹紅の肺に溜まった空気を圧縮ポンプのようにして瞬時に押し出す。たまらず妹紅は地面に転がった。

「弱いッ! 思った以上に! 想像以上に!! 幻滅するほどに弱いぞ!!!」

狂気的な雰囲気に呑まれかけていたが、これでは若干拍子抜けだ。出会い頭に不意討ちでも受けていたならともかく、こうして広い場所で面と向き合い柔らかく対処すれば、この怪物はいかにも見掛け倒しである。
この闘い、攻勢に出ていたのは圧倒的にこころだ。元々こころも付喪神としては相当上位レベルの高い力を蓄えていた面霊気であり、前エシディシ戦で負傷があったとはいえ、ジョナサンの波紋によって大方の回復は済んでいた。
対して妹紅の戦闘をよくよく観察すると、“痛み”への忌避が異様に大きいように見える。つまりは、必要以上に被弾を避けているようなのだ。
確かにダメージへの回避行動とは戦いに身を置く者にとって当然の義務とまで呼べるが、妹紅は蓬莱人。『不死人』なのだから、ある程度の負傷など無視してでもゴリ押すスタイルをとれば、戦況もこうまで傾かなかっただろう。
彼女がこの様な気狂いに至った経緯は計り知れないが、皮肉にもそれは妹紅本来の戦闘能力を大幅に削ぐ結果にしかなっていない。こころは荒れ狂う弾幕を回避しながら、そんなことを思っていた。

とにもかくにも、この結果は当然と言えば当然である。(一応は)正気なる頭で考えながら機動に重きを置いた強者と、前方もまともに見えているかすら怪しい狂者とが弾幕格闘を行えば、結果などそこで轟々と燃える小屋の火を見るより明らかだった。


「あ……ぐ、ぅぅう、う、う…………っ なんて、ひどい…………!」

「……貴方の心に、何が起こったの。酷いのは貴方のお顔だよ? 喜びのお面、一個貸してもいいけど」


早くも勝負は着いた。パチパチと炎の弾ける音をバックに膝を突く妹紅を見下ろしながら、こころは問いかける。
着用していた石仮面も外し、いつもの無表情……『素の表情』で、『素の心』で、こころは目の前の怪物と言葉を交わしたかった。

喪われた表情を取り戻すには、結局は暴力でなく心───すなわち『言葉』や『繋がり』なのだと、彼女は知っているからだ。



「───なん、て…………酷い酷い酷い酷い……ひどいヒドイよ私は何もしていないのに私はただ私は死ニタクナイダケナノニ」



それでも。
それでも言葉が、心が、気持ちが通じない相手も存在する。
繋がりも、過去も、全てをひっくるめて、死の幻想〝ネクロファンタジア〟の内へと捨て去った者のことだ。


878 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 19:40:00 6XcVezr20
「あああぁァァアアあアぁぁあああぁあぁぁああアアアもおおおおぉぉオオうざいなアァアアアァァアアアアッ!!!!」


人間は、そうしてヒトのカタチをとった『怪物』へと変貌するのだ。
彼女は、己が狂った彷徨い者だと気付いてもいない。


「…………………………………………私は、哀しい」


長い沈黙と逡巡の末にこころが導き出した言葉と答えは。
どうにもならない無気力と、沈みゆくような悲哀や悔しさの表情。
とうとう……この怪物へと、人間らしい感情を思い出させることが出来なかった───我が非力さ。
答えと呼ぶにもおこがましい、存分に痛感した『結果』を噛み締めて、彼女は決意する。


「──────ごめんなさい」


せめて最期にかけてあげたかった言葉は、そんなありふれた、慰めにもならない言霊。
彼女の目的は感情の喪失……つまり『死』を防ぐことだ。そんな彼女が自ら他者の命を奪うなんて、可能な限りやりたくないに決まっている。
しかし目の前の少女は違う。既にして、その感情自体が消滅している。とうに死んでいるのだ、この存在は。
狂気的な表情を浮かべているように見えるが、こころからすればこんなモノは表情とはいえない。抜け殻の躰に遺された残り香を、機械的に映し出しているだけだ。
妹紅をこれ以上放っておくことは、死を蔓延る原因になりかねない。それこそが、こころの真に恐れる事態。


両手に霊力で形成させた扇子を顕現させ、のたうち回る妹紅の首を狙う。決して外さぬよう、苦痛だけは与えないよう。
これ以上、見ていられないのだった。これもまた、自己満足にしかならないのだろうか。

扇子が振り翳され、力一杯に落とされる。


「…………さような」


スパァン


「──────ら?」


赤に彩られた骨と共に勢いよく切断された肉塊が、血飛沫に塗れて吹っ飛んだ。

バランスを崩したこころが大きな尻餅をつき、“自分の切断された右足”を不思議そうな無表情で凝視する。


(…………)

(………………っ?)

(…………あれ? あれあれ?? なんだなんだ、痛いぞ。これは、私の…………足?)


表情は頑として歪ませることなく、実に見事なポーカーフェイスを形成したままに、こころは歪んだ。
ぷつぷつと、額辺りから脂汗が一斉に湧き出てくる。痛みを表情として的確に表現する術を彼女は仮面以外に持っていないが、痛覚が無いわけでは決してない。
ましてや落とされたのは妹紅の首でなく、自分の足首から先だというのだ。焼き鏝にでも当てられたかのような熱がまず先で、次に疑問と驚嘆、遅れて最後に肉を捻じ切られる痛覚が彼女を襲った。

「〜〜〜〜〜〜〜〜……ッッ!!」

脊髄反射で狐の面を被る。声にもならない悲鳴を響かせるより先に、こころは倒れたままに身を捻りながら大声を上げた。


「聞こえているかジョナサンッ!! 気を付けろ!! 『誰か』潜んでいるぞォォーーー!!」


離れてさとりの守護を請け負ったジョナサンに対し、喉の奥から精一杯の声を上げて警戒を促す。
彼らの姿は、半壊して燃え上がる果樹園小屋やその黒煙に紛れているのか、目視できる範囲では確認できない。


879 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 19:42:43 6XcVezr20

「……………??」

妹紅の方も、突然崩れ落ちたと思えば急に叫びを上げたこころに対し、ポカンと口を開けながら眺めるだけだった。
そんな傍目にもマヌケに見える彼女を横目に捉えながら、こころは周囲を見渡す。

(違う……『コイツ』の仕業じゃない。知らない誰かが私の背後から奇襲してきたんだ……!)

今まさに膝突いた妹紅に手を下そうとしていたのだ。彼女が攻撃する素振りなど微塵も見せなかったし、攻撃は確かに背後からだったように思えた。
どこの卑怯者が降って湧いたのだと、警戒心を最大値にまで引き上げて周囲を確認するも、下手人は姿でも見られたくないのか、やはり影も形もない。
考えられるならあの秋の神様とかか。その協力者であった寅丸星も併せて十二分な容疑者候補だが、彼女達はあの聖職者らが話を付けているはずだ。

かなり、マズイ……! 『深い』……くそっ、足へのダメージが深い!

「痛い時の表情……違う違う。こんな時は、え〜〜〜〜っとえ〜〜〜〜っと……」

「なんだかよくわかんないけど これってチャンスなのかな」

幽し風体で、妹紅はニヘラと笑みを浮かべながら蘇生(リザレクション)を終えた。
悠々と立ち上がるその様は、まさにふざけた自己回復能力を孕む蓬莱人であることへの証左。何という皮肉か、それに気付いていないのは本人だけだ。

「えっとえっと驚いた時の表情……は今更か。あれっ どこだ、まずいぞ。反撃の時の表情……そんなのあったかな」

ガンガンと黒焔の出力を高めていく妹紅を前に、こころは立ち上がれない。無表情でパニックに陥る彼女は現状で最善のお面を取捨していくも、この期に及んで面霊気の性をなぞっただけの行為に何ら意味など無い。
エシディシと対峙した時にも感じた、本当の意味での『零感情』。今の妹紅がケタケタと浮かべているような“死”そのものがこころの顔にも貼り付いてしまう。
想像だにもしたくない。自分はこれから、全ての感情を永遠に奪われてしまうのだ。


「お前のような奴は、人間であるわたしが退治(ころ)してやる。仮面の怪物」



地獄の底から蘇った怪物の吐く黒い息が、こころの表情を撫でた。
どこまでも、どこまでも虚ろを感じさせる嘆きが、短い声のカタチをとって──────


「■ね」


絶命必至の火焔が、こころを包んで黒に染まる。

視界一杯が、墨汁でも垂らされたように黒々さを浴びた。




「──────あ…………





           斬
            ッ
           !





            …………れ?」




瞬間、目の前を覆っていた漆黒色の火幕が、スッパリと両断された。
「斬ッ!」などという擬音らしき文字が、可視化されてこころの瞳に飛び込んできたような気すらした。
それ程に圧倒的な速度と鋭さを纏った、銀色のつむじ風。目前に迫ってきた回避不能の反則的な火炎弾幕が、それによって縦に裂かれたのだ。


880 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 19:45:38 6XcVezr20
斬った。
銀の剣戟が、黒の炎を、真っ二つに。
光をはじく銀灰色。雪景色を連想させる銀世界が刀身より反射せしめ、灰を喰らう黒炎に光芒一閃の道を斬り開いたのだ。


「ひとつに。挨拶もなく突然に剣を抜いたこの無礼。まずはお詫びしよう……仮面のマドモアゼル」


炎を、刀剣にてブッた斬る。こんな冗談のような離れ業が為せるのは、この場にて唯一人。


「ふたつに。君の失われた、綺麗だった御御足……我が足りなさゆえ、間に合わなかった。……すまない」


達磨のように転げるこころの前に、男が立った。
千切れ飛んだ脚の痛みも忘れるくらいに、その男の存在感は眩く映った。
今更ながらにこころは悟った。自分は、絶体絶命の窮地を救われたのだ、と。


「みっつに。緊急時ゆえ、こちらで勝手に判断させてもらった。……“斬るべき敵”を、だ」


白銀の男は語る。漆黒をも切り裂く、その鋭い瞳で。
彼の傍に立つのは、銀色の甲冑を纏う戦士。

男が───銀の戦車が炎に向けて繰り出した斬撃は……ただの一瞬。〝無数の一閃〟であった。


「最後になるが、自己紹介させて頂きたく。我が誇り高き名はジャン・ピエール・ポルナレフ」

「───斬れねぇーモノなんぞ、あんまりねぇぜ」


そして、それで終わりだった。


「…………が、うァアアッ!?!?」


口上を終えると同時、妹紅の全身がカマイタチにでも襲われたかのように、遅れて斬り刻まれた。迫り来る“炎ごと”、ポルナレフの剣閃はそのまま妹紅をも八つ裂きに斬り裂いたのだ。
たった一撃で妹紅の炎は真っ二つに両断されるどころか、その炎を刀身に纏わせ、光を反射するかの如く相手へと返す業を披露した。
皮肉にも己の炎に包まれることとなった妹紅だが、これは彼女の着込んだ『火鼠の皮衣』の効能によって無効化される。
しかし、それまでだ。突如現れたこのイレギュラーの魅せつけた剣術は、あまりに精巧、神速、強力無比の一閃だった。殆ど不意討ちに近かったこともあり、無数の剣筋を一直線に刻まれた妹紅はたまらず崩れ落ちる。

「ぁ、あ……………………」

全身の筋という筋、アキレス腱及び上腕骨隙間への刺突。それによって発生する神経の切断は、両腕両脚の可動不能を意味する。容赦なしの問答無用。急所を狙った、殺意の斬撃。
妹紅は全身から血飛沫を噴出させ、とうとう何が起こったかも認識できず、呻きながら大地に伏した。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


881 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 19:46:19 6XcVezr20
『ジャン・ピエール・ポルナレフ』
【数分前:真昼】B-5 果樹園小屋周辺の林


プラムの生る木々の中、ポルナレフは握り拳を作って顔を俯けた。
かの麗しき令嬢を護り通さんが為、我武者羅に駆けていた彼が逸る気持ちを抑えて足を止めていた理由など一つだ。
第二回放送。これに付属される死者の読み上げこそ、今彼が最も欲する情報であり、聴き逃しなど絶対にあり得ない報だからだ。

「そう、か……良かった。幽々子さんは、生きてンだな……良かった……!」

かくして、心中では絶望視していた西行寺幽々子の生存は伝えられ、放送は終えた。
気になる所ではジョースター姓の者と、この地に呼ばれて初めに出会ったチルノとかいうおてんば少女の名があったことぐらいだが、そんなことは些事だと言うほどに喜びの比率が勝っていた。

西行寺幽々子は生きている。
明らかになった事柄に光が当たれば、必然と次に行うべき行動への思考が割かれることになる。ポルナレフは二つの選択を迫られているのだ。
まずは当初の通り『このまま目的地である禁止エリア周辺の捜索を行う』べきか。
それとも『ジャイロらが幽々子の確保に成功したと断じ、一旦撤収する』べきか。
目的人物の生存が確定した以上、事を急く必要は無くなったかもしれない。ポルナレフは今後の身の振り方を思案する。



「聞こえているかジョナサンッ!! 気を付けろ!! 『誰か』潜んでいるぞォォーーー!!」



Uターンも視野に入れ始めた時、ぱらつく雨に混じって少女の叫び声が轟いてきた。
よくよく耳を澄ませば、果樹園小屋の方面が騒がしい。戦闘でも起こっているのだろうかとポルナレフは考える。

どうする? 理性的にはせめて何事かを確認しに向かいたいというのが人情だ。しかし、そこに幽々子や永琳とやらの姿がないのなら時間の無駄になることは確実である。
こちらの目的はあくまで幽々子であり、現時点で彼女が死亡していないとはいえ、今なお危機的状況に陥っている可能性も充分ある。もしかしたらポルナレフの助けをずっと待っているかもしれない。
そうであるなら、優先度が遥かに高いのは幽々子だ。いま他の面倒ごとに首を突っ込んでいる暇など、あるわけがない。

自分は、幽々子を護り通す『剣』であると誓ったのだから。


「──────すまない」


ギリと唇を噛み、ポルナレフは小さく口走った。


「すぐに迎えに行きます。あとほんの少し、辛抱していてください。……幽々子さん」


まだ見ぬ“愛しの亡霊姫に対し”僅かに気が咎めながらも、男は駆けた。


ジャン・ピエール・ポルナレフ。
自身の中に燃ゆる『騎士道精神』は、それでも───偶然届いた見知らぬ少女の叫びに背を向けることが、赦せなかった。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


882 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 19:49:14 6XcVezr20
『寅丸星』
【真昼】B-5 果樹園小屋 前


とうに穢れきった魂をこんな言葉で飾るのは、とても分不相応極まるものだけども。

「魂が清められる」というのを、身を以て体感した。

聖の言葉の一節一節が、私の鼓膜から体全体を風のように通り抜け、耿々たる光の奔流のように魂を照らしていった。
私にはもう、誰かを救う資格なんてないのに。他者を導く特質なんてとっくに腐っているのに。
聖の為に尽くそうとすることより、聖が私を再び信頼し頼ってくれたという事実の方が、何倍も嬉しかった。

───『“正しき目的”の為に揮うという強い覚悟さえあれば、人は自ずと迷わなくなります』

聖は言った。

今の私が正しい『白』の中にいるとはとても思わないけど。

贖罪のチャンスがもう一度、この頭上へと舞い降りてきたのなら。

私は最後に再び、『正しさ』へと突き向かっていかなければならない。

もう……私は『魔王』ではない。











「…………こ、れは」

我が手に戻ってきた宝塔を携え、寅丸は使命遂行の為、再び此処に戻ってきた。
待ち構えていた光景は、想像以上の悲惨さを物語っている。先程までのように小屋の体裁を保っていた家屋は既に半焼。黒々しく燃える炎がパチパチと音を立て、とても人が入れる状況になかった。
雨の中だというのに、焔の煙は轟々と立ち昇っている。まるで自己の存在を誰かに誇示するかのように、次から次へと高く舞い上がる。

「誰か居ませんか! ゴホ……ッ 何が起こったのですッ!」

火事の煙を肺に入れるのはマズイ。若干腰を屈めながら寅丸は生存者の行方を追う。少なくともジョナサンとさとり、こころの三人が残されているはずだ。
そして、すぐにも目的の人物は見つかった。現場からは少し離れた周辺の場所に、二名の人物を確認できた。

「古明地、さとり……さん」

「……っ 貴方……!」

昏睡状態から復活しているさとりが、怨敵でも発見したかのような敵意と警戒心を含んだ視線で寅丸を睨み付けてきた。
そして座り込んだ彼女が懸命に揺さ振っていたのは──────死んだように眠る、ジョナサン・ジョースターの巨躯。


「…………彼は、どうしたのですか」

「貴方がそれを言うのですか。この、人殺し」


さとりは倒れたジョナサンを守ろうと、拙い所作で彼の前に出た。そのぽっくりと膨らんだ腹部という外見のせいか、まるで母猫が外敵から子を守ろうとする光景のように寅丸には見えた。
「人殺し」と非難するさとりの瞳の中にあるのは、まさにそこで大きく燃えている黒い炎のようにドス黒く、激憤と憎悪を混ぜ込んだ敵対心そのものといった感情。
寅丸は何も返せない。さとりからは殺されたって文句など言えない関係なのだ。第一、そのさとりを本気で殺そうとさっきまで追走劇を繰り広げていたのは他ならぬ自分ではないか。

「近付かないで。……よくもまあ、いけしゃあしゃあと私の前に顔を出せましたね」

「あ……っ、……っ」

「もう一度私を始末するために? 今度は善良なる僧侶を装って?」

「わ、私は…………」

「……つい先程、放送が聴こえてきましたね。私の大切な家族……お空の名前もそこにありました」

「…………っ!」

「『実際に彼女の命を直接奪ったのは静葉さん』……ですか。だから自分は悪くない、とでも?」

「ち、違い……!」

「ええ、ええ、分かってます。貴方が誰かに罪を擦り付けることをやらないなど。生半可な覚悟を背負ってここに現れたわけではないことも」

「…………私、は」

「『聖に頼まれ、私たちを救いに来た』……ですか。ご立派な利他行精神ですね。素晴らしい行為だと思います」

「……私は、貴方に───」

「『赦してもらおうなどとは思ってません』……ですか。私を殺そうとした事は、この際水に流しても構いません。他人から敵意を向けられるのは慣れてますから」

「…………」


883 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 19:50:04 6XcVezr20

「ですが、貴方は確かに私の家族を殺しました。奪ったんです。こればかりは到底流せない。私の言うこと……間違ってますか?」

「……その、通りです」

「『何もかも聖の為だった』……ですって? それが貴方流の正義の免罪符というわけですか」

「違いま───!」

「『違わない。私は殺生を犯した禁忌を、聖から見放されるかもという耐え難い恐怖を、この上ない善行によって帳消しにしようとしている屑。罪と向き合うなどと体のいい事をほざき、綺麗事に逃げ込み、犠牲にした被害者のことなんか何一つ救わない』」

「…………ッ!」

「『本当は自分の為。私は、私自身の穢れた心を救いたい。ただそれだけの為に、実に利己的な気持ちで人々を救おうと行動している。聖の信頼を得ようとしている。他人の為にだなんて、考えてすらいない』」

「もう、覗かないで……くだ、……っ」

「『大切な弟子を手に掛けた時だって、その最期の叫びを聞いた時だって、大して心に響きはしなかった。踏み台としか思わなかった。全ては聖の為。全部、ぜんぶ大切な御方の為だったんだから』」

「嫌……いや……いや、ぁ……ちがい、ます……っ」

「『結局のところ、私は聖すらも利用しているに過ぎない。これまでの悪行を正当化しようとは思わないけど、これからの善行だけでも正当化する為には、聖白蓮という免罪符が必要』」

「やめて!! わたしは……そんな事、思ってないっ!」

「『私はいつだって、自分の心に潜む罪悪感を消し去りたいと願っていた。大昔に人間から裏切られた聖を見捨てた、あの時から。いつもいつも、この胸に燻る気分の悪い感情を棄てられる捌け口だけを求めて生きてきた』」

「お願い、します……っ もう、やめ……」



「『私は聖のことを───愛してなどいなかった。本当に寵愛していたのは、荒んだ自分の醜い心だけ』」



サトリ妖怪の囀るその口は、止まらない。
元々“そういう妖怪”なのだ。だから彼女らは忌み嫌われ、迫害され、とうとう地底の底に引き籠った。
そして、そんな自覚もある彼女らだからこそ、そういった『性』をひとたび攻撃に転じることもある。時には誰かを苦しめようと、まこと勝手に他人の心の鍵を開き、覗くことをするのだ。

周囲がシンとしたように錯覚する。自分の心臓の鼓動も聴こえてきそうだった。
寅丸は大事な宝塔まで地面に落とし、隻腕となった腕でギュッと力強く耳を塞いでいた。だがどうしても、片腕では左右の耳全てを塞げない。
結局、さとりの囀る口撃は受け流されることなく、その一字一句全てが寅丸の耳に這入り込んできた。
その憐れな姿をさとりは、サードアイを胸に構えながら正座でじっくりと覗き続け、やがて小さな口を開いたのだった。


「…………これは『バチ』です」

「…………」

「貴方のやってきた行為は、決して他者から清められるものではない。勘違いした紛い物の正義に、免罪符など存在しない」

「……言葉も、ありません」

「この『第三の眼』で覗くまでもなく……貴方の核心など、私の瞳からは外道にしか映りません」

「…………」

「寅丸さん。貴方は本当に『償い』がしたいのかしら。それとも自分に都合の良い『言い訳』を求めてるだけなのかしら」


884 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 19:51:04 6XcVezr20
さとりは、怒っていた。
傷付け、奪い、陥れられてきた相手が、掌返しで正義面している。今度は自分たちを救いに来たなどとワケの分からない事を宣っている。
いったい何様で現れたのか。挙句の果てにその心を覗いてみれば、この女は結局自分のことしか考えてなかった。
痛みを受容する心構えが足りてなかった故か、恩人から赦された瞬間、晴れ晴れとした気持ちで浮かれる。あまつさえ涙など流し、今度は人を救うなどと大言を吐く。奪われた者たちを差し置いて、あろうことか自分だけは清められた気になっている。
人も妖も、生きていれば道を誤るものだ。寅丸星という少女は、それでも罪と向き合い、贖罪の為に生きようとした。それは紛うことなき本心だろう。
しかしその贖罪の先にあるものは、自らが救われたいという自分本位の弱音。その感情自体は抱いて然るべきという当たり前のモノかもしれないが、そういった不修多羅な想いは他人に曝け出さず、せめて心の内に隠しておくというのが人の情。
ましてや目の前にいるさとりは、家族を奪われた当事者その人なのだ。正しいとか間違っているだとか、そういう道徳的な問題ではない。
『悟り』も開けぬ青二才に、『サトリ』妖怪である古明地さとりが遅れを取るものか。心をはだけさせ、覚り、最も脆い部分を覗く。
この妖怪の心など、いま……全て知れた。煮るも焼くも、命綱を握るのはさとりだ。


果たして、これは誰の責だろう。
己の弱心を捨て切れなかった、寅丸星か?
それとも、誰しもが抱くそんな本音を覗いた、古明地さとりか?
確実に言えることは、寅丸星は自らの弱さが原因で修羅に堕ち、古明地さとりは大切な家族を奪われたという、変えようのない結果だ。

被害者なのは──古明地さとりと、その家族なのだ。


「…………ここを襲った下手人は『二人』」

「…………」


次第にさとりは話を本筋に戻し始めた。苦しむ寅丸の姿を見て溜飲を下げたとでもいうように。
呼吸を整え、ポツポツと語り出す。寅丸は膝を折り、顔を俯けながら話を耳に入れる。その表情は、如何なサトリ妖怪でも読み取れない。

「一人は黒い炎を操る怪物。向こうで秦こころが抑えています」

「……ふた、り」

「そしてもう一人。問題なのはこちらです。たった今、負傷している私とジョナサンを奇襲してきた謎の存在がいました。人間には見えませんでしたが、妖怪とも違ったように思えます」

「……それは」

「『スタンドかもしれない』……ですか。スタンドというものがどういった概念なのかは、貴方の心を読めば理解できます。先の『足跡』のような幻像と同じ存在……スタンドにも、色々あるのだということが」

そうしてさとりが語った内容は、寅丸星がここへと辿り着く直前に起こった事件だという。
黒い炎を撒き散らすあの怪物の襲撃を受け、一先ずは戦線を離脱し治療に専念しようとした所だった。
何の前触れもなく、二人の前にいきなり『スタンド』が現れた。奇妙な紋様が刻まれた包帯状のラインが全身に走っており、言葉も操れる人型の白い幻像だったという。
それはさとりがこの会場で覚醒し、最初に出会ったあの『赤い悪魔』と似たタイプの幻像──スタンドだったのかもしれない。

そこからは一瞬での出来事だった。その白いスタンドがジョナサンの額に触れたかと思うと、何か『円盤』のような物がそこから飛び出してきた。
不気味な白スタンドがそれを奪うと同時、急にジョナサンは意識を失ったのだ。何か彼にとって致命的な物が失われた……さとりはそう感じた。
更にそいつはそれだけに飽き足らず、二人を完全に絶命させようと乗り出してきた。さとりは満足に動けない身体でありながら、決死の抵抗を見せた。
相手のトラウマを蘇らせる攻撃。得意の“想起「テリブルスーヴニール」”である。
通常、スタンドはスタンドでしか攻撃できないルールであり、さとり自身はそのことを知らなかった。思い返せば魔法の森で寅丸のハイウェイ・スターにこちらから触れられなかったのは、そういうルールだったのか。
だが何故か襲ってきた白いスタンドは苦しみだし、脂汗まで掻きながら逃走したのだという。肝心なスタンドの心を視ることまでは不可能だったが、ハッキリと効力があったのは明白だ。


885 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 19:56:12 6XcVezr20
「───そうして私は何とか難を逃れましたが、彼はずっとこの状態です」


話を終えたさとりは、眉をしかめて酷く憂鬱な顔を作りながらジョナサンの胸に手を置いた。心臓も動いておらず、生気がまるで感じられない。
いったい何だ? あの謎の『円盤』は。

「……そのスタンドは、どちらへ?」

「燃え盛る小屋の方へ、慌てて。……あちらではまだ、面霊気ともう一人の襲撃者が戦っていると思います」

雨土の上でも構わないというふうに、さとりは正座のままでスタンドの逃げていった方向を指し示した。

まさにその時──示した方向から、雨音に混じって叫び声が轟いた。


「聞こえているかジョナサンッ!! 気を付けろ!! 『誰か』潜んでいるぞォォーーー!!」


こころのものだった。件のスタンドと思わしき潜入者の存在を、今や起きることのないジョナサンに向けて懸命に伝えてきたのだ。
さとりにとって、ジョナサンは大恩ある人物。慈しむようにその男の手を支え、やがて口を開いた。

「寅丸さん」

「……は、い」

「救ってあげてください。寅丸さんの本心がどうであれ、貴方が行おうとしている行為は……誰かから必要とされているもの。私はその道まで、否定しようとは思っておりません」

「……心に深く、刻んでおきます。……あ──」

「『ありがとう』だなんて、言わないでください。私はこれ以上、貴方と会話などしたくありません」

「……っ」

「出来ることなら、貴方の顔だって二度と見たくない。……彼は私が看ます。早く、行って」

「…………失礼します」

小さな小さな一礼をした寅丸は、再び戦場へと駆け出していった。
その後ろ姿は、まるで子供のように弱々しげで、今にも突っ伏しそうなほどに朧気に見えた。

「…………ふ、ぅ」

さとりは彼女の姿を最後まで見届けると、震える息を微かながら吐き出し、そして────

「───あ、」

両腕を己の肩に抱くようにして回し、今度こそ完全に顔を俯けると……雨に紛れて小さな嗚咽が鳴り出した。
今まではそれどころではなかったが、憎き相手の姿がなくなると、堰を切ったように感情が溢れだしてきたのだ。


「……こい、し。ごめん、ね。ごめん、なさぃ……お姉ちゃん、最後まで貴方を支えてあげられなかった……っ」


愛する家族の名は……『二回』。放送の中に、二回読み上げられていた。
今度こそ家族として向き合おうと誓ったお空。彼女の死自体は、状況からして何となく予想できていた。だからその名が呼ばれた時は、激しい悲悼こそあったものの、衝撃は然程でもなかった。
しかし愛する妹の名。それが耳に入った瞬間、古明地さとりの『心』には修復不可能なほどの傷が入ってしまった。


886 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 19:56:40 6XcVezr20

「こ、ぃし……こい……っ、…………ど、ぅ…し……て……っ」

恐れていた事態が起こってしまった。
妹は決して強い妖怪ではない。殺し合いに進んで励む残忍な性格でもない。むしろ、非常に心の弱い子だったのだ。
弱さゆえに第三の眼を閉じ、弱さゆえに心を閉ざした。だからこのままでは、あの子は邪悪な存在に近い内に殺されてしまうと、思っていたのに。


何も、出来なかった。
家族として。姉として。


放送を聴いた瞬間、頭の中に鉛か泥でも注がれてしまったような陰鬱な気持ちが湧いた。
そんな折に、一番会いたくない女が正義面してやって来たというのだ。

ぶちまけてやった。
思い思いの毒を、然も正当性を纏わせたかのように、力一杯に吐き出してやった。
吐いて、糾弾して、傷付けて、再び正義の道を歩もうと立ち上がった少女の心を、壊してやりたかった。
「悪いのはお前なんだ」「被害者はこちらの方だ」と、尤もらしい詭弁で殴りつけて……傷付いたこの心を、少しでも晴らしたくって。
透かして見えた心の声を、寅丸がより傷付きそうな言葉に組み替えて、敢えて罵った。そこに私の抱く敵意も反映させ、歪んだ形で暴露してやった。
必要以上に、故意的に攻撃した結果、寅丸星はどうなったか。どんな顔をして、正義を執行しに向かっただろうか。
そして吐くだけ吐いた私の心は、どうなったか。今、私はどんな顔を作っているのか。


結論から言えば、心の中はちっとも晴れてくれやしなかった。
少しもスカッとなんかしなかったし、寧ろ自分は何て惨めで、自分勝手で、嫌な女なんだろうとさえ思えてきた。
徒に他人を咎めたばかりか、自分は被害者面して、涙を絞って、今ではこうして何もせず座っているだけだ。
罪を悔い、決して赦される行いではなかったと自覚し、その上で自分なりの正義を奮おうと立ち上がった寅丸星の方がまだ清廉潔白なのではないか。
そんなドロドロとした卑屈な感情が、突然に湧き上がって来たのだった。

こんな事なら、最初から覗かなければ良かった。
私にとっても、彼女にとっても、齎されたのは黒い感情だけ。
心の何処かで期待した様なカタルシスなんて、全然得られなかった。語れば語るだけ、黒ずんでいく心も死すようで。
沈みゆく夕日に染まるような私の真っ黒な心は、想像とは真逆の……まるで黄昏のカタルシス。



「──────私って…………ほんと、最低」



もう、何もかもがどうでも良い。

孤影悄然の少女と、謹厳実直の紳士の躰が、胸を叩きつけるような雨の中へと包まれていった。





            ◆


887 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 19:57:51 6XcVezr20



「─────────な」



ここに居合わせた一同───ポルナレフと、こころと、寅丸の全員が同時に驚愕し、声を呑んだ。
僅かに漏れてしまった動転は、誰のものだっただろうか。あまりにも突然のことで、視界に映る動きの全てがスローモーションに見えた。

ポルナレフの冴え渡った驚異的な剣術が、対する怪物───藤原妹紅を完全に行動不能とした筈だった。
瞬く間に全身を斬り刻まれた妹紅が大地に沈み、それを苦い目で見届けたポルナレフは『銀の戦車』を収め、こころへと振り返った。

その瞬間。全く、その瞬間であったのだ。


「───■■」


明瞭不明の呟きが、ポルナレフのすぐ背後から囁かれた。
何者かが背中に絡み付いている。抱きしめられた、というよりも絡まれた、という表現の方が適切だと言えるほど、ねっとりして気色の悪い組み方だった。
男は、背後を振り返るより先に疑惑が脳裏を掠る。
全身筋肉も神経も、急所という急所を完全に突き刺してやったはずだ。起き上がれるはずがない。ましてや、こんな機敏な動きを出せるものか。


───敢えて致命的な事実を述べるのなら。ポルナレフはこの怪物の正体が不死人……『蓬莱人』であることを知らなかったことだろう。

───そうと分かっていれば、瞬時に心臓を串刺し……『即死』をお見舞いしていた。それを行わなかったのは、様相の不気味さを差し引かずとも、見知らぬ少女を出会い頭で刺し殺すなどという卑劣さを彼が毛嫌いしていた性格ゆえだろう。


「シルバーチャ───!」


収めた剣を、再び抜刀することは叶わなかった。
銀の戦車と命名した我が精神像を召喚せしめる叫び。その名を轟かせる喉の奥から、気道から、肺から。
超高温の黒炎が呻き声をあげ、男の叫びを上塗ったのだ。

「カ゛ァ゛ッ───!?」

背から肺へと。肺から喉へと。眼孔も鼻腔も、いずれは顔面が内側から焼け爛れ、体内・血液中の酸素が一瞬にして消滅した。
まるで死神が死期を悟った人間を補足するように、黒い不死鳥の翼を生やしたその怪物はポルナレフを決して逃がさない。
地獄絵図であった。もはやポルナレフの姿は激しく燃え上がる黒炎によって影すらも見えない。焚き上がる煙が破壊と再生を繰り返し、男の苦悶や絶望の表情を形成するようにも見えた。


「■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■。■■」


猛々しい炎の渦を形成する呪縛の中心から、少女の恐ろしい呻きが永遠のように流れてくる。
最早それはヒトの声などという生易しいモノではない。暗闇の中の呪術師が怨み節を延々吐き出すような、この世にあってはならない類の呪言そのものだ。
それは焼かれる者にとっても、場面を覗いた者にとっても、最悪の人体発火光景でしかなかった。


【ジャン・ピエール・ポルナレフ@ジョジョの奇妙な冒険 第3部】■亡
【残■ 53/■■】


888 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 19:59:27 6XcVezr20


「…………っ!」

すぐ目の前で“それ”が行われたこころにとっても、例外なく悪夢。しかも男は、窮地に陥った自分を救った人間だ。
礼も、会話することもなく、殺された。どう楽観的に見たって、確実に死んでいる。一瞬でそれを悟れるほどの高熱なのだ。
見ていられない。こころは恐怖の面を被ることすら忘れ、再び両手で顔を覆う。流れ込んでくる『死』の感情に、耐え切れない。
面霊気の周囲を漂う幾多もの面が、全て裏返しに落下した。見たくもない感情から目を背けるように。

「そ、んな…………」

そして、寅丸星は立ち尽くす。
白蓮から託された想いは。贖罪の為の正義は。
呆気なく、燃え尽きようとしている。何も出来ず、愕然と立ち尽くすのみ。
今目の前で燃やし尽くされている男を彼女は知らない。それでも、彼が自分の中の正義を掲げて戦ったのだということは、何となく理解できる。
誇りと勇気のある人間だったのだろう。本当に救われるべきは、彼のような男だったはずだ。

遅かった。寸での所で、間に合わなかった。
何故だ?
果たしてこれは誰の責なのだろう。
恐怖に負け、過去を捨て去り、感情までも零とした怪物、藤原妹紅か?
自分の中に燻る醜悪な感情を、嫌悪する相手の口を借りてひたすらに吐露し続けた、古明地さとりか?
サトリ妖怪の糾弾さえ無ければこのような事態に間に合えたはずだと、己の弱心を棚に置いてまたも逃げ道を作ろうとする、寅丸星か?
確実に言えることは、自分はまだ何も正義を執行していない。被害の拡大を防ぐ者は今ここに立つ寅丸星しか居ないという、意地の悪い運命が招いた状況だ。

奮起すべきは──毘沙門天の代理として輝く、寅丸星なのだ。


「ぅ、……ぁあア……痛い……身体が、ズキズキする……」


どれほどの時間、男は火あぶりに掛けられただろう。そのうち炎は情勢を鎮めていき、渦の中から黒髪の少女がブツブツと呟きながら現れた。
少女はだらしない目で何事か喚き、自分の身体を掻き毟っている。様子とは裏腹に、刻まれたダメージは既に回復しているように見えた。
幾ら何でも再生が早すぎる。あれほどのダメージがもはや無かったことのようだ。蓬莱人と言えど、妹紅の見せたリザレクションは通常の治癒力と比べて遥かに桁違いだった。
かつてまでの妹紅と違い、今や恐ろしい程に『生』を望む怪物が生み出した偶発的なスキルだろうか。それが彼女の理性を対価に得た能力であれば、こころが評した“荒っぽいだけの幼稚な戦闘力”とは単純に言えなくなった。

焦土の跡に残ったモノはと言えば、鼻を突くような悪臭を放つ脂ぎった灰と、焼け焦げた四肢の先端のみ。
紛れもなくポルナレフの両腕と両脚だった。身体の中心から爆砕したような、死体とも呼べない屍体が肢体と化して、無造作に散らばっていた。
寅丸は静葉と共に、霊烏路空を惨いミイラ死体へと変えた拭いきれない罪があったが、今そこの怪物が作り上げた死体はそれ以上の凄惨な物体を遺した。

「……何処のどなたかは存じ上げませんが、貴方のような怪物を野放しにはできません。せめてその哀れなる魂、この寅丸星が清めましょう。我が『宝塔』の加護を以て」

自分で自分を、相応しくない口上だと思った。どの口が言うんだろうと、心では卑下した。
サトリ妖怪の見透かした通り、今の私に誰かを裁く権利なんて無いはずなのに。私は私のエゴで正義を騙り力を働く、最低の妖怪。若しくはそれ以下の屑。
でも、自分にはもうそれしかないんだ。
あの人が、聖が信じてくれた私を、私自身が信じられずにいたのなら。

それはもう私ではなく、寅丸星の抜け殻。


「光符『正義の威光』」


償いだなんて、嘘かもしれない。言い訳でもいい。エゴだなんて、最初から分かってた。
無意識の内に、あの方を自分の為に利用しようとしていたのは否定出来ない。さとりが語った正義の免罪符という表現は、核心だった。


それでも……私は本当に、聖のことを───────


889 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 20:01:00 6XcVezr20


















「──────────────え?」


怪物の黒炎に包まれ、気付けば私はボロボロに吹き飛ばされていた。


(……………………あ、れ? な、んで……?)


手にしていた宝塔の輝きは、いつの間にか消えている。
私の身体から、正義の加護は消失していた。

(え…………ほ、宝塔の加護が、発動しない……?)

ほんの少し前までは確かに光を纏っていた宝塔から、力の一切を感じなくなっている。
私の内に秘める力の、実に八割は宝塔の加護による恩恵。これが手に戻る前までは、他の武器やスタンドでその溝を埋めていたのだけど。
ようやく全ての、寅丸星としてのパワーを発揮できると思ったら、一体……

「どう、して……!? 私の、宝塔が…………なん、で…………」

私は、とうとう自分の宝塔にすらも見捨てられたのか。
これはやろうと思えば、私以外の者でも扱える神具の筈なのに。
聖も、これはある正義の男性が最期に託した物だと言っていた、筈なのに。
どうして、私だけが、見捨てられて…………


やっぱりわたしには…………『せいぎ』をふるう『もくてき』も、『かくご』も、なかったの?


怪物の容赦ない炎が、正義の装束を燃やした。
私は自信消失のあまり、回避することも叶わず、また吹き飛んだ。
揮えない。奮えない。震えるばかりの心に積もりゆく覚悟なんて、死への覚悟だけだった。
朧気に薄れゆく頭の中、膝を折りながら私は意を決して反撃にでた。

「は……『ハイウェイ・スター』っ!」

宝塔が無用の長物となった今、私が持つ事実上での最高の武器だ。
たとえ加護がなくたって、私は充分に戦える───


「なんだ これ。……足跡? 変なの」


───ハイウェイ・スターが、マトモに動いてくれない。


「う、うそ…………」


無数の足跡が、陸に上げられた魚のように痙攣しながらバダバタもがいている。怪物は珍しいものでも見るかのように、それらを冷めた視線で眺めるだけだ。
ハッとして私は周囲を見渡した。辺りは火の海であり、ここら一帯の温度はまるで鍋の中の煮炊き芋だ。
忘れていた……! このハイウェイ・スターは『炎』に撹乱される性質を持っていたのだ。
魔法の森にて霊烏路空が放った超巨大な火球により、この足跡たちは一時的に使い物にならなくなっていた。今回も、それと同じ轍を踏んでしまったのだ。
ターゲットの『ニオイ』を、憶えられない。捕捉、出来ない……!



私は……これから殺されるのか。
異形の少女が三度吹き荒らした黒い炎渦によって、私の全身はもう一度大きな火傷を負い───────今度こそ視界が真っ黒に染まった。



            ◆


890 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 20:02:52 6XcVezr20








都合の悪い、何かから逃げ出すように。

都合の良い、何かへと追い縋るように。

ひたすら、脇目もふらずに走り尽くしてきたつもりだった。……これでも。

辿り着けるかも分からない、遠い遠い処に煌く星の光を目指して、私は此処まで来た。

そんな私の生き方を嘲笑うように、黒い炎は私の命を蝕んだ。

真っ黒となった私の世界。ここには、標となる正義も、聖の博愛も、光の加護も無い。

何も無い、死の世界。
暗闇に浮かんだままの私は、ちょっぴりだけ太陽の光が恋しくなった。




     ガサ


入り乱れた落葉を踏みしめるような渇いた音が、項垂れる私の意識を覚醒へと引き戻した。
気配の方向に頭を動かすと、『彼女』がそこに立っていた。



「……会いたかったですよ。───寅丸さん」



彼女はそう言って仰向けに倒れ込んだ私をジッと見下ろしている。これも幻覚なのか、彼女の足元には目が覚める様な数の落ち葉が目一杯に、ぱらぱらと敷かれていた。
最悪だ。誰にも会いたくない今に限って、よりによって彼女とは。神サマってば、なんて性格が悪いのだろう。……この人含めて。


「……笑いに来たのですか? それとも、ケジメ? どっちにしろ、私はあの怪物に無様に敗北して殺されるでしょう、間もなく。
 此処までは来れた。でも、私は所詮…………此処までだった。自分が自分で惨めなものね──────静葉さん」


秋静葉が、確固とした瞳を向けながら私に対峙する。
いえ、対峙だなんて格好付けたモノじゃない。確固たる意志を失った私に、格好を垂る意思なんか残っちゃいない。
何もかも諦めた格好悪い私は、もはや格好の餌食でしかないのだ。理性を失った怪物が振る、慟哭の霊送り火。
その供物が今の私なのだ。

「正直、戸惑ってるわ。“あの時”、鉄塔の下で私と誓い合った寅丸さんが、まさか此処に来て“そっち側”へ戻っちゃうなんて。笑っちゃう」

「なんだ……やっぱり笑いに来た方じゃないですか。…………それで?」

「随分と卑屈になってるじゃない。焦げついてボロボロになる前の、毘沙門天代理の正装を纏って威風堂々としていた、あの頃の貴方は何処へ行ったの?」

「何処へも…………私はもう、何処へも行けなくなってしまった」

「何処へも、ね」

「……大切なあの方を守る為に『魔王』へ堕ちる決意をしたあの瞬間から私は、本当は死んでいたのかもしれない。今ここでくたびれているのは、寅丸星の抜け殻です」

「へえ。それで? そのセミの抜け殻さんと共に地獄へ堕ちることを決意した、秋神サマの成れの果てに掛ける言葉はそれだけ?」


891 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 20:04:38 6XcVezr20
お互い、意地になっていたのかもしれない。
それぞれ愛する存在を守れず、伸ばされた腕も虚しく空回り。これまでの苦労も苦しみも、犠牲にしてきた他の皆も全部無意味なものだった。
これで何処へ行こうというのか。きっと、私の行き着く地獄にお寺の弟子達は居ないのでしょう。私なんかよりずっと優しく清純な、彼女らなら。

「…………もしかして静葉さん、怒ってますか」

「怒ってますか、ですって……?」

魂が抜けた私の湿り声に、静葉さんはゆらりと反応した。
つかつかと歩み寄るその腕に抱いているのは『猫草』だった。そして今更ながらに私は気が付く。
彼女の持つ猫草が空気を操り、ほんの一時的にこの周囲を空気層で守っている。怪物の吐き出した炎を、空気の清流によって流れを変えているのだ。あの地獄の八咫烏に対抗した時のように。
周り全てが黒い炎に囲まれて。私たちは今、その台風の目の中心で会話していた。景色が真っ黒なのはその為か。……道理で息苦しいわけだ。


「怒ってませんよ」


そうして静葉さんは猫草を横にそっと置き、子を褒める母親のように優しげな口調でゆっくりとしゃがみこんだ。


「寅丸さんは、立派な人だと思います。口では何を決意したって、心の奥底に眠る『正しさ』はそう簡単にしぼみ込んだりしない。
 結局貴方は、最期まで正義を為さんと奮う姿の方が相応しかった。その手がどんなに穢れたとしても、ね」

「違う。違うんです……! 私は、そんな立派なもんじゃ、なかったんです……っ」

「…………」

「私の本性は、寅丸星の本来は……ただの、薄汚いエゴの塊だったんです」

「…………」

「そのドス黒い瞳で映していたのは、いつだって自分の醜い心だけ! 嫌な感情は全部、ぜんぶ他人に押し付けてきた!」

「…………」

「こんな気持ちになるなら最初から正義の道なんて歩まなければ良かった! 聖になんて会いたくもなかった!
 穢れを受け入れたり! そうかと思えばコロリと簡単に諭されちゃったり! あっちこっち、右往左往で定まらない!
 私に“正しき目的”なんて無いッ! 強い覚悟も、守りたい人すらもッ! 守り通したかったのは、私のボロボロな心だけッ!」

「…………」




「私は、聖のことなんか、本当は愛してなど──────」

「それだけは、言っちゃ駄目」




ぴしゃりと、静葉さんが言葉で遮った。
それだけは絶対に口にするなと、難しい表情で私の吐露を遮ってきた。
ハッとなる。私は、今……なにを……


892 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 20:06:11 6XcVezr20

「“それ”を口にしちゃったら、貴方の糸は本当にぷつりと切れて、闇の中に落ちちゃうわ」

「…………あ、」

「寅丸さんが聖白蓮を心から想っているのは───私にはよくわかる」

「あ、ぁ……わたし、は……」

「いいの。貴方は迷っているだけなんだから。でも、貴方までが大切な人を拒絶しちゃったら……残された彼女は悲しむわ。
 ……私にはもう、悲しんでくれる相手すら居ないもの」

「あ……す、すみま───」

「謝らないで。……ねえ、寅丸さん。私は、貴方を笑いに来たんじゃあない。罵る為でも、叱る為でもない」

卑下していく内に自然と浮かんだ玉の涙を拭って、そこから見えた静葉さんの顔に張り付くは……やはり変わらない。
それは、鎧を捨てた生身の覚悟を持つ者だけが浮かべる気概。

静葉さんは、どこからか取り出した『仮面』をひとつ、私の胸にそっと置いた。

「これ、は……? 確か、あの面霊気が持っていた……」

「そう。今、そこで朦朧としていた面霊気の傍に落ちていた『石仮面』を拾ってきた。さっき、プッチさんからこれの詳細を軽く聞いたの」

「あの、神父から……?」

「これは『怪物』を作る仮面。人の生き血を糧に、人を超える圧倒的なパワーが得られる仮面」

「かい、ぶつ……」

「寅丸さん。私は今、貴方へと『惨い選択』を迫っている。私の猫草も、あなたのハイウェイ・スターも、きっとあの『怪物』には通用しない。今はかろうじて空気の盾を作っているだけ」

人を怪物へと至らせる仮面。
私は何となく、静葉さんがこれから何を言おうとしているのかが理解できた。

「『怪物』を倒すなら『怪物』へ成るしかない。ただし、もう一生『元』には戻れない。
 貴方の本来である『紛い物の正義』にも、愛する者を守り通す『修羅』にすらも、きっと」

胸に置かれた仮面を、震える隻腕で持ち上げた。
禍々しく、けれども圧倒的な存在感。これを被れば私は、二度とは戻れない。

「その大火傷……貴方はもうすぐ死ぬわ。このまま『何一つ為せなかった正義』として惨めに死ぬか、『怪物へと成って』愛する人を守るか。
 どっちにしろ、私とはもう相容れないでしょうけど。……貴方には貴方の道を、選んで欲しいの」

本当に……本当に惨い選択だった。
私がここで石仮面を被らずとも、静葉さんはきっと……迷うことなくこれを手に取り、自分の顔に貼り付けるでしょう。
その権利を、先に虫の息である私へと手渡した。これじゃあ「お前が怪物に成れ」と、暗に脅迫しているようなものだ。


「…………静葉さん」

「はい」

「───成ります」

「……そう、ですか」



「どんな怪物へ成ったとしても……それでも……私は本当に、聖のことを───────愛してますから。その真情だけは、もう二度と忘れません」



散々弄ばれ、迷い、最後には自信すらも失いかけていた……この大切な心。
こうして選択を迫られ、落ち着き、もう一度ゆっくりと己の気持ちに向き合った私に残った感情は、エゴでも正義でも罪悪でもなく。


───それはやっぱり、真実の愛なのだから。


893 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 20:07:45 6XcVezr20

「眩しいわね。私には……貴方の姿が、とても眩しい」


太陽が眩しくて、反射的に手を翳すような自然さで。
静葉さんは、倒れて動けない私の顔へと……優しく石仮面を被せた。

恐怖はなかった。
人も妖怪も。正義も修羅も。
人が人らしく生きる為に必要な一切合切をかなぐり捨てる。そこから産まれる恐怖も、愛の偉大さには勝てない。
怪物へと成る間際。私はそんな簡単なことに、今更ながら気付いたのだ。

「猫草。空気の刃で私の腕を裂いて頂戴。……この儀式には、誰かの血が必要なの」

そして静葉さんは、空気の刃で作った自らの傷口を……石仮面の上に掲げた。
ポタポタと、彼女の赤い、紅葉のように真っ赤な血が、乾いた仮面の中に染み込んでいく。


私と秋静葉の関係は……『血』によって終幕が垂らされる。
秋の神である彼女の血を吸い、糧とし、きっと私はおぞましい怪物へと『変わる』のだろう。
だったら私は……喜んで怪物へと成る選択を取る。

それで───何もかもが終わる。


「ニャァ…」


猫草が心配そうに覗き込んできたのを見て、私はちょっぴりだけ癒され、笑みを浮かべた気がした。
その表情も、石仮面によって隠されている。誰にも見られない子供みたいな感情が、今なら少し安らぐ。

静葉さんは。
彼女は、私へと穢れなき『真実の愛』を思い出させる為にやって来たのかもしれない。
愛を注げる相手を喪ってしまった静葉さんの心には、どこか私への羨みがあったのかもしれない。
だとしたなら。独りぼっちとなった彼女の代わりに───私が『怪物』へと成ろう。



ありがとうございます───静葉さん。

さようなら。








「WRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!!」








            ◆


894 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 20:08:36 6XcVezr20


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            ・


「寅丸さん。私ね、さっきまで夢を見ていたの」

「夢の中の貴方は全て失っていて……でも力強く、堂々と立ち上がって、何もかも諦めていた私に道を示そうとしてくれた」

「それでも夢の私は、結局諦めてしまっていたけれど」

「最後に、貴方の力になろうとした。糧になってあげようと、貴方へ血を、命を捧げようとした」

「私はそのまま夢の中で溶けて、朽ちていくところだった。その時は偶然にも、猫草の鳴き声で覚醒できたけど、ね。これも『引力』ってやつなのかな」

「おかしいわよね。夢の中って、すっごく不思議。なんだかまるで、今の景色と『同じ』だったり『彼辺此辺(あべこべ)』だったりするんだもの」

「……でも、その時も。今だって。やっぱり貴方は眩しいわ。すごく、眩しい」




「本当──────あの太陽みたいに、眩しい」




ねえ、寅丸さん。私は、貴方を笑いに来たんじゃあない。罵る為でも、叱る為でもない。ましてや、真実の愛だなんて。

───私は貴方を踏み越える為にやって来たのです。

ありがとうございます───寅丸さん。

さようなら。


            ・
            ・
            ・


            ◆


895 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 20:10:25 6XcVezr20
『エンリコ・プッチ』
【真昼】B-5 果樹園小屋周辺の林


その尼の力は、想像以上に絶大であった。
巷では『ガンガンいく僧侶』などと比喩されていたが、それはまさに文字通りといった超攻撃的な戦闘スタイルで、対峙したプッチはハッキリ言って手も足も“スタンドすらも”出せず、勝負にもならなかったというのが現実だ。
釈迦か何かが憑依でもしたのかと言わんばかりの巨大なオーラを纏い、後光を錯覚しかねない程の圧倒的な可動速度から撃ち出される、大砲のような鋼鉄エルボー。
菩薩でさえ青ざめる容赦ない拳骨の乱打(ラッシュ)は、スタープラチナもかくやと言わん程に疾く重く、その千手の餌食となった悪党共の数は両手両足を使ってもとても数え切れない。
その御姿こそ、八面に威光を撒き散らす三つの顔と六本の腕を持つ、かの阿修羅───すらも軽く飛び越え、喩えるなら千手観音を思わせる神々しい光景だった。
おまけに彼女は、得意とする肉体強化魔法の更なる詠唱速度向上を促す「魔人経巻」を現状所持しておらず、つまりはこの強さにてまだ100%の力を出していないことになるのだから恐ろしい。
プッチは軽くだが、聖白蓮を幻想郷の大魔法使いという肩書きで紹介を受けていた為、てっきり火の玉を繰り出すとか雷等などを撃ち出すとか、要はそういう万物の理に干渉するファンタジック的な絵柄を想像していた訳だが、蓋を開けてみればそのイメージも台無しであった。
思いの外、物理的な攻撃を雨あられのように繰り出す戦闘狂。冗談のつもりで言ったのだが、あながち『破戒僧』という認識も間違いではなかったのでは、とプッチは考えを改め始める。この現状では『破壊僧』の字をあてる方が正しいが。


「さて。流石にこれ以上は私の良心が痛み始める故、この辺で観念してあげたい所ですが」

「が、は…………ッ」


嘘つけ、としか思えなかった。それほどに白蓮の攻撃は凄まじく圧倒的、一種の清々しさすら感じたのだから。慈悲と無慈悲を一体化させた矛盾が慈愛の拳骨へと転身し、絶対的な暴力を起こしているのだ。
とは言ってもプッチとて、こうまで一方的な劣勢を強いられたのはそれなりの理由もある。

まず第一に、というより殆どこれが原因であるのだが、プッチは得意のスタンド『ホワイトスネイク』をこの戦闘に全く使用していない。
彼は初め、秋静葉を小屋の外まで連れ、『とある密談』を終えてから直ぐにも彼女をホワイトスネイクの幻惑能力によって眠らせた。
静葉を眠らせた直後に事件は起こる。ゲームに乗った者でも現れたのか、突然小屋が爆炎をあげながら破壊されたのだ。眠る静葉を抱いてその場を少し離れ、遠くの木々にてその様子を目撃した彼は、これを千載一遇のチャンスだと受け取る。

目的など、参加者の一掃以外に無い。

無論、今までそれをやらなかったのは、集団の一員に過ぎなかった状況ではあまりに諸刃の剣。リスクの大き過ぎる賭けだったからに過ぎない。
集の中に溶け込むのは、それはそれで利用するべき状況ではあったが、外から敵が現れたその時なら、どさくさに紛れて背中を刺せる。どこかのタイミングで行動しようと考えていた好計を今使っただけだ。
参加者一掃の為、そして何よりジョースター抹殺の為、プッチはスタンドを手元から離し、戦地に向かわせた。
これが、プッチが充分な力で白蓮を迎え撃てなかった理由の一つだ。

第二の理由として、こちらはプッチの予想を大きく超えたアクシデントになるのだが。
最優先であるジョースターに大打撃を与える所までは成功した。負傷しマトモに動けない彼の隙を突き、初撃でのDISC奪取を遂行せしめ、完全なるトドメを刺そうと近づいた瞬間にそれは起こった。
妊婦のように腹を膨らませた、ただのポンコツだと思い込んでいた紫髪の小娘が思わぬ……本当に思わぬ反撃に出たのだ。
あの娘の発した白い光を“スタンドの視界を通して”プッチが視た途端、強烈なトラウマが蘇り、本体のプッチ自身の精神にまで多大な影響が貫通してきたのだ。
スタンドはスタンドでしか攻撃は通らない。しかしどうやら例外もあるようで、スタンドの目を通して本体にまで届いた精神攻撃はその限りでもないらしいことを、これにて嫌という程に味わった。
危うくスタンドまで解きかける所だったが、なんとか持ち直そうと、その場は逃走を決意。おかげでジョースターへのトドメは阻止されるわ、本体プッチへの悪影響により白蓮の猛攻を凌ぐことが益々難儀するわで、散々な結果だった。


896 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 20:11:25 6XcVezr20

とはいえプッチも、何も考えずにスタンドを派遣し無防備になったわけではない。先程寅丸を連れて外に出た聖が、小屋の様子を確認する為に戻ってくるであろうことは当然だが予想もついていた。
最悪、綺麗に諭された寅丸も併せて迎え撃つ可能性すらありえ、事実おおよそその通りとなった。
だが寅丸は分からないが、根っこの所では甘い白蓮の事だ。直ちに殺されるなどという事はないと腹を括ったプッチは、生身一つで彼女と相対。適当に殴られる痛みに耐えるだけで、裏で動かす遠隔スタンドの目的を達成できる程度の時間は稼げる。

実際の所、プッチにとって白蓮は当面の敵だとさえ認識していなかった。強大な力を持つ僧侶ではあろうが、彼女の芯に根付く甘さは筋金入りだ。
ターゲットとして考えるなら、後回しでもどうとでもなる。彼女お得意の『不殺生戒』とやらが、プッチ自身の生命を守ってくれるだろう。


(───と、思っていたのだがね……。やれやれ、括っていたのは腹ではなく、高だったようだ)


スタンドも持たない女性から生身でボコられるという経験は、情けない事にこれにて二度目だ。
その裏ではホワイトスネイクが着々と動いてはいるので、後はもう精神的な勝負となるのだが、中々どうしてあの尼の戦闘能力は、近接パワー型スタンドのそれと比べてもまるで遜色ない。

「ぐ……ぅ、……!」

「プッチさん。悪いようにはしません。どうか、お縄を頂戴して下さいな」

うつ伏せのまま顔面中に土を付けられ、何とか腕に力を込めて立ち上がろうとするプッチの前に出たのは、諏訪子から渡されたお縄──フェムトファイバーの組紐を握る大僧侶の威厳ある立ち姿だ。

「か……はァ……っ く、クク……ク……!」

「……何がおかしいのでしょう。一応、頭の打ちどころは考えながら打っていたはずですが」

「だとしたら……笑えない、冗談、だよ。白蓮」

「……」

「いや、ね。流石は由緒ある日本の僧侶だ。良いことを言うものだと、思ってね……感嘆の笑みさ」

「お褒めに預かり、光栄に思います。……で?」

「君は確か先程、言っていたね。『“正しき目的”の為に揮うという強い覚悟さえあれば、人は自ずと迷わなくなる』と」

「ええ。人は目的を持つからこそ、生きる意味が生まれるというもの。そして大切なのは、過程を歩まんとする強き意志──『覚悟』なのです」

「なるほど。私も……そう思うよ。心の底から、同意する」

「……」

「私はね、白蓮。いつかの昔から、ずっと信じていたんだよ。“私は誰よりも正しい目的を掲げて前を向いている”という、自身の前向きな精神をね。
 そしてこうした『今』でも、私はずっと信じている。我が行いを、誰よりも、何よりも強い覚悟で揮っていることを」

「その心は?」

「もし君が己の『正義』を謳うなら……すぐにでも私を殺した方がいいという事さ。私はいつだって覚悟をしてきた。君の甘ったるい似非正義よりかは、堅い覚悟である筈だ」

「人間は後天的に『悪』を識るか、『道徳』を識るか、です。私には貴方が正しき道を歩んでるようには、見えません。貴方の中にある『悪』は……果たしてどこから生まれたのでしょう」

「ほう。私が悪に見えるかい。聖白蓮」

「笑止。道徳を外れた道から得られる覚悟など、悲しい歴史しか生みません。ならばプッチ神父。このあまりに空しい盤上を、貴方の覚悟とやらはどう覆す?」

「……そうだな。私は仏道に関しては専門外だが、敢えて言うなら……これも先程君が言っていた『六波羅蜜』に含まれる一項、『忍辱』だったかな?」

「忍辱……如何なる辱めを受けても、堪え忍ぶことが出来ればその積み重ねは悟りに至る、ですね」

「そうだ。まさに今の私のような不恰好だな。口元を歪ませて笑いたいのは、滑稽な私をいい気になって見下ろす君の方ではないかね?」

自嘲気味に笑う男を見て、聖は「不気味だ」と思うより先に、果てしなく嫌な予感が過ぎった。

(この人……まさか、『時間稼ぎ』をしている……!?)

殆ど勘だった。しかしそう考えれば、この神父のあまりの抵抗のなさにも筋が通る。
だがこちらには一度は過ちを犯したとはいえ、再び立ち上がった毘沙門天の代理、寅丸星がいる。向こうで何が起こっているかは計り知れないが、ジョナサンとこころだっているのだ。
時間稼ぎをしている、というのならそれはこちらの方だ。プッチをここで食い止めているからこそ、向こう側の安全はより確実に近づくものとなるのだから。


───敢えて致命的な事実を述べるのなら。白蓮が未知のエネルギー『スタンド』について、造詣が殆ど無かったことだろう。

───プッチの企む時間稼ぎが、遠隔操作スタンドで可能な限りの目的を遂行させることと、『協力者』の目覚めを待つことの、二重の意味を含ませていたことに気付けなかったことだろう。


897 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 20:15:01 6XcVezr20

「なあ……白蓮。『正義』とか『悪』とか、それは誰の物差しで測るのだろうな」

くたり、とプッチはだらしなく立ち上がろうとするも、やはり膝には力が入らない。そのまま胡座をかく姿勢で、観念したかのように語りを続けた。

「正しく生きるという事は、果たしてどういう事だろう」

「秩序を重んじて生きる。様々な考えこそありましょうが、この世に生を受けるとは、そういう枠に収まらなければならないという事です」

「例えば……『大切な妹を理不尽にも奪われた』。そんな者が我武者羅になって、不当に奪われた命を取り戻すべく修羅となる。果たしてその者にとって、それは正しい生き方なのか?」

「道徳から外れるという行為は、他人様の人生を歪めるという事。それは結局の所、巡り巡って己自身にも『バチ』が当たってしまうものです」

「それは、君の愛弟子だとかいう……あの寅丸星の事を言っているのかね?」

「逸らさないでください。……貴方の方こそ、もしや『大切な妹様』でもいた───」

「やめろ。……私の話ではない。秋静葉の事さ」

「彼女の……?」

言われて、ハッとした。
先程までそこの茂みで眠っていたはずの秋静葉の姿が───消えていた。

「……!? 静葉さんは!?」

「どうやら彼女には、『彼』と引き合わせるだけの『引力』を備えていたようだ」

「『彼』……!? 貴方は、彼女に何をしたのですか!」

「何もしてやいないさ。彼女は彼女にとっての生き方を歩もうとしているだけに過ぎない。君や秩序とやらの物差し・枠では到底、測ることの出来ない険しき道程さ」

「……私は、それでも彼女の過ちを正さなければなりません」

「寅丸星のようにか? 君は本気で、あの娘が更生できたと信じてるのかね?」

「貴方にあの娘の苦悩の、何が分かりますか」

「白蓮。口先だけの言葉では人は変われないんだ。本当の意味で人を救うのは……『天国』───過去への贖罪なのではなく、未来への覚悟だ。寅丸星と秋静葉では、そこが決定的な差となる」

「そのせいで無関係の誰かが苦しむ羽目になるのは……如何なものかとッ!」

「お前は結局、自分の世界にある物差しで彼女達を縛り、殺そうとしているのだ。囀るんじゃあないぞ、御高尚な道徳を」

「その台詞、そっくりそのまま返してあげましょう。未だに人間とは誠に愚かで、自分勝手であるッ! いざ南無三──!」

これ以上、お前の時間稼ぎに付き合う暇などない。如実にそれを言い表した瞳で飛び出す白蓮に、プッチは抗う術など無い。
彼は既に、忍辱を覚悟したのだ。プッチの浮かべる表情は、ここに来て『恐怖』ではなく『笑み』である。


898 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 20:16:57 6XcVezr20
秋静葉。プッチが彼女を眠らせる前に交わした密談には、様々な情報が渡されていた。リスクはあるが、静葉の様子を見て利用価値を感じたからだ。
プッチのこと。DIOのこと。自分たちの目的を全てではないにしろ、偽らずに伝えたプッチは、『殺された妹』の為に強くならんとする静葉の瞳に、どこか自分と通ずるモノを見たからかもしれない。
そして会話の中には、あの面霊気の少女が所持していた『石仮面』についての事柄も含まれていた。それによって何が起こるのかも、プッチは細かに伝えていたのだ。
プッチは……伝えただけだった。静葉に命令を施した訳でも、スタンドで洗脳した訳でもない。寧ろ、静葉の目的をフォローしながら手伝うと提案したのは、プッチの方からだ。
直後、プッチは静葉をホワイトスネイクによって眠らせ、幻覚を見せた。これはプッチなりの儀式であり、彼女への試練。
これから組もうという相手だ。その決意がどんなに強靭な物であろうとも、この程度の幻覚で目覚められぬようならば無価値。
もしも彼女に相応の『運命』を克服できる力が足りるのなら、DIOと会わせてみても良いかもしれない。直感的に、そう感じたが故だった。
そして偶然とはいえ、猫草が静葉を目覚めさせてくれた。それもまた運命だと捉え、彼女は彼女にとっての崖をまた一つ超える為に自ら動いた。

今。あの秋の神様が何を考え、何を行おうとしているのか。
それがプッチには、手に取るようにわかる。

『“正しき目的”の為に揮うという強い覚悟さえあれば、人は自ずと迷わなくなる』

彼女の目的が、如何に非人道的行為なのか。それは彼女自身も深く理解している。
それでも静葉は、踏み止まったりはしないだろう。寅丸星の様に、愛する者から優しく諭される権利すら奪われた、彼女なら。

正しい、正しくないかは、彼女にとって最早重要ではない。
ひたすらに貪欲で、誰よりも家族を愛する心さえあるのなら。
それが秋静葉にとっては“何よりの正しさ”で、強靭なる固き覚悟。


だからその少女は……迷わない。

己に降りかかった悪夢のような『運命』を克服する為に、か弱かった少女は覚悟した。

「『覚悟』は『絶望』を吹き飛ばすからだ」と───ある狂信者は言った。



            ◆


もしも……もしもこの場にジョナサン・ジョースターが居たのならば。
彼の意識がまだそこに存し、寅丸と静葉の会話を聞いていたのならば。
彼の口がまだ利ける状態にあり、その光景を目撃できていたのならば。

きっと彼の瞼の裏には、“あの日の光景”が鮮明に蘇っていただろう。
きっと彼はどんな事をしてでも、静葉の行為を止めようとしただろう。


            ◆


899 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 20:18:15 6XcVezr20



眩しい。
自らを『怪物』に変化させ生まれ変わった寅丸星が最初に思った事は、そんな日常的で取り留めのない感想だった。
静葉が空気の防御を取り止め、二人を包んでいた黒い炎の渦も同時に消失した。天井には、雨天の隙間から差し込まれた太陽光。薄暗くも、それは寅丸の眼球を刺激して闇を晴らした。
渦の中で消費され尽くした酸素が一斉に肺の中に取り込まれ、寅丸は一瞬にして死から生へと蘇った居心地を実感する。
それと同時に、身体から呻きをあげていた熱傷の痛みも消えていた。代わりに得たのは、漲る生命力と、優越感、全能感。

そして、圧倒的な力(パワー)ッ!!







「──────え」







パキパキという、氷像でも崩れるかのような音が鳴った。
聞こえたのは、私の身体からだった。
怪物へと成ったこの身体は、瞬時に崩壊を始める。


「あ、あぁ…… あああ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ァ あああ゛AAAAAHHHHH゛H゛H゛───────ッッ!?!?」


何が起こったか理解できない。
自分の身体は……どうなってしまったのだ!?

「言ってなかったけど……寅丸さん。貴方は今、怪物に───『吸血鬼』に成ってしまったのよ」

きゅう……けつき!?

「吸血鬼の弱点は……有名よね。雨の中とはいえ『日光』は充分に降り注いでいるもの。そうなって当然だわ」

そ、ん、な…………!
それ、じゃあ……わたし、は……なんのため、に……!

「私は、それがどんなに歪でも、本物ではなくても……貴方の心に残っていた眩しい正義、嫌いじゃなかった」

ぁ…………あ、あぁ…………っ

「でも……『幼稚な正義』じゃ、人は己を変えない。別の誰かを変えることも。そんな貴方では本物の正義は勿論、怪物に変わる資格すらもない」

………………しず、……は…………さ……

「貴方の『宝塔』は私が受け継ぎましょう。……残念です、本当に」

…………………………あ、

「謝ったりはしません。短い間だったけど、貴方とは似た者同士みたいで嬉しかった。
 それじゃあ……私はそろそろ、行ってきます」







──────いつか、こんな日が来るとは覚悟していたけども。

──────そっか。やっぱりわたし……『バチ』、当たっちゃったんだ。







【寅丸星@東方星蓮船】完全消滅
【残り52/90】
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


900 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 20:20:35 6XcVezr20
『藤原妹紅』
【真昼】B-5 果樹園小屋周辺の林


「っ痛ゥ〜〜〜……っ! いきなり何なのよ、あの箒頭と妙ちくりんな銀甲冑マンは……」


結論。来なけりゃ良かったこんな所。
此処はどうやら果樹園らしい。小屋の周囲を取り囲むように生るプラムの木々から仄かに甘い香りがする。私はその内の一つの果実をイラつきながら毟り取ると、ガブっと大きく齧り付いてやった。めっちゃうまい。

「美味いのはいいんだけどさあ〜……蓬莱の薬探しに来ただけでこの有様じゃあ、割に合わないってば」

これでも一応余所行き用に礼儀正しく、粗相のないような態度でお邪魔したつもりだったけど、アイツら……いきなり攻撃してきやがった。
見たこともない奴らだったけど、奴らも『追っ手』の一団か? 甲冑装備したヤバいのも混じってたし、それっぽいけど。
お陰でお目当ての薬は見付からないわ、剣で滅多刺しにされるわで、骨折り損のくたびれもうけね。箒頭と片腕の女は返り討ちにしてやったから、まあ収穫ゼロとまでは言わないけど。
他にもなんだかお面被って踊りながら襲ってきた女や、赤い服着た金髪女もチョロチョロしてたような気がするけど、私が痛みに悶えてる間に雲隠れしていた。逃げ出すくらいなら最初から攻撃するなと言いたい。

「んー……それにしても。確かに私、あの銀甲冑マンから矢鱈滅多ら斬られたような気がするんだけど……おかしいなあ」

右腕を空に翳す。小雨が目に入って痛いけど、雨が傷に染みるようなことはなかった。
不思議だ。あんだけ斬り刻まれたら痛いじゃ済まないと思うんだけど、今のところ痛いで済んでる。ていうか、傷がキレイさっぱり無い。

「……?? 気の所為、じゃないわよね。服には切れ込み入りまくってるし」

ラッキーといえばラッキーだけど、なんだか気持ち悪いわね。甲冑マンの腕前は見せ掛けだけで、実はド素人のヘタクソ剣術でした……って思うことにしておこうかな。
何にせよ、ここにも薬は無かった。輝夜も居ないし、用済みだよ、用済み。


───『妹紅。貴方は果たして“まとも”かしら? ねえ、どうなの? まとも? マトモ? モコウ』


……またあの『幻聴』だ。延々延々と、喋るお人形さんみたいにずっと語り掛けてくる。
蓬莱の薬さえ飲めば、この頭痛も治るかな。一刻も早く欲しい……このままじゃ、身体も精神も持たないぞ。


「あ〜〜ハイハイ“まとも”ですよっと。私はずぅ〜っとまともなんだっつーの。オカシイのはアンタの方でしょ。
 ……何なのよ、全くさぁ」


この地には……さっきみたいな凶悪な兵がウヨウヨいるみたいだ。
こんな奴らが蠢く場所で、果たして私は蓬莱の薬なんか取り戻せるんだろうか? ……輝夜の野郎に逢いたい。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


901 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 20:21:27 6XcVezr20
【真昼】B-5 果樹園小屋周辺の林

【藤原妹紅@東方永夜抄】
[状態]:発狂、記憶喪失、霊力消費(小)、黒髪黒焔、全身の服表面に切り傷、再生中、濡れている
[装備]:火鼠の皮衣、インスタントカメラ(フィルム残り8枚)
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:生きる。殺す。化け物はみんな殺す。殺す。死にたくない。生きたい。私はあ あ あ あァ?
1:蓬莱の薬を探そう。殺してでも奪い取ろう。
2:―――ヨシカ? うーん……。
[備考]
※普通の人間だった時代と幻想郷に居た時代の記憶が、ほんの僅かに混雑しております。
※第二回放送の内容は全く頭に入ってません。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


902 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 20:23:27 6XcVezr20
『古明地さとり』
【真昼】B-5 果樹園の小屋 前


「アイツは……どうやら行ったみたいね。私にも気付かなかったのかしら?」


未だに勢いの衰えることのない火事の煙を避けながら、さとりとこころは妹紅の目を盗んで林の死角にまで体を引き摺り、隠れていた。
さとりはまだまだ体調不良であるし、膨らんだ腹部のせいで歩くのがやっとだ。こころに至っては右足を切断されている上に、おぞましい感情を間近で感じ取ってしまったせいか再び恐慌をきたしている。

憎き仇であった寅丸星との対話を終え、家族の死をひとしきり嘆き、涙も枯れたと言えるほどの状態を通過した所で、さとりは戦況が気になった。
とはいえ一向に覚醒する気配の無いジョナサンを、雨晒しのまま放っておくことも出来ない。成人男性の平均体重をゆうに越す彼の肉体を何とか引き摺り林の下に隠し、肩で息をしながら様子を見に来た時には全てが終わっていた。

最も留意していた対象であった寅丸は……いともあっけなく死んだ。灰になったのだ。
秋の神・秋静葉の目論見だろうか。彼女が如何にして寅丸を消滅せしめたかは、さとりの知るところではない。距離があったので心は読めなかったが、彼女の瞳を覗けば誰にだって理解できる。

寅丸星を殺害したのが、秋静葉なのだと。

(アイツ……さっき私を殺そうと追って来ていた時も感じたけど、寅丸星よりも浮かべていた『殺意』が鋭かった)

その静葉も、寅丸が灰燼と帰した光景を見届けると、落ちていた荷物を手に取りすぐさまに果樹園の方へ駆けていった。
恐らくさとりやこころの存在にも気付いていただろうが、異常濃度の炎を振り撒く妹紅との激突を避けるため、撤退を選んだのだろう。
地面に顔を俯けたまま動こうとしないこころの腕を強引に掴み、怪物・妹紅から逃げ出すことは意外にも容易だった。というより、あの怪物は胡乱な瞳で呆然としていたので、その隙に場を離れただけだ。
他にも此処には例の『白いスタンド』が居た筈だが、何故か見掛けなかった。少しだけこころの心を覗いてみたが、恐らく彼女を背後から襲ったのがそいつだったのだろう。


今……一先ずは安全な環境にてさとりは、こころと二人で凄惨な状況を整理している。


「こころさん……でしたよね? 何よりまず、その足の治療が先決です。これを塗ってください」

「………………うん」


そう言ってさとりが渡した物は、ジョナサンの荷で発見した『河童の秘薬』。以前にお空の心を読んだ時、この万能薬の支給を確認していたことを思い出した。
同時に切断された右足も手渡し、こころは殆ど言葉も発さずに薬を塗りつけていく。薬の残量は殆ど残っていなかったが、切断面を結合させる程度には間に合うだろう。

「……恐ろしいのですか」

「……わからない。でも、あんなにも目の前で人の感情が、本当の意味で喪われていくところは……初めて見た。どんな表情をすればいいか、わからない」

ポルナレフと寅丸星のことだろう。特にポルナレフは、こころを助けに駆けつけた勇敢なる男だった。そんな男が、ああも突発的に焼き殺されたとあれば、こころの心中たるや計り知れる物ではない。
こころは無表情のまま、ポタポタと涙を落とす。それを見てさとりは、何も言葉を掛けてあげる事ができなかった。
自分だって、その心中は複雑な気持ちではち切れそうなのだ。さとりにとって寅丸は家族の仇。憎くて憎くて堪らない、それこそ殺してやりたいとまで思っていた相手だ。
だからこそ先の対話で、思いの丈以上のモノをぶつけてやったのだし、あの怪物と相打ちにでもなればいいとまで思っていた。
その仇敵の命を奪ったのは妹紅でなく、別の仇敵・秋静葉。組んでいた筈の二人が抱えていた因縁など分からなかったし、知りたくもない。

それでもやっぱり心の中では、寅丸星にはお空を殺した罪を悔いて欲しかったのだ。死ぬよりもまず、償って欲しかったのだ。
贖罪の手段が彼女なりの『正義』であれば、それを為し続けて欲しかった。これ以上、自分のように家族を喪う悲しみが増えて欲しくなかったから。

あの秋の神は、一体どんな気持ちで彼女を殺したのだろうか。寅丸の心などでなく、あの女の心こそを視るべきだったのではないだろうか。
本当に、サトリ妖怪とは業の深い妖怪だ。今になって改めて、さとりは痛感する。


903 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 20:24:18 6XcVezr20


「───さとりさん! こころさんも無事で……ジョースターさん!?」


胸がつかえる気持ちで揺らめく黒炎を眺めていると、声が聞こえた。聞いた事のあるものだ。

「……貴方は、先ほど私を保護してくれた」

「命蓮寺の聖白蓮と申します。して、彼は一体……!? まさか───」

「安心してください、と言えるのかどうか。こうなった原因なら予想は付きますが……どうしても目を覚ましてくれないのです」

「ここで何が起こっていたのです……!?」

「彼の肉体で起こっている事は、私の方からではなんとも……。しかしそうですか、貴方が……。こいしがたまに、貴方の名前を口にしていました」

「こいしさんが……?」

二人の間に、一瞬沈黙が置かれた。今はもう居ない、笑顔の無垢な少女を想うと心が張り裂けそうになる。
誤魔化すようにさとりは、話を進めた。まだ気になる人物が残っている。

「断片的になりますが、ここで起こった事は後に教えます。それより、他にも『神父』の人間が居た様な気がしますが……彼は?」

「プッチ神父……ですね。あの方は───」

「ああ。いえ、大丈夫です。……『視た』方が早いでしょう。これだけ近ければ鮮明に視えますからね」

と、さとりはサードアイを胸にかざして心を読もうとした。

その瞬間、曇天の空を高速で飛行して去る謎の『未確認飛行物体』が、彼女達の目に留まる。

「……! あそこに見えるのは……まさか!?」

白蓮が青ざめた。遠くて見辛いが、あれは『石』……だろうか? いや、問題はそれに乗っている『二人の人物』だ。


「しまった! まさか静葉さん……!」


完膚なきまでに無力化し拘束していたプッチ。そして、どこかで擦れ違ったのか……秋静葉が彼と共に居た。

───出し抜かれた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


904 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 20:25:20 6XcVezr20
【真昼】B-5 果樹園小屋周辺の林

【聖白蓮@東方星蓮船】
[状態]:疲労(小)、体力消耗(小)、濡れている
[装備]:独鈷(11/12)@東方心綺楼
[道具]:基本支給品、不明支給品0〜1個@現実、フェムトファイバーの組紐(1/2)@東方儚月抄
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを止める。
1:さとり達に話を聞く。
2:プッチらを追う?
3:殺し合いには乗らない。乗っているものがいたら力づくでも止め、乗っていない弱者なら種族を問わず保護する。
4:ぬえを捜したい。
[備考]
※参戦時期は東方心綺楼秦こころストーリー「ファタモルガーナの悲劇」で、霊夢と神子と協力して秦こころを退治しようとした辺りです。
※魔神経巻がないので技の詠唱に時間がかかります。 簡単な魔法(一時的な加速、独鈷から光の剣を出す等)程度ならすぐに出来ます。
 その他能力制限は、後の書き手さんにお任せします。
※DIO、エシディシを危険人物と認識しました。
※リサリサ、洩矢諏訪子、プッチと情報交換をしました。プッチが話した情報は、事実以外の可能性もあります。


【秦こころ@東方 その他(東方心綺楼)】
[状態]恐慌、体力消耗(中)、霊力消費(中)、右足切断(治療中)
[装備]様々な仮面
[道具]基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いには乗らない
1:感情の喪失『死』をもたらす者を倒す。
2:感情の進化。石仮面の影響かもしれない。
3:怪物「藤原妹紅」への恐怖。
[備考]
※少なくとも東方心綺楼本編終了後からです。
※周りに浮かんでいる仮面は支給品ではありません。
※石仮面を研究したことでその力をある程度引き出すことが出来るようになりました。
 力を引き出すことで身体能力及び霊力が普段より上昇しますが、同時に凶暴性が増し体力の消耗も早まります。
※石仮面が盗まれたことにまだ気付いてません。


905 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 20:26:09 6XcVezr20
【ジョナサン・ジョースター@第1部 ファントムブラッド】
[状態]:精神(スタンド)DISCの喪失、意識不明、背と足への火傷
[装備]:シーザーの手袋@ジョジョ第2部(右手部分は焼け落ちて使用不能)、ワイングラス
[道具]:不明支給品0〜1(古明地さとりに支給されたもの。ジョジョ・東方に登場する物品の可能性あり。確認済)、命蓮寺や香霖堂で回収した食糧品や物資、基本支給品×2(水少量消費)
[思考・状況]
基本行動方針:荒木と太田を撃破し、殺し合いを止める。ディオは必ず倒す。
1:意識不明。
2:レミリア、ブチャラティと再会の約束。
3:レミリアの知り合いを捜す。
4:打倒主催の為、信頼出来る人物と協力したい。無力な者、弱者は護る。
5:名簿に疑問。死んだはずのツェペリさん、ブラフォードとタルカスの名が何故記載されている?
 『ジョースター』や『ツェペリ』の姓を持つ人物は何者なのか?
6:スピードワゴン、ウィル・A・ツェペリ、虹村億泰、三人の仇をとる。
[備考]
※参戦時期はタルカス撃破後、ウィンドナイツ・ロットへ向かっている途中です。
※今のところシャボン玉を使って出来ることは「波紋を流し込んで飛ばすこと」のみです。
 コツを覚えればシーザーのように多彩に活用することが出来るかもしれません。
※幻想郷、異変や妖怪についてより詳しく知りました。
※ジョセフ・ジョースター、空条承太郎、東方仗助について大まかに知りました。 4部の時間軸での人物情報です。それ以外に億泰が情報を話したかは不明です。
※盗られた精神DISCは、6部原作におけるスタンドDISCとほぼ同じ物であり、肉体的に生きているでも死んでいるでもない状態です。


【古明地さとり@東方地霊殿】
[状態]:脊椎損傷(大方回復)、栄養失調、体力消費(大)、霊力消費(中)
[装備]:草刈り鎌、聖人の遺体(頭部)@ジョジョ第7部
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:地霊殿の皆を探し、会場から脱出。
1:聖白蓮と会話する。
2:食料を確保する。
3:お燐と合流したい。
4:ジョナサンを助けたい?
5:お腹に宿った遺体については保留。
[備考]
※会場の大広間で、火炎猫燐、霊烏路空、古明地こいしと、その他何人かのside東方projectの参加者の姿を確認しています。
※参戦時期は少なくとも地霊殿本編終了以降です。
※読心能力に制限を受けています。東方地霊殿原作などでは画面目測で10m以上離れた相手の心を読むことができる描写がありますが、
 このバトル・ロワイアルでは完全に心を読むことのできる距離が1m以内に制限されています。
 それより離れた相手の心は近眼に罹ったようにピントがボケ、断片的にしか読むことができません。
 精神を統一するなどの方法で読心の射程を伸ばすことはできるかも知れません。
※主催者から、イエローカード一枚の宣告を受けました。
 もう一枚もらったら『頭バーン』とのことですが、主催者が彼らな訳ですし、意外と何ともないかもしれません。
 そもそもイエローカードの発言自体、ノリで口に出しただけかも知れません。
※両腕のから伸びるコードで、木の上などを移動する術を身につけました。
※ジョナサンが香霖堂から持って来た食糧が少しだけ喉を通りました。

※果樹園小屋が半焼しています。
※果樹園小屋付近にポルナレフの荷(基本支給品、御柱@東方風神録、ノトーリアスに取り込まれていた支給品(十六夜咲夜のナイフセット@東方紅魔郷、止血剤、基本支給品))が落ちています。


906 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 20:27:43 6XcVezr20
『秋静葉』
【真昼】B-5 果樹園小屋 上空


虎の威を借る時間は終えた。牙の折れた獣に益は見当たらない。
然らば、虎の胃を狩る。否───少女は踏み越えるが為に、敢えて手を汚すことを選んだ。


「大丈夫? 随分、その……やられたわね」

「大丈夫かと訊かれたら、見ての通りさ。……あの尼と戦うのは、もうコリゴリだ」


激しく顔面に弾けていく雨粒を拭う為の腕を、今のプッチには自由に動かすことすら叶わない。
あの戦闘狂な僧侶から激しく痛めつけられたからでもあったが、その全身をロープ───フェムトファイバーの組紐によって雁字搦めに縛られているからだ。
その固い紐を、秋静葉が一つ一つ苦戦しながらも解いていく。妙に頑丈な組紐であったので、空気の刃を以てしても上手く切断できなかった。

ここは空の上。プッチの隠し持っていた支給品『要石』により、二人は狭い盤上ながらも見事に聖たちから逃げおおせていた。
不満があるのなら、見通しの悪い天候と雨粒による肌寒さ。そして面積の広いとは言えない要石上で、二人して落っこちないように気を付けなければならない動き辛さだろう。

「とにかく、君には借りが出来たな」

「別に。これから世話になる相手だし、これくらいは当然よ」

ゆっくりと体の自由が解けていくことを噛み締めつつ、プッチは首だけを回して地上を見下ろした。
当然だが、彼女達は追い付けない。遊覧飛行を楽しんでいる限りでは、危険は無いと思っていいだろう。

「しかし、君には驚かされた。まさかその『石仮面』を殺しの手段として扱うとはね。私であれば実行する発想にすら至らないだろう」

「私にとっては、これも必要な儀式だった。貴方が私を眠らせて、試したみたいに」

静葉に石仮面の情報が伝えられた時、彼女は何となく閃いたのだ。日中の屋外であればどんな強力な相手すらも倒し得る、非人道的一撃必殺のコンボを。
この手段があのエシディシに効くとも思えないが、それでもこの仮面は天啓だ。いざとなれば……パワーアップアイテムとして自らに使用する場面も覚悟せねば。
静葉は寅丸を消し去った後、その荷物を拾ってその場から離れた。あの場にはまだ負傷したこころなどが残っていたが、どこで爆発するかも分からぬ怪物が彷徨っているのでは少しリスクが高い。
よって追撃は放棄し、万が一聖白蓮に出会ったりしないよう、ルートを遠回りしながらプッチの居る場所へ戻ってきた。

寅丸の事は残念だった。既にあの怪物に殺されかけていた彼女を、わざわざ殺害する必要があったかと言えば断言は出来ない。
しかし彼女の言うように、それは静葉自身を生長させる為の儀式。加えてプッチが語った『DIO』なる男に少しだけ興味が湧いたからだ。
会ってみたいと思った。それは結局を言えば、巡り巡って利用する為ではある。生き残る為に何だってする覚悟など、とっくに固めていた。


907 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 20:28:10 6XcVezr20

「で、そのDIOさんの居場所……知っているの?」

「居場所だけならば、幾つか目星は付いている。私と彼の肉体は最早、一心同体なのだから」

それはどういった意味で放った言葉なのか。静葉が難しい顔で解釈していると、続けて彼は口を開く。

「引力という力があってね。それは運命とも言い換えられるが、君にも『縁』があったのだろう。……私の目的も半分は果たせたようなものだ」

まだ充分動かない腕を動かし、プッチは懐から一枚の『DISC』を取り出す。ジョナサン・ジョースターの額から抜き取った物だ。

「これを『精神DISC』と言う。またの名を『スタンドDISC』とも呼ぶのだが、彼にはスタンドが宿っていないようだからね。
 本当なら奴を完全殺害したかった所だが、一緒に居た小娘が予想以上の反抗をしてきた。まあ、奴が目覚めることはこれで無くなったが」

言いながらプッチは、銀色に反射するその円盤を見せびらかせるように手の中で弄った。
あくまでプッチの目的はあの場に居た者たちの一掃だったのだが、さとりの反撃と聖の猛攻のダメージゆえに、中途半端な形で撤退せざるを得なかったのだ。
しかし何とかこころには手痛いダメージを与えてやれたし、不幸中の幸いと言うべきか、あそこにはジョースター一行でもあったポルナレフまでも居た。結果的にプッチは、ポルナレフ殺害の遠因を作ったことになる。

「それがあのジョナサンの精神……『心』ってこと?」

「その通りだ。こんな忌わしい物体はすぐにでも粉々にしてやりたいが、残念ながらこれは破壊不可能なのだ。私が肌身離さず持っているしかない」

「……つまり、実質は『三人』ってことね」

ポルナレフ。寅丸星。そして蘇生不能であるジョナサンをカウントするならば、静葉とプッチは計三人の参加者を始末した事になる。
充分なものだろう。例の怪物も放っておけば、どんどんと別の参加者を喰ってくれる筈だ。

生き残りを実感する静葉は、要石の突き進む方向を凝視する。
まだまだ。こんなモノじゃあとても優勝できない。あの夢のような、情けない末路を辿るわけにはいかない。

夢とは、現在の逆境を解決するヒントにもなり得るという。
白蛇から魅せられた悪夢が、静葉の決意をより強くした。単に生き残るだけでは駄目なのだ。
乗り越えて、踏み越えて。あのエシディシすらも打倒できる力を身に付け、最後に優勝する。
そうでなくては……大切な家族とは二度と逢えない。


黄昏のように儚いカタルシスを望むつもりは無い。どこまで登っても満足など無く……ただただ、貪欲であり続けなければ。
誰殺がれを望む、修羅であれ。
理想を語る、死す口に……冬を越える未来など見えるものか。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


908 : 誰殺がれ語ル死ス :2017/12/08(金) 20:28:39 6XcVezr20
【真昼】B-5 果樹園小屋 上空

【秋静葉@東方風神録】
[状態]:顔の左半分に酷い火傷の痕(視覚などは健在。行動には支障ありません)、上着の一部が破かれた、服のところが焼け焦げた、霊力消耗(小)、覚悟、
    主催者への恐怖(現在は抑え込んでいる)、エシディシの『死の結婚指輪』を心臓付近に埋め込まれる(2日目の正午に毒で死ぬ)
[装備]:猫草(ストレイ・キャット)@ジョジョ第4部、宝塔@東方星蓮船、石仮面@ジョジョ第1部、フェムトファイバーの組紐(1/2)@東方儚月抄
[道具]:基本支給品、不明支給品@現実(エシディシのもの、確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:穣子を生き返らせる為に戦う。
1:感情を克服してこの闘いに勝ち残る。手段は選ばない。
2:だけど、恐怖を乗り越えただけでは生き残れない。強くならなければ。
3:DIOという男に興味。
4:エシディシを二日目の正午までに倒し、鼻ピアスの中の解毒剤を奪う。
5:二人の主催者、特に太田順也に恐怖。だけど、あの二人には必ず復讐する。
[備考]
※参戦時期は少なくともダブルスポイラー以降です。
※猫草で真空を作り、ある程度の『炎系』の攻撃は防げますが、空の操る『核融合』の大きすぎるパワーは防げない可能性があります。
※プッチと情報交換をしました。


【エンリコ・プッチ@第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:全身大打撲、ジョセフへの怒り、リサリサへの怒り、濡れている
[装備]:射命丸文の葉団扇@東方風神録
[道具]:不明支給品(0〜1確認済)、基本支給品、要石@東方緋想天(1/3)、ジョナサンの精神DISC
[思考・状況]
基本行動方針:DIOと共に『天国』へ到達する。
1:ひとまず静葉をDIOに会わせてみよう
2:ジョースターの血統とその仲間を必ず始末する。特にジョセフと女(リサリサ)は許さない。
3:保身を優先するが、DIOの為ならば危険な橋を渡ることも厭わない。
4:主催者の正体や幻想郷について気になる。
[備考]
※参戦時期はGDS刑務所を去り、運命に導かれDIOの息子達と遭遇する直前です。
※緑色の赤ん坊と融合している『ザ・ニュー神父』です。首筋に星型のアザがあります。
 星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※古明地こいしの経歴及び地霊殿や命蓮寺の住民について大まかに知りました。
※主催者が時間に干渉する能力を持っている可能性があると推測しています。
※静葉と情報交換をしました。

※スタンドDISC「ハイウェイ・スター」は寅丸星と共に消滅しました。


909 : ◆qSXL3X4ics :2017/12/08(金) 20:30:03 6XcVezr20
これで「誰殺がれ語ル死ス」の投下を終了します。
ここまで見てくださってありがとうございます。
感想や指摘などありましたらお願いします。


910 : ◆e9TEVgec3U :2017/12/10(日) 00:04:14 02QjIewE0
プチ炎上かな、と思っていたら二人も脱落して開いた口が塞がりません……

八坂神奈子、洩矢諏訪子、姫海棠はたて、リサリサ、ヴェネガー・ドッピオ、ウェス・ブルーマリン
以上6名を予約させて戴きます。


911 : 名無しさん :2017/12/10(日) 03:00:37 LP/2zdlU0
おおかわいいドッピオのターンが来るか…


912 : 名無しさん :2017/12/10(日) 15:29:43 luJwIVH20
投下乙です

星はここで脱落かぁ。やっぱり道を踏み外した時点で悲惨な最期を迎えるのは決まってたのかも
ポルナレフも幽々子と再会できず無念の脱落。それでもこころを救えたから無駄死にじゃなかった
静葉がDIO陣営に付きジョナサンは意識不明。対主催者大丈夫か…?


913 : 名無しさん :2017/12/10(日) 19:36:17 zAbLnt560
投下乙です

エシディシと会ったの夜だから、ハネキはエシディシが元々日光弱点だって知らないのね

神父はまたボコられたが、順調なのは間違いない


914 : 名無しさん :2017/12/10(日) 20:44:53 6nFpWUwU0
投下お疲れ様です

ポルナレフ死亡が■で隠されてたから
メタ的にこれ①ハンサムのポルナレフは剣技の真空と甲冑を脱ぎ捨て危機一髪で脱出するだと思いきやまさかの
答え③助からない。現実は非情である
続いて静葉による星暗殺
ホワイトスネイクで完全に戦意喪失したと思われたはずなのに石仮面の使用を促した時、
アレ確かまだ昼だよな、それに屋外だしまさか!?
そんなことをマジで口走ってしまいました。
プッチも蓋を開けてみればダメージこそ負ったものの、ジョナサンのDISCと新しい仲間をゲットし大勝利
良い意味であらゆる予測をことごとく裏切られる力作に感謝です。


915 : ◆at2S1Rtf4A :2017/12/11(月) 23:54:04 dtCVsuWU0
投下します


916 : 名無しさん★ :2017/12/11(月) 23:55:23 ???0


ざあざあと雨音が忙しなく響き渡る。
その音に耐え兼ねたのか、一人の男が瞼を開けようとした。
肌寒い。揺らぐ視界の中すぐにそう感じた。
春の訪れを感じさせない、ここの気温はその程度しかないのだ。恐竜化していたとは言え、彼は長時間雨に打たれ続け、更に死闘を重ねた。
冷えは、人間にとって身近過ぎて警戒しづらかったりする。さらに、こんなところでは気にしていたら何もできない。だが確実に人体へ悪影響を及ぼす要素だ。
生身の肉体は、十分過ぎるダメージになり得る。
彼と言う男は、一介の人間、人に過ぎないのだから。
そして、だからこそ人智を超えたモノ共へのこれ以上にない怒りをこの地で覚えた。
彼の名前はディエゴ・ブランドー。

少しずつ冴えていく意識の中、彼は自分が外にいること、軒下で雨を避けていることに気付いた。
そして、やはり肌寒い。
だが、その一方で温かさを感じてもいた。それも局所的に。
後頭部がやけに温いのだ。
嫌な予感がした。彼には身に覚えがあった。
既に一度それを低調に断っていたから。
重い瞼の向こうで見たくもない青い影が視界の端に映った。不安は更に加速する。
残り僅かなまどろみを殺し、彼は完全に双眸を引ん剝いた。



「はぁ〜〜い♪……ってちょ、うぉおッとォ!!!」



彼はノータイムで貫手を放った。仰向けの姿勢のまま、その甘たっるい声の喉元めがけて。
女性と思しきその声の主はたまらず飛び退く。
どうやら膝枕をされていたようだった。ディエゴの頭は太ももに乗っていたのだ。故に彼女の膝を伸ばす動きがそのまま彼の頭をポーンと持ち上げる。
俊敏だ。後ろへと逃れた彼女の動きが、そのまま彼の身体を起こしてしまうほど。
彼はその勢いのまま起き上がり、慣性を殺すように軽く身体を横軸に回転させ、女性へと向き直る。

「何をしている……」
「うふふ、何もしてませんわ。私はただ貴方が起きるのを待っていただけ」


邪仙[ユアンシェン]霍青娥。
それが女性の名前と肩書、そしてそれが彼女の全てだ。


917 : 名無しさん★ :2017/12/11(月) 23:55:50 ???0


「それに、何をするとはこっちの言葉です。逸早く目を覚まし介抱してあげたのは私なのです!どうぞ労って労って♪」
「知るか。俺がそんなこといつ頼んだ?勝手に恩に着せようとしないでもらいたいんだがな」

ディエゴは目に見えて不快そうにそう吐き捨てた。今、ディエゴと青娥は協力者としての間柄、彼の突き放すような対応は当然と言えば当然であった。

「えぇ〜〜!!それはあんまりですわぁ!!」

確かに二人は慣れ合う仲ではない。しかし、先の先の戦いで二人は協力し合えた仲でもあった。それも十二分に。
阿吽の呼吸に及ばずとも、急造のコンビにしては出来過ぎた連携だったのは間違いない。たとえそれが二人の能力の高さが故に見えたコンビネーションにせよ、だ。


「そんなことよりも聞きたいことがある」


二人諸共湖中に引き摺り降ろされ溺死寸前まで追い込まれた時はどうだったか。
ディエゴの力があってこそだった。しかし首長竜へと変貌を遂げた彼を悟らせぬよう土を巻き上げ、激流の弱い渦中の外へと蹴り飛ばしたのは他でもない青娥である。
驟雨を引っ提げ立ち塞がった付喪神の決死行を受けた時はどうだったか。
青娥の力があってこそだった。水滴の拘束衣はディエゴを完全に封殺した。しかし最後っ屁の『虹』を食い止め、敵をブチ撒けたのは他でもないディエゴであった。

「はいはい、どうぞどうぞ」

慣れ合うつもりはなくとも事務的な態度を超えて、険悪な仲を自ら築くのはもっと愚かである。
ましてディエゴにとっても悪い話ではない。たとえスタンド能力では『使えない』にせよ、当面は協力関係にありその限りにおいては戦力として十分過ぎる相手だからだ。
媚びを売るとは言わないが、胡麻を擦る言葉を混ぜるくらいどうと言うことはない。

「俺が倒れた後、奴らはどうなった?」
「どうなったと思います?」

それを理解できない彼ではない。賢く生きられない彼ではない。だって彼は賢く強かに生きるしかなかったから。
彼がいきなり食って掛かったのは、上辺さえ取り繕うことが叶わなかったのは、言葉に窮した、そんな節があった。

「焦らすなよ。殺したのか?」
「あら〜真っ先にそう言って下さるなんて。私って結構信頼されていたりするのかしらね?」

ディエゴは今一度この手で彼女の首をもごうかと悩んだ。しかし、徒労に終わるのも目に見えている。代わりに睨み押し黙ることを返事とした。


「うふふ、そんなに熱っぽく見られるとぉ、私には毒ですわ〜」


しかしやはりと言うか暖簾に腕押しだ。黄色い声が返って来ても彼にとっての色好い答えが返って来ない。ディエゴはこめかみを引くつかせて、そっぽを向いた。


「怒らないで下さいます?」
「逃げられたんだな」
「見逃されちゃいました、こっちが」
「…………包み隠さず伝えた、その一点だけを俺に褒めろと言うのか?」


918 : 名無しさん★ :2017/12/11(月) 23:56:26 ???0


あっけらかんと報告する彼女の態度は知ってか知らずか、いや分かっているだろうにディエゴを逆撫でている。
だが、意外なことに彼は苛立ちをチラつかせるまでに踏み止まっていた。
それもそのはず。先の戦いで真っ先に気絶する無様な姿を晒したのは、他でもない彼自身。
あの邪仙相手に自分の弱みを突かれたくないのだ。疲れたくもないのだ、これ以上は。この鬱陶しい女相手に。

「ディエゴ君はぼっこぼこに殴れただけだからまだマシですわ、私なんか一服盛られてしまったというのに」
「その不気味な赤ら顔はそのせいか」
「火照ってしょうがないわ〜。うふふ色に艶が出てしまって殿方には申し訳ないです♪」
「ただの更年期障害だ。妖怪にもそんなモンがあるとはな。難儀なことだ」
「も〜〜ディエゴくんったら〜イジワルばっかりするんだから〜〜!」

青娥は先の戦いで血管に酒を流された。それもただの酒ではなく八岐大蛇を昏倒させるほどの代物、もはや毒だ。
その割にピンピンしているが、どうやら仙人の頑健な肉体が肝臓を介さずとも無理やり解毒させ切ったらしい。
彼女に纏う雰囲気がどことなく緩いのもそのせいだ。……案外いつもこんな感じなのかもしれない。
本来、アルコールを血管から粘膜摂取させるなどしたら、急性アルコール中毒は避けられない。さらに言えば脳は破壊され、最悪死に至る。お酒は必ず口から飲もう。


その他にも諸々ディエゴは青娥の語る限りで事の顛末を知らされた。
彼女のお道化た振る舞いに一々皮肉を口にしてしまえば、嫌でも多少の毒気は抜けてしまうのもしょうがない。ちょうど彼女の毒気が酒気に変えてしまったように。
あるいは彼女はそれも分かっていたか。
このままつつがなく話が進めば、ディエゴの逆鱗に触れることはなかった。
しかし、打ち明けられた事実の一つが彼にもう一度、火をつけることになる。彼の怒りを掘り起こすことになる。


「―――とまぁ、こんなところですわ。何にせよ惨敗、痛手が過ぎますね。残念無念また来世〜〜って感じ」


まぁ私には来世より今世しかありませんけどね、最後にそう付け加えて青娥はディエゴを見遣る。
そして気付く。彼が握る拳が小刻みに揺れていることに。その震えの由縁は寒さでも恐れでもないことに。


919 : 名無しさん★ :2017/12/11(月) 23:57:09 ???0


「舐め腐っているのか…?奴らは」


低く呻くようにディエゴは声を絞り出す。その言葉の隅々に怒りを含ませていることを彼は隠しもしない。


「殺すどころか捕らえもせず、ましてや身ぐるみも剥がずに俺たちを放った。脳みそにクソでも詰まってやがるのか?」
「あら〜身包みを剥ぐだなんて、女性の前でそんなこと口にするの嫌ですわ〜」
「………」
「それに、私は私で色々ぶんどられちゃったのよねぇ…」
「…………………」
「ね〜ぇ〜?」
「…………………………………」


ディエゴはまるで聴覚を自在に操れるかのように、青娥の言葉に反応しなかった。
あるいは実際聞こえていないのかもしれない、今の彼には。
歯軋りの音が耳の良い青娥に聞こえるだけ。そんなディエゴを彼女は冷めたような眼で見て思う。


  やれやれ、ですわ。不貞腐れちゃってまぁ、ディエゴ君もトンだ困ったちゃんね〜


青娥はなんとなくディエゴの心象を推し量ることができた。
彼の怒りは、こちらを見逃したことでも、まして青娥の支給品を押さえられたことでもない。
普段の彼ならば、殺しを選べなかった程度の低い連中だと鼻で笑っていたに違いない。
受けた恩情は仇恨で。その命を奪うことで借りを返す。彼はそれを平気でやれる人間だからだ。


  あ〜あぁ、二人の目的はやっぱり黙っていた方が良かったかなぁ


二人とは、軌道修正の出来る箒星群、空条徐倫と霧雨魔理沙。ディエゴと青娥はこの二人に辛酸を舐めさせられた。
そして魔理沙は、霊夢と承太郎に危害を加えたかどうかを、真っ先に青娥へ問い質して来た。
もう、この時点で彼女ら二人の目的は明白だ。
先の戦いでの言動と名簿を照らし合わせ、徐倫の姓は空条と判明し、もはや決定的だった。
霊夢と承太郎の救出。それが箒星群の目的。それこそが最優先事項。そして、そここそがディエゴが気に食わない。許せない。妬ましく思うのだ。

杜撰を極めたディエゴらへの対処はそれだけ急いでいたことへの裏返し。
彼女らにとってディエゴ達など行きがけの駄賃もいいところだ。
そしてここで問題になるのが、彼女らが霊夢らの救出を優先していなければ、ディエゴらはどうなっていたかということ。


920 : 名無しさん★ :2017/12/11(月) 23:57:40 ???0


  魔女の方は未だに甘さが抜け切れてなかったけど、その相方がジョースターらしいからなぁ、どうなっていたことか


しこたまタコ殴りにされるならまだマシだ。ディエゴはともかく青娥はちょっと見た目派手にボコられても動ける自信がある。
だが二人仲良く気絶するということは、そのまま死に直結する。
生殺与奪の権を奪われてなお、二人が生き残れたのは箒星群にはそれ以上の目的があったからだ。
それが霊夢と承太郎の救出にあたる。もっと言えば、霊夢と承太郎のおかげなのだ。ディエゴの今は霊夢で出来ている。それは彼にとってこれ以上ない皮肉だ。


  命あっての物種だ、そんな風にドライな反応すると思ってたんだけど。男の子も複雑ね。ちょっと聞いてみたいな。


霊夢に対して、ディエゴが特別黒い感情を持っているのは、彼が追撃を提案した時点で嗅ぎ付けてはいた。
それが何に起因するのか、青娥は少し興味を持つ。正直、聡い彼女故に何となく察してはいる。
だからこそ聞いてみたい。彼の口からそれを知りたいと思うのがヒトの性。と言うより、こればかりは興味に従順過ぎる邪仙だけの性だろう。
ちょうど、彼女が殺した弟子の今際の際の言葉のように。
ありふれていても、自分にとって興味深い相手なら、その言葉の聞こえ方はきっと変わって来る。彼がそこに値するのか、未だ値踏みの最中ではあったが。


そこでふと少し長く考えに耽り過ぎていたことに青娥は気付く。
視界に映っていたはずのディエゴはいつの間にかディノニクスへと変貌を遂げていた。

「ちょっとディエゴ君、どこ行くつもり?」
「決まったことだろ」

十中八九、霊夢達の元に行くのだろう。仕事熱心なことだ。青娥は鼻白む。勝手に行動されては彼女にとって不都合極まりない。
今まさにディエゴは駆け出して行こうかする瞬間、青娥はメガホンよろしく口元に両手を添えて、こう発した。


921 : 名無しさん★ :2017/12/11(月) 23:58:18 ???0



「どっかーん!!」



それは随分と間の抜けたオノマトペだった。だが、ディエゴはその声を聞いた途端動きを止め、更には青娥へと近寄って来る。
その様はなんとも奇妙な絵面だったが、効果はテキメンだ。

「禁止エリアとくたばった連中の名前を教えろよ、今すぐだ」
「い・や・で・す・わ♪」

ツンと顔を背ける青娥。
ラフな言葉と裏腹に青娥の内心は溜息が漏れ漏れだ。呆れたのだ。
放送が過ぎたことなど、気絶した時間帯からちょっと考えれば分かりそうなモノだと言うのに。そうでなくとも全員に支給された時計の確認すら怠ったらしい。
第二回放送、青娥はそれを聞き逃すことなくしっかりと押さえている。血中に毒を流されてなお、短時間で回復せしめたところからも、仙人の頑健さが窺える。
そして、その情報はあえて伏せていた。当然だ。この情報は、天才ジョッキーのディエゴさえ握る手綱になる。
青娥とてディエゴを大なり小なり注視している。そう、彼へのイニシアチブを掴むのは骨が折れる、はずだった。
試した、などとは言わない。それぐらい気付いて然るべき事柄を試すなどと、彼女は言わない。
一筋縄ではいかないであろう彼への、青娥なりに相応の対応を取らせてもらっただけだ。
青娥はそこを気付いてほしかった。
ひどく残念だった。


頬を膨らまかしプイっと顔をそむけ、無理のある可愛さを振り撒いていた青娥。しかし、その顔を掠めるように肉食恐竜の爪が突き抜けて行く。


922 : 名無しさん★ :2017/12/11(月) 23:59:16 ???0


「手荒くしてほしいか?」


彼は何をしているのか。脅しているつもりなのか。ならば止めてほしい。これ以上失望させないでほしい。
そこで自然と、全身が自由になった。身体が動く。頭のてっぺんから足のつま先まで、全てが自在だった。


「お手柔らかに、と言いたいですが―――


青娥が顔を背けていた都合、ディエゴは彼女の横顔しか見えない。だが横顔だけなら見ることができた。
だが見えなかった。釘付けにされながらも、彼女がどんな顔をしていたか、見ることは叶わなかった。


―――今の貴方なんて、何も怖くありませんよ。ディエゴ」


視界が急激にブレた。予期せぬ運動が今、自身に起こっている。彼はただそれ一つしか理解できず、次いで背中に衝撃が走った。

「ガぁあッ!?」

投げられたのだ。青娥はディエゴの伸び切ったままの腕をひょいと持ち上げ担いで打ち付けた。負傷済みの右目の死角を狙い、仙人の膂力に任せただけの力技だ。


「頭を冷やしなさい」


凛として、ぴしゃりと言い放たれた。

背中を打たれた衝撃が、身体中の酸素を急速に奪っていく。抑えの効かない怒り共々逃がしていく。
寝転ばされた先は芝生で、損傷した肋骨にも不思議なほど響かない。投げられた痛みなどすぐにでも忘れるだろう。
少し強めの雨も打たれ、無駄なほとぼりを洗い流される。機械的に響く冷めた雨音は、滾った心の底まで滑り落ち、彼を落ち着かせる。


そして、それと同じくして滑るように、あの甘ったるい声が降りて来た。呼吸を整えようとする彼の口から入り込む様で、それだけはとても不愉快だった。


923 : 名無しさん★ :2017/12/12(火) 00:00:01 ???0

「ディエゴ君。貴方を霊夢達の元へ向かわせるワケにはいきません。まず、単純に勝ち目が薄い」

勝ちの目が出ない。青娥は辛辣にも言葉でディエゴを一閃した。激昂か反駁か、間もなくするであろう彼に、もう一つ言葉を投げる。頭を使わせるよう誘導する言葉を。

「あのガラクタの置き土産がここに来て響いて来た、ということです。責任の一端は、まぁ私になりますけど」


そう口にしながら、捻っていた腕から手へと、その綺麗な手をするする滑らせて青娥はディエゴの手を握り締める。


ガラクタ、置き土産、青娥のミス。遠回しな言葉ばかりだったが、クリアになってきたディエゴの頭脳が答えを出すのに、そう時間はかからなかった。

「『キャッチ・ザ・レインボー』か…」

スタンドDISC『キャッチ・ザ・レインボー』。雨粒を凝固させる程度の能力。ディエゴが無駄にしてやったガラクタが持っていたスタンドDISC。
そしてあのガラクタは、会場の一部に雨を降らせた。それが置き土産。そして青娥は支給品を箒星群に盗まれてしまった。

「そう。アレを喰らえば、一方的なワンサイドゲームをされておしまいです」

スタンドDISC『オアシス』の能力を有している青娥なら、雨粒の牢獄を抜けられる、ディエゴは一瞬そう思った。



その時突然、青娥に掴まれていたディエゴの手が放された。腕がびしゃりと情けない音を立てて横たわる。


924 : 名無しさん★ :2017/12/12(火) 00:00:54 ???0
計ったかのような厭らしいタイミングが、貴方に協力するつもりはありません、と言外に言われた気がしてならなかった。
ディエゴは己に怒り己を恥じた。

「加えて霊夢と承太郎は放送で呼ばれていません。そしてもう既に魔理沙と徐倫と合流を果たしていたら、一体何人と闘うことになるでしょうね?」

フー・ファイターズもまた放送で呼ばれることはなく、殺害できたのはガラクタと称され続ける、一名のみ。
霧雨魔理沙、空条徐倫、洩矢諏訪子、八雲紫、ジョルノ・ジョバァーナ、トリッシュ・ウナ、リサリサ、フー・ファイターズ。
博麗霊夢と空条承太郎が動けないことを前提に考えても、最悪のケースだと相当数の障碍を超えねばならない。

そんなにも、そんなにもあの女が大事だって言うのか…!気取り屋どもが!!雁首揃えて俺を阻もうってクチか!!

不可能。その文字がディエゴの脳裏を過るには十分な頭数だった。
実際は違う。ここまでの人数は待ち受けてはいない。そしてそれは青娥もおぼろげながら掴んでいる。
トリッシュ・ウナが放送で呼ばれていた。霊夢らを護送する際に、何かしらのアクシデントが発生したのは想像に難くない。
だが、そのことを今のディエゴに話す必要もない。少なくとも青娥にとっては。
それに、そのアクシデントの全貌が見えない状況で、その不確定要素に頼り切るほどの余裕がないのも事実だった。今しくじれば次はない。


洩矢諏訪子が放送で呼ばれなかったのも、また懸念材料の一つだった。
今や『スケアリーモンスターズ』も『オアシス』のスタンド能力から解放されたのだが、彼女は右腕、右脚を欠損させていた。
能力の庇護から解き放たれれば、出血多量で3分どころか1分生きることすら怪しい。
徐倫が使っていた『ストーンフリー』の糸の縫合も可能性の一つとして考えはしたが、とりあえず無理だろうと踏んだ。
完全に切断してかつ、保存状態も良好とは言えない腕と脚を癒着など出来はしないと結論付けた。精々が短時間の延命処置が関の山だろう。それも今回の放送に間に合うまでの。
箒星群が何かしらの回復手段を持っていると見て、ほぼ間違いない。
それが有限の手段であれば良い。そうでないと今後が厳しくなる、青娥はそこまで考えて話題を変えた。

「さて、ディエゴ君。私たちが今どこにいるか分かりますか?」
「………紅魔館」
「その通りでございますわ」

二人は今、ポーチと呼ばれる玄関の外側、その庇を借りていた。

「口惜しいですが、私は一旦DIO様に報告を上げる為に戻ります。そして貴方も付いて来た方が良い。私に好き勝手報告されたくなければ、ね」

不要な追撃に執着した件を口走っても構わないのか、青娥は暗にディエゴへとそう伝えた。
青娥はそのまま踵を返し、いよいよ玄関の扉を前にするが、彼が来る気配がなかった。
振り向くとディエゴは起き上がってはいたが、未だ雨に打たれている。

「ディエゴ君。貴方のスタンド能力、特に情報収集に関しては、一級品です。私たちにとって生命線と言っても過言ではない」

打って変わって、青娥はディエゴを褒めた。これは紛れもない事実で、青娥もその点を強く買っている。
余りにもローリスクに情報戦の勝利者になれる。それは夜を除いて自由に動けないDIOにとってはこれ以上ない能力なのは間違いない。
だが、このタイミングでは露骨過ぎる。
明らかな飴と鞭だ。

「今回の失敗でDIO様が貴方を切り捨てるなんてことはない、私はそう思うのです」

いや違う。ディエゴは他人から何かをしてもらうことを嫌う。もっと言えば、手を差し伸べてもらうことを嫌っているのだ。それが善意でも、むしろ善意なればこそ。

「微力ながら私からも口添えさせてもらいますので、もう戻りましょう。さあ」

それを分かっている。分かって口にしている。差し伸べた手を受け取るにせよ、手を払うにせよ、ディエゴにさっさと来てほしいと青娥は思っている。
素直に付いて来るなら手間が要らない。逆上するならまた身の程を教えればいい。
どの道連れて行く。
簡単だ。
ただ、心の隅で一つだけ思うことはあった。


それは、彼がどちらを選んでも、今よりもっと幻滅してしまうんだろうな、ということ。


「ああ、そうだな。青娥。俺もお前の言う通りにしようと思っていたところだ」


ディエゴは今や濡れネズミの敗北者だ。だがしかし、さも水も滴る良い男然として朗々と返した。
しかし青娥はもうディエゴを見ていない。誰かにつこうとした嘆息を自分の中に押し込めてノブを回した。


925 : 名無しさん★ :2017/12/12(火) 00:03:43 ???0

「だが、俺はどうにも恥ずかしくてたまらないよ」

『俺にはとてもできないよ。とても、できないなぁ』


雨に打たれ空を仰ぎ、自らの両腕を緩やかに広げる。酷く気取った様も元々の美丈夫さも助けて、映えて見える姿だった。
問題はそれを見る者が誰一人いなかったのだが。


「だってそうだろ。俺たちの状況、どこをどう見てもマイナスだぜ。こいつは」

『私は無能でした。ごめんなさい。スタンドDISCは愚か、人質まで失いました。そんな事を言いにわざわざ行くのか?』

そしてそんな問題はすぐに解消される。青娥はそこでようやっと振り向いたから。


「霍青娥。お前は一体これから誰に何を報告するつもりなんだ?ん?答えてみろよ」

『青娥娘々は敬愛するDIO様に、そんな無様を晒すつもりなんだな。幻滅しちまったよ』


ディエゴは含みを持たせたのか疑うほど、薄っぺらどころか穴だらけなオブラートに包んだ言葉を青娥へとぶつけた。


「ふぅ……言う事に欠いて、そんな事を口にするなんて」


青娥は苦虫を噛み潰したような顔を、するはずもなかった。この程度の毒で苦みで、彼女は眉一つ動かさない。
その代わりに、うっすらと微笑み流し目で、ディエゴに熱い視線を送る。言葉を待っている。
そもそも、DIOに会いたくないのは青娥に限らずディエゴとて一緒だ。むしろ彼の方が非が大きいのは明らか。

「ディエゴ君、期待してるわよ?」

彼に代案があるのだ。でなければ、青娥が恥を忍んでDIOの元へ行くという提案を無下にできるはずもない。彼女より一歩立場の劣るディエゴが言えるはずもないのだ。
もし、そんなことすら分かってないのなら、考えなしの発言だと言うのなら、と青娥は胸に潜ませる。




殺してしまおうかな、と。


926 : 名無しさん★ :2017/12/12(火) 00:04:30 ???0
「DIOの元には戻らない。博麗霊夢も今だけは目を瞑ってやる」


青娥は僅かに驚き、片眉をちょっぴり持ち上げた。あれほど執心していた霊夢を後回しにすると言ってのけた。
勿論、嘘かもしれない。だが舌先三寸でも、それを口にするとは青娥は思ってなかった。
それほどの怨嗟をディエゴが纏わせていたことを彼女は知っているからだ。


「俺たちが失ったものは、生贄。天国へ行くために必要な材料共だ」


八雲紫、洩矢諏訪子はいずれもDIOの望むであろう『大妖』や『神』に属する高位な魂を有していた。
彼曰く、強大な3つの魂が、タガの外れた極悪人36人の魂の代替になるらしい。
そこでディエゴは不敵に口角を吊り上げた。
社会のクソッカス共の百にも満たない数で、奴らの代えになる。胸がすく。心が晴れやかだ。これで笑わずにいる奴の気がしれない。


「それと釣り合うモノの目星を、貴方は付けていると言って下さるのね?」
「さて、それはどうだろうな。俺は生憎、妖怪や神に詳しくはないんでね」


嘘だ。青娥は即座に看破した。間違いなくディエゴは幻想郷縁起に目を通している。
DIOは初対面で青娥のことを仙人だと言っていた。それどころか、幻想郷縁起を読んでいたことも漏れなく口にしている。
そんな見え透いた嘘を最後にディエゴはそこで黙った。その瞳はどことなく挑戦的に見えた。そしてそれは気のせいではない。

「ディエゴ君。そんな嘘が私に分からないとでも?」
「案外、それが嘘でもない。百聞は一見に如かずと言うだろう、字面だけの情報には限界がある」
「貴方が狙うお相手を教えて頂ければ、贄に値するかどうかなんて教えてあげますわ」

ディエゴは、頭を振って溜息を漏らす。それはまたもひどく仰々しく、そして気取っていた。


927 : 名無しさん★ :2017/12/12(火) 00:05:06 ???0


「贄の価値なんて、そんなモノどうだっていい。俺のつまらない嘘を見抜いて良い気になったか?落胆させるなよ。お前は何も分かっちゃあいない」


ちょっぴりカチンと来た。だが、それを表に出すダメな例は、今目の前にいる。青娥は依然、悠然と言葉を聞くに徹する。


「お前はこれから俺の情報を手に入れる。俺にモノを頼む。それなら掛ける言葉の一つ、撤回しておくことが一つあるんじゃあないか?」


話の続きを聞くのに、対価が必要らしい。青娥は考える。謝罪は、違うだろう。そもそも何に誤ればいいか青娥にはちっとも分からない。
だがここでふとディエゴにしてがした仕打ちを思い出す。


ああ、そういえば。ちょっとだけ意地悪をしたような気がする。だが、これは本当にちょっとだけだ。
だって、さっきまでの彼は本当にテンでダメダメで、充てにされる方が癪だったし。
でもまぁ、今は少しだけマシになった。彼の提案次第だが、いいだろう。これはほんの細やかなご褒美の前倒し。


そう思って青娥はディエゴへと近寄る。意を汲んでか、ディエゴもまた歩み出した。


「協力、ですわね?実のあるお話なら、ちゃあんと乗りますわ。実のある話ならば、ね」


その距離を互いの手と手が交わされる―――握手できる位置まで、臆することなく近づいた。


スタンド能力『スケアリーモンスターズ』も『オアシス』も触れたら、最後だ。
傷を付けるだけで恐竜と化し支配されてしまう前者も、接触するだけで溶解し体表など容易くグズグズにさせる後者も、共に危険極まりない。
互いがその気になれば、一手けしかけられる。そして二人に漂う空気は僅かに怪しくもあった。


そして、両者その手を開いて差し出す。ほんの僅かに早かった青娥が腕を伸ばし切り、ディエゴの掌が納まるのを待った。
彼は躊躇しない。
ディエゴは、青娥の掌を―――協力と言う名の人妖のアーチを、一瞬にして崩れ去らせた。


928 : 名無しさん★ :2017/12/12(火) 00:05:51 ???0

























ぺちん。



「これで手打ちだ」



ディエゴは青娥の手を、ぺっ、と叩いた。
青娥も分かったであろうに、その手を叩かれるに任せた。
だが、青娥だって、全てを予見出来ていたワケじゃない。ディエゴの腕と手の動きに悪意が無いのかを注視していたから。
だから掌同士をぶつけられた瞬間、ほんの一瞬だけ、呆気にとられた。
つまらなくも可愛げのあるあてつけ、意趣返しなのだと気付くのに、若干の時間を要したようだ。


「あらあら、これでお互いおあいこになりましたわねぇ」


青娥は何故か随分と楽しそうに笑っている。


だが違う。
ディエゴにとって、今のは意趣返しのつもりではない。
そんなモノ決して求めはしない。偶然だ。自らの行為があてつけになっていたのを青娥が口にして始めて気が付いたくらいだ。
彼だって、警戒していたが故にその手を叩くだけに留めただけだった。
彼にとって今のは青娥が口約束をするだけで良かった。青娥がそれを口にしただけで十分だったのだ。
協力するから話を聞かせろ、そのニュアンスならば、ディエゴは気兼ねなく話していた。
裏切るつもりの口約束だろうと一切構わない。
重要なのは、その事実を相手の口から発してもらうこと一点に尽きる。そういった事実の積み重ねが、そのまま相手より高い位置に押し上げるのだと彼は考えているから。
図らずとも、彼もまた邪仙と同じく、その口から割らせたい主義だったらしい。
彼は常に支配する側に立たなければならない。相手より上に立たなければならない。
頭に鬱血を起こした失態を、地を這い蹲った失態を、すぐにでも取り戻さなければならない。
それがどれほど他人からすれば浅ましく見えても、余裕がないように見えても、相手より自分が上だと訴え続けなければならない。
だと言うのに、この女は勝手にワケの分からないことをし出したかと思ったら、勝手に納得して楽しんでいる。
ディエゴはただ煙たくてしょうがなかった。


「さて、ディエゴ君。仲違いも解けたところで、そろそろ本題の程、宜しくお願い致しますわ♪」


まだ話してもいないのに、異様な疲れを感じながらもディエゴは切り替えた。前置きもなく単刀直入に話を再開させる。


929 : 名無しさん★ :2017/12/12(火) 00:06:40 ???0


「DIOの言う『大妖』や『神』は、本当に今すぐ必要だと思うか?」
「それ以上に優先する何かがあると?」


贄の価値に興味がない、そうディエゴが言っていたことを青娥はふと思い出した。

「お高く止まった連中なんざ、まだまだ潰しが効く存在じゃないかと俺は思っている。そこんところはどうなんだ青娥」
「そうですねぇ。何だかんだ飛び級の化け物はまだ生き残っている。替えが効くという意味なら、貴方の言う通りでしょう」

その半数が妖怪と神で犇めいている事実は、参加者が減った今も変わらない。より精強なモノが生き残るだろうが生贄としてはそっちの方が良いだろう。

「やはりな。だが、DIOの語る天国計画には、一人潰しの効かない人材がいる。誰だか分かるか?」
「私ですわ♪」

即答されたが、ディエゴは正直下らない茶々に一々言葉を返す気になれない。どこからそんな自信が湧くか不思議でならない。
だが、彼女と関係を拗らせる面倒さを身を以て知った彼は、それを保つ意味合いも込めて、無駄な労力を渋々割いた。


「確かにお前なら、たった一人で36人分のクソ共の魂に匹敵するだろうな、なんならDIOの為の生贄になるか?ああ似合いだろうぜ」
「そうね、私とその方がいれば、もはや天国の切符は掴んだも当然。その方―――魂の摘出者がいれば」


邪仙の鋭さにも彼は一々舌を巻かない。それだけの労力は先ほど割いたばかりだ。
結果的に察しの良い彼女の遊びに付き合った方が近道になる、その事実に彼は顔をしかめるしかない。


「そういうことだ。俺たちはエンリコ・プッチの元へ向かう。奴が死んだら全てがお釈迦になりかねない」


エンリコ・プッチの保護。
ディエゴの代案はそれだった。天国に渡るのに必要とされる『大妖』『神』の魂をDISCという形で彼は摘出できる逸材。
それを確保し手元に置いておくことは決して無駄ではない。むしろ必須にさえ思えた。ましてこのようなバトルロワイヤルなら当然だ。
DIOは自らの手で天国を渡ることもまた意味があると言っていた。
つまり、プッチが不在でも何がしかの当て、魂を取り出す手段か何かがあると考えるのが自然だ。
だが、そんなDIOもまたプッチの存在を前提にした上で、天国を渡る方法を語っていたのだから分からない。
恐らく絶対の信頼を寄せているのだろう。プッチに対して彼を親友とDIOは呼んでいた。だから、放っておいても何も恐れることはないのだ。
だが、ディエゴにしてみればそんなモノ知ったことではない。
そんな信頼など不確実なモノを彼が信頼するはずもない。


930 : 名無しさん★ :2017/12/12(火) 00:11:11 ???0

「もちろん、居場所は掴んでらっしゃる?」
「当たり前だ。プッチは天国計画に必須らしいからな。その動向を押さえないほど俺は抜けてない。10時あたりの話だが、奴らの進路は『果樹園の小屋』だ」

ディエゴは最終的にはDIOさえも出し抜きたい。己のみが天国へとのし上がろうとさえ考えている。
それ故にあわよくばプッチという人材も抱え込みたいとも思っていた。
尤も彼はDIOの親友であるというのなら、それは不可能を極める。ましてDIOの死後に彼の意志を継いで事を起こすほどの狂奔者らしく、正直諦めてはいたが。

「一番新しい情報だとプッチ神父はどうなってたのかしら?」
「随分と居心地悪そうに二人の妖怪と連れていたぜ。そこに4人乱入してきた。そしてまたどういうワケか呉越同舟してやがる」

せめてDIOと会うまでに『傷』を入れさえできれば、主導権を握れる。行動の選択肢が増える。そこまでできれば万々歳だ。
だが状況は切迫している。天国のより詳細な情報を彼から聞き出すのが、関の山だろうか。

「んー?ちょっと多いですわねぇ。万全ならワケありませんが、ディエゴ君だって本調子じゃないですし」
「ただの烏合の衆だ。信じられるか?乱入してきた4人ってのはな、片や命を狙い、片や狙われた連中だとよ。それが揃いも揃って食事会を開く。ゲロっちまいそうだぜ」

ディエゴは顔を歪める。その事情の隅々までは知らないが偽善極まりない振る舞いに彼が快くするワケがなかった。

「もしかして、その中に聖白蓮が混じってますね?」
「ふん、随分と詳しいじゃあないか。聖白蓮、寅丸星、古明地さとり、秦こころ、秋静葉、神に妖怪は5人。そしてジョナサン・ジョースターがそこにいる」
「あらあら、盛り沢山なことで。でもちょっと巡り合わせを感じますわ〜」

青娥は対照的に顔を綻ばせる。何があったのか尋ねて下さい、そう誘うように笑っていた。ディエゴは仕方がなしに尋ねてやる。

「どういった仲なんだ?」
「内二人が、私がここで殺した弟子の知り合いなんですよ。うふふ。」
「はぁ、邪仙[ユアンシェン]め…」
「そう。魔女ではなくて私は邪仙。覚えて頂けて光栄ですわ」

本当に嬉しそうにする青娥だったが、ディエゴは無駄な記憶に容量を割いていた自分に嫌気がした。

「しかしまぁ、なるほど。放っといても勝手に自滅しますわね。これ」
「そういうことだ、そして俺たちはその自滅からプッチを救い上げるのが仕事か、あるいは事を起こすきっかけでも作ってやればいい」

プッチもまた何がしか画策していると考えるのが妥当だ。少なくともあんな連中につるむ理由などない。彼の本性を晒してなどいないだろう。

「OKですわ。事を掻き回すのは邪仙の嗜み。お任せあれ♪」
「目的はあくまでプッチの保護だがな。可能なら帳尻を合わせる為にも生贄になり得そうな連中を拉致する」

ディエゴの『スケアリーモンスターズ』も青娥の『オアシス』も白兵戦ならば十全どころか十二全の力を誇るスタンドだ。
だが、裏で暗躍するにしても十二全とは言わないが十全の力は発揮できる。
尤も恐竜の傷を介した恐竜化が封じられたディエゴは幾分か劣るが、そこは青娥が勝手に暴れてくれるだろう。


931 : 名無しさん★ :2017/12/12(火) 00:14:03 ???0

「それじゃ、ちゃっちゃと行きましょうか。時間は限られています」


青娥の行動は早い。いつの間にかその身形にオアシスを纏わせ、どこから取り出したのか分からないエニグマからはオートバイをさっさと取り出し跨っていた。
ディエゴも自らをディノニクスへと姿を変えた、とその時。


「ディエゴ君、後ろに乗りなさい。こっちの方が早いわ」


ディエゴの方を見向き、後部座席をピシっと指差す青娥の姿があった。


「断る。ふざけているのなら後にしろ。後で好きなだけ構ってやる」
「ふざけているのは貴方の方よ。この雨の中、これ以上無茶な運動して戦えるつもりでいるのかしら?」


舌を打った。ディエゴは図星なのだ。連戦したツケがいつ戻って来るかも分からない。身体の負担を僅かでも軽くするのは当然の判断だ。

「それに何より、帰りはプッチ神父に乗ってもらうことになるでしょう?休めるのは今を置いて他にありませんわ」
「どうやって、俺たち二人がそれに乗るつもりなんだ?少しは考えろ」
「何って?運転は私がしますから、貴方は後ろに乗るだけで構いません。結構揺れますから、私の胴に手を回しておけば安全です。あっ、もちろん!オイタはダメですよ♪」

ディエゴは頭を抱えそうになる。そんなこと彼は毛筋一本分も望んでいない。

「そうじゃあない。互いのスタンドを喉元まで突き付け合った状態で俺に乗れと、お前は言ってるのか?」
「そうとしか言ってません。お互いさっきそれをしたばかりじゃありませんか。さあ早く」

そう、これは先の意趣返しの延長に過ぎない。
彼の名誉のために言えば、今更それに臆したかワケでは決してなかった。
だが彼は僅かだけ、そうと割り切れない気持ちが胸にあったのは否めなかった。
それは決して純情などではなく、しかし、彼に残った何かが、踏み入るのを拒んだ。
だがこれ以上、それをよりによってこの女に露呈するのはそれこそ癪でしかない。最悪である。

「それと、合羽代わりにコレも貸しておきますから羽織っといてください」

河童の光学迷彩スーツもズイと投げ出され、ポーチの床に転がる。
奇しくも、合羽としての役割を果たされそうになる河童スーツに憐れみを持つより、ディエゴは自分の現状を憐れんだ。
光学スーツを渋々と羽織ると、青娥の言われるがまま、彼女の胴へ遠慮気味に手を回す。


「森の中を無理やり突っ切りますから、しっかり捕まってて下さいねぇ!」


本来、オートバイで森林を突っ切るなど、無謀にも程がある。
まして青娥は、当然のごとく無免許運転。木の幹は元より木の根に阻まれ、横転するのが関の山だ。
だが迂回する時間などない。最短距離で向かわねばプッチを保護するチャンスを逃してしまい兼ねない。
だから問答無用なのだ。
例え火の中、水の中、森の中。
青娥は自身にある騎乗への早熟の才があることを無条件無根拠に信じ、ただエンジンをかけるだけ。
けたたましい音で嘶き、オートバイが唸りを上げる。
エンジンが駆動する。思いの外揺れを感じたディエゴは青娥の言葉通り、今度こそしっかりとその胴に腕を回した。
その感触をしっかりと肌で感じた青娥は、ほんの少しだけ気を良くして、オートバイを発進させる。
ディエゴも最初こそ青娥のスタンドに警戒はしていたものの、ここで仕掛けるメリットの無さを考えれば備える方が頭が悪い。
その内バカらしくなり、青娥の背に身を預け、少しでも身体を休ませることに専念した。

「上手く立ち直れましたね」
「何がだ」
「正直、私貴方に落胆してましたから。少し安心しましたの」
「そうか」

彼は生返事しかしていない。
そもそも猛スピードで風を切るバイクの上にいるのだ。それなのに青娥と言えば、普段の煩い声を使わず何気なく声を掛けてきた。
そんな声量でまともに聞き取れやしない。あるいは、今、彼に聞こえた言葉は幻聴だったのではないかとさえ思っている。
青娥は、上手く立ち直れた、と言った。
ディエゴは下らないと思う。それは彼にとって永遠に纏わり付くもので、立った座ったなどの問題ではない。
彼は彼以外の全ての誇りを八つ裂きにしたいだけ。その為に、全てのヒトの上に立つ。頂点に上り詰め徹底的に支配する。
それなのに、たった一人の少女に、どういうワケか気取られた。
屈辱だった。
自らの失態にも、幻想郷そのものも、怒りしかない。
だが、同時に彼は賢く生きることができた。そうして生きるしかなかったから。
そうして何とか切り替えるに至る。天国への到達と幻想少女の蹂躙、その二つを最優先事項に押し込めることで、あの少女は一端忘れることができた。ただ、それだけのことだった。


932 : 名無しさん★ :2017/12/12(火) 00:14:52 ???0


―――だが、彼は幻想郷を忘れない。許さない。その全てを否定して、必ずのし上がる。あの少女はその代表、幻想郷の象徴なのだ。
神が妖怪、幻想郷に住まう者共に限らず、只の人間にスタンド使いまでも、彼女を護るべく馳せ参じ、彼の道を阻んだ。
『祝福』されているのだ。どうしようもなく。
彼と違って。
濁流に呑まれ救われる、ただそれだけしか神サマは微笑まなかった。しかも救ったのは母ただ一人、そんな彼と違って。
そして守れなかった。母親のことではない。祝福のない彼が幼くして、母親は失うのはもはや当然としか言えないことだから。
彼が守れなかったのは、彼が強くなろうと心から誓うきっかけ。母親より賜った『どんなに貧しくても気高さだけは忘れてはならない』という言葉を、彼は守れなかった。
『気高く』生きるには余りにも彼は幼く、なのに環境だけは一際厳しく。
たった6歳の男児が気高く生きるには、せめて見返りのない親の愛が必要だった。まして彼は農奴の雑用として働く、畜生と肩を並べる地位。心は荒むばかり。
だが、彼はきっと気高く生きようとしただろう。それまで受けた親の愛は、どうしようもなく本物だったから。
しかし、1年は持っただろうか、いや半年も持たなかったかもしれない。次第に摩耗する心を癒す誰かなどいるはずもない。
いつからか暗がりの差した心は幾らでも悪に染まるのを良しとしていた。気高さはもう、そこにはなかった。それを埋めるように彼は強さと地位を求めるようになる。
偶然にも彼は母親の言いつけを守っていた。母は望んでいた。『気高さ』と『強さ』の二つをディエゴに望んでいた。
たった一つだけれど、彼はしっかりと守っていた。
そして『強さ』だけを求め出した途端、彼はどうしようもないほど明瞭な道筋が一つだけ見えるようになった。その道をなぞるためには何だってした。何だってできた。何もかも。
馬術も、地位も、食い物さえ奪い尽くして、彼は今まで生きて、そしてここにいる。
彼は悪を成す『祝福』を受けていたのかもしれない。今、彼と隣り合っている者もそんな巡り合わせの中にいるからなのかもしれない。


そんな彼が今一度、決定的な敗北と気の迷いを経て願うのはやはり一つしかない。
奪う、ということ。その幸せを侵し、その未来を略奪すること。それしかない。
『強さ』しか持つことの出来なかったディエゴでは決して持ち得ない『気高さ』と『強さ』の象徴を奪いたくてしょうがない。幻想郷[ゲンソウキョウ]の少女を無駄にしたくてしょうがない。
賢しらに言葉を並べ嘯き嗤う気取り屋共、命も奪わずして遊びに呆ける強さを騙る気取り屋共、全てが全て有罪だ。
博麗霊夢はもちろんそこに住まう罪人どもの誇りを辱め、尊厳を蹂躙し、殺害する。


是は、己が欲望だ。是は、己が心を雪ぐ戦いなのだ。
断じて。これは断じて今は亡き母親に弔うモノではないのだ。
親と子の持つ因縁の根深さを、親とその子に流れる血の色を、その深さを見たことがあるのなら分かるはずだ。
それは一生付いて回る。親か子か、どちらが死んでも、因縁は死なない。むしろより強固に親も子も縛り上げる。
だがら、ディエゴも一緒だ。そう見せてしまうだけで、彼に母を尊ぶ思いなど、もう持てはしない。だって彼は『気高さ』を捨てるしかなかったから。気高さなくして尊べなどしない。


だが、それでも幻想少女と相対するたびに思い出すのだろう。ちょうど神サマ―――洩矢諏訪子と戦ったときのように。
母と自分を救わなかった連中だと。たった一つしか築き上げられなかったモノすら奪う略奪者だと。
だからこそ因縁だ。
どこを皮切りにしても、彼という存在に根差しているのは紛れもなく母なる大地なのだから。


「ねえディエゴくん」
「何だ」
「私たちに土を付けた二人にはオトシマエを。しっかり取ってもらいましょうね」
「意外だな。お前は誰かに仕えてさえいれば何だって構わないと思っていたが」
「いいえ、私これでとっても自分のことが大好きなので。自尊心は常に高く『気高く』なくてはね」
「……………」
「何より私の高い自尊心。それを容易く超えてしまうモノをお持ちの方にこそ、仕えたいと思うのです。だから汚名は必ず雪ぎます」
「…………………」


そして、それは前にいる邪仙も同じことだそうだ。
それは幻想少女としてか、もう一つの方か、あるいはその両方、彼を苛まし続ける因縁の塊。それがディエゴにとっての邪仙[ユアンシェン]霍青娥。


933 : 名無しさん★ :2017/12/12(火) 00:19:40 ???0


【真昼】C-4 北西端

【ディエゴ・ブランドー@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:タンデム、体力消費(大)、右目に切り傷、霊撃による外傷、
    全身に打撲、左上腕骨・肋骨・仙骨を骨折、首筋に裂傷(微小)、右肩に銃創、
    全身の正面に小さな刺し傷(外傷は『オアシス』の能力で止血済み)
[装備]:河童の光学迷彩スーツ(バッテリー100%)@東方風神録
[道具]:幻想郷縁起@東方求聞史紀、通信機能付き陰陽玉@東方地霊殿、ミツバチの巣箱@現実(ミツバチ残り40%)、
    基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:生き残る。過程や方法などどうでもいい。
1:プッチの保護へ果樹園の小屋へと向かう
2:幻想郷の連中は徹底してその存在を否定する
3:ディオ・ブランドー及びその一派を利用。手を組み、最終的に天国への力を奪いたい。
4:同盟者である大統領を利用する。利用価値が無くなれば隙を突いて殺害。
5:主催者達の価値を見定める。場合によっては大統領を出し抜いて優勝するのもアリかもしれない。
6:紅魔館で篭城しながら恐竜を使い、会場中の情報を入手する。大統領にも随時伝えていく。
7:レミリア・スカーレットは警戒。
8:ジャイロ・ツェペリは始末する。
[備考]
※参戦時期はヴァレンタインと共に車両から落下し、線路と車輪の間に挟まれた瞬間です。
※気絶中です。いつ頃起きるかは後の書き手さんにお任せします。
※主催者は幻想郷と何らかの関わりがあるのではないかと推測しています。
※幻想郷縁起を読み、幻想郷及び妖怪の情報を知りました。参加者であろう妖怪らについてどこまで詳細に認識しているかは未定です。
※恐竜の情報網により、参加者の『8時まで』の行動をおおよそ把握しました。
※首長竜・プレシオサウルスへの変身能力を得ました。
※光学迷彩スーツのバッテリーは30分前後で切れてしまいます。充電切れになった際は1時間後に再び使用可能になるようです。



【霍青娥@東方神霊廟】
[状態]:タンデム、疲労(大)、霊力消費(小)、全身に唾液での溶解痕あり(傷は深くは無い)、衣装ボロボロ、
    右太腿に小さい刺し傷、両掌に切り傷(外傷は『オアシス』の能力で止血済み)、
    胴体に打撲、右腕を宮古芳香のものに交換
[装備]:スタンドDISC『オアシス』@ジョジョ第5部
[道具]:オートバイ
[思考・状況]
基本行動方針:気の赴くままに行動する。
1:プッチの保護へ果樹園の小屋へと向かう
2:DIOの王者の風格に魅了。彼の計画を手伝う。
3:会場内のスタンドDISCの収集。ある程度集まったらDIO様にプレゼント♪
4:八雲紫とメリーの関係に興味。
5:あの『相手を本にするスタンド使い』に会うのはもうコリゴリだわ。
6:芳香殺した奴はブッ殺してさしあげます。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※制限の度合いは後の書き手さんにお任せします。
※DIOに魅入ってしまいましたが、ジョルノのことは(一応)興味を持っています。


934 : 名無しさん★ :2017/12/12(火) 00:33:07 ???0























それから少しの時間を経て、霍青娥は慣れない悪路を気力と根性で無理やり乗りこなしていた。
スピードを殺しつつも乗り慣れて若干の余裕が生まれてきたようだ。
だから彼女は顔を上げて、木々の切れ目よりそれを見た。



結果から言うと、この偶然のお蔭で間一髪を逃れた。


流星が空で瞬いたかと思うと、石とは言えないサイズの岩がこちら目掛け飛来して来たのだから。
今回の要石は、さながら強大な『引力』に引き摺られるようにしたせいか、そこには大き目なクレーターをその地へと刻み付けることになる。


そう、出会いとは引力、だった。


935 : ◆at2S1Rtf4A :2017/12/12(火) 00:34:58 t0agpqOE0
投下終了です


936 : 名無しさん★ :2017/12/12(火) 00:38:29 ???0
あ、タイトルは『mother complex』でお願いします


937 : 名無しさん :2017/12/12(火) 11:29:04 d2kZK2IY0
投下乙です
なんだかディエゴが反抗期の子供に見えてきた…


938 : 名無しさん :2017/12/12(火) 17:47:01 gWZTVg2g0
投下乙です。
ゲスいコンビがまたゲスい企みを……。ディエゴよりも一弾余裕に構えられる青娥が、話の上手い舵取りとスパイスになりますね。
ディエゴの出身にも纏わる深い業と執念がこのロワではよく掘り下げられていて、一筋縄では行かない敵であると共に非常に魅力的な悪役として描かれてると思います。
最後は……この四人来ちゃったかあ……。どんな会話するんだろと次を楽しみに待ちたくなるような、いい引きに終わったと思います。


939 : 名無しさん :2017/12/14(木) 17:37:59 0cG9Iz..0
投下乙です

人間ディエゴは神様に反抗期
神様コンプレックス
略して神コン


940 : 名無しさん :2017/12/14(木) 20:07:30 2vdQimNQ0
>>939
つまんないし、くっだらねえ


941 : ◆e9TEVgec3U :2017/12/16(土) 21:20:22 NhiUmix20
すいません、予約を延長させて戴きます……


942 : ◆qSXL3X4ics :2017/12/17(日) 18:35:02 cIiorgJo0
ゲリラ投下します


943 : :2017/12/17(日) 18:36:29 cIiorgJo0
『DIO』
【真昼】C-3 紅魔館 レミリア・スカーレットの寝室


「ぬぅ……ッ!? ガ……ハァ……! ハァ……!」


 薄暗い寝室の壁に、西洋ランプに照らされた大きなシルエットが映される。
 影絵は大きく揺らめき、歪に形容された口角から覗く牙と思わしき先端からは幾粒もの雫が滴っている。男の血であった。

「ク…………フゥー……! …………クク」

 影の持ち主は自分の顔面、その左半面を憎々しげに掴み、男性にしてはいやに美しい爪をこれでもかと食い込ませている。その長い指の隙間それぞれから血流がジワジワ枝分かれしながら生み出され、唇や顎を伝ってベッドシーツを赤黒く染めているのだ。
 ひとしきり苦しんだだろうか。半分まで覆われた視界のまま、男は気でも違ったかのように笑みを零し始めた。

「ククク……! クハハハ……ッ! フッフッフ……!」

 やがて男は自らに食い込ませていた爪を外し、狂笑と共にその全容を明らかにする。
 妖艶とも評された彼の顔立ちは、今やその半分がドス黒い血に塗れていた。左瞼の上から、まるで恐竜の爪か何かに引っ掻かれたかのような切り傷が、縦一文字に大きく線引かれている。
 潰されているのだ。その男───DIOの左眼球は、突然に切り開かれた裂傷によって使い物にならなくなっていた。
 どう見ても大事だという容態とは裏腹に、男は視界の半分を血塗れとしながら、どうしようもない嬉々を隠すことなく振り撒いていた。


「今……『空条承太郎』が死んだ。この左目、そして首のアザによる疼きで理解(わか)る……!」


 DIOはたちまちにベッドから飛び降り、誰とも見ていない寝室の中、観客すら居ないたった一人のステージ上で空を仰ぎ、両の腕を広げ上げた。
 スポットライトを浴びた孤独な演者が眉を開く。眼中に受けた代償など眼中にも無いとでも言わんばかりに、狂喜に満ちる。

 人を辞めた吸血鬼DIOにとって、ジョースターの名が持つ意味は深く重い。始まりのジョースター、『ジョナサン』から初めて敗北を味わったあの日から、ディオは、DIOは、『運命』に固執し始める事となる。
 克服すべき恐怖。乗り越えるべき宿命。DIOにとってジョースターは、生涯を賭して必ず倒さねばならない敵ッ!

「乗り越えたぞ……! 100年掛かってしまったが……今ッ! オレはジョースターを超えたッ! 堂々と! 正面から! 勝ったッ!!」

 愉悦に浸らないわけがない。
 快哉を叫ばないわけがない。
 諸手を挙げないわけがない。
 宿願なのだ。苦渋を舐めさせられた存在なのだ。ただの一度として勝てなかった一族なのだ。

 その相手に─────

「勝ったッ!」

「運命を克服したぞッ!」

「ジョジョにッ!」

「ジョースターにッ!」

「勝利者はこのオレだッ!」

「乗り越えたのはこのDIOだッ!」

「フーハッハハハハハァァーーーーーーッ!!!」

 静寂を憚らない唯独りの狂笑が、紅魔を支配した。
 歓喜はまるで人間のそれの様に。男は唯々、満悦に浮かれた。そこに悪辣な計謀も、最悪の意志も、差し込まない。
 倒すべき宿敵を、討った。彼にとって、男にとって、拳を握りあげるには充分すぎる戦果が得られたのだから。


944 : :2017/12/17(日) 18:37:57 cIiorgJo0
 先程流された放送にて、承太郎の名は呼ばれていない。ジョニィなる未知のジョースター姓の名はあったが、その事実はディエゴの口から直に伝えられている。
 だが今……なんの前触れなくDIOの左目から突如として血が噴出した。先の戦いで承太郎のスタープラチナから受けた最後っ屁による裂傷だったが、それは巫女の血を吸い完璧に癒やした筈だった。

「クク……なるほど。執念の篭った傷は癒えにくいと耳にしたことはあるが、あながちオカルト話でも無さそうだ」

 生涯分の笑いを吐き出したと言えるほどに笑い尽くしたDIOは、左目をガリガリと掻き毟りながら低めのデスクに腰を落とした。
 流石は承太郎と称えるべきか、ただでは死ななかったらしい。奴はしっかりと置き土産を遺し逝ったのだ。まさに大健闘と言えよう。
 左目がこれでは難儀だ。等価交換とも言える代償だが、果たして一人二人の血を吸った程度でこの傷は塞がってくれるだろうか。
 ……安いものだろう。眼球の一つや二つ、本当に安い出費だ。なんなら手足だって厭わない。

 ───二人目だ。これでジョースター抹殺は、二人目。

「何処の馬の骨かは分からんが、件のジョニィを討ったのはチルノとこいしだったか。そして承太郎はこのオレ自らが。悪くないペースだ」

 取り出した名簿と地図を叩きつけるようにデスクに敷く。自らに流れる血をインクにしてDIOは、名簿の「空条承太郎」の欄に爪先で激しく横引いた。
 今にも軽快な口笛を吹き荒らしでもしそうな顔色で、次にDIOは地図を見やる。大雑把な星痣レーダーによればだが、消滅しかけていたアザの反応はこの紅魔館をグルリと一周し、一度北に向かった後に南下していた。
 そして暫くの時を置き、完全に消滅。同時に開いた左目の傷を考えれば、間違いなく死んだのは承太郎だという確信があった。
 そして収穫はそれだけに終わらない。アザの反応といえば、承太郎の死より前にも一度、数多に散らばっていた反応が一つ、消失していることをDIOは確認している。
 アザの一つにはプッチが混ざっている為、ジョースターの誰かとは限らないが……しかし高確率であの一族のものだろう。放送直後の出来事なのですぐさまの人物確認は難しいが。
 だが、まだ『居る』。ジョースターはこの地に、まだまだ多く居る。5人か6人か……正確な所は未だ掴めないが、これでは真の『勝利』とは言えない。
 ジョルノをジョースターの一人としてカウントするべきかは判断の困る所だが、とにかく目標は『全ジョースターの抹殺』。さっきまでは高らかに大笑いしていたが、こんな所で勝った気になっていてはまた100年前の焼き直しだ。

「……しかし驚いた。まさかあのヴァニラ・アイスがやられるとは」

 今回の放送において最も驚愕した事が、DIOが一番に信頼を置く部下『ヴァニラ・アイス』脱落の報。彼は間違いなくDIOの切り札であり、おいそれと失っていい人材ではない。
 スタンドの凶悪さ然り、ある種異常なまでの忠誠心然り。チルノとこいしを質屋に入れたってヴァニラ程の男は到底買えないだろう。それ程に惜しい部下を易々と手放した。あまりに手痛い打撃だ。
 いったいどこの誰が奴を討てたというのか。カイロの時はポルナレフ・アヴドゥル・イギーらにやられたと聞いたが、この殺し合いにも奴らに匹敵する戦力が居ることは確かだ。

 チルノ。古明地こいし。極めつけにヴァニラ・アイス。
 確定したジョースター二人の脱落に対しこちらの戦力は三人削られたと言えよう。DIO陣営は、頭領を除けば後はプッチ、ディエゴ、青娥の三人。恐竜化させた八雲紫と、アヌビス神でチェーンアップを施した宇佐見蓮子を加えれば五人。不満とまでは言わないが、より万全を期すならもう少し補充を加えたい所だ。
 とはいえ生憎と日中に出歩ける体質ではなく、お眼鏡に叶う人材を見繕う勧誘にも中々精を出せない。こいしを連れてきた時のように、プッチがその役目を担ってくれるのなら幾分は楽なものなのだが。


945 : :2017/12/17(日) 18:38:43 cIiorgJo0

「……となれば、やはりメリーか」

 壁に背を預けながら、DIOは深い思案に沈んでいく。現状、DIOに出来る事で一番実を結べそうなものがメリーを手中に収めることである。
 それは戦力の増強という即物的な目的でなく、ともすればそれ以上の魅力がメリーという少女には内包されている可能性があるからだ。
 『境目を見る能力』……なんとも曖昧で、要領を得ない名称だが、事実DIOはその能力を彼女との最初の対話によって実体験したようなものだ。
 肉の芽の中に侵入し、まるで我が夢の如く意思を顕現させ体験する。本来は絶対に侵入不可である結界を越えて、精神だけを飛ばしてきたというのだ。

 境目を超える。一言に言うが、それは一体どういう事象を起こすのか?
 メリーは、あの目で、あの足で、“何処まで”行けるのか?
 そしてそれは、DIOの目的にどう関与できるか? 果たして利用に足る存在なのか?
 まだ、分からない。分からないからこそ、手に入れる価値は大いにある。
 八雲紫との関係にしたって捨て置けるものでは無い。あの二人を『引力』の様に引き逢わせてみよう。そこから生まれる『何か』は、きっとDIOにとっても意味のあるモノとなるだろう。


「精々、大親友を籠絡しておいてくれよ。───蓮子」


 じっくりと。
 メリーという、まだ見ぬ天下一品の料理を下ごしらえするかのように、焦らずゆっくり味を付けていき───最後に盛り付けてみせよう。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
【真昼】C-3 紅魔館 レミリア・スカーレットの寝室

【DIO(ディオ・ブランドー)@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:左目裂傷、多少ハイ、吸血(紫、霊夢)
[装備]:なし
[道具]:大統領のハンカチ@第7部、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに勝ち残り、頂点に立つ。
1:天国への道を目指す。
2:永きに渡るジョースターとの因縁に決着を付ける。
3:神や大妖の強大な魂を3つ集める。
4:ディエゴたちの帰還を待ち、紫とメリーを邂逅させる。
5:ジョルノとはまたいずれ会うことになるだろう。ブチャラティ(名前は知らない)にも興味。
[備考]
※参戦時期はエジプト・カイロの街中で承太郎と対峙した直後です。
※停止時間は5→8秒前後に成長しました。霊夢の血を吸ったことで更に増えている可能性があります。
※星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※名簿上では「DIO(ディオ・ブランドー)」と表記されています。
※古明地こいし、チルノの経歴及び地霊殿や命蓮寺の住民、幻想郷についてより深く知りました。
 また幻想郷縁起により、多くの幻想郷の住民について知りました。
※自分の未来、プッチの未来について知りました。ジョジョ第6部参加者に関する詳細な情報も知りました。
※主催者が時間や異世界に干渉する能力を持っている可能性があると推測しています。
※恐竜の情報網により、参加者の『6時まで』の行動をおおよそ把握しました。
※八雲紫、博麗霊夢の血を吸ったことによりジョースターの肉体が少しなじみました。他にも身体への影響が出るかもしれません。
※ジョナサンの星のアザの反応消滅を察していますが、誰のものかまでは分かってません。


946 : :2017/12/17(日) 18:40:55 cIiorgJo0
『マエリベリー・ハーン』
【真昼】C-3 紅魔館 吸血鬼フランドール・スカーレットの部屋


 空を旅するのも、遠い地の果ての友と会話するのも、かつては夢想の戯れだった。
 人類は皆、夢を魅続けてきたのだ。そして、翼を生やしたいと願ってきたのだ。
 とうとう彼らの謳う科学は、人々を宇宙へと駆り立てた。子供たちの夢はやがて知識となり、知識の集合体が科学の翼となった。

 我々に必要な物は、『夢』である。
 そして夢へと羽ばたくには、『翼』が必要である。


「ねえメリー? 元気出しなって。私がついてるじゃないの」


 ここは夢なのかな。それとも現かしら。
 今、私は夢の中の胡蝶なのか。それとも胡蝶の見る夢の中のメリーなのか。
 胡蝶の夢。夢と現の『境目』が判然としない事を喩えた故事。


「ねえメリー? 知り合いや友達が死ぬって凄く悲しいことよ。でも仕方ないじゃん。DIO様にとっての邪魔者だったんだからさあ」


 今の私に、境目を見る能力はあってないようなもの。ここが夢なのか現実なのかすら、分かり得ないでいる。
 胡蝶のように、空を翔ぶ羽が欲しい。堕ち続ける親友の手を取って、あの空へと羽ばたけるような羽が……翼が欲しい。


「ねえメリー? 私の話聞いてる? 私はね、メリー。本当に貴方のことを想って言ってるのよ」


 一足先に夢から覚めた我が親友・宇佐見蓮子。
 いまだに夢を捨てきれない私・マエリベリー。

 人間は空を飛ぶ為に、空を翔んだ。今の私があの空を駆けるには、夢が必要なんだ。
 それはきっと、子供のように無邪気な夢。混じり気のない、純粋無垢な夢こそが翼を創る原動力。

 ああ。だとしたら、何ということだろう。
 私にはこの夢を直視する勇気が足りない。ツェペリさんが語ったような勇気が、私には足りないんだ。
 いや、少し違う。この勇気を、私は一体何処に向けて解放すればいいのかが分からない。標が無いんだ。
 勇気を絞って空を翔んだ先が……『悪夢』だとしたら。私は今度こそ、暗黒の空に向かって永遠に堕ちていく。それが何よりも、怖い。

 ───このマエリベリー・ハーンには……『夢』が無い。

 満天の輝きで暗闇を穿つ、何処に立とうとも決して見失わない黄金のような夢が……私には足りていなかった。

 私には…………羽が無い。空に堕ちる蓮子の手を取る為に翔ける、羽が。


「ねーえーメリーー?? いい加減に私と───」

「うるさい。蓮子の声で、私に話し掛けないで」


 拒絶。虫のように絶え間なく鳴き続ける、蓮子にとても良く似た声を私はこれ以上耳に入れたくなかった。私の頭の中は……もう、パンクしそうだ。


947 : :2017/12/17(日) 18:41:40 cIiorgJo0

 ───第二回放送。その死者の読み上げの中に、神子さんの名前があった。


「豊聡耳、さんだっけ? あの邪仙の弟子みたいな人だって聞いたけど」

「……貴方達が、あの人を……殺したの?」

 ひまわり畑で起こった忌まわしき出来事が、頭の中で再生される。神子さんは、ポルナレフさんの肉の芽を消滅させた功労者の一人で、私たちの集団のリーダーみたいな役を担っていた。
 女性なのに気丈で肝が座ってて、だけども奔放でどこか子供っぽいところもあって。人の上に立てるカリスマを備えてる……そんな人だったと思う。
 私なんかより、全然強い女性だった。あのひまわり畑で青娥って人と……蓮子が襲ってきた時だって、率先して皆を守りながら戦っていた。

 あの人が……死んだ?

「本当はね、メリー以外の奴らは全員殺す予定だったんだけどね。ていうか、殺したと思ってたんだけど」

 死んだ。殺された。全員殺そうとしていた、と……蓮子はあっけらかんに喋っている。何事でもないように、大学のカフェで会話するかのように、彼女の表情は日常のそれと大差ない。
 唯一、瞳の中には何も映っていないことを除いては。

「青娥さんの秘中の策でね。てっきりあの場の全員を化け物が喰べちゃったと思ったんだけどなあ。まさか一人も呼ばれないなんて。結局、成果は青娥さんが直接殺した女一人だったわけね」

 阿求も、幽々子さんも、ポルナレフさんも、ジャイロさんも、みんな殺そうとしていた。そう、言っている。

「正直、ビックリしたのはこっちの方よ。一筋縄じゃあいきそうにないわね、アイツら」

 DIOに支配されていることは分かっている。ポルナレフさんの時を考えれば、肉の芽の支配力が尋常でないモノだということは身に染みていた。
 それでも、そんな言葉をよりによって蓮子の声で聞きたくなんてなかった。

「ひょっとしたらメリーを奪い返そうとここまでやって来るかもね。まあDIO様だっていらっしゃるし、もし来たって私がこのアヌビス神で返り討───」

「いい加減にしてよ」

 限界が来ていたのかもしれない。あるいは、最初から私の頭は限界だったのかも。
 気付いたら私は蓮子の前に立っていた。

「どうして……? どうして、そんな酷いことが言えるの?」

「酷い? メリー。酷いっていうのは……」

 怖気もせずに、蓮子は下ろしていた腰を上げ、私と同じ目線まで立ち上がってきた。気持ちの悪い微笑まで携えて、小刻みに震える私の頬に指をそっと当てながら彼女は言い返す。

「貴方の方よ。……酷いじゃないメリー。どうして貴方は私と一緒になってくれないの?」

 感情の不存在(バーチャル)。
 蓮子の意志は、今や現には無い。遠い遠い境目の向こう側に、漂うように堕ち続けている。
 この虚無の瞳の中へ、私は手を伸ばせない。結界の向こうへと翔んでいけない。

「そんなにアイツらが大事? 私よりも?」

「アンタは……蓮子じゃないわ」

「蓮子よ。貴方の大好きな宇佐見蓮子。ほら、よく見てみてよ……」

 蓮子のしなやかな指が、私の頬をツツゥと伝い唇へと触れてくる。私の指が(自分で言うのも何だけど以前に蓮子から言われた)ピアニストのように綺麗で繊細な指だとしたら、彼女はバイオリニストのように細長く、ちょっぴり力強い指をしている。
 それが今、私の唇を柔らかく押し付ける様になぞっていく。傍から見れば、私たち二人はとても蠱惑的に映るんでしょうね。


948 : :2017/12/17(日) 18:42:19 cIiorgJo0

「ねえ……見てよメリー。私を、見て……」

 反対側の手で、蓮子は私の肩をグイと掴む。そして、そっと……少しずつ……蓮子は私の身体を自分の方へと寄せてきた。
 まるで舞台で見たロミオとジュリエットだ。この場合ロミオは蓮子で、ジュリエットは私になるのだろう。次第に私と蓮子は抱き合わせる様な形を取っていた。どうしてだか、腕に力が入らない。これ以上、蓮子を拒絶できない。
 彼女の左腕が、私の肩から背へと絡ませながら降りていく。優しげでありながらも、強く……強く撫ぜられる。

「ねえ……来てよメリー。私の中に、来て……」

 近い。蓮子の顔が、とても近い。鼻と鼻がくっ付きそうなくらい。
 官能的だった。未だかつて見たことのない親友の妖艶な姿が、私の瞳を釘付けにした。女同士であることも忘れ、私の内の情欲が蓮子を求め始めていた。

「一つになろう。……メリー」

 突き放さなければならない。これは仮初の姿だ。私の弱みに付け込んだ、甘い蜜を垂らした毒々しい花弁なのだ。
 心では分かっているのに……身体は、肉体は、蓮子を受け入れる姿勢から離れようとしない。彼女の何処までも底深い瞳の色に、私は惹かれ始めている。

「あ……っ れん、っ、こ……やめ……!」

「やめない……ほら」

 視界がぼやけ始めた。今にも口付けを交わせる距離で、私の理性と全身が蕩け始める。柔らかな繭の中にでも包まれたような、初めての極楽が全身を覆う。
 まず嗅覚。目の前の蓮子の匂いが鼻腔を刺激し、小さな声が漏れた。甘美な果実を絞り出したようなフェロモンが私をすぐにも虜にさせる。……蓮子って、こんな匂いするんだ。
 次に触覚。蓮子の右手が、私の首に添えられる。いつの間にか私の両腕は自然と彼女のシャツの下をまさぐり、腰まで回っていた。いつまでも触れていたくなる温かな餅肌が、益々私の情欲を刺激する。……離したくない。
 更に視覚。今の蓮子は女の私にすらも余りに魅力的に映った。こんなにも綺麗な瞳を、私自身の色に染め上げたいという独占欲まで湧いてくる。……本当、素敵よ蓮子。
 そして聴覚。蓮子の心臓の音が、私の鼓動と重なる。吐息の音一つ一つが、狂おしく刺激的なリズムを奏でた。色の篭った嬌声は果たしてどちらのものだろう。……どっちでもいいや。
 最後は───味覚。黒っぽい服装の癖に、肌だけは新雪みたいに透き通っている彼女。その雪の上に仄かな艷を塗る朱唇が……


 私の───


 唇に───



 愛し合う男女の様に絡み付いたまま、私の口は塞がれた。


「ん……!? ん……れ、ん……!」

「ん……ぁ、メリィ……! は、ぁ……」

 紛れもないファーストキス。痺れる様な感触が私の口内を伝い、自分でもよく分からない声と弛緩が顔を出した。
 蓮子は私の唾液を貪るように求めて吸い付き、同じように私も蓮子の肉体を求め始め───────



 私は、頭の中が真っ白になって。
 上気する蓮子の吐息を感じながら、なすがままにされて。

 吸い込まれる。


949 : :2017/12/17(日) 18:43:23 cIiorgJo0






















 ───私は星を見ていた。


 廃れた神社の、長ったるい石段の上に腰掛けて。空には満天の星空。横には……大好きな親友がいて。
 恋人みたいに指と指を絡めて、私と蓮子は冬の寒天の下で暖をとっていた。暖かい手だ。冷えきった心には丁度良い。


「今年も、メリーと一緒に年越せたね」


 ねずみ色の空を仰ぎながら、蓮子は言った。その横顔が、私にとってはなにより愛おしい。


「あけましておめでとう、蓮子」


 私は二度と離さない。この手を、この人を、二度とは。


「うん。……Happy New year。おめでとうメリー」


 私も───────堕ちよう。蓮子と一緒に……ずっと。


「そして……Happy New world。『新たな世界』よ」


 ずっと。
 ずっと。
 ずっと。
 ずっと。
 ずっと。



「───────いらっしゃい。メリー」



 ずっと一緒。
 ずっと一緒。
 ずっと一緒。
 ずっと一緒。
 ずっと一緒。
 ずっと一緒。
 ずっと一緒。
 ずっと一緒。
 ずっと一緒。
 ずっと一緒。
 ずっと一緒。
 ずっと一緒。
 ずっと一緒。
 ずっと一緒。
 ずっと一緒。


950 : :2017/12/17(日) 18:44:49 cIiorgJo0


















 どこか遠くの空の下。除夜の鐘は止むことなく鳴り続けていた。













「カタン」










 ───────はっ!?


 意識が戻れば、そこは草臥れた神社でなく、さっきまでの子供部屋。眼前には蓮子が。いつの間にか私は、親友から押し倒されていた。
 いや……そんな事より……!

「さ、触らないでっ!」

「ありゃ」

 一気に現実を自覚する。私は今……今まで、何を!?
 驚きのあまり腰に跨っていた蓮子を突き飛ばし、私は壁まで海老みたいに後ずさった。口元には“何故か”ベトベトした液体のような……いや、忘れよう。覚えてるけど忘れよう。さっきのはナシ。ノーカンだ。どうかしてた。悪夢よ。

「ちぇ〜。もう少しだったのに」

 おどけた様子で立ち上がった蓮子は、たいした動揺も焦りも見せずにケロッとしてみせる。
 ゾッとした。今、“もう少し”と言ったの?
 もう少しで、私は…………

「なーんでそっちに戻っちゃうかなあ。……私の魅力がまだまだだった? 女としての自信失っちゃうわ」

 蓮子は帽子を被っていなかった。さっき、私がまんまと溺れてる最中に彼女がそっと外したんだ。

 そして、『視た』。
 蓮子の額に巣食う、悪魔の…………

「あ、あっち行ってっ! それを私に……見せないでッ!」

 誘われたのだ。蓮子を支配する肉の芽を直視し、私は再びあの夢の中に誘われた。
 打って変わって私の体は震え始める。動悸も止まらない。本当に危なかった。蓮子は───いや、DIOは、私の『境目を見る能力』を逆手に取って強制的に『あっち側』へと引き摺り込もうとしてたんだ。
 後一歩で、恐らく私はあのDAY DREAMからは戻ってこれなかっただろう。蓮子と永遠に仲良く空を堕ち続けていたに違いない。
 偶然にも何かの物音で私は覚醒できた。命拾いした。


951 : :2017/12/17(日) 18:45:46 cIiorgJo0


(……いえ、偶然、だったのかしら)


 物音のした方向を見やると、そこには『傘』が床に転がっていた。壁に立てかけられたそれが、ズルリと倒れたんだろう。

(あれ……? あんな傘、私は紙から出した覚えないんだけど……)

 私の支給品───『八雲紫の傘』。
 ミステリアスな装飾を施した、けれども普通の傘。まさか傘に命を救われるなんて中々無い体験だけども。

 八雲、紫さん……? 貴方が、助けてくれたの?

 倒れた傘を、壊れ物でも扱うようにゆっくり持ち上げてみた。本当に至って変な所はない傘に見える。どこか守り神のような、神秘的な雰囲気だ。……気のせいかもしれない。


(八雲、さん。私、貴方と逢ってみたい。……助けて)


 ぎゅっと胸に抱いた傘へと、私は想いを寄せる。勇気だけでは、人は空を翔べない。この空を翔けるには、光が必要なんだ。
 道を照らす黄金の光こそが、闇を祓う唯一の標。悔しいけど、それは私一人じゃ叶わない夢。


(助けて……助けてください……! お願い、誰か……)


 もう、限界が近いかもしれない。私も、蓮子も、このままだと完全に堕ちてしまう。
 恐怖に負けちゃう……! DIOの手に、堕ちちゃう……!


「メリー……怖がらないで? ね、そんな傘なんか捨てちゃってさぁ────私と一緒になろ?」


 いや……いや……助けて……! お願い……
 誰でもいい……私と、蓮子を……助けてください……!


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


952 : :2017/12/17(日) 18:46:28 cIiorgJo0
【真昼】C-3 紅魔館 フランドール・スカーレットの部屋

【マエリベリー・ハーン@秘封倶楽部】
[状態]:精神消耗、衣服の乱れ、『初めて』を奪われる
[装備]:なし
[道具]:八雲紫の傘@東方妖々夢、星熊杯@東方地霊殿、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:蓮子と一緒に此処から脱出する。ツェペリさんの『勇気』と『可能性』を信じる生き方を受け継ぐ。
1:蓮子を見捨てない。
2:八雲紫に会いたい。
[備考]
※参戦時期は少なくとも『伊弉諾物質』の後です。
※『境目』が存在するものに対して不安定ながら入り込むことができます。
 その際、夢の世界で体験したことは全て現実の自分に返ってくるようです。
※ツェペリとジョナサン・ジョースター、ロバート・E・O・スピードワゴンの情報を共有しました。
※ツェペリとの時間軸の違いに気づきました。


【宇佐見蓮子@秘封倶楽部】
[状態]:健康、肉の芽の支配、衣服の乱れ、『初めて』を得た
[装備]:アヌビス神@ジョジョ第3部、スタンドDISC「ヨーヨーマッ」@ジョジョ第6部
[道具]:針と糸@現地調達、基本支給品、食糧複数
[思考・状況]
基本行動方針:DIOの命令に従う。
1:メリーをこのまま閉じ込め、篭絡する。
[備考]
※参戦時期は少なくとも『卯酉東海道』の後です。
※ジョニィとは、ジャイロの名前(本名にあらず)の情報を共有しました。
※「星を見ただけで今の時間が分かり、月を見ただけで今居る場所が分かる程度の能力」は会場内でも効果を発揮します。
※アヌビス神の支配の上から、DIOの肉の芽の支配が上書きされています。
 現在アヌビス神は『咲夜のナイフ格闘』『止まった時の中で動く』『星の白金のパワーとスピード』『銀の戦車の剣術』を『憶えて』います。


953 : ◆qSXL3X4ics :2017/12/17(日) 18:47:52 cIiorgJo0
これで『蛹』の投下を終了します。
レス数が残り少ないので次のスレ立てをお願いします。


954 : 名無しさん :2017/12/17(日) 20:40:00 6MzBAg8.0
えろぉおぉぉおおぉぉぉおおおおおおぉぉいッッッ説明不要!!

なんという破廉恥な描写であろうかッ! キマシタワー!! 蓮メリキテル……!! (どうしようもなく腐ったような花だが)百合が咲いたッ!!
この情景を著すには、どのような言の葉も穢れてしまうッ!!まさに尊さの限界突破といったところかッッ!!?!?

……投下お疲れ様です。
DIOの変化、または変容と言ったところでしょうか?その一連のストーリーは、DIOの次の出番までの良い繋ぎでした。
承太郎の死に歓喜するDIO、いずれ知るであろう更なる戦力の減少をどう受け止めるのか……楽しみで仕方がありません。
蓮子とメリーについては…………上記で語らせていただいた通り、ええ、美しい伽でした。


955 : ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 22:37:54 Qw0nnXD20
投下させて戴きます。


956 : かぜなきし ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 22:38:55 Qw0nnXD20

雨が、しきりに降っている。
まるで、流れた血を全て洗い流すように。

曇り空が、また一層深まってゆく。
まるで、誰かの決意を晴れ晴れとさせないように。


そして、風が、啼いている。

まるで、神々の想いを拾ったかのように。


大気は色々な想いを反響し、呼応させてゆく。
先程までそこに居た、若く気高き勇者達はもう居ない。
先程まで荒れていた、異常気象はもう止んだ。

ただそこには、張り詰めた空気が。殺陣があるだけ。


これは血の流れる、所詮ありふれた戦い。
狂ってしまったこの世界では当たり前の話でしかない。

されど。人と人もしくは神と神の、それぞれの想いが交錯しているのもまた事実。
家族を愛する、その一心があるからこそ。
皆が皆、死を覚悟する。



―だから、人は、かくも必死になれるのだ。





─────────────────────────────


957 : かぜなきし ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 22:40:16 Qw0nnXD20


【昼】D-2 猫の隠れ里






隠れ里に建っている家々の内の一軒。その屋根の上に、ウェス・ブルーマリンは座していた。
兄という家族を殺し、妹という家族をとの生活の再来を望み守らんとする……至って普通な目的を持ったスタンド使い。
しかし、さも退屈げに欠伸を浮かべる様は先程二柱に吼えていた様相とは似ても似つかない。


「あんだけ大口叩いておきながら……結局は同士討ちか。
 『神』ってヤツもつくづく難儀なものだな……」


「大口叩いておきながら、はこちらのセリフよ。あれだけ喧嘩売っておきながらあの二人の戦闘を傍観に徹するだなんて」


ウェスの座す家の丁度隣の家の屋根で立ち構えているのはリサリサ。
その表情は凛々しく見えるが、彼女も息子という家族を守らんとする者。

家族を排す者と家族を守る者が、ここで血で血を洗わんとしていた。


こうなった理由はごくごく単純。
諏訪子と神奈子が、ウェスとリサリサも混じえた二対一対一という構図で対峙した直後に駆け抜けで一対一で戦闘を始めたのだ。
それを機にウェスが方向性を漁夫の利にシフト。それをリサリサが追った形となる。


「あぁ?知るかよ。あんなバカ騒ぎに巻き込まれてぇヤツがどこに居る。
 それともなんだ、お前……死に急いでるのか?」


「……大した殺気ね。そんな年端も行かぬ様相で家族の血を見る覚悟なんて、中々出来るものじゃないと思うけど」


挑発も、リサリサにはさしたる影響すら見えない。
ウェスは一回、溜息と深呼吸を同時に行うかのように呼吸をする。



自分のペルラを想う気持ちと、向かう相手の家族を想う気持ち、それはどちらも同じような物だろう。
ただそこには既に死んでいる人物と、未だに生きている人物という明確な違いがある。
だから、蘇生という手段に縋るしかない。未だに守るという選択肢がある相手が羨ましい。


958 : かぜなきし ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 22:41:13 Qw0nnXD20

この戦いは、盲で泥濘を進んでいる最中に見付けた一筋の光明なのだ。
妹の為なら、復讐に身を堕として参加者を狩る事も決して厭わない。


故に。

未だ守る家族が存在している相手を見て、殺意が収まらない。



「グチグチ煩わしいな……他人の命なんて、ここじゃ虫ケラみてぇなモンだろ。
 血が繋がってろうがなかろうが、所詮は儚い命に過ぎねぇ。家族だから、なんてのはただの言い訳だ」


「そう、ね……。私なんて、今更『家族だから』という言い訳だけで母親振舞いをしようとしている。
 五十路入って、漸くよ。今までロクに家庭を鑑みていなかったクセに、今更。」


「ほう?五十には見えねぇがな」


「女は秘密だらけなのよ」


「……そうか」


空気が、凍てつき始めた。
殺意が刻一刻と増していく。呼吸を整えていく。
二人が臨戦態勢へと移る。
互いの双眸が見据え合い、逃げる隙を与えない。

最早衝突は避けられぬ。


「遺言はそれで充分か?若作りバァさんよ」


「若作りってのは間違ってないから敢えて訂正しないけど……そうね。老婆心で言わせてもらうわ。
 家族は失う物だと分かった上で愛を注がなければ、いつか身を滅ぼして後悔に苛まれるハメになるわよ」


「ハッ、それは辛勝な心がけだな。尤も、あのクソ兄貴に愛なんて注げるワケがねぇんだが。
 そして俺からも一言付け加えておく」


ウェスがスタンドの像を顕にさせる。
怒りが、彼の嫌う『神』の怒りに代替わりされて放たれんとしている。
スタンド使いと波紋使いの戦いの火蓋が切って落とされるまで、あと数秒。

―そして、吼える。




「失った後は藁にも縋るとなァッ!」



─────────────────────────────


959 : かぜなきし ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 22:42:14 Qw0nnXD20

【昼】D-2 猫の隠れ里 入り口付近





隠れ里の内部からですらくっきり見えるレベルで規格外な応酬。
その発生源は八坂神奈子と洩矢諏訪子の2名。
神と神。そのどちらもがが決死の様相で行うは、意地の張り合い。


「諏訪子ォ?アンタは曲りなりにも高位の祟神、土着神の頂点じゃなかったかしら!」


「神奈子……!アンタは一体何がしたいのさ……!」


左腕で。まだ完全に接合出来ていない右腕で。洩矢諏訪子は生成した鉄輪を投げる。
しかし、諏訪子の投げる鉄輪は如何に速く投げても、如何に穹窿形を描いても、神奈子には全く届かない。
風が、神奈子の意思が、阻まれる事を許さない。
神奈子に対する苦渋が、家族への想いが諏訪子に殺意を抱かせるに至らない。

両掌を合わせ、信仰に身を委ね。八坂神奈子は生成した御柱を放つ。
しかし、神奈子の放つ御柱は如何に速く放っても、如何に逃げ道を塞ごうとしても、諏訪子には全く届かない。
大地が、諏訪子の早苗への想いが、道を譲る事を許さない。
諏訪大戦の再来への高揚が、家族に対する愛情が、神奈子に殺意を増幅させるに至らない。


それは奇しくも、正常な幻想郷(セカイ)での金科玉条。
力任せでも純粋な殺意でもなく、優雅さに重きを置いた『命名決闘法』を彷彿とさせる戦い。

片や、奇祭「目処梃子乱舞」。
片や、鉄輪「ミシカルリング」。

今や機能していない詔が、そこでは微かに回帰している。


それでも、彼女達を取り巻く環境は変わらず。
互いを知り尽くしたハズなのに、すれ違っていたヘビとカエルが一柱ずつ。
喩え世界のしきたりが戻ってきたとしても、世界線までが戻ってくる訳ではない。

殺意は抱けず。されど怒りは収まらず。
海千山千の仲だった自信があったからこそ目の前の敵を弑する覚悟が出来ない。

―理由が、必要だった。


「なんで……なんでアンタは……!早苗を殺すだなんて……!」


土着神の慟哭が響く。
それでも、風は掴めない。


「神は、しきたりに生かされる者。郷に入っては郷に従え、なんて諺もあるじゃない?」


「本気でそれを……世界の為に早苗を殺すって言うのか……!」


「あの子は幼い。互いに支え合える仲間を見つけたとしてもそれは時間稼ぎに過ぎない。
 家族は三人。だけど、勝者は一人のみ。変えられない理には抗えない。
 早苗が自分の手を汚さずに生き残る道は、無い。
 だから……私が。親である私が愛情を以て苦痛を祓うしかない。……所詮は、正当化の理由なのかもしれないけどね」


960 : かぜなきし ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 22:43:38 Qw0nnXD20
自嘲気味な笑い。
驚きを、隠せなかった。
隔靴掻痒、それが悔しかった。
家族とはそんな繋がりだっただろうか。
いつから神奈子は、そんな歪んだ愛情を抱えてしまったのだろうか。

信仰を失い、私達は幻想郷にやって来た。早苗から両親や友人を奪ってなお、その行為が正しかったと信じて。
だからこそ『家族の絆』は強まった。強固で、崩れない物であると思っていた。
幻想郷での生活は、私達を大いに成長させてくれていた。
色んな人妖との繋がりが出来た。酒の宴も更に楽しくなった。早苗に友人と呼べるような存在が再び出来た。

純粋に、楽しかった。
三人で力を出し合えば、どんな難題だって解決できる。そうも思えるほど。


なのに。

なのにどうして。


どうして神奈子は、暗々裏にそんな事を抱えて。独りだけ違う道を選んで。

そして、独断で早苗を殺すだなんて―



心に引っ掛かっていた枷が一つ、地面に落ちる音が耳に残った。



「言いたい事は山ほどある。でも今は一つだけにしてやるよ」


先程の声色と、何かが違う。
魔理沙と徐倫が居なければ、もっと早く出ていたであろうその声。


カエルが、ナメクジへと。

ヘビが、居竦まる側へと。


最早隠せない程の瘴気。
後戸から漏れる後光すら隠すような、ドス黒い殺意。
神奈子にはそれが何であるか、否応が無しに伝わった。

昔時にも見たあの顔は今でも忘れられない。
侵略者としての自分を迎え撃った、『あの時』の顔だ。
自分に向けられた牙を飄々と受け流しつつも、はやる期待に高揚を隠しきれない。


両者の感傷も感情も、際限なく漏れ続けている。


961 : かぜなきし ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 22:44:46 Qw0nnXD20


「いつから早苗に自分の考えを押し付けるようになったぁあぁぁあぁ!!!」


鬨の声、ここに極まれり。


「いつからだろうねぇ。でも……早苗にこんな血生臭い光景見せられる訳が無いよなァ!」


歪んでいても、愛は愛。
形が違えども、根底にある物は一緒だ。


神秘「葛井の清水」。
源符「諏訪清水」。

底無しの感情を携えて、涸れぬ神水を象ったスペルカード。
二人の思惑と思惑がぶつかり合い、そして―




耳を引き裂くような轟音が響く。
地面が震える。
地の底から何か得体の知れぬ感覚が這い上がってくる。







―其れは水。
会場の地下を走り廻る、大動脈の息吹。

諏訪子は懐かしい光景を呼び起こす。
忘れはしない。自分と神奈子が発端となった数個の異変の断章と似たソレを。



さながら間欠泉の様相で、地下水脈を流れる水が隠れ里の入口で溢れ始めていた。




─────────────────────────────


962 : かぜなきし ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 22:46:23 Qw0nnXD20

【昼】D-2 猫の隠れ里 入り口付近の樹上







(なっっっっっっっっにコレ!!!!!こんなのが山に居ただなんて信じられない!!!)





度肝を、抜かれた。
後にも先にも続く言葉は存在し得ない、ともさえ。
これが神代より生きてきた神と神の戦い。
これが守矢神社に座す神、八坂神奈子と洩矢諏訪子の衝突。

幻想郷という世界の中では、『命名決闘法』というルールの中では、起こることさえ叶わない。
先程までの戦いは、美しいという印象さえ抱けた。まだ、幻想郷でも起こり得る部類だった。

それが今となっては殺意に塗れている。
死への恐怖が無い世界に身を置いていたのに、気付けばそれが顔を覗かせている。
片や軍神。片や祟神。今となってはどちらもその本質をスペルカード以外で伺わせなくなって久しい。
なのに、たかが半日。されど半日。
彼女達に牙を剥いた幻想郷は、取り巻く環境を激変させたのだ。



「こんっっっっなに美味しいネタが獲れるだなんて思ってなかった……!
 ウェスの方も始めちゃったみたいだけど、こっちなんて特上モンよ!黙って見過ごすわけにはいかないじゃない!!」



はたてにとって、守矢の二柱は近所に住んでいる神という認識しかなかった。
山を利用して信仰を得ようと画策する八坂神奈子。
神奈子の保存食である蛙……っぽい洩矢諏訪子。
どちらも取材の対象としては申し分無かったし、面白い写真も撮れた。
だが、彼女達の関係性など露知らず。
友好そうに見えた二人が、何故対立しているのかさえ分からない。


しかし、そんな事は最早どうでもいい。
『魅力』という一点において、そんな情報は目ヤニ程の価値しかない。
逆にそれさえあれば記事はウケるという絶対的な信頼がはたてにはあった。
事実、正午に予定していた記事の執筆や岸辺露伴との対決を忘れる程に、彼女を熱中させる程の魅力がそこに存在しているのだ。
彼女の網膜は忙しなく動き続ける。


963 : かぜなきし ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 22:47:28 Qw0nnXD20


心のどこかで、彼女の何かがこれ以上死体を見たくないと叫んでいる。
災いがいつ自分の身に降りかかるのだろうか、という恐怖がこれ以上戦場に居たくないと叫んでいる。
それらの感情にブレーキを掛けているのが、他ならぬ知的探究心だと気付かない。
新聞記者としての自分が興奮を抑えきれず、一介の少女としての自分を押し殺す。


喩え脳に焼き付いた情報が、上澄みだけでも構わない。
所詮、新聞記者は汚い物から目を背けて、煌びやかな写真を撮って、それを記事に書いていれば満足出来る職業。
そこに対戦相手が居るという状況を加えても、対して変わらない。









それでも。

あぁ。




もし許されるのなら。







「―途中で逃げ出すって選択肢も、ありだよね?」





─────────────────────────────


964 : かぜなきし ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 22:48:28 Qw0nnXD20


神と神の衝突は生半可な物ではない。
神代まで遡れば、地形は大蛇の脈動だけですら変動していたし、ましては神同士である。
見る者にまで威圧を感じさせるその戦いぶりは、力に制限がかかるこの土地でも未だ健在。

現に噴出した水の形成する物はは最早間欠泉だけに留まらず。
その水量は池とまで呼称できるまでに拡大していた。


それでも、二柱は明くる日の決着へと歩を進めんとして。

水面より上に構えるのは八坂神奈子。
水面より下から攻撃を放つは洩矢諏訪子。
諏訪子は水中を泳ぎ回り、水上に居る神奈子を鉄輪や石礫、蹴りで奇襲する。
神奈子は御神渡りの要領で水面に立ち、水中からの諏訪子の攻撃を迎撃しつつも動きを読んで御柱をさながら魚雷のように発射する。
二人共激情に身を任せて苛烈な攻撃を加えているが、互いの手を知り尽くしているが故にまともな一撃を与える事が出来ていない。

刎頸の交わりがあったからこそ神奈子は無痛ガンを使わない手に出て、
また諏訪子もそれによって自身の祟神としての本質、即ち神奈子への殺意を引き出せずにいる。
威勢良く鬨の声を鳴らしたはいいが、根底にある『家族』としての記憶が殺意を邪魔してしまうのだ。


その友誼故に、相手は頸を落とさせてくれないとはなんたる矛盾か。


しかし、ここは戦場と化したのだ。既に二人は決死圏に突入している。
水面より上が神奈子の領域。水面より下は諏訪子の独壇場。

ならば、水面で激戦が起こるのは道理。

猫の隠れ里の入口に忽然と顕れた池は、成立と同時に血に染まる事が確定していたのだ。



「まだまだ甘ちゃんねぇ、諏訪子は。一体どうしたのさ。
 あの時みたいに私を撃退する心意気……いや、私を殺さんとする圧を出せば良いじゃないか」


「……長い間一緒に過ごしてきたのに、そんな事出来るわけがないでしょ!
 それに、そんな……早苗を殺すだなんてそれこそタガが外れても無理に決まってる……!
 アンタこそどうしたのさ!!」


「別にどうもしてないわよ。親心故に、守りたいが故に早苗を殺す。
 それとも何、アンタはあの子に殺意と悪意に塗れた場所で生き抜いて欲しいって願ってるのかい?」


「神奈子、アンタ……!」



弾幕と弾幕の応酬、体術と体術のせめぎ合い。
神奈子と諏訪子はどちらもが相手に食われる予感を抱えながら、一触即発の吹き矢を放ち続けていた。


965 : かぜなきし ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 22:49:51 Qw0nnXD20


早苗への愛が食い違っている事を、神奈子は当然ながら承知している。だから、際を攻める。
しかし、神奈子は知らないのだ。諏訪子が『早苗は既に殺されている』と知ってしまった事に。
大事な家族への愛情は、注げば注ぐほどに弱点と化す。
際を攻めているハズなのに、気付けばド真ん中を突いているのだ。

相対する諏訪子は、『守る為に殺す』などと豪語しておいたクセに期を逃した神奈子に対して怒りを抱いている。
剰えその役目は、家族ですらないドス黒い悪意に奪われたのだ。
殺意まで抱いては今までの関係が水泡に帰するが故に抑えているが、本当は憎み睨みたくて叶わない。
早苗が既に殺されている事を神奈子に伝えてしまえればこの状況を打破出来るかもしれない。だから、暗にでも良いから伝えてしまいたい。



蛇の道は蛇とは本当に良く言った物。どう着飾ろうとも、最終的には愛情と殺意に帰結する事に変わりはなかった。
互いに互いの状況を知ってしまえば、一瞬で瓦解する砂上の楼閣。
信頼の重さ故に自滅するのが結末だ。




嗚呼、それでも。

信頼している、という一点があるだけで人は愚行を晒してしまう。



「お前、早苗は……もう……」


空気が重みを増していく。口を開くのが億劫になる。呼吸に合わせて肩が揺れる。
御柱を鉄輪で相殺しながら、音を繋げる。

この一言さえあれば、この怒りを鎮めてしまえるかもしれない。
まだ引き返せる、まだやり直しは利く。
そう思えるほど、神奈子に対しての信頼は厚かった。
何故かと聞かれても、答えは一つしかない。

―家族なのだから。


だからこそ。


「もう……殺されているんだぞ?」



言葉が、するりと滑り落ちた。


966 : かぜなきし ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 22:50:50 Qw0nnXD20


「……え?」


「さっきさ、悪意の塊みたいなヤツに言われたのよ。……『私が殺しました』ってさ」


神奈子の動きが、止まった。
信じられない、と言うかのような様相で。はやる気持ちを全て押し戻させて。
顔に浮かぶは怒りよりも悲しみ。沸騰していた血液が急激に収縮していく。



「はは。冗談でしょ?」


「私が、あの時早苗を殺せなかったから?」

「あんな所で気の迷いが生じてしまったから?」「家族を喪う事が怖かったから?」

「そんな事も露知らず、私はこんなところで諏訪子と会って」「意気揚々として」「あの時の再来だと喜んで」

「諏訪子を殺してしまえば、心の中にある安堵も戸惑いも全て消してしまえると意気込んで」




「―何やってんだ、私は」



全ての言葉を、一句一句辿るように、繋ぐように。
絞り出された嘆きは自責の念を込めて目の前の諏訪子に届く。


『家族の愛』という物は部外者には不可侵であれ、と。
それを引き裂いて良いのは家族だけだと。
そう思っていた、ハズなのに。

早苗とあの時相対した時点で、家族という殻を完全に破り捨ててしまった。
元の関係には戻れないと知っていても、やった。
だからこそ、それを理解したからこそ。私は家族を手に掛ける事を決めたと言うのに。
純粋な悪意から早苗を守ってやらなければならないと決めたのに。
人は、神に愛されるべきだというのに。


―これでは、何の為に『幻想郷』に溶け込もうとしたのだろう。


雨が神奈子の頬を伝う。
其は神の慈悲かそれとも悲哀か。



「……もう良いでしょ神奈子。私達には殺し合うだけの理由なんて物、一つも無いって。
 せいぜい、喧嘩してから杯交わすくらいが関の山さ」



諏訪子は、それでも、家族の輪から外れた私を引き戻そうとしている。
なんてお人好し。なんて家族に優しいのか。
友の怒りを全て飲み込んで平らげ、平らぎを為さんとするのが蛇でなくて蛙だとはなんたる皮肉か。


967 : かぜなきし ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 22:51:54 Qw0nnXD20


そんな諏訪子に対して、神奈子は―




「―!?」


諏訪子の脳髄まで、目から伝わった情報が一瞬で走った。
放たれるは高速の御柱。信仰の顕現が、諏訪子の足元スレスレを通過していく。
咄嗟の判断で難を逃れるも、跳ねた水飛沫までもを回避出来る程の距離を置くことは叶わない。
まさに間一髪。けたたましくグレイズ音が響く程の、紙一重の回避。



「因遁姑息ってのも分かってるけどさ……今更どうこうできる訳でも無くてね」


「神奈子、アンタ……気でも違えたかッ……!」



諏訪子は、結局のところ神奈子という蛇の本心までもを理解出来ていなかったのだ。
信頼と聞くと響きは良いが……所詮はいずれ崩れる砂の城。
『崩れる事はないだろう』という宙吊りの期待で存続していたに過ぎず、故に失策を演じてしまった。
神奈子が殺意を一度抑えた事により、今なら御せるという淡い期待を負った結果がこのザマだ。

千年以上は培った信頼なんてそう簡単に潰れない、なんて誰が決めたのか。
千年以上に渡って互いを顧眄してきたのだから相手の内面まで把握出来ている、だなんて幻想は誰が植え付けたのか。
それがただただ、諏訪子にとって悔しかった。
殺意を神奈子に向けられぬほど、自分が恨めしかった。


尤も、諏訪子と神奈子には『幻想郷で暮らした時間』という避けられぬ程の明確な差があった。
その期間で早苗は成長し、二柱もまた幻想郷に染まり、家族愛は一層深まった。

……悪く言えば、『毒を抜かれた』とさえ言っても良いほどに。




(悪いね、諏訪子……。この『儀式』を制する事が私にとっちゃ必要なのよ。早苗が死んでも、それは生憎変えられないさ……)



自分が恨めしいのは、神奈子も同じ。
今からどれだけ相手を見逃しても、今から如何にして戦いを避けようとも、『人を殺した』という烙印は一生付いて回るのだ。
更に加えて『家族殺し』という宿業さえもを得ようとしている。
自分の行為をどんなに美化しても正当化の理由に過ぎない。結局のところ、殺人はそれ以上それ以下の何物でもない。

幻想郷に来てしまったからには、避けられぬ運命。
『儀式』を勝ち上がる事までも否定してしまっては、何の為に外の世界での生活を捨てたのか。
何の為に自ら罪を背負いにいったのか。

何の為に、早苗に全てを捨てさせてしまったのか。
それすら分からなくなってしまう。

しかし肯定したとしても、待っているのは諏訪子との友誼の棄却。
ヒビを修復するのはまず不可能だと知っておきながら、それでもなお道を進んでいかねばならない。
どちらの信条を選んだとしても、待っているのは後悔と喪ったモノへの悲しみだけ。


それでもなお。何かを捨てる事の重さを知っておきながら。
神奈子は諏訪子との決別を選ぶのだ。
これより先は杯を酌み交わし、酒を御猪口に注ぎ合い、なんて事はもう叶わない。
それでも良いのだろうか、と自分に問いただしながら苦渋の決断を下した。


この時点で、神奈子は諏訪子を殺さざるを得なくなったと言ってもいい。


968 : かぜなきし ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 22:52:38 Qw0nnXD20


弾幕が宙を飛び交う。
殺意を携え、関係を無理矢理壊しに行くかのように、乱雑とした弾の群れ。



「もう昔の関係にゃ戻れないってのはさ、アンタも分かってるんだろ?
 愛する家族ももうお互いだけなんだ、いい加減あの時のリターンマッチと洒落込もうじゃないか!」


「……そっか、神奈子には私達の関係よりも大事な物があったんだ」


「……どうだろう、ねぇ」



本心までもは分かっていなかったが、それでも長年連れ添ってきた仲だ。
神奈子が何かを背負ってここに立っている事を、諏訪子は直感的に自覚する事ができた。

『最後の決断までしたのに、後ろを振り向くなんてのはまっぴらごめんだ』と言いたげな自嘲を風に乗せ、神奈子は構えていた。
ここまで来てしまったら、後に残る物は何もない。
空気の流れと、神奈子の表情。それだけで何を為せば良いのか諏訪子には伝わった。
全力でぶつかって、神奈子の覚悟に応えなければならない。
そう思えば、自然と恐怖心が薄れていく。
殺意も使命感も引っ提げて、己が意志をぶつけに行く。

文字通りの刎頸の交わりがそこにはあった。


今から始まるのは勝った負けたの死合舞台。生きるか死ぬかの大喧嘩。



「行かせてもらうよ――繰石『ジェイドブレイク』!」


「良いねぇ……アンタはそうでなくっちゃ! 『神の御威光』!」




ただ、生きるために。風に乗せた思いが集う。





─────────────────────────────


969 : かぜなきし ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 22:54:09 Qw0nnXD20


(コイツは面倒クセェな……早いところケリを付けねぇとダメだってのにッ……!)



時を同じくして猫の隠れ里内部。
ウェスとリサリサの戦闘真っ只中、こちらもまた死中に活を求める二人が居た。


殺意を幽雅に避けつつウェスの隙を突いて、波紋を応用した多種多様な攻撃を繰り出すリサリサ。
天候や空気の変動を利用しつつ徹底的に相手を追い詰めていくウェス。

回避しつつ攻撃に転ずる戦闘スタイルと、攻撃を繰り出しつつ相手に的確に対処する戦闘スタイルはどう見ても対照的。
その噛み合わなさは結果として両者の体力を削り続けるだけの根気比べと化していた。


能力差だけ見れば、明らかにウェスの方が有利である。
例を挙げれば、小傘の本体を貫く程の雹や魔理沙の人形を一瞬で燃やすような摩擦熱、猫の隠れ里一帯を覆うほどの怪雨。
攻撃手段の多様性、そして何よりも攻撃に籠った殺意。広い会場の中でもこの二点において勝てる者が居るかは怪しい。


かと言ってリサリサが不利、という訳でもない。
まず場数から違う。その分戦場に於ける感情の制御について分がある。
次に、雨が降っている事によってそこら中に液体がある。お陰で波紋を使った攻撃手段には事欠かないし、体の身の熟しも磨きが掛かっている。

更に波紋呼吸法によって体力の回復も微々たる量ながら行える。
攻撃に専念するより回避に専念した方が長期戦に向いているのは明白だし、我慢比べとなると体力は必要不可欠だ。
異常な体の柔らかさとはじく波紋による瞬発力で回避がギリギリながら出来ている以上、体力勝負に持っていくだけ。


事実、ウェスは致命傷を与えられない事に痺れを切らしていた。



残る支給品が役に立つ物なのかは分からない、ワルサーの弾は何故か髪の毛如きに弾かれる。
その上、氷柱を降らせても突風を起こしても人外じみた動きで回避される始末。
体内で雨を降らせるのも、照準が合わない以上不可能。
それに漁夫の利を狙う以上、体力の無駄な消費は避けなければならない。
なのにそうは問屋がなんとやら、というヤツだ。

一応遠目に見える二人を先に始末するという考えも無くはない。出来なくもない。
が、それでは目の前に居るコイツに競り負ける。
最終的にはどれだけ相手を殺したか、ではなく如何に生き残るのかが問われるのだ。
元も子もないような真似は死んでも御免、あの世で笑い者にされるのがオチ。


何より、こんな所で死んではあのクソ兄貴を自分の手で殺せなくなる。



(―それは何があろうとも許容できるわけがねェ。必ず、この手で聖職者気取りの巫山戯たヤローを地獄に送ってやる。必ずだ……!)



自分の中で燻っていた撃鉄を弾く。
体力切れによる疲れを使命感と執念で上書きしていく。
攻撃は一向に通らない。だがそれがなんだと言うのだ。
地獄の果てまでとことん追い詰めてやればいい。
相手の体力が尽きるまで、相手に致命傷を与えるまでこの前座に付き合ってやればいい。


諦めない闘志。目標まで一直線に走る姿。それが彼女の強さだった。

風はもう啼いてはくれないが、あの数刻の戦いで改めて実感する事ができた。



―迷いはもう、吹っ切れていたのだと。


970 : かぜなきし ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 22:54:54 Qw0nnXD20


リサリサもまた、痺れを切らしている。


まず、回避の合間に繰り出す攻撃。これがまず当たらない。
何かよく分からない原理で、攻撃の方向を意図的に曲げられる。曲がらない、と思ったら何故か炎が出ている。
幸い火傷を治す事は出来るが、そちらにリソースを割いていれば体力が持たない。
これでは回避だけで既に精一杯。

しかし、攻撃をひたすらに避けているだけでも相手の折れる気配が見えない。
肩で息をしているように見えても、次の瞬間には素早い拳が飛んでくる。
今はまだ擦り傷だけで済んでいるが、この後どうなるかは言わずもがな分かってしまう。


良く言ってジリ貧、悪く言えば手詰まり。
この先、相手を叩きのめせるような算段が全く見えないのだ。
それでも愛しき子を想えば、親類を殺すなどという思想と対する事に俄然勇気が湧いてくる。

ジョセフからは波紋戦士の師匠としか思われていないが、それで構わない。
むしろそうでなくてはならない。今更母親面なんて出来るワケがない。
ジョセフが守るべき息子である、という事は譲れない事実として依然存在しているのに。
もどかしくともそれが現状だ。


今一度、波紋の呼吸を整える。
赤の他人を気取っているだけでも、息子と再会する事が出来たのだ。更に、成長を見届ける事も出来た。
家庭を顧みなくなってから久しいが、親としてこれ以上に喜ばしい事はないというのは素人目でも分かる。
この会場でまた再会できるかどうかは分からないが、それを憂うほどのやわな人生は生憎だが送っていない。

攻撃に転ずる覚悟を決める。
この手は一度きりしか使えない。あくまで不意打ちの手であるが故に、二度目は通用しない。
だが、僅かな隙さえあればあとは手練手管で押し倒せる強力な技。


今はただ、家族への愛を分かっていない不埒者を成敗するのみという覚悟。




一瞬だった。
ウェスが『ウェザー・リポート』の拳の軌道を修正するその僅かな間に、目に止まらぬ速さでリサリサは何かを投げたのだ。
空気を巻き込んで回転しているその何かの軌道を突風やら空気の層やらで変えることは容易い。
冷静に、ゴミを捨てるかのような呆気なさでそれの動きを逸らして、スタンドの拳を叩き込む。
しかし、ウェスの拳をリサリサは跳躍によって回避。
それと同時にウェスの脇腹の方向へ回し蹴りが放たれる。

そのまま体術の応酬が続く。
投げられた何かの事をすっかり忘れ、ただ目の前の敵を斃す事のみに一点集中するのみ。
それこそ風塵によって相手の動きを遮ったり氷筍を落として相手の動きを塞いだりはしているが、相手の行動を一々覚えていられる訳がない。

リサリサが投擲した物の存在を気に留めさせない程に苛烈な攻撃を加えていたからでもあるが、余りに愚直。



蹴り上げを突風であしらおうとした刹那。
それもまた驚く程の僅かな間に起きた出来事だった。


ウェスは肩に、鋭い痛みを覚える。

何が起こったのか、頭の処理が追いつくまでの余裕はない。
しかし、現に体勢が崩れている。足を躱せるだけの時間すら、リサリサは与えてくれない。

研ぎ澄まされた戦闘のテクニックが。風の邪魔が入らずに放たれるその美しい軌道が。歴戦の波紋戦士のその技が。
執念を浮かべた表情に僅かな驚きを添えて。


ウェスの体躯を隠れ里の外まで悠々と吹き飛ばした。


971 : かぜなきし ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 22:55:57 Qw0nnXD20
(なんだアレは……!後方からの攻撃の素振りなんて、全く見えなかったッ……!
それにあの蹴りはヤバい……!威力は徐倫の拳と同じくらいだが、喰らっただけで電気が走ったみたいに意識が軽くトんだ!
もう一回喰らって意識を保っていれるかどうか……!)



考えを巡らせど、正体は掴めない。だが、弱音を吐いている場合ではないのだ。
震える体を奮わして、もう一度戦場に立つ。
左肩の肉が軽く抉れているが、レーザーの貫通痕と重なったお陰で痛手という訳でもない。
天候を主に置いた戦法は未だ健在。
復讐者の脅威は少しばかりの損傷では決して潰えない。


リサリサも済ました表情の裏に驚愕の色を隠せない。
向かう相手の執念は波紋で打ち倒せる程の物ではなかった。
ジョセフがかつて編み出したクラッカーブーメランの技と自身の波紋、親子の力を合わせた技を食らってもまだ立ち上がれる程の根気。
確かに、アメリカンクラッカーに回転をかけていた時間が短かったというのもあるかもしれない。
しかしそれ以上に家族の愛を上回るほどの復讐心が影響している。
まさに修羅。手負いの獣ほど力が増す。



気付けば二人が対峙している場所は、先程出来たばかりの池の畔。
いよいよ守矢の二柱からの余波も避けられなくなってくる。
ここまで来てしまえば四つ巴の戦闘だって考慮せざるを得なくなるが、それでもなお気高い覚悟は崩れない。


再び相対する、赤の他人同士の『家族愛』。









だが、こういう時に限って、水を差されるのだ。


甲高く、喧しく、人の精神を逆撫でするような音。
それはもう二度と味わいたくもないと思っていても、この会場であるが故に流れてしまう。

人の死が福音であるはずがない。
あって良いわけがないのに。

悪趣味な声が次いで流れてしまう。
仲間の死を。それぞれの生き様の終わりを。
味わいたくもないそれらを、自分勝手に、意気揚々かつ喜ぶかのように話す忌々しいその声が。




―第二回放送が始まった。





─────────────────────────────


972 : かぜなきし ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 22:56:55 Qw0nnXD20

放送が流れ始めても、二柱の激突は止まらない。
これは家族間の問題だ。赤の他人の生き死になんかでは決して妨害できない。
大地を操る神々の、一世一代の大遊びに水を差すなんてあべこべもいい所である。

速く濃い弾幕を、二柱はそれぞれの手法で避けつ迎撃しつつ相手に一撃を加える。
互いを良く知っていると言えど決して簡単ではないそれらの事を、如何にも余裕ありげにこなす点は流石神だと言うべきだろう。

軍神と祟神。司る物は似て非なるが、根底に有る物は同じ。
戦闘に身を委ねていても結局は家族故の行動に繋がっている。
互いに意見が食い違っていたとしても、最終的には家族に良い影響を与えてくれると信じているのだ。
だからこそ、ここでこうして濛気を奮って戦えている。


気付けば、脱落者の読み上げが始まろうとしていた。
諏訪子は無意識の内に自分の手が緩んでいる事に気付く。

理由は明白だった。
戦闘の最中とは言えど、ここで早苗の名前が読み上げられるのだ。
想いを馳せるくらいなら許されはしないだろうか、なんて浅はかな幻想を抱きたいという一途な願い。
家族としての最後の願いになるかもしれない。この場所が戦場だとは百も承知している。
それでも諏訪子は、耳の意識だけを静かに傾ける。



―霊烏路空。
私と神奈子が八咫烏の力を与えた地獄鴉。あれ程強い力を持った者でも、命を落としてしまうのか。

―河城にとり。
同じ山に住む、謂わば隣人。ダムの時は幾許か世話になったが、死んでしまえばそこで終わり。

―多々良小傘。
一時ばかり行動を共にした化け傘。あの後は分からなかったけど、結局あの子も凶刃に倒れてしまった。

―トリッシュ・ウナ。
彼女とも暫くの間行動を共にしていた。……そして、実の親に殺された。それも目の前で。


以上、18名。
宴会以外でも特筆すべき接点があったのはあの4人位か。
18名の人妖の名前が、嫌味や高揚といった感情を覗かせながら呼ばれ……


973 : かぜなきし ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 22:57:44 Qw0nnXD20





……あれ?




心に引っ掛かった、大きな違和感。



確かに私はあの邪仙の口から聞いたハズだ。



それなのに。しっかりと耳は傾けていたハズなのに。
私の耳に、その名前は入ってきていない。




長年一緒に歩いてきた、家族の、遠き我が子の、聞き間違えるなんて事は有り得ない名前。


夢ではない。神奈子の弾幕を避けている。風を切る感触が肌に伝わっている。
現実味のある夢なんて物は矛盾している。








――早苗の名前が、そこには無かった。


974 : かぜなきし ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 22:58:45 Qw0nnXD20


では、なんだ?

早苗は死んでいない?

あの邪仙が言ったあの命乞い紛いは嘘だとでも言うのか?



呼ばれていないのに死んでいるなんて事は流石に無いだろう。
「あの」霍青娥の言葉より、主催共の言葉の方が癪だが信用できる。

となれば、残された選択肢は一つしかない。




早苗はまだ生きている。



嬉し涙と歓喜の声が啖呵を切って流れそうになる。
全身の血の気が少しずつ引いていくのがなんとなく分かる。
攻撃の手が更に緩くなっている事も自ずと分かっていた。
神奈子との戦闘中だ、という事は理解している。
それでも家族として、遠い先祖として、喜ばずには居られない。

血は、余りにも濃すぎた。
その体に流れる「血」という因縁は、時として命取りになる。
感情の変化は悪手だと、先の霍青娥との戦闘で再確認したはずだった。
だが、親としての感情など自制出来るわけがない。



腹に、力が籠った。
突然の挙動に、何が起きたのか分からずに。
後方に吹っ飛ばされたかと思いきや、すぐ止まった事だけは辛うじて理解できる。
言うならば、空中で固定された感触。

衝撃で気を失う前に目に入ってきた光景は、御柱が腹を支えている物だった。



ビチョッ、と雫が落ちる音が静寂の中に響く。

こうなった原因は明白。



油断。
その一端の感情が、諏訪子の口から血を零させたのだ。


975 : かぜなきし ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 23:00:01 Qw0nnXD20


「さては諏訪子、アンタ早苗の名前が放送になくて、つい油断したんじゃないかしらねぇ?」



対する神奈子の表情は、歓喜と悲哀の入り混じった複雑なモノ。
神奈子だって早苗が生きていた事を喜ぶことはできる。
しかしあの時の決着はもう過ぎてしまった。であらば、勝者は敗者を弑するのみ。
そしてその諏訪子の血に塗れた手で、今度は早苗を殺すのだ。


生きているから殺すことが出来るなんて、堂々巡りな考えだとも思う。
それでも家族を殺す決心は重い。
重いが故に、いざ殺すという段階まで来てしまうと躊躇が邪魔をしに来てしまう。




「安心しな。私がちょっと動けば、アンタの心臓を一瞬で掻っ捌く事が出来る。
 ……アンタが苦しまないようにやってやるから、さ」



神奈子は発射した御柱に釣り糸を垂らし、同時に『ビーチ・ボーイ』のスイッチにしていた。
相手が自発的に触らずとも命中するだけで相手の心臓まで針を持っていける。
諏訪子の動きが鈍った数秒で、ここが狙いどきだと踏み込んだのだ。


決心を固めるかのように言葉を捻り出す。
腹から刺したのだ。もう針が心臓に辿り着いている頃合だろう。
ここで殺せなければ、恐らく早苗に再会しても殺すことは出来ない。
だから悔いが無いように、最期の言葉を聞いて死に際を見届けておく必要がある。
そうありたくないという願いを込めて。なるべく苦しまないように殺すことが、せめてもの救いになると信じているから。


976 : かぜなきし ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 23:00:51 Qw0nnXD20



「どうやら向こうは終わったみてェだな」


「諏訪子……!」


二柱の激突が終わっても、ウェスとリサリサの戦いはまだ終わらない。

先の反省を踏まえて、ウェスは相手の攻撃を逸らす事を重視している。
執念で持ち堪える事は出来たが、リサリサの波紋エネルギーは確かに強力。次食らってまた耐えれるとは思い難い。
優勝の為に勝ち残る。その為には死に様を晒すなんてできやしない。だから攻撃の手も緩める事はない。
回避に専念して攻撃頻度を増やすなんて、理論が破綻している。
それでも愛故の執念を抱えて。愛する家族の為にその輝きを燃やすのだ。

だが、リサリサの方も中々崩れない。
池の水面に波紋を通して立っている以上、周りは波紋が通る物質だらけだ。
蹴り上げた水に波紋を流せばたちまち即席の防護壁になるし、アメリカンクラッカーの表面を濡らせばもう一度波紋を流すことだって出来る。
体力勝負になれば勝てる自信があるが、それでは諏訪子を助けに行く時間が無い。
クラッカーブーメランの技は見切られている可能性があるから使い辛いが、だからと言ってこちらも攻撃の手を緩める事は叶わず。
家族愛を反故にする者は断じて許しておけない。その一心で相手を対処する。


二人の戦闘はまさしく一心不乱。
ある意味、二柱の激突が終了したという事に気付たのは幸運だったのかもしれない。
敵以外をほぼ見ていない。敵以外の情報を与さない。全く考慮しない。
血の激流に身を任せず、ただ己が使命を以て相手を打ち倒す事のみ。
先程まで赤の他人だったのに、今では互いを双眸で睨み付け合っている。
気と気の鍔迫り合い。


弾幕のように塊が押し寄せる。
リサリサが波紋で非晶質のようにした水の一群を、ウェスは造作もないように摩擦熱で燃やし尽くす。

丁度、その時だった。
ウェスの頭にアイデアが浮かんだのは。


ここで起死回生の策を生み出せたのは、偶然か。
それとも、もしかしたら運命だったのかもしれない。

水という舞台さえ無ければ。二柱の決着を見てさえいなければ。
そもそも先の徐倫との戦闘でこの方法を思い付きさえしなければ。
この状況に対して、非常に効果覿面な苦肉の策なんて決して思い浮かばなかっただろう。


977 : かぜなきし ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 23:01:49 Qw0nnXD20



予備動作は長く。しかしこの会場では反則級の威力を誇る天災。

自分さえ陸地に居れば、絶対に喰らうことはない。

それでいてリサリサ以外にも、神奈子や諏訪子でさえも攻撃範囲に入れてしまう程、強力無慈悲な神の力。





ゴ  ロ  ッ  ―――!




空気が震える。

音が、風が、流れている緊張が。互いの波長が干渉し合う。




その血に。
その地に。
その池に。
その痴に。
その霊に。
その鉤に。



捷急たる雷霆が。
そして神が、裁きを下すのだ。


978 : かぜなきし ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 23:02:54 Qw0nnXD20


その流れにいち早く気付いたのは神奈子だった。
風雨の神としての本質が、変化した風向きに敏感に働いた。


―この池に、雷が落ちる。


自分に降りかかってくる禍を避けるだけなら造作もない。
だが辺りは一面の水。あの目付きの悪い少年の仕業であれば、間違いなく感電狙いだ。どこに落ちるかは皆目見当も付かない。
どこに落ちるかも分からぬ雷をピンポイントで一点操作するのは至難の業。
山勘が当たればラッキー、外してしまえば死のリスクがかなり高まる。

そして、落雷の後に死ぬ可能性があるのは諏訪子も同じだ。
自分が殺すならまだしも、赤の他人の悪意に滅ぼされてしまうのは許せない。
家族間の問題は当事者とその家族以外が関わって良いものではない。
神聖な領域を犯されるのは、それこそ神として裁きを下さねばならない問題だ。

だが、あの少年は天候を操っただけ。喩え殺したとしても神罰は落ちてしまう。
かと言って、逃げる事はそれ即ち諏訪子の首を他人に委ねる事となる。家族としてその行動は取れない。
今すぐ諏訪子を殺すという選択肢もあるが、急ぎで無造作に殺すのは家族としてどうなのか。
それに、殺すまでの間に雷は落ちる。それでは自分も死ぬリスクが出てくる。



時間は刻一刻と迫っている。
陸上まで、あと数mの位置。

背に腹は変えられない。
この方法なら成功するという淡い期待を背負って、神奈子は行動を起こす。

もしかしたら、心のどこかでは家族を、諏訪子を殺したくないと思っていたのかもしれない。



「うぉらぁっ!!」



『ビーチ・ボーイ』の竿を大きく振る。
衝撃を倍にして返すその糸も、何にもぶつからなければ諏訪子を苦しませることはない。
重心を下ろして、なるべく飛距離が稼げるように構える。

これで諏訪子を陸に揚げたら、後は風に乗って自分の体が水に触れないようにすれば良い。
まだ雷が落ちるまで1,2秒はある。感電を免れられるはずだ。

だが、そこからすぐに諏訪子を殺してしまうのは惜しい。
さっきまで抱いていた殺意は気付けば薄れていた。こんな状態で幕引きを迎える、というのは何故か忍びない気がする。


(諏訪子との決着はまた延期になるのかねぇ……つくづく悪運が強いよ、アンタは)


諏訪子が生きているからか、それとも雷を避けれたからか。
はたまた、愛する家族を自分の手に掛けずに済んだからか。

自分が嬉しそうな顔を浮かべている事に神奈子は気付いていない。


979 : かぜなきし ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 23:04:05 Qw0nnXD20




ウェスもまた、口角が釣り上がるような感触があった。
3人纏めて始末する体勢が整ったのだ。


「じゃ、仕舞いだ」


雷が間もなく落ちてくる。
相手は今手刀を放ったところだ。これを空気の層で逸らしてしまえば共倒れになる事はない。
感電して気絶した相手を殺すのはとても簡単だ。
そして、逃がさない為にもウェスは超局所的な結氷でリサリサの足元を凍らせる。
相手の手刀は止まらないが、それでも構わない。

あとはワンアクション起こすだけ。

いざ、空気の層を生成して手刀を逸らして……



ビリッ、とした感触が体を伝わった。



「なッ……」


空気の層で手刀を逸らした。そこまでは良い。
だがその直後、首筋に水か何か、冷えたものが当たったのだ。
何故当たったのか理解ができない。手刀はしっかりと方向は逸らしたし、他の挙動は見ていない。

充分な思考も出来ぬまま立ち尽くすウェスの体に雷の物とは違う痺れが走る。


彼にとって本日二度目の波紋。
それは漸くウェスの執念を上回り、彼を気絶させるに至ったのだ。




「なんとか、相討ちに持っていけたわね……」


リサリサは波紋を使って、指に水の塊をくっつけていた。
さながら、カーズの流法(モード)である『輝彩滑刀』のような攻撃法。
軌道が逸れてもそれさえ当たれば波紋を流して相手を無効化出来るかもしれない、という無謀な賭け。
結局成就したから良かったものの、これ以外の選択肢が浮かばなかった以上失敗したら確実に死んでいた。


しかし、リサリサの方も動くにはもう遅い。
雷が落ちるまでに足元の氷から抜け出すのは不可能。







そして、豪快な音と共に。

雲と雲の隙間から、神の鉄槌が下るのだ。




─────────────────────────────


980 : かぜなきし ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 23:05:08 Qw0nnXD20






瞼が軽い。

恐る恐る目を開ける。倒れる直前と一致する光景に安堵する。


寝ている間に雨で冷えた体を、奮い立たせて起こす。


この場所で何が起こったのは分からないが、惨状は眼に伝わってくる。


ならば進むのみなのだろう。




使命がある。使命を持って、行動する。

その重要性を分かって行動する事は、常に大切だ。



倒れる直前に、使命を持って大きな事を成し遂げた。

喪った物もあったが、必要な犠牲だった。


それは確かに大躍進となったが、まだ歩数は足りない。




まだ、やるべき事は沢山残っている。


ゆっくりと、寝惚け眼を起こしつつ、歩みを進める。








─────────────────────────────


981 : かぜなきし ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 23:06:57 Qw0nnXD20




【真昼】D-2 猫の隠れ里 とある日本家屋







「……結局、あのまま殺すのは癪だと思っちゃったけど。実際どうなんだろうねぇ……」



諏訪子とは絶対に決別しなければならないと思っていた。
戦っていた時は勿論決別する気でいたし、殺すつもりでもいた。

なのに、躊躇してしまった。
心臓を捉えた時、心が葛藤していた。切り捨てられない迷いがあった。
諏訪子が最期に何をするかを見届けなければ、引き金を絶対に引けなかった。
だから、外からの悪意という名目で、諏訪子を自分で殺す事から無意識の内に遠ざかった。

雷から逃れたあと興醒めしてしまったが、あれも殺したくなかったからなのかもしれない。
自分の手で家族を殺さなければならないと決めたのは私自身なのに、こうして諏訪子を寝台の上に運んで来てしまっている。


私は自分の事を、諏訪子の事を、早苗の事を……果たしてどう思っているのだろう。


この『儀式』に身を投じた以上、殺さなければならない間柄なのは明白だった。
だからこそ諏訪子とはあの頃のように殺意剥き出しで戦えると思っていたし、早苗を悪意から守る為に殺さなくてはならないとも思っていた。
なのに、諏訪子も早苗も。漸く殺せるという段階で、何かがどうしようもなく怖くなって……結局殺すに至れなかった。


自分の手で苦しませずに殺さなければならない。愛情や家族愛を持って諏訪子や早苗を殺せるのは自分だけ。
それは他の誰よりも分かっていたはずなのに。
だからこそ、既に人殺しの烙印を背負っているはずなのに。


この身の行く道は、信仰の中に在り。
それを露ほども疑いもせずに。

そうして来た自分の道のりが、今となっては分からない。




「……そう、だ。ディアボロ……だったか。」


子を自分の手に掛ける様をありありと見せ付けてきた、その男。
根元にあった感情は一緒だったのかもしれないが、今となってはどうなのか皆目検討も付かない。

だから、話を聞けば自分の気持ちに整理が付くかもしれない。
何か光明が見えるかもしれない。



四畳間の部屋で意識を失っている諏訪子にもやもやした感情を抱きながら、神奈子は屋敷の外を見る。
未だに雨は降っているが、風雨の神たる神奈子にはそんな事関係ない。


向かうは、ディアボロの事を知っているであろう紫毛の少年。

……諏訪子を、愛する家族を殺せるか否かは、それからなのだろう。



───────────────────────────────────────────────――


982 : かぜなきし ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 23:07:51 Qw0nnXD20


【真昼】D-2 猫の隠れ里 入り口付近の樹上




指を忙しなく動かしていく。
頭の中の理想の記事像を捻り出して、際限なく形にしていく。
ウェスを地表まで送り届けてやってから早くも30分以上が経過しているが、その間ネタが溢れに溢れているせいで記事を書く手が止まらない。
それに放送直後に来た更新分リストの内容もネタの宝庫で、こちらも健啖せざるを得ない。



「でも凄かったわ……!!守矢の二柱の激突、ウェスと長髪の女の攻防、そして落雷!シャッターチャンスに困らなさすぎる!!」


もう既に怪雨の辺りの内容は書き終えているが、博麗の巫女を追跡しなかった結果がこのネタの大嵐だ。
場面ごとの切り取りを考え、記事の文章を推敲し、一つの見出しを作るという長い作業が、いつもより楽しく感じる。
現に文字キーを打つ手が止まらない。八雲紫の記事を書いた時以上の興奮すら覚えている。

それは実地に赴き記事を書く事の楽しさを知ってしまった故の興奮か。


……でもやはり、生で見た殺人事件は衝撃的で。



「やっぱり、あんなのは記事に書けないでしょ……どう見たって不可解過ぎるし……」


否、違う。
不可解だからという理由で正当化しているが、本当は書けるけど書けないだけだ。
余りにも生々しいその死に方は、直接脳裏に焼き付いてしまった。
肝心の殺人の瞬間こそ見ていないがあんな死体を見せ付けられてしまっては、誰だって寒気立つ。
こればかりはネタを取り逃がして良かった、とさえも思えてしまうほど。



「……駄目ね、私。『過程』を取って『結果』に行き着けないよりはマシよ。大丈夫、私は平気なんだから」


ちらりとウェスの方向に顔を向ける。
まだ長髪の女と仲良く寝ているが、幸いどちらも生きていた。

ネタを自ら生み出してくれるウェスが気を失っている以上、今は大人しく記事を書くに限る。
ウェスを即刻起こせるような劇薬があれば早速それを使って記事探しに向かうのだろうが、生憎とそんな持ち合わせはない。
はたては仕方なく、次の記事のレイアウトを考える。



そんな折だった。
変わり映えのしない眼前の光景に、一人の来訪者が現れたのは。


983 : かぜなきし ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 23:09:36 Qw0nnXD20



「なんだろ。確かあの少年ってトリッシュって呼ばてれた少女が惨殺された辺りで地べたに寝転がってたけど……」


その少年の足取りは、目的をしっかりと見定めた動きをしていた。
それこそ、ウェスかあっちの女の知り合いであるかのような動き。

……感動の再会なんて物は記事にする程の物でもないな、とはたては思った。
そんなクサい記事なんかどこの誰にもウケない。よって書く必要もない。
とは言えど、ウェスの弱みを握る貴重なチャンスかもしれないのだ。
一応目はそちらの光景に集中させておく事にする。



「もしかしてアレが『手を出すな』ってウェスが言ってた人間かな?」


そう思った矢先だった。


その少年は長髪の女の方に歩み寄ると、少ししゃがんだ。




そして、何かを拾い上げて――



「ちょ、ちょっと……!いやそんな、えっ」




――女の頭に、力一杯振り下ろした。


何度も。執拗に。
血が撥ねても全く気にせず、機械的に。

殺意よりも、むしろ冷酷さの方が強く滲み出た顔で。






歴戦の波紋戦士は、最愛の家族に愛を打ち明けられず。

家族とも、吸血鬼とも、柱の男とも関係ない悪意によってその幕を閉じた。





【リサリサ@第2部 戦闘潮流】死亡
【残り51/90】


984 : かぜなきし ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 23:10:25 Qw0nnXD20



気持ちが逆流しそうになる。
胃の中身は幸い無かったが、それでも精神的に負った傷は深い。


『遊び感覚』で殺された秋穣子。
『残忍性』や『無邪気』で殺された多々良小傘。


この二パターンの殺人を見ていても、それらとはまた別格の恐ろしさを感じる。
人が機械に殺されるような。感情移入もなしに、突然幕が開けた殺人シーンは見るに耐えなかった。
それも、年端も行かぬ少年があんな無表情で。



「何よ、あれ……あんなの、人の、人の命をそこら辺の雑草みたいに扱って……!」



シャッターチャンスではあった。だがあれは記事として許されない。あんな物が、世にあっていいはずがない。
他人を殺すのは当然という雰囲気で殺人を行う人間なんて、道徳的にあってはならない。
余りの惨さに、精神がどうにかなりそうだった。

小傘の死の時も味わったが、誰かの死によって妖怪の精神が抉られるなんて、尋常ではない。
あろうことがそれも、妖怪より格下であるはずの人間によってだ。



ふと我に返ると、襲撃者は遺骸の頭が形を留めなくなるまで叩いていた。

そして、その矛先は今度はウェスの方へと。



もう、人の殺される様を直で見たくない。
はたての心が、またしても警鐘を鳴らしている。
殺害現場を止めるのは新聞記者としてあるまじき事。それでも、あんな死に様は二度と見たくない。
ウェスがここで起きてくれれば、全てが解決する。
でもそんな幻想は起こるはずもないと肌で感じている。

こんな現場からとっとと逃げ出したいが、新聞記者としての自分がその感情にストップを掛けている。
耳障りな音がすると思えば、自分の奥歯がガタガタと震えている。

何をするのが正解なのか。
逸る気持ちはその答えを瞬時に出せるほど落ち着いてはいない。


985 : かぜなきし ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 23:11:31 Qw0nnXD20


「うわぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁあああっっっっっっ!!!!」


気付けば、襲撃者の方向に駆け出していた。
ウェスを助けようという良心が働いたのか。
それとも、ウェスが死ねばネタを生み出してくれるヤツが居なくなるという我が身可愛さな理由で動いたのか。



「遠写―『ラピッドショット』!!」


鱗弾を縦横無尽に撃ち出していく。
無我夢中だった。襲撃者に立ち向かう事がたまらなく怖い。
でも、あんな殺人がもう一度行われる方がもっと怖かった。









――そこから先は、あまり覚えていない。
気付けば襲撃者は居なくなっていた。

残っていたのは、私と、まだ目を覚まさないウェスと、顔が潰れるまで殴られた女の遺骸。
脅威が去ったとしても人が死んだという事実は不変だ。



「……うぇっ、ひっ、っく、ぅあああ……っ!!」



声を上げて、泣いていた。
新聞記者としての身を投げ出して、一介の少女として。
水面に映るぐしゃぐしゃな顔が目に入ってきても、今はただひたすらに泣くしかなかった。




───────────────────────────────────────────────――


986 : かぜなきし ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 23:13:01 Qw0nnXD20


【真昼】D-2 猫の隠れ里 とある日本家屋



【八坂神奈子@東方風神録】
[状態]:体力消費(中)、霊力消費(大)、右腕損傷、早苗に対する深い愛情
[装備]:ガトリング銃(残弾70%)、スタンドDISC「ビーチ・ボーイ」@ジョジョ第5部
[道具]:不明現実支給品(ヴァニラの物)、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:主催者への捧げ物として恥じない戦いをする。
1:『愛する家族』を殺せなかった。……私が殺さなければならないのに。
2:あの少年から話を聞く必要がある。(ディアボロとは?)
3:DIO様、ねえ……
[備考]
※参戦時期は東方風神録、オープニング後です。
※参戦時期の関係で、幻想郷の面々の殆どと面識がありません。
 東風谷早苗、洩矢諏訪子の他、彼女が知っている可能性があるのは、妖怪の山の住人、結界の管理者です。
 (該当者は、秋静葉、秋穣子、河城にとり、射命丸文、姫海棠はたて、博麗霊夢、八雲紫、八雲藍、橙)


【洩矢諏訪子@東方風神録】
[状態]:霊力消費(大)、右腕・右脚を糸で縫合(神力で完全に回復するかもしれません。現状含め後続の書き手さんにお任せします)
    体力消費(中)、内蔵を少し破損、気絶中(意識不明)、濡れている
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:荒木と太田に祟りを。
1:神奈子が何を思って行動しているのか、知らなければ。
2:早苗が、生きている……?
3:守矢神社へ向かいたいが、今は保留とする。
4:信仰と戦力集めのついでに、リサリサのことは気にかけてやる。
5:プッチ、ディアボロを警戒。
[備考]
※参戦時期は少なくとも非想天則以降。
※制限についてはお任せしますが、少なくとも長時間の間地中に隠れ潜むようなことはできないようです。
※聖白蓮、プッチと情報交換をしました。プッチが話した情報は、事実以外の可能性もあります。


987 : かぜなきし ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 23:13:31 Qw0nnXD20


【真昼】D-2 猫の隠れ里 入り口



【姫海棠はたて@東方 その他(ダブルスポイラー)
[状態]:霊力消費(中)、人の死を目撃する事への大きな嫌悪、雨と見紛わない程の涙、濡れている
[装備]:姫海棠はたてのカメラ@ダブルスポイラー、スタンドDISC「ムーディー・ブルース」@ジョジョ第5部
[道具]:花果子念報@ダブルスポイラー、ダブルデリンジャーの予備弾薬(7発)、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:『ゲーム』を徹底取材し、文々。新聞を出し抜く程の新聞記事を執筆する。
1:今はずっと泣いていたい。
2:レイアウトが決まったら続報を配信予定。
3:岸辺露伴のスポイラー(対抗コンテンツ)として勝負し、目にもの見せてやる。
4:『殺人事件』って、想像以上に気分が悪いわね……。
5:ウェスを利用し、事件をどんどん取材する。
6:死なないように上手く立ち回る。生き残れなきゃ記事は書けない。
[備考]
※参戦時期はダブルスポイラー以降です。
※制限により、念写の射程は1エリア分(はたての現在位置から1km前後)となっています。
 念写を行うことで霊力を消費し、被写体との距離が遠ければ遠い程消費量が大きくなります。また、自身の念写に課せられた制限に気付きました。
※ムーディー・ブルースの制限は今のところ不明です。
※リストには第一回放送までの死亡者、近くにいた参加者、場所と時間が一通り書かれています。
 次回のリスト受信は第二回放送直前です。
※花果子念報マガジン第4誌『【速報】博麗霊夢・空条承太郎再起不能か!?』を発刊しました。


【ウェス・ブルーマリン@第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:気絶中、体力消費(極大)、精神疲労(中)、肋骨・内臓の損傷(中)、左肩に抉れた痕、服に少し切れ込み(腹部)、濡れている
[装備]:ワルサーP38(0/8)@現実
[道具]:タブレットPC@現実、手榴弾×2@現実、不明支給品(ジョジョor東方)、ワルサーP38の予備弾倉×1、ワルサーP38の予備弾×7、救急箱、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:ペルラを取り戻す。
1:この戦いに勝ち残る。どんな手を使ってでも、どんな奴を利用してでも。
2:はたてを利用し、参加者を狩る。
3:空条徐倫、エンリコ・プッチ、FFと決着を付け『ウェザー・リポート』という存在に終止符を打つ。
4:あのガキ(ジョルノ)、何者なんだ?
[備考]
※参戦時期はヴェルサスによって記憶DISCを挿入され、記憶を取り戻した直後です。
※肉親であるプッチ神父の影響で首筋に星型のアザがあります。
 星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※制限により「ヘビー・ウェザー」は使用不可です。
 「ウェザー・リポート」の天候操作の範囲はエリア1ブロック分ですが、距離が遠くなる程能力は大雑把になります。
※主催者のどちらかが『時間を超越するスタンド』を持っている可能性を推測しました。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。
※ディアボロの容姿・スタンド能力の情報を得ました。


※猫の隠れ里 入り口の付近に、地下水脈を汲み上げた池が出現しました。


───────────────────────────────────────────────――


988 : かぜなきし ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 23:14:27 Qw0nnXD20


【真昼】D-2 猫の隠れ里 外れ






高揚感は無かった。
ただ、ボスの為を思って邪魔者を一人消しただけだ。そこに与する感情は何もない。

強いて言えば、目的達成への一歩を踏めた事への喜びか。



「ボス、ぼくはまた腹心として帝王に還り咲いたあなたの手助けをしたい―」


その為の道のりは、長い。
これは使命だ。ジョルノ・ジョバァーナのスタンドの影響を脱したのが運命なら、再び帝王の座に戻るのは必然。
ならばその為の手助けをするだけのこと。



しかし邪魔が入ってもう一人を消せなかったのは申し訳が付かない。

あの羽を生やした女の攻撃は『エピタフ』の予知で簡単に避ける事が出来た。
更にあそこからアメリカンクラッカーを投げれば、一気に二人始末出来たかもしれない。
だが相手の能力が『グリーン・デイ』のように広範囲に及ぶかもしれない以上、長居は『勇気』ではなく『無謀』となる。
『エピタフ』を使っていても、相手の攻撃が目視不可能であれば簡単に負けてしまう。
それ故に見逃した。遺体から紙を奪取した以上、また体勢を立て直して不意打ちすれば良いだけの話なのだから。



少年は雨模様を陽気に進んでいく。

胸には使命を、腕には血濡れた凶器を携えて。



───────────────────────────────────────────────――


【真昼】D-2 猫の隠れ里 外れ


【ドッピオ@ジョジョの奇妙な冒険 第5部 黄金の風】
[状態]:体力消費(小)、精神力消費(中)、濡れている
[装備]:アメリカンクラッカー@ジョジョ第2部
[道具]:メリーさんの電話@東方深秘録、不明支給品(現代、リサリサの物。本人未確認)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:ボスの腹心として、期待に沿える。
1:ボスの為に、参加者をブチ殺す。
2:ボス……ぼくはあなたの役に立ちましたか?
3:ボスを守る立ち回りをする。
[備考]
※ディアボロの人格とは完全に分離しました。よって『キング・クリムゾン』は持っていません。


989 : ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 23:15:00 Qw0nnXD20
これにて、投下を終了させて戴きます。


990 : かぜなきし ◆e9TEVgec3U :2017/12/19(火) 23:15:11 Qw0nnXD20
これにて、投下を終了させて戴きます。


991 : 名無しさん :2017/12/20(水) 02:53:42 okOzYMjk0
り……リサリサまで……
カーズ様ウィンウィン過ぎね?


992 : 名無しさん :2017/12/20(水) 03:23:21 aU0TZyf20
がはァッ!リサリサも逝ったあ!
よく考えたらマーダー3人、はたて入れたら4人居るのかここ…そりゃ死ぬよ
全編渡って描写される神奈子と諏訪子の剥き出しの感情が心に来る。ここの守谷は切ない…
そしてはたてが初めて直接的な形で善行を遂げましたね。最終的に彼女が出す答えがとても楽しみだ
リサリサは残念だったけど、最期までジョセフを想う姿は彼女らしかった。投下乙でした


993 : 名無しさん :2017/12/26(火) 20:28:28 /huuMFZk0
そろそろ次スレを建てる時期ではなかろうか


994 : 名無しさん :2017/12/27(水) 11:55:30 rUt18DNA0
企画主さんが長らく不在ですので、書き手のどなたかが代行で立てて頂く形となりますね。


995 : ◆YF//rpC0lk :2017/12/27(水) 20:30:48 xLs4cWjo0
誠に申し訳ございません。企画主ですが生きてはいます
完全にサボってるだけです
次スレは建てましたのでご勘弁を
以下次スレです

ジョジョ×東方ロワイアル 第八部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1514374122/


996 : 名無しさん :2017/12/30(土) 21:12:19 Ag8/WOvM0
新スレも建ててもらったことだし、たっぷり!スレを埋めましょうか!
いやぁそれにしても、このスレもまた良作揃いでござったなぁ……


997 : 名無しさん :2017/12/30(土) 23:43:50 1HsZjmPc0
来年もよろしくお願いします


998 : 名無しさん :2017/12/31(日) 22:51:39 mpLe34ec0
埋め
この年の瀬に企画主さんが顔を出して何かほっとしました


999 : 名無しさん :2018/01/02(火) 11:22:56 1C/Za6Lg0
企画主さんもまたジョ東ロワを見て下さっている
そーいうことに幸せを感じるんだ


1000 : 名無しさん :2018/01/02(火) 22:25:42 qFVHeLQI0
1000ならDIO様優勝


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