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シンデレラガールズ・バトルロワイアル

1 : ◆M88aNVd6pU :2016/07/03(日) 23:18:52 Oh3UoTXI0

今日は皆さんに、ちょっと殺し合いをしてもらいます。

※当スレッドは現行の「モバマス・ロワイアル」様とは一切関係ありません。
 ◆M88aNVd6pUによる別企画となります。

【参加者名簿】
○/○/○/○/○/○/○/○/○/○
○/○/○/○/○/○/○/○/○/○
○/○/○/○/○/○/○/○/○/○
○/○/○/○/○/○/○/○/○/○
○/○/○/○/○/○/○/○/○/○
○/○/○/○/○/○/○/○/○/○

60/60

・登場可能なのは「アイドルマスター シンデレラガールズ」のオリジナルアイドルのみ。
(765アイドル、アニメの武内プロデューサーなどはご遠慮ください。韓国限定アイドルは有り)
・登場話が投下された時点で確定。
・一回の登場話で登場可能なのは最大四人まで。


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2 : ◆M88aNVd6pU :2016/07/03(日) 23:19:41 Oh3UoTXI0
【基本ルール】
・全員で殺し合いをしてもらい、最後まで生き残った一人が勝者となる
・ゲームに参加するプレイヤー間でのやりとりに反則はない
・ゲーム開始時、プレイヤーはスタート地点(場所不明)から麻酔で眠らされ、MAP上にバラバラに配置される
・プレイヤー全員が死亡した場合、ゲームオーバー(勝者なし)となる
・会場から逃げ出すことはできない

【スタート時の持ち物】
・基本的にプレイヤーがあらかじめ所有していた武器、装備品、所持品は全て没収
・ゲーム開始直前にプレイヤーは以下の物を支給される
「デイパック」「スマートフォン」「水」「食料」「懐中電灯」「ランダム支給品1〜2個」

「デイパック」→他の荷物を運ぶための小さいリュック。鞄などの類であればなんでも可
・スマートフォン
 バッテリーはフル活用しても3日はもつ。ネット接続やメールなどは不可。
 デフォルトでルール解説動画、時計、地図、メモ帳、コンパス、名簿(時間経過ごとに徐々に解禁)機能が導入されている。
・懐中電灯
 一般的な懐中電灯、どんな使い方をしてもバッテリーは三日は持つ。
・水と食料
 成人男性三日分。
・ランダム支給品
 現実の物資、またはアニメやゲーム「アイドルマスター」「アイドルマスター シンデレラガールズ」などに登場する道具が支給可能

【「首輪」と禁止エリアについて】
・参加者は全員、首輪を付けられている。
・主催はこの首輪をいつでも爆破させ、命を奪うことが出来る。
・参加者が禁止エリアに侵入した場合、30秒の猶予を与え、それでもなお禁止エリアにとどまった場合参加者は死ぬ。
・24時間誰も死ななかった場合、全参加者が死ぬ。
・定時放送は六時間ごとに行われ、禁止エリアは放送内で指定。
・また、72時間経過した時点で参加者が2人以上いる場合、その時点で生き残っている参加者は全員死亡。

【放送について】
・放送は6時間ごとに行われる。
・また、従来の形式とは違い、各自が所持している多機能タブレットに定刻に配信される。
・放送内容は「禁止エリアの指定」「死亡者の読み上げ」の二点
・放送終了後、名簿機能と地図機能が更新される。
 名簿アプリは死者の名前が赤くなり、地図アプリの禁止エリアはエリアの表記色が変わる。

【地図】
・原作、バトルロワイアルより沖木島
ttp://imgs.link/UIRHew

【作中での時間表記】
 作中は朝スタート。

 深夜:0〜2
 黎明:2〜4
 早朝:4〜6
 朝:6〜8
 午前:8〜10
 昼:10〜12
 日中:12〜14
 午後:14〜16
 夕方:16〜18
 夜:18〜20
 夜中:20〜22
 真夜中:22〜24

【書いてもいいぜ!って方へ】
・初心者から経験者の方まで、誰でも歓迎。
・予約の際はトリップ必須、ゲリラ投下の場合は名無しでも大丈夫です。
・予約期間は3日、延長なし。
・自己リレー可能、ただしあまり進めすぎないように。


3 : ◆M88aNVd6pU :2016/07/03(日) 23:19:57 Oh3UoTXI0
 男だ。男が立っている。
 いち、にい、さん、しい、と指差しながら、何かを数える一人の男が立っている。
 彼が鼻歌でも歌うかのように数えているのは、狭い体育館の冷えきった床の上で眠っている、女性の姿だ。
 彼女たちには一つ、共通点があった。
 それは、彼女たちは全員アイドルであるということだ。
 ひとくくりにアイドルと言えど、それは日本中に名が知れ渡った一流のアイドルや、まだまだ駆け出しのひよっこと様々だったが、彼女たちは確かにアイドルであった。
 そんな玉石混交のアイドルたちが一堂に会し、一様に眠りについているという、誰がどう見ても異様な光景。
 それらを眺めつつ、そして朝の散歩でもするかのように舞台の上を歩きながら、しかし男は笑っていた。
 こつ、こつ、と革靴がフローリングを叩く。無機質な笑い声と足音は冷えた空気を揺らし、体育館の中に溶け、静寂の中に消えてゆく。
 舞台に電気は点いていない。冷えた空気の中笑う男の姿もまた、異様そのものであった。

「う……ん……?」

 一人、目覚めた少女が目を擦りながら、ゆっくりと起き上がる。
 柔らかいベッドの上ではない事と、自分の周りに無数の人間が倒れていることに気が付くと、少女は小さく悲鳴を上げた。
 それを引き金に、一人、また一人と起き上がり、最初の彼女と同じように、辺りの異様な光景を見て小さく悲鳴を上げ、今置かれている状況の異常さを認識していった。
 なにかが、おかしい。
 いいやそれよりも、この状況は何がどうなっているのか、と。
 そして最後の一人の小さな声が上がった時、ぱん、と何かが弾けるような音が響き、体育館の明かりが点灯する。
 全員が眩しさに一瞬目を細め、やがて恐る恐る音のした方を向いた。

「ようこそお集まりいただきました……いや、私達が集めたんですが」

 彼女たちの視線を全て引き受けながら、男は言葉を続ける。
 爽やかで気持ちのよい笑みだと思った、だからこそ彼女たちは恐怖した。
 その笑みは、この状況で見せるにしては明らかに異常と呼ぶべき表情だったからだ。

「前置きはナシにして、単刀直入にお話しましょう」

 そんな彼女たちの思いを見透かしてか、遮るようにこほん、と小さな咳払いを一つ。
 胸の前で組んだ手をゆっくりと広げながら、男はにこりと笑い一息に吐き出した。

「今日は皆さんに、ちょっと殺し合いをしてもらいます」

 瞬間、空気が凍て付く。
 少女たちの顔がみるみるうちに青褪めていった。
 誰もが困惑し、理解できないといった表情で男の顔をただただ見つめる。
 だが、男はそれを気にも留めず、一度手を叩き喜々として言葉を続ける。

「そう、それだけです! どんな手を使おうが、何をしようが構いません! みんな殺して、最後の一人になる! それだけです!」

 躊躇いもなく、さも当たり前のように語られる狂気的な言葉。
 その異常さに気づき始めた一部の少女は、ここで漸く身に降り掛かった現実を理解し、男の姿に怯え始めていた。
 しかし、多くの少女は声を押し殺し、互いに身を寄せ合い雛鳥のように震えている。
 ステージの上で輝かしい光を浴び、日向で生きてきた少女たちには、男の暴力的な狂気にあまりにも無防備で、そしてどうしようもなく、弱かった。
 そんな中、一人の女が鉛色の静寂を切り裂くようにすっと一歩前に躍り出る。

「……どうして、そんな事を?」

 震える唇で、しかし芯のある音で問いかけたのは、緑服に身を包んだ独特な髪の結い方をした女だ。
 そこに集められていた者達は、誰もが彼女のことを知っていた。
 346プロダクション事務員、千川ちひろ。誰もが知っていて、誰もが頼る優しい人。
 そんな彼女もまた、この場所に連れて来られていた被害者の一人だったのだ。

「……? 理由、ですか?」

 男はきょとんのした表情のまま、小首を傾げる。当たり前のことを何故訊くのか、と言わんばかりの表情だった。


4 : オープニング ◆M88aNVd6pU :2016/07/03(日) 23:20:59 Oh3UoTXI0

「そんなものが必要ですか? 理由がなければ出来ませんか? 仕事でなければ出来ませんか?」

 男は僅かに思案するような素振りを見せたが、やがて爽やかな笑顔に戻り、まくし立てるように問い返していく。
 その言葉の端々からも、男の異常さはひしひしと伝わってくる。
 それに圧倒されないように、ちひろはゆっくりと唾を飲み込む。

「……ああ。じゃあ、こうしましょう! 貴方に理由をあげますよ! ちひろさん、後ろを向いてもらえますか?」

 男は特に怯える様子もなく、笑ったままちひろにそう語りかける。
 どういうことなのだろうかと思いながらも、ちひろはゆっくりと男に背を向けた。
 じっとそれを見つめていた男は、ちひろが完全に背を向けた、つまり彼女達の方を向いたのを見て、懐から何かを取り出した。

 そして、それをちひろに向け、かちりと何かを押した時。

 ぴーーーーっ、と長い警告音が鳴り響いた後、ぼんっ、と軽い破裂音が鳴った。

 舞い散る赤と、膝を折り派手に倒れ伏す人間……いや、ただの肉塊。
 それが生きていないことは、誰の目にも明らかであった。
 そして、人が一人死んだということを誰もが認識した時。

 狭い体育館は、甲高い悲鳴と恐怖の音色で包まれた。

「静粛に!!!」

 それを静めるように、男が珍しく声を荒げる。
 半狂乱になっていた者も、そのただならぬ声を聞いて我に返り、男の方を向いていく。
 全員が男の方を向いたのを確認した所で、男はネクタイを締め直しながらもう一度ねっとりと笑って、言葉をゆっくりと続いていく。

「えー、ご覧のとおり、皆さんの首には、頸動脈を吹き飛ばすくらいの小さな爆薬が仕込まれた首輪を装着させて頂いてます!
 無理に外そうとしたりすると、今みたいにぼんっ、と爆発します!
 他にも爆発する条件は有りますが、それはあとで配られるスマートフォンを見て勉強しておいてください。
 この殺し合いを生き抜く上に必要な知識も、スマートフォンから得られますから、ちゃんと見ておくように」

 淡々と語る男の言葉は、もはや彼女たちには意味のない『音』としてしか認識されていない。
 人が一人、目の前で死んだという現実離れした光景は、彼女たちの常識を打ち崩すには十分すぎたのだ。
 それを知ってか知らずか、男は口を開き続ける。

「分かりましたか? 皆さんが選べる道は一つだけ。一つだけです。
 殺して、殺して、殺して、最後の一人になる。でなければ生き残れない、それだけです。
 単純明快なお話です。ね? 簡単でしょう?
 生きたければ、みんな殺してください。死にたければ、どうぞ死んでください」

 そう言い切った瞬間、ぱすっ、ぱすっ、とどこからともなく何かが射出される音が鳴り始めた。
 その音は途切れることなく続き、そして一人、また一人とその音に続くように倒れ伏していく。
 最後の一人になった所で、音の正体が麻酔銃であると気づいたとほぼ同時に、彼女の体にもそれが打ち込まれ、思考が泥のように溶けてゆく。

「では、またお会いしましょう」

 薄れゆく意識の中で聞こえたのは、最後まで笑ったままの男の声だった。




 真っ白に照らされた輝かしいステージは、この日この時この場所で、あっという間に遠い記憶のハリボテと化してしまった。
 針で風船を突く様に、魔法が一瞬で溶けたかのように、そこで彼女達のアイドルとしての何かが崩れ、溶け、消えてゆく。
 沈む意識から浮かんだ先は、血で血を洗う死の孤島。マイクを持った手で握るのは、人の命を奪う刃。
 夢の舞台に立っていた両足で踏みしめるのは、暗い闇で満ちた惨劇の大地。

 ライブの前置きはこれにて終わり。

 これは、ちっぽけなアイドル達の物語。

【千川ちひろ 死亡】
【バトルロワイアル スタート】

【主催者:????????】


5 : オープニング ◆M88aNVd6pU :2016/07/03(日) 23:22:22 Oh3UoTXI0
以上でオープニング再投下を終了します。

続きまして、僭越ながら◆A/.x7.RkxY氏の作品の代理投下をさせていただきます。


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6 : tetelestai ◇A/.x7.RkxY(代理投下) :2016/07/03(日) 23:23:02 Oh3UoTXI0
ぷかり、ぷかりと少女は浮いていました。
ふわり、ふわりと少女は揺らめいていました。

「ふわぁー」

朝の光が照らす冷たい海の上で、少女はとても気持ちよさそうにしていました。
髪も服も濡れるがままにぷかぷか、ぷかぷか、仰向けに浮かびながら空を見上げていました。
少女はどうしてこんな海のど真ん中にいるのでしょうか。
いくら悪い男の人たちとはいえ少女に麻酔をかけたまま海の上に放置なんてするでしょうか。
そもそも少女はいつから寝ていていつから起きていたのでしょうか。
分かりません。
きっと海の上の小島で目を覚めた少女が泳いで、いえむしろ流されてこんなところまで来てしまったのでしょう。

「おひさま……ぽかぽか……やさしいねー……」

少女はずっとそうして浮かんでいました。
自然と一つになるように、海に背中を預け、太陽に身体を包んでもらっていました。

「うみも……ふかくて……やさしいねー……」

ぷかぷか、ふわふわ。
ぷかぷか、ふわふわ。

ふと、空を見上げていた少女が浮かんだまま顔を横に動かします。
少女の視線の遠い、遠い先には小さな島がありました。
小さな小さな島です。

「こずえの……ものー」

その島に向かって少女は右手を伸ばし、ぎゅっと握りしめます。
小さな小さな少女の手ですが、これだけの距離があると、遠近法的に島も小さくなり、少女の手でも握りしめることができます。
ぎゅっ、ぎゅっ。

「こずえ……みんなだいすきー……。みんな……こずえのものー」

みんなはみんな、です。
60人だなんて仲間はずれなことを少女はしません。
きっと少女が同じ催しをしていたなら、そこにはみんながいたことでしょう。

「だからね……いいのー。いいよー」

少女は何かを許しました。
いいよって口にしました。
何を許したのかは分かりません。
ただ、みんながみんな、少女のもので、その少女がいいよって許してくれるのなら、それはいいよということなのです。

「みんな……おねがい……かなうといいねー」

少女がまた空を見上げました。
朝の空。眩しい空。
そこにきらりと光るものがありました。
朝方の流星群です。
空が眩しくて少女以外に気づいている人はいないかもですが、なぜだか少女には見えていました。


7 : tetelestai ◇A/.x7.RkxY(代理投下) :2016/07/03(日) 23:23:12 Oh3UoTXI0
「いーちー……にー……さーん……」

少女が数える合間にも星は次々と降っていきます。
ゆっくり数える少女の声では到底追いつけませんがその数何と60個もありました。

「いっぱいのきらきらー……みんなと……いっしょー……」

みんなとはアイドルのことです。
アイドルは星と一緒です。
きらきらと輝いています。
輝いて輝いて輝いて……そして。

「ふわー……。こずえ……ねるー……」

朝の光があまりにも気持ちくて、少女はうとうと仕出してしまいました。
ぷかぷか、ぶくぶく、ぷかぷか、ぷくぷく。
眠ったまま浮かんでいることのできない少女が、沈んでいきます。
いつか約束したように、本物の海の底へ、ぶくぶくとぶくぶくと。

「みんなー……さきに……いってるねー……」

少女の体は今や水面には出てなくて。
声を出しても届くはずなんてないのに少女はそう口にしました。
ぷくぷく、ぷくぷくと海の底へと沈んでいく少女は変わらず空を見上げています。
綺麗な光。海の底にまで届く太陽の光。

「ぷろでゅーさーの……ひかりー……」

だから届くのです。海の底にも海の底からも。
光は、届くのです。

「とどけー……」

少女は歌います。
海の底で歌います。
歌って歌って歌って、その歌声が聞こえなくなった時。
そこには誰もいませんでした。
海流に流されてしまったのでしょうか。流されるままにエリアの外に出て爆破させられてしまったのでしょうか。
少女の体は海の上に浮かび上がるでもなく、何処へと消え去ってしまいました。
誰に殺されるでもなく、誰かに殺させるでもなく、誰を殺すでもなく。

でも、心配することはありません。
きっと、少女はここにいるのです。
目に見えないだけで、大好きなみんなと一緒に、ずっとずっとここにいるのです。



【遊佐こずえ しぼうってなぁに?】


8 : ◆M88aNVd6pU :2016/07/03(日) 23:25:04 Oh3UoTXI0
以上で代理投下を終了させていただきます。
また、現時点で有効な予約を転載させていただきます。

11 名前: ◆wKs3a28q6Q[sage] 投稿日:2016/07/03(日) 02:12:33 ID:Q60nnJjo0
椎名法子と上条春菜を予約します

20 名前: ◆wNOg9dd82Q[sage] 投稿日:2016/07/03(日) 16:38:00 ID:pI64.Toc0
輿水幸子、緒方智絵里を予約します

21 名前: ◆Mqsp3xdQGA[sage] 投稿日:2016/07/03(日) 16:44:12 ID:2.hElmZA0 [2/2]
宮本フレデリカ、荒木比奈
予約します

23 名前: ◆adv2VqfOQw[sage] 投稿日:2016/07/03(日) 22:18:19 ID:/TkhRrI20
鷺沢文香、速水奏、大西由里子、予約

24 名前: ◆GhhxsZmGik[sage] 投稿日:2016/07/03(日) 23:15:46 ID:m3bixCyU0
ヘレン、木場真奈美、高峯のあ、 鷹富士茄子 予約します

以上、5予約です。
よろしくお願いいたします。


9 : 名無しさん :2016/07/03(日) 23:26:37 dshVFoF.0
>>1
一応元スレの方にもお知らせしておくべきかと


10 : ◆M88aNVd6pU :2016/07/03(日) 23:28:07 Oh3UoTXI0
>>6
ただいま告知の方を完了いたしました。
お手数をおかけいたしました。


11 : 名無しさん :2016/07/03(日) 23:43:12 AYZEW7Uc0
今の所パッション0なのか…
パッションの子の予約待っとるで


12 : ◆321096bNtI :2016/07/03(日) 23:46:23 N2U3G7e.0
村上巴 予約します


13 : 名無しさん :2016/07/03(日) 23:49:47 dshVFoF.0
なんかかっこいいトリの予約来た>3210


14 : ◆As6lpa2ikE :2016/07/04(月) 11:15:14 SjvoBUYw0
二宮飛鳥、橘ありす、森久保乃々で予約します


15 : ◆HwxFxc3wCA :2016/07/04(月) 22:44:59 5BZHzsRg0
浅利七海 予約します


16 : ◆Mqsp3xdQGA :2016/07/05(火) 00:57:15 9Wj4ZpBQ0
投下します。


17 : き・ま・ぐ・れ Reposons un peu! ◆Mqsp3xdQGA :2016/07/05(火) 00:57:57 9Wj4ZpBQ0

沖木島の北部に位置する鎌石村、その村役場にて。
こじんまりとした古い内装の屋内に職員は居らず。
しかし、二階の応接室にのみ二つの影が存在していた。

片方はボサボサの茶髪と眼鏡、ジャージといった垢抜けない容姿が特徴的な女性。
趣味は漫画を描くこと、オタク系アイドルの荒木比奈である。
もう一方は金髪と碧い瞳が特徴的な外人のような容姿の女性。
テキトーがモットー、パリジェンヌ系アイドルの宮本フレデリカだ。
対照的な二人のアイドルは、テーブルを挟んで椅子に座る。
お互いに決して負けるものか、と言わんばかりの険しい表情を浮かべていた。
そんな二人の震える手に握られているもの。
それは。


「さあさ、ヒナさん!早く引いて引いて!」
「ぐぬぬぬぬ……」
「早く引かないとフレちゃん待ちくたびれて干涸びちゃうよ!」
「そ、それはヤバいっスね!?」


そう、トランプのカードである。
比奈の手に握られているのは相手に見えぬように裏返しにされた一枚のカード、ハートのキング。
フレデリカの手に握られているのもやはり裏返しにされた二枚のカード、スペードのキングとジョーカー。
比奈はフレデリカの持つカードを睨むように凝視し、どちらを引くか悩んでいる。
右か。左か。果たしてどちらがジョーカーなのか。
何度も唸りながら比奈は悩み、迷い、そしてカードを睨む。
対するフレデリカは手札を構え、目をぱちぱちとさせながら比奈を見つめる。
殺し合いという状況下でありながら、二人は何をしているのか?
答えは簡単、日本人なら誰もが知っているであろう遊戯『ババ抜き』である。


「こ……これっス!」
「わお!?」
「おっ、よっしゃー!アガリっスー!!」
「そ、そんなバカなー!!フレちゃんが負けたー!!」


迷った末に比奈が手を伸ばし、フレデリカのカードを一枚引き抜く。
直後に比奈の表情がにこやかに明るくなる。
スペードのキング。ハートのキング。
二枚のカードが、捨て札の山に放り込まれた。
頭を抱えて大げさなショックを見せるフレデリカの手札はジョーカー一枚。
つまりフレデリカの敗北。ババ抜き第一戦目、荒木比奈の勝利である。


18 : き・ま・ぐ・れ Reposons un peu! ◆Mqsp3xdQGA :2016/07/05(火) 00:58:44 9Wj4ZpBQ0

彼女達の出会いは、遡ること数十分前。
ゲーム開始直後、鎌石村で意識を取り戻した比奈は近辺の役場に足を踏み入れた。
特に深い目的はない。地図を見て、近くに役場があることに気付いた。
だから何となく足を踏み入れてみた、といった程度の理由である。
「あわよくば、ここで適当に休むことができればそれでいいかな」とも考えていたが。
そして比奈が役場内を散策していた際に、フレデリカもまた役場を訪れてきたのだ。
彼女もまた役場近くからのスタートであり、目につく施設である役場を目指してみたのだという。
二人はお互いが殺し合いに乗っていないことを確信し、こうして共に居ることにしたのだ。

その際、フレデリカはこう提案した。
ひとまず鎌石村役場で他のコが来るのを待ってみないか、と。


『下手に動くよりは、待ってる方がいいかもよ?』


このだだっ広い島をうろうろした所で親しいヒトと会える確証なんてない。
もしかしたら、すれ違いによって無駄に疲れてしまう可能性だってある。
だから下手に動くよりも、一つの拠点に籠って他の参加者の来訪を待つ方がいいかもしれない。
それに、『鎌石村役場』は地図にも記載されている。
地図にも記載されているということは、それだけ目立つということに繋がる。


『もしかしたら他のコ達も「知り合いがいるかも」って思って目指してくるかもよ!』


―――――というのが、フレデリカの考えだった。
能天気なように見えて案外冷静なんだな、と比奈は思う。
何も考えてないように見えて、彼女なりに現状について思慮していたらしい。
「よく解らないけど気楽そうな女の子」というフレデリカの印象が少しだけ変わった。

二人は、親しい間柄―――という訳でもない。
アイドルとしてお互いの存在こそ知っていたものの、会話を交わしたことは殆ど無かった。
湯にとっとしての活動は勿論、仕事で一緒になったことも無い。
それでもこうして円滑に交流できているのは、社交的なフレデリカが積極的に会話を図ったからだ。
因みに「待ってる間にババ抜きでもしようよ!」と提案したのも彼女である。
どうやらフレデリカの支給品のひとつはトランプだったらしく、これで暇潰しがてらに交友を深めようとしたらしい。
殺し合いの支給品として見れば明らかにハズレであるが、こうして交流の道具として役に立ったのである。


「いや〜、ヒナさん流石だねー!スペードのキングがどっちなのか見抜くなんて!」
「まージョーカーとの二択だったし、ぶっちゃけ当てずっぽうっスけどね」
「実は当てずっぽうではなく、透視のエスパー持ちだったとか……」
「いやいやいや、エスパーユッコちゃんじゃあるまいし!」


トランプの捨て札を再び纏めつつ、二人は冗談混じりに会話を繰り広げる。
二人は会話やトランプを通じ、ごく短い時間で打ち解けることが出来た。
ゲーム開始当初の緊張も和らいだことで、こうして前向きに喋れる。
気楽な談笑を続けるそんな二人には余裕さえあるように見える。

尤も、その胸中に宿る根本の不安は消えることは無い。
フレデリカがカードを再びシャッフルし、会話が一瞬だけ途切れた後。
比奈がふと、フレデリカに言葉を掛けた。


「ねえ、フレデリカちゃん」
「どしたのー?」
「ヘンな感じっスね、こうしてフレデリカちゃんと暢気に喋ってると。
 ……ついさっきちひろさんが死んじゃったなんて、ウソみたいっス」


19 : き・ま・ぐ・れ Reposons un peu! ◆Mqsp3xdQGA :2016/07/05(火) 00:59:10 9Wj4ZpBQ0

脳裏を過る、惨劇。
皆が見ている目の前で起こった、悲劇。
それはほんの少し前の出来事。
あの得体の知れない会場に皆が集められて、得体の知れない男が一方的に殺し合いを突き付けてきた。
男は口答えをした千川ちひろをダシに、アイドル達に恐怖を与えた。


鳴り響く警告音。
一瞬の破裂音。
崩れ落ちる身体。
飛び散る鮮血。


呆気無く、本当に呆気無く喪われた。
千川ちひろの、命が。
あの瞬間、安穏と生きるアイドル達にとって『死』が身近なものへと変貌した。
この殺し合いとやらがハッタリではないことを、思い知らされた。
比奈もフレデリカも、その光景ははっきりと覚えている。
惨劇を思い出し、二人は再び表情に陰を落とす。
胸の奥底に仕舞い込んでいた恐怖が再び顔を出す。
ぞくり、ぞくりと全身に寒気が走る。
饒舌で明るいフレデリカでさえも、何も言わずに黙りこくる。
和やかだった場が、気まずい沈黙に包まれた。
しかし、ふいに顔を上げたフレデリカが再び口を開く。


「えっと……そのうちケーサツの人達とかが助けに来てくれるかもよ!
 ほら、プロダクションの人達がアタシ達がいなくなっちゃったことに気付いてさ、そんで110番とかして……」
「……三日でアタシら、見つけて貰えるっスかね?」
「そこは……解んないけど、『きっと見つけてくれるー!』って思った方が前向きになれるんじゃないかな?」


前向きな言葉を述べるフレデリカを、比奈は頬杖を付きながら見つめていた。
きっとプロダクションの人達が気付いて、通報してくれる。
そしたら警察が駆け付けてきてくれる筈。
それがフレデリカの言い分。
実際の所、首輪を外せない時点で自分達の命は握られたままだ。
そもそもゲーム終了までたったの三日しかない。
三日経った頃に優勝者が決まっていなければ、全員の首輪が爆発するという。
万が一プロデューサーらが異変に気付いたとしても、そのタイムリミットまでに警察がこの無人島にいる自分達を発見出来るかと言うと。
限りなく可能性は低い―――――と思う。
比奈はそう考えつつ、ふと思い出したことをごちる。


「こういう小説って、昔はけっこー流行ったんスよね」


そうなの?ときょとんとした顔でフレデリカは比奈を見つめる。


20 : き・ま・ぐ・れ Reposons un peu! ◆Mqsp3xdQGA :2016/07/05(火) 01:00:32 9Wj4ZpBQ0

「漫画やアニメとかのキャラクター同士が拉致されて、隔離された空間で殺し合うって。
 悪趣味っスけど、ネットでは割と見かけたんスよ」


しみじみと語る比奈は思う。
今の自分達が巻き込まれてる現状は、まるでそういうジャンルの小説にそっくりだな、と。

生殺与奪を握られた参加者。
不敵にほくそ笑む黒幕。
隔離された空間での殺し合い。
悪趣味で、悲惨で、壮絶な群像劇。
どれだけ過酷な殺し合いであろうと、現実の立場から見ればそれは『空想の物語』に過ぎない。
キャラクターが葛藤し、苦悩し、そして殺し合う―――そんな状況さえも、読者からすればエンターテインメントである。
極限状態の人間の心情だの、キャラクターの思わぬ共闘や奮戦だの。そういった見方で楽しむ娯楽作品なのだ。
まさか自分達がそのような状況に陥るとは全く予想しなかったが。

もしも、この世界がマンガや小説だったとしたら。
この凄惨な催しを『娯楽』として見て楽しむ人達がいたりするのだろうか。
それだったら、ちょっと不服だし気分悪いなあ。
比奈はそんな非現実的なことを、ふと思う。


「そういうのって、最後はどうなっちゃうのかな?」
「ハッピーエンドもあれば、バッドエンドも」


フレデリカの問い掛けに対し、比奈はそう答える。
そういった『殺し合い』の小説が迎える結末は、幾つかテンプレが在る。
一つは主催者を倒し、複数人で会場から脱出するハッピーエンド。
一つは殺し合いが完遂され、優勝者が決定するノーマルエンド。
一つは全参加者が無惨に死亡する、バッドエンド。
大抵の結末は、これら三つのいずれかに当てはまる。
ふーんと頷くフレデリカはふと宙を眺め、ぼそりと呟く。



「アタシ達も、ハッピーエンドになれるのかなー」



どこか気弱な声色の呟きを、比奈はただ無言で聞いていた。
きっと誰もが、ハッピーエンドを望んでいる。
それは当然のことだろう。
アイドルは殺し屋でも殺人鬼でもない。
きっと誰もが死にたくないし、殺したくないと思っている。

だが、想いだけでハッピーエンドになるのなら。
この世の中の全ては、幸せに進んでいるだろう。
祈りだけではどうにもならないからこその人生。
良い結末を望むなら、それに見合うフラグがあってこその物語。
比奈はそれを、自分なりに理解していた。
だからこそ、彼女ははっきりと答えられない。
ハッピーエンドを迎えられるのかと言う、フレデリカの疑問に。


「わかんないっスねー」


はは、と苦い笑みを見せながら答える。
その胸中の諦めをおくびにも出さず、何とも言えぬ様子で頬を掻いた。


21 : き・ま・ぐ・れ Reposons un peu! ◆Mqsp3xdQGA :2016/07/05(火) 01:01:02 9Wj4ZpBQ0

正直なところ――――なんか、どうでもいいかな。
それが荒木比奈の率直な感情だった。


愛想笑いをする比奈の仮面の下に隠れているのは、虚ろな絶望と諦観。
人殺しなんて真っ平御免だ、というのはまず当たり前で。
かといって、じゃあどうするのかと聞かれた時の答えが在る訳でもない。
下手に逆らえば、ちひろさんみたいに首輪がズドン。
そんな事実を、最早この場にいる誰もが理解しているだろう。
警察が助けに来る可能性だって、絶望的だ。
生きたいって、どれだけ叫んでも。
死にたくないって、どれだけ叫んでも。
きっと、殺し合いと言う現実の前に容易く掻き消される。
結局の所、どうすることも出来ない。

だったらもう、成り行きに任せよう。
自分はどうせ、舞台から降りればちっぽけなペーペーのオタクに過ぎないのだ。
こうして宮本フレデリカと会ったのが何かの縁なら。
適当に彼女に付き合って、適当に生きることにしよう。


(死ぬのは、そりゃ怖いっスけど……無理でしょ。
 もう、こんなことされたら、どうしようもないでしょ……)


自分に何ができるか、と聞かれれば。
ただ口籠ることしかできない。

みんな死なずに殺し合いを打破、なんて都合のいいことが起こるなんて思えない。
自分たちは首輪が嵌められてて、生殺与奪を握られている。
3日というタイムリミットの中で、自分たちは現状を解決できるか?
きっと無理だ。ご都合主義というものはマンガの世界の話だ。
空想に没入する比奈だからこそ、現実というものを大いに理解できる。
明るい結末(ハッピーエンド)なんてものは、今の彼女には見えなかった。






ちひろさんは、死んじゃった。
悪い夢か何かかと思ったけど、違った。
これはホントのことだし、ウソなんかじゃない。
アタシ達は、すっごく悲しいコトに巻き込まれてる。

みんなで殺し合って。
最後の一人になったコだけが生きて帰れる。
死ぬのは怖いに決まってるけど、アタシは人を殺すなんていヤ。
だってアタシ達、アイドルだもんね。
アイドルはキラキラしてて可愛いもの。
アイドルっていうのは、輝いてる女の子。
人を傷つけたりしちゃったら、プロデューサーやファンの皆の為を悲しませちゃう。
そんなこと、したらダメだよ。
だからね、アタシは殺し合いなんてしない。

ホントのところ、怖い。
死にたくない。
身体が震えちゃいそうになるくらい、すっごく怖いけど。
アイドルは笑ってないと、ダメだよね。
アタシはテキトーだけど、そんなテキトーさが可愛いって笑ってくれる人達がいる。
場の空気を明るくして、みんなを笑顔にすることがアタシの長所だって。
プロデューサーも、そう言ってくれた。

だったら、頑張らないと。
喋ったら超美人のフレちゃんが明るく振る舞わないと。
皆を笑顔にしてあげれば、きっと殺し合いなんてどーにかできちゃう筈なんだから。

アタシも、ヒナさんもそうなんだから。
みんな殺し合いなんてしたくないに決まってるもんね。
決まってる、よね?


22 : き・ま・ぐ・れ Reposons un peu! ◆Mqsp3xdQGA :2016/07/05(火) 01:01:39 9Wj4ZpBQ0

【一日目/朝/C-3 鎌石村役場】

【宮本フレデリカ】
[状態]健康
[装備]トランプのカード一式
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品(二つ目、確認済み)
[思考・行動]
基本:明るく振る舞いたい。
1.役場に籠り、人が来るのを待つ。
2.人を殺すのはイヤ。
3.怖いけど、頑張らないとね。


【荒木比奈】
[状態]健康
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品(確認済み)
[思考・行動]
基本:成り行き任せ。
1.取り敢えずフレデリカちゃんと過ごす。
2.役場に籠り、人が来るのを待つ。
3.現状に半ば絶望している。


<トランプのカード一式>
宮本フレデリカに支給。
元ディーラーのアイドル・兵藤レナ愛用のトランプカード。
通常の絵柄のカード52枚+ジョーカー2枚というごく一般的な構成。
技術さえあればトランプマジックにも使える。


23 : 名無しさん :2016/07/05(火) 01:01:54 9Wj4ZpBQ0
投下終了です


24 : ◆321096bNtI :2016/07/05(火) 01:58:11 Wj7DEfNw0
投下します


25 : 紅の誓い  ◆321096bNtI :2016/07/05(火) 01:59:14 Wj7DEfNw0


(あんよごれ、ふざけたこといいよってん……!)

 紅い髪をぼりぼりと掻いて、一人空を見上げる。
 周囲には今のところ誰もいなかった。
 それを確認してから、隠れるように茂みの中に入った。
 
 そこで水を一口飲んで、容器に入っていた五分の一ほどを頭に掛けた。
 それでいつもの冷静さを取り戻そうとした。
 まずは頭の中のごちゃごちゃした色々ものを整理する。

(なしていっつも笑顔のあの事務員さん……千川の姐さんが殺されないといけないんじゃ?
 そんな道理、間違っとるはずじゃ……ああ、思い出しただけで胸糞が悪いのう……!)

 フラッシュバックするのは最初の場でのこと。
 まだ13歳の彼女にはあまりにも衝撃的な出来事。
 血など若い衆が他のところの若い衆とケンカして家に帰ってきた時によく見た。
 しかし、それはあくまでもケンカの範疇での出血量。 

 自分自身、同世代同士のただのケンカならば負ける気は全くしない。
 だが、今この状況はケンカではなく、殺し合い。

(……こういう場合、親父や若い衆たちじゃったらどう動くかのう?)
 
 次に思い出したのはスカウトされてアイドルになる前のこと。
 いつも周りの親父や若い衆たちの背中を見ていた、見上げていた。
 
 それは決して憧れの視線などではない。

 ただの、ありきたりな……いつもの日常。
 それが彼女にとって当たり前の日常であった。
 
(まぁ、しっかり『筋』っちゅうもんを通さんとなぁ……!)

 自身も曲がったことは大嫌い。
 『筋』が通ってないことを許せないと思うのは幼少期からだった。
 
 アイドルになったばかりの時を思い出した。
 思えばちひろさんには何度か世話になった。
 初めてのライブの時、緊張していた自分に優しく声を掛けてくれた。
 プロデューサーと先輩アイドルたちとちひろさんであった。 

(千川の姐さんの弔い合戦……そういう感じとなるんかのう……?
 姐さんがどう思うかはウチに分からん……死人は決して喋らんからのう。
 こんな殺し合いは絶対にぶっ壊したる……。
 じゃったら、まずはこの爆薬付きの首輪をどうにかせんとな)

 手で首に巻かれた首輪に触る。
 冷たい感覚が手に伝わってきた。

 冷たく。
 人のぬくもりも感じない。
 機械的に冷たさが首元にあった。
 
(勿論72時間以内に最後の一人になるのは真っ平ごめんじゃ。
 それ以外の方法……ああ、全く思いつかんのう、クソッ!
 誰かこういうことに詳しい奴がおればいいんじゃがなぁ……
 ……よし、まずは人を探すとするかのう……)

 そこで今すべきことは決まった。
 
(さて、決まりじゃな……)


26 : 紅の誓い  ◆321096bNtI :2016/07/05(火) 02:00:11 Wj7DEfNw0

 次にデイパックに入っていた一振りの刃物を見つめた。

 それは幼いころから実家でよく見た刃物であった。
 包丁と呼ぶには若干語弊がある代物。

 鞘から抜刀して、どの程度のものかを見る。
 見た限り約一尺八寸ほどの刃渡りの刃。
 所謂【ドス】である。
 
(案外、重いのう……)

 ずしりとそれなりの重量感が手に伝わる。
 スタンドマイク約三台分くらいの重さであり、決して彼女が使えない代物ではない。 
 ドスの刀身を鞘に納めて、彼女は歩き始めた。

(さて、行くとするかのう)

 だが、無意識にその長ドスをデイパックの中にしまい込んだりはしなかった。
 彼女の右手でドスの柄をしっかりと掴んでいた。決して、彼女自身皆を疑っているわけではない。
 
 
(ウチは絶対こんな殺し合いに乗ったりせんからな!)


 紅の少女――村上巴の決意は固く鋭い。
 自ら信じた『任侠』を……『仁義』をただ貫くのみであった。


「最後まであがいてやるからのォッ!」

 
【一日目/朝/F-8】
【村上巴】
【装備:ドス】
【所持品:基本支給品一式(水を五分の一を消費)】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:最後まであがく
1:誰かと合流したい

<ドス>
村上巴に支給。
白鞘に収められた鍔の無い日本刀。


27 : 名無しさん :2016/07/05(火) 02:00:29 Wj7DEfNw0
投下終了です。


28 : 名無しさん :2016/07/05(火) 14:50:07 Lu2dvcds0
投下乙です。
達観してる比奈ちゃんと、明るく振る舞おうとするフレデリカの対比がいいですね。
巴は巴でスジを通そうとしているのが、かっこいいです。


29 : 名無しさん :2016/07/05(火) 22:34:20 gHY32HmI0
早くも本格的にロワが成立しない予感! ここまで誰も殺る気がねぇ! らしい! 素敵!


30 : ◆HwxFxc3wCA :2016/07/06(水) 01:53:07 suARFSlo0
荒木師匠すさんでるー。。。フレちゃんは外面おとぼけだけどやさしい子だなーというのがよく出ていてよいです
巴嬢はアイドルでありながら任侠びとでもあるすごい個性の子なのでどう動くのか楽しみだ

投下するれす


31 : 浅利七海の釣りバカ日誌 ◆HwxFxc3wCA :2016/07/06(水) 01:54:09 suARFSlo0
 

「う〜み〜は〜ひろく〜て〜おおきい〜れす〜♪」

 すがすがしい朝の潮風〜。
 七海は、浜からちょっと離れたいい感じの岩場に立っていました〜。
 やっぱり自然の多い島だと〜、すいこむ空気が違うれす〜。

「釣り〜は〜しずか〜に〜おおもの〜ねらい〜♪」

 手提げの大きなカバンから〜取り出したるはつりざおれす〜。
 七海の支給品はこれだったれす!
 だから、見た瞬間に釣りをしようと思ったのれす〜。

 いやそんなことしてる場合かな〜とは思ったんれすけど。。。

 だって、

 だって、

 ……心が、波立ってたのれす。


「は、肇さんも言ってたのれす〜。釣りは精神集中にいいのれす〜。
 まず落ち着かないとだめれす。だからまずはとりあえず、昼ご飯を釣るのれす!」

 びしりと宣言して釣り糸を垂らす七海れす〜。

 ぽちゃり。
 と音。

 ざざーんと波の音にすぐかき消されて。釣りの時間のはじまりはじまりれす。


 聞こえるのは七海の心臓の音。
 感じるのは風が耳を撫でていくくすぐったさ。
 潮の匂い。それにゆらゆらとゆれる釣り糸の感触。あと、あと。

 いろいろなものを感じながら、
 七海はぼうっと水平線を見つめて、考えをまとめていくのれす〜……。




 ――冷たさを感じたのは、首に巻かれた首輪。

 目を瞑ればどうしようもなく浮かんでくるのは、ちひろさんの…………姿れす。

 あんな……あんなおそろしいことをする人がいたなんて、七海は怖さが止まらないれす。

 笑顔、れした。

 あの人がちひろさんを、……したとき、あのひと、笑顔、れした。

 七海たち、アイドル、が、ステージ上で見せるのと、おんなじくらいの。
 ……なのにその笑顔は、ほかの人から笑顔を奪う笑顔だったのれす。

 七海たちの、笑顔とは、真逆。
 あんな笑顔は、認めたくないのに。

 七海たちはまな板のうえの鯉みたいに、それを見ていることしかできなくて……。


32 : 浅利七海の釣りバカ日誌 ◆HwxFxc3wCA :2016/07/06(水) 01:55:13 suARFSlo0
 
「……嫌、れす……」

 口から言葉が出ました。悲しいくらい細い声れす。

 誰にも聞かれたくない、アイドルらしくない声。
 七海は涙だけは海に流さないように、つりざおを強く握ります。

 仲間の、たいせつなひとたちの笑顔を、強く七海は脳裏に描きます。

 そうすることで……じっとりした心からほんのすこしでも水分を抜きたくて。
 かるくして、下じゃなくて前を向きたくて。



 例えばそう、肇さん。
 藤原、肇さん。

 七海と同じく釣りが趣味で。何度か一緒に渓流に行ったことがある先輩アイドルれす。
 ただどちらかといえば性格は同じではなくて。
 落ち着いた雰囲気の肇さんには、七海はあんまり合ってないんじゃないかと思うれす。

 れもれすね。そんな七海にも、いつも優しく接してくれて。肇さんは、いい先輩なんれす。

 今度は陶芸体験をさせてもらう予定れした。……いけなくなっちゃったかもれす。


 葵さん。
 首藤、葵さん。

 年は七海より下なんれすが、七海より前からローカルアイドルとして活躍していたらしい子れす。
 礼儀正しいし明るいし、なによりお魚さんを捌くのがうまいのれす。
 七海もお魚を料理するのは得意れすが、葵さんの前にはよだれだら〜で待つだけのお客さんになっちゃいます。
 口を鯉みたいにぱくぱく開けて待っちゃう感じれす。

 思い出すにじゅるりれす。こんなときだからこそ、葵さんの三枚下ろしを……食べたい、れ、す。


 プロデューサー。
 プロ、デューサー。

 ただのおさかな好きの女の子だった七海を、アイドルにしてくれた人。

 夕暮れの浜辺で、七海のことを、釣ってくれた人。

 サバオリくん以外におさかなのことをめいっぱい話せる相手のいなかった七海は、
 プロデューサーの魔法にかけられて、めいっぱいお魚の魅力をみんなに伝えるようになったれす。

 みんながだんだんつまらなさそうになっちゃう七海のお話を、プロデューサーはずっと……
 ずっと真剣に聞いてくれて……だから七海は……七海は……。

 
「会いたいれす……会いたいれすよ……。
 いやれす、嫌れすっ……プロデューサーに……みんなにもう会えないなんて……。
 殺しあわなきゃいけないなんて……傷つけるのもつけられるのも……おかしいれすっ……!!」


33 : 浅利七海の釣りバカ日誌 ◆HwxFxc3wCA :2016/07/06(水) 01:56:37 suARFSlo0
 

 いくら釣りに集中して心の中をまっさらにしようとしても、次から次から泉が湧いてきました。
 それは七海の気持ちれす。

 溢れて止まらない噴水が海を作ります。
 それ以外のことが海に包まれて消えちゃうのれす。

 だってだって。

 抱き締めればさみしくなくなってくれる、サバオリくんさえいないんれすよ?


「……」


 目の前を見る。
 遠くまで海が見える。
 それ以外はなにもなくて。七海は七つの海だけど一つの海よりちっぽけれす。

 楽しいときに海を見ると……わくわくするのれす。

 この海面の下にはどれだけのお魚さんがいるんだろうとか。
 この先に何があるんだろうとか。

 でも辛いときに見る海は……打ちのめされる海なのれす。
 今日の海は、いまの海は、見ているだけで。

 その大きな大きなお身体で。

 七海のあらゆる意思を飲み込んで、「なかったこと」にしてしまう。

 どんな決意もどんな結論もどんな誓いもどんな覚悟も……。

 「みんなと一緒に反抗しよう」も。
 「誰か同じ目にあった子を励まさなきゃ」も。
 「絶対に自分の気持ちを貫き続けよう」みたいなそれだって。

 消える。

 消える。

 うみのもくずになる――。


 まずいっ、れす。

 このままじゃ七海……動けなく……!




 !!!!




 ぐぐぐっ!


 と、急に七海の手に持っていたサオがしなったのはそのときれした。


34 : 浅利七海の釣りバカ日誌 ◆HwxFxc3wCA :2016/07/06(水) 01:57:43 suARFSlo0
 手首痛、
 慌ててリールを巻こうとする、いや重い! 固くて動かない! 大物れす!?
 びっくりした七海は勢いよく中腰に、足を踏ん張って、なんとかバランスを取りました。
 大アジ? いやもっと? よもやスズキ!? でもあんまり動かない、でもとても重くて、
 ピンと張った糸を波がぐわんとさらったら、七海の体がふわりと足場から浮く。

あっ 
  やばい

 思ったときにはもう――景色は逆さま。空が海で海が空。
 足より頭を重く感じて、岩に、ごつん!! がしゃん!! 痛い!
 腕が勝手に曲がってつりざおはくるくる、
 引き延ばされた一瞬がステージのスポットライトを浴びた時と同じ熱さで七海の眼を焼いて、
 頭、揺れ、でもすぐにばしゃん! 嘘みたいに冷たい朝の海の、水面のラインを超えた七海の体、
 服の中に水、急速に冷やされていく冷たい痛い熱い眼を、目を、めをひらかないと、
 釣り糸が垂らせるくらいの七海の釣りポイントは、七海の足なんて、地面に届かない、


 七海はお魚大好きだけど、

 でも、お魚さんみたいに、うまくは泳げないんれす、


 だから――落ちるのだけは、だめだったのに。

 のに。

 のに。

の■……
 

 


 じんじんする額の痛みを感じながら眼を開けて、ぼやけた世界、を、瞳が映します。
 がぼ。また息が口からこぼれて浮いていって、七海は水を飲んでしまいました。

 何秒意識を失ってたんれしょう?
 まだ底までではないものの、体のほとんどが水に沈んじゃってる状態れす。
 頭ががんがんして、思考がまとまらないれす。なんで落ちたんらっけ?

 そうれす。何を、釣ろうと?

 首を動かすとわずかに薄暗い海底に、そこにあったのはまばらに点在する岩くらいれした。

 そうか。岩。岩かもれす。
 あんなに動かなかったのは、釣り針が岩に食い込んでたかられすよ。

 バカれすね、七海は。そんなことにも気づかないくらい、動転しちゃってたんれすね。
 おおばかものれす……。


 海は誰にだって平等で、おばかの七海の体もゆっくりと冷やしていきます。
 手を動かそうとしても力が入らない、足を蹴るにはまだ底は遠い。これはもうらめれすね。

 なにより七海のこころがもう海に溶けてしまっているのれす。
 ここなら、水の中なら涙を流しても誰にもばれないれすね、なんて、ぼんやりと考えるくらいには。


35 : 浅利七海の釣りバカ日誌 ◆HwxFxc3wCA :2016/07/06(水) 01:58:53 suARFSlo0
 

 あのれすね。

 しょうじきにいうと、ほかのひとにあうのさえこわかったれす。

 知り合いが、たいせつな仲間がもし、七海を狙ってきたらとか。
 会えたと思ったら、帰らぬ人になってたらとか。
 なんらか――なんらか、変わってしまっていたら。

 七海はどうすればいいのか、わからなくなってしまうだろうから。

 こわくて。こわくて。こわくて。

 誰かに会いたいのに誰にも会いたくなくて。
 思い返せば身勝手、自分勝手。


 ああ。


 だからきっと、これはそんな弱虫な七海が導かれた海の底なんれす、かね。
 海の神様、魚の王様に、七海、あいそをつかされたのかも……。



 がぽっ。

 ぶくぶくげぼ。



 あ、今のは、らめれす。肺に、ちょっと、水が、入ったかもれすね。
 肺に空気があると、人は水に浮かべるけど。
 肺が水で満ちてしまうともう終わりれす。

 また一歩、七海は終わりに近づきました。

 でももう意識は薄れてますから。

 からだがぜんぶ海にとけるその前にきっと、こころがこの海に飲み込まれるれしょう。



 ぼくぽく。

 くぷ。

 ……ぺぅ。


 だんだん小さくなっていく口からの気泡、だんだん小さくなっていく七海の意識。

 まあ、ばかみたいな終わり方れすけど、これもある意味、よかったのかもなんて思うれす。

 誰に殺されるでもなく、誰かに殺させるでもなく、誰を殺すでもなく。

 アイドルの、始まりの夕暮れの海、プロデューサーに声をかけられた海のその近くで、
 たぶんこのままなら七海は、おさかなアイドルとして逝くことができるから。
 お魚さんたちに、見守られて。

 きっとそれなら、プロデューサーも、みんなも……。


36 : 浅利七海の釣りバカ日誌 ◆HwxFxc3wCA :2016/07/06(水) 02:01:51 suARFSlo0
 
 ああ、でも……。

 でも……。

 でも………………………………。

 ………………………………。

 ………………………………。                    ♪〜 





 ………………………………え?                ♪〜♪〜〜



 歌が、


 歌が、聞こえてきました。


37 : 浅利七海の釣りバカ日誌 ◆HwxFxc3wCA :2016/07/06(水) 02:03:08 suARFSlo0
 
 水中なのに、海の中なのに――遠くから、誰かの、細くてきれいな、高く澄んだ歌が。
 そんなの聞こえないはずの耳に、体に、七海に、とどき、ました。
 何を言ってるかは、わかりません、
 なんで歌ってるのかも、わからなかったれす、
 でもその「歌」を聞いたとき、七海は思わず、右手を握りしめました。
 動かないと思ってた手が、力強さを取り戻しました。

 感じたんれす。届いたんれす。

 遠くで奏でられる歌が、肯定しているのを。

 生きるのを。願うのを。そして、――叶えるのを。「いいよ」って。

 「こわくないよ」って。

 「だいじょうぶ」だって……!!

 それはまるで。あの日、あの日、プロデューサーが七海に、言ってくれた言葉みたいで!!


 七海は――ばたばたします。
 溺れているときはむしろばたばたしてしまうほうが溺れるだなんて、そんなこと、しらないれす。
 会いたいんだ。会わせろ。会わせろ!! もう一度みんなに会わせろ!!
 それだけ。それだけを願って。二本足で足掻く。
 汚くたってみじめだって。
 
 夢に向かって、どれだけだって足掻くのだって、それだってきっと、アイドルだから――だから!!

 七海は、がむしゃらに岸を目指し続けました。
 そこから先のことは、しょうじき、あまりおぼえてないれす。
 気が付くと七海の体は岩場から少し離れた小さな砂浜に打ち上げられていて、ぜえぜえと息をしていたのれす。
 不思議なことに、あんまり肺に水は入っていなくて、一回ほど水を吐いただけで、少し休めば動けそうれす。
 なんでれしょうか、カバンもすぐそばに打ち上げられていました。
 ほんとうに、海ってふしぎれす。

 ぐたり、浜に打ち上げられたお魚さん状態で、そして七海はただ、思うのれす。

 ああ――七海は。

 アイドルとして「きれいに」死ぬことを、拒否した七海は。

 いったいこの先、どうなるのれしょうか。プロデューサー。


【一日目/朝/H-3 岸辺】

【浅利七海】
[状態]ずぶぬれ、ぐったり
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品(0〜1)
[思考・行動]
基本:みんなに会いたい。
1.殺し合いは嫌れす。
2.七海、歌を聞いた……んれすよね?


38 : ◆HwxFxc3wCA :2016/07/06(水) 02:04:30 suARFSlo0
投下終了れす


39 : 名無しさん :2016/07/06(水) 05:38:53 tiojnUME0
投下おつですー
おお、思わぬ所に繋がった
七海ちゃんをらしくかつシリアスに書くのって難しそうだけど上手いなー


40 : 追憶のヴァニタス  ◆adv2VqfOQw :2016/07/06(水) 07:02:09 odlfBZuo0
投下だじぇ


41 : 追憶のヴァニタス  ◆adv2VqfOQw :2016/07/06(水) 07:03:04 odlfBZuo0


鷺沢文香にとって、アイドルとは未知の連続だった。
本の中にしかなかった興奮や感動が、確かにその場所には存在していた。
色とりどりのライトに照らされて眺めた世界は、どんな物語よりも輝いて見えた。
もっと見たいと思った。
もっと知りたいと思った。
自分を見つけてくれたプロデューサーの元で、いつまでかは知らないけれど、その物語の続きを。
ただ、終わりは文香が思っていたよりも早く来てしまったらしい。それも、とびきり悪趣味な形で。

千川ちひろという女性は、たしかに鷺沢文香にとって大きな意味を持つ人物だった。
だが、彼女の死を目にした文香には、何もなかった。
悲鳴を上げている子が居た。泣いている子が居た。怒号を上げる子が居た。
文香はただ、観客のように。あるいは小説の向こう側の読者のように、首輪の小さな火に命を燃やし尽くされたちひろを眺めているだけだった。
爆発の起きた場所は、焦げていることを除けば、まるで小さな肉食獣が食いちぎったような傷だった。
どこに収まっていたのか、床一面を染めるくらいにちひろの血が撒き散らされていた。
彼女のトレードマークだった緑の制服も、赤を吸い込んで紫によく似た色に染まっていた。
同じく彼女のトレードマークだったみつあみは、爆発の時に近くにあったのか、半ばほどで焼き切れ。
いつも柔和な笑みを浮かべていた顔は、まるで三日月みたいに不自然に血に濡れて、困惑したような表情を浮かべていて。
横たわる女性は、文香の知る千川ちひろとは程遠い、千川ちひろではない誰かのような姿だった。
だからかもしれない。
文香はただ、今いるこの場が現実なのかどうかも分からない阿呆のように、まっすぐに千川ちひろだった誰かを見つめ続けていた。

説明が終わり、アイドルたちが揃って閉じ込められていた学校をあとにして。
そうしてようやくこの舞台の上にあげられて、文香がまず考えたのは、プロデューサーのことだった。
プロデューサーのことを思い浮かべる。口数は少ないが、優しい人だった。
プロデューサーは無事なのか。文香の置かれている状況について知っているのか。
でも、すぐに考えるのはやめてしまった。千川ちひろの顛末を見てしまったからだ。
逆らえばああなる、と、この催事の主催者たちは文香たちに伝えてきた。
そこで推して図るべきだろう。
プロデューサーはもう『ああ』なっているのか、あるいは『ああ』ならないために口を噤んでいるのか、だ。


42 : 追憶のヴァニタス  ◆adv2VqfOQw :2016/07/06(水) 07:03:16 odlfBZuo0


そして、自分について考えてみた。
自分がどう動くべきか。きっと最優先に考えるべきことだった。
だが、文香にはどうしても、『殺し合いの中』という状況に馴染めていなかった。
説明は聞いたし、スマートフォンに登録されている説明にも目を通している。
それでも、ちひろの死体を見た時の感覚が、まだ文香の脳内に蔓延していた。
ひょっとしたら、文香の脳は許容量を超えてしまいどこか大切な回路が焼き切れてしまったのかもしれない。
そう思うくらいには、状況と自身の感覚が剥離していた。
鷺沢文香自身ではなく、『鷺沢文香という登場人物を見る読者』のような、達観したような、ピントがぼけているような心持ちだった。

ちぐはぐな思考の中で、文香がまず認識したのが自分の今いる場所についてだ。
未舗装の地面、鬱蒼と生える木々。
あまり好ましい場所ではない。
出来ることならば、日を遮られる場所と、休める空間がほしい。

少し考えて、支給品のスマートフォンの地図アプリを開いた。
探す場所は、人の寄り付かなさそうな場所で、なおかつ森の中などではない休むことの出来る場所。
ややもせず、その場所の目星はついた。
方角を確認して歩き出す。しばらくは森を、そこを抜けたら道を。
出来ることならば誰とも出会わないように、と願いながら。


43 : 追憶のヴァニタス  ◆adv2VqfOQw :2016/07/06(水) 07:03:37 odlfBZuo0


アイドルとしての活動が功を奏し、体力に難のある文香でもその場所につくことが出来た。
島の西南端に位置する灯台。大きさは二階建ての民家よりも大きいくらい、真っ白な壁とおしゃれなボウシを被ったような屋根が特徴的な建物だ。
近寄ってみると、白い肌は遠目に見るよりもぼろぼろで、ところどころ塗装が剥がれていた。きっと長い間放置されていたのだろう。
潮風に晒されて赤茶に染まった鉄の扉を、体重をかけて引っ張る。
ぎい、ぎい、ぎいとかぎや、ぎや、ぎや、とか。聞けばすぐに誰かが近くにいると気づいてしまうような音を立てて扉は開いた。
周囲を警戒する間も惜しいので、すぐに忍び込み、またぎいぎいぎやぎやと音を立てて扉を締める。
音がなったのは数十秒程だった。しかも場所も場所なので聞かれることはまずないと心で唱え、灯台の中を歩く。
入り口を入ってすぐの場所はどうやら灯台守が使っていたらしい宿直室のようだった。
机と、椅子と、簡素ながらもベッドがある。やや疲れているので、こういうものが見つかるのはありがたい。
部屋を出て二階に上がると、そこは居住スペースのようだった。
先ほどの机よりも格段に大きい、ダイニング・テーブルが部屋の真ん中に置いてあり、回りを囲むように椅子が並べられ、奥にはガスコンロもある。
冷蔵庫もある。あの中に食べ物が入っていてくれると嬉しいが。

「ばん」

文香が冷蔵庫の方に近寄っていると、不意に背後から声がした。
ぎょっとして振り返ると、見覚えのある少女が立っていた。
確か速水奏と言ったはずだ。何度か顔を合わせたことがあるし、事務的な会話もしたことがある。
速水奏はいたずらっぽく、指で拳銃を作って文香に向けている。

「私の勝ち」

どうやら、それは、彼女なりの戦闘だったようだ。
文香は指の示していた先―――ちょうど、文香の左胸を押さえて、そのままへたり込んでしまった。
別に撃たれたわけではない。ただ、少しびっくりしてしまっただけだ。


44 : 追憶のヴァニタス  ◆adv2VqfOQw :2016/07/06(水) 07:04:55 odlfBZuo0


へたり込んだ文香を見て、奏は少し笑ったあと、文香に手を貸して椅子に座らせてくれた。
そして、奏もまた椅子に腰掛けて、テーブルに肘をついて文香の方を向いた。

「灯台になにか思い入れがあるの?」

思い入れ、というのはよくわからなかった。
文香としては、人の居なさそうな場所で、森の中ではない場所を目指していて灯台にたどりついた。そこに思い入れはない。
しかし、言われてみると海には少しプロデューサーとの思い出が残っていた。でも、あれは浜辺なので、特には関係ないだろう。

「そう、なんだ。こんな遠くまで来るくらいだから、なにか理由があるのかと思ったんだけど……
 ここに来たのは、あなたが二番目。少し遅かったね」

別に順位を競ってはいないが、『誰かが先に来ていた』というのは、文香にとってはやや都合が悪い。
誰もいない場所を目指していたのだから当然だ。

「ねえ、文香……でよかったよね? あなた、これからどうするか、決めてる?」

次いで出された質問に、しばし閉口する。
何かを決めてここに来たわけではなかった。そもそも、この殺し合いらしい催しに対して、文香は何かを決めるほど心を向けられていなかった。
地に足がつかない状態のまま、疲労だけを重ねながら、ふわふわと漂うようにここに来ただけにすぎない。
そう伝えると、奏は「そういうものなのかな」とつぶやいた。
今度は逆に、文香の方から奏に先ほどの質問をそのまま返した。
奏はどんなことを考えていて、此処から先で何をしようとしているのか。
文香を襲わなかったことから殺し合いに乗り気ではないのだろうが、そこから先が、文香には分からない。

「私? 私は……」
「私は、アイドルだから。せっかくだし、最後までアイドルらしく、いきたいかな」

哲学的な話のように感じた。
殺し合いに置かれたアイドルは、どうすればアイドルだと認めてもらえるのだろう。
ふと、灯台に来る前、森の中で立ち返った頃の文香を思い出した。
文香はアイドルに対して(自分でも驚くべきことに)前向きだった。
本に関わる時間が削られると理解したうえで、もっと続けたい、とさえ思えた。
親しい人の死を客観的に眺め、受け入れるでも受け入れないでもなく、ただ漠然とあるがままにされていた今の文香は。
殺し合いに置かれたアイドルとして正しいといえるのだろうか。


45 : 追憶のヴァニタス  ◆adv2VqfOQw :2016/07/06(水) 07:06:27 odlfBZuo0


文香がアイドルについて考えていると、奏はそっと言葉を続けた。

「アイドルは、シンデレラの魔法とよく似てる。そう思わない?」

重ねられたのは、またしても哲学的な香りのする文脈。
文香が意味を尋ねると、奏は「うーん」と少し唸って。そして形の良い瞳を伏せて、歌うように。

「アイドルでいられる時間は永遠じゃない。どれだけ楽しくても、いつかきっと、終わってしまう。
 魔法が解ける時、アイドルは選ばなきゃならないの。
 襤褸まみれの姿を見せてでも王子様の前に残るのか。アイドルとして、綺麗なまま皆の前から居なくなるのか」

文香に言うように、というよりは、自分に言い聞かせるように。
奏はもう一度、その言葉を口にした。

「私は、アイドルだから。
 プロデューサーが見つけてくれた、アイドルだから」
「こんな場所だけど、せめてアイドルらしく、いきたい」

その言葉には、理由の知れない力強さがこもっているように感じた。
その力強さの理由は、哲学のようなアイドル論の奥に隠れているが、なんとなく、文香にも分かっている。
文香は、なにも言わなかった。
奏の言葉を反芻し、奏でという人物について考えていた。
彼女がそこに至るまでに、なにかがあったとしても、文香にはなにも分からない。
きっと、じっと見つめることしかできない。

「……ねえ、文香」

速水奏は、ただまっすぐに、鷺沢文香を見つめ返す。
前髪越しに見つめても吸い込まれそうな瞳。魔法が解ける寸前の、シンデレラの瞳。

「私を殺してくれない?」

崖にぶつかって波が砕けていく音が、灯台の中を、文香と奏の間を埋めていく。
ひときわ大きな波がぶつかると、灯台が揺れたような錯覚も覚えた。


46 : 追憶のヴァニタス  ◆adv2VqfOQw :2016/07/06(水) 07:11:54 odlfBZuo0


すぐに答えは出なかった。言葉さえも失ってしまった。
どもりながらもようやく出せた言葉は、なんで、の三文字。
そんな文香の様子を見て、奏では少し困ったように笑った。

「冗談だから、そんな顔しないで」

文香は、どんな顔をしていたのだろう。
怒っているような顔だろうか、泣きそうな顔だろうか。
それとも、もしかして、喜んでいるように見える顔をしていたのだろうか。
鷺沢文香には、今の自分が分からない。
ただ、彼女の言葉の真意を探るしかなかった。それくらい、先ほどの彼女の言葉は真に迫るものだった。
反響する波の音もぎくしゃくとした沈黙を、押し流すことは出来なかった。

「そうだ、文香。この灯台、一階にベッドがあるの知ってる?」

困ったように笑っていた奏が、先に切り出した。
元気よく椅子から立ち上がり、また、文香の手を引いて立ち上がらせる。

「あの下にね、面白いものが隠してあったんだけど……それももう見た?」

そういうと、奏は文香の背中を押して階段へ、一階の方へと促した。
だが、その言葉の裏について、文香はなんとなく、思い当たる節があった。
それでもやはり鷺沢文香は、激高するでもなく、絶望するでもなく、ただ傍観者のように、あるいは読者のように、奏の言葉の向こう側を見つめるだけだった。
文香の視線に気づいた奏が、すっと近づき、文香の耳元に唇が触れるほどの距離で、一言だけ、つぶやいた。

「会えたのが文香で、よかった」

万感の思いの込められた言葉。
文香はただ、一言、「奏さんは、綺麗でしたよ」とだけ答えて、彼女に背を向けるのだった。


47 : 追憶のヴァニタス  ◆adv2VqfOQw :2016/07/06(水) 07:12:39 odlfBZuo0


一階に降りて、宿直室に入る。
先ほどと変わらない光景。
ただ、よく見てみると、ベッドの下からなにか紐のようなものがべろのようにはみ出していた。
その場でしゃがんでベッドの下を覗き込む。
そこには、文香のものと同じデイパックが押し込まれていた。
デイパック自体は別段面白いものではない。文香も持っている。
しかし、デイパックを引きずり出すと、そこからはらりと一枚、紙が舞い落ちた。
拾ってみると、丸っこい文字で手紙が書いてあった。
きっとこれは、彼女が残したガラスの靴だろう。
そんなことを考えながら、文香はベッドに腰掛けて、手紙を持ったまま天井を見上げた。
波が崖にぶつかる音と、潮風が窓を叩く音。
そして、くぐもって聞こえた、水っぽくて骨っぽい、生々しい十二時の鐘の音。
目を伏せると、ちひろと、プロデューサーと、奏の顔が自然と浮かんだ。
皆優しく笑っていた。少しだけ嬉しくて、同じくらい悲しくなった。

奏は、殺し合いについて自身の答えを見つけていた。
文香はまだ、奏のように答えを見つけられない。
何か答えが見つかれば、文香はこの現実離れした感覚から抜け出せるだろうか。
現実に立ち戻り、地に足をつけ、ちひろや、プロデューサーや、奏を思って泣くことが出来るだろうか。

身を倒し、ベッドに横になる。
こんな状況でも疲れを優先できるのだから、文香はやはり、なにかがおかしいのかもしれない。


48 : 追憶のヴァニタス  ◆adv2VqfOQw :2016/07/06(水) 07:13:33 odlfBZuo0


―――

腐女子とは業の深い生き物だ。
愛を育み恋を慈しむためならば、どんな試練も与える事ができる。
故に腐女子とは孤独な生き物だ。
現実(リアル)では許容されない巨大な性癖(サガ)故に、社会の中に居ながらも胸の内をさらけ出せず、真の友を作ることが難しかった。
もし曝け出す相手を間違えば、社会的な意味で傷を負い、最悪死んでしまうからだ。
しかしそんな腐女子事情も、一つの文明の利器の発達によって改善された。
インターネットだ。
インターネットの普及は、全国の同好の士を見つけることに大きく役に立った。
ファンサイト、ランキングサイト、サーチサイト、相互リンクなどなど、腐女子はようやくノーリスクで寄り添える誰かを探す手段を得たのだ。

閑話休題。
一人の腐女子が、森の中を走る。肩に下げたデイパックは、彼女の心臓と同じくらいに跳ね回っていた。
ふわふわというには空気の入りすぎた、もさもさという擬音のほうが正しい後ろ髪がデイパックに合わせて揺れる。
しばらく走ったあとで、腐女子は小さな民家を見つけた。
周囲を確認し、民家の中も確認し、こっそりと忍びこむ。幸か不幸か、中には誰も居なかった。
不法侵入だが事態が事態だ。
水を求めて水道をひねるがうんともすんとも言わないので、仕方なくデイパックの中のミネラルウォーターを取り出して一口飲む。
やや息が落ち着いてきたので、壁にもたれかかって座り込み、腐女子―――大西由里子は小さな声でこうつぶやいた。

「なんてこった、パロロワに巻き込まれっちまったじぇ……!!」

由里子は腐女子だ。
インターネットもそれなりに使いこなせるタイプのはいてく腐女子だ。
好き好きな創作物を探すためにSNSやイラストサイト、ファンサイト巡りもやってきた。
そういったファンサイトやらSNSやらを通して由里子は今までに何度か出会ったことがあった。
カッコいい男の子がたくさんいる野球部とか。
カッコいい男の子がたくさんいるバスケ部とか。
カッコいい男の子がたくさんいるテニス部とか。
カッコいい男の子がたくさんいるサッカー部とか。
カッコいい男の子がたくさんいるアメフト部とか。
そういう部活動を舞台にした漫画のキャラクターたちを孤島なり学校なりに集めて、首輪をはめて殺しあわせる。
90年〜00年代に話題になった映画『バトル・ロワイアル』を下地にした創作であることから、『バトル・ロワイアル・パロディ』と呼ばれた、当時一大センセーションを巻き起こしたファン創作に。


49 : 追憶のヴァニタス  ◆adv2VqfOQw :2016/07/06(水) 07:13:55 odlfBZuo0


内容が内容なので検索避けや裏サイトなどの方法を用いてアンダーグラウンドコンテンツとして親しまれてきた二次創作。
最盛期は00年代らしいが、何故かファンサイト創作界隈では根強い(根深い、と言うべきか)人気があり、映画公開から四半世紀の過ぎた今もなおパロディが盛んである。
由里子自身は読んだことはないが、一部の人にはそれはそれは人気らしい。
由里子にとってはその程度の概念だったし、その程度のままで終わってくれてよかった概念だった。
だが、現実(リアル)は思った以上に厄介だ。
そんな由里子を巻き込んで、バトル・ロワイアルの真似事をさせようというのだから。

座り込んだまま、デイパックを漁る。
武器になりそうなものがあれば安心できる(もちろん、自衛用としてしか使う気はない)。
しかし、由里子の願いはかなわなかった。

「よりにもよってこんなん引いちゃうあたり、運はなさそうだわ……うーむ」

由里子に与えられた不明支給品は一つ。メガホン型の拡声器だった。
こんなものを与えられてどうしろというのか、屋外ステージでも作ってキラキラの衣装もないのにライブでもしろっていうのか。
もし、殺し合いにのった人物が居るとするならば、そんなことをやればいい的だろう。
基本支給品と拡声器しか入っていないことを確認して、民家の中を物色する。
刃物はモチロン、物干し竿やゴルフクラブのような手頃な武器になりそうなものは残されていない。
仕方ないので由里子は、嵩張らないタオルと唯一武器として使えそうなハンガーをいくつか失敬することにした。

「汗も拭けるし、傷の手当にも使えるし! 拡声器以上!
 ハンガーは……まあ、ないよりゃましだじぇ」

早速タオルで顔を拭き、少しだけすっきりする。
状況はまったく変わっていないが、少しだけ落ち着けた。


50 : 追憶のヴァニタス  ◆adv2VqfOQw :2016/07/06(水) 07:14:24 odlfBZuo0


落ち着けたついでに、由里子は現状を把握し直すことにした。
現状と言っても、『パロロワ』についてではなく、現在地とか、由里子とともに島に連れてこられている人物とか、そういったことについて。
巻き込まれた人物については分からなかったが、地図についてはしっかり見ることができた。
どうやらどこかの孤島らしい。こんなことが行われている以上日本ではない可能性もある。
島の北と南に村があり、由里子が居るのは南の村の西のはずれの民家らしかった。
じっと地図を見ながら考える。
どこか目指すべき場所がある、というわけではない。
誰かと待ち合わせをしているわけでもないし、地図を見て『ここにはあの子が居そう!』というような場所(由里子にとっての日本橋)もなかった。
そんななかで、由里子の目を引く建物が一つだけあった。

「ふむふむ、近くに灯台があるのね」

由里子の頭に描かれるのは、都合のいい未来予想図。
灯台があるということは、近くを船が通るということ。
例えば、もし。これから一両日のうちにこの島の周辺を船が通って、その船にこの島で起こっていることを伝えられたら。
こんな非合法なことをやっているのだ。日本国内だろうが国外だろうが、大問題になるに違いない。
こんな玩具みたいな拡声器でどれだけのことが出来るかは分からない。
それでも、何もやらずに言われるがままにホイホイ殺し合うのはごめんだ。
少なくとも、そんなことをやって生き残って、喜んでくれる人なんて誰もいない。
両手を血で染めてこの島を出た由里子を、プロデューサーもファンたちも『大西由里子』としてはういけ入れてくれないだろう。
由里子はアイドルだ。
アイドルになった経緯や仕事の内容はどうあれ、アイドルである自分に誇りを持っている。
人としての道を踏み外すつもりもないし、アイドルとしての自分を捨てるつもりもない。
ならばせめて、出来る限りで、殺さずに生き延びる方法を探して、それに賭けたい。

「それじゃあ、いっちょ気合入れよう! ユリユリ、ふぁいおー!」

自分を鼓舞するように声に出して、立ち上がる。
向かう先が決まったならば長居は無用だ。
由里子同様水や武器を求める人物が、それなりに点在している家の群れの中から運悪くこの家を選ばないとは限らない。


51 : 追憶のヴァニタス  ◆adv2VqfOQw :2016/07/06(水) 07:14:38 odlfBZuo0


歩いて、歩いて。
空気の中に潮の匂いが混ざり始めて。空がだんだん広くなって。
そのうち灯台が見えてくると、まるで金属をやすりで無理やり削るみたいな音が聞こえてきた。
目を凝らすと、灯台の扉が動いているのが見えた。
誰かが先に灯台の中に入ったようだ。
ハンガーを構えながら考える。殺し合い開始直後に由里子以外で灯台に入るのはどんな人だろうか。
考えてもよくわからない。当然だ。由里子にとっても生まれて初めてのことなんだから。

そろそろと寄って行く。由里子の足音以外に物音はしない。
それでも警戒をとかずにそろりそろりと寄っていると、不意に灯台の屋根のあたりに人影が現れた。
先ほど中に入った誰かだろうか。何をしようとしているのだろうか。
ひょっとして、攻撃されるのではと由里子が察し、身をこわばらせた瞬間、少女はまるで舞うように、灯台のへりを踏み越えた。
本能的な忌避感にどくん、と心臓が高鳴る。頭が少女の死を理解したのはその直後だ。
ゆっくり、ゆっくり、少女は落ちていく。
落ちていく少女と目があった。
遠いのに、落ちているのに、それでもしっかり目があっていると認識できた。まるでいつか聞いた都市伝説みたいだ。
少女の口が、何かを由里子に伝えるように、動いていた。
そんな気がした。

「―――――」

待って、と言おうとしたのか。悲鳴をあげようとしたのか。
由里子の喉を突いて出た音は、声としての形を保っては居なかった。

視界から消える少女の姿。
柔らかいものの弾ける音と、硬いものの折れる音。
それが終われば。
波の音と。酷く古ぼけた灯台と。立ちすくむ由里子と。
潮風の香りに混ざった鉄の匂い以外は、数秒前と変わらない物だけが残された。


52 : 追憶のヴァニタス  ◆adv2VqfOQw :2016/07/06(水) 07:15:27 odlfBZuo0


【速水奏 死亡】


【一日目/午前/I-10 灯台】

【鷺沢文香】
[状態]疲労(中)、混乱?
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式×2、ランダム支給品(0〜2)、速水奏の手紙
[思考・行動]
基本:???
1.???

[備考]
※手紙の内容はお任せします。


【大西由里子】
[状態]健康
[装備]ハンガー
[所持品]基本支給品一式(水微量消費)、拡声器@現実、タオル数枚、ハンガー数本
[思考・行動]
基本:殺す気はない。できれば脱出したい。
1.誰かが……



[支給品説明]

【拡声器@現実】
例のアレ。


53 : 追憶のヴァニタス  ◆adv2VqfOQw :2016/07/06(水) 07:16:10 odlfBZuo0
投下終了だじぇ
ユリユリの前半について、問題があるなら差し替えます


54 : 名無しさん :2016/07/06(水) 11:11:12 Di.95trc0
投下乙です。
現状を読者のような俯瞰の視点で眺めることしかできず、奏さんの決断でさえ他人事のように見送った文香さんが印象的だなあ…
ふわふわと不確かな感覚のまま生きている文香さんが今後吹っ切れることはあるのかどうか
そして早速死を目撃してしまったユリユリがあかん


55 : 名無しさん :2016/07/06(水) 15:30:19 pJYO3nxY0
【参加者名簿】
○遊佐こずえ/○宮本フレデリカ/○荒木比奈/○村上巴/○浅利七海/○鷺沢文香/○速水奏/○大西由里子/○/○
○/○/○/○/○/○/○/○/○/○
○/○/○/○/○/○/○/○/○/○
○/○/○/○/○/○/○/○/○/○
○/○/○/○/○/○/○/○/○/○
○/○/○/○/○/○/○/○/○/○

残り枠52/60(予約中の未登場キャラ除く)


56 : ◆wNOg9dd82Q :2016/07/06(水) 17:00:18 OWkaIni60
すいません、遅れましたが投下させていただきます。


57 : ◆wNOg9dd82Q :2016/07/06(水) 17:00:48 OWkaIni60



目覚めると緒方智絵里は緑の匂いに包まれていた。
ベッドで眠っていたはずの自分の体は、屋外にあって、寝転んでいて、クローバーやシロツメクサ、そしていくつかの名前の知らない草花を下敷きにしていた。
頬をつねる、少なくとも――目覚めると知らない場所にいた、ということだけは現実だった。
しかし、あの慣れ親しんだ事務員――千川ちひろの死は、夢だったのかもしれないと思う。
ドッキリで知らない場所に連れて来られて、そんな急激な環境の変化で悪い夢を見てしまったのだ。

火薬の匂い。
首のない死体。
悲鳴。絹を裂くような。
狂乱。嗤う男。

だが――夢であると思い込むには、
今自分の首を覆う金属――首輪はあまりにも重く、そして軽かった。
首輪の素材に心当たりは無いが、少なくとも必死で動いても――首の骨が折れたり、そういうことはきっと無いのだろうと思う。
チョーカーというにはあまりにも無骨で、ファッションというにはあまりにも過激で、
シンデレラに掛けられた魔法と言うにはあまりにも残酷な首輪を指で軽く撫ぜる。

火薬の性質には詳しくはないが――金属はやはり、金属で、爆発するなんて信じられないようにひんやりとしていた。

緑の絨毯に寝そべったまま、ぼんやりと空を見上げる。
空は平然と青いまま、雲はいつものように風まかせ、太陽は相変わらず輝いていて、
泣きそうなのは――自分だけだ。

アイドルになった時も世界は何事も無く動いていて、
そしてこんな状況下でも、何事も無くないのは私達だけなのだな、と智絵里は思った。

いつまでもクローバーを身体の下敷きにするのは躊躇われて、立ち上がろうとして、少しよろけた。
支えてくれる人は近くにいないので、自分の足で立った。
ガラスの靴も魔法使いも王子様も消えて、悪い魔法だけが残っている。


58 : ◆wNOg9dd82Q :2016/07/06(水) 17:01:01 OWkaIni60
アイドルは永遠に続かない。
何時かは時計の針は12時を指し示して、幸せな舞踏会は終わってしまう。
そんなことはわかっていたはずなのに、11時59分がいつまでも続くと思い込んでしまっていた。

けれど――それでも――こんな終わりではなかったはずだ。
だって、シンデレラ/アイドル の時間が終わっても ガラスの靴/素敵な何か が残るはずだったのだ。

デイパックを開く。
無骨な――バラエティで見たものとは全く違う、本物の銃器が入っている。
弾は最初から入っている。
しっかりと相手を狙って、引鉄を引いて、それで――人を殺せる。
四つ葉のクローバーを探すよりも簡単に、同じように集められた女の子の人生を終わらせることが出来る。

それを何回だろう――何十回か繰り返せば、生きて帰ることが出来る。

シンデレラを諦めて、悪い魔女になれば――もう一度、大切な人たちに会うことが出来る。
何事もなかったかのように、罪を心の奥底に隠して、そうやって笑って、元の生活に戻ることが出来る。

引鉄を軽く引く。首輪よりもよっぽど重かった。
意識して、しっかり撃とうと力を込めなければ、弾は出ない。

デイパックにもう一度拳銃を放り込み、スマートフォンを取り出す。
スマートフォンの時計を見ると、両親はとっくに家を出ている時間だった。

電話は出来ない。
メールも送れないし、ネットにも繋がらない。

最期に話したいこと、伝えたい言葉は山程あるのに。
スマートフォンはいらない機能ばっかりで空っぽだった。

地図を見ても、知らない場所だった。
名簿機能は未だ解禁されていない――けれど、一緒に集められた子の名前なんて知りたくない。

メモ機能の真っ白な画面を見て、遺書という言葉が過ぎる。
このメモに自分の最期の言葉を書いておけば、誰かが――大切な人たちに伝えてくれるかもしれない。

人を殺す気にも、人を探す気にもならなくて、緒方智絵里は真剣にスマートフォンと向かい合う。
自身の名前、家族の住所、友達の名前、そして――プロデューサーの名前を、少しだけ考えて、入力した。

それから、なにか大切なことが書きたいのに、伝えたい事は山程あるのに、
何も書けないまま、ただ智絵里はスマートフォンの画面を見つめていた。

遺書を書くのだな、と思うと――どうしようもなく、自分が死んでしまうことを意識してしまった。
伝えたい言葉は、直接言いたかった。
レッスンは、手紙じゃなくて、自分の言葉で伝えたい言葉を伝えることが出来るようになるためのものだった。

アイドルにならなければ、遺書に書くことのなかった名前が沢山あった。
何時か、智絵里のライブに元気づけられた――というファンレターを貰ったことがある。
けれど、それは智絵里も同じだった。アイドルが――智絵里の寂しさを埋めてくれた。

沢山の名前以外、真っ白な遺書を見て、
智絵里は心の底から、死にたくないと思った。

スマートフォンの画面が滲んだ。
雨は降っていなかった。

『プロデューサーさん、私どんなに辛くても、泣きません』

いつか、プロデューサーと交わした言葉を智絵里は思い出していた。
約束だった。
プロデューサーとの、自分との、ファンとの、アイドル【偶像】との約束だった。

涙と一緒に、ぽろぽろと自分の中のアイドルが零れ落ちていく。
どんどんと、普通の女の子に戻っていくのだと、思った。

そして、緒方智絵里はデイパックを見た。


59 : ◆wNOg9dd82Q :2016/07/06(水) 17:01:16 OWkaIni60


ふわあと、カワイイあくびを一つ。
大きく伸びをして、輿水幸子は眠りから目覚めた。
状況はわかっている。ドッキリだ。ドキュメンタリーだ。映画撮影だ。
そうやって、幸子はありったけの現実の延長線上の可能性を並べ立てる。
早々殺し合いなどと信じられるものではない、そもそも千川ちひろが死ぬなどおかしい。
どう考えても死ななそうな人であるし、そういうドッキリとあらば人肌脱いでくれそうな人である。
これがプロデューサーなどであれば不覚にも信じてしまったかもしれないが、千川ちひろである。
そして、この場所に呼ばれたのが今をときめくアイドル輿水幸子である。
これはもう、そういう企画なのだろう。輿水幸子をアナーキー・イン・ザ・スカイ系アイドルと勘違いしている企画者なのだろう。

(プロデューサーさんは、もっとカワイイボクの最カワ*1な部分をアピールするような仕事を持ってきてほしいですね!)
*1 賽の河原のことではない

心の中では憤慨しつつも、輿水幸子はプロである。仕事で手を抜くようなことはしない。
デイパックを開き、仕事道具を確認する。

鞘に収められたナイフだ。
剣を鞘から引き抜くと、本物の金属の光沢をキラキラと放っていた。

(フフーン!よく出来たナイフですね!まぁ、カワイイボクにはふさわしくありませんが、よく出来ていますね!)
「よく出来た強そうなナイフですね!もっともボクの方がカワイイですが!」
輿水幸子はナイフに関する知識を特には有していない。

兎角、よく出来たナイフを手に持ち、気分はアイドルというよりも無人島サバイバルである。
(まぁ、わかってますよ!ここをこう……押すと!)

「フギャー!」
ナイフの先端を軽く人差し指で押すと、鋭い痛みが走った。本物だった。
刃は引っ込まなかったし、痛みも引っ込まなかった。引っ込み思案ではなかったし、事案だった。

「な、な、な……なんで本物なんですか!!!」
スタッフの手配ミスという言葉が真っ先に浮かんだ。
しかし、そうであるというのならばこの怪我を見て、どこかで隠れ潜んでいるスタッフが真っ先に駆け寄ってこなければならないはずだ。
未成年のアイカツを責任者抜きで許すほどこの国の児童労働に関する法律は甘くはない。
近くにいなければならないはずなのだ――スタッフが。


60 : ◆wNOg9dd82Q :2016/07/06(水) 17:01:33 OWkaIni60
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 l ll,,,,ll ll l  l,,,ll  ll,,,,,,,,,,   ,ll' ,ll''ll' '''''' ,ll'                            ,,,,,,,,       ,,,,,,,,,
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 ''''''' ''''''' ''''''''''''''''''''''''''''''                                        ''''''''      '''''''''

大声で人を呼ぶ。
誰も来ない。
いや、薄々とわかっていた。
千川ちひろも死ぬのだ。
ただ、そうであると信じたかっただけなのだ。
この殺し合いは――贋物であると。

匂いが、したのだ。
人の肉が焼ける臭いが。
食事の肉が焼けるのとは全く逆の――幸せになれない異臭。

だから、そう思い込もうとしたギリギリの一線は崩れた。

ナイフをデイパックに仕舞い込み、幸子はスマートフォンを起動する。
通話機能もメール機能も使えないし、インターネットも使えない。
現在地を確認する、ルール確認動画は必要ない。
殺し合いなんて――するつもりはない。

「幸子ちゃん……」
背後から声がする。
遅れてきたスタッフだろうか、いや――その声を幸子は知っている。
幸子と同じアイドルだ、名前も知っている。

「智絵里さん……?」


61 : ◆wNOg9dd82Q :2016/07/06(水) 17:01:46 OWkaIni60



自身の声で来てしまったのだろうか、と思うと――大声を出してしまった自分を幸子は少々恥ずかしく思った。
しかし、恥ずかしがっている場合ではない。
アイドルが殺し合いを行うわけがないと、幸子は思っている。
しかし、この場所にはアイドルじゃない殺人鬼がいないとも限らない。
もしかしたらそんな危険な人間を幸子は呼び寄せてしまったかもしれないのだ。
すぐに場所を移したほうがいいだろう。

「あの……」
振り返り、幸子はしっかりと智絵里の顔を見た。
憔悴しきった、辛い表情。しかし、笑っている。
インターネットで不安に思われそうな、けれどしっかりとアイドルとしての一線を譲らない――強くて儚い笑顔。12時より早く消えてしまいそうな魔法。

「ねぇ、幸子ちゃん」
智絵里は一歩すいと、幸子に近寄った。
迷いのない足取りだった。

「な、なんですか?」
「もしも、自分がアイドルにならなかったらって考えたことある?」
「ふぇ?ボクがアイドルじゃなかったら?」

あまりにも唐突で、そして考えたこともない話だった。
アイドルになったその日から、輿水幸子はアイドルじゃなかった日のことを少しずつ忘れていた。
自分が最初から、アイドルだった様な気すらしていた。
もちろん、そんなわけがないが――それでも、自分がアイドルじゃないことはありえないように思う。

「それは……ありえません、ボクがアイドルじゃなかったら……人類の損失じゃないですか!!」

だから、幸子の答えはシンプルで、力強かった。
自分に自身を持つものの答えだった。
アイドルの言葉だった。

「……そっか、幸子ちゃんはすごいね」
智絵里は笑っていた。
悲しい笑顔だった。

「私は……恋がしたかった。アイドルじゃなかったら……出会わなかったけど、アイドルになったら絶対に出来ない恋」

幸子ちゃんという声がやけに大きく聞こえた。
智絵里は幸子のすぐ目の前にいた。
悲しそうな顔をしていた。
諦めた顔をしていた。
泣きそうな顔をしていた。
けれど、もう泣かなかった。

「わたし、もういいんだ」
智絵里は幸子を見た。
幸子も智絵里を見た。
けれど、智絵里は幸子を見ていなかった。
智絵里は幸子の中に、誰かを見ていた。
それを幸子は知らない。

「でも……ほんの少しだけ……」

もう二度と、自分が恋をした人間には出会えない。
だって、アイドルじゃない緒方智絵里も――普通の女の子だったから。
人を殺すのが怖くて、人に殺されるのも怖いただの女の子だったから。

「……ごめんね」

緒方智絵里は輿水幸子に頬にキスをした。
二度と行えない本番のための練習のキス。
死ぬ前の最後のわがまま。
そして、自分の精一杯。

「ち、ち、智絵里さん!?」

幸子が面食らって慌てている。
今にも飛び跳ねんばかりだ。
申し訳ないと智絵里は思った。
でも、頬なので許してほしいとも思った。

幸子の頬は暖かかった。
人間のぬくもりだった。

だから、幸運なのだと思った。

死ぬときに、ほんの少しだけ、寂しくなくなった。

緒方智絵里は、
頬の中で転がしていたカプセルを飲み込んだ。


62 : チエリダイレクト/DIE lect ◆wNOg9dd82Q :2016/07/06(水) 17:02:42 OWkaIni60


緒方智絵里の支給品は銃と、そしてカプセル式の毒であった。
自決用とでも言うべきだろうか、たったひとつだけ――銃のおまけのようにデイパック内で転がされていた。
口の中にそれを含むと、なんとなく智絵里から恐怖心が薄れた。
死ぬのだと、思った。
どうしようもなく、死んでしまうのだと思った。
けれど、ほんの少しだけ勇気が生まれた。

何時か彼女は、プロデューサーに自身の優しさを褒められたことがある。
結局、自分は誰も殺さないままこの舞台を降りることが出来るのと思えた。

不思議と遺書に書く言葉が決まった。
たった四文字で十分だった。

それから、幸子の言葉を聞いて、智絵里は歩き出した。

【一日目/朝/D-5 草原】

【緒方智絵里 死亡】

【輿水幸子】
[状態]軽傷
[装備]無し
[所持品]基本支給品一式、ナイフ@現実
[思考・行動]
基本:不明
1.智絵里さん!?

[備考]
※智絵里の死体及びデイパックは近くに転がっています
※内容物は基本支給品一式と銃@現実です


63 : チエリダイレクト/DIE lect ◆wNOg9dd82Q :2016/07/06(水) 17:02:53 OWkaIni60
投下終了します


64 : 名無しさん :2016/07/06(水) 17:44:13 t5Z5JdOQ0
投下乙です。
スマートフォンを前にした智絵里ちゃんの独白が滲みる…
アイドルになったから芽生えた恋で、でもアイドルだからこそ実らない恋に想いを馳せる姿が切ない
しかしこのロワ、現状誰もゲームに乗ってないのに確実に死人が出てるのいいよね…


65 : 名無しさん :2016/07/06(水) 19:40:51 OrIH14JQ0
質問です
トレーナーたちはありでしょうか? なしでしょうか?


66 : 名無しさん :2016/07/06(水) 19:53:24 tiojnUME0
>「なんてこった、パロロワに巻き込まれっちまったじぇ……!!

これずるいわwww
全体としては上手いことぼかしてシリアスにしている話なのに全部持ってかれたw

さちえりも乙です
このキスはしょっぱい
こっちもどうとでも想像できる4文字だよな。意味は同じでも言い回しが。


67 : 名無しさん :2016/07/06(水) 20:10:15 NCBtaSwI0
>>65
まず最初に『登場可能なのは「アイドルマスター シンデレラガールズ」のオリジナルアイドルのみ』と書かれている以上、アイドル以外の参戦は不可能なのでは


68 : ◆M88aNVd6pU :2016/07/06(水) 23:48:19 QgHWzaT60
>>65
枠としてはアイドルで加入するので、ありで大丈夫です。


69 : ◆09Iyx3o/CA :2016/07/07(木) 00:59:39 a.3rDQ5o0
財前時子、市原仁奈、予約します


70 : ◆GhhxsZmGik :2016/07/07(木) 01:40:19 3r4PvZE.0
すいません、遅れましたが投下します。


71 : 四者四様 ◆GhhxsZmGik :2016/07/07(木) 01:41:17 3r4PvZE.0

「……………………数多の星が、輝いている……その輝きはまるで永遠のよう……」

鬱蒼とした森のなかで、悠然と空を眺める女性が一人。
大樹にもたれかかりながら、ぽつりぽつりと言葉を零している。
星など見えないのに、それでもなお。
誰に聞かせるわけでもなく、自然に空に向かって語りかけていた。

「けれど……その輝きは、永遠じゃない……輝いているように見えて……星はもう……燃え尽きているのかもしれない」

その女性、高峯のあの手には、彼女の髪色と同じ銀の剣。
光を浴びて輝く刀身を見つめて、のあは軽く一振りする。
風を薙いだ先を、ひたすら一心に見つめていた。
少しだけ、草を掻き分ける音がのあの耳に聞こえていたからだ。
もう、まもなくこちらに来る。

「……だとしたら、私達の輝きはもう、燃え尽きた後の残滓?……それとも、今もなお燦燦と輝いている?……貴方はどちら?」

人影が完全見えてきたところで、のあはその人影に問いかけた。
こんな殺し合いに巻き込まれた自分達は、アイドルの輝きはどちらなのだろうか。
のあ自身は出せなかった答えを、星の導きによって自分の前に現れる人は、答えることができるのか。
のあは、少しだけ期待して待っていた。

「……さて? 解らないですけど、なんだか、私、まだついていると思います」

そうして、現れたのは、大和撫子という表現が似合う女性。
幸運の女神、鷹富士茄子はにっこり笑いながら、答えた。
微笑みながら、この出会いに感謝するように。

「……ついている?……こんな状況で?」
「はい、のあさんに出会えました♪」
「…………そう」

のあに会えたことを心底嬉しそうにしている茄子に、のあは強い溜息を吐く。
能天気といえばいいか、底抜けの前向きといえばいいのか。
殺し合いの状況で誰かに会うことは、幸運なのだろうか。
いいえと、のあは首を横に振って、それを否定する。
そして、銀の剣を茄子に、ゆっくりと向ける。

「……残念ね。貴方の幸運は終わったわ」

少なくとも、のあに会ったのは不運に違いない。
なぜなら、のあは目覚めた後に、すぐ決めたのだ。
人を、殺そうと。 あの時と同じように。
何の躊躇いもなく、生き残るためにそうしようと決めた。

「……あら? やっぱりそうなんですか?」
「そう……貴方の不運に後悔しなさい……祈れ、その位の時間は、与える」
「いいんですか、祈りますよ?…………それに、のあさん勘違いしてます」

茄子は、目を閉じて、少し祈って。
そうして、もう一度目を、あけて、満面の笑みを浮かべた。
微塵たりとも、死ぬことは考えて、いなかった。
なぜならば、それは決まっていた、天に定めれた、愛された幸運。


「だって、いつまでも、私、とってもついてるんですから♪」



のあは、無言で、剣を袈裟懸け気味に薙いだ。


72 : 四者四様 ◆GhhxsZmGik :2016/07/07(木) 01:41:45 3r4PvZE.0



銀閃の刹那―――――



「おやおや、危ないじゃないか、そんなもの振り回して」


その一閃に、割り込むように、別の横薙ぎの一閃が走った。
剣と剣が打ちあう音が、聞こえて。
猛然と横から乱入して来た人間が、微笑む。
余裕の笑みだった。
まるで、自分が来たからには、もう大丈夫といわんばかりに。

「……木場……真奈美!」
「そうだよ、のあ。頼もしい助っ人の登場だ。茄子安心してくれていいぞ」
「ほら、やっぱり、私ついてます」

木場真奈美。
最強にして、最大のアイドル。
それ以上の説明は必要はない。
手に持ったカトラス刀を振り回して、後ろに下がろうとするに追い討ちをかける。

「のあ、君はどうもそちら側に決断したようだな」
「……そうよ」
「ふっ……無様だな」
「…………何が?」
「剣を振るう、その姿が。誰かに見せられると思うかい?」

真奈美の畳み掛ける斬撃に、のあは果敢に打ち合う。
言葉を交す余裕はあるが、逆に言うとお互いに本気で殺しにかかっていない。
真奈美にとっては、聞きたい事がそれなりにはあったから。
のあにとっては、真奈美の余裕が崩れるのを待っていたから。

「……そんなこと……アイドルだからといいたいの?」
「違うな、全然違う。この際、そんな事はどうだっていい。これでも、私は怒っている」

のあの横薙ぎに、逆袈裟で切り返し、そのまま真奈美は一歩踏み込む。
切り返されたのあには、がら空きの腹部。
当然、真奈美は見逃す訳がない。


「そう、人として許せるか……ということだ!」

踏み込んだまま、力を篭めた横薙ぎ。
殺しにかけた、一撃に、のあはかろうじて切り返された剣をねじ込む。
斬られる事は避けたが、そのままの剣圧に押され、後ろに大きく吹き飛ばされる。
その衝撃を生かして、のあはバックステップをしながら、大きく距離をとる。


「ちっ……殺すつもりだったんだがな」
「……くっ。容赦はしない……か」
「当たり前だ。殺し合いはしないさ。だが、殺しをする人間は、覚悟しろ」
「……まるで、飢えた狼ね」
「ふっ……こういうのは、大人がやるものさ」

真奈美は、未だ不敵に笑っている。
この女は変わらない、どんな時でも本気で戦うことを望んでいる。
自身が本気になれる瞬間を心待ちにしている。
誰かが狼と彼女を呼んだが、そのとおりではないか。
恐ろしい女だとのあは、確信する。

「真奈美……一つ言っておく……」
「何だ?」
「こういう殺し合いは……初めてではない……何度も起きている」
「……それが?」
「…………私は、それに若い時、参加している……血塗れた先に……私は、いる」
「何!?」

のあが即決した理由がそれだった。
主催者は別で、参加者も全然違う。
だが、殺し合い、バトルロワイアルは確実に、何度も起きている。
反抗しても、無駄なことは、のあは知っていた。
何故ならば自分が一度参加し、それに優勝したから。
勝つために、殺し、騙し、殺戮を繰り返してここにいる。


73 : 四者四様 ◆GhhxsZmGik :2016/07/07(木) 01:42:23 3r4PvZE.0


「………………貴方が、狼だというなら、私は銀弾の射手」


だからコートの裏に下げていた、短機銃を取り出す。
もとより接近戦でしとめるつもりは無い。
銃が有用なのは以前の殺し合いで知っていた。
そして使い方も。
ゆっくりと構えて、真奈美に向ける。
それでも、真奈美は笑って、彼女も懐から、銃を取り出していた。

「……あら……貴方も使えるの?」
「ロスでは当たり前だからな」
「……そう…………なら、この銀色の銃弾……受けてくれる?」
「悪いが、乗れない相談だな」

のあはふうと溜息を吐く。
いつでも、真奈美は自分を打てただろうに。
もしかして殺し合いを楽しんでいるのだろうか。
口ではああいいながら、殺すことに躊躇している。
真意はわからない。だが、自分も悠長に構えたのは、明確な理由がある。
何も、最初から真奈美を仕留める無理を犯す必要性はない
だとするなら、狙うは、真奈美の左の奥にいる仕留め損なった女。
ふっと真奈美を睨んで。
すぐに銃を向けた手だけ大きく左にずらす。

「……しまった!」

もう、遅い。
引き金に手をかけて、そのままスムーズに発砲――――


「……………………!?」



されない。
その瞬間、のあは屈みながら、右斜め後ろに大きくステップする。
続いて、発砲音。おそらくのあの元いた位置。
そのまま、のあは下がりながら、後退を選ぶ。
退避路は前もって確認していた。
トントンと後ろにステップしていって、のあは草むらに中に入り、猫のように姿を消していた。






74 : 四者四様 ◆GhhxsZmGik :2016/07/07(木) 01:42:48 3r4PvZE.0



「……ちっ……」

もとより退却するつもりだったか。
もしくは茄子狙いだったか。
のあ一人に集中しすぎて、周囲……というより茄子を気にしなかった。
己のミスに苛立ちながら、真奈美は反省する。
本気になれると、高揚していた。
よくないことだと振り返り、茄子に駆け寄る。

「大丈夫か?」
「はい!」

茄子は、いたって普通に、答えて真奈美は少し安心する。
『運がよく』、何故かのあの銃が発砲されなかった。
そのおかげで茄子は無事だった。
幸運に感謝するほかはない。


「ならよかった」
「あの、これからどうするんです?」
「そうだな……のあみたいなのは当然対処するとはいえ……、まずは港があるだろうから、そこへ向かおうか」
「……港?」
「島だからな、私達を運ぶのに、船を使っただろうし。当然攫ったやつらも船を使っているだろう」
「なるほど……私もついていっていいですか?」
「もちろん、それなら、早くいこう」

真奈美が目指すのは、こんな殺し合いの打倒。
当然殺し合いに乗ってる人間は容赦はしない。
例え幼くても、だ。
センチメンタルなことは子供たちに任せる。


「それにしても、私にいきなり助けられるなんて、思っても見なかっただろう」
「いえ、なんとなくは感じてましたよ……だって、私はついているんですから♪」


朗らかに、笑う茄子は、間違いなく幸運がそばにあり、真奈美は、前向きすぎる彼女に苦笑いするしかなかった。



【一日目/朝/E-7】



【木場真奈美】
[状態]健康
[装備]カトラス刀、デザートイーグル50AE(6/7)
[所持品]基本支給品一式、予備弾×70
[思考・行動]
基本:殺し合いの打破
1.港にいく
2.殺し合いに乗った人間は容赦しない

【鷹富士茄子】
[状態]健康 豪運(効果時間:∞)
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品×2(豪運により、配られた支給品のなかで、『大当たり』に類するもの二つ確定しています)
[思考・行動]
基本:殺し合いの打破
1.港にいく
2.私ついてますから








75 : 四者四様 ◆GhhxsZmGik :2016/07/07(木) 01:43:11 3r4PvZE.0





(やはり、発砲できる……なら、あの時はなぜ?)


のあは、退却した後、密かにもう一度、ためしうちをしていた。
今度は問題なく発砲されている。
なら、あの時はなぜ発砲されなかったのだろう。
発火不良なのだろうが、何故あのタイミングで。
ついてない……というより。

(向こうが……運がいいのかしら)

考えても仕方ない、とのあは片付け、命あるだけましだと考える。
次は無い、特に真奈美がいるとならば。
油断はせず、あのときのように殺せばいい。
だから、次の獲物を――――



「ヘーイ!」


突然、目の前に野生の世界レベル、ヘレンが現れた。
なんだかよくわからないが、撃ち殺そう。
のあがそう決断するまで時間はかからなかった。
スムーズに鉄砲を構えて、発砲しようとする。


「先程の貴方の動き見ていた……なんて、素晴らしい動き。世界のレベルに達しているわ……そこで提案があるわ!」
「…………提案?」

この女に提案するものなんてあるのか。
そんな失礼なことを考えながら、その言葉だけ聴いて殺そうと決める。

「この私と手を組みなさいっ!」

聞かない方がよかった。
こんなのと組んだら死にそうだ。
もう殺そうと決める。

「この、『ジョーカー』ヘレンと!」

ジョーカー。
その言葉に、のあは動きをぴたりと止める。
それはのあが以前参加した殺し合いでもいた存在だった。
ようは、主催の息がかかった参加者で、殺し合いを促進する存在。
そんな存在がよりによってこの女なのか。
のあは、飽きられるように彼女を見る。
疑うようだが、ジョーカーという単語知らなければ出てこないだろう。


「…………あの男から、直接いわれたの」
「そうよ。あの男から(なんだかよくわからないこと)たくさん言われて、(大体覚えてないけど)君はジョーカーに相応しいと」
「…………見る目ないわね」
「そうね。あの男はまったくレベルに達してない。とるにたらない男だわ。けれどっ! ジョーカーには世界レベルの響きを感じた!」

嘘はついてないだろう。
ヘレンの自信満々の姿を見れば解る。
第一この女はそんな嘘を使う人間ではない。


76 : 四者四様 ◆GhhxsZmGik :2016/07/07(木) 01:43:36 3r4PvZE.0


「けれど、この役目を果たすのに、一人でやるには少し骨が折れるわ」
「……だから?」
「プロデューサーから教えてもらったわ! 共に競い合い磨くことも、世界の高みに到達できると!」
「……なるほど」

だからとヘレンは、胸を張って言葉をつむぐ。


「さぁ、心から共に役目を果たしましょう。そうして、世界レベルのバトルロワイアルを築くのよ!」


のあは、正直ヘレンそのものはどうでもいい。
だが、誰も接点がないあの男と唯一接点があるこんな女の情報は大切だと思う。
どうせ優勝するしかないが、優勝したとき生還させるという約束を守ってくれる男なのか。
その情報はほしい。簡単に口に割らないだろうが。
それに、先程から感じているが、このヘレン、それなり以上には動けそうだ。
こちらの銃口に対して、目をはなしていない。
そしてヘレンの手は懐のなかだ。
油断は、できない。


「解ったわ……」


だからとりあえずは、協力する。
一緒に人を殺すなら、問題ないのだから。


「ふふ、それでこそ、よ!」



そうして、『リピーター』と『ジョーカー』は、互いを理解しないまま手を組んだ。


【一日目/朝/E-7】



【高峯のあ】
[状態]健康
[装備]銀の剣、イングラムM10(30/32)
[所持品]基本支給品一式、予備弾×240
[思考・行動]
基本:殺し合いのる
1.参加者の殺害
2.ヘレンととりあえず組む。
※以前にバトルロワイアルに参加して、優勝しています

【ヘレン】
[状態]健康 
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品×2
[思考・行動]
基本:そう、世界レベルのジョーカーを!
1.世界レベルのジョーカー
2.のあに何かを見出し、一緒に行動する

※主催の男からジョーカーを命じられました。(世界レベルに到達しようもない取るに足らない男の言葉なのでどの程度言葉を受け止めているか不明です)
※しかし、ジョーカーという響きに世界レベルを感じたので、こなします。
※実際、どの程度殺し合いをする気なのか、のあをどうみているかは、そう、ヘレンの心からダンサブル


77 : 四者四様 ◆GhhxsZmGik :2016/07/07(木) 01:43:48 3r4PvZE.0
投下終了しました


78 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/07(木) 18:19:31 KS/YeUUM0
皆さん投下乙です
渋谷凛、片桐早苗を予約します


79 : ◆As6lpa2ikE :2016/07/07(木) 19:52:13 wjcMzcHo0
遅れてすみません。投下します。


80 : Are scarlet girls Mary Sue? ◆As6lpa2ikE :2016/07/07(木) 19:55:09 wjcMzcHo0
朝。
陽の光を遮るように枝葉を広げる木々に囲まれて、二人の少女が居た。
二人のうち、緑色のエクステを付けた鳶色のショートヘアにパンキッシュファッションをした少女の名は二宮飛鳥。
もう片方の、ロングの黒髪をした、飛鳥よりも幼い少女の名は橘ありすである。

「まさか、最初から配置されたエリアがありす――キミと同じだったとは……。これにはボクも驚愕を禁じえないよ」
「奇遇ですね。私も同じです、飛鳥さん」

そんな会話をする彼女たち。
橘ありすは自分のバックパックの中身を取り出して確認し、
二宮飛鳥はその辺にあった岩に腰掛け自分の太腿に頬杖をつきながら、ありすの様子や森の木々に目をやっていた。



数十分前。
意識が覚醒した二宮飛鳥は、自分の荷物を確認した後、取り敢えず森の中から出ようと歩を進めていた。
その時、彼女が歩く道の先――森の中は正に『獣道』という言葉が相応しいくらいに整備がなされていなかったけれども――の真ん中ですうすうと、横になって眠っていたのが、橘ありすである。

「キミを見つけたのが殺し合い(ゲーム)に乗り気な人物じゃなく、このボクで良かったね。あんな無防備で呑気な姿を晒してたら森の小動物相手にも屠られていただろうさ」
「麻酔銃を打たれて眠らされていたんですから、仕方ないじゃないですか! それは飛鳥さんも一緒でしょう!?」

飛鳥よりも年下で身体も小さいありすが、飛鳥よりも睡眠薬の効果が切れるのが遅いのは仕方のないことであった。
ともあれ。
ありすが目覚めた後、二人は互いに殺し合いへの参加の意思がないことを確認し、行動を共にすることに決めたのだ。
その時、飛鳥はありすに『先ずは自分の荷物を確認すると良い』と助言した。
スマートフォンで見たルール解説動画によると、この殺し合いへの参加者には、食料や水といった通常の支給品の他に武器や特殊なアイテムが支給されることがあるらしい。
それは役に立つこともあれば、逆もまた然りだ。

「いくらボクたちが殺し合いに乗らないスタンスを掲げる――対主催だとは言え、多少の武器は持っておかなくてはならないだろう。丸腰の平和主義者程の愚か者は居ないからね」
「そう言う飛鳥さんは何か武器を支給されたんですか?」
「ボクは…… いや、ボクの話は一先ず置いておこう。それは後でした方が何かと都合が良い。今は取り敢えずキミの所持品を確認しておきたい」

飛鳥の言い分に頭の中で疑問符が踊り、何かを言い返そうとしたありす。
だが、喉元にまで出掛かっていたありすの言葉は、バックパックに突っ込んだ彼女の指先に触れた冷たい感覚によって止められる。
氷? いや違う。今のは金属特有の冷たさだった。
ならばナイフや銃のような、金属製の武器類だろうか。
そう考えながらありすは冷たさの主を掴み、バックパックの中から引っ張り出す。
その正体は――ロボだった。


81 : Are scarlet girls Mary Sue? ◆As6lpa2ikE :2016/07/07(木) 19:55:53 wjcMzcHo0
否。
正確に言えば全長三十センチ程のロボのフィギュアであった。
ありすが感じた冷たさとは、それの素材が超合金であるが故に生じていたものであろう。
ウェーブのかかった茶髪のツインテールにスカート姿、腰回りにはマカロンやケーキと云ったスイーツを基にしていると思われる装飾品。
しかし、その顔はロボおなじみのサイクロプスであり、身体のあちこちにネジ頭らしき突起が目立つ。
と、このようにかなりシュールなものである。

「これは……きらりんロボ……のフィギュア?」

それを見て声をあげたのは、取り出したありすではなく、飛鳥だった。

「知っているんですか? 飛鳥さん」

飛鳥の口から『きらりん』という気の抜けたワードが飛び出した事に多少の滑稽味を感じながらありすは問う。

「以前、何かの公演に参加した際に見た覚えがある。まあ尤も、その時のそれはそんなに小さくなかったけどね」

飛鳥はそう言いながら、ありすからきらりんロボ(フィギュア)を受け取り、それを観察する。

「その時の設定では、きらりんロボには様々な機能――主に破壊活動向きのものがあったんだけど……ふむ、これにはどうやらそんな物騒なものは付いていないらしい。まあ、こんなに小さいんだから、当然と言えば当然なんだが……」
「つまり、それはただのフィギュアということですね?」
「そういうことさ」

飛鳥はそう言って、ありすにきらりんロボを返した。

「とてもじゃないが、それを武器として扱うことは無理だろう。強いて言うなら、鈍器として使えるかもしれないが……それならフィギュアよりもその辺の石を使った方が良い」

飛鳥からきらりんロボを受け取ったありすは、それの腕を動かそうとする。
新品でまだ錆一つついてない関節部分は非常にスムースに駆動した。
背中部分に唯一付いているボタンを押すと、諸星きらりの声をメカっぽく加工したような音声が流れた。
それを何度か繰り返したが、どうやら流れる音声は両手で数えられる程度しかないらしい。

「まあ、精々そうやって楽しく遊ぶくらいしか用途がないだろうさ」
「あ、遊んでなんかいません! これは機能を確認する為に……」
「ふぅん? そうかい? その割には随分と楽しそうな顔をしなから触っていたように見えたけどね?」

飛鳥の言葉を受け、ありすははっとした表情をしながら顔の下半分を片腕で隠す。
しかし、その程度では赤くなった彼女の顔は完全に隠せていない。
それを見て、飛鳥は『フフッ』と短く笑ってから、

「で、他には何か特殊な物は入ってないのかい?」

と言った。
ありすは顔を元の大人びた表情に戻し、暫くの間バックパックの中を漁る。

「他にですか……いや、ないですね。私に支給された特殊アイテムはこれ――フィギュアだけみたいです」
「そうか……武器になる物はないという訳かい」

飛鳥はそう言うと、溜息を一つついた。

「同じエリア内に居たから、武器を持っていないボクの代わりにキミが持っているものだと思っていたけど……どうやらその読みは間違っていたらしい。いや、同じエリア内に居て戦闘に陥りやすく、その際にフェアになる為に、この殺し合いを仕切る誰かさんは敢えてボクたち二人に攻撃力のない物品を支給したのか……」
「そう言えば、先程は上手い具合にはぐらかされましたけど、飛鳥さんに支給された特殊アイテムは結局何なんですか? その様子だと武器じゃなさそうですけど」
「全くもって御名答だ。ボクに支給された特殊アイテム、それは――」


82 : Are scarlet girls Mary Sue? ◆As6lpa2ikE :2016/07/07(木) 19:56:56 wjcMzcHo0
飛鳥はそう言うと、一旦言葉を区切り、自分のバックパックに手を突っ込む。
しばらくゴソゴソと弄った後、彼女がバックパックの中から取り出したのは小さな機械であった。
一見すると小型テレビのようにも見える液晶機械である。
画面らしき部分には何も映っておらず、真っ暗で鏡のように周りの景色を反射しているだけだった。

「――『探知機』さ」
「『探知機』?」
「そう。付属していた説明書の言葉を信じるなら、これは名前の通り他の参加者の位置を探知し、画面上に表示する機械らしい」
「らしい? 飛鳥さんはまだこれの電源を付けていないんですか?」

それはありすにとっては信じがたい愚行のように思えた。
他者の存在と位置を確認出来る道具など、今の飛鳥たちにとってはまさに打ってつけの物であろう。
ありすからの疑問への返事代わりに、飛鳥は彼女の方へ探知機を放り投げた。
投げられた方のありすは慌ててそれをキャッチする。

「何故、自分で見たことしか信じないボクが説明書の言葉を借りたり、『らしい』という曖昧な表現を使っているのかと言うとだ……ありす、それの電源を付けてごらん」
「ええと……こう、ですかね?」

探知機の側面にスイッチらしき部分を認め、それを動かし、電源を入れようとするありす。
しかし、画面は未だ黒に染まったままであり、何も映らない。
二度、三度とスイッチを入れ直すも画面には一瞬たりとも光が灯らなかった。
四度目も失敗に終わった時に、ありすの頭の中に不穏な二文字が浮かび上がる。

「故障……?」
「いや、多分充電が切れてるだけだろうね」
「どうしてそう言い切れるんです?」
「説明書の他にもこの探知機には『充電ケーブル』が付属して来ていたからさ。こんな物を一緒に寄越すだなんて、『探知機は何処かで充電してから使ってくださいね』と言われてるようなものだろう?」
「成る程……」

飛鳥が一先ず森を出ようと思って歩いていた理由はこれにある。
森を出て、民家のある場所に行けば、そこには探知機を充電する為に必要なコンセントくらいあるであろう――と、彼女は思ったのだ。

「しかし、その途中で眠り姫と合流してしまった……というわけなのさ」
「誰が眠り姫ですか」
「失礼。キミには眠り姫よりもシンデレラと言った方が良かったかい?」
「そう言う問題ではありません!」

その後もしばらく飛鳥とありすは会話や情報交換をした後に、最初の目標を『探知機を充電する』に定め、森から出る事にした。

「地図を見た限りでは、コンセントがありそうで、且つ、此処から一番近いのは『ホテル跡』ですね。其方に向かいましょう」

ありすの提案に従い、飛鳥たちは『ホテル跡』ある方向――南東へと向かっていった。




結局、二人は最初から最後まで自分たちの事を遠くから見ていた何者かの視線には気づかずじまいだったのである。




83 : -No! No! ◆As6lpa2ikE :2016/07/07(木) 19:57:59 wjcMzcHo0
(もりくぼですけど……。
(はい、森久保乃々です……って、誰に自己紹介しているんですか、私……。
(殺し合いなんかに参加させられて、おかしくなっているんですかね?
(うぅ……。
(殺し合い、ですか……。
(こんな目に遭うくらいなら、早くすっぱりとアイドルを辞めていれば良かったんですけど……。
(でも、今更どうこう言っても意味がないだろうし……。
(かと言って、誰かを殺すなんて……むーりぃー……。
(こんな私が人を殺すとか……そんな度胸があったら、私はとっくにプロデューサーさんに辞表を叩きつけてるんですけど……。
(普通だったらこんな時、参加の意思が薄い人――例えば今私の目の先にいる飛鳥さんたちとか――に声を掛けて、仲間になるのがいいんでしょうけど……生憎、私にはそんな度胸すらないんですけど……。
(ナメクジ並み……いや、ナメクジ以下の私なんて、今の状況では足手まといにしかならないだろうし……。
(けど、このまま一人でいるのも……うぅ……。
(声を掛けようか……掛けないか……。
(って、ああ……飛鳥さんたちが立ち上がって……何処かに行っちゃいました……。
(…………。
(…………。
(…………。
(…………。
(…………此処でずっと固まって居ても、意味がないですし、尾いて行きましょうか……。
(いや、あくまで尾いて行くだけ。話し掛けるかはまた別なんですけど……)


84 : ◆As6lpa2ikE :2016/07/07(木) 19:58:50 wjcMzcHo0
【F-04/一日目/朝】

【二宮飛鳥】
[状態]健康
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、探知機
[思考・行動]死にたくないし、殺し合いなんて以ての外だね。
1:橘ありすと一緒に行動する。
2:支給品『探知機』を充電する為に森の外へ向かう。

【橘ありす】
[状態]健康
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、きらりんロボ(フィギュア)@アイドルマスター シンデレラガールズ
[思考・行動]死にたくないし、殺し合いにも乗りたくありません。
1:二宮飛鳥と一緒に行動する。
2:二宮飛鳥の支給品『探知機』を充電する為に森の外へ向かう。

【森久保乃々】
[状態]健康 混乱?
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、イングラムM10サブマシンガン@現実
[思考・行動]殺し合いとか無理なんですけど……。
1:二宮飛鳥と橘ありすに尾いて行く。


85 : ◆As6lpa2ikE :2016/07/07(木) 19:59:17 wjcMzcHo0
投下終了です。


86 : ◆c8luDcK3zQ :2016/07/07(木) 20:30:30 0kzSq2bw0
皆様投下乙です。
藤居朋、ベテラントレーナーで予約します。


87 : 名無しさん :2016/07/07(木) 20:58:55 q.0fqg4g0
ベテラントレーナーって名簿とかどうすんだろって思ったけど、コミカライズとかだと青木聖って本名あるのね


88 : 名無しさん :2016/07/07(木) 21:02:27 cg.lJcHk0
すごい普通な話が来て逆に驚いてる>ジョーカーリピーター


89 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/08(金) 17:44:58 t4cWQer20
投下乙です。
電気が果たして通っているのか……まさかの発電機と組み合わせるタイプかもしれませんね。
もりくぼは頑張れw あと一歩だぞw

自分も投下します。


90 : The Idol ◆qRzSeY1VDg :2016/07/08(金) 17:45:15 t4cWQer20
 宝石のように透き通った、紺碧の海。
 世界をどこまでも広がり続ける、蒼い空。
 燦々と輝く太陽の日差しは暖かく、吹き抜ける潮風は少し冷たい。
 体全体でそれを感じながら、少女は芝生の上に寝転がる。
 このまま一寝入り、なんて出来れば気持ちいいだろう。
 そんな事を思いながら、ため息を一つこぼす。

 そしてしばらく、何をするでもなくぼうっと景色を眺め続けていた。
 何も出来ない……いや、何もしない。
 何を考えているわけでもないし、何かを企んでいるわけでもない。
 純粋に何をする気にもなれないから、ただただ、景色を見つめ続ける。

 ふと、傍にあったデイパックに手を伸ばす。
 なんてことはない、ただの気まぐれだ。
 それを手元に手繰り寄せた後、ゆっくりと体を起こし、中身を確認して行く。
 見慣れないスマートフォン、水、食料、懐中電灯。
 これといって特筆することはなく、彼女の興味を引くことはない。
 はあ、と溜息をついてから、最後の品へと手を伸ばす。
 取り出したのは装飾が特徴的なライターと、一箱の煙草。
 普段なら気に留めることがないし、寧ろ嫌悪感を示す方であった。
 だから、いつもなら見ないふりをして戻すか、海に投げ捨てるかしていたのだろう。
 けれど、今の彼女はそうすることはなく、じっと煙草を見つめ続けた。
 少しの間を置いて、彼女はゆっくりと煙草の外装を解く。
 流れるように一本の煙草を取り出し、人差し指と中指で挟みこむ。
 そして、口元に運び、空いた片手でライターを灯し、煙草へと火をつけていく。
 真っ先に鼻を突いたのは、チョコレートの香りだ。
 珍しい煙草もあるものだと思いながら、すうっと息を吸い込む。
 それと同時に煙草の先端が橙色に輝き、煙が口と肺を満たしていく。
 肺を埋め尽くす煙が齎す、不思議な感覚。
 思っていたより軽い感覚だと思ったのは、喫煙者が普段傍に居たからだろうか。
 初めての煙草の味を、彼女は口の中で転がしながら、ゆっくりと楽しむ。
 咳込んだりだとか、そういう拒否反応が出ることはなかった。
 そうこうしているうちに、彼女は初めての煙草をあっという間に吸い終えてしまった。

 そうしようと思ったのに、特に理由はない。
 どうせ死んでしまうなら、今のうちにやれることをやっておこうだとか、そんな所だろう。
 ただなんとなく、取り出した煙草をそのまま捨てる気になれなかっただけ。
 そう、なんとなく。
 何も考えてはいないし、何か目的があるわけでもない。
 だから、別にこれからどうなろうとも構わない。
 気がつけば、既に二本目を手に挟み、右手にはライターを構えていた。
 そのまま火を付けようとした手が、少しだけ止まる。
 けれど、今更何を躊躇う必要があるのかと考えなおし、彼女は二本目の煙草に火をつけた。
 そしてもう一度、大きく息を吸い込んで、煙で肺を満たしていく。


91 : The Idol ◆qRzSeY1VDg :2016/07/08(金) 17:46:02 t4cWQer20

「こらこらこら〜〜っ? 煙草は二十歳になってから、君はまだ十五のはずじゃないかな〜〜?」

 その時、背後から少し軽めの声が聞こえてきた。
 振り向こうかと思ったが、誰がやってきているかは分かっているから、別にいい。
 そもそも、別に誰が現れようと構わなかったし、これから起こることにも興味はなかった。
 だから、少女は現れた彼女に興味を示すことなく、煙草の煙を吸い込んだ。

「あっ、無視しようってーの? かっちーん。そういうさ生意気な態度だと、シメちゃうぞ♪」

 少女の対応を無視だと受け取った声の主は、足早に少女の隣へと進む。
 そして、流れるように少女が咥えていた煙草と、手に持っていた煙草の箱を奪い去り。
 手慣れた動きであるのは、さすがといった所だろうか。

「げげっ、これまたマニアックな煙草吸うわね……」

 奪い去った煙草の箱を見て、声の主である女は苦笑する。
 そういう反応をせざるを得ないほどの代物だったのだが、それが初めてであった少女には、その意味を理解することが出来なかった。
 そんな苦笑いを浮かべる女に、少女はゆっくりと目を合わせ、口を開く。

「早苗さん」
「何かな凛ちゃん、言っておくけど未成年の喫煙は立派な犯罪よ♪」

 少女、渋谷凛の問いかけに対しても、女、片桐早苗は軽い口調を崩さない。
 ふふん、とどこか得意げな笑顔を、凛は少し見つめた後、ゆっくりと話を続ける。

「煙草を吸う私を止めたのは、私がアイドルだからですか?」

 その言葉で、空気が変わる。
 ふっと笑顔が消えた早苗の顔を、凛はじっと見つめ続ける。

「どういう事、かな?」

 真意を図りかねるといった顔で、早苗は凛へと問い返す。
 その反応を予測していたのか、特に表情を動かすことなく、凛はもう一度海の方向を向き直す。

「……最近、分からなくなってきたんです」

 ぽつり、と呟いた言葉をきっかけに、凛は空と海を眺めながら話し始める。
 早苗はただ、その背中をじっと見つめ続けていた。

「私、プロデューサーと頑張ってきて、しんどいことも耐えて、アイドルを続けてきました。
 みんな笑ってくれるし、プロデューサーは褒めてくれるし、ライブはいつだって楽しい。
 周りの皆と一緒に上を目指せるから、辛くても楽しいことのほうが多い、そう思ってました」

 そう、彼女は"渋谷凛"。
 今や日本国内では知らない人も少なくはないであろう、人気アイドルだ。
 そうなるに至るまでの彼女の努力や苦難は、早苗も人づてに聞いたことがある。
 その彼女が、そんな話をするということは、どういうことなのだろうか。
 早苗が薄々何かを感じ始めた時、凛はわざとらしく言葉を切り、ため息をついてから話を続ける。

「けど、それは私が"アイドル"だからなんじゃないかって、思ったんです」

 半分は予想通り、半分は予想外の言葉が返る。
 それを告げている凛の目は、まだ空を見つめている。

「仮に、私がアイドルじゃなくなって、ただの"渋谷凛"になった時。
 "アイドル"が好きだった人達は、別の"アイドル"を好きになっていくんだろうなって、そう思ったんです。
 実際、私のファンにもそういう人が居ました」

 そこまで言い切った後、言葉を少し詰まらせて、凛は下を向く。
 なんとなく、そうなんとなく。
 空を見るのが、辛かったから。

「だから……分からなくなったんです。みんなは"渋谷凛"を見てるのか、"アイドル"を見てるのか。
 今、私の手にあるものは私のものじゃなくて、誰のものでもない、不安定なものなんじゃないかって」

 そして凛は、他のアイドルにも、プロデューサーにも、親にも相談したことが無かった事を、そう関わりはなかった早苗へぶちまけて行く。
 どうしてそんなことを言う気になったのかは分からないが、きっとここが殺し合いの場だったからだろう。
 ここでいつか死んでしまうなら、最後にそれを話しておきたかったのかもしれない。

「早苗さん、もう一度聞いていいですか」

 自分の話が終わった所で、凛は背中を向けたまま、早苗へと問いかけ直す。

「煙草を吸う私を止めたのは、私が"アイドル"だからですか?」


92 : The Idol ◆qRzSeY1VDg :2016/07/08(金) 17:46:21 t4cWQer20

 しばらく、沈黙が続く。
 まるで時が凍りついたかのように、凛も早苗も動かなかった。
 やっぱり、答えなんてないのだろうか。
 "アイドル"だから煙草を吸ってはいけない、そんな理由で止められていたのだとしたら。
 "渋谷凛"なら、止められなかったのかもしれない。
 そう思った時、はあ、と溜息が一つ零れる。
 それから早苗はずかずかと足を進め、海を眺めている凛の隣にどっかりと腰を下ろした。

「ライター」
「えっ?」

 短い言葉に、凛は思わず目を丸くしてしまう。

「いいから貸しなさい」

 凛が呆気にとられている内に、早苗は半ば無理やり凛が手にしていたライターを奪い去る。
 続けざまに、凛から奪っていた煙草を一本取り出し、これまた慣れた手つきで火を付けて、煙を吸い込んでいく。
 肺いっぱいに溜め込んだ煙草の煙を、ゆっくりと少しずつ吐き出した後、早苗は海を眺めながら口を開く。

「質問の答えは簡単。あたしがそうしたいと思ったから、そうしただけ」

 そんなシンプルな答えから、早苗は話を続ける。

「……トップアイドル様の考えることなんて、あたしには分かんないけどさ。
 誰かの顔色を伺う前に、自分でやりたいことをやるべきなんじゃない?
 他人どうこう気にしないと何も出来ない人生なんて、楽しくないよ」

 少しの皮肉を混ぜて、早苗は口早にそう言い切る。
 そう、やりたいからやる。
 他人がどう思うかなんて、関係はない。
 自分は自分であるし、それ以上でもそれ以下でも、それ以外でもない。
 やりたいと思った、やってみたいと思った、だから自分はアイドルへの道を踏み出した。
 そんな自分には、きっと彼女の悩みなんて分かり得ないのだろうと思いながら、煙を吸い込んでいく。

「自分の、やりたいこと……?」
「そう。ま、それが何なのかは自分で探してもらわなきゃいけないけどね。
 やりたいことのために動く、自分自身でそれを成す、それだけよ」

 にこり、と微笑んでそう答える早苗の顔をまじまじと見つめ、凛は少し考えこむ。
 ああ、何時からだったのだろう。
 自分自身ではなく、"アイドル"の為に自分が動いていたのは。
 応援してくれる人、支えてくれるプロデューサー、共に走る仲間たち。
 気がつけば、頭にあったのは彼らのことだ。
 彼らの気持ちに応えたいと思っていたから、凛はそこまで頑張った。
 同時に、何か大事なものを失ってしまった。
 それが何なのかは、まだはっきりとは分からないけれど。
 少なくとも、目の前で煙草を吸っている一人の女性は、それをしっかりと心に持っていることは、分かった。

「かーっ、まずいまずい。こんなの吸わないほうがいいわよ」

 そういいながら、煙草を吸い続ける早苗の顔には、どこか影があって。
 そんな早苗の顔を、凛はただただ、見つめ続けていた。

【A-02/一日目/朝】
【渋谷凛】
[状態]健康
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式
[思考・行動]
基本:アイドルとしてではなく、渋谷凛としてやるべき事を探す?

【片桐早苗】
[状態]健康
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、不明支給品(1〜2)、煙草、ライター
[思考・行動]
基本:やりたいようにやる


93 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/08(金) 17:46:31 t4cWQer20
投下終了です。


94 : ◆As6lpa2ikE :2016/07/08(金) 19:16:49 WK/b.Wck0
脇山珠美、白坂小梅、向井拓海、前川みくで予約します


95 : 名無しさん :2016/07/09(土) 01:01:14 o1ai0CLw0
【参加者名簿】
●遊佐こずえ/○宮本フレデリカ/○荒木比奈/○村上巴/○浅利七海/○鷺沢文香/●速水奏/○大西由里子/●緒方智絵里/○輿水幸子
○木場真奈美/○鷹富士茄子/○高峯のあ/○ヘレン/○二宮飛鳥/○橘ありす/○森久保乃々/○渋谷凛/○片桐早苗/○
○/○/○/○/○/○/○/○/○/○
○/○/○/○/○/○/○/○/○/○
○/○/○/○/○/○/○/○/○/○
○/○/○/○/○/○/○/○/○/○

残り枠41/60(予約中の未登場キャラ除く)


96 : 名無しさん :2016/07/09(土) 01:45:06 nSS2Y9LU0
現在位置

【朝】
A-2
渋谷凛
片桐早苗

C-3 鎌石村役場
宮本フレデリカ
荒木比奈

D-5 草原
輿水幸子

E-7
木場真奈美
鷹富士茄子
高峯のあ
ヘレン

F-4
二宮飛鳥
橘ありす
森久保乃々

F-8
村上巴

H-3 岸辺
浅利七海

【午前】
I-10 灯台
鷺沢文香
大西由里子


97 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/10(日) 01:42:30 Wtb6n81Q0
本田未央、十時愛梨予約します。


98 : ◆yOownq0BQs :2016/07/10(日) 02:40:32 QI9CKJDA0
綾瀬穂乃香、成宮由愛を予約。


99 : ◆FDPwanKro6 :2016/07/10(日) 03:03:36 WsaF6Y2s0
龍崎薫、浅利七海(リレーします)、あと一之瀬志希 で予約します


100 : ◆wKs3a28q6Q :2016/07/10(日) 04:25:52 pFNvfcb.0
渋い……アイドルとしてキャピキャピ輝いているのでなく、アイドルならではの疲弊を感じる……
あとしぶりんはタバコ似合う


大変遅れて申し訳ありませんでした、投下します


101 : 名無しさん :2016/07/10(日) 04:29:18 pFNvfcb.0

地べたに座り込んだまま、何とはなしに空を見上げる。
落ち込んだ時の癖のようなものだった。
人の目などありはしないのに下着が見えぬような座り方をしてしまうのも、癖の一つと言えるだろう。
職業病と言っても差し支えないかもしれない。

空を見上げると、まだ低い位置に太陽が昇っていた。
これがまぁるいお月様だったら、きっとそのまんまるさを見てドーナツが食べたくなっていたと思う。
太陽の丸さは、さすがに直接ドーナツを想起はさせない。
最も、ドーナツ日和と言わんばかりの快晴具合に、やはりドーナツを食べたくなってきているのだけれど。

思わずクゥと鳴りそうなお腹を抑え、椎名法子は視線を落とした。
こんな時、いつもなら視界にドーナツ屋さんの箱が目に飛び込んでくる。
そしてまぁるく美味しいドーナツを頬張るのだが、残念ながら今この場にドーナツはない。
代わりに、膝の上には、まぁるい銃口を鈍く光らせたニューナンブが置かれている。
ニューナンブの解説や使い方の小冊子がついていたが、こちらに関しては開いてもいない。
それよりも、今はただ、ドーナツが食べたかった。

「やっぱり、ちょっと、違うよね……」

溜め息と共に、思わず言葉が漏れる。
デイパックに入っていた食料の中に、揚げパンが入っていた。
他にも様々なパン類が入っていたが、しかしこれらはドーナツとは呼べない代物。
ドーナツ屋さんの中には揚げパンやカレーパンのようなものを扱っている所もあるにはあるのだが、
しかし今は正道のドーナツが食べたい気分だ。
起き抜けで空腹の体にはあっさりした何かを入れるべきなのだろうが、しかし胃袋はドーナツを欲していた。

多分、この状況でもドーナツが恋しいのは、きっと他のどんな癖よりも深く根付いた癖だからなのだと思う。
いや、もしかすると、もはや業と呼んでもいいかもしれない。
それほどまでに、法子はドーナツの虜だった。

例えこれが殺し合いの場で、先程目の前で人が死んだ光景を見ても、それでも欲してしまうほどに。

「……ちひろさん……」

千川ちひろ。
先程目の前で死んだ女性のことを、法子はとても慕っていた。

大きなプロダクションということもあり、直接的な交流は決して多かったわけじゃない。
それでも顔を合わせて挨拶することくらいなら頻繁にあったし、たまに差し入れも持ってきてくれた。
近所に出来たドーナツ屋さんの情報や、美味しいドーナツを出す喫茶店の情報を教えてくれたこともある。
多分それは移籍されないようにするための業務の一環なのだろうけど、それでも法子はそんな時間がとても好きだった。

そもそも法子は、基本的に周囲の人間が大好きだった。
ただ、どれだけ法子が周りのアイドルを好こうと、友人にしてライバルでもあるアイドル達は、どんどん居なくなってしまった。
辞めてしまったり、移籍したり、事務所の入れ替わりは激しい。
そんなに長いこと居る印象は特にないのに、いつの間にか自分もすっかりプロダクションの古参寄りになってしまった。
同期の子は、ほとんどが居なくなり、残っている子は売れているからほとんど一緒に居られない。

けれどもちひろは、同じ事務所の仲間としてずっと傍にいてくれる。
きっと自分が売れても売れなくても、事務所を去るその時まで、一緒なんだと思っていた。
時折顔を合わせて挨拶し、たまに楽しく談笑する。
そんな素敵なお姉さんは、自分が居なくならない限り、ずっとプロダクションに居るんだと思っていた。

でも、彼女をプロダクションで見かけることは、もう二度とない。
ドッキリでもない限り、彼女は命を落としたのだ。
そして、あのリアルすぎる最期の瞬間は、とてもドッキリには思えない。
それに、もしもドッキリだとすれば、そろそろスタッフが現れないとおかしい。
バラエティの仕事が中心となっていた法子には、感覚的に、これが嘘ではないと分かった。

それでもなお、胃袋はドーナツを求めている。
悲しみにくれてなお、お腹は可愛く鳴き声をあげる。
ちひろのことを思って胸を痛めているのに、同時にお腹も減りすぎて痛みを発してくる。
まったくもって、悪癖どころか業の深い呪いのようなものだった。
もっとも法子に、そのドーナツ愛が狂っているなどという自覚は欠片もないのだけれども。


102 : 名無しさん :2016/07/10(日) 04:32:14 pFNvfcb.0

「…………」

空腹に耐えかねて、結局揚げパンを平らげてしまった。
腹はそれなりに満たされはしたが、満腹には程遠い。
それが余計に、“シメのドーナツ”欲求を高めることになった。

「…………」

大きく深呼吸をして。
揚げパンの包装紙を畳んでデイパックへと詰め込んで。
水や地図も、デイパックにしまって。
ちょっと迷って、ニューナンブはベルトに差して、そしてもう一つの支給品を手に持って。
決意を固め、扉を開けた。

「きゃうっ!」

ゴチンという間の抜けた衝突音と、小さい悲鳴が聞こえた。
慌てて「大丈夫!?」と声をかけ、扉を開けて姿を確認しようとするが、再び衝突音がする。
どうやら開けた扉にぶつかってしまったらしい。
これ以上開けて出て行くことも出来ずに、扉を閉めて謝罪した。

「大丈夫です、なんとか……」

そう言って、扉の向こうの少女が扉を開けた。
曖昧な笑みを浮かべ鼻先を擦る少女に、法子は見覚えがあった。

「眼鏡も無事でしたし。やっぱり形状記憶合金は強いですね」

上条春菜。
同じプロダクションに所属するアイドルだ。
ブルーナポレオンというユニットに属し、それなりに人気を博している。

「春菜ちゃん!」
「どーも……ええっと、おはようございます、ですかね?」

法子の顔が、パァと明るくなる。
気が滅入るような雰囲気の中、見知った顔に出会えたというのは大きい。

春菜と法子は、別に友達とまで呼べる間柄ではなかった。
仕事だって、「収集がつかなくなる」「ゴリ押しキャラが被っている」として、ほとんど共演させてもらえていない。
それでも、一部のディレクターが二人のことを気に入ってくれており、カオスな絵面を求める際には一緒に共演させてもらっていた。
互いに進行を全部無視して好きなものをひたすら推してきた仲だ、少なからず好感を抱いている。

「誰かいるかも、とは思いましたけど……まさか開幕ゴッチンするとは……」

バツが悪そうに頬をかきながら、春菜が何の気なしに視線を落とす。
そして、ぎょっと、目を見開いた。
春菜の視線を追って、法子はその表情の意味を理解する。
視線の先には、乱暴に腰にぶら下げられたニューナンブ。
これが殺し合いであることを、如実に物語る逸品だ。


103 : ◆wKs3a28q6Q :2016/07/10(日) 04:34:34 pFNvfcb.0

「その、それ……」

何とか平静を装うとするも、春菜の表情は引き攣っている。
ゆっくりと左足が後ろに下がり、右手もデイパックへと伸びていた。
逃げるべきか、戦うべきか、どうすべきなのか、春菜にも決めかねている。
しかし――どうなっても大丈夫なようにと、春菜の体は動いていた。

「わ、わわ! 待って! 私、戦うつもりなんてないよ!」

それに気付き、大慌てで法子が両手を上げた。
見るからにヤバそうな相手との出会い頭ならともかく、見知った相手と会話まで交わした今、撃てるはずがなかった。

それは、春菜にも伝わったのだろう。
法子の動きに過剰に反応し、思わずデイパックから万能包丁を取り出した春菜も、それを振るうまではしなかった。
思わず掲げた包丁が、行き場をなくして彷徨っている。

春菜もまた、間を置いたことで、法子を刺すことなど出来なくなってしまった。
両手を上げた顔見知りを躊躇なく刺せるほど、春菜は狂えてはいない。
結局、震えながら構えられていた包丁は、何も切り裂くことなくデイパックへと戻される。
小さく「ごめんなさい」と呟いた春菜の顔は、酷く怯えたようだった。

「ええと、うーんと……ドーナツ!」

重たい沈黙に耐え切れなかった法子の口から出た言葉。
それもやはり、ドーナツだった。
癖とか業とかでなく、もはや病気じゃねーのこれ。

「……はい?」

さすがの春菜も、これには間の抜けた反応しか返せない。
そんな春菜に対して、目を輝かせて法子が言った。

「こう、嫌なこととか、そういうのは、ドーナツを食べて忘れちゃえばいいんだよ!」

しばし呆けていた春菜も、どうやら法子が自分をフォローしてくれているのであろうことが理解できた。
こちらを襲う素振りすら見せなかった相手に刃物を向けた罪悪感が、ほんの少しだけ軽減される。
許しという行為は、それだけで人の心を救うのだ。

「そうですねー。でも、私、ドーナッツ持ってないんですよね」

そう言って、春菜は肩を竦めてみせた。
本当は、法子に対する負い目があるし、まだ正直少し気不味い。
それに、ちひろの死に対する動揺や、現状への恐怖感は拭い去れない。
それでも、ちょっとふざけたような声を、無理矢理にでも出してみた。
負の感情に、押し潰されてしまわぬように。


104 : ◆wKs3a28q6Q :2016/07/10(日) 04:39:58 pFNvfcb.0

「そっかー。実は私もなんだよねー。パンならいっぱい入ってたんだけど……」

そう言って、法子がしゃがみ込む。
肩に掛けていたデイパックを床に下ろし、中身をゴソゴソと漁っていた。
それから、カレーパンを取り出すと、春菜へと差し出した。

「食べる?」
「ああ、大丈夫ですよ、自分のがありますから」

そう言うと、春菜もデイパックを下ろし、自身に支給された菓子パンを取り出してみせた。
些か緊張感には欠けるが、それでも立派な情報交換の場。
殺意も消えてしまった今、素直に情報を交換し、信頼を得るのが得策だろうと、春菜は考えている。

「……もっとも、私の食料品は半分以上レトルト系だったので、いくつかパンと交換してくれると助かるんですけどね」

はは、と苦笑を浮かべながら、春菜は支給されたレトルトカレーを床に置く。
他にもハヤシライスやパスタソース、更にはパスタといったものが取り出された。

「栄養バランス的には当たりなのかもしれないけど、調理するのが大変で……」

そして、最後に春菜の支給“武器”であるカセットコンロが床に置かれた。
ボンベもセットされており、カチッと捻ると火が灯った。
更に、爆発物にもなる予備ボンベが、3缶まとめて包装されたものを取り出す。
どうやら支給食料も含めた特殊な支給品らしかった。

「ちなみに調理器具については、特に付いてませんでした」

鍋もなければフライパンもない。
一体コンロだけでどうしろというのか。
いや、まあ、爆弾として使えや馬鹿ということなのかもしれないが。

「……まあ、この万能包丁は別ですけど」

言いながら、春菜が万能包丁へと視線を落とす。
カセットコンロやボンベと違い、こちらは明確に殺し合いをさせるための道具であった。
勿論本来の用途である料理にも使えるのだろうが、そもそも捌くべき肉や魚を売っている店が開いていない。
いや、もしかしたらしれっと開いているのかもしれないが、正直期待は出来ないだろう。
というか、肉屋がバリバリ営業してる中ドンパチさせるとか嫌すぎる。
ドンパチしてる中お肉売れとか、とんだブラック労働だし、島に肉屋があったとしても是非とも休んでいて頂きたい。

「……お鍋、村に行ったらあるかなあ?」

法子は、どうやら包丁に見向きもしていないようだった。
存在するだけでかなりの威圧感があるはずなのに、視界に入れてすらいない。
それほどまでに、法子の目はカセットコンロに釘付けだった。

「うーん。コレのためにわざわざ村を作ったわけじゃないのなら、どこかしらにはあると思いますけど……」

もしもここが無人島で、殺し合いを盛り上げるためわざわざ村を作ったのだとすれば、一つで十分のはずだ。
その方が人も密集するし、殺し合いはスムーズに行くはず。
それをわざわざ村を三つも作るなんて労力だけかかること、わざわざするだろうか?

おそらく、この村は、元々存在していた村だ。本当にどこかの離島を舞台にしているのだろう。
そうなると、どこかの民家に、鍋が置いてある可能性は非常に高い。
仮にこの催し物のため退去させられたのだとしても、探せば一件くらいは鍋を置いていった家が見つかるだろう。
例えば実家に帰るはめになった家族なんかは、わざわざ実家にもある鍋を持っていかないはずだ。

「じゃあ、作れるよ――ドーナツ!」

目を輝かせ、法子がずいと顔を近づける。
その表情は、とても希望に満ちていたが、その希望はなんと法子以外に取っては恐ろしくどうでもいいものだった。
春菜としても「は、はぁ」という曖昧な返事しか出来ない。

「私、考えてたんだ。皆でドーナツを食べれば、笑顔になって、怖いものなんてなくなるんじゃないかって!」

その目はとても輝いていたし、口調も真面目そのものだった。
故に狂気。何を言っとんねんこいつである。


105 : ◆wKs3a28q6Q :2016/07/10(日) 04:45:13 pFNvfcb.0

「えっと、実は、目が覚めてから、ずっと考えてて……その、正直、とっても怖かったし、不安だったけど……
 でも、ドーナツのことを考えたら、ちょっとだけ、不安も和らいだし、嫌な気持ちも薄れてきたから……」

上手く言葉がまとまらないのだろう。
あわあわと、法子が身振り手振りでなんとか伝えようとする。
最も身振り手振りでどうこうするような内容じゃないのもあって、身振り手振りは内容理解に何の寄与もしなかったのだけど。

「だから、皆ドーナツを食べて、その……」
「……殺し合いなんて気を起こさないようにしよう、ですか」

殺し合い。
意図して法子が避けた単語を、敢えて春菜は口にする。
口に出して気分のいいものではない。
しかしながら、目を背けていても、何の解決にもならない。
故に言った。目を背けているのだとしたら、その現実と向き合わせるために。

「ドーナツで殺し合いを止める……あまりにも無謀じゃありませんか?」

法子は、基本的にポジティブであり、ドーナツを過信しているフシがある。
都合のいい夢を見て、それを盲信し突き進めるのは確かに一種の才能だ。
しかしながら、殺し合いの場においては、その才能はロクな結末を齎さないだろう。

「……私だって、眼鏡パワーで殺し合いを止めるとか、言いたい気持ちはありますよ」

しかし――春菜には、それが無い。
春菜は眼鏡が絡んだ時こそポジティブに見えるが、しかしその実ネガティブの要素も少なからず内包している。
むしろ眼鏡を除いた“上条春菜”に関しては非常にネガティブであるし、眼鏡に関しても『ニッチな市場』であると認識している。
彼女の眼鏡愛は一見すると盲目的だが、しかしながら『冷静で客観的な事実』を踏まえたうえで、きちんとした『思考』を経ていた。

直感的に押すのでなく、きちんと考えたうえで押す。
眼鏡のマイナーさや需要の低さを自覚することも、自分を卑下することもあった。
眼鏡をゴリ押しした結果、相手の反応を見て、すぐさま自省することもあった。
本当にただ好きなモノを皆に広めようとする法子と違い、春菜のゴリ押しの裏には、数多の複雑な感情と理屈が存在している。

「でも、多分、難しいです。難しいんですよ」

春菜は、眼鏡のことが大好きだった。
だからこそ、眼鏡キャラとして、眼鏡の地位向上を目指し邁進してきた。

でもそれ以上に、眼鏡が嫌われないようにと、常に心がけてきた。
やりすぎたと判断したら即座に引くし、時や場合は弁える。
そうやって、嫌われないように見計らってから、ようやくネジを外して狂ったように眼鏡を語れるのだ。

そこが、法子とは違う。
深く考えず、盲目的に愛するものの力を信じることが出来ない。
更に、今がドーナツだとか言ってる場合ではないことも、当然ながら理解している。

「だって……平和な世界ですら、私達は眼鏡やドーナッツを、流行らせられなかったんですから」

口にしていて、胸がチリリと痛む。
法子を傷つけたいわけじゃない。
自分を傷つけたいわけでも勿論ない。
それでも事実は事実として、きちんと目を向けなくてはいけない。

ましてや今は、己の命が懸かっているのだ。
軽率に、軽い気持ちで、自らの命を投げ打つような真似は出来ないし、させたくない。
楽観的に邁進できる姿勢を羨ましくは思うが、それ故に、そんな気軽に死んで欲しくはないのだ。


106 : ◆wKs3a28q6Q :2016/07/10(日) 04:48:01 pFNvfcb.0

「うん……そうだね……確かに、私じゃ、ドーナツの魅力を伝えるには力不足なのかも……」

というか、そもそもドーナツにそこまでの魅力はない。
喉元まで出掛かった言葉を、春菜は何とか飲み込んだ。
その言葉を口にしたら最後、腰にぶら下げたニューナンブをぶっ放されても文句は言えない。

「だから、その……危ないことも……死んじゃうかもしれないってことも、分かってる」

僅かな躊躇いを見せた後――それでもはっきりと、法子は『死』という単語を口にしてみせる。
法子だって、気付いていなかったわけじゃない。
あまり考えたくはなかったが、しかしそれでも、その一文字は頭の中にこびり付いて消せやしない。
ちひろの死により、呪いのように、法子の頭を死への恐怖が支配していた。

「でも――それでも、私、みんなとドーナツが食べたいよ」

俯きかけた顔を、法子がしっかりと上げる。
表情は、僅かながら歪んでいる。
怖いのだろう。震えだってしているのだろう。
それでもなお、その目には、確かな決意を宿して。

「それに、みんなとドーナツが食べたいって気持ちを大事にしたから、春菜ちゃんともこうしてお話出来てるんだもん」

そう言うと、法子は照れ臭そうに笑った。
その笑顔に毒気を抜かれ、春菜は大きく溜め息を吐く。

「それを言われると、返す言葉もないんですよね。
 実際、法子ちゃんが殺伐としてたら、予想外の遭遇で発砲したり刺したりしてたかもしれませんし」

出会い方こそ間抜けであったが、しかしながら両者ともに予期せぬ遭遇であったことは確かである。
人の死を目の当たりにし、殺し合えと言われた直後のエンカウント。
もっと揉めていたとしても、不思議ではなかった。

実際、銃の存在や法子の動きに過剰反応し、春菜は包丁を手にしてしまった。
法子が最初から戦闘を放棄し両手を上げてくれていたから今こうして話が出来てるが、
包丁を向けられた法子が咄嗟に発砲し、殺し合いに発展していてもおかしくはなかったのだ。

「うん。だから、やっぱり頭の中を怖いなーって気持ちより、ドーナツ食べたいって気持ちでいっぱいにしてよかったなって思うんだよね。
 だって、春菜ちゃんと殺し合いなんて、嫌だもん。それに、そんなことになっちゃったら、もう美味しくドーナツ食べられないし」

そう言って微笑む法子の顔は、とても輝いて見えた。
その笑顔は、春菜にプロデューサーを思い起こさせる。
思えばプロデューサーも、いつも笑っていたように思う。

眼鏡が好きということ以外極々普通の自分に対して、いつも力強く背中を押してくれたプロデューサー。
いつだって春菜以上に、春菜のことを信じてくれていた。
プロデューサーがいてくれたから、『眼鏡アイドル・上条春菜』は存在することが出来た。


107 : ◆wKs3a28q6Q :2016/07/10(日) 04:51:09 pFNvfcb.0

「……Wing of Snow、羽たけDreaming」
「ふぇ?」

ポツリと口ずさんだのは、春菜のデビュー曲。
ニュージェネレーションの3人に大槻唯、そして春菜の5人で出した一曲だ。
他の皆は人気もありソロの楽曲なんかもあるが、春菜にはこれしかない。
企画でお願いシンデレラをソロで歌わせてもらったことはあるが、しかしことCDとなるとこの一曲だけだった。

他の皆にとっては、なんてことない持ち歌の内の一つなのかもしれない。
それでも春菜にとっては、とても大きな一歩を踏み出せた一曲。
燻っていた自分が、初めて全国に自分の歌を届けられた、記念すべき一曲だ。
例えそれがソロでなくても、愛着のあるブルーナポレオンのものでなくても、春菜にとっては大切な宝物だった。

「まさか、全国規模でCDを出せるなんて、夢にも思ってなかったんですよ、私」

何度も挫けそうになった。
アイドルを辞めようと思ったことだって、一度や二度のことじゃない。

オーディションに通らずに、いつも途方に暮れていた。
眼鏡の力を信じ切れず、プロデューサーに拾われるまで、眼鏡を外してオーディションを受けたことすらあった。
いつだって不安で、道に迷い続けていた。

デビューしても、眼鏡トークを遠慮して、結果上手く喋れずにいた日々もあった。
結果としてぎこちなくなり、もう二度と見返したくない出来の出演バラエティが何本もある。

バラエティの仕事は好きだが、それでもバラエティの仕事ばかりになると、ほんの少し悲しかった。
正統派アイドルになりたかった頃を思い返し、今の自分との差に枕を濡らすこともある。

ブルーナポレオンを愛しているのに、ブルーナポレオンでの活動が減ってきていて落ち込んだ夜もあった。
自分が単独でバラエティに出る一方で、川島瑞樹や佐々木千枝のソロ活動が増えてきていることには、なんとなく焦りを覚える。

思い返せば、春菜は何度もくじけていた。
現実を前に膝をついていた。

それでも、結局一度も諦めず、ここまでやってきたのだ。
プロデューサーに引っ張られて。
目の前の少女のソレと同じ、光を反射する眼鏡のようにキラキラした瞳に導かれて。

「……最初の一歩を怖がって、踏み出さないでいたら、きっと夢すら見れないままだったんですよね」

何度も膝をつき、それでも諦め切れずに前へ突き進んできた春菜の道は、常に茨で覆われていた。
常に挑戦、常にギャンブル。
舞い込んでくる仕事は、その悉くが実験のような革新的なものだった。

成功の保証なんてなく、ただただ不安なだけの実験的なお仕事。
それでも逃げずに挑んだからこそ、CDデビューという夢を掴む事ができた。
描くことすら出来ずにいた絵空事が、現実になった。
一歩を踏み込んだからこそ、Dreamingはしっかりと羽ばたけたのだ。


108 : ◆wKs3a28q6Q :2016/07/10(日) 04:54:39 pFNvfcb.0

「正直、ドーナッツで殺し合いを止めるなんて、夢物語に程があるって思いますよ」

春菜は決して馬鹿じゃない。
無理な目標なのかどうか、判断する力くらいある。

――眼鏡の魅力を伝えるということだって、無茶なことだと分かっていた。

ただ、それでも。
そんな無茶な夢を、自分は見て、追いかけて、そして――届かぬまでも、近付けたのだ。
無謀な夢を信じ、そのための道を示したプロデューサーに背中を押されて。

「でも――そういう遠い場所にあるモノを見るためにこそ、眼鏡はあるわけですからね」

わざとらしく笑ってみせる。
かつてプロデューサーがそうしてくれたように、今度は自分が、見果てぬ夢を追いかける少女の背中を押してあげよう。
プロデューサーのように夢を信じている瞳が、どうしようもなく好きだから。
彼と同じ瞳をしている少女と、共に戦ってみよう。

「私も、付き合いますよ。ドーナッツパーティー」

あの頃の気持ちに戻って、もう一度、ゼロから無茶に挑んでみよう。
そうすれば、私もまた、彼女みたいにキラキラした目になれるだろうか。
そうすれば、反射的に刺してしまいそうになったことを振りきって、プロデューサーみたいに未来を目指せるだろうか。

きっと、出来る。出来るはずだ。
だって、きっと、昔の私は、彼女やプロデューサーと同じ、キラキラした目をしていたのだろうから。

「本当!? わぁ、やったぁ!」
「とはいえ、調理道具があっても材料がなければどうしようもないんですよね」

わざわざ作らなくとも、ドーナツを支給されている人が探せば見つかるかもしれない。
食料の種類は多少のばらつきがあるようなので、誰かが支給されている可能性は少なからずある。

しかしながら、それを当てにするわけにはいかなかった。
そもそも、殺し合いを止めるため、皆をドーナツパーティーに誘いたいのだ。
ホストが何の準備もせずにゲスト頼みの見切り発車でパーティーを開催するわけにはいくまい。

「それなんだけど……村に行ったら、どこかに材料ないかなーって」
「まあ、可能性にかけるならそれしかないですよね。村は三つもありますし、どこかしらにはあってもおかしくないですし」

ちなみに、春菜はドーナツを作るのに何が必要なのかよく分かっていない。
しかし、まあ、法子に任せておけばいいだろう。
自分は、ドーナツの作り方でなく、人を集めたあとどうするかを考える方に脳のリソースを割くべきだ。

「そうだね! それで、見つかったら――」

ちらりと、法子が自身の手にある“支給品”に目を落とす。
スタンドマイク。
法子はこれで、最初から人を集めるつもりであった。

「これで、皆にドーナツパーティーを呼びかけなくちゃ」
「スタンドマイクですか……そのために手にしていたんですね……」

春菜は最初、護身用の鈍器としてスタンドマイクを手にしているとばかり思っていた。
だからこそ、最初は侮っていたし、普通に声をかけることが出来た。
もっともそのせいで気持ちを緩めてしまい、ニューナンブの存在の発覚に脳味噌が追いつかず、動揺しすぎてしまったのだが。

「うん。これなら……みんなに、届くかなあって。
 ドーナツパーティーするよーってこともだけど、私は戦う気はないよーってことも」
「まあ、危険ですし、この状況だとなかなか届くものではないと思いますが――
 それでも、想いをマイクで届けるのがアイドルですもんね」
「うん……!」

マイクを通して想いを届けることが出来ずして、一体何がアイドルだ。
今までだって、自分の言葉を聞いてくれない人達に、マイクを通して想いを届けてきたではないか。
だから、法子も春菜も、危険を承知でやるのだ。
二人共、マイクを通して想いを届けるプロだから。
その力を信じているし、その力で今まで成し遂げてきたことに少なからず誇りを持っているから。


109 : ◆wKs3a28q6Q :2016/07/10(日) 04:57:57 pFNvfcb.0

「あ、そうだ」

マイクを見ていて突然思い出したのか、法子が突如ベルトからニューナンブを抜いた。
春菜が僅かに身動ぐ。
法子を信用することにしたとは言え、やはり怖いものは怖かった。

「これ、渡しとくね!」

えへへと笑い、法子がニューナンブを差し出す。
こんないい子を相手に怯えるのは失礼なように思えたが、しかしどうか責めないでほしい。
何せ銃口がこっちを向いているのだから。

「え、っと……」
「戦いたくはないけど、どうしても取り押さえなきゃいけないってことはあるかもしれないから……
 でも、私、マイク持ってたら使えないし」

どうやら、銃弾を渡してなかったぜェ〜〜〜〜〜〜ヒャァどんでん返しだァ!!というわけではないらしい。
それはいいことなのだが、じゃあ銃口はこっちに向けないで頂きたい。

「それに、ガスボンベ爆発したら困るから、こう、誰かを取り押さえるってなったら私が行くべきだろうしさ」

何やら格好良いことを言っているようだが、正直頭に入ってこない。
いいから早く銃口を下ろせ。
うっかりクシャミして引き金引いたら人が死ぬんだぞ。
春菜の頭はドーナツじゃないから、銃弾が当たるとなんと中身がぶちまけられちゃうんだぞ。
人の顔面は銃弾がすり抜けるようにはなってねーから!!

「こういう、威嚇みたいなやつは、春菜ちゃんの方が向いてるかなーって。頭もいいし、咄嗟の判断とか任せられるかなって」

何やら褒められているようだが、春菜の震えは感動のソレとは違っていた。
泣きそうなのも、別に感涙とかではなかった。

映画とかで銃口を持って銃を譲渡するシーンとか見たことないのだろうか。
仮に見たことないとしても、その持ち方がヤバいことくらい察してほしった。
ハサミとかと一緒、危ない方である銃口を自分が持つんだよ!!!

「……そこまで言われたら、受け取らないわけにはいきませんよね」

正直、何かあったら反射的に撃ちかねない自覚があるので、どちらかというと遠慮したかったのだが、完全に気が変わった。
法子はいい子だし信頼に足る人物だが、どうやら頭は良くはないらしい。
何より銃に関する知識が致命的に欠けていた。
それなりにオタク的な側面がある春菜はある程度銃のことを知ってはいるが、法子はまるで知らないらしい。
知識があるうえで銃口こっちに向けてるのだとしたら正直引く。

「うん! あ、何か説明書も付いてたから、渡しておくね!」
「わぁ真っさら」

ようやく銃口が地面に向いてくれた。
そのままニューナンブが、開いた形跡が微塵もない『取扱説明書』と書かれた冊子と共に渡される。
それと、いくらかの銃弾も。

「ええっと……お礼に、包丁を渡した方がいいんでしょうか?」

これだけ殺害機会を逃された以上、法子に武器を渡すことに躊躇いはない。
さすがに包丁なら、無知故に危ないことをすることもないだろう。
どうせ自分が持っていても、ニューナンブがあれば使う機会もないだろうし、渡してもいいのだが――

「うーん、いいかな。取り押さえる〜ってなった時に持ってたら危ないし!
 それに、包丁って料理に使うものだから、汚したらばっちぃしね」

どうやら、法子は受け取ってくれそうになかった。
クスリと思わず笑みが漏れる。
少しだけ、法子のことが羨ましかった。


110 : ◆wKs3a28q6Q :2016/07/10(日) 05:02:12 pFNvfcb.0

「強いですね、法子ちゃんは」

包丁のしまわれたデイパックへと再び視線を落とす。
次に包丁を取り出すときは、皆で仲良く料理をするときであることを願う。

「強くなんてないよ。今だって、結構怖いし」
「……え?」
「いやー、本当に出来るのかなーっていうのもあったし、不安で怖かったんだ。
 でも、春菜ちゃんが一緒にやってくれるって言ってくれたから、ちょっとだけ、安心しちゃった」

法子だって、怖くないわけじゃない。
怖いけど、でも、殺し合うなんて嫌だったのだ。
怖いけど、勇気を出しただけのこと。
……怖い以上にドーナツが食べたかった、というのもないわけではなかったが。

「……やっぱり強いですよ。私より」
「ふえ?」
「何でもありません。あ、包丁がいらないということなら、やはり眼鏡をあげるしかありませんね!」

キラリと眼鏡が怪しく光る。
もしもこの場に複数の眼鏡があれば、既に五回は眼鏡どうぞをしていただろう。
さすがに身につけた眼鏡は衣服の一部とみなされたようだが、予備の眼鏡は私物として全部没収されていた。

「村にあったりしないかなぁ、眼鏡屋さん」
「勿論、ドーナツの材料と一緒に探しますよ!」

眼鏡をクイッと持ち上げて、春菜が笑みを浮かべてみせる。
それから、ふと思い出したように、法子に手を差し伸べた。
キョトンとしながらも、法子がその手をしっかり取る。

「そういえば……Snow Wingsの時に聞いたんですけど……フライドチキンの魔法って知ってますか?」
「ふらいどちきん……?」
「はい」

触れた手は、あったかかった。
二人共、今や震えは感じられない。
きっと、今温もりを感じるこの手が、震えを止めてくれたのだろう。

「好きな食べ物の名前と共にステージに上がると、緊張しないだかベストコンディションになるだとか、そういうのがあるらしいですよ」
「ほへー! じゃあ、私ならドーナツだね!」

肝心な所がふわっとしているが、特に法子は気にしない。
春菜も特に気にすることはなく、聞き齧ったおまじないを口にする。

「一緒にステージに上がる皆で同じ食べ物を叫んで、一斉に一歩を踏み出すんだとか」
「そうなんだ。そういえば春菜ちゃんって食べ物だと何が好きなの?」
「ドーナッツでいいですよ。ドーナッツも、結構食べますし。何より、今回のステージの主役は、法子ちゃんですから!」

ドーナツで殺し合いを止めることも、マイクでの呼びかけも、全て法子のアイデアだ。
春菜はそこに乗っかっただけ。
主役は法子で、春菜はそのサポートメンバーと捉えるのが妥当だろう。


111 : ◆wKs3a28q6Q :2016/07/10(日) 05:05:32 pFNvfcb.0

「んー……じゃあ、眼鏡ドーナツなんてどう?
 やっぱり、私一人じゃ出来ないことだし、一緒にやるんだから、ドーナツだけじゃない方がいいよ」
「眼鏡ドーナッツ……!? 何ですかその心惹かれる響きは!!」

もしもそんなものがあるのなら、春菜が知らぬわけがない。
一体どこのアンダーグラウンドに、そんな素敵な眼鏡があるというのか。
よもやアンダーでない世界にあるとでも言うのか。

「あはは。今考えたんだー。ほら、ドーナツも眼鏡もまんまるだし、ドーナツで眼鏡を作れないかなーって」
「なるほど……ドーナッツの形の眼鏡、ですか……弦をチュロスにすれば全て食べることも……
 いやでも敢えてレンズ部分は本物を使って食べられる眼鏡とした方が……レンズも食べられるようにするなら何かそういう食材を……」

どうやらこの世に存在などしないらしい。
春菜が知らなかったのも無理はない。
法子の頭にしか存在していないものだったのだから。

しかし――この世に存在していないなら、自分が作ってやればいい。
ドーナツで殺し合いを止めようなどという無茶な夢を追いかけているのだ、今更無茶が1つや2つ増えたところで変わるまい。

「わっ、何か本格的……!」
「どうせなら、実現させたいですからね! 眼鏡としての実用性も高い、本格的な眼鏡ドーナッツを!!」
「じゃあドーナツ部分を美味しくするのは任せて!」

見つめた法子の顔は、とてもキラキラとしていた。
そして、彼女の瞳に映る春菜自身の顔も、やはり輝いて見えた。

「じゃあ、この続きは、帰ってからゆっくり二人で考えましょうか!」
「うん! そうだね!」

絶対一緒に生きて帰ろう。
直接的には言葉にせずとも、想いは一緒であった。

「それじゃ、行きますよ……!」

繋いでいた手を握り直し、春菜が正面を向く。
既に扉は開け放った。

あとは、一歩踏み出すのみ。
殺し合いの舞台に向けて。
そして、殺し合いを止めるという、自分達のステージに向けて。

「「眼鏡ドーナツ!!」」

勢い良く一歩を踏み出す二人のアイドルの背中からは、もう臆病な気持ちは飛び去っていた。
そんな二人がドーナッてしまうのか、それは神のみぞ知る。
ちなみに人間には見えない未来を神が見えるのは、神様が高性能な眼鏡をかけているからなんですよ。
やっぱり眼鏡ってすげェーーーーーーーーーーーーーーや!!


112 : ◆wKs3a28q6Q :2016/07/10(日) 05:08:38 pFNvfcb.0

【一日目/朝/E-02・菅原神社】
【椎名法子】
【装備:拡声器】
【所持品:基本支給品一式(食料1回分消費)】
【状態:健康、極々軽度のドーナツ欠乏症】
【思考・行動】
基本方針:皆でドーナツを食べる
1:ドーナツを作るための道具をどこかで揃える
2:拡声器を使って人を集めて、皆で仲良くドーナツパーティ!
3:殺し合いに関する難しい話は、よく分からないし考えてない

【上条春菜】
【装備:ニューナンブ】
【所持品:基本支給品一式(水を五分の一を消費)、カセットコンロセット、ガスボンベ×4、万能包丁、砥石】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:皆で眼鏡をかける
1:ドーナツを作るための道具をどこかで揃える。できれば眼鏡も調達したい。
2:拡声器を使って人を集めて、皆で仲良く眼鏡パー……じゃなくてドーナツパーティ!
3:殺し合いの打開方法を考えたい



<ニューナンブ>
椎名法子に支給。
正式名称・ニューナンブM60回転式拳銃。装弾数5発。
日本の国産拳銃で、日本警察に支給されているのと同じもの。多分早苗さんなら握ったことがある。
付録として、ニューナンブの取扱説明書が簡単にだが付いている。

<拡声器>
椎名法子に支給。
手に持てるタイプの小型の拡声器。
映画版バトルロワイアルで桐山和雄がウッキウキで断末魔実況中継に使ったアレと同じ形のもの。

<カセットコンロセット>
上条春菜に支給。
食事のバリエーションを大幅に増やす有り難い道具。
ガスボンベもたっぷり4本付いており、爆発させて武器として使えるようにもなっている。

<万能包丁>
上条春菜に支給。
なんとビックリ、こんな分厚いまな板でもザックリ!!
通販で調達したものであり、今なら同じものがもう一本付いてくる予定だったが、武器のバランスの問題で特別付録は砥石になりました。


113 : ◆wKs3a28q6Q :2016/07/10(日) 05:10:50 pFNvfcb.0
投下終了です
大変遅くなって申し訳ございませんでした

そして速攻間違いがあったので、状態表の拡声器をスタンドマイクに修正し、
支給品解説の拡声器も以下に差し替えさせて頂きます



<スタンドマイク>
椎名法子に支給。
振り回してよし、叩きつけてよし、ぶん投げてよしの、多彩な使いみちのあるロックンローラー用武器。
なんと声を大きくする効果もある。


114 : ◆wKs3a28q6Q :2016/07/10(日) 05:28:26 pFNvfcb.0
タイトルも忘れてました
『ひろげよう、まんまるな、ともだちの、わ』でお願いします
重ね重ね申し訳ありませんでした


115 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/10(日) 09:40:13 8lQfcy1Q0
投下乙です。
ドーナツで皆を救おうとする、心が微笑ましいですね。
果たしてメガネ……ないし、ドーナツ作戦はうまくいくのか……

自分も投下します。


116 : Murder License ◆qRzSeY1VDg :2016/07/10(日) 09:41:23 8lQfcy1Q0
 はあっ、はあっ、と、一人の少女、十時愛梨は息を上げながら走る。
 何かに追われているとか、目に見えて命の危機が迫っているという訳ではない。
 だが、愛梨は走り続ける。
 この島に漂う、"恐怖"から逃げ出すために。
 あるはずもない安息の地を求めて、その両足を動かし続ける。
 たっ、たっ、たっ、と小刻みにリズムを刻みながら。
 走って、走って、走り続けていたその時。

「あ"っ!!」

 なんて事はない木の根に足を取られ、派手に転んでしまう。
 その表紙に両手両足を擦ってしまい、柔らかな肌に赤がじわりと滲む。

「痛っ……た……」

 ひりひりした痛みを堪えながら、愛梨はゆっくりと立ち上がる。
 止まっている時間など、一秒もない。
 一刻も早く、逃げ出さなければいけないのだから。
 新たな一歩を踏み出そうと力を入れたとき、傷跡からズキリと痛みが走る。
 それに顔をしかめながらも、新たな一歩を踏みそうとした時。
 愛梨の目に、一人分の人影が映る。

「未央ちゃん!!」

 その影に対し、愛梨は名前を呼び、痛みを忘れて駆け寄っていく。
 自分を含めた多くのアイドルがこの場に呼ばれているのは知っていたが、その中でもよく知る者に出会えたのは幸運だった。
 一時の安息、それを手にすることが出来たと喜びながら、愛梨は僅か涙と笑みを浮かべて、名前を呼んだ少女の元へと駆け寄った。
 名を呼ばれた少女、本田未央も、それに合わせるように笑って応えた。


117 : Murder License ◆qRzSeY1VDg :2016/07/10(日) 09:41:43 8lQfcy1Q0
 


 本田未央という少女は、どこまでも真っ直ぐで明朗快活な少女だった。
 "アイドル"としての彼女を知る人々の印象も、それと違う事はなかった。
 とあるドラマのサブヒロイン、そんな大仕事がやってきたときも、彼女は直向きに取り組んでいた。
 だから"演じる"を飛び越え、その役と自分をシンクロさせ、与えられた役"そのもの"になることを選んだ。
 それを失敗しないために何度も、何度も挑戦し、練習し続けてきた。
 その甲斐あって、彼女の演技はドラマに無くてはならない程の存在になりつつあった。
 そんな矢先、もうドラマの収録も終盤に差し掛かった時だった。

「どうして人を殺してはいけないの?」

 与えられた終盤の台本に記載されていたのは、そんな台詞だった。
 人間が一度は抱いたことがあるかもしれない、シンプルな疑問。
 それに絶対的な答えは存在しないが、彼女は与えられた役を自分に落とし込むために、その台詞の真意について、真剣に考えて、考えて、考え続けた。
 けれどいくら考えても、これという答えにはたどり着けず、彼女は初めて"役"を自分に落とし込めない焦りを感じていた。

 そんな気持ちを抱いていた、ある日の事。

 本田未央は、一人の暴漢に襲われた。
 なんて事はないオフの日の、白昼堂々の犯行だった。
 男の目は血走っていて、謎めいた言葉を呟きながら、未央へと一本のナイフを突き刺そうとしていた。
 幸いにも、レッスンの影響で同年代の少女よりかは少し力があった。
 故に、彼女はそれに抵抗することが出来た、出来てしまった。

 だから、"それ"は起こった。

 もみ合う内のふとしたきっかけに、男のナイフは男の胸に深々と突き刺さってしまったのだ。
 呻きながら悶え、叫び続ける男。
 その姿をじっと見つめることしかできなかった未央の頭に、一つの言葉が響いた。

「どうして人を殺してはいけないの?」

 はっきりと聞こえたそれは、自分の声。
 同時にぷつんと音がして、決定的な何かが切れた。
 そして、一つの点と点が繋がって線を描き、線と線が繋がって図を描く。
 やがて、それが一つの形を描いたとき。

「……やっと見つけた」

 そう呟いた彼女の顔は、笑っていた。

 国民的アイドルが襲われたという事件は、瞬く間に国内に知れ渡った。
 しかし、世間一般に伝えられたのは、彼女が襲われたという事だけ。
 本当の出来事はもみ消され、ひた隠しにされたが故に、人々に伝えられることはなかった。
 だから、その事件は日常の一部、恐ろしい出来事として俄に騒ぎ立てられ、やがて人々から忘れられていった。
 その事件の裏に隠されていた事など、誰も気づく事も無く。


118 : Murder License ◆qRzSeY1VDg :2016/07/10(日) 09:42:39 8lQfcy1Q0
 


「とときん」

 ひとまずの再会を喜ぶ愛梨に、未央はいつも通りに話しかける。

「何? どうしたの?」

 いつも通りのやりとりに、愛梨も笑顔のまま未央の呼びかけに答える。
 ふふ、と笑う愛梨に対し、未央は笑ったまま話を続ける。

「人を殺しちゃいけないのは、何でだと思う?」
「――――え?」

 予想もしていなかった言葉に、愛梨の頭は真っ白になる。
 浮かべていた笑顔はふっと消え、少しずつ困惑の色へと変わっていく。
 言葉の意味すら理解できないままの愛梨に、未央は笑顔を崩すことなく話を続ける。

「それはね」

 そして未央が一歩踏み込むと同時に、ざぎゅりと嫌な音がする。
 焼けるように熱い胸元に目をやれば、一本の銀のナイフが突き立てられていた。
 ぼたぼたぼた、と血が滴る音を響く中、未央は愛梨の耳を撫でるように、そっと囁いた。

「そういう事にしないと、みんなが人を殺したくなっちゃうからだよ」

 そう言い切ったと同時に、未央は突き刺したナイフをぐるりと回してから、愛梨の体を乱暴に蹴飛ばす。
 飛び散る命の証を浴びて、トレードマークのピンクのパーカーを赤に染めていく。
 倒れ伏した愛梨の胸には、誰の目から見ても明確な致命傷が刻まれていて。
 それを見つめる未央の顔は、初めとは明らかに違う異質な"笑顔"が張り付いていた。

「な……ん、で」

 抜けていく力、霞んでいく意識。
 そんな中、最後の最後に愛梨は未央へと問いかける。
 デイパックを物色しようと愛梨に近寄っていた未央は、笑顔をもう一度作り直して答えていく。

「私はもう、人殺しだから」

 愛梨が見たのは、誰もが知る"アイドル"としての本田未央の笑顔。
 いや、違う。
 彼女が"アイドル"だったが故に手に入れてしまった、もう一つの"笑顔"。
 その笑顔の本当の意味など知ることはなく、愛梨はただただ理解できないまま。
 最後に未央の笑顔を目に焼き付けながら、ゆっくりと意識を手放していった。

 チッ、チッ、チッ、とリズミカルな舌打ちが小さく響く。
 にやり、と少し歪んだ笑顔を浮かべて、赤に染まったナイフを片手で器用に回しながら。
 "アイドル"だったから"気づいて"しまった彼女は、この島を歩き始めた。

【十時愛梨 死亡】

【H-09/一日目/朝】
【本田未央】
[状態]返り血
[装備]ナイフ
[所持品]基本支給品一式*2、不明支給品(1〜3)
[思考・行動]
基本:人殺しとして、


119 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/10(日) 09:42:54 8lQfcy1Q0
以上で投下終了です。l


120 : ◆09Iyx3o/CA :2016/07/10(日) 20:56:35 ORJL/G4Q0
遅れて申し訳ありません。投下します


121 : ◆09Iyx3o/CA :2016/07/10(日) 20:57:08 ORJL/G4Q0
腹が立つ、イライラする、胸くそ悪い。
普通に生きる限りおよそ体験し得ないだろう状況に巻き込まれて、
平静でいられるものなどほぼいないだろう。
それは彼女、財前時子もそうだった。
思い出すのは意識を失いこの無人の荒野に放り出される直前の記憶。

目が覚めれば何故か見覚えのない体育館。
周囲に自身と同じアイドル達がいることから、
時子は己のプロデューサーがまた愚かで馬鹿馬鹿しい企画に自分を巻き込んだのかと憤慨したが、
そうではなかった。
突然苛つく笑顔の張り付いた男が現れたかと思えば、
何の前置きもなく『殺し合い』をしてもらうなどとのたまい始めたのだ。
華の21歳にセーラー服を着る仕事をさせるような趣味の悪いプロデューサーでも、
流石にここまで悪趣味ではない。
平素は女王の様な振る舞いで誰に対しても強気な時子も、
その異常な言葉には呆気にとられた。
しばらくその発言の意味を理解しかね思考停止してしまったが、
その内あまりに荒唐無稽で意味不明な男の言動に怒りが湧いてきた。
抗議という名の躾を与えてやろうかと思い始めたが、
その前にプロダクションの事務員、千川ちひろが、
至極真っ当な疑問である、何故殺しあう必要があるのかを男に聞いた。

そこからのことはあまり思い出したくない。
ただ確かなのは、千川ちひろは殺され、
その死因は自分の首元にも付いていて、
自分は異常な催しに巻き込まれてしまったということだ。

時子はちひろと特段親しいわけではなかったが、
アイドルと事務員という関係上、世話になる機会は多かった。
ある種日常の風景の一部のようだった彼女が、目の前で死にゆくその衝撃は、
放心したまま動けず麻酔に打たれてしまう程大きかった。


122 : ◆09Iyx3o/CA :2016/07/10(日) 20:57:48 ORJL/G4Q0
そこまでが、覚えている限りの先ほどの出来事。
目を覚ませばそこは見知らぬ荒野だった。

起こった出来事が悪夢ではないかと確かめるべく、そっと右手で首元に触れてみる。
そこには硬質で無機質な、温度を感じない異物が付いていた。
やはり、夢などではなかった。
首元に付いているのは、苛つく笑顔の男いわく、頸動脈を吹き飛ばすぐらいの小さな爆薬が仕込まれた首輪。
仕掛けた何者か、つまりこの悪趣味な企画の黒幕の意にそぐわねば、いつでも殺せる。
故に無駄な抵抗はせず、死にたくなければ殺しあえ、ということだろう。
ふざけている、と時子は思う。
いつも首輪を付けさせる側で、下僕達の忠誠を一心に集めていた時子からすれば、これ以上とない屈辱だった。

整理しきれない感情を抱えながらも、時子はひとまずこれからのことを考えることにした。
当然だが、こんな悪趣味な催しを企画した奴らの思い通りになるつもりはない。
必ず自分の前に連れてこさせて、額が削れるまで地面を這いつくばらせて謝罪させてやるつもりだ。
だが現状、その実現はあまりに困難だ。
まず人が足りない。ざっと見た限りでもあの体育館には50人以上の人間がいた。
その数の人間、しかも芸能人を、こうして得体のしれない島に、
しかも意識を奪った上で連れてくるなど、あのニヤケヅラの男一人で出来ることではない。
つまりあの男以外にも、何人いるかは分からないが仲間がいるということだ。
武器や爆弾付きの首輪まで用意できる連中に個人で出来る抵抗などたかが知れている。
そして情報も足りない。
敵の規模、武力、目的、所在地も分からない上、生殺与奪を握る首輪の解除方法も分からない。
考えなしに反抗したところで無様に殺されるのがオチだろう。


123 : ◆09Iyx3o/CA :2016/07/10(日) 20:58:56 ORJL/G4Q0
考えれば考えるほどあまりに悪趣味で、あまりに絶望的な企画だ。
ここまで大掛かりな企画だから、失敗、つまり反抗や脱出の可能性をとことん潰しているのだろう。
それでも時子は、なすがままに屈服して、自死や殺し合いに乗るという選択はしたくなかった。
それは、時子が強気な性格で、単に誰かの思惑通りになりたくないから、という理由だけではない。
時子はちひろが殺された時、恐怖と同時に安心してしまったのだ。
もし先に声を上げたのがちひろでなく自分だったら、殺されていたのは自分だったかもしれない。
殺されなくてよかった、と、心の底から安心してしまったのだ。
そんな自分が許せなかった。今なお脳裏に焼き付いて離れない光景に、心の何処かで恐怖し続けている自分も許せない。
財前時子が財前時子であるために、惨めな怯懦は振り払わなければならない。
己自身を、そしてアイドル・財前時子を取り戻すためにも、このまま屈服するわけにはいかない。
再び絶対に、女王として君臨してみせる。

そう決心したところで、時子は思索を一旦切り上げて、腰掛けていた岩から立ち上がった。
とにかく、このままここでグズグズしていても何も始まらない。
首輪の解除の知識を持つ者や、対抗策のアイデアを出し合える協力者達と合流しなければならない。
それと、もしかしたら同じく巻き込まれているかもしれない、自身と親しいアイドル達とも。
時子は時に自分が誰よりも上であるかのように振る舞うが、決して無分別でも無思慮でもない。
自身が最上位であることは前提として、認めるべき者は認めるし、
この状況に至って誰かと協調出来ないほど子供でもない。

故にまずは同じ参加者達と合流するため、行き先を考える。
まずこの状況で、少しでも頭の使える人間なら、何処か拠点となる場所を確保したり、
反抗の助けとなりそうな道具がある場所を探すだろう。
そうした条件に合致した場所を探すため、
時子はスマートフォンの地図と方位磁石で現在地の検討を付け、、最寄りの人が集まりそうな施設を探した。
そこからまず第一の目的地として導き出されたのは、『氷川村』だ。
この島には3つの村があるが、氷川村には唯一の医療施設と思われる診療所がある。
それに灯台のある方角ということから、港があるかもしれない。
それらの要素と現在地からの近さも鑑み、時子は氷川村を目的地として定めた。
決断からの行動は早い。時子は確かな足取りで、南へ向かって歩き始めた。

☆ ★ ☆ ★ ☆


124 : ◆09Iyx3o/CA :2016/07/10(日) 20:59:33 ORJL/G4Q0
その発見は歩き始めてからすぐのことであった。
数十メートル先の道に、ぬいぐるみのようなものが、落ちていた。

(………………アァン?)

周囲を警戒しながら歩いていた時子は、唐突に視界に映った不自然な物体に、一瞬思考が停止した。
さしもの女王も、陰惨な殺し合いの場に似つかわしくないファンシーな存在に困惑する。

(罠……かしら。例えば中に爆弾が埋め込まれていて、触った瞬間にドカン、とか。
 もしくは他の参加者が引かされて即捨てたハズレ支給品とか……支給品?)

時子は少しづつその物体に近づきながら、正体について考える。
すると同時に大事なことを失念していたことに気付いた。
そう、この企画の参加者にみな等しく与えられているというランダムアイテム、支給品。
それは身を守る為の武器や防具であるかもしれないし、そうでなくとも何かの役に立つものかもしれない。
時子はその支給品の確認を忘れてしまっていたのだった。

(支給品……この私としたことが確かめるのを忘れていたわ。チッ、まったく嫌になるわね……
 ……まあいいわ、トロトロといつまでも失敗を引きずるなんて、この私らしくないもの。
 それで中身は何かしら、あの謎の物体を調べるのに役立つものなら良いのだけど)

時子は思考を切り替え、支給品が入っていると思われる鞄を漁った。
手に触れるのは鉄の冷たさ、すわ銃かと身構えたが、違った。
それは全長2メートル程の鎖であった。
時子にとっては、鞭ほどではないが、普段から豚を躾ける際に用いている馴染み深いものだ。
武器としても近距離の戦いであれば充分使用に耐えうるものだろう。
悪くはない、と思いつつも、もう1つなにかないかと漁ってみる。
だが、そこに入っていたものはまったくの期待はずれだった。
時子は小さく「ゴミ」とつぶやくと、再び謎の物体に注目した。特に変化は無い。
直接触れずに済む得物が手に入ったので、とりあえずそれで触ってみるかと、意を決して時子は近づいた。


125 : ◆09Iyx3o/CA :2016/07/10(日) 21:00:24 ORJL/G4Q0
チョン チョン

ぬいぐるみを鎖の先端で何度かつつく。反応はない。
鎖越しで分かるのは、中身の詰まった柔らかい物体ということと、ぬいぐるみのモチーフがうさぎであることぐらいだ。
未だ正体は分からないが、あまり危険な様子は感じられない。
ここまで近づいて間接的に触れても何も起こらないことから、
時子は思い切って近づいて、抱き上げてみた。
柔らかい、重い。

「ふあ……?くっ、くすぐってーでごぜーますよ!誰でごぜーますか?」

突如、ぬいぐるみが喋った。
いや、それはぬいぐるみではない、
参加者として連れてこられ、今の今まで眠らされていた、
同じプロダクションに所属するきぐるみアイドル、市原仁奈であった。


時子は脱力して仁奈を地面に降ろす。
大山鳴動して鼠一匹。その存在にわざわざ糞真面目に大騒ぎしていた自分が情けない。
この場に来てから何度目になるかわからない自罰的な気持ちになる。
やはりまだどこか落ち着けていないのかもしれない。

「あっ!時子おねーさん!で、ごぜーますよね?
 仁奈でごぜーます!!」

地面に降ろした仁奈がこちらを振り向き、耳に障る大きな声で喋った。

「チッ、知ってるわよ……声のボリュームを下げなさい。躾けられたくなければね」

時子はうんざりした表情で仁奈にそう告げる。
ただでさえ無様なから騒ぎを演じて気が滅入っている上に、
得意ではないうるさい子供。相乗効果で時子の気分は最悪だった。


126 : ◆09Iyx3o/CA :2016/07/10(日) 21:00:53 ORJL/G4Q0
「は、はいです……それで、ここはどこでごぜーます?
 時子おねーさんと二人っきりですし、見覚ねーとこです。
 撮影か何か入ってやがりましたっけ?
 幸子おねーさんがよくやってるドッキリでごぜーますか?」

仁奈は時子に、無邪気にいくつも質問してきた。
これがドッキリであれば、どんなに良かっただろう。
時子が己のプロデューサーにいつもの数十倍のキツイ躾をしてやればそれで終わるような、
他愛無い下衆なドッキリだったら、どんなに。
現状を把握せず暢気に不躾に質問攻めしてくる仁奈に、時子は苛立ちを隠さず応じた。

「ハァ……質問は1つづつしなさい。それにあなた、本当に何も覚えてないの?
 いくらまだその頭が小さくても、忘れるはずのない出来事だったとおもうのだけど?」

直接言うには憚られる出来事だ。
時子としては、できれば仁奈には自力で思い出し状況を認識してもらうほうが良かった。

「……うーん?わかんねーですよ……時子おねーさんが知ってるなら教えてくだせ-。
 だけど時子おねーさんはなんでそんなに怒ってるです?
 時子おねーさんは怒った顔よりいつもの『フフンッ』って感じの笑顔のほうがきれーでごぜーますよ?」

しかし仁奈は思い出さない。あの凄惨な出来事が、まるで無かったかのように。
仁奈は9歳の少女だ。あのショッキング過ぎる出来事を記憶の中から消してしまっていても無理は無いだろう。
だが時子は、頭に血が上ってしまった。
それは仁奈があの出来事を思い出さないから、ではない。
仁奈の態度と無邪気で無思慮な指摘に反応してしまったのだ。
仁奈の指摘は、自身が精神的な余裕を失っている客観的な証左。
それが事実であるが故に、時子は憤慨してしまったのだった。


127 : ◆09Iyx3o/CA :2016/07/10(日) 21:01:27 ORJL/G4Q0
「ッッチッ!言われなくとも思い出せないなら教えてあげるわ!
 ここは得体のしれない島、そして私たちは殺し合いに巻き込まれているの!
 あなたは今まで麻酔を打たれて暢気に寝そべっていたのよ!」

今まで子どもだからと多少は加減をして対応していた時子であったが、怒りから思慮を失い声を荒らげてしまった。
その時子の態度に仁奈はビクッと両手で頭をかばって怯えたが、おずおずと言葉を返してきた。

「……冗談でごぜーますよね?なんでそんなわけわかんねーことに仁奈達が巻き込まれなきゃいけねーですか。
 いみわかんねーですよ……」
 
「冗談じゃない……!現にちひろが殺されたでしょう!?
 私たちは正体の知れない愚昧な輩に殺し合えと命じられているの!
 それになんでかなんて私のほうが知りたいわよ!」

ついには、今ここで触れるべきではないちひろの死についてまで、時子は仁奈に突き付けてしまった。
冷静な状態ならば、もう少し段階を踏んで、遠回しに伝える判断が出来たはずだが、最早時子は冷静ではなかった。

「ちひろおねーさんが、ころ、ころされた……?
 う、嘘でごぜーますよね?
 そんな、ちひろおねーさんが死んじゃってるなんて……うそです……」

仁奈はわななき、呆然とした表情で時子にすがった。

「嘘じゃない。ちひろは確かに死んだのよ。
 私達の目の前で、あなたの首にも付いている首輪を爆破されて……!
 あなたも見たでしょう!」

すがりつく仁奈に、時子は決定的な言葉を言い放った。
そして仁奈は確かに認識してしまった。ちひろが既に死んでいることを。
思い出してしまった。ちひろが目の前で死んだことを。
封じ込められていた記憶は勢いよく開放され、仁奈の心をぐちゃぐちゃにした。

「あ……あぁ……うぁ……うわぁあああああああん!!」

満水のダムが決壊したかのように、仁奈は膝から崩れ落ち、激しく泣き出した。
その小さな心には到底収まりきらない大きさのショックに、泣くことしか出来ない。
仁奈は人一倍寂しがりやな少女だった。
父親は海外で仕事、母は多忙で家を空けがち。
そんな仁奈にとって事務所は大切な第二の我が家であったし、
そこにいつもいたちひろは優しくて、大好きだった。
そんな彼女がもうこの世にはいない。
その無情な事実による計り知れない悲しみと、目の前でちひろがちひろでなくなる瞬間の衝撃を思い出し、
ぐちゃぐちゃになった心で、泣きじゃくった。


128 : ◆09Iyx3o/CA :2016/07/10(日) 21:02:04 ORJL/G4Q0
軽率だった。
言いたいことを感情のままに言い切り、仁奈が大声で泣き出したところで、時子は正気に戻った。
仁奈に抱いていた怒りは霧散し、代わりに自身へのどうしようもない怒りが湧いてきた。
心を律する事ができず何度も失敗し、あまつさえ無知な幼い少女にあたり散らし泣かせる始末。
こんな状態で、アイドルとしての自身を取り戻すだとか、女王として再び君臨するだとか、出来るはずもない。
『財前時子』はもっと、もっと……。

時子は右手で頭を軽く掻き毟り、なんとか心を落ち着けようとした。
仁奈は未だ泣き続けている。いずれは疲れて泣き止むだろうが、それで乱れた心が元通りになるわけではない。
ハァ……と時子はため息を吐き、らしくないと思いつつも、仁奈の心を落ち着かせる方法を考えた。
これも必要なことだし、自身の未熟の落とし前なのだと言い聞かせながら。
そして1つ思いついたことを実行するため、デイパックの中を探り、あるものを取り出した。

「ほらっ」

時子は仁奈に右手を突き出し、仁奈に何かを受け取るよう促した。

「な、なんでごぜーますか……」

仁奈は泣き腫らした目で、まじまじと時子の手の平を見つめた。
そこにあったのはアメだった。入っていた小袋には『パッションキャンディ』と書かれている。
時子は知らなかったが、それは普段仁奈のプロデューサーが仁奈に時々与えてくれていたものだった。
ゴミと断じていたものだったが役に立った。

「それを食べなさい。その、泣いて喉が疲れたでしょう?だからそれでも舐めて、落ち着きなさい」

時子は仁奈に、ぶっきらぼうによそを向きながらずずいとアメを押し付けてくる。
なれない子供の相手に言動がぎこちない。
仁奈はおずおずとアメを受け取り、それを口の中に運んだ。

「うめぇです……アメ、うめぇですよ……」

仁奈は儚げながらも笑みを浮かべて、時子にそう伝えた。
どこか無理したその笑顔と、泣き腫らした赤い目に、時子は痛々しさを覚える。


129 : ◆09Iyx3o/CA :2016/07/10(日) 21:03:01 ORJL/G4Q0
「……ほら、目が真っ赤よ。目まで兎の気持ちになる必要はないでしょ」

そう言って、時子はつっけんどんな態度ながらも、衣服の一部としてか没収されなかった小さなハンカチで、
仁奈の目を拭いて上げた。その手つきは普段の時子からは想像もつかないほど優しく、不器用だった。
慣れないことはするものではないと抵抗を覚えながらも、なんとかやり終えた。
そして仁奈に対して言葉をかける。

「仁奈……って呼ばせてもらうわよ。それで仁奈……悪かったわね。
 あなたの言う通り、私はいつもの私じゃなかった。
 そしてあなたに向けるべきではない怒りを向けてしまった」

滅多に人には見せない時子の殊勝な態度に、仁奈は少し驚いたが、
続けられる言葉を聞き続ける。

「でも私達が殺し合いに巻き込まれているのも、ちひろが死んでしまったのも、事実よ。
 今のあなたでは、受け止めきれないことだとは思う。
 それでも、胸を張りなさい。前を向きなさい。
 この下衆な催しを考えた奴らは、ちひろを殺しておきながら、今もどこかでのうのうと、
 悲しむあなたのような少女を見てニヤついているのよ。
 許せないでしょう?私は絶対に許せない」

手に持った鎖をジャラリと握りしめ、決然とした表情で時子は語る。

「こんな事をしでかした人間の思い通りになってはダメ。
 必ず私達の前に引きずり出して、その罪に相応しい罰を与えてやらなければならない。
 だから、悲しむのは後にして、今は強くなるの。
 ちひろの無念を晴らすために、アイドルとしての私達を取り戻すために」

それは仁奈に対する言葉でもあったが、同時に自身に対する言葉でもあった。
強くならなければならない。なによりも自分自身のために。


130 : ◆09Iyx3o/CA :2016/07/10(日) 21:04:06 ORJL/G4Q0

「時子おねーさん……ありがとうごぜーます。
 仁奈、やっぱりまだ悲しくて、どうしたらいいかわけがわかんねーです。
 でもおねーさんの言う通り、ちひろおねーさんを……仁奈達をこんな目にあわせやがった人は許せねーですよ……!」

仁奈は時子の言葉を聞き、その小さな手を握りしめて、幼い憤りに体を震わせる。
やり場のない気持ちが表情に現れていた。
そんな仁奈に対して、時子は気持ち優しめな声で更に言葉をかける。

「上出来、よ。今のあなたがどうしていいか分からないなんて当然。
 だから私が女王として、あなたを導いてあげるわ。私に付いてきなさい。
 そしていつか、哀れな供物のうさぎではなく、
 その内側に鋭い牙を備えた狼となって立ち向かうの。
 あなたの道を妨げる下衆どもに対してね」

「うさぎのきぐるみで、オオカミのきもちでやがりますか?
 むずかしーですよ……」

時子の言葉に仁奈は頭を抱えて困惑している。

「そんなに難しく考える必要はないわ……あなたがその目で見て学べるよう、
 私が手本となるのだから。よし……そうと決まればいくわよ。さっさと準備なさい。ノロマは嫌いよ」

時子は声をいつもの調子に戻し、仁奈の支度を急かした。

「は、はいです。あっ……でもその前に、1つ、お願いしてもいいですか……?」

仁奈が上目遣いで時子の表情を伺いながら、時子に尋ねてきた。
どのような内容か全く想像がつかない時子は、率直に内容を聞く。

「なに?」

「やっぱり仁奈、ちひろおねーさんのこと、まだかなしくて、さびしくて泣きてーです。
 でも時子おねーさんの言う通り強くならなくちゃいけなくて……
 だから仁奈をぎゅーってして欲しいですよ。そしたら少しだけ、寂しさが忘れられやがります。
 これから絶対頑張れます。ダメですか……?」


131 : ◆09Iyx3o/CA :2016/07/10(日) 21:04:52 ORJL/G4Q0
泣き腫らしてなお悲しげな瞳を潤ませ、仁奈は懇願した。
その願いに時子は分かりやすい渋面を作り、逡巡する。
もとより子どもはそう好きでもないし、なにより子どもに優しいお姉さんなど自身のキャラではない。
三船美優や諸星きらりあたりにこそ相応しい振る舞いだろう。
だが、ここで厳しく突っぱねれば先ほどの二の舞いになりかねない。
二律背反に時子はしばらく悶えたが、苦渋の末妥協点を見つけ、声として絞りだす。

「チッ、今回限りよ……今回限りあなたが私に抱きつくことを許可してあげる。
 もしまたするとしても、それはあなたが本当にどうしようもなく辛い時だけ。
 その時以外は絶対に許可しないから。それと誰かに会ってもこのことは誰にも言ってはダメ。
 あとやってあげたのに足りないとかまだダメとか言ったら躾ける。分かった?」

うんざりした表情で、時子は仁奈にそう告げた。
その言葉を聞いた仁奈は破顔し、両手をバッと広げて時子の言葉に答える。

「はいっ!はいでごぜーます!仁奈絶対に誰にも言わねーし、1回で我慢します!
 時子おねーさんにぎゅーってしてもらったら絶対に元気になりやがりますから!」

仁奈は勢いよく両手をバッバッと広げて突き出してくる。飛び立ちそうな勢いだ。
時子はその勢いにたじろぎながらも、恐る恐る仁奈を抱き上げた。

先ほど持ち上げた際にも思ったが、物凄く柔らかい。
そして胸に抱え上げた時点で、仁奈は時子の胸に顔を埋めて強い力で抱きついた。
その体はかすかに震えていて、何とか声を上げないように堪えていたが、泣いていた。
時子は一瞬迷ったが、静かに、その頭を撫でてあげた。
子ども特有の甘い匂いが香り、時子もどこか安心したような気持ちになる。
最初はすぐに終わらせるつもりだったが、気の変わった時子は、しばらくそうしていた。


132 : ◆09Iyx3o/CA :2016/07/10(日) 21:07:00 ORJL/G4Q0
【一日目/朝/G-6 道】

【財前時子】
[状態]健康
[装備]鎖
[所持品]基本支給品一式、飴(キュート、クール、パッションキャンディ)×各12個
[思考・行動]
基本:絶対に屈服しない。
1.氷川村に行き誰かと合流したい。
2.仕方がないから仁奈の面倒を見てやる。

【市原仁奈】
[状態]健康
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品(1〜2、未確認)
[思考・行動]
基本:時子おねーさんに付いて行く。
1.時子おねーさんと一緒にがんばる。
2.ちひろおねーさん……。


○支給品説明
【鎖】
環状の鋼鉄の部品を繋げて線状にしたもの。
2メートルほどの長さがあり、思いっきり振り回せば痛いで済まされない威力。

【各属性のキャンディ】
『アイドルマスターシンデレラガールズスターライトステージ』に登場するアイテム。
ゲーム内では各該当の属性のアイドルに贈ると親愛度が10上昇する。
キュート、クール、パッションの3種のキャンディが小袋に12個ずつ入っている。


133 : ◆09Iyx3o/CA :2016/07/10(日) 21:08:01 ORJL/G4Q0
投下終了です。タイトルは『stick and carrot』です。


134 : ◆Mqsp3xdQGA :2016/07/10(日) 21:10:53 1ETWFU360
投下乙です。
未央がまさかのマーダー化……
こういう過去の体験が強烈な影響を与えてしまうのも二次創作ならではだろうなぁ

そして仁奈ちゃんに現実を突き付けつつも、優しく宥めて激励する時子様優しい…w
ちひろさんを殺して殺し合いを強いる黒幕に憤りを覚える時子様はかっこいい


さて、自分もゲリラ投下させて頂きます


135 : 女の子は、誰でも ◆Mqsp3xdQGA :2016/07/10(日) 21:12:06 1ETWFU360


目の前に広がっていたのは、どこまでも広がる蒼い空。
地平線の彼方まで続く碧い海。
波のさざめきが、耳に入ってくる。
海の潮の匂いが風に乗って漂い、鼻を付いてくる。
朝の日差しに照らされて輝く風景を、「綺麗だな」なんて思いながら見つめていた。

島の端、海辺の断崖の頂上に一人の少女が座り込む。
サイドテールと朱色の制服姿が特徴的な、ごく普通の女の子だ。
彼女の名は島村卯月。
346プロダクションの人気アイドルユニット『ニュージェネレーション』のメンバーである。
卯月はゲーム開始後、この場で意識を取り戻してから、ただぼんやりと景色を眺めていた。

綺麗だなあ、素敵だなあ、なんて思いながら海や空を眺める。
まるで現実から逃避するように、彼女は美しい風景に心を委ねる。
このままずっと、こうしていられればいいのに。
何も考えずに、ぼーっとしていたいな。
でも、そんなことは無駄なのだろう。
卯月はそれを薄々と理解していた。


(……………ちひろさん)


ギュッと、スカートの裾を不安げに握り締める。
彼女の脳裏を過るのは、唐突に始まった惨劇の光景。
得体の知れない男によって首を吹き飛ばされた千川ちひろの姿。
血はあんなに赤いということを、人の死はあんなに呆気無いということを。
否応無しに、理解させられた。

どれだけ忘れようとしても、どれだけ逃れようとしても、あの光景が離れない。
千川ちひろは、■んだ。
優しくて、礼儀正しくて、でもどこか愛嬌があって。
新人の頃からずっとお世話になってきた事務員さん。
そんな彼女が、目の前で命を落とした。
信じられないし、悪い夢だと思いたい。
でも、これは現実。
あの光景は本当の出来事だし、ドッキリなんかじゃない。
首輪の感触も現実だし、殺し合いという催しも本物なのだ。
たった一度の見せしめで、それを突き付けられた。
殺し合わないと、生き残れない。
そんな残酷な事実を、理解してしまった。


136 : 女の子は、誰でも ◆Mqsp3xdQGA :2016/07/10(日) 21:12:46 1ETWFU360


「凛ちゃん………未央ちゃん………」


か細い声で、喉元から言葉を絞り出す。
それはニュージェネレーションのメンバーとして新人時代から共に切磋琢磨してきた親友達。
卯月にとって、掛け替えの無い存在だった仲間達。
渋谷凛。本田未央。二人は一体、どうしているのだろう。
彼女達もまた、この会場に存在している。
いずれ二人とも殺し合わなければならないのだろうか。
そんなの、絶対に嫌だ。
友達と殺し合うなんて、したくない。

だったら、どうする?
どうすることも出来ない。
首輪がある限り、自分達は殺し合いから逃れることは出来ない。
この首輪一つで、自分達の命運は握られている。
少しでも逆らえば―――――きっとすぐにでも、ちひろさんみたいになる。

卯月は、何も出来なかった。
抗うことも、殺し合うことも出来ず、ただ踞ることしか出来なかった。
先のことなんて解らないし、これからどうすればいいのかも解らない。
だから彼女は、ただぼんやりと景色を眺めることしか出来ない。



このまま、時間が永遠に止まってしまえばいいのに。
そうすれば凛ちゃんとも未央ちゃんとも、殺し合いことなんて――――――



「おーい、島村卯月チャンだよねー?」



ビクッと卯月の身体が震えた。
唐突に背後から声をかけられたのだ。
ふぇっ、と上擦った声を上げながら卯月は背後へと振り返る。


「……一ノ瀬志希、さん?」
「そうそう!覚えててくれてたんだねー♪」


卯月の後方に立っていたのは、赤みがかった髪が目立つ垢抜けた少女。
にゃはは、と猫のような笑顔を見せながら少女は卯月に挨拶をする。
一ノ瀬志希。卯月との面識は少ないが、彼女の活躍は何度も耳にしていた。
最近になって破竹の勢いで人気を獲得しているという新星。
特にレイジー・レイジー等のユニットには根強いファンが付いているという。


137 : 女の子は、誰でも ◆Mqsp3xdQGA :2016/07/10(日) 21:13:15 1ETWFU360


「えっと、一ノ瀬さんは……」
「ああ、シキでいいよー。それとアタシはだいじょーぶ。乗ってないから」


そんな志希に話を振ろうとした卯月だったが、志希は先を読むかのように答える。
乗ってないから、というのは勿論この殺し合いのこと。
自分が聞こうとしたことを先回りして答えられて、卯月は面食らった様子を見せる。


「隣、いいかな」
「あっ、はい!いいですよ、志希ちゃん」


ありがと、と志希はニコニコしながら卯月の傍に駆け寄る。
そのまま彼女の隣にすとんと座り込んだ。


「そういえばさ、卯月ちゃんって……これからどうする?」


断崖の上に座る二人。
少しだけ沈黙に包まれた後、志希が卯月に問い掛ける。


「どうする、って――――」
「ほら、今がどういう状況なのか解ってるよね?コロシアイって言ってたじゃん」


志希が何てこともなしに呟いた言葉に、卯月はぞくりと恐怖を思い起こす。
殺し合い――――そう、今の自分達は殺し合いに巻き込まれている。
首輪で生殺与奪を握られて、たった一人になるまで殺し合わなきゃいけない。
そうしないと、生きて帰れない。
だから卯月は、何も考えていなかった。
殺さなければ帰れない、でも友達を殺さないといけない。
そんなジレンマを乗り越えられないから、卯月は現実から逃避していた。
どうすればいいのかも解らぬまま、此処に佇んでいたのだ。


「………わかりません……わからないよ………」


卯月の口から絞り出されたのは、泣き言のような答え。
どうすることも出来ない現状への絶望。
だけど、それは間違い無く彼女の本心だった。


138 : 女の子は、誰でも ◆Mqsp3xdQGA :2016/07/10(日) 21:13:52 1ETWFU360
そんな卯月を見つめて、志希は更に言葉を続ける。


「卯月ちゃんは、誰かを殺してでも生きたいとは……思ってないんだよね?」
「っ……勿論です……!」


志希の言葉に対し、卯月は強く言い切るように答える。
殺人への忌避感を示すように、はっきりと。


「同じアイドル仲間なんですよ!友達なんですよ!?
 そんな人達と、殺し合うなんて、出来る訳無いじゃないですか……!」


志希に詰め寄るように、卯月は吐露する。
己の中の不安と恐怖を吐き出すように、答え続ける。
その目元には僅かながら涙が溜まっていた。
泣きたくて、壊れそうな想いが、心から溢れ出ていた。


「アイドルは可愛くて、元気で、綺麗で……
 すっごく、キラキラしてて……皆の憧れだから!
 笑顔を振りまいて、皆を幸せにする存在だから!
 だから……人殺しなんて、ダメですよ……!」



友達と殺し合いことなんて出来るわけが無い。
だけど、それと同じくらいに卯月にとって大事なこと。
それは、自分がアイドルであるということ。
ステージの上に立ち、人々に笑顔を振りまく存在であるということ。
プロデューサーさん。ファンの皆さん。スタッフの皆さん。
多くの人達が、アイドルとしての自分を応援してくれていた。
キラキラと輝いていた自分達を、好きでいてくれた。
だから、人殺しなんてダメだ。
人を殺すことなんて、しちゃいけない。
それはきっと、ファンに対する裏切りだから。
卯月は、そう思っていた。


139 : 女の子は、誰でも ◆Mqsp3xdQGA :2016/07/10(日) 21:14:20 1ETWFU360

そんな卯月の言葉を、志希は黙って聞き届けていた。
表情を変えず、どこか飄々とした態度のまま卯月を見つめていた。
そして、志希がフッと笑みを浮かべる。
その表情は、何処か奇妙だった。


「卯月ちゃんは、いいよね」


その声色から感じられたのは、憧れのようなもの。
少なくとも卯月はそう思った。
まるで自分を羨んでいるかのような態度にも見えた。
でも――――気のせい、なのかな。
一ノ瀬志希はお洒落で、すっごく可愛い女の子。
卯月はそう思っていたのだから。
自分よりもずっと垢抜けている女の子だと思っていたから。
どちらかと言えば『普通の女の子』に過ぎない自分が、彼女から憧れられることがあるのだろうか。
そう思った矢先。



「卯月ちゃん、普通の女の子だもん」



直後、卯月の顔面に何かが押し付けられた。
それは卯月にとって見覚えのあるピンクのぬいぐるみであり。
卯月は「えっ?」と素っ頓狂な声を上げながら驚く。
何、どうしたの、志希ちゃん。
焦る彼女が疑問の声を発しようとした瞬間。




「アタシさ。卯月ちゃんのこと、キライなんだ」





タァン。





少しだけ騒がしい波音に紛れるように、くぐもった破裂音が小さく響く。
頭に凄まじい熱と痛みが迸り、そして感覚が消失する。
卯月の目が見開かれた時には、全てが終わっていた。
糸の切れた人形のように、身体が崩れ落ちる。
彼女は、自身が銃で撃たれたことにさえ気付かない。
撃たれたと言う事実に気付く間もなく、その生涯に幕を閉じたのだから。


シンデレラの階段を駆け上がった普通の少女、島村卯月。
彼女の命はコンマ数秒の銃声によって踏み躙られた。





140 : 女の子は、誰でも ◆Mqsp3xdQGA :2016/07/10(日) 21:14:54 1ETWFU360



卯月のデイパックから零れ落ちているレンチを回収し。
ゆっくりと、志希は立ち上がった。

志希の右手には支給品である拳銃が握られている。
留学先で銃を握ったことは在るが、撃ったのは初めてだった。
だから志希は、人を撃つ感触というものを知らなかった。
引き金というものはもっと重いのなのだろうと勝手に想像していた。
だけど、思いの外軽かった。
人を撃った感想は、そんな所だった。

志希のもう一つの支給品である「うさぎのぬいぐるみ」は卯月の血に染まっている。
彼女は卯月の顔面にぬいぐるみを押し付け、拳銃を抜き、ぬいぐるみ越しに発砲した。
普通ならば銃声が鳴り響く筈の拳銃だが、ぬいぐるみを即席のサプレッサーとして利用したのだ。
実物の消音器と比較すればお粗末な効果だが、波のさざめきも混ざることで少しは発砲音を誤摩化せる。
殺人の補助という役目を終えたぬいぐるみを、志希は崖下へと投げ捨てる。

死にたくない。
だから、ゲームに乗った。
それだけである。
乗ってない、なんていうのも真っ赤な嘘。

卯月を殺した瞬間から、志希の胸の内に宿っていた熱はフッと消え失せた。
あれだけ熱を感じていた『アイドル』というモノへの関心が、一気に消え失せた。
もう自分はアイドルには戻れないのだろうという自覚があった。
そう思っただけで、アイドルへの熱意なんてものはいとも簡単に消し飛んだ。
殺人を犯した時点で、自分はもうあの輝かしいステージの上には立てないであろうことも薄々と理解していた。

でも、まあ、いいや。
ふとした拍子に情熱を失うのは、いつものこと。
色んなことに興味を持って、色んなことに飽き続けてきた。
きっとアイドルも、その一つに過ぎなかっただけだ。
そういうことなのだろう。そう割り切ることにしよう。
それに、アイドルとしてのプライドよりも、死にたくないという想いの方が上に決まってる。

死ぬことっていうのは、生まれる前といっしょ。
永遠という虚無の中に沈み続けること。
終わりも無いし、始まりも無い。
ヘンな生き方をしてきたせいか、下手に賢いせいか、自分の人生について考えることはしょっちゅうだった。
こうしてフラフラと生き続けて、ゆっくりと歳を取って、そしてその後はどうなるのか。
死の果てには何が在るのか。
きっと何も無いし、暗黒だけが広がっている。
そんなの、イヤだ。気持ち悪いし、怖い。
だって、つまんないまま、ずーーーっとなんにも出来なくなるから。


141 : 女の子は、誰でも ◆Mqsp3xdQGA :2016/07/10(日) 21:15:22 1ETWFU360


さて、もう一つの後処理が必要だ。
志希の足下には、瞳孔を開いた島村卯月の亡骸が転がっている。
それを見下ろしながら、志希はゆっくりと右足を構える。


「じゃーね、卯月チャン」


足下に転がる卯月の遺体を、トンと蹴る。
そのまま彼女の亡骸は崖から落下していく。
卯月の身体は宙を舞う。
壊れたマリオネットのように身体が捩じれて。
そして、崖下の岩場に叩き落ちる。
ぐしゃり。そんな小さな破裂音が響いた。

拳銃を握る手は微かながら小刻みに震えている。
身体が本能的に恐怖を覚えているのだろうか。
だけど、思考と心は自らが驚くほどに冷静であり。
「自分が人を殺した」という事実を、まるで他人事のように見つめていた。

崖の下を、ゆっくりと覗き込む。
立ち眩みをしてしまいそうな高さの断崖の果て。
真下の岩場には、血肉の華が咲いていた。
この高さから落下したことで遺体は完全に損壊したらしい。
頭部はトマトのように潰れ。
胴体はプレスを押し付けたようにぺしゃんこになり。
血液はロールシャッハ・テストのインクのように広がっている。
それらは岩場に流れ込む波と共に少しずつ洗い流され、死の痕跡を自然に消してゆく。

志希は改めて卯月の死を認識するが、その心はやはり上の空で。
彼女の損壊した死体を見ても、何とも思わなかった。
ただぼんやりと、卯月が死んだと言う事実を受け入れてしまった。
彼女を自分の手で殺したという事実を、認めてしまった。
呵責も無く、動揺も無く、すんなりと。

志希はまるで、宇宙の果てから地球を見下ろしているような気分だった。
過酷な現状を、死と云う現実を、傍観者のように見つめているような気がしてきた。
自分でも驚くほどに、落ち着き払っていた。
そんな中で、波によって少しずつ流されていく卯月の肉を見てふと思う。
他人(ヒト)なんてものは、生きていても死んでいても一緒なのかもしれない。
結局の所、蛋白質で構成された肉の塊に過ぎない。
だから殺した所で痛みなんて感じないし、慣れてしまえば―――――カンタンだ。

ズキリと、胸が痛む。
平気で人殺しをやってのけてしまった自分自身に、悲しみを感じる。
『人殺し』や『死』というものを客観的に見れてしまう自分自身に、嫌悪を抱く。
きっと卯月だったら違っていたのだろう。


142 : 女の子は、誰でも ◆Mqsp3xdQGA :2016/07/10(日) 21:15:51 1ETWFU360



(卯月ちゃん。キミは、アイドルだったよ。
 普通の女の子なのに、誰よりもキラキラしてたよ)



卯月は、誰からも愛されていた。
何の取り柄も無く、何の特技も無い。
だけど、誰よりも努力家で、ひた向きだった。
何も無いからこそ、頑張り続けることが出来た。
どんなことにも一生懸命で、純粋で。
そんな卯月は何よりも眩しくて、ステキだった。
彼女の笑顔は、間違いなく輝いていた。
だから彼女は、誰からも愛されていた。

世界を前向きに見つめていて、希望を抱きしめながら駆け抜ける少女。
島村卯月は、紛う事無きアイドルだった。

志希はそんな彼女を見て――――――自分とは違うんだな、と思った。
自分は退屈ばかりの世界を冷ややかに見ているのに、この世界に絶望することが出来ない。
結局は希望を捨て切れず、どこかに刺激がある筈だという願望を心の奥底で抱いている。
だから死にたくないし、生きることにしがみついてしまう。
自分は卯月とは違うひねくれ者なのだと、志希は思い込む。

志希はギフテッドで、どんなことでもそつなくこなせてしまう。
情熱を抱くことも無かったし、努力なんてしなくてもよかった。
だって何でも自分の力で出来てしまうから。
そんな志希は、愛されなかった。
才能を発揮する度に周囲から嫉妬の目で見られ、そして敬遠された。
父親とは馬が合わず、母親とも疎遠になって。
いつしか志希は、奔放になっていた。
どうせ周りから疎まれるのなら、何もかもつまらないのなら。
せめて勝手気ままに、いい加減に振る舞ってやろうと思った。
そんな自分の性分も、アイドルという情熱を見つけたことで少しは和らいだと思っていた。
でも、違ったようだ。
一ノ瀬志希は、島村卯月に嫉妬していたのだから。
彼女が羨ましかったから、志希は葛藤も無く引き金を引けた。

卯月はきっと、殺し合いなんて出来なかっただろう。
拳銃を握っただけで怯えて、引き金を引いただけで動揺し畏れ戦く姿が容易に思い浮かぶ。
人殺しという重荷にも耐え切れず、あっさりと押し潰されてしまうのだろう。
何故なら卯月は普通の女の子だから。

普通だから、彼女はそうなる。
でも、自分は違う。
死にたくないから、殺し合いに乗ってしまう。

自分は普通じゃないから、こうも平然としていられる。
引き金を引くことにも、人を殺すことにも、すぐに慣れてしまうことが出来ている。
誰からも愛される卯月とは、決定的に違う。
それが、少しだけ悔しい。
そして、無性に悲しい。


「……にゃはは」


口から溢れたのは、微かな笑い声。
戯けた口調で吐き出されたそれは、虚しさで渇いていた。


【島村卯月 死亡】


143 : 女の子は、誰でも ◆Mqsp3xdQGA :2016/07/10(日) 21:16:55 1ETWFU360


【一日目/朝/D-8 断崖】

【一ノ瀬志希】
[状態]健康、虚無感
[装備]9mm拳銃
[所持品]基本支給品一式、レンチ、9mm拳銃の予備弾薬
[思考・行動]
基本:生き残る。
1.誰かに気付かれる前にこの場から離れる。
2.何だか、色々と悲しい。
3.親しいアイドルのことは考えないようにする。
※周囲に人がいないことを確認しています。

※卯月のデイパックはレンチを引き抜かれ、死体と共に崖下に捨てられています。


<9mm拳銃>
一ノ瀬志希に支給。
1982年に自衛隊が正式採用した自動拳銃。装弾数は9発。
スライドには桜模様とWの字が描かれた自衛隊武器のマークが刻印されている。

<うさぎのぬいぐるみ>
一ノ瀬志希に支給。
双葉杏がよく持ち歩いているピンク色のうさぎのぬいぐるみ。
名前もそのまま「うさぎ」と言うらしい。
志希のデイパックに強引に詰め込まれていた。

<レンチ>
島村卯月に支給。
ボルトやナットの締緩作業に用いる工具。
その気になれば鈍器としても利用可能。


144 : 名無しさん :2016/07/10(日) 21:17:21 1ETWFU360
投下終了です


145 : ◆Mqsp3xdQGA :2016/07/10(日) 21:22:14 1ETWFU360
すみません、志希ちゃん予約されてたこと失念していました。
拙作「女の子は、誰でも」は破棄でお願いします。


146 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/11(月) 01:47:29 Cxr4hj4s0
柳瀬美由紀、アナスタシア予約します


147 : ◆yOownq0BQs :2016/07/11(月) 14:06:53 xGOEwP520
投下します。


148 : ぴぃにゃー!(私は殺し合い反対です!) ◆yOownq0BQs :2016/07/11(月) 14:08:45 xGOEwP520
地獄というのは、このような環境を指しているのではないか。
欺き、裏切り、殺し合う。正気を保つことすら困難である現状、いつ血溜まりに沈むかもわからない。
朝の太陽がくっきりと見えるどこかの海岸線。足許の砂がしゃりしゃりと優しい音を立てる。
このふざけた催しの参加者の一人、綾瀬穂乃香は茫洋とした表情で空を見つめていた。

綾瀬穂乃香という少女は聡明だ。
論理的に思考を纏めることもできるし、ストイックに物事を追い求める姿は年齢から省みても優秀な部類に入る。
ブサ可愛いとある人形にご執心なのは愛嬌の一つ。
年相応な少女らしい可愛らしさからくるものであり、周りも苦笑い付きではあるが温かく見守ってくれている。
そんな少女も今回の催しには顔を曇らせざるを得なかった。

バトル・ロワイアル。たった一人。生き残れる人間はたった一人。
その枠組に例外はなく、これがアイドル達を集めたドッキリ系統の企画だという甘い妄想も既に打ち砕かれた。
ふむ、と顎に指を当てる。思考開始――――一秒で終了。
脱出は不可能、首輪解除なんて以ての外。自分にはそんな知識も経験もありはしない。
聡明とは言っても、それはあくまで一般人の範疇であり、天才と呼べる一ノ瀬志希などと比べるとどうしても見劣りする。
では、どうするのか。
諦めて膝を屈してブルブルと震えているのか。
それとも、武器を手に取り、自分以外の全員を殺して元の日常へと帰るのか。

(できない、できる訳がない)
 
背負っている小さなリュック――デイパックに入っていた武器は腰へとぶら下げたままだ。
朝焼けの光に反射して怪しく輝くであろう銀色の銃身はホルスターへとぴったり収まっている。
開けられた六つの穴には黄金の弾丸が込められ、穿たれる時を待つ。
S&WM19。コンバットマグナムと称されたリボルバー。
指でそっとなぞってみたら、人殺しの武器特有のひんやりとした冷たさを感じた。
使う機会なんて来てほしくない。そもそもの話、誰かを傷つけるなんて簡単にしてたまるものか。
穂乃香はぎゅっと手を強く握り締め、溢れ出しそうになる恐怖を必死で抑え込む。
もっと、愚鈍であれば。殺し合いなんて嘘っぱちだと逃避ができる弱さがあったら。
これはドッキリ系統の企画だと楽観視できる頭の軽さがあれば。
ないものねだりをしてもどうにもならないとわかっているのに。


149 : ぴぃにゃー!(私は殺し合い反対です!) ◆yOownq0BQs :2016/07/11(月) 14:09:11 xGOEwP520

「…………私以外、誰かいるのかな」

自然と口から漏れ出した言葉は情けないぐらいに極まった弱音だった。
一人は怖い。知り合いが誰か一人でもいてくれたら、と思ってはいけないことも頭にはよぎってしまう。
こんな凄惨な催しには自分以外いてほしくない。一つの椅子をかけて争うなんて絶対に嫌だ。
自分が組んでいるフリルド・スクエアのメンツとは、特にだ。
工藤忍。桃井あずき。喜多見柚。
彼女達がいてほしいという気持ちといてほしくない気持ち。
どちらも自分の本音であり、解決はしないであろう矛盾である。
生真面目で天然ボケとからかい混じりでいじってくる彼女達の声が今はものすごく聞きたくて。

「そ、そこにいるのはわかってるんですからねっ」

当てずっぽにこんなことを言ってみたり。
いたずら好きの柚辺りならひょっこりと後ろから現れてくれるなんて期待して。
くるりと振り返り、ビシィっと指をさしながら。

「ひうっ」

その結果、本当に誰かがいた。
後ろに生えそろった木々から聞こえた甲高い声。
少女特有の柔らかさが混ざったその声の元にはぴょこんと灰色の小さな半円が木々からはみ出していた。

「えっと……ですね……私、私は……」

ぴょっこり。ぴょっこり。
ちらちらと木々の影から見える怯えた瞳は、数分前までの自分と同じものだった。
ぷるりと震えながら此方にそろりと寄ってくる少女は自分よりも幼く、怯えていた。
それでも、近づいてくるのは一人は寂しいという証拠か。
穂乃香自身、同じ気持ちなのでよくわかる。
このままバトル・ロワイアルが終わるまで一人だなんて言われたら、恐怖のあまりぴにゃ語しか話せなかっただろう。
ぴにゃにゃ、ぴにゃにゃ。日本語で話せ、と言われることまちがいなしだ。

「成宮、由愛、ちゃん?」

名前を呼んだだけでびくびくんと震えるのは、やはりこの状況に対して適応出来ていないのか。
もっとも、この状況にすぐに適応できるのはどうかと思うけれど。
自分と同じくアイドルをしている成宮由愛は、妖精系アイドルとして売り出しているそれなりの人気者だ。
小動物、ふんわかゆるるんで活動的ではない少女であると記憶していたが、正しいだろうか。
少なくとも、アグレッシブに殺し合いというビッグウエーブに乗ろうと意気揚々とする少女ではないはずだ。
だから、穂乃香も即座に拳銃を向けなかったという理由もある。


150 : ぴぃにゃー!(私は殺し合い反対です!) ◆yOownq0BQs :2016/07/11(月) 14:10:02 xGOEwP520

「その……その、ですね……だい、じょうぶです!」
「何が!?」

ファーストコンタクトは思わずずっこけてしまうものだった。
何が大丈夫なのか。そもそも根拠はどこから来ているのか。
思わずわからないと口走ってしまいそうになったが、ここは我慢だ。
何が、はセーフ。疑問形で完全否定ではないからセーフ。
下手に刺激をして彼女を怯えさせてしまうのはよくないのだ。
そう、ぴにゃこら太と接するようにほんわかに。
相手は自分より年下、こちらがお姉さんだから。
頑張れ、綾瀬穂乃香。そう、自分を勇気づけて。

「大丈夫ですか、なら、あの、ですね」
「は、はい……!」
「ぴ、ぴにゃこら太はお好きですか!!!!!」
「………………えっ」

咄嗟に口から出た言葉は見当違いにも程があるものだった。
ここは私は貴方に危害を加えるつもりはありませんとかそういう類のものだ。
何故、ぴにゃこら太。嗚呼、ぴにゃこら太。
困ったらとりあえず、ぴにゃこら太でも出しておけば問題はないとでも無意識に思っていたのだろうか。

「その、ですね……かわ、いい? と思いますよ?」
「そうですよね!」

違う、そうじゃない。
おどおどと遠慮がちに返された由愛の言葉には多分の遠慮が含まれていた。
どう考えても、気を使われている。年上なのに。
これはいけない、ダメダメだ。
由愛の身体はまだかすかに震えがあり、恐怖は完全に払拭されていない。
そもそも、いきなりぴにゃこら太を話題に出されても訳がわからないだろう。

(何とかしないと! 私の方が年上だから!)

正直、生真面目さが空回りしている。
これが同年代、年上であったらその生真面目さもいい方向に向いたのだろうが、相対している由愛は年下だ
自分がなんとかしなくちゃ、うまく落ち着かせなくちゃ。
焦りは余裕を奪い、徐々に冷静さを蝕んでいく。
端的に言って、今の穂乃香はテンションが明後日の方向に高まっていた。
普段ならばツッコミ役の工藤忍がブレーキをかけるのだが、今回に限ってはその範疇ではない。
親友であるあずきや柚のように自然とコミュニケーションが取れたらどれだけ良かったことか。

「そもそもぴにゃこら太の由来について知っていますか?
 いいですか、ぴにゃこら太誕生秘話から順に説明するので、しっかりとメモを取ってくださいね」

この後、数十分にも渡るぴにゃこら太講座をしてしまい、穂乃香が正気に戻るまで延々と続けてしまったのは、末代までの恥、と頭を抱えたのはここだけの話である。
ちなみに、由愛は熱心にメモを取り、ぴにゃこら太について詳しくなったのは、また別の話だ。


151 : ぴぃにゃー!(私は殺し合い反対です!) ◆yOownq0BQs :2016/07/11(月) 14:10:20 xGOEwP520







いきなり殺し合いをしろと言われて、はいそうですかと頷けない。
それは、人として当然のことだ。幾ら幼くても、その程度の分別はついている。
成宮由愛もその例に漏れず、最初は思っていた。
人殺しはいけない。根底にあるその意識は強く保たれていたし、貫けるはずだ、と。
千川ちひろが無様な死体になるまでは、信じていたのだ。
人が死ぬ光景を、由愛は初めて見た。
首が吹き飛び、原型が留めないぐらいに破砕される。
くたりと崩れ落ちる身体にごろりと転がる頭部だったもの。
生臭い血の臭いと焼け焦げた肉の劈く臭い。
ああ、ここは地獄の底なんだ、と朧げながらも理解した。
そして、数秒前まで抱いていた常識は跡形もなく粉々に崩れ去った。
死にたくない、痛いのは嫌だ。
上書きされていく本能が由愛から平常心を奪い去っていく。

――何をしてでも生き残る。

気弱な自分がどうやって?
騙して、後ろから殺せ。
媚を売れ、気弱な少女を演じろ。アイドルとして、成宮由愛という仮面を表面に貼り続けろ。
ようやく見つけたものなんだ。
絵を描く事以外、何も続かなかった自分が今も続けられる夢なんだ。
ママが見ている、プロデューサーが見ている、ファンが見ている。
ドン臭い自分が誰かを笑顔にできる、最高の舞台がある。
戻りたい、あの世界に。これからも夢を見続けていたい。

けれど、その為に人を殺せるのか。
答えははっきりと出せなかった。
ただ、思うのは――――怖いものは全部、なくなってしまえばいい。
この世界が全部泡沫の夢であったら、よかった。
目が覚めたらいつもの日常が待っていたら、どれだけ嬉しいことか。

そんな世界は、どこにもありやしないって知っているのに。

自分を第一に生きていくには、由愛は優し過ぎた。
そして、誰かの為に命を捨てられる程、由愛は勇気が持てなかった。
結局の所、成宮由愛という少女はアイドルという皮を脱げば、等身大の普通の女の子だった。
それだけの話だった。



【G-1/一日目/朝】

【綾瀬穂乃香】
[状態]健康(テンパっています)
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、S&WM19、予備弾
[思考・行動]どうにかして、この島から抜け出したい(テンパっています)
1:ぴ、ぴにゃこら太!(テンパっています)

【成宮由愛】
[状態]健康、迷い
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、不明支給品1〜2
[思考・行動]戻りたい、日常に。
1:死にたくはない。けれど、人を殺せるかといったら……。


152 : ◆yOownq0BQs :2016/07/11(月) 14:10:35 xGOEwP520
投下終了です。


153 : ◆GhhxsZmGik :2016/07/11(月) 14:11:44 YsJmOYCE0
望月聖、服部瞳子、赤城みりあ、持田亜里沙予約します


154 : ◆GhhxsZmGik :2016/07/11(月) 14:21:52 YsJmOYCE0
投下と予約重ねてしまい、申し訳ありません。
改めて投下乙です。由愛ちゃんが等身大の女でいいですね。綾瀬さん一人だとテンパって可愛い


155 : ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/11(月) 15:09:02 dA9uDcug0
三村かな子、双葉杏で予約します


156 : 名無しさん :2016/07/11(月) 15:50:37 cc.UpogU0
【参加者名簿】
●遊佐こずえ/○宮本フレデリカ/○荒木比奈/○村上巴/○浅利七海/○鷺沢文香/●速水奏/○大西由里子/●緒方智絵里/○輿水幸子
○木場真奈美/○鷹富士茄子/○高峯のあ/○ヘレン/○二宮飛鳥/○橘ありす/○森久保乃々/○渋谷凛/○片桐早苗/○椎名法子
○上条春菜/○本田未央/●十時愛梨/○財前時子/○市原仁奈/○成宮由愛/○綾瀬穂乃香/○/○/○
○/○/○/○/○/○/○/○/○/○
○/○/○/○/○/○/○/○/○/○
○/○/○/○/○/○/○/○/○/○

残り枠33/60(予約中の未登場キャラ除く)


【継続中の予約キャラ(未登場12名)】
◆As6lpa2ikE
脇山珠美、白坂小梅、向井拓海、前川みく

◆FDPwanKro6
龍崎薫、浅利七海(リレー)、一之瀬志希

◆GhhxsZmGik
望月聖、服部瞳子、赤城みりあ、持田亜里沙

◆rK/Lx2Nbzo
三村かな子、双葉杏


157 : ◆SkOI98Cs5U :2016/07/11(月) 16:20:32 OerBKD8Y0
依田芳乃 予約します


158 : ◆c8luDcK3zQ :2016/07/11(月) 18:35:09 Gu.2prwI0
遅れてしまい、申し訳ありません。
只今より投下します。


159 : Epitaph Moonside  ◆c8luDcK3zQ :2016/07/11(月) 18:36:45 Gu.2prwI0
 島の西部に位置する平瀬村。立ち並ぶ数多の家屋群の中の一つで、一人の少女が椅子に腰掛け、テーブルの上のデイパックの中身を探っている。
 少女の名前は藤居朋。近頃、めきめきと頭角を現してきた占いアイドルであり、今回このような祭事、催事、惨事に巻き込まれてしまった被害者の一人である。
 朋が探っているデイパックは、殺し合いの主催者によって支給されたものだ。彼の話によれば、このゲームで生き残るために有用なスマートフォンが入っているらしい。無論、朋は他のアイドルたちを殺そうなどとは思わないが、死ぬのだけは御免だ。

「これは……」

 中から出てきたものはスマートフォンだけではなかった。朋の普段食べる量から考慮すれば、4日間は保ちそうな水と食料、何の変哲もない懐中電灯。そして――22枚の運命のカード『タロット』。
 普段朋が使っているものとは、全く違う、どこか不気味なデザインの代物だったが、迷うことなくそれを手に取る。

「うん! やっぱりあたしと言えば占いよね!」

 早速、嬉々としてカードを慣れた手つきでシャッフルし、テーブルの上に置く。
 今回朋が実践するのは、カード3枚を使って行う方式だ。それぞれが「過去」「現在」「未来」を表すという比較的簡単なもので、今のように時間の余裕がない場合でもお手軽にできる。
 
 まずは「過去」を示すカード。朋が恐る恐る手を伸ばして1枚を掴む。
――そこには、中心に陣取る巨大な円形のもの。そして、そこに纏わり付く1組の奇妙な男女、異様に長い蛇が描かれていた。

「これは、『WHEEL OF FORTUNE』……転機や幸運の到来を暗示する『運命の輪』ね」

 人生を大きく変えることになる転換期……プロデューサーと出会った日のことを指すのだろう。あの出会いがあったからこそ、杉坂海や井村雪菜、つまり『ハートウォーマー』の2人にだって出会えたし、充実した日々を送ることができた。アイドルになってしまったせいでこんな殺し合いに巻き込まれたのかもしれないが、それでも朋はまったく後悔していなかった。


「いけない、いけない、早く占いを終わらせて行動指針を固めないとね」

 思い出の奔流が波のように押し寄せてくるが、それは帰ってからまたみんなで話せばいい。それよりも今は一刻を争う状態、3日以内に事態をなんとかせねば、文字通り首が飛んでしまうのだ。

 思い出に浸るのをやめ、引いた次のカード――「現在」を示すカードは、くすんだ煙を纏った聳え立つ建物。
 破壊と災害……そして、絶頂からの転落を暗示する『THE TOWER』、『塔』の絵柄がそこにあった。
 
 今にも動き出しそうな妖しい魅力を感じ、朋は小さく身震いをする。
 破壊……どうしても、先程自分たちの目の前で短い生涯を散らした千川ちひろの姿がちらつく。咲き乱れる真紅の花弁の如く吹き飛んだ頭部、力を失って倒れ込む胴体。いつも朗らかな笑顔を見せていた彼女は、もう二度と笑うことはないのだ。永遠に、永遠に。
 そして、次に首が吹き飛ぶのは自身かもしれない。主催者は殺害に躊躇いがないのだ。体育館では72時間後と説明していたが、気が変わって30分後くらいに、あの恐ろしいスイッチを押す可能性だってあるのだ。


160 : Epitaph Moonside  ◆c8luDcK3zQ :2016/07/11(月) 18:36:55 Gu.2prwI0
 島の西部に位置する平瀬村。立ち並ぶ数多の家屋群の中の一つで、一人の少女が椅子に腰掛け、テーブルの上のデイパックの中身を探っている。
 少女の名前は藤居朋。近頃、めきめきと頭角を現してきた占いアイドルであり、今回このような祭事、催事、惨事に巻き込まれてしまった被害者の一人である。
 朋が探っているデイパックは、殺し合いの主催者によって支給されたものだ。彼の話によれば、このゲームで生き残るために有用なスマートフォンが入っているらしい。無論、朋は他のアイドルたちを殺そうなどとは思わないが、死ぬのだけは御免だ。

「これは……」

 中から出てきたものはスマートフォンだけではなかった。朋の普段食べる量から考慮すれば、4日間は保ちそうな水と食料、何の変哲もない懐中電灯。そして――22枚の運命のカード『タロット』。
 普段朋が使っているものとは、全く違う、どこか不気味なデザインの代物だったが、迷うことなくそれを手に取る。

「うん! やっぱりあたしと言えば占いよね!」

 早速、嬉々としてカードを慣れた手つきでシャッフルし、テーブルの上に置く。
 今回朋が実践するのは、カード3枚を使って行う方式だ。それぞれが「過去」「現在」「未来」を表すという比較的簡単なもので、今のように時間の余裕がない場合でもお手軽にできる。
 
 まずは「過去」を示すカード。朋が恐る恐る手を伸ばして1枚を掴む。
――そこには、中心に陣取る巨大な円形のもの。そして、そこに纏わり付く1組の奇妙な男女、異様に長い蛇が描かれていた。

「これは、『WHEEL OF FORTUNE』……転機や幸運の到来を暗示する『運命の輪』ね」

 人生を大きく変えることになる転換期……プロデューサーと出会った日のことを指すのだろう。あの出会いがあったからこそ、杉坂海や井村雪菜、つまり『ハートウォーマー』の2人にだって出会えたし、充実した日々を送ることができた。アイドルになってしまったせいでこんな殺し合いに巻き込まれたのかもしれないが、それでも朋はまったく後悔していなかった。


「いけない、いけない、早く占いを終わらせて行動指針を固めないとね」

 思い出の奔流が波のように押し寄せてくるが、それは帰ってからまたみんなで話せばいい。それよりも今は一刻を争う状態、3日以内に事態をなんとかせねば、文字通り首が飛んでしまうのだ。

 思い出に浸るのをやめ、引いた次のカード――「現在」を示すカードは、くすんだ煙を纏った聳え立つ建物。
 破壊と災害……そして、絶頂からの転落を暗示する『THE TOWER』、『塔』の絵柄がそこにあった。
 
 今にも動き出しそうな妖しい魅力を感じ、朋は小さく身震いをする。
 破壊……どうしても、先程自分たちの目の前で短い生涯を散らした千川ちひろの姿がちらつく。咲き乱れる真紅の花弁の如く吹き飛んだ頭部、力を失って倒れ込む胴体。いつも朗らかな笑顔を見せていた彼女は、もう二度と笑うことはないのだ。永遠に、永遠に。
 そして、次に首が吹き飛ぶのは自身かもしれない。主催者は殺害に躊躇いがないのだ。体育館では72時間後と説明していたが、気が変わって30分後くらいに、あの恐ろしいスイッチを押す可能性だってあるのだ。


161 : Epitaph Moonside  ◆c8luDcK3zQ :2016/07/11(月) 18:37:33 Gu.2prwI0

 死。

 おおよそ朋の生活とは無縁だったそれを、今はどうしようもなく身近に感じる。
 
「でも、みんなと一緒ならきっとなんとかなるよね……」

 そうだ。あれだけの人数が集められていたのだ。みんなで力を合わせれば、こんなものからはきっと逃れられる。346プロダクションの中に他人を殺そうなど考える者がいるとは到底思えない。信頼している仲間たちと共に、島を出るのだ。

「さあ、最後は未来を示すカードね!」
 死への恐怖を憶えてしまった自分を激励するように、わざと陽気な声を出す。
 
「大丈夫、きっと『星』や『世界』のカードを引けるわ……」
 好ましいのは、良き未来を暗示するカードだ。間違っても『死神』や『悪魔』、『吊られた男』のカードを引いてはならない。

 手が震える。
 動悸が激しくなる。
 
 深呼吸だ。深呼吸をするのだ。そうして、精神を落ち着かせてから結果を見よう。

 呼吸に合わせて胸が大きく上下する。
 
 胸が膨らみ
 胸がしぼみ
 胸が膨らみ
 胸がしぼみ
 胸が膨らみ


 
 ニョキッ


 唐突に、そんな音が聞こえた気がした。いや、もしかするとそれは、ザクッ。だったのかもしれないし、音なんてなかったのかもしれない。

 何が起こったのかと思い、下を向くと、なにか、赤くて細長いものが自分の胸から生えていた。
 ただただ、何が起こっているかわからなかった。
 赤いものが自身の血だということも、細長いものが刃物だということもわかった。
 しかし、何故それが胸から突き出ているのだろう?
 まったく訳がわからない。

「後ろがガラ空きだ。隙を作るなと何回も言ったはずだぞ、藤居」
 
 後ろから投げかけられた声。聞き覚えがあった。
 
「トレ……ナ……さ…どう……して…」
 
 トレーナー。プロデューサーと共に育ててくれた、信頼すべき人物。
 口調から察するに、四姉妹のうちの次女だろう。厳しくも暖かい彼女。
 そんな彼女が、何故自分の胸に刃物を突き立てる?

「私のことはもうトレーナーと呼ぶな。私は君たちと同じ立場で、『青木聖』としてここに呼ばれたんだ」
 そう言うと、聖は刃物を引き抜き、
 そうして、朋の意識は闇に沈んでいった。


162 : Epitaph Moonside  ◆c8luDcK3zQ :2016/07/11(月) 18:38:10 Gu.2prwI0

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 手塩にかけてきたアイドルをを殺してしまった。この手で。
 これではもう、トレーナーは失格だろう。
 教え子を殺すような者に、トレーナーを名乗る資格はない。
 
 しかし、怖かった。死ぬことが、姉妹たちに二度と会えなくなるのが怖かった。
 殺害へと踏み切った動機はそれだけではない。 
 アイドルたちへ対する仄かな嫉妬。
 技術を教えているのは自分なのに、世間からの脚光やプロデューサーからの愛情を一身に受けるのはいつだって彼女たちなのだ……いや、前者はどうだっていいのかもしれない。
 そうした恐怖、渇望、少しの嫉妬からアイドルを手に掛けてしまった。
 こんな自分を見て、姉や妹はどう思うだろうか。
 軽蔑するだろうか。泣くだろうか。怒るだろうか。
 どうだって構わない。彼女たちとまた、一緒に暮らせるならば。
 だから、殺した。これからだって殺す。
 仮に、立ち向かってくるアイドルがいても負けることはないだろう。
 アイドルの全データは既に頭に入っている。
 それに、先程藤居朋を殺した刃物――仕込み杖の他にも、強力な武器が支給されていた。

「さあ、地獄の特訓のはじまりだ。覚悟していろよ」
 彼女は歩き出す。アイドルたちに、最期のビジュアルレッスン――死に化粧を施すために。

【F─1/1日目/朝】

【青木聖(ベテラントレーナー)】
[状態]健康
[装備]仕込み杖@現実
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品×1(もう一つの支給品も武器のようです)
[思考・行動]
基本:アイドルたちを殺して帰る。

〈仕込み杖〉
青木聖に支給。
外見では凶器だとわからないようになっているために、暗殺に向いている。
耐久性はあまり高くない。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 微かに聴こえる波の音。藤居朋は、その音で目を覚ました。
 紅い水が胸から机へとどくどくと流れ出ている。波の音というのは、これのことだったのだろうか。
 最早痛みなど感じない。寒い。あまりにも冷たい。
 ひゅうひゅう、と風の吹くような音がするだけで、声も出ない。

 しかし、それでもやるべきことはあった。
 最期の力を振り絞って、下手人の名を書き残すのだ。
 みんなを、仲間たちを守るために。
 幸い、書くための道具はすぐ近くにある。紙も、インクも、すぐそこにある。
 赤い文字は見辛いかもしれないが、どうか許してほしい。
 
 ドラマや映画で幾度となく見てきた、けれど実際に自分が書くとは思ってもいなかったダイイングメッセージを、握っているカードにゆっくりと刻んでいく。
 大きく、繊細に、『聖』の1文字を書く。
 
 途端、もうやり残したことはないと言わんばかりに、身体のコートロールが効かなくなる。
 机や椅子を巻き込んで、床に大きく倒れ込むが、それでもメッセージは離さなかった。
 
 視界が霞んでくる。もう死も近いのだろう。
 
(海……ちゃ…ん……雪菜……ゃん…プロ……サー……ありが……と…)
 視力を失った両の目に、これまでの思い出が浮かんでくる。
 ハートウォーマーの2人のこと。プロデューサーと一緒に運気スポットへ行ったこと。個性的な仲間たちと海にだって行ったし、豪華メンバーと共に公演にも出ることができた。
 みんなみんな、アイドルになって手に入れた素敵な思い出だ。
 
(楽しかったなぁ……)
 やがて、思い出が1つ、また1つと泡のように消えていき、
 最後に朋の命も儚く消えていった。


 後に遺ったものは、倒れたテーブルやデイパック、朋の周りに散らばる『死神』や『悪魔』等のタロット。
 そして、朋が最後に遺したダイイングメッセージ『聖』。そのメッセージの裏側では、三日月が妖しく笑うのであった。
 月のカード――暗示は嘘と裏切り。

【藤居朋 死亡】


163 : Epitaph Moonside  ◆c8luDcK3zQ :2016/07/11(月) 18:38:53 Gu.2prwI0
投下終了です。


164 : ◆c8luDcK3zQ :2016/07/11(月) 18:39:46 Gu.2prwI0
申し訳ありません。手違いで連投してしまいました。


165 : ◆As6lpa2ikE :2016/07/11(月) 18:46:35 Ioi8GPmA0
すみません。やっぱり予約を破棄させてもらいます


166 : 名無しさん :2016/07/11(月) 19:49:58 zjneyb1E0
【参加者名簿】
●遊佐こずえ/○宮本フレデリカ/○荒木比奈/○村上巴/○浅利七海/○鷺沢文香/●速水奏/○大西由里子/●緒方智絵里/○輿水幸子
○木場真奈美/○鷹富士茄子/○高峯のあ/○ヘレン/○二宮飛鳥/○橘ありす/○森久保乃々/○渋谷凛/○片桐早苗/○椎名法子
○上条春菜/○本田未央/●十時愛梨/○財前時子/○市原仁奈/○成宮由愛/○綾瀬穂乃香/○青木聖(ベテラントレーナー/●藤居朋/○
○/○/○/○/○/○/○/○/○/○
○/○/○/○/○/○/○/○/○/○
○/○/○/○/○/○/○/○/○/○

残り枠31/60(予約中の未登場キャラ除く)


【継続中の予約キャラ(未登場11名)】
◆FDPwanKro6
龍崎薫、浅利七海(リレー)、一之瀬志希

◆qRzSeY1VDg
柳瀬美由紀、アナスタシア

◆GhhxsZmGik
望月聖、服部瞳子、赤城みりあ、持田亜里沙

◆rK/Lx2Nbzo
三村かな子、双葉杏

◆SkOI98Cs5U
依田芳乃


167 : 名無しさん :2016/07/11(月) 19:50:35 zjneyb1E0


現在位置

【朝】
A-2
渋谷凛
片桐早苗

C-3 鎌石村役場
宮本フレデリカ
荒木比奈

D-5 草原
輿水幸子

E-2 菅原神社
椎名法子
上条春菜

E-7
木場真奈美
鷹富士茄子
高峯のあ
ヘレン

F-1
青木聖(ベテラントレーナー

F-4
二宮飛鳥
橘ありす
森久保乃々

F-8
村上巴

G-1
綾瀬穂乃香
成宮由愛

G-6 道
財前時子
市原仁奈

H-3 岸辺
浅利七海

H-9
本田未央

【午前】
I-10 灯台
鷺沢文香
大西由里子


168 : ◆ptOeZOXHeg :2016/07/12(火) 00:27:47 U/ocg6tk0
結城晴 予約します


169 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/12(火) 01:53:16 EB.8nuME0
投下します


170 : Good Morning ◆qRzSeY1VDg :2016/07/12(火) 01:53:31 EB.8nuME0
 ぱちり、と目が覚める。
 真っ先に飛び込んできたのは、少しくすんだ色の天井だった。
 ここはどこだろうと思いながら、少女、アナスタシアは首元に手を伸ばす。
 指先から伝わる、ひんやりとした金属の感触。
 アナスタシアは、それが何なのかをはっきりと覚えている。
 それは、殺し合いという悪夢に自分たちを縛り付ける枷。
 千川ちひろの命を奪い、今もなお自分たちの命を握り続けている悪魔の呪いだ。
 つまり、ここは人と人が殺し合う、惨劇の舞台の上。
 現状は理解しているし、現実逃避をするつもりもない。
 だが、そうだとすると理解できないことが一つだけあるのだ。
 それは、目が覚めたときに、自分の体に一枚の毛布が掛けられていたことだ。
 しかも、丁寧にベッドの上に寝かせられている。
 他人に殺し合いを命じ、麻酔で眠らせて得体の知れない場所に放置する連中が、そんな手心を加える理由があるのだろうか?
 せめてもの情け? それともほんの気まぐれ? あるいは自分だけ特別視されている?
 馬鹿馬鹿しい、そう口に出そうとした時だった。

「……ん?」

 呼吸をしていた鼻が、何かの香りを感じ取る。
 すん、すんすんと鼻に意識を集中させて、その正体を探っていく。

「味噌……?」

 感じ取った香りの名をつぶやきながら、アナスタシアは警戒心を強めていく。
 何故と思う気持ちを抱えつつ、すぐ傍に誰かがいるという確信を抱き、神経を尖らせる。
 そして、ゆっくりとベッドから起き上がり、あたりを見渡したその時。

「あっ、起きたんだね!」

 優しくて明るい声に、輝く笑顔。
 彼女の意識に飛び込んできたのは、そんな一人の少女の姿だった。


171 : Good Morning ◆qRzSeY1VDg :2016/07/12(火) 01:53:56 EB.8nuME0
 


 ――――――――――――――――――――――――――――――――шум


.


172 : Good Morning ◆qRzSeY1VDg :2016/07/12(火) 01:54:07 EB.8nuME0
 白米と簡素な味噌汁と、焼鮭の切り身。
 簡素なテーブルに並べられているのは、ごく普通の朝食だった。
 修行中の身だからこれくらいしか作れないけれど、と彼女は微笑みながら言う。
 鮭は彼女に支給されていたもので、残りはこの診療所に残されていたのだと言う。
 つまり、この島には人が住んでいたということだろうか。
 そんな疑問を抱きながら、アナスタシアは味噌汁をゆっくりと啜る。
 口いっぱいに広がる味噌の香りと、だしの風味。
 こんな状況だからこそ、暖かさがより一層染み渡る気がした。

「……ほんと、びっくりしたよ。あたしがここに来たら、人が倒れてるんだもん」

 口いっぱいに白米を頬張りながら、美由紀はそう語る。
 彼女が目覚めてすぐの所にあったのがこの診療所で、足を踏み入れたすぐの場所に自分が横たわっていたのだという。
 麻酔が残っていたのか揺すっても起きなかったため、仕方がなくベッドに寝かせ、それから朝食を作り始めたそうだ。
 なるほど、と小さく言葉を零しながら、アナスタシアも食事の箸を進めていく。

「でも良かった、最初にアーニャちゃんに会えて」

 にこり、と笑ってアナスタシアにそう告げて、美由紀はゆっくりと俯く。

「みゆきね、怖かったんだ」

 声と体を微かに震わせ、目に小さな涙を浮かべながら、美由紀は言葉を続ける。
 無理もない、突然拉致された上に、良く知る人間が目の前で死んでしまっているのだ。
 しかも自分の命まで握られ、殺し合えと言われているのだから、普通ならば怯えないほうがおかしい。
 そんな状況に冷静に対応できている自分がおかしいのだろうかと思い始めた時、美由紀は再びアナスタシアに視線を合わせ、優しくと笑う。

「だから、一緒に朝ごはんが食べれたの、嬉しく思ってる」

 そう、朝食を作ったのは、彼女なりに寂しさと恐怖を紛らわそうと思ってのこと。
 朝起きて、朝食を作って、軽く深呼吸をして、一日をはじめる。
 いつもならなんてことはなく、一人でこなせていたことも、今ではたまらなく怖かった。
 だから、向かいに誰かが居て、一緒に朝食を楽しめるということが、美由紀は何よりも嬉しかった。

「このままいつも通りの一日だったら、良かったのにね」

 最後にぼそりとつぶやいた言葉は、叶うことはない願い。
 彼女の日常は、歪な形に変えられてしまった。
 それはもう、元に戻ることはないのだ。

 そんな悲しそうな瞳を、アナスタシアはじっと見つめていた。


173 : Good Morning ◆qRzSeY1VDg :2016/07/12(火) 01:54:18 EB.8nuME0
 


 ――――――――――――――――шум――――――――――――――――


.


174 : Good Morning ◆qRzSeY1VDg :2016/07/12(火) 01:54:45 EB.8nuME0
 視認する、視認する、視認する。

 散らばっている、ガラス。

 治療用の、ハサミ。

 工具箱の、ハンマー。

 そのどれにも距離は遠くはなく、障害物もない。

 立ち上がり、即座に駆け出して手に取り、それを"使う"。

 たった一度、腕を振るう、それだけのこと。

 それだけで赤が散って、一つの終わりが来る。

 そこに立っているのは――――自分。


175 : Good Morning ◆qRzSeY1VDg :2016/07/12(火) 01:54:56 EB.8nuME0
 


 шум――――――――――――――――――――――――――――――――


.


176 : Good Morning ◆qRzSeY1VDg :2016/07/12(火) 01:55:08 EB.8nuME0
「……アーニャちゃん?」

 呼びかけられた声にはっ、と意識を取り戻すと、美由紀が心配そうな目でこちらを見つめている。
 どうやら、箸をピタリと止めたまま、硬直していたらしい。
 アナスタシアは、持っていた箸を置いてから、ふふっ、と微笑んで返事をする。

「Извините、ごめんなさい、ちょっと、ぼうっとしていました」

 バツが悪そうに答えるアナスタシアの笑みを見て安心したのか、美由紀は再び笑顔になる。

「ねえねえ、しばらくここにいようよ、他の皆とも会えるかもしれないし」

 続けざまに投げかけられたのは、一つの提案。
 ここは診療所、つまり医療品がある程度は備えられている。
 地図で確認する限り、拠点の一つでもあるので、ここを目指す人間も少なくはないだろう。
 下手に動くよりは危険も少ないであろうと踏み、アナスタシアは彼女の提案を受け入れることにした。
 その時の肯定の言葉で、美由紀は再び輝く笑顔を咲かせる。
 それを見て、アナスタシアは少し救われたような気がした。



 ノイズ。



 いつかの記憶、染み付いた技術、そして思考。
 アイドルになり、人々と出会い、仲間と出会ってから、ずっと封じ込めていたもの。
 それが、今になって蘇り、今もアナスタシアの思考を支配せんとしている。
 もう二度と、その道には進まないと決めたのに。
 手を伸ばせば届いてしまう所に、いつでもそれはある。
 手にとってしまえば、自分は瞬く間にそれを思い出してしまうのだろうか。
 だとすれば、なおさらそれを手に取る訳にはいかない。
 支えてくれた人々、一緒に歩める仲間、そして大事な人。
 その人達と未来に進むと決めたから、あの記憶を呼び覚ます訳には行かないのだ。
 けれど、ここは殺し合いの場。いつか誰かが襲い掛かってくるかもしれない。
 もし、力を手に取り、誰かと戦う時が来たとすれば。
 その時、自分は人間で居続けられるのだろうか。

 そんな事を考えながら、彼女は脳裏に浮かび続ける"戦いの記憶"、それに連なる"効率的な殺人の手段"を、振り払い続けていた。

【I-07 沖木島診療所/一日目/朝】
【柳瀬美由紀】
[状態]健康
[装備]
[所持品]基本支給品一式、不明支給品(0〜1)
[思考・行動]
基本:まだ、困惑している
1:しばらくここにいる

【アナスタシア】
[状態]健康
[装備]
[所持品]基本支給品一式、不明支給品(1〜2)
[思考・行動]
基本:皆と、自分のために、人間で居続ける。
1:しばらくここにいる
[備考]
※幼少期に何かしらの"仕込み"をされているようです。


177 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/12(火) 01:55:26 EB.8nuME0
投下終了です。

クラリス予約します。


178 : 名無しさん :2016/07/12(火) 02:25:59 jds1CUYw0
こういう原作で示唆もされてないダーティな設定くっつけるのアリなんか
まぁリピーター設定が普通にOKな時点でそういうことなのかもしれないけど


179 : 名無しさん :2016/07/12(火) 09:49:35 LQtioJjg0
言っちゃ悪いけどキャラ要素がロシアってとこしかないよこのアーニャ。
別にオリ設定入れるのはいいんだけど元のキャラの描写とをうまく兼ね合わせて欲しい。
そしたらもっと説得力出てくるし良くなるのにさ。


180 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/12(火) 10:20:43 EB.8nuME0
ご指摘ありがとうございます。
別件で引っかかる点も出てきたので、>>170-176は破棄させていただきます。
ご迷惑をおかけしました。


181 : 名無しさん :2016/07/12(火) 14:45:29 i2my1iCs0
そういや志希の予約期限すぎたらどーなるんだろう
没投下もあったし、深夜三時によーいどんの予約合戦にでもなるのか?


182 : ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/12(火) 20:51:19 /XWZ2JaQ0
新田美波、佐城雪見で予約します


183 : もし、あなたと出会っていなかったなら。 ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/12(火) 22:26:20 Qxlv6MmA0
 しんとした朝の空気が身を凍てつかせるのか?
 それとも、突然放り込まれた悪夢のような状況が身を冷たくしてしまっているのか?
 薄ぼんやりとそんなことを考え、白い吐息を吐き出した双葉杏は事が始まってしばらくしてからもその場を動くことはなかった。
 いや、正確に表現するならば動いてはいた。最初に杏たちが集められた場所からは移動させられたのか、
 杏が意識を取り戻したころには一面の雑草の海と遠目に見えるやや大きな池。
 地図で確認しても池がある箇所はいくつかあり、杏が放り出された場所の特定はできず、する気にもならなかった。
 闇雲に動いても仕方がないだろうというのがひとつ。そしてこちらの方がより大きな理由ではあったのだが、誰とも会いたくなかったというのがひとつ。

「殺し合いだ、って言われてもさ」

 独りごちる。現実感なんて感じられない。感じようがない。人間が殺されるところなんか見たって、それが初めてで遠目に見るだけなら大きく心に響くわけでもない。
 どだい、あの女性は見ず知らずの人間だ。ゲーム中のイベントで無残に殺されてしまうNPCを見るのとそう変わりないというのが正直な感想だった。
 そんなふわふわとした感覚で誰かに出会い、ありのままを告げて変に刺激したくはなかった。他人を弄るのはそれなりに得手ではあるが、
 そうしたところで異邦人でも見るような目をされるだけだろうという想像はできた。
 とはいえ、ここにあまり長居するのも気乗りはしなかった。朝の冷え込んだ空気は杏の小さな体にはよろしくない。
 おまけに草に朝露があるおかげで寝転がるのはもちろんのこと座っても衣服を汚す。
 よりにもよって、今の杏は仕事用のアイドル衣装だった。白とピンクを基調としてもふっとした柔らかいマシュマロを想起させる意匠のデザインである。白は汚れが目立って仕方がない。
 現に背中がもう泥で汚れてしまっている。触って分かった。意識を取り戻した後、いの一番に確かめて分かった。げんなりとした。
 いつもの服なら気にすることもなかったのに、全くとんだ厄日だと杏は思った。誰か洗濯してくれないかなあと思った。都合よく洗濯機が落ちたりもしていなかった。世界は理不尽だ。

「……かったるい」


184 : もし、あなたと出会っていなかったなら。 ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/12(火) 22:27:13 Qxlv6MmA0

 理不尽という言葉を心に描いた瞬間、全ての気分が萎えた。服が汚れると思いつつもその場に座り込んだ。さっそく朝露が服に染みこんできた。あーあというため息をついて――、今に至る。
 世界は理不尽だ。杏がそのことを思い知らされたのは小学校の修学旅行のときである。遊園地でジェットコースターに乗ろうという流れになった。だが杏だけは乗れなかった。
 理由はとってもシンプル。身長が足りなかったからだった、結局、乗って行く級友をぼーっと見ていることしかできなかった。
 今にして思えば他愛ない理由で理不尽だと感じたものだが、どうにもならないことがあると思い知ったのは確かだった。本当に、どうにもならないことなんて山ほどある。
 座り込んで身を縮こませた杏の視線の先には、今まで味わってきたどうにもならないことの数々があった。
 人より優れたことをしてみればチビのくせにという目があるときがあった。道化を演じてへりくだってみれば、これだからチビはという目もあった。
 たまたまそういったものを鋭敏に感じ取っただけなのかもしれなかったが、生来大きくならないこの体を色眼鏡で見ては見下そうとする人の意志は確かに感じることがあった。
 それ自体は諦めがついた。どうにもならないものなのだから、どうにもこうにも受け入れるしか道はない。その上で自分が最も得をする道を探そうとするのが杏の習い性になった。
 なら、今回も受け入れるしかないのだろうか。未だにふわふわとした現実というものを頭の中で混ぜ返しながら、杏は首をこてんと後ろに傾ける。
 いやだなあ、誰にも会いたくないなあと思う。いっそこのまま身を隠したまま時間を過ごし、現実というやつを感じられないまま全てが終わってはくれないだろうかと考えもする。
 不幸なのか幸いなのか、そもそも杏自体がかけだしのアイドルだったということもあり、一部の同僚を除いて業界そのものへの繋がりも薄い。そもそも同僚がいるかどうか判然としない。
 もしも生きて帰れて、誰々が行方不明などと耳にすることがあってもああ、あの子もだったんだという認識でいられるだろうという予感はあった。
 他人事は他人事と受け流す術くらいは身に付けている。
 常識的に考えても隠れているのが一番生存率は高くなる。見ず知らずの人間が殺し合いをしてたって良心は少し痛むだけだ。
 目に入れず、うずくまって、耳をふさぎ、理不尽な世界から身を遠ざけていれば。きっとそれを徹底できれば、何事も無く戻れるかもしれない。
 だというのに。それが一番いいというのに。
 双葉杏は、見つけてしまった。
 こちらを見つけて歩いてくる、一人の少女の姿に。

「ああ」

 いやだなあ、と思った。
 決めなくてはならなくなってしまった。
 答えを出さなくてはいけなくなってしまった。
 全てを保留したまま、水の上でたゆたうような、
 そんな都合のいい時間は、もうないのだなあという気分になった。


185 : もし、あなたと出会っていなかったなら。 ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/12(火) 22:27:46 Qxlv6MmA0

「えっと、あの」

 困ったような、そんな笑顔だった。
 笑うことさえ躊躇っているかのような、そんなぎこちのない表情だった。
 見れば、少女は杏とよく似た意匠の服を着ていた。白を基調として、ふんわりとした、甘いお菓子のようなクリーム色と苺色のアイドル衣装。
 気付いてしまった。気付かなければよかった。どうしてこうも巡り合わせの悪い出会いをするのだろうと呪った。
 杏は、その程度には聡い。気付かないふりをして、気のせいだと言い訳をして、心に閉じ込めるだけの鈍さはなかった。

「もしかしてさ、三村かな子?」
「えっ」

 驚きと困惑の入り混じった顔。しばらく絶句して、目をしばたかせるだけだった。
 向こうだってそう思ってただろうに。先制攻撃されてとっさに対応できるのは、よほど頭が回らないとすぐにはできない。
 彼女は普通の、普通の子なのだなという確信が杏にはあった。

「やっぱね。衣装見てそんな気がしたんだよ」
「じゃあ、あの、もしかして、あなたは」
「双葉杏」

 軽く言ったはずだったが、思ったより重い声で言ってしまったなと杏は内心で息をつく。
 この日、杏はユニットを組む予定だった。新しいユニットらしい。先の三村かな子と、緒方智絵里という子とで顔合わせ、衣装合わせという名目でミーティングをするはずだった。
 三村かな子でなければ緒方智絵里と言う予定だったが、二分の一の賭けには当たった。変なところで運がある。

「ど、どうして私が三村かな子だって分かったんですか? あらかじめ聞かされていたとか?」

 気がつけば、座っている杏と視線を合わせるかのようにかな子もしゃがみ込んでいた。
 明らかに会話を続ける気満々だったので、杏はもう少し喋ることにする。

「うんにゃ、名前しか知らなかった。ただまあ、緒方智絵里って子の方はちょっと先輩とは聞いてて、あんたが駆け出しって聞いたくらいで、
 んであんたの様子をちょろっと見たんだけど、衣装に着られてそうな雰囲気あったから、こっちかなって簡単な推理ゲーム」
「……はぁ」

 あっけにとられたような、感心したかのようなぽかんとした表情だった。杏からしてみれば見れば分かる推測をつらつらと述べただけに過ぎないのだが、
 目の前のかな子はそんなことを言われるとは想像もしてなかったのだろう。杏の言葉を一生懸命飲み込んでいるようだった。


186 : もし、あなたと出会っていなかったなら。 ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/12(火) 22:28:23 Qxlv6MmA0

「すごいなぁ……」

 そして出てきたのは、とても拙い賞賛の言葉だった。あまりにシンプルすぎて杏は苦笑を漏らした。
 同時に、これは彼女の本心なのだとも思った。かな子の表情は全く変わっていない。心の内に潜むものがあれば、それが浮かび出てくるのが人の常。
 生意気だとか、小賢しいだとか、そういった感情はかな子からは感じられなかった。

「私、どっちなのかなってずっと考えてた。全然分からなかった」
「杏だって似たようなもんだよ。推理してたって外れるときは外れるし。まーなんというか、外してもいいやーみたいな?」
「え、ええー? 私、間違えちゃったらどうしようなんて悩んでたのに」

 若干不満気に、かな子の頬が膨れた。よく観察してみれば、かな子の輪郭は少し大きめであるように感じられる。露出している二の腕も丸めだ。
 いわゆるぽっちゃり系なのだろうかと思いつつも聞くのははばかられた。あまり好ましく思われるような話題でもないだろう。
 だから、当り障りのない返答にする。

「のんきだね。どっちだっていいことだよ」
「そうかな」
「そうだよ」

 その間に考えなければいけない。出会ってしまったからにはどうするか。何をするしかないのか。どう、納得させればいいのか。
 いや、答えは既に出ているのかもしれない。簡単な話だ。心の底では分かっている。どこかにいる冷めた自分がそうしろと言っている。
 もう無理なんだよと、そう言っている。

「でもやっぱり、どうでもはよくないかな」

 心のなかに滞在していた、無理という声に割って入ったその言葉に、杏は無意識のうちに逸らしていた視線をかな子に戻した。

「だって、これはとっても運のいいことなんだよ。知り合いがいるかも分からな……ううん、殆どいないんだなって思ってたときに出逢えたから」

 笑っているように見えた。いや、そうしようとしているように見えた。出来ていない顔だった。
 強張ったまま震えている。なにかに押しつぶされそうなのを必死に堪えている様子だった。

「……違うよ。知り合いでもなんでもない。赤の他人だよ。友達でも仲間でも同僚でもない。そうなり損ねたんだ」

 それに何故か耐えられず、杏は否定の言葉を発した。
 全てはもう手遅れ。自分たちはなり損ねた。緒方智絵里共々、繋がる可能性なんてなかった他人だ。


187 : もし、あなたと出会っていなかったなら。 ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/12(火) 22:29:00 Qxlv6MmA0

「じゃあ、なんであなたは気付いてくれたの?」

 否定をいなして突きつけられたのは鋭い刃物。心に突き刺す、言葉と言う名の刃物だった。

「他人でしかなかったら、気付こうとはしないと思う」

 今にも泣きそうなくせに。そんな声さえ発せないほど、三村かな子は鋭かった。
 少し突けば崩れてしまいそうなのに、杏よりも遥かに強く――、奥底に迫ってくる。

「もう気付いちゃったんだよ、私たち。他人じゃないって。……だから、私には、無理だよ」

 かな子は己の胸に手を押し当てていた。それは間違いなく何かのサインで……既に下された、かな子の結論なのだろうと杏は思った。
 もし、杏ではなかったら。かな子はどうしていただろうか。目に入れず、うずくまって、耳をふさいで、そして。杏がしようとしたことをしていたかもしれない。
 それは無理なことなんだって諦めて。

「そっか」
「うん」

 いやだなあ、と思った。
 他人じゃない誰かに、無理だと思うのは、いやだ。

「んじゃ、考えるしかないや」
「……何を?」
「ヤな思いせずに帰る方法」


188 : もし、あなたと出会っていなかったなら。 ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/12(火) 22:29:35 Qxlv6MmA0

 立ち上がる。心底馬鹿げていると杏は我ながら思うのではあるが、こうなってしまった以上は仕方がない。
 だって、あまりにも巡りあわせが悪すぎたから。誰にも出会わなきゃいいという状況で、よりにもよって最初に出会ってしまったのが知り合いだから。
 そうなったのだと、諦めるほかない。

「できるの……?」
「知らん。考えてみないことにはね。まあでも、心が疲れるよりか楽だよ、たぶん」
「そうかな」
「そうだよ」

 普通に答えたつもりだったのだが、それはかな子には激と写ったらしい。頬を何回か叩いて、かな子もすっくと立ち上がった。
 立ち上がってみれば、かな子はやはり杏よりも遥かに背が高い。見上げなければいけないのが少し癪だった。

「ま、とりあえずさ。見りゃ分かるけど、杏の背中汚れてんだよね」
「ほんとだ」
「今気付いたんだけどこれ結構気持ち悪い。水分が背中に」
「あー、嫌だよね」
「つーことでまず着替えよう。ということで杏をブティックに連れてけー」
「え、えー……?」

 明らかに、最初にやることがそれでいいのかという顔だったが、他にパッと思いつくことがないのだからしょうがない。
 そう、世の中はしょうがないことだらけなのである。それにいい加減肌寒いのに飽きてきた。
 ちらりとかな子を見ると、困惑具合はともかくあまり寒くはなさそうだった。己の妖精スタイルがこういうとき恨めしくなる。
 くしゃみが出ないうちに済ませようと、杏はひとまず最初の決心を固めることにした。


189 : もし、あなたと出会っていなかったなら。 ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/12(火) 22:29:50 Qxlv6MmA0




【一日目/朝/D-4】
【双葉杏】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式、ランダム支給品】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:脱出する算段を寝る、じゃなくて練る
1:まあでもその前に着替えたい

【三村かな子】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式、ランダム支給品】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:杏と一緒に行動する


190 : もし、あなたと出会っていなかったなら。 ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/12(火) 22:30:08 Qxlv6MmA0
投下終わり。


191 : 名無しさん :2016/07/12(火) 22:51:19 OxfkXV6k0
投下おつです

杏ちゃんとかな子……
出会った順番がもし違ったらというIFを想像させる感じがすごくよいです
アニメでだいぶ実はまとめ役になれるところがクローズアップされた杏にはだるがりながらまとめ役とかやってほしいし
かな子にはもっと優しい道を歩んでほしいと自分も……まあどうなるかは結局神のみぞ、ですが


192 : ◆FDPwanKro6 :2016/07/12(火) 22:52:30 OxfkXV6k0
投下します


193 : Goodbye,giving ◆FDPwanKro6 :2016/07/12(火) 22:53:24 OxfkXV6k0
 

浜辺に打ち上げられて一時間後、七海は海岸沿いの道を町に向かって歩んでいた。
ずぶぬれで道を歩く姿は、まるで水揚げされたばかりの人魚姫だ。
足取りは重く、靴は濡れてぐじゅぐじゅ、とてもガラスの靴ではない、
冷えた服は体に張り付いて冷たい、顔だってきっと青ざめている、シンデレラには程遠い。
浅利七海はそれでも青い髪をほっぺたに張り付けたまま歩く。
ここには王子様はいないけれど、シンデレラならたくさんいる。きっと誰かに会えるはず。
会いたい。
天使か魔女かは知らないが、七海は海神(わだつみ)の声を聴いた。だから七海の願いは、叶う――いや、叶えるのだ。
だって二本の足がある。まだ泡になっていない。
魔法はまだ解けていない。それならきっとなんとでもなる。

「……あ!」
「あれー?」

そして――七海は出会った。

「志希……しゃん……!」
「わ。どしたのあさりちゃん。濡れ濡れじゃん!?」

道の反対側から歩いてきたのは、シンデレラというよりは魔女に近い白衣を纏った少女だった。
一ノ瀬志希。
赤紫よりの茶髪を自由にウェーブさせた髪と、猫めいてぱっちりしたきれいな眼。
立ち振る舞い、しぐさ、完成されたプロポーションと合わさって、
一目見れば「普通の人ではない」と分からせる力のある強い印象を残す容姿のアイドルだ。
そして彼女は実際に「普通の人」ではない。
七海のようなイロモノ色の強いだけのキャラクターとは一線を画す、本物の天才(ギフテッド)でもある。
そのIQ値の高さゆえか、生来の気質ゆえか、普段の言動は心配になるくらい適当かつ自由または理解不能なところがあるが、
こと化学(ケミカル)分野においては、アイドルどころかトレーナーなどを含めても、彼女に及ぶものはいないだろう。

「う……うええ……会えたれす〜!!」

アイドルとしては七海の同期にあたり、新人の初参加のイベントで一緒になったことがある。
直接の面識はそのイベントくらいのものだが、七海からすれば「とても頭のいい人」「親しみのある人」という認識の志希に会えたことは、
殺し合いの海に溺れかけた恐怖に張り詰めていた七海の心をゆるませるに十分だった。
ふらついていた足を踏みしめ、思わず駆け寄り、サバオリくんにそうするような勢いで抱き着いた。

「わあー!? ちょちょ、濡れてる、濡れてるしちょっと海スメルしすぎーっ!」
「会えたれす〜! よかったれす〜! うえええん」
「もー……」

一ノ瀬志希は涙目で舌足らずの人魚姫に呆れ顔をしてから、

「よしよーし、志希おねーさんが撫でたげるー。怖かったねー? 大丈夫、楽にしてね〜」
「うえっ、うええっ」
「一緒に歩こうねー、あたしと一緒だから怖くないからね〜。歩ける?」
「あ、歩けます。あ、ありがとうれす……っ」
「うんうん、なら行こっか。たしか地図だとー……」

珍しく子供をあやすような口調で七海をたしなめ、二人で北へ向かって歩き出した。
七海が志希の袖に寄りかかると、どこか安心感のある香りがした。
やっぱり、志希さんは頼りになる人だった。
殺し合いなんてみんなしないし、みんなやっぱり、助け合えるんだ。
一人の不安が解消され、浅利七海はここに来てからようやく、自分が笑顔を作れた気がした。


194 : Goodbye,giving ◆FDPwanKro6 :2016/07/12(火) 22:55:14 OxfkXV6k0
 
「――それで……海の神様の歌を聴いたれす」
「おおー、スピリチュアルだねー」
「七海もびっくりれす。海の中で歌なんて聞こえるはずないのに……大丈夫だって……みんなの願いはかなうって」
「あさりちゃんの願いは叶ったのー?」
「そう、れすね……誰かに会いたいと、思ってたわけれすから……志希さんに会えたので」
「ふーん。なら、案外あさりちゃんに会えたのはー、偶然じゃないってことなのかも?」

運命、巡り合わせ、神様のチカラ……面白いねー、面白いよー♪
山道を歩いてたどり着いた分校跡地の保健室で、七海をベッドに腰掛けさせた志希は、座イスでくるくる回りながら楽しそうに言った。

「“みんなの願いがきっと叶う”かぁ。それってロマンだよね。あたしすっごい興味ある。海に潜れば聞けるかな?」
「や、やめといたほうがいいれすよ……!」
「にゃはは、じょーだんだよ〜。でも興味あるのは確か。科学者の血がうずうずだよねー。
 怪現象の研究、これすなわち新発見の足がかりなり〜なんて。うんうん、案外この島もあたしを退屈させてくれないかもね?」
「志希さんは……」
「んー?」
「なんというか、元気、れすね。怖くないれすか? あんなの、見せられて」

七海はベッドの上で丸まる体育座りをし、膝の前で指と指を絡ませる。濡れた服は脱いで志希の白衣を貸してもらっていた。
白衣に染み付いている志希のどこか優しい匂いが心を鎮めてくれる。それでも、やはり恐怖は残った。
志希は七海の言葉に一瞬きょとんとしたが、すぐに合点がいったのか語り始める。

「んーーー。あたしはまあ、比較的耐性あるし? ほら、研究室でラットの死体くらいならいっぱい見たから」
「……七海はちひろさんとねずみさんとを同列にはちょっと並べられないれす」
「あははー。人間なんていつか死ぬもんだよー、あさりちゃん。遅いか早いか、されるかするかの違いでしょ。
 もちろん気にしてないってことはないけど、気にしすぎて何もできなくなるのは、もっと良くないからねえ。
 こういうときはー、あんまり気にしすぎないって言うのも、まあ処世術みたいなもの・こと・感じ、……かな」

志希はある種ぶっきらぼうなくらいにそう表現した。

「まあ、とにかく休みなよ。肺に水が入るくらい溺れ掛けたなら、体力の消耗はすっごく激しいはず。志希ちゃん先生は絶対安静を主張しまーす」
「うう……ごめんなさいれす……よくしてもらってばっかりで……」
「それこそ気にしない気にしないー。同じアイドルだもん。
 困ったときはハンズインハンズ(手の取り合い)、帰ったら東急ハンズでも行って遊んでくれればおーけーだよ〜」
「志希さん……」

七海のまぶたがとろんとなる。ゆっくり休めと言われたからか、ぼろシーツのベッドでも柔らかさを感じ、眠りたいという欲求が強くなる。

「志希さん……志希さんは……神様に何を願うれす?」

ぼやけていく意識の中、不意にそんな疑問が七海の脳に浮かんで、思いのままに問いかけた。
きれいに死ぬのを断ってでも誰かに会いたかった自分。そんな「普通の人間の女の子」とは明らかに違うオーラを纏った、一ノ瀬志希の願いごと。
あるいは天才の彼女なら、神様になんて何も願わないのかもしれないけれど。
浅利七海はそれが、純粋に気になって。
志希の答えは――――。

「う〜ん、それはねー。……乙女のヒミツ、かな♪」

意識を失う前に七海が最後に見たのは、そんな一ノ瀬志希の、どきどきするような、笑顔だった。



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195 : Goodbye,giving ◆FDPwanKro6 :2016/07/12(火) 22:56:11 OxfkXV6k0
 


「せんせぇ……」

分校跡の教室には少女一人しかいない。他に登校してくるような者など居ようがないし、きっとここでは永遠に授業は行われないだろう。
なのに少女はそこにいて、そして先生を待っている。
龍崎薫。事務所では最年少、現役小学生のちびっ子アイドルだけに学校にいること自体に違和感はないが、
普段底抜けに明るい彼女が、太陽がしぼんでしまったみたいに落ち込んで部屋の雰囲気を暗くしているという状況は、それ自体が異常だった。

「こわいよぉ……せんせぇ……たすけて……」

教壇の下、かくれんぼして自らの体を抱き、ひたすらに震える。
幼すぎる少女に殺し合いの地はあまりにも酷で、もし神様のひとりでもいれば、主催者の神経を疑ってかかるところだろう。
見世物にしたって悪趣味だ。
けれどそれでも、事実、彼女の首にもしっかりと首輪が巻かれている。
せんせぇは――プロデューサーは来ない。
彼女はただ、見つかったら終わりかもしれないかくれんぼを続けながら、「この怖いのをなんとかして、助けて」と願い続けるしかなかった。



「んー。クンカクンカ!」
「!!」
「あれれー。……ヒトの匂いがするぞー?」

そう――気まぐれな科学者が、ふらりとその場に立ち寄るまでは。



「はい、薫ちゃん、お菓子あげるよー」
「あ、ありがとう……」

分校の保健室に三人のアイドルが集まる。といっても一人はベッドの上だが。
志希がバッグから取り出したスナック菓子(たべっこどうぶつだ)を、素直に受け取って薫は頬張る。
そのまま、すとん、と体を預ける。ベッドが一つ占領されている保健室は少し狭かったので、
「こっちのほうが安心するでしょ?」という志希の提案に従い、薫は後ろから抱きしめられて2人で椅子に座ることを選んだ。
確かに、安心する。さっきまでの教室が寒かったというわけではないけれど、くっついているとあったかくて、それだけでこころにトゲが刺さらない。
何より志希はとてもいい匂いをまとわせていて、抱かれてうずもれて嗅いでいると、気持ちがゆっくりととろけるようだった。

「しきおねぇちゃん、いいにおいする……」
「あー、分かる? アロマなんだけどー、凄くリラックス効果がある匂いなの。スリーピングミストって言うんだよ」
「すりーぴんぐ……?」
「にゃはは、難しかった? あなたはだんだん眠くなる〜みたいな感じだよ〜。気持ちいいでしょ、ゆりかごみたいに――」

ゆさゆさと志希が薫の体を揺らすと、どんどんとまぶたが重くなっていく。

「眠くなっちゃったかな?」
「うん……」
「眠くなっちゃったら、寝ちゃっても大丈夫〜」

志希はベッドを指さして、「ほら、あさりちゃんもぐっすり眠ってるから」と薫を眠りにいざなった。
ぼーっとした目で、薫は志希の指のさすまま、ベッドのほうを見やる。
水色の髪の、志希よりは小さいけどおねえさんなアイドルが、ベッドに横たわっている。
教卓の下で震えるより、はるかに気持ちよさそうだ。自分も眠りたい――薫の意識がそちらへ向かう。
いや、なにか曖昧だが、少しひっかかった。
なにか。なにか……。そうだ、寝ている場合なんかじゃ、ない……。

「かおる、だいじょうぶ。ねなくても……」
「……んー?」
「せんせぇに……せんせぇを、探したいの……だめ……?」
「せんせぇって、プロデューサー? プロデューサーは……あそこにはいなかったと思ったけどな」
「せんせぇを……せんせぇに会いたいの……」
「うーん……言われてみれば……」


196 : Goodbye,giving ◆FDPwanKro6 :2016/07/12(火) 22:57:37 OxfkXV6k0
 
薫のぼんやりとしたままの訴えに、志希は少しばかりうなる。
志希からすれば、最初に集められたあの冷たい体育館のような場所で見た限りは、あの場にプロデューサーはいなかったが、
言われてみれば確かに、それがイコール「この島にプロデューサーがいない」という保証にはなっていない。
薫の子供ながらの認識能力の差が、ある種の別解――テストで丸にはならないけれど間違いではない、穴を突いたような解釈をしている。
もちろん薫にそんな意識はないだろうが、志希の頭の回転はそこから可能性を広げることができた。

「いち……うーん。にぃ……なくはないけど。さん……あるはあるかも。よん……むむむー。
 情報がもっと欲しいけど、プロデューサーが生きてて、この島のどこかに囚われ王子様〜なんてのも、確かにありえない展開じゃないかも?」
「……しきおねえちゃん?」
「あーあー、うん、こっちの話ー。薫ちゃん、えらいねー。それ、あたしが真っ先に切ってた発想だよ。
 あらゆる可能性を模索せずに追及を止めちゃうなんて、あたしらしくもなかったね……うん、撫でてあげる!」

志希はわしゃわしゃと薫の頭をこねくり回すように豪快に撫でる。

「お、おねえちゃん、くらくらする、やめーてー」
「あははは! ごめんごめん、テンション上がっちゃって! そっかー、うん、そうだよねぇ……ちょっと、早とちりだったかにゃー……」
「……しきおねえちゃん?」

わしゃわしゃされて少し明瞭になった頭で、薫は志希の顔を見上げた。

「どうしたの?」

すると一ノ瀬志希は、なんとも、複雑な顔をしていた。子供と大人が混ざったような。少女と魔女が半々みたいな。
あきらめたのとしんじてたのがマーブル模様になったような――まだ幼い薫には、正しくその情景を表現できなかったが。
ついさっきまでうきうきしてたはずなのに、その顔が、どこか、悲しそうで。

「……おねえちゃんも、こわいの?」

思わずそう聞いてしまった。
薫のその言葉に、志希は、はっとしたような顔になって。

「そう……かもね」

と、言った。
そして、上を見上げて無防備な薫の首元に、

下からそっと、手を当てた。

「結局あたしも――だから、こうしちゃったのかも」

意識が途切れる前に薫の耳が最後に聞いたのは、ひどく残念そうなトーンの、そんな言葉だった。
そういえば、聞くといえば、そうだ。どこかで感じた違和感の正体に、いまさらながら薫は気付く。
聞こえなかった。一切、聞こえていなかった。

ベッドで眠っているはずの浅利七海の寝息が、保健室には一切聞こえていなかった。



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197 : Goodbye,giving ◆FDPwanKro6 :2016/07/12(火) 23:00:00 OxfkXV6k0
 


ギフテッド(与えられた者)だったから、奪うのが得意だった。
みんなが頑張った時間を奪ってお勉強で一位を取ることなんてもっぱらだったし、
スクールで人気者のあたしに少しでも近づこうとする子は、友達とか、カレシとかカノジョよりあたしを優先しちゃうこともあった。
あたしはいろいろな人からいろいろなものを奪うだけ奪っていて、でも自分が楽しければよかったから、あんまり気にしてなかった。
あんまり気にしないことにしていた。
そういう処世術。
そういうもの。
あたしは天才だから、そういうことを勝手にしちゃうし、それはもうしょうがないことだと。そういうことにしちゃった。
たとえば猫って、飼い主がどれだけ言ったって、部屋を荒しちゃったりするでしょ? いくら言いつけてもどっかに行っちゃったりするでしょ?
それ、そういう感じ。そういう種族。そういうものであることに、あたしは自分を規定した。
それが演技ってわけでもなくしっくりと馴染んじゃうんだから、うん、やっぱりあたしは「こう」なんだと思う。

大人からだって奪った。長年頑張ってた化学の研究。人の良かった大学のおじいちゃん教授は、結果だけが出ずに苦しんでて、
ちょちょいとあたしがそれを一か月くらいで? 達成しちゃったりしたら、悲しくなって首を吊ってしまったんだって。
オドロキだよね。あたしもこれはけっこう驚いた。
誰にも言ってないことだけど、日本に帰されたのは、そのことでやいのやいの言ってきた人たちがあんまりにうざったらしかったからだったり。
飽きたし、疲れたし、それ以上にあたしは、しっぽをまいて逃げてきた――結果的にはそれがすっごく良い巡りあわせだったんだけど。

アイドルは、すっごく良かった。
奪うだけがとりえだと思ってたあたしが、人に、感動を。興奮を。ときめきを! 「与えてる」!

どんな化合物でも、新たなものを生み出すのにはエネルギーを消費するはずなのに。
あたしとみんなのライブは、歌は、絶対にゼロから何かを産み出していた。
まるでダークマター。ううん、光りすぎて見えないホワイトホール。無限の可能性で回す、物理法則を無視した永久機関!
そんなアイドルにあたしは夢中だったし、あたしをアイドルとして輝かせてくれたプロデューサーに、感謝なんてしてもし足りなかった。
毎日が楽しくて……ずっと続けばいいなって。ほんとうに、子供みたいに、ばかみたいにそう思ってたんだよ?

だからかな。ちひろさんが、本物の血液の匂いをまき散らして死んで……また「奪う」ことを強制されたあのとき。
いよいよ夢の時間が終わっちゃったんだな、なんて、見当違いなこと、あたし、思ってたんだ。
浮かれてはしゃいで忘れてた、あたしの本質に向き合わされた。
一ノ瀬志希という名の知性体は、知人が死んでしまったことより、これからの時間がつまらなくなっちゃうことのほうに、悲しさを覚えている。
それってとっても薄情だよね――とってもとっても、最悪、だよね……。
信じたくなかった。あたしはそんなあたしが、だれよりいちばん怖かったんだ。

ね。だから「これ」は、実験なの。
どこまであたしがあたしを保ててしまうかの実験なの。
アイドル一ノ瀬志希が、「誰を失えばアイドルとして泣けるのか」の、実験なんだよ、プロデューサー。

最初の支給品は「スリーピングミスト」と、「安楽死薬の注射器5本入り」。
すごいでしょ?
リラックス効果のあるお香で眠らせて、人を終わらせるお注射をすれば、三十分で人魚姫だって誰だって永遠の眠り姫になっちゃうの。
絶妙な状態把握と技術が必要だから、もしかしたらこの島だと、あたししか正しく使えないかもだけどね。

あさりちゃんを殺したときは、さすがにちょっと、どきっとした。
事務員さんより、同期のアイドルのほうが、あたしにとってはあたしの心にダメージを与える存在だったみたい。
でもまだだめ。まだまだぜんぜん、悲しくない、壊れない。悲しいほどに、あたしはあたしのままだった。

だから薫ちゃんも、殺した。
首を折って。今度はひどく、ざんこくに。

「でもだめ。まだあたしはあたしだ。あたしすぎるくらい、あたしだった」


198 : Goodbye,giving ◆FDPwanKro6 :2016/07/12(火) 23:01:29 OxfkXV6k0

二人の死体がきれいに眠る保健室で、あたしは誰に報告するでもなくそう呟いている。
自分の感情が信じられたことなんてほとんどなかった。
気分屋で、自由人で、三歩歩けばスタンスがまるっと変わってしまうようなふらついた人間だから。
でも分かるものは分かる。これはいつものあたしだ。平常運転、平熱、360度以上なーし。ほら、ふざけることだって、できちゃう。
やっぱりそれほど親しくもない、人物相関図の輪の遠くにいる人物を世界から消しても、あたしの精神はあたしを当事者と判定してくれないみたい。
そうして、帰結するのは当たり前の論理。それじゃあもっと近くの人じゃなきゃ、だめ、ってこと。

じゃああたしが失って一番悲しいだろう人物は? あたしはあたしに問いかける。
一番最初にそんなことはもうやっているけど。改めて思索する。

まずはプロデューサー。これは間違いない。
でも、いない可能性のほうが高いから確実とは言えない。
てゆーかそもそもプロデューサーがもし生きてたらこんな――いや、それはもう、気づくのが遅すぎて、意味がない論議。

ではその次、二番目――いやそれと同じくらいの線に浮かぶのは誰か。
あたしはそれを知っていた。分かってた。分かってたけど。でもそれを思うとなんだか本当に大変なことになるから、見て見ぬふりをしていた。
だって、思うだけでどきどきしてしまう。まるで恋みたいに。そんな馬鹿なと思うくらいに。
ほんとうにほんとう。想像するだけで。そのあとのあたしを想像するだけで、ほらあたし動悸が止まらない。



――宮本フレデリカ。



彼女を殺すときのあたし自身の感情に、あたしは、引くほど、興味があった。



---------------------



あの子によれば、かみさまは「みんなの願いよ叶え」と歌ったらしい。

だったらきっとあたしのこの願いだって、叶えられる権利はあるはずだ。



---------------------




「だからフレちゃん」


「あたしが殺すまで、死なないでね」



【浅利七海 死亡】
【龍崎薫 死亡】



【一日目/午前/G-3 平瀬村分校跡】

【一ノ瀬志希】
[状態]健康
[装備]スリーピングミストつきの服、安楽死薬×4
[所持品]基本支給品一式×3、ランダム支給品1〜3、スリーピングミストの瓶
[思考・行動]
基本:宮本フレデリカを殺したときの自身の感情の観察
1.実験だよ、実験。
2.心的メモ。みんなの願いが叶う、海の歌?
3.プロデューサーがもし生きてたら…
※浅利七海および龍崎薫の支給品を回収しました。

<スリーピングミスト>
一ノ瀬志希に支給。
リラックス効果と安眠効果を与える香水。
嗅ぐだけで眠らせるほどの力はないが、疲れている状態で嗅ぐと眠気は当然増す。

<安楽死薬>
一ノ瀬志希に支給。
注射器に入っており、静脈注射することで人体を昏睡状態、追って呼吸停止に至らしめる。
薬品の扱いを分かっている志希のような者が使えば、きれいな状態で殺せてしまう。
下手な使い方だと嘔吐などをしてから苦しんで死ぬ。


199 : ◆FDPwanKro6 :2016/07/12(火) 23:03:07 OxfkXV6k0
投下終了です
おくすりについてはだいぶファンタジーはいってますがそういうやつということで


200 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/13(水) 01:16:57 biaCSoTM0
投下します。


201 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/13(水) 01:18:02 biaCSoTM0
 かつ、かつ、かつと靴音が静かに響く。
 一歩踏み出すごとに舞う埃は、そこが長い間使われていなかった事を物語っている。
 辿り着いた講壇の上も、指でなぞるだけで埃の塊が生まれるほどだ。
 はあ、と溜息をついてから、舞う埃を吸い込まないように袖で口元を隠しつつ、懐から取り出した小型の箒で埃を払っていく。
 この地では、あまり神は信じられていなかったのだろうか、なんて考えながら、粗方の埃を掃き終える。
 それからゆっくりと講壇に手をついて、こほんと咳を払う。
 肩の力を抜いて、かかとを踏み直して、ゆっくりと息を吸いこむ。

「Nearer, my God, to thee, nearer to thee」

 開いた口で紡ぐのは、歌い慣れた聖歌。
 静かに、それでも力強く響く声が、小さな教会を震わせる。
 アイドルになってからは、この歌を一人で歌うことが増えていた。
 ましてや、小さいとはいえ教会で歌うとなれば、本当にしばらくぶりのことだった。
 久しぶりの感覚を体に刻みながら、彼女は考える。

「E'en though it be a cross that raiseth me」

 人と人が殺し合う、悪夢のような場所。
 神はこの悪魔の催しを、決して許しはしないだろう。
 必ず然るべき罰が下されると、そう思っていた。
 それは神の代行者……もとい、この殺し合いに異を唱えるものによって。
 しかし、それが自分ではないことは、はっきりと分かっていた。

「still all my song shall be, nearer, my God, to thee.」

 誰よりも心優しかったから、耐えられなかった。
 自分が誰かを傷つけることも、誰かが誰かを傷つけることも。
 ましてや、それが見知った人間であるのならば、尚更のことだ。
 きっと襲われたとしても、自分は抵抗することなく、その刃を受け入れるのだろう。
 いい、それでいいとはっきりと言えた。
 けれど、その刃が誰かに向かうのを見ることは、ダメだった。
 もっと言えば、自分に向けられた刃から自分を救うために、誰かが傷つくのを考えるなんて、以ての外だった。
 そんな人間が、最後まで生き残ることが出来るだろうか?
 何の犠牲も出さず、笑顔で全てを終えることが出来るだろうか?
 答えは、ノーだ。

「――――Nearer, my God, to thee, nearer to thee」

 その一節を歌い終えた後、傍に携えていた袋から一本の剣をゆっくりと引き抜く。
 自分は、聖女ジャンヌ・ダルクにはなれない。
 悪と戦う力も、刃を振るう覚悟も、最後まで戦う意志も、何もない。
 そんな自分にとってこの剣は、戦うための力ではなく。
 苦しみから一人逃げ出すための、救済の道。

 そう、これは卑怯な逃げだ、分かっている。
 きっと神は、そんな自分を許しはしないだろう。
 けれどここで生き続けることは、地獄の業火に焼かれるよりも辛いと分かっていたから。
 彼女は、逃げることを選んだ。
 ずぶり、と肉が裂ける音が彼女の体に響く。
 そして、血が流れ出す感覚を味わいながら、彼女は体を折り曲げていく。

「神よ、どうかこの生命と引き換えに、彼女たちをお守りください」

 薄れ行く意識を手放す前に、彼女はそう呟く。
 苦しさから逃げ出す自分に、こんな事を言う資格はないのかも知れない。
 しかし、彼女はもう祈ることしか出来なかったから、それを口に出した。

「そして、彼女たちの歩む道に光あらんことを」

 掻き消えてしまいそうなほどに小さな声で呟いた後、彼女は空へと旅立っていった。
 十字架の前で体を折り曲げたまま、動かなくなった彼女のその姿は。
 まるで、聖母のようであった。

【クラリス 死亡】
※彼女の死体はB-4(鎌石村の小さな教会)に、剣が突き刺さったままで放置されています。


202 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/13(水) 01:18:13 biaCSoTM0
投下終了です。


203 : 名無しさん :2016/07/13(水) 08:00:40 A0QSzmPA0
皆様投下乙です。

【参加者名簿】
●遊佐こずえ/○宮本フレデリカ/○荒木比奈/○村上巴/●浅利七海/○鷺沢文香/●速水奏/○大西由里子/●緒方智絵里/○輿水幸子
○木場真奈美/○鷹富士茄子/○高峯のあ/○ヘレン/○二宮飛鳥/○橘ありす/○森久保乃々/○渋谷凛/○片桐早苗/○椎名法子
○上条春菜/○本田未央/●十時愛梨/○財前時子/○市原仁奈/○成宮由愛/○綾瀬穂乃香/○青木聖(ベテラントレーナー/●藤居朋/○三村かな子
○双葉杏/●龍崎薫/○一ノ瀬志希/●クラリス/○/○/○/○/○/○
○/○/○/○/○/○/○/○/○/○
○/○/○/○/○/○/○/○/○/○

残り枠26/60(予約中の未登場キャラ除く)
生存者53/60


【継続中の予約キャラ(未登場8名)】
◆GhhxsZmGik
望月聖、服部瞳子、赤城みりあ、持田亜里沙

◆SkOI98Cs5U
依田芳乃

◆ptOeZOXHeg
結城晴

◆zoSIOVw5Qs
新田美波、佐城雪見


204 : 名無しさん :2016/07/13(水) 08:07:57 MIntb1SY0
現在位置

【朝】
A-2
渋谷凛
片桐早苗

B-4 鎌石村の小さな教会
(クラリス)

C-3 鎌石村役場
宮本フレデリカ
荒木比奈

D-4
双葉杏
三村かな子

D-5 草原
輿水幸子
(緒方智絵里)

E-2 菅原神社
椎名法子
上条春菜

E-7
木場真奈美
鷹富士茄子
高峯のあ
ヘレン

F-1
青木聖(ベテラントレーナー

F-4
二宮飛鳥
橘ありす
森久保乃々

F-8
村上巴

G-1
綾瀬穂乃香
成宮由愛

G-3 平瀬村分校跡
一ノ瀬志希
(龍崎薫)
(浅利七海)

G-6 道
財前時子
市原仁奈

H-9
本田未央
(十時愛梨)

【午前】
I-10 灯台
鷺沢文香
大西由里子
(速水奏)

【???】
???
(遊佐こずえ)


205 : 名無しさん :2016/07/13(水) 08:12:17 MIntb1SY0
すみません、F-1に(


206 : 名無しさん :2016/07/13(水) 08:13:31 MIntb1SY0
すみません、現在位置のF-1に(藤居朋)も追加です。


207 : ◆wKs3a28q6Q :2016/07/13(水) 10:54:56 VJ2LTrso0
ヘレン、高峯のあ、安倍菜々、横山千佳を予約します


208 : ◆5A9Zb3fLQo :2016/07/13(水) 15:35:38 QT9Gjc0w0
吉岡沙紀、佐久間まゆを予約します


209 : ◆c8luDcK3zQ :2016/07/13(水) 17:37:25 2zrtaFHU0
日野茜、安斎都を予約します


210 : ◆DLJN9IYTHI :2016/07/13(水) 19:18:59 U.z74ZjI0
白菊ほたる、佐藤心 予約します


211 : ◆6JLtpzxVmw :2016/07/13(水) 21:15:32 xdZGBufQ0
本田未央、矢口美羽 (新規で)予約します


212 : ◆sfpPNdgRiA :2016/07/13(水) 22:19:51 YLWu/4ww0
アナスタシアで予約します。


213 : ◆sRnD4f8YDA :2016/07/13(水) 22:25:05 /wtqRkNI0
双葉杏
三村かな子
南条光
で予約します


214 : ◆SkOI98Cs5U :2016/07/13(水) 23:52:45 6bokSiTg0
破棄します


215 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/14(木) 00:16:00 .D.ISfGE0
八神マキノ、藤本里奈予約します


216 : ◆09Iyx3o/CA :2016/07/14(木) 01:40:55 lj6at4Uc0
早坂美玲、星輝子、予約します


217 : 名無しさん :2016/07/14(木) 06:30:59 U2N/rsbU0
残り枠26/60(予約中の未登場キャラ除く)
生存者53/60


【継続中の予約キャラ(未登場22名)】
◆GhhxsZmGik
望月聖、服部瞳子、赤城みりあ、持田亜里沙

◆ptOeZOXHeg
結城晴

◆zoSIOVw5Qs
新田美波、佐城雪見

◆wKs3a28q6Q
ヘレン(リレー)、高峯のあ(リレー)、安倍菜々、横山千佳

◆5A9Zb3fLQo
吉岡沙紀、佐久間まゆ

◆c8luDcK3zQ
日野茜、安斎都

◆DLJN9IYTHI
白菊ほたる、佐藤心

◆6JLtpzxVmw
本田未央(リレー)、矢口美羽

◆sfpPNdgRiA
アナスタシア

◆sRnD4f8YDA
双葉杏(リレー)、三村かな子(リレー)、南条光

◆qRzSeY1VDg
八神マキノ、藤本里奈

◆09Iyx3o/CA
早坂美玲、星輝子


218 : ◆GhhxsZmGik :2016/07/14(木) 14:24:34 7g/JNXHM0
少し遅れましたが投下します


219 : どりーむらんど ◆GhhxsZmGik :2016/07/14(木) 14:27:10 7g/JNXHM0


「うう……怖いよ……」

まるで悪い夢を見ているかのようだった。
目を覚ましたら、誰かもわからない男の人がいて、とても怖いことを喋っていた。
それにたいして千川ちひろが怒っていたら突然、首から上がなくなって。
あまりに赤い色と少し嗅いだだけで気持ち悪くなるような臭いが、今でも赤城みりあの頭から消えない。
現実じゃないと頭を振って否定するには生々しい光景で、あれが現実であることをみりあは何となく理解はしていた。
だが、それでも信じがたい光景で、人が死ぬということを受け入れたくはない。

「…………誰もいない」

誰もいない村を一人、みりあは怖がりながら歩いていた。
誰かにあいたい訳じゃない。あったらどうなるかわからない。
でも、会わないまま一人はとてもこわい。
みりあは何もかも理解できないような子供ではない。
だが、わかった上で、すぐに行動を出来るような歳でもなかった。
夢に違いないと思い込むほど子供でもなく、かといってすぐに現実を見れるわけでもない。
そうだから、みりあは一人怯えながらあてもなく歩き続けていた。
そんな時だった。

「……あ、みりあちゃん!」
「ひっ」

後ろから、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
みりあは怯えながら、だが振り返らないことも出来ずにおそるおそるゆっくりと振り返った。

「ふふ……もう大丈夫ウサ!」
「あ、亜里沙せんせー!……よかったぁ」

やさしい笑顔を浮かべながら、片手にはうさぎのぬいぐるみ。
胸にはありさせんせぇと名札がついた保育経験があるやさしい女性、持田亜里沙だった。
いつもと変わらない笑顔で、みりあは安心してその胸に飛び込んだ。

「あのね、私怖くて、ちひろさんがあんなことになって」
「うんうん……」
「夢だと思って、でもこれ夢じゃ、ないんだよね」

胸に飛び込んで、みりあは不安を吐露する。
人が死んだという現実と、夢だと思いたい自分の気持ち。
だが、そうじゃないということもわかっている自分。
言ってもしょうがないことを口にしたかった。
まるで母親に甘えるように言いたかっただけだった。

「うん、夢じゃない」
「…………そっか」
「でも、もう大丈夫」
「どうして?」
「私と一緒にいこう。どうなるかわからないけど、皆、人を傷つけること出来ない人たちだから」

亜里沙は、甘い考えかもしれないと思う。
それでも、アイドルの仲間が人を気づけることなんてしない。
あってはならないと亜里沙は信じている。
皆を、仲間を。


220 : どりーむらんど ◆GhhxsZmGik :2016/07/14(木) 14:28:17 7g/JNXHM0

「……うん、そうだよね」
「ええ。よーーし、じゃあみりあちゃん! 朝ごはん食べましょう! おいしい朝ご飯!」
「おー!……でも、どうやってー?」
「せっかくお家がいっぱいあるし、そこにおいしいご飯があるはずウサ!」
「……他人の家のものとってもいいの?」
「うっ……ま、まぁ緊急事態だし、みりあちゃんが喜んでくれるほうがいいよ!」
「わかった☆ じゃあみりあもやるー!」

とりあえず、まずおいしい朝ごはんをとろうと思った。
満腹になれば不安も少しやわらぐはず。
まずはみりあちゃんを元気づけよう。
亜里沙はそれが一番だと考え、提案する。

「じゃあ、おいしい朝ごはんを手分けして探しましょう。美味しいもの見つけられたら一番ウサ!」
「おー!」

こうして、亜里沙とみりあの朝ごはん発見作戦が始まった。






「美味しいごはん、あるかなー? ないかなー?」

他人のうちの冷蔵庫をごそごするのは、少し背徳感はあるが、わくわくもあった。
亜里沙と出会えたことでみりあのなかで、余裕が生まれていた。
早く帰りたいなと強く思う。
他人のうちに入って、みりあは家族のことを思いだす。
やさしいお母さん、可愛い弟。
みりあは早く会いたいと願う。

「また帰って、楽しいこと、いっぱいしたいなー☆」

冷蔵庫から大きなバナナを見つけたときだった。
玄関が開く音が聞こえる。
亜里沙がここに来たのだろうか。
このバナナを自慢しようとみりあを思い、玄関に向かって。

「あっ……」

亜里沙ではなく、険しい顔した女性だったことに気づくやいなやの瞬間の出来事だった。
向けられた銃から小さな音だけ聞こえて、その瞬間にみりあの世界は暗転する。

まるで夢からさめるように、何も思うことも出来ずに、終わった。




【赤城みりあ 死亡】






221 : どりーむらんど ◆GhhxsZmGik :2016/07/14(木) 14:29:15 7g/JNXHM0


「ああ、もう忌々しい」

何もかも忌々しいと服部瞳子は考える。
折角手に入れたラストチャンスで、アイドルとしてやっと目が出てきたというのに。
こんな意味がわからない殺し合いに巻き込まれて、帰れるかわからないなんて冗談じゃない。
まだやりたいことはたくさんあるのだ。こんなところで死んでられない。
だから、瞳子が殺し合いに乗ることを即決した。

だが、こんな子供を最初に殺すことになるとは思わなかった。
たまたま、みりあが家に入っていたのを目撃した。
だからそのまま追いかけて殺した。
支給品もほしかったから、都合がいい。

けれどこの心の中に残る忌々しさはなんだろう。
単純に幸先がいいとは思えなかった。
無垢な子供を殺した嫌悪感だけが心のなかに残っている。
殺さなければ帰れないはずなのに、苛々が募っていく。

誰かを殺してまでアイドルに固執するのは間違っているのだろうか。
そもそも人を殺した人間が歌う資格はあるかもわからない。
だが、もうすべては遅い。

人を殺したのだ。子供をころしたのだ。
ならば、もう畜生に落ちてでも、服部瞳子は前に進むしかない。
一度転がり落ちたらもう二度と、とまることは出来ない。

「……苛々する」

それを自覚しながらも、胸の中の忌々しさは消えない。
不快感をあらわにしながらも、服部瞳子は歩き出す。
もう一度、あの戻りたかった世界にもどるために、人を殺すことを誓っていた。


【一日目/朝/i-6】

【服部瞳子】
[状態]健康 苛々
[装備]銀の剣、ベレッタ(14/15)
[所持品]基本支給品一式、予備弾×150 ランダム支給品(1〜3)
[思考・行動]
基本:殺し合いにのる
1.参加者を殺害する






222 : どりーむらんど ◆GhhxsZmGik :2016/07/14(木) 14:29:40 7g/JNXHM0


「どうして」

自分の失敗だったのだろう。
みりあを一人にしたのはきっと危機感がなかった。
誰か傷つける人がいないなんて思わない方がよかったのだ。
保育でも、どこにどんな危険があるかわからないと教えてもらっていたはず。
それなのに、注意を怠った。

「ねぇ……おきて……」

だから、みりあは目を閉じて、もう二度と動かなくなっている。
まるで寝ているように。
元気いっぱいだったみりあが揺すってもおきようとしない。
自分のせいだ自分のせいでみりあはこうなってしまった。
亜里沙はただ、自分を責めるしかなかった。

「こんなところで寝ちゃだめですよ」

理性では、もういなくなっていることを言っている。
だが、そんな事はどうだってよくなってきた。
亜里沙は、ただみりあが生きていることを願いたかった。
死んでるなんて認めない。認めたくない。
こんな残酷な結末は信じたくない。
仲間が子供を殺すなんて考えたくない。
自分の責任を見つめたくない。

「ねぇ……ねぇ………みりあちゃん……!」

これは、そもそも現実なのだろうか。
みりあはこういっていた。
夢だと、悪い夢だと。
夢の世界なのかもしれない。
だって、みりあが死ぬはずがない。
仲間が殺すわけがない。
こんな不条理あってはならない。
そんな事は許されるならのは

「ああ、夢だったんですね。だから、みりあちゃん目を覚ますために寝たんだ」

夢に違いない。
そういうことだ、そういうことにしよう。
その方が簡単だ、わかりやすい。
皆、夢からさめるために殺してるのだ。
だったら、みりあは目を覚ますために寝たのだ。
だから、みりあは死んでいない。
いきている。


「うふ……だったら話は簡単ウサ!」

亜里沙はウサ子ちゃんをつけて喋りだす。
目からは涙があふれながら、色あせて。
自分が殺させてしまった事実から、目を背けて。
夢を信じて、狂うように笑っていた。






223 : どりーむらんど ◆GhhxsZmGik :2016/07/14(木) 14:32:06 7g/JNXHM0




「………………歌を……歌いたいな」

殺し合いが始まって以降、望月聖はひたすら、みちなりに沿って歩いていた。
これがどういうものかというのを理解しながらも、自分ひとりではなにもできない。
殺すこともできず、さりとて死にたくもない。
胸をめぐるのは、歌を思いっきり歌いたい。
今は口ずさむだけど、大きな声で。
そういう楽しさを、アイドルになって教えてもらったから


「………………あれは」

歩いていた先に見えたのは、見知った人だった。
同じ出身地で自分にもよくしてくれた女性。
子供に親身になってくれた人、持田亜里沙。
彼女は大丈夫だろうと確信して聖は近づく。

「亜里沙…………さん」
「あ、聖ちゃん! 無事だったんですね。よかったウサ!」
「……はい」

亜里沙はいつもどおり笑っていた。
ウサ子さんをつけて笑っていた。
安心した同時に、ウサ子さんがもっていたものを認識し、聖は恐怖する。
大きな出刃包丁をウサ子さんがもっていた。
あまりにも不釣合いで、おかしいと思った時だった。

「じゃあ、夢から覚めるウサ!」
「…………………………えっ」

その包丁が、自分の胸に刺さっていた。
深く、肺まで。
なんで、と思った時には立っていられず地面に倒れこんだ。

「………………どう…………して」
「だってこれは、悪い夢ウサ! 皆、夢を見ているウサ! だか皆の夢を覚ますの! それが私の役目ウサ!」

何を言っているかわからない。
けれど、かろうじて顔あげることが出来て、見た彼女の顔は、なきながら狂ってうだった。
その瞬間、この人はどうにもならない、おかしくなってしまったことを聖は理解した。
この世界で、くるってしまった。
理解した瞬間、聖は後悔し、ただ望みを言うしかなく。

「………………歌を……歌いたい……な」
「じゃあ、歌ってあげるウサ!」

亜里沙はすんだ声で歌いだす。
この世界から眠りだし、現実に目を覚ますための子守唄を。


「ねーんねーん、ころーりーよー、おころーりーよー♪」


やさしい子守唄のはずが、とても怖く感じて。
望月聖は、血を吐きながら、誰も聞こえない声で、大切な人からもらった歌を歌う。

「………………届いて」

そうして、望月聖は、血の海の中、狂った子守唄を聞きながら、それでも自分の歌を届けたい人に歌って、死んだ。


【望月聖 死亡】

【一日目/朝/i-6】



【持田亜里沙】
[状態]健康 発狂
[装備]出刃包丁 ウサ子
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品(1〜3)
[思考・行動]
基本:皆を夢から覚ます
1.皆を夢から覚ます


224 : どりーむらんど ◆GhhxsZmGik :2016/07/14(木) 14:33:54 7g/JNXHM0
投下終わります。
瞳子の状態表にミスがありました、銀の剣を削除します。


ルーキートレーナー、イヴ・サンタクロース、水野翠で予約します


225 : ◆yOownq0BQs :2016/07/14(木) 18:07:20 PDHrdX2.0
的場梨沙を予約。


226 : 名無しさん :2016/07/14(木) 20:05:38 nfUienoQ0
皆様投下乙です。予約が全て投下されるとちょうど60人になると思います。

【参加者名簿】
●遊佐こずえ/○宮本フレデリカ/○荒木比奈/○村上巴/●浅利七海/○鷺沢文香/●速水奏/○大西由里子/●緒方智絵里/○輿水幸子
○木場真奈美/○鷹富士茄子/○高峯のあ/○ヘレン/○二宮飛鳥/○橘ありす/○森久保乃々/○渋谷凛/○片桐早苗/○椎名法子
○上条春菜/○本田未央/●十時愛梨/○財前時子/○市原仁奈/○綾瀬穂乃香/○成宮由愛/●藤居朋/○青木聖(ベテラントレーナー)/○双葉杏
○三村かな子/●龍崎薫/○一ノ瀬志希/●クラリス/●赤城みりあ/○持田亜里沙/○服部瞳子/●望月聖/○/○
○/○/○/○/○/○/○/○/○/○
○/○/○/○/○/○/○/○/○/○

残り枠22/60(予約中の未登場キャラ除く)
生存者50/60


227 : 名無しさん :2016/07/14(木) 20:07:39 nfUienoQ0
【継続中の予約キャラ(未登場22名)】
◆ptOeZOXHeg:2016/07/12(火) 00:27:47
結城晴

◆zoSIOVw5Qs:2016/07/12(火) 20:51:19
新田美波、佐城雪見

◆wKs3a28q6Q:2016/07/13(水) 10:54:56
ヘレン(リレー)、高峯のあ(リレー)、安倍菜々、横山千佳

◆5A9Zb3fLQo:2016/07/13(水) 15:35:38
吉岡沙紀、佐久間まゆ

◆c8luDcK3zQ:2016/07/13(水) 17:37:25
日野茜、安斎都

◆DLJN9IYTHI:2016/07/13(水) 19:18:59
白菊ほたる、佐藤心

◆6JLtpzxVmw:2016/07/13(水) 21:15:32
本田未央(リレー)、矢口美羽

◆sfpPNdgRiA:2016/07/13(水) 22:19:51
アナスタシア

◆sRnD4f8YDA:2016/07/13(水) 22:25:05
双葉杏(リレー)、三村かな子(リレー)、南条光

◆qRzSeY1VDg:2016/07/14(木) 00:16:00
八神マキノ、藤本里奈

◆09Iyx3o/CA:2016/07/14(木) 01:40:55
早坂美玲、星輝子

◆GhhxsZmGik:2016/07/14(木) 14:33:54
ルーキートレーナー、イヴ・サンタクロース、水野翠

◆yOownq0BQs:2016/07/14(木) 18:07:20
的場梨沙


228 : 名無しさん :2016/07/14(木) 20:51:47 nfUienoQ0
現在位置

【朝】
A-2
渋谷凛
片桐早苗

B-4 鎌石村の小さな教会
(クラリス)

C-3 鎌石村役場
宮本フレデリカ
荒木比奈

D-4
双葉杏
三村かな子

D-5 草原
輿水幸子
(緒方智絵里)

E-2 菅原神社
椎名法子
上条春菜

E-7
木場真奈美
鷹富士茄子
高峯のあ
ヘレン

F-1
青木聖(ベテラントレーナー
(藤居朋)

F-4
二宮飛鳥
橘ありす
森久保乃々

F-8
村上巴

G-1
綾瀬穂乃香
成宮由愛

G-6 道
財前時子
市原仁奈

H-9
本田未央
(十時愛梨)

I-6
持田亜里沙
服部瞳子
(赤城みりあ)
(望月聖)

【午前】
G-3 平瀬村分校跡
一ノ瀬志希
(龍崎薫)
(浅利七海)

I-10 灯台
鷺沢文香
大西由里子
(速水奏)

【???】
???
(遊佐こずえ)


229 : ◆ptOeZOXHeg :2016/07/14(木) 23:36:52 I.QlhxJU0
投下します


230 : ◆ptOeZOXHeg :2016/07/14(木) 23:37:50 I.QlhxJU0
たんったんったんっ。
膝、つま先、胸、かかと、足の甲。
サッカーボールが身体中を踊る。
いつもと同じ感覚。
足の重さも体の動きも、サッカーボールの感触も、普段とほとんど変わらない。
強いて言うならば首についているわっかが気になるが、まあどうと言うことはない。

「よっ」

声と共にボールを高く蹴りあげる。
ふわり、とボールが宙を舞う。
爪先から弧を描き、空へと高く上がったボールは、やがて少女の頭上へと落ちてくる。
白黒模様のそれを見つめながら少女はその時を待つ。

「しゃあ!」

ふらふらと落ちてくるボールに対して思いっきりヘディングをかます。
勢いを得たボールは、たあんっと小気味良い音をたてて壁へと当たる。
もしこれが試合だったなら、完璧なシュートだ。

「……」

壁に跳ね返されて、勢いを失ったボールが少女のもとへと返ってくる。
普段なかなかきれいに決まらなかったヘディングを一発で決めたにも関わらず、その顔に笑顔はない。
それに、いつもならギャラリーから歓声の一つでもあがりそうなものだが、今日はその声も聞こえない。
耳を澄ましても、周りに人のいる気配すらない。


「……あーっ! やっぱり夢じゃねえのかよ!」


231 : ◆ptOeZOXHeg :2016/07/14(木) 23:39:29 I.QlhxJU0


数十分前。
大きな木の根元で少女、結城晴は目を覚ました。
視界に広がる見知らぬ風景。どこもかしこも自然。
都会で暮らしているとなかなかお目にかかれないそれは、どうしても少女に非日常を感じさせる。

そう、非日常。
晴の頭のなかで先程の出来事がフラッシュバックする。思い出すだけで頭がぐちゃぐちゃになりそうだ。
その原因がちひろの死のショックなのか、ちひろを殺した男への怒りなのか、それともまた別にあるのかは分からない。
ただ、間違いなくちひろが死んだという事実がそこにはあった。

人は簡単に死ぬ。
理屈ではわかっているつもりだった。
テレビでは毎週のように殺人事件のニュースが流れているし、線路への飛び込みで電車が止まったという話も珍しくはない。
もちろん死という概念は身近な人にも当てはまるし、晴自身親戚の葬儀に出たこともあるくらいだ。

人は必ず死ぬ。
それくらいのことは分かる。分かっていたはずなのに。

「くそっ」

思わず声に出てしまう。
本当は分かっていなかったのかもしれない。
ほんの数分前まで生きていた人が死ぬなんて。
いつものように自分達のために声を張り上げてくれた人が死ぬなんて。

今まで考えもしなかったような無情な現実のみがそこにはあった。


232 : ◆ptOeZOXHeg :2016/07/14(木) 23:41:47 I.QlhxJU0
「どうすりゃいいんだよ……」

何を言ってももうちひろは帰ってこない。
死んだ人間は生き返らないのだから。
そして、あと三日もすれば一人を残して他のアイドル達も皆死ぬのだろう。
なぜなら、これは現実だから。
これが殺し合いなのだから。

行き場のない怒りと不安が晴の中を渦巻く。身体が強張るのを感じる。
もしかして、次に命を落とすのは自分ではないだろうか。
もう既に誰かが死んでいるかもしれない。考えたくもないが、殺し合いに乗り気の奴もいるかもしれない。

死。
命について考えたのなんて、道徳の時間に先生に言われていやいや話合った時くらいだ。
年寄りや病人ならいざ知らず、命について考えるなんてもっと大人になってからで十分だ、そう思っていた。
なのに。
いざ、死と向き合うとなるとこんなにも怖いだなんて。
こんなにも震えが止まらないなんて。

このまま動かなかったら確実に死ぬ。
死ぬ。
嫌だ、死にたくない、怖い。
こんな現実から逃れたい。

言いようのない感情が頭の中をぐるぐる回る。
こんな現実から逃れたい、どこかにこの感情をぶつけたい。
そんな気持ちから思わず握りこぶしを作り、デイパックへと叩きつけてしまう。


233 : ◆ptOeZOXHeg :2016/07/14(木) 23:43:26 I.QlhxJU0


たんっ。

予想外の感覚が少女を襲う。
デイパックに叩きつけられたこぶしは、同じ軌道でそのまま跳ね返される。
と、同時に慣れ親しんだ感触が拳へと伝わる。

「こいつは……」

もしかして、とデイパックを開けて中身を確認する。
すると一番上にそれは入っていた。

「……へへっ」

ここへ来て初めて頬が緩む。
デイパックの中にあったのは見慣れた白黒模様の球体、サッカーボールだ。
女子サッカーの日本代表を夢見る晴にとって、サッカーボールはアイドルと同じくらい重要なものだ。
晴にとっての日常そのものと言ってもいい。

殺し合いの支給品と言うからもっと武器らしいものが入ってるのかと思ったが案外そうでもないらしい。
あれだけ人数がいて、自分にサッカーボールが支給されるなんて因果なものだ。
もちろん、主催者側が恣意的に晴に支給したのかもしれない。ただ、それでもありがたかった。
殺傷能力は皆無であろうが晴にとってはどんな武器よりも欲しかったものだ。
おかげで落ち込んでいた気分もどこへやら、だ。

「さあて……やるか」

もっと、日常を感じたい。
殺し合いなんてきっと夢だ。きっと何かのドッキリなのだ。
サッカーボールが入っていたのもきっとそういうわけだろう。
何かのテレビ番組のドッキリ企画なのだ。
『結城晴は極限状態でもサッカーをするのか?』なんて馬鹿な企画でもやるのだろう。

なら、その企画に乗ってやろう。
もう非日常はこりごりだ。

こうして、いつものように少女はリフティングを始めたのであった。


234 : ◆ptOeZOXHeg :2016/07/14(木) 23:45:09 I.QlhxJU0


そして、数十分後。

ころころころ、と。
ヘディングシュートを終えた晴のもとへとボールが返ってくる。

慣れた足さばきでボールをふわりと宙に浮かべキャッチ。
いつもと同じ。
サッカーボールだけはいつまでも変わらないのに。

ドッキリならそろそろ終わっても良さそうなのにな、なんて。
首元に手をやると、依然として冷たい金属の輪がある。
どうやらまだ、非日常は終わってくれないらしい。
それに、自分が夢を見ているわけでもないようだ。先ほどのリフティングで嫌でも現実を実感させられた。

「さて……」

これからどうしたものか、と。
集められた人数を見るに学校で言う一クラス分はくだらないだろう。
その中で自分が最後の一人まで生き残れるか、と考えるとどうしても首をかしげてしまう。
おそらくそれは自分があの中でトップアイドルになれる可能性に等しいだろう。

「はぁ――」

どうやら考えても埒が明かなさそうだ。
考えたところで先ほどと同じように自分を見失ってしまうだろう。
まるで、サッカーで強豪と試合をするときのような、そんなどうしようもなさ。


235 : ◆ptOeZOXHeg :2016/07/14(木) 23:46:20 I.QlhxJU0
「……まあ、こうなったらやるしかないか!」

こんなものに巻き込まれてしまった以上、後ろ向きになったら負けだ。
そうなればきっとすぐ死んでしまう。だからこそ、いつものように前向きにならないといけない。
どんな強敵が相手であってもそこから目を背けると必ず負ける。勝てるものも勝てなくなってしまう。
なら最後まで抗おう。結城晴らしく最後まで戦い抜くのだ。

デイパックの中身を再度確認する。
中身は全員が持っているような食料や水などの説明に合った通りの必需品。そして、サッカーボール。それに……

「おっ、なんかすごそうなの入ってんじゃん」

そこには真ん中に『煙玉』と書かれた野球ボール大のボールが三つ。表面にはなぜかサッカーボールのような装飾が施されている。
着火用にライターも入っているようだ。
これなら仮に銃や刃物を向けられたとしても、逃げ切ることが出来るのではないか。
ひょっとすると思ったより現状は悲観的ではないのかもしれない。
そもそも、人を殺そうなんて輩なんているとも考えにくい。みんな同じトップアイドルという夢を持った仲間なのだから。
きっと大丈夫。
自分より頭がいい人も運動ができる人もたくさんいるんだ。こんなどうしようもない現状もきっと打破出来る。
みんなで日常へと、帰れるはずだ。

「よし、行くか」

そのためにはまず行動しよう。
サッカーともアイドルとも一緒。自分らしく積極的に動いていこう。


そんな風に前向きに考えながら。
小脇にサッカーボールを抱えた少女は、前へ前へと歩を進める。


236 : ◆ptOeZOXHeg :2016/07/14(木) 23:49:42 I.QlhxJU0
【一日目/朝/D-1】

【結城晴】
[状態]健康
[装備]サッカーボール
[所持品]基本支給品一式、煙玉×3、ライター
[思考・行動]
基本:サッカーの試合のように諦めずに頑張る。
1.誰かと合流する。
2.ヤバそうなら煙玉を使って逃げる。


○支給品説明
【サッカーボール】
小学校においてありそうなサッカーボール。
空気は十分に入っている。

【煙玉】
火をつけると姿をくらますことが出来るほど煙が出る。
大きさは野球ボール大で、表面はサッカーボールのような白黒の塗装がされている。
付属品として着火用の100円ライターが付いている。


237 : ◆ptOeZOXHeg :2016/07/14(木) 23:50:54 I.QlhxJU0
投下終了です。タイトルは 『Never Give Up!!』 です。


238 : ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/14(木) 23:56:54 2JAeJKbk0
投下します


239 : ないものねだりの蜃気楼 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/14(木) 23:59:57 2JAeJKbk0










その熱い視線は――――――――――私に向けられていた。





        ◆





キャンパスでは常に居場所があった。
ちょっと自慢に聞こえて、嫌な女みたいだけど私の周りには人が集まった。

昔からそうだった。当たり前のように振舞っていたら評価されて。
気付けばたくさんの友達が生まれ、私は毎日笑顔だった。

大学生になってからでもそれは変わらない。
老若男女問わず、私はたくさんの人に囲まれて過ごしていた。
素晴らしい日常で、とても恵まれていて満足していた。



――――何も望んでいなかった私に、あの人が訪れた。



すっと、出てきた名刺を見て驚いた。
それはずっと向こう側の世界だと思っていたアイドルへの道で。
私には関係ないから、きっとこれは夢なんだろうと思い込んでいたんです。
でも、あの人の真剣な眼差しを見たら……気付けば私は引き込まれていた。



――――アイドルになってからも、成功した私がいた。



例えばよくテレビで見た人達。会えるアイドルを連想すると、下積み時代は辛いものだと思っていた。
当然、辛かった。なんでこんなことをしているんだろうって思ったこともあった。
でもあの人の頑張りもあって、私は比較的早くの陽の目を浴びることが出来ました。


240 : ないものねだりの蜃気楼 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/15(金) 00:00:57 LId5LD1c0

キャンパスを歩いていると『ライブ見たよー!』なんて声を掛けてもらえる。
嬉しい。グラスに永遠とワインを注がれるような、虚空は埋め尽くされていた。


気付けば常に視線を浴びるようになっていました。


私を見てくれた人が笑顔になってくれる。それだけで私は元気になれる。
エールを貰った日なんかはもう、それだけで生きていける気分になっていました。




――――けれど、全てがいいこと。そんな訳はなかった。





電車に乗っていれば、大人の男性にお尻を触られる。
俗に言う痴漢で、自分とは無関係のものだと思っていました。
本当にいるんだなあ、って驚きもありましたけど、私は声を出そうとした。

でも、出なかった。

怖かったわけじゃない。もし、声を出したらアイドル活動はどうなるのか。
スキャンダルになればファンのみなさんも悲しんでしまう……そう考えると、声を出せなかった。

私が抵抗しないとわかると、手はお尻から前へ移動してきた。
ジーンズの擦れる感触がそんなつもりはないのに私の身体を刺激する。
冷たい衝撃みたいなものが局部から脳を通じて全身へ駆け巡ると、私の身体は少し跳ねてしまった。

びくん、と震えた身体は感じている証拠だった。
自分が嫌になる……と思いつつも、身体は火照ったままだ。




――――自分に対して欲情している男性がいることなんて、知っていた。




まさか本当に行動してくる人がいるなんて思いもしなかったけど。
弄るように、味合うように、私を自分の所有物だと主張するように。
熊のような動物に舌で舐められているかのような感覚でした。


241 : ないものねだりの蜃気楼 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/15(金) 00:02:51 LId5LD1c0

気持ち悪い。
だけど、どこか……このまま続いてほしいと願う私がいた。

そんな私の気持ちに反して、手は止まっていた。
どうしたんだろう。素で思った私は顔を覗こうと振り返る。
するとそこには『ごめんね……ごめんね……』と、涙を流す中年の男性が謝罪していた。
シワが目立つスーツを羽織り、反対側の手に持った黒革のカバンは所々が破れている。
毎日お風呂に入っているんだろうけど、どこか鼻に残る匂いとテカっている顔。







――――そんな男性が涙を流しながら、私に謝罪していた。








        ◆



仕事の終わりには、日課が待っている。
帰宅するとパソコンを立ち上げ、慣れた手つきでブックマークからいつもの板へ跳ぶ。

レッスン終わりでシャワーも浴びずに、座ったからか汗が浮かんでくる。
タオルを引き寄せると、今日も私はスレを確認している。
まさか自分のスレがあるなんて、世界は狭いのやら広いのやら。

偶像――アイドルの効果はすごい。
こんな私が芸能人のように扱われているのだから。



――――今日も、私に欲情している人達がいる。



応援してくれるレスの中には明らかに私を狙っている人達がいる。
狙っていると言っても、妄想の段階で、子供が自由帳に書くような夢日記。


242 : ないものねだりの蜃気楼 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/15(金) 00:03:56 LId5LD1c0


胸を触りたい、足を舐めたい、局部に突っ込みたい。




何重にも書き込まれるそれは、私の身体を火照らせる。





――――仕事の終わりには、日課が待っている。





服を脱ぎ捨て、けれど全ては脱がずに。
写ってはいけない部分をヒモやスマホで隠しながら……今日も写真を取る。


ディスプレイに表示されるスレはいつの間にか女神降臨スレに移行していた。
いや、私が自らの意思で。
わざと目元を手で覆い、特定されないように、一般人を装う。
そして今日も私を待っている獣達へ餌を提供し、私は快楽を得る。








――――誰かが私に欲情している――――この感覚が、たまらない。






        ◆





 
「ありが……と……ぅ」
「いいのよ全然、気にしないで」
とある民家で遭遇した新田美波と佐城雪美は知らない仲ではない。
同じアイドルとして顔見知りであるし、仕事も共演経験があるため、彼女達は警戒を解いて安堵している。
テーブルに置かれたマグカップには水が注がれており、零れてもいいようにタオルまで用意されていた。
「怖かったよね……でも、待ってればいつかは警察が助けてくれるから」
殺しあえ、などと言われても誰がはいそうですか。なんて二つ返事で納得し行動するのだろうか。
新田美波は不安定な状況に放り出された佐城雪美を気に掛けながら出来るだけ優しい声色で語りけていた。
「夢……じゃない……ですよね」
認めたくない気持ちも解る。佐城雪美の目尻には涙が浮かんでいた。


243 : ないものねだりの蜃気楼 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/15(金) 00:05:05 LId5LD1c0

瞳から零れ落ちてはいないのだが、その表情は不安一色である。
無理もないだろう。あの千川ちひろが目の前で首を飛ばされて死んだ。
狂わない方が異常であり、新田美波とて他人を心配する余裕があるのかと聞かれれば、硬直してしまう。
しかし年長。少なくとも佐城雪美より大人な彼女が弱音を吐いてはいられない。
「夢ならいいのにね……でも大丈夫だから。何かあったら私が守るから」
心配させないように。
少しでも彼女を安心させてあげられるように。強い意思が篭った言葉が部屋に響いていた。
「アイドル……だから……こんなことに」
今思えばあの場所に集められていたのはみんな、アイドルだった。
殺された千川ちひろの存在がそれを裏付ける。間違いなく関係者で固められている。
もしかすると囲っていた男たちも所謂業界の関係者かもしれない。まるで中学生が描く創作のようだ。
普段は笑顔で付き合っていた仲間達が殺し合いを強要された。それも関係者に。
つまらないし、笑えない。こんな絵空事はくしゃくしゃに丸めてゴミ箱へ投げたい気分である。
「……でも……アイドルでよかった……とも……思う……」
「……え?」
「変われた……から」
震える佐城雪美の声からは弱々しさを感じる。だけどもどこか力強い意思も感じられた。


マグカップに手を伸ばそうとしたのか、けれども途中で引き返す。
「今も……だけど……私は全然……口下手だった」
海のように透明で空のように蒼い髪先を指でくるくると弄りながら彼女は喋り続ける。
照れ隠しなのだろう。気を紛らせるために口と同時に指も動かしていた。
「言いたいことも……言えなくて……友達もいなかった……」
「辛いと思う時も……あった……けど、私がいけない」
「猫と居る時だけが幸せで……死にたいって……ううん」
新田美波は佐城雪美の過去を知っているのかと言われると、知らないと答える。
たしかに彼女の喋りは声も小さく、どこか途中で途切れそうだ。聞いている方が心配になってくる。
そんな過去があったことは知らないが、失礼な話を含むと「なるほどな」と感じてしまうこともある。
友だちがいない――言葉で説明しなくても、なんとなく相手に察せさせる材料は既に身体からあふれていた。


「プロ……あの人が声を掛けてくれたから、私は変われた」
今まで下を向いていた佐城雪美の顔が上がり、その表情には笑顔の花が咲いている。
瞳もどこか前向きさを感じさせ、それ程までに彼女があの人へ感謝していることが伺えた。
「だから……アイドルになったことには……後悔していない……」
「こんなことに……なったけど……怖い……でも……」
「私はアイドルで……よかったと思えるから……負けないで……頑張る……っ」
涙が瞳から一滴零れ落ちた。ぴちゃんという可愛らしげな音を立てながら。
しかし佐城雪美の顔は笑顔だ。晴天の中にほんの一瞬だけ雨が降ったような。疑うぐらいの笑顔である。
不安なのも、恐怖なのも、怖いのも、全てが事実だ。千川ちひろは死んだ。自分も死ぬかもしれない。
出会った新田美波は優しいお姉さんだったが、遭遇する人間全てが彼女と同じ訳ではない。
殺人鬼だって混ざっているのかもれない。そう、殺されるかもしれない。


244 : ないものねだりの蜃気楼 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/15(金) 00:08:02 LId5LD1c0

もしものお話で、映画にしか存在しないような状況に巻き込まれている。
しかも、それは『アイドル』が原因なのかもしれない。でも、後悔はしていない。
『アイドル』を否定することは、『あの人』との出会いを否定することになる。
そんなのは嫌だ――と、決心したところで佐城雪美は新田美波に抱きしめられた。


「……ぇ?」
急に抱きしめられたためか、不意打ちに対して声が出る。
耳を澄ませば新田美波の鼻をすする音が聞こえ、彼女が泣いていることには簡単に気付けた。
「ごめんね……本当にごめんね」
何故、謝罪されているのか。佐城雪美に心当たりはない。
「私が可怪しくて、それで……こんなアイドルでごめんね……ぅ」
彼女は何を言っているのだろうか、と佐城雪美は薄れ行く意識の中で考えていた。
言葉の真意が不明だし、話の流れから読み取ることも不可能である。
どうして彼女が謝罪しているのか。どうして彼女が泣いているのか。どうして彼女が自分を刺したのか。
全てが謎に包まれている。解明したい好奇心もある。年頃の少女なのだから、目の前に謎があれば暴きたいとも思ってしまう。
だが、その探偵物語を紡ぐことは出来ないし、紡がれることもない。
呼吸も困難になっていく最中、消えかける意識の中で佐城雪美が最後に見たのは泣き崩れる新田美波の姿だ。




嗚呼、彼女はどうして泣いているんだろう。そして自分はどうして――死ぬんだろう。




散々泣いた。
指紋の付着を恐れ包丁の持ち部分に巻いたタオルを口に放り込む。
奥歯でがっちりと噛みこむことによって、声の漏洩を新田美波は防いでいた。
大きな声を発すれば自分の居場所を第三者に知らせてしまう。仮に殺人鬼が聞いていれば笑える話ではない。
吐きそうにもなった。実際に台所へ近づくと若干ではあるが嘔吐物の匂いが残っている。
全てが水に流せる訳ではない。匂いも感触も証拠も事実も。残るものは残ってしまう。

佐城雪美の話を聞いている時、新田美波は死にたくなっていた。
彼女が話すあの人との出会い、関わり、踏み出した新しい第一歩とアイドルに対する思い。
それに比べ、自分はなんだ。ごみか。くずか。
一部のファンから肉欲に快楽を覚え、堕ちていた自分が彼女と同じアイドル――あり得ない。
可怪しい。同じアイドルでありながら、確実に違う存在だった。

気付けば腕が勝手に動いていた。
頑張って話す佐城雪美の身体を優しく包み込んで、泣いてしまった。
ごめんね、と。
何度も何度も謝罪を繰り返し、それでも包丁は彼女の心へ差し込まれていた。

救ってあげないと。

自分のように、道を踏み外したアイドルになる前に。
腐った女になる前に――私が、殺して、あげないと、かわい、そう、だから。


【佐城雪美 死亡】


幸せなままで眠っていて。
貴方達が汚れる必要なんてないから。
そのままで、笑顔が眩しい向こう側のアイドルのままでいて。

殺し合いで汚れるみんなを見たくないから。

だから、私はそんなことになる前に終わらせてあげる。
そして最後には罪を償うから。ちゃんと私もそっちへ行くから。

待っていてね。

それが私に出来る、堕ちてしまったアイドルが行う最後のお仕事だから。

【一日目/B-4/朝/民家】

【新田美波】
[状態]健康、達観、強い意思
[装備]包丁、スポーツタオル
[所持品]基本支給品一式×2、不明支給品×1(佐城雪美に支給された物・未確認)
[思考・行動]
基本:全てのアイドルを汚れる前に殺す。
1.基本はステルスに徹する。
2.殺せるタイミングになれば、アイドルを殺す。


245 : ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/15(金) 00:08:39 LId5LD1c0
投下を終了します


246 : 名無しさん :2016/07/15(金) 01:12:40 56MYA.Og0
元祖自殺系アイドルのゆきみんがまた登場話で死んでしまった……
この子はぶれないんだけど、だからこそ死ぬか殺されるかになっちゃうんだろな


247 : 名無しさん :2016/07/15(金) 01:33:35 fMoL37w60
本家モバマスロワみたいな空気で書かれるミナミィはヤバイよ


248 : 名無しさん :2016/07/15(金) 01:40:12 56MYA.Og0
あっちじゃまだキャラ固まってない頃だったからブレまくって死んでたものな、歩くマクロス


249 : 名無しさん :2016/07/15(金) 02:01:17 2tKCIxmY0
投下乙です
歩く○ックスネタをここまでおぞましく生々しい穢れとして昇華させたのには正直素直に舌を巻く


250 : ◆sRnD4f8YDA :2016/07/15(金) 19:11:20 2H9t5rCo0
投下します。


251 : 飴色ルドベキア ◆sRnD4f8YDA :2016/07/15(金) 19:14:18 2H9t5rCo0
目を醒ますと、そこは朝霧に包まれた肌寒い草原の中だった。
頭が痛い。いつものうさぎが無いからだと、すぐに彼女には分かった。
地面だ。地面に仰向けに寝かされている。背にはじめっとした少しやわらかな泥の感触。
まだ自分の息があることに僅かばかり胸を撫で下ろすが、しかし撫で下ろしたその胸の奥にせり上がる酸味めいたものに気付かないほど彼女は間抜けではなかった。
原因など、知れた事。起き上がると同時に嘔吐くと、彼女は堪らず肌に露を浮かべ、ばたばたと騒がしく音を立てて手頃な水溜まりに走り寄る。
もたつく指先で衣装の首元のボタンを外すと、彼女は体をくの字に曲げ、胃を内側から裏返すように激しく嘔吐した。
迫る悪寒にがちがちと歯を鳴らして身震いしながら、胃の中の何から何まで窓から外へ、汚水を垂れ流す工場の排水管よろしく放出する。
全てを出し切り、嗄れた声と粘液以外の何もその小さな口から出なくなると、今度は酷い寒気と眩暈が彼女を襲った。
腰から地面に崩れ落ちる。焼けるような喉と鼻の奥の痛みに、堪らずポケットに入っていたティッシュで、鼻をかんだ。
詰まった吐瀉物が鼻水と一緒にティッシュを汚す。つん、と酸の臭いが鼻腔を通った。なんとも言えない臭さだ。
やっとのことで立ち上がると、酷い目眩がした。
生まれたての子馬に似た覚束ない足取りで吐瀉だまりから離れると、目の前には別の水たまり。
綺麗な水とは言い難かったが、彼女は光に群がる蛾の如く水を手で掬うと、顔をばしゃばしゃと洗った。

震える唇で、深呼吸を、二回。
呼吸を落ち着けて、ふとポケットから手鏡を取り出す。映ったものは水死人の様に蒼ざめた頬、血の気の無い紫の唇、光の無い腐った瞳。
成程それは誰もが囃すアイドルと呼ぶにはあんまりな代物で、思わず彼女の眉間にくしゃりと皺が寄る。
……酷いカオ。
自嘲交じりに口角を上げ心中で呟くと、忘れかけていた寒気に身震いをして体を丸める。

「……殺し合いだ、って言われてもさ」

そうしてこの一分後、彼女、双葉杏は三村かな子と出会った。













散策中、無人の教室に入る。中は朝の柔らかな日差しが窓越しに満ちていて、室内の埃を妖しく煌めかせていた。
机と椅子は掃除の時みたく全て乱雑に後ろに下げられ、壁面の腰に並んでいる生徒のロッカーらしきものは、その中に埋もれている。

――ちょっと、休憩しない?

提案したのは、サイズが二回りほど違うセーラー服姿の杏だった。

平原から遠目に見えていた建物は、近付いてみるとブティックではなく学校だったようで、ただ、幸い保健室に着替えのセーラー服――なんだかコレを着ろという命令の声がするぞ、と杏は呟いた――が放置されていた。
杏は服を着替え、ひとまずこの学校を拠点とすることをかな子に提案した。


252 : 飴色ルドベキア ◆sRnD4f8YDA :2016/07/15(金) 19:16:44 2H9t5rCo0
電気・水道・ガス・医療・ベッド・武器・隠れ場所。パッと見て誰の眼にも分かるくらいには学校の設備は優秀だ。
それだけ悪人や善人とも遭遇する可能性も高いとは言えたが、この状況で背に腹は代えられない。何より今一番欲しいものは、落ち着いて状況を整理できる場所だった。
おまけに雨風、気温から見を守れるのは体力のない彼女達にとって都合もいいときている。かな子に断る理由はなかった。

「んっしょ……っと」

教室内の手頃な椅子と机を後ろから引き摺り出し、彼女達は静かに座った。席は、外がよく見下ろせる窓際の後ろ。座るならそこがお約束で定石だと思った。
頬杖をついて、窓の外を見る。ここが三階である事、そしてこの場所がどうやら孤島である事は分かったが、それ以外はからきしだった。
テラスはない。下には広いグラウンド、その向こうには深い森、木々。更に向こうには、朝日に白銀に輝く大海原。
それ以外には何もない。誰かの気配も、平和な日常も、少しの希望さえも。

「なんにも、ないね」かな子が溜息混じりに呟く。
「うん」杏は間の抜けた声で相槌を打った。

殺風景が過ぎて、観賞は直ぐに飽きてしまった。空に浮かぶ白金色の太陽が恨めしいくらいに眩しくて、二人の瞼の裏側はきりきりと痛んだ。
かな子は教室の天井に視線を移す。等間隔で黒ずんだ蛍光灯が三列三行、計九つ。前の黒板には板書はなく、調色したての様に深く純粋な緑色が、鈍く朝日を反射していた。
黒板の上には、時計が一つ。SEIKOの文字が白い文字盤によく映えている。
がらんどうの教室は残念ながら生徒に使われた形跡がまるでなく、形骸もいいところだった。
板張りの床はかな子の顔を反射するくらいにワックスが厚くかかっており、机と椅子の猥雑さと比べ、手入れが異様に行き届いており、そこは少し異常な空間だった。

「どうするかなー、これから」

不意に、杏が感情の篭ってない声で呟く。
かな子は床から杏の顔へ視線を移した。杏は未だ外をぼんやりとどこか上の空の様子で見ている。

「かな子は、どうしたい?」

かな子が口を開きかけると同時に、杏は尋ねた。
単純に方針の確認もあれど、気持ちにある種の整理をつけるために、それは考えなければならない事だった。
一人の女性が、亡くなった。
それは確かに現実で、胃の中のものを全部吐き出しても、決して無くなりはしないことだった。
ふと、思い出したように杏はかっちりと自分に嵌った太い首輪を弄る。
女の子の細く白い首筋に浮かぶそれはとびきり悪趣味で、アクセサリーというよりも悪夢の十字に繋ぎ止めておく為の呪いの杭の様に思えた。

「えっと、私は―――――」

声が、遠い。

杏は異変に気づいて、かな子の顔を見ようとがばりと振り返る。目前にあるはずの顔が、水の中で目を開けた時のように、歪み、霞んでいた。
そのうち視界がテレビの砂嵐のような黒と白との斑にざあざあと支配されていくものだから、杏は思わず息を呑む。

は? まずい、なんだ、こりゃ。立ちくらみ?

眉を顰めると同時に、フラッシュバック。脳裏に過るのは遠く見えた赤い肉塊と、悲鳴を上げずにそれを見る自分。
何かを考えたくても考えられない。それほどまでに痛烈な景色だった。けれども、その景色は心の奥にはちっとも響かない。


253 : 飴色ルドベキア ◆sRnD4f8YDA :2016/07/15(金) 19:18:16 2H9t5rCo0
どきりとはする。恐怖もある。だけど網膜に焼きつくだけで、それ以上も以下もない、単なる視覚情報だった。

閑話休題。
理解するでもさせるでもなく、無理矢理させられる事ほど不快な事はない。
あの場に居た誰しもが、事態を冷静に咀嚼し嚥下する準備がなかった。
寝起き第一声に“殺し合いを始めろ”といきなり言われ、その言葉をバラエティか何かのドッキリ企画か、それとも真実なのかを考える前に、一人、人間が死んだ。
あまりに、簡単に。あまりに、残酷に。ゲームのモブが、ぽん、と何かのバグで居なくなるかのように、あっさりと。
何度も繰り返すけれども、とてもじゃないが、現実感がなさすぎた。
ものの数分で白と黒が変わってしまった世界に着いて行けるほど彼女達は大人ではなかったし、着いて行ける大人でいたくもなかったのだ。

―――ああ、だからこそ、気持ち悪かったんだよ。

杏は砂嵐に消されていくかな子をぼんやりと見ながらそう思った。
目が覚めた瞬間、ついさっき人が一人死んだのに、あまりに平然としている自分がいた。乱れない呼吸、平常な思考、落ち着いた心音、縺れない感情。
アイドル双葉杏の心はあの血飛沫に折られないくらいには屈強だったが、しかしそれ故に、そんな薄情な自分に吐き気を覚えるくらいには、彼女は幻滅していた。

再び、フラッシュバック。壊れたビデオテープのように脳裏に過るのはやはり赤い肉塊と、悲鳴を上げずにそれを見る自分。
嗚呼、違うんだ。
彼女は眉間に皺を寄せて拳を握る。
“悲鳴を上げられなかった”んじゃない。“悲鳴を上げなかった”のだ。
目立てば、次はすぐさま自分がやられるかもしれない。だから顔を伏せ、誰とも目を離さず、声ひとつ上げなかった。
死んだ人への同情とか、絶望とか、恐怖とか驚きとかなんだとか、そんな事はどうでもよかった。
もっと卑怯で歪んだ利己的な心が、そうさせたのだ。

ああ、ホント、そんな奴がアイドルだってんだから、吐き気するよな。

「う、ぷ」
「杏ちゃん!? 大丈夫!!?」

視界の砂嵐が晴れると同時に、猛烈な吐き気に襲われて思わず杏は自分の座っていた椅子を蹴り飛ばして、窓に走り寄る。
びっしょりと脂汗をかきながら、杏は窓を覚束ない指で開け、身を乗り出すと外に思い切り嘔吐した。
既に一度吐いているせいか、そこまでひどい有様にはならなかったが、杏は心底不快そうに顔を顰めた。

「お、う、ぐ……げェ……あぁ〜もおぉ……気分サイアクだあぁ……」

背中を擦るかな子の優しさに感謝しつつ、しかし杏は腹を立てていた。
都合の良い自分の体に、そして、たった今、突然教室の扉を勢い良く開け、耳が痛くなるくらいにわんわんと泣くその少女を、ほんの少しでも羨ましいと思った自分の馬鹿げた感情に。













「取り敢えず、二人とも落ち着いた?
 ……あ、えーと……南条……光? ちゃん? だった、よね?」

かな子は頬を掻きながら質す。目の前にちょこんと座る黒髪ロングの少女は、名前こそどこかで聞いて知っていたが、接点は愚か話した事すらない人物だった。
あれから、彼女はとりあえずげっそりとした杏の背を撫でながら、その少女を涙を出し切るまで泣かせ、椅子に座らせた。


254 : 飴色ルドベキア ◆sRnD4f8YDA :2016/07/15(金) 19:20:13 2H9t5rCo0
少女はかな子の問いかけに漸く頷くと、まるで目から失った水分を取り戻すかのように支給品のペットボトルの水をラッパ飲みし、きゅぽんと唇から飲み口を離した。

「ごめん」

そうして、第一声に謝罪をした。それがどういった意味なのか計りかね、かな子は首を傾げる。

「いや、らしくないとこ見せたゃったなって……あーあ、人前では泣かないって幼稚園の時に決めてたのになあ」

目の前の少女、南条光は鼻をすすると、ぎこちなく笑う。瞼はぷっくりと赤く腫れていた。

「でも、もう大丈夫。心配かけたな。あ、名前はあってるよ。私は南条光。光でいいよ……えっと」

光は少し困ったように目を伏せた。ああ、とかな子は納得する。成程自分から名乗るべきだった。

「かな子。三村かな子だよ。かな子で大丈夫。こっちは……」

かな子はぺこりと小さくお辞儀をして微笑む。紹介された杏は一拍置いて、さも面倒臭そうに口を開いた。

「双葉杏。双子の双に葉っぱの葉、杏は果物の杏。杏でいいよ」

光は頷くと、再びペットボトルの蓋を開けると、水を口に含んだ。ごくん、と喉が音を上げる。
別段、喉が渇いているわけではなかった。
ただ、心情的に何か行為が必要だった。純粋に泣いているところを見られた恥ずかしさから逃げたかったのだ。

「あの」かな子が光の目を覗き込みながら言う。「光ちゃん……なんで泣いてたの?」

自然と、その言葉はかな子の口から出ていた。悪気も何もない、極めて純粋な疑問だった。
ぎくり、と光のペットボトルを持つ指が跳ねる。言いたくない事なのだと、誰の目にも判るような反応だった。

「かな子」
「あっ、ふぇっ!? あ、あぁ……えっと……ご、ごめんなさい……」

呆れたように肩を竦めながら杏が咎めると、手をひらひらとばたつかせ、ぺこりとかな子がこうべを垂れた。
光は少しだけ笑うと、首を振りながらかな子の落ちた肩を叩く。

「いや、いいよ。気にするなって」

光は何かに迷うように目を滑らせると、やがて何か決心したように、続ける。

「悔しかったんだ」光はかな子の肩から手を下ろしながら呟いた。軒先から雨水の雫が垂れる時のように、ぽつり、と。「悔しかったんだよ。アタシ」

“くやしかった”?
かな子は胸中で呟いたがその発言の意図を理解できず、口をまごつかせる。

「悔しいって、何が?」
考えていても埒があかないので、かな子は小首を傾げながら尋ねた。
「何も出来なかったこと」
光が俯いたまま、肺から空気を捻り出すように言う。

答えになってない、と端から聞いていて杏は思った。
いいや、違う。それは確かに紛う事無き答えなのだ。言わんとしている事なら杏にも確りと判った。
が、しかしあの場で何も出来ない事は恥ではないし、むしろ何かしようとする方が馬鹿だとさえ杏は思っていたが故に、判ってはいても理解が出来なかった。
勝算ありきの行動は確かに褒められる勇気だろうが、何も出来ない状態で突っ込むのは、ただの莫迦の自殺行為、蛮勇だ。
勇気と無謀は違う。杏はそう思ったが、口は決して開かなかった。

「……怖かった」

ゆっくりと、何かを確かめるように掌を開閉しながら、光は呟く。かな子がそのすぐ隣で、同調するように頷いた。

「手は自分のものじゃないんじゃないのかってくらいに震えて、足は鉄パイプみたいに固まって、一歩も動けなかった。
 口も、凍ったみたく少しも開かなかった。何一つ、言えなかった。
 ああなるのを、ただ遠巻きから黙って指を咥えて見てる事しか出来なかったんだ。それが、心底悔しかったし厭だった」

神に懺悔するように、或いは、自殺志願者の最後の言葉のように。到底十代のアイドルが出してよいものではない鉛色の重い感情が、その言葉には詰まっていた。


255 : 飴色ルドベキア ◆sRnD4f8YDA :2016/07/15(金) 19:21:32 2H9t5rCo0
杏はその声色に困惑して、助けを求めるようにかな子を見る。
ところが、頼りの綱にしたかな子さえもまるでお通夜に来たかのような表情で、杏は息を喉に詰まらせた。
なんで?
杏は思わず眉を顰める。
解らない。どうして、こいつらは誰かの為にそこまで悩めるんだ? 後悔出来るんだ?

「無力だね、私達って」
「どうして?」

かな子が溜息を吐きながら零した瞬間、重ねるように呟かれた声に、杏は耳を疑った。
誰が自分が思っていたその本音を呟いたんだよと周りを探すが、自分の声を吐く人間など、自分以外にいるはずがない。
はっとして杏は口元を抑えるが、最早手遅れだった。二人の驚きの視線はこちらへと確り向いている。
……ええい、知るもんか。もうどうにでもなれっ。
杏は観念した様に溜息を吐くと、重い口を開いて言葉を零す。

「それって、恥ずかしい事なの?」軽率な言葉に心底うんざりしつつ、杏は続けた。「杏は、普通だと思うけどな」
「杏ちゃん!」

かな子が慌てて杏の口上を咎める。光は口をへの字に曲げていたが、数拍置いてかぶりを振りながら口を開いた。

「ダメなんだ、それじゃあ」
「……? それがよくわかんない。何がダメ? 杏達は別にヒーローでもなんでもないじゃん」


電流が、走った。


光の横顔を見ていたかな子は、まず真っ先にそう思った。自分は賢い方ではないが、それでも杏のその言葉が光の琴線を断ち鋏で躊躇いなく弾いたのは理解出来たし、
この場でこれ以上の議論は良くないのだと本能が警鐘を鳴らしていた。
光が僅かに肩を跳ねただけだったが、そのあからさまに険しい表情からもその事実はひしひしとかな子に伝わってきた。
人には、触れていい部分と触れてはいけない部分がある。この場合は後者の鱗を逆撫でてしまった場合のそれだ。
拙い。
かな子は思わず胸に手を当て、逃げるように強く瞳を閉じる。
しかしそんな彼女の耳に真っ先に入ってきたのは、怒号でも謝罪でもなかったのだから、少しだけ彼女は驚いた。


「アタシさ、ヒーローに憧れてるんだ」


ヒーロに、さ。
そう続いたその吐露は怒りとも悲しみとも言えない、酷く曖昧な感情で満ちていた。
それは一歩間違えば危ういものになるような予感を孕んでいて、かな子は戦慄に似た何かを背筋に感じながら、恐る恐る目を開いた。

「ひーろー」

杏が鸚鵡返しのように呟く。光は困ったように笑うと、席から立ち上がり、二人に何かの変身ポーズをとってみせた。
場違い。その言葉がそっくりそのまま当てはまるようなモーションだった。

「そ。正義のヒーロー。
 アタシ、皆に勇気をあげるヒーローになりたいんだ。アタシにとってのプロデューサーがそうだったみたいに。
 ヒーローってさ、悪に立ち向かって、ガーッていって、ズバーッとして、バコーンってやっつけちまうんだぜ。カッコイイだろ?」
「「……」」

二人は呆気にとられて、ぽかんと口を開けたまま固まる。当然だ。アイドルとヒーローだなんて、方向性はどうであれまずカテゴリが全然違う。
どちらかと言えば少女アニメのような、魔女っ子大活躍、ちょっぴり恋愛、みたいな番組で育ってきた二人にとって、特撮系のヒーローだなんて、てんで接点はなかった。

「その年の女の子がなに餓鬼臭ぇ事言ってんだよ、って思った?」

目を白黒させる二人へ、光は席に座りながらにかりと笑う。よく言われるんだ、と言わんばかりの乾いた笑みだった。

「あ、ぅ、ご、ごめん」
「いや謝る? フツーそこで……」
「あはは、いいんだ別に。かな子は正直だな」

眉を下げて謝るかな子とそれに間髪入れず突っ込む杏を見ながら、光は笑った。今度は陰りのない素直な少女の笑みだった。

「……うん。でもそれが普通だと思うんだ」光は頷くと、胸の前で拳を握り、続けた。「ヒーローになりたかったんだ。この業界に入った理由も……ま、そんなトコ」
「ふうん」

杏は頬杖をつきながら呟くと、光の目を見た。瞳の奥に、熱く滾る紅蓮の炎を錯覚する。


256 : 飴色ルドベキア ◆sRnD4f8YDA :2016/07/15(金) 19:24:48 2H9t5rCo0
それを容易く崩すのがこのゲームなのだろうと何となく察してはいたが、みなまで言わなかった。
言ったところで彼女の本質が変わらないであろうことは疾うに解っていたし、何より指摘が面倒だった。
それに、理由を否定することは彼女を殺す事と同義なのだと杏は理解していた。
数分の付き合いではあるけれど、きっとヒーローという単語への想いは、彼女にとって大切な信念のようなものなのだろう。
それを壊すような事を言い出すと、この話も、この関係もおしまいなのだ。
少しだけ、杏はそれが厭だった。

「ヒーローになりたい」

光が、真っ白な画用紙に黒インクを落とすように、繰り返し呟く。

「いや、きっとならなきゃいけないんだ。こんな時だからこそ、誰かが。
 心配そうな顔はしたくないし、させちゃいけない。熱血ぅ〜、スマイルっ! ヒーローはいつだってスマイルなんだぜ!」
自分に言い聞かせるように、光は続けた。
「正義の、ヒーロー?」
杏が質す。
「正義のヒーロー!」
間髪入れず光は答えた。
「正義のヒーロー、かぁ……」
杏は椅子に背をどかりと預けながら繰り返した。その言葉が、あまりに自分達が置かれている状況から乖離して見えたから。

「確かにあの時は動けなかったけど、今度は絶対に恐怖には負けない。もうあんな無様な真似は晒さない。
 アタシ、勇気出すよ。強くなるんだ。特訓ベルトで特訓だってしてきた。もう絶対に人前でなんか泣くもんか。
 こんな下らない事、やっぱり許せないよな。皆で力を合わせてこの島脱出して、悪人を鉄拳制裁! ぶっ倒すぜ!」

ぶん、と拳を前に突き出す光を尻目に、ふうん、と杏は小馬鹿にする様に呟く。
かな子がそれを諭すように杏の袖を光から見えないように引っ張るが、杏はそれを無視して口を開いた。

「そんなに都合よくいくかなぁ?」

否定はしない。でも、やっぱり甘い。
至極単純に、杏は光のお花満開の楽観正義思考をそう思った。

「いくって。だって正義の味方が負けるわけないし、殺し合いだなんてふざけた事……そんなの誰が乗るんだ?
 ここに居る奴等は腐っても皆アイドルだろ? ないない」

手のひらをぱたぱたと左右にはためかせながら、光は言い切る。
予定変更、と杏は思った。やっぱり、面倒だけど止めておかないと。
一度こうして関わってしまった以上は、もう自分達は知り合いだ。このまま突っ走られて死なれても、どうにも目覚めが悪い。

「んー、それはどうかなぁー。杏は違う気がするけどな」

杏は首を傾げながら呟いた。かな子は祈るように杏の袖を掴む。
淀んだ空気が、教室の中でとぐろを巻いていた。良くない空気だと、かな子は思った。

「……どういう意味だ?」

光の声がワントーン低くなる。鼓膜越しに伝わる明らかな不機嫌さに、かな子は居心地が悪そうにしゅんと体を丸める。

「実際に人が死んだの、見たよね? ジョークでもなんでもなかった」
「杏ちゃん……」

かな子が口を開いて咎める。それが精一杯の彼女の抗議だった。
此処でわざわざ土の底から掘り返すべきではないと、彼女でさえそう思って声を上げる類の話題だった。

「……もういいだろ。やめろよな、その話は」
光が苦虫を噛み潰したような表情で吐き捨てるように言う。
「やめない。逃げてたってなーんにも始まらない」
しかし、杏はそんな様子を歯牙にも掛けず応えた。
「ちょっと杏ちゃん!」
かな子が小さく叫ぶ。これ以上は良くない事になる。そう思った。
「逃げてなんかないだろ。ただ思い出したくないんだよ……」
光が視線を床に滑らせながら呟いた。床は相変わらず朝日を鈍く反射している。

「あのねえ」

杏は溜息混じりに呟くと、それを皮切りにつらつらと言葉を続けた。


257 : 飴色ルドベキア ◆sRnD4f8YDA :2016/07/15(金) 19:26:09 2H9t5rCo0
「杏だってそうだよ。でも、だからこそ殺し合いに乗る人だって絶対居る。あの怖さに怯える人も、狂っちゃう人もいると思う。
 人を殺してでも生きたい理由がある人だっているかもしんない。この機会に乗じて嫌いな人を殺す人もいるかもしんない。
 疑いなく、躊躇なく、容赦もなく殺しあう人達がいるかもしんない。直ぐにそう考えるくらいには、杏だって汚れてるよ。
 皆が皆、光みたいな立派なヒーロー思考のワケじゃないんだからさあ」
「そんなわけ!」

光が声を荒げた。杏は真っ直ぐに光を見つめ、たじろぐ様子なく続ける。

「無いって言い切れないよね。大体さぁ、乗らなきゃどのみちこの首輪は爆発すんでしょ? だったら尚更乗るよね?
 みんな仲良く協力したとしてさ、誰がこの首輪を取ってくれるの? どうやってアイツの場所に殴り込みに行くの?
 そうこうしてて爆発時間限界まで来たら、たぶん、アイドルでも普通人を殺すよ」
「そ、それはっ」
「杏は体力無いし、体が大きい人に勝てる気もしないし、そもそもめんどーだからそんな事する気にはなれないけどさ。
 でも、ちょっと条件とか違ったら乗ってたかもしんないよ? それぐらいの問題なんだ、これは」
「……本気で言ってんのか!?」
「冗談で言うほど杏は馬鹿じゃないよ」

鼻息を荒くして反論しようと立ち上がった光へ、杏はぴしゃりと言い放つ。その眼光の鋭さに、思わず光は狼狽し口ごもった。
何故って、杏の言葉はぐうの音が出ないくらいに、正論だったから。
一般論と可能性での話だ。光もそれは十分過ぎるくらいには理解している。
自分には首輪を解除する手段も、敵を倒す能力も、会場を脱出する算段もない。
でも、かと言ってはいそうですかと食い下がるかと言われれば、否だった。
理解する事と、納得する事は必ずしも直結しない。光にとって、それはとてもじゃないが見過ごせない問題だった。

「ちょ、ちょっと二人ともやめようよ……喧嘩、よくないよっ……」

かな子の弱々しい声を最期に、数秒の無言が続いた。
それは今まで経験してきた何より居心地の悪い時間で、かな子は逃げ出したい気持ちで頭の中が一杯だった。
こんな時お菓子があればとも思うが、そんなものはあるはずがなく。
けれどもそんな中、静寂を切り裂いたのはこの空気を作った当事者である杏自身で。

「光の想いは判るし凄いと思う。杏には絶対真似できないし、否定もしない。だけど、押し付けはやめようよ。
 多分、さ……それって、あとで光の心がしんどくなって疲れるだけだよ。孤独なヒーロって、すごく辛いと思うし。
 ま、しらんけど」

その言葉は少しだけ、かな子には優しく聞こえた。
ぶっきらぼうに、そして吐き捨てるように杏は呟き、ぷいっと顔を背けて外を見たが、それが恐らく彼女なりの優しさであることを、かな子はここで漸く理解する。
刺々しい中にも、確かに何か柔らかいものがあった。
それはきっと光を否定するわけではなく、ただ純粋に、彼女がもう泣かなくて済むようにとの想いだったのだ。

「でも」

しかし、光は言う。それとこれとは話が別次元だ、と言わんばかりの険しい表情だった。

「やっぱり、やってみなきゃわかんないだろ。警察だって黙ってないはずだし。
 皆で協力して犠牲を出さないって考えが悪いわけじゃないはずだ。違うか?」


258 : 飴色ルドベキア ◆sRnD4f8YDA :2016/07/15(金) 19:29:16 2H9t5rCo0
杏は視線だけで光を見ると、直ぐに外へと視線を戻し、頬杖を突いたまま口を開いた。

「うん。悪くないとは思うけど、そもそもまともな警察がいたらこんな事になってないって。
 あんだけのアイドル達をマスコミの目を盗んで眠らせて運んで、一箇所に集めて殺し合いの説明だよ?
 光は、目が醒めるまで何してた? 杏は着替えて待機中。かな子は移動中だった。両方、もちろん日中だよ?
 その途中で連れてこられたんだ。夜寝てる時とかでもなんでもなくてさぁ。
 おかしいと思わない? ビルの警備は? 監視カメラは? プロデューサーは? 番組は?
 次の日のワイドショーなんか、どうなってると思う? どうしてわざわざそんな周りくどい事、見せびらかすみたいにしたと思う?
 光はこれでも、警察に期待できると本気で思うっての?
 そのあと体育館なんて特定されやすくて貸し切りし辛い公共施設に全員集めてさ。
 掃除が面倒なのに殺しまでやっちゃって、こんな首輪までご丁寧に人数分用意しちゃって。
 しかもまた麻酔銃で眠らせて島に運ぶって、もうそれ手が込みすぎて個人とか組織とか、そこらの会社で出来るレベルじゃないよ。
 周到な計画とあらゆる準備と、膨大なお金と相当な権力や根回しが要る。
 多分、それを杏達に解らせたかったんだと思うんだけどなぁ……ま、全部杏の勝手な推測だけどさ」

捲し立てるようなその言葉に、光は押し黙る他なかった。
その通りだ。こんな大事件、警察が来るならとっくに来ていてもおかしくないし、わざわざ足が付きかねない目立つ行為をしているのは、
逆説的に警察が来ないのだとアイドル達に解らせるためだったと思えば合点がいく。
元に、光自身ロケバスでの移動中に記憶がなくなっていた。だとすれば、テレビクルーの中に光を攫った共犯者が居たことになる。
光は思わず浅はかな自分の考えに舌を打った。何がヒーローだ。そんなことすら、考えが及ばなかっただなんて。

「じゃ、じゃあ何だって言うんだ。国ぐるみとか言い出すんじゃないよな?
 そんなの、それこそ戦隊モノよりよっぽど大掛かりなアニメ映画みたいな展開だぞ」
「ま、でもそう考えるのが普通だと思うけどー?
 まだ皆冷静になってなくて気付いてないだけで、よっぽどそこらの映画より映画映画してるよ、今の状況って」

光の疑問へ諸手を上げて答えると、杏は小さく欠伸をした。

「ま、孤島で殺し合いって漫画とかゲームじゃよくある設定だけど、正直なんで私達みたいなアイドルが選ばれたのか目的が皆目わっかんないけどさ。
 少なくとも、ドッキリじゃあなさそうだし」
「……でも……そんな、そんな簡単に殺し合いが起きるわけ……」

光は唇を噛みながら、悔しそうに呟く。杏は涙混じりの眼を擦ると、肩を竦めた。
かな子は押し黙ったまま、横目で机の下を見る。皮膚が白くなるくらいに強く握られた光の拳は、小さく震えていた。

「と に か く」

杏はそれを知ってか知らずか、声色を上げてゆっくりと言う。

「杏達は暫く此処に残って、休憩がてら方針を練るとするよ。
 今日はもうやめ。三日分くらい喋ったから、杏は向こう一週間はエネルギー切れだよ。
 光はこれからどうするかしんないけど、今の考え方のまま動くのはやめた方がいいかもって事だけは言っとく」
「「――――――――――へっ!?」」

杏の言葉に、今度は光とかな子が声を上げて叫ぶ番だった。


259 : 飴色ルドベキア ◆sRnD4f8YDA :2016/07/15(金) 19:30:43 2H9t5rCo0
突然のシンクロニシティに、杏は眼を丸くし、思わず、は? と呟く。

「んあ!? なんかおかしいこと言った?」
「えっ、だって一緒に行動しないの!!?」

杏の発言に椅子から身を乗り出して真っ先に叫んだのは、意外にもかな子だった。
その言葉から三秒遅れて、ああ、と杏は掌を拳でポンと叩く。
しかしそこで再び硬直、更に三秒後には、杏は顎に人差し指を当て、唸りながら首を捻った。

「ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜いや……誰かの為とか、杏にはできないから……ヒーローとかも別に興味ないしなあ〜〜〜……。
 なーんか色々付き合わされて大変そうだし……杏は杏の為に動きたいしさぁ……」
「あ、杏ちゃん……」
「杏……」

呆れたような声に、はっとして杏は二人を見る。
2つのジト目が自らの方を向いていることに気付くと、杏は唇をひくつかせ、うえっ、と奇妙な叫び声を上げた。

「な、なんだその軽蔑の眼差しは……! そ、そんな目で見られても杏は考えを曲げないぞ!」

あれ、おかしいぞ。
杏は冷や汗を浮かべながら思った。
いつの間に二対一? あれれ? いつ形勢逆転したんだっけ?

「いいや、駄目だ」

光が腕を組みながらしたり顔で言う。冗談じゃない、と杏は椅子ごと後退さりながら思った。
事なかれ主義の杏にとって、光は最も面倒なタイプだ。トラブルメーカーに付き合ってなんかいられない。

「杏みたいな生意気で小さな女の子を放っておけるか」
「生意気は余計だし自分だって小さいじゃん!」
「ばっ……ち、小さくなんかない! 140cmはあるんだぞぉ!?」

杏が叫ぶとみるみるうちに光の頬は赤くなり、小さくないと言わんばかりにがばりと立ち上がった。
かな子と杏はそんな光を見上げる。
……あっ……なるほど、うん……小さい。

「140って杏と1cmしか変わんないし」
「私のほうが大きいっていうのは言っちゃ駄目かな……はは」
「ぐ……と、とにかく! アタシは杏とかな子を守るんだからな! ヒーローとしての義務! だ!
 うおォ、燃えてきたぜ!! こんな時こそ、南条式呼吸法で勇気を出すぞ! お腹に気合を溜めて……ハァァァーッ!!」

口を尖らせて威張る光を見ていると、杏は妙なことばかり考えていた自分が馬鹿らしくなり、肩の力が抜けていくのを感じた。


260 : 飴色ルドベキア ◆sRnD4f8YDA :2016/07/15(金) 19:31:47 2H9t5rCo0
存外暫くは、こうして小うるさいのも悪くないかもしれない。そうすれば、無駄な事を考えずに済みそうだから、と杏は思った。
どの道、三人は知り合ってしまったのだ。杏も、光も、かな子も。ここでこうして話してしまった以上は縁のある間柄。
ならば、その流れに身を委ねるのは成行き上至極当然の道理だ。

「わかったわかった。根負け。も〜勝手にしてよ……まったく」

杏は腕を組み、教室の白い天井を見上げながら、諦めたように零した。
少しだけ、やれやれと息を吸う。ああ、でも、と杏はふと思い出したように瞬きをした。

「あのさ。光。これだけ、約束してほしいんだけど」

杏は視線を目の前に落とすと、言葉を一つ一つ探るように言う。
「約束?」
光が訝しげに訊く。
「うん、約束」
杏は頷いた。
「迷惑だしだるいから、無茶だけはしないで。特に自分を犠牲にとか、全員助けるとか、なんだとかさ。そーゆーのだけはナシ」

光は僅かに顔を曇らせ、かな子の方へ助けを求めるように顔を向けたが、この意見にはかな子は賛成だったらしく、諦めたように光は肩を落とした。

「振り回されるのだけはほんとーに勘弁だからね。
 杏は嫌だぞ。心情的に金も出ない余計な分まで働きたくないし、物理的にも無駄に動きたくないんだ。
 杏の夢は印税生活、それだけ。触らぬ神に祟りなし、寝た子は起こすなってね」

自慢気に人差し指を上に向けながら語ると、杏は鼻から息を吐く。
威張ることではないし後半は誤用だよね、とかな子は思ったが、言うと少し面倒そうなのでその気持ちは胸にしまった。

「……その夢はどうかと思うけど……私も、杏ちゃんに賛成かな。光ちゃん、無茶だけは駄目だよっ」
「ああ、わかったよ。無茶はしない。約束だ。ヒーローは約束は絶対に守るんだぜ」

かな子は両手をぽんと合わせ、にこりと笑う。光は力強く頷いた。


「ぁ」


ふと、探しものを見つけた時のような声で、杏が零す。

「ひとつだけ、言い忘れたよ。その前に、光。酷いことばっか言っちゃって、ごめん。
 でも、やっぱ光の考えは正直杏には理解できない。判るんだけどさ、解らないんだよね。
 ……けど、さ」

杏が窓の外を見ながら続ける。空には名前も知らないまだら模様の鳥が大きな弧を描いて飛んでいた。
かな子と光は顔を見合わせ、杏を見た。杏の表情は、薄栗色の髪の毛に隠れて見えない。

「誰かのために泣けるって、ホントに凄いことだと思う」

杏が振り返る。
そう言って見せた杏の笑顔は、指で触れればたちまち崩れてしまいそうなくらい弱々しく、揺らぐ陽炎のように儚かった。

「うん」

光は、小さく頷いて杏が見ていた空を見る。嘘みたいに麗らかな日和で、青い絵の具を塗りたくった様な突き抜ける青が、ずっとずっと向こう側まで続いていた。
地平線はきらきらとフィラメントの様に光を反射する海原と空とが混ざり合い、輪郭がひどくぼやけている。
ガラス越しの日光はぽかぽかと暖かく、眠くなりそうな丁度良い気温だった。

「杏には、無理だったから」

視界の隅で、少女がぽつりと呟いた。
それは聞き耳を立てないと逃してしまうくらい小さな声だったが、ただの独り言と片付けてしまうにはあまりに細く切ない声で、思わずはっとした光は彼女の方へ振り向く。
ところが机に伏す彼女は幸せそうに寝息を立てていて、光は数拍呆気にとられた。やがて自然に、くすりと笑みが溢れる。
かな子も同じ気持ちだったのだろう、つられる様に肩を揺らした。
あんなにも酷い事があった後、おまけに此処は殺し合いの舞台。
剰え今しがたその危険性を説いた彼女がこんなにも無防備に眠りに落ちてしまうのが、二人の双眸にはとてもおかしく映った。
かな子と光は顔を見合わせ、息を殺して笑う。不思議だった。さっきまでギスギスしていたはずなのに、と二人は思う。
考え方も違えば、性格も違う。そんな三人だったが、なかなかどうしていいトリオになりそうだ、と光は思った。
かな子もきっと同じ気持ちなのだろう、こちらを見て小さく頷く。




 右にヌガーの剣を。左にクッキーの天秤を。背にはマシュマロのマントを。頭にキャラメルの王冠、羽織るローブは、真っ赤な苺のアイスクリーム。
 右の剣は罰を穿ち、左の天秤は罪を計る。マントの向こうは煌めく真実の黄金郷。
 即ち正義の権化であれど、その身は飴細工で出来ていた。熱に溶け、時間で崩れ、簡単に消えてしまう儚く弱い正義の標。
 何時まで地に足を付け立っていられるのかは分からないけれど、それでも前に進もう。少しでも、少しでも。

 ちっぽけでちくばぐな三人の物語は、こうして、始まった。


261 : 飴色ルドベキア ◆sRnD4f8YDA :2016/07/15(金) 19:32:28 2H9t5rCo0
【一日目/D-6/朝/鎌石小中学校3F教室】

【双葉杏】
[状態]健康 軽く睡眠中
[装備]セーラー服(大きめ) 手鏡 ポケットティッシュ
[所持品]基本支給品一式、ライブ衣装、不明支給品×1〜3
[思考・行動]
基本方針:基本的に学校に籠城し、資材や情報を集めつつ脱出する算段を練る
1:ZZZ...

【三村かな子】
[状態]健康
[装備]無し。私服。
[所持品]基本支給品一式、不明支給品×1〜3
[思考・行動]
基本方針:杏と一緒に行動する
1:杏を寝かせ、暫く光と話す
2:お菓子が作りたいなぁ……

【南条光】
[状態]健康
[装備]無し。私服。
[所持品]基本支給品一式、不明支給品×1〜3
[思考・行動]
基本方針:杏とかな子と一緒に行動、仲間を集めて悪を倒す
1:ヒーローになる
2:杏を寝かせ、暫くかな子と話す


262 : ◆sRnD4f8YDA :2016/07/15(金) 19:32:57 2H9t5rCo0
投下終了です。


263 : ◆c8luDcK3zQ :2016/07/15(金) 19:42:33 yFsVsAiY0
投下お疲れさまです。
遅れてしまいましたが、私も投下させていただきます。


264 : ◆c8luDcK3zQ :2016/07/15(金) 19:43:31 yFsVsAiY0
両肩で風を切りながら少女――安斎都は道から多少逸れた雑木林を駆け抜けていた。
スカートから露出した足に、草が当たってむず痒い。
時折、虫が引っ付いてきて、ぞわりとした感触が全身に広がる。
嫌な汗が背中から吹き出し、服がぴったりと張り付いてきて気持ちが悪い。

それでも彼女は走ることをやめなかった。
何故?
答えは簡単だ。彼女は追われている。
追われているから逃げる。至極当然のことだ。
では、彼女は誰に何故追われていたのだろう?それを説明するためには、少々時間を遡らなければならない。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

1時間半ほど前。
あの悪夢のような状況を最後にブラックアウトした都の意識は、固くて冷たい床の上で回復していた。
現在の居場所が、あの体育館ではないことを確認して安堵から一息つく。無論、場所が変わったからといって、状況まで好転していたわけではないのだが。
湧き上がる倦怠感を何とか抑え、上半身を起こすと見覚えのある風景が目の前に広がっていた。
どこまでも続きそうな長くて暗い闇。ぽたぽた、と垂れ落ちる水滴。
推理力に自信のある都には、此処がどこにでもあるようなトンネルだと判別がついた。

そんな、ある種の極々普通な光景とは裏腹に、都の脳裏に浮かぶのは先程の異様な光景だった。
人が死ぬのは何度も何度も見たことがあった。
しかし、それはあくまでテレビドラマや小説、謂わばフィクションの中での話。
現実の、実際の死が彼処まで凄絶で心ないものとは知らなかった。
迸る爆発音。それに呼応するかのように飛散する紅い恐怖。いつも可愛らしい笑みを浮かべていた顔は、見る影もなくぐしゃぐしゃになっていた。
もし、あれがテレビドラマのワンシーンだったのならば、批判殺到、ネット大炎上、企画立案者は首を飛ばされるだろう。
それほどまでに、あの死は酷たらしい。

「殺し合い……」

千川ちひろの健闘叶わず、無慈悲なこの催し物は幕を開けてしまった。
ならば、次に死ぬのは誰だろう。
それは、もしかしたら自分ではないのか?


「いけない……」

自分が死ぬなどとは考えてはいけないのだ。
都は探偵。決して被害者ではない。
そして探偵には、事件を解決する義務がある。

そんなことを考えていたときだった。唐突にトンネル内に大声が響き渡ったのは。


265 : ◆c8luDcK3zQ :2016/07/15(金) 19:45:14 yFsVsAiY0


「ボンバァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!」
「ひぃっ!?」

光の中からトンネルの闇へと向かってきたのは、頭の後ろで躍るように跳ね上がるポニーテールと、夕日のように真っ赤なシャツが特徴的な少女。
声は相当に大きく、都が腑抜けたような声を出してしまうのも無理はない。
日野茜――超が何度も付くほどの人気アイドルだ。

「これはこれは!都ちゃん!おっはよーございまーーっす!!!!!!」

茜は、おおよそ場違いなほど脳天気に明るい声を上げて都に駆けよってくる。

「えっと……茜さん。その、右手の物はいったい……」
彼女の右手には、ナイフが握られていた。

「これですか!!大丈夫です!!!これはただの支給品ですので!!!!!!」
「そういう問題じゃなくて……危ないのでしまってくれませんか?」
「はっ!!これは失礼しました!今すぐしま……っておわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

ナイフをしまおうと余所見をしたせいだったのか、ダッシュで都のそばへと駆け寄ろうとしたせいだったのか、
彼女は滴る水によって形成された水溜まりで滑って盛大に転んでしまった。
そして、彼女が右手に持っていたナイフは当然進行方向に――都の方へと飛んでいき、その柔らかい肩の肉を抉った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


そんなわけで、安斎都は、探偵は日野茜から、恐怖から逃げ出してきているのであった。
不幸中の幸いか、すぐ傍にあったデイパックを担ぐことができていた。

走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って、狂ったように逃げまどって、時間がわからなくなるほど彷徨って、
「あっ、あっ、はぁっ、はぁっ、げほげほっ」
息が切れて、咳が出てきた。
関係ない。
木の枝によって頬や首筋が切り裂かれた。
知らない。
足がもつれて転びそうになる。
それでも。

安斎都が今考えられるのは、恐怖から逃走することだけだった。


【D-08/一日目/午前】
【安斎都】
[状態]混乱状態、肩に抉り傷、顔や首筋に裂傷
[装備]
[所持品]基本支給品一式*1、不明支給品(1〜2)
[思考・行動]
基本:この事件、名探偵安斎都が解決してみせます!
1:日野茜から逃げる
2:恐怖から逃げる
3:逃げる


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


安斎都が逃げ去り、大分経った今でも日野茜は動かずにいた。
否。
動けずにいた。

あのとき。
茜の持っていたナイフが都の肩を抉ったとき。
返り血が偶然、茜の口の中へ入ってしまったのだ。

──美味しい
床に突っ伏したままの茜は、あまりの感動に両手で顔を覆う。
──なんて、なんて美味しいんだろう
手の下から、おもわず涎が零れる。
──人間がこんなに美味しかったなんて
微睡んだかのように細くなる目、吊り上がる唇。
今や茜の顔に浮かんでいたのは、多くのファンを魅了した明るい笑顔ではなく、悪魔の笑みだった。

茜は這って移動し、落ちているナイフを拾い上げる。
──こんなにたくさん血が付いてる
ナイフをゆっくりと舐めると、言いようのない満足感が湧き上がってくる。
──美味しい 美味シイ オイシイ
続けて都の肩肉を口に入れる。採れたて新鮮だ。
──オイシイ
牛肉や豚肉、鶏肉なんかとは比べ物にならないほどの幸福が舌にもたらされる。
──コンナニオイシイモノ、ドウシテイママデシラナカッタンダロウ
一度こんな味を、快楽の味を、殺人の味を知ってしまったらもう引き返せない。


「未央ちゃんたちはどんな味がするんでしょうか!!!!!!楽っしみです!!!!!!!!!!!!行くぞぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!」
今から食事をJust Do It!です。未央ちゃんたちもきっと食べられることに同意、してくれますよね?


【E-08/一日目/朝】
【日野茜】
[状態]恍惚
[装備]ナイフ
[所持品]基本支給品一式*1、不明支給品(1)
[思考・行動]
基本:人間のお肉美味しいです!!!!!!!!!!!!
1:未央ちゃんや藍子ちゃんのお肉はどんな味がするんでしょうか!!!!!!
2:都ちゃん!次に会ったらまた食べさせてくださいね!!!!!!
3:未央ちゃんや都ちゃんじゃなくてもいいから食べたいです!!!!!!!!!!!!
4:お肉にはお米が欲しいですよね!!!!!!


266 : ◆c8luDcK3zQ :2016/07/15(金) 19:45:53 yFsVsAiY0
投下終了です。


267 : ◆c8luDcK3zQ :2016/07/15(金) 19:46:51 yFsVsAiY0
すみません。タイトルを忘れていました。
タイトルは『安斎都の大冒険』とさせていただきます。


268 : ◆sfpPNdgRiA :2016/07/15(金) 20:14:15 M/anG/NA0
茜ちゃん追加予約します


269 : 名無しさん :2016/07/15(金) 20:47:31 2tKCIxmY0
急に昔のロワみたいなスカム登場話出てきたな


270 : 名無しさん :2016/07/15(金) 21:14:12 UiY/jBm.0
これは探偵の血肉が人並み外れて美味だっただけでは?


271 : ◆c8luDcK3zQ :2016/07/15(金) 21:18:19 yFsVsAiY0
>>268さんには大変申し訳ございませんが、拙作を破棄させていただきます。
お見苦しいものをお見せしてしまい、申し訳ございませんでした。


272 : ◆sfpPNdgRiA :2016/07/15(金) 21:19:22 LC4XxfFk0
>>271
書いてるから勘弁


273 : 名無しさん :2016/07/15(金) 21:21:08 2tKCIxmY0
当の書き手が破棄するって言ったら破棄でいいのでは


274 : 名無しさん :2016/07/15(金) 21:30:08 UiY/jBm.0
他の書き手が予約したあとならもう優先権は移ってるでしょ


275 : 名無しさん :2016/07/15(金) 21:36:14 znRdzbnU0
その理論ならどんなに問題がある作品でも早い者勝ちの予約で存続させられるってことになるような
というかこういう裁定で思ったけどイッチはめっきり顔出してないがいるんだろうか


276 : 名無しさん :2016/07/15(金) 21:42:00 WafjszyA0
そこのルールがっばがばだったからな
ガバガバルールを強権で整備できる人間消えてるのは痛い


277 : ◆TTIVMQ2Re2 :2016/07/15(金) 21:42:53 SU.RociA0
よく分かりませんが、>>264-265様の作品が破棄されるようであるならば、
島村卯月、日野茜の登場話を予約させていただきます。

作品破棄を撤回、あるいは制度上できないのであればこの予約は無視してください。
>>1様や◆c8luDcK3zQ様のご判断をお待ちしております。


278 : ◆sfpPNdgRiA :2016/07/15(金) 22:18:01 LC4XxfFk0
ぐっちゃぐっちゃだなあw
茜ちゃん外すから登場話は破棄の方向でいいかと


279 : ◆sfpPNdgRiA :2016/07/15(金) 22:21:45 LC4XxfFk0
うーん、アーニャも破棄します


280 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/15(金) 22:30:54 ZLlcX57M0
アナスタシア追加で予約します


281 : 名無しさん :2016/07/15(金) 22:43:59 UrhSNNmI0
皆様投下乙です。

【参加者名簿】
●遊佐こずえ/○宮本フレデリカ/○荒木比奈/○村上巴/●浅利七海/○鷺沢文香/●速水奏/○大西由里子/●緒方智絵里/○輿水幸子
○木場真奈美/○鷹富士茄子/○高峯のあ/○ヘレン/○二宮飛鳥/○橘ありす/○森久保乃々/○渋谷凛/○片桐早苗/○椎名法子
○上条春菜/○本田未央/●十時愛梨/○財前時子/○市原仁奈/○綾瀬穂乃香/○成宮由愛/●藤居朋/○青木聖(ベテラントレーナー)/○双葉杏
○三村かな子/●龍崎薫/○一ノ瀬志希/●クラリス/●赤城みりあ/○持田亜里沙/○服部瞳子/●望月聖/○結城晴/○新田美波
●佐城雪美/○南条光/○/○/○/○/○/○/○/○
○/○/○/○/○/○/○/○/○/○

残り枠18/60(予約中の未登場キャラ除く)
生存者49/60

【継続中の予約キャラ(未登場18名)】
◆wKs3a28q6Q:2016/07/13(水) 10:54:56
ヘレン(リレー)、高峯のあ(リレー)、安倍菜々、横山千佳

◆5A9Zb3fLQo:2016/07/13(水) 15:35:38
吉岡沙紀、佐久間まゆ

◆DLJN9IYTHI:2016/07/13(水) 19:18:59
白菊ほたる、佐藤心

◆6JLtpzxVmw:2016/07/13(水) 21:15:32
本田未央(リレー)、矢口美羽

◆qRzSeY1VDg:2016/07/14(木) 00:16:00
八神マキノ、藤本里奈、アナスタシア

◆09Iyx3o/CA:2016/07/14(木) 01:40:55
早坂美玲、星輝子

◆GhhxsZmGik:2016/07/14(木) 14:33:54
ルーキートレーナー、イヴ・サンタクロース、水野翠

◆yOownq0BQs:2016/07/14(木) 18:07:20
的場梨沙

◆TTIVMQ2Re2:2016/07/15(金) 21:42:53
島村卯月、日野茜


282 : 名無しさん :2016/07/15(金) 22:45:36 UrhSNNmI0
現在位置

【朝】
A-2
渋谷凛
片桐早苗

B-4 鎌石村の小さな教会
(クラリス)

B-4 民家
新田美波
(佐城雪美)

C-3 鎌石村役場
宮本フレデリカ
荒木比奈

D-1
結城晴

D-5 草原
輿水幸子
(緒方智絵里)

D-6 鎌石小中学校3F教室
双葉杏
三村かな子
南条光

E-2 菅原神社
椎名法子
上条春菜

E-7
木場真奈美
鷹富士茄子
高峯のあ
ヘレン

F-1
青木聖(ベテラントレーナー
(藤居朋)

F-4
二宮飛鳥
橘ありす
森久保乃々

F-8
村上巴

G-1
綾瀬穂乃香
成宮由愛

G-6 道
財前時子
市原仁奈

H-9
本田未央
(十時愛梨)

I-6
持田亜里沙
服部瞳子
(赤城みりあ)
(望月聖)

【午前】
G-3 平瀬村分校跡
一ノ瀬志希
(龍崎薫)
(浅利七海)

I-10 灯台
鷺沢文香
大西由里子
(速水奏)

【???】
???
(遊佐こずえ)


283 : ◆5A9Zb3fLQo :2016/07/15(金) 23:00:57 /74kIymw0
吉岡沙紀・佐久間まゆ投下します


284 : 恋する少女の分岐点 ◆5A9Zb3fLQo :2016/07/15(金) 23:02:38 /74kIymw0

死ぬのが怖い。

あの人に会えなくなる事が怖い。

だから――


死ぬのが怖い。

あの人を愛せなくなる事が怖い。

だけど――

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


285 : 恋する少女の分岐点 ◆5A9Zb3fLQo :2016/07/15(金) 23:05:45 /74kIymw0

朝日に照らされ、2つの影が対峙していた。
一人はこの殺し合いの場には似つかわしくないフリルとリボンをふんだんにあしらったドレスを纏った少女。
もう一人は所々に乾いたペンキをこびりつかせたジーンズとパーカー、そして帽子を被った少女。
パーカーの少女の両手に握られたS&W M36が、ドレスの少女へと向けられている。
偶然だった。
無作為にさ迷っていた結果の偶発的な遭遇。
咄嗟に向けられた銃が、奇妙な膠着を生んだ。

「――沙紀さん」

銃を向けられた少女・佐久間まゆが、銃を向けた少女・吉岡沙紀へと声をかけた。
その声に、沙紀はびくりと体を震わせる。
逆光に照らされ、被った帽子の影に隠された沙紀の表情は伺いしれない。

「沙紀さん、まゆは殺し合いに乗る気はありません。武器をおろしてもらえませんか?」

その言葉とともに、まゆがおそるおそるデイパックを地面へと下ろした。
そのまま両の手を開き沙紀へと見せ、武器になるものを隠し持っていない事を証明する。
まゆは完全な無防備状態となったが、それでも沙紀は銃を下ろさない。
緊張が両者の頬に冷たい汗を流させる。

「まゆちゃん」

沈黙を破ったのは沙紀だった。
普段の軽快で明るい調子はその声色にはない。
僅かに見える沙紀の口許にはいつものやんちゃさを感じる笑みはなく、真一文字に結ばれている
絞り出すような低く苦しげな声。
それはまゆに不穏な予感を想起させるに充分過ぎる程の効果があった。

「アタシは、この殺し合いに乗るって決めたんすよ」

まゆの中に生じた不安は的中した。
吐き出すような苦々しい物言いに口をへの字に歪め、沙紀の指がゆっくりと撃鉄を起こす。

「なんで、ですか」
「まゆちゃんならアタシの気持ち、わかると思うっす」

沙紀の物言いに、まゆは1つの噂を思い出した。
まことしやかに囁かれていた噂だ。

"吉岡沙紀は担当のプロデューサーと隠れて付き合っている"

確証もなく、さっぱりとした性格の彼女がこそこそと付き合うような真似をするものかと一笑に付される程度の与太話。

「あの噂、本当だったんですか?」
「そこまでは行ってないっすよ、あの人に迷惑かける訳にもいかないっすから。
でも、好きではあるっす」

ああ、そうか。とまゆは得心がいった。
まゆはまゆのプロデューサーを愛している。
沙紀も沙紀のプロデューサーを愛している。
ここで死ぬことになれば、もう愛するプロデューサーに会えなくなる。
で、あるならば。


286 : 恋する少女の分岐点 ◆5A9Zb3fLQo :2016/07/15(金) 23:06:35 /74kIymw0

「沙紀さんのプロデューサーさんの所に帰るため、ですか」
「そうっす。自分でも最低な理由だって事は理解してるつもりっす」

渋面が自嘲じみた笑顔へと形を変えた。

「プロデューサーさんを人殺しの理由にしてる。あのお人好しのプロデューサーさんなら、アタシの手が血に汚れてたって見捨てる事はないって打算もある。
最低な女だ、酷い奴だ、そんな決断をした自分が自分で嫌になる」

流れる様に沙紀の口から言葉が漏れる。
言葉の端々から漂う自身に対する嫌悪の感情。
鬱屈した思いがまるで決壊したダムに溜まっていた汚泥のように溢れだして止まらない。
それでも。

「だけど、あの人にもう会えなくなるなんて、アタシは絶対に嫌だ」

それでもそこに、後悔の色だけは決して感じ取る事はなかった。
決意を込めた眼差しはドレスを纏った少女へと完全に照準を合わせている。

「まゆちゃんは、違うんすか?」
「……」
「皆知ってる話っすよ、まゆちゃんがまゆちゃんのプロデューサーさんを好きだってこと。だからまゆちゃんも、アタシと同じ気持ちじゃないかと思って」

試すように、確かめるように沙紀の口から紡がれた問い。
それは、まゆの想い人に対する思いの丈の確認であり、自分と同類にならないかという誘い。
一人よりも二人、協力者がいればそれだけ相手の殺害もしやすくなる。

一介のアイドルでしかない彼女たちに首輪を解除する技術力も知識もない。
このまま座して待っていても訪れるのは「死」の一文字。
それは、まゆも痛いほどに理解していた事だ。
もしも生きて愛する人に再び会いたいと願うのであれば、ここにいる全員を蹴落とす以外の道はない。

「まゆも、プロデューサーさんに会えなくなるなんて絶対に嫌です」

まゆは沙紀の気持ちを肯定する。
微かに、沙紀の目が細まった。

「でもまゆはその為に誰かを殺したいとは思わないです」

まゆは沙紀の決意を拒絶する。
微かに、沙紀の目が見開かれた。

「まゆは、まゆはプロデューサーさんが大好きです。結ばれたいです。ずっと一緒にいたいです。そしてそれと同じくらいプロデューサーさんにはまゆと一緒にいることで幸せになって欲しい」

銃を向けられている事など忘れているかのように、毅然とした態度でまゆが言葉を紡ぐ。
意思を込めた眼差しはパーカー姿の少女へと完全に照準を合わせている。

「きっとここにいる皆を殺して帰っても、沙紀さんのプロデューサーさんみたいにまゆのプロデューサーさんもそんなまゆを受け入れてくれると思います。
でも、その先にプロデューサーさんの幸せは多分ない。まゆはそんなこと絶対に御免です」

ギリ、と歯を軋ませる音が響く。
やめて、とまゆの理性が囁いた。
その先を沙紀に告げれば決定的な終わりが訪れると警告を発する。
そんなことは分かっている、だけれども。

佐久間まゆが本気で恋をする少女であるからこそ、同じく本気で恋をしているであろう眼前の少女に、この問いかけをせねば気がすまなかったのだ。

「ねえ沙紀さん、それであなたは、あなたとあなたのプロデューサーさんは本当に幸せになれると思っているんですか?」

一発の銃声が響いた。


287 : 恋する少女の分岐点 ◆5A9Zb3fLQo :2016/07/15(金) 23:07:14 /74kIymw0

風が銃口から立ち上る硝煙を吹き流していく。
仰向けに倒れた少女と崩れ落ちる様にへたりこむ少女の姿。
顔を蒼白にさせ、沙紀は今しがた自分が命を奪った佐久間まゆであったものを凝視していた。
銃を握った手はカタカタと震え、それが伝播したかのように歯がカチカチと打ち合い口内に音を響かせる。

まゆは動かない。
じわりと倒れた彼女の胸元から赤が広がり、薄ピンクだった服を染め上げていく。
死んだ。
いや、殺した。
沙紀はこの時になって始めて、自分が人を殺したのだと自覚する。

「……っ! ……う……ぉえ……!」

臓腑から勢いよく込み上げる感覚に、咄嗟に俯き、銃から手放した左手を口へとあてがう。
精神的ショックから発生した嘔吐。
吐瀉物が抑えた手から漏れ、べちゃりと地面を汚す。
沙紀は蹲り、嗚咽のような、呻きのような、声にならない声をあげる。

ショックだったのは彼女を殺害してしまった事か、それとも彼女に自分の決意を否定された事で反射的に引き金を引いてしまった事か。
震えていた沙紀の体が次第に落ち着きを取り戻していく。
ゆっくりと、緩慢な動作で顔をあげる。未だに呼吸は荒い。
ざり、と吐瀉物で汚れた左の掌が地面に擦れ、泥にコーティングされていく。
口の中に広がる酸味を伴った不快な感覚に微かに顔をしかめ、デイパックから取り出した飲料水の入ったペットボトルで軽く口を濯ぎ、手についた吐瀉物を洗い流す。

体勢を整えた沙紀の視線がまゆの死体へ向けられる。
暗く沈む瞳に映るのは、既に生気を失った肉の塊。

「幸せになれるかなんて、わかんないっすよ」

ぼそりと、誰に聞かせるでもない呟きが風に乗って消えた。
まるで幽鬼の様なふらふらとした足並みでまゆの方へと近づくと、彼女が地面へと置いていたデイパックへと手を伸ばす。
眠るように死んでいたまゆの顔を、沙紀は直視することは出来なかった。
荷物を確認すると、中に入っていたのは一丁の柳葉包丁。
丁寧にしまっていたところを見ると、まゆは本当に殺し合いに乗る気はなかったらしい事が見て取れた。
無言で中に入っていた荷物を移し換え、沙紀は何処かへと歩き出す。
不意に、遠ざかる足が止まった。


288 : 恋する少女の分岐点 ◆5A9Zb3fLQo :2016/07/15(金) 23:08:06 /74kIymw0

「だけどやるからには幸せにならなきゃ嘘っす。だから、アタシは幸せになってみせる。アタシもあの人も、必ず」

自分に言い聞かせる様に、自分が殺した、己の恋に殉じた少女に宣言するように沙紀が呟いた。
目深に帽子を被りなおし、再び歩きだす。

もう、彼女が振り返る事はない。
もう、彼女が躊躇う事はない。

これは一人の恋する少女の始発点<スタートライン>

【一日目/I-4/朝/森】

【吉岡沙紀】
[状態]健康、精神疲労(中)
[装備]S&W M36(残弾 4/5)、柳葉包丁
[所持品]基本支給品一式×2、予備弾丸(.38スペシャル弾×20)
[思考・行動]
基本:皆を殺して生還しプロデューサーと幸せになる。なって見せる
1.他のアイドルを見つけ次第殺す


289 : 恋する少女の分岐点 ◆5A9Zb3fLQo :2016/07/15(金) 23:08:39 /74kIymw0


こぼれ話。


銃声が響くと同時に佐久間まゆの体を衝撃と痛みが襲う。

ぐらり、とよろめく体を保つ程の力はなく、ドサリとその身体は地面へと崩れ落ちた。
胸元を襲う灼熱と痛み。
こぷ、と内臓を痛めつけられ逆流した血液が口から漏れる。

(あ……まゆ……)

意識が霞む。
熱が失われる。
それは死へのカウントダウン。
漠然と自分が終わっていくのだという感覚がまゆの中にあった。

(……いや……)

こんなところで、死にたくない。
プロデューサーさんに会いたい。
プロデューサーさんに殺し合いになんて乗らず、皆で頑張ったことを伝えたい。
プロデューサーさんに「よく頑張った、生きてて良かった」と抱きしめられ、褒められたい。
ずっと、ずっとプロデューサーさんと一緒にいたい。

それはもう、叶わない願い。

(ぷろ……さ……ん)

まゆの目がゆっくりと閉じる。
瞼の裏に浮かぶのは大好きで、大切で、共に幸せになりたかった一人の男。

もう、彼女が目を開く事はない。
もう、彼女が愛を紡ぐ事はない。

これは一人の恋する少女の終着点<デッドエンド>

【佐久間まゆ 死亡確認】


290 : ◆5A9Zb3fLQo :2016/07/15(金) 23:09:14 /74kIymw0
以上で投下を終了します


291 : ◆TTIVMQ2Re2 :2016/07/16(土) 02:39:09 kuX7hXeQ0

>>:恋する少女の分岐点
うーん、いい! まゆはなんだかんだ言って、ヤンデレ一辺倒よりもこういった良識も備えた乙女の方が個人的には似合うなー。
プロデューサーが大好きで、でも道を違えた二人。今後の彼女を期待させる作品でした。
沙紀ちゃんの終着点が、ハッピーエンドに終えれるのか、楽しみなところです。
◆sfpPNdgRiA様。ご早い対応ありがとうございます。
それでは私も島村卯月、日野茜の登場話を投下させていただきます。


292 : これが笑顔の魔法です!  ◆TTIVMQ2Re2 :2016/07/16(土) 02:41:07 kuX7hXeQ0
 アイドルと言えば聞こえはいいが、詰まるところ、それは職業の一種に過ぎない。
 きらきらと輝いてばかりはいられない。なにも彼女らは万人の救い手たる偶像に漸近はすれども、決して成り代われないのだから。
 泣いて、悔しがり、叫んで、蔑んで、憐れんで、欲情し、喘ぎ狂い、ぐにゃりとした劣情を、楚々としたその身に孕んでいる。
 スピリチュアルな話に限らない。肉体的にも彼女たちはあまりに人間だ。
 思いのほか鮮やかでない赤色の血がどろどろと流れ、胃には汚物が詰め込まれている。

 ああ、アイドルはあまりにも人間だ――。
 
 だとしたら。
 どれだけのアイドルが処女なのだろう。
 彼女はあるとき、そんなことを感じた。
 そう思う彼女は、既に“非処女”だった。
 彼女は“笑顔”でトップアイドルの一人として舞台に立つ。



♪  ♪  ♪



  きっとそれは、誰かの夢の跡



 ♪  ♪  ♪



 島村卯月は五代目のシンデレラガールである。
 育成所を出て間もなく彼女は、“ニュージェネレーション”という新設グループに配属された。
 歌い、踊り、そして観客を沸かせたあの日々の中で、確かに“新しい世代”として世の中に馴染んでいくのを感じた。
 しかし、本田未央が巻き込まれた“暴行未遂”、そして渋谷凜が三代目シンデレラガールとして認められたのもあり、グループは解散となる。
 ラストライブの中、惜しむ観客が多くいる中、未央を揶揄する罵声が飛んできたのをひどく覚えていた。

『レイプされた“非処女”が調子づいてんじゃねえぞ!!』

 いわゆる“アンチ”と呼ばれる人の心ない言葉だ。
 きっとインターネット上の情報に感化でもされたのだろう、憶測交じりの批判が飛来する。
 それでも未央は“笑顔”だった。だからライブも、辛うじて続けることができたし、最後には歓声湧き上がる大団円で終われた。
 でも、彼女はあの時、“笑顔”でいられただろうか。自信がない。ステージに鏡がなかったから。

「だって、“非処女”は――」

 だって、“非処女”は島村卯月だったのだから。
 話を聞く限り、本田未央の“暴行”はそこまで発展しなかったようだ。
 島村卯月の“暴行”はそこまで発展した。――“レイプ”。そう、“レイプ”だ。


293 : これが笑顔の魔法です!  ◆TTIVMQ2Re2 :2016/07/16(土) 02:42:03 kuX7hXeQ0
 ♪  ♪  ♪



 島村卯月は、一人の暴漢に襲われた。
 なんて事はないオフの日の、白昼堂々の犯行だった。
 男の目は血走っていて、謎めいた言葉を呟きながら、卯月へと一本のナイフを突き刺そうとしていた。
 いや、脅しているだけなのかもしれないが、卯月の目にはそう見えてしまう。
 たじろぐ卯月を傍に、奇怪なうめき声を挙げる男は自身のワイシャツのボタンを乱暴に外しながら、にじり寄る。
 微かな悲鳴を上げつつ後退する卯月であったが、いよいよ迫った男を前に彼女は何もできなかった。
 ナイフを捨てた彼に、両の手首を掴まれ壁に追いやられる。はあ、はあ、とどちらともわからない呼吸が空間を支配した。
 狂気を宿す視線が、こちらを辱める。太股――陰部――臀部――胸部――指先――唇――瞳。
 目と目が合う。瞬間、彼女は気付く。現在乱暴している男は本田未央のソロ時代を支えたプロデューサーだった。
 未央自身から両想いの中にあるのだと、写真を見せてもらいつつ教えてもらったことがある。
 びっくりもしたものだ。みんな思うことは似たり寄ったりなんだ、と。

 だからこそ、信じられなかった。
 写真の中ではあんなに仲睦まじい様子を見せていた未央の恋人が、どうして今、卯月を襲っているのかが。
 男の鼻息が荒い。卯月の両手が纏められ、もう片方の手は卯月の顎に添えられた。
 この後何をされるのか。容易に想像がついた。だからこそ、いやだいやだと首を振る。
 それでも、こんな壁際に追い詰められてしまった今となってはそれ以上の抵抗も出来ない。
 あとは簡単だった。
 辛いとき、苦しいとき、どんな時でも支えてくれた育成所のプロデューサーに捧げるはずだったファーストキスはあえなく散る。
 つい半年前、秘密裏ながらもようやく思い結ばれ、恋人となった彼のためにと巡らせていた純潔は、この日に潰えたのだった。



 ♪  ♪  ♪



 すべてが終わった次の日。
 当然のように本田未央の旧プロデューサーは逮捕された。
 卯月の“暴行”に関しては未央のそれ以上に徹底的に報道が規制される。
 “ニュージェネレーション”の元気で素朴な清純派として売り出している彼女が犯されたなど、まかり間違っても報道されるわけにはいかなかった。
 ましてや、それが身内の犯行ならばなおさら――そういった事務所意志は見事に報道陣を見事に弾圧したのだ。すごいな、と他人事のように感じる。
 おそらくは、未央も、そして渋谷凜も卯月の一件に関して知らない。
 卯月自身誰にも話したことはない。ゆえにこそ、この事件もまた、闇の中へ消えようとしていた。
 皮肉なことながらも、未央の一件がある程度隠れ蓑として作用していたのだろう、と今になって思う。

 真相としては、簡単だった。
 一種のスワッピングだ。卯月の恋人であった彼が、未央の恋人であった彼に、とある相談を持ち掛けてきたそうだ。
 曰く、『半年付き合ってきたんだが、身体を預けてくれないの、どうすればいいんだろう』と。
 そんな相談が次第にエスカレートしていって、いつしか本義を見失って、スワッピングのような計画へと弾んだらしい。

 確かに半年間、キスもしてあげたことはなかったし、ましてや身体を預けることもなかった。
 でも卯月はそれが普通だと思っていた。ゆっくりと思いを重ね合って、結婚をしたころにようやくを初夜を迎える。
 あるいはこれが普通ではなかったのか。あまり性的な話をしてこなかった卯月には判断がつかない。
 そもそも島村卯月はアイドルだ。人々の羨望や期待を背負うその身を、やすやすと汚せるわけがなかった。
 手をつなぐだけで満足だった。彼の“笑顔”を見るだけで頑張れる。どこまでもどこまでも、頑張っていけた。


294 : これが笑顔の魔法です!  ◆TTIVMQ2Re2 :2016/07/16(土) 02:42:29 kuX7hXeQ0

 けれど。

「言ってくれたら、私、覚悟だってしたのにな」

 彼が嫌いなわけじゃなかった。
 大好きだった。大・大・大好きだった。恋を、していた。
 だから恥ずかしいけれど、やっぱり間違っているとも思うけれども、女としてそれぐらいの度胸は見せれたはずだった。
 でも、すべては終わってしまっている。
 卯月は汚れた。彼はこの世にさえもういない。

「今でも、好きなんですよ、プロデューサーさん」

 かつて冗談で付けた愛称。
 アイドルとして輝けるのを夢想する卯月を見かねた彼が『とりあえず形から入ってみよう』と軽口を叩いた時から始まった、そんな愛称。
 彼との思い出の日々の象徴として、今もこうして呼んでいる。 
 
 もしかすると裏切られたのかもしれない。
 股を開かない卯月に愛想をつかしたからこその犯行だったのかもしれない。
 それでも思い出の中の“プロデューサー”は確かに笑ってこう言うのだ。

『アイドルは楽じゃない。辛い時も、苦しい時もある。それでも笑顔でいよう。そうすればきっとファンもついてくるし――そういう卯月が、好きだな』

 卯月は“笑顔”で頑張った。
 事件の後もただただ頑張った。
 彼が裏切ろうとも、彼女は彼を裏切りたくはなかったから。
 そしていつしか彼女は汚れた身でありながら、トップアイドルへと辿りつく。辿り、ついた。
 きっと誰かのために、彼女はトップアイドルの座をものにする。



 ♪  ♪  ♪



 お日様のような笑顔が咲いていた。
 日野茜というアイドルで、熱血を具象化させたような人間である。
 テレビでもよく出ていた。バラエティが多かったように思えるがドラマも何本か出ていたはずだし、クイズ番組でも見かけたことがあった。
 とにかく元気な娘で、彼女を見ていると明るくなれると好評で、割とテレビでは引っ張りだこらしい。事実島村卯月もよく目にしている。

 ともあれ、今、この殺し合いの場においても彼女は笑顔だった。
 自分はどうだろう。“笑顔”でいられているだろうか。どんな時でも“笑顔”がモットーなのだ。

「どうしたんですか!! 元気がないですね!!」
「え、そうですか? そりゃあ、あんな後ですからちょっと元気は出ませんけど……」
「そうですよね!! すいませんでした!!」
「あ、ううん。気遣ってもらってありがとね、茜ちゃん」
「いえいえ!!」

 千川ちひろが無情にも殺されたのち、麻酔で眠らされでもしたのだろう。
 いつの間にか運び出された島の中で、彼女たちは出会った。
 特にこれと言ったわだかまりもなく、共に行動しようということになった。
 複数人でいる方が、気分的にも楽であるし、実際その方が色々と都合がいいからである。

「これからどうしましょうね!! 元気がないならとりあえずご飯にでもしましょうか!!」
「ううん、あんまり食欲はないかな……」

 あんな惨殺を見せられた後だ。とても食欲なんてわかない。
 さしもの茜も通ずるところはあったのか、すぐに発言を取り下げて、うーんうーんと腕を組んで悩んでいる。
 卯月も少し考えてみた。まずは何をするべきだろうか。
 首輪の解除だろうか。仲間の呼び込みか。いや、そもそも仲間とは何か。殺さないような人なのか。
 煩悶する内を一つの考えが、ふとして去来する。

「そこまでして私、生きたいのかな」

 口に出してから、しまったと思った。
 そんなことは口にするべきではない。
 ――たとえ、常々思っていたようなことであっても、やはり思うだけと口にするのでは天と地との差がある。
 不都合なことに、目の前には人がいた。なんとも言い逃れができないほど、近くに、鼻と鼻が触れ合うほどに近づいてきた太陽がいる。

「卯月ちゃんがどんな人生を送ってきたか私にはわかんないですけど!! そんなことを言わないでください!!」
「う、うん……」
「生きていれば、きっと活路は開けます!! ボンバー―――!!!! って頑張れば、きっと大丈夫です!!」
「う、うん……」


295 : これが笑顔の魔法です!  ◆TTIVMQ2Re2 :2016/07/16(土) 02:42:49 kuX7hXeQ0

 知ったようなことを言うな。
 溌剌とした彼女に対して内心したためつつ、ぼちぼちと相槌を打った。
 汚れなんてなさそうな、それでも人間である彼女と相対する。
 その視線から何を汲み取ったのか、茜は拳を天へと掲げるように大きく身体を伸ばしながら叫んだ。

「やっぱりご飯を食べましょう!! 話はそれからでも遅くありません!!!!」
「う、うーん……」
「ご飯を食べれば元気が出ます!! 一緒にご飯を食べれば仲良くなれます!!!! どうですか!!!!!!」
「そ、そこまで言うんでしたら……」

 卯月が頷くのとほぼ同時。
 茜は卯月の手を取り、一緒に走り出す。
 あの人が引っ張ってくれた手を握って彼女は駆ける。
 あの人が乱暴に掴んだその手を掴んで彼女は駆け抜ける。
 わわ、と戸惑いつつも歩調を合わせられるのは流石はトップアイドルか。
 あるいは身長ゆえに茜の歩幅が狭かったためか、何もかもかよく分からないまま、卯月は引きずられていった。

「この近くにはホテルっぽいのがあります!! 料理とかできるかわかりませんけど、落ち着いて食べることは出来そうです!!」
「そ、そうなんだ」
「はい!! それと卯月ちゃん!!」
「何ですか?」
「確かに怖いかもしれないけど!! 辛いかもしれないけど!! 笑顔でいてみてください!!」
「え?」

 慌てた様子で、空いた片手で自分の顔を触れてみる。
 解らない。自分が今、どんな顔をしているのか、まるで掴めない。

「考えなきゃいけないことは色々あります!! バカな私でも分かるんだから卯月ちゃんはもっと色々考えてるのかもしれません!!
 それでも、形だけでも笑顔でいたら、少しは気持ちが楽になると思うんです!! 生きる理由が見つかるはずです!!」
「わ、私……そんなに、顔、ひどい?」

 何か良いこと言っている気もしたが、卯月からしてみれば些末な言葉に思う。
 それよりも今、“笑顔”でいられていなかった事実の方が、重く感じられた。

「卯月ちゃんは可愛いですよ!! でも、なんていうか、うーーーーん」

 手を引きながらも、唸る彼女はそこはかとなく器用だ。
 それでも言葉を選ぶを諦めたのか、ちらりと卯月を一瞥し、

「おそらくホテルですから! 鏡ぐらいあると思います!!」

 暗に自分で確認しろ、と告げている。
 なんだか途端に自分が自分じゃあなくなったような錯覚さえ起こして、立ち眩みがした。

「だ、大丈夫ですか!?」
「は、はい……少し立ち眩みがしただけですから」
「いえ、任せてください!! こんな時の私ですから!!」

 言うが早いか、卯月の身体を背負う。

「わ、わわ……!?」
「しっかり捕まっていてくださいね!!!! ボンバーーーーーーーー!!!!!!!!」


 騒がしくも、乙女(しょじょ)であろう彼女に担がれて、卯月は内心ほっと一息つく。
 きっと今は“笑顔”でいられている、と信じられるから。



 ♪  ♪  ♪



 それはきっと、誰かの夢の跡



 ♪  ♪  ♪





【一日目/G-5/朝/ホテル跡付近】

【島村卯月】
[状態]健康
[装備]
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品
[思考・行動]
基本:島村卯月、“笑顔”で頑張ります!!
1.日野茜と行動


【日野茜】
[状態]健康
[装備]
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品
[思考・行動]
基本:笑顔と元気です!!
1.島村卯月と行動


296 : ◆TTIVMQ2Re2 :2016/07/16(土) 02:43:56 kuX7hXeQ0
投下終了です。
問題がありましたらお願いします


297 : ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/16(土) 03:14:29 IZt3H3Cw0
投下お疲れさまです感想もありがとうございます。

椎名法子、上条春菜、ベテラントレーナーで予約します


298 : ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/16(土) 09:23:02 bGFTOleg0
服部瞳子、島村卯月、日野茜を予約します


299 : 名無しさん :2016/07/16(土) 10:35:31 KCE8DcBI0
このロワのちょいちょい闇が飛び出てくる感じ好きだよ


300 : 名無しさん :2016/07/16(土) 12:27:00 mwlESg720
シリアルキラーロシア人やレイプや食人や殺すセックスみたいな社風に合わないアイドルはロワで消毒だぁ〜


301 : 名無しさん :2016/07/16(土) 16:35:06 tQ5pkWAQ0
とうかおつです

>飴色ルドベキア
頭がいいからこそ現実的な話に落とし込みたがる杏ちゃんとヒロイズムに生きる南条君、
食い合わせが悪いながらもどっちも優しい子だからお互いのことを嫌いになるわけじゃないのがとても美しい感じだし、
いさかいになりそうなところをうまく収めるかな子のフォロー力が光っている…こんなトリオがあるとは。
感情の丁寧かつ豊富な語彙での描写力と相まってすごく読み応えがありました。

>恋する少女の分岐点
おおお。吉岡さんがこのロワでこの役を担うことになるなんて……。絵のイメージしかなくてごめん!
やってみなきゃわからないで行動に移せるのもまた心の強さですよね。頑張る子は好きなので頑張ってほしい
まゆのほうも、愛に狂うよりやはりこういう書かれ方のほうが似合うよなあ。ロワ書き手みんなまゆ愛が強い。

>これが笑顔の魔法です!
このロワはニュージェネレーションになんのうらみがあるんだよ!w
アイドルをアイドルとしてかかず生々しいところもあるんだよと主張していくところはすごく好きです
盛られた重い設定に対して、底抜けどころか地面抜けくらいの明るさを持つ茜ちゃんのおかげでなんとかバランスが取れたのだろうか?
それとも…いや、こういうのは本当に後を引きますからね…女の子しかいないロワだからまだよかったけど…。


302 : ◆DLJN9IYTHI :2016/07/16(土) 16:35:54 tQ5pkWAQ0
投下します


303 : 砂糖は不幸の味がする ◆DLJN9IYTHI :2016/07/16(土) 16:37:56 tQ5pkWAQ0
 
 ツインテールを、ほどく 髪留めを、外す
 衣装は、脱ぐ クローゼットを、漁る 適当な服へ、着替える
 洗面所へ、向かう 蛇口を、捻る 顔を、洗う
 化粧を、落とす。記号を落とす 
 何回も、繰り返し、洗う。
 皮膚の角質が取れるのではないかと思うくらいに洗う、痛くても知らない
 流れていくものを水に雑じらせる それでいいこれでいい さあ流し台へ余計なものをすべて流してしまえ。

 おっけー。泣き止んだ。

 顔上げれば鏡に映っているのはオフの日に見るような自分の顔だった。
 野暮ったいほどの量の脱色した髪の毛、基本的に押さえつけているせいで変な方向に跳ねる、いつものことで見ても気分が悪くなるだけ
 丸くてきったない鼻にいまいち覇気のない瞳、メイクが剥がれればその正体を剥き出しにする
 救えねえよな、トシってのは
 それでもまあ小奇麗なほうだと自負はしてる、維持の努力はしてきたから、すっぴんでも同い年よりはマシだと空元気で首を鳴らす、
 ま、だからといってこんな素の顔でTV番組なんか出た日にゃあ百年の魔法も解けちまうと思うと言われれば同意以外にないけども、

 つまりはなんだ、そこにいたのは、なんの見栄えもない、ただの「佐藤心」だ。
 少なくともそこに、「しゅがーはーと」はいない。 いいか、「しゅがーはーと」は、居ないんだ。
 ここから何がおきようと何を起こそうとすべては「佐藤心」だけの責任だ。

 「だからこれは、ノーカンだっつう話」

 ホルダーに9mm拳銃を差す 逆手で果物ナイフを握る ナイフのほうは現地調達品、少し錆びてて鈍い切れ味 おしなべて殺す気はマンタン
 「しゅがーはーと」は乗らないが(重要だからメモれ)、「佐藤心」はこのクソみたいなゲームに乗った。
 リユウ? 死にたくねえからだよ 終わりたくねえからだ 死なせたくないし終わらせたくないから
 それ以外にヒトがヒトを蹴落とす理由になにがあるんだ、っていうハナシだろ
 恐怖に怯えて逃げるような理想に殉じて自死るようなおめでたい頭なら26までアイドルやってねえんだよ。

 「しゅがーはーと」は、最高のアイドルだ! キツかろうがなんだろうが「佐藤心」自身が誰よりそのことを信じてんだ。
 「佐藤心」自身が誰よりそのことを信じてあげなきゃ「しゅがーはーと」がかわいそうだろうが
 だからやるんだよ やるしかねえんだよ。アイドルなんだよ偶像なんだよ ただの人じゃないし商品でもある
 支えてくれた人、信じてくれた人、愛してくれた人、笑ってくれた人、そいつらが肩に乗っかってる限り勝手に死ぬなんて許されないに決まってる
 なにより「佐藤心」が、 わたしが「しゅがーはーと」を誰より一番応援してんだ 誰にも殺させたくねえ。汚させねえ。
 だから、だから、だから 「しゅがーはーと」のためなら。「佐藤心」はいくらでも汚れてやる。

 行くぞ見てろよ……いや……見るなよ。
 絶対に見るな。
 このステージは見世物じゃねえぞ。


 ★


 鬱蒼と茂る森の奥に朝日さえ届かないような深闇がある、スポットライトの当たらない日陰は、アイドルが居てはならない場所だ。
 その中を佐藤心は草を踏みながら周囲に気を配りながら歩く。
 住宅街からあえて野を分けて奥に入ったのは、隠れている奴を探すため、同時に自分がある程度の時間身を隠すためでもある。
 体力だけでいえばアブラの乗った中高生のほうが今の佐藤心よりあるだろうし、初手から隠れを選んでる臆病者なら、体力をかけずに殺せる。
 ちょっと探してみて誰もいなかったら休んで牙を研ぐ……どちらかといえばそのつもりだったが……見つけた。

 エアポケットのように開けた空間。 
 少女が紫のドレスを着て、こっちを見ていた。


304 : 砂糖は不幸の味がする ◆DLJN9IYTHI :2016/07/16(土) 16:38:43 tQ5pkWAQ0
 
 「……!」
 「はぁとさん…………おはようございます。私を殺すんですか?」

 両の瞳に昏い艶をまとわせ、少女が佐藤心を見やる。

 「私を殺すのは、やめたほうがいいと思いますよ」

 夜色のショートヘア、小さい。細い。ドレスで膨らませていなければあまりにも華奢だったろう、押せば倒れそうな体。13歳。
 白菊ほたるという名の少女は、そのまま開口一番に、佐藤心の内部に這入る言葉を吐いた。
 私を殺すんですか? はぁとさん。
 
 「はァ?なにいってんだ殺すんだよ。やめろと言われてもやるつもりでやってんだ。
  でもその前に、誤記の訂正が必要だな?はぁとはここにはいないよ。佐藤心しかいない。あんたを殺すのは、佐藤心だ」
 「いやだな、おかしなことを言わないでください。私の目の前には、はぁとさんが見えています。
  栗色のきれいな髪、今日はむすんでないんですね。印象が変わって、大人っぽいです。美しいと思います」
 「………………んだと」

 芝居がかった声の白菊ほたる。佐藤心はいら立ちを覚えた。なんだ、こいつ。こいつこんなやつだったか?

 「てめえ…………ざけてんのか」
 「どうしてですか?」
 「演技してる場合かっつってんだよ……! 殺し合いだぞ! アイドルのつもりか!」
 「アイドルの、つもりです。だって、アイドルですから」

 手を広げる。

 「はぁとさん。殺したいなら、私、抵抗しませんよ。それでもいいのなら、そうしてください」

 ほたるは”演説”を始める。
 佐藤心を、観察するように、じっと見つめながら。
 
 「腰に下げているのは、銃ですか。撃つなら、撃ちましょう。心配しなくても、私は運が悪いので――――”絶対に当たります“」

 するりと自らの胸を指差す。流れるような手の運び、言い切る姿に迷いの表情はない。

 「いえ……違いますね、きっと私を苦しめるために、急所を外してかつ逃げられなくなるような場所に…………当たるでしょうね。
  だからはぁとさんは何度も撃たないといけません。引き金を引く感触を、覚えてしまいますね。
  きっといつまでも覚えてしまいます。生き残って、帰って、ライブパフォーマンスをしている最中に……思い出してしまうんです」

 トーン、テンポ、よどみなくするっと入ってくる、セリフ。
 佐藤心は唾を呑む。なんだ。なんで聞いてしまう。なんで動かない、動けない?言われる言葉がぜんぶ、体を締め付けるみたい。

 「手に持っているのはナイフですね、ナイフでもいいですよ。まずはどこから削ぎますか。指からに、しましょうか」

 佐藤心は、ほたるから眼を離せなくなっている。
 気付けば観客に回らされ、そして想像させられている。

 「いち、にい、さん、よん…………はぁとさんは私にいらついているので、一本ずつ指を切り落として私の反応を見るんです。泣き叫べ、泣き叫べ。そう言います。
  でも私、泣きも喚きもしません――しないんですよ。痛いのに。だからはぁとさんはもっとひどいことをするんです」

 くそったれ――完璧だ。

 「皮を削いで、」
 「目をくりぬいて、」
 「舌を千切って、」
 「胸にだって、胎にだって、秘所にだって、凌辱を繰り返して」
 「でも私、泣きません」
 「だから最後には、はぁとさんは胸に深々と、それを突き立ててしまいます」

 少女は、白菊ほたるは。
 絶望している、演技をしている。

 「そうしたらもう、あなたの負け。私の”不幸“は、………………全部はぁとさんに、移ってしまいます………………そう、なりますよ?」


305 : 砂糖は不幸の味がする ◆DLJN9IYTHI :2016/07/16(土) 16:39:28 tQ5pkWAQ0
 
 絶望を、演じて。そのうえで、その絶望を感染させて……“演者のやり口“でこちらを殺そうとしている。
 鬱蒼と茂る森の中、夜より昏いステージなのに、そこに確かにアイドルがいた。
 紫のドレスを纏う姿は黒の魔女。絶望を振りまき心を朽ちさせる。自らの心もまた朽ちており誰の言葉にも揺らがない。
 関わるものすべてに死をもたらす。出会ったが最後、逃れるすべは一つもない。目を離すこともできないままに、だんだんと心を削られていく。
 見ろ。彼女の周りの空気を。白菊ほたるが纏っているのがドレスだけではないことを知れ。眼を凝らせば見える――見える――怨念めいた“不幸”の影。
 “不幸”に愛され、“不幸”を愛すがゆえに、”誰よりも不幸をうまく遣う“

 「いえ…………もう手遅れかもしれません…………後ろ…………私には見えます」
 「なにが…………」
 「”不幸“が」

 白菊ほたるは、笑顔で断言した。

 「私の不幸は、伝染します。はぁとさんはもう、不幸になってしまいました」

 言われた瞬間、肩が重くなり、振り上げようとしたナイフ、抜こうとした拳銃、どちらも、どちらとも、佐藤心は取り落とした。

 佐藤心は、完全に気圧されてしまった。
 知らなかった。この子が、こんなにも演技がうまいなんて。
 ほたるのことを佐藤心は知っている。一度仕事で一緒になったことがある。幸の薄そうな子という印象だった。
 実際に幸が薄いのだ、この子は。厄ネタそのものの経歴を持ち、そのせいで自分に自信もなく、その自信の無さがさらなる厄を呼び込むような。
 ”アイドル“に愛されていないような子だと思っていた。違った。
 いつの間に変わった?こいつのプロデューサーは何をこいつにしたんだ?いつのまに白菊ほたるは、自らの”持ち物“を武器に変えやがった?
 優れた一流の演者なら何もない空間からでも観客にあらゆる場面を想像させるというが、こいつの作る空気空間はそのレベルに達している。
 迷信だと吹き飛ばすことができない。もう、殺せば不幸に取り付かれるのが、確定してしまった。
 殺せない。

 対峙した時点で襲い掛かるべきではなかった。問答するべきではなかった、ここは、アイドルの土俵だ。
 アイドルを「封印」して「普通の人」として殺し合いに乗った佐藤心が、最初に出会う相手としては――重すぎる。
 「普通の人」じゃあ、「アイドル」には、叶わない。
 だが――それに対抗するために「しゅがーはーと」を持ち出せば――台詞に星を付ければ――「しゅがーはーと」が、穢れる。
 詰み、だ。

 「はは、楽しいかよ」

 震える唇から惜しみが漏れた。

 「年齢二倍の女を無様に負けさせて、いじめて楽しいのか」
 「悲しいですよ」
 「言っとくけどな。そのやり方じゃ生き残れないぞ。だいたいそれ、孤独な闘いになるんだぞ。分かってんのか」
 「分かってますよ。それで、いいんです。演技ですけど、本気でもありますから。私の近くには、誰もいないほうがいいと思ってます。
  殺そうとする人が、私に触れて――不幸の魔法をかけられて。少しでも殺そうとする気持ちを崩してくれたのなら、私の、勝ちです。
  それしか、私には、思いつかなかったから。後悔は、しません。
  これが効かなくて殺されるなら、それも仕方ないって。でも、戦わずに死ぬより、私は、戦って死にたい」
 「あっそう。救えねえな」

 佐藤心は、はーーーと大きくため息をついて、銃とナイフを拾って、ほたるから目をそらした。後ろを向いて、歩き始める。

 「せいぜい頑張りな、ほたるちゃん。どっかのキチガイがあんたを知らない間に殺してくれるのをわたしは祈ることにするわ」
 「私は、はぁとさんにも、アイドルとして戦ってほしかったです……」
 「ファンのご意見ありがとう。でも、わたしの戦い方はこれなんだ。それを否定までされちゃ、ちょっと困っちゃうなー」
 「……はぁとさんが! あなたがアイドルとして戦う姿を見て、私も、強くなろうと思えたんです。だから……!」

 佐藤心は振り向いた。
 佐藤心を見る白菊ほたるの目尻に、…………はぁとは、呆れた。


306 : 砂糖は不幸の味がする ◆DLJN9IYTHI :2016/07/16(土) 16:40:13 tQ5pkWAQ0
 
 「おい」
 「…………すみません。ちょっと、気が、緩みましたね」
 「そうだよ。バカ。あのなあ…………もう…………はーーーーーー。分かった分かった、言ってやる」

 まったく呆れてものも言えない。作り上げられていた空気もめちゃくちゃだ。
 佐藤心のマインドセットもぐちゃぐちゃだ、再構築には時間を要するだろう。そういう意味でも、完全に負けだった。
 でも白菊ほたるはやっぱりまだまだ少女で、こうして詰めも甘くなる。
 少女だからこそ佐藤心にはできない戦い方ができるといえば、それは幸なのか不幸なのか。どちらかといえば不幸だと思う。
 不幸だけど、そんなほたるちゃんのことは嫌いではない。

 「泣くなバカ☆ はぁとを倒したんだぞ、もっと胸を張れ――笑えこのやろう☆」

 だから一瞬だけ、彼女にとってのアイドル「しゅがーはーと」であろう。そう、佐藤心は思い、星を付けた。
 一瞬だけの最後の流れ星。ポーズをとった激励の指差し。ほたるは、にっこりと笑って元気よく答えた。
 
 「……はい!」
 
 ――ああもう。まったく、こんな可愛い子を不幸の魔女だなんて、誰が呼びやがるってんだ。

 目玉取り出して、洗ってこいや。


 ★


 鬱蒼と茂る森の奥、演者と観客は再び互いの道へと分かれる。
 彼女たちはそれぞれのやりかたで戦うと決めた。
 佐藤心は人間として。白菊ほたるは、アイドルとして。
 互いが互いを止めなかった。それがお互いへの、リスペクトでもあるから。
 
 ただ、今回のステージは、アイドルの勝ちだった。それだけのことだ。次のステージへ、ライブは続く。


【一日目/H-7/朝】

【佐藤心】
[状態]健康、”不幸“
[装備]9mm拳銃、錆びた果物ナイフ
[所持品]基本支給品一式
[思考・行動]
基本方針:「しゅがーはーと」を生き残らせる。
1:どこに行こうか

【白菊ほたる】
[状態]健康、”不幸“
[装備]紫のドレス
[所持品]基本支給品一式、不明支給品×1〜2
[思考・行動]
基本方針:「不幸の魔女」を演じる。
1:怖い人には不幸を、優しい人には…どうしよう。
2:ひとつだけ、言っておきます。この程度の不幸で私を殺せると思わないでください。
 
<9mm拳銃>
佐藤心に支給。
1982年に自衛隊が正式採用した自動拳銃。装弾数は9発。
スライドには桜模様とWの字が描かれた自衛隊武器のマークが刻印されている。


307 : ◆DLJN9IYTHI :2016/07/16(土) 16:41:38 tQ5pkWAQ0
投下終了
拳銃の説明文は◆Mqsp3xdQGAさんのものを拝借しました。
こっちの志希ちゃんの話も好きでした、ありがとうございます。


308 : ◆6JLtpzxVmw :2016/07/16(土) 17:05:50 SdNr4Of20
みうさぎちゃんみおの延長申請


309 : 名無しさん :2016/07/16(土) 17:26:20 5d8n8sVQ0
ルールで延長はなしと決まっています


310 : ◆boczq1J3PY :2016/07/16(土) 20:31:17 hK1kIY.Y0

予約空いてるようだし及川雫で予約しますね


311 : ◆6JLtpzxVmw :2016/07/16(土) 20:32:06 SdNr4Of20
>>309
別所と混同して3日の予約期限+1日と勘違いしていました。
予約破棄します。一枠開けます


312 : ◆8lppLmSy9A :2016/07/16(土) 20:34:59 kiNlB2K20
大和亜紀予約します


313 : ◆8lppLmSy9A :2016/07/16(土) 20:48:45 kiNlB2K20
大和亜季でしたすみません


314 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/16(土) 21:10:14 DQeT5Sdc0
投下します


315 : Shadow ◆qRzSeY1VDg :2016/07/16(土) 21:11:23 DQeT5Sdc0
「まさかこんなことに巻き込まれるとは、ね……」

 さんさんと輝く太陽の下で、少女、八神マキノは頭を掻きながら悩んでいた。
 通称、バトル・ロワイアル。
 人間を多数集めて殺しあわせるという、悪趣味な催し。
 そんな悪趣味な催しが、過去に数例あることは知っていた。
 しかしそれの実態は、少年法によって裁くことが出来ない、死刑に相当する重罪人を裁くための極秘プロジェクト。
 いわば、国家の手による"粛清"であったはずだ。
 いや、それならば心当たりが無い訳ではなかった。
 自分の趣味は諜報活動、いわば"ギリギリ"のラインだ。
 溢れ出る知的好奇心を満たすための技術と、自分でも自覚している変態じみた情報収集癖。
 時にそれが一線を超えていたことも、重々承知している。
 故に、自分が巻き込まれることは、まだ理解できた。
 しかし、今の状況は理解できない、論理的におかしいことが沢山ある。
 まず、この殺し合いに招かれた"参加者"だ。
 あの場で命を失った千川ちひろを始めとし、見えただけでもあの場に居たのは346プロの関係者だった。
 自分に手渡されたスマートフォンで今確認出来るだけでも、並んでいるのは数名のアイドルの名前だった。
 考える。いくら国家プロジェクトとはいえ、国民的アイドルを多数拉致すれば、完全にもみ消すことは難しい。
 そんなリスクを背負ってまで、これを成す理由があるのか?
 考える限りは、思い当たらない。
 しかし、思い当たる節が一つある。
 それは、今まで秘密裏に行われてきたそれが、法案に成ろうとしているという噂。
 もしかすると、これはその"サンプル"なのではないだろうか。
 その絶対性を示すために、誰もが知っているアイドルたちを起用した。
 そう考えれば、まだ論理的ではある。しかし――――

「あ、マキノンじゃん」

 ふと、軽い声をかけられて我に返る。
 考え込み始めるとまわりが見えなくなるのは悪い癖だと思いながら、マキノは即座に声のする方へと振り返る。
 そこに立っていたのは、片手をポケットに突っ込んだまま、いつもと同じような笑顔を浮かべている、藤本里奈の姿だった。
 その姿を見て、マキノはごくりと唾を飲み込み、一歩だけゆっくりと退く。
 万が一の可能性を考慮し、最悪のケースを描きながら。

「ちょちょ、待ってちょ! そっち系じゃないってば!!」

 マキノの様子から流石に何かを感じ取ったのか、里奈は慌てて両手を前に突きだし、否定する。
 へ、えへへ、と声を漏らしながら彼女が浮かべているのは、引きつった笑い。
 その裏に隠された恐怖をなんとなく感じ取ったマキノは、ゆっくりと手を上げる。

「大丈夫よ、私もそんなつもりはないから」

 ふ、と笑みをこぼし、危害を加えないことをアピールしていく。
 時が凍りつき、長い一瞬の時が、ゆっくりと過ぎ去っていく。
 そして、里奈はもう一度、へ、えへへ、と笑い。

「よ、よかったぽよ〜〜、マヂ不安だったっていうか、も〜〜〜〜!!」

 柄にもなく大粒の涙を零しながら、里奈はマキノへと抱きついた。
 予想していない事態にマキノは少し困惑するが、突き放すわけにもいかなかった。
 だから、そのまま彼女をぎゅっと抱きしめてやった。


316 : Shadow ◆qRzSeY1VDg :2016/07/16(土) 21:12:54 DQeT5Sdc0
 
 里奈が一頻り泣き終わって落ち着いた所で、二人は池の畔にに腰を下ろして落ち着けることにした。
 話すことがなにかあればよかったのだが、何から話題を振ればいいものか。
 こんな状況で、いや、こんな状況だからこそ触れる話題。
 それを探して、マキノが頭を悩ませていた時だった。

「ねえ、マキノン」

 ふと、口を開いたのは里奈の方だった。

「アタシさ、人が死ぬのを見るの、初めてだったんだ」

 ぽつり、と目を逸らしながら呟いたのは、そんな言葉だった。
 何を突然とは思いつつ、マキノは続く言葉を待った。
 それを察したのか、里奈はまだ震えている声で、ぽつりぽつりと語りだした。

「里奈んちはさ、パパもママもみんな元気だった。だから、考えたこともなかった」

 ああ、なるほどとマキノは納得する。
 普通の人間なら、それは十二分に有り得る話だ。
 誰かの死に目に会うとすれば、祖父母の寿命だとかが普通は上げられるであろう。
 事故や病気など、他にも考えられる事柄は沢山あるが、一般的にはそれくらいだ。
 だから、誰の死に目にも会ったことがないというのも、おかしな話ではない。
 きっと、里奈はそんな幸せな環境で育ってきたのだろう。
 羨ましい限りだ、と、マキノは少しだけ彼女を羨んでいた。

「けど、ちひろんは死んじゃった」

 言葉が続く。
 死を知らなかった一人の少女が、"死"を知ることになった、初めての光景。
 それは、理不尽に訪れた一人の女性の死として、強烈に刻み込まれたのだ。
 どこまでも悪趣味で、どこまでも残酷なそれは、彼女に衝撃を与えるには十分すぎた。

「いつか人間って死ぬんだなって思って、それが今なんだなって考えたら、怖くて。
 ちひろんみたいに、アタシも死ぬのかなって思ったら……」

 声の震えが、少しずつ大きくなる。
 里奈は、今にも壊れそうになっていた。
 ギャル語を駆使する余裕も、明るく振る舞う余裕も、今の彼女にはあるわけもなかった。
 無理もないだろう、それが普通なのだから。
 じゃあ、今怯えること無く、冷静にこの状況に対処できている自分は異常なのだろうか。
 どうしてこんなに達観できるのか、情報が手にあるからだろうか、それとも。

「ごめん、アタシバカだから……上手く話せない……」

 ああ、そんなことは今はどうでもいい。そう、自分のことなどどうでもいい。
 今、目の前で怯えきっている少女が居るというのに、自分の頭にはかける言葉の一つも浮かんでこないのだ。
 こういう時、どう言えばいいのだろうか。
 それを考えて、考えて、考えて、ぐるぐると思考を輪廻させるけれど。
 結局、答えらしい答えには辿りつけなくて、マキノは頭を抱える。


317 : Shadow ◆qRzSeY1VDg :2016/07/16(土) 21:13:35 DQeT5Sdc0
 
「……変な話しちゃったね。らしくないな」

 そうこうしている内に、里奈が先に話を終わらせてしまった。
 よりにもよって今が一杯一杯の人間に、気を使わせてしまったのだろうか。
 ああ、なんて情けない、と思いながらも、マキノは彼女に合わせてゆっくりと立ち上がる。

「うん、もうヘーキ、大丈夫だよ。だから、いつものリナリナらしく、テンションアゲアゲでいくぽよ〜〜!」

 そして、里奈はいつも通りの彼女に戻ろうとする。
 それが空元気なことは分かりきっているけれど、止める資格も、止める権利もあるわけがない。
 さて、これからどうすべきか、と思ったその時。
 再び、里奈の表情が驚愕に包まれていることに気がついた。
 怯えた目で何かを見つめ続けている彼女の視線を追うように、マキノは慌てて振り向く。
 その先で、マキノが見たもの。
 それは、冷ややかな顔でこちらを見ている、一人の少女の姿だった。
 その手に握られていたのは、一丁の銃。
 鈍く放たれる銀色の光が、こちらの姿をしっかりと縫い付けていた。

「何をしているの、アナスタシア」

 両手を上げつつ、そんな言葉を放っていく。
 やっぱり自分は、銃を向けられているというのに怯えること無く言葉が出せるのだな。と、自己嫌悪に陥りながらも、マキノはアナスタシアから目を離さない。
 里奈の様子が気になるが、今はそれを気にかけている場合ではない。
 一歩間違えば、死ぬ。その状況で、マキノが次の一手を考えようとしていたその時。
 不意に、向けられていた銃がゆっくりと下げられたのだ。

「……Простите、驚かせて、ごめんなさい。警戒していただけです」

 心底申し訳無さそうな表情を浮かべ、アナスタシアはぺこりと頭を下げる。
 こんな状況だ、彼女も一杯一杯だったのかもしれない。
 だから、最大限の警戒のために、銃を突き付けて来たのだろう。
 無理もない、とマキノが思った時、アナスタシアは突如として身を翻し、彼女たちの元から立ち去ろうとする。

「どこに?」

 思わず、マキノは彼女に問いかける。
 話がしたかったわけでもなく、彼女を仲間にしたかったわけでもなく。
 ただ純粋に、彼女の行先が気になった。
 ああ、こんな時でも自分は"知的好奇心"を満たさずにいられないのか。
 自己嫌悪に次ぐ自己嫌悪を重ねたその時、アナスタシアは振り向かずにマキノへと告げた。

「……私が出来ることを、しに行きます」

 たった一言、それだけを残し。
 アナスタシアは、マキノたちから離れていった。
 追おうと思えば、追えたのかもしれない。
 けれど、追った所で何を言うというのだろうか。
 怯えた少女に掛ける言葉すら見つけられなかった自分が、何を語れるというのか。
 そう思ったその時、どさり、と音がして。

「里奈!!」

 死の恐怖に耐え切れなくなっていた里奈が、その場で崩れ落ちるように気を失った。


318 : Shadow ◆qRzSeY1VDg :2016/07/16(土) 21:13:52 DQeT5Sdc0
 


 後ろを振り向き、マキノ達の姿が見えないことを確認し、アナスタシアは安堵の息を漏らす。
 血の匂いもしなかった、襲いかかっている様子もなかったし、襲ってくる様子もなかった。
 だから彼女は安心できた。マキノたちは人を殺さない、汚れずに済む人間なのだから。
 同時に、彼女たちのそばにいるわけにもいかなくなった。
 これから自分は、人を殺すかもしれないのだから。

 突然すぎる話だと思った。
 誘拐され、集められ、首輪で命を握られ、殺し合いを命じられ、そして一人の人間が死んだ。
 あまりにも現世離れしすぎていて、俄には信じられない話だった。
 彼女自身、未だに信じられない所は少しある。
 だから、この場に呼び寄せられた者たちも、半々くらいだろうと思っていた。
 その現実を受け入れられるものと、受け入れられないものと。

 そして、彼女は考えた。
 この場に呼び寄せられたのは、心優しいアイドルたちだ。
 だからこそ、壊れてしまうことも多々あるだろう。
 もし、誰かのタガが外れて、人を殺すという道に走り始めた時。
 そうでない者達は、それを止めようとするだろう。
 けれど、その道を走り始めた人間は、きっと止まることはないだろう。
 ましてや、彼女たちはそんな人間を傷つけずに止めようとするだろうから、止められる確率なんてほぼほぼゼロに等しい。
 見える未来はほぼ一つ、そうでないものの死体が増えるだけだ。

 だから、自分が動かなくてはいけないのだ。
 自分は、ただ黙って殺されるだけの実験ラットではない。
 この手に握りしめた銃という力があるし、護身術も少し心得がある。
 自分は戦える、だから、自分がやるしかないのだ。

 一人でも多く、殺されてしまう人間を減らすために。
 一人でも多く、人間を殺そうとする人間を殺す。
 そして、自分一人だけが血を浴び、人殺しの異名を背負う。

 ここに集められたのは、アイドルだ。
 光り輝く舞台を駆け巡り、煌めいた輝きとともに世界の最前線を進む者達。
 そんな彼女たちに、血の化粧と煙の匂いは似合わない。
 一人でも多く、輝いたままの心優しい人間で居てもらわなくてはいけないのだ。
 だから、アナスタシアは銃を握った。
 汚れるのは、銃を撃つ覚悟がある、自分一人だけでいい。
 "アイドル"に、血の匂いも殺しの感覚も覚えさせるわけには行かない。
 どこかに居るであろう殺人者から、彼女たちを守ってやらなくてはならないのだ。
 自分勝手で、独りよがりで、偽善的で、独善的だと自分でも思う。
 けれど、こうしている間にも殺人者を止めようとして、アイドルが死んでいくかもしれない。
 それを考えるだけで、ちくりと胸が痛くて、いても立っても居られなくなるのだ。

 願わくば、この銃が一度たりとも火を吹くことがないように。
 そして、願わくば誰ひとりとして"アイドル"をやめずにいられるように。
 叶わないと分かっていても、そんな願いを捨てきれないまま。
 一人でも多くの"アイドル"を救うため、、人の命を奪い、血を浴びる覚悟と共に。
 光を生み出すための影に身を染め、アナスタシアは地を駆けだした。


319 : Shadow ◆qRzSeY1VDg :2016/07/16(土) 21:14:12 DQeT5Sdc0

【D-04/高原池北部/一日目/朝】
【八神マキノ】
[状態]健康
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、不明支給品(1〜2)
[思考・行動]
基本:未定
[備考]
※この殺し合いが国家による計画であると考察しています
※過去の事例についてある程度把握しています

【藤本里奈】
[状態]気絶
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、不明支給品(1〜2)
[思考・行動]
基本:いつも通り振る舞う(?)
1:気絶中

【D-04/北部/一日目/朝】
【アナスタシア】
[状態]健康
[装備]USSRマカロフ PMM-12(120+1/12、予備12)
[所持品]基本支給品一式
[思考・行動]
基本:殺人者を殺す、殺人をしないアイドルからは離れ、一人で血に染まる。

----
以上で投下終了です。


320 : Shadow ◆qRzSeY1VDg :2016/07/16(土) 21:29:40 DQeT5Sdc0
>>319
装填数大変なことになってたので

【D-04/北部/一日目/朝】
【アナスタシア】
[状態]健康
[装備]USSRマカロフ PMM-12(12+1/12、予備12)
[所持品]基本支給品一式
[思考・行動]
基本:殺人者を殺す、殺人をしないアイドルからは離れ、一人で血に染まる。


321 : ◆8lppLmSy9A :2016/07/16(土) 21:34:27 mwlESg720
やっぱり破棄します、すみません


322 : ◆8GEUaIfddc :2016/07/16(土) 21:39:32 LgAKoccY0
大和亜季、大沼くるみで予約します。


323 : ◆09Iyx3o/CA :2016/07/16(土) 21:57:43 /4qchwyc0
皆様投下お疲れ様です。
自分も投下します


324 : ◆09Iyx3o/CA :2016/07/16(土) 21:58:16 /4qchwyc0
ザザー、ザザーと、波が岸壁に打ち付けられる音が聞こえる。
聞こえる音はそれだけだ。
この場に二人の少女がいるが、二人は音を発することなく、
体育座りをしたまま海を眺めていた。
別に何があったわけでもなく、何をするでもなく、ただ眺めていた。

早坂美玲と星輝子。
二人は偶然開始地点が近く、互いの親交も深かったため、会ってすぐ行動を共にした。
だが当然、十代半ばの少女二人が、
この殺し合いという異常な状況に突然置かれて、頼れる優しい事務員をすぐ側で喪って、
すぐに行動指針を決められるはずもない。
故に二人は、ひとまず人がこなさそうな海辺の端っこに座って、考えをまとめることにしたのだった。


325 : ◆09Iyx3o/CA :2016/07/16(土) 21:58:43 /4qchwyc0
「なぁ」

しばしの沈黙を破り、美玲が輝子に話しかけた。

「フヒッ!?あ……うん。な……なんだい、美玲さん」

輝子は軽くボーッとしていたので、突然話しかけられて驚いたが、
美玲の言葉に応えた。

「ノノ、どうしてると思う?」

「ボノノさんか……」

話題は美玲と輝子の共通のユニット『インディヴィジュアルズ」のメンバーの一人で友達。
森久保乃々のことだった。美玲は沈黙に耐え切れず、とりあえず話題を出して流れを作ろうと考え、
この話を始めたのだった。

「そうだな……ボノノさんのことだから、近くに机があったら隠れてるかもしれないな……
 つ……机がなかったら、森の木の中に隠れてそう……フヒッ……」

「あー確かにな。どちらにせよアイツはどっかに隠れてそうだ。 
 それかもしくは、知り合いを見つけても話しかけられなくて、
 ビクビクオドオドしてそうだなッ!」

この場に本人がいないため、二人は割りと笑いながら乃々のことを想像して笑っていた。
その後もしばらくは佐久間まゆや輿水幸子、白坂小梅など親しいアイドルたちの話をして、
重い空気を吹き飛ばすように、明るめの話題で雑談を続けた。

☆ ★ ☆ ★ ☆


326 : ◆09Iyx3o/CA :2016/07/16(土) 21:59:20 /4qchwyc0
「そういえば、輝子は支給品ってやつ、確認したか?」

雑談が落ち着いたところで、美玲が話題を切り替えた。

「う、うん。一応……」

輝子は美玲の問いに答え、デイパックを二人の間まで引き寄せ、その中から二つの道具を取り出した。
一つはメイク道具一式。二人も撮影の際に何度も目にしている本格的な代物で、
小箱の中に一通りの道具が揃っている。
そしてもう一つは……。

「こ、これって銃……だよな……?」

美玲はまじまじと、陽光を反射する黒光りの塊を見て、言った。

「あ、ああ……説明書と予備の弾まで付いてる……撃ってはないけど、ほ……本物だと思う……」

その銃は『Vz61』小型の短機関銃で古くから存在し。弾の威力は比較的低いが高い信頼性を持つ武器。
その存在は、少女二人に否が応でも自分たちが殺し合いに巻き込まれているのだと自覚させる。
しばし美玲は絶句していたが、なんとか気を取り直し、今度は自分の番だとデイパックを広げた。

「ウチのは、これだ」

出てきたのは長柄の棒状のもの、握りの先には鍔が付き、そこから先は鞘で隠されている。
有り体に言えば、日本刀であった。

「そ、それも本物……なのか?」

輝子はおどおどとした仕草を見せながら、美玲の手にあるその刀を見て聞いた。

「ん、いや、模擬刀……らしい。ほら」

鞘から刀を引きぬき、近場に生えていた雑草に刃を当てて前後しても切れる様子はない。

「フ……フヒッ……そうか良かった……本物は、危ないもんな……フ、フゥー……」

安心したような拍子抜けしたような気持ちで、輝子は長い息をした。

「うん。でも結構重くってさ、振り回したらやっぱり、危ないと思う。
 出来れば使いたくないよな、輝子の銃も、ウチの刀も……」

深刻な表情で美玲は言う。そう、”出来れば”使いたくない。
それは、その”出来れば”が、半ば不可能なことなのだと理解しているが故の言葉だ。
誰も殺し合いに乗っていないと思いたいが、希望的な楽観を信じ切れるほど美玲は子どもではない。
命の危険に晒されれば、凶行に及んでしまう可能性など、誰にでもある。
それは勿論自分たちだって。
その美玲の何とも言えない気持ちは輝子にも伝播し、再び二人は黙りこくった。
雑談で作った明るい雰囲気も、目の前の現実の深刻さに、虚しく一瞬でかき消されてしまった。

☆ ★ ☆ ★ ☆


327 : ◆09Iyx3o/CA :2016/07/16(土) 22:00:15 /4qchwyc0
「なあ、輝子はさ……アイドルになって、良かったって思うか?」

重い沈黙を沈黙を破って、美玲は唐突にそう言った。


「……へ?」


「へ?じゃなくってさ。そのまんまの意味。
 ウチは……良かったって思ってる。
 こんなことに巻き込まれちゃったけど、それでも」

突如投げかけられた純粋な問いに、輝子は少し戸惑いながら、
続けられる美玲の言葉を聞いた。

「ウチはさ……地元にいた頃は自分のセンスは誰よりも凄くて、
 周りはそれを理解できないやつばっかりだッ!って思ってた。
 だから1人でいるのは当然だし、むしろ誰かと仲良くしたらウチは弱くなるって思って、
 だからほとんど友達もいなくて……」

美玲は、今は大きな爪のついていないその手で、虚空を掴むような仕草をした。

「でもそんなただ尖ってるだけだったウチの前に、プロデューサーが現れて、ウチはアイドルになった。
 最初はアイドルの事なんて分かんなくて、ウチには向いてないと思って、理由を見つけてすぐに辞めるつもりだった。
 でもな、プロデューサー……あの変な奴がさ、熱心で、優しくて……
 ウチがアイドルを続けてもいい、続けたいって思わせてくれた。
 それで、アイドル続けていたら、インディヴィを組むことが出来た」

「ほら、インディヴィを結成した時にプロデューサーが言ってただろ?
 インディヴィジュアルズは『個性的な面々』って意味だって。
 それ聞いてウチ、すっごく嬉しかったんだ。個性を認めてもらえて、それで勝負できる場所がもらえたんだ!って。
 想像以上に輝子もノノも個性的で、最初は滅茶苦茶苦労したけどなッ!」

美玲は輝子に向かって冗談っぽく怒った風に笑った。
言われた輝子は困ったように笑うが、輝子自身も昔のことを思い出して懐かしい気持ちになった。

「最初の頃はウチがリーダーだって、まとめなきゃいけないって必死だったけど、
 二人と一緒に仕事するうちに、ウチ、気付くことができたんだ。
 みんなのセンスが違うから、賑やかに輝けることもあるんだって。
 そう気付いたら、アイドルの仕事がもっと好きになった。
 そしたら他にも色んな事が出来るようになって、色んな奴と友達になることが出来た」

美玲はそこまで言って、今までの出来事をに思いを馳せるように、少しの間目を閉じた。
そして数瞬の間を置いた後、絞りだすように言葉を続けた。
 
「ウチはアイドルになって、周りはみんな変な奴ばっかで、でも、そんな変な奴らと友だちになって、楽しくて……
 だから……」
 
美玲の声は、少し震えていた。輝子はそんな美玲の手を取って、ぎゅっと握りしめて笑顔を向けた。
輝子の優しさにより涙腺は緩んだが、ぐっとこらえて言葉を続けた。

「ウチ、アイドルになって良かった!。そして、輝子と友達になれてよかった!。いつもなら照れくさくて言えないけど、
 今なら言える。プロデューサーにも友達みんなにだって同じことが言える。むしろ、そう伝えたいんだ。
 こんな状況になったって、ウチはアイドルになって良かったって、言える」

美玲は、真っ直ぐな眼差しで、そう言い切った。
その瞳に陰はなく、純粋な思いだけが輝いている。


328 : ◆09Iyx3o/CA :2016/07/16(土) 22:00:55 /4qchwyc0
「フ、フヒッ……いや……その、美玲さん。その言葉は物凄く嬉しいけど、私は流石に……て、照れる……」

輝子はそう言い、自分の膝に顔を埋めて恥ずかしがった。耳が少し赤い。
そんな輝子の反応を見て、美玲も今更少しだけ恥ずかしくなった。

「……でも美玲さんの言うことは、私にも分かる。
 ……私はいつもボッチで、誰からも相手にされない、道端の名無しのキノコなんだって自分で思ってた……
 私のトモダチは、キノコ達だけなんだって。
 でもそんな私を親友……プロデューサーが見つけてくれて、アイドルになって……
 私をトモダチだって言ってくれる人達が出来た……こんなキモくてぼっちの私を、トモダチだって……
 だから、今なら素直に言える。今の私はぼっちじゃない。大切なトモダチがたくさんいるんだ、って。
 こんな状況に巻き込まれて、美玲さんが嬉しすぎることを言ってくれて……
 や……やっと自信を持ってそう思えたんだ」

輝子は顔を少しだけ上げて、膝に顎を乗せながら美玲の想いに応えた。
 
「だから、私も言える。み……美玲さん……こんな私とトモダチでいてくれて、ありがとう……。
 私もアイドルになって、良かった。
 プロデューサーも、トモダチも、みんな大好きだ……フ……フヒッ、ヒッ、ヒャ……ヒャー……」

そこまで言って、輝子は恥ずかしさと上がったテンションでヒャッハーしないように、両手で顔を覆ってプルプル震えた。


329 : ◆09Iyx3o/CA :2016/07/16(土) 22:01:25 /4qchwyc0
そんな輝子を見て、美玲は嬉しそうな満足そうな、はにかんだ表情を浮かべて、心の中で考えをまとめ終えた。

「うん、そっか……じゃあ行こうか、輝子」

そして美玲はそう言って立ち上がり、体育座りをしたままの輝子に右手を差し伸べた。
それを受けて、輝子は一瞬思案したが、「何処に?」と問い返すことはなく「うん」と一回頷き、
差し伸べられた手を取って、共に歩き出した。

想いは、同じだった。友達を失いたくない。友達と一緒にいたい。友達に会いたい。
誰かを殺める苛烈さも、自ら死を選ぶ諦観も、理不尽な圧制に反逆する闘志も持てない少女達は、純粋に希った。
この数日数時間数十分の時間が、人生最後の時間となるのなら、せめて友達と一緒にいたいと。

あてもなくすぐに誰かに殺されてしまうかもしれない。それでも、少女達は確かに歩き出した。


330 : ◆09Iyx3o/CA :2016/07/16(土) 22:03:07 /4qchwyc0
【一日目/朝/F-9】

【早坂美玲】
[状態]健康
[装備]模擬刀
[所持品]基本支給品一式
[思考・行動]
基本:友達と一緒にいたい
1.友達を探す
2.プロデューサーにも、会いたいな……

【星輝子】
[状態]健康
[装備]
[所持品]基本支給品一式、Vz61(30/30)、予備マガジン(Vz61)×3
[思考・行動]
基本:トモダチと一緒にいたい
1.トモダチを探す
2.親友(プロデューサー)が気になる
3.いざとなったら、トモダチを守るために戦う

○支給品説明
【模擬刀】
 刀身70センチ程の長さを持つ刀剣のレプリカ。
 龍が巻きつくような紋様が彫られている。
 一キロ程の重さがあるため、鈍器として使うことも可能。
 また刺突武器としても使える。

【Vz61】
 冷戦時代に1961年にチェコで開発された短機関銃・
 別名『スコーピオン』銃身を折りたたむ際の様子が、サソリが尾を振り上げる様に見えることからそう呼ばれている。
 使用弾薬が小さく威力は低いが、抜群の携行性と命中率を誇る。


331 : ◆09Iyx3o/CA :2016/07/16(土) 22:04:11 /4qchwyc0
以上で投下終了です。
タイトルは『We're the friends!』です。


332 : ◆boczq1J3PY :2016/07/16(土) 22:32:25 hK1kIY.Y0
投下します


333 : ◆boczq1J3PY :2016/07/16(土) 22:32:47 hK1kIY.Y0

「うーん、ここは……平瀬村、であってるんでしょうかー」

どこか間延びした声が一つ。
大きくもなく、小さくもないその声は木造りの小屋の柱に溶ける様に消えていく。
すん、と一息空気を吸い込んでみれば嗅ぎなれた匂いが肺一杯に集められた。
乾燥した藁独特の不思議な匂いと、家畜の垂れ流す糞尿の匂いが混じり合った独特な香り。

「みんな、心配してるでしょうし早く帰りたいですけど……
 ここは、やっぱり落ち着くんですよねぇ」

爆乳とそう表現しても大いに足りない豊満なバストを揺らしながら及川雫は呑気に辺りを見回す。
古ぼけた牛小屋の中は、年季の入った外観の割には細かな手入れが行き届いていた。
柵に閉じ込められた二頭の牛の毛並みは艶やかで美しく、彼らが歩き回る土には殆ど糞尿が零れ落ちてはいない。
こまめな清掃の後が窺え、心なしか牛たちも誇らしげな表情を浮かべている。
木製の柵は何度か修繕した後丁寧にやすりで削られており牛たちが怪我をしない様最新の注意が払われているように思え無意識に笑みが零れた。

「そうですかそうですかー! 貴方たちのご主人様は、貴方たちが大好きだったんですねー」

もーー♪ と鳴き声を漏らす牛たちと会話をするように言葉を返す雫ではあったが、すぐにその笑顔は曇ることになる。

「殺し合い、どうして私たちがそんな事を……」

右手は無意識に自らへ嵌められた首輪へと伸びていく。
アイドルとして何度もお世話になった存在の命を容赦なく奪った首輪。
それに触れているだけで体が小刻みに震えてしまう。

当たり前の話だが、雫は素直に殺されてやるつもりなんてなかった。
かと言って、誰かを殺してまで生き延びるつもりもなかった。
結果として、ある意味での現実逃避を行い偶々見つけたこの牧場でひたすら無為に時間を過ごしている。

「私は、どうすればいいんでしょうかー」

その声が届くのは、果たして。

【一日目/F-2/朝/牧場の小屋内部】

【及川雫】
[状態]健康
[装備]
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品
[思考・行動]
基本:???
1.これからどうしましょうかー


334 : ◆boczq1J3PY :2016/07/16(土) 22:33:41 hK1kIY.Y0
タイトルは「はじめのいっぽ」でお願いします


335 : 名無しさん :2016/07/16(土) 23:06:45 DdE8ty7M0
>砂糖は不幸の味がする
人間として戦うことを決めた心さんとアイドルとして戦うことを決めた白菊ほたるの戦い!
勝ったのは凄まじい演技力で相手を呑んだほたるんだったけれども、それでも心さんの方針を変えるまでには至らなかったか
少女に戻ってしまったほたるんをアイドルに戻った心さんが励ますところが美しくも切ない……

>shadow
ふじりなの等身大の一般人感がいいですね。マキノさんはこんな場面でも理性的に振る舞えて頼もしいし、爆発力のあるふじりなとはきっといいコンビになれる筈
そしてアーニャちゃんまさかまさかのマーダーキラー。アニメでユニットを組んだ美波が汚れる前にアイドルを殺すスタンスであるのに対し、汚れたアイドルを殺すスタンスの彼女。邂逅できたらどうなってしまうのか期待してしまいますね

> 『We're the friends!』
インディヴィジュアルの二人の信念と思いの吐露が微笑ましいと同時にとても切ない。こんな目にあってしまったけれど、それでもアイドルになって良かったと言える二人がとても眩しいですね。
破滅的だけどささやかな願い。出来れば最後のメンバー、ぼののにも出会えることを祈りたいです。

>はじめのいっぽ
及川さんといえばやっぱり家畜小屋、現実逃避気味とはいえスタンスというか方針はしっかりしてるなぁ、他の乗っていない参加者に出会えればもう少し精神的にも楽になれるだろうけど果たして……


336 : 名無しさん :2016/07/17(日) 01:04:12 D5cxnJJc0
皆様投下乙です。

【参加者名簿】
●遊佐こずえ/○宮本フレデリカ/○荒木比奈/○村上巴/●浅利七海/○鷺沢文香/●速水奏/○大西由里子/●緒方智絵里/○輿水幸子
○木場真奈美/○鷹富士茄子/○高峯のあ/○ヘレン/○二宮飛鳥/○橘ありす/○森久保乃々/○渋谷凛/○片桐早苗/○椎名法子
○上条春菜/○本田未央/●十時愛梨/○財前時子/○市原仁奈/○綾瀬穂乃香/○成宮由愛/●藤居朋/○青木聖(ベテラントレーナー)/○双葉杏
○三村かな子/●龍崎薫/○一ノ瀬志希/●クラリス/●赤城みりあ/○持田亜里沙/○服部瞳子/●望月聖/○結城晴/○新田美波
●佐城雪美/○南条光/○吉岡沙紀/●佐久間まゆ/○島村卯月/○日野茜/○佐藤心/○白菊ほたる/○八神マキノ/○藤本里奈
○アナスタシア/○早坂美玲/○星輝子/○及川雫/○/○/○/○/○/○

残り枠 6/60(予約中の未登場キャラ除く)
生存者48/60

【期限が切れた予約】
◆wKs3a28q6Q:2016/07/13(水) 10:54:56
ヘレン(リレー)、高峯のあ(リレー)、安倍菜々、横山千佳

【継続中の予約キャラ(未登場6名)】
◆GhhxsZmGik:2016/07/14(木) 14:33:54
ルーキートレーナー、イヴ・サンタクロース、水野翠

◆yOownq0BQs:2016/07/14(木) 18:07:20
的場梨沙

◆zoSIOVw5Qs:2016/07/16(土) 03:14:29
椎名法子(リレー)、上条春菜(リレー)、ベテラントレーナー(リレー)

◆rK/Lx2Nbzo:2016/07/16(土) 09:23:02
服部瞳子(リレー)、島村卯月(リレー)、日野茜(リレー)

◆8GEUaIfddc:2016/07/16(土) 21:39:32
大和亜季、大沼くるみ


337 : 名無しさん :2016/07/17(日) 01:07:40 D5cxnJJc0
現在位置1/2

【朝】
A-2
渋谷凛
片桐早苗

B-4 鎌石村の小さな教会
(クラリス)

B-4 民家
新田美波
(佐城雪美)

C-3 鎌石村役場
宮本フレデリカ
荒木比奈

D-1
結城晴

D-4 高原池北部
八神マキノ
藤本里奈

D-4 北部
アナスタシア

D-5 草原
輿水幸子
(緒方智絵里)

D-6 鎌石小中学校3F教室
双葉杏
三村かな子
南条光

E-2 菅原神社
椎名法子
上条春菜

E-7
木場真奈美
鷹富士茄子
高峯のあ
ヘレン

F-1
青木聖(ベテラントレーナー
(藤居朋)

F-2 牧場の小屋内部
及川雫

F-4
二宮飛鳥
橘ありす
森久保乃々

F-8
村上巴

F-9
早坂美玲
星輝子

G-1
綾瀬穂乃香
成宮由愛

G-5 ホテル跡付近
島村卯月
日野茜

G-6 道
財前時子
市原仁奈

H-7
佐藤心
白菊ほたる

H-9
本田未央
(十時愛梨)

I-4 森
吉岡沙紀
(佐久間まゆ)

I-6
持田亜里沙
服部瞳子
(赤城みりあ)
(望月聖)


338 : 名無しさん :2016/07/17(日) 01:08:35 D5cxnJJc0
現在位置2/2

【午前】
G-3 平瀬村分校跡
一ノ瀬志希
(龍崎薫)
(浅利七海)

I-10 灯台
鷺沢文香
大西由里子
(速水奏)

【???】
???
(遊佐こずえ)


339 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/17(日) 01:26:47 ufI5BT0A0
いつもまとめ乙です。
Wikiが用意される気配がないので、勝手ながら用意しました。
ちょくちょく更新しますが、本編収録などご協力いただけると幸いです。

ttp://seesaawiki.jp/cgbr/

>>1氏が作成されるのであれば、このWikiは下げさせていただきます。


340 : 名無しさん :2016/07/17(日) 01:40:09 InIMmqrI0
しかしまさか、美波がコラボ先とはいえ原作でここよりひどくなるなんて……
なんという先見の明


341 : ◆yOownq0BQs :2016/07/17(日) 02:33:03 NXpnyi4U0
投下します。


342 : 梨沙キリングゲーム ◆yOownq0BQs :2016/07/17(日) 02:34:15 NXpnyi4U0
絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望
絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望
絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望
絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望
絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望
絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望
絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望
絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望
絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望
絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望
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絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望
絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望
絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望







――――右手を伸ばそうが、掴めたのは絶望だけだった。









343 : 梨沙キリングゲーム ◆yOownq0BQs :2016/07/17(日) 02:35:04 NXpnyi4U0
    
     




黒が溶けて、徐々に白へと成り代わっていく。
朝がやってくる。殺し合いが、遂に始まった。
空の色は青みがかっており、一時間位でも経てば、太陽の赤が青と混ざり合い、気持ちのいい世界を彩ってくるだろう。
まだ、ひんやりとした空気が残っているが、それもまた一興。
衝撃的な始まりから高まりっぱなしの熱を上手くクールダウンしてくれるのは大変ありがたい。
踏みつける草はふんわりとした柔らかさで心地よく、殺し合いなんてなければそのまま寝転がりたいとさえ思ってしまう程に。
先程、眠りから覚めた眠り姫は目を擦りつつも、自分が置かれている現状について考えた。
やはり、夢ではない。こんな面倒で何の益もない催しは夢であって欲しかった。
少女――的場梨沙は辺りをぐるりと見回して、一息。
見知らぬ場所だ。何の知識もない、何処ともしれぬ未踏の草原であった。

「さぁて、どうしたものかしらね」

はぁ、と深い溜息をつきながら梨沙は口元に手を当て、考える。
その姿はとある性癖を持つモノであれば、興奮し、女神は此処にいた、なんて戯言を並び立ててしまうぐらいに様になっていた。
こんな時であっても、的場梨沙は幼さに似合わず、酷く嫣然とした少女である。
こういうのを蠱惑的というのかもしれない。
ラフな英字ティーシャツにデニムのスカートといった肌を見せる服装が少女の魅力を更に際立たせる。
柔らかそうな肢体はもちろん、仕草の一つずつがこちらへと訴えてくる。
しゅるりと振り翳された指の一振りが、口元から吐き出させる吐息が、不愉快そうに釣り上がった目元が、少女がアイドルだということを嫌でも想起させる。
それは才能という二文字を厳然と表しているかのようで。
けれど、そんなものはこの殺し合いで何の役にも立ちやしない。
全くもってどうしようもない、と的場梨沙は現状について嘲笑った。
バトル・ロワイアル、殺し合い。嗚呼、喜劇だ。
自分の不運はとびっきりだ。
短い人生ではあるが、今回程とびっきりなものは初めてだ。
まさか、ここまでダイレクトに憎しみをぶつけあう催しに呼ばれるなんて。
殺し合いとはいうが、こんなもの趣味の悪い出来レースではないか。
最後に一人になるまで生き残る。自分がその枠に入るなど、それこそ奇跡に等しい。


344 : 梨沙キリングゲーム ◆yOownq0BQs :2016/07/17(日) 02:36:03 NXpnyi4U0
     
(……無理、ね。どう考えても不可能。アタシが五体満足、何の代償もなしに最後の一人になるなんて、どうやったって無理)

客観的に見て、この場に呼ばれたアイドルの中で自分より優れた者は大勢いる。
頭脳面でも、身体面でも、精神面でも。どの分野を取っても、的場梨沙は一番には成り得ない。
例えば、頭脳面。一ノ瀬志希のような本物の天才相手に優れるモノなどありはしないだろう。
例えば、身体面。木場真奈美のような大抵のことをすんなりとやってのける身体能力には自分は一歩も及ばないだろう。
例えば、精神面。鷹富士茄子のような強運からくる精神性にはきっと、自分は勝てないだろう。
今例えに挙げた総てのメンツが、この殺し合いに巻き込まれている。
そんなメンツを相手に、自分は最後の一人になるまで生き残らなくてはならないのだ。
結論から言って無理だ。戦って勝とうだなんて思い上がりなど浮かぶ訳もない。
だから、梨沙は早々に優勝して生き残るという方針を打ち捨てた。
こそこそと不意討ちをして回る? 勘の良いアイドルには自分程度の隠行などバレるに決まっている。
正面から殺して回る? もっと、論外だ。幾ら強い武器を持っていようが、自分が使いこなせるとは限らない。
できもしないことを考えるなんて時間の無駄だし、頭の悪い証拠だ。
梨沙は皮肉げに嗤い、掌をひらひらと振りながら溜息一つ。
口元に浮かんだ三日月は斜に構えた諦めを示している。

(じゃあ、残るは他のアイドルと協力して脱出……なんだけど。それも現実的とは思えないわね。
 この首輪がある限りは、アタシ達の生命なんてあってないようなものなんだし)

その諦めは他に浮かぶ方法も芳しくないことからも起因している。
殺し合いの優勝が無理なら、残る手段は脱出しかない。
この閉塞的な島から何とかして抜けださなくてはならないのだ。
だが、そんなことを主催者側が許すとは到底思えないし、そもそも許すならこんな殺し合いだなんて強いたりはしないだろう。
まず、この首にはめられている銀の首輪を外さなければ脱出どころの話ではない。
主催者の気まぐれ一つで爆破させられるこの枷は早めに外さなければ後々に響くだろう。


345 : 梨沙キリングゲーム ◆yOownq0BQs :2016/07/17(日) 02:36:31 NXpnyi4U0
    
(とは言っても、誰が外せるのよ。志希辺りにでも頭を下げるしかないって感じ?
 別に頭を下げるのはいいけれど、そう都合よくいくのかしらね。
 首輪を解除できるアイドルをわざわざ殺し合いに巻き込む程、主催者も耄碌してないでしょ?)

少なくとも、梨沙のような素人にはこの首輪をどうやって外すかなんて全くの想像はつかない。
当てにしている天才サマも、もしかしたらわかんなぁい〜、にゃはーっなんて抜かすかもしれないのだ。
最高無敵のパパがいたらこんなことで悩む必要なんてないのに。

(それに、その天才サマもとっくに死んでるかもしれないし、ノリノリで殺し合い最高〜ってやってるかもしれないし。
 はぁ、頼りになるかも確かじゃないってのは最悪ね。アタシの生命をそんなものに乗せたくはないわ)

それ以前の話。
首輪解除要員が殺し合いに乗っている可能性。もしくは既に死んでいる可能性。
拙い頭でもわかる簡単な話だ、希望なんていつ潰えるかわからない。

(運良く首輪を解除できたとしても、この島からどうやって向こうに戻るって話よね。
 泳いで脱出? 馬鹿にしすぎでしょ。都合よく、船か飛行機でもあれば〜ってそもそもどうやって操縦するのよ)

その希望を掴めたとしても、今度はこの島から脱出しなければならないのだ。
どうやって、と問われると言葉を返せない。
梨沙が考える限り、最後の一人以外は脱出できないのではないか。
主催者が本土から迎えに来るなりして、この島を後にするというのが関の山ではないか。
そもそも、脱出手段を島に残すなんて普通はやらないし、梨沙が主催側の人間だったら嘲笑うかのように壊れたボートでもポイポイと置いている。
うん、無理だわ、と梨沙は肩を落として何度目かわからぬ溜息をついた。
永久不滅のパパがいたら、ジェット機モーターボートでも何でも乗りこなしてくれるに違いないのに。


346 : 梨沙キリングゲーム ◆yOownq0BQs :2016/07/17(日) 02:37:03 NXpnyi4U0
     
(更に、更によ? ほんっっっっとぉぉぉうに!!!!!! 茄子並の強運で元の日常に戻れたとしても!!!
 こんな世界の裏側的なことを知ったアタシをそのままにしておく訳がないでしょうが!
 絶対、何らかの処置を打ってくるわよ!!! もちろん、パパなら全部どうにかしてくれるけど!
 万が一、パパに傷一つでも付けられたらたまったものじゃないわ!)

幾つもの強運が重なって、五体満足無事に脱出できたとしても。
こんな闇の案件ど真ん中を突っ切った自分を放置になんてするだろうか。
そんないつ危害を加えられるかどうかもわからない中、アイドルを続けるなんてできるだろうか。
誰が敵で誰が味方もわからず、ビクビクと過ごして生きるなんて嫌だ。
もちろん永劫最強のパパがいたら、そんな無用の心配をしなくてもいいけれど。

(そんな不祥事があったら、アタシとパパの幸せ家族計画が頓挫するじゃない!!!!!
 ゆくゆく政治進出、憲法改正、パパ恋愛推奨法を作るアタシのパーフェクトエターナルフォーエバーラブラブパパワールドが!!!!
 …………その片隅にプロデューサーも置いてさ)

ともかく、梨沙からするとそんな日陰をこそこそと生きるなんて真っ平御免である。

「あーーーーーーーー!!!!! もう駄目じゃない、何も解決してないわ!!!!!」

どうあがいても絶望、としか言いようがなかった。
何重にも重ねられた絶望は今後の展望を丁寧に潰していく。
断言できる。的場梨沙が生き残る確率なんて零に等しい。

じゃあ、どうする。

的場梨沙一人で覆せるモノなんてこの殺し合いでは何もない。
情に訴えるなんて通用するとは思えないし、既に自分以外の参加者が誰かを殺している可能性だってある。
その過程で参加者との遭遇だって慎重に行わなければならないし、情報だって錯綜していて未だ不確かだ。


347 : 梨沙キリングゲーム ◆yOownq0BQs :2016/07/17(日) 02:37:34 NXpnyi4U0
     
(けれど、やるしかない。生き残る為に、進むしかない)

それでも、蹲って思考停止なんて以ての外だし、座して死ぬよりはやりきって死んだ方が遥かにマシだ。
どんなことをしてでも。這いずり回って苦渋を舐めようとも。

(アタシは、人を殺せるのか、なんてわかんないけど――容赦は絶対にしない。
 殺られるぐらいなら、殺ってやる。このぐらい、息巻いてないと死んじゃうもの)

その過程できっと、自分は選択を迫られるだろう。
殺すか、殺さないか。
その問に迷いなく答えられる自信はまだない。
されど、黙って殺られるなんてしてやるものか。

「悪いわね、光、晴。アタシはアンタ達みたいに真っ直ぐに誰かを救うことも、護ることもできそうにないわ」

そんな剣呑な思考を凝り固めた所で、脳裏に浮かんだのはかつて、一緒に組んだ二人の少女だった。
きっと、自分はもう顔向けはできない。
この美しさなんて欠片もない醜い世界で、自分は現実に擦れ、汚れてしまうのだろう、
拭えぬものを纏って、進んで、生きる。かっこよくもなく、泥だらけにみっともなく。
泥のようにねっとりとした世界で、自分はどうするのか。

「………………早く助けに来なさいよね、アンタのアイドルがピンチなのよ。こういう時こそ、株の上げ時でしょうが」

嫌らしく纏わりつく湿った空気が、現実を教えてくれる。
彼女達のように、自分は綺麗な決意を抱けない。
善意よりも悪意を信じてしまうのは、こんな状況だから仕方ない、なんて言ったら、二人は悲しむだろう。
けれど、梨沙は知っている。
この世界は汚くて、暗くて、どこまでも鈍いことを。
綺麗事だけで廻る世界じゃない、ヘドロのように汚い現実。

「――――プロデューサー」

そんな世界でも、信じられるものがあるとするなら、それはきっと――自分の夢を笑わずに頑張れよと言ってくれた『アイツ』なのだろう。



【一日目/H-5/朝】

【的場梨沙】
[状態]健康
[装備]
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品(1〜2)
[思考・行動]
基本:生き残る。どんな手を使ってでも。
1.自分本位で動く。益があれば、他者を助けたりもする。
2.参加者との接触は慎重に行う。もしも、襲われたら――容赦はしない。
3.南条光、結城晴には会いたくない。この島にいるかわからないけれど。
4.早く助けに来なさいよ、プロデューサー……。


348 : ◆yOownq0BQs :2016/07/17(日) 02:37:48 NXpnyi4U0
投下終了です。


349 : 私の魔法、まだ、解けてないかなあ?  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/17(日) 03:10:24 rKdbTcDk0
1.


 それは、鬱蒼とした森に屹立する、かつての夢の跡であるように島村卯月には思えた。
 外装はどこにでもあるようなビジネスホテル風。恐らくは観光客の宿泊施設という名目で建設されたのだろう。
 殆ど汚れの目立っていない大きなショーウィンドウの奥には小綺麗な椅子と机があり、
 チェックインやチェックアウトを済ませるための受付も見える。違うところはといえば明かりが全て消えてしまっていること。
 そして本来そこに居るべきはずの人の姿が全く見られないことだった。殺し合いをしているのだ、誰もいないのは当たり前だと思いながら、
 しかしやはり、あるべきところにあるべきものが収まっていないのは違和感だな、と卯月は思う。
 仕事で利用したこともあるからこそ、強く思う。明かりがないだけで、人の喧騒を感じられないだけで、こうも寒々しく感じられるものか。
 あるいは……既にして己の心が冷えきってしまっているから、余計にそう感じてしまうのか。
 どちらとも判然とせず、卯月はショーウィンドウに自分の顔が映らないか確認しようとした。
 しかし、映らない。光の具合が良くないからなのか。

「卯月ちゃん?」

 立ち止まってぼんやりとショーウィンドウの奥を眺めているようにしか見えなかったのであろう。日野茜が怪訝そうな様子で卯月を見た。
 流石に背負ってもらったままというのは気が引けて、無理を言って降ろしてもらったばかりだ。おかしな様子を見せればまたやられるかもしれない。
 いえ、と返事をして卯月は再び茜の横に並ぶ。茜は気になって仕方のない様を隠しもしていなかったが、無遠慮に踏み込むことはしなかった。
 テレビで見た通りの元気溌剌、エネルギッシュを絵に描いたような性格は卯月には眩しい一方で、その身を灼くことのない暖かな熱に安心感を覚え始めてもいた。
 偏見だとは思ってはいるが、スポーツ畑出身の人間は何事にも明け透けで隠し事を嫌い、人にもそうであるように努めさせてくるというイメージがあり、
 出会った当初こそ想像通りの人間かと思ったものだが、どうも茜に関して言えば言葉選びこそストレートだが考えを押し付けてくるようではなかった。

「ご飯と鏡、あるといいですね!」
「それ、同列に扱っていいものなんでしょうか……」


350 : 私の魔法、まだ、解けてないかなあ?  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/17(日) 03:11:06 rKdbTcDk0

 何の含みもなさそうな笑顔でそう言われ、卯月は思わず苦笑を漏らした。傍から聞けば食べ物と鏡を使って何をするのかとしか思えない。
 エントランスからホテル内へと入る。すっかり失念していたのだが、電気が通っていないなら入り口の自動ドアなんて開かないはずだったが、
 始めからそうされていたのか偶然なのか、自動ドアは開け放しになっており特に苦もなく侵入することができた。もしも閉ざされたままならどうしていただろうか。
 通れるのが当たり前、という風情の茜の顔を見るに、開いていて本当に良かったと卯月は思うしかなかった。
 ロビーで案内板を見つけ、食事ができるところ――すなわちレストランはどこにあるかと探す。すぐに見つかった。早速移動することにする。
 鏡はいいんですかと茜に尋ねられたが、卯月はやんわりと後でいいという旨を伝えた。
 どうあれ、ここまで連れて来てくれたのは茜である以上彼女の意向を優先させてあげたいという考えがあった。
 フローリングが貼られた床を歩きながら、これ以上の追求をされるのを防ぐのも含めて卯月は話題を変えることにする。

「それより、ご飯って言いましたけど茜ちゃんは何が食べたかったんですか?」
「ん? ご飯ですけど?」
「いや、えっと」
「あ、あー。はい! 白米です白米! ほかほかの! 真っ白な!」

 質問の意味に気付いた茜が誤解させてしまったことを詫びるかのように大げさに身振り手振りを交えながら言ってくれた。
 何もそこまで一生懸命にならなくてもと卯月は思ったのだが、普段から『頑張ります』を信条にしている卯月が言えたことでもなかった。

「ご飯ってそのままの意味でご飯だったんですか」
「美味しいですよ?」

 きらきらした目だった。彼女が炊きたての山盛り白米を美味しそうに平らげるコマーシャルに出ていたことを卯月は思い出す。あれと同じ目だった。
 コメは品種によって粒からして違うし味も硬さも違うんですよと鼻息を荒くして語りだしそうなほどだったが、そこまでは言い出さなかった。

「い、いえ、まさかそのままの意味だとは思わなくて、その、ほら、おかずとかも含めてご飯っていうか、ごはんはおかずじゃないっていうか」

 自分でも何をこんなに慌てて弁明しているのだろうと思った卯月だったが、茜は眉毛を鋭く吊り上げた。あ、一線を超えてしまったと卯月は後悔した。

「ごはんはおかずでおかずはごはんです!」

 くわっと目を見開いて堂々と、そう、言い切った。
 これが漫画であれば集中線が出ていただろうなと卯月は確信した。
 茜としては単に自分の一主張を、温かい白米は最高ですよと言ったに過ぎなかったのだろうけども、卯月は頷くしかなかった。圧力に屈した。

「仕方がありませんね。見せてやりますよ、本物のご飯というやつを」

 漫画かドラマかなにかでよく聴く類の台詞だった。


351 : 私の魔法、まだ、解けてないかなあ?  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/17(日) 03:11:37 rKdbTcDk0


2.


「すみません! 白米がありませんでした!」

 そして数十分後、茜が逆に屈した。
 簡単に言うと、レストランに辿り着いたはいいものの食材――もっと厳密に言えば生鮮食材――、が何ひとつとしてなかったのである。
 茜は卯月の目の前で土下座をしている。そこまでする必要はないだろうと思う卯月だったが、気がつけば茜はそうしていたのだから止めようがなかった。

「冷静に考えたら電気が通ってなさそうな感じでしたし、つまりそれは建物自体使われてないってことで、仮にあったとしても腐っていたかもしれないから、どっちみちお米は」
「食べられなかったってことですか!」
「……はい」
「盲点でした……」

 全くの計算外、まさしく青天の霹靂だと言わんばかりにぶるぶると震えている茜を見て、これは素で気付いていなかったのだなと卯月は思うも、
 その卯月自身ようやく今に至って気付いたのだからとやかく言える立場ではなかった。間抜けとしか言いようがなかったのだが今更どうこう言っても仕方のないことである。

「ま、まあ。まだ保存食は残っているかもしれませんし、もうちょっと探してみますか?」
「はい、いえ、それはいいんですけれど」
「どうしました?」
「卯月ちゃん鏡はいいんですか?」

 いいもなにも、それなら後でとさっき言ったばかりではないかと口にしようとして、その『後』が今なのだと茜は言っていることに気付き、どう答えたらいいものか迷ってしまう。
 特別、優先するような理由なんてないのだ。見ろと言われたからじゃあそうしてみようというだけで、心からそうしてみようと思ったわけではない。
 いや……そもそも、『あの日』から自分の心で決めて何かをしようと思ったことなんてなかった。『あの日』を境にして、卯月は笑顔の魔法にかかったまま。
 十二時を過ぎても永久に解けることのない、呪いのような魔法にかかったまま、島村卯月という人間はアイドルのかたちをしながら生きてきた。
 皆が、過去が、夢の残滓が。それを望んだから、卯月は『あの日』から何も変わることなくここまで来た。
 からっぽの器のような自分。それでいてひび割れてしまって何も継ぎ足すことのできない自分。
 そんなものしかなかったから、だから、本当に、すぐに答えられなかった。嘘の理由なんていくらでも浮かぶのに、なぜだか彼女には、茜には、口にできなかった。

「……ま、いいでしょう! 卯月ちゃんもお腹がようやく空いたんですね!」

 そんな卯月に茜が、やさしく嘘を差し出してくれる。
 これも彼女の天然なのか、それとも卯月の内奥にあるものを察したのかは分からなかったが。卯月はそれに縋った。
 どんな意図があっても関係ない。茜は自分を救う嘘を差し出してくれた。それで良かった。
 先ほどの土下座はどこへやら。既に立ち上がり厨房の物色を始めていた茜に、卯月は何かしら晴れ晴れとした気分を感じていた。


352 : 私の魔法、まだ、解けてないかなあ?  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/17(日) 03:12:01 rKdbTcDk0

「あ、見つけました、缶詰」

 感傷にひたる間もなく茜は目的を達成してしまった。
 白米にこだわらなければこの数十分を無駄にしなくて良かったのではと思う一方、しかしこの無為になった数十分がなければ今の気分にもなれなかったのだから、
 無為な時間ではあっても無駄な時間ではなかったなと思うことはできた。

「いやああっさり見つかりました!」

 両の腕にこれでもかと山積みされた缶詰をテーブルの上にバラバラと。
 鯖の味噌煮、蟹、コンビーフ、コーン、ツナ、その他諸々。
 『その他』の中にキャットフードらしきものやデミグラスソースのようなものも混じっていたように見えたが気にしないことにした。
 要は、欲しいものを取ればいいのである。何かを選ぶこと自体久しぶりで、多少手を迷わせはした卯月だったが最終的には無難に鯖を選ぶ。
 一方の茜は迷うことなくコンビーフ。ああ、体育会系だと卯月は思った。

「そういえば缶切りがないと開けられないような……」
「ノープロブレム! 最近の缶詰は普通に素手で開けられるんですよ!」

 言うやいなや。茜はプルタブを引っ張って缶詰の中身を見せてくる。
 一拍間を置く。少し考える。卯月も同様にそうしてみると案外あっさりと缶詰は開いた。鯖の切り身に黄土色の味噌だれをまぶしたものが芳醇な匂いを届けてくる。

「今の間はなんだったんです?」
「まあ、その」

 素手で開けられるのは茜が怪力だからではないだろうかなどと思ったことは言えるはずもなく。曖昧に笑って卯月は誤魔化す。

「まあいいでしょう! ご飯が食べられないのは残念無念ですがそれはまた別の機会ということで!」

 追求してくることはなく。些事だというように朗らかに笑って。そして次を考えられるこの子は。
 ああ、きっと強いのだなあと確信にも似た気持ちを卯月は抱いた。きらきらしていて、空っぽになってしまった卯月にもきれいだと思えて。
 『今さら』なんて気持ちすら持たせないほどに彼女は偶像で――。

「楽しそうなところ悪いけど、ねえ、ひとつ要求していいかしら」

 いただきますと二人で口にしようとしたその瞬間、無遠慮に現れたのは茜とは比較してもしきれない、真っ黒に濁った宝石のような女性だった。


353 : 私の魔法、まだ、解けてないかなあ?  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/17(日) 03:12:26 rKdbTcDk0


3.


 そこに立ち寄ろうと思ったのは、ある意味で小賢しい考えを含んではいた。
 服部瞳子は、この場にいる全員を殺す。それはもう揺るぎない考えで、では具体的にどうするか。
 見つけ次第殺していくか。それはあまりに稚拙な考えである。年齢という経験は積んでいるとはいえ、それは直接的な強さに繋がりはしない。
 まともに取っ組み合えば良くて相打ち。悪ければ一方的に。だから先ほどそうしたように、抵抗さえさせずに殺すか、抵抗できない相手を殺すしかなかった。
 それができる状況……、それは、人があまり来なさそうな場所に隠れている人間を探すこと。地図でも分かりやすく建物が集まっている村は人の出入りも相応にあるだろう。
 逆に言えば、見つけられるチャンスを与えることになる。それはリスクである。だから、人がそれほど通らなさそうな建物に隠れる。
 そういう手合いの『臆病者』こそ瞳子が最も与し易い相手である。だからそいつを殺す。
 ではその場所とはどこか。考えて思い当たるのは、山の中腹に位置しているホテル跡。適度に人里から離れている一方、ホテルはそれ自体が巨大で隠れやすい。
 現在位置の近さと照らし合わせ、瞳子はそこに足を運ぶことに決めた。
 三十路も近くなった体に山登りは日頃のトレーニングで多少は鍛えはしていてもなかなか響くものがあった。
 所詮は女だなと思い知らされつつ、しかしさほどの時間をかけずにホテル跡に辿り着くことができた。拳銃を握り締め、いつどのタイミングで誰に出くわしてもいいように気を張る。
 そうして探索を始めようとしたところで、人の声が聞こえたのだ。ロビーにいても耳に届くほどの声。大声なのだと分かる。
 しかも内容は、明らかにこの場に似つかわしくない暢気で朗らかとしたものだった。ご飯だの何だの。まるでハイキングにでも来ているかのような。
 ちり、と頭の中で電気が走る。疼く。山登りで余計なことを忘れたはずの頭に苛立ちが募る。
 迷わずそちらへと足を運んだ。人が二人以上いるのは明白だった。初心を忘れ、感情に任せた行動なのは分かっていた。
 それでも――。腹が立った。

「楽しそうなところ悪いけど、ねえ、ひとつ要求していいかしら」

 今まさに食事行動を取ろうとしていた二人組に拳銃を向け、瞳子は遠慮もなく近づく。
 この状況で? のんびりと? 食事?
 ふざけている。舐めている。人が必死の思いで人を殺していたときに、こいつらはここがどこかということも忘れて食事など。
 臆病者以下だと瞳子は思った。あんまりに腹立たしくて、する必要はないと分かっていながら瞳子は暴言を吐く。

「あなたたち、私に殺されてよ」


354 : 私の魔法、まだ、解けてないかなあ?  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/17(日) 03:12:59 rKdbTcDk0

 つかつかと近づく。流石に状況のまずさに気付いたのか、二人組は揃って椅子から立ち上がったがそれすら遅い。
 もう完全に捉えている。撃てば当たる。そういう距離だ。

「バカらしくなるわ。こっちはもう後がないっていうのに。ねえ、どうして? そんなことしてるの?」

 苛立ちが止まらない。苛立ちが飛び出して行く。一度夢に敗れ、それでもと足掻き、もう一度掴んだチャンスをまたしてもこれで不意にされ。
 叩き落とされた自分を差し置いてこれほど漫然としていられる彼女たちを屈服させたかった。そんな気持ちが、生まれていた。

「ちっ、違うんです!」

 そんな瞳子の殺意に触れた哀れな羊の一匹が飛び出してくる。
 見ているうちになんとなく思い出してきた。島村卯月。ニュージェネレーションというグループの一人。笑顔がパーソナルマークの清純系アイドル。

「私、こんなのと一緒にいるつもりなんてなかったんです! 隙を見て、殺すつもりで、ほら、このナイフでっ!」

 いかにも慌てふためいた様子で、卯月はテーブルに缶詰共々置かれていたデイパックから小ぶりのナイフを取り出す。
 隣にいる少女――こちらは日野茜だったか――、が愕然とした様子で卯月を見やる。信じられないといった風に。
 片方は命乞いにも似た告白。片方は身内に裏切られていたことすら想像していなかった哀れな道化。
 嗜虐心に近い感情が瞳子の中で蠢いた。

「ああ、そう。あなたの方はやる気だったのね。やっぱりそんなものよね。死にたくなんかないわよね」
「は、はい! だって私は、トップアイドルにならなくちゃいけないから、だから、殺してでも戻るつもりで……」
「じゃあ今この場で殺してみせて。私もね、考えてみたら一人で殺し続けるなんて無理な気はしてるから。だから、あなたが殺せたなら、手を組みたい」

 瞳子の言葉に、卯月の顔色がはっきりと変わるのが分かった。笑顔だった。安心感を覚えた、歪で柔らかな笑顔だった。
 手の内にあるナイフを両手で握り締め、卯月は茜へと向く。卯月の体はさほど大きくはなかったはずだが、茜を覆うほど巨大になっているように瞳子には見えた。
 卯月の肩越しに、はっきりと震える茜の顔が見て取れた。卯月の表情はきっと、その背中越しにある瞳子と同じ顔になっているはずに違いなかった。


355 : 私の魔法、まだ、解けてないかなあ?  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/17(日) 03:13:18 rKdbTcDk0

「ごめんなさい、茜ちゃん」
「うづ……」
「だって、もう、こうするしかないから」

 タックルでもするように、卯月は茜に体ごとぶつかった。
 う、と短い悲鳴が漏れる。たっぷり数秒はくっついて、やがて卯月が茜を突き放す。
 床に倒れ、動かなくなる茜。ブラウスとベストに広がる赤。ナイフから滴る赤い液体。
 ああ、本当に殺したんだと瞳子は思った。

「ほら、私、できました、ちゃんとやれました、だから――」

 だから、瞳子は迷わず引き金を絞った。冷静に、三度。
 拳銃から放たれた銃弾は卯月の胸を全て貫き、柔らかな体に致命傷を与えた。

「考えてみたらね」

 胸を抑えて倒れた卯月を睥睨して瞳子は続ける。聞こえているかどうかは怪しかったが。

「簡単に人を裏切って殺すような子と組むのは危険だなって」

 元々生かすつもりもなかった。それほど、最初に感じた苛立ちは大きかった。
 どんなに乞うたって袖にされることがあるというのに。そんな経験をしたこともないであろう彼女たちが憎らしかった。
 次があると思っている彼女らを、足蹴にしたくて仕方がなかった。
 想像以上に上手くいった。苛立ちが霧散していくのが自分でもはっきりと分かった。
 すっきりしたとさえ、思った。

「今さら遅いのよ」

 卯月の死体を睨んで、言い捨て。
 瞳子は乱暴にテーブルの上のデイパックをひったくる。その拍子にいくつかの缶詰がカラカラと音を立てて床に落ちた。
 振り向きもせず、瞳子はその場を後にした。


356 : 私の魔法、まだ、解けてないかなあ?  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/17(日) 03:13:42 rKdbTcDk0


4.


 茜が耳にしたそれは、絶望の音。
 近くに倒れた卯月は、こふっと短く息を吐き出していたが、もう長くないだろうと直感させるには十分だった。
 それでも茜は動けなかった。否、動いてはならなかった。自分たちを襲撃した女が去っていくまでは。『茜は無傷だというのに』動いてはいけなかった。
 初めて目にした拳銃はそれほどの暴力だった。茜は無力だった。女が去るまで、体を動かさないようにするのを精一杯やるしかなかった。
 自分がじっとしているだけで刻一刻と卯月の命は失われていくというのに、何もしてはならなかった。

「……そろそろ、いいと、思います、茜ちゃん」

 掠れた声で卯月がそう言う。のろのろと体を起こしてみれば、卯月は明らかに死に体だった。
 顔が青白い。唇が震えている。胸から流れる血は、衣服の殆どを染めてしまっていた。

「なんで」

 本当は手当をするべきなのに。命を救わねばならないのに。茜は問を発していた。
 卯月が茜に突き刺したのはジョークグッズに過ぎなかった。突けば血糊が噴き出るおもちゃのナイフ。人に危害なんて与えるべくもない、優しい嘘の道具。
 こうするしかないから。そう言って茜に泣き笑いを向けて、ぶつかって、死んだふりをしてくださいと小声で告げた卯月に、茜は問うことしかできなかった。

「茜ちゃん、……きらきら、してたから」

 きらきら。その意味が分からず、おうむ返しに「きらきら」と言い返す。

「眩しくて、きれいで、ダイヤモンドみたいで。明日があるって、信じてて。アイドルなんだな、って」

 考えてもみなかった言葉が卯月の口から出てきて、思わず、「分かりませんよ……」と茜は言ってしまっていた。
 きらきらなんてしていない。本当はずっと怖かった。たまたま近くに知り合いがいたから、空元気で、『いつも』に逃げた。
 逃げているとは分かっていた。笑顔がモットーの卯月の顔が不安に染まっていることも分かっていた。でも何もできないと思い知らされるのが怖かったから、逃げた。
 そうして逃げて、逃げて、逃げた先で、卯月が巻き込まれて。こんなの、アイドルなんかじゃない。ただの汚い人間だ。


357 : 私の魔法、まだ、解けてないかなあ?  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/17(日) 03:14:01 rKdbTcDk0

「茜ちゃん……。私ね、魔法にかかってるんだ」

 笑顔の魔法。そう言って、卯月は己の下腹部を撫でた。それが何を意味するのか茜には分からない。
 ただ、おいそれと人に告げるようなものではないことは分かった。重たく響いた、魔法という言葉が。卯月の内奥に堆積されたなにかであることは理解できた。

「……まだ、解けてないかなあ?」

 そうして、卯月は視線を合わせる。もちろん見えている。精一杯の、きらきらとした、眩しいダイヤモンドのような。
 紛うことなきアイドルの笑顔。島村卯月のとびっきりのスマイル。見るもの全てを元気にする笑顔。
 茜は、彼女の笑顔に触発された人間だった。最初は雑誌で見た。曇りのないその表情に、こんなアイドルになれたらという憧れさえ抱かせた。
 羨ましかった。追いつきたかった。今になってその思いがこみ上げ、茜は「消えるわけない」と返す。

「消えるはずなんてない。いつだって、卯月ちゃんは、最高の笑顔ですよ……!」
「……ああ」

 良かった。最後にそう告げて、卯月は口を閉ざした。
 朗らかな笑顔のまま、島村卯月はシンデレラの時間を終えた。




【島村卯月 死亡】


358 : 私の魔法、まだ、解けてないかなあ?  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/17(日) 03:14:21 rKdbTcDk0




【一日目/G-5/午前/ホテル跡】

【日野茜】
[状態]健康
[装備]
[所持品]なし
[思考・行動]
基本:笑顔と元気のアイドルになりたい



【服部瞳子】
[状態]健康 苛々
[装備]銀の剣、ベレッタ(11/15)
[所持品]基本支給品一式、予備弾×150 ランダム支給品(2〜4)
[思考・行動]
基本:殺し合いにのる
1.参加者を殺害する


359 : 私の魔法、まだ、解けてないかなあ?  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/17(日) 03:14:34 rKdbTcDk0
投下終わり。


360 : 名無しさん :2016/07/17(日) 09:52:44 m3Dc23Zc0
ああ、卯月……投下乙であります


361 : まっすぐの道 ◆GhhxsZmGik :2016/07/17(日) 14:29:35 cxHoKw1M0
投下します


362 : まっすぐの道 ◆GhhxsZmGik :2016/07/17(日) 14:29:57 cxHoKw1M0

『まっすぐに生きなさい。真心を持って生きなさい』

それが厳格な父親、祖父に耳にたこが出来るぐらい言われていたことだった。
幼いころから弓を取らされ、ただ言われるがままに生きる日々。
弓はめきめきと上達し、容姿も成長するにつれ美しいと褒められるようになった。
でも、上辺だけを褒められるようにもなっていて。
空虚にも似たそんな生活に私、水野翠は、飽き飽きしていたのです。
気がつけば、溜息を吐く日々。
次第に、的中することも少なくなっていった。

そんな漫然とした日々に終止符を打ったのは一人の男の誘いでした。
最初はアイドルなんて、とは思いましたが。
漠然とした不安をあったこともない男にズバズバ見抜かれたのは驚いて。
真心の喪失すら、指摘された時は、反論の言葉が出ることができませんでした。
アイドルになれば、まっすぐに生きられる。真心を持つことができる。
そんな事は信じられませんでしたが、今のままでは、それが出来ないのなら。
私はその男の言葉を信じてみようと思いました。

そうして、その男は私の両親を説き伏せて、私をアイドルにさせました。
厳格な両親が、男の言葉に動いたのは、思うところがあったのでしょうか。
私の伸び悩みに、それは両親にしかわからないことですが。
アイドルになった私に、宛がわれたのは、共に進むパートナー。
私よりも年上の、アイドル。黒川千秋だった。

ブリヤント・ノワールと名付けられた私達のユニット。

黒に拘った彼女らしい名前だった。
千秋さんとの出会いによって、私は、劇的に変われたと思う。
ずっとトップを取るために、邁進する彼女。
妥協を許さず、自分にどこまでも厳しい人。
だけど、相応に脆さを抱えた所もあった。

孤高でよかった。
千秋さんは、そういっていた。
けれど自分の至らなさにないていた時、私はそれがとても愛おしいと思った。
誰だって、強いままで進むだけは、出来ない。
涙を流したい時がある。私だってそうだった。
でも、彼女はそれを誰にも見せないようにしていた。
私が見れたのは、偶然でしかないけれど。
だけど、その瞬間、守ろうと思った。
この人を。絶対に。後ろから抱きしめながら、そう誓った。

アイドル水野翠が、まっすぐ生きるために、見つけた心だった。
気高いアイドル、黒川千秋の傍で、彼女が輝いていられるように。

私は彼女を支えて、彼女の輝きに、なりたいと思えたのだった。








363 : まっすぐの道 ◆GhhxsZmGik :2016/07/17(日) 14:30:21 cxHoKw1M0



「……姉達はいるのかな?」
「う〜ん。皆集まってる時はみあたりませんでしたけど〜」
「そっか」

殺し合いが始まって、すぐ二人は出会うことが出来た。
イヴ・サンタクロースと、ルーキートレーナーこと青木慶。
とぼとぼと互いに森の中をに歩き始めたら、そのままであった。
互いに殺し合いに乗ってないのは明白で、少し現状を話して。
慶が姉達のことを聞いて、それで終わった。
これから、どうしようというのも決まらなかった。
でも、漫然と慶のなかには考えていたことがあって

「イヴさん」
「なんでしょうか〜」
「何かあったら、私が盾になりますので」

それが、自分の役目だろうと思った。
トレーナーの自分がアイドル達のなかに、混じっている理由はきっとそうだ。
トレーナーはアイドルに優しくも厳しく接し、そして支えてあげることだ。
そして、迷っているアイドルは助けてあげること。
自分は見習いだが、姉達からそう教えてもらった。
なら、殺し合いに巻き込まれたアイドル達は、守らなきゃ。
きっと姉達もそうするはず。
自分が死ぬことになっても、きっと。
死ぬことは怖いけど、目の前でアイドルが死ぬことは耐えられない。
慶は何よりもそのことを、思う。

「……う〜ん」
「うん?」
「やっぱり、それだめっ! です」
「どうして? 私は見習いだけどトレーナー。貴方はアイドル。当然ですよ」
「そこに、大きな差はありますか〜?」
「ありますよ」

けれど、イヴは否定する。
それが逆に、慶にはわからない。
自分は輝くアイドルを支えるトレーナー。
アイドルのためになら、なんだってする。
その結果、アイドルが輝くなら十分だろう。
アイドルのためなら、この身を捧げる……のは少し怖いけれど。
それぐらいの覚悟はある。あくまでアイドルあってのトレーナーなのだから。

「ないです〜」
「なんで? 貴方達は、たくさんの人を『笑顔』をする。貴方は生きてないといけませんよ」
「ううん……と、そうですね」

アイドルは、人を笑顔にするものとして、いる。
自分達とは、違うものだ。
だから、生きるべき。
慶が、そう言ってイヴが反論しようとした時だった。


「慶さ……ぐっ……がは……!?」


イヴのわき腹に刺さる銀の矢。
その瞬間に、イヴの口から、あふれる赤い血。
慶があわてて、周囲を確認するが、襲撃者は見えない。
木陰に隠れているのだろうか。
油断したと後悔しても遅い。
アイドルを傷つけてしまった。


364 : まっすぐの道 ◆GhhxsZmGik :2016/07/17(日) 14:30:58 cxHoKw1M0

「イヴさん、今何とか……」
「にげてくださいっ!」
「でも……」
「でも、もないです〜!……慶……さん、アイドルは、確かに、人を笑顔にします!」

その隙に、イヴの背にもう一本矢がささる。
身体を貫き、白い肌をどんどん紅に染めていった。

「だけど、アイドルを『笑顔』にするのは、ファンで……そして、貴方達、プロデューサーやトレーナーのおかげなんです!」
「……!」
「だから、大きな差はないです……だから、貴方は、他のアイドルに幸せにして……ください〜!」
「いや、おいていくなんて」
「早く!……サンタにかわって……今度は、貴方が……しあわせ……を!」

弓矢だろうか、矢は連続して放たれない。
だから、慶は逃げる余裕がある。
イヴの必死の表情に、慶は泣きそうにながらも、意を決する。

「……ごめんなさい!」
「……いきて……くださいね〜」

慶は、振り返らず、そのまま全速力で駆け出す。
アイドルとは何か。
そして、トレーナーとは何か。

自分を犠牲にして、アイドルを守るのが駄目なのか。
いや、自分はアイドルを犠牲にして逃げてしまっている。

姉達に怒られてしまう。
姉達は、いるのだろうか。

私は、どうすれば……いいのだろうか。
何もかも解らず、慶はひたすらに駆け出した。






365 : まっすぐの道 ◆GhhxsZmGik :2016/07/17(日) 14:31:52 cxHoKw1M0

「貴方……でしたか〜」
「……止めは、必要ですか? 苦しむのは辛いでしょう」
「……いや、翠さん……いいです〜」
「そうですか……じゃあ、付き合いましょうか」
「優しいですね……それなら……お願いします」

慶が去った後、現れたのは、水野翠だった。
クロスボウをもって、澄み切った顔をしている。
大してイヴは、三本の矢が身体に刺さっていて、もうすぐ死ぬだろう。
止めを刺すという翠の言葉を制して、イヴは最後の時間をすごすことを選択した。

「貴方は……どうして」
「私自身は、正直殺し合いに乗るなんて間違ってると思います」
「……えっ」
「まっすぐ生きること、真心を持って生きること。それが大事だというなら、人の私が乗ってはいけません」
「じゃあ……どうしてです〜」
「でも、私にとって大事な人が、います。その人は気高いアイドルです。誰よりも一番をとるべきアイドルです」

水野翠は、正しい心を持つ人だ。
殺し合いをするなんて、間違っている。
今すぐ抵抗するべきだ。たとえ自分が死ぬことになっても。
だが、大切な人がいた。
アイドルとして、傍にいてあげたい人が。

「もし、その人がこの殺し合いにいるだとするなら、最後に目いっぱい励まして、応援して私は命を絶ちます」
「…………」
「居ないなら、私はかのじょのとなりで、支えてあげるために殺して帰ります」
「……そうですか」
「孤高を気取って、でももう一人で生きれない人、ですから」

その人が生き残るためなら、命を絶とう。
その人が、居ないなら、その人の傍に帰ろう。
傍で彼女の輝きの支えになる。
たとえ、曲がっている道だとしても。
誰かを殺しても、彼女のためになる。
それが彼女に謗られる未来であっても。
だが、それが水野翠が選んだ、まっすぐだと思う道だった。


「そういう訳で、ごめんなさい」
「いえ……貴方は、そうやって〜……その人に幸せをあげたんですね〜……ごふっ」
「ええ……あげて、そして私もいっぱいもらいました」
「私も、アイドルになって……一杯貰いました〜、あげました〜」

いよいよ、意識が遠のいていくのを、イヴは感じる。
アイドルになってよかった。
心のそこからそう思えていた。

「直接、一杯笑顔を……言葉を心を……サンタの時は……もらえなかった……もの……一杯……一杯……」

サンタのころは寝顔しか見れなかった。
幸せな姿を想像するしかなかった。
それを直接もらえることは、なんて幸せだったんだろう。

「翠さん……生き残ったら……私のプロデューサーさんに伝えてください……」
「なんと……?」
「拾ってくれって……ありがとう……って――――」


そう言って、イヴは目を閉じ、息を引き取った。
一人のアイドルが死んだ。
あまりに真っ直ぐなイブのたどった道を、翠が踏みにじった。
翠を目を閉じて、後悔に苛まれながら、涙を流すことはしなかった。
すべては、大切な彼女のためであるのだから。


「ええ……きっと伝えます」

翠は一礼して、そっとその場に立ち去る。
そこから、真っ直ぐに血塗れた道が伸びるのだろう。



【イヴ・サンタクロース 死亡】




【一日目/朝/f-8】


【水野翠】
[状態]健康
[装備]クロスボウ
[所持品]基本支給品一式、予備弾×67 ランダム支給品×1〜3
[思考・行動]
基本:黒川千秋の下へ帰る
1.参加者の殺害。
2.千秋が居た場合、千秋を生還させる。であったら自決する。

【青木慶(ルーキートレーナー)】
[状態]健康 
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品×2
[思考・行動]
基本:トレーナーとしてアイドルを守る
1.その場から逃げる。
2.自分を犠牲にするのは間違い?


366 : まっすぐの道 ◆GhhxsZmGik :2016/07/17(日) 14:32:42 cxHoKw1M0
投下終了しました


367 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/17(日) 18:27:13 ufI5BT0A0
皆様投下乙です。
>>339のWikiにここまでの話を全部収録しておきました。
ミス等あるかもしれないので、各自確認をお願い致します。

また、現在位置も反映させておきました、よろしくお願い致します。


368 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/17(日) 18:40:50 ufI5BT0A0
また収録に際しましてご協力いただいた方にこの場をお借りしてお礼申し上げます。


369 : ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/17(日) 20:01:46 WRMqCOzg0

投下お疲れ様です。wikiの方も併せてお疲れ様です。
決して褒められる話ではありませんが、誰かのために頑張る姿は感動しますし憧れるし、そうでありたいと思いますよね。
人殺しなんて絶対に駄目だと分かった上でその道を進む姿はどこか惹き込まれました。
イヴの最後に立ち会う優しさも含めて、こう言ってしまうのもどうかと思いますが、マーダーである彼女を応援したくなりました。
負けた気分です、改めて投下お疲れ様でした。

さて、自分も投下します。


370 : 明日を晦ます桜吹雪 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/17(日) 20:03:15 WRMqCOzg0

『トレーナーさんもパンどうです!』
なんて笑顔で発言した椎名法子だが、その表情は一瞬で苦いものへと変わっていた。
アイドルたるもの、やはり敵となるのは脂肪だったり糖分だったりと体型維持は欠かせないことである。
普段からドーナツを摂取している椎名法子は三村かな子の次に度々、食生活を注意されていたのだ。
そんな彼女がトレーナーにパンを差し出した。問題は無いのだが相手は管理側の人間である。
『お前はまたお菓子を食べて……』などと小言を吐かれたら溜まったのものではない。
しかし、一度出した物を引っ込めることも出来ない。プレゼントだ、贈り物だ。出してしまえば相手の所有物である。
瞬きの回数を明らかに増やしながら椎名法子はトレーナーの様子を伺っていた。蛇を前にした蛙のように。
更にその姿を観察する上条春菜は若干楽しそうにしていた。他人の修羅場は申し訳ないと思いながらも、テンションが上がるようだ。

さて、そもそも何故トレーナーこと青木聖が彼女達と一緒にいるのか。
別にスタンドマイクを使って仲間を集めるなどと云うことをやらかした訳でもなく、自然とトレーナーが神社を訪れていた。
闇夜ならば姿は拝めず、椎名法子達も警戒しただろうがお天道様輝く日中では遠くからでも姿がはっきりと映る。
見慣れたトレーナーの姿に彼女達は安心し、無事に合流――これが省かれた物語だ。

「……美味い」
パンを一口囓ったトレーナーの言葉に椎名法子は汗を浮かべながらも喜んだ。
ガッツポーズを取り、まるで完全勝利したように勝ち誇っている。別段、彼女が偉いわけでも無いのだが。
その姿を見て流石に耐え切れなかったのか上条春菜は声を出して笑っている。レンズの奥の瞳は偽りなく感情を表していた。
「私達が持っているパンはどれも同じなのに……あはは、おかしいよ」
支給されているパンはどうやら形状、味共に変化は無いらしい。バリエーション豊かにする必要性も感じられないため、当然である。
「……!言われてみればそうかもしれない……!!」
この瞬間だけは殺し合いであることを忘れるようだった。
「お前達は殺し合いについてどう思う?」
そうでなければ笑顔が溢れる訳がない。
「どうって……絶対におかしいことだと思います。人を殺すなんて許されることじゃありません」
待っていれば警察が助けてくれる。心の何処かで思っていたかもしれない。
「仮に他人を殺す殺人鬼と遭遇したら……どうする?」
ドクンと少しだけ鼓動が早くなる。普段は別の意味で怖いトレーナーが更に恐怖の対象となっているようで。
「止めますよ……そんなの、駄目なことじゃないですか!」



「ならば……止めてもらおうか椎名」


371 : 明日を晦ます桜吹雪 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/17(日) 20:04:26 WRMqCOzg0
 
杖から抜かれた刀身は太陽の光を浴びて尚、その輝きに飲み込まれること無く反射している。
煌めきから瞳を逸らしたい。それは眩いからでは無い。現実から目を背けたいのだ。
殺し合いを止めると発言した椎名法子は固まっている。直立不動の状態であり、放心状態に近い。
何せ信頼していたトレーナーが目の前で刃物を握っているのだ。それも意味深な台詞も重ねれば嫌でも思考が傾いてしまう。
嗚呼――トレーナーさんは自分達を殺そうとしているのだ、と。
「動かない……いや、動けないか。無理もないがそれがお前の最期だ」
戸惑いも躊躇いも感じられない仕込杖の襲撃に対し、椎名法子は訳も分からず近くにあったスタンドマイクを引き寄せた。
防ぐだとか反撃だとか。そんなことは一切考えずに、本能で盾代わりのスタンドマイクを無我夢中で握っていた。
まるでテレビで見る匠の技だった。綺麗に斬り裂かれたスタンドを見るとやはりトレーナーは凄い人間だと錯覚してしまう。
多くのアイドルに育成指導を行っているのだから、人間としても完成しているに違いない。
その解釈に偽りは無かった。しかし。
「やめてください……っ!う、撃ちます……なんでそんなことをするんですか」
決して褒められた物ではない。仮に演技だとしても、もう、信じられない。
刃物を振るったトレーナーの姿は修羅の如く、確実に他人の生命を仕留めようとしていた。
顔や姿は見慣れた、憧れの念も抱いていたトレーナーなのに。中身はただの殺人鬼だった。認めくない。
拳銃を構え慣れない動作に普段は使わない発声を用いたためか、上条春菜の身体は震えている。
本気で撃つ覚悟は無い。だが、撃たないと殺されてしまう。そんな最悪の事態が降り掛かろうとしているのだ。
どうにかしてこの場を収めたい。しかしトレーナーに言葉が届くのだろうか。

「どうして……帰るためだよ」
自ら斬り裂いたスタンドマイクの下――足の部分を蹴り上げ、左腕で掴むと間髪入れずに上条春菜の方へ投げる。
突然の出来事に彼女は対処出来る訳も無く、その場にしゃがみ込むことでスタンドを回避した。
ガシャンと音が響く中で、恐る恐る閉じた瞳を開けようとした所で、全身から一斉に汗が吹き出した感覚に襲われる。
「お前は落ち着きもある。強い意志も秘めているのは知っているが……流石に銃弾を放つ覚悟はあるまい」
上条春菜の目の前には切っ先が突き付けられていた。
別に先端恐怖症では無いのだが、感情の中では涙や嘔吐感、負の台風が発生しろくに声も出せない状態に陥った。
その時間、表すに僅か数秒の出来事である。頭の中が真っ白で何一つ思考をまとめることが出来ない。
殺される。数分前までは楽しくパンを食べていただけなのに。
折角、所謂当たり支給である拳銃を手に入れた彼女であったが、全く動かせない。

鋭利で冷たさまで感じさせる切っ先に吸い込まれそうだ。このまま斬り捨てられるのか。
何故、こんなことになったのか。そもそも、何故、殺し合いを強要されるのか。
今となってはどうでもいいことなのだが、自分の運命を歪めたことに変わりは無い。
これが漫画ならば【私が死んでも、誰かが謎を解明してくれる】などと思う訳だが、そんなことは無い。
自分が死ぬのだ。他人のことまで頭が回らない。
そんなこともあり、上条春菜は後に椎名法子の強さを振り返ることとなる。
「逃げて春菜ちゃん!」
声の方角は切っ先の後ろから。
椎名法子がマイクを振り下ろしトレーナーの後頭部を狙っていた。
上条春菜は状況が飲み込めていなかったのだ。彼女の世界には己と切っ先しか存在していない中で椎名法子が割り込んだ。


372 : 明日を晦ます桜吹雪 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/17(日) 20:05:14 WRMqCOzg0

ブンと空振る音を響かせる中で椎名法子は上条春菜の隣に立つと耳打ちを行った。
「ここは逃げて……さぁ、早く!」
「で、でも……逃げるって一緒に」
「出来るなら最初からそうしてるのは春菜ちゃんだって解ってるでしょ、ごめんね。でも、逃げて」
彼女は何を言っているのだろうと、上条春菜は真剣に悩んでいた。
とても数分前まではドーナツドーナツと連呼していた女性と同一人物とは思えないほどに頼もしい。
嗚呼、彼女は強いんだ、と。
こんな状況で怖気づいて全てを諦める自分とは違う。ちょっと見直したとも思う。
銃なんて持っているのに。一度も撃てなかった。私の持っているニューナンブは飾りなんだ。
そもそも人を撃てる訳が無い。なんてキレたい現実だが生憎、キレる相手もいない。

自分の弱さと役立たなさ。
椎名法子の強さに、これから起こるであろう認めたくない未来。
全ての現象を呪い、気付けば自分の情けなさに涙を流しながら上条春菜は走っていた。
待っていて。絶対に戻ってくるから――それまで、生きていて。

「お前はどうする」
走り去る上条春菜を見つめる中で、トレーナーは椎名法子に上から言葉を投げ付ける。
どうする――まるで殺し方を尋ねているようだ。切っ先は椎名法子の額へ向けられていた。
「言いましたよね……止めるって」
「本気か?そんな馬鹿なレッスンをした覚えは無いが」
「ドーナツがあれば、みんな笑顔になるから……!トレーナーさんだって正気に戻ってくれますよ!!」

「ドーナツキチガイか……」


【一日目/午前/E-01】


【上条春菜】
【装備:ニューナンブ】
【所持品:基本支給品一式(水を五分の一を消費)、カセットコンロセット、ガスボンベ×4、万能包丁、砥石】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:皆で眼鏡をかける
1:椎名法子を救うために仲間や武器を集めて神社へ戻る。
2:絶対にドーナツパーティーをやるんだから……っ。


373 : 明日を晦ます桜吹雪 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/17(日) 20:06:10 WRMqCOzg0

ふぅ、と一息ついたトレーナーは水場で刀身に付着した血液を洗い流していた。
殺しを続けることに変わりは無いのだが、血の匂いに気付く参加者がいるかもしれないため、念押しで全てを洗い流す。
『ドーナツが大好きですから』
数回素振りを行うことで水分を弾き飛ばす。風を斬り裂く音が無人の神社に響き渡っていった。
ぴちゃと音を立てる中で、喉の乾きを刺激されたようだと、トレーナーは水を掬いそれを体内へ流し込む。
『みんなが一つになれば怖いものなんてない……そう教えてくれたのはトレーナーさんやプロデューサーさんだから』

上条春菜を逃がしたのは当然のように失敗である。
流石に自分が殺人鬼だと言いふらされてしまえば、状況は好ましくない。
結果として殺し回るとしても最初から警戒されていれば、難易度は格段と跳ね上がってしまう。
何故、日本では犯罪が絶えないのか。誰もが我慢出来ないからであろう。
何故、犯人は捕まるのか。人間どうしても抗えない運命や乗り越えられない壁があるのだろう。
椎名法子の相手に戸惑った訳ではない。殺しそのものに時間は然程割いていない。
走れば上条春菜にも追い付いただろう。だが、動かずに。悠長に刀身を洗うなどと時間を浪費していた。
迷いではない。戸惑いではない。罪の意識に潰された訳でもない。

『私は何一つ間違っていない……そうですよね、トレーナーさん』

刀身を戻し杖の状態に戻した所で、トレーナーは住職が普段使っているであろう住居スペースからタオルを拝借した。
軽く濡らし、絞ったそれを椎名法子の顔へ被せる。せめてもの手向けだ。
切っ先は一瞬で彼女の額を貫いていた。誰が悪い、となれば犯人であるトレーナーだが、こんな状況である。
誰も責めることは出来ない。こんな殺し合いそのものがシステムに発生したバグである。

誰も悪くない。
そうでもして割り切らなければ、生き残ることなど夢物語である。

「……最期の姿、不覚だが感動したぞ」

死体を背に彼女は季節外れかどうかも解らない、桜の花びらが舞う道を再び、歩み出す。
感動したからと云ってその行いを反省し改める訳ではない。
たった一人の死に心を変えられては覚悟の重みが薄れてしまう。そんな軟弱な思考は持ち合わせていない。
止める。本気で言っていたのであろう。無理な話だが、椎名法子は最後まで諦めていなかった。
シチュエーションこそ違うが、瞳の真剣さはステージに立つアイドルと変わらない。
人々を魅了する太陽の如く輝き続ける天使達。裏方の人間が決して直接浴びることのない歓声の恵み。
嗚呼、レッスンしてよかった。厳しく育ててよかった。心からそう思うだろう。



彼女は間違いなく、一人のアイドルとして成長していた。



【椎名法子 死亡】



【一日目/午前/E-02・菅原神社】



【青木聖(ベテラントレーナー)】
[状態]健康
[装備]仕込み杖@現実
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品×1(もう一つの支給品も武器のようです)
[思考・行動]
基本:アイドルたちを殺して帰る。


374 : 明日を晦ます桜吹雪 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/17(日) 20:06:26 WRMqCOzg0
投下を終了します


375 : ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/17(日) 20:53:50 ljVXcOdY0
wikiの現在地が見やすくてありがたいです。

さて連続予約で恐縮ですが二宮飛鳥、橘ありす、森久保乃々、一ノ瀬志希で予約します


376 : ◆5A9Zb3fLQo :2016/07/17(日) 21:46:18 WwXIzo3E0
皆さま投下お疲れさまです

>梨沙キリングゲーム
ヴァリサちゃんは晴ちんや光よりも良く言えば現実的、悪く言えば悲観的な見方になっちゃうよなぁ
一番の不運は晴も光もこの会場にいる事で、もしも会ってしまった時にはどうなってしまうのか……

>私の魔法、まだ解けてないのかなあ?
しまむー……!
ここに呼ばれる前の時点で色々あった彼女にとって、誰かを助ける事ができて昔みたいに笑うことができた事はきっと良かった事なのでしょう。
残された茜ちゃんはどうするのか、茜ちゃんが死んでないことを瞳子さんが知ったら何を思うのかも目が離せないですね。

>まっすぐの道
善でも悪でもまっすぐの道はまっすぐの道。
翠さんはそっちの道に進む事を決めてしまったんですね……。
アイドルとして幸せを貰ったイヴちゃんの最後は切なく、守ろうと思ったアイドル守られて逃げることしかできなかったルキトレちゃんは彼女なりの答えを導き出せるといいのですが

> 明日を晦ます桜吹雪
ルキトレちゃんがアイドルを守ろうとした一方で家族をとったベテトレさん。ルキトレちゃんがいたら何を思うのか。
最後までアイドルとしての輝きを見せつけ、ベテトレさん感動させた法子ちゃんは立派なアイドルでしたね。
レッスンして良かった、育てて良かったという独白をするベテトレさんがそう思った相手を殺さなくてはいけないことに無情を感じます

感想ついでにアナスタシア、新田美波、荒木比奈、フレデリカ予約します


377 : 名無しさん :2016/07/18(月) 02:05:06 qNnWNcnk0
さりげなくドーナツキチガイって言ってるw


378 : 名無しさん :2016/07/19(火) 00:15:52 zovvSajc0
トレーナーさんかっこいいなあ
ドナキチの最後まで笑顔だったのも相まって悲しいぜ


379 : ◆wKs3a28q6Q :2016/07/19(火) 21:39:39 lnsMTBxA0
予約が切れたようなので、改めて投下させていただきたいと思います


380 : ◆wKs3a28q6Q :2016/07/19(火) 21:42:56 lnsMTBxA0

「そこでね、メイクアップするの!」

楽しそうな横山千佳の声を聞きながら、安倍菜々は心の中で溜め息をついていた。
この状況で、戦う気のない相手と会えたことは僥倖だ。
もしも一人ぼっちでいるか、もしくは危ない相手と出会ってしまっていたら、菜々はきっと心を磨り減らしていただろう。
そういう点では、千佳にはとても感謝している。

「ステッキが光って、ピンクの光に包まれるだよ。キラキラーって!」

しかしながら、戦う気どころか緊張感も皆無な相手、それも子供の相手と言うのは、別の意味で心が磨り減る。
手にした玩具のステッキも、自称魔法少女の体も、まるで光っちゃいないのだが、その目だけは確かにキラキラ輝いていた。

「そうなんですねー、うわぁ、頼りになるぅー!」

菜々は子供が苦手だった。
嫌いなんじゃあない。
子供特有のテンションと、若さ故の眩しさが、とても目に毒というだけだ。

(ああ、世のお母さんは、これを毎日お休みなしでやってるんですね……)

そういえば、地元の友達はこの前第二子が生まれたと言っていた。
改めてその凄さを尊敬する。
あんたもそろそろ身を固めなさい、なんて言われる身としては、結婚しただけで十分凄いのだけれども。

ちなみに菜々に結婚の予定なんてものはない。
生憎だが、スキャンダルの予定すらない。
お相手候補は――まあ、居ないでもないのだけれど。
もっとも、ちょっと「いいな」と思っていたプロデューサーからのバースディプレゼントは、
指輪のような洒落たものでなく、嬉しくもない二十本以上蝋燭の刺さったケーキだけだったのだが。

いや、いい。それでいいんだ。
自分はあくまでトップアイドルを目指すオンナノコ。
相手はそのプロデューサーだ。
恋愛なんて甘い幻想に自分を浸らせていられるほど、自分は若くも可愛くもない。
脇目もふらず、邪念を払い、必死に二人三脚しなくちゃならないのだ。

(って、いけないいけない。ナナも十代、ナナも十代、まだ若いティーンエイジ……)

慌てて心の中で唱える。
千佳が魔法の言葉で魔法少女になるように、菜々もまた、心の中で魔法の言葉を呟いて若さ溢れるウサミンになるのだ。

「だから安心してね! 悪い人達は、みーんなラブリーチカが倒してあげるから!」

感謝の言葉を返しながら、菜々の内心は冷え切っている。
場の空気を読まない子供特有の無邪気さが辛かった。
もしかすると、同窓会で菜々のことを冷ややかに見てた同級生も、こんな気持ちだったのかもしれない。

「あはははは……」

大人の菜々には分かる。
あそこで見た殺害シーンは、演技の類ではない。
もっと生々しくて現実的なものだ。
千佳は、もしかすると定期的に血を見ることすらなくて、臭い等にリアリティを見出だせていないのかもしれない。

「千佳ちゃんは、優しいですね」

初対面の、相手にしていて疲れる子供。
それでも菜々は、千佳のことを、嫌いにまではなれなかった。
むしろ、その純粋さと優しさには、好感を抱いている。

「でも! 実はナナも! 魔法の力でメルヘンチェンジ出来るんですよ!」

だからこそ、千佳を死なせたくないと思った。
こんな無垢な少女を矢面に立たせて、犠牲にするだなんて出来ない。


381 : ◆wKs3a28q6Q :2016/07/19(火) 21:46:16 lnsMTBxA0

「ええ、そうなの!? じゃあ、さっきステッキを捨てたのは……」
「あ、あれは、その、邪なパワーが宿っているのを、ウサミンパワーで見抜いたからですっ!」

目覚めた菜々が最初に取った行動は、二度寝だった。完全に寝ぼけていた。
その後菜々は、千佳の泣き声で目覚めることになる。

何とか声の主を探し出し、なだめすかした。
デパートの屋上なんかで、子供の相手を何度かしたのが功を奏したと言えよう。

とにかく、そんなこんなで、菜々は千佳と合流した。
そのせいで、支給品の確認をすることになったのだが――

「そうなんだー。じゃあ、魔法のステッキは一本しかないんだね……」

菜々のデイパックには、振動するタイプの魔法のステッキが入っていた。
挿っていた、が本来の用途であろうタイプのステッキだ。
後ろで千佳が「うわあ、魔法のステッキだぁ!」と目を輝かせていたので、千佳が手にしてしまう前に思いっきり放り投げた。
ステッキは空へと吸い込まれるようにして、どこかに茂みに飛び込んでいった。バイバイさよならグッバイブ。

「そうですねえ。他に役立つものはありませんでしたし……」

もっとも、もう一本の魔法のステッキ――千佳のデイパックに入っていた支給品も、役に立たない玩具なのだが。
しかし他にも武器になりそうなものはなかった。
まったくもって、殺し合いの生け贄ウサギとでも言わんばかりの扱いだ。

「だからといって……諦めたりは、出来ませんけどね」

ぎゅうと、もう一つの支給品を握りしめる。
346プロアイドル名鑑。
本屋にも並んでる、極々普通のファンブックだ。

普通のファンブックだからこそ、ここには居ないアイドルたちも記載されている。
その数はとても膨大で、全員を把握などしていない。
千佳だって、菜々とは初対面だった。
そして、それほどまでにアイドルが載っているからこそ、格差というのも存在する。
人気のアイドルはインタビューもあり数ページを使っているが、人気のない者は、四人で一ページという有様だった。

「ナナ、諦めの悪さだけには、自信がありますからっ」

一度は、引退を勧告された。
キャラクターを変えることは、もう何回も提案されている。

それでも。
それでも菜々は、ウサミン星人であることを選んだ。
結果冷や飯を食わされても、それでもウサミン星人で居続けた。
もしかすると、世間から見たら、千佳よりよっぽど夢見るクレイジーかもしれない。
でも、ウサミン星人を辞めることなんて出来なかった。

そして――菜々は出会った。
運命の人に。
どんなハンサムよりも素敵な、胸を高鳴らせてくれる、素敵なプロデューサーに。
ウサミン星人を『痛いババアの戯れ言』ではなく『ウサミン星人』として見てくれるプロデューサーに。
彼との二人三脚は、決して楽なものではなかったけれども。
それでも、キラキラした目で、ウサミン星人としてアイドルを続けるために、何度だろうと届かぬ月に飛び跳ねて。

そして、少しだけ、あのお月様に触れられた。

少しずつ、実感してきていた、お月様に届く感覚。
それを証明するように、アイドル名鑑には、菜々のページが一ページ丸々使われていた。

まだ発売日前なので、目にしたのは初めてだ。
どんな支給品なのか確認するための流し読みの一環で、たまたま目にしただけだった。
それでもその『ウサミン星人が認められてきた事実』は、菜々の心の絶望を払い、この殺し合いに立ち向かうことを決意させた。

もっとも、残った武器が江戸切子のグラスであったため、具体的にどうすればいいのかまるで思いつかなかったのだが。

「とりあえず、そうですね……村に行けば、誰かと会えるかもしれませんね」
「そっか、魔法少女にも、一緒に戦ってくれる魔法少女が必要だもんね!」
「最近は、魔法少女も戦隊みたいになってますねえ……ああ、いや、ナナも最近の若者ですけど!」

先程は、決意した後で、適当に移動してしまった。
千佳の泣き声を聞いて危険な人間が現れるのを防ぎたくての行動だったが、山の方に入ったのは失策だったかもしれない。
隠れ続けるには最適かもしれないが、この貧弱な装備を思うと、誰かと合流するのは必須だ。
こちらから探していかなくては。


382 : ◆wKs3a28q6Q :2016/07/19(火) 21:51:24 lnsMTBxA0

「その必要はないわ」

立ち上がり移動しようとしたところ、不意に声がかけられる。
しまった、と思った。
それから、人に会わなくてはいけないし、殺し合いを止める気だったのに、しまったなんて思った自分を、少しだけ恥じた。

「何せ、世界レベルの私の方から会いに来たのだから!」

一目で分かった。
この人アホだ。
有名だし雑誌で見たことあるしアイドル名鑑も二ページ使われていたし平時だったらしこたまペコペコしてる相手だが、はっきり言ってアホのオーラが漂っていた。

「見つけたわよ!」

大きな声で、誰かを呼んでいる。
どうやら殺し合いに乗っているわけではなさそうだ。
まあ、殺し合いに乗っているなら、とっくに不意打ちしているだろうし、こんな無警戒に大声なんて出さないだろう。

そんなことを思いながら、菜々は胸を撫で下ろす。
その手にはダイバーズナイフを持っているし、四人以上で固まっていればそれなりに安全だろう。
そう思った矢先だった。

「それじゃ、正々堂々戦いましょう」

目の前のアホ――もといヘレンが、ナイフを高らかに掲げていた。

「……ふえ?」

菜々が目を丸くする。
千佳もキョトンとしていた。
ヘレンだけが、満面のドヤ顔を浮かべている。

「これはそういうレッスン。心苦しくないわけじゃあないけどね」

事態がイマイチ飲み込めない。
レッスン? 何を言ってるんだ目の前のアホは。

「こ、殺し合いなんてするって言うんですか!?」

思わず口をついて出たのは、そんな間の抜けた言葉であった。
そしてそれを肯定するように、その背後から別のアイドルが現れる。

「……残念だけど、アイドル業界では、何度も行われているレッスン」

彼女の名前は、名鑑を見る前から知っている。
高峯のあ。
ある時突然、神秘的な雰囲気を纏い始めブレイクした大物アイドルだ。
菜々の年齢と近い、もとい菜々と十歳弱離れているのに、未だ見た目を賞賛され続ける点で、彼女は一つの目標だった。

「……本当に、任せていいの?」
「オフコース。こっちの実力はまだ見せれてないしね」

菜々には知る由もないが、のあはサブマシンガンを持っている。
ただ、先程不調になったこともあり、すぐに使用する様子はない。

のあにとっても、仲間の存在は必要である。
それは、前回の殺し合いの経験から学んだことだ。
今回もたまたま不運が起こった場合、下手をするとフレンドリーファイヤーになりかねない。
ヘレンの言うようにヘレンの戦闘力は見ておきたかったので、ここは任せることにした。


383 : ◆wKs3a28q6Q :2016/07/19(火) 21:54:59 lnsMTBxA0

「タイマン……というですか……」
「そういう世代でしょう、貴女は?」
「な、ナナはピチピチのティーンエイジですよぅ!」

ぷりぷりとして見せながら、菜々は考える。
ヘレンが本気で命まで取るつもりかは分からない。
しかし彼女は、この殺し合いを『レッスン』と称した通り、真っ向からの勝負を望んでいるようだった。
だとすれば――乗っかってやれば、本当に、タイマンをしてくれるのだろう。

「ごめんね千佳ちゃん。ちょっと――そのステッキ、借りますね」
「……え?」

つまり、自分が戦えば、千佳を逃せる。

「ここは――」

自分が――自分が死ねば、千佳を助けることはできる。

「ここはナナが戦います……っ!」

半ば無理矢理引ったくった魔法のステッキを、ぶんぶんと振り回す。
菜々の腕力で振り回せるくらい軽かった。
あたった所で、大したダメージにはなるまい。

「そ、それなら千佳が――!」
「ラブリーチカは愛の戦士! みんなと仲良くできるんですよね!」

先程千佳が語っていたことを、自信満々に口にする。
最底辺でしがみついていた菜々にとって、同業者の個性やキャラを一度で把握することくらい朝飯前だ。
自然にソレが出来てしまうのは、もはや悲しい職業病と言えるかもしれない。
何せ売れっ子アイドルなら、そんな病に犯されなくとも何の問題もないのだから。

「え、うん……」
「だったら、第三の戦士を連れてくるのは、すぐに仲良くなれちゃうラブリーチカちゃんなんですよ!
 ナナには分かります! あの二人は、今わるーいオーラに取り憑かれちゃってて、ラブリーチカでも勝てません!」

ラブリーチカが、ちょっとだけムッとしたのが分かった。
慌ててフォローを入れる。

「も、もちろんナナだって勝てませんよ!?
 これはもう、第三の戦士と力を合わせるしかないんです! 幹部なんです、幹部戦なんですよぅ!」
「悪の幹部……!」
「ハッハッハ、そうね、世界レベルの大幹部よ」

どうやら相手も話に乗ってはくれるらしい。
アホではあるが、有り難いことだった。

「……いや、見逃したら駄目でしょ……」
「ノープロブレム。逃げた相手を追う、という目標があった方が、この後のモチベーションも高まるわ」

もっとも、後から千佳を追いかけるつもりらしいので、簡単にやられるわけにはいかないようではあるが。

「ラブリーチカの戦闘力は、ナナがステッキを借りたことで半減しちゃってますから、千佳ちゃんは誰かと合流してください!
 ここは戦闘タイプのウサミン星人たるナナが、悪の幹部と戦いますから!」
「でも……それだと、菜々ちゃんが!」
「大丈夫、魔法少女は、こういうピンチに慣れっこなんです!
 それにウサミン星人は、ぴょんとなんでも飛び越えちゃいますし、危なくなったら逃げられますから!」

それでもまだ迷っていた千佳の背中を、渾身の笑顔で押す。
怖さや焦りを押し殺し、満面の笑みを浮かべるくらい、アイドルなら朝飯前だった。
きっと、まだ、千佳にはそんなことは出来ないだろうけど。
ちょっとだけ大人である、菜々だからこその渾身の表情だ。

「絶対……絶対戻ってくるから、負けちゃ駄目だからね!」

そう言って、千佳が走り出す。
頼りない小さな背中。
だけど――――

「さて、そろそろいいかしら?」
「ええ。ウサミンパワーで、懲らしめてあげます!」

その背中と、彼女の瞳は。
ウサミン星人にパワーを与えてくれた。
胸の内から、何かが湧き上がってくる。
先程まではそんなもの、欠片もなかったはずなのに。


384 : ◆wKs3a28q6Q :2016/07/19(火) 22:06:28 lnsMTBxA0

「世界レベルの技、見せてあげるっ!」

ヘレンは、口だけでなく、実際に世界を見てきたアイドルである。
見た目は勿論、その身体能力は折り紙つき。
特にバネが日本のアイドルのソレを大きく上回っており、そのバネから繰り出されるタックルは正確無比かつ絶対的な破壊力を持っていた。
ましてや、ナイフに注目しているところで、ナイフをベルトに差してからの一撃。
普通ならば、不意を突かれて倒されていただろう。

「なっ……!?」

だが――その正確無比なタックルに、カウンターが叩き込まれた。
ナイフは確かに怖かったが、しかし菜々はヘレンの顔に注目しており、その動きを予測できた。
菜々は天才なんかじゃない。努力しなくては、アイドルとしても大成できない。
だから常に顔色は伺ってきたし、お客さんや共演者の表情を見て次の行動を考える癖がついていた。

それが上手く作用して、ヘレンの端麗な顔に、カサカサし始めた膝がめり込んだでいる。
ぷぱ、と鮮血が飛び散って、鼻血が日本地図を地面に描いた。
さすがは世界レベルの鼻血ですわ。

「ウサミンパワーで――」

跳び膝蹴り。
強力無比にして、あまりにも様になった一撃に、ヘレンの体がグラリと揺れる。
跳び膝蹴りなんて、勿論練習したことなんてない。
だけど。

「メルヘンチェ〜〜〜〜〜〜〜ンジッ!」

ウサミン星人として、何度も何度も飛び跳ねたから。
何度も何度も踊ったし、足は誰より鍛えられているから。
この一撃だけは、世界レベルにも匹敵する。
積み重ねた努力と、その年月は、確かな力となっている。

「なる……ほど!」

しかし――ヘレンは倒れない。
ヘレンだって、伊達に体力お化けである外国人アーティストと世界レベルで競ってきたわけではない。
多少のダメージやハプニングには慣れっこだ。
リカバリー程度、出来なくてどうする。

バランスを崩しながらも、なんとか左の拳を菜々の脇腹へと叩きこんだ。
飛び跳ねていたため、回避することは不可能。
しかしながら、跳び膝のため体に力を入れており、またヘレンが体勢を崩していたのもあって、ダメージはほとんどない。

「どうやら貴女も世界レベルの老獪なテクニックを持っているようね!」
「ろ、老獪って言わないで下さいっ!」

ダメージはほとんどない。
しかしながら、菜々は歯噛みする。

確かに、飛び跳ねての一撃には自信があった。
奇跡的に綺麗なカウンターとなったが、しかし次もまた入ってくれるとは思えない。


385 : ◆wKs3a28q6Q :2016/07/19(火) 22:08:13 lnsMTBxA0

「ナナは、世界レベルなんかじゃありませんよ………!」

だが、それでも。
菜々は決して下を向かない、諦めない。

菜々は、決してトップアイドルなんかじゃない。
ようやく地下アイドルの域を抜け出して、陽の当たる場所に出たばっかりの一山いくらのアイドルだ。
世界レベルなんてとてもじゃないが言えないし、身体能力で言えば圧倒的にヘレンに劣っているだろう。

「そんな程度じゃ、終わりません。終わってなんかあげられませんっ!」

だがそれでも、頭を回し体を動かし、意地でも立ち向かうのだ。

だって、千佳と約束したから。
絶対やられたりしないって。

だって、千佳と約束したから。
魔法の力で、殺し合いなんて止めようって。

だって、千佳と約束したから。
いつか、ウサミン星に、千佳を連れていくって!

「ウサミン星の代表ですから、惑星レベル、いや全銀河系生命体最強レベルですっ!」

ナナを、ウサミン星人を、応援してくれるファンがいる限り。
ナナを、ウサミン星人を、純粋に信じてくれる子供がいる限り!
菜々は決して諦めることなんて出来ない!
そのエールが、罪悪感で苦しむくらいの無垢な瞳が、菜々を何度でもウサミン星人ナナに変えるのだッ!

「ふっ……なるほど、世界すら越えると言うのね」

体勢を立て直し、ヘレンが楽しげに笑う。
ヘレンは、妄言ではなく、世界というものを見てきた。
そしてその凄さを知り、適応し、己を高めてきたのだ。
ヘレンにとっては、菜々もまた、上質な餌にして踏み台。
己の世界レベルを引き上げる、嬉しい強敵だった。

「教えてあげるわ、そもそもこの地球(ホシ)が全銀河系最強の惑星であり、この世界の最強こそが全銀河系生命体最強レベルであるということをッ!」

ヘレンと菜々はアイドルであり、決して戦士などではない。
一見無駄に見えるやりとりも、彼女達の力となる。
いつものライブバトルのように己のテンションを高めることで、戦うための力を得るのだ。


386 : ◆wKs3a28q6Q :2016/07/19(火) 22:11:35 lnsMTBxA0

「はぁ……」

溜め息を吐くのあの眼前で、再びヘレンが菜々へと迫る。
あまり必要性のないやり取りに、思わずのあは眉を潜めたが、しかし文句は言わなかった。
のあ自身、先程無駄とも取れるやり取りに時間を割いた。
アイドルにとって、会話と言うのは、戦うために必要なエネルギーなのだろう。

「…………ッ!」

ヘレンの運動神経から繰り出されるラッシュを、菜々は紙一重で回避する。
あまり大きな動きは出来ない。
体力で言えば、菜々の方が遥かに劣るのだ。
無駄な体力は消費できない。

(うぐぅっ、腰がっ……!)

無理な体勢で避け続けたため、じわじわと腰が痛んでくる。
ナナはもう若くない。
17歳だが、それはそれとして若くはない。
純粋な目をした千佳のエールブーストを持ってしても、そこだけはどうすることもできなかった。

(まだ……まだっ!)

それでも、歯を食い縛る。
それでも、足を動かし続ける。

体の辛さを我慢するのは、今に始まったことじゃない。
疲労を押して躍り狂ったことも、一度や二度のことじゃない。

大丈夫、このくらいなら慣れている。
応援してくれる人がいる限り、この程度のダメージなんかに屈しはしない。
膝をついて楽になりたい気持ちを、まだ立ち上がりたい気持ちが消し飛ばす。

「終わりよ……っ!」

だが、しかし。
それでも菜々に出来ることは、あくまで『倒れない』ことだけ。
どれだけ歯を食い縛っても、どれほど足掻き続けても、菜々がシンデレラにはなれなかったように。
避け続けても、勝利できるわけではない。

ただ、死を遠ざけるだけ。
こうして、ヘレンのローキックに捕まり、膝を折るはめにはなる。

「あっ…………」

ヘレンが取り出したナイフが、菜々の体に沈んでいく。
ナイフを奪われたり叩き落とされたりしないように、隙を作るまでヘレンがベルトにさしていたものだ。
菜々の体から力が抜け、膝からぐらりと崩れる。

(千佳、ちゃん……プロデューサー……さん……!)

だが――ただの延命だとしても、それでも死の瞬間まで、決して諦めることはない。
諦めるなんてできない。

鍛え続けた足は、何度も踏ん張ってきた足は、またも菜々を踏み留まらせた。
ナイフが、ギリギリで致命傷にならない程度にしか崩れない。
そして――

「う、あああっ!」

足に力を込めて、ウサミン星人がまたも跳ぶ。
少しでも、あのお月様に届くように。ウサミン星に手が届くように。
ぐらりと沈み込んでいた頭をヘレンに向けて。
勝利を確信していたヘレンの体は、菜々の頭突きによって、菜々よりも先に倒れ付した。


387 : ◆wKs3a28q6Q :2016/07/19(火) 22:17:03 lnsMTBxA0

「なっ……!?」

倒れ伏したヘレンを、菜々がのしかかり制圧する。
まさにウサミン星による世界征服。
流れる血は少なくない。
のあのことも、どうにかしなくてはいけない。

だが、それでも。
菜々はヘレンを手にかけない。
だってナナは、ウサミン星人は、みんなに夢と希望を届ける存在だから。

「ナナの、勝ちです……」

呼吸を整え、真っ直ぐに見つけ、そして、言った。

「分かったら――一緒に、脱出のために頑張りましょう」

甘いことを言っているのは分かっている。
この傷では助からない可能性が高いし、助かったとしても後遺症は避けられないだろう。
お腹のあたりに傷がついたし、グラビアの仕事はもう一生できないかもしれない。

「へえ、許せるっていうの? 刺したのに」

許せるか、と言われると、多分許せないだろう。
この怪我のせいで引退なんてことになったら、一生恨むかもしれない。
だけど――

「許したいです。ナナは」

それでも――菜々は、ヘレン達を許したかった。
二人と共に戦いたかった。
だって、だって――

「だってナナは――許されることで、ここまで来られたんですから」

ナナは知っている。
許され、受け入れられてこそ、アイドルは輝けるんだと。

ライブハウス。イベント主催。制作会社。ディレクター――
そしてファンと、プロデューサー。

いい歳こいての『ウサミン星人ナナ』を許してくれない人間は、年齢に比例して増えてきた。
きっと『世間』なんて大きなくくりで見れば、許されてなんていないだろう。

「ナナも……許してあげたいんですよ……」

でも、それでも、許してくれる人がいた。
ウサミン星人として、売り出してくれたプロデューサー。
ウサミンイベントを開かせてくれたライブハウスの店長さんやイベント協賛してくれた人達。
こんな自分と共演してくれたアイドルと、キャスティングしてくれたディレクター。。

安倍菜々は、いっぱいいっぱい許されてきた。
まだ、トップアイドルを名乗るには、あまりに少ない許しだけど。
それでも、その許し一つ一つに、菜々は心から感謝していた。


388 : ◆wKs3a28q6Q :2016/07/19(火) 22:23:45 lnsMTBxA0

「それに、知ってますか…‥?
 ロビンマスクも、伊達臣人も、最初はどうしようもない悪人だったんですよ」

喋る度に、たぱたぱと血が流れてくる。
それでも、止められなかった。
今止めたら、自分の中の大切な何かを守れなくなりそうで。

「でも――彼らを許したからこそ、倒せた悪もあるんです」

視界が霞む。
ああ、そういえば、ラブリーチカのお仕事だっけ、こういうのは。
ごめんなさい、キャラ被ったら、アイドル的には駄目ですよね。

「ふむ、キン肉マンに男塾ね」
「……なに、それ」
「世界レベルのジャパニーズコミックよ」

お前ら少年ジャンプを読むのだ。

「まあ、でも――答えはNOなんだけどね」

しかし――ヘレンにもプライドはある。
一度請け負った仕事を投げ出すほど、世界レベルはヤワではない。
例えどんな汚れ仕事でも、引き受けたからには誇りを持って挑むのだ。

「それでも――諦めませんよ」

だって、ウサギさんは、どんな壁でも、ぴょんと飛び越えるんですよ。

「ナナは……諦めの悪さだけは、誰にも負けませんからっ……」


389 : ◆wKs3a28q6Q :2016/07/19(火) 22:28:39 lnsMTBxA0

【一日目/午前/F―6】

【安倍菜々】
[状態]腹部からの出血(ダメージ大)、ウサミンパワーでメルヘンチェンジ中
[装備]子供向け魔法のステッキ
[所持品]基本支給品一式、アイドル名鑑
[思考・行動]
基本:みんなで生きて帰る
1.ヘレン達を説得
2.人を殺してしまった人も、許してあげたい

【ヘレン】
[状態]健康 
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品×2
[思考・行動]
基本:そう、世界レベルのジョーカーを!
1.世界レベルのジョーカー
2.のあに何かを見出し、一緒に行動する
※主催の男からジョーカーを命じられました。(世界レベルに到達しようもない取るに足らない男の言葉なのでどの程度言葉を受け止めているか不明です)
※しかし、ジョーカーという響きに世界レベルを感じたので、こなします。
※実際、どの程度殺し合いをする気なのか、のあをどうみているかは、そう、ヘレンの心からダンサブル

【高峯のあ】
[状態]健康
[装備]銀の剣、イングラムM10(30/32)
[所持品]基本支給品一式、予備弾×240
[思考・行動]
基本:殺し合いのる
1.参加者の殺害
2.ヘレンととりあえず組み続けはする
※以前にバトルロワイアルに参加して、優勝しています

【横山千佳】
[状態]健康
[装備]愛と勇気
[所持品]基本支給品一式、江戸切子のグラス
[思考・行動]
基本:魔法少女としてみんなを救う
1.助けを呼ぶか、魔法のステッキを手に入れる
2.菜々ちゃんを助ける


390 : ◆wKs3a28q6Q :2016/07/19(火) 22:29:40 lnsMTBxA0

<子供向け魔法のステッキ>
横山千佳に支給。
電池が入っており、スイッチを入れるとそれはもうヤバいくらいに光り輝く。
子供向けのはずが、大事そうに箱に入れたまま所持する大人も多いらしい。

<大人向け魔法少女のステッキ>
安倍菜々に支給。
電池が入っており、スイッチを入れるとそれはもうヤバいくらいに振動する。
マッサージ器具も兼ねるはずなのだが、なんと肩やら腰にでなく違う部分に使用する大人も多いらしい。

<アイドル名鑑346プロ編>
安倍菜々に支給。
346プロのアイドルのプロフィールや写真などが記載されたファンブック。
普通に市販されているものであるため、記載内容に差し障りはないが、占有ページの多さが人気を如実に表す残酷な仕様となっている。

<江戸切子のグラス>
横山千佳に支給。
赤・青・黄色と唯一無二の色で光り輝いている。新たな光に会いに行けるかもしれない。
職人手作りの逸品のため、優しく取り扱おう。

<ダイバーズナイフ>
ヘレンに支給。
ザ・ワールドの最中にぶん投げたらきっと強い。これは世界レベルですわ。


391 : ◆wKs3a28q6Q :2016/07/19(火) 22:30:21 lnsMTBxA0
投下終了です


392 : 名無しさん :2016/07/19(火) 22:36:45 sqBnvnZo0
皆様投下乙です。これで登場アイドルが全て揃ったことになるかと思います。
ウサミンですが、安倍菜々ではなく「安部菜々」でよろしかったでしょうか?

【参加者名簿】
●遊佐こずえ/○宮本フレデリカ/○荒木比奈/○村上巴/●浅利七海/○鷺沢文香/●速水奏/○大西由里子/●緒方智絵里/○輿水幸子
○木場真奈美/○鷹富士茄子/○高峯のあ/○ヘレン/○二宮飛鳥/○橘ありす/○森久保乃々/○渋谷凛/○片桐早苗/●椎名法子
○上条春菜/○本田未央/●十時愛梨/○財前時子/○市原仁奈/○綾瀬穂乃香/○成宮由愛/●藤居朋/○青木聖(ベテラントレーナー)/○双葉杏
○三村かな子/●龍崎薫/○一ノ瀬志希/●クラリス/●赤城みりあ/○持田亜里沙/○服部瞳子/●望月聖/○結城晴/○新田美波
●佐城雪美/○南条光/○吉岡沙紀/●佐久間まゆ/●島村卯月/○日野茜/○佐藤心/○白菊ほたる/○八神マキノ/○藤本里奈
○アナスタシア/○早坂美玲/○星輝子/○及川雫/○的場梨沙/○水野翠/○青木慶(ルーキートレーナー)/●イヴ・サンタクロース/○安部菜々/○横山千佳

残り枠 0/60
生存者45/60

【期限が切れた予約】
◆8GEUaIfddc:2016/07/16(土) 21:39:32
大和亜季(未登場)、大沼くるみ(未登場)


【継続中の予約キャラ】
◆zoSIOVw5Qs:2016/07/17(日) 20:53:50
二宮飛鳥、橘ありす、森久保乃々、一ノ瀬志希

◆5A9Zb3fLQo:2016/07/17(日) 21:46:18
アナスタシア、新田美波、荒木比奈、フレデリカ


393 : 名無しさん :2016/07/19(火) 22:38:03 sqBnvnZo0
現在位置1/2

【朝】
A-2
渋谷凛
片桐早苗

B-4 鎌石村の小さな教会
(クラリス)

B-4 民家
新田美波
(佐城雪美)

C-3 鎌石村役場
宮本フレデリカ
荒木比奈

D-1
結城晴

D-4 高原池北部
八神マキノ
藤本里奈

D-4 北部
アナスタシア

D-5 草原
輿水幸子
(緒方智絵里)

D-6 鎌石小中学校3F教室
双葉杏
三村かな子
南条光

E-7
木場真奈美
鷹富士茄子

F-1
(藤居朋)

F-2 牧場の小屋内部
及川雫

F-4
二宮飛鳥
橘ありす
森久保乃々

F-8
村上巴

F-8
水野翠
青木慶(ルーキートレーナー
(イヴ・サンタクロース)

F-9
早坂美玲
星輝子

G-1
綾瀬穂乃香
成宮由愛

G-6 道
財前時子
市原仁奈

H-5
的場梨沙

H-7
佐藤心
白菊ほたる

H-9
本田未央
(十時愛梨)

I-4 森
吉岡沙紀
(佐久間まゆ)

I-6
持田亜里沙
(赤城みりあ)
(望月聖)


394 : 名無しさん :2016/07/19(火) 22:38:44 sqBnvnZo0
現在位置2/2

【午前】
E-1
上条春菜

E-2 菅原神社
青木聖(ベテラントレーナー)
(椎名法子)

F-6
安部菜々
ヘレン
高峯のあ
横山千佳

G-3 平瀬村分校跡
一ノ瀬志希
(龍崎薫)
(浅利七海)

G-5 ホテル跡
日野茜
服部瞳子
(島村卯月)

I-10 灯台
鷺沢文香
大西由里子
(速水奏)

【???】
???
(遊佐こずえ)


395 : 名無しさん :2016/07/19(火) 22:50:33 /Ef.H8cc0
投下します


396 : 眠る彼女の御伽話 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/19(火) 22:53:03 .muUb6E.0

「……数人先客がいるようだね」
世間話をする訳では無いのだが、無言で歩くのもどうかと思う。せめて殺し合いと云えど安全な時はゆったりしたいものである。
空気を変えようとホテル跡に辿り着いた時点で、二宮飛鳥は意味深な言葉を呟いた。
誰かが潜んでいる。何処に殺人鬼が潜んでいるかわからない状況では、例え冗談だとしても恐ろしい言葉である。
「適当なこと言わないでください。さぁコンセントを探しますよ」
橘ありすは年齢の割に大人だ。無論、背伸びをしているだけの可愛いお子様なのだが、指摘すると本人は怒る。
二宮飛鳥の言葉を信じないまま、ズケズケとホテル跡へと踏み入れるその姿はまるで怖いもの知らずだ。
恐怖心は抱いているのだが、二宮飛鳥の冗談交じりな気取り文句に気が緩んでしまった。結果として気持ちが和らぎ前向きとなった。
(もう少し反応してくれてもいいじゃないか)
と、不満を心の中で漏らすも、橘ありすが前向きになってくれたのなら、まあ良しとしようと一人納得するしかあるまい。
頭を少し掻き、やれやれと心情を表現しながら彼女の後を追う。勿論、その動作は誰も見ていない――と、思い込んでいる。

余談であるが、二宮飛鳥が発言したことは真である。
つまり、だ。
このホテル跡には本当に他の参加者が潜んでいる。最も彼女たちが出会うのは僅かな人数だ。
全員とは遭遇せず、これもまた、それぞれの参加者が意思を持った上での行動で発生するニアミスである。

「この部屋にしますか」
侵入後は目を配らせながら物色し、手頃な客室を見つけた橘ありすは二宮飛鳥に提案した。
ホテルなのだから、どの部屋にもコンセントはあるのだろう。当然の結果を橘ありすの思考回路が弾き出す。
その答えに若干ドヤ顔混じりで答えているのだが、二宮飛鳥からすれば当たり前以外の何でもない。
「僕の睨みと一緒だよアリス。君も気配を感じているのかい?」
などと意味ありげな言葉で飾るものの、彼女たちは【コンセントがある部屋を探しているだけ】である。
そんな作業に当たりを付けるだとか、言葉や態度を背伸びする必要は全く無い。

「奇遇ですね。それでは扉を開けますか」
「あ、ちょっと待っ――」
二宮飛鳥の言葉を面倒に相手せず、何やら少し緩んだ笑顔で橘ありすは扉を開ける。
その動作に待ったを掛けるのだが、遅かったようだ。二宮飛鳥の心臓はアクセルを踏み込んだように鼓動が加速し始めた。
仮にだが開けた先に殺人鬼が潜んでいたら。結末はどう足掻こうと、鮮血が飛び交うだろう。
言ってしまえばホテル跡に侵入した時点で警戒すべきだった。いや、最初からもっと緊張感を持つべきだった。
どこか舐めていたのだろう。これは【現実では無い】と心の隅で思っていたのかもしれない。
二宮飛鳥の脳内には首が爆破された千川ちひろの姿が浮かび上がっていた。あのように、自分も死ぬかもしれない。
橘ありすとて、警戒はしていただろう。しかし、そこはお子様だ。動きや心には幼さが残る。
彼女に先陣を切らすべきでは無かった。今更後悔しても手遅れである。
扉の先に誰もいないことを祈っている二宮飛鳥であったが、嫌な予感は的中していた。

「やっほー、お先にくつろいでるよー」


397 : 眠る彼女の御伽話 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/19(火) 22:53:49 .muUb6E.0

そこにはベッドの上でこちらを誘導する一ノ瀬志希の姿があった。
「あ……これは失礼しました」
無断で入室したことを詫びるためか、橘ありすは頭を下げた。その後ろで二宮飛鳥はやれやれと謂わんばかりに額に手を添えた。
溜息もついており、深い。心の底からよかったと思ってしまった。一ノ瀬志希でよかった、と。
「ありすちゃんに飛鳥ちゃんお疲れー!乃々ちゃんもね」
「下の名前で呼ばないでください」
「別にいいじゃないかありす。それと僕にちゃん付けは止めてくれないか」
殺人鬼が待ち受けていたならば一触即発の事態を避けることは不可能だっただろう。
一ノ瀬志希の明るさとフレンドリーさ、言い換えれば他人の心にズケズケと踏み入る彼女らしさに救われた瞬間である。
橘ありすも二宮飛鳥も表情は明るい。しかし、一ノ瀬志希が発言した内容に固まり、数秒後に後ろを振り返った。

「ぁ……ど、どうも……」
そこには恐る恐る柱の影からこちらを覗いている森久保乃々の姿があった。
「……僕の知覚から外れていたとは」
「こ、声を掛けるタイミングを……失っててそれから……追いかけて」
「追い掛け……?ずっと後を付けられているのは嬉しくないかな」
「ひっ……す、いません……」
二宮飛鳥は別に脅すつもりは無かった。けれど後を付けられていたことに対し、自然と顔は曇り、声色も重くなっていた。
森久保乃々は自分が悪いことをしてる自覚もあったため、すぐに謝罪を行う。相変わらずおどおどしながら二宮飛鳥の様子を伺っていた。
意識はしていないのだが、二宮飛鳥の視線は鋭くなっており、嫌でも森久保乃々に対し冷たい感情を抱かせる。
そんなつもりは無く、心優しい少女なのだが、殺し合いの現場と尾行の実態。それらが彼女たちを取り巻く不安のモヤとなっていた。
橘ありすは背後を取られていた不安からか、二宮飛鳥の袖を掴み彼女に隠れながら森久保乃々の様子を伺っている。
状況は最悪だろう。森久保乃々が尾行していたのは事実である。しかし、生命を奪おうなどとは考えていない。
だが、二宮飛鳥達からすれば彼女に抱く感情は残念ながらいいものではない。寧ろ不安材料でしかないのだ。
「もー仲良くしようねってほらほらー」
そんな彼女達の間に割り込んだ一ノ瀬志希はあっという間に森久保乃々へ接近すると、彼女の袖を掴んで部屋へ引き入れた。
その際に二宮飛鳥達を通り過ぎるのだが、お構い無しに無視し、ベッドへ犯人を座らせた。
ふふん、と声を漏らし一ノ瀬志希は二宮飛鳥達の方へ振り返る。
「あたし達は仲間だよ、みんな同じで協力しないと、ね?」
通りやすい若干高めの声色で二宮飛鳥に語り掛ける。彼女とて森久保乃々が殺人鬼でないことは解っている。いや、信じている。
本来の彼女ならば疑わないのだが、殺し合いの状況が疑心暗鬼を増長させていた。
その中で一ノ瀬志希の提案は橋渡しの役としては完璧である。不安が一気に和らいだのは事実だ。
強い女だ、と二宮飛鳥は思う。たった数秒の振る舞いでこの空気を支配したのだから。

「……そうだね。ごめんよ乃々、疑ったりして」
「私も申し訳ありませんでした。これからはよろしくお願いします」
二宮飛鳥に続き、橘ありすもお辞儀と共に謝罪を行う。
誰も悪くない。責任があるとすれば主催者だ、と謂わんばかりにこの空気を創りだした原因に罪をなすりつけるように。
「森久保……私も、お、お騒がせして……ごめんなさい……ふぁ」


398 : 眠る彼女の御伽話 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/19(火) 22:54:56 .muUb6E.0

「んー!仲直りしたところで……眠いのかな?
謝罪の語末にあくびを伴った森久保乃々の顔を覗く一ノ瀬志希だが、どうやら本当に眠そうだ。
「……僕も恥ずかしい話だが、若干睡魔に押されていてね……ベッドが二つか」
「私は眠くありません。お、大人ですから……ぁ」
と、一ノ瀬志希以外の三人は眠たげな表情を浮かべていた。一人だけ強がっている子供もいるようだが。
緊張の糸が解けたのだろう。不安から開放された彼女達は安心感からか身体から嫌な空気が抜けだしたようだ。
「あたしが見張ってる少しぐらいなら寝てもいいよ?」
ぐいっと森久保乃々の顔を覗きながら一ノ瀬志希が発言すると、ぐったりとベットに倒れ込むのが眠り姫だ。
「ぁ……はい……」
と、短く言葉だけを済まし、周りが認識しない程度には素早く森久保乃々は眠ってしまった。
相当精神的負担があったのだろうか。何度目になるか解らないやれやれと謂わんばかりの表情で二宮飛鳥も隣のベッドに身体を寝かせた。
「お言葉に甘えさせてもらうよ。なに……僕が見る夢はそう深くはないからさ」
「なに言ってるかわかんないけど、あたしに任せって!」

そうか、じゃあもしかしたら夢魔が僕を放っておかないかもな。
などと意味不明な供述をした後、二宮飛鳥は皆に背を向ける形で瞼を落とした。
「ありすちゃんも寝る?どっちのお姉さんと一緒がいい?」
「下の名前で呼ばないでください……私はお手洗いに行ってきます」
「お姉さんも一緒に行く?」
「ぃ……一人で十分です」
少々声を荒げ、橘ありすは不満気に部屋から出て行った。からかいすぎたかと反省の色を見せる訳でも無い一ノ瀬志希はバッグに手を伸ばす。
それは彼女の物では無く、森久保乃々のバッグだ。取り出したものはサブマシンガン。黒光りの死神様だ。

当然、扱った経験は無い。適当に構えを取り、重心を何度か移動させ感覚を掴むと自分のバッグに仕舞い込む。
「発砲したら衝撃で怯むかなあ。それに倒れる可能性もあるから気を付けないと。例えば壁を背に立つとか」
銃とは簡単に人の生命を奪える。現実だろうと創作であろうと小さな弾丸一発で人の生命は散ってしまう。
お手軽そうに聞こえるが、実際の所、素人が簡単に扱える代物では無い。ゲームのようにデザートイーグルをぶちかませればどれだけ楽なことか。
「じゃあ……夢の世界へ行ってらっしゃい。誰かがきっと手招きしてるよ」
一ノ瀬志希は自分のバッグから注射器を取り出すと、森久保乃々の袖を捲り白い肌を露出させた。
それを指で辿る。全く日光にやられていない綺麗な肌だと感心しており、吸い込まれそうだ。けれど、此処でお別れ。
柔らかい人肉に入り込む針から血液が流れる。真っ白なキャンバスに赤い絵の具を垂らしてしまったようだ。
けれども、血液を拭き取ることは無い。何せ森久保乃々はもう、目を醒まさないのだから。
しかし、慣れないものだと一ノ瀬志希は思う。人を殺すことに慣れなどあるものか。だが、犯行を重ねる。
自分は壊れているのか、と思ってしまうこともあるが、壊れていなければこんなことはしないだろう。
「さようなら。眠り姫さん。今度会えたら一緒に森林浴でもしようね……約束だから、待っててね」
別れの言葉は眠り姫、森久保乃々に届かない。彼女は既に夢の世界へ片道切符を握り締め、旅立ってしまったのだから。


399 : 眠る彼女の御伽話 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/19(火) 22:55:47 .muUb6E.0

一ノ瀬志希が立ち去った後の客室で橘ありすは一人、眠気と戦っていた。
大人ですから。なんて大見得を切って発現してしまった以上は、起きなければ。
本来ならば二宮飛鳥達と同じようにベッドにて横になりたいのだが、一ノ瀬志希に馬鹿にさせたくない故に瞳を擦っていた。
無論、寝てしまえば誰も眠り姫達を守ることが出来ない。
「全くしょうがないですね……」などと、背伸びした発言で顔が緩んでいた。
すーすーと寝息を立てる二宮飛鳥の顔を覗いてみる。黙っていれば綺麗な顔立ちで、惹き込まれそうだ。
顔が自然と近づいて行き――「……ひっ!」バッと急に見開いた眼光に怯えた橘ありすは大きな声を出してしまう。
咄嗟に振り向くものの、森久保乃々は眠っているようだ。起こさなくて良かったと思う。
それと同時に段々と顔が赤みを帯び始め、二宮飛鳥に何を言われるのかと思考回路が何回も周回し始めた。

「逃げよう」

「……え?」

突然何を言い出すと思えば、二宮飛鳥は移動を提案した。
それならばまだ解るのだが、逃げるとは一体、何処から逃げるのか。
解らない。全く持って理解出来ないのだが、二宮飛鳥は橘ありすの腕を掴むと走り始めた。
「ちょ、待ってください!森久保さんだって」
「走ろう……僕達はこのまま走らなければいけないんだ……っ」
また二宮飛鳥が意味深で実際には特段意味のない言葉を発している。などと橘ありすは思っていた。
けれど、今回だけは異なるのだ。
二宮飛鳥も自分の気持ちを整理出来ていない。恐怖心に支配された身体を無理矢理動かしているだけである。

一つだけ言うならば。

彼女は寝たふりをしていたのだ。

瞳から溢れる涙の正体を、橘ありすはまだ知る由も無かった。

【森久保乃々 死亡】

【一日目/G-5/午前/ホテル跡・付近(東)】

【二宮飛鳥】
[状態]健康、一ノ瀬志希に対する恐怖
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、探知機
[思考・行動]死にたくないし、殺し合いなんて以ての外だね。
1:橘ありすと一緒に逃げる。
2:支給品『探知機』を充電する為に森の外へ向かう。
3.一ノ瀬志希から逃げる。出会っても逃げる

【橘ありす】
[状態]健康、ちょっと眠いのを我慢している
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、きらりんロボ(フィギュア)@アイドルマスター シンデレラガールズ
[思考・行動]死にたくないし、殺し合いにも乗りたくありません。
1:???
2:二宮飛鳥の支給品『探知機』を充電する為に森の外へ向かう。
3.ホテル跡に戻らないと……。


400 : ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/19(火) 23:02:12 .muUb6E.0
投下終了です。またお疲れ様でした。
投下の時間間隔が空いていて心配でしたが、無事投下が終えられたようで……改めてお疲れ様でした。

ウサミンは輝いてるなあ。実年齢を考えれば辛いかもしれないけど、ウサミン星の年数えだとまだまだ若いですもんね!
正直死ぬと思いましたが、次回に持ち込みのようですね。
けれど相手は世界レベルにリピーター……リピーターなんだよなあ、と色々思うお話でした。
ウサミンの言葉は届くのか、頑張れウサミン負けるなウサミン。

さて、書き込みを見るとどうやらヤマトさんの予約が切れているようなので……

新規で大和亜季、リレーで鷺沢文香、大西由里子、本田未央で予約します。


401 : 名無しさん :2016/07/19(火) 23:07:39 xAFyOdL.0
おふた方とも投下乙です。
ウサミンがカッコイイぞ! 努力してきたからこそ出せる力、いいですね。
第三の戦士は誰になるのか……

そして、着々と人殺しを重ねる志希にゃん……躊躇いがないですね。
志希が人殺しだと知ってしまった飛鳥くんはどうするのか。
あと、志希の状態表が抜けてるのと、枠はウサミン千佳ちゃんで売り切れなので、新規は予約できないっすね。


402 : 名無しさん :2016/07/19(火) 23:07:53 .muUb6E.0
すいません!>>398>>399の間に一つ入ります!
ただでさえ読み辛いのにさらに意味不明に……





一ノ瀬志希は永遠の眠りについた森久保乃々の袖を降ろすと、二宮飛鳥のベッドへ近付いた。
注射器はまだ残っている。香りも効いている今、殺す以外の選択肢が存在しない。
しかしタイミングが良いのか悪いのか。お手洗いから戻った橘ありすが来たため、動作を中断した。
「意外と早かったね、ちゃんと出した?」
「だしま――知りませんっ!!」
橘ありす相手だとからかいがいがある。反応のリアクションは見てるだけでも面白い。
もっともっと遊びたい一ノ瀬志希であるが、此処で一つの提案を行う。
「ねえ……ちょっとお姉さんは外へ行ってきてもいい?」
「構いませんけど……どうかしましたか?」
「ありすちゃん心配してくれてるの?」
「橘です」
「もぅ……んとねー、乃々ちゃんみたいに困ってる人を救いたいかなあって」
(救う……?)
言葉に疑問を抱く橘ありすであるが、一ノ瀬志希の発言は見習う所がある。
殺し合いという誰もが現実逃避をしたい状況で他人のために動く姿は正に英雄である。
仇も救い=殺しなどと思い至る訳も無いのだが。頷きながら彼女は答えた。

「わかりました。私は留守番しています」
「出来る?怖かったらお姉さんと一緒に行く?」
「寝ている人達を放置する訳にはいきません。私、大人ですから」
「良い子良い子〜!!」
「や、やめてくださいっ!!」

近寄って頭をわしゃわしゃすると、それ以上は何も行わず、何も発言せず一ノ瀬志希は旅だった。
その口元は緩んで、いや、歪んでいた。
(ありすちゃん良い子だったなあ。でも、いずれは死ぬよ)
森久保乃々の殺害には成功したが、流石に橘ありすに見られている中で二宮飛鳥の殺害には映らない。
力づくの行動も有りなのだが、どうも乗り気になれない。やはり、人殺しを進んで行うには慣れが必要である。
少々の気分転換も兼ねて一ノ瀬志希は外の空気を吸うために、ホテル跡から抜けだした。
さて、戻った段階で橘ありすは森久保乃々の死に気付くのか。一つの楽しみが一ノ瀬志希の中に生まれていた。

【一日目/G-5/午前/ホテル跡・付近(西)】

【一ノ瀬志希】
[状態]健康
[装備]スリーピングミストつきの服、安楽死薬×3
[所持品]基本支給品一式×3、ランダム支給品1〜3、スリーピングミストの瓶、イングラムM10サブマシンガン@現実
[思考・行動]
基本:宮本フレデリカを殺したときの自身の感情の観察
1.実験だよ、実験。
2.心的メモ。みんなの願いが叶う、海の歌?
3.プロデューサーがもし生きてたら…
4.適当に歩いてからホテル跡に戻る。
※浅利七海および龍崎薫の支給品を回収しました。



これでお願いします(wiki収録しようとして気付きました)


403 : 名無しさん :2016/07/19(火) 23:08:59 dBXwxiBQ0
>>400
枠はもう埋まってないですか?


404 : ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/19(火) 23:16:07 .muUb6E.0
大和軍曹が書けないのはとても残念です。灯台パートは破棄します。
では代わりに安部菜々、ヘレン、高峯のあ、横山千佳で予約します。


405 : ◆LU3fiqpH6Y :2016/07/20(水) 00:13:21 Cqak0nSA0
もりくぼ・・・もりくぼ・・・怖い魔女から逃げるヘンゼルとグレーテルみたいな感じになってしまった飛鳥くんとありすの明日はどっちだ

的場梨沙、持田亜里沙 予約します。


406 : 名無しさん :2016/07/20(水) 00:57:49 /B3V.TwE0
マーダー多すぎて脱出エンドより勝ち抜けエンドしか見えない


407 : 名無しさん :2016/07/20(水) 01:03:16 3sKTkfs20
飛鳥くんとありすちゃんの掛け合いのテンポ良くて微笑ましい
なおしきにゃん自体は微笑ましいけどやってることは微笑ましくない


408 : ◆5A9Zb3fLQo :2016/07/20(水) 21:40:06 4jJ55W2M0
お待たせしました。投下いたします


409 : ハロー、グッバイ。振り向かないように ◆5A9Zb3fLQo :2016/07/20(水) 21:42:33 4jJ55W2M0

誰にも理解されず。
誰にも共感されず。
誰にも同調されず。

彼女達のそれを例えるのならば、独りよがりの冷たい雨。


役所の前に一人の女性が立っている。
女性の名前はアナスタシア。その視線は扉前の階段に向けられている。
スニーカーだろうか、微かに階段についた靴跡。
役所内に向かっているものが二人分、集団を組んでいることからひとまずは話の通じない危険な人物ではないだろうとあたりをつける。
脳裏を過ったのは先ほど出会った藤本里奈と八神マキノの二人。
彼女達、とりわけ自身を見て驚愕と恐怖に固まっていた藤本里奈に対しては申し訳ない事をしてしまったものだと気分を落ち込ませる。
しかし、それも自分の選んだ道の為ならば仕方のない事だと割り切り、役場を見上げる。

(リナやマキノみたいに、殺し合いに乗っていないといいけれど)

集団で行動しているという点から、危険人物である可能性とはいえそれでも不安は拭えない。
もし、危険人物でなければ里奈とマキノの情報を教えた方がいいだろう、と思考する。
別の地点に向けて彼女達も向かったかもしれないが、乗っていないアイドル達で固まるのならば彼女達も安心できるだろうし、何より里奈は身体面で、マキノは知識面で頼りになる人物だ。
それに大勢で固まって移動すれば万が一殺し合いにのってしまったアイドルが遭遇しても反撃を恐れて襲わないかもしれないだろうという期待もある。

そんな事を考えながら、キイと音を鳴らしながら役所の扉を開ける。
幸いにも靴の跡は途切れていない。
階段を上る、廊下を歩く、その先に映ったのは話し声の聞こえる一つの部屋。
閉まった扉に殆ど音は遮断され、聞き耳をたてても正確な会話の内容は聞き取れないが談笑をしているらしい

手に持った銃をどうすべきか思案する。
万が一ということもあるが、先程のように警戒されてしまったらという一抹の不安があった。
微かな瞬巡の末、ホルスターにマカロフをしまい扉を開ける。
予想よりも大きな音を立てながら開いた扉の先には、きょとんとした表情でこちらを見つめる二人のアイドルがいた。
テーブルに向かいあって座る二人と間に散らばるトランプ。
そのあまりにも殺し合いの舞台に不釣り合いな光景にアナスタシアは人知れず安堵の溜め息を吐いた。

「いやーそれにしてもアーニャちゃんが他のアイドルの子達と既に会ってくれててラッキーだったねー。これぞまさしく果報は寝て待てってやつだよね、ずっと起きてたけど」

宮本フレデリカのいつも通りの適当な発言に、アナスタシアと荒木比奈は苦笑を浮かべる。
扉の先にいたフレデリカと比奈の普段通りの姿に、彼女達は"汚れていない"事を確信したアナスタシアは、自身が殺し合いに乗っていない事と、朝方にそう遠くない場所で藤本理奈と八神マキノに遭遇した事を伝えた。
彼女達も殺し合いに乗っていなかった事を伝えると、フレデリカが「ほらねー、やっぱりー!」と上機嫌な様子で笑顔を浮かべる。

「ネットに繋がればマキノちゃんならこんな首輪なんてちょちょいのちょいで解除してくれそうなもんなんスけどねー」
「ワオ! そしたら後は皆で帰ればいいだけだねー」

能天気で希望に満ちた会話を聞きながら、アナスタシアはフフ、と笑顔を浮かべる。
この殺伐とした非日常でも日常を貫く彼女達のあり方が嬉しくあり、羨ましくもあった。
そして、なおのこと彼女達を汚れさせてはならないのだと、強く心に決める。


410 : ハロー、グッバイ。振り向かないように ◆5A9Zb3fLQo :2016/07/20(水) 21:43:13 4jJ55W2M0

「でも、アーニャちゃんと別れたって事はこっちに来るのはちょっと難しいかもしれないっスね」
「なら私がПриходите вызова、アー、二人、探して呼んできます」

比奈の言葉を受けてアナスタシアが捜索を名乗り出る。
どちらにしろ、彼女の方針からすれば籠城を決め込んだフレデリカ達に付き合ってここに長居する訳にもいかない。
役場を発つにも丁度いい理由と言えた。

「え、危なくないっスか、他にも誰か来るまで残ってた方が……」
「 Нет、マキノとリナ、とても頼りになる、思います。でも二人だけ、とても不安ですね?
私ならここまで来たルート戻れば、きっとすぐ見つかります。二人はここに残って、他の人が来るのを待っててください」

頑として彼女達を呼びにいくことを譲らないアナスタシアに、些か困ったように比奈とフレデリカは顔を見合わせる。
他の参加者が来た時にここに残っていなければ折角の接触をフイにしてしまう以上、誰かが残らなければいけないのは道理。
唯一、武器らしい武器を携帯しているアナスタシアが万が一の事態も鑑みて外に出るのも道理。
フレデリカにも比奈にもアナスタシアを止めるに足る理由はない。

「じゃあ悪いけどお願いできるかな?」
「Да、必ず二人、連れてきます!」

おずおずとお願いをするフレデリカに対し、アナスタシアは笑顔で快諾した。
フレデリカと比奈はその笑顔に頼もしさを感じると同時に後ろめたさに苛まれる。
道理だなんだと理屈をつけても、その根底にあったものは酷く利己的な感情だ。
フレデリカは外に出て殺し合いに乗ったアイドルと遭遇し、自身の理想が崩れる事を無意識で恐れた。
諦観と絶望に支配された比奈は自らを危険に晒してまで能動的に動く気力はなかった。
恐怖と無気力と独善に寄る歩み寄りの結果、アナスタシアは二人に見送られて外を出る。

「……良かったのかな」

それから数分、重苦しい空気の漂う部屋の中で、ポツリとフレデリカが呟いた。
その顔は、普段の彼女を知るものが見れば、すわ別人かと見間違える程に暗い。

「武器もないあたしらよりは、アーニャちゃんの方がなんとか出来る目はあるっス。足手まといになっちゃう可能性もありますし」

もっともらしい理由を比奈は答える。
その目線はフレデリカではなく明後日の方を向いている。自分でもとってつけたような理屈だと充分に認識していた。

先程までのようにトランプ遊びに興じる精神状態ではない。
かといって会話をする話題もない。
居心地の悪い沈黙が続く。

不意に遠くから1発の銃声が響いた。

二人の体がビクリと跳ねて硬直する。
互いに緊張の面もちで顔を見合わせた。脳裏を過るのは銃を所持していたアナスタシア。
この銃声が彼女の所持していた銃から発せられたものなのかは定かではないが、少なくとも銃を撃たねばならない事態がこの近隣で発生した事には変わらない。

出るべきか、籠るべきか。
藁の家に閉じ籠る少女達に二つの選択肢が突きつけられる。


411 : ハロー、グッバイ。振り向かないように ◆5A9Zb3fLQo :2016/07/20(水) 21:43:55 4jJ55W2M0

アナスタシアが役所を出て少し歩いた先に、彼女はいた。

「アーニャちゃん?」
「ミナミ?」

そこにいたのはアナスタシアと親しい仲のアイドルである新田美波。
互いの顔に戸惑いが浮かぶ。
美波にとってもアナスタシアにとっても、相手はこの殺し合いの会場にはいてほしくない相手の筆頭だった。
美波はアナスタシアを殺害しなくてはいけない現実に、アナスタシアは美波のいるこの会場で人知れず汚れたアイドルを殺害しなくてはならない現実に、顔を青ざめさせる。

「アーニャちゃんもこれに参加させられてたなんて……」

思わず思考が声になって漏れる。同じプロダクションに所属するアイドルである以上、ここに呼ばれる可能性はあった。
それでも互いが互いに彼女だけはここにいて欲しくないと願っていたのだが、それも無駄に終わってしまった事は、お互いにとって悲劇だっただろう。
アナスタシアが悪戯を見咎められた子供の様に目線を下に逸らしたかと思うと、反転し、美波から遠ざかろうとする。

「待って、アーニャちゃん!」
「 Извините, пожалуйста、ミナミ」

まるで逃げるように自分から去ろうとするアナスタシアを咄嗟に美波が呼び止める。
それに対して、アナスタシアの返答は冷たい謝罪と1つの銃口。
冷たい声と向けられた銃に美波はショックから思わず動きを止めてしまう。
振り返ったアナスタシアの顔には悲壮な決意。

「ミナミ、私は1つ、決めたことがあります」

ポツリ、とアナスタシアが喋りだす。
その顔は悲壮だが、美波を見つめるその瞳には強い意思の光が宿っていた。

「私、アイドルの皆大好きです。キラキラキラキラ、まるで Звезда、とても綺麗。
だから思いました。皆に汚れて欲しくない。でも汚れてしまう人きっと出てくる。それはとっても悲しい」

汚れてしまう。
その言葉に美波は過剰に反応する。
現に美波は汚れたアイドルだ。
そして先刻、雪美を手をかけた事で二重に汚れたアイドルとなってしまった。
悲しげに話すアナスタシアの姿は美波の心を容赦なく抉り、攻め立てる。

「だから私は決めました。汚れてしまった人から皆を守るため、自分も汚れようって」

その発言に美波は目を見開く。
アナスタシアは自分も汚れると言った。
それが意味するのはアナスタシアが他の汚れたアイドルを殺害していくということ。
大切な友人が自ら汚れると宣言した。
自分と同じ存在にまで堕ちると宣言した。
それを理解した瞬間、美波の頭は真っ白になった。


412 : ハロー、グッバイ。振り向かないように ◆5A9Zb3fLQo :2016/07/20(水) 21:44:33 4jJ55W2M0

「……めだよ」
「ミナミ?」

震える唇から自然と言葉が零れた。
うわ言のような小さな声を聞き咎めたアナスタシアが眉をひそめる。
聞こえるか聞こえないか程度に発した小さな言葉。
だがそれは美波の感情を燃え盛らせるには充分な効果を持っていた。

「駄目だよ! アーニャちゃんがそんな事しちゃ! アイドルの皆がキラキラ輝くお星様だって言うんなら、アーニャちゃんだって同じお星様なんだよ!?」

美波が吼える。
アナスタシアを止めなければならない。
その感情だけに美波は支配される。
馬鹿な真似をするのは自分だけでいいのだ、大切な友人が汚らわしい自分と同じところまで堕ちてくるなどという事実を、美波は絶対に認可する訳にはいかない。
打算も何もない生の感情が理性というフィルターを通さずに美波の中から口を通して溢れ出す。

「だから汚れるなんて、そんな事言わないでよ! アーニャちゃんは汚れちゃ駄目なの! 私みたいに汚れちゃ……!」

ハッと我に返った美波は今、自分が何を口走ったのかに気づき、口を両手で抑える。
が、もう遅い。
怯えた視線がアナスタシアへと向かう。
美波の瞳に映った彼女は、驚愕に目を見開き言葉を失っていた。

「ミナミ、今なんと言いましたか? ミナミ、"私みたいに"そう、言いましたか?」

ガラガラと、二人の中で何かが崩れていく音が聞こえた気がした。
掠れた声が、アナスタシアの口から漏れ、漏れた言葉は鋭く尖った針のようにキリキリと美波の心を穿っていく。
"私みたいに"その発言が何を意味しているのか、アナスタシアとて十分に理解できるものだ。
それでも理性と情がその事実を否定する。
アイドルとなったアナスタシアの煌めく思い出の中で、一際大きな輝きの1つである美波がそんな事をする筈がないのだと、全力で否定の声を上げていた。

「……」
「嘘、ですね? ミナミ、そんなことしませんね?」

縋るように、ひきつった笑顔を浮かべたアナスタシア。
対する美波は無言を貫く。それが意味するものは肯定。
絶望にアナスタシアの顔が染まっていく。
今にも泣き出してしまいそうな顔になったアナスタシアはいやいやをするようにゆっくりと左右に頭を振るう。
よろつくような足取りで、彼女の足が一歩、二歩と後ろに下がったところで止まった。

「Почему」

"どうして"そうアナスタシアは告げる。
美波は何も答えない。
自分のおぞましさを綺麗な彼女に伝えたくないという保身ともエゴともつかない澱みがあった。
何が美波を凶行に走らせたのか、アナスタシアはわからない。
何が美波を凶行に駆らせたのか、美波は語らない。

ただ一つの純然たる事実としてそこにあったのは、アナスタシアにとって新田美波は殺害せねばならない相手である。という事だけだった。
構え直された銃口が、再び美波へと向けられた。明確な殺意をもって。


413 : ハロー、グッバイ。振り向かないように ◆5A9Zb3fLQo :2016/07/20(水) 21:45:09 4jJ55W2M0

「Почему!!」

張り裂けそうな叫びと共に引き金に指が添えられた。
暴力的な衝動がアナスタシアを突き動かしていく。
美波は動かない、いや動く暇など与えられなかった。
涙まじりのアナスタシアの目に映ったのは同じく今にも泣き出しそう美波の顔。
引き金が引かれる。
暴力的な破裂音と硝煙の香りが辺りに漂った。

「нет…… нет……」

ぐずる子供の様にアナスタシアは涙を流し、座り込んでいた。
その先には立ち尽くす美波と、彼女の横にあった民家に開いた、銃弾が貫通したであろう穴が見える。
結果から言うのであれば、アナスタシアは美波を殺すことはできなかった。

引き金を引く刹那にアナスタシアの中に浮かんだのは美波と歩んだ記憶。
日本語の不馴れな自分に日本語を教えてくれたばかりか、もっと話がしたいとロシア語の教授を願い出て歩み寄ってくれた日のこと。
初めてのソロライブで不安に襲われていた自分の為に、忙しいスケジュールの合間を縫って応援に駆けつけてくれた日のこと。
美波との間に紡がれた思い出達が、咄嗟にアナスタシアの照準をぶれさせた。
悲壮な決意は優しい過去に阻まれ、どうすればいいかも分からなくなったアナスタシアはひたすらに泣くことしかできない。

不意に、影がアナスタシアを覆う
動揺と混乱の坩堝にあるアナスタシアはそれに気づく余裕すらない。
そしてそのまま、影はふわりとアナスタシアを包んだ。

「あにがとう、アーニャちゃん」
「ミナミ?」

耳元で囁かれた優しげな声に、アナスタシアは今、自分が美波に抱き締められたのだと気づいた。
とても優しく、暖かな抱擁。いつかのどこかでされた時と、全く同じ抱擁。
ああ、ならば、美波は汚れてなんていないではないか。あの時と変わらないのであれば、美波はいつもの美波ではないか。
そう思ったアナスタシアの背に衝撃が走った。

「……あ」
「ありがとう、汚れないでくれて。そして、ごめんなさい」

深々と、アナスタシアの背に包丁が刺さっていた。
包丁を手に抱擁した美波が、そのままの体勢でアナスタシアの背後に回した手によって包丁を勢いよく突き刺したのだ。
視界が揺らぐ、霞む景色の中で最後に映ったのはボロボロと涙を流す美波の姿。

(ミナミ、泣かないで。泣くような事、しちゃ駄目、です)

言葉を紡ごうにも逆流した血に満たされた口内と瀕死の意識では喋ることすらままならない。
思い止まらせなければ。
こんなことは自分で最後にさせなければ。
決意が生まれても体は言うことを聞いてくれない。
アナスタシアが美波に何かを残すには、もう全てが遅すぎた。

(ミナミ…… До свидания、サヨ、ナ……)

その思考を最後に、アナスタシアの意識は闇の中に沈んだ。


414 : ハロー、グッバイ。振り向かないように ◆5A9Zb3fLQo :2016/07/20(水) 21:45:52 4jJ55W2M0

「ごめんね、アーニャちゃん。ごめんね……ごめんね……!」

冷たくなったアナスタシアを抱き締めて美波はひたすらに謝罪を繰り返す。
もう、大切な友人は戻らない。
汚れる前に、汚れた自分が終わらせることができたから。

それは欺瞞だ。
これは独善だ。
この救世主気取りの人殺しめ。
苛む声が内から湧き出る。

それでも新田美波という女は止まらない。
いや、もう止まれないと言った方が正しいだろう。
とりわけ親しかった存在を手にかけた以上、止まってしまうことを何よりも彼女自信が許さない。

両の瞳から零れる冷たい雨は変わらずにアナスタシアを濡らしていく。

(アーニャちゃん、さよならだね)

もし、死後の世界があったとしても、最後の一線を越えることの出来なかったアナスタシアと、いとも容易く飛び越えてしまった自分が同じところに行き着く道理などありはしない。
一際強く美波はアナスタシアを抱き締める。
友との別れを惜しむかのように、強く、強く。


だからこそ、一部始終を覗いていた彼女達に気づかなかった事は、美波にとっては不幸であり、彼女達にとっては幸運だったであろう。


駆ける。駆ける。駆ける。
涙に濡れるフレデリカの手を引きながら、比奈はアナスタシアがやって来たという南東に向かってひたすらに走る。

銃声を聞きつけ様子を見に来た二人は目撃してしまった。血に濡れて倒れ伏すアナスタシアと、彼女の命を奪ったであろう包丁を片手に泣きながらアナスタシアを抱き締める美波の姿を。
アナスタシアと美波の仲の良さを知っている二人からすれば、それは到底信じられるものではない。
その光景を前に咄嗟に体が動いたのは比奈だった。
先ほどまで笑顔を浮かべていたアナスタシアの無残な姿を見た時、あれほど無気力だった彼女の中にあった感情は"死にたくない"だった。
あんな風に終わりたくはない。そう思うと身体が勝手に動いていたのだった。
役所に逃げ込むことも考えたがやめた。
建築物の中では逃げ場所は限定される上に、籠城をしようにもバリケードを作る時間も人材もない。
そこで、思い出したが先ほどのアナスタシアとの会話だった。
少なくとも南東に向かえば八神マキノと藤本里奈の二人がいる。
助けを求める事はできるだろうし、危険を伝える事も可能だ。

光明を求めて二人の少女は走る。
その先に何が待っているのかは誰も知らない。

【アナスタシア 死亡確認】


【一日目/C-3/午前/鎌石村役場近辺】

【新田美波】
[状態]健康、達観、強い意思
[装備]包丁、スポーツタオル、USSRマカロフ PMM-12(19+1/12、予備12)
[所持品]基本支給品一式×3、不明支給品×1(佐城雪美に支給された物・未確認)
[思考・行動]
基本:全てのアイドルを汚れる前に殺す。
1.基本はステルスに徹する。
2.殺せるタイミングになれば、アイドルを殺す。
※宮本フレデリカ、荒木比奈に見られていた事に気づいていません

【宮本フレデリカ】
[状態]健康、精神ショック(大)
[装備]トランプのカード一式
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品(二つ目、確認済み)
[思考・行動]
基本:明るく振る舞いたい。
1.美波から逃げ、南東にいるであろう八神マキノ、藤本里奈と合流する
2.人を殺すのはイヤ。
3.美波ちゃん、どうして……?

【荒木比奈】
[状態]健康
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品(確認済み)
[思考・行動]
基本:成り行き任せ。
1.美波から逃げ、南東にいるであろう八神マキノ、藤本里奈と合流する
2.役場に籠り、人が来るのを待つ。
3.現状に半ば絶望している。
4.それでもやっぱり、死にたくない。


415 : ◆5A9Zb3fLQo :2016/07/20(水) 21:46:28 4jJ55W2M0
以上で投下終了します


416 : ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/20(水) 23:19:38 lgZrkGuw0
投下お疲れ様です。
どうしてこんなことになってしまったんだ……どうして……。
汚れた新田美波と汚れたアイドルを終わらせるアナスタシア。
彼女達のスタンスからアナスタシアが勝つはずなのに、感情と絆と思い出がそれを超えてしまいましたね。
こんなことは認めたくなかった。弾丸を逸らしてしまったことがアナスタシアの別れ道となって……。
さようならとごめんね。二人が最後に交わした言葉(前者は違いますが)がとても悲しい結末でした。
アナスタシアを終わらせた新田美波を止める方法なんてもう、無いですよね……。

投下します。


417 : 世界を動かす愛人形 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/20(水) 23:21:13 lgZrkGuw0

ウサミンの状況は最悪だ。今更説明する必要も無いだろう。何せ腹から出血だ。
出産では無く出血である。ナイフで抉られた箇所は生々しく、更に瑞々しさも感じさせる鮮血が溢れている。
「ナナは……諦めの悪さだけは、誰にも負けませんからっ……」
などとかっこよく決めたものの、勝てる可能性はあるのだろうが。ウサミンは世界レベルに抗うことが出来るのか。
答えは決してノーでは無い。諦めない限り夢は叶う。誰だってそうして生きて来たんだ、ウサミンも勝てる。
「意識が朦朧としているのかしら……焦点が合っていないッ!」
けれど無傷で勝てる程、この物語は子供向けに創られていない。傷を帯びた腹にヘレンの拳が炸裂した。
マウントポジションを取り優勢だったものの、この一撃で形成は逆転してしまう。
後ろに蹌踉めいたウサミンへ追い打ちを掛けるように、倒れながらもヘレンは両の足で更に腹へ追撃を行った。
「ごふっ……」
まるで漫画の登場人物が言い放つような喘ぎと共に、ウサミンの身体は会場を転がる。
彼女の跡には血液の溜まりが出来上がっており、生命が風前の灯であることを嫌でも理解させていた。
ウサミンが立ち上がるよりも先に体勢を立て直したヘレンは器用にナイフを宙に投げたり、回したりと余裕の態度だ。
さすが世界レベル。ナイフの扱いもお手の物だろう。きっと海の向こう側で何か特別な訓練を受けていたのかもしれない。

ウサミンに一歩ずつ、ゆっくりながらも確実に距離を詰めていく。
「あら」
その際にナイフを落としてしまうものの、慌てること無く拾い上げた。
格好悪い。そんな姿を見せてしまい世界の品格が下がってしまうが、問題は無い。
これから目撃者であるウサミンは自分の手で死ぬのだから。
「もう休みなさい。あなたは頑張った、粘った、生きていた……でも、もうお終い」
満身創痍ながらも立ち上がろうとするウサミンの姿を見つめ、ヘレンは最終勧告の鐘を鳴らした。
刺した自分を許すその度胸は評価する。しかし優しさだけで、このバトルロワイアルを生き抜くなど不可能だ。
甘い。甘すぎる。
何故、こんな時までアイドルであり続けるのか。恐らくカメラは回っていない。演じる必要さえも無い。
素の自分を曝け出す謂わばオフだ。けれどウサミンはステージの時と同じように、煌めきの瞳を持ち続けている。
「諦めたらそこで試合終了です……からぁ……」
ぐぐぐ。貧弱な腕になけなしの気力を送り込み、彼女は立ち上がろうとしていた。
口からも鮮血を吐き出し、彼女の周辺は地獄のように赤く、全てを飲み込むような沼のように生き血が溜まっている。
「まるで変わっていないわ。休みなさいと言ったけど、私が終わらせてあげる。それも世界に轟くような幕引きで」

ヘレンはジョーカーである。
主催者の息が掛かったバトルロワイアルにおける重要な役者だ。
けれど、精神を洗脳されたり汚染されている訳で無い。つまり、感情は人間と変わらないのだ。
無論、人間であるため当然なのだが。故に悲しみを感じる時だってある。世界レベルで。
今も死に体なのに立ち上がろうとするウサミンを見て、何も感じない程、機械じゃない。
せめて。今此処で終わらせてあげるのが世界としての役目だ。

「変わってない……?そんなことないですよ……ウサミンは変わりました。
 アイドルになってから、いや……目指してから……成長して、時には笑って、泣いて、今は――此処に居ます!」


418 : 世界を動かす愛人形 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/20(水) 23:24:32 TcGFw13M0

終わらせてあげる。そう告げているのに。何故、ウサミンは立ち上がるのか。
理解が出来ない。
(この世界レベルである私に解らないことが……?)
ノイズが走る視界や脳内を無理にシャットアウトし、ヘレンは目の前のアイドルを見つめる。

「ウサミンはウサミン星の人々を!ファンを!宇宙から元気をもらっているから……倒れたら、その人達に、失礼になるから――『倒れない』!!」

立ち上がる。
男が誰かのために立ち上がれるのなら、女だって何度も立ち上がってやる。
溢れ出る血液の滝を左腕で押さえ込むも、真っ赤に染まってしまった。
これでは赤子も、アイドルも、ファンの手さえ握れないだろう。けれど、まだ動ける。
「全銀河のパワーが私を動かしてくれる……世界を超える、力を!!」
光り輝くテッキを天に掲げ、アイドルは宣言する。負けない、倒れない。
世界全てを明るく照らすアイドルは――まだまだこんなもんじゃあない。

ヘレンを止めた後には高峯のあも残っている。
二人を説得し改心させるのは骨が折れるだろう。現に腹には風穴が空いている。
けれど誰かが頑張らなければもっと多くの犠牲者が生まれてしまう。
子供たちの、アイドルの未来のためにウサミンは老体に鞭を撃って立ち上がる。

(……のあさんがいない?ううん、今は世界レベルのことを考えないと――っ!)



                  ◆


ウサミンが世界へ反旗を翻す前に。
「はっ、はっ……」
ウサミンが身を挺して逃がした横山千佳は、スタミナが限界に達しようが力を振り絞って走っていた。
幼き彼女がそうまでして走る理由はウサミンである。今も彼女は戦っている。
それも自分を逃がすためだ。今度は自分が彼女を助ける番である。
しかし、幾ら気持ちがあっても思いだけでは足りず、悲しいことだが世界が欲すのは力である。
幼い彼女では世界レベルであるヘレンに勝つなど不可能だ。魔法のステッキで変身した所で、結局は世界の前に一蹴されてしまうだろう。

助けを呼ぶ。
どんなに辛いことがあっても、仲間と一緒なら乗り越えられる。
ウサミンの窮地を救うためには、みんなの力が必要なのだ。
「誰か……誰かー!!」
はっはっと肩で呼吸を行い、今にも倒れそうなぐらいふらふらな足取りでも声を振り絞る。
今此処で自分が倒れれば、ウサミンが死んでしまう。
嫌だ、認めない。解らない、生きて。お願いだから。
この年齢で殺し合いに巻き込まれているのだ。思考の処理が状況に追い付かないのは当然である。
泣き出したいし、逃げ出したいのが現実であろう。けれども彼女は涙を流さない。

今、ウサミンを救えるのは自分しか居ないのだ。
「助けて……ウサミンを助けて!!」
声の限り、力を、気力を、生命を振り絞って叫ぶ。
誰だっていい。誰でもいいからこの声を聞いて。そしてウサミンを助けて。
嘘・偽りのない真心の幼い叫びがエリアに響き渡り、その声は確かに届いていた。

パン、と。

乾いた銃声が横山千佳の叫びに反応した。


419 : 世界を動かす愛人形 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/20(水) 23:25:55 TcGFw13M0


「うぐっ!?う、あぁ……ぃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!?」


何が起きたかは理解出来ないが、左足から生きて来た中で一番の痛みが走っていることは解る。
大地に転び、顔から倒れ込んだため頬を真っ赤に染め上げながら横山千佳は自分の左足を見た。信じられない。
言葉を発するよりも先に瞳から涙が溢れ出てしまう。止めるダムは既に決壊済みだ。
赤い。
血、血、血。
赤い。
最早、立ち上がる元気も血液と共に流れ出ている。痛みを表現するように叫ぶことしか出来ていない。

「…………痛そう」
その叫びを聞く人間は高峯のあだけである。
ウサミンが横山千佳を逃がした後、黙ってそれを許すはずが無かった。
此処で自由に開放してしまえば、自分やヘレンが殺し合いに乗った――所謂マーダーだと言い触らされてしまう。
情報は有限であり、情報戦を制した者がバトルロワイアルを勝ち抜くと言っても過言では無い。
みすみす自分から確率を引き下げる選択をする程、高峯のあは愚かでは無い。
そうでも無ければ過去の殺し合いで優勝するなど到底不可能である。

一度はあの地獄を勝ち上がったのだ。何も知らない小娘に遅れを取る彼女では無いのだ。
「助けて……いたぁ……ぁぁぁぁ……うさみぃ……」
立ち上がることの出来ない横山千佳は痛みに耐えることすら叶わず、上半身を仕切りなく動かし声を漏らし続けていた。
我慢は無理だ。銃創の痛みに耐える?大人でも無理だ。ウサミンのようにアドレナリンと引き換えにハイに為らなければ到底不可能である。
ウサミンを名前を呼ぶものの、彼女に届くことは決して無い。
彼女は今も、自分を逃がすために、全ての参加者のために戦っているのだ。
横山千佳の幕引きを見守るのは高峯のあだけだ。そして手を加えるのも彼女だけである。
「ぁぁぁぁああ……痛い……んああああああああああああああああああああああああ」

何度叫んでも。何度身体を動かしても。
撃ち抜かれた左足の痛みを和らがせることは不可能だ。諦めるしかない。
手当すら行うことが出来ないこの状況で、何をどうすれば助かるのか。選択肢すら存在しない。
開放されるとすれば、それは現世から黄泉へと旅立つ以外の方法は無いだろう。


420 : 世界を動かす愛人形 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/20(水) 23:26:55 TcGFw13M0

その道先案内人が横山千佳の傍に立つ。
一度は目撃したその姿を瞳に捉えた段階で、抗いようのない恐怖心が叫びとなって放たれる。
「嫌……いやぁ……いやあああああああああああああああああああああ!!」
殺される。殺される。殺される。
剣を振り上げている高峯のあの姿は、死神と変わらない。


ソレが振り下ろされれば、自分は死ぬ。
死ぬ……死ぬ?
これから起こるであろう現実に横山千佳の思考は勝手に処理を怠った。
自分が死ぬ?何故?どうして?なんのために?


死に対する考えなど、持ったこともない。
幼い彼女が持つ必要など無く、それでも運命は厳しい現実を叩き付けた。


「おねがぁ……しにたくな……」


嫌だ。
我儘である。それが子供の特権だ。我儘を言って何が悪い。
けれど救いの手を差し伸べる人間はいない。何せ近くに立つのは高峯のあである。
彼女は幾度なく命乞いをする無様な人間を見てきた。今更、心が動くことは無い。
ただ、彼女達に共通することが一つある。


それは、心臓を潰せば煩い口を閉じることだ。




                  ◆


421 : 世界を動かす愛人形 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/20(水) 23:27:59 TcGFw13M0

立ち上がっただけで、残念ながらウサミンにヘレンを倒す力は残っていない。
言葉で説得が出来なければ満身創痍のゲームオーバーだ。此処で彼女の生命は宇宙へ散ることとなる。
言葉だ。詩を歌えない現状で世界を動かすには言葉で訴えるしか無い。
「ヘレンさん……あなたは「うるさい」」
まるで弾丸が頬を掠めたようだった。
ウサミンが必死に紡ごうとした言葉は、たった一言の圧力に全てを掻き消された。
くるくると回るナイフが恐怖と狂気を演出し、確実に一歩ずつ近寄る世界に、異星人のハートは不安になっていた。

ヤバい、と。
ヘレンが聞く耳を持ってくれない。即ちそれはウサミンの死に直結してしまう。
ただでさえ腹が重症であり、そもそもヘレンを改心させた段階で都合よく死にそうな程度には重症だ。
助かる術は無い。けれど黙って死ぬほどウサミン星の生き物は往生際が良くない。
「世界レベルの私からその傷でよくぞ数分耐えたわね」
「数分……いえ、永遠に耐えてみせますよウサミンパワーは三分以上保ちますからね」
「……どうしてそこまで元気で強がれるのかしら。世界の教科書に載せてあげるわ、答えなさい」

立ち止まるヘレンの表情を伺うに、ウサミンのことが理解出来ていないようだった。
明らかに死ねる段階の傷を負いながらも立ち上がる彼女の姿に、本気で困惑している。
まるでドラマや漫画、映画の世界でしか見ないような英雄が目の前に立っているのだ。
この女は、アイドルは、ウサミンは一体何者なのか、と。世界レベルの頭脳ですら答えを見出していない。

その問に我らがウサミンは何を答えるのか。
最初から決まっている。どんな飾りで取り繕うとも、根底は揺るがない。
血を帯びた口元を袖で拭うと、彼女は笑顔で世界へ言い放った。

「さっきも言ったじゃないですか。私はみんなにパワーをもらっているから……倒れたら、合わせる顔がないんです」

アイドルとは愛を注がれた人形である。
その表情や振る舞いには少なからず演技が混じっており、必ずしも全てが本来の姿とは限らない。
場に応じて演じ分けるのも人形の性であり、決してそれは悪いことで無い。
けれども愛を振り撒く存在であり、ファンから愛を注がれるのも事実である。
仮に演じられた人形であっても、支えてくれる、応援してくれる人々との絆は紛れも無く本物なのだ。

「ウサミンはみんなのアイドルだから、帰る場所がある。あなたも一緒ですよヘレンさん」

死ねない。
こんな私を待ってくれる人達がいる。汚れてでも戻らなくてはならない。
笑顔で、また、いつもと同じように。キラキラ輝いてもう一度、ステージの上へ。


422 : 世界を動かす愛人形 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/20(水) 23:28:34 TcGFw13M0

「…………おっけー。解ったわウサミン……ありがとう」

ウサミンの言葉が響いたかいざ知らず。
ヘレンは先程よりも少々弱い声質で呟くと、止まっていた足を動かした。
「え、うそ」

完全に決め台詞を言い放ち、汚れてしまったアイドルに輝きを取り戻させた。
そう確信していたウサミンは、今も尚、接近してくるヘレンに対し驚きを隠せなかった。
声まで漏らしているのだ。まさか……空気を読んで欲しいとも思うのだが、これはお芝居じゃあない。
現実とは何処に地雷が潜んでいるかが解らない。スイーパーのように虱潰しという訳にもいかないのだ。

与えられた選択肢だけで必ずしも正解へ辿り着ける保証にはならない。
説得も最初から成功の確率は皆無で、ただウサミンが勝手に吠えていただけかもしれない。
「ヘレンさ……世界レベルなら解ってくれますよね?」
嫌な汗が顔を埋め尽くすように溢れ出る。先程までは死んでも後悔無し、と謂わんばかりの勢いを保っていた。
しかし、今は死に対する恐怖を抱いてしまう。一度燃え上がった感情が静まってしまったのだ。

「――――――――――世界レベルのジョーカーなら、裏切ってもそれはそれで世界よね」

「…………………………はい?」

ナイフで刺されるかと思いきや、ヘレンの左手がウサミンの肩に置かれていた。
状況に適応出来ない彼女は間抜けな声を出し、ヘレンの動きを待つことしか選択不可能である。
「今思えば誰かの言いなりになってるなら、それは世界じゃない……!
 植民地、そう……植民地!他人に頭を抑えられていて何が世界レベルよ……恥ずかしい」
ヘレンの言葉を聞いても、何一つ理解出来ることは無かった。
ウサミンは説得の名の下に恥ずかしい言葉を並べていたのだが、ヘレンもまた恥ずかしそうな言葉を並べていた。
「ジョーカーが早期で改心しても良い……それが自由と言うことなら前例の無い世界の頂点……!」

本当に解らない。
この人は何を言っているんだろう。本気で悩むウサミンの身体から自然と緊張が逃げていた。
ヘレンの中から敵対の意思が消えたことは不確定ながら感じ取っており、その場にへたり込んでしまう。
「よ、よかった……」
何はともあれ、ウサミンの言葉が響いたのは事実だろう。きっと。
「あなたの言葉で自分を取り戻したわ……そうよね、帰る場所があるならジョーカーなんて冗談じゃない」
本当に事実だった。
ありったけの想いを綴ったウサミンの言葉は確かに世界の壁を超えてヘレンへ届いていたのだ。
決して諦めなかった一人のアイドルが掴んだ奇跡、例え殺し合いだろうと彼女は世界を照らし続ける。

「ごめんなさいって言える立場じゃないけど」
「言ったじゃないですか……許すって。だから、これからよろしくです」


423 : 世界を動かす愛人形 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/20(水) 23:33:03 TcGFw13M0

ヘレンは改心した。そもそもジョーカーになっていた理由も曖昧だったため、正気に戻ったという表現が正しいかどうかも怪しい。
はっきりしているのはウサミンの言葉が届いたことだ。
しかし、彼女の腹に重症を負わせた罪が消えることは無い。バツが悪そうに腰が抜けたウサミンに手を伸ばす。
それでもアイドルは笑顔で全てを許し、受け入れ明日を目指すために立ち上がる。
「……あれ?」
ヘレンに引き上げてもらうのだろうと思い込んでいたウサミンは、マヌケな声を漏らした。
手を握っても彼女は動かない。それも力が弱く、握り返して来ないのだ。
もしかして罪悪感が残っているのか。それも当然かと納得せざるを得ない。
良い雰囲気に変わりは無いのだが、自分がこの先生き残るビジョンが見えないのも事実である。
とりあえず治療して。死ぬ……と思った所でウサミンは――安部菜々は現実に引き戻される。



「ヘレンさ……ぁぁ……ああああああああ!!」



ヘレンの身体を突き抜けるように飛び出た剣を見て、一瞬で悟ってしまった。
背中から心臓にまで伸びた裁きの一撃は簡単に、あっという間に一人の人間を殺したのだと。
ゆっくりと剣が引き抜かれると、飛び散る鮮血と共にヘレンだった肉体は崩れ落ちる。
前のめりで地面に倒れ、立ち上がる気配は感じられない。もう、彼女は世界の遊技盤から脱落してしまった。



「……急にキン肉マンと言い出したから、どうかと思った……間違いじゃなかった」


424 : 世界を動かす愛人形 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/20(水) 23:33:25 TcGFw13M0

ヘレンの身体が落ちると同時に顕となった剣の持ち主は、先程から消えていた高峯のあだった。
彼女が何処に行っていたかは安部菜々に解る訳も無い。まさか横山千佳を殺害し戻って来たなどと。
「ジョーカーが聞いて呆れる……こんなタイプは前回にもいなかった」
彼女の呟きは安部菜々の耳に入ってこず、本当に死ぬ時が来たのだろうと身体が震え上がっていた。
「こ、来ないで」
威勢は消えた。
涙が流れ、局部からは黄色い液体も流れてしまい周囲に異臭が蔓延る。
「嫌……」
剣から垂れるヘレンの血液が安部菜々に訪れる未来を連想させる。今度は自分の血で彩られる。
「ごめんなさいごめんなさい」
動くことも出来ない。
無理に逃げようと身体を動かすも、足が絡まってしまいうつ伏せの形となって本末転倒だ。
「な、なんでもしますか、ら……ひぃ」
もうウサミン星からの供給は途絶えてしまった。怯えているのはアイドルでも無くただ一人の人間である。
高峯のあが握る剣が首筋に触れた。
首輪とは異なる冷たい感触が全身を駆け巡り、安部菜々の身体は完全に動きを停止した。
殺される。それも首を斬り落とされる、最悪の方法で。
「嫌…嫌!!ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい許し許し許し本当にごめんなさい」
口が勝手に動き出し、謝る必要は無いのだが必死に彼女は謝罪の言葉を繰り返し始める。
極限状態にまで追い込まれてしまい、ただ生き残る可能性へ辿り着くために彼女の戦意はとうの昔に消えてしまった。
「……この光景はもう飽きた」
高峯のあの呟きが安部菜々に届くことは無い。届いたとしても過去に殺し合いを体験したなど誰が信じるのか。
狂った置物の玩具のように何度も言葉を繰り返す彼女に対し、高峯のあが取る行動は最初から決まっていた。
安部菜々の首筋から剣が離れ、天高く振り上げられた。
「――あ」
こうなれば次の行動は振り下ろされるしかない。そして、それは安部菜々の死を意味することはこんな状況でも簡単に解ってしまう。
人間は首を斬り落とされれば、死ぬ。誰だって知っている。それが、今、此処で、行われようとしていた。
高峯のあが手を止める可能性は零である。ハイライトが消えた瞳を見れば、安部菜々ですら諦めてしまう。
心は既に諦めてしまった。それでも、人間は、最後まで、言葉を紡ぎ続けていた。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい嫌嫌嫌嫌嫌嫌許して許して許して許して許して許して許して
 殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで
 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


身体から切り離された顔は、最後まで何かを呟いていた。


【横山千佳 死亡】
【ヘレン 死亡】
【安部菜々 死亡】


【一日目/昼/F―6(中央)】



【高峯のあ】
[状態]健康
[装備]銀の剣、イングラムM10(29/32)
[所持品]基本支給品一式X4、予備弾×240、ダイバーズナイフ、ランダム支給品X2、安部菜々の首輪
[思考・行動]
基本:殺し合いのる
1.参加者の殺害
※以前にバトルロワイアルに参加して、優勝しています

※F-6(西)に横山千佳の死体(左足銃創、心臓に穴)が放置されています
※F-6(中央)にヘレン(心臓に穴)、安部菜々(腹に重症、首が斬り落とされている)の死体が放置されています。


425 : ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/20(水) 23:35:02 TcGFw13M0
投下を終了します。
本文が長すぎると表示されたのですが行数はどれくらいまでが許容範囲かわかる方がいましたら教えて下さい。


426 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/20(水) 23:38:39 OjVN8TYk0
投下乙です。

>ハロー、グッバイ。振り向かないように
ああ、ミナミィ……優しかった、優しかったから、アーニャは踏み込めなかった。
けれど、美波はもう踏み込んだ後だったんだよな……
比奈せんせーは現実に引き戻されたけど、果たしてどうなる。

>世界を動かす愛人形
世界レベルーッ!? 驚きに驚きが連続だ。
しかし、今まで自分をごまかしてきたウサミンが"折れ"てしまったの、少し悲しくて、怖いですね……

さて、自分も綾瀬穂乃香、成宮由愛、及川雫、吉岡沙紀で予約します。


427 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/20(水) 23:49:16 OjVN8TYk0
>>425
本文はおおよそ90行以下に収めるといい感じです。
あと、やったらめったら長い一行をなくす感じで


428 : 名無しさん :2016/07/21(木) 00:03:51 R5YzlZjo0
皆様投下乙です。これで1/3の参加アイドルがLIVE OUTしたと思います。

【参加者名簿】
●遊佐こずえ/○宮本フレデリカ/○荒木比奈/○村上巴/●浅利七海/○鷺沢文香/●速水奏/○大西由里子/●緒方智絵里/○輿水幸子
○木場真奈美/○鷹富士茄子/○高峯のあ/●ヘレン/○二宮飛鳥/○橘ありす/●森久保乃々/○渋谷凛/○片桐早苗/●椎名法子
○上条春菜/○本田未央/●十時愛梨/○財前時子/○市原仁奈/○綾瀬穂乃香/○成宮由愛/●藤居朋/○青木聖(ベテラントレーナー)/○双葉杏
○三村かな子/●龍崎薫/○一ノ瀬志希/●クラリス/●赤城みりあ/○持田亜里沙/○服部瞳子/●望月聖/○結城晴/○新田美波
●佐城雪美/○南条光/○吉岡沙紀/●佐久間まゆ/●島村卯月/○日野茜/○佐藤心/○白菊ほたる/○八神マキノ/○藤本里奈
●アナスタシア/○早坂美玲/○星輝子/○及川雫/○的場梨沙/○水野翠/○青木慶(ルーキートレーナー)/●イヴ・サンタクロース/●安部菜々/●横山千佳

生存者40/60

【継続中の予約キャラ】
◆LU3fiqpH6Y:2016/07/20(水) 00:13:21
的場梨沙、持田亜里沙

◆qRzSeY1VDg:2016/07/20(水) 23:38:39
綾瀬穂乃香、成宮由愛、及川雫、吉岡沙紀


現在位置(午前以降のみ)

【午前】
C-3 鎌石村役場近辺
新田美波
宮本フレデリカ
荒木比奈
(アナスタシア)

E-1
上条春菜

E-2 菅原神社
青木聖(ベテラントレーナー
(椎名法子)

G-3 平瀬村分校跡
(龍崎薫)
(浅利七海)

G-5 ホテル跡
日野茜
服部瞳子
(島村卯月)

G-5 ホテル跡・付近(西)
一ノ瀬志希

G-5 ホテル跡・付近(東)
二宮飛鳥
橘ありす
(森久保乃々)

I-10 灯台
鷺沢文香
大西由里子
(速水奏)

【昼】
F-6 西
(横山千佳)

F-6 中央
高峯のあ
(ヘレン)
(安部菜々)


429 : ◆wKs3a28q6Q :2016/07/21(木) 00:06:59 RB.n4P0o0
せ、世界レベルのジョーカーさん……
まさか改心するとは思ってなかったうえに、さっくり後ろからやられるなんて……合掌

>>392
すみません、完全に誤字でした


430 : ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/21(木) 00:42:18 o5OBVRAQ0
感想ありがとうございます!

宮本フレデリカ、荒木比奈、結城晴、上条春菜で予約します。
それと時間がお昼に到達することを先に言っておきますね。


431 : 名無しさん :2016/07/21(木) 01:24:49 eb1QZFAU0
ウサミン……


432 : ◆GhhxsZmGik :2016/07/21(木) 01:36:37 BbOe5a6s0
投下おつかれさまです

>ハロー、グッバイ。振り向かないように
アナスタシアはここで退場ですか…手を汚す前にしねたのはよかったのかな
かわりに美波はもう戻れなそうだなあ進んでどこまで手を汚すのだろうか

>世界を動かす愛人形
のあさん容赦ない
痛みや恐怖で震えていくアイドル達がまたいいですね
あんなのあさんに殺されそうになったら怖いにちがいない

つづいて、白菊ほたる、佐藤心、本田未央で予約します


433 : 名無しさん :2016/07/21(木) 02:09:56 eb1QZFAU0
あ、今気づいたけどタイトルの愛人形会って愛(アイ)人形(ドール)でアイドルか!!


434 : ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/21(木) 23:13:07 I5r7uGYs0
感想ありがとうございます。タイトルネタもわかっていただいて嬉しいです。
投下します。


435 : なし崩しの逃走劇 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/21(木) 23:14:17 I5r7uGYs0

サッカーボールをつま先で軽く動かしながら歩くものの、誰とも遭遇しない。
結城晴は軽く数時間は移動を続けているのだが、一人として他の参加者と出会わない現状に疑問を抱いていた。
「……本当は夢だったりして」
殺し合いが行われているのも、千川ちひろの首が飛んだのも全てが夢だったのではないだろうか。
それか、ドッキリだ。
オレを誰かが追い込んでいるに違いない。なんて現実逃避が出来れば結城晴の心は今よりも軽くなっていただろう。
後ろから『ドッキリ大成功』と看板を持ったアイドルが飛び出して『デデーン!』と言ってくれれば最高の結果だ。
自分が少々苛ついていただけで、スタジオに案内されれば千川ちひろがいつものように笑っているんだ。
『驚きました?』なんて笑顔で迎えてくれる。それが理想だった。

「オレ、どうなるんだろうな」
その呟きを拾い上げてくれる周囲の人間はいない。
風に流され、まるで最初から口を動かしていないと結果を捏造するように消えてしまった。
靴裏が地面に擦れる音とサッカーボールが弾む音しか彼女の周りで音楽を奏でていないのだ。
孤独。
広い島の上で結城晴は孤独と虚無に襲われる。
このまま誰とも出会わなければ直に食料が底を尽き死んでしまうのか。
警察や自衛隊も助けには来ずに、サッカーボール一つを抱えて死んでしまうのか。
普段は考えもしない死のビジョンに対し、身体が震えてしまったのかサッカーボールは明後日の方向へ飛んでしまった。

「集中しないとな……何処に誰が潜んでるかも――ん」
自分の精神を今一度統一させようと敢えて声に出し喝を入れる。
弱々しい考えでは駄目だ。前を向かなければ幸せは訪れないのだから。
慌ててサッカーボールを拾いに駆け寄ると、人影が此方に接近していた。
速度は徒歩よりも早く、どうやら走っているようだ。あっという間に顔を認識できる距離になる。
「春菜……?」
上条春菜だ。結城晴よりも歳上なのだがそこは彼女のキャラもあり呼び捨てである。
やっと他人と出会えた。その事実に嬉しさが高まり笑みが自然と浮かぶ結城晴であるが、状況は一変することとなる。
走り続ける上条春菜の表情は真剣そのものだった。
ランニングや走り込み、ジョギングとは違い、何かから逃げるように必死で、奥の歯を噛み締めているようだ。
「――晴ちゃん!」

結城晴の傍に辿り着いた上条春菜は呼吸を整える時間すら惜しんで、言葉を発する。
「此処は危ないから一緒に逃げよう……そして、助けてくれる人を探して」
初めに抱いた率直な感想は何を言っているんだろう。結城晴はあまり現状を飲み込めていない。
煙玉へ伸ばしていた手を引きながら、告げられた言葉の意味を咀嚼し理解しようとする。
危ない……殺し合いが本当なら何処も彼処も危険だろうに。
助けてくれる人を探して……警察だろうか。そもそもこの島に警察署など存在するのか。
「なあ、何を言ってるかオレはちょっとわからない」
「法子ちゃんが……トレーナーさんに襲われているの」
「………………え?」
細かく説明されたところで、根本的な解決には至らなかった。


436 : なし崩しの逃走劇 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/21(木) 23:15:25 I5r7uGYs0
すいませんちょっとしたトラブルで続きの投下に10分ほど感覚が空きます


437 : なし崩しの逃走劇 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/21(木) 23:30:27 I5r7uGYs0
再開します


438 : なし崩しの逃走劇 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/21(木) 23:31:08 I5r7uGYs0

前提として何故トレーナーが椎名法子を襲わなければならないのか。
椎名法子とはあのドーナツ大好きアイドルな彼女のことであろう。
トレーナーは何人か思い浮かぶものの、彼女達が他人を襲う姿は想像出来ない。
襲うとは性的な意味合いでは無いのだろう。何を馬鹿なことを考えているんだ、と赤みがかる自分の顔を想像してしまった。
殺し合いなのだから、襲うとは生命を奪うことなのだろう。その答えには辿り着いた。
しかし答えが先に出てしまい、方程式が頭の中で全く導かれる予兆を見せない。
当然のように他人を殺せば犯罪である。わざわざ犯す人間はいるのだろうか。そもそも、そんなことをやって言い訳が無い。
「信じられないかもしれないけど今は信じて……さぁ、走ろう。
 もし追って来ていたら、私達も危ないから。それに、止まっていたら法子ちゃんを助ける時間が無くなっちゃう」
信じるか信じないと聞かれると、結城晴は信じると答えた。
上条春菜の言葉は正直なところ、証拠も何も無い現状じゃ嘘と吐き捨てることも可能だ。
しかし、眼鏡の奥にある瞳は本物である。嘘を憑いている人間とは思えない。

上条春菜の言葉を信じるとして、行動方針はこの場から離れることになるのだろう。
近くには他人を殺すトレーナーが居る可能性があり、止まれば自分の生命が危ない。
それに戦っているであろう椎名法子を救出する確率が大きく下がってしまう。時間は無いようだ。

人と出会うには地図上に記載されている特別事項に近寄るのが手っ取り早いだろう。
無論、危険人物と遭遇する可能性も跳ね上がるのだが、贅沢は言っていられない。
流れ出る汗を拭うこともせずに上条春菜は結城晴の袖を掴み、彼女を誘導し始める。

「行こう、私達は」

彼女の体力は大きく消耗している。たった今出会った結城晴ですら見抜ける程だ。
本来ならば休憩を取り、水分を補給するのがベストだろうが彼女は止まらずに足を動かし続ける道を選択した。
サッカーボールとじゃれあっていただけの結城晴は彼女と比べると、体力が有り余っている。
元から運動しているため、アイドルの活動を差し引いても体力の上限が高い。
腕を引っ張られなくても動けるのだが、此処は流れに身を任せた方が良さそうだとペースを上条春菜に合わせた。

(大丈夫かな)

上条春菜は気付いていないのだろう。
『行こう、私達は』
その中に椎名法子が含まれていないことを、薄々と感じていたのかもしれない。


       

                 ◆


新田美波がアナスタシアを殺害した。
彼女達を知っている人間からすれば到底信じられない事実なのだが、見てしまった。
誰かが創り上げた物語では無く、現実だ。受け入れるしかあるまい。


439 : なし崩しの逃走劇 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/21(木) 23:31:37 I5r7uGYs0

それでも信じれるものか。
目の前で人が死ぬ体験など早々出来るものか。誰が好んで行うものか。
それも見知った顔が互いの生命を奪い合うなど、まるで地獄だと錯覚してしまう。

刀身から垂れる赤。
鮮血は包丁を離れ大地に付着しており、その正体はアナスタシアの生き血だ。
新田美波は彼女を刺殺した。そうだ、アナスタシアは新田美波に殺された。
「……ぜひっ、ちょっと……ぅ」
彼女は最後にごめんねと何度も繰り返していた。謝っていた。何度も、何度も。
その言葉はアナスタシアに届かない。この世を去った人間に現世の想いを届けることなど神でも無ければ不可能である。
それでも新田美波は繰り返した。後悔していたのか、いや、していないだろう。
事情は解らないし分かった所で、彼女を擁護するつもりなど更々無い。
ただ、今は自分達に危険が及ぶことを考えその場から逃げることだけだ。

涙を流す宮本フレデリカの腕を掴んだのは荒木比奈だった。
彼女目尻にも水が浮かんでいた。けれど、此処で自分が泣いてしまえば二人共死んでしまう。
立ち止まった者を逃がす程、新田美波は甘く無いだろう。アナスタシアを殺した彼女ならば覚悟は既に完了しているはずだ。
気付かれていないのが唯一の幸いだった。アナスタシアが居なければ彼女達が死んでいたであろう。

ありがとう。などと言うつもりは無い。
それは『自分達のために死んでくれて』の前言葉が付属する。死んでも言うものか。
誰が思うか。死んでいい生命など無い。私達は生きているんだ、なのに。どうして。

「つらっ……ごめ、ちょっと待って……ぜひ」

立ち止まる。
膝に手を付いてしまい、情けない程に大きな音を立てながら肩で呼吸を行う。
日頃の運動不足が響いてしまい、荒木比奈の体力は常人よりも早く底を付いてしまった。
これならば多少は外で遊ぶ選択を取っていればよかったのに。今更、自分の悪態に嘆く。

顔を薄らと上げれば、宮本フレデリカの瞳から涙は消えていた。
走っている間に流れたのだろうか。赤く潤っているその目は未だ悲しみを背負っているのだが。
普段は明るい彼女が黙って泣いていた。
アナスタシアが殺された時、自然と身体が動いていたのは荒木比奈であった。

ショックを受けたのは当然であろう。
荒木比奈とて、立ち直れない程の傷を心に負ったのだ。絶望の底に叩き落とされた感覚である。
しかし、彼女達は生きている。まだ、光を浴びることが可能であり、走れる。
立ち止まる宮本フレデリカに何か言葉を掛けようにも荒木比奈には良い言葉が思い浮かばない。


440 : なし崩しの逃走劇 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/21(木) 23:32:03 I5r7uGYs0

「ねえ、ヒナちゃん」
自分の引き出しの無さに腹を立て始めた頃に、宮本フレデリカの口が動いていた。
正直に言えば驚きである。ショックのあまり話せないと勝手に思い込んでいたのだ。
現に逃げている間は一切の言葉を発していない。時間の経過により落ち着いたのだろうか。
震える彼女の声に耳を傾ける。荒々しい呼吸の音が余韻を残すものの、全ての神経は耳に集められている。

宮本フレデリカは何を喋るのか。
普段通りの口調で自分を励ましてくれるのか。
現実に耐え切れなくなり泣き言を吐くのか。
とんでもない宣言をし、自殺を選ぶのか……と、色々な選択肢が存在する。
どれを選んでも可怪しくな無い。殺し合いの状況が不可能を可能へと昇華させてしまっているのだ。
有り得ない。なんて、存在しない。


「ハッピーエンドってなんだろうね」


「…………………………………………」


返す言葉が見つからない。
思い返せば役所の中でも彼女は似たようなことを言っていた。
その時にはわからない、と返答したのだが、今は口が裂けても言えない。
宮本フレデリカが求めているのは否定では無く、疑問に対する答えだ。
けれど、今の荒木比奈にその答えを見つけるのは不可能であった。
「帰れてもね、アーニャちゃんは生きていないんだよね」
出来事をそのまま話しているだけなのに、何故こうも辛く感じてしまうのか。
アナスタシアが死んだのはこの瞳で見てしまった。言葉に出すと胸が張り裂けそうな程に叫んでしまう。
解っていても、分かりたくない時がある。夢なら幸せだった。
醒めてしまえば千川ちひろもアナスタシアも生きていて、新田美波も狂っていない。
そんな、ただの日常を此程までに望んだことが未だ嘗てあっただろうか。
失ってから初めて気づく。本に載っていそうな格言が黒く染まってしまった心に痛いほど響く。

「比奈ちゃん!?」
「春菜ちゃんっスか!?」

沈黙が生まれた逃走者の静寂を破ったのは、新たな逃亡者であった。
荒木比奈と上条春菜は互いの名前を呼び、知り合いに出会えた安心感と巻き込まれてしまった嫌悪感を同時に抱く。
上条春菜の傍には結城晴もおり、その光景から察するに彼女達も似たような理由で走っていたのだろう。


441 : なし崩しの逃走劇 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/21(木) 23:33:01 I5r7uGYs0

近付いた上条春菜は足を止める。結城晴はその場で駆け足で呼吸を整えていた。
急に止まってしまえば身体或いは心臓に負担を掛けてしまう。最も彼女以外はそんな精神的余裕は無い。
「比奈ちゃん……あのね」
辛そうな表情で上条春菜は何かを告げようとしていた。
重たい唇を見ていると言葉よりも先に紡がれる未来を想定出来てしまう。
宮本フレデリカを覗いた時に一瞬ではあるが、固まっていた。
瞳を赤く染める彼女を見て悟ったのだろう。そして、このまま真実を告げるべきか悩む。
「トレーナーさんが……マジっスか……っ」
信じられない。けれどアナスタシアの死を見てしまえば、もう、受け入れるしか無い。
上条春菜の口から語られたトレーナーの襲撃と椎名法子の奮闘。
「アーニャちゃんが……それに新田美波って……!?」
信じられない。何故ラブライカ同士で生命の奪い合いなど、誰が信じるのか。

しかし、荒木比奈の瞳は笑っておらず、宮本フレデリカの表情も真剣そのものだ。
彼女達が体験した地獄も現実であり、新田美波がアナスタシアを殺したのは物語では無い。
現在地より南西にはトレーナーが、北には新田美波が居る。
椎名法子がまだ戦っているが彼女は既に――誰もが解り切っているが言葉には出さない。
例えそれが事実であっても、上条春菜は何が何でも希望を捨てる訳にはいかないのだ。必ず、助けだしてみせる。

逃走を続ける彼女達が選んだのは東への移動である。
アナスタシアの言葉通りならば他の参加者が滞在している可能性が高い。
近くに危険人物が潜んでいることを教えなければ、誰かが死んでしまう。
仮に誰も居なかったとすれば、更に足を動かし椎名法子の救出面子を集めるだけである。
太陽はまだ輝いているが時の流れはあっという間だ。気付けば闇の時間になっている可能性だって否定出来ない。

「……行こう、はるちん」

荒木比奈、上条春菜、宮本フレデリカが東へ足を向ける中、結城晴だけは止まっていた。
気付いた宮本フレデリカが優しい声色で話しかけると、彼女の身体はびくんと跳ねる。
「あ……ごめん」
心ここにあらず。と云った感じだが彼女は黙って三人を追い掛ける。

幾ら涙を流そうと、彼女達に光は訪れない。

【一日目/D-3/昼】

【宮本フレデリカ】
[状態]健康、精神ショック(大)、体力消耗(中)
[装備]トランプのカード一式
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品(二つ目、確認済み)
[思考・行動]
基本:明るく振る舞いたい。
1.美波から逃げ、南東にいるであろう八神マキノ、藤本里奈と合流する
2.人を殺すのはイヤ。
3.美波ちゃん、どうして……?

【荒木比奈】
[状態]精神ショック(中)、体力消耗(大)
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品(確認済み)
[思考・行動]
基本:成り行き任せ。
1.美波から逃げ、南東にいるであろう八神マキノ、藤本里奈と合流する
2.役場に籠り、人が来るのを待つ。
3.現状に半ば絶望している。
4.それでもやっぱり、死にたくない。

【上条春菜】
[状態]精神ショック(中)、体力消耗(中)
[装備]ニューナンブ
[所持品]基本支給品一式(水を五分の一を消費)、カセットコンロセット、ガスボンベ×4、万能包丁、砥石
[思考・行動)
基本方針:皆で眼鏡をかける
1.椎名法子を救うために仲間や武器を集めて神社へ戻る。
2.絶対にドーナツパーティーをやるんだから……っ。
3.東へ向かい参加者を探す


442 : なし崩しの逃走劇 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/21(木) 23:33:25 I5r7uGYs0

上条春菜、荒木比奈、宮本フレデリカに共通し、結城晴が体験していないこと。
それは目の前で誰かが殺されることだ。厳密に言えば上条春菜もだが、手遅れであることは彼女自身が一番理解している。
殺し合いに生命の奪い合いが発生している。考えれば普通ではあるが前提が狂っているのだ。
結城晴からすれば悪い夢以外の何でも無く、ドッキリでも無いのなら本当に悪夢のような現実である。

今でもドッキリなら嬉しいと思っているのもまた、事実である。無論、微かな希望程度だが。
それは実際に自分の目で確認していないことが非常に大きく、三人と比べ現実に面していないからこそ信じられないのだ。

本当にアイドルがアイドルを殺すのか。

体験を口にした上条春菜及び荒木比奈が嘘を憑いているなどと信じたくもない。
瞳は本物であった。ならば真実であろう。けれど、内容は本当の出来事なのか。
殺し合いと云う不安定の状況と地獄を体験した彼女達、していない結城晴。
彼女の中で黒い芽が心の土の中から少しだけ芽吹いてしまった。誰も悪く無い。これは状況が生んだ悪魔の知らせである。

本当に彼女達は偽り無く発言しているのだろうか。

【結城晴】
[状態]精神ショック(小)、体力消耗(小)、疑い(小)
[装備]サッカーボール
[所持品]基本支給品一式、煙玉×3、ライター
[思考・行動]
基本:サッカーの試合のように諦めずに頑張る。
1.三人と一緒に行動する。
2.ヤバそうなら煙玉を使って逃げる。
3.信じていいんだよな……?


443 : ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/21(木) 23:34:54 I5r7uGYs0
投下を終了します。
続けて渋谷凛、片桐早苗、新田美波で投下します


444 : 大人の笑顔は卑怯な小悪魔 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/21(木) 23:36:07 I5r7uGYs0

やりたいことを探せ何て言われて、直ぐに見つかれば全国の少年少女は進路相談に頭を悩ませ無いだろう。
自分のやるべきことや、やりたいこと。解っていても実行出来るかどうかは別の話になる。
そこにはお金だとか勉学だとか自分を取り巻く様々な物が影響して、時には本当にやりたいことを諦めなくちゃならない人もいる。
やりたいことだけをやって生きる。言葉だけなら簡単だけど、実行は本当に難しい。
かっこいい文句を謳って画面の向こうで楽しくやっている人達も、生活のために必死だ。
本当に彼らはやりたいことをやっているのかな。そんなお節介な疑問も抱いてしまう年頃少女渋谷凛は片桐早苗と共に行動している。

煙草は没収された。まあ当然だろうと思うし元警察官である彼女ならば尚更、見逃すわけが無いだろう。

やりたいことを探せと言って来た彼女の様子を渋谷凛は観察していた。
殺し合いと云う極限状態の中でも笑顔を崩さず、瞳はしっかりと前を見続けている。
警察官故にその精神は完成されているのだろう。少なくとも渋谷凛よりは遥かに大人である。
もしかしたら前職時代には殺し合いと関わる案件を抱えていたのかもしれない。最もそんな部署からアイドルへ転職など信じられないが。

沈黙を嫌う性格なのか色々と話題を振っていた。
きっと気遣っているのだろう。成人にも満たない少女が殺し合いに放り込まれたのだ。
その精神的不安は誰にも推測を立てることは不可能で、本人にしか解らない。
大人が出来ること云えば彼女達が崩壊しないように支えてあげること。片桐早苗は役目を理解していた。
「お姉さんの話をー聞いていたかな?」
「犬の名前はハナコ」
「……お姉さんは役所に着いたらどうしようかって聞いたんだけどなあ?」
「…………失敗した」
急に顔を覗かれてしまい、そこから質問されれば答える以外に道は無い。
しかし考え事をしており適当に会話を流していた渋谷凛にその質問は酷だった。
それっぽく返答しようとペットの名前を苦し紛れに言った所で、全くの見当違いである。
笑顔を崩していない片桐早苗だが、その左拳が静かに震えていたことを渋谷凛は見逃さなかった。
ヤバい。
直感で悟った彼女は即座に謝罪の言葉を告げた後、片桐早苗の反応を待つことにした。

「とりあえず役に立ちそうな物を回収して、安全な場所を確保しよう」
「夜が来た時は寝床が必要……賛成」
「それに拠点を作っちゃえば移動の時に戻る場所があるのは心も楽になるしね!」

地図上で最も近い場所に記されている建物は役所だった。
住民の生活を支える社会基盤の本拠地だ。少なくとも事務方の城に違い無いのだから寝床としては最高だろう。
屋根と壁があれば台風をも凌げる。最も天候がどうなるかなど誰も気にしていないのだが。
比較的ゆっくりと南下していたが、時間を大きく掛けたためなのか。
何にせよ渋谷凛と片桐早苗は誰とも遭遇せずに役者の近くまで辿り着くことに成功していた。


445 : 大人の笑顔は卑怯な小悪魔 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/21(木) 23:37:23 I5r7uGYs0

誰とも出会わなかったことが正解かどうかは解らない。そもそも合否を判断する神はいない。
殺人鬼と遭遇しなかったのは幸運である。
泣き叫ぶ弱者を見付けられなかったのは不幸と受け入れるべきか。それとも運が無かった見捨てるべきか。
そんなことは実際に訪れなくては誰も行動出来ないのだ。結果論だけで語るならば知識の無い老人でさえ可能だ。
必要なのは現実とそれに抗う意思。
もしも、たら、れば。そんな言い訳は早めに捨てた方が生存確率は大きく跳ね上がる。
渋谷凛がその段階に辿り着くのはいつになるのか。少なくとも少女である彼女がそんな選択を取れれば、大きな大人よりも現実に生きているであろう。

役所の近くに来ると、似合わない音が響いた。
一瞬だけではあるが、彼女達の意識は奪われ全ての神経が集中している。
「今のって銃声……?」
「そうだね。間違いなく発砲した馬鹿がいる……伏せて!」
素早く一歩踏み出した片桐早苗は片腕を渋谷凛の前に伸ばすと、彼女に伏せを命じる。
その言葉に反論することなく従った渋谷凛は、瞳を僅かながら覗かせ片桐早苗の背中を見る。
(……大きい)
背丈は大人の割に然程大きくない彼女だが、少女のために動く警察官の背中はとても大きく頼り甲斐のある大人として見えた。

「あれは……逃げているのね」
銃声から数分経過した後に、南の方へ走る二つの影が彼女達の視界へ割り込んだ。
髪色や走り方の特徴からして宮本フレデリカと荒木比奈であることは簡単に解った。
そして前者の瞳から涙が溢れていることも、片桐早苗の瞳に色褪せること無く反射していた。
すぅ。と呼吸を整えた彼女は振り返ること無く渋谷凛に行動の指示を出す。
「凛ちゃん、あなたは役所に行って。後で合流しましょう」
「合流……じゃあ早苗さんは何処に行くって言うの、まさか」
「かーらーのー……ふふっ、心配しなくていいよ。またあたし達は会えるから」

クスリとはにかむその表情を見て、渋谷凛は卑怯だと感じ取った。
明らかに可怪しい発言をしている。彼女は銃声の持ち主の元へ行こうとしている。
何も装備を整えずに、死地へ向かおうとしているのだ。
それなのに。それなのに、他者を安堵させる眩しい笑顔を見せられれば止める言葉すら喉元で行き詰まる。
「泣きそうだよ?お姉さんにはとっておきの武器があるし……ふぅ」
ポケットから煙草を取り出すと慣れた手つきで片手で着火し、煙を吹かす。
何でこの人はこんなに余裕なのだろうか。強がっているのか。安心させてくれようと虚勢を張っているのか。
解らない。けれど例えそれが偽りだとしても、安心してしまう。渋谷凛の心は片桐早苗に支配されている。それも明るい演目で。

そんな彼女を見てしまえば、反論することなど何も無かった。
だから渋谷凛はただ、一言だけ告げる。
「待ってるから、絶対に帰って来て。やりたいこと、一緒に探してくれるって早苗さんは言ったから」
「一緒に探すなんて言ったかな?甘えるのはよくないけど、悪くない気分ね……待っててね、凛ちゃん」
煙草の煙がこの瞬間だけは、嫌な物質じゃなくて、雰囲気を彩る幻みたいだった。




               ◆


446 : 大人の笑顔は卑怯な小悪魔 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/21(木) 23:38:10 I5r7uGYs0

さようなら。
この世に生を授かってから何度も繰り返して来た別れの挨拶である。
さようなら、また明日。
その言葉の後には必ず再会があった。今まで二度と会えない状況で使ったことなんて、一度も無かった。
だから、初めての感覚だ。

佐城雪美を殺害した時とは違う。
行為は同じなのだが、胸に空いた心の風穴は今の方が何倍も大きくて、辛い。
傷付いた心を吹き抜ける優しい風が、今はこんなに辛いなんて。

貴方だけは。貴方だけは汚れてほしくなかった。
でも、この手で殺害も、したくなかった。どうすれば正しいのか何て私には解らない。
貴方は汚れないままだった。
そう……汚れていたのは、私、新田美波だけだった。

「綺麗……」

もう動かないアナスタシアの顔に触れる。
雪のように白くて冷たい肌が、今日は一段と美しく見える。
けれども体温は感じない。嗚呼、彼女は死んでしまったのだと。
乾いた涙は何も語らず、明日に辿り着けない少女をただ見つめるだけであった。
このまま時間が過ぎればどれだけ良い事だろうか。アナスタシアの後を追い掛けれればどれだけ、自己満足の中で死ねただろうか。

けれど、そんな選択は絶対にしない。
此処で投げ出してしまえば殺害した彼女達の生命が無駄になってしまう。
そんなことは絶対にさせない。全てのアイドルをアイドルのままで終わらせるために。

「まさか美波ちゃんがアーニャちゃんを……お姉さんは悪い夢でもみてるのかな」
「現実ですよ、受け入れてください早苗さん」
「……本気かよアンタ」

新しく訪れたアイドルは不釣り合いな煙草を吹かしていた。
純粋な天使には似合わない悪魔の煙。そうか、彼女もまた汚れているのか。
「銃を構えた所で撃てるかい?」
「経験はしてます」
「嘘は感心しないよ、どこまで汚れるんだい」
小悪魔風な笑顔で全てを見透かした態度が、嫌に鼻に付く。
アナスタシアを殺害した直後の心境も重なり、新田美波は片桐早苗に対し苛立ちを感じていた。
それを爆発させるきっかけが汚れると云う言葉。汚れたお前が、汚れていないアーニャの前でその言葉を口にするな。
怒りの感情は言葉よりも先に行動として現れ、片桐早苗に照準を合わせた黒光りの銃身が悪魔の弾丸を放つ。

「ブレブレ――だよッ!」
ヒュン。
そんな擬音が似合う。走り出した片桐早苗は身を素早く屈めると銃弾を回避した。
完全では無く掠められた頬から血が流れるものの、行動に支障は無い。
「何が経験さ……片手で当たるとでも本気で思ってるなら……ドラマの見過ぎだよ」
距離を詰めた片桐早苗は新田美波が握る拳銃をはたき落とそうと腕を狙うも、引き戻され失敗。
更に一歩踏み込んで彼女に精神的圧力を掛けた後、再度左腕へ此方も手を伸ばす。
「こ、来ないで……!」
負ける。直感で感じ取ったのだろう。
必死に拳銃を守ろうとした新田美波は足を絡めてしまい、倒れてしまう。
素早く立ち上がった所で片桐早苗は目の前に立っており、負けを悟る。
そして彼女は勝ちを確信していただろう。それが勝敗を分けてしまった。

「私の武器は拳銃だけじゃない」
「ぐっ……アーニャちゃんの身体で解っていたけど……っ!」

苦痛の表情を浮かべる片桐早苗の腹から鮮血が流れていた。


447 : 大人の笑顔は卑怯な小悪魔 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/21(木) 23:38:44 I5r7uGYs0

勝利を確信したことが仇となった。
拳銃の扱いが初心者である新田美波に対し距離を詰め、動きを制限すれば無力化出来ると思い込んでいた。
それは正解である。何も間違ってはいない。けれども、視野が狭すぎた。
勝手に新田美波の武器が拳銃だけだと思い込んでいた。
アナスタシアの死体を見た時、死因は明らかに銃創で無いと判断していたのに。
生命の瀬戸際で行われる戦闘に気を取られ失念していた。新田美波はまだ武器を持っていることに。

「不用意に近付くから……死期が早まるんですよ、早苗さん」
「くっそ……痛いなあ……血が止まらない」

拳銃を握っていた左腕だけを注目していた。
下げられた右腕に握られた包丁など、片桐早苗の視界には映らなかった。
距離を詰めた段階で既に、刃は腹に刺さり込んでしまった。佐城雪美の時と同じように。
「アーニャちゃん……そっちに一人行くから」
「あ……ね、ねえ。なんでこんなことをするか冥土の土産ってことでお姉さんにおし、えてよ……?」

ドクドクと音を立てて流れる鮮血の量は……今は関係無い。
辛そうで、今にも倒れそうな表情で片桐早苗は新田美波の真意を確かめようとしていた。
彼女の知っているラブライカは生命の奪い合いをするようなユニットではなく、光に包まれた天使だった。

「汚れる前に……私が救ってあげるって決めたんです」
「はは……意味分かんねえよ、義務教育から出直してなよ、美波ちゃん」
「――――――――さようなら」

ピクリと新田美波の眉が動いた。
片桐早苗はこれから死ぬと云うのに全く弱い姿を見せなかった。
強い。刃で身体を蝕まれようとも、彼女は最後まで笑っていた。信じられない、けれども憧れを抱いてしまう。
全てのアイドルが貴方のように強かったら。佐城雪美もアナスタシアも死なずにすんだかもしれない。
だけどそれはもしもの話で、そんな結末はありえないから。
さようなら。最後の言葉を告げると包丁を片桐早苗から引き抜きたかった。














「ぬ、抜けない……!?」








「さようなら、じゃあないんだよ。お姉さんを勝手に殺さないでくれるかな?









包丁を抜きたかった。そう、抜けてはいない。


448 : 大人の笑顔は卑怯な小悪魔 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/21(木) 23:39:47 I5r7uGYs0

腹に刺した肉の感触は刃を通じて新田美波に伝わっている。
何故、片桐早苗はここまで抗うのか。彼女に出来るならば佐城雪美もアナスタシアも抗ったはず。
有り得ない、殺してやる、もう一度。
力を込めて抜こうとするも新田美波の腕は一向に動く気配は無い。それもそうだろう。
片桐早苗の右腕が刃を握る彼女の腕を上から押さえ込んでいるのだから。

「どこにそんな力が……離して!!」
「力?簡単だよ。美波ちゃんは勝ったと思い込んでるけど、お姉さんはピンピンしてるから」

身体に刃を刺された人間がピンピンしてるなど、冗談だろうに。
現実を拒否する新田美波は引いて駄目なら押してみな。それを実行するために今一度刃を確認した。
「――――――――そんな!?」
「美波ちゃんが包丁を持っていることはアーニャちゃんの死体を見れば解るからね。警戒させてもらったよ」
新田美波の繰り出した包丁は、片桐早苗の身体では無く左掌に収まっていた。
気付かれていたのだ。拳銃とは別に隠し持っていた包丁の存在を。
「大人をからかうと痛い目見るって学習しなよ――授業料がアーニャちゃんの生命なんて釣り合わないけどね」
引き抜くにも押し通すにも全く動かない。
単純な筋力なら片桐早苗が圧倒的有利であり、新田美波が勝てる可能性は零である。
追い込まれている状況が彼女を焦らせ、握った拳銃の存在すら忘れてしまっている。そして。
「あっ!!」
片桐早苗の口元から落ちた煙草が腕に落下し、その熱さから包丁を手放してしまった。
一瞬の出来事を見逃さなかった片桐早苗は刃を奪取すると、勢いを乗せた頭突きを新田美波の額へ繰り出す。
「反省して、くたばって、やり直せ!!」
鈍い音を響かせると新田美波は両腕で頭を覆い隠し、痛みを紛らわすために大地を転がる。
不意打ちも相まり彼女の脳内に走る衝撃は心も混乱させ、まとまな思考回路が全て焼き切れたように働かない。

「少しはこれで頭を冷やしな」
「きゃ、や、やめて!!」
新田美波を襲ったのはペットボトルから飛び出た水である。
頭を冷やせと言い放った片桐早苗は物理的に彼女を冷やしたようだ。
しかし、このまま相手のペースに乗せられていれば負けるのは自分だと新田美波は焦っていた。
ここで死ねば殺害したアイドルが無駄死となってしまう。それだけは生命を捨ててでも阻止しなくては。

「これで終わり――――――い、いない?」
袖で瞳に纏わり付く水分を拭い上げると、拳銃を構え片桐早苗を撃ち殺す算段だった。
しかし標的はとっくに離れており、拳銃のレンジから逃げられていた。
「やられた……それも完敗」
生命こそ無事だが完全に敗北と同義だった。此方は拳銃と包丁を所持していた。
対する片桐早苗は煙草のみで此方を制圧し、刃を奪われた。
「ごめんねアーニャちゃん……私、負けちゃった」
もう喋ることの無い人形を背負いながら新田美波は独り言のように何度も謝罪を続ける。
「でも」
彼女は歩き始めた。片桐早苗は北へ向かったが、彼女は南東へ向かう。
アナスタシアの身体を清らかに還すために、水源地を彼女達の墓標と定め。
「私はもう、絶対に負けないから。アーニャちゃんは安心して笑っていてね」


【一日目/C-3/午前/南】

【新田美波】
[状態]健康、達観、強い意思、額に痣、右腕に火傷(極小)
[装備]スポーツタオル、USSRマカロフ PMM-12(19+1/11、予備12)
[所持品]基本支給品一式×3、不明支給品×1(佐城雪美に支給された物・未確認)、アナスタシアの遺体
[思考・行動]
基本:全てのアイドルを汚れる前に殺す。
1.基本はステルスに徹する。
2.殺せるタイミングになれば、アイドルを殺す。
3.水源地にアナスタシアの身体を沈める。
※宮本フレデリカ、荒木比奈に見られていた事に気づいていません


449 : 大人の笑顔は卑怯な小悪魔 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/21(木) 23:40:36 I5r7uGYs0

新田美波から逃走した片桐早苗を役所の門で待っていたのは渋谷凛だった。
あのまま新田美波と戦闘しても問題は無いが、左掌を貫通した上に拳銃まで所持されては勝ち目が無い。
出来るだけ強い言葉を選択し、相手を煽り恐怖を抱かせれば自分を追って来ないと思っていたが、賭けには勝ったようだ。
彼女はアナスタシアの死体を背負い別の方向へ消えて行った。
何を抱き他人を殺害したかは不明である。汚れる前に救うなどと言っていたが全く理解が追い付かない。彼女は何を言っていたのか。

「早苗さん!!」
「ただいま……って抱き着かないでよ」
解らないのならば考えても仕方が無いだろう。今は出来ることだけをするだけである。
片桐早苗の帰還に渋谷凛は目尻に涙を浮かべながら抱きついた。
少々大げさな歓迎に片桐早苗は苦笑を零すものの、心配させてしまったと自分にも反省すべき点はある。
包丁をその場に落とすと、血に染まっていない右腕で渋谷凛の頭を優しく撫でた。
「心配しないでって言ったのに……全く、ありがとう」
鼻を啜る音が響いてしまう。弱ったなあお姉さんはこんな空気に弱いんだよ、と愚痴を零したい気分だ。
「もう、心配させないで」
「はいはい……数時間前は不良少女だったのにねえ本当に」
「……お、お疲れ様」
「はいそこ、恥ずかしがってすぐ離れない!」
少しだけ悪魔ぶって片桐早苗がからかうと渋谷凛は顔を赤らめ離れた。
解りやすい……何て弄り甲斐があるのか。なんて楽観的に思うものの左掌から流れる血を止めなくては。
そのことに気付いた渋谷凛は役所の中から持ってきたタオルを片桐早苗に渡す。
慣れた手つきと口を使って簡単な止血を行うと、器用に片手で煙草に火を点ける。
「染みるねえ」
「ちょ、身体に悪いよ!?」
「仕事終わりのビールと一緒。法律に縛られない麻薬さ」
「いや分かんないけど」

片桐早苗が口走る言葉は渋谷凛にとって全く共感の得られない単語の羅列である。
けれどそれが自分を心配させないための振る舞いだとも解ってしまう。
ずるい大人だ。こっちのことを全部見透かすくせに、自分は無理をするなんて。
「そう言えば早苗さんは何か武器があるって言ってたよね」
「ああ……これよこれ」
片桐早苗は新田美波の元へ向かう前にとっておきの武器があると豪語していたのだが、戦闘に使ったのは煙草のみだ。
(こりゃあ凛ちゃんに救われたねえ)
ならば武器は何だったのか。渋谷凛の疑問に答えるべく彼女はバッグの中身を転がした。

「……は?」

けん玉と縄跳び。
「武器なんて無かったけど……結果良ければ全て良し!」
にししと笑う片桐早苗は悪魔のようで、天使のように眩しかった。
この人には叶わないかもしれない。大人の強さを実感した渋谷凛だが一つ確信したことがある。

この笑顔がある限り、希望は残っている。

【一日目/C-3/昼/鎌石村役場前】

【渋谷凛】
[状態]精神的疲労(中)
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式
[思考・行動]
基本:アイドルとしてではなく、渋谷凛としてやるべき事を探す?

【片桐早苗】
[状態]体力消耗(小)、精神的疲労(小)、左掌に刺傷(タオルを巻いて簡単な止血済)
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、煙草、ライター、けん玉、縄跳び
[思考・行動]
基本:やりたいようにやる


450 : ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/21(木) 23:41:53 I5r7uGYs0
投下を終了します

日野茜、服部瞳子、財前時子、市原仁奈で予約するですよー


451 : 名無しさん :2016/07/21(木) 23:55:38 EPYRYYE20
し、死人が出てない……?


452 : 名無しさん :2016/07/21(木) 23:57:26 Vz5X9Cnw0
圧巻の二連投下乙です。

現実を見た三人と、受け入れられない晴ちん……
安定してそうで、不安定な四人の今後が恐ろしいですね……
そして大人のお姉さん早苗! 砕けた口調をやめた時がカッコイイですね。

あと、美波の銃の残弾なんですが、19+1/12になっちゃってますね。
前話の「ハロー、グッバイ。振り向かないように」の時点でこの表記なんですが、
「ハロー、グッバイ。振り向かないように」、一発撃たれたので12/12、
今回一発撃たれて11/12だと思います。
細かい指摘で申し訳ありません。


453 : ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/22(金) 22:40:51 KoUWdh960
青木慶、星輝子、早坂美玲を予約します


454 : ◆LU3fiqpH6Y :2016/07/22(金) 22:56:18 FVTzkvXQ0
皆さま投下乙です。
>>405の自分の予約ですが間に合いそうにないので、期限過ぎたあと取りたい方いたら取ってかまいません
取られてなかったら朝までには落とします


455 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/23(土) 01:22:22 QtVXlzuw0
投下します。


456 : Alive a Live ◆qRzSeY1VDg :2016/07/23(土) 01:22:49 QtVXlzuw0
「ひっ……」

 思わず、声を上げてしまう。
 散らばったカード、一面を染める赤。
 その中心に蹲っているのは、もう動かないであろう一人の人間。
 平瀬村を探索していた二人が見つけてしまったのは、そんな"死体"だった。
 それを見た、見てしまった穂乃香と由愛は、その場に立ち尽くすことしか出来なかった。
 目を背けることも出来ず、ただただ、死んでいる人間の姿を見つめていた。
 飛び込んできた光景から理解できるのは、そういう人間が居るという事実。
 誰も死なず、誰も殺さず、みんなで生きて帰る。
 幻想だと分かっていた夢が、がらがらと音を立てて崩れていく。
 分かっていた、分かりきっていたけれど、改めて突きつけられると、心が辛い。
 ここでは人が死ぬ、それも共に歩き、競い合ってきたアイドルたちが死んでいく。
 夢であればどれだけよかったか、と改めて思う。

「……ん?」

 そんな現実逃避に走りかけた時、穂乃香はあるモノに気がつく。
 死体――――藤居朋の手の傍にあった、一枚のカード。
 その表面に、何かが記されているのだ。
 いわゆる、ダイイング・メッセージというやつだろうか。
 まるでドラマのような状況に困惑しながらも、穂乃香はゆっくりと足を踏み入れ、そのカードに刻まれた文字を読み取る。

「――――聖」

 声に出して、その文字を確認する。
 流れ出る血で描かれた一文字、それは考えるまでもなく、彼女の下手人を指しているのだろう。
 そそくさと懐からスマートフォンを取り出し、一部が開示されている名簿を参照する。
 並べられた数名の名前の中で、一致する一人の名前。

「……青木聖」

 口で転がすように呟いた名前。
 それは、彼女も指導してもらったことのある、敬愛するトレーナーの名前だった。
 彼女も巻き込まれているという事を認識するよりも先に、穂乃香の頭を埋め尽くしたのは、信じられないという言葉だった。
 ここに人殺しが居るという事実、そしてそれが見知った人間であるという事実。
 ようやく落ち着いた心が、再びざわつき始める。
 何故、どうして、何のために。

「ンモーッ」

 そんな事を考え始めかけた時、気の抜けた声が辺りに響き渡った。


457 : Alive a Live ◆qRzSeY1VDg :2016/07/23(土) 01:23:31 QtVXlzuw0

 表に出た所で出くわしたのは、一頭の牛と一人のアイドル、及川雫だった。
 長らく牛と戯れた後、気まぐれに牛と共に散歩に出かけたのだと言う。
 のんきなものだ、と内心思いながらも、穂乃香は雫と情報交換を進める。
 由愛と話していたおかげか、先ほどとは違ってテンパることもなく、スムーズに話すことが出来た。

「よかったー……と、喜びたかったんですけどねぇ……」

 そして、穂乃香から聞いた事実に、雫はがっくりと肩を落とす。
 生きていた人間に出会えた事は嬉しかったが、得たニュースは聞きたくない事だった。
 藤居朋の死、そして聖というダイイング・メッセージ。
 それらが示す事実は、考えなくても分かる。
 雫のスマートフォンには「望月聖」という名前が表示されていたが、穂乃香は彼女のことはある程度知っている。
 「水木聖來」という可能性もあったが、それならば、書きかけのもう一文字があるはずなのだ。
 だから「聖」という一文字を持つ者、そしてあの現場を作り出せる力を持つものとなれば、「青木聖」しかいないと断言できた。
 そう、この場所には既に、少なくとも一人の既に殺人鬼がいる。
 願わくば、その道に進んだ人間が彼女だけであることを祈りつつ、雫は二人に問いかける。

「お二人は、これからどうするんですかー?」

 具体性はない、ふんわりとした質問。
 この島に殺人鬼が居る、それを踏まえた上で、これからどうするのか。
 殺人鬼と戦う? この島から脱出する? 首輪を解除する?
 頭に浮かぶのは、無数の可能性だ。
 しかし、それが到底叶わない事は、既に分かっていることだ。

「これから……」

 途方に暮れたような顔で、穂乃香はそう呟く。
 これから、一体どうすればいいのか。
 こうして生き続けていても、三日以内に「一人」にならなければ、死んでしまう。
 しかし、誰かを殺すことなんて自分には出来やしない。
 じゃあどうすればいいのか? 殺されるか、はたまた自分から命を断つか。

「死にたくない、です」

 そんな事を考え始めた時、由愛ははっきりとした声で呟く。
 死にたくはない、当然だ。自分だって、死にたくはないと思う。
 けれど、死にたくはないと思うだけでは、生き残れない。
 じゃあ、どうすればいいのか。
 頭の中で問いかけ続けるが、答えにはたどり着けない。

「……あれ?」

 そんな思考の渦にはまりかけた時、穂乃香はふと何かに気がつく。
 少し遠く、そこにうっすらと見えたのは、人の影。
 誰かがこっちに来ている、という事を理解した穂乃香は、素早く立ち上がり、人影に向かっていく。

「おーい!!」

 そんな声を飛ばし、人影へと向かっていく。
 そして、その人影が誰であるかを認識できるようになった時。


458 : Alive a Live ◆qRzSeY1VDg :2016/07/23(土) 01:24:07 QtVXlzuw0

「――――え?」

 ぱんっ、と乾いた音が鳴り響き、ぐらりと体が傾く。
 答えのない問いかけ、思考に次ぐ思考、そして死体を見たショック。
 相次いだ非日常の光景に、穂乃香は確実に疲弊していた。
 だから、大事なことをすっかり忘れていたのだ。
 この場で出会う人間は、殺人鬼であるかもしれないという事を。
 もう少し冷静であれば、それに気がつけたかもしれない。
 けれど、彼女はそんな余裕を既に失った後だった。

 どさり。

 痛い、痛い、痛い。
 ずきずきと痛むのは、胸。
 何故、どうして、なんで、誰が。
 わからないまま顔を動かす。
 そこで見たもの。
 銃口。



 そして、破裂音。



 人を、撃った。
 一度目とは違い、一発で仕留め損なってしまった。
 だから、近づいてもう一発打った。
 今度は確実に、外さないように。
 脳天をめがけて、引き金を引いた。
 びちゃり、と嫌な音と共に、赤と白が交じる。
 一瞬、顔をしかめるが、それを表に出さないようにする。
 今更、戻ることは出来ない。
 もう振り向かない、前に突き進むと決めた。
 だから、だから。
 残りの二人にも、銃を向ける。



「――――え?」



 今しがた倒れた穂乃香と同じように、由愛も声を上げる。
 分かっていても、信じられない光景だった。
 さっきまで会話していた人間が、目の前で倒れ伏したこと。
 そして、それをもたらしたのが、由愛もよく知る人物であったということ。
 吉岡沙紀、何度か絵について話したこともあり、由愛はよく知っていた。
 彼女の自分をさらけ出すかのような大胆なアートに、由愛は少し憧れていた。
 だから、彼女が自分の絵について褒めてくれた時は、とても嬉しかった。
 そんな彼女が今、自分たちに銃を向けている。
 明確な、殺意と共に。


459 : Alive a Live ◆qRzSeY1VDg :2016/07/23(土) 01:24:32 QtVXlzuw0

「由愛ちゃん」

 目を見開きながら、過呼吸気味に息をする由愛の耳に、雫の声が届く。
 気がつけば、雫は由愛を庇うように立っていた。
 その手で、狙撃銃を構えながら。
 向けられた言葉、その裏に隠された意味を理解し、由愛はゆっくりと雫の後ろへと隠れていく。
 そして、沈黙。
 穂乃香の命を奪い、そのまま雫達の命を奪わんと銃を構える沙紀。
 そして、僅かな時間で狙撃銃を構え、沙紀に狙いを澄ませた雫。
 互いに互いの姿を縫い付けたまま、時間だけがゆっくりと過ぎていく。

「……撃てるんすか」

 ざざん、と波の音が響く中、沙紀は雫へと問いかける。
 構えている狙撃銃がハリボテなのか、そもそも人を撃つ覚悟があるのか。
 自分は既に覚悟した人間だ、だから引き金を引くことが出来る。
 もし、彼女に引き金を引く覚悟がければ、それがそのまま隙になる。
 だから、揺さぶりをかけるつもりでそう問いかけた。
 彼女は自分と違う、どうせ覚悟なんて決まっていないだろう、と。

「撃てますよー」

 しかし、雫の答えは"そうではなかった"。
 害獣退治、それで猟銃を扱うことが少しあった。
 そして何より、彼女は"生命"を扱う職業に身を置いていたから、十分に理解している。
 生き物が、生命を奪わないと生き延びられない事を。
 だから、きっと生き残るために生命を奪う人間も居るだろうと察していた。
 故に、躊躇うこともなかった。
 生きるために命を奪う、だから奪われるくらいなら、奪う側に立つ。
 それだけの、事だった。

「なッ――!?」

 驚愕の表情、それから一瞬の隙を見ぬいた雫が引き金を引いた。
 一発の破裂音と共に、沙紀が赤を撒き散らしながら大きく仰け反る。
 走る激痛に、思わず銃を取りこぼしそうになる。
 駄目だ、ここで銃を手放してしまえば、終わってしまう。
 生きると決めた、だから選んだ、決めた、進んだ。
 こんな所で、終われない。

「う、う"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!」

 叫びとともに、沙紀は銃を握り直す。
 腕に走る痛みも、流れ出る血の感覚も、何もかもを無視して。
 握りしめた拳銃の引き金に、力を込める。

 そして再び鳴り響く、一発の破裂音。

 どさり、と崩れ落ちたのは、吉岡沙紀。
 だくだくと流れだす赤と共に、自分の体の力も抜けていくのが分かる。
 ああ、このまま死んでしまうのだろうか、と思った。

 嫌だ。
 嫌だ、嫌だ。
 死にたく、無い。
 こんな、こんな所で。
 絶対に生きると決めたのに。
 そのために、人を殺してきたのに。
 嫌だ、死にたくない、死にたくない。
 死にたく――――

 拳銃へと伸ばした手は、空を切る。
 そして、そのまま、何も掴めないまま。
 彼女はそのまま、動かなくなった。


460 : Alive a Live ◆qRzSeY1VDg :2016/07/23(土) 01:24:54 QtVXlzuw0

「どうして」

 弱々しくその場に屈み込みながら、由愛はぽつりとそう呟く。
 次から次へと、人が死んでいく。
 そうしなければ生き残れないことは、分かっている。
 雫がそうしなければ、自分が死んでいたであろうことも分かっている。
 分かっている、分かっているけど。
 分からない、分からない。
 どうして、こんなことになっているのか。
 それが、分からない。

「……生き物は、生命を奪わないと生きていけないですから」

 そんな由愛の隣で、雫は誰よりも自分が理解している言葉を、小さく呟く。
 そして、涙を一つ。
 そっと自分の瞳から、ぽとりと零していった。
 
【綾瀬穂乃香 死亡】
【吉岡沙紀 死亡】

【一日目/F-2・南西部/昼】
【及川雫】
[状態]健康
[装備]レミントンM700(3/5、予備10)、
[所持品]基本支給品一式2、S&W M36(残弾 2/5、予備20)、柳葉包丁
[思考・行動]
基本:死にたくはない。命を奪うものとは、戦う。
[備考]
※青木聖が殺人者であると推察しています

【成宮由愛】
[状態]健康、迷い
[装備]S&WM19(6/6、予備12)
[所持品]基本支給品一式2、不明支給品1〜2
[思考・行動]
基本:死にたくない。日常に戻りたい。
[備考]
※青木聖が殺人者であると推察しています


461 : Alive a Live ◆qRzSeY1VDg :2016/07/23(土) 01:25:49 QtVXlzuw0
以上で投下終了です。
大西由里子、鷺沢文香予約します。


462 : ◆LU3fiqpH6Y :2016/07/23(土) 01:38:40 9jdvamLE0
ああああ!吉岡君!というか及川さんーッ!?あまりにも、あまりにも由愛ちゃんにはつらい展開だ……
投下乙です!

遅れましたが自分も投下します!


463 : メメントコモリウタ ◆LU3fiqpH6Y :2016/07/23(土) 01:40:25 9jdvamLE0
 
♪0

こんにちは!よいこのみんな手を上げて?
上げれた子からころしてくから。

♪1

「パパとずっと一緒にいるのが夢なの」なんて言うと、同い年の女の子はちょっとだけ変な顔をする。
変というかなんというか、「えっほんとにそんなこと思ってるの?」っていう、びっくりしたような眼をするのよね。
アタシからしたら「えっどうしてそんな顔するの?」って逆に言ってみたいくらいなんだけどさ、まあだいたいそんな感じなのよ。
なんでそんな顔すんのよってアタシは思って、文香さんに聞いたことがある。文香さん。
接点あんまりないけどさ、ホラ、いっぱい本を読んでて頭よさそうだしあの人、それにほかの人にアタシがそれを聞いたこととか言いふらしそうにないじゃない? だから。
≪女の子は、大人になる途中に、父のことを嫌いになる時期があることが多いそうです≫
≪えっ≫
≪思春期特有の遺伝的な現象だと言われていて、明確な原因までは解明されてなかったように思いますが……≫
文香さんはちょっとどう答えるべきか迷ってから、本から引いてきたような回答をアタシに並べてくれた。
本当の本当にびっくりしたわ。女の子がパパを嫌いになるのはシシュンキのツウカギレイみたいなものだとイッパンテキにはニンシキされているんだって。
アタシ、その言葉を聞いたとき。がーん!と頭をなぐられたみたいで、むかー!っとした。
あ、文香さんにはちゃんとありがとうを言ったわよ。むかーっとしたのはそのあと、お家に帰ってベッドに入った後ね。
アタシぜったい認めない。パパを嫌いになるアタシなんて考えられないもの。
遺伝子にそんなのが決められてるなら、その遺伝子ごとぶっころしてやるーっ!なんて布団を噛みながら叫んだわ。
その日はぜんぜん眠れなくて……珍しくパパが帰ってきてもアタシ眠れてなかったの。

「梨沙?」
アタシはパパの前ではいい子でいたいリサだから、布団をかぶって寝たふりをした。
でもそんなのパパにはお見通しみたいで、まだ起きてたのか、珍しいなあなんて言って。明日は仕事だろうに、どうしたんだい、って優しく言ってくれたの。
確かに次の日はアイドルのお仕事で、朝早く出なきゃいけなくて……。アタシは素直に、布団を払って、パパに謝った。
「パパ、ごめんなさい……眠れなくて……」
「眠れないなら、そうだ、子守唄を歌ってあげよう」
「えっ」
「ほら、手を出して。握っててあげるから」
パパはこういうとき、何があったのか、とかはあんまり聞かないの。ただ、優しく手を握って、子守唄を歌ってくれたの。
ねーんねーん、ころーりーよー、おころーりーよー♪ってね。
低くて落ち着いた声で、パパの声、アタシ好き。アタシのためを思ってくれるのが伝わってすごくうれしい気持ちになって大好き。
ここだけの話、子守唄はさすがに似合ってないかな、って思ったりもした。もっと渋くて恰好いい歌のほうが合うわ、間違いなく。
でも、すごく、安心したのは確か……きっとアタシ、まだ意識もない赤ん坊の時とかに、
この子守唄、いっぱい聞いたんじゃないかって。そう、心の深くで感じるような……そんな気持ちになったのよね……。

右手を伸ばしたら、パパのおっきくてあったかい手とつながって。パパの手を掴んで、パパの子守唄を聞いて。
そこであたし、あ、なんで眠れないかって、寝て起きたらパパのこと嫌いになってるかもしれない自分が、怖かったからだ、なんて気づいて。
でもやっぱりアタシがパパを嫌いになるなんて宇宙が二百回回ってもありえないって、改めて思ったそんな日が、確かにアタシ――的場梨沙にはあった。

だから、だから、だから……。

♪2

ねーんねーん、ころーりーよー、おころーりーよー♪
ねーんねーん、ころーりーよー、おころーりーよー♪

そういうこともあったから。梨沙は最初、優しい人がそこにいて、怖がって怯えている子に、子守唄を聞かせてあげているのかと思った。
曲がりくねった山道を下って、南の町に入って、すぐ聞こえてきた子守唄。そこまで大きな声では無いものの、よく通るソプラノで、綺麗な声。近かった。
角を二つ曲がった先の通りだった。だから梨沙は、すぐにはその子守唄のおかしさに気付けなかった。

ねーんねーん、ころーりーよー、おころーりーよー♪
ねーんねーん、ころーりーよー、おころーりーよー♪

「亜里沙……せんせい?」


464 : メメントコモリウタ ◆LU3fiqpH6Y :2016/07/23(土) 01:41:15 9jdvamLE0
 
右手にウサコちゃんを嵌めていたから、遠目でも亜里沙先生だ、とすぐにわかった。梨沙がたどり着いた住宅街の道の真ん中に座って、持田亜里沙は子守唄を歌っていた。
太陽が反射するくらいの血だまりの中だった。ひざまくらをしていた。膝の上に金髪の女の子が倒れこむように寝ていた。投げ出された四肢はまったく動いていなかった。
胸に、銀色が刺さっていた。包丁だ、
それが誰が刺したもので、刺さっているのが誰なのかまでは、梨沙には分からなかった……正直言って、誰だかを考える余裕はなかった。
死体が血だまりの中に倒れていて、亜里沙先生がその死体を膝にのせて歌っている。異常な光景が脳内を埋め尽くす。そんな光景、もう見たくなかったのに。
……理沙は、駆け寄った。近寄るべきではないと、心のどこかが警鐘を鳴らしていたが、歌に突き動かされるように足が前へと進んだ。止まらなかった。
亜里沙が膝枕しているのが、歌の得意な同僚のアイドル――望月聖だと気づいた時にはすでに、最初に聞いたときは綺麗だと思ったハズだった歌が、不自然に単調なことにも気づいていた。

ねーんねーん、ころーりーよー、おころーりーよー♪
ねーんねーん、ころーりーよー、おころーりーよー♪

テンポが、テンションが、なにより歌詞が、おかしかった。これ、何回同じフレーズを繰り返してるの? いつから? なんで?

ねーんねーん、ころーりーよー、おころーりーよー♪

「――せんせい!?」

ねーんねーん、ころーりーよー、おころーりー

「せん……アリサ! どうしたのよ! 何があったのよ!!」
「だれウサ?」
たどり着き、肩を揺さぶって問いかけると、持田亜里沙は遺体に向けていた顔を上げた。
「あ、リサちゃんだウサ」
「……え」

初めて梨沙と亜里沙の顔が合って――そこにいたのは、亜里沙先生ではなかった。
梨沙から見てもそれくらい、決定的な何かが、破たんしていた。
目の焦点が合っていない、眉がおかしな方向に曲がっていて、口は薄笑いを浮かべていた、なによりおかしいのは、ウサギを地面に向けたまま喋っていて、ウサギ口調の意味が崩れてしまっていたことだった。
持田亜利沙はまるで壊れているようだった。

「リサちゃんも夢から覚めにきたウサ?」
浮ついたような、夢心地のような調子でそう言うと、亜里沙は右手のウサコを器用に働かせて、望月聖の遺体の胸に刺さっていた出刃包丁を引き抜いた。
感覚的な恐怖を感じ取った梨沙は反射的にバックステップを踏んだ。数瞬後、数瞬前に梨沙が居た虚空に銀色の軌跡が描かれた。
「あれー?」
空振った亜里沙は不思議そうに、首をかしげると立ち上がる。
「リサちゃんは、夢から覚めたくないウサ? 悪い子、ウサ? 悪い子は、いけないウサ」
「な、なん……」
「知らないウサ? ここは悪夢ウサ。寝ないと起きれないウサ。だからリサちゃん、はやく寝るウサ!」

持田亜利沙は、どうやら狂っているようだった。


465 : メメントコモリウタ ◆LU3fiqpH6Y :2016/07/23(土) 01:42:05 9jdvamLE0
♪3

みんな、わかるかな^ - ^?
いませんせいたちは、みんなゆめのなかにいます。
おきたらべっどのうえじゃなかったのも、こわいひとにちひろさんがころされちゃったのも、くびにくびわがついてるのも、
ぜんぶゆめなんだよ!
ゆめからさめるほうほう、みんなはしってるかな^ - ^?
むずかしいことをかんがえる? ほっぺたをつねる? ふつうのゆめだったら、それでもよかったのかもね。
でもこれはあくむだから…^ - ^;
かんたんにはさめてくれないみたいなの。
あくむからさめるには、あくむのなかで、しななきゃだめみたい。

リサちゃん、きいて^ - ^?
さっきまでげんきにわらってたみりあちゃんがもうわらわないのは、ゆめからさめたからなの。
このあくむはひどいあくむだから、きっとこうでもしなきゃゆめからさめられないの。きっとそれをしってたひともいるの。
だからみりあちゃんは、やさしいそのひとにころされて、きっと、げんじつでまた、げんきいっぱいにあそんでるの。
リサちゃんも、あっちにもどろう?
ねえ^ - ^? 逃げないで^ - ^? ひじりちゃんみたく、ききわけのいいこのほうが、せんせいすきよ?

「聞くわけ、ないでしょ!!」
わるいこ。
せんせいのいうことはちゃんときかないと、やさしいおとなになれないよ?
はやあしでまちじゅうをおいかけっこ、こんなあくむのなかじゃなかったら、たのしかったのにね…^ - ^;  せんせいかなしいな。
ほら、にげるんだったら、もっと、がんばってにげなきゃ。にもつにふりまわされて、いきがあがって、そんなにつらそうになってまでリサちゃんはこのあくむをみるの?
そんなの、せんせい、みててつらいわ。せんせいをこまらせないで。

「アリサ、どう、したのよ!! 間違ってる、こんなの、間違ってる!」

こまったウサ。おかしいウサ。ただしいのになにをいってるのかわからないウサ。ウサウサ。
まちがってるのはこんなころしあいのほーウサ。ありさせんせいはただしいの。せんせいのいうことをききなさい。ねえいつまでもにげてないでほら。
ウサ。ウサ。つかまえた。ウサ。このままじめんに、ひきずりおとして。
「きゃあ!!」
うまのりになって、みつめあうウサ。ねえ、リサちゃん。おびえないでウサ。おびえてちゃ、まえにすすめないウサ。
いたいかもしれないけど、これでたすかるの。せんせいはこどもをたすけたいの。せんせいがリサちゃんをたすけてあげるの。
ああ――たすけなんてのぞんでないなんて、そんなめを、しないでよ。じゃあせんせいはだれをたすければいいの。だれをまもればいいの。
まもろうとおもったみりあちゃんはしんじゃったの。プロデューサーもここにはいないの。みんなくるしんでるの。だったらせんせいがやらなきゃいけないじゃない。
だから、だから、だから……ねえ、ほうちょう、さすね。

「アリサ……」
こもりうたは、うたってあげるから。

「アリサ……やっぱり、アリサは間違ってるわ」
もういい。だいじょうぶ。リサちゃんは、これいじょう、くるしむことは――

「――ねえアリサ。手を、なんで握ってあげなかったの……?」


466 : メメントコモリウタ ◆LU3fiqpH6Y :2016/07/23(土) 01:43:37 9jdvamLE0
 
♪4

時が止まったかと思った。いや、実際に、止まったのだ。今にも包丁を振り下ろそうとしていた、ウサコちゃんが止まった。
梨沙は荒い息を吐きながら、まっすぐに、亜里沙に言葉を差した、
「だいたい、わかったわよ」
「リサ……ちゃん」

「ぜんぶアンタのせいなんじゃない」

その言葉は、亜里沙にとって、心に突き刺さって抜けないクギを金槌で叩かれたかのような痛みを与えた。
「ち……ちが」
「違わないわよ。みりあ、死んだのよね? アンタがちょっと目を離したスキに……殺されたのよね。そんなのアンタのせいに決まってるじゃない。
 それがたとえば、文香さんとか、川島さんとか、大人だったらアタシだって、こんなに、言わないわよ……みりあは、アタシより、年下なのよ?
 コドモなのよ? なにするかわからないのに、危険だってわかってて、アンタが目を離したんじゃない。――だったらそれは、アンタの間違いよ!
 守ろうって思うんだったら、一時でも目を離すなんておかしいんじゃないの!? ずっと手を握っててあげなさいよ! 保護者面して、ふざけてないでよ!!」
「や……やめ……やめて……」
「まだ、それで反省するなら分かるわよ……? でも言うに事欠いて、それをアンタ、そんなにおかしくなっちゃって、ずるいんじゃないの!?」
梨沙は泣いていた。

「殺し合いからなら、アタシだって逃げたいわ!! でもね、自分がやっちゃったことを隠して、正当化して、「おかしなフリして」、さらに罪を重ねて!」
梨沙は泣きながら叫んでいた。
「そんなの、そんなのそんなの! 罪から逃げただけじゃないの!! ここは夢だって、悪夢だって? だったら殺すんじゃなくてアタシの手を握ってよ!
 パパはアタシが怖くて眠れなかったら、手を握ってくれるのに! 包丁なんか持って、それで救う?? ――逃げんじゃないわよ、現実から!」
「あ……やめ……やめてえええっ」

その涙の成分は、自分がどうしてこんなことを言わなければいけないんだ、という、怒りと悲しみに満ちていた。
亜里沙は包丁を握ったまま叫んだ。顔はあらゆる箇所がひきつってくしゃくしゃになっていた。
あのとき、自責を繰り返し、「壊した」つもりだった心が、実のところ他人の死の破片を纏っただけでほとんどつるつるのままだったことを、釘を刺されて思い出す。

「なんで、なんでそんなこというの、いや、いや、いやよぉ……いやああっ……」

人間の脳は残酷だ。どれだけ自己を破壊しようとも、多くの場合は時間がたてば回復してしまう。
特に、それが心底からの絶望で生み出されたものではなく、一過性の不安定から来る逃避が因子となっているのであれば、
狂うことで精神が逆に安定し、精神を回復させやすい土壌を作り上げてしまう、なんてこともある。狂いたいと思って狂うのは、本質的には狂人たり得ない。
持田亜里沙は望んで狂おうとし、それは望月聖を殺すことで不退転のものとなるよう誘導された。一見その崩壊は、成功したかに思えたが……。
結局はそのいち早い逃避行動こそが、持田亜里沙を完全には狂わせきらなかった。
幻想のドレスを纏って隠した「深く傷ついただけの心」に、梨沙の言葉が、あまりにも、強く染みて。本性が、あっさりと顔を出す。

「……う、うううううええ」
「ああああ!」

亜里沙が嗚咽した。押さえつけが緩んだ隙に、梨沙は亜里沙の襟をつかみ、思い切り横に引き倒した。
しっかりと抑えていれば、亜里沙の腕力と体重をかけていれば、梨沙のそんな抵抗程度では動かなかっただろう。
でも不意をついたその一撃に、あまりにも簡単に亜里沙は崩され、片肘を土に汚す。その間に理沙は抜け出る。距離を取る。起き上がる。膝が震えた。
動かずに亜里沙をじっと見た。亜里沙は、足をお姉さん座りの状態に曲げて座りこみ、下を向いてただ嗚咽を繰り返す。

追いかけっこのあとのもみくちゃで、体力は、両者とも底をついていて。激しい息遣いの音だけがしばらく続いた。


467 : メメントコモリウタ ◆LU3fiqpH6Y :2016/07/23(土) 01:45:20 9jdvamLE0
 
♪5

梨沙は周りを見る余裕をようやく得た。どこだかわからない家の、軒先の庭まで逃げてきていた。周りはコンクリブロックの塀で囲われていて、閉塞感がある。
結局のところ、梨沙にとっても亜里沙にとっても、状況は一切好転などしていなかった。
殺し合いは続いているし実際に死者も出た。この島は現実にありながら悪夢のただ中なのだ。夢から醒める方法など、ありはしない。
だが、少なくとも今は殺されずに済んだ。誰も死なずに済んだ。その事実だけが、すぐに消えてしまうようなそれだけが、今の救いで、希望だった。

「……ねえ。まださ、……やり直せるんじゃないの」

沈黙を破ったのは、梨沙だった。今さっき自分を殺しかけた相手に向かって、声をかける。
梨沙が亜里沙を見て、感じて、関わって分かったのは、子供も大人も、この場所には無いということだった。
こんな恐ろしい催しは、誰もが平等に怖いし、きっと誰もが、手をつないでほしいと思っているのだ。

「みりあも、聖も、死んじゃったし、殺しちゃったかもしれないけど……まだ、アリサは生きてる、アタシも生きてる、だったら、やり直せる……」

根拠はない。ただ、口から言葉がすらすらと出た。こういうときに出る言葉は、決まって本心なのだと、幼い梨沙でも経験で分かっていた。
実際に自分だって、どちらに転ぶかなんて分かってなかった。今も煮え切っていない。不安定なままだ。一歩間違えれば今の亜里沙の場所にいるのは梨沙だったかもしれない。
そんなふらふらの心を、梨沙だって安定させたかった。そして亜里沙がここにいる。亜里沙と手を繋げば、二人で、やっていける気がする。

「どうなるかなんて、分からないけどさ……一緒に、考えようよ、これから……」

梨沙はそんな思いを込めて――――右手を伸ばした。

でも。

亜里沙は、ウサコちゃんをつけたままの、右手で。
その手を、思い切り、払った。




「ころして……」




か細い蚊の鳴き声のような小さな声だった。

「もう、むりだよ」

顔を上げた亜里沙の表情は今度こそ。

「もう……せんせえね、耐えられないわ、終わりたいの……だから……ねえ」

逃げ場のない感情が、まっすぐににじみ出た――たった二文字に、埋め尽くされた。衰弱しきった「終わりの表情」だった。

「リサちゃん。せんせいを、ころしてぇ……」

そこにあったのは、


絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望
絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望
絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望
絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望
絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望
絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望
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絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望



――――右手を伸ばそうが、掴めたのは絶望だけだった。



【一日目/I-7/午前】

【的場梨沙】
[状態]疲労
[装備]
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品(1〜2)
[思考・行動]
基本:生き残る。どんな手を使ってでも。
1.自分本位で動く。益があれば、他者を助けたりもする。
2.参加者との接触は慎重に行う。もしも、襲われたら――容赦はしない。
3.南条光、結城晴には会いたくない。この島にいるかわからないけれど。
4.早く助けに来なさいよ、プロデューサー……。
5.持田亜里沙を、―――――。

【持田亜里沙】
[状態]疲労、衰弱(強)
[装備]出刃包丁 ウサ子
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品(1〜3)
[思考・行動]
基本:もう無理
1.ころして、リサちゃん……。


468 : ◆LU3fiqpH6Y :2016/07/23(土) 01:46:42 9jdvamLE0
投下終了です


469 : 名無しさん :2016/07/23(土) 13:44:44 wHjIScA2O
投下乙です

酪農家は肝が据わってる
熊でも倒せそう

独りは嫌な梨沙
死んで悪夢を終わらせたい先生


470 : 名無しさん :2016/07/23(土) 13:50:13 kALJO7V.0
書き手さんの好きなアイドルってどのこなんだろ?


471 : ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/24(日) 00:37:51 XXzTZ6LQ0
投下お疲れ様です!!


472 : ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/24(日) 00:46:29 XXzTZ6LQ0
生命を奪えることを知っているのはアイドルに必要じゃありません。けれども殺し合いなら必要な知識と覚悟ですよね。
拳銃一つ見るのも初めて彼女達は全てが初体験で、色々と震えることも恐怖することもありますよね。
必死な叫びが胸に届きました。辛いです。トレーナーさんが殺し合いに乗っていることに気付いたことも気になります。


ひらがなの羅列は心を圧迫されるようで、辛いことがとっても伝わってきます。
手を伸ばしても助けられない。助けたい気持ちが目の前で潰えるのは本人の心に鎖のように絡んで重たいですよね。
ころして。救うことが殺しこと。それを実行するのは優しさなのか非道なのか……。


好きなアイドルですか?みんな好きです、じゃないとわざわざ書かないですしねw。参加者だと早苗さんと大和軍曹(未遂)が好きです!


自分も負けないように投下します。


473 : 彼女が中心の地獄車 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/24(日) 00:47:14 XXzTZ6LQ0
服部瞳子は島村卯月を殺害しホテル跡から出たのかと云うと、まだ滞在していた。
二人分のバッグも回収したため、もうこの場所に残る必要も無いのだが唐突な来訪者が彼女の足を止めてしまった。
ホテル跡から抜けだそうとした際に、奥から何者かの足音が聞こえたのだ。心臓の鼓動が加速する。
誰だ。日野茜は島村卯月が刺殺し、その後、服部瞳子自身で島村卯月を撃ち抜いた。
撃ち抜いただけであり死亡を確認していないが、確実に死ぬ段階の損傷だ。動けるはずが無い。
「他の参加者ってことも有り得るわね。そっちの方が可能性は高い」
弾倉にはまだ殺意の牙が残っている。距離を詰められても斬り裂く武器が手元にはある。
交戦が起きても問題は無く、装備の面から云えば準備は万全に近い。しかし様々な可能性を模索した場合、油断は禁物である。
もし狙撃銃などを支給されている参加者ならば、捕捉された時点で負けはほぼ確定してしまう。
負けならばゲーム感覚だが、実際には死だ。コインを幾ら注ぎ込んでも復活出来ない一生に一度のライフを捨てる訳にはいかない。

カウンターの上に手を付き、そこから軽く跳躍をし向こう側へ移動する。
その後に身を屈め、ホテル跡の奥や入り口からは誰からの視界にも映らない場所に隠れこむ。
これで奥から歩いてくる参加者を確認し、状況によっては接触や殺害を試みる算段をつけた。
「あれは……一ノ瀬志希?」
軽い足取りと調子よさげな鼻歌交じり。電子の世界ならば頭上に音符マークが浮かびそうなぐらいには上機嫌に見える。
現れた一ノ瀬志希は明るく、こんな状況で何か良い事でも起きるのだろうかと服部瞳子は少々呆れていた。
よく見れば片手には注射器を持っており、それをくるくると回しながら歩いていた。
中身はよく見えないのだが、何かが付着してるのは確認出来た。おそらく中身を使い切ったのだろう。

一ノ瀬志希は天才である。
馬鹿と何とかは紙一重。彼女はその系統の人間であり、時折常人には理解出来ない行動を取る。
「まさか……ね」
危ない人間と異常な空気である殺し合いに使用済みの注射器。
これらの可能性を証拠も無しに脳内で結びつけると最低で最悪な結果が算出される。
「流石に考えすぎだわ」
ホテル跡を出て行く一ノ瀬志希の背中を眺めながら服部瞳子は自分の考えを捨てた。
これじゃあ理不尽な言い掛かりと変わらない。彼女が仮に誰かを殺しているならば確認すればいいだけの話である。

注射器を所持する彼女と接触するのは保留にした。
もし、まだ武器を持っていたならば面倒だ。先に拳銃で殺してもいいのだが大勢の参加者に集まられれば更に面倒である。
負けるつもりも、死ぬつもりもない。一時の感情に流されるな、大極を見ろ、クールになれ。
「……他にもいるのね」
一ノ瀬志希が出て行った数分後にまた奥から足音が聞こえ始めた。
数は複数、音の間隔から徒歩では無く走っているようだ。彼女を追い掛けているのだろうか。
しかし、注射器を持った女を追い掛けるなどどんな神経をしているのか。などと思い込んだ所で影が見える。


474 : 彼女が中心の地獄車 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/24(日) 00:47:36 XXzTZ6LQ0


「二宮飛鳥に……えっと、橘ありす」
意外な組み合わせだとも思うが、別にユニットを組んでいる訳でもない。
少々何かを気取っているのが共通点ではある二人だが、その表情は対照的だった。
焦っている二宮飛鳥と何が起きているか理解していない橘ありす。
前者は絶望しているかのように必死で、後者は流れるがままに状況へ身を委ねているようだった。

さて、どうするか。
カウンターを通り掛かったところでどちらかを撃ち抜いて、事情聴取でも行うか。
リロードの必要も無い。照準を合わせトリガーを引けば、人間の生命は簡単に散る。
生き残りの保証が一人だけならば、全員殺さなくてはならない。今更、振り返る必要も無い当たり前のことだ。
嗚呼、此処で殺す手段を取るならば一ノ瀬志希も射殺しておけばよかったのではないか。
本の数分前の自分は何を考えていたのか。責めても仕方ないな、と呟いた所で拳銃を構える訳だが、生憎、都合はよくないようだ。

「……っ!」
ホテル跡。
跡と呼ばれているのだから整備はされておらず、捨てられてしまった廃墟なのだろう。
思えば初めて入った時から若干汚れがあるなとは思っていた。
カウンターの下に転がっていたワインボトルに足を取られ、右足裏がカウンターを蹴ってしまう。
音を立ててしまった。隠れている意味が無い。
仮に二宮飛鳥達が何か武器を所有し他の参加者を殺し回っているならば、一気に服部瞳子は絶体絶命に追い込まれる。
守りに入れば、負ける。ならば、攻めろ。

「止まりなさい!」
先手を撃とうと構えながら身体をカウンターの上に。
彼女の言葉は空に響くだけだ。二宮飛鳥一行は既にホテル跡を抜け出していた。
何を焦っているのか。自分の声だけが響く状況に恥ずかしながら服部瞳子は拳銃を降ろした。
誰かに見られていれば赤面事なのだが、人の気配は何も感じない。
どうせ最後に生き残るのは自分なのだ。恥など感じていればいずれ足を掬われてしまう。

武器の支給は大きなアドバンテージである。
それらを活かせ。カウンターに身を隠し相手が来たならば引き金を引く。
悪くない案が浮かび上がった所で、新たな来訪者の足音が二人分。

地獄の蓋を開ける瞬間が迫っていた。


                    ◆


475 : 彼女が中心の地獄車 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/24(日) 00:48:02 XXzTZ6LQ0


「ごめんなさいです……」
「もうわかったから」
村を目指そうと南下を試みた財前時子と市原仁奈だったが、現在は西へ向かっている。
西にある建物と云えばホテル跡であり、あと数十歩で到達程度には接近していた。
何故当初の方針を覆したのか。市原仁奈は財前時子に付いて行こうとしていたため、女王に何か問題でも発生したのだろうか。
「も、もう少しでトイレに着きやがるです……」
尿意である。市原仁奈に牙を向いた生理現象のためにホテル跡へ移動を行っていたのだ。
そこら辺で小便をしろ。とは流石の財前時子も言い放ちはしない。文句の一つでも言いたいのは事実である。
しかし目尻に涙を浮かべ申し訳無さそうに懇願する市原仁奈を見れば、起こる気も失せてしまった。

「ほら、さっさと用を済ませなさい」
「…………お願い、してもいいですか?」
ホテル跡に入り込んだ時点で財前時子は面倒になったのか、市原仁奈の用が済むまでソファーに座ろうとしていた。
雑誌でも読んで時間を潰そうとしていたのだが、手入れは行き届いておらず何も置かれていなかった。
舌打ちを行い露骨に不快感を表すのだが、それに怯えた市原仁奈は恐る恐る彼女にお願いをした。
「背中のチャックを降ろしてもらわないと、その……漏れるですよ……うぅ」
「……背中を向けなさい」
大変だな。と素直に思いつつ財前時子は市原仁奈に背中を向けることを命令し、とてとてと回転するキグルミを眺める。
八割程度降ろすと市原仁奈は「ありがとうごぜーます!」と発言し、中途半端なまま器用に走りだしてしまった。
今にも転びそうで心配ではあるが、流石に立ち上がれるだろうから自分は待っていてもいいだろう。

幼いながらもアイドルの、この世界にいるのだ。
最低限の世話は自分で行わなければあの年でも業界を生き抜くことは不可能である。
芸能界に放り投げられているのだから、最低限の教育は親から受けているのだと思うが。
さて、雑誌が無いことは解っており、暇そうにソファーへ腰掛けた財前時子は外をガラス越しで見つめる。
誰も見えない。
しかし、ホテル跡の入り口には泥が落ちていた。つまり誰かが出て行った痕跡だ。
泥が外に向かっていた。侵入し出て行ったのだろう。逆のパターンも心配したのだが、そうならば市原仁奈を一人でトイレに行かせない。
彼女は気付いていなかったが東と西、左右へ移動する足跡。
同じタイミングかどうかまでは解らなかったが、誰か訪れたのは確実である。何も無かったか、何かを手に入れたか。
何にせよ拠点にも出来る建物だ。もしかすれば客室に誰か隠れているのかもしれない。
当初の予定である村からは離れてしまったが、情報収集を行うことに問題は無いようだ。

「誰……日野茜?」
「その高圧な……時子さん……!」
「は?」

出会い頭に舐めた発言をするガキだ。そう思っても声には出さない。
無礼である。しかし……普段の日野茜よりも元気が少ないように感じるのは気のせいだろうかと財前時子は、奥から歩いて来た彼女を見ていた。


                    ◆


476 : 彼女が中心の地獄車 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/24(日) 00:48:26 XXzTZ6LQ0

(何で死んだ日野茜が此処に……!?)
服部瞳子は財前時子と市原仁奈がやって来たから、射殺を実行しようとしたが未遂に終わっていた。
市原仁奈を撃ち抜こうとするも、キグルミは予想外であった。銃弾ならば貫けるだろうが、問題は財前時子である。
単なる見た目だけでも圧倒的威圧感を放つ彼女だ。仮に武器でも持っているならば面倒に越したことは無い。
それに市原仁奈は――トイレの方向はカウンター越しだと死角になるため、射殺は不可能になってしまった。

一人になり休んでいる財前時子の殺害に切り替えたのだが、亡霊が現れて、動揺してしまう。
島村卯月が殺害した日野茜が無傷で現れた。冗談じゃない。極限状態で幻覚まで見始めたのだろうか。
バッグに仕舞い込んだ赤ワインのボトルは開けていない。コルク抜きもポケットに入れっぱなしである。
アルコールでは無く、目の前にいる日野茜は本物であり、到底信じられないのだが、彼女自身だ。
「あっすいません……!それで時子さんは一人ですか?」
「今は仁奈がトイレに行っているわ。それを待っているの」
「仁奈ちゃんも居るんですね……解りました、早く此処から離れましょう……っ!」

映画の世界でよくある話だ。特にハリウッドの技術ならば簡単に出来てしまうような変装。
マスクを取れば本物の自分が現れる。もしや日野茜は誰かの特殊メイクではないか。そんな訳は無かった。
声帯は完全に彼女と同一だ。そもそもそんな可能性に天秤を傾けるのが可怪しい話ではあるが、それ程までに目の前の出来事から目を逸らしたい。
離れようと言っているのだから、やはりそれは自分の事を意識しているのだろうと服部瞳子は予想する。
自分に置き換えても先程まで殺人鬼が潜んでいた建物からは、早々に離れる手段を取るだろう。
「……訳ありなら話しなさい」
「……掻い摘んで話すと、服部瞳子が島村卯月を、卯月ちゃんを殺しました」
「…………嘘、じゃないのね」
「信じてください……それに服部瞳子はまだこの建物に――!?」

やはり本物だ。
先程の件を覚えているのだから、万が一にも偽物(ダミー)の線は消えてしまった。
島村卯月が死んだのは確定らしい。ならば考えられることは一つしかない。

島村卯月が日野茜を刺した時。
おびただしい程の鮮血が溢れかえり、血の池を作成していた。
その成分は日野茜のものでは無く、島村卯月が自分自身を刺して演技していたのだろう。
大した役者だ。まんまと騙され銃弾は彼女の生命を奪った。無傷の日野茜には気付かずに。
それならば日野茜生存には納得だ。覆しようの無い事実だ、現実だ。受け入れるしかあるまい。

「動かないで」

詰めが甘かった。
だから、今度は容赦しないと意識を固め拳銃を構えながら立ち上がる。
日野茜は驚きと焦りを、財前時子は何を考えているか元々解らない表情を浮かべていた。


477 : 彼女が中心の地獄車 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/24(日) 00:49:51 XXzTZ6LQ0


「どんな魔法を使ったのかしら」
「卯月ちゃんの魔法は……もう……貴方のせいで解けてしまったんですよ」
「日本語で話して」
「同感ね」

魔法など使えれば今頃、こんな事にはなってないだろうに。
主催者は魔法でも使えるのだから、殺し合いなど云う巫山戯たことも出来るのだろうか。
そんなくだらない考えが浮かぶも、所詮は絵空事だ。時間の無駄である。
日野茜の言葉を聞き出した立場であるが、適当に吐き捨てると財前時子も便乗していた。
市原仁奈を保護していた。だから勝手に所謂、正義側の人間だと思い込んでいた。
しかし、日野茜に対する冷徹な口調と暖かくない出迎えの言葉に、こちらへの同調。
もしかすると彼女も殺し合いに乗っている人間であり、広い定義で見れば味方に成り得る存在では無いだろうか。

「生きているのが不思議だけど、死んでもらえる?」
「嫌です……!卯月ちゃんに救ってもらった生命を誰が、誰が……!」
拳を握り震える日野茜へ照準を合わしながら服部瞳子はカウンターから移動し、彼女達の正面へ。
財前時子への警戒も怠らないように二人を視界へ収めた段階で更に言葉を重ねる。
「その卯月ちゃんの後を追わしてあげる。財前時子、貴方はどうするの?」
「呼び捨てか……誰に口を聞いている?」
「…………やっぱ、殺そうかしら」
このような状況でよくも高圧な態度でいられるものだ。
拳銃を向けられているのならば、少しぐらいは動揺し焦りが生まれるものだろうに。
けれど財前時子は汗一つ流さず、冷たい表情を崩さないままに、ありのままを貫いている。
見上げた度胸だと思うが、逆に馬鹿な女だとも思ってしまう。そんな態度でいるならば。
嫌でも殺したくなる。どうせ殺す順番が変わるだけなのだから、先に財前時子から殺しても問題は無い。
「クックック……殺せるかしら」
似合う。笑い声と狂気が絶妙なまでに財前時子を彩っていた。
映画で例えるなら秘密結社の頂点に君臨する女王様だろうか。嗚呼、何て腹立たしい存在なのだろう。
上から目線で言葉を投石してくる彼女に高位など抱く筈が無かった。自然と銃口は彼女の額を捉えていた。

「あ、危ないです、時子さん!?」
「耳の近くであまり大きな声で叫ばれると困るわ」
「これから死ぬんだから何も困ることは無いけど?」
「そんなことはさせません!!」
「だからうるさい……」
日野茜の声が静かなロビーに響き渡っていた。これだけ浸透するのだから他には誰も居ないのだろう。
耳元で叫ばれていた財前時子は彼女に注意するのだが、こんな状況でも余裕な態度を取っているのだから、やはり腹が立ってしまうと服部瞳子は苛ついていた。
それ程までに自分は威圧感が無いのか。恐怖を与えられないのか。別に悪役を演じている訳では無い。
しかし、最後まで舐め腐ったままで死なれては、流石に腹が立ってしまう。
殺してしまおう。情報は後で日野茜からまた聞き出せばいい。武器だけ回収すればこの女は用済みだ。
引き金一つで、小さな弾丸一発で人間は死ぬ。
さようなら。相手には聞こえない小さな声で服部瞳子は言葉を漏らした。






「んー!瞳子おねーさんに茜おねーさんでごぜーますか!?仁奈ですよー!!」





キグルミで歩いてくる市原仁奈の声に驚き、反射的に服部瞳子は振り返ってしまった。
とてとてと愛くるしい笑顔で歩いてくる動物に荒んだ心は癒されるが、今はそんなものを求めていない。
トイレへ行っていたキグルミの存在を完全に忘れていた。
財前時子の殺害を直前で邪魔されてしまった。しかしもう一度、構えればいいだけの話である。
振り返った所で服部瞳子の眼前にあったのは財前時子の右拳だった。


478 : 彼女が中心の地獄車 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/24(日) 00:50:25 XXzTZ6LQ0

拳圧でふわっと掛かる風が異様に生暖かく、気持ち悪かった。
その風を突き破るように繰り出された右拳は服部瞳子の顔面を捉え、彼女から鼻血が垂れる。
倒れはしなかったがたたらを踏んでしまい、意識を手放したいと思ってしまう。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
追い打ちを掛けるように日野茜が咆哮と共にタックルをかまし、足を取られてしまう。
何もタックルは突撃だけが脳では無い。元々はラグビーの技であり、殺人殺法の仲間とは違う。
ボールを相手から奪えばいいのだから、その真髄は転倒させることにある。膝裏を抱え込むように日野茜は腕を引いた。
「あぁ!?」
その勢いに襲われ抵抗する余地も無く服部瞳子の足裏は大地を離れ、急に浮いてしまった感覚からか叫んでしまう。
その後は誰でも予想が出来るだろう。仰向けに倒れた彼女の動きを封じるように日野茜が寝技地味た羽交い締めを仕掛ける。

身体の上を取られ、身動きが取れない。それに拳銃を手放してしまった。
薄ら目で見つめると財前時子が拾い上げていた。最悪だ。一番奪われたくない人間が手にしてしまった。
彼女ならば簡単に引き金を引けるだろう。服部瞳子の鼻血で汚れた拳を支給された水で洗い流している姿が煽っているようにも見えた。
「さぁ、観念しなさい……卯月ちゃんに謝ってください!!」
身動きが取れない。耳元で響く日野茜の声をどうにかしたいのだが、状況は最悪だ。
動けるのは左腕しか無く、それ以外は全て彼女に制圧されているのが服部瞳子の現状である。
しかし、左腕を動かせることが出来るのならば、勝機はまだまだ残っている。

「――――痛ッ!?」
「形勢逆転ね……このっ!!」

ポケットに自由な左腕を突っ込むと服部瞳子はコルク抜きを取り出し、躊躇すること無くそれを日野茜の左太腿へ差し込んだ。
簡単に刺すことは不可能であり、打撃で突き立てた後に何度も何度も回すことによって彼女の肉を抉っていく。
苦痛の表情を浮かべ日野茜の力が弱まった所で蹴り飛ばし、自由を確保する。
出来るだけ彼女と重なるように位置を取り、財前時子の拳銃を抑制。苦い表情を浮かべていた。

「あ、ああ……あぁ!?」
「動くとこの子がどうなるか――解るわよね?」

服部瞳子は剣を引き抜くとそれを市原仁奈の首筋に添える。キグルミだがきっと首筋だろう。
人質を取った状況で相手は足を負傷した運動娘と拳銃を所持した氷の女王様の二人だ。
後者は脅威であるが、人質を盾にすれば手は出せまい。
「撃ってみれば?撃てるならね」
「……………………………………」
「ひ、卑怯ですよ!」
「助けてほしい?なら二人で殺し合いなさいよ。ついでに肉でも食えばこの子を開放してあげる」
「う……怖いです……」
「馬鹿ね。そんなことしたところで助けるつもりなんて無いくせに。下衆め」
「食べる……!?頭が可怪しいんですか!?カーニバルは好きでもカニバリズム何て大っ嫌いです……っ!!」


479 : 彼女が中心の地獄車 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/24(日) 00:50:45 XXzTZ6LQ0


ちょっとした余興を楽しもうとしたが、乗ってはくれないようだ。
逆に乗って来たならば引いてしまい、そのまま逃走するのは目に見えている。殺し合いに乗っているがそんな趣味は持っていない。
さて、市原仁奈を材料に拳銃を奪いたい所ではあるが財前時子の支給品がまだ解っていない。
先の取っ組み合いで肉弾戦を仕掛けた事からきっと武器の類は持っていないと推測出来るが、油断は禁物である。
拳銃を奪った所を狙われては一溜りも無い。欲は出さずに逃げるべきだろう。

市原仁奈を盾にしながら後退するとホテル跡の入り口に到着した服部瞳子は振り返るものの、外に人影は見えない。
あとは走り去るだけだが、念には念を入れるべきだろうと剣をわざと動かし市原仁奈に恐怖を与えた。
「バッグを置いて中身を取り出しなさい。死にたくないでしょ?」
「し、死にたくないです……助けて、ごぜ……ヒィ!!」
刀身は光を反射し輝いているのだが、それが鋭利さを強調し市原仁奈は恐怖の声を漏らしてしまう。
その光景を外道と言った目で眺める財前時子と日野茜が何も出来ずに立っている。
「このお茶が三本とチャッカマンが仁奈の支給品です……」
「お茶ね……!!」

お茶が入れられたペットボトルを自分のバッグに取り入れる服部瞳子だが、固まってしまう。
これは飲料水の類では無い。茶色の液体を眺めこれはチャッカマンと一緒に支給する主催者の意思に嘔吐物を吐き出してしまいそうになる。
そして――これから実行する、ソレを考え実行する自分にも嫌気が刺してしまう。ナイフのように奥深くまで。
「冷た……い、嫌な匂いが仁奈に……?」
茶色液体を掛けられた市原仁奈はその匂いとベタつき具合からお茶じゃないとは解った。
けれど中身は不明で決していい匂いとは言えない鼻に付くそれに嫌悪感を露骨に示していた。
「ごめんね仁奈ちゃん」
「瞳子おねーさん?」
自分に刃物を添えている人間とは思えない発言に市原仁奈は彼女の名前を呼んでしまった。
顔を見ると何故か泣きそうになっており、名前を呼んだ瞬間に涙が落ちたようにも見えた。
「な、なんで瞳子おねーさんが泣いているでいますか?」

「逃げて!!仁奈ちゃん!!」
「走って……走りなさい仁奈!速く、お願いだから逃げて!!」
何で時子おねーさん達は叫んでいるのだろう。どうして瞳子おねーさんは泣いているんだろう。
残念ながら市原仁奈の問に答えてくれる大人はいない。
ボッと音が聞こえた。服部瞳子がチャッカマンの火を点灯させ市原仁奈の身体に押し付けたらしい。
此処で市原仁奈は自分に掛けられた液体の正体に気づいてしまう。嗚呼、実家でも嗅いだことのある匂いだった。
気付いた所で時は手遅れだ。燃え盛る自分の身体を受け入れるしか、幼い彼女に出来ることは無かった。


ガソリンを身体に掛けられ、着火された。それもキグルミなのだから、火の回りは更に加速する。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


暑い。
身体の温度が人間のソレとは思えない速度で上昇している。
熱い。
燃え盛る炎は自分の身体を溶かしてしまいそうだ。
厚い。
衣服を脱ぎ捨てようにもキグルミが纏わり付いて、地獄の炎が永遠に自分を燃やす。


480 : 彼女が中心の地獄車 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/24(日) 00:51:14 XXzTZ6LQ0


財前時子は燃え盛る市原仁奈に駆け付けようとしたが、炎が遮る。
「くっ……今、助けるから……!」
支給された水を頭から被ると一切拭き取ること無く、走り出した。
距離は十メートルと言った所か。素早く仁奈のチャックを降ろし彼女を救出すればまだ、まだ、可能性はあるかもしれない。
自分だってタダでは済まないだろう。けれど、市原仁奈はもっと辛い目に会っている。弱音を吐くな。

「――ッ!お前は……クソッ!!」

更に液体を掛けた。いや、掛けられた。
走る財前時子の足を止めたのは服部瞳子が投げた火種の残りカスであるガソリン入りペットボトルだ。
キャップを閉めずに放り投げたソレは財前時子の顔から下に付着し、これで彼女は市原仁奈に近づけない。
それに服部瞳子は既にホテル跡から走り去っていた。
「ああああああああああああ、あつ、あつつつ、あああああ……ぁ………た…す……あああぁあぁおあおあいああああああ」
燃え盛る市原仁奈の表情は伺えない。
炎だ、きっと顔の表面は溶け落ちていて、肉が露出しているのだろう。
「おおあおううあうあ……いや、しにた、……んうあああ」
倒れてゴロゴロと転がっても、炎は消えない。
異臭が漂い始め、人間から塵へと変わり始めているのが、嫌でも解ってしまう。

「に、な……ちゃん」
左太腿を負傷した日野茜は近くにあるテーブルを軸に何とか立ち上がっていた。
身体が健在ならば財前時子と同じように水を被ってでも救出に向かっていだろう。しかし。
「ごめんなさい……私は、また救え……」
手遅れだ。最早、火達磨になっているのは市原仁奈と呼べない。
島村卯月と同じように、誰も救えない。救われるだけの形となって自分は生き残ってしまう。
無力だ。これ程までに自分がちっぽけな存在だったと思ったことは一度もない。
氷のように冷めついた心を溶かすように燃え上がる炎だが、精神は荒んでいく一方であった。


481 : 彼女が中心の地獄車 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/24(日) 00:54:15 XXzTZ6LQ0

「仁奈!待ってて、今……何か無いの!?」
人間としての形を失っていく市原仁奈を救う手立ては何か無いのか。
近くにある空間全てを手当たり次第に物色するものの、何も出てこない。
「ああ、おぼ……うごご…………………し、なさ……ぇ……す…………」
「ばか……そんなこと言うんじゃ……っ」
市原仁奈と数分前まで形成されていた物の口らしき箇所から液体が吐かれている。
内部器官を焼き潰され、機能が停止してしまったのだろう。限界だ。
朽ち果てる彼女の口からはっきりと聞こえたのが「死なせてくれ」だ。財前時子は言うなと叫ぶも、無理だと悟ってしまった。

燃え盛る身体。耐え切れるだろうか、無理だ。
自分の身体が焦げ落ちるのを耐えられるのか。痛みから、正気を保っていられるのか。
「うううううううう……あああmあ、あああ……」
「仁奈……仁奈……に、な……………」

一瞬だけ炎が床へ燃え移り、市原仁奈の顔が見えた。
目玉は溶け消え、肌の色は生々しい赤と全てが崩れたような黒色のみ。
最後まで叫び続け、「助けて」「死にたくない」「死なせて」と少女は、願っていた。

だけど、誰も救うことは出来なかった。

「ああああ……あつ、い……の、もわから、く、って……ああ………………ふふ、あはは……あはははははははははは……」

壊れる様子が、炎と共に。
最初から壊れていたのかもしれない。死にゆく少女は嗤っていた。
いや、それが嗤いなのかも不明だ。けれども、嗤っていた。
「――――――――――――ぁ」
狂っていた。
壊れた玩具のように何度も、何度も叫んでいたソレは停止した。
それでも、炎は止まらなかった。
まるで彼女の怨念が纏わり付いていて、全てを焼却しようと暴れているようにも見える。

残ったのは人間の残りカスと腐臭。
現し世の世界でありながら、財前時子と日野茜の目の前には地獄が広がっていた。

【市原仁奈 死亡】

【一日目/G-5/昼/南】

【服部瞳子】
[状態]苛々、鼻が骨折している可能性あり、市原仁奈を燃やしたことによる強い罪悪感
[装備]銀の剣、ベレッタ(10/15)
[所持品]基本支給品一式、予備弾×150 ランダム支給品(2〜4)、ガソリン入りペットボトル×2、チャッカマン
[思考・行動]
基本:殺し合いにのる
1.参加者を殺害する
2.離れる
※市原仁奈の幻聴が聞こえています。

【一日目/G-5/昼/ホテル跡】

【日野茜】
[状態]体力消費(小)、精神的ショック(大)、左太腿に刺傷
[装備]
[所持品]なし
[思考・行動]
基本:笑顔と元気のアイドルになりたい
※市原仁奈の幻聴が聞こえています。

【財前時子】
[状態]喪失感が全てを覆っている。
[装備]鎖
[所持品]基本支給品一式、飴(キュート、クール、パッションキャンディ)×各12個
[思考・行動]
基本:絶対に屈服しない
1.逃げる
2.……
※市原仁奈の幻聴が聞こえています。

※ホテル跡には島村卯月及び森久保乃々の死体が残っています。
※ホテル跡には市原仁奈と呼ばれていた物体が火種となっており、放送時になれば完全焼却しているでしょう。


482 : 彼女が中心の地獄車 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/24(日) 00:55:02 XXzTZ6LQ0
投下を終了します。
書いてて思ったのですが複数支給されてる銀の剣って任天堂のゲームのあれなんでしょうか


483 : 名無しさん :2016/07/24(日) 00:58:20 ZHLprFuM0



484 : 名無しさん :2016/07/24(日) 00:58:59 ZHLprFuM0
アイドル全員好き……?(投下された作品を読みながら)


485 : 名無しさん :2016/07/24(日) 01:34:50 f2kgcwk.0
投下乙です!
ニナチャーン……愛らしさだけでは生き残れないのか
いつもは天真爛漫な茜もさすがに殺人者を前にしてはそうもなれないか。魔法は解けてしまったんだ……

銀の剣は>>224で削除されてるので、瞳子が持ってるはずはないですね


486 : 名無しさん :2016/07/24(日) 01:41:31 37QMd.kU0
投下おつー

破棄ネタ拾ったり冒頭の一般人マーダーならではのぴりぴりした余裕の無さ上手かったりと見どころ多かったけど
何が何でもやはりニナチャーン。
えぐい、これはえぐい。そりゃ謝りたくもなる
鬼畜かつ効率的な戦法なのが恐ろしい


487 : 彼女が中心の地獄車 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/24(日) 01:47:58 XXzTZ6LQ0
感想ありがとうございます。
あーのあさんが銀の剣持ってたからおかしいなあと思ったけど前の人のコピペミスでしょうね。
見抜けてなくてごめんなさい。明日以降wikiに収録するときにそれっぽく修正してみます。
多分銀の剣で脅すのをコルク抜きにするか一回ワインボトルかち割って凶器に変える感じになると想います。指摘ありがとうごぜーます。


488 : 名無しさん :2016/07/24(日) 01:49:26 26Poax5M0
投下乙です。
地獄、地獄だ・・・・・・・・・読んだ後にだれひとり救われない話を読むとロワって感じがすごくする
自分でも嫌だと思いながらも着ぐるみに火をつけてしまうところまで残酷に慣れてしまった服部さんが切ない・・・
すくえなかった二人はもっとつらい、本当に、うおお・・・

wikiをちょろっと編集して気づいたんですが、
◆wKs3a28q6Q氏のウサミンたちVSヘレンのあさんの話、タイトル無いですね。
もしスレ見てたらタイトル教えていただければ・・・


489 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/24(日) 02:30:11 CjqoGcbM0
投下乙です。
なんていうか、こう、久々の感覚を味わってます……
ああ、ロワスレってこんなんだったなっていうか、なんと言えばいいのか……
容赦の無さ、救いの二文字なんてどこにもなくて。
彼女たちがこれから歩む先が、どうなるか、気になりますね。

さて、自分も投下します。


490 : View ◆qRzSeY1VDg :2016/07/24(日) 02:31:06 CjqoGcbM0
 ざざん、ざざんと波の音が響く。
 崖の上、灯台の前、由里子は蹲ったまま動けなかった。
 きっと、何かと見間違えたのだ。
 出来ることならそう思いたかったけれど、出来なかった。
 脳裏に強烈に焼き付いている二つの音と、"人"の影。
 忘れたくても忘れられず、消し去ろうにも消し去れない。
 けれど、否定したい、認めたくないという心も確かにあった。
 だから彼女は、竦む足を動かし、這うようにそこへ向かい。
 そして、見た、確かめた、理解してしまった。

 "人"が、死んでいることを。

「うっぐ、お、ぶおっ……うぇっ……」

 CGでも、何でもない。
 現実としてそこにある、"死"。
 どんな漫画よりも、どんなアニメよりも。
 生々しく、残酷であるのに。
 それを綺麗だと思ってしまうのは、それが"笑って"いたからだろうか。

「ぐぇ、ご……が……」

 ショックからくる不快感が、吐き気へ繋がる。
 それを抑えることも出来ず、由里子はただその場で吐きつづける。
 胃に残されていた物を粗方吐き終え、吐くものが透明な胃液だけになっても、吐き気は止まることはなく。
 吐いて、吐いて、吐き続けて。
 しばらくしてからようやく止まった頃、由里子に残されたのは、喉の焼けつく痛みだけだった。

「はーっ、はーっ、はーっ……はーっ……」

 荒くなった呼吸をゆっくりと落ち着けながら、意識を現実に引き戻していく。
 確かにそこにある"現実"、想像以上の衝撃。
 繋がる思考、自分もああなるかもしれないという未来。

「い……やだ」

 気がつけば、そう口にしていた。
 ああはなりたくない、こんな所で死にたくはない。
 やりたいことだって、まだまだ沢山あるのだ。
 言い聞かせるように心に刻みながら、由里子は自分の体を奮い立たせて立ち上がる。
 そうだ、まだ"誰か"が居るかもしれないのに、気を抜いている暇などある訳がないのだ。
 ハンガーを握り直し、万が一の可能性を頭の隅に置きながら、由里子は灯台の入り口へと向かっていく。
 もし、もし、もし。
 最悪の可能性だけは、頭から離さずに。
 由里子はゆっくりと、灯台へと足を踏み入れた。

 一歩、一歩、また一歩。
 ゆっくりと足を進めていくと、開きっぱなしになっているドアが目につく。
 誰かがいる、それを確信しながら、由里子はゆっくりと足を踏み入れていく。
 そして、そこで見たもの。
 それは、すやすやと寝息を立てながら眠っている、鷺沢文香の姿だった。

「……え?」

 予想外、そんな声を思わず漏らした。
 その瞬間、ぴたりと寝息が止まる。
 起こしてしまったのだろうか、いやしかし、こんな所で寝ている人間だ。
 いや、それが出来るほど肝が座っているということか?
 であれば、そういう事なのかもしれない。
 待て、だからといって、こんなにも無防備に寝ていられるだろうか。
 第一、もしそっちだとすれば、枕元に武器くらいは置いておくはずだ。
 彼女は何を考えているのか、自分はどうするべきなのか。
 こういう時、"彼ら"であればどう動くのだろうか。
 よもやこんな所で使うとは思っていなかった、頭の中にある記憶と知識を穿り返す。
 途方も無く長い、一瞬。


491 : View ◆qRzSeY1VDg :2016/07/24(日) 02:31:31 CjqoGcbM0
 
「……おはようございます」

 その時を動かしたのは、文香の声であった。
 寝ぼけ眼を擦りながら起き上がりつつ、由里子の姿をしっかりと見据える。
 そして、ソファから移動し、テーブルの前の椅子に腰掛け、由里子へと問いかけていく。

「どうしました?」
「ううん、いや、何でも……」

 取り繕うように答えながらも、由里子は考える。
 異常なまでの落ち着き、いや、言い換えれば普段通りと言うべきか。
 たまに話すことがあった間柄だからこそ、彼女の人となりはよく知っている。
 だから、彼女が普段通りである事は好ましいことであるし、普段通りに喋れることはありがたいことのはずなのに。
 何か、薄ら寒さを感じてしまうのは、何故なのだろうか。

「死体でも、見ましたか?」

 そう思った時、由里子の耳に突き刺さったのは、そんな声だった。
 どうして、と小さく呟く由里子に対し、文香の様子は特に変わらない。
 その場に立ち会ったわけではないが、きっとそうなのだろうと思っていた。
 だから、文香は由里子を使ってそれを探り、返って来た予想通りの反応で、文香はそれを確信することが出来た。
 そして、文香は天井を見上げ、小さく呟く。

「奏さんは、抗いたかったのかもしれませんね」

 その一言を、由里子は理解できなかった。
 いや、日本語としては理解できる、並べられた単語の意味も理解できる。
 けれどその"言葉"の意味は出来ない、というより文字通り"次元が違う"言葉のような気がして。
 その真意を計ろうとしたとき、文香はああと呟いてから、話を続ける。

「私、思うんです。これは、誰かの手によって紡がれている"物語"なんじゃないかって」

 淡々と語る言葉も、やはりどこか"違う"気がして。
 自分は一体誰と喋っているんだろう、そんな気持ちを抱きながら、由里子は文香に問いかける。

「……"パロロワ"って、事?」
「パロ……?」

 あ、しまったと口をつむぐ。
 いくら本を読むのが趣味の彼女とはいえ、ネット上のアングラの"ジャンル名"を口に出した所で、理解してもらえる訳もない。
 しかし、ならばなんと伝えるべきか。

「すみません、上手く伝えられなくて」

 そう思っていると、彼女の方から謝罪の言葉が飛んできた。
 ああ、この謝る言葉の感覚は、確かに"鷺沢文香"その人だ。
 見間違うわけもない、何を考えているのだろうと、自分でも思う。


492 : View ◆qRzSeY1VDg :2016/07/24(日) 02:31:47 CjqoGcbM0
 
「でも、今だってそうなんです。
 由里子さんと喋っているのも、"鷺沢文香"でしかない」

 文香の言葉が続く。
 やけに強調された"名前"、それを語る文香の言葉は、やっぱり何かが"違う"気がして。
 そんな違和感を拭えないまま、話は続く。

「だったら、"私"は」

 続いた言葉から飛び出した、一人称。
 等号で結ばれるべき言葉、"私"と"鷺沢文香"。
 でも、由里子の頭ではそれが繋がらないまま。

「この"物語"の行く末を見届けたい」

 文香は、そう言って話を切った。
 この殺し合いを"物語"だと言い、"自分"と"鷺沢文香"を切り離し、"自分"まるで"読者"の立場にいるかのように。
 現実逃避? いや、違う。
 彼女はあくまで客観的に、この場所で行われている事を俯瞰しようとしている。
 言わば神にのみ許された視点、そこに彼女は行こうとしている。

「……もう、私は狂っているのかもしれませんね」

 そして、彼女はそう言って、ゆっくりと立ち上がる。
 そのまま、動けずにいる由里子の隣を通りすぎて。
 閉ざされたドアのノブに手をかけ、ここから立ち去ろうとする。

「ど、どこ行くの?」

 そんな彼女に、由里子は問いかける。
 他愛もない、いや、答えの分かりきっている問い。
 なんでそんな事を問いかけたのか、自分でもわからなかった。

「"物語"を、読みに」

 そして、予想通りの返事。

「ここに居たって、何も読めませんから」

 ああ、彼女は立ち去ってしまうのだ。
 ここではない、どこかに。
 そんな場所に向かう彼女の後ろ姿を、由里子はじっと見つめて。

「ね、ねえ! だったら、一緒に行かない?」

 そんな言葉を、投げかけた。
 この場所を彷徨うのならば、一人より二人のほうがいいはずだ。
 この先、何があるかなんてわからないのだから。


493 : View ◆qRzSeY1VDg :2016/07/24(日) 02:32:04 CjqoGcbM0
 
「……"干渉"したくないんです」

 けれど、文香はその提案を、やんわりと断る。

「"私"は、あくまで読者として、この"物語"を読みたい」

 淡々と、淡々と、告げるようにそう語る。

「"干渉"してしまえば、私は"登場人物"になって、"物語"が読めなくなってしまう」

 それは、ある意味では仕上がった現実逃避。
 この物語に関わらないように、この物語を読み解く。
 これから先で何が起ころうが、誰が何を仕様が、それは全て"物語"なのだ。
 だから、その"物語"の一部に、自分が含まれてはいけないのだ。
 そうすれば、自分は読者ではなくなってしまうから。
 物語を読むということは、舞台を巡るということ。
 そこで殺されてしまうのだとすれば、自分が読めるのはそこまでだったということだろう。
 けれど、干渉してはいけない。
 続きを読むために、"物語"の登場人物に干渉してしまえば。
 物語上で用意された席が、自分に来るだけなのだから。
 誰とも関わること無く、この物語を一番近い所で読み続ける。
 それが、今の"自分"に出来ることだから。

「そうだ」

 ふと、気の抜けた声と共に、文香が懐から何かを取り出し、由里子へと差し出していく。

「これ、読んでおいて貰えますか」

 それは、一通の手紙。
 この物語から一足先に脱落していった、一人の少女が残した言葉。
 それを、文香は由里子へと託した。

「……私は、奏さんに"干渉"できませんから」

 そう、自分は如何なる形でも、彼女に干渉してはいけない。
 だから、速水奏という人間が残した何かを読み解くなら、自分以外の人間でなければいけないのだ。
 自分がそれを読んでしまえば、"鷺沢文香"は、物語の登場人物になってしまうから。

「それでは、先を急ぐので」

 それからそう言い残して、"鷺沢文香"は灯台を後にする。
 心の綻び、自分でも説明できない気持ち、そしてぽっかりと空いた穴。
 それを満たすために、彼女は"物語"へと飛び込んでいく。

「……分かんないよ」

 そして、一人残された由里子は、そんな文香の背中を見送ることしか出来ず。
 この世界の言語で紡がれた、自分の理解できない言葉を理解しようと、頭の中で文香の言葉を回し続けていた。


494 : View ◆qRzSeY1VDg :2016/07/24(日) 02:32:16 CjqoGcbM0

【一日目/昼/I-10 灯台】
【鷺沢文香】
[状態]健康
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式×2、ランダム支給品(0〜2)
[思考・行動]
基本:この島で紡がれる"物語"を読み解く、"登場人物"には如何なる形でも干渉しない

【大西由里子】
[状態]健康
[装備]ハンガー
[所持品]基本支給品一式(水微量消費)、拡声器@現実、タオル数枚、ハンガー数本、速水奏の手紙
[思考・行動]
基本:殺す気はない。できれば脱出したい。
1:分からない
[備考]
※手紙の内容はお任せします。


495 : View ◆qRzSeY1VDg :2016/07/24(日) 02:33:17 CjqoGcbM0
以上で投下終了です。


496 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/24(日) 02:43:30 CjqoGcbM0
すみません、自己リレーを含みますが、
八神マキノ、藤本里奈、輿水幸子、渋谷凛、片桐早苗予約します


497 : ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/24(日) 02:49:32 XXzTZ6LQ0
投下おつです。感想は次に投下する時と一緒に
成宮由愛、及川雫で予約します


498 : 名無しさん :2016/07/24(日) 03:41:00 26Poax5M0
投下乙です
鷺沢さん…傍観者に徹する、は登場したときからの流れではあるけど、
奏の手紙を読むことすら拒絶して徹底的に読み手に回るとは
ガラスの靴を履くことなく、本の中の世界に閉じこもる、まさにシンデレラになる前の鷺沢さんじゃないか…


499 : ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/24(日) 13:41:52 XXzTZ6LQ0
予約の面子をまちがっていました、すいません。

的場梨沙、持田亜里沙に変更します


500 : ◆wKs3a28q6Q :2016/07/24(日) 14:48:06 vG5g55.I0
目を離すとバンバン投下来ていてその速さに驚かされます
自殺者くらいしか死人がいないとはなんだったのか


>>488
すみません、タイトルは『RABBIT-WOMAN』でお願いします


501 : 『下らねえ。テメーが地獄に落ちろ』  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/24(日) 17:37:48 2JvzwkY20
1.


 漣の音がよく聞き取れる波打ち際。
 ポイ捨てされたゴミひとつ見当たらず、海の色は淡く、濁りも少ない。有り体に言えば汚れのない海で、そんな環境だからこそ多少は落ち着きを取り戻せたのかもしれない。
 少なくとも足が震えることはなくなった。隣にいる友達がいれば心が折れるようなことはないだろうと思うことができた。
 だが問題がひとつあった。

「……で、どこに行く……?」

 早坂美玲とともに歩き出して数歩目。星輝子は何気なく言ったつもりだった。
 隣をゆく美玲の足が止まった。手を繋いでいたため、輝子も合わせて止まらざるを得ない。歩みは数歩で止まってしまった。
 そしてそのまま流れる沈黙。いやバックグラウンドに打ち寄せる波の音は聞こえてはいた。ざー。ざざー。やけに空々しかった。

「ごめん、考えてない……」

 しばらく目を泳がせ、あーだともおーだともつかない唸り声をあげてから、美玲はぽつねんと言った。

「安心しろ」

 そのまましょぼくれてしまいそうな雰囲気があったので、輝子はむやみにぐっと親指を突き出してみた。
 そして薄ら笑いを浮かべながら言ってみた。

「私も何も考えてないぞ……」

 ざー。ざざー。波音を背景に無言の時間が流れた。

「いやいやいや! やっぱダメだこれッ! ちょっとは考えよう! なんか輝子と一緒なら何でもできるみたいな謎の万能感にとらわれてた!」
「お。おお。分かるぞ……。あるよな、こう、テンション上がって普通じゃ出来なさそうなことやってみたり、例えばそう……
 アァドレナリンストリィィィィィィム! マァァァァァァァァックスゥゥゥゥゥゥ! ……みたいな?」

 いつものパフォーマンスを真似てデイパックを砂浜に何度も叩きつける。美玲は「分かるけど今はやめようそれ」と冷静に突っ込んだ。
 輝子は頷くしかなかった。そんな状況ではない。


502 : 『下らねえ。テメーが地獄に落ちろ』  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/24(日) 17:38:15 2JvzwkY20

「で、何するんだ……?」
「……それ言われるとな」

 輝子だってそうだろ、と言われればこれも頷くしかない。
 どだい、十四歳でしかない輝子がここから逃げ出せる術なんて思いつけるわけがないのだ。
 だからといってここに集められたアイドルを全員殺害して優勝しようなんて考えも持てなかった。
 殺せるかどうか以前に、怖い。赤の他人にさえそう思うのにまして友達を相手にするとなると、やはりこれは無理な話だった。

「なぁ、美玲さん……」
「ん?」
「話は逸れるんだが……なんで人を殺すのって怖いんだろうな」
「哲学的だな……」

 どうにもこうにもどうするかまとまりそうにないので、再びその場に座り込んで話をする態勢に入っていた。
 何もできないのになにかをしなくてはならない。あまりにも難しい話だった。

「怖いもんは怖いッ、それで良くないか?」
「おお、パンクだ……」
「いや実際のとこウチにもわかんない……。わからん。けど、こう、獣の本能がそう言ってる」

 美玲は自らの頭を指してそう言う。カートゥーンの世界にいるようなツギハギだらけのウサギを模したフードがぷらぷらと上下に揺れた。
 きっと自分と同じ感覚なのだろうな、と輝子は思う。

「そうか……。なら、私は内なるメタルの魂がそう語りかけたことにしとこう……。フヒヒ」
「メタルってそういうもんだっけか?」
「メタルの定義は曖昧なんだ……。過激な歌詞も、攻撃的なシャウトも、それもメタルだし、実は普遍的なラヴソングも憧憬的な歌もメタルにはあったりする」
「それは知らなかった……」
「まあ、つまり、こういうことだな……。『殺し合いするバカ共にゴートゥーヘェェェェェル!』みたいな……」
「おお……。なんか矛盾してるっぽいけどよく分かるぞ!」


503 : 『下らねえ。テメーが地獄に落ちろ』  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/24(日) 17:38:54 2JvzwkY20

 言われてみれば『殺し合いは殺す!』と言っているようなものだったがそれはそれとして間違った主張ではなかったのでうんうんと頷いておく。
 結局のところ、人が本気で人を殺そうと思えば極限にまで人を嫌いになれなければできないのだろうなということなのかもしれない。
 輝子自身、他者に対して不満はもちろん、怒りや憎悪さえ感じたこともある。それほど、人間が生きる世界というものはままならない。
 誰も理解してくれない。誰も慮らない。誰もが他者の弱みを見つけてはあざ笑い、誰かが好きなものを貶し、愛するものを踏みにじる。
 こうした理不尽に対して感情をぶつけられるようになったのは、アイドルになってからだ。それまでは鬱々と溜め込むばかりで吐き出す術さえ知らなかった。
 もしも、アイドルになっていなかったら。感情を濁らせ、腐り果て、その最果てで毒を撒き散らし他者を害する存在になっていたかもしれない。

「いっそのこと、そう言って回るのもいいかもな……」
「殺し合いするクソども地獄に落ちろ、って?」
「案外効くかも」
「いやそれはどうだろう……。でも、輝子らしいな」

 自分らしいと言われ、すぐにはピンとこなかった輝子は首をかしげる。
 美玲は少し間を置いて、言葉を選んだように、ゆっくりと一言ずつ続ける。

「感情的というか。正直、一番の激情家だと思ってるぞ、ウチ」

 激情家だと言われても、やはりピンとはこなかった。
 確かにライブでは散々攻撃的なことを言ってはいるが、あれはパフォーマンス混じりな部分もあり、本当の自分とやらなのかどうかは判然としない。
 それに思ったことを素直に言えるという点では先程の美玲の方がよっぽどだと輝子は思う。あれはパンクではなくポップシンガーだとさえ思った。
 ただ、友達の美玲が言うのだからきっとそうなのだろうと輝子は納得することにした。

「でもまあ確かにウチも言ってやりたい気分はあるな」
「地獄に落ちろ?」
「フォール・トゥ・ヘル」

 ぴっ、と親指で喉元を掻き切るしぐさをする美玲。
 様になっていてかっこいいと輝子は思った。きっと美玲本人もかっこいいと思ってやったに違いない。
 往々にして、妙なところで格好をつける癖が彼女にはある。


504 : 『下らねえ。テメーが地獄に落ちろ』  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/24(日) 17:39:24 2JvzwkY20

「フヒヒ……言いに行くか」
「誰に?」
「片っ端から。地獄行きライブ」

 やっぱり、いくら考えてもやれることなんて考えつかない。人殺しをするのも、しないのも、どちらも想像すらできない。
 奪う側に回る自分を想像してもどこか霞がかっていたし、逃げ回る自分を想像しても、それもやっぱり霞がかっていた。
 輝子に本当の自分などというのはあまり自覚があるものでもなかったが、これは自分じゃないというのは分かる。
 美玲は、それはどうだろう、とは言わなかった。

「……死にそうなライブだぞ」
「かもな……」
「もし、もしもだ。マジな奴に会ったら絶対ただじゃ済まない。こればかりは断言できるぞ」

 殺し合いに参加する自分を想像できない、というのは現実逃避と表裏一体なのかもしれない。
 現実を全く見据えられず、どちらもいやだとゴネて行き着いた先がライブというのは、『分かってる』連中にはふざけているとしか思われないだろう。
 その時こそ本物の殺意を向けられるだろう。そんなお前は死ね。生きている価値もない。生きるのは自分だと言って。

「『下らねえ。テメーが地獄に落ちろ』」

 輝子は『そいつ』に向かって両の手で中指を立てた。ファック・オフ。
 そう思われるのは仕方ないのかもしれないが、それが正しいと言われる筋合いだけはなかった。
 世の中、自分の方だけが正しいと思っている連中がどれだけいることか。そいつらの鼻っ柱を折ってやれるくらいのシャウトをかましたい。
 もし美玲の言うところの『マジな奴』に出くわしたら間違いなくそうするだろうなと輝子は思った。
 呆気に取られた美玲を見ながら、輝子は元の口調に戻しつつ続ける。

「そ、それに、だ……。もし、いや、万に一つだってないかもしれんが、気の迷いとかでボノノさんとか小梅ちゃんとか幸子ちゃんがそうなってたら……。
 それを正せるのがトモダチだろ?」
「それは…………そのパターンは、想像してなかった」

 虚を突かれたのか、美玲は顔を地面に落としながら呟くように言う。
 無理もない。輝子自身、美玲と話すうちにようやくその可能性を考えられたに過ぎない。
 自分のよく知っている友達が、まさか。輝子だって考えたくはなかった。


505 : 『下らねえ。テメーが地獄に落ちろ』  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/24(日) 17:39:49 2JvzwkY20

「まあ、でも、乃々がそうなってるのだけはちょっと……」
「あ、うん。今、私もそう思った……」

 万が一を考えてさえ、森久保乃々が凶行に走る様は思いつけなかった。
 混乱のあまり猟銃をぐるぐる目のまま向ける姿だけは思いついたが、後々笑い話になる類のものである。
 妙なところで森久保乃々への信頼は厚い。

「でも……そうか。輝子が言うそれ……やってみるのもいいかもな」
「地獄ツアー?」
「名称変わってないか?」
「フヒヒ……わざと。まあ名前なんて何でもいい……」

 ライブ。アイドルである自分たちにもっとも相応しいそれは、この場においては狂気の沙汰以外の何物でもないのかもしれなかったが、構わない。
 そもそも輝子がアイドルになった経緯からして正気の沙汰ではない。これは勝手な想像ではあるが、美玲だってそうだろうと思う。
 インディヴィジュアルズしかり、アイドルの一部は個性的を通り越して規格外品と取れるようなものさえいる。
 どこか一本ねじが抜けていて、それゆえ正規品とは見なされなくなった規格外品。爪弾きにされる側。
 ネガティブな思考なのかもしれなかった。けれども、しかし。人が生きる世界がままならないことを輝子はよく知っている。
 ままならないから戦う。常道ではなくとも戦う。今の輝子たちはマイクスタンドを剣にして戦う術を知っている。

「トモダチを集めてライブ」
「してみるか」

 そうして、ようやく方針が決まった。
 友達を集めて、その上でライブ。言葉にしてみるとやはり正気ではない。
 だがこれが戦う術であると思っているから、やるのだ。

「よしッ、改めて出発だ! 今度はいける気がする!」
「おー……お?」

 美玲も具体的な目的が見えたからなのかやる気が出てきた調子で元気そうに言ったが、輝子は別のものに気を取られた。
 美玲の遥か後方。まだ小さいが人影が見えたのだ。
 なんだやる気あるのかと不満気な美玲をつついて後ろを振り向かせる。

「……トレーナーだ」
「お、おお。よく分かるな。眼帯してるのに」
「いやこれは伊達……って、そんなことはどうでもいい。どうする?」


506 : 『下らねえ。テメーが地獄に落ちろ』  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/24(日) 17:40:13 2JvzwkY20

 どうやら向こうも気付いているようで、多少おぼつかない足取りながらも確実に輝子たちの側に向かってきている。
 友達ではない。ないが、見つけてしまった以上はやるしかない。

「行ってくる」
「え、行くって、お、おいちょっと! 置いてくなよ!」

 こんなに早い決断をするとは思っていなかったのかトレーナーの元に歩き始めた輝子に慌てて美玲もついてくる。
 トレーナーも向かってきていることが分かったのか、合流しようと小走りに近づいてきた。
 好都合なことこのうえない。輝子はくわっと目を見開いた。

「輝子ちゃんに美玲ちゃん! 良かっ……」
「そこのお前ぇーーーーーーーーーーーーーー!」

 遮ってシャウト。止まる表情。浮かぶハテナ。

「天国行きがいいかァ!? それとも地獄行きがお望みかァ!?」
「あの、えっと」

 ぎぎぎ、と。油の切れた機械のような緩慢な動作でトレーナーは美玲を見た。
 フォローを求めたのだろう。だが美玲も同陣営である。

「……だ、黙って聞け! イエスかノーか! お前に選択権はないぞッ!」
「言ってることの意味がよく分からないんだけど!?」
「シャラァァァァァァァッ!」

 輝子がデスボイスで叫んだのでトレーナーは「あ、はい」と観念した様子だった。

「ゴートゥーヘヴン!?」
「……の、ノー」
「ゴートゥーヘェェェェェル!?」
「……たぶん」
「よし。トレーナーさんにはライブのサポートをしてもらおう……」
「やっぱり意味分からないんだけど!?」

 そこからルーキートレーナーこと青木慶が輝子たちのやろうとしていることの趣旨を聞き出し、理解するまでにはたっぷり数十分を要した。


507 : 『下らねえ。テメーが地獄に落ちろ』  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/24(日) 17:40:31 2JvzwkY20


2.


 イヴ・サンタクロースが最後に向けた言葉が、頭の中にこびりついていた。
 遺言であり、優しさでもあり、そしてある意味では、呪いのような言葉。
 アイドルとトレーナーにさほどの違いはない。幸せにしたいのはどちらも同じだ。
 我が身を捨ててもという最初の決意を引き剥がそうとする、イヴの言葉がずっと耳から離れない。
 慶は思い悩んだ。悩んで、やがて、分からないという結論に行き着くしかなかった。
 何も思いつかないのだ。身を捨てる選択肢を取るのでなければアイドルたちをこの島から逃がす方法を考えるしかない。
 しかし、どうやったって、現状では無理なのだ。アイドルを育てる術は身についていても殺し合いから脱する方法は分からない。
 やはり身を捨てるしかないのか。それとも生かしたいアイドルを選んで間引きしてしまうか。
 考えようとした。その瞬間、イヴの顔が出てきて黒い考えは霧散してしまう。
 だから――、何も、選べなかった。殺し合いに加担する方法も、加担せずに逃げる方法も。
 気持ちは宙ぶらりんのまま海岸沿いの道にまでたどり着き、途方に暮れて歩く。
 いっそ、次に出会うアイドルに決めてもらうべきかという考えさえ浮かぶ。それはアイドルを育てるトレーナーとして己の職務を放棄した選択とも言えたが、
 そういう行動を取りたくなるほどに慶は思考の袋小路に追い詰められていた。
 こんな体たらくじゃ姉たちには顔向けできないな……と思いながらのろのろと歩いていると、砂浜に二つ人影が見えた。
 一目見て、吸い寄せられるようにそちらに足を向ける。
 殺し合いに乗っているかもしれない。事実、そういう手合いにはもう出会ってしまった。
 それでも構わなかった。アイドルが、自分の行く先を決めてくれるかもしれないという誘惑に、抗えなかった。
 そうして、青木慶は出会ってしまう。

「天国行きがいいかァ!? それとも地獄行きがお望みかァ!?」
「黙って聞け! イエスかノーか! お前に選択権はないぞッ!」
「ゴートゥーヘヴン!?」
「ゴートゥーヘェェェェェル!?」

 地獄行きの泥船に。
 慶と同じく、何も選べなかった者が選んだ、最高で最悪の泥船に。
 若くして袋小路。慶の車輪は、既に常道からは外れていたのであった。


508 : 『下らねえ。テメーが地獄に落ちろ』  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/24(日) 17:40:50 2JvzwkY20




【一日目/午前/F-9】

【早坂美玲】
[状態]健康
[装備]模擬刀
[所持品]基本支給品一式
[思考・行動]
基本:友達と一緒にいたい
1.友達を探してからライブだ
2.プロデューサーにも、会いたいな……

【星輝子】
[状態]健康
[装備]
[所持品]基本支給品一式、Vz61(30/30)、予備マガジン(Vz61)×3
[思考・行動]
基本:トモダチと一緒にいたい
1.トモダチを探してライブだ
2.親友(プロデューサー)が気になる
3.いざとなったら、トモダチを守るために魂で戦う

【青木慶(ルーキートレーナー)】
[状態]健康 
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品×2
[思考・行動]
基本:トレーナーとしてアイドルを守る
1.友達を集めてライブをするらしいということは何とか理解はした
2.自分を犠牲にするのは間違い?


509 : 『下らねえ。テメーが地獄に落ちろ』  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/24(日) 17:41:08 2JvzwkY20
投下終わり。


510 : 名無しさん :2016/07/24(日) 21:04:07 Es4EEUSw0
投下乙です!
出会い頭からゴートゥーヘル!でコミュ難すぎるインディヴィの二人がたまらなくいとおしい
彼女たちの志はものすごく純粋にアイドルしてるだけに、ルキトレちゃん、めっちゃ導いてやってくれー


511 : 名無しさん :2016/07/24(日) 22:14:38 jIKYwhbA0
投下乙です!
奪う側にもただ奪われる側にもなれない不器用な少女達がたどり着いた結論がライブ。
こう来たか!と唸りたくなる発想。
二人の会話の小気味よさや空気感は可愛いし、
為すすべなく巻き込まれたルキトレさんの今後も楽しみ。
本当に面白かったです。


512 : 名無しさん :2016/07/24(日) 22:42:11 daC.p/cEO
投下乙です

狂気の沙汰こそ面白い!
「殺し合うやつぁ地獄行き」は人によっては逆ギレしそうだけどがんばって!


513 : ◆5A9Zb3fLQo :2016/07/25(月) 01:10:05 LkzHRIBU0
投下お疲れ様です
インディヴィ二人はこういう方向にやることを決めたかぁ、輝子はなんだかんだで決まってからの行動力が凄い
ルキトレちゃんはこの最高に最悪な泥船に乗り込んでしまったけれど、その先が彼女にとって納得のいくものだといいなぁ

ついでに木場真奈美、村上巴、鷹富士茄子、水野翠で予約します


514 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/25(月) 01:44:45 45pTgWpk0
すみません、予約には入れてたんですが、しぶりんと早苗の出番が無くなってしまいました。
幸子、マキノ、里奈で投下します。


515 : Escape ⇔ Think ◆qRzSeY1VDg :2016/07/25(月) 01:45:51 45pTgWpk0
 どさり。
 幸子の耳に飛び込んできた、一つの音。
 それは、世界が変わる音。
 始まったのが間違い探しだとすれば、あまりにも簡単すぎる。
 だって、先程まで元気に立っていた緒方智絵里が。

 今は、体を投げ出すように倒れこんでいるのだから。

「……智絵里さん?」

 嘘だ。
 そんなわけがない。
 これは質の悪いドッキリだ。
 振り払われた現実逃避に、幸子はもう一度縋りながら、ゆっくりと智絵里へ近づいていく。
 一歩、また一歩、近づいていく。
 その度に少しずつ、夢から醒めていくような感覚を味わいながら。
 幸子は、智絵里の直ぐ側にやってきた。

「智絵里さん」

 呼びかけながら、智絵里を起こそうと体に触れる。
 触れた肩は、まだ暖かいままだ。
 なんだ寝ているのか、それとも気を失ってしまっただけか。
 そう思いたかった心が、一瞬にしてへし折られる。
 優しい呼吸を繰り返していたはずの口から溢れ出している、真っ黒い血。
 どれだけ手を当てても、呼吸をしている様子はない。
 いや、待て。
 まだ、分からない。
 これは用意周到に仕組まれたドッキリなのかもしれない。
 智絵里もなかなか人が悪いものだ、と思った時、彼女が握りしめていたスマートフォンに目が行く。
 何もそこまでリアルにしなくてもと思いながら、彼女の手からスマートフォンを奪い去り、バックライトを灯していく。

「――――ッ」

 そしてそのスマートフォンに、幸子は現実を叩きつけられることになる。
 刻まれた四文字、それは智絵里の決意の言葉。
 それを見てまでも、夢やドッキリだと思いこめるほど、幸子は人間として弱くはなかった。

「……そんなの、何にもならないじゃないですか!」

 なりふり構わず、幸子は大声で叫ぶ。
 その声が、届かないと知っていても。
 幸子は大粒の涙を流しながら、わんわんと泣いて、泣いて、泣き続けて。

 そして、幸子はそこから逃げ出すように走りだした。


516 : Escape ⇔ Think ◆qRzSeY1VDg :2016/07/25(月) 01:46:09 45pTgWpk0
 


 どさり。
 マキノの耳に飛び込んできた、一つの音。
 それは、世界が変わる音。
 始まったのが間違い探しだとすれば、あまりにも簡単すぎる。
 だって、先程まで元気に立っていた藤本里奈が。

 今は、体を投げ出すように倒れこんでいるのだから。

「里奈!?」

 慌てて里奈の元へと駆け寄り、その肩を掴んで起こしていく。
 急いで手を当てた首筋から伝わる、血液の流れる音。
 念の為に、と口元にも手を当て、里奈が呼吸をしていることを確認し、ひとまず安堵する。
 気道を確保するように丁寧に里奈を寝かせ、一息ついた所で、マキノは現状を整理しなおし始めた。
 思えば、まだ自分に当てられた道具さえもろくに確認していない。
 アナスタシアがその気の人間でなかった事は、本当に幸いだった。
 そう思いつつ、マキノは自分のデイパックと、里奈のデイパックを自分の近くに寄せ、中身を確認していく。

 真っ先に目についたのは、里奈のデイパックから飛び出しているそれ。
 綺麗な鞘に収められている、一本の日本刀だ。
 ずしりと伝わる重量にたじろぎながら、マキノはそれをゆっくりと引き抜く。
 自分の姿が映るほど、綺麗に磨き上げられた刀身。
 手入れがちゃんと行き届いている、と言うことだろうか。
 生憎と剣道の技術はないが、万が一の時には、これで戦うことになるのだろう。
 そう思いながら、次の道具へと手を伸ばす。

 里奈のデイパックに入っていたもう一つの道具は、精密ドライバーのセット。
 それを見て、マキノは真っ先に首元に触れる。
 今、自分の命を握っているたったひとつの枷。
 これを外すために使うことになるのだろうか。
 しかし、自分は池袋晶葉のように、機械工学のプロフェッショナルではない。
 外すことを前向きに考えるならば、まずは仕組みを理解するためのサンプルが必要だ。
 そう、サンプル。
 それを手にするには、誰かの犠牲が必要だ。
 隣には寝息を立てている藤本里奈。
 そして、手には一本の刀。

 一瞬で結びついてしまった最悪の方程式を、頭を振り払って消し飛ばす。

 そうだ、それは踏み越えてはいけない一線だ。
 それを踏み越えてしまえば、自分は人間では無くなってしまうのだ。
 それだけは、それだけは踏み越えられない。

 ふと、思い出す。
 先ほど相対したアナスタシアの、悲しげな目を。
 ああ、ひょっとしたら、彼女は人間として戦いに行ったのだろうか。

 そんな事を考えながら、マキノは自分のデイパックへと手を伸ばす。
 自分のそれは、道具を抜き出した里奈のデイパックと大きさがほぼ変わらない。
 そんな大きなものは入っていない、となるとそこそこ候補は絞られてくる。
 期待半分、諦め半分でデイパックを開き、中の道具を確認していく。
 懐中電灯、食料、里奈のデイパックと変わらない中身。
 その中で唯一違うそれにそっと手を伸ばし、マキノは思わず声を漏らす。

「USB、メモリ……?」

 偶然なのか、幸運なのか、それとも当て付けなのか。
 少なくとも、それが情報の塊であることは確かだ。
 それを渡しても構わない、と思われているのだろう。
 自分たちは、ナメられている。
 そう思うと、自然と舌打ちが漏れてしまった。

「う、うん……」

 その時、マキノの耳に届いたのは、里奈の弱々しい声。
 それと同時に、銃のような破裂音が微かに飛び込んで来た。
 音のした方角、それとアナスタシアが立ち去った方角は一致している。
 彼女が発砲したのか、それとも他の誰かが発砲したのか。
 いずれにせよ、銃を発泡せざるを得ない状況が傍で起こっていることは確かだ。
 ここにいることは、危険だ。

「里奈、逃げるわよ」
「え、へ?」

 まだ事態を飲み込みきれていない里奈の手を引いて、マキノはそそくさとその場から逃げ出した。
 音の方角を避けるように、かつ、近い拠点である村を目指すように。


517 : Escape ⇔ Think ◆qRzSeY1VDg :2016/07/25(月) 01:46:38 45pTgWpk0
 


「なんで」

 泣く。

「なんで」

 叫ぶ。

「なんで!!」

 死。

 認めたくなかった。
 こんなにも簡単に、こんなにも呆気無く人が死んでしまうなんて。
 だから、生きている人間に出会いたかったのに。
 逃げ出すように駆け込んだ村で、真っ先に見つけてしまったのは、佐城雪美の死体だった。
 広がる赤、その中心で眠るように倒れて、動かない。
 鮮明すぎる、死。

「う、え……」

 認めたくなかった。
 こんなにも簡単に、こんなにも呆気無く人が死んでしまうなんて。
 だから、そこから逃げ出した。
 走って走って、走り続けて、逃げ出した。
 誰でもいい、誰でもいいから、誰かに助けて欲しくて。
 神にも縋る気持ちで、幸子はある建物に逃げ込んだ。

「あ……」

 そして、ついに言葉を失う。
 一点に差し込む光、埃っぽい空気、そして、一つの影。
 洗練されて完成した、綺麗な光景だと思ってしまった。
 そう、本当に綺麗だった。
 それを織りなしているのが、死体でなければ。

「――――ッ!!」



 響き渡る、音。


.


518 : Escape ⇔ Think ◆qRzSeY1VDg :2016/07/25(月) 01:48:16 45pTgWpk0
「はあっ……はあっ……」
「ちょ、マキノン、大丈夫なん?」
「だ、大丈夫よ……」

 荒い息と共に、肩で呼吸をするマキノに対し、里奈は特に疲弊した様子もなく問いかける。
 里奈は、マキノに「走って逃げるわよ」としか伝えられなかったため、いつも通りに走り、逃げ出していた。
 結果、ご覧のとおりにポテンシャルの差が如実に現れてしまった、ということだ。
 まあ、途中で聞こえた銃声を避けるように、大回りで役場を目指したことも要因の一つではあるのだが。

「とりま、入って休む?」
「そ、そうね……」

 何はともあれ、目的地にたどり着く事はできた。
 いくら孤島の小さな役場とはいえ、パソコンの一台くらいあるだろう。
 電気さえ通っていれば、このUSBメモリの中身も確かめられる。
 しかし、銃声が聞こえてきたのは、方角的に確かこの辺りだ。
 先客がいる可能性は大いにある、ここは慎重に行くべきだ。

「じゃ、突撃突撃ぃ〜〜っ」
「ちょっ――――」

 そう思っていた矢先に、里奈がマキノの手を引く。
 マキノはそれを止めようとするが、荒い呼吸のせいで上手く言葉が紡げない。
 当然、里奈は止まること無く、そのまま役所の入り口へと向かい、ドアノブに手をかけようとする。

「あ――――」

 その時だ、里奈でも、マキノでもない、弱々しい声がマキノたちの耳に届いた。
 慌てて声の方へと振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。

「さっちん?」

 里奈がその正体の名を呼ぶと同時に、少女、輿水幸子は突如としてその場に崩れ落ちたのだ。

「ちょっ――――!?」

 突然のことに流石の里奈も困惑するが、側にいるマキノを放り出すわけにも行かない。
 かといって、幸子をあのままにしておくわけにも行かない。
 けれど、どちらか一つを捨てることなど、里奈に出来るわけもなく。
 迷いに迷い果てた挙句、彼女はドアノブを掴み、勢い良くドアを開き。

「ちょりーっす!! 誰か助けてぽよーー!!」

 兎に角誰かに助けて欲しいという、純粋な気持ちを抱えたまま。
 役場の中に響き渡るほどの声量で、叫んだ。



 そんな彼女の叫び……もとい、願いが通じ、二人の救世主が現れるのは、少し後の話。



【C-3/昼/鎌石村役場前】
【八神マキノ】
[状態]疲労(大)
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、USBメモリ
[思考・行動]
基本:殺し合いに抗う――――?
1:USBメモリの解析
[備考]
※この殺し合いが国家による計画であると考察しています
※過去の事例についてある程度把握しています

【藤本里奈】
[状態]健康
[装備]
[所持品]基本支給品一式、日本刀、精密ドライバーセット
[思考・行動]
基本:いつも通り振る舞う

【輿水幸子】
[状態]気絶、軽傷
[装備]無し
[所持品]基本支給品一式、ナイフ@現実
[思考・行動]
基本:生きている人間に会いたい


519 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/25(月) 01:50:32 45pTgWpk0
以上で投下終了です。

あと、予約切れてるみたいなんで、高峯のあと白菊ほたるで予約します。


520 : 名無しさん :2016/07/25(月) 02:23:14 e5hNaQWM0
【参加者名簿】
●遊佐こずえ/○宮本フレデリカ/○荒木比奈/○村上巴/●浅利七海/○鷺沢文香/●速水奏/○大西由里子/●緒方智絵里/○輿水幸子
○木場真奈美/○鷹富士茄子/○高峯のあ/●ヘレン/○二宮飛鳥/○橘ありす/●森久保乃々/○渋谷凛/○片桐早苗/●椎名法子
○上条春菜/○本田未央/●十時愛梨/○財前時子/●市原仁奈/●綾瀬穂乃香/○成宮由愛/●藤居朋/○青木聖(ベテラントレーナー)/○双葉杏
○三村かな子/●龍崎薫/○一ノ瀬志希/●クラリス/●赤城みりあ/○持田亜里沙/○服部瞳子/●望月聖/○結城晴/○新田美波
●佐城雪美/○南条光/●吉岡沙紀/●佐久間まゆ/●島村卯月/○日野茜/○佐藤心/○白菊ほたる/○八神マキノ/○藤本里奈
●アナスタシア/○早坂美玲/○星輝子/○及川雫/○的場梨沙/○水野翠/○青木慶(ルーキートレーナー)/●イヴ・サンタクロース/●安部菜々/●横山千佳

生存者37/60


【継続中の予約キャラ】
◆zoSIOVw5Qs 07/24 13:41:52
的場梨沙、持田亜里沙

◆5A9Zb3fLQo 07/25 01:10:05
木場真奈美、村上巴、鷹富士茄子、水野翠

◆qRzSeY1VDg 07/25 01:50:32
高峯のあ、白菊ほたる


現在位置(朝は死体略)

【朝】
D-6 鎌石小中学校3F教室
双葉杏
三村かな子
南条光

E-7
木場真奈美
鷹富士茄子

F-8
村上巴

F-8
水野翠

H-7
佐藤心
白菊ほたる

H-9
本田未央


521 : 名無しさん :2016/07/25(月) 02:23:26 e5hNaQWM0

【午前】
C-3 鎌石村役場近辺
(アナスタシア)

E-2 菅原神社
青木聖(ベテラントレーナー
(椎名法子)

F-9
早坂美玲
星輝子
青木慶(ルキトレ

G-3 平瀬村分校跡
(龍崎薫)
(浅利七海)

G-5 ホテル跡
(島村卯月)

G-5 ホテル跡・付近(西)
一ノ瀬志希

G-5 ホテル跡・付近(東)
二宮飛鳥
橘ありす
(森久保乃々)

I-7
的場梨沙
持田亜里沙

I-10 灯台
(速水奏)

【昼】
C-3 鎌石村役場前
渋谷凛
片桐早苗
八神マキノ
藤本里奈
輿水幸子

C-3 南
新田美波

D-3
宮本フレデリカ
荒木比奈
上条春菜
結城晴

F-2 南西部
(綾瀬穂乃香)
(吉岡沙紀)
及川雫
成宮由愛

F-6 西
(横山千佳)

F-6 中央
高峯のあ
(ヘレン)
(安部菜々)

G-5 南
服部瞳子

G-5 ホテル跡
日野茜
財前時子
(市原仁奈)

I-10 灯台
鷺沢文香
大西由里子


522 : 名無しさん :2016/07/25(月) 02:27:02 e5hNaQWM0
新田美波に関して、>>448の状態表では午前ですが同作の凛・早苗は>>449で午後となっています
これは午後が正しいのでしょうか、それとも午前のままが正しいのでしょうか


523 : ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/25(月) 08:59:32 DKKBoLK20
午後でお願いしますね


524 : 名無しさん :2016/07/25(月) 22:39:52 FqPgCY8M0



525 : 名無しさん :2016/07/25(月) 22:40:11 FqPgCY8M0
すみません、誤爆しました


526 : ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/25(月) 23:31:28 h0F.LsXE0
鷺沢さんのスタンスは一度読んでわけがわからなかったけど、なるほど。わからん。
観測者を気取った所で自分がこの物語から抜けられると思い込んでいるのかなあ。それはちょっと悲しい。
でも殺し合いに巻き込まれた時点で本当の自分はいないんだから、これが正しい選択なのかもしれませんね。


頑張れ輝子ちゃん!周りには怖い人たちばっかりだからこれぐらい物事を言える方が仲間は安心するかも。
トモダチ探してライブは応援したいけど、けど……w
ルキトレさんはストッパーになってくれないかなあ。なんだか見てて心が和む組み合わせでした。

私が前に投下した話をwikiで修正しました。
銀の剣削除に伴う状態表の修正と、武器で脅しているシーンを仁奈ちゃんの耳にコルク抜きをさして脅す感じにしました。

さて、投下します。


527 : 月が蒼くて哀愁夢 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/25(月) 23:33:29 h0F.LsXE0
殺してくれ。
亜里沙先生が言ったことはわけがわからなかった。
そもそもこの人は本当にアタシのしっているアリサかもわからない。
壊れたぜんまい仕掛けのお猿さんのように、何度も何度もけたけた笑って喋ってる。
うさぎのぬいぐるみが今日はたまに夜更かしした時に見てしまったホラー映画のように怖い。
「ころして」
座り込んで顔を上げないアリサはただ「ころして」を何度も繰り返しているの。
本当にアタシがアリサを殺すなんて思ってるのかな。口に出して言いたいけど、言ったら全てが終わりそうな気がする。
気がするだけ。でも……きっと、アタシ達はそれで終わってしまうと思った。
「ころして」
まただ。また「ころして」って言ってる。
「アリサ……まだ、頑張れるよ……」

辛いのはみんな一緒だと思う。そうに違いないよ。殺し合いなんて誰もしたくない。
無理矢理巻き込まれて、大切なみんなを殺さなくちゃいけないなんて、絶対に嫌だ。
アリサはちょっと疲れただけなんだ。目の前で悲しいことが起きたから、今は放心状態なだけなんだ。
「もう一回頑張ろう……アタシ達が頑張ればきっと、いつか助かるよ……!」
立ち上がった。残念だけどアリサじゃなくて、アタシが。
アリサが立てないならアタシが傍に行って支えて上げないと。歳の差なんて関係ない。今は誰かが必要なんだ。
相手を恐怖させない歩き方ってあるのか。あるなら次からは気を付けたいと思う。
アタシの歩幅は普段よりも大きくてその分足音も比例していた。比例だって。ちょっと頭が良い言葉を使ってみた。

近付いてもアリサは顔を上げてくれない。でも「ころして」とは言ってなかった。
落ち着いたのかな。それならとっても嬉しいって思う。違ったら、助けてあげなきゃ。
「ほらアリサ」
アタシはしゃがんでアリサと同じ目線の位置にまで降りた。それでも顔は見えない。
こんな状況は今まで無かった。大人なアリサで体験してないんだから、アタシには縁のない話。
でもこれは現実なんだ。アリサが言うような悪い夢じゃなくて、アタシ達の目は開いているんだ。

今を生きている。
「立とうよ」
時間が流れていて、それは当たり前のことなんだけどとっても大切だった。
「一緒に」
日常はつまらないかもしれない。けど、かけがえのない時間だって気付いた。
「頑張ろう」


アタシが伸ばした腕をアリサは――手首ごと掴んで、引き倒された。


                 ◆


528 : 月が蒼くて哀愁夢 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/25(月) 23:37:30 h0F.LsXE0

的場梨沙の言葉は持田亜里沙に届いたのか。
伸ばされた腕を後者はがっちりと掴む。それもとびきりの笑顔で。
歯を覗かせる口元は歪んでおり、はっはっと息が零れている。ついでに口元は若干唾液で潤ってもいた。
目は笑っていない。けれどそれ以外の全ては笑っており、この表情を見た的場梨沙は一つの結論に至った。
『自分の言葉は何一つ耳に届いていない』

持田亜里沙は的場梨沙の腕を掴むと自分側に引き寄せた。
彼女は倒れ、その上に馬乗りの形で的場梨沙が座り込む形となった。
「アリサ……どうしひっ!?」
何故こんな状況になったかも解らない。彼女の真意を訪ねようとする的場梨沙だが言葉は遮られた。
目の前に現れたうさぎ……ウサ子が意識や集中を全て攫っていく。揺れるウサ子からは不快感すら感じてしまった。
白い身体の中に所々交じる赤い斑点が恐怖を演出する。血の匂いが混じり的場梨沙の心拍数は加速的に跳ね上がっていた。
「来てくれたんだねリサちゃぁん」
ねっとりと紡がれる自分の名前を聞いた途端に身体中から汗が噴き出るような感覚に襲われる。
唇から垂れる唾液が更に的場梨沙の心を煽る。何だ、目の前にいるのは本当に持田亜里沙なのか。
姿も形も顔も身体も声も知っている。これは持田亜里沙だ。けれど、なんだろうか。この壊れたような女性は。
知らない。的場梨沙の知っている持田亜里沙はこんなに――狂っていない。

「ねーウサ子ちゃん!リサちゃんが来てくれたね!!」
「うん!嬉しいよね、だってこれからアリサを殺してくれるんだから」
「……え?」
理解が追い付かない。そもそも的場梨沙は持田亜里沙の言葉を理解しようともしていない。
自分は言った。殺さないと。なんで解ってくれないのだろう。自然と目尻に涙が浮かぶ。
大した事は言えてないし、心を揺さぶる台詞も言っていない。でも、心は本気だった。この気持ちは嘘じゃない。
持田亜里沙を殺したくないし、一緒に頑張りたいと思うのはありったけの等身大で響く的場梨沙の本心だ。けれど。
「ウサ子ちゃんーアレを渡して」
「うん!アリサの息の根を斬り裂くぅ〜包丁だね♪」
幼稚園の先生と変わらない声色で人形と会話を繰り返す持田亜里沙はウサ子に包丁を握らせた。
実演販売の店員のようにその場で数回振るう。その光景に的場梨沙は手で視界を覆う。振るわれる刃に抱く感情など恐怖しかあるまい。
恐る恐る瞳を開けると刃が向けられていた。声を出してしまう。まるで自分が殺されるようで、悲鳴が轟く。
「あ!ごめんごめん」
空いた左腕で自分の頭を叩く持田亜里沙。いや『叩く』は甘く『殴った』が正しいだろう。
鈍い音が響く。冗談や演技で行うには強すぎる力だ。もうどうでもいいのだろうだから、加減をしない。
死だ。死を覚悟しており、殺されると思っているから、自分の身体を大切にしていない。

「これじゃあ危ないよね」
刃をウサ子で握り、持ち手を的場梨沙に向ける。
「あ……ああ……」
刃を握るのだから当然のように血が垂れる。けれど持田亜里沙は笑っている。
気付いていない。心を壊した人形は、己の痛みを、気付けていなかった。


529 : 月が蒼くて哀愁夢 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/25(月) 23:38:39 h0F.LsXE0

「嫌、やめて……嫌だよアリサぁ……」
震えるウサ子から渡される包丁を的場梨沙は拒んでいた。
涙は滝のように瞳から流れ、迫る血液の付着した刃物から逃げたかった。
可怪しい。アタシの知っている持田亜里沙はこんな人じゃない。今までの記憶が蘇る。
どんな思い出を引っ張りだしても、彼女はこんな狂った笑顔をしていない。きっとこれは別人だ。
「あはっ……さぁ、ころして」
けれど声は本物だ。匂いも、感触も、全てが持田亜里沙と同じだ。記憶と同じで、思い出の刻まれた彼女と同じ。
人造人間だとかクローンだとか。そんなSFチックな存在ならばどれだけよかっただろうか。
「できないよぉ……お願いだから、元に戻ってよぉ……」
例え造られた生命だろうと殺すことなんて出来やしない。出来るならばとっくに殺して、楽になって、終わっているだろう。
ならば本当に生きている人間を殺すことなんて、死んでもやってやるもんか。その前に実行などそれこそ夢の中で出来るか出来ないかの瀬戸際だ。
向けられた持ち手を的場梨沙は拒む。彼女が掴むことは永遠に無いだろう。
掴めば最後だ。持田亜里沙の願いを叶えるために……そんな悲しい結末しか待っていない。

「どうしても、だめぇ?」
顔を傾げた持田亜里沙の言葉は語尾がだらしなく伸びている。切るつもりが無いのだろう。
垂れる唾液も拭かないで永遠ところしを願っている。もう身なりなど整える必要も感じていないに違いない。
ウサ子も世話しなく振っており、どうやら本気で的場梨沙の気持ちを理解していないらしい。
「駄目に決まって……絶対にアタシは殺さないよ」
「アリサ先生の頼みでも?」
「しない。お願いだから……元に戻ってよ、アリサ……っ」
互いの言葉は弱い。己の意思は絶対に曲げない。けれど結果は全て他者に依存していた。
殺されたい持田亜里沙と、殺さない的場梨沙。
戻って欲しいと声を掛ける的場梨沙と、死にたい持田亜里沙。
どちらかが折れなければ状況に変化は訪れない。けれども互いに譲るつもりもない。いや、変えられない。
変えてもらう。自分から動けない。相手が動くのを待つしかない。

「どうして先生の頼みが聞けないの」
「……え?」
それは突然だった。流れを無視したような、天気予報が外れて土砂降りの雨が帰宅中の彼女達を濡らすような。
今までのゆったりとして壊れた口調や声色じゃない。しっかりと聞き取れる低い音で持田亜里沙は呟いた。
急な変化に的場梨沙の心臓は一瞬止まってしまう。まるで押してはいけないスイッチに手をかけてしまったような気分だ。
「どうして先生の頼みが聞けないの」
また、だ。繰り返しの言葉が的場梨沙の心を締め付ける。
何か言い返さないと。必死に言葉を模索するが頭の中が蠢いていて適切な単語を拾えない。
焦りだけが身体中を蝕み、気分が悪くなる。まるで地獄にいるような感覚に襲われてしまう。
勿論、地獄に行ったことなど無い。けれど、殺し合いなんて地獄と変わらなかった。
「どうして先生の頼みが聞けないの」
三度目だ。三度目の正直……なんて言葉もあるように、きっと此処で答えを出さないといけないだろう。
逆に考えれば、今の持田亜里沙は的場梨沙の言葉を待っている。好機と捉えれば少しは気分が前向きになる。


530 : 月が蒼くて哀愁夢 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/25(月) 23:40:18 h0F.LsXE0

説得するなら今しか無い。
けれど彼女の心の中の引き出しを幾ら開けても出てくるのは溢れた単語だけだ。
出かける洋服が見つからない。そうであればよかった。出かける洋服を持っていないのだ。
精神を統一しても。頭の中を棒で引っ掻き回しても。脳内に電気を走らせようと、何も良い言葉は生まれない。

「アリサ」

それがどうした、って笑えればよかったのに。と的場梨沙は思う。
言葉を考えても、きっとそれは演技の範疇だ。盛ったところで何も効果は生まれない。
どうせ相手が心を開かないならいっそ、そのままぶつけてみよう。ありったけの的場梨沙を持田亜里沙へ。
届け、君に。青空へ送る。本心からの言葉。

「アタシはさ、こんなことなんて」

「どうして先生の頼みがきけないのかなあ……かなあ……ふふ」

「……あ、アリサ?」

「なんで先生に歯向かうのかなああああああああああああああああ」

的場梨沙が言い終える前に持田亜里沙は壊れた。最初から壊れかけていたのだが、最後の砦が崩れたように叫んでいる。
ころしてくれ。何度も何度も頼み込んだ彼女の願いは受けいられることは無かった。
当然だ。殺しなど容易く請負が発生しては人類などとっくに滅亡しているだろう。元々、無理な願いだった。
けれどそんなことは関係ない。自分の頼みが、先生の頼みが拒否されている現実に、耐えられない。
大人の言葉が解らない子供にすることは世界共通である。そう、お仕置きだ。
「ああ……ごめん、アリサ……ごめんなさい」
「呼び捨てにするな!」
「あぁ!!」
倒れていた持田亜里沙は上半身を起き上がらせ、代わりに的場梨沙が寝転ぶ形となる。
マウンドポジションを確立した上でウサ子は包丁の持ち手へと握り直すと、それを的場梨沙の顔面横へ突き刺す。
彼女の耳元で風を切る音が流れた後に鈍い大地へ刺さる音が響く。聴覚的恐怖を煽られ涙と共に悲鳴が上がっていた。

「わかんない子は……躾をしないとねえ?」
「うん、そうだね!」
振り上げられたウサ子は何の躊躇も無く的場梨沙の顔面へと落下した。つまり拳だ。少女の顔面を殴ったのだ。
鼻の上に到達したその一撃は簡単に骨を粉砕する。白いうさぎは更に血で染め上がっていた。
「いたぁ……ごめんなざぁ……う……」
最早、的場梨沙に物事を考えろなど不可能な話である。元々、殺し合いの極限状態に加え出会ったのは狂った持田亜里沙だ。
本来ならば保護されるべき幼い少女への仕打ちとしては最低だ。大人でも精神が壊れてしまうだろう。
それに追い打ちを掛けるように「ころして」との懇願だ。彼女の心はとっくに許容の限界を超えていた。そしてそれを助ける大人も壊れていた。
「どうして」
ウサ子は的場梨沙の右頬を捉える。
「頼んだのに」
左を向いた的場梨沙の顔を正面に戻すために、左頬を殴る。
「ころしてくれないの」
左を殴ったのだから、次は右だ。
「ぁ……ごめ……ゆる……あぃぁ……しぃ…が……わるか……」
「もっとハキハキ喋らないと聞こえないよ?」
「ウサ子ちゃんの言うとおりだよ」
「ごめんあざぁ………あぁ……」
「じゃあ先生を殺してくれる?」
「……ぅ……そんなの、できな……うぅ……」

「わかってくれないならわかってもらえるまでやるしかないよりさちゃん」


531 : 月が蒼くて哀愁夢 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/25(月) 23:42:54 h0F.LsXE0

拳は止まらなかった。何度も何度も的場梨沙を納得させるために振り下ろされる。
時折、止まっては彼女の意思を確かめるのだが、変わってくれない。
自分を殺してくれないのだから、殺してくれるまで殴るしか無かった。先程まで無気力だった持田亜里沙が行う最後の選択だ。
自分の意思で行う、最後の行動が的場梨沙への躾だった。全ては自分がこの悪夢から開放されるための。
「あぁ………ぶっ、あ……」

殴られ続ける的場梨沙の瞳から持田亜里沙は笑っているように見えていた。
悪魔だ。人を殴って喜んでいる悪魔にしか見えない。白いうさぎは完全に血で染まっていた。
どうしてこんなことになったのだろう。薄れ行く意識の中で考える。でも答えは出ない。
殺し合いに巻き込まれたことがイレギュラーで、遅かれ早かれ死ぬのは決まっていたかもしれない。
死に対する考えなど抱いたことは無かった。直面して初めて解る。怖い、死ぬほどまでに心が黒く潰される。

前歯が折れる音が響く。けれど持田亜里沙は拳を止めない。
もう的場梨沙の瞳は座っていた。光が失われており、左右に揺さぶれる顔はもう玩具だ。
外部からの衝撃でしか動かない。自分の意思で動かすことをやめてしまった。
自分は何をしていたんだろう。結局持田亜里沙を説得し立ち直らせることは不可能だった。
でも、頑張ったとは想いたい。こんなに殴られてるんだから、少しは褒めてくれてもいいよね。


「――――――――――――――ぱぁ、ぱ」


「あれ?リサちゃんが止まっちゃったよ」


最後の言葉が聞こえた訳では無い。拳から伝わる感触に硬さが抜けたことから持田亜里沙は動きを止めた。
見下している的場梨沙の顔面はぐちゃぐちゃだ。肌色よりも血の色が大半を占めている。
後ろで結んだ髪も解け、彼女を知っている人間に「これは的場梨沙です」と言っても信じてはくれないだろう。
美しい顔立ちも所々が膨れ上がり、ラインは消えている。左目は完全に隠れており、面影は零だ。
既に息もしていないのだが、まさか死んでいるとは持田亜里沙も考えていない。そこまで追い付かない。
仮に死を悟ったならば自分よりも先に死んでしまった彼女を永遠に恨むだろう。本来ならば有り得ない感情であり、物語ではあるのだが。

「ちょっと寝ちゃっただけだよ!」

ウサ子が喋る。当然だがこの言葉の持ち主は持田亜里沙だ。
一人芝居、腹話術、アフレコ、現実逃避。好きに捉えればいい。けれど的場梨沙が停止した今、この場には持田亜里沙しかいない。
「一人で寝ちゃって大変……」
「一緒に寝てあげれば?」
「それも……そうだね」


532 : 月が蒼くて哀愁夢 ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/25(月) 23:44:46 h0F.LsXE0

子供が寝たのなら一緒に寝てあげよう。布団は無いけれど肌で温めればきっといい夢心地だ。
外で寝ているのだから寒いし下は大地だ。一人で眠るのも寂しいから一緒に眠ってあげよう。
「ねーんねーん、ころーりーよー、おころーりーよー♪」
既に眠っているのに壊れた玩具は誰も聞いていない空間に言葉を垂れ流す。
巻かれたネジは最後まで止まらない。その生命が潰える瞬間まで永遠に紡ぎ続けるだろう。
「ねーんねーん、ころーりーよー、おころーりーよー♪」
良い夢を見れるように。悪い悪夢を見ないように。優しい声だけが響く。
せめて夢の中ぐらいは幸せでいてもらいたい。少々な躾をしたが的場梨沙を想う気持ちは本物だ。
今はゆっくり休ませたいと想っている。無論、殺したことを承知の上で。気付いていない訳が無かった。

「ねーんねーん、ころーりーよー、おころーりーよー♪」

それ以外の言葉は流れなかった。必要も無かった。誰かが止めないといけなかった。
「ねえアリサ」
「ん?」
この場には持田亜里沙しかいない。
「アリサもリサちゃんと一緒に眠ろうよ!」
会話など発生することは有り得ない。とっくにうさぎ口調は終わっていた。
「そうしたいけど眠くないの」
幻聴でも無い。持田亜里沙の声だけが、会話のように繰り返される。
「これを使えばリサちゃんのところへいけるよ!」
「わぁ!そうれもそうだね!」

ウサ子が掴んだそれを持田亜里沙は空いている腕へ移動させた。
数回ぶんぶんと音を立てて付着した何かを弾き飛ばすと、それを首筋へ当てる。
これは悪い夢なんだ。醒めて現実へ戻りたい。そう思っていた。
けれどこれは現実なんだ。感覚は本物で、目を逸らしたい地獄だった。
だから。これでやっと楽になれる。
リサちゃんと同じ、夢の世界へ行けるのだから。


彼女達は永遠の眠りにつく。
きっと同じ夢を見て、幸せそうに笑っているだろう。
だって仲良く二人横に並んで寝ているのだから。
それにペアルックだ。赤いコーディネートで揃えた仲良しこよしなんだからね。


リサちゃんは顔から赤いお水を流して、アリサ先生は首から綺麗な赤い液体を流しているぐらいだから。


【的場梨沙 死亡】
【持田亜里沙 死亡】


533 : ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/25(月) 23:45:43 h0F.LsXE0
投下終了です。
自分で納得がいっていないのでwikiで描写の加除修正を行うかもしれません


534 : 名無しさん :2016/07/26(火) 00:19:00 53M3lT/o0
>>533
まだ内容読めてなくて申し訳ありませんが、リレーの都合上内容が変更・追加されるようならこちらでも変更点をご報告ください。
単純に描写のクオリティアップとかなら特に問題ありませんので。


535 : 名無しさん :2016/07/26(火) 00:21:03 53M3lT/o0
と、仁奈ちゃんの修正の報告見るにその辺は大丈夫そうですね。失礼しました


536 : ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/26(火) 00:36:09 JcLtymRg0
本田未央、鷺沢文香、大西由里子で予約します


537 : 名無しさん :2016/07/26(火) 00:57:20 /8XwphSs0
投下乙です
狂うふりをすることすら許されず絶望に染まった亜里沙せんせい、
終わらせての願いも聞き入れてもらえずに、ついに。。。うう…この人はロワにぶち込むには優しすぎたんだ
梨沙ちゃんもなんというか、一縷の望みを信じてしまったがゆえの・・・という感じで、互いに最悪の一手を重ねてく感じがつらいですね。
結末を描き切る力に感嘆するばかりです


538 : 名無しさん :2016/07/26(火) 01:17:08 wRv2qaQg0
投下乙です
的場梨沙ちゃんボッコボコはかなしいけど筆の勢いというか流れるような文に圧倒されました


539 : ◆2Y3cHH26EQ :2016/07/26(火) 01:25:44 QMKYvT7Q0
三村かな子、南条光、双葉杏で予約


540 : ◆adv2VqfOQw :2016/07/26(火) 01:30:31 I7SPuSIw0
ベテトレ予約


541 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/26(火) 02:06:50 jazPuchg0
投下乙です。
うわ、うわ、うわ……
壊れた上に更に壊れて、壊れきって。
世界から居なくなっていった、何も残らない。
ただ、残るのは死体だけなんだよな……

さて、自分も投下します。


542 : UNLUCKY-CHOICE ◆qRzSeY1VDg :2016/07/26(火) 02:07:46 jazPuchg0
 ■■回目。
 もう、数えるのも馬鹿らしくなってきた。
 いや、数えていた所で、どうという訳ではない。
 自分が人殺しであることには、変わりないのだから。
 血を浴びることも、人が死んでいく匂いも、のあはもう慣れてしまった。
 何の感慨も沸くこともなく、ただ淡々と"行う"だけ。
 もはや、殺人という行為ではなく、機械的な"作業"と呼ぶに相応しい。
 いや、自分は既に機械なのかもしれない。
 そんな一種の虚しさを抱きつつ、ふっと笑いながら、剣に付いた血を振り払う。
 それから流れるように、イングラムの手入れを行い、奪った支給品を確認していく。
 といっても、大したものではない。
 ありきたりな手榴弾と、コードレスの電池式半田鏝だ。
 手榴弾はともかく、半田鏝は何に使うべきか。
 そんな事を考え始めた時、一つの気配を感じ取る。
 即座に傍においていたイングラムを構え、気配の方へと向けていく。

「撃ちますか? 構いませんよ」

 しかし、現れた気配の主、白菊ほたるは怯えること無く、のあにそう告げた。
 その目は、銃口とのあの瞳を真っ直ぐに見つめたまま、動かない。
 暫く時だけが過ぎた後、ふとほたるが視線を逸らした。
 それが最初にして最後の隙。
 後はのあが引き金を引くだけで、この戦いは終わる。
 そして、のあは引き金に指をかける。

「聞くまでも、ないですよね」

 その時、半ば諦めたかのように、ほたるは呟く。
 ここに来るまでに見かけた一人の死体と、目線をそらすだけで飛び込んでくる二つの死体。
 そして、その中心で血を浴びたまま立っている、一人の女。
 誰がどう見ようが、結論は一つであるし、聞くまでもない。
 だからほたるは、のあの返事を待たずに、言葉を続ける。

「だから、私は貴方を"不幸"にしにきました」

 少しだけ、低い声。
 優しく、それでも叩きつけるように、絞り出した声を、のあに投げる。
 "不幸の魔女"として、自分が今すべきことを、するために。


543 : UNLUCKY-CHOICE ◆qRzSeY1VDg :2016/07/26(火) 02:07:56 jazPuchg0

「……"不幸"か……面白いことを言う」

 銃口を下げ、ふ、と笑いつつ、のあは語り出す。

「深い……深い海の底。光さえも届かない場所に……私はいる。
 "幸福"など……とうの昔に忘れた……そんな私を、これ以上"不幸"に出来ると言うのか?」

 別に、今始まったことではないのだ。
 ここに来るずっと前から、既に両手は血に染まりきっている。
 それが仕組まれたものだったとしても、もはやどうでもいい。
 自分で決めた、自分で覚悟した、自分で飛び込んだ世界。
 "幸せ"などとは縁遠い場所に居る自分を、どうやって不幸にするというのだろうか。

「ええ、出来ますよ。のあさんがこれからどこに行こうと、何をしようと、絶対に」

 けれど、現れた"魔女"はそう言い放つ。
 焦りも怯えも無く、ただ真っ直ぐとのあの目を見つめたまま、動かない。
 そんな彼女を見て、大した自信だ、と心のなかで呟きながら、のあは笑う。

「面白い、やってみなさい。貴方を殺すのは……最後にしてあげる」

 もう、これ以上の"不幸"など、無いと言うのに。
 それでも"不幸"に出来るのだというなら、やってみせろ。
 そう言わんばかりに、のあはほたるの"挑戦"を受けた。

 そうしてのあは、ほたると共に歩き出した。
 守ってやるつもりなど、あるわけがない。
 寧ろ、事のついでに巻き込んで殺してもいいとすら思っている。
 だが、きっと彼女はそうはされてくれないだろう。
 そうすれば、自分は"不幸"でもなんでもなくなってしまうからだ。

 どのようにして、"不幸"を突きつけられるのか。
 それが、のあの興味を引いている、唯一の事だった。

【一日目/F-6北部/昼】
【高峯のあ】
[状態]健康、
[装備]銀の剣、イングラムM10(29/32)
[所持品]基本支給品一式X4、予備弾×240、ダイバーズナイフ、ランダム支給品X2、安部菜々の首輪
[思考・行動]
基本:殺し合いに乗る
1:参加者の殺害
[備考]
※以前にバトルロワイアルに参加して、優勝しています

【白菊ほたる】
[状態]健康、“不幸”
[装備]紫のドレス
[所持品]基本支給品一式、不明支給品×1〜2
[思考・行動]
基本方針:「不幸の魔女」を演じる。
1:高峯のあに、"不幸"を。
2:怖い人には不幸を、優しい人には…どうしよう。
3:ひとつだけ、言っておきます。この程度の不幸で私を殺せると思わないでください。


544 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/26(火) 02:08:42 jazPuchg0
投下終了です。
一ノ瀬志希予約します。


545 : 名無しさん :2016/07/26(火) 23:37:57 wRv2qaQg0
投下乙です。
白菊ほたるちゃんの演技力こっわ
やばい二人が共に歩き出してしまった


546 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/26(火) 23:42:48 jazPuchg0
すみません、>>543でのあの所持品を変更し忘れていたので、Wikiにて修正しました。


547 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/27(水) 01:15:45 j/zziLKk0
投下します


548 : Thinking Progress ◆qRzSeY1VDg :2016/07/27(水) 01:18:35 j/zziLKk0
 外の空気をたっぷり吸い、体を大きく動かしていく。
 いい具合に気分転換を済ませ、ついでに注射器のガラを投げ捨てる。
 そして、ため息を付いてからホテル跡に戻ると、それは既に始まっていた。
 死角から確認できたのは、銃を突きつけて財前時子と日野茜を脅す服部瞳子。
 なるほど、と事態を理解しつつ、志希は情報を拾いながらその一部始終を見届けることにした。

 結果が、これだ。
 轟々と燃え盛る、一人の少女。
 呪詛にも近い、断末魔の叫び。
 そして時が経つごとに、少女は人でなくなっていく。
 あまりにも容赦なく、あまりにも残酷なそれは、地獄と呼ぶに相応しい光景だった。

「……わお」

 思わず、声が漏れる。
 思いつく限りの残酷さは、龍崎薫の死体に刻んできた。
 けれど、目に焼き付けられたのは、それを優に上回る残酷さだった。
 そして、志希は気がつく。
 そんな光景を見つめていた自分が、笑っていることに。

 人から消し炭へと変わっていく、市原仁奈の姿に興奮していた訳ではない。
 服部瞳子の躊躇いのない手口に感銘していたわけでもない。
 ならば、彼女を笑顔にしたモノは何なのか。
 それは、残された者の顔。
 財前時子も日野茜も、ただ"モノ"へと変わっていく市原仁奈を見つめることしか出来なかった。
 そんな彼女たちに刻まれていた絶望が、表情からひしひしと伝わってくる。
 そう、一ノ瀬志希は"それ"に興奮していたのだ。

 宮本フレデリカ。
 心優しい彼女のことだから、きっとこんな場所でも誰かと仲良くやっているのだろう。
 そんな彼女と共に過ごす人間が、彼女の目の前で"崩れて"いったとすれば。
 彼女も、あんな顔をするのだろうか。
 ましてや、それを成したのが自分だとすれば。
 彼女は、どんな絶望を浮かべるのだろうか。

 ああ、考えるだけでゾクゾクする。
 彼女にこの上ない絶望を与えきった上で、殺す。
 普段の明るい彼女からは想像もできない、負の側面。
 それを味わいきった上で、自分の手で殺す。
 絶望の底から、さらに絶望を叩き込む。
 その時、彼女は――――

 考えれば考えるほど、止まらない。
 少しでも考えてしまえば、たちまちの自分の思考は彼女に埋め尽くされてしまう。
 もう駄目だ、限界だ。
 これ以上、我慢なんて出来やしない。
 確かに、他人の感情にも興味はある。
 しかし、それはあくまで前置き。
 自分の心のレポートをまとめ上げる実験の一環に過ぎないのだから。


549 : Thinking Progress ◆qRzSeY1VDg :2016/07/27(水) 01:19:09 j/zziLKk0



 ふふっ、と、一人笑う。
 そういえば、あれだけの物音が立っても、二宮飛鳥と橘ありすは出てこなかった。
 部屋に残っているとも考えられるが、それはそれで都合が悪い。
 そもそも、二人がホテルに残っていようがいまいが、ここで自分があの場に現れるのは悪手中の悪手だ。
 森久保乃々を殺した事実は、最早隠しようがない。
 それに、先ほどの動きを見る限り、財前時子と日野茜は、志希一人で対抗できる相手ではない。
 彼女たちを敵に回せば、そこで終わり。
 死ぬことはないとしても、自分の"実験"からは遠ざかってしまう。
 だから、この場は退く。
 自分の目的は、何も片っ端から人を殺すことではない。
 それに、もう止められないのだ。



 この、この胸の高鳴りを。



 そして、志希はもう一度笑い、ゆっくりとホテル跡を離れていく。
 初めは音を立てないように、慎重に。
 ホテル跡が遠のいてからは、少し距離を取るために早足に切り替えていく。
 向かうのは、服部瞳子に出会わない方角、北西。
 それは偶然か、神の悪戯か、それとも彼女の本能か。



 その先に、彼女が居ることなど知る由もなく。



 志希は、その足を進めていた。



【一日目/F-4/昼】
【一ノ瀬志希】
[状態]健康
[装備]スリーピングミストつきの服、安楽死薬×3
[所持品]基本支給品一式×3、ランダム支給品1〜3、スリーピングミストの瓶、イングラムM10サブマシンガン@現実
[思考・行動]
基本:実験だよ、実験。
1:宮本フレデリカを殺したときの自身の感情の観察
2:北西に向かう
3:プロデューサーがもし生きてたら…
4:心的メモ。みんなの願いが叶う、海の歌?


550 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/27(水) 01:19:46 j/zziLKk0
投下終了です


551 : ◆5A9Zb3fLQo :2016/07/28(木) 00:03:20 UWQWmiw20
投下お疲れ様です。
ヤバい光景をヤバい人が見てた。
クレバーなのにクレイジーな志希ちゃんはヤバい。そして向かう先には本懐を遂げられそうなフレちゃんが……

それではこちらも木場真奈美、鷹富士茄子、水野翠、村上巴を投下します。


552 : グッド・ラックとダンスを踊れ ◆5A9Zb3fLQo :2016/07/28(木) 00:05:04 UWQWmiw20

「それにしても木場の姐さんに鷹富士の姉さんと会う事ができたんは幸先がええのう」
「なぜ、私が姐さんで茄子が姉さんなのか聞いてもいいかな?」
「そらもうそういう雰囲気じゃけえ」
「ふふっ」

E-8を通る道路を歩く影が3つ、木場真奈美、鷹富士茄子、村上巴の3人だ。
幸運にも遭遇できた3人はそのままこれまでの経緯を話し合い、また、打倒主催を掲げるものとして一緒に行動する事を決めたのだった。
高峯のあが殺し合いに乗ったという話を受けて巴は動揺を見せたものの、「なら高峯の姐さんも止めるだけじゃ」とより巴の決意を固める結果となる。

「さて、私たちは港に、巴は北に向かって来た訳だが、どうすべきかなこれは」

彼女達の目的は同じく殺し合いを打倒する意志を持つ者との合流だ。
何よりも首輪の解除を優先しなければならないが、その様な技術は三人ともが持ち合わせていない。
ネット強い八神マキノや、工学に明るい池袋晶葉といったアイドルがいればとも思うがそうそう都合がいいものでもないだろうという思いもあった。

「そうですねー、とりあえずは港に行って、そのまま島をぐるっと回ってみましょうか。きっといい出会いが……きゃっ!」

不意に、横殴りの強風が吹いた。
バサッと髪が横に流れるほどの強風に全員が思わず目を瞑る。
その時、ヒュパッという空気を切り裂く音が、茄子の真横を通りすぎだ。
何事かと横を向くのと彼女の前方からくぐもった声が上がるのは同時。
視線が真横か声のした方向に移る。
そこには木場真奈美が変わらずに立っていた。
もっとも、その胸にどこからか飛んできた矢を生やしているという違いはあったが。

「え?」

間の抜けた声を茄子はあげる。
呆然とした顔で自分の胸に生えた矢を見つめる真奈美の口から一筋の朱が垂れ、白い肌に線を引く。

「逃げろ」

一言、茄子と巴に向けて呟くと真奈美は崩れ落ちる。
その瞬間、茄子の腕を強く引っ張られる感覚。
巴が茄子の腕を引いて物陰まで駆けようとしていた。
突然の出来事に対応の遅れた茄子は引っ張られるままに足を動かすと、幸運にも先程まで茄子が立っていた場所を新たな矢が通り抜ける。

(ニ射目も外れ。一射目を外したことも鷹富士さんの幸運のなせる業かもしれないけれど、結果として木場さんに当たったのは私にとっても幸運)

真奈美を射た射手、水野翠はクロスボウに次の矢を込めながら、冷静に状況を確認する。
茄子、真奈美、巴の三名が話し合っているところを目撃した翠はその中で一番警戒心の薄かった茄子を狙撃しようと矢を放った。
が、先程吹いた強風が射られた矢の方向を僅かに逸らせた結果、矢は茄子ではなくその斜め前にいた真奈美に突き刺さる結果となってしまったのだった。
当初の予定では日頃から隙のない真奈美と腰にドスを差していた巴から一筋縄ではいかない匂いを感じ、茄子を狙撃するだけに止めて撤退を考えていたが、良くも悪くも状況は変わってしまった。
最も警戒していた真奈美が倒れた以上、残っているの自分よりも年下の巴と戦う力もなさそうな茄子の二人。
どうせ最後の一人にならなければいけないのならば、狙撃者がいる事実を知ってしまった二人はここで始末しておくべきだと巴の思考に欲が顔を出してくる。
もっとも、それを却下する強い理由は翠にはない。
そもそも撤退を決めた理由も深追いしすぎて真奈美から手痛い反撃を受けることを恐れたのが大半を占めている。
撤退に至る前提が崩れてしまった。故に翠の理性は思考から湧き出た欲を肯定する。


553 : グッド・ラックとダンスを踊れ ◆5A9Zb3fLQo :2016/07/28(木) 00:06:11 UWQWmiw20

(ええ、射抜いてしまいましょう。遅いか早いかの違いです。ここで逃げられて"矢で狙撃してくる殺人者"がいるとバラされる事の方が、後の事も考えると具合が悪くなるかもしれません)

茂みへと逃げ込んだ二人を見逃さぬよう慎重に移動を開始する。
未だ相手はこちらの居場所を視認できていないだろう。
狙撃戦を続行すればこちらの有利は変わらないと判断し、翠は相手の出る機会を伺った。

「鷹富士の姉さん、怪我ぁしとらんな?」
「は、はい。ありがとうね、巴ちゃん」

逃げ込んだ茂みの中で息を殺し、巴と茄子は互いの無事を確認する。
激しく心臓が鼓動し、冷たい汗が顔を撫でる。
先程まで共に談笑していた真奈美が矢に射られ、いとも簡単に亡くなってしまった事が、二人をここが殺し合いの場なのだという事を改めて認識させる。

どうするか、巴は思考する。
この中で一番戦えたであろう真奈美はもういない。
茄子は年上とはいえ、気質的にも周りの環境的にも自分に比べて荒事には向いていないだろう。
なんとかしなければと思いながらも、打開策など浮かぶ筈もない。
思考の渦に陥る巴の手が、ぎゅっと強く握られる。
その感触にハッと我に返った巴の視界に写ったのは、覚悟を決めた茄子の顔があった。

「巴ちゃん、私が囮になるから、あなたは逃げて。逃げて誰か助けを呼んで」
「……何言うとるんじゃ、鷹富士の姉さん」

茄子の提案に巴が目を見開いて聞き返す。

「大丈夫、私は運がいいしきっと何とかなると思うから」
「ちゅーてもじゃな……!」
「それに私、巴ちゃんよりお姉さんだから」

反論しようとした巴だったが、不安に怯えた顔を精いっぱいの笑顔に変えて強がってみせる茄子に巴は二の句が告げられなくなってしまう。

「だから、お願いね!」
「姉さん!」

巴が制止するのも間に合わず、茄子が飛び出す。
空しく宙を切った巴の手が、ギュっと強く握られる。
守ろうと思った茄子に守られてしまった事が無力感として巴を苛む。

「クソッタレ……!」

ギリ、と唇を噛みしめて巴は動き出した。


554 : グッド・ラックとダンスを踊れ ◆5A9Zb3fLQo :2016/07/28(木) 00:07:13 UWQWmiw20

飛び出した茄子を出迎えたのは先ほどと同じく飛来する矢。
が、その矢は勢いよく飛び出したせいでつんのめり、体勢を崩した茄子の衣服を掠りながら近くの地面に突き刺さる。
その幸運としか例えようのない避け方に、翠は微かに眉間に皺を寄せた。
二射目は駆ける先を読み放ったが、再度吹き荒れた強風によって動きを止めた茄子の目前に矢が突き刺さる。
三射目、狙いは完璧だったがどこからか飛来した鳥が偶然にも遮蔽物となって射抜かれた事で茄子に当たる事なく終わる。
偶然、と呼ぶにはあまりにも茄子にとって都合の良すぎる展開に翠は背筋がゾクリと冷たくなる。
翠に落ち度はない。だというのに当たらない。
異質な何かに守られたような茄子の強運に恐ろしさすら感じている。

(呑まれちゃ駄目……!)

及び腰になりかけていた心を奮い立たせる。
遠距離から射ても冗談のような幸運で当たらない。
ならば、次はどうする?
逃げるという手も考えたがそれは却下する。
目の当たりにした鷹富士茄子の幸運は放置しておくにはあまりにも危険すぎたのだ。

(なら後は虎穴に入るしか、ない)

一度、目を瞑り精神を落ち着かせる。
すっ、と瞑っていた目を開く。その瞳には覚悟の光が灯っていた。

(諦めてくれたんでしょうか?)

気付けば矢による攻撃が止んだ事で、訝しげに茄子が周囲を見渡す。
不意にがさりと茂みが動き、茄子が身構える。
そこにはクロスボウを構えた翠の姿があった。

「翠ちゃん、あなたが……」
「動かないでください。この距離なら先程までの様に運良く外れる、という事はないと思います」

茄子の声を無視し、翠が無慈悲に茄子へとクロスボウを向ける。
クロスボウのトリガーに指を当てる。
矢の形に込められた殺意に茄子は蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなくなる。
決着の一矢が放たれる。翠がそう思ったその瞬間だった。

「おぉぉぉぉどりゃぁぁぁぁぁぁ!!」

翠の不意を突く形で横合いから怒声と共に影が飛び出した。
ドスを腰だめに必死の形相をした巴がその切っ先を翠に向けながら駆け抜ける。
結局、巴は救援を呼びに向かう事ができなかった。
茄子のこの行動を無駄にする訳にはいかない。ならば何が自分にできるのか。
巴の出した結論はこの射手の存在を突き止め、これ以上の凶行を止める事だった。
茄子の化け物じみた強運のせいか幸いにも射手の注意は茄子にのみ向けられていた事に付け入り、息をひそめて動いていたのだが、射手である翠が姿を見せた事で状況が変わってしまう。
このままでは茄子が殺されてしまう。翠と自分の距離を考えると十分に射撃される危険性はあったが、巴は覚悟を決めた。


555 : グッド・ラックとダンスを踊れ ◆5A9Zb3fLQo :2016/07/28(木) 00:08:10 UWQWmiw20

巴と翠の体が重なる。
矢を射られる事はなかった。
だが、巴の持っていたドスが翠を傷つける事も叶わない。
不運としか言いようがなかっただろう。
咄嗟に翠が盾にしたクロスボウにドスが突き刺さっていた。
巴が反射的にドスを引き抜こうとするがクロスボウの機構を破壊するほど深く入り込んだドスは抜けない。
そしてそれは致命的な隙へと繋がった。

巴の視界に翠の腰へと伸びる腕が映る。
腰から何かを抜いた腕が閃き、衝撃が巴を襲う。

「いやあああああああああああっ!!」

茄子の絶叫の途中で巴の意識は途絶えた。


イブ・サンタクロースの支給品であったサバイバルナイフを腰のホルスターから抜き出し、巴の側頭部に差し込んだ翠を思わず深く息を吐く。
もしも反応が遅れていれば巴の代わりに自分が倒れていただろう。
茄子の絶叫をBGMにクロスボウを見る。
ドスが刺さったそれはもはや使いものにならないだろう。
最大の武器を失った事は不幸と言え、武器を犠牲に生を拾った事は幸運だとも言えた。
巴の頭部に突き刺さったナイフを強引に抜くと、その反動で巴の死体は横向きに倒れる。
自分の手で直に人一人を殺害した感触に罪悪感と嫌悪感を覚えるが、そんな震える心を叱咤し、改めて茄子へと視線を向ける。
へたり込む茄子に、もはや抵抗する力はないように思えた。

「残念ですが、これで終わりです」

手に持ったサバイバルナイフを振るい、茄子に向けてその刃を突き刺す。

決着は一瞬の事だった。

ナイフが突き刺さるよりも早く、銃声が鳴る。
翠が脇腹から灼熱と痛みを同時に感じ、手に持っていたナイフを手放す。
じわりと服を赤が染め上げていく。

「こ、ふっ」
「これで、借り、は……」

撃たれたショックで吐血する翠の背後から聞こえてきた声に彼女は戦慄した。
それは聞こえる筈のない声。聞こえてはいけない声。彼女が殺した筈の人間の声。
後ろで聞こえた声の方向へ視線を移す。
果たしてそこにはデザートイーグルを片手に突っ伏している木場真奈美の死体があった。


556 : グッド・ラックとダンスを踊れ ◆5A9Zb3fLQo :2016/07/28(木) 00:09:04 UWQWmiw20

(木場さんが、生き、て――)

翠の矢を受けた真奈美は致命傷を負い、短時間ながらも意識を失ってしまった。
相応に鍛えていた彼女の肉体に対して、強風で勢いを僅かながらも殺された矢では真奈美の命を即座に奪いきるまでは至らなかったのだ。
真奈美とって幸運だったのはそれを見た全員が"木場真奈美が死亡した"と誤認した事にあっただろう。
息も絶え絶えの彼女が、巴の怒声と茄子の悲鳴で偶然にも意識を取り戻した折りに視界に映ったのは、ナイフを側頭部に叩きこまれた巴の姿と追い詰められた茄子の姿。
守らなければ、その一身で真奈美はデザートイーグルを手にする。
もう、自分が長くない事は自分自身がよく知っていた。だからこそ、命のある内に茄子だけでも助けねばならない。
その一念だけで真奈美は消えかけの命と引き換えに翠に致命の一撃を与える事に成功したのだ。

(なんて、不様な……)

膝から崩れ落ちるも地面に手をつけることで倒れる事は免れた翠はゴホゴホと咳き込み、直下の地面を赤く濡らす。
刻一刻と自分の命が終わり向かっていくのを悟る中、浮かんだのは最初の襲撃の事。
もしも、あそこで茄子への狙撃が成功していたならばという仮定。

(私にとっても幸運だなどと、思い違いも甚だしかった訳ですね)

もしもあそこで深追いをしなければ、生きていた真奈美に致命傷を受けることはなかった。
もしもあそこで撤退していれば、再度真奈美と巴を襲う機会はあった。
この状況を好機であると判断したことそのものが、翠にとっては不運であったのだ。

(そして、その不運を呼び込んだのは)

俯いていた顔をあげ、茫然と翠を見下ろすに茄子へと視界を向ける。
あの矢さえ外さなければ。
あの時、強風が吹かなければ。
あそこで茄子が命を落としていれば、自分はもちろんのこと、真奈美と巴がこの場で命を落とす事はなかった筈だ。
まるで、茄子の幸運が周りを取り巻く3人を生け贄に彼女を生かしたかのように錯覚する。
故に。

「凄いですね、鷹富士さんの幸運は」

苦痛に顔を歪めながら精一杯の笑みを形づくる。
巴は茄子を助けるに死んだ。
真奈美は茄子が助かる為に死んだ。
そして自分は茄子が助かったが故に死ぬ。
3人の犠牲の上に立ち、傷らしい傷もついていない彼女と、そんな彼女について回る幸運に対して、翠は平時の彼女らしからぬ沸々と湧き出る黒い感情に支配されていく。


557 : グッド・ラックとダンスを踊れ ◆5A9Zb3fLQo :2016/07/28(木) 00:10:19 UWQWmiw20

「私、最初は鷹富士さんを殺して、そのままこの場から逃げようと思ったんです」

茄子の顔が強張る。
自分を殺そうとしていたと、真奈美に突き刺さった矢が本来なら自分に向けられていたものだと知った衝撃はいかばかりか。
だが、まだだ。翠は途切れそうな意識を気力で繋ぎ止める。
自分が伝えたいのはここから先なのだと鉄の臭いのする液体を飲み込み、歯を食い縛る。

「でも急な風で矢が逸れて、真奈美さんに当たってしまったんです。偶然って怖いですよね、鷹富士さんにとっては『幸運』だったかもしれないですけど」

茄子の幸運が真奈美を殺す原因となった。それを告げた翠は自分の口角が微かにつり上がっているのを感じた。
言いがかりに近い物言いではあったが、それでも"自分は運がいい"という自負のあった茄子の表情が微かに青くなるのを翠は見流さない。

「本当は鷹富士さんを殺したら逃げようと思ったんです。でも木場さんが射られて、私はこう思いました。『木場さんが倒れたのなら、巴ちゃんと鷹富士さんも襲ってしまおう』って。その結果、鷹富士さんを守ろうとした巴ちゃんは殺せましたけど、生きてた木場さんに撃たれてしまいました」
「なにが、言いたいんですか」

震える茄子の声を聞き、幾分か翠の中に澱む暗い感情が晴れる。
それでもまだ足りない。
まっすぐである事を望んだ翠にはあるまじきひね曲がり歪んだ感情。
自分の中に、このようなものがあったのかと他人事の様に驚く自分がいた。
だが、それは驚くだけで止める気は毛頭ない。
どうせ終わるのだからという諦観と、ここで終わってしまう事に対する八つ当たりの入り交じった感情が、翠の中で止めようとする気持ちを押し込めていた。
にっこりと、凄惨に翠は微笑む。

「いえ、ただこう思っただけです。"3人の人間を犠牲にしてでも生き残ろうと働きかけるなんて、本当に恐ろしい『幸運』だな"と」

茄子が言葉に詰まる。
これまでの人生を偶然と幸運によって助けられてきた彼女だからこそ、翠の言い分を否定する材料が見つからない。
元を正せば人を殺そうとした翠が諸悪の根源だという事は分かりきった話だ。
だが、真奈美と巴が死ぬ事になった理由。つまり『幸運』にも茄子が助かった事については反論が出来なかった。
無論、殺し合いに乗った翠の"茄子を狙っており、殺したら逃げるつもりだった"という言葉を嘘だと断じれば、そもそもの前提も成り立たない荒唐無稽な話だ。
だが、紙一重で矢が逸れた認識が本来の標的が自身であった事を自覚させられてしまい、頭から否定する事ができない。
そして巴と真奈美が命を落としてなお五体満足で生き残ってしまった事実が"自分の幸運のせいではない、言いがかりだ"と胸を張って言える自信を失わせていた。
その様を翠は満足そうに見つめる。
一際大きな咳と共に、大量の赤が地面を染め上げた。
身体が熱を失っていく感覚が、霞んでいく目が、遠ざかっていく聴覚が終わりが来たことを告げる。
脳裏に浮かんだ黒真珠の如き美しさと気高さ、その裏に孤独と脆さを抱えた女性に心の中でもう支えられぬ事を深く詫びる。
哀惜の情を仮面に隠し、その視線は茄子を射抜く。

「鷹富士さん、『幸運』をお祈りしますね」

皮肉に満ちた捨て台詞を吐きながら、水野翠はその生涯を終えた。
茄子は転がる三つの屍を呆然と見渡す。
"大丈夫、私は運がいいしきっと何とかなると思うから"と巴に向かって言った言葉がリフレインする。
彼女は生き残った。幸運によって何とかなった。なってしまった。
虚ろな風が、彼女の心を吹き抜けていく。
茄子の顔がくしゃりと歪む。

悲痛な叫び声が、森の中に木霊した。


558 : グッド・ラックとダンスを踊れ ◆5A9Zb3fLQo :2016/07/28(木) 00:10:45 UWQWmiw20

【木場真奈美 死亡確認】
【水野翠 死亡確認】
【村上巴 死亡確認】

【一日目/午前/E-8】

【鷹富士茄子】
[状態]健康 豪運(効果時間:∞)
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品×2(豪運により、配られた支給品のなかで、『大当たり』に類するもの二つ確定しています)
[思考・行動]
基本:殺し合いの打破
1.?????

【備考】
周囲にカトラス刀、デザートイーグル50AE(5/7)&予備弾×70、破壊されたクロスボウ&予備弾×67、サバイバルナイフ、ランダム支給品×1〜2、ドス、基本支給品一式×3が死体と共に転がっています


559 : グッド・ラックとダンスを踊れ ◆5A9Zb3fLQo :2016/07/28(木) 00:11:58 UWQWmiw20
※クロスボウの残弾間違えていたので修正です

【木場真奈美 死亡確認】
【水野翠 死亡確認】
【村上巴 死亡確認】

【一日目/午前/E-8】

【鷹富士茄子】
[状態]健康 豪運(効果時間:∞)
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品×2(豪運により、配られた支給品のなかで、『大当たり』に類するもの二つ確定しています)
[思考・行動]
基本:殺し合いの打破
1.?????

【備考】
周囲にカトラス刀、デザートイーグル50AE(5/7)&予備弾×70、破壊されたクロスボウ&予備弾×62、サバイバルナイフ、ランダム支給品×1〜2、ドス、基本支給品一式×3が死体と共に転がっています


560 : 名無しさん :2016/07/28(木) 00:13:34 fvMrEUAw0
なにこれ


561 : グッド・ラックとダンスを踊れ ◆5A9Zb3fLQo :2016/07/28(木) 00:14:20 UWQWmiw20
以上で投下を終了します


562 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/28(木) 01:25:42 PYQrQtWw0
投下乙です。
えげつねえ……幸運だったからこそ生き残れた。
けれど、必ずしも"いいこと"が起きるとは、限らない……。
彼女の"幸運"がどう作用するか、これから気になりますね。

さて、自分も佐藤心と鷹富士茄子で予約します。


563 : ◆adv2VqfOQw :2016/07/28(木) 07:25:05 rLwEon6I0
ベテトレ投下


564 : 世界で一番綺麗なものも、ガスの塊なんだから  ◆adv2VqfOQw :2016/07/28(木) 07:27:38 rLwEon6I0

山道を歩きながら、空を見上げる。もう桜吹雪は止んでいた。
その代わりに、毒々しいほどに黄色い太陽が、聖を見下ろしていた。
日はすでに中天に上り、木立に深い影を落としている。

光に目が眩みそうになり、目を細めれば、再びあの光景が瞼の裏に蘇る。
決意の眼差し、儚い最期。アイドルとして確固たるものを築いた少女。
椎名法子の最期の、太陽のように眩い一瞬を思い出すのはもう何度目だろうか。
まるでストロボが瞬いたように、今なお聖の瞳の奥に焼きついている。
殺した人間に慚悔の念を覚えて幻覚や幻聴に苛まれるほど弱いメンタルはしていない。
それでも、あの瞬くほどの間の彼女の輝きが、脳裏で再生され続ける。
二度三度とその感覚を繰り返すうちに、これは一種の高揚だ、と青木聖は気づいた。

二度の殺人を通して、聖の方針はまったく変わっていない。
帰りたい。当然だ。
自分の命と他人の命を天秤にかけて、他人の命に天秤を傾けるほど聖はヒロイックではない。
そのために殺す。
それ以外に方法がないというならば、いくらだって両手を血に染めよう。
そうして禁忌と言われる殺人に手を染めた、彼女の心はそれを忌避するのではなく、肯定していた。
いや、歓喜していた、と言っても過言ではない。
椎名の、アイドルとしての成長と完成に。

最初はベテラントレーナーではなく一人の女性としてこの殺し合いに挑むつもりだったが、それは結局不可能な話だったのだ。
なぜなら、トレーナーとしての彼女もまた、帰りたい場所で待っている家族たちとの絆であり、プロデューサーとの絆でもあるのだから。
青木聖として殺し合いに臨むとしても、長年培ったベテラントレーナーとしての聖が消せるわけではない。
そしてその結果、ベテラントレーナーとしての聖が歓喜したのだ。あの瞬間、立派なアイドルへと進化を遂げた椎名法子を見て。
その感動に心が震え、あれからしばらく経った今もなお、もう一度、もう一度と頭の中で反芻しているのだ。
ひょっとしたらそれがあの時上条を逃がしてしまった不覚の正体かもしれないし、少なくとも今の聖の真ん中に居るものの正体であった。

道を行きながら考えるのは、甘い毒のように体を巡る椎名の死に際のワンシーンと、ベテラントレーナーとしての自分。
この島に連れてこられたのは、だいたいが聖のもとでレッスンに励んだアイドルたちだった。それはあの殺し合いをやれといわれた会場で確認している。
これから、そんな彼女達を殺すとして。
せめてもの手向けがあるとするならば。
彼女達を蹂躙する青木聖とは別に、彼女達の成長を見守ったベテラントレーナーとして彼女たちの死に添えられるものがあるとするなら。
せめて導いてやろうではないか。彼女たちを、彼女たちの夢の果てへ。
アイドルとしての高みへ。あの人(プロデューサー)の望んでいた恵まれた未来の欠片へ。

空を見上げる。
聖を照らしている太陽だって、あの美しい火の星たちだって、燃えてなければただのガスの塊だ。
夜空を飾る星々だって、数億光年先の火の星だ。燃えてなければただのガスの塊だ。
彼女達のトレーナーとして、彼女達をただのガスの塊として終わらせるのはもったいない。
この舞台の上で燃やしてやるのがせめてもの手向けになるだろう。
せめて、あの人の愛していたアイドルとして、精一杯輝いた星として、最期を迎えさせてやろう。

「受け止めてやる。トレーナーとして、青木聖としてだ。だから……」

命短し、戦え乙女。燃える命を刃に乗せて。
少女たちよ、命を賭して向かって来い。
そして、聖との命懸けの地獄の特訓の末に、燃え盛った太陽として、輝いた星として。
せめてアイドルとして死んでいけ。


565 : 世界で一番綺麗なものも、ガスの塊なんだから  ◆adv2VqfOQw :2016/07/28(木) 07:29:16 rLwEon6I0


―――

開けた場所で腰を下ろし、食事や水分補給を簡単に済ませながら地図で上条の逃げていった方向にめぼしをつける。
丁度、彼女の逃げていった方向には目印となる建物が二つあった。
鎌石村役場、鎌石小学校。
もし彼女が本当に椎名を助けるつもりなら、人の集まる建物に向かうという可能性も高い。

「だが、私がそこに向かうと踏んで森の中に潜んでいる可能性も考えられる。
 警戒を怠らず、どちらかを目指そう」

立ち止まりついでに、ひとつ細工をしておく。
椎名たちとの交戦の際に切り分けたスタンドマイクの柄を二度三度と仕込み杖で潰し、薄く、鋭く、尖らせていく。
アルミ製なので耐久力は低いが、潰した部分はかなり鋭利になっており、簡易的な槍として喉を裂く目を潰すくらいは出来るだろう。
長さは小太刀ほどしかない。服の下に隠すには丁度いい大きさだ。
そして元がマイクスタンドだけあってとても軽く、握りやすい。何度か素振りをしてみるが、リーチを考えなければとても使いやすい。
ちらりとデイパックの方を確認する。
椎名の基本支給品を詰め込んだためすこし膨れ上がってしまい、そのおかげで中に入っているものの輪郭が見て取れるような気がした。
ぼんやりと、もう一つのランダム支給品の形に凹凸が出来ている。遠目では分からないが、この距離なら武器がどこに入っているか一目瞭然だ。必要とあらばすぐに取り出せるだろう。
最後の武器は使い所を考える必要がある。しばらくは仕込み杖と短槍で戦わなければならない。

「出来ることなら、上条の銃を奪いたいが……」

この先、この仕込み杖が折れることがないとはいえない。短槍はそもそも手数増やしの急造品に過ぎない。
武器は大いに越したことはない。そのためにも、人を殺せる武器を持っている上条を見逃す道理はなかった。
ただ心配事があるとすれば、上条が腹をくくって聖と敵対することだが。

「その時は、こんなものでも、少しは役にたつだろう」

持ってきたのは椎名のネックレス。ご丁寧に血を塗りたくってある。
本当は首か髪の毛を持ってくるつもりだったのだが、意外と嵩張るし、遠めに見ても目立つのでやめておいた。
ネックレスならばポケットにしまっておけるし、たとえネックレスだけでも上条の平静をかき乱してくれるはずだ。少なくとも、拳銃を持つ手が震えるくらいには。
水を飲みつつネックレスを弄びながら、あの時退いて行った上条の姿を思い出す。
椎名とは真逆の、素人丸出しの姿で逃げていった浅ましい姿。
それは、殺し合いという舞台の上でも油断し、欠点をさらし、おめおめ死んでいった藤居朋ともよく似ていた。
もし、この極限状態でも自身に甘え、彼女らのようにアイドルになりきれない腑抜けが居るならば……

「その時は、反省しよう。そんな腑抜けに育ててしまったことを。
 そして、責任持って私が幕を引いてやろう」

殺す。
それだけだ。彼女らがアイドルになれずとも結末になにも変わりはない。
ただそこにトレーナーとしての自己満足が入るかどうか、その程度の違いだ。
言ってしまえば、それだけだ。

身支度を整え時間を確認する。そろそろ昼の放送の時間が迫ってきているようだ。


566 : 世界で一番綺麗なものも、ガスの塊なんだから  ◆adv2VqfOQw :2016/07/28(木) 07:29:49 rLwEon6I0


【一日目/昼/D-3】

【青木聖(ベテラントレーナー)】
[状態]健康
[装備]仕込み杖@現実、スタンドマイクの短槍@現実
[所持品]基本支給品一式×2(食料二回分・水一本消費)、椎名法子のネックレス(血糊付)、ランダム支給品×1(武器)
[思考・行動]
基本:『アイドル』たちを殺して帰る。
1.鎌石村役場か鎌石村小学校へ。


567 : 世界で一番綺麗なものも、ガスの塊なんだから  ◆adv2VqfOQw :2016/07/28(木) 07:29:59 rLwEon6I0
投下終了だじぇ


568 : 名無しさん :2016/07/28(木) 08:31:53 MFyekEUw0
茄子の幸運は、他者にも側にいると幸運をあげる性質で、劇場でも他人の不幸を幸運に変えてたはずだけど


569 : 名無しさん :2016/07/28(木) 10:05:20 bcOURtpg0
何を持って幸運とするかって難しい、翠さんのまっすぐという前話の心持ちを踏まえて死の間際にそれが折れて歪んだ感情が実に生々しくて良いですね
ベテトレさんの方向性の定まった躊躇のない明確な殺意はぞくぞくします

茄子さんの幸運は、劇場67話の描写だけを考えるなら、明確な幸運のおすそ分けの意志を持って、それも2コマにまたがる程度の長時間、直接手を握っていたら幸運が移った、という感じのような気が
劇場でも別に不幸を幸運に変えるとかではなかったような、劇場67話からだけで強引に解釈するなら、幸運は他人に対しては、直接接触型、任意発動型の能力


570 : 名無しさん :2016/07/28(木) 11:40:59 lYjvADfs0
こまけぇことは(略


571 : 私は、何も間違ってなんかいない。  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/28(木) 21:27:34 ibIyFPtQ0
1.


 本田未央の手に握られた、刃渡り十数センチほどのナイフ。
 ひとの顔を映すほどの光沢のあったそれは今は赤い血液で濡れており、滴るほどだ。
 ぬらりとしているそれに、舌を伸ばそうとしてみる。『それ』になったときにはやらなければならないだろうと思っていたことだ。
 匂いがする。錆びた鉄と、かすかに交じる脂の匂いだ。これが、と認識した瞬間だった。
 ぞろりと伸ばしていたはずの舌の動きが止まってしまう。我ながら不思議と感じるほどに、ぴったりと。
 仕方がないので諦め、スカートの裾で拭くに留める。
 制服でもあるプリーツスカートが汚れ、つい先だって殺した十時愛梨のときのようにじんわりと染めていく。
 そうしてようやく、嫌悪感のような、嘔吐しようとしてしきれなかったときのような不快な気分になっていることに気付く。
 一体何だろうと思う。痛さや苦しさとも違う、体内のどことも知れぬ部分が蠢くような不快感。その正体を探ろうとすることさえはばかられるような不快感だ。
 しかも厄介なことに、それは一向に消える気配もない、堆積するように沈殿していく。どことも知れぬどこかに、ひっそりと。

「……これが、殺し屋の気分ってやつなのかな」

 言えば、そんな気がした。
 これは快楽の裏返しだと。背徳を成したがゆえの奇妙な高揚感なのだと。
 不快だというのも、今まで味わったことがなかったからそう認識しただけで、実際は歓喜に身をよじっているのかもしれない。
 そうだ。考えてみれば、己の意志で人を殺めたのは初めてだ。最初はあくまで事故でしかなかったから、本当の殺人はこれが初めてだ。
 ずっとそうしたいと思っていた。しかし社会のルールが縛っていたから、禁止せざるを得なかった。その禁は開放された。ようやく己の意志で為すことができた。
 ああ、つまり、これは、空腹でキリキリと傷んだ体にようやく与えられた滋養なのだ。この不快感に似たなにかは、急激に摂取してしまったから感じてしまったのだ。
 全てに筋が通る。これが真相なのだと確信することができた。そう思うと、このどこかに残るなにかでさえ、今の自分には必要なものだと思えた。
 じっくり慣らしていこう。そう、考える。嬉々とした表情を作る。

「次、探さなきゃ」

 歩く。正常を装って。傍目には何もないと見えるように。
 誰であろうと、アイドルの本田未央だと分かるように。
 意識して、歩く様を作った。


572 : 私は、何も間違ってなんかいない。  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/28(木) 21:28:05 ibIyFPtQ0


2.


 分からない。
 分からなかった。
 ただ、分からなくてもいいやで済ませるつもりにはなれなかった。
 大西由里子はいわゆるひとつの、『腐女子』である。
 しかもその中でももっとも幅は広く、ボーイズラブと呼ばれるものから耽美と呼ばれるもの、果てはゲイと呼ばれるものに手を出したこともある。
 無論好みの差はあり、もっとも好むのはボーイズラブ系ではあったが、他のものも意識して手を出すように癖はつけていた。たとえ苦手であろうとも。
 いわゆる『腐女子』というものがどれだけ面倒がられ、どれだけ忌避されているかということは熟知していた。
 ゆえに、忌避されないために、どこまでを境界線にしていいのか判断をつけるために調べあげた。『腐女子』と『普通』を両立していたかった。
 同じ趣味同士の人間でつるむのもそれはそれで楽しかったのだが、片方に偏って世界を狭くしてしまうことが、なんとなく嫌だったのだ。
 だから、分かってくれなくてもいい、こっちも分かるつもりもない、とはなれなかった。

「……干渉したくはない、とは言ってたけど」

 だから、由里子は鷺沢文香に気取られぬよう尾行することにした。
 建物、岩場、木々。上手く目につかないようにしながら文香の後を追う。
 干渉されたくはない、とは言わなかった。言ってないだけで思っているのかもしれないけれど。
 それゆえ、大事をとっての尾行。図々しく「それでも一緒!」とは言えなかった。そうするだけの間柄ではなかったし、一人になりたかったのかもしれない。
 実際、手紙を渡したときの文香の態度は、わずかに人間性があったような気がした。手紙。速水奏が残したというそれを、押し付ける風な気配があった。
 やはり、あの二人の間には何かがあったのかもしれない。単なる深読みかもしれない。それは分からない。分からないが、分からないで済ませたくはない。
 だから分かるまでこの手紙の封を切るつもりにはなれなかったし、やはりこれは文香が読むべきものだろうという思いも由里子にはあった。

「百合は苦手だけど」

 この手紙に秘めた感情の先は文香によって開かれるべきだという強い思いがある。由里子が読むのは筋が違う。
 男同士ならなあ、とひとつ残念な思いがないでもなかったが、通すべきものは通さなければならない。
 問題は。

「……どうやって渡そうかなあ」

 一度接点を絶ってしまったがゆえに、どう結びついたらいいものか。
 まずそこから考えなければならなかった。


573 : 私は、何も間違ってなんかいない。  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/28(木) 21:28:37 ibIyFPtQ0


3.


 簡単に言えば。
 そうなるまでが、全くの空白だった。
 こんなにも人は空虚になれるものかと、鷺沢文香は思った。
 何を言っているのか我ながら不明だが、急に、唐突に。本田未央が目の前に現れたのだ。

「ふみふみ?」

 未央が少し不安げに、上目遣いに。話しかけている。
 それでようやく、その対象が自分であることに気付いた文香は、「あ、はい……」と返事をした。

「どうしたの? 大丈夫? いやなんかこう、さ。一人でぼーっと歩いてたから」

 幽霊みたいな感じで、と多少おどけた様子で言った未央に、そうかもしれない、と残った自我で文香は思う。
 物語を観るには完全な第三者でなくてはならない。それはまさに幽霊であり、似合いの立場だなという納得があった。
 もっとも本物の幽霊であれば、見つけられることさえなかったはずなのだからあまりにも不完全だなとも思う。

「何かあったの?」
「少々」

 仔細は話さない。言ってしまえば、それは自分が物語に関わることになる。
 それは避けたい。避けなければならない。関わってしまえば、否応なく、自分も――。

「教えてよ」

 未央が詰め寄ってくる。
 思わず下がろうとして、下がれなかった。背後には壁があった。ようやくそれに、気付いた。
 ここは一軒家の軒下のようだった。コンクリート製の壁が背中に当たる。ぼうっと歩いていた? 本当に?
 そんな思いを抱くほど、状況は不自然だった。ほぼ一メートルもない距離に未央がいて、笑顔のまま、逃げられない場所に追い込んでいく。
 追い詰められている。直感的にそう思った途端、心臓が鼓動を打ち、どくどくと小刻みに音を伝えてくる。


574 : 私は、何も間違ってなんかいない。  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/28(木) 21:29:19 ibIyFPtQ0

「私は、何も」
「そんなわけないでしょ? こんな離れた一軒家まで逃げ込んでさ。私にだって気付かなくて。相当ショックな何かがあったんじゃないの?」

 逃げる? 逃げようと、していた?
 自分の知らない自分がそうしていたと言われたような気分になり、文香は胸がざわと泡立つのを感じた。
 違う。自分は真実、物語の行く末を見届けようと、ここに至ってふわふわとしていた自分をそのように受け止めて、読者であろうと――、

「私は、関係ありません、だって、私は、この物語を外から見届ける役目が……」
「は? 何言ってるの?」

 ぐいと肩を掴まれ、強い力で壁に押し付けられる。華奢な体には同性の少女のものでさえ響いた。
 思わず目を閉じるも、それも一瞬の逃げに過ぎなかった。次に前髪を掴まれ、ぐいと上に持ち上げられる。
 圧迫感に耐えられずに目を開いてしまう。そこには明らかに苛立った様子の未央がいた。
 口角をへの字にし、眉根を寄せ、双眸は鋭く文香を睨み。それは未央というなにかであり、未央という別の生物だった。

「とぼけないでよ。人殺しに関わったんでしょ?」

 問い詰める口調に否定しようとして、口が開かなかった。震えていたのだ。
 震えている? 我が身の状態に気付いた瞬間、文香はそれまで『考えないように』してきたことが内奥に収斂されていくのを感じた。
 知っていた。本当は、知っていた。大西由里子からそれとなく示唆される以前から、手紙の文字をちらりと目にしたときから、鷺沢文香は……。

「やめてっ!」

 記憶の中で速水奏が唇を動かした瞬間、文香は耐えられずに未央を突き飛ばし離れようとした。
 それまで小声で力なく語っていた文香が大声を出し手を出したのだ。未央も予想外だったのか手を離し、たたらを踏む。
 その間に逃れようと足を動かし、ここではない場所に逃げようとして――、逃げられなかった。
 未央は既に腕を掴んでいた。ぐいと腕を後ろに回され、弓なりになってしまったところを突き倒される。
 うつ伏せに地面へとぶつかった文香の背中に固いものが押し付けられた。未央の足だった。

「やっぱり。ねえふみふみ、逃げられるとでも思ってたの?」

 非力な文香では逃れられようもなかった。すぐさま後ろ髪が持ち上げられ、無理矢理背筋をさせられている態勢になる。
 う、と呻いた文香に構わず、未央は「腹立つんだよね」と続けた。

「逃げられる、って思ってるの」

 そして、かかっていた力が逆側にかかる。
 強烈に地面に押し付けられ、かはっと息が漏れる。息を整えようとするも、今度は横合いから腹を蹴りつけられた。
 同じ女の力ゆえ、飛ばされるようなことはなかったものの痛烈であることには変わりなく、仰向けにされて、次に未央は馬乗りになった。
 目が、合ってしまう。そこに宿るのは殺意。明らかに自分を害し、痛めつけようとする意志のある、暗く淀んだ目だった。


575 : 私は、何も間違ってなんかいない。  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/28(木) 21:29:40 ibIyFPtQ0


4.


 やめて、と絶叫し逃げ出そうとした鷺沢文香を見た瞬間、本田未央は抗いがたい感情が浮かび上がってくるのを抑えられなかった。
 本当はこんなはずではなかった。人殺しかどうかを確かめて、同類だねと哀れんで殺してやるつもりだった。
 それなのに、なぜか、未央は殺害できる道具を取り出すこともなく、むしろできるだけ生きる時間を与えようとするかのように殴打のみで傷つける。
 アイドルの体は一級品の値打ちものだ。できるだけ傷を作らないようにしろ、とかつてプロデューサーから釘を刺されたことを、未央は思い出していた。

「綺麗なままいられると思ってるの」

 男でないことが惜しいとさえ思う。もし男であれば、もっと効率的で心も体もズタズタにできる暴力を加えられるというのに。
 そんな小憎たらしい発想が浮かんでくることさえ苛立たしく、未央は拳を作って文香の顔へと振り下ろした。
 がつんとした衝撃とともに文香の顔に紅が刻みつけられていく。アイドルが傷物になっていくことが、ひどく、愉快だった。

「私なんて、そう生まれられなかったのにさ」

 暴力の生む快楽とともに、苛立ちも大きくなっていく。同じだった。血を舐めようとしたときに感じたものと同一のものが堆積されていく。
 本当はこんなはずではなかった。あんなことさえなければ、人を殺す愉しさなどという答えを見つけるはずもなく、ただ普通の、キラキラしたアイドルでいられたはずなのに。
 ファンがいて、プロデューサーがいて、輝くステージがあって、サイリウムが映し出す流星を幸せな気持ちで眺めて。
 それ以外にも色々な場所で。リゾートだったり、クリスマスの街角であったり、遊園地だったり、ラスベガスだったり。
 そんな光景を見られたはずだったのに。

「私はね、楽しくなっちゃったんだ。人の命を奪うことが。なんで? なんで私だけ、そう生まれちゃったの?」
「なんで、人を殺して楽しいと思う心を持たされたの?」
「教えてよ。神様を恨めばいいのか、このまま楽しんじゃえばいいのか」
「ねえ」

 気付かなければ。そういうこともあると諦めて、役に入り込もうとしなければ。
 気付かなかれば。逃げようとする文香を見て、気付かないふりをしたままキラキラしていられたんじゃないかという可能性に。
 気付かなければ。愛梨を殺したときの不快感は、キラキラしていた過去の自分が抵抗していたのだと。
 そう。切り離せない過去の輝く自分が、アイドルの残滓だった本田未央が、殺人快楽に浸る本田未央に抵抗していたのだ。


576 : 私は、何も間違ってなんかいない。  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/28(木) 21:30:06 ibIyFPtQ0

「楽しくなってもさ、過去は変えられないんだよ」
「逃げられないんだ」
「いい加減気付こうよ、ふみふみもさ」
「そんな浅くて安っぽい役に逃げ込むなよ」

 人殺しから目を背けて、傍観者を気取ろうとしていた文香が、許せなかった。
 逃げて、物語の語り部という綺麗なアイドルでいられると思っていることが許せなかった。
 ここに来た瞬間から、誰も彼もが我欲を追う獣と成り果てているというのに。
 苛立つ。腹が立つ。いつの間にか視界の隅に現れている過去が、鬱陶しい。

「……っ、う……」

 顔を殴られ続けたにも関わらず、文香は存外綺麗な顔のままだった。
 歯が折れたりしているわけでもなければ、顔が膨らんでいるわけでもない。未央が非力なことでもあるのだろう。
 いっそ刃物で引き裂いてやればよかったかという気分だったが、思い知らせるには十分だったはずだ。

「言いなよ。今自分が言うべきことをさ」

 死にたくないから殺した。傷つきたくないから先手を打った。
 なんだっていい。己を慰め、己を肯定する言葉が、今の文香からは出てくるはずだった。
 そうすれば未央の苦痛も少しは和らぐ。快楽だけを得ていられる。気持ち良く気に入らない人を殺しにいけるはずで――。

「…………ごめん、なさい」

 今か今かと待ちわびていた未央の興奮は、くぐもった声に交じる嗚咽で霧散する。
 何を言っている。また殴られたいの。脅す言葉は頭に浮かんでも、それは一向に体に伝わる気配がなかった。
 その一言を真実の心の声だと、脳裏の奥底が、心を感じ取る過去の己が。理解してしまったがゆえだった。
 だらりと瞳を覆うような文香の前髪の隙間から流れ落ちる一筋の線。流星にも似た、ひとの心の欠片。

「本当は、止められた、はずなのに」
「見送って、見殺しに、して」
「ごめんなさい」

 それで、真実が理解できたわけではなかった。
 恐らくは文香にしか分からない孤独な懺悔。己に向けた、己に逃げずに言い放った悔悟の紡ぎ。
 何も企図などしているはずがなかった。しかし、それは確かに、銃弾よりも遥かに真っ直ぐ、どんな名刀よりも鋭く未央の胸を刺し貫いた。
 文香の言葉は今までに聞いてきたどんな優しい言葉よりも美しく、どんな光よりも輝いて、アイドルの言葉なのだと実感してしまった。
 アイドルだったから、分かってしまう。切り離せない、今も己を苦しませ続ける、キラキラとしていた本田未央の残滓が、分からせてしまう。
 そして、見つけてしまう。涙の筋に映る自分が、どこか寂しそうな笑みを浮かべている様を。
 憐れまず、怒らず、そうなってしまった己をただ寂しいと断じる、あまりにも不愉快な自分――!


577 : 私は、何も間違ってなんかいない。  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/28(木) 21:30:42 ibIyFPtQ0

「黙れ……。消えろ、消えてよ! お前なんかどこかに消えてしまえっ!」

 殴る。殴る。ひたすら殴り続ける。おぞましすぎる亡霊を遠ざけるために『流星』を破壊しようとする。
 だが壊れない。どんなに殴っても。非力だからなのか、正体不明の力がそうさせているのか、亡霊は薄く未央の視界に残り続ける。
 なんでそうなっちゃったんだろうね、と言っているように見えた。

「……っ、く、あったまに、くるなあ……!」

 自分の頭をかきむしっても、削れるくらい肌に爪を食い込ませても。消えない。消えない。残り続ける。
 これは、この不愉快さは、楽しくならなきゃ消えない。そうだ、楽しもう。楽しくならなきゃ。
 だって私は狂った殺人鬼なんだから。
 言い聞かせるように発し、未央はけらけらと乾いた笑い声を出す。表情を作る。人を殺すことが楽しい殺人鬼になろうとする。
 それでも消えない。消えてくれない。だったら、もっと楽しくならなきゃいけない。楽しくなれば消えるはずなんだ。

「ああ、そうだ、殺すよ。そうしたら一番楽しいはずなんだ。だって、さっきがそうだったんだもん、ねえ、そうでしょ?」

 それは、この場にいる誰にも向けていない言葉だった。
 返事なんか期待してもいない。答えなんか分かり切っている。知悉しきっている。
 体験してみて楽しいと分かったはずなのだから。
 ゆらりと立ち上がり、近くにあったデイパックから血塗れのナイフを取り出す。人を確実に殺せるこの道具が今はこんなにも愛おしい。
 おまけに、急所を突かなければすぐに死んでしまうこともない。自由に生殺与奪を握れる。最高の道具だ。

「良かったね、キラキラしてて。私なんか、全ぜ……っ、ぅ……いいよ、全部奪ってから、殺してあげる……アイドルでなんか、いさせないよ」

 文香をアイドルたらしめている場所を全部、全部、ズタズタに破壊しつくしてから殺してやる。
 まだ綺麗に整っている顔のパーツをごっそり削いでやる。妙齢の女性らしい体を、全部無くしてやる。女としての機能を奪ってやる。
 どこからやってやろうか。そんなゲームのような選択肢が頭に浮かび、ようやく苦痛がなくなっていくのを未央は感じた。
 ああ、やっぱり、楽しいんじゃないか……。
 凄絶な笑みを浮かべ、まさに刃を振り下ろそうとした、その瞬間だった。

「ううううああぁぁぁおぁぁぁぁぁぁ!」

 背後から猛烈な衝撃を受け、その勢いのまま民家の壁に押し付けられる。最初に文香にやったのをなぞるように。
 違うのは、押し付けられているのが未央の側であるということだった。
 誰がやったのかはすぐに分かった。大西由里子。未央と同じムードメーカー気質のアイドル。

「ごめん、ごめん、ごめん! ずっと見てた! 未央ちゃんが殴ってるのずっと見てた! でもなんか怖くて、全然いつもの感じの未央ちゃんじゃなくってぇ!」
「……ああ、なんだ、ユリユリかぁ……」


578 : 私は、何も間違ってなんかいない。  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/28(木) 21:31:07 ibIyFPtQ0

 ナイフは手放していない。由里子に両手首を掴まれているせいで上手く動かせないが、由里子は所詮インドアタイプであり、根本的な地力は未央の方に分があった。
 何より未央は今、最高に楽しいと思っているのだ。楽しくやっているはずの自分が、負けるわけがない。

「違うよ。これがいつもの私。こうやって、人を刺すとね、面白いんだよ。分かる?」
「んなの分かんないじぇ! でも未央ちゃんがおかしいっていうのは分かるし、文香ちゃんは殺させない!」
「おかしくなんかないよ。あー、そっか。人を殺すようなのは、『普通』の人からはおかしいんだ。でもね、私は楽しいんだ。知っちゃったんだ」

 手が使えないなら、足を使えばいい。
 膝を由里子の腹に入れてやると、案の定えづいた由里子の力が弱まり、容易に振り払うことができた。
 行き掛けの駄賃と言わんばかりに由里子の二の腕にナイフを突き刺す。けだもののような悲鳴が上がるのが聞こえた。
 こいつは後でいい。腕を抑えひぃひぃと言う由里子を横目にしつつ、未央はまず文香に近づこうとする。
 どうやらもう動けるレベルになっていたのか、文香は地面を這いずるようにして逃れようとしていた。やはり、逃げようとしていたのだ。
 許せない。瞬時に憎悪が湧き上がり、傷つけたい一心で近づこうとして……また、腕を掴まれて阻害される。

「楽しそうって、言ってるくせに、顔は全然楽しそうじゃないじぇ……!」
「……ユリユリさぁ」

 片腕が潰されたからか、未央を掴んでいるのは右手だけで左腕はだらりと垂れ下がっている。
 今も苦痛なのか片目を閉じ、歯を食いしばって、しかしそれでも未央を引っ張ろうとする。

「苦しい人の顔だじぇ、それ……」

 らちが明かないので右腕も潰してしまおうかと思ったその矢先、由里子が未央の目を見て、そう言った。
 だから止めようと思った。その決心がついた。由里子の目は、そう語る。
 ずきり、と痛みが走った。ちりっと火花が散った。

「違う……違う違う違う! 楽しいって言ってるんだよ! 楽しいんだよ! 楽しいの! 見てよ! こんなに笑ってるでしょ!?」
「それは、そういう形に、してるだけ……! 分かる、笑ってないって!」
「っ……もう、あぁぁぁ! みんなで、私を否定する!」

 蹴倒す。腹を二度、三度と踏みつける。その上で下腹部をめった刺しにする。
 それでも由里子は抵抗をやめない。なにくそと言わんばかりの形相で上半身を起こして未央の足にまとわりつく。
 ただ鬱陶しいばかりの抵抗。何の力も持ちやしない、無駄で意味のない力。
 腹立たしいこと、この上ない。


579 : 私は、何も間違ってなんかいない。  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/28(木) 21:31:23 ibIyFPtQ0

「文香ちゃん! 何とか、するから、逃げて! ユリユリの荷物も一緒に持って逃げてぇ!」

 なのに。どうして、こうも。
 ここに至って文香を助けようとする由里子に虫酸が走る。ざわと泡立つ。
 綺麗で、輝いて、眩いばかりの、こいつも、アイドルだという認識が走って。
 未央は血走った目で由里子を睨み、血が滲むほどに唇を噛み締めた。

「むかつく、むかつく、むかつく! なんでみんなそうなの!? なんで私を楽しくさせてくれないんだ!」

 手を振りほどき、足を思い切り持ち上げて喉元へ振り下ろす。
 ごぐり、という、嫌な音がした。
 ばたばたと忙しく動いていたはずの腕の動きがぴたりと止まり、糸の切れた人形のように地面に落ちる。
 ――ああ、ようやく楽しくさせてくれるんだ。
 昏い感情が呼び起こされ、衝動のまま、未央は目の前に用意されたご馳走へと飛びつく。
 刺す。刺す。刺す。思いつく限りの人体と思える場所に、ナイフをぐちゅぐちゅと刺していく。
 飛び散る血と、人間の中にあるなにかがはみ出る度に、面白い噴水だ、という幼子のような感想が浮かんだ。
 裂けるような歓喜が浮かんでくる。ああ、ああ。ほら。やっぱり楽しい。楽しいじゃないか。

 私は、何も間違ってなんかいない。


580 : 私は、何も間違ってなんかいない。  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/28(木) 21:31:55 ibIyFPtQ0


5.


 知っていた。本当は、知っていた。大西由里子からそれとなく示唆される以前から、手紙の文字をちらりと目にしたときから、鷺沢文香は……。
 速水奏が絶望ではなく、恐怖していたことを知っていた。魔法が解ける寸前のシンデレラの瞳から、涙が零れ出そうだったことを、知っていた。
 自分が自分でなくなる怖さ。
 アイドルでなくなってしまう怖さ。
 そうしてただのちっぽけな少女になって、恐怖に屈してしまう怖さ。
 怖いから、自信が持てないから。自分が利己的な感情に染まった獣になってしまう前に、速水奏はシンデレラのまま死ぬことを選んだ。
 違う。あなたはそんな恐怖になんか屈しない。私は、強いあなたを知っているのだから……。
 もし、そう言えていたら。

『会えたのが文香で、よかった』

 この言葉だって、違う意味を持てていたのかもしれないのに。
 自分は、何も受け入れられなくて、出せるはずの言葉さえ手放した。
 そして、そうしてしまった結果さえ見たくなくて……。

「…………私、私は……」

 ふらふらと、何度も転びそうになりながら、荷物を引きずるようにしながら、鷺沢文香は歩く。
 逃げている。今度は大西由里子を見殺しにして。言われるままに。
 なぜ、そうしているのか。こんなにもみじめで、後悔だらけで、内には昏く冷たい感情しか残っていないというのに。


581 : 私は、何も間違ってなんかいない。  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/28(木) 21:32:12 ibIyFPtQ0

「………………正したい」

 速水奏を、嘘にしたくなかった。大西由里子を、嘘にしたくなかった。
 会えて良かったと、そう言われる人間として、死にたかった。
 今さらこんな風に思う資格なんてないのかもしれない。本田未央の言う通り、浅くて安っぽい、役者ですらない役に逃げ込もうとしていた。
 よく、分かる。何が干渉したくないだ。何が物語を読みに、だ。語り部を気取るなら、せめて覚悟を持って奏の結末を見届けて、冷静ぶって語れば良かったではないか。
 鷺沢文香は役者ですらなかった。なかったことにしようとしただけの、ただの臆病者だ。

「でも、今は」

 そうだと、知った。己が臆病者であるということを、知った。
 ようやく身の程を知れたのだ。
 だから。

「――。――」

 ぼろぼろになった唇から、ぽつぽつと詩を紡いでいく。
 それは追憶のヴァニタス。虚しく、意味はなく、己を肯定させるだけの行為かもしれないと思いながらも。
 彼女たちがいたことを嘘にしないために、虚空へ声を奏でた。




【大西由里子 死亡】


582 : 私は、何も間違ってなんかいない。  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/28(木) 21:32:24 ibIyFPtQ0




【I-09/一日目/昼(放送直前)】

【本田未央】
[状態]返り血
[装備]ナイフ
[所持品]基本支給品一式*2、不明支給品(1〜3)
[思考・行動]
基本:人殺しとして、楽しんで、思い知らせて殺す
1.鷺沢文香は追い詰めて殺す。必ず思い知らせてから殺す


【H-09/一日目/昼(放送直前)】

【鷺沢文香】
[状態]健康
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式×3、拡声器@現実、タオル数枚、ハンガー数本、速水奏の手紙(未開封)、ランダム支給品(0〜3)
[思考・行動]
基本:出会って良かったと思われて死にたい
1.今まで自分は現実逃避していただけの臆病者だったと認識


583 : 私は、何も間違ってなんかいない。  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/28(木) 21:32:41 ibIyFPtQ0
投下終わり。


584 : 名無しさん :2016/07/28(木) 22:02:51 bcOURtpg0
ユリユリがカッコイイ、未央が恐ろしすぎる…鷺沢さんが未開封の手紙を読む時は来るのだろうか?
ところで状態が健康になってるんですが鷺沢さんは無傷…?


585 : ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/28(木) 23:29:39 ibIyFPtQ0
>>584
状態表はミスですね。後ほど修正します。ありがとうございます


586 : 名無しさん :2016/07/29(金) 00:46:55 reAUOGfY0
みなさま投下乙です。

コマンドー宣言されたほたるちゃん、トップマーダー&リピーターとかいう
死が服を着て歩いてるようなのあさんに見逃されるとかやばい胆力だ

絶望がスパイスになるのではと知ってしまった一ノ瀬さんやばい、
比較的苦しまないで殺してた彼女ももう楽には殺さなそうでなんてことだ以外の感想がない

幸福にも生き残ってしまった茄子さんの話、もう不幸も幸福もごっちゃになって分かんねえな
個人的には負け惜しみならぬ死に惜しみでどすぐろい呪いをかけていく水野さんが好きになった、
人間らしい子、すき

ベテトレさんはぶれないな……!悔しいけどすごいかっこいい、
ダーティーな闘いを厭わないところに歴戦のトレーナー感がある。

ああ、鷺沢さん、やはり役に逃げ込むことは許されなかったのか……身の程を知った鷺沢さんがどう進むのか
「知っちゃった」ちゃんみおの自身の変質への怒りのような、
知っちゃったけど認められないから認めてよみたいな、叫びのようなムーブが読んでて痛ましく、そして恐ろしい


587 : ◆2Y3cHH26EQ :2016/07/29(金) 00:50:11 reAUOGfY0
投下します


588 : つぼみのままの甘い夢を ◆2Y3cHH26EQ :2016/07/29(金) 00:51:11 reAUOGfY0
 

 きっといつまでも見られない


【3F 教室】


 教室には少女が三人いて、一人はちょっとだけふんわりとしていて、あとはちびだった。
 ちびのうち一人はうつぶせで机に伏せている。
 ためしに突ついてみたものの、さっぱり反応がないということが分かっただけだった。
 しかばねでもないのにへんじがないようだ。どうやら双葉杏という少女は、一度寝たらなかなか起きないタイプらしい。

「かな子さん! タッチ」
「え?」
「交代、ちょっと触ってみてよ」
「ええ……」
「アタシはすごい驚いた」
「えっ、あっすごい、ほんとに柔らかい……?」

 光からかな子へとバトンタッチ。
 ぐっすり寝ているところに申し訳ないなあ、などと思いながら彼女もまた頬を指で押してみると、ふゆりと包まれるような感触がした。
 甘い感触。マシュマロみたい。あるいは上手く焼けたときのスポンジケーキ。
 でも弾力はグミみたいにあって、それでいていちご大福の表面みたいにすべすべで……。
 って何考えているんだ。ぶんぶんと首を振り、かな子はさっと身を引いた。

「光ちゃんいたずらはだめだよ。うん、杏ちゃんはきっと私たちよりいっぱい色々考えてて疲れてたんだよ今は休ませてあげなきゃ」
「なんか妙に早口な……かな子さん、何かおかしなこと考えてた?」
「お菓子のことなんか考えてないからね!?」

 両手を顔に当ててあわわ狼狽えるかな子に、光は口を半開きにして呆れる。
 かな子はどうやら、すぐ顔に出るタイプのようだ。
 まあ、すぐ顔に出てしまうということは嘘をつけないということで、つまり、とってもいい人だということだ、とは思い直す。
 泣きながら教室に入ってきた光を、何も聞かずに慰めてくれていた時点で、そんなことは分かっていることだけれど。

「まあいいや。で、どうする? アタシたち、杏が起きるまで何しようか?」
「あ、えっと……」

 光はかな子に問いかけた。
 かな子、杏と光の出会いから少し時間を挟んですぐ始まった、ヒーロー論議。
 かな子を緩衝として挟みつつ繰り広げられた光と杏の意見のぶつかり合いは、着地点の探り合いこそ終わったものの、
 三人の――いや、杏は休憩がてら作戦を練るのが方針だとすれば、杏を除く二人の――これからの方針については、宙ぶらりん状態だ。
 選択肢は無限というわけではない。
 杏が眠ってしまった以上、二人はここからあまり遠くへ離れるわけにもいかないし、重大事項を勝手に決めるようなこともよくない。
 周りの環境に変化があればそうも言っていられないが、現状はこの鎌石小中学校の周囲で何かが起こったとは感じられていなかった。

「そういえば、どうするかって、杏ちゃんにも聞かれてて……」

 光に尋ねられたかな子は答えを出す前に遮られてしまった、少し前の問いを思い出す。
 杏に、「どうしたい?」と問われて、あのとき自分は、どう答えようとしていたか。

「あのときは、『みんなお腹を空かせてそうだから、お菓子作りがしたい』って答えようとしてたんだけど…….
 今考えてみたら、材料とかぜんぜんないし、のん気になにやってるんだって言われちゃいそう、だし……そもそも私、もうお菓子ならいっぱい支給されてて」

 そういいながらデイパックを開けるとそこにはミスター・ドーナツの箱が4つ入っていた。

「ドーナツ60個……三村かな子、これで支給品は全部でした……」
「……法子のと間違えられてないかそれ」
「?」
「いや、知り合いにドーナツに魅了されてるアイドルがいてさ……知らない?」
「そういえば聞いたことあるかも……」

 光とかな子は思い思いにドーナツのアイドルを想像する。
 名簿が解禁されきってないようなので分からないが、もし出会えたら一緒にドーナツを作りたいかもしれない。
 かな子は思ったが、いや来てないほうがいいんだった、とすぐに気づいて恥ずかしくなった。

「うー……ごめんね光ちゃん、あんまりいいこと言えなくて……」
「いや、悪くないんじゃない? 材料なら、学校探せばあるかもだし」
「えっ?」
「かな子さんがそれをしたいと思ったなら、アタシは全然いいと思うし、手伝うよ」


589 : つぼみのままの甘い夢を ◆2Y3cHH26EQ :2016/07/29(金) 00:52:10 reAUOGfY0
 
 光から帰ってきたのは、予想外の返事だった。
 下を向きながらぽつぽつと喋っていたかな子は、光のほうを驚きの目で見る。光は綺麗な空色の目でかな子の目をずっと見据えていた。
 いつでも誰とでも目と目で対話するのがまっすぐな彼女らしい。

「泣いてる人に食べ物を分け与える、いいじゃないか。アンパンマンから続くヒーローのひとつの形だよ。
 それに、あの体育館?には50人は居たと思う……ドーナツが60個あろうと、みんなに配ったらぜんぜん足りないだろ。かな子さん、お菓子は得意なの?」
「あ、うん、それはもちろん……」
「だったら、杏が起きるまでくらいなら、付き合うさ。うん。困ってる人を助けるのにだって、いろんな方法があるもんな」
「それは嬉しいけど、どこを探せば……それに、二人とも探しに行ったら、杏ちゃんが一人に」
「杏なら大丈夫だよ」

 急に背後から気だるげな声がした。
 振り返ると姿勢はそのままに、杏が顔だけ九十度横を向いてこちらを向いていた。

「杏ちゃん!?」
「起きてたのか」
「あのねえ……まだ机に伏せてから何分も立ってないでしょ。のび太じゃないんだから、そんな速攻でぐっすり寝たりしないよ。
 んで、そのうえでほっぺたを触られてたのに起きないやつなんていないでしょ、常識で考えなよ。
 というか杏、プロデューサーやら巨人の星女……同期のきらりって奴なんだけど……に、よく寝るの邪魔されてたからさ。
 そういう「気配」を感じ取ったら、跳ね起きて逃げるくらいはできるよ。武器だってないわけじゃないしね」

 着こなしきれていない大きめの制服のポケットから、杏が取り出したのは黒いスプレー缶だった。

「エイトフォー?」
「催涙スプレー」
「さ、さいるいスプレー……」

 思わずよく使う制汗スプレーの名前を挙げてしまったかな子はとぼけたことを言ったと反省する。
 杏はツッコミを入れるのもだるいのかスルー。

「他にも武器入ってたから臨機応変に使うけど、とりあえずはこれね。近寄られなきゃなんとかなるもんだよ。
 だいたい、襲う人は3Fに上がる前に、そっちのほうを襲うと思うけどさ……もしそうなったら、絶対杏とは違う方向に逃げてよね。
 それと、いくつか約束。杏が勝手に言うから、メモりたかったらメモってよね。別に守らなくてもいいけど」

 ふわあ、とあくびをひとつ。

「まずはそのいち。宿直室があると思うからさ――布団があるかどうか、確認してきてくれない?」


【3F 宿直室】


「無かったことにしよう」
「ちょっとひどいと思うよ光ちゃん……」
「でも、杏はさ、布団あるって分かったらここに引きこもって出てこないと思うんだよ」

 ござの敷かれた宿直室、の隅に畳まれていた布団の上に座って光が言う。
 ちょっと怒ったような表情をしている。もちろん真剣な怒りというわけではないが、やはり杏の態度に思うところはあるようだ。

「今だって自分だけ寝てて、アタシらにはこうして労働させてるわけだしさー。起きれるなら、ついて来ればいいのに」
「そこは光ちゃんが正しい気もするけど、でもほら、役割分担っていうか……杏ちゃんはやっぱり、すごいと思うよ」
「認めるよそこは。だから、従いだってするさ。ちょっとだるがりすぎるとこは、なんとかしたほうがいいんじゃって思うだけ」

 その「思うだけ」がある限りは、永遠に相容れない部分はあるだろうけど。
 なんて軽めに言いながら、光は冷蔵庫の扉を開けた。
 宿直室。警備員や先生なんかが泊まる場所として設置されている部屋であり、現代の学校ではあまり見かけない部屋だが、
 バトルロワイヤルの会場として世間から取り残されたような歴史を歩んでいるのだろうこの島の学校には、杏の予想通り存在していた。
 人が泊まる場所であれば、食料が保管されている可能性はもちろん高い。現に冷蔵庫はあった。


590 : つぼみのままの甘い夢を ◆2Y3cHH26EQ :2016/07/29(金) 00:53:17 reAUOGfY0

「あった?」
「……」

 ただ、冷蔵庫があったからと言って、電気が通っているかどうかはまた別の話だった。
 かな子がちらりと冷蔵庫の端を見ると、……コンセント、抜けてる。

「どうやらここはハズレみたいだ。次を当たろう」

 光は鼻を抑えながら扉を閉じた。かな子はその扉を開けることはなかった。
 手に持った杏のいいつけメモに目を落とす。次は、理科準備室。


【2F 理科準備室】


 食べ物というか、その材料が最もありそうな場所としてかな子たちでも思いついていた場所が理科準備室だ。
 学生時代に、子供にも親しみやすい実験として、食べ物を使った実験をしたことを思い出す人もいるだろう。
 
「わ、ほんとにあった!」

 若干窮屈そうな態勢で、机の引き出しを開けたかな子が弾んだ声を出した。
 ビーカーや試験管が並ぶ棚の奥をがちゃがちゃと探していた光もかな子のほうに駆け寄る。
 手を伸ばしてつかみ、引っ張り出す。ビニール袋に入った白い粉、赤の線と青の線が入っている。
 赤のほうにはマジックで「砂糖」、青のほうには「塩」と書いてあった。

「シュガーがあればなんでもできるよ! 光ちゃん!」
「やったな!」
「といっても……砂糖だけだと飴とカラメルくらいだけど……」
「テンション下がるの早いな……」
「でも正直生でも……ああ、お願い光ちゃん、砂糖は光ちゃんが保管しておいて。私、食べちゃうから」

 テンションが上がったかと思えば下がったかと思えば急に真剣な表情で砂糖の袋を渡してきたので光は少々困惑する。

「私、食べちゃうから……」
「……?」
「食べちゃうから……」
「よしおっけー。砂糖の安全は、この南条光が保証しよう!」
「ありがとう……!」

 重ねて言われるくらいに失敗した経験があるのだろうか。若干の闇を感じた光は、何も聞かずに受け取ることにした。
 そのほか、電気パンの実験用の小麦粉・ホットケーキミックスや、角砂糖などもあるのではという期待があったが、
 残念ながら二人の捜索範囲ではそれらを見つけることはできなかった。

「ええっと、次はどこだっけ? かな子さん」
「二つ隣に職員室があるみたいだね」
「よし。行ってみよう」


591 : つぼみのままの甘い夢を ◆2Y3cHH26EQ :2016/07/29(金) 00:53:55 reAUOGfY0
 

【1F 体育館前】


「職員室も、けっこうあったね」
「コーヒー豆と、給湯ポット。それに茶菓子も。持ち物袋は膨れたし、目的は十分達成だろ?」
「……あとは家庭科室に何かあれば、完璧だよ……でもその前に」

 少し薄暗い廊下を進み、つきあたりに辿り着く。学校と連結した隣の施設……体育館へと続く連絡通路。
 ここには、食料を探しに来ていない。杏からの頼みごとの、三つ目を消化しにきたのだ。
 いわく、「最初に集められた体育館が、ここの体育館かどうか」は、確認する必要があるかもね、との言。

「ちょっと怖いよ……もし、あの怖いひとがいたりしたら……」
「さすがにそれはないんじゃないか? どこかで見てることは間違いないだろうけどさ、こんな近くにいるならここは禁止エリアにでもなってるんじゃ。
 ――アタシはどっちかといえば、わくわくしてるぜ。もしかしたら、何かヒントが得れるかもしれないし」

 言いながら、光もまた、自らに与えられている支給品を袋から取り出した。

「それは……??」
「ビーダマンだ」

 ビーダマンと呼ばれたそれは、人型のロボットの形をしたおもちゃのようなものだった。
 かな子は光がそれを両手で握って構えるのを見ると、不思議そうに問いかける。えっ、それ武器なの?
 どう見てもおもちゃにしか見えないけれど、と思うもつかの間、光が試し打ちとばかりに体育館の扉に向けてパワーショットを打った。

「ぬ……りゃあああ!!」

 手での押し出しを加えながらの絞め撃ちショット。
 人型おもちゃの腹部に設置されていたと思われるビー玉はかな子の想像以上の速度で発射され、かな子はそれを目で追うことができなかった
 風を切る音がしたかと思えば、次の瞬間5mほど離れた体育館の扉に「こん」と何か小さなものがぶつかるような音がし、
 慌ててそちらを振り向くと、てんてんと跳ねていたのはつい数瞬前に発射されたであろう透き通ったビー玉だった。
 当たり前といえば当たり前だが、とくに扉には傷などはついていなかった。

「す、すごい……そんなに飛ぶんだ……」
「もちろん漫画みたいな威力じゃないけど、驚かすくらいはできそうだな」

 というわけで構えつつ中に入る。

 ギイと錆びかけた扉を開くと、狭い体育館の中は静寂で満ちていた。
 独特の、古い木のような匂い。すりガラスになっている窓が淡く太陽の光を中に届けている。
 天井に等間隔でメガホンのような円錐が奥まって並んでいて、その中心に電球が並ぶ。
 見つめると目が悪くなるからやめなさいなんて叱られたことを思い出す。
 壁際にはキャットウォークが存在していて、梯子で上ることができるつくりになっていた。かな子は感じる。なんとなく、見覚えがある気がする――。
 光もそう思っているのか、床を真剣な様子で観察している。そして……。

「かな子さん」
「えっ」
「どうやら、当たりみたいだ」

 駆け寄って、指差したフローリングの一区画。
 かな子は見た。
 ワックスのかかった細長い木と木の隙間、赤黒いなにかが、広範囲にわたって、こびりついている。
 まるでそれは、清掃しても消しきれなかった頑固な汚れのようだった。
 そして、かな子も光も、その汚れがただの汚れではないことを――網膜の裏に焼き付けて、覚えている。


592 : つぼみのままの甘い夢を ◆2Y3cHH26EQ :2016/07/29(金) 00:55:35 reAUOGfY0
 

【2F 教室】


 その後も、かな子と光の学校の探索は順当に進んだ。
 図工室からは彫刻刀と電動ドリルなど工具一式、またネジ類一式を。家庭科室からは包丁とフライパンを。音楽室からはホイッスルを。
 それぞれ、武器にも道具にも、助けを呼ぶツールにも、連絡を取り合うツールにも使えるだろうものを、厳選してカバンに入れた。
 さすがに重いし、きっとここから出るようなことがあれば、すべては持っていけないだろうけれど。
 
 散策が終わった後は、杏からの四つ目の頼み事の実行が残っていた。
 いわく、「二階以下の教室の、カーテンを閉めてくること」。中に誰かがいるかもしれないと思わせるのが狙いだという。
 そういうわけで二人は今度は下から順番に、空き教室のカーテンを閉める。
 単調作業の繰り返しで口数を減らしつつ、二階の最後の教室まで来たとき、かな子が不意にぽつりと漏らした。

「どうして、だろうね」

 無意識にこぼしてしまったような、さりげない言葉だった。

「どうしてあの人は、あんなことをしたんだろう。どうして、私たちに、こんなことをさせるんだろう」
「……悪いやつだから?」

 自分でも安直にすぎると思いながら、光はその、誰にも問いかけていないかもしれない独り言のような問いに、相槌を打つ。
 悪いやつだから。そうだ。アイドルを集めて殺し合いをさせるなんて悪いやつに決まっている。
 正義のヒーローに打倒されるべき存在に決まっている。
 光であればまずはそう思うし、普段敵だとか倒すだとかそういうことをあまり思わないかな子ですら、
 あのときあの場所であの人が見せた笑顔は、絶対的な「悪」という一文字を心に刻み込むに値するものだった。
 理屈では分かるし、それ以上は今考える必要なんてないと、杏なら言うだろう。でも、そこで止まって、いいんだろうか、とも、思ったのだ。

「杏ちゃんが、言ってたよね。一般人だって大変なのに……アイドルをこんな大勢、この島に運んでくるのって、すごい大変だって。
 そういうことをわざわざしてまで、私たちをここに連れてきた意味って、なにかあるのかなって」
「かな子さん……」
「考えても、分からないかもしれないけどね。私なんて、まだまだアイドル駆け出し……ううん、それよりもっと、だから」

 誰が、どうやってかはわかっている。だからこその、ホワイダニット。
 今一度あの最初の惨劇の残滓に触れることで、かな子の胸の内に沸き上がった感情は、ある種、最も普通の反応だった。

「私はね、光ちゃん」
「?」
「すごく厳密にいえば、まだ、アイドルじゃないんだ」
「……え?」
「初ステージだったんだ。昨日?かどうかは分からないけど、すごく最近までは、研修生で。
 杏ちゃんと、智絵里ちゃんって子と、ユニットを組むことになって……お披露目のステージだったの。
 私、この衣装を着て、会場に、向かう最中で……連れてこられなかったら、初めて、「アイドル」に、成れてた」
「そ、そう、なのか……」

 光は驚いた。確かに、三村かな子っていう名前は、聞いたことのない名前だったが。

「だから、こんなことを言うのはおこがましいかもしれないんだけど……すごく、すごく。もしかしたら一番。悲しかった。
 プロデューサーさんが、一生懸命育ててくれて、私も、みんなと比べたら足りないかもしれないけど、いっぱい頑張って。
 やっと、魔法をかける側に、なれるって……すごくわくわくしてたのに。もう私、アイドルに、成れないんだって」
「……!」
「島で起きてからも、すごく、つらくてね。杏ちゃんに出会うまで、ひとりだけアイドルじゃない私が、ここに居ていいのかなとか、
 みんなと自分の命の重さを比べちゃったりとか、じゃあ、私死んだほうがいいんじゃないかとか。
 それでもそんなの、プロデューサーさんにも悪いし……とにかく……不安でいっぱいだった。
 杏ちゃんに、出会えてなかったら、どうなってたか、ぜんぜん分からないな」


593 : つぼみのままの甘い夢を ◆2Y3cHH26EQ :2016/07/29(金) 00:56:16 reAUOGfY0
 
 優しい表情のままそう言う彼女に、光は声をかけることができなかった。
 すぐ顔に出てしまうかな子のことを、光は嘘をつけないと思っていて、だから今語られるその感情の移り変わりも、すべて本物で。
 本物で、本物だから、それをこんな優しい表情で語ってしまえるかな子が、どれだけのものを抱えていたのかが、伝わってきて。

「あれ。ごめん、話、なんか逸れちゃったね……とにかく、ええと……よかった、杏ちゃんや、光ちゃんに出会えて。
 こんな私でも、ここにいてもいいんだって思えたし……なにか私でもできることあるのかもって、思えたから……」

 なんだか光は、胸の奥からこみ上げる言葉を、抑えてはいけないような、そんな気持ちになった。

「――かな子さん。まだだよ」
「え?」
「まだ、諦めるには早い。初ステージは逃したかもしれないけど――アイドルに成れるチャンスはまだ残ってるじゃないか」
「……みんなを殺して、優勝すればってこと? そんな……それは、ダメだよ……」
「それはもちろん、アタシがそんなの認めないさ、だから別の話。そしてすごく単純な話だよ。かな子さんは、この島でアイドルに成ればいいんだ」

 光は衝動のままに言った。

「この島で?」
「そうさ。だってここには、アイドルがたくさんいる。それも本物の有名人がいっぱいだ!
 そのアイドルにアイドルだって認められれば――ファンになってもらえれば。誰もかな子さんのことをアイドルじゃないなんて言わないはずさ。
 少なくとも! アタシはたった今、かな子さんのファンになったぞ……! かな子さんは絶対、すごいアイドルになるよ!」
「え、ええ、えええ!?」

 きらきらと輝く空色の瞳をさらに大きく輝かせ、天啓得たりといったにこやかな表情で迫ってくる光に、かな子は押されてしまう。

「アタシ、かな子さんのこと、応援するよ!  ヒーローは、みんなの夢を叶えるためにあるから! アタシは、かな子さんの夢の手助けをする!」
「あ、えっと、ありが、とう……」

 でも、その純粋な気持ちを、やはりかな子はすごく素直に受け取るのだった。
 そして、すとんと落ちるように……そうか、と思った。
 夢。
 夢だったんだ。
 アイドルとして、ステージで輝くことが。三村かな子の夢だった。

 スカウトされて、いっぱい練習して、プロデューサーと一緒に歩んで。光射すステージを目指した。
 自分から願ったことではなかったかもしれないけれど。
 いつのまにかそれは、自分の中で叶える意味を持つ夢になっていた。
 それがもう絶対に叶わないというつらさが、ここに来てからのかな子を、実のところほんの一歩だけ、後ろに下がらせていた。

 でも、今目の前には、自分をアイドルだと言ってくれる子がいて。
 その子は自分の夢を手伝ってくれると言ってくれて。
 こんなうれしいことが、あるのだろうか?

「ありがとう、光ちゃん」
「礼には及ばないよ。だってそれがアタシ(ヒーロー、そしてアイドル)だから」
「私も……私も、光ちゃんのファンになる。みんなの夢を叶えて、みんなの夢を、守って。みんなで一緒に、ここから帰る……!」
「それだ!」

 なにかが言語化したかのような感覚を、二人ともが味わった。 
 そうだ。ここにいるのは全員アイドル。
 誰もが誰ものファンになってしまえば、殺し合いなんて起こせるはずがない。
 いったい誰が、自分を応援してくれているファンを殺せる? いったい誰が、応援しているアイドルのライブを止められる?
 この殺し合いにアイドルとして反抗する方法が、もし、もしあるのだとすれば、きっとこれは、そのひとつだ。
 あまりに地獄すぎる世界の中、垂らされている細い細い蜘蛛の糸だ。
 もしかしたらそれは、どう足掻いても切れてしまうような、かみさまの罠かもしれないけれど――二人はそれでも、それを信じようと決めた。
 

【3F 教室】


「で、オチとしてはお菓子の材料はすべて集まり切らなかったと」
「く……」「その通りです……」
「ま、そっちは期待してなったから別にいいよ。杏としては、欲しい情報は拾ってきてくれたからさ」


594 : つぼみのままの甘い夢を ◆2Y3cHH26EQ :2016/07/29(金) 00:57:26 reAUOGfY0
 
 教室には少女が三人いて、二人はちょっとだけ縮こまっていて、ちびが椅子の上で腕を組んで見下ろしていた。
 双葉杏、堂々三時間の就寝の間、見事なまでの無傷、無干渉、無環境変化である。
 学校探索からかな子と光の二人が戻ってきたころにはもう起きていて、二人から話を聞いて、しばらくだらだらと愚痴を垂れ流した。

 やれ、宿直室に布団があったこと隠そうとしたでしょとか(当然のようにばれた)、
 やれ、理科室まで行ったなら変な薬品があるかどうかくらい言われなくても見てきなよとか、
 やれ、ビーダマンなんて大した武器にもならないもの今後は安易に使わないようにしなよとか、
 まあ、理想やら思想を掲げるのはいいけど、ちゃんと現実との折り合いはつけてよね……。
 その辺まで言ったうえで最後のオチとして、というかお菓子作れないじゃんどうするの、の流れというわけだった。

 で、言われてしまえば見事に正論なので言い返せない二人だった。

「……言っとくけどね、まあ愚痴った以上には、代わりに動いてくれてありがたいって杏も思ってるから。そこは忘れないでよね」
「そういうとこもう少しかな子さんみたいに素直なら、アタシも杏のファンになるのにな」
「まあまあ二人とも……!」
「光。杏にまた長話させる気なら、杏はまた寝るかんね。もう駄サイクル入っちゃうよそれじゃあさ」

 はあ、とため息一つ、肩を鳴らす。
 アイドル双葉杏のお立ち台はただの椅子で、そしてそのステージが彼女にやけによく似合っている。

「とりあえず、もうすぐ放送だから」

 と、この場で誰よりも現実的に頼りになる妖精は言った。

「楽しく学校探検して、いっぱい話してさ。高まったその気持ち。「へし折られないように」、心構えしときなよ。
 きっと、ううん、絶対、誰かが呼ばれる。いっぱい呼ばれるかもしれない。
 もしかしたらたった数時間の間に、ずいぶん取り返しのつかないことになってるのかもしれない、
 そしてそれは、杏たちがこうして「待ち」を取ってる間に、起こっちゃったことだって――そういうところで、きっとみんな、心、殺されちゃうから」

 杏のきつい言葉に、かな子と光は息を呑む。そう、ちっぽけな少女たちは全員は救えない。
 全員を救おうとするには、てのひらが小さすぎる。
 無理だったことは無理だったと。
 悪くないことは悪くないと。
 そういう割り切りを、することが大切だと。杏は二人にその心を持ってほしい旨を伝えて。

「幸い、ここで得られそうな情報はほとんど集まったからね。
 カーテンとか、工具とか、籠城の準備もしたけど……放送の内容如何では、ここから動くことも視野に入れるよ。
 そうなったらもう、ここにこもってるから安全とか、そういうのも言えなくなるから――だから杏からは一言だけ」

 素直な気持ちを、言っておく。
 もう「他人」ではない彼女たちに、一言だけ、言っておく。

「絶対に死ぬなよな。杏の寝覚めが、悪くなるから」

 そして、誰にとっても平等な時は、待ってくれることなく過ぎ去り。
 この島で唯一、ほとんど動かなかった彼女たちは、無傷のまま、放送を迎えることになる。


【一日目/D-6/昼(放送直前)/鎌石小中学校3F教室】

【双葉杏】
[状態]健康
[装備]セーラー服(大きめ) 手鏡 ポケットティッシュ 催涙スプレー
[所持品]基本支給品一式、ライブ衣装、不明支給品×1(武器?)
[思考・行動]
基本方針:基本的に学校に籠城し、資材や情報を集めつつ脱出する算段を練る
1:さて、放送はどんなもんかな、と。

【三村かな子】
[状態]健康、南条光のファン
[装備]無し。私服。
[所持品]基本支給品一式、ドーナツ×60、包丁、工具一式、コーヒー豆、塩、電気ポット、ホイッスル×3
[思考・行動]
基本方針:杏と一緒に行動する
1:この島で、アイドルとして認められるような行動をしよう
2:お菓子が作りたいなぁ……
3:なんで集められたんだろう?

【南条光】
[状態]健康、三村かな子のファン
[装備]無し。私服。
[所持品]基本支給品一式、ビーダマンセット、砂糖、茶菓子、電動ドリル、フライパン、不明支給品×0〜1
[思考・行動]
基本方針:杏とかな子と一緒に行動、仲間を集めて悪を倒す
1:ヒーローになる
2:かな子のアイドルを応援する

※鎌石小中学校の体育館の床に、血のようなものが掃除された跡があります。


595 : ◆2Y3cHH26EQ :2016/07/29(金) 00:58:02 reAUOGfY0
投下終了です以下支給品

≪催涙スプレー≫
双葉杏に支給。
催涙ガスを噴射することにより、対象がひるんだ隙に緊急避難するための護身・防犯グッズ。

≪ドーナツ≫
三村かな子に支給。15個入り×4セット。

≪ビーダマン≫
南条光に支給。アルティメットフェニックス。改造されており飛距離が良い。
至近距離で人体に向かって打つと危険だから撃たないでおこう。お兄さんとの約束だ。


596 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/30(土) 00:04:48 gC/UOJUg0
投下乙です。
地盤を固める、というか、安定感のあるチームですね。
アイドルなりかけだったから、ここでアイドルになるというのは、新しい方針ですね。

さて、自分も投下します。


597 : COMPLEX ◆qRzSeY1VDg :2016/07/30(土) 00:05:11 gC/UOJUg0
「BE MY BABY……BE MY BABY……っと」

 歌を口ずさみながら、心は歩く。
 警戒心がないわけではないし、不用心だなと自分でも思う。
 この場所では、何時どこで他人に襲われるかなんて分からない。
 銃を持っているとはいえ、その戦力が覆される可能性は十分にある。
 だが、それを分かった上で、彼女は歌を歌っていた。

 この殺し合いが終われば、自分は「しゅがーはーと」に戻る。
 その時、しゅがーはーとが「歌えない」なんて事になってしまえば、本末転倒だ。
 最高のアイドル、それをつくり上げるための努力をしてきた。
 無論、歌唱訓練もそのうちの一つだ。
 こんな場所でも、いや、こんな場所だからこそ、それを怠らない。
 殺人鬼・佐藤心のせいで、アイドル・しゅがーはーとの魅力を損なう訳にはいかないのだ。
 だから心は、歌を歌う。

 そういえば、とあることを思い出す。
 今口ずさんでいる歌は、自分がまだ幼かった頃に流行った曲だ。
 当時、幼いながらも強烈な影響を受けたのを覚えている。
 そんな曲を世に送り出したロックユニットは、駆け抜けるように伝説を残し、そして活動を休止した。
 理由は後に明かされたが、いわゆる「音楽性の違い」という奴だった。
 まあ、今となっては単なる伝説でしか無いのだが。

「ユニット、か」

 何気なく歌っていたそんな曲を切っ掛けに、心はある事を思い出す。
 こんな事に巻き込まれる少し前、自分も新たなユニットを結成していた。
 組むことになった相手は、安倍菜々という一人のアイドル。
 色んな意味で話題となったそのユニットは、世間の注目を掻っ攫った。
 初めてのツアーも満員御礼、CDも次々に売りだされ、まさに伝説になろうとしていた。
 けれど、心はそんなユニットが嫌いで嫌いで仕方がなかった。
 いや、違う。
 正確に言えば、安倍菜々が嫌いだった。
 表面上こそナナ先輩として敬ってはいたが、実態はそうではなかった。
 顔を合わせるのも、正直言えばキツかった。
 理由は分からない、同族嫌悪という奴なのだろうか。
 それとも、あくまでもありのまま自分として、「安倍菜々」として活動しようとする彼女が嫌いだったのか。
 何にせよ、言い表せない嫌悪感があったのは事実だ。
 だから、彼女とのユニットも長続きはしないだろうなと思っていた。
 今口ずさんでいた曲の、ユニットと同じように。


598 : COMPLEX ◆qRzSeY1VDg :2016/07/30(土) 00:05:33 gC/UOJUg0
 
 ふと、スマートフォンを取り出す。
 何の気なしに開いた名簿アプリには、60人ほどの名前がずらりと並んでいた。
 時間が経ったことで解禁されたのだろうか、初めとは違うそれに、心は目を通し続ける。
 見知った名前、知らない名前、自分の名前、そして白菊ほたるの名前。
 ふうん、と声を漏らした時、最後に見かけた名前に、ふと足が止まる。

「はっ……ナナ先輩もいんのかよ」

 そこに刻まれていたのは、嫌いで嫌いで仕方がなかった一人のアイドルの名前。
 名簿に載っているということは、彼女も例外なく「佐藤心」が殺さなくてはいけない一人である。
 これは、溜まりに溜まった嫌悪感を晴らす絶好のチャンス。
 とは思うものの、心はそんな気分にはなれなかった。
 寧ろ、どこかでくたばってくれていればいいと、そんな事を考えながら、足を動かそうとした時。
 それを、見つけた。

「おー、おー、おー」

 思わず、声が出る。
 心が見たのは、血の海に沈んでいる一人の女性の姿。
 無数の矢を生やしている彼女が、死んでいることは言うまでもない。
 躊躇いのない手口からして、その気の人間が居ることはほぼ確実だ。
 ごくり、と唾を飲み込む。
 覚悟はしていたが、実際に死体を見るのはやはり衝撃的だ。
 しかし、狼狽えている場合ではない。
 自分は、これから"それ"を生み出す立場なのだから。

「油売ってる場合じゃねーな……」

 頭を弱く掻きつつ、死体から目をそらす。
 心にあるのは、焦り。
 殺すと意気込んではいるものの、心はまだその手を血に染めていない。
 いや、血に染めようとしたのを、止められたのだ。
 あの、魔女によって。
 おかげさまで、銃を握るだけで脳裏に浮かぶようになってしまった。
 今でもその「アイドル殺し」の言葉は、焼き付いて離れない。

「BE MY BABY……BE MY BABY……」

 ああ、そうかと思う。
 歌っているのは、だからかもしれない。
 それを耳に入れないために、その声をかき消すように。
 少しでも耳を貸してしまえば、その声に「取り込まれて」しまうから。
 そうして、心は足を進め続ける。

 歌って、歌って、歌って、歌い続けて。

 無心のまま、足だけを動かし続けて。

 そこに、辿り着いた。


599 : COMPLEX ◆qRzSeY1VDg :2016/07/30(土) 00:06:21 gC/UOJUg0

「――――――――――――――――――――――――!!」

 心を出迎えた金切声と共に、衝撃的な光景が目に焼き付く。
 頭にナイフを生やした少女と、血溜まり沈む二人の女。
 そして、三人分の死体に囲まれるように座る一人の女が、叫び声の主だ。
 状況が読めないと思った時、心の目にあるものが入ってくる。
 それは死体の傍に転がっている、壊れたクロスボウガンだ。
 先ほどの、イヴの死体に突き刺さっていた物と、良く似ている。
 ならば、その傍の死体がこの光景を生み出したのか。
 三人まとめて襲いかかった所、善戦はしたものの、相討ちにて倒れる、といったところか。
 嫌に冷静に状況を判断できる自分に辟易しつつ、心は銃を握る。
 そうだ、これは絶好のチャンスだ。弱り切った人間の命を奪う、簡単なことだ。
 あとは引き金を引くだけ、それだけで終わる。
 だというのに、脳裏には"あの言葉"が蘇ってくる。
 自身に刻み込まれた"不幸"に苛立ち、一発舌打ちをしたその時。

「……殺してください」

 耳に届いたのは、そんな弱々しい一言だった。
 思わず「は?」と問い返してしまうが、それを気にも留めず、女、鷹富士茄子は静かに語り出す。

「私が生きてたら……みんな生き残れない。
 私の幸運のために、皆が犠牲になってしまうから」

 そう、この光景を生み出したのは、他の誰でもない彼女なのだ。
 彼女の生命を奪うはずだった力は、彼女ではない三人の命を奪った。
 このまま生きていれば、同じように他人の生命を奪うことになるのだろう。
 自分の"幸運"の為に、他人を"不幸"にする。
 そして彼女は、ふと思った言葉を紡ぐ。

「私は……"不幸の魔女"なんです」

 そう、幸運なのは自分だけ。
 周りに振りまくのは、"不幸"。
 そんな自分には、その名前がお似合いだと思って、それを口にした。
 けれどそれは、言ってはいけない言葉だった。
 少なくとも、佐藤心には。

「おい」

 ぽん、と肩に手を置かれると同時に、声をかけられる。
 なんだ、と茄子が心の方を向いた時、ごすっ、と重い音と共に、茄子の頬に心の拳が叩きこまれる。
 受け身を取ることすら叶わず、茄子は地面をバウンドしながら転がる。
 そして心は止まること無く、倒れた茄子の元へと歩み寄り、うつぶせになっている彼女の後頭部を掴んで睨む。

「言われなくてもお望みどおりぶっ殺してやるけどな、その前に言いたいことだけ言わせろ」

 溢れる、溢れる、言葉が溢れ出してくる。
 だから、止まることが無いそれを彼女にためらわずにぶつける。

「不幸の魔女だぁ!? 馬鹿も休み休み言えっつうんだよ!!
             アイドル
 わたしが会った"不幸の魔女"はなァ! 周りに不幸をばらまいちまうって分かってた、分かってたからこそ、人をぶっ殺すクソッタレに立ち向かっていったんだよ!!」

 そうだ、不幸の魔女なら、心はもう出会った。
 そして、その身に"不幸"を刻まれた。
 けれど、彼女はその"不幸"を武器に、悪へと立ち向かっていった。
 そんな彼女の姿を、心は少し羨んでもいた。
 だからこそ、その名前を使って逃げようとする彼女が許せなかった。
                           白菊ほたる
 白菊ほたるを、いや、アイドルが演じる"不幸の魔女"を、汚されているような気がしてたまらないから。


600 : COMPLEX ◆qRzSeY1VDg :2016/07/30(土) 00:06:58 gC/UOJUg0

「わたしの年の半分も行かねえような子供ですら、そんな覚悟があるってのによ!!
 それがなんだァ?! 不幸をばらまくから生きていたくねえだぁ!? んなもん逃げだろうが!! 分かってんだろうが!!」

 止まらない言葉を吐き出し続けても、茄子の表情は変わらない。
 虚ろな目で、ただ殺して、殺してと呟き続けるのみだ。
 これ以上何を言っても、彼女には届かないだろう。
 だから、心は躊躇わずに銃を構える。

「分かった、殺す。あんたはわたしが、佐藤心がお望み通りぶっ殺してやる。
 "不幸の魔女"は、そんな弱っちいクソッタレの偽物じゃねえ。わたしはあんたが許せねえ、だって」

 その言葉を吐き出し始めた時、彼女の頭に"不幸"の言葉が響く。
 ああ、そうだ。これこそが"不幸の魔女"の強い言葉だ。
 目の前に居る人間は、それではない。

 だから。

「その名前は、"アイドル"の名前なんだからな」

 心はその言葉とともに、引き金を引く。
 "アイドル"が残した呪いの言葉を振りきって、脳裏に焼き付いたままの"アイドル"であった少女の姿を守るために。
 ぱんっ、と乾いた音が響く。
 ぴぴっ、と血が飛び散って、どさり、と人間が倒れこむ。
 ああ、これが銃の引き金を引く感覚か、と心は独りごちる。
 確かに病みつきになりそうだし、忘れることはない。
 "不幸"が言うとおり、一生苛まされることになるであろうことは分かる。
 けれど、「しゅがーはーと」と同じ"アイドル"の姿を汚させるわけには、どうしてもいかなかった。
 彼女は、この場所で"不幸の魔女"として、誇り高く死んでいくのだから。

「ありがとよ」

 そして心は、小さく呟く。
 一人の"アイドル"を守れただけではない、未だにブレていたマインドセットが終わったからだ。
 それは、一人の人間を「人殺し」にしてしまう、"不幸"。
 けれど佐藤心にとっては、それは"幸運"だった。
 その掴んだ"幸運"を手に、心はゆっくりと立ち上がり、空を見上げて言葉を投げる。

「これでわたしは、前に進める」

 入り口を開いた、踏み込んだ、後は進むだけ。



 だからもう、"不幸"の言葉は聞こえない。



【鷹富士茄子 死亡】

【一日目/昼/E-8】
【佐藤心】
[状態]健康
[装備]サバイバルナイフ、デザートイーグル50AE(5/7)&予備弾×70、カトラス刀
[所持品]基本支給品一式×5、錆びた果物ナイフ、ドス、9mm拳銃(8/9)、
    ランダム支給品×2(豪運により、配られた支給品のなかで、『大当たり』に類するもの二つ確定しています)
[思考・行動]
基本方針:「しゅがーはーと」を生き残らせる。
1:"不幸"は振り払った、あとは生きる為に殺すだけ


601 : COMPLEX ◆qRzSeY1VDg :2016/07/30(土) 00:07:50 gC/UOJUg0
投下終了です。

この投下で大抵のアイドルが昼になったと思います。
午前である飛鳥・ありす、美玲・輝子・ルキトレ組はそのまま放送後のパートと絡めたほうがいいかな、と思うので、
そのパート、ないし他のパートを書きたい人が特に居なければ、放送を解禁してもいいと思います。(最速で日曜の24時=月曜の0時くらい?)

で、放送内容なのですが、ルールを見る限り各アイドルのスマートフォンに配信される形式のようです。
そこで一つ提案がありまして、放送内容は機械的な定型文が流れる(禁止エリアと死亡者のみ、主催描写一切ゼロ)ということにして、一気に放送後を解禁してもいいんじゃないかな、と思います。
なので、今スレにいる皆で放送内容(といっても禁止エリアくらいですが)それを決めてサクサク進めたいなと思っています。

個人的には、もう半分落ちたので、A・B・I・Jと1・2・9・10を全て禁止エリアにしてしまっても良いのではないかな? と思います。
最低でも、A・J、1・10は覆っても良いと思います。(ほぼ場面に影響はありませんが)

あと、これは個人的な要望なのですが、放送後は演出として雨を降らせたいなーと思っています。
可能なら、放送の末尾に、雨がふるらしいから気をつけてね、的な一文を添えて。
これは本当に個人的な要望なので、NGが多そうならナシでも大丈夫です。

何より、皆さんのご意見(特に書き手の方)を聞きたいので、よろしくお願い致します。

勿論、>>1氏が現れれば、そちらの方針に従います。


602 : 名無しさん :2016/07/30(土) 00:23:28 bf0f2x2Q0
皆様投下乙です。これで最初の放送前に半数のアイドルがLIVE OUTしたと思います。

【参加者名簿】
●遊佐こずえ/○宮本フレデリカ/○荒木比奈/●村上巴/●浅利七海/○鷺沢文香/●速水奏/●大西由里子/●緒方智絵里/○輿水幸子
●木場真奈美/●鷹富士茄子/○高峯のあ/●ヘレン/○二宮飛鳥/○橘ありす/●森久保乃々/○渋谷凛/○片桐早苗/●椎名法子
○上条春菜/○本田未央/●十時愛梨/○財前時子/●市原仁奈/●綾瀬穂乃香/○成宮由愛/●藤居朋/○青木聖(ベテラントレーナー)/○双葉杏
○三村かな子/●龍崎薫/○一ノ瀬志希/●クラリス/●赤城みりあ/●持田亜里沙/○服部瞳子/●望月聖/○結城晴/○新田美波
●佐城雪美/○南条光/●吉岡沙紀/●佐久間まゆ/●島村卯月/○日野茜/○佐藤心/○白菊ほたる/○八神マキノ/○藤本里奈
●アナスタシア/○早坂美玲/○星輝子/○及川雫/●的場梨沙/●水野翠/○青木慶(ルーキートレーナー)/●イヴ・サンタクロース/●安部菜々/●横山千佳

生存者30/60


現在位置1/2

【朝】
B-4 鎌石村の小さな教会
(クラリス)

B-4 民家
(佐城雪美)

D-5 草原
(緒方智絵里)

F-1
(藤居朋)

F-8
(イヴ・サンタクロース)

H-9
(十時愛梨)

I-4 森
(佐久間まゆ)

I-6
(赤城みりあ)
(望月聖)

【午前】
C-3 鎌石村役場近辺
(アナスタシア)

E-2 菅原神社
(椎名法子)

E-8
(木場真奈美)
(水野翠)
(村上巴)

F-9
早坂美玲
星輝子
青木慶(ルーキートレーナー

G-3 平瀬村分校跡
(龍崎薫)
(浅利七海)

G-5 ホテル跡
(島村卯月)

G-5 ホテル跡・付近(東)
二宮飛鳥
橘ありす
(森久保乃々)

I-10 灯台
(速水奏)


603 : 名無しさん :2016/07/30(土) 00:24:03 bf0f2x2Q0
現在位置2/2

【昼】
C-3 鎌石村役場前
渋谷凛
片桐早苗
八神マキノ
藤本里奈
輿水幸子

C-3 南
新田美波

D-3
宮本フレデリカ
荒木比奈
上条春菜
結城晴

D-3
青木聖(ベテラントレーナー

D-6 鎌石小中学校3F教室
双葉杏
三村かな子
南条光

E-8
佐藤心
(鷹富士茄子)

F-2 南西部
及川雫
成宮由愛
(綾瀬穂乃香)
(吉岡沙紀)

F-4
一ノ瀬志希

F-6 西
(横山千佳)

F-6 中央
(ヘレン)
(安部菜々)

F-6 北部
高峯のあ
白菊ほたる

G-5 南
服部瞳子

G-5 ホテル跡
日野茜
財前時子
(市原仁奈)

H-9
鷺沢文香

I-7
(的場梨沙)
(持田亜里沙)

I-9
本田未央
(大西由里子)

【???】
???
(遊佐こずえ)


604 : ◆As6lpa2ikE :2016/07/30(土) 08:57:35 BlJRuFj60
雨が降る演出! 参加者たちの心にもますます雲が掛かりそうで良いですねー!


605 : ◆5A9Zb3fLQo :2016/07/30(土) 09:16:17 Uyb7A1og0
放送案と禁止エリア、私はそれでいいかなと思います。特に禁止エリアはかなりハイペースでアイドル達が脱落してますからねー

雨についてもこれからの波瀾の展開を演出するのにいいと思います


606 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/30(土) 09:30:10 gC/UOJUg0
すみません、COMPLEXにて、巴の頭にナイフが刺さってる描写をしましたが、
前話にて翠が引き抜いている描写を読み落としていました、すみません。
Wikiにて修正しておきます。

>>603
アナスタシアの遺体は美波と一緒に移動してるはずなんで、アナスタシアもC-3南ですね。


607 : ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/30(土) 10:11:01 9YNXkeZM0
少し見ないだけで多くのアイドルが死んでる…鷺沢さんはなんのためにあんなスタンスをとったんだろう
個人的には他人を押し付けるほたるちゃんが本気でやろうとしてるのかが気になりました

放送案と禁止エリアですがそれで構いません。ちょっと施設が使えなくなるけど残り人数考えれば別に問題ないと思います。

雨も賛成ですけどこれって放送が終わったら急に降りだすんですかね。時間の調整とかもあるだろうしみなさんに答えていただければ、
それと土砂降りなのか小雨なのか…別に火が燃えても直ぐには消えない程度ですかねという確認です。
最後に放送案はどなたが書けばいいのでしょうか


608 : ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/30(土) 10:12:51 9YNXkeZM0
他人を押し付ける→他人に不幸を押し付ける


609 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/30(土) 10:22:43 gC/UOJUg0
>>607
雨は降るとすれば「14時までに降るかもしれない」的な扱いでいいと思います。
放送明けたらどっさり降ってもいいし、一部では14時頃にぽつぽつと降り始めるでもいいですし、
とにかく「雨がふるかもよ」的なことだけ言っておいて、使いたい人だけ使う、って感じでいいかと。
雨がふらなかったら「天気予報だって外れる」で良いと思いますし。

あと、放送は早ければ今日の夜にでも落としたいかなと思ってます、定型文ですし。
放送落としたら、上記の提案通り、日曜24時(月曜0時)に予約解禁でいいかな、と思います。


610 : ◆adv2VqfOQw :2016/07/30(土) 10:31:39 oltZ1fEY0
・放送について
脱落者の名前と禁止エリアと天気予報の一括送信でかまわないと思います。
世界レベルのジョーカーだったヘレンさんのスマホにだけ主催者からなにか特別なメッセージが飛ぶこともあるかもしれません。
ついでにこのタイミングで正規の名簿配布でいいんですよね?

・禁止エリアについて
つまり、今10×10マップなのが上下左右2マスずつ減って一気に6×6になる、ということでしょうか。
私個人的にはそれでかまわないと考えます。
禁止エリア指定の時間は2時間後に一斉ですか?それとも2時間おきに数個ずつですか?

・雨について
問題ないと思います。現実でも二時間あれば降ったり止んだりするので、島全域曇りを意識してリレーすればどのタイミングでどこに雨が降ってもおかしくないですし。
ただ、雨が降った場所はリレーにかかわってくるので情報も共有できるようにしておきたいです。
といっても、雨が降る場合は>>602->>603がのエリア名の部分に G-5 ホテル跡 雨 みたいな感じでかまわないと思います。


611 : ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/30(土) 10:45:00 fxBAZCN60
放送案については異論はありません。


別件になりますが、「グッド・ラックとダンスを踊れ」と「COMPLEX」の間の補完話という形で鷹富士茄子を予約したいのですけれどもやって構わないでしょうか。
「COMPLEX」に至るまでに状況に全く影響を及ぼさない形で。色々と思うこともあり。
◆qRzSeY1VDg氏、◆5A9Zb3fLQo氏がそれはルール違反だと仰るならこの話は無かったことにして下さい。


612 : ◆5A9Zb3fLQo :2016/07/30(土) 10:47:37 Uyb7A1og0
>>611
私はやっていただいて構わないですよー


613 : 名無しさん :2016/07/30(土) 10:54:46 bQOjPSYcO
投下乙です

茄子の最後の幸運は、殺してもらうこと
代わりに心が、不幸にも人殺しに
先にほたるに不幸にされてたし、仕方ないね


614 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/30(土) 11:59:32 H/nXmJzc0
>>610
具体案ありがとうございます。
おおよその認識はそれで合ってます。
禁止エリアは14時に外周、16時に内部でやろうかなと思ってます。
あと、名簿はルールをみる限り時限解放ぽいので、放送の頃にはさすがに全解放されてるかと(COMPLEXでそう描写しましたし)

>>611
大丈夫です。よろしくお願いします。

では、rk氏の投下もありますし、今日の夜に放送文投下して、日曜24時(月曜0時)に予約解禁で行きたいと思います。


615 : それでも幸運を渡そうと思った。  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/30(土) 17:35:54 fxBAZCN60
 幸運、の定義を『偶然により自分が得をする』と定義するならば、鷹富士茄子という人間はまさにその幸運に恵まれた存在だった。
 たとえば金運という分野であっても道端に落ちている小銭を拾うも日常茶飯事。宝くじは買えば当たり、抽選は外れなし。
 得をする、という誰もが羨む事象に愛された女。それが茄子だった。
 無論、恵まれすぎるということは一種の妬みや嫉みを生む。それが偶然であるならば尚更だった。
 ああ――、よく覚えている。最後に茄子を幸運だと言い放った水野翠の言葉は、最初に自分の幸運を呪ったあのときとそっくりだ。
 屍と硝煙と翳った太陽の中。茄子の網膜に映るのは幼い日の出来事だった。

 家族に連れられて、少し大きな街のデパートに行った。茄子の家は都会と言われるような場所から離れたところにあったため、
 人で賑わい活気で溢れる町並みを見て色々と新鮮な気分になった。色々と物を買ってもらったりもして楽しい気分にもなった。
 その日の終わり際、デパートの一角で福引抽選会が行われているのを見つけた。買い物をして、手元には一枚だけ抽選券があった。
 そのころから茄子は己の運のよさを知っていたから、きっと当たるだろうという確信があった。並んでいる間に当たり品を見繕う。
 調味料のセット、最新式の扇風機、そのほかにも様々な当たり品があり、そして一番の目玉である旅行券。
 それらを見ているうちに、茄子の番が近づいてきていた。目の前では抽選券を何枚も抱えた親子連れが頑張っていた。
 空いた列ができたので、それを横目にしながら茄子は抽選に行った。たった一枚だけある券を渡して、装置を回す。
 よくあるタイプの円形の箱をガラガラと回して玉を出す抽選機。わくわくした気持ちでぐるりと回すと……想像通り、金色の玉が出てきた。
 特等を示すそれは大当たりで、ころころと転がる金色を見てから数秒後、店員が大きな歓声を上げた。
 やっぱり当たった。自分の幸運を噛み締め、喜ぼうと思ったその瞬間。横から自分を見るひとつの視線に気付いてしまう。
 先ほど横目にしていた親子連れ。その子供の方だった。抽選券は全て、一番低い賞……つまり、外れへと変わっていた。
 呆然と、茄子を見ていた。なぜ、どうして。はっきりと口に出していたわけではなかったが、その意志がありありと茄子には感じられた。
 こんなにも試して当たらなかったのに。なんで、たった一枚で。
 外れ賞であるティッシュの束を握り締めて、その子供は恨めしそうに睨んで、そして目を逸らした。
 茄子は何かを言おうとしたが、何も言えなかった。何を言っていいのか分からなかった。
 幸運を持ってはいても、幸運の使い方をまだ知らなかった。幸運にはこういうこともあるのだと思い知らされた。


616 : それでも幸運を渡そうと思った。  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/30(土) 17:36:11 fxBAZCN60

 恵まれすぎた運は負の感情を生む。それを知った茄子は以降、できるだけ己の幸運を周囲に還元することに務めた。
 手に入れた物は分けられるならば分け、拾ったものはどんなに小さなものでも落とし主に返し、幸運に驕らないように務めた。
 驕れば、その瞬間から自分は妬まれる。無用な敵を作る。――嫌われる。
 そう戒めてきたはずだったのに、ここに至って自分はそれを忘れてしまっていた。過信してしまった。慢心してしまった。
 運がいいから大丈夫だろうと、驕った。
 最初に茄子を呪ったあの子が、茄子を見ていた。幸運を還元することを知らなかったころの、茄子の幸運にあやかれなかったあの子供がいた。
 最初の後悔も、ここにある。あのとき言葉をかけていれば。上手くやれたか分からないけれど、行動を起こしていれば。何かが変わったかもしれないのに。
 この想いさえ、持てる者の傲慢であろうか。分けてあげたいというのは、所詮上から見下ろす立場の考えでしかないだろうか。
 子供はやがて木場真奈美の姿へと変わり、村上巴の姿へと変わり、そして水野翠のものへと変わった。
 それでも、他者に幸福を渡したいと願うか?
 それぞれの声で問うてくる。
 持てる者は所詮持てる者でしかない。渡したところで自分が幸運を失うわけではないし、望まない幸運だって手に入れ続ける。
 永劫、変わらない。自分が傷つかないための行為でしかないし、自分を慰めるための行為でしかない。
 でも、それでも……。
 君のステージを見たお客さん、みんな幸せそうだったぞと言ってくれたプロデューサーがいて。
 いつもわざと名前を間違えるあのプロデューサーがいたから。
 茄子は、それでも幸運を渡そうと思った。


617 : それでも幸運を渡そうと思った。  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/30(土) 17:36:26 fxBAZCN60

「……殺してください」
「私が生きてたら……みんな生き残れない。私の幸運のために、皆が犠牲になってしまうから」

 言葉を選ぶ。自分と関わったことが幸運に繋がるように。不運を振り払えるように。
 自分の幸運のために他人を不幸にしてしまったことへの、償いとして。

「私は……"不幸の魔女"なんです」

 そして。
 それは『幸運』なことに、話していた相手の痛い箇所に突き刺さったようだった。
 怒り狂い、激高し、もやもやと溜め込んでいたものを吐き出す。
 そんな茄子の様子を、一人の子供が、そして三人のアイドルがじっと後ろから見ている。
 何も言わない。この判断を是とも否とも言わない。
 やはりという思いがありつつも、そうだろうなという諦めが浮かんでも、寂しく悲しいという気持ちがあった。
 最後は一人。幸運に驕った代償はあまりにも大きく。
 幸運は渡せたという達成感はあっても、一人で死ぬという暗く重い絶望感が茄子を埋めた。

 佐藤心が鷹富士茄子を撃ち殺したとき、茄子は唇を緩やかな弧の形に描いていた。
 果たしてそこに如何なる思いがあったのかは、今は誰も知る由がない。


618 : それでも幸運を渡そうと思った。  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/07/30(土) 17:38:02 fxBAZCN60
投下終わり。補完話なので状態表はありません。
必要なら追記します。


619 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/30(土) 18:27:17 gC/UOJUg0
投下乙です。
恵まれていたからこその苦悩と、油断と。
幸運というワードと概念が招いた、悲しい一方通行ですね……

さて、さくっと放送案投下します。


620 : 第一配信 ◆qRzSeY1VDg :2016/07/30(土) 18:31:00 gC/UOJUg0
 ブルブルブル、とスマートフォンが鳴動する。
 機器が情報を受信した合図だ。
 そして間をおかず、スマートフォンから声が聴こえる。

「死亡者一覧、順不同。

 遊佐こずえ
 速水奏
 緒方智絵里
 十時愛梨
 藤居朋
 浅利七海
 龍崎薫
 クラリス
 赤城みりあ
 望月聖
 佐城雪美
 佐久間まゆ
 島村卯月
 イヴ・サンタクロース
 椎名法子
 森久保乃々
 アナスタシア
 横山千佳
 ヘレン
 安部菜々
 綾瀬穂乃香
 吉岡沙紀
 市原仁奈
 的場梨沙
 持田亜里沙
 村上巴
 木場真奈美
 水野翠
 大西由里子
 鷹富士茄子

 以上、30名。
 残り、30名。
 なお、この情報は名簿にも反映される」

「禁止エリア。

 14時、A・J及び01・10の全てのエリア。
 16時、B・I及び02・09の全てのエリア。
 以上、64エリア。

 禁止エリアに足を踏み入れ、30秒以上留まった場合は首輪が爆発する。
 なお、この情報は地図にも反映される」

「天気予報。
 沖木島全域、曇時々雨。
 一部では大雨の可能性あり」

 淡々とした音声で告げられる、三つの通知。
 それは、彼女たちに何を齎すのか。
 地獄は、まだ続く。

【残り 30人】

※スマートフォンに「死亡者一覧」「禁止エリア」「天気予報」の通知が飛びました。
  また、各情報は一度だけ読み上げられています。
※時限式に解禁されていた「名簿」が解禁され、第一放送までの死者の名は赤字になっています。
※「地図」に禁止エリアの明記がされました。
※着信振動は鳴っていますが、着信音が鳴っているかどうかはお任せします。


621 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/30(土) 18:31:49 gC/UOJUg0
投下終了です。
書いてて放送って感じがしなかったので、勝手ながら第一配信に名前を変えておきました。


622 : 名無しさん :2016/07/31(日) 23:10:23 5IBFO5Zs0
予約合戦まであと一時間切ったか


623 : ◆zoSIOVw5Qs :2016/07/31(日) 23:24:48 gyLqaTRo0
テスト


624 : ◆qRzSeY1VDg :2016/07/31(日) 23:59:59 e2pl42sU0
本田未央、鷺沢文香、青木慶、星輝子、早坂美玲、橘ありす、二宮飛鳥、予約します。


625 : ◆zoSIOVw5Qs :2016/08/01(月) 00:00:03 uco0NPcA0
宮本フレデリカ、荒木比奈、上条春菜、結城晴、新田美波、ベテトレさんで予約します


626 : ◆wKs3a28q6Q :2016/08/01(月) 00:00:04 uu8qvGzA0
ベテラントレーナー、上条春菜、比奈、宮本フレデリカ、結城晴予約します


627 : ◆qRzSeY1VDg :2016/08/01(月) 00:00:09 0flnE3xc0
本田未央、鷺沢文香、青木慶、星輝子、早坂美玲、橘ありす、二宮飛鳥、予約します。


628 : ◆09Iyx3o/CA :2016/08/01(月) 00:18:06 rxqZHPTQ0
財前時子、日野茜、予約します。


629 : ◆adv2VqfOQw :2016/08/01(月) 01:39:12 .PX4luUI0
及川雫、成宮由愛、一ノ瀬志希、予約


630 : ◆HwxFxc3wCA :2016/08/01(月) 06:36:01 i1L8qvv20
遅くなりましたが放送と茄子さんの補完話投下乙です。
改めて第一放送までにこんなに死んでしまうとはこの島はおそろしい・・・
茄子さんは、最後に幸運を渡せたのだろうか

投下します


631 : 特攻の心 ◆HwxFxc3wCA :2016/08/01(月) 06:37:12 i1L8qvv20
 
 太陽は昼を回る前にぶ厚い雲に覆われ、それはまるで希望が絶望に塗りつぶされてしまったようだった。
 すべてが薄暗くなり、風は徐々に冷え始める。湿度が上がる。これならじきに雨が降るだろう。
 そんな中、北部の外周を通る海沿いのルート、まっすぐで簡素な湾岸道路では、うなるエンジン音が上がっていた。

 バイクの音だ。

「はッ――これで晴れてりゃ、いや殺し合いでもなけりゃ、爽快なツーリングだったかもな!」

 灰色の海を横目に、乙女がヘルメットを被り、バイクに乗って走っている。
 ヘルメットから零れ落ちるは栗色の量が豊富な長髪で、それは「しゅがーはーと」にとって命より大切な商売道具である。
 しかし今ここに居るのは「佐藤心」だ。それ以上でも以下でもない。
 掛けられた”不幸“はバイクの速度の果てにもう振り去っている。

 佐藤心が鷹富士茄子から奪った「大当たり」のうちひとつが、≪鍵束とメモ≫だった。
 鍵束には4つほどの鍵がぶら下がっており、メモには施設の名前が書かれていた。
 「焼場」「診療所」「郵便局」そして「トンネル前」……。
 それを見てトンネル前に赴いた佐藤心を待ち受けていたのは、トンネル入り口に無造作に停められていた一台のバイクだった。

 ≪鍵束とメモ≫――移動手段のキーとその移動手段のある場所、ということだ。
 喜び勇んでバイクのエンジンを吹かした。あまりガソリンは入っていなかったが十分に動作する。
 もしかしたら誰かに補給用のガソリンが支給されているということもあるのだろうか。そんなことを思いながら、佐藤心はそれに跨った。

 スズキGSX・カタナシリーズ。
 364プロの中では、ロックアイドル木村夏樹が好んで乗りこなしているバイクである。
 殺した鷹富士茄子や木場真奈美が、本来ならこいつに乗って海辺を楽しくツーリングしていたのだろうが、
 今はこいつに乗るのはたった一人の殺人者だけだ。

 もっと殺さなければならない。
 
 時速は45km(比較的安全運転)、多めな荷物はバッグに全詰めして背負った(さすがに重い)、
 そして放送で名前が呼ばれたアイドルは30人もいた。
 さすがに驚いた。半分って正気か。
 当初、ある程度は様子見で隠れるのも選択肢だ、などとほざいていたのが馬鹿らしくなる。
 心優しいアイドルの「自発的なゲームからの降り」がそのうち何割含まれているのかは知らないが、
 佐藤心の思っていた以上に、この島には死が、そして殺人者があふれていたようだ。

 短期決戦の四文字をすぐに想起した。
 そしてそれならば、佐藤心もやらなければならない。
 この殺気立った島なら黙って隠れていれば勝手に潰しあってくれる、というのは、正解のようで大きな間違いだ。
 最後にモノを言うのは、くぐってきた修羅場の数とそこで得た経験値である。
 殺し合いだろうとアイドル業だろうと、きっとそれは変わらない。

(たぶん、もう3人〜5人は殺してる奴がいる。集団を襲った奴、あるいはこれから襲う奴もいるはずだ。そしてそいつらは、わたしよりずっと手練れだ)

 認めよう。人間・佐藤心は、殺人者としては未熟者だ。
 最終局面に残ったときに、スコアを重ねているそいつらと相対したときに、
 いくら武器が相手より優れていようとも、立ち回りで敗北する可能性は大いにある。
 相手も人間、ワンチャンに賭けるという考え方もあるが、それはあまりにも危険なギャンブルだ。

 ゆえに――鉄火場へ飛び込む必要がある。今ここで先にギャンブルに手を出す必要がある。
 殺人者としての経験を積み、別の殺人者にも負けないだけの自信・自覚・立ち回りの感覚を手に入れるのだ。

(まずは鎌石村。消防署、郵便局、そして役場。そこにいなければ、鎌石小中学校)

 北部の鎌石村は禁止エリアによって著しく他方と分断される。
 他の村には行けなくなり、南に施設としてほぼ唯一残るホテル跡に向かうには、
 山を登るかぐるりと曲がりくねった山道を回る必要があり、今からの移動は現実的ではない。
 北部に残っている参加者は、おそらく北部にそのまま残る選択肢を選ぶか、鎌石小中学校に向かうものだと佐藤心は推測した。


632 : 特攻の心 ◆HwxFxc3wCA :2016/08/01(月) 06:38:37 i1L8qvv20
 
 位置的に最も近いのは小中学校だが――せっかく移動手段という大きなアドバンテージを手にした。
 村へ向かって、残存勢力を確かめ、隠れて集まっている奴らがいるならば、固まられる前に襲うのが良い。
 今の佐藤心の装備ならそうそう力負けしないはずだ。
 メモによれば、郵便局にはもうひとつ移動手段が眠っている。
 それがより強い車……さすがにトラックなんかがあるわけないが、バイクより強度の高いモノだった場合は、儲けものだ。

「勝つのは……わたしだ……ッ!」

 ヘルメットの中、くぐもった声で叫ぶ。
 勝つ。そのために修羅になる。
 最初の洗面台で顔を洗いつぶしたときから、流し台に余計なものを洗い流した時から、ずっと、そう決めている。
 だから佐藤心は戦う。すべての甘さを、砂糖を、捨ててでも、やるのだ。
 そのために……もうひとつ、この涼しい風の向こう側に流してしまわなければいけないものがある。
 第一の配信で記された30の名前の中には、1つ、気にしていた名前があった。
  
 ――正確に言えば、安倍菜々が嫌いだった。
 ――表面上こそナナ先輩として敬ってはいたが、実態はそうではなかった。
 ――顔を合わせるのも、正直言えばキツかった。
 ――理由は分からない、同族嫌悪という奴なのだろうか。
 ――それとも、あくまでもありのまま自分として、「安倍菜々」として活動しようとする彼女が嫌いだったのか。
 ――何にせよ、言い表せない嫌悪感があったのは事実だ。
 ――だから、彼女とのユニットも長続きはしないだろうなと思っていた。

 もうそのユニットは永遠に再結成しない。
 放送前に口ずさんでいたあの歌のユニットでさえ、震災チャリティーで再結成ライブを行ったというのに。
 もうそのユニットは永遠に、太陽のまぶしい光を、ファンの熱い声援を、浴びることはない。

 名前を聞いた瞬間に、想像以上にその事実が、肩に重くのしかかってきた。
 嫌いだったはずなのに。勝手にくたばれとでも思ってたはずなのに。
 喪失感、いらだち、無念、なんだかよくわからない感情に、頭をがしがしと揺さぶられた。
 やはりどうにもこうにも、アレだった。
 白菊ほたるに望まれていた通りだ。本来、佐藤心はきっと、殺人者を演るのには優しすぎるようだった。

 大丈夫。もう涙は流さない。なんなら今だって泣いてない。町に着くころにはきっと、ヘルメットの下の心は完全な仕事モードだ。
 だからもう四分だけで構わない。歌わせろよ。弔いの一ナンバーくらい、別にいいだろ?


 昼下がりの湾岸線――かつて二人で歌った歌を母なる海に捧げながら、彼女は次の町へと向かう――。
 

【一日目/日中/D-7】

【佐藤心】
[状態]健康
[装備]スズキGSX・カタナ(ガソリン残25%)、サバイバルナイフ、デザートイーグル50AE(5/7)&予備弾×70
[所持品]基本支給品一式×5、カトラス刀、錆びた果物ナイフ、ドス、9mm拳銃(8/9)、移動手段の鍵束とメモ
    ランダム支給品×1(豪運により、配られた支給品のなかで、『大当たり』に類するもの二つ確定しています)
[思考・行動]
基本方針:「しゅがーはーと」を生き残らせる。
1:"不幸"は振り払った、あとは生きる為に殺すだけ
2:まずは鎌石村。消防署、郵便局、そして役場。そこにいなければ、鎌石小中学校
3:さよなら、大嫌いなクソ先輩。
※何事もなければ、午後〜夕方には鎌石村役場付近まで到着するでしょう。

≪移動手段の鍵束とメモ≫
車などの移動手段が置いてある場所のメモと、そのエンジンキーの束のセット。
「トンネル前」にカタナがあった。「焼場」「診療所」「郵便局」にもなんらかの移動手段が眠っているようだ。


633 : ◆HwxFxc3wCA :2016/08/01(月) 06:41:57 i1L8qvv20
しゅがはさん声おめでとう 投下終了です

白菊ほたる、高峯のあ、双葉杏、三村かな子、南条光 予約します


634 : 名無しさん :2016/08/01(月) 10:19:43 EeN.xSuY0
心さんの、半分って正気か、という感想がまさに読む人の気持ちを代弁していますね…
何気ない前話のBE MY BABYが物語上でも菜々さんとのフラグとしてここまで重みを持つとは、心情に深みが出ていて素晴らしいです
バイクに乗って海岸線を走りながら歌う心さんが綺麗ですね


635 : ◆HwxFxc3wCA :2016/08/01(月) 20:19:25 HX6Lf.LA0
感想ありがとうございます!
wiki収録時に一部誤記修正しました(放送→配信とか)。一応報告をば


636 : 名無しさん :2016/08/02(火) 09:03:01 jcXMJkyI0
【継続中の予約キャラ】
◆zoSIOVw5Qs 08/01 00:00:03
宮本フレデリカ、荒木比奈、上条春菜、結城晴、新田美波、青木聖(ベテラントレーナー)

◆qRzSeY1VDg 08/01 00:00:09
本田未央、鷺沢文香、青木慶(ルーキートレーナー)、星輝子、早坂美玲、橘ありす、二宮飛鳥

◆09Iyx3o/CA 08/01 00:18:06
財前時子、日野茜

◆adv2VqfOQw 08/01 01:39:12
及川雫、成宮由愛、一ノ瀬志希

◆HwxFxc3wCA 08/01 06:41:57
白菊ほたる、高峯のあ、双葉杏、三村かな子、南条光


【重複した予約】
◆wKs3a28q6Q 08/01 00:00:04
青木聖(ベテラントレーナー)、上条春菜、荒木比奈、宮本フレデリカ、結城晴


637 : ◆09Iyx3o/CA :2016/08/03(水) 22:31:10 g.vWJ.Vw0
投下します


638 : Indelible flame ◆09Iyx3o/CA :2016/08/03(水) 22:32:05 g.vWJ.Vw0
そこには二人の女と一つの死体があった。
生者は昏く淀んだ表情を浮かべ、
死者には表情を浮かべるべき顔すら無かった。

ここでは惨劇が起きた。
この世でこんなことがあってはならないと誰もが思うような、
業の深い惨劇が。

惨劇の当事者である二人、財前時子と日野茜は、今もなおその惨劇の残滓に縛られ蝕まれ、
身動き一つ取れなくなってしまっていた。

時子は喪失感と絶望が覆う脳内に僅かに残った冷静さで、
この状態のままこの場に留まる危険性から、どこかに逃げなければと思考はしていたが、
体は凍りついたように動かない。その耳の中では少女の末期の声が鳴り響き続けている。

茜は無力感と眼前で繰り広げられた惨劇のショックから茫然自失となり、どうすれば良いのかも分からず、
ただ座り込んでしまっていた。その鼓膜は少女の叫びの残響で震え続けている。

二人の脳内には、脳に直接焼きごてで烙印されたように、市原仁奈の惨憺たる最期とその声が焼き付いていた。


639 : Indelible flame ◆09Iyx3o/CA :2016/08/03(水) 22:33:32 g.vWJ.Vw0
突然、スマートフォンが鳴動する。
茫然自失であった彼女達は、その振動でようやく意識を地獄から現実に戻した。
だが、地獄から現実に戻れども、現実もまた地獄だった。
スマートフォンの鳴動が意味するのは、六時間ごとに配信される定時連絡だ。
報せるものは、「禁止エリアの指定」と、残酷にして無情な「死亡者の読み上げ」
鳴動が終わってすぐ、淡々とした読み上げが始まった。

目の前で命が失われる様を見届けた二人故、誰も死んでいないなどという楽観的な考えはなかった。
だがしかし、そんな彼女達ですらその配信の異常さに驚愕した。
多い、多すぎる。いつになればその読み上げは終わるのかと思うほど、読み上げは長く続く。
まるでテレビの視聴者プレゼントの抽選発表のような簡単さで、多くの命が消えた事実が読み上げられる。
想像を遥かに超えた殺し合いの凄絶さに、聴いていた二人は完全に言葉を失った。

そして長く続いた死者の読み上げが終わり、禁止エリアの発表と天気予報が告げられたが、
二人は最早ほとんど聴けていなかった。
言葉を失い、ただ虚空を見つめていた。
空は雲の流れが早くなり、少しづつ灰色に染まりつつある。
絶望の最中にまた絶望の追い打ちを受けた二人は、ただ虚空を見つめていた。
もうすぐ、雨が降りそうだ。


640 : Indelible flame ◆09Iyx3o/CA :2016/08/03(水) 22:35:16 g.vWJ.Vw0
配信から十数分ほど時間が経った。
不意に、時子が立ち上がる。
その目は爛々とギラつき、見るものを竦ませる激しさを宿していた。

「と、時子さん……何処に行くんです?」

茜はなんとか声を出し、時子に聞く。
その質問に対して、時子は表情を変えることなく答えた。

「決まってるでしょう?殺しに行くのよ。
 服部瞳子を、仁奈を殺したあの女を」

その言葉は、まったく温度を感じない絶対零度の冷たさを宿した言葉だった。
時子の表情も相まり、茜は恐怖した。

「ころ、殺すって……そんな……そんなこと……」

茜は時子を止めたかったが、言葉は出なかった。
最早この場において通常の倫理など何の意味もなさないと、身を以て知ってしまった。
そうである以上、ただでさえ当惑し途方に暮れている茜が、時子を否定することは出来なかった。

「それだけじゃない。瞳子はもちろん殺すとして、殺し合いに乗った奴らは全員殺してやる。
 そんな奴らに生きる価値はない。邪魔、邪魔なのよ……!
 そんな奴らがいたから、仁奈も……法子も……真奈美も……」

一瞬だけ、時子の表情が悲痛な悲しみに染まった。
今の配信で、時子にとって数少ない気を許せる人物が二人も読み上げられていた。
椎名法子は、年こそ離れているが、人を寄せ付けようとしない自分に対しても何故か人懐っこく、
時子にとって突き放すことの出来ない、むしろ側にいると心が落ち着く娘だった。
木場真奈美は、余裕たっぷりの飄々とした態度がいけ好かなかったが、その完璧さは密かに尊敬していたし、
分け隔てない接し方はうざったかったが嫌いにはなれなかった。

その二人がもうこの世にいないという事実は、
仁奈を目の前で喪った時子を更に追い詰めるには十分過ぎるほどの衝撃だった。
茜はそんな時子の悲痛さを読み取り、なんとか止めようと言葉を絞る。


641 : Indelible flame ◆09Iyx3o/CA :2016/08/03(水) 22:35:50 g.vWJ.Vw0
「ダメです……時子さん……!!ッ一人でも殺したら、きっと後戻りできなくなります!!
 人を殺したらあの男の人の思う壺です……!
 ……それに本心じゃないでしょう……そんな……悲しい顔をするなんて……」

「黙りなさい。そんな薄っぺらい言葉は最早滑稽で無意味よ。
 それに私は心から思ったの、畜生にも劣る人殺しどもを放っていたら、
 誰も彼も仁奈のように……仁奈のように……!」」

時子はピシャリと、茜の説得をシャットアウトした。
時子とて、殺すものを殺すという矛盾に、殺し合いを加速させてしまうだろうという己の考えに、気付いていた。
だが時子は既に、誰の言葉も届かない程の妄執に取り憑かれていた。

法子と真奈美がどんな死に方をしたのか、時子には想像することしかできなかった。
そしてその想像は、時子にとって最も強烈な死のイメージである仁奈の死が強い影響を与えたことで、
二人もまた悲惨極まる死に方をしたのだという妄想となり、妄執となった。

「それにあなたにも聴こえるでしょう、仁奈の声が。
 ずっと、ずっと、ずっと……
 あの女を殺さなければきっと仁奈も許してくれない。だからあの女を殺して止めてやる」

時子はそこまで言うと茜に背を向け、仁奈であったモノに近寄っていった。
胡乱な眼差しで、誰に向かって言っているのかも分からない時子の姿に、茜はもう何も言えなかった。


642 : Indelible flame ◆09Iyx3o/CA :2016/08/03(水) 22:37:49 g.vWJ.Vw0
仁奈の死体は、壮絶だった。
きぐるみという火種があったとはいえ、ペットボトル一本のガソリン程度で人間を焼きつくすことは出来なかった。
だがしかし、半端に焼け残ったその姿は、むしろ骨まで燃え尽きてしまった方が良かったと言えるほどの有様だった。
肉が焼け骨が露出した部分と、未だにしぶとく火が燻り続け焼けている肉の箇所とがまばらに存在し、
炭化した体の一部が所々落ちている。愛らしい笑顔を浮かべていた顔も最早無い。



『し、なさ……ぇ……す…………』    『し、なさ……ぇ……す…………』

          
     『し、なさ……ぇ……す…………』

  
『し、なさ……ぇ……す…………』     

                 『し、なさ……ぇ……す…………』

         
         『し、なさ……ぇ……す…………』
 


頭のなかの声は鳴り止まない。時子の中では、あの炎はまだ燃え続けていた。
飛び込むことが出来なかったあの炎は檻となり、今もなお時子を閉じ込め続ける。
それでも時子は仁奈の死体に近寄り、デイパックの中にあった飴を全て死体の前に供えた。
時子は走馬灯のように、仁奈と過ごしたたった数時間のひとときを思い返した。
別に子供は好きではないし、むしろ騒がしく礼儀知らずで嫌いだった。
それでも、仁奈を抱きしめた時に感じたあの暖かさと香りは、
天真爛漫な仁奈の笑顔は、決して嫌いではなかった。
そんな彼女は、己の無力によりこれ以上ないほど残酷な死に方をしてしまった。

時子は一筋だけ涙を流して、立ち上がった。
その涙は、女王に残っていた最後の温もりだったのかもしれない。
立ち上がった時子の表情にはもう、怒りしか無かった。
そして振り返ることもなく、服部瞳子が逃げた方向へと進み始めた。
妄執と妄念に取り憑かれながら。




【一日目/日中/G-5】

【財前時子】
[状態]極度の妄想
[装備]鎖、ベレッタ(10/15)
[所持品]基本支給品一式
[思考・行動]
基本:絶対に屈服しない
1.服部瞳子を殺す。
2.殺し合いに乗ったアイドルを殺す。

※市原仁奈の幻聴が聞こえています。


643 : Indelible flame ◆09Iyx3o/CA :2016/08/03(水) 22:39:28 g.vWJ.Vw0
そして誰もいなくなった。
残ったのは途方に暮れる少女一人。

またしても、何も出来なかった。
この場に巻き込まれてから、茜の手からは何もかも零れ落ちるばかりで、
何一つとして掴むことが出来なかった。
卯月の献身に命を救われて、仁奈を救うことが出来ず、凶行に走ろうとする時子を止められなかった。

この場に物言わぬ死体しかいなくなったことで、茜は劇薬と化した思考という行為にどんどんと蝕まれていった。
考えるより先に行動するのが日野茜の取り柄だった。
だがその真っ直ぐさも、降りかかる現実を前に失われてしまった。

このままどうなってしまうのか。
暗澹たる未来に思いを馳せれど、希望的な展望などまるでみえない。

少なくともこのままでは時子も殺人を行ってしまう。服部瞳子もあれだけのことをやって、最早殺戮を止めるはずもない。
そして、殺しあった先に何があるというのか。
殺しあって、殺しあって、殺しあった先には誰もいなくなって、自分もいなくなって、最後にあるのは全め――

脳裏をよぎった思考に茜は絶句した。
『死』が確かな現実感を持って背後に迫っている。
瞼に焼き付く卯月と仁奈の最期が、死の気配に確かさを与える。

ダメだ、ダメだ。前向きに考えなければと、思考を無理やり切り替えようとするも、
参加者の半分が既に死んでしまったという重すぎる事実が、茜のポジティブを奪い去る。

後ろを見れば、降りかかりのしかかる卯月と仁奈の姿と声。
前を見れば、何が起きてしまったのか考えたくもない多すぎる数の人の死。

そこまで考えた時点で、茜は思考を停止した。
心の許容量を超え、心を守るために本能が思考を拒絶した。
だが、思考を止めれば今度は声が聞こえてきた。


644 : Indelible flame ◆09Iyx3o/CA :2016/08/03(水) 22:40:40 g.vWJ.Vw0

『ああああああああああああ、あつ、あつつつ、あああああ……ぁ………た…す……あああぁあぁおあおあいああああああ』



『おおあおううあうあ……いや、しにた、……んうあああ』



『ああ、おぼ……うごご…………………し、なさ……ぇ……す…………』



『ああああ……あつ、い……の、もわから、く、って……ああ………………ふふ、あはは……あはははははははははは……』



『――――――――――――ぁ』



「わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁっ!!!!!!」

繰り返し、繰り返し、仁奈の叫びが、姿が。繰り返し、繰り返し、幻視し幻聴する。
茜は自身の声で頭の中の仁奈の声を消そうと叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。
しかし悲痛な叫びはただ虚しく響くばかりで、
仁奈の声も消えるどころか、時間が経つごとに大きくなっていっているように錯覚してしまう。


645 : Indelible flame ◆09Iyx3o/CA :2016/08/03(水) 22:43:00 g.vWJ.Vw0
茜は仁奈の死体から距離を置かなければと後ろを振り返る。するとそこには島村卯月が立っていた。
朧気なその姿は追い詰められた心が見せる幻だろう。だが今の茜にはそれが幻には思えなかった。


『茜ちゃん、……きらきら、してたから』

『眩しくて、きれいで、ダイヤモンドみたいで。明日があるって、信じてて。アイドルなんだな、って』


茜はただ逃げていた自分に卯月が掛けてくれた言葉を思い出す。
己の輝きが逃げから出た偽りだったとしても、憧れだった人に、命を救ってくれた人に言われたその言葉を茜は真実にしたかった。
だがこの状況で、もう、どう笑顔と元気を貫けば良いのか分からない。
空元気すら見せられず、何も止められない自分がどうすれば。

幻視する卯月の姿は何も言わず、ただ哀しそうな表情を浮かべて、茜をじっと見つめていた。
死人に口はない。彼女が何を言いたいのか分からない。
その卯月の姿は今の茜にとってはただ、茜を追い詰める存在でしかなかった。

「あ……ああ……む、無理です……私にはもう……うぁ……ああ……
 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!」

もう、限界だった。
茜は叫びながら走りだす。
傷つき痛む片足のことも忘れて。
前にも後ろにも進めず、それでも走ればいつか何処かに辿り着けると思って。
その道が、何処に続くのかも分からずに。





【一日目/日中/G-5/ホテル跡】

【日野茜】
[状態]混乱、体力消費(小)、精神的ショック(極大)、左太腿に刺傷
[装備]
[所持品]なし
[思考・行動]
基本:笑顔と元気のアイドルに……?
1.なにもわからない。
2.『死』に対する恐怖。

※市原仁奈の幻聴が聞こえています。
※島村卯月の幻覚が見えています。


※ホテル跡には島村卯月及び森久保乃々の死体が残っています。
※ホテル跡には市原仁奈と呼ばれていた物体が無残な姿で燻り続けています。
 その物体の前には飴(キュート、クール、パッションキャンディ)が合計35個供えられています。


646 : ◆09Iyx3o/CA :2016/08/03(水) 22:43:42 g.vWJ.Vw0
投下終了です


647 : 名無しさん :2016/08/03(水) 23:12:50 hUlCzFCI0
だったら(殺す奴は)全員殺せばいい復讐鬼と化した時子様…飴のお供え含め仁奈ちゃんの暖かさがあったからこその怒りが伝わって来ますね…
そして妄想ながらも復讐して殺すという目的がある時子様といわば生かされてきた茜ちゃんとの対比の描写が上手いですね
復讐することもできずキラキラもできずただただ幻覚と幻聴で追い詰めれていく茜ちゃんの行末はどうなってしまうのか…


648 : ◆zoSIOVw5Qs :2016/08/03(水) 23:35:52 A9G5tYjA0
どうしてこんなことになってしまったんだ……。
残された人間が選ぶんだのは復讐で当然目の前であんなことをされればキレる
仮に殺害が成功したとして天国にいる仁奈ちゃんは喜ぶのかなあ。そう思ってやるしかないだってそれが原動力なんだから
そして茜ちゃん……燃え盛っていた仁奈ちゃんから聞こえた声は本物か幻聴か
更に追い打ちをかけるようにしまむーの幻影までもが彼女を追い詰めている……
それらはホテル全焼(予定)に伴い形を失うだろうけど、まるで怨念のように生者を苦しめてしまう

さて、投下します


649 : 水面に誘うアンビエントサイケ ◆zoSIOVw5Qs :2016/08/03(水) 23:38:00 A9G5tYjA0

大切な存在であるアナスタシアだった彼女を大地に寝かせた新田美波は電子機器を手にしていた。
自らの曲であるヴィーナスシンドロームが支給されたスマホから流れていた。聞き慣れているそのメロディーに一瞬ではあるが、意識を奪われてしまった。
アイドルの曲だ。それはファンからの理想によって成り立った新田美波と呼ばれたアイドルの曲だった。
主催者の粋な計らいであろう。
殺し合いの理不尽な境遇の中で、この世界が現実であることを認識させるには抜群の魔法だった。
シンデレラの魔法が解けた訳ではない。最初から魔法など存在せず、夢を悪夢で塗り潰されただけである。
曲が流れれば自然と身体は適応し、輝くあの時と同じ感覚に酔い痴れる。

それは汚れてしまった新田美波に対する仕打ちだろうか。
他のアイドルを救った〈殺した〉彼女に対する戒めなのだろうか。
汚れてしまったと事実の無い依り代をアイドルに付加させ、殺しを救いと昇華させている。
間違った行為だ。許される訳もなく、新田美波は己の業を正当化させようと逃げているだけだ。

無論、彼女はそれを理解している。
自分が壊れていることも、罪を犯していることも、現実から逃げていることも。
けれど、止まれない。その意思は確固たるものであり、生半可な覚悟じゃ彼女を止めることは出来ないだろう。
耐えられない。舞台の上で太陽のように輝き、天使と同義の笑顔を冠する彼女達が汚れることに。
汚れた感情を覚えるぐらいならば、いっそ自分の手で殺してしまいたい。

殺し合いは地獄だ。生きていようが現世は幻となった。
アイドルが絶望に直面し、地獄の谷底へ落ちる道を歩むならば。

その前に生命を終わらせることが、非情だろうが優しさとなる。

「――っ、こんなに……」

スマホに表示されるは主催者からの連絡事項であった。
記された死者の数は三十にも昇り、文字通り地獄が似合う環境であろう。
新田美波自身が殺した人数は二人である。尊い生命を終わらせたのだが、二人だ。
本来ならばこんな表し方はしないだろうが、ちっぽけな人数に過ぎない。
たった数時間で三十人もの人間が、アイドルが死んだ。この悪夢は思ったよりも残酷で、抗いようのない現実であった。

禁止エリアと記された地点と地図を見比べると、まるでボンバーマンのステージだと彼女は思った。
四角形で当て嵌められた島を無理矢理に縮小した図は、追い込まれているような感覚に陥る。
きっと主催者はこの状況を楽しんでおり、更に加速させ愉悦に浸りたいのだろう。
外道であり許されざる悪だ。しかし彼は会場を用意し、仕向けただけであるのだ。手は下していない。
実際にアイドルを殺したのは同じアイドル自身である。心臓を潰そうが、首を斬り落とそうが、焼却しようが犯人はアイドルだ。

「やっぱり私が、こうなる前に終わらせないと……っ」

アイドルを殺すアイドルは穢れだ。
殺人などとは程遠く、理想郷には似合わない罪人である。
彼女達が法で裁かれる存在に成り果てるのは、好ましくなく、あってはいけないことだ。


650 : 水面に誘うアンビエントサイケ ◆zoSIOVw5Qs :2016/08/03(水) 23:38:48 A9G5tYjA0

アイドルがアイドルを殺し、穢れてしまうのなら。
その前に終わらせることが、やはり彼女達にとっての異形なる優しさの形となるだろう。
他人が聞けば狂ってると思うことは、新田美波自身が一番理解しているつもりだ。
何せ自分のことだ。精神面を含む体調管理も立派な仕事であり、その全てをプロデューサーに委ねている訳ではない。
アイドル達に狂っていると思われることを承知で動いている。現に片桐早苗にはその在り方を指摘され、相容れないこととなっている。
全てのアイドルを無抵抗で殺害出来るとは限らず、腕に残った火傷が己への罰のように残っている。
生命を奪うことは相応の覚悟が必要であり、代償を求められれば、差し出さなければならない。
それが例え新田美波自身の生命だろうと関係ない。他人を終わらせて自分だけは動き続ける、なんて我が儘はとっくに捨てていた。

「アーニャちゃん……ごめんね」

故にどれだけのアイドルが参加していようと、新田美波が揺れ動くことは無い。
ここで信念を曲げれば殺害した佐城雪美とアナスタシアの生命を、彼女達を侮辱することになるから。
名簿を眺めても、それ程の衝撃は受けない。強いて言えば幼い少女達も巻き込まれ、死んでいることだろう。
胸が痛む。義務教育をも終えていない彼女達はこれから青春を謳歌すると言っても過言ではない。
少女達はまだ汚れ自体を知らなかっただろうに。まだ、輝ける途中だっただろうに。
それだけは許せなかった。少女達の生命を終わらせる必要なんて無い。どの口が言えるのだろうと、新田美波は己を嘲笑う。
もし、少女達を殺したアイドルと出会ったならば、犯人は確実に汚れていて、殺害の対象となる。
殺害だ。救いと同義の筈が、どこか遠い認識になっていた。

「じゃあ、本当にお別れ」

さて。
現在、新田美波は池の傍に立っており、その足下には裸体となったアナスタシアが寝かされていた。
いや、裸体とは語弊があった。正確に言えばアナスタシアの腰に上半身用のジャージが結ばれていると表現するのが正しい。
ジャージは膨らんでおり、大量の小石を詰められていた。
なぜ小石を詰めアナスタシアに結んでいるのか。それは彼女が死んでいること、場所が池だということ、新田美波が彼女を弔おうとしていること。
全ての点が線で結ばれれば、答えは単純明快である。

なるべく彼女を傷つけないように、新田美波は細い身体に力を込めて、なんとか引き摺らないように、アナスタシアの身体を運ぶ。
見れば見る程に美しい身体だと、同性ではあるが引き込まれる魅力さを秘めている。まるで雪のように美しく、幻想的だった。
欲情する下衆の気持ちも分からんではない。と、一種のファンに理解を示すのだが、やはり自分は汚れていると再認識してしまう。
美しい心を、純粋なる魂ならばアイドルに欲情などしない。ましてや、死体であるアナスタシアを対象にするなど以ての外だ。


651 : 水面に誘うアンビエントサイケ ◆zoSIOVw5Qs :2016/08/03(水) 23:40:06 A9G5tYjA0

新田美波の足が池の水面に触れ、ぽちゃんと可愛らしい音が波と共に出された。
ここまで来ればもう一息という段階を超しており、アナスタシアとの別れは目の先である。
深い部分へ近づくに連れ当然のように沈んでいく新田美波の身体。アナスタシアと同様に裸体のため、水濡れを気にする必要は無い。
膝まで水面に浸かると、アナスタシアは新田美波を離れ一人でに流れ、やがて沈む。
清らかに。最後まで美しいその存在を崩すこと無く、雪のように溶けて。


「さようならアーニャちゃん――私は貴女のことが」


小石の重みにより、彼女は池の底へ墜ちることとなるだろう。
水死体だ。弔うなどと新田美波は言っているが、ただの水死体を捏造しただけである。
美しいなどと発言しているが、水分によって死体がどうなるかなど、ドラマや小説で示されているとおりの結末となる。
選んだのだ。新田美波はアナスタシアを誰にも見られたくない想いから、彼女を人間の手が届かない場所にまで運んだ。
これでもう誰もアナスタシアを見ることは無い。彼女の姿は永遠に人々の思い出の中で生き続けるのだ。

やがて身体の全てが沈み、水面には彼女を中心とした波しか起きていない。

その光景を見つめていた新田美波は、涙を流していた。
感極まったのだろう。大切なアナスタシアがもう、会えない所にまで行ってしまった。
死んでしまったのだから二度と遭遇することは無いのだが、やはり、どんな時でも別れは辛い。
強くならないと。彼女を殺めた新田美波は、その生命を背負い生きていくのだ。
けれど、涙は止まらない。これでは、顔向け出来ない。
弱い。覚悟を決めた筈なのに。道化だ。いや、結局は自分の事しか優先していないだけである。
他人を殺して、自分の近しい大切な存在との別れには涙を流し、弱さを見せて甘い戯れ言を吐く。
どうしたものか。自分の事だが最悪な気分だ。都合の良い人間で、この後に及んで現実から逃げている。


「だ……だめ!」


気付けばアナスタシアを追って水面へ潜り始めていた。
もう――彼女が戻らないことを理解していながら、死体を追い掛ける。



                  ◆


652 : 水面に誘うアンビエントサイケ ◆zoSIOVw5Qs :2016/08/03(水) 23:40:40 A9G5tYjA0

状況は最悪である。
宮本フレデリカ、荒木比奈、上条春菜、結城晴の四名は黙ってスマホのディスプレイを凝視していた。
この世が地獄でないのなら、自分達が時間を流している今は何だと言うのか。
表示される三十人の死者を見つめると、感覚が麻痺しそうになる。死んだ、これは死者だ。
言葉が浮かばず、胸の中では表現し難い感情が渦巻いており、端的に言えばやはり地獄だろうに。
人間の生命とはこんな簡単に散るものだっただろうか。まるでシャープペンシルの芯を取り替えるかのような軽い感覚で死ぬものだろうか。

三十人が死ぬ。
学校ならば一学級がそのまま全滅し、地方によってはそれ以上の損害だ。
たった数時間でこれだけの人数が殺害されては、夢の中のようだと錯覚してしまう。

「マジかよ……」
結城晴の言葉が零れ、配信後では初めて四人の中から口を動かすこととなる。
彼女だけはアイドルが殺害された現場を見ておらず、危険人物とも遭遇していない。
ドッキリだろうと予想していた時もあったが、記された名前は知り合いばかりで、現実に引き戻されてしまう。
名簿に残っている名前も知り合いで埋め尽くされており、現実味を増してくる。
結城晴は上条春菜からもたらされた青木聖が殺し合いに乗り気なこと。そしてフレデリカ達から聞かされたアナスタシアの殺害現場に疑問を抱いていた。
なんでそんな訳の分からないことを言うのか。当時はドッキリだろうとも思っていた。
けれど彼女達の瞳は真剣で、嘘を吐いているとは思えない。しかし、本当に人殺しが発生しているのか。
(……何も信じられねえ)
彼女の心は崖先でつま先立ちをしているように、何か頼れる物を求めている。
まるで自分だけが状況に取り残されている感覚だ。嘘を吐かれているならば、白状してもらいたい。
その方が幸せだ。何せ全てが作られたお話なのだから。しかし、これが本当の出来事だとするならば。
最早、何も信じられず、全てのアイドルが悪魔に見えてしまうだろう。

「……法子ちゃん」
解っていた。上条春菜はただ、出会いと別れを会場で行った唯一のアイドルに想いを馳せる。
勇敢に立ち向かった一人の彼女を、自分を逃がしてくれた英雄が脳裏に浮かぶ。
死んでしまった。心のどこかでは助からないと思っていた。最初に助けを求めるのに出会ったのが結城晴、そして宮本フレデリカと荒木比奈だった。
自分達が向かっても結果として、戦力の足しにはならなかったかもしれない。嗚呼、後悔の波状が心を荒立てる。
大違いだ。拳銃を所持していながらも引き金を引けずに、逃がされた自分とは比べる対象にするのもおこがましい。
何も出来なかった。
生かされたこの生命を無駄にしないことが、唯一の手向けだろうが、それは自身の自己満足に過ぎない。
何をどうしても、椎名法子は戻らない。願いを叶えてくれる奇跡も魔法も現実には溢れていないのだから。
「ごめん……なさい……っ……くっ……」
堪えきれない涙が溢れ出る。震える肩を優しく止めてくる他者はいない。
自分は何て愚かなことをしてしまったのか。もし、あの場に残り弾丸を撃つことが出来たなら。
上条春菜の隣には笑顔の椎名法子が寄り添っていて、一緒にドーナツを食べていたかもしれない。


653 : 水面に誘うアンビエントサイケ ◆zoSIOVw5Qs :2016/08/03(水) 23:41:20 A9G5tYjA0

宮本フレデリカと荒木比奈はスマホに記されたアナスタシアの名前を見付け、やはり自分達が目撃したラブライカは現実だったと確信してしまう。
新田美波の名前が記載されていない。それは死者の話であり、名簿にはしっかりと名前が載っている。
幻想でも悪夢でも錯覚でも無かった。目を擦っても、現実は重くのし掛かっているのだ。
逃げ場所なんて無い。狭まれた会場を見れば明らかであり、この島に安全地帯が存在しているとは思えない。
ハッピーエンドはあり得ない。三十人も死んでいるのだ。大人も子どもも、みんなのアイドルが天へと昇っている。
さあ、生き残り目指して頑張ろう。などと言えればどれだけ楽になれただろうか。
彼女達の表情は鉛の空みたいに重く垂れ込んでおり、天使のような微笑みの面影は消え去っていた。

配信で唯一、たった一つ安心したことはアナスタシアから聞いていた八神マキノと藤本里奈の名前が死者の欄に記載されていないことだ。
彼女達は生きている。居るであろう地点に向かっているものの、出会う気配は一向に無いが、生存が解るのは嬉しい報せである。
合流には無理にしても、まだ生存者がいる。希望が残っている状況は闇夜を照らす淡い月明かりのように心を前向きにしてくれる。

などとなればどれだけよかっただろうか。

正直に言えば、自分の事で精一杯であり、他の参加者を気遣う余裕は最初から存在していない。
仮に合流出来たとしても、具体的な状況の好転に繋がるとは限らず、徒党を組めば他者から見付かりやすくなるデメリットも発生してしまう。
休む時間も暇も無いこの殺し合いで、どう動けばいいのか。そんなことが解っていれば誰も死なずに、とっくに終了している。
答えの無い迷路を永久に彷徨い続けるアイドル達。救いの手を差し伸ばす存在はいない。
自らの力で打開しなければ生き残れないだろう。一人で無理ならば協力すればいい。それが定石だ。
無論、必ず成功する約束など誰も出来ず、現に三十人も死んでいる現実が物語っているのだ。殺すか殺されるかの二択だと。
しかしその道を選ぶアイドルと選ばないアイドルに別れるのも事実である。
どちらが正しいのか。人殺しは犯罪だという当たり前を前提にしても、真なる答えは出てこない。
老若男女を納得させる答えを出せる者がいるならば、とっくに世界から犯罪は消えているだろう。
人間はどこまで成長しても最終的には独りだ。死に際で他者と一緒など余程の幸運だろう。
最期を見届けてもらう話ではなく、あの世に行くのは独り故に、選択に対する答えなど神でも弾き出すのは不可能だ。
断言出来る訳では無いが、会場に放置された所謂、殺し合いに反対しているアイドルが縋る神は何処にもいない。

足取りが重く、会話の言葉も飛ばないため、彼女達はひたすらに東へ向かっていた。
八神マキノと藤本里奈との合流を信じ、迫る青木聖と新田美波の恐怖を伝え、生き残るために。
会話は発生していないが全員が無言という訳でもない。一人一人が配信の衝撃に対しリアクションを取っている。
しかし自分の事で精一杯なのは皆同じであり、誰かを気遣う余裕は四人に残っておらず、寧ろ救われたい気分である。

「……オレ、ちょっと足冷やすかな」

やがて池へ辿り着いた彼女達の中で結城晴が真っ先に行動した。
色々と募る気持ちもあるのだろう。一度は切り替えなければ永遠に重量を背負わなければならない。
そうなれば生きていても先に心が死んでしまう。
前を向くにしても、後ろをずっと見ていれば進める筈が無い。
それに結城晴だけは殺害の現場を見ていないが故に、他の三人と比べれば精神的疲労は少ない。
無論、三十人の死亡に心が響かなかった訳では無い。けれど、切り替えなければ。
アイドルとて日常の生活が当然のように存在する。同じように、オフの時と同じように。

「つめたっ」


654 : 水面に誘うアンビエントサイケ ◆zoSIOVw5Qs :2016/08/03(水) 23:42:22 A9G5tYjA0

靴を脱ぎその中に靴下を入れると彼女は水面に足を入れ、想像以上の冷たさからか身体がびくっと反応していた。
その場で何度か足踏みをし、バシャバシャと音を立てるものの、次第に適応し今は静かにしている。
「……あのさ」
振り返り地上に居る三人の顔を見る。生気が感じられない。
瞳から煌めきを感じられず、下を向いてばかりでとてもでは無いが、アイドルとは思えなかった。
「辛いのはみんな一緒だけどさ、その……なんだ」
言葉が上手く纏まらず結城晴は恥ずかしそうに頭を掻く。
彼女達に疑いの目を向けているが、全てが憶測であり、勝手な思い込みである。
自分が勝手に勘違いしている可能性も高く、結城晴はそこまで現状を気にしていない。
けれど油断はしておらず、警戒は止めない。自分には一度だけの逃走用切り札カードを手持ちに加えているのだ。
信じる。それでも駄目なら切る。だから、そんなことになるまでは、あの頃と同じように。

「気分転換ってワケじゃないけどさ……思い詰めても仕方ないじゃん?
 ……オレ、生意気かもしれない。未だに夢とかドッキリじゃないかって希望も持ったりしてる」

配信後初めての笑顔が結城晴を彩った。
輝きは舞台の上と比べれば劣るものの、状況が状況であり荒野に咲く一輪の花……は大げさかもしれないが、特別なものだった。
「ちょっとは息抜きしないと……みんなが倒れそうで、嫌なんだ」
本心だった。恥ずかしげに頬を染め、下を向いての発言だった。
水面に反射する自分の顔を見ると余計に恥ずかしくなってくる。消すように足を動かし波を出す。
結城晴の言葉を聞いた三人は一斉に顔を上げる。そして、己の弱さを反省するだろう。
一番の年下である結城晴に気を遣わせるなど、年上のプライドも威厳もあったもんじゃない。
彼女の言うとおり、息抜きを一切行わず、このまま殺し合いが進めば確実に精神は破壊されているだろう。
生き残りになったとしても、その先に希望があるかと聞かれれば存在しない。
「あは……ごめんね、はるちん」
「その呼び方はNGだからな」
宮本フレデリカは赤くなった瞳を悲しみでは無い理由で潤わせながら、靴を脱ぎ捨て勢い良く水面に飛び込んだ。
最もちゃんと着地はしているし、水ハネを考えているため誰も濡れていない。
「ん〜気持ちいいねぇ!二人もおいでよ!」
水しぶきと共に両腕を広げた宮本フレデリカは今の自分が出来る最高の笑顔で二人を迎えるだろう。
悲しい気持ちは残っている。けれど、少しは強がらないと。
「敵わないっスよ……はは」
「私達も頑張らないとね、比奈ちゃん」

死んでいたアイドル達のことは忘れない。
胸の中で生きており、彼女達が残した最高の笑顔は一生消えることは無い。
だから、今だけは。少しだけだ、そう、少しだけ。
これからのために。ほんの少しでも気分転換になればいいと思っていた。

そして。荒木比奈の瞳には死神の鎌が映っているようだった。

「あ……嘘っスよね……っ!?」

結城晴や宮本フレデリカの靴より少し離れた地点には誰かの衣服が置かれていた。
二人分であり、バッグも残されていた。まさかとは思うが、水面へ潜っているとでも言うのだろうか。
しかし問題は違う。その衣服には見覚えがあった。忘れるはずもない。
何せ自分達が必死に走る原因になったソレを見て、少しばかり希望に溢れていた彼女の顔は再び絶望の谷底へ叩き落とされた。

「逃げないと……!」
「何処へ逃げるんだ、荒木」
「あっトレーナーさん……トレ――ッ!?」

絶望の谷底の先に、どうやら底なし沼まで用意されていたらしい。


655 : 水面に誘うアンビエントサイケ ◆zoSIOVw5Qs :2016/08/03(水) 23:43:28 A9G5tYjA0

少しだけ明るい希望を手にした先には、これまでで一番の絶望だった。
振り返った先には杖を持った青木聖――ベテラントレーナーが立っているでは無いか。
何故、気付けなかったのか。息抜き中に置いて一番油断している瞬間に合わせ、まるで魔法のように転移して来たようだ。
凛とした顔立ちに決して揺るがない信念が篭ってそうな瞳は間違い無く本物だろう。そして――上条春菜の話が本当なら。
「あ……法子ちゃんは…………」
その上条春菜の表情は白く染まっており、まるで生気が感じられない。
彼女の発言が本当なら、青木聖は椎名法子と共に行動していた所を襲撃して来た殺人鬼となる。
そして死者の欄に記載されていた名前と此処に居る意味。組み合わせるとやはり殺して来たのだろう。
「法子――椎名か?あいつがどうかしたか?」
「――え?」
不意打ちだった。青木聖の返しに油断してしまった上条春菜は体勢を崩し、その場で尻もちをついてしまう。
彼女は今なんと言ったのか。自分の聞き間違いならばそれでいい。それが一番だ。
もし、もしもの話ではあるが本当だったならば。この女は一体何を言っているのか。

「お前達はずっと其処に居るつもりか?足が冷えては身体全体が冷えるからな。早く上がってこい」
「は、はい……」

青木聖は座り込む上条春菜を気にせずに池に立っている宮本フレデリカと結城晴へ声を掛ける。
その内容は彼女達を気遣う普段と変わらないトレーナーの声色だった。
何も変わらない。本当に彼女が椎名法子を殺したのか。結城晴は再びそんな疑問を抱き始める。
バシャバシャと地上に上がると適当に水分を弾き飛ばすために足を動かし始めた。
「全く……こんな状況だろうと体調管理を怠るな」
「嘘……ですよね?」
「……どうした上条」
「法子ちゃんのことを知らないなんて嘘ですよね……?」
「椎名のことは勿論知っているぞ。先の言い方じゃ語弊があったかもしれんがな」
上条春菜は疑問を己の中で咀嚼せずにそのまま外の世界へと放り出す。
自分達を襲って来たことを知らないと言い始める青木聖の真意は伺えない。まさか嘘を貫き通すつもりなのか。
確かに証拠は無い。他のアイドルを殺して回るなら自分の事をわざわざ殺人鬼と呼ばないだろう。
しかし、この女は本当に、本気で言っているのだろうか。
殺したのだろう、椎名法子を。殺害したのだろう、椎名法子を。人生を奪ったのだろう、椎名法子から。

「――ふざけないで!!」

懐から拳銃を取り出し震える両腕で何とか青木聖に照準を合わせていた。
撃てるだろうか。あの時は撃てずに、結果として椎名法子が死んでしまった。
もう同じ誤ちは繰り返さない。しかし――引けるのか。
「急にどうした」
「ちょ、春菜ちゃん……!?」
青木聖は拳銃を向けられようが焦らず、荒木比奈は突然構えだした上条春菜に困惑していた。
トレーナーが椎名法子を襲撃したのは当然のように聞いている。きっと彼女は嘘を吐いているのだろう。
だから上条春菜は激昂し拳銃を向けた。解りやすい筋書きである。

「――本当にトレーナーさんが襲ったのかよ」
「……は、はるちん?」

以前から導火線の寸前で揺れていた火が、点いてしまった。


656 : 水面に誘うアンビエントサイケ ◆zoSIOVw5Qs :2016/08/03(水) 23:44:05 A9G5tYjA0


「まさか上条からそんなことを言われたのか……心外だな」
結城晴の発言に青木聖は口元を緩ませながらも、瞳は笑わないまま冷たい言葉を吐く。
上条春菜の顔は震え上がり、目尻には涙が浮かび始めている。精神的に追い込まれ始めた証拠だ。
畳み掛けるように青木聖は言葉を繋げ、追い打ちを仕掛ける。
「信じているのならばそっちの方が心外だがな。結城、お前はどうだ」
「……簡単には信じられない」
「ほう」
「はるちん……春菜ちゃんが嘘を吐いてると思うの!?」
「違うよフレ……違う」
宮本フレデリカは結城晴に対し説得を試みようとまずは本音を聞き出そうとした。
証拠は無い。だが、上条春菜を信じたい一心で此処まで来たのだ。どちらを信じると言われれば彼女だ。
「オレはただ、口だけじゃ信じられないんだ」
「違う……この人は、私と法子ちゃんを……ぅ、法子ちゃんをぉ!!」
ブレる腕を気迫で押さえ込むと、怒号と共に照準を眉間へ合わせ、いつでも撃ち抜けるようにする。
覚悟は出来ているだろう。

狙うだけ、だが。

バシャン。と似合わない音が響いてしまい、全員が池へ視線を移す。

「……やっぱり本当に冗談じゃないッスよ」
池から現れたのは荒木比奈の危惧通りの人物だった。髪に纏わり付く水飛沫が陽の光を反射しキラキラと輝いている。
衣服の持ち主が水中から乗り出した。



その姿はまるで人魚姫だった。伝説の存在であるが、仮に荒木比奈が第一発見者ならば人魚伝説を広めていた。そう思える程に新田美波は美しかった。



全員が固まって動けない中、新田美波だけは周囲の人数を簡単に数えると水面から上がり、アナスタシアの衣服で身体を拭き始めた。
青木聖までもが戸惑う状況で人魚姫は最後に顔を拭き上げると何も纏わずに、バッグから銃を取り出し――上条春菜に向けた。

「下ろして春菜ちゃん。どうしてトレーナーさんを狙うの?」

最もな意見である。新田美波にとってこの光景は初めてであり、青木聖が殺人鬼だということを知らない。
その点で言えば結城晴と同様であるが、彼女自身が殺人を犯していることが相違点だ。
「まただ……聞いていた話と違う」
結城晴が零す呟きを宮本フレデリカは聞き逃さなかった。
訂正しようにも、青木聖の件もあって言葉を詰まらせてしまう。納得させる証拠が無いのだ。
「違うんです。トレーナーさんは、この人は法子ちゃんを殺したんです……っ」
「……………………本当ですか、トレーナーさん」
「お前まで私を疑うか新田。拳銃を向けられているのは私だが」
「とぼけないで!それに美波さんが……アーニャちゃんを殺したことも知っています」
「ひどい……誰がそんなことを言ったの?」


「……え?」


657 : 水面に誘うアンビエントサイケ ◆zoSIOVw5Qs :2016/08/03(水) 23:48:51 A9G5tYjA0

煙の中で荒木比奈は咳き込みながらも何とか離脱していた。
影が幾つか動いているのを確認し、きっとみんなが逃げたのだと信じたい。
結城晴の行動には驚きを隠せないが、起きてしまったことを責めても意味は無い。


みんながどの方角へ向かってかは解らないが、立ち止まっていては青木聖と新田美波に襲われてしまう。
逃げるべきなのだが、やはり仲間の存在が気になってしまう。
彼女達は逃げれたのか。
もし――殺害されていたら。なんて悪夢は出来るだけ考えないように彼女もこの場を離脱する。


どうしてこんなことになったのか。
息抜きで、最初で最後かもしれなかった一休みの瞬間に起きた悲劇。
もしも今後は彼女達と出会うことが無かったら。それは一生後悔することになるだろう。


【一日目/日中/D-5】


【荒木比奈】
[状態]精神ショック(中)、体力消耗(大)
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品(確認済み)
[思考・行動]
基本:成り行き任せ。
1.役場へ逃げてみる。合流出来ると信じて。
2.役場に籠り、人が来るのを待つ。
3.現状に半ば絶望している。
4.それでもやっぱり、死にたくない。


658 : 水面に誘うアンビエントサイケ ◆zoSIOVw5Qs :2016/08/03(水) 23:50:04 A9G5tYjA0

煙の中で残された上条春菜へ距離を詰めた青木聖は剣先で彼女を脅すと、そのまま拳銃をはたき落とす。
拾い上げること無く首を掴みこみそのまま倒れさせ、声帯に衝撃が走ったのか上条春菜の口から唾液が溢れ出す。
咳き込み彼女を無視しながら拳銃を拾い上げると、それを躊躇なく口の中へ押し込み、空いている片腕で額を抑えこみ上を向けさせた。
「残念だったな。演技力があと一歩及ばなかった。しかし結城晴を信じさせることも出来ないようじゃ、どっちにしろ無理だったがな」
形勢逆転だった。拳銃を向けられていた青木聖はソレを奪取し上条春菜の口中へ銃口をねじ込んでいる。
きっかけは間違いなく結城晴の煙玉であろう。誰の言葉を信じればいいか解らずに不安定な精神状態で起こした一種のパニックだった。
立ち込める煙は青木聖にとって絶好の機会であり、現にこうして上条春菜を追い込んでいる。

芝居一つ取ってもやはり教えるべき師の方が優位だった。
堂々と振舞っていただけだが、そのありのままの姿が本心だと思わせることに成功したのだ。
無論、椎名法子を殺したのは青木聖であるのだが。
「最後に何か云うことはあるか?椎名法子はアイドルとして死んだが……お前は期待ハズレだ」
何を勝手に言っているのか。上条春菜が率直に抱いた感想である。
アイドルとして死んだ。そんなことを言われても何を言われているか理解が出来ない。

青木聖が椎名法子を殺す前に。
彼女は立派なアイドルだった。逃げ出した上条春菜とは比べ物に為らないほど、勇敢だった。
「何か言ってみろ」
拳銃を抜くと、上条春菜は大きく息を吸い込み咳き込んでしまう。
しかしこれで生命を実感出来ている。そう思うと自然に涙が溢れていた。
言ってやる。私は言ってやるんだ。強い意志を込めた言い放った。


「妹さんが知ったら悲しみますよ……っ。
 私は貴方を許しません。法子ちゃんを殺した貴方を絶対に……っ!」


「この状況でよく言えたものだな。その勇気をもう少し前に見せていたら……全く、遅すぎる」


この物語の結末は一つの銃弾で終わった。
上条春菜が最後に噛み付いた一言は、青木聖の心に深く刺さり込んだ。
痛い所を突かれた、と納得するしかない。生命を握られている中でよくも喧嘩を売れたものだと感心してしまう。
最後の最後に勇気を魅せられたが、それは負け犬の遠吠えと変わらず、何の意味も無かった。
額から流れる鮮血を見つめ、青木聖は巻き込まれてしまった妹に想いを馳せる。


「お前だけは……生かしてみせる」


そのためにはまず、数を減らさなくてはいけない。
最後の一人しか生き残れないのならば、まずは二人きりになるまでだ。
対策を練りどうしても一人しか生き残れないのであれば――未来ある妹に全てを託す。

目指す先はアイドルが集まっているであろう、学校だ。

「……ん」
ポケットに仕舞い込んでいたネックレスの存在を思い出し取り出す。
血液が付着しており、脅し用の道具だったか、もう必要は無いだろう。
「二人で同じ所へ行けるといいな」
池の中へ投げ込むと透明な水面に赤がジワジワと広がり始めた。


【一日目/日中/D-4(東)】


【青木聖(ベテラントレーナー)】
[状態]健康
[装備]仕込み杖@現実、スタンドマイクの短槍@現実、ニューナンブ
[所持品]基本支給品一式×2(食料二回分・水一本消費)、椎名法子のネックレス(血糊付)、ランダム支給品×1(武器)
[思考・行動]
基本:『アイドル』たちを殺して帰る。
1.学校へ向かう。
2.妹は殺さない。


659 : 水面に誘うアンビエントサイケ ◆zoSIOVw5Qs :2016/08/03(水) 23:52:21 A9G5tYjA0

青木聖が立ち去った後。
池から這い上がった新田美波は上条春菜の死体を池の中へ運び終えた所であった。
彼女達の事情は不明だが、青木聖が上条春菜を殺したのは間違いないだろう。
何故トレーナーがアイドルを殺すかは不明だが、自分と同じく何か特別な理由でもあるのだろう。
勿論、それを正当化し自分の行いを主張するワケでは無い。しかしある種の仲間がいることは解った。

自分一人で残りの三十人を殺すのは建設的に考えると途方も無い話である。
青木聖を生かしておけば人数を減らしてくれるだろう。そして最後に終わらせるのは自分である。
多くのアイドルを殺したであろう彼女は罰せられるべきだ。

アナスタシアの衣服で再度、水分を拭き上げると己の下着を纏い、衣服を着る。
この場に留まっても仕方が無い。拳銃の音が響いてしまったため、人が集まってくる。
問題は無いのだが、仮に青木聖のような人物と遭遇し出会い頭に襲われては敵わない。

まずは移動を優先し、他の参加者と出会ったならば今回と同じようにまずは普通に接する。
相手が自分の本性を知っていようが、それを正当化する証拠が無ければ黒の判定は出ない。

思えば宮本フレデリカと荒木比奈はアナスタシア殺害の現場を見ていたのであろう。
これで新田美波の本性を知っているのは前者二人と片桐早苗だけである。
結城晴はあの反応から察するに何を信じればいいか迷っている節があるため、そこまで警戒する必要は無い。

やることは変わらない。
誰が誰を殺害しようと、新田美波の覚悟が揺らぐことは無い。
もう戻れないのだ。今更、引き返すなんて、それこそくだらない悪夢みたいだ。


【上条春菜 死亡】


【一日目/日中/D-4】


【新田美波】
[状態]健康、達観、強い意思、額に痣、右腕に火傷(極小)
[装備]スポーツタオル、USSRマカロフ PMM-12(11/11、予備12)
[所持品]基本支給品一式×3、不明支給品×1(佐城雪美に支給された物・未確認)、アナスタシアの遺体
[思考・行動]
基本:全てのアイドルを汚れる前に殺す。
1.基本はステルスに徹する。
2.殺せるタイミングになれば、アイドルを殺す。


660 : 水面に誘うアンビエントサイケ ◆zoSIOVw5Qs :2016/08/03(水) 23:53:54 A9G5tYjA0
投下を終了します。
前作(亜里沙先生と梨沙ちゃんが死んでしまったお話)を修正するかも言いましたが、結局しませんでした。
ですが、今回の方が全然納得がいっていません。結末や本編に差し支えない程度に言い回しなど修正するかもしれないことを先に言っておきます


661 : ◆qRzSeY1VDg :2016/08/03(水) 23:58:08 .EX8aFBo0
皆さん投下乙です、感想は後ほど。
すみません、予約期限には間に合わないんですが、25時までには投下できると思います。

>>660
フレデリカと晴の状態表がごっそり抜けてるんですが、投下してない箇所とかないですか?


662 : 水面に誘うアンビエントサイケ ◆zoSIOVw5Qs :2016/08/04(木) 00:01:13 RQUfbaSk0
こっそりフレデリカパート投下しますね。
予約の件は了解しました。期限が切れてから投下するまでの間に他の方が予約しなければいいんじゃないですかね
取られたらルールだから諦めてもらうしかありませんが。
それでは>>657の前になります。




青木聖と新田美波を除く四人が固まってしまった。
まさか、殺人鬼は全員思考が腐っているのだろうか。また嘘を吐かれた。
確実な証拠が無い分、質が悪く完全に泥沼の論争になるのは目に見えていた。
怒りに震える上条春菜だが、叫ぶよりも先に結城晴が動いてしまった。


「みんな嘘しか言わない……誰も信じられるか!」


バッグから取り出した球体にライターで火を点すと煙が立ち込める。
危険性に気づいた新田美波は言葉を発さずに池の中へ潜り込み、爆発物の類に備えて避難する。
「はるちん……待って!」
球体を放置して走り出した結城晴を止めるために宮本フレデリカを後を追い始めた。
彼女達は裸足のままで、足裏に傷を帯びようと関係なく走り続ける。結城晴は限界だった。
殺し合いの中で初めて遭遇した参加者である上条春菜からは一方的にトレーナーが殺し合いに乗っていると聞いた。
しかし出会ってみればトレーナーは心外の一点張りであり、上条春菜が嘘を吐いているように感じてしまった。
次に出会った宮本フレデリカと荒木比奈からは新田美波が殺人鬼だと聞いた。
けれど実際の彼女は上条春菜に銃を向け、それはトレーナーを守るためであり、殺人鬼とは思えなかった。
誰も信じられない。
みんな、みんなが自分に嘘を吐いている。信じられるものか。
心の邪念を止めていたダムが崩壊し、溢れ出る不安は煙玉となって現世に召喚される。


煙を利用し逃走。もう、顔も見たくない。
嘘つきと一緒に行動なんてしたくなかった。
そして結城晴は知らないであろう。この行動がアイドルの生命を奪うことに。

【一日目/日中/D-3】

【結城晴】
[状態]精神ショック(小)、体力消耗(小)、疑い(大)、裸足
[装備]サッカーボール
[所持品]基本支給品一式、煙玉×2、ライター
[思考・行動]
基本:サッカーの試合のように諦めずに頑張る。
1.誰も信じられない。

【宮本フレデリカ】
[状態]健康、精神ショック(大)、体力消耗(中)、裸足
[装備]トランプのカード一式
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品(二つ目、確認済み)
[思考・行動]
基本:明るく振る舞いたい。
1.結城晴を追い掛ける。
2.人を殺すのはイヤ。
3.美波ちゃん、どうして……?


663 : ◆qRzSeY1VDg :2016/08/04(木) 01:22:23 dm2gIw8Q0
しゅがはさんかっけえな……弔いのナンバーと、海岸線と、バイク。絵になりますね。

そしてキレた時子さん。復讐は何も生まないけれど、それでも彼女はその道を歩むんですね。
茜は茜で追い詰められているし、生きてても地獄だ……

そんでもって疑心暗鬼! 一般人ロワの華とはいえ、これはこれで本当におぞましい。
平然と演技を打ってくるのは、やはり"アイドル"であり、それを支えた"トレーナー"だからなせる業ですね……
それぞれの行く先は、どうなってしまうやら……

さて、大変遅れました、申し訳ありません。
投下します。


664 : 名無しさん :2016/08/04(木) 01:23:04 mB71O07g0
時間過ぎたけどまだかなあ


665 : BLOODY ROAR ◆qRzSeY1VDg :2016/08/04(木) 01:23:20 dm2gIw8Q0
 一面の、赤。
 傍には、人だったもの。
 満たされていく心、愉悦、快楽。
 人の命を奪う感覚、それはずっと知りたかったこと。
 は、はは、と乾いた笑いが漏れる。
 そうだ、これが求めていたもの、自分の望み。
 手にしたかったハズのそれを、未央はようやく手にした。
 だから、嬉しくて嬉しくてたまらない。
 そのはず、なのに。

「がァァァァあ"あ"あ"あ"あ"ァッ!! ら"あああああ"あ"あ"あ"あ"!!!」

 叫ぶ未央を支配しているのは、不快感と苛立ち。
 由里子を人から肉に変えてもなお、残ったままのそれ。
 怒りに身を任せ、暴れに暴れ倒す。
 それでも、怒りと不快感は収まることはない。
 なぜなら、未央の視界にはまだ、"それ"がいるから。

「消えてよ……消えてくれ、消えろォッ!!」

 そんな悲痛な叫びとともに、未央がそれに掴みかかろうとした時だった。
 ブルブルブル、と何かが震えるのを感じ取った。
 ふと我に返り、その振動の元である、スマートフォンを懐から取り出す。
 ああ、もうそんな時間なのか、と思いながら、未央はスマートフォンから流れる機械のような音声に耳を傾ける。
 次々に読み上げられていく名前、そこには自分が殺した愛梨の名前も含まれている。
 一体どうやってそれを判断しているのだろう、なんて思ったその時だった。

「――――島村卯月」

 スマートフォンから告げられた名前に、目を見開く。
 がつんとバットで殴られたかのような衝撃に、思わずよろめいてしまう。
 ふらふら、とした足取りで、近くの椅子に腰掛け。
 しばらくぼうっとした後、くつくつと笑い出す。

「そっかぁ」

 笑顔のまま、未央はぽつりと呟く。

「しまむー、死んじゃったんだ」

 嘆きも悲しみも無く、ただ淡々と呟く。
 それから、島村卯月、島村卯月、と何度もその名前を呟き直す。
 島村卯月、それは彼女にとって、一章忘れられない名前。

 なぜなら、本田未央が"こうなってしまった"理由に、彼女が関わっているのだから。

 未央が"知ってしまった"あの日の男、それは島村卯月のプロデューサーであったと、後で聞かされた。
 そして、そのことについて一切他言しないようにと、釘も刺された。
 ほぼ同時期、未央の当時のプロデューサーが逮捕された。
 聞けば、罪状は白昼堂々の婦女暴行だと言う。
 あまりにも似通った状況、親しい間柄の人間による犯行。
 点と点が繋がって線になり、線と線が繋がって面になり、面と面が繋がり箱になる。
 未央の頭の中では、それらがどういう意味なのかを、おおよそ理解していた。
 実際の所、真実がどうであったのかを知ったわけではない。
 ただ、島村卯月という少女に出会っていなければ、未央は未央のままいられたのかもしれない。
 しかし、彼女が居なければアイドルとしての自分も居なかった。
 だから、これは決まった運命だったのかもしれない。
 本田未央という一人の少女がアイドルになり、そしてアイドルになったが故に"人殺し"をしてしまうことが。

「私が、殺してあげたかったのになぁ」

 くくっ、と目を覆いながら笑い、椅子の背もたれに体重を預ける。
 そう、島村卯月という一人の少女は、"人殺し"を生み出した始まりの少女だ。
 だから、今の不快感と苛立ちも、言ってしまえば彼女のせいだ。
 それが八つ当たりに近いことは分かっているけれども、未央は彼女に分からせてやりたかった。
 お前のせいでこうなったんだ、と。
 けれど、それはもう叶わない。
 島村卯月は、彼女の知らぬ所で命を落としたのだから。

「……ばいばい、しまむー」

 ぽつり、と最後にそう呟いて、未央は立ち上がる。
 それから、ぽとりと一粒だけ涙を流して。
 殺さなくてはいけない女を殺すために、ゆっくりと歩き出す。


666 : 名無しさん :2016/08/04(木) 01:23:23 mB71O07g0
きた!


667 : BLOODY ROAR ◆qRzSeY1VDg :2016/08/04(木) 01:23:52 dm2gIw8Q0
 


 ばんっ。
 耳に突然飛び込んできたのは、何かが破裂する音。
 近いようで、少し遠い場所でした音に、体をビクリと跳ね上がる。
 それが何の音なのかは、少し考えれば分かる。
 こんな場所で爆竹遊びをしている人間など、居るわけもない。
 だったら、火薬が破裂するような音の正体など、銃しか無いのだ。
 ごくり、と唾を飲み込む。
 誰かが誰かを撃った、つまり、他人を殺すつもりの人間がいるということ。
 避けていた現実が、確かにそこにある。
 それを噛みしめると同時に、輝子は懐に携えていた銃へと手を伸ばす。
 これを使う時が、来てしまうのかもしれない。
 そう思うと、やっぱり少し怖くて、震えてしまいそうになる。

「輝子」

 そんな輝子の様子を察したのか、美玲はそっと手を伸ばし、語りかける。
 彼女の服の裾を掴む美玲の手は、少し震えていた。
 そう、美玲も怖いのだ。
 さっきはああも言ったが、やはり怖いものは怖い。
 銃を握る人間の明確な殺意、それに抗うことができるかどうか。
 そんなの、いくら考えたってわからないし、今はわかりたくもない。

「行こう。ウチらは、トモダチを探しに行かなきゃいけない」

 だから、逃げる。
 問題を後回しにしているだけだとは分かっている。
 けれど、今の三人で殺人鬼に向かって行った所で何も変わらないのだ。
 わざわざ生命を投げ出すような真似なんて出来るわけもない。
 だって、死にたくないという何よりもの気持ちがあるのだから。
 そんな気持ちを胸に差し出した美玲の手を取り、輝子はふっと笑う。
 ああ、一人でなくてよかったと、心の底から思う。
 もし、今一人だったなら、きっと押し潰されてしまっていただろうから。

「それなら、まず南、それから西に向かおう」

 二人が落ち着いたのを判断した所で、慶は一つの提案を始める。
 だが、二人の反応は渋い。
 西、それは慶が逃げ出してきた、方角。
 つまり、水野翠――――人殺しが居るということ。
 しかし、不安げな表情を浮かべる二人に、慶は話を続ける。

「翠さんがこっちに向かってこない事、それとさっきの銃声。
 ……都合よく考えすぎかもしれないけど、多分あの銃声は翠さんと戦ってる"誰か"のもの。
 だとすれば、翠さんは北に向かってる……だから、南西が一番安全だと思う」

 手に持っている情報を冷静に並べ直し、二人にわかりやすく理論立てて説明する。
 それほど時間が経っていないことから考えても、可能性は十分に高い。
 イヴの生命だけでなく、新たな犠牲が生まれてしまっていることに、慶は僅かに心を傷める。
 しかし、結果として二人のアイドルを救うことが出来る情報を手に入れた。
 本当にそれでよかったのだろうか? 疑問と罪悪感は、やはり消えないままだった。

「トレーナーがそう言うなら、ウチもそれでいいと思う」
「うん、そうだな……私も、そう思う」

 思わず考えこみそうになった時、美玲達から肯定の返事が届く。
 そうだ、今は彼女たちを導かなくてはいけない。
 友だちを探して、ライブをする。
 彼女たちはこの場所でも、アイドルであろうとしているのだ。
 ならば、トレーナーとしての自分がやる事は一つ、彼女たちを支えることだ。

 そのライブが何を生み出すのか。
 選べなかった者達による"逃げ"の一手。
 それが泥船だったとしても、その船で導ける誰かがいるなら。


668 : BLOODY ROAR ◆qRzSeY1VDg :2016/08/04(木) 01:24:21 dm2gIw8Q0
 
 そうして、模造刀を持った慶を先頭に三人は南へ向かう。
 程なくして、分かれ道に差し掛かった所で西へと進路を取る。
 そんな中、慶は未だに頭の中で響き続けるイヴの言葉を、心のなかで反芻する。
 けれど、生命も投げ出せない、この島を逃げ出すことも出来ない、誰かを殺すことも、見殺しにすることも出来ない。
 それを選べないまま、彼女たちの"ライブ"をするという目標を叶えられるのだろうか。
 それを選ばなければいけない、そんな状況にならないことを祈るしか無いか。
 逃げ、逃げ、逃げ。いつまでそんな事ができるだろうか。

「……なあ、トレーナー」

 そんな時、不意に美玲が口を開く。
 ん、と軽い返事をして、続く言葉を待つ。
 少しの沈黙、それを経て、美玲は慶に問いかける。

「トレーナーはさ、なんでトレーナーになろうと思ったんだ?」
「へ!?」

 予想もしていなかった言葉に、思わず間抜けな声を出してしまう。
 その声に、美玲と輝子はびくりと跳ね上がる。
 ぴたりと止まる足と、流れる気まずい空気。

「ご、ごめん」
「い、いや、こっちも、ごめん」

 なし崩し的に謝った後でも、気まずい空気は消えない。
 お互いに妙にどぎまぎしながらも、埒が明かないと判断したのか、先に美玲が口を開く。

「その、何だ……こんな場所だけど……いや、こんな場所だからこそ。
 ウチ、トレーナーともっと"友達"になりたくって。
 だから、そういえば聞いたことなかったな、って……」

 ぽつり、ぽつりと紡がれた言葉。
 友達を集めたいと願う彼女だったから、そしてこんな場所だったからこそ、飛び出した言葉。
 アイドルとトレーナー、普段はその差があっても、今では同じ人間でしかない。
 だから、同じ人間として、美玲は慶と友達になりたい、そう思ったのだ。
 そんな美玲の問いかけに、慶はふっと笑ってから、一つの問を投げる。

「麗お姉ちゃんに会ったことはある?」

 ぴきり、と空気が凍る音がする。
 引きつった笑い、逸らされる視線、滲む冷や汗。
 言葉にせずとも、その反応だけで十分である。
 美玲たちが何をされたのかは、想像に難くはない。
 苦笑いと共に頭を抑えつつ、慶は言葉を続ける。

「『光ある所に影はある、ならば私は、光を生み出すための影になりたい』……麗お姉ちゃんはそう言ってた」

 再び流れる、気まずい空気。
 何が飛び出すかと思えば、どこかの誰かのような言い回しの一文。
 普段ならともかく、混乱に混乱が重なっている状況の二人では理解できなかった。
 それに気がついたのか、慶も慌てて解説を挟んでいく。


669 : BLOODY ROAR ◆qRzSeY1VDg :2016/08/04(木) 01:24:35 dm2gIw8Q0
 
「光が射すところには必ず影が生まれるでしょ? 影がなくては光は存在出来ない、逆もまた然り。
 あなた達アイドルが光ならば、その影となる存在は、アイドルを支えられる存在。
 自分がそれになれば、光を支えることも、光を生み出すことだって出来る。
 そうなりたくて、お姉ちゃんはトレーナーを目指したんだって」

 言い換えられた説明に、ああ、なるほど、と二人は納得する。
 自分たちアイドルは、一人ではやっていけない職業であるのは、重々承知している。
 沢山の人の支援をひとえに受けることで、彼女たちはアイドルとして輝けるのだ。
 アイドルを支える人間、トレーナーはその中でも一番近しい存在である双極の一つ。
 だから、彼女はアイドルを支えるために、それを目指したのだということなのだろう。

「……伝説のアイドル、その輝きを目の前で見たからこそ、なのかもしれないけどね」

 ぽつりとこぼした言葉は、二人には聞こえない。
 慶は知っている。かつて姉がアイドルを目指していた事を。
 そして、"それ"に出会い、何もかもを超えられ、叩きのめされたことも。
 だから、本当はもう一つ理由がある。
 いつか、伝説のアイドルを超えるアイドルを、自分の手で鍛えあげる。
 そんな野望があることは、関係のない話だ。
 今は、黙っておいたほうがいいのだろう。

「ま、そういう理由でトレーナーであることに誇りを持っていたお姉ちゃんに憧れて、私はトレーナーになったの。
 他のお姉ちゃんがどうなのかはわからないけど、私はそう。麗お姉ちゃんの真っ直ぐさが、羨ましくて」

 切り替えるように、慶はそう言葉を続ける。
 トレーナーとしての麗は、とても厳しいながらも、一本の真っ直ぐな芯があった。
 迷いなどなく、はっきりと前だけを見据えている。
 そんな姿に、慶は憧れていたのだ。

「麗お姉ちゃんなら、どうするんだろうな」

 もう一度、二人に聞こえないように言葉を零す。
 今の自分は、トレーナーとしても、人間としてもブレている。
 麗のように真っ直ぐな人間であれば、こんな時でも迷わないのだろうか。

「……ごめんね、変な上に難しい話して」

 少し俯いて、悲しそうに笑いながら、慶は呟く。
 その一言は、はっきりと二人に届いてしまって。
 言葉に隠された、慶の気持ちに気づいてしまって。

「トレーナー」

 ふと、美玲は口を開く。

「今、ウチらは輝けてるのかな?」

 何気ない問いかけのつもりだった。
 けれどその一言は慶に、そして何より自分に突き刺さる。
 その答えなど、出せるわけもない。

 そうして、互いに口を開けないまま。
 答えもなく、ぼんやりとした気持ちを抱えたまま。
 ただ足だけを進める。


670 : BLOODY ROAR ◆qRzSeY1VDg :2016/08/04(木) 01:24:46 dm2gIw8Q0
 


 どさり。


.


671 : BLOODY ROAR ◆qRzSeY1VDg :2016/08/04(木) 01:25:16 dm2gIw8Q0
 そんな音が前から聞こえたのは、少し後の事だった。
 え、と声を漏らしながら、映ったそれを見つめる。
 人が一人、いや、二人。そこに倒れている。

「飛鳥ちゃん!?」

 慶はその内の片方、下敷きになっている方の少女の名を叫ぶ。
 しかし、返事はない。
 嫌な思考がよぎると同時に、慶は二宮飛鳥へと駆け寄る。
 まず、背負っていた橘ありすを優しく引き剥がす。
 彼女は寝ているだけのようだったので、ひとまず美玲たちに任せる。
 そして、うつ伏せになっていた飛鳥を仰向けにし、慶は手早く首筋に手を当てる。
 どくん、どくん、と少し早いが、しっかりと脈は打っている。
 見る限りは目立った傷もなく、よかった、とひとまず安心する。
 ならば何故、彼女は気を失ったのか。
 尋常ではない汗の量、早いテンポを刻む脈から、何かしらの運動をしていたことは推察できる。
 無論、トレーニングなどしている場合でもないから、十中八九、彼女は走っていたのだろう。
 ならば、何故走っていたのか。
 橘ありすを背負いながらも、体力の限界で気を失うまで。
 ……逃げていた? 何から、と考えるまでもない。
 きっと、彼女は。

「――――ハッ!?」

 その時、気を失っていた飛鳥が叫びとともに飛び起きる。
 一時的なものだったのだろうかと、慶が思う間もなく。
 彼女は慌ただしく当たりを見渡しながら、ふらつく足で立ち上がり。

「逃げなきゃ」

 そう呟いて、再び駆け出そうと足を動かす。
 しかし、つい先程まで走り続けていたであろう足は、ほぼ棒に近い。
 一歩、二歩と踏み込んだ所で、再び倒れ込みそうになってしまう。

「待てっ、落ち着けよ!」

 走り去ろうとする飛鳥を止めるように、美玲が彼女の前に立ちはだかる。

「どいてくれ!! ボクは、走らなきゃ……!!」

 だが、飛鳥は立ちはだかる美玲を振り払い、そのまま走りだそうとする。

「飛鳥ちゃん」

 慶は明らかにまともではない様子を察知し、飛鳥に優しく声をかけてから、素早く彼女の前へと回りこむ。

「大丈夫」
「あ……」

 飛鳥の気が動転していることは、誰の目にも明らかだった。
 だから慶は、そんな彼女を落ち着けるために、優しく包み込むように抱きしめる。
 力強さと暖かさ、それを一身に受けながら、飛鳥は虚ろだった眼の焦点をあわせ、呼吸を整え始める。

「すまない……ありがとう……」

 少し落ち着いた所で飛鳥は慶の胸から離れ、近くにゆっくりと腰を下ろす。
 それから、はあと大きくため息を付き、自分の頭を抑えて、淡々と語り出す。


672 : BLOODY ROAR ◆qRzSeY1VDg :2016/08/04(木) 01:26:01 dm2gIw8Q0
 
「気を取り乱していたようだね。迷惑をかけてしまって、申し訳ないよ」

 ふ、と笑いながら、いつも通りに振る舞おうとする。
 だがその声は弱々しく、体は小刻みに震えたままで。
 飛鳥が何かに怯えているのは、そこに居る誰の目にも明らかだった。

「飛鳥さん……い、一体、何が……?」

 聞いていいのかどうか、迷っていたけれど。
 聞かなければいけない気がしたから、輝子は恐る恐る口を開く。
 その問いかけに対し、飛鳥は絞りだすような声で口を開く。

「殺される。そう思って、死にたくなくて、逃げて、逃げて」

 言葉を進めるごとに、声が震える。
 がたがたと歯が鳴り、体の震えが大きくなる。
 それでも飛鳥は、開いた口を止めることは無く。
 まるで誰かに許しを乞うように、怯えた口調で言葉を紡ぎ続ける。

「睡眠薬を盛られそうになった、眠りに就いている間に殺されそうになった。
 毒を使って、抵抗する間もないように。
 それを知ってしまった、怖くなった、だから逃げ出した。
 けれどありすは、耐え切れなくて眠ってしまって。
 でも置いていけなくて、どうしていいか分からなくて、だから背負って走って。
 逃げて、逃げて、逃げてッ……」

 言葉を進めるごとに、飛鳥は恐怖に包まれていく。
 頭を抱え込み、蹲るように怯え続ける飛鳥の様子は、どう見ても普通ではない。
 隣り合わせの死の恐怖、一度目前にまで迫ったそれは、一人の少女の心を破壊するには、十分すぎる要素だった。
 いつもの独特な語りをする余裕など残っているわけもなく、飛鳥はただガタガタと震え続ける。

「誰なんだよ」

 そんな飛鳥に、美玲は一つだけ問いかける。

「誰が、誰を」

 一番大事な事。
 一体誰が、このクソッタレた殺し合いに乗っていて。
 一体誰が、その毒牙に掛かってしまったのか。
 聞きたくはないけれど、聞かなければいけないこと。
 そして、話したくはないけど、話さなければいけないこと。
 それに答えるため、飛鳥はゆっくりと口を開く。

「一ノ瀬志希が――――」

 そして、名前を告げる。

「――――森久保乃々を」

 二つ目の名前。
 それを聞いた美玲と輝子は、言葉と目の焦点を失う。
 今、なんと言ったのだろうか。
 それすら理解できないといった顔のまま、固まり続ける。
 見えない、動けない、喋れない。
 がん、がんと金属で殴られているような感覚が続く。
 このまま過ごしているだけで、自分の体が世界から剥離していくようで。
 ただ、時間だけが過ぎていく。


673 : BLOODY ROAR ◆qRzSeY1VDg :2016/08/04(木) 01:26:32 dm2gIw8Q0
 
「通知……?」

 そんな感覚の中、彼女たちを現実に引き戻すかのように、それぞれのスマートフォンが鳴動する。
 そして、一方的に押し付けられる情報が、波のように押しかけてくる。
 森久保乃々、水野翠の他、彼女たちを震わせる名前が告げられ続ける。
 その数は、30に及んだ。
 たった、たった六時間で、それだけの生命が失われたと言うのだ。

「30人」

 禁止エリアの読み上げの中、輝子はぼそり呟く。

「ウソ……だよな?」

 信じられない、そんな顔をして。
 同意を求めるように、慶へ、美玲へ、輝子へと目を向ける。
 けれど、誰も美玲と目を合わせることはない。
 認めたくない、認められない。
 だが、認めなければいけないことだと、分かっているから。

「みんな、そんな簡単に人を殺せるのかな……」

 口を開くごとに、その声は弱々しくなっていく。
 やがて聞こえたのは、鼻を啜るような音。
 輝子は、声を押し殺しながら泣いている。
 顔を見なくったって、そこにいる人間はそれが分かる。
 けれど、彼女を慰められる人間など、その場には一人もいない。
 一人は、同じように声を押し殺して泣いていて。
 一人は、ひっそりと静かに涙を流していて。
 一人は、涙を流すことも出来ずに己を責めていて。
 他人の気持ちに気を配る余裕なんて、そこにいる誰にも無かったから。



 短くて少し長い、それぞれの時間がゆっくりと流れる。



 沈黙。
 場を支配する、重い空気。
 それぞれがそれぞれの殻にこもったまま、動けずにいた。

「……行こう」

 その空気を破ったのは、飛鳥だった。
 ゆっくりと立ち上がり、服の埃を払う。
 そして、顔に涙の跡をうっすらと残しながら、飛鳥は口を開く。

「ボク達は、ここで止まっている場合じゃない。そうだろう?」

 まだ、声には震えが少し残っている。
 それでも飛鳥は、力強く言葉を紡いだ。
 自分たちは、まだ生きている。
 だったら、生きて、生きて、生き続けなければいけない。
 この殺し合いに異を唱える、その気持は美玲たちも同じであると、そう思ったから。
 そして美玲達は、飛鳥のその言葉にハッとする。
 友達、この殺し合いに異を唱える人間を集めて、ライブをする。
 それは美玲と輝子の目的であり、慶はそれを支えると決めた。
 この場所で30人の命が失われてしまった。
 けれど逆を返せば、ここにいる5人を除いた25人は、まだ生きている。
 25人全てがトモダチになれる人間だとは、思ってはいない。
 だが、自分たちが動かなければ、彼女たちがどうなのかすら分かりやしないのだ。
 そうだ、飛鳥の言うとおり立ち止まっている時間なんて無い。
 それに気が付いて、はっとした顔をしてから、美玲達も立ち上がる。
 それから美玲と輝子は涙を拭って、飛鳥の顔を見つめ、ゆっくりと頷いた。


674 : BLOODY ROAR ◆qRzSeY1VDg :2016/08/04(木) 01:26:49 dm2gIw8Q0
 
「そうだ、一つ聞いてもいいかい? モバイルバッテリーを持っていないかな?」

 未だ眠るありすを慶が背負い、早速歩き出そうかとした時、飛鳥は美玲たちに問いかける。
 素早く首を横に振る美玲と輝子に対し、あ、と慶は言葉を漏らす。
 心あたりがあるようなのだが、ありすを背負ったままではバックの中身を確認することもままならない。
 それを察した飛鳥は、慶のバックを手に取り、その中を確かめていく。

「お、あったあった。少し借りるよ」

 取り出したそれを手に、今度は自分のバックから、一つの電子機器を取り出す。
 一体何なんだ、と訝しげにその光景を見る美玲たちをよそに、飛鳥はてきぱきと配線を繋げていく。
 そしてポチリと電子機器のスイッチを押し、じっと待つこと十数秒。

「やった」

 ぱっ、と明かりの付いた画面を見て、飛鳥は小さくガッツポーズを作る。
 それから、まだ事態を飲み込めていない美玲達を呼び寄せ、電子機器の画面を三人に見せるように差し出す。
 そこに映っていたのは、スマートフォンでも見れる地図と、その全域に散りばめられた白い点であった。
 その内の一つ、今の自分達がいる場所の点の一つに触れてみる。
 すると、二宮飛鳥の顔と名前が、小さな吹き出しで表示された。
 他の点に触ってみると、早坂美玲、星輝子、青木慶、橘ありすと、ここに居る人間達の情報が表示された。

「思った以上に高性能みたいだね。これなら誰がどこにいるのか、一発で分かるよ」

 一通りの白い点にささっと触れて、情報を得ていく。
 どの白点に触れても死人の名前が出なかったことから、表示されるのは生きている人間だけのようだ。
 それを把握した所で、もう一度飛鳥は点に触れ直す。
 一ノ瀬志希、彼女がこちらに向かっていない事を確認してから、今いる場所から一番近い点に触れ、口を開く。

「近くに本田未央と鷺沢文香が居るみたいだ、禁止エリアのこともあるから、北に向かっているみたいだね。
 どうだろう、まずは彼女たちと出会ってから、ボク達も北に向かう……四時間もあれば、寺の近くまでは抜けられるはずだし、悪くはない案だと思うけれど」

 口にしたのは、一つの提案。
 人の命を奪う悪魔の領域、禁止エリア。
 発動してしまえば、南側の人間は、基本的に山道を超えないと北側に向かうことができなくなってしまう。
 それを彼女たちも理解しているのだろう、その二点は北へと向かっていて、いずれ自分たちの居る分岐路へとたどり着く。
 未知の人間に会うことは、少しリスクを伴う。
 ましてや、もう30人の人間が死んでいるのだ。
 この二人のどちらか、または両方が、そういう人間である可能性であることは捨てきれない。
 けれど、立ち止まってはいられない。
 誰かと会うことを拒んでしまえば、もうトモダチだって作れないのだから。
 そう思った美玲達は飛鳥の提案を飲み、未央と文香の居る南側へと向かう。
 心の何処かで、文香と未央なら大丈夫だろう、なんて思いながら。


675 : BLOODY ROAR ◆qRzSeY1VDg :2016/08/04(木) 01:27:01 dm2gIw8Q0
 


 それが地獄の片道切符だなんて、知りもせずに。


.


676 : BLOODY ROAR ◆qRzSeY1VDg :2016/08/04(木) 01:27:29 dm2gIw8Q0
 ふらふら、とおぼつかない足で、文香は歩く。
 どこへ、という訳ではない。
 ただ誰かに、会いたくて、会いたくて。
 何を言うかは決まってないし、そもそも何かを語れるかは分からない。
 出会い頭にばんっと撃たれて終わり、それも十分にありえる。
 けれど、語らなければいけない。
 速水奏と、大西由里子。
 彼女たちが居たということを、確かに残すために。
 誰かに、そう、本田未央以外の誰かに告げるために。
 足を動かす、足を動かす、足を動かす。
 もつれて転んでも、殴られた顔が痛んでも、何があっても立ち止まらない。
 起き上がり、前へ進む。
 誰かに、誰かに会うために。

「ふーみふみ」

 けれど、そんな願いも虚しく。
 文香の耳に飛び込んできたのは、今一番聞きたくない声だった。
 振り向くと同時に、文香の頬を何かが殴りぬく。
 防御すら間に合わず、体を大きくひねらせながら、文香は地面へと倒れこむ。
 すかさず、腕に力を入れて起き上がろうとするが、それを阻止せんと、未央の足が文香の

「しかしまあ、呑気だねぇ〜、そんなにゆっくり歩いて、逃げられるとでも思った?
 ユリユリも可哀想に、これじゃあ犬死だよね」

 にやりと頬を歪め、未央は文香の顔を見下ろす。
 それでも、文香は起き上がろうと腕に力を込める。
 だが、未央は文香の腕を砕かん勢いで、容赦なく足刀を振り下ろす。
 ぱきり、と小気味のいい音と共に、文香の口からくぐもった声が漏れる。
 続けざまに残された片方にも、未央は足刀を振り下ろす。
 骨が砕ける小気味のいい音、文香から漏れるくぐもった声。
 その反応の薄さに苛立ったのか、未央はちっと舌打ちしてから、あるものを取り出す。

「ねえ見て、これ。とときんが持ってた奴なんだ」

 彼女の胸部を足で踏みつけながら、未央は文香へと突きつける。
 それは、散弾銃の銃口。
 そこにぽっかりと空いた空洞は、死の淵と呼ぶに相応しく。
 触れていないはずのそれからは、どこか冷たさを感じてしまう。
 これが、迫り来る死の感覚。
 鷺沢文香という一人の人格を、簡単に壊せてしまえそうなほどの、恐怖。
 速水奏が恐れ、そして大西由里子が味わったであろうそれを、文香はしっかりと受け止めていた。


677 : BLOODY ROAR ◆qRzSeY1VDg :2016/08/04(木) 01:27:43 dm2gIw8Q0
 
「さて」

 その時、不意に散弾銃の銃口が下げられる。
 一体何が、と思った瞬間だった。
 未央はわざと文香の腹部にのしかかり、そのまま馬乗りになっていく。

「ただでは殺さないよ」

 一度ならず、二度、三度。
 頬に衝撃が走り続ける。
 痛い、という声すら出ないほど。
 何度も、何度も、何度も、執拗に殴りつけられる。

「苛々する、苛々する、苛々する!! お前の、お前のせいなんだ。お前のせいで、消えないんだ!!」

 鼻柱が折れ、口中を切り、まぶたが腫れ上がっても。
 未央は拳を止めること無く、文香の整った顔をぐちゃぐちゃにするために、殴り続ける。
 そして、もはや原型を留めなくなったあたりで手を止め、文香の髪へと手を伸ばす。

「こびりついて、焼き付いて、染み付いて消えないんだよ!! 楽しもうと思っても、ずっとそこにいる!!」

 乱暴に引っ張ったそれを、懐から取り出したナイフで一閃する。
 綺麗に整えられていた文香の黒い髪は乱雑に投げ捨てられ、風に舞う。
 まだ、未央は手を止めない。

「だから、逃げるなんて絶対に許さないよ」

 ゆっくりと立ち上がり、サッカーボールを蹴るかのように文香の横腹を蹴りつける。
 かはっ、と空気の絞り出される声とともに、今度はうつ伏せにされる。
 それから背中を踏みつけながら、未央は文香の右太ももにナイフを突き立てる。

「後悔して、悲嘆して、崩壊して」

 そのまま、魚を開くかのようナイフを縦に沿わせていく。
 走る激痛、もはや声を絞り出すことすら叶わない。
 それでも未央は止まらず、左の太ももにも同様にナイフを突き立て、引き裂いていく。

「絶望して、死んでいけ」

 顔、髪、両手両足。
 アイドルを支える全て。
 それを破壊し尽くし、最後の仕上げに取り掛かろうとした時。

「未央、ちゃん?」

 ふと、別の声がした。
 急いで振り向けば、そこには慣れ親しんだルーキートレーナー、青木慶を始めとした四人がそこに立っていた。
 そして、四人が四人とも、目の前の光景を疑っている。
 無理もない、そこにいるのは血まみれの本田未央と、無残な姿になった鷺沢文香なのだから。
 言葉を失ったまま、ただただ、動けない。


678 : BLOODY ROAR ◆qRzSeY1VDg :2016/08/04(木) 01:28:04 dm2gIw8Q0
 
「皆、さん、逃げっ」

 その時、絞りだすように、文香が言葉を紡ぐ。

「未央さ、んは、人を殺――――」
「何、勝手に喋ってんの?」

 だがその続きは、文香の頭を踏みつけた、未央の足によって遮られる。
 そのまま立て続けに、未央は散弾銃の銃口を文香の頭へと合わせる。
 それから細めた目でぎろりと文香を見つめて、口を開く。

「ていうか、また"逃げよう"としたでしょ。自分だって"人殺し"の癖にさあ」

 明らかな怒りと、苛立ち。
 それが込められた言葉に、慶達は息を飲み込むことしか出来ない。
 ぐりぐり、と頭を踏みつけ続ける未央が、ふと表情を変える。

「そうだ、いいこと思いついた」

 まるで電球が浮かんだかのように、言葉通り何かを思いついたようで、未央は文香の頭から足を退ける。
 そして、後頭部を乱雑に掴み、文香の顔を慶たちに向けてから、彼女の頭に銃口を突き付けなおしてから、言葉を続ける。

「そこに居る皆にちゃんと告白しなよ。
 『私は大西由里子を始めとして、他人を見殺しにしてまで生き残ろうとした人殺しです』って」

 真実であり、虚偽。
 何よりも、未央が文香に認めさせたい、ただひとつの事。
 認めれば、文香は"人殺し"になる。
 そう、未央は文香を"人殺し"として、誰かに認識させたかった。
 自分一人じゃないと、証明するために。

「……私は」

 少しの沈黙の後、文香は口を開く。

「伝え、たい」

 絶え絶えとなった息で。

「速水、奏さ、んと、大、西、由里、子さん」

 ぽつぽつと言葉を、歌を、詩を紡ぐ。

「二、人の」

 自分の声で、奏で続ける。

「生き、た」

 嘘にしないために、虚空に溶かしてしまわないために。

「証――――」

 絞り出した声が、唐突に鳴り響いた破裂音で、かき消される。
 びちゃびちゃ、と嫌な音が響き渡る。
 文香の声は、文香の詩は、もう紡がれない。
 なぜなら、もう。
 文香の首から上は、存在しないのだから。


679 : BLOODY ROAR ◆qRzSeY1VDg :2016/08/04(木) 01:28:29 dm2gIw8Q0
 
「がっかりだよ、やっぱり逃げるんだね」

 心底残念そうに、未央はため息をつく。
 三人目の人の命を奪ったけれど、先ほどの由里子の時のような快感はない。
 寧ろ、苛立ちが募るばかりだ。

「ムカつくんだよ、人を殺しておいて"アイドル"で居ようとするなんてさ」

 そう吐き捨てた時、ざっと一歩踏み込む音が聞こえた。
 それに反応して顔を向けると、星輝子が銃を構えてこちらを見つめている。
 ああ、そういうことか、と思いながら、未央は笑って散弾銃を輝子へ向ける。
 同時にひっ、という声が漏れ、輝子は何故か一歩さらに踏み込む。
 ひょっとすると彼女は狂ってしまったのかもしれない。
 目の前で繰り広げられた、現実とは思いがたい光景。
 それは、彼女の正気を奪うには十分すぎる材料だった。
 だから、信じられる何かが欲しかった。
 けれど、考えることなんて出来なかったから、彼女はその言葉を絞り出した。

「ご、ごご、ゴー、トゥ……へ、ヘェル……?」

 彼女が信じた言葉。
 それは、クソッタレに対して投げかけると決めた言葉。
 だが、それはシャウトではなく、ぽつりとこぼれ出すだけに終わってしまった。
 しかし、その言葉は以外にも未央を揺さぶることに成功したらしく、彼女は少しあっけにとられた顔をしていた。
 まさか、と思いながらも、ほっ、と輝子が胸を撫で下ろそうとした時。
 未央は、満面の笑みを作って、口を開いた。

「Fxxk off, Fall to Hell」

 同時に響く破裂音。
 後ろに大きく吹き飛ぶ、輝子の体。
 全てがスローモーションに流れる中。
 美玲は、見てしまった。
 絶望に染められた、輝子の両目を。
 そして、その胸に刻まれた、痛々しい傷を。
 その目に、ハッキリと焼き付けてしまった。
 故に。

「う、うあああああああ!!」
「やめろ美玲!!」

 彼女は叫びながら、慶から返してもらっていた模造刀を手に、未央へと飛びかかる。
 もうまともな思考など、とっくのとうに吹き飛んでいた。
 それを使うことを拒んでいたことなど、記憶の彼方に吹き飛ばして。
 ただただ、突き動かされるように、刀を振りかぶる。
 そして、それを未央に振り下ろそうとした時。


680 : BLOODY ROAR ◆qRzSeY1VDg :2016/08/04(木) 01:28:41 dm2gIw8Q0
 


 ばんっ、と一発の破裂音が響いた。



 痛い、熱い、苦しい、怖い、怖い、怖い。
 ありとあらゆる感情が、恐怖に支配されていく。
 これが、これが、死ぬということ。
 たった一人、孤独で、何も残せずに。
 ただただ、枯れるだけなのか。
 そんな事を思いながら、ふと手を伸ばす。
 すると、何かに触れる感触があった。

「しょ……こ」

 反射的に声を出す。

「みれ、さ」

 答えが、返る。

「ずと、ともだ、ち……」
「う、ん……」

 そして、意識を手放していく。
 最後の最後、言葉を交わすことが出来た。
 ああ、一人じゃないんだ、そう思えるだけで、どこか安心できて。
 寂しくない、それが何よりも嬉しかった。
 たとえ、それが幻の言葉だったとしても。
 この世を去りゆく美玲と輝子の顔は、笑顔だった。



 こうして一人、また一人と死んでいった。


.


681 : BLOODY ROAR ◆qRzSeY1VDg :2016/08/04(木) 01:29:00 dm2gIw8Q0
「どうして」

 ぽつり、と慶が口を開く。
 飛鳥はまだ、動けないままだ。
 その目に涙を浮かべながら、ふるふると顔を横に振りながら。

「どうして?」

 その問に未央は、ははっと笑いながら答える。

「私が、アイドルだったからだよ。ルキちゃん」

 それを皮切りに、未央は話を続ける。

「ルキちゃん達が教えてくれた歌、踊り、表現力、アイドルとして必要なもの。
 それがあったから、私はアイドルとして活躍できた。トップアイドルとして、光り輝く事ができた」

 アイドルとして、未央は何度もトレーナーたちに指導を受けた。
 トップアイドル、それを目指すために、時には鬼のような訓練にも耐えてきた。
 その努力の末に、彼女はトップアイドルという地位と、それに相応しい力を手に入れた。
 キラキラと煌く舞台の上で見たものは、確かに今でも忘れられない。
 だけど、だけど。

「でもね、だからなの。私はアイドルだったから、"人殺し"になっちゃった
 なんで、そうなっちゃったんだろうね。でもね、楽しくて楽しくて、しょうが無いんだ」

 それを成せるだけの力があった、それを掴みとるだけの努力ができた。
 だからこそ、本田未央は"人殺し"になってしまったのだ。
 "アイドル"として成功する事と、紐付けられていたかのように。
 未央の言葉は、止まらない。
 ははっと乾いた笑いを挟んで、止まらない。

「今、ふみふみの頭を吹き飛ばしたのも。キノコちゃんとさかみーを撃った時も。
 人の命を奪うのが楽しくて、楽しくて、しょうがなくて」

 散弾銃を向けながら、ぽつり、ぽつりと放つ言葉。
 それは、慶たちにというより、自分に向けているようで。
 狂った笑いに、どこか影を落としながら、未央は言葉を続ける。

「だから、私はもう、"人殺し"として生きるしか無いんだよ」

 そして、改めて銃口を向け直し、話を止める。
 凍りつく空気と、沈黙。
 ほんの少しの筈の時間が、長い。

「……知ってたよ」

 その時を打ち破ったのは、慶の一言だった。
 え? と思わず素の声で、未央は返事をしてしまう。
 そんな未央に対し、慶は震える声で話を続ける。

「あの日、見てたんだ。未央ちゃんが襲われて、人を刺すところを。ずっと、ずっと見てた。
 止めたかった……でも、私も怖くて、動けなくて」

 彼女も、まるで許しを乞うように言葉を並べる。
 居合わせていた、けれど止められなかった。
 そのことを伝えてどうなるかなんて分からない。
 けれど、伝えなければいけないと思ったから、慶はそれを口にした。
 その言葉に未央は、先程とは違う、少し悲しそうな笑い声を響かせながら、返事をする。


682 : BLOODY ROAR ◆qRzSeY1VDg :2016/08/04(木) 01:29:24 dm2gIw8Q0
 
「止めて欲しかったな、それが無理でも、助けを呼んで欲しかった。
 ……無理な願いだってのは、わかってるけどさ。もし、あの時ルキちゃんが助けてくれたらさ」

 もしも。
 突然つきつけられた事実にうろたえながらも、未央は言葉を紡ぐ。
 今更同しようもないと分かっていても、未央はそれを言わずには居られなかった。

「"本田未央"で、いられたかもしれなかったんだから」

 紐付けられた運命。
 それが、変えられたかも知れなかった運命だったなんて。
 じゃあ、何のために自分は"こんなこと"をしているのか。
 わからない、わからない……いや、分かる必要はない。
 だってそれは、もしもの話なんだから。

「……ルキちゃんもさぁ、結局自分が可愛いから、逃げたんでしょ」

 だから、未央は頭を切り替えて言葉を紡ぐ。
 慶が止めに入らなかった理由なんて、いくらでも考えられる。
 怖くて動けなかったといえばそれまでだが、何にせよそれは"保身"だ。
 自分の身を危険に晒さないために、未央の事を見捨てた。
 ああ、彼女に"本田未央"は殺されたのかもしれないな、と八つ当たりめいた考えを巡らせる。

「ごめん! 知らなかった!! 未央ちゃん、明るく振る舞ってたから!!
 きっと大丈夫なんだって、決めつけてた!! けど!!」
「もういいよ」

 弁明の言葉は、もう届かない。
 諦めの言葉とともに放たれた散弾が、慶の足を正確に撃ちぬく。
 走る激痛に声を上げて姿勢を崩すが、それでも背負っていたありすだけは守ろうと、自らうつ伏せになって倒れこむ。
 そんな姿を見て、大したものだと思いながら、未央は乾いた笑いを浮かべる。

「私は、人殺しである今の自分が、可愛くて仕方ないと思ってるから」

 そう、人間誰だって自分の身が一番かわいいのだ。
 慶も、嘗てそう選択した。
 だったら未央も今、彼女に対してそう選択するだけだ。

「さて、あすあす」

 ふと、未央はそこで、未だに動けないまま固まっている飛鳥に銃を突き付けてから、話しかける。
 話しかけられた飛鳥はどきりとしながらも、未央の目をまっすぐと見つめ、言葉を待つ。

「私さ、一人ぼっちなんだ。どいつもこいつも皆揃って"アイドル"で居ようとする。だから、"人殺し"は私一人。
 ここでは人を殺さないと生き残れないのに、さ。それでも私がおかしいと思う?」

 狂っている。
 並べられた言葉も、それを語る表情も、全てが狂っている。
 確かに、彼女の言うとおり、この場所では肯定できることだ。
 だが、普通に考えれば、それは嫌悪され、否定すべきことなのだ。
 飛鳥はまだ"普通"であるから、それを否定しようとする。

「だからさ、ここでルキちゃんを殺して、"人殺し"になって一緒に行こうよ」

 そんな彼女に、未央は一つの提案と共に、ナイフを彼女の目の前に投げ捨てた。
 そう、誰も彼も輝いて眩しくて、たまらないから
 一人くらい闇に染めたくて、未央は飛鳥にその提案をした。
 慶は足を撃ちぬかれていて、もうろくに動くことも出来ない。
 確かに、簡単に生命を奪うことが出来るだろう。
 そして、それを成すための武器もすぐ傍にある。
 寄越されたそれをゆっくりと拾い上げ、まじまじと見つめる。
 どろりとした赤、鼻を突く鉄の匂い、命を吸った証が、そのナイフには刻まれている。
 これで、自分は、人を――――


683 : BLOODY ROAR ◆qRzSeY1VDg :2016/08/04(木) 01:29:47 dm2gIw8Q0
 
「その世界は楽しいかい?」
「は?」

 ふと突いて出たのは、そんな言葉だった。
 自分でも、なんでそんな言葉が出るか分からない。
 けれど止まらない、止まらないから飛鳥は言葉を紡ぐ。

「ボクはさ、アイドルになって、新しい世界を見た。何もかもが新鮮で、新しくて、シゲキ的で、ヨロコビがあった」

 未央が露骨に顔を顰めて行くのが分かる。
 それは、今の彼女がアイドルを嫌っていることを分かった上での挑発だ。
 そこまで踏み込んだ、彼女の怒りを買った。
 結末は既に読めている、だったら、もう駆け抜けるしか無い。

「未央、君が見ている"人殺し"の世界も、きっとそんなシゲキがあるんだろう?
 それが魅力的なのは、良く分かる」

 そして、一欠片の理解を示して。

「……フッ、こういう時、ボクは"正義の味方"とでも言えばいいのかな?
 そう、だからこそ――――ボクは君を拒むよ」

 そう吐き捨てたと同時に、飛鳥は素早くナイフを投げる。
 こじらせていた時に練習していたナイフ投げが、こんな所で役に立つとは。
 そんな事を思いながら、叶うことなら心臓に当たれと、飛鳥は願った。
 同時に響き渡る破裂音、台風のような衝撃。
 激痛を通り越して、もはや何も感じない。
 どさりと倒れこんだ感覚すらも、理解できなかった。
 けど、それで良かった。



 だって、飛鳥は――――を貫いたのだから。



「クソッ……」

 忌々しげに舌打ちをしながら、左腕に突き刺さったナイフを引き抜く。
 妙な考えなど起こすんじゃなかったと思いつつ、慶の元へと近寄っていく。
 慶の手の届かない間合い、そこから冷たく見下ろす未央の顔は、笑っていない。

「未央、ちゃん」

 死ぬ、自分はここで、死ぬ。
 分かりきっていることだし、避けられるわけもない。
 だから、せめて最期に、慶は伝えたい言葉を投げる。

「……ごめんね」

 それを声にした瞬間、黙れと言わんばかりに喉を引き裂かれる。
 吹き出す赤と、遠のいていく意識。
 それを見つめながら、慶は思う。
 ああ、結局、何も出来ないままだった。
 いや、何かが出来る訳が無かったのかもしれない。



 この地獄に呼ばれた時点で、既に自分は――――


.


684 : BLOODY ROAR ◆qRzSeY1VDg :2016/08/04(木) 01:30:33 dm2gIw8Q0
「そんな言葉を聞きたかった訳じゃないんだよ」

 もう聞こえていないであろう言葉を、未央は慶に投げる。
 じゃあ、何と言われたかったのだろうか。
 少し考えてみるが、それも分からない。
 いや、もうどうでもいい事だ。
 死人に何を言われたのか、死人が何をしたのか。
 そんなことは、犬にでも喰わせていればいい。
 そう思いながら、彼女は次なる獲物へと目を向ける。

「……眠り姫、か」

 最後の獲物、橘ありす。
 彼女はこんな惨劇の中で、ずっと眠り続けていた。
 まさに眠り姫、そう呼ぶに相応しいかもしれない。
 そんな殺すのは簡単だ、ものの数秒で終わる。
 だからだろうか、未央は初めて、その気になれなかった。

「……ああ、そうだ、そうしよう」

 その時、邪悪な閃きが彼女に舞い降りる。
 くすくす、と笑ってから、着々とその準備を進めていく。
 ついでに死体のバックから使えそうなものだけ奪い去って、荷物をまとめていく。

「これで、よしと」

 "仕込み"と整理、その二つを終えて、彼女は一息をつく。
 そして、そのまま橘ありすの生命を奪うことなく、その場から立ち去っていった。
 そう、ただ殺すだけでは何も変わらないから。
 彼女を変えさせる、たったひとつの"仕込み"。
 一体それは、彼女をどう変えてしまうのだろうか。
 それを考えると、少しだけ楽しくなってくる。

「……うざったいなぁ」

 けれど、心の底から楽しめる訳ではない。
 まだ、未央の視界には"それ"が写っているから。
 殺した人間で楽しむことも考えたが、未央はそれをしなかった。
 何故か? それは、彼女が別の"目的"を見つけたからだ。
 二宮飛鳥から奪い去った、一つの電子機器。
 それが首輪探知機であることは、少し操作すれば分かった。
 そして未央は、その探知機を使って、ある人間を探していた。
 ぽん、ぽんぽん、と操作を続けた後。
 彼女は、それを見つけた。

 今の彼女の視界に残り続けているのは、"アイドル"だった"自分"。
 ならば、"アイドル"であった過去を、全て吹き飛ばしてしまえば。
 焼き付いた幻も、終わらない苛立ちも、全て消し飛ばしてしまえるのかもしれない。
 そのためには、自分が"アイドル"であった証を全て消し去らなければいけない。
 では、自分がアイドルであった何よりもの証は何か? 今更考えるまでもない。
 そう、"ニュージェネレーション"だ。
 だから、その全てを消し去り、この手で葬る。
 そうすれば、アイドルの"本田未央"も葬れると、そう思ったから。
 歪んだ笑みを浮かべて、未央はその名を口にする。



「絶対に殺してあげるよ、しぶりん」



 その時、ざあざあと、雨が降りだした。
 うざったいな、と思いながら、未央はその雨を全身に浴びることにした。
 それが、自分の涙のようにも、思えたから。


685 : BLOODY ROAR ◆qRzSeY1VDg :2016/08/04(木) 01:30:54 dm2gIw8Q0
 


 ぴとり、ぴとり、ぴとり。
 頬を雨粒が叩く。
 それに起こされるのは、一人の眠り姫。

「ん……ふわ……」

 目を、擦る。
 どうやら思わず寝てしまっていたようだ、情けない。
 最後に覚えているのは、ホテル跡から突然逃げ出し始めた、二宮飛鳥に手を引かれる光景だ。
 そこからは、押し寄せる眠気に負けてしまい、覚えていない。
 勿論、どれだけ寝ていたのかも分からない。
 始めのことから考えても、どうやら自分は薬が効き過ぎる体質にあるらしい。
 とにかく、長時間寝ていたことだけは確かだから、ここがどこなのかすら分からない。
 まずはそれを確かめようと、ぼやけた視界をゆっくりと明確にさせていく。

「え……?」

 言葉を失う。
 ハッキリとした視界が、彼女に現実となって襲いかかる。
 けれど、理解できない、理解できるわけがないのだ。
 目を覚ましたら、五つの死体に囲まれていたなんて。
 そして、自分の直ぐ側で二宮飛鳥が死んでいるなんて。

「なに、これ」

 思わずそんな言葉がこぼれた時に、ふとあるものが目に入る。
 それは、一枚のホワイトボード。
 そこに刻まれた文字を、ありすは読んだ、読み解いてしまった。



『おはよう、ひとごろしさん』



【鷺沢文香 死亡】
【早坂美玲 死亡】
【星輝子 死亡】
【青木慶(ルーキートレーナー) 死亡】
【二宮飛鳥 死亡】

【G-09 小雨/一日目/午後】
【橘ありす】
[状態]茫然自失
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、きらりんロボ(フィギュア)、ホワイトボード(血文字つき)
[思考・行動]
1:なに、これ

※各々の死体にデイパックが放置されています
 飛鳥のデイパック(基本支給品一式)
 美玲のデイパック(基本支給品一式)、死体側に模擬刀
 輝子のデイパック(基本支給品一式)
 慶のデイパック(基本支給品一式)
 文香のデイパック(基本支給品一式×3、拡声器@現実、タオル数枚、ハンガー数本、速水奏の手紙(未開封))

【F-09 雨/一日目/午後】
【本田未央】
[状態]全身に返り血、左腕負傷
[装備]ナイフ、Vz61(30/30)、モスバーグM500(2/6)
[所持品]基本支給品一式*3、探知機、充電ケーブル、モバイルバッテリ、予備マガジン(Vz61)×3、予備弾(モスバーグM500、6)、不明支給品(0〜3)
[思考・行動]
基本:人殺しとして、楽しんで、思い知らせて殺す
1:"アイドルとしての本田未央"を消し去るために、渋谷凛を殺す

※探知機は生存者のみ探知可能です


686 : ◆qRzSeY1VDg :2016/08/04(木) 01:31:23 dm2gIw8Q0
以上で投下終了です。
予約期限を超過いたしましたこと、お詫び申し上げます。


687 : 名無しさん :2016/08/04(木) 01:35:28 mB71O07g0
もうこれオリキャラだよなあ本当にデレマスを知ってるか心配になる
投下乙でした早期完結するのを願っています


688 : ◆rK/Lx2Nbzo :2016/08/04(木) 01:54:32 UWDKEQIo0
はぁ。ふーん。そう、残念。
財前時子、本田未央を予約。


689 : 名無しさん :2016/08/04(木) 02:05:12 SAcirZpk0
もう悪夢としか…あと09の禁止エリアが16時(午後と夕方の間)からでは…?


690 : ◆y6dIbaxnqA :2016/08/04(木) 02:09:58 dm2gIw8Q0
>>689
>>2をみる限り、午後は14〜16時で、9列は16時からの発動なんで、まだ発動しないと思います


691 : ◆zoSIOVw5Qs :2016/08/04(木) 02:14:41 xIr1cwfc0
こんなことになったかあ。
一つ言うなら首輪探知機?で全エリア探索はやり過ぎなんじゃないですかね
本田未央、財前時子で予約します


692 : ◆zoSIOVw5Qs :2016/08/04(木) 02:15:23 xIr1cwfc0
おっと被ってましたね失礼しました


693 : ◆y6dIbaxnqA :2016/08/04(木) 02:20:11 dm2gIw8Q0
残り人数も少な目なので全解放でいいかなと思ったんですが、やっぱりやりすぎでしたね。
行動方針に影響を与えない形で、周囲2エリアまで、という風に修正をしておきたいと思います。

>>688
探知機に上記で修正を加えることにしたので、よろしくお願いします。


694 : 名無しさん :2016/08/04(木) 02:54:07 lnRKZk.g0
いくらなんでもこれは……いかにキャラクターに思い入れがない人間が書いたかってのが伝わってくるんですが
とはいえ企画は応援しています、九月までに完結お願いしますね


695 : ◆adv2VqfOQw :2016/08/04(木) 03:03:20 79VOQu3E0
投下時間から遅れたけど予約は入ってないみたいなんで
志希、由愛、雫、投下


696 : 牛をみるひと  ◆adv2VqfOQw :2016/08/04(木) 03:04:17 79VOQu3E0


成宮由愛を取り囲む環境は気がついたときには一変してしまっていた。
吉岡沙紀の襲撃を受け、長くは過ごしていないが親しく接した綾瀬穂乃香を失い。
殺されそうになったところを及川雫に助けられ。
その後、雫の提案で二人の遺体を埋葬することになった。
牛に踏み固められていたからか、地面はとても硬くて、由愛が何度シャベルを刺しても少しも穴は大きくならなかった。
だというのに、雫は苦もなく穴を掘っていく。
二人分が完成した頃にはもう正午を過ぎており、主催者の言っていた「通達」がスマートフォンに届いていた。
禁止エリアとして指定された区域には由愛たちのいるF-2も含まれていた。

すぐに離れたほうがいいと思った由愛に対して、雫はもう少し時間がほしいといった。
理由を聞くと、離れている間の牛の世話をしたいんだと言う。
まだ殺し合いという事態に適応しきれてない由愛でさえ、この緊急時にどうしてそんな余裕があるんだろうと不思議になるくらい雫はマイペースだった。

結局、由愛としては強く言い出せず、再び手伝うことになった。
由愛が疲れてへとへとになり、座り込んでいる間も、雫はせっせと牛の世話を続けていく。
糞尿を片付け、飼い葉を餌箱に入れ、水をきれいなものと交換し、牛の体にブラシを通し。

「……飼い主さんが帰ってくるといいですねぇ〜」

名残惜しそうに牛の頭を撫で。
最後に二人で、埋葬した二人に黙祷を捧げ。
そうしてようやく、二人そろって牧場を後にした。気づけば時刻は日中を大きく回っていた。

「あの……どこに、行くんですか」
「うーんと、あっちの方なんてどうでしょうか」

雫が牧場から持ち出した剣先ショベルで差したのは、まっすぐに東側。丁度島の中央部、神塚山の方だった。

「山……登るんですか?」
「それはちょっとキツそうですねぇ〜。でもぉ〜、もーちょっと南ですかねぇー」

雫はそっと剣先をずらす。幾分か南にずれたため、その建物が背の低い由愛でも目視できた。
雫はどうやら、ホテル跡に向かうつもりらしい。

「あそこなら、すこーしだけ、休めるかなって思ったんですよねぇ」
「あ、それ……」

うれしい提案だった。
由愛が食いついたのがうれしかったのか、雫もとびきりの笑顔を浮かべ。

「それじゃあ、ホテルの方に向かいますよぉ〜、レッツ・もぉ〜!」


697 : 牛をみるひと  ◆adv2VqfOQw :2016/08/04(木) 03:05:01 79VOQu3E0


しばらく歩いた後に、前から近づく人影に先に気づいたのは雫だった。
雫は黙ってショベルを左手に持ち直し、肩から提げていたライフル銃を右手に持った。
その淀みのない動作を見て、由愛はさっと血の気が引くのを感じた。
また殺すのだ。いや、また殺せるのだ。及川雫は。
人影は少しぎょっとしたように立ち止まったが、雫が即座に攻撃しないのを見ると、またふらふらと由愛たちに近づいてきた。
人影の主は果たして、同じアイドル事務所の一ノ瀬志希だった。

「へぇー、牧場に牛がねえ」
「はいー、そうなんですー」

何事もなかったかのように合流し、やや遅めの昼食をとりながら、和やかに話す二人。
暢気な雫とマイペースな志希を見ていると、ここが殺し合いの会場なんて忘れてしまいそうになる。
でも。
ちらりと雫の右手を確認する。
彼女の右手は、いつでも銃を取れるようにということか、銃のそばに置かれていた。
会話を交わし、危険人物ではないという判断が出来たはずなのに、雫は警戒を解いていない。
まるで、変な動きをすれば殺すといわんばかりに、銃に添えられたままだった。

「由愛ちゃんは? どう? 牛どうだった?」
「……えっと……思ったより、ごわごわ? 毛深かった、です……」
「あはは、新触感だ!」

それでも、志希はそんなこと気にしないように朗らかに笑う。
彼女の笑顔を見てると、疲れきった体も心も少しだけリラックスできた。
笑顔だけではない。彼女からはなんだかリラックスできるオーラのようななにかを感じる気がした。
志希は今まで幸運にも他の参加者とは会わずに、ふらふらと島内を歩き回っていたのだという。
本人曰く、ロードワーク派じゃないから森はキツい、とのことだが、汗などはかいていないらしく、香水でもつけているのか、体からは柔らかい匂いがしていた。
由愛たちのこれまでについて聞くと、志希はあごに手を当てながら少し考えて、惨い話だね、と呟いた。
その瞳は、心の底からの憐憫に満ちているような気がした。

そのまま会話は途絶え、パンを食む音と水を飲む音だけが続く。
結局、寂しい昼食に会話が戻ることはなく、そのまま出発することになった。
荷物をまとめながら、志希のほうを見る。由愛としては、彼女とも行動をともにしたかった。

「あのぉ、志希さん。これから行く場所って決まってますか〜?」

そう思ったのは雫も同じだったらしい。

「んー、特に場所ってわけじゃないけど……あたしはあっちにいこっかなって考えてる」

志希が指差したのは、雫たちが目指していたのとはまったく別の方角。

「よければ一緒に、ホテルの方まで行きませんか〜? 私たち、ちょっと休もうかなって思ってて〜」
「うーん……いいや。会いたい人が居るからね。こんな状況だし、急がないと」

引き止める言葉にも反応せず、手をぷらぷらと振りながら去っていく志希は、まるで風に明日を任せる風来坊のようにも見えた。


698 : 牛をみるひと  ◆adv2VqfOQw :2016/08/04(木) 03:05:23 79VOQu3E0


志希と別れてしばらくが経った。
由愛と雫の間には、重苦しい沈黙が漂っていた。
理由は……由愛自身なんだと思う。
由愛にとって、雫は……もう、出会った頃の及川雫と同一だとは思えなかった。
人を殺す、っていうのは、それくらい、重いことなんだと、由愛は初めて理解した。
そして、生きていくっていうのは同じくらい重いことなんだと、沙紀を殺した直後の雫の言葉をかみ締めた。
理解して、噛み締めて、わけがわからなくなった。この島で、バトルロワイアルの会場で、何をすればいいのかが全くわからなくなっていた。
生きたい。死にたくない。でも、人殺しにはなりたくない。
雫はそんな由愛にかける言葉が見つからないらしく、何か話しかけようとしては、そのまま黙って
仮に言葉が出ても、キャッチボールは成立しなかった。
だからその間、由愛は考えることにした。由愛が何をすればいいのかを。

「あの、雫さん」

考えて、考えて、ようやく出せた答えは。

「私、絵を描こうと思います」

成宮由愛が見てきた少女は、殺し合いではなく自分のやりたいことに打ち込んでいた。
穂乃香は由愛を元気付けるために大好きなぴにゃこら太の話をしてくれ。
雫は殺し合いの渦中だというのに、牛の世話に精を出し。
志希は特にあてはないが、友人と会うために島の中を歩き回っていた。
皆、皆、殺し合いとは別のところで、自分の世界の中で生きようとしていた。
その姿は、由愛にとっては理解できないもので……そしてとても羨ましく映っていた。
出来ることなら由愛も、殺し合いで死ぬアイドルではなく、一人の成宮由愛として、生きてきた証を探したかった。
由愛にとっての生きた証は、きっと、アイドルと絵だ。
だから由愛は、死ぬまでに、絵を一枚描きたい。そう思った。
生きていくこと、殺すこと、すべてをひっくるめて、一枚だけでいいから絵を描きたい。と思った。
その後、誰かを殺して由愛が人殺しになっても、由愛がその時に描いた絵は、きっと人殺しじゃない由愛のものだから。

「絵ですかぁ〜、いいですねぇ! あ、でも、私はそんなに」
「あの、それでですね、雫さん」

のんびりとした言葉を遮り、言葉を続ける。
申し訳なさで心が張り裂けそうになるのを堪えて、言葉を放つ。

「私……志希さんと一緒に行こうかなって、思うんです」

やることも決めた。画材を手に入れ、禁止エリアに指定された場所で邪魔されずに絵を描く。
そして、その絵を……雫とともに描くことはない。
由愛は怖かった。いつか雫が、あの銃口を、由愛の方にも向けるのではないかと。
雫が沙紀を殺したあの瞬間から、彼女がどれだけ笑みを浮かべても、あの、冷徹に引き金を引いて少女を撃ち殺す及川雫の姿がちらついていた。
雫がいい人だというのはわかっている。それに、雫が殺さなければ由愛たちは二人とも死んでいたというのもわかっている。
わかっていても、割り切れなかった。信頼なんてできなかった。
初対面の志希に銃を構え、食事中も銃に手を伸ばせるほどの雫が、何らかの拍子に由愛を敵と判断しないなんて証拠、どこにもなかった。


699 : 牛をみるひと  ◆adv2VqfOQw :2016/08/04(木) 03:05:48 79VOQu3E0


勿論、そんなこと杞憂だと思う。
それでも、雫の人殺しの過去が消えるわけじゃない。
そして、由愛はそれを受け入れて雫と行動をともに出来るほど豪快にはなれない。
これ以上一緒にいても、お互いが傷つくだけだと分かっていた。

志希は、独特な人間だった。
殺し合いの場をほとんど無警戒で歩きながら、人を探していた。
傍にいるとささくれだった心が安らぎを感じた。
少し居ただけで分かる。雫とは真反対の人間だ。

雫とは一緒にいられない。
それでも、一人で歩き回ることは出来ない。
ならば、せめて、志希のような、安心できる相手と行動をともにしたかった。
きっと上手くいく。
志希となら、きっと、今みたいに、助けてくれた雫を傷つけるようなことにはならない。

「……行っちゃうんですか?」
「……はい。ごめんなさい」

雫はとても悲しげな表情のまま、何かを言おうとし、そして口を噤んだ。
出そうとした言葉を飲み込むように嗚咽が漏れると、木々が悲しげに泣くように揺れた。
これが、由愛の見た及川雫の最後の姿だった。


700 : 牛をみるひと  ◆adv2VqfOQw :2016/08/04(木) 03:07:03 79VOQu3E0


―――

志希にとって雫たちとの情報交換は、かなり有意義なものであったといえる。
特に志希にとって……いや、参加者たちにとって大きな意味を持つのは『牛』だ。
雫曰く、牛が居たそうだ。しかもかなり整備された環境、綺麗な状態の。これは由愛からも同様の証言が得られている。
この事実から推測できるのは、ずばりこの島が殺し合い会場になる以前の状態について。
と言っても、『こんな孤島で酪農なんて頑張るなあ』ということではない。
ひとつ、ここは生粋の無人島を会場用に整備したものでもかつて有人島であった無人島でもなくなく、つい先日まで有人島だったということ。
ふたつ、そのつい先日は志希が予想していたよりもずっと最近……おそらく、一日・二日以内だということ。
そこから導き出せる答えは、この島に情報通信機器が残っている可能性がある、ということ。

志希は家畜について詳しくはないが、それでも自分の身を清める手段を持たないことくらいは知っている。
そんな牛がきれいな状態で島に残っていた、ということは、牧場の元の持ち主がこの島を離れてから汚れるよりも早く雫が牧場に到達したということになる。

普通に考えれば、殺し合いを開く以上外部との連絡が取れる機械は回収するだろう。
特に、診療所や役場のような外部との通信が予想される場所には主催者も手を回しているだろう。
しかし情報機器の発達した現代では各家庭にもパソコン、携帯電話、タブレット、様々な機器がある。
それらすべても主催側は回収するつもりだったのだろうが、回収しきれたのかどうかは不明だ。
しかも、回収に関われた時間は牛が汚れない程度の時間(=一日程度?)。
いくら戸数が少ないとはいえ、三つの村のすべての家庭を回れている可能性は低い。
つまり、各家庭の情報端末の回収までは間に合っていない可能性がある。
特にここは孤島、緊急時に個人の家庭で外部(本土)との通信を行う手段を複数確保している可能性は高い。

その結果が現れたのがこの広大な禁止エリアだろう。
地図を確認する。
氷川村、平瀬村が禁止エリアに指定された。
鎌石村も半分が禁止エリアになり、なにかの考えがない限り近づく人間はいないだろう。
回収させないためにはどうすればいいのか。現場にいけないようにすればいい。単純明快。わかりやすい。
あと二時間と少しで、脱出の糸口の大半が潰える。

「……少し、遅かったなぁ」

心のどこかで残念に思っている自分がいた。
仮に志希が牧場について先に知っていたら、どう動いていたかなんて絵空事を考えるつもりはない。
それでも、心の中で、もし脱出できたら、また「与える側」に戻れるのではないか、と考えていたのかもしれない。
もう三人も殺しているのに、都合のいい思考回路だ。所詮志希も、天才である前に一人の人間なんだ。


701 : 牛をみるひと  ◆adv2VqfOQw :2016/08/04(木) 03:07:59 79VOQu3E0


淡い希望的観測を捨てて、現実的な思考に切り替える。
あの二人……特に及川雫は注意が必要だと判断した。
食事を取って、和気藹々と話をして、和やかに別れて。
その間、彼女は可能な限り利き手に銃を持つか、でなければ自由な状態を維持していた。
成宮由愛が同じ反応を取っていないということは、

及川雫についての情報を思い出す。
特別仲が良かったわけではない。会話を交わした回数も二桁程度に収まっているだろう。
そんな限られた交流の中で構築された志希の中の及川雫像は、牛のような人間だった。
よく言えばおおらか。悪く言うなら愚鈍。頭のねじがゆるく、決して聡い部類の人間ではなかったはずだ。
その及川雫が、何らかの理由から志希を警戒していた。
殺し合いという異常な状況下がもたらした警戒心かもしれないと思ったが、それにしては由愛に対する警戒は薄いように見えた。
言葉を交わすよりも前に、なんらかの警戒に足る情報を与えてしまった、ということかもしれない。

本当ならば行動をともにして、隙を突いて始末したかったのだが、雫の進行方向についてその気も失せた。
雫たちが向かおうとしていたのは、あろうことか志希が離れてきた島の中部だったのだ。
別に敵に追われているわけではない。綺麗に片付けはしてある。
だが、一ノ瀬志希の殺人歴を差し引いても、戻れない理由が漂っていた。

鼻をひくつかせる。
ここまで離れてもまだ感じる、気がする。
タンパク質の焦げる臭い。愉快にバーベキューをやっている、という感じではない。
まるで、生き物をそのまま火の海に突っ込んだような臭いだ。
きっと地獄ってのはこういう臭いがするんだろうなあ、という感想が真っ先に出てくる。そんな臭いだ。
その臭いこそが志希がホテルから離れることになった原因だ。
そこまでえげつない行為をする殺人鬼が居る、ということもある。手持ちの銃ではその猟奇的殺人鬼と遣り合えるかどうか不安だ。
それに、志希の鼻が他人より敏感だということもある。長時間この臭いを嗅いでいたら、それだけで気が変になる。そんな臭いだった。

少し不快な気分になったので服にスリーピングミストをかける。
これも、睡眠導入の作用以外は普通の香水と変わらないので、気晴らし程度にはなった。
及川雫は、知ってか知らずか、人が焼死した現場に向かおうとしている。
それを深追いするほど志希は馬鹿じゃないし、暇でもない。

「あーあ、せめて……」

せめてその二人が運よく出会ってくれたら。
そうつぶやこうとして。


702 : 牛をみるひと  ◆adv2VqfOQw :2016/08/04(木) 03:08:57 79VOQu3E0


「あの、志希さん!」

声をかけられて、振り返る。
銀色のショートボブが、木立の向こうから駆けてきていた。
先ほど別れたはずの成宮由愛。及川雫は来ていない。向こうから声をかけてきたということは敵対したいわけでもないだろう。

「んー、どうしたの?」
「私……その……志希さんについていこうと思って……」

話を整理すると、志希とともに北へ向かい、画材を手に入れたいらしい。
そして、絵を描く準備を整えて、一枚でいいから絵を描きたいのだという。
素晴らしい方針だと思う。
やりたいことはやるべきだ。志希だってそうしたのだから、「こんな状況でそんなことなんて」なんて言わない。
ただ、気になることはやはりあった。
雫は武器をたくさん持っていた。志希と行動をともにするよりも安心安全のはず。
どうして彼女と行動をともにしないのか。
彼女との同行を警戒していた志希ですら、申し出には心が動いた。それが
なんとなく不穏な空気を感じていたが、それが別離に値するほどのものだった、ということだろうか。

「雫さんは……」

由愛は大層重苦しい表情をして、一言つぶやいた。
人を殺しているから、と。
それだけの言葉を口にするのに、大げさだなあと思った。
だから、口から出た言葉も、志希の心をそのまま文字にしたような感じになってしまった。

「そっかぁ」
「……はい」
「……うん、いーんじゃない? あたしは止めないよ。来たいならくれば?」
「……あ、あの……ありがとうございます」

深々と頭を下げる由愛の頭を抱き、撫でてやる。
彼女がかけられたいであろう言葉を察せたのは、きっと私が人殺しだからだろう。

「……怖かったんだよね」
「……はい」
「雫ちゃんもさ、殺したくて殺したんじゃないよ。由愛ちゃんを守りたかっただけ。それだけは分かってあげて」
「……はい」
「……色々あって、疲れたね。大丈夫だよ。志希ちゃんが隠しといてあげるから、少しくらいなら泣いても」

由愛はスリーピングミストの染み込んだ服に顔を埋めてさめざめと泣いて。
そのまま死んだように眠り、そして眠るように死んでしまった。


703 : 牛をみるひと  ◆adv2VqfOQw :2016/08/04(木) 03:10:10 79VOQu3E0


慣れた手つきで安楽死させ、そこで気づく。

「……あ、そっか。匂いか」

そういえば、雫と出会う前にスリーピングミストを二回も使った。今より薄いとはいえ、服にはまだまだ染み付いていたはずだ。
自分では気づかなかったが、その匂いが自分が思うよりも強かったのかもしれない。
鼻のよさには自身のある志希も、スリーピングミストの匂いには慣れてしまっているので見落としていたかもしれない。
それを雫に嗅ぎ取られ、殺し合いの場で香水をつけていることを不審に思われた、ということだろうか。
だとすると少し厄介な話になる。
雫に気づかれてしまうということは、他の人物にも気づかれてしまう可能性はあるだろう。

「うーん……死んだオトモダチの支給品だったから、願掛けでかけてる〜、っていうのは、あたしらしくないかなぁ。
 気分を落ち着けてる? イイネ! それでいこう」

次に会った相手への言い訳を整え、今しがた終えた思考実験の結果を見下ろす。
今度は特に心は痛まなかった。
三回も繰り返せば、慣れてしまうということだろうか。
せっかく食事も一緒に取ったけど、大して心を揺さぶられることはなかった。
そうやって、「自分が殺した他人の死に動揺しないことに退屈している」と、まるで自分がサイコパス犯罪者にでもなったような気分だった。
控えめに言っても、最悪な気分だ。

頭を切り替え、今後の行動を組みなおす。
由愛のデイパックからもらえるだけの支給品はもらった。当座の武器として反動の小さそうな拳銃が手に入ったのはとてもありがたい。
そして……ここに由愛の死体をおいていくのは、どうだろうか。
もし雫が心変わりして由愛を追いこちらに足を向けた場合、由愛の死体を見られると志希が下手人だとバレる可能性はある。
そうすると、せっかく別行動まで取った志希の行動がすべてパアになる。
迎え撃つにしても、あれだけ警戒し、その上銃を携えた雫とはやりあいたくない。

「……連れてくの、メンドーだけどなぁ」

それでも。
名簿と配信を交互に眺める。宮本フレデリカの名前はまだ残っている。
彼女に会うまでは穏便に行きたい。
多少目立つが、背負って移動して建物に隠すなり、水場に沈めるなりした方がいいだろう。
横たわったままの由愛を背負い、目的地を決める。
少し疲れる道のりになりそうなので、念のためにスリーピングミストのついた白衣は脱いで。


【成宮由愛 死亡】


704 : 牛をみるひと  ◆adv2VqfOQw :2016/08/04(木) 03:11:09 79VOQu3E0


【一日目/F-3/日中】

【一ノ瀬志希】
[状態]健康、疲労(小)
[装備]S&WM19(6/6、予備12)、安楽死薬×2
[所持品]基本支給品一式×2、スリーピングミスト付きの白衣、ランダム支給品2〜5、スリーピングミストの瓶、イングラムM10サブマシンガン@現実
[思考・行動]
基本:宮本フレデリカを殺したときの自身の感情の観察
0.焼死体の臭いのする地域(G-5付近)には近寄りたくない。
1.実験だよ、実験。
2.心的メモ。みんなの願いが叶う、海の歌? つい先日まで人が住んでいた、海辺から外部への接触可能?
3.プロデューサーがもし生きてたら…
4.及川雫をやんわり警戒。次会ったらなんとかしたい。
[備考]
※浅利七海・龍崎薫・成宮由愛の支給品を回収しました。
※村を探せば未回収の情報端末機器が存在する可能性に辿り着きました。特に探索はしないつもりです。
※G-5の焼死体の臭いに気付きました。


705 : 牛をみるひと  ◆adv2VqfOQw :2016/08/04(木) 03:11:21 79VOQu3E0


―――

薄々勘付いていた。
由愛が雫に恐怖していることを。
吉岡沙紀から銃を向けられた時、雫はまるでそうするのが当然であるというように人に銃を向け、引き金を引き、人を殺した。
あの瞬間から、由愛の雫を見る目は変わってしまっていた。
同僚であるアイドルを見る目ではなく、理解できない人物を見る目に。
だから、由愛が別行動を申し出た時は、来るべくして来たとして受け入れることも出来た。

それでも由愛が志希についていくのだけは、なんとかして止めたかった。
出会った時から志希は、睡眠導入系のガスの臭いがしていた。
牛にまつわる人間として、当然屠殺の知識を持っている。
電撃、窒息、ガス。なんらかの方法を用いて牛を失神させたあとで抵抗させずに殺す。
その手法だけでなく、現場にも行ったことがあるので、薬物に関して知識だけではなく経験も少しはあった。
志希の体から漂う香水には、何故かそれとよく似た臭いが混ざっていた。
なぜ志希がそんな匂いを撒き散らしていたのかは分からないが、少なくとも雫にとってのその匂いの記憶は「牛の死」と「屠殺場の職員のつなぎに染み付いた臭い」以外にない。
だからだろうか。
自然に話していても、志希を「命を奪いにくるかもしれない人間」として見ることが出来たのは。

止められなかった理由はたった一つ。
それは別離の理由と同じ。結局、雫が人殺しだからだ。
雫がいくら「志希は人殺しかもしれないからついていかない方がいい」と言ったって、雫が言うのでは意味がない。
だって志希は人殺しかもしれないけど、雫は本物の人殺しなんだから。
由愛も、雫も、そのことをしっかりわかっているから。
だから由愛は雫から離れようとしたし、雫も離れていく由愛を止める術を持たなかった。

ぼんやりと離れていく由愛を見ながら考えたのは、彼女の決意が無碍にならないことへの祈りだった。
雫は彼女が危険かもしれないと思った。でも、志希が本当に悪人かはわからない。
雫は志希のことをよく知らないし、彼女がこの島で何をしてきたかもしれない。
彼女に抱いているこの警戒心だって、雫の思い過ごしかもしれない。
すべてがうまくいくかどうかは分からない。
でも、できることなら、彼女の決断に後押しがあってほしい。
雫は人を殺したけど、由愛はそんな雫を嫌悪でき、その上で雫を気遣ってそのことを責めない全うな人間としての精神を失っていない、綺麗な人間だ。
きっと彼女は、いい人なのだ。
だから。
だからどうか。

「由愛ちゃん、がんばって」

せめてそんないい人な由愛の未来が、いいものでありますように。
別れた背中はとっくに見えなくなっている。
遠く離れた今だから、声に出すことができた。小さな小さな勇気への応援。
その声は風に乗って、西へ西へと飛ばされていった。


706 : 牛をみるひと  ◆adv2VqfOQw :2016/08/04(木) 03:12:23 79VOQu3E0


風に乗って、新たな不吉が顔を現す。
咄嗟に雫は鼻を覆い、風上へと銃口を向けた。
誰もいない。だが、誰かが居る……「居た」。
ほのかに漂っている、内臓をぐちゃぐちゃに掻き回すような臭いにも、雫は覚えがあった。
焼却処分の臭いだ。生き物が、解体されずに身のままで焼かれる時の臭いだ。
脳みそから喉までをスコップでかき回してそのまま中身を穿り返すような、そんな臭いだ。
なぜこの場所でそんな臭いがするのかなんて、考えたくなかった。
それでも、雫は進路を変えず……もうホテルに用がないにも関わらず、その臭いの元へと急いだ。

沙紀に狙われた瞬間、雫は人間としての倫理観を優先させることは出来なかった。
ただ、農家が命に対してそうあるように、害のあるものをきちんと殺し、自分たちをきちんと生かした。
そして、由愛に白い目で見られ、別れることになった。
それはとても悲しかった。顔に出すと由愛を傷つけてしまうかもしれないと我慢したが、とても傷ついた。
雫の判断は、あの時二人が命を繋ぐためには間違っていなかったと思う。だが、もし由愛が口汚く罵ってきたら、雫は言い返せなかっただろう。
それは、農家の娘として正しい判断だったとしても、人間としてはやはり、忌み、躊躇すべき判断だったのだから。

放たれた弾丸は、きっと、「農家の娘である及川雫」のもの。
流れた涙は、きっと、「普通の女の子である及川雫」のもの。
二人の雫は、捩れて絡み合い、雫の豊満な胸の内側でお互いの倫理を傷つけあう。
そんな状況下でこれから、農家の娘で普通の女の子な及川雫はどう動くのか。
沙紀を殺して以降いくら考えても出なかった答えは、焼死体の臭いですぐに導き出せた。

そこに死体があるのなら、せめて死体を弔ってあげたかった。
命を奪ってしまったことに対して、責任を果たしたかった。
それは酪農や畜産に関わるものとして当然のことで、人間として当然のこと。
ありがとう。ごめんなさい。失われた命への敬意を、感謝を忘れずに。
自分の勝手を相手に押し付けることをよしとせず。当然のこととして、相手にも礼を尽くす。
せめて、雫が人殺しになってしまった今でも、彼女の中の大切な部分……農家としての雫にも、人間としての雫にも嘘をつかないように。

及川雫は臭いのもとを目指す。
涙が毀れそうなほどの臭気に顔をゆがめるたびに思い出すのは、置いてきた島内の牛たちの姿だ。

人殺しの雫を、彼らだけは変わらない瞳で見ていてくれた。
雫も、由愛も、直視できなかった「人殺し」を、彼らは当然のものとして受け入れ、感謝してくれていた。
雫にはそれが、どうしようもなく嬉しかった。
もし出来るならば、彼らにもう一度会い、彼らにお礼が言いたい。
かなわないだろう願いと、届かない礼を頭の中で反芻しながら、雫は臭気漂う森の中を歩いた。
臭いの元は、もう近い。



【一日目/G-4・南西部/日中】
【及川雫】
[状態]健康、寂しい、人殺し
[装備]レミントンM700(3/5、予備10)、
[所持品]基本支給品一式2、S&W M36(残弾 2/5、予備20)、柳葉包丁、剣先ショベル
[思考・行動]
基本:死にたくはない。命を奪うものとは戦う。そして、すべての命に敬意を払う。
1.焼死体の臭いのするほうへ向かう。
[備考]
※青木聖が殺人者であると推察しています。一ノ瀬志希は要警戒人物と判断しています。
※G-5の焼死体の臭いに気付きました。


707 : 牛をみるひと  ◆adv2VqfOQw :2016/08/04(木) 03:12:33 79VOQu3E0
投下終了


708 : ◆HwxFxc3wCA :2016/08/04(木) 03:52:27 khbKkoIQ0
うおー投下ラッシュ!皆さま投下乙です

>Indelible flame
時子さん……そうだよな、あんたは絶望に囚われるようなタマじゃないよな。怒る女王は悲しいけど応援してしまう。
あの茜ちゃんがここまで心を折られるこのロワが改めてひどいひどすぎる。

>水面に誘うアンビエントサイケ
ちゃんと石を詰めてあげる優等生な美波ちゃんが偉い。偉いからこそつらい選択を取ったことがまたつらくなる…
そしてトレーナーさん、ち、智将〜ッ!こんな方法があったとは盲点だった……
でもそんなトレーナーさんにも妹が巻き込まれてるという痛点があるんだよな。とか思ってたら次の話が…

>BLOODY ROAR
ちゃんみおはずいぶんと突き抜けてしまったぜ。そりゃあ輝子たちもみんなぽかんとするよなあ……。
「アイドルだったから、"人殺し"になっちゃった」がすべてですよね。その事象に対しての責任感が強すぎる。
鷺沢さん、ルキトレ組、飛鳥くん南無。ありすはこれは…どうなってしまうんだ…

>牛をみるひと
ついに、ついに対主催っぽい考察が……やってるの志希にゃんだけど! 牛がいたってところからこう広げるかー
人の焼けた匂いにしっかり反応する志希、及川さんの農家の娘と普通の女の子の倫理合戦など
各キャラのこいつなら確かにこうする・こいつしかこの反応しないなってとこが見れるとすごくいい感じがします

予約分投下します。
場所・時間帯・雰囲気などが前半パート後半パートで大きくずれてしまったので、自己リレー含んだ2話に分けた投下ということにします
まずはのあさんほたるちゃんで


709 : 希望圏外、ブラックリリィ ◆HwxFxc3wCA :2016/08/04(木) 03:53:55 khbKkoIQ0
 

 白菊ほたるを襲ったのは、今まで感じたことのない質量の不幸だった。
 構えていても耐えきれなかった。
 圧し掛かってきたそれは融けた鉱石のようにずるずると粘性で、底の見えないほど黒く、火傷しそうなほど熱い。
 背中から白菊ほたるの体を呑み、心臓をわしづかみ握りつぶし、呼吸を止め、血の巡りを停滞させ、脳髄の芯までを絶望へといざなった。
 ようやく息ができたけれど、生きた心地はしなかった。動悸は激しく、気分は悪く、頭が痛い、吐き気がする。
 これほどの最悪を、誰が想定したというんだ。

 殺し合いの開始から四半日経たずに――奪われた命の数。その多さ。
 無機質で淡々とした音声にそれらを哀れむだとか悼むような感情は全く感じられず、その機械的な処理がただそら恐ろしかった。
 信じたかった、こんなには死なないって、信じたかったその心は、あまりにもたやすく裏切られ。
 アイドルが、憧れが。どこか死なないと思っていた人達が、星屑のように消えていく。

 ほたると対極の「幸運」さえ、この地獄の島の闇に飲まれてしまった。
 あのひとだけは絶対死なないと思っていたのに。
 あの人が優しい人たちを「幸福」で包んでさえくれれば、私はどこまでも「不幸」を貫けるとさえ、思って、いたのに。

 どこまでも自分がちっぽけに思えて。なにもせずにさっさと死んでしまったほうがマシだったのではないかとすら思う。
 この最悪の結果さえも、「白菊ほたるがここに居る」ことで起きた「不幸」だとするのならば……。

 ――≪君の所属するプロダクションはどうしてこう、見舞われるんだろうねぇ≫――

 声。

 ――≪まったく、君はどこに行っても、いずれはそこを≫――

 失望の声。

 ――≪だとすれば、君はまるで≫――

 不幸の、魔女。

 ノイズ。頭の中で鳴り響くそれは、彼女にとっての常たる不安で。
 どれだけ幸せを感じようとも、どれだけ心に白いスズランが咲こうとも、その花畑には一輪のクロユリが絶対に咲いていた。
 それは、ここに連れてこられた瞬間、目覚めた瞬間に、彼女が自らの呼ばれ名をそうだと断じてしまってもおかしくはないくらいの、
 たましいの、傷。
 それでも誰よりも常にそれと戦っていた彼女だからこそ、不幸に慣れていた彼女だからこそ、
 屈さず、腐らず、翻し、前を向いた、だけど……。

 気丈な顔を作ることすら放棄して、いっそえずいてしまおうかと思ったとき、視界が前方を捉える。
 山道、目の前を歩く銀髪の麗人、高峯のあが、はたとその歩みを止めていた。
 彼女ですら、こうなるとは思っていなかったのだろうか。そう思うとほたるは少しだけ、彼女に人間らしさを感じた。
 三人、いやあるいはそれ以上殺した彼女さえ……自分と同じ感情を持っている。

 なら、まだチャンスは作れる。
 まだ、やれる。
 諦めない。

 徐々に呼吸を整える。身に着けているドレスの重さを、ほたるはしかと思い出す。
 その重さが心地よかった。ほたるに勇気を与えてくれた。

「のあさん、どうかしましたか――」
「くす」

 さあ、“不幸”の魔法を重ねよう。
 絞り出した決意が彼女にもう一度調子を取り戻させた、その言葉に対して。

 高峯のあが、笑った。

「ふふ……ふふふ……あはは……」
「の、のあさん……?」


710 : 希望圏外、ブラックリリィ ◆HwxFxc3wCA :2016/08/04(木) 03:55:11 khbKkoIQ0
 
 高峯のあが高らかに笑うところなど、誰も見たことがなかった。
 狂ってしまったのか。いや違う。それは砂漠のように乾いていた。ひどく掠れた虚しい笑いだ。
 ひとしきり腹を抱えてわらったあと、殺人者は言った。

「……やはり、この地に墜ちているのは、燃え尽きた後の残滓ばかりのようね」

 どこか確信に満ちたその言葉に、ほたるは次のセリフを紡げなかった。
 代わりに気持ちどこか低めの声で、のあがほたるを手招いた。

「来なさい、白菊ほたる。夜に抗う小さな羽虫」
「……え」
「“死んだ希望”を見せてあげる」

 心底つまらなそうに、そう言った。


 ★★


「これは……?」
「基地局よ。この島のね」

 山頂近くから山道を少し外れ、茂みの奥に分け入った先。
 近代的な施設が、背の高い木に紛れてひっそりと、これまた高い金網に囲まれて建っていた。
 いくつかの四角い金属の箱。変圧装置のようなもの。そして、上から落ちて刺さったら痛そうな形の、大きなアンテナ。
 それらを指して、基地局、とのあは言った。

「基地局……テレビ局の、局、ですよね? じゃああのアンテナは」
「ええ。役割は単純。見えない波動の中継をする、ただそれだけ。でも――これが貴方たちの“希望”」
「“希望”……?」

 ほたるの理解が追い付かないうちに、のあは懐から共通支給品であるスマートフォンを取り出した。
 片手で画面をほたるに見せつけ、もう片手で指差すのは左上の電波表示だ。そこにはしっかりと、アンテナが立っている。

「地図には記されていない……この施設が波動で繋いでいるのは、この小さな通信機、と……この首輪との糸」

 指をスライドさせ……続いてのあは、首輪を指した。
 糸。
 波動。
 ほたるもそこで、理解した。この施設がこの場所に存在していることの、重要さに。

「≪彼ら≫はこの島の外側から、この施設を橋として、私達に網を張っている」

 ――彼女にとっての「前回」を踏まえて、高峯のあは告げた。

「……人類は進歩した。かつては島に最先端の設備を持ち込まなければ管理不可能だったシステムも、今や普遍化したわ。
 宇宙の三つの機械の星が発する波動を重ねて観測すれば、ヒトの位置は定められる。ヒトを殺す信号なんて、海の向こうからだって届く」

 禁止エリアと参加者の現在位置把握のシステムは軌道衛星を使用したGPSシステムで。
 首輪の爆発信号と、ゲーム進行状況の配信は、スマートフォンの電波回線を流用することで。
 おとぎばなしのような予算をつぎ込まずとも、島の内部で管理などしなくとも、殺し合いのシステムを構築することは可能だ。
 そして高峯のあの言う通り、このゲームの主催達が既に島の遥か外へ居て、そこから殺し合いのシステムを操っているとするならば。

「そ、それ、なら……!」
「そう。至極単純よ。そこのアンテナを折れば、「圏外」が出来上がる。≪彼ら≫は私達に干渉できなくなる。
 首輪のタイマー設定は3日……異変を察知して≪彼ら≫が見に来るまでなら十数時間。
 充分。それだけあれば、この枷の構造を理解して外すことはそれほど難しいことではないわ。それが私が知っている“希望”――」


711 : 希望圏外、ブラックリリィ ◆HwxFxc3wCA :2016/08/04(木) 03:56:32 khbKkoIQ0
 
 ……さあ、お味はどう? と、銀髪の麗人は不幸の魔女へ問うた。
 ほたるは、今度こそ理解できなかった。

「なんで、それを私に……? いえ、そうじゃない、ですよね……それを知っていて、のあさんは……どうして!?
 それに、“死んだ希望”って……! のあさんの言う通りなら、まだいくらでも……」
「そう思っているのなら、貴女は夢を見すぎだわ」

 上からほたるに向かって、言葉を落とした。

「――私はかつて。私のプロデューサーと、この殺し合いに巻き込まれて。……彼と協力して、首輪を、外した」
「え……?」
「さっき貴女に説明した方法でね。彼は機械に強かったから、すんなりと進んだわ。
 希望が残ったと、思った。その時点で残りは17人。ジョーカーは死亡済み。多くの星達が潰えたけれど、ここで止まると、私達は信じた。
 でも止まらなかった。止められなかった。――そこまでに消えた星達が残した呪いが残っていた」

 それは呪いだったと。
 淡々と、ニュースキャスターのように、かつてのそれを振り返り、のあはほたるに告げる。

「私達は誰も殺していなかったけれど、首輪の解析のためにいくつかの首を斬った。その心証は悪かった。
 すでに何人も殺してしまった者。今生きている者に大切な人を殺された者。様々な、もう戻れない者がいた。
 何もしてこなかった者を非難する者も。私と彼が揃って残っているというその事実をさえ、恨めしいと思う者だっていたわ。
 それに、首輪を外せたところで、島から逃げる手立てが無かった。
 私達が与えたと思った希望は、「ルールを破った罰を与えにくる者を呼んでしまう」という絶望へと、容易く反転した」
「っ――!」
「そこから先を語る必要はある?」

 冷酷に、話を打ち切って。のあはほたるを見る。
 そして、ほたるに問いかける。

「一つだけ、結末を語るなら。彼は私を庇って死に、残ったのは、私だけだった。
 それからずっと、深い深い、海の底に、私はいる。冷たさと暗さの他には何も感じない。
 何も信じられなくなって、何をしても光を浴びる感触を得られなくなって。それでも、生きているから、生きなければと感じる。
 命を手放す権利さえ奪われている。
 ……ねえ、“不幸”。それを踏まえて再度問うわ。貴女は、“希望”がまだ死んでないと思う?」

 私達は輝く一つの光になれると思う? 許し合うことが、間違えないことができると思う?
 かりそめの命の危険を奪回できたとして、ここから逃げられると?
 アイドルとして、すでに多くの人に知られているこの顔で、≪彼ら≫から逃げきれるとでも?
 もう半数の命が失われたというのに。そんなことが、本当に、できると思っているの?

 そんな――意地悪な継母のような、のあの問いに。
 
「……ごめんなさい……」

 ほたるは、泣きながらそう答えた。
 それは彼女にとっての、敗北宣言にも聞こえた。

「のあさんの、言う通りだと……思います……」

 震える声でそう言った彼女を見て――のあはまたひとつ、自分の感情が水底の底の底へと、下りていくのを感じる。
 嗚呼、やっぱり。
 彼女も所詮は墜ちた星にすぎなかった。

「そう。残念ね」

 なにが“不幸”を与える、だ。こうして自分が“不幸”語りをしてみただけで、その気持ちを失って泣く。 
 その程度の覚悟。その程度の意思では、運命など曲げられるはずもない。
 期待外れもいいところだ。

「……殺すのは最後にすると、言ったわね。あれは嘘よ」


712 : 希望圏外、ブラックリリィ ◆HwxFxc3wCA :2016/08/04(木) 03:58:12 khbKkoIQ0
 
 イングラムM10を構えた。今度は躊躇わず引き鉄を引くことにする。
 まずは顔、そして胸、腹。ミニマシンガンで執拗に撃ち抜く。
 装飾豊かにアイドルを気取るその紫のドレスを穴だらけにして、白菊ほたるを、纏わり付いてうるさい羽虫を、振り払うことにする。
 短い間だが、全くつまらない同行人だった。面白さならヘレンのほうがあった。
 一体どうやって不幸を与えるのかと興味もあったが……ゲームは想像以上に進行していた。
 きっと肉壁にもならないこんな女、興味だけで連れ回す段階にはもうない。
 ここで死んでもらおう。
 引き鉄に手をかける――。

「……」

 観念したのか、ほたるは動かなかった。
 ただ、泣きじゃくるだけの人形になっていた。
 ずいぶんと撃ちやすい態勢だと、のあは思った。

「……?」

 トリガーを押し込むその瞬間に、違和感を覚えた。それは何人もの人間を殺してきたのあだからこそ気付けた、ほんの小さな違和感だった。

 “撃ちやすすぎる気がする”。

 この子。避けようとしていない。

「どうし、たんです、か……?」

 目を拭って、ほたるが訴えかけるような目でのあを覗き込む。
 何か引っかかる。話の流れがおかしく思えた、
 確かにこの子の心は折れたかもしれないが、だからといってじゃあ殺されても仕方ない、まで一足飛びに思考が飛ぶだろうか。
 思えば最初の邂逅の時でさえ、この子は“撃つんですか、いいですよ”と、まるで死を受け入れるようなことを言っていた。
 最初から死ぬ覚悟を決めているかのような。

「殺すんじゃ、ない、んです、か……? その人の……プロデューサーさんの、ためなんですよね……?」

 だとすれば、不幸を与えるとはなんだ? 自分が死しても、絶対に不幸を与えると確信できる理由は?
 「ええ、出来ますよ。のあさんがこれからどこに行こうと、何をしようと、絶対に」
 過程が関係ないのであれば、それは結末のタイミング以外にあり得ない。のあがほたるを殺すことは決定事項だったのだから、それだろう。
 そして、殺すことそのものが、のあに不幸を――まさか、彼女を殺した者に彼女の不幸が本当に伝染するなどと、オカルトを言うつもりはない。

 だが。高峯のあは思考した。そして推測する。
 “不幸”は、かたちのないものではなく、物理的に与えられるものなのだとするならどうだ?
 彼女の根拠のないように見える自信の奥にある真実が、
 彼女にとって、彼女を殺した人間を、必ず物理的に不幸にできる確信があるということなのだとすれば。
 そんなことが出来得るものが。彼女の支給品に、あったとすれば。

 高峯のあは、銃を降ろした。

 そして、泣きじゃくる演技をしようと白菊ほたるが目を手で塞いだ隙を突いて、彼女の背後に回って腕で拘束をした。

「……!!」
「少々、演技がクサすぎたわね」
「な、んで……!」
「それに――そのドレス、サイズが少し大きすぎるわ」


713 : 希望圏外、ブラックリリィ ◆HwxFxc3wCA :2016/08/04(木) 03:59:27 khbKkoIQ0
 
 片腕で首をロックしながら、服の上を反対の手で弄れば……ドレスと生身のその間、硬い感触が確かにあった。
 白菊ほたるは……この少女は。
 最初の最初から。こんなものを身に着けてアイドルを演っていたのだ。

「とんだ女狐、いえ、名女優か。最初からこうするつもりだったの?」
「あくまで、2の手ですよ……そして貴女は、それを使うしかない相手だと思ったんです……!」
「……判断は正解。立ち回りは惜しいわね。貴女があと10年経験を積んでいたら、騙されていたわ」

 ばきり、嫌な音がした。
 鋭い痛みを感じたほたるが痛みの出処を見れば、足の甲を思い切り踏み潰されている。
 ぱっと離され、軽く突き飛ばされる。服の端を掴む暇さえ与えない。
 三歩下がる。ほたるは立ち上がろうとするがその動きは鈍い。片足の甲を砕いた。のあにはもう追いつけない。

「不幸ね」

 高峯のあは吐き捨てた。

「決死の覚悟を持ってしても、上手くいかないなんて」
「貴女だって……不幸なんじゃないですか……?」

 悔しそうな顔で白菊ほたるは問いかける。

「のあさんは、呪われ続けてます……! それを受け入れてる一方で……誰か……止めてくれる人を探してるようにも、感じました……!」
「……」
「私は“不幸”だから……貴女の痛みだって、少しだけなら、きっと! だからっ」
「ここはもう、希望的観測の圏外。その問いは私に届かない。その華も、私には、咲かない」

 のあはほたるを振り返らずに北へと向かう。
 この子を今殺すのはリスクがある。より長距離から殺すか、誰かに殺させるのが一番いい。
 前言の撤回の撤回をし、やれることをやるべきだろう。
 峠を越えた後半戦、必要なのは拠点の確保だ。
 その意味で、ここから北にある小中学校は抑えておく意味がある。

「私を止める? 無理難題ね。少なくともそれは今、貴女ではなかったし――」

 高峯のあは小中学校へ向かうことを決めた。
 そして殺す。
 そして生きる。
 そして呪われ続ける。

「発射された弾丸は、絶対に止まらないわ」

 彼女にはもう、それだけしかない。


【一日目/E-6/日中】

【高峯のあ】
[状態]健康、
[装備]銀の剣、イングラムM10(29/32)
[所持品]基本支給品一式X4、予備弾×240、ダイバーズナイフ、手榴弾(数個)、コードレス半田鏝、安部菜々の首輪
[思考・行動]
基本:殺し合いに乗る
1:参加者の殺害
[備考]
※以前にバトルロワイアルに参加して、優勝しています


714 : 希望圏外、ブラックリリィ ◆HwxFxc3wCA :2016/08/04(木) 04:00:47 khbKkoIQ0
 

 ★★


「……生き残っちゃった」

 その場に置いて行かれた白菊ほたるは、金網によりかかり、座り込む。
 今回は負けだ。それも大負けだった。
 不安定になっていた暗雲からぽつぽつと振り出した雨が髪やドレスを濡らす。

「私、何を、してるんだろう……」

 彼女の支給品、ブラックリリィと名付けられたそれは、彼女の生命反応が消えた瞬間に爆発する、体に巻くタイプの爆弾だ。
 だから白菊ほたるは自爆を選択することさえ選べば、いつでも高峯のあと心中することができた。
 それをしなかったのは、単純に彼女が自死を選べるほどに強くなかったというのもあるが――もっと大きな理由は、信じたいからだ。
 自分が殺されるまで、自分を殺そうとする人が自分を殺さない選択肢を選ぶ可能性を、信じたいからだ。

 夢を見すぎだわ、と言われてしまった。きっとそうなのだろう。
 誰とも殺し合わないまま、誰とも戦わないまま、すべての人を最後まで信じたまま。
 言葉と演技だけで、アイドルとして、殺し合いを止めようと思った。
 それが通じないならせめて、殺した人に最大限の“不幸”を与えて死のうと思った、けれど。
 こんなの独りよがりの、臆病者の、エゴでしかないって言われても、仕方ない。

 みんな戦っているのに。私だけ、戦わないことで抗っている。
 きっとそれは、一生懸命生きようとしているみんなを、どこか遠くから嘲笑っているようなものだ。
 爆弾なんか巻いて、死ぬことをさえ勘定に入れて。綺麗なままに死のうとする。
 自分が一番卑怯なのに。偽善者なのに。ううん、不幸を騙るのだから、偽悪者とでも言うべきなんだろうか。

 それでも成果が出ていればまだ、誇らしげになれるかもしれないけれど……結局ほたるは誰も止められてはいない。

「“不幸”じゃ、誰も、止められない……のかも」

 呟いたその言葉はひとつの真理に思えた。
 他ならぬ自分が、そうなのだ。
 誰かに“不幸”を与えて萎縮させたところで、その“不幸”をバネに奮起してしまうだけなのかもしれない。

 だからといって、白菊ほたるに“不幸”以外の武器があるわけでもない。
 彼女は人よりちょっとだけ不幸だっただけの、ちっぽけな少女でしかないのだ。
 そんな彼女がひとつだけ、武器にできると信じているものがこれなのだから、これはもう仕方ないことだった。

「ああ――幸せなまま死にたいなあ」

 足にじんじんと刺さったままの痛みを呪いながら、スズランの少女が舞台裏で独白する。
 幸せなまま死にたい。
 こんな不幸で死にたくない。
 それでも死ななければならないなら、
 せめて不幸に向かって思い切り中指を突き立ててやれるような、そんな死に方をしたい。
 
 言いたいことをそのまま言うなら、そういうことになる。

 “希望”がこの島に残っているかなど、本質的にはどうでもよかった。
 きっと誰からも非難されるだろうけれど、彼女はどこまでも彼女のために、殺し合いという不幸と戦っているのだから。
 

【一日目/F-6北部・基地局前/日中】

【白菊ほたる】
[状態]右足甲の骨にヒビ、“不幸”
[装備]紫のドレス、ブラックリリィ
[所持品]基本支給品一式
[思考・行動]
基本方針:「不幸の魔女」を演じる。
1:怖い人には不幸を、優しい人には…どうしよう。
2:ひとつだけ、言っておきます。この程度の不幸で私を殺せると思わないでください。
3:それでも私を殺すなら、それ相応の不幸を、貴方も受けてくださいね。
4:のあさんから聞いた話、誰かに伝えたほうがいいかな?


※F-6北部に基地局があります。
 破壊された場合、島全域が「圏外」になり、禁止エリアと主催からの首輪爆破信号が無効になるかもしれません。
 ただし、のあさんの話はのあさん優勝回の話なので、今回はまた違うシステムor改良が加わっている可能性もあります。

≪ブラックリリィ≫
白菊ほたるに支給。
体に巻き付けて着るタイプの、強威力の爆弾。付けたら簡単には外れない。
爆弾そのものに火がつくなどのアクシデント以外では通常、
装着者の生命反応が潰えた時に、半径10mほどを巻き込んで爆発するようなセンサ回路が組まれている。


715 : ◆HwxFxc3wCA :2016/08/04(木) 04:02:23 khbKkoIQ0
投下終了です。
続いてのあさんを自己リレーしてのあさんと小学校組で投下します。


716 : 咲け ◆HwxFxc3wCA :2016/08/04(木) 04:03:12 khbKkoIQ0
 

 森に囲まれた小中学校。その校舎のすぐ裏手に、ざらりとした銀色の殺意が現れる。
 白菊ほたるとその不幸を文字通り避けた後、早足に目的地へ辿りついた高峯のあは、茂みをワンクッション挟んで、隠れながら校舎を見上げた。
 三階建て。こちらから見えるのは廊下側の窓だが、角度がきつく二階以上は中が覗けない。

(まずはクリアリング……おそらくは戦闘になる。誰もいなければそれはそれで良い)

 屋内戦闘は小回りのほうが大事である。
 近距離の装備は銀の剣からダイバーズナイフに変えている。中距離はイングラムをしっかりと握っている。手榴弾はあまり使いたくないが奥の手だ。
 誰も居なければ楽、とは思っているが、それはないだろうとのあは思っていた。
 参加者が60名バラバラに配置されたとき、島の北東に配置された参加者は、おそらくこの小中学校を目指す。
 小学校と中学校の両方を兼ね、山中に単独で設備と機能をそろえている、この島でも一二を争う大きさの施設。
 総数が半減したとしても――ここへ誰も居ないというのは可能性が低い事象だ、とのあは推測していた。
 ゆえに、いる前提の行動。
 運動場のほうへの露出を避けて、裏手から侵入する。なるべく音を立てないように。

(窓は……割らないのが無難ね。体育館への連絡通路なら、空いているはず)

 そう判断し、茂みを移動する。
 地図によれば建物は真っ直ぐ横に伸びていて、片側に体育館が隣接しているだけのシンプルな作りをしている。迷うことはない。
 つい数時間まで晴れ渡っていた空は雨雲に覆われ、既に雨は降っている。ますます葉が水滴をはじく音が多くなってきていた。
 雨に濡れて体力を消耗するのは避けたい。全方位を警戒しながら、のあは足早に校舎の端まで移動する。
 体育館との連絡通路までは、そう長い時間はかからなかった。体育館の扉がわずかに開いており、気にさせられたが、まずは校舎へと侵入る。

 中に入ると、やはりというべきか、違和感があった。
 木張りの床に、わずかに土が付着している。少し歩いて伺えば、1Fの教室・特別教室のカーテンがおしなべて閉められている。
 机がわずかに移動していたり、椅子が倒されていたり。すべての教室に人の入ったような痕跡がわざとらしく残されている。
 この中のどこかに隠れている? だが、こうもすべての教室に人の気配を残されては、逆に特定が難しい。
 一つ一つクリアリングしていくのであれば、大きく時間を取られるだろう。

(迎え打たれている……?)

 悪い想像はしておくに越したことはない。のあはあえて1Fのクリアリングを放棄し、大きく音を立てて、2Fへと登ることを選択した。
 1Fに誰かが隠れているなら、追ってくるか、逃げるかの択を取るだろう。
 逃げるならそれもよし。追ってくるなら返り打つまで。
 階段は校舎の両端と、中央左寄りの三か所にあるようだった。のあは中央階段から上る。そうして2Fに着き、廊下へと足を踏み入れ、左右を確認。

 いた。

 二人組――アイドルにしては肉付きのよい体の高校生くらいの少女と、小学生くらいか、空色の目を真剣に見開いた黒髪少女が、こちらを見ていた。
 向こうもこちらの姿を認めた。ふくよかな方の少女がおもむろに首から下げたホイッスルを口に咥え、こちらを指差しながらそれを思い切り吹いた。

 耳を劈く甲高い音。

 のあは構わず、躊躇わず引き鉄を引きながらイングラムをそちらへ向け、さらに距離を詰めるため走り出した。
 ばたたたたたっ、と小太鼓を叩き割るような音が鳴り、床や壁から破片の煙が上がる。ふくよかとちびっこは近くの教室へと慌てて逃げ込んだ。
 射線はわずかに遅れて、彼女らが居た場所を撫でた。
 のあは口元を吊り上げた。その択は不正解だ。馬鹿め。袋のネズミだ。
 追いかけ、彼女らが入った方とは違う、教室後ろ扉を目指しながら、懐に下げていた手榴弾のピンに手をかけた。
 後に拠点としたいことを考えると少々心苦しいが……一教室程度なら無問題だ。吹き飛ばして終わらせる。
 歯でピンを引き抜く直前の状態までもっていったところで、わずかに開いている、教室後部のドアを引き――ドアと柱の間に挟んであった何かが
 のあの
 眼前に
 落ちて
 くる。
 黒と水色、

「!?」


717 : 咲け ◆HwxFxc3wCA :2016/08/04(木) 04:04:54 khbKkoIQ0
 
 慌てた。
 ピンを引き抜くのを止め、バックステップを取ればそれはなんてことはない――子供のいたずら、黒板消しだ。
 だがテンポを狂わされた。その間に、右耳に足音、首を九十度曲げてそちらを見やった時には、ふくよかな少女がこちらに向かって消火器のノズルを向けていた。
 教室の中に隠していたのか【ばしゅううううう!!!!】ノズルから噴射される煙が、のあの思考を再度遮った、
 狭い廊下でそんなものを噴射すれば、白い煙で満たされ、視界は著しく遮られる。
 二人の姿が見えなくなる、それでも落ち着いてみれば別にただの煙だ、のあは煙に向かってもう一度イングラムを

「うおおおおおおッ!! 熱ッ! 血ッ!!」

 煙の中から今度はちびっこが現れ、
 のあから見て右方へ思い切り駆け抜けつつ、たった今引き金を引こうとしたイングラムM10を、のあの腕からひったくろうとする。
 トリガーに指がかかったままだったためばたたたたた、体ごとタックルしてきた少女に向きを完全に変えられ、無駄弾が廊下のガラスを割った。
 これは不味い。跳弾。ガラス。あるいは銃口そのものが。
 自らの身の危険を感じ取ったのあは引き金から指を離す。その筋肉の弛緩の隙を、ひったくりは見逃さない。
 えいやと思い切り引き抜かれる。のあは抗えなかった。木っ端もいかない少女のくせに、どんな腕力だ!

「――くぅッ!!!!」
「光ちゃん! 撒いて!!」
「おう!」

 そこからも早かった。ばらばらばら、と何かの音がしたかと思えば、二人とも息を合わせてのあから逃げだす。
 逆方向に逃げることになる二人を、のあは追おうと……特に銃を奪った黒髪のちびすけを追おうとするが、その瞬間、靴が何か固いものを踏んだ。
 滑る。バランスを崩し膝をつく。まだ床に消火器の煙がわずかに充満していたため、それに気づくのがワンテンポ遅れた。

「……!」

 のあの周りの床に撒かれていたのは、ビーダマンから発射するために支給されていた、大量のビーダマだった。

 
 ――――ブツッ


『あー、あー……マイクテストマイクテスト』

 歯噛みしながら立ち上がったのあをよそ眼に、スピーカーからは校内放送が流され始める。先ほどの二人とはまた違う気だるげな声。

『うん。聞こえてるっぽい? ならね、ちょっと待ってよ。えへん、おほん……おし。じゃあ宣言いくよ。
 あ、そっちも分かってると思うけどさ。禁止エリアの流れから言って、ここを奪われるのはかなり危ないと思うわけ。
 だって仮にもう一周エリアが縮まっちゃったら、こことホテル跡以外に施設無いもんねえ。
 だから杏たち、ここを守ることにしたよ。自宅警備に近いかな? あ、なんて言いながら、これも罠で逃げるかもしれないけどね。
 そのへんはまあ、りんきおーへんに。……で、宣言ね。一回しか言わないから、メモりたかったらメモってよね』


718 : 咲け ◆HwxFxc3wCA :2016/08/04(木) 04:07:02 khbKkoIQ0
 
 どこか余裕を含んだその声に高峯のあは直感した。
 この娘だ。双葉杏。
 この娘が彼女たちのブレイン――今の流れをあの二人にさせた張本人だ。
 気だるげの主は大きく息を吸いこむと、のあに宣戦布告をする。


『侵入者諸君に、告ぐ! これは遊びでも、ライブでもない!』

『我々の正義のために!』

『我々の生存のために!』

『我々は――諸君の無力化をここに宣言する!』


 その言葉を聞いて。
 高峯のあは、心底楽しそうに笑った。
 キャラメルを舐めた子供が思わずこぼしてしまう笑みのような、とても人間的な表情だった。

(こんなところに、あったのね。今もなお燦燦と輝いている、命知らずの星たちが……!)

 銀色の剣を静かに引き抜く。
 高峯のあに、正攻法で挑むのか。この校舎で、ゲリラ戦で。殺人者を無力化できるというのか。
 面白い。実に面白い。 できるものなら、やってみろ。先のような小細工が二度通じると思うなよ?
  
(いいわ……確かめてあげる。貴女たちが本当に、私の前で最後まで輝き切ることができるかどうか……見せてもらいましょう)

 そして高峯のあは、かつて彼女にとっての彼に初めに出会ったときそう言ったように、小さくつぶやいた。
 ガッカリさせないでね。
 と。


【一日目/D-6/午後/鎌石小中学校 2F廊下】

【高峯のあ】
[状態]健康、
[装備]銀の剣
[所持品]基本支給品一式X4、予備弾×240、ダイバーズナイフ、手榴弾(数個)、コードレス半田鏝、安部菜々の首輪
[思考・行動]
基本:殺し合いに乗る
1:参加者の殺害
[備考]
※以前にバトルロワイアルに参加して、優勝しています

【一日目/D-6/午後/鎌石小中学校のどこか】

【双葉杏】
[状態]健康
[装備]セーラー服(大きめ) 手鏡 ポケットティッシュ 催涙スプレー、ホイッスル
[所持品]基本支給品一式、ライブ衣装、不明支給品×1(武器?)
[思考・行動]
基本方針:基本的に学校に籠城し、資材や情報を集めつつ脱出する算段を練る
1:学校への侵入者を無力化する

【三村かな子】
[状態]健康、南条光のファン
[装備]無し。私服。
[所持品]基本支給品一式、ドーナツ×60、包丁、工具一式、コーヒー豆、塩、電気ポット、ホイッスル、消火器
[思考・行動]
基本方針:杏と一緒に行動する
1:この島で、アイドルとして認められるような行動をしよう
2:お菓子が作りたいなぁ……

【南条光】
[状態]健康?、三村かな子のファン
[装備]イングラムM10(13/32)
[所持品]基本支給品一式、ビーダマン、砂糖、電動ドリル、フライパン、不明支給品×0〜1、ホイッスル
[思考・行動]
基本方針:杏とかな子と一緒に行動、仲間を集めて悪を倒す
1:ヒーローになる
2:かな子のアイドルを応援する

※双葉杏、三村かな子、南条光 各メンバーの所持品は入れ替わっている可能性があります。

≪消火器≫
現地調達品。


719 : ◆HwxFxc3wCA :2016/08/04(木) 04:08:00 khbKkoIQ0
投下終了です。橘ありすで予約します。


720 : ◆5A9Zb3fLQo :2016/08/04(木) 09:41:39 UvzQb6bc0
投下お疲れさまです
ついにのあさんの過去が明らかに……
そしてほたるん、黒百合の名前を冠した爆弾が支給されたのは運命的というか皮肉的というさ……絶望と表裏一体の希望を手に入れ、うまく活かせるといいのですが
そして学校組がのあさんと対決!どうなるか期待が高まりますね

一ノ瀬志希、結城晴、宮本フレデリカで予約します


721 : ◆qRzSeY1VDg :2016/08/04(木) 11:52:33 dm2gIw8Q0
すみません、拙作「BLOODY ROAR」なのですが、一晩立って冷静になったところ、
自分で引っかかるところが多数出てきたので、可能であれば破棄させていただきたいです。
一度投下したのを下げるのは二回目で、推敲と書き込み、読み込みが不足している件に関しまして、
本当に申し訳なく思っています。

しかし、現在件のSS以降◆rK/Lx2Nbzo氏と◆HwxFxc3wCA氏が後続を予約して頂いています。
投下後即座に予約が入るスピード感はとても好ましいことであり、企画としても活性に繋がるものだと思ってますので、
両氏のうちのどちらかでも「破棄は認められない」とおっしゃるのでしたら、このまま収録→修正の形を取らせていただきたいと思っています。

中盤に差し掛かったタイミングでこのような話を振ってしまうことになり、
書き手や読み手の皆さんに多大なご迷惑をお掛けいたしますことをお詫び申し上げます。
大変申し訳ございませんでした。


722 : 名無しさん :2016/08/04(木) 13:19:54 e8awTp2Y0
>>721
横から失礼します。
ちなみに氏は破棄した上で、破棄の直後に再予約を目論んだりしていますか?
自作に引っかかる点が出た=書き直したいとなることもあると思いましたので。
破棄するタイミングを氏が握ってる都合上、再予約も氏が一番しやすいです。
ただ、◆rK/Lx2Nbzo氏と◆HwxFxc3wCA氏はそれぞれ氏の作品を見て何か思うところもあり予約したはず。
氏が破棄するとなると死亡しなかったことになったメンバーも含めて、氏の「BLOODY ROAR」に含まれていたアイドルたちで新しい予約をしたがるかもしれません。
氏の破棄で振り回してしまう以上、「BLOODY ROAR」に登場したアイドルたちの予約優先権は◆rK/Lx2Nbzo氏と◆HwxFxc3wCA氏にネタが有るようなら与えてあげてください。
長文、失礼しました。


723 : ◆qRzSeY1VDg :2016/08/04(木) 13:21:36 dm2gIw8Q0
>>722
再予約は特に考えてないです。
予約で拘束していた7名の予約に関しては、両氏の返答を待ちたいと思います。


724 : ◆HwxFxc3wCA :2016/08/04(木) 18:35:47 2QvrjTgQ0
>>721
お疲れ様です。
了解しました。自分は「BLOODY ROAR」の破棄を受け入れます。


725 : ◆rK/Lx2Nbzo :2016/08/04(木) 23:20:54 UWDKEQIo0
反応が遅くなりました。
破棄の旨は了承しました。本当は破棄しては欲しくないですが。
これに従い自分の予約も破棄します。合わせて、予約時に暴言を吐いてしまったことをお詫びします。


726 : ◆qRzSeY1VDg :2016/08/05(金) 00:13:21 Q1iVat5o0
お返事ありがとうございます。
それでは拙作は破棄とさせていただきます。
また、編集していただいていたWiki(いつもありがとうございます)もこちらで修正しておきました。


727 : ◆rK/Lx2Nbzo :2016/08/05(金) 01:07:04 8HQdT1Os0
日野茜、二宮飛鳥、橘ありすで予約します


728 : ◆5A9Zb3fLQo :2016/08/06(土) 15:09:56 YpTWG.M.0
すみません、期間内に完成が無理そうになってしまったので一ノ瀬志希、結城晴、宮本フレデリカの予約を破棄します


729 : 臆病者だから、遠くから手を伸ばす。  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/08/07(日) 22:07:37 3fGOfImA0
 何かがズレている。
 二宮飛鳥がそんな風に思ったのは、中学生になってしばらく経ったときのことだった。
 もっと立派なものだと思っていたのだ。何をするにも親の許可が必要で守られる存在でしかなかった小学生までとは違う。
 自分の意志で行動し、自分の意志を主張できるようになって、オトナとも十分対話できるようになる。そうなっていくものだと思っていた。
 けれど、現実は違った。中学生は小学生の延長でしかなかった。少しばかり体が大きくなり、勉強する範囲が広がったという程度で自分の意志が介在できる余地はなかった。
 自由にどこかに出かけて自由な時間に帰れて、やりたいと思ったことをやれる。そういったものでは、なかった。
 むしろ縛るものは増えた。良い高校に行くためもっと勉強しろ、中学生になったのだからいつまでもコドモ気分でいるんじゃないしっかりしろ。
 習い事に行け、部活に熱を上げろ、言われなくても分かれ、言われなければ分からないのか……。そういった類の言葉ばかりが増えた。
 抵抗は無意味だと同世代の誰もが言った。だって所詮は中学生じゃないか、ガキは正しい大人には逆らえない。その一言で打ち切り、小学生の延長線を続ける。
 それが、ズレている、と思った。その言葉に違和感しかなかった。オトナが言うことが絶対に正しいだなんてどこで知った?
 ひとつの区切りを経て、自分たちは成長してオトナとも渡り合えるようにならなければいけないはずなのに、どうしてそんなダラダラとした生き方に傾く?
 分からなかった。いつまでもコドモでいたいということが。分からなかった。いつまでもコドモ扱いして飼い慣らそうとするオトナが。
 自分は当たり前の人間になるためには必要なことだと思っていただけなのに……。
 同輩の誰も賛同してはくれなかった。それとなくどうだろうかと伝えてみても「君は面倒くさいことを考えるんだね」という風な顔をされた。
 笑われるよりも、はっきりと口に出して馬鹿にされるよりも屈辱的だった。大変だね、と他人事で見られることが我慢ならなかった。
 だから、抵抗をした。同世代の誰もが怒られるだろうからとやらないことをした。今や飛鳥のトレードマークとなっているエクステが、それだった。
 自分は、違うと。その旗印を掲げたつもりだった。


730 : 臆病者だから、遠くから手を伸ばす。  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/08/07(日) 22:08:02 3fGOfImA0

1.


「……って! 待って、待って、ください……! 飛鳥さん!」

 橘ありすの怒声にようやく気付いた飛鳥は、同時に、自分が息を激しく切らしていることにも気付いた。
 ここまで止まることなく走り続けてきただけではない。どう理解していいのか分からないものへの恐怖が飛鳥の心に負担を与え、いつも以上に体力を消耗させていた。
 見れば、ありすも大きく肩を上下させていた。額に汗を浮かべ、西洋人形と見紛うような白い肌も血が巡って赤みを帯びている。
 既に限界を超えつつあるのかもしれなかった。ありすは飛鳥よりもさらに幼い。小学生程度の体力で休みなく走らされていればこうなるのが道理だった。

「……ああ、すまない、悪かった」

 闇雲だったということか。苦い感触を確かめ、飛鳥は手近にあった大きな岩へと腰掛ける。
 近辺の様子を見るに、自分たちは山の中腹から山頂に向けて進みつつあり、つまりは上り坂を走り続けていたということになる。
 森の外へと抜けるつもりが、いつの間にか登ってきていたとは。
 地図も見ずに走り通しだったため、こうなることはある意味では自明の理とも言えた。
 山頂に至る道は自動車での往来をある程度考えているのかそれなりに幅広のアスファルトが敷き詰められた上り道だったが、傾斜は決してなだらかではない。
 よくもまあ倒れなかったものだと我ながら感心してしまう。

「悪かったじゃ……ないですよ……」

 息も絶え絶えに、ありすもアスファルトへとへたり込む。もはや歩く気力もないに等しいのかもしれなかった。
 つまり、今襲われれば逃げることすら覚束ない。今さらながらにこの判断は誤りだったのかという疑問が浮かび、飛鳥は忸怩たる思いを抱く。

「すまない」

 言って、飛鳥はデイパックから水を取り出してありすへと投げ渡す。
 アスファルトにぶつかりころころと不格好に転がったペットボトルを拾うも、ありすはそれに手を付ける気配はなかった。
 欲しいのはそういうものじゃない。未だ息を整えられず、何も言葉を発せないながらもありすの目は確かにそう言っていた。

「分からなかった」

 もう隠しても仕方のないという思いと、話してしまわなければ自分でも消化しきれず気持ちの悪さが募っていくだけだという思いがあり、飛鳥はゆっくりと口を開く。

「疲れきっているキミに聞くのも酷かもしれないが、聞いていいかい?」
「……どうぞ」

 そうしなければ始まらないのでしょうと付け加えられ、そうだね、と飛鳥は自虐的な笑みを浮かべた。
 理解しきれない。消化しきれない。だから対話を重ね、起こった出来事を頭の中に落とし込んでいく。
 ひとりで何もかもを解決しようとするには、飛鳥はあまりに未成熟で知識も力もなかった。


731 : 臆病者だから、遠くから手を伸ばす。  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/08/07(日) 22:08:33 3fGOfImA0

「こうして息をするように、呼吸でもするような感覚で人を殺せるって、考えられるかい?」
「理解できませんね」

 一刀両断。何を馬鹿なことをという態度を隠しもせず、半ば実直、あるいは愚直に告げるありすに少しは気分が晴れたが、それで終わらせることに意味はない。

「ボクもさ。分からない。確かに、セカイに、ヒトに不満を感じることはある。いや不満だらけさ。どうしてこんなにも歪んでいるんだろうと、淀んでいるんだろうと、ずっと。
 ねじ曲がって冷たくて、そんなセカイに生まれてしまった。それでも、完全に閉じて逼塞しているだけだなんて思いたくないから、ヒトとして為すべきことを為したかった」
「つまり人殺しの感覚なんて分からないってことですね」
「キミは本当に簡単な言葉に落としこむね」
「婉曲的に言ったって意味がありません」

 暗に小難しく言い回すのをやめろと言っているようにも見え、飛鳥は趣味は合わないだろうなという感慨を抱く。
 ただ、こうズバズバと直截に言う態度は嫌いではない。こういう人間がいれば、自分だって少しは楽しく、上手くやれていただろうにとさえ思うほどに。

「そう。ただでさえ分からないというのに、息をするように殺そうとするのなんてもっと分からない。そういうのなんて映画や小説だけだと思っていた」
「奇遇ですね。私もそう思います。でも意外ですね。飛鳥さんはそういうのが現実にもいればという思いを巡らせるような方だと思ってたんですが」
「キミはボクをなんだと」
「現実に不満だらけの中学生」

 嫌いではない。が、とことん馬は合わないだろうという確信に変わった。

「はっきり言ってください。……一ノ瀬志希さんが、森久保さんを、殺害、したんじゃないですか?」

 どう言い負かしてやろうかと考えていた矢先、手の内を隠し続けるのは性に合わないとばかりに、話を切り出した。
 気付かれていた? いや、ここまでに時間はたっぷりとあった。逃げろと言った飛鳥。いない森久保乃々。一ノ瀬志希。
 事実をつなぎ合わせれば、状況を鑑みれば、自ずと答えには辿り着く。

「見てたんでしょう。言ってください」

 問い詰めるかのようなその口調は、しかし不安げに揺れる瞳から、そうであるはずがない、否定させてほしいという願望が窺える。
 実際、志希とありすは親しげに会話をしていた。こっそりと、寝たふりをしていて、一部始終を把握していたからこそ分かる。
 あんな自然に話をしていた裏側で志希が乃々を殺していたなどと。何故信じられる。何を理解できる。そんなことをする意味なんて、ない。
 だから違うはずだ。二宮飛鳥は何か別の意図を持って引き離しているだけだ。志希も乃々も死んでなんかいない。そのはずなんだ、と。

「答えてください。……答え合わせ、したくないんです」


732 : 臆病者だから、遠くから手を伸ばす。  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/08/07(日) 22:08:58 3fGOfImA0

 ありすはデイパックから端末を取り出す。飛鳥も気付いた。時刻から考えると、その端末には死者の情報が眠っている。
 誰が死んだのか、機械が冷たく返事をしてくれる。圧倒的に抗えない事実を証明してくれる。願いなんて、簡単に打ち砕いてくれる。
 だから、本当のような嘘が欲しい。一緒に笑っていた人は自分の理解できるものではなかっただなんて、冷たい真実を突き崩して欲しい。
 それができれば、どんなに甘美なんだろうと、飛鳥は思った。

「見てたよ。一ノ瀬志希が、森久保乃々を……」

 それでも、飛鳥には嘘が言えなかった。飛鳥が思いつく程度の嘘なんて、この聡明な子にはあっという間に見抜かれてしまうだろうという確信があった。
 憎みたいほどに事実というものは残酷で、圧倒的で、思い知らされる。
 自分はセカイの普通とは違うと言い続けて、それがただの小声でしかなかったと思い知らされたときのように。
 大きな抵抗の証だと思っていたつもりが、ささやかな抵抗と呼べるかも怪しいものだと実感させられたときのように。

「すまない。隠すつもりも騙すつもりもなかったんだ。逃げ切れたと思ったら、機を見て話すつもりだった」
「……一ノ瀬さんから、ですか」

 信じられない、というように口元をぐっと結び、ありすは胸の前で端末を握り締めた。
 飛鳥の言っていることが合っているかどうかは簡単に答え合わせができる。それ以外の推測の答え合わせもできる。
 殺しているのは一ノ瀬志希だけだ――。そんな考えがいかに浅はかで儚い想像だなんて飛鳥にはよく分かっている。

「ありす。キミが見る必要はないよ。現実……いや、セカイってやつは、思うよりも残酷で強大だ」
「橘です」
「……はは、この状況でもそれか」
「ええ。余裕のない飛鳥さんには必要なことだと思いますし」
「……本当に痛いところを突いてくる」

 本当に、と飛鳥は心の内で吐き捨てた。ありすは見透かしている。いや、事実からそのように推測している。
 飛鳥は志希が乃々を殺害したことを知っている。知った上でありすを連れて逃げた。志希がいなくなった隙を見計らって。
 つまり、それは。志希に立ち向かわずに逃走したということであり――、ありすは、その後ろめたさに感づいている。

「ボクは、やっぱり臆病者なのかな」
「飛鳥さんが臆病者なら私だって臆病者です。だって、結局はこうして、一ノ瀬さんを止めることもせずに逃げてる」
「それは」
「私は大人ですから、認めます。やっぱり私は弱いんだって」


733 : 臆病者だから、遠くから手を伸ばす。  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/08/07(日) 22:09:45 3fGOfImA0

 絞り出すように。しかし嘆くような素振りではなく、淡々と。ありすは弱さを露呈する。

「どうしようもないって絶望感が、私を埋めるんです。生きてなんか戻れないって。死ぬしかないって」

 あなただってそうでしょうとじっと凝視され、飛鳥は何も言い返せない。
 そんなことはない、などと間違っても言えるような空気ではなかった。

「アイドル、面白いなってようやく思えてきたのに……。プロデューサーが、教えてくれたのに……」
「ありす……」

 今度は、橘ですという反論もなかった。
 誤魔化せるようなものではない。どんな慰めも、吹けば消えるような塵だ。
 セカイとはそのようなものだ。いつだって、どこでだって、お前のしていることは無駄だと嘯く。
 飛鳥は抵抗の象徴だったエクステを摘む。こんな髪、どう見ても中学生らしからぬものだ。反感を買うものだ。
 しかし、誰も気にも留めなかった。同級生も、教師も、親も。少しませてるなという、ちょっとした感心を向けただけだった。
 その程度でしか、なかったのだ。

(けど、なら、なんで)

 ありすは、何故飛鳥を慰めるようなことを言ったのだ?
 ギリギリの精神状態なのに、もう諦めが体を支配しているはずなのに、ありすは軽口を叩いてくれた。
 一度だけとはいえ、いつもの「橘です」を言ってくれた。本当に絶望しているなら、こんなことはできないはずだ。

「……ありす。ひとつ、賭けをしてみないか?」
「……?」

 飛鳥が何を言ったのか分からなかったのか、狐につままれたような顔で見てくる。

「次に誰かと出会ったとき、そいつが乗っているかどうか」
「なんですか、それ。どういうつもりなんですか。一緒に死のうってことなんですか」
「このままでも死ぬんだ。賭けをせず、ボクと別れてひとりで死ぬか。賭けに乗ってふたりで死ぬか。好きにするといいさ」
「諦めるんですか?」
「死ぬしかないんだろ?」


734 : 臆病者だから、遠くから手を伸ばす。  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/08/07(日) 22:10:08 3fGOfImA0

 ありすは押し黙る。飛鳥はじっと返事を待った。
 選んで欲しい答えは、あった。しかしそれは、ありす自身が選ばなければ意味がない。
 あるいは、ありすの本当の願望を言い当てても良かったのかもしれない。しかしそのやり方には自信が持てない。
 結局飛鳥は臆病者だ。臆病者だから、遠くから手を伸ばす程度の方法しか考えられない。

「……いいでしょう。乗ります。一人で死ぬのが嫌なわけじゃない、飛鳥さんに先に死なれたくないだけです」

 飛鳥は、うっすらと笑みを浮かべた。
 一度目の賭けには、勝った。
 問題は次の賭け――それも、とんでもなく分の悪い賭けをしなければならないことだった。


735 : 臆病者だから、遠くから手を伸ばす。  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/08/07(日) 22:10:26 3fGOfImA0

2.


 いっそ狂えてしまえれば、どんなに楽だっただろう。
 全てをなかったことにして、忘れてしまえればどんなに救われたことだろう。
 苦しい。頭の中にある記憶が全て苦しい。目を閉じても開いても、耳を塞いでも塞がなくても。
 それは見えるし、聞こえるのだ。

「…………もう、いやだ……」

 どこをどう歩いたかなんてまるで覚えていない。日野茜を苛むのは無力感。どうせどうにもならないという絶望感だった。
 もう殺し合いは止まらない。残っているのは汚濁。自分だけが生き残りたい一心で仲間を、友達を殺し続ける醜い怪物ばかりだ。
 そんな中でポジティブなんてものが何の役に立つ。何の意味がある。何の力を持つというのか。
 諦めなければなんとかなるなんて、誰も信じないし己さえ騙せない。
 恐怖には抗えないのだ。当たり前だ。命を奪われるなんて嫌に決まっている。嫌なのだから、嫌を押し付けてもいい。
 ここはそれが当然で、道理で、絶対的な真実だ。
 諦めて、従うほかなかった。

「……でも、無理……無理なんだよ……」

 自分以外どうだっていいと思いかけるたびに、市原仁奈の悲鳴がちらつく。
 苦しいのはごめんだと己が喉に刃を走らせようとしても、島村卯月の笑顔が過ぎる。
 この二人は、何のために生まれてきたのか。踏みにじられ、歪められ、食い物にされて。それが運命だったと片付けられてしまう。
 おもちゃのように扱われて、飽きたら使い捨てられる。捨てた者たちは遊んでやったのだからいいだろうとせせら笑う。
 違う。遊ばれて使い捨てられていいはずがなかった。彼女たちだってキラキラしたかった。輝くアイドルになりたかった。
 だから、誰かがそう言わなければいけない。言い続けなければいけない。
 茜が諦めようとするたびに浮かび上がるその論理が、茜を苦しめる。それほどに茜の持つ論理はちっぽけで、力を持たないと思い知らされた。

「……次に、あの人みたいなのに出会ったら、どうなるんだろうなあ」

 分かり切っている。殺されるだけだ。
 何も武器はない。歩くだけで精一杯の怪我をしている。
 唯一持てる武器は口だけ。自分の身も、他人も守れない、全く意味を持たない武器。


736 : 臆病者だから、遠くから手を伸ばす。  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/08/07(日) 22:10:47 3fGOfImA0

「…………意味は、なくはないか」

 頭を振る。なぜなら、島村卯月は口先で自分を救ってくれた。
 見事に敵を騙し、欺き、優しい嘘で命を繋いでくれた。

「ああ、もう、本当に、卯月ちゃんは」

 苦しめるくせに、自分にキラキラしていろと重荷を背負わせるくせに。
 抵抗するための力を与えてくれる。日野茜を、日野茜でいさせてくれる。
 口先を武器にして戦ってみようと、ほんの少しだけポジティブにさせてくれる。

「無駄な、はずなんだけどなぁ」

 幻聴はまだ聞こえる。幻視もしている。力をくれるくせに、苦しめもする。
 これは呪いなのだろうか。生きたくても生きられなかった彼女たちが安易に死なせないための呪いなのか。
 だとするなら随分残酷なのだが、実際そんな風にしか思えないから質が悪い。
 いっそ本人らに尋ねてみようかと狂人のような考えを浮かばせ、顔を上げてみる。

「……あ」

 そこに、卯月や仁奈の姿はなかった。
 あったのは生者の姿。道端の大きな岩に腰掛けた少女と、舗装された道路の真ん中で堂々と座り込んでいる少女。
 二宮飛鳥と橘ありすだった。彼女らからは既に茜の姿が見えていたのだろう。じっとこちらに視線を走らせていた。
 向こう側からはのろのろとした足取りで幽霊のように人がやってきたと見えていただろう。
 距離はおよそ二十歩ほど。銃のような飛び道具があれば狙えるはずの距離だった。
 にも関わらず何もしてくる気配がない。それどころか、茜が何をしてくるのかを観察しているように感じられた。
 見ての通り茜は丸腰で、おまけに怪我をしている。何をするどころではないのだが、どうにも求められているような気がしてならなかった。
 しかしどうしたものか、困る。何を言えばいいのかさっぱり分からない。殺し合いしてますか? してませんか?
 第一に浮かんだのがそれである時点で、茜の感覚は相当におかしくなっていた。すぐにそれは違うと思えるあたりでもまともな神経は残ってはいたのだが。

「えっと、その」


737 : 臆病者だから、遠くから手を伸ばす。  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/08/07(日) 22:11:11 3fGOfImA0

 ばつ悪く中途半端に手を上げて小さく振ることしかできない。笑えているかどうかも怪しかった。
 何にも自信が持てない。何もかもが間違っている気がする。何が正しいのか、何が『キラキラしているアイドル』なのか分からない。
 教えてもらおうにもその問はあまりにも場違いで、馬鹿げている問だ。
 財前時子がそうしたように、怒りの感情に従って許せないと思った奴を殺す方がまだ理にそっているように思える。
 それは分かっているのに、感情に身を任せて狂熱の炎に身を焦がせられない自分がどうしようもなくて。

「はは……」

 力なく、乾いた声しか出せなかった。

「……キミ、日野茜、だよね?」

 そんな空気に耐えられなくなったのかどうかは茜の知るところではなかったが、恐る恐るといった様子で飛鳥が話しかけてくる。
 疑問形ということは、それほど茜が茜らしく見えていない、ということなのだろう。
 確かにいつもの自分であれば開口一番山の頂上まで響き渡るような挨拶をしていただろう。
 もう、そんなことはできない。声を聞きつけて殺し合いをしようと思う人間が来るかもしれない。巻き込んでしまうかもしれない。
 自分一人死ぬならまだしも、これ以上のひとを死に追いやってしまいたくない。だから、いつも通りでなんかいられるはずがなかった。
 小さく頷く茜に、飛鳥とありすは目を見合わせた。

「なんか、こう、拍子抜けだったね……。いや、それ以上に軽率なことをしてしまったのかな」
「……運が良かったんでしょうね、私たちは。……すみません、日野さん」
「ん? え? はい?」

 何事かを納得され、謎の謝罪を受ける成り行きが全く分からず、茜は首をかしげるばかりだった。

「とりあえず、こっちに来て欲しい」

 そう言われては従うしかなく、茜はゆっくりと近づく。

「……怪我もしてるじゃないですか! ちょっと! ふんぞり返ってる場合じゃないですよ飛鳥さん!」
「え、怪我……あ、ああ! いや、そんなの考え……くっ、リアルってやつは!」

 と思えば、左太腿から血を流していることにようやく目がいったようで慌てて駆け寄ってこられる。
 一体何なのだろうこの一連は、と茜は他人事のように思ってしまう。
 観察されていたようで、勝手に軽率なことをしたと抜かして、それでいて怪我には気づかず、気づいたら大慌てで助けようとする。
 怒ればいいのか呆れたらいいのか分からず、どっと力が抜けていくのを感じた。
 ふらりとよろめいたところで飛鳥とありすが肩を支えてくれる。


738 : 臆病者だから、遠くから手を伸ばす。  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/08/07(日) 22:11:32 3fGOfImA0

「……はは、すみません」
「いえいえいえ! 悪いのは変な賭けを申し出た飛鳥さんですから」
「ちょっと待て。キミも乗ったろう。ボク一人に押し付けるのは傲慢じゃないか」
「あれは降りれるはずないでしょう。一人で死ぬか二人で死ぬかなんて言っておいてじゃあ勝手にしてくださいとか言えますか? 言えないでしょう普通」
「……そうなのか」
「ちょっと!? あなた私をなんだと!」
「オトナぶった小学生」
「意趣返しのつもりですかムカつきます」

 茜を挟んでぎゃーぎゃーと言い争いを始めた飛鳥とありすに、これは流石に怒っていいのではないかという思いが渦巻く。
 しかし、このくだらない言い争いは聞いていてどこか気分が晴れるものを感じるのも確かだった。
 彼女たちはどうあれ、いつもの調子でお喋りをしている。この場に相応しくないだとか、現実が見えてないだとか、そんな正論を一蹴するかのように話す。
 それだけじゃない。怪我をしていれば助けてくれる。日常では当たり前の、ただそれだけの行為が本当に身に沁みる。
 根本的な解決には繋がらなくとも、それが当たり前の行為であるから、する。
 ああ、これがキラキラしていることなのかな、と思う。それほど、眩しかった。

「って、怪我人挟んでくだらない話をしてる場合じゃないんですよほら! 日野さんの目が遠い!」
「だからボクに……ああもう、いや、すまない……」
「いえ、いいんですよ……これが見られただけで、私は……」
「なんか日野さん今にも天に登りそうなんですけど!」
「もしかして思った以上に出血してるのか……?」

 そうであるなら大事であるとばかりに、茜を大きめの岩に背中を預けさせ、怪我の治療を試みようとする二人。
 しかし慣れていないのか、道具がないとかとりあえず服を巻きつけておけばいいのかとかあれこれ話し合いを始めてしまう。
 これは自分が指示しなければいけないかな、と茜はふわふわとした意識のまま思う。
 ラグビー部のマネージャーで部員の怪我の面倒を見ることが多かった経験がこんな形で生きることになるとは。
 いいですよ、私が指示しますと言うと、二人は申し訳無さそうに頭を下げた。小学生と中学生だなあ、などと思ってしまう。

「なんというか、本当にすまない……後でいきさつは伝えるから」
「謝らなくていいですよ。私は……私なんて」

 とりあえずの応急処置の方法を伝えつつ、茜はここにいてはいけないという気分になる。彼女たちは輝いている。守りたい。殺させたくない。
 だが、そんな力は茜にはない。それどころか厄介な因縁だけを背負っている。その片棒を担がせたくはなかった。

「……キミが、どんなことを経験してここまで来たのかは知らない。でも、キミがここまで来てくれたから……ボクたちは、セカイに押し潰されずに済んだ」
「え……?」

 飛鳥が発した言葉は輪郭しか読み取れず、茜は聞き返そうとした。
 しかし、飛鳥はもう何も言うことはなかった。ありすも反応することはなかった。
 ここまで来てくれたから、という柔らかで優しい言葉の音色から、考えるしかなかった。
 私は、何をしたんだろう。
 視線を変えた先には、島村卯月が立っていて、耳には市原仁奈の残響があって……しかし、それだけだった。
 語ることは、なかった。


739 : 臆病者だから、遠くから手を伸ばす。  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/08/07(日) 22:11:55 3fGOfImA0



【一日目/F-5/日中】

【日野茜】
[状態]混乱、体力消費(小)、左太腿に刺傷(応急処置済み)
[装備]
[所持品]なし
[思考・行動]
基本:笑顔と元気のアイドルに……
1.なにもわからない。けど、考えるしかない。
2.『死』に対する恐怖。

※市原仁奈の幻聴が聞こえています。
※島村卯月の幻覚が見えています。

【二宮飛鳥】
[状態]健康、一ノ瀬志希に対する恐怖
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、探知機
[思考・行動]死にたくないし、殺し合いなんて以ての外だね。
1:茜を治療する。
2:支給品『探知機』を充電する為に森の外へ向かう。
3.一ノ瀬志希から逃げる。出会っても逃げる

【橘ありす】
[状態]健康
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、きらりんロボ(フィギュア)@アイドルマスター シンデレラガールズ
[思考・行動]死にたくないし、殺し合いにも乗りたくありません。
1:茜を治療する。
2:二宮飛鳥の支給品『探知機』を充電する為に森の外へ向かう。


740 : 臆病者だから、遠くから手を伸ばす。  ◆rK/Lx2Nbzo :2016/08/07(日) 22:12:12 3fGOfImA0
投下終わり。


741 : 名無しさん :2016/08/07(日) 23:00:55 A0bb716s0
投下乙です!
あああ……何も出来ない無力感に苛まれていた茜ちゃんが、図らずも誰かの希望を繋げた……
俗で月並みな言葉ですが、尊い……ひたすらに尊い……
前半掘り下げられた飛鳥くんと幼くも聡明なありすの、失われない二人らしさが茜ちゃんを癒やし、
何も出来ずとも凶行には走らなかった茜ちゃんの心が二人の希望を繋いだ。
構成の妙に心から感嘆します。
それと仁奈ちゃんと島村さんの幻覚幻聴がただ茜ちゃんを絶望させるだけでなく、
ギリギリで正気を踏みとどまらせる楔になっているという発想もとても好きです。
本当に面白かったです。


742 : 名無しさん :2016/08/08(月) 03:28:19 c26ETuf20
投下乙です
残酷な出来事ばかりのこのロワに振り回されるばかりだった子たちが
それでも抱えた一縷の希望が綺麗につながってお互いに救われた感じになって…
よかったなあ…本当によかった…という気持ちでいっぱいになるなった


743 : ◆5A9Zb3fLQo :2017/06/05(月) 17:45:49 YSgvin5M0
お久しぶりです。
星輝子、早坂美鈴、青木慶(ルーキートレーナー)、鷺沢文香、本田未央を予約して投下します。


744 : 呪いにかけられて ◆5A9Zb3fLQo :2017/06/05(月) 17:46:41 YSgvin5M0
 星輝子と早坂美鈴、青木慶は色を失った表情で西へと進む。
 その原因は定時通達で流れて来た死亡者の情報だ。
 慶は既に半数ものアイドルが命を失った事、そして残りの半数のアイドルの内に彼女達の命を奪ったものがいる事に。輝子と美鈴は、友人である森久保乃々の名が死亡者の欄に記されていた事にそれぞれ言葉を失っていた。
 ショックこそ受けているものの輝子と美鈴の二人は友人が死んだという実感は薄い。実物を見ていない事、メールという機械的な通達でしか彼女の死を知らされていないからであろう。
 一方の慶は違う。死亡者の欄に記載されていたイヴ・サンタクロースの名前。
 自分を庇い命を散らした少女の名が、この文面に記されたアイドル達が本当に死んだのだと嫌でも彼女に自覚をさせていた。
 突きつけられた無情な現実に少し前まで二人の少女があげていた気炎は影も形ない。
 とりあえず、禁止エリアとなるここから内陸部に向かおうと慶が提案し、それに従って少女達は進む。
 空を見上げれば曇天が広がっていく。それはまるで、今の彼女らの心境を表すかのように暗く、重い。

「ボノノさんにも」

 重苦しい沈黙を破るように、輝子が呟いた。
 その声は弱々しい。
 美鈴と慶の視線が声を出した輝子へと向けられ、輝子は立ち止まって一度だけ大きく息を吸って、吐き出した。

「ボノノさんにも聞こえるくらい、盛大なライブにしよう」

 再び開いた口から出た言葉に、弱さは感じられない。
 二人の返事を聞かず輝子が再び歩き始める。
 奮い起たせようとしたのは自分自身か、美鈴と慶か、あるいはその全員か。
 ずんずんと先を歩いていく輝子の背を見つめながら、彼女はここまで強い子だったのかと慶は内心で驚いていた。
 決意を込めて歩く後ろ姿に対し、かける言葉が浮かばない。

「行こう、トレーナーさん」

 不意に美鈴から声をかけられ、ピクリと慶の肩が跳ねる。
 声の聞こえた方向へと顔を動かせば美鈴と目が合った。
 彼女へと向けられた美鈴の顔に、先程までの陰はない。

「乃々だけじゃない。ここにいる皆にも、ここに『いた』皆にも聞こえるくらいの大きなライブを成功させるんだ。ウチも輝子もそれくらいしか、できる事ってないけどさ」

 自虐的なニュアンスを言葉尻に感じさせながら、それでもなお美鈴の表情は明るい。

「でもウチらはアイドルだから、それでいいんじゃないかって思うんだ」

 ニッ、と挑戦的な笑みを見せた後、美鈴もまた輝子に続くように歩き出す。
 その歩みに迷いはなかった。
 現実が逆風であったところで自分の在り方を貫き通す。
 ここに来る前から、アイドルである前からそうやって生きてきた彼女達のタフな心はこんな所で折れたりはしない。
 慶にはそんな彼女達のあり方が、とても眩しいものに見えた。
 それと同時に彼女達を支えて、彼女達の言うライブを成功させたいという欲求が芽生えていた事に気付く。


745 : 呪いにかけられて ◆5A9Zb3fLQo :2017/06/05(月) 17:47:13 YSgvin5M0

(強いな、あの子達は)

 慶よりもずっと若いというのに、少女達の歩みに迷いはない。
 それを空元気だの、若さゆえの無根拠な自信や無鉄砲さだのと揶揄して一笑に伏す事もできるだろう。
 だが慶の胸中には、そういった考えがわくことはない。
 無情な現実を前にしてもアイドルを貫こうとする彼女達を、トレーナーとして好ましく思い、一人の女性として魅せられてしまったのだ。

(ライブ、か)

 美鈴の後を追うように、慶もまた歩き出す。
 アイドルがライブを行うというのであれば、トレーナーの仕事はなにか? そんなものは分かりきっている。アイドルを最良の状態で舞台へと送り届ける事だ。
 少女達がこの場でもアイドルたらんとするならば、未熟なりにも自分もまたトレーナーとしてあろうという決意が慶の心に活力を与えた。
 歩く速度を早める。
 輝子にかなり先行されてしまったが見失う程の距離ではない。
 とはいえ見通しの悪い森の中を彼女一人先に歩かせて置くのは危険すぎる。

「輝子ちゃん、待――」

 輝子を呼び止める為に声を上げたのと、輝子の前に躍り出る様に人影が出てきたのは同時だった。

「「輝子(ちゃん)!!」」

 美鈴と慶の声が重なって響く。
 咄嗟に駆け出すが彼我の距離を鑑みればどう考えても間に合わない。

 2つの影が重なる。衝突したというべきだろうか。
 輝子とは異なる人影も彼女との遭遇は予期せぬものだったらしい。
 ぶつかった二人は互いに弾かれ尻餅をつく。
 その隙に美鈴と慶が輝子の元へと辿り着いた。
 怪我はないかと覗きこむと輝子は鼻を抑えている。衝突した時にぶつけたようで、鼻血こそ出ていないが鼻先が赤くなっている。
 それ以外に怪我らしい怪我がないことに、ほっと息を吐くと輝子と衝突した人影へと視線を向けた。

「文香さん?」
「あ、トレーナー、さん」

 そこにいたのは鷺沢文香だ。
 肩で大きく息をし、べったりと汗に濡れた髪が乱れ、顔には殴られたのかくっきりと青あざが浮かんでいる。
 誰かに襲われわき目もふらずに走ってきたとでもいうのか、明らかに尋常な様子ではない。
 何があったのかと慶が尋ねるよりも早く、文香が口を開いた。

「早く、ここから、離れ、ましょう。ここにいたら、未央、さんに……」

 息のあがった声で文香が必死に告げる。
 未央がどうしたのかと尋ねる前に文香は立ち上がろうとするが、身体がふらつきすぐ倒れかけてしまう。
 慶達の目から見ても明らかなくらいに文香は消耗していた。
 慌てて慶が文香の方へと駆け寄り助け起こそうとすると、文香が縋るように慶の服を握りしめる。


746 : 呪いにかけられて ◆5A9Zb3fLQo :2017/06/05(月) 17:47:39 YSgvin5M0

「早く、お願いですから、早く」
「落ち着いて文香さん。早くって言ってもその調子じゃ無理だよ。どこかで休まないと……」

 焦燥する文香の様子を見てただ事ではないものを感じながらも、トレーナーとしての経験から彼女の体がどれだけ無理をしていたのかを読み取ってしまった慶は、この状態の彼女を引き連れて歩くという選択をとれず、応急的な対応として輝子達に指示を出して物陰の茂みに隠れた。
 ペットボトルの水を飲ませて文香が呼吸が整うのを待ってから移動を再開し、慶達は文香から何が起こったのかを聞かされる。
 未央に襲われた事、そして由里子に助けられた事だ。
 定時通達のメールで由里子の名が記載されていた事は慶達も知っている。由里子が未央によって殺されたと言うことは彼女らにも予想はできた。
 慶らの知る未央が文香の言ったような行為を取った事はにわかには信じられなかったが、だからといって息も絶え絶えに走って逃げていた文香の姿を見ていた以上、それを嘘だと断じる事も無理な話であった。

「な、なあ……、それで、文香さんはこれからどうするつもりなんだ?」

 文香の方を振り向いて輝子が質問をする。普段あまり絡みのない相手である事もあり、声に若干の緊張が伺える。
 どうするのか? どうしたいのか?
 文香の中に止められなかった速水奏の姿と大西由里子の姿が浮かぶ。
 二つの死を経て心に抱いた願望。

「"こんな場所でも、会えて良かった"とそう思われたいです」

 流石に"その上で死にたい"という思いまで口にするのは憚られた。
 助けられたかもしれないのに取りこぼした命。
 助けられた代わりに見殺しにしてしまった命。
 その二つを無為にしない為の決意。

 それを聞いて、輝子と美鈴、そして慶が揃って顔を見合わせる。
 何か、不味い事でも言ってしまったのかという不安が文香の胸中を過った。
 が、三人がそのすぐ後にニッと笑顔を浮かべたことでそれは杞憂である事を理解する。

「だったらウチらと一緒にライブをやらないか?」
「う、うん。そうしたら多分、文香さんのやりたいことも、叶う、かも」

 ライブ? と文香はきょとんとした表情を浮かべる。こんな場所では縁もない言葉を聞かされたのだから無理もないだろう。
 輝子と美鈴が説明する。こんな殺し合いに乗ってやるものかと真っ向からNOを突きつける為にライブをやろうと考えているのだと。
 だから一緒にライブをしてくれる仲間(トモダチ)を探している。そんな荒唐無稽な計画を聞かされ、文香の目が点になる。
 慶の方を見ると苦笑を浮かべているものの、彼女らの行いに乗り気であることは見て取れた。
 彼女達は本気だ。そう、文香は確信する。

 なんて馬鹿げた話であることか。
 現実逃避で自棄を起こしたと取られても仕方がないだろう。
 それでも、そのあり方は文香にとって眩しく見えた。


747 : 呪いにかけられて ◆5A9Zb3fLQo :2017/06/05(月) 17:48:11 YSgvin5M0

「……一緒にライブをやれば、私の願いも本当に叶うでしょうか?」
「ああ! 叶うと思うぞ!」
「まず私達が、文香さんに会えて良かったって思うしな。フヒ……」
「はい、でしたら私も一緒に……」

 肯定的な返事を受けて美鈴と輝子が色めき立つ。
 はしゃぐ二人を見て、くす、と文香の顔に笑みが浮かんだ。
 慶に顔を向けると目が合い、微笑みあった。
 自分に何ができるかなどと言うことはまだ分からない。
 それでもこの踏み出した一歩は無駄ではない。文香にはそう思えてならなかった。

 その時不意に背後の茂みから物音と何かが駆ける音が響く。
 文香が振り向くよりも早く慶に突き飛ばされてしまう。
 地面を転がりながら何があったのかと文香が顔上げるのと、輝子と美鈴が「トレーナー!」と叫ぶ声はほぼ同時。
 空気が一瞬にして凍り付く。文香の視界には文香を庇いロクに抵抗出来なかった慶が未央に背後から組み付かれ、喉元にナイフを突きつけられていた。

「良かったよ、ふみふみもこっちに来てて」

 未央は笑う。
 普段の彼女と変わらぬ笑みで。
 未央が口を開く。
 いつもと変わらない快活な調子で。
 ナイフを慶に突きつけながら行われたそれらの行動は、異様という他はない。
 "未央から逃げてきた"という文香の言葉が現実味を帯びていく。

「1つ質問があるんだけどさ」

 対峙した少女らの動揺など気にも留めず、未央は言葉を続けていく。
 緊張からごくり、と誰かが唾を飲んだ。

「しまむーを殺した人に、心当たりはないかな?」

 笑顔のまま、そう尋ねる未央を見て、その場にいた彼女以外の人間は、背筋にぞくりと悪寒が走るのを感じた。




748 : 呪いにかけられて ◆5A9Zb3fLQo :2017/06/05(月) 17:48:36 YSgvin5M0

 島村卯月。

 未央がかつて組んでいたユニット、ニュージェネレーションズのメンバーであり、友人。
 死亡者欄に彼女の名が記された定時通達のメールは、取り逃がした文香を追跡していた彼女の足を止める程の効果があった。

「しま、むー……」

 掠れた声が口から漏れてから、それが自分の声だと遅れて理解する。
 目が見開かれ、ドッドッと心臓が脈打つ。
 携帯端末を持つ手が人知れずわなわなと震えていた。

 見た人の心を暖かくする眩しい笑顔が自慢の友人。
 遥か遠くに輝くものを目指して共に駆け抜けた目標にして好敵手。
 辛いときだって手と手をとりあって切り抜けてきたチームメイト。
 ――自分から人ととしての大切な何かを失わせた切欠となった男の恋人。

 未央を襲った男は、島村卯月の旧プロデューサーだった。
 理由は知らない。
 事務所が"君がアイドルとしてまだ活動していたいのであれば、知る必要はない"と暗に脅迫する形で未央の追求を差し止めたから。
 ただの暴漢として、卯月の旧プロデューサーは彼女との関係を徹底して隠蔽され、ただの悪質なストーカーとして処理された。
 それと時を同じくして付き合っていた未央の旧プロデューサーが暴行で逮捕されたと聞かされる。
 何をしたのか話を聞こうとした未央だが、それは事務所の圧力によって叶わず、面会すら謝絶された。
 話を聞くことは叶わなくとも、それだけで未央は理解した。理解できてしまったのだ。

 自分を襲ったのが卯月の旧プロデューサー。
 同日に誰かを暴行して捕まった未央の旧プロデューサー。
 なら、襲われたというのはーー。
 同じユニットのアイドルの元プロデューサーが互いに恋人の友人を襲ったなどと、確かに公にできる内容ではないだろう。
 その結論に思い至った時の彼女の感情はどう表現したものだったろうか。

 自身の愛情と信頼を踏みにじった恋人への失望と怒り。
 愛した人が行った仕打ちによる卯月に対しての申し訳なさ。
 自分ではなく卯月を襲った事への嫉妬。
 そして彼らによって目覚めさせられてしまった、抑えようのない殺人への好奇。

 混ざりあい複雑な色を見せる感情にかき混ぜられ、寝込み、嘔吐し、啜り泣く。
 それでもアイドルをやめる選択肢を取れなかった。
 殺人嗜好に目覚めても、数多の思い出を最愛の男に汚されても、煌めく舞台で得た綺羅星の如き輝きを捨てる理由にまではならなかったのだ。
 それは真っ当な人としての彼女の、最後の拠り所だったのかもしれない。


749 : 呪いにかけられて ◆5A9Zb3fLQo :2017/06/05(月) 17:48:57 YSgvin5M0

 復帰が決まってすぐ、ニュージェネレーションズ解散の話をユニットを担当していたプロデューサーから聞かされた。
 申し訳なさそうなプロデューサーに対し残念そうな曇り顔を見せながらも、心の中では"当然だ"と冷淡に受け止める。
 卯月からしてみれば未央の恋人が卯月を襲い、正当防衛とはいえ彼女の恋人を未央が殺害した形だ。これからも一緒にニュージェネレーションズを続けていこうなどと端から見ても無理な程に人間関係が拗れてしまった。
 今回の件になんら関与していない凛に対しては申し訳なく思いつつも妥当な判断であるというのが未央の出した結論だ。
 解散を承諾したあとは卯月と凛への顔見せが待っていた。
 憂鬱ではあったが避けて通れぬ道だ。卯月にどう話せばいいかと答えの出ない思考が部屋の扉の前に着くまで頭の中を駆け巡り続ける。
 プロデューサーが扉を開けた。その先にいるのは二人のアイドル。
 目が合った凛がバツが悪そうに少し視線を反らす。仕方のない事だと、寂しげな笑顔を浮かべる。
 正当防衛とはいえ殺人を犯した友人に対してまだ10代後半の少女がどんな声をかければいいというのか、おまけに凛はどちらかといえば不器用な質だ、この反応も十分に未央の予想の範疇内だった。
 続いて視線が卯月と重なる。
 卯月の方がより状況は深刻だ。共に被害者であることは承知しているだろうとはいえ、卯月を襲ったのは自分の恋人であり、加えてその恋人を殺した女なのだ。
 どういう対応をすべきかは未央にだって思い付いてはいない。
 だからこそ卯月のとった行動は未央にとって衝撃だった。

「未央ちゃん!」

 卯月が目元に涙を浮かべながら未央に抱きつく。
 いつもの笑顔で、また来てくれて良かったと、大変だけどこれからも頑張ろうと卯月は告げる。
 未央が襲われる前と変わらぬ笑顔で。
 自分だって襲われた事実は変わらない癖に、襲った相手の恋人に、彼女の恋人の仇なのだというのに、前と変わらない笑顔で。
 まるで、自分が襲われた事実などなかったかのように接してきた卯月に対し、震える両腕で抱き締める。
 未央の目から涙が零れた。
 嬉しかったからではない。
 あんな目にあっていながら平然と何事もなく振る舞える卯月に対して、変わってしまった自分はなんなのだと、自身が酷く惨めな存在なのではないかという自己嫌悪から生じた涙だった。
 ギリ、と歯を噛みしめて、卯月をキツくキツく抱き締める。胸の奥から黒い靄のようなものが立ち上ってくるのを未央は感じた。

 この時、未央は決心したのだ。
 卯月が何事もなく振る舞うのであれば、自分だって同じようにやってやる。
 そしていつか、必ずいつか、本田未央は己の中に芽生えた衝動に忠実に島村卯月を殺そうと。

 だが、その機会は永久に失われてしまった事を未央は知らされた。
 奥歯を強く噛む。握りしめた携帯端末から軽く軋む音が鳴る。

「なんで、私が殺す前に死んじゃうのかな、しまむー」

 一筋の涙が、未央の目から溢れてアスファルトに微かな染みを作る。
 その涙が、どういった感情の元で流れたものなのかは、未央自身も理解できるものではなかった。
 パーカーの袖で強引に目元を拭う。
 その目にひとつの決意が宿っていた。

 卯月を殺したアイドルを許す訳にはいかない。
 どんな理由があったにせよ、どんな経緯の上だったにせよ、人の獲物を奪った以上はその罪は償わなせればならない。
 命を奪ったのだから、自身の命が奪われることに文句なんて言わせない。言わせていい筈などない。
 ただ殺す事だけに執心していた壊れた少女に、明確な目標が生まれる。


750 : 呪いにかけられて ◆5A9Zb3fLQo :2017/06/05(月) 17:49:53 YSgvin5M0

 携帯端末を懐にしまう、他に目ぼしい情報もなかった。
 さしあたってどうするか、取り逃がした文香を追うことが先決だろうと目標を定める。
 自分が殺し合いに乗っているという情報を拡散されてしまえばそれだけでやり辛くなるのは明白だ。
 多少なりとも日々のレッスンで鍛えられているとはいえ、高峯のあや片桐早苗といった荒事にも手慣れていそうな手合いに対しては、真っ向から挑んでも敵わない事を理解している。
 である以上は彼女達に自身が倒さねばならない敵であることを認識させる危険性のある文香の排除が第一なのだ。
 立ち止まっていたのは数分。インドアタイプの文香に比べて体力に分があるのは自分。走れば間に合う可能性はある。
 そこまで思考して未央は文香が逃げた方向に駆け出す。
 追っている最中に「輝子」と人の名前を叫ぶ声が響いてきたのは幸運だった。
 声の方角を便りに見つけた4つの人影。未央は息を潜めて茂みから様子を伺う。
 文香はいた。しかし、他のアイドルが二人にトレーナーが一人。
 多勢に無勢ではあるが、身体能力で考えて自分を上回りそうなのは慶くらいだろうか。
 恐らくこれまでの経緯を文香から聞いているであろう3人に気取られぬ様に回り込む。
 殺してもいいが、その前に卯月について何か知っている可能性がある以上、未央も彼女らに話を聞く必要がある。
 で、あるならば人質をとって情報を得るのが優先か。
 慶が襲撃しやすい手頃な位置にいた事は二つ目の幸運だ。
 果たして未央は慶を人質にし、この状況を作り出すことに成功したのだった。

「許せないよね、しまむーを殺した人。だから私、探してるんだ。ねえ、何でもいいから知ってること、教えてほしいな」
「み、未央ちゃん。こんな事はやめ……」
「ルキちゃん、関係ないことは喋らないでくれる?」

 未央を思い止まらせようと口を開いた慶に対し、突きつけたナイフの先端をチクリと差し込むことで黙らせる。
 微かに裂かれた慶の首筋から紅い雫がツウッと下に流れた。
 その一手で慶が黙りこんでしまった事を確認し、未央が再び輝子達へと向き直る。

「もう一度、改めて聞くよ。しまむー殺した人の心当たりってあるかな?」

 笑顔を崩さぬまま訊ねる未央に対して、輝子達は質問に答える以外の道はなかった。

「わ、私達は知らない……。ここまでにあった人はここにいる人達しか、いないし……」
「そっかー」

 輝子達の返答に未央は残念そうに眼を伏せ溜息をつく。
 望みには応えた。どうにか慶を解放して貰わなければ。どうすればいいかを美鈴と輝子は必死に考えを巡らせる。
 すっ、と未央の手が動き、ナイフの切っ先が喉元から離れていく。
 "解放してくれるのか"そんな微かな希望が輝子らの心に宿った事を嘲笑うかの様に、未央のナイフを持った腕が慶の脇腹を目がけて振り下ろされた。
 くぐもった悲鳴が不気味な静寂に満ちた空間に響く。

「じゃあ、もういいや」

 血を流し蹲ろうとする慶を打ち捨てる様に乱暴に放り投げながらあっけらかんとした調子で放たれた酷く排他的な台詞に、悍ましさが掻き立てられる。
 これが、あの本田未央なのか。動揺と恐怖で少女たちは金縛りにあったかの様に動けなくなってしまった。
 一歩、未央が前に出る。足がすくんでしまい輝子達は思うように動けない。
 にこりと未央が笑う。それはライブやモニタ越しにいつも見ていたそれと寸分変わらぬ笑顔だった。
 更に一歩、未央が前に出ようとする。

 刹那、未央の背後から影が躍りかかった。


751 : 呪いにかけられて ◆5A9Zb3fLQo :2017/06/05(月) 17:50:21 YSgvin5M0

 「わあっ!?」
 「輝子ちゃん達は、殺させない……!」

 影の正体は未央に刺されて蹲っていた慶だ。
 致命傷ではある、だが死んではいない。
 動くのにも支障が出る様な、経験したこともない痛みとそれによって鮮明にならない意識の中、"アイドル達を守る"と新ためて誓った信念を支えに気力だけで未央の背後から覆いかぶさり動きを止める事に成功したのだ。
 もがく未央が拘束を振りほどくようにナイフを慶の腕に突き立てると、慶の口から悲鳴が漏れた。それでも慶は拘束を緩める気配はない。
 その姿を見た瞬間、輝子の金縛りが解けて弾かれる様に反射的に体を動かしていた。
 デイパックにしまっていたVz61を取り出す。
 未央には話は通じそうにない。このままでは慶が死ぬ。
 ライブに賛同してくれた仲間を助けなければ。
 その思いだけで銃口を未央の頭へと向け、気付いた美鈴や文香が止める間もなく引き金に指を――

「駄目!」

 鬼気迫る慶の叫び声に輝子はビクリと震え、動きを停止させる。
 銃の引き金が引かれる事はなかった。

「輝子ちゃん達はアイドルなんだから、そんな物を持って人を傷つけちゃ駄目だよ!」

 ハッとして引き金からゆっくりと指を離した輝子を見て、慶は安堵する。
 彼女達はアイドルだ。殺し合いの場であろうとそれは変わらない。
 で、あるならば彼女達に人を傷つけさせてはならない。

「だから、だから絶対にライブをやってください! 私や乃々ちゃんにまで聞こえるくらいに、盛大なやつを!」

 "私や乃々ちゃんに"という言葉が意味をするところをその場にいた三人は察する。
 自分を置いて逃げろと慶は少女達に告げたのだ。
 輝子と美鈴と文香の三人がかりならば未央を無力化する目はあるかもしれないが、万が一にでも反撃で三人の誰かが怪我をすれば、誰かが死んでしまったら。万が一にでも三人の内の誰かが弾みで未央を殺害してしまったら。
 その全ての可能性は慶が許容できるものではなかった。
 だからこそ慶は指示を出す。アイドルの本分を果たせと。
 殺すことも殺される事も否定して、輝子と美鈴があろうとしていたアイドルの姿勢を貫き通せと。
 輝子が戸惑う。慶の意思を理解したとしても、それを受け入れ彼女を見捨てて逃げられるかといえば、それはまた別の問題だ。
 どうすればいい、何が最適解なのかと思考の渦に囚われ始めた輝子の腕が、不意に誰かに捕まれる。
 ハッとして腕を見れば見慣れた袖。彼女の腕を掴んだのは美鈴だった。

「美――」
「走るぞ」

 二の句を告げる間もなく、美鈴が輝子の腕を引いて駆け出した。
 不意をつかれ、踏ん張る事も出来なかった輝子が引きずられる形で繁みの奥へと連れていかれる。
 横を見れば同様に駆け出した文香の姿。視界に収めたその顔は今にも泣き出しそうだった。
 首だけで振り替える。
 もがき振りほどこうとする未央とそうはさせじと組みついている慶の姿。
 慶と目が合う。彼女は気丈にも微笑んで見せた。
 その光景に目を見開く。ギリという音が響いて、自分が奥歯を噛み締めていた事に気付いた。
 もう、とれる行動は1つしかない。
 視界を前へと戻す。自分の手を引いて走る美鈴の表情はわからないが、きっと自身と同じ表情をしているという直感があった。
 滲む視界の中を走る。走る。走る。
 "ボノノさんにも聞こえるくらいに盛大なライブにしよう"
 先程言った自分の言葉がリフレインする。
 ライブをしよう。しなければならない。
 湧き出る意思は使命感かそれとも強迫観念か。
 現実という理不尽にその身を襲われながらも、少女達はアイドルである為に走り続ける。


752 : 呪いにかけられて ◆5A9Zb3fLQo :2017/06/05(月) 17:50:44 YSgvin5M0

【G-08/一日目/日中】

【早坂美玲】
[状態]健康
[装備]模擬刀
[所持品]基本支給品一式
[思考・行動]
基本:友達と一緒にいたい
1.本田未央から逃げる
2.友達を探してからライブだ
3.プロデューサーにも、会いたいな……

【星輝子】
[状態]健康
[装備]
[所持品]基本支給品一式、Vz61(30/30)、予備マガジン(Vz61)×3
[思考・行動]
基本:トモダチと一緒にいたい
1.本田未央から逃げる
2.トモダチを探してライブだ
3.親友(プロデューサー)が気になる
4.いざとなったら、トモダチを守るために魂で戦うつもりだった。でもトレーナーの言葉が……

【鷺沢文香】
[状態]顔面中に傷(但し膨れ上がるほどひどくはない)、疲労(大)
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式×3、拡声器@現実、タオル数枚、ハンガー数本、速水奏の手紙(未開封)、ランダム支給品(0〜3)
[思考・行動]
基本:出会って良かったと思われて死にたい
1.本田未央から逃げる
2.二人のライブを手伝う
3.今まで自分は現実逃避していただけの臆病者だったと認識


753 : 呪いにかけられて ◆5A9Zb3fLQo :2017/06/05(月) 17:51:09 YSgvin5M0

 輝子達が見えなくなって気が弛んだのか慶の拘束が僅かに緩んだ。
 その隙を逃さず未央が強引に慶を振りほどく。はね飛ばされた慶の口から苦痛の呻きが漏れた。
 放っておいても遅かれ早かれ慶は死ぬ。急いで逃げた三人を追わなければ。
 そう判断し、立ち上がろうとした未の足が何かに掴まれ、つんのめって体勢を崩す。
 足元に視線をやれば、右足首を掴む誰かの手。
 誰だろうか? 決まっている。慶の手だ。
 血と泥にまみれて汚れた半死半生の少女が、未央を彼女らの元へと向かわせない為に必死の抵抗を見せていた。
 その姿に未央は言い様のない恐怖を覚え、たまらず口を開いく。

「なんで!? どうして!? お腹刺されてるんだよ? なんでそんな姿になっても動けるの!? 痛くないの!?」
「痛い、とっても痛いよ。今にも気絶しちゃいそうだし、凄く苦しいよ」

 でも、と息も絶え絶えの少女は続ける。
 その顔には気丈な笑顔が浮かんでいた。

「私は、トレーナーだから……、私の仕事は、アイドル達を、輝くステージに送り出す、ことだから……!」

 未央は言葉を失い、自分でも気付かない内に強く下唇を噛む。
 慶の、今にも死にそうな青白い顔に浮かんだ笑みはどこか誇らしく、舞台で歌うアイドルのように輝いて見えたから。
 それはもう、自分には掴むことが出来ない輝き。
 嫉妬の炎が胸の内で燃え猛る音が聞こえた気がした。

「もう、やめよう? 未央ちゃん。こんなことしちゃ、駄目だよ。未央ちゃんだって、アイドルなんだから」
「……るさい」
「やめようよ、私、舞台で輝いてる未央ちゃん、大好きだよ? だから……」
「うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!!」

 ヒステリックな叫びに合わせて白刃が降り下ろされ、朱い飛沫が地面に染みをつけていく。
 拒絶の意思が凶器となって慶の体を滅多刺しにする。
 何度も何度も襲いかかる痛みと衝撃に、悲鳴も上げられずに慶の意識は閉ざされていく。
 慶の脳裏に浮かんだのは、彼女同様にここに連れてこられた、尊敬する大好きな家族の姿。
 姉はどうしているだろうか、きっと自分よりも上手くアイドル達を守れているのだろう。
 姉が殺し合いに乗っている可能性など、慶は微塵も考える事はなかった。
 そして、浮かぶのはもう一人、この殺し合いの場で彼女を守って散った純白の少女。

(お姉ちゃん、私、頑張れたかな……? イヴちゃん、あなたのお陰で、私は輝子ちゃん達を守れたよ)

 視界が暗くなっていく中でイヴの犠牲が無駄にならなかったことに微かな満足感を覚える。
 そして一人のトレーナーは己の責務を果たしきり、その命を終えた。


754 : 呪いにかけられて ◆5A9Zb3fLQo :2017/06/05(月) 17:51:39 YSgvin5M0

 物言わぬ死体となってからも半狂乱の未央はナイフを振り下ろし続ける。
 既に慶が動かなくなったと気づいたのはいつ頃か。
 パーカーを返り血で染め上げた未央は肩で息をする。
 これまでの殺人の時にはあった高揚感など微塵も感じられない。
 荒い息を吐きながら震える手で、掴みかかっていた慶の手を振りほどく様に地面に転がす。
 仰向けに転がる慶の死体。その顔が未央の視界に入る。
 驚愕と衝撃で呼吸が止まった。

「なんで、そんな顔で死ねるの? 」

 未央の表情が苦々しく歪む。
 慶の死に顔は安らかな表情をしていた。
 あれだけ刺されたというのに、知り合いに殺されたというのにだ。

「ルキちゃんだって、やりたいこと一杯あった筈じゃん。家族のところとか、帰りたかった筈じゃん」

 悲痛な表情浮かべながら、未央は慶の顔を覗き込み、語りかけた。
 返ってくる言葉など、ある訳がない。

「悔しいでしょ? 悲しいでしょ? なら、そんな顔で死なないでよ。しまむーの恋人さんだって、とときんだって、ゆりゆりだってそんな顔で死ななかったのにさ」

 冷たくなった体を揺する。
 フラッシュバックするのはここまでで未央が手にかけてきた人達の顔。
 苦痛、絶望、驚愕。そのどれとも異なる表情が目の前にある。
 敗北感に苛まれ、最後に一度、安らかな死に顔の慶の体にナイフを突き立てた。
 それは癇癪を起こした子供の八つ当たりの様だ。いや、実際に八つ当たりなのだろう。
 傷が増えたところで生命活動を終えた慶には刺された箇所から血が吹き出す以外の反応はない。
 気が晴れる事はなく、苛つきが増すだけの結果になった。
 ぽた、ぽた、と透明な雫が土気色をした慶の顔に零れる。

「人を殺したのに、全っ然楽しくない……!!」

 涙声の混じった叫びが、無人の森に響く。
 しばらくして、未央は慶の体からナイフを引き抜き、ゆらりと立ち上がる。
 そして慶のデイパックを漁り有用そうなものを自分のデイパックへと詰め直すと歩き出した。
 緩慢だが確かな歩みで一歩。一歩。

 星輝子と早坂美鈴。この2人は必ず殺さねばならない。それも、彼女達が開こうとしているライブが行われる前に確実に。
 そうすれば、慶の死は、身を犠牲にした行動は無駄になる。
 彼女の死を無意味なものにさせる。安らかな死に顔を、決意を、尊厳を全て踏みにじらなければ。
 そうしないと楽しくならない。そうしなければ自分の心が守れない。
 壊れた少女、血塗れの灰被りの歩みは止まらない。
 歪み続け、捻れ続け、自分の何かもが終わるまで、どこまでも、どこまでも歩いていく。
 呪(まじな)いの代わりに呪(のろ)いにかかったシンデレラに、12時を告げる鐘の音はまだ鳴らない。

【青木慶 死亡確認】


【G-08/一日目/日中】

【本田未央】
[状態]全身に返り血、疲労(大)、精神的疲労(大)
[装備]ナイフ
[所持品]基本支給品一式*2、不明支給品(1〜5)
[思考・行動]
基本:人殺しとして、楽しんで、思い知らせて殺す
1.星輝子と早坂美鈴をライブ前に殺害して青木慶の死を無駄死にする。
2.鷺沢文香は追い詰めて殺す。必ず思い知らせてから殺す

【備考】
※青木慶の不明支給品を回収しました


755 : ◆5A9Zb3fLQo :2017/06/05(月) 17:52:23 YSgvin5M0
以上で投下を終了いたします。


756 : 名無しさん :2017/06/05(月) 21:23:33 P1hU8Jio0
投下乙です!デレロワにまさかの投下が!
と思ったらトレーナーさんが……!
この人には光のトレーナーサイドとしてもっといろんなアイドルを救ってほしかった思いもあるけど、
今回だけで鷺沢さんを的確な処置で落ち着かせ、輝子が人に武器を放つのを止め、
二人を逃がし、そしてちゃんみおに最後まで語り掛け続けることで彼女の揺さぶるところまでいった。
やっぱりトレーナーってすごい。そしてこれでも解けないちゃんみおの呪い……
もりくぼの死を知り、初めて殺し合いを目の当たりにした輝子と美玲も含めてこのロワを思い出させてくれるいい一話でした。


757 : ◆5A9Zb3fLQo :2017/06/05(月) 22:00:19 YSgvin5M0
すいません、美玲を美鈴と誤字っている箇所はWikiの方で直しておきます。担当Pの方申し訳ありません


758 : 名無しさん :2017/06/05(月) 22:45:20 cuk91iEA0
投下乙です……!
読み進めるごとにこのロワの雰囲気と記憶をどんどこ思い出していき悶えました。
そして話の内容これが好き。
もりくぼの死を知り激しいショックを受けているだろうに、気丈にアイドルとして輝かんとライブを目指す美玲と輝子。
そしてその二人に魅せられ自らもまたトレーナであろうとするルキちゃんと、
かすかな光に僅かな希望を灯す鷺沢さん。
そしてそこに有り余る絶望を振りまきに来る未央。
これまでも殺人鬼に至る悲劇的経緯の描写はあったけれど、
今回の更なる掘り下げと愛憎極まる標的の島村さんの死、
ルキちゃんの奮闘によってより悲壮に、より一本筋の通った殺人者になった。
その犠牲となってしまったルキちゃんは未央を止められはしなかったけど、
確かに三人の命と輝子のアイドルを守り抜けた。最後の独白には泣きました。
しかしその死によってトップクラスのマーダーであるベテトレさんがどう反応するかが恐ろしいし、
ここで生まれた絶対にライブを成功させる/失敗させるという因縁も恐ろしい。

キャラクターの死、出会いによってどんどん化学反応が起こっていく面白さが如実に現れた素晴らしいお話でした。
面白かったです。


759 : ◆5A9Zb3fLQo :2017/06/14(水) 00:05:29 Dic355SQ0
皆さま感想ありがとうございます。
とても励みになります。

一ノ瀬志希、宮本フレデリカ、結城晴を予約して投下します。


760 : Gift(ed) ◆5A9Zb3fLQo :2017/06/14(水) 00:07:06 Dic355SQ0

駆けていく。
少女達がひたすらに駆けていく。
息を切らせて、胸を弾ませて、その顔を歪ませて駆けていく。
結城晴は逃げていく。

後を追うフレデリカの説得も、疑心暗鬼の晴には届かない。
比奈やフレデリカ、春奈が嘘つきなのか。
トレーナーや美波が嘘つきなのか。
どっちも信じられない。
事務所の仲間同士で誰かが誰かを殺そうとしてるなんて、信じられない。
そんな現実なんて、信じたくない。

混乱と動揺が胸のなかをぐるぐる渦巻く。
逆巻く感情は余裕を奪い、視野を狭くする。
不意に、晴の足に激痛が走った。

「……痛ゥッ!」

舗装もされていない道を裸足で走ったせいで、運悪く尖った石を踏みつけてしまったのだ。
痛みに呻き、咄嗟に蹲る。
その背に向かって聞こえてくる足音に気付き振り返ると、フレデリカがこっちに駆け寄ってくるところだった。

「来るなっ!」

つい、声を荒げて睨み付ける。
フレデリカはそんな晴の様子にビクリと震えながら動きを止めた。
普段のフレデリカからは考えられないようなショックを受けた顔に、チクリと晴の心が痛む。
だが、その痛みは彼女の心を開かせるまでにはいたらない。

「来るなって、はるちん、足怪我したんでしょ? 早く手当てしないと……」
「いい!」

心配そうな声をぴしゃりとはねのける。
胸に澱む恐怖と疑心が頑ななまでにフレデリカとの接触を拒む。
だからといってフレデリカが晴を放置してどこかへ行くなどという選択肢を取る事はできなかった。
彼女が怪我をしていることは勿論だが、青木聖と新田美波、二人の危険人物が彷徨いているところに放置していくという見殺しにも等しい真似ができる程の非情さをフレデリカは持ち合わせていないのだ。


761 : Gift(ed) ◆5A9Zb3fLQo :2017/06/14(水) 00:07:32 Dic355SQ0

一歩近づく。
ビクリと晴の体が揺れる。
一歩近づく。
晴がじり、と後ずさる。
一歩近づく。
晴が再度「来るな」と叫び、ビクリとフレデリカの体がすくむ。
それでもなお、一歩近づく。
泣き出しそうな顔をした晴が、咄嗟に何かを投げつける。
鋭い衝撃フレデリカを襲った。

「痛っ」
「あっ……」

恐怖に呑まれ我を忘れた晴は額の右横から血を流して蹲ったフレデリカの姿を見て、我に帰る。
自分が今何をしたのか、してしまったのか。
止まる気配もなく近づいてくるフレデリカに対し、疑心と恐怖でがんじがらめになり、咄嗟に投げつけた小石がフレデリカを傷つけた。
自分が人を傷つけてしまった事に、顔をしかめて蹲るフレデリカの姿に、晴の中に罪悪感が生まれる。

「あの、俺、その……」
「大丈夫、大丈夫、だから」

心の天秤が罪悪感に傾く。
結城晴という少女は人を傷つけてそのままでいられる様な人間ではない。
しどろもどろになりながら話しかけてきた晴に対し、傷口を抑えながら晴を安心させる様にフレデリカが力なく微笑んだ。

「大丈夫だよ。アタシははるちんに酷いことなんてしないから、恐がらないで? ね?」
「……ごめん」

晴の口から謝罪が溢れる。
臨界に達した恐怖と疑心が投石という形で噴出した事、衝動的にとはいえ知り合いを傷つけた衝撃、晴を安心させようと微笑んだフレデリカの行為が相乗してか、晴の思考は幾分か冷静さを取り戻していた。


762 : Gift(ed) ◆5A9Zb3fLQo :2017/06/14(水) 00:08:28 Dic355SQ0

「でもやっぱり俺、あんたの事も完全には信用できない」

傷つけた事と信用しきれない事、2つの意味を込めた謝罪。
冷静さを取り戻してなお、疑心を完全に取り払うまでにはいかなかった。
フレデリカの表情が悲しげなものに変わっていく。
ここまでのフレデリカの態度から見て悪人で無いであろう事は晴にも理屈でわかっていた。
それでも、あの場での青木聖や新田美波達と遭遇した時の一連の騒動が未だに疑心を残している。
それは晴の中で美波や聖が"しっかりした頼りになる大人の女性"であった事も大きかった。
日常の彼女達を知っているからこそ、この殺し合いに乗ってしまったという事が俄に信じられなかったのだ。
無論、だからといってフレデリカ達が信用できないという訳ではない、だが、日頃の信用度の高さでいえば二人の殺人者の方があった、それだけの話であった。

「はるちん……」

悲しそうな呟きに、「だからその名前で呼ぶな」と返す気力もなく、晴は申し訳なさそうに目線を逸らす。
いたたまれない空気が二人の間に漂い始めた、その時だった。
不意にガサリと茂みから物音が聞こえ、二人が反射的に物音のした方向へと目を向ける。
比奈や春菜が追い付いたのか、それとも聖や美波に追い付かれたか。焦燥が二人の胸中を駆け抜ける。

「はすはす、急に大きな声が聞こえたと思ったら、このどこかで嗅ぎなれた臭い。これはもしかして〜?」

響いた声は四人の誰のものでもなかった。
しかし二人には、特にはフレデリカにはとても聞き覚えのある声。

「志希ちゃん……?」
「やっほーフレちゃん、一日ぶりくらい? そっちは結城晴ちゃんだっけ。……ってもしかしてお取り込み中?」

茂み掻き分け現れたのは一ノ瀬志希。
驚くフレデリカと晴を尻目に、互いに血を流す二人を見やって志希は気まずそうな笑顔を見せる。

「志希ちゃん!!」

フレデリカが感極まった様に駆け出し志希へと抱きついた。
志希は突然のフレデリカの行動に目を見開くが、耳に聞こえたしゃくりをあげるような微かな音と鼻腔が捉えた微量のアルカリ臭で大まかな事態を察する。
志希を抱き締めながら肩を震わせるフレデリカと、そんな彼女に対し目を瞑って優しげに頭を撫でる志希の姿を見て、晴はここから逃げようとする感情を抱くことは、もうできなかった。


763 : Gift(ed) ◆5A9Zb3fLQo :2017/06/14(水) 00:09:09 Dic355SQ0



「ん、これでいいでしょ、多分」

志希が立ち寄っていたという民家の中に晴とフレデリカはいた。
消毒をし、包帯を巻いた晴の足を見てうんうんと頷く志希、フレデリカの額にも白いガーゼが貼られている。
フレデリカに支給されていたもう1つの支給品である救急治療セット一式がテーブルの上に置かれていた。

事情を聞いた志希の提案は「第三者の意見も交えてゆっくり整理してみよう」というもの。
救急治療セットを持っている事を聞き、治療と休憩も兼ねて先程まで志希が立ち寄っていたという無人の家に三人はいる。
最初は渋っていた晴だったが、足の傷が予想以上に痛む事と志希から傷口を媒介する感染症の恐ろしさを解かれ不承不承だが従う形となった。

「その、ありがと……」
「んふふー、お礼ならフレちゃんに言ってね。流石に道具がなくっちゃ、あたしも何もできないし?」
「んー、くるしゅうないー♪」

決まりの悪そうな晴に対し、気にするなと言わんばかりにお気楽な姿勢を見せる志希とフレデリカ。
親友と呼んで差し支えのない相手と出会えたからだろうか、泣きじゃくっていたフレデリカも常日頃の彼女を取り戻しているように見える。
そこによく知る日常の風景を見出だしたのか、少しだけ晴は心の緊張が解けた気がした。

「さーて、晴ちゃんもフレちゃんも手当てはしたし、とりあえず本題に入ろっか?」

だが、それも一瞬の安らぎに過ぎない。
事態は、彼女達を安穏な空気に留まらせるつもりはないのだ。
晴の表情が固くなる。
チラリとフレデリカの方へと視線を動かすと、彼女もまた先程の様子は見る影もなく不安そうに眉根を寄せていた。

「そんなに不安そうな顔しないでって。二人の気持ちもよく分かるし、あたしもここでダラダラ出来るならそれに越した事はないけどさ、二人が逃げてきた所からここってそんなに遠くない以上はあまり悠長にもできそうにないし、ね?」

宥めるように苦笑を浮かべる志希。
フレデリカと晴の視線が重なる。
頷いたのはどちらが先か、それとも同時であったか。
どちらにしろ、彼女らも現状に目を向ける事に同意を示したのであった。

「えーと、二人の状況を整理すると、フレちゃんは比奈ちゃんと一緒にいて、途中で会ったアーニャちゃんがマキノちゃんと理奈ちゃんを探す為に別れた。アーニャちゃんが別れたすぐ後に銃声が聞こえて、二人で様子を見に行ったら彼女が美波ちゃんに刺されて殺された、と」
「……うん」

志希の質問にフレデリカが顔を青ざめさせながら答える。
幾らか時間は経過したとはいえショッキングな光景は彼女の心に深い傷をつけていた。


764 : Gift(ed) ◆5A9Zb3fLQo :2017/06/14(水) 00:09:37 Dic355SQ0

「で、同じく法子ちゃんに助けられてトレーナーさんから逃げた春菜ちゃん、そして誰とも会えずに一人で動いていた晴ちゃんに出会った」
「うん、でも俺、皆が殺し合いに乗ってるなんて信じられなくて……」
「まあ晴ちゃんは危ない人には会ってなかったみたいだしねー、あたしはそう考えちゃうっていうのも無理はないと思うよ?」

気まずそうな表情を見せる晴に対し、志希がフォローを入れる。
この様な異常な状況で、しかも知り合いばかりという環境ならばその様な思考になる事も仕方ないという気持ちは志希にも、そしてフレデリカにもあった。

「それでさっきの定時連絡の後に立ち寄った水辺で、よりにもよってトレーナーさんと美波ちゃんと遭遇。春菜ちゃんはトレーナーさんに銃を向けるわ美波ちゃんとトレーナーさんは人を殺した様な素振りは見せないわで、訳の分からなくなった晴ちゃんは煙玉に火をつけてその場から逃げ出して、それをフレちゃんが追いかけた訳だね」

この場所に至った顛末の最後。
自分の行動を改めて第三者の言葉で認識させられると晴の表情が更に沈んだものに変わる。
晴の視点で見ればその行動に至るまでの理由は十分にあったにせよ、だからといって仕方なかったですませる事ができる程、彼女は無責任でも厚顔でもない。

「ほらほら、そんなに気まずそうな顔しないの。状況が状況だし間が悪かったんだとあたしは思うけどなー」

志希の言葉に合わせる様に、晴の肩に何かが触れる感覚。
反射的にそちらへと顔を向けるとフレデリカが"気にしないで"と言うかのような眼差しで晴を見つめ、一度だけ優しく頷いた。
そのフレデリカの対応に、少しだけ気が楽になるのと同時に疑心に駆られて頑なに拒絶していた事への罪悪感が首をもたげる。

志希がその二人を交互に見やる。
フレデリカと晴がここに至るまでの経緯はこれで全て確認できた。
が、それで終わりではない。ここまでの話を聞いた上で志希自身の見解を述べ、3人の間での共通認識を持つ事が最終的な到達点だ。
それぞれの道のりを振り返った事で、フレデリカと晴それぞれの表情に陰りは見えるが見た目上は幾分か落ち着いた様にも見受けられる。
折角目的であったフレデリカと会えたが、そう遠くない場所に暫定危険人物が二人。
そのどちらかがこちらにやってくる可能性を考えると、悠長にしている時間はない。
このまま話を続けてもいいだろうと志希は結論づけて口を開いた。

「で、ここまであたしが話を聞いた上で、まず誰が怪しい人物かって考えると、やっぱり美波ちゃんとトレーナーさんかな」

信が置けないのは美波と聖、それが志希の出した見解。
晴の顔に緊張が走る。
フレデリカは、志希が自分の話を信じてくれた事に微かな安堵を浮かべていた。
「まあ、あたしがフレちゃんと仲が良いって前提は度外視して、客観的な見解を述べるとだね」と前置きをして志希は続ける。

「アーニャちゃんと法子ちゃんが殺されたって話を通達が来る前に晴ちゃんが聞かされた事からして、考えられるパターンは本当にその二人が殺したか、もしくは"殺された"って言った人間が殺して二人に罪を擦り付けようとしたかのどっちか」

人指しと中指をピッと立てながら志希が説明する。
放送前に殺害の情報を知っているのであれば、それは加害者か目撃者のどちらかにおおよそ絞られる。
そこまで接触する機会のなかった比奈と春菜は置いておく事にして、志希にとっては最低でもフレデリカが自主的に殺人を犯す可能性は低いと判断していたが、今日に至るまでフレデリカと密な接点もなかった晴にとってはそういかない事は理解していた。
で、あれば次に必要なのは、晴に危険人物は新田美波と青木聖であるという推察を納得させる事である。


765 : Gift(ed) ◆5A9Zb3fLQo :2017/06/14(水) 00:10:02 Dic355SQ0

「まずトレーナーさん。春菜ちゃんが法子ちゃんについて聞いたら『椎名がどうかしたか?』なんて言ってたんだよね? 通達を見てたらさ、あの子の名前が死亡者として載ってた事なんて知ってる訳でしょ。
名前の載っていた皆が死んだことを信じていなかったにせよ、それでその発言はちょーっと無反応すぎるんじゃないかなー。
一応、通達を見てなかったって可能性もあるにはあるけど、通達が来てから皆がすぐにトレーナーさんと会ったって訳じゃないみたいだし、目を通すくらいの時間はあったって事で、この可能性は除外ね」

反証材料の1つを潰しつつ、朗々と志希はフレデリカ達から聞いた話で覚えた違和感を口にする。
もしこれが、法子の死を悼むような対応だったり、傍目に動揺していたのであれば話は別だったが、まるで法子が死んだことまで把握していないかのような言動をしていたらしいことが志希の中でひっかかった。
何故、通達があったにも関わらずにそのような反応を見せたのか。

「多分、春菜ちゃんを陥れる為の嘘だったんじゃないかな。春菜ちゃんの周りにはフレちゃん達、まあチームを組んでるって事は端から見ても理解はできちゃうよね。
人数的には多勢に無勢、だけどトレーナーさんが法子ちゃんを襲ったのを直に見ているのは春菜ちゃんだけだし、時間的に考えても春菜ちゃん達が急造チームって事はトレーナーさんも理解してた筈。
そこで自分が法子ちゃんについて知らない様な言動をすれば周りは混乱するって考えたんじゃないかなー」

仮に、春菜が銃を持っていることも聖が把握していたとすれば。
法子の殺害に関してしらばっくれるような発言をすれば恐怖か怒りに駆られてかまでは分からないが春菜が自身に銃を向ける可能性とて想定していただろう。
そうなれば、聖が殺し合いに乗った事を伝聞でしか知らない他の人間に動揺が走るだろうし、止めに入る人間だっているかもしれない。
恐らく、聖の一連の言動はその事態を見越しての事だったのだと志希は推測する。

「美波ちゃんの場合はあれだね、池の中で何してたかわかんないから胡散臭い」

昼間から全裸で美波は池の中に、それもかなりの時間潜っていた。
池に潜る理由はなにか。

「水浴びは不自然」

ならば民家にでも忍び込んでシャワーでも使えば事足りる。
わざわざ襲撃される危険を侵してまで屋外でかつ丸腰で水浴びするなど余程の考えなしか露出癖持ちの痴女のどちらかだろう。

「人が来たから隠れた? にしてはおかしなところがあるね」

ならば衣服とデイパックを置いて潜った事に疑問が残る。
比奈が気付いたようにそれを見れば誰かが池に潜っている事など容易に察する事ができるのだ。
身を隠すにしては"ここの池に自分が潜んでいます"と言わんばかりの行動からして、この説もまた除外される。

「池の中で何かを探していた? これも線としては薄いかなー」

始めて来たであろう場所で何を探すというのか。
誰かに持っている武器か何かを池の中に放り込まれた可能性はあるが、それにしては服を脱いだりデイパックを置いたりと、潜る前の準備に余裕があり過ぎるし、フレデリカ・晴双方から池からあがった美波は何も持っていなかったと聞いている。
現実的、とは言い難いだろう。


766 : Gift(ed) ◆5A9Zb3fLQo :2017/06/14(水) 00:10:25 Dic355SQ0

「残った可能性は……何かを沈めていた」

それが志希にとって一番しっくりくる理由だった。
彼女が所持していた何かを沈めるため池に潜ったのだ。
濡れたことで体力の低下を始め今後の動きに支障が出ることを防ぐために服を脱ぐ必要があるほど遠く、深くに。
それだけ、彼女にとって人目について欲しくないものだったのだろう。

「確認なんだけどさ、置いてあった服は二人分だったんだよね?」

その言葉にフレデリカと晴は二人して頷いた。
比奈の様にしっかりとは確認はしていなかったが、脱ぎ捨てられた衣服の数を見間違える事はない。

「おかしな話だよね、潜っていたのは一人、なのに置いてあった衣服は二人。池から出てくるのが二人じゃなけりゃ数が合わない。それじゃあもう一人はずっと水の中? フレちゃん達が来て一悶着が終わるまでかなり時間が経ってるのに?」
「じゃあ沈めてたのって……」

晴が震える声で志希に尋ねた。
"沈めていたのはもう一組の服の主"と明言する事までは出来ず青ざめている。フレデリカも同様だ。
それもそうだろう。少し前に自分達が涼んでいた池の下に死体、それも自分達の知り合いが沈められていたなどと、考えただけで気分の悪くなる話だ。

「まあ、そういう可能性があたしは一番高いと思うかな」

それが誰とまでは口にしない。
時間的に考えても美波に殺されたというアナスタシアである確率は極めて高いが、そこを言及したところで無駄にフレデリカと晴の精神を追い詰めるだけで志希にとってのメリットは皆無だからだ。

「でも志希さんの言ってる事が正しかったらさ、美波さんがアナスタシアさんを、その、殺したって事だろ?」
「まあ、そうなっちゃうね」
「信じられねーよ。だってあの二人ってユニット組んでただろ? 美波さんがアナスタシアさんにロシア語習ってたのだって、アナスタシアさんが美波さんに日本語習ってたのだって俺見たことあるんだぜ? そんな仲いい二人でどうして殺し合わなきゃならないんだよ……」

もっともな疑問だった。
晴にとって、いや事務所に所属していたアイドル達全員にとって、美波とアナスタシアは仲のいい、言わば親友のような間柄と認識されている。
その二人が、正確には美波が何故アナスタシアを殺害しなくてはならないのか。
怪しいということを理で説明されたとしても、情の部分で生じた疑問は払拭することができない。

「 さあ?あたし達が出来るのは『誰が殺したか』を分かるだけの情報から推理する事だけ。本人でもない限り『どうして殺したか』なんて分かる訳もないし、分かった所でどうしようもないってのがあたしの意見かな」

突き放すような返答をしながら、志希は肩を大袈裟に竦めてみせた。
だが、実際にそうとしか言いようがない事だ。
もしかしたら、美波がアナスタシアの事を嫌っていたのかもしれない。
第三者が預かり知らないところで人間関係のもつれでもあったのかもしれない。
独自の理念で行動しているのかもしれない。


767 : Gift(ed) ◆5A9Zb3fLQo :2017/06/14(水) 00:10:50 Dic355SQ0

説をあげればいくらでも出てくるだろう。だが、それは先程までの類推とは違う。根拠も何もないでっち上げにすぎない。
そのような無根拠な言いがかりに費やすような労力も時間も志希にとっては無駄でしかない。
だからこそ、わかりようのないものはわかる訳がないのだと正直に答えた。

「1つだけあたしの考えを言わせてもらうとね」

志希の口元が僅かに歪んだ。

「どんな理由があったって、親友を殺そうなんて人間の理屈は絶対に当事者以外の人間には理解もできないし、受け入れる事なんて出来ないとは思うよ」

志希が吐き出したその言葉に、どこか自虐的なニュアンスが混じっていた様に晴とフレデリカには感じられたのは、果たして気のせいだったろうか。
しん、と部屋の中は静まり返り、空気が沈んだ事に気づいた志希がバツの悪そうに頭をカリカリと掻く。

「んー、あたしもここに来て結構ナーバスになっちゃってるかな。変なこと言ってごめんね? とりあえず美波ちゃんとトレーナーさんには最大限注意をしとこう。あと危険なのは……服部瞳子さん」
「服部瞳子さんって、あの?」

以外そうな声をあげたのは晴だった。
所謂大人組のアイドルの中でも落ち着いているメンバーの一人だ。
年少組の保護者のような立ち位置にいる三船美優や、どこにでもひょっこりと顔を出す川島瑞希、片桐早苗らに比べると接触の機会は少ないが、それでも年相応の落ち着きや常識を持ち合わせた女性だというのが晴やフレデリカの認識であった以上、志希の言葉は耳を疑うような内容だっただろう。

「そうそう、あの瞳子さん。あたしも遠目から伺ってただけなんだけど、あの人、一人殺したよ」
「……誰が、殺されたんだ?」
「着ぐるみ着てるあの子だよ。市原仁奈ちゃん」

晴とフレデリカは言葉を失った。
市原仁奈。年少の部類である晴よりももっと小さな女の子だ。
時折陰を見せることもあるが、無垢で天真爛漫。害意を向けられるような子供ではない。
本来ならばこんな環境ではいの一番に守らなくてはならない対象、それがよりにもよって分別のあると思っていた大人に殺された。
その衝撃の事実が二人の心にずっしりとのしかかり、締め付けてくる。
気まずい空気が部屋の中を漂う。

「……なあ、やっぱりさっきの連絡に名前が書かれてた人って皆死んでるのか?」

重苦しい空気の中、晴が口を開く。
その瞳には隠しきれない不安と怯えの色が見てとれた。


768 : Gift(ed) ◆5A9Zb3fLQo :2017/06/14(水) 00:11:13 Dic355SQ0

「多分ね。少なくともあたし達が死んだと把握してる子達の名前が乗ってる以上、そこに間違えた情報を混ぜる理由なんてあっちにはないだろうし」
「……そうか」

志希の返事に、晴は一言だけ返すと目を閉じ項垂れる。
隣にいたフレデリカからは晴の両手がズボンをギュッと握りしめているのが見えた。
この様子はただ事ではない。何とか声をかけねばとフレデリカは考えるが、適当な言葉が浮かばない。
そうしている内に、晴が顔を上げた。

「ごめん、少しだけ外行ってくる」
「え? だ、駄目だよ。危ないよ」
「大丈夫、何かあったらすぐ逃げるから。玄関の鍵だけ開けといてくれ」
「でも……」
「しょーがないなー。早く帰ってくるんだよ」

晴が外にいこうとするのを止めようとしたフレデリカを制止して送り出してくれる志希に、「ありがとな」と小声で礼を述べ、晴は椅子から立ち上がり家の外へと歩いていく。
その背中は子供であることを差し引いても小さく見えた。

「志希ちゃん、なんで……」
「んー、誰だってさ、一人になりたい時ってあると思うんだよね」

非難がましいフレデリカの視線を受け、いつもの態度と打って変わって神妙な表情をした志希が呟く。
その視線はフレデリカではなく、晴の出ていった家の扉へと向いている。

「さっきの晴ちゃんの言葉で思い出したの。あの連絡であの子の友達の名前が載ってた事」

家の外で晴は自分に支給されていた携帯端末を弄る。
確認するのは死亡者のメール。果たしてその中に、晴の目当ての人物の名があった。

的場梨沙。

あの事務所に所属するアイドルの中で明確に友人と呼べる人物の一人だ。二人によるアイドルユニット・ビートシューターだってそこそこの知名度を誇っている。
相棒、と呼ぶ程ではなかったがチームメイトと括るよりは親密。そんな微妙な間柄だった。
そんな彼女が、死んだ。

「なあ、お前、本当に死んだのか?」

端末を見ながら誰に言うでもなく呟く。返ってくる言葉はなく、一迅の風が晴の髪を揺らした。
友人が死んだという実感は恐ろしいほどにない。
初めて通達を見て名前が載っていた時も何かの間違いかドッキリだと決めつけていた。そう思いたかったのだ。
思い返せば、その時から彼女は冷静さを失っていたのかもしれない。


769 : Gift(ed) ◆5A9Zb3fLQo :2017/06/14(水) 00:11:44 Dic355SQ0

志希の言葉を信じるならば、このどこかで梨沙は眠っているのだろう。
いつも話題に上げていた大好きだという父親にももう会えず。どこともしれないこの島で。

「親父さんの為にももっとビッグなアイドルになるって言ってたじゃねえかよ……」

いつ、どこで言っていたのか。
初めてあった時かもしれないし、いつも口走っていたかもしれない。
ただ、そうやって自信満面の笑顔で胸を張って宣言する彼女の姿は、サッカーの話をする時の自分に負けないくらいに輝いていた事は強く印象に残っている。
もう、彼女がその夢を叶える事はない。
じわり、と目頭が熱くなる。誰が見ている訳でもないが晴は顔を隠す様に踞ると、その小さな肩を震わせた。
無人の空間に押し殺した様に小さな嗚咽だけが聞こえる。

どれだけそうしていただろうか。
晴が顔を上げた。その目は泣き晴らして赤くなっている。
鼻をすすり、乱暴に目元に残る涙を袖で拭う。
いつまでもここでメソメソと泣いているつもりなど、晴にはない。

「せめて、あいつの親父さんにあいつを届けてやらねえとな」

ここまで状況に流されてばかりだった少女に1つの目的が生まれる。
こんな場所に梨沙を野晒しにしておいていい筈がない。父親の元に彼女の遺体を届けるべきだ。
その為にはどうするか、生き延びるしかないだろう。だが、殺し合いにのるつもりなど毛頭ない。
友人を殺した誰かと同類になるなど御免だという思いがあった。

結城晴はサッカーが得意なだけのただの少女でしかない。
身体能力は年相応だ。
家の中にいる志希やこの島のどこかにいるマキノの様に頭が良かったり専門的な知識や技術を有している訳ではない。
それでも、やれるだけの事はやろうという強い意思があった。
この殺し合いの真偽が分からず不安定に揺れていた彼女は、ここに来て明確に殺し合いに反逆する決意を固めたのだ。

そうと決まれば、家の中に戻り改めてフレデリカに謝罪をすべきだろう。そして二人に自分がここでどうしたいかも伝えるべきだ。
扉を開けて家の中へ入る。ふと視線の先にある居間へと続くドアが閉まっている事に気付く。
居間のドアを閉めた記憶のない晴は違和感に首を傾げながらもドアへと足を進め、ドアノブを回してドアを開けた。

「ワリィ、待たせた」

そう言いながら扉を開けた先に映ったのは、こちらに銃口を構えた志希の姿。「駄目ッ!」というフレデリカの叫びが響いたのは扉を開けたのとほぼ同時だった。
「え」と疑問の声をあげるよりも早く、パン、と乾いた音共に走った衝撃に吹き飛ばされる。
「ブルズアイ♪」という志希の場違いな陽気な声とフレデリカの悲痛な叫びが耳を裂いた。
何が起こったのか。胸が熱を持った様に痛む。
震える手を胸元に添えれば滑った感触。手に視線を向けてみればべっとりと赤い血に濡れた自分の手が見えた。
自分の名を呼ぶフレデリカの声が次第に遠くなる。


770 : Gift(ed) ◆5A9Zb3fLQo :2017/06/14(水) 00:12:08 Dic355SQ0

(なん、で……)

こんな事をするのかと問おうとして、晴の意識は闇に沈む。
"どんな理由があったって、親友を殺そうなんて人間の理屈は絶対に当事者以外の人間には理解もできないし、受け入れる事なんて出来ない"
志希が自分の質問に答えた言葉と、どこか自虐的に見えた笑みが晴の意識に浮かんだ最後の光景だった。

【結城晴 死亡確認】



「あ、そうだ」

晴が家を出てすぐに、扉の先を心配そうに眺めるフレデリカを尻目に志希が唐突に手をポンと叩きながら呟いた。
どうしたのかとフレデリカが志希へと顔を向ける。志希の顔にはいつもの飄々とした笑顔が浮かんでいた。

「実はフレちゃんに見せたいものがあるんだけどさ」

志希の発言にきょとんとした表情をフレデリカは浮かべる。
見せたいもの。
マカロンやコスメや化粧品が真っ先に浮かんだが、あれば嬉しい物でもここで必要な物ではない。
そもそも志希が"見せたい"とまで言うものである以上そんなありふれた物ではないだろうとフレデリカはこれまでの付き合いから推察する。

「そっちの部屋の方においてあるからさ、ちょっと入って見てみてよ」

何だろう、という疑問はあったが、ここまでの志希の対応からそれを不審に思うことはなく、フレデリカは言われるがままに居間から続く奥の部屋へと足を踏み入れた。
そこは寝室だった。
カーテンで閉めきられた部屋は薄暗い。
目を凝らすとベッドの上に何かが横たわっている。結構な大きさだ。これが志希の見せたい物なのかと近づき固まった。
そこにいたのは一人の少女。
成宮由愛。同じプロダクションに所属していた少女だ。あまり積極的に絡んだことはないが、いつも絵を描いている大人しい女の子であった事は記憶にある。
そんな少女がまるで眠る様にベッドの上に転がっていた。
恐る恐る手を伸ばす。触れた肌は鳥肌が立つほどに冷たい。明らかに死んでいた。
ヒッ、とひきつった小さな悲鳴がフレデリカの口から漏れるのと、キィ、バタン、と軋んだドアが閉まる音が響くのに大きなタイムラグはなかった。
何事かと振り向くと、居間から玄関へと続くドアを後ろ手に閉める志希の姿が映る。
目が合うと普段見せる笑顔で志希がにっこりと微笑む。それはこの空間において異質なものだった。

「何で扉をしめたのか。そこで死んでいる由愛ちゃんはどういうことか。これがあたしがフレちゃんに見せたかったものなかのか。色々と聞きたい事はあるよね。さて、どこから話そうか?」


771 : Gift(ed) ◆5A9Zb3fLQo :2017/06/14(水) 00:12:32 Dic355SQ0

混乱するフレデリカを余所に志希はつかつかと歩き出して止まる。ちょうど居間のドアとフレデリカの間を遮る位置だ。
何が起こっているのかフレデリカには理解できない。理解したくない。
死体が、ここにある。
誰が殺したのか。
元々ここに立ち寄っていたのは誰だったか。
そこから推察出来る答えは。
最悪の結末が脳裏に過り慌てて否定する。
志希が殺しあいに乗っていたとしたら、ここで晴と自分を治療してあまつさえ晴を説得する必要なんてない。そう心の中で沸き上がる疑惑に反論する。

「由愛ちゃんの、その、死体を見つけたからここまで運んできたあげたんだよね? そ、外に放っておいたら可愛そうだもんね?」

震える声でフレデリカが尋ねる。
本心からそう言っているというよりも、そうであって欲しいという願望が言葉尻に含まれていた。
ひきつった笑顔を浮かべながら問いかけるフレデリカを見て志希は呆けた表情を浮かべる。
が、それも一瞬の事だ。プッ、と志希が吹き出す様に笑い出した。

「いやー、流石フレちゃん。お見通しだったかー」

にへらっと笑う志希につられ、フレデリカの強ばっていた心と体が安心したように解れる。
なんと悪趣味である事かという憤りもあるが、何よりも志希が殺人者であるという予想が外れていた事への安堵の方が強かった。

「そ、そうだよねー! もー驚かさないで……」
「そんな訳ないじゃん?」

だからこそ、次に出た無慈悲な一言はより深くフレデリカの心を抉る凶器となるった。
安堵の表情が凍りつき、絶望へと変わっていく過程を見ながら志希はにんまりと微笑み、その顔に喜色を強める。

「駄目だよフレちゃん。現実はしっかり認識しないとさ」
「嘘」

フレデリカが否定の声をあげる。
構わずに志希は口を開く。

「由愛ちゃんはあたしが殺したの」
「嘘だ」

頭をふってフレデリカが否定する。
志希の口が鋭い三日月を形作る。


772 : Gift(ed) ◆5A9Zb3fLQo :2017/06/14(水) 00:13:21 Dic355SQ0

「由愛ちゃん以外にも、何人か手をかけてるよ。浅利七海ちゃんとか、森久保乃々ちゃんとか」
「嘘だよ」

聞きたくないとばかりにフレデリカが耳を塞ぐ。
それで口が止まる志希ではない。

「ここまで教えたって事は、私がフレちゃんをどうするつもりかも予想はつくよね?」
「嘘だって、言ってよぉ……」
「信じてもらえないか、困ったなあ」

ぽろぽろと涙を流すフレデリカを見て、志希が困った調子で肩を竦める。
無論、本当に困ってなどいる筈もない。

「じゃあ、こうしよっか」

懐に手を入れた志希が黒い筒状の何かを取り出す。
拳銃だ。人を殺す為の武器。フレデリカが息を呑んだ。
手慣れた調子で志希はS&Wを構え、フレデリカへと銃口を向ける。

「まあ、あっちでの暮らしもそれなりだったしね、こういうのの扱い方も慣れてるって訳で……うん、ベストタイミング」

"ベストタイミング"という言葉が何を指していたのか。フレデリカはすぐに理解する事になる。
志希の後ろから扉の締まる音が聞こえた。玄関の扉の音、誰かが家の中に入ってきた事を証明する音だ。
入ってきた人物とは誰か、一人しかいない。先程、少し外に出ると言って家を出た結城晴である。
晴の足音がこちらに向かって近づいてきた。
意味深長な視線を居間の扉へと向ける志希を見て、彼女が何をするつもりか察したフレデリカの顔からさっと血の気が引く。
止めるには何もかもが手遅れだった。

「ワリィ、遅れた」

戻ってきた晴が扉を開けてその全身を露にする。
あまりにも無警戒なその姿に志希は嗜虐的な笑みを強めながら銃口の向きを晴へと移した。

「駄目ッ!!」

フレデリカの叫びも空しく乾いた音が室内に響く。
晴が宙を舞う姿が、フレデリカの目にはいやにスローモーションに映る。
ピッと赤い飛沫が居間の床を濡らした。


773 : Gift(ed) ◆5A9Zb3fLQo :2017/06/14(水) 00:13:43 Dic355SQ0

「いやあぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」
「ブルズアイ♪」

顔を多いながらあげたフレデリカの絶叫と陽気な調子の志希の声が重なる。
床に仰向けに倒れた晴が微かに腕を動かし胸に手を当て、血に染まった掌を晴自身の顔に向けて翳す。
が、その手はすぐに力無く床に落ちる。それは一人の少女の命が終わった事を如実に表していた。

フレデリカが弾かれる様に晴目掛け駆け出す。
志希はそれを妨害するでもなく見送る。もっとも不穏な真似をすればただちに撃てる様に銃の引き金に指は添えられたままだが。

「はるちん! はるちん!!」

涙声を上げながらフレデリカが晴を揺さぶるが、当然反応はない。
光を失った虚ろな瞳が天井と涙に濡れるフレデリカを写していた。
晴の死体にすがり付いたフレデリカから悲痛な慟哭があがる。

晴が家を出た時に志希は念願だった実験を実行に移す事を決めた。
遭遇した当初はフレデリカと晴の信頼を稼ぎながら折りを見て彼女らを手にかける予定を立てていたが、近隣に危険人物が二人も彷徨いる以上、いつ獲物が奪われるかも分からない。
フレデリカが自分以外に殺されるという事態はどうあっても避けねばならなかったからこそ、目の前に降って湧いた好奇に躊躇いもなく飛びついたのだ。
結果は今のところ順調だ。
市原仁奈が焼き殺されたのを目撃した時に浮かんだ構想は完璧と言える程の手際で実行できた。
偽りの希望を砕かれた時の衝撃も、晴を見殺しにしてまった慟哭も、親友が人を殺したという絶望も、志希の心に及ぼした作用は期待以上のものだった。
あの、いつも自分のペースを乱さないフレデリカが友人である自分の手によって怯え、泣き叫び、絶望し、狂乱する。
背筋を駆け抜ける背徳と罪悪感に塗れた快感と高揚。
その感覚はこれまでに彼女が経験したどんなトリップよりも強烈だった。
だが、まだ足りない。まだ終わりではない。最後の仕上げが残っている。

一歩。二歩。志希がフレデリカに向けて歩いていく。
床の軋む音にフレデリカが顔を上げる。
逃げ出さないように銃口を向けながら志希が歩み寄っていくが、フレデリカは涙に濡れた顔を志希に向けるだけでピクリとも動き出さない。既に、彼女の心は折れていた。
2つの人影が急接近する。
志希は黙ってフレデリカを見下ろす。
フレデリカは呆然と志希を見上げる。

「なんで」
「ん?」

フレデリカがぼそりと呟く様に口を開いた。


774 : Gift(ed) ◆5A9Zb3fLQo :2017/06/14(水) 00:14:05 Dic355SQ0

「なんで、こんな酷いことしたの? 私、志希ちゃんに何か嫌われる様なことした?」
「んーん、フレちゃんは何も悪いことなんてしてないよ。悪いのはあたし。ロクデナシなのもあたし。だから、晴ちゃんもフレちゃんも、全然、何一つ、これっぽっちも、悪くないよ」

掠れた声に穏やかな明るい声が返ってくる。
フレデリカは分からない。志希が何を考えているのかが分からない。
どうして、自分や晴がこんな目にあったのかがわからない。

「結局さ、あたしは与える側じゃなくて、奪う側だったってことなんだよ。フレちゃん」

嘲る様に口を歪め志希は続ける。
口走った言葉にフレデリカの理解は求めていない。
理解してもらえずとも、彼女が聞いていてくれればそれだけで志希には充分だった。
いつもの様に。
魔法にかかり、与える側に回っていた時の様に。
だが、いつものやり取りは今日限りで最後となる。

「だからこれは、奪うことしか出来ないあたしがどんな人間なのかを理解するための実験なんだ」

志希が笑う。
フレデリカは酷く空虚な笑みを見た。
今まで彼女が志希と一緒に過ごしてきて、まったく見たことのない笑みであった。
その時、フレデリカは1つの結果に思い至る。いや、思い至ってしまったというべきだろうか。

「私、分かんない。志希ちゃんが何を言ってるのか。全然分かんない」

目に涙を貯めながらフレデリカが口を開く。その口調には先程までとは異なり、僅かに力がこもっていた。
志希にとってその反応は想定外だ。
どうする? 何を言ってくる? 好奇心が頭をもたげ、無言で志希は続きを促す。

「でも、志希ちゃんが諦めちゃったって事だけは分かったよ」

フレデリカはいつかのどこか、志希が言っていた事を思い出していた。
ライブが終わった帰り道。
二人並んで歩く夕焼け。
送られてきたファンレターを読んでから終始上機嫌だった志希が唐突に呟いた言葉。

「あたしでも、誰かに何かを与えられる。あたしが与えた何かが誰かに作用して良い化学反応を起こす。それってとっても素敵な事だと思うんだよね」


775 : Gift(ed) ◆5A9Zb3fLQo :2017/06/14(水) 00:14:32 Dic355SQ0

難しい事はフレデリカには良く分からない。
それでも志希が喜んでいることは理解できた。
夕焼けに照らされたその笑顔がとっても楽しそうだった事を覚えていたのだ。
だからフレデリカは分かってしまった。志希は与える側にいることを、アイドルであることを諦めてしまったのだと。
晴を殺したことは許せないだろう。だが、今この一瞬だけはそれよりも優先しなければならない事があった。
志希を説得しなければ。友人として、志希にこんな顔をさせてはいけない。フレデリカはそう直感して口を開こうとする。

それを邪魔したのは、他ならぬ志希だ。
志希の顔から笑顔が消えている。
衝動的に両の腕がフレデリカの首へと伸びていた。
まるで、これ以上フレデリカに何かを言われたら全てが終わるかの様な必死さだ。

「グッ……諦め……ちゃ……目だ……希ちゃ……」

それでも、フレデリカは言葉を紡ぐ。
この言葉を届けなければ。
いつもはいい加減な自分だけれども、この一瞬だけはライブの様に本気も本気だ。
そこに、心を折られた少女の姿はない。

「志……ゃんは……奪う……じゃ……いもん……志希……は……与え……」

それでも現実は非情であった。
志希が首を絞める力は弱まるどころか更に強まる。
呼吸も発声することも出来ず、フレデリカがもがく。もがき続ける。
足掻いて、抗って、それでも終わりはやってきて。
次第にフレデリカの手足の動きが緩慢になり、弱々しいものへと変わっていく。
抵抗らしい抵抗がなくなり、どれだけそうしていただろうか。
志希が気付けば、宮本フレデリカは既に死んでいた。

「――あ――」

一言だけ、声が零れた。
気がつけば眼下に広がるのは白目をむき、泡を吐きながら絶命しているフレデリカの姿。
あんなに愛らしかった彼女は見るも無惨な姿へと変わり果てていた。
他ならぬ自分が、それをやったのだと今更になって自覚する。

「やっぱり凄いね、フレちゃんは」


776 : Gift(ed) ◆5A9Zb3fLQo :2017/06/14(水) 00:15:10 Dic355SQ0

消え入りそうな声をあげながら、志希が白目をむいていたフレデリカの両目を閉じる。
諦めた事を読まれるとは志希は思っていなかった。
思い込んでいたのだ。自分だけしかこの理屈は理解できないのだと。
それをフレデリカは完璧とはいかないまでも理解したのだ。
一ノ瀬志希という知性体がどの様にしてこの殺し合いに臨むようになったかの、その一端を。
理解して、くれたのだ。

情動が志希の体を駆け巡る。
浅利七海を殺した時も、龍崎薫を殺した時も、森久保乃々を殺した時も、結城晴をフレデリカの目の前で殺した時も感じることは無かった程の、感情のうねり。
理性を押し潰す、激情の波。

「あは」

笑い声が口から漏れ出した。

「あは、あは、あはははは……!!」

笑う。
狂ったように笑う。
壊れたように笑う。
決壊したダムの様に一度零れた笑い声が後から後から口から吐き出される。

両頬を透明な滴が伝っていく。
ボロボロ、ボロボロと大粒の涙が志希の眼から溢れ出す。
愉しくて涙を流し、哀しくて笑い声をあげる。
相反する感情がごちゃ混ぜになったまま、壊れた玩具の様に泣き笑う。
身を捩り、髪を掻き乱し、泣き叫び、狂笑する。
そこにいつもの彼女の姿はない。

実験は、成功した。

今、彼女の中に去来している感情の根元は、フレデリカがいなくなった事でこれからの時間がつまらなくなる事に対して悲しくなっている訳ではない。
フレデリカを失ったことが悲しくて、フレデリカをその手で殺めたことを後悔しているからこそ生じた感情だ。
床につっぷし、ごろごろと転がる。
泣いて、笑って。
笑って、泣いて。
そうやってどれだけの時間を費やしたか。
ピタリと志希は動きを止める。
仰向けに寝転がった彼女の視界には天井だけが広がっている。


777 : Gift(ed) ◆5A9Zb3fLQo :2017/06/14(水) 00:15:50 Dic355SQ0

「ああ、あたしは、なんて最低なロクデナシなんだろう」

疲れ果てた顔で吐き捨てる様に口を開く。
おもむろに懐から銃を取り出し、志希は自分のこめかみへと銃口を当てる。
知りたかった事は知った。
自分がどれだけ醜悪な存在なのかは知れた。

Q.E.D(証明終了)。

ならばもうこの壊れた式に用はない。
生きる気力も楽しみも、彼女には何一つ残ってはいない。
始末は自分の手でつけるべきだろう。
それで何もかもが清算できる訳ではないけれど。

引き金を引こうとして、ふと顔を動かすとフレデリカの姿が視界に映る。
トリガーにかかった人差し指の動きが止まった。

「諦めちゃ駄目、か」

最後まで自分を説得しようとしていた友人の姿が浮かんだ時に、1つだけ、死ぬ前にやっておきたい事を思い付いた。
起き上がり、椅子に座る。
机に筆記具とメモ帳を取り出すとサラサラと何かを書き殴り始めた。

龍崎薫の言葉から着想を得た可能性。
及川雫から齎された情報によって浮上した打開策。
その全てを書き記す。
この家に誰かが来る可能性は低いだろう。
それでも、もし、万が一にでも誰かが来てくれたなら。
書き終わった考察メモを見直し、一度だけ頷いた。

「あたしは、これぐらいしか出来ないけどさ」

フレデリカと晴の死体を見ながら寂しそうに志希が微笑む。
フレデリカであったものの横に座りながら、返事がくる筈のない相手に語り掛ける。
もう、思い残すことは何もない。
いや、あるにはあるがこの辺りが潮時だろう。
改めて銃口をこめかみに当てる。


778 : Gift(ed) ◆5A9Zb3fLQo :2017/06/14(水) 00:16:51 Dic355SQ0

「こんなあたしの残したもの<ギフト>が誰かと結びついて、素敵な化学反応を産みますように」

そう、奇跡を祈る。
浅利七海が"神様が「みんなの願いよ叶え」と歌った"と言っていた。
既に願いは叶ってしまったが、できればあの願いよりも遥かに上等なこちらの願いを叶えて欲しいものだと思ってしまう。
目を瞑る。
浅利七海が、龍崎薫が、森久保乃々が、成宮由愛が、結城晴が、そして宮本フレデリカが走馬灯の様に浮かんでは消えていく。

「ごめんなさい」

小さな呟きは一発の銃声に掻き消された。

【宮本フレデリカ 死亡確認】
【一ノ瀬志希 死亡確認】

【一日目/E-3/午後 民家】

【備考】
※E-3の民家に宮本フレデリカ、一ノ瀬志希、結城晴、成宮由愛の支給品一式と志希の考察メモが存在します。
※志希の考察メモには
 1.プロデューサーがこの島に幽閉されている可能性
 2.民家に情報通信機器が残っている可能性
 の二つについての彼女なりの考察が書かれています。


779 : Gift(ed) ◆5A9Zb3fLQo :2017/06/14(水) 00:17:30 Dic355SQ0
以上で投下を終了します


780 : 名無しさん :2017/06/14(水) 23:42:26 sqPLA25c0
また投下が!おつです!
ああ、しきフレが見れるとは!2017年まで生きていてよかった。
時間が空いてもこれまでの軌跡が振り返れるのも嬉しい考察パート、
を挟んでからの晴と梨沙の話(これも晴らしい決意の話ですごく好きなパート)で正方向の展開にいくのかな?
と思わせてのこの無常感。成功してしまう実験、壊れた式という表現がもう言葉を失うくらい心にずきずき来ました。
だよなあ、フレちゃんなら気づくし、なら志希はこうなるよな。
そしてみんな、最後に誰かに何かを与えようともがくのが、やっぱこの子たち強いなあと思わせてくれるなあ。


781 : 名無しさん :2017/06/15(木) 23:52:34 x5zf4qdA0
投下乙です。
疑心暗鬼のギクシャクしたフレちゃんと晴くんの空気と関係を快刀乱麻を断つように綺麗に絆していくしきにゃんの頼もしさと、
読者だけは知っている既に何人ものアイドルを手に掛けたステルスマーダーしきにゃんの恐ろしさが両立していて前半ずっといつ何が起こるかとビビりまくりでした。
天才のステルスマーダーは恐ろしすぎる。
そして晴くんが一人外へ出た次点で不安が加速度的に増していき、晴くんが目的を得て再起する描写を見た次点でこれはもう……となり、
扉を開けた瞬間不安が現実となって頭を抱えました。素晴らしくきれいな流れ。
そこから遂にしきにゃんの実験開始。
フレちゃんはしきにゃんを理解出来たんだ……。確かにその心を汲み取ったんだ……。
悲劇でしか無いけれど、レイジーレイジーの尊さに満ちあふれている。
己に絶望して自死を選ぶしきにゃんが、死の直前にフレちゃんの言葉を思い出し、最後に贈る側として書き置きを残すことが、
フレちゃんの言葉が無駄ではなかったこととしきにゃんの中に残ったアイドルを感じさせて、良い。
贈るもの、授かったもの、そして三人のエンディング。
なんとも言えぬ読後感を覚える美しいお話でした。面白かったです。


782 : ◆5A9Zb3fLQo :2018/05/31(木) 22:13:58 9iG48FQw0
お久しぶりです。
片桐早苗、渋谷凛、八神マキノ、藤本里奈、輿水幸子で予約します。


783 : ◆5A9Zb3fLQo :2018/06/03(日) 20:51:02 9XDrunYo0
お待たせしました。
片桐早苗、渋谷凛、八神マキノ、藤本里奈、輿水幸子投下します。


784 : 暗中模索のタフネス・ガール ◆5A9Zb3fLQo :2018/06/03(日) 20:53:05 9XDrunYo0

 暗闇の中に輿水幸子はいた。
 ここがどこなのか。どこへ行きたいのか。それすらも分からず、アテもなく前へ前へと進んでいく。
 孤独な闇の中で、耐えきれず誰かいないのかと知人の名を呼ぶ。
 プロデューサー、星輝子、白坂小梅、小早川紗枝、姫川友紀。
 誰一人として反応する者はいない。
 涙目になりながら、それでも構わずに名前を呼び続ける。
 緒方智絵里の名を呼んだ時、始めて空間に変化が起きた。
 暗闇の奥に、ぼうっと立ち上る様な光とともに人影が現れる。見間違える事はない、智絵里だ。
 漸く知っている相手に出会えた喜びでたまらずに駆け出す。
 あと少しで智絵里に元に辿り着く。
 そう思った矢先にグラリと智絵里の体が揺れ、崩れ落ちる様に倒れた。
 智絵里の名を呼びながら幸子が駆け寄り、助け起こそうとしてその顔を凍りつかせる。
 口から黒い血を流しながら倒れ伏す智絵里の姿。当然、呼吸はない。
 恐怖と戦慄で固まる思考のどこかでこの光景に既視感を覚える。
 智絵里の手にあった4文字の単語が表示されたスマートフォンを見て、その既視感の正体を思い出す。

 ああ、そうだ。これは少し前に自分が見た光景じゃないかと。

 助け起こす為に屈んだ姿勢からよろよろと立ち上がり、数歩後ろに下がる。踵に何かがぶつかった。
 慌てて振り向き、ぶつかった何かを確認すると、そこには血に濡れた佐城雪美の死体が転がっている。これも彼女が少し前に見たものと同一だ。
 短い悲鳴が上がるのを合図に、さながら壇上の複数箇所をスポットライトが照らすかの如く、幾条もの光が暗闇に出現する。
 そこに映る光景に幸子は言葉を失った。
 プロデューサー、星輝子、白坂小梅、小早川紗枝、姫川友紀。
 幸子が名前を呼んだ人間が、地に倒れ伏している。
 全員が全員、体を赤に染めており、その顔には生気は感じられない。
 一面に広がる命だったものの残骸。
 地獄の様な空間を認められないと言うかの様に、幸子の頭がゆっくりと左右に振られる。
 立て続けて繰り広げられたショッキングな光景はとうに幸子の精神の限界を越えていた。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 たまらずに目を瞑り幸子が絶叫をあげる。
 意識が覚醒する感覚。
 再び目を開いた幸子が気付くと、見知らぬ天井が視界に映った。

「え?」

 間の抜けた声をあけながらゆっくりと上体を起こす。
 かけられた毛布、ベッド代わりに並べられたパイプ椅子。
 周囲を見渡すとあまり見覚えのない内装の一室である事がわかる。
 そして、幸子が最後に視界に捉えたのは、驚いた表情で幸子を見る片桐早苗、渋谷凛、八神マキノ、藤本理奈の姿だった。


785 : 暗中模索のタフネス・ガール ◆5A9Zb3fLQo :2018/06/03(日) 20:53:50 9XDrunYo0



「えっと、その、大変お見苦しいところを……」
「大丈夫、大丈夫、何事かとは思ったんだけど、あんな大きな悲鳴をあげられるならかえって健康ってもんでしょ」

 俯き、顔を羞恥から赤く染めてもじもじする幸子の背をバシバシと早苗が叩く。勢いが良すぎたのか、幸子の口から「ふぎゃあ!」と声が漏れた。
 意識を覚醒した幸子が混乱から落ち着くのを待って、今がどういう状況なのかを説明がなされる。
 今彼女らがいるこの村役場でマキノ・里奈の二名と幸子が突発的に遭遇した結果として気絶してしまい、里奈が咄嗟に大声で助けを呼んだこと。
 その声を聞き、既に役場に入っていた早苗と凛が様子を見に来て合流したこと。
 それぞれここに来るまでの経緯をそれぞれが話し合ったこと。
 役場を拠点にしてどうにか生き延びようと考えていること。

 新田美波がアナスタシアを殺害したこと。

 幸子が驚愕の表情で固まった。

「嘘、ですよね?」
「嘘だったらどれだけ良かったことか、ね。これも美波ちゃんにやられた傷だし」

 美波が仲の良かった友人であるアナスタシアを殺害した。
 そんな信じられない事態に、幸子の口からつい否定的な言葉が漏れる。
 対する早苗はその現場を見て美波に危害を加えられた証として、ところどころ赤く染まったタオルを巻いた左手を見せつける。
 明確な状況証拠に対して幸子は二の句が告げられない。
 その怪我を見てなお美波の凶行を否定するほど彼女は美波と親しいわけでもないし、早苗に不信感を持っている訳でもないからだ。
 襲われた早苗を含めてこの場にいる全員の沈痛な面持ちからして、美波の凶行が信じられないといった感情は大なり小なり持ち合わせているのは見てとれる。
 そしてそれを今論じたところで意味はないであろうことも理解していた。

「まあとりあえず、ここに来るまで幸子ちゃんの方でどんな事があったか聞きたいんだけれど……大丈夫かな?」

 幸子を気遣う様な調子の早苗の言葉に、幸子の顔が緊張で固まる。
 フラッシュバックするのは血に塗れた智恵理と雪美の姿。
 サッと彼女の愛らしい顔立ちから血の気が引いていっているのは早苗らの目から見ても明らかだった。

「む、無理なら無理って言っていいからね? そうっしょ? 早苗さん」
「んー、まあ私みたいに危ない奴に会ってないんだったら問題はないから、それだけでも教えてくれると助かるかな」

 幸子の様子に慌ててフォローを入れる里奈の言葉を受けて、早苗は難しい表情を浮かべながら妥協案を提示する。
 情の部分では里奈の言葉に賛同したいものの、状況がそれを許さない。1つでも多くの情報が欲しいというのが彼女の考えだった。
 既に新田美波という危険人物がいる状態で、もし他にこの殺し合いに乗っている人物が近隣を彷徨いていたのであれば、役場という一際目立つ建築物のあるこの地域は安全どころか危険地帯だ。早々に新しい拠点を探す必要が出てくる。
 この場にいるのが早苗を除けば荒事には向かないいたいけな少女ばかりである以上、早苗だけで彼女ら守り抜けるかと問われれば難しいと言わざるをえないのだ。
 怯えさせない様に目線を合わせて優しく尋ねる早苗に対して、幸子は恐る恐るではあるが誰かに襲われたという事はないと告げる。
 その返答に早苗らはひとまず安堵の溜め息をついた。

「とりあえずはここを拠点にするのは問題なさそうね、答えてくれてありがとう幸子ちゃん。それと嫌なこと思い出させちゃったなら、それはごめんね」
「い、いえ……」

 頭を下げて謝罪する早苗に対して幸子は頭を上げる様に促す。
 普段とは違う、どこか張り詰めた印象を受ける早苗に微かな当惑を覚えた。
 平時の気安さは残っているものの、事務所で見せる所謂"駄目な大人"の代表の様な側面は伺えない。

(そういえば元婦警さんなんだ、早苗さん)

 どこかで聞いた早苗の経歴を思い出す。
 市民の安全と平和を守る警察官の側面は元々持ち合わせていたのだろう。それがアイドルとしての生活では不要であった為に表出していなかっただけだ。
 そして今、必要であるからこそ早苗はかつての警察官としての側面を出している。
 それは幸子をはじめとしたアイドル達がどれだけ危険な状況に置かれているのかを言外に表しているかのようにも取れた。


786 : 暗中模索のタフネス・ガール ◆5A9Zb3fLQo :2018/06/03(日) 20:54:40 9XDrunYo0

「マキノちゃん、お目当ての方はなんとかなりそう?」

 早苗がマキノに問いかける。
 マキノに支給されたUSBメモリ、その中身を確認するためにPCを探している事は既にこの場の全員に共有済みである。無論、この殺し合いが監視されてる事をふまえて、保険としてUSBなどといった固有名詞は口にしないように注意をしたうえでだ。
 幸子が目を覚まし落ち着くまで役場の中を一通り見て回っていたマキノだったが、その甲斐はあったらしく僅かに微笑みながら頷いた。

「こういう目立つ施設のライフラインには手が入ってることは予想できたけど、どうにか生きてるものを見つけられたわ。まだ詳しく手がつけられていないから、これから確認してみるつもりよ」

 その言葉に周囲の面々の表情に僅かに安堵の色が浮かぶ。
 毒か薬かすらも分からないが、それでもこの状況を好転させるものであって欲しいと、彼女らは願わずにはいられない。

「さて、それじゃあ今後の方針を相談したい訳だけど……」

 ちらり、と早苗が役場の壁にかけられた時計に視線を向ける。
 あと数分もすれば長針と短針は揃って真上を指し示すことになるだろう。
 それはメールによる中間連絡の期限が近づいているということだ。

「一先ずは、胸糞悪い連中からの連絡を読んでから、ってところかしらね」

 そう告げて、憂鬱そうに早苗がため息を吐く。
 見ていて愉快な気持ちになる訳ないだろう。このメンバーの中で特に親しい人間の名が呼ばれるかもしれない。
 そう考えれば気は重くなる。だが、読まねば現状を正確に把握できず、危険だ。
 気まずい沈黙の漂う数分間の後、彼女らの所持する携帯端末に一斉に連絡が入った。

「嘘でしょ……」

 定時連絡を確認し、早苗が最初に呟いた言葉がそれだった。
 30人。朝から昼にかけて、それだけの人間が死んだ。ここに拉致されたアイドル達のおよそ半分。
 自殺か他殺かはわからない。それにしてもたかだか数時間で出た犠牲にしては、この数はあまりにも異常だ。
 非現実的な内容だが、ここにいる彼女達はそれを嘘と断じる事が出来ない。
 緒方智絵里、佐城雪美、アナスタシア。
 彼女らの内の誰かが死亡を確認した人物らの名が、脱落者の欄に記載されていたからだ。
 一足早く衝撃から抜け出せた早苗が周囲へと目配せしてここにいる全員の顔色を伺う。
 当然の様に、全員が色を失っている。
 だが、その中でも殊更に愕然としている人物がいた。

「凛ちゃん」

 早苗の声にビクリと肩を震わせて、凛が蒼白の顔のままで早苗を見る。
 ここにいる面々の中でもこの定時報告によって一番ダメージを受けたのは誰か。それは明白だった。
 捨てられた子犬の様な不安げな視線が宙をさ迷う。

「……ごめん。ちょっと、外の空気吸ってくる」

 覚束ない足取りで逃げ出す様に凛が部屋を出る。
 誰もそれを止めることは出来なかった。

 島村卯月。

 かつて凛がユニットを組んでいた、ニュージェネレーションの一人。
 その名前が死亡者の欄に載っていた事は全員が確認している。付け加えれば、同じく元ユニットメンバーである本田未央の名前も参加者名簿の中にはあった。
 同じプロダクションに所属するメンバーという観点であれば、全員が近しい人間を失った状況だが、凛の場合は一時でも苦楽を共にしたチームメイトを失ってしまったのだ。
 そんな彼女を襲った衝撃は早苗達よりも大きいものであろうことは察せられる。

「ごめん、ちょっと私も席外すわね」
「今は、そっとしておいてあげた方がいいんじゃないですか?」
「いつもならそれもありなんだけど、状況が状況だからね。それに……」

 凛の後を追おうとする自身を止めるマキノに対し、早苗は困ったように眉根を寄せて微笑んでみせる。

「"やりたい事一緒に探す"って言った事にされちゃったからにはさ、放っておけないでしょ」


787 : 暗中模索のタフネス・ガール ◆5A9Zb3fLQo :2018/06/03(日) 20:55:31 9XDrunYo0



 役場の裏手、壁に背を預けながらズルズルと音を立てて凛はへたり込む。
 色を失った瞳で呆けた様に天井を見上げたかと思えば、彼女は微かに頭を振りながら力なく俯いた。

「卯月……」

 ポツリと口から零れたのは、かつてのユニットメンバーの名前だ。
 脳裏に過るのはキラキラと輝く笑顔を浮かべた卯月の姿。
 それが、このように唐突な別れを迎えるなどと誰が想像できるだろうか。
 もう、彼女と会うことは出来ない。
 そんな現実に対し実感は湧かない。認めることが出来ない、出来よう筈がない。
 悲しむことも、怒ることも出来ず、キリキリと胸がしめつけられる感覚に凛は顔を形容し難い感情に歪めた。
 そんな凛の元に近づく足音を彼女の耳が捉える。
 僅かに顔を上げれば、隣には早苗の姿があった。

「なんで、ここに来たの?」
「たまたま外の空気を吸う場所が同じだっただけよ」
「……そう」

 突き放す様な語調で問いかける凛に対して飄々とした調子で返しながら、早苗がゆっくりと役場の壁に背を預け、何をするでもなく空を見上げた。
 陽光を遮る日陰に隠れた二人は、互いに口を開かない。
 沈黙の空間にチチチ、と鳥の鳴く声が響く。
 空を見上げたままの早苗と、俯いたままの凛。
 根負けしたのは凛だった。観念した様に深く一度だけ溜め息を吐いた。

「……早苗さんも知ってるでしょ。ニュージェネレーション解散の原因になった事件」
「あー、うん、まあ、ね」

 凛の問いかけに早苗はやや気まずそうな声色で答える。
 同じ事務所のアイドルの身に起きた事件だ。知らない訳がない。付け加えればその後の報道や厳口令から、どの様な真相があったのかまで早苗は察しがついていた。かつて身を置いていた警察組織にあってはよくある話の一つであったからだ。
 かといって凛がどこまで真相に気づけているのかまでは早苗にも分からない。だから、下手なことを口にして彼女にいらぬ傷を負わせないように意図して曖昧な返答を選ぶ。

「私は、何も出来なかったし、何も言えなかった。あの二つの事件の犯人と卯月にも未央にも」

 ぽつり、ぽつりと語っていく凛の言葉の端々から伺える感情は後悔と自身の無力さに対する苛立ち。
 仲の良かったユニットメンバーの二人が人生の道を踏み外しかねない大事件に巻き込まれていながら、一人蚊帳の外へと置かれる形となってしまった少女の悔恨はいかばかりか。

「それでも、二人はいつもと変わらずに私に接してくれた。ううん、接してくれてるんだと思おうとしてた。そんな訳ないのにね」

 自嘲を浮かべる凛。
 目を背けたくなるような痛々しい笑顔だが、早苗は彼女から目を反らさない。
 沈黙でもって、凛に話の続きを促す。

「私、卯月にも未央にもどこかで本音で語るのを避けてたんだと思う。二人がもしも私のよく知ってる二人じゃ無くなってたら、って思ったら怖かった」

 震える両腕で凛は自身の肩をかき抱く。
 その姿は舞台で凛と輝いていた普段の彼女からは想像が出来ないほど不安定で弱々しかった。


788 : 暗中模索のタフネス・ガール ◆5A9Zb3fLQo :2018/06/03(日) 20:56:04 9XDrunYo0

「未央も卯月もね、解散の時笑ってたんだ。いつもみたいに。でも、あんなの全然いつもの二人の笑顔じゃなかった」

 凛の言葉に早苗自身も見ていた解散ライブの事を思い出す。
 卯月も未央も傍目から見れば普段彼女らが浮かべていたのと寸分変わらない笑顔を浮かべていた様に見えたが、より身近な存在であった彼女にはそれが虚勢であった事を見抜けていたらしい。
 "アイドル"であったから起きてしまった事件、"アイドル"だからこそ揉み消された事件。それがここで初めて会ったときに凛が抱えていた悩みに繋がっていたのかと、早苗はここにおいて合点がいった。

「あんな笑顔が最後に見た卯月の笑顔だったなんて、私やだよ。早苗さん」

 震える声で凛が絞り出すように語りかける。
 目元からうっすらと滲み出した涙がツウッと頬をに一筋の線を描いた。

「やだ、嫌だ。もう卯月に会えないなんて嫌だ。未央にも会えないかもしれないなんて嫌だ。そんなの、絶対にやだよ」

 涙声を悲痛に響かせながら、凛は俯きながら左右に頭を振る。
 彼女が恐れていたのは自らの死ではなく、不本意な別れとなってしまった友人達との永遠の別離。
 大好きだった笑顔が、大切だった仲間が、共に歩んだ道のりが、酷く歪な偽りのものに上書きされたままで終わってしまう事。
 島村卯月と渋谷凛がかつての関係を取り戻すことは、もはや不可能となった。
 失ったものは取り戻す事も修復する事も出来ない。
 そんな当たり前で無慈悲な現実に、トップアイドルである前に一人の少女であった彼女は泣きわめく事しかできなかった。

「なら、凛ちゃんはどうしたいのかな」

 凛が落ち着くのを待ってから早苗は問いかける。
 安っぽい慰めの言葉など、今の彼女には効果がないことなど分かりきっている。
 だから、尋ねる。
 "解消することの出来ない後悔を背負ってしまった今、改めて何がしたいのか"と。

「未央と会いたい、会って話したい」
「そっか」

 涙に濡れた赤い瞳が早苗を見上げる。
 もう、卯月の時の後悔はしたくないという、強い意思の伺える眼差しだ。
 答えが決まっているならばいい。ならばこちらがすべき事もシンプルだ。

「じゃあ、お姉さんが手伝ってあげるしかないわね」

 ニッと早苗は気丈に笑って見せる。
 その答えに、凛は驚きから目を見開いた。

「……いいの?」
「この殺し合いから逃げ出すっていうのが最優先だけどね、そのついでで良ければ出きるだけの事はさせてもらわよ」

 優しげな眼差しが不安に滲む視線と重なる。
 暖かで力強い手が、ぽん、と凛の頭に添えられた。

「まだ子供なんだからさ、こういう時は大人のお姉さんに甘えちゃっていいのよ?」

 冗談めかした早苗の暖かな言葉を受けて、凛の目頭がにわかに熱をもつ。
 俯いた凛から消え入りそうなすすり泣く声が漏れだしてきた。
 それを早苗は無言のまま、優しい手つきで頭を撫でながら彼女が落ち着くまで待ち続ける。
 二人を覆っていた日陰は、いつの間にか日向へと変わっていた。


789 : 暗中模索のタフネス・ガール ◆5A9Zb3fLQo :2018/06/03(日) 20:56:36 9XDrunYo0



「凛さん、大丈夫でしょうか」
「早苗さんもついてるし恐らく大丈夫よ」

 早苗と凛の帰還を不安げな表情を浮かべて待つ幸子と里奈。
 その二人に比べればマキノは幾らか冷静な様子で主催陣営から送られた報告に再び目を走らせていた。

(それにしても予想以上に脱落のペースが早い)

 脱落者が出るかもしれないという予想はしていた。だが現実はその予想はを上回る最悪の結果だったと言えるだろう。ここまでの犠牲者が出るなどと想定することなど無理な話ではあるが。
 不幸中の幸いと言えばマキノと特に親しい間柄の人間がこの殺し合いに呼ばれていなかったことだろうか。
 友人を失った凛に後ろめたいものを感じつつも、マキノは安堵で胸を撫で下ろす。

(この殺し合いから無事に生還する為にはこの首輪をどうにかすることが不可欠)

 そっ、と冷たく光る首輪に白く細い指を這わせる。
 継ぎ目らしい継ぎ目はなく、構造は不明。この枷を外すとなれば専門知識のある技術者が必要である事は間違いない。
 マキノの視線が参加者の名簿一覧へと向かう。

(工学に明るい晶葉ちゃんやプログラミングに強い大泉さんはいない、この島のどこかにいるであろう一ノ瀬さんは天才とはいえ専攻は科学でなく化学、期待出来るかと問われれば正直難しい)

 他に理工学に明るい人物はいない、可能性があるとすれば八神マキノ自身しかいない。
 例えようのない重圧が彼女の精神を圧迫し、自然と眉間に皺が寄ってしまう。

(相手の規模も目的も不明、頼みの綱は何が入っているかも分からないUSBだけ。もし、このUSBが参加者に偽りの希望をもたらすためのフェイクだったら……?)

 そもそもの話として主催者が自分達に不利になるような物を忍ばせておくことこそが不自然である。
 偽りの希望をチラつかせ、より深く絶望させた参加者を凶行に走らせる。殺し合いを促進する手段としてはあり得る話だろう。

(首輪の解除が絶望的と分かった時、殺し合う以外に私が生きて帰れる確率は……)
「マキノん?」

 スッと思考に黒い陰が忍び込もうとした刹那、自身を呼ぶ声にマキノは意識を現実へと引き戻す。
 視界が声の主へと向かえば、映っているのは心配そうにこちらを覗き込む里奈の姿。

「大丈夫? 難しい顔してたけど」
「え、あ、うん。少し、考え事をね」
「あまり、一人で考え込んじゃ駄目だよ? アタシ頭悪いから難しいことは良く分かんないけどさ、協力できることならなんでも協力すっから!」

 曖昧に笑うマキノに向けて気遣う様に里奈が笑顔で返してくれる。
 毒気が抜かれる様な眩しく明るい笑顔だ。
 僅かに、マキノは気持ちが軽くなった様に感じる。

「そうね、ありがとう」

 柔らかに笑うマキノを見て大丈夫と判断したのだろう、里奈は幸子の方へと向かい彼女との会話を再開した。


790 : 暗中模索のタフネス・ガール ◆5A9Zb3fLQo :2018/06/03(日) 20:57:03 9XDrunYo0

(……度し難いな)

 遠ざかる里奈を見ながら、悲観的な考えに支配されていた少し前の自分に向けて自嘲する。
 殺し合いを主催する以上、犠牲者をその気にさせるのは彼らの責務だ。
 この定時報告などもその一環であることは予想がつく。
 親しい友人が呼ばれていないにしても顔見知りが犠牲になったとすれば、それだけ精神は磨り減り正常な判断が下せにくくなるというものだ。
 意図したものであるかは定かではないが、みすみす主催者らの術中に嵌まりそうになった己の迂闊さをマキノは自戒する。

(確率はまだゼロになっていない。諦めるには早すぎる)

 僅かでも希望があるのならば、そこに賭ける。
 諦めないという意思ならば、アイドルである彼女達が常日頃鍛えているものだ。だからこそ、ここで容易く折れてやる訳にはいかない。
 マキノが自らを強く持ち直したのとほぼ同じタイミングで扉が開く。
 そこに立っていたのは早苗と凛の二人。
 泣き腫らしたのか凛の目元が真っ赤になっているが、そこに突っ込む様な野暮な真似をする人物はここにはいない。

「ごめん皆、お待たせしちゃったわね」
「その、ごめんなさい」

 早苗に続くように凛がぺこりと頭を下げて謝罪を述べると、幸子と里奈が揃って気にするなとフォローに入る。
 今の凛の表情に部屋を出る前の不安定さは見てとれない。早苗に任せて正解だったか、とマキノは人知れず安堵のため息を吐く。
 そして、これからの行動方針を決める話し合いが始まった。

「他の皆の捜索、ですか?」
「うん、思ったよりも状況が切羽詰まってきそうだからね。最初はマキノちゃんがそれを調べ終わるまで待ってみようとも思ってたんだけど、流石に悠長にはしてられそうにないわ」

 早苗の口から出たのは役場を出て彼女らの様に殺し合いに乗っていないアイドルを探そうというものだ。
 幸子の問いかけに頷きながら早苗は続ける。

「この短時間で、ここに連れてこられたメンバーは半分、考えたくはないけれど結構な子が誰かを殺してでも生きて帰ろうと考えてしまったんだと思う」

 そう言う早苗の顔には苦いものが混ざっている。
 昨日まで同じ事務所の仲間だったのだ。やりきれない感情もあるだろう。

「でも、私たち以外が全員そんな考えでもないでしょ。だから今すべき事は味方を増やすことよ。殺し合いに乗った子だって、大人数の集団が相手だったら軽率には襲ってこないと思うし」
「でも、全員で移動したら、この殺し合いに乗っていない誰かが役場を目指して来た場合にニアミスになってしまわないかしら。それにこれの事もあるわ」
「ええ、だからちょーっとリスキーな手だけど二手に分かれようと思うの」

 USBを見せるマキノに頷きつつ、早苗が提案したのは人員分割案だ。

「捜索メンバーは2人、待機メンバーは3人。待ってる子の方が多いのはさっき言った通り、人数が多いと分かれば殺し合いに乗った子だって襲うのを躊躇うかもしれないからってのが理由」
「なら、私は待機メンバーね。ここで調べなければいけないし」
「ええ、それがいいと思うわ。私は外に行くつもりだったし、いざって時に力仕事の出来る里奈ちゃんも役場に残ってもらっていいかしら」

 早苗からの要請に里奈が真剣な顔で頷く。


791 : 暗中模索のタフネス・ガール ◆5A9Zb3fLQo :2018/06/03(日) 20:57:43 9XDrunYo0

「一緒についてきて貰うのは凛ちゃん、お願いね」
「うん、分かった」
「で、どこに向かうのかしら」
「学校よ。大きめの施設ならここみたいに籠城目的で入ってる子がいるかもしれないし、闇雲に動き回るよりはマシな筈よ」

 マキノの問いに対し早苗がスマートフォンの地図を開く。
 役場からは道も続いている、捜査して戻ってくるだけれであれば日が暮れる頃には戻ってこれるだろう。
 全員に地図を見せながら、続けて早苗は"観音堂"と書かれた場所を指さす。

「もしも役場を放棄しなきゃいけない事態になったらここで落ち合いましょう。私たちも学校の調査が終わったら一旦ここに立ち寄るわ」

 安全な人物がやって来るとは限らない。ましてや役場は人目につく施設であり、生き残りが潜んでいる可能性を考え殺し合いに乗った人間がやってくる可能性も十分にある。
 故に、万が一の場合に備えての退避先も決めておく。

「それと、出掛ける前に確認しておきたいんだけど、名簿に書かれている子達の中で、確実に殺し合いに乗っていないって信頼できる子がいたら教えて貰える?」

 そういうと地図から名簿へとスマホの機能を入れ替える。
 誰が乗っているか分からない状況ではあるが、それでも第三者の視点から確実に信頼できる人物がいればある程度安心できるだろう。

「星子さんは絶対にそんなことが出来る人じゃありませんよ!」
「ありがとう、幸子ちゃん。私からはそうね、雫ちゃんはユニットを組んでた身から言わせてもらえば信頼できると思うわ」
「あの、未央も……」

 幸子と早苗がそれぞれユニットメンバーとして付き合いの長い人物の名を挙げる。
 それに続く様に凛が未央の名前を挙げると、幸子やマキノの表情に微かな戸惑いが浮かぶ。
 二人の見せた反応は予想していたのだろう、凛の表情に渋いものが混ざるが動揺や衝撃といったものはない。
 正当防衛とはいえ未央は人一人を殺害している。殺人を疑うとすれば人によっては彼女が有力候補として挙がってしまうのもやむを得ないだろう。

「オッケー! じゃあ未央ちゃんもだね早苗さん」
「ええ、そうね」

 漂い始めた微妙な空気を打ち破ったのは里奈だった。
 表面上は気にしない様子で話しかけてくる里奈に対し、凛の事情を理解している早苗が追従する。
 場の人間の内の過半数が同意した以上、確証のない疑惑を主張して場の空気を悪くする訳にもいかず、マキノと幸子も同意するしかなかった。

「里奈、その、ありがと」
「別にお礼言われることなんてしてないっしょ? アタシだってここにたくみんとか夏樹っちがいたら名前出してる訳だしさ。ダチなんでしょ、凛ちゃんにとってはさ」
「……うん、そう。友達、なんだ」

 里奈の言葉に微かに目元を潤ませて笑う凛の姿に、マキノと幸子は何も言う事が出来なった。
 疑いが晴れた訳ではない。それでも凛がいるこの状況で疑惑を向ける事、それだけは憚られる。
 その状況を俯瞰していた早苗が一度、パンと手を叩く。話が終わった訳ではないのだ。

「マキノちゃんと里奈ちゃんは誰かいる?」
「んー、アタシは特にかな」
「私もね。交流がある子はあっても特段親しいってなるといないかしら」
「じゃあ一先ずは輝子ちゃんと雫ちゃんと未央ちゃんってところね。それじゃあ捜索に向かう準備をしましょうか」

 そういうと早苗は自分の分のデイパックを担ぎつつ、凛にも彼女のデイパックを手渡し、入り口へと向かう。
 不意に、その足が止まった。


792 : 暗中模索のタフネス・ガール ◆5A9Zb3fLQo :2018/06/03(日) 20:58:13 9XDrunYo0

「最後に1つ。もし、デイパックを複数持っていたりデイパックがパンパンな子がいたりしたら、さっき名前を挙げた子達であっても警戒しなさい」
「誰かを殺して、その荷物を奪った人物と考えろって事かしら」
「落とし物を拾ったり、亡くなった子の荷物を持っていたりする可能性があるから、一概に黒とは言えないけれど、用心する基準としては十分よ。重武装の子なんて来たときには迷わず逃げなさい。いいわね?」

 その言葉に、引き締まった顔で頷いた3人の顔を見て満足そうに早苗が頷く。

「ここで皆と会えて、本当に助かったし嬉しかったわ。だから、必ず皆でまた会いましょうね」
「危険なのはそっちだと思いますけれど……、そうですね。私も調べて分かったことは無駄にしたくないですし、かならず帰ってきてくださいね」

 そして互いが互いに別れと再会を祈る言葉を交わした。

 無慈悲な現実を知ってなお、アイドル達は希望を目指す。
 例え、一寸先も分からぬ暗闇の中であろうとも、ひたすらに、がむしゃらに。
 今はただ、それ以外の術を彼女達は持たぬが故に。

【C-3/日中/鎌石村役場】

【渋谷凛】
[状態]精神的疲労(大)
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式
[思考・行動]
基本:アイドルとしてではなく、渋谷凛としてやるべき事を探す?
1:学校に向かい殺し合いに乗っていない仲間を探す
2:学校捜索後は観音堂に立ち寄り、誰もいなければ役場に向かう
3:未央と会って話す
※信頼できる人物として星輝子と及川雫と本田未央の名をスマートフォンにメモしました。

【片桐早苗】
[状態]健康、左掌に刺傷(タオルを巻いて簡単な止血済)
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、煙草、ライター、けん玉、縄跳び
[思考・行動]
基本:やりたいようにやる
1:学校に向かい殺し合いに乗っていない仲間を探す
2:学校捜索後は観音堂に立ち寄り、誰もいなければ役場に向かう
※信頼できる人物として星輝子と及川雫と本田未央の名をスマートフォンにメモしました。


793 : 暗中模索のタフネス・ガール ◆5A9Zb3fLQo :2018/06/03(日) 20:58:43 9XDrunYo0
【八神マキノ】
[状態]健康
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、USBメモリ
[思考・行動]
基本:殺し合いに抗う――――?
1:役場のPCにてUSBメモリの解析
2:早苗らが来るまで役場で待機。襲撃された場合は観音堂に退避し、早苗らと合流する
[備考]
※新田美波がアナスタシアを殺したことを知りました
※信頼できる人物として星輝子と及川雫と本田未央の名をスマートフォンにメモしました。本田未央については半信半疑です。
※この殺し合いが国家による計画であると考察しています
※過去の事例についてある程度把握しています

【藤本里奈】
[状態]健康
[装備]
[所持品]基本支給品一式、日本刀、精密ドライバーセット
[思考・行動]
基本:いつも通り振る舞う
1:早苗らが来るまで役場で待機。襲撃された場合は観音堂に退避し、早苗らと合流する
※新田美波がアナスタシアを殺したことを知りました
※信頼できる人物として星輝子と及川雫と本田未央の名をスマートフォンにメモしました。

【輿水幸子】
[状態] 健康
[装備]無し
[所持品]基本支給品一式、ナイフ@現実
[思考・行動]
基本:皆と生きて帰りたい
1:早苗らが来るまで役場で待機。襲撃された場合は観音堂に退避し、早苗らと合流する
※新田美波がアナスタシアを殺したことを知りました
※信頼できる人物として星輝子と及川雫と本田未央の名をスマートフォンにメモしました。本田未央については半信半疑です。


794 : ◆5A9Zb3fLQo :2018/06/03(日) 21:00:07 9XDrunYo0
以上で投下を終了いたします。
ほぼ一年越しになりましたが前作も暖かいご感想をいただきありがとうございます。


795 : 名無しさん :2018/06/12(火) 23:25:44 fHunRi4E0
また一年越しに投下があるとは…
良い物を読ませていただきました


796 : ◆5A9Zb3fLQo :2019/05/20(月) 23:33:53 Chspcc220
お久しぶりです。
及川雫で予約して投下します。


797 : 慟哭の雨空 ◆5A9Zb3fLQo :2019/05/20(月) 23:34:47 Chspcc220
 しとしと、という音と共に灰色の空から無数の水の粒が大地に存在するありとあらゆるものを打つ。
 昼頃に発生した雨雲は北上し、現在午後の時刻においてはMAPにおける○-5に該当するエリアの全域において雨を降らせている状況だ。
 その雨の中で、スコップが地を抉る音が聞こえる。
 体を降り注ぐ水滴が濡らすのも構わずに穴を掘る及川雫の前には焼け焦げ、炭化した人間だったものが1つ。
 あまりにも小さな体躯。名簿を確認済みである雫にとって、それが誰であったのかは容易に察することが出来た。
 無言で、ひたすらに穴を掘る。
 頬を伝う水が涙なのか雨なのか、判別することは出来ない。
 この地で理不尽な終わりを迎えた命を弔うためだけに、雫はひたすらに体を動かしていた。

◆◇◆

 ホテル跡の一室。市原仁奈の埋葬を終えた雫はずぶ濡れになった服を乾かし下着姿になっていた。
 その表情は暗い。それもそうだろう、事務所であどけない笑顔を浮かべていた少女が、あの様な無惨な姿になっていたのを目撃してしまったのだ。
 あんなに幼い彼女が殺されたこと。
 ここに連れてこられらたアイドル仲間の一人がそれをやったこと。
 その2つが彼女の心に暗い陰を落としていた。

 ぶるり、と肩を震わせる。
 当然、ホテル跡のライフラインは死んでいた。暖房を動かすことも出来ない今、雨に打たれ、下着一枚となった彼女の体温は急激に低下している。このままでは体調に影響が出るかもしれない。
 何かないかとクローゼットを漁れば薄汚れてはいるもののガウンがあった。
 それを羽織り、今後のことを考える。
 他の生きている事務所の仲間にはまだ出会えていない。もし、南に彼女らがいたならばこの雨だ。動くに動けない状況だろう。
 これで、少しでも殺し合いの勢いが衰えてくれればと雫は願わずにいられなかった。

 一方で彼女も移動が殆ど封じられてしまった状態である。雨具もない状況での強行軍が無謀であることなど彼女には分かりきっている。

「……何か、使えるものがないか探してみようかな」

 ホテル跡から外には移動できない。かといって時間を浪費する訳にもいかない。傘でも見つかれば雨の中でも行動は可能だ。
 故に、何か使えるものがないかホテル内を捜索するという方針を取った。
 デイパックや衣服が盗まれぬよう扉をしっかりと施錠したうえガウン姿で部屋を出る。万が一の護身用として銃を、そして暗所でも見落としが無いように懐中電灯も持ってきた。そうそう不測の事態には陥らないだろう。

 そうして一部屋一部屋回っていくが、調度品やアメニティ以外にめぼしいものは見つからない。
 そうして1つの部屋に入り、雫はヒ、と引きつった息を漏らす。
 その部屋には死体が1つ横たわっていた。


798 : 慟哭の雨空 ◆5A9Zb3fLQo :2019/05/20(月) 23:35:22 Chspcc220
「卯月、ちゃん……」

 床を赤で濡らし、倒れ伏す島村卯月だったもの。
 雫は駆け寄るが、もちろん反応はない。
 島村卯月だったものに触れれば、土気色の肌と体温を失った肌は否が応にも彼女が既に死んでいるのだという事実を雫の認識に叩きつけてくる。
 うつ伏せに倒れる彼女の背から小さい何かが内から外へ三度貫いた跡があること気付く。
 その傷口は、つい数時間前に雫が命を奪った吉岡沙紀を、そして彼女に命を奪われた綾瀬穂乃香の姿を想起させる。つまり銃器によって射殺されたのだ。

 思わず口元に手を当てる。が、抑えきれぬ感情はじわりと涙となって量の瞳から溢れだし頬と床を濡らした。
 ここでも、殺人があったのだ。
 だが、これまでに彼女が見てきた死体とは1つだけ異なる点があった。それは、卯月の表情である。
 誰かに殺された人間にはあるまじき安らかな笑み。
 それはこの場において不釣り合いな表情だった。
 何があったのか、誰が殺したのか、何故笑顔で逝けたのか。何も、何も雫には知り得ることではない。
 何も分からない雫には、ただ目の前の卯月であったものを呆然と見ることしか出来なかった

 そうして、僅かに時間が過ぎ、雫は自分を取り戻す。ここで徒に時間を浪費する訳にはいかない。
 仁奈同様に卯月の遺体を埋葬するという考えが浮かぶ。が、外は生憎の雨だ。この状況で敢行するというのは今後の事を考えても無謀としか言えない。
 何かないかと視界を巡らせれば、部屋の隅にシーツが置いてあった。

「ごめんね、卯月ちゃん」

 謝罪の言葉をかけながら、シーツを手に取り卯月の元へと持っていく。
 埋葬は出来ない。かといってこのまま彼女の死体を放置することも気が引けた。
 シーツをかけるのは今この場で出来るせめてもの弔いである。

(凜ちゃんや未央ちゃんに教えてあげた方がいいのかな……)

 シーツを被せながら、卯月とユニットを組んでいた二人のアイドルの姿を思い浮かべる。
 未央が加害者になってしまったあの事件の事は雫も当然知っていた。
 同じユニットメンバーであり元婦警でもあった片桐早苗が彼女のプロデューサーに普段見せない様な剣幕で食ってかかっていったことは今でも鮮明に覚えている。それほどまでに衝撃的な事件であったのだ。
 それでも彼女達三人は、未央が復帰した後も事件が終わる前と変わらぬ様子でニュージェネレーションとしての最後をやりきった。
 その姿に雫が一人のアイドルとして彼女達に純粋な敬意を抱くほど立派なライブであった。
 そんな彼女達に、友人の死に様を伝えるべきであろうか。定期連絡のせいで二人も卯月の死は知っていることだろう。
 死体など見せない方がいいのか、それとも、友人の眠る場所を教えるべきなのか。答えは出ない。
 答えは出ないまま、シーツで死体を覆い終えた雫はその場を後にする。
 後ろめたさはあったが、だからといってここでじっと卯月の死を悼んでいる訳にもいかなかったからだ。


799 : 慟哭の雨空 ◆5A9Zb3fLQo :2019/05/20(月) 23:36:00 Chspcc220
 何個かの扉を開けるが目ぼしいものも人影も見当たらない。
 人のいたらしき形跡はあるが、それが卯月や卯月を殺害した人間のものであるかも判別がつかない状態だ。
 そうして、最後の客室の扉に手をかける。
 キイ、と他の部屋と同様に軋んだ音を立てて開いた扉から広がる光景。
 
 目に留まるのは2つのベッド。
 片方は跳ね起きてそのままどこかへと出掛けたかの様にシーツが乱雑に広げられていた。
 そしてもう片方には少女が一人横たわっている。
 森久保乃々が、汚れ1つないシーツの敷かれたベッド上で傷らしい傷もなく眠っていた。それはまるで、お伽噺に出てくるお姫様の様だ。

「乃々ちゃん?」

 雫が声をかける。乃々からの反応はない。
 悪寒が雫の背を通り抜け、恐る恐る彼女へと近づいていく。
 近づくにつれ、乃々の全容が露になる。
 まるで眠っている様であったが、元々白かった肌の色は生気を失い卯月同様に土気色だ。
 森久保乃々は眠るようにして死んでいる。
 それを認識してしまった雫の顔は青ざめ、その場に力なくへたりこんでしまう。

「なんで、どうして……」

 狼狽の色に染まった呟きが雨音以外にBGMのない室内に響く。
 震える手が乃々へと伸び、肌に触れた。卯月と同様にひやりとした感触は改めて目の前の少女の命がとうに尽きていることを雫に突きつける。
 焼け焦げた市原仁奈。
 射殺された島村卯月。
 そして眠る様に亡くなっている森久保乃々。

 立て続けに発見した三者三様の死体。いったいこのホテルの周りで何が起こったのか、雫に想像することは出来なかった。
 雫の視線が乃々の死体の上をさ迷う。先の二人の様な外傷らしい外傷はないように見えた。
 だが、目敏くも雫の視界が服が微かに赤黒く染まった左腕を捉えてしまう。
 腕の内側にあたる部分赤く染める血のワンポイントカラー。だが、それは致命傷に至るには程遠く思われる出血量だ。
 それを認識した時に、雫は不吉な予感に襲われた。
 知ってはいけない。理解してはいけない。そんな漠然とした第六感めいた感覚。
 だというのに、指が乃々の袖口へと伸びていく。本能が警鐘を鳴らすと同時に、理性が”今ここで確かめなければならない”と囁くように告げていた。その声に彼女は抗うことはできなかったのだ。

 雫の指が既にボタンの外れていた袖を捲る。
 その先にあった光景は静脈があるであろう場所を中心に乾いて固まった血。そして見逃しかねない小さな、とても小さな穴。
 腕に何かを刺され、それが原因で乃々が殺害されたことを示す何よりも明確な証拠であった。
 では何を刺したというのか。雫が記憶を掘り起こす中でそれらしき凶器に思い当たる。

「これは……注射針? 静脈に何か薬品を注、射……」
  
 そこまで口に出して雫は顔を強張らせる。
 
 注射器。
 眠る様に死んだ乃々。
 そして、彼女の知る睡眠導入剤の香りを微かに漂わせていた一之瀬志希。

 その三つの点が線となって結ばれていく。

 あの時、何故志希はホテルとは逆の方角に向かっていたのだろうか。
 あの時、何故志希は同行者が増えるというメリットを蹴ってまでホテルに向かう事を拒否したのだろうか。
 それは、彼女が森久保乃々を薬殺し、ホテルから西に向かって来ていたからだとしたら。
 なるほど彼女はホテルに行く理由がない。行けば死体が見つかる可能性がある。
 “誰かを探している”という言が本当のことであるならば、既に目当ての人物がいないことも知っているだろう。
 もっとも、これは全て状況証拠から組み上げられる一つの仮説にすぎない。

 だが、もし、この仮説が正しかったとしたら。
 彼女が森久保乃々を、ともすれば市原仁奈と島村卯月を殺した犯人であったとしたならば。

 ――今、彼女は誰と一緒にいる?

「あ」
 
 怯えの混じった、自分が最後に見た成宮由愛の表情が脳裏を過る。
震え声が零れた。


800 : 慟哭の雨空 ◆5A9Zb3fLQo :2019/05/20(月) 23:38:17 Chspcc220
◆◇◆

ザアザアと、雨が降る。
壁を打つ雨音が、道路を打つ雨音が、木々を打つ雨音が他の音を全て塗りつぶしていく。
一人の少女の慟哭もまた、同じ様に。

 まるで彼女の嘆きを代弁するかの様に、雨は激しく降りしきっていた。

【一日目/G-5・ホテル跡/午後】

【及川雫】
[状態]疲労(中)、激しい後悔、人殺し
[装備]レミントンM700(3/5、予備10)、
[所持品]基本支給品一式2、S&W M36(残弾 2/5、予備20)、柳葉包丁、剣先ショベル
[思考・行動]
基本:死にたくはない。命を奪うものとは戦う。そして、すべての命に敬意を払う。
1.―――――ッ!
[備考]
※青木聖、一ノ瀬志希が殺人者であると推察しています。
※市原仁奈の死体を埋葬しました。
※島村卯月、森久保乃々の死体を発見しました。

【全体備考】
○-5のエリア以南全域に雨が降っています。以北のエリアにも雨が降っている可能性があります。


801 : ◆5A9Zb3fLQo :2019/05/20(月) 23:39:04 Chspcc220
以上で投下を終了します。


802 : 名無しさん :2019/06/05(水) 15:56:33 A2dLEH9c0
投下来てた! 投下乙です!
雫のこの一歩引いた視点、好きなんだよな。
物語的に重要なフラグっぽいのを拾ったけど、それがどう出るか……


803 : 管理人 :2020/07/07(火) 19:06:20 ???0
本スレッドは作品投下が長期間途絶えているため、一時削除対象とさせていただきます。
尚、この措置は企画再開に伴う新スレッドの設立を妨げるものではありません。


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