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BASARAロワ
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「聞こえないのか?」
時代が終わる。
「疑問に思わないのか。
本当に気づかないのか」
風の民が一人、青い衣を身に纏い、砂漠の空を見上げた。
彼の内では、警報が鳴り響いている。
「徳川幕府は、大日本帝国は。
ヒトラーは、フセインは。
本当に気づかなかったのか」
時代を担う者たちに知らされる危険信号を、この風の民は確かに感じ取っていた。
神代の時が一つ、遠のく音。
そして世界は新たな担い手のもとへ、滑り落ちようとしていた。
▽
"
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更紗は夢を見ていた。
日本の未来を決める、運命の日の前夜。
うっすらとかかる白い霧の中で、更紗は立ち尽くしていた。
否、正確には目の前にもう“一体”。
〈竜〉がいた。
竜というものを見たことがない更紗にも、不思議とそれが〈竜〉だと分かった。
目を灼くほどの赤い鱗に覆われた〈竜〉。
その大きさを一言で例えるなら、山だ。
山を思わせるほどの巨躯を支える太い足に、畳まれてもなお平原のように広い一対の翼。
霧に包まれてはいても、雲が山を覆いきれないのと同じように、その雄大さはいささかも薄れていない。
山や海――そうしたものが生物の形をとったなら、このような姿になるのかも知れない。
そして呼吸すら忘れていた更紗の脳に直接、〈赤〉としか形容しようのない低い声が届く。
「――人の子よ」
声に色などあるはずがないのに、その声は確かに〈赤〉だった。
〈赤〉という概念は彼より生じたのだと、更紗は肌で感じ取る。
同時に、〈竜〉が生物などという言葉で括れないものであることも理解させられた。
革命の指導者、運命の子ども――大層な肩書きを持つ更紗も、〈竜〉の前ではちっぽけな存在に過ぎなかった。
「汝は時代の変わり目に巻き込まれ、同時に資格を得た。
〈竜殺し〉たる汝が我を殺めた時、汝は我の力を継承するだろう」
「……竜、殺し……?」
〈竜〉の大きさに圧倒されてしまっていた。
しかしかろうじて、更紗は聞き慣れない言葉に反応することができた。
「そう、汝は〈竜殺し〉。
我の力を継承するに足る器を持つ者。
我を殺せば汝は望む国を、或いは望む世界を得る」
どくん、と更紗の心臓が跳ねる。
望む国――こうあって欲しいと願う日本。
支配者も奴隷もいない国。
自分たちで話し合って造る国。
人が、殺されない国。
そういう国を造りたいと、夢見ていた。
国王を討って王権を倒すことで、実現しようとしていた――
「〈竜〉とは世界の体現者であり、我は世界を支える七柱のうちの一柱。
その力を継ぐということは、世界の在り方を汝自身が決めるということ。
全ては、汝の望むままに」
自然と胸が熱くなっていく。
これまでに家族も、仲間も、見知らぬ人々も死んでいった。
皆、殺された。
殺したこともある。
そんな悲しい連鎖が、ここで終わる。
「二十人」
半ば呆けていた更紗に対し、〈赤の竜〉は構わず続けた。
その数を提示するとともに〈竜〉の声が一層低くなる。
「汝と同じく巻き込まれた者が、汝を含め二十人。
だが我が顕現する〈契りの城〉に招かれるのは五人のみ」
〈赤の竜〉が遠ざかっていく。
更紗も〈竜〉も動いていないはずなのに、距離が遠くなっていく。
「我を殺したくば、汝の器を示せ」
やがて〈竜〉の巨体すら見えなくなり、更紗は霧に飲み込まれた。
▽
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「これは儀式……次の時代を負う者を決める儀式さ。
ここに集められた理由は分かったかな?」
艶やかな声。
更紗が目を覚ますと、そこには見知らぬ少女がいた。
夢からは覚めたはずなのに、それは〈竜〉に劣らず現実味のない光景だった。
場所は宵闇の森の中だった。
大人が数十人がかりで手を繋いでようやく囲めるほどの、異様な太さの樹の膝元。
大樹の幹は半分が腐り、半分が生き生きと枝葉を伸ばし、その先で薄桃色の花を咲かせている。
他の木はその大樹を避けるように群生しており、大樹の下にはむき出しの地面が広がっていた。
樹の下では篝火が焚かれ、声の主である少女はそれを背にして立っていた。
更紗は彼女と向き合うように立っている――だが、二人きりというわけではなかった。
更紗の周りにも、十人以上の人が立たされている。
見回すと、朱理と浅葱の姿を見つけることができた。
二人に駆け寄ろうとするが動けない。
更紗の視線はいつの間にか、少女の方へ引き戻されていた。
多数の小さな髑髏を数珠状に繋げて首に掛け、一際大きい髑髏を一つ頭にかぶせた少女。
ボロ布のような着物の隙間から覗く肌は浅黒く、その全面に複雑な文様の入れ墨が広がっている。
確かに、儀式という言葉に相応しい身なりに見えた。
そして少女は子どもとは思えない艶然な表情で、舞うように身体を揺らしながら言葉を紡ぐ。
「あたしは〈喰らい姫〉。この儀式の案内人さ。
本来はニル・カムイという小さな島の運命を決めるだけの儀式だったけれど……事情が変わってね。
世界は“交じった”。
あんたたちは、もう逃げられない。
生き残ることでしか、帰れない」
並べられた一人一人の目を覗き込んでいるのか、〈喰らい姫〉と名乗った少女は視線を右から左へと動かした。
〈竜〉と同じ、赤い瞳を揺らしている。
「選ばれた参加者は二十人。
そのうちで〈竜〉がいる〈契りの城〉に入っていいのは五人だけ。
〈竜〉を殺せるのはもちろん一人だけ。
……なら、やる事は決まっているよね」
はらはらと散る桃色の花びらと火の粉の中、〈喰らい姫〉は舞い始める。
どこからか聞こえる調べに合わせた、見たことのない舞いだった。
一同の視線を集めた少女は踊りながら、とろりと酔ったような顔で続ける。
「ここにいる二十人で殺し合いをしてもらう。
生き残った五人が〈契りの城〉に向かい、〈竜〉を討つのは早い者勝ち。
簡単な話だよ」
炎が揺れ、細い手足が艶やかに照らされる。
幻想的な情景を、更紗だけでなく、誰もが身じろぎ一つせずに見ていた。
「あんな巨大な〈竜〉を討てっこない……なんて思うかい?
確かにそうさ、まともな人間にあれの相手が務まるわけがない。
だから、残った五人の為に手段を用意してある。
あんたたちはただ〈竜〉を殺すことを、最後まで生き残ることを目指せばいいのさ」
舞いは次第に激しくなり、それに合わせて篝火の火勢も増していく。
「〈竜〉を殺せば、〈竜〉の力はどこかに流れていく。
〈竜殺し〉ならその力の器になれる。
そして器になれば人の生死だけじゃない、島どころか国、いやいや世界、どころか他の世界の在り方すら好きに出来るだろうさ」
〈喰らい姫〉も、それを見ている者たちも同じだった。
酔ったように、のぼせあがったように。
大樹の下で一様に、殺し合いのことを考えている。
「〈竜殺し〉でなければ器にはなれない。
〈竜殺し〉じゃあない連中は、残念だったね。
だけど〈竜殺し〉でなくたって、〈竜〉を殺せば『力がどこに流れていくか』ぐらいは決められる。
つまり――」
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舞いが止まる。
一呼吸の間を置いてから、〈喰らい姫〉は唇をゆっくりと動かす。
「世界を救うのか、滅ぼすのか、それとも――革命か。
この中の誰にでも、世界の未来を決める権利があるってことさ。
〈竜〉さえ殺せればね?」
大樹の下で、突然周囲の景色の全てが消えた。
代わりに更紗たちが立たされていたのは見知らぬ街。
そしてその情景は、目まぐるしく変化していく。
国王の圧制に苦しみ、人々の命がたやすく奪われていく日本。
黄爛とドナティアという二つの大国に蹂躙され、狂乱した〈赤の竜〉に襲われる島国ニル・カムイ。
神聖ブリタニア帝国の第九十九代皇帝の支配下に置かれた元エリア11。
仙女に乱され、周という新たな国に滅ぼされようとしている殷。
『シン』の脅威に怯え、死の螺旋に囚われたスピラ。
次々と映し出される光景が更紗の脳へと刻まれていく。
やがて五つの世界の姿が消え、更紗たちは元の大樹の下へと戻っていた。
更紗たちが目を回すのを他所に〈喰らい姫〉が指を鳴らすと、彼女の足下に一人の男が現れた。
後ろ手に拘束されたその男が、うつ伏せに転がされたまま顔を上げる。
伸ばしっぱなしの髪に無精髭の、精悍な顔立ちの男だった。
「阿ギト」と、誰かが呼ぶ声が更紗の耳に入る。
「この男、阿ギト・イスルギは元〈竜殺し〉。
世界の事情が変わったことで資格を失った男さ。
まだ信じられないなんて寝ぼけたやつはいないだろうけど、これで実感してもらおうか」
「何か言い残すことはないかい」と、〈喰らい姫〉は視線を落としながら優しく問う。
阿ギトと呼ばれた男は首を横に振った。
「俺の熱は、もう伝わった」
その視線は一点に向けられていた。
更紗ではない、並べられた者たちのうちの誰かの方を見ていたのだろう。
そして〈喰らい姫〉がもう一度指を鳴らすと、弾ける音がした。
「……え」
更紗の声だ。
意識せず、腑抜けた声を漏らしてしまった。
人の首が飛び、更紗の足下に転がり、その血が更紗の頬にまで飛び散った。
たったそれだけのことが理解できなかった。
声を上げようとし、寸でのところで唾液とともに飲み込む。
「これからあんたたちが送り込まれる場所は、東京の中心部。
エリア11と呼ばれていた国の首都――その『夢』さ。
土地も『夢』、建物も『夢』、そこに住む人々もみぃんな『夢』」
視界が暗くなっていく。
更紗の周りにあった気配が消えていく。
〈喰らい姫〉の声も小さくなっていく。
「舞台が『夢』でも、殺し合いは本物さ。
『夢』から出たければ、願いを叶えたければ――もう分かるだろう?」
更紗の視界の中で、全てが闇に溶けた。
目を開けているのか、閉じているのかも判別できなくなり、やがて声も聞こえなくなった。
【阿ギト・イスルギ@レッドドラゴン 死亡】
残り 二十人
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【企画概要】
・当企画は>>1が選出した参加者によるバトルロワイアルリレー小説です。
・「(戦国)BASARA(だと思って読みにきた人がガッカリする)ロワ」、
あるいは「(田村由美の)BASARA(とレッドドラゴンを宣伝する)ロワ」です。
・一人で書く想定で準備していますが、書き手参加は歓迎します。
ご質問等がございましたら>>1までお気軽にどうぞ。
・>>1が書きたくて仕方ない連中を掻き集めたロワなので、その点はご了承下さい。
【参加者名簿】
4/4【BASARA@漫画】
○更紗/○朱理/○浅葱/○四道
4/4【レッドドラゴン@RPF】
○婁震戒/○スァロゥ・クラツヴァーリ/○エィハ/○忌ブキ
4/4【コードギアス 反逆のルルーシュ@アニメ】
○ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア/○枢木スザク/○紅月カレン/○ジェレミア・ゴットバルト
4/4【封神演義@漫画】
○黄天化/○黄飛虎/○聞仲/○紂王
4/4【FINAL FANTASY X@ゲーム】
○ティーダ/○ユウナ/○アーロン/○シーモア
計20名
【基本ルール】
・二十人で殺し合い、最後まで生き残った五人が〈契りの城〉にいる〈赤の竜〉に挑む権利を得る。
・〈赤の竜〉を殺した一人のみが望む世界を得る。
・〈契りの城〉は参加者が残り五人となった時点で顕現する。
・支給品なし、名簿と簡単な地図のみ。
ただし持ち物の没収もなし。
自分のKMF、KGF、宝貝、霊獣などは持ち物に含む。
・参戦時期は、参戦作品ごとに統一。
BASARA:最終決戦前夜
レッドドラゴン:第五夜、〈契りの城〉顕現の直前
コードギアス:R2 25話、ゼロ・レクイエムの数日前
封神演義:趙公明戦後、聞仲が金螯列島を発進させる前
FFX:ユウナレスカ戦後、マイカ消滅前
・参戦時期時点で死亡している四道は死人@FFXとして参戦。
・支給品及び参加者の能力に制限は設けない。
・首輪、禁止エリア、時間制限、なし。
・参加者が死亡した場合、封神される。
封神台の位置→そのうち決めます。
【竜殺し】
・〈竜殺し〉が〈赤の竜〉を殺した場合、〈赤の竜〉の力の全てを継ぐことができる。
そうでない者が殺した場合でも、世界を好きな方向に導くことができる。
指先一つで意のままにできるようになるか、何となく向かって欲しい方へ向かわせられるか、程度の差。
・参加者は全員、OPの更紗と同様に〈赤の竜〉と接触している。
その際に自分が〈竜殺し〉か否かを伝えられている。
・エィハのみ〈竜殺し〉の判別が可能。
・〈竜殺し〉と確定しているのはスアロー、婁(の七殺天凌)のみ。
SS内でレッドドラゴン以外の出典の参加者からも出していく予定。
・竜殺しか否かを決める基準は、力の強弱ではなく王のUTSUWA。
【舞台】
・ルルーシュ皇帝の支配下となった日本人が夢見た、
「ブリタニアに支配されずに発展し続けた理想の日本(東京)」を〈竜〉が具現化したもの。
・範囲は東京23区と同じ。
地名はコードギアス出典に限定せず、適宜現実のものも使用する。(品川、九段下など)
・NPCが多数生活している。
上記の東京と同じく「理想の日本人」を具現化したもの。
意思はなく、リフレイン中毒患者@コードギアスのような状態。
・NPCは封神されない。
また、特殊な条件が加わらない限り、還り人化・死人化・魔物化などはしない。
死体はある程度の時間が経過すると消滅する。
・マップの境界部分はどうなっているのか→必要になったら考えます。
【時間帯】
12〜16時 昼
16〜20時 夜
20〜0時 夜中
0〜4時 深夜
4〜8時 早朝
8〜12時 朝
・正午スタート。
・放送は0時及び正午、生存者全員に〈赤の竜〉の念話によって伝えられる。
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更紗、忌ブキ、アーロン、聞仲、婁震戒で投下します。
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「私は殺し合いなんて嫌だ。
だから、一緒に行こう」
晴れ渡った空の下、二人の少年がいた。
声の主は茶髪の少年。
萌黄色の布を額に巻き、土色の布を皮鎧の上から纏っている。
一見すると少女にも見える中性的な顔立ちで、か弱い印象を抱く者すらいるだろう。
しかし使い込まれた日本刀が、擦り切れた衣服が、何度も傷ついて固くなった指が。
何より、熱を帯びたその眼差しが。
彼は戦場に立つ人間だと、雄弁に物語っていた。
そんな彼が手を差し伸べようとしている相手が、白い着物の少年だった。
雪よりも白い着物に白い頭巾、白い髪。
景色の中でそこだけ色が抜け落ちたかのように錯覚させる、目立つ風体だ。
茶髪の少年よりも更に若く、むしろ幼いとさえ言える。
ただ彼の赤い瞳にもまた、己さえ焦がすほどの熱が宿っていた。
白い着物の少年は答える。
正面にいる茶髪の少年ではなく、自分が進むべき未来を見据えながら。
「僕は――」
茶髪の少年の名は、タタラ。
生まれ落ちた日に運命の子どもと予言され、王を倒すべく立ち上がった革命の指導者。
白い着物の少年の名は、忌ブキ。
ニル・カムイ島を代々統べる皇統種の末裔にして、革命軍の王。
己の生まれた国を、島を、革命しようと藻掻く少年たち。
本来交じることのなかった世界と世界が交ったことで、彼らは邂逅を果たした。
▽
ニル・カムイ。
大国ドナティアと黄爛の中間に位置する小さな島国であり、両国の植民地として蹂躙される土地。
入り組んだ魔素流によって外界を拒み、独自の文化を育んできた島だ。
南国の風土でありながら、砂漠があり、常春の地域があり、豪雪地帯がある。
一つ村を越えれば別の気候、そんな国土を魔物が闊歩し、時に「死者が黄泉還る」。
様々な特徴を持つ奇怪な島であり――〈赤の竜〉が住まう島でもある。
出会いの時よりも少し前。
ニル・カムイ出身の少年忌ブキは、ある公園にいた。
柔らかな昼の日差しが注ぐ小さな公園で、子供たちが無邪気に駆け回る。
平和そのものの光景を眺めながら、忌ブキはブランコに腰掛けて途方に暮れていた。
汚れ一つない純白の着物に、魔術を織り込んだ頭巾も同じく白。
身につけている布地一つをとっても極めて上質なものであり、彼がニル・カムイの富裕層にいることが窺えた。
だが正確には彼は裕福な生まれではなく、かといって庶民でもない。
ニル・カムイを代々司ってきた皇統種の末裔、それが忌ブキの立場である。
とはいえ、忌ブキが自分の素性を知らされたのはほんの数ヶ月前のことだった。
革命軍との出会いがなければ、今でもただの少年として生きていたのかも知れない。
革命軍が忌ブキの運命を大きく変えた――そしてその革命軍のリーダーこそ、阿ギト・イスルギだった。
ブランコ、滑り台、砂場、たったそれだけの遊具しかない小さな公園で、幼い子供たちがはしゃぐ声はとても遠い。
それは、突然一人にされて不安になったから。
儀式の内容が殺し合いであることに戸惑っていたから。
そしてそれ以上に、アギトの死に衝撃を受けていたからだ。
阿ギトが伝えた『熱』があったから、忌ブキは革命軍の王として生きることを決めた。
短い付き合いではあったが、忌ブキが最も強く影響された人物と言ってもいい。
故に阿ギトの命が、戦場でもない地で呆気なく奪われたショックは大きい。
手元にあった名簿を広げたものの目が滑り、数人の知り合いが含まれていることしか分からない。
そして当然のように、周囲への警戒は疎かだった。
「ねぇ。そこにいると危ないよ」
突然声をかけられて、忌ブキは驚いて顔を上げる。
それがタタラとの出会いだった。
「あなたも参加者、だよね?」
多くの人々が生活する街で、何故忌ブキを判別できたのか――それは説明されなくても、タタラの姿を見て分かった。
タタラは、体に淡い光を帯びているように見えた。
タタラから見た忌ブキの姿もまた、同じような状態だったのだろう。
「私はタタラ。
本名じゃあないけど、普段こっちを名乗ってるから」
まるで少女のような柔らかい雰囲気を持つ彼もまた、〈赤の竜〉に選ばれた一人なのだ。
▽
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タタラは〈赤〉に縁がある。
大きな流れに飲み込まれる、その始まりはいつも〈赤〉だった。
故郷の村を焼いたのは赤の王の軍勢だった。
赤い月の晩、赤い鎧の兵士たちが、赤い炎を村に放ち、赤い血で地面を染めた。
本当は、色などなかったのかも知れない。
それでもタタラがあの日を思い出す時、景色はいつも赤一色で塗り潰されている。
だが会場で目を覚ましたタタラが思い描く〈赤〉は、赤の王でもあの日の景色でもなかった。
〈竜〉。
圧倒的な、絶対的な〈赤〉。
あのようなものを見た後では、納得するしかなかった。
〈赤の竜〉の力を継ぐための儀式に、自分は選ばれてしまったのだと。
殺し合えと言われ、目の前で人が殺された。
朱理と浅葱もこの儀式に巻き込まれている。
これら全てが夢ではなく現実なのだと思うと、膝を折ってしまいたくなる。
しかしこれまでに辿ってきた旅路と叶えたい夢が、タタラを支えた。
容赦のない現実に、いつだって立ち向かってきた。
傍らにはふくろうの新橋と愛馬の夜刀がいて、腰には白虎の刀が提げられていて、普段と何も変わらない。
今まで通り、前に進めばいい。
今まで通り、前に進むしかない。
両の手のひらで頬を叩き、気持ちを切り替える。
体は至って健康、怪我もない。
視界に広がるのはそびえ立つ建造物、均一にならされた硬い道、目が回るほどに輝く看板、蘇芳の都を超える人の波。
人々は皆一様に忙しく動き回っており、敵意は感じられなかった。
しかし、言いようのない違和感が纏わりつく。
その違和感の正体を確かめようとして、タタラは道を行く人に声をかけた。
「すみませ――」
「日本、万歳!」
「あの、ここって」
「来月子どもが生まれるんだ!」
「…………」
「昇進だぁ!!」
彼らは確かにタタラと同じ言語で話している。
しかし会話は成立しない。
それから改めて街を見回して、タタラは得心した。
豊かで栄えた街だが、熱を感じない。
人々が確かに生活し、呼吸して息づいているはずなのに、熱気も活気も感じられないのだ。
あの時〈喰らい姫〉が告げた「夢」という言葉は、嘘でも比喩でもないのかも知れない。
「…………行こうか。夜刀、新橋」
夜刀の手綱を引き、タタラは歩き始める。
行き先こそ決まっていなかったが、目的ははっきりしていた。
この土地の地図を探すこと。
名簿とともに大雑把な地図は用意されていたが、分かるのは会場の広さぐらいで、現在位置すらはっきりしない。
そして何よりも優先するべきは、仲間を見つけることだ。
「近くにいるといいんだけどな、浅葱……」
この儀式に巻き込まれた二十人のうちの一人であり、タタラ軍に所属する青年、浅葱。
第一印象がすこぶる悪く、信用するまでに時間がかかったものの、今では大切な仲間だ。
頼りにしたい気持ちと病弱な彼を心配する気持ちの両方があり、真っ先に合流したいと思ったのだ。
単純な気持ちの強さでは、朱理に会いたいという思いの方が強かったかも知れない。
しかし、朱理の強さはタタラが一番良く知っている。
例え殺し合いの場であろうとも、彼は決して自分を見失わない。
だからタタラは浅葱を優先した。
タタラは朱理ではなく浅葱を選ぶ。
タタラは決して仲間を見捨てない。
今は“タタラ”だから。
タタラは朱理を選ばない。
そうして探し歩くうちに見つけたのが、公園だった。
正確には発見した地図が、公園の入り口に張り出されたものだったのだ。
そして地図を見ようとして近づき――忌ブキを見つけた。
どんな白よりも白い、純白。
それが淡い光を纏って、そこにいた。
▽
お互いが名乗り合った後で、忌ブキはタタラから「ぼんやりしない方がいい」と注意を受けた。
忌ブキの態度は無防備そのもので、公園の外からも見えてしまっていたらしい。
最初に忌ブキを見つけたのがタタラでなければ、既に忌ブキは殺されていたかも知れない。
タタラのことを完全に信用したわけではないが、彼の指摘はもっともだった。
「そんなに隙だらけだったのに……どうして僕を殺さなかったの?」
「私は人に言われて殺し合うなんてイヤだ。
二十人、誰も傷つかずにここを出られるのが一番いいと思う」
タタラの目は澄んでいて、嘘を吐いているようには見えなかった。
彼は本心から、甘い考えを口にしている。
-
「……〈赤の竜〉の力も、欲しくないの?」
「正直、迷った。
日本を……私の国を変えられるなら、って。
けど自由も平和も、自分たちの力で何とかするべきだ」
「〈竜〉の力に頼ってしまったら、意味がない」。
タタラが続けた言葉に、忌ブキは身を強ばらせる。
タタラは忌ブキの変化に気づいてか、逆に問いかけてきた。
「あなたこそ、戦わないの?」
忌ブキは少し考えた。
自分に言葉も経験も足りないことを、忌ブキは自覚している。
だから駆け引きなどできないと早々に諦めて、素直に答えることにした。
それに何より。
犠牲を出したくないというタタラの考えが、ほんの少しだけ、忌ブキの神経を逆撫でたのだ。
「今は戦わない。
僕には、力がないから」
忌ブキの腕力は同年代の子どもと同じかそれ以下のものでしかない。
ここでタタラと戦っても、勝ち目があるとは思えなかった。
だが言外に「力さえあれば戦っている」と匂わせた忌ブキの返答に、タタラは少し表情を固くした。
タタラが警戒を強めたのに気づきつつも、忌ブキは続ける。
「黄爛とドナティアを追い出さないと、ニル・カムイはいつまでも奴隷のままだ。
自由も誇りも奪われて、島の人間が奴隷市場で商品みたいに扱われて。
だけどニル・カムイの力だけじゃ、黄爛とドナティアには勝てない」
島の現状を思い出す。
二つの大国に、生け贄の豚のように切り分けられたニル・カムイ。
あの状態の国を「生きている」とは――忌ブキには呼べなかった。
思わず、声が震えてしまう。
「ニル・カムイには〈赤の竜〉の力が必要だ。
僕はそのための犠牲を、惜しまない……!」
しばらくタタラは沈黙していた。
この時点でお互いに、思想の違いに気づいていたはずだ。
それでもタタラは歩み寄ろうとしていた。
「奴隷のままでいいとは言わないし、知らない国の事情に口出しするべきじゃないと思う。
でも……誰も死なないで済む道を、探せないかな」
甘い考えだと、改めて忌ブキは思う。
それでも忌ブキがそう口に出せないほどに、タタラは真剣だった。
「自由も平和も平等も大事だ、だけど!
それでも私は、命が一番大事だと言って欲しい……!」
タタラの激情を乗せた言葉に、忌ブキは揺らぎそうになった。
だが忌ブキは既に、自分が進む道を選んでいる。
革命軍がつくった血の海に、一緒に溺れてやると宣言した。
その中から掬い上げられるだけの命を掬い出すと誓ったのだ。
「私は殺し合いなんて嫌だ。
だから、一緒に行こう」
だからタタラの誘いに、忌ブキは答える。
「僕は――」
正面にいるタタラではなく、自分が進むべき未来を見据えながら。
「僕は、あなたとは組めない。
僕はニル・カムイのために、〈赤の竜〉を殺す」
忌ブキには力がない。
だから表面だけでも偽って、タタラと協力するべきだったのかも知れない。
それでも阿ギト・イスルギが遺した熱が、忌ブキを突き動かした。
▽
これは、考えの押し付けだ。
ニル・カムイにはニル・カムイの事情がある。
タタラもそれを承知している。
それでもこの気持ちがタタラの原動力だった。
人が殺されるのはイヤだ、殺したくない、殺させたくもない。
例え、忌ブキと衝突することになったとしても。
「タタラさんは僕を殺す?」
「殺さないけど、止めたいよ」
公園内の空気が張りつめる。
忌ブキがいつ動いてもいいように、タタラは白虎の刀に手を伸ばした。
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だが唐突に、忌ブキの注意が逸れた。
別のものに関心を奪われたように、あらぬ方向に視線を注いでいる。
タタラも同じ方角を見ると、噴煙が空高くに伸びていた。
そして地鳴りのような振動が足から伝わり、背筋を悪寒が走り抜ける。
「……忌ブキさん、移動しよう。
ここだと逃げ場がない」
忌ブキとは道を違えてしまった。
しかしそれどころではない事態を互いに察知していたため、タタラが忌ブキの手を引いても抵抗はされなかった。
公園を出て噴煙が上がるのとは逆の方向へ走り、同時に新橋を空へ放って様子を探らせる。
「馬、乗らないの?」
「夜刀は気性が荒いから、タタラしか乗せないんだ。
忌ブキさんを置いていけない」
夜刀はタタラたちの速度に合わせて併走してくれている。
騎乗した方が間違いなく速いが、夜刀が忌ブキまで乗せてくれるとは思えなかった。
明らかな異変が起きているというのに、通りにいる人々は誰一人反応しておらず、不気味だった。
タタラたちはそんな人々を掻き分けるようにして懸命に走るが、遠くから爆発音が響く。
それも断続的に続き、徐々に音が近づいてきている。
タタラが一瞬だけ振り返ると噴煙の数が増え、火の手が上がっていた。
タタラと忌ブキよりも、追ってくる何かの方が速い。
そして差し掛かった角を曲がろうとして、二人は足を止めた。
「何……だ、これ……」
タタラが呻くような声を漏らす。
道を埋め尽くす人、人、人。
しかしその全ての目に生気はない。
通りを闊歩しているのは、胸や腹に空洞をつくった――死体。
乱杭歯を剥き出しにした亡者の群れが、街を破壊しながら進軍していた。
▽
皇統種の証である、額の角が熱い。
普段魔力を織り込んだ頭巾で隠しているこの角が、周囲の魔素の変化を敏感に捉えているからだ。
忌ブキはこれによって、増殖しながら広がっていく「それ」をいち早く察知した。
“還り人”。
ニル・カムイにだけ起こる『死者が起き上がる』現象。
百人に一人、あるかないかという確率で発生するそれを、意図的に起こす者がいると聞いた。
名簿で彼の名前を見た時点で、忌ブキは警戒するべきだったのだ。
「婁さん……!!」
かつて仲間だったこともある男の名前を叫ぶ。
そして忌ブキは、タタラの手を振り払った。
「忌ブキさん、駄目だ!!」
呼び止められても、忌ブキは走る。
タタラと同じ道を進むことはできない。
タタラを振り切れるタイミングはここしかない。
だから還り人の層が薄い方角に向かい、タタラと還り人の両者を振り切ろうとしたのだ。
しかし走っても走っても、狭い道を通っても、還り人は湧いて出る。
最初に発生した還り人たちが無抵抗の人々を殺し、その人々が新たな還り人となって数を増やしていた。
群がってくる還り人に向けて魔素を練り、《落雷(コールライトニング)》を撃って退けた。
しかし魔素にも体力にも限界がある。
やがて忌ブキは、四方を還り人に塞がれた。
▽
忌ブキと別れたタタラは、一つ息をついた。
初めから一人で夜刀に乗って逃げていれば、話は違ったかも知れない。
それでもそこに後悔はなかった。
タタラは夜刀に跨り、抜刀する。
襲いかかってくる死体を斬り伏せながら、タタラは通りを駆け抜ける。
相手が生きた人間ではないということが、少しだけ気持ちを軽くした。
しかし物量で勝る相手に、追いつめられていく。
刀を握る手の感覚が鈍ってきた頃、足を傷つけられた夜刀が小さな悲鳴を上げ、タタラもバランスを崩す。
口を開けて飛びかかってきた死体の咥内に刀の先を押し込むが、刀が塞がってしまい次の攻撃に繋がらない。
死体から刀を引き抜いた時には、既に別の死体が迫っていた。
▽
忌ブキを生かすために、人が死んだ。
一人や二人ではない。
始まりとなった故郷の村でも、〈赤の竜〉に会いに行った時も、いつも無力な忌ブキの身代わりとなって人が死ぬ。
“無力な子ども”でいるのをやめると誓ったはずなのに、守られるばかりだった。
-
それは今も、同じだった。
ただ違うのは――
還り人に襲われた瞬間、風を切る音がした。
それは鞭の音だと気付けたのは、忌ブキも普段鞭を扱っているからだ。
しかしそれは単に「鞭」と呼ぶには、余りに凶悪な威力を誇った。
忌ブキが瞬きしている間に、群をなしていた還り人たちの上半身が残らず消し飛んだ。
被害は周囲の建物の外壁にまで及び、一部の建物は衝撃に耐え切れずに崩壊するほどだった。
鞭の音がしたとはいえ、忌ブキはそれが鞭によるものとは結びつけられなかった。
百も二百もいた還り人を瞬時に一掃し、ニル・カムイでは考えられないほど強固な造りの建物さえ破壊したのだ。
それが人の形をした者の仕業だとは、信じられなかった。
「陛下ではない、か。まぁいい」
空から、低い声が降ってくる。
忌ブキが見上げると、甲殻類のような外皮を持った魔物が降りてきた。
そしてその背に乗った仮面の男が、手にした長い鞭をしならせる。
▽
タタラが必死に刀を振るが、間に合わない。
死が迫ってくる。
(お兄ちゃん……!!)
何も果たせなかった。
タタラなのに――「タタラになると誓ったのに」。
十六年前、白虎の村に双子の兄妹が生まれた。
兄がタタラ、妹が更紗。
更紗は、運命の子どもと予言された兄を見ながら育った。
皆の期待を一身に背負う兄を、誇らしく思っていた。
赤の王が村を焼いた、あの日までは。
大勢の村人が殺され、父が殺され――兄が、タタラが殺された。
だからあの日、更紗は長かった自分の髪を切って“タタラ”になった。
兄の代わりに、村の人々を助けようとした。
それが全ての始まりだった。
タタラの――更紗の脳裏に、走馬燈のようにあの赤い日が甦る。
死体の手が更紗の顔にめがけて伸びてくる。
その時、空から声が降ってきた。
「大人しくしていろ。死にたくなければな」
更紗は身動きできなかった。
そして頭上から落下してきた男が、その勢いのまま手にした剣を地面に突き立てた。
更紗の周囲にいた死体たちの頭部が、内部から火薬を破裂させたように吹き飛ぶ。
突然現れた男は刺さっていた剣を引き抜くと、「数が多いな」と一つ舌打ちをした。
「ここを離れるぞ」
「えっ、あの」
「話は後だ。その馬は飾りか?」
一方的に話を進めると、男は先に走り出した。
道を塞いでいた歩く死体たちを紙のようにやすやすと斬り裂いて、道をつくっていく。
「い、行こう、夜刀!」
更紗は夜刀の手綱を操り、その背中を追いかけた。
▽
「知っていることを全て話せ。
……全ては我が子、殷のために」
――忌ブキは変わらず、守られてばかりの無力な子どもだった。
ただ違ったのは――助けてくれた男は、死ななかった。
還り人など比べるにも値しない、絶対の強者だった。
【一日目昼/新宿】
【忌ブキ@レッドドラゴン】
[所持品]鞭、〈竜の爪〉
[状態]健康(現象魔術を数度使用)
[その他]
・タタラの本名は聞いていません。
-
【聞仲@封神演義】
[所持品]禁鞭、黒麒麟
[状態]健康
[その他]
・特記事項なし
▽
「新橋が呼んでくれたの?
ありがとう」
更紗の隣りを飛ぶ新橋は、少し誇らしげだった。
それを見て微笑み、更紗は前に向き直る。
更紗は〈赤〉に縁がある。
大きな流れに飲み込まれる、その始まりはいつも〈赤〉だった。
前方を走る男を見て、更紗は改めてそのことを思う。
身の丈ほどもある禍々しい形状の剣を手にした、赤い着物の男。
その男が敵になるか味方になるかも分からなくても――確かに、運命のうねりを感じていた。
【一日目昼/新宿】
【更紗@BASARA】
[所持品]白虎の宝刀、新橋、夜刀
[状態]健康
[その他]
・〈竜殺し〉です。
【アーロン@FINAL FANTASY X】
[所持品]正宗
[状態]健康(オーバードライブ使用直後)
[その他]
・特記事項なし
▽
『甘露甘露……』
甘い女の声が木霊する。
とはいっても、実際にその声が空気を震わせているわけではない。
念話によって、たった一人の男にだけ向けて、嗤っているのだ。
『良いぞ、婁よ。
死に満ちたこの街の、何と居心地の良いことか』
「お気に召されましたか、媛」
男が応える。
女が悦ぶ声に、至上の幸福を感じながら。
街の一角で、死体に囲まれた一人の男がいる。
そう、たった一人、他は全て死体だ。
そして手にしているのは剣一振りのみ。
「あの者たちは、この程度のことでは死にますまい」
『当然よ。
あの中にはお前より各上の相手も混ざっておるぞ』
「承知しております。
が、殻の固い果実ほど、剥いた後の果肉は美味でございましょう」
男が会話する相手は、剣。
女の魂を宿した妖刀・七殺天凌(チーシャーティエンリー)こそが、この男の仕える主なのだ。
還り人の群れを造り上げた張本人、婁震戒は口角を吊り上げた。
この男は愛する剣に上質な魂を捧げるという、そのためだけにここにいる。
「まずは、十五人。
赤竜(チーロン)の前菜としては上々……!
あまねく魂、全ては我が媛への捧げ物よ!!」
恋慕に酔った男は死んだ街の中心で、殺戮を宣言した。
【一日目昼/新宿】
【婁震戒@レッドドラゴン】
[所持品]七殺天凌
[状態]健康(還り人)
[その他]
・七殺天凌は〈竜殺し〉
-
投下終了です。
エィハ、枢木スザク、黄飛虎を投下します。
-
人々がせわしなく行き来する大通りの、遙か上。
そびえ立つビルの屋上から一人の少女と一体の魔物が、感情のこもらない目で地上を見下ろしていた。
少女の名をエィハという。
肋骨が浮くほど痩せた体に纏うのは、粗末な布きれと最低限の防具のみ。
年齢は十に届くか届かないかという幼い子どもでありながら、目元の鋭さは獲物を狙う獣に近い。
頭頂部を挟んで生えた一対の尖った耳は、彼女の血に魔物の因子が混じっていることを示していた。
「……見つけたわ」
エィハは傍らにいた大型の魔物の背に跨る。
全体は犬に近く、しかし両腕には蝙蝠の羽根のような皮膜がある、巨大な白い魔物だ。
潰れた目には包帯が巻かれ、エィハが選んだ小さな花が挿してある。
エィハの背丈の数倍もの体躯を持つこの魔物を、エィハはヴァルと呼んでいた。
この「ヴァル」と共にあることこそが、エィハの最大の特徴だった。
決して、エィハがこの獣を使役しているのではない。
エィハがこの獣に従っているのでもない。
彼らはただ“つながっている”。
「まずは――……」
ヴァルが翼をはばたかせ、標的に向かって一気に高度を下げる。
目が潰れていようと、魔物にとってそんなことはさしたる問題ではない。
そしてヴァルは巨体に見合わない俊敏さで空を切り、牙を剥いた。
幼い少女は必死に考えていた。
順番を。
殺す順番を。
「……まずは、あなたから」
そうしてエィハとヴァルは、一人の少年に襲いかかった。
▽
枢木スザクが目覚めた場所は地下駐車場。
騎士服の上に紺と紅の二色の装飾過多なマントという、目立つ出で立ちだった。
身辺や周囲の確認をした後は、階段で上階へ。
眼下の街を眺めながら、スザクは〈竜〉と〈喰らい姫〉という少女の言葉を反芻する。
状況を飲み込むまでに、そう時間はかからなかった。
耳慣れない単語をいくつも並べられたものの、最初に〈竜〉の存在を見てしまった以上は信じる他になかった。
それに元よりギアスという超常の能力に関わっていたのだから、多少の耐性はできている。
スザクは〈竜〉も、儀式も、殺し合いも、全て現実だと受け入れた。
儀式に巻き込まれた理由も、スザクはうっすらと察していた。
ここに連れてこられたのは、数日後のゼロ・レクイエムという計画に向けた準備の最中のことだった。
そして名簿には計画の中核となる二人と協力者一人、そして計画と激しく衝突することになったもう一人の名前がある。
この時期だからこそ、この四人だからこそ巻き込まれたのだと納得がいった。
しかし納得したからといって、儀式に協力する気になったわけではない。
世界の流れを決める力が得られると言われても、それが欲しいとは思えなかった。
ゼロ・レクイエムは人々にきっかけを与えるものであって、その後の世界を決めるのは人々自身だ。
思い通りにならない世界に悲しみや憤りを覚えることはあっても、個人が世界を思い通りにできていいはずがない。
〈竜〉に縋れば、人の意志を踏みにじってきたギアスと同じになってしまう。
だから〈竜〉を殺す気はない。
かといって世界を変えるほどの力を、特定の個人に渡したくもない。
ルルーシュたちとともに生還することが最優先だが、可能なら儀式そのものを壊しておくべきだ。
そこまで考えた上で、スザクは電話をしていた。
「ルルーシュ、無事かい?
…………うん。
さっきは通話中だったから、そうだと思った」
携帯電話が手元にあるとなれば、当然真っ先に使う。
この状況で本当に携帯電話が使えるのか半信半疑だったが、幸い電波は問題なく届くようだ。
電話の相手は神聖ブリタニア帝国第九十九代皇帝、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
友人であり、今のスザクの主にあたる相手でもある。
ひとまず互いの安全が確認できて、スザクは胸を撫で下ろす。
その感情は、決して騎士としてのものではない。
親友だったから、という感傷によるものでもない。
ゼロ・レクイエムのためには二人の生存が必須だという、打算に近い。
「僕は品川にいるけどどうする?
……ああ、それなら僕がそっちに向かった方がいいか」
-
スザクは与えられた地図と駐車場内にあった路線図とを見比べながら電話しているが、何度も首を傾げる。
ここはスザクが知るトウキョウ租界とは様子が違うようだった。
地名、それに路線の名前が少々異なるのだ。
ルルーシュもそれに気づいているようで、探るようにして待ち合わせ場所を決める。
ルルーシュは現在、九段下――トウキョウ租界でいうところの政庁付近にいるという。
環状線の中心部であり、ルルーシュはそこを拠点にするつもりらしい。
「分かった、少しこの辺りの様子を見てから向かうよ。
近くまで行ったらまた連絡するから、君も何かあったらすぐに電話してくれ」
その後いくつか確認を終えると、スザクは電話を切る。
それから別の番号を呼び出そうとしたが、その前に電話がかかってきた。
ちょうど、連絡しようとしていた相手からだった。
「ジェレミア卿ですか。
……ええ、ルルーシュから聞きました」
携帯電話の向こう側にいる相手はジェレミア・ゴットバルト。
ゼロ・レクイエムの協力者の一人であり、スザクと違って純粋な忠誠心でルルーシュに従う人物だ。
スザクに先じてルルーシュと連絡を取っていたことからも、彼の性質が窺える。
「九段下ですよね。
……何か音がしますけど……いえ、それならいいんです」
電話越しに金属音が聞こえるが、ジェレミア本人が問題ないというのなら問題ないのだろう。
こんな状況ではあるが、彼がそうそう殺されるような人物でないことは分かっている。
「……ええ。
全ては、ゼロ・レクイエムのために」
最低限の連絡を終え、電話を切る。
本当はもう一人の知り合い――紅月カレンにも電話したかったのだが、スザクは彼女の番号を知らなかった。
同じ生徒会にいた頃、スザクは携帯電話を持っていなかったからだ。
しかし知っていたところで、着信拒否になっていただろう。
自分と彼女の間にある断絶は理解していた。
代わりに名簿に記載されていない上司にかけてみたが、こちらは電波が届かなかった。
あの〈喰らい姫〉という少女は、会場内はともかく外界と接触を取らせるつもりはないらしい。
一通り携帯でできることを試した後、スザクは駐車場の外へ向かう。
外に出てみて最初にこの「東京」に抱くのは、違和感。
言いようのない気持ち悪さだった。
スザクは東京を――トウキョウ租界を知っている。
しかしここは同じ名前の土地で似た雰囲気を纏っているだけで、別物だ。
中途半端に似ているだけに気味が悪い。
異なる点はいくつもある。
そのうちの一つが、人々がスザクに対し見向きもしないことだ。
元より悪い形で有名になってしまっていたスザクだが、現在は悪逆皇帝の騎士として戦死したことになっている。
人々の憎悪を背負って死んだ騎士が化けて出たというのに、注目されるどころか誰も気づかないのは不自然だ。
そして何より「租界が存在している」。
それだけで、ここがスザクの知る土地とは全く違う場所なのだと分かった。
何故ならほんの数ヶ月前、他でもないスザクが、破壊兵器フレイヤによって租界の半径数キロを消し飛ばしたからだ。
巨大なクレーターと化して死んだ土地が、そう簡単に修復されるはずがない。
だからここは、日本ではない。
あの〈喰らい姫〉が言ったように本当に「夢」なのかも知れないと、スザクは自嘲気味に笑った。
そんな思考をしている最中に、スザクは意識を失いかけた。
「……ッ!!」
無意識のまま地面を蹴り、転がるようにしてその場を離れる。
コンマ数秒の差でスザクが立っていた場所を白い巨体が横切り、コンクリートに爪痕を残した。
「生きろ」というギアスをかけられたスザクはそれを逆手に取り、優れた危機察知能力として活用している。
その恩恵がなければ、今の一撃は避けられなかったかも知れない。
そうしてスザクの横を通り過ぎたそれは空中で方向転換し、スザクの方へ向いた。
「女の子……!?」
そこにいたのは翼の生えた白い獣と、それに乗った褐色の肌の少女だった。
少女が獣に囚われているのか、獣が少女を守っているのか――いくつか可能性を考えるが、恐らくどれも違う。
少女は明確な殺意を向けてきている。
白い獣から向けられている感情と、全く同じものだ。
「次は外さないわ」
「待て!!」
抑揚のない声で告げた少女に、スザクは会話を試みる。
無視されるなら応戦する構えだったが、少女は一旦動きを止めた。
-
「君も儀式に巻き込まれたのか?」
「そう」
「君は〈竜〉を殺したいのか?」
「違う」
「なら、どうして」
「説明する必要があるのかしら」
短い言葉の応酬を終えると、白い獣が再び牙を剥き出しにした。
スザクはもう一度、今度は交渉を試みる。
「自分は、君たちを殲滅するだけの戦力を有している。
これ以上続けるつもりなら、自分はこれを行使する!」
無表情だった少女が、僅かに顔をしかめる。
そして値踏みするようにスザクの全身を眺めた。
「……あなたがヴァルより強いとは思えないわ」
「本当に、そう思うかい?」
スザクは手の中にある「鍵」を握り締める。
できればそれを使わずに済むようにと、慎重に言葉を選ぶ。
「仮に君たちが勝つとしても、消耗するのは本意ではないはずだ。
それに、僕も〈竜〉を殺す気はない。
話し合いの余地はあるんじゃないか?」
少女は考える素振りを見せていた。
白い獣と一緒にコトリと首を傾げ、スザクに問いを投げかける。
「……あなたは〈竜〉に興味がないのかしら」
「ないよ。
できれば誰とも戦いたくない。
知り合いと一緒にここを出られればそれでいいんだ」
少女は真剣な表情で熟考を重ねている様子だった。
やがて白い獣が力を抜き、羽ばたくのをやめて着地した。
そして獣から降りた少女を見て、スザクは目を剥く。
一瞬見間違えたかと思ったが――獣と少女の間に、一本の蔦があった。
それは少女の尾てい骨付近から伸びて、獣の背中に直接繋がっている。
「……いいわ。信用する。
信用できなくなったら殺すわ」
この後、スザクは聞かされることになる。
彼らは“つながれもの”――視界を、魔力を、命を共有する者たち。
「分かった、それでいいよ」
少女の視線は変わらず、友好的なものにはほど遠い。
しかし多少ではあるが殺意は薄らいだようだった。
少女を相手に切り札を出さずに済んだことで、スザクは安堵の息をもらした。
▽
「注文は決まった?」
「少し待って」
エィハが見つめているのは、スープバーの外にあるフードメニューだった。
彼女は真剣な表情でそれを見つめ、色とりどりの写真とにらめっこをしている。
「…………」
さらに二十秒ほど待ってみるが、決まらない。
これ以上店の前で棒立ちになるわけにはいかないので、スザクは口出しすることにした。
「僕の分も選んでいいよ。
後で少しあげるから」
「いいの?」
「うん」
相変わらず表情の変化は乏しいが、少しだけ声のトーンが明るくなった気がした。
戦いさえ絡まなければ、同年代の少女とそう変わらないのかも知れない。
無事に注文を終えて、スザクとエィハはカップを持って席につく。
ヴァルの巨体では店内に入れなかったため、テラス席を選んだ。
ヴァルは「おいしいものなら何でも食べる」とのことだったのでカレーを注文したが、気に入ってもらえたように見える。
「それ……外れないんだね」
スザクは彼らを繋ぐ蔦に視線を遣る。
簡単に説明を受けたものの、「魔力の蔦で繋がっている」と言われてもピンとはこなかった。
「私はヴァルで、ヴァルは私。
そういうものだから。
……あなたは、本当につながれものを知らないのね」
「魔物っていうのを見るのだって初めてだよ。
君が住んでいたところでは有名だったのかい?」
「珍しくはなかったわ。
いい顔はされなかったけど」
-
冷めた口調で言いながら、エィハがカップを手に取る。
彼女が真っ先に注文したトマトシチューだ。
トマトの香りが湯気とともにスザクの席まで届き、思わず喉を鳴らしそうになった。
とろみのあるシチューをスプーンで掬い上げたエィハは、それを口に含んだ途端に目を丸くする。
「……おいしい」
「そう、よかった」
エィハに触発されて、スザクも自分のカップに手を伸ばした。
エィハが悩んだ末に選んだのは、牛すじ肉と野菜のスープ。
シチューと違って透明度の高いスープだが、口にした途端に濃厚な牛肉の味が口いっぱいに広がった。
薄味ではない、しかしさっぱりとしていて飲みやすい。
大根を中心とした具にも肉の味が染み込んでおり、口の中で野菜の味と絡み合う。
主役である牛肉は噛みごたえを残しつつも柔らかく、旨みが凝縮されている。
思わずもう一口、というところで、スザクはカップをエィハに差し出した。
「僕の分もどう?」
「もらうわ」
店に入った目的として、座って話せる場所が欲しかったというのはもちろんある。
しかしそれ以上に、スザクはエィハの痩せた体を見て、思わず何かしてやりたくなってしまったのだ。
エィハがスープを希望したのでこの店になったが、もっと腹持ちのいいものを食べさせてやりたかったぐらいだった。
一時期スザクの同僚だった少女に雰囲気が似ていたことも、情が湧いてしまった原因の一端だろう。
同情を喜ぶような少女ではない。
それでも夢中でスープを口に運ぶ彼女の姿を見ると、少しほっとした気持ちになる。
――この後、彼女を殺すことになったとしても。
酷い偽善だと、スザクは吐き出しそうになった溜息を飲み込んだ。
「あなたは、いい人なのね」
「……いい人じゃないよ。
これだって、ただのスープだし……」
先ほどまで殺気に満ちていたとは思えないほど、エィハの様子は丸くなっていた。
スープだけでここまで態度を変えられてしまうと、お節介ながら彼女の将来が心配になる。
「毒を盛られるとは思わなかった?」
「あなた、自分が飲んでからくれたでしょう」
「あ、そこは見てるんだ……」
エィハなりの判断基準によって「いい人」と評価されたようだが、調子を狂わされてしまう。
余計なことを、考えてしまう。
――ルルーシュ、カレン、ジェレミア、そして自分の四人が生き残るなら、あと一つ席が残る。
もし殺し合うことになったとしても、彼女一人なら助けられるのではないか、と。
そんな甘い考えを、思い浮かべては打ち消した。
計画に支障をきたしかねない甘さは、捨てなければならない。
「あなたは戦わずに、知り合いと一緒にここを出られたらいい……と言っていたわね」
「ああ、うん」
「無理だと思うわ」
「えっ」
突然断言されて、スザクは驚きの声を上げる。
そんなスザクの反応を無視して、相変わらずエィハは淡々とした声で意見を述べた。
「私は以前〈喰らい姫〉に会って、〈竜〉の話を聞いた。
だから私は彼らがどんな存在か知ってる。
あなたがいい人だと思うから、忠告してるのよ」
エィハはパンを頬張った。
それからスープを口に含むと、また少し口元が緩んだ気がする。
そして彼女が咀嚼を終えたタイミングで、スザクは質問した。
「〈喰らい姫〉って何者なんだい?」
「〈赤の竜〉と縁が深い、巫女のようなものだと聞いたわ。
でも、例えば彼女を捜し出して説得したり、殺したり。
そういうことをしても、この儀式は止まらないと思うの」
「そうなの?」
儀式を止める方法として、真っ先に思い浮かぶのがそれだ。
元凶と思われる少女を止めれば終わるのではないかという考えを、確かに持っていた。
「本人が言っていたように、彼女はただの案内人よ。
『そういうもの』を『そういうもの』だと伝えるのが彼女の役目。
儀式といっても、彼女が執り行っているわけじゃなくて……多分『そういうもの』なのよ」
「随分、曖昧な言い方だね」
「話す相手と言葉は選ぶわ」
「なるほどね」
エィハの様子からは、既に自分の考えに確信を持っているように見える。
それでも曖昧な物言いになるのは、要はスザクには詳細を話せないということ。
彼女は「いい人」への最低限の忠告をしているのであって、それ以上の情報を渡すつもりはないのだ。
残念ではあったが、スープだけで完全に気を許されたわけではないと思うと逆に安心した。
「それに前に私が会った時は、彼女は消えたわ。
話が終わってすぐに」
「どこに?」
-
「行方知れずになった、という意味じゃないわ。
消えたの。
彼女も『夢』だったんだろうって、私と一緒にいた人は言っていたわ。
だから儀式の説明を終えた以上、彼女はもうどこにもいないんじゃないかしら」
今から〈喰らい姫〉を捜したとしても見つからない。
彼女は既に役目を終えているから。
そんな忠告を、エィハは続ける。
「だから〈竜〉と彼女が言っていた通り、生き残れるのは五人だけ。
戦うしかないし、殺すしかない。
そうしたらあなたはどうするの?」
パンの最後の一口を手にしたまま、エィハは問うた。
鋭い視線は「いい人」の反応を、一挙一投足を見逃すまいとしているようだった。
「僕と僕の知り合いには、やらなければならないことがある。
だから、どうしてもその必要があるなら。
僕には殺す覚悟がある」
「それならここで私も殺す?」
エィハが間髪入れずに問いかける。
既にパンを食べ終えて、スープも飲み干している。
エィハとヴァルの二方向から殺気が飛ばされて、いつ飛びかかられてもおかしくない状況だった。
しかしスザクの返答は変わらない。
「戦いたくないよ……今は。
君は無理だと言ったけど、僕はまだ諦めてないから。
襲われたら別だけどね」
そうしてスザクは逆にエィハに釘を刺し、目を細める。
殺気で怯むほど、平坦な人生は送っていない。
「…………そう。
それなら私も、今はあなたと戦わないわ」
「試したのかい?」
「あなたが戦いたくないだけの人なら、殺してたわ」
エィハはさらりとそう言ってのける。
そしてスザクがそれに反応しようとした時、携帯電話が鳴った。
「ごめん、出るね」
そういえば携帯について説明していなかったと気づいたが、特に警戒された様子はなかった。
画面に表示された名は、ジェレミア・ゴットバルトだ。
「はい、もしも――」
電話に出た途端、ジェレミアの剣幕に圧倒されてしまった。
しかし一拍遅れて彼の言っている意味を理解すると、スザクの背筋に冷たいものが走る。
ルルーシュと電話が繋がらない。
『街中で動く死体が大量に発生した』。
『そのことをルルーシュ様にお伝えしようとしたが、繋がらない』。
『私は既に九段下に向かっているので、君も早く来い』。
それだけ伝えると、ジェレミアはすぐに電話を切ってしまった。
動く死体、というのは意味が分からなかったが、ルルーシュの安否不明という一点で事態の深刻さを理解した。
スザクもルルーシュの番号を呼び出してみたが、確かに繋がらない。
ルルーシュの身に何かあっては、計画は終わりだ。
スザクは音を立てて椅子から立ち上がった。
「エィハ、――」
「何か来るわ」
事態を彼女に伝えようとして、しかしそれを遮られる。
エィハが見ているのは大通りの先――ヴァルが見ている景色。
人には見えない遙か遠くを見据えている。
同じようにスザクもエィハが見つめる方向に目を凝らすが、何かが蠢いている、以上のことは分からない。
視力には自信があったのだが、エィハたちには敵いそうになかった。
「動く死体が大量に現れた、って知り合いが……」
「多分、還り人よ。
向こうから来てるけど、誰か戦ってるみたい」
「一人で?」
「ええ」
還り人とは「起き上がった」死者のことであり、その多くが人を襲うのだという。
そこまで聞いて、スザクは決意を固める。
ルルーシュを捜しにいく前に、やるべきことができてしまった。
「……エィハ、安全な所に逃げられるかい?」
「ヴァルがいる所が、安全な所よ。
あなたはどうするの?」
「その人を助けにいく」
エィハが目を見張る。
それに構わず、スザクは『鍵』を握り締めた。
-
「ここでお別れだ、エィハ。
こんなことを言うのは変かも知れないけど、気をつけて」
向かうのは「還り人」がいるという方角ではなく、スザクが初めに目を覚ました駐車場。
エィハを残し、スザクは走り出す。
▽
ヴァルの背に乗って風を切る。
ごわごわとした毛並みと温かさを全身で感じる、いつも通りの感覚。
エィハとヴァルは必死で考えた「順番」に従って、再び爪と牙を振り上げた。
ヴァルの爪が還り人の手足を千切り、牙がその爛れた体を噛み砕く。
十把一絡げに、還り人たちをなぎ倒していく。
「おっ。手伝ってくれんのか嬢ちゃん」
そう気さくに話しかけてきたのは、たった一人で還り人の群れを相手にしていた大柄な男だ。
伸びっぱなしになった金髪を額に当てた布で纏めており、背丈はエィハの倍ほどもある。
棍一つで複数の還り人に対抗できるほどの実力者――否。
得物の一振りで整備された地面を叩き割るのを見るに、単に「鍛えている」の域を超えている。
そんな男が、エィハに対して豪快に笑った。
「がっはっは、面倒なことに巻き込まれたところにこいつらが来たもんだからよ!
ちょいと相手してやろうと思ったらキリがねえんだ、これが。
街の連中は、逃げろっつっても聞きゃあしねえしよ!」
エィハはその雑談を半ば無視して還り人を狩る。
ヴァルが噛み潰し、踏み砕き、次の還り人を狙う。
「おーっ、すげぇなその白いの! 霊獣か?」
「ヴァル」
「ヴァルか、強いな!!」
男はヴァルの凶行やエィハの淡白な反応に不快感を示すでもなく、平然と笑っている。
エィハにはこの男の肉体の強靱さよりもその精神性こそが、人間離れしているように思えた。
「俺ぁ周の開国武成王、黄飛虎ってんだ」
「エィハ」
「よしエィハ、ここを切り抜けんぞ」
ヴァルと飛虎が、死体を死体へ還していく。
飛虎が言ったようにキリがないと、エィハがそう思い始めた頃。
エィハたちの頭上に影が差し込んだ。
『エィハ、そこを離れて!』
聞き覚えのある少年の声に、エィハが顔を上げる。
そして――硬直した。
〈喰らい姫〉が儀式の宣告をした時以上に、エィハは不意を打たれてしまった。
しかしすぐさま我に返り、ヴァルに方向転換させた。
飛虎の襟首をくわえ、ヴァルが飛ぶ。
空中に浮かぶのは鋼鉄の鎧。
「それ」は銃を構えていた。
しかし銃口から放たれたのはただの弾ではない、光の弾丸だ。
弾丸は還り人の群れの中心に着弾し、轟音を掻き鳴らす。
それだけで還り人たちは文字通り蒸発し、大通りにはクレーターができあがった。
「それ」がもたらした光景を見て、エィハは〈赤の竜〉に初めて出会ったオガニ火山での出来事を思い出す。
「エィハが一度殺された」、あの時。
狂乱した〈竜〉のブレスによって人は焼け、岩すらバターのように溶けた。
規模こそ比べものにならないが、「それ」の持つ力は〈竜〉に比肩し得る。
だから「それ」は「そう」なのだろう。
エィハは小さく、そばにいる飛虎の耳に届かないほどの声量で呟きを漏らした。
「そこにいたのね、〈竜殺し〉……」
▽
KMF(ナイトメアフレーム)――人型自在装甲機と呼ばれる機動兵器。
人がコックピットに乗り込んで操縦する、鋼鉄の鎧の総称である。
スザクの切り札であるランスロット・アルビオンはその中でも、技術の粋を詰め込んだ最新鋭のものだ。
ダモクレス戦役で爆発四散したはずのこの機体が、何故完璧な状態で用意されていたのかまでは分からなかった。
スザクはランスロットを降り、還り人と戦っていた男に会いに行く。
途中、手伝ってくれたエィハに礼を言ったのだが、考えごとをしていたようで返事はなかった。
「ばっはっは!!!
いやー、エィハも兄ちゃんも、仙道でもねぇのに強ぇな!!」
黄飛虎と名乗った男は、スザクの背をばしばしと叩いた。
初めて見たというKMFにも物怖じしない豪快な人物だ。
そんな彼を見ていて、スザクは「父親」というものを思い出しそうになる。
しかし自分にその資格はないと、感傷に重石をつけて、心の底に沈めて蓋をした。
-
「無事で何よりです。
だけど……すみません、自分は友人を捜しに行かないと……」
「それなら俺も付き合うぜ!」
飛虎が堂々と己の胸を叩く。
殺し合いの最中だというのに、スザクを疑うという発想はないようだ。
そのお陰でスザクの方も、飛虎を疑う気は失せてしまっていた。
とはいえランスロットは一人乗りであり、スザクは答えに窮した。
そこに、意外な声がかかる。
「ヴァルの背中に乗ればいい」
助け船を出したのはエィハだった。
スザクが飛虎と話している間、彼女はずっとランスロットを観察していたようだ。
「狭いんでしょう? あの、乗り物」
「うん……ランスロットっていうんだ。
確かに、一人乗りだ」
「あなたにしか操縦できないの?」
「そうだよ」
「…………そう」
エィハの申し出はありがたいものだった。
状況が最終的にどうなるかは不透明だが、今のうちは仲間を作っておいた方がいい。
そして飛虎と同行するなら、エィハとヴァルがいてくれた方が都合がいい。
しかし、疑問が残る。
そもそもエィハが何故飛虎を助けたのかも分からず、スザクは問う。
「どうして、僕に付き合ってくれるんだい?」
「付き合いたいと思ったから」
一瞬で嘘と分かるような台詞を、エィハは眉一つ動かさずに口にした。
短い間ではあるものの、エィハと話していて分かったことがある。
彼女は隠し事が下手だ。
隠している内容は決して言わないが、隠し事をしているというそれ自体は隠せない。
今もそうだ。
何かを隠していて、そして何を隠しているのかは言うつもりがない。
ただ、何かしらの打算によって動いているのは確かだ。
そこまで分かった上で、スザクは受け入れることにした。
ここで突き放しても、お互いの危険が増えるだけだろう。
「……分かった。
エィハ、これからもよろしく。
飛虎さんも」
飛虎はともかく、エィハからは目を離さない方がいい。
スザクはそのことを肝に銘じた。
▽
エィハには目的がある。
忌ブキを王にするという確固たる目的が。
そのためには今すぐにでも十五人を殺し、忌ブキを守らなければならない。
だが、それだけでは足りない。
エィハのもう一つの目的のためには“順番”を守る必要がある。
目的を果たすための条件そのものは、シンプルではあった。
――〈竜殺し〉を全員殺す。
――その後で〈竜〉を殺す。
直接でもいい、間接でもいい、事故でもいい、順番通りに〈竜殺し〉と〈竜〉が死ねばいい。
〈喰らい姫〉から教わったその順番を守るために、そして同時に忌ブキを死なせないために、エィハは動いていた。
エィハには〈竜殺し〉を見分けられるが、かといって〈竜殺し〉を見つけた端から殺していけばいいというわけでもない。
強力な能力を持つ〈竜殺し〉の手を借りなければ、更に強大な〈赤の竜〉を殺すのは難しいからだ。
〈竜殺し〉たちを殺して〈竜殺し〉でない者たちだけで〈赤の竜〉に挑んでも、〈竜〉を殺せなければ意味がない。
最も理想的なのが、〈竜殺し〉ではなく、それでいて強力な仲間を見つけることだ。
逆にそれができないのなら〈竜殺し〉と〈竜〉が衝突するように仕向け、互いに弱ったところを襲うといった手間が必要になる。
確実に順番を守るにはどうすればいいのか、エィハは悩んでいた。
初めにエィハがスザクを襲ったのにも、この順番が関わっている。
彼は〈竜殺し〉ではなかったが、〈竜〉討伐の仲間とするには力不足に思えたのだ。
それに忌ブキを最後の五人に残すために、殺せる相手は殺しておいた方がいいという判断があった。
その後スザクと協力する方針へ変えたのは、彼が戦力の保持をほのめかしたからだ。
〈竜殺し〉ではない、かつ信用できる戦力が手に入るとすれば願ってもない。
飛虎を助けたのも、そのスザクに恩を売るためだった。
そうして、エィハは常に“順番”に従って行動していた。
必死に考えて、考えて、最善を選んできたつもりだった。
しかしランスロットの出現が全てを狂わせた。
婁震戒が持つ剣は〈竜殺し〉だ。
無機物が〈竜殺し〉となる可能性を、エィハは知っていた。
それでもスザクが〈竜殺し〉ではないと分かった時点で、どこかで思考停止してしまっていたのだ。
-
ランスロットは〈竜殺し〉。
〈竜〉の力を受け継ぐ資格を持つ器。
ランスロットを破壊しなければ、エィハの目的は果たせない。
この鋼鉄の鎧を、ヴァルの爪では突破できない。
またスザクを殺すだけではランスロットを破壊したことにはならない。
これを壊すにはどうすればいいのか。
誰を殺せばいいのか。
誰から殺せばいいのか。
先を歩くスザクの背を見つめながら、エィハは考え続ける。
大切な、友達のために。
【一日目昼/品川】
【枢木スザク@コードギアス】
[所持品]ランスロット・アルビオン
[状態]健康
[その他]
・ランスロットは〈竜殺し〉
【黄飛虎@封神演義】
[所持品]棍
[状態]健康
[その他]
・〈竜殺し〉ではない
【エィハ@レッドドラゴン】
[所持品]短剣
[状態]健康(還り人)
[その他]
・特記事項なし
投下終了です。
朱理、カレン、シーモアで予約します。
-
状態表に誤りがあったため訂正致します。
>>12 婁震戒の現在位置
誤【一日目昼/新宿】
正【一日目昼/九段下】
-
朱理、紅月カレン、シーモアを投下します。
-
渋谷駅に近く、昼過ぎということもあって多くの客で賑わう喫茶店。
そのテーブル席に一組の男女が座っていた。
女性が着用しているのは、KMFを操縦するための赤いパイロットスーツだ。
ゴムのように伸び縮みする生地でできたそれは、彼女のメリハリのあるボディラインにぴったりと張り付いていた。
整った顔立ちで、スーツよりも少し淡い赤色の髪を肩まで伸ばしている。
そんな人目を引き付けてやまない外見の彼女が、がさつと言ってもいい食べ方でカレーを口に掻き込む。
そのため店内でその一角だけが浮いてしまっていた。
しかし彼女を注視しているのは、対面に座る男性だけだ。
「……ちょっと。何、じろじろ見てるのよ」
同じくカレーを食べていた男に、赤い髪の女――紅月カレンは目を細め、唇を尖らせる。
短く切った黒髪で、年齢はカレンと同じぐらいだという青年。
皮鎧の上に赤いマントを羽織った彼は、カレンの苛立ちにまるで動じていない。
どころか胸を張り、堂々と言い放った。
「感心していた。
やはり、よく食う女は発育がいいんだな」
「ちょっと!!
それ、セクハラなんじゃないの!?」
カレンが勢いよくテーブルを叩く。
派手な音が鳴ったが、やはり他の客は誰も振り向こうとしない。
それから少し恥ずかしくなって、カレンは叩きつけた手をテーブルの下へ隠した。
「今日初めて会った相手に、よくそんなことが言えるわよね。
こっちこそ感心するわよ」
カレンの皮肉もどこ吹く風と、男はカレーを食べ続けている。
朱理と名乗ったこの男に振り回され続けるカレンは、今日だけで何度目かになる大きな溜め息をついた。
▽
博物館で目を覚ましたカレンは、まず身の回りの確認をした。
パイロットスーツを着込んでおり、財布、携帯、ポーチ、それに大切な『鍵』と、一通りの持ち物が揃っている。
全てブリタニアの捕虜になった際に没収されたものだ。
カレンは黒の騎士団のエースパイロットとして、ブリタニアから日本を取り返すべく戦っていた。
しかし戦争に敗北し、皇帝への反逆者として処刑を待つばかりの身となった。
そのはずが〈竜〉や〈喰らい姫〉と会うことになり、儀式に放り込まれ、状況に全く追いつけていない。
そしてそれらと同じぐらいに不可解なものが目の前に鎮座しているため、カレンの困惑は深まるばかりだった。
「……何で?」
地域の風景写真、人口推移のグラフ、そうした地域特有の資料が並ぶ中で唐突に展示された――紅蓮聖天八極式。
ダモクレス戦役でランスロットと相討ち、ほぼ大破した状態にあったKMFだ。
誰が修理したのかと、カレンは人目を気にしながら機体に手を伸ばした。
だが触れる直前、建物の外から男の怒鳴り声が響いた。
驚いて咄嗟に紅蓮から離れるが、屋内からでは様子は窺えそうにない。
やむをえず、カレンは紅蓮を置いて外へ向かった。
博物館の入り口に駆けつけると、建物の正面で男が通行人の胸に掴みかかっていた。
淡い光を纏って見える、鎧姿の奇妙な男だ。
カレンはすぐに止めに入ろうとしたが、足を止める。
男に怒鳴られようと、体を揺すられようと、その通行人は無反応だった。
他の通行人も同様に無表情で、二人の横を通過していく。
見て見ぬふりをしているというより、初めから見えていないような動き。
興奮した様子の鎧姿の男ではなく、その周囲の方が異常なのだ。
そうして出鼻を挫かれて立ち止まっていたカレンは、その男と目が合ってしまった。
「そこの変な格好の女!」
「っだ、誰が変な格好よ!!」
「よし、お前は話せるな」
しまった、とカレンは舌打ちする。
周りが見えなくなっているように見せて、この男は冷静だ。
そして男はあるものを指さした。
「これは何だ!?」
「何だ、って…………車じゃない」
何を言っているのかと、カレンは心底呆れた声を出してしまった。
しかし彼はその言葉を復唱して、停車したワゴン車の外装を興味深そうになぞっている。
「話には聞いたことがある。乗り物だな。
馬は要らないのか?
それともまさか、地上の乗り物に蒸気を使っているのか?」
「要るわけないでしょ、馬も蒸気も。
全部サクラダイトよ」
ふざけているのかと声を荒らげそうになってから、思い出す。
〈喰らい姫〉に見せられた五つの世界。
カレンが知らない日本に、ニル・カムイに、殷に、スピラ。
数秒の映像ではあったが、それぞれが全く異なる文化を持っていることは理解できた。
それからカレンは改めて、まじまじと車を観察している男に意識を向ける。
-
「もしかして、ホントに知らないの?」
「知らん。だがお前は詳しいらしいな。
ちょうどいい、案内しろ」
彼は己の無知すら恥ずかしげもなく言ってのけた。
この男は元より人の上に立つために生まれた人間なのかも知れないと、そう思わせるほどの態度だ。
それはカレンにとっては思い出したくない相手を思い出させるもので、胸に苦い味が広がる。
しかし彼にはカレンの胸中など関係なく、互いに名乗り合った後で爽やかに笑ってみせたのだった。
「紅月に、カレンか。良い名だな」
傍若無人で、しかしどうしてか不快感は薄い。
それが朱理との出会いだった。
▽
その後もカレンは朱理のペースに乗せられ続けた。
車、バイク、モノレール、携帯、テレビ。
乗り物や新しいものが好きだという朱理にとって、この渋谷は理想の環境だったようだ。
目を輝かせ、走り回り、あれは何だこれは何だとカレンを質問攻めにしては好奇心を満たす。
カレンは観光などしている場合ではないと思いつつも、他にやるべきことも浮かばず、結局辛抱強く付き合っている。
「そんなに隙だらけでいいのかしら。
私が後ろにいるのに」
「お前がその気なら、そんなことを聞く前に刺しているはずだ。
少なくとも今は乗り気には見えんが、違うか?」
街中で子どものようにはしゃいでいる朱理だが、時折こうして真剣な表情を見せる。
ただ好きなものを見て楽しんでいるだけではなく、間の抜けた姿すら計算ずくであるように振る舞うのだ。
少なくともただの馬鹿ではないらしいと、カレンは彼を評価していた。
とはいえ、説明続きでうんざりしていたのは確かだった。
最終的に朱理は「腹が減った」、「食うなら美味いものがいい」とごね始め、カレンもそこで我慢の限界に達した。
くだらない口論の末に適当に選んだ店に入り、無難にカレーを注文し、現在に至る。
腹を満たしたことで多少、お互いに気分が落ち着いていた。
「しかし、俺が女に奢られるとはな」
「私だって好きで奢ってるわけじゃないわよ。
でもここのお金がないなら仕方ないじゃない」
「そうは言うがな。前だって――」
はたと、何かに気づいたように、朱理は言いかけた言葉を飲み込んだ。
そしてそのまま黙り込んでしまう。
「ちょっと、最後まで言いなさいよ」
「……いや。
俺も整理できていなかった。
悪いが忘れてくれ」
口数の多い無遠慮な男がカレンの前で見せる、初めての姿だった。
それまでの威勢の良さが嘘のように消え、神妙な面もちで考え込んでいる。
「案外俺は、未練がましいのかも知れん」
朱理がそう小さく付け加えたことで、カレンは女性の話だろうと察した。
朱里のことを何も知らないのだから、見当違いな推測かも知れない。
しかし今のカレンにはそう思えたのだ。
「未練っていったら、これもきっとそうなのよね……」
カレンは朱理に届かないような声量で呟き、携帯電話を指で摘み上げる。
十数分前にあった着信に何の返事もしていない。
電話してきたのは、ルルーシュだった。
彼に駒だと言われた時、裏切られたと思った。
それでも直後に「君は生きろ」と言われて、彼の真意が分からなくなった。
だからもしもアッシュフォード学園で彼が「ついてこい」と言ってくれていたら。
駒ではなく紅月カレンを必要としてくれていたら。
きっとそれが、何よりも大切だと思っていた日本を裏切る道だったとしても、ついていったのだろう。
けれどそうはならなかったから、この話は終わりだ。
彼に別れを告げて。
殺そうとして失敗して、戦争にも負けた。
もう終わったのだ。
嫌なら着信拒否にすればいい。
意地を張っている場合ではないと思うなら、素直に電話に出ればいい。
そのどちらもせずに、ただ履歴の名前を眺めている。
きっとこれこそ、未練だ。
「連絡が取れる相手はいないのか?」
「……いないわよ」
朱理の問いに嘘をついて、携帯をテーブルに置いた。
外部とは繋がらず、他に番号を知る相手もいないとなれば、もう使い道がない。
代わりに地図を広げ、朱理におおまかな説明を行う。
「今いるのがここ、渋谷。
環状線を挟んで内側が租界、外側がゲットー」
-
「環状線は、確かモノレールの名前だったな。
租界やらゲットーやらというのは?」
「租界は、ブリタニアに媚びを売って栄えた盗人の街。
ゲットーは、ブリタニアに散々傷つけられた私たちの街よ」
説明しながら、カレンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
いつだって、環状線の内と外の間にある格差を憎んでいた。
ブリタニア人が我が物顔で伸し歩く租界を見ても、廃墟が広がるゲットーを見ても、ブリタニアへの憎悪が膨らんだ。
しかしこの地では、少々事情が違うようなのだ。
「さっき見た限りでは、そんな大層な差があるようには見えなかったが」
「そうなのよ。
ここが日本だったら――私の日本だったら、そんなのありえない。
それに租界だって、今は人が暮らせる状態じゃないから……やっぱりおかしい」
数ヶ月前に使用されたフレイヤ弾頭により、租界は壊滅して巨大なクレーターになった。
渋谷の一部もその範囲に入っているはずで、街として正常に機能しているはずがない。
「それならここは、俺の知る日本でもお前の知る日本でもない、三つ目の日本か?」
「そう……なのかも知れないけど。
それにしてもやっぱり変というか……」
カレンが曖昧に言葉を濁す。
気になるのは、二点。
一点はこの街がサクラダイトに支えられていること。
カレンにとっての日本と朱理にとっての日本の姿がかけ離れていたのに対し、ここはカレンにとっての日本に近すぎる。
ブリタニア人を全く見かけないことを除けば、生活様式にも大きな違いが見られない。
そしてもう一点は、この街に住む人々の様子だ。
彼らの姿に、カレンは既視感を覚えたのだ。
「リフレインっていう薬があるのよ。
自分にとって一番よかった頃を思い出させる、最低な薬。
日本って名前にこだわったり、皆して妙に幸せそうな顔をしてたり……。
この街の人たちを見てると、薬の中毒患者そっくりでムカつくわ」
「夢を見ているような状態になるわけか」
「そうね……多分、そんな感じ」
朱理の言葉で、〈喰らい姫〉も「夢」と口にしていたことを思い出す。
しかし街や人が「夢」だと言われても意味が分からなかった。
朱理はまだ街について考えているようだったが、カレンは早々に諦めることにした。
ここで考えていても進展があるとは思えない。
ルルーシュならば何か気づいているかも知れないと、そう考えてから、すぐに頭を振ってその思考を追い払った。
ちょうど食事も終わったところで気を取り直し、本題に入ることにする。
「それで、これからどうするつもりなの?」
「まずは人を捜す。
知り合いもそうだが、協力者が欲しい。
そういうお前こそどうなんだ」
朱理の答えは明瞭だった。
何も考えていないように見えるだけで、この男は考えるべきことは考えている。
緊張感は薄いが、この状況でも平常心を保てるのはむしろ強みといえる。
「私の敵はブリタニアよ。
関係ない人たちと殺し合えって言われても従えない。
……本当に五人しか帰れないようなら、困るけど。
〈竜〉の力っていうのも気になるし……」
「殺し合いに関しては、何とかなるかも知れん」
「どういうこと?」
カレンが思わず聞き返す。
朱理のことは評価していても、そこまで考えがあるとは思っていなかったのだ。
「お前も〈竜〉には会ったんだろう?
何を言われた」
「何って……〈契りの城〉に行けるのは五人だけって」
「そこじゃない。
俺は『器を示せ』と言われたぞ」
改めて〈竜〉の言葉を思い出せば、確かにそうだった。
そしてカレンは朱理が言わんとしていることを理解する。
「殺し合え、って言ったのは〈喰らい姫〉だけ?」
「そうだ。
俺は〈喰らい姫〉の言うことを鵜呑みにする気はない。
別の道があるかも知れんということだ」
単に〈赤の竜〉が明言しなかっただけなのかも知れないが、と朱里は付け加える。
だが争う以外の方法の可能性が見えたことは大きかった。
よく考えている。
よく観察している。
態度に反して、朱理は思慮深い。
対する自分はどうだろうかと、カレンは自省する。
朱理よりも多くの情報を持ちながら、名簿に載った彼らに――着信履歴にある彼の名前に、気を取られている。
反省している今ですら、〈竜〉や帰る方法よりも、彼らとの決着の方が気になってしまうのだ。
朱理に遅れを取るのも当然だった。
そうしてカレンが黙っている間にも朱理は話を続け、不満を口にする。
-
「だいたい、俺はあの女が気に入らん。
次の時代の担い手を決めると言いながら、その選定方法が殺し合いだと?
そんなもんはこっちから願い下げだ」
強者が弱者を殺して、それで手に入れた力を振るうのでは、これまでの時代と何が違うのかと。
静かな憤りをもって、朱理はそれを語る。
正しい、正当な怒りだ。
だが彼の正論はカレンにとって、快いものではなかった。
「じゃあさっさとここを出るわよ。
じっとしてても仕方ないんだから」
「……おい、何を怒ってるんだ」
「別にあんたに不満があるわけじゃないわ。
あんたの言ってることが、私の嫌いなやつに似てただけ」
裏切りの騎士と呼ばれた日本人がいる。
名簿にも記載されたその人物と、カレンは最後まで手を取り合えなかった。
彼も日本を想って行動しているのだと信じていたが、結局権力を求めていただけだったのだ。
次に会ったらKMFではなく素手で殴ってやりたいと、そんなことを考えながらカレンは席を立った。
朱理が後ろから文句を言ってきているが、構わずに会計を済ませる。
そうして店を出ようとしたところで、地面が鳴動した。
▽
店の外に出て、朱理は噴煙を見た。
方角はカレンの説明によれば、租界の中心に近い。
「ここにいる連中が自発的に何かするとは思えんな。
殺し合いのために用意された『夢』とやらなら、事故や偶然もないだろう」
「誰かが派手にやってる、ってことかしら」
「そうなるな」
噴煙の数は増えていく。
街が破壊されていく。
朱理は噴煙の方角へ向かおうとして、カレンに腕を掴まれた。
「ちょっと、どうするつもり?」
「参加者の誰かがいるはずだ、会って止める」
まともな策はまだ浮かんでいない。
持っている武器は剣一本、土地勘はほとんどなく、地元の住人を味方につけられるとも思えない。
普段の口八丁で切り抜けられる状況ではなさそうだが、それでも逃げるという選択肢はなかった。
「見ろ、周りにいる連中を。
こんな状況でも誰も見向きもしない。
このまま続けばこの連中も巻き込まれる」
何の縁もない、話もまともに通じない、本当に生きた人間といえるのかも怪しい人々だ。
だからといって、彼らをむざむざと殺させていい理由にはならない。
その考えはカレンも同様だったらしい。
「私だって黙ってるつもりはないわよ。
でもあんたには武器がないんでしょう?
だから」
言って、カレンは胸元から『鍵』を取り出す。
赤と白、炎と翼を組み合わせたような意匠のそれを、彼女は握り締めた。
「見せてあげる。
あたしの紅蓮を」
紅蓮聖天八極式。
女性パイロットが乗る機体とは思えないほどいかめしいフォルムで、特に鋭い鉤爪を持つ右腕は悪魔じみた形状だ。
そのスペックは現代のKMFの中でも最強と呼んで差し支えなく、ランスロット・アルビオンすら凌ぐ。
何故か博物館に展示されていたその機体に、カレンは乗り込んだ。
日本式の紅蓮のコックピットは、背もたれ付きの座席に座るブリタニア式のコックピットとは趣が異なる。
居住性が重視されたブリタニア式に対し運動性が求められた結果、座席にバイクのように跨って操縦する方式が取られたのだ。
カレンは席に着くと姿勢を前に倒し、操縦桿を握る。
非常時とはいえ、久しぶりの感覚に気持ちが高揚するのを感じた。
起動キーを刺して機体のチェックを行うが、オールグリーン。
期待のコンディションもエナジーも問題なく、いつでも動かせる状態だ。
発艦の前に、気分を落ち着けるべく一つ息を大きく吸い込む。
そして一人の男が、それを台無しにした。
「おい、狭いぞ」
「仕方ないでしょ、一人乗りなんだから!」
紅蓮の全高は平均的なKMFと大きくは変わらず、約五メートルである。
コックピットのスペースは限られており、朱理はカレンの座席の後ろで中腰を余儀なくされていた。
「変なところ、触らないでよね」
「ボタンの話か? いや体の方か」
「両方よ、バカ!!」
締まらない空気のまま、紅蓮は発進する。
エナジーウィングで機体全体を覆い、防御姿勢を維持したまま外界とを隔てるガラスを打ち破った。
-
▽
紅蓮が空を舞う。
エナジーウィングによって鋭角の運動と高速機動を可能にしたこの機体は、ものの数分で目標地点へ到着した。
渋谷から租界の中心に向かう、その途中に位置する場所。
一度空中で停止し、地上の様子をモニターで拡大する。
そこに映し出された光景は、カレンの想像を絶するものだった。
人が人を襲っている。
襲っている者たちは――死体。
信じたくはないが、手足の欠損や胸部の損傷の具合から、既に死んでいるとしか思えないのだ。
動く死体が群れを成して、人を襲っている。
高高度から街全体を見渡せば、群れが租界の中心の方角から放射状に広がっていくのが見て取れた。
このまま拡大すればいずれは環状線を越え、ゲットーを、そしてトウキョウ全域を覆うだろう。
現実味のない光景にカレンが息を止めたのは、一瞬だけだった。
すぐに「敵」を認識し、感情を爆発させる。
「やめろぉぉおおおおおおおッ!!!!」
紅蓮の右腕を発射する。
右腕は肘から先が着脱可能で、ワイヤーによって肘と繋がっている。
そして腕自体にブースターが点いているため、射出後も軌道を自在に変えられるのだ。
鋭い鉤爪が高速で飛び、生者を襲おうとしていた死体を貫く。
同時に、死体が高熱によって破裂した。
掌部分に搭載された輻射波動と呼ばれる機構によるものだ。
高周波を短いサイクルで対象に直接照射することで膨大な熱量を発生させ、爆発・膨張を起こす兵器。
KMFですら一撃で破壊する威力であり、実際に戦場では夥しい戦果を挙げている。
これが強力なブースターと組み合わさることで、紅蓮本体がその場から動くことなく、戦場を蹂躙することが可能になった。
腕が群れの中を縦横無尽に駆け回り、死体たちが原型を留めず破壊される。
腕が発射されてから紅蓮本体の元へ巻き戻されるまでの数秒のうちに、一つの通りにいた死体たちは全てただの死体に変わった。
だが潰したのは全体のほんの一部に過ぎない。
街全体を覆わんとしているそれは、紅蓮の力をもってしても止め切れない。
「早く、早く止めないと……日本人が……!!」
「……カレン、他の武装はあるのか」
朱理の声を聞き、カレンは我に返った。
焦りを鎮め、紅蓮の機体に装備された武器を確認する。
「えっ……と……MVSとスラッシュハーケンと……」
「ええい分からん。
今の以外に、広範囲を纏めて巻き込むような武装はあるかという意味だ」
「……ないわ」
「サクラダイトとやらのことは分からんが、要は燃料だろう。
これはいつまで動かせるんだ。
補給の目処は?」
「……そんな何時間ももたないわ。
補給も……ここでは多分無理」
エナジーウィングも輻射波動も、莫大なエネルギーを必要とする。
普段なら黒の騎士団を頼るのだが、この場ではそうもいかない。
一度エナジーが切れてしまえば、如何に紅蓮が強力でも動かなくなる。
「引け、カレン。
これ以上は無駄だ」
「……こんな時まで正論?」
朱理が正しい。
それは分かっている。
否、言われなくてももう分かっていたのだ。
ここまで広がってしまった以上、紅蓮ではどうしようもないと。
だがそれを認められるぐらいなら、初めから手出ししていない。
操縦桿を握る手を震わせて、モニターの先の景色を凝視したまま叫ぶ。
「目の前で人が殺されてるのに逃げろって言うの!?
力があるのに!
一人で冷静ぶってそんなの――」
「おい。
俺が好きでこんなことを言ってると思うな」
そこでカレンは初めて振り返った。
一段と低くなった朱理の声に、怒らせたのかと思った。
しかし朱理の顔に浮かぶのは怒りではなく、悔しさだ。
怒りがあるとすれば、それは自分自身へのものだ。
唇が白くなるほど噛み締めて、沈痛な面持ちでモニターを見つめている。
「軍がない以上、街を守るには民自身に戦わせる必要がある。
自分たちでバリケードを作らせて、応戦させて、それで勝てるように俺が指揮を執る。
だがここの連中にはそれが通用しない……逃げようともしない。
だから、ここで俺たちにできることはない」
カレンが正面を向くと、モニターの向こう側では未だ殺戮が続いていた。
ブリタニアが日本に行った侵略よりもなお一方的な、虐殺だった。
「何も持たないことがこんなにも無力だとはな。
久しぶりに思い知った」
-
「……そう。
私はつい最近、力があってもどうにもならないって思わされたばっかりよ」
紅蓮はランスロットに勝利した。
だが戦争に勝ったのはブリタニアで、皇帝による世界征服が成し遂げられてしまった。
紅蓮が最強のKMFでも、カレンがそれを使いこなせても、世界は変えられない。
今の状況すら、変えられないのだ。
カレンが肩を落とす。
そこで朱理はひとつ提案をしてきた。
「せめて租界の中心に行けば、原因が分かるかも知れん。
無駄足になる可能性もあるがな」
今ここで襲われている人々を助ける方法は見つからないが、まだやれることはある。
カレンも大人しく引き下がるつもりはなかったので、朱理の言葉に大きく頷いた。
「いいわ、付き合うわよ」
目標を決め、操縦桿を握り直す。
だが眼下で一点、異変が起きた。
モニターに映る景色の一角で、淡く光るものがある。
数百メートル先にあったその光を拡大すると、一人の青年が動く死体に囲まれているのが見て取れた。
青年の頭部からは突起が生えており、触覚か角かと迷ったが、髪の一部のようにも思える。
青い髪と着物のような衣服を纏ったその男が、腕を振り上げた。
「え……?」
その男は何も手にしていなかった。
しかしその手を振り下ろした時、周囲にいた死体たちが糸の切れた人形のように呆気なく倒れていったのだ。
もう一度手を振り上げて、下ろす。
同じように死体が倒れる。
しかしそれは死体に限った話ではなく、生きた人々の身にも振りかかった。
生者も死者も問わず、死んでいく。
反射的に輻射波動腕を掲げ、その男に向かって打ち込もうとして――止まる。
カレンは紅蓮の内部にいる。
距離もある。
だというのに――目が合った。
モニター越しにも関わらず、その男は確かに視線をカレンの方へと向け、にんまりと口元に笑みをつくったのだ。
背筋や首に蛇が絡みつくような気持ちの悪さ。
それでも咄嗟の反応ができたのは、これまでに培ってきた経験と、パイロットとしての天性の才能のお陰だろう。
紅蓮が急激に高度を上げ、向かってきた炎の塊を回避。
反撃に、円盤状にした輻射波動をその男へ投げつける。
そしてカレンはその結果を見ることなく、紅蓮を急発進させてその場から離脱した。
▽
「随分、優秀な機械のようだな」
赤い機体の姿が瞬く間に小さくなっていくのを、シーモアは手出しせずに見送った。
遠目ではあったが、機械の大きさは召喚獣と同程度。
速度も機動も武器の威力も、アルベド族が用いるものとは比べ物にならない。
あれはスピラの外の技術によるものなのだろうと、シーモアは結論づけた。
スピラ以外の世界の、兵器。
〈喰らい姫〉に見せられた通り、スピラの外にも絶望が満ちている証拠だ。
世界を隔てようと、『シン』が存在しなかろうと、人の本質は変わらない。
クツクツと、シーモアは声を殺して嗤う。
人間同士で殺し合う者たちも、あの〈喰らい姫〉すらも、滑稽でならなかった。
〈喰らい姫〉は言った――救うのか、滅ぼすのか、それとも革命か、と。
あの少女は全てを知ったような風でいて、まるで理解していないのだ。
救いとは滅び、滅びとは救い。
この二つは同一のものなのだと気づいていない。
ならばシーモアが己の手で、示すしかないだろう。
全ての世界に滅びを。
人間が死に絶えれば、生者の世が終われば、死の螺旋もまた終わる。
悲劇の連鎖は止まり、人々は悲しみから解放される。
それこそが、シーモアの与える救いなのだ。
〈竜殺し〉である必要すらなく、〈竜〉さえ殺せば世界を滅びへ向かわせられる。
悲願の達成を間近に感じながら、シーモアは死体の街で踊る。
【一日目昼/渋谷(東部)】
【シーモア@FINAL FANTASY X】
[所持品]不明
[状態]健康
[その他]
・〈竜殺し〉ではない
▽
-
カレンは途中で何度か方角を変え、何も追ってきていないことを確かめながら逃げる。
そしてまだ破壊されていない地域まで戻ったところで、紅蓮をビルのヘリポートに着地させた。
「……退いたわよ。
これでいいんでしょ」
「ああ、今はこれが正しい」
生身の人間を相手にKMFが退くことは、本来あり得ない。
だが〈竜〉がいる、死体すら動き回るこの異常事態の最中では、あの男が本当に人間なのかどうかすら怪しい。
得体の知れない相手を前にして、カレンは朱理に言われるまでもなく撤退を選んだ。
紅蓮のエナジーを無駄に消耗するわけにはいかなかった。
そして何より、一瞬交わってしまったあの視線が、今も視界の片隅にこびりついている。
「租界の中心に向かうのは後だな。
状況を整理したい」
急いだところで死体を止められる確証はなく、動き回ればまた妙な相手に出くわすかも知れない。
被害を見過ごすことになるが、カレンはやむなく同意した。
「分かったわよ。
私も少し休むわ」
コックピットのハッチを開け、二人は外へ出た。
朱理が地図を見つめている間に、カレンは屋上の縁から身を乗り出す。
眼下に広がるのは、平和に見える風景。
カレンが取り戻せなかった風景で、これから失われるであろう風景だった。
変えられない。
〈竜殺し〉である紅蓮を持ちながら、何も。
カレンは己の無力を、もう一度噛み締めた。
▽
この殺し合いは圧倒的に不利な状況で始まったのだと、朱理は理解した。
そもそもカレンとの出会いがいなければ、参加者と殺し合う以前に死体に殺されていただろう。
力も、地位も、名誉も、武器も、軍も、何もない。
それでも平常心を保っていられるのは朱理の生来の打たれ強さと、経験によるところが大きい。
無一文同然の状態になるのは、これで三度目なのだ。
一度目は信じていた部下に裏切られ、クーデターで地位を追われた。
二度目は知りたくなかった事実を突きつけられ、狼狽したまま戦に敗けた。
どちらも朱理にとって想定外の出来事で、特に二度目は自殺を図るに至るほどだった。
それらを思い知った今の朱理だからこそ、今回の儀式に心を乱さなかった。
とはいえ他人に運命を弄ばれて、黙っていられるような男ではない。
まして名簿に更紗の名があり、目の前で民が殺されるのを見せられてしまったとあっては。
――〈竜〉も〈喰らい姫〉も、後悔させてやる。
――望んだ結果を得られると思うなよ。
赤の王、朱理。
王朝の反逆者。
王子の身でありながら、王家に禍いをもたらすと予言された呪いの子。
どんな環境に置かれようと、その内側にあるものは何も変わらない。
例え〈竜殺し〉であると宣告されようと。
朱里は朱里のまま、運命に反逆する。
【一日目昼/渋谷(西部)】
【紅月カレン@コードギアス】
[所持品]紅蓮聖天八極式、ポーチ、財布等
[状態]健康
[その他]
・紅蓮は〈竜殺し〉
【朱理@BASARA】
[所持品]剣
[状態]健康
[その他]
・〈竜殺し〉です。
投下終了です。
四道、ジェレミア・ゴットバルトで予約します。
-
四道、ジェレミア・ゴットバルトを投下します。
-
夢を見る。
紅蓮の炎を。
どこまでも駆けてゆくただ一人の王の夢……。
四道は赤の王・朱理の従兄弟であり、彼の右腕だった。
普段は街づくりに熱心な優男で、逆に戦となれば女子供が相手でも容赦をせず、敵の仏の山を築きあげる。
そうした両極端な性質から『仏の四道』と呼ばれ、赤の王を誰よりも理解し支えた。
しかし赤の王に反逆したタタラを討伐するべく戦地に向かい、そこで命を落とすこととなった。
それが、四道という男の生涯である。
首を矢で射抜かれ、血を失い、鎧が重くなっていく感覚を覚えている。
「死」というものを理解し、ただ愛しい人を想って生を終えた。
そのはずが、今の四道は見知らぬ街にいる。
生き返ったというわけではなく、〈竜〉によれば死人(しびと)というものになったのだという。
既に死んだ身であれ、〈竜〉の力を継ぐ儀式の参加者として認められたらしい。
死人、そして幻光虫について説明を受けて理解もした。
疑う気はない。
今はここに意志を持って立っているという、それだけが重要だった。
生前に残した未練を果たせるのなら、そしてその上で朱理を日本の王にしてやれるのなら、自分が何者であろうと関係ない。
「タタラを殺す。今度こそ」
四道は殺せたはずの敵を、それも朱理にとって最大の障害となるであろう相手を殺せなかった。
初めて宿敵・タタラの顔を間近で見て、それが更紗だと――朱理の想い人である少女だと気づき、躊躇してしまったのだ。
タタラは、更紗だ。
朱里は気づいていない。
赤の王は、朱理だ。
更紗は気づいていない。
タタラと赤の王は敵同士でありながら、そうとは知らずに更紗と朱理という男女として愛し合ってしまっていた。
四道はそのことに誰よりも早く気づきながら、朱理に伝えられないまま死んだ。
短い生涯の中で、それが最大の悔いとなった。
この場でタタラを殺し、そして朱理に〈竜〉を討たせる。
そうすれば朱理は西日本のみといわず、全国を統治する真の王として君臨することになるだろう。
美しき至上の都――国の真優ろばを実現する。
それこそが四道の願いだ。
四道は〈竜殺し〉ではなかったが、朱理は〈竜殺し〉だという確信がある。
〈竜〉の器に、王にふさわしいのは朱理だけだ。
〈竜〉を殺すのは朱理をおいて他にいない。
他の世界のことなど関係なく、〈竜〉の力を継ぐのは朱理でなければならないのだ。
故に。
四道が最初に発見した参加者を排除しようとしたのは、ごく自然な行動だったといえる。
四道がこれまでに見たどんな街よりも大きいこの街には、人が溢れていた。
朱理と四道が時間をかけて発展させた蘇芳の街でさえ、ここと比べれば霞んでしまう。
そんな見知らぬ土地を彷徨う中、四道は人の流れに逆らうように立つ背中を見た。
それは四道と同じぐらいの、人混みの中にあっても頭一つ分ほど上背がある男だった。
翠色の髪に、白と青の二色で色分けされたロングコートと、四道からは少々奇抜な格好に見えた。
だが四道がその男を見つけられた理由は格好よりもなお単純なもので、淡い光を纏っていたからだ。
この男も二十人の参加者のうちの一人なのだと、そう判断してからの四道の行動は速かった。
無防備な背を観察し、早々に腰に提げた剣に手をかけたのだった。
四道は武人ではあるが、不意打ちを卑怯とは思わない。
民間人を巻き込むとしても、ここにいるのは赤の王の臣民ではない。
『仏の四道』が止まる理由はどこにもなかった。
四道が動き始めると、通行人たちは四道の邪魔にならないよう自然と避けていった。
思えば四道が棒立ちになっている間も、これだけの人の流れがありながらぶつかってくる者は一人もいなかった。
人々の動きは不自然ではある。
だが今は、標的を殺しやすくなったという感想に留めておく。
余計な考えを排除して、標的への接近に集中する。
翠色の髪の男は右手を耳に当てた姿勢のまま、移動する気配を見せない。
何をしているにせよ、隙だらけの姿は好都合だった。
抜刀して高く掲げ、両腕で構えた剣を一息に振り下ろす。
▽
自分が〈竜殺し〉ではないと告げられて、ジェレミア・ゴットバルトはただ納得した。
〈竜殺し〉――次の時代を担う器に足る者。
自分がそれにふさわしくないことを、誰よりも承知していた。
ずっと、若いつもりでいた。
-
ひたすら前へ前へと、先頭を駆けているつもりだった。
だがいつの間にか少年たちに追い抜かれていた。
追いつけない彼らの背を見て初めて、自分が古い時代に置き去りにされたことに気づいたのだ。
だからただ、彼らの背を押してやれればいいと思った。
「……はい、そのようです」
携帯電話を片手に、ジェレミアは市街の雑踏の中にいた。
目を覚ましたのは屋内だったが、通話の相手からの指示で外の様子を偵察しにきたのだ。
通話口の向こうにいるのはルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
神聖ブリタニア帝国第九十九代皇帝にして、ジェレミアが仕える主君でもある。
ジェレミアが目を覚まして真っ先に行ったのが、ルルーシュの安否の確認だった。
自分がどこにいるのかも分からないまま携帯電話に手を伸ばし、呼吸を乱すほどに狼狽しながら呼び出し音を聞き続けていた。
無事に主の声が聞こえた時には、安堵の余り膝から崩れ落ちるほどであった。
ジェレミアにとって、ルルーシュの存在はそれだけ重いのだ。
市街地に出てから道路標識などで確認したところ、ここは環状線の内側、目黒らしい。
土地や人々の様子を観察して不審な点を報告し、ルルーシュなりの考察と今後の指示を聞く。
そうして用件を済ませ、ルルーシュが会話を切り上げようとした時、ジェレミアは一つ問いかけた。
「〈竜〉を、如何されるおつもりですか」
聞かずとも分かっている。
現にルルーシュの返答は、ジェレミアが想像した通りのものだった。
愚問だな、と。
民衆に語りかけるのと同じように威厳に満ちた声で、ルルーシュは言う。
『明日』にそんなものは必要ないと告げる年若い主に、ジェレミアは深く頷いたのだった。
今度こそ電話が切れる。
その間際に一言、ルルーシュは付け加えた。
『全てはゼロ・レクイエムのために』。
通話が終わってからしばらくの間、ジェレミアは身じろぎせずにその場に立ち尽くしていた。
ルルーシュが〈竜〉を必要としないことは分かっていた。
彼が求めるのは人の意志によって進んでいく『明日』であって、超常の存在が介入する余地などない。
むしろ憎悪すら覚えて、他人の手に渡る前に消滅させようとするだろう。
数分の時間をおいて、ジェレミアは次の相手に電話をかける。
ゼロ・レクイエムの共犯者、ルルーシュの親友でもある枢木スザク。
ジェレミアは彼と特別親しくはなかったが、合流にあたって確認を取っておく必要があった。
一度目は、ルルーシュとの通話が続いているようで話し中だった。
また少しおいて二度目には電話が繋がり、まずは互いの無事を確かめ合う。
ジェレミアが襲撃されたのは、その最中のことだった。
▽
間違いなく殺せたと思った、完全に不意をついたはずだった。
だが四道の手に伝わったのは肉を裂く感覚ではなく、金属にぶつかった反動。
甲高い金属音とともに、四道の一撃は防がれていた。
翠色の髪の男は振り返ることなく、左腕に仕込んだ手甲剣を抜いて頭上からの剣戟を止めたのだ。
四道は怯まずに一歩下がり、今度は右から左へと横薙ぎに剣を振る。
しかしそれも、振り返った男の剣でやすやすと受け止められた。
顔の左半分を金の仮面で覆った風貌もさることながら、それ以上に男の力に驚かされる。
男は右手を耳に当てたまま、左腕の力だけで四道の両手持ちの剣を防いでいるのだ。
四道が更に力を込めても、僅かも動かない。
「……ああ、君が心配するような問題は起きていない」
仮面の男の、低く落ち着いた声。
仮面に隠されていない方の視線はあらぬ方を向いており、どうやら四道に向けた言葉ではないらしい。
奇襲が通用しなかったことに加えて独り言の気味悪さもあり、四道は一度男から距離を取った。
舌打ちを一つもらす。
奇襲の失敗に対してというのもあるが、この男が持つ装備にはいい思い出がないのだ。
朱理と四道の師も手甲剣を愛用しており、二人で束になっても勝てた試しがなかった。
「うむ、それでは。
……そうだな」
男は耳に当てていた箱を畳み、懐にしまった。
そして視線を落とし、深く溜息をつく。
「全てはゼロ・レクイエムのために、か。
そうだろうとも、君たちならば……!」
仮面の男が声を荒げ、服の両袖から手甲剣を突き出した。
ここで初めて互いの視線が交錯し、四道は咄嗟に剣を構え直す。
四道が取っていた距離は仮面の男のたったの一歩で侵略され、二本の剣が四道の身に襲いかかる。
-
「なるほど、貴公は正しく訓練を受けているようだ。
初めから私を殺すつもりで仕掛けてきた点を見るに、覚悟もできているらしい」
「覚悟はある……わたしの王を、真の王にするために!」
分析しながら喋る仮面の男に対し、四道には余裕がない。
苦し紛れに叫び返すものの、仮面の男の二本の剣のそれぞれが、片腕の力で振るわれているとは思えないほどに重かった。
四道が防御に専念していても防ぎ切れず、服に何ヶ所も血を滲ませながら致命傷だけは避けていく。
「貴公も主を持つ者か。
奇遇……いや、そういう者だからこそ、巻き込まれたと考えるべきだろうな」
四道は付近にいた通行人を盾にしながら、仮面の男の死角であろう左側に回り込む。
そして僅かな反応の遅れに乗じて剣を真っ直ぐに突き出した。
狙うのは左腕。
片腕だけでも潰せれば、戦いを五分以上に持ち込める。
しかしその一撃も男を傷つけるには至らず、剣で防がれた時と同じ金属音が響き渡った。
男は服の下に鉄板を仕込んでいるらしく、反動で四道の腕に痺れが走る。
「貴公の実力は確かなものだが、まずは相手を選ぶべきであった」
仮面の男が、四道との間にいた通行人を斬り伏せる。
そして四道が突き出していた剣の腹に叩きつけるような一閃を浴びせた。
四道の痺れた手ではそれを受け切れず、剣を手放してしまう。
剣が地面を転がり、仮面の男は四道の首に剣を突きつけた。
「そして、訂正が必要だ。
真の王にふさわしいのは貴公の王ではない」
鏡を見ている気分だった。
狂気といってもいいほどの忠誠。
王のために命すら投げ捨てるだけの覚悟。
「故に……」
だがその鏡は――仮面の男は、口の端を吊り上げた。
不自然なまでの笑みを浮かべ、宣言する。
「〈竜〉を討つのは、この私だ」
▽
この場では不要だったかと、ジェレミアは作り笑いをやめて無表情に戻った。
ジェレミアはゼロ・レクイエムに向けて極力「悪」であろうと、人々から恨まれる騎士であろうと振る舞ってきた。
それはルルーシュの行動に倣ったものであったが、ゼロ・レクイエムと無関係のこの地では意味がない。
ゼロ・レクイエムはルルーシュとスザクが発案した計画であり、世界を変える一石を投じるためにある。
世界を支配した悪の皇帝を、仮面の英雄『ゼロ』が討つ。
人々の憎悪は全て皇帝に集められ、諸悪の根源たる皇帝の死後は人々が協力し合いながら前へ進むようになる。
今よりも少しだけ「優しい世界」に近づく――それが、ルルーシュたちが描いたシナリオだ。
悪の皇帝とは、ルルーシュであり。
仮面の英雄とは、スザクであり。
つまりルルーシュは全世界から憎まれながら死ぬ。
スザクは『ゼロ』となって親友を殺し、枢木スザクという個を殺し、仮面を外すことなく一生を過ごす。
二人の少年が自分たちの人生をなげうって、世界を変える計画。
同時に、彼らがこれまでに犯した罪に対する罰を受ける計画。
ジェレミアもその計画に、協力している。
心の奥底から賛同していたわけではない。
だが古い時代を生きたジェレミアには、二人の決意を曲げさせることはできなかった。
今の世界を作った「大人」のうちの一人に過ぎないジェレミアに、彼らを止める資格はなかった。
それをルルーシュが望むのならばと、納得する他になかった。
だから、ただ背中を押してやれればいいと思ったのだ。
〈竜〉を知るまでは。
〈竜〉を殺すことで、世界を変えられるというのなら。
もしも世界が今よりも、ほんの少しでも「優しい世界」であったなら。
ルルーシュたちがゼロ・レクイエムを目指す必要のない、元より人が人を思いやれる世界であったなら。
ゼロ・レクイエムを実行する意味を奪ってしまえたなら。
ルルーシュの死という未来をも変えられるのではないかと、希望を見い出してしまった。
-
これはルルーシュの意志に反することだと分かっている。
だがジェレミアが欲しいのは、優しい世界ではない。
ルルーシュとその妹・ナナリーが二人で笑って生きられる世界なのだ。
希望を見てしまった後では、夢見てしまった後では、もう戻れない。
〈竜〉を討つ為に他者を蹴落とすことも、ルルーシュに背くことも厭わない。
優しい世界の為に他人を殺すという矛盾も、飲み干せる。
「……さて、知っていることを話してもらおう。
話す気がないならそれも構わんが」
相手の首筋に切っ先を当てたまま、ジェレミアは襲ってきた黒眼鏡の男を見下ろす。
返答を期待していたわけではない。
形式上問いかけることになっただけで、主を持つ立場にある者が素直に答えるとは思っていなかった。
それに生き残れる人数が決まっている以上、元より生かしておくつもりなどない。
だが男は自らの主の名前こそ口にしなかったものの、意外なほど従順に質問に答えていった。
真偽までは判別できない。
ただこの男には死ねない理由があるのだと、この応答の間にも逃走の隙を探している様子からも見て取れた。
名前、出身、国の特徴。
とりわけ元エリア11とは別の『日本』の存在は興味深いものだった。
それぞれに情報収集をしているルルーシュとスザクに合流して照らし合わせれば、より有益なものとなるだろう。
しかしこの四道という男は〈喰らい姫〉や〈竜〉について知っているわけではなかった。
それ以上の時間は無駄と判断し、ジェレミアは質問を切り上げた。
まずは一人と、ジェレミアは切っ先に殺意を籠める。
そして――視界の端に、噴煙を見た。
思わず四道から目を離し、そちらを注視する。
ルルーシュが拠点にしているという、九段下の方角だったからだ。
火事かと訝しんだが、遠い爆発音とともに噴煙の数が増えていく。
心に焦りが生まれ、鼓動が徐々に早くなっていくのを感じる。
嫌な予感とともに携帯電話を手にして、ルルーシュの番号を呼び出す。
そして――繋がらない。
呼び出し音すら鳴らなかった。
電源が切られているのか、電波の届かない場所にいるのか、或いは携帯電話が破損したのか。
心中で幾つかの可能性を挙げながら、ジェレミアは四道を放置して走り出した。
▽
四道は仮面の男の進路とは逆の方角に向かって逃走していた。
あの男との接触で、この儀式はただの殺し合いではないと悟った。
人間離れした身体能力。
参加者誰もがあの男のような者ばかりなのだとしたら、〈竜〉を討つ以前に生き残ることすら難しい。
切り抜けられたのは幸運という他にないだろう。
朱理が同じような目に遭う前に、一刻も早く合流しなければならない。
そう、幸運だった。
しかし危機は終わっていなかったのだ。
仮面の男から逃れて十分もした頃。
四道は今度は近づいてくる爆発音から遠ざかろうとしていた。
四道の知識ではどこかから砲撃されているとしか思えない状況であり、逃げる以外の選択肢はなかった。
だが限界を感じて振り返った時、四道は砲撃以上の最悪の事態を悟った。
道路を埋め尽くす人波。
瞳孔が開いたままの目は濁り、腹や胸に穴を空けたまま蠢くそれらは、認めたくはないが動く死体と呼ぶ他にない。
そんなものが群を成して、建造物を破壊しながら進軍している。
〈竜〉を討つどころか、参加者を排除するどころか、己の身を守ることすら困難だった。
この会場は魔窟なのだと、四道はようやく理解したのだ。
「だが……死ぬわけには……!!」
タタラを殺すために。
朱理を王にするために。
そして、最愛の妻のもとへ帰るために。
既に一度死んだ身であれ、野垂れ死ぬわけにはいかなかった。
『英雄にならなくていい』と、彼女は言った。
名誉の死よりも夫の生を望んでいた。
そんな彼女が訃報を聞いた時、何を思っただろうか。
死人(しびと)として帰った夫を見た時、何を思うだろうか。
「千手姫……私は帰ります、今度こそ……!」
もう一度声を聞きたい。
もう一度声を聞かせたい。
帰らなければならない。
-
〈竜〉を討ち取った赤の王の右腕として、彼女にもう一度会うために。
【一日目昼/目黒】
【四道@BASARA】
[所持品]剣
[状態]死人、軽傷
[その他]
・〈竜殺し〉ではない。
▽
街灯や窓の縁を足場にしてビル屋上まで駆け上がり、ジェレミアは煙が上がった方角――九段下方面へ目を凝らす。
普段は仮面で隠している左の義眼は、常人には及ばない遙か遠くまで見渡すことができた。
そして、事態を把握することとなる。
死体そのものは見慣れている。
だがこの地に広がっているものは、それ以上の悪夢だった。
ルルーシュすら予期していなかった異常事態が起きていることを確認し、ジェレミアはすぐに踵を返した。
ただし向かうのは九段下方面ではない。
ビルから飛び降りて、車道を走っていた車の屋根に着地する。
機械の体の重量と落下の衝撃によってひしゃげたそれを無視し、歩道の人混みを避けるために別の車の屋根に飛ぶ。
そうして車の上を走りながら再度ルルーシュに電話をかけたが、やはり繋がらなかった。
やむなくルルーシュとの通話を諦め、次いでスザクに連絡を入れる。
用件のみの短い会話となったが、詳細を伝えようにもジェレミア自身の理解が追いついていないのではどうしようもなかった。
そうして数分かけて到着したのは、航空機の格納庫だった。
目黒の街に出る前、ジェレミアが最初に目を覚ました場所である。
薄暗く鉄の臭いの立ちこめるその場所には、セスナやヘリが幾つも並べられていた。
ただしそれらの機体のうちの一機だけは、翼のない特殊な形状のものだ。
KMFとは全く別の設計思想に基づいて開発されたKGF(ナイトギガフォートレス)、サザーランド・ジーク。
要塞の名にふさわしい巨体を持つそれは、ジェレミアの専用機である。
非人型の丸みを帯びた本体は明るいオレンジ色であり、KMFの数倍のサイズもあって戦場では大いに目立つ。
それはこの格納庫においても例外ではなく、ただそこに置かれているだけで異様な存在感を放っていた。
機体に問題がないことは、初めに発見した際に済ませてある。
いつでも出発できる状態だ。
ジェレミアがコックピットに乗り込んで胸の前で両腕を交差させると、コートの背面が左右に開いた。
露出した背中は機械化されており、脊髄と機体をドッキングさせるための接続端子が埋め込まれている。
これでサザーランド・ジークに直接繋がることにより、ジェレミアは操縦桿を握ることなく意のままに機体を操ることが可能となる。
ダモクレス戦役で大破したはずの機体が何故ここにあるのか、疑問は尽きない。
だが一刻も早くルルーシュと合流するために、忠義を果たすために、今はこれが必要なのだ。
「我が忠義のために、今一度……!」
大型スラッシュハーケンで格納庫の屋根を破壊し、機体を浮上させる。
向かうのは混沌の中心、九段下。
【一日目昼/目黒】
【ジェレミア・ゴットバルト@コードギアス】
[所持品]サザーランド・ジーク、携帯電話、手甲剣
[状態]健康
[その他]
・〈竜殺し〉ではない。
・四道から情報を得る。
投下終了です。
忌ブキ、聞仲、スァロゥ・クラツヴァーリ、ティーダを予約します。
-
Wikiを作成しました。
ttp://www30.atwiki.jp/basararowa/pages/1.html
-
まとまらなくなったので忌ブキ、聞仲のみ投下します。
-
もしもこれが“今”でなければ、別の道があっただろう。
十天君が裏切る前なら。
或いは黄飛虎が殷を離反する前なら。
他者に強要されて殺し合うという儀式自体を、彼のプライドが許さなかった。
“今”は、手段を選ばない。
殷があればいい。
殷さえあればいい。
殷だけがあればいい。
殷の為なら、弱者の血で手が汚れようとも構わない。
十天君の空間宝貝によって閉じ込められた四ヶ月間。
結局自力で脱出できなかったその期間のことは、記憶に新しい。
閉じ込められるという意味では今回も全く同じ仕打ちであり、それが一層の焦りを生んだ。
だから“今”の聞仲は、迷わない。
▽
砂塵が舞い、視界が悪くなった市街地でもう一度、鞭が空気を掻き回す。
それは軽く振るわれただけで辺りを縦横無尽に疾走し、その風圧で土煙を吹き飛ばした。
スーパー宝貝が一つ、禁鞭によって破壊された市街の姿が露わになる。
被害の範囲は半径数百メートルに及び、建物の外壁には巨大な獣の爪で抉られたような傷が無数に刻まれている。
舗装された道路上に動く死体たちの姿はなく、血痕と肉片を残すばかりだった。
そんな地獄のような光景を作り出した張本人は、普段と変わらない険しい表情のまま、上空から街を見下ろしていた。
殷の太師、聞仲。
三百年にわたって王朝を見守ってきた、仙人界でも屈指の実力を持つ道士である。
儀式に参加する二十人の中に聞仲に及ぶ者はおらず、彼自身にもその自覚と自信があった。
その聞仲が、厄介だと心中で毒づく。
聞仲の視線の先にいるのは、禁鞭の射程を逃れた死体の群れである。
死体の群れは蠢くばかりで、聞仲が破壊した市街に入ってくることはない。
聞仲を警戒し、観察している。
知恵があり、意志がある。
闇雲に動き回っているだけに見えた死体たちはその実、明確に意志統一されていた。
加えて、一体一体は弱くとも、街全域から排除するには街そのものを潰す必要がある。
聞仲が仕える相手・紂王の所在が分からない以上、そのような大規模な破壊は望ましくない。
故に聞仲は、彼らを厄介と評したのであった。
実力では他を圧倒していても、一筋縄ではいきそうにない。
状況が膠着したのを見て、聞仲は死体の群れについて一旦捨て置くことにした。
別の問題に片をつけるべく、霊獣黒麒麟に命じて高度を下げる。
地上に待たせていた相手は少年ではあったが、最低限の礼儀として聞仲自ら地面に降り立った。
「もう一度問おう。
〈竜〉について知っていることを話せ。
話す気がないならそれもいいだろう」
答えないなら、或いは何も知らないなら、ここで殺す。
暗にそう示して、改めて少年を見下ろす。
白い頭巾に白い着物、そしてあの〈竜〉のように赤い瞳を持つ少年だった。
禁鞭の威力を間近で目にしたためか、震えている。
手足は触れれば折れそうなほどに細く、鍛えられているとはいえない。
死体の群れに襲われて殺されかけていたことからも、戦闘能力はほぼ皆無と見ていいだろう。
しかし世界の在り方を決めるような儀式に不釣り合い――とは、思わない。
仙道が扱うものとはまた別の力を、確かに感じさせる少年だった。
「あの……」
「聞仲。殷の太師だ」
「聞仲……さん。
僕は忌ブキっていいます。
その、ありがとうございました」
「……ふん。
おまえを助けようとしたのではない」
忌ブキを助けたのは、偏に彼の着物の色が紂王の正装のものと似通っていたからだ。
遠目からでも背格好の違いは見て取れたものの、紂王の身に万一のことがあってはならないと、禁鞭を振るったのだった。
「答えるのか、否か。
私には時間がない」
再度、忌ブキに返答を求める。
焦りがあった。
聞仲が、そして紂王が殷から切り離された今の状況は、考え得る限りで最悪のものだったからだ。
仙女妲己によって乱され滅びかけた殷は、聞仲の奮闘の甲斐もあって持ち直しつつある。
しかし聞仲と紂王が不在の今、敵国の周が動く。妲己が動く。
策士家の妲己に至っては、この儀式を裏で操っている可能性すらある。
国を空けている場合ではなく、一刻も早く殷に戻る必要があるのだ。
そのためなら相手が仙道でなかろうと、女子供であろうと、打ち据える覚悟はとうにできている。
対する忌ブキは聞仲に威圧され、震えが止まらなくなっているようだった。
だが膝を折ることはなく、逃げる気配もない。
退けば死ぬことは知っているらしい。
-
「……その前に教えて下さい。
聞仲さんは……ここに呼ばれた人たちを、殺せるんですか」
「可能だ」
もつれそうな舌で声を絞り出した忌ブキに対し、聞仲の返答は簡潔にして明瞭。
聞仲には明確な優先順位があり、第一としているのが殷である。
それよりも上か下かというだけの問いに、迷いは生じない。
「私は殷に帰還する。
そのために必要だというのなら、何でもしよう」
「〈竜〉の力は欲しくないんですか?」
「興味はない」
これもまた、明瞭。
聞仲にとって〈赤の竜〉は障害の一つでしかない。
「国の統治も邪魔者の排除も、私の力だけで事足りる。
だが〈竜〉が周の手に渡るようなら手を打たねばならん」
民は、時代は、歴史は、周に味方している。
それを承知の上で、聞仲は殷を存続させるべく動いている。
しかし周が世界を変えるほどの力を手にすれば、聞仲の手でも流れを止められなくなるだろう。
聞仲が危惧するのはその一点であり、殷に干渉されなければ〈竜〉の力が何に使われようと構わなかった。
そうした聞仲の返答を得た忌ブキはしばし考える素振りを見せ、やがて改めて口を開いた。
「……僕は〈喰らい姫〉のことも〈赤の竜〉のことも知っています。
多分、呼び出された二十人の中で一番〈竜〉に近しい。
僕の皇統種としての能力も〈竜〉に関係しています」
「ならば――」
「条件が、あります」
言を遮られ、聞仲が眉を顰める。
不快というより、意外だった。
この少年に、自分を相手に交渉を持ちかけるだけの強かさがあるとは思っていなかったのだ。
もっとも、それだけ必死だったというだけに過ぎないのかも知れないが。
「あなたになら、僕が知っていることを全部話したっていい。
力もあなたのためだけに使う。
その代わり――――」
▽
黒龍騎士をも超える力を持っている。
犠牲を厭わない。
〈竜〉に固執しているわけでもない。
それらを確かめた上で、忌ブキは決心した。
彼しかいないと――そしてどの道、失敗すればここで死ぬしかないのだと。
「その代わり、僕を……守ってもらえませんか」
それは忌ブキが必死の思いで絞り出した条件だった。
聞仲にとって分のいい取引ではないことは気づいていたが、忌ブキは他に対価にできるものを持っていない。
危惧した通り、聞仲は表情を一層険しくした。
何とか説得できないかと、忌ブキは慌てて言葉を探す。
「僕は〈赤の竜〉に会わなくちゃならないんです!
今のニル・カムイを、僕たちの国を変えるにはこれしか――」
それが意図せずして、引き金を引いた。
聞仲の眉が吊り上がる。
怒りの原因自体は分からなくとも、怒らせてしまったことははっきりと分かった。
大地を震わせるほどの怒気が、忌ブキの肌に刺さる。
「理想を語るに足る実力もなく、他者の庇護に頼るか!」
何が彼の怒りの切っ掛けとなったのか、忌ブキには理解できなかった。
忌ブキは革命軍の王として動いてはいるが、自分の出自を知ったことすらここ数ヶ月のこと。
人と交渉するだけの知識も経験も、持ち合わせているはずがない。
起こるべくして起きた結果といえた。
「自分では〈竜〉のもとに行き着くことさえできない。
そんな未熟者が〈竜〉の力を得て、国を変えるだと?」
いつ鞭が振り降ろされてもおかしくない。
だが忌ブキが死ねば、ニル・カムイの革命は終わってしまう。
大国に踏みにじられたまま。
忌ブキに“熱”を伝えてくれた男に応えられず。
皇統種に夢を見た、つながれものの少年の死を無駄にして。
大切な友達にも、何もあげられない。
それでは駄目だと、嫌なのだと、忌ブキは顔を上げる。
「変えてみせます!
ドナティアの人にも黄爛の人にも出ていってもらって、奴隷市場をなくして、それから……!」
「弱者が国を語るとは聞くに耐えんな……!
崑崙の連中よりもなお劣る!!」
そこまで言われて、忌ブキはようやく察した。
短い会話の中で聞仲が口にした、国。
恐らく聞仲は自国のために心を砕き、国を第一に考えて行動している。
-
だから忌ブキを許さなかったのだ。
他人に守ってもらおうとしたからではなく、そんな忌ブキが国を口にしたから、聞仲は激昂した。
国を語るには。
聞仲と同じ土俵に立つには。
忌ブキは幼く、非力だった。
「だけど……」
自分の弱さは、忌ブキ自身が誰よりも知っている。
忌ブキを信じて夢見ていた少年を、終わらせてやれなかったあの日のことを、忘れられるはずがない。
言われなくても分かっている。
既に思い知らされている。
「僕が自分の弱さを理由に逃げたら、本当に何も変えられない……!」
ニル・カムイを変えるための手段として、忌ブキは“革命”を選んだ。
大国の支配下となって穏便に「変えられていく」道ではなく、自分たちで自由を勝ち取る道。
数千、或いは数万の民の血を流しかねない道だ。
だが忌ブキは革命軍とともにその血の海に溺れてやると、そこから救えるだけの命を救ってみせると宣言した。
革命軍の士気を鼓舞して煽動したのは阿ギトでも、火を点けたのは忌ブキだ。
走り出してしまった以上、もう戻れない。
革命の火は燃え広がっている。
忌ブキだけ戻れば、ただ血の海だけが残る。
そこから民の命を救う者は誰もいない。
それを分かっているから、忌ブキはタタラの手を振り払った。
血を流さずに進もうとするタタラではなく、聞仲に助けを求めた。
「もう一度、お願いします……!
〈竜〉に会うまでだけでいいんです、僕を助けて下さい!!」
▽
聞仲は腕を組み、忌ブキを冷ややかに見下ろしていた。
聞仲には弱者の思いが分からない。
理解はできても、共感することは決してない。
政治を司る者として弱者の存在を慮ることはあれど、実際に弱者の側に立たされたことはないのだ。
仙道となる以前から、努力を惜しまず優秀だった。
金鰲列島で修行を始めてからも成長は早く、今となっては全力で戦える相手を捜す方が骨が折れる。
「自分の力ではどうしようもないから他人を頼る」という発想がない。
故に、自国を立て直そうとしているという立場こそ近くとも、忌ブキとは決して相容れない。
他力本願の姿勢に苛立ちこそすれ、同情の余地すらない。
そもそもの「忌ブキを守る」という条件が不都合この上ないこともあって、聞仲の視線は冷える一方だった。
だが〈竜〉の情報という見返りを、聞仲は無視できなかった。
以前なら気に入らない相手との同盟など一蹴できただろう。
己のプライドを優先していられた。
今は――殷を失う焦りが勝る。
十天君の時のように何ヶ月も足踏みをしている場合ではない。
「こちらからも条件を付け加える。
従えるのなら、この契約を呑もう」
妥協を重ねた末の結論だった。
契約相手の在り方も、相手を一方的に守るという条件も、全てが聞仲にとって不愉快だった。
だが殷の存亡がかかったこの時に、個人的なプライドやこだわりに固執しているわけにはいかなかった。
弱者に力を振るうことも、相容れない相手と共闘することも、殷というただ一つの目的のために受け入れる。
そして重く息を吐き出し、黒い外套を翻して忌ブキに背を向けた。
「予め一つ、言っておく」
敢えて面倒な条件を呑んだのは殷のため。
馴れ合うためではなく、相互の理解も必要ない。
そのことを敢えて口にしておかなければ、この未熟な少年は察せられないだろう。
互いの立場を明確にするために、聞仲は告げる。
「私は誰も信じない」
【一日目昼/新宿】
【忌ブキ@レッドドラゴン】
[所持品]鞭、〈竜の爪〉
[状態]健康(現象魔術を数度使用)
[その他]
・タタラの本名は聞いていません。
【聞仲@封神演義】
[所持品]禁鞭、黒麒麟
[状態]健康
[その他]
・特記事項なし
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投下終了です。改めて忌ブキ、聞仲、スァロゥ・クラツヴァーリ、ティーダを予約します。
月報です。よろしくお願い致します。
話数(前期比):5話(+ 1) 生存者(前期比):20/20 (- 0) 生存率(前期比):100.0
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忌ブキ、聞仲、スァロゥ・クラツヴァーリ、ティーダを投下します。
-
「どうしよう……メリルがいない!!」
往来の真ん中で、大真面目に、その青年は叫んでいた。
端正な容貌を持った金髪碧眼の若者だ。
情けない声を上げてはいるが、身を包むのは物々しい漆黒の甲冑。
そしてそれを飾る赤青二色の布地、随所にあしらわれた紋章、そのどれもが彼のドナティア騎士という身分を示している。
より正確にいえば、神聖ドナティア帝国の黒竜騎士。
強大な軍事国家の中でも最強の戦力と謡われる黒竜騎士団、その末席に名を連ねるのがこの青年――スァロゥ・クラツヴァーリである。
一騎当千の能力と絶大なカリスマをもって部隊を率いる騎士――それが黒竜騎士という存在だ。
〈赤の竜〉と同格の存在〈黒の竜〉と契約した者たちであり、三十名のみという精鋭中の精鋭である。
だがスアローはひどく風変わりな騎士だった。
人通りの多い町中で、人目も気にせず狼狽するその姿は、黒竜騎士に憧れる人々の夢を一瞬にして粉砕するに違いない。
だがスアローは深刻な問題に直面しているのだ。
「どうしようこの状況、僕一人でどうにかなるとは思えない……!
しかも婁さんまでいるじゃ――あっ」
スアローが手にしていた名簿に目を通したところで、「名簿が崩れ落ちた」。
自ら破ったわけではない。
ただそれが紙の寿命だったとでもいうように自然と、スアローの手から細かな紙片となって風に流されていく。
「あっちゃんこー……」
困り果てたように――だがこうなることを知っていたように諦めた表情で、スアローは名簿の残骸を見送った。
『粉砕』の呪い。
生まれながらにして付きまとう、スアローを蝕むもの。
スアローが手にしたものは例外なく、その一回で破壊される。
食器も、本も、釜も、触れればそのどれもが悲鳴を上げるように軋み、壊れてしまう。
顔以外で唯一鎧に覆われていない両腕は、その能力をそのまま示したかのようにどす黒く染まっている。
この理不尽な力を呪いと呼ばずして、何と呼ぶのか。
つまりスアローは一人では何もできないのである。
着替えも、飲食も、財産の管理も。
従者であるメリル・シャーベットの献身的なサポートがあってようやく人並みの生活を送れているのだ。
たった一人でこの儀式に巻き込まれたスアローが頭を抱えるのも、致し方ないことだった。
「どうする、このままじゃ僕は食事の度に犬食いする羽目に……!
水も飲めない、そもそも財布がない!!」
そうしてひとしきり騒いだ後、大仰に溜息を吐き、のろのろと歩き出す。
嘆いたところで、メリルは現れないのだ。
「……うん、とりあえず忌ブキさんとエィハさんを探そう。
多分、少しは協力してもらえる……かも知れない」
名簿に記載されていた二人の名前を挙げ、スアローは一人で何度も頷く。
忌ブキとエィハは知り合いではあるのだが、スアローとは微妙な関係を保っている。
かといって他に頼れる相手もいない。
他に名簿にあったのは知らない名前ばかりで、残るもう一人の知り合いに関しては論外だった。
少し時間をおくと落ち着きを取り戻し、メリルの不在についても諦めがついた。
そしていないものは仕方がないと、スアローはそのまま街の散策を始めたのであった。
知り合いの暗殺者が参加しているということもあって警戒ながら進んでいたのだが、緊張は次第に緩んでいった。
何せ、目新しいものに満ち溢れた街だ。
ドナティア本国すら及ばないほどの賑わいを見せる都市の存在など、スアローは想像したこともなかった。
しかしくつろぎ始めてはいるものの、街全体の違和感に関心がないわけではない。
(『夢』……ねぇ)
〈喰らい姫〉の説明を反芻しながら、思い出す。
数日前、スアローは彼女から手紙を受け取った。
手紙の中で〈赤の竜〉と縁深き者、と名乗っていた彼女。
そしてニル・カムイを蹂躙する〈赤の竜〉について、夢のようなもの――と説明していたのだ。
夢、故に討伐することはあたわない。
本体を目覚めさせたくば、時代の移り変わりに浮かび上がる〈契りの城〉に来い――と。
その手紙を受けて、スアローはドナティア軍とともに指定された地へ向かっていた。
この儀式では少々のルール変更があったが、「〈契りの城〉で〈竜〉の本体を殺す」という部分は変わりないようだ。
(ニル・カムイで暴れる〈竜〉も、この土地も、住んでいる人々も、全部夢……。
それなら、この夢を見ているのも〈赤の竜〉なのかな)
-
〈契りの城〉で微睡む〈竜〉に思いを馳せ、スアローは空を見やる。
作りものであろうその空は、普段見る景色と「何ら変わらない」。
脆い。
今にも崩れ落ちそうだ。
もっともそれは空に限った話ではなく――スアローの目には何もかもが、儚いものにしか見えないのだが。
そうしてほどなくして、街全体が還り人の軍勢に飲み込まれた。
▽
聞仲はその場に留まり、忌ブキと話を続けていた。
大きな通りが交差した中心で、それぞれの通りの数百メートル先は死体――忌ブキが言う、還り人たちによって塞がれている。
そこに不可視の壁があるかのように、彼らは近寄ってこない。
聞仲と忌ブキはそんな彼らを無視して会話しているのだった。
聞仲が新たに課した条件を忌ブキが飲んだことで話は纏まり、約束通り忌ブキから情報を得ているところだ。
「さて……」
その聞仲が、忌ブキの話を中断させた。
数十分にわたって動きのなかった還り人たちが、再び活発に蠢き出したためだ。
聞仲が警戒を強めるものの、還り人たちの意識は聞仲や忌ブキには向いていない様子だった。
群れに遮られて見えない大通りの先で、何かが起きているらしい。
「黒麒麟」
『お任せ下さい、聞仲様』
傍に控えていた霊獣は聞仲が詳細な指示をするまでもなく、忌ブキの盾となる位置に移動した。
何か来る。
気配を察して、聞仲はその方角に目を凝らす。
そして――還り人たちが吹き飛ばされた。
胴体や手足が千切れ、紙のように軽々と宙を舞う。
そうして拓けた道から一人の青年が現れたのだった。
「おっと、ここかな?」
重々しい漆黒の鎧に身を包んだ、金髪の青年だった。
だが目を見張るべきは鎧ではなく背中の、腰より少し低い位置に提げられた剣の方だ。
十本にもなる剣を革ベルトで束ねており、鞘の先端から剣の柄にかけて扇のように広がって見える。
その重量をものともせず、還り人の群れを軽々と踏破してきた――それだけで、人間離れした実力が窺えた。
そしてその青年の異質さを何よりも物語るのは、青年が手にしてた剣の末路。
今しがた還り人たちに向かって振るった剣が、根本から砕け散った。
自然と――不自然なまでに自然と『粉砕』されたのだ。
彼が仙道であるかないかなど些末な問題であり、聞仲は既に禁鞭に手を伸ばしていた。
しかし当の青年はといえば、脳天気な笑顔で聞仲に向かって手を振っていた。
「おーい、そこの人ー」
聞仲が特に反応せずにいると、嬉しそうに小走りで駆け寄ってきた。
およそ「殺し合え」と言われたばかりとは思えない、人のやる気を削ぐ優男である。
青年はそうして聞仲の前までやってきて、はにかみながら事情を話し出した。
「いやー、話ができそうな人に会えてよかった!
さっきこっちで凄い音がしたから、きっと誰かいると思ったんです。
僕はドナティアの」
「スアロー・クラツヴァーリだったか」
「そうそう……あっれー、僕ってそんなに有名人?
それともどこかでお会いしましたっけ?」
この状況で名を言い当てられても、やはり軽い調子だった。
聞仲はこれ以上の会話は不毛と打ち切ろうとしたが、聞仲に代わって応える声が上がる。
「僕が、教えました」
黒麒麟の陰にいた忌ブキが進み出る。
それを見たスアローは表情を一層明るくした。
「忌ブキさん!
無事でよかった、こんなに早く会えるなんて!」
再会を喜ぶスアローとは対照的に、忌ブキの表情は暗い。
そのことに気づいているのかいないのか、スアローは相変わらず親しげに言葉を投げかける。
「この人は知り合いなのかい?
知ってると思うけど僕は真面目で堅そうな人が苦手でね、できれば忌ブキさんからも何か――」
「スアローさん」
忌ブキの真剣な声に、スアローの喋りがぴたりと止まる。
人なつこい笑みは、苦い笑いに代わったのだった。
「僕は……革命軍の王です」
「うん、禍グラバさんから聞いてるよ。
君がそう決断したっていうなら、それはそれでいいと思う」
先程までの無駄に明るい調子は故意のものだったようで、スアローは落ち着いた様子で頷いている。
忌ブキの言う「革命」の意味を知った上での言だとすれば、冷静というより淡白ですらあった。
柔らかい雰囲気を纏うのにどこか冷め切っていて、掴みどころがない。
-
それが、聞仲から見たスアローの印象だった。
「僕はニル・カムイを変える為に、契り子になります」
「ってことは、君は〈赤の竜〉に会うんだね。
そうなると――」
「遠慮は無用、ということだ」
今度は聞仲が二人の会話に割って入る。
忌ブキの知り合いであっても、聞仲がやるべきことは変わらない。
「待った待った!!
せめてもう少し話し合いを!」
「何故私がこの場に留まっていたと思う?
……陛下をお捜しする前に、間引くためだ」
黒麒麟とともに上空から確認した限り、この東京という土地はそれなりの広さがある。
その中から二十人の参加者を捜し出すのは至難。
よって聞仲は、参加者たちが自ら姿を見せるよう網を張ったのだった。
忌ブキを助ける際、禁鞭の攻撃を必要以上に広範囲に向けたのもそのためである。
まだスアローが何事か叫んでいたが、聞仲は既に聞く耳を持たない。
禁鞭が振り下ろされ、この新宿に二度目の轟音が響き渡った。
▽
忌ブキは黒麒麟の足にしがみつき、何とか吹き飛ばされずに済んだ。
額から生えた角が、熱を帯びているのが分かる。
皇統種が持つ恩恵《魔素の勲》。
空気中の魔素を操り、聞仲に優位な場を作り出しているからだ。
「問題なかったのだろう?」
「…………はい」
祝ブキは聞仲の問いに答えながら、激しい風と土埃に目を瞬かせる。
そして聞仲の背中に、そしてスアローが立っていた場所を見つめる。
妙な人物ではあったが、忌ブキやエィハに対していつも気遣っていた黒竜騎士。
忌ブキが悩んだ時、相談を持ちかけたこともある。
嫌いではなかった、むしろ皇統種やドナティア騎士という身分がなければもっと話せていたのではないかと思う。
だが忌ブキは彼の情報を、聞仲に渡した。
臨戦態勢に入った聞仲を止めようとはせず、むしろその背を押した。
聞仲が出した条件のうちの一つに、「保護を適用するのは忌ブキのみ」というものがある。
聞仲には、参加者二十名のうち知り合いが三名いるのだという。
そして聞仲は彼らを生還させるつもりでいる。
それは聞仲を含めれば四名分、〈赤の竜〉に謁見するための切符は既に指定されているようなものだ。
残る一つの切符が忌ブキのものになる。
つまり忌ブキが「他に生き残らせたい人がいる」と言ったところで、聞き入れられることはないのだ。
その条件を、忌ブキは承諾した。
エィハも、スアローも、婁震戒も――大切な友達も、仲間だった人たちも。
彼らを殺しても構わない、そして自分だけは助けて欲しいと。
自分が生き残るために、恥も外聞もない取引をした。
そうしてでも忌ブキは生き残る必要があった。
だからせめて、スアローの最期からは目を逸らすまいとしていたのだ。
もっとも――少なくとも今の一撃だけでスアローが死ぬとも、忌ブキには思えなかったのだが。
「いやー……参った、これは本格的に参った。
流石に僕もお手上げかも知れない」
砂煙の中から、緊張感の薄い聞き慣れた声がする。
視界が晴れるとそこにはスアローの姿があった。
何事もなかったかのように無傷のまま、まだ剣も手にしていない。
それを見て安堵してしまっている自分に気づき、忌ブキはかぶりを振ってその考えを追い払った。
そんな忌ブキの複雑な心境を知ってか知らずか、スアローは平然と会話を再開するのだった。
「一応もう一度確認しますけど、他の方法を採るつもりはありませんか?
僕としても〈赤の竜〉には会いたい。
でも五人と言わず二十人全員で〈契りの城〉を目指せないか、少し模索してもいいんじゃないかなって」
「必要ない。
そんな不確かな可能性に懸ける時間も惜しい」
スアローが持ちかける交渉に、聞仲が応じる様子はない。
忌ブキの時と同様、聞仲の優先順位は常に揺るがない。
「スアロー・クラツヴァーリ、おまえはここで死ね。
我が子……殷の永遠の繁栄のために」
そこで――スアローが動きを止めた。
目を何度も瞬かせ、聞仲をまじまじと眺めている。
喜んでいるような、驚いているような。
不思議なものを見るような目を、向けている。
「永遠?」
スアローのその呟きを聞いて、忌ブキは思い出す。
婁震戒が混成調査隊を離反した後、シンバ砦でスアローと話した時の、彼の言葉を。
-
――率直に言って、物には愛着が持てないかな。
――なにしろ、僕は一度も物を所有したことがない。
スプーン一つ、どころか石ころ一つですら、彼は手にできない。
手にしたものは分け隔てなく、全て壊れてしまうから。
――僕はそういうたった一回で壊れてしまう物に愛着は持てないが、同時に愛してはいる。
――永遠に残るから愛しているのではなく、壊れてしまうからこそ、僕はそれを惜しんでいる。
きっとスアローは、「永遠」というものを誰よりも――
「今、永遠って言ったのかい?」
スアローが聞仲に対し、再度問う。
その唇は引きつるような、歪んだ笑みをつくっていた。
▽
絶体絶命。
そんな状況で、スアローは笑っていた。
「今、永遠って言ったのかい?」
「……それが、何か?」
対する聞仲は憤怒のような、嫌悪のような表情を浮かべていた。
今、スアローは彼の心の踏み込むべきでない箇所へ踏み込もうとしている。
そのことを、スアロー自身が気づいていないわけではない。
それでも踏み込まずにいられないのだ。
「〈喰らい姫〉が見せてくれたけど、殷って国……というか王朝だったと思うんだ。
王朝って滅んだり滅ぼされたり、新しく興ったりするものだよね?」
「殷は滅びない。私が滅ぼさせない。
それだけの話だ」
「仮にあなたが殷を守り続けたとして、それでもあなたにだって寿命はあるだろう。
亡くなった後まで守る気なのかい?」
「私は道士だ、人間よりも長く生きる。
それまでに私がいなくなっても存続可能なシステムを構築する必要はあるだろう」
「どんなにあなたが頑張っても、星にだって寿命がある。
星がなくなったら王朝どころの話じゃないんじゃないか?」
「くどいッ!!!!!!」
聞仲の額が縦に割れ、第三の目が開く。
凄まじい怒気とともに再び砂塵が舞い上がり、地面が揺れる。
スアローはその怒りに圧倒されるも、張り付いた笑みは消えなかった。
「私は殷を守る。星が消えるというなら星も守ろう。
殷は永遠に滅びない。
おまえは私の揚げ足取りをしたいのか?」
「違う、そうじゃない。
僕はあなたのことをもっと知りたくなったんだ」
聞仲が怒るだろうと予想しつつ言ったのは確かだが、決して怒らせたかったわけではない。
スアローが聞仲に抱く感情は悪意でも敵意でもなく――尊敬であり、羨望だ。
「僕は、物に愛着がない。執着というものもできない。
だからあなたみたいに一つのものに……それも王朝なんて形のないものにこだわるあなたに、憧れる」
はじめて婁震戒と出会った時と同じだった。
剣を命よりも大切なものと言い切った婁を見て、そんな彼を見ていればその感覚を学習できるのではと期待した。
結局分からないまま彼と袂を分かったが、嫉妬にすら似た感情は今も残っている。
「そこまで極端に打ち込む人なんて、婁さんぐらいかと思ってたんだ。
だから驚いたし、僕をここに呼んだ〈喰らい姫〉に感謝したくなった……ちょっとだけね」
婁震戒に打ち明けたその時まで、誰にも告げずに内側に秘め続けていた空白。
スアローの胸の中心にある、がらんどう。
「執着を知りたい」などと。
婁震戒に出会うまで、他人にそんな話をする日が来ると思っていなかった。
またこうして口にする日が来るとも思っていなかった。
聞仲という存在はスアローに対し、婁に出会った時に近い衝撃をもたらしたのだ。
「愛着も執着も、こだわりもないか。
おまえは私にとってどうあっても相容れない相手のようだ」
「……そうなんだよねぇ」
スアローにとって相容れる相手などいない。
聞仲や婁に限った話ではなく、友達も、気の合う相手もいない。
「物を所有する」という当たり前の経験が欠落しているスアローは、他の誰とも感覚を共有できない。
そこにいるだけで、呼吸しているだけで、こだわりや信念を持った者の神経を逆撫でて苛立たせてしまう。
混成調査隊の一員として過ごした日々は、スアローに少なくない変化をもたらした。
このどうしようもない呪いとも、以前よりも少しだけ、折り合いがつけられたように思う。
けれどこうして執着を知る者と対峙すると、改めて思い知らされる。
スァロゥ・クラツヴァーリはいつでも、どこまで行っても、たった一人なのだと。
「ここで最初に迎え討つ相手がおまえだったことは、私にとって幸運だったのかも知れん。
真っ先に、消しておく必要がある……!」
「そうだよねー、結局こうなる気はしてた!
〈喰らい姫〉への感謝は撤回!」
-
言うと同時に、スアローが左足の契約印を解放する。
〈黒の竜〉に与えられた傷。
契約した時点でスアローの身体能力はおよそ三倍に跳ね上がったが、契約印を解放すれば更に三倍。
左足の火箸が突き刺さるような痛みと引き替えに、元の十倍近い力を発揮できるようになる。
契約印解放後のスアローは、もはやヒトガタの〈竜〉に等しい。
契約印を解放する一呼吸の間に、既に聞仲の鞭が迫ってた。
回避の目はなく、スアローは《黒の帳》を展開する。
〈黒の竜〉に与えられた恩恵の一つであり、自身の生体魔素を消費して自分の周囲に頑強な障壁を作る力だ。
聞仲の初撃を防いだのもこの障壁であり、契約印を解放した今なら黒竜騎士団団長の一撃でも防ぐことができる。
鞭と《黒の帳》がぶつかり合う。
拮抗し、そして、鞭が障壁を破ってスアローの頬を掠めた。
「えっ」
聞仲の最初の一撃は様子見の、挨拶代わりのようなものだったのだろう。
だが聞仲がほんの少しやる気を見せれば、契約印解放後の《黒の帳》すら易々と突破してしまう。
それを受けてスアローは瞬時に判断した。
無理、と。
《黒の帳》は強力な盾ではあるが、スアローの生体魔素を必要とする。
何度も展開できるようなものではなく、防戦に回ればあっという間に魔素の枯渇を招くだろう。
故にスアローは前へと踏み出した。
腰のテンズソードホルダーに換装された十本の剣、うち一本は既に還り人相手に使ってしまっている。
残る九本全てを消耗する覚悟で、スアローは聞仲に挑みかかる。
スアローが手にした全てのものは『粉砕』されるが、それだけではない。
壊れる瞬間、そのものが生きるはずだった時間、年月の全てを最大限に発揮する。
そのものが剣であれば、一層の破壊力を絞り出す。
そこに〈黒の竜〉との契約が加わることで、城塞すら打ち崩すほどの威力をもたらすのだ。
「当たれ……っ!」
高く掲げて振り下ろした一撃は躱され、地面を穿って地割れを引き起こす。
同時に剣が砕け散り、いつもの虚無感と息苦しさがスアローの胸に迫る。
だがスアローは止まらずに新たな剣を抜き放った。
「次!」
スアローは壊れてしまうものを惜しみ、愛している。
だが壊れてしまったものに対する感慨は持たない。
たった今、己の呪いで破壊した剣も同じことで、既に意識の内にはない。
一振り、また一振りと、スアローが振るった剣はその風圧だけで地面や周囲の建物を砕くが、聞仲には届かない。
聞仲は鞭の破壊力にものを言わせるだけの人物ではなく、そもそもの膂力が並外れているのだ。
余裕をもって、子どもをあしらうように避けている。
五本目の剣を抜く。
振り抜き始めた時点で、聞仲がスアローの間合いから跳び退って逃れるのが見えた。
更に踏み込んでも、なお足りない距離は剣一本分。
これまでよりはいくらか接近できているが、このままでは掠りもしない。
だが――届くのだ。
「《黒の刃》を乗せる!!」
左足から噴き上がった闇の奔流が剣にまとわり、質量を増大させる。
螺旋に渦巻いた黒い魔素が空間を浸食し、掻き毟る。
漆黒に染まった剣は巨人が振るうものと見紛うほどの大きさにまで膨れ上がった。
スアローが踏みしめた地盤はその重量によって蜘蛛の巣のようにひび割れる。
「――――――」
踏み込み。
腰の捻り。
腕の角度。
全てが噛み合って、スアローは決定的成功(クリティカル)を確信する。
聞仲が腕を上げて防御しているのが目に入ったが、これが生身の腕で防げるような一撃にならないことは明白だった。
剣を振り抜く瞬間、胸に去来するのは。
やはり、虚しさだけだった。
▽
まるでこの世の終わりのようだと、忌ブキには思えた。
破壊の規模だけなら〈赤の竜〉に破壊されたシュカの街の方が酷かった。
だがここで戦っているのは、たった二人。
黒竜騎士と道士が衝突しただけで、かろうじて原型を留めていた建造物も崩れ、舗装された道路は無惨にめくれ上がっている。
忌ブキが黒麒麟の影に隠れていなければ、飛んできた瓦礫が当たっただけで死んでいただろう。
忌ブキにとっては絶望的なまでに、遠い。
道士である聞仲も、それと渡り合うスアローも――同じ人間とは思えないほどに、超えがたい隔たりを感じた。
しかしそんな戦いにも終わりが近づいている。
スアローの刃が聞仲を捉えるところまでは、忌ブキにも見えていた。
だが聞仲が吹き飛んで建物の瓦礫に叩き込まれた後は、土煙に阻まれてしまっている。
-
「結局、どうなって……」
それでも忌ブキには分かっていた。
聞仲が倒れたのか否か。
黒麒麟が動こうとしない時点で――動くまでもないと判断している時点で――聞仲は健在なのだ。
「勘弁して欲しいなぁ……。
あなただったら、一人で〈赤の竜〉を倒せちゃうんじゃないか?」
疲れたように苦笑するスアローに、砂塵の内側から禁鞭が襲いかかった。
長い一本の鞭のはずなのに、その速度のあまり忌ブキの目からは無数に枝分かれして見える。
禁鞭を叩きつけられたスアローは、その目前に発生させた黒い障壁ごと弾き飛ばされた。
「忘れていた肉体的な痛みを思い出した。
少々、見くびっていたようだ」
そう口にする聞仲の腕から血が滴り落ちるが、禁鞭を振るうのに支障はないようだ。
ぞっ、と忌ブキの背筋に寒気が走る。
かつて契約印を解放したスアローが岩巨人を両断する姿を、忌ブキは目の当たりにしていた。
空をも斬り裂くような、痛烈な一撃。
それが聞仲にはまるで通用していない。
自分がどんな相手と手を組んだのか――組んでしまったのか。
それを改めて見せつけられた。
「これで――」
『聞仲様!!!』
突然、それまで静観を続けていた黒麒麟が動いた。
黒い巨体が浮き上がって聞仲の頭上に位置取り、同時に金属音が響いた。
空から降り注いだ無数の閃光が、黒麒麟の装甲に遮られて弾かれる。
そして一人の金髪の少年が、黒麒麟よりも更に高い位置から落下してきた。
その少年は猫のようにしなやかな身のこなしで着地し、悔しそうな声を漏らす。
「かってー!
何だこいつ!!」
言いながら、聞仲と倒れたスアローの間に立つ少年。
唐突に乱入してきた彼はスアローを助けるつもりなのだと、忌ブキは遅れて理解した。
「おい、あんた。
まだ動けるんだろ?」
「ひょっとして僕に言ってる?」
「他に誰がいるんだよ!」
スアローが暢気な返事をしながら立ち上がった。
障壁で禁鞭を防いでいたためか、こちらも大きな怪我はないらしい。
そして少年は、おもむろにスアローの手首を掴んだ。
「今回はカンベンしてやる!」
スアローの手を引き、少年が脱兎のごとく逃げていく。
聞仲の怒りが膨れ上がるのが、離れた位置から見ている忌ブキにも伝わった。
「逃がすと思うか!?」
禁鞭が振り下ろされる。
度重なる衝撃で脆くなっていた地盤が崩れて陥没し、二人が立っていた場所に大穴を作った。
だがそこに二人の姿は既になく、忌ブキには小さくなっていく背中だけが見えた。
▽
『……さしでがましい真似をしました、聞仲様』
「構わん」
『今ならまだ追いつけるかと』
「いや、今回はこれでいい。
私も冷静さを欠いた」
黒麒麟と会話しながら、聞仲はスアローたちが逃れた方角を見遣る。
スアローは強い相手ではあった。
仙道と比べても遜色なく、〈赤の竜〉と同格の〈黒の竜〉から力を得ているという話にも頷ける。
とはいえ、感情的になってまで固執するべき相手でもなかったはずだ。
執着がない。
それを当たり前のことのように言う男。
生かしておくだけで、これまで大切にしてきたものに泥を塗られたような気分になる。
おどけた態度こそ太公望に近いが、その性質は真逆と言ってもいい。
「……次はない」
それだけ呟き、聞仲は視線を外す。
スアローのことをこれ以上思い出すまいとするように、次にとるべき行動へと思考を移した。
-
【一日目昼/新宿】
【忌ブキ@レッドドラゴン】
[所持品]鞭、〈竜の爪〉
[状態]健康(現象魔術を数度使用)
[その他]
・タタラの本名は聞いていません。
・聞仲の生殺与奪に口出ししない。
【聞仲@封神演義】
[所持品]禁鞭、黒麒麟
[状態]腕に軽傷
[その他]
・情報と引き換えに忌ブキを保護する。
▽
ティーダと名乗った少年とともに走り続けたスアローは、還り人がいない地域まで逃れて一息ついた。
黒い魔物から聞仲と呼ばれていた彼は、追ってきてはいないようだった。
「助かったー、君は命の恩人だ!
あの人から逃げられるとは思ってなかったよ」
「見逃された、って感じだったけどな……」
ティーダの逃走は確かにそれに特化した技術ではあるが、誰にでも通用するわけではないという。
今も追いすがってくる様子がないことからも、ティーダの言うように「見逃された」というのが正しいのだろう。
改めて二人きりになり、スアローはティーダの姿を頭の頂点から爪先まで観察する。
少し日焼けした、金髪の少年。
こんな状況でも表情や声は明るく、溌剌としている。
左腕こそ防具で固めているものの、残る手足は肌を晒した身軽なものだ。
逃げる途中に襲いかかってきた還り人の群れを片手剣一つで難なく撃退していたところから、戦い慣れているのが分かる。
聞仲に奇襲を仕掛けたぐらいなのだから、自分の力に自信もあるのだろう。
名前を名乗り、身分を伝え、相手が本当に信用できるのか探り合って。
そういう手順が必要になる場面だった。
しかしスアローには、そういった順番を無視してでも確かめねばならないことがある。
従者のメリルからどんなに渋い顔をされても直ることがない、スアローの悪癖のうちの一つである。
「一つ訊きたいんだけど、いいかな」
「なんスか?」
ティーダの歳は、見たところスアローよりも十ほど下だ。
既に少年と青年の狭間に差し掛かっているようだが、スアローは確認せずにはいられなかった。
「君は育っちゃう系? それとも育たない系?」
「はぁ?」
忌ブキにも、エィハにも、初めて会った子どもには例外なく使ってきた質問である。
毎回相手から怪訝な顔をされるが、スアローは特に気にしていない。
初めこそ、ティーダはわけが分からないといった表情を浮かべていた。
だが次第に真剣なものに変わり、明るかった顔は曇っていく。
そんなティーダの様子に「気づいてはいても関係なく」、スアローは答えを待った。
そしてティーダはスアローと目を合わせることなく、独り言のように呟いたのだった。
「俺は育っちゃったけど…………多分もう、育たない」
ティーダが苦々しく俯く。
故に、ティーダは見ていなかった。
スアロー自身も鏡を見ていたわけではないので、誰もスアローの表情を見ていなかった。
ティーダの返答を聞いたスアローの目は期待に溢れ――笑っていた。
【一日目昼/新宿北部】
【スアロー@レッドドラゴン】
[所持品]両手剣×4
[状態]軽傷
[その他]
・〈竜殺し〉です。
【ティーダ@FFX】
[所持品]アルテマウェポン
[状態]健康、オーバードライブ使用直後
[その他]
・特記事項なし
投下終了です。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア、黄天化、婁震戒を予約します。
-
>>49のスアローの状態表の状態欄を修正します。
【スアロー@レッドドラゴン】
[状態]軽傷、生体魔素消費(大)
-
月報です。よろしくお願い致します。
話数(前期比):6話(+ 1) 生存者(前期比):20/20 (- 0) 生存率(前期比):100.0
-
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア、黄天化、婁震戒を投下します。
-
東京という舞台の中心部にて、婁震戒が目覚めて最初に行ったのが虐殺だった。
手にした妖刀・七殺天凌の乾きを満たすために、通りかかった者を何人も、何人も、老若男女の区別なく斬り刻んだ。
白昼堂々と行われた殺人であったが、他の通行人は無表情で通り過ぎて行く。
黒衣を纏った仮面の男もまた表情を変えることなく、犠牲者を増やし続けた。
そして永遠に続くかに見えたその行為が、不意に止まる。
「喰い応えは如何でしたか、媛」
婁は唇も舌も動かしていない。
しかし彼の思念は、愛し人に確かに届いていた。
『ならんな、腹の足しにもならん。
外見こそ人の姿を模しておるが、魂も魄も宿ってはおらぬわ』
とろけるような艶然とした声が婁の脳を揺らす。
声の主は、刀。
男と妖刀は、こうして念ずることで互いに会話を成立させているのだ。
「〈喰らい姫〉が言った通り、夢……ということでしょうな」
『うむ。我らと同じ立場にある十九人を除けば、紛い物の木偶に過ぎんようだ』
婁は足下の死体に見向きもしなかった。
七殺天凌の欲求を満たせなかった者たちには、既に興味を失っている。
「媛にふさわしい供物を用意する前に、少々お時間を頂戴します」
「許す。代わりに、存分にわらわを満たすがよい」
「ええ、必ずや……」
魂を食らうこの剣を悦ばせること、それだけが婁の目的なのだ。
婁は血を滴らせた剣をうっとりと見つめ、その美しさに酔いしれた。
▽
微睡んだ意識を現実へ引き戻す、携帯への着信。
通話口から聞こえてくるのは、よく見知った男の狼狽した声。
手荒い目覚ましによって少年が意識を取り戻した場所は、都心部に位置するテレビ局だった。
彼にとって馴染みのある、少々騒がしい新人アナウンサーの姿は――ない。
そもそもテレビ局の名前も、彼が記憶していたものとは異なる。
ここはトウキョウ租界ではないのだと、彼はすぐに理解した。
電話先の男との会話で現状を把握しながら、寝起きの頭をはっきりさせていく。
そして少年――神聖ブリタニア帝国第九十九代皇帝、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは行動を起こしたのだった。
『P4は二百メートル南の証券ビルへ』
『P1はポイントαで待機。異常があればすぐに報告せよ』
『P2、P3は同フロアにいる者たちを三階の副調整室へ誘導』
『P5とP6は正面玄関で待機しろ。不審者は排除していい』
ルルーシュが陣取ったのはテレビスタジオの副調整室、サブコントロールルームだった。
部屋の壁一面に並んだ多数のモニターには『駒』が撮影した映像が流れている。
ルルーシュはそれらに目を通しながら、同時に片手でパソコンのキーボードを叩く。
そしてもう一方の手には携帯電話を握り、先程とは別の相手と通話をしていた。
複数の物事を同時に押し進めていながらも疲労の様子はまるでなく、当然のようにこなしている。
「……品川なら、遠くはないな。
俺は九段下――トウキョウ租界で言えば、政庁があった辺りにいる。
ここを拠点にするつもりだ」
電話の向こうには同い年の少年、枢木スザクがいる。
お互いの状況を伝え合いつつ、キーボードを叩く指はよどみなく動く。
既に百人を超える手駒を抱えているが、彼らに逐一指示を出すことなど、ルルーシュにとっては片手間で充分な作業だった。
そうした並列思考は元々得意だったが、ここ一年でより手慣れたものになっている。
そして不意にノックの音が響き、ルルーシュはスザクとの会話を中断した。
「少し待ってくれ。用事ができた。
すぐに終わるから」
ノックの主に許可を出すとすぐに、スーツ姿の男女十人ばかりがルルーシュの前に横一列に並んだ。
P2、P3と呼んだ二人の駒に呼び出させた、このテレビ局の職員たちである。
だがその顔には一様に生気がなく、人形のように佇んでいる。
彼らの様子を一瞥すると、ルルーシュは両目のコンタクトを外した。
「よく来たな。
お前たちは今から……私の奴隷となれ!!」
誰も逆らえない王の力、ギアス。
使用にあたり制約はあるものの、強固な意志を持つ者でも抵抗は不可能。
兵も。武器も。かつて何も持たなかったルルーシュが手にした力である。
高校生を続けていたルルーシュが立ち上がるきっかけとなった能力であり、これによってこの地でも勢力を伸ばしていたのだ。
この儀式の中では人目をはばかる必要がないため、ギアスを得た当時よりも容易に事が進んでいる。
ルルーシュは駒の一人一人に携帯とカメラを持たせ、指示を出す。
彼らは言われるがまま、ルルーシュの護衛となる数人を残して退出した。
-
『彼らにもギアスは通じるんだね』
「ああ、普通の人間と条件は変わらない。
まずはこの方法で情報を集める予定だ。
お前もこの街について……それに残りの十六人についても調べておいてくれ」
モニターには次々と新しい映像が映し出される。
ルルーシュが知る日本――元エリア11とは似て非なるこの土地について、まずは知らなければならない。
その中で儀式の参加者を発見できれば、なお都合がいい。
それからスザクとは持ち物や周囲の状況、それにジェレミアの様子など、細々とした情報交換を行った。
他の参加者と出会っても可能な限り穏便に済ませることについても同意を得られた。
もっともルルーシュは、善意でその方針を決めたわけではない。
争い自体を避けようとしているスザクと行動理由まで同じかといえば、否。
単純に、もしここに集められた者たちが平和主義者ばかりであったとしたら、好戦的な態度は悪目立ちしてしまうからだ。
ルルーシュ、スザク、ジェレミアという三人だけで残りの十七人を相手にするような事態は避けねばならない。
そうした打算があったから、表面上の争いを回避したかったのだ。
そこまではスザクに説明しなかったが、スザクならこの思惑にも察しがついているという確信があった。
ゼロ・レクイエムに向けて――今まですれ違ってきた分だけ、既に言葉を尽くしている。
ここにきて、互いの性分が分からないわけがない。
一通りの話を終えて電話を切ろうとしたルルーシュが、はたと止まる。
そして少し声を落とし、スザクに一つ尋ねた。
「スザク。……あの仮面は持っているか?」
それだけで、スザクには何のことかすぐに伝わったらしい。
特に迷う様子もなく肯定された。
『さっき、ランスロットを起動できるか確認したんだ。
その時にコックピットで見つけた。
あれがどうかしたのかい?』
ルルーシュの視線が鋭くなる。
大破したはずのランスロット、それにジェレミアのサザーランド・ジークが復元されていたことも疑問ではある。
しかし敢えてあの仮面を、スザクの持ち物としてランスロットに積んだのは誰なのか。
何のために。
それはこの儀式の目的そのものと関係があるはずだと、ルルーシュには思えたのだ。
〈赤の竜〉と〈喰らい姫〉の発言を一つずつ吟味する。
参加者の選定条件は?
〈竜〉とは?
〈竜殺し〉とは?
彼らが口にしたキーワードから、仮面を置いた理由を仮定する。
そのパターンの数は四桁に及び、その中から更に可能性の高いものを精査していく。
だがその内容は、スザクには明かさない。
全てが憶測の域を出ない今は、口にするべきではない。
沈黙した数秒の間に思い当たった事柄の全てを、ルルーシュは自分の内に秘めることにした。
「……いや、少し気になっただけだ」
『そうか……分かった』
「情報が集まったら必ず話す」
『そうしてもらえると助かるよ。
じゃあ、また後で』
スザクもルルーシュの歯切れの悪さに気づいているようだったが、それ以上詮索してくることはなかった。
今度こそ電話を切り、やはりキーボードを叩く手は止めないままルルーシュは考える。
「日本」を称える言葉だけを口にし続ける、人形じみた人々。
ルルーシュはまず彼らが麻薬で洗脳されている可能性を考えたが、どうやらそうではないようだった。
ギアスをかけて尋問を行ったが、言葉の受け応えこそできるものの、そもそもここに至る以前の記憶を持ち合わせていなかった。
こうした検証もあって、〈喰らい姫〉の『夢』という単語は現実味を増していく。
加えて、彼女の言葉を戯れ言と切り捨てるには〈赤の竜〉の存在が生々しすぎた。
「夢に……〈竜殺し〉」
ジェレミアとスザク、それに駒たちから集めた情報だけではまだ足りない。
ジェレミアに答えた通り〈竜〉に興味はないが、情報は常に必要だ。
そのためにルルーシュは手を広げ、会場全域に“目”を用意する。
他に同じことを考えている者がいるとは、知るよしもなかった。
▽
参加者を斬る。
そう目標を定めた婁が続いて取った行動は、またしても虐殺だった。
ただし今度は剣を抜くことなく、付近にいた人間の心臓を手刀で貫く。
暗殺者としてその道に名をしらしめた婁にとって、素手をもって人を絶命させることなど児戯に等しい。
喉を潰し、頭部を砕き、淡々と死体を重ねていく。
七殺天凌による惨殺死体の上に、更に死体が積み上がる。
『本当に……おぬしはわらわを退屈させんのう』
そして線香の火が燃え尽きる程度の時が経った頃、影が蠢いた。
▽
-
異変の予兆には気づいていた。
テレビ局のほど近くで人々を鏖殺する仮面の男の姿を、ルルーシュの駒が早々に捉えていたのだ。
ルルーシュは距離を取って撮影するよう指示を出したが、送られてくる映像が途絶えたのはそれから間もなくのことだった。
黒衣の男の観察を続けるべく、ルルーシュは別の地点に向かわせていた駒を代わりに送り込んだ。
誰がルルーシュを責められるだろうか。
誰が、この後に起こる出来事を想定できただろうか。
「この時点で逃げていれば」などと、言えるはずがない。
死体が起き上がり、群れを成し、人々を襲う――そんな事態を、警戒できるはずがない。
▽
死体が一つ、また一つと起き上がる。
ニル・カムイという限られた土地の中でのみ発生する現象、『還り人』。
本来は百人に一人も起こらない稀な事象であるが、強力な還り人である婁の手に掛かればその限りではない。
妖刀ではなく婁に直接殺された者たちのうちの大半が還り人となり、周囲にいる生存者に襲いかかる。
そして彼らに殺された者たちの一部が、同じく還り人として起き上がるのだ。
還り人たちは鼠算に近い勢いでその数を増やし、進軍を始めた。
街の中心から放射状に、会場の全てを覆い尽くさんとしている。
『十九人の内に、有象無象に殺されるような者はそうおらんて。
この余興、楽しませてもらおうぞ』
死体が死体を作る、死が街に蔓延する。
死の連鎖に、七殺天凌が愉悦の声を上げる。
その声を聞いた婁もまた、唇を三日月のように歪ませて静かに嗤った。
▽
「どうなっている……!
P4、応答しろ!!
P5はどうした!?」
ビルから送り出した者たちの通信が次々に途絶えていく。
彼らが最後に送ってきた映像の数々は、ルルーシュを打ちのめすに充分なものだった。
「何の冗談だ……これは……!」
趣味の悪いホラー映画にでも出てきそうな、ゾンビの群れ。
腹や胸に穴を空けた死体たちが、乱杭歯を剥き出しにして人々を襲っていた。
群れの勢いは凄まじく、その動きは「侵略」と呼ぶのがふさわしい。
これまでに集めた映像をパソコンから携帯に移し、ルルーシュは迅速に副調整室を放棄した。
決断は早かった。
逃走ルートは予め三桁を超える数を想定してある。
部屋には護衛も残しており、将が一人きりになるという愚も犯していない。
だがたった一つ――運が悪かった。
全ての起点、事態の元凶となった場所は、テレビ局に近すぎた。
「一階がやられた……エレベーターは使えない……!」
テレビ局内部の監視カメラがたった今、入り口が突破される瞬間を捉えていた。
防衛用に配置していた人員も、数の暴力の前には無力だったようだ。
やむなくルルーシュは副調整室から上の階へ向かうことを決めた。
逃げではなく、切り札に手を伸ばすために。
手元に置いておこうにも、そのサイズ故に最上階の大型の撮影スタジオにしか保管できなかった「それ」のために。
階段を目指して廊下を駆けるが、そこには既に下階からの亡者が群がっていた。
ルルーシュは護衛の駒たちを人垣にして群れを食い止め、同時にコンタクトを外す。
成功する確率は高くない。
だが成功すれば、切り札に頼ることなく形勢を逆転させられる。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる……私に従え!!!」
彼らの落ち窪んだ眼窩に向けて放つ絶対の命令。
だが彼らは止まることなくルルーシュの駒に襲いかかった。
賭けに敗北したルルーシュは転身し、異なるルートで上を目指す。
残る経路は、建物の外側に設置された非常階段のみだった。
息せき切って走りながら、ルルーシュは携帯電話を手に取る。
連絡を取る相手は枢木スザク。
彼がここまで来るには時間がかかるとはいえ、現状を伝える必要がある。
通話画面を呼び出しながら、非常階段と繋がる扉を開け放つ。
そして外気に触れた瞬間――待ち受けていた死体が掴みかかってきた。
まるで、ルルーシュがそこから出てくることを知っていたかのように。
ルルーシュは反射的に死体の腕を振り払ったが、その拍子に手から携帯電話が零れ落ちた。
「しまっ――」
通話画面を開いたまま。
階段の床に数度ぶつかった後、柵の隙間から落下していった。
非常階段にいたのは襲ってきた一体のみではなく、既に死体の群れで溢れ返っていた。
背後の廊下からも足音が迫ってきている。
銃の一つも持たず、ギアスは通用しない、言葉も通じない。
ルルーシュはほぼ無抵抗のまま手足を掴まれ、床に押さえつけられた。
-
▽
婁が還り人の軍勢に最初に命じたのは、破壊だった。
人々を襲って勢力を伸ばしつつ、建造物に火を放って参加者たちの逃げ場を奪えと。
垂らした油に火を点けたかのように、街に凄まじい速度で死が蔓延していく光景は、魔剣を大いに悦ばせたのだった。
婁震戒は仮面の下で嗤う。
彼の目に映る景色は、目の前に広がるそれだけに留まらない。
彼は従えた還り人の軍勢、その全てと視界を共有しているのだ。
軍勢が拡大を続ければ、やがて婁は会場全域に“目”を持つこととなる。
婁はそうとは気付かないまま、ルルーシュの計画を上書きしたのであった。
その中で婁は、ある建物に関心を寄せた。
還り人の群れの侵入を阻もうとする警備員を見つけたのがきっかけだった。
他の人形たちと違ってまるで意思を持つかのように建物を守る者たちに、違和感を覚えたのだ。
試すように還り人の群れを内部へ踏み込ませた結果、望んだ通りの答えを得た。
否――望んだ以上である。
「どうやら、媛のご期待に添う結果となりそうです」
『ほう?』
「〈喰らい姫〉に認められただけのことはある、ということでしょうな」
婁は移動を始めた。
七殺天凌に、極上の血を捧げるために。
「妙な能力を持つ者がいるようです。
それに――」
▽
「くそっ、こんなところで……!」
打開策をいくら考えようと、もはや身動きすらできない。
頬で鉄製の床の冷たい感触を味わいながら、ルルーシュはただ最愛の妹を思い出していた。
ルルーシュの全ての行動の原動力となっていた、今では決別してしまった妹。
もうまともに会話することさえ叶わない仲となったが、その程度のことで愛情が薄れるはずもなく。
どんなに離れていても、想うのは彼女一人。
「ナナリィイイイイイ!!!!」
ただしその叫びに応えたのは、彼女に全く関わりのない人物であった。
「よぉ、にーさん」
あまりに気さくな、そして気安い挨拶に顔を上げたルルーシュは、咄嗟に言葉が出なかった。
淡い光を帯びたその青年は階段の手すりの上に、しゃがみ込むように座っていた。
風が吹いただけで落ちるのではないかというほど不安定な足場のはずなのに、飄々とした表情は崩れない。
悠々と煙草をふかせている彼が、どのようにして地上から離れたこの階に現れたのかも分からない。
ルルーシュは自分の置かれた状況すら忘れて、その青年に目を奪われていた。
「俺っちは開国武成王黄飛虎の次男、黄天化ってんだ。
助けはいるかい?」
少年のようにイタズラっぽく笑う天化からの、願ってもない提案。
しかし彼を――ルルーシュは信じなかった。
暗殺に怯え、虐げられ、利用し利用され、そんな半生を送ってきたルルーシュに信じられるはずがない。
そしてルルーシュは「他者からの施し」というものを、何よりも嫌っているのだ。
故にルルーシュはコンタクトを外したまま、天化に向けて声を張り上げた。
「俺を、……助けろ!!!」
▽
婁震戒の行動は素早かった。
街を闊歩する還り人の群れの間を縫うように進み、「それ」を拾い上げる。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアに、枢木スザク……」
婁は「それ」が何なのかを知らない。
ただ、街を行く者たちが一様にそれを所持していたことは知っている。
『街の連中の様子を見るに、恐らく我らが用いる符に代わるものだろうさ。
黄爛の道宝とも、ドナティアの現象魔術とも、根本的に異なるようだがの』
「ふむ……どうやら壊れているようですが、まだ使い道はあるかも知れませんな」
高所からの落下のためか、振っても押しても画面は変わらず「枢木スザク」の名を表示したままだった。
婁はそのままそれを懐に押し込み、視線を上へと向ける。
▽
「……分かった。助けるさ」
-
虚ろな表情にのまま天化は剣を振るった。
剣と呼ぶには奇妙な、光る棒状の武器だ。
天化の剣の腕前の成せる業なのか、その剣の切れ味に依るものなのか。
死体の群れは豆腐でも斬るように容易に刻まれ、崩れ落ちた。
五人でも、十人でも、束になって襲いかかろうが結果は変わらない。
非常階段に密集していた死体は、瞬く間に一蹴されたのだった。
「…………ん?
あれ、俺っち何かしたか?」
天化がはっとして、周囲と手元を見比べている。
ギアスによって操られた者はその前後の記憶を失う。
よって、天化は自分の行動を覚えていないのだ。
ギアスを掛けられた者のこうした様子は、ルルーシュにとっては見慣れたものである。
「天化といったな。
その……助かった」
「あー、よく分かんねぇけど。
まー無事でよかったさ」
天化はまだ納得がいっていないようだったが、やれやれと肩を回して一息ついていた。
そんな天化の姿を、ルルーシュは細かく観察する。
「どうやってここまで来たんだ?」
「ああ、この下で気持ち悪ぃ連中を相手にしてたら、何か落ちてきたさ。
そんで上に誰かいるんじゃねぇかって、あれで上がってきたってわけさ。
後で回収しなきゃいけねぇな」
天化が指したのは、向かいの建物の壁だった。
見ると小さな杭のようなものが、縦に三メートルほどの間隔で数カ所に刺さっている。
鑚心釘という武器だと天化は説明したが、どうやらそれを蹴って足場にしたらしい。
携帯が落下してから天化が到着するまでの時間はほんの数秒。
人間業とは思えないその身体能力はスザクやジェレミアにも並ぶと、ルルーシュは推測した。
「とにかく、一旦ここを離れるさ」
「待て」
「何さ、ここにいたらまた襲われるってのに」
天化についてもう一点、確認しておくことがある。
この先も、この男を利用していくために。
「俺は上の階に用があるんだ。
俺を『助けてくれないか』」
ギアスは一人に対して一度しか使えない。
その一度を、咄嗟のことだったとはいえ曖昧な命令で使ってしまった。
「助けろ」というギアスが今回一度きりのものか、今後も作用するのか、試す必要がある。
「上? ……しょうがねぇな。
あーたは弱ぇみたいだし、放っとくのも気分が悪いさ」
「…………」
天化の反応は、ギアスによるものには見えなかった。
ギアスの効果が切れているのか。
それとも天化にとって抵抗のない願いだった故に発動しなかっただけなのか、判断がつかない。
だが一緒に行動していれば確認する機会はいくらでもあると、ここでの言及は避けることにした。
幸い、天化はお人好しと呼べる人種らしい。
仮にギアスが切れていたとしても、打てる手はいくらでもある。
初めの計画こそ潰されたが、天化という都合のいい戦力を得られたアドバンテージは大きい。
新たな駒を手にして、ルルーシュは新たな策を練り始めた。
【一日目昼/九段下 テレビ局】
【ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア@コードギアス 反逆のルルーシュ】
[所持品]なし
[状態]健康
[その他]
・携帯電話を紛失
【黄天化@封神演義】
[所持品]莫邪の宝剣、鑚心釘
[状態]健康
[その他]
・ルルーシュの「俺を助けろ」ギアス使用済み(効果が継続しているかは不明)
▽
還り人を介して、婁震戒は仮面の下の双眸で全てを見ていた。
ルルーシュの言動も、動作も。
天化の剣技も。
『トリガーは、目か。
魔眼の類は文献や伝承には聞くが、それを味わえる日がくるとはの』
「ええ、必ずや。
媛に献上してご覧にいれましょう」
-
労なく発見した最初の供物を、みすみす逃すはずがない。
愛する魔剣が鮮血に染まる様を思い描きながら、婁は地面を蹴った。
【一日目昼/九段下 テレビ局】
【婁震戒@レッドドラゴン】
[所持品]七殺天凌、ルルーシュの携帯電話(故障中)
[状態]健康(還り人)
[その他]
・七殺天凌は〈竜殺し〉
・還り人たちを通して会場全域の情報を得る。
投下終了です。浅葱、ユウナ、紂王を予約します。
-
浅葱、ユウナ、紂王を投下します。
-
明日は運命の日。
タタラにとって、赤の王にとって、それに浅葱にとって――日本に住む全ての民にとっての、運命の日。
これが最後の夜になるのかも知れない。
そう覚悟して眠りについたというのに、浅葱は無粋な夢を見ることとなった。
「汝は〈竜殺し〉ではない」
「……あっそ」
巨大にして強大、超常の存在である〈赤の竜〉の前に立たされた浅葱は素っ気なく返した。
相手が〈竜〉であろうと、今の浅葱にとっては余計な横槍でしかない。
ましてその第一声が否定の言葉で始まったとあっては、浅葱の神経を逆撫でるに充分だった。
「で、〈竜殺し〉って?」
「我の力を継承するに足る器を持つ者。
次の時代を担う者と言い換えてもいいだろう」
「……僕にはその器がなかった、ってわけ」
足りない、選ばれない、望まれない。
心・技・体のうち「技」しか備わらぬと言われた時と同じだった。
そして同時に、分かる。
自分は選ばれなくとも――「あの二人」は選ばれる。
これは夢に過ぎないはずなのに、確信していた。
あの二人もこれと同じような夢を見て、〈竜殺し〉と宣告されているのだろう。
「だったら、その足りない僕に何の用があるわけ?」
「汝は〈竜殺し〉ではない。
だが資格はある」
〈竜〉は語る。
世界を変える、時代が変わる。
しかしそれらの言葉を聞きながら、浅葱は思う。
ああ
なんて
くだらない――――
▽
参加者の名簿、それに適当に調達した地図を片手に、浅葱は雑踏の中を歩いていた。
人混みは嫌いだ。
だが誰もいないような田舎も嫌いだ。
浅葱にとっては好きと言えるものの方が希少で、人も、土地も、食事も、状況も、嫌いなものばかりである。
〈竜〉や〈喰らい姫〉に振り回される現状も当然、最悪と言っていい。
ましてしつこく付きまとってくる者がいるとなれば、浅葱の心はますますささくれ立つのだった。
「浅葱さん!!
待って下さい、話だけでも……!」
「うるさいなあ。
聞きたくないって言っただろ」
白い着物に、海のような深い瑠璃色の袴の女性だった。
歳は浅葱と同じか少し下ぐらいで、大仰な装飾の杖を手にしている。
癖の少ない茶がかった髪は肩まで伸びており、服装も相まって大人しい印象を受ける。
しかし彼女は、それに反する強引さと根気強さを持ち合わせていたらしい。
彼女が人形じみた人々に熱心に語りかけている姿を、浅葱が偶然見かけてしまったのが始まりだった。
そこで聞いてもいないのに自らユウナと名乗った彼女は、こうして浅葱について回っているのだった。
袴姿はやはり動きにくいようで、歩幅は狭く不格好だ。
浅葱が少し走れば簡単に撒ける相手ではあったのだが、わざわざ体力を消耗させられるのも癪で、そのまま無視していた。
殺すべきか、殺さざるべきか。
儀式のルール上いずれは殺すことになるが、殺したと知れればタタラが騒ぐ。
話に耳を貸すべきか、貸さざるべきか。
情報は欲しいが、素直に話を聞いてやるのも気に入らない。
浅葱は無作為に散策しているように見せながら、ユウナの扱いを思案する。
最初に名簿でユウナの名を見た時の方が、まだ関心が強かった。
朱理の仲間にそんな名前の女がいたはずだと、ならば朱理を出し抜くのに使えるはずだと考えたからだ。
しかし実際に会ってみればただの同名の他人。
この様子では死人であるはずの四道の名が載っていたのもただの偶然だろうと、拍子抜けしてしまった。
そういった事情もあって、ユウナをどう利用したものか考えあぐねていたのだった。
「……名前なんて教えるんじゃなかったな」
「だけど……私はもっと、浅葱さんとお話したいんです」
――浅葱、もっと話、しようよ
――ケンカもしようね
真っ直ぐに視線を投げかけてくるユウナに、タタラの面影が重なる。
顔は似ても似つかないはずなのに。
綺麗な着物、鍛えられていない華奢な腕、傷一つない細い指先――何も似ていないはずなのに。
それは今に始まったことではなく、ユウナと出会った時からどうしてかタタラの影を感じてしまうのだ。
これではまるで自分がタタラを意識しているようだと、そう気づいた浅葱の苛立ちは頂点に達した。
-
「……何で僕につきまとうわけ?」
「それは、話を――」
「話って言うけどさ。
こんなところに放り込まれて、いざっていう時に僕に守らせたいだけなんじゃない?」
ユウナは口にしていた。
皆で協力したいと。
今は絶望的な状況でも、皆で考えればきっと解決できると。
そんな「いい子」の口ぶりが余計にタタラを思わせて、気に入らなかった。
だから徹底的に心を折ってやろうと、浅葱は底意地の悪さを見せる。
「『皆で』なんてきれいごと言っても、結局自分が助かりたいだけだろ?
かよわい女の子だから、ケンカなんてできませんってアピールして。
僕の同情を買って、いいように使ってさ。
ムカつくんだよね、そういうの」
「違います!」
ユウナは眉を寄せ、唇を噛み、浅葱を見上げてくる。
近い距離で対面になって初めて、浅葱は彼女のオッドアイに気づいた。
見れば見るほど似ていない。
そんな彼女が、改めて口を開いた。
「私は召喚士です。
確かに私はガードのみんなに守られながら、旅をしています。
大勢の人が守ってくれたから、ここにいます。
でもだからって、何もかも人任せにするつもりはありません」
ユウナが深々と頭を下げる。
髪が垂れ、白く細いうなじが見えた。
浅葱の剣なら簡単に斬って落とせる、無防備な姿だった。
「お願いします。
私の話を、聞いて欲しいんです」
ここで攻撃してこないか、試しているのか。
恐らく違う。
そんな計算ができる人間だとは思えない。
ただ――こんな状況に置かれてなお、出会ったばかりの相手を信じているのだ。
「……やっぱり嫌いだよ」
「いい子」すぎて癇に障るから。
いちいちタタラのことを思い出させるから――浅葱は、ユウナが嫌いだった。
▽
誰も犠牲にならない方法を考えようと「キミ」は言った。
召喚士も、ガードも、スピラの人々も、誰も死なない。
それでいて『シン』も復活しない、そんな方法を。
「そんなに困ってるなら素直に〈赤の竜〉を殺せばいいのに。
あいつらが言ってた通りなら、千年かけても殺せなかった『シン』だって一発だよ」
「それは……最後の五人になって、ということですか?」
「当然。
たった十五人、スピラと何の関係もない連中を殺すだけで『シン』がいなくなる。
スピラの犠牲はゼロだよ」
両者ともこの街で使える通貨を持っていないので、適当なベンチに腰掛けて話をしていた。
そこでユウナはこれまでの旅の経緯を簡単に説明したのだが、どうやら浅葱には響かなかったらしい。
「逆にこれができないなら、君にとってのスピラはその程度のもんだってことじゃない?」
「浅葱さんは……いじわるですね」
浅葱の嫌味に耳を傾けながら、もう一度考える。
スピラのこと、それに『シン』がいない永遠のナギ節のことを。
「浅葱さんの言ってることはきっと正しいです。
スピラにとっての一番は、『シン』がいなくなることですから」
あの時のままだったら、今の浅葱に何の反論もできなかったかも知れない。
エボンの真実を聞かされてから、何度も揺れた。
自分が信じてきたことを根本から否定されて、何を信じていいのか分からなくなった。
だが、ユウナは「キミ」に出会った。
スピラのことを何も知らなかった「キミ」が、いつも常識を打ち破ってきた。
ユウナレスカに会っても、マイカ総老師に会っても、立ち止まらなかった「キミ」を知っている。
「だけど私は、スピラの人達に胸を張っていたいんです。
例えスピラに関係ない人達であっても、その人達を犠牲にしてしまったら……きっと私は、後悔する」
「自己満足ってこと?」
「そう……ですね。
でも、私の……大切な人が言ったんです。
オトナぶって、カッコつけて、言いたいことも言えないなんてイヤだって。
私もそうだな……って、思いました。
〈竜〉に言われたからって流されたら、ダメなんです」
「キミ」が言ったことの意味を、何度も考えた。
言われた時に考えて、〈赤の竜〉に会ってからまた考えた。
エボンの教えに流されてきた自分が、今度は「キミ」の言葉に流されてしまったら意味がない。
けれど結論は同じだった。
「スピラが平和になればそれでいい」とは、言えなかった。
「だから浅葱さん……一緒に考えませんか?」
浅葱の目を見つめる。
巻き込まれた二十人全員が後悔しない道。
そんなものがあるのか分からなくても、諦めてしまったら本当に見つからなくなるから。
だがその視線は唐突な地鳴りと轟音により、浅葱から逸れることとなった。
-
▽
死体、死体。
胸や腹に穴を空けた死体の群れが襲いかかってくる。
浅葱は剣で応戦して何体か討ち取ったものの、雲霞の如く現れる敵の前では「技」など無意味だ。
即決し、身を翻して逃走を図る。
ユウナが「死人(しびと)」という単語を口にしていたが、聞き返している暇はなかった。
東京全体が同じ被害を受けているとすれば、逃げても時間稼ぎにしかならない。
馬もなく、走って逃げるのもすぐに限界がくる。
浅葱が考えながら走っていると、背後に聞こえるはずの足音がなくなっていることに気づいた。
振り返るとユウナは立ち止まっており、浅葱に背を向けていた。
「何して……」
「このままじゃ、逃げ切れません。
戦います」
その細腕で何ができるのかと、浅葱が言おうとする。
だがユウナは杖を構え、振り向き様に呟いた。
「召喚します。下がっていて下さい」
ユウナが両手を大きく広げて空を仰ぐと、ユウナが立つ地面に複雑な紋様の魔法陣が浮かび上がった。
魔法陣から放たれた四つの光の塊は雲にも届くほどの高さにまで到達し、一つに合わさる。
そしてその光の中心から、一羽の鳥が降り立った。
それは鳥と呼ぶには巨大すぎた。
人の身の丈を裕に超え、羽を広げた姿はなお大きい。
胴体こそ鳥のように見えるが、翼の形状は蝙蝠に近かった。
全体は肌色を基調としながら紫や赤といった強い色に縁取られ、浅葱が知るどんな生物とも結びつかない。
禍々しい――そう呼びたくなる姿だ。
だが浅葱が呆気に取られる中、ユウナは地面に降りたその鳥の頬を、愛おしげに撫でた。
確かにこれは、ユウナが呼び出した味方なのだ。
先刻ユウナが口にした「召喚獣」というものを、浅葱はここでようやく正しく認識したのだった。
ユウナが召喚獣を送り出した後の戦いは一方的であり、圧倒的だった。
それは最早蹂躙と呼んでも差し支えない。
巨体を浮き上がらせ、高い位置から蹴りを見舞う。
それだけで動く死体の頭部は激しく損壊し、倒れ伏して動かなくなった。
翼を強く前へと押し出して風を起こせば、その風圧を叩きつけられた死体の全身がひしゃげ、一掃された。
そして召喚獣は、嘴の先端から光の筋を吐いた。
それは定規で線を引いたように真っ直ぐに、死体が密集する地点に放たれる。
光を浴びた地面は一瞬の間を置いて、火薬以上の爆発を起こした。
一分にも満たない時間。
浅葱が我に返った頃には全てが終わり、召喚獣も空に消え、立っているのはユウナと浅葱のみとなっていた。
「もう少し、待っていてもらえますか?」
「……何、するのさ」
「異界送り」
浅葱に短く告げて、ユウナは杖を掲げる。
始まったのは、杖を用いた舞だった。
こんな時に何をしているのかと。
早くここを離れなければ次が来ると。
言うべきことは幾らでも浮かぶのに、一つも口に出せなかった。
杖が弧を描く。
ユウナの体の回転に合わせて、長い袖が揺れる。
走る姿はあんなにも不格好だったというのに、まるで別人のようだった。
目が離せなくなる。
何故か、泣き出したい気持ちになる。
召喚獣によって打ち倒された死体から、蛍のような小さな光が漏れ出した。
一つ、また一つと増えていった光がユウナの周囲を飛び回り、やがて空へ消えていく。
死体も、溶けるように消えていく。
不気味な光景のはずなのに、死者を慰めているようにも見えた。
浅葱には今、何が起きているのかは分からない。
だが思い知った。
これまでのユウナの言動、異形を召喚し使役する能力、そして「異界送り」をする姿が繋がりあって、一つの結論を導き出す。
ユウナは〈竜殺し〉だ。
誰に説明されたわけでもなく悟った。
〈竜〉に器を認められなかった自分とは違う、「自分が何なのかさえ分からない」者とは違う、次の時代を担うに足る者なのだと。
事あるごとにタタラと重なったのはこの為だと。
〈竜〉に関わらずとも、そのまま進んでいれば『シン』を倒して時代と世界を変えていたはずの――選ばれた存在。
浅葱は呼吸を忘れて待っていた。
異界送りが終わるまで、身じろぎせずに。
ユウナの舞をずっと、目に焼き付けていた。
▽
「世界に、興味はないか」
浅葱の無関心な様子を見かねたのか、〈赤の竜〉は問うてきた。
〈竜〉の話を半ば聞き流しつつあった浅葱は、あっさりと肯定する。
「ないよ。あるわけない。
何だっていい……どうだっていいんだよ」
-
〈竜殺し〉でなくとも、世界を自身が思う理想の姿に近づけることはできると〈竜〉は言う。
だが浅葱には浮かばなかった。
城の玉座に鎮座して、金銀財宝や召使いを抱えていれば幸せか。
食べ切れないほどの桃に囲まれていれば幸せか。
自分の求めるものが分からない。
かつて、言われたことがある。
――あなたはもっとわがままになるべきでしょう。
――僕はわがままだと思われてると思うけど?
――全然。
――わがままというのは自分のために生きるということ。
――タタラはけっこうわがままでしょう?
自分の好きな世界を思い描いていいと言われても、何もできない。
明確なビジョンを持つタタラとは違う。
僕は何――
考えてみてもどうしてか、タタラの船の騒がしい連中の顔が浮かぶばかりだった。
自分のことが、一番分からない。
何が欲しいのか分からない。
僕は、何――――
本当は分かっているのかも知れない。
けれど向き合えず、答えも出せなかった。
「……」
〈竜〉は何も言わずに闇の中へ遠ざかっていった。
超常の存在である〈竜〉は浅葱という人間個人の感傷や葛藤に、関心はないのだろう。
そうして浅葱と〈赤の竜〉の邂逅は終わった。
▽
その後ユウナは、新たに角を持つ馬型の召還獣を呼び出した。
先刻の鳥と同様、やはりサイズは通常の馬とかけ離れており、たてがみが邪魔になるものの人間二人程度なら背に乗せられるという。
結局浅葱はユウナと同行することに決めた。
いざユウナを殺す必要が出た時、信用を得ていた方が不意を打ちやすいからだ。
と、動機付けしたものの、その実「ユウナの傍にいた方が安全である」と判断せざるを得なくなった為である。
初めにユウナに対して散々嫌味を言っておきながら、結局は自分の方がユウナを頼りにしてしまっている現実は、少し悔しかった。
とはいえユウナに悪意を悟られることなく、一時的であれ安全圏に身を置けたのだから、立ち振る舞いとしては成功と言っていいだろう。
今の進行方向を除けば、だが。
「本気?」
「はい、行きたいんです」
「……好きにしろとは言ったけどね」
死体の群れがやってきた方角――この東京の中心方面に向けて、ユウナは召喚獣で大通りを駆っている。
道路は動く死体で溢れ返っており、召喚獣で蹴散らしながら進んでいる状態だ。
安全を思えば、進路は真逆。
しかしこれまでに見せられたユウナの性質を思えば、当然の流れではあった。
「きっとこの先に、街の人達を傷つけている人がいます。
私は、その人を止めます」
死人(しびと)というものの説明を受けつつ、浅葱は思案にふける。
タタラや朱理、ユウナといった面々と引き換え「持たざる」自分が何故ここにいるのか。
〈竜〉が言う「資格」とは何なのか。
だがすぐに思考は中断した。
それまで召喚獣の行く手を阻むように向かってきていた群れが一斉に、突然ぐるりと別の方角へ首を動かしたのだ。
不自然な動きを受け、浅葱はその視線の行く先を追いかける。
そしてユウナが驚きの声を上げた。
「浅葱さん、あそこ……!」
召喚獣の進行方向の先にある路地から、人が飛び出してきた。
日本とは違う、大陸のものと思しきデザインの白い服、白い帽子の黒髪の男だった。
酷く狼狽した様子であり、群れに襲われながら泣き出しそうな声を上げて喚いている。
「来るなぁぁ!!
予は、予は何も……うわあぁぁぁ!!!」
浅葱はその顔に見覚えがあった。
「助けなくてもいいんじゃないの」と言いかけるが、ユウナの行動はそれよりも早い。
「イクシオン!」
ユウナがその名を叫ぶと召喚獣の角に雷のような光が集まり、そして放たれた。
光の帯が通り過ぎた後に残るのは、消し炭となった死体ばかりである。
「大丈夫ですか……!?」
敵をあっさりと一掃したユウナが、召喚獣を降りて男に駆け寄る。
警戒心の薄いその様に、浅葱は溜め息をつきたくなった。
「う、うむ、怪我はない……。
お前達は、道士か? 今のは宝貝なのか?」
「宝貝……?
いえ、私は召還士です」
-
ユウナは悠長に自己紹介を始めようとしている。
浅葱はそれを遮って、男に向かって言い放った。
「あんたの顔、知ってるよ。
殷の天子だろ?」
虚を突かれた男は声を詰まらせ、視線をあらぬ方へ泳がせる。
だが観念したように、自ら名乗ったのだった。
「いかにも……予が天子、紂王である」
「えっ、と……偉い人、ですか?」
ここにきてズレた反応をするユウナを余所に、浅葱は話を続ける。
「君は忘れてるかも知れないけど、〈喰らい姫〉が見せてきたビジョンの中に映ってたよ。
女に誑かされて治世を放り出した、愚王だ」
「ま、待て、違う!」
「何が違うって?」
浅葱は追及の手を緩めない。
「王」という肩書きは浅葱にとって、それにタタラや朱理にとっても重要な意味を持つ。
王としての役割を果たしてこなかった男を見逃してやるつもりはなかった。
問い詰められた紂王は頭を抱え、言い訳を口にしながらうめいている。
「た、確かにあそこに映っていたのは予だ。
だが予はあの女を知らない!
今まで民の為に政に取り組んできたのだ!
あれは……あんなことは、覚えがない……!」
「覚えがない?
覚えがないときた!
それならあれは、〈喰らい姫〉が僕らを騙していたって――」
「浅葱さん、やめて下さい!」
今度はユウナが間に割って入り、場を諫めた。
ユウナに守られている立場にある浅葱は、やむなく一歩下がる。
「私には、本当に覚えがないように見えました。
私は信じます」
「これだからいい子は」と言いかけて、口をつぐむ。
ユウナの頑固さの一端を味わわされていた浅葱は、こうなっては説得は不可能だと早々に諦めた。
その間にも紂王とユウナの間で話が進んでおり、今後は三人で行動する方針になるようだった。
だが浅葱が抱く懸念が消えたわけではない。
紂王の服の袖は破れ、血が滲んでいた。
しかし紂王は「怪我はない」と言い、浅葱からも外傷は見えなかった。
ならばその血は、誰の血なのか――
▽
還り人の群れを使役する男だけが見ていた。
浅葱も疑いこそすれ、まだ知らない。
ユウナ達と出会う前、紂王が目覚めた路地。
今、その地面には赤い染みがあった。
まるで、血の詰まった袋を弾けさせたかのような跡である。
また家屋の外壁は抉れ、他にも原型を留めぬ死体が幾つも転がっている。
大型の肉食獣が暴れても、こうも凄惨な状況は作れまい。
「予は、聞仲に会わなければ……。
聞仲がいなければ、予は……」
「はいはい。
分かったから黙っててくれる?」
「浅葱さん、そんな言い方はダメですよ。
皆で聞仲さんを捜さないと」
紂王が飛び出してくる直前、そこで何が起きていたのか。
知っているのは死者の王、ただ一人である。
【一日目昼/南部】
【浅葱@BASARA】
[所持品]剣
[状態]健康
[その他]
・〈竜殺し〉ではない
【ユウナ@FFX】
[所持品]ニルヴァーナ
[状態]健康、イクシオン召喚中
[その他]
・特記事項なし
【紂王@封神演義】
[所持品]
[状態]健康、服の袖が破れている
[その他]
・特記事項なし
投下終了です。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア、黄天化、婁震戒を予約します。
-
月報です。よろしくお願い致します。
話数(前期比):8話(+ 1) 生存者(前期比):20/20 (- 0) 生存率(前期比):100.0
-
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア、黄天化、婁震戒を投下します。
-
テレビ局の非常階段。
その道半ばで黄天化は細く、煙草の煙を吐き出す。
煙の行先を目で追えば、晴れ渡った青空が見えた。
まだ途中階とはいえ二十階建ての建物だけあって、地上から見上げた時よりも視界が拓けている。
ぼんやりと過ごすには悪くない天気だった。
下さえ見なければ。
自身の足元に広がる死体の残骸も、街を覆った死体の群れも見ぬふりをしていられれば、悪くない天気と言えた。
もっとも、どの道むせかえるような独特の臭気までは誤魔化せず、天化はもう一度、溜め息とともに煙を吐くのだった。
建物の最上階を目指すことになってから暫し経つが、道は遠かった。
二十階分の階段も、道を塞ぐ死体の群れも、天化一人なら大した障害にはならなかったはずだ。
だが今は同行する少年――最上階に行きたいと言い出した張本人、ルルーシュと歩調を合わせる必要があった。
天化の煙草が燃え尽きかけた頃、ルルーシュはようやく追いついてきた。
初めのうちこそテレビ局やビデオカメラというものについて天化に語って聞かせていた彼だが、その余裕は見る影もない。
肩で息をしている彼に、天化はチラと目を向ける。
「あんた、ひょっとしなくてもすげー運動音痴さ……」
「お前みたいな……体力馬鹿と、一緒にしないでくれ……」
ルルーシュの額には汗が浮き、足は少し震えている。
その様子は演技には見えない。
だが彼をおぶって進んだ方が早いと分かっていても、天化はルルーシュと一定の距離を保ち続けていた。
ルルーシュの足音が途切れず追ってきていることだけ確かめつつ、天化はまた歩を進める。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア――数分前に出会ったばかりのこの少年について、天化は未だ信用できずにいた。
出会ってすぐに起きた自身の記憶の欠落が、ルルーシュによって引き起こされたものなのではないかという疑いが拭えない。
しばらくの間は協力することにしたものの、気を許せない。
それ故に天化は振り向かないまま、探るように声をかけた。
「……そういや、さ。
あんた王様なのか?」
「〈喰らい姫〉にあれを見せられた以上、隠しても無駄だな。
確かに俺は、神聖ブリタニア帝国の皇帝だ」
こんな状況でもルルーシュは落ち着いていた。
冷静で、受け答えはしっかりしている。
とはいえ天化から見たルルーシュはその程度のものだった
どこにでもいる少し聡い少年であり、〈喰らい姫〉に見せられた光景はこうして話している今も半信半疑である。
国どころか世界をも手中に収め、人々の言論の自由さえ奪った悪逆皇帝。
眉一つ動かさずに人々を虐げる様はまさしく極悪人であり、ここにいる少年とは結びつかなかった。
「協力する気が失せたか?」
「……いーや。
あんたの国とか世界のことには口出ししねぇ。
俺っちはそーゆーの、あんまキョーミねぇのさ」
民を苦しめる王というものに、良い感情を抱けないのは事実だ。
自身の過去を――王の振る舞いにより家族を失った苦い思い出を、嫌でも想起してしまう。
しかし、それだけを理由にルルーシュを見放すほど狭量でもない。
そもそも天化にとっては国も世界も単位が大きすぎて、どうにもピンとこないというのが素直な感想だった。
よって天化が気にするのはただ、この場でルルーシュを信用してもいいのかという一点のみである。
「俺っちが聞きてえのはさ。
王様ってことはやっぱ、〈赤の竜〉をどうにかしたいのか……ってことさ」
十五人を殺して〈契りの城〉へと至り、〈赤の竜〉を討てば世界を変える力を得るという。
天化には実感の持てない話であり、他人を押しのけてまでそれが欲しいとは到底思えない。
個人的な望みは無いでも無いが、殺人への動機にはなり得なかった。
だがそれは天化にとっての話であり、国を統治する者にとっては人の命よりも重い――かも知れない。
「俺が〈竜〉の力欲しさに人を殺そうとしてるんじゃないかって、天化はそれを気にしてるんだろ?」
「……ま、早い話がそうさ」
迂遠な問いになった天化とは反対に、ルルーシュの返しは率直だった。
そして笑いを含んだ声音でこう続けた。
「俺にはこんなところでは死ねない理由があるが、〈竜〉に興味はない。
仲間と一緒に生きて帰れればそれでいい。
……と言えば、信用できるか?」
「……あー、こっちから言い出しといてわりーんだけど。
やっぱ会ったばっかじゃ何とも言えねーさ」
「そうだろうな」
-
「殺し合う気はない」と言われても、それで終わる話ではない。
天化はそこで、言葉に詰まってしまった。
いくらここで話しても、仮に記憶の欠落の一件がなかったとしても、完全に信用することはできない。
当然の結論に落ち着いてしまったのだ。
それはルルーシュを警戒している天化にとっては、無難な結論に誘導されてしまったように思えた。
とはいえここからさらに踏み込もうにも、元々頭脳労働は専門外である。
「こんな状況なんだ、信じられないのは仕方ない。
だけど俺がまともに戦えないのは見てて分かっただろ?
俺一人じゃ人殺しなんてできない。
そこは信じられるんじゃないか?」
「……ま、確かにそりゃそうさ」
結局、ルルーシュが上手く話をまとめて終わった。
釈然としない思いで、天化はがしがしと乱暴に頭を掻く。
「やっぱこーゆーのは、俺っちより師叔の方が向いてるさ……。
親父とさっさと合流して、師叔んとこに戻んねーと」
「親父……?」
天化が独り言のつもりで呟いた言葉に、意外にもルルーシュが反応した。
後ろからついてきているルルーシュの表情までは、天化からは見えない。
「そういえば言っていたな。
開国武成王黄飛虎、だったか」
「そーさ、俺っちの親父はちーっとだけすげーのさ。
王様のあんたほどじゃあねぇけどよ」
「尊敬してるんだな。父親を」
何気ない会話ではあった。
だがルルーシュの口から出る父親という単語には、確かな負の感情が滲んでいた。
父親「なんかを」とでも言いたげな、含みのある声音だったのだ。
それが気になって、思わず天化は口にしてしまう。
「そういうあんたの親父さんは――」
言ってから気付いても、遅い。
ルルーシュはこの若さで、皇帝に即位している。
ならばその父親の存在は、どういった事情があるとしても気分の良い話にはならない。
「わり、ちょっくら聞きすぎたさ」
「いいさ、減るものでもない。
父親なんて――」
天化は振り返らなかった。
振り返れなかった。
ルルーシュがどんな表情でそれを口にしているのか、知りたくなかった。
「殺したよ。とっくに」
それまで冷静だったはずのルルーシュが、色濃い感情を見せた。
そしてそれは、悲しみとは違う。
ルルーシュを信用できるかできないかは、まだ分からない。
しかし天化はここではっきりと知った。
彼と信頼関係を築き上げられたとしても、互いに理解し合うことはない。
父親を心から慕う天化にとって、ルルーシュはまさしく異世界の存在だった。
【一日目昼/九段下 テレビ局 非常階段】
【ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア@コードギアス 反逆のルルーシュ】
[所持品]なし
[状態]健康
[その他]
・携帯電話を紛失
【黄天化@封神演義】
[所持品]莫邪の宝剣、鑚心釘
[状態]健康
[その他]
・ルルーシュの「俺を助けろ」ギアス使用済み(効果が継続しているかは不明)
▽
建物の一階正面口から、婁震戒は最上階を睨み、目測を立てる。
そして呼吸を整えて気を練り、跳ぶ。
《軽身功》。
羽毛のように、木の葉のように身を軽くする技術である。
長く暗殺者として活動し、単身で難攻不落の城塞すら踏破してきた婁にとって、ただ高いだけの建物など障害物のうちに入らない。
一度の跳躍で、およそ十四メートル。
途中階の窓を蹴破って内部に侵入し、還り人の群れの隙間を縫って進み、吹き抜けを利用してさらに跳ぶ。
そうして婁はルルーシュら二人と接触することなく、悠々と最上階へ足を踏み入れた。
ルルーシュらの会話を還り人の耳を介して聞いた限りでは、ここは映像を発信する施設なのだという。
街頭で見かけた映像機器はテレビといい、ビデオカメラで撮影した映像を受信して映しているとも言っていた。
収集した情報を踏まえ、婁はこの階で最も大きな部屋へ向かう。
-
還り人を送り込んだ際、利用価値があると判断して破壊を避けた部屋である。
天井は高く、数百人は収容できる広さがある。
部屋の奥には落ち着いた色調の舞台と、人の背丈ほどの黒い機器が設置されていた。
街にいる還り人の視界で確認すると、その舞台の様子と、外に配信されている映像が一致した。
恐らくこの黒い機器がカメラであり、部屋の映像を外部へ届けているのだろう。
婁にとっては信じがたいことだが、ここでは大規模な通信用魔術結界を用いることなく、僅かな機器のみで広域に映像を送れるらしい。
だが婁は、そうした機器とは無関係なものに注意を奪われた。
舞台の脇に立つ『それ』と、対峙する。
「……これは」
婁が息を呑む。
既に還り人たちの目を通して、中の様子を知ってはいた。
それでもなお、未知の映像機器などよりも驚嘆に値する品だった。
舞台脇の壁に聳える『それ』は、妖剣の他への関心が薄い婁ですら目を見張った。
それは甲冑のように見えた。
婁の持つ知識では、それ以上にふさわしい比喩は浮かばない。
兜を含めた全身鎧――ただしその大きさは、人の身長の四倍近い。
『兵器であることに間違いはなかろう。
あのルルーシュとやらなら、詳しく知っているだろうがの』
「……ひとまず、動く様子はありませんな」
妖剣・七殺天凌の囁きに応えながら、注意深く観察する。
この大きさの鉄の塊が戦場に出て自由に動くとなれば、厄介と言う他にない。
〈赤の竜〉にも対抗できる戦力になるだろう。
とはいえ今すぐ破壊するには骨が折れる。
「……であれば、あの二人が来る前に済ませておきましょう」
『ほう、何かあると?』
「ええ、少々宣戦布告を」
巨大甲冑から目を離し、改めて舞台とカメラを確認する。
舞台の背景にはこの国の全域を示す地図が示されており、一人の女性がそれを指して天気の説明を行っている。
他にもカメラを操作する者たちが数名控えており、黙々と作業に専念していた。
婁はまず舞台上の女性を手刀で刺殺し、彼女に代わって機器の前に身を乗り出す。
突然の乱入ではあったが、カメラを扱っている者たちの表情は微動だにしない。
ただ映像を撮るという役割だけを与えられた人形は、至極使い勝手が良かった。
「声も――問題ないらしい」
外に配信されている映像から、自身の姿と音声が届いていることを確かめる。
そして婁は声を張り上げた。
「〈喰らい姫〉に選ばれし、親愛なる同士諸君!」
両手を広げ、堂々と言い放つ。
既に還り人たちの侵略は進み、配信を見る余裕のない者もいるだろう。
この宣言は、十九人全員に確実に届くものではない。
だが届かなければそれはそれでいい――妖剣を愉悦させる為の余興として、婁は続ける。
「この『東京』をこれより、大いなる〈天凌〉に捧ぐ贄とする!」
背に負った妖剣から漏れ出た感嘆の声に、婁は酔いしれる。
血を求める妖剣の存在こそが婁の原動力であり、他に求めるものは何もなかった。
「いずれ諸君ら全員が目にするであろう、還り人が軍勢。
これこそが〈天凌〉の威光なり!」
剣に血を捧げ、肉を捧げ、それだけでは到底足りないのだ。
どうすれば剣をより満足させられるかを考え抜き、より残虐に、凄惨に、状況を掻き回す。
「私こそは〈天凌〉に仕えしもの、私の名は――」
-
ニル・カムイの時と同じように宣言する。
死んだ『婁震戒』に代わる、新たな死人の王の名――――
「スアロー・クラツヴァーリ!!!」
婁は嗤う。
七殺天凌の哄笑に脳を揺さぶられ、人生の絶頂を味わった。
【一日目昼/九段下 テレビ局 最上階スタジオ】
【婁震戒@レッドドラゴン】
[所持品]七殺天凌、ルルーシュの携帯電話(故障中)
[状態]健康(還り人)
[その他]
・七殺天凌は〈竜殺し〉
・還り人たちを通して会場全域の情報を得る。
▽
演説を終えた婁はカメラを破壊し、舞台を降りる。
既に用済みとなったスタッフたちは、婁も七殺天凌も特に興が乗らなかったこともあり見逃された。
それが図らずも、婁にとって都合よく作用したのだった。
カメラからテープを回収した彼らは、映像の編集と配信を行った。
結果――ライブ配信が終わった後も、婁震戒の演説は繰り返し放送される。
屋内でも、屋外でも、婁の宣戦布告の声が響く。
名を騙られた黒竜騎士の都合にお構いなく、何度でも何度でも――
投下終了です。再度ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア、黄天化、婁震戒を予約します。
-
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア、黄天化、婁震戒を投下します。
-
ルルーシュの指示に従い、長い廊下を駆け抜ける。
そうして二人は遂に目当てのスタジオに辿り着き、天化がその入り口を蹴り開けた。
途端、視界が拓ける。
行く手を阻み続けていた死体の群れが、ここにはいない。
だが緊張は解けるどころかさらに高まった。
入り口から十メートル以上進んだ先の撮影用スタジオに、一人の男が立っていたのだ。
黒と赤の派手な仮面で顔の上半分を隠した、黒マントの男。
ルルーシュと天化がいる入り口の方を向いてはいるが、仮面のせいで視線の先は判然としない。
不自然なまでに目立つ姿の男を前に、天化は反射的に剣を構えた。
目を凝らし、集中し、どんな動きにも対応できるよう足に力を籠める。
だがその集中を、ルルーシュの声が破る。
「天化、その男は『違う』!」
「!!」
天化が前面に絞っていた感覚を広げる。
視線を左右に配り、耳を澄ます。
「…………そこさッ!!!」
微かな空気の流れを肌で感じ取り、天化は振り向きざまに莫邪の宝剣を振り下ろした。
ルルーシュの首筋めがけて伸びていた黒い影は、宝剣を避けて飛び退さる。
影がそのまま天化たちから距離を取り、仮面の男の隣りで立ち止まったところでようやく、人の形を成して見えた。
戦いに慣れた天化の目をもってしても、その男の気配は捉えがたかったのだ。
対面で向き合ってなお、男の後ろの景色が透けて見えそうなほどに気配が薄い。
ルルーシュと同様、その輪郭は淡く光って見えているというのに、それをまるで感じさせなかった。
「天化、助かった……」
「助かったのはこっちさ。
俺っちだけじゃ騙されてた」
仮面の男の隣りに並び立った、黒い皮鎧の男。
顔は死体のように青白く、目の下の濃い隈が一層不健康な印象を強めている。
天化は黒衣の男から仮面の男の方へ、ちらと視線を移した。
輪郭の光はなく、よく見れば首を絞められた痕がある。
恐らく、そこらにいた死体のうちの一体に目立つ衣装を着せて立たせていたのだろう。
「死体にこんなことができるってことは、あんたが親玉だな?」
「…………」
黒衣の男は答えない。
仮面の男と違って顔がはっきりと見えているというのに、感情はまるで読み取れなかった。
死体を操りながら天化たちの先回りをし、罠を張って待ち受けていた男。
その存在は、『ルルーシュの読み通りだった』。
▽
天化と出会い、一応の安全を確保して以降、ルルーシュは思考し続けていた。
主に街を覆わんとしている死体の群れの正体や思惑についてだ。
しかし仮説を立てようにも、死体が動き回るという荒唐無稽な状況を前に手詰まりを起こしかけていた。
だが天化がもたらしたある情報がそれを打ち破り、ルルーシュは一つの結論に行き着いたのだった。
「高継能、っつったかな。
そいつと戦った時と、ちょいと似てるさ」
非常階段を進む間、天化はそう呟いた。
天化本人は状況の打開までは期待しておらず、雑談のつもりだったのだろう。
その人物はフェロモンを操る宝貝で遠距離から蜂の群体を支配し、蜂たちをミイラのように仕立てあげて襲ってきたのだという。
確かにその話は、現状とは異なる点を多く含んでいた。
だが「ギアスをもってしても実現不可能な事象を可能にする道具」の存在が、ルルーシュが立てる仮説の幅を大きく広げた。
階段で天化が戦う間、ルルーシュは集まった情報から四桁に及ぶ可能性を列挙し、さらにその中から一つの答えを導き出す。
そして最上階に着いたところで、それを天化に告げたのだった。
「天化、振り返らなくていいから聞け。
恐らくこの先、俺たちは待ち伏せされている」
「んなことどーしてわかるさ?」
スタジオは既に目と鼻の先であり、ルルーシュは手短に説明した。
まず、天化が戦った宝貝使いの時と同様、この死体の群れにも指揮官がいるのは明らかだった。
一見すると死体それぞれに知性は見られないが、火や車両を扱って建物を破壊している個体がいる。
ルルーシュがバリケードを築いていたこのテレビ局への侵入も極めて手際がよく、ただ機械的に人を襲うだけの群れには不可能である。
また二人が非常階段にいる間、群れの中にはわざわざ各階の頑丈な扉を破って襲ってくる者たちもいた。
恐らく、二人がそこにいるという情報が群れの間で共有されているのだ。
そしてそれにも関わらず、二人が身動きできなくなるほどの数が殺到することはなかった。
統率が取れており、かつ相手を行動不能にするという点については消極的である。
-
「死体の群れの使いようによっては、俺たちを完全に進めなくすることもできたはずだ。
つまりその指揮官は俺たちを妨害し、時間稼ぎをしている。
そして最上階を目指すこと自体は阻止しようとしていない」
「あー、あるかもしれねーさ。
こいつらみょーにばらけて出てくるから、進みにくい割に大したことねーんだ」
天化にも心当たりがあったようで、話はすんなりと伝わった。
天化は頭脳労働は不得手だと自称していたが、戦いの最中でも敵をよく観察している。
剣を振るだけが能ではないらしい。
「それでそいつに待ち伏せされてるって話になったわけか。
「そうだ。
俺たちが外の階段を上がっている間に、建物の中を通って先回りしている」
「はー、なるほどなぁ。
中は死体まみれっつっても、操ってる本人なら関係ねーわけだ」
天化は感心した様子で納得していた。
そしてルルーシュはもう一つ、推測を付け加えた。
「どうやらそいつは、俺たちと直接会いたがっているようだ」
「死体どもがあんまやる気ねーからか?」
「それもあるが……この建物だけ、火が回っていないからだ」
ルルーシュが非常階段から観察した限り、周囲のどの建物にも火が放たれていた。
群れが暴れた結果燃えているのではなく、車両を建物に突っ込ませたり、可燃物を使用したりと、意図的に燃やされている。
目的は参加者を炙り出す為だろう。
二十人の参加者に対してこの街は広大すぎるが故に、隠れる場所を大胆かつ効率よく奪っているのだ。
しかしこのテレビ局だけは、未だ出火した様子がない。
「死体に人海戦術で囲まれて、身動きできなくなっているうちに火を使われたらひとたまりもなかった。
まぁ、お前の力があれば突破できたのかもしれないが。
殺せる機会をあえて見過ごして、わざわざ待ち伏せている」
合理的ではないが、あらゆる可能性を加味していった結果残った結論だった。
殺人に快楽を見出す人種なのか。
二対一でも勝てる自信があるのか。
何らかの理由があるのだろうが、そこまでは読めなかった。
「んー……ま、着いてからも用心しろっつーこったな」
「そういうことだ」
やる気があるのかないのか、天化の軽口からは判断が難しい。
だがその腕が確かであることも、意外に真面目で誠実な男であることも、短い付き合いではあるが理解できた。
まだ信頼には及ばないが、信用はできる。
そうして二人はスタジオに辿り着き、天化はルルーシュの期待を裏切る形で豪快に扉を蹴破ったのだった。
▽
還り人となり新たな能力を得たものの、婁の本分はあくまで暗殺者である。
奇襲が失敗したことは少なからぬ痛手であったが、さりとてそれで撤退する婁ではない。
これまでの経験でも、対象に初手を防がれるのは別段珍しいことではなかった。
まして今回に至っては配下の還り人たちの耳でルルーシュと天化の会話を聞き取っており、読まれていることは折り込み済みだった。
待ち伏せが不発に終わったならば、正面から斬るのみ。
武芸の達人として研鑽を積んできた婁は、天化が相手でも敗北はないという自信があった。
『……使って来んようだな』
妖剣が囁く。
婁と七殺天凌が真に警戒していたのは天化ではなく、ルルーシュの方である。
この男の能力について未だ多くが推測の域を出ないが、捨て置くには危険過ぎたのだ。
最初の奇襲で天化ではなくルルーシュを狙ったのもその為である。
他人へ命令を強制する力。
それを行使する直前の所作から魔眼と推察したものの、効果を確認できたのは一度きりだった。
判断材料が限られる今、魔眼ではなく言霊によるものだという仮説も立てられる。
ただ黄天化に一度使用してからは、天化本人の自由意志に任せているように見えた。
『だが実際にあの小僧を見て分かったことがある』
「ほう?」
『あの程度の生体魔素では、強力な魔眼など扱えまいて。
あれでは幼子のそれと変わらんな』
「ならばあの力は……」
『暗示か、催眠術の類と見た。
あの黄天化の言った宝貝のような、わらわの知識の外のものでない限りはの』
「…………」
妖剣との念話を続けながら、婁は思案する。
魔眼でないならば、少なくとも相手の視界に入っただけで術中にはまることはない。
-
ルルーシュの発声と視線に注意を払っていれば回避できるはずである。
未だ憶測をはらみ、賭けになる――だが婁は自ら仕掛けることを決めた。
「来ないのか」
婁が念話をやめ、ルルーシュと天化に向けて口を開く。
ルルーシュから天化への「生け捕りにしろ」という命令が耳に入り、やはり能力を使う様子は見受けられない。
そこで婁は、剣を抜いた。
意志を持ち、人の血を啜る妖剣・七殺天凌。
この剣を抜くことは特別な意味を持つ。
「これでも……来る気はないか?」
息を飲んだのはルルーシュだった。
目を見開き、目眩を起こしたように数歩後ずさる。
そして陶酔しきった声で呟いた。
「う、美しい……」
婁は口の端を吊り上げ、さらに見せつけるように赤い刀身を掲げた。
七殺天凌は、ただ美しいだけではない。
その魔力によって人を魅了し、「己のものとしたい」という欲望で染め上げるのである。
「よこせ……その剣は、俺のものだ……!」
「あんなに立派な持ち物があるのにか?」
ルルーシュの目からは知性も理性も剥がれ落ち、ぎとついた欲望だけが映っていた。
そんなルルーシュの前で、婁は大袈裟な身振りをもって巨大甲冑を指す。
恐らくはルルーシュが目的としていた、切り札となりえる兵器である。
婁の挑発を受けたルルーシュは、その表情を憤怒に塗り替える。
「こんなもの……!!」
ルルーシュは懐から取り出した『鍵』のようなものを床に叩きつけた。
兵器を使うのに必要なパーツであることは想像に難くない。
七殺天凌へ心酔しそれまでの価値観が壊れる様を目の当たりにして、婁は一層笑みを深めた。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる!!
その剣を、――っ!」
ルルーシュの声が途切れる。
婁は囮に使った仮面の還り人の背後に回り、耳を塞いだのだ。
だがその還り人の五感を利用し、ルルーシュが命令を取りやめたことは把握できた。
「貴様、まさか俺の力を知って……!」
ルルーシュのその反応から、婁は確信を得る。
声だけで能力が発動するのなら、そのまま命令を言い切っていただろう。
やはり危険なのはこの男の眼である。
ここまで分かれば、対応のしようがある。
だが七殺天凌とルルーシュの間に割って入る者がいた。
「あんたの剣、やべー力があるみてえだな。
俺っちも、ちっとだけくらっときちまったさ」
七殺天凌の魅了跳ねのけるには、強靱な意志と運を必要とする。
黄天化にはその両方が備わっていたらしい。
「ま、俺っちは魔剣ってーのにイヤな思い出があっからよ。
ルルーシュほど夢中にはなれねーみてえさ」
「天化、そう言ってあの剣を独占する気だろう!」
「あー、もう、あんたしょーがねえ人さ……」
妖剣に魅了されたルルーシュが食ってかかるが、相変わらず天化は煙草をふかし、飄々と受け流している。
天化の余裕の態度に、七殺天凌が震えた。
『やはりどちらも面白い……前菜と呼ぶにはもったいない輝きよ……!
早く、早く食ろうてやりたいわ!』
「お任せ下さい、媛」
婁は掲げていた妖剣を構え、臨戦態勢に入る。
同時に天化も口論を切り上げ、纏う空気を一変させた。
「こいつはマジにならなきゃやべー相手さ。
剣は取ってきてやっから、あんたは下がってな……っと!」
婁が音もなく地面を蹴る。
天化も遅れず前へと進み出て、広い部屋に剣戟の音を響かせた。
-
▽
高継能を相手にした時とはまるで違う。
莫邪の宝剣を握る天化の手に、わずかに汗がにじんだ。
人に戦わせ、本人は高見の見物をしているという点では、この黒衣の男は高継能と同類だった。
ルルーシュの推測を聞いている間、天化は密かに「そんなやつには絶対負けねぇ」と意気込んでいたぐらいだ。
危険とあっては逃げ隠れし、姑息に待ち伏せして罠を張るような卑怯者は、純粋に嫌いだった。
だがこうして本人と対面し、天化は己の浅慮を恥じる。
手段を選ばないという意味で、この男は確かに卑怯者と言えるだろう。
しかし同時に、卓越した剣客だったのだ。
立ち振る舞いに服装、それに最初にルルーシュを狙ったことからも、この男が暗殺に特化していることは確かである。
そして暗殺者であるならば、待ち伏せによる奇襲の失敗は大きすぎる痛手だったはずだ。
にも関わらず、男の表情にはまるで焦りがない。
奇襲は手段の一つに過ぎず頼りにしてもいない、天化はその在りようの裏に確かな研鑽を見た。
天化も努力を重ねてきた身であるが故に、それが理解できたのだった。
さらに驚嘆すべきはその手数である。
天化が大振りの一撃を繰り出そうとすれば、この男はその間に四度五度と正確に急所を狙った乱舞を見せる。
その精緻な動きはまさしく達人――否、超人の境地であった。
その極められた身体能力は、攻撃のみに留まらずあらゆる動きに反映される。
天化の剣が如何に鋭くとも、黒衣の男の体は柳か羽毛のようにするりとすり抜けていく。
そして初めに見せられた気配の薄さも健在だった。
身軽さと素早さが加わって、至近距離にあってもなお、油断すれば見失いそうになるほどだ。
「あんたはめっちゃ強え!
たぶん技量なら俺っちより上さ、けどな……!」
敵が強いからと、諦める天化ではない。
むしろ敵が強ければ強いほど、闘志を燃え上がらせる男である。
頸動脈を掻き斬ろうとした妖剣を、莫邪の宝剣が受け止める。
急所を狙う技術が正確であるが故に、天化にもその一手が読めたのだ。
鍔迫り合いに持ち込み、なおも無表情を貫く黒衣の男に向かって吼える。
「黄飛虎譲りの腕力と!!
負けん気だったらぜってーに負けねえさ!!!」
その言葉通り、押しているのは天化だった。
黒衣の男も単純な力比べを不利と悟ったのか、剣の角度を僅かにずらした。
莫邪の宝剣を妖剣の上で滑らせ、切っ先を逸らそうとしているのだ。
それに気づいた天化は逸らされる前に、『宝剣の刀身を消した』。
莫邪の宝剣は柄が本体であり、刀身は任意のタイミングで出現させられる。
鍔迫り合いの状態から唐突に相手を失い、さしもの黒衣の男の体幹が微かに揺れる。
「ッらぁ!!!!」
再び発現させた莫邪の宝剣も、羽毛の如く逃れる男にはやはり届かない。
紙一重、黒衣をわずかばかり裂いて終わり、距離を取られてしまう。
だがそこで天化は驚き、目を剥いた。
黒衣が裂けた箇所から覗く腹部には、真一文字の生々しい傷があったのだ。
「あんた、その怪我でよく生きて…………っつーよりあんた、ホントに生きて――」
「それはお互い様だ」
「!!」
天化の足下に包帯が落ちる。
腹部に巻き付けていた包帯が、距離を取られる間際に斬られていたようだった。
そうして天化の左の脇腹の、出血し続ける傷口が露わになる。
「あんたのに比べりゃこんなもん……あっ」
天化の話途中で、黒衣の男は背を向けて走り出した。
向かう先にあるのは窓である。
「逃がすか!!」
街の騒ぎの元凶でもある危険人物を、みすみす逃がす理由はない。
天化が勢いよく歩を進め、そしてすぐに止まる羽目になった。
「天化、早く追いかけろ!
あの剣を必ず奪うんだ!!」
「……そーだったさ、この人がいるんだったさ……」
妖剣に魅了された今となっては、完全にお荷物となってしまったルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
彼を置いていくか否か、しかし悩んでいる間にも黒衣の男は逃げていく。
-
男が窓を叩き割ったところで、天化は覚悟を決めた。
「えーーい、ここまできて置いてけるか!
舌噛んでも知らねーさ!」
「ほわぁ!?」
ルルーシュを肩に担ぎ上げ、天化は男の後を追う。
割られた窓から下を覗くと、数十メートル下の大通りを走る影が見えた。
天化は躊躇なく窓から飛び降り、外壁に剣を突き立てて減速しつつ落下していく。
そして適度な高さで外壁を蹴り、大通りを跋扈していた死体のうちの一体の上に着地した。
「わり、今は相手してる時間ねーさ」
ルルーシュを抱えたまま、黒衣の男が逃げた方角に向けて天化は走る。
(……あ、背負っちまった)
非常階段を移動していた頃は、ルルーシュが如何に足手まといであっても直接手を貸してやることはしなかった。
底知れず、どこか信用し切れなかったからである。
(急いでたっつーことでまぁ……)
「天化、早くあの剣を……!」
「あんたってホント残念な人さ……」
思考が剣一色になったことで、ある意味御しやすくなったとも言える。
何とか納得できるだけの理由付けをしつつ、天化は呆れと諦めの混じった煙をふかした。
▽
(何故俺の能力に気づかれた……?
いや、今はそれよりも……)
天化に運ばれながら、ルルーシュはいつものように策を講じようとしていた。
だが全ての優先順位が魅了によって上書きされ、普段の思考力は見る影もない。
(死体どもの破壊が都心部に収まっている今ならまだ、電波が届く。
そこらから携帯を奪ってスザクたちに連絡を……。
違う、今はまずあの剣だ……!!)
スザクやジェレミアが焦りとともに動き出した頃。
彼らの声の届かぬ場所で、ルルーシュは魔剣に深く囚われていた。
【一日目昼/九段下 テレビ局付近】
【ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア@コードギアス 反逆のルルーシュ】
[所持品]なし
[状態]七殺天凌に魅了されている
[その他]
・携帯電話を紛失
【黄天化@封神演義】
[所持品]莫邪の宝剣、鑚心釘
[状態]左脇腹に傷
[その他]
・ルルーシュの「俺を助けろ」ギアス使用済み(効果が継続しているかは不明)
▽
「……さて」
婁は元の最上階へ舞い戻っていた。
逃走に見せかけてルルーシュたちを撒き、堂々とやり過ごしたのである。
「申し訳ございません、媛。
天化とルルーシュの両方を見過ごすことになろうとは」
『構わん、一筋縄でいかない連中とは承知の上よ。
焦らずともまた機会はあろうさ。
あやつらのさらに上の極上の獲物も控えておる以上、戦いを長引かせる方が愚策と言えよう』
妖剣の囁きを受け止めながら、婁はあるものを回収した。
ルルーシュが捨てた、巨大甲冑の鍵である。
婁自身がこれを扱うことはできなくとも、知謀に長けたルルーシュにこれ以上の戦力を与えるべきではない。
『とはいえ婁よ。
そろそろわらわも渇きを覚えるぞ』
「ええ媛、次こそは。
それまではどうかこの身を――」
-
婁はうやうやしく七殺天凌を掲げ、そして自らの脇腹に突き立てた。
己が食われる感覚にすら、婁は酔う。
『くくっ……おぬしの味は、未だ飽きることがない』
「恐悦至極に存じます」
婁は妖剣に生体魔素を吸わせながら、街全体に張り巡らせた『目』を凝らす。
愛しい妖剣が上機嫌でいるうちに、次なる標的を捜す為に。
【一日目昼/九段下 テレビ局 最上階スタジオ】
【婁震戒@レッドドラゴン】
[所持品]七殺天凌、ルルーシュの携帯電話(故障中)、蜃気楼の起動キー
[状態]健康(還り人)、生体魔素を消費(媛は空腹であらせられる)
[その他]
・七殺天凌は〈竜殺し〉
・還り人たちを通して会場全域の情報を得る。
・ルルーシュの能力についてほぼ把握
投下終了です。更紗、アーロンを予約します。
-
月報です。よろしくお願い致します。
話数(前期比):10話(+ 1) 生存者(前期比):20/20 (- 0) 生存率(前期比):100.0
-
更紗、アーロンを投下します。
-
「〈竜殺し〉ではない」と宣告されて、その男は「その通りだ」と応えた。
強大な力を受け継ぐ器などあるはずがない。
次の時代を担うどころか、今の時代に無理矢理しがみついているだけの身だ。
こんなところに招かれる謂われすらない。
それでもできることがあるとするなら――
▽
更紗は深く息をついた。
突然の出来事の連続で、冷静になる時間が必要だった。
剣を振り続けていた手も、まだ疲労と緊張で震えている。
愛馬の夜刀も落ち着かない様子で部屋の中を何度も見回していた。
更紗は数刻前に焼けたばかりの、石造りの建物の一室に身を潜めていた。
地上三階にある部屋であり、街中に蔓延る死体の群れの目は誤魔化せているようだ。
火こそ消し止められたものの焦げついた臭いは未だ強く、更紗が腰掛けている椅子にも炎が這った痕が残されている。
「タタラと言ったか。
これからどうする?」
赤い着物の男――アーロンと名乗った彼が、窓の外の様子を窺いながら問うてくる。
状況を打開できたのは彼のお陰だった。
何人斬っても次が湧いてくる、切り開いた道はその端から塞がれていく絶望的な事態の中で、彼はその剣をもって竜巻をつくりだした。
比喩ではなく竜巻そのものを――人の身で災害を起こしてみせたのだ。
その風は死体の群れは勿論、彼らが周囲の建物に放った火すらも消し飛ばす。
余りの光景に、更紗は腰を抜かしかけた。
だがそこで建物の中に逃げ込むという判断をしたのは更紗だった。
群れを観察した限り彼らは道を進軍し、生きた人を襲い、家屋に火を放っている。
同士討ちこそしないものの、決められた動作をしているだけに見えて知性は感じられない。
これらから「既に焼かれた建物の中は安全なのではないか」と考えたのだ。
少なくとも逃げ込む姿を見られなければ捜しにくることもないと推測し、アーロンが敵を一掃したタイミングを狙ってこの建物に転がり込んだ。
彼らについての推論がどこまで合っていたのかはともかく、結果としてこうして一息つけたのだった。
「俺についてきたければ勝手にしろ。
これ以上休んでいる暇はない。
お前がいつまでもそうしていたいなら、それもいいだろう」
沈黙していた更紗に、アーロンが重ねて言う。
突き放した言い方をするアーロンに、更紗はもう一度呼吸を整えた。
彼の人を試すような言動は、今に始まったことではなかった。
それは決して悪意によるものではないのだろうと、更紗は解釈している。
出会って間もない相手ではあるが、梟・新橋の求めに応じて助けにきてくれた彼のことを、今は信じていたかった。
「……私にもあなたにも、捜している相手がいる。
お互い、急いでいる。
でも少しだけ時間を下さい」
忌ブキと決裂してしまった時のことを思い返す。
どうすればよかったのかと改めて考えても、忌ブキも更紗自身も主張を譲りようがなく、避けられない結果だった。
だがそれで終わりにしていいとも思えないのだ。
――何故私は〈竜殺し〉なのだろう。
アーロンと話している今も、更紗は疑念を抱き続けていた。
力ではアーロンの足下にも及ばない。
一人ではこの地で生き残ることもできない。
だからこそ、こんな自分が選ばれてしまった意味を考える。
忌ブキがそうであったように、〈赤の竜〉の力を切実に求める者がいる。
それでも戦いを止めたければどうすればいいのか――自分にしかできないことを、自分だからできることを考える。
考えて、それを口にした。
「私はあなたのことが知りたい。
それに私のことも、知って欲しいんです」
話し合うことを諦めたくなかった。
その為には遠回りだとしても、悠長に思えても、自分と同じく巻き込まれた者たちのことを知りたかった。
人は一度会っただけでは分からないと、更紗はこれまでの旅でよく分かっていたからだ。
ただし、これではアーロンにとってのメリットがない。
交渉を成立させる為のもう一押しを、更紗は模索する。
だがアーロンは外を一瞥してからその場を離れ、更紗の正面の椅子に腰を下ろしたのだった。
「いいだろう、付き合ってやる」
アーロンの黒眼鏡の奥の表情は窺いにくい。
バイザーで顔の下半分をが隠れていることもあり、感情が読み取れなかった。
「確かに偽名を使う小娘が後ろにいては、俺も気が散るからな」
「……!!」
自分の頬がカッと紅潮したのが分かる。
まだ更紗という名を使っていない、タタラとして振る舞った初対面の相手に看破されるのは初めてだった。
運命の少年などではなく――少女であると。
-
「気付いて、いたんですか」
「今までそれで通用していたのか?
随分、不注意な連中に囲まれていたと見える」
仲間について悪く言われ、更紗はわずかに眉を顰めた。
しかし見抜かれてしまったことは事実で、更紗は観念して額に当てていた布を解く。
髪を下ろし、張り詰めさせていた神経を少しだけ緩めた。
そして頭を下げ、改めてアーロンに求める。
「更紗……です。
話を、させてください」
▽
歳は、ユウナたちと同じか少し下ぐらいだろうか。
初めに助けた時は、非力な小娘程度にしか思わなかった。
世界を左右するような話に何故巻き込まれたのかと、疑問すら覚えた。
その彼女の言い分に従う気になったのは、彼女の眼を見てしまったが故だった。
多くの人間を突き動かすだけの熱を宿した眼。
自分にも――ブラスカにもジェクトにもなかったものだ。
それは『英雄』と呼ばれるものなのだろう。
その後で彼女の話を聞かされても、作り話とは思わなかった。
運命の子どもという予言、日本の現状、そして「誰も殺されない国」という理想を、更紗は語る。
その理想を耳にして、アーロンの肩は僅かに揺れた。
「……なるほどな」
「笑いますか?」
「いいや。
ただ、似たようなことを言う連中を知っているだけだ」
『シン』を倒して、でも誰も死なせない。
そんな青臭い理想を掲げた者たちと更紗を、重ねずにいる方が難しいだろう。
そして重ねたからこそ思うのだ。
自分とは違う。
彼らは次の時代を担う――
「〈竜殺し〉、か」
「……〈赤の竜〉にそう言われました。
でもあたしにはまだ何も分からなくて……。
アーロンさんの方がずっとずっと、強いのに」
「そんなものは関係ない」
〈赤の竜〉や〈喰らい姫〉は明確な意志をもって二十人を選定したのだろう。
国や世界を変えようとする者、それに連なる者。
或いは時代に選ばれた者。
その基準であれば、力の強弱など些末な問題に過ぎない。
だが更紗は悔しげに唇を噛んでいた。
「あたしが本当に、選ばれるような人だったら。
本当に力があったら、この街の人たちは……」
青い理想を持つだけあって、割り切れないものが多すぎる。
アーロンは更紗について心中でそう評してから口を開く。
「下の連中のことなら諦めろ。元より人の形をしていただけだ。
死体になって動き回っているものにも、意志も感情もありはしない」
「……何か知ってるんですか?」
「俺が知っているものと似ているだけだ。
本質はまるで違う」
街についても、死体の群れについても同じことが言える。
似たようなものを知っている。
眠らない街、ザナルカンド。
アーロンの友とその息子が生まれ育った街であり、アーロン自身が十年間過ごした街であり――『夢』のような街。
それは〈喰らい姫〉がこの東京を『夢』と呼んだことと、無関係ではないのだろう。
そして動く死体。
それはアーロンにとってごく身近なものである。
「他人事ではない」と、言ってもいいほどに。
「……いいだろう。
お前には教えておいた方がよさそうだ」
とはいえアーロンが知る全てを教えるつもりはなかった。
ただスピラについて語る。
『シン』が街を襲い、人が死ぬ。
死んだ者たちが無念のあまり魔物となり、人を襲う。
人が、死に続ける。
人の死が連なり『シン』だけが永遠に残る。
アーロンは死の螺旋に囚われた世界と、それを変えようとする者たちのことを伝えたのだった。
▽
更紗は悲しみに打ちひしがれていた。
今のスピラには戦争はないという。
だがそれは『シン』という脅威がいるからであって、戦争などなくても人は死ぬのだ。
日本の外、別の世界ですら人の死が満ちていて、更紗はただ悲しかった。
-
泣きそうになるのを堪え、更紗は思考を切り替える。
アーロンの話を咀嚼しながら遡り、話のきっかけとなった部分へと戻っていく。
「さっきあなたが言っていたのは、その死人(しびと)のことですよね」
人が無念のうちに死ぬと魔物になり、その中には死人と呼ばれる存在になる者もいるという。
それは確かに、外で蠢いている死体の群れと結びつけたくなるものだった。
もしかしたら名簿にある「四道」は同姓同名ではなく本人なのではないかと、そうした考えも浮かび上がる。
だがここで気にかかるのは、アーロンが「本質は違う」と説明していたことだ。
「どうして違うと言えるんですか?」
「死人は幻光虫という……光の粒子のようなものが結合して人の形を成したものだ。
斬れば結合が解けて霧散する。
外にいるのは斬っても消えることがない、生身の死体だ」
幻光虫、というものは、更紗が理解するには難しいもののようだった。
何しろ更紗にとっては聞いたこともない物質だ。
だが〈竜〉がいる、死体が起き上がる、人が竜巻を起こすような現実を前に、今更気にしているわけにもいかなかった。
更紗が少し時間をかけて納得すると、これまで向き合っていたアーロンが僅かに視線を外した。
「それに死人は、未練があるからこそ人の形を残す。
生前の人格まで維持することは稀だが、いずれにせよ強い執念があるのは確かだ。
この街にいた連中に、それはないだろう」
更紗が何度話しかけても、同じ言葉を繰り返していた人形のような人々。
殺されるその瞬間すら、表情一つ変わらなかった。
それは確かに、無念や未練とは縁のない者たちと言えるだろう。
ここで更紗は、別の疑問を抱いた。
「死んだ人が死人になるのは、スピラではよくあることなんですか?」
「多くはないな。
少なくとも下の連中のような群れにはならない」
「いえ、その……あなたが詳しいようだから。
スピラの人ならそれぐらい知ってるものなのか……。
それともあなたの身近に、そうなった人がいるのかも知れないと思って」
アーロンが答えを逡巡した。
常に余裕のある話ぶりをしていた彼にしては、珍しい反応に思える。
人の死に関わる話に深入りしすぎたと、更紗は少し後悔した。
余計なことを言ったと謝ろうとしたが、少し間を置いてアーロンは言う。
「確かに、身近だな。
お陰で俺は、そこらの連中よりは死人に詳しくなった」
踏み込みすぎたと、そう思った矢先ではある。
だが更紗にはどうしても知りたいことがあった。
「失礼でなければもう少し、聞いてもいいですか」
「……好きにしろ」
アーロンは投げ捨てるように言った。
快くは思われていないのだろうが、更紗は意を決して尋ねる。
「……身近な人が還ってくるのは、どんな気持ちですか」
どうしても聞きたかったのだ。
今までに失ってきたものが、どうしても忘れられなかったから。
兄に、父に、祖父に、幼なじみに、仲間に、敵に――
親しい人もそうでない人も簡単に死んでいく国の中で、例え中身が別だと言われても、彼らにもう一度会えるとしたらと。
そう思っただけで目が熱くなり、胸の内が焼けるように痛むのだ。
――あたしが勝手にタタラを名乗って怒ってない?
――みっともなくてイヤじゃない?
――あたしのしてきたこと……タタラとして間違ってないのかな。
「もう一度会えたら……声が聞けたらって、いつも……」
「思うだろうな。
親しい者を失って、それを割り切れないこともあるだろう」
「アーロンさんは……?」
「聞いてどうする」
厳しい言葉だったが、そこで会話を断ち切られることもなかった。
真剣に答えようとしてくれていることは伝わってくる。
「過去は過去だ。
既に終わった物語に過ぎん。
死んだのならさっさと未練を捨てて、異界にでも引っ込んでいればいい。
正者に口出しする資格もない」
相変わらず乱暴な物言いだったがこれまでよりも饒舌で、やはり彼にとって深い縁がある話なのだろう。
嫌悪のようでいてそれ以外の感情も含んでいるような、複雑な感情を押し込んだ声に聞こえる。
「お前こそ、会ってどうする。
未来の道を決めるのに、過去の力を借りるのか?
運命の子どもとやらが過去に『諦めろ』と言われれば諦めるのか」
突き刺すような言葉だった。
痛んでいた胸のさらに奥、自分でも気付いていなかったところまで、深く沈み込む重さがこもっていた。
ずっと不安で、がむしゃらだった。
「間違っていないよ」と背中を押して欲しかった。
朱理が己に「負けるな」と言い聞かせていたように、更紗はそれを求めていた。
アーロンにしてみれば、過去に縋っていたということなのだろう。
-
「……強いんですね」
「強いものか。
俺がお前の年の頃は、何も知らないガキだった。
先に生まれて、先に生きただけのことだ」
心も、技も、体も兼ね備えているというのなら、それは『英雄』と呼べるのではないか。
だが彼は謙遜でも何でもなく、それを否定するのだろう。
「ただの年の功だ」とでも言いそうだと、更紗には思えた。
「あの頃なら、〈赤の竜〉に選ばれるようなこともなかっただろう」
そこでアーロンが呟いたことで、更紗は思い立つ。
アーロンは当然のように助けてくれた、会話にも応じてくれたが、ここは殺し合いの舞台なのだ。
「あなたは、〈赤の竜〉の力で『シン』を倒そうとは思わないんですか?」
「それを決めるのは俺ではない」
返ってきたのは意外な言葉だった。
「興味がない」、「強制されるのが気に入らない」と言うのなら、彼らしいと思っただろう。
だが結論を他人に委ねるような姿勢は、ここまで見てきた彼の性格と上手く繋がらなかった。
「あなたはそんなに強いのに……?」
「そうだ。俺が決めても意味がない」
彼は頑として彼は意見を曲げない。
そしてそれ以上の答えを口にしようとはしなかった。
「回り道はもういいだろう。
ここを出た後のことを考えろ」
露骨に話を切り上げられたところで、更紗も納得することにした。
これ以上尋ねたところで彼は答えないだろう。
ただ彼の人となりに触れられたこの時間は、意味のある回り道に思えた。
▽
鼓膜に叩きつけられるような轟音、そして突風と粉塵が襲ってきた。
逃げ回る途中で確保した地図をテーブルに広げながら、行き先を話し合っている最中の出来事だった。
窓の外を見ると、建物を幾つか隔てた先で巨大な土煙が立ち上っている。
「どうする?」
「……行くしかないと思います」
異常な事態が起きている。
そこには浅葱がいるかも知れない。
朱理がいるかも知れない。
忌ブキがいるかも知れない。
アーロンの探し人がいるかも知れない。
危険を冒してでも、進むしかないのだ。
眼下の死体の群れ、そしてその先の脅威に向けて、更紗は安全地帯を背にして歩み出した。
【一日目昼/新宿】
【更紗@BASARA】
[所持品]白虎の宝刀、新橋、夜刀
[状態]健康
[その他]
・〈竜殺し〉です。
【アーロン@FINAL FANTASY X】
[所持品]正宗
[状態]健康
[その他]
・特記事項なし
投下終了です。紅月カレン、朱理、四道、婁震戒を予約します。
-
月報です。よろしくお願い致します。
話数(前期比):11話(+ 1) 生存者(前期比):20/20 (- 0) 生存率(前期比):100.0
-
紅月カレン、朱理、四道、婁震戒を投下します。
-
眼下には、黒く蠢く亡者の群れ。
それをモニター越しに睥睨しながら、紅月カレンは操縦桿を傾ける。
先刻のように遠距離からの奇襲を避けるべく、真紅の機体の高度は極力下げ、ビルの合間を縫うように進んでいた。
「逃げ隠れしているみたいで、性に合わないわ」
「消耗は避けるべきだと、お前も納得しただろう」
カレンが独り言のように呟いた声に、同乗している男が応えた。
極めて狭いコックピットの中、操縦者に接触しないよう無理な姿勢を長時間強いているが、さして苦ではないようだ。
そんなことよりも未知の乗り物への好奇が勝る――朱理はここにきてもなお、相変わらずの様子だった。
「操縦もそろそろ疲れてきたんじゃないか?
いつでも代わってやる」
「ダメに決まってるでしょ!
紅蓮は私にしか動かせないんだから」
無駄な口論を交えつつ、進路は東へ。
東京の中心部、死体の群れの発生源と思われる方角へと向かっている。
そんな中、異変に先に気づいたのは朱理だった。
「……カレン、二時の方角だ」
朱理の指示に素直に従いつつ、カレンは街の様子を注視する。
そして、群れの流れに変化が起きていることに気づいた。
東京の中心から外側へ向け、放射状に広がるように進軍していた群れの一部が、別の目標に向けて動いているように見える。
「何かいる……?」
「分からん。が、急げ」
「いちいち偉そうなんだから!」
操縦桿をいっぱいに握り、紅蓮が速度を上げる。
赤い流星のように軌跡を残しながら、死体の群れを追い越していった。
▽
四道はひたすらに走り続けていた。
軍師として、将として華々しく活躍してきた彼にはおよそ経験したことのない逃走だった。
指揮する兵も弾薬の一つもないのでは、いかに戦い慣れた彼でも逃げる他になかったのだ。
死体の群れの速度そのものは、そう速くはない。
だが問題は、死体であるが故か彼らに疲労というものがないという点にある。
疲れを知らず、補給すらも必要としない軍勢は決して止まることがなく、四道は早々に逃げ切れないことを悟った。
息を切らして篭城に適した建物を探すが、それすら間に合いそうにない。
ここで死ぬわけにはいかないという焦りが、胸を支配する。
――千手……!
帰りを待たせている者の名を、胸中で叫ぶ。
不本意ながら拾った命を、ここで失うわけにはいかないと奮い立たせる。
そしてもう一つの名が、四道の心を支えていた。
――タタラ!!
死の間際、四道は強く思ったのだ。
もしももう一度生を得られるなら――タタラを殺す。
赤の王の敵、朱理の道を阻む存在を抹殺する。
それは千手姫を想うように強く、四道の心に刻まれていた。
窮地に立たされた今も、その信念には乱れ一つない。
背後には多数の足音が迫り、独特の臭気が鼻をつく。
篭城の暇すらないと悟った四道は唯一の武器である剣を抜き、迎え討つ覚悟を決めた。
振り返り。
剣を構え。
群れの先頭をひた走っていた亡者に一閃、剣を振り抜こうとした。
だがその亡者の真上から<赤>が降ってきた。
「それ」を正しく表現する言葉を、四道は知らない。
ただそれに近い形容が、かろうじて脳裏をよぎった。
死体の群れを薙ぎ払う巨体、目を焼くかのような鮮烈な<赤>。
「悪魔……?」
▽
-
「朱理、あれ!!」
街を見渡していたカレンは群れに追われている男に気づき、その方角を指した。
「助けないと――……朱理?」
同乗している男の反応がないことを訝しみ、カレンはモニターから目を離さずに呼びかけ直す。
「聞こえてる」と、この男にしては何とも覇気のない声が返ってきた。
「ぼんやりしてる場合じゃないでしょ!? こんな時に!」
「四道……」
「え?」
「本当に、あいつが……」
それは、朱理との雑談のような情報交換の中で聞いた名前だった。
名簿の中に、知り合いの名前がある。
とっくに死んだ男なのだから、同名の別人だろう――と。
そんな分かりきったことをわざわざ口にしたのは、それだけその名が特別なものだったからだろう。
そう察しても、その時のカレンはそれ以上追及することはしなかった。
「死んだって言ってた……」
「死んだ。死体も確認した。墓も建てた。
だが、あそこにいるのは……四道だ」
紅蓮を上空に留まらせ、様子を窺う。
このままではあの男は数分ともたずに群れに追いつかれるだろう。
「……大事な人だった?」
「従兄だ。部下でもあった。一緒に育った……兄みたいなもの、だったのかもしれない」
カレンが息を飲む。
そして操縦桿を握る力をより強くした。
「だったら、さっさと助けるわよ!!」
衝撃に惚けていた朱理を引き戻すように声を張る。
エナジーウイングで機体を包み、急降下させる。
カレンには兄がいた。
今はいない兄の無念を晴らしたくて、レジスタンスになった。
もしもう一度兄に会えるとしたら――
「舌、噛まないでよね!!」
急激に操縦桿を傾けられた機体は鋭角に曲がり、赤い軌跡を描きながら死体の群れへ突進した。
▽
――隙を見てハッチを開けるから、行きなさいよ。
大波のごとく押し寄せる群れを、紅蓮はまるで蟻の相手をするかのように軽々と打ち破っていく。
それを操縦するカレンは一度も朱理の方へ振り返らずに、強い口調で言った。
――大事な人なら、話したいんでしょ! しっかりしなさいよ!
最愛の従兄だった。
会いたかった。
話したかった。
だが同時に、合わせる顔がなかった。
彼が死んだ原因は、他でもなく――
――あの連中の相手なら私と紅蓮に任せて。誰にも邪魔させないわよ!
今更、彼に向かって何が言えるだろう。
朱理の思考はそこで止まり、情けなくもカレンに後押しされるまで身動きが取れなかった。
まだ何も決めてはいない。
ただ追い出されるように、朱理は紅蓮を降りた。
鎧、マント、全てが赤づくめで、下がり気味の目尻の優男と対峙する。
「……朱理なのか?」
「阿呆め、他の誰に見える」
目の前の男に向けて、朱理は反射的に憎まれ口を叩く。
近くで見てもやはり記憶の中にある姿と相違なく、戸惑いは大きくなるばかりだ。
対する四道は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに破顔した。
「ああ、どう見ても朱理だ。
少し痩せたんじゃないか?」
「誰のせいだと思ってる。
お前がいなくなってから散々だったんだぞ、オレは」
口が勝手に動く。
もうずっと話していなかった相手のはずなのに、あの頃に戻ったかのように思えた。
「錵山は死んだ。亜相もオレを裏切った挙げ句野垂れ死にだ。
オレは沖縄まで逃げる羽目になるわ、死にかけるわ、奴隷商人に売り飛ばされたことまである」
「何だそれは。ぜひ詳しく聞きたいな」
『仏の四道』と呼ばれた頃のまま、四道は目を細めて笑っている。
-
周囲に殺到していた死体の群れは縦横無尽に跳ね回る紅蓮によって残らず砕かれて、四道と朱理の周りだけが台風の目の中のように穏やかだった。
「朱理、あれは?」
「簡単に言えば乗り物だ。ここに来てから知り合った女が操縦している。
今は信用していい」
「そうか、それはよかった」
四道がそう相槌を打った途端、朱理の背筋が総毛立った。
「なら、気にするのはタタラのことだけでいいな」
四道は何も変わっていない。
死体の山、仏の山を築き上げる男は健在だった。
四道は和やかといってもいい調子で、タタラへの殺意を露わにする。
「朱理、あれからどれぐらい経った?」
「……オレは一つ年を取った」
「そんなものか。お前の顔つきが随分違ったから、もっと経っているかと思ったよ。
それで、タタラはまだ生き残っているんだろう?」
それは、執念と呼ぶべきものなのだろう。
四道の最期を思えば、当然あってしかるべきものだ。
「……ああ。生きてるさ。
そんなことよりお前こそ……死んでるのか?」
「生きてるとはいえないが、機会が与えられたということらしい。
もう一度、お前と走るために。
今度こそ、タタラを殺すために」
四道は決して矛先を変えない。
仏の柔和な笑みは、とうに鋭い武人のものに変わっていた。
「なぁ、朱理よ」
聞き分けの悪い子どもを諭すように、四道は続ける。
無理や無茶を言い出すのはいつも朱理で、四道はそれを支え、時に誤りを指摘して正したものだった。
子どもの頃からずっとそうだったのだ。
「オレはあの桜島で思い知ったんだ。揚羽の忠告の意味も今なら分かる。
時代はタタラを味方していた。
武器もない、力もない、負けるはずのない相手だったのに負けたのは、そういうことだ。
だから、今なら殺せる」
紅蓮が群れを蹴散らしたところでまた新たな波が襲ってくる。
それを残らず迎撃する紅蓮は、朱理の肉眼では捉えきれないほどの速度で戦場を蹂躙する。
間断なく生み出される暴風の中、四道はなおも落ち着き払っていた。
「ここはオレたちの日本じゃない。
タタラを守るものはここにはない。
オレたちはもう一度――」
「四道!!」
たまらず朱理が声を上げる。
あの頃のまま――時代に置き去りにされて、時間が止まったままの従兄の姿を見るのが耐えられなかったのだ。
言葉を遮られた四道は、呆れたように首を振った。
「……その様子だと、お前ももう知ってるんだな」
「タタラは、更紗だ。
ああ知ってる、オレだって思い知ったさ!
だが今はそんなことはどうでもいい!」
最愛の従兄の命を奪ったのは、煮え湯を飲まされ続けてきた仇敵は、朱理が心を通わせた最愛の少女だった。
それが、どうでもいいはずがない。
それによって朱理と更紗は苦悩し、今なお決着はついていない。
だが二人が抱えた矛盾は、日本にとっては重要ではないのだ。
「お前が言った通りだ四道。
時代が選んだのはタタラだ。お前じゃない。
そして……赤の王でも、ないんだ」
その一言で、四道は呆気にとられたようだった。
何度か瞬きし、ゆっくりと口を開く。
「お前が……そんなことを言うのか。
そんなことを……言えるようになったのか」
「失礼なやつだな。オレだって変わる。
……日本だって、変わろうとしてる。
変わらんのは京都でふんぞり返ってる連中だけさ」
かつての朱理は暴君だった。
欲しいものは奪い、気に入らない者は殺した。
己の愚かしさに気づいたのは、いつのことだったか。
「殺されたから殺す。奪われたから奪う。
そんな時代は……終わろうとしてるんだ、四道」
四道に説教する資格などないと、朱理自身が感じていた。
だがかつて自分がいた場所に置き去りにされた四道を止めるために、朱理は言葉を投げかける。
タタラのためではない。
-
更紗のためでもない。
ただかつてそうだったように、四道とともに走りたかった。
そのために、朱理は四道に一つの事実を伝える。
「お前は知らないだろうが、千手姫は身ごもっていたぞ」
「何……?」
「オレはしばらく会っていない。
だが、強い女性だ。
今頃はもう、子どもが生まれているはずだ」
四道がタタラ討伐に出る前、太宰府で過ごした最後の晩に残した子だと聞いている。
四道の子であるということは朱理にとっても我が子に等しく、いつも気にかかっていた。
「お前は生まれてきたその子に、血生臭いものを残したいか。
憎しみを、禍根を、因縁を、次の時代に残すのか!」
「オレが終わらせればいい!」
朱理の叫びにも一歩も退かず、四道が吼え立てる。
「タタラも、その仲間も、全て殺す!
タタラこそ、我が子の代に残すべきではないのだ!」
四道が、遠い。
かつては誰よりも朱理の傍にいて、どんなことでも打ち明けられた。
今はただ、平行線を辿る。
「タタラを殺したいか、四道」
「当然だ」
「それならオレは、お前を止めなきゃならないな」
朱理は剣を抜いた。
体を動かすのは好きだったが、年上の四道にはいつも剣の稽古で負けていたことを思い出す。
「お前は……オレよりも、タタラを取るのか」
「……そうだ、とは言いたくないがな」
「あの娘が、オレを殺したんだぞ!」
「それは違う!」
朱理は叫んだ。
それこそが朱理の後悔であり、四道に告げなければならないことだった。
タタラに――更紗に四道が殺せたのは、四道に隙があったからだ。
更紗と朱理が惹かれ合っていることを知っていた彼は、タタラの正体を知って躊躇してしまった。
ならばその死の責任は、朱理にある。
そうとも知らずに朱理は彼の死後も更紗と逢瀬を重ね、体を重ねた。
「お前を殺したのは……オレだろう、四道」
「違う……やめろ。
悪いのはタタラだ」
「お前はそう言うだろうな。
……だからこうするしかないんだ」
朱理が剣を向けても、四道は剣を収めたままだった。
だが四道から相手を射殺さんばかりの殺意を向けられるのは初めてで、朱理の額に嫌な汗が浮いた。
「朱理……お前は本当にそれでいいのか」
「言っておくがタタラのためじゃあないぞ。
今の日本には、あれが必要だからだ」
「お前がそれを、選んだんだな」
「くどいわ! お前もとっとと抜け!
いつまでもオレだけ阿呆みたいじゃないか!」
ただ四道を止めるだけなら――殺すだけなら、朱理が紅蓮とともにここを離脱するだけでいい。
ここに置き去りにすれば四道は瞬く間に死体の群れに襲われて、朱理が手を下すまでもなく二度目の死を迎えるだろう。
だが朱理に逃げるつもりは毛頭ない。
過去に取り残された従兄をこの上、こんなところに捨て置けるはずがない。
「オレが直々に引導を渡してやるんだ。いい加減――」
「オレは抜かないよ、朱理」
優しい声が朱理の耳朶を打ち、構えていた切っ先がブレた。
四道の鬼気迫る表情は既に、町づくりを愛した『仏』のものに戻っていた。
「お前は変わった。
変わったが……朱理のままだ。安心したよ」
蘇芳を緑に囲まれた都にしたいと、そう語った時と同じ柔らかな笑顔だった。
桜、梅、桃、楓。
棗を植え、ブドウの林をつくり、砂漠の中でも栄える美しい国。
国の真秀ろばを夢見た男の顔だ。
「そう思うか。
オレは多分、王ではないぞ。
お前が忠誠を尽くした赤の王は、もういない」
それでもいいんだと、四道は穏やかに言う。
「オレが見たかったのはお前自身だよ、朱理。
赤の王じゃない。お前だ。
お前の走る姿が見たかったんだ」
-
――ああ。
四道は死んだ。
時代に置き去りにされて、取り残されて、いつまでも過去に囚われている亡霊のようだ。
何もかもがあの頃のままで。
あの頃のまま――朱理の最大の理解者であり、味方だった。
「四道、オレを試したな?」
「一皮剥けてもまだまだってことだな、お前も」
いたずらっぽく笑う四道に呆れ、朱理は剣を収めた。
まだ積もる話はあるが、まずはこの場を離脱するべきだろう。
「それにしても千手とオレの子どもか……。
今度こそ、帰らなければな」
「当たり前だ。これまで苦労させた分……」
「何が起きたか」など、四道には分からなかっただろう。
四道と向かい合わせで立っていた朱理にすら、分からなかったのだから。
『四道の背後に立つ黒衣の男が、いつからそこにいたのか』。
『いつ剣を抜いたのか』。
『いつ、四道の首を刎ねたのか』。
四道の首が落下していく。
彼の体も力を失い、崩れるように傾いていく。
「ぁ…………」
朱理の喉から勝手に音が漏れた。
「逃げろ」と全身が叫んでいる。
しかし蛇に睨まれた蛙のように一歩たりとも動けず、黒衣の男は不気味に口角を吊り上げた。
黒衣。黒髪。血のように赤い瞳。そして――
――美しいだろう?
男の口が、そう動いたように見えた。
同時に男は『それ』を高く掲げたのだ。
朱理がこれまでに見たこともない、赤い刀身――
『お前がぁぁぁぁああああああああああああああああッ!!!!』
機械によって拡大された音声が辺りをつんざくと同時に、紅蓮の大きな左手が黒衣の男の顔面めがけて飛来した。
跳びすさってそれを避けた男は小さく一つ舌打ちし、さらに大きく後退する。
既に逃走する算段であることは朱理にも分かった。
『許さない!! 許さない、許さない、絶対に殺してやる!!!』
「カレン、待て! 落ち着け!!」
朱理とて冷静とはいえない。
だが完全に怒りに我を失っているカレンを前にして、踏みとどまらざるを得なくなったのだ。
『逃がさないわよ!!』
紅蓮は朱理を無視して突っ込もうとしている。
朱理とてここで男を逃がしたくはない。
だが一つの出来事が朱理の注意を奪った。
そしてそれはカレンにとっても同様である。
黒衣の男が数秒前に立っていた場所――即ち四道の死体が、目映く光り出したのだ。
その光は花火のような音と衝撃をもって空へ打ち上げられ、彼方へ消えた。
その光を、朱理はただ見送った。
「四道……」
光が飛び去った後、死体は消えていた。
黒衣の男もこの隙に乗じてとうにいなくなっており、残るのは死体の群ればかりである。
紅蓮から、すすり泣く声が木霊した。
【四道@BASARA 死亡】
▽
-
赤い「鎧」は、追ってこないようだった。
放送局で確保した黒い鎧とは類似点が多くあり、恐らくはこれが本来の能力なのだろう。
婁の肉体など一撫でしただけで消し飛ばしかねないほどの破壊力を有しており、早々に撤退したのは正しい判断だったと言える。
『…………』
走ってより遠くへ逃れる中、婁震戒は口を閉ざしていた。
念願の参加者を斬ったというのに、七殺天凌が沈黙していたからである。
常であれば玉が転がるような喜悦の笑いが聞けるところであり、婁も当然それを期待していた。
普段との様子の違いに、婁は黙して彼女が話すのを待った。
『……どうやら、魂魄に逃げられたらしい』
「魂魄?」
『生体魔素は食ろうてやったわ……だが所詮それはうわべだけよ。
わらわが求めるのは悲哀に、痛みに、絶望に、希望に……何もかも!
それが、滑り落ちるように離れていきよった……!』
「では、あの光は」
赤い鎧から離れるため、よく観察していたわけではない。
だがあの四道という男の死体に何かが起きていたのは確かだ。
『まだ分からん。
確かなのは、わらわの食事に邪魔が入ったということよ』
「……申し訳ございません、媛。
このような小細工があろうとは」
能面のような表情を張り付けながら、婁は内心で怒り狂っていた。
七殺天凌に血と魂を捧げ、悦ばせることこそ生き甲斐。
それを妨害されるのは、魂を踏みにじられるのに等しい。
『よい。しばし様子を見るとしよう。
腹もそれなりに満たされておるのでな』
「御意……」
煮えくり返るような怒りを抱えたまま、婁は次なる獲物を求め奔走する。
【一日目昼/目黒】
【婁震戒@レッドドラゴン】
[所持品]七殺天凌、ルルーシュの携帯電話(故障中)、蜃気楼の起動キー
[状態]健康(還り人)
[その他]
・七殺天凌は〈竜殺し〉
・還り人たちを通して会場全域の情報を得る。
・ルルーシュの能力についてほぼ把握
・四道の生体魔素を得る
▽
「……もういいだろう、カレン」
「…………」
朱理が紅蓮の手に抱えられる格好で離脱した後、二人はまだ被害を受けていない建物の屋上に降り立った。
カレンは先ほどの狂乱は既に治まっていたが、代わりに大粒の涙をこぼし続けていた。
それを朱理がなだめているが、厳しく睨まれるばかりだった。
「お前が泣くことはないだろう」
「っ……だって!
朱理だって、悔しいでしょ……!」
「オレは悔しい。ああ、正直どうかしそうだ。
だがお前は関係なかっただろう?」
「でも、……朱理の、お兄ちゃんだったんでしょ!?」
部下であり、兄のようであり、幼い頃から一緒に育った四道。
その「兄」という言葉は、カレンにとって特別な響きを持っていたようだった。
「死んだと思ってて……でも、また会えて……話せて……っ!
なのにあいつが!!」
四道との邂逅は、他人事には思えなかったのだろう。
カレンは目蓋を腫らし、またはらはらと涙を落とした。
「……ありがとうな、カレン。
オレの分まで泣いてくれて」
泣きたい気持ちはあったが、そうしている場合ではないと、カレンのお陰で少しは冷静でいられた。
胸の内側は、燃えるような憎悪で満たされている。
殺されたから殺す、そんな時代は終わろうとしているのだと、どの口が言ったのか。
最愛の従兄をもう一度奪われた男は己の言葉を噛み締めながら、天を仰いだ。
――お前なら、どうするんだろうな。
こんな時なのに。
決着の時を目前に控えていたのに。
自分ではないもう一人の運命の子どもに、思いを馳せずにはいられなかった。
-
【一日目昼/目黒】
【紅月カレン@コードギアス】
[所持品]紅蓮聖天八極式、ポーチ、財布等
[状態]健康
[その他]
・紅蓮は〈竜殺し〉
【朱理@BASARA】
[所持品]剣
[状態]健康
[その他]
・〈竜殺し〉です。
・七殺天凌の【魅了】に抵抗
投下終了です。浅葱、ユウナ、紂王、エィハ、枢木スザク、黄飛虎、ジェレミア・ゴットバルトを予約します。
-
月報です。よろしくお願い致します。
話数(前期比):11話(+ 1) 生存者(前期比):19/20 (- 1) 生存率(前期比):95.0
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>>94 の訂正です。失礼致しました。
話数(前期比):12話(+ 1) 生存者(前期比):19/20 (- 1) 生存率(前期比):95.0
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浅葱、ユウナ、紂王、エィハ、枢木スザク、黄飛虎、ジェレミア・ゴットバルトを投下します。
-
空の黒煙の合間を縫いながら、二つの歪な影が通り過ぎていく。
一つは人型でありながら翼を持った白いKMF、ランスロット・アルビオンである。
七メートルにも及ぶその巨体は、そこにあるだけで空を圧迫していた。
そしてもう一方は同じく翼を生やした、犬のような姿のつながれもののヴァルだった。
ランスロットに比べれば小さいが、人ひとりを丸ごと飲み込めるだけの巨躯を持ち合わせている。
その上にヴァルと繋がれた少女・エィハ、それに巨漢の黄飛虎を乗せているため、シルエットはますます奇妙なものになっていた。
ランスロットが先行し、目指すのはルルーシュが消息を絶った九段下だ。
そこに向かう道中、そのパイロットである枢木スザクは少々困惑していた。
集音マイクと外部スピーカーでエィハらと会話しながら進んでいたのだが、いつからかスザクの耳にはすすり泣きが聞こえてきている。
「そ、そいつぁ……悪いこと聞いちまったなぁ……うっ」
『ど、どうして飛虎さんが泣くんですか……?』
「バカ野郎、これが泣かずにいられっか!」
飛虎が熱の入った様子で反論してくる。
初対面の印象通りの人柄だった彼は、誰に聞かれるでもなく自分の素性について語り始め、そしてエィハとスザクにも尋ねたのだ。
どこから来たのか、どんな生活をしていたのか、家族はどうしているのか――と。
結果、飛虎は泣き出したのであった。
「オレんとこは家族が多くてよ……こういう話に弱えんだ……」
『あの、僕は気にしてませんから。
エィハもそうだろ?』
スザクは黙ったままでいるエィハに水を向けた。
エィハとは短い付き合いだが、ドライで達観しているようにすら見える彼女が動じているとは思えなかったからだ。
「そうね。いないのが当たり前だと思っていたから」
スザクが思っていた通りの乾いた反応があった。
何とも思っていない――スザクは彼女に家族がいないことではなく、それ自体に無関心であることに胸を痛めた。
家族がいないのはスザクも同じだ。
元より一人っ子で、幼い頃に母を亡くし、父が死んだのももう随分前のことになる。
しかし、少なくともスザクが父を失ったのは自業自得だったのだ。
誰のせいでもない、自分のせいだった。
対するエィハは何も悪くない。
ニル・カムイという土地に戦火が絶えなかったから、貧しかったから。
そんな外の環境に歪められてしまったエィハが、それを当然として受け入れてしまっていることが悲しかった。
スザクの世界にも戦争はあり、孤児もいるが、割り切れるものではない。
「よーし分かった。オメーら二人、今日からオレが面倒見てやるぜ!!」
スザクを考え事から引きずり戻すほどの大声で、飛虎はそう宣言した。
何が分かったのかは分からないが、飛虎は深く頷いている。
『それってどういう……?』
「オレを親父だと思って頼っていい、ってこった!」
父親、と、スザクはマイクに入らない小さな声で呟く。
突然の申し出でも、嫌味や不快感を全く感じさせないのは飛虎の人柄故か。
胸を張る姿には威厳と包容感が見えて、まさに「理想の父親」と言える男なのかも知れない。
だがスザクの答えは歯切れの悪いものだった。
『いえ、僕には……その資格は』
「家族に資格も何もあるか!
なっ、嬢ちゃんもそう思うだろ」
「そうね」とか、「そうかしら」とか。
これまで通りの、無味乾燥な返事があるものと思っていた。
だがエィハの反応は、スザクが初めて見るものだった。
「……ごめんなさい。分からないわ。
私は家族を知らないから」
慎重に言葉を選んでいる様子で、エィハは言う。
大抵の物事に無関心に見えていたエィハの、珍しい姿だった。
「私には友達しかいないと思っていたわ。
だけど……家族も、新たに得られるものなのかしら」
「あったりめえよ!
嬢ちゃんだってもう少し大きくなったら、好きな男と結婚すんだろ?
そうすりゃそのうちガキもできるし、家族ってのは増えてくもんなんだよ」
「そう……だったわね」
エィハは思案しているようだった。
彼女の乏しい表情からは、何を考えているかまでは分からない。
「後でうちの次男坊も紹介してやりてえが。
ま、今はここを何とか出ねーことにはな!」
黙り込んだエィハの様子を見てか、飛虎は話を切り上げた。
スザクとしても反応に窮していたので、失礼とは思いながらも安堵する。
自分がかつて壊したものを、奪ってしまったものを、嫌でも思い出してしまうから。
『……あっ』
「どうした、スザク」
『知り合いが、近くにいるみたいです』
-
九段下まで間もなくという地点で、ランスロットの敵味方識別装置に反応がある。
友軍機、即ちジェレミアの機体である。
ランスロットよりも早く現地に到着していると思っていたのだが、どうやらその地点で停止しているらしい。
スザクは九段下に向けていた進路を僅かに逸らした。
『すみません、行き先を変更します!』
「おうよ、嬢ちゃんとヴァルも頼むぜ!」
「分かった」
ルルーシュの安否がかかっている時に、ジェレミアが足を止めている。
悪いことが起きていなければいいがと、スザクはランスロットの速度を上げた。
▽
オレンジ色のその巨体は、嫌でも人目を引いた。
鮮やかなカラーリングに加え、十メートル四方の立方体にも収まるかどうかという圧倒的な大きさ。
KMF――ランスロットが人型であるのに対し、KGFという「要塞型」として設計されたこのサザーランド・ジークは隠密には不向きだった。
そんなサイズのものが自動車以上の速度で空を移動するのだから、無理からぬことである。
だがジェレミア・ゴットバルトには外敵に見つかるというリスクを負ってでも、急がねばならない理由があった。
「ルルーシュ様……」
主君であるルルーシュが消息を絶って以降、何度か携帯に掛け直してみてはいるものの、未だ繋がらない。
焦燥に駆られながら、ジェレミアは九段下へと急ぐ。
その行く手を阻むように、その女は現れた。
サザーランド・ジークの前方、数十メートル先に突如現れた「それ」を前に、ジェレミアは急遽減速した。
女といっても姿形がそうであるだけで、全く異質なものであることは考えるまでもなかった。
空中に足場でもあるかのように、真っ直ぐに立つ女。
その着ている服も、髪も、肌すらも、全てが深い青色だった。
そしてその美貌と視線は、この世のものとは思えない。
女は何を言うでもなく、ある一点を指差した。
下方、サザーランド・ジークが通り過ぎた地点である。
ジェレミアが機体の向きはそのままに、モニターを切り替えて集音マイクで音を拾う。
三人の人影が映り、機体の中には場違いといってもいい少女の声が飛び込んできた。
「お願いしまーす!
話を、させてくださーい!!」
必死に呼びかけてくる少女と、急ぐべき理由。
ジェレミアはここで、選択を迫られた。
▽
初めに「休みたい」という紂王の泣き言を聞き入れたユウナは、とある建物を丸ごと一つ氷付けにした。
見上げれば首が痛くなるほどの、浅葱が住む日本では考えられないほどの堅牢な建物が、一瞬でである。
召喚獣は一度に一体ずつしか呼べないそうだが、その分一体ごとの能力は凄まじいもので、浅葱はしばらく声も出せなかった。
氷の塊となった建物に侵入できる者はおらず、死者の群れが溢れ返った地上を尻目に、三人は屋上で一呼吸ついたのだった。
三人の頭上を影が通り過ぎたのは、それから間もなくのことである。
ユウナはそれを見上げて「飛空艇」と呼んだ。
操縦している人がいるに違いないと、ユウナはシヴァを召喚してこれを呼び止めた。
浅葱が空飛ぶ巨大な鉄塊というものを目の当たりにし、呆気に取られている間の出来事だった。
そうでなければユウナを制止していたに違いない。
ただでさえ紂王という信用ならない荷物を抱えている時に、敵が増えたらどうするつもりなのかと。
ユウナが呼び止めてしまった後も、鉄塊にはそのまま無視して通り過ぎて欲しいという思いでいっぱいだった。
だがそれもあっさりと打ち砕かれて、その巨体は緩やかに高度を落としたのだった。
「来て下さって、ありがとうございます。召喚士のユウナです」
丁寧に頭を下げるユウナの姿に、浅葱は軽い目眩を覚える。
浅葱の懸念には気付いてすらいないらしい。
「誰か……乗っているんですよね?」
『いかにも。
礼儀として名乗っておこう。
私はジェレミア・ゴットバルト。
さる高貴な方にお仕えしている』
低い、男の声が鉄塊のどこからか聞こえる。
周囲の建物にぶつからないギリギリの高さまで下りてきてはいたが、その鉄塊から人が出て来る気配はなかった。
『手短に済ませて頂こう。私は急ぐ身だ』
「人捜しでもしてるわけ?」
『……』
上からの物言いが癇に障り、浅葱は間髪入れずに嫌味を言う。
この状況で急ぐことといえば、おおよそ絞られる。
浅葱はその一つを口にしたに過ぎない。
反応からして正解だったらしいが、ユウナからは窘めるような視線を投げられた。
「私たちは、二十人全員でここを出る方法を探しています。
そのために協力して欲しいんです。
あなたが人を捜しているなら、そのお手伝いもできると思います」
『それが見返りというわけか』
「はい」
-
しばしの沈黙が流れる。
そしてジェレミアと名乗った男が切り出した。
『その方法が見つからなかった場合、君はどうするつもりだ?』
「それは……」
『そして、私には君たちを信用するに足る理由がない。
信用ならない者に、協力などさせられん』
ユウナが答えに窮する。
言わんこっちゃないと、浅葱はやむなく口を挟んだ。
「本気で言ってるのかい、それ。
少なくとも、あんたは急いでいたのにここにやってきた。
協力者が欲しいのはそっちだったんじゃない?」
わざわざ呼び掛けに応じた以上、理由があるはずだ。
こうして話していても、ジェレミアが人助けをしようとしているお人好しとは思えない。
何らかの打算あっての行動だろうと、浅葱は読んでいた。
『誤解があるようだな』
「へえ?」
『私は君たちを見定めに来た』
肌に冷気が刺さる感覚がある。
鉄塊に取り付けられた巨大な銛状の武器が、今にもこちらを狙ってくるのではないかと、浅葱の額に汗が浮く。
相手の顔は見えなくても、殺気に近いものは伝わってくる。
「僕らじゃ不合格ってこと?」
『それは――』
まだ本気で殺す気ではないはずだと、浅葱は交渉の余地を探す。
だがそこで唐突に、ジェレミアが黙り込んだ。
白い鎧が現れたのは、それから間もなくのことだった。
その鉄塊の主は枢木と呼ばれ、ジェレミアとの再会を喜んでいた。
そのお陰で剣呑な空気は霧散し、浅葱は止めていた息を深く吐き出す。
だがこの二人の合流は、もう一つの予期せぬ再会を生んだ。
「武成王……?」
それまで黙って様子を窺っていた紂王が、口を開いたのだった。
▽
それは、間が良かったと言えるのかも知れない。
痩身の、人の良さそうな三人組。
この場で始末しておくべきかと、ジェレミアが思案していた矢先の出来事だった。
口減らしの機会を逸したとも思えたが、ルルーシュの安否が掴めない以上、事を急ぐべきでもない。
結果としてこれで良かったのだろうと納得することにした。
黄飛虎と紂王が知り合いだったということで、二人はしきりに話し込んでいた。
その間にジェレミアもランスロットとのチャンネルを開き、二人だけで会話をする。
「随分、大所帯になったようだな」
『……それなんですが。
彼らを残して、僕らだけでルルーシュを捜しに行きませんか?』
「……ほう。君がそんな提案をするとはな」
彼らだけで残した場合――もしその中に一人でも不穏な動きをする者がいれば、集団は瓦解する。
それを防ぐためにここに残ると、スザクならそう言い出すと思っていた。
『僕に考えがあるんです』
ジェレミアとしては、一刻も早く出発できればそれでいい。
彼らを半ば見捨てるようで多少の良心の呵責はあるが、ルルーシュの安全には代えられないのだ。
氷漬けになったビルの屋上に残るのは、五人。
スザクは彼らを残していくことを説明すると、彼らの方もあっさりそれを承諾した。
「すぐには戻れないかも知れない」と、それだけ言い残して、ランスロットとサザーランド・ジークはその場を離れていった
▽
「召喚士、というのね。凄いわ」
「えへへ……」
エィハはユウナの隣りで、熱心に話を聞いていた。
その会話を聞いていた者には、この二人が姉妹のようにも見えただろう。
エィハの視線の意味に気付いている者は、まだいない。
――〈竜殺し〉。
〈喰らい姫〉から受け取った、〈竜殺し〉を判別する能力。
エィハの目が、スザクのランスロットに続く次の〈竜殺し〉を見つけたのだ。
だからエィハはずっと観察していた。
ユウナの召喚獣が氷漬けにしたという建物を見て、そしてユウナ本人を見る。
その細い首筋を、腕を、見極める。
自分とヴァルの力で、殺せるかどうかを。
召喚獣を出していない今なら殺せるのではないか。
-
もし殺すなら、その後に残った面々はどうするか。
エィハは必死に考えながら、ユウナの話を聞いていた。
横で面白くなさそうに不満顔を見せている浅葱のことも、全く気にならなかった。
そうしてユウナのことばかり見ていたからだろう。
それ以外の者たちが何を話しているのか、エィハはまるで聞いていなかった。
故に、その事態に気付くのが一歩遅れたのだ。
▽
「紂王陛下!」
「おお、本当におまえだったか……!」
飛虎は紂王の姿を前にして、素直に喜んでいた。
かつて紂王が原因となって妻が、そして妹が死んでいる。
飛虎自身は殷を裏切って他国の将となってしまった。
しかしかといって、かつて仕えた王の不幸を願えるはずもない。
紂王の無事を確認して、飛虎は心底安堵したのだった。
「して、武成王。今までどこに?」
「品川、とかいう地名だったかと。
エィハとヴァルのお陰で――」
「いや、そうではない。
予が政をしている間、おまえはどこに行っていたのだ?」
「武成王」、という呼び名に違和感を覚える。
飛虎は殷の鎮国武成王から、周の開国武成王となった。
紂王から「武成王」と呼ばれることは、もうないと思っていたのだ。
そして何より、話が噛み合わない。
「それは……西岐に」
「西岐だと? 何故今の時期にそのような」
まるで、本当に何も知らないかのようだった。
次第に紂王の顔に不安の色が広がり、視線を彷徨わせ始める。
『――なので飛虎さん、ここをお願いします!』
「あ、……ああ、分かった。
気をつけてな」
スザクが何か話していたようだったが、飛虎にはほとんど聞こえていなかった。
この時点で、スザクをを引き止めておくべきだったのかも知れない。
だが飛虎にはその決断ができなかった。
「……そう、だ。何故殷に、武成王がいなかった?
いや……何故予は、武成王の不在をおかしいと思わなかった?
帳簿の数字が全く合わなかった。
合わなかったことを、おかしいとも思わなかった。
何かが足りなかったはずなのに。
そういうものだと思ってしまったのは何故か?
民の様子が妙だと思ったはずではなかったか?
そうだ聞仲は?
聞仲はどこだ?
聞仲に聞けば分かるはずだ。
聞仲を捜さなくては
聞仲。
聞仲!!
聞仲はどこに!!!」
独り言を続ける紂王の視界に、すでに飛虎の姿はなくなっていた。
肌がざわつく感覚に、飛虎は紂王の両肩に掴みかかるようにして前を向かせる。
「しっかりして下さい、陛下!
オレはあの時――――」
飛虎の手首に強い力が掛かった。
紂王に掴まれたのだ。
「そうだった。
おまえは予と殷を裏切ったのだったな、武成王」
違う。これは紂王陛下ではない。
彼の濁った目を見て、飛虎は確信する。
そしてそのまま、細身の王によって投げ飛ばされた。
▽
「ヴァル!!」
飛虎のただごとではない声で、エィハはようやく視線をそちらに向かわせていた。
そしてエィハの倍ほどもある背丈の男が吹き飛ばされたのを見て、咄嗟にヴァルに指示したのだ。
ヴァルが体を浮かせ、飛虎の体を受け止める。
「あ、ありがとよ……だが……!!」
エィハの視線の先で、紂王が縮んでいた。
エィハとそう変わらない、少年のような姿をしている。
会った時は間違いなく、スザクと同じかそれ以上の上背があったはずだ。
-
飛虎を屋上に下ろすと、エィハとヴァルが臨戦態勢を取る。
「予は寛大である。
それ故に武成王よ、機会を与えよう。
殷に戻り、これまでのように予に仕えよ。
おまえの家族も悪いようにはすまい」
エィハは初めて、生まれながらの「王」の声を聞いた。
王になるべくして生まれ、なるべくしてなった王。
忌ブキとはまた違うその威厳を前にして、阻んではならないように思えて、口を閉ざしてしまった。
「……陛下、オレぁ……戻れません。
オレは周の開国武成王だ!
それに、賈氏と黄氏のことを忘れたとは言わせねぇ!!
「そうであろうな。
故に……予は、悲しい」
紂王が涙を浮かべる。
事情を知らないエィハには、飛虎の方こそ間違っているのではないかと思えてしまう。
そしてその感情は、打ち破られた。
「おまえを殺さねばならないとは、予は、悲しいッッ ッ ッ! ! !」
声の波が周囲に叩き付けられる。
それだけで氷漬けになっていた建物が崩れ出す。
エィハはヴァルに飛虎の襟首を咥えさせて飛び上がり、僅かに残った足場でユウナが叫んだ。
「召喚します……!」
そこでエィハの脳裏に、一つの考えが首をもたげた。
今なら。
スザクがしばらく戻らないと言っていた今なら。
全員の注意が逸れている今なら。
ユウナが召喚しようとしている今なら。
あの細い首が無防備に見える今この瞬間なら。
〈竜殺し〉を討ち取れるのではないか……?
ユウナの杖から火の玉が滴るように落ちる。
建物の足場に魔法陣が広がり、魔素の流れが変わる。
今――
ヴァルが口を開け、飛虎を離す。
地上まで落下していく彼を気にも留めず、ヴァルが加速する。
だが一層激しくなった音の波が、エィハとヴァルに襲いかかった。
「っく……!!」
呼吸を乱される。
召喚の方が速い。
炎を宿した召喚獣がユウナと浅葱を守り、加速していたエィハとヴァルはバランスを崩した。
『エィハ――――――――!!!!』
紂王とは別の声が、音の波を突き破った。
一本の光の筋に見えるほどの速度で、彼は戻ってきたのだ。
地上に落ちかけていた飛虎を拾い、建物の壁面に打ち込んだ銛を巻き取って機体を屋上まで引き上げ、エィハとヴァルを手の中に収めた。
回収した者たちを守りながら、白い騎士は地上へ着地する。
そして還り人の群れを踏み散らしながら、屋上を睨むように顔を上げた。
「スザク、オメーどうしてここに……」
『飛虎さん、話は後です!
エィハも手伝ってくれ!』
あの紂王の存在以上に。
助けられたこと以上に。
〈竜殺し〉を仕損じた事実が、エィハの脳裏で渦巻いていた。
だがそんなエィハに耳打ちするように、スザクの呟きが届いた。
『君もだ、エィハ。後で話そう』
その口調は優しく、そして声は厳しかった。
スザクには既に気付かれているのかも知れない。
もしそうなら――
▽
「僕は、戻ります」
それがジェレミアへの提案だった。
一度二人で抜けた後、スザクだけが戻る。
その回りくどい方法は、エィハの様子を見るためだった。
エィハを信じたいと思いながらどこかで、彼女が何かをしようとしているように思えたからだ。
そのことをジェレミアにも説明し、納得してもらえた。
-
『了解した。ルルーシュ様の捜索は私一人で行う。
だが枢木、その少女についてだが』
「何か?」
『危険だと判断した時は、確実に始末したまえ』
「……ええ」
スザクも最近になって知ったことだが、普段のジェレミアは人好きのする人物である。
主君への忠誠心は言うまでもなく、部下や身内へはお節介なまでに世話を焼く、人間味に溢れた男だった。
だが仕事として割り切って「必要」と断じた時、彼は冷淡なまでに最善手を打つ。
特にそれがルルーシュの身に関わるとなると、彼には一切の迷いがない。
『万一討ち漏らした時、彼女がルルーシュ様に危害を加えないとは限らない。
もしも君にできないなら、私が代わろう』
「いえ、大丈夫です」
それはジェレミアなりの気遣いだったのかも知れないが、スザクは断った。
今さら、綺麗事が通るとは思っていない。
「もしもエィハが彼らを殺すなら。
その時は、僕がエィハを殺します」
【一日目昼/九段下付近】
【ジェレミア・ゴットバルト@コードギアス】
[所持品]サザーランド・ジーク、携帯電話、手甲剣
[状態]健康
[その他]
・〈竜殺し〉ではない。
・四道から情報を得る。
・ユウナから情報を得る。
【枢木スザク@コードギアス】
[所持品]ランスロット・アルビオン
[状態]健康
[その他]
・ランスロットは〈竜殺し〉
【黄飛虎@封神演義】
[所持品]棍
[状態]健康
[その他]
・〈竜殺し〉ではない
【エィハ@レッドドラゴン】
[所持品]短剣
[状態]健康(還り人)
[その他]
・ 特記事項なし
【浅葱@BASARA】
[所持品]剣
[状態]健康
[その他]
・〈竜殺し〉ではない
【ユウナ@FFX】
[所持品]ニルヴァーナ
[状態]健康、イフリート召喚中
[その他]
・特記事項なし
【紂王@封神演義】
[所持品]
[状態]健康、服の袖が破れている、少年の姿
[その他]
・記憶障害
投下終了です。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア、黄天化、シーモアを予約します。
投下終了です。
-
月報です。よろしくお願い致します。
話数(前期比):13話(+ 1) 生存者(前期比):19/20 (- 1) 生存率(前期比):95.0
-
予約を変更してスアロー・クラツヴァーリ、ティーダ、シーモアを投下します。
-
焼け落ちた廃墟の煤けた屋上に、二人の男。
一人は柵を乗り越えて、落下する危険など気にも留めない様子で縁に腰掛けていた。
一人は屋上の真ん中で、両足を投げ出すようにして座り込んでいる。
縁に座るのは細身の少年、ティーダ。
中心にいるのがスアロー・クラツヴァーリという青年である。
二人はともに金髪碧眼、話し方も緊張感の薄いものではあったが、似た者同士とは言えなかった。
身軽さを武器にしたティーダに対し、黒い鎧を着込んだ重装備のスアロー。
日焼けしたティーダが太陽に好かれているのだとすれば、色白のスアローは太陽に嫌われているのかも知れない。
ティーダとスアローは似ていなかった。
否、スアローと似ている者など、どこにもいないのである。
とはいえお互い単独行動に向かない性質を自覚していることもあり、一緒に行動することで同意した。
そしてまずは魔素の消耗で休養を必要としていたスアローの為、還り人に追い回されながらようやくここに腰を落ち着けたのだった。
ひび割れた、今にも砕け散りそうな脆い空に浮かぶ雲が、ゆっくりと移動していく。
地上から立ち上っていた黒煙は次第に薄れていく。
焼かれていた周囲の建物には、もう燃えるものが残っていないのだろう。
燃えていく。壊れていく。自分が触れるまでもなく。
沈黙の中、漫然と浮かんでいたスアローの思考を、か細い旋律が破った。
「♪――――」
それを耳にしたスアローは立ち上がり、ティーダが座る屋上際に近づく。
上手いとは言えない鼻歌だった。
だが異国の響きのあるそれに、スアローは耳を傾ける。
スアローは音楽が好きだった。
触れられないがそこにあるもの。
スアローが触れて壊れてしまうものとは違う、触れられないが故に壊せないもの。
あるいは、生まれるのと同時に壊れていくもの。
その音色がふと途切れた。
「……何ッスか」
「いやぁ、邪魔するつもりはなかったんだ。続けて続けて」
「するわけないだろ」
ティーダが頬を膨らますのが見えて、少年らしさを感じる。
育ってしまったがもう育たないという少年の姿を、スアローはしげしげと眺めた。
「それ、君の国の曲なのかい?」
「……オレのザナルカンドで、ブリッツボールの勝利のおまじないってやつ。
親父が歌ってたんだけど、オレよりへったくそでさ」
「父親かぁ。でも、嫌いじゃないんだろう?」
「……別に、好きでもないけどな」
それは曲のことなのか、父親のことなのか。
ティーダの照れ隠しのような返事に、スアローは深く頷いた。
それはスアローにとって、全く関係のないことではあったのだが。
「そんなことよりアンタ、もういいのか?」
「あー、万全にはほど遠いんだけどね。
もう行こうか。
これ以上足止めってわけにいかないんだよね?」
ティーダはユウナという少女を捜しており、その足をスアローが引っ張る形になっていたのだ。
かといってそれを気に病むスアローではないのだが、スアロー自身にもゆっくりしていられない事情があった。
「婁さん、じっとしててくれてるといいんだけどなぁ」
「アンタが言ってるそれ、ホントに信じていいのか!?」
「はっきり言って僕には婁さんが今何を考えているのか全く分からないが、ここに来て何をしたのかは大体分かる。
後は、僕を信じてくれとしか言えないな」
無駄に胸を張って言い切るスアローに対し、ティーダの表情は半信半疑といったところである。
こうして不信を買ってしまった経緯を思い返し、スアローは改めて「参ったなぁ」とぼやくのだった。
▽
聞仲から逃れ、まだ還り人に破壊されていない地域に着いた頃。
年齢こそ一回りは違った二人だが、年の差を気にしない気さくな幼年はスアローにとって話しやすい相手だった。
ティーダの出自に関心があったこともあり、スアローは何かとティーダの話を聞きたがった。
それが唐突に、ティーダの焦りの声で現実に引き戻される。
「なぁ、あれ!」
大きな建物の壁面に設置されたパネルに、映像が流れている。
この国の文明はドナティアのそれを遙かに超えており、映像のやり取りに通信用魔術結界を必要としないらしい。
そこに映った一人の男の姿が、そんなスアローの思考を瞬時に吹き飛ばした。
「ぶふぉおっ!!?!?」
初めに映し出されていた女性を、仮面の男が手刀で刺殺した。
それは紛れもなく、スアローがよく知る男であった。
仮面を用いるようになってからの彼のことは、羊皮紙に描かれた肖像でしか知らない。
それでも分かるのだ。
どうしようもなく、あの男は変わらないのだと。
-
『この「東京」をこれより、大いなる〈天凌〉に捧ぐ贄とする!』
衝撃のあまり息も絶え絶えになっているスアローに構うはずもなく、パネルの中の男は朗々と演説を続ける。
『私こそは〈天凌〉に仕えしもの、私の名は――』
男がにんまりと笑う。
まるで、見せつけるかのように。
『スアロー・クラツヴァーリ!!!』
「……………………………………は?」
そこで映像は終わったが、再び女性が刺殺される場面が映し出された。
どうやらこの演説は、ひたすらリピート放送されるようである。
二周、三周と見終わった頃、ティーダがようやく口を開いた。
「……なぁ、これ」
「ち、違う!! 断じて違う、僕じゃない!! 濡れ衣だ!!!
ほら、声が全然違うだろう!?
顎のラインとか、ほら! 体格も!」
「オレだって疑いたくないんだけどさ……」
婁がどういった人物なのか。
この地で起きている還り人の発生とどう関係しているのか。
時間をかけて、何とかティーダに納得させたのだった。
「婁さん、僕のことがよほど腹に据えかねていたと見える。
僕が婁さんのことを尊敬しているのは、本当なんだけどなぁ」
そんなぼやきが婁に届くはずもなかった。
もっとも届いたところで、火に油を注ぐ結果になっただろうが。
▽
婁震戒は恐らく東京の中心部で〈死者の王〉として活動を始めた。
婁の性格、それに還り人たちの活動域の拡大の様子などから、スアローとティーダはそう結論づけた。
そしてティーダはユウナならそれを止めるために中心に向かうはずだと主張し、スアローはそれを受け入れた。
道という道を埋め尽くした還り人の群れを迂回するルートはなく、二人は還り人たちの頭や肩を踏み越えて、一息に移動を始める。
「地図を見た限りかなり広いと思うんだよねぇ、東京って」
「仕方ないだろ!
乗り物はどれも、こいつらのせいで使えないんだからさ!」
今いる新宿から中心部までの距離は、地図で位置を確認した際に計算しようとしてすぐにやめてしまった。
ユウナのことで焦りを募らせているティーダに言ったところで、止まりはしないだろう。
「楽をしたいのになぁ」と一人ごちて、スアローはなくなくティーダの後に続いた。
爆発音を聞いたのは、その道中のことだった。
初めのうちは何かの燃料に着火したのだろうと、スアローもティーダも気に止めなかった。
だが同じ方角から断続的にその音が続き、二人は尋常でない事態を感じ取った。
「さて、どうする?
はっきり言って僕は、嫌な予感しかしない!」
「だけどもしかしたら、ユウナがいるかも知れない……!」
既にティーダは進路を変え、爆発音がする方へ足を向けていた。
仮にスアローが説得したところで、その足を止めることはないだろう。
「うーん、仕方ない。付き合おう。
子どもを守るのは、大人の役目だからね」
スアローはいつも通り、どこまで本気なのか分からない乾いた笑みを作る。
彼の従者が「悪い癖」と称す性質は、ここにきても変わることがなかった。
【一日目昼/渋谷(東部)】
【スアロー@レッドドラゴン】
[所持品]両手剣×4
[状態]軽傷
[その他]
・〈竜殺し〉です。
・婁の宣戦布告を目撃
【ティーダ@FFX】
[所持品]アルテマウェポン
[状態]健康
[その他]
・婁の宣戦布告を目撃
▽
「……さて」
-
死体の群れを戯れに逐一相手にするのにも飽いて、シーモアは魔法を用いて一掃した。
エボンの老師として四属性の魔法を自在に操るシーモアは、その膨大な魔力によって連続魔法を可能にする。
彼にしてみればそう協力でもない、中位程度の威力のファイラも、彼の魔力で連打すれば辺りを火の海に変えられるのだ。
魔法を使用した直後こそ、新たな群れがそれまでに倍する数で襲いかかってきていた。
だが二度三度と重ねると、死体たちはシーモアから距離を取り、遠巻きに観察してくるようになった。
そうした動きから、シーモアはこれらを操作する者がいることを察する。
魔物の創造と使役に長けたグアド族だからこそ、容易にその結論に行き着いたのだった。
「やはり避けられないものらしいな」
グアドとは、異界を守る民である。
それ故に幻光虫との関わりは深く、敏感にその気配を感じ取る。
だからこそ、ここに向かってくる者が誰なのかも気づいている。
「救ってやろう。
おまえも、おまえの父も」
焼け爛れた大地に立ち、シーモアは待ち受けていた。
【一日目昼/渋谷(東部)】
【シーモア@FINAL FANTASY X】
[所持品]不明
[状態]健康、死人
[その他]
・〈竜殺し〉ではない
投下終了です。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア、黄天化、スアロー・クラツヴァーリ、ティーダ、シーモアを予約します。
-
月報です。よろしくお願い致します。
話数(前期比):14話(+ 1) 生存者(前期比):19/20 (- 0) 生存率(前期比):95.0
-
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア、黄天化、スアロー・クラツヴァーリ、ティーダ、シーモアを投下します。
-
ある程度走ったところで、黄天化は足を止めた。
片腕は肩に担ぎ上げたルルーシュを支えるのに塞がっているが、残る一方の手で器用に莫耶の宝剣を操って四方の死体の群れを片付ける。
そして手近な死体を踏み台にして跳躍し、街灯の上へ飛び乗った。
「っちゃー……わり、見失っちまったさ」
「何だと!?」
肩に担がれた姿勢のまま、ルルーシュがキャンキャンと騒ぎ出す。
予想通りの反応だったので、天化はそれを軽く受け流し、代わりに周囲の様子を観察した。
黒衣の男を見つけるのは早々に諦め、代わりに死体の群れの方を注視する。
相変わらず死体の群れは多いが、一時ほどの密度ではないように思われた。
この「東京」全域に手を広げるべく、拡散していったためだろう。
胸の悪くなる話ではあるが、死体たちの服装などを見るに元は街の住人だ。
それは街の人口以上の群れにはならず、無限に増え続けるものでもないということだ。
道端には天化が斬ったものとは別の死体も多数転がっており、全ての住人が群れになったというわけでもないらしい。
また、先程までと少々状況が変わったことに気付いた。
街灯の上などその場しのぎの逃げ道に過ぎなかったのだが、死体の群れが追いすがってくる様子がないのだ。
少々遠巻きに、何体かが様子を窺っているように見えるだけだ。
それは放送局の中で、群れが天化らを積極的に殺そうとしてこなかったことと無関係ではないように思えた。
「連中はどーにもやる気が足りねぇみてえだったけど、赤い剣のあいつだけは本気でオレっちたちを殺しにきてたさ。
んで、こいつらはまたやる気なしときた。
どういうことさ?」
「それは。……。
あの剣を手に入れるのが先だ!!」
「ほんっっと役に立たねぇさあんた!!」
黒衣の男は既に影も形もなく、行き先の手がかりもない。
頭脳労働の面に関して頼みの綱ともいえたルルーシュはこの有様である。
天化はやむなく、一人で今後の方針を思案する。
「……しゃーない。
どっかでちょいと休んだら、また捜すさ」
「そんな悠長なことを!」
「あんた一人じゃあいつは捕まえられっこないって分かってるはずさ。
オレっちだって無理はしたかねぇのさ」
「む……」
ルルーシュはしぶしぶではあるが納得したようだった。
そうして天化は足場にしていた街灯を蹴り、移動を再開する。
だが低い建物の屋上に跳び移ったところで、また足を止める。
視線の先は別の建物の外壁で、奇跡的に稼働している電光掲示板があった。
殷にはなかった代物への好奇心――だけではない。
そこには見知った男の姿が映っていたのだ。
『私こそは〈天凌〉に仕えしもの、私の名は――』
天化もルルーシュも、思わず前のめりになる。
その男の挙動に釘付けになった。
『スアロー・クラツヴァーリ!!!』
リピートされる映像を何度か眺めた後、テレビ局から数キロほど足を伸ばしたが収穫はなく。
ルルーシュと出会って以降戦い通しだった天化は、廃ビルの一角で腰を落ち着けた。
煤けたソファに寝転がり、煙草をふかす。
ルルーシュはといえば、「俺が使うはずだったのに」と一人愚痴を零していた。
メッセージを不特定多数に向けて発信することで、何らかの優位に立てる策を考えていたのだろう。
この「東京」の土地勘があることもあって目の付け所は決して悪くなかったが、運は徹底して向かなかったようだ。
「さーて、どうしたもんかねぇ」
意識を手放さない程度に体の力を抜き、緊張をほぐす。
その束の間の休息は、遠く離れた地から轟音が響く時まで続いたのだった。
▽
進むにつれ、周囲の気温が上昇していく。
嫌な汗をかき始めたティーダは死体の群れを足場にするのをやめ、地面に着地する。
そして群れを斬りつけながら、再び速度を上げる。
これはティーダにとって助走のようなものだ。
強力な一撃を叩き込むために、必要なプロセスである。
「あー。ごめん、それ僕は手伝わなくていい?」
後ろから緊張感のない声がかかる。
スアローの性質――というより『呪い』について既に聞かされていたティーダは、それをあっさり了承した。
「いいっスよ。
その代わり、肝心な時に武器がないとかやめてくれよな」
「肝に銘じておくよ。
今は怖いメイドさんもいないしね」
スアローは普段は武器の管理をそのメイドに任せているらしく、余計に不安が煽られる。
とはいえ出会って間もないティーダにはそれ以上言えることもなく、進行方向に注意を戻した。
-
死体が焼ける臭いに顔を顰める。
視界が拓けた先の広場には、見知った男の姿があった。
「やはりお前が来たか」
グアド族の族長にしてエボンの老師、シーモア=グアド。
その声は、何も知らぬ者が聞けば妖艶と称したかも知れない。
魔力を使うまでもなく人を心酔せしめる、艷やかにして色を帯びた声だ。
行く先々で道を阻まれてきたティーダにとっては、不快なものでしかなかったのだが。
「えーっと、知り合い?」
ここにきてなおスアローは呑気な様を見せており、相変わらずであった。
「嫌いなやつ」
「なるほどねぇ」
興味があるのかないのか、人当たりがいい割に分かりにくい男である。
対するシーモアは、スアローにはまるで感心がないようだった。
「念のため聞いておこう。
知りもしないだろうがな」
ねっとりと勿体ぶるような口ぶりで、シーモアは言う。
こうしてただ話しているだけでも胸が悪くなり、ティーダはますますこの男が嫌いになるのだ。
「私の花嫁は、今はどこに?」
全身が総毛立つような不快感と怒りが、ティーダから噴き上がる。
ベベルで見せつけられた結婚式を、嫌でも想起させられた。
「知ってても教えねーよ!!」
事情を一切知らぬスアローを置き去りにしたまま、ティーダはアルテマウェポンを構える。
ルカに始まり、ミヘンで、グアドサラムで、ベベルで、ガガゼトで、シーモアとは繰り返し顔を合わせてきた。
だが次はないと、ユウナには決して近づけまいと、ティーダは両足に力を込める。
一撃の重さだけを比べるなら、ティーダよりもスアローの方が優れているかも知れない。
だがティーダの最大の武器は手数である。
ヘイスガとクイックトリックの併用は、相手に息をつく暇さえ与えない連続攻撃を可能にする。
味方全体に効果を及ぼすヘイスガによってスアローの速度も上昇しているものの、ティーダはそれよりも更に速い。
なお、ついでではあるが、ティーダの連撃の合間にスアローは剣を二本ほど壊していた。
「はぁあああああああああああ!!!!」
圧倒的な速度に加えて、ティーダが持つアルテマウェポンには「回避カウンター」「魔法カウンター」のアビリティが付いている。
シーモアがブリザラやサンダラを使えば、ティーダが意識する必要すらなく反撃の一手となるのだ。
ティーダが回避した連続魔法が周囲の建物を次々と破壊していくも、ティーダ自身にダメージはない。
幻光異体による全体魔法・ブリザドでティーダとスアローの動きが一時止まったが、ティーダの準備は既に済んでいた。
「派手なのを一発、ぶちかます!!!」
姿勢を低く落とす。
地面を強く蹴って体を押し出し、一息にシーモアの目前まで距離を詰め、八連撃。
袈裟懸けに、横一文字に、或いは真下から切り上げ、必殺ともいえる一撃を矢継ぎ早に叩き込んでいく。
そして剣を地面に突き立て、それを踏み台にして跳ぶ。
「スアロー! それ、投げてくれ!」
「え、何これ。いつの間に!?」
ティーダはスアローの手の中にあったブリッツボールを投げるよう促す。
ティーダのオーバードライブ技、エース・オブ・ザ・ブリッツ。
これは最後に、宙高く上げられたボールを蹴って敵に見舞うことで完成するのだ。
「よーし、よく分からないが任せろ!」
スアローの手を離れたボールが、丁度ティーダが飛び上がった最高高度に到達する。
完璧なタイミングだった。
ティーダは空中で上下に体を一回転させ、頭を下にした姿勢のままボールを蹴り抜いた。
パァン、と甲高い破裂音が響く。
「……えっ」
その声はティーダのものだったか、スアローのものだったか。
ティーダ愛用のブリッツボールはティーダの蹴りの威力に耐えきれず、弾け飛んでしまったのだ。
蹴りがほぼ空振りとなったティーダはそのまま落下し、バランスを崩しながらもかろうじて着地した。
「……その。
今回は運が悪かったみたいだ」
スアローがきまり悪そうに言う。
スアローが触れたものは休息に劣化し『粉砕』される――ティーダはそれを改めて実感させられたのだった。
それでも、シーモアへのダメージは過剰なほどのものとなっていたはずだ。
-
ティーダが視線を戻すが、そこに期待したものはなかった。
シーモアは未だ健在で、そこに立っていたのだ。
「この土地はいい。
何もかもが私の糧となる」
周囲に転がっていた死体が瞬時に形を失い、幻光虫となって霧散した。
のみならず遠巻きに広場の様子を窺っていた死体の群れさえも崩れ、それらの幻光虫はシーモアの内へ取り込まれていく。
幻光虫の扱いに長けたグアド族の血を引いた優秀な召喚士であったシーモアが、死人(しびと)となったことで新たに得た力である。
「これで終わると、思ったわけではあるまい?」
「……しつこいっつーの」
ティーダの眼前にまず現れたのは、巨大な甲虫のような姿である。
シーモアが使役する、幻光異体。
そしてその背後に立つのが、人の形を失ったシーモア:異体だった。
ベベルで対峙した時のままの姿である。
その姿に、物言いに、ティーダは一層の苛立ちを募らせるのだった。
【一日目昼/渋谷(東部)】
【スアロー@レッドドラゴン】
[所持品]両手剣×2
[状態]軽傷
[その他]
・〈竜殺し〉です。
・婁の宣戦布告を目撃
【ティーダ@FFX】
[所持品]アルテマウェポン
[状態]健康、オーバードライブ使用直後
[その他]
・婁の宣戦布告を目撃
【シーモア@FINAL FANTASY X】
[所持品]不明
[状態]健康、死人
[その他]
・〈竜殺し〉ではない
▽
「スアロー、ね」
ティーダたちの頭上高く、建物の屋上から、その二人は戦いの推移を見守っていた。
「どうやらまた、ややこしいことになってるみてぇさ」
「あの男がいない。
さっさと次に当たるぞ」
「言ってる場合じゃないさ!
手を貸してやろうにも、困ったもんさ」
ルルーシュの言葉を聞き流しながら、天化は新たな煙草に火をつける。
見た目で善悪を決めていいのなら、助けに入るべきは金髪の二人の方だろう。
とはいえ込み入った事情はまるで分からず、一方の名は「スアロー」であるという。
煙草が短くなっていく。
静観していられる時間はそう長くはないだろうと、天化は予感していた。
【一日目昼/渋谷(東部)】
【ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア@コードギアス 反逆のルルーシュ】
[所持品]なし
[状態]七殺天凌に魅了されている
[その他]
・携帯電話を紛失
・婁の宣戦布告を目撃
【黄天化@封神演義】
[所持品]莫邪の宝剣、鑚心釘
[状態]左脇腹に傷
[その他]
・ルルーシュの「俺を助けろ」ギアス使用済み(効果が継続しているかは不明)
・婁の宣戦布告を目撃
投下終了です。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア、黄天化、スアロー・クラツヴァーリ、ティーダ、シーモアを予約します。
-
月報です。よろしくお願い致します。
話数(前期比):15話(+ 1) 生存者(前期比):19/20 (- 0) 生存率(前期比):95.0
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ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア、黄天化、スアロー・クラツヴァーリ、ティーダ、シーモアを投下します。
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今のティーダにとって、シーモアは脅威足りえないはずだった。
倒す都度復活と強化を果たし道を阻んでくるシーモアは厄介ではあったが、ティーダの成長速度はそれを遥かに上回る。
まして最強武器の一角のアルテマウェポンを手に入れた後となっては、軽く一蹴してしかるべき相手である。
不完全とはいえ大技エース・オブ・ブリッツも決まり、本来であればとうに決着がついている戦いだ。
だがシーモアはまだ立っている。
どころかまだこれからとでも言うように、余裕の表情を浮かべている。
「グアドサラムでもこうはいくまい。
まるで私の為に用意されたかのようだ」
人とのハーフではあるが、シーモアはグアド族だ。
その土地に異界を擁する彼らは幻光虫の扱いに長け、幻光虫で構成される魔物を使役した戦いを得意とする。
幻光虫で満たされた異界で真価を発揮する種族と言える。
その部族を治める長であるシーモアにとって、この「東京」は考えうる限りで最高の環境だった。
仮初めの住民たちは幻光虫で形作られ、死人(しびと)のように街中を徘徊している。
彼らを消滅させればさせるほど気体中の幻光虫の濃度は高くなり、シーモアの一部として吸収される。
そして魔物を活性化させる空気が、この土地にはあった。
それがニル=カムイという土地と酷似したものであることは、ティーダもシーモアも知るよしもない。
唯一気付く可能性のあるスアローもそうした知識に疎く、気付くことはなかった。
「ここで死ねば、苦しみから解放される。
父親を殺すことに悩むこともなくなるのだ。
私はお前もお前の父親も救ってやろう」
「いちいち!! うるっせえっての!!!」
「ちょっと、僕がちっとも会話についていけてないんだけど!
何でそんな物騒な話をしてるのかな!?」
ティーダと並ぶスアローはこの状況でなお緊張感がない。
或いは「持てないのではないか」とさえ、ティーダには思えた。
シーモアは未だスアローに関心を見せる様子はなく、会話の矛は絶えずティーダへ向いている。
「私が父ジスカルを殺めた時もそうだった。
あの男も、過去に己が犯した罪に苦しんでいたのだ。
私はそれを解放したまでのことで――」
「いい加減――」
ティーダがシーモアの言葉を遮ろうとして、止まる。
一瞬、陽光が遮られたのだ。
シーモアに斬りかかろうとしていたティーダが咄嗟に後退すると、幻光異体めがけて影が落ちた。
黒髪の青年が建物の屋上から飛び降り、剣を突き立てていた。
青年は幻光虫を散らしながら剣を引き抜き、ティーダの隣りへと飛び退る。
「親を殺すとか殺したとか、ここにきてから嫌な話ばっかさ!
俺っちが加勢してやっから、とっとと片付けるさ!」
「誰だよあんた! 助けてくれるのか!?」
「俺っちは黄天化。助ける理由は、俺っちが気に入らねえからさ!」
破壊された幻光異体はシーモアの体力を吸い上げ、瞬く間に元の形状を取り戻す。
そしてすかさず全体魔法のファイアを放った。
アルテマウェポンのカウンターアビリティが発動するのは個人に向けられた魔法のみであり、三人はまともに攻撃を受けてしまう。
「ッ、あいつのこと嫌いだってんなら、気が合いそうだな!
このまま一気に三人で――」
「あ、僕は下がるよ」
「はぁ!?」
「剣があと二本しかないんだ。いやー、援軍がきてくれてよかった!」
スアローは悪びれもせずに、本当に戦線から退いてしまう。
この男の剣の事情を知っているティーダでも絶句する呑気さである。
「あの兄さんがスアローってのかい?」
「ん、そう言ってたっス」
「へぇ……ま、後で確認するさ!」
ヘイスガ、クイックトリックによる加速。
ティーダの戦法はスアローが抜けても変わらない。
例え周囲の幻光虫を取り込んで強化されるとしてもそれは無限ではないはずだ。
それ以上の速度で倒せばいいと、ティーダの剣は勢いを増していった。
▽
-
シーモアはここまでの応酬で、ティーダの武器が持つアビリティを確かめていた。
回避カウンターと魔法カウンター。
ティーダ個人に向けた攻撃は尽く回避され、斬撃によるカウンターが行われる。
加速したティーダに更なる手数を与えることになるため、シーモアが得意とする連続魔法は逆効果である。
ブレイクによる石化も防具によって弾かれているようだ。
そうなればシーモアは当然、戦法を変える。
ティーダを無視し、新たに加わった天化という青年へ連続魔法を集中させる。
天化の身体能力がいかに高くとも、ティーダのように武器や防具のアビリティがなければ魔法の回避は不可能である。
ティーダが援護としてバファイを初めとした耐性魔法を使用しても、幻光異体の全体魔法とデスペラードなら解除できる。
攻撃に集中する分シーモア自身もダメージを受けはするが、周囲の幻光虫で回復することで一方的に天化を消耗させていく。
更に耐性魔法を使わせ続けることでティーダの手数を削り、結果として防御を兼ねた攻撃となった。
「きったねえ……そんなに俺が怖いかよ!」
「安い挑発はよせ。
だが私はお前も救ってやらねばならない。
この私と幻光異体が相手をしてやろう」
ティーダは耐性魔法の他にも白魔法を獲得しており、天化の傷もある程度回復させてしまう。
周りの死体を使い切れば不利になるのはシーモアの方であり、どこかでアルテマウェポンを突破しない限り勝機はない。
故にシーモアは斬りかかってきたティーダと天化に、幻光異体の全体魔法をぶつける。
そしてその勢いで正面の建物の一階へ叩き込んだ。
連続魔法でサンダーを打ち込む。
対象はティーダでも天化でもなく、建物の支柱だ。
これまでにティーダに躱された魔法はこの建物に集中させていたので、下準備は既に終わっている。
傍に人が通れるような大きさの窓や出入り口がないことは確認済み、叩き込んだ入り口は幻光異体が塞いでいる。
「ご自慢の武器も、これでは役に立つまい?」
建物が崩壊する。
回避カウンターも魔法カウンターも発動しようがない大質量が、二人の頭上に降り注いだ。
▽
「やばっ……」
天化は体を起こし、人の体ほどもある石片が落ちてくるのを躱しながら走る。
使えそうな窓や扉はない、逃げ道があるとすれば正面の幻光異体。
強引に突破する他にない。
できなければ死ぬだけだ。
隣りにいるティーダも考えは同じようで、目が合い、頷き合う。
「負けてたまるか」という負けん気は、天化の中に常にある。
だが同時にそれで周囲を見失わない程度の冷静さも併せ持っている。
この時も間に合わせる為の道筋を見極めようとしていた。
幻光異体に剣を届かせるまでの歩数、それを越えた後のシーモアを掻い潜るのに必要な時間。
その計算の最中、天化とティーダの目の前に上階の壁が落ちてきた。
それが視界と道を同時に塞ぐ、致命的な数秒の空白を生む。
死んだ母と、どこにいるのかも分からない父と、故郷の兄弟たちの顔が浮かんでしまう。
天化とティーダはそこで、闇に飲み込まれた。
▽
「だからやめておけばよかったんだ、あの馬鹿……!」
ルルーシュは息を切らしながら階段を駆け下りていた。
制止を振り切って飛び出していってしまった天化への悪態は尽きない。
とはいえ隣りの建物が倒壊したとあっては、ルルーシュも動き出す他なかった。
(考えろ、俺がやるべきこと……あの剣を手に入れる為の最善手を……!
まずは現状の確認だ、あのシーモアとかいう化け物はまだ俺の存在に気付いていない。
そしてあの連中は――)
途中階の窓から、ルルーシュは様子を窺う。
崩れ去った建物による粉塵で地上は白く染まっている。
時間が経つにつれてそれが晴れていき、影が見えてきた。
「……何だ、生きてるじゃないか」
生きていればまだ利用できると、ルルーシュは笑う。
この笑みにそれ以上の理由はないと、己に言い聞かせながら。
「仮は返してもらうぞ。
この俺を巻き込んだんだからな」
シーモアの立つ広場。
倒壊した建物。
周囲の建築物の位置関係。
魔法の威力。
残った三人の戦闘力。
ルルーシュが導き出す答えは――
▽
-
シーモアは顔を顰めていた。
相手にしていなかったイレギュラーによって計画を崩されたのだから、それも当然だろう。
「使いたくなかったんだけどなぁ」
倒壊した瓦礫の下から出てきたのは、漆黒の塊だった。
影そのものが形を成したようなそれが解けると、ティーダ、天化、そしてスアローが姿を見せた。
崩落が始まった時、スアローは残る二本の剣のうちの一本で外壁を叩き壊した。
細い剣で分厚いコンクリートの壁を崩す、常人には到底成し得ない行動である。
そして瓦礫の前で動きを止めていた二人を、〈黒の帳〉で包んでやり過ごしたのだった。
「頼りねえ兄さんかと思ってたのに、あんたやるなぁ」
「いやぁ。たまには働かないと怒られるからね」
悠長な会話がシーモアの神経を逆撫でる中、ティーダが剣を構え直す。
「これで、仕切り直しだ……!」
【一日目昼/渋谷(東部)】
【スアロー@レッドドラゴン】
[所持品]両手剣×1
[状態]軽傷、魔素を消費
[その他]
・〈竜殺し〉です。
・婁の宣戦布告を目撃
【ティーダ@FFX】
[所持品]アルテマウェポン
[状態]MPを消費
[その他]
・婁の宣戦布告を目撃
【シーモア@FINAL FANTASY X】
[所持品]不明
[状態]シーモア:異体、死人
[その他]
・〈竜殺し〉ではない
【ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア@コードギアス 反逆のルルーシュ】
[所持品]なし
[状態]七殺天凌に魅了されている
[その他]
・携帯電話を紛失
・婁の宣戦布告を目撃
【黄天化@封神演義】
[所持品]莫邪の宝剣、鑚心釘
[状態]左脇腹に傷、軽傷
[その他]
・ルルーシュの「俺を助けろ」ギアス使用済み(効果が継続しているかは不明)
・婁の宣戦布告を目撃
投下終了です。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア、黄天化、スアロー・クラツヴァーリ、ティーダ、シーモアを予約します。
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本スレッドは作品投下が長期間途絶えているため、一時削除対象とさせていただきます。
尚、この措置は企画再開に伴う新スレッドの設立を妨げるものではありません。
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